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812/2:2007/09/19(水) 18:55:16
 そして二人は街の入り口にある宿屋のドアを開けた。
 宿屋の主人の話によると、今この街は大騒ぎらしい。
 宿屋を出て街の中央、噴水広場には大勢の人が集まっていた。
 話をまとめると、『この街には資産家のルドマンさんという人が住んでいて、その娘が婿養子を募集している』ということだった。付け加えると、『その娘はとても美しい』らしい。
 さらにちらりと聞こえたのは、『ルドマンさんは娘夫婦に家宝の盾を譲るつもりらしい』ということ。
 この噂に二人は目を輝かせた。
 この街に天空の盾があるらしいという、デール王の話。
 資産家のルドマンが持つという家宝の盾。
「ということは、だ」
「ルドマンさんが持っているのが天空の盾!」
「ってことだな」
 二人はお互いに顔を見合わせ、その顔が次第に笑顔になって、自然とハイタッチをしていた。
『いぇーい!!』
 そして手を繋いでひとしきり喜び合った後、彼女がつぶやいた。
「……でも、どうやって手に入れよう?」
「婿養子にやるって話だからなあ……」
 数瞬前までの騒ぎようは何処へ行ったのか、二人して眉根を寄せて唸っている。
「あっ! ……ヘンリーがお婿さん候補として立候補するのはどうかな?」
 まさに名案を思いついたと言わんばかりの笑顔で提案する。
 反面、ヘンリーはあからさまに顔をしかめて反論した。
「……お前、本気で言ってるのか?」
「だって、お婿さんにしか盾をくれないんなら、ヘンリーがお婿さんになるしかないんじゃない?」
「――――っ!」
 声にならぬ声を発して、自らの頭をくしゃくしゃとかき乱すヘンリー。
「……それで、俺が婿養子に選ばれたらどうするんだよ?」
「天空の盾を譲ってもらう……のはさすがに悪いから、貸してもらう!」
 ヘンリーの想いなどどこ吹く風、彼女は満面の笑みで答えた。
 その答えに、ヘンリーの我慢も限界を超えた。
「お・ま・え・は……馬鹿か!!」
「ひぁっ!?」
「俺が婿養子になったら! お前と一緒に旅が出来なくなるだろうが!!」
「……あっ!」
 その未来予測をまったくしていなかったのだろう、その表情は見事なまでに驚きに包まれていた。
「…………結婚して、盾を貰ったらすぐに離婚するとか?」
「この……馬鹿野郎!!」
「ひぁっ!」
 怒鳴るヘンリー。怒鳴られて、頭を抱えてしゃがむ彼女。
「お前は本気でそんなこと言ってるのか!」
「じょ、冗談だよぉ」
「だいたいお前は……」
 街中であることも忘れ、説教を始めるヘンリー。
 しゃがみ込んで、いまにも泣き出しそうな顔をしている彼女。
 その姿は旅のパートナーというよりは、兄と妹を通り越して父親と娘の様でもある。
「……ヘンリーがいなかったら、ボクだって困るもん……」
 弱々しい声、涙のたまった瞳で上目遣いにヘンリーを見つめる。
 その仕種と声と表情は、ヘンリーの心を完全に撃ち砕いた。
「……わ、わかればいいんだよ!」
 顔を赤くして、先程までとは違う意味で強い口調になる。
「……うん。えへへ」
 ヘンリーの言葉に、まだ泣き顔ながらも、笑みを浮かべる彼女。
 これが止めとなった。
「ほら、さっさと立てよ!」
 少し乱暴に、腕を取って立ち上がらせる。
「ほら!」
 無造作にハンカチを差し出して、彼女に握らせる。
「さっさと涙を拭けよ」
 ぶっきらぼうに言う。
 その間、彼女の顔はまったく見ていない。あらぬ方向を向いたままだ。
 そして、そこまでが精一杯だったのだろう。
「俺、ちょっと道具屋に行って来るから!」
 早口で伝えると、これまた早足で行ってしまった。
 一人残された彼女は、少しポカンとした顔で、それを見送った。


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