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32き あ い た め (笑)・後:2006/03/14(火) 12:35:55
「そろそろ船が出るみたいダニ」
 馬車の中からダンスニードルの声がかかった。魔物の身なれど野暮なつもりは毛頭無
かったが、それで出航を逃したら元も子もない。ここから出る船はこれきりなのだ。陽
気な彼の新天地への好奇心が、二人の気持ちを切り替えた。
「ああ、引き止めたみたいで悪いな」
 馬車の扉を叩きながらヘンリーは応える。分かればよろしい、とでも言うかのように
ダニーが馬車の中で踊る。棘だらけの彼の踊りは馬車の中で小さな騒ぎを起こした。中
の様子が手に取るように分かり、ヘンリーは声に出して笑う。これならば寂しがりの子
分が泣くようなことは無さそうだ。笑い声を聞きつけたドラきちが甲高い抗議の声を上
げた。
「じゃ、行って来るね」
「変な男に引っかかるなよ」
 意地の悪い親分の軽口にリュカはそっちこそ、と短く受け応えた。最後の旅人がよう
やく船に乗り込むと、待っていた船員たちは慌しく働き出す。
 手が届かない距離になって、ヘンリーは意を決したように大きく息を吸い込んだ。
「リュカっ! 嫌かもしれないけど、いつか言ってくれ!」
 イオの爆音にも勝る大声を張り上げる。一言を言い切ると、再び大きく息を吸う。
「“ただいま”って!」
 この言葉が、彼女を傷つけるかもしれない。
 ヘンリーはそれを知っている。十年に渡る負い目があるぶん、余計にこの言葉は言い
にくいものだった。
「俺が言えるようにする! それぐらいの国にしてみせるから!」
 リュカが何か言っているのが見えたが、少女の声は王子の耳には届かなかった。
 親分は大変だ、と独り言を残し、ヘンリー王子はキメラの翼を放り投げた。

 リュカは船の内部に置いてもらった馬車に寄りかかっていた。十年以上ぶりの船だと
いうのに、海の独特の揺れを身体は覚えている。懐かしさはあったが、それ以上に港町
ポートセルミに早く着いて欲しかった。
 泣くのは、一人きりが良かった。


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