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94運命的な彼の後悔 2/2:2008/04/03(木) 21:07:34
 小ぶりだが、形の良い胸が露になる。
 しかし奴隷――彼女はそれを隠そうともせず、真っ直ぐにヨシュアを見つめたままで言う。
「私は私だ。奴隷だとか女だとか、そんな事で変わりはしない。私は私の意志で、自らの進む道を決める。
私の意志は、誰にも妨げることはできない」
 彼女の視線と言葉が強く、強く、ヨシュアに突き刺さる。
「ああぁぁっ!」
 ヨシュアは叫び声を上げた。力任せに彼女を平手で打つ。
「くっ」
 過酷な労役の後で疲れ果てている彼女は、体を支えることができずに地面に倒れ伏す。
 ヨシュアはそのまま彼女の上に馬乗りになる。
「見ろ! この状況を! 今のお前は何も出来ない! 無力だ! これでも諦めないというのか!」
「……好きにすればいい。どうなろうと、何をされようと、私の意志を挫くことは、誰にもできない」
 胸も露に組み敷かれたこの状況においても、彼女の瞳が輝きを失うことはない。むしろ、よりいっそう強く、
激しく輝いていた。
「うおおおおぉぉぉぉっっっっっっっ!!!」
 彼女の怯まぬ強さを。自らの敗北を。認めたくないヨシュアは雄叫びを上げる。
 そして彼女を認めたくない一心で、彼女を穢した。

 彼女は立ち上がり、ただの布切れと化したボロボロの服を纏う。
「待て」
 ヨシュアは彼女を呼び止め、新しい――とはいってもボロではあるが――奴隷の服を渡した。
 彼女はそれを受け取ると、ヨシュアに背を向けて着替えた。
 その様子を不思議そうに眺めていたヨシュアは、自然と口に出していた。
「何故後ろを向く?」
 その問いに、彼女は顔だけをこちらに向けて答える。
「……着替えを見られるのは、恥ずかしい」
 事の最中も、ヨシュアが中で果てた時も、全く表情を変えなかった彼女が、僅かに頬を赤くした。
 それが理解できなくて、何故かヨシュアは、声を上げて笑っていた。
 ひとしきり笑い終えた後、ヨシュアはポツリと語り始めた。
「私はこれまで必死だった。妹と二人、生きる為にどんな事もしてきた。そんな折、教団に拾われた。以前の
食うや食わずの生活から解放された私は、妹により良い暮らしをさせたくて、他者を落としいれ、騙し、教団
内での地位を上げていった。妹には優しい兄を演じながら、裏では平気で他人を傷つける。私は最低の男だ」
「確かにそうかもしれない。けれど私だって、私の目的を果たすためなら他の犠牲は厭わない。誰かを傷つけ
ることもするだろう」
「いや、それだけ真っ直ぐな瞳をした奴が、他人が傷つくのを良しとはしないだろう」
 ヨシュアは立ち上がり、彼女の瞳を見つめる。
「すまない。私のしたことは謝ったところで許されることではない。だから、お前の気の済むようにしてくれ」
 覚悟を決めた瞳。それまでとは輝きが全く違っていた。
 彼女はその決意に答えるように静かに頷くと、右腕を後ろに引き、力一杯殴りつけた。
 ヨシュアの体が派手に吹っ飛ぶ。彼が彼女を平手打ちしたのとは比べるべくもない威力。
 強かに体を壁に打ちつけ、ふらつきながらヨシュアが立ち上がる。痛む頬を押さえて口を開いた。
「効く、な。伊達に、苛酷な環境で働いていないというところか……」
 自嘲気味に笑う。そして次に備えて身構える。
 と、彼女は後ろを振り向き歩き出す。
「おい! これだけでいいのか!?」
 驚きの声を上げるヨシュア。彼女は立ち止まり、顔は見せずに口を開く。
「許すわけじゃない。だからと言って、これ以上あなたを傷つけたところでどうなるものでもない。それに、
あなたは自分のした事を理解している。後悔も含めて。私はそれで充分だ」
 そして再び歩き出す。今度はヨシュアが呼びかけても止まることはなかった。
 彼女が去った後、一人残されたヨシュアは少しでも彼女に近づこうと、固く決意した。

 その後、彼女と彼女の友人、そして妹を逃がした彼は、大神殿の完成後、殺されようとしている奴隷たちを
助けようとした。しかし魔物を率いる教団に刃向かって生き残れるはずもなく、志半ばで彼は散っていった。
その痕跡を、壁面に残して。


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