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持ち帰ったキャラで雑談 その二
278
:
長雨
:2008/04/13(日) 21:12:48
「こんな夜更けに、何処へ?」
声は唐突に彼女の背後からした。
気配は、しなかった。雨に打たれる音も、濡れた地面を歩く音も。
まるでその瞬間に、その場に現れたかのような。
「春の長雨に気配も薄れる闇の中。よく私のことがわかったわね」
「それはもう。あなたの夜を否定する銀の髪は、百由旬先からでもわかる」
「畜生の分際で……いえ、畜生だからこそ、か」
挑発のつもりだったが、狐は軽く笑んだだけ。
その狐――とある妖怪の式であり、その姓を賜って『八雲藍』と名乗る人狐は、
9つの尾をわずかに振りながら雨の中に佇んでいた。
「言わなければならない?」
最初の問いに、問いで返す。
「いえ、特に興味は。ただ…」
肩を竦める。
「害成す毒花は咲かせず摘むのもまた一理、とも思うのよ」
「嫌われたものね」
雨に濡れた銀の髪が頬に張り付く。
遠目から見たら、その姿は幽鬼と間違われたかもしれない。
血の色を湛える紅い瞳も、病的ささえ超えて死人のように白い肌も、およそ人らしさから外れていた。
唯一、この世のすべてを嘲るように笑みを浮かべる、その形相を除けば。
人ならぬ人。蓬莱人とも呼ばれる人の形――藤原妹紅。
「別に、お前にも、お前の式にも害を成す気はない」
「正直ね。もっとも、嘘吐きは正直に嘘を吐くものだけれど」
「お前に害を成して、私に何の益がある?」
「なら何故あの女の側につく」
妹紅の表情が、わずかに変わった。
藍の顔からはとっくに笑みが消えている。
「気付かれていないとでも思った? 接触を持ったことはとうに知れている」
「代理人とはただの呑み仲間よ」
「ただの、ね」
立場こそ隠れてどこかへ赴く様に奇を呈した形ではあるが、
余裕が欠けているのが藍の方なのは明らかだった。
彼女は知っている――『何も知れないこと』を。
この蓬莱人と、あの蒼い僧服をまとった存在の、計り知れなさを。
「不穏分子が二つ合わされば、それはもう必然」
「私は代理人と酒を呑み交わすだけで敵対意思を持たれるわけ」
「痛くないと言うなら、その腹開いて晒しなさい」
「開いたら痛いでしょう」
「不死の身で何を言う」
「痛いのよ。死なないだけで」
「……とにかく。あまりおかしな行動をとらないことね。
橙に少しでも危害を加えるような真似をすれば、決して黙ってはいない」
妹紅はふぅ、とわざとらしく溜息をつき、かぶりを振った。
そうしてまばたきより長く目を閉じ、
「――不愉快だ」
紅蓮の翼が生えた。
瞬時に妹紅の周囲の水分が蒸発する。立ち上る水蒸気に藍の髪が激しくなびいた。
「畜生ごときが、分不相応と知れ」
「その短絡さはわかりやすくて嫌いじゃない。だが……」
激しく吊り上げた口元から犬歯が覗く。
「畜生畜生と、侮辱するのも大概にしろ人の出来損ない。
誇り高き八雲の姓を持つ式を貶めて、五体満足に済むと思うなよ」
スペルカードを掲げたのは、二人同時。
――貴人「サンジェルマンの忠告」
――密符「御大師様の秘鍵」
二つの怪物が夜の空を朱で染める頃。
それを更なる高みから見下ろす一つの影があった。
――影。そう、その姿は影のようだった。
それは夜に溶け込む漆黒の翼によるもの、ではなく。
獲物を狩るために気配を殺す、獰猛な肉食動物のそれだった。
「質対量、の争いになりますかね」
右手には望遠用レンズのついたカメラが握られている。
「いつ起こるかはわからない。けれどいつか必ず起こる」
髪がなびく程度の風が吹き。
次の瞬間には、大気の流れにその身を移し気配が完全に消えた。
あとに残されたのは、残像のように空気を震わせる一語だけ。
――来る日の第二次終末戦争、この射命丸文がすべてを歴史に留めましょう。
279
:
朝御飯と新聞
:2008/04/16(水) 08:28:17
「あら」
「ん?」
目の前に広げられた新聞から上がった声に彼女はトーストをかじりながら、顔を上げた。
朝の静かな食卓。
住人達の殆んどが朝食を済ませたそこに偶然顔を合わせた二人はいた。
最も縁側で寝ている酒飲み鬼が立てる大鼾で実際には静かさとは縁遠い。
閑話休題。
文々。新聞と書かれたそれの向こうで相手は相変わらず何かに目を通しながら、
教育が足りないかしら等と呟いている。
「…何か面白い記事でもありました?」
指についた油を舐めとりながら、問いかける。
「ちょっとうちの式がね」
それだけ言うと相手は新聞を畳み、その記事が見える様に彼女へと差し出す。
『大激突!雨夜の死闘』等と銘打たれているそれに目を通しながら、訊いた。
「で、藍がどっかの誰かさんと闘うのに不都合でも?」
まだわからないのかとか言わんばかりに大袈裟に呆れながら、湯呑の茶をすする。
「私が決めた通りに動かなければ力は十分に発揮出来ないのは…」
答えを待つようなそぶりの相手に彼女は肩をすくめる。
「耳にタコ。
ってつまり今回のは彼女の独断?」
「そういうことになるわね」
どこから取り出したのか、日傘を手に、空中をなぞるように横に手を動かす。
「式は道具、道具は指示通り動いて初めて真価を発揮する。
…それを自身の考え、感情で動けばいずれは命を落とす。
…あの子ほど有能な道具を失うのは惜しいわ」
言いながら、日傘を開けた隙間へと差し込み、ぐりぐりと手を動かす。
何をしているかは、大体想像がつく。
(でも、本当は心配なんだろうな)
口では道具、道具と言いながら、その口調には僅かだが不安を感じてた。
(とは言え、気のせいかもだけどね)
隙間から聞こえてくるか細い悲鳴様な声にきっと隙間の向こうでは朝から
スプラッターショー絶賛開幕中なんだろうな、とどうでもいいことを考えながら
最後のカフェオレを胃に流し込み、彼女、村上紫は食卓を後にするのだった。
おおむね、今日も平和です。
280
:
抱擁
:2008/04/19(土) 18:20:35
あなたには、わからないでしょう。
何故、私は自覚してしまったのでしょうか。
意識がそちらに向くだけで、絶望的な衝動が心の深淵からせりあがってくる。
吐き出すことが出来るというなら、胃液で喉が焼けつくまで嘔吐するのに。
どれだけ思い患ったところで、それは量を増して深淵に沈んでくるだけ。
重すぎて、浮かび上がる事もなく、心の底に泥土のように積もっていく。
それは昏く、絶望と呼ぶにはあまりに虚ろで、明確な形を持たない。
虚ろであるからこそ、形を持たないからこそ、私自身ではどうすることも出来ない。
足掻くことすら許されず、蹂躙されていくのです。
何故、私は自覚してしまったのでしょうか。
ただ平穏であれば良かったのに。
幸せになりたい、なんて贅沢は言いません。
少し怒って、少し悲しんで、それよりほんの少しだけ多く笑えれば、
それ以上なんて決して望みはしなかったのに。
――いいえ、平穏さえも望みません。
何もなければ良かった。
苦しむことで生まれる苦しみを抱くくらいなら。
決して報われることのない想いを背負うくらいなら。
自覚していることを、私は自覚したくなかった――
あなたには、わからないでしょう。
私の心を犯しつくした、世界で最も憎むべき、愛しい人。
……………………
281
:
向日葵畑の真ん中で
:2008/04/20(日) 12:34:31
幻想郷の中の、向日葵の花畑。
向日葵の黄色に覆われたその真中に一人の少女が佇んでいる。
その少女はくるくると日傘を回しながら、退屈そうに欠伸を一つして呟く。
「何か面白いことは無いかしらね…」
退屈、と一言付け加える直前、遠くから足音が聞こえた。
ふと音の方向へ振り向くと、こちらに向かって走ってくる小さな人影が一つ。
「…あらあら、また来たのね。」
少女は、その突然の来訪者が誰か把握すると、微笑みながら声をかける。
そして、その小さな来訪者も笑顔で言葉を返す。
「あら、こんにちはメディ。」
「幽香〜っ、こんにちは〜!」
…今日も、また楽しくなりそうね。
そう心のながで少女…風見 幽香は呟いた。
ごめん、個人的に幽香×メディが書きたかったんだ。
異論は認めるから鈴蘭の毒は勘弁を(ピチューン
282
:
月光
:2008/04/21(月) 01:34:17
「貴方が外に出るなんて珍しいわね」
背後に降り立った相手に声をかける。
先程まで騒がしかった妖精達は慌てて姿を隠し、息を殺していた。
「こんないい夜だもの。外に出ないのは惜しいわ」
「今頃、貴方が居なくてきっと大騒ぎよ」
「大丈夫、皆眠ってもらったから」
彼女の言葉に少女は紅い眼を細め、にぃっと笑う。
その表情に彼女の顔が僅かに曇る。
「ふふ、大丈夫。誰も゙壊してない゙わ」
手にした歪な杖を彼女に向けながら、続ける。
「貴方はあいつを倒して、契約を結ばせたのよね?」
彼女もまた閉じていた卍傘を広げて、薄く笑う。
「えぇ、そうですわ。そして、それは貴女にも言えること」
ぴくりと少女の羽根が動く。
「私はあいつよりも強いわよ?」
「力だけが強さに非ず、そして貴女はまだ彼女より弱いわ」
その言葉に少女、フランドールの周囲が漏れ出した妖気で紅く染まっていく。
あらあら、と慌てる様子もない彼女、八雲紫の周りの空間が軋みを上げる。
「ならば、ここでわからせてよう、八雲の大妖!」
「その未熟さを知らしめよう、悪魔の妹!」
それぞれがスペルカードを掲げ、高らかに宣言する。
――秘弾『そして誰もいなくなるか?』
――紫奥義『弾幕結界』
月の光の元、繰り広げられる光景に彼女は溜め息をついた。
「まさか八雲紫に喧嘩を売りに行くなんて、あの子も大胆ね」
背中の羽根を落ち着きなく動かしながら、
彼女、レミリア・スカーレットは何度目かの溜め息をついた。
いつものように神社から帰ってみれば、妹は脱走、館内は酷い有り様であった。
挙げ句、幻想郷の賢者に喧嘩を売る妹の姿を目の当たりにし、彼女は
「…まあ、とりあえず帰って紅茶でも飲みましょ」
飽きたのか、いまだに弾幕ごっこの続くそこから飛び去るのであった。
翌朝、フランドールの機嫌が悪かったのはいうまでもない。
283
:
黒兄貴からのリクエストSS その1
:2008/04/21(月) 18:13:59
遠い昔、遥か彼方の銀河系で…
――エグゼキューター級スター・ドレッドノート『リーパー』
銀河内乱や帝国の継承者争い、反乱同盟軍の再来、シ=ルウクの乱、イェヴェサの乱等、平和を
脅かした数々の戦乱が遠い日の記憶となりつつあった時、この巨大戦艦に2人の新米パイロットが
着任した。
新しい人員の着任自体は珍しいことではない。欠員が出たり、他の艦や基地に欠員が出れば、人
の移動は付き物だからだ。しかし、送られてくる人員の内容によって迎える側の対応は異なる。今
回もそういったケースの一つだった。配属される中隊の全員、そして航空団司令、艦長、提督まで
が勢ぞろいして迎えたのである。普通、新米パイロットに対してこのような待遇はありえない。しか
し、人物が人物であった。
「申告致します!クリスティアン=ピエット少尉、ESD『リーパー』第1戦闘機中隊配属の辞令により、
13:20分着任致しました!」
「申告致します!クリスティアーヌ=ピエット少尉、ESD『リーパー』第1戦闘機中隊配属の辞令によ
り、 13:20分着任致しました!」
若い男女が航空団司令に着任の報告を行う。二人とも整った顔をしており、水晶色の髪と尖った耳
を持っていた。その身体的特徴と名前で分かるだろう、二人はピエット大提督とその夫人のシュヴェ
ルトライテ将軍との間にできた双子なのである。生まれながらにフォースの才に恵まれたシスの双
子はパイロットの道を志し、今その第一歩を踏み始めたのである。
「よろしい、両少尉。諸君の直属上官になるのがバリック中佐だ。しっかりやってくれたまえ」
将位を持つ航空団司令も緊張気味に2人にそう言った。この場で緊張を覚えていないのはペレオン
大提督くらい…いや、もう一人居た。中隊長のバリック中佐である。
284
:
濡羽
:2008/04/22(火) 23:55:34
「天狗。私のところに来てもあんたの好むスクープはないわよ」
開口一番、彼女は宙から舞い降りた翼に牽制を加える。
「私には文という名前があるんだけど」
「知ってるわ」
文(あや)と名乗った少女は肩を竦めて苦笑。
ブンヤを自称するこの鴉天狗は、時折こうして誰かの前に姿を現しては
無許可かつ強硬に取材を行うことで知られている。
またそうして収集した情報をまとめた「文々。新聞」なる報道誌は、
その遠慮容赦の少なさに反比例するように諸処で好まれている。
だが、この巫女が文の揃える『スクープ』に興味を示すことは稀だ。
そして関心のベクトルが合わない事象に対してとる所作は、
道端に転がる石ころを拾う動作よりも情動に欠けている。
人間味がないとは言わない――人ならぬ身故『人間味』を定義できないというのもあるが。
しかし少なくとも文の知る人間の多くは、そこに類似した方向性が見られるものだ。
一切の類似を見出せない、そもそもベクトルの次元が違う存在。
そんな人間を、文は『変わり者』と呼んでいる。
――無論、胸中でだが。
「今日は世間話をしに」
意外そのものといった表情で、巫女。
「この世界はどう?」
文の問いに、わずかに微笑。
「おかしな言い回し。世界…そうね、幻想郷と大差はないんじゃない?」
一度区切ってから、付け足す。
「――人為的に隔絶されている、という意味では」
「さすが博麗の巫女。わかるの?」
「そんな気がするだけ」
今しがたまで掃除に用いていた箒を、手持無沙汰にもてあそぶ。
神社の境内に比べれば猫の額に等しい庭。掃除などする必要性さえないのだが、
それでも何となく決まった時間にこうしているのは、単なる習慣の延長である。
ちなみにこの箒、ピンク髪の魔女所有のものを無断で使っているのだが、今のところバレてはいない。
「けどおかしな話。何故、私達はここにいるのかしら」
博麗大結界。その名を知らぬ者は幻想郷にはいない。
一方でその博麗の姓を持つ巫女はあっさりと、
「あんたは夢の中で何故自分がここにいるのかいちいち懊悩するの?」
ハゲたら天狗から河童になるわよ、と付け足される。
その理屈は文の理解を超えていたが、おそらく知る必要のないことなのだろうと判断。
ふと、
「結界と言えば、八雲の神隠しに会ってきたわよ」
「紫に?」
巫女の応対がその一言で激変した。
「……あんた、それを私に伝えてどうするつもり?」
「ふと思い出しただけ。あの家はお得意さんだもの」
その言葉に含まれた真意に、巫女は気づいただろうか。
「ふん。そんな近くにいるのなら、熨し付けて送りつけてやろうかしら」
「何を?」
「紫の式をよ」
ここにきて初めて、巫女は文をひたりと見据えた。
「言っとくけど、私はどちらにもつく気はないからね」
これで満足? と付け足そうと思い、やめた。
そこにはすでに文の姿はなかった。
それこそ夢のように消えていた。
285
:
閃光
:2008/04/27(日) 09:26:10
見上げる空はあまりにも高く。
突き刺さる夜明けの閃光に、自然目を細める。
何かを、愛おしむように。
草一本のなびく音さえ聞こえる静寂の下、この身を震わす感情を持て余す。
喜びにしては頽廃。
悲しみにしては蠱惑。
言葉で表すには何もかもが足りない。
ただ胸の中を埋め尽くす充足だけが、そこには在る。
独りであることの幸福。
孤独であることの不幸。
幸せであることは難しく。
不幸であることは、こんなにも、容易。
月が傾き、色褪せる。
大地を貫く十字の暁に、生死の罪が裁かれる。
見上げる空には、届かない。
空を飛べても、地平の果てまで駆けても、届かない。
――こんなにも近くて、遠い世界。
涙が溢れ、止まらない。
286
:
憐哀編side春原:間章
:2008/04/27(日) 19:33:07
――さよなら、ヨーヘー
「なんだよ、それ…」
わからない。
こいつは一体何を言ってるんだろう。
突然だった。
わずか数十分。
その間に、一体何が――いや、一体誰が。
この少女を、ここまで追い詰めさせたのだろう。
「なんだよ、それ!!」
僕は今、何に腹を立てているんだろう。
「意味わかんねぇよ! これまで好き勝手に僕を振り回しといて!
今さら一方的になめたこと言ってんじゃねぇよ! 自分勝手にも程があるだろ!」
違う。
僕はこんなつまらないセリフを吐きたかったわけじゃない。
なぜ、こんなことになったのかと。
何が、ここまでイサを追い詰めるのかと。
――どうして、何も語らず独りでどうにかしようとするのかと。
イサは、背中を向けたまま何も答えない。
「こっち向けよコラ!」
それは普段の行動が反射となって表れた結果だった。
見た目僕よりお子様の彼女の肩を、僕は力任せに引っ張っていた。
お子様相手と遠慮する余裕もない。そのくらい僕は動揺していた。
いつも突き放す側だったからこそ、今突き放されたことに平静を失っていた。
当たり前だったものが失われんとする、その瞬間。
けど、僕の必死よりも、イサの覚悟の方が遥かに上だった。
「!?」
腹部に走るすさまじい衝撃。
痛い、なんて感じる余裕もない。
腰が抜ける感覚を、僕は生まれて初めて知った。
足に力が入らない。
膝から崩れ落ちるように、僕の体は力を失っていく。
――ごめんね。
耳に届く、かすかな声。
軽く抱きしめられる。
見えない。呼吸ができない。苦しい。
――大好き、だから。
口が塞がれる。温かい柔らかさ。
頬に当たる冷たい感触。
この時のことを、僕はこれから忘れることは出来ないだろう。
縋られていたものに、縋ろうとして。
突き放された時の、やるさなさを。
僕は、決して、忘れない――
287
:
神葬祭
:2008/04/29(火) 21:42:31
「霊夢、何をしてるの?」
昼間から部屋の片隅に佇んでいた博麗神社の巫女に、
夜も更けたこの時になって初めてリディアは声をかけた。
何しろ、食事もとらずに黙々と作業をしているのだ。
――いや、それは作業と呼んでいいのかさえ不明だった。
彼女は手に旗のようなものを持ち、正座姿でずっと目を閉じていた。
声に反応した霊夢は、わずかに疲れているようだった。
「頼まれたのよ」
微妙に答えになっていない。
「そもそも私は巫女であって神主じゃない。神職にも就いてない。
祀りを行うには分不相応だって言ったのに」
溜息交じりに肩をすくめる。
「祖霊舎も奥津城も用意できない。それ以前に遷霊祭だって無理よ」
おまけに何やら不平不満。
「その割に、やけに一生懸命に見えたけど」
「一生懸命、ね。柄にもないわ、本当」
軽く自嘲しながら、額の汗を拭うように前髪を軽くかき上げる。
その重い動きに、頭の可愛らしいリボンさえ重苦しく感じる。
「始めて10分で後悔したわ。やめときゃよかったって」
リディアにはその言葉の意味が理解できない。
「……でも、すっと目を閉じてただけでしょ?」
そこに何の意味があるかはわからない。
だが、やめようと思えばいつだってやめられたような気がした。
少なくともリディアには、霊夢の今日一日の行動によって何かが変わったようには思えない。
「変わるのよ」
リディアの言葉を、霊夢は一言で一蹴。
「こういうのはね。変わると思えば変わるの。
経験ない? 『今日はきっとついてない』と思った朝に限って、その日はついてないとか」
こくこくと頷く。
「それはその日が本当についてなかったわけじゃない。
いつもなら瑣末事として気に止めないことを、何でも『ついてない』と捉えるからついてないの」
だから、
「こうして祈ることで、誰かの想いに報いることが出来るのであれば。
……そこには意味があるのよ。確かにね」
そこでようやくリディアにも理解できた。
彼女がここで、どんな気持ちで、何をしていたのかを。
「……一生懸命だったんだね」
同じ言葉を繰り返す。さっきとは、微妙にニュアンスを変えて。
「当たり前でしょ」
すると、返ってきた言葉も変わった。
霊夢は深く息を吐き、目を閉じる。
少し翳を帯びたその表情は、薄白い明かりの下でもはっきりと陰影が浮かぶ。
今、彼女の胸の中ではどんな感情が廻っているのか。
リディアにはわからない。
――ただ、ひとつだけ言えるのは。
「私には何も出来ない。せいぜい祈ることぐらいだって――そう言ったのに」
彼女は自ら望んでそうしていたのだと言うこと――
「知り合いの知り合いの知り合いなら、赤の他人とも呼べないしね」
「まだ続けるの?」
「そうね、日付が変わるまでは。そこに意味はないけど」
リディアは少しだけ逡巡し、やがて意を決して、
「……私も、参加していいかな」
「ご自由にどうぞ」
その言葉をあらかじめ予想していたかのように、霊夢は即答。
「ただし、日付が終わったら直会を用意してもらうわよ」
「なおらい?」
「後で教えたげるわ。ほら、正座しなさい。
言っとくけど、途中でやめることは許さないからね」
これが俺に出来る精一杯ってことで。
せめて冥福だけは祈らせていただきます。
288
:
衝動
:2008/05/01(木) 00:07:28
背後から寄る気配が自分を目的としているのは明白だった。
故に、妹紅は振り返る。
「何?」
「……いや、そんな先制攻撃かけられると、返って聞きずらいんだけど」
気配を具体化したその存在は、何故か両手をあげて万歳――もしくは降参の合図――をしていた。
無論、見覚えがある。
「バカコンビの片割れか」
「ネジが緩み過ぎてあちこちに落として回ってるアホ盗賊と一緒にすんな!」
誰とも言ってないのに相方がわかる時点で、自覚してると吹聴しているようなものだ。
嘆息するのさえ馬鹿らしく、視線を明後日に逸らす。
「あのさ、もこー」
そこで会話が終わらなかったことにやや苛立ちつつ、視線を戻す。
鮮やかなピンクの髪を、尾のように頭の後ろで揺らすその姿。
彼女――アーチェは、はっきり言って妹紅の苦手なタイプだった。
いや苦手と言うよりも、もっと純粋に、嫌いだった。
「も・こ・う。無闇にのばさないでくれない?」
「はいはい、でさ、もこー」
これだ。
バカはバカであるが故に、こちらとそちらの境界線に気づかない。
――あるいは、気づきながらなおそれを無視して踏み込んでくる。
妹紅にはそれが不快でならない。
体の中を這い回る蛆のように、おぞましく鬱陶しい。
「あたしの箒を知らない?」
「は?」
即座に生じた疑問は二つ。
ひとつ。何故それを自分に聞くのか。
ふたつ。何故その問いに自分が答えると思っているのか。
「なんか今朝から見当たんないのよ。あちこちに聞いて回ってんだけどさー。
あと聞いてないのは、文に霊夢、それにナミ……は聞きようがないか。
あれがないと空飛べないし、空飛べないと歩いて街まで行かなきゃなんない。
そんなのこのアーチェさんに耐えられるわけないじゃん?」
――知るか。
「どっかで見かけた、ってのでもいいからさ。知ってたら教えてくんない?」
「……生憎と、私は知らないわ」
衝動で込み上げた破滅的な感情を、すんでのところで圧し留める。
あと少し抑える力が弱ければ、懐に忍ばせたスペルカードに手をかけていた。
――忌々しい。
漆黒の殺意と共に思い起こされるのはひとつの顔(かんばせ)。
妹紅から人としてのすべてを奪い去った、万の死を刻みつけてなお足りぬ大罪人の顔。
「んー、そっか。あんがと」
妹紅の衝動を知ってか知らずか、アーチェは軽く言って妹紅に背を向ける。
「あぁ、それと」
まだあるのかと再び湧き上がった熱い揺らぎは、次の瞬間に凍結した。
「気をつけんのよ。『ここ』はアンタが思うほど、優しくも辛くもない」
すぐに扉の向こうに消えた背中を見送ってから、妹紅は後悔した。
躊躇わずに、撃つべきだったと。
289
:
レイレイの探し物
:2008/05/05(月) 20:55:56
ときどき私はとある物を無くす。
でも私には何がないのかわからない。
それは大切な物というのはわかっているのだが、
しかし何を忘れていたのかは覚えていない。
「何を忘れてるんだろ、私」
青空の下、青々とした草の上にねっ転がり、しばらく考えていた。
でも何も答えはでない。眠くなっただけ。
そのまま私はぐっすりと眠ってしまった。
気がつくと辺り一面は真っ暗になっていた。
誰もいない。見慣れている風景さえ怖く感じる。
どうしたんだろう、魔界じゃこんなこと感じなかったのに。
そうか、ゆっくりすること、安心することを忘れていたんだ。私は悟った。
魔界ではいつも神経を研ぎ澄ませ、後ろから来る敵に備えていたが、
今ではその必要は全くない。当たり前だ、何もない平穏な世界なのだから。
だが、だからこそ安心できたのだと私は思う。
ああ、魔界には戻りたくないなぁ
290
:
憐哀編sideイサ:序章
:2008/05/05(月) 22:41:52
生まれつき、ボクの心は欠けていた。
それは悪魔として生を受けた身であれば歓迎すべきことだと、いつか言われた記憶がある。
――悪魔。
自分という種族を表すその単語に、特にこれといった他意を覚えたことはない。
ただ、『悪魔』であれば自分は喜ばれるのだと、幼心にそんなことを考えた。
喜ばれることは、嬉しい。
ボクは『悪魔』であることを誇りに思った。
――それなのに。
歯車は、一体いつの間に歪んでしまったんだろう。
理由はわからない。
――嘘。
わかっている。
教えてくれたから。
ただその当時のボクはまだまだ幼くて、拒絶される意味を理解することなんて到底出来なかった。
けれど、覚えていた。
言われた事実は事実として、整理されることもなく、心の引出しの片隅に
ずっとずっと置きっぱなしにされているだけ。
今でも簡単に思い出せる。
昨日のことのように。
そして今ならその時の言葉の意味がわかる。
思い出しても、痛くない。
思い出しても、辛くない。
生まれつき、ボクの心は欠けていた。
291
:
憐哀編sideイサ、1
:2008/05/05(月) 22:43:10
一日目 AM 3:00
限界が近いことをイサは自覚した。
――時間がない。
このままでは終わってしまう。
いや、終わってしまうことは仕方がない。
それは不可避の事象だ。
イサがイサとして存在する以上、それからは決して逃れることは出来ない。
それは、息を吸えば吐くように、手を挙げれば下ろすように。
起点から終点までの過程に疑念を抱く余地すらない、当たり前のこと。
自分は終わる。
それはいい。
だが、このままではダメだ、とイサは考える。
このままでは、何も残らない。
自分はただの悪魔の一人として、誰の心にも残ることなく、消えてしまう。
それは嫌だ。
せめて、せめて今の自分のことを覚えていてほしい。
これ以上ないというくらいに。
心の根に当たる部分を縛り上げ、一生自分という存在に囚われ続けるほどに。
そんな『ささやかな願い』を叶えてくれる存在を、イサは一人しか知らない――
292
:
紅夜
:2008/05/06(火) 08:18:07
(さて、どう終わらせたものか)
視界を塞ぐ紅の波をかわしながら、彼は月を背後に浮かぶ少女を見上げた。
機嫌がいいのか、人であれば卒倒しかねない笑みを彼に向けながら、その手を振るう。
ばっ!と少女の姿が無数のコウモリへ四散し、その一つ一つからナイフが彼へと降り注ぐ。
「ふん」
それに対してか、男は鼻を鳴らし、少女ど同じ様゙に四散した。
「そういえば、貴方も霧になれるんだったわね」
コウモリ達が集まり、元の形へと戻りながら、霧になった男を見つめる。
「お前ほど万能でもないがな」
少女と対になるような、黒く深い闇を纏いながら、男が答える。
紅に呑み込まれながら、黒へと染まる場で二人は暫し見つめ合った。
その視線は愛しい恋人同士のそれの様な熱を帯び、獲物を狩る獣の様な鋭さを秘めていた。
「そろそろ、夜が明けるわね」
少女の言葉が二人の時間の終わりを告げ、
「ああ、また忌むべき朝が来るな」
男の言葉が始まりを告げた。
「なら」
「今この時を」
「楽しみましょう」
「楽しもう」
「「こんなにも月が紅いから」」
日の光が世界を染めるその時まで紅と黒は世界を染め上げる。
293
:
キルアから見た恋愛
:2008/05/07(水) 15:38:17
ここに恋する男が2人(+1匹)。
「はぁ…ジラーチさん…」
「雪…」
「レイレイ…」
――なんだろう。恋愛は別に悪くないと思うよ?俺は。あいつ等の恋を応援してあげたいという気持ちもあるし。ついでに言うと、 (頼まれたらの話だけど) 恋愛を手伝ってやってもいい。
――けど…モヤモヤする。
あ、 断 じ て 嫉 妬 じ ゃ な い か ら 。
このモヤモヤの原因はあれだ。『理由が分からない』。
ジラーチは常に元気で可愛いし雪という奴はシッカリしていて女らしいしレイレイは異性を魅了させるようなオーラがある。
だけど、これだけで恋に落ちるか普通?人それぞれと言ったらそこで終わりだけど俺は納得いかない。
「ジラーチさんってかっこいいよね」
「雪とは、いずれまた交際したい」
「レイレイのフィギュアで毎晩(ry」
あーあ、始まったよコイバナって奴が。女だけがすると思ってたけど男もするんだな…って最後待てよ最後。変態発言だろ?あいつが見てたらどうすんだよ。
…………
なんか恋って凄いな。
こんなに他人を虜にできるなんて。ま、俺はゴメンだけど
294
:
宵闇
:2008/05/07(水) 23:02:19
――月符「ムーンライトレイ」
文字通り夜を裂く閃光の槍。
完全な不意打ちに、妹紅の反応は致命的なまでに遅れた。
そして――直撃。
「……っ!」
声は出なかった。
――声帯が消滅したのかもしれない。
左半身の感覚がない。
――そもそもまだ存在しているのか。
思考が徐々に鈍っていく。
――まさか、脳が、壊れ……
――「リザレクション」
意識が戻った。
左手を動かしてみる。五指は妹紅の思うままに従った。
念のため頭に触れてみる。陥没している気配はない。銀の髪一本までそのままだ。
――完全に「復活」していた。
こんな短期間で復活できたところを見るに、威力はさほどなかったらしい。
おそらく突然の衝撃に脳がパニックを起こしたのだろう。
「……またお前か」
妹紅は語りかける。突如奇襲をかけてきた相手に向かって。
「む、その声はまさか『はずれ人』?」
声の返ってきた先に、しかし姿はない。
――いや、姿は『あった』。
夜よりもさらに昏い宵闇。
如何に目をこらしたところで決して見透かすことの出来ない深淵。
それが声の正体だ。
「なんであなたばかりひっかかるのかしら」
それはこっちが聞きたいと妹紅は思う。
「魚を獲るつもりがヒトデやクラゲばかりひっかかってしまう漁師の気持ちって、
きっとこんな感じなんでしょうね」
「…そもそもお前はこんなところに『網』を張って、一体何を狙ってるわけ?」
やや呆れ声の妹紅に対して、宵闇は応える。
「決まってるでしょ。人間よ、人間。今晩のおかず」
「一応聞くけど。ここはどこ?」
「空ね。地上200メートルくらい?」
しばし、お互いに無言。
「……木に縁りて魚を求むとはこのことか」
「? そーなのかー」
「鬱陶しいからやめてもらえる? お前の闇は夜に紛れると区別がつかない」
「だから罠になるんじゃない」
「相手を視認できない罠に何の意味があると?」
宵闇がかすかに蠢いた、気がする。
正確に言えば、人為的に作られた闇の中に埋もれた姿が、だが。
その闇は外から中を見ることが一切叶わない代わりに、中から外を見ることも一切叶わない。
しばらく逡巡してから、闇はぽつりと、
「……そういえば、私はどうやって罠にかかったことを知ればいいのかしら?」
――適当に放ったのであろう先のスペルカードが偶然にも直撃したことは、妹紅にとって屈辱の極みだった。
「……木は炭に」
「え?」
「物は灰に。人は焼死体に」
闇の奥の気配がすくみあがるのがわかる。
妹紅の背に生える炎の双翼が、彼女の意思を反映して燃え盛る。
「――闇は、焼けば何になるのか知らん」
光も通さない闇から一人の少女が飛び出した。
金髪の幼い容姿に、黒のロングスカート。
宵闇を生む妖怪――ルーミア。
一目散に逃げ出すその背に向かって、妹紅は掲げる。
不尽の煙を生む炎を。
――不死「火の鳥 -鳳翼天翔-」
そうしてあたりに夜が戻った。
火の鳥に貫かれた闇は、霧散して夜に溶けた。
『私は焼いてもおいしくないよーーーーーーーー!!!』と叫びながら遠ざかった声も、もう届いてこない。
深々と嘆息。しばらくしてから、来た道を逆に辿る。
今晩もそこには届かなかった、と思いつつ。
295
:
ありがた迷惑
:2008/05/09(金) 23:52:03
テーブルの上に鎮座する大きな箱を覗き込み、紅は思わずぎょっとした。
黄色の長方形の物体がこれでもかと言わんばかりに箱の中にぎっしりと詰め込まれていたのだ。
「食べちゃ嫌よ?」
いつの間にやら、彼女の隣には八雲紫がいた―但し、スキマから逆さまの上半身のみ。
「…つか、これ食べ物なんだ」
最もらしい疑問を口にしながらも、半眼のまま黄色い物体(食べ物?)を見下ろす。
「しかしこんなにどこに送るのよ。白玉楼かなんか?」
一番可能性の高い場所を口にし、だが、逆さまの紫は扇子で口許を隠して笑った。
「今回は違うわ、私の式の所よ」
式、と言われて、紅はああと声を上げた。
「藍か」
「そ」
箱の蓋がひとりでに閉まり、封がされる。と、箱の真下に隙間が開き、重力のまま箱が下へと落下する。
隙間からはドスンという音と向こうの住人だろう声がいくつか聞こえたが、
紫は笑うだけで紅は思わず頭を抱えた。
「ああそれと」
まだ何かあるのかと言わんばかりに視線を向けた紅の目の前に一枚の紙が差し出される。
「請求書、貴方の名前でつけておいたからお願いね☆」
まさにゆかりん!
ワナワナと震える彼女の異変を察知したのか、今でくつろいでいた者は脱兎のごとく逃げ出し
「――っんの、隙間があぁぁぁぁぁっ!!」
吠える彼女の魔法で家が半壊したのはいうまでもない。
どっとはらい
296
:
悦び
:2008/05/11(日) 01:05:40
この気持ちを言葉で表すとしたら、適切な語彙は何になるのでしょう。
何かに追い詰められているのがわかる。
進むということは、いつか辿りつくということ。
一本しかない道を歩き続けている限り、その日は必ずやってくる。
たとえそれが望まぬゴールであろうとも。
その時こそが私の始まりであり。
すべてが終わる日でもあるのです。
何かに追い詰められているのがわかる。
それがこんなにも悦ばしいことだったなんて。
愛しい人。
もっと悩んでください。
もっと苦しんでください。
あなたがそうして苦しむのは、私のせいなのですから。
もっと、もっと。
私の存在を刻みつけてください。
あぁ、いつになればやってくるのでしょう。
――世界の終わりは。
――私の始まりは。
297
:
老大提督の贖罪
:2008/05/11(日) 09:49:40
――惑星ビィス軌道上・ESD『リーパー』ブリッジ
帝国の副都ビィス。この惑星はインペリアル・センターに次いで二番目の規模を誇る
メトロポリス惑星である。地表を摩天楼で覆いつくした惑星の軌道上には、この惑星
を母港とし、『死神』の名を持つ旗艦を有するペレオン艦隊が浮かんでいた。
ブリッジの窓の前で佇む老人が居た。ギラッド=ペレオン…エンドアの撤退戦におけ
る最大の功労者で、その後の数々の戦いで『キメラ』、『ルサンキア』、そして今の旗艦
である『リーパー』を率いて武功を立ててきた老将である。彼はまたしてもディープ・コ
アに侵入してきた反乱同盟軍の機動部隊を撃破してきたばかりだったのであった。
「…ふぅ」
「お疲れですか?大提督」
溜息を吐いた彼に、『キメラ』以来彼の旗艦の艦長を勤めてきたアーディフ艦長が声
をかける。無理も無い、パルパティーン皇帝というカリスマ指導者が居なくなった後の
彼らの職務は激務の上に激務を重ねるものだった。自由と解放を掲げる反乱同盟軍
はそのスローガンとは裏腹に帝国の高官から自由を奪っていることに気が付いている
のだろうか。更に、彼は既に70歳を超えている。普通ならば彼くらいの齢の者は退役
して、帝国へ長年の忠誠を捧げたことに対する見返りとしての十分な額の年金を受け
取り、悠々自適に暮らしているはずだ。しかし、一連の混乱が彼に安息を与えることは
しなかった。艦長が気遣うのも当然のことである。
だが彼はいいや、と首を軽く横に振った。恐らく彼の見栄もあっただろうが、実際のとこ
ろ彼は別のことを考えていた。
「息子の事を…考えていたんだ」
「息子…」
艦長は少し考えて納得した。しかし、もし彼でなかったら納得には至らなかっただろう。
公式の記録によれば、ペレオン大提督に妻子が居たという記録もクローン施設を利用
した記録も養子を取った記録も無い。従って、息子と呼ぶ存在は皆無の筈だが、存在
した。私生児として。
マイナー=デヴィス…インペリアル・スター・デストロイヤーの艦長を務める帝国軍将校
だ。2度のデス・スター破壊による高級軍人の大量喪失を利用して30代半ばでのし上が
った者だ。しかし、勤務記録によれば彼の成績はどの階級・ポストでも優秀なものであり、
勲章や賞状の授与に何回も与っている。しかし、その出生は謎に包まれていた。いくら
高級軍人の大量喪失があったとしても、インペリアル級の艦長ともなれば高官が後ろ楯
にいなければ、彼の若さで任命されるのは難しい。その為、色々な憶測が流れていたが、
ペレオンの隠し子だったのである。
マイナーの母が妊娠したことを若き日のペレオンに告げた時、彼は結婚していない相手
との間に子ができたことが公になれば自身の出世に傷が付くと考え、私が父親というこ
とは伏せて欲しいと頼み、彼女は泣く泣くそれを承諾した。彼も自分を冷たい男だと自分
を呪い、彼女と息子に対して可能な限りの援助を続けていた。いずれ出世した暁には妻
として迎え、息子として認知しようと。しかし、その願いは永久に果たせなくなった。彼が
キャッシークのウーキー奴隷化任務に赴いた時、不慮の病に彼女は斃れ、帰らぬ人とな
った。この事を後で知ったペレオンは人知れず慟哭した。しかし、まだ息子が居た。せめ
てもの罪滅ぼしに彼にはできることをしてやろうと考えた。
親しい同僚に息子を預かるように頼み、軍事アカデミーに入る際も教官達に根回しを行
い、長じては重要なポストに就けるように手を回した。息子だけが彼の生きる理由なので
あった。
彼は何度か息子に会っている。会う度に息子の成長に目を細め、自分とかつて愛した人
の面影が彼に表れていることをまた喜んだ。マイナーも最初は父が母子を出世の犠牲に
したことを良くは思わなかったが、彼をペレオンが裏で支えたことを育ての親から聞かされ、
ペレオン自身の告白もあったことで、わだかまりも大分消えた。
「もう…よろしいのではありませんか?十分に贖罪は…」
「いや、生涯…永遠に償えるものではない…それにまだ1つやるべきことが残っている」
「1つ…?」
「ああ、この休暇に取り掛かるとしよう」
数日後、帝国軍人事局の整理課の仕事が一つ増えた。ある将校の名前を書き換える仕事
である。1人の事務官がコンピュータの電源を入れ、インスタント・コーヒーを傾けながら作業
を確認していた。
「どれ、今日もお仕事に取り掛かりますか!最初の奴は…マイナー=デヴィス大佐…姓を変
更…改姓前:デヴィス…改姓後:ペレオン…マイナー=ペレオン、か!」
298
:
贈り物
:2008/05/11(日) 10:20:32
一瞬、そのシュールな光景にアーチェは我を忘れた。
「きゃー潰されたー」
ぱたぱたと手足を振り回す様は、さながら胴体にピンを打たれもがく虫のようで。
何で先に防腐剤を打ってあげないのかとかいやそうではなく。
「ちょ、え? 何これどうしたの!?」
アスミが潰れていた。
正確には、大きな箱を背中に乗せもがいていた。
「潰されたー」
言っている内容の割には、アスミはやたらと楽しそうだった。
かたつむりにでもなっているつもりなのかもしれない。
本人が嬉しそうなのでやや躊躇ったが、とりあえずアーチェはその背に
乗った荷物をどかしてやることにする。
重さは思ったほどではなかった。
というか、サイズの割には軽い。
「何だろこれ……爆弾?」
「何でそんな結論に到達するかな……」
突如別の声がしたので振り返ると、リディアが後ろから覗き込んでいる。
「だってこれどこにも宛名がついてないし」
「宛名がついてないなら、郵便物じゃないってことでしょ。
文の配達物とかじゃない?」
「文って配達員だっけ?」
「う〜ん…? まぁ、似たようなものなんじゃないかな」
本人が聞いたら全力で否定しそうな会話を続ける二人。
ちなみにアスミは自由になった身を謳歌しているのか、
ある一点――ちょうどアスミが潰れていた場所の少し上あたりだ――を
指さしながらくるくると回っている。
と、そこに、
「ここに紫様が来なかった!?」
何やら緊張の面持ちをした藍と、それに従うようについてきた橙がやってきた。
しかしメンバーの中でも良識な部類に入る藍が、動揺をここまではっきり表しているのも珍しい。
一方、問われた二人は、
「紫? 誰、それ?」
知らぬ名が出てきたことに首を傾げる。
「平たく言えば、私のご主人さま。今、ここであの方の力の気配を感じたから…」
おそらく望んだ状況とは異なっていたのだろう。声のトーンが明らかに落ちている。
「そう言われてみると……何か、見慣れない魔力の残滓があるね」
敏感なリディアも、うっすらとだがここに残った何かを感じた。
「けど、私達も今ここに来たところなの。今はいないみたいだけど…」
「アスミなら知ってるかもよ。あたしが来た時に、ここで潰れてたし」
「潰れてた?」
全員の視線がアスミへ。
そのアスミはと言えば、何故か橙にフライングボディアタックをかましていた。
「やったなー!」と叫ぶ橙が、負けじとアスミに対してくすぐり攻撃をかけている。
まぁ要するに、じゃれあっていた。
「……それで、潰れてたっていうのは?」
「いやじゃれるアスミをうっとりと見てたまばたき一回後に、そんな真面目な声出されても。
それと藍、アンタは鼻血の跡を拭け」
アーチェはつい先ほどここで見た出来事を簡単に説明した。
「これに潰されてた……か」
視線の先には、大きな箱。
藍を見やると、目が合った。
「ひょっとして……上から、落ちてきた?」
藍は確信を持って頷いた。
「紫様なら、その力で物をどこかに送るなんて造作もないことよ。
おそらく隙間で、これだけを……」
「じゃ、とりあえず開けてみよっか」
爆弾と推測した時から、アーチェは開けたくてしょうがないという顔をしている。
間違いなく、プレゼントをもらったら包み紙を散々蹂躙したあげく中身を取り出すタイプだ。
アーチェを制して、藍が慎重に箱を開けた。
そこには、
「……………………油揚げ?」
としか呼べないものが入っていた。それもぎっしりと。
「…どうりでサイズの割に軽かったわけだわ」
さしものアーチェもその光景には圧倒された。
「うん。それにこれはどう見ても……」
視線の先には、9つの尾。
「紫、様」
藍のお尻あたりから生えたそれは、彼女の心中を反映するようにふるふると揺れている。
何となく声をかけるのも憚られて、しばらく二人も無言でその時を過ごした。
「……すまなかった」
最初にその場の均衡を破ったのは、藍当人だった。
「これは私宛のもので間違いないわ。けど、ここでは私も相伴に預かる身。
良かったら今晩のおかずにでも使いましょう――橙!」
「くの、くのっ! ……あ、はい藍様。何でしょう?」
「これを運ぶのを手伝って頂戴」
「わかりました! …この勝負はお預けだからね、赤いの」
「これで勝ったと思うなー」
ぱたぱた手を振るアスミ。
「しかし、何の前触れもなくいきなりあれだけの油揚げって……」
二人が運ぶ姿を傍観しながら、ぽつりとつぶやく。
「……うん。なんて言うか」
リディアとアーチェ。お互いを見やって、苦笑。
『世界は広いわ』
299
:
誰もがやられた
:2008/05/12(月) 15:10:20
逃げ惑う妖精メイド達(役立たず)とそれに執拗に弾幕を放つ少女を紫は半眼で見ていた。
弾幕が放たれて随分時間が経っているのか、辺りはまさに地獄絵図と化していた。
(…流石に地獄絵図は言い過ぎか)
頭を振りながら、体の回りに結界を展開する。
幸いな事に向こうはまだ自分に気付いていない。
最も気付いていても無視してるだけかもしれないが。
その場に浮かび上がると弾を結界で防ぎながら、少女へと近付く。と―
少女がこちらに振り返る。
(けど、もう遅い)
がっしりと彼女の腰を脇に抱える。
喚きながら暴れる少女のドロワーズに手をかけると、弾幕が更に濃くなる。
(フォーオブアカインド…)
分身した少女を一瞥し、手を一気に降ろす。
「いやああああっ!」
恥ずかしさからか、更に暴れる少女の声と弾幕に負けない様に紫も声を張り上げる。
「このっ!悪い子がぁ!」
ピチューン
真っ赤になった尻を出したまま、鼻をすする少女―フランドールを見下ろしながら、紫は息をついた。
「そういうのが嫌なのは自分もよぉく分かるけど、だからって弾幕でどかーんは駄目よ」
「ひぐっ…う、うん」
ドロワを穿きながら、小さく頷く。
その様子に苦笑しつつ、目線を合わせる様に片膝をつく。
「けどさ、姉貴だとこうはいかないんだよ?
昔やられたけど、それこそばちーんばちーんって凄い音させるし、
あのつるぺた姉貴「…へぇ、人のことそんな風に思ってたんだ」は…」
背後からした声に紫の顔から汗が滝のように流れる。
そのままゆっくりと、さながら油が切れたブリキの玩具の如く振り返る。
そこには満面の笑みをたたえた、けれど、背後に般若の面が見えそうなオーラを従えた女性がいた。
「…こ、ここからが本当の地獄だ」
壁際で震え上がるメイド達とフランドールの目の前で惨劇は幕を開けるのだった。
尻叩きって痛いよねって話
皆も小さい頃やられたよな?!
300
:
禊雨・上
:2008/05/13(火) 23:40:30
雨の降りしきる夜だった。
音を立てるほど強くはなく、さりとて無視できるほど弱くもない。
この雨を楽しむ風情は濡れることにあると妹紅は思う。
傘も差さず、街灯の薄明かりに映える暗緑の森を肴にして。
彼女達は酒を酌み交わしていた。
「お二人はここで何をしているのですか?」
声をかけられた二人――代理人と妹紅は、共に感情の希薄な表情をしていた。
代理人に至っては、横に一升瓶を置きながら顔色一つ変えていない。
「あなたこそ、こんなところへ何をしに? お嬢ちゃん」
お嬢ちゃんと呼ばれたその少女は、「にぱ〜☆」と満面の笑みを浮かべ、
「楽しいことをしているなら、ボクも混ぜてほしいのですよ」
意外そうな顔をしたのは、妹紅一人だけ。代理人は変わらず無表情にグラスを傾けている。
その齢10歳にも満たないように見える少女がここまで一人でやってきたことも意外なら、
雨に打たれながら淡々と酒を交わす光景をまさか「楽しいこと」と評されるとも思わなかった。
だが、子供の発想が固定観念に縛られた『大人』とは異なる感性から生まれることは知っている。
その程度のことだろうと、妹紅は安直に考えた。
「私達にとって楽しいことが、お嬢ちゃんにとっても楽しいとは限らないよ」
言いながらグラスを煽る。
特に美味いとは感じなかった。
――気分が悪いのならなおさらだ。
「それは混ざればわかることなのですよ」
言って、代理人の隣に座る。
ちなみにその少女は二人と違ってきちんと傘を差していた。
もっとも、濡れた地面に腰を下ろしている時点で傘の役割など無きに等しいが。
「雨がざーざーで水たまりがぱしゃぱしゃなのです。とってもいい気持ちなのですよ」
少女は始終ご機嫌という様子だった。
ただの八つ当たりと知りつつも、妹紅にはそれが面白くない。
何しろ、つい今しがたまで胸が悪くなる会話を展開していたのだ。
そしてそれはまだ終わっていない。
「妹紅。無駄と知りつつも、もう一度だけ言うわ」
少女の存在を完璧に無視して、代理人が口を開く。
「愚かな思索はやめなさい。そこには何の価値もない」
「価値を決めるのは私。違う?」
「違わない。だから表現を変える。
あなたは自分の魂を貶めてでも、『この世界』の根幹に触れようと言うの?」
妹紅の眉根がわずかに上がる。
「何も変わらない。何も叶わない。そもそもここには何もない。
求めれば求めるほど、足掻き、醜態を晒すことになる」
「……だから私は」
「『自分の信じるものを貫くだけ』、と? なるほど、その言葉を口にするだけの強さをあなたは持ってる」
けれど、と、
「少しは学びなさい。そのメンタリティこそが、今のあなたに一人相撲をとらせる因となっていることを」
「……るのか」
妹紅の周囲に空気の流れが生まれる。
周囲の温度が急激に上昇し――そして。
「わかるのかっ!! 貴様にっ!! 蓬莱人としての苦しみがっ!!!」
怒りに燃え上がる妹紅の顔は、まるで泣いているようだった。
「この永遠の苦輪から逃れられるというのなら、私は泥をすすることさえ厭わない……!」
「…………戯れか」
代理人が、動いた。
301
:
禊雨・下
:2008/05/13(火) 23:41:40
妹紅は反応できなかった。
油断があったのは事実だろう。
それは代理人が自分を急襲するわけがないという甘えと、
そもそも代理人が自分を急襲できるわけがないという自負から来ていた。
――だが、それだけではない。
妹紅は『自分の体が吹っ飛ばされる』まで、代理人を知覚することが出来なかった。
「な……っ」
吹っ飛ばされたと言っても、威力はほとんどなかった。
妹紅の体が抵抗を示すより早く衝撃が伝わったため、思いのほか体が跳ねただけだ。
逆に言えば、今の一撃にはそれだけの速さがあったということか。
「私の素早さはカンストよ」
妹紅を吹っ飛ばした体勢のまま――つまりは拳を前に掲げた状態でそう告げる。
「学びなさい。あなたの唯一にして最大の敵は、その悪夢に繋がれた楔にこそあることを」
それだけ言い放ち、代理人は再び無言で酒を呷り出した。
妹紅は濡れた地面にぺたんと座りこんだまましばらく呆気にとられていたが、
やがて小さく「……ごめん」とだけ言うと、代理人に追従するようにグラスに酒を注ぎだした。
そうして、辺りに静寂が戻る。
粛々と。
まるで彼女達の罪を身削ぐように、降りしきる雨。
「…………感想は?」
ぽつりと。
ここに来て初めて、代理人は少女に語りかけた。
「よくわからなかったのですが、ケンカはダメなのですよ」
「違う」
無機質な視線が少女を睨め付ける。
「満足したかと聞いてるの」
「……何のことなのか、ボクにはちっともわからないのですよ」
言って「にぱ〜☆」と笑う。
代理人は今度こそ口を閉ざし、そして二度と開くことはなかった。
沈黙の酒会は、こうして更けていく。
302
:
密談
:2008/05/16(金) 23:50:06
「どう思う?」
「どう……って?」
「ここ最近の出来事だよ――似てると思わない?」
「……『あの時』と?」
「…アーチェも気づいてたんだね」
「わかるわよ。自分のことだもん」
「……繰り返そうとしてる、ってことなのかな」
「それ以外に、何があると思うわけ?」
「…………」
「『あの時』は派閥が二つに割れた」
「旗が二本立てば、そこに人が集うから」
「今回はすでに旗が一本立ってる」
「文の話だと、藍とかルーミアとか、見境がない感じだね」
「それに不満を抱く奴が現れたら」
「旗がもう一本立つ。そして……」
『――戦争が始まる』
「当事者だったあたし達だからこそわかる」
「うん。繰り返させるわけには、いかないよ」
「……アイツに会って、話をしよう」
「それが出来るのは私達だけだしね」
「今度は何を企んでんだか」
「場合によっては、強硬手段も辞さない覚悟でいこう」
「……アンタの強硬手段って、アイツの体は斬鉄剣の錆になるんじゃ」
303
:
昔話
:2008/05/17(土) 00:11:39
――むかし、むかし。
――それは、ある世界の中の、ある町の中の、あるアパートの中のお話。
そこには六畳一間の王国がありました。
世界で最も小さなその王国には、十数人の住人と、一人の従者がおりました。
その国の王様は女王様でしたが、統治などはせず、住人は自由気ままに過ごしておりました。
一人の従者は自らのことを『使徒』と呼び、王様を大変崇拝しておりました。
しかし、時が経つにつれ、王国はその様相を変えていきました。
いつの間にかそこは帝国と呼ばれ、不必要な軍備増強が繰り返されたのです。
もともといた住人達の多くは居場所を失い、去っていきました。
温かった空気も、次第に鉄の冷たさを帯びるようになりました。
ある時、住人の一人が解放宣言を唱えました。
自分達には自由に暮らす権利がある――と。
それに同調したメンバー達が派閥を作り、帝国に反旗を翻しました。
たちまち両者の間には軋轢が生まれ、鉄の冷たさは焼けた鉄の熱さへと変わっていきました。
やがて二つの派閥は互いの境界を踏み越えます。
――帝国派のリーダーはリディア。
――独立派のリーダーはアーチェ。
両者の争いは『ハルマゲドン』と呼ばれ、その世界の歴史に刻まれました。
結果として、帝国は解体。
六畳一間の王国は、六畳一間の民主国家となりました。
一人の従者が夢見た砂上の楼閣は、そうして終わりを迎えました。
――むかし、むかし
――それは、ある世界の中の、ある町の中の、あるアパートの中のお話でした。
304
:
傍観
:2008/05/17(土) 12:46:20
「面白そうな事になってきたねぇ」
扇子を開いては閉じるを繰り返す紫の肩に顎を乗せながら、
前に開かれた隙間を萃香が覗き込む。
「そうね」
パチン、と区切りをつけるように扇子を手の中に収める。
「役者は既に舞台に立ち、後は開始の鐘を待つのみ。
あれの相手はさながら蓬莱人かね?」
自身の予想を話す萃香に紫は扇子を口許に持っていきながら、くすりと笑う。
「案外二人かもしれないわよ?」
「っていうと?」
隙間から見える光景はいつの間にか一人の式から一人の青年へと変わっている。
「悲劇を知る者はそれを繰り返さぬ様に立ち回る。
けれど舞台に立つ役者達は劇のシナリオには逆らえない。
それはあの場所を収める彼とて同様」
「…もうちょっと分かりやすく頼むよ」
「まあ、簡単にいえば、劇は面白い方がいいってことよ」
紫の瞳がすっと細められる。
寒気すら感じられるそれに萃香が思わずたじろぐ。
片手に複雑な式を組み込んだ符を持ち、笑みを浮かべる。
「そう、劇は面白い方が観客も喜ぶものね」
ぺらりと符を隙間に落とすと彼女はおかしそうに笑う。
「…楽しませて頂戴ね」
隙間の向こうでは彼女の式の式の背に張り付いた符が溶けるように消えていた。
305
:
訃報・上
:2008/05/17(土) 23:47:36
そこに在れば、薄ら寒い怯えと共に誰もが思うだろう。
――ここはどこだ、と。
「これって…………」
あたりは不気味な静寂に包まれている。
道を歩く足音さえ聞こえない――それ以前に、人の姿がない。
比喩などではなく、針を落とせばその音が聞こえるだろう。
――わずかに、一歩。
ただそれだけで、人間達に置き去りにされた無機質の建造物だけを残し、生の気配はこの地から根絶された。
それがどれほど異様なことか、二人は理解していた。
と同時に、その意味も。
「……久しぶりね、『ここ』も」
わずかに茶化すようなアーチェの口調も、緊張に歪む表情を崩すには至らない。
「久しい」という表現が正しいのか、実のところアーチェにもわからない。
ただ、かつて同じような場所に踏み入れたことがあるという話だ。
――同じような場所。
無限の可能性から堕とされた粗悪な世界。
名もなき泡沫の、弾けるその一瞬前。
ここは『生』という概念が劣化しているため、踏み込むことは出来ても生まれることはない。
ここは『死』という概念が劣化しているため、どれだけ殺されても死ぬことはない。
何もかもが不完全で、そして何物も完全ではいられない御伽の国。
リディアはそこに足を踏み入れた瞬間から、無言で目を閉じていた。
しかしそれもしばしの後にぽつりと、
「私達以外に、あと一人」
魔力を『視る』リディアの言葉に誤りはない。
「アイツってこと?」
首を横に振る。
「魔力の気配がするんだから、多分違うと思う」
知らない間に魔法を身につけたりとかしてたら、話は別だけれど。
そんなことを言外に言っている。
しかし、それが有り得ないことを二人は理解していた。
ここは「神」の領域なればこそ。
ここで「神」の願いは叶わない。
二人は、この世界に存在する最後の一人を探した。
いや、探したという表現は適切ではない。
――探すまでもなく、すぐに遭遇したからだ。
そこはまさしく、あの人間が住む場所に違いなかった。
アーチェも度々訪れたことがある。見間違えるはずもない。
その入口に、蒼い僧服を着た一人の女が立っていた。
306
:
訃報・下
:2008/05/17(土) 23:49:59
「こんにちは、ディア」
代理人は、その流れるような蒼い髪の毛先まで、普段とまったく変わらない。
そもそも変わるところを見たことがない。
無表情、無感情、無感動――震度8でもビクともしない最新の耐震構造を搭載した、鉄壁のアイデンティティ。
「――それと桃色の生命体」
「とってつけで何て失礼な!」
「ごめんなさい。――それと#F58F98の貧乳女」
「訂正後がわかりにくい上、明らかに中指立てて挑発されてる!」
「私の中指は何でも貫くZE☆」
「なら自分のこめかみでも貫いてなさいよ!!」
「個人的にはディアのいけないところを希望」
「どこ!? それはどこっ!?」
頭から湯気が出ているアーチェの襟首を、猫の子よろしく引っ張り上げる。
「ちょ、邪魔しないでよリディア。今アイツにオートマチック・ロシアンルーレットを」
「代理人に遊ばれないの」
ぴたりと動きを止めるアーチェ。ぎろりと代理人を見遣る。
無論、睨まれた当人は眉根一つ動かさない。
「…何で今ここにいるのか、なんて聞かないよ。そんな気はしてたから」
「さすがディア。どこかの低濃度生物と違って理解が早いわ」
『何が低濃度がm』と、言いかけたアーチェの口を塞ぐ。
「そこを通してもらえる?」
「どうぞ」
代理人がすっと入口からどく。
「ただし、目的地に目的の人物がいるとは限らないけれど」
「そうだろうね」
まずはここから出ないといけないもの、と付け足す。
「いや、そういう問題ではなく」
しかし、それに対する代理人の回答は、リディアの予想を絶望的に超えていた。
「――死んだ人間に会うことなんて、誰にも出来ないでしょう?」
307
:
憐哀編sideイサ、2
:2008/05/18(日) 21:20:22
一日目 PM 17:00
春原に用を足すと言い、イサはゲームセンターから外へと出た。
無論、言葉通りであればわざわざ外に出る必要はない。
念のために後ろを振り返る。
春原がこちらに気づいた様子はない。
――追ってこられては、困るのだ。
外は身を切るような寒さだった。むき出しの足は凍りつくようだ。
もっともこの季節に半ズボン姿で、寒さに文句を言うのも滑稽だが。
そしてイサ自身も、そんなものを気に掛けるつもりは微塵もなかった。
「……何の用?」
イサは語りかける。
自分の『真上』に。
「昼ごろ辺りからずっとボク達のことを見てたよね」
「…まさか気づかれているとは思いませんでした」
ばさりと。
空打ち一つで、漆黒の翼が地上へと降りてくる。
その右手には、望遠レンズのついたカメラ。
幻想郷最速の烏天狗にして、伝統の幻想ブン屋――射命丸文。
「何の用だって聞いてんの」
イサの目には、未だかつて誰も見たことのない光が湛えられていた。
先ほどまで春原に見せていた年相応――と言っても、人間年齢に換算すればだが――の
子供らしさは、その光に食い潰され跡形もない。
『悪魔』としてのイサが、そこにはあった。
「――邪魔だよ、お前」
すぅっ、と。
軽く動かした手には、すでに一本のナイフが握られている。
「……それがあなたの力ですか」
イサの殺意にもまるで動じた様子はない。
絶やさぬ微笑が、今はひどく胡散臭い。
「まるで手品みたいですね。ただ、手品と違うところは……」
風切り音。
それが耳のすぐ横を駆けて行ったことを、感覚で悟る。
「……それで人を殺せる、ということでしょうか」
ナイフを投げた時に、それとわかる挙動はなかった。
手首のわずかなスナップだけで、正確に文の顔面を狙ったのだ。
何の躊躇いもなく。
「ざんねん」
イサの口調は、明るくて昏い。
「一応、投擲用のダガーを選んだんだけど。ちょっと狙いがそれたかな」
投げるのは苦手なんだよね、と。
文の神懸かった動体反射がなければ、耳が削ぎ落とされていてもおかしくなかったというのに。
「次は外さないように胴体を狙おうか」
心理作戦か、と文は胸中でつぶやく。
最初から、今の一打で仕留められるとは思っていなかったのだろう。
だが、先手必勝で命を狙われれば、どんな強者でも体がすくむ。
それをイサは理解した上で、さらに心理的なゆさぶりをかけているのだ。
――次こそ、確実に仕留めるために。
「……勘違いしないでください」
文は両手を空に掲げる。
「私はただのブン屋です。あなたに危害を加えるつもりなんてないですよ」
「信じられないかな」
「では、私はこのまま両手を挙げて退散しましょう。それで見逃してもらえますか?」
「…………」
イサはしばし無言の後、こくりと頷いた。
文は両手を挙げたままイサに背を向け、その翼で空に飛び立った。
瞬間、イサの方に向き直る!
――風神「天狗颪」
イサの放った十を優に超えるナイフは、文の巻き起こした風にことごとく散らされた。
――いや。
「…………っ」
軌道はそれたが散らすには至らなかった一本が、彼女の膝を浅く裂いた。
傷の痛みに歯噛みしながら、イサを見遣る。
イサはその両手になお数本のナイフを持ちながら、はっきりと舌打ちした。
文も奇襲の可能性は考えていた。
が、ここまであからさまに殺しに来るとは思わなかった。
「……覚えておきましょう」
文の表情から、微笑が消える。
そうして、空の高みへその身を躍らせた。
308
:
憐哀編sideイサ、3
:2008/05/18(日) 22:58:03
物心ついた時には、イサの横には常に殺戮衝動が身を置いていた。
イサの家系は代々優秀な魔法使いを輩出していた。
特に女系はその力が強く、中には生きながら伝説となった者もいるという。
しかし同時に、悪魔としては致命的とも言える欠点を抱えていた。
穏やかなのだ。性格が。
特に女系にはそれが顕著に現れる。
山一つ消し飛ばす力を持っていながら、それを決して使おうとはしない。
炎や水を自在に操って敵を屠るより、料理をしたり飲み水を調達することを好む。
宝の持ち腐れだ。
おまけに一族揃ってそんな有様なため、それを危惧する者はいても改める者はいない。
そのため、イサという悪魔の誕生は一族から大いに歓迎された。
生まれながらにして殺意を秘めたその瞳。
この娘は将来優秀な魔法使いになるだろうと、一族の誰もが思った。
――しかしその期待は、2度の出来事の後に灰燼と消えた。
最初はイサが640歳――人間年齢に換算して6歳ほどの頃だった。
それはあまりにも致命的な出来事だった。
イサは魔法が使えなかったのだ。
一族なら親へのわずかな反抗心で炎を用いるほど慣れ親しんだ魔法を、
イサは一向に使おうとしなかった。
何故かはわからない。
だが、おそらくは一族が期待した衝動にこそ原因があるのだろうと思われた。
一族の歴史の中で、魔法を使えない者はイサ一人。
一族の歴史の中で、最も殺戮本能の強い者がイサ。
つまりは、そういうことだ。
それでも悪魔として優秀であることに変わりはない。
イサにかけられていた期待はこの一件でほぼなくなったが、それでもそのまま育てられた。
二度目にして最後の転機は、その400年後に起こった。
イサが、家族に手をかけたのだ。
彼女にはやや年の離れた姉がいた。
最初はただの姉妹ゲンカだったそれは、姉殺しの一歩手前まで加速した。
年を経るごとに暴走の翳りを見せ出したイサの衝動は、もはや実の両親にさえ止められなかった。
イサは捨てられた。
実のところ、悪魔の中で同族殺しなどさして珍しくもない。
親殺しをステータスとして見る者さえいる。
それが悪魔というものだ。
だが、穏やか過ぎたイサの家系では、家族に手をかけるという行為があまりにも異様に映った。
家族としての愛情が消し飛ぶほどに。
そうしてイサは独りになり、しばらくして盗賊ギルドに拾われた。
309
:
告白
:2008/05/22(木) 20:28:22
好きです
………………
310
:
花咲く夜に蝶は踊る
:2008/05/22(木) 22:24:06
視界を霞めていくナイフをギリギリで交しながら、隙をみては反撃をする。
もう何度も繰り返し見ている光景に少女は僅かながら集中を途切れさせた。
「―――!?」
肩を伝う痛みに顔を歪めながら、攻撃が密集しつつあるその場所を離れた。
一瞬とはいえ、その時を最大に利用した事に少女はやはり油断はならないと相手を見た。
目の前の相手はしてやったりと一瞬笑い、また鋭い目付きで少女へ狙いをつける。
瞬間、相手の姿はそこから消え、代わりに無数の刃が再び少女へと殺到する。
急速に自分へと迫る刃の雨を前に彼女はすっと息を吸い―紅い瞳で相手を捉えた。
手にした烏の描かれた黒いカードに力を込め、宣言する。
黒符『常闇の烏』―
符の力が解き放たれると同時に少女の従えていた使い魔が烏へと姿を変え、辺りが黒へと染まる。
その黒に溶け込むように烏達は相手へと殺到し、
傷魂「ソウルスカルプチュア」
黒を割って現れた紅い軌跡に烏は残らず切り刻まれ―そこで相手ははっと目を見開いた。
少女が、居ない。
背後だと気付いた時には既に少女に放たれた紅い奔流に飲み込まれていた。
「負けちゃったわね」
服―勿論新しく着替えたそれについた埃を払いながら、咲夜は地面で伸びている少女へ声をかけた。
「でも、よーやく一勝だよ。19敗1勝でまだまだ咲夜さんには勝てないよ」
悔しそうに言うフヨウの回りには彼女の使い魔達が心配そうに漂っている。
「けど、初めて作ったスペルカードにしては中々だったわよ?
その子達には時間停止があまり効かないみたいだし」
それにしたってさぁ…と口を尖らせるフヨウに咲夜はくすりと笑うと手を差し出すのであった。
おまけ
「あのさ、もうルールは分かったからさ。
てかレミィムキになってない?」
「私が高々チェスごときでムキになるとでも?
ただ素人に負けたのが何だかしらんが嫌なだけだ」
(咲夜さん、頼むから早く帰ってきて…)
311
:
悔悛
:2008/05/24(土) 00:04:00
どうやら、彼は死んだらしい。
不思議とリディアはそれを事実としてすんなりと受け入れられた。
人づてで聞いたに過ぎず、またその根拠もまったくないにも関わらず、だ。
何とはなしに予感していた。
いつか、こんな日が訪れるのではないかということを。
まさかそれが死別という形で具現化するとは夢にも思っていなかったが、
それでも何らかの形で別れの時が来ることはわかっていたのだ。
――彼はこの世界にいることに耐えられなかった。
それは己の立ち位置を自覚してしまった瞬間から芽生えたものだろう。
一つの王国が終わりを告げ、リディアとアーチェ、そしてすずを除く全員を
この世界から断ち切った時には、彼の幸福は終わっていた。
そして彼は今、世界から自分自身をも断ち切ったのだ。
――未練を断つのにかかった時間は、約2年。
そう考えればむしろ遅すぎたとも言える。
リディアの中に、悲しい、という感情は湧かなかった。
それは彼自身の罰から来るものだろうか――いや。
リディアは理解しているのだ。
これが決して終わりではないことを。
争いは止まらない。むしろ加速していくだろう。
彼はもういない。
けれどここには彼女がいる。
何も変わらない。
何も終わらない。
ここからだ。
ここからすべてが始まっていく。
――リディアとアーチェに遺されたのは世界の断片。
――彼女が持つのは残りすべての理。
世界はもはや完全を失い、託された者の意に従うのみとなる。
312
:
恐怖
:2008/05/26(月) 23:33:14
独りであることを苦痛には感じない。
この身が蓬莱人と化してから、それは常に自分の隣にあるものだ。
とは言え、心地よいと感じるものでもない。
隣に誰がいようが。
隣に誰もいまいが。
人としてあるべきところから欠落したモノが埋まるわけではないのだから。
「あ……! お前は……」
すぐ近くでそんな声が聞こえるまで気がつかなかった。
眠っていた、というわけではないのだが、意識が飛んでいたようだ。
寝転がった体勢のまま首だけ動かす。
猫が立っていた。否。
猫のような人間のような姿をした、つまりはどちらでもないモノがいた。
「……式の式か」
欠伸を噛み殺す。
妹紅の関心対象の中にこの少女はいない。
いようがいまいがどうでもいい。空気よりも無価値な存在。
「こ、この前はよくも藍様をいじめたな!」
思わず鼻で笑う――実に滑稽な話だ。
あの時の式との争いに決着がつくことはなかった。
力で妹紅の方が勝っていたのは事実だ。何度となく藍を地に沈めた。
それでも、妹紅は三度『殺された』。
蓬莱人とは言え、身体的スペックは人間のそれと変わらない。
不死身であることを除けば、妖怪の式であるという藍とは比べるべくもなかった。
――その死闘を、こともあろうに『苛める』などという単語で表すとは!
「失せなさい。今は弾幕ごっこに付き合う気にはならない」
「藍様は私のご主人様だ! その誇り高い式として、ここですごすご逃げたりするもんか!」
……またか。
藍といいこの猫といい、誇り誇りと大層な言葉を持ち出すものだ。
「忠言は耳に逆らうとは言うが……さて!」
瞬間的に体を跳ね上げる。
その突然の動きに緊張が爆発したのか、少女は本人でさえ意識しきれぬまま
取り出したスペルカードを掲げていた。
――鬼神「鳴動持国天」
最初はこのまま退散するつもりだった。
約束というほどではないが、藍に対して「式には手を出さない」と告げている。
それに弱者の蹂躙は妹紅の望むところではない。
――だが、彼女の放つ弾幕を見て気分が変わった。
藍の主人がどれほどの力を持つのかは知らないが、その式の式でさえ
これほどの力を持つと言うのは面白い。
妹紅は認識を改めた――少女は、いや『橙』は敵だ。
口元に凶悪な笑みを浮かべ、スペルカードを掲げる。
「――括目しなさい。これが紅蓮の弾幕というものよ」
――不滅「フェニックスの尾」
勝負は一瞬だった。
橙は体のあちこちを焦がして地面に伸びている。
これでも加減はしている。先にしかけてきたのは少女の方とは言え、
一方的な力を振るうことになど価値はない。
力の誇示など、それこそ空しいだけだ。
「さて、この式が目を覚まさないうちに……」
ぞくりと。
全身が放つ絶叫に、妹紅は一瞬我を忘れた。
永い生において似たような感覚を味わったことがある。
それはまだ人だった頃の名残り。
もはや死とは無縁の身でありながら、身体が未だ記憶する「終わり」に恐怖する感触――
意志とは無関係に体が動いた。
逃げろ、と。
ここから一刻も早く立ち去れ、と。
それに屈辱を覚えられるほど、今の妹紅に余裕はない――
そこに残されたのは『二人』。
式の式と。
――人に在らざる『現象』のみ。
313
:
大胆
:2008/05/27(火) 09:47:58
不意に空間に小さな切目が現れる。
それは少しずつ、けれど確実に広がり、とうとう人一人とそう変わらない迄の大きさとなった。
切目から覗く無数の目が辺りをぎょろりと見回し、人の居ない事を確認すると
切目を押し広げる様に手が現れる。
「ふあぁー…」
欠伸をしながら現れたのは、まだ若い女だった。
だが、その身から放たれる気は決して人のそれではなく、その者はうすら寒い物―ともすれば、恐怖を感じる事となっただろう。
…頭に酷い寝癖があるのとよだれの跡が無ければの話だが。
「んー…」
状況を把握しているが、面倒といった様子で手を切目に入れる。すると―
「うををっ?!」
空から別の女が落ちてきた。
「ちゃお」
起き上がり、訳が判らないと辺りを見回す彼女に女が声をかける。
「……紫さんよぉ、何が悲しくて地面と熱烈なキスせにゃならんのですか」
声に振り返った彼女は暫しきょとんとした後、胡散臭そうに女―八雲紫を見つめた。
「ちょっと暇人なむぅちゃんに」
「暇人じゃないっての」
「強制的に人を回復してほしいのよ」
「拒否権なし!?」
ブツブツと文句を言いながらも、対象に近付き、手をかざす。
柔らかな光が対象を包み込む様を見ながら、紫が呟く。
「時間かかるわね」
「対象者のエネルギー使ってる訳じゃないからね。
その場自体の生命エネルギーを分けてもらって、対象に注ぎ込んでる感じだからさ…はい、治療終わり」
一仕事したと言わんばかりに首を回しながら、立ち上がる。
「ふふっ、ありがとう」
「ん?どういたしましt」
言いかけた彼女の足元に切目が入り、ズボッと言う音と共に切目の中へと落ちていった。
「さて―」
あんまり無茶をしないことと書かれた紙を置きながら、紫は小さく伸びをし
「…帰ってねましょ」
彼女が切目に姿を消すと同時に、何事もなかったかのように切目が消え失せる。
後には何も残らなかった。
314
:
七つ怪談探偵部
:2008/05/27(火) 20:38:55
「ねぇねぇ、知ってる?高等部の噂」
「一人で西の廊下の鏡に写ると入れ替わられちゃうんでしょ?」
「えー、わたしが聞いたのは鏡に引き込まれちゃうって話だよ」
たわいない少女達のお喋り。
生徒でごった返す昼時の食堂ではごくありふれた光景。
(しかし、怪談ねぇ…)
いつもの定食を口に運びながら、村上アサヒは少女達のお喋りに耳を傾けていた。
生徒達の間に密かに、しかし決して途切れる事のない、怪談話。
何処にでもあるそれはここ、私立西尾杜女子学校にも存在していた。
曰く、東階段の段数がある時間のみ違う。
曰く、地体育館倉庫で自殺した女子生徒が泣く声がする。
曰く―
(って、もうこんな時間じゃねーか)
ふと目をやった時計の示す時刻に彼女は残っていた味噌汁を一気に飲み干し、
食器を載せたトレイを片手に席を立ち上がった。
まだお喋りを続ける彼女達の横を通り抜け、返却口へと向かう。
「じゃあさ、後で確かめにいこうよ」
「えー、怖いよぉ」
そんな、声を聞きながら。
「すいません、村上先輩はまだ居ますか?」
HRも終わり、生徒もまばらになった教室で身支度を始めていたアサヒはその声に顔を上げた。
見れば、一年生とおぼしき少女が一人、ドアから顔を覗かせていた。
だが、アサヒは彼女とは面識はない。
とすれば、用があるのは自分の隣で眠りこけている生徒―従姉妹関係にある村上フヨウであろう。
「居るけど、寝てるぜ?」
隣の席で幸せそうな顔をして眠る彼女を指差すと、少女はぺこりと頭を下げて、フヨウへと駆け寄る。
「村上先輩、村上先輩ってば」
揺さぶられながも一向に起きる気配のない彼女に少女の声が焦りを帯びていく。
「先輩!きんちゅー事態ですから起きてくださいって!先輩ってばぁ!」
これでは埒があかない。
そう思ったアサヒは呆れながら、彼女の側へと歩み寄り、勢いよく右手をその頭に振り下ろした。
「みぎゃ!」
流石に起きたのか、フヨウが驚いた様に身を起こす。
「うぅ、何か頭が殴られたように痛いぃ」
その言葉にアサヒは右手をヒラヒラさせながら、明後日の方を向く。
首を傾げるフヨウに少女が何事かを巻くし立てている。
すると、彼女は帰り支度を再開したアサヒの方を向き、
「アーちゃん」
笑顔で言うのだった。
「手を貸してくれない?」
315
:
七つ怪談探偵部
:2008/05/27(火) 21:10:35
少女は名前を山手イズミと名乗り、フヨウと同じ図書部であるとアサヒに説明した。
「んで、その寝ぼすけなフヨウ先輩に何の用なんだ?
三年生は基本的に進学するまで部活は休みの筈だぜ?」
その言葉にイズミは申し訳なさそうに視線を落としながら、ぼそぼそと話し始めた。
「そうは思ったんですけど、頼れそうな人は皆さんもう帰ってしまったんで、比較的帰りが遅いって有名なフヨウ先輩ならって」
「有名なって…」
その一言に呆れながらも、先を話す様に促す。
すると、イズミはスカートを握り締めている手を震わせながら、ゆっくり語り出した。
「あれは、図書室で返却されてきた本を整理してた時なんです…」
お喋りをしながら入ってきた三人組の生徒にイズミはムッとしながら、本棚に本を戻した。
いつもは注意を促す教員が今日に限ってこの場には居らず、
かといって自分より年上とおぼしき彼女らに注意する勇気はイズミにはなく、
ただ図書室の奥へと進む彼女達を無視して、本棚に本を戻す作業を続けていた。
そして、しばらく経った頃であった。
「ちょっと!本当だったんじゃないの!どうすんのよ!」
「知らないわよ!あたしに聞かないでよ!」
半ば叫びながら、飛び出していった二人を見送り―奇妙な感覚に捕われる。
最初に来たのは三人で、戻ってきたのは二人。
では、後の一人は?
急にイズミの背筋を冷たい物が走る。
慌てて振り返って―彼女は悲鳴を上げた。
彼女の目にした物、それは―。
「『奥の壁に付いた手形に触ると壁に捕まる』、か」
人の形に浮き上がった染みを見上げながら、アサヒは息をついた。
あの後、とりあえずイズミに教員を呼ぶよう指示を出し、一足先に図書室へ向かった二人は
奥の壁に出来た染み―噂通りなら、壁に捕まった生徒だろう―を見上げていた。
「でも凄いねぇ、これ」
あくまで呑気に言うフヨウに呆れながら、辺りを見回す。
地下に作られた図書室は空気が淀み、明かりを集める天井の大窓も今の時間では大して機能していない。
室内には本棚が整然と並べられており、人が隠れられるスペースはそうなかった。
316
:
七つ怪談探偵部
:2008/05/27(火) 21:46:30
「となると、これがそいつって訳になるのかねぇ」
壁に鼻を近付け、匂いをかぐ。
特にこれといった異臭―血や腐敗臭の類はなく、アサヒは肩をすくめた。
「ここはお前の分野だわ、俺じゃあ何にも分かんねぇ」
「そうだろうね。アーちゃん、ぼくより弱いもんね」
その言葉に失礼だろと返すアサヒを横目にフヨウが目を閉じ、意識を集中する。と―
“ぞるっ”。
足元を這う様に広がるそれに思わず身震いをする。
「…もうちっとどうにかならねぇのか」
彼女の足に絡み付いた黒い物を見下ろしながら、フヨウはぺろりと舌を出した。
「出来なくもないけど時間ないからさ」
そう言っている間も黒い物は床や壁へと這い回りながら、部屋全体へと広がっていく。
やがて、図書室全体が黒一色に染まった頃、漸くアサヒの足から黒い物が床へと同化していった。
「こいつら絶対わざとやってんだろ」
「さあ?」
短くそう答えると床に手をつく。
「さあ皆、この部屋で消えちゃった女の子を探すんだ。
生きてたら、絶対に生きてるままにしておいてよ。
既に死んでたら…うん、まあしょうがない」
さりげなく恐ろしい事を言う彼女の下で黒が波打ち、浮かびあがった波紋で部屋全体が揺れる。
波紋はアサヒの下ではね返ってはフヨウの元へ返っていく。
「なんか、今のお前って魚群探知機みたいだよな。
つか俺にも反応してっぞ」
「何ならみょんみょん言おっか?」
「ばーろー」
笑いながら、やりとりをする彼女達であったが、不意に表情が固くなる。
波紋が返ってきた。
「ドアは?」
「閉めて、幻惑結界張っといた。誰もここには来れねぇ筈だぜ」
返ってきた波紋は先程の壁からのみで二人は顔を見合わせた。
「見てみる」
部屋を覆っていた黒がその壁のみへと集まり、壁の中へと入り込んでいく。
「あ、ヤバいかも」
何を探り当てたのか、そう問いかける前にアサヒはフヨウと共に既に後ろへと飛び退いていた。
「やべぇっつーか、もろ大当たりって奴じゃね?」
ある程度の距離を置きながら、二人は壁から浮き上がりつつある染みに身構えるのだった。
317
:
七つ怪談探偵部
:2008/05/27(火) 22:45:58
辺りの本棚を薙ぎ倒しながら現れた歪な人型をした怪物を見つめながら、二人は少しずつ横に離れていた。
机の上から拝借したカッターを構えながら、アサヒは注意深く相手の動きを観察していた。
(硬そうだよな…)
一見して攻撃が通りそうなのは先程からぎょろぎょろと世話しなく動いている目位で
他は赤黒く硬そうな皮膚―岩に血管の様な悪趣味な彫刻を施せば、こうなるのだろう―に覆われていた。
「アーちゃん!」
離れて身構えているフヨウが奥を指差す。
見れば、緩慢に左右に揺れる怪物の後ろにぽっかりと穴が空き、人の居る気配があった。
「どのみちこいつを倒さなきゃダメって訳、かっ!」
床を蹴って、怪物へと駆け出す。
(動きが鈍いのならば、目を…!?)
焦点のあってなかった瞳が不意にアサヒを捉える。
罠だと分かった瞬間には、鈍い痛みが体を走り、視界が回っていた。
「アーちゃん!」
フヨウの声をやけに遠くで感じながら、アサヒは胸中で毒づいた。
(くそったれ、味な真似してくれんじゃねぇか)
けれど、アサヒとてただで殴られたつもりはなかった。
目に突き刺さったカッターに血を巻き散らしながら悶えるそれの姿にザマアミロと思いながら、彼女は意識を手放した。
「アーちゃん!」
吹き飛ばされ、本棚にと一緒に倒されたアサヒを見た。
苦しそうに、けれど無事そうな彼女から怪物に視線を戻す。
片目を潰され、怒りに満ちた視線をぶつけてくる。
フヨウはそれに無表情で応えた。
「残念だけど、ぼくは君を怖がらないよ」
右の人指し指を銃の形にし、狙いをつける様に向ける。
すると彼女の足元が再びざわつき始め、黒い物が溢れ出す。
その様子に勝てないと思ったのか、壁に戻ろうとする怪物であったが
何かに気付いたのか、辺りを見回す。
「探しものは彼女かい?」
黒い物の中から現れた少女を顎で示しながら、フヨウ。
「さっき、君とアサヒがやりあってる隙に返してもらったよ」
その言葉を理解したのか、はたまた獲物を取られて怒っただけか。
怪物は腕を振り上げながら、フヨウへと迫る。
「ばーか」
ばりっと怪物にひびが入る。
「もうここはぼくの領域だってまだ気付かないの?」
粉々になったそれを見上げて、彼女はニタリと笑った。
「格が違うんだよ」
恐怖に染まる魔物の目にもひびが入り、
「ばーんっ」
撃つ様な仕草を合図にするように怪物は跡形もなく消し飛んだ。
318
:
七つ怪談探偵部
:2008/05/27(火) 23:01:45
「で、何か知らねぇ間に大騒ぎになったと」
「ふぅん?」
膝の上で話を聞いていた少女がそう声を上げた。
あの後、“偶然”崩れた奥の穴から多くの人骨が出たとテレビ局やマスコミが殺到し、
学校中がその話題で持ちきりになった。
どの骨もかなりの年数が経っていた為、建設時に埋められた死体だとか戦中に逃げ込んだ生徒のなれのはてだとか様々な憶測が飛び交った。
「ま、妖怪の仕業って言っても信用しねぇだろうし」
助け出された生徒は何が起こったか、一切覚えておらず、
アサヒ達も図書委員のイズミの手伝いをした事となっていたため、なんとか表沙汰にはならずに済んだ。
「人間って目に見えない物は信じたがらないしね」
くすくすと笑う少女の頭を撫でてやりながら、アサヒも釣られて笑うのだった。
319
:
未熟
:2008/05/27(火) 23:11:52
人によって笑顔になる瞬間は様々だ。
欲しい物が手に入った時。好きな人の傍にいる時。
また、ある人にとっては顔をしかめるようなことでさえも。
無論それらを集約すれば、嬉しい時・楽しい時などになるのだろうが。
「けど、お菓子を食べることにここまでの笑顔を浮かべる人も珍しいんじゃないかな…」
この世の幸福を独り占めにするような満ち足りた表情で饅頭を頬張る霊夢を、
我知らず苦笑しながら見つめるリディア。
「それは食べたい時に食べたい物を食べられる人の意見よ」
急に普段の表情に戻り、ぴっとリディアを指さす。
「そういうもの?」
「そういうもの。……やっぱりお茶請けは和菓子に限るわ」
言って緑茶をすする。
そういうものなのだと言われれば、そういうものなのだろうか。
試しに霊夢を真似て緑茶を口に含んでみる。
苦い。
決して不快ではないのだが、さりとて好んで飲みたいと思うものでもない。
そもそも緑色の飲み物というのが何とはなしに意欲を削ぐ。
ここでの暮らしや霊夢との付き合いも大分長くはあるものの、こういうところ――
それはいわゆる和の文化とでも言うべきもの――は未だに理解できないところが多い。
「別に理解する必要もないわ」
見透かされた。
「人は人。自分は自分。その仕切りは明確にしておかないと、
いざという時自分の中で自分の不在証明を見つけることになりかねないわよ」
おまけに言っていることがいまいちよくわからない。
とりあえずわかったような振りをして頷いておく。
「そう。そうやってわかった振りをしておけばいい」
「…………あはは」
苦笑い。
と、突然玄関の扉が開いた。
「おい、そこの紅白!」
「…………はぁ?」
紅白に該当する人物はこの場には一人しかいない。
当の本人もそれに気づいたようで、訝しげに声の方を見遣る。
その声の主――橙はと言えば、スペルカードをびしっと掲げ、高らかに宣言した。
「私と弾幕ごっこで勝負しなさい!」
「やだ」
「はやっ! 即答拒否!?」
ばたばたと手を振り回す橙。
「いいから勝負しなさい! この腋!」
「何ですって?」
一オクターブ下がったトーンにびくりと体を震わせる。
「……ねぇ、橙。一体どうしたの?」
明らかに普段と様子が異なるその姿に、リディアが疑問を投げかける。
「……私は」
項垂れたまま、それまでのテンションが幻だったかのようにぽつぽつと語り出す。
「私は、誇り高い式の式で。絶対、ぜったい無様な真似を見せちゃいけないんだ……」
それだけで霊夢は事情を察したらしい。深々と嘆息して、
「強さが誇りだなんて明快ね。式の式とは言え、アレの流れを汲んでるとは思えないわ」
「バ、バカにするのか!」
「そうね、あんたはバカだわ」
鋭いまなざしを突き付ける。
意気を奮っていた橙がはっと息を飲むほどに。
「あんたはこれまで一体自分のご主人様の何を見てきたの?」
橙の目から大粒の涙がボロボロと零れて落ちた。
「後はあんたに任せるわ」
例によってアーチェの箒を手に取り、霊夢は立ち去ろうとする。
張りつめていた糸が切れたのだろう、大声で泣き崩れる橙には目もくれない。
「言うだけ言っておいて? それは勝手なんじゃないかな」
「勝手で結構。泣く子をあやすなんて性に合わないもの」
それと、と、
「冷静に自分の立ち位置を見据えて、それでも前に進む気があるというのなら。
私が退屈を持て余して死にかけている時くらい、相手をしてあげると伝えて頂戴」
「……素直じゃないんだから」
やはり、苦笑。
ちなみに、この直後に橙の泣き声を聞きつけ文字通り飛んできた藍と一悶着あったのは、また別の話。
320
:
ABY10.アクシラの戦い
:2008/05/29(木) 08:14:59
遠い昔…遥か彼方の銀河系で…
――アウター・リム・惑星アクシラ軌道上
キュートリック・ヘゲモニーを構成する惑星の一つである、商業惑星アクシラ。アウター・リム
には珍しく、超高層ビルや帝国軍の大規模な駐屯地・造船所を擁する惑星であり、バスティ
オンにも匹敵すると謳われる規模を誇る。そして、帝国宇宙軍のNo.2のピエット大提督の出
身惑星でもあった。
今ここで、リヴァイアサン同士の戦いが始まろうとしていた。戦略的に非常に価値のあるこの
惑星に眼を付けた反乱同盟軍が侵攻を開始したのだ。大規模な艦隊を繰り出し、アクシラの
衛星を次々に押さえ、本星へと向かいつつあった。その艦隊の中には、全長17km.を誇る、
反乱同盟軍の新鋭艦のヴァイスカウント級スター・ディフェンダー4隻が確認されていた。
アウター・リムの防衛はナターシ=ダーラ上級大将の管轄である。しかし、彼女はヴァイスカ
ウント級に対抗しうる、スター・ドレッドノートを有していなかった。そこで、ただちにピエット大
提督とニーダ大提督、そしてキラヌー提督の艦隊が来援し、決戦の運びとなった。
反乱同盟軍は4隻のスター・ディフェンダーに、40隻を超えるモン・カラマリ・スター・クルーザ
ー、100隻以上のボサン・アサルト・クルーザーを擁し、対する帝国軍は5隻のスター・ドレッド
ノート、86隻のインペリアル・スター・デストロイヤー、それに加えてクルーザー多数である。
数では帝国軍が優勢だが、反乱軍の艦船は防御力が極めて高い事を考えれば、互角と言
えよう。
帝国軍の司令官はファーマス=ピエット大提督、ロース=ニーダ大提督、ナターシ=ダーラ
提督、キラヌー提督、オキンス提督、ヴィラ=ニーダ提督。
反乱同盟軍の司令官はアクバー提督、ハイラム=ドレイソン提督、ウェッジ=アンティリーズ
将軍と、錚々たるメンバーであった。
321
:
ABY10.アクシラの戦い
:2008/05/29(木) 08:15:57
――ESD『エグゼキューター』・作戦室
作戦室にはすでに大提督や艦隊提督、参謀長達が集結し、統合作戦室が設置されていた。
首席参謀長として、レティン=ジェリルクス中将が任命されたが、居並ぶ参謀長達も歴戦の
知将・謀将ばかりであった。ペレオン艦隊のドゥレイフ参謀長、ニーダ艦隊のアーク=ポイナ
ード参謀長が有名である。
アウター・リムの統括はダーラ提督の管轄である。しかし、総司令官は最先任の大提督であ
る、ピエットの手に移った。ピエットの発言で会議が幕を開ける。
「それでは作戦会議を始める。ダーラ提督、現状の説明を」
その声に30代半ばの女提督が立ち上がり、敵軍と自軍の位置が示されている周辺の星図
のホロを映し出した。そして張りのある、女性にしては少々、低い声で話し始めた。
「完全に出鼻をくじかれています、すでに3つの衛星は反乱軍の手に落ち、本星への先遣隊
の散発的な攻撃も見受けられます。しかし、衛星の防衛施設は守備隊が爆破した為、使用
不能。つまり、大した脅威ではないでしょう。純粋な艦隊決戦でこの戦いの決着は着くと考え
られます」
女だてらに猛将として知られる彼女は決戦を進言した。自分の領域を蹂躙された事にも我
慢がならないのだろう。しかし、「ですが」と付け加えた。
「ここは威力偵察を行っていると思われる先遣隊を漸次撃破することが有効と思われます。
アクシラの防衛シールドや防衛兵器は依然として強固なままです。損害を出さずに撃破で
きるでしょう」
「大変結構だ、提督」
彼の方を向いて一礼すると、再び彼女は席に着いた。次に発言したのはニーダ大提督であ
る。端正な顔立ちは、彼の知性と冷静さを滲ませており、いかにも実力派といった将であっ
た。しかし、今回ばかりは予想もしない発言を行った。
322
:
ABY10.アクシラの戦い
:2008/05/29(木) 08:21:17
「ふむ…これは早期決戦で行くしかないように思われるが」
「なんだと?」
ダーラの案に心中賛成していた、ピエットとペレオンが思わず驚きの声を漏らす。居並ぶ提
督達も、彼女の案に賛成した者は一斉にニーダに疑問の視線を投げかけた。しかし、ニーダ
はそのまま補足説明を行った。
「お二人とも、今ディープ・コア、コア・ワールド、エキスパンション・リージョン、コロニー界は
ガラ空きなのですよ?2週間前の反逆を忘れておりますまい?」
全員がはっ、とした。数週間前に、それらの宙界に隣接するアウター・リムのとある星系の
モフが副官に暗殺され、彼が新たな総督として、反乱同盟軍と手を組んだ事を思い出した
のである。それらを足掛かりにすれば―――
「更に、何も明確に反旗を翻した人間ばかりが野心を抱いているとは限りませんからね?」
これは、スローン大提督と十条大提督の事を暗に指している。二人とも外宇宙の未知領域
からそれぞれパルパティーン皇帝とダース=ヴェイダーによって抜擢された者である。この
二人は過酷な帝国の辺境の辺境、最外殻部の任務にあてられている。しかも、スローンは
自分の帝国を創設したり、母国のチス帝国との繋がりを絶っていないし、十条は反乱同盟軍
との繋がりがあるとされている。どちらか一人でも行動を起こせば、帝国は最大の窮地に立
たされるであろう。全員が蒼褪めた。彼らをよそに、彼は自分の意見を締めくくった。
「以上が、私の意見だ」
そう言って、彼は自分の席に着いた。重い沈黙が場を支配していた。帝国の崩壊の危機も
さることながら、本音を言うと、誰もダーラ提督の為に、自分の兵力を消耗させたくないのだ。
スター・デストロイヤーの一隻も破壊されれば、大損害である。しかし、そんな事がピエットに
でも知られれば即左遷、機嫌が悪ければ、処刑も有り得る。誰もがこの危険な状況を自分
にとって最小限の被害で乗り切れるかを考えていた。
323
:
風邪の日
:2008/05/31(土) 10:31:14
全身を包む不快感と寒さに早苗は身を縮込ませていた。
幻想郷に来てから初めての風邪であった。
二柱の神はというと知り合いを手伝いに呼ぶと言い、彼女にはゆっくり休むよう念を押したのだった。
先程から誰かが台所に立つ音がするのももしかしたらそのためかもしれない。
包丁がまな板を叩く音。味噌汁の良い香り。
「…お母さん」
不意に外に居るであろう、母の顔が横切る。
と、同時に胸をずきりとした痛みが走る。
そのあまりの痛みに堅く閉じた瞼から涙がこぼれ落ちる。
だからだろうか、誰かが布団のすぐ側にまで来て、頭を撫でる迄早苗はその存在に気付かなかった。
「こっちみるなよ?」
知らない女性の声に思わず振り向きかけるも、相手はそれを嫌がった。
「大丈夫だ、暗いもんは皆持っていってやる」
頭を撫でられる度、早苗の胸から痛みが徐々に失せていった。
「だから、今日くらい休んどけ」
すっと手が頭から離れていくのを感じ、早苗はようやく目を開けた。
見覚えのある、ツンツン頭が後ろ手に襖を閉める姿がそこにはあった。
324
:
暇潰
:2008/05/31(土) 16:17:09
人生は退屈だという人がいる。
だが、それは間違いだ。
それは人生が退屈なのではなく、退屈な人生を自分で選んでいるだけ。
本当の意味で退屈な人生というものがあるのなら、それはこの世の
ありとあらゆる事象を知りつくし、その因果まで把握していることだろう。
すべてを知り、すべてを識るが故に、すべてが予測可能な結末へ帰着する。
たとえそれがどれだけ破滅的な末路であったとしても。
そんな不変性こそが、真の退屈。
私は退屈だった。
だが、どうやら私はこの世界の神には愛されているらしい。
私がこの世で最も嫌うものは、ここにはない。
確かに私はこの世界の構造をわずかだが『知って』いる。
それは――これこそ実に陳腐な表現と言えるが――神の恩寵とやらによるものだろう。
だが、私の持ち物はそれだけ。
この世界の趨勢も、輪廻の果ても、私には見えない。
そのことに幸福を感じられる人間など、私くらいのものだろう。
「アスミ、それに梨花にレナも。お饅頭買ってきたから食べよ」
「まんじゅー食べるー」
「わ〜〜〜い、ボクおまんじゅう大好きなのです」
「お饅頭もいいけど、喜ぶ二人の方がもっとかぁいいね〜、お持ち帰り〜〜」
「はいそこー、さも当然のように二人をお持ち帰りしない」
この、何もかもがありきたりで、けれど何も予測しえない世界。
ゴールさえ存在しないかもしれない、虚ろで不安定な世界。
そんな世界だからこそ、さぞ私を楽しませてくれることだろう。
――廻れ。夢が終わるその時まで。
325
:
趣味
:2008/05/31(土) 22:00:38
べべんっ。
今の日本人には大分馴染みがなくなってしまったその音色に紅は足を止めた。
「……三味線?」
しかも流れてくるのは某お姫様のテーマ曲。
ついつい腕を振り上げたくなる衝動に駆られながらも、とりあえず音源を見る。
「……ベオーク?」
見覚えある仮面を被った女が真顔―口しか見えないが多分―で三味線を一心不乱に奏でている。
べけべけべけべけ。
見ればその前には何故か正座した彼―今は彼女の娘が微妙な顔をしてこちらを見ていた。
「…やあ人間」
そりゃまあ父ちゃんがいきなり性転換したり、三味線弾き語り(語ってないけど)すれば誰だって正気を疑いたくもなる。
そもそもダークマターが正気なのかはしらんが。
「…父に聞いたんだ、趣味の一つくらいはないのかと。
後悔した、すっごく」
そこで三味線を出す奴も凄いが、それをおとなしく聞く方も聞く方だ。
「…でだ、なんで東方なんだ。てか、いつの間にネクロファンタジアになった」
相変わらず一心不乱な彼をとりあえず無視しつつ、尋ねる。
ふっとどこか達観したような顔で少女がそれに答える。
「先程八雲の大妖がな、あれに楽譜を渡しおってな」
ま た ゆ か り ん か 。
そこでふと気付く。メロディにいつの間にか笛が加わっている。
見れば、酔っ払い鬼が楽しげに笛を吹き、太鼓が打ち鳴らされ、
辺りはさながら縁日の様な賑やかさに溢れかえっていた。
呆れ顔の少女の隣で目を丸くしていると横からにゅぅっと杯を持った手が差し出される。
手の主を見て、紅は笑いながら杯を受け取った。
気付けば、狭い部屋はいつの間にやら緑生い茂る森の中へと転じ、
不思議な姿の者達がそこここで輪を組み、手を打ち鳴らし、踊っていた。
八雲の百鬼夜行。
そんな単語が頭を横切り、彼女は杯を乾かし、隣でいまだに状況が把握出来ていない少女の手を取り、
宴の輪へと入っていくのであった。
夜はまだ、これから―
326
:
安寧
:2008/06/01(日) 22:39:40
我知らず、月を見上げていた。
望を一夜巡った十六夜の頃。
冴々と、満ちぬ金色が空を灼く。
その不完全さが、あたかも今の自分をも映しているようで。
目を逸らしたいと思いながら、目を離すことが出来ない。
慣れた手つきで懐から直方体の物体を取り出す。
軽く手を振る。
ふいにその手が凄まじい勢いで燃え上がった。
だが当の本人は気にも留めず、もう片方の手だけで箱から器用に一本だけ
煙草を取り出し口にくわえると、おもむろに燃えた手に押し当てた。
紫煙をくゆらせる。
深夜の神社は、神聖と言うよりも荘厳な感じがした。
そんな境内の真ん中に腰掛けても、咎める者はいない。
独りだ。
ぼんやりと、どこかに置き忘れた心を探す気力もなく。
煙草の灰が落ちることにさえ関心を持たずに、やや肌寒い夜気に包まれる。
ふいに顔を俯かせる。
と、煙草の煙が目に入った。
「……つっ」
目をこする。突き刺さるような痛みに、目頭が熱くなった。
涙がこぼれる。
そして――止まらない。
感傷だ、と思う。
打ちひしがれた時ほど、独りの重みがのしかかる。
それが孤独なのだということを、痛いほどに知っている。
――蓬莱の宿命は、すなわち孤独という地獄を背負うことに他ならない。
人と交わることは許されず。
人ならざるものとして生きるには、人の心が邪魔をする。
何者にもなれない、不完全な存在。
そんなものはこの永い生の中で何度となく味わったというのに。
腕をもがれる痛みには慣れても、胸が潰れる痛みには慣れられない。
「………………ぐや」
何かを言いかけ、やめる。
それは自分という存在の全否定に繋がる気がした。
――そう、憎しみだけあればいい。
今、私が存在してしまっているのは誰のせいだ?
決して赦されてはならない生の出来損ないを生み出した大罪人は誰だ?
そうだ、怒れ。
憎め。
「……ああああああああああああああああああああああああああああああっっっ!!!!」
そう。それだけでいい。
忘れよう。
人としての感傷など蓬莱人には毒でしかない。
怯えも、迷いも、苦しみも。
すべては人が背負う業。
――滅びぬ身には、尽きぬ煙を生む炎こそが相応しい。
327
:
空飛ぶバケツと妖怪
:2008/06/02(月) 00:00:35
「ねぇ」
「何かしら?」
キセルに煙草を詰めながら答える八雲紫に紅はしばし間を置き―また問いかけた。
「あそこの張り紙、あれ読んだかしら?」
引きつっ笑みを浮かべた柱に張りつけられた紙を指差す。
「んー、どれどれ」
煙草に火をつけ、指差されている張り紙に視線を向けるとあらっと声を上げる。
「またずいぶんと下手くそな字ね。これは貴方が?」
「妹がのたくりつつ書いてました」
「あらそうなの」
紫はそう言うと、煙をふかす。
雑味が少なく、それでいて芳しくまろやかな煙が舌へと広がる。
その味に感慨深く頷く。
「上物ね」
彼女の言葉に、紅はどす黒い笑みを張り付けたまま張り紙を見る。この場所で喫煙禁止!と書かれた紙から、再び煙草を入れ換える彼女を見る。
「ねぇ紫…」
手に水の入ったバケツを持ち上げながら、
「アタシの目がおかしくなきゃここ禁煙よね?」
「そうみたいね…」
ぷかり、と煙を吐きながら、小首を傾げて―ポンと手をうつ。
「だけど、煙草禁止してるわけじゃないんだから」
「うん」
「余裕でセーフね」
「ソウデスカ」
紅は深く声を落とし、バケツの底に手を添える。
「んな屁理屈通用するかあぁぁぁぁっ!!」
バケツと水と一緒に空を舞いながら、紫はぷかりと煙を吐き―
「やっぱりこのくらい刺激があったほうがいいわね」
そんな言葉を一緒に吐き出すのだった。
328
:
図書館
:2008/06/02(月) 16:30:36
とある大学附属の図書館の個室。
静けさが増したここで聞こえてくるのは、ペンが紙を滑る音と自身の呼吸だけ。
考え事―大体はループして、強制終了―するのには絶好の環境だと彼女は思っている。
ぺらり、と紙を捲る音に人間が顔を上げ―
「はぁい」
…何も見なかった事にして顔をレポートへ戻す。
「ちょっとぉ、無視しないでよ」
酒臭い息を吐きながら、鬼が彼女の手元を覗き込む。
「心理学ぅ?」
「…別にいいでしょ」
横に積み上げた本の背表紙を指でなぞり、目当ての本を引き抜く。
その様子に鬼は何か企む様に一番上の本を持ったまま、中身に目を通す振りをしながら、人間を見る。
「自分の心も分からない魔道士が心理学とはねぇ」
にまにまと笑う鬼に人間は答えない。ただ彼女が来る前と変わらず、ペンを滑らせている。
期待外れだったかな?とイマイチ反応のない人間を見ながら、仕方なしに本を見る。
「分からないからこそここにいる」
しばらく間を置いてから、人間が答える。
「機械だなんだで視覚化することも確かに出来る。
けど、そこに込められた思いは見ることは出来ない。
苦しみや恐怖が脳の作り出した幻想なら「私」という存在だって本当は只の幻想かもしれない。
それならどうして…」
「わわっ、ちょっとタンマ」
慌てて手を振って止める鬼に人間は口を閉ざす。
「まぁあんたが悩んでるのはよく分かってるけどさぁ…つまるところ今なにしてんの?」
頭に疑問符を大量に浮かべながら、問掛ける鬼を見つめながら、今度は人間が笑う。
「心理学のレポート書きながらエセ哲学って名前の妄想」
「なにそれ…」
普段ならば、他者を拒絶するように静まりかえった大学附属図書館の一室。
今日のそこは呆れた様子の鬼と楽しそうな人間の笑顔が咲いていた。
―レポートの裏―
図書館の閲覧個室が静かで好きです。
たまに寝るけど
―レポートの裏―
329
:
鶏の屠殺はお嬢ちゃんのry
:2008/06/03(火) 00:30:24
「はぁ…」
と溜め息をついたのは、籠に入れられた鶏を眺める早苗であった。
立派な体格のおんどりは重しを乗せられた籠の中でココッと鳴いている。
里に信仰を集めに行った際、とある村人から「夕飯に」と貰ったものだ。
しかし、鶏と夕飯という二つのワードに早苗の心は激しく揺れた。
思い出すのは小学生の頃。
夜店で売られていたカラーヒヨコに「ピヨちゃん」と名をつけ、大層可愛がっていたのだが
ある日、昨晩まではいたはずのピヨちゃんの姿はなく、心配になった早苗は母に尋ねてみた。
そして返ってきた答えは―
…幼少期のトラウマに思わず顔を被ってブルブルと震える早苗。
だが、ここは幻想郷である。
パックに包まれた鶏肉や魚など勿論存在しない。
ならば、自分で手にいれるしかない。そろそろ兎肉も飽きてきたし。
そうだ。今の自分は兎を捌けるまでに成長している。今更何を恐れるか。
そんなこんなでようやく決心のついた早苗は手早く服を着替え、包丁を手に鶏に挑んでいった。
…余談ではあるが、鶏はきちんと絞めてからでなければ首を落としてはない。
もし万が一まだ息のあるうちに首を落とすと世にもおぞましい光景が広がる事となる。
その日上がった大音量の悲鳴は妖怪の山全体に響きわたったという。
(鶏はそのあと神奈子に美味しく料理されました)
330
:
願望
:2008/06/04(水) 23:26:17
炎が吹き荒れる地獄絵図が止んで、しばし。
「……妹紅」
ふいに、誰かに名を呼ばれた。
どこか懐かしい、その声音。
ひどく緩慢な動作で、声の方を向く。
「…………慧、音」
自分の声がかすれているのがわかる。
「どうした? ずいぶん荒れてるようじゃないか」
上白沢慧音。
それは紛れもなく友と呼べる者の名だった。
「そんな……ことはない」
バツが悪そうに顔を背ける。
打ちひしがれた姿を見せたくないと思うのも、所詮は人間としての感傷だろうか。
そんな自分を誤魔化すように、煙草に火をつける。
そうして、月を見上げた。
「なぁ、妹紅。知ってるか」
急に話を切り替えられ、妹紅は面食らう。
「人は無意識に行う動作ほど、自分ではそれに気づかないものらしい」
「私は蓬莱人よ」
自虐的な発言を、慧音は無視。
「なぁ、妹紅。知ってるか」
同じ言葉を繰り返す彼女に、妹紅は軽い苛立ちを覚えつつ問い返す。
「……何を?」
「お前は辛い時に限って、今みたいに月を見上げるんだ」
まだ半分も残っていた煙草が、落ちた。
「私がここに来るまでの間に、何があった?」
詰問するような声音ではない。
慧音の声はどこまでも優しい。
だからこそ、妹紅は胸を抉られるような痛みを覚えずにはいられない。
「……何も、ない」
「――妹紅」
「何もない。いつも通りよ」
断ち切るような、一言だった。
慧音はわずかに眉を伏せ、「そうか」とだけ呟いた。
会話が途切れそうになる。
そのことに、何故か妹紅はある種の危機感を覚えた。
「ねぇ、慧音」
「何だ?」
「自分が自分であることに疑問を抱いたことはある?」
「……また随分と哲学的な質問だな」
苦笑。
「私は私でしかない。私でない私がいるとしたら、それは私ではないからな。
……と、いつもなら答えるかもしれないが」
その笑みも、すぐに消える。
決して曲げることのない意思を宿したその相貌は、誰の目にも美しく映ることだろう。
「白沢の血を宿す私には、究極的に人間を理解することは出来ない。
それを嘆いたことがないと言えば、嘘かやせ我慢にしかならないだろう」
「……そう。そうでしょうね」
落胆する自分がいることに、妹紅は驚いた。
何を期待していたのだろう。
――慧音が人ならぬことを肯定したところで、自分の心が人でなくなるわけではないのに。
「けれどな、妹紅」
慧音の横顔に、妹紅はハッとする。
「私は私だったからこそ、今お前とこうしていられると思うんだ」
「私が、私だったから……」
それはつまり、妹紅が蓬莱人であるからこそ慧音と知り合えたということ。
「辛いか、妹紅」
慧音の手が、妹紅の手を包み込む。
先程の炎に比べれば遥かに弱く、しかし何にも勝る温かさ。
――失われた心の隙間を埋める、小さな小さな欠片。
「お前の苦しみを理解してやることは、私には出来ない。
私が万の慰めを語ったところで、張子の虎よりも浅薄に映ることだろう。
……だが、それでもお前は私に願う」
包み込む両手に力がこもる。
慧音は無表情だった。
無表情に、涙を必死に堪えていた。
「お願いだから、人であることを忘れないでくれ。
お願いだから、人であることを捨てないでくれ、妹紅……」
妹紅は、動けなかった。
何も、出来なかった。
331
:
ぐつぐつ、ぐらぐら
:2008/06/05(木) 00:33:21
コンロにかけられた大小のヤカンを見つめながら、彼は台所の隅に追いやられていた踏み台を引っ張りだし、腰掛けた。
頼まれたのは、15分ほど前。
麦茶の番を頼まれた彼に姉妹の下の方が小さなヤカンの番を頼んだのだ。
風呂上がりに茶を飲みたくてね。
肩にタオル、手に着替を持った彼女はそういうと彼が何かを言う前に
さっさとコンロにヤカンを置き、風呂場へ行ってしまったのだ。
だが、と彼は二つのヤカンを前に腕を組んだ。
どちらとも火の番という意味では大差なかった。
それが大か小か、誰に頼まれたか、そのくらいの違いだった。
ぐつぐつ
湯が沸いてきたのか、ヤカンの中で水の踊る音がする。
それはどこか人の鼓動のようだ、と彼は思った。
人の姿をした―人とは似ても似つかない彼にはどこかそれがうらやましくも感じられた。
ぐつぐつ、ぐつぐつ
体を流れるそれがやけに気になると言ったのは、件の妹だったか。
神経質の気がある彼女は首を巡る鼓動が妙に擽ったい。そう彼に話していた。
ぐつぐつ、ぐらぐら。
そうだとすれば、ちょうど目の前のヤカンの様な振動を彼女は感じているのだろうか。
ほんの少し、彼は興味をもった。
ちょうど彼女が風呂から上がるのと湯が沸くのは同じタイミングであった。
やっぱり鼓動とおなじなのかと聞くと、彼女は訳が分からんと熱い茶を飲むのだった。
332
:
ABY10.アクシラの戦い
:2008/06/05(木) 18:58:29
決戦に持ち込む…と言っても簡単な話ではない。敵はこちらの動揺を推測しているだろう。ひょっと
すれば、数週間前の事件もこの為に引き起こしたのかもしれない。それ故に、敵は決戦を避けたい
筈だ。逃げるのも彼らのお家芸である。しかし、彼らの想定するほど帝国軍は無能ではなかった。
「衛星を奪回しましょう」
ジェリルクス参謀長が言った。一見、不毛な行為に思えるが、彼の説明で将帥達は納得に達した。
彼らの戦いの動機は何か、自由と正義である。それは何が支えているか、仲間との連帯である。彼
らは仲間が危機に陥ったならば、総力で救援にかかるに違いない。若き参謀はそう考えたのだ。
「それでは衛星侵攻部隊ですが…」
「参謀長、私に発言の機会を与えてはくれないだろうか」
ピエットが彼の言葉が途切れるのを見計らって機会を求めた。彼には大提督が何を言いたいかは
分かっている。無論、それに問題は無いの座を譲る。もっとも、問題があったとしても、彼に逆らえる
筈は無いが。
「ありがとう、参謀長。その任にはアッシュ将軍を向かわせたい」
一斉に視線が緑の制服の女将軍に集まる。しかし、そのような視線など、我関せずといった風で流
し、腕組みをして悠然と構えていた。
「私がか?ふ…少し運動をしてくるかな」
大胆不敵な発言である。帝国の司令官は大抵、スター・デストロイヤーや要塞で指揮を執るものだ
が、中には自ら前線を駆けて、将兵と労苦を共にする者も居る。代表的な者にヴィアーズ大将軍や
ズィアリング大将軍、コヴェル将軍が挙げられるが、彼女もその一人であり、赤い光刃のライトセイ
バーや銀の剣を高く上げ、時には徒歩、時には馬、時にはバイクに跨り先陣を切る姿は将兵にとっ
て頼もしいものであった。
「では、ウォーカー部隊を1個大隊、歩兵部隊を1個師団任せるから、思うように暴れてもらおう」
「Yes My Lord」
333
:
夢の跡
:2008/06/05(木) 19:19:35
手を繋いでいた。
暗闇の中で見失わないよう、幼い子供の様にその手をしっかりと握っていた。
名前を何度も呼びもした。
手が、離れる。
暗闇が晴れていくと同じく、相手の姿もかすれ消えていく。
嫌だ、おいていかないで。
手を伸ばしてももう触れる事も出来ずにただその困った様な悲しそうな笑顔だけが瞼に残った。
二度寝の目覚めは酷いものだった。
涙が頬を伝い、胸が悲しみで潰れそうだった。
ふと、部屋が広い気がして、辺りを見回し、
「――」
言いかけてやめる。
誰も、答える訳がない。
この部屋は自分一人の部屋で他に誰も居ない。
今までと変わらない筈のそれに止まっていた涙が再び流れ出す。
言葉になれなかった声が口から溢れていくのをもうどうすることも出来ない。
やがて、ふらりと立ち上がり、机に置かれた紙へペンを走らす。
書くこと等ほとんどなかったが、真っ白なそこにただ一言残し、
ゆっくり瞼を閉じた。
明日も、変わらない朝が来る
334
:
廊下
:2008/06/06(金) 23:24:19
ギシリ、と廊下が軋む音に早苗は思わず肩をすくめた。
いつもの事なのだが、それでも寝惚け眼で廊下へ出ると体がすくんでしまう。
まるで子供のようだ、と溜め息を付きながら、廊下の奥の廁へと足を運ぶ。
ギシッ。ギシ。
しばらくしてふと気が付く。
自分の後ろに誰か、いる。
別に驚く事はなかった。きっと、八坂様か洩矢様か両親のどちらかも廁なのだろう。
大して気にも止めず、廁に入る。
その間にも廊下の軋みはゆっくりと廁へと近付いて―ふと妙な音が混じっている。
ギシッペタッ。ギシッペタッ。
二柱の足音とは違うそれに早苗の顔から血の気が引く。
擦り足気味な八坂様とも跳ねるように歩く洩矢様や両親とも違う誰かが、そこにいる。
途端、彼女は廁から出るのが恐ろしくなった。
心の中で二柱の名前と両親を呼びながら、その場で息を殺していると廁の前まで来た足音―何かの気配は
しばらく廁の前に佇んでいたが、やがてゆっくりと遠ざかっていった。
気配が遠ざかった瞬間、早苗は廁から飛び出し、飛ぶような早さで部屋へと戻っていった。
布団の中で震えながら、早く朝が来ることを祈り―ようやく、鳥の囀りが聞こえた頃
安堵の息を漏らし、布団から頭を出して―
「そこには恐ろしい顔の女性が私をにらんでいました…」
そう締め括る早苗にギャラリーの何人かは思わず身震いする。
「うー…今ので催してきたわ。トイレ借りるぜ」
襖に手をかけ、立ち上がったアサヒはそう断ってから廊下へ出た。
(たしかあっちだよな)
魔法の灯りを揺らめかせながら、廊下を進む。と―
…ギシッ…ペタッ。
足音が聞こえ、彼女は思わず振り向いてしまった。
そして、そこにいたのは―
335
:
紅白
:2008/06/09(月) 12:49:26
「お前の事はあまり好きではなかったぞ、ゼロツー」
地面で無様に倒れている男を見下ろしながら、紅い悪魔が囁く。
背後に月を、手には深紅の槍を従えて、彼女は無表情のまま、腕をゆっくりと掲げる。
男はまだ動かない。
散々痛めつけていたからもしかしたら、もう死んでいるのかもしれない。
それでも彼女は男にとどめを刺すべく、槍を―
「……っ!」
視界を埋め尽くさんばかりの朱を男に投げるはずだった槍で迎え撃つ。
それでも、相殺するには少し及ばず、悪魔は舌打ちをしながら、朱に飲み込まれた。
「なんだレミリア。跡形もなく消し飛んで死んだか?」
肩を鳴らしながら、瓦礫から白い男が立ち上がる。
月を見上げながら、つまらなそうに溜め息をつき―
「お気遣い感謝しますわ」
背後から上がったその声に一瞬反応が遅れ、次の瞬間には彼は体から無数の針を生やしていた。
倒れ込む男の目の前に蝙蝠が集まり、一つの形を成していく。
「なるほど、蝙蝠となってよけたか」
血を流すことなく起きあがる白い男を前に紅い悪魔がにたりと笑う。
「そういうお前こそ」
針が男の中に完全に飲み込まれたのを合図に二人の足が動き出す。
悪魔が笑う。男も笑う。
互いに闇に生き、不死とされたもの。
そこがお互い気にくわなかったのだ。
片や夜の帝王、片や闇そのもの。
もはや戦いはルールなど存在しない、単なる力のぶつかり合いとなっていた。
悪魔が男の腕を千切り飛ばせば、男が悪魔の羽根を切り刻む。
もはや二人に理性などはありはしなかった。
ただ純粋に、目の前にいる相手を蹂躙し、打ちのめす。それだけだった。
瞳は狂気に彩られ、顔には壮絶な笑みを貼り付けながら。
結局勝負は両者の「飽きた」という一言で決着がついた。
二人にしてみれば、なんともなしに始めた戦いの勝敗など特に気にするものではなかった。
すっかりぼろぼろになった衣服をそこらに捨て、手近な場所に座る。全裸で。
「…そんな格好していいのか?」
特に裸でいる事に抵抗がないのか、男の言葉に悪魔が肩をすくめる。
「減るもんでもないだろ?」
その言葉に男は眉をしかめ、呟く。
「どこぞのパパラッチに撮られても知らんぞ」
パシャッ。
「……やるか」「……ええ」
ものすごいスピードで飛び去ろうとするそれの後を二人は猛スピードで追いかけるのだった。
全裸で。
gdgd
336
:
ABY10.アクシラの戦い
:2008/06/10(火) 07:48:04
帝国軍はアクシラ本星に一番近い、アクシラⅠに軍を派遣した。陽動部隊の輸送と支援という
名誉を与えられたのは、マイナー=ペレオン大佐率いるスター・デストロイヤー『キメラ』とその
支援艦艇である。彼らは占領後に設置されたシールドを全力で破壊すると、直ちにウォーカー
やトルーパー達を降下させた。
――アクシラⅠ・ピエット宇宙港第3埠頭
故郷の英雄の名を冠した施設が建設されるのはいつの時代も同じである。しかし、それが敵
の手に陥ることは最大の不名誉だ。ピエットはこの施設と付随する都市の最優先での奪回を
命じ、彼の妻とその麾下の部隊は彼の要望に応えることに成功した。そして今は、市内の残
敵の掃討と守備隊の生き残りを回収する任にあたっていた。
――アクシラⅠ・『リトル・ブリギア』区
反乱軍将校「退却だ!退却ーッ!味方と合流するんだーッ!」
市内の到る所にバリケードを急造し、抵抗していた反乱同盟軍だったが、それらは次々に巨
大なAT-ATに踏み潰され、防衛線は崩壊していった。シープ=ジェイオン大佐男爵率いる第
08ウォーカー大隊は無人の荒野を往くが如くの進撃を行っていた。
ワッツ「こちらアクシラ-02、アクシラ-01ジェイオン卿へ、リトル・ブリギアの最後の拠点を制圧。
敵戦線は崩壊、逃走しつつあり。繰り返す、敵は逃走中!」
ジェイオン「アクシラ-01より、アクシラ-02ワッツ中佐へ、大変結構だ、クズ共は一人も生きて
帰すな。帝国への反逆がどういうことかその身をもって教えてやるのだ」
ワッツ「Yes My Lord!」
AT-ATから無慈悲にヘヴィ・キャノン・レーザーが放たれ、その度に大勢の自由の戦士達が空
に舞い上がり、その爆発を逃れた者も、AT-STの機銃掃射でヴァルハラ送りにされて行った。
338
:
憐哀編sideイサ、4
:2008/06/12(木) 23:12:56
一日目 PM 18:30
「……なぁ、どうかしたのかお前?」
春原に指摘されるまで、イサは自分の不調に気が付かなかった。
いや、指摘されてもなお、イサには言葉の意味がわからなかった。
だから問う。
「ん? どうかしたんでばさ?」
「でばさって何語だよ」
「現代日本語」
「真顔で嘘吐くな。んな語尾、聞いたことねーし」
「あーぁ、ヨーヘーは流行から取り残されて化石になってしまいましたとさ」
「マジかよ!? ……って、そーじゃねーよ」
気づいてないのかと、
「お前、さっきからずっと顔が笑ってないんだよ」
なるほど、とイサは思う。
確かに気がつかなかった。
――普段の自分は、『笑顔であることが当然』と思われていたのかと。
敗走する文を見送ってから、やってしまったとイサは思った。
最初は警告で済ませるつもりだった。
そして、それで終わるとも思っていた。
文自身が語るまでもなく、文に争う意思がないことなど気づいていたのだから。
だが、実際にはそうならなかった。
いや、出来なかった。
いつもの『悪いクセ』が出てしまったと、イサは歯噛みする。
イサにとって、苛立ちと殺意は同義だ。
わずかな心の揺らぎは、即座に対象への破壊衝動にシフトする。
それはつまりイサの平静を乱すものはイコール抹殺対象になるということだ。
そんな自分が、イサは嫌いだった。
だから変わろうと思った。
変われるとも思った。
変わったとさえ、思っていたのだ。
それがすべて自身の楽観的観測にすぎなかったことを自覚したのには、
さすがのイサでも落ち込まずにはいられなかったのかもしれない。
もっとも、本人がそれと自覚することはなかったが。
339
:
歌唄い
:2008/06/12(木) 23:28:33
夢の歌を唄いましょう。
――あなたとそこで逢ったから。
夜の歌を唄いましょう。
――あなたがそれを好むから。
嘆きの歌を唄いましょう。
――あなたがそれを望むから。
終わりの歌を唄いましょう。
――もはやあなたはそこにだけ。
………………
340
:
隔たり
:2008/06/13(金) 03:41:20
「ふぅ…」
息を吐きながら、ベッドに沈み込む。
書きかけの文章をメモ帳に保存し、携帯と目を閉じる。
「紫…」
ふと彼女の名前が――の口を出る。
それは自分のもう一つの名であり、遥か高みにいる妖怪の名でもあった。
「見てんのかなぁ、自分の事…」
目を開き、天井を指の間から覗きながら呟く。
境界にいる彼女の事だ。携帯に向かう自分の姿を何処かで―あるいは携帯からこちらを見ているのかもしれない。
「ずるいよ」
携帯のモニターにそう声をかける。
もし聞こえたら、きっと彼女はこう応えるだろう。
――――――。
それに――も全くだと笑ってしまった。
やっぱり彼女は自分と比べたら、ずっと大人だ。
茶番ともいえる彼女の話に付き合ってくれているのだから。
そうして背後に降り立つ彼女に『紫』は挨拶を交すのだった。
「こんばんは、紫。今日はカレーだよ」
341
:
奇妙な姉妹の会話
:2008/06/14(土) 14:37:04
レミリアは目の前で繰り広げられるその会話に頭痛を覚えていた。
いつもの茶会。
妹と妹が世話になっている家の姉妹を交えた午後の一時。
しかし、姉妹が話す会話はほとんど一貫性がなく、あちらへこちらへとフラフラさまよっていた。
「そういえば」
カチャリ、とカップを置くと向こうの妹が声を上げる。
「庭に植わってるラズベリーってそろそろ食べれるかな?」
「さあ?蒼星石に聞けば分かるかもよ?ところであいつらの仲は進展したんかな」
「たしかさっぱりだった気がするよ、ふたりともウブだからねぇ。
そういえばまたみょうがが生えてきたらしいよ」
「みょうがねぇ…使い道そんな無いよね。
それより帰ったら試しにラズベリー食べてみない?」
「…」
彼女らには理解出来ているようだが、レミリアには一向に理解出来そうになかった。
一体何をどうすればあんな宇宙人の様な会話が出来るのだろうか?
…もうどうでもいい気がして、レミリアは静かに紅茶を飲み干すのだった。
姉貴と話してたら友人に「宇宙人的会話」と言われたので書いてみた
別に普通な気がする
342
:
スノハラクエスト 〜そして伝説へ(ニート的な意味で)
:2008/06/15(日) 08:52:26
一日目 PM 20:30
「さて、そろそろ帰るか」
春原がそう言った瞬間、イサの体がびくりと跳ね上がった。
信じられないことを聞いたとでも言うように。
あるいは、唐突に夢から覚めたかのように。
「……帰る?」
もちろん、春原の言葉に他意などはなかった。
始まりがあれば必ず終わりがある。それだけのことだ。
デートの終了を男の方から告げるのは、無粋と言えなくもない。
だが元を正せば、そもそも春原にはこれがデートという意識さえもなく。
イサのわがままに付き合うのもこれで終わりという、そんな最後通牒の響きくらいは含まれていたかもしれない。
故に、春原にはわからない。
何故、イサがそんな表情をするのか。
――まるで、裏切られたとでも言いたげな。
口火を切った春原の方が、逆に言葉に詰まった。
夜を彩るかすかなイルミネーションが、イサの顔を半ば隠して浮かび上がらせる。
「……こに?」
「え?」
「……ボクは、どこに帰ればいいの?」
そのあまりに強い虚無の響きに、春原の頬がひきつった。
「どこって……」
何故か春原にはわかった。
このイサは説得しなければならない、と。
それによって何かが得られるという確信ではなく。
そうしなければ何かが失われるという危機感で。
「家に帰るに、決まってんだろ」
「……家?」
鼻で笑う。
「あそこは家なんかじゃない。監獄だよ」
もはやそこにいるのは春原の知るイサではなかった。
その年相応の体躯と微塵もあっていない諦観のまなざしで、
「ボクはあいつに囚われてるにすぎない」
「……あいつ?」
そこには明らかに特定の誰かを示す意味合いがこめられていたが、
少なくとも春原には悪意を持ってイサと接している人物に心当たりなどなかった。
イサの声にはますます強い諦観が混じり、もはや声とさえ思えなくなってきていた。
「ボクにはわかる、わかってしまった。
この『世界』はもうあいつの手の中にある」
「おい、イサ……」
「あいつに壊されるのは仕方がない。だってあいつは『世界』そのものなんだから。
だからボクは、そうなる前に思い出がほしかった」
何かを言い返すには、春原は無力だった。
ただ、イサには何か絶望を抱かずにいられないものがあり。
いつか来る――と信じている――破滅の前に、思い出を求めていたことは理解した。
それ故の――デート。
と、イサが突然顔をあげた。満面の笑みを浮かべて。
だが、春原の目にはそれがどうしても痛々しく映ってしまう。
イサはその目尻にわずかに外灯を反射させる光を浮かべ、言った。
「ねぇ、ヨーヘー。ボクと一緒に、逃げてくれないかな!」
343
:
鬼畜姉妹と天然魔道士
:2008/06/15(日) 21:20:12
調子が狂う。半眼のままクリームを泡立てる女の後ろ姿を妹と眺めていた。
発端は先程、咲夜に対して言った一言だった。
「咲夜、体にクリーム塗ってそれを舐めさせなさい」
当然、咲夜は怪訝な顔をしたが、ニコニコと笑った彼女は違った。
「生クリームプレイとは、レミィはうちの旦那並にマニアックだね」
姉妹で紅茶を吹かざる得なかった。
紅茶を一瞬で始末する咲夜を横目に彼女はでも、と続ける。
「あの人、甘いの好きだからアイスでもいいんだけどね」
「えーと…貴方は何の話をしているのかしら?」
あの目玉男恐るべしとか思いつつ、なんとか平静を保つ。
椅子に座り直しながら、引きつった笑みで問掛ける。
今度は彼女が目を丸くする番だった。
「何の話って……ソフトSMプレイの話だけど…」
ごんっ、と妹が机に頭を打ち付ける。墜ちたか。
「フラン大丈夫?どうした?」
自分の発言に問題があるとは思っていないのか、彼女が本気で妹を心配している。
「ううん、なんでもない…ただ酷いノロケをみただけだから」
そこで止めておけばよかったのだが、ついついからかってやろうと口を開いた。
「あら、だったら試しにクリームプレイとやらを見せてもらえないかしら?」
「えー…まあ舐めるだけならいいかもしれないけど」
「「………は?」」
そして、今に至る。
何故かムラムラした様な目玉男が待っているし、彼女は鼻唄混じりにクリームを泡立てる。
「お姉さま…」
「…何?」
「紫って…冗談通じないんだよ」
「…早く言って」
とうとう押さえきれなくなって襲いかかる目玉男にグングニルを投げつけながら、
レミリアはもう彼女に変な冗談を言うのを止めようと心に誓うのだった。
―ボールの裏―
ほんとにロウソクの下位互換なアイス(と生クリーム)。
食べれるからこっちの方がいい気がするけど
―ボールの裏―
344
:
感触・上
:2008/06/15(日) 21:44:09
梅雨の合間に照りつける貴重な陽光に、わずかに濡れた木々が歓喜の声を上げる。
「草だー。花だー」
歓声なのか客観的事実を述べているだけなのかよくわからない声をあげながら、くるくると回る薔薇色のスカート。
近場の野原を訪れるだけであれだけはしゃげる感性には羨ましさを覚えなくもない。
さて、私は一体いつの間に失ってしまったのか――もはや判然としない。
「ちぇええええん、しょーぶだー」
「言ったな赤いの! この前の分も合わせてお返ししてやるからね!」
最近よくじゃれあっている二人が、時も場所も関係なしに騒ぎ出す。
それを少し離れたところから陶酔の眼差しで見つめる保護者二人。
好意的に解釈すれば娘を見守る微笑ましい光景だが、
如何せんどう好意的に見ても「娘を見守る」にしては危なすぎる。
――その光景は温かくあると同時にどこか廃絶的で。
だからと言うわけではなかったが、何とはなしに心は冷めていた。
「……混ざらないの?」
背筋が震えた。
心を見透かされたかと思った。
『彼女』ならば、そのくらいやってもおかしくはない。
胸中の動揺を押し隠し、にこやかな笑みを浮かべた『演技』を使う。
体調が優れないといったニュアンスを返したところ、彼女は平然とした顔で、
「あの日?」
――とんでもない恥知らずだ。
いや、そもそも恥などという感情を持ち合わせていないのだろう。
私も相当擦り切れているとは思うが、これ程ではない。
これを人として分類することは、人間に対する冒涜だ。
「……何か用?」
声音を変える。いや正確に言えば、本来のそれに戻す。
他に誰か聞く者がいるのならばともかく、これを相手に演じる価値はなかった。
「いえ、別に」
突然の変貌にも彼女はまるで動じた様子はない。
「ただ少し聞いてみたいと思っただけ」
「…………?」
「『殺される』って、どういう感触?」
そこには揶揄も皮肉も含まれてはいない。
本当に、ただ純粋に疑問に思っているだけなのだろう。
いやそれさえも定かではない。
「聞くためだけに聞いている」と言われても、彼女が言うなら信じる。
345
:
感触・下
:2008/06/15(日) 21:44:47
「……生憎だけど、殺される瞬間のことはよく覚えていないの」
事実だ。
そもそもここに来てからというもの、負の記憶はひどく曖昧だった。
都合の悪いものは存在しない――なるほど、何とも居心地のいい夢ではないか。
「そう。それは幸いね」
案の定彼女はさして気にとめた様子もなく、言葉を止めた。
代わりに、今度はこちらが聞き返す。
「世界を思うままにするのは、どういう感触?」
「………………」
彼女は、しばし無言だった。
平和な世界から漏れ聞こえる嬌声が、私達を包む境界の外で空々しく響く。
境界の内側は、夏が近づく世界を嘲笑うように凍りついているというのに。
「……何を勘違いしているのか知らないけれど」
彼女の瞳は、世界の温度を否定する冷たさを宿していた。
「私は他者の理を代わるだけ。ただ、それだけよ」
「理解できないわね。そんなものを己に強いて、一体何の価値があるの?」
「価値なんて言葉を使っている時点で、あなたに理解することは不可能よ」
彼女にしてはひどく挑発的な物言いだった。
「そこにあるのは価値などではない。0に価値を生み出す価値はない」
「自虐的ね――それは理解できなくもないけれど」
自嘲する。
場所と立場によっては、そこに立っているのは私だ。
「まぁいいわ。私もそれほど興味があるわけではないもの」
「傍観者に留まるつもり?」
「無知は私にとっての安息よ。智者を気取った愚者になるなんてまっぴらだわ」
こういう会話をしていると、自然と手がグラスを求めだす。
ここではBern castelもそうそう手に入らない。
「最初はこの世界の構造が気にもなったけど、その必要もなくなったし」
「その心は?」
「私を傍観者以上の存在として扱わないことがわかったから、かしら」
自然と笑みの質が変わる。苦笑へと。
「もっとも、傍観させることに私は価値を見出されているのかもしれないけれど。
――それこそ『神のみぞ知る』と言ったところね」
と。
ふいに二人の間を縫うように抜けていったボールが、凍結した世界を叩き壊した。
「ちょっとー、そこのボールとってー」
ぱたぱた手を振る猫耳娘。
即座に振る舞いをシフト。
にこやかな笑みを浮かべて、ボールを精一杯投げ返す。
そこには一縷の隙もない。演技と言えば、完璧な演技だ。
「道化を続けるのは不便じゃない?」
「演技も貫けば真実よ。無理をしているわけでもないしね」
私は立ち上がる。
「さて、安らかで不確定な日常へ還りましょうか」
「――それは、幸いね」
声の返ってきた場所に、もはや彼女の姿はなく。
頭上を覆い隠す緑の天蓋が、わずかにその葉を揺らしていた。
346
:
紅色月夜
:2008/06/16(月) 23:14:17
ふと窓の外が気になり、頭上へと目を向ける。…月と目が合った。
ほんのりと紅を帯びたそれを窓から眺めながら、歌を―歌詞はないから、鼻唄だが―を歌う。
「〜〜♪〜〜〜〜〜♪」
千年の時を過ごしたあの場所でもこの月は見えているだろうか。
もしかするとあちらの月の方がここより人を魅了する力が強いかもしれない。
なにしろ、狂気で瞳が紅へと染まってしまうから―。
(そういえば―)
彼の目も鮮やかな紅色だ。
(彼も独りで月を見上げ続けていたのかな…それとも…)
人々の狂気が彼の目を染めたのか。
一息いれるように息をついて、ペットボトルに口を付ける。
「…自分も」
小さな溜め息と一緒にかすれた声が口を出る。
治す気になれないその癖に胸中で笑いながら、天へ―月へ手を伸ばす。
「自分の瞳も狂気で染まったら、貴方達の所へ行けるかな?」
掴める筈のない月を見上げ、手を閉じかけ―何かを握る。
「…………」
人の手のような感触に目を丸くする。
あちらの手か、他の何かか、見当はつかなかったものの、
笑いながら、その手を離し、そこをじっと見つめる。
黒々としたもの以外何も見えなかったが、それでも怖さはほとんどない。
いずれは自分も、あれになる。それが分かっているから。
そろそろ寝なくては。
小さく欠伸をしながら、そこへ手を振る。
「おやすみ、また明日」
窓から離れようとした少しの間、彼女がそこに居た気がした。
カーテンが引かれ、境界が引かれる
347
:
三割増
:2008/06/17(火) 15:28:54
「おおっ!」
何かを手に叫ぶフヨウにアサヒは思わず振り返る。
いつもより背丈が半分ほどになっているが、きっと何かの魔法でも使ったのだろう。
「黒板じゃなくても文字書けた!」
感極まった様に叫ぶ彼女の姿に思わずその手元を覗きこむ。
その手にあったのは…やけに短いチョークだった。
「チョークって偉い!お前凄すぎ!」
従姉妹がおかしいのは今に始まった事ではなかったが、
あまりの反応にアサヒの目から涙が溢れる。
「ああ…本当にすげぇよ」
悲しさ一杯になるアサヒをよそにフヨウはチョークを手にどこかへ走り出すのだった。
どんとそびえたつ紅魔館の塀を見上げながら、フヨウは「おー…」と声を見上げていた。
手にはやはりあの短いチョーク。
「…よし!」
手を上に精一杯伸ばし、爪先立ちになりながら、何かを書いていく。
「あいあいがーさ、あいあいがーさ…と!」
満足したのか、チョークをポケットへ突っ込むとその場から走り出す。
数分後、相合い傘に書かれた「さくや|れみりあ」の文字に誰かがハナマルをつけていた。
348
:
憐哀編sideイサ、6
:2008/06/17(火) 22:38:02
一日目 PM 22:30
デートが逃走劇へと様相を変えてから、早2時間。
目的なく歩くことへの苦痛を感じ始めるには十分な頃合いだった。
同じ徒歩でも、どこかに向かうという目的があれば感じる負担は軽い。
その逆に、ゴールがあるかわからないマラソンなど拷問と変わらない。
まして冬も最中のこの頃に、日も落ちきった道を淡々と歩くなど。
「………………」
それでも、春原は何も言わない。
何も、言えない。
正直なことを言えば、さっさと帰りたいというのが本心だ。
いや、誰でもそう思うだろう。
何が悲しくて雪中行軍(雪は降っていないが)の真似事などしなければならいのか。
「………………」
逃げるとイサは言っているが、そもそも誰に追われているのかわからない。
本当に追われているのかさえわからない。
ひょっとしたらデートと称した引き回しを続けるためのデタラメではないのか、とさえ思えてくる。
その証拠に、イサの顔はまだ多少翳りは残るものの明るさが大分戻ってきている。
自分が舐められていることは――不本意にも――自覚している。
――ここでそろそろ、男としての立場の強さを見せつけるべきではないか?
いやそこまで強く出ずとも、詳しい理由を問いただすくらいは許されて然るべきではないか?
「………………はぁ」
などと考えてみたところで、すべては徒労だ。
どこに結論を持っていったとしても、結局自分からそれを話題にすることは出来ない。
つまりこの状況に為す術なく流される程度には、春原には度胸がなかった。
それすらもイサの思惑通りであるとは、まさか露程にも思わずに。
引きずり回していることは自覚していた。
春原はイサに比べて体力面で遥かに劣る。
もっとも、丸一昼夜歩き続けることも可能なイサと比較するのは酷な話なのだが。
――この一件を境に、かろうじて保たれていた関係が崩壊するかもしれない。
無論、イサがその関係を考えていないはずがない。
しかしそれは考えても詮無いことでもあった。
無意味なのだ。
自分は、あと数日を待たずして、終わる。
それは決まっていることだ。
イサが垣間見た『世界の断片』とは、つまりそうされるだけのものがあるということなのだから。
「その時までを、せめて最高の思い出で埋めたいと思うのは、そんなに悪いことなのかな……」
「あ? 何か言ったか?」
不機嫌そうな春原の声。疲れが混じった息からして、こちらを気に留める余裕さえ失くしかけているようだ。
イサは首を横に振る。
春原はバカで、無神経で、結局自分のことしか考えていない。
今はそれでよかった。
――そんな少年が、イサの死を目の当たりにした時に何を思うか。
身勝手とはつまり心の弱さに他ならない。
弱い心はイサの死を刻みつけることで、元の形を取り戻すことが出来なくなるだろう。
一生、イサの死を背負って生きることになる。
それだけで、イサは満足だった。
――そして、この『世界』にはそんな些細な望みさえ許さない存在がいる。
349
:
オレオレ詐欺
:2008/06/19(木) 23:32:07
「オレだよオレオレ」
一昔前に流行った詐欺の口上を上げる男にフヨウは首を傾げた。
「…誰だっけ?」
「だからオレだよ、オレ」
「……!ああ!オレさんですね?」
電話の向こう側で派手に何かが崩れる音がしたが、男は意外にも早くカンバックした。
「それでオレさんはどうしたの?」
「実は事故って急にお金が要るんだ」
「え、腕とか足とかもげちゃったの?!」
「もげ…!?」
何やら驚く男にフヨウも目を丸くしながら、巻くし立てる。
「あれって痛そうだよね。
こないだもさ、僕のお父さんが電車に引かれて腕もげちゃったんだよ、ズパーンって」
紫の新しいスペカの実験台にされ、腕(羽根の事である)を壊されただけだが、
事情を知らない者からしてみれば、とんでもない話である。
「その前もナハトがフランドールに斬られたり、もう大変だったんだよ」
ナハトがフランドールの弾幕ごっこの相手をしただけだが、
こちらもやはりとんでもない話である。
「た、大変なんだな…」
「ほんとだよーお陰で家計は火の車だってお母さん言ってるんだよ。
最近お母さんも夜は忙しいみたいだしさぁ」
何故だか泣き出したオレさんに「強く生きるんだぞ」や「オレも頑張るから」と励まされ、
やはりフヨウは首を傾げながら、受話器を置いた。
それでも、地下から黒焦げになって現れた父を見た彼女の頭からは
「オレさん」なる人物の事はすっかり消えていたのだった。
「おとーさーん、弾幕教えてー」
「か、勘弁してくれぇ」
今日も今日とて平和です
350
:
スモーカー
:2008/06/22(日) 23:53:18
子供の健康に障ると部屋から追い出されたドロシーはやって来た屋根の上で
ポケットにねじこんだ箱を取り出し、その中の一本を口にくわえた。
パッケージで選んだマイルドセブンに火を付けるべく―ポケットを探す内に気付いた。
(ライター、部屋だわ)
火を使う使い魔を呼び出すにしても、手間がかかりすぎて気軽な一服ではなくなる。
今更戻っても姉にうるさく言われるだけで戻る気もない。
台所かどこかでマッチを拝借してこよう。
そう諦めた様にくわえていたそれを手に持ち―ふと横を見ると火の付いた炭を差し出された。
「どうぞ」
キセルから煙を立ち上らせる彼女から炭を受け取り、煙草に火を付ける。
煙を溜めるように吸い込み、それを空へ長く細く吐き出す。
「…どうも」
呟く様に礼をのべ、煙草に口をつける。
互いに会話はなく、時間だけがゆっくり過ぎていく。
やがて、ドロシーは携帯用の灰皿に煙草を入れ、紫はキセルの灰を落とした。
そうするとどちらともなく立ち上がり、その場を離れていく。
「今度は忘れないようにね?」
背中に投げ掛けられた言葉にドロシーは手を振って応えた。
351
:
おえかき
:2008/06/25(水) 23:19:12
ご存じ?ご存じ?ご存じかしら?
紅い悪魔の御屋敷の 暗い地下のその部屋に
怖い怖い吸血鬼が住んでるの
壊れたメイドは数知れず 戻った子は誰だって
口を揃えてこう言うわ "あの子は絶対狂ってる"
「変な唄だな」
フランドールの唄にゼロツーはソファに身を沈め、、欠伸混じりに言う。
紅魔館地下にあるフランドールの私室。
闇を照らすランプは既に床で砕け散り、辺りには緩やかな闇が流れる。
「そう?」
手にした本の頁を一枚一枚破り投げるフランドールは彼を見ない。
舞い落ちる紙をじっと見つめ、それが床に落ちれば、また破いて放り投げる。
あれでは後で掃除が大変そうだと思いながら、ソファに寝そべる。
部屋全体に染み付いた死の残り香と床に散らばる子供の玩具が不釣り合いな部屋の主を表しているようで。
「ねぇねぇ」
本の吹雪に飽きたのか、頁がなくなっただけか、フランドールが首をゼロツーに向けて言う。
「遊んで?」
「あら」
眠るフランドールを膝に乗せ、安楽椅子に腰掛けたまま船をこいでいるゼロツーに
咲夜は手にしたティーセットを珍しく無事だったテーブルに置いた。
「お茶持ってきたけど…後での方がいいかしらね?」
考えるように首を傾げる咲夜の目に床に散らばる紙が目に入る。
そのなかの一枚を手にして、咲夜は何かに気付き、嬉しそうに目を細めた。
「あらあら」
破かれた頁は色とりどりのクレヨンで飾られ、全体で一枚の絵へ姿を変えていた。
紅い月の下、姉や友人達と笑うフランドールの描いた絵へと。
352
:
夏の幕開け
:2008/06/29(日) 00:32:11
流れ落ちる汗もそのままにペダルを踏み込む。
ギアを一番軽いものにしてあるとはいえ、坂道は流石に辛いものであった。
そこに来て、肌に張り付くようなむし暑さがじりじりと体力を奪っていく。
とうとう限界に達したのか、息を吐き出しながら足を地面につく。
心配して降りようとする連れを手で制する。
そうして肩で息をしながら、先を見つめ、自転車を押す。
便利な乗り物もこうなってはただの重い荷物。
それでも一歩、また一歩と足を進める。
目的地まではもうそう遠くはない。この坂道を乗り切れば、それが見えてくるはずだ。
やがて坂道が終わりを告げ、それが眼下に広がった。
「はぁ――はぁ――はっ――」
半ばむせるように息をつきながら、それを見る。
山の緑と人が作った灰色の町と―空と海。
見たかった色とは大分違っていたが、胸にはここまで来た満足感が広がっていた。
後ろに乗せていた連れも初めて見るであろう海にはしゃぐ。
その様子にここまで来た甲斐があった、と顔を綻ばせて、汗を拭う。
二人を呼ぶ声に振り返る。他の者が同じ様に自転車で―あるいは徒歩でこちらに来ている。
もうじきこの光景は二人だけのものではなくなる。
だから、と言うわけではない。
気付けば二人は海に向かって叫んた。
ひとしきり叫んで顔を見合わせてわらった。
首にかけたタオルからは汗の匂いがしていた。
もうじき、夏がくる
353
:
神様の悩み
:2008/07/02(水) 15:40:56
「暑いな…」
いつからこうなったのかは忘れたけど地球が少しずつ温暖化している。
今はまだ涼しい方なのかもしれない。けれど これが永遠に続くと同時に温度も上がっていくと思うとさ……嫌だと思わない?
僕は地球の滅亡を真っ先に想像してしまうよ。
『暑くなる』だけでは済まないんだ
氷が溶けて海面上昇したり、異常気象が起きて農耕適地の移動をする可能性もある
現に 何処かの畑が洪水によって全部駄目になったとユクシーから聞いたことあるからね。
洪水による水害ってやつかな… 水害に限らず日差しが強いせいで乾燥化して 作物が駄目になる場合もあるらしいけどね。
ところで何故、温暖化になるか知ってる?二酸化炭素が原因らしいよ。 工場や自動車等から出てきてしまう二酸化炭素。
言っておくけど今更やめたって遅いんじゃないかな…、二酸化炭素は温暖効果を発生させるガスとなって 太陽から放射される熱を吸収してしまい 地表を温めてしまうから、さ…
……はぁ。 この世界は、最終的にどうなってしまうのだろう?
僕は正直言って あまり見守りたくない……。
354
:
無言
:2008/07/07(月) 22:21:48
会話のない食卓というものは随分と味気無いものである。
家族と顔を合わせてもそこに会話はないとなるとそれは独りの食卓より
ずっと寂しいもので―
(まあ皆話してる暇ないだけだろうけどね)
緑の山を見つめながら、エックスは今しがた空になった殻を横に退けた。
安かったんだ。
そう言いながら、大量の枝豆をゼロツーが買ってきたのはちょうど夕飯の支度を始める時間前であった。
巨大な鍋に投げ込まれていく枝豆をエックスは感心するような眼差しを送っていた。
そして、夕飯の時。
出てきたのは大皿数枚に盛りに盛られた枝豆に茄子の揚げ浸し。
だが、誰も茄子には目を向けなかった。住人の誰しもが皿に盛られた枝豆に釘付けだった。
哀れ、茄子。
そして、現在。
宴会を開くと半分は持っていかれてもなお存在感ある緑の山がテーブルに鎮座していた。
半分は既に殻だが。
(それにしても…)
まだ大豆になっていない大豆の癖をして、なんて美味なことか!
つるりとした種子の甘みと程よい塩加減。噛む度に広がる風味とどれを取ってもよいものだった。
隣で爆食する紫を生温い目で見つめながら、再び手を伸ばすのだった。
そんな夕飯の一幕
355
:
憐哀編sideイサ、7
:2008/07/08(火) 21:55:36
一日目 PM 23:00
結局、今夜は家に帰ることはなくなった。
すると浮上してくるのが、寝床の確保だ。
着の身着のままで飛び出した状態に近い春原に、まさかホテル代を払う余裕などなく。
脳裏を「野宿」という言葉がかすめる。
野宿。言葉でかけば一言だが、そこに込められた意味は凄絶だ。
まず場所がない。公園のベンチで寝るなどと言えば簡単だが、
容易に人目につくところでは補導される可能性がある。
そして何より問題なのが寒さだ。
ちょっと動き回る程度ならわからないが、真冬の寒さはそれ自体が凶器となる。
比喩でも冗談でもなく、都会の街並みの一角で凍死することも考えられる。
ベッドで寝ることを当然とする人種が、にわか覚悟で耐えられるようなものではないのだ。
――というわけで。
「ま、やっぱこれしかないっしょ」
手軽に入れ、環境もそれなり。何より価格が良心的。
そんな夢のようなホテル――もとい、ネットカフェに二人は訪れていた。
ここならその気になれば朝まででもいられる。無論こんな生活を長期間続けるなど不可能だが、
それでも一夜の雫を避けるのには問題ない。
春原は一人ネットに興じていた。
というのは、イサがネットのやり方をわからないと言ったからだ。
教えることは出来る。
だが、何となくそんな会話をすることにも躊躇いが生じていた。
気持ちの齟齬、とでも言えばいいのだろうか。
特に腹を立てているわけでもないのに、さっきまでのような普通の会話が出来ない。
わざわざペア席をとったのだが、これではあまり意味がなかった。
匿名巨大掲示板を覗いては、そこに時折つまらないレスをつける時間。
それを横からじっと見つめられているのを自覚しつつ、享受せざるをえない時間。
そんな時間がどれだけ続いただろうか。
とっくに日付は変わり、あたりは不気味なほど静まり返っている。
何とはなしに、パソコンの時計を眺めた――午前二時。
いわゆる草木も眠る丑三つ時だ。
――そういえばいわゆる妖怪が活発に動き始めるのもこの時間だったか。
妖怪、などかつてなら一笑に付すおとぎ話に過ぎなかったが、
ここしばらくはそんな認識を変えざるをえないことが多すぎた。
妖怪は、実在する。
悪魔でさえ実在するのだから。
――とん、と。
軽く肩を押された。
誰かなど言うまでもない。ここには自分以外には彼女しかいない。
何を、と言いかけた瞬間、
それまで自分の頭のあった場所を、何かが凄まじい速度で貫いた。
356
:
憐哀編sideイサ、8
:2008/07/08(火) 22:22:29
音は後から伝わってきた。
個室を仕切るドア。
片田舎の駅前通りを見渡せる5階の窓。
それらをわずかに瞼を一度動かした瞬間にすべてぶち抜いていったそれは、
残像の尾だけを残して夜の世界に消えていった。
「……なっ!?」
一拍遅れて春原が声をあげた時には、イサはすでに彼を庇うように前に出ていた。
そして、第二撃。
理不尽極まる暴力の顕現を、今度こそイサは視認した。
それは『棒』だった。
太さ二センチほどの円柱状のそれが、コマ送りのようにこちらに飛んでくる。
避けることは出来ない。避ければ後ろの春原の頭が確実に吹き飛ぶ。
他の選択肢を考えるには与えられた時間はあまりにも短過ぎ、
イサは自分でも無自覚の領域でその棒を掴もうとしていた。
指がそれに触れた瞬間、焼けるような激痛が背筋を抜けていった。
そしてそれでも止まらず、勢いの殺しきれなかった衝撃が眉間を直撃した。
暗転する世界。
意識が覚醒する。
即座に状況を把握。どうやら気絶したのは数秒ほどだったようだ。
イサを抱きかかえるようにしていた春原の手を振り払い、イサは周囲の敵意を探る。
しかし、ここにはすでにその残滓さえも残っていなかった。
逃げた――わけがない。
むしろ見逃してもらったようなものだ。
あるいは、泳がされているだけか。
なんにせよ脅威はもう感じられない。
「……ヨーヘー、ありがと」
「いや、んなことはいいんだよ。……手、大丈夫か?」
手? と思ってみれば、棒を受け止めた左手から煙が上がっていた。
焼けるような痛みは、どうやらそのまま焼ける痛みだったらしい。
摩擦熱で手のひらが黒こげになっていた。
「ん。こんなの大したことないんじゃないかな!」
「嘘つけよ。煙出るとか明らかに変だろうが」
確かに大丈夫ではなかったが、指摘されたところで傷が治るわけではない。
適当に春原をあしらうようにして、背中を伝う冷たい汗に気づかれないように努める。
間違いない。
これはアイツの仕業だった。
とうとう、直接的手段によるイサの排除が始まったのだ。
357
:
夏
:2008/07/12(土) 20:41:45
ちりーん。
果たしてうちわで扇いで風鈴を鳴らすのは何の意味があるのだろうか。
従姉妹の奇怪な行動を横目で見ながら、アサヒは温くなった床から横へ転がった。
ひんやり、とまではいかないが、それでもソファに寝転がるよりは随分マシであった。
ちりーん。
わざわざ扇ぐ位ならば自分に対して扇いだ方が早く涼しくなる気がして仕方なかった。
「あぁあぁぁぁあああ〜」
扇風機の方から聞こえる唸り声的なロリヴォイスはフランドールのもので。
夏と言えばこれと随分前からリビングに鎮座しているそれの前で彼女は飽きることなく声を上げている。
「われわれはうぢうじんだぁぁぁ〜」
…隣で一緒になってやっているいい歳の魔道士は見なかった事にしておく。
上半身がブラのみだという気持悪い画像もすぐさま頭の中から消し去る。
ちりーん。
普段ならばひんやりとした地下に降りて涼みたい気分ではあったが、
少し前に通気口が壊れただので今は機械の放つ熱でちょっとしたサウナと化していた。
地下に部屋のある住人が一致団結して修理に乗り出した様だが、直るのはまだ先だろう。
ちりーん。
「あ゙〜…」
床に大の字で広がり、アサヒは何度目かになるその言葉を吐き出すのだった。
「あちぃ……」
358
:
惜別
:2008/07/13(日) 20:52:40
結局、アイツは自分の傲慢に耐えきれなくなった。
そういうことなんだろう。
「おはよ、リディア」
「……おはよ、アーチェ」
一瞬、間があったのはやっぱり意外だったからだろう。
こうしたまともな挨拶をするのも実は久しぶりだ。
――立ち直るのにかかった時間は、短いようで長かった。
事実を知らされてから数日は、部屋から出るのさえ嫌だった。
それから数週間は、歯車のネジをどこかに落としたみたいに調子が出なかった。
アイツの死を、何故かあたしは辛いと感じた。
別に直にアイツが死ぬところを見たわけじゃない。
代理人が口からでまかせを言ってる可能性だって、ないわけじゃない。
けどあたしはそれが事実であることを『識って』いた。
それよりも、あたしがその死を悼むことの方が意外だった。
あたしに自分を憎ませるように仕向けた奴のすることとは思えない。
――いや。
だから、だろうか。
リディアはあたしよりもずっとこの世界に馴染んでる。
あたしは馴染めなかったから、一時期アイツと対立した。
その違いなのかもしれない。
あたしとリディアは違う。
それぞれに、違うものを求められてる。
この世界はアイツの忘れ形見なんだろうか。
あたしはそれを――好きだと、そう思ってるんだろうか。
答えが見つかるのは、まだ先だと思う。
359
:
マイナス思考のチキンハート
:2008/07/17(木) 23:05:02
夜。
彼女はタオルケットを頭から被り、微かに震えていた。
朝よりも、昼よりも、恐ろしい時間。胸の底に沈んでいた物がじわりと体を犯していく時間。
怖い。何を、と明確に判る訳ではないがただ怖い。それだけだった。
「――!?」
何かが肩に触れ、彼女は反射的にタオルケットを被ったまま体を硬くした。
「そんなに怖がらなくてもいいじゃない」
おそるおそる顔を出せば、酒臭い空気が鼻をつく。
「萃、香…?」
床に座り込んで酒をあおる鬼が不安そうにする人間をじぃっと見つめる。
「やれやれ、あの白いのが居ないと思ってきたら、だーいぶ弱ってるみたいじゃないか」
鬼の言葉に人間が枕に顔を埋める。
明日、試験なんだ。枕に埋まったまま、人間が呟く。
ちゃんとやらなきゃいけないと思うとなんかさ。
そんな人間の言葉に鬼が溜め息をつく。
「なんでそこまでちゃんとやろうとすんの?
いいじゃない、出来なくなって」
だって…ずっとそう言われてきたから。と人間。
鬼は鼻の頭を少しかくと、言葉を選びながら話す。
「そりゃまあ親の言うことも守らなきゃ駄目だけど、あんたの場合はただの枷になってない?
もうそろそろ、『自分』で生きてもいいと思うよ?」
人間は答えない。
ただ鼻をすする音が聞え始めた頃、鬼は人間が落ち着くまで側に居てやろうと思うのだった。
360
:
凍夏・上
:2008/07/17(木) 23:27:27
さて、始まりは何だっただろうか。
希望が先か。絶望が先か。
もはやそれさえわからない。
季節が夏を迎えるにつれ、地面を覆う影も減る。
青々と茂る葉を軽く見遣りながら、やや非建設的な作業を繰り返す。
しばらくすれば落ちる葉がまた地面を包むだろうが、それもまだ先の話だ。
淡々と、意味と無意味の狭間をたゆたうルーチンを刻む。
ふと、音が近づく気配に気づき、霊夢は箒を動かす手を止めた。
「……ずいぶん情けない姿になったものね」
その姿を視界に留めた、最初の感想がそれだった。
とは言え、外見にさしたる変化が生まれたわけではない。
変化しない事こそが、彼女に刻まれた業だ。
だが、それでも普段の彼女を知る者からすれば、別人のような印象を受けるだろう。
妹紅の気配からは、あの燃え盛る炎のイメージが完全に消えていた。
「私は……」
伏せた双眸は、誰の方も向いていない。
そもそも眼前の霊夢を留めているのかさえ怪しい。
それでも妹紅は言葉を紡いだ――無ベクトルの、独白を。
「何を、間違えたんだろう」
妹紅の声は死せる亡者のような響きを帯びていた。
炎どころか、そこには火の粉の印象さえもない。
あたかも燃え落ちた消し炭のようだった。
「あんたは、何を望んでいたの?」
対する霊夢は、感情を込めずに客観的視点で問う。
「私は……」
そこで一旦逡巡し、
「……人に、戻りたかった」
霊夢は無言。沈黙を貫くことで、先を促す。
「この宿業から逃れたかった。知り合った人々が、抗いようなく皆すべて
自分を置いて死んでいくのを、もう見たくなかった」
いや、違うな、と、
「単に……私は、死にたかったのかもしれない」
吹きつける風が二人の髪を弄ぶ。
集めた葉が散らされていく様を、霊夢は一瞥もくれずにやり過ごす。
そうして紡いだ言葉は――
361
:
凍夏・下
:2008/07/17(木) 23:28:11
「……バカじゃないの?」
蔑みだった。
「いい年こいて自虐発言してる暇があったら、とっとと死ねばいいじゃない」
「死ねるならとっくにそうしてるわ」
嘲笑。それは無知への嘲りと同時に、己への自嘲も含んでいた。
「私は死ねない。そういう風に出来てるんだもの」
「試したことがあるの?」
対する言葉は、斬りつけるように凍えていた。
「土に埋まって呼吸が止まるのを試した経験は?
火山に飛び込んで文字通り灰になるまで焼かれた経験は?
バナナで釘が打てる氷点下の世界なら、脳まで凍りついて擬似的に死ねるんじゃない?」
さしもの妹紅も、その辛辣極まる畳みかけには絶句した。
「しょせん中途半端なのよ。あんたの覚悟は」
はっ、とする。
霊夢の瞳は、生の地獄を垣間見た妹紅さえ我に返すほど生気に満ちていた。
「人になりたい? 人間って、そんな半端な気持ちでやっていけるほど甘く見える?
死にたい? 人間って、死ぬ特権を与えられた素敵な生き物とでも見えてるの?
――死ねない苦しみが私達人間にはわからないように。
死を宿命づけられた『人間』を、蓬莱人のあんたは本当に理解出来てるのかしら」
「……私は、人間ではないと言いたいの?」
「バカなことを聞かないで。最初にあんたを人外扱いしたのは誰?」
――『お願いだから、人であることを捨てないでくれ、妹紅……』
妹紅は、何も言い返せなかった。
「ないものねだりも大概にしなさいよ、蓬莱人。
あんたがやってるのは、『私の不幸は誰にも理解出来ない』と勝手に拗ねて、
世の中をひねくれて見てるそこらのガキとまったくおんなじ」
霊夢はゆっくりと袖に手を入れた。
「人間だろうが妖怪だろうが――蓬莱人だろうが。
今、ここにいることに何の違いもない」
取り出した手には、一枚のスペルカード。
「前を向くか。俯き続けるか――まずはそこから決めることね」
――神霊「夢想封印」
362
:
釣り
:2008/07/18(金) 21:09:36
竹竿に糸付けた簡単な釣竿を振り、餌のついた針を放つ。
針が水中に消えるのを確認すると麦わら帽子を被り直しながら、その場にあぐらをかく。
ついつい、と竿を小刻に動かしながら、水面を見つめる。
さんさんと降り注ぐ太陽を受け、輝くそこを魚が跳ねる。
「釣りですか?」
声に振り向けば、上半身のみで宙に浮く少女の姿。
「うん、気分転換にね。あ、釣れれば食うよ?」
言いながら、針を引き上げる。
水しぶきをあげながら跳ねる鮎を手にしながら、針を手早く離し、水の張った桶に放つ。
「鮎ですね」
「鮎だね」
泳ぎ回る三匹の鮎を見つめながら、二人はそう言葉をかわす。
「さて今日はここまでだ」
竿を片付けていると、少女が笑う。
「それだけでいいのかしら?」
「これだけ取れれば十分さ」
甘露煮には十分足りる量だと付け加えながら、川に背を向けて歩き出す。
「紫もど?こいつで冷たくした酒をやるんだけど」
少女―紫ははじめからそうだと決まっていたかのように微笑みを浮かべながら、隣に並ぶ。
「勿論―ご一緒しますわ」
こもれ陽を受ける桶を揺らしながら、二人は帰路についた。
釣りに行きたいです、川釣り
…キャッチアンドイートな自分にゃ無理な話だけどな
363
:
祭囃
:2008/07/20(日) 23:15:28
日も暮れた街中は、しかしあちこちに揚げられた提灯の光に明るく照らされていた。
とある商店街のお祭りに、誘われるように足を運ぶ。
「すごいお祭りだね」
ともすれば耳を塞ぎたくなるほどの大音量も、不思議とこの場にいると心地よい。
「それはいーんだけどさー」
アーチェは尾のように垂らした髪を風に遊ばせながら、
「なんか危なっかしいのよね、この服…」
どうやら浴衣がいまいち合わないらしい。
箒で飛び回ることを前提とした服装が多いせいか、
布きれを帯で止めるだけという格好に抵抗があるようだ。
一方で、それをまったく気にとめない同性もいる。
「やきそばだー」
飛び出しかけたアスミの首根っこを、神速の勢いで掴むのは代理人。
「やきそばー、やきそばをたべるよー」
「買ってきてあげるから、一人であちこち行かないでね」
諭すようにリディアが言うが、無論その程度で納得するアスミではない。
実年齢数千歳に対して完全にお子様扱いだが、アスミの場合
そのまま食べ物を求めて失踪する可能性もあるため、お子様よりも遥かにタチが悪い。
「青いのはなせー」
バタバタ暴れるアスミだが、代理人は意に介さず缶コーヒーをすする。
浴衣がはだけるのもお構いなしで動き回るため、本人より周囲が戦々恐々という有様だ。
「代理人も食べる?」
問うリディアに代理人は即答。
「むしろディアを食べたい」
「うんわかった、そのままコーヒーをすすってるといいよ」
「……最近ディアの反応がドライ」
「あの、ご主人様…そういうのはもう少しこう柔らかめに……」
とある経緯から代理人を主とする精霊アイリが、控え目な声で横からそう告げる。
「たこやきだー」
「アスミ! 脱げる、脱げるっ!」
色々と危険なことになり始めたアスミに、リディアが顔を青ざめさせる。
とっさに手近にあったカ○リーメイトをアスミの口の中に放り込むと、
「アーチェ、ちょっとアスミを抑えるのをてつ、だっ…て……?」
いない。
消えた姿の代わりに聴こえてくるのは、
「うあー、また手前で落ちたー。おっちゃん、これ砲身曲がってんじゃない?
……え? 曲げてますが何か? こっちも商売ですから?
いい度胸してんじゃない! ならあたしはこれであのPS3を落としてやるわよ!
軽くまぶたを落とした半眼で、射的屋を見遣る。
「『あれはもはや戦力にはなり得ない。金を無心される前にここから離脱しよう』
――と、リディアは思った」
「………………」
普段なら否定するモノローグに、しかしリディアは沈黙を返した。
その後、たこ焼き屋の屋台がアスミにタダでたこ焼きを一箱提供してくれたのは、
さてどういう理由からだったのか――リディアにはわからなかった。
364
:
花火大会
:2008/07/20(日) 23:50:16
夜空を彩った光の華をフヨウは目を輝かせながら、見上げていた。
「きれー」
隣に並ぶ母の姉婦妻も同意するように空を見上げていた。
ちなみに両親はここにはいない。ちょっと用が、二人して人気のない林の奥へ行ってしまったのだ。
従姉妹曰く、そういうのは家ですべきじゃないのか、らしい。
何が、と聞いてもナニだよとしか返してくれない従姉妹に頬を膨らませ抗議したが、林檎飴で全てがチャラになった。
その従姉妹本人はというと…
「弾幕ごっこ!アサヒ、わたしも弾幕ごっこしたい!」
「だからありゃ弾幕ごっこじゃねぇっつってんだろ!
ああ!羽ばたくな!飛ぶな!浴衣が脱げる!てか腕もげるー!」
身を乗り出して空へ飛ぼうとするロリ吸血鬼に引きずられる格好で手摺にしがみついている。
その隣では屋台でぱくって…もらってきたであろう、戦利品の数々を頬張りながら、はしたない妹に姉が注意を促す。
「だめよ、フラン。
今飛んだら新しいカメラがまだからお姉ちゃんあなたのパンチラ取れないわ」
「さりげない変態発言!?」
楽しそう(?)なやり取りに思わずフヨウの頬が緩む。
レミリアの隣ですっかり空になった財布を見て絶望しているドロシーが居たが、とりあえず無視しておく。
とうとう従姉妹ごと空へ飛んだロリ吸血鬼と花火を見上げながら、彼女は夏の一幕を満喫するのだった。
365
:
桃
:2008/07/22(火) 13:40:19
手の中でやわやわと撫で回したそれをアサヒは愛しそうに見つめた。
ずっと、この時を待っていたと言っても過言ではない。
ずっと前から目をつけていた、と言っても過言ではない。
ふと視線を上げれば、金髪の吸血鬼少女と目が合う。
物欲しそうな視線に答えるようにアサヒはそれをゆっくりと口へ近付け―
「ああ…」
桃へかぶりついた娘の顔は至福の文字であった。
(そういえば、あの子は桃が大好きだったっけか)
熟れた桃の皮を剥き、切り分けたそれを皿に盛る。
その甘い香りに紅も思わず唾を飲み込む。
時期物である生の桃はそうそう食べれる物でもない。
あるとすれば缶詰のシロップ漬けになってしまう。
食べるなら今しかない。
とりあえず切り分けたそれを相変わらずアサヒの桃に視線釘付けなフランドールに差し出すと、彼女は何故か躊躇した。
「…………たい」
ちらちらと爪楊枝に刺さった桃に視線をやりながら、言う。
「わたしも、丸かじりしてみたい」
その一言に紅は目を丸くしたが、やがて笑いながら、冷蔵庫から桃を取りだし、彼女へと渡した。
(やっぱり、一度はやってみたくなるもんだよね)
渡された桃はやはり甘い香りがしていた。
366
:
-幻想時間-
:2008/07/26(土) 22:38:06
――カチリ。
それは欠片の嵌まる音。
足りないものが埋まる音。
すべての欠片が嵌まるまで、連なる音はあといくつ?
367
:
憐哀編sideイサ、9
:2008/07/26(土) 23:12:33
二日目 PM 3:00
どこをどう逃げたのかはわからない。
気がつくとイサは人気のまったくない神社の傍らに独り腰を下ろしていた。
心理的侵食は時を追うごとに加速していった。
寒いとか、苦しいとか、そんな『前向き』な思考は微塵も働かず。
ただただ心の中の空白を埋めるように、欠けたものを補うように、
頭を抱え無意識の独り言をつぶやきながら、精神の自壊を防いでいた。
イサは恐れていた。
死を宣告する砂時計の砂が少しずつ落ちていくのを、ただ眺めるだけの焦燥。
それをはっきりと自覚した瞬間、かつてないほどの喪失感が胸を貫いたのだ。
死ぬのが怖い。
終わるのが怖い。
しかしそれでも己の死を認めざるをえない、理不尽極まる現実。
命を天秤にかけた壮絶な自己矛盾。
それはイサ一人で抱えこむには重すぎた。
人の身に余る重圧に、心が圧搾機にかけられたように締め付けられていく。
胸の内を吐瀉するように嘔吐いても、口からこぼれるのは濁った唾液だけ。
沈澱していく。
死にたくない。
自分が死ぬくらいなら、周りのすべてを殺す。
そう、殺せばいい。
自分には力がある。
少なくとも、身近な人間の首を掻き切ることが出来る程度の力は。
それでもアレには敵わないだろう。
だが、一糸を報いることは出来るかもしれない。
ひょっとしたら、自分一人なら逃げきることくらいは――
俄かに蘇った殺意を、もはや否定する余裕はイサにはなかった。
――タン、と。
正面の松の木にナイフが突き立つ。
一本。二本、三本と――淡々と、あたかも藁人形に五寸釘を打ち込むように増える本数。
音が刻まれるほど、イサの顔から表情が消えていく。
『人間』としての仮面が剥がれたそこには、『悪魔』としての狂気が渦巻いていた。
刻まれた本数が二十を超えたところで、ふと手の動きが止まった。
――微かな音。
誰かが来たようだ。
こんな時間に歩き回っている時点で、まともな人間ではない。
いや、まともであるかどうかなどもはやどうでもいい。
視界に入った瞬間、殺す。
月の光を隠して伸びる影をイサは捉えた。
「……こんなとこに、いやがったのかよ」
368
:
石と河童の川流れ
:2008/07/26(土) 23:33:01
「持って帰ったら、駄目だよ?」
少女の声にフヨウは眩しそうに目を細めながら、顔をあげた。
「ケロちゃんだ」
岩の上に腰掛けた、ケロちゃんこと洩矢諏訪子は足をぶらつかけながら、笑う。
「川の石にはね、霊が憑きやすいの」
「霊」
おうむの様に単語を繰り返しながら、今しがた拾った石ころを太陽に透かす。
見た目は拳大の石英だ。それが太陽に透かされて、フヨウの顔を照らす。
「霊」
もう一度、単語を口にし、彼女は手の中に収まる石をじぃっと見つめた。
諏訪子は川の石には霊が憑きやすいと言った。ならばこの石にも何かの霊がいるのだろうか。
もしそうならばそれはさぞ澄んだ霊だろう。
…と、難しく考えてみたものの、彼女が出来るのは一つだけだった。
「かわへおかえり〜」
この間見た野球選手―イチローだかイジローだか言う選手の真似をするように石を投げ―
ドポンッ!
ガツンッ!
「みぎゃっ!!」
運悪く泳いでいたのだろう河童の頭に石は見事に当たり、哀れな河童はぷかりと水面に浮かび上がった。
「……………」
「………」
ぷかぷかと流されていく河童を二人はしばし見送るのだった。
369
:
ABY10.アクシラの戦い
:2008/07/28(月) 17:53:32
――アクシラ方面軍・コマンドセンター
「将軍、ジェイオン卿より報告、リトル・ブリギア陥落です」
「そうか、ならばここで最後というわけだな」
彼女らがテントの中の急造の司令部から睨むのは行政センターが置かれていたビルである。
今は反乱軍の司令部となっているようだが。高さ600m.の高層タワーは美しい緑地公園とその
周りを囲む堀によって景観美を平時ではもたらしていたが、今では攻めにくい要害でしかない。
橋の上を通過しなければ内部には入れない為、数で勝る帝国軍はそれを活かしきれないでい
た。
「…爆撃で吹き飛ばすわけにはいかんものかな」
「この衛星の行政に関わるデータが失われてしまいますが…」
確かに空から、宇宙からの攻撃は効果覿面だろう。徹底的に押し潰してしまえば被害も無い。
実に合理的だ。しかし、勝ちの見えた戦いとなると、その後のことも考えなくてはならない。慌
てて副官が制した。
「やれやれ、文明が進むとややこしいものだな。付いて来い!」
瞑目しながら溜息を吐いたかと思うと、赤い光刃のライトセイバーを掲げて橋の一つへと彼女
は突っ込んで行った。慌てて多くの将兵がそれに従い、一つの突撃隊形を展開する。橋の上
で頑張っていた反乱軍もそれに応戦し、膠着していた戦線は激しい戦闘となった。敵の攻撃を
紙一重でかわしたり、反射しながら突き進む。夫からフォースの手解きを受けた彼女はその力
を使って、次々と屍とスクラップの山を築いていった。これに呼応して別の橋の前に陣取ってい
た各部隊が呼応し、各所とも敵を撃攘しつつ合流に成功した。
「はぁ、ふぅ…む、無茶なさらないで下さい;」
「うん?少し速過ぎたか?」
「少しどころではありません、将軍;」
見れば、後から合流した部隊は別にして、副官以下アッシュの直掩部隊は疲労の色が見える。
シスやジェダイはフォースの力で身体能力を上げ、驚異的な速度で走ることができる。彼女も
そうしたのだが、いくら訓練を積んだ軍人とはいえ、それに続くのは容易でないのである。
370
:
豪雨
:2008/07/29(火) 22:10:54
空が輝く。
もはやそうとしか表現出来ない閃光と同時に、天地を貫く轟音が走った。
「…………んっ」
それはもはや音と言うよりも衝撃に近かった。
ベルリンの壁に新幹線が最高速度で突っ込んだような、胃にズンと来る響き。
それは雷が怖いとか怖くないなどという次元の問題ではなく。
遺伝子に刻まれた自然への畏怖を呼び起こされるかのようだった。
「うはー、あれは間違いなくどっかに落ちたわね」
窓の外を眺めるアーチェの声は不思議と弾んでいた。
「あれがここに落ちたらどうなんのかしら。炎上?」
「縁起でもないこと言わないの」
そもそもと、
「アーチェは常日頃からお手軽な雷を落としてるじゃない。主に春原の頭に」
「あれはちゃんと狙って人の頭に落としてるわよ。家に落としたら危ないじゃん」
人の頭に落とすのは危なくないのかという理屈は問うても無駄なので沈黙。
再び閃光が走り、世界が震える。
「…………んっ。――ねぇ、さっきからアーチェは何でそんなにはしゃいでるの?」
「はしゃいでる? あたしが?」
そう見えるのかしらと、
「けどこんだけ雨とか雷がバシバシ降ってると、なんかワクワクしてこない?」
滝のように雪崩れ落ちる豪雨。
クレバスのように世界を裂く雷。
これらを眺めて楽しいと思える心理構造とはさて。
「…………お子様なんだから」
「へー。あたしがお子様ならリディアは何?」
アーチェの顔に狡猾な笑みが浮かぶ。
「……どういうこと?」
そのいやらしい雰囲気に思わず怯んだところに雷が重なった。
「…………んっ」
反射的に目を閉じる。
「あーらリディアさんったらずいぶん可愛らしいリアクションですこと。
まるで雷に怯えるちっちゃな女の子みたーい」
頭に血が上ったのは、怒りか恥ずかしさか。
「別に雷が怖いんじゃなくって! あの音が、こう、うるさいのが嫌っていうか……」
「図星を指されて必死なんじゃりませんことー?」
そのバカにしきった高飛車な物言いに、リディアの額にかすかに青筋が浮かぶ。
「……わかったよ」
「へ?」
詠唱は一瞬。
あちらとこちらを結ぶ門を開くのも、また一瞬。
「――雷杖よ。意思通ずるなら、応えて」
アーチェは生来の動物的勘で部屋から飛び出した。
豪雨の降りしきる『外』と、今リディアがいる『中』。
――選ぶなら、躊躇いなく前者だ。
「ラムウ、あの娘は雷がちっとも怖くないらしいの。だから本気で大丈夫だよ」
「大丈夫なわけあるか――――ッ!!!」
雨の中を猛烈な勢いで逃げるアーチェを追い、リディアも部屋から飛び出す。
幸か不幸か、頭から自然への畏怖とやらは消し飛んでしまっていた。
371
:
愛
:2008/08/01(金) 17:24:22
突然はらはらと涙を溢した妻にゼロツーはギョッとした。
「大丈夫か?」
彼女は顔を覆った両手を外し、涙ながらも澄んだ顔で頷いた。
「ようやく、わかったの」
なにが、と聞くつもりが声はかすれ、気の抜けた息が口から漏れた。
「愛が」
その言葉にどきりとした。
はてさて鬱の苦しみの果てに何を見たのか。どことなく緊張しながらも彼は妻を見つめた。
「私は、ずっと母に愛されてなかったと思って、彼女をにくんだわ。
でも、そうじゃなかったの。あの人は分からなかっただけ、ただただ愛する事を」
いよいよ訳が分からなくなり、ゼロツーは首を傾げた。
「よく、分からないんだが…」
「簡単に言うならギブアンドテイク。何かをする代わりに代価を得る。
ほら、よく言うでしょ?何をする代わりに愛してあげるとか」
でも、本当はそうじゃないの。と彼女はゼロツーの手を取り、続ける。
「愛に条件なんていらないの。
凄く当たり前な事なんだけど、当たり前だからこそ判らなくなるの」
抱き締められ、ただ目を丸くする彼を彼の妻は優しく。
「私の心にも母が居たの」
言葉のひとつひとつが柔らかに心へ降り注ぐ。
「あれをしなさい、これをしなさいって怒りながら言うの。
でもそれは私への言葉じゃなかった。あれは…母が、母の母に向けた言葉だって気付いたの」
ただ愛してほしくて、それでも言えずに心へしまいこんだ、悲しい言葉。
「…どうして、そう思うんだ」
「うつの、底の見えない苦しみのお陰かしら?」
やはり彼女の考えていることはゼロツーには理解出来なかった。
それでも、確かめなければならない事が彼にはあった。
「紫」
「はい」
「私の事も―」
愛していますか?
372
:
解体
:2008/08/01(金) 23:27:54
「それでも人は言うわ。誰かを愛するのは素晴らしいことだと」
独白のように語る代理人の傍らには、彼女の『杖』に宿る精霊アイリが佇んでいる。
「ご主人さまは……そうではないと思うんですか?」
「まさか」
缶コーヒーをあおる。
「『私』は何も思わない。何も感じない。
誰かの理を代われる、ネジまき駆動の特注品よ」
――けれど、
「だからこそ見えることもあるわ。
主観の放棄とは、すなわち究極的客観の獲得なのだから」
「………………」
「恋も愛も麻薬と同じ。足りなければ飢え、得られるとそれ以上を求める。
麻薬に溺れないための、最も賢い方法がお前にはわかる?」
アイリはかすかに顔を俯かせた。
それだけで、彼女の思った答えが正しいことがわかる。
「知ることを誤りだとは言わない。
知りたいと思うことを愚かだとは言わない。
そして――知ったことを後悔するのは無様と言う他ない」
空になった缶を放り投げる。
それはきれいな弧を描いて屑籠へ飛び――縁にあたって道端に転がった。
「誰かを好きになるのは……間違いではないと思います」
「短絡的に捉えすぎだわ、アイリ。私は最も利口な解答を提示しただけ。
正論はあくまで正論であり、正答であるとは限らない」
「ご主人さまの言葉は難しすぎます。もっとわかりやすく言ってください」
「却下。別に私は理解してほしいとも、理解してくれとも言わない。勝手に理解しなさい」
「ご主人さまは時々私に冷たいです……」
「ごめんなさい、ツンデレなの」
自称するツンデレも中々珍しい。
「けどまぁ、愛するアイリにもわかるようにひとつ極論を提示しましょう。
――恋だの愛だの人受けのいい単語を選んでいるから惑わされるだけで、
愛なんて性欲と独占欲の延長上にある傍迷惑な疫病のようなものだ」
「それは……!」
「誤りだと思う? そうね、確かに主観的な恣意が込められているわ。
これでは誰にも好かれない人間の僻みにしか聞こえない」
ならもうひとつ、
「――人を愛することは素晴らしいことだ。人を愛せる私は素晴らしい人間だ。
人を愛せる素晴らしい私は、愛する彼女を私のものにするために犯して殺そう」
はっきりとアイリの顔に翳がさした。
代理人はとぼけるように軽く肩をすくめ、
「正しいも間違いもないのよ。あるいは、何もかもが正しくて間違い」
「『正しい』も『間違い』も、主観にすぎないってことですよね……」
「お利口ね、アイリ。後でご褒美をあげるわ」
「ご主人さまのご褒美はいろいろ怖いのでいいです」
代理人は最初からまったく変化のない冷めた瞳を虚空に戻し、
「安易なはずの『人の型』におさまるのも、こうして見ると何とも過酷ね。
それとも過酷と感じる時点で、その人はすでに『人の型』におさまる資格を失っているのかしら。何にせよ――文字通りの世迷言だけれど」
「……結局、どういうことですか?」
「愛を知った上で解体した人間は、二度と『人の型』にはおさまれないというお話よ」
373
:
幕
:2008/08/02(土) 04:31:58
「形がなくともいずれは終わる」
「真理ね」
だらりと力の抜けた体はただ重いだけで、温かさは徐々に消えていく。
「さて、どうしたい?」
「そうね、切り刻んで魚の餌にするもよし。宇宙に放り捨ててミイラにするもよし」
うっとりと夢見る様な口調は相変わらずで、その目は力を失いつつあった。
「食べるのは」
「却下。添加物と毒まみれの体なんて、お腹壊すわよ」
「じゃあミイラか」
「それか、燃やしてそこらにばら蒔くとか」
「悪趣味」
「何を今更」
目的の場所についたのか、重い体を地面に降ろす。
「怖いか」
「いいえ、『死ぬ気』でやった結果ですもの」
「そうか」
ごほっ、とくぐもった呼気が口から溢れる。もうすぐ、幕だ。
「死ぬって」
「ああ」
「思ったより、怖くなさそうね」
「……そうか」
「なあ」
「……ん?」
けだるそうな返事。
「幸せ、だったか?」
その答えに彼女は目を細めて笑い―
返事を待ち、やがてそれがないと判るとそれは空へと浮かび上がり、じぃっと地面に転がる有機物を見た。
「さらばだ、人間」
"今朝――都―――市の道路脇の雑木林で倒れている女性が通勤途中の男性によって発見されました
女性は遺書等が発見された事から自殺との―――"
374
:
浮薄
:2008/08/02(土) 09:53:39
「それは難しい質問ね。というよりも、答えなど最初から無きに等しい」
全裸にシーツ一枚をまとった恰好で、相変わらず無感動の光を虚空に向ける。
「価値を見出すのは主観に過ぎない。
なら、生と死、共に価値があるともないとも言える。
――私? 本気で聞いてるのならこれ以上ないほどに滑稽よ?
主観の排除こそが私に求められた唯一のパーソナリティなのだから」
「むー……ご主人さま、誰とお話してるんですか?」
「……ゆうべはおたのしみでしたね」
「いえ何もしてませんけど。あとご主人さまの恰好は暑くて寝苦しかったからとか、
誰にともなくフォローした方がいいですか?」
「別に寝苦しくはなかったけれど」
「そういうことにしておいてください」
きっぱりと断じるアイリ。
「それより。今、何か話してませんでした?」
きょろきょろとあたりを見回すが、自分達以外に目を覚ましているものはいないようだ。
アイリを除けば、代理人は一人起きていたことになる。
「――諦観と、あとはわずかな動揺とかしら」
「……はぁ」
代理人でも寝ぼけることがあるのか、とアイリは漠然と納得。
「人の生と死に対する尊厳意識は、詰まるところ「個」の尊重と同等よ。
面白いのは、人以外の動物は生に対する強い執着を見せる一方で、死に対しての
反応が人とは比較にならないほど淡泊であるということ」
と、代理人は少しも面白くなさそうな顔で、
「その理屈は単純。動物は「個」以上に「種」を尊重するから。
一個体が理不尽な死に至っても、種が存続できればそれでいい。
人は自我を強く持ちすぎたが故に、「個」を妄信するようになってしまったのね」
そして、
「だからこそ、私は今ここにいる」
「……どういう意味ですか?」
話が飛躍しすぎていてアイリには理解できない。
理解しようとしている時点で、アイリも寝ぼけているのかもしれない。
つ、と代理人はアイリを見遣り、
「お前は、私が死んだら悲しい?」
「悲しいに…決まってるじゃないですか」
「そう。『決まってる』と思えることが、『人の型』におさまる要素のひとつ。
逆に言えば、死の尊厳への浮薄さが『人の型』におさまることを否定する。
――普通であることって、一体どれだけ大変なのかしらね」
アイリは驚愕に目を剥いた。
代理人が泣いていた。
「私は肯定も否定もしないし、それは『彼』も同じ。
ただ、それでもこう言うのでしょうね――否定しなくても、悼むことは出来ると」
「ご主人さま……」
何故、泣くのかと。
何が悲しいのかと。
――そう問うには、代理人の瞳はあまりにも普段通りで。
「こういう理もあるということよ」
それはアイリへの応えか。
あるいはただの独白か。
「さて、寝ましょうか」
我に返った時には、代理人の頬には涙の跡もなかった。
それこそ寝ぼけたアイリの錯覚だったのかもしれない。
「こっちへいらっしゃい、アイリ」
「いえ、遠慮します」
最後にはっきりと理解できた一言を、アイリは全力で断った。
375
:
空まで上がれ、心のままに
:2008/08/02(土) 23:51:49
彼女が一言かける間もなく、相手は思い切り息を吸い込み―
「うぇごほっ!げほげほ」
手から滑り落ちた煙草が床につく前に拾い上げると、ドロシーは再び煙草を口にした。
完全に間接キスだが、元々は自分のモノなせいか、気にはならなかった。
「ごほっ…本当によくそんな不味いもんを吸えるね」
目元に涙を浮かべながら、信じられないとばかりにドロシーを見つめる。
「子供舌な紫には、理解出来っこないさ」
ふぅっと空に煙を打ち上げながら、からかうように額をつつく。
つつかれた額を擦りながら、それでも何かを考えるようにドロシーの横に置かれていた煙草の箱をまじまじと見つめる。
「ところでさ」
箱から一本取り出し、手のなかでそれを転がしながら、尋ねる。
「なんで煙草吸おうと思ったの?」
「そうねぇ…」
フィルターだけになった煙草を灰皿に落としながら、考える。
「興味とストレス発散と…ああ後かっこつける為?」
「ふぅん」
気の抜けた返事をしながら、手のなかの煙草を差し出す。
それを受け取り、先程の煙草から火を移す。
「ま、本当にそうかは知らないけど」
案外、アンタみたく死にたがりなだけかもしれないけどね。
そんな冗談めいた台詞に紫は呆れた様に笑うだけだった。
嫌いだった煙草の煙が少しだけ好きになれた気がした。
376
:
日常茶飯事
:2008/08/07(木) 22:03:21
第一印象は挽き立ての挽き肉だった。
ぶらりと少女のの口元から垂れ下がっていたのは、紛れもない人のそれだった。
とさっ。
後ろに居るであろう早苗が落とした籠の音に少女が"食事"を止め、振り返る。
服の前は血で染まり、口の周りも同様に紅く輝いていた。
新しい獲物の存在に少女の瞳は爛々と輝き、鋭い牙を見せて笑う。
「ひっ…!」
後ろで早苗が小さく悲鳴をあげるのを聞きながら、すっと身を屈め、少女を睨む。
少女も何か異変を感じたのか、笑みを消して、警戒するように後ろに後ずさる。
(気付いたか…)
じわり、と染み出す様に影が背後から立ち上がり、イメージした姿を形成していく。
決まった形を持たない影ならではの、ハッタリだった。
「ふぅ…」
逃げていった少女を見送る紫は緊張した様に額の汗を拭った。
人の形をした妖怪が人を喰らう。
ここでは当たり前だったそれを、だが、実際目の当たりにして、足から力が抜けていく感覚に襲われた。
「まあ今度は自分で撃退出来るようになればいいことさ」
彼女の差し出した手を取れずに暫く困ったような顔を見上げる事しか出来なかった。
「あー…なんていうか、とりあえずあれはここじゃあ当たり前なんだけど…なんというか、
ほら、うちらって肉食べるじゃん?つまりはそれみたいな感じでえーと」
励まそうとしているのだろうが、段々と本人も何だか分からなくなっていく様子が変で思わず吹き出す。
驚いたように目を丸くし―彼女は本当に良く表情が変わる―、やがて釣られた様に笑いながら、再び手を差し出す。
「なにはとまれ、とりあえず帰ろう?」
伸ばした手は今度こそ彼女の手を掴む事が出来た。
377
:
家
:2008/08/12(火) 22:16:51
※グロ注意
最近、何をしていても手につかない事が多くなっていた。
趣味でもある仕事に立つその時ですら、既に帰った後の事を考えてしまう。
「う、うわああああああ!!」
そのせいなのか、撃ちもらしが増え、今日はあろうことか袈裟掛けに引き裂かれてしまった。
斬られてもなお思考は家の事ばかり。
ただ…目の前のこれは思考の邪魔だ。
「ぎあああああ!」
声がうるさい。指を落としただけで叫ぶ喉が邪魔になった。
「ぎ………!」
ヒュー、と音と共にしぶきが視界を染め上げる。
…ああこれでは駄目だ。鉄の匂いは女を泣かせてしまう。
軽率過ぎた自分の判断に舌打ちをしながら、地面で小刻に悶えるそれの頭に足を置く。
ガクガクと揺れる相手の目線と一瞬目が合い―僅かに笑みを浮かべて**********************
「いま帰ったぞ〜」
玄関で靴を揃え、居間に向かえば、温かな笑みが彼を迎えた。
「おかえりなさい、お夕飯出来てますよ」
「お父さんおかえり〜」
妻と子供に促されるまま席につき、サラダの上に乗ったトマトを皿の上へと移し、潰して混ぜ合わせる。
「お父さんってトマト変わった食べ方するよね?」
そんな子供の言葉に苦笑しながら、潰れたトマトと和えたサラダを口に放り込んだ。
今日もいつもの変わらない一日だった
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