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30てのひら・後(ただの吊橋効果w):2006/03/02(木) 01:07:31
 妻を娶ったばかりであるアンディが抱くのは、愛しい女ではなく枕と桶だった。船を
出してからまだ三日目であるというのに、早くも陸地が恋しい。船室に篭っていたため
か、黄金色の髪はくすんでしまった様にしなびている。慢性的な船の揺れには未だに慣
れそうにも無い。
「ああ、ありがとう」
 綺麗に掃除された桶をスミスから受け取り、アンディは小声で礼を言う。仲間である
腐った死体には最初こそ驚きはしたが、今ではすっかり打ち解けてしまっている。吐瀉
物を何度も捨ててくれる彼には、いくら感謝をしても足りない。胃の中はとうに空っぽ
だというのに、気分の悪さは収まってくれそうに無かった。
 スミスが外の空気を吸いに外へ出た後、アンディは重苦しい息を吐いた。リュカとの
旅は驚きの連続だった。魔物たちとの旅も笑いが絶えない。命が懸かった旅はサラボナ
での暮らしに比べて楽ではなかったが、楽しいものだった。
 死の火山、滝の洞窟とリュカに助けられ、アンディは彼女に魅了された。自分よりも
年下の少女はしなやかな肢体に不釣合いな怪力を誇り、癒しの呪文も知っていた。旅の
目的を無粋にも尋ねた時、彼女は嫌な顔一つせず応えた。父の復讐を語るときの瞳の鮮
烈さは、彼を貫く黒曜石の槍だった。
 寝台に寝そべりながら、これまでの短い旅路を振り返る。戦闘のたびに彼は無力感に
打ちのめされていた。攻撃呪文の知識はあったが、リュカ一行の戦闘のリズムには着い
て行けたためしがない。アンディは邪魔にならぬよう炎の弾や氷の矢を飛ばすしかでき
なかった。船に乗って以降は潰れてしまい、更に役立たずとなってしまっている。
 フローラへの想いが憧れとするなら、リュカへのそれは崇拝に近かった。その女神が
自分へ好意を持っているというのは、未だに信じがたい事実だ。指にある炎のリングは
古代の代物である割に輝きを損なっていない。武具に馴染まない手であるが、それは指
にぴったりだった。リュカの指のリングと対になるには、それは明らかに貧相なものに
感じられた。
 身を寝台から起こし、窓を開ける。閉め切っていたのでは身体に悪いと仲間に伝えら
れて定期的に窓を開けるようにはしていた。特にアプールなどは鮮度を保ちたがるきら
いがあり、閉め切った空間を嫌っている。
 窓からの光に目を細めると、リュカの姿が見えた。青いリングをしばしみつめたと思
えば、腰の刀を抜き放つ。一連の動作が、一つの舞のようにアンディには見えた。
 その美しさに、アンディは酔いを忘れる。濁った空気さえも洗い流されているのよう
だった。
 フローラではなくリュカを選んだことに悔いは無い。自分が弱いのであれば、強くな
ればいい。
 いつか、その手をとってともに舞えるようになりたい。
 愛する人を抱きしめるために、彼は久しぶりに両の足を立たせた。


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