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75ポイントブランク 前:2006/07/29(土) 22:24:44
「サンチョに会えるなんて思わなかった」
 小奇麗なテーブルにつき、長らくご無沙汰だった召使のお茶を啜りながら、リュカは
ぽつりと呟いた。
「私もですよ。ええ。今でも夢じゃないかと思うくらい」
 滅多に使うことのない来客用のティーカップをさらに並べ、サンチョは言った。
 リュカの旅には、一人の連れがいた。曰く、彼女たちは天空の盾を手に入れた町で結
婚したのだという。驚きがさらに重ねられ、素っ頓狂な声を上げてしまった。
 連れの男と召使には直接の面識があるわけではない。話には聞いているであろう召使
にどう接していいものか、分かりかねているようだった。同じくサンチョもリュカの夫
に困惑していた。娘を取られる父親の心境とはこのようなものだろうか。そう考え、パ
パスに申し訳ないと心の中でかぶりを振った。
「ちょっと馬車に行っててくれる?」
 リュカは夫にそう促した。積もる話もあるのだろう、と夫は快く承諾した。最後にサ
ンチョの淹れたお茶を一口含み、席を立った。
「おや、悪いことをしてしまいましたかな」
「いいの。毎日顔合わせてるんだし」
 いたずらっぽい笑みを浮かべ、リュカはサンチョに向き合った。
 教会に持っていくつもりだった茶菓子はあまり減っていない。昔ならばさっさと平ら
げてしまっていた。皿を見、サンチョは自分のティーカップを煽った。
「それで、旦那様は」
「お父さんは、死んだよ」
 僅かに生きていることを期待していたが、あまり消沈はなかった。いくらか覚悟して
いたためだろうか。
 出すぎた真似を彼は美徳としない。大事なお嬢様の手に無骨な傷の痕がいくらかある
のに気付いていたが、サンチョはそれを聞かなかった。ましてや人妻となったとはいえ、
リュカは年若い娘だ。その過去を根掘り葉掘り聞くというのは無粋なことだろう。
「なに話したらいいのか、ぜんぜんわかんないや」
「慌てず、落ち着いてからで構いませんよ」
 サンチョは乾いた手でリュカの無骨な手をそっと握った。パパスのそれよりはずっと
小さいが、リュカの手はパパスの手に似ていた。
 幻ではない。昔より丸みは無くなっているが、サンチョはリュカの手に触れている。
 手製のお菓子や得意の料理を魔法のように生み出す手が、リュカは大好きだった。昔
はもっと大きかった。少しばかり柔らかさが削がれているのは、決して老いのためだけ
ではないだろう。
 ぽろぽろと黒曜石を思わせる瞳から雫が落ちた。テーブル越しに向かい合っていたサ
ンチョは席を立ち、リュカをぎゅっと抱き締める。頑張っていた意地は、あまり強くは
なかった。
 リュカは声を上げて泣いた。
 ひとしきり泣き、しばらく嗚咽が続いた。その後リュカはやっと顔を上げた。
「サンチョに、お願いがあるんだけど」
「なんでしょう?」
「お料理を教えてほしいんだ。昔、言ってたじゃない?」
 ええ、とサンチョは笑みを浮かべた。将来のために料理を学びなさいと口を酸っぱく
した覚えがある。その度リュカは嫌がってたのもいい思い出の一つだ。
 それを今度は自ら学ぼうとしている。おそらくは、愛する夫のために。
「ええ、喜んで」
 サンチョは満面の笑みで返した。目じりには潤みがあった。涙はまだ枯れてはいない
ようだ。
「ですが、まずお話があります」
 グランバニアの王女が二十年近くぶりの帰国を果たしたのは、しばらく後のことだ。


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