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63前夜・1:2006/05/15(月) 22:17:48

連投失礼します。

※再会・Aの続きに当たる、脚色ありの結婚前夜の話です。
 誰との二択かなど、詳しい経緯はご想像にお任せします。

 ― 前夜 case.H ―

 ありえない。
 この状況を一言で表すならば、これ以上適切な表現は無いと思う。 
 突然、結婚するよう言い渡された幼なじみの、今にも卒倒しそうな顔を思い出して、彼は
ため息をつく。さすがにここで笑ってしまったら、気の毒と言うものだ。
 何気なく覗き込んだ窓の向こうは群青の帳。下弦の月と瞬く星星が眼にちらつく。
 眠れない。
 ……眠れるわけがあるかああぁ!
 サラボナの宿の一部屋で、彼……ヘンリーは、混乱した思考とこの状況とを、出来ること
なら床に叩きつけてやりたい気分でいた。
 彼もまた、ありえないこの状況の当事者だった。
 詳しくはもう考えたくも無いが、とにかくあの幼なじみの少女は、本当に厄介ごとに好か
れる星の下に生まれついたものだ。
 そして、だからこそ決定権を所持するのは、他でもないあの少女自身。ここでいかに自分
が悶悶としようが、それは全く意味を成さないのはわかっている。
 だからといって、落ち着けるかと問われれば、それは出来ない相談だった。
 本日幾度目かの大きなため息をついて、彼は深紅の外套を羽織る。外の空気でも吸えば、
気分転換になるかもしれない。
 なるべく大きな音を立てないように、それでも勢い良く部屋の扉を開けた。
「わぁっ!」
「うお!?」
 不意に上がった悲鳴に、彼も釣られて声を上げ、夜の廊下に容赦なく響きわたる自分の声
に、冷や汗をかきながら慌てて口を押さえる。
 落ち着いて正面を見ると、そこには、いつもの紫の外套と旅装束を着込んだ『厄介ごとに
好かれる星の下に生まれた』幼なじみの少女が立っていた。
「な、何だ……驚かせるなよ」
 ばくんばくん、と心臓が外に漏れていないか心配になるような音を立てる。
 真夜中の悲鳴や人影は、精神衛生上、非常によくない。
「……私も驚いたわ」
 おあいこだ、と遠まわしに主張するその声音は、いつもより弱弱しかった。
 大きな黒い瞳が充血して赤くなっているのがわかる。睡眠不良、不安、緊張……その原因
は枚挙に暇が無い。
「何か、こう……大変な事になったな」
 前述の通り、夜の空気は音声をよく通すので、声を潜めてヘンリーは言い、口にしてすぐ
間抜けな事を言ってしまった、と後悔する。そんなもの言われなくても、選択権を持つ彼女
の方が骨身に染みているはずだ。
「うん。どうしよう」
 余計なお世話だと言われるかと思ったが、予想に反して彼女は、小声で答えながら素直に
思い切り大きく頷いた。
「中、入っていい? 声が響いて喋りにくいわ」
 確かに、ここで立ち話を続けるのは良策とは言えない。廊下よりも部屋の方が、声の反響
は少なくて済むだろう。
 ヘンリーは、たった今出たばかりの扉の向こうに少女を通した。

 水差しでコップに水を注ぎ、備え付けの木の椅子に座ってじっと目の前のテーブルの木目
を見つめる少女に渡すと、ヘンリーはテーブルを挟んで彼女と向かい合う。
 ありがとう、と両手で受け取ったグラスの水が、小刻みに震えていた。


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