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74ポイントブランク 前:2006/07/29(土) 22:24:25
 堅牢な城壁に町ひとつを抱え込んだその国で、サンチョは家を壁の外に建設した唯一
の男だった。短く切り揃えたおかっぱ頭に丸々と太った体躯は、どんな人が見ても善良
なおじさん以外の何者でもない。そんな彼が国で最も魔物の住処に近い場所に住んでい
るのは訳があった。
 サンチョはグランバニアの先王が最も信頼し、隠密の旅に連れた唯一の男だ。魔物に
太刀打ちできるだけの腕は持っている。彼は付き添いながらも先王の死を看取ることの
できなかった男でもある。国民たちから責められることこそなかったが、自責の念が彼
を危険な場所に住まわせた。
 王家の側近を辞退するとともに、王の後継者オジロンにサンチョは一つ頼みごとを残
した。先王パパスの墓はどこにも建てないで欲しいというものだ。パパスは一つ所に留
まる人間ではない。魂だけとなってもそれは変わることはないであろう。かつてパパス
が冗談めかして言ったことでもあった。滅相もない、と当時は言ったものであり、サン
チョとしてもまさか実現するとは思いもしなかった。
 パパスは王家転覆をたくらみヘンリー王子を誘拐、その後追い詰められて王子を道連
れに身投げした。サンチョが聞き及んでいる事の顛末は、おおよそそんな具合だ。有り
得ないことだと分かっているが、証明する手段はなかった。サンタローズに攻め込んで
来たラインハットの兵たちと戦おうとも思ったが、多勢に無勢だった。サンチョには母
国に逃げるより他に手はなかった。
 旅の道中。立ち寄った町。母国に帰った後。幾度となく年甲斐もない涙を流した。サ
ンタローズを滅ぼさせたラインハット王を殺してやりたいと思ったが、当の王は病気で
急逝してしまった。やり場のない怒りの刃は自分に向けられ、さらに旅の道中で魔物た
ちに遭遇すると、それは八つ当たりの殺意に変換された。
 それから、十数年。馴染みの神父や引退した兵と穏やかな時を過ごすのがサンチョの
日常になった。もはや新たな悲しみが湧くこともない。料理も得意である彼がつくる茶
菓子などは仲間内で良い評判を得ていた。
 その日もグランバニアは晴れだった。
 サンチョの家の扉が叩かれたのは、乾いた指で茶を沸かした直後のことだった。
「すいませーん」
 ソプラノの声がドア越しにサンチョに届く。
「はい、はい」
 ほんの少し慌てながら、サンチョは扉を開いた。
 硬直は同時だった。扉の先にいた紫のターバンを巻いた少女は、小さくサンチョの名
を言葉にした。サンチョは王妃マーサを思い出した。次に、偉大なるパパス王を。
「お嬢、様?」
 穏やかな丸い瞳をなお丸くさせている姿が相手の瞳に映る。そこでサンチョはやっと
自分を取り戻した。
「サンチョっ!」
 丸々としたサンチョの身体に、少女の小さな身体が飛びついた。サンタローズにいた
頃から変わらない太陽の匂いがした。何度も修繕をした紫のターバンとマントに残って
いる針運びのあとは、サンチョのものが残っている。昔より背は伸びていた。マーサを
彷彿とするほどに美しく育っていた。しかし、サンチョはオムツの取れない時期から世
話をしてきたのだ。間違えるはずがない。
 サンチョの目の前に現れたのは、パパスの娘リュカだった。


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