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31き あ い た め (笑)・前:2006/03/14(火) 12:35:16
 漁港ビスタから見られる波濤は穏やかだった。視覚からの情報では、近頃増えてきた
という海の魔物の気配は影も形もない。最後の仕事をこれから迎える港に、最後の旅客
たちは思い思いの礼をする。その中に、一際奇妙な旅人がいた。力強そうな白馬の引く
馬車は、金庫のように締め切って内を明かそうとしない。
 馬車を先導するのは濃紫のターバンとマントを纏った黒髪の少女だった。時折馬首の
中から声が漏れる。一人旅という訳でもないらしいが、どうしたものだろうかと周囲の
人間は訝しげな視線を投げかけた。
 一行がいざ船に乗ろうとする少し前、馬車の扉が開かれる。中から現れたのは翡翠色
の髪の青年だ。貴族然とした煌びやかな服装とその容貌から、人々はラインハットの王
子の噂を思い出す。突然の英雄の姿は国を魔物の手から救ったヘンリー王子が寂れた港
に何用か、と周囲に少々のざわめきが生じた。ヘンリーはそれらを芝居の一座なもので、
と芝居じみた動作を付けて軽くあしらう。
「すまないな。我侭を言ったみたいで」
「謝るならデール陛下にでしょ」
 違いない、と苦笑を浮かべるヘンリーからリュカは視線を逸らす。ラインハットは解
放されたとはいえ、未だ荒らされた状態から立ち直ってはいない。国民の中には誑かさ
れたデールからヘンリーに王位を移すよう望む声も少なくなかった。ヘンリー自身は拒
否しているが、最早彼は国になくてはならない人間となっている。
 拗ねるようなリュカの態度に、ヘンリーは少し眉尻を下げた。遠慮がちな抗議はかつ
て子分になる、と我慢して言った時のリュカと変わらない。言葉少ななくせに、その少
ない言葉も普段の声が高い分だけくぐもると急に聞き取りにくい。その姿はやけにヘン
リーの良心に突き刺さる。
 頼りになる仲間たちが一緒の旅路とはいえ、見知らぬ地に子分を送り出すのは忍びな
かった。二人の子分を同時に世話してやりたいのは山々であったが、肝心の親分の身体
は一つしかない。子分の片割れの父を奪った引け目はあったが、混乱に陥った故郷の多
くの人間を見捨てることはできない。別れは彼にとっても苦渋の決断だった。
「困ったらいつでも親分を呼べよ。できるだけ助けてやるから」
 笑顔を再び浮かべてヘンリーは言う。リュカが助けを呼んだりしない人間であること
は知っているが、親分としての面子は保っておきたかった。照れ臭さを隠すため、子分
の頭をターバンの上から乱暴に撫でる。
 困った表情を浮かべ、リュカはターバンと髪を直した。ラインハットからビスタまで
の道程がヘンリーとの最後の旅になるかもしれない。それを意識しないよう努めること
は、裏表のない少女には難しかった。
「子分としてはデールさんの方が先輩だから、そっちを大事にしてあげなよ」
 そっけない言葉に、ヘンリーは再び頭を撫ぜた。今度は優しかった。
「ばか。偉大な親分は全ての子分に平等なんだぞ」
 偉大すぎる親分は、これから国一つぶんの子分を大事にしなくてはならない。馬車一
つ分の仲間たちとはスケールが大違いだ、とリュカは笑った。笑えた。
 潮風が、直した黒髪を再び揺らした。


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