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29てのひら・前(旦那はアンディ):2006/03/02(木) 01:06:45
 世界に誇るルドマン家の船が、港町ポートセルミから出航して二日が経った。澄み渡
るコバルトブルーの天空は、夜を二つ越えても変化の兆しさえない。時に遭遇する魔物
を除けば、海の旅は順調なものだった。今日も南方の砂漠に向けて船は進む。
 コツコツと足音を立てながら、船の主はデッキを歩く。現在の主は当のルドマンでは
なく、彼と知り合って間もない旅人の一行だ。まだ少女と呼べる年頃でありながら一行
のリーダーであるリュカは、本日も退屈な見張りをせねばならなかった。海の魔物は陸
のそれに比べて凶暴であるが、棲息する絶対数が少ないらしい。一日に三度遭えば多い
方だった。
 退屈を差し引いても、リュカの顔には暗い色が浮かんでいた。もともと内面を隠すこ
とに長けているわけではない。戦いに次ぐ戦いの記憶は、娘の微妙な心の変化に対して
は何の役にも立ちそうにもなかった。
 彼女は、嫁いだばかりだった。
 式を挙げたのは、ほんの三日前になる。本来ならば無条件な幸せが満ち溢れている時
期であったが、リュカは憂いを消し去れなかった。相手に不満があるわけではない。む
しろ想いが成就した相手であるのだから、これ以上無い相手だろう。
 船酔いにやられ船室で潰れかけている夫のことを考える。自分と出会う前、彼には想
い人がいた。その想いを遂げるため、彼は命まで懸けた。リュカはルドマン家の家宝の
盾を得るために彼に手を貸したに過ぎない。その結果が現在の状態だ。まるで彼の未来
を奪ったように思え、リュカは気落ちする。
 いっそ甘美な夢であったなら。そう思う度、指に光る青いリングが祝福を呪詛のよう
に煌かせる。魔力を帯びた指輪は、長い奴隷生活や剣を握る日々に形作られた硬く無骨
な指を綺麗に収めた。
 リュカは自分の手が好きではなかった。今は無きサンタローズで暮らした幼い頃は、
畑仕事を手伝い手を土に塗れさせたこともある。そうした土の汚れは好きだった。思わ
ず彼女は腰に差した剣を抜き放つ。父の形見の剣は吸い付いたように軽い。
 土汚れの日々とは全く異なる手が今の手だ。魔物を斬り、命を奪ってきた手だ。戦い
の間はそれを忘れられるが、増えた戦いの記憶は更に重く圧し掛かる。戦いに身を投じ
てから一月もない夫を想うと、手の違いをますます思い知らされた。
 マリアのような清楚さはそこには無い。
 フローラのような可憐さはそこには無い。
 ビアンカのような凛々しさはそこには無い。
 記憶の底にある母の暖かささえも、手は譲り受けていないようだった。
 何度目になるか分からない泣きたくなる気持ちで天を仰ぐ。長い付き合いのプックル
が慰めるように鼻を擦り付けた。


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