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17砂漠の夜・3:2006/02/15(水) 16:24:23
「お……かあ……さん……、う……っく……」
 母の肩に顔を埋めて、幼い娘は声を殺して泣いた。
 励ますつもりが、かえって泣かせてしまった。こうなったら、気が済むまで付き合ってあげよう。
 彼女は、腹を括って娘を抱きしめる。
 私は。
 ああ……私は。
 声を出さない反動で激しく震える、娘の小さな肩、小さな背中を撫でる。全く、こんなに冷たくして。
 あなたが好きよ。お兄ちゃんと、同じくらい好き。
 もしもあなたたち二人が、呪文も武器も使えない、ただの子供でも。
 お父さんもお母さんも、とても強いんだから、あなたたちを守るくらい、簡単なの。

 立派な母親になる自信なんか、全然持てない。でも、難しく考えることもないのだろうか。 
 双子を産んだ時、世界で一番幸せだと思った。
 この子達のためなら、何でもできる気がした。
 その気持ちは、今でも変わらない。
 今は、ただそれだけで……いいのかもしれない。

 暫くたって、娘の呼吸が落ち着いていくのがわかる。
「も、もうだいじょうぶです」
 そっと身を離し、再び娘と向かい合う。
 すっきりした?
 娘は少し恥ずかしそうに、でもすぐに小さいなりに力強く頷いて見せてくれた。
「わたし、もっと頑張れます。お母さんも、お兄ちゃんも、 
 まだ会えないけど、きっと、お父さんのことも、大好きだから」

 今、サンチョに会ったら抱きついてしまうだろう。
 この子達を育ててくれて、ありがとうと。
 子供達とサンチョの懸命な探索と、ストロスの魔力により、元の姿を取り戻した晩に
 王座の間で、彼女は叔父親子と召使に頭を下げている。
 それでも、まだ足りなかった。いくら感謝しても。

 ――ギィ、と木の扉が軋む音。

 前触れも無い雑音に、母と娘の肩が同時に飛び跳ねる。
 彼女は、何となく先ほどの娘の反応を思い出した。
「……お母さん? ここにいたの?」
 聞き慣れた声に振り向いたら、部屋の扉の前に息子が立っていた。
 ちょっと泣きそうな顔をしているのは、暗いせいとか気のせいではなさそうだ。
 目が覚めたら、母も妹も姿が見えないことに、心底驚いたのだろう。
 と、母の外套に包まって、ぬくぬくしている妹を見つけて、少年は目を丸くする。
「あー! (……お母さんを独り占めしてズルイよっ)」
 しーーっ。
 静かに。そっくりな仕草で、同時に人差し指を唇に当てる母娘。息子は慌てて声のトーンを抑える。
 呼吸ぴったり。
 顔を見合わせて、噴出す彼女達を見て、兄はますます頬を膨らませ、
「ズルイってば、二人だけで楽しそうにして。ボクも入れてよ!」
 母の左脇に妹がいる。空いた右脇の外套に素早く潜り込み、勢い余って体当たり。
 ごつん。
 ――う゛っ。
 息子を受け止めて、よろめいた拍子に窓枠に頭を打った。しかも当たり所が悪かったのか、凄く痛かったが、
 何とか痛みをこらえて、子供達に引きつった笑顔を向ける。
「あれ? ……ゴツン?」
「だ、だいじょうぶ? なんか、すごい音、聞こえた気がするの」
 目を丸くする息子と、娘の心配そうな声に、気のせい……よ? といまいち頼りない答えを返す。
 親とは大変だ。とまで考えるのは、どう見ても大げさです。
 さあ、もう寝ましょう。明日寝坊してしまうわ。 
 はーい。と声を揃える二人の温もり。
 幸せだ。本当にそう思うけれど、どこかで納得できない自分がいる。
 隣に夫がいない隙間が、囁きかける。
 文句なしに幸福だというのは、まだ早い、と。

 全くもって、欲張りだ。自分でも自分に呆れてしまう。

 子供達と一緒に旅をするようになって、まだ日は浅い。
 だからこそ、これから知る喜びがある、と前向きに考えながらも、やはり長い空白が寂しかった。
 自分の知らない、この子達の八年間を見てきた、グランバニアの全国民が本気で羨ましい、と言ったら夫はどんな顔をするだろう。
 嫉妬のスケールが大きすぎる、と笑うかな。それとも、自分もだ、と同意してくれるかな。

 部屋に戻る寸前に、窓の外を振り返る。
 ここから見える星空は、額縁の中の絵画のよう。
 だが、窓枠に収まる景色の、現実での果てしなさを、たぶん彼女は誰よりも知っていた。
 いったい、あの人は、この世界のどこにいるのだろう。

 早く会いたいよ、この子達を見せてあげたい。

 私達を導いて、あなたのもとに。
 ねえ、あなた。


(了)


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