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65前夜・3:2006/05/15(月) 22:20:01
 笑って叫んでぶちまけて、いつの間にか軽くなっていた心のままに、ヘンリーはふと思い
ついたことを口にする。
「なあ。明日のことなんだけど」
 笑みを浮かべていた彼女の面差しが翳り、彼は急いで続きを話す。
「ルドマンさんに、今は結婚する気になれないって、正直に話してみたらどうだ?」
 言ってみたら、それは最上の案だと思えた。どうして、こんなに簡単なことを今まで思い
つかなかったのだろう。
「え?」
 幼なじみは気の抜けた声を上げると、眼を軽く見開いてこちらへ視線を向けてくる。
「いや、あのおっさん、すげえ強引なだけで、嫌な人では無いだろ?」
「うん」
 ヘンリーの言葉に、彼女は迷わず首を縦に振る。他に何か目的があるとしても、ルドマン
は出会ったばかりの自分達を認め、信用してくれた人だ。
「でも、良かれと思って、してくれてるんだし」
「断りにくいってか?」
 俯いて言葉を濁す幼なじみに、ヘンリーは深く大きくため息をつく。
 その気持ちは、全くわからないとは言わない。
 確かに今はとんでもない状況ではあるものの、その大半が好意や好人物で成り立っている
から、面と向かって文句を付けられなくて困る。
 だが、ものには限度があるだろう。
「バカ。んなこと言って、誰かに無理難題ふっかけられるたびに、そうするつもりかよ」
「またバカとか言う……」
 少女は唇を尖らせてそっぽを向いた。
 こんなんでよく今まで旅が出来たものだ。呆れるやら感心するやらで頭が痛くなる。
 この少女は、いつもそうだ。
 父親と、自分を心配してあの遺跡に行かなければ、長い間囚われずに済んだはずだった。
 自分のためだけに使えと何度も言ったのに、怪我をした他の奴隷のためにホイミの呪文を
使うのを止めなかった。癒しきれなかった鞭の痕が、身体のあちこちに残っている。
 無残に滅んだサンタローズの村を見て、夜中に一人で泣いていたちっぽけな後ろ姿。
 お人好しが災いして痛い目を見たことは何度もあるだろうに、めげない根性は、いったい
どこから沸いて出るのだろう。
「俺だって、いつまでも――」
 最後まで言葉にならなかった。
 心臓が跳ね上がるような、かすかな痛みが邪魔をして。
 ――いつまでも、お前のことを助けてやれるわけじゃない。
 今はこうして傍にいるけれど。自分は彼女の親分だけど。この先、それが出来るのは――
彼女の支えになるのは、その隣にいるべき誰かなのだ。
 改めて口にしたその事実が、言葉という形を持って辺りを取り囲む。
 周りで、或いは心の奥底で。ざわざわと何かが動き出す。
「……いつまでも?」
「何でもねえよ」
 こんな時まで逸らすことを知らない、彼女の目線から目を背ける。
 気付いてしまった。
 さっき言ったように、今はそんな気分になれないと後回しにしたとしても、自分も彼女も
いずれまたこんな日を迎える。
 その時もまた……自分がここにいるとは限らないのだ。


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