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放課後の吸血鬼

1妖怪に化かされた名無しさん:2005/02/17(木) 00:31:27
放課後の学校は気味が悪い。特に、怪談の後ともなれば…。
「う〜ん。やっぱ気味が悪い」
教室に向かいながら、黒目がちの目に不安を浮かべながら中沢哲晴はつぶやいた。

発端はこうだった。
「先週あった、吸血殺人事件ですが」
教室でダベっていると、小柄な西根恭一が切り出した。
オカルト話をする時の癖で眼鏡のツルを、クイッと上げる。
「公園で血が抜かれて殺されてたってアレだろ?」
と、ヤキソバパンを齧りながら大柄な横口和也。
筋肉と脂肪の塊の坊主頭で、どう見ても柔道部辺りに見えるが、実は文芸部の幽霊部員である。
「なんか続報があったって話は聞かないけど?」
華奢な中沢哲晴が黒目がちの目を向けて尋ねる。
「実はですね。17年前にも同じ事件があったんですよ。しかも未解決で」
「ほんとかよ」
「本当ですよ。ちゃんと新聞記事もありますよ」
西根は鞄を空けた。
「で、どこであったと思いますか?」
「んーと、同じ公園か?」
「いいえ。実はこの学校なんですよ」
西根は新聞記事のコピーを取り出した。
17年前の日付のそれには、この高校で女子生徒が殺されたと書かれていた。
「オマエ、ミョーなコトには詳しいよな」
横口が呆れた。
「はっはっは。オカルティストとしては、地元の猟奇事件くらい網羅しておかないといけません」
「誉めてないって…」
「しかも丁度、二階の西階段を降りた正面の教室だっていうから、この教室ですね」
哲晴と横口は気味悪げに教室を見まわした。
「ち、ちょっと待てコラ。ここがその現場かよ」
「うわー、ちょっとな…」
ただでさえ放課後の無人の教室は気味が悪いのに、加えて既に日は陰り教室は薄暗い。時刻も丁度逢魔ヶ時と呼ばれる頃だ。そんな中でここで殺人事件がの現場だと知った日には…。
「気味がわりぃな…」
ふと、横口がもらす。
「そうだねぇ…」
「じゃ、帰りましょうか」

2妖怪に化かされた名無しさん:2005/02/18(金) 02:14:07
一階東側の昇降口に向かいながら、話を続ける。
「そもそもいるのかよ? 吸血鬼なんて」
「本物の吸血鬼がいない、とは限りませんが、それより猟奇殺人犯の可能性がありますよ」
西根は嬉々として様々な血を飲む猟奇殺人犯を語る。
「そんなのが、めったやたらいるとは思えないけど」
「でしょうね」
「ってーこたぁ、おんなじ犯人なのか?」
「かもしれません」
「そういやあ」
哲晴がふと思い出した。
「その前にも他所で同じような連続殺人事件があったね」
「案外、全部同一犯で、ほとぼりが冷めてまた戻ってきたのかもしれませんね」
「まっさかーーっ」
「偶然だろ?」
「ですよねぇ」

下足箱の前まで来て哲晴は、ハッとして急に鞄を調べ出した。
「あ、やばい。宮崎から借りたCDを忘れた」
「今から教室に戻るのか? 俺はヤだぞ、あんな気色わりぃトコ」
「同感です」
「コラ。そもそも、お前が始めた話のせいだろが」
「ご愁傷様です」
「頑張って行ってこいや。骨は拾ってやっから」
「この薄情もーん」そう言って、哲晴は一階の廊下を西階段に向かって走り出した。

西階段を昇って薄暗い教室に一歩踏み入れると、ピシャッと水音がした。
一瞬遅れて、吐き気を催すほど強烈な塩っぽい鉄錆臭。
足元を見ると水溜り、その続いていく先を目で辿ると倒れている女子生徒がいた。
クラスメイトの長谷川浩子だ。
そしてその向こう、丁度もう一つの戸の前に一人の少女が立っていた。
しかし、窓からの光に照らされたその少女の姿は…。
卵型の整った顔立ちに、猫科の獣を思わせる吊り気味の目。しかしその中には血色に輝く不吉な瞳。
スラリとした鼻梁と鼻翼の小さな高い鼻に、小さめの口。しかし口元からチョコンと飛び出ているのは鋭い牙。
背が高く華奢な身体に、ほっそりと伸びた指、しかしその先端にはナイフのような鋭い爪。
背中まで髪を伸ばしたその少女は息を呑む恐ろしく、そして美しく、その場面は凍りつくほど凄惨で、そして幻想的な、1枚の絵のようであった。

3妖怪に化かされた名無しさん:2005/03/03(木) 01:56:27
見つめ合ったのはほんの一瞬。少女はきびすを返し、開いていた戸から風の様に飛び出していった。まるで幻であるかのように。
しかし足元を見下ろせば、横たわる長谷川はそのまま、首筋からの出血が小さな血溜まりを作っている。
哲晴も我に返り、教室を飛び出した。
叫び声と共にこけつまろびつ階段を一階まで下り、昇降口の所まで戻る。
「で、出た出た。き、き、吸血鬼…」
混乱した頭では、そう吐き出すのが精一杯だった。
「その手には乗らねぇゾ」
「また、またぁ。冗談は休み休み言って下さいよ。…そう、“休憩付き”でね」
二人は一笑に付そうとしたが、哲晴の慌てっぷりに怪訝そうな表情をする。
「おい。ほんとに何かあったのか?」
不意に、西根が素っ頓狂な声を上げた。
「あぁぁぁぁぁーーーっ。血、血、血ですよ。中沢の上履きに…」
哲晴の指し示した哲晴の上履きには、べっとりと赤い染みがついていた。
西根と横口が顔を見合わせる。
「どこでどうした。中沢」
「き、教室に。長谷川さんが倒れてて…血が」
横口と西根は顔を見合わせ、廊下を駆け出した。


翌日、昼休み。3人は学食で掛蕎麦を啜っていた。ちなみに横口分は2杯である。

「いやぁ、驚いたよな。今日いきなり全校集会なんて」
「なんだよ、今朝のニュース見てなかったのか? やってたぜ、女子生徒一人が重傷って」
「校門の所にレポーターとかカメラとかいたじゃん」
「知らねーよ。今日は裏門から入ったから」

「で、結局どういうことなの?」
「マスコミに余計な事は喋るな、ってことでしょ」
「て、言っても何にも知らないよ」

「2-3の教室、警察が立ってたね」
「そのクラスの奴どうしてるんだ?」
「4階の空教室使ってるみたいだよ」

「襲われたのって、2-3の娘だろ」
「先週の吸血殺人と同じ奴の仕業らしいってさ」

聞き耳を立てなくても、昨夜の事件はそこら中で噂されているのがわかる。

4妖怪に化かされた名無しさん:2005/05/31(火) 23:03:18
えーと、すいません。このバージョンは、ここで終了します。
これからは、某所で書き始めたちょっとHなバージョンの収録とその続編をやります。
まずないとは思いませんが、ご意見ご感想がありましたら雑談スレへお願いします。

5妖怪に化かされた名無しさん:2005/05/31(火) 23:03:51
哲晴が忘れ物を取りに戻った夕暮れの教室に、彼女はいた。
彼が教室に入ってまず気付いたのが、血塗れで倒れているクラスメイトの長谷川浩子だった。ギョッとしてあとずさった彼が、ふと人の気配を感じてそちらを向くと、もう一方の戸の所に、彼女が立っていた。
哲晴は、はっと息を呑んだ。
スラリとした長身に、セーラー服の襟を超えて背中まで届く、黒曜石の髪。整った卵型の顔に、雪の肌。鼻筋の通った、鼻梁の小柄な高い鼻。
意思の強そうな真っ直ぐな眉の下の猫科の獣を思わせる吊りあがり気味の目には、キラキラと輝く紅玉の瞳。小さめの口には、つやつやとした林檎の唇。
僅かに開いたそこからは、ニュッと突き出た白銀の牙。胸元まで挙げられた手のほっそりとした指に、長く鋭い真珠色の爪。
はっとする程美しく、ぞっとする程恐ろしい。
あきらかに人ではないそれを、哲晴は叫ぶことすら忘れて、ただただ見つめていた。
白銀の牙をちょこんと覗かせた、血に濡れたような唇が、笑いの形になった。誘うように、淫らに。
そして瞳をらんらんと血色に輝かせ、彼女はゆっくりとこちらへ近づいてきた。
哲晴はジンと頭の芯が痺れたようになって、その美しく恐ろしい者が、コツリコツリと歩み寄るのを、ただただ見つめていた。
心臓が、胸に手を当てる必要もないくらいはっきりと時を刻む。
彼女は哲晴の真正面に立つと、無造作にスッと右手を伸ばした。
鋭い爪の生えた白魚のような指が、ゆるりと哲晴の首筋を撫で、肩に置かれる。
逃げたい。このまま大声で助けを呼び、走り出してしまいたい。
しかし、襲いくる恐怖の中に、ポツンと染みのような別の感情があるのを自覚していた。
それは期待。この少女の口付けを首筋に貰えるのではないか、そんな期待だ。
でもそれは、彼女の餌食になるという事だ。
吸血少女は微笑むようにスウッと目を細めると、哲晴の両肩に手を掛け、ぐっともたれかかる。
魔性の者と接しているのに、ゾゾッと哲晴の背中を走り抜けたのは戦慄ではない。劣情だ。
そのまま体重を掛けられて、ドシンと尻餅をついて床に大の字に倒れる。

62:2005/05/31(火) 23:04:25
「うわっ」
動く事も忘れて見入っている少年の上に、少女はふわりと覆い被さる。
少女の身体は、思った以上に柔らかい。
二人の身体がぴったりと重なった。互いのドクンドクンという鼓動を全身で感じ取れる程に。
彼女も、期待しているんだ。そう思うと、哲晴の心臓はドクドクとより一層速く強く打つ。
いつの間にか、学ランのカラーのホックとボタンが外されていた。
その剥き出しの首筋に、生暖かい少女の吐息がハァハァとかかる。
それはまるで、血を吸う食欲への喜びよりも、むしろ少年の首筋への口付けに対する欲情のように聞こえる。
「ひ、ひゃあああっ」
哲晴は、黒目がちの目を見開いて、甲高い叫び声を挙げた。
ヌルリと、少女の舌が哲晴の肩を這う。まるで、少年の肉体をしっかり味わうように、ゆっくり、ねっとりと首筋をしゃぶる。
少女の口付けを受け続け、哲晴は耳まで真赤にしてビクンと身体を硬くする。
首筋に全身の感覚をギュッと集めたように、彼女が彼を味わっているのだけが感じられる。
敏感になった首筋から、不意にフッと舌の感覚が失せたかと思うと、灼熱の牙に貫かれた。
初めての感覚に哲晴は「あっ」と切なげな声をあげる。
炎の様にカッと熱いそれは、不思議と痛みを伴わず、哲晴の身体にズブリズブリと沈みこんで行く。
口付けを受けたところから侵入した炎は、瞬く間にぐるりと全身に回り、全身の細胞を溶岩の様にドロドロと燃えたたせた。
ズルリ、とその溶岩が流れて行く。首筋の、彼女がぽってりと柔らかな唇で、そっと口付けをしているところへだ。
血が、熱が、命が、心が、急速に溶け、流れ、吸われて行く。いや、まるで自分から彼女の中へ、熱いものを流しこんでいるようだ。
熱いものが流れ込んだせいか、重なっている少女の身体も、カッと熱くなる。
彼女の口に、溶けた自分が注ぎ込まれる。
彼女の中に、自分が入りこむ。
彼女と、溶けた自分が入り混じる。
彼女のものに、自分がなる。
彼女と、一つになる。
「あっ、ああああああっ」
その叫びは恐怖でも苦痛でもない、その叫びは……歓喜。

73:2005/05/31(火) 23:05:30
そこで目が覚めた。自室の布団の上だった。
暗い中、ジットリと汗ばんだ身体を起こして時計を確認すると、時刻は午前3時半。眠りについてからまだ30分しかたってない。
ぼんやりとした頭に、じんわりと記憶が蘇る。教室で異形の少女を見かけたのは確かだ。
しかし現実には、少女はさっと逃げ出し、自分も友人が待つ昇降口までダッシュで逃げ出していた。
その後、友人と共に教室に確認に行き、職員室に飛びこんで、救急車が来て、警察が呼ばれ、事情聴取を受け、帰宅できたのは夜の11時。
その間、哲晴はその幻想的な少女の目撃談を、誰にも語っていない。
吸血鬼の少女なんて、あまりにもあり得ないものだし、あっという間に消え去ったそれは、なんだか夢か幻のように思えたからだ。
幸いなことに長谷川は輸血を受けて一命を取りとめた。警察から帰る間際にそれを聞き、一同はほっと胸をなでおろした。
かなり疲れてたものの、その夜は布団に入ってもなかなか眠れず、ようやくウトウトと眠れたかと思うとこのありまさまだ。
哲晴は起きたついでに、惨めな気持ちで汚れたパンツを処理すると、再び床についた。
今度は朝まで無事に眠れた。

84:2005/05/31(火) 23:06:05
翌日、学校中がその事件もの噂でもちきりだった。
朝TVのニュースで放映されたせいもあるし、朝一番の全校集会のせいもあるが、何より事件のあった2年3組の教室が、警察によって封鎖されているせいでもある。
マスコミには哲晴達のことは伏せられて、第一発見者は教師ということにされていたので、話題の中心になるのは避けられたが、それでも周囲はザワザワと騒がしい。
「やっぱ、アレが良くなかったんじゃねぇか? 昔の事件の話」
昼休みに学食へ向かう途中、昨日一緒だった柔道部風の坊主頭の巨漢、横口和也が切り出した。
「そんな非現実的な」
周りに聞いている人がいない事を確認してから、同じく昨日一緒だったチビで眼鏡の西根恭一が反論する。
「いくら何だって…。私が、昨日17年前の吸血殺人の新聞記事を持って来たのは、全くの偶然です。
 そもそもそんな事件の話をしたからって、実際に17年前と同じ場所で同じ事が起きるなんて、非現実的ですよ」
「わっかんねぇぜ」
と、横口。
「先週、公園で起きた吸血殺人の犯人が、ちょうどあの時に学校にいてよ。お前の話を聞いてて、マネしてみたとか…、…ありえねぇな」
横口が、わざわざ自分で自分にツッコミをいれたりするのは、哲晴がぼんやりしているからだ。
「どうしたんですか? 中沢君」
名前を呼ばれて、哲晴が我に返る。
「え、なんだっけ? …悪い、昨日眠れなくて、頭がぼーっとしてんだ」
「ま、あんな事があったんだから、しゃあねぇな」
横口がそうまとめると、3人は学食の行列にならんだ。
開いている席について、惣菜パンだの持参のおかずだのと一緒に掛蕎麦をすすると、学食の一角に人だかりがあるのに気付いた。
一人の背の高い女生徒を、何人かの女生徒が囲んでワイワイと談笑している。
取巻きでガヤガヤしてるのは、隣のクラスの女子だが、中心のサンドイッチを食べている娘は…
ドクン、と哲晴の心臓が警鐘を鳴らした。
“彼女”だった。
肌はやや薄い肌色。瞳も日本人らしい黒。爪も短く地肌のピンク色と、昨日見た人外の要素は全てなくなっていたが、あの顔立ち――高い鼻、吊り上がり気味の目、真っ直ぐな眉――や長髪は、紛れもなく彼女だ。
向こうも、じっと凝視する哲晴に気付いて、目が、合った。

95:2005/05/31(火) 23:06:21
「どうした? 中沢」
2杯目の掛蕎麦にとりかかるために顔を上げた横口が、ふと尋ねる。
じっと凍りついたままだった哲晴が、ようやく解凍された。彼女の方は、すでにサッと目をそらしていた。
「え、いや。そこの賑やかなの、見覚えがないな、と思って…」
「あー、確か、2組に転入生が来たって、聞きましたから、それではないでしょうか」
西根も、そちらを見てポツリと漏らす。
それを聞いて哲晴は、キョロキョロと周りを見まわして、近くにいた2組の生徒に話しかけた。
「なあなあ、野上。あそこにいるの、お前のクラスの女子だろ?」
「おう、そうだ。へぇ、やっぱお前も興味あるんだな。あの転校生に」
垂れ目の野上は、ニヤニヤと笑みを浮かべる。
「名前は大日向真紀。誕生日は10月3日。血液型不明。前は岩手にいたけど、その前は東京だったらしいんで訛はなし。身長170cm以上、俺よりデカイな」
「女子の半分は、お前より背が高いだろ」
哲晴が突っ込む。
「そう言うなよ。あと、俺の見立てじゃAカップ。そこが残念だけど、まあナイチチってのもそれはそれでイイんだけどな。
 得意科目はなし。絵が趣味らしい。親が海外赴任とかで一人暮し。住んでるのは市内。
 背が高いんで女子にもてている。おかげで俺達男は近寄れなくて残念だけどな」
「あいかわらず、女に関する事だけはすげぇな」
今度は横口が突っ込む。
「あったり前だろ。女の子は俺の生き甲斐だぜ」
ガッツポーズまでしてそう言う割に、野上は誰とも付き合っているわけじゃない。いや、付き合えているわけじゃない。
「ひょっとしたら、転校生が犯人だったりするかもしれません」
突如、西根がポツリと呟く。哲晴が彼をまじまじと見る。
「え…それって、ホントに?」
「なーんてね。ほら、月曜夜にやってるじゃないですか、少女漫画原作の吸血鬼もののアニメが」
「んなモン見てんのは、おめぇくらいだっ」
横口が、パシッと西根の頭を張り、一同が笑う。が、哲晴は、笑えなかった。

105:2005/05/31(火) 23:06:25
「どうした? 中沢」
2杯目の掛蕎麦にとりかかるために顔を上げた横口が、ふと尋ねる。
じっと凍りついたままだった哲晴が、ようやく解凍された。彼女の方は、すでにサッと目をそらしていた。
「え、いや。そこの賑やかなの、見覚えがないな、と思って…」
「あー、確か、2組に転入生が来たって、聞きましたから、それではないでしょうか」
西根も、そちらを見てポツリと漏らす。
それを聞いて哲晴は、キョロキョロと周りを見まわして、近くにいた2組の生徒に話しかけた。
「なあなあ、野上。あそこにいるの、お前のクラスの女子だろ?」
「おう、そうだ。へぇ、やっぱお前も興味あるんだな。あの転校生に」
垂れ目の野上は、ニヤニヤと笑みを浮かべる。
「名前は大日向真紀。誕生日は10月3日。血液型不明。前は岩手にいたけど、その前は東京だったらしいんで訛はなし。身長170cm以上、俺よりデカイな」
「女子の半分は、お前より背が高いだろ」
哲晴が突っ込む。
「そう言うなよ。あと、俺の見立てじゃAカップ。そこが残念だけど、まあナイチチってのもそれはそれでイイんだけどな。
 得意科目はなし。絵が趣味らしい。親が海外赴任とかで一人暮し。住んでるのは市内。
 背が高いんで女子にもてている。おかげで俺達男は近寄れなくて残念だけどな」
「あいかわらず、女に関する事だけはすげぇな」
今度は横口が突っ込む。
「あったり前だろ。女の子は俺の生き甲斐だぜ」
ガッツポーズまでしてそう言う割に、野上は誰とも付き合っているわけじゃない。いや、付き合えているわけじゃない。
「ひょっとしたら、転校生が犯人だったりするかもしれません」
突如、西根がポツリと呟く。哲晴が彼をまじまじと見る。
「え…それって、ホントに?」
「なーんてね。ほら、月曜夜にやってるじゃないですか、少女漫画原作の吸血鬼もののアニメが」
「んなモン見てんのは、おめぇくらいだっ」
横口が、パシッと西根の頭を張り、一同が笑う。が、哲晴は、笑えなかった。

115:2005/05/31(火) 23:06:27
「どうした? 中沢」
2杯目の掛蕎麦にとりかかるために顔を上げた横口が、ふと尋ねる。
じっと凍りついたままだった哲晴が、ようやく解凍された。彼女の方は、すでにサッと目をそらしていた。
「え、いや。そこの賑やかなの、見覚えがないな、と思って…」
「あー、確か、2組に転入生が来たって、聞きましたから、それではないでしょうか」
西根も、そちらを見てポツリと漏らす。
それを聞いて哲晴は、キョロキョロと周りを見まわして、近くにいた2組の生徒に話しかけた。
「なあなあ、野上。あそこにいるの、お前のクラスの女子だろ?」
「おう、そうだ。へぇ、やっぱお前も興味あるんだな。あの転校生に」
垂れ目の野上は、ニヤニヤと笑みを浮かべる。
「名前は大日向真紀。誕生日は10月3日。血液型不明。前は岩手にいたけど、その前は東京だったらしいんで訛はなし。身長170cm以上、俺よりデカイな」
「女子の半分は、お前より背が高いだろ」
哲晴が突っ込む。
「そう言うなよ。あと、俺の見立てじゃAカップ。そこが残念だけど、まあナイチチってのもそれはそれでイイんだけどな。
 得意科目はなし。絵が趣味らしい。親が海外赴任とかで一人暮し。住んでるのは市内。
 背が高いんで女子にもてている。おかげで俺達男は近寄れなくて残念だけどな」
「あいかわらず、女に関する事だけはすげぇな」
今度は横口が突っ込む。
「あったり前だろ。女の子は俺の生き甲斐だぜ」
ガッツポーズまでしてそう言う割に、野上は誰とも付き合っているわけじゃない。いや、付き合えているわけじゃない。
「ひょっとしたら、転校生が犯人だったりするかもしれません」
突如、西根がポツリと呟く。哲晴が彼をまじまじと見る。
「え…それって、ホントに?」
「なーんてね。ほら、月曜夜にやってるじゃないですか、少女漫画原作の吸血鬼もののアニメが」
「んなモン見てんのは、おめぇくらいだっ」
横口が、パシッと西根の頭を張り、一同が笑う。が、哲晴は、笑えなかった。

126:2005/05/31(火) 23:07:19
放課後、哲晴が当番の2階トイレの掃除を終え、4階にある臨時の教室へ向かおうとしているところだった。
他の掃除当番は、自分に割り当てられたところを適当に片付けて、さっさと帰ってしまっている。
昨日の事件の影響で部活動は全面中止となり、生徒は下校を促され、校内はガランとしている。と、2−2の教室から一人の女生徒が出てきた。
大日向真紀だった。向こうも、こちらに気付いた。
ゾクッと哲晴の背筋を駆け抜けたのは、戦慄か、或いは期待か。が、彼女は露骨に目を逸らし、クルッと向きを変え、反対方向へ歩み去った。
ふと、不吉な予感がして2−2の教室に入ってみた。
「お、何だ? 哲晴」
中では、野上がうーんと大きく伸びをしていた。
「お、そうそう。今、俺の方が一歩リードしたぜ」
垂れ目をニヤつかせて自慢する。
「さっきさ、俺が居眠りしてたら、早く帰った方がいいよ、とか言って起こしてくれたんだぜ。ま、これで俺の顔は覚えてもらえるな」
哲晴の顔色が、サッと変わった。
「そ、そうか、良かったな。ところで、身体は何ともないのか?」
「ハ?」
野上は、きょとんとした。
「いや、こんな所で居眠りするなんて、珍しいと思ってさ。なんか疲れでも溜まってるんじゃないかって思って」
「ん〜。いや、別になんともないよ」
「そ、そうか、そりゃ良かった」
哲晴は、曖昧な返事をして教室を後にした。それを怪訝そうな顔で見送る野上の首筋には、ポツリと二つの真新しい傷跡があった。

137:2005/05/31(火) 23:07:49
生徒達が下校して、ガランとした廊下にいるのは、哲晴と大日向の二人のみ。
彼女は微笑みながらゆっくりと近寄ってきた。
「ねえ、見たんでしょ。あたしの正体を」
つややかな唇から流れたのは、学食で談笑してる時に聞いたのと同じ、よく通る声。
「う…、あ…、み、見てない。何も見てない」
アワアワと呂律の回らないまま、哲晴はブンブンと首を振る。
「うそ、ばっかり」
大日向は、艶然と微笑む。
「見ちゃったんなら、しょうがないわね」
夢で見たのと同じように、瞳をスウッと真紅に染め、口元からニュッと牙を覗かせ、スラッと爪を伸ばす。
哲晴は、今度は踵を返してダッと逃げ出した。が、バタバタと走る哲晴のすぐに背後に、タッタッという軽やかな足音が迫る。
背後からドンとタックルを受け、バタリとうつ伏せに押し倒された。背中の感触は、Aカップでも意外にフカフカしている。そして首筋から右の耳にかけて、彼女の吐息がさわさわとくすぐる。
「つーかまーえたっと」
耳元で、からかうような軽やかで甘い声がした。
「ん、もう。逃げないでよ」
拗ねたような口調とともに、白くたおやかな指がスウッ哲晴の顔の正面に回される。月光のようにキラリと冷たく輝く、メスの様に鋭い爪がツ…と頬を撫でる。
「ひっ…」
声に詰まる哲晴の耳に、フウッと甘く息が吐きかけられる。
「ねえ…、あたしのこと…、誰かに…、話した…?」
ゆっくり、しっかり、じわじわと染みこませるように囁く。
「しゃ、喋ってない。誰にも喋ってない」
キュッと搾り出すように答える。
「ほんとに…?」
静かに問い返す。
「ほ、本当だ。警察にも、家族にも、友達にも、誰にもしゃべってない」
「そう…。良かった」
彼女は彼の首筋を妖しくそっと撫で、そのままプチッとカラーのホックとボタンを外す。首筋に、フッと生温かい吐息がかかる。
「な、何を…」
振り向く彼の眼前に、サクランボのようなつやつやと輝く唇があった。
「だったら…」
それまでゆっくりと言葉を紡いでいた唇が、急に素早く囁く。
「一人で済むわね」

148:2005/05/31(火) 23:08:34
「ひっ…」
背筋をゾクッと戦慄が駆け抜け、今まで温もりを感じていた背中が、サッと凍りつく。
「や、やめ…ろ」
哲晴の弱々しい抵抗の言葉は無視された。
今まで笑いの形を作っていた、目の前の小さめの口がカッと開き、キラリと冷たく輝く牙とチロリと蠢くピンクの舌、そしてその奥の底知れぬ奈落が見えた。
思わず顔を背けた哲晴の首筋に、ズン…と鈍い衝撃が走った。真紀の鋭い牙が、ズブリと食い込む。
「うぁっ…」
か細い悲鳴を上げた口が、白く細い手にピッタリと塞がれ、頭も動かせぬように、剛力を放つ腕でがっしりと押さえられる。
次第に哲晴の息を荒げるのは、恐怖か、喜びか。
鋭い牙が、輝く牙が、美しい牙が、皮膚を、肉を、血管を、突き、破り、穿ち、中まで、奥まで、深くまで、ズブリ、ズブリ、ズブリと食い込む。
グサリと突き立てられた真紀の白銀の牙が、肉体を、生命を、精神を削りとっていく。削られた命が、チュウチュウと吸われていく。
自分の17年の人生に、彼女の牙が深々と食い込み、途切れさせようとしている。
死ぬ、殺される、終ってしまう。人ではない、人ではない姿の、人ではない容姿の、人ではない美貌の彼女によって。
老衰でもなく、病でもなく、事故でもなく、彼女の牙が、彼女の口付けが哲晴に終焉をもたらす。
それは、とても、とても、とても……素晴らしい、死。

159:2005/05/31(火) 23:09:20
ガバリ、と哲晴は寝床から身を起こした。心臓が早鐘の様にドドドと打っている。息が嵐の様に荒い。
「ゆ…め…?」
思わず首筋に当てた手には、ベタッとした寝汗の感触。傷は、ない。ほっと息をついたものの、昼間の野上を思い出して、冷静な恐怖が襲ってきた。
「やっぱり、このままじゃいけないよな」
ポツリと呟いて、ギュッと拳を握った。

翌日、昼休みに学食で大日向を見かけなかった。パンを買いに来た野上に聞いてみると、弁当持参で教室で食べているらしい。
「やぁっぱ、お前も気になるんだな」
何か誤解した野上は、ニヤニヤしながら教室に戻っていった。
放課後、今日も部活動はなしで、校内放送で下校が促される。哲晴は、鞄持ってトイレ掃除に行っていた。そして気が引けたが、今日は手を抜いて掃除を早めに切り上げた。
放課後の校舎は、昨日と同じくガランとしている。
野上の情報によれば、大日向は岩手からの転校生だという。そして先々週まで、岩手では何件かの吸血殺人があった。という事は、やはり…
鞄を開けて、対吸血鬼用の道具を確認する。幸い、西根は一昨日に17年前の事件と一緒に、吸血鬼についての薀蓄を一通り語っており、それには対策も含まれていた。
登校途中にコンビニで買った、おろしニンニクのチューブ、近所の教会の布教活動でもらった、ロザリオと諸聖人の絵。
あとは、吸血鬼が強迫観念的に数えてしまうという豆に、吸血鬼を看破するための鏡。証拠写真を撮るための使い捨てカメラに、折り畳み式の果物ナイフ。
西根の話によると、伝承の人を襲う蘇った死者の他にも、猟奇殺人犯の中にも、好んで血を啜るものはいるという。その場合はナイフが役に立つだろう。彼女がどちらにせよ、まともに立ち向かえるとは思えない。後をつけて証拠を掴む他はない。
それらをポケットに忍ばせて、とりあえずそっと2組の戸を空けた。用心して覗いたものの、今日は野上もおらず、教室は無人だった。
良く考えてみれば、彼女がどこにいるのか、あてはない。靴箱を確認してみると、まだ校内にいる事はたしかだ。

1610:2005/05/31(火) 23:15:39
暫く校内をうろついていたが、見まわっていた教師に声をかけられて、今日は下校することにした。
そういえば、4階の仮教室に、横口と西根が掃除が終るのを待っていたはずだ。大日向と吸血鬼のことばかり考えていたせいか、今までスッポリと忘れていた。
急いで4階の教室に向かい、ガラリと戸を空けると、中から声をかけられた。
「あら、早かったじゃない」
教室の中には、女がいた。ぐったりとした西根を抱え、その首筋にうずめていた顔を上げて哲晴に声をかけたのだ。
いつものように、カラーのホックと第1ボタンを外している西根の首筋には、ポツリと真新しい傷があり、そこからはまだタラリと血が流れていた。
そして同じく、彼女の朱を引いたような口からも、タラリと一筋の血が胸の膨らみに垂れていた。
すぐ傍には、ぐでっと倒れている横口の姿。第2ボタンまで外され、校則違反のTシャツを覗かせた彼の首筋にも、同じくツッと血を流す真新しい傷。
「あらぁ? なんだぁ、あの娘じゃないのね」
と、その女は残念そうにそう呟く。
ニコッと妖しく微笑む切れ長の目、大人びた逆三角形の顔、前髪を左右に分けた富士額、床まで届く艶やかな長い髪。
西根の身体に半ば隠されていても、薄暗い教室ではくっきりと浮かび上がる白い裸身。惜しげもなくプルンとさらされた豊かな乳房と、その頂上の鮮やかな朱鷺色の突起。
キュッとくびれた腰と、形の良い臍。その下は、その下は…。
黄色と黒の縞模様に彩られたキチン質の巨大な塊、そこから幾本もの棒状のものがニュッと生えて身体を支えていた。
人のサイズの蜘蛛。悪夢の中から抜け出してきたようなそれが、彼女の半身だった。
予想外の展開に、声も出ずに呆然と立ち尽くす哲晴をじっと見据えた。
「ふふ、見られちゃったんなら、しょうがないわねぇ」
くすくすと楽しげに笑う。
「死んでちょうだい」

1711:2005/05/31(火) 23:22:59
「う、うわぁぁぁぁぁっ」
引きつった顔で哲晴は叫んで、手にした鞄をブンと振り上げ、蜘蛛女に殴りかかった。
「西根を離せぇぇぇっ」
彼女は、ドサッと西根を放り出すと、振り下ろされた鞄を左腕でガシッと受けとめる。
教科書やノートが詰まった鞄は、それなりに重い代物のはずだったが、鉄色の鉤爪の生えた手は、難なくそれを受け止めていた。
「あらぁ、やるわねぇ、ボウヤ」
けらけらと嘲笑するような響き。本能的な危機を感じて、哲晴は両手で鞄を抱えて、サッと下がる。ナイフは教室に戻る時に、鞄に納めてしまった。
黄黒縞の足が、シャカシャカと素早く動く。その目立つ縞は警戒色。自らの危険性を誇示し、敵を寄せ付けないためのもの。それ程の危険を持つということ。
剥き出しの白い裸身がつうっと、滑るように近づき、その胸でプルンと双丘が揺れる。そしてスッと、たおやかな腕が上に伸ばされたかと思うと、クワッと漆黒の鉤爪の生えた指が伸ばされる。
ヒュッと風を切る音が聞こえ、ドッと鞄を持つ手に衝撃が走る。腕の動きは、霞んで見えなかった。
盾として構えていた革の鞄には、ザックリとした傷跡。改めて、ジワリと恐怖が広がる。
「あらぁ、巧く避けたわね。でも、次はそうはいかないわよぉ」
鼠を前にした猫の表情で、蜘蛛女はそう告げる。
このままクルリと回れ右をして逃げ出したかったが、西根と横口がどうなっているのか気になる。
いや、待て。逃げた方が、自分がこいつに追っかけられた方が、二人は却って安全か?
そう逡巡しつつ、距離をとって廊下にまで下がる。ニマッと、余裕というより淫らな笑みを浮かべつつ、カシャ、カシャ、とその異形も追ってくる。

1812:2005/05/31(火) 23:31:22
よし。このまま引き離して、なんとか逃げ切れれば…、心の中でそう呟いて、哲晴はダッシュで廊下を逃げだした。
もうすぐ階段だ。追ってくる足音はしない。が、代わりに、ヒュッと空を切って何かがビシャリと背中に叩きつけられ、そのまま彼を押し倒した。
ドサッとうつ伏せに倒れた哲晴の、背中から床にかけてベッタリと貼りついているのは、ねばっとした白いもの。そう、相手は蜘蛛なのだった。
「はぁい。残念でした。追いかけっこは、お・わ・りっ」
事実上の死刑の宣告を、軽く言い放つ。
「だーいじょうぶよ。死ぬ前に、お姉ぇさんが、たぁっぷりと楽しませてあげるから」
どぎついピンクの台詞とともに、背後から、カシャ、カシャとゆっくりと蜘蛛の足が近づく音がする。さながら、死刑執行までの時を刻む秒針の様に。
見えないせいで、却ってその一歩ごとに、哲晴の中で恐怖と嫌悪がぐんぐんと膨れ上がる。
「待っててね、ボウヤ」
くすくすと、誘うような淫らな声。
嫌だ、嫌だ、嫌だ。あんな化け物に、あんな魔物に、あんな怪物に殺されるなんて。
倒れた時に打った手や胸がジンと痛いから、これまでみたいな夢ではない。夢の中の痺れた頭と違って、覚醒時の脳は現実的だ。心の中を占めるのは、ただ恐怖。
と、傍の階段を駆け上ってくる、タッタッという軽やかな足音がした。そして長い髪をなびかせながら姿をあらわしたのは、真紅の瞳の少女だった。

1913:2005/05/31(火) 23:33:07
真紀は、目撃者の少年をトンッと軽く跳び越し、女郎蜘蛛の前に立ちはだかった。
「あらぁ、随分と遅かったじゃなぁい。でもねぇ、せっかくなら、もうちょっと遅れなさいよぉ。殿方とのひと時を邪魔するなんて、野暮よぉ」
女郎蜘蛛は、からかうような口調でクネッとしなを作るが、真紀は無言のままキッと睨みつけて身構える。
ダンッと床を蹴り、黒髪の尾を引いて女郎蜘蛛に肉薄する。ヒュッと風を切って、白銀の鋭い爪の手刀で突きが繰り出される。女郎蜘蛛はそれをガッと腕で受け流す。
二撃、三撃と次々に繰り出されるそれを、彼女はくすっと余裕の笑みを浮かべつつ防ぎきる。真紀が一呼吸おき、攻撃が途切れると、今度は闇色の爪の生えた腕が振るわれる。
予想される軌道は真紀を捕らえない、ならば。タンッとステップを踏み脇に避けると、粘つく糸の塊がヒュッと真紀を掠めて飛んで行く。
「あら、勘が良いのね」
真紀は再び懐に飛びこみつつ、ブンッと白銀の残像を残して爪を振るう。女郎蜘蛛はシャシャと多足を動かし、滑るように下がる。と、その豊かな左の胸に、シュッと僅かに爪がかすめる。
左の膨らみの先端、朱色の突起のすぐ脇に、より鮮やかな赤がジワリと滲む。
「痛いわねぇ。自分に無いからって、僻まないでよっ」
そう彼女はからかいつつ、豊かな乳房を強調するように、左のそれを下から掬うように手を添え、親指で、ツツッと血を垂らす傷をそっと撫でる。
それからスッとその指を口元にやり、親指を濡らす血を同色の舌でペロリと舐める。続けて指の腹から漆黒の爪の先端まで、ツッと舌を這わせる、ひどく淫靡な仕草で。
その口に浮かぶのは、血に酔いしれる淫蕩な笑い。その瞳に映るのは、暗くメラメラと燃える復讐の炎。
が、真紀はそれに取り合わず、無言で突きを繰り出す。
「いっやあん。こっわぁい」
しかし彼女はそれ以上応戦せず、おどけた声を残し、クルッと向きを変えて教室に飛び込む。
続いて真紀が教室に飛び込むと、女郎蜘蛛は窓を潜り抜け、ピョンと外へ飛び出すところだった。真紀もダッと駆け出して、バンッと手をついて教卓を飛び越え、スタッと窓際に到達する。
半ば身を乗り出すようにガバッと窓の外を見下ろすと、中庭には既に女郎蜘蛛の姿はなかった。正面に見える、職員室などのある南棟の外壁にもその姿はない。

2014:2005/05/31(火) 23:36:24
「逃がしたか…」
仕方なしに追跡を諦めて、ピシャッと窓を閉じる。
そこで真紀は、倒れている凸凹コンビに気付く。急いで口元に耳を近づけて息を確認する。幸いにも、昨日の野上と同じくすやすやと眠っているだけだ。
ほっと息を吐くと、次いで廊下で倒れている目撃者の少年へと向かった。

蜘蛛女を追ってダッと教室へ飛び込んだ大日向が、戻ってきた。首の動く範囲でなんとか振り向いて見える所まで、コツコツと歩み寄る。
紅玉の瞳、雪の肌、林檎色の唇、白銀の牙、真珠色の鋭く伸びた爪。救いの女神は夢で見たのと寸分たがわぬ、紛れもなく人外の容姿をしている。
驚きの連続で声も出ない哲晴の傍に屈むと、大日向はヒュッと爪を一閃させて糸を切り裂く。切り裂かれた糸は、見る間にポロポロと崩れ塵となって消え去り、哲晴を開放する。
すると、スウッと見る間に大日向の人外の要素が消えていく、まるで幻のように。瞳は黒に、頬は肌色に、唇は桜色に、牙は消え、爪は短くピンクに。そこにいるのは、学食で見たごく当たり前の少女だ。
「あ…、あれは…、一体…?」
なんとか回った舌で問いかける哲晴に、大日向は口にスッと人差し指を当てて、それを制する。
「早くこの場を離れよう。またあれが来たら危ないから。
 それから、あの二人なら大丈夫だよ。昨日の人と同じで、寝ているだけだから」
置き上がる哲晴に背中を向け、大日向は続けた。
「それから…、もし、何が起きてるのか知りたければ…、キミに、知る覚悟が…、これ以上深く関わる覚悟があるならだけど…」
彼女は、駅前のファミレスを指定して、そこで待つと告げて足早に立ち去った。
寝ている二人は、二三度ユサユサと揺すると目が覚めた。昨日の野上と一緒で、特に身体に変調を感じていないようだった。安堵して、哲晴は二人に下校を促した。
三人で校門を出たところで、横口が口を開く。
「今日はどうする? ゲーセンでも寄るか?」
「あ、悪い。今日、用事があったんだ」
それまで寡黙だった哲晴は、二人にそう告げて別方向に向かった。指定されたファミレスに行く為に。

2115:2005/05/31(火) 23:37:58
そのファミレスは、学校からは駅を越えた側に位置する。駅のこちら側にも、ファーストフードや喫茶店があるので、生徒はそこまで来る事は滅多にない。
そろそろ日が沈みかける頃、哲晴はファミレスについた。夕食には時刻は早いせいで、まだ客はまばらだった。
大日向は、店の表通りから離れた奥の席、駐車場の見える窓際にいた。哲晴と目が合うと、大日向は小さく手を振った。その表情は硬い。
哲晴が無言のまま席につくと、彼女は先に頼んでいたサンドイッチとコーヒーを摂っているところだった。
すぐにウェートレスが、水とメニューを持ってくる。
「ご注文がお決まりでしたら…」
「これと同じものを」
表情を固くしたまま、大日向がぶっきらぼうに伝えた。続けて哲晴に、おごるから、と付け加える。
大日向はコーヒーを啜りながら窓の外を眺め、哲晴はじっと黙ったままだった。やがてウェートレスコーヒーとサンドイッチを置いて下がってから、ようやく哲晴は口を開いた。
「一体…、アレは、何なんだ」
大日向は飲んでいたコーヒーカップを、コトリと置くと哲晴をじっと見つめた。
「ごめん。悪いけど、大きな声を出さないで欲しいな。折角、人に話を聞かれない場所を選んだ意味がなくなる」
押し殺した声で告げ、そして一息置いて続ける。
「妖怪、だよ」
「妖…怪?」
「お化け、バケモノ、あやかし…、そう呼ばれているものだよ」
「そんな…、まさか…。本当に…いるなんて」
彼女は、ザックリと傷のついた鞄を指差し一言。
「証拠」
鞄の傷を見ていると、さっきの恐怖がまざまざと蘇り、ゾッとしてくる。
「…それとも、自分の目で見た事を、信じられないかな?」
そう、続けた。哲晴はプルプルと首を振って否定する。
「でも、そうなると、大日向さんも…その…」
大日向は、サッと一瞬伏目がちになって答える。
「そう、ボクも…妖怪だよ。一昨日、見ただろ」
夢で見たのと違って、そう答える姿は寂しげだ。
「なんか、実感湧かないな。目の前のにいるのが、その…、妖怪だなんて」
哲晴の顔に浮かぶのは、疑問とも不信ともつかぬ曖昧な表情。
「そうか…。じゃあ…。…大声は出さないでよ」

2216:2005/05/31(火) 23:39:57
大日向は、人が見てないかどうか、キョロリと周囲に目配せする。そして、姿を変えた。
猫を思わせる釣り目が、虎を思わせる凶悪さを持ち、瞳が血色に染まる。爪がスラリと伸び、角質から真珠の光沢を放つ骨質へと変化する。桜色の唇が血色に染まり、そこからちょこんと鋭い牙が覗く。
哲晴は、声も出ないまま、暫くの間ただただ見つめる。
「どう?」
じっと見つめられ続けるのが息苦しくて、沈黙を打ち破る為に、大日向は聞いた。
「ん、ああ…、綺麗だ」
「な、何を言い出すんだ。いきなり」
ポツリと漏れた哲晴の本音に、目を白黒させてそう返す大日向の頬は、ほんのりと薔薇色に染まっていた。
「ご、ごめん。でも、本当にそう思ったから」
哲晴もサッと頬を赤らめる。
コーヒーを一口すすって落ちつきを取り戻すと、彼女はスッと、テーブルの上に鋭い爪の生えた手をかざす。
「ね、見て」
影が、ない。すっかり日が陰り、鏡となった窓にも彼女の姿は映らなくなっていた。
「“あり得ないもの”だろ?」
そう言い終わると、スウッと窓の鏡に、寂しげな普通の少女が戻ってきた。
「鏡に映らないってことは、ひょっとして大日向さんは、その…吸血鬼、なのか」
「そう」
目を伏せて答え、それから哲晴の心を察してか、付け加える。
「あ、でも安心して。ボクは人間の血は吸わないよ」
まるでそれを証明するかのように、コーヒーを一口啜る。
「それから、ボクの事は“真紀”でいいよ。さん付けもいらない。できれば呼び捨てにしてよ」
そしてふと思い出したように尋ねた。
「そう言えば、キミの名前はまだ聞いてなかったよね。良かったら、教えてくれない?」
一瞬、名前を教えて良いものか迷ったが、そもそも面も素性も割れてることに気付いた。
「中沢哲晴。哲学の哲に晴れるで“哲晴”」
「ありがと」
微かに、真紀の表情が緩んだ気がした。

2317:2005/05/31(火) 23:44:21
「哲晴クン。キミ達を襲ったのは、女郎蜘蛛。人の生血をすする、蜘蛛の妖怪さ。一昨日女の子を襲ったのも、先週の殺人事件も、こいつの仕業だよ。
 ボクはアイツを倒す為に来た、いわば正義の味方さ」
「…なんで、吸血鬼が人間を守ったりするんだ」
哲晴は疑問をぶつけた。“吸血鬼”と呼ばれた瞬間、真紀はスッと目を伏せた。
「好きだから、じゃダメかな?」
哲晴が、えっという顔をした。真紀も、自分が言葉足らずなのに気付き、スッと頬を染めつつ憮然として付け加える。
「人間が、だよ」
「え、あ、そうか」
ポッと赤面する哲晴のその口調に、やや残念そうな気配が感じられる。
「だから、人間を守りたいと思うし、人間を傷つけるような妖怪は、許せない」
しばしの沈黙の後、哲晴は疑問の表情を浮かべた。
「…それを、そのまま信用しろって言うのか?」
真紀の緩んだ表情が、スッと硬くなる。
「ボクが、信用できないかな? さっき、キミを助けたでしょ?」
「信用するも何も…、僕は…、君を…」
しばし口篭もってから、一気に吐き出す。
「知らなさ過ぎる」
臭過ぎる台詞を言ってしまって、頬がカッと熱くなるのを感じた。真紀の頬も朱に染まり、また表情が微かに緩む。
真紀はズッとコーヒーを一口飲んで、気を取り直した。

2418:2005/05/31(火) 23:47:16
「じゃあ…、そうだね。キミは妖怪が実在するなんて、知らなかっただろ?」
「あ…、うん」
「それはね、妖怪が、自分達の存在そのものを隠しているからだよ」
そう言えば、あの蜘蛛女も、口封じのようなことを言っていた。
真紀はふっと目を逸らす。
「『人種差別も解消できない人類が、妖怪と仲良く共存なんて出来ない』これが妖怪の、一般的な見解だよ。だから、ボクら妖怪が平穏に暮らす為には、自分の正体どころか妖怪の存在そのものを隠さなきゃならない」
真紀は哲晴と目を合わせた。
「キミみたいに、口の固い例外を除いてね」
一呼吸置き、視線をコーヒーカップに落とす。
「だから、あの女郎蜘蛛みたいに騒ぎを起こして、警察沙汰にするような奴は、妖怪社会では、ほって置けない。なんらかの忠告や処罰がなされる。そして今回は、ボクがその担当になった」
再び、視線を上げた。
「こういう訳なら、どうかな?」
「…そういう訳なら、納得できるけど。だったら、僕は何をすればいい」
「別に、何もしなくていいよ。例え警察に『犯人は蜘蛛女です』なんて言っても、信じてもらえないだろ? それに妖怪は普通、写真にも写らないから証拠も作りにくい。かと言って立ち向かうには…」
ちらりと、ザックリと傷のついた鞄を見る。
「どの道、キミにはどうする事もできないと思うよ。だから黙っているだけでいい。2・3日中には片がつくはずだから」
何も出来ない。その言葉は暗雲のように哲晴の心を翳らせる。

2519:2005/05/31(火) 23:49:27
「じゃあ、何で僕にこんな事を話したんだ」
哲晴は声を荒げる。もっとも、周囲に聞こえないような小声ではあったが。真紀は、手にしたコーヒーカップに目を落とす。
「愚痴…かな? 正体を隠して人気者の転校生を演じるのって、意外とつらいから。…ほら、ボクって元々はこんなしゃべり方だけど、できるだけ違和感がないように、学校じゃふつうの喋り方してるし。
 だから、こうして時々、つい本当の事を、全部喋っちゃうんだ。信用できる相手に…」
再び、哲晴をジッと正面から見つめた。
「もし、今日知った事がどうしても嫌なら、重荷なら…、記憶を消す事も、できるよ」
記憶を消す? そんな事をしたら、あの紅玉の瞳に雪の肌、林檎の唇に白銀の牙の記憶も…。そしてそれは、今後の彼女との繋がりも、スッパリと切られる事にもなる。
「…いや、それはいい」
おそらくは理由を善意か何かと勘違いして、真紀はニコッと微笑んだ。
「ありがと。さ、早く食べちゃってよ。コーヒー、冷めちゃうよ」
哲晴は沈黙のまま、サンドイッチを片付けた。
「じゃ、そろそろボクは行くから」
暫く後、先に食べ終わった真紀は立ちあがり、伝票に手を伸ばす。
「お勘定は、口止め料という事で」
と、哲晴がサッと手を伸ばして先にそれを取った。
「いや。僕も、友達も助けてもらったんだし、僕が払うよ」
「え、でも。ここに誘ったのはボクだし…」
「だったら、せめて何か協力させてくれ。その…、知ってて何もできないのは、辛いんだ」
君の力になりたい、という言葉は、恥ずかしくて、ぐっと飲みこんでしまった。
「ふうん、だったら…。そうだ、一つ協力してもらおうか」
真紀は何かを思いついて、ニッと微笑んだ。

2620:2005/05/31(火) 23:54:06
二人がそろってファミレスを出ると、すでに釣瓶落としの日はとっぷりと暮れていた。
先に立ってファミレスを出てから、真紀は両手で鞄を持ち、舞うようなステップでクルリと振り向く。制服のスカートが軽やかにフワリと舞う。
「さっきの事だけど、ボクはこの街の地理に明るくないから、いろいろ教えて欲しいんだ」
何かの役に立てる、つまり繋がりが持てる。曇っていた哲晴の表情が、パッと明るくなる。
真紀が最初にきいたのは、ペットショップの場所だった。哲晴は近くにあるその場所を教え、今日は定休日である事も告げた。
「じゃあ、あとは明日、昼休みに南棟の屋上で」
哲晴とファミレスの前で別れてから、真紀は一人呟く。
「ふふっ、晴れと日向か…」
ファミレスに入ったときと異なり、その足取りはスキップのように軽やかだ。
そのままヒョイと人気の無い路地に入り、ケータイを取り出す。登録してある番号にかけると、すぐに相手が出る。
「あ、真紀です。…うん。うまくいったよ。…はい。心配かけてごめん。じゃあ詳しい事は今夜に。…はい。じゃあまた」

2721:2005/06/01(水) 00:01:06
その夜7時。真紀の住んでいる、市内の安アパート1階の一室。
ピンポーンと、呼び鈴が鳴った。
「こんちゃーす。魅っ子ちゃんでーすっ」
聞きなれた能天気な声と口調に、青いシャツとジーパン姿の真紀は、はーいと返事をしてドアを開ける。
「ようこそ。魅子先輩」
真紀が出迎えると、そこにはブレザーを着た、中学生くらいのショートカットで、レンズの大きめの眼鏡をかけた少女がいた。
「おっ久しぶりー。真っ紀ちゃん」
彼女は子供っぽい丸っこい目をニッと細めてそう言いうと、真紀にピョンと飛びつき、唇にチュッと軽くキスをした。
もしこれで真紀が長髪でなかったら、頭一つ分の身長差と、真紀のスレンダーな身体と服装のせいで、男女のカップルに見えてしまう。
「あーっ。何やってんですか。魅子先輩」
部屋の中からの咎める声の主は、真紀のそれとは多少違うセーラー服の少女。座っていると畳に届くその髪は、スックと立ちあがると腰をも超える長さだ。
やや垂れ気味の微笑んだような目を、この時ばかりはカッと見開いて不満げな表情だ。
「あ、美姫ちゃん先に来てたんだ〜。あ、お邪魔します」
後ろ手にバタンとドアを閉めると、スポッとスニーカーを脱ぎ、奥へと入る。
「別に、そんな目くじら立てなくてもいーじゃない。ほんの軽い挨拶なんだから。今、わたひが通っているとこじゃ、ジョーシキよ」
「それは…、魅子先輩の学校だったら、そうかもしれないですけど・・・。ここは女子校じゃないし、第一、真紀先輩に失礼ですよ」
美姫が微笑みのまま、眉間にちょっとシワを寄せる。
「ん、もぉー。美姫ちゃんたら。あいっかわらず、お固いんだからー。べっつにかまわいなよねー、真紀ちゃん」
魅子はきゃらきゃらと笑う。毎度のこととはいえ、そのハイなテンションには押されてしまう。

2822:2005/06/01(水) 00:04:22
「う、うん。別にボクは構わないけど・・・。前に、そんな感じのとこに、いた事があるから・・・」
実は、キスどころじゃない事もしてたりするのだが、それはまた別の話。
「ほら、真紀ちゃんもこう言ってるし。あっ、それとも、ひょっとして美姫ちゃんたら・・・」
そう言って、魅子は眼鏡をクイッと直すと、にやにやと意味ありげに笑って、真紀と美姫を交互に見た。
「ち、ちょっと、何言ってんですか。別にあたしは・・・」
「わかった、わかった、じゃー、返してあげるから」
そう言って、魅子は今度は美姫にヒョイと近寄り、背伸びをすると目を瞑りツッと唇を軽く尖らした。
「結構です。いい加減にしてください。魅子先輩」
凍りついたように笑顔のままの美姫に、グイっと押し返されて、魅子はム〜と、不満げに口を尖らせる。
「あっ、ひょっとして、まだだったの…。だーいじょうぶ。痛くしないから。お姉さんが、優しく教えてあ・げ・る」
と、突然、美姫の腰まで伸ばしたきれいな黒髪がするっと伸び、まるで生きているみたいに魅子にグルリと絡み付いた。
「いま、読んだんですか? 心・・・」
美姫は精一杯低い声を出して、魅子の目をじっと見詰めた。しかし、頭半分程の身長差があり、相手を拘束している立場なのにもかかわらず、泣き笑いの顔では迫力がない。
「えーっ、しっつれいねー。大事な美姫ちゃん相手に、いきなりそんなことしないよー。
 大体、まだの娘って態度で分かるよ。そ・れ・に、今自白してくれたし〜」
ニヤニヤと、してやったりの表情を浮かべた魅子。美姫は顔を真っ赤にして、ガクッとうなだれる。
「ま〜ったく、あんまり固過ぎると、彼氏に嫌われちゃうぞ」
美姫は、ついに笑顔を止め、ぷいとそっぽを向く。
「別に、あんなの彼氏じゃありません。ただの見境のない女好きですっ」
魅子は、振り解いた黒髪をちょいと掴んでみせる。
「そーね。たしかに女好きね。でも、“これ”でも構わないなんてのは、一本芯の通った女好きよ。で、実際はど・う・な・の?」
「そ、それは…」
ニコニコと暴力的な笑顔で迫られ、美姫はモゴモゴと口篭もる。

2923:2005/06/01(水) 00:07:11
「じゃ、まずは、今回参加できそうな人から」
魅子はリストを取り出して二人の前に置くと、美姫の後ろに回ってその長い髪にサッサッとブラシをかけ始める。そして手元から目を離さずに、リストにある妖怪の名前とその予定をスラスラと挙げる。
続いて、真紀が地図を広げて、ペンで調査済みの地域にキュッとマーキングする。
魅子は地図を見つつ、手を休めずに慣れた様子で美姫の髪を好き勝手にいじる。鴉の濡羽色の髪は、三つ編みにされたり、リボンで束ねられたりと、次々にその姿を変える。
美姫の方もなれた様子で、静かに微笑んで大人しくされるがままでいる。そして一つの髪型が完成するたびに、魅子は、どう?と手鏡で美姫自身に見せる。
「相変らず、何にもしないのね、この髪」
真紀の説明が終ってから、魅子はそうコメントする。
「縛ったりすると、動かしづらいですから」
ニコッとした表情を崩さず、美姫はそう答える。
「ん、もう。せぇっかくの、射干玉のように漆黒で、黒曜石みたいに艶やかで、絹の様にしなやかで、鋼のように強靭な、ステキな髪なのに、もったいないよ」
「さらっと、妙な表現混ぜないで下さい」
固まったような微笑が、ピクリと僅かに崩れる。
「ほ〜ら、怒ったなら怒ったで、さっきみたいに表情を変える。美姫ちゃんはもう、充分に髪を抑えられるんだから、ね」
魅子が解き終わった髪は、さっきと違ってピクリとも動かない。それに気付いてあ、と小さく声を出した美姫に、魅子はギュッと抱きついて耳元で囁く。
「我慢もいいけど、あたし達といるときくらい、無理は禁物だゾ、と」
「あ…、はい」
美姫は今度は惰性ではなく、自分の意思でニコッと笑った。
そして真紀が今日の報告を始めた。

30妖怪に化かされた名無しさん:2005/06/01(水) 00:10:06
すいません、上記は24です。23は以下になります。

31本当の23:2005/06/01(水) 00:11:05
「えっと、お取り込み中だけど、いいかな?」
カチャカチャとカップとお皿と、ケーキの箱を載せたお盆を持って来た真紀が、美姫に助け舟を出す。
「あ、ゴメンね、美姫ちゃん。ちょっち、はしゃぎ過ぎちゃった」
魅子は、あれをちょっとと表現する。そして真紀の意図に気付いて、それ以上の追求を止める。
「魅子先輩。あんまり美姫ちゃんを、いじめないでよ。先輩と違って繊細なんだから」
「はぁ〜い。愛する真紀ちゃんが、そういうならぁ」
わざとらしく、クネッとしなを作る。生憎と、真紀並のペッタンとした胸で色気はないが。
「ありがとうございます。真紀先輩」
美姫は微かに頬を赤らめたぽーっとした様子で、助けてくれたナイトに礼を言った。
「美姫ちゃん。許してやってね。魅子先輩も、悪気があるわけじゃないんだから」
「はい、わかってます」
あんなにはしゃぐのは、あたしの笑顔と同じですから、と心のなかで付け加える。
「あ、そうそう」
魅子は思い出したように、トテトテと玄関脇に置いてあったファーストフードの袋を取りに行く。
「ケーキもいいけどさ。美姫ちゃん、学校から直行してきたなら、夕ご飯まだでしょ? 今からだと帰りは遅くなるんだから、ここで食べちゃおうよ」
そう言って、袋の中から人数分のハンバーガーセットを取り出すと、卓袱台に並べた。
ファーストフードとコンビニのサラダの夕食後、ケーキを出してお茶にする。飲み物は、美姫と魅子は紅茶――ちなみに、ティーサーバー使用――で、紅茶の嫌いな真紀はホットミルクである。
「しっかし、真紀ちゃん、物もち良いわね〜」
ふと気付いて、魅子が真紀のホットミルクの入ったマグカップを見る。
そこには、大分かすれてはいるものの、暴走族の格好とロングスカートのセーラー服の直立する二匹の猫の写真がプリントされていた。
「まあね。身軽なように、物は持たない事にしてるから、その分ある物は大事に使うんだよ」
それに、初めて買ってもらった物だし。魅子を見ながら、そう真紀は心の中で付け加えた。
そして、作戦会議が始まった。

3225:2005/06/01(水) 00:12:35
二人の前で、校内の見取り図と、関係者の似顔絵をさらさらと描いてみせる。
似顔絵なので、大分真紀の主観が混じっており、横口は実際よりもゴリラっぽく、西根はガリっと痩せ、野上はニヘラッと好色っぽい笑みで、被害者の長谷川は貧血っぽく描かれていた。
そして、中肉中背で小動物を思わせる黒目がちな目以外は平凡な容姿、そう説明された哲晴は、妙に格好良くかかれてたりする。
「電話の報告で、正体がばれたって聞いた時はヒヤヒヤしたけど、“うまく”いって良かったじゃない」
哲晴の似顔絵を見た魅子が、真紀に視線を移して、意味ありげにニヤニヤする。その意図に気付き、真紀はプイッと視線をそらして誤魔化す。美姫だけはそれに気付いてない。
その後は雑談に流れ、8時半を回ってからお開きになった。
駅に向かう途中、住宅街の道で、魅子はあっと小さく声を上げた。
「ごめん。忘れ物。先に駅に行ってて、すぐに追いつくから」
「またですか〜。しょっちゅうですね。じゃ鞄、預かりますよ」
「ありがと、じゃ、お願いね」
そう言いつつ、魅子は真紀のアパートへ、タタッと走り出す。
「あれ、先輩どうしたの?」
戻ってきた魅子に、カップを洗っていた真紀は尋ねる。
「たしか“まだ”でしょ? 大丈夫。美姫ちゃんは、先に駅に向かわせたから」
声を落としてそう答える。
「いえ、大丈夫です。折角ですけど、当てがありますから」
真紀は、わざわざ丁寧語でそう答える。
「そう? ならいいけど。絶っ対、遠慮しちゃだめよ。あたしにとっては、大した事無いんだから」
そう言いつつ、魅子はドアを空けて出ようとする。
「あ、それからね〜、明日の放課後、例の彼に会わせてくんない? だってさ、協力してもらうんなら、一回挨拶くらいは、挨拶したいし〜」
急に崩れた口調で真紀に頼む。真紀は承諾した。
「いいけど、…変な事言わないでよ。彼、真面目なんだから」
詳細を決めてからも、もう1度真紀は釘をさす。
「だ〜いじょ〜ぶ、だいじょーぶ。心配しないで」
ニカッと笑顔でそう言い残して、魅子はダッシュで駅まで向かった。

3326:2005/06/01(水) 00:14:46
駅の手前、繁華街で美姫に追いつき、鞄を受けとる。
「先輩、何忘れたんですか?」
息を整えている魅子に、美姫は尋ねた。
「明日の事。例の目撃者の彼に、会わせて欲しいって頼んできたの」
「何でですか? 前に、あんまり顔とか知られない方がいいって、言ってませんでしたか?」
「美姫ちゃんも見たでしょ? あの似顔絵、やたらとカッコ良かったの。あれはね、真紀ちゃんが好意を持ってる証拠よ」
「え、じゃあ。先輩は、その人のこと…」
「間違い無く、ね。美姫ちゃんも経験あるでしょ。あたし達は、正体を知った上で受け入れてくれる人には、弱いって。
だから、好意的に解釈している可能性が高いわね。つまり、口が固いから大丈夫って評価もね」
美姫はその口調に、いつものキャピキャピとした雰囲気がないのに気付いた。
魅子の懸念するように、実際に美姫も、悪の妖怪から助けた相手から、迫害という形で恩を仇で返された事がある。例え、元々が親友でも、だ。
魅子は続ける。
「だから、直接会って確かめる。もし、信用できない、口の軽い人だったら…、記憶を消させてもらうわ。無理矢理にでも、ね」
きっぱりと言いきる。
「先輩、怖いですね」
美姫の声に、ちょっと怯えが混ざる。
「あぁったりまえよ〜。だ〜い好きな真紀ちゃんを守る為だも〜ん。な〜んだってするわよ」
慌てて軽い口調で誤魔化して、もちろんあなたを守る為にもね、という台詞は飲みこむ。少し喋り過ぎた。
「真紀ちゃんを好きなら、協力してよね。美姫ちゃん」
大好きな真紀先輩のため、そう言われると弱い。美姫はそれに同意した。

3427:2005/06/01(水) 00:15:17
自分の巣に辿りつき、アミは振り返って後を確認する。結界が効いてるので、あの人間に媚びる小娘の追跡はない。
巣に辿りついて安心したのか、ぐでっとした疲労を感じ、ふぅっと一息吐く。
左胸の傷がじわりと痛む。プルンと突き出た形の良い乳房を、ぐっと少し持ち上げ確認する。ただのかすり傷だ。明日までには、すっかり治るだろう。
とりあえず出血が鬱陶しいので、ペタッと糸の塊を貼って止血する。
他人の目がないので、ふっと素に戻ってぼそりと昏く呟く。
「あの小娘…。殺してやる…」
水平に広がった巣網の上を器用に歩き、中央の糸を編んだ布状の部分、自分で台(うてな)と名づけたその場所にゴロリと寝そべる。細かな糸を編んで作られたそこは、フワリと身体を受けとめる。
夕暮れ時で、空は自分の気持ちを反映したような血色に染まっている。
ええい、憎い。そう心の中で呟く。岩手で付けられた傷がようやく塞がったというのに、また余分な血を流させられた。しかも自慢の大きな胸に。
「あの貧乳小娘、今度あったら胸を抉ってやる…」
知らず知らずのうちに、凶悪になっていく表情に気付き、シワを気にして元の表情に戻す。
疲れを取るために暫くゴロゴロしていると、眠気が出てきて、うとうととし始める。
今まで自分は巧くやってきた。
巣には、妖怪すら欺く結界を張る事ができるから、棲み家を知られる事は無い。
相手を眠らせる能力を持ち、牙には傷を麻痺させる毒を持つ。生存に必要な血液は少量で、健康な人間なら貧血も起こさない量。だから食事で気付かれる事も無い。
まれに、気が向いた時に人間を巣に連れ込み、血や精液を搾り取ることがある。しかし、搾り取った後は口封じに殺して、死体は見つかり難い山中などに捨てるから、獲物の口から漏れる事はない。
そして定期的に別の街に移動して棲み家を換えるから、死体を見つけられた時は、すでに遠く離れた土地にいる。もともと他の妖怪と殆ど交流を持たないから、人間に媚びる連中に気付かれる事はまず無い。
たまにそいつらに気付かれる事はあるが、結界のおかげで逃げ切る事ができるし、二・三街を移動すれば、もう追跡はしてこない。
だから、今まで比較的平穏に暮らしてきた。あの小娘に会うまでは。
あれは、たまたま岩手の高校に住みついた時だった。

3528:2005/06/01(水) 00:16:16
その日は何となく遠出するのも面倒なので、近場で食事を済ませようとした。
校内の要所要所に予め張ってあった糸は、糸電話の要領で人の気配を知らせてくる。静かな校舎の中で、ザワザワと人の声がする場所を探り当て、のそりと移動を始めた。
ピタッと校舎の外壁に張りつき、窓からそっと教室を覗き込む。中にいるのはブレザー姿の少女。おあつらえむきに一人だ。本来なら若い男の方が好みなのだが、若い娘の生血というのも悪くはない。
相手の姿を視認すると、即座に眠りの妖術をかける。眠ったのを確認して、鍵のかかってない窓をガラリと開け、教室の中に一歩踏みこむ。
机に突っ伏している少女に近づき、その小柄な身体をヒョイと持ち上げると、首をガクリと垂れ、白い喉を露わにする。獲物は自分に振りかかるおぞましい運命も知らず、すやすやと眠っている。
若く、健康で、しかも生娘の匂い、じつに美味そうだ。口の中にジワリと唾が湧いてくる。
背後から抱え、少女のポニーテールをすっと脇にずらして、白く眩しいうなじを露わにする。そして襟首をちょいと広げ、普段は服で隠れやすい部分を露出させる。
ペロリと長めの舌を伸ばし、その首筋にツツッと卑猥に舌を這わせる。若い娘の滑らかな肌は、トロリと甘い。少女はくすぐったさに、んっと小さく声を出す。
このまま頚動脈をガブッと噛み破り、思う存分その命を啜りたい。そんな衝動をこらえて、首筋のやや後、鏡で見ても気付かれにくいその部分に、カプッと口付けをする。
そして張りのある肌に、唾液で濡れた小さな牙をツプッと突き立てる。唾液に混じる微量の麻痺成分で、苦痛はなく、呪縛の眠りは解けない。
トロリ、と甘い少女のエキスが流れ出る。それを舌の上で転がして味わう。男と違って美酒のような濃厚さはなく、さらりとした軽い甘さ。そのまま唾液とともにコクリ、と嚥下する。
生き返る。少女の命が、カラカラの全身の細胞にじわじわと染みこんでくるようだ。もっと味わう前に、一端口を離す。
小さな真紅の泉からは、命の雫がポッと小さな珠となって湧き出し、タラリと流れ出す。その紅の筋をツッと舌でなぞる。首筋をねっとりと舐められ、獲物は再び、うっと微かな呻き声を上げる。

3629:2005/06/01(水) 00:17:48
濃厚な甘い血の香に興奮して、ピチャピチャと夢中で血を啜っていると、ガラリと戸が開いた。
「ごめん、ごめん。遅くなっちった」
ショートカットの女生徒が一人、タタッと勢い良く入って来た。
アミと目が合う。一瞬、時間が凍りつく。無理もない、友人が後から蜘蛛女にギュッと抱き付かれて、チュウチュウと首筋から血を吸われているのだ。
「きゃああぁぁ…」
一呼吸置いてから叫び声を上げる口は、アミがヒュッと投じた粘つく糸で塞がれた。続いて、逃げ出さぬようにその足も、手も。あっというまにそこには恐怖に震える少女が、芋虫の様にゴロリと転がっていた。
どうやら吸血に夢中になって、人払いの結界が緩んだらしい。あるいは元から掛けそこなったか。声を聞きつけられたら厄介なので、改めて結界を張りなおす。
と、食事中の獲物がピクッと動く。
「ん…、え…? 何? え…」
今の叫び声で目を覚ましたらしい。ふと振り向いて口を朱に染めたアミと目が合う。悲鳴をあげようとしたその口も、すぐにペタリと塞がれる。続いて手足も。
「あぁらら。あなた達、運が悪いわねぇ」
恐怖に震える少女達を見下ろしながら、アミはくすくすと笑う。
少女達はもぞもぞと身をくねらせ、必死で逃れようとする。が、アミは二人をヒョイと引っ掴み、足元にドサッと放り出す。うっと、僅かに苦痛のうめき声を漏らす。
「ん、もう。逃げないでよね。お嬢ちゃんたち」
後から来たショートカットの方を糸で床に貼りつけ、血に濡れた唇をニィッと歪める。

3730:2005/06/01(水) 00:18:45
まずは、さっきの続き。束縛されたまま、バタバタともがくポニーテールの少女を、軽々と持ち上げる。今度は恐怖を感じさせるために、正面からだ。
わざわざ目の前でカッと口を開き、普段は唇に隠てしまう小さめの牙をよく見えるようにする。
震える獲物の目が大きく見開かれ、逆に瞳孔がキュッと小さくなる。その眼の端に涙の玉が浮かぶ。
それを見てくすりと笑い、ひとまず食事を中断する。ペロリと舌を伸ばして、滴るその雫を舐める。頬を這うヌメリとした舌の感触に、ビクリと震える。
「ふふっ、あなた。美味しそうね」
そう、耳元で囁いてから、恐怖に震える首筋にガブリと牙を立てる。麻痺毒も分泌せずに、わざわざ新しい傷をつける。んうっとくぐもった呻き声をあげ、苦痛でその身体がビクンとのけぞる。
再び口腔に命の味が広がる。新たな傷に牙を突き立てたまま、流れ出る血をじゅるりと啜る。怯えてフルフルと震える様は、吸血欲をそそる最高の調味料だ。
一通り生血を堪能してから、恐怖で息を荒くしたポニーテールの少女をどさりと放り出す。そして、もう一人のご馳走の身に、これから起る事がしっかりと見える様に、ベタリと糸で床に留める。
次は、ショートカットの少女の方だ。
こちらの獲物は、友達が目の前で生血を啜られるのを見て、すっかり怯えきっている。じつに美味しそう。
少女の倒れている様は、巣に囚われた蝶のよう。アミが近づくと、仰向けに倒れている少女は涙を浮かべた目をぎゅっと瞑り、顔をそらす。
しばし思案し、今度は趣向を変えて楽しむことにする。

3831:2005/06/01(水) 00:19:19
アミはニヤニヤと笑いながら少女の上に屈みむ。そしてその膨らんだ胸に、ポフッと軽く手を乗せる。羞恥心と恐れから、獲物はビクリと身体を震わせ、思わずぱちっと目を開く。
ニイッと淫らな笑みを浮かべる蜘蛛女と至近距離から見詰め合うことで、恐怖の表情は一層強まり、絶望のそれへと変わる。
「ふふっ、あなたも美味しそうね。と・く・に、ここなんかっ」
そう言うが早いか、ブレザーの襟元に手をかけ、一気にバッと引く。ボタンがブチブチッと弾け飛び、薄いブルーのブラジャーに覆われた、自分よりは幾分か小さい膨らみ露わになる。
アミはその胸元にグッと顔を近づける。ダランと下を向いた豊かな胸が、少女の下腹部に当たり、グッと圧迫する。
糸で塞がれた口からは、ううっというくぐもった声が続く。懇願の様だが、それは言葉にならない。
震える細い肩から肩紐をグイッとずらすと、半ば露わになるプヨプヨと柔らかそうな膨らみ。そこをよく味わう為に、ゆっくりと舌でペロリ、ペロリと撫でる。恐怖と羞恥心から、少女はギクッと身体を固くする。
奥に紅の美酒を隠す肌は、ねっとりと甘い。我慢しきれずに、餅でも頬張るように、ガブリと噛みつく。
小さいが鋭い牙に柔肌を貫かれ、衝撃で少女はビクッと仰け反る。しかしアミの束縛の糸と剛腕は、少女を捕らえたまま、決して緩む事はない。
蜜の様に甘い生娘の命の液体が、舌にトロリと触れる。
美味しい。
興奮し、その柔肉に、さらにズブリと牙を突き立てる。苦痛と恐怖から、呻き声は一層強く激しくなり、恐怖に見開かれた眼からは、涙が泉のようにあふれ出る。牙を通じて、恐怖で速まった命の音がドクドクと伝わる。

3932:2005/06/01(水) 00:20:15
マシュマロのように柔らかな胸丘に、グサリと牙を突き立てたまま、アミはグイッと首を引く。まるで、そのまま噛み千切ろうとするかのように。
美しき獲物の呻き声が一際大きくなり、ビクンとより大きな震えが走る。そして、それきり動かなくなった。天井を向く虚ろな瞳は、もはや何も映さず、ただ涙を流すのみ。
開いた傷口は、こんこんと涌き出る真紅の泉と化す。
アミは母乳でも飲むかのように、乳房から命の源を啜ってゆく。しばしその男とは異なる淡麗な血を、心行くまで堪能してから、ようやく朱に染まった口を離す。
「ふふっ、ご・ち・そ・う・さ・ま」
アミは呆けた少女に、キスでもするかのように顔を近づけて、そう嘲う。そして血に塗れた口から、真紅の舌をぬらりと伸ばして、涙に濡れた頬に一筋の朱を塗る。
さて、今日はもう巣に引き上げる事にしよう。なにしろ、お土産が二つも手に入ったのだから。
たまには女同士というのもいいし、かなり激しく遊んでも、今日明日はたっぷりと楽しめるだろう。
それに、二人もいれば趣向を凝らした楽しみ方ができる。例えば、片方だけ助けるという約束で殺し合わせるとか。
或いは、一人を目の前でなぶり殺しにして、その血を塗りたくった滑る身体で、もう一人と絡みあうのも面白い。
または、一方に、もう一方の血を堪能させてやるとか。
サディスティックな笑みをニヤッと浮かべて、いろいろと楽しい空想をする。
少しばかり噛み過ぎたショートカットの方からは、折角の血がポタポタと漏れている。ペタッと糸で漏れ口を塞ぎ、二人とも糸でグルグルと巻きなおす。そして両手に一つずつぶら下げる。
と、廊下からタッタッと足音が聞こえる。お土産は三つになりそうだ。

4033:2005/06/01(水) 00:22:17
三人目は、戸口で一端止まらずにダッと勢いよく飛びこんで来る。予想外の動きに、右手の獲物を放り出すののが遅れ、糸を放つタイミングを逸する。
飛びこんできたのは、お仲間――つまりは妖怪――だった。
獲物達と同じ制服を着、血の気のない白い肌をし、血色の瞳と鋭い牙と爪を持つスレンダーな小娘。恐らくは吸血鬼の類だろう。
「あら、何だ。お仲間…」
唐突に、小娘はタンッと床を蹴って鋭い爪で突いてくる。左手に獲物をぶら下げていた為、動作が遅れた。ズドッという衝撃とともに、爪は左肩に深々と刺さった。
「痛っ。何すんのよ」
ドサッと獲物を取り落とし、アミはギロリと睨みつけて、ササッと二三歩下がって距離を取る。
「…大人しく去れば、この場は見逃してやる」
真っ直ぐの眉の下、炎色の瞳でキッと睨みつけながら、小娘は言い放つ。どうやら、人間に尻尾を振る連中のようだ。
ならば狩りの現場を見られた以上、敵対は免れない。しかも、この手の輩は徒党――一般にネットワークと呼ばれる互助組織――を組む事が多い。仲間を呼ばれる前に、さっさと始末するべきだ。
開いている右腕でヒュッと糸を放つ。が、タッと華麗なステップでかわす。そのまま再び矢の様に真っ直ぐ突っ込んでくる。
獲物を手放して身軽になったものの、左肩にぱっくりと開いた傷は意外に深く、腕が巧く動かせない。
受け損なって、ブスリと右肩も刺された。これでは右腕も巧く動くまい。ならば…
アミはひらりと跳躍して、開いた窓まで後退した。走って追うには机が邪魔だ。案の定、小娘はそこに残ってこちらを睨みつけている。

4134:2005/06/01(水) 00:22:42
「憶えてなさい、この小娘っ」
そう言い残して窓から飛び出し、垂直の外壁をシャカシャカと走る。振り向くと、もう追跡はない。
やがて巣に戻り、アミはひとまず傷ついた身体を休めた。
ここしばらく、あまり派手な動きはなかったから、狙われる憶えはない。そして昨今は、人間に化けて暮らす妖怪の方が多い。だから、あれは恐らくそういった妖怪の一人で、たまたまあの学校の生徒だったのだろう。
妖怪同士は、運命的な奇妙な引力を持つ。偶然という形で、たまたま出会ってしまうのだ。或いは無意識に妖気とでもいうものを感知して、引かれるのか。
巣に張るのと違って、狩りの最中の結界は妖怪には効きにくい。だから多分小娘は、二人目の獲物の悲鳴を聞きつけて来たのだろう。或いは、吸血鬼らしく血の香につられてか。
ならば仲間を呼び、巣の位置を探り当て、襲撃をかけるまでにはまだ時間がある。早くても襲撃は明日、しかも人目につかぬように夜中になるに違いない。今日の明方に移動すれば大丈夫だろう。
しかし、その夜の内に小娘は手勢を率いて襲撃してきた。糸の振動で敵襲に気付いたものの、おかげで巣を畳み“食いカス”を片付ける間もなく、慌てて逃げ出すはめになった。
もし“連中”の手引きがなければ、じきに追いつかれて殺されていただろう。

4235:2005/06/01(水) 00:23:39
“連中”の代理人が接触してきたのは、アミが何とか隣町に逃げて、“食事”をしている最中だった。腹いせに獲物の頚動脈を噛み破り、思う存分その血を堪能していると、不意に傍らに出現し声をかけてきたのだ。
連中はこの場からの脱出と、隠れ家の提供を申し出てきた。条件は連中のネットワークに所属する事。
なぜか? と問うアミに対して、連中の代理人は勢力拡大と、あの小娘とは元々敵対していた事を告げた。
このまま人にへつらう者どもから逃げ切れるとも思えなかったし、条件も悪くないと思ったので、アミはその話に乗ることにした。一つの条件を提案して。
連中のネットワークに所属するにあたって、アミが追加した条件とは、復讐。元々敵対しているならば、アミの復讐に手を貸してもいいだろう、そう提案しそれは受諾された。
連中の一人が持つ、俗に門と呼ばれる異空間通路を通る能力によって、アミは岩手から東京までをほぼ瞬時に移動できた。これで包囲網は突破できたし、この距離なら追跡もないだろう。
最初のうちは新たな巣を張り、何日間か気付かれぬように大人しい食事を繰り返して傷を癒す。その間に、連中が耳寄りな情報を持ってきた。
そして復讐の為に、小娘をおびき寄せることにした。自分の流儀に反したが、獲物の血を吸ってそのまま殺し、死体をその場に放置した。案の定、小娘は嗅ぎつけてやって来た。
早速、歓迎してやった。
夕暮れ時に、小娘が通う学校で女生徒を眠らせる。そして人払いの結界の中から呼びかけて、小娘をおびき寄せた。
駆けつけて来たものの、小娘は人質を取られて何も出来ずにいた。アミは嘲笑の笑みを浮かべつつ、小娘の目の前で女生徒の首筋から食事をし、さらに爪で獲物を切り裂いて派手に血飛沫を撒き散らしてやった。
小娘が怒りと恐怖で呆然と立ち尽くす様は、今のアミにとって最高の快楽だった。
さらに挑発するため、学校を狩猟場として食事を繰り返した。狩猟場としての学校は、夜に人が居ないのが難点だが、若く元気な男が多い利点がある。
しかし今日、狩りを人間に目撃され、あまつさえ小娘のせいで始末し損なった。全く忌々しい。“派手”に狩りでもしないと、気が済まない。

4336:2005/06/01(水) 00:26:15
ポーンとゴム毬が弾む音がして、はっと現実に引き戻される。
目を開けると既に日は沈み、西の山の向こうを微かに血色に染めるのみ。代わりに世界を支配するのは闇。東の空からは真円に足りぬ月が冷たい光を投げかけている。約束の刻限のようだ。
台からムクリと起き上がり、人の姿をとることにする。月に照らされた巨大な蜘蛛の影がギュウッと縮まる。
蜘蛛の腹部が、その胸部にスウッと収納され、縊れた腰の下は白く膨らんだお尻に変わる。それに伴って左右三本ずつの足が一つに合わさり、縞模様の外骨格から白くふっくらとした肉付きの内骨格のそれに変わる。
アミの姿にすでに蜘蛛の面影はまったくなく、どこから見ても人間の女のそれだ。
瞬時に糸を編んで即席の着物を作ると、サッとそれを身に着ける。浴衣に似たそれは、赤地に手毬等の絵柄の派手な着物だ。
再びポム、ポムとゴム毬が弾む音がする。
音のした方向をひょいと見ると、巣を支える糸の一端の傍に、闇の中からスウッと小柄な人影が浮かび上がる。
「今晩は」
幼い声でそう声をかけたのは、赤いスカートに白いブラウス、ピンクの可愛い運動靴の少女。年の頃は十歳程か。
その顔は、黒々とした闇に溶け込んで見えない。否、闇を見通すアミの目には、そこが空っぽなのが解る。
続いて、パシャッと水音がして、少女の後にもう少し大きな人影が現れる。
背中まで届く長い髪から、ポタポタと水を滴らせる、紺色のスクール水着の少女。うつむき加減の顔には、無気力な半開きの瞼とぼんやりとした虚無色の瞳。軽く閉じられた口には、何の感情も浮かべない。
膨らんだ胸に張り付いたゼッケンの文字は、美奈萌と読み取れる。
裸足のまま、ペタペタと首無し少女に歩み寄り、その背後にピタッとくっつき軽く腕を回して抱きつく。
「“黄昏学園”より、首無しの真理華と、プールの美奈萌(みなも)、ご協力の為に参上いたしました」
真理華はどこからか幼い声を出して慇懃にそう名乗り、ぺこりと一礼した。

4437:2005/06/01(水) 00:31:21
日暮れ時の黄昏時の薄暗い校舎を、一人さまよう。一体、いつからさまよってるのか時間の感覚が曖昧だ。
喉が、渇く。でも、欲しいのは、水ではない。ここは校舎だ。水道なら、そこらにある。
欲しいのは、命。生命に満ちた、真紅の液体。今自分は、血に飢えているのだ。
ようやく獲物が、いた。紺色の制服の少女だ。牙を露わにしつつ、口をニイッと歪め、素早く駆け寄る。
「え、何…?」
獲物がこちらに気付いた。ギクッと身体が凍りつき、眼が大きく見開かれ、息を呑む。
暗がりの中から、バケモノが鋭い牙を剥き出し、爪を振りかざして真っ直ぐに向かってくるならば、無理もなかろう。
「きゃあぁぁぁっ」
すぐに我に返り、くるぶしまで届きそうな長いスカートをバサリと翻して、バタバタと逃げ出す。
遅い。
すぐに追いつき、その小柄な背中にドンッと飛びつく。ほっそりとした少女の身体は、その勢いに耐えられず、そのままドサリと倒れる。
「きゃっ。痛っ」
背後からのしかかり、抑えつける。
「えっ、嫌ぁっ」
うつ伏せのままビクビクと怯えた顔で振り向き、悲鳴を出すが、そんなものはどうでもいい。血の飢えを満たす事が先だ。
セーラー服を脱がすのももどかしく、爪で一気にビリッと引き裂く。白いうなじに続く華奢な肩が露わになる。じつに美味そう。
「きゃあぁぁぁぁっ」
羞恥心から、獲物がフルフルと恐怖に震える。
「や、やめてぇっ」
そして噛みつくのに邪魔なブラの肩紐をチョイとずらし、思いっきりガブッと噛みつく。
「な、何を…、ぎゃあぁぁぁぁっ」
断末魔の草食動物のように絶叫をあげ、苦痛でビクンと仰け反る。そんな事はお構いなしに、口腔にあふれ出る生血をジュルジュルと啜る。
なんと甘いのだろう。
牙をブスリと突き立てるたび、ズブリと深く刺すたび、命の蜜はあふれ出る。
それは口腔をたっぷりと満たし、舌をじりじりと焼くような美味を味わわせる。
そして、ゴクリと嚥下すると、ビロードの滑らかさでするりと喉を滑り下り、からからに渇いた身体の隅々までにじっくりと染み入る。
ああ、美味い。本当に生き返るようだ。
しばらく本能の赴くまま、はだけた肩からダラダラとあふれ出る彼女の血をジュルリ、ジュルリと啜り、ゴクゴクと嚥下する。

4538:2005/06/01(水) 00:32:35
「ぎっ。あっ。痛っ。やめ、てっ、お願い、やめてよぉぉぉっ」
新たに牙を突き立てるたびに、少女はビクッと震え、必死に懇願するが、そんなものは耳に入らない。
やがて、怪力で抑えつけなければならなかった、じたばたともがく少女の肢体は、血とともに生気を吸われ、次第に力を失ってゆく。
「あ…、うぁ…、た、助け…、お、お願…」
身体が抵抗する力を失い、ぐったりすると、叫び声も弱々しくなってくる。
ようやく、喉がひりつくような渇きが治まった。
本能的な食欲は去ると、代わりに感情的な血液欲がむくむくと頭をもたげる。潤えば癒せる本能とは違い、新鮮な血液は血液欲の炎をめらめらとより一層激しく燃え立たせる。
もっと、欲しい。紅く、新鮮な、血が。
ならば…、心臓だ。
鮮血に塗れた少女の肩から口を離し、ふうと一息つく。少女の口も言葉を紡ぐのを止め、ひっひっと引きつったような呼吸を繰り返す。
ぐったりとしたその身体を、ゴロリと仰向けにする。
「ひっ。や、何…。やめ…」
力が抜けてピクリとも動けない獲物は、恐怖に擦れた声を漏らす。そんな事より血だ。血だ。血だ。血。血。血血血血チチチチチチ……
興奮で眼をぎらつかせ、その胸元にガバリと覆い被さる。襟元に手をかけ、荒々しくバリッと引き裂く。一薙ぎで、セーラー服も下着もズタズタに引き裂かれ、胸が露わになる。
「ひぃっ」
もう、声も助けや懇願から、ただの呟きに変わる。
カップがずれて、頂のくっきりと目立つ苺色の蕾を露わにした、左の胸。その色は、肌よりも血色に近い。血を欲して、思わず口付けをする。
「いっ、ああっ。パパぁ。ママぁ」
ツプッと牙を突き立てると、獲物が弱々しく何か悲鳴をあげるが、そんな事はどうでもいい。残念ながら、あまり血はでない。なんどか牙をつき立ててチュウチュウと吸うが、さっきの方が血を良く吸えた。
こんなところではダメだ。やはり心臓だ。
そこから口を離すと、膨らみの頂きから麓まで、その色が溶けて流れたかのような一筋の紅線。
上体を起こして、じっと少女を見下ろす。向こうも、恐怖にカッと見開かれ、涙でぐしょぐしょに濡れた目でこちらを見上げる。その血色の頂きを持つ胸の膨らみは、恐怖で荒げた息でハアハアと大きく上下している。
その動きに興奮して、こちらの息もハァハァと荒くなり、頬がカッと上気するのがわかる。
鋭い爪をシャッと伸ばし、双丘の谷間にそっと当てる。

4639:2005/06/01(水) 00:33:30
「う…あ…、い…や…」
美しき獲物は、ゆっくりといやいやと首を振る。
そして勢い良くズバッと走らせる。爪がザクッと肉を裂き、ガッと肋骨の上を滑る手応えが伝わる。
「ああっ」
少女がビクリと震え、一声叫ぶとくるりと白目を剥く。
心臓まで引き裂くのは、無理だった。たが、真紅の泉は燃え盛る興奮を一時的に静めてくれた。しかしそれは同時に、冷静な血液欲をより強める。
真紅に染まった爪をペロリと舌でなぞると、胸の谷間に顔をうずめる。
胸の谷間に湧くルビーの泉に口を付け、その甘露をピチャピチャと舐める。獲物は苦痛で僅かに呻く。
流れ出す血潮をペロペロと激しく舐め、傷口に直に口をつけてチュルチュルと啜り、口を満たす美酒をひたすらゴクゴクと飲みこむ。
口付けをした少女の胸から、ドクドクと鼓動が伝わる。恐怖で速まった心臓の音、獲物の中に満ちた真紅の霊液の流れる音だ。つられて自分の鼓動も早まる。
だめだ、こんなのでは満足できない。
喉を潤すだけではだめなのだ。
もっと血を見たい、もっと血を嗅ぎたい、もっと血を触りたい、もっと血を味わいたい、もっと血を飲みたい。もっと血を、もっと血を、血を、血を、血。血。血血血血チチチチチチ……
顔を上げると、息でヒクヒクと震える、少女の白く細い喉が目に入った。
そうだ、頚動脈だ。そこなら、満足できるだろう。
鮮血への期待から、ペロリと舌なめずりする。
胸からスウッと滑らせる様に顔を動かし、震える少女の細く白い美しい喉を間近で眺める。じわり、と血塗れの口に新たな唾が湧いてくる。ここなら、ここならきっと…。
血の喜びに瞳をキラキラと輝かせ、紅に染まった顔の下半分をニイッと笑いの形にする。
牙を剥き出し、クワッと大きく口を開くと、その端からよだれがツツッと垂れる。そして、ガブッと喉に食いつく。

4740:2005/06/01(水) 00:34:17
口に、牙に、少女の鼓動がドクドクと伝わる。
グッと皮膚の弾力が、歯ごたえとして伝わる。ギリッと顎に力を込めると、ググッと歯ごたえが強くなる。突如、プツッと弾力が失せる。同時に今までに無かった甘味が、どっと口に流れ込む。
少女の身体が断末魔にビクリと震え、喉から声にならない叫びが漏れる。
心臓の刻む生命のリズム合わせて、ビュッビュッと勢い良く飛び出る、動脈の血だ。
その甘美な液体を口一杯に含み、一気にゴクリと飲み下す。ドクンと心臓が歓喜に震え、再度血液欲が変質する。本能から感情への変化に続き、より理性的に。
もっと血を楽しみたい。
ぼうぼうと燃え上がっていた衝動は、急速に鎮火して行くが、逆にその思いの総量は一向に減らず、今度は冷静に思考する欲求が、水を得た草木のように血によってすくすくと育っていく。
ぷはっと口を離し、まずは血を、流れる、新鮮な、美しい血を眺めることにする。
紅い。ルビーのように、熟した果実のように、燃え盛る炎の様に、紅い。美しく、鮮やかな、綺麗な赤。それが、ピュッ、ピュッとリズム良く吹き出て、周囲を朱に染めていく。
大きく息を吸う。空気が紅く染まって見える程、ねっとりと濃厚な血の香が鼻腔に満ちる。いかなる香木も香水も及びつかぬ、甘美な命そのものの香。それを我が物とするために、胸一杯に吸い込む。
そして流れ出る血を手で掬い、そのヌルリとした温かい手ざわりを楽しむ。手だけでは満足できない。
パサリと服を脱ぎ捨て、全裸になる。
まずはペタリと頬に、続いてヌルッと首筋に、はだけた胸に、腹に、太腿に、陰部に、ベットリと塗りつけ、ヌルヌルと擦りつける。
それはいかなる技巧に優れた愛撫より、肌を薔薇色に上気させ、燃えあがらせる。
紅く、甘く、濃く、熱い溶けた命は、身体を紅く、甘く、濃く、熱くトロンと酔い痴れさせる。
自慰をするように、愛撫をするように、それをぬるぬると全身に塗りたくり、擦り込む。そして紅に染まった両手を、ベロベロとはしたなく舐める。
手では、だめだ。手では、とても足りはしない。ならば…。

4841:2005/06/01(水) 00:34:47
少女の身体を覆う邪魔な布切れを、ビリッと鋭い爪で切り裂き、乱暴に剥ぐ。校舎の暗がりの中に、真紅の斑に染められた、少女の裸身が白く浮かび上がる。
その白い肌に、ツッと爪で赤い線を引く。線は見る間にジワリと太くなり、タラリと流れる。
我慢できず、ハアハアと息を荒げて、全身でその紅の美酒を味わうために、そのまま全裸で覆い被さる。
ペタッとした生温かい濡れた感覚と、それに続くふにゃっとした少女の柔らかい肉の感覚。
足を絡め、腰をすりつけ、腹をこすり、胸を押しつけ、腕で抱きつき、頬に舌を這わせる。
ヌルリ、と身体をこすり付けると痺れるような快感が、背中を駆け登る。
「あっ」
思わず喘ぎ声を上げ、仰け反る。ゼエゼエと息が荒い。
さらなる快感を得る為、抱きつき、摺り寄せ、擦り続ける。その度に合わせた箇所からゾワッとした快感が、波紋のように全身に広がる。
血が、紅くて熱くて濃い血が、少女の美と若さと命のエキスが、肌に塗りこまれ、染みこんで行く。
キモチイイ。
少女から吹き出る命の泉は、次第に量を、勢いを、熱を失ってゆく。しかしそんな事にも気付かずに夢中でギュッと抱きしめ、ヌルヌルと身体を擦り、ペロペロと舐め、血に塗れ、血に狂い、血に酔いしれ、血と一つになる。
「うあぁぁぁぁぁっっっ」
やがて絶頂に達し、想いを声にしてほとばしらせ、くたりと果てる。それとともに、血の宴に酔う心も減り、弱まり、冷めてゆく。
ようやく満足できた。
そこで初めて、ふうっと大きく長く息を吐き、我に返った。

4941:2005/06/01(水) 00:35:05
少女の身体を覆う邪魔な布切れを、ビリッと鋭い爪で切り裂き、乱暴に剥ぐ。校舎の暗がりの中に、真紅の斑に染められた、少女の裸身が白く浮かび上がる。
その白い肌に、ツッと爪で赤い線を引く。線は見る間にジワリと太くなり、タラリと流れる。
我慢できず、ハアハアと息を荒げて、全身でその紅の美酒を味わうために、そのまま全裸で覆い被さる。
ペタッとした生温かい濡れた感覚と、それに続くふにゃっとした少女の柔らかい肉の感覚。
足を絡め、腰をすりつけ、腹をこすり、胸を押しつけ、腕で抱きつき、頬に舌を這わせる。
ヌルリ、と身体をこすり付けると痺れるような快感が、背中を駆け登る。
「あっ」
思わず喘ぎ声を上げ、仰け反る。ゼエゼエと息が荒い。
さらなる快感を得る為、抱きつき、摺り寄せ、擦り続ける。その度に合わせた箇所からゾワッとした快感が、波紋のように全身に広がる。
血が、紅くて熱くて濃い血が、少女の美と若さと命のエキスが、肌に塗りこまれ、染みこんで行く。
キモチイイ。
少女から吹き出る命の泉は、次第に量を、勢いを、熱を失ってゆく。しかしそんな事にも気付かずに夢中でギュッと抱きしめ、ヌルヌルと身体を擦り、ペロペロと舐め、血に塗れ、血に狂い、血に酔いしれ、血と一つになる。
「うあぁぁぁぁぁっっっ」
やがて絶頂に達し、想いを声にしてほとばしらせ、くたりと果てる。それとともに、血の宴に酔う心も減り、弱まり、冷めてゆく。
ようやく満足できた。
そこで初めて、ふうっと大きく長く息を吐き、我に返った。

5042:2005/06/01(水) 00:36:21
南の空からは、満月に足りない月が凍てついた光を投げかけていた。
他に灯りもついてない木製の古い校舎を、真理華はボールを手に捧げ持ち、ギシギシと歩いて行く。肩をいからせ、一歩ごとに一旦歩幅よりも前に、ブンと蹴るように足を投げ出す。
その後から美奈萌は、ポタポタと水を滴らせながらペタペタとついて歩く。
「ほんっっっと。な〜にが、こんな小娘で二人で大丈夫なのか、よ。これだから世間知らずの妖怪は嫌なのよね。妖怪(ひと)を外見年令で判断するなんて。
 そもそも、復讐を急ぐ必要なんてあるのかしらね。急いては事を仕損じるっていうし、もっと慎重にチャンスを待つべきなのよ。どうせ時間はたっぷりあるんだし。
 まったく、仕事でなきゃ、あんなのと関わりたくないわね」
口も無いのに、ベラベラと雄弁に悪口雑言を吐きまくる。
「アイツ、キライ」
美奈萌が、死んだような表情でポツリと呟く。
「でしょ? でしょ? まぁったく、ワガママで、タカビーで、自己中心的で、自分勝手で、口うるさくて…、ほぉ〜んと、やになっちゃう」
「近親…憎悪?」
固まったような表情のまま、ぼそりとそう呟く。結構辛辣だ。
「ちょぉっと、美奈萌ちゃん。それ、どういう意味?」
拗ねた口調で、体ごとグルリと後を向く。首が無い以上は全身で振り向くしかないのだ。
「あたしのことも、嫌いなの?」
ボールを両手で抱えたまま、ヒョイと背伸びをする。頭があれば、目の高さを精一杯合わせようとする行動だ。
「真理華ちゃんは…、好き。…やさしいから」
「ありがと、美奈萌ちゃん」
ボールを左手で持つと、びしょ濡れなのも気にせずに、美奈萌の頭をなでなでする。無表情のまま、美奈萌の頬だけがポッと朱に染まる。
美奈萌も、真理華の両肩の間の空間に手を伸ばして、ナデナデと何も無い宙で手を動かす。
「え〜と…?」
もしそこに顔があるなら、困惑した笑顔を浮かべたかもしれない。
「お返し…。真理華ちゃんに…、なでなでしてもらうと…、気持ち…いいから…」
「ありがとう。美奈萌ちゃん」
ボールを足元に置いて、身体がが濡れるのもかまわず、ギュッとだきつく。顔が無い以上、そうでもしないと感謝の気持ちを表現できない。
「とにかく、復讐に手を貸すって約束しちゃったんだから、協力しなきゃね。
 ま、上手くいけば真紀を片付けられるわけだし、失敗してもあたしらに被害はないだろうし、やるだけやらせようよ」

5143:2005/06/01(水) 00:43:41
真紀は布団の中で、とろとろとまどろむ。
岩手の高校で女郎蜘蛛と出くわした時の事だ。
なんとか女郎蜘蛛を追い払った後、襲われていた二人――いつも一緒につるんでいた典子と美千代――の戒めを爪でスパッと切る。
二人は、きゃあっと悲鳴を上げて逃げ出す。
――違う。実際は怯えた目でこちらを見ていたものの、大人しく誘導されて下校した――
思わず、二人にすがるようにスッと伸ばした手には鋭い爪。はっとして自分の姿を見ると、肌は血の気を失ったままで、床には影もない。
――違う。実際はすぐに人間の姿をとった――
その真赤な爪からは、ポタリポタリと血が滴り、口からもタラリと血が流れる。手も、顔も、制服も、全てがベッタリと赤黒い血に染まっている。
――違う。実際は自分は血に染まってなんかなかった――
気がつけば、周りにはざわざわとした黒山の人だかり。
――ああ、そうか。これはいつもの夢だ――
群集はすべて、見知った顔からなる。忘れる事もできない、様々な転校先で親くなった人々。かつては親しかった人々。
ボクの正体を知って怯えた目で離れていった、かつての親友。露骨に無視するようになった元カレ。悪の妖怪から助けたのに罵声を浴びせた教師。刃物を持って向かってきた優しかった先輩。恐慌をきたした憧れられた後輩。そして助けきれなかった犠牲者。
血塗れの少女が先頭になり、ざわめきのように、口々に罵声を、糾弾を、誹謗を、中傷を浴びせてくる。もはやわーっと交じり合って、一つ一つの言葉が判別できない。
そして雨の様に、波の飛沫のように、次々と石や空き缶や、ゴミが投げつけられる。
夢だとわかっていても、何度も見た夢でも、居たたまれなくなってボクは逃げ出す。
気がつけば、薄暗い急斜面の雑木林に逃げ込んでいた。もう、人は追ってこない。
それでもボクは先へ進む。何度もズルリと滑り、バタリと転び、必死に斜面を登っていく。
――そろそろだ――
真紀の行く手、坂を登りきったところに、雑木林が切れて星々の輝く夜空が見えてきた。
――そろそろ来てくれる――

52妖怪に化かされた名無しさん:2005/06/01(水) 00:47:10
あとちょっとで坂を登りきる、暗い雑木林を抜けて、満天の星空の下の野原に出られる。
そこでズルッと足を滑らせる。あわててバランスを保とうともがくが、どんどん足元がザラザラと崩れて行く。
後を振り向くと、そこは暗黒の奈落。一度落ちたら、二度と這い上がれぬ闇の空間。
――いつも、ここで“サンドイッチの女神様”が現れて、助けてくれる――
不意にピカッと光が射した。坂を登りきった野原の向こうから、日が昇り、正面から旭光で真紀を照らす。とても眩しい。
――何? こんなのは初めてだ。いつもなら夜のまま、輝く星々の下に出るはず――
足元はズブズブと沈み行く。このままでは奈落へ落ちてしまう。でも、今日に限って女神はまだ現れない。
振り向けば、奈落の底から手を伸ばし、ボクに掴みかかろうとする、かつて倒してきた妖怪達。口々にボクに呼びかけ、招く。
やはり、ダメなのか。ボクみたいな吸血鬼は、闇の住人は、罪深い生物は、光の下へ出る事は許されないのか。
もうだめだ、そう諦めた時。力強い手が、ギュッとボクの手を掴んでくれた。
――サンドイッチの女神様?――
しかし現れたのは、逆光の中にスックと立つ“野兎の騎士”。臆病なくせに、弱いくせに、ボクを力強くグイッと引き上げて、抱き寄せる。
輝ける朝日の中、間近になった黒い目が、そっと優しく微笑んだ。

気がつけば、朝。窓からさんさんとさしこむ光の中で、真紀は身体を起こし、ほっと一息吐いてから呟く。
「これって、やっぱり…」
頬を赤らめつつ、ぽりぽりと頭を掻く。

ファミレスで話し合っている時、真紀の漆黒の瞳が、キラリと輝いた。それ以来、彼女の事を想うたびに哲晴の胸はドキドキする。
吸血鬼の魅了の術。そうチラッと頭をかすめるが、それなら自覚があるはずがない。自覚すれば効果は半減するだろうから。
「これって、やっぱり…」
そう呟き、哲晴はもんもんと眠れぬ夜を過ごした。

5345:2005/06/17(金) 02:37:42
翌日、そわそわと昼休みを待つ。別に休み時間に顔を合わせる事もできるのだが、秘密の用件なわけだし、そもそも自分の気持ちを自覚してしまった以上、人前で会うのは非常に気恥ずかしい。
授業中も気もそぞろで、休み時間は昼に時間をあけるために早弁を済ます。そして待ちに待った昼休み、哲晴は南棟の屋上への階段を駆け上る。
南棟は教室のある北棟と違って、屋上に天文部の天体観測所があるので、通常は鍵が開いている。
かなりのスペースを空調設備や貯水タンクなどが、ゴチャゴチャと埋めているので居心地は良くない。
煙草を吸ったり、不純異性交遊なんぞをやらかす不心得者がいないかどうか、時々教師が見回りに来る程度で、昼飯を食いに来る酔狂な生徒もいなかったりする。
4階の仮教室から階段を駆け上がり、哲晴がガチャリとドアを空けると、昼の陽射に照らされた屋上は、ガランとしている。どうやら先についたようだ。
幸い天体観測所も無人のようだ。金網のフェンス越しに、そわそわとグラウンドを眺めながら待つことしばし、再びガチャリとドアが開いた。
「ごめん。遅くなって」
恐らくは走ってきたのだろう、はあはあと息を弾ませながら、開口一番、真紀はそう謝る。陽光の下で見る、頬を薔薇色に上気させた人間状態の彼女も眩しい。
「いや、今来たところ」
と、答えてから、何かデートの待ち合わせみたいだと心の中で呟き、心の中で赤面する。
「あはは、なんかデートみたいだね」
一方真紀は、ニコッと笑ってそれをストレートに口に出す。哲晴が本当に赤面する。
そしてそのままフェンスの前、すぐ隣に並んで立つ。正面から見つめられ、哲晴の頬がカッと熱くなる。

5446:2005/06/17(金) 02:38:22
「で、哲晴クン。早速本題に入るけど、協力っていうのは、この街の高い建物を教えて欲しいって事なんだ」
そう言って、フェンス越しにグラウンドや、その向こうの町並みをじっと眺める。
「あの女郎蜘蛛はね。ビルとかの、高い建物の間に糸を張って巣を作るんだ。だから、巣を張れそうな場所を、教えてほしいんだ」
「ええと…。そんなに目立つ事をして、騒ぎになったりしないのかな?」
哲晴が疑問をぶつける。
「うん。それなんだけど。“人払いの結界”っていう術があってね。あの女郎蜘蛛は、その術で周りの人間の意識に影響して、自分の周囲から注意を逸らさせる事ができるんだ。
 ほら一昨日、ボクの転校初日、ウチのクラスの野口の噛まれた時だけど、キミは結構遅くまでトイレ掃除してたでしょ。あれは多分、結界の影響でウチのクラスから遠ざけられてたからだよ。
 それから、昨日もなかなか4階の教室に戻れなかったよね。あれも、アイツがあそこで食事してたからだよ」
そう言われば、思い当たる。昨日、いつも教室で待っている二人の事を、なかなか思い出せずにいた。多分教室から注意を逸らされたせいで、教室に関する事を、一時的に考えられないようにされてたのだろう。
「だから、この街の人々も、すぐ頭の上に蜘蛛の巣が張ってあっても、誰も気付かないし、気付けない。結界の中から、直接何かされるまでは、ね」
町並みのどこかにいる女郎蜘蛛を、ギンと睨みつけるように、一瞬険しい表情をする。
あのバケモノがすぐ傍に潜んでいても気付けず、一旦巣の中に攫われたら、叫んでも誰にも気付かれない。眼下の平和な町並みをじっと眺めながら、哲晴はぞっとした。
「おまけに、普通の術なら10分もすれば解けちゃうけど、――ほら、昨日キミも結局は、教室に戻れただろ?――巣に張ってあるのは半永久的で、妖怪にも効くくらい強力なんだ」
「じゃあ、どうやって…」
真紀を見ると、彼女は遠くの町並みを見たまま答える。
「元々意識を逸らすだけだからね。自覚すれば、何とかなるよ。
 まず、怪しい所を虱潰しに調べるんだ。実際に出向いて、歩きまわって、ね。それで行った場所を、しっかりと憶える。後で少し離れてから、地図を見て、憶えているところだけチェックする。
 もしそれで、憶えて無い場所があれば、それが意識を逸らされた場所、つまりは結界のある場所だよ」
真紀がこちらを向くと、瞳がキラッと光った気がしてドキリとする。
「だから、怪しい場所をピックアップするのに、この街に詳しいキミが必要なんだ」
最後の一言だけなら、とてもうれしい、などとつい妄想してしまう。

5547:2005/06/17(金) 02:39:05
「…気の遠くなる作業だね」
それを悟られないように、つとめて冷静に呟く。実際、ここからざっと見るだけでも、ビルやマンション、銭湯の煙突に、送電線の鉄塔などが数多く見える。
「まあね。ただ、ある程度は搾りこめるよ」
彼女はひょいと、形の良い自分の鼻を指差す。
「ボクは本性を現せば、犬並に鼻が効くからね」
言うが早いか、その瞳がサッと真紅に染まり、反対に肌は赤みを失う。そして鼻をさしていた指からはニュッと爪が伸びる。
「例えば、キミが早弁で食べたのは、…海苔とご飯…うん、おにぎり。具は…鮭と明太子とシーチキンマヨネーズだね」
形の良い鼻をヒクヒクと動かす。
「当たり。へぇ…すごいね」
哲晴の感心した声に、ニッと得意げに笑う。
「それから……」
くんくんと匂いを嗅ぎ、不意にはっと息を呑む。
「あ、何でもない…。ただの…、ただの、嗅ぎ間違い」
白磁器のような頬が、ほんのりと桜色に染まる。
「…あっ、太陽、平気なのか?」
哲晴が、はっと気付く。
本日は晴天。秋も深まり多少肌寒くはあるが、日は燦燦と照っていて、屋上には哲晴の影がくっきりと映っている。
「心配してくれてありがと。でも、大丈夫。ボクは日光は平気なんだ」
ニコッと微笑みながらパサッと軽く髪を掻き上げ、フェンス越しに太陽を仰ぎ見る。陽射を受けて瞳が紅玉のように、肌が磨かれた大理石のように、漆黒の髪が黒曜石のように、キラキラと輝く。映画のワンシーンのようだ。
「何かあるとしたら、せいぜい、体力が人間並に落ちるくらいだよ」
思わずポーッと見とれているうちに、屋上の影がスウッと二人分に戻った。
「ええと、ごめん。実は友達待たせてるんだ。それで、教室に戻らないと。
 …ほら、今、人目を引くのはまずいだろ。だから、続きは放課後。駅の南口でね」
真紀は、駅の昨日のファミレスのある側を指定する。
「じゃあ放課後、待ってるからね」
パチッとウインクをすると、真紀は妙にそわそわと階段を下りていった。

5648:2005/06/17(金) 02:39:46
今のはかなりキた。心臓がバクバク言ってる。多分、顔は真っ赤だろう。
冷静に考えてみると、ひょっとしたら、手玉に取られているというか、便利に利用されてるというか…。でも、きっと向こうも悪くは思ってないと思う。
そう、哲晴は都合良く結論付けた。

階段の途中でピタッと足を止め、胸に手を当ててポツリと呟く。
「ああ、驚いた…」
胸がドキドキして、頬がポッと薔薇色に上気しているのは、走ったせいだけではない。
さっき間近で嗅ぎ当てた、哲晴から漂ってきた微妙な分泌物や汗の匂い、その意味するところは“好意”。
「よかった。哲晴も…」
胸の奥がじんわりと暖まる。十年以上も高校生活を続けてれば、それなりに経験もあるが、それでもこの感覚は新鮮だ。
正体を知った上で良好な関係を続けられる人間、これは人間社会で暮らす妖怪にとっては貴重だ。特にそれが恋愛関係ともなれば尚更だ。千載一遇のチャンスを逃がす理由はない。積極的にアタックして、もっと仲をすすめないと。
不意にズクズクと犬歯が疼く。痛みではない。何かをガブッと噛みたくなる、そんな衝動だ。
「いけない、いけない」
両頬をパンと張って、牙から意識を逸らす。急いで教室に戻らなくては。
哲晴との仲は、いずれはばれるだろうし、そのうちばらして公認になるつもりだ。でも今回の事件と密接に関わっている以上、片付くまでは野次馬が群がるのは避けたい。
2階まで下りると、にやけた顔をいつもの社交の笑顔に戻して、ガラリと戸を開ける。
「お待たせ〜」
「あ、おっそ〜い」「もう、食べ終わっちゃうよ」「いいじゃん、いいじゃん。どうせ食べ終わってもダベるだけだし」
「ごっめ〜ん。で、何の話してんの〜」
鞄から弁当を取り出して、よくある少女の口調で昨日のTVドラマについての話題に加わる。

57プロローグ:2005/06/29(水) 01:24:14
事の起りはこうだった。
「今日、どうする?」
夕方、掃除を終えて戻ってきた教室で、哲晴は待っててくれた友人二人に尋ねる。放課後の教室は、ガランとして残っているのは二人だけだ。
哲晴が当番のトイレ掃除を頑張ったせいである。
別に掃除が好きだとか、生真面目というわけでもない。ただ目の前にやる事があると、つい没頭するタイプなのだ。
「とりあえず、ゲーセンでも行きましょうか?」
さっきまでの横口とのプロレスごっこでズレた眼鏡をクイッと直しつつ、小柄な西根恭一が提案した。
「え〜、なんか新作入ってるか? オレあんま金ねーから、新作とかねーとやだぞ」
ヒョイと鞄を掴んで、坊主頭の丸々とした巨漢の横口和也が答える。
「じゃあ、どうしようか」
金をかけないとなると、本屋かコンビニで立ち読みか、誰かの家に集まるかのどちらかだ。しかし本屋だとさすがに長時間はいられないし、家に行くのには時間がかかる。
となると、いつもみたいに結局はここで駄弁るくらいか。そしてそれは採用された。
やがて暫く駄弁ってから、ポツリと呟く。
「なんか最近、こうして駄弁ってるだけの事、多くないか?」
勉強、スポーツ、趣味…とくに何か熱中するものが見つからず、のんべんだらりと日々を過ごしている。彼女でもできれば、恋愛に熱中するかもしれないが、生憎と色恋沙汰とは無縁だ。
とりあえず、目の前に具体的な“やるべき事”――トイレ掃除とか――が提示されればやるが、進学とか学校生活とかの漠然としたものだと、どうも今一つやる気が出ない。
昨日も、一昨日も、一昨昨日も、その前も、ただ何となく何をするでもなく、同じような日々を過ごしている。

58プロローグ:2005/06/29(水) 01:25:35
「そーいや、そーだな。オレも部活やめちゃったし」
闘争本能が足りないから柔道部を辞めた、と以前横口はそう言ってた。
「ですね。他にやる事もないですし…」
もとから帰宅部の西根が続ける。
多分、明日も、明後日も、明々後日も、周囲で同じような“日常”が続く限り、たぶん同じような日常を繰り返してしまうだろう。
それなりの速度は出るが、周囲の風を受けてその方向に進むだけの帆のある筏。そんな宛ても無い漂流者のような気分だった。
「あ、そうそう、刺激が欲しいのなら、実は一つ面白い話がありまして」
西根は、鞄の中からファイルを取りだし、そこに挟んでいた1枚の紙を見せた。ビッシリと文字の印刷されたそれは、どうやら新聞記事のコピーのようだった。
「これ、17年前の新聞なんですが、面白い記事がありまして」
西根の口から語られたのは、17年前にこの町で猟奇殺人事件があったということだ。遺体からは大量の血がなくなっていたという。
「へえ。でも、それが?」
哲晴は怪訝そうな顔をする。
「どこが面白れぇんだよ。キモいだけじゃんか」
西根はそこでニヤリと笑う。
「そこなんですよ。実は殺されたのは、この学校の女子生徒で、しかも調べたところ、場所はこの教室の前でなんですよ」
「おい、ちょっと待て」
哲晴は気味悪そうに廊下の方を見る。
「ゲッ、ここかよ…」
横口も顔をしかめる。

59プロローグ:2005/06/29(水) 01:26:04
「どうですか?
 今まで普通に生活していた場が、実は凶悪な殺人事件の現場だったんです。
 つまり、平和な日常と殺人事件という非日常、これらは一見対極の様に見えて、それはほんの薄皮一枚で隔てられていたに過ぎず、その仕切りは、今こうして突然破れるわけですよ。
 ね、そう考えるとなかなか面白いでしょ」
ニッと得意げに語る。
「やっぱ、キモイだけじゃんかっ」
横口が西根の頭をペシリと引っぱたく。身長差があるので、叩くのに丁度良いみたいだ。
「なんか、気味悪くなってきたな」
「そうだね…」
「では、帰りましょうか。薄暗くなった殺人現場なんて、正直気持ちのいいものじゃありませんしね」
「テメェの仕業だろーが」
三人とも意見は一致した。それぞれの鞄を抱えていそいそと1階に向かう。
昇降口についたちょうどその時、哲晴は不意に思い出した。
「あ、やべ。宮崎に借りたCD、教室に忘れた」
放課後の人気の無い校舎はガランとしてて、昼間の賑わいとのギャップでかなり寂しい。
しかも、日は西に傾いたせいで、校舎には光が入りづらい。そのせいでたった今歩いてきた廊下は、薄ぼんやりと影に包まれていて、不気味な雰囲気を漂わせている。
「はい、行ってらっしゃい」
「達者でな〜。骨は拾ってやるぞ〜」
カパッと靴箱を開けつつ、二人は答える。気味の悪い教室に戻るのは御免だ、という事だ。
「はっくじょーも〜ん」
そういう声を残して、哲晴は2階の教室へ向かってダッと駆け出す。

日常と非日常の差はほんの紙一重で、奇奇怪怪な魑魅魍魎蠢く日々は、すぐそこでパックリと顎を開いて待ち構えている。哲晴はまだ、それを知るはずもなかった。

6049:2005/08/26(金) 01:08:30
放課後。
「やあ、今日どうします?」
掃除の後、例によってCDショップを冷やかしにでも行くか?と問う西根と横口。
「ごめん、今日も用事があるんだ」
そう、哲晴は手を合わせる。折角のチャンスだし、人々に害為す物の怪退治への協力なのだ。個人的にも一般的にも、そっちの方を優先すべきなのは明らかである。
いぶかしげな表情の横口が、ふと何か思いつく。
「…そうか、用事があるならしゃあねぇな。まぁ頑張れや、その用事とやらを」
横口は西根を連れて商店街の方に向かった。彼がニヤリと意味ありげな表情をしたのは、誰も気付いて無い。
日が傾く中、駅前に着く。人通りの向こうに見え隠れして、真紀がすでに待っていた。
真紀の身体は女らしい凹凸には欠けてスラリと背が高く、表情も普段は心なしか凛々しい。ズボンを履いて髪を短くすれば、きっと男と間違われるだろう。
しかし、制服姿で両手で鞄を持ち、駅前の時計のすぐ下でソワソワと楽しそうに手首の内側の腕時計などを見るさまは、いかにも女の子女の子している。
しばしぼうっと見とれていると、向こうがこちらに気付いた。ニコッと微笑んで人込みをスルリとすり抜け、スタスタと足早に近づいてくる。
「やあ。来たね」
例によって、男っぽい口調だ。
「ごめん。待たせちゃったかな?」
とりあえず詫びる。
「ううん。ボクも今来たところ」
真紀がニッと笑って、さっきの逆転が行なわれる。もっとも笑顔がキラキラと眩し過ぎて、哲晴には流石に続く台詞までは出てこないが。
「え〜と、まず何をすれば…」
「そうだね。まずは昨日のファミレスに行こうか。そこで、地図を見てもらいたいんだ」
ひょいと何気なく手を伸ばして、ギュッと哲晴の手をとる。急に手を握られて、哲晴の頬がカアッと赤くなる。
「さ、行こう」
タタッと軽やかなステップ踏み、先を歩く。急に引っ張られたので、バランスを崩して二三歩たたらを踏む。
「あ、それから」
クルリと振り返る。もう頬の朱は引いている…と思う。
「実は今日、そこで、今回一緒に調査をする仲間と会って欲しいんだ」
目的の重要性を考えて、二人きりじゃないのは残念だ、という言葉はグッと飲み込む。
「あ、吸血鬼じゃないよ。大丈夫、他の妖怪だよ」
その一瞬の沈黙を誤解したのか、真紀はニコッと付け加える。

6150:2005/08/26(金) 01:09:03
二人は昨日と同じのファミレスに入る。昨日と違ってまだ空は明るく、今日は入店は二人一緒だ。
昨日と同じくまだ早い時間なのでガラガラの店内の、奥の窓際の席に座る。ただしそこは昨日とは違って4人席だ。
哲晴が指示された窓際のソファに着くと、今日は真紀もその隣にちょこんと座る。ちょこっと腕を動かせば、触れてしまうほど近い。
「えっと…」
心臓がドギマギする。顔には…多分出て無いと思うけど。
「あ、ほら、地図見るから、その…、向き同じ方がいいよね」
あたふたと鞄から街の地図を取り出す真紀の頬は、微かに朱がさしている。
「あ、うん…、そうだよね」
納得したような事をいいつつも、頬が熱くなるのがわかる。真紀を正視できずに、カクンとうつむき加減になる。つられて真紀もそうなる。
すぐに水を持ってきた来たウェイトレスに、真紀はオレンジジュース、哲晴はコーラを注文して追い払う。文字通り水を差されたせいで、一応は頬の熱が下がる。
気を取りなおして、テーブルにバサリと地図を広げる。地図には赤で高いビルを表す点がポツポツと打たれ、所々が緑の線でグルッと囲まれている。
赤が高いビルで緑が調査済みのエリア、注文したジュースが運ばれてきてこれ以上邪魔者が来なくなってから、そう真紀は説明した。
「で、哲晴には、高い建物を教えて欲しいんだ」
一呼吸おいて、冷えたコップを手に取る。
「具体的に言うと、10階建てくらいのビルとか、周りより突出した建物とかだね」
ツッと口を尖らせて、ストローに口をつける。代わりに哲晴がストローから口を話す。
「あ、うん。じゃあ」
真紀はジュースを一旦置くと、地図と一緒に取り出した蛍光ペンセットをヒョイと差し出す。
「お願いね」
まずは、ざっと地図を眺める。駅前や繁華街には赤点がポツポツと記され、さらに緑の囲いがすでにグルッとある。となれば、そこから離れた住宅街だ。
コップを片手に地図にポツン、ポツンと赤ペンで印をつける。10分程後、今まで点を打たれてなかった範囲にポツリポツリといくつかの点が打たれる。
「う〜んと。僕がわかるのはこれくらだね。あんまり役に立てそうもないけど…」
漏れが無いかどうか、今一度地図全体をグルリと見渡す。一応、思いつく限りは全部書いたはずだ。
「じゃあ、説明お願いできるかな?」
真紀は手をついて、地図の上にヒョイと身を乗り出す。長く艶やかな髪が、バサリと下がる。
「あ、ゴメン。ちょっと待ってて」
真紀はポケットから青いゴム紐を取り出すと、パチッと髪を縛ってポニーテールにする。
初めて見る真紀の白く滑らかなうなじが、妙に艶めかしい。あわてて、バッと視線を地図に移す。
「えっと、ここには銭湯の煙突がある…、あと、ここには新築のマンションが…。
 あ、そうだ。ここには送電線の鉄塔があったっけ」
哲晴がグルリと視線をさ迷わせて、赤ペンを探す。哲晴が見付けてサッと手を伸ばすのと、真紀も見つけて手を伸ばすのは、同時だった。
ピトッと指先が触れる。静電気に弾かれたように、二人してパッと手を離す。
「あ、ご、ゴメン」
「あ、ううん。ボクこそ」
再び二人とも顔をポッと赤らめ、うつむき加減に視線を逸らす。
一瞬、間を置いてから、真紀がそっとペンを手に取って哲晴に渡す。うつむいたままで。
「あ、ありがとう」
こっちも差し出されたペンを受け取る。同じくうつむいたまま。
「え〜っと、じゃあ続きだけど、良いかな?」
そうして暫く説明を受けてから、ようやく真紀が口を開いた。
「うーん。こうしてみると、やっぱり住宅地なんかは、漏らしてるが多いな…。しかも、それぞれが離れてて調べるのに手間取るし。
 ボクに人払いの結界が使えれば、本性のまま、街中を虱潰しに調べられるんだけど…」
腕組みをして考え込んでいた真紀が、ヒョイと顔を上げ、出入り口の方をむいてヒラヒラと小さく手を振る。
「あ、来たよ」
真紀の視線を辿ると、腰まで届く長髪をバレッタで留めた微笑む美少女と、背の低い眼鏡をかけたショートカットの元気そうな少女。

6251:2005/09/10(土) 21:15:44
「やっほ〜。真紀ちゃん。あ、こっちが例の彼ね」
ブレザー姿で大きめのレンズの眼鏡の娘が、ピョンとテーブルの向かいに立つ。クルリと丸い目に丸っこい童顔だ。その動きに合わせてショートカットの髪が元気良くピョコンと揺れる。
「こんにちは、真紀先輩」
この辺りでは見かけない型のセーラー服で、頬のややふっくらとした長髪の娘は、ニコッと静かに微笑む。緑のバレッタで留められた髪が静かにシャラリと揺れる。
「紹介するよ」
真紀が哲晴を向く。
「こっちの眼鏡の娘が神宮寺魅子先輩。こちらの髪が長い方が高科美姫ちゃん」
真紀の言葉に、それぞれが挨拶をする。
「ちゃーす。神宮寺魅っ子でぇ〜す。魅子ちゃんて呼んでね」
魅子が軽く手を上げてヒラヒラと振り、能天気な声で挨拶をする。ニッと元気良く笑う。
「初めまして。高科、美姫です」
美姫が静かに微笑んだ表情のまま、ペコッと頭を下げる。
「で、こちらが、今回協力してくれる、中沢哲晴君」
「あ、中沢哲晴です。宜しくお願いします」
こちらもぺこりと頭を下げる。
魅子が哲晴の、美姫が真紀の向かいに座ると、すぐにウェートレスがお冷とメニューを持ってくる。メニューも見ずに魅子はチョコレートパフェ、美姫はオレンジジュースを頼んで追い払う。
「さて、と。どこまで説明した? あたしらのコト」
魅子が真紀の顔をじっと見る。
「ええっと…、妖怪の実在と、存在が秘密だって事、あとは人間に味方する理由くらいだね」
「OK。じゃあ、あとはあたしが話すよ」
哲晴に向き直り、ニコッと笑う。
「じゃあまず、あたしたちはねぇ、“暁学園”ていう“ネットワーク”に所属している妖怪なんだ」
「ネット…ワーク?」
「妖怪の互助組織だよ」
ジュースから口を離して、真紀が補足する。

魅子は説明を始めた。
江戸時代までは結構好き勝手に生きてきた妖怪達も、明治以降の近代化社会ではそうもいかなくなったという。マスコミと通信の発達によって正体を知られやすくなったからだ。
そこで、人間に化けて人間社会で暮らすようになった。
「木の葉を隠すなら森の中。宇宙人を隠すならぬいぐるみの中ってわけよ」
「先輩…、流石に生まれた頃の映画は知らないと思うよ」
と、真紀のツッコミ。
そして人間社会で巧く暮らすため、妖怪の相互扶助の為に自然発生的に作られたのがネットワークだという。
人間社会で暮らすためのノウハウ――人間に化ける術とか基礎知識や生活習慣とか――を教えたり、必要なもの――戸籍や棲み家や職業――を用意したりする。
「お化けにはもともと戸籍はないし、『お化けは死なない』から、戸籍をそのままにしてたら正体がばれちゃうしね?」
時には、生まれたばかりの妖怪を保護したり、妖怪の目撃者の記憶や痕跡の消去を行なったりする。
大抵のネットワークは地域――区市町村や郡――単位にあり、基本的にそれぞれは独立しているが、相互に連絡はとることはよくある。
ただし、例外がある。妖怪の性格などの違い――主に人間に対して友好か否か――によって、同じ地域でも全く別々のネットワークが構成される事が良くある。
「例えばほら、天使と悪魔は同じネットワークには所属できないでしょ? 普通」
また、そもそも妖怪は独立してくらす事が多いゆえに、妖怪の社会というものは人間ほど密なものではない。その結果、ネットワークに所属してなかったり、存在自体を知られていない妖怪も少なくないという。
「例えば、中沢君を襲った女郎蜘蛛とかね」
そのネットワークの中でも、彼女達が所属する“暁学園”は、少々特殊な存在だという。
まず、暁学園は同じ地域に住んでいる妖怪ではなく、学校に係わる妖怪で構成されている。
「真紀ちゃんみたいに学生だったり、教師をしてたり、学校に棲みついてたりとか、ね」
そして暁学園は全国規模のネットワークだ。もっとも人数はそう多くはなく、全員が全国に散らばっているため、直接顔を合わせる事は多くはない。
「あたしらは、たまたま真紀ちゃんの近くにいたから応援に来れたけどね」
そして最大の違いは、メンバーは普段は地元のネットワークに加わり、そこの一員として協力し、その代わり暁学園として活動する際には、地元ネットワークに協力してもらう点だ。
「学校ってね、妖怪の噂が集まりやすいのよ。その地域全体を網羅しているし、子供って基本的に噂好きだし、ね。だから、地元ネットワークでも学校で情報収集のできる、あたしら暁学園を重宝してるのよ」
一通りの説明が終った後、丁度頼んでいたものが運ばれてくる。一息ついて、しばしそれらを口にする。

6352:2005/09/10(土) 21:16:20
と、魅子が哲晴と真紀の顔を交互に見比べ、ニヤニヤとして口を開く。
「で、ずばり聞くけど、お二人さんって、ドコまで行ったの?」
ジュースを飲みかけの哲晴と美姫が、ゴホッと急きこむ。
「せ、先輩、いくらなんでも…」
「このファミレスまで」
美姫がゴホゴホと咳き込むが、真紀はそれを制してしれっと済ました顔で答える。軽く溜息をついているところを見ると、予想済みらしい。
「う〜ん、残念。てっきり映画館くらい行ってるかと思ったのに」
一瞬、魅子がむぅ〜と口を尖らせ、軽く眉をひそめる。
「昨日の今日じゃ、まだそんな暇ないよ」
軽く言い放ち、ジュースを一口飲む。と、魅子はクイッと眼鏡を直しつつクルリと隣を向く。童顔に浮かぶのは、新たな獲物を得たニヤリとした笑みだ。
「で、美姫ちゃんはナニを想像したのかな?」
「え…それは…その…」
しどろもどろな美姫に、例によってさっと助け舟が出される。
「はいはい、そこまで。あんまり美姫ちゃんをからかわないでよ、先輩」
「あの…、そろそろ調査の話をしませんか?」
美姫がおずおずとと提案する。
「あ、そうだね。ごめん。じゃ、作戦会議の続きといきましょうか」
魅子がざっとテーブルの地図を眺め、美姫もそれに倣う。
「あ、赤い点、ずいぶん増えたんだ」
「哲晴のおかげだよ」
と、真紀が微笑む。
「やっぱ、この街に住んでる人がいると違うね…。ありがと」
魅子はじっと哲晴の顔を見つめる。
「いやぁ。助けてもらったし、役に立てて良かったよ」
人差し指でポリポリと頬を掻きつつ、哲晴は答える。改めて礼を言われるとやっぱり照れくさい。
「ふうん…、助けてもらった、ね。ま、そういう事にしましょう」
哲晴から目を逸らさずに、一瞬、魅子が笑顔のままスッと目を細める。口元を更にニッと曲げ、何やら怪しげな雰囲気だ。
しばし地図を見つつ、4人で今後の探索の分担を決める。とは言っても、単純に地図をスパッとニ分割する程度だが。
街の中央を東西に走る鉄道――その近辺は既に探索済みだ――沿いに、魅子がショキショキと鋏で地図を南北に分ける。
「じゃあ、南側が美姫ちゃんとあたし。学校のある北側が真紀ちゃんと哲晴君って事でOKかな?」
「ボクは別に南側でも…、というか、家もこっち側だし…」
「あっ、そうだっけ? …うーん、じゃあ南側お願いね。北側はあたし達が調べるから」
一瞬、何か考えるようにしたものの、結局は真紀の言い分を認める。
「あ、それより、魅子先輩。今日はどうだった?」
魅子はふるふると首を振る。
「全然ダメ。昨日と同じで、あたしの探知能力を使っても、全然わかんなかったよ。多分…、警戒して食事の時以外は、巣の結界から出ないようにしてるんだと思う」
「先輩でも成果なし、か」
真紀は考えこむ。
「どーも今回は、地道に足で探さないとダメみたいね」
魅子はハァッと溜息をついた。
「じゃあ、そろそろ出掛けたほうが良いんじゃないのかな?」
今まで、沈黙せざるを得なかった哲晴が提案する。
「そーね。じゃ行きますか」
魅子がさっと2枚の伝票を手にすると、カタンと立ちあがった。
「あ、お二人の分も払うから。大丈夫、接待交際費で落ちるから」
ヒラヒラと伝票を振りつつレジに向かって行く。蛍光ペンを片付けながら、哲晴はふと疑問に思う。
「接待交際費?」
「単なるジョークよ。おごる時の」
と、バサバサと地図を畳みながら真紀。
美姫は二人分の鞄を持って、トコトコと魅子の後に続く。

6453:2005/09/10(土) 21:17:04
ファミレスを出た後、真紀を前にして魅子は言う。
「いい、真紀ちゃん。無茶はしないでね。とくに、哲晴君が一緒なんだから」
「うん。折角の協力者だもんね。哲晴は何があっても、ボクが守り抜くよ」
「ふうん、“協力者”ね…」
何か言いたげに横目で短く呟く。
「ま、いいや。頑張ってね。真紀ちゃん」
次いで、哲晴の方を向く。
「えーと、あのね。あくまでも念の為言っておくけど、危険を感じたら、真紀ちゃんを置いてすぐ逃げてね。
 真紀ちゃんが心配かもしれないけど、真紀ちゃんは少々の事じゃ大丈夫だから。例えば、ナイフくらいじゃ掠り傷にしかならないし、重傷を負ってもあっと言う間に再生するし、かなり不死身に近い体だから。
 むしろ、その場を離れてすぐにあたし達に連絡してくれた方が、応援に駆けつけられるから」
そう言って、魅子は携帯の番号を教えた。
「あ、それから、間違っても一緒に戦おうなんてしちゃダメだからね」
「それなら大丈夫だよ。昨日、経験済みだからね」
真紀は、ヒョイと哲晴の鞄を指差す。革製のそれにザックリとついた傷を見れば、その気は失せるというものだ。
「じゃ、真紀ちゃんをよろしくね」
一瞬、魅子はニヤッと笑う。
「…僕らの住んでる街の事だから、頑張るよ」
「ふうん…街の事…ね」
とまたぼそりと短く呟く。
「さて、連絡事項もすんだ事だし、今日も探索に出発進行!」
魅子の元気な掛け声と共に、4人は2人ずつに分かれて歩き出した。

「なんか、真紀先輩、何回も、彼のことを見てましたね」
繁華街を歩きながら、ぽつりぽつりと美姫が切り出した。
「そうね。2人ともかなり浮かれてるわね。本人達はまだ素直に言えないけど」
と、その前をトトンとスキップしつつ魅子。
「だから最後に釘を刺したんですか」
「そっ。でも、真紀ちゃんはこの位でヘマするような娘じゃないし、むしろ守るべき人がいた方が却って頑張れると思うんだけどね。まあ、念のためよ」
「それで、あの人。大丈夫なんですか」
おずおずと、本日最大の懸念事項を切り出す。
「大丈夫も大丈夫。彼も真紀ちゃんの事何回も見てたから、ね」
そう言いつつ、ピタリと足を止める。
「真紀ちゃんのこと大切に思っているから、きっと秘密は墓まで抱えて行くわね」
「それで、暁学園の事まで喋っちゃったんですか?」
「あ、それは違う」
後を向いたまま、手をヒラヒラと振る。
「あれは反応とか見て、判断材料にするためよ。もしまずい相手でも、どうせ記憶を消すんなら、あたしらとの会話まで全部消すんだし」
「結構、冷徹に計算してるんですね…」
「当ったり前じゃない。だ〜いじな真紀ちゃんのためだもん」
「でも、良かったですよ。真紀先輩…」
ぽつりぽつりと語る美姫は、どこか俯き加減だ。
「寂しい? 憧れのセンパイを取られちゃって」
クルリと振り向いて、ニヤニヤと美姫の顔を覗き込む。
「妙なコト言わないで下さい」
口早に言い、一瞬微笑を崩してプウッと頬を膨らます。それを見て満足したのか、魅子はクリルと前を向いてトコトコと歩き出す。
「あ〜あ。うらやましいな。真紀ちゃんも美姫ちゃんも、相手がいて…」
「だから先輩、アレは違いますってば、ただの女好きです」
元の微笑みに戻す間もなく、再びプクッと頬を膨らませる。
「また、また〜。あたしの霊感によれば…、おっと、こっから先は言わぬが華っと」
「何ですか、その思わせぶりな言い方は」
「まあまあ、彼が美姫ちゃんのコトが大好きで、大事に思ってるのは間違いないんだから、さ」
再びトトンとスキップしながら、先を歩く。
「それは…、そうですけど…」
「もうちょっと、素直になりなよ、美姫ちゃん」
と、急に魅子が立ち止まった。ぶつかりそうになって、美姫も慌てて止まる。
「そうよね。大丈夫なのよね。でも、な〜んか引っかかるのよね…?」
きゅっと、軽く眉間に皺を寄せて考えこむ。

6554:2005/09/10(土) 21:19:08
哲晴と真紀は、二人で夕暮れ時の街を歩く。既に日は暮れて、空は薄暗い。沈んだ太陽の代わりに、街頭が弱々しく輝き、時折、帰宅途中の学生やサラリーマンとすれ違うくらいで、人通りは少ない。
地図で記された場所をに辿りつくと、二人でさっと辺りを見まわす。人通りがなくなるのを見計らって、真紀が素早く正体をあらわしてくんくんと臭いを嗅ぐ。
そんなこんなで十数ヶ所を巡り続けたが、未だ“当たり”はない。

「ごめんね。なんか騒がしい連中で」
と、真紀。
「いや、面白い友達だね」
と、ニコッ微笑む
「あ、…そう言えば、あの二人って何の妖怪だったの? あ…、聞いちゃいけない事かったかな?」
少し、すまなさそうな顔になる。
「大丈夫だよ。あの二人は特に正体を隠してはいないから。妖怪の事を話せる相手なら大丈夫だよ。
 まず魅子先輩はね、“霊能者”だよ。あ、霊能者って言っても、霊能力を持った人間じゃなくてね…。…妖怪の産まれから説明した方がいいかな?」
考え事をするように、少し上の方を見る。
「妖怪はね、普通の生物みたいに生まれるんじゃないんだ。人間の持つ“想い”から生まれるんだ」
「想い?」
「うん。人間が抱く様々な“想い”。喜・怒・哀・楽とか、空想・妄想・理想その他いろいろなもの。そういった“想い”が、たまに命を持って実体化することがあるんだ」
「それが、妖怪か…」
ぽつりと呟くと、真紀がコクリと頷く。
「そう。いるかもしれない、いて欲しい、いたら嫌だ…、そんな風に強く想えば想う程、妖怪になりやすんだ。しかも、その想いを抱く人間が多い程、想われる時間が長い程、産まれやすい。
 だから妖怪は、神話とか、昔話とか、都市伝説なんかから産まれやすいし、時には小説や漫画への想いから産まれた妖怪だっているんだ」
「へえ…。すると、妖怪が伝説を産むんじゃなくって、伝説が妖怪を生むのか…」
「それは、妖怪自身にもはっきりしないんだ。
 妖怪は伝説とかが実体になったものだから、だいたい伝説の通りのものになるんだ…。姿形、能力、性格や行動、そして記憶すらね」
「そっか、本当に体験したのか、それとも記憶ごと生まれたのか、はっきりしないんだ」
「そう言う事。でもって、生まれたばかりの妖怪は、伝説通りの行動しかできない。理由もなく、理屈もなく、身体と同じく、ただ人々がそう思い浮かべたというだけで、そう振舞う。訳もなく人を驚かしたり、悪戯したり…」
「あの女郎蜘蛛みたいに、人を襲ったり?」
光の加減か、スッと一瞬、真紀の顔が翳ったような気がした。
「…そうね。ただ、あいつは違うよ。最初はそうだったとしても、いつかは自我を得て、自分の行動や存在意義について考えるようになる。どんな妖怪でもね…」
キッと、何処かにいる女郎蜘蛛を睨みつける。
「あいつは、その上で人を襲い続ける事を選んだんだ。だから、許せない」
「その、“自我を得ていない妖怪”だったら?」
「最寄りのネットワークが見付けて保護するよ。人間から妖怪の存在を隠すためにね。そこで大抵の妖怪は自我を得る。けど、たまに、それでも人間に危害を加えつづける妖怪がいる。その時は…」
グッと拳を握り締め、最後の言葉をゆっくりと吐き出す。
「処罰する」

6655:2005/09/10(土) 21:20:30
一瞬、ずんと重い空気が漂い哲晴の口を塞ぐ。はっとして、真紀はあわてて口を開く。
「あ、ごめん。魅子先輩のことだったね。…魅子先輩はね、“霊能力を持った転校生”への想いから生まれたんだ。
 もう20年くらい前になるけど、超能力ブームってのがあったんだ」
「あ、知ってる。外国からエスパーが来て、スプーン曲げしたんだろ?」
これは西根からの請売りだ。
「そう。その時に超能力者への想いから“エスパー”って妖怪が生まれて、先輩はその一人なんだ。
 だから先輩は、ボクと違ってあの姿が本当の姿なんだよ」
「へえ。もう一人の無口な娘は?」
「美姫ちゃんは、針女(はりおなご)っていう妖怪なんだ」
「あ、知ってる。四国の妖怪でしょ? 髪の毛を操る」
えっと目を丸くして、哲晴を見る。
「あ、知ってるんだ。珍しい」
「まあね。西根、――ほらあの小さい方――が、そういうのに詳しいんだ」
「ふうん。あの眼鏡君がね…。正確に言うとね、美姫ちゃんはその先祖返りだよ」
 何百年か前の先祖に、たまたま針女がいて、その血を受け継いで針女になっちゃったんだ。だから、あの娘もあれが本当の姿なんだ」
「先祖帰り、てことは…、じゃあ、普通に家族とかがいるんだ」
「うん。でもね、うまくいってないよ…。血の繋がった家族でも、普通の人間は、なかなか妖怪を受け入れるのは難しいみたいなんだ。だから、妖怪でも差別しないキミみたいな人間ってのは、貴重なんだよ」
そう言って、真紀は哲晴の顔をまじまじと見つめる。ドキッとして、一瞬息が止まる。
「ね、今度はキミの事を教えて欲しいな。もっとよく、知りたいから」
黒真珠のような瞳で、じっと見つめながら話す。金縛りにでもあったように、目を離せない。
「ええと…、じゃあ、何から話そうか?」
「そうね…、まずは趣味から」
「うーん。趣味って言ってもな…、せいぜいゲームやったりマンガ読んだりくらいで、あんまり趣味らしい趣味もないんだけどね」
「へえ…、じゃあ普段何をやってるの?」
「学校帰りに、本屋とかCD屋とかひやかしたり、友達の所で駄弁ったりゲームしたり…。あ、たまに休みの日に、友達と映画を見たりすることもあるか…」
「部活とかは?」
「一応は文芸部だけど、完全に幽霊部員だね」
「なんか、徹底的に無趣味だね…。それとも、暇だからボクに付き合えたのかな」
真紀は口元に手をあて、暫し考える。
「それもあるかもね。でも、他に何かあっても、多分僕は君に付き合ったと思う。その…、君の手助けをしたいし…」
「ありがと」
ニッと微笑む。

67妖怪に化かされた名無しさん:2006/01/03(火) 17:21:15
暫くいろいろと話すうちに、やがて話題は友人へとさしかかった。
「ところで、いつもつるんでる二人は、幼なじみかなんかなの? なんか全然タイプとか違うけど」
真紀はこくっと軽く首をかしげる。
「いや、別に。高校に入ってから知合ったんだけど」
真紀はスッと微かに眼を細め、訝しげな表情を浮かべる。
「へえ、じゃあどういったわけ?」
「ああ、同じマンガを読んでるんだよ。格闘家が妖怪と戦うマンガがあってさ、それがきっかけで話すようになったんだ。あとは…、何となくウマが合うっていうのかな?」
「へえ。ウマが合う、か。どんな人達?」
「ええとね。横口は、元柔道部員だよ」
「へえ、やっぱり」
太ってはいるが、脂肪だけでなく筋肉もついているのは、確かに相撲とか柔道の体格だ。
「でも、闘争本能がないからやめたってさ。今じゃただ、食って筋トレするだけの奴だし」
「もう一人は?」
真紀は小柄な眼鏡の方を思い浮かべる。
「西根はオカルティストだよ」
「あ、だから針女を知ってたんだ」
真紀はこくんと微かに頷いた。
「そう。とはいっても、オカルト本を適当に読んでるだけだけど。
 ま、おかげでこちらも、知らず知らずのうちにそっち方面に詳しくなっちゃったよ。門前の小僧って訳」
「ふうん。なんか、随分とバラバラだね」
真紀はちょっと首をかしげる。
「…何となく暇つぶしをしてる仲間、ってとこかな?」
真紀の推測を肯定する。
「多分ね。だから似た者同士ってことなんだよ」
視線を、星の見えない都会の夜空から、スッと横を歩く少女に向ける。
「でも、今は違う気がする。熱中できそうなものを見つけた気がする」
「ふうん。それは、妖怪退治? それとも…ボク?」
視線を合わせてくる真紀の表情は、妙に艶めかしい。
「えっ……と……」
「なぁんてね」
悪戯っぽくペロリと舌を出して、真紀は舞うようにクルリと回る。と、その動きがピタリと止まる。道の片側にじっと視線を向けたままだ。心なしか、表情も硬い。
「どうしたの?」
一緒に真紀の視線を追って見るが、あるのはコンクリ製の石垣のみ。道の片側が高台になっていて、その上には哲晴が幼い頃からよく遊んだ公園がある。
「あ、ううん。何でもない…」
彼女は、かすかに首をかしげているようだ。
「あ、そうだ。ここの上の公園からなら、遠くまで見えるよ」
哲晴がタタッとコンクリ作りの階段を上り先導する。つられて真紀もトコトコと後に続く。
公園は二段になっており、低い方は住宅の屋根ぐらいの高さで金網のフェンスに囲まれ、滑り台やジャングルジムなどの遊具がある。昼間は子供たちで賑わっているであろうそこは、今は冷たく薄暗い街灯に照らされてシーンと静まり返り、まるで海の底のようであった。

68妖怪に化かされた名無しさん:2006/01/03(火) 17:22:18
公園内に時計があるのが見える。丁度長針がカチリと12を指し示したところだ。
「あ、すっかり遅くなっちゃったね。家の人とか心配してない?」
短針は8を指している。
「ああ、平気平気」
哲晴はひらひらと手を振って否定する。
「でも、先週の事件があったばかりだし」
「大丈夫だよ。来る前に、友達ん所に行くって電話しといたからね。いつものことだし。それより、ほら」
哲晴はさらに上を指差し誘う。
そこから一階分の階段を上った先は、柵に囲まれていて遊具はなく、代わりに植え込みが多い。さらに上を見上げてみれば、そこは住宅街だ。
哲晴に続き、真紀も公園の端の柵に近づいてざっと街を眺める。公園の高さそのものはそれ程でもないようだったが、周囲の土地そのものが高台になっているらしく、思ったより見晴らしは良い。
と、そこからの景色を一目見て、ぎくっと真紀の身体が止まる。
「あ…」
「え、どうしたの?」
哲晴は、一瞬固まった彼女の表情に気付かないのか、能天気に尋ねる。
「ううん。何でもない」
真紀は一度はスッと逸らした目を、再び街に向ける。
星の見えない代わりにどこかぼんやりと明るい都会の空。その下には、闇に沈んだ黒々とした町並み。それを向こうの方で繁華街の光の川がザクッと二つに分けている。夜を照らすはずの満月に少し足りない月は、背後の住宅街に隠れて見えない。
街もただ夜に沈んでいるだけではない。数え切れぬ程の窓が、闇と化した街並みにポツポツと無数の穴を穿ち、暖色の光で夜を照らしている。
おそらくは、その灯りの一つ一つに家庭が、守るべき人々の生活があるのだろう。
ずっと昔に見たそれは、もっと違った。逆に黒い街並みがこちらへ光を漏らさぬように、しっかりとガードしているようだったし。そもそもその光も、どこかよそよそしく凍てついたように冷たかった。
多分、実際は何も変わってないのだろう。自分自身以外は。
ふるふると首を振って感傷を振り解き、真紀は自分のやるべき事を思い出す。
「この景色のどこかに、アイツがいる…」
見えない敵を睨みつけるように、ぼそりと漏らす。哲晴もそれに倣い、じっと街を見渡す。が、彼に夜の闇は見通せるはずもない。
「…そうだ。学校だ!」
不意に哲晴が目を輝かせる。
「匂いがわかるんなら、学校から追跡したらどうだろう? 昨日の今日だから、まだ匂いは残ってるんじゃないか?」
が、彼女はふるふると被りを振って応じる。
「折角だけど、それはダメだったよ。一昨日、すぐに調べてみたんだけど、屋上で途切れていたよ。
 多分、糸を張って、ビルからビルへと綱渡りして逃げたんだと思う」
「そっか……、ごめん。役に立てなくて」
哲晴の声が沈む。
「ううん。そんなことないよ。今日一日だけでも、キミは随分力になってくれたよ。怪しい場所を教えてくれたし、街を歩く時だって道に迷わずにすんだし。
 ありがとう」
ニコッと穏やかに微笑む。
「あ、いや、それなら良かったけど…」
空を見上げて、ぽりぽりと頬を掻く。

69妖怪に化かされた名無しさん:2006/01/03(火) 17:24:40
ふたりはぼんやりと街を眺め、しばし穏やかな静けさが続く。
「この街も変わったね」
しばらく街を眺めていた真紀が、思い出したようにぽつりと呟く。
「あ、ひょっとして、昔、来た事があるんだ」
「うん。昔ね。ちょっと…」
伏し目がちのまま、口元だけで寂しげに微笑む。
「街はあんまり変わらないけど、あの頃はこの公園と後の住宅地は、ただの雑木林だったよ」
その視線は眼下の街を通りぬけて、どこか遠くを見ているようだ。
「昔って、何年くらい前?」
哲晴が物心ついた頃には、既にここは公園だったはずだが。
「こーら。女の子の年に関係することを、聞くもんじゃないだろ?」
「あ…、ごめん」
慌てて謝る。
「なんてね。実はボクは、キミと同じく17歳だよ」
哲晴を見詰め、ニッと笑って見せる。彼の頬にさっと微かな朱がさすのがわかる。
「妖怪は、人間の想いが実体化したものだからね。生まれた時から人間の思い浮かべた姿そのままで、年をとる事はないんだ。普通はね。
 例えば、砂かけ婆は生まれた時からお婆さんだし、座敷童はずっと子供のまま。妖怪には寿命がないから、大抵の妖怪は外見よりも実年令の方が大きい……。ボクの場合も、今と同じ肉体年令17歳で生まれてきて年はとってない。
 でも、ボクの場合はまだ若くて、今年、ようやく外見年令に実年令が追いついたんだ」
「へえ、そうなんだ」
軽い驚きには、微かに喜びが混じっていた。
「あ、ひょっとして、ボクが齢数百年の妖怪とかって思った?」
「いやあ、まさか」
と言いつつも、哲晴の目は泳いでいたりする。
「ボクはね、生まれて直ぐに暁学園に拾われて、それからずっとこうやって転校生として学校を巡っているんだ」
再びスッと夜の街に目を移す。
「え、ずっと転校生って……、じゃあ同じ場所には……」
伏目がちになり、真紀はコクリと頷きで返す。
「一般に、小学1年、中学2年、高校3年って言ってね、子供型の妖怪の1ヶ所で暮らせる時間は限られてるんだ」
そうだ。妖怪は年をとらないから、いつまでも子供のままだと周囲に怪しまれて正体がばれてしまう。
「そう。人間として暮らすには学校に通わなくちゃならない。でも、成長しないと怪しまれる。だから正体を隠すためには定期的に引っ越して、場合によっては戸籍とかも変えなきゃならない。
 その間隔が、成長の著しい小学生なら1年、中学生なら2年まで、高校なら3年まで。そして、戸籍を変える以上、それまでの人間関係も清算しなきゃならない」
真紀の視線は街と空との境に向けられていながら、さらに遠くを眺めているようだった。
 人間関係の清算、それはつまり完全に縁を切ると言う事だ。どんなに親しい相手でも、妖怪である事を隠すためには、いずれは音信不通とならなければならない。
「かといって、普通に暮らすとしたら、人との付き合いをやめるわけにはいかない」
真紀の目は遥かなる過去をじっと見据えながら、呟く。
 木の葉を隠すなら森の中、だ。正体を隠すためには孤立するわけにはいかない。周囲に違和感なく溶け込んで、友達を作らねばならない。
 妖怪であることを隠すためには、別れる為に、完全に縁を切る為だけに友達を作らねばならない。笑顔で語らっても、信頼し互いに心を寄せ合っても、妖怪であるがゆえに決して心の奥底まで明かせない。
 やがては確実に壊さねばならない関係を築く。その矛盾を、孤独を真紀は17年間も繰り返してきたのだ。
「そんな…高校生くらいの年令なら、なんとか10年くらい誤魔化せないのか?」
哲晴は真紀をじっと見詰める。

70妖怪に化かされた名無しさん:2006/01/03(火) 17:26:35
「そうだね。やろうとすればできるかもね。実際、そうしている妖怪もいるし。
 でもボクは、任務の為にまた高校生をしなきゃならなくなって、17年間ずっとそうしてきた」
一瞬目を合わせるものの、真紀は再びじっと遠くを見詰める。
「任務の為って…。断ったりできないのか?」
こちらへ向き直り、彼女は軽く微笑む。
「それはダメだよ。昨日みたいな事があったときに、誰かが助けないとダメだろ?」
そうだ。もし昨日、真紀がいなければ、哲晴は今こうして生きてはいなかっただろう。
「その誰か、が、ボクなのさ」
真紀は手摺から手を離して、ぐっと握った拳を見詰め、低く呟く。
「……そう、助けないと……」
「……じゃあ、今度の事が終ったら……。その、女郎蜘蛛を退治したら……、やっぱりどっかに転校してっちゃうのか?」
哲晴は、じっと真紀を見詰める。
「多分ね。いつになるかは分からないけど」
「できれば、転校しないで欲しい」
ドキッとした表情で真紀は振り向く。
「あ、いや…。折角親しくなったんだし、できればその…、別れたくないなって、思ったから」
あわてて誤魔化すと真紀はニコっと顔を緩める。頬がかっと熱い。多分、耳たぶまで真っ赤かもしれない。
「ありがとう。
 …そうだ。あのさ、伝説から生まれた妖怪の間にもね、一つの伝説があるんだ」
ふと何かを思い出したかのように、唐突に真紀は語り出す。
「“黎明の扉”って言ってね。いつの日か、妖怪が正体を明かして人間と共存できる。そんな時代か場所が来る、そんな伝説なんだ」
こちらをじっと見詰める真紀の頬は、薔薇色に染まっていた。
「ボクにとっての“黎明の扉”は、もしかしたら哲晴かもしれないね」
二人の視線がしっかりと合う。
真紀の黒真珠のごとく輝く瞳は、本来の紅玉の瞳と負けず劣らず美しい。その瞳に吸い寄せられるように、哲晴は一歩足を踏み出し、思わずぐっと顔を近づける。

71妖怪に化かされた名無しさん:2006/01/03(火) 22:23:36
トクン、と真紀の心臓が跳ね上がる。カッと熱い血と共に、穏やかな何かが身体の中をぐるりと巡る。
じっと見詰め合う哲晴の瞳が、穏やかに輝く。
欲しい。哲晴が欲しい。猛烈に哲晴が欲しい。
哲晴と、口付けをしたい。ぎゅっと抱き合って、その鼓動を温もりを、総てを感じたい。
彼も、そう考えてくれるのだろう。すっと一歩近づいて、しっかりと視線を合わせたまま顔を寄せてくる。
不意に、犬歯がズクズクと疼く。
欲しい。哲晴の血が欲しい。猛烈に哲晴の血が欲しい。
哲晴の首筋に吸血鬼のキスをしたい。あの首筋にカプッと口をつけ、ツプッと牙をつき立て、スルリとその血を啜り、口に含み、トロリと舌の上で転がし、ゴクリと喉を潤したい。
好きだから血が欲しくなる。性欲と食欲が極めて近いのは、吸血鬼としての拭い様の無い本能だ。
が、自分は今更そんなものに振りまわされるほど幼くは無い。
哲晴の顔がググッと一層近づく。互いの息が掛かりそうだ。
一瞬軽く歯を食いしばり、牙の疼きをグイッとねじ伏せる。それからキュッと軽く唇をすぼめ、キス――吸血鬼のそれではない普通の――をしようとする。
と、いきなりドクンと心臓が強烈に跳ね上がり、グラッと視界が暗転する。さながら、貧血のように。
貧血ではないが、ある意味貧血だ。強烈なキューッと刺し込む空腹のようなこの感触は、吸血鬼特有の血の欠乏症だ。
最後に飲んだのは引越し前だから、今日で一週間。昨日魅子に指摘されたように、丁度血が切れる頃だ。
哲晴といっしょにいたくて、迂闊にも時を忘れてしまった。
彼女はヨロッと一歩下がると柵に手をかけてしゃがみ、ハアハアと息を荒げて必死に真紅の衝動を押さえる。
いつものように、近所のペットショップでハムスターでも買って……
――そこを教えたのは誰?――
いや、もう閉まっているだろうから、その辺で猫でも探して……
――探さなくても、近くにいるじゃないか――
緊急手段。ケータイで、魅子ちゃんにお願いして……
――呼ばなくても、すぐ傍にいるじゃないか――
まだ2・3日は保つから、明日にでも……
――我慢しなくてもいいじゃないか――
必死に思考を逸らしても、辿りつくのは目の前にいる哲晴。
「お、おい、大丈夫か?」
さっきからうなだれた自分にかけられる、哲晴の心配そうな声。
きっと、今の自分は凶悪な表情を浮かべているだろう。だから哲晴に見せるわけにはいかない。顔を伏せたままポツリポツリと答える。
「だい……じょうぶ……だから、気に……しないで……」
「で、でも」
「何でも……ない、ただの……立ちくらみだから」
さらに哲晴の心配そうな声に、ひとすら誤魔化す。魔物退治の自分が、信頼してくれている相手に凶悪な衝動を見せる訳にはいかない。
暫しの葛藤の後、なんとか無理矢理自分を抑えこむ。まだ渇きはするものの、襲い来る衝動に幾分か慣れた。もう、理性まで失いはしない。
「平気……なのか?」
その声に、スウッと呼吸を整えて腰を落とした姿勢のまま、心配そうにこちらを覗き込む哲晴を見上げる。
「ん、ちょっとね。えーと、……大蒜の臭いがしたからね」
適当に答えて立ちあがろうとした。
「ほんとに、平気なのか?」
「うん」
そう答えた途端、ふっと真紅の甘い香が鼻をくすぐる。と、心臓にドンと衝撃が走り、視界がカッと朱に染まった。

72妖怪に化かされた名無しさん:2006/01/04(水) 01:11:51
――世界ガ、紅イ――
夜空は夕焼けのように、地面は曼珠沙華の花畑のように紅い。
――総テガ、紅イ――
星々はルビーの欠片のように、遠くの街並みは燃え盛る炎のように紅い。
――デモ、一番紅イノハ……、哲晴――
暗がりの中なのに彼の姿だけは、メラメラと燃え立つように、パアッと輝くように、はっきりと紅く見える。
それは血の色。甘く愛しく美味しく美しい生命の色。
こんなにも世界が紅いのは、きっと自分の瞳が血色をしているせいだろう。
――牙ガ、疼ク――
痒いようなくすぐったいような、ズクズクとした疼き。何かを噛まねば治まらない牙の疼き。
こんなにも犬歯が疼くのは、きっと伸びているからに違い無い。
――喉ガ、渇ク――
身体中の細胞がルビー色の滴りを求めて燃え立ち、喉がヒリつく。
熱に浮かされたように夢の中のように、フラリと立ちあがり、突然の事で呆然としている哲晴をじっと見詰める。
自分には獲物を捕らえる為の魅了の力はない。が、あまりにも美しい異形の存在を突然見た人間は、なす術もなく立ち尽くしてくれる。
これから哲晴にキスを、その首筋に吸血鬼のキスをする。そう考えただけで、顔がニマッと淫らに綻ぶのが判る。
ちょこっと牙の突き出た、鮮やかな朱唇をペロリと舌で湿らせ、抱きしめるために、ゆっくりと両腕を広げる。
「うわあっ」
動きに反応したのか、哲晴がクルリと踵を返す。が、足をもつれさせて、ドテンとそのまま転ぶ。
好都合だ。ニッと口を歪める。べつに今の脚力なら余裕で追いつけるのだが、一瞬でも早く血を飲めるに越した事はない。
慌てて起き上がろうと四つんばいになる彼に、猫の様に敏捷にバッと飛びかかり、そのまま馬乗りになる。
「あっ」
急に飛び乗られて、哲晴はビタンと潰れてうつ伏せになる。
「つーか、まーえ、たっと」
耳元に口を近寄せてピンク色の吐息を吹きかけると、彼がびくりと一瞬震える。
「もう、哲晴ってば、逃げないでよ」
拗ねた声を出してみせ、その右の首筋にそっと唇を近づける。
「ねえ、ボクとキス、したいんでしょ?」
怯える彼の耳元に毒々しいまでに甘く囁く。
「して、あげるよ。……吸血鬼のキスを、ね」
そのままグイッと身体を押しつけ、ギュッと抱きしめる。
「や、やめろよ。何の真似だよ」
ようやく声を絞り出した彼の臀部に、背中に、真紀は艶めかしく腰を、胸をグイッと擦りつける。
「ふふっ。哲晴の身体って、あったかぁい」
するりと前に手を回し、彼の学ランのホックとボタンをプチプチと外していく。これからの事を想像して、興奮のあまり真紀は哲晴の首筋にハアハアと荒い息を吐きかける。
その身体の下で哲晴が必死に身を捩ると、真紀は冷たく輝く鋭い爪を生やしたほっそりとした指で、彼の頬をそっと撫でる。
「んもう、動かないでよ。怪我するよ」
爪をチクッと喉に当てると、哲晴のからだがビクッと震える。
「ひっ」
恐怖で硬直する彼の首筋から喉を、そのまま爪でツゥッと撫でる。
「ふふっ。美味しそう」
首筋から右肩にかけて顕わになると、ブルブルと震える哲晴のそこにふうっと息を吐きかけ、そっとキスをする。その柔らかな刺激に、哲晴は身体をピクッと震わせる。真紀はそこへペタリと舌を押し付け、ヌルリと這わせてから、ペロリペロリと何度か円を描くように首筋を舐める。
「うっ……、あっ」
その度に哲晴はうめきとも喘ぎともつかない微かな声を上げる。
命の霊液の、紅玉の甘露の、哲晴の血の予感に、真紀の口からは唾液が止め処無く流れ続け、彼の肌を湿らす。
じっとりと濡れた少年の首筋に勢い良く噛みつこうとして、真紀ははっと動きを止める。そのまま口を肩へとずらし、再び舌を、軟体動物のようにツツッとはだけた肩へと這わせる。
「うっ」
新たに刺激を受けて哲晴がまた微かにうめき、ピクッと身体を捩る。
やがて十分に少年の若い肌を味わってから、真紀は一旦離した口をクワッと大きく広げる。そのままガッと勢い良く噛みつくと、白銀の牙が少年の肩に突き立てられ、その肌をグサッと貫く。
「あっ、あっ、ああああっっっっっ」
夜の公園に切なげな少年の声が響く。

73妖怪に化かされた名無しさん:2006/04/30(日) 01:17:46
その声に興奮して、真紀はより一層深くズブリと牙を刺し込む。うっと哲晴が苦痛の声を漏らす。
口の中にサッと鮮烈な甘味が広がる。新鮮な、ふつふつと湧き立つように熱い哲晴の命の味だ。
いかなる美酒よりも美味なそれを、真紀は夢中で啜り、ピチャピチャと舐め、コクンと飲み下す。
哲晴の血を、飲む。
哲晴の命を、飲む。
哲晴自身を、飲む。
ドクンと心臓が高鳴り、哲晴の肌に突き立てている牙が、哲晴の血を含む口が、嚥下する喉が、胃の腑が、心臓が、身体を巡る血が、カッと燃えあがる。
熱い、とても熱い。
まるで哲晴自身が溶け、真紀の身体に流れこみ、交じり合い、一つになり、身体の中から愛撫して芯から燃え上がらせているようだ。
真紀は溜まった熱気を吐き出すかのように、一旦口を離してふうっと大きく一息をつき、彼の肩から涌き出るルビーの泉を眺める。
――トテモ紅イ――
吸い寄せられるように再び口付けをすると、真紀は1匹のケダモノと化して、その小さな赤い泉を夢中でしゃぶった。
「うっ……。くっ……。あっ……」
夜の公園に、苦痛を訴える少年の押し殺した悲鳴と、興奮した少女のハッハッと荒い息遣いだけが静かに流れる。
どれくらい時が流れただろう。長くとも僅かとも感じられる時間の後、喉と心を潤して真紀ははっと我に返った。
血によってもたらされ、急激に燃えあがった激情は、血によって潤い、一気にサッと冷める。獲物を捕らえていた肉食獣は、傷つきやすい一人の少女に戻る。
真紀がパッと哲晴の上から飛び退くと、哲晴は傷ついた右肩に手を当て、のそっと力なく立ちあがる。真紀を見詰めるその瞳は、ただひたすらに恐怖と嫌悪に塗りつぶされていた。
「あ、あ、あの……。だ、大丈夫……だから、ボ、ボクのは……、その、感染したり、しないから。じゃ、なくて……」
謝罪を、言い訳を、弁明を紡ごうとした口から漏れるのは、ただ混乱した言葉だけ。
真紀もまた、自らの凶行に怯えた目で少年を見、これから起る反応への恐怖でその身を竦ませる。
「ご、ごめん……」
真紀がおずおずと半歩踏出す。と、哲晴はビクッと一歩下がった。彼女がすがるように手を伸ばせば、彼はさらに一歩下がる。
「う、うわぁぁぁぁぁぁっっっ」
哲晴はダッと逃げ出した。振り返らずに、一目散に。
転がるようにダダダッと階段を駆け下りる彼の姿を、真紀はなす術も無く、ただただ立ち尽くしたまま見送る。
「あ、あ、あ、あ、ああああぁぁぁぁぁぁぁ……」
心が軋む音がする。
心がひび割れる音がする。
心が砕ける音がする。
「あ、あ、あ、あ、あ、あ、うわあああああっっっっっっ」
絶望と、悲哀と、恐怖と、後悔と、嫌悪と、苦痛が、どこまでも暗く、深く、重く、奈落の底へと続く声となって口からこぼれ落ちる。
真紀は天を仰ぎ見て、ドシンと両膝を付く。その瞳に映るのは星空にあらず、ただ無明の虚無のみ。そのままベタリと両手をつき、ガクリとうなだれた。
もうお終いだ。壊してしまった。彼の心を、彼の信頼を、彼の好意を。自らの心を、自らの過去を、自らの信念を、総てを。
もう駄目だ。護るべきモノを、大切なモノを、大事にしていたモノを、自らの手で砕き、壊し、失ってしまった。
ポタリと、ようやく涙が流れ出た。そのまま突っ伏して、声を殺し心の総てを流す。
嗚咽と涙は止めど無く、きり無く、いつまでも流れ出した。

74妖怪に化かされた名無しさん:2007/08/17(金) 00:59:44
予感に従い、二人分のサンドイッチと缶コーヒーを買ってコンビニを出ると、彼女はふと昔を思い出して呟く。
「あの頃は、ここらにもコンビニなんてなかったっけ」


あれはもう17年も前、当時たまたまこの近くの中学に通っていた頃だった。ある晩突然、仮に所属していた地元のネットワークから緊急の呼び出しの電話を受けた。
丁度、出かける予感に導かれてサンドイッチとインスタントコーヒーを用意していると、黒いダイヤル式電話がジリリリとけたたましく鳴る。予感の的中を密かに自慢しつつ出てみれば、捕り物への協力要請だった。
呼び出された彼女は、要求された“目”としての能力を駆使して、早速対象の位置を特定する。“ソイツ”は、街の中心部から少し外れた雑木林の中にいる事がわかる。
やがて包囲網が完成した時、彼女は攻撃に待ったをかけた。他のメンバーが人に仇なす妖怪の退治を主張するのに対し、彼女はただ一人保護を主張したのだ。
理由は予感だった。“ソイツ”は敵ではないと彼女の持つ超常の感覚が知らせたのだ。

彼女はなんとか他のメンバーを説得して待機させ、一人で雑木林に入った。
そこには周囲には街灯などなく闇に沈み、照らすは木々の間からの僅かな星明りのみ。
そもそも彼女は夜目が効く方ではないが、オーラを見る事ができるの。だから生体――植物――の位置をはっきりと掴めるので歩くには不自由しない。
樹の陰から、通常の生物とは異なるオーラがぼんやりと漏れ出していた。“ソイツ”だ。
「今晩は」
彼女がそっと声をかける。
「ヒッ」
樹の陰で息を潜めていた“ソイツ”は、恐る恐る怯えた目でそおっとこちらを見る。
さっき聞いた話からすれば、“ソイツ”にとっては、目の前の彼女など何の脅威でもないだろう。なのに“ソイツ”は怯えている。
「大丈夫だよ、怯えなくても。ここは寒いでしょ? もっとあったかい所へ行こうよ。
 あと、お腹も空いてるでしょ?」
持ってきた魔法瓶のコーヒーと、バスケットに入ったサンドイッチをすいっと差し出す。
「それに、女の子がいつまでも汚れた恰好してちゃダメだよぉ」
「……う、うん……」
“ソイツ”の目を覆っていた怯えの暗雲は、僅かに薄れたように思えた。
「あたしの名前は魅子。あなたは?」
「……名前? ……わかんない……」
魅子の僅かに年上の少女の姿の“ソイツ”は、不安そうに答える。
「そっか、まだ無いんだね。じゃあ、とりあえずね……、“真紀”なんてどうかな?」

75妖怪に化かされた名無しさん:2007/08/17(金) 01:00:19
トコトコと石段を登りきった所で、魅子は公園を見まわす。と、もう1階分上の広場にチラリと人でないモノの命の輝きが見えた。
「今晩は」
17年前、この場所で初めてかけた言葉を繰り返す。
「ここは寒いでしょ? もっとあったかい所へ行こうよ。あとお腹も空いてるでしょ?」
昔と同じく、コーヒーとサンドイッチ――ただし、今回はコンビニで買ったもの――を差し出す。

真紀と魅子は、並んで公園のベンチにちょこんと腰掛ける。手にコーヒー缶の温もりを感じつつ、真紀は強張った唇からポツリポツリと語った。
「あいつの……女郎蜘蛛の……匂いがした。多分……ボク達の事、見てたんだと思う。猫の血で……ボクのこと……、それで、哲晴を……。ボク……ボク……、やっぱり……、血に飢えたバケモノなんだ」
魅子は俯いていた真紀の肩にそっと手をかけ、その頭を自分の胸でかるく抱き締めた。すると、今まで溜めていた感情が一気に吹出す。
わんわんと泣きじゃくる真紀に、魅子はじっと胸を貸していた。
「噛んだのは、首筋?」
鳴き声がようやく一段落した時、咎めるでもなく魅子がふと尋ねる。真紀はふるふると首を横に振った。
「ううん。肩」
「オッケー。大丈夫よ。真紀ちゃんはバケモノなんかじゃない」
ポンと、背中に手を置かれ、真紀はゆっくりと顔を上げた。
「だって、もしバケモノだったら、肩じゃなくて首を狙うもん。頚動脈なんて気にしないで」
魅子は微笑むと、真紀から離れてぴょんと立ちあがった。
「じゃあ、あたしはこれで帰るから」
そしてクルリと振り向く。
「言っとくけど彼はね、絶対に真紀ちゃんの事、誰にも喋ったりはしないから。だからこの件に関しては、あたしは手を出さないからね」
腰掛けたままの真紀に、ずいっと引き締めた表情の顔を寄せる。
「真紀ちゃんが吸血鬼である以上、いずれは立ち向かわなきゃならない問題なんだから、真紀ちゃん自身でなんとかしなさい」
そういった唇で、そっと怯えた唇に触れる。
「いい?」
一瞬の触れ合いの後、唇は再び言葉を紡ぐ。
「うん……」
サンドイッチの女神様の口付けを受けて、真紀の固く結ばれた唇が少し緩んだ。

76疼き:2020/01/26(日) 23:32:42
その晩哲晴は、幾度目かの眠れない夜を過ごす。
疲れているのにも関わらず寝床に潜っても一向に睡魔は訪れず、ゴロリゴロリと寝返りを繰り返す。
右肩の傷がズクズクと疼く。痛いが、それは我慢できる。それよりも、そこから心の奥底にズズッと注ぎ込まれた何かの疼きの方が大きい。
一つは痛みというよりも、むしろ甘く蕩けるような疼き。
それは、血に飢えたケダモノと化した真紀の獰猛な肉食獣のようなニマッとした笑みを見たとき、彼女が捕らえようとパッと両腕を開いたとき、転んで真紀に飛びかかられてドシッと押さえつけられたとき、そのままギュッと抱きつかれたとき、首筋を執拗にペロペロと舐められたとき、肩口にズプッと牙を突き立てられたとき、流れ出る血潮をチュウチュウと啜られたときに感じた感情。
それは快楽、それは劣情、それは欲望。人間への捕食者と化した彼女に尚も抱ける、否、捕食者と化したからこそ抱けるプラスの感情。
真紀に捕らわれたい、真紀に組み敷かれたい、真紀に束縛されたい、真紀に喰われたい、真紀に奪われたい、真紀に総てを捧げたい。そういう、とてもとても甘やかで魅力的で素敵な感情。
しかしそれは、生物としての本能に真っ向から反対するとてもとてもおぞましい、身の毛もよだつ程ゾッとする感情。
そしてもう一つは、静かで重く冷たく自身を責め苛む疼き。
命の恩人であり、孤独に耐え、身の危険も顧みず、人知れず人々を救うヒーローであり、一人のか弱い少女、それを傷つけてしまった自分自身への苦く重く苦しい疼き。
これら二つの疼きが哲晴の心をズキズキと苛み、眠れぬ夜を過ごさせた。

77持つべきものは:2020/01/26(日) 23:36:00
翌朝、うつむき加減でテクテクと歩いて登校していた哲晴は、校門のところでバッタリと真紀と出くわした。二人は互いにはっとして一瞬強ばる。しかし、ともにすぐさま暗い目をスッと目を逸らし、そのまま離れて昇降口へと進んでいく。
哲晴が教室で自分の席へ腰を下ろすと、後ろからドンッとタックルをかます奴がいた。野上である。
「おーい、哲晴! おまえ抜け駆けしやがったな! うらやましーぜ、この野郎っ!」
そのままグッとヘッドロックを極め、哲晴の頭に拳をグリグリと押し当てる。
「ん、なんだ?」
横口が尋ねる。
「こいつよー、昨日、転校生とデートしてたんだぜ!」
「エーーーーッ」
周囲から一斉に驚愕の声。そしてできるザワザワとした人集り。
「え、いや、違うって。頼まれたから、ただ街を案内してただけだよ」
慌てて首をブンブンと振る哲晴。妖怪云々を除いても、周知されるのは気恥ずかしい。
「二人っきりでだろ? そ・れ・を、デートって、い・う・ん・だ・よ!」
尚もゴリゴリと拳を捻り込む。
「あ、いや、そ、その……、喧嘩しちゃったし……」
しどろもどろの哲晴。
「あん?」
野上がパッとヘッドロックを外し、怪訝そうに尋ねる。
「そ、その……真……大日向さんを……、その……傷つけるような事、言っちゃって……」
西根が促す。
「えっと、それで?」
「ぼ、僕が悪くて、そのまま喧嘩しちゃって……」
しばしの沈黙の後、野上が断言する。
「なーんだよ、結局はフラレたってことだろ?」
「あ……、うん。そうだね……」
ガックリと項垂れ、哲晴は沈黙する。
「チッ、つまんねーの」
野上は黙ったまま項垂れている哲晴から離れると、そのままスタスタと自分の教室へと戻っていった。
外野がいろいろと聞こうとするが、腕組みをした横口がズイッと立ちはだかりジロリと一瞥する。これ以上は聞き出せないとわかると、人集りも三々五々散ってゆく。
その近くで、西根はツツッと横口の袖を引く。
「んだよ?」
横口が視線を合わせると、彼はスッと教室の出口へと視線をやる。横口はピタッと口を噤むとそちらの方へと歩き出した。二人して教室を出てから、改めて横口は尋ねる。
「で、何の用だよ。中沢の事なんだろ?」
「ええ。中沢君があまりにも落ち込んでるんで、一肌脱ごうかな、と」
「どうするんだ?」
「縒りを戻せたらいいかな、と」
「できるのか?」
「向こうに話を聞く気があればワンチャンかと」
「なるほど」
昼休み。哲晴はいつものように横口・西根と一緒に、コンビニで買ったパンやおにぎりで昼食を済ませる。
「なあ、中沢」
横口がおもむろに切り出す。
「んぁ?」
寝不足と落ち込みでぼんやりしていた哲晴は、惚けたような声を出す。
「ちょっと聞くけどな、お前、仲直りしたいと思うか?」
「仲直りって……真……大日向さんと?」
誰と言わなくたって、すぐにわかる。
「そうだ」
横口はじっと見る。
「えっと……」
「どうなんだ? はっきりしろ」
「まあまあ。横口君、ちょっと待って」
割って入った西根が哲晴の方を見る。
「さっき野上君に聞いたんだけど、転校生のほうでも君とのデートが話題になったそうです。でもって、向こうでも『自分が哲晴君を傷つけた』とかって言っているそうです」
「え……」
「何があったか知らねえけどよ、お互いそれぞれ自分が悪かったと思ってるんだろ? だったらまだ仲直りする余地あるんじゃないか?」
「それに今の中沢君、見てて辛そうだし。なんだったら、もう一度話し合う機会をセッティングしましょうか?」
不意に哲晴の目に生気が戻る。
「さすが横口、西根。心の友よ」
どっかのガキ大将みたいな台詞を吐くと、ガシっと二人の手を握る哲晴であった。

78持つべきものは:2020/01/26(日) 23:36:58
昼休みの2年2組、昼食後にいつも通りにワイワイガヤガヤと他愛もないお喋りに興じる、とある女子の一団。真紀もいつものようにそのグループに加わってはいるものの、俯き加減で心ここにあらずといった風情で会話にも殆ど参加しない。
不意に、坊主頭で大柄な男子生徒がズイッとその傍らに立つ。
「転校生……ええっと、大日向だっけ? ちょっと良いか?」
横口は親指を立てて、背後にある教室の出入り口を指さす。そこには眼鏡の小柄な男子生徒——西根——が立っている。
「えっと……」
「手間は取らせない。多分、今、悩んでる事に関係していると思うぞ」
「わかった」
真紀はコクンと首肯し、スックと立ち上がった。
「悪いが、ちょっと借りるぜ」
彼は他の女子達にそう告げると、彼女を教室から連れ出した。それなりに迫力のある彼の事だ、文句の出ようもない。
「さて、野上君から聞いた話だと、『中沢君を傷つけた』って言ってるそうですね?」
三人で廊下の端の方に来ると、西根が口を開く。
「……」
真紀は顔を曇らせたまま、反論せずに沈黙で返す。
「奇遇な事に、中沢君も『転校生を傷つけた』と言っています」
「……!」
真紀の目が見開かれる。
「どうです? もう一度逢って話し合ってみては?」
「モヤモヤしてスッキリしねえんだろ? だったらもう一度話してスッキリした方がいいんじゃないか?」
「ありがとう」
ペコリと一礼する真紀。その目の端には僅かに涙が浮かんでいた。

79絶望の予兆:2020/01/26(日) 23:39:58
魅子は夕暮れの電車の中にいた。座席に腰掛けてカタンコトンという振動に揺られ、ぼんやりと今日の探索の事を考える。
地元の妖怪達も協力はしてくれるものの、日常生活の延長でのパトロールに過ぎない。女郎蜘蛛の巣の結界を考えると、せいぜいが新たな犠牲者を防ぐ程度でしかない。
だから昨日のうちに助っ人を要請しておいた。なんとなく、そうしなければならないような気もしていたし。
魅子は霊能者である、だからその勘は馬鹿にならない、きっと何かの役には立つだろう。
彼女の頭の中で、とりとめのない思索によって情報のピースがカチリ、カチリと組み合わさっていく。やがてそれは次第に悪意と恐怖と絶望の合わさったおぞましい全貌を露わにする。
「しまったあああああああっ!」
不意にピョンと立ち上がり絶叫する。顔面はサァッと蒼白になり、眼の端にはジワッと涙すら浮かんでいる。
「あああ、あたしのバカバカバカ! そんな偶然なんてあるわけないのに! まんまと乗せられたぁぁぁぁぁ!」
自分の頭をポカポカと叩いてから、そこが衆人環視の電車の中なのに気づく。
「あ、すみません」
ペコリと一礼してから急いで別の車両へと移りつつ、ケータイで真紀に連絡を取ろうとする。
――お願い、出て。真紀ちゃん――
しかし無情にもコール音は続くのみ、一向に出る様子はない。魅子の超常の直感が警鐘を鳴らす。
――ああ、不味い不味い不味い――
――もう『何か』が始まってる――
少し空いた場所で急いで美姫や助っ人のEEに電話をかける。
「とにかく、急いで! 早く! 真紀ちゃんが危ないのよ!」
ケータイ越しに小声で怒鳴る。
「あとは……アイツ、ケータイくらい持ちなさいよ! せめてポケベルとか!」
もう一人の助っ人に悪態を吐いてから善後策を練る。
――真紀ちゃんの事を詳しく知っているとなると、恐らくは『黄昏学園』――
それは、異空間にある『呪われた旧校舎』を拠点にしてる悪の学校関連妖怪の互助組織。人間に友好的な『暁学園』と真っ向から反対する存在で、幾度も幾度も戦った相手。
――そして私の妹分を狙うんだとしたら、間違いなく『首無しの真理華』――
すぐに思いつくのは、魅子に何かとちょっかいを出してくる残忍で残虐で陰湿な、宿敵であり怨敵であり仇敵。
「いろいろマズイわね……」
真摯で必死で切実な想いを抱き、魅子はギリリと拳を握り、崩れ落ちそうな心を必死に奮い立たせて車窓から目的地の方を涙で滲んだ眼でじっと見据える。
——お願い真紀ちゃん。死なないで——

80待ち受ける罠:2020/01/26(日) 23:43:27
話は少し遡る。
「転校生には、見晴らし公園で待つように言ってる」
放課後、そう横口が言って昇降口から哲晴を先導する。
「見晴らし公園って……、そこ、大日向さんと喧嘩したとこなんだけど」
「おや、奇遇ですね。じゃ、きっと運命ってことで、そこで仲直りしましょうよ」
西根もついてくる。
「お、おい。なんで二人がついて来るんだよ。ちゃんと見晴らし公園に行くからさ」
哲晴が慌てる。まさか真紀と逢うときまで
「公園までは行かねえよ」
「そうそう。でも、仲直りしたらいの一番に報告してもらわなくっちゃ」
ちなみに野口は手を貸したものの、「上手くいったらいったで悔しいから」と言ってついてこない。
「ほらほら、早く早く」
西根が後ろから哲晴をグイグイと押すと、横口がニヤニヤと笑う。
「さっさと仲直りしちまえ」
「あらぁ、それは困るわねぇ。折角仲違いさせたのに」
そこへ、冷水を浴びせるような艶やかな女の声がした。気がつけば、周囲には人通りや車の往来が無くなっている。
カシャリと硬質の足音を立てながら、路地裏から蜘蛛の下半身を持つ美女が一歩踏み出す。その顔には、見る者を凍えさせるような蠱惑で淫靡で妖艶な笑みが浮かんでいた。
「え、何?」
「ほへ?」
突然の事にきょとんとした顔の二人と、対照的にサアッと顔を青ざめさせる哲晴。パッと一歩前に出てサッと両腕を広げる。
「やめろ! お前が用があるのは僕だけだろう」
「ふふっ、勇敢なのね。その勇気に免じて、その二人は見逃してあげても良いわよ」
彼女がニイッと凶悪な笑みを浮かべると、彼の後ろでドサッと人が倒れる音がする。振り向くと二人がくずおれていた。
「大丈夫よ、眠らせただけだから」
すぐ耳元で声がする。彼女は哲晴のすぐ後ろに立ち、その闇色の爪の生えた手を彼の眼前にスゥッと晒してゆるりと指を動かす。革製の学生鞄についた傷から、それの威力は充分過ぎる程わかる。
「じゃあ、大人しくついてきなさい。大丈夫、大丈夫、あの小娘が来れば殺したりはしないから、お姉さんにまかせて」
背中に柔らかなモノが二つギュムッと押しつけられるが、その感触はただ恐怖と絶望と戦慄しかもたらさなかった。

81妖怪に化かされた名無しさん:2020/03/20(金) 21:49:15
そろそろ夕暮れも近づく頃、見晴らし公園の最上階にあるベンチに真紀は腰掛けていた。
そこは昨夜、哲晴を傷つけた苦い思い出とともに腰掛け、そして魅子に慰められた場所。しかし今日は違う、そこは哲晴との仲直りの為に待つ希望に繋がる場所だ。
なお、昼休みにケータイで魅子には仲直りの件を伝え、今日の調査に少し遅れる旨は伝えてある。
真紀の頭の中に様々な思いがよぎる。
まずは襲ってしまった事を、人間に味方する妖怪だという信頼を裏切ってしまった事を謝ろう。そして、自分との縁を繋ごうとしてくれた事を感謝しよう。そのうえで、改めて、彼と……
とても幸せな想像をしていた真紀は、ゆらりと階段を上って来る人影に気付いてふと顔を上げると、そこには西根がいた。
「あれ、西根クン、どうしたの?」
——哲晴一人が来るはずだったのに、一体どうしたのだろう?——
真紀はハッとする。何故なら彼の眼は焦点が合っておらず、動きもギクシャクしている。
——やばい。これ、何か妖術で操られている——
真紀は一瞬、ササッと周囲を見渡してから本来の姿に戻る。雪色の肌、紅玉の瞳、白銀の牙、真珠色の爪、そして目付きは虎のような鋭さ。
西根が口を開く。抑揚のない単調な声だった。
「吸血鬼に告ぐ。お前の男は預かった。返して欲しくば、糸を辿って一人で来い。日没までに来なければ、男は殺す。なお、ケータイは捨てろ、さもなくば……」
西根は右手で逆手に持った短い木の枝を自分の首にピタリと突きつける。一突きすれば頸動脈が破れるだろう。
西根の向こうにいるであろうアミをジロッと睨み付けつつ、勢いよくポイッとケータイを放り投げる。公園の下の階の方に落ちてカシャっと小さな音がした。相手が約束を守る保証はないので、彼から視線は離さない。
幸いなことに、西根はそのままドサッと倒れる。近寄ってみると気を失っているだけのようだ。その首筋の辺りから一条の銀糸が伸びていた。
傾いた西日から投げかけられる光は、次第に血色へと染まっていく。その中を真紀は人間の姿に戻ってタタッと走っていた。身に纏うのは、真紀の『衣装』——妖怪が生まれつき身に着けている服——の深紅のセーラー服。
一筋の銀色の輝きは細く人気のない道を選んで、その路上に途切れること無く続いている。途中、細い路地に横口が倒れているのに気付く。意識はないが、命に別状はないようだ。ほっと胸を撫で下ろす。
——あとは哲晴さえ助けられれば、これ以上の犠牲者が出さずに済む——
だがそこに、彼女自身は勘定されていない。

82妖怪に化かされた名無しさん:2020/03/20(金) 21:50:09
あれは転校して来て間もなくの頃だった。
放課後、学校内をうろついている真紀の前にアミが姿を現した。その腕に、眠れる女生徒——哲晴のクラスメイト長谷川浩子——を抱えて。
「あら、お久しぶり、吸血鬼さん」
アミはニマッと淫蕩な笑みを浮かべる。
「……ッ! 貴様……」
真紀は一瞬にしてサッと正体を現し、真珠色の鋭い爪が生えたスラリとした指の手を掲げ、相手をギンッと睨み付ける。
「あらあら、大声出しちゃ駄目でしょ? だぁって、この娘が目を覚ましたら、始末しないといけなくなるから」
アミは長めの舌をベロリと出すと、陶酔したような表情で抱えた彼女の首筋をツツッと舐める。
「や、止めろ!」
押し殺した声で制止をかける。
「だーいじょーぶよ。あたしの牙は痛くないから」
そのまま首筋にカプッと牙を突き立てるが、長谷川が目覚める気配はない。アミはニイッと笑みを浮かべてこれ見よがしに血をチュウッと啜ってみせるが、真紀は動けない。なぜなら、女郎蜘蛛の鋭い漆黒の爪は容易に犠牲者を切り裂けるから。
知らず知らずのうちに真紀の喉がゴクリと鳴るのは、どちらの意味だろう?
「ふふっ、あなたも欲しくなったの? この娘の血って、美味しいわよぉ」
口を離すと、ポツリとついた二つの傷口から牙に赤い糸がツウッと伸びる。アミはその小さな血の泉を真紀に示す。
「ほぉら、遠慮なんてしないで、貴女もお食事したらぁ? 今なら目を覚まさないわよぉ」
紅玉の瞳で、女郎蜘蛛をギロリッと睨め付ける。
「あら? それともあたしが口を付けたところじゃ、嫌なのかしらぁ? だったら……」
アミは、スッと眼を細める。
——殺気!——
「飲みやすくしてあげましょうか?」
「やめろぉっ!」
アミは鉤爪をギラリと一閃、長谷川の腹から胸にかけてがズバッと切り裂かれ、血飛沫がパッと飛び散る。
「ウッ!」
切り裂かれた彼女は眠りから目覚めるを覚ます間もなく白目を剥く。
——ここを、血で汚してしまった!——
衝撃を受けてピキッと凍りついている真紀を見て、アミは楽しげにくすくすと笑う。
「まったく、同じ吸血妖怪のくせに人間に尻尾なんか振っちゃって、ああ、気持ち悪い」
血を流す少女をポイッと放り出し、アミはダダッと走って窓からバッと飛び出す。
——追う? ……いや、救助を優先すべき——
しかし、倒れている制服姿の血塗れの少女の姿を見た途端、ドクンと心臓が跳ね上がる。息が、できない。頭の中が真っ白になる。手足がブルブルと震えて動けない。
真紀が動けずにいると、ガラリとドアが開いて男子生徒が教室に入ってきた。目が合う。その途端に正体がばれるという恐怖から硬直が解け、真紀はダッと逃げ出した。

83妖怪に化かされた名無しさん:2020/03/20(金) 21:52:04
デパートとなっている駅ビルの屋上のちょっとした遊園地、そこに一人の青年が居た。
特徴のない中肉中背で、スニーカーとジーンズを履き、白地に黒の横ストライプの長袖のシャツを着て、人の良さそうな垂れ目と柳眉に間の抜けた印象の大きめの口。背負ったナップザックから出した双眼鏡をピタッと目に当てて、町の景色を眺める。
「まさか、こんな原始的な方法で探すとはね……」
西日に照らされた街の中、青年の目には生物のみが独特の燐光に包まれているのが見える。生命が放つ光、オーラだ。
ふと、双眼鏡越しの視線を止める。空中に通常とは異なる生物、即ち妖怪のオーラが見えた。
「ん、あのオーラは貴之先輩か。今回来るって言ってたね。……お、あのビルの間に妖怪と人のオーラが……、あれか!」
念の為に360度全部をグルリと見て、他に空中の妖怪のオーラが無い事を確認してから双眼鏡を下げると、人の良さそうな目付きがギンと険しくなっていた。
「見つけたぞ、人殺しめ。あの場所は……」
地図を広げて場所を確認すると、屋上にある公衆電話に走る。
「もしもし、魅子ちゃん? DEADです」
「あんたねえ、ポケベルくらい持ちなさいよ! で、要件は?」
「ゴメンゴメン。多分、ターゲットを見つけた。場所は……」
その建物の名前を伝えると、彼は急いでガチャンと電話を切ってダダッと走り出した。

84妖怪に化かされた名無しさん:2020/03/20(金) 21:55:07
アミの糸を辿っていった先は学校だった。そこには教師などは残っている筈なのに妙に人気がない、恐らくは人払いの結界。糸は校舎の中に続いている。真紀はその奥の暗がりをキッと睨んでタッと駆け込む。
——総てが始まったここで、決着をつける——
糸の続く先は校舎の屋上だった。哲晴と話をした記憶もまだ新しい思い出の場所へバタンとドアを開けて見た先には、驚愕の光景が広がっていた。
血色の夕日に照らされた屋上の北側の端にベッタリと貼られて無数の太糸が、もう一つの棟へと向かって伸びていた。それは両棟の中央を経由して反対側へとピンと張られ、さらに渦巻き状の横糸で繋がれて巨大な蜘蛛の巣を形成していた。
結界に隠されているアミの巣は、校舎の屋上に張られていたのだった。
真紀はギョッとした。多分、今さっき貼られたものではない。恐らくは真紀が転校してくる直前、アミがこの学校に巣くう事を決めたときに……。
ツッと冷や汗が流れる。つまりこの学校にいる間、彼女はじっと見られていたという事だ。掌の上で踊らされ、友——それは人質候補や犠牲者候補と同義語だ——を作り、学園生活を謳歌していたのだ、なんという失態。
いや、今はそれより哲晴だ。彼女はブルリと頭を振って思考を切り替える。その命だけでも取り返さねばならない。
哲晴は、巨大な蜘蛛の巣の端の方に仰向けでベッタリと大の字に貼り付けられていた。
「うふふふふ。良く来たわね。約束通りこの男の子は解放してあげるわ」
彼女は口元からツウッと一筋血を垂らしたまま、妖艶に蠱惑的に淫蕩に笑う。
「ただ、あんまり遅いから、ちょっとつまみ食いしちゃった」
哲晴の上半身を拘束する糸をスラリと伸びた爪でスパッと切ってグイッとその上体を起こす。起き上がった彼の顔は青ざめ、その服の襟元はガバッと大きく開かれ、昨夜真紀の付けた肩口の傷痕が再びタラリと血を流しているのが見えた。
吸血鬼にとっては、血を分けてもらうパートナーへの咬傷は即ちキスの痕であり所有の証し。その印を他人が穿つのは、略奪の宣言に他ならない。
よくも、とつい思ってもすぐに思い直す。それは自分の一方的な劣情の産物である罪の証しにしか過ぎず、絆を結んでの契約の印ではない。とは言え、心はザワつく。
「だって、若くて震えてて、でも気丈に耐えてて、いたぶり甲斐があって本当に美味しそうなるんですもの」
そう発する朱唇を舌が妖しくペロリと一舐めし、胸の内を探るように真紀の紅玉の瞳をじっと見据える。まずは哲晴の安全が第一、ぐっと堪えてこの程度の安い挑発には乗りはしない。
「でもって本当に美味しかったわぁ。あなたが我慢出来ずに襲っちゃうのも、よぉくわかるわぁ」
ニィッと嘲りの笑みを浮かべ、鋭い爪で哲晴の下半身を拘束していた糸をプチプチと切り裂く。そこに殺気めいた雰囲気や、鉤爪で襲うような予備動作は感じられない。真紀はじっとその動きを目で追う。
「このまま食べちゃいたいくらいよ。でも、ちゃんと返すって約束だったもんね」
解放した彼の脇腹を両手掴んでヒョイと持ち上げると、屋上の手摺りの内側にストッと下ろす。
「はい。お姫様が助けに来たから、王子様は帰してあげる」

85妖怪に化かされた名無しさん:2020/03/20(金) 21:57:32
解放されたというのに哲晴の顔は青ざめ、困惑の視線で真紀を見る。アミは笑いを堪える表情で続けて、哲晴をスッと指さす。
「それでね。この坊やったら、貴女に尋ねたい事があるんですって」
手摺りから内側にグッと身を乗り出し、彼の耳元でさも楽しげにアミは囁く。
「さあ、尋ねてごらんなさい、『ここは、貴女の生まれ故郷ですか』って。さあ、ねえ」
真紀の全身にバシィッと衝撃が走り、闇すら見通す筈の目の視界がスッと暗転する。頭がグルグルする、脚がガクガクする、腕がブルブルする。
そのギクッと強ばった顔を見て、哲晴の顔にサッと恐怖の陰が差す。
——真紀は僕が物心つく前のこの街を知っている——
——真紀は17歳だ——
——生まれたばかりの妖怪は、その衝動のままに動く——
——そして17年前、この学校で吸血殺人事件が起きた——
凍り付いたようにじっと立ち尽くし、ダラダラと冷や汗を流す。その真紀の態度自体が無言のまま雄弁に答えを出していた。
「嘘、だよね? 真紀。真紀は正義の妖怪だよね?
 吸血鬼で、ちょっとお腹が減ったら人の血を吸いたくなっちゃう困った癖があるけど、善い妖怪なんだよね?
 人殺しなんてしない、人間の味方の妖怪なんだよね?」
答えられない、答える訳にはいかない。真紀はスッと目を逸らす。
「うふふふふ。ほらほらぁ、ちゃんと彼氏の質問にはちゃんと答えないと、ねえ?」
——もう、ダメだ——
——美姫ちゃんにも教えてない、ボクの秘密を知られてしまった——
——もう、哲晴の信頼は得られない——
——総て、終わってしまった——
顔を伏せたまま、真紀は震える声で答える。
「そうだよ。ボクが……、ボクが17年前に、この学校で人を殺した吸血鬼さ」
「そんな……」
哲晴は一歩下がる。真紀は俯いたまま、屋上の出入り口をサッと指さす。
「行って、早く。戦いの邪魔だから」
タタッと駆け出した彼がバタンとドアを閉めるのを背後に聞きいてから、真紀は顔を上げる。その両目から頬に流れる筋は、夕日の色に染まっていた。
「よくも、よくも、よくもおぉぉぉぉっ!」
ギンとアミを睨み付け、真紀は正体を現して真珠色の爪の生えた手を構える。
「あははははっ。結局のところ、あなただって人殺しの吸血鬼じゃない、それなのに人間の味方なんて気取っちゃってさ。バッカみたい」
アミも軽蔑の眼差しで真紀を眺め、その漆黒の爪の生えた手を構えた。
二人を染めるのは血色の夕日。
「シャアァァァァァッ!」
雄叫びを上げ、柵を越えてバッと飛びかかるアミとそれを待ち構える真紀。互いに黒白の爪を振るい、ガガッと斬り合う事数合、お互いに相手の斬撃を爪で受け流し、決定打はない。

86妖怪に化かされた名無しさん:2020/03/20(金) 21:59:19
「ふふっ、やっぱり日中じゃ力が出ないようね。随分と軽いわ」
タンッと一歩下がってからアミは嘲笑う。
「……だったら、これの方がいいわね!」
その場でヒュッと爪を振るい、真紀に向かってピュウッと粘着糸を飛ばす。タンッと軽やかなステップでそれを躱す真紀。日中の筋力では捕らえられたら最後だ。
放つ、躱す、放つ、躱す、放つ、ひたすら躱す。粘着糸は爪と違って受け流す事はできない、触れれば捕らわれる、だから真紀は屋上の構造物——貯水タンク——の一つを遮蔽物として身を隠す。
——ヤバイ——
真紀は吸血鬼だ、日中は力が出せない。だから普段は誰か——魅子や美姫といった転校生仲間や地元の妖怪——とコンビを組んで行動をする。しかし今回、日没前にも拘わらず単独での戦いになってしまった。助けも呼べない状況で、日没までの時間稼ぎもどこまでできるか……
考えながらも研ぎ澄ました五感が、頭上の気配を伝える。咄嗟に飛び退くと今まで立っていた場所に粘着糸、アミが上から狙っていた。
「あらぁ残念、気付かれちゃっ、たっ」
再びヒュッと蜘蛛糸の投射、真紀はヒョイッと躱してガッと壁を蹴って飛び上がりアミにブンッと爪を横一線。
「おおっと!」
アミはグッと仰け反って躱しカウンターで粘着糸、だが真紀は貯水タンクの角を蹴り上げ、反動でそのまま床に落ちて躱す。
スタッと着地して上を見ると、タンクの脇にアミの降りる気配。角から手だけを出して再びの粘着糸。避けつつアミとはタンクの反対側に回る。
「しまった!」
相手は蜘蛛だ、天然の罠師だ。真紀の胴がベタッと蜘蛛の巣に捕らわれた。恐らくは遮蔽物に隠れてた隙に蜘蛛の巣の罠を張られてたのだろう。
「クッ!」
振り解こうとするが、日中の少女としての腕力では振り解くのは不可能。
——詰んだ!——
「ふふっ、ひっかかったひっかかった」
アミがニタァッと嫌らしい笑みを浮かべて姿を現す。距離を置いたままヒュッと粘着糸を飛ばし、腕も動かせないしっかりと束縛する。真紀は、粘つく糸によって屋上の床に大の字に貼り付けられた。

87妖怪に化かされた名無しさん:2020/03/20(金) 21:59:57
「うふふっ。もう手も足も出ないわね」
アミは真紀に覆い被さり、間近でその顔を見る。
「ふふふっ、きれいな顔ね」
その雪のように白い頬を、鋭い爪が生えた指でそっと撫でる。
「苦痛で歪ませたら、きっとステキでしょうね。想像しただけで濡れちゃうわぁ」
真紀は喚かない、嘆かない、懇願しない。ただ紅玉の瞳の鋭い視線でギンと睨み付けるだけ。
「あら、心も折れないのね。ふふっ、とっても素敵だわ」
アミは真紀の胸に自分の豊かな乳房をグッと押しつけながら、顔を寄せる。そしてベロリと舌なめずりをしてから、真紀の左頬に舌を這わせようとする。と、ガチンッと真紀の牙が音を立てて口が閉じられる。なんとか首を動かして、アミの舌に噛みつこうとしたのだ。
「おお、怖い怖い」
アミはサッと身を引いて、ニヤリと顔を邪に歪める。
「貴女みたいな気丈な娘は、本当は二・三日かけてじっくりと楽しみたいところだけど、日が暮れたら逃げ出しちゃうのよねぇ」
チラリと西を見れば、山の稜線にかかる血色の太陽。
「残念だけど、さっさと済ませることにするわ。ま・ず・は、ご開帳!」
瞳にギラギラと淫蕩な輝きを浮かべ、ペロリと舌なめずりをしたアミは、ヒュッと爪を振るい真紀の深紅のセーラー服の胸元をスパッと切り裂く。が、切り裂かれた布は肌に張り付くように残っている。
「あら? ああ『衣装』なのね……」
妖怪が生まれつき着ている服は、言わば肌の一部のようなもの。本人が望まなければ少々破れても脱げる事はない。
「ざーんねん。じゃ、こっちに行きましょうかぁ」
アミはニィッと口角を上げた残虐な笑みを浮かべ、真紀の下半身に顔を近づける。そしてバッとスカートを捲り上げ、その白い太腿と下着を露わにする。
「ふふっ。やっぱりこっちなら捲れるのね」
真紀の頬にサッと朱が刺す。
「あら? あらあら?」
格好の玩具を見つけた喜びで、アミの口元がニヤリと邪にほころんだ。
「じゃあ、まずは味見っと。吸血鬼さんの血のお味は、ど・ん・な・なのかなぁ?」
左の内腿にツツッと舌を這わせ、ペロリペロリと幾度も舐める。
「クッ、止めろぉ」
顔全体をボウッと赤らめ、目の端にうっすら涙すら浮かべ、真紀は必死の形相で睨み付ける。
「ふふっ。美味しそうになった」
その羞恥に染まった顔をチラリと見、アミは口をクワッと開ける。そこから覗く鋭い牙を、真紀の柔肌にズブリと突き立て、チュウッと血を啜る。
妖怪は普通の生物よりタフだ。だからこの程度の傷=痛みなど、どうって事はない。だが、突如真紀の身体がビクンと震え、目がカッと見開かれ、瞳孔がギュッと縮まる。
「ヒッ……!」
アミが爪を引っ込めた左手で右の内腿をツゥッと撫で始める。それは次第に脚の付け根の方へと伸ばされてゆく。
「あっ、や、やめろぉ」
顔をカッと真っ赤に染め、目に涙を浮かべて激怒の形相で、太腿からチュウチュウと血を啜り続けるアミを視線で射貫く。それをニヤニヤと横目で眺めながら、アミは尚も左手を動かす。
「ウッ、クッ、フッ……」
真紀の両目から恥辱の涙が流れ落ちる。
「ふふっ。貴女、いろいろと美味しかったわぁ」
ようやくプハァッと口を離すと、ほうっと陶然としたうっとりとした酔った表情を浮かべる。
「もっと楽しみたいけど、そろそろ終わらせないと日が暮れちゃうのよねぇ」
アミは漆黒の爪の生えた両手を胸の前でザッと交差させる。
「じゃあ最後に、たあっぷりと楽しませて貰うわぁ」
両の腕を大きく振りかぶり、そしてシャッと振り下ろす、幾度も幾度も。その斬撃は浅く、薄く、弱く、すぐには致命傷にならないように皮膚を切り裂くのみ。真紀の全身からダラダラと血が流れ出し、深紅のセーラー服を濡らしてゆく。
「グッ、アッ、アアアッ!」
苦痛に耐えかねて悲鳴が漏れる。
「アーハッハッハ。貴女、素敵、素敵よぉ。もっと、もっと、もっとよぉ、もっと苦しみなさい! 泣きなさい! アハハハハハハッ」
怒りと快楽と嘲笑の混じった凄絶な笑顔で真紀を切り刻み続ける。真紀は苦悶と怒りと敵意の表情から、次第に観念の表情へと変え、苦痛の声も段々と弱く、小さく、力なくなっていく。

88妖怪に化かされた名無しさん:2020/03/20(金) 22:00:42
——ああ、ボク、死んじゃうんだ——
——ズタズタにされて、弄ばれて、血を吸われて死ぬんだ——
——仕方ないよね。だってボク、人殺しなんだもん——
——ここで17年前、罪もない娘を、殺したんだもん——
——だからあの娘と同じ17歳のとき、あの娘と同じこの学校で、あの娘と同じようにズタズタにされて、あの娘と同じようにここで死ぬんだ——
——ああ、きっとこれ、運命だよね。ボクに対する、罰なんだよね——
——仕方ないよね、運命だもん。仕方ないよね、罰だもん——
——仕方ないよね、ボク、人殺しのバケモノだもん——
——ああ、でも、哲晴を助けられて良かった——
「あらぁ? もう諦めちゃったのぉ? つまんないなあ」
アミは切り・裂き・刻むのを中断し、ニィッと邪悪な笑みを浮かべる。
「そうそう、良い事を教えてあ・げ・る」
アミは真紀の耳元にスウッと顔を寄せて囁く。
「あなたの彼氏ね、無事に逃げられると思う?」
生気を失い淀んだ瞳にサッと感情の輝きが戻る。しかしそれは不安、それは恐怖、それは絶望。
「あたしに協力してくれた『黄昏学園』の娘がね、あの男の子の首が欲しいって言ったのよ」
「ま、まさか……、首無しの真理華!」
魅子を敵視する邪悪で陰湿な妖怪で、趣味は人間の首のコレクション。それも敵対した相手の親しい人の首を切り取り、それを眺めて相手の苦しみ・怒り・嘆く様を想像して楽しむという、最悪の性格の持ち主。
なぜアミが真紀の過去を知っていたのか、その理由でもある。何故なら過去に散々敵対した相手だから。
「そうそう、そんな名前だったわね」
アミは心底愉快そうにクスクスと笑う。
「う、うああああっ! や、やめてえええええっ。お願いぃぃぃぃっ、あああっ、哲晴、哲晴、哲晴ぅ!」
彼女は初めて絶叫する。
「アハハハハハッ。ゾクゾクするわぁ」
彼女は酷薄に嘲笑う。
「あああああっ、ごめんなさい、ごめんなさい、巻き込んじゃってごめんなさいっっっっっっ!」
泣き喚き、もう助からないだろう彼に謝罪の言葉を叫ぶが、無論届くはずもない。
「大丈夫よぉ、最期に逢えるように、首を持って来てくれるって言ってたからぁ」
涙で濡れた深紅の瞳で、真紀はアミをギンッと睨み付ける。殺意が敵意が害意がブワッと膨れ上がる。
「貴様っ、殺してやる。絶対殺してやるっ! 死んでも生き返って絶対殺してやるぅぅっ!」
グッと渾身の力を込めて粘着糸を振り解こうとするが、まだ日は沈んでおらず、山の向こうから血色の光を投げかけてくる。
アミの蜘蛛の感覚に、階段を上る足音が聞こえる。
「ほうら、もうすぐご対面よぉ」
階段へ続くドアがガチャッと開く。そこから出てきた哲晴の首は、しかし胴と繋がっていて、彼は自分の脚で歩いて来たのだ。
「哲晴!」
真紀は涙でグショグショの顔に喜色満面の笑みを浮かべた。
「なっ!?」
階段に通じるドアから出てきた哲晴の無事な姿に、アミは困惑する。素早く蜘蛛の巣へと飛び移ると、糸電話の要領で校内の様子を探る。と、校舎の中で戦いの気配を感じる。巣の隙間からその辺りを覗けば、窓から校舎の中で戦う美姫と真理華が見える。
「ったく、役に立たない連中ね」
アミはそこをギロリと睨み付けて毒づいた。

89妖怪に化かされた名無しさん:2020/03/20(金) 22:03:03
話は数分遡る。
屋上から逃げ出した哲晴は、トボトボと廊下を歩く。その頭の中はグチャグチャだ。
真紀は悪の妖怪を退治する正義の妖怪で、だけど血に飢えると人を襲っちゃう妖怪で、さらには過去に人殺しをしたこともある妖怪で、でも自分を救う為に来てくれて……。
と、向こうから聞こえるタタッという足音。顔を上げれば見知った二人、魅子と美姫が廊下の向こうから駆け寄ってきた。
「あ、いた。大日向君だ」
「真紀ちゃんはドコ?」
二人は哲晴に詰め寄る。
「あ、お……屋上。多分、女郎蜘蛛と……戦っている」
歯切れ悪く答える。
「戦ってるって、まだ日中じゃない! なんでよ!」
魅子がなおも詰問する。
「ぼ、僕が人質にされて、それで真紀が呼び出されて……」
項垂れたまま目を逸らす。魅子は何か引っかかる物を感じて、彼の瞳を怪訝そうに見る。
「……!」
霊能者の持つESPレベルの直感がその奥に見える蟠る陰りに気づき、魅子が目を剥く。
「まさか、知っちゃったの? 真紀ちゃんの秘密を!」
彼の両腕を掴み、見上げてその目を見据える。
「う、うん」
「やっぱり!」
魅子が手を離して深刻な表情を浮かべる。
「え、秘密?」
美姫は怪訝そうな顔になる。魅子はふうっと息を吐くと、重々しい口調で告げる。
「この機会だから明かすけど、真紀ちゃんはね昔、人を殺したことがあるのよ」
「え?」
目を白黒させる美姫に、項垂れたままの哲晴。
「人間として生まれて、先祖返りで妖怪になった美姫ちゃんにはピンと来ないかもしれないけど、生まれたばかりの妖怪ってのは、本来とても強い”衝動”を持ってるのよ。
 そもそも妖怪は人間の想いの実体化したものよ。身体なんて『この妖怪はこういう能力を持っている』っていう想いから、物理法則だって無視して活動できるでしょ? 精神も同じよ、『この妖怪はこういう行動をする』っていう想いに縛られて、理由も意味もなくそういう行動をするのよ。
 そして、真紀ちゃんは吸血鬼よ。人の生き血を吸う妖怪よ」
「う、嘘ですよね、魅子先輩」
今まで微笑んでいるような美姫の表情が怯えに変わる。
「嘘じゃないわ。真紀ちゃんは17年前にこの学校で生まれて、そして吸血衝動に支配されて、一人の生徒を殺したのよ」
彼女と親しいものから改めて真実である事を告げられ、哲晴の心にガツンと衝撃が走る。美姫は衝撃を受け止めきれずに呆然と立ち尽くしている。魅子は交互に二人を見、さらに周囲に視線を彷徨わせる。

90妖怪に化かされた名無しさん:2020/03/20(金) 22:03:45
「真紀ちゃんはまだマシよ。その直後に理性を持ったんだから。でも、だから、真紀ちゃんは苦しんだのよ、後悔したのよ、悲しんだのよ、自分が人を殺してしまったって。そしてあたしは、真紀ちゃんに償いの方法を教えたわ」
魅子は軽く顔を伏せ、視線をキョロキョロと彷徨わせる。
「妖怪ネットワークってのはね、妖怪が人間社会で暮らす為の互助組織よ。決して正義の味方だの警察だのじゃないわ。
 そりゃ、あたし達『暁学園』には『黄昏学園』なんてロクデナシの敵がいるから、無辜の人々を守る為に戦う事だってあるわ。
 でも、ねえ美樹ちゃん、不思議に思わない? あたしたち『転校生』が引っ越すのは、正体がばれたり戸籍を変えるときだけでしょ? 実際、美樹ちゃんだって、引っ越すのは正体がばれたときだけだったでしょ? でも、真紀ちゃんは頻繁に引っ越している。
 それに今回みたいな”捕り物”への参加って、近くで起きた場合だけで、しかも普通は出張るだけでしょ? 今回みたいに。
 でも、真紀ちゃんは違う。真紀ちゃんはね、もっと積極的に狩りに行くのよ、遠方だったら引っ越しまでして」
目だけで周囲をぐるりと見回し、魅子は問うように美姫を見る。
「え、それって、まさか」
「ええ、そうよ。真紀ちゃんはね、暁学園でも妖怪退治を専門にしているのよ。
 あたしが真紀ちゃんに教えた贖罪の方法がそれよ。人を殺めたのなら、その分人を救いなさいって。
 あの娘はね、必死になって償いを続けたわ。何度も転校してその度に友達を失って、度重なる戦いで何度も死にかけて、正体がばれて迫害されたことだって数え切れない程あるわ。それでも必死になって、妖怪退治を繰り返したわ、人間を救う為に。
 あたしはね、苦しんでいる真紀ちゃんを救う為に、別の地獄に叩き落としたのよ」
魅子は悲痛な面持ちになり、スウッと息を吸い込む。
「あの娘は、もう何百人も救ってる。充分償いはしたじゃない! もう、許されたっていいじゃない!」
顔を上げて叫ぶ彼女の目の端に、ジワリと涙が浮かぶ。
「17年経って、逃げた妖怪が生まれ故郷の近くに来たから、ひょっとしたらこの学校に来たら真紀ちゃんは罪の呪縛から解放されるかもしれない、そう考えたわ」
今度は哲晴に向き、次いで視線をふらふらと彷徨わせる。
「中沢君、真紀ちゃんが君に出会えたとき、本当にチャンスだと思った。正体を知っても好意を持ってくれる人間、無理矢理血を吸われても仲直りしようとする人間。きっとそれが真紀ちゃんを救ってくれるって思った。
 でも、貴方は真紀ちゃんの秘密を知って、拒絶した」
グッと苦しげな表情を浮かべ、サッと視線を逸らす哲晴。
「魅子先輩。こんな奴ほっといて、早く真紀先輩を助けに行きましょう」
美姫はいつもの微笑みで固まった表情を捨て、真剣な面持ちで、辺りをキョロキョロする魅子を見る。
「そうは、いかないのよ。その辺にアイツが潜んでいるからねっ!」
魅子が不意に腕をサッと振ると、ポウっと輝く障壁が三人を包む。と、ガキィンと何かが弾かれて障壁と相殺される。弾かれてバラバラに砕け散ったのは、三日月型の透き通った材質の刃だった。
「なっ!」
美姫がサッと険しい顔をして、パッと刃の飛んで来た方に向き直る。その動きで揺れた長い髪が、下からの風を受けたかのように不自然にフワッと浮かび上がる。
「あーら気付かれちゃった。その子の首も、もらいたかったのにな」
廊下の暗がりの中からスウッと一歩踏み出したのは、一人の女子児童だった。白いブラウスに赤いスカート、その左手には緋色のゴム鞠、右手には水の入ったペットボトル、そして首から上は闇に消えている。
「う、うわああああぁぁぁぁっ!」
クスクスと笑う首無しの少女を見て、哲晴が魂消た悲鳴を上げ、ドッと尻餅をつく。
「真理華ぁっ」
怒気を殺気を凶気を孕んだ声で、魅子は首無し少女をギンと睨み付ける。美姫は、人の顔とは表情のみで悪鬼羅刹のそれに変わり得るのだと知った。

91妖怪に化かされた名無しさん:2020/03/20(金) 22:05:32
「首無しの真理華……」
美姫が緊張の面持ちでゴクリと唾を飲む。冷や汗がタラリと垂れる。黄昏学園幹部にして、陰険な隠謀家。学校の陰から陰へと渡る能力の持ち主。先程飛んで来たのは、彼女の妖術『ガラスの刃』だろう。
「お久しぶりね、魅子ちゃん。お元気だった?」
首無し故に表情の読めない筈の彼女だが、どこからか出している声により嘲笑っているのがわかる。彼女が右手のペットボトルをポスッと床に放り出すと、蓋のないそれからトポトポと水が零れ落ちる。
「気をつけて、それにも何かが潜んでいるから」
魅子はスタッと一歩前に出て、尻餅をついた哲晴と戦闘態勢の美姫を庇うように立つ。そして一呼吸置いて気持ちを落ち着かせる。
「やっぱりアンタだったのね。真紀ちゃんの事調べ上げて、生まれ故郷のこの学校に誘い込んで……」
「ピンポーン。大・正・解っ! いっやあ、まさか本気で転校までしてくるとはね。しかも都合良く彼氏まで作ってくれたから、心をズタボロにするのに丁度よかったよ」
真理華は広げた右手を本来口がある辺りに上げ、キャハハと笑う。
「あとは”仕上げ”をしようと思ったのに、とんだ邪魔が入っちゃった」
「仕上げ?」
美姫が鸚鵡返しに問う。魅子は表情をさらに険しくする。真理華は口元の辺りに手を当てたまま仰け反って笑う。
「あ、魅子ちゃん。カズ君の首、返してあげるからさあ、代わりにその男の子の首、くれない?」
言うが早いか真理華はブンと右手を横に振るう。瞬時に透き通った三日月状の刃がヒュッと飛来し、再び張られた輝く障壁とガツンと相殺される。弾かれた刃の軌道は低い。それは丁度尻餅をついた人の首を刎ねる位置。
「真理華ぁぁぁぁぁぁぁっ!」
狂鬼の激怒の必殺の表情で魅子がグワッと飛びかかる。外見は小学生と中学生、体格的には魅子が有利。
だが次の瞬間、バシャアッとペットボトル側の水溜まりが爆ぜ、そしてそこからビュルッと幾条もの黒い筋が空中の魅子に向かって伸び、ガシッと掴む。
「し、しまっ……」
言い終わらぬうちに、その身体はドボンと引き摺り込まれる、深さ数ミリしかないはずの水溜まりへ。
「キャハハハハハッ、やっすい挑発に乗っちゃってさあ、バッカみたい」
恐らくは無い顔に侮蔑の笑みを浮かべ、真理華は再び仰け反り笑う。
水に関わる髪使い、美姫には心当たりがある。プールを縄張りとする黄昏学園の『水死した女生徒の霊、美奈喪』だ。水底から水泳の授業中の児童や生徒を髪の毛で搦めて引き摺り込み、溺死させる邪悪な妖怪。
「……!」
美姫の腰まである髪が一瞬フワッと浮き前方へヒュッと伸びる、真理華を捕らえるべく。だが、それは更なるガラスの刃でスッパリと切り落とされる。
真理華を捕らえ、或いは切り裂くべく幾度となくヒュッと伸ばした針女の黒髪は、総てガラスの刃でズパッと迎撃される。
千日手。

92妖怪に化かされた名無しさん:2020/03/20(金) 22:06:03
美姫は戦士だ。高校生であるものの、暁学園に属する正義の妖怪として悪の妖怪達と幾度も命のやりとりをしている。だからこんなときでも冷静に判断し、すべきことはすぐにわかる。
「中沢君!」
正面を見つつ、背後に庇っている未だ腰を抜かしたままの少年に語りかける。
「は、はい」
目の前の超常の戦いに呆然としていた少年は、ハッと我に返る。
「悪いけど、とっとと逃げてくれませんか? 庇いきれそうにないですから」
眼前の仇敵から視線を離さず、背後に語りかける。
「は、はい」
美姫がチラリと横目で見れば、彼はのろのろと立ち上がったところだった。
「あと、できれば真紀先輩を助けて欲しいんです」
彼が一瞬ギクリと強ばる。
「真紀先輩は、他人の血を吸うとパワーアップできます、昼間でも」
さらに黒髪の刃とガラスの刃がガキンと打ち合う事数合、しかし美姫の背後の気配は動かない。仕方なしに、彼女はギリギリの賭けに出た。
ゆらりと歩み、哲晴の左横へと移動する。先手はこちらからだから敵は後手、つまり攻撃への受けに回らざるを得ない。だから取り敢えず哲晴へ攻撃はされないだろう。
「真紀先輩を、死なせたくないですか?」
真理華へ攻撃をしつつ、美姫は問う。
「う、うん」
力なく答える。
「真紀先輩のこと、まだ好きですか?」
美姫は攻撃をしつつ再び問う。しかし答えは沈黙だ。
「好きなんですか!?」
再度強く問う。
「あ、ああ」
ようやく帰って来た答えは是だった。だが彼はまだ動かない。
スウッと一息吸ってから、美姫は右腕で哲晴の胸ぐらをグイッと掴む。顔を彼に向けつつも、視線は真理華から離さない。勿論、黒髪による攻撃も途切れさせない。
「テメエ! 惚れた女が殺されようとしてて、お前なら助けられるのに、何もしないつもりかっ。このフニャチン!」
その刹那、髪での攻撃は滞り攻守は逆転する。今度は真理華が放つガラスの刃を美姫の髪が受ける形だ。しかも困った事に相手の命中精度の方が上で、こちらの迎撃の髪をすり抜ける。美姫はやむを得ず左手を犠牲にして受けた。パッと血飛沫が舞いザクッとした痛みが走る。
しかし、幸いにして怒気を込めた言葉や血飛沫は彼の魂に届いた。
「あ、ああ。解った」
呆然としていた彼の表情に、僅かに覇気が浮かぶ。
「だったら、行って下さい、早く!」
哲晴は振り返らず、ダダッと駆け出した。

93妖怪に化かされた名無しさん:2020/03/20(金) 22:29:58
真理華と美姫の攻防は続く。
「キャハハハハッ、”フニャチン”だって。貴女そういう言葉も使うんだ」
ガラスの刃による攻撃の手を緩めず、真理華は笑う。
「単なる受け売りですよ、DEADさんの」
美姫も黒髪で攻撃を受け、できなければ躱す。しかし躱しきれず浅い切り傷がいくつかできる。
「まさか、『始末屋DEAD』!?」
問い返す。その声色には嘲笑はない。
「ええ、もうすぐここに来ます。女郎蜘蛛の結界を見破ったのもあの人です」
針女は勝ち誇ったようにニヤリと笑う。
「クソッ!」
苛ついたように腕を大きくブンと振ると、ガラスの刃がヒュッと飛んでくる。
「だから、時間稼ぎだけで充分なんです」
黒髪の刃はスカッと空を切り、胴への直撃を避ける為にやむを得ず再び左手で受ける。妖怪の身体は人間よりはるかに頑丈で痛みにも強い。とはいえもう左腕で受けるのも限界だ。
「ふふん、その前に貴女くらいなら切り刻めそうね」
真理華は口もないのに饒舌だ。そして目もないのに狙いも確かだ。美姫は相手の視線から攻撃を読む事ができない。だから受け損なって、正直ジリ貧だ。
——首無しの真理華——
——鞠突きの少女幽霊——
——鞠突きの少女で、頭がない?——
彼女は右手を振るって刃を飛ばし、左腕では緋色の鞠を小脇に抱え続けている。
——まさか!——
咄嗟に右腕を犠牲にしてガラスの刃を受けると、血飛沫とともにズンと痛みが走った。そして空いた髪がヒュルッと伸びて真理華の腕の鞠を掴み、グイッと引き寄せる。
美姫はなんとか動く右手で鞠をパシッと受け取ると、真理華の動きがピタリと止まった。
「やっぱり、ね」
そう言って、美姫は真理華に髪の毛の巻き付いた鞠をズイッと突き出す。
「これ、貴女の首でしょう?」
ボールがグニャリと変化し、おかっぱ頭の凶悪な表情の少女の生首となる。その目が美姫をギロリと睨む。
ニヤッと凄絶に笑った美姫の黒髪が、生首にギリッと食い込み、首無し少女の身体が苦悶にブルリと震える。
「や、止めろぉぉぉぉ!」
絶叫を上げた真理華の首はズバッと両断され、そして胴体ともども幻のようにスウッと消え失せた。

94妖怪に化かされた名無しさん:2020/03/20(金) 23:00:23
美姫は周囲の様子を探るが、自分以外の気配はない。フウッと息を吐いてその場にくずおれる。全身が重く怠く疲れ切っているし、両腕も傷もズキズキと傷む。
真紀先輩のところへ駆け付けたいが、強烈な疲労感で身体が動かない。それに水に引き込まれた魅子先輩の事も心配だが、異空間の水の中には自分は手出しできない。
今の自分は唯の一人で何も出来ない。それはとても心細い。
——こういうとき側に居てくれたら——
ふと、クラスメイトの少年の事を思い出してしまう。山の神の血を引き、それゆえにお多福っぽいぽっちゃり顔で、スケベで好色で女好きの半妖アイツ。
と、そのとき、哲晴が去ったのと反対側の廊下からタタタッと駆け寄ってくる人影があった。
「美姫ーーーーっ! 大丈夫か!?」
それは聞き覚えのある声、ここでは聞けるはずのない声、そして今聞きたかった声。
「み、光流なんでここに?」
巻田高校の制服である学ランに身を包んだ、ぽっちゃりとした顔つきの眼の細い少年手塚光流が美姫に駆け寄る。彼は数度深呼吸して呼吸を整える。
「今日は、今日だけは来なきゃいけないって気がしたんだ」
彼もまた、ESPレベルの直感の持ち主だ。
「だから、魅子ちゃんに電話して……なんとか、間に合ったのかな?」
ケータイもポケベルも持って無いはずだから、おそらく直感だけで学校にいると思って来たのだろう。魅子ですら困難だったというのに、この少年は執念というか何というか……。
——愛の力——
美姫は突然思い浮かんだ言葉にギョッとする。と、突如光流は両手で美姫の両手をしっかりと握る。彼女の顔が、一瞬でボッと耳まで真っ赤になる。
「え、な、何」
狼狽える美姫に彼は優しい視線を投げかける。
「バカ、ヒーリングだよ。腕がズタズタじゃないか」
美姫が身に纏う巻田高校の制服であるセーラー服の袖はズタズタに切り裂かれ、血が滲んでいる。
握られた手からポウッと暖かい力が流れ込み、美姫の両腕の痛みがゆっくりと和らいでいく。同時に心にも何か暖かいものが流れ込んで来た。

95妖怪に化かされた名無しさん:2020/03/20(金) 23:02:31
あれは数ヶ月前の巻田高校への転校初日。突如襲ってきた髑髏の亡霊を髪で切り裂いたのを光流に目撃され、テンパって髪で彼をグルグルに縛り上げたときの事だった。
「今見た事は、絶対に喋らないで」
グッと詰め寄ってそう脅す美姫に、光流はポッと頬を赤らめて答える。
「わかった。こんな美人と秘密を共有できるなら、喜んで黙るよ」
笑顔でそう言い切った、女好きで好色でスケベな奴。その後の亡霊武者との戦いの最中、山の神の血を引く半妖である事がわかり様々な能力に目覚め、頼もしいパートナーとなった奴。
そして今、普通はありえないときに駆け付けてくれる、信頼すべき仲間。


「ありがとう。助かりました」
そう言いつつ、顔がいつもの微笑みに戻るのがわかる。
「他の人達は?」
傷を癒やし終わって、その代償として疲労した彼はガクリと膝を付いて尋ねる。
「真紀先輩は屋上で戦ってて、ピンチみたいです。魅子先輩は、そこの水溜まりに引き摺り込まれました」
顔を向けて、転がっているペットボトル脇の小さな水溜まりを示す。
「早く先輩達を助けないと……」


突如髪の毛に絡みつかれ、魅子はそのまま深さ数ミリの水溜まりに引き摺り込まれる。床に広がっている薄い水の幕の下には、足の付かない深みがあった。恐らくは美奈喪が水から水への移動に使う、異空間の水路だろう。
咄嗟にスゥッと一息空気を吸えたのが幸いした。息を止めるのは得意な方だから、これでしばらくは保つ。取り敢えず明るい水面へと脱出しようと泳ぎ出すが、グイッと足を引かれる。髪の毛はまだ絡みついたままだ。
髪の毛の続く先にはスクール水着姿の美奈喪。今まで無表情だった彼女は、ニタァッと勝ち誇った笑みを浮かべる。それは壮絶で邪悪で凶暴な笑みだった。
「そこへは行かせない…、キラキラ輝くあそこへ浮かび上がれるのは私だけ……、お前は水底に沈む……」
魅子は振り向き、落ち着いて自分の周囲にボウッと光る障壁を張る。美奈喪から魅子へと伸びた黒髪が、障壁にかかっている部分でジリジリと焦げていく。
美奈喪はグッと顔をしかめ、さらに二本目・三本目の髪を放つ。が、それは既に張られている障壁にバシッと弾かれる。
しばしの攻防の後、新たな髪での拘束を諦め、美奈喪は未だ絡みついている髪をグイッと引きつつ後ろへ泳ぐ。魚の様に水の中を自在に移動できる相手だ、魅子は抵抗らしい抵抗もできずにそのまま引き摺られて沈みはじめる。
突如、魅子の周囲の障壁が解除される。
「死んだ……?」
しかし次の瞬間、美奈喪はバシッと背中に衝撃を受ける。振り向けば背後に障壁が張り直されていて、そこに激突したのだった。次いでドンという正面からの衝撃。見れば引き寄せられ魅子が彼女に激突し、ガッシリと組み付いて障壁に押しつける。魅子の顔にニヤッと勝利の笑みが浮かぶ。
逃がしてくれないのならば、逆に懐に飛び込んで焼き殺すのみ。その逆転の発想により、ホームグラウンドたる水中にも拘わらず、美奈喪は劣勢に陥ったのだ。
「ウアッ!」
背を焼く電撃や炎にも似たジリジリとした痛みに美奈喪は必死にジタバタと藻掻き、なんとか引きはがす。すると背後の痛みが消え、再びヴンッと障壁が張り直される。三度目の障壁は、美奈喪をスッポリと包みこむ形。
魅子は自分の足に巻き付いている美奈喪の髪をグイッと引っ張る、すると彼女は今度は顔面から障壁にバシッと叩きつけられる。水中は彼女のテリトリー、しかし咄嗟に踏ん張ろうと動かした手足もまた結界に触れジリジリと焼かれる。
美奈喪は狭い檻の中に閉じ込められたのだ。わずかでも身じろぎすれば身を焼かれる。
身動き出来ずにいる彼女を尻目に、魅子は足に巻き付いた髪を障壁で焼き切って上へと泳ぎ始める。悔しいが突破できない以上、障壁にぶつかっても徒に身を焼くのみ。文字通り手も足も出せずに泳ぎ去る敵を睨み続けていると、やがてもう充分と見たのか障壁が解除される。
追いかけても今の二の舞だろう、そう思って美奈喪は異空間の水路を暗い水底の方へとスウッと沈み込んでいった。

96妖怪に化かされた名無しさん:2020/03/20(金) 23:04:41
障壁は解除したのではない、維持できなくなったのだ。何故なら魅子の意識が途絶えたから。
美奈喪が去ったため魅子の身体は異空間からはじき出され、廊下の水溜まりの上にザバッと浮上する。
「魅子先輩!」
仰向けに倒れている彼女に、美姫と光流が駆け寄る。
「大丈夫、生きている」
彼の目はオーラ視覚を持つ、生命を輝きとして見る事ができる。
尤も、妖怪はその超常の生命力で超自然的な構造の肉体を維持している。だから妖怪は死ぬと大抵は肉体が崩壊する、即ち肉体が五体満足なのはまだ生きている証拠なのだ。
次いで彼は首筋に触れる。
「脈はある。けど、息してないぞ!」
美姫はバッとその場にしゃがみ込むと、魅子の頭を仰け反らせ、その鼻を摘む。
「気道確保!」
彼女は迷うことなく、大きく広げた口で魅子の口の辺りを覆う。マウス・トゥ・マウス。フウッ、フウッとリズミカルに息を吹き込む。
彼女が息を吹き込んでいる間、光流は魅子の手を取り脈を確認しつつ、なけなしの体力を費やしてヒーリングを行う。
程なくして蘇生はなった。ビクンと魅子の身体が痙攣し、ゲホゲホと咳き込みながらゆっくり目を開く。
「先輩っ!」
「魅子ちゃん」
二人が見守る中、彼女はゆっくりと上体を起こす。
「助かった。ありがとう、美姫ちゃん。手塚君も」
ふと、悪戯っぽい笑みを浮かべて、人差し指で自分の口をツツッとなぞり美姫を見る。
「あ、ひょっとして”初めて”をもらっちゃった? ゴメンね」
最後の一言を言うとき、魅子は美姫ではなく光流に顔を向けていた。二人とも顔を赤らめる。
「あ、あの、マウス・トゥ・マウスは唇同士を触れさせませんから」
軽く凄んでみせる。
「あ、そっか、ごめんごめん」
魅子はことさらケラケラと笑う。
——もう平常運転ってことですよね、先輩——
美姫はフウッと息を吐いて顔を緩ませる。
「えっと、真紀ちゃんを助けに行かないと」
光流が疲れ切った身体でのそりと立ち上がる。
魅子は軽く目を瞑って意識を集中する。
「うーんとね、それがどうも終わったみたい」

97妖怪に化かされた名無しさん:2020/03/20(金) 23:05:57
校舎の屋上、太陽は山の端に隠れつつも、未だ西の空を血色に染めている。
生きたまま現れた哲晴を見て、女郎蜘蛛は状況を確認するため巣の上に飛び移り校舎の中を覗く。
——チャンスだ!——
深紅のセーラー服に身を包み、血色の夕光に照らされた真紀。その服には濡れたような跡、恐らくは彼女の血だろう。今すぐ助けないと。
哲晴は床に大の字になった真紀にダダッと掛け寄り、その傍らに伏す。その肩はすでにはだけられている。そこに穿たれているのは、二つの罪の痕。昨夜に真紀によって付けられた劣情による咬傷と、つい先刻つけられた略奪の為の無理矢理の吸血の咬傷。
「真紀! 血を吸うんだ。早く!」
それだけで総ては通じた。
それは許可、それは許諾、それは許容。真紀の吸血を促す言葉。真紀への給血を行う言葉。
真紀は満面の笑顔で、罪の傷口を上書きするべく林檎の如く赤い唇で昨夜と先刻の傷口に口づけをする。唾液で再び開いた咬傷からは舌にカッと甘く熱く力強い感触が流れ込み、そのルビーの滴りはサァッと口腔を潤し、スルリと喉を滑り落ちていく。同時に、彼の熱が力が命がズルリと真紀の身体に流れ込む。
真紀の輝くばかりの笑みを浮かべた顔が、今度は正面から右の肩口に近寄り、口づけをし、傷口を優しく舐め、血を啜る。
カッと熱い。昨夜、牙を受けたときよりも遙かに熱い。そして哲晴の四肢から力が急激にスゥッと抜けていく。
——僕が吸われる。吸われていく——
——真紀に、血とは別に活力が吸われていく——
——僕の命が吸われていく——
——ああ、これが真紀のパワーアップの原理なんだ——
文字通り彼女に力を貸し、助ける事ができる。ああ、それは何と言う至福。
真紀はベリリと蜘蛛糸の拘束を引きはがし、右腕でグタッとした哲晴をしっかりと抱いたままスックと起き上がる。その口は未だ哲晴の許諾の印に口づけしている。
蜘蛛の巣上のアミはようやく振り向き、真紀と目が合う。吸血鬼はその美しき顔にニッと不適な笑みを浮かべる。
哲晴の活力を粗方吸い終わってから、真紀はプハッと口を離す。血混じりの唾液がツウッと糸を引く。
もはや彼の四肢はすっかり力を失い、ピクリとも動かす事はできない。
「有り難う。暫くすれば戻るから」
ニコッと微笑んで彼の身体を優しくそっと横たえる。

98妖怪に化かされた名無しさん:2020/03/20(金) 23:08:34
「ふうん、回復のつもり? やっぱり貴女も人の生き血を啜る妖怪じゃない」
アミは眼を細め、真紀に向き直る。
そんな彼女に対して、真紀は真珠色の鉤爪を構えギンと睨みつける。横たえられた彼から見れば、後ろ姿ながらそれはとても凛々しく力強く頼もしく、そして綺麗だった。
真紀は鉤爪の生えた手を振り上げ、床をダッと蹴って駆け出す。アミも漆黒の鉤爪の生えた手を構えてシャカシャカッと駆け出す。
中間地点、丁度屋上の柵の内側で、双方互いの鉤爪がガキンと打ち合う。真紀の一撃はさっきより重い。そして何より速い。
「クッ、そういう事か……」
アミの額にジワッと冷や汗が浮かぶ。さらに数合の攻防が繰り返される。
——ボクの中に哲晴の力がある——
——ボクの中に哲晴の力が漲る——
——今、ボクと哲晴は一つになって戦っている——
ああ、それは何と言う至福。
真紀の士気は戦意は闘志はこれまでにない程膨れ上がり高まっている、実際には満身創痍にも関わらず。
敵はこれ以上の負傷には耐えられないだろうと、アミは一気に畳み掛けようと渾身の力を込めて漆黒の鉤爪をブンッと振るう。
真紀はヒラリと躱す。
振るう。躱す。振るう。躱す。振るう。躱す。
横たえられた哲晴から見ると、まるでそれは風変わりなダンスのよう。邪悪で凶悪で残忍な魔物の放つ無骨で粗暴で殺意に満ち満ちた斬撃を、麗しく美しく凛々しい想い人が優雅に華麗に巧みなステップで躱してゆく。
——ああ、とても美しい——
思わず顔が赤らむ。
やがて真紀はトンッと真上へと跳躍し爪の斬撃を躱す。そしてくるりと一回転してアミの後ろ側にストッと着地。そして間髪入れずにその背中にバッと組み付く。
「なっ!」
同時に、驚愕するアミの白い首筋の左頸動脈の位置に真紀の白銀の牙がズブリと打ち込まれる。傍目から見たその捕食者としての姿は、とても恐ろしく禍々しく、しかし美しい。
妖怪はタフである。人間なら致命傷であるはずのその傷でも死ぬ事はない。
「クッ、離せっ!」
捕らわれた女郎蜘蛛は顔を凶暴に歪め、見苦しくジタバタと足掻いて引きはがそうとする。なんとか自由になった右腕をビュッと振るい、真紀の顔に爪を突き刺そうとする。
真紀はパッと口を離し組み付きを解き、サッと避ける。
「ア、アアアアッ!」
凶悪な怒りの形相を浮かべ、アミは右手で血を垂らす首筋の傷をパッと押さえる。しかしもう遅い。
「チクショウ、チクショウッ!」
カッと目を見開き、悴んだようにぎこちなくなった自分の両手を見る。
真紀はその白銀の牙の覗く口元にニイッと禍々しい笑みを浮かべ、その血塗られた唇を右手でグッと拭う。
「死ねえええっ!」
アミは叫んで真紀の首を刎ねるべく、大振りに横殴りに爪を振るう。
遅い。
真紀は素早く僅かに上体をスッと反らして躱すと、逆にアミの喉笛を狙って横一閃に爪を振るう。哲晴とアミの力を吸収したそれは正に神速、避けも受けもできない。アミの喉がスパッと切り裂さかれ鮮血がパッとしぶく、だがまだ浅い。
間髪を入れず、真紀は流れるような動作でスッとアミの懐に入りその左胸を真珠色の爪で穿ち、舞うように離れる。
「グッ……うああああああっ!」
ダラダラと流れ出る血で胸元から腹までを汚しつつ、アミは凶悪な表情で滅茶苦茶にブンッブンッと鉤爪を振り回す。
その幾つもの斬撃を再びスルリと躱して近寄り、真紀は先程開いた喉の傷に血染めの爪を突き立てる。
「……っ!」
クワッと目を見開いた絶望の表情まま、アミの動きが止まる。
「ねえ。キミはボクを同じ吸血妖怪だって言ってたよね。でもね、キミ、誰かに血を分けてもらった事ある? それが、化け物のキミとボクの違いさ」
その耳元でボソリと囁くと、アミの身体はグニャリと溶けけバシャッと崩れて僅かな血溜まりと化し、それもすぐに乾いて屋上の染みと化した。
その手に掛けた相手の事を思い、真紀はほんのつかの間だけ悼むように目を瞑る。


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