したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | |

SS投稿専用スレッド

71雪解け・4:2006/07/02(日) 12:17:36

「あっ……ごめんなさい。笛を返したくないんじゃないの」
 ベラとポワンの困惑した表情に気がついて、少女は慌ててポワンの元へ駆け寄り、両手で
持った横笛を差し出す。妖精の村の主は静かに玉座から立ち上がると、少女の名前を呼びな
がら、その小さな手から横笛を受け取った。
「……本当に、ありがとう」
 そして、両手で包みこむように少女の手を握る。滑らかで温かな手だった。
 優しい声と手のひら。
 お母さんって、こんな感じなのかな、と少女はふとまだ見ぬ母に思いを寄せる。
「突然で勝手な願いにもかかわらず、あなたがとても頑張ってくれたこと、わたくしは忘れ
ません」
 何か困った事があったら、またこの国を訪れなさい。きっと力になるから、そう優しく語
り掛けるポワンと、うん、と小さく頭を縦に振った少女のやり取りに、傍らに控えるベラが
驚いた視線を向けた。
 人間にとって妖精の存在は一時の夢。優しく雪のように儚い幻。再会の約束は、あっては
ならない事だった。子供の頃にページが擦り切れるほど読んだ絵本も、大人になったら手も
心も離れてしまうように。
「わたしのこと、わすれちゃったり、しない?」
 ベラは、この数日間ですっかり耳に馴染んだ、少女の幼く可愛らしい声をぼんやり聞き、
その言葉と眼差しとが自分に向けられている事にやや遅れて気がつき、はっと肩を硬直させる。
 危ない危ない。無視してしまうところだった。
「……バカね。忘れないわよ。絶対、忘れない」
 きっぱりと、ベラは言い切った。
 共に雪道を歩んだ幼い少女。初めは頼りないと思った――思わざるを得ない程に小さかっ
た彼女は、この数日間、百点満点でも足りない努力と成果をもって、自分たちの望みに応え
てくれた。どうして忘れる事など出来ようか。
「本当に?」
 曇りの無い黒い眼を潤ませて、尚も少女は問い返す。
「そうよ。ポワン様も、おっしゃったでしょ? それに、あなたもリンクスも、私のお友達
だもの」
「わたくしもベラも、あなたのことを見守っていますよ」
 ベラの人懐こい微笑、ポワンの慈悲深い面差し。少女は少しだけ寂しそうな笑顔を返す。
「さあ、手を」
 右手を差し出すベラの白い手のひらと微笑を交互に見比べる少女。
「妖精の村の春、見せてあげる……ううん、ぜひあなたに見て欲しいの」
 少女は当惑しながらも、リンクスを左腕で抱き上げて、躊躇せずに小さな右手をベラの手
のひらに伸ばす。何が起きるのかはいまいち見当がつかなかったが、ベラがすることならば
悪いことでは無いはずだ。視界の隅に、ポワンが銀の横笛を唇に当てた様子が映り――急激
に視界が流れる。
 一瞬にして、視界が一面の青と白に満たされた。
 空と雪の色。
 そう、文字通り周囲は空と雪。冷たい空気が頬をはじめとする肌を撫でる。眼下に広がる
雪景色、白い山脈と枯れ木の森、凍りついた河川、見紛うことも無い何度も歩いた道。
 ……浮かんでいる。空を飛んでいる!
 少女は声を上げるのも忘れて眼を見張る。リンクスが落ちるまいと少女の腕に爪を立てな
いように必死でしがみつき、少女もまた釣られて、リンクスを抱く左腕とベラの手を握る右
手に力を込めた。


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板