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70雪解け・3:2006/07/02(日) 12:16:59
 いつまでも道草を食っているわけにはいかないのは確かなので、少女達は今までの遅れを
取り返すべく、妖精の村に向かって少し急ぎ足で歩を進めた。
 春風のフルートを取り戻すために、ベラとリンクスと一緒に幾度となく往復した雪道。こ
の数日間、ベラに繰り返し教えてもらった、雪帽子を被った見たことの無い枯れ木の名前
や、暖かくなったら辺り中に咲き誇るはずの、まだ見ぬ花の色や香りを、まるで自分の目や
耳、鼻でたしかめでもしたかのように、少女は覚えている。
 何事も無く雪の女王に圧倒的な勝利を収めてフルートを取り返した、なんて、物語に出て
くる英雄みたいな活躍をしたわけじゃない。始めは、道中に立ち塞がる魔物に苦戦し逃走を
余儀なくされて、皆で敵の行動パターンを相談しながら作戦を練り、妖精の村で身を守るた
めの防具を買い、なるべく傷を増やしたり体力を浪費せずに、戦いを終わらせるよう鍛錬を
繰り返して、今ようやく春風のフルートをこの手にしている。
 以前、年上の幼なじみ――ビアンカと一緒に、真夜中に町を抜け出してお化け退治をした
時もそうだった。あまり無茶をするな、と父に言われたことを今更思い出す。
 別れ際にもらったビアンカのリボンは、少女の髪とリンクスの首を飾っていた。
 少女は横笛を握り締める。
 妖精の村の門が、もうすぐそこに見えていた。
 別れの時が、見えていた。

 大きな湖を取り囲むように、妖精の村は広がっている。
 積雪を乗せた上に人が乗っても沈まない、橋代わりに無数に並んだ大きな蓮の葉っぱの
先、湖の中央に浮かぶ孤島に、妖精の村の長であるポワンが住まう館があった。
 少女が手にする横笛と同じような、淡い銀色の光を放つ石を積み上げて作られた建物は、
氷の館とはまた違った美しさを持っている。
 春風のフルートを無事に取り戻した知らせを聞いて、ポワンはとても喜んでくれた。目に
見えてはしゃぐような女性ではないけれど、温かな眼差しと声色に心からの感謝が滲む。
 いつか絵本で見たとおり、妖精たちは優しかった。
 村の中で出会った、人懐こく喋るガイコツやスライム。
 誰かを故意に傷つけない限り、妖精も人も、魔物でさえも、共に暮らしていけたらという
ポワンと、その考えに賛同するベラ。そうなれたらいいと少女も思う。
「さあ、フルートをポワン様に……」
 誇らしげに頬を紅潮させたベラに促され、少女は頷いて横笛を差し出す、その手が止まる。
 この笛を渡したら、さよならだと少女は急に悟った。
 だって、
「ど……どうしたの?」
 足を止めた少女に狼狽するベラと、黙って静かな眼差しを向けるポワン。
「ね、ベラ」
 少女は蚊の鳴くような声音で問いかける。
「……もう、会えないの?」
 だって、今は、ビアンカのリボンを受け取ったあの時とよく似ていたから。
 また遊ぼうと約束した幼馴染とは、あれ以来会っていない。
 たったの数十日間、大袈裟だと笑う者もいるだろう。大人にしてみれば、あっという間に
も等しい時間。人の数倍も生きる妖精にとっては、まさしく刹那でしかない刻だ。しかし、
年端も行かぬ少女にとってその時間は恐ろしく長かった。
 それに、何となくわかっていたから。この場所が、妖精の村が。アルカパよりも、海の向
こうの国よりも――ずっと遠くにあるのだと。


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