したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | |

SS投稿専用スレッド

66前夜・4:2006/05/15(月) 22:20:34
 ふっ、と冷たい風が吹き抜ける。窓も扉も閉まっているはずなのに。
 この寒さがどこから来るのか、彼はわからない。
 わからないから――
「まあ、俺が口出しする問題じゃなかったか」
 この冷たさを振り払いたくて、ヘンリーは軽い口調で言う。
「結局は、お前が決める事なんだからな」
 それは、たしかに軽い響きをもって放たれた言葉だったのに、恐ろしいほどに強く耳の奥
まで響き渡ったのは、きっと部屋を満たす夜の空気のせいだ。
 少女は、無言で彼を見ていた。
 哀しむわけでも非難するわけでもなく、どこか途方に暮れたような表情で。
「……うん。わかってる。ちゃんと、自分で考えるよ……」
 小さく頷いて彼女は答える。疲れの滲んだ声音は、緊張からくるものなのか。
 それきり少女は口を噤んだ。
 ヘンリーもまた、何も言わない。
 鼓動の音が伝わりそうな静謐が辺りを包む。息が苦しいのは、この沈黙が呼吸をするのも
憚るほどの静けさを伴っているからだと、思うしかなかった。 
「もう、帰るね」
 少女の声が、硬い静寂を破る。
「で、もう少し一人で考えてみる」
 明日、寝坊しないように気をつけるわ。ぎぃ、と木の椅子が軋む音と共に席を立ち、彼女は
小さく笑みを浮かべる。
 浮かべてすぐに――彼に背を向けた。
 すぐ目の前にあるはずの見慣れた小さな背中が、未だかつて無いほど遠く見えて、信じら
なくて。なのに、その感情がどこから来るのか見当もつかず、ヘンリーは困惑する。
 ついさっきまで、いつものように馬鹿を言い合って、笑い合っていたのに。
 長い間、当たり前のように傍にいた少女。
 ラインハットに残ると決めた時、彼女と仲間たちならば、どんな困難も乗り越えられると
確信していた。心配していなかったわけではないけれど。
 離れることに抵抗はなかった。依存し合うつもりは無いし、いつも傍にいるのが絆では
ない。たとえ傍にいなくても、自分たちは――自分は

 彼は咄嗟に、その先を強引に意識の外に押しやった。
 今更、考えるような事じゃない。その先を知ってしまったら、もう戻れない。
 そんな気がして。
「……ヘンリー」
 不意に彼女の声が響く。
 こちらに背を向けたままの、細い肩にかかった長い黒髪が、月明かりの中で震えていた。
「私は……」
 消え行く言葉の先を聞き届けて、ヘンリーは思う。
 それは長い長い時間をかけて、ようやく辿り着く言葉。

 今更、考えるような事じゃないけれど。
 その先を知ってしまったら、もう戻れないけれど――
 ――この先、それが出来るのは。
   隣に、いるのは……



(了)


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板