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59ずっと一緒に・4:2006/05/12(金) 19:24:23
 だが――風の無い海上を漂う船は、遅々として一向に進まなかった。
 進まないものは仕方が無い。そう割り切り、甲板の上で甲羅干しやら他愛も無いお喋りに
興じて、束の間の暇と穏やかな時間を満喫している魔物たちの姿。
 細く高い声を上げながら、夕陽の中を飛び行く海鳥の群れ。
 雲ひとつ無い青空と海面を、徐々に染め上げる鮮やかな夕焼けの朱。
 マストの支柱に背もたれたヨシュアは、武器の手入れをする手をいったん止めて、紅に煌
く水面の眩しさと、平和な情景に眼を細めた。
 平和と言っても、痺れくらげの群れに襲撃された際、マーリンが湯飲み茶碗片手に適当に
ベギラマを放ち、案の定狙いを狂わせて小火を出し、ガンドフが慌てて冷たい息で鎮火した
などの、瑣末なトラブルはあったが。
 一息ついて手元に視線を戻し、打ち粉を塗した破邪の剣の刀身を丁寧に拭き取り、薄く油
をさす。この剣は、サラボナで新調したものだ。本来は槍術の方が得手なのだが、一般的な
得物ではないため武器屋に置いていないので、最近はもっぱら剣を使用している。
 そしてまたどこか別の町で、より良質な武器を見つけるまでの短い付き合いではあるが、
既製品やすぐに手放す物であろうと、持ち物は大切に扱うべきだと彼は考える。
 その向かいでは、真剣な表情をしたリーシャが同じ作業――彼と比べて、手つきが随分と
危なっかしい――に精を出す。
 彼女が手に持つ古びた大振りの剣は、彼女の父親が生前に愛用していたものを、リンクス
が長い間守ってきたものだと聞いていた。
「出来た!」
 不意にリーシャが顔を輝かせて、磨き終えた大剣を頭上にかざした。鏡のような刀身が、
眩しい夕陽を照り返す。
「危ないから、武器を振り回すのはやめなさい」
「どうかな、油多すぎたり、サビが残ってたりしてない?」
 忠告を聞き流し、少女は剣を水平に持ち直し、青年の方へと突き出す。重ね重ね危ない。
「ああ、問題ない」
 眼前の刃に思わず身を引き、マストの柱に頭を打ちつけそうになりながら、彼はそれでも
きちんと剣の全身に視線を走らせて、律儀に返答する。
「お父さんの剣だもの。思い出は沢山あるけど、長く大事にしたいの……あ」
 嬉しそうに剣を鞘に納めていたリーシャが、口元に手を当て急激に表情を曇らせた。
「ごめん、なさい」
 彼女は小声で一言、謝罪を口にする。
 一瞬、何が起きたのか理解できなかったが、ひとつ思い当たってヨシュアは苦笑する。
 彼は両親の記憶も心を温める思い出も、何一つ持っていない。その代わり、失う悲しみも
奪われる悔しさも知らない。
 父親を目の前で奪われた彼女の方が、余程辛いのではないかと彼は思う。しかし、彼女に
とって父親の記憶が、何物にも換えがたい大切なものであるなら、そう思うことはかえって
失礼に当たるのかもしれない。
「謝ることはない……立派な父君だったのだな」
 静かに言うヨシュアの言葉に、少女は迷うような、困ったような表情を見せて、
「……うん。すごく。大好きだった」
 遠慮がちに、それでもはっきりした声音で答え――すぐに俯いた。
 黙りこくってしまった少女に、今度はヨシュアが困ったような視線を向ける。


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