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長年、悟り系真理探求してきた者だが質問あります?

446り改め りょうせい:2025/11/30(日) 12:32:17 ID:6HBHTTIc0
>>439
おっしゃる通りです。
ある意味、本当に真理探求の直接的な知識が開き始めるのは、まさにその地点からかもしれません。
エゴが自分の、(ある意味で)愚かさを、
直視し外側の責任にしてきた構造を見抜き、
「これは夢のドラマを本気で信じ込んでいただけだった」と理解する。
そこに至ること自体が恩寵であり、祝福であり、そして厳しい浄化のプロセスに耐え抜いた者だけの気づきです。

447幸せな名無しさん:2025/11/30(日) 23:21:36 ID:FdQYoOu20
最近こちらのスレッドを読むのが楽しいです!りょうせいさん、皆さん、ありがとうございます。
今私は、その時その時の自分(個)に最適なものが用意されているという感覚が強いです。
このような掲示板の書き込みに興味を持ったり、書き込みをしたりすることも。何かしらに後押しされている感覚がずっとあります。
全てが恩寵なのだと少しでも感じられると、エゴで嫌がっていたあれやこれやをも微笑ましく見守る視点が、微かかもしれないが確実にあると感じます。
特に質問があるわけではないのですが、今のこの感覚をこのスレッドに書き留めておきたくなりました。

448幸せな名無しさん:2025/12/01(月) 06:08:27 ID:0krOS45w0
>>440
詳しくありがとうございます、真理系の勉強にもなりますね
結局これに方法も関係もないんだけど色々ある中からやりたいことやるしかないって感じでしょうかね
やってることと言えば自己観察(思考観察?)とか瞑想の時間を設けるですかね
あとエゴとエゴ以外って何だろうと考えるとか 本当の私とは何かと考えるとか
書いてある中だとアドヴァイタが近そうですね
あとここでりょうせいさん(真の)の文を読んだりやり取りすることにも期待感があるかも

449幸せな名無しさん:2025/12/01(月) 10:27:22 ID:bP0USNok0
>>424
>レッスンが始まる

ええ、試されます。疑いが強まり全部否定していた時も、頭の片隅では試されてるのかという理解はありました。
なんだかんだで今はかなり楽になっています。ただ他のことで誤魔化した部分もあるのか深層では残ってるようで、夢の中で出てくることがある。
実現させないといけないことかもしれません。これに関しては自分から動く気はさらさらなくて、起きてほしいような起きてほしくないような、起こるんなら起こるんでしょ、というスタンスです。
そうは言っても、真の私はそんなあれこれに縛られてはいない、問題など始めからない。
しかしストンと落ちて定まることはない。で、原因は?となってループにはまる。そこで祈りが起こる。
こんな感じです。

>>440の話、私も統合か交互タイプですね。
最初に直接知識と強いバクティが起こり、しだいにバクティは弱くなっていきました。
でも智慧の道(直接知識)も最後は明け渡し(バクティ、「それ」を想い全託する、祈る)で最終決着する予感がある。
知識も明け渡しも、その他瞑想などどんな修練も「それ」の目前で終わる時は同じことになっている。
ただ静かに在る時は、知識も明け渡しも瞑想も祈りも全部同じです。
同じではあるが、最後は辿ってきた道自体が超えられない壁になる。
ラーマクリシュナはバクティでは決着せず、最後は識別を授からなければならなかった。
一つの道だけではいけないと思いますが、どうなんでしょうか?
最後に道からジャンプして離れる瞬間は語れない領域の恩寵ですかね。

>>438>>439 は両方とも私です。
カルマの話の流れで段階の違う過去の記憶が出てきたようで、書いてしまいました。なんかキャラも少し変わってます。
混乱状態の間に失った知識や気づきが、書くことによって戻ってくるようです。それが良いのか悪いのか、書いた直後は後悔しました。
先ほどの話のように、得た知識気づきの記憶を失うのは祝福なのでしょうか?

p.s.
しかし、もう完全に願望実現の話とは離れてしまいました。
探求の道に入ろうとしている方にはぶっ飛びすぎていて、変な人が訳分からんこと言ってると思うでしょう。
なんか不思議で面白そうくらいに思ってもらえるとありがたい。

450幸せな名無しさん:2025/12/01(月) 15:01:35 ID:rOulcmJI0
>>443
ありがとうございます。
>「根深い想念や、潜在的な傾向」をしっかり見ていくテーマ
↑そう思います。沢山の観念が貼り付いていて身動きが取れません。
絵と言っても、そんなすごいものを目指しているわけではなく(そもそもすごいものなんて描けない)
ちょっとしたもの、何かそれが描いてあるとホッと和むような、そんな感じの
楽しく気軽に描けて、絵に楽しい気持ちを込められて、見た人が少しだけホッとしたり
和んでくれたりしたら嬉しいなあ、というその程度のものです。ただ肝心の「楽しく描く」が
出来なくて、気持ちも乗らなくて、抜け殻みたいなものしか出来なくて、それが嫌で
今は描くのをストップしている状態です。

大きな私には輪郭がない。愛にも輪郭はない。個の私には輪郭がある。
個の輪郭=エゴのような気がしました。なので輪郭を消して大きな私に触れてみたら
個の私の中に大きな私が入ってくるような感覚になりました。

>>440に書かれていた、2. 明け渡しタイプの中の
>「私を燃やしてください」みたいな陶酔
>純愛型タイプの道
↑これ良いですね〜!強く惹かれます。大きな私くんor大きな私ちゃんに
メロメロになって溶かされたいです。あなたはコーヒー私はミルク、溶けあうふたり
って頭沸いてるじゃないですかー!?コーヒー飲むなら沸かすのはお湯だっ!笑

451幸せな名無しさん:2025/12/01(月) 15:35:58 ID:dqO9v4aA0
カルマの質問をした者です。

こういう探究を始め、また深めると、知ったわたしが出てきてしまいます。
心のどこかで無意識のうちに他人を見下してしまってるんじゃないかって感じるんです。「そうじゃないよ〜」とか思ってる瞬間に気づいて自己嫌悪というか。。
分離していることに気づいて都度修正していくようにしているのですが、こういう時はどうすればよいでしょうか?

452幸せな名無しさん:2025/12/01(月) 19:32:59 ID:oFQTBAsY0
>>451
あなたの言う探求が心理観察(エゴによるエゴの観察)であれば、エゴが付いて回るのも分離感も当然です。
しかし心理観察は真理探求のための大切な土台になる。
これをやり切ろうとするなら非常にきつく苦しい。私はそうでした。
エゴの世界の苛烈さを味わい尽くした子供時代、20代での苦しい心理観察は、大きな宝となった。
エゴの構造を徹底して見破れば、「私」の正体を突き止める真理探求に入ってから楽に進歩するし、得られる恩寵も大きい。
分離感で苦しむほどやり切ったのなら、真理探求に入る準備が整ったということだと思います。
エゴの中身を調べるのではなく、「私」という感覚は一体何なのかを突き止めることです
私はあなたのような状態から真理探求に入るまでの間は、3年ほど好きなことやって思いっきり楽しみましたね。
それでエネルギーが充電されてから自然と真理探求に入った。まずは真理系の本を読むことと瞑想でしたね。
苦しみながらじゃなく、ワクワクしながらでしたよ。
焦燥感で何をすればと悩まず、ひとまずボケーっとして楽になり、したいことが出てくればなんでもいいと思います。

453幸せな名無しさん:2025/12/02(火) 00:34:54 ID:Y9lz6.oM0
悟りを得た者は因果やカルマがわかるとか?
実際りょうせいさんは相当な洞察力を持ってそれらを語っているように思えます

>>451
>>分離していることに気づいて都度修正していくようにしているのですが
それでいいんですよ。435の人かな?情報の価値って「恐れ」なんですよ
ニュースで可愛い動物のニュースしか流れなくなったら困るじゃないですかw

454幸せな名無しさん:2025/12/02(火) 02:04:59 ID:ErSnlWAY0
りょうせいさんに質問です。
どうしても許せないこと、受け入れられないことにはどう向き合えば良いでしょうか。
例えば、親のこと。
こんな親の下で生まれたくなかったと思います。
憎んでいます。何十年も、感じきっても消えません。

455幸せな名無しさん:2025/12/02(火) 15:51:57 ID:yfC47Eig0
>>452
お返事ありがとうございます。
他者を否定するような声が出てきたら気づいて観察に入る感じです。
自己顕示欲のようなものがまだあるようでそれにいつも足を引っ張られるような気がします。

エゴの中身を調べるのではなく、私という感覚は一体何なのか

とてもいいヒントになりました。
ワクワクしながら。とりあえず力を抜いて楽になろうと思います。ありがとうございます!

456幸せな名無しさん:2025/12/02(火) 15:55:04 ID:yfC47Eig0
>>453
お返事ありがとうございます。
はい、435です!
ニュースで可愛い動物のニュースばかりが流れることを無意識に希望していたようです笑
はぁ〜。何かを恐れているのかな。。
でも、それでいいんですよと言っていただき嬉しかったです(^^)

457り改め りょうせい:2025/12/02(火) 21:18:20 ID:nQcRHfoo0
>>447
ありがとうございます。お気持ち嬉しいです。

>今私は、その時その時の自分(個)に最適なものが用意されているという感覚が強いです。

→ まさしくその通りですね。

>このような掲示板の書き込みに興味を持ったり、書き込みをしたりすることも。何かしらに後押しされている感覚がずっとあります。

→ はい。それは、あなたの内側で準備が水面下で進んでいたからです。悟り・覚醒・目覚めの方向へ心が開かれていないと、そもそもその「後押しのような気配」は生じません。すでに内部のプロセスが動き始めていた証拠です。

>全てが恩寵なのだと少しでも感じられると、エゴで嫌がっていたあれやこれやをも微笑ましく見守る視点が、微かかもしれないが確実にあると感じます。

→ そうですね。恩寵は、世界やすべての存在を常に世話しています。もちろん、恩寵は人格的な存在ではありません。感謝した分だけ見返りをくれるわけでもなく、反抗したからといって見捨てるようなこともありません。

これはつまり、真のあなたの本質が「完全に無条件である」ということです。
そこには条件づけや損得の概念が最初から存在していません。
この無条件性というものは、条件づけが当たり前の私たち個の視点や世界の一般常識からすると、全員が「まさか!!ありえない!!」と、驚愕するほど異質なものです。笑

そして私たち(エゴ側)が「恩寵という流れが常に働いている」という事実を理解し始めると、それだけでエゴの持つ原初的な罪悪感・恐れ・思い込みが少しずつ溶けていきます。

そのとき、内側では少しずつ次のような変化が起きてきます。
・重さや深刻さがゆるんでいく
・世界や人生への不信が薄まる
・過去のわだかまりが少しずつ癒えていく
・真理探求への誤解や抵抗が弱まる
・また、真理を知ることは破滅の道ではなく、自由への道なのかもしれないと感じ始める

その結果、一見地獄にしか見えなかったものの背景に、ずっと天国の下地が流れていたのだと分かり始めます。もちろんこれらはゆっくりと時間をかけて消化されていきます。

恩寵の存在を知り、それを信頼し、理解が深まっていくにつれ、あなたの内側では、ポジティブ/ネガティブを超えた意味でのあらゆるものとの和解が、ゆっくりと静かに進んでいきます。
>「楽しい!」
→あなたのその感覚。これがなにより大切です。実のところ真理探求者たちは、なぜ探求してるかというと・・
超絶大変なときもあるけど、その何倍も理屈を超えて「楽しい」からなんですよ。笑
魂の喜びというか、深いところで整合性がとれるというか、言葉にできないスッキリ感、聖なる陶酔、不思議なエクスタシーのようなものが水面下で流れるわけです。笑(もちろん、怪しくない安全なやつね)

あなたの中で起きている変化は、とても自然で正しい方向ですよ。ぜひその方向の流れに乗っていってくださいね。

458り改め りょうせい:2025/12/02(火) 21:27:09 ID:nQcRHfoo0
>>448
良かったです。あくまで参考程度で大丈夫ですよ。私も、宗教や哲学を体系的に研究してきたわけではなく、あくまで「自分の探求に役立つもの」だけを拾ってきただけです。

だから、みなさんに「世界の宗教や哲学を全部学びましょう」と言いたいわけではありません。むしろ大事なのは、
・人類史の中で、確かに真理探求者はずっと存在してきた
・実現者たちも実在した
・「探求と実現」は絵空事や妄想ではなく、リアルに起こる出来事である
という事実なんです。

そして、一見真逆に見えるアプローチでも、最終地点ではすべて統合されること。
個の気質によって向き不向きがあって当然で、向いてないことに落ち込む必要はまったくないということ。そして、最終的には、なんであれ、すべてはただ起こります。笑

>結局これに方法も関係もないんだけど色々ある中からやりたいことやるしかないって感じでしょうかね…

→ まず、瞑想ができる方は、瞑想のルートで純粋意識を直接知る流れで全然OKです。
瞑想って、気質的に向いてなければ、そもそも「瞑想しよう」という発想すら人生で起きません。
瞑想のやり方・重視する点・流れの組み立てなどは、掲示板ではさすがに説明しにくいですが、いつかタイミングが揃って、希望される方が多ければ「純粋意識に直接触れる瞑想法」はどこかでお伝えします。それも、また起こるなら起こるでしょう。

それと「瞑想」と一言でいっても、明け渡しと同様に種類がめちゃくちゃ多いんです。
・悟り目的の瞑想(私がやってきたタイプ)
・潜在傾向・カルマの浄化
・感情や心の癒し(ヒーリング系)
・願望実現系(恋愛・富・人間関係修復)
・インナーチャイルド系
・チャクラ開発
・健康・集中力アップ
・ダイエット目的の瞑想。
ほんと幅広い。笑

>あとエゴとエゴ以外って何だろうと考えるとか 本当の私とは何かと考えるとか

→ その思索そのものがとても大事です。
思考や考察は、真理探求では無駄どころか、むしろ必須の土台になります。頭の理解が、いずれ直接理解へ発展していくので。

>書いてある中だとアドヴァイタが近そうですね
→ アドヴァイタは完全なる「ド直球の悟り系」です。そのぶん、思想も深淵で、体系も広大です。最初は「頭での理解」からゆっくり馴染んでいく形になるかとおもいます。
ただ、最初は聞きなれない用語だらけで難解に感じるはずです。笑
特に日本人には馴染みが薄い単語が続きます。
(インド哲学・ヒンドゥー系は、とにかく奥が深いので)
少し触れてみて、吸収するかどうかは、何か響くものがあればで構いません。ハートにどう響くか?そこの感覚的な相性の部分を大切にしてください。
また、仏教から禅が派生したように、アドヴァイタから「非二元」が派生しています。
非二元で混乱した経験がある人ほど、アドヴァイタに触れると、非二元の位置づけや全体図が見えてくるかもしれません。

>あとここでりょうせいさん(真の)の文を読んだりやり取りすることにも期待感があるかも

→ そうだといいなと私も思います。笑
私も何十年も探求しましたが、探求の前半期は「グルやガイドと接触する前の準備期間」だったように思います。
私は独覚(ひとりで完成するタイプ)ではなかったので、グルやガイドの背中押しや伝達や恩寵がなければ、到底無理でした。

感謝や愛、魂としての命の恩人・・
あらゆる言葉を総動員しても足りないほどですが、同時に、全部ひとつの中の運動にすぎないのです。 運動とはいえ、奇跡的な美しい運動ですが。

459り改め りょうせい:2025/12/02(火) 21:29:56 ID:nQcRHfoo0
>>449
(二回にわけます)

神々から試される、と聞くと恐ろしく聞こえるかもしれませんが、
私の言っている「神々」とは、人格を持つ存在ではなく、五つの元素的エネルギー(意識の五つの動き)を象徴的に神々と呼んでいるという意味です。つまり構図としては、五元素の運動・法則(=意識のダイナミクス)そのものをあなたが超えていくという話です。

だからこそ、霊的な実現を見守り、支え、背中を押す神々(エネルギー)恩寵、あるいは歴代の真理実現者たちの加護が大切になるわけです。マントラや祈りはその加護(=恩寵の働き)をスムーズに受け取りやすくします。

>なんだかんだで今はかなり楽になっています。

→ 良かった。
どの段階でも、DNAの螺旋のように、一段登ると必ず「作用と反作用」が起きます。プロセスは常に螺旋状に進みます。昨日理解が深まったのに、今日は疑念モード。これは反動ではありますが、進んだからこそ起きている「祝福の揺り戻し」です。落ち込む必要は本来ありません。あなたのいうように、表面的に落ち込むけど、実相としては大丈夫。YES、まさにそのとおり。

>ただ他のことで誤魔化した部分もあるのか深層では残ってるようで、夢の中で出てくることがある。

→ これは「エゴの同一化の残り滓たちが燃えている」と捉えてください。潜在的傾向が意識のスープで煮込まれ、成仏していくプロセスです。夢の方が、起きている時よりも微細で根深い想念をあらわにするので。

>実現させないといけないことかもしれません。これに関しては自分から動く気はさらさらなくて、起きてほしいような起きてほしくないような、起こるんなら起こるんでしょ、というスタンスです。

→ 今はそのスタンスがベストです。
意識の安定が予定の地点まで進めば、
個の人生テーマに関しての願いはただ自然に満たされるか、あるいは「もうどちらでもいい」という本当の意味で自由な地点に落ち着きます。

>真の私はそんなあれこれに縛られてはいない、問題など始めからない。しかしストンと落ちて定まることはない。で、原因は?となってループにはまる。そこで祈りが起こる。

→ それは時空を超える準備運動です。
時空の縛りが溶け、複数の視点を切り替えられるようになりつつあります。
これは、純粋意識の安定が深まる過程で
サードアイ(象徴としての洞察の中心)が目覚めだす運動でもあるため。そして、
そこからだんだんと、純粋意識 → 全体意識へ自然に流れていきます。

>私も統合か交互タイプですね
→ そうですね。大正解。

>ただ静かに在る時は、知識も明け渡しも瞑想も祈りも全部同じです。

→ YES。愛が極まれば自由になり、自由が極まれば愛になる。最終的にはすべてのアプローチが一つへ収束します。

>最後は辿ってきた道自体が超えられない壁になる。

→ そのとおりです。純粋意識を深める段階までは努力・熱意と比例しますが、
最後の探求者の終わりは時空を超越する領域から、因果を超えて訪れます。

ただし逆説的に、そこまで強烈に探求できている時点で、
・すでに絶対のギリギリの領域から吸引されている
・世界側の加護(恩寵)が働いている
だからこそ、「その熱量を燃やせていることが可能である」とも言えます。
また、だからこそ成熟した果実のように、ある瞬間に、ただ枝から落ちるのです。

460り改め りょうせい:2025/12/02(火) 21:33:06 ID:nQcRHfoo0
>>449
>ラーマクリシュナの件

→( ※これはあくまでも私の個人的な見方です。ご興味ない方は読み飛ばしてください)

ラーマクリシュナがバクティだけで決着しなかった理由の一つは、初期段階で彼は、「二元を残したままカーリーを見たい」という願いがあったためです。
ただしこれは決して彼の欠けではなく、
彼の生まれ持った使命(世界の霊性計画の一部)として起きたことでもあります。

当時のインドではバクティが衰退し、
霊性が唯物論に浸食されていた時代でした。
そのタイミングで彼が現れ、その人生物語そのものが「バクティ復活・またインドの霊的な再建の装置」として働きました。(もちろん、彼だけじゃなく弟子も関わってますが)
彼は、

・文字通り命がけで、寝食も惜しんでカーリー女神を求め続け
・あるタイミングでカーリーが目の前に実際に現れました→ 物語を霊訓的に読み解くなら、この時点で彼のエゴは完全消滅。また、純粋意識・全体意識に安定と見るのが自然です。
・のちに不二一元論の師に出会い、即座に「絶対」へジャンプ
・それだけではなく軽々と多宗教のアプローチから実現を統合

この物語の流れは圧倒的です。
これは普通の探求者の動きではあり得ません。
なので、彼は絶対意識のギリギリの地点から現れた、まるで遊戯(リーラ)的な、「それ」の化身のような存在と見るのが自然でしょう。それもたった150年ほど前のつい最近の話です。笑

つまり、
・バクティ一本で実現は可能
・智慧の道一本でも可能
・混合型も可能
あなたのいう通り、頂点付近では全部同じ性質に撹拌(かくはん)され収束される構造になります。
ラーマクシュナはあえて世界に対して、また未来に対しての霊訓の波としてそのような物語のプロセスを恩寵が起こしたわけです。

>最後に道からジャンプして離れる瞬間は語れない領域の恩寵ですかね。

→ YES。恩寵も純粋意識も非人格ですが、ある種の方向性のようなものを持っています。
しかし、ジャンプ、超越の、その領域は言葉や概念では全く表現できません。一切が成立しない領域です。あなたにジャンプが起きたら、
真理探求に関する全ての動きは自然に完全に消滅していきます。

> >>438>>439 は両方とも私です。
カルマの話の流れで段階の違う過去の記憶が出てきたようで、書いてしまいました。なんかキャラも少し変わってます。

→どうぞどうぞ。
キャラ変オッケーです。笑

>先ほどの話のように、得た知識気づきの記憶を失うのは祝福なのでしょうか?

→ はい。それは「記憶そのもの」ではなく
「私の」というラベルが消える現象です。
必要な記憶は残り、不要なものは透明になり、
誰のものでもない記憶になっていきます。
これは記憶に苦しめられていた私からの解放・祝福です。

>しかし、もう完全に願望実現の話とは離れてしまいました。探求の道に入ろうとしている方にはぶっ飛びすぎていて、変な人が訳分からんこと言ってると思うでしょう。

→ そのとおりです。笑
突然スレが削除されてもまったくおかしくありません。笑
しかし、これらの流れもまた、最適にただ起きています!

461り改め りょうせい:2025/12/02(火) 21:37:41 ID:nQcRHfoo0
>>450
>そう思います。沢山の観念が貼り付いていて身動きが取れません。
→ アニメ鑑賞が癒しの瞑想になっていて、
絵と向き合うことは今は厳しく感じるかもしれないけど、実はとても大切な通り道になっている気がします。

>絵と言っても、そんなすごいものを目指しているわけではなく〜

→ それで十分すぎるほど良いと思いますよ。
あなたの中で自然に起こる描きたいという衝動は、個の私より前にある大きな私から生まれているものです。

それに対して、
・自分を小さく見積もる
・比較してしまう
・自分を卑下する
こういったマインドが出てきたら、一度ぜんぶ大きな私に捧げてみてください。判断しているのは個の私であって、衝動の源はもっと奥にありますから。

そして、ゆっくりでいいので
・行為は起こるものか?
・個の私がコントロールしているのか?
という根本の部分も、少しずつ見ていくと良いですよ。

>ただ肝心の「楽しく描く」が
出来なくて、気持ちも乗らなくて、抜け殻みたいなものしか出来なくて、それが嫌で
今は描くのをストップしている状態です。

→ よく分かります。
真理探求も、創作も、願望実現も、どれも同じで時空という制限の中ではゆっくり進むしかありません。
始める → 続ける → 少し変化
また
始める → 続ける → 少し変化

この地味な繰り返し以外の道はないんですよね。
だからこそ、私たち個は定期的に癒しや、励ましが必要になります。恩寵の流れは常に最適に動くけれど、世界側はのんびりしている。
真の呪いとは、この「のろい」ことである。
と冗談めかして言いたくなるほど!笑
しかし、それでも、ある時、飛躍は起きるのです。

そういえば、あなたの近くに弁財天を祀っている神社やお寺はありませんか?
もしあれば、一度お参りして、絵にまつわる全部を捧げてみてください。悩みも迷いも、正直に全部渡してしまう形で。

>大きな私には輪郭がない。愛にも輪郭はない。個の私には輪郭がある。個の輪郭=エゴのような気がしました。なので輪郭を消して大きな私に触れてみたら個の私の中に大きな私が入ってくるような感覚になりました。

→ その理解、いいですね。輪郭があるからこそ、思考も物語も人生も区別や比較も成り立つ。そして輪郭が少しふわっとする時、大きな私の方が前景に出てきやすくなります。

>純愛型タイプの道
>これ良いですね〜!強く惹かれます。

→ いいですね。大きな私くんは、あなたが悩んでも動けなくても落ち込んでも、何をしても一切変わらずにただそこにいます。表向きは二元に見えても、本質的にはあなたと大きな私くんはひとつ。
千と千尋の、「千尋とハク」のような関係です。

もしあなたが真実の意味での愛に惹かれるなら、
愛は喜びや平和や癒しや明るさだけでなく、
大きな悲しみや寂しさや失敗さえも含んでいることを少しずつ知っていくといいです。
大いなる悲しみは、大いなる慈しみにつながります。だから、あなたに今起きていることに無駄はなく、意味がないものもないんです。

462り改め りょうせい:2025/12/02(火) 21:42:21 ID:nQcRHfoo0
>>451
探究をしていく中で「他人を見下してしまう感じ」が出てくるのは、正直に言うと、ほとんどの探究者に一度は起こる現象なので、まずそこまで自分を責めなくて大丈夫です。

なぜかというと、探究が進むというのは、
エゴの暗雲だらけの空に、少しずつ光が差してくるような流れだからです。
当然、探究者にとっては進歩を望み、退化を恐れるものです。

そして今の世界全体を見れば、
探究して目覚めの方向へ向かう人よりも、
「そっちには向かわないようにしている人」「まったく興味がない人」の方が圧倒的に多いですよね。笑

その中で、あなたの中には
・「ちゃんと目覚めの方向に進みたい」
・「無明のままではいたくない」
という志がすでにあります。
すると、エゴに眠っている人や、あまりにも無自覚に生きている人を見たとき、反面教師のような形で、
(ああはなりたくないな・・)
という気持ちが自然に立ち上がります。
それが「見下し」のような形で心に出てくることがある、というだけのことです。

相対的なレベルで見れば、たしかに段階の違いは確実にあります。
だから、
・直接本人に「見下し」をぶつけて攻撃すれば当然トラブル。
・心の内側で一瞬そう感じる → 正直、そこまで問題ではない。
という区別で見て大丈夫です。

それと、他人への見下しや嫌悪の感覚の中には、
「過去の自分」への嫌悪や恥ずかしさが含まれている場合も多いです。つまり、その人の中に「昔の自分」を見てしまうから、
余計にモヤっとする、というパターンですね。

その残りかすがまだ心に残っているからこそ、
似たものを外側に見たときに反応してしまう、という側面もあります。

いずれにせよ、最終的に、真のあなたがはっきりしてくると、
・段階やレベル
・他人の未熟さ
・自分の過去の愚かさ

こういったものは全部「一つの大きな運動の中の表面的な物語」にしか見えなくなっていきます。

なので結論としては、
・見下しが起きても「うわ、ダメだ・・」と過剰に責めない
・「ああ、こういう心の動きも今ここでただ起きてるだけなんだな」と眺める
・必要以上にストーリーに乗らない

これで十分です。
もしこれが何年も何十年も続き、
四六時中「見下しと自己嫌悪」に囚われ続けてしまうなら、そのときはもう少し深くテーマとして扱う必要が出てきますが、
今あなたが書いてくれた感じなら自然な通過点として起きている現象の範囲内だと思いますよ。

463り改め りょうせい:2025/12/02(火) 21:52:12 ID:nQcRHfoo0
>>453
横入りすみません。笑
>悟った者が因果やカルマを「理解している」?
→これは、「私や/あなた」という分離構造そのものが薄れていくことで、出来事や流れを全体として見る視点が自然に開けてくる、という方が正確です。

真相としては、個の私(りょうせい)という分離した夢の中のキャラとしての主体が特別な理解を得ているわけではありません。
「本当の私=本当のあなた」という境界のない領域の中で、ただこのやり取りそのものが自然に動いているだけです。

ただ、相対的に見るなら、探求者が「私は在る」「純粋意識」へ安定して深まるほど、
純粋意識と全体意識、さらにそれすら超えた領域の境界には、たしかに叡智と呼べる光のようなものがあります。

個が努力して洞察を得るというよりも、
個が透明になっている瞬間に、その光がただ通り抜ける。そういうニュアンスのほうが本質に近いでしょう。

本来、「それ」を正確に伝えるなら沈黙、
つまり「その立場としてただ在る」ことが最も適切です。しかし沈黙では会話が成立しないので、沈黙のすぐ手前の領域から言葉が自然に生まれてくるわけです。

世界という相対の視点で見れば、
この叡智はたしかに特別で不可思議に見えるでしょう。けれど、私自身の立場からは個の私は完全に気づかれる側にあります。

だから、個の私も、世界も、個のあなたも、
すべては「真のあなた」の中でゆらめくひとつの流れです。
ここに現れている個としての私たちは、
ただ「それ」のさまざまな元素的な運動、エネルギーの働きであり、それの表現にすぎません。

なので、個としてのりょうせいに特別な力があると思わないでください。笑
私が恩寵を扱っているのではなく、
恩寵が個の私を扱い、動かし、この会話すら起こしているだけです。そしてこの恩寵の働きは、あなたにもまったく同じように流れています。

探求が深まるにつれ、この「誰のものでもない叡智」は、個のあなたが成長するという意味ではなく、個が静まった分だけ、また同一化が消えた分だけ、自然に流れ込んでくるようになります。それは「個の私が得るもの」というより、ただ真のあなたの側が前面に現れてくるだけのことです。

必要なときには、必要な分だけ、静かにやってきて、自然に働き始めます。これも真理における、不思議でとても楽しい側面ですね。

464り改め りょうせい:2025/12/02(火) 21:59:16 ID:nQcRHfoo0
>>454
まず最初にはっきり言っておきます。
許せないなら、許せないままでいいんです。
無理に許す必要はどこにもありません。
親や身内のテーマは「個の私の物語」の根源的な層なので、扱いが難しく、深い痛みが出るのは自然です。
意識が身体と名前と同一化して最初に出会う存在が親なので、ここで大きく揺れるのは当然です。

そして大前提として知っておいてほしいことがあります。
「許そうとする」「受け入れようとする」という行為は、個の努力だけでは完全には達成できないということです。

なぜなら、個の私がどれほど努力しても、真のあなたである
・愛そのもの
・自由そのもの
・無条件そのもの
・平和そのもの
・許しそのもの
・豊かさそのもの
・完璧そのもの
といった本質そのものの領域には完全一致できないからです。

もし個が完全に本質と一致してしまえば、その瞬間、個の私はどこにも見つからなくなる。
つまり、心やマインドや精神は、本質そのものにはなりきれない構造を持っています。

だから、あなたが完璧に許せないのは当たり前で、努力不足でも弱さでもありません。
むしろ、「許せないまま」のほうが「動きとしての個」の正しい構造でもあります。

ただし、真理探求が進み、本当の私の側に立場がゆっくり移っていくと、見え方が少しずつ変わってきます。

・許せても許せなくても、どちらも意識の中のひとつの動きだった

・ひどいことをした人もされた人も、真相としては自然発生した記憶の中の動きだった

・加害でも被害でもなく、その状況ではそれ以外が起きようのなかった必然の流れだった

・また、短期的には痛みでも、長期的には個が物語そのものを超える動機になることがある

・真理実現した瞬間、黒だらけのオセロが全部白に変わるように、意味が反転する場合がある

こうした視点は探求が深まるほど自然に開いていくものです。

※ただし、この視点を早取りして現実の傷を雑に扱うのは絶対に避けてください。
(探求者が非常に落ちやすい罠です)

なので結論としては、

・絶対的視点では物語は夢のように存在していない
・相対的視点では、親を許せなくてOK。ただし個の私の心の傷は丁寧に扱い癒す必要がある
この二段構造で向き合うのが最も正しいです。

相対的な側では、
・加害者を反面教師として見る
・「自分はこうはならないようにしよう」と方向性を決める
・同時に行為は自然発生的に起こるというパラドックスを理解していく。これが成熟した探求です。

たとえば親について。
>こんな親の下で生まれたくなかった。憎んでいる。何十年も感じきっても消えない。

こういう場合、まず知っておいてほしいのは、
「感情そのものをどうにかする」というより、もっと深いレベル、身体感覚の微細なエネルギーに硬直や詰まりが起きている、ということです。
だからこそ、これは感情論よりも、
時間をかけて「体感的に」解放されていく必要がある領域なんです。
意識そのもので在る、というのは、
この身体感覚にも気づいている領域のことを指します。
だから個のあなたは、
・許せないままでいい
・癒えていなくていい
・どう扱えばいいかわからないままでいい

この「そのまま」の状態でいる方が、実はずっと早く癒えていきます。
なぜかというと、個がコントロールしようとしないことで、真理側(恩寵)が扱える余地・余白が残るからです。
逆に、個が必死に許そう、感じきろう、解決しようとすると、その余白はすぐに潰れてしまう。

私たちの心の奥には、多くの「傷ついた記憶」や「痛みを抱えた私たち」が地下に住んでいます。
それらを癒せる方法はただ一つ。

個の私が何かするのではなく、
本当の私の立場から気づいてあげること。
その気づきの光(純粋意識)を静かに当て続けること。つまり、本来のあなたとしてただ在ること。

これが超絶シンプルでありながら、
純粋意識であるあなたが、心や想念、物語たちにしてあげられる最も優しい行為です。

そうして少しずつ同一化がほどけ、
それらは浄化され、至福・平和・安心としての本来のあなたへ還っていきます。
深い意味での癒しやヒーリング。これもまた、真理探求者にとって見逃しがちな、とても大切な側面です。

465幸せな名無しさん:2025/12/02(火) 22:14:50 ID:yfC47Eig0
>>462
りょうせいさん、ありがとうございます。

的確かつ解答が優しく丁寧で言葉が出ませんでした。
まず、そこまで責めなくてもよいとのことで大変安心いたしました。わたしの中では自分がよっぽど偉いとでも思ってるのか!と自分が気持ち悪くなる瞬間があり、これさえなくなれば!と思うことがありましたが、四六時中囚われているわけではありません。

わたしも独学と自分の感性でだけで真理探究を続けていますが、やはり限界があり立ち止まることが何度もあります。
前の方の書き込みでグルやガイドの背中押し、と書かれていましたが、どうしたらそういう方の手助けが得れますか?

466幸せな名無しさん:2025/12/03(水) 11:26:44 ID:7HC/qxrg0
意識としての自分がただあるだけ。
世界としての現実がただ起こっているだけ。

であれば、
自分=世界が腑に落ちない。

467幸せな名無しさん:2025/12/03(水) 11:32:03 ID:7HC/qxrg0
全く関連性がないじゃないか。
何が起ころうとも意識は傷つかないように。

468幸せな名無しさん:2025/12/03(水) 12:47:06 ID:HMF.9dYw0
>>464
詳しいお答えありがとうございます。
大変明快で、わかりやすいです。

特に
>>本当の私の立場から気づいてあげること。
その気づきの光(純粋意識)を静かに当て続けること。つまり、本来のあなたとしてただ在ること。

というのが、ミソなのかなと思いました。

私は今、許せないということに加えて、孤独感と無気力にも悩んでいます。
これらも同じように、「孤独を感じているのだな」「何もしたくないんだな」と本当の自分が気づいてあげ続ければ良いのでしょうか。

469幸せな名無しさん:2025/12/03(水) 14:24:47 ID:F1WUmA6M0
>>463
なるほど、月並みな表現ですが詳細な解説ありがとうございます。

>>465
>>グルやガイドの背中押し
横だけど少しだけ「天は自ら助くる者を助く」です。ガイドは常に自分(あなた)の中にある。
あと潜在意識研究もされているクスリエの丸山修寛先生が「ループ」という簡易なメソッドを開発しているのでお勧めです。この人もここでは全然話題にされないなw

470幸せな名無しさん:2025/12/03(水) 14:44:31 ID:aozQqEfI0
>>397
ありがとうございます。夢について更にお尋ねしたいのですが
夢は死後の世界や生前の世界と繋がっていますか?故人(家族)が出てきた夢で
白くて何もない広い場所の向こうにその人がいて、私は大声で呼びながら追いかけるが
その人は階段を降りて行ってしまった。私が白い場所の端までたどり着くと
故人の降りて行ったはずの階段がない。故人は下の浜辺を歩いている。私は大声で
私もそっちに行く!と叫んだら、ものすごく恐い顔で睨まれたので
ああ私はそこへ行ってはいけないんだと思い、元来た道を戻った所で目が覚めました。
(ちなみに故人の眠る墓地は海の近くにあります。)

故人の降りた階段があの世へ繋がる道だとしたら、私の前に出現しなかった理由となるし
そちらへ行きたいという思いを故人は恐い顔で睨む事で拒否した。もし満面の笑みだったら
階段無くても飛び降りた可能性はあると思います。そうしたらどうなっていたのか…。
ものすごく疲れていた時期に見た夢だったとは思います。

別の夢で、同じく何もない広大な場所だけど、その場所の床は透明で
地上3階位の高さで下界が見渡せて、それは私達が暮らしているこの世界で
みんな日々の暮らしを楽しそうに頑張っていて、その会話も表情も全部聞こえて見えて
ああ温かいな、そしてそれが見渡せる、上のこの何もない場所(暑くも寒くもなく
空腹もなくトイレも必要なく)でこうしているのも心地良いなと思っていたけど
ふと「あれ私なんでここに居るの?私が居るべきは下界の方じゃない?大変だ!」
おーいおーい助けてくれ、そっちに行かせてー!と叫んで透明な床を叩いても
その場所からは下界は見渡せるけど、下界からこっちの事は見えないんだったわー
やばいまずい、なにか向こうへ戻れる方法はと探したら、排水溝みたいな穴があったので
走って行ったらそこに吸い込まれて、シュルシュルシュル…ポンッ!と下界へ降りて来れて
そこで目が覚めました。
この夢の「下界の様子が全て解るけど、下界からは上は見えない何もない場所」は
何だか実際に存在しているように思えて、もしかしたら
生まれてくる前に居た場所なのではないか?と思ってみたり。排水溝は産道?
2つの夢に共通するのは、こちらとあちらが分かれている事と
こちらに戻って目が覚めた事です。
夢と、この世とあの世の関係、もし有りましたら教えて頂きたいです。

471幸せな名無しさん:2025/12/03(水) 16:20:07 ID:V7iwTYGg0
>>469
丸山修寛先生!カタカムナのお話会に一度参加したことあります。でもループというメソッドは初めて知ったので、詳細調べてみます。
いつもありがとうございます。

472幸せな名無しさん:2025/12/03(水) 22:20:52 ID:vl8HuJR60
>>459
有難うございます。
最初「神々」の文字を見た時に瞬発的に人格神を連想しました。
ちょっと考えたのですが、若い頃自然(Nature)に畏敬の念を抱き学んでいた私の在り方は、アニミズム信仰に近かったと思います。
それが癖として定着してるようです。
「レッスン」の意味は、心の様々な階層、要素を直視する出来事が起こり導かれる。
試され失敗したら落とされるわけではない。こういうことですね。
私はこのままで上手くいってるとのことで、良かったです。

>それは時空を超える準備運動です。
これは分かるような分からないようなです。
全体意識が時空を超えるのはなんとなく把握できますが、ループを体験することとの関連は、ピンときませんでした。

>絶対のギリギリの領域から吸引されている
これは感じます。「それ」「絶対意識」から誘われている感覚は初期からありました。とても特別なことだと思っています。
あともう一歩という感覚がずっとあるんですよね。でも個としての一切合切が忘却の彼方へ消え去るその瞬間の遠いこと…。
レッスンの度にエゴが思いっきり抵抗しますから。苦笑

>>460
ラーマクリシュナのプロセスに対する見解、大変興味深く読みました。
彼ほどの大聖者のことを通常の探求プロセスの枠組みで捉えるのは間違いでした。
彼の出現は、霊性衰退の流れの中で起きた逆らえない真理への回帰の必然の流れだったんでしょう。
彼の役割としてバクティの復活だけでなく、他の道の進み方をも示した一面があるわけですか。
それ以外にも様々な教えが彼の人生に詰め込まれてたんですね。見事な見解だと思います。
でもどうしても、一つの道だけでも可能というのが納得できません。
全ての覚者は、表に出して言わないだけでバクティ(ひたすら「それ」を想う)は共通して持ち合わせていたと思うんです。

最後のジャンプの瞬間は、やはり謎としか言えないですよね。

>「私の」というラベルが消える現象です。
記憶を失ったのではなく「私の」が消えたから深くに仕舞われて不要な時は表に出ないだけなんですね。
めっちゃ納得しました。

このスレが削除されないことを願いつつも、深遠な話をしたい気持ちは抑えられませんでした。やっちまったなと思ってます。笑

473幸せな名無しさん:2025/12/03(水) 23:28:14 ID:ojZsCjLo0
現在ナマコ中です。

昨日スーパー銭湯に行きました。
もう、何も掴めない感覚になってきて、欠乏感もそこから抜け出すことも、泡がぶくぶくと湧いては消えていきます。

こちらの書き込みもちゃんと読めないレベルになっていますが、かろうじて読んでみました。

やはり興味はあります。

ナマコのわたしは今後どうなっていくのでしょう??。。。。。

474幸せな名無しさん:2025/12/04(木) 00:27:38 ID:PJbluI/Y0
りょうせいさん、はじめて書き込みをさせていただきます。

>いつかタイミングが揃って、希望される方が多ければ「純粋意識に直接触れる瞑想法」はどこかでお伝えします。それも、また起こるなら起こるでしょう。

機会がございましたら、是非ともお願いしたいです。
瞑想は苦手だったのですが、数日前から寝る前に30分間くらい、瞑想をするようにしています。
自分なりに真理探究をしてきているのですが、今自分がどのようなところなのかもわからなくて、
もっとどうしていったら良いのかを知りたくて、私も、グルやガイドの背中押し、手助けをいただきたいという思いになってきました。

475幸せな名無しさん:2025/12/04(木) 10:16:28 ID:da08Yvro0
>>472です。
真理、霊性系の書物には、心を脱ぎ捨てる、エゴが纏ったものを捨てる、忘れ去る、執着を捨てる、なんて表現が頻繁にされます。
誰かと話していても、こういう表現をする人が多い。というか殆んどです。
実際は「私は個である」という錯覚が消え、個が持っていたものへの執着がなくなるだけなんですよね。
あなたが以前に言われた「外部からの知識を忘れ」る必要はこうしたことですね。
「エゴが抵抗する」は錯覚でした。レッスンのときに起こる出来事に抵抗している(主体としてのエゴがある)のではなく、好き嫌いの反応が起こっているのをただ気づいているだけでした。
寝ていて、ウトウトから覚めそうになる時に「あっ!」ストンと気づきました。

ところで
>>473さんは>>450さんでしょうか?
その方へアドバイスする力は全然なく、私の見立てが正しければなんですが、すごく深く貴重、でも本人としてはパニックだよなと思うしかできません。
大きな私(純粋意識のある側面)に安住すると、個として生きている世界を把握するのが困難で「どうしよう、なんかやばい」となる。
もう少し浅く短く私もそんなふうになったことあります。
個人(小さな私)のことが気になりだしたら、小さな私にまた戻るんじゃないかな。
りょうせいさんの視点、どんなアドバイスするのか興味が尽きません。

476幸せな名無しさん:2025/12/04(木) 12:47:15 ID:cSMiFNn.0
>>475
450ですが473さんとは別人です。現在、個の私は、大きな私LOVE状態で
これは恋かしら!?と実践が楽しくて仕方ありません。笑
大きな私モードと小さな私モードはスイッチ切り替えしている感じです。
常時大きな私モードだと日常生活がまずい気がしまして…。
本当は心地いいので大きいモードのままでいたいです。
絵については 私「なぜ描けないの〜」 心「描かないからじゃない?紙もペンも有るよ」
と、ど正論が返ってきて、エゴの私は地面に埋まりたいから綾部くん穴掘って(独り言)
エゴが隠れたがっている?混乱?していて、りょうせいさんから素晴らしい返信を
頂いているのに、書いて消してばかりでまだレスが出来ていない状態です。(すみません)
ナマコ状態、なってみたいです。ちょっと憧れています。

477幸せな名無しさん:2025/12/04(木) 17:49:45 ID:Vgi0HtbM0
今日もナマコです(473です)

12月、ほぼなんの予定も入っていないので、年内心置きなくナマコです。これも宇宙の采配でしょうか?

ナマコでいることを否定する全ての思考の外にいます。
ナマコでいることが宇宙の愛と調和しています。。。。。

478幸せな名無しさん:2025/12/04(木) 18:28:29 ID:cSMiFNn.0
>>461
色々アドバイス下さり有難う御座います。自転車で行ける距離に
小さい弁天社のある神社が有りましたので参拝して来ましたが
伝えたい思いが「楽しく描けますように」しか出て来ませんでした。
本当は、本当にこれだけなんだと思います。

>>476でエゴの私は地面に埋まりたいと思った後「埋めるものなんて何もないよ、幻だから」と
キャラクターの音声付きで心が返答して来ました。ところで、この、私に返事をくれる
心(無意識さん・潜在意識さん)=大きな私、だと思っていたのですが、もしかして別物ですか?
大きな私は本来静かなもののようですが、心さんはけっこう饒舌です。

千尋とハク!良いですね〜!解りやすく例えて下さり有難う御座います。

世界側はのんびり動く、何だか解ります。「ししおどし」みたいだなと思ったり。
水が溜まっていく間は全然動かないけど、突然カコン!と動く
止まっているように見えても何かが動き続けているのかもしれないなと思いました。
そういえば過去も、どんどん描ける時期と、あまり描けない時期の繰り返しだった気がしました。

・自分を小さく見積もる・比較してしまう・自分を卑下する
とっても心当たりがあります笑 でも大きな私に渡したらスーッと溶けちゃいそうです。
幻だから。んん、もしかしたら探求さえも幻なのかも…!?えっ、そんな…!?

>大いなる悲しみは、大いなる慈しみにつながります。
↑そう思います。ネガティブに光が当たり癒されると光のシャワーみたいになりました。

自分は明け渡し型だと思うのですが、その中でも日によって
今日は大きな私に抱かれる感じで、今日は小さな私を丸投げで、今日は愛で、みたいに
その時の気分で日替わり定食みたいな実践の楽しみ方をしています。

あと大きな私モードでずっといると、心地良いけどボーっとしてしまって危ないので
(もしかしてこれがナマコ状態?)
エゴを起こして通常の個の私にモード切替しています。
本当はなるべく大きいモードでいた方が良いのでしょうか?

479幸せな名無しさん:2025/12/04(木) 22:02:50 ID:2Q6Vw4SA0
もう本当に無理です
こんなのカルマでもなんでもない
私に押し付けたまま何食わぬ顔で黙らせ続けるクソを殺したいです
虐待による感情の押し殺しが原因だったのに
クソはまともな頭を取り戻して感情に苦しんでる私をバカにし続けます
こんな奴を善人扱いして世界が狂ってたなんて本当に耐えられない

480り改め りょうせい:2025/12/04(木) 22:40:56 ID:FSAW6a120
>>465
それは良かったです。こちらこそ。
まず最初に、質問の核心である「グルやガイドの手助けはどうしたら得られるのか?」に答えます。

結論として、グルやガイドは、あなたの準備が整ったタイミングに合わせて必ず現れます。
そして実は今この瞬間も、形を変えて常に現れています。その前提で続きを話します。

まず、独学はとても大事な準備期間です。
独学や自分の感性だけで探究していく時間は、覚悟が固まり、自分の願望が本当に真理実現なのかが見え、受け取る耳、真理に心を開くことが育つ時期でもあります。
私も独学が長かったからこそ、いざグルに出会った時にちゃんと吸収できました。
独学ゼロだと、せっかくグルが目の前に来ても「よく分からないままスルー」してしまうことは普通にあります。

そして、独学の期間でもグルはすでにいます。
グルとは、人間の姿かどうかに限らず、あなたを「目覚める方向へ押し進める働き」のこと。
本や映画、友人の一言、自然、仕事、人間関係など、あなたを前へ押すものは全部グルです。
大枠では人生そのものが、もう後押ししているということです。

では、人間のグルはどういう存在か?
これはシンプルに螺旋の上昇プロセスを大幅に短縮させてくれる存在です。独学だと、勘違いに気づかないまま数年単位で回り続けることも珍しくありません。

ただし、人間のグルの真の役割や本質は「あなたの内側のグルを目覚めさせ、その場所へ送り届けること」です。
外側のグルはその架け橋役です。
最終的に実現を完成させるのは、内なるグル=本当のあなたです。

外側のグルがしているのは、
あなたが抱えた錯覚や勘違い、根深い催眠との同一化を優しく、また時に厳しく伝えたり指摘して外す手助け役です。

では、いつ出会えるのか?
これがあなたの一番知りたいところだと思います。

その答えは、準備とタイミングが揃った時。
その時は必ず来ます。
逆に準備が整っていなければ、たとえ大聖者があなたの前に現れ、真理伝達されても、吸収できません。準備ができていれば受け取れるし、準備がなければスルーするし、もっと眠っている場合は抵抗・敵視するかもしれない。
そういうことです。

あなたが真の私を少しずつ思い出し、「内なるグルに委ねる」という流れが起これば、外側のグルは自然に現れます。表面上は、人間グルによって質問が解消されたり、エゴの仕組みを観察したり、真偽を照らし合わせたり、沈黙の伝達で深まったり一緒に瞑想や祈りや歌を捧げたりとか。
いろいろ物語的に起こったとしても、実際にはすべて内側のグルがあなたを吸収していくプロセスが外側に映っているだけです。

もちろん、それを理解した上で、人間グルに憧れるならそのままで大丈夫です。それもまた自然なことです。意識は戯れ・触れ合い・共鳴のリーラを愛しますし、真理の話を分かち合うのは純粋に楽しいですからね。

私自身も、出会うまでは本当に長かったです。
あの人も違う、この人も違うの繰り返しで、結局はずっと独学の日々でした。限界だった時、ある聖地で何日も祈りました。
「もう自分の力では無理です。どうかグルを与えてください」と。
そこからしばらくして、突然流れが変わり、探究は一気に進みました。完全な導きでした。
そして超越が起きた瞬間、「私とグル」「悟る私」という物語自体が消え、最後にグルに感謝を伝えました。そういう流れです。

だから結論としては、グルに出会えるかどうかは、準備とタイミングが揃う時に必ず起こる。
そしてその準備期間こそが、今の独学の時間そのものです。
さらに言えば、同時にグルはすでに二十四時間、形を変えて働いています。だから無理に探す必要はありません。必要な時に、必要な形で現れます。やはりその流れも、最適です。

481り改め りょうせい:2025/12/04(木) 22:46:36 ID:FSAW6a120
>>466
自分=世界は、まず、考え方でも思想でもありません。自分=個という催眠が残っているかぎり、どうしても「自分(主体)が世界(対象)を見る」という構造のままになります。
この立場では、自分=世界は絶対に腑に落ちません。

主体と対象という催眠が解けたとき、
ただ、境界のない自分だけがあらわになります。
そしてその自分とは、個の私ではありません。

在るとして、自分=世界を、在るという表現そのものによって示されています。

個ではない自分として、その中に世界が起こっているのであり、その時はじめて、自分=世界が自然な当然の姿として、
その立場であるがゆえに、直接的に理解されるのです。

482り改め りょうせい:2025/12/04(木) 22:51:59 ID:FSAW6a120
>>468
>本来の私としてただ在ること。
というのが、ミソなのかなと思いました。

→はい。まさにそこがミソです。

>孤独感や無気力にも悩んでいます。
これらも「孤独を感じているんだな」「何もしたくないんだな」と、本当の自分が気づいてあげればいいのでしょうか?

→まず、本当のあなたは孤独も無気力も、過去の傷も知りません。
ただ、内側では「軽い動き」「重い動き」が生まれ、それがただ駆け巡っています。
エゴとは、その動きに名前を貼りつけ、「これは私だ」と所有して城を作る仕組みです。
モヤモヤに「孤独」「無気力」という名前がついたのも、その働きです。
良い悪いではなく、この二元の世界は本来こうして成立しています。
(音楽に無数のジャンルがあるように)

ただし、エゴはどこを探しても見つからない蜃気楼のようなものでもあります。
ですから私はあなたに、「孤独や無気力と戦いましょう!光で倒しましょう!」とは言いません。

なぜなら、真のあなたはエゴがどうであれ、
ずっとただ在り、気づき続けているからです。
気づきの仕事は、もう完璧に成されています。

では、「個」としてのあなたは何をすればいいのか?浄化や癒しの時に相対的にできることは、とてもシンプル。

・疲れたらよく休む
・無理せず、心身を労わる
・必要なら周囲の助けを求める
・祈り・マントラ・アファなど、無理のない範囲で委ねる動きを持つ

そして今あなたに起きているのは、確かにきつい浄化です。個が本当の私に向き始めると、奥に沈んでいたものが浮上し、抵抗したり暴れたりすることはよくあります。その苦しさは私もよく知っています。

浄化にできる最善のことは、ただ一つ。
「起こしておく」ことです。

浄化とは、恩寵があなたを風呂場に連れて行き、服を脱がせ、髪や身体をゴシゴシ洗っているようなものです。古いエネルギーの洗礼が必要だからです。

個にできるのは、それに抵抗せず任せておくことだけです。祈りも言葉も、自然に湧くなら起こせばいいし、つらすぎる時はしなくても構いません。

三日で終わる浄化も、エゴがいつまでも抵抗すると三年かかることがあります。
風呂場から逃げようとするほど延長されます。
そうならないよう願っています。

洗い終われば、恩寵はあなたを外に出し、服を着せ、髪を乾かしてくれます。
個のあなたは
「ああ、ひどいことをされていたわけじゃなかったんだ。ただ、信頼して任せればよかったんだ。ありがとう。おやすみ」
と感じ、安心して眠ればいい。

その頃には、「″私の″孤独」「″私の″無気力」はただ一時的に現れた重いバイブレーションのように見え始め、
風・雨・曇り空のように通り過ぎていきます。

心が作り上げていた物語性は自然に抜け、
あれほど大きな問題に見えたものの深刻さは、ゆっくりと静まっていくかもしれません。
それが静まりきった場所こそ、本当のあなたの場です。

483り改め りょうせい:2025/12/04(木) 23:18:56 ID:FSAW6a120
>>470
ありがとうございます。
どちらの夢も、あなたにとって相当インパクトのある内容だったのが伝わってきます。

まず前提として、死後そのものの細かい話は、この掲示板の性質上あまり深くは踏み込めません。
そして、このスレは「真理探求とは何か?」から始まり、「では、どう実現していくのか〜」という方向の流れに入ってきています。さらに、基本的に私は、死後やカルマを気にする必要はない領域として探求者に案内することが多いです。
ただ、ここまで具体的に質問が出ている以上、大枠だけお伝えしますね。

>「下界の様子が全て解るけど、下界からは上は見えない何もない場所」
>これは、何だか実際に存在しているように思えて、もしかしたら生まれてくる前に居た場所なのではないか?

→これはお見事。いい線いってます。

私がよく言う「それ」は、時空を超えた領域です。個の目線から見ると「何もない」としか言いようがないので、そう表現したくなる気持ちはわかります。
でも実際は、もっと深淵です。

あなたの夢には共通して、
・こちらとあちらの境界
・あちら側からこちら側へ戻る動き
が描かれていますね。

では、これを潜在意識の構造に寄せて説明してみます。

起きて体験しているこの物質世界が「顕在意識」よく言われる氷山の一角です。

夢の世界は「潜在意識」や「集合意識の海」
この層では、日常より想念の構造がゆるみ、
微細になり、深層のものが浮き上がりやすくなります。瞑想者が瞑想中に触れるのも、この領域です。
そして、想念が完全に静まった領域が「純粋意識(私は在る)」です。

あなたの夢に出てきた「何もない透明な場所」「下界が見えるが、下界からは見えない場所」は、意識のレイヤー間の境界を象徴(メタファー)しているように読めます。
(排水溝が産道という直感も、比喩として素晴らしい)

そして、ざっくり言ってしまえば、
本当は全部つながっているけど、層(レイヤー)が違うだけです。
この世、あの世、夢、なんであっても、
意識が映し出す映画の、世界観やジャンルの違いのようなものです。
アクション、ロマンス、コメディ、SF、ミュージカル。
ジャンルや質や世界観は違っても、
「映画」は「映画」ですよね。
それと同じで、
真の私からすべてが生み出されている
という一点に立つと、夢とこの世の境界も自然と見えてきます。

484り改め りょうせい:2025/12/04(木) 23:27:37 ID:FSAW6a120
>>472
>自然(Nature)に畏敬の念を抱き学んでいた私の在り方は、アニミズム信仰に近かったと思います。それが癖として定着してるようです。

→恩寵の最適さは、まさにこのように現れます。純粋意識が深まり、広がっていく過程で、あなたのアニミズム的な感性はとても活かされます。動物、植物、石、山、水。あらゆる自然物や現象の根底には純粋意識が宿っていて、「真のあなた」はどこにでも在るからです。

>「レッスン」の意味は、心の様々な階層、要素を直視する出来事が起こり導かれる。試され失敗したら落とされるわけではない。こういうことですね。私はこのままで上手くいってるとのことで、良かったです。

→はい。その理解で正しいです。誤解がほどけて良かった。恩寵の流れは常に最適です。

>それは時空を超える準備運動です。これは分かるような分からないようなです。

→すみません、ここは私の説明不足でした。
「時空を超える」というのはSF的なタイムリープではなく、「時間・距離・場所という概念」の構造が自然とゆるみ、巻き込まれなくなっていくこと、つまり純粋意識が安定することを意味していました。

>絶対のギリギリの領域から吸引されている
これは感じます。「それ」「絶対意識」から誘われている感覚は初期からありました。とても特別なことだと思っています。あともう一歩という感覚がずっとあるんですよね。でも個としての一切合切が忘却の彼方へ消え去るその瞬間の遠いこと…。

→たしかに特別でもあるのですが、同時に理にかなっているとも言えます。
あなたが扉を何度も何度も叩いてきたから、扉の内側からの吸引が強く起きている。
焦りや焦燥、不安、落ち着きがないエネルギーが出てくるなら、それもそのまま純粋意識に捧げていきましょう。

>レッスンの度にエゴが思いっきり抵抗しますから。苦笑

→475で「エゴが抵抗しているのは錯覚だった」と気づいておられたので、ここは何も言うことはありません。笑 そのストンという腑に落ち方、とても良いですね。

>ラーマクリシュナのプロセスに対する見解、大変興味深く読みました。

→あくまで私の見解ですが、そう言ってもらえて嬉しいです。彼のような存在の純粋な探求姿勢は、私たちにとって大きな励ましと栄養になりますね。

>でもどうしても、一つの道だけでも可能というのが納得できません。全ての覚者は、表に出して言わないだけでバクティ(ひたすら「それ」を想う)は共通して持ち合わせていたと思うんです。

→これはこう理解してみてください。
北へまっすぐ進めば、いつの日か南に出る。
南へまっすぐ進めば、いつか北に出る。
智慧の道が深まれば、自然とバクティが現れます。バクティが深まれば、智慧が現れてきます。
三角形の左(智慧)・真ん中(交互)・右(バクティ)のどこから登っても、頂点は同じ。
だから、どの道に惹かれても大丈夫です。

>最後のジャンプの瞬間は、やはり謎としか言えないですよね。

→最後のジャンプは、謎でもあり、そしてこれもまた、実は理にかなっているとも言えます。
意識は「愛」そのものです。
意識は自分自身を愛し、存在し続けたい。
しかし最後のジャンプでは、
意識がその愛ゆえに、純粋意識さえも手放し、「それ」に捧げる。
だから、エゴが純粋意識に捧げる構造と、
純粋意識が「絶対・超越」のそれへ捧げる構造がそっくりになる。
つまり、これは謎のままであると同時に、
全宇宙規模の壮大なラブストーリー(合一ストーリー)でもあるわけです。

>このスレが削除されないことを願いつつも、深遠な話をしたい気持ちは抑えられませんでした。やっちまったなと思ってます。笑

→ですね。笑 しかし、深遠な話をすること自体、個にとっても大きな癒しになるんです。
なぜなら、このテーマはあなたという全存在のすべてを肯定する話だから。
もちろん、理解が深まるにつれてエゴのぶり返しが一時的に起きることもある。
でも、それを差し引いてもこうした話が起こることは本当に素晴らしいです。まさに恩寵。

485り改め りょうせい:2025/12/04(木) 23:32:41 ID:FSAW6a120
>>473
>>477
読んでくれてありがとうございます。
スーパー銭湯いいですねー。

>もう、何も掴めない感覚になってきて、欠乏感もそこから抜け出すことも、泡がぶくぶくと湧いては消えていきます。

→はい、それが意識であるあなたの自然な在り方です。あなたの中であらゆる感覚が、文字通り泡のようにぶくぶくと湧いては消えていきます。

>やはり興味はあります。
→興味がおありならぜひ探求を続けてください。また、あらゆる疑念が消え、確信的に明らかになるまで、それは続くでしょう。

>ナマコのわたしは今後どうなっていくのでしょう??
→あなたの興味が真理実現なら、プロセスは最適に進行していきます。

>12月、ほぼなんの予定も入っていないので、年内心置きなくナマコです。これも宇宙の采配でしょうか?

→予定や、宇宙の采配を気にするナマコは、まだ真のナマコとは言えませんね。笑

>ナマコでいることを否定する全ての思考の外にいます。
ナマコでいることが宇宙の愛と調和しています

→それでは真理探求ではなく、
強迫観念的に「ナマコ」を目指す探求w
になってしまいます。
そもそも「ナマコ」って誰が言ったんだっけ?
あぁ、過去の私のレスか。笑
マジレスすると、ナマコ問題は気にしなくて大丈夫です!

486り改め りょうせい:2025/12/05(金) 00:43:10 ID:wU9L9Wjs0
>>474
はじめまして。
書き込みありがとうございます。

>「純粋意識に直接触れる瞑想法」
>機会がございましたら、是非ともお願いしたいです。

わかりました。準備はゆっくりですが進んでいます。起こる時には、必ず最適な形で起こります。

>瞑想は苦手だったのですが、数日前から寝る前に30分間くらい、瞑想をするようにしています。

いいですね。寝る前に30分というのは、本当に素晴らしいです。瞑想は「時間より質」と言われますが、30分に入れる時点で資質は十分あります。
ちなみに私の「純粋意識に直接触れる瞑想法」は、姿勢やルールに縛られない、とてもシンプルなものです。

>自分なりに真理探究をしてきているのですが、今自分がどのようなところなのかもわからなくて、もっとどうしていったら良いのかを知りたくて、私も、グルやガイドの背中押し、手助けをいただきたいという思いになってきました。

わかります。多くの探求者が、まさにその地点で一度立ち止まります。
私が最初に探求者に対してお手伝いできるのは、まず、「個の物語の同一化をほどく段階」 です。

もちろん掲示板では深く詳細にはできませんが、イメージとしては教会の「告白」に少し似ています。
ただし、罪を語るという意味ではありません。
ずっと心の奥で握りしめてきたものを、
安全な場所にそっと置いてみる時間です。
そして、なぜそれが起きたのか?の答えを伝えるというより、何が起きていたかを、構造として少しずつ理解し、同一化を解いていきます。
この段階が開き始めると、潜在的なクセがゆるみ、恩寵の働きが浄化プロセスを短縮してくれる。ある種「エゴの抵抗を出し抜いて通り抜ける」ような作用が起こります。

すると、こちらが(あなたが)頑張って掴まなくても、純粋意識のほうが自然と前に出てくるようになります。(掲示板という限界はありますが、すでにここでもそれと似たような流れは起きています)

ここを踏まえないと、瞑想をいざ始め、純粋意識に触れたとしても、すぐにエゴが激しくぶり返し、なかなか安定して進みませんから。

そこから先の流れは、とてもシンプルです

・純粋意識に直接触れる瞑想法
・瞑想と日常の両方で純粋意識が安定していく
・内なるグルが自然と動き始める
・質疑応答を通して理解が深まる
・必要なタイミングで必要な気づきが起こる

つまり、停滞していた物語との同一化がほどけた分だけ、恩寵や内なるグルか働きやすくなるわけです。

あと、ここからは私自身の個人的な話ですが。もし、本格的に私がガイドとして複数の方と向き合うとなると、いまのように「空いた時間に少しだけ」というゆるい形では不可能になります。なぜなら、エゴのぶり返しが起きた瞬間にスムーズにフォローできないと、探求が止まったり新たな混乱に繋がることも可能性としてあるからです。

そのため、対応する相手方の数が増えたら、
私(りょうせい)の生活サイクル、今の仕事、環境、場づくりこういったものを整えたり、必要ならば大きく変える必要があります。

今は、掲示板で最低限の形で言葉を届けながら、ゆっくり、サイト制作準備などをしている段階ですが、のろのろと悠長にしている場合ではなくなってしまいます。笑

というわけで、瞑想伝授に関しては
焦らず、どうか少しだけ待っていてください。
タイミングが揃った時には、自然と流れがつながるでしょうから。

その時には、探求者の段階に合わせた瞑想や、
日常での取り組み方や物語をほどくセッションなどなどこういったものを、もっとスムーズにお渡しできるようになるでしょう(なるといいんですが笑)
掲示板だと、どうしてもラグが出てしまいますからね。もちろん、これらの話は、探求のスイッチが押されていない方に無理に勧めるつもりは一切ありません。

そんな感じです。また、気になることがあれば、お気軽に書いてくださいね。

487り改め りょうせい:2025/12/05(金) 01:11:29 ID:wU9L9Wjs0
>>478
>自転車で行ける距離に
小さい弁天社のある神社が有りましたので参拝して来ましたが
伝えたい思いが「楽しく描けますように」しか出て来ませんでした。
本当は、本当にこれだけなんだと思います。

→お、いいですね。お疲れさまでした。
「楽しく描けますように」
それで十分です。とても良い参拝になったと思いますよ。
それは、やがて「楽しく描こうとしている私」さえ忘れて、ただ描く境地へと自然に流れていくための大切なプロセスです。

>この、私に返事をくれる
心(無意識さん・潜在意識さん)=大きな私、だと思っていたのですが、もしかして別物ですか?大きな私は本来静かなもののようですが、心さんはけっこう饒舌です。

→はい、その気づきは鋭いですよ。
大きな私は「直接性」として、小さな私のほうへ伝達しています。
ただ、それを受け取る小さな私の側で「音声」「キャラ」「言葉」として表現されるんです。
つまり、
・大きな私は静かで、ただ在る
・心が饒舌なのは、小さな私の翻訳
ここに矛盾はまったくありません。

>千尋とハク!良いですね〜!解りやすく例えて下さり有難う御座います。

→良かったらお時間あるとき、
「千と千尋」を真理目線でもういちど観直してみてください。きっと、以前とはまったく違う映画に見えると思います。

>でも大きな私に渡したらスーッと溶れちゃいそうです。幻だから。
>んん、もしかしたら探求さえも幻なのかも…!?えっ、そんな…!?

→YES YES。
ただ焦らず、ゆっくり消化していきましょうね。

個の私たちは、根深い幻を溶かすために、まず「探求という幻」を使います。
だから探求も道具なんです。
仏陀の「イカダのたとえ」がありますよね。
川を渡るためには必要だけど、渡り終えたら背負って歩く必要はない。という話。
探求も同じで、必要な間は使うし、要らなくなったら自然と手放されます。

>今日は大きな私に抱かれる感じで、今日は小さな私を丸投げで、今日は愛で、みたいに
その時の気分で日替わり定食みたいな実践の楽しみ方をしています。

→その楽しみ方がとても大事です。
楽しむことは、恩寵がもっとも働きやすい状態を作ります。
浄化も、ぶり返しも、揺れも、楽しめるならそれだけで探求は大安心の冒険になります。

>あと大きな私モードでずっといると、心地良いけどボーっとしてしまって危ないので
(もしかしてこれがナマコ状態?)
エゴを起こして通常の個の私にモード切替しています。本当はなるべく大きいモードでいた方が良いのでしょうか?

→ナマコはあくまで比喩なので気にしなくて大丈夫。探求者によっても全然違いますし、それに終盤のほうの話なので今は気にしなくていいです。

大きな私モードで心地よいけどボーッとするのは、あなたが「私は在る」を体感的に思い出しているサインです。ただし、外では危ないので
部屋で安全なとき、寝る前、5分だけでも起こるなら、そのまま起こるに任せてあげてください。どちらが良い悪いではなく、
大きいモードと小さいモードを行き来しながら、
自然に統合が進んでいきます。ゆっくりと、そして、楽しむ気持ちをどうぞ大切に。

488り改め りょうせい:2025/12/05(金) 01:15:13 ID:wU9L9Wjs0
>>479
まず、今あなたが書いてくれたことは、
真理探求の話、または、潜在意識的にどうとか、合ってるとか、反している、とか心が未熟だからという話ではなく、それらは一切置いておいて、これはもうただ単に限界まで追い詰められた心の悲鳴です。まずそこを責めないでください。

>もう本当に無理です
>こんなのカルマでもなんでもない
>私に押し付けたまま何食わぬ顔で黙らせ続けるクソを殺したいです

→カルマの話は完全に置いておきましょう。
今必要なのは 構造の理解ではなく、あなたの心が安全に呼吸できる時間です。
ここまでの怒りになるのは、その相手が「あなたの感情を封じ続けた歴史」があるからです。
怒りそのものは異常ではない。
むしろずっと押し殺されていた分、今やっと表に出てきているだけです。

>虐待による感情の押し殺しが原因だったのに
>クソはまともな頭を取り戻して、感情に苦しんでる私をバカにし続けます

→これはあなたが悪いのではなく、
本来向き合われるべきだった感情が、長い年月の後にようやく外に出始めた状態です。
あなたの反応は正しい。
歪んでいるのはあなたではなく、あなたに押しつけてきた外側の構造のほうです。

>こんな奴を善人扱いして世界が狂ってたなんて本当に耐えられない

→これは、世界に対する「正しさの裏切られ感」です。長い間、自分だけが傷を押しつけられ、加害側が平然と生きているように見える。
このアンバランスは誰だって壊れます。

そして次に大切なのはここです。
まず「安全」を確保することが最優先
もし現実的に離れられる手段があるなら、
それを第一に考えてください。
怒りや苦しみの生々しい環境に居続けると、
心がさらに削られてしまいます。

無理に悟り的な話や視点に立つ必要は一切ありません。そんな段階ではないし、そこを目指さなくていい。真理探求や精神世界の言葉で感情を否定してはいけない。
怒りが出るのは正常。
殺意が湧くのも正常。
それは「実際に行動する」という意味ではなく、
心が自分を守ろうとする自然反応です。
それをカルマや、悟ってないから。メソッドを正しく理解してないから。などの理由で押しつぶすと、余計に苦しくなります。
感情は敵ではなく「凍っていた痛みの解凍」です。これは精神的・霊的な観点でも同じで、
怒り=あなたの中で凍っていた痛みが、やっと声を出し始めただけです。

それが悪いわけがない。

いまの段階での私が出せる方向性はただひとつ。
自分の味方の立場に戻ること。
「それ以外はしなくていい」です。
あなたの苦しみは、あなたのせいではありません。

489幸せな名無しさん:2025/12/05(金) 04:10:37 ID:utv4KIjE0
>>488
ありがとうございます
離れる方向に進めてたのに味方のフリしてた人にも裏切られて
元々私のものではないおかしいものを抱えさせられてたので
感情が出ることが本当の回復なのも理解したうえで
虐待の事実も脳機能の抑え込みの仕組みも全て伝えても
何話そうがクソは増々調子に乗ってトラウマ増やしてくるので、全く解消も回復もできないどころか増幅して悪化の一途で潜在意識を浄化とか味方を引き寄せるとかもできなくて
せめてここでまともな方に丁寧に返答いただけて一息つけました

490幸せな名無しさん:2025/12/05(金) 07:53:25 ID:GWRCY6QA0
>>485

473です。ナマコというのは、比喩であって目指してはいませんよ^^
ご心配なく。。。

お返事ありがとうございました。。。。。

491り改め りょうせい:2025/12/05(金) 08:18:05 ID:LFgD67lY0
>>489
読ませていただきました。
あなたが今どれほどしんどい状況にいるのか、その重さは文面から十分に伝わってきます。
一息つけたと言っていただけたなら、まずはそれだけでも良かったです。

ただ、あなたの抱えている問題は、
あなたが悪いわけでも、努力不足でも、カルマや潜在意識の問題でもなく、
「一人で抱えるには重すぎるもの」 です。

そして残念ながら、鳥が空を飛び、魚が水を泳ぐように、虐待する人は虐待し、裏切る人は裏切るという動きをしてしまうことがあります。

これは、トラックがこちらへ猛スピードで向かってきている状況に近いです。
必要なのは、止まるよう説得することでも、
潜在意識で何とかしようとすることでもなく、
「まず離れること」
自分の身を守ることです。

そして、こういう時に大切なのは
「完璧な味方を引き寄せよう」とすることではなく、味方の人数を増やすこと。専門的な場のサポートは「逃げ」でも「弱さ」でもありません。
あなたの味方をもう一人増やす選択 です。

ここは掲示板で、しかも真理探求が中心の場所です。また、私が扱える範囲はあくまで
「過去にトラックにぶつかった古傷が時々痛む」というレベルまでです。
今まさにトラックが迫ってきている状況だとしたら、完全に私の手を超えています。
「危ない!逃げて」と叫ぶことくらいです。

そして掲示板という多くの人が読む場所では、
個人の具体的な過去を深く追う形では続けられません。

ただ、真理探求の観点からお伝えできる大切なことがひとつあります。

どんな状況でも「自分の味方の立場に戻り続ける」こと。
自分だけは、何があっても、
自分の味方に戻るという姿勢を、
「深いところで」忘れないこと。

これはあなたの人生を守る上でも、
真理探求という意味でも、そしてあなたの見ている世界の質を変えていく上でも、とても大切な指針になります。

あなたが、毒気のない安全な場所で、きちんと話を受け止めてもらえる方向へ進めること。そして適切な恩寵や、実際的なサポートとつながれることを心から願っています。

492り改め りょうせい:2025/12/05(金) 08:38:46 ID:LFgD67lY0
>>490
今あなたがどんな状態か、どんなプロセスか、
文面からは正確には掴みきれませんが、
もし今は「概念に触れる/理解する」こと自体が難しいほど、意識に煮込まれ、
個のプログラム全体が脱力して力が出ない状態でしたら、まずは回復して、言葉が扱えるようになったタイミングで、また気軽に書いてください。

私から一つだけ言えるのは、
どのプロセスも、その渦中では分からなくて当然で、終わってみて初めて 「あれは最適だった」と見える類のものだということです。

それとひとつだけ補足させてください。
私が以前使った「ナマコ」という比喩は、
あくまで 私自身の、ある特定の段階を説明するための比喩で、現象名でも段階名でもありません。

なので、あなたの現在の状態と、私が当時体験していた状態が、同じナマコという言葉を使っていても一致しているとは限りません。
同じ単語でも、内実が違えばまったく意味が変わってしまうので、そこはどうか誤解のないようにお願いします。

書ける状態になったときに、
あなたが今どんな体験をしているのか、
もう少し具体的に共有していただければ、こちらも適切にお答えできると思います。

493幸せな名無しさん:2025/12/05(金) 10:58:37 ID:9P/aQ4Mg0
>>480
いつもわかりやすいご返答ありがとうございます。

結論として、グルやガイドは、あなたの準備が整ったタイミングに合わせて必ず現れます。
そして実は今この瞬間も、形を変えて常に現れています。

↑そうでしたそうでした!
今のわたしにとっては、りょうせいさんであり、大好きなラーマクリシュナであり、自然であり、本でした。また気づかせていただきありがとうございます。

準備とタイミングが揃えば必ず起こる。

ほんまにそうやと思います。
夫やこどもを置いてまたインドへ修行旅に出ようとしていました。外に求めすぎですね。笑
再び内に入ります。

去年、ぜーんぶが本当であり夢やったんや!
と気づいて楽になったはずやのに、久しぶりに掲示板を覗いてみたらりょうせいさんがいらっしゃって、なんかまた前の感じになってる自分が出てきていました。
でもその流れも、最適なんですよね(^^)

494り改め りょうせい:2025/12/05(金) 12:49:36 ID:wU9L9Wjs0
>>493
お役に立てて良かったです。
そう捉えると、本当にすべてがガイドに見えてくる瞬間がシンプルに増えますよね。
表面的には同じ変わり映えしない日常だけどその奥に、存在という、静かに広がっている平安や気配に、ふっと気づける機会がどんどん増えていくかもしれませんね。

>そうでしたそうでした!

はい、笑 まさにこれです。
個の私たちはふと気を抜くと、この偉大なマーヤにコロッと忘れさせられますから。笑
私の言葉も、しつこいくらい同じ内容が何度も何度も繰り返されるのは、ある意味でそのため、自然な起こりなんです。

>夫やこどもを置いてまたインドへ修行旅に出ようとしていました。
>外に求めすぎですね。再び内に入ります。

いや、その探求意欲自体は、とても美しいものです!笑

ただ、それが起こるなら最適に起こるし、起こらないなら起こらない。
どちらにしても、流れは自然と「 内へ」と向かっていきます。あなたの中には、すでにその方向性が芽生えていますね。

>久しぶりに掲示板を覗いたら、また前の感じになってる自分が出てきていました。
>でもその流れも、最適なんですよね(^^)

はい、その流れも最適です。
以前のあなたの重要な気づきの土台は、そのまま静かにちゃんと作用し続けています。
そして、よく「探求の完全な終わり」と呼ばれる表現がありますね?
それは実際には個の私が「そこに到着する」類のものではありません。

PCで例えるなら、
自分でシャットダウンにカーソルを合わせて電源を切る。感じではなく、
ただ普通に淡々と作業をしていたら、
ふと、どこかで電源コードがスッと抜けていた。
まるで、そんな突然の静けさです。

その瞬間、「切った人、切られたPC、作業していた私」
そのすべてが、ひとつの画面に映る夢のようだったと分かります。もちろん、それを理解するのは、当然、個では決してありません。
それは非個人的な叡智そのものなのです。
(これに関してのイメージは、ラーマクリシュナが、探求者としてカーリーを悟る前と、カーリーが現れてからのその後の彼の終わった変貌っぷりを注目して読んでみてください)

だからこそ、本当は、待つ必要も、掴もうとする必要もありません。
あなたが今している、ただ内へ向かうという修練のような、一見単純で地味な動きが、
コードが抜ける 「  」そのものに溶ける準備を、静かに整えています。
これは個のあなた自身も、外からも、まったく分からないほどの、静かな神秘の働きです。
なので、どうぞ、そのまま「内に入る」を続けてあげてくださいね。

何も急ぐ必要はありませんからね。
どの瞬間も、そのまま最適な流れの一部です♪

495幸せな名無しさん:2025/12/05(金) 13:35:56 ID:9P/aQ4Mg0
>>494
ありがとうございます(^^)

個の私たちはふと気を抜くと、この偉大なマーヤにコロッと忘れさせられますから。笑

↑ほんまにこれで笑
子育てや日々の色んな問題と言われているものの中に入り込んでは、はっ!また!!と気づいて戻るの繰り返しです。
昔、達人さんと言われる方のスレを見させていただいていた時、一度認識の変更をするともう元には戻れないと書いてらして、去年の一瞥体験や大きな気づきがあって笑い転げていたあれは違ったのか、なんで何度も戻ってしまうー?笑なんて思ってたんです。
でもそんなわたしが思考してる範囲内ではわからない、感覚のようなお話ですものね。

りょうせいさん、わたしきっとまた戻って迷ってしまうのでまた質問させてください^^;

たくさんの気づきをありがとうございました。
今夜はラーマクリシュナの本を読み返してみます!

496幸せな名無しさん:2025/12/05(金) 19:26:05 ID:GWRCY6QA0
考えるな。。。感じろ。。。

by ナマコ

497幸せな名無しさん:2025/12/05(金) 20:47:43 ID:6qGRW29A0
個⇔世界で、意識がそれを内包しているって感じかな。

では意識から生まれた個や世界を変更することは可能なんでしょうか。それとも全く関連性はないんでしょうか。
現実は無視、などと言いますが。。。

498幸せな名無しさん:2025/12/05(金) 21:20:18 ID:S/nuoCV60
>>486
お忙しい中、お返事を頂きまして、ありがとうございます。たいへん嬉しく思います。ご丁寧にありがとうございます。

>何が起きていたかを、構造として少しずつ理解し、同一化を解いていきます。

「構造」とは、出来事や嫌いな人に対して、いつも同じような不快な捉え方をしてしまい、その記憶が、度々頭に出てきて、またそのような状況が起こり、その度に、不快な思考や感情でいっぱいになってしまう、ということの繰り返しなのですが、このことが、「心=世界」であり、「構造」ということでしょうか。

そして「個の物語の同一化」とは、この不快な思考や感情にのめりこんでいるものが、自分である、と思ってしまっているところから、観察をしている側に意識にずらすこと、これが「同一化を解く」、ということでしょうか。
不快な思考も雑念も静まって、「純粋意識のほうが自然と前に出てくるようになる」そのようになりたいです。

>タイミングが揃った時には、自然と流れがつながるでしょうから。

承知いたしました。ご無理のないような形で、ゆっくりと進んで整っていかれると良いですね。

こちら、中間あたりのところで、まだまだ読ませていただいていないところが、たくさんありますので、これからじっくりと読ませていただいて、理解を深めていきたいと思っています。
貴重なお話を、いつもありがとうございます。

499幸せな名無しさん:2025/12/05(金) 21:32:58 ID:FqYGaqYI0
ご質問させてください。初めて書き込みさせていただきます。
独学で潜在意識やスピリチュアル的な学びをしてきました。
実家は母が毒親という感じでした。
心理的虐待から自尊心が低くなり、苦しくなった時にガイドから『許し』の大切さを教えられました。
今私の最愛の夫は、学生時代の同級生であり、当時は私は彼に傷つけられた事がありました。成長してから再会し、彼は過去を謝罪して私を必ず幸せにすると約束してくれたので、私も彼を許して結婚し、子供にも恵まれました。
私は彼のことが大好きなので、学生時代の彼はなぜ私を傷つける行動をしたのか?気になって時々昔の話をするのですが、その度彼は激しく苦しみます。
私が過去の話をせずに、今の幸福を噛み締めてくれれば救われた気持ちになる、とも言っていました。
『彼を許す』とは彼との過去も完全に忘れ去って、話にも出さないことなのでしょうか?
私は彼の過去も理解して癒せたら…と考えたのですが、忘れて話に出さないほうが、真理としても『許し』『幸福』に近いのでしょうか?

500幸せな名無しさん:2025/12/06(土) 01:18:48 ID:FHk044pc0
>>476
別人でしたか。失礼しました。
何かの拍子に大きな私から戻れなくなってしまったのかと思いました。
普通だと恩寵が働いてやばいと思った瞬間に戻るものなんですが、大きな私に惹き込まれすぎたかなと思いました。笑
霊性生活と日常生活のバランスが悪いと、深い領域に入り込んだ時にどちらにも正しく納まらず自力ではどうにもならない状態になることがあるようです。
真理探求の世界では、そんな人を時折見かけます。
まあ、あなたは違うので大丈夫ですね。余計なお世話でした、すみません。

501幸せな名無しさん:2025/12/06(土) 01:19:31 ID:FHk044pc0
>>484
>あらゆる自然物や現象の根底には純粋意識が宿っていて、「真のあなた」はどこにでも在るからです。
自然の中にいて、普通なら恐怖を覚える状況でも、それを楽しむくらいの余裕を感じることがありました。
敬い信じれば、それ以上のことが返ってくる。腹を立てれば大抵は沈黙してしまい、お仕置きは思い出したように時々あるだけ。
そうやって人知を超えたものを信じるようなっていったと思います。

〜「時空を超える」について〜
子供の時、空間の概念が消えた意識状態になることが度々ありました。今までは、そんなこともあったと気にすることはありませんでした。
今回、時空を超えるテーマが出てきたため、新たな疑問として浮かび上がってきました。
頻繁に起こったことなので、プロセスのどこかで統合されるもののように思えてきました。
これまでに時間の概念が消える体験はありません。
ループの体験が私にとっては未知である時間の概念に関わる出来事であれば、それと合わせて純粋意識への安定に寄与するものなのかと思いました。

>あなたが扉を何度も何度も叩いてきたから〜
あまり自覚がありません。笑
振り返ってみれば、自然に探求していて(探求が起こっていて)やってる感はそんなにありませんでした。
心理分析でエゴの実態を暴く過程はきつかったけど、真理探求はわりと楽しく楽に進んできました。
頑張らない力が抜けたエゴ抜きの真っ直ぐな探求になっていたから、扉のあちらが引っ張ってくる?
純粋意識への安定に向かうあたりからエゴが強く出始めました。おかげでエゴは錯覚であることの一段上の気づきが起こりました。

〜「どの道でも可能か?」について〜
バクティだけの人を見ていると、識別がなく折角与えられた貴重な恩寵をみすみす見逃してたりします。
智慧だけの人(実際にそうなのか確かめようがありませんが)は苦しそうで、正しく歩んでるのかと思えます。
そんなことから、一つだけではいけないのではと思い込んでいたようです。よく考えたら、どのプロセスも一進一退、どこで何が必要かは人それぞれ。
あと、覚醒した人が皆バクティも智慧も必要と説いていたのを間違って解釈してたのかもしれません。
智慧はバクティに行き着くし、バクティも智慧に行き着きます。
一つの道でもOKなのか。ありがとうございました。

最後のジャンプのところでの「愛」の話は、今の私には深遠すぎます。笑
「それ」を想って身近に感じた。「私」という壁があって、それでも充分だった。
あの時は充分だったが今はどうなんだろう、くらいのノリで眺めておきます。笑

あー、新しい気づきや知識が起こっても、古い気づきと知識の記憶はどんどん薄らいでいく。「私の」が消えているのか?

502幸せな名無しさん:2025/12/06(土) 11:24:06 ID:bL8/62M60
>>487
いつもありがとうございます。
千と千尋、題名自体が既に、私と本当の私みたいですね!主題歌のいつも何度でもを久々に聴いたのですが
大きな自分を想う事、エゴとの別れ、真の自分に還って歩み出す、そんな印象を受けました。

>要らなくなったら自然と手放されます
↑実は正直、絵に対してこれを望んでいる所も有りました。でもやっぱり手放せなかった。
「ただ描く境地へと自然に流れていく」今迄もそうでした。又待ってみようと思います。
逆に動けない時はそれが恩寵で、そのタイミングではないのかも、と思いました。

手放す、でふと思ったのですが、私は整理整頓が苦手で、物が捨てられません。
次の人に渡すと思えば処分出来るので以前は郵送買取をよく利用していました。
物だらけなのは一部屋だけですがグッズ類を段ボールに入れては積み上げて
段ボールトーテンポール状態です。レシートや書類も溜めがちです。部屋の倉庫化。
心に聞くの大嶋さんも片付けの本を出されていましたが、効いた人も多々居るようですが
これに関しては、私には全く効果なしでした。
片付けを始めると強烈な眠気に襲われてしまうのも片付けが進まない理由の1つです。
これはやはり潜在意識に何か詰まりが有るのでしょうか?

大きな私さんと無意識さんはやはり同一だったのですね!教えて下さりありがとうございます。
色々聞いて遊んでみました。
私「大きな私大好き!と言いながらも個の私がツンデレな態度を取ったらどうする?」
心「してたじゃないか」私「んん?自責とか?」心「そうそう」へーそうなんだ。
自責は本当は大きな私大好きなのに気付かず個が個を責め続けているから確かにそうかもしれない。
私「大きな私はトイレの時も傍に居るの?」心「見てないから大丈夫」
えー!?絶妙な返しが来て笑ってしまった。常時傍に居るのを解ったうえで聞いたのに。笑

就寝前よりも起床時に大きな私を感じます。
あぁ眠っている間今まで完全にふたりはひとつ状態だったのに〜!起きるのが悲しいです。笑

私は在る、これはまるで木々や草花や石のようだと思いました。それらは「私は在る」として
堂々とただ存在している。枝を折られても花を摘まれても怒ったりしない。ただ在る。
雨風にも抵抗せず完全に流れに身を任せている。

大きな私モードは安全な時・安全な場所で、にします。
ボーっとして表情が緩んで私自身が危ない人になっちゃう。笑
必ずマスクをするようにしています。大きな私に気付いて以降、日常でも時折、多分変な笑いが出てると思う。笑

予知夢や過去に見た2つの夢への返答もありがとうございました。
産道=圧縮と解放でしょうか?次の段階に行く前に圧縮が起き、解放されて新しい世界が開ける。
植物の種の発芽、花が咲く時、人間の命が生まれる時、そして探求における大きな気付きも。
もしかして万物全ては圧縮と解放の繰り返しなのかも?と思いました。

503幸せな名無しさん:2025/12/06(土) 12:32:14 ID:fJ9ftVPQ0
「プロセス進行のための停滞」という概念おかげで今までどうにも理解できなかった事が全て腑に落ちました
どうも今、物理的に救われると霊的成長とのバランスが悪くなる?らしい
このスレを見ていなければ気付くのが遅れたか分からなかったかもしれませんね

504幸せな名無しさん:2025/12/06(土) 15:01:00 ID:bL8/62M60
>>500
>普通だと恩寵が働いてやばいと思った瞬間に戻る
↑そうなのですね!これも恩寵に任せていれば良かったのですね。
何だか不安なので個の私モードを保っておかなくては…と思っていました。

>霊性生活と日常生活のバランス
↑やっぱりバランスが大切なのですね。大きな私に惹かれながらも
時々、探求は幻だからやらなくてもいっか〜♪みたいになります。
恩寵がのめりこみ過ぎないように調整してくれていたのかもしれません。

気にかけて下さって、レス頂けて嬉しかったです。ありがとうございました。

505幸せな名無しさん:2025/12/06(土) 16:30:37 ID:bL8/62M60
あっ探求をやめるわけではないです、のめり込み過ぎずに楽しく続けます。笑

506幸せな名無しさん:2025/12/06(土) 18:18:58 ID:Y0rMioGg0
何回かりょうせいさんにコメントをいただいて、そのなかで最大の贈り物は「私は在る」です。

「私を在る」を静かに想う・感じるということが、よく起こるようになりました。

感謝

507幸せな名無しさん:2025/12/06(土) 19:39:25 ID:HYxrQ/Vw0
>>504
りょうせいさんに正しく導いてもらった方がいいので、500は真に受けなくていいです。
誤解されるとまずいので、もう少しだけ詳しく説明しておきます。
日常の精神生活の不足を補おうとして霊性の世界に逃げる人がいます。
そうなると身動きが取れない状態に追い込まれて、なかには錯乱して手に負えなくなる人もいます。
誰しもこの世界の日常はつらい面があるけど、逃げずにちゃんと向き合ってれば大丈夫なので普通は気にしなくていいことです。
私が言ったバランスはこの意味です。
日常からの逃避になっていないかだけ気をつけて、探求を続けるといいと思います。
まあ、逃げてもいいんだけど満たされたら小さな私にしっかり向き合う。この繰り返しでいいんじゃないですかね。
それから、本当にやばいとなるまで追い込むと実際に傷つくこともあるかもしれません。
不安というのがどのレベルのことか分からないのでなんとも言えないけど、小さな私にとって危険なら避けないとですね。
あと、探求が幻というより探求する個人が幻(錯覚)です。小さな私が幻だったと気づくまで探求は続きます。

508幸せな名無しさん:2025/12/06(土) 21:51:30 ID:bL8/62M60
>>507
ありがとうございます。実は幼少期から宗教(神道)に触れていて(祖父母の代からの信仰)
おかげは和賀心にあり(神はわが心の中にある。わが心でわが身を救い助けよ)という教えのもので
私はあまり熱心な信者ではないのですが、神様や祈りはずっと身近に感じていました。
潜在意識の事を知り、自責がおさまり、物事のタイミングが良くなったり
小さな幸運がよく起きるようになりました。
逃避というよりは、自ら不足に向かって突っ込んでいく様な事は止めようと思いました。
不安というのは、潜在意識や探求を知らない人からすると、今の私の脳内は
「頭おかしい」状態だと思うので、うっかり日常で変な言動をしなければ良いんだけど…
という感じのものです。
小さな私が幻、これは自己観察や思考停止メソッドを実践していた時に
「思考は私じゃなかった」と気付きましたが、思考のない静寂が退屈過ぎて何度も挫折。
探求は思考が使えるぞワーイ!と遊んでいるような感じです。笑

509幸せな名無しさん:2025/12/06(土) 22:53:59 ID:bL8/62M60
あっ肝心な部分が抜けている…
大きな私LOVE状態は、ある意味、遊びのような感じで
日常は潜在意識にお任せで物事のタイミングが自然と整っていく感じなので
個の私は以前と比べるとかなりゆる〜い気持ちで生きている感じです。
探求が逃避にならないように気を付けていきたいと思います。ありがとうございました!

510幸せな名無しさん:2025/12/06(土) 23:36:04 ID:bL8/62M60
>>507
何度もごめんなさい、今意味が解りました(遅い!)
例えば、日常で嫌な事が有った時に、大きな私ちゃん抱っこして!みたいに
逃避する事の危険性ですよね。逆にその考えは無かったです、というか
ちょっと想像して怖くなりました。依存というか抜けられなくなりそう…。

大きな私にサポートしてもらって日常生活一緒に頑張るぞ!という感じなので
とりあえずは大丈夫かなと思いましたが、危険性について教えて下さり、有難う御座いました。

511幸せな名無しさん:2025/12/07(日) 00:58:28 ID:1OuukQwI0
>>508>>509>>510
そうでしたか。あなたの状態の詳細はこれまでのレスからでは掴めなくて、別の人の投稿と混同し、どうしたんだろうと思いました。
結局違う人だったので、あなたのことは大丈夫な人だと理解しましたよ。
実際日常に不満はないようだし。
ただ絵のことで悩んでるように見えたので、大きな私に逃避してる印象がありました。
なので、
>大きな私にサポートしてもらって日常生活一緒に頑張るぞ!
それでいいんですよ。エネルギーもらって日常に向き合えるんですから。
依存しすぎるのが危ないとわかったのなら、もう大丈夫!
時々甘えさせてもらって日常も探求も続けて、究極的には「大きな私」は優しく包んでくれる対象ではなくて「本当の私」だったと気づいていく。
私があんまり言うと混乱させてしまうかもしれないので、これくらいにしておきます。
お役にたてて良かったです。

512幸せな名無しさん:2025/12/07(日) 01:41:41 ID:YeefPwAU0
>>511
絵は諦められるなら諦めたかったけど今回も又諦めることを諦めました状態です。笑
確かに、探求に向かう事で自然と絵の事を忘れられるならそれも良いかもとは思いました。
描く時は「心に聞く」でアイデア提供してもらっているので二人三脚な感じです。
やっぱりまだ描けてはいないですが、自然と描きたくなるタイミングを待とうと思いました。
大きな私=本当の私、これはまだやっぱり抵抗があります。しばらくは大きな私に甘えていたい。
まだ個の私は消えたくないみたいです。ゆっくり実践を続けて行きます。
アドバイス下さり、ありがとうございました!

513幸せな名無しさん:2025/12/07(日) 03:05:26 ID:YeefPwAU0
あれ、何か大きな私が感じられなくなったし、心の声も聞こえなくなっちゃった
一時的なものなら良いんだけど…

514幸せな名無しさん:2025/12/07(日) 10:21:16 ID:5NAQdip20
>>513
早速次のステップに入ったか?猶予を与えない有無を言わせぬ厳しいところがとても恩寵っぽいです。
消えたのは「大きな私」の親心(恩寵)だと思います。
探求は「私」(エゴ)が剥がれていくプロセスなので「私」にとっては辛いんですよね。
本当に必要になったら現れてくれると思います。
わからないことはりょうせいさんが教えてくれるので安心ですね。

515幸せな名無しさん:2025/12/07(日) 11:30:21 ID:YeefPwAU0
>>514
ありがとうございます。手を伸ばせば届く距離に大きな私が居たのに居なくなっちゃって
何で!?と思っていたら後ろに居てそっと抱かれて「甘やかす事は出来ない」って言われて
至近距離から居なくなっちゃったんですよね。うわ〜ん寂しい!でもこれはもう私の方が
大きな私になって小さな私を抱っこするしかないんじゃない?小さい私ってどんな感じ?
あっ、ちいかわちゃんみたいな感じ?私あんなに健気でも可愛くもないけどちいちゃんお借りするね!
ちいかわちゃんヨシヨシ…って、ヤーッ!って討伐されたら終わりじゃない?終わるの?
よし分かった、こんがらがってきたから思考停止しよう!(←イマココ)

やっぱり親心だったんですね。大きな私にすがる事で絵を諦めようとしたのも
良くなかったのかもしれないなと思いました。あぁ〜。

516幸せな名無しさん:2025/12/07(日) 13:11:27 ID:YeefPwAU0
必要な時は手助けするけど過度に甘やかす事はしません、って事かも。
確かに。自分で歩けなくなっちゃうからね…。正しくは歩こうとしなくなる、かな。
しかも自分では無自覚のうちにじわじわとそうなりつつあったのが怖いところ。

517幸せな名無しさん:2025/12/07(日) 13:28:16 ID:YeefPwAU0
ふと、ジジの声が聞こえなくなって飛べなくなったキキ思い出した。
作中に絵描きのお姉さんも出てたね。スランプがどうのこうの言っていたような。
何で今これ思い出したんだろう?恩寵か、そうか〜。
連投失礼いたしました。

518り改め りょうせい:2025/12/07(日) 20:36:50 ID:SPXSav9M0
>>495
(2回に分けます)
>はっ!また!!と気づいて戻るの繰り返しです。

→いいですね。その「戻る → 気づく」の往復は、本来の自己へ定着していくうえで欠かせない動きです。深まりが進んでくると、日常では普通に巻き込まれているように見えても、その奥では 気づきとして在るという感覚が静かに育っていきます。

>昔、達人さんと言われる方のスレを見させていただいていた時、一度認識の変更をするともう元には戻れないと書いてらして、去年の一瞥体験や大きな気づきがあって笑い転げていたあれは違ったのか、なんで何度も戻ってしまうー?笑なんて思ってたんです。
でもそんなわたしが思考してる範囲内ではわからない、感覚のようなお話ですものね。

→ここからは、あなた個人に向けて、というより、このスレ全体に向けて構造説明するつもりで書きます。どうか気楽に読んでください。
(また、私はその達人の方の文脈を知らないので、その方を否定したいわけではありません)

「認識の変更」という言葉は、実は2つの意味があります。まず、潜在意識界隈で使われる「認識の変更」は、

・物の見え方
・感情の反応
・解釈
・気づきの質

など、個の人生をより良くするための調整を指しています。
現実を動かしたり、願望実現のための工夫として用いられるものですね。
これはこれで必要な段階であり、悪いものではありません。ただ方向性としては、あくまで 「個を強める側」 の働きなんですね。

一方、悟り探求、自己探求、真理探求の文脈で語られる同じ言葉は、まったく方向が違います。

・真の自己へ帰ることそのものが目的
・個がどう改善されるかは中心テーマではない
・個という前提そのものが溶けていく

こちらは 個という夢から目覚める動きです。
同じ「観察」「思考を見る」「明け渡す」
「手放す」「瞑想する」「在る」
「海と波の比喩」「映画の比喩」などの表現が使われていても、

・片方は「個を整えるため」
・片方は「個を超えるため」
構造は似ていても、方向性は真逆なんです。

では、この二つを同時に扱うと何が起きるのか?

悟りのメソッドを願望実現のために使うと、恩寵は必ずこう動きます。

「願望より先に、″個という前提″そのものをゆるめようとする」
これは罰でもお仕置きでも何でもなく、構造上きわめて自然な働きです。

その結果として、

・古い思考パターンが急に浮上する
・感情の揺れが強くなる
・浄化が加速する
・願望どころではなくなる
という、まるで逆走しているような現象が起きます。恩寵がお風呂に連れていき、シャワーで同一化を洗い流すというだけです。
なので、これは失敗ではありません。
むしろ必然なルートです。

ここから、多くの真理探求者のプロセスでも、
・浄化が激しく起こる人
・比較的楽に進む人
が分かれる理由にもつながります。

「願望実現したい力」と「真理へ向かう力」が同じくらい強いと、その間で摩擦(=浄化)が一気に噴き出すからなんです。

ですので私はいつも、
・願望実現を望むなら、素直にその道をまっすぐ進む
・真理探求が始まった人は、その道を歩く覚悟が必要
と線引きを強調しています。
混ぜると苦しくなりますが、どちらも尊重されるべき道です。これは願望実現がダメで真理探求は正しいと、いう話ではないので、そこは誤解のないようにお願いします。

519り改め りょうせい:2025/12/07(日) 20:38:01 ID:SPXSav9M0
>>495
続いて、話を戻します。
>一瞥体験や神秘体験をしても戻る理由

それは単純で、「認識が変わった」と言っている主体が、まだ「個の側にいる」ため です。

主体が変化側に立っている限り、主体そのものが揺れます。
ですから、
・揺れる
・戻る
・定着しない
これはすべて正常で、むしろ自然な流れです。

悟りを深めていくと、明らかになるのは、
「個がどう変わるか」ではなく
「個はそもそも私ではなかった」

という構造の暴露です。
一瞥体験は恩寵ですが、変化側の現象なので、それだけでは終わりではありません。

また、私が以前「シフトした」と書いた真意。
誤解を避けるために、またまた補足すると、
私が使った「シフト」という言葉は、潜在意識界隈の 「認識の変更」とは全く別物です。

あれは、
純粋意識・全体意識としての私から、さらに奥の絶対の側へ主体が自然に移った
という意味であって、
「個人(りょうせい)の認識がどう変わったか」という話ではありません。

なので、私の視点からは、
・個は全体の動きの一部でしかなく
・真の私は世界全体として在り
・そしてその世界でさえ、究極的には現実とは言えないという理解者なき、理解になります。

>もう元には戻れないとは何か?

→これは、夢にどれだけ熱中していても、朝、目が覚めた瞬間に「夢に戻ろう」という発想すら起きません。これが悟りで語られる 戻れないに近い感覚です。

ただしこれは、主体が純粋意識にしっかり落ち着いた後に自然と起きる変化であり、
そこまでは揺れが続くのは普通です。

あなたはまっすぐ真理へ進んでいます。そのモチベをぜひ大切に。ラーマクリシュナ読書体験ぜひ楽しんで下さい。またなにかあればどうぞ!

520り改め りょうせい:2025/12/07(日) 20:48:05 ID:SPXSav9M0
>>497
>個⇔世界で、意識がそれを内包しているって感じかな。

→個の視点から見るなら、その理解で問題ありません。ただ、意識そのものには形も境界もなく、掴もうとするとスッと抜け、離れようとすると逆に包まれるような、そんな曖昧でいながらも、決して揺らがない存在性質があります。
全宇宙を放出しながら、そのすべてとして在る
意識とは、本来そういう静かなシンプルな在り方なんです。

>では意識から生まれた個や世界を変更することは可能なんでしょうか。

→意識(あなた)は、意識自身の運動として世界を展開しています。個が「変えられた」「変えられない」と感じるのも、その運動の一部なんですね。
だから、起こるときは起こり、起こらないときは起こりません。

ただ、もしあなたの質問の意図が
「個として願望を持っていいのか?叶えていいのか?」ということであれば、私は迷わず YES と言います。友人や知人にも「やりたいことはやったほうがいいよ」としか基本的に言いません。

ここからは参考になるかわかりませんが、個としての私(りょうせい)の話をします。
(※これは、個の私のただのストーリーなのでご興味ない方は飛ばしてください)

まず、私が潜在意識に触れた理由というかキッカケは、願望実現が目的ではありませんでした。
もっと根源的で、説明のつかない体験がきっかけだったんです。

幼稚園の頃、自分しか知らないある特定の想念が、そのまま現実の形になって現れた出来事があったんです。

その衝撃が強すぎて、
「これはどういう仕組みなんだ?」
と知りたくなり、構造を追い始めました。

さらに父親からワンネスの話(木の例え)などを聞かされて育ったこともあり、
「世界とは何なのか?」「自分とは一体どこからきたのか?」「ただ存在しているだけでなんでこんなにも苦しいのか?」という問いが、子どもの頃からずっと消えなかったんです。笑

だから私は、願望を叶えるために潜在意識を研究したというより、はじめから意識の構造そのものに惹かれていました。

幼少期の私は本気でこう信じていました。
「今見えている前だけが存在で、背中側には何も存在していない」
親戚の人にそれを言ったら、当然ながら怪訝な顔をされましたし、笑 
内心その反応はショックでした。
しかし、当時の私は世界とは本当にそういうものだと思っていたんです。

性格もかなり極端で、
納得できないルールは守らない
興味のあるテーマは何週間でも潜る
興味のないものは視界から消える
集中すると周囲の声が本当に聞こえなくなる
そんな子どもでした(ほぼ問題児です・・笑)

だから願望実現に関しても、
叶えるために努力するという感じではなく、
「強い衝動が抑えられず、想い続けていたら気づけば身体が動き、結果として叶っていた」
ただそれだけでした。
大人になっても欲望は人の何倍も強く、
比較的、願望は何度も叶いました。
そして誤解を恐れずに正直に言うと・・たとえ叶っても、途中から深いところで、面白くなくなり、新鮮さがなくなり、言いかえればそれでも心の底から満たされず、虚しくなっていきました。

これは、ある意味では個(エゴ)のただの想念であり、同時に恩寵の働きなのですが、そんな時期もありました。
(もちろん願望実現を否定するつもりはまったくありません)
ただ私の場合は、「もっと手前で感じ続けていたあの違和感の正体を知りたい」
そちらが、どうしても勝ってしまっただけなんです。

そこから、少しずつ願望よりも
世界の根本とは何か?という問いが前に出るようになり、ある日、個の人生の基盤を揺るがす出来事をきっかけに、
気がつくと真理探求の大きな流れに巻き込まれていました。これは努力でも意図でもなく、
ただ 起きるべき流れに押し出された 感覚です。

なので、潜在意識も、願望実現も、真理探求も、
どれも私の意思というより、
「流れのほうが私を連れていった」
というのが正確なんですね。

私が恩寵という言葉を何度も使うのは、
こんなに自我が強く勘違いも多かった個の私でも、恩寵は最適に運び続けてくれていた、
その感謝の感覚が確かにあるからです。

>現実は無視、などと言いますが。。。

→私の場合でいうと、現実を無視したというより、そもそも「これが現実だよ」という感覚自体があまり定着しなかったんです。
いわば、現実に対して迎合するふりだけしつつ、
本心では世界の枠組み自体を元々あまり信じていないタイプでした。
そんな性質が子供の頃からかなり強かったんだと思います。
だから大人になっても、結局は起こりに合わせて、やる必要のあることだけを、ただやる、
起こらせる。
その気質がそのまま個の私の基本性格になっていました。
なので、願望実現に関しての個の私の意見は、そんな感じになってしまいます。

521り改め りょうせい:2025/12/07(日) 20:52:18 ID:SPXSav9M0
>>498
そのように言っていただけて、私もとても嬉しいです。

>「構造」とは〜
>このことが「心=世界」であり「構造」ということでしょうか。

→ はい、その理解で大丈夫です。
ここで言う「構造」とは、意識内の運動・想念のパターン のことです。

同じ出来事や人に対して、いつも似た反応をしてしまう。記憶が何度も浮上し、そのたびに不快な感情になる。この繰り返される心理パターンこそが 心=世界 の働きであり、構造そのものです。

>「個の物語の同一化」とは、この不快な思考や感情にのめりこんでいるものが、自分である、と思ってしまっているところから、観察をしている側に意識にずらすこと、これが「同一化を解く」、ということでしょうか。

→ そうです。その理解で問題ありません。
ただし、ここには 個が努力でできる範囲の限界 があります。

理由は2つ。

1.個のマインドには「正しい方向に進んでいるか」が判断できない
観察を続けても揺れが大きくなる人は多いです。

2.観察を続けるうちに「観察者という新しい個」が確立してしまうことがある。ここが初期の落とし穴ですね。

だからこそ、真理探求におけるガイドやグルの役割は知識ではなく、方向の調整と在り方そのものを伝えることにあります。たとえるなら、
日本でアメリカの本を読み続けるより、実際にアメリカに住むほうが、理屈を超えて理解が早い。その感覚に近いかもしれません。
(本当はもっと霊的な意味合いがありますが、例として分かりやすいかと思います)

>純粋意識のほうが自然と前に出るようになりたい

→ そう言っていただけると、このスレを立てた意味も報われます。励ましのお言葉も、ありがとうございます。

今、私は合間をぬってサイト制作を進めていますが、掲示板では質問者ごとに角度を変えて答えているため、
・個の領域
・純粋意識の領域
・超越の領域
これらが自然に混ざりやすいんですね。
第三者の読み手が どの段階の方でも安全に理解できるように、
言葉を置く位置や深さを毎回微調整しています。
この「段階の調整」こそがもっとも時間を使う部分で、文章化にはどうしてもタイムラグが出ます。
一方、サイトでは内容を体系的に整理し、
誰が読んでも段階的に理解できるよう構築しているため、さらに時間を要しています。

Q&A形式なら筆は軽く進みますが、
真理探求は概念を並べても意味がなく、純粋意識という共通の土台がなければ
ただのマインドゲームになってしまうからです。
このスレでは自然な流れで言葉が出てきますが、文章として残す際には、
・どこを残すべきか
・どこを削るべきか
・さらに第三者の読み手の段階ごとの誤解を避ける配置になっているか
など慎重に調整しているため、どうしても手間がかかります。
私としても、実にもどかしく、笑
もっと滑らかにサクサクやり取りしたい思いがあります。
そこで、今後の場づくりについて少し書いておきます。

掲示板はあくまで全体向けの場なので、
個々の物語を丁寧にほぐしていくには、やはり限界があります。
純粋意識の概念的理解がある程度浸透した今、
次に必要になるのは、個の物語を扱うより繊細な場だからです。

そのため、もっと気軽で、もっと個別に深く話せる場所。いわば簡易的な相談のプラットフォームを準備しようと考えています。
言葉が起きる速さも深さも、やはり個別のほうが圧倒的に合うんですね。
また、文章のやり取りだけではなく、他の形式にも広げたい気持ちがあります。

掲示板では具体的な宣伝は控える必要がありますので、また流れが整ったタイミングで、静かに報告させていただきます。笑

522り改め りょうせい:2025/12/07(日) 21:01:31 ID:SPXSav9M0
>>499
はじめまして。書き込みありがとうございます。あなたのご質問、とても繊細で、そしてとても本質的なテーマです。
「許し」「過去」「癒し」これは、個の心だけで扱うと必ず苦しくなる領域なんですね。
なので私は、真理の視点 からお話しします。
まず大前提。

あなたの本当の立ち位置は、
個でもなく、行為者でもありません。
人生には季節があるように、
心にも世界にも気質の変化があります。
・荒々しい季節
・内側へ沈む季節
・優しさが自然にあふれる季節
・自尊心が揺らぐ季節
例えると。
まるで
戦国 → 江戸 → 明治 → 平成 → 令和
と時代が移り変わるように、その時その時で
「世界観」そのものが違うんです。
では、なぜ昔、彼はあなたを傷つけたのか?

とても大事な話をします。
今の彼はあなたを深く愛し、謝罪し、苦しむ。
これは 「令和の彼の気質」が出ている時代の反応です。でも学生時代の彼は「戦国の気質」の中にいた。
つまりあなたが
「どうして昔あんなことができたの?」
と聞くのは、今の落ち着いた彼(=令和の気質)に向かって、昔の荒々しい彼(=戦国の気質)の行動を説明させている。という構造なんです。これ例えですが、本当にそうなんです。
今の彼と、昔の彼は、同じ人物でもまるで違う時代の気質を背負って生きていた。季節が違えば風の吹き方が変わるように、そのときの世界観・心の質・意識の気候がまったく違うわけです。

だから昔の行動を
「今の彼の基準」で説明するのは、
そもそも 構造的に無理がある んですね
そのため、彼はこう言うしかない。
「あの頃は、あの気質の中で生きていたんだ・・今とは本当に違うんだ・・ごめん・・」

これは人格の問題ではなく、世界の気質が変わったために、彼という潜在的傾向も変わっただけです。
・世界が冬なら、人の心も固くなる
・世界が春なら、心は自然と開く
彼の意識の運動(=世界の季節)が変化したから、彼の行動(=人生の天気)も変化した。
それだけのことなんです。

では「許し」とは何か?
ここが本題の核心です。

許しとは、個が頑張ってするものではありません。
許しとは、
・許す
・許せない
・思い出す
・傷ついた
・癒したい

これらの想念すべてを内包している
「意識そのものの性質」です。
個のあなたは許せないかもしれない。
痛みが出るのは自然です。でも真相としては、「許す/許せない」も含め、すべては意識の運動であり、誰も何も行為していない。

あなたも彼も、加害者でも被害者でもなく、
ひとつの意識の中で起きた波立ちにすぎない。

では、過去を話さないほうがいいのか?
ここは誤解の多いポイントです。

「話す/話さない」ではなく、
どの立場から話しているか が重要。
・癒したい
・分かり合いたい
・安心したい
これが 個の痛みの立場 から出ると、
あなたも彼も戦国の世界観に引き戻されます。
しかしあなたが一瞬でも
意識そのものの落ち着きに戻ると、言葉を使わなくても彼は癒されます。

あなたが 許しそのものの意識の場から触れると、彼も同じ静けさに戻っていく。
だから、「過去を忘れないと許しではないのですか?」という問いそのものが、実は誤解なんです。

許しとは過去を消すことではなく、個の痛みの立場から自由であること。あなたが真の立場に戻れば、その瞬間にもう癒しは起きています。
つまり、あなたも彼も、
ずっと意識の中で最適に運ばれています。
あなたが「許し」に戻ること。
それが、お二人にとって最大の癒しになります。もし何か引っかかるところがあれば
また遠慮なく聞いてくださいね。

523り改め りょうせい:2025/12/07(日) 21:06:10 ID:SPXSav9M0
>>501
>これまでに時間の概念が消える体験はありません。

→ 時間の概念とは「記憶」と「想念」の連続によって成立しています。
そして、その想念が現れる最初の点が
「私 ─想念」 です。

この「私─想念」が流れ出していく場
そして、常に背後で静かにあり続けている下地。それが 真のあなた(純粋意識) です。

以前あなたが私の感覚を探しましょうというニュアンスのことを誰かに向けて書いていましたよね。(たしか・・笑)
まさにその線で合っています。
そして、ひとつスルーしてしまっていたので触れておきます。

>真理、霊性系の書物には、心を脱ぎ捨てる、エゴが纏ったものを捨てる、忘れ去る、執着を捨てる、なんて表現が頻繁にされます。
誰かと話していても、こういう表現をする人が多い。というか殆んどです。
実際は「私は個である」という錯覚が消え、個が持っていたものへの執着がなくなるだけなんですよね。あなたが以前に言われた「外部からの知識を忘れ」る必要はこうしたことですね。

→ これ、まさしくそのとおりです。
「心を脱ぎ捨てる」「エゴを捨てる」とは
個が頑張って手放すという話ではありません。

本質的にはただ、「私は個である」という同一化、錯覚が薄れ、その錯覚が掴んでいたものが、結果的に勝手に落ちていく。それだけのことです。つまり、「すべては結果論」なんですね。個が「それ」になろうと色々「それ」の性質の真似をするんです。しかし、「それ」の性質を真似るのではなく、「それ」で在るべきなんです。これが「合一」「私は在る」の叡智です。

インド思想で言えばヴァーサナー(潜在的傾向)心の性癖との同一化が、静かにほどけていく。そのプロセスがエゴの解体 です。

智慧の道は、
純粋意識として徹底して在り続けることで、
同一化が勝手に消えていく。

バクティは、
個として純粋意識に対して、
徹底して私が同一化しているすべてのものを捧げ続けることで、最後に捧げている主体そのものが溶ける。

見ている角度が違うだけで、
どちらも本質的には同じ運動です。

>扉を何度も何度も叩いた自覚はあまりありません。笑
>真理探求はわりと楽しく楽に進んできました。

→ あなた自身の自覚がないだけで、
扉のノックは長く長く続いていたんです。笑
しかも楽しく楽に進めるタイプの人は本当に稀。それはあなたの努力でもあり、
ある意味では 真理探求に関する徳を積んでいたとも言える。だから扉のほうがあなたを引っ張ったんです。

>あー、新しい気づきや知識が起こっても、古い気づきと知識の記憶はどんどん薄らいでいく。「私の」が消えているのか?

はい。まさに「私の」が薄らいでいます。
純粋意識とは、「私が気づく」のではなく、
「存在そのものが=気づきである」
という状態です。だから、
・時間を超えて
・記憶を超えて
・個のストーリーを超えて
気づきは常に今この瞬間だけにあります。
個としての「私の知識」は薄れ、
気づきそのもののほうが前に出てくる。
あなたに今起きているのは、その自然な流れです。

524り改め りょうせい:2025/12/07(日) 21:12:19 ID:SPXSav9M0
>>502
>私は在る、これはまるで木々や草花や石のようだと思いました。それらは「私は在る」として
堂々とただ存在している。枝を折られても花を摘まれても怒ったりしない。ただ在る。
雨風にも抵抗せず完全に流れに身を任せている。

→ はい、まさにです。
そして、真実のところ、「あなたは二人ではなく、最初から一人です」
言いかえれば二人という演技をした、一なる者なのです。
たとえば、想念の中で気づきや、解釈、声を聞くなどの探求を日常で楽しめる範囲でされるのはまったく問題ありません。
ただし、マインドを使った考察というのは、思っている以上に大量のエネルギー を消費します。
ですから、必ず休みを入れながら、
日常の体感と静けさを中心に置いてくださいね。
疲れたら休みましょう。
疲れたらアニメや趣味を通して、癒しの回復をしていきましょうね。

そこが土台になるます。瞑想や明け渡しといった霊性の深いプロセスは、人生のタイミングや状況の準備が整ったときに、必要な分だけ自然に起こります。
こちら側から急かす必要はまったくありません。
焦ると、かえってマインドの領域に戻りやすくなるんですね。どうか、静けさを大切に。
それだけで十分に進んでいきますよ。
幸運をお祈りします。

525り改め りょうせい:2025/12/07(日) 21:15:24 ID:SPXSav9M0
>>503
何かしら参考になったのなら、本当に良かったです。

>どうも今、物理的に救われると霊的成長とのバランスが悪くなる?らしい

→なるほど、そのお話は、核心を突いているかもですね。笑
そもそも 物質(目に見える世界)と
霊性(目に見えない世界)は、いつも綱引きのように働いています。

エゴというのは物質側の性質を持っているので、
どうしても 目に見える救い・成果・安心 を欲しがります。一方、霊性の恩寵は、
個の私たちを 目に見えない本質のほうへ静かに引っ張ります。だからある段階に来ると、
「物質的に救われすぎると、霊的成長の流れから逸れてしまう」
という調整が、自然に起こることがあります。

それは罰ではなく、
その個の霊性側の成熟が進んできた証拠です。
恩寵は、個が本当に向かうべき方向へ進みやすいように、そっとバランスを取り続けています。
物質と霊性は対立しているわけではなく、
ただ、シンプルにどちらを今優先すべきかが変わるだけなんですね。

526り改め りょうせい:2025/12/07(日) 21:18:44 ID:SPXSav9M0
>>506
私にとっていちばん伝わってほしい、贈り物があるとしたら、それはまさに「私は在る」なので、そう言っていただけてとても嬉しいです。

>「私を在る」を静かに想う・感じるということが、よく起こるようになりました。

→ 素晴らしいですね。
その静かな想起が増えていくことが、自然と深まっていく流れです。
こちらこそ、感謝いたします。

527幸せな名無しさん:2025/12/07(日) 23:18:48 ID:YeefPwAU0
>>524
有難う御座います。個の私があまりにも寂しがるので大きな私が戻って来てふわっと包まれて
そのまま1時間半ほど眠らされました。大きな私に気付いて以降、日常が更にスムーズに
なっていたのですが、居なかった今日は微妙に不協和音な感じでした。
大きな私は斜め後ろに居る感じですが今は言葉は聞こえません。日常においても大きな私が
すぐ傍に居てくれると思うと心強いので無理して離れようとするのはやめることにします。
>二人という演技をした、一なる者
↑何となく二人羽織っぽいなぁと思っておりました。だから背中側に移動したのかも。
ところで探求の流れはどの位の割合で起こる事なのでしょうか。10人中何人位とか。
今の私の状態は探求というより「個を整えるため」の方になっている感じですかね。
余談ですが、なるます。でアーニャちゃん連想してちょっと和みました。(すみません)

528幸せな名無しさん:2025/12/08(月) 01:37:36 ID:mXiXLstU0
>>521

> 掲示板はあくまで全体向けの場なので、
個々の物語を丁寧にほぐしていくには、やはり限界があります。
純粋意識の概念的理解がある程度浸透した今、
次に必要になるのは、個の物語を扱うより繊細な場だからです。

そのため、もっと気軽で、もっと個別に深く話せる場所。いわば簡易的な相談のプラットフォームを準備しようと考えています。


こういう場でためになることは、達人さんたちの言葉から伝わる意識の静寂であったり、エネルギーを感じとれることだと思います。

お願いもされずこういう場を作りお願いもされずプラットフォーム作成という流れは、最初からそういう意図で始められたのかな?と思ってしまいました。

お金もいただく流れでしょうか?
在り方という面ではそういう面も見てしまいます。

相手の個別のストーリーに入りこむよりかは、それが幻ですよとこの場で伝え続ける方が達人さんのスマートな在り方のように思えてしまいます。

529幸せな名無しさん:2025/12/08(月) 04:11:15 ID:IIQQl0Zs0
全て恩寵なら、個の私はこの酷く辛い人生をただただ耐えていくしかないですか?
どんなメソッドをしても、自愛をしても、自分の内面は変わっても現実は全く変わりません。
恩寵からしたら全て完璧でも、私はもう耐えられそうにありません。耐えられなくて自分で命を絶っても、完璧ですか?何かをしたら現実が変わるということから抜けて、全て恩寵から起きるものだとしたら、私はこれからも死なない程度に苦しめられ続け、ただそれを耐えながら見ていることしかできません。恩寵がヨシというまでは。本当に辛くてもギブアップ出来ないし、私が望むものは何一つ与えてくれない。恩寵にとっての完璧を押し付けられて、個の自分はその与えられた人生をただ耐えることしかできない。もう何十年も耐えてきました。何も変わってないように見えて奥底では実は変わっているのかもしれないけど、何十年も苦しいです。辛いです。こんな人生しか与えてくれない恩寵なんて全部消えてしまえばいいのに。

530幸せな名無しさん:2025/12/08(月) 07:35:44 ID:Omcwg4Hs0
>>522 
りょうせいさん
ご回答頂けてとても嬉しいです。許しに対しての理解が深まりました。

私は思春期に母から自死を命令されたことがあり、その際に『個としての痛み』を超えた『意識のわたし』に視点が移りました。

心は穏やかになり、癒しもありました。
その状態で日々過ごし成長していくと、私から癒しを得るために、あえて嘘をついたり、婚約して子供を授かっても中絶を望んでくる男性などもいました。

その体験から、私は『意識のわたし』であることから降りて再び『個としての痛み』の視点に戻ったのでした。

痛みがあるからこそ、大切な存在を守れるのではないか?と当時は考えた為です。

もしかすると、そこにも誤解があったのかもしれません。常に『意識のわたし』であれば、痛みの解釈も、人生の見え方もまた変わるのかもしれませんね。

とても深く染み入るお話です。
勉強になりました。ありがとうございます。

531幸せな名無しさん:2025/12/08(月) 13:53:41 ID:qlw9bJj60
>>524
527です。大きな私の感覚が掴めたかも知れません。過去に個の私が個の誰かを好きになるのではなく
大きな私が大きな相手に惹かれた事が有ったのを思い出しました。
↓ちなみにこの書き込みも私で、この事ですが個の事なので読まなくても大丈夫です。
ttps://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/9650/1610258414/453-454
しかし個の私からするとこれすごく嫌。個の相手の事は最初から一度も好きじゃないし。
でも大きな私はそうじゃなくて、純粋に大きな相手に惹かれて、大きな私目線の気持ちを思い出させてくれた。
もしかしてこの人ガイドさんだったんだろうか?個の私は「うげー」って退いてるけど。笑

昨日寂しがる個の私を抱きしめて眠らせたのは私。昔からピンチの時は必ず助けが入ると思っていたけど
助けるように調整したのも私。どういう方法を使ったのかは分からないけど。
しょんぼりする個の私をずっと見守っていたのも私。個の私が大きな私に気付いた後に
いっぱい話しかけたり抱きしめたりしたのも私。だって嬉しかったから。大きな私は個の私が大好きだから。
大きな私の純粋な気持ちが解った。心からやりたいと思った事は大きな私が望んでいる事なので
個が何度阻止しても無駄、何度でもその物事をやりたいなぁって気持ちにさせられる。
好きな物も同じ、大きな私が望んでいるから惹かれる。この視点でいれば個は無駄遣い減らせるかも。笑
気付きが有ったけど視点は個の私の方へ戻ったりすると思う。過去パニック発作の時に大きな私が助けてくれた時
一時的に大きな私視点になって個の私を眠らせてから個の私に戻った気がした。
大きな私視点を忘れそうになった時に、例の大きな相手の事を想うと、視点を思い出せたりするんですよね。
個の私からすると「ムキー!怒」なんですけどね。面白いなぁ。笑

532幸せな名無しさん:2025/12/08(月) 15:13:48 ID:qlw9bJj60
しかし個の私の喜怒哀楽は普通に存在しています。感情が発生した事に気付いたら
大きな私視点になって「はーいよしよしヾ(・ω・`)」しています。

533幸せな名無しさん:2025/12/08(月) 19:35:45 ID:/MbyHMbY0
>>482
すごく間が空いてしまってすみません、468です。
お返事ありがとうございました。
実は何度も読み返して、分からなくなって、少し放っておいてしまいました。せっかく沢山のお返事いただいていたのに、ごめんなさい。
ただ一つ、最近、変化がありました。
それは、とにかく、どんな感情、思考、行動が生まれても、否定しないでみようと思えるようになったことです。
実は最近、朝に目覚めた直後の絶望感が酷くて、⚫︎にたくなったりしていました。
その時、あまりに辛かったのですが、なぜか同時に「絶望してもいいんだよ」という思いも生まれました。
そしたら一瞬ですが、その絶望感から生じた胸の痛みが和らぎました。
それで、もう本当に⚫︎ぬなら、失うものはないんだから、全て認めて、それでいいよって言ってあげようと思いました。
思えば、親を許せないのは、いいよって言ってもらえていなかったからかもしれません。
それは悲しいことだけど、自分は、自分だけでもいいからいいよって言ってあげようと思えるようになりました。

534幸せな名無しさん:2025/12/08(月) 20:16:37 ID:0flokZ9M0
>>521
ご回答いただきまして、ありがとうございます。

>個が努力でできる範囲の限界 があります
真理探求におけるガイドやグルの役割は知識ではなく、方向の調整と在り方そのものを伝えることにあります。

そうなのですね。確かに、自分で判断できないですし、観察者という新しい個が確立してしまいそうです。スムーズに同一化を解いていくために、ガイドやグルのご指導を受けることができると、やはり良いですね。

>日本でアメリカの本を読み続けるより、実際にアメリカに住むほうが、理屈を超えて理解が早い。その感覚に近いかもしれません。

とてもわかりやすかったです。ありがとうございます。

>第三者の読み手が どの段階の方でも安全に理解できるように、
言葉を置く位置や深さを毎回微調整しています。
>文章として残す際には、
・どこを残すべきか
・どこを削るべきか
・さらに第三者の読み手の段階ごとの誤解を避ける配置になっているか
など慎重に調整しているため、どうしても手間がかかります。

そのようでございましたか。ご配慮いただきありがとうございます。
こちらのスレで、わかりやすく、丁寧にご説明いただいている、その文章に惹きつけられ、大切なところをメモ取りながら、読ませていただいております。私の理解や気づきが少しずつ、深まってきているように思います。いつもありがとうございます。

>言葉が起きる速さも深さも、やはり個別のほうが圧倒的に合うんですね。
また、文章のやり取りだけではなく、他の形式にも広げたい気持ちがあります。

文章でのご相談も、他の形式にしましても、どのような感じになるのか、とても楽しみですね。流れが整いましたら、是非ともお知らせを頂きたいです。

535幸せな名無しさん:2025/12/08(月) 20:52:41 ID:njeVzny60
りょうせいさんは真理探究をするべくして生まれてきたというか、生まれた時から特異な感じだったんですね
これは偏見かもしれませんが、悟り、真理のような方向へ行く人は
何か人生で大きなイベントがあって、みたいな人が多いように思います
私も正確には真理探究からはズレるのかもしれませんが、生まれた時から(なんなら生まれる前から?)
見えない力で筋書き、レールが決まってて、逸れたら死みたいな状況だったからやるしかなかった
これも生まれた時からというより、後から思えば全部決まってたなって感じでした
霊能者なんかも心底嫌だったとか、やりたくなかったけど無理だったとか、そういう人わりといますね
私はそこまで嫌々ではないけどライフワークとか(やらなくてもいいけど)やりたくてやってる、みたいにはならなかったですね
追い立てられて走らされている

536り改め りょうせい:2025/12/08(月) 23:03:55 ID:S.ZJTz/I0
>>528
ご意見ありがとうございます。

率直に感じたことを書いてくださるのは、
むしろありがたいです。

私はもともと、このスレを場づくりや有料化を計画して始めたわけではありません。
書いていく中で、掲示板だけでは届けにくい層がいると感じた、ただそれだけです。

サイト制作(ブログ記事)も同じで、全体向けの内容は無料で開きつつ、個別に深く扱う領域は、どこであっても有料にしています。
これは商売というより、質と責任を保つための線引きです。

>相手の個別のストーリーに入りこむよりかは、それが幻ですよとこの場で伝え続ける方が達人さんのスマートな在り方のように思えてしまいます。

これに関しては、個別のストーリーに入り込むというより、真理が働きやすいよう必要な部分だけを整える、という感覚でいます。

ここでは深入りしすぎず、全体が安全に読めるように意識しています。
コメント、ありがとうございました。

537り改め りょうせい:2025/12/08(月) 23:08:52 ID:S.ZJTz/I0
>>529
>全て恩寵なら個の私はこの酷く辛い人生をただただ耐えていくしかないですか?

→全てが恩寵かどうかは、個の視点からは見えません。だから今あなたが感じている苦しみ、悲しみ、怒り、抵抗、裏切られた感覚、逃げたい気持ち、それらは全部自然です。

恩寵という言葉は「全体の視点」であって、
個のあなたが理解して耐え続ける必要はありません。
私はこれまで、このスレで、(個の)あなたは苦しみそのものではないとお伝えしてきました。
これは、痛みに飲まれているように感じても、あなたが「それだけの存在」ではないという意味です。

まずは、朝起きて最初に感じるほんのわずかな呼吸の感触を大切にしてください。
もしメソッドや努力が苦しみの原因になっているなら、無理に続ける必要はありません。
あなたは「安心したい」と願っていいし、
何十年変わらなくても、自分を責める必要はありません。

そこから先にどう動くかは、あなたの内側から自然に起こります。

>どんなメソッドをしても、自愛をしても、自分の内面は変わっても現実は全く変わりません。

→現実が動くには時間が必要です。
だからこそ、人は支え合い励まし合える場所や、安心できるひとときを求めるのだと思います。

>恩寵からしたら完璧でも、私はもう耐えられそうにありません。耐えられなくて自分で命を絶っても完璧ですか?

→ここは真理よりも、あなたの身の安全が最優先です。心がそこまで追い詰められているなら、
まず必要なのは「安全」です。
逃げてもいいし、休んでもいいし、
助けを求めてもいいんです。
これは弱さではなく、生きようとする力です。
スピリチュアルや恩寵や真理の話は、心が少し落ち着いてからで十分です。

>私はこれからも死なない程度に苦しめられ続け、ただそれを耐えて見ているしかできません。

→まず、一度だけでもいいから、
深く息を吸ってください。
抵抗してもいい。
何もできない日があってもいい。
怒りや絶望や無気力があってもいい。
あなたが今、本当に必要としているのは
「耐えること」ではなく「自分を守ること」です。
苦しみにしがみつくエネルギーより、
安全へ向かうエネルギーの方がずっと軽いです。

>もう何十年も耐えてきました。奥底では変わっているのかもしれないけど。

→ここがあなたの文章の中で、最も真実に近い部分です。

変化は、静かに、見えないところで進んでいます。深い傷って、治っていく途中ほど見た目はずっと同じに見えます。
でも、表面がずっと変わらなくても内部では少しずつ再生が進んでいます。

ある日、傷が痛まなくなって初めて、「中ではずっと治っていたんだ」と分かる。
心も同じで、変化は外側より先に、
奥で起きます。あなたの内側でも確実に動きは起きています。

>何十年も苦しいです。辛いです。こんな人生しか与えてくれない恩寵なんて全部消えてほしい。

→あなたはこれほど長く、生き抜いてきた。
それだけで充分すぎるほど強いのです。
そして今の状態は永遠ではありません。
苦しみは必ず移り変わります。

さて、あらためて、いいですか?
もしメソッドが、苦しみになっているなら、
いったん全部やめて大丈夫です。

あなたは「ただ存在しているだけ」で十分です。

恩寵という言葉を使うなら、
それはあなたが安全へ向かう流れを邪魔しない静かな力という意味です。

恩寵は、あなたを追い詰める存在ではありません。

どうか今は、ご自分を責めず、
あなた自身の心身の安全だけを最優先にしてください。
あなたが少しでも安心の方向へ流れていけるように、その静かな力が働くことを願っています。

538り改め りょうせい:2025/12/08(月) 23:13:06 ID:S.ZJTz/I0
>>530
あなたの体験をこうして丁寧に言葉にしてくださったこと、その勇気にまず深く敬意を感じています。

思春期という、もっとも心が柔らかく傷つきやすい時期に母から「自死を命じられる」という出来事が起きたこと。それがあなたの世界にどれほど深い痕を残したのか、想像を超えるものがあります。

その瞬間に、個としての痛みを一気に超えて
「意識のわたし」に視点が移ったというのは、決して異常ではありません。
あれは、あなたを壊さないために心が発動させた、とても精妙な知性です。

そしてそこから、人として生きる場に戻るために「意識のわたし」から個の視点へ戻った。
これも間違いではなく、ごく自然な流れです。
「意識のわたし」にとどまることも、
個として痛みを感じて生きることも、
どちらかだけが正しいというものではありません。両方があなたの内側に共存して良いものです。

あなたが書いてくれた

「痛みがあるからこそ、大切な存在を守れるのではないか?」
という気づきも、その時確かに起こった大切な感覚だったと思います。

ただ、その時のあなたはもしかすると
「大切な誰かを守るために、自分を犠牲にする」という方向に理解してしまったのかもしれません。
でも本来、痛みが教えてくれるのは

・自分の境界
・自分の尊厳
・自分の安全
・自分の限界
これらを守る智慧(ちえ)です。

痛みは
「誰かのために生きなさい」
と命じるものではなく、「まずあなた自身を守りなさい」と静かに告げています。
あなたの痛みが癒えてくるほどに、
あなたは自然と、必要な相手に必要な形で温かさを分けられるようになります。

無理に与えようとしなくても、内側が満ちてくれば自然に滲み出るものだからです。

そして、「意識のわたし」とは
個を捨てることではなく、個をより丁寧に扱える視点でもあります。

個と意識。どちらもあなたの中に在って良いし、どちらかを排除する必要もありません。

あなたは、意識を失ったのではなく、
「人として生きる世界へ戻ってきた」のだと感じます。
そのプロセスはとても成熟した動きであり、あなたのこれまでの体験には一つの無駄もありません。

今回のメッセージも、また深くて大切な気づきに満ちています。こちらこそ、ありがとうございました。

539り改め りょうせい:2025/12/08(月) 23:19:01 ID:S.ZJTz/I0
>>531
>ところで探求の流れはどの位の割合で起こる事なのでしょうか。10人中何人位とか。

→探求。
これに関しては、どんな種類やジャンルの探求にしても、実は「全員」です。
個として生きること=探し求める運動だからです。形が違うだけで、誰もが何かしらの幸福、そして苦の終わりを探求しています。

>今の私の状態は探求というより「個を整えるため」の方になっている感じですかね。

→はい、それはとても大事です。
個がずっとモヤモヤし続けたままだと、どれだけ太陽が照らしていても雲がかかって見えません。なので、まずは「個を整えること」を優先して◎大丈夫です。

真理探求は、必要なときに必要な分だけ、自然に起こります。無理に方向づける必要はありません。

>しかし個の私からするとこれすごく嫌。個の相手の事は最初から一度も好きじゃないし。
でも大きな私はそうじゃなくて、純粋に大きな相手に惹かれて、大きな私目線の気持ちを思い出させてくれた。
もしかしてこの人ガイドさんだったんだろうか?個の私は「うげー」って退いてるけど。笑

→ まさにそういうこと。
個の私が大きな私のようにならなくていいんです。
例えばあなたが苦手な、
たとえば、虫にしましょう。
虫がいました。個のあなたは「うげー」でいいのです。
それは、自然発生的な思考や感情の起こりです。ただ大きな私からすれば、個のあなたもその虫も、同じ意識、存在、気づきの中の、
共通の「在るもの」ってお話です。

>余談ですが、なるます。でアーニャちゃん連想してちょっと和みました。(すみません)

→私も読み返して笑いました。
難解な真理探求の話がテーマだとはいえは、
たまにそういう軽さ、とても大事です。笑

>しかし個の私の喜怒哀楽は普通に存在しています。感情が発生した事に気付いたら大きな私視点になって「はーいよしよしヾ(・ω・`)」しています。

→ それでいいですよ。慌てない慌てない!
疲れたら休む。気分が沈んだら、またどこかリフレッシュできる場所に、おでけけしてきてください♪

540り改め りょうせい:2025/12/08(月) 23:25:14 ID:S.ZJTz/I0
>>533
お久しぶりです。
そして、ここまで率直に書いてくださって、本当にありがとうございます。

まず一つだけ伝えたいのは、今あなたが感じている絶望や苦しさは、何かが間違っているから、起きているわけではない、ということ。
これまで抱えてきた負荷が、素直にただ顔を出してきただけなんです。

その苦しさの中で「絶望してもいいんだよ」
という声がふっと現れたのは、とても大きな動きです。

>そしたら胸の痛みが少し和らぎました。

→それは、ごく自然な癒しの入り口です。
苦しみを無理に押し込めるのではなく、
「こう感じてしまう自分もいていい」
と認めた瞬間、心の防御がほんの少し下がります。

>親を許せないのは、いいよって言ってもらえていなかったからかもしれません。

→これは、とても深いところに触れています。
毒親育ちの方の多くは
「許せていない」のではなく
「一度も肯定されたことがない痛み」
のほうで苦しんでいるのだと思います。
あなたは今、自分に対して「いいよ」と言い始めている。これは大きな転換点です。

ここから、少し真理探求寄りの視点で話しますね。
親や家族の問題は、個の私にとって最も根が深い領域であり、
同時に、変容がもっとも起きやすい領域でもあります。

私(りょうせい)自身も、子どもの頃に
「ここは、まともな大人がいない世界なのか」
と感じた時期がありました。

ただ、ある時気づいたんです。
私にとっての「本当の親」や「本当の家」は、
外側の誰かではなく、意識としての私。つまり「本当の私」そのものだったと。

そこから私は、実の親のことを、
「意識の中に現れた役割のひとつ」
として見るようになり、その瞬間から、自分の内側にあった傷や境界が、少しずつゆっくりと回復し始めました。

もちろんこれは、親を美化しましょうとか、無理やり許しましょうという話ではありません。
外側の親を変えることではなく、
ただ、「自分の中心に、確かな支えがある」
と気づくことが、癒しを動かすのだと思っています。

あなたが今ふれている
「絶望もそのままでいい」
「どんな気持ちも否定しない」
「自分にいいよと言ってあげる」
この流れは、あなたの内側の「本当の私」に触れはじめているサインです。

それは誰かの教えを借りたのではなく、
あなた自身の中から自然に生まれてきた気づきです。

そしてこの気づきは、同じように苦しんでいる誰かにとって、確かな光になり得ます。
書いてくださったこと、そのままで価値があります。共有してくれて、ありがとうございました。

541り改め りょうせい:2025/12/08(月) 23:27:35 ID:S.ZJTz/I0
>>534
丁寧に読み進めてくださり、そしてメモまで取りながら深めている姿勢、とても嬉しく感じました。

あなたの中で起きている変化は、こちらが何かを与えたからではなく、もともと内側にあった理解が自然に開き始めているだけです。

真理の探求というのは、外や、押しつけられるものではなく、その人の内側の成熟が満ちたとき、勝手に動き出します。
今あなたが感じている静けさや理解は、その流れの一部です。これを私は恩寵と呼んでるだけです。

ここでの私の文章でのやり取りについて触れてくださった部分も、ありがたく受け取りました。

あなたは今、とても良いペースで進んでいます。
「もっと先へ行きたい」という感覚が生まれれば、あなたの気づきの深まりやタイミングは自然と向こうからやってきます。
そのときは静かに、そっとお伝えしますので、心配せず今のペースを大切にしてください。

こちらこそ、丁寧な受け取り方をしてくださってありがとうございます。

542幸せな名無しさん:2025/12/08(月) 23:29:06 ID:phQ8HmBE0
>>523
時間は記憶及び先を思う思考が作る概念。以前こんなことを考えていたのに思い出さず、全然役に立ってませんでした。笑
意識がここにあることはすぐに気づけるので、空間の束縛は弱いようです。
時間は単なる概念で、記憶への固執は絶賛解体中、先のことを思う想念は起こるので、まだまだ束縛されてると言えます。
数年前から身体や記憶を失う恐怖が出てくること、ループの体験、合点がいきました。
全ての出来事は純粋意識に定着していく流れの中で起きたことだと理解しました。

私の興味は「心の形」から「心と世界の関係」「世界の形」へ、そこから最終的に「私という存在って何?」に移行して、真理探求が始まりました。
アドヴァイタは、それまでに私が体験を通して理解したことの答え合わせのようで楽しく読みました。
その中で最大の衝撃だったのが「真の私はエゴではなく神(創造主)である」
あまりに完璧すぎる回答に感動で打ち震え、直後にあった最初の数々の体験も衝撃的。
ようこそいらっしゃいと完全に誘われていました。
きつい期間も1年ほどあったけど、乗り越えれば楽しいことの方が多かった。
「意識としての私」を体験した後のドロドロが次々に噴出した期間は長くて、全体の振れ幅も考えると楽で楽しいばかりとは言えない。
ただ個人的には楽しく楽だった印象の方が強いです。
辛い体験ほど忘れてしまえる性分のようです。楽観的なんでしょう。笑

そして…今思うこと。
純粋意識であり尚且つ「それ」を想い涙したあの愛が起こったなら、そこから先に私が出る幕はありません。
ジャンプ、超越は起こるのか?
起こるという信念が探求の門をくぐった時に授けられました。だから、ここまでやってこれました。
一切を疑った時に一度失ったけど大丈夫です。
人生は壮大なラブストーリーとして最後の幕を閉じるのでしょうね。先日と違い、感覚的イメージで理解できました。

>私の感覚を探しましょうというニュアンスのことを誰かに向けて書いていた
どのあたりのレスでしょうか?書いたかもしれないけど思い出せません。
何か書いたとしても深い理解にまではなっておらず、在り方や行動とは矛盾したりしてます。そのことでしょうか?
確かにこの手の矛盾に陥ってることは多いです。
特に外から得た知識に頼ったり影響されると「そうしよう」「そうなろう」になりがちです。
意図があるため、ふりをするはめになり、葛藤が起こり矛盾を抱えたままになる。
エゴはとことん根深いですね、困ったもんです。ただ在ればいいだけなのに。笑

多くの人への対応に追われる中、毎回丁寧に返信していただき感謝しかありません。

543幸せな名無しさん:2025/12/08(月) 23:29:46 ID:mXiXLstU0
>>536

>サイト制作(ブログ記事)も同じで、全体向けの内容は無料で開きつつ、個別に深く扱う領域は、どこであっても有料にしています。


→なるほど、これまでも有料でされていた方だったのですね。
自分の場もあって有料でもされていた方があえてこちらのスレを立ち上げたのですね。

お仕事ではないとのこと、どれくらいされているのでしょうか?

544り改め りょうせい:2025/12/08(月) 23:38:08 ID:S.ZJTz/I0
>>535
>りょうせいさんは真理探究をするべくして生まれてきたというか、生まれた時から特異な感じだったんですね

→特異というと聞こえは良いですが、実際は周囲の大人からするとかなり扱いにくいタイプだったと思います。笑

>これは偏見かもしれませんが、悟り、真理のような方向へ行く人は
何か人生で大きなイベントがあって、みたいな人が多いように思います

→そうですね。方向性が変わるような出来事、大きく揺さぶられる経験、それをきっかけに流れが決まる人は多いと思います。
個の私からすれば(これは一例ですが)「ショック・喪失・崩壊・突然の停止」のようでも、後から見ると探求へ向かう強烈な着火剤になっていたりします。(もちろん、これらが起きなくても真理探求は起こり得ますが)

>私も正確には真理探究からはズレるのかもしれませんが、生まれた時から(なんなら生まれる前から?)見えない力で筋書き、レールが決まってて、逸れたら死みたいな状況だったからやるしかなかった。これも生まれた時からというより、後から思えば全部決まってたなって感じでした。

→この感覚、よく分かります。
渦中ではただ必死で、後から振り返ると
「ああ、全部ここに向かっていたのか」
と見えてくるタイプの流れですね。

>霊能者なんかも心底嫌だったとか、やりたくなかったけど無理だったとか、そういう人わりといますね
私はそこまで嫌々ではないけどライフワークとか(やらなくてもいいけど)やりたくてやってる、みたいにはならなかったですね
追い立てられて走らされている

→分かります。
「望む/望まない」と関係なく、そっちへ行くしかない流れに入る人っていますね。

この「追い立てられて走らされている」
という表現、めちゃくちゃ本質だと思います。笑

私も
・逃げようとすると逆に戻される
・止まると余計に苦しくなる
→結局そっちに進むしかなくなるという感じでした。

インドではこれをダルマ(法・定め)と呼ぶみたいで、「その人の人生が自然と向かう方向」のことだそうです。

だから
・好きでやってる
・やりたくなくてやってる

のどちらとも少し違って、流れがもうそこへ向いてしまっているから、腹を決めて歩くしかない。あなたの感覚も、そういった感じかもしれませんね。

まさに、「起こることは、起こる」というやつです。

545幸せな名無しさん:2025/12/09(火) 00:30:08 ID:GznryTDI0
>>526
りょうせいさんに「私は在る」をいただいてから、質問したいことが起こると「私は在る」に注意を向けることが起こって質問がなくなる、ということのくり返しになり質問自体が生じなくなっていきました。

546幸せな名無しさん:2025/12/09(火) 09:12:12 ID:MZnqCfgA0
>>521

そのため、もっと気軽で、もっと個別に深く話せる場所。いわば簡易的な相談のプラットフォームを準備しようと考えています。
言葉が起きる速さも深さも、やはり個別のほうが圧倒的に合うんですね。
また、文章のやり取りだけではなく、他の形式にも広げたい気持ちがあります。

掲示板では具体的な宣伝は控える必要がありますので、また流れが整ったタイミングで、静かに報告させていただきます。笑

→わたしはこういう掲示板に詳しくないのですが、自分でスレを立ち上げ、自分の有料サイトへの誘導というのは、堂々とやってはいけないことなのでしょうか?

だとしたらそれはなぜでしょうか?

547幸せな名無しさん:2025/12/09(火) 13:08:45 ID:L8atLJ2w0
>>539
有難う御座います。全員が探求者との事、誕生した時点で探求のスタートですね。
個の状態は日々変化している感じがします。晴れたり曇ったりですが大きな私視点で見れば
どんな私もOKで全て愛おしく感じます。そのまま、ありのままで大丈夫。
ありのまま=在るまま=ただ在る=私は在る、でしょうか。

やはり例の人の本体はガイドだったのですね、絶対に初対面なのに強烈な懐かしさを
感じたのはガイドさん見つけた!という大きな私の歓喜だったのかも知れません。
すっかり忘れた頃に意識に上がってくるのも個からしたら「うげー」でしかないですが。笑
そして実際に虫は苦手なので正解です笑。でもそんなうげうげ言っている私も
大きな私視点では何だか面白可愛くてそのままで全然OKと感じられます。

しかし大きな私視点の私に包まれてみた個の私は違和感を感じました。肌触りが全然違う。
大きな私はもっと柔らかく温かくきめ細かい。お手本お願いしたら包んでくれました。
安心出来る極上の肌触り。そうそうこれこれ。
もしかしたらこの感じが波動とか振動数とか言われるものかも知れないと思いました。

これの感じに近づく方法は多分瞑想。思考やエゴによりゴツゴツザラザラになる気がする。
思考停止メソッドにより思考は自分ではないと気付いたり私や過去を切り離すことで
エゴの支柱が折れて「今」に放り出される事は実感しても思考が止められない思考中毒。
「今」のエネルギーが強すぎて気をそらしていないと焼かれて灰になりそうで。
今ここに留まる事で分散していた力が全部自分のところへ戻ってくるのも体験済みで
ものすごいパワー有るんですけどエネルギーに負けてしまうんですよねいつも。
「今」が太陽光だとすると真夏の直射日光でパワー強いけどやけどする感じです。
「本当の私」にはそれだけパワーがあるという事なのかもしれませんが。
「今」にエネルギー負けしない方法って有りますでしょうか?

548幸せな名無しさん:2025/12/09(火) 16:39:04 ID:L8atLJ2w0
ありのままOKしたら自分が不要だと思っていた部分への願望が実は有る事に気付いたり
そんなの気にしてないと思っていた事への不安が有る事に気付いた。
それらが存在する事が自分に許されていなかったんだなぁ。
素直な人や受け取り上手な人は良いなあとずっと思っていたけど
素直になる事も受け取り上手になる事も自分に許せていなかったんだなぁ。

549幸せな名無しさん:2025/12/09(火) 20:04:56 ID:a9BFGrIk0
>>541
>あなたは今、とても良いペースで進んでいます。
「もっと先へ行きたい」という感覚が生まれれば、あなたの気づきの深まりやタイミングは自然と向こうからやってきます。
そのときは静かに、そっとお伝えしますので、心配せず今のペースを大切にしてください。

ありがとうございます。そのように仰っていただけて、とても嬉しく思います。安心して今のペースで進んでいきたいと思います。
あまり人と会ったりせずに、自然に触れたり、ぼーっとしたり、静かに一人の時間を過ごすことが心地よくて、そのようにしています。今、心地の良い脱力のような感じがしています。
またご質問をさせていただきますね。これからもよろしくお願い致します。

550幸せな名無しさん:2025/12/10(水) 01:31:15 ID:qWLcZdW.0
りょうせいさんから以前頂いた返信
>エゴにとって「霊性プロセスが進む」というのは
>たいてい 悲しみ(=浄化) と 慈しみ(=癒し・許し) を交互に通る道になります。
↑この意味が解りました。飴と鞭の絶妙なバランスで癖になりそうです。笑

大きな私が音楽で応えてくれました。「私に生まれたこと感謝できればあなたはいつだって抱きしめてくれるのね」
中山美穂さんの「ただ泣きたくなるの」歌詞の一部です。
547・548で書き込みした中の、大きな私からの課題クリアっぽいです。

548の書き込みをじわじわとずーっと後悔しててエゴの揺さぶりがきつくて、もう無理
わたし茶巾寿司になりたいから大きな私ちゃんは卵になって包んでー!とか思っていたら
突然頭の中で音楽が流れました。ああやっと解放された…きつかったぁ…。

551幸せな名無しさん:2025/12/10(水) 06:03:48 ID:BHoIVUQc0
>>546
スパムや商売禁止にしないと業者が大量の宣伝を連投するからだと思われます
他所ではそのせいでまるで機能していないスレも見かけます
あと高額セミナーに誘導など行うとトラブルの元になります
「潜在意識関連の良書・良サイトを紹介し合うスレ」で第三者を装って宣伝できてしまうので
明らかに商売を目的としているとか連投はダメという事でしょう
これらはあくまで憶測なので、詳細な基準は管理人にしか分かりません

552幸せな名無しさん:2025/12/10(水) 14:51:03 ID:qWLcZdW.0
度々の書き込み失礼します。りょうせいさんにお礼を伝えたくて。いつも頂くご返信
その時はピンと来なくても後で、あっ!この事か!となったりします。少し時間をおいてからの
読み返し必須でした。少し先の段階の事を書いて下さっていたんですね。有難う御座います。
絵もテーマと仰って頂きましたが本当にそう思いました。ずっと悲しみと慈しみの繰り返しでした。
悲しみが起き、慈しみが起き、悲しみは来ないけどゆるやかに下降して描けなくなった(悲しみ)
今回は思い返せばこんな感じでした。描けるようになったらそれが慈しみなのかも。
そして慈しみが起きると長風呂したくなりますね。笑
大きな私から「はい行ってらっしゃい♪」されるときついですが、もう無理…となるギリギリの所で
はいOKお疲れさまでした!と救い上げてくれるんですよね。そして癒しが以前よりも深まる。
本当に絶妙の飴と鞭です。笑

553り改め りょうせい:2025/12/10(水) 17:29:00 ID:hHTOIPhg0
>>542(2回にわけます)
時間は記憶及び先を思う思考が作る概念。以前こんなことを考えていたのに思い出さず、全然役に立ってませんでした。笑

→大丈夫です。以前のその考え・気づきは、
しっかりあなたの役に立ってます。笑
以前に蒔いた種のおかげで、思い出す回数も深さも自然に増えていますから。

>意識がここにあることはすぐに気づけるので、空間の束縛は弱いようです。
時間は単なる概念で、記憶への固執は絶賛解体中、>先のことを思う想念は起こるので、まだまだ束縛されてると言えます。

→ここ、とても重要なので補足しますね。
「先のことを思う想念」が起こる=束縛、ではありません。それを「束縛だ」と見なし、取り除こうとする癖があるとしたら、それがいわゆる束縛になります。

純粋意識そのものは「無思考でただ在る」
その純粋意識から放出される世界の動きは、どれもただ自然な運動として起こるだけです。
だから本質的には、想念が起こることすらも自然発生。もちろん束縛と思う感覚さえ、
それもまた自然発生的に起きているだけなんですが。

>数年前から身体や記憶を失う恐怖が出てくること、ループの体験、合点がいきました。

→そこはエゴにとって「物語の開始点」、
つまり、初めの同一化ポイントですから、恐怖が出るのは当然です。時間をかけるというより、時間がかかってしまうからこそ、根深い恐怖が徐々に確実にほぐれていくんですね。

>全ての出来事は純粋意識に定着していく流れの中で起きたことだと理解しました。

→まさしくその通りですね。
すべてに意味があり、すべては必然。
神や神々(つまりその流れとしての運動)への畏怖や讃えが自然に起こるのはそのためですね。

>私の興味は「心の形」から「心と世界の関係」「世界の形」へ、そこから最終的に「私という存在って何?」に移行して、真理探求が始まりました。

→私も似たような流れです。笑
とてもよく分かります。

>アドヴァイタは、それまでに私が体験を通して理解したことの答え合わせのようで楽しく読みました。その中で最大の衝撃だったのが「真の私はエゴではなく神(創造主)である」
あまりに完璧すぎる回答に感動で打ち震え、直後にあった最初の数々の体験も衝撃的。
ようこそいらっしゃいと完全に誘われていました。

→本当に美しい恩寵の流れですね。笑
その一連が「招かれた」としか言いようのないあの不可思議な感じ、まさにです。

554り改め りょうせい:2025/12/10(水) 17:30:07 ID:hHTOIPhg0
>>542
>きつい期間も1年ほどあったけど、乗り越えれば楽しいことの方が多かった。
「意識としての私」を体験した後のドロドロが次々に噴出した期間は長くて、全体の振れ幅も考えると楽で楽しいばかりとは言えない。
ただ個人的には楽しく楽だった印象の方が強いです。
辛い体験ほど忘れてしまえる性分のようです。楽観的なんでしょう。笑

→そうですね。
(これはあまり大きな声では言いにくい話ですが、)あの時期って、学生の卒業式みたいに
「振り返れば色々あったけど、今思えば全部良い経験だったな」と後からまとめてしまえるんですよね。私も初レスのとき、地獄をさんざん味わいましたw と書きましたが、同時に、ほんとは楽しさだって沢山あったわけで。
また、誰もが悪夢を見ても、夢から目覚めれば、「地獄は地獄ではなかった」と言えてしまいます。

>そして…今思うこと。
純粋意識であり尚且つ「それ」を想い涙したあの愛が起こったなら、そこから先に私が出る幕はありません。ジャンプ、超越は起こるのか?
起こるという信念が探求の門をくぐった時に授けられました。だから、ここまでやってこれました。

→その信念、確信のようなものがなぜかある。
私もそうでした。タイミングはどうであれ、
その信念さえあれば確実に起こります。

>一切を疑った時に一度失ったけど大丈夫です。人生は壮大なラブストーリーとして最後の幕を閉じるのでしょうね。先日と違い、感覚的イメージで理解できました。

→最終的には、これは、逆説的な表現ですが
「絶対に起こってほしい!!」という切望モードと、「不思議な落ち着き」が同時に共存しながら安定してきます。だからあなたは「激しく切望しながら」同時に「落ち着いていていい」
この二つが自然と同居することが、深まっていくでしょう。

>私の感覚を探しましょうというニュアンスのことを誰かに向けて書いていた
どのあたりのレスでしょうか?書いたかもしれないけど思い出せません。

→私も忘れました。笑 勘違いだったらごめんなさい。ただ、素晴らしいアプローチ方法を書かれていたという意味です。スルーでOKです。

>確かにこの手の矛盾に陥ってることは多いです。特に外から得た知識に頼ったり影響されると「そうしよう」「そうなろう」になりがちです。意図があるため、ふりをするはめになり、葛藤が起こり矛盾を抱えたままになる。

→その一連のエゴの動きを観照できていることこそ、純粋意識が「あなた(私)」として深まっている証拠です。

>エゴはとことん根深いですね、困ったもんです。ただ在ればいいだけなのに。笑

→そうなんですよねー。だからこそ、私の話も、どうしても「エゴとは何か」「どう働くのか?」の説明が多くなるんです。純粋意識の説明は実はとてもシンプルで、複雑なのはエゴの構造のほうですから。エゴ=個性(人によって、段階によって、全然違う)
純粋意識=無個性(誰でも共通)という違いがあるからですね。笑

>多くの人への対応に追われる中、毎回丁寧に返信していただき感謝しかありません。

→こちらこそ感謝です。

555り改め りょうせい:2025/12/10(水) 17:31:48 ID:hHTOIPhg0
>>543
これは少し誤解があるので補足しますね。

私は「これまで真理系の相談を、仕事として有料でやってきた」というわけではありません。
先ほど書いた有料になる部分というのは、どんな場所でも、個別に深く扱う内容は自然と時間や集中を要するので、もし今後そういう依頼があれば有料になる、という意味で書いただけです。
過去から商業的に真理探求系のガイド活動をしてきた、という話ではありません。

それと、このスレは何かに誘導する目的で立てたものではありません。
やり取りさせてもらう中で、私自身にもたくさん気づくことがあって、
「自分のサイトで真理系の記事に絞った方が書きやすいな」と思ったのも、ここで深いやり取りをしてみたからこそでした。

ここで何かを売るつもりもなく、読んでくださっている皆さんにサイトや活動を宣伝する意図もありません。ここは潜在意識ちゃんねるなので、すでに真理プロセスに入っている方や、必要としている方に何かが届けばいいな、そのくらいのゆるい感覚で書いています。

また、私自身の活動としては、今後もサイト制作や相談を受けていくことは続けると思いますが、こちらから誘導するつもりはありません。
もし縁があれば、その時に自然と出会うこともあるかもしれませんが、それ以上の意味はありませんので、誤解なく受け取っていただけたら嬉しいです。

というわけで、私は過去に長期の有料活動をしてきたわけではありません。
その点だけ、念のためお伝えしておきますね。

556り改め りょうせい:2025/12/10(水) 17:34:33 ID:hHTOIPhg0
>>545
→素晴らしい。このように、純粋意識が対象ではなく「私は在る」へと主体が移行すると、
質問そのものが静寂に吸い込まれて成立しなくなってきます。(※もちろん、雑談やご報告とは別ですが)

なぜなら「私は在る」は、いついかなる時も「私は在る」であり、
質問という動きを発生させている、母体そのものだからです。これが私の言う、「外側の現れを通して内なるグルへ還(かえ)っていく」という状態ですね。

そして「私は在る」は叡智そのものでもあります。つまり、それでバッチリです。

それでも、個にとって質問が起こることもまた自然にありえますが、
やがて「私は在る」によって質問は吸い込まれ、
表面的な「個の私(りょうせい)/個のあなた」という分離構造もだんだんと静寂へと溶けて、たとえ、会話の形を取りつつも、
実質「在る」としての「在り方の形態」を通しての、″起きごと″的な会話現象になっていくでしょう。笑

ご報告ありがとうございました。
また何かありましたらお気軽に書き込んでください。

557り改め りょうせい:2025/12/10(水) 17:35:58 ID:hHTOIPhg0
>>546
これはシンプルに、掲示板の文化と空気感 の問題ですね。
私自身も詳しいわけではないのですが、昔2ちゃんなどを見ている限り、個人の有料サービスへの直接誘導は「商用利用・ステマ扱い」になりやすく、スレの空気が荒れたり、誤解を招くことが多いようです。

もちろん私は、誘導目的でスレを立てたわけではありませんし、ここでも具体的な案内を出していません。

単純に、この掲示板は商業利用っぽい動きに敏感な方が多い場所なので、スレ全体を安全に保つための配慮として、私個人の活動に関しては控えめに扱っているだけです。
別に法律で禁止されているとかではなく、文化的なマナーに近いものですね。

必要があれば、自然な流れの中で出会う方は出会うでしょうし、こちらから積極的に宣伝するつもりも、スレを量産する予定もありません。
正直、真理系の内容でここまでスレが成り立つとは私も思っていなかったので、
潜在意識系と真理系は、やはりどこかで共通の流れがあるんだな、と興味深く感じています。
そんなところだと思います。

558り改め りょうせい:2025/12/10(水) 17:45:04 ID:hHTOIPhg0
>>549
いいですね。真理探求のプロセスが進んでいくと、そのように一人の時間が自然と増えたり、静かな時間が心地よくなっていきます。

孤独では、なくそれは、孤高です。笑
(もちろんこの流れは比較的って意味で、必ず探求者全員そうなるとは言えませんが)
ただ、わりと多くの方が、似たような流れに入り、同じような変化を感じるものだと思います。

はい、またタイミングが来たら、
いつでもお気軽にどうぞ。

559り改め りょうせい:2025/12/10(水) 17:46:53 ID:hHTOIPhg0
>>551
説明&フォローありがとうございます!助かります。

560り改め りょうせい:2025/12/10(水) 18:10:56 ID:hHTOIPhg0
>>552
>飴と鞭。笑

→ただ、恩寵のそれは「ご褒美と罰」というよりも、常に最適なものとして起こっていて、
そこに個の私たちの、解釈や反応が生じているだけです。(あなたの言わんとする表現も分かりますがね)
なので私は、螺旋階段のように、戻ったり進んだりを繰り返しながらも、確実に上へ進んでいくプロセスだとお伝えしています。

>エゴの支柱が折れて「今」に放り出される事は実感しても思考が止められない思考中毒。
>「今」のエネルギーが強すぎて気をそらしていないと焼かれて灰になりそうで。
>「今」にエネルギー負けしない方法って有りますでしょう

→思考はただ起こるものですよ。
「本当の私」が無思考なんです。
本当の私は「ただ、在る」という在り方ですから。

車が目の前で走る、鳥が突然空を横切る、
風がどこからともなく吹く、そして思考が起こる。
どれも、ただ起こる。同じ運動です。
世界を止めようとしても世界は動き続けているように、思考もまたただの動きとして起こります。

本当の私から、時間的な思考(過去・今・未来)や記憶的概念の想念が、ただ起こっているだけです。つまり、構図としては本当にただ、それだけなんです。

>りょうせいさんにお礼を伝えたくて。いつも頂くご返信その時はピンと来なくても後で、あっ!この事か!となったりします。少し時間をおいてからの読み返し必須でした。少し先の段階の事を書いて下さっていたんですね。

→これは個の私(りょうせい)がどうと言うより、恩寵というのは、本当に最適で、
まるでタイミングを見計らったかのように万事うまく働いてくれます。
もちろん私たち個の視点からは、まったくそう思えない時も多々ありますが。

なので、慌てなくて大丈夫です。理解というのは消化の時間がとても大切ですから。

慌てればマインドが動き回り、疲れ、休み、そしてまた心が落ち着いて探求が始まる。
このサイクルもまた、実にうまくできていますね。

561幸せな名無しさん:2025/12/10(水) 20:23:40 ID:CM8Jsn2E0
>>558
ありがとうございます o(*^◡^*)o

562幸せな名無しさん:2025/12/11(木) 06:14:22 ID:QIqBKJPA0
私は今、鬱気味で生きていても楽しくありません。
悟りを開くより、生き生き楽しく生きたい。

563り改め りょうせい:2025/12/11(木) 11:33:15 ID:.bTxRlNc0
>>562
もちろんです。生き生き楽しく生きたいという、その正直な気持ちを大事にしてください。
悟りや真理探求って、人生の喜びや楽しさを否定するものでは全くないんです。
むしろ、生きることが少しでも軽くなったり、自由に感じられるためのものでもあるんですよ。

そして、真理探求というのはしなければいけないものではなくて、ある種の人には、ただ、なぜか自然に起こってしまう流れがあるだけです。笑
だから、今あなたが感じていることを優先して大丈夫です。悟りの方向の探求が必要なら、その時には勝手に動きますし、必要ない時はそっと止まります。
あなたが少しでも楽に、心地よく生きられますように。無理はしなくていいですよ。

564幸せな名無しさん:2025/12/11(木) 17:24:17 ID:bzzPdXio0
>>563
レスをありがとうございます。
いわゆるスピリチュアル的に自分を見つめ、自分の深いところの感情に気づいたのはよいのですが、ますます辛くなるばかりで、一向に楽になりません。
生きる喜びみたいなものもしばらく感じられなくて、どんどん世の中から取り残されたような、無価値感や寂しさばかりが増えます。
これも幻なんだって頭ではわかるけど、無意識でいると直ぐに元に戻ります。
生きていることが楽しいとか、ワクワクを感じるにはどうしたら良いのでしょうか。

565幸せな名無しさん:2025/12/11(木) 17:35:27 ID:JhpTvdBg0
以前書き込まれていた、気やエネルギーの専門家の方はまだいらっしゃいますか?
もしくはりょうせいさんは丹田や気に詳しいでしょうか?

566り改め りょうせい:2025/12/11(木) 21:31:37 ID:mVJe0SWQ0
>>564
こちらこそありがとうございます。

まず大前提として、あなたが今つらくなっているのは「間違ったことをしているから」ではなく、スピリチュアル的な内観が、あなたの目的とズレているからです。あなたの場合の本音は「生き生き楽しく生きたい」「ワクワクを感じたい」という方向ですよね。

ところが、スピ的な自己観察は幻想を見抜き、心の正体を暴くという悟り方向のアプローチなので、苦しみが軽くなるどころか、今のあなたの目的には真逆に働きやすいんです。
だからしんどくなるのは当然の反応です。

>自分の深い感情に気づいても、ますます辛くなる>取り残されたような無価値感が増える

これは
「根本原因を探そう」「本質を見抜こう」
という探求モードの時に起きる典型パターンです。悟り・真理探求の方向というのは現象を変えることではなく、どんな状況でも「変わらない本当の私」を思い出す方向。

でも、今のあなたが求めているのはそれではなく、
「日常の自分を元気にすること」
「心の癖を整えていくこと」
です。

>これも幻なんだって頭ではわかるけど、無意識でいると直ぐに元に戻ります。

そうです。頭で「全部幻だ」と思っても、その 思う動きもまた幻側なので、犬が自分の尻尾を追いかけるようにループになります。
なので、あなたの場合は
・心の癖
・想念の自動反応
・無価値感や寂しさを生み出す思考の連鎖
これらを少しずつ整えていく方がシンプルに早いです。

生きていることが楽しい、ワクワクを感じられるようになるには、心のクリアな時間を日常で増やすことが必要です。苦しみが強くなるのは、
「自分は取り残されている」
「自分は無価値だ」
という想念が自動で起きて、
自分自身を破壊する方向に働くからです。

まずは、その自動反応に気づいて、
・その連鎖を少しずつ止める
・逆の方向(自分に優しい想念・楽しい方向・「自/他」双方に対しての慈悲)を育てる

これだけで確実に変わっていきます。

そして根本的には、心の癖は習慣なので、
一瞬でガラッと変えるより、1ヶ月くらいかけて反対側の習慣を育てるのが現実的です。

潜在意識板にいる時点で、あなたならお詳しいというか、メソッドも沢山知っていると思いますが、
私のおすすめは、祈り・マントラ・心の中でのつぶやきの反復など。
何度も繰り返し取り組めたり、唱えられるアプローチは効果があります。
ただし「こうしなきゃ」「正しくやらなきゃ」
という強迫観念的な、縛りが入るとワクワクは消えます。だから、比べない・急がない・自分を責めない。あなたはあなたのままで大丈夫です。起きることはどうあれ起きます。

ワクワクは探すものではなく、心がクリアになると、結果的に自然に湧いてきます。まずはそこからで大丈夫ですよ。

567り改め りょうせい:2025/12/11(木) 21:41:58 ID:mVJe0SWQ0
>>565
丹田や丹田呼吸という言葉は知っていますが、私自身はその分野にはあまり詳しくないですね。
おっしゃっている「気」が、気功やエネルギーの扱いの話でしたら、専門的には分からないところが多いです。

568幸せな名無しさん:2025/12/12(金) 00:23:46 ID:0ypzqGg60
>>565
私がそうですが、質問があるなら私じゃなくても誰か答えるかもしれないし
いるかどうかの確認なんて取らずに書いた方がいいですよ
それがコツです

569幸せな名無しさん:2025/12/12(金) 11:17:36 ID:/sfj21jw0
>>560
ありがとうございます。飴と鞭は表現が変でした。以前レス頂いた
「付着物を落とすための浄化のシャワー」こっちだと思いました。付属物=傷みたいに
お風呂に入ると痛くてしみるから脱走したくなるけどキレイになってさっぱりしたいから
又風呂場へ戻ってくる。愛のお風呂。風呂場へはおもちゃの持ち込み禁止(心に聞くを封印される)
入浴しっぱなしだと痛くて気絶しちゃうから休みながら、そんな感じかなと思いました。

ただ在るは雨の日の校庭みたいなものかなと。中学の頃に廊下の窓からただそれを眺めていたんです。
すると友人が来て「何見てるの?んー?何もないじゃない」と言われて
(えっ?こんなにもあるのに?)と思ったけどそれは言わなかった。あの時確かに、ただ在った。
そう思いました。ただ在るは静寂と共に、そこかしこにどこにでもあると思いました。

ところで、私にとっての本当の私と、友人Aにとっての本当の友人Aと、
他人である全然知らないBさんにとっての本当のBさんと、ガイドさんにとっての本当のガイドさん、
この本当の4人は同一のものですか?
そしてよく知らないままガイドさんとか言ってしまっていますが、「グル」「ガイド」とは
分かりやすく言うとどんなものなのでしょうか?検索するとグルメガイドとか表示されて
ちがーう!ってなっています。
そういえば千と千尋、お正月に金ローで放送されるようですね。恩寵だ〜!

570り改め りょうせい:2025/12/12(金) 22:00:52 ID:1bicpkWY0
>>569
>飴と鞭は表現が変でした。以前レス頂いた
「付着物を落とすための浄化のシャワー」こっちだと思いました。>付属物=傷みたいに
お風呂に入ると痛くてしみるから脱走したくなるけどキレイになってさっぱりしたいから
又風呂場へ戻ってくる。

→本当にそうですね。
私も真理探求者─地獄編だった頃は、笑
「これって飴と鞭じゃないか?」と思ったことがあったので、そう言いたくなる気持ちはよく分かります。

ただ、決定的な違いがあって。
飴と鞭には、どうしても「支配」や「コントロール」の意図が含まれますが、恩寵としての浄化のシャワーには、無条件の愛と慈悲しかないんですね。構造は似て見えても、前提にある理念がまったく違う、という感じです。

>愛のお風呂。風呂場へはおもちゃの持ち込み禁止(心に聞くを封印される)
入浴しっぱなしだと痛くて気絶しちゃうから休みながら、そんな感じかなと思いました。

→愛のお風呂。
いい表現ですね。まさにその感覚だと思います。無理に入り続ける必要もないし、
逃げたくなったら一度出てもいい。
でも、どこかでまた戻ってくる。
その自然な往復そのものが、プロセスなんですよね。

>すると友人が来て「何見てるの?んー?何もないじゃない」と言われて
(えっ?こんなにもあるのに?)と思ったけどそれは言わなかった。あの時確かに、ただ在った。そう思いました。ただ在るは静寂と共に、そこかしこにどこにでもあると思いました。

→そうですね。その体験の質、よく分かります。究極的には「ただ在る」という言葉さえも超えてしまうんですが、ただ在る、つまり意識そのものは、全く何もない「  」から、全宇宙を世話しています。神、全知全能、無限の可能性と言われるのは、そのためなんですね。

「ただ在る」というと、
何もせず、ぼーっとしていて、どこか無力で無能なイメージを持たれがちですが、
実際はその逆で、もっとも偉大で、すべての領域を内包している。その空っぽさゆえに、すべてが可能になる。最上と最低が同時に成り立つ、パラドックスのようなものです。

>ところで、私にとっての本当の私と、友人Aにとっての本当の友人Aと、
他人である全然知らないBさんにとっての本当のBさんと、ガイドさんにとっての本当のガイドさん、この本当の4人は同一のものですか?

→はい、同一です。
表面的には別々で、性格も役割も違いますが、
どれも真の主体の、異なる表現にすぎません。

>そしてよく知らないままガイドさんとか言ってしまっていますが、
「グル」「ガイド」とは分かりやすく言うとどんなものなのでしょうか?
検索するとグルメガイドとか表示されて
ちがーう!ってなっています。

→。笑
私の感覚では、グルは「伝達者・指導者」、
ガイドは「案内人」。細かく言えば違いますが、大枠ではほぼ同じ意味です。つまり、本当のあなたの方向へと導いていく「現れ」や「流れ」そのもの。
覚醒や目覚めの方向へ向かわせる働きですね。
それが、本当の私からの使いという意味での天使。
一方で、
「こっちに来ちゃダメだよ」
「こっちに来ると″偽の私″あるいは″概念や想念の森″に眠ってしまうよ」と、あえて警告として現れる存在もいます。
それが、いわゆる悪魔。悪魔は元々天使、いわゆる堕天使でしたよね。つまり悪魔もまた、反面教師として注意を促す働きのグルやガイドなんです。そのため私は、
「すべて恩寵」と、しつこいくらいに言っているわけです。笑 そして、スピ界でよく言われる「すべて愛」「すべてに感謝」
という言葉も、本来はこの構造のことを指しているんですね。

>そういえば千と千尋、お正月に金ローで放送されるようですね。恩寵だ〜!

千と千尋は、真理探求のスイッチが入った方なら、一度はぜひ、「霊的な眼で。笑」観てみてほしい作品です。ハートで観る。
本当の私として観る。その練習のような感覚で。
「本当の私に還るとは何か」
「エゴとは何か」
「恩寵はどう働くのか」
「仕事とは何か」
「目覚めと眠りとは何か」
そういったテーマを意識しながら観ると、
あなた自身のプロセスの流れを理解する助けにもなります。真理の栄養を摂取するような感覚で、ぜひ楽しみながら鑑賞してみてください。

571幸せな名無しさん:2025/12/12(金) 22:49:45 ID:g20uJtbU0
>>553
<先のことを思う想念は起こるので、まだまだ束縛されてると言えます>
前のレスでこれを書いた直後に、矛盾した変なこと言ってんなと思いました。
「エゴが抵抗する」は錯覚、心の反応が起こってるのに気づいてるだけと腑に落ちたはずなのに、コロッと忘れてしまう。
畏るべき創造の幻力、マーヤーですね。笑
無知な状態から真実を思い出していくプロセスを味わうことがリーラの醍醐味とはいえ、
完全な絶望、虚無の方がましとさえ思えるおぞましい領域に触れた時は、気が狂うかと思いました、ほんとに。よく耐えられたと思います。
でも、そうした体験があるから決着したときの喜びは大きいのかなとは思う。
目覚めた人は、その無上の喜びについて多くを語りません。言葉にできない領域のものとは思いますが…。
秘められた不思議だからこそ価値があり、探求者を惹きつけるんだろうと勝手に想像してます。

>>554
なるほど、学生気分がずっと続いてる感じはあるかなあ。笑 いつまでも気が若いと思います。
死ぬまで学びだからでしょうね。

最終的に起こるであろう、切望モードと落ち着きの共存。
無力感の中で起こる深い祈りと、必ず応えてくれるという安心の落ち着き。
これの更に深いレベルが、意識としての私の中で同時に起こっている感じかと想像しました。
純粋意識へ安定していくプロセスと、意識が超越に向かうプロセスは似ていると仰ったのは、このことでしょうかね?

572幸せな名無しさん:2025/12/12(金) 22:51:27 ID:g20uJtbU0
>>564
542です。
心の観察、分析は葛藤を生むので、そればかりだと疲弊します。頭に気が昇っている状態。
疲れ切ってしまった心を休ませるのが一番。心は頭にあり、意識は胸、ハートに在ります。丹田のことは知りません。
頭の力を抜いて空っぽ(真っ白)にし、ハート(あなたという存在、意識)をただ感じます。※感じようとしないこと。これは重要な注意点
頭に張り付いて観察する(意識が頭にある感覚)のをやめて、ハートを感じる。心(頭)を意識するのをやめて、意識をハート(胸)に降ろす感じ。
始めは胸に手を置いてやると効果的です。
うまくいかないなら、陽光を浴びながらネガティブな感情を手放すイメージで息を吐き出す。落ち着いてきたら上の方法を試す。
心が開放され明るく穏やかで心地よい気持ちになります。
りょうせいさんも言ってるとおり、直ちに変わることはありません。
暗い気持ちになったら、これを繰り返すことで在り方の癖が徐々に変わっていきます。
私が知ってるのは以上です。

573幸せな名無しさん:2025/12/12(金) 23:00:47 ID:Bv0frkzw0
>>566
度々ありがとうございます。
うーん、結局、真理の追求をしてもイキイキ、ワクワクな状態にはならない、という理解であっていますでしょうか。
心の癖を変えるっていうのも、心理学でいう認知行動療法みたいなものなんですかね。

574幸せな名無しさん:2025/12/13(土) 01:10:05 ID:7InUHdy.0
もう願望ごっことかうんざり
全てをやめたいって思ってここに来る人が多いと思います

575幸せな名無しさん:2025/12/13(土) 01:11:32 ID:7InUHdy.0
>>1
私はこのサイトの存在は知ってるけど願望実現?系に特化したサイトだと思ってました。

久しぶりになぜかのぞいたら、真理系のスレもあったので、真理探求に興味ある人もいるのでは?と勝手に理解してスレ立ててみました

とありますね

576幸せな名無しさん:2025/12/13(土) 11:52:46 ID:0F/9nrRM0
ああそういうことか。おかしいと思ってたんだよね。問いの多くが作文臭いし答えはAi臭い。あのさ結婚して子供ができて「過去にこだわらず幸せを噛み締めてほしい」なんて会話しないよ。結婚=金策の日々です。

577幸せな名無しさん:2025/12/13(土) 13:44:40 ID:vIPg5gpQ0
難しい話じゃなくて、脳が自動的に決めてるから自由意思がなくてロボットと同じ
植物みたいに脳がなくても勝手に成長するみたいなものもいるし、自分なんて幻想

578り改め りょうせい:2025/12/13(土) 14:06:05 ID:wk0W2ILY0
>>571
>前のレスでこれを書いた直後に、矛盾した変なこと言ってんなと思いました。
>「エゴが抵抗する」は錯覚、心の反応が起こってるのに気づいてるだけと腑に落ちたはずなのに、コロッと忘れてしまう。

→あなたに起きてくることは、「思い出す速度が早くなる」ことです。
あなたと私は純粋意識という共通項をもとにこうして会話が起きているから、比較的、以心伝心がスムーズですが、普通は人生体験を通して少しずつ観照の力、気づきの力が育っていきます。あなたの場合書いた直後に気づけたのだから、それで全然問題ないんです。

>畏るべき創造の幻力、マーヤーですね。笑

→そうですね。笑
意識はいつまでも存在したい、存在愛、自己愛がとめどないからね。
歴代の聖者たちはしっかりとマーヤへの対応のコツを伝えてくれました。
「右頬をなぐられたら左頬も差し出せ」
つまり、幻想は本来非存在ですから、
嫌う、戦う、どうにかしようとする、排除しようとする、こういう扱いは幻想を活発化させるだけです。そのため、純粋意識にとどまる。
あなたに必要なことは、それだけです。
なんてシンプルなんでしょうか。笑

>無知な状態から真実を思い出していくプロセスを味わうことがリーラの醍醐味とはいえ、
完全な絶望、虚無の方がましとさえ思えるおぞましい領域に触れた時は、気が狂うかと思いました、ほんとに。よく耐えられたと思います。

→これもしつこく繰り返し説明しますが、
完全な絶望は、完全な希望です。
完全な虚無は、全部・すべてを包容しています。
エゴが1ミリでも偽主体として生き残っていると、完全性なのにもかかわらず、
不完全性としての錯覚が可能になるんです。
それもある意味で奇跡なんですがね。
この奇跡が成り立つこと自体、マーヤの驚くべき魔術・イリュージョンです。

>でも、そうした体験があるから決着したときの喜びは大きいのかなとは思う。
目覚めた人は、その無上の喜びについて多くを語りません。言葉にできない領域のものとは思いますが…。

→そうです。言葉は概知であり、二元性だから、
つまり決着自体を、対象としてとらえてしまいます。
しかし、決着とは真の主体側そのものであって、
「対象としての一時的な現象である→エゴ」
からしたら純粋意識や、それも超えた真我は未知なんです。
未知のものを言葉にしても誤解を招くだけだから控えめにせざるを得ないんです。
先入観が、真理探求者にとっての概念的障害になるから、そういう意味合いからの配慮もあるでしょうし。あとここが、潜在意識板だからってのも大いにあります。笑

>秘められた不思議だからこそ価値があり、探求者を惹きつけるんだろうと勝手に想像してます。
→それが他でもない、真のあなただから、決着するまでは、惹きつけられ続け、吸引され続けるのです。

>なるほど、学生気分がずっと続いてる感じはあるかなあ。笑 いつまでも気が若いと思います。死ぬまで学びだからでしょうね。

→真理探求とは、帰還なんですね。
物心つく前の記憶の残り香があるからこそ、
帰還しようと思う。
真理探求者のみなさんは根が純粋で気質が若い方が多いんじゃないかと思います。笑

>最終的に起こるであろう、切望モードと落ち着きの共存。無力感の中で起こる深い祈りと、必ず応えてくれるという安心の落ち着き。
これの更に深いレベルが、意識としての私の中で同時に起こっている感じかと想像しました。
純粋意識へ安定していくプロセスと、意識が超越に向かうプロセスは似ていると仰ったのは、このことでしょうかね?

→まず、個の私という催眠から目覚めて、
純粋意識の私を思い出す。
それから、純粋意識の安定と深まりが、
エゴとの同一化を燃やし尽くします。
そして、純粋意識として、全体意識の私を思い出す。これが不二一元論の方面だと、
アートマンとブラフマンは同一である、の智慧ですね。そして、最後はあらゆる時間と空間のすべての夢から、卒業していくんです。同時に、それがすでに不変で不滅の唯一のあなたですから。

579り改め りょうせい:2025/12/13(土) 14:24:53 ID:rsGiH.Sc0
>>573
イキイキやワクワクってのは、いくつかの条件が重なったりあるいは偶然によって、ただ起こる時に起こるものなんですね。
真理探求の道は、思考や心、感情をコントロールしてどうにかする方向ではなく、何があっても変わらない私を探し、見つけ出す方向です。

真の私とは一体なんだろう?
自分や世界って、そもそも何なんだろう?
なぜ人生という体験が起きているんだろう?

こうした問いが内側から止まらなくて、なぜか自然と探求してしまう。そんなタイプの人向けの話なんですね。もちろんこれは、どっちが正しい間違い、良い悪いじゃなくて。

580幸せな名無しさん:2025/12/13(土) 17:55:40 ID:C0d3vikQ0
>>567 >>568
返信ありがとうございます。

人生に行き詰まりを感じ真理探究を始めてから、元来のネガティブ気質がさらに悪化しました。
過緊張、イライラ、反芻思考、自責、他者との比較…常に交感神経優位で生きている感じでした(今思えば)

セドナメソッドなどの観念浄化ワーク、思考停止、瞑想、ネドじゅんさんのエレベーター呼吸など何をやっても変化なく。
ですが、丹田呼吸や丹田歩行、スワイショウなどを始めたところみるみる気力が湧いてきました。
(瞑想やエレベーター呼吸が効かなかったのは、みぞおち辺りが緊張していたせいかも?)
自己否定的な思考や虚しさが静まり、徐々に世界との分離感が消えてきてワンネスを感じられるような出来事が起きてきました。

あくまで独学による実践なので合っているか分からないけど、身体が緊張して気が弱かったから生きづらさや分離を感じていたのかな?と思うくらい、身体を変えることで諸々変化を感じています。
質問というより感想になってしまいましたが、「身体が変わる⇔心が変わる→世界(反映?)が変わる」ということなのでしょうか?

581幸せな名無しさん:2025/12/13(土) 18:23:10 ID:ydeowj7U0
うーん、なんというか
このスレは真理探求の先に何か甘いものがあるようなワードが並んでるね
非二元はそこに幻想を抱きやすいなと思う
私も昔は甘い幻想を抱いていたし、実際甘かった期間もある
しかしそこにどっぷりハマった後に突然放り出される
そこからが真の探求になるよね

582幸せな名無しさん:2025/12/13(土) 19:14:21 ID:qgYFmglE0
その甘いものが人間として手に入れられるものだと思ってたなら単なる幻想でしかないよね
手にすることは決して出来ないから放り出されてしまう
真の探求は何かを得る道ではなくて偽物を手放していく道だから
より良い人生を追求したい人には縁のないが真理探求

583幸せな名無しさん:2025/12/13(土) 23:00:36 ID:d7oBHYv20
>>580
>丹田呼吸や丹田歩行、スワイショウなどを始めたところみるみる気力が湧いてきました。
へー、面白いですね。私はそういう気功もやりましたが大して効果なかったです、瞑想ばかりでした
意識の深いところに問題があり瞑想的な方法が適していたのだと思います
貴方がやっている気功は「動功」といって肉体を物理的に健康にするやり方です
虚弱な人には特に効果があるでしょう。逆に霊障とか霊的因縁には効きません

>真理探究を始めてから、元来のネガティブ気質がさらに悪化しました。
浄化は基本きついもんで、私もそういうもんはバンバン出てきます
精神だけでなく体調も悪化します、気は消費されるものだから
邪気を消費するなら、その分の何かが確実に発生します
もしくは単純にあってなくて「そっちの方向へ行くな」という警告かもしれないですね

私のケースだと気や霊的成長をすると浄化で非常にきつくなる
浄化がストップしてると凄く調子よくなるけど、それは困る
貴方のケースは単に真理探究があってないだけか、やめると浄化が止まって気功で気を高めるから調子いいのか、ちょっと判断できない
浄化はやりたくなくても(私の場合は)勝手に発生するんで
調子よくなる事をやり続けても具合悪くなってきたらそれは浄化かもしれないです

>「身体が変わる⇔心が変わる→世界(反映?)が変わる」ということなのでしょうか?
それは勿論そうです、心が変わる時、肉体も変わっている筈です

584幸せな名無しさん:2025/12/13(土) 23:02:16 ID:7InUHdy.0
願望実現を目指すスレは他にいくらでもあるしね

585幸せな名無しさん:2025/12/14(日) 02:23:22 ID:3NbR9RUM0
>>570
いつもありがとうございます。心を静めて、ガイドさんの本体に意識を向けて
「ただ想う」のをやってみたのですが、気付きが有りました。
ただ想う時は、好きor嫌い、時間、場所を超えている感じがしました。

胸の辺りでただ想うに集中した時、透明な言語化できない感じに気付いた後
そのまま居たら、エゴが起動した為か、かすかな淡い恋心みたいなものが湧いて、はじけて
少しくすぐったいような感覚の心地良さと、甘い花の香りに包まれました。
(そんな香りの物は実際には無いのですが、本当にすごくいい匂いが感じられたんです。)

そしてこれを書いていると、子供時代の私が、やだやだ恥ずかしい!って
ずっと言ってる感じがするんですよね。ああ、やっぱりあなた、そうだったんだね。
自分の中にこっそり居たのを見付けちゃいました。
素直になって大丈夫だからね。今の私がしっかり受けとめて抱きしめてあげるから。

そして自愛の本質がこの「今の私がしっかり受けとめて抱きしめてあげる」である事にも気付きました。
ガイドさんの導きが凄くてあの人の本体がガイドである事を認めざるを得ません。(チクショー!笑)
でもガイドさんの本体も実は本当の私と同一なんですよね。何故あの人の中にそれを見つけたんだろう?
やっぱり腑に落ちないけど恩寵のみぞ知る何かなのかも知れません。

癒しが起きたことや気付きの事を書いてしまったので、話がそれてしまいましたが
ただ想うは無色透明でつかむ事の出来ないものでした。言語化も出来ません。
エゴが言語化すれば「好き」になるとは思うのですが、実際それじゃない感じです。
言語化すると決めつけや制限や浅くなってズレてしまう気がしました。

そして胸の真ん中あたりの部分が重要な気がしました。
この辺が「お家」ですね、きっと。ここに意識を向けると良いような気がしました。
お家というか、休憩スペースというか、椅子というか…玉座?
本当の私の為の場所?

今回の恩寵のシャワーはとても心地いいものでした。無条件の愛の方だと思います。
抵抗しなければ心地良いシャワー、抵抗が強いと痛くてしみるのか、今回はたまたま心地よかっただけか。
しかし気付きから時間を空けて書いていると(ちび私が恥ずかしがるので書けなかった笑)
何だか全部夢みたいに感じられます。何もないのにある夢。あるけどない。不思議な気持ちです。
味わって満足すると消えてしまうのかな?これもただ起きただけ、なのかも。

グルやガイドの言葉の説明や、千と千尋の注目ポイントも教えて下さり、ありがとうございました。
今回もまた頂いたレスをじっくりゆっくり読ませて頂こうと思います。
本当の私として観る。←この言葉から今回の癒しが起きました。まさに恩寵です。
いつもありがとうございます。

586幸せな名無しさん:2025/12/14(日) 08:03:38 ID:cwqFHUSU0
真理に到達することが願望になっている人たちのためのスレかと

自分の場合は、現世利益的な願望と真理の両方だけど

587幸せな名無しさん:2025/12/14(日) 08:13:55 ID:C.MVuQik0
結局真理を得た者の願望は叶うのか叶わないのか。どっちなんだい?
この願望というのは個の視点での願望です。
意識レベルで既にあるのは分かってる。

588幸せな名無しさん:2025/12/14(日) 08:42:22 ID:pe/XYxOQ0
>>579
ありがとうございました。
もやもやしていたものがちょっと晴れました。
悟りを開くことと、生き生き、ワクワク生きることは必ずしも両立しないということですね。
前から何となく感じていましたが、それをはっきり言っていただいて良かったです。
いわゆる悟りを開いた、と言われる方々を見ると、あるいは話を聞いてみると、正直、例えば子どもが将来なりたいものの対象になるかというと、少し違うと思っていました。
もっとハッキリ言うと、悟りを開いた方々は、必ずしも現実的に「幸せ」になっていない。
ただ、「平和」にはなっていらっしゃると思います。
悟りというのは夢の実現により幸せになるためのツールではなく、苦しみに対処するためのツール、というか対処できるようになった状態をいうのかもしれません。

ただ私個人的には、人間に快と不快という感覚が備わったことには意味があると思っていて、快や不快を超越して涅槃の状態に入ったら人間として生きている意味って何なのかなとも思う。
願望実現=快というプログラムが人間に設定されている以上、快を追求するのが自然の理。
ポイントはむしろ、その快の本質(私はどうしたら心の底から嬉しいのか)に気づいて、願望を間違えないこと、適切な願望を持つことじゃないかと思いました。

私の場合、究極の快は「自分に満足すること」でした。理想の自分に程遠い現状に鬱っぽくなり、無気力にもなりました。おそらくここで、理想の自分になれない自分を許したり、理想の自分にこだわる自分を手放す、という悟りのプロセスが一つの有効な手段なのだと分かっているのですが、それも難しく、どっちつかずになって結局、不幸になっているのかもしれません。

すみません、一人語りで話がだいぶズレましたが、ここまで辿り着いたのもりょうせいさんとの対話のおかげです。ありがとうございました。

589幸せな名無しさん:2025/12/14(日) 10:40:24 ID:3NbR9RUM0
>>570
585です。一晩眠って「本当の私として観る」が掴めたかも知れません。
例えば子供向け作品は「子供騙しな内容だと人気が出ない」とか言われているんですけど
彼らは本当の私として心の目で観ているからなんでしょうね。ただ本当の私として
心の目で世界を見ながら生きていると成長と共に不自由が生じてくるから封印しちゃう。
以前友人に「大人になってもトトロが見えるような心でありたかった」と言ったのを思い出しました。
探求はそれを目指していく道なのかも知れません。

590幸せな名無しさん:2025/12/14(日) 10:43:42 ID:cwqFHUSU0
>>556
こちらこそ、ありがとうございます!

この潜在意識関連界隈でも時々起こることですが、疑似「宗教の教祖と信者の関係」、つまり

教祖=わかっている人
信者=わかっていない人、信じる人

となりがち。

本当にわかっている人なら、自らを権威化・絶対化せず、その方法を独占しないで公開し、人々が自分と同じ認識を独力でできるようにすべきだろう。

また、本当に真理を探求している者なら、誰かを絶対化したり依存したりして信じるという立場にならず、その誰かと同じ認識に立つことを目指し、自分がその認識に到達するまでは正しいと信頼している人のいうことであってもあくまで参考にし、自分で実際に認識に到達してから、その正誤判断をするという姿勢をもつべきだろうと思っていて

このスレも、りょうせいさんに頼って質問ばかりして・・・

なんてことを少し前まで感じていました。

そして「私は在る」という方法を提示してもらったのに、なぜ質問が起こるのだろうと思っている部分がありました。

しかし、「私が在る」を観想し始めて時が経つにつれてそうした想い、感じも消えていきました。

私が在る。何も引かない、何も足さない。

591幸せな名無しさん:2025/12/14(日) 12:48:00 ID:Uzt0YJgc0
>>583
ありがとうございます。

>へー、面白いですね。私はそういう気功もやりましたが大して効果なかったです、瞑想ばかりでした
そうなんですね。私は瞑想するとかえって反芻思考が止まらなくなっていたのですが、丹田呼吸などを始めてから瞑想もできるようになりました。
なんかもうほんとに頭がガチガチだったのかも。

>浄化はやりたくなくても(私の場合は)勝手に発生するんで
私は真理探究や観念浄化で生きづらさを解消したいという下心ギラギラでした。
霊的成長というのも体感したことはないです。
何か勉強のように、目的を持って意欲的努力的にやっていたような気がします(^^;

身体が変わってきたら、真理探究に関しての興味も薄れてきました。
(と言いながらここに来たのは、初めの頃にりょうせいさんと数回やりとりして、スレの雰囲気がいいなあと感じたから)
緊張が解れるとともにコントロール欲求などエゴに気づきやすくなり、思考がどんなに分析や不幸を選択しても、身体は自然と幸せに向かうというか幸せであるように感じました。
作為をやめて受動であればあるほど気が入ってくる、起こってくる体感があります。

592り改め りょうせい:2025/12/14(日) 13:26:39 ID:JDjWrsVc0
>>580
>質問というより感想になってしまいましたが、「身体が変わる⇔心が変わる→世界(反映?)が変わる」ということなのでしょうか?

(長くなったので、2回にわけます)
→身体へのアプローチは、とても大切だと思います。真理探求の世界では、ときどき
「身体はエゴとの同一化の最も根深い部分だから、切り捨てるべきものだ」
というような、やや苦行的な方向へ進む方もいます。むろんそれ自体が最適に起きていて、真理に還ろうとする情熱の結晶化であるなら、否定されるものではありません。
ただ、これはもう何世代も真理探求を重ねてきたような、いわばベテラン向けの道だと考えてください。笑
多くの人にとっては、むしろ逆が自然です。

ご自身に合った食事を、常識の範囲でバランスよく摂る。身体に入る栄養は、心の潜在的な傾向や、想念の向きにも確実に影響します。
個人的には、この点は過剰に神経質になる必要はなく、「普通に大切にする」くらいで十分だと思っています。

また、根深い感情やトラウマが、身体感覚として詰まることもよくあります。あなたが書かれていた、様々な感情解放や呼吸法のアプローチ。
これは、人によって実際に効果が出る、とても優れたアプローチだと思います。

少し整理して言うと、
個も含めて、世界は「想念」として現れています。本来、想念の理想的な状態というのは、
流れが滞りなく、ただスムーズに起き続けることです。子供の頃誰もがそうだったように。

ところが、エゴの同一化システムが強固になっていくと、「エゴ=私のもの」として確立したいがために、流れを掴もうとしたり、何度も取り出したり、拡大しようとしたりします。

つまり、「ただ起きる」「ただ起き続ける」
この流れ・フローに対して、
「全部、私のものだから私も参加させろ」
と爪痕を残そうとするわけですね。笑

そのために、明け渡し、手放し、というアプローチが生まれます。これは真理探求的な壮大な明け渡し、手放しじゃないにしても、
日常的なアプローチとしても、全然活用されてますよね。
一般会話でもあると思います。
「やることはやった」「あとは、もう天に任せよう」このような会話がね。

593り改め りょうせい:2025/12/14(日) 13:28:24 ID:JDjWrsVc0
>>580
>質問というより感想になってしまいましたが、「身体が変わる⇔心が変わる→世界(反映?)が変わる」ということなのでしょうか?

→真理の視点から言うなら、想念をあえて「物質」だと仮定してみてください。

粗大で、大きくて、硬い想念。
中くらいの、感情や感覚としての想念。
微細で、日常生活に必要な思考やマインドとしての想念。

身体は、かなり粗大な想念です。
感情や感覚は、中くらいの想念です。
思考は、より微細な想念です。
世界も、同じ構造で成り立っています。
つまり、世界も想念です。

だからこそ、以前書いたように、
祈りやマントラ、日常の呟きの意図は、
「すべてが至福に包まれますように」
「すべてに幸あれ」
「世界全体が光に満たされますように」
と、世界全体(人生全体)の想念をやわらげる方向に向かいます。世界全体の中に個の過去・現在・未来も含まれていますので。

これだけで、基本的には成り立ちます。
時間はかかるかもしれませんが、とてもシンプルです。

潜在意識の分野、たとえばマーフィーの教えなどでも、結局は、
「淡々と、シンプルなことを、継続する」
という話に行き着きますよね。
(私の潜在意識の知識は、ほぼマーフィー由来です!笑)

分離的な思考に入ると、何年も構造分析に没頭することもできます。でも、アプローチやメソッドを頭で分析するより、シンプルなことを淡々と続ける。
もしくは、メソッドも辛いなら、
「ただ在る」「存在にとどまる」
これを深めたほうが、許しや、自己愛も含めて、体感的な理解は早まります。

あるいは、明け渡し、手放し、すべてを「真の主体」に返していく。これも、想念との同一化を、想念が放出される以前の静寂へと戻す行為です。

なので、かなりシンプルに言えば、
不幸せ系・破壊系の想念をリピートする癖があるなら、
幸せ全体系(平和全体系)をリピートする癖へ、
少しずつ移行していく、というだけの話です。

ただし、これらすべても「ただ起きている」
そうでしたね?

おすすめは、幸せ全体系の想念をリピートすることですが、すべての流れそのものは、
自然に起きてしまいます。止められません。
行為も思考も癖も起きてしまいますから。
やれるかどうかも、ただ起こるか起きないかのどちらかです。

だからこそ・・
祈りが起きる。
こうしたいのに、それすらできない。
行為も思考も継続するかどうかも、100%コントロールできない。
逆説的ですが、どうしようもないからこそ、
祈りが起きます。

祈りは、大きな慈しみであり、
同時に大きな大悲です。
ネガティブ気質が悪なのではなく、どうしようもなくネガティブ気質が起きてしまう。
起きることは起きるから。
それに反応してしまうことさえ、どうしようもなく、止められない。
だからこそ、祈りが起きる。あまりにも、何もかもコントロールできないから。

そのため、祈りは個が「する/やる」メソッドではなく、個を超えた深いところからただ起きてしまう、非個人的ところから発動する、
なにかなんですね。
だからこそ、はからずとも個の根深い想念との同一化を溶かしていきます。

そして、そんな中で、ふと、ある時から
世界が少しずつ微笑みを見せるようになっていく、かもしれません。
つまり、すべては結果論なんですね。
個が「狙い通りやってやった!!」
ではなく、はからずとも、
あれ?・・前の自分(地獄期・モヤモヤ期)
どんなんだっけ?みたいなね。笑
「あなた最近なにか良いことあった?」
「え、そうかな?まあ、言われてみれば・・」

こんな感じなんです。

594り改め りょうせい:2025/12/14(日) 14:17:19 ID:JDjWrsVc0
>>581
ご意見ありがとうございます。
私個人の視点では、ある種の人は、真理探求する流れのようなものから「呼ばれてしまう」ことがあるように感じています。
そのタイミングやきっかけ、形は本当に人それぞれですけど。

また、あなたの言う通り、真理探求はプロセスが進むにつれて、決して甘い道ではなくなる場合も多々あります。

ただ一方で、その反動として、度を超えた苦行的な方向へ振れてしまうことも起こりやすい。
(私のケースがそうだったように)
なので、「苦しむことそのもの」をどう扱うかは、少し慎重になる必要があると思っています。真理実現が目的であって、その過程の苦しみは、あくまでも過程ですから。

また、甘いか、苦いか、その配分も、個の気質や人生の流れによって本当に様々です。
それと、人生体験として、いわゆる願望実現的な領域をある程度やり尽くし、未練が少ない状態の方が、結果的に真理探求へ集中しやすくなる場合があります。
(これも、私が真理探求に入る前にそうだったからです)

そういう意味で、私は誰にでも真理探求を勧める立場ではありませんが、どうしても発心が止められないタイプの人、あるいは今後そうした流れが自然に起こり得る人に向けて、なにかしらの「種」としてこの場があればいい、なので、興味があればご意見や質問をしてくださいというスタンスですね。

また、プロセスの進み方や、向いている修練法、起こる出来事は本当に人それぞれなので、
「必ずこういう流れになる」と前もって断言することもしません。

ただ正直なところ、できるなら、個の私自身が通ってきたような遠回りのプロセスや、
いわゆる地獄・煉獄のような段階は、
少しでも短縮できたらいいな、という意図や気持ちは少なからずありますが、
最終的にはそれぞれの流れ次第ですし、
私も言葉を通してのやり取りですから、もちろんこれが完璧なレスや返信だとも思っていません。

ただ、真理実現とは。
エゴは恐れるが、決して怖いものでもない、という部分と、真理実現自体の真の動機は、
幸・不幸を超えた、至福に還るためのものだと思っています。
なので、「幸せになりたい」「だから本当の私に還りたい」という欲があること自体が、間違っているとも言えません。

そして、恩寵というか、真理実現に向けての流れそのものは最適に進み、起こることはどうあれ、最適だと何度もお伝えしているだけです。

595幸せな名無しさん:2025/12/14(日) 14:20:35 ID:/Y17.50s0
>>578
>「思い出す速度が早くなる」ことです
これは、なるほどと思いました。忘れてしまったことより思い出したことに焦点を当てると、前向きになれます。

完全な絶望、完全な虚無はエゴの反応で錯覚でしかない。実際は純粋意識に触れていたのにエゴが起こした錯覚により拒絶していただけなんですかね。
あの猛烈な拒否反応はエゴが消滅を恐れるほどに追い詰められていた証拠なわけですか。
一方で、好ましい体験として与えられる霊的啓示は、プロセスが順調に進んでること示してくれるし願ってもないご褒美でもある。
いや、もっと深い意味が隠されてるかもしれない?
今こうして俯瞰する側にいると、この二元の世界で起こっている夢物語はつくづく不思議で見事で感心します。笑

語れないものを語ってしまうと、誤解を招くし要らぬ執着を呼び起こす。これは理解しています。
ここでは話をしたい衝動がありますけど、私の修練は基本的に沈黙(在るだけ)で十分、他に何も要りません。読むことも喋ることも聞くこともすごく少ないです。

>意識はいつまでも存在したい
そうなんです、存在していたいんです。それで、リーラを鑑賞していたい。
その物語は錯覚(エゴ)があってこそなのに、目覚めたいと思い、ただ在ればいいとなる。
訳が分かりません。何か変なこと言ってますかね?自分で言っててよくわからない。笑

う〜ん、やはり純粋意識から先の話は分からないので、言われたことは心に留めておくだけにしておきます。笑
アートマンとブラフマンについては違うのか同じなのか、そもそも区別する境界があるのか、本当に分からないので…。
エゴから純粋意識へのシフトのような明確な違いがあるのでしょうか?
個人的には、なんかゴチャゴチャ言われてるみたいだけど分ける必要あんの?と勝手に思ってスッキリしています。笑

596り改め りょうせい:2025/12/14(日) 14:22:23 ID:JDjWrsVc0
>>582
それはそうですね。
ただし、真理探求者の流れや運命によっては、
一般的な生活を続けながら探求が進んでいくタイプもいれば、いわゆる世俗を放棄するような流れになるタイプもいます。

また、元大悪党のような人生を歩んできた人もいれば、元々博愛主義的な気質の人もいます。
思想や宗教、身分や立場とは関係なく、
純粋意識そのものは誰もが共有しているものですし、超越という現象も、因果関係に基づく努力とは別の次元で、誰にでも、ただ起こる可能性があります。

真理実現者の中でも、その後の生き方や現れ方は本当に様々です。だからこそ、真理そのものの在り方は、とてもシンプルで誰に対しても開かれた可能性として存在しているんですね。

結局のところ、興味や関心があるか、ないか。
それだけとも言えます。笑

597幸せな名無しさん:2025/12/14(日) 14:26:19 ID:cwqFHUSU0
>>590 誤記訂正です。すみません。

「私が在る」→「私は在る」

598り改め りょうせい:2025/12/14(日) 15:01:23 ID:JDjWrsVc0
>>589
>一晩眠って「本当の私として観る」が掴めたかも知れません。探求はそれを目指していく道なのかも知れません。

→はい。「本当の私として観る」と「本当の私として在る」は、次第にイコールになっていきます。というのも、「在る」というのは、
ただ存在しているという意味ではなく、
存在・気づき・認識をすでに備えた在り方だからです。そのため、いわゆる本当の私から個へと流れてくるインスピレーションや叡智的なものは考えを介さず、瞬時に伝達されます。
いわば第六感的な理解ですね。

ただしここで注意があって、個の私が「もっとインスピレーションを得たい」「何かを受け取りたい」
という目的を第一にして本当の私にとどまろうとすると、逆に、個の私が想念をぐるぐると弄ぶ形になりやすいんです。お分かりでしょう?
あなたも、少しずつその感覚が浸透してきていると思います。笑

こうした直接的な理解というのは、
起こるときには自然に、最適なタイミングで起こります。
だから、「起こそう」と構えすぎず
そういうスタンスで捉えておくといいでしょう。

基本的には、慌てず、強迫観念的に探求せず、
日常を第一に生きていくこと。
気づいたらプロセスも進行していて、
結果的に、しずかーに少しずつ本当の私が立ち上がってきて、深まってくる。
あなたの場合そういった線で、個の日常の癒しも忘れずに深めていかれるといいですよ。

599り改め りょうせい:2025/12/14(日) 16:11:09 ID:JDjWrsVc0
>>590
この話は、いわゆる悟った人・覚者と呼ばれる存在についての理解が関係していると思います。
(私の言う悟った人とは、純粋意識を体現した個人のことです。)

この段階では、その人は「ただの個人」ではなく、意識として在る人、という立ち位置になります。だからこそ、「純粋意識とは何か」を伝える者として機能すること自体は、構造的には可能になります。

というのも、その個人は、原因と結果のプロセスを経て、いわゆる長い探求や修練の結果として、悟りに至ったわけですから、
「教える者/教えられる者」という関係性として世界で機能すること自体は、必ずしも間違いとは言えないんですね。そこで信者や信奉者が増える、増えないもただの現象の現れ方の違いなだけです。

もちろん、ここには別の問題もあります。
体現したとエゴが偽るケース、
エゴが肥大し、妄想や魔境に落ちた状態で教えてしまうケース、
スピリチュアルエゴによる共依存構造、
また霊感商法など、
そういったものとは、まったく別の話です。
(これはいつの時代でも起きてきたことで、同時に、その失敗や違和感がきっかけとなって、最終的に「内なるグル」を信頼する流れに戻っていく探求者も多いですね)

ただ、そうした問題を除いた上で、
純粋に「悟った者が、人々に悟りを伝えようとする」こと自体は、世界の中での一つの役割として、正しく機能している側面もあります。

実は私自身も、かつては同じように私は悟った。覚者になったのだ。と考えていた時期がありました。たしかにその頃は、知人たちに対して、積極的にそうした話をしていたこともあります。笑
悟りを教えて、悟りに興味を持ってもらうために、ですね。

ただし、超越というのは、最終的に
「個が悟った」というストーリーそのものを消滅させてしまいます。超越という真の立場は、夢が一度も起きていない領域だからです。
つまり、原因と結果が完全に成立しない領域なんですね。

そのため、その地点から見ると、
「教える/教えられる」という構造自体が成立しなくなります。悟った者も、迷いの者も、どちらも消滅しているからです。

だから私は、興味のある方に対して、
「世界の大枠の流れ」や「エゴ・個の構造は、構造的にはこうなっているよ」
という説明はしますが、
「これをやれば間違いない」
「それは間違っている」
「あなたも悟るべきだ、悟りましょう!」

といった強い断言や方法論は、ごくシンプルなものしか提示していません。そして最終的には、すべてをお相手の恩寵の流れと、内なるグルに委ねています。あなたの言う通り、仮に一時的に依存が起きたとしても、目覚めさせる叡智があるのは恩寵や内なるグルであって、
個としてのりょうせいは、伴走者として話を聞き、ただその場で起きる必要なことを伝えるだけ、笑
という立場です。

また、
「私は在る」
「純粋意識にとどまる」
「真の私に明け渡す」
といったことは、直接的に体験してもらうための、もっともシンプルな提示ですが、
人によっては、非常に難解に感じられる場合も多いです。これは本当にそうなんです。

そのため、繰り返しの質疑応答が起こるのも自然なことだと考えていますし、
何度も聞かなくていいように、
純粋意識とは何かを、さまざまな視点から説明するブログ記事を、少しずつまとめてはいます。

ただ、扱っているテーマがテーマだけに、
正直かなり手こずっていて、時間もかかっています。それに、私は人の何倍もネット関係に弱いのでどれくらいかかるかもわかりません。笑

なので、そういう意味でも、
ここでの質問はとても参考になっていますし、
「個」や「世界」という領域から、
どうすれば純粋意識が比較的、理解されやすいのか、そのヒントとしてありがたく受け取っています。

その意味で、書き込んでくれるそ方々には感謝しています。
・・とはいえ、突然質問が大量に湧き上がると、私も少し困りますが。笑
今のペースの流れくらいなら、ちょうどよく、また雑談やこのテーマのやり取りはみなさんどうぞどうぞって感じです。

>しかし、「私が在る」を観想し始めて時が経つにつれてそうした想い、感じも消えていきました。私が在る。何も引かない、何も足さない。
→色々書きましたが、まさにそれに尽きます。それが、全過程を内包し、深めるための、すべてです。

600り改め りょうせい:2025/12/14(日) 17:28:06 ID:JDjWrsVc0
>>595
(2回にわけました)
>完全な絶望、完全な虚無はエゴの反応で錯覚でしかない。実際は純粋意識に触れていたのにエゴが起こした錯覚により拒絶していただけなんですかね。

→はい。完全な絶望、完全な虚無は「熟睡そのもの」のようなもの。つまり、「完全な絶望、完全な虚無」であるがゆえに、それを認識する側、認識者そのものも完全に消滅している状態です。

>あの猛烈な拒否反応はエゴが消滅を恐れるほどに追い詰められていた証拠なわけですか。

→エゴからしたらエゴの生き残り大作戦としての、ある意味でごく正常なリアクションです。

>一方で、好ましい体験として与えられる霊的啓示は、プロセスが順調に進んでること示してくれるし願ってもないご褒美でもある。

→そうですね。笑 エゴの本音は、消えたいけど、消えたくない。消えることが最高に祝福で、素晴らしいことだと、どこかでは分かっている。しかし、消えたらその最高のものを認識・体験・所有できなくなる。という矛盾を抱えています。
そのため、最後にはエゴではない何かが、ふと引っ張る。それは謎です。
意識は、いつまでも存在したい。
なのに、です。笑

木の枝は、この果実をいつまでもぶら下げておきたい。なのに、ある時なぜか、果実がポトっと落ちる。ただ、落ちるんです。

>いや、もっと深い意味が隠されてるかもしれない?今こうして俯瞰する側にいると、この二元の世界で起こっている夢物語はつくづく不思議で見事で感心します。笑

→そうです。偉大な夢物語です。
だからこそ、実現者たちの中でも
「さて、実現したけど、次は何をしよう?」
と、楽しみが尽きない場合が多いわけです。笑
それも流れ次第ですが。

>語れないものを語ってしまうと、誤解を招くし要らぬ執着を呼び起こす。これは理解しています。

→そうですね。ここでのやり取りの意味の、
全ポイントは、エゴの隙を出し抜くことです。
本や聖典を読めば、真理の答え自体は書かれています。今の時代ネットでいくらでも知識は取り寄せられる。
ただ、エゴのガードや防衛、力みが入ることで、いくら正しいことが書かれていても、読んでも、スムーズに浸透しないことが多い。

また、純粋意識が深まると、本を読むにしても、必要な箇所だけを必要な分だけ確認する、あなたの言うようにそんな感じの読み方になっていくと思います。

601り改め りょうせい:2025/12/14(日) 17:29:20 ID:JDjWrsVc0
>>595
>ここでは話をしたい衝動がありますけど、私の修練は基本的に沈黙(在るだけ)で十分、他に何も要りません。読むことも喋ることも聞くこともすごく少ないです。

→まさにそういうことです。沈黙のパワーが、あらゆる疑問や偽りの同一化を溶かしていきます。このやり取りは、あくまでただ起きてる会話です。

>意識はいつまでも存在したい
そうなんです、存在していたいんです。それで、リーラを鑑賞していたい。

→そうですね。

>その物語は錯覚(エゴ)があってこそなのに、目覚めたいと思い、ただ在ればいいとなる。訳が分かりません。

→不動であると同時に、あらゆる動きでもある、ということです。アドヴァイタでよく使われる、金のネックレスの例です。
金であると同時に、金でできたネックレスでもある。

>何か変なこと言ってますかね?自分で言っててよくわからない。笑

→純粋意識で在るあなたは、無言で在るだけです。笑

>う〜ん、やはり純粋意識から先の話は分からないので、言われたことは心に留めておくだけにしておきます。笑

→あなたは、ただ在る純粋意識でありながら、
あらゆる想念や現象が起きていますね?
それは純粋意識とは別の「非純粋意識」なのか。
それとも実は、それさえも純粋意識なのか。
この線で、暇なとき静かに調査してみてください。


>アートマンとブラフマンについては違うのか同じなのか、そもそも区別する境界があるのか、本当に分からないので…。

→いいですよ、それで。
純粋意識には小さい・大きい。
位置・境界。そういったものが本当にあるのか、という問いですね。それらを成立させているのは、あくまでも想念や概念です。

>エゴから純粋意識へのシフトのような明確な違いがあるのでしょうか?

→明確な違いや変化が起きる場合もあります。
ただし、少しずつ気づいたらそうなっていた、ということも多い。いずれにせよ、それも馴染んでくると、「普通にそうだよね」という当たり前感になります。
そして、「分からなくて探求していた記憶」
そのものが、だんだん薄くなっていく。
だって、真のあなたは一度も動いたことも、
探求したことすらないんですから。

>個人的には、なんかゴチャゴチャ言われてるみたいだけど分ける必要あんの?と勝手に思ってスッキリしています。笑

→純粋意識から全体意識へと開かれていく過程は、真理探求では重要なポイントです。

ただ、無理に分けなくても自然と深まります。
あとから「ああ、なるほど。これが言いたかったのか」と腑に落ちる。

多くの教えでも三位一体の流れがありますが、
分かれているようで一体。
なので、あなたの言わんとする感覚もよく分かります。笑

602幸せな名無しさん:2025/12/15(月) 01:11:24 ID:FyuEY5HQ0
具体的な実践としては、この板だとやっぱり自己観察スレで書かれていることが真理探究になるのかな?
あと自愛や完璧認定もそんな感じがする

603幸せな名無しさん:2025/12/15(月) 05:02:17 ID:bnE96sE60
もう知識は既にいろんなとこに書いてある

604幸せな名無しさん:2025/12/15(月) 05:35:26 ID:pUwE53VA0
確かに知識は、様々なところに書かれているが、りょうせいさんの解釈は参考になる

605幸せな名無しさん:2025/12/15(月) 08:02:26 ID:f9d1QJ9E0
これね、探求という形を取らずに実践していた時と全然違う。
自動的に課題が投げ込まれて途中で向き合うのを放棄しようとすると
駄目だよって引き戻される。
一つ向き合いの課題が出たら向き合って浄化するまで浄化の風呂場から出られない。
探求という形を取らずに自愛していた時と全然違う。

606幸せな名無しさん:2025/12/15(月) 08:08:39 ID:f9d1QJ9E0
あ、課題と言っても自分の場合は内面の課題です。
まだ向き合っていない癒されていない部分の掘り出しをさせられる感じ。

607幸せな名無しさん:2025/12/15(月) 08:30:29 ID:f9d1QJ9E0
最初に大きな私ちゃんが個の私に激甘だったのは信頼関係を築く為だったのではないかと思った。
探求を進めていく為の準備運動みたいな。気持ちが折れてしまわないように。
じわじわと指導が厳しくなってきてる。じわじわと。
探求の流れが起きていない人は無理はしない方が良いと思いました。
正直、けっこう苦しい。でも痛気持ちいい。笑

608り改め りょうせい:2025/12/15(月) 11:56:02 ID:PAYSkAa60
>>587
これについては、正直に言うと
真理実現者によって本当に様々です。

ただ、この問いがややこしくなる理由は1つしかなくて、「願望が1種類しかない」と思われていることだということです。

真理探求がある程度進んでくると、
自然と「気づきの力」や「識別(しきべつ)の力」が育ってきます。識別って難しい話じゃなくて、真の私と、偽の私を見分ける力、それだけです。

これはあくまで私の見解だけど、なぜ願望実現や潜在意識の分野に、真理探求の話やメソッドが混ざってきたのか。
また、一見まったく別物に見えるこの二つに、
なぜ共通点が多いのか。
ここ、みなさんも興味あるところだと思います。笑

その理由は、この「識別」と「全体性の視点」にあると思っています。

で、この視点から見ると、
願望って最初から2種類あることが分かってきます。それは、

・真の私からの願望
・偽の私からの願望

ここをごちゃ混ぜにするから、
「叶うのか?叶わないのか?」という問いが迷子になる。迷走する。

たとえば、分かりやすい例として
誰もが知ってる、イエスや仏陀を挙げてみます。

イエスの真の願望は「救済」でしたよね。
個の視点、世俗的な目で見れば、
どう考えても大不幸な人生です。

でも、彼の願望はどうでしょう。
今もなお、聖書は世界中で読まれ続けています。

仏陀も同じです。
楽で快適な人生とは、とても言えない。
それでも、彼の願望通り、仏教は今も残り続けています。

ここから見えてくるのは、
真の願望は、必ずしも楽で幸せな形で現れるとは限らないということです。

ただし、真の願望にははっきりした特徴があります。

・どうしようもなく、やらずにはいられない
・やらない方が、むしろ苦しい
・その方向へ動き出した瞬間から、
 少しずつ、世界や全体性の流れと自然に噛み合い始める

これはなぜか?
なぜなら、真の私は、個であると同時に、全体性でもあるから。つまり、その願望は「個の願い」であると同時に、「世界の願望」でもあるということです。

だから、やらないという選択は、自分を誤魔化すことになってしまう。
すると、内側だけでなく、世界の流れそのものが噛み合わなくなり、出来事を通して、同じところを何度も突かれる。それが、苦しさとして現れる。

一方で、偽の私からの願望はどうかというと、
一時的には楽だし、満たされた感じもします。
でも、必ずどこかに虚しさが残る。
なぜなら、偽の私は、どれだけ満たしても本当には存在していないからです。

この意味で言えば、真理実現者は「願望が成立しない立場」とも言えます。

そこには、行為者としての私も、思考としての私も、意図としての私もいない。
ただ、世界の流れが起きているだけです。

そしてこの世界という動きの領域は、
幸せと不幸が入れ替わり続ける場です。
永遠の至福が、出来事として固定されることは決してありません。

だからこそ、私個人としておすすめするのは、
(真理探求という概念すら知らない一般の知人や友人に対してアドバイスするなら)

願望実現に取り組むなら、
・魂の願望
・魂の義務
・魂の天命

呼び方は何でもいいけど、
偽の声じゃなく、本当の私からの声に耳を傾けること。そして、個としての人生を「真の願望に取り組む場」として生きることをおすすめしてます。

真理探求も同じで、どうしようもなくスイッチが入るなら起きるし、入らないなら、無理にやる必要はないです。

そして、真の願望に沿って生きているなら、
もちろん時にしんどいかもしれない、けど、
叶うか叶わないか以前に、その過程そのものに、説明できない魂的な満足感が伴う。
私は、それで十分だと思っています。

609幸せな名無しさん:2025/12/15(月) 15:22:45 ID:lJvh71.E0
じゃあ、私、夢を追いかけていいんですか。

夢を叶えて大勢を楽しませたい、そのための準備や作品作りが楽しくて楽しくて仕方がない。

願望実現がしたいだけだったのに、だんだん疑問ばかりが増えていく。

「そもそも私の夢は全体からの恩恵?」
「個の偽の願望は、じゃあ叶っても虚しいの?」
「今はものすごく楽しいし作品作りが生き甲斐なのに、この楽しさはエゴ視点でしかないの?」

……いや、書いてて思いました。

結局エゴが「早く叶えたい」って叫んでるだけですね。

早く叶えて楽しく生きたくてもっともっと私も大切な人も幸せにできるよう金やらなんやら全部ほしい。
でも自愛の心地よさや真理の「全体=個」の探求も苦しいのに何故か惹かれてこのスレをずーっと毎日読み返してる。

これでいいのかな。
もうなんかわからなくなってきた。とりあえず夢のためにひたすら作るしかない、楽しいし。現実が苦しい。

610幸せな名無しさん:2025/12/15(月) 16:22:49 ID:f9d1QJ9E0
横ですが、作品作りが楽しいって一番大切な事だと思いますよ。
>今はものすごく楽しいし作品作りが生き甲斐
↑これ多分どこか準備が整った段階で一気に叶う方へ動くんじゃないかなと思いました。
作り手が楽しみながら制作した作品って心にすごく伝わります。

私も楽しく描きたかったなぁ、まだ線一本引く事すら出来ないので
心から楽しみながら作品作りをされている方には夢をかなえて欲しいなって思います。

611幸せな名無しさん:2025/12/15(月) 16:26:18 ID:f9d1QJ9E0
あれ、書き込み時間がおかしい。時空を超えた?笑

612り改め りょうせい:2025/12/15(月) 17:10:23 ID:e.WCek.M0
>>609(2回にわけます)
>じゃあ、私、夢を追いかけていいんですか。

→もちろん、いいんですよ。
というか、今すでに追いかけ始めてますよね。
その時点で、答えはもう出てます。笑

>夢を叶えて大勢を楽しませたい、そのための準備や作品作りが楽しくて楽しくて仕方がない。

→ぜひ、そのまま夢を追いかけてください。
大勢を楽しませたい、作品を作るのが楽しい。
それ自体が、すでに一つの「流れ」です。
ただ、ここで一つだけ静かに見てみてほしいことがあります。

その夢は、本当にあなたが「選んだ」ものでしょうか。その魅力を感じたこと、楽しいと感じたこと、それを人生でやろうと思ったこと。
それらを、あなたは完全にコントロールできましたか。
たとえば、渋谷で1000人に「あなたの夢は?」と聞いたら、1000通りの答えが返ってくるでしょう。なぜ、その中であなたには「それ」が魅力として立ち上がり、「それ」をやりたいと感じ、「それ」を良いものだと認識したのか。

ここは、個のあなた一人で決めたというより、
世界全体の流れの中で、あなたという個がそう動いている。そう捉える方が自然ですね。

そして、ここが一つ目のポイントなんだけど、
楽しいという感覚は、真の願望か偽の願望かの判定材料じゃないです。
楽しい/しんどい それは、ただの生命の流れです。
じゃあ何がエゴ的かというと、楽しいかどうかではなく、そこに「握り」があるかどうかです。

握りっていうのは、「早く・確実に・認められたい・失敗したくない・これがないと終わる」
みたいな締め付けです。楽しいのに苦しいのは、夢が偽物だからじゃなくて、夢を「安心の条件」にしてしまっているから苦しいんです。

>願望実現がしたいだけだったのに、だんだん疑問ばかりが増えていく。

→それも、自然なことです。疑問が増えるのは、間違った方向に進んでいるからではなく、視点が一段広がり始めているサインでもあります。ただし、ここには落とし穴も。
疑問が増えた人は、答えを増やして解決しようとしがちです。でも本当は逆で、疑問が増えたなら、握り・同一化を減らすタイミングです。

>「そもそも私の夢は全体からの恩恵?」

→全体とあなたは、切り離せません。
もともと、個の動きは、常に全体と連動しています。だからこれは個の夢か、全体の夢かと思考で判断して分けきろうとすると、かえって迷子になりやすくなります。

613り改め りょうせい:2025/12/15(月) 17:11:01 ID:e.WCek.M0
>>610
ここが二つ目のポイントです。全体って、「これは全体の意志ですか?」って判断できるものじゃないんです。全体は、考えて選ぶものじゃなく、気づいたら始まってるものです。つまり、作りたいが起きてるならそれがもう全体の現れです。

>「個の偽の願望は、じゃあ叶っても虚しいの?」

→ここは、少し整理しましょう。
叶って虚しいのは、願望が偽物だからというより、叶った結果で「私を完成させよう」とする時に、虚しさが出ます。

偽の願望って、内容の下品さじゃない。握りの強さです。逆に言うと、願望がどれだけ俗っぽく見えてもそれが誰かの苦を減らし、あなたの心を育て作品が世界に届くならそれはもう十分に真の流れです。

ただし、とても大事なことがあります。
真の願望も、偽の願望も、実際には「起きてしまう」

個の私たちは、真の願望100%、偽の願望0%
で生きられる存在ではありません。

だからこそ、恩寵、浄化、祈り、明け渡しという言葉が出てくるんです。
コントロールできないからです。

>「今はものすごく楽しいし作品作りが生き甲斐なのに、この楽しさはエゴ視点でしかないの?」

→楽しさは、楽しさです。
それ以上でも以下でもありません。
そして、ここが三つ目のポイント。楽しさを疑ってるのは、あなたが純粋だからです。でも、疑いの方向が少しズレてる。

楽しさは疑わなくていい。疑うべきはこの楽しさを失ったら私は終わるという恐怖の握りです。
楽しさは流れ。握りは同一化、別物です。
ぜひ、どんどん楽しんで作品をお作りください。

>……いや、書いてて思いました。
>結局エゴが「早く叶えたい」って叫んでるだけですね。

→そう感じる瞬間があるなら、
それもちゃんと見えています。笑
早く叶えたい!という声が起きている。
そして、あなたはそれに気づいている。
この時点で、もう同一化は弱まってます。
だから、ここで無理にエゴを排除しなくていい。
早く叶えたいが出てもいいんです。
大切なのは、ただ握らないってことです。

>これでいいのかな。
>もうなんかわからなくなってきた。

→分からなくなっているときは、無理に答えを出さなくていいです。今できるのは、とてもシンプルです。楽しいなら作る。しんどいなら休む。惹かれるなら探求する。離れたくなったら離れる。それだけです。

夢を追いかけることと、真理に惹かれることは、
必ずしも対立しません。むしろ、両方が同時に起きる人も多いです。

最後に、超シンプルな判定法を一つだけ置いておきます。
作ったあと、心が少しでも広がる。呼吸が自然になる。人に優しくなれる。
この方向なら、それは真の流れです。

逆に、成果が出ないと自分を罰する。
他人を呪う。息が詰まって常に比較する。
この方向に入ったら、夢が悪いんじゃなくて、
握りが強くなってるだけです。

だから夢を捨てよう、
じゃなくて、握りを捨てよう、です。笑

あなたの夢が、あなた自身と、周りの人にとってやさしい方向で育って幸福を実現していかれることを願っています。

614り改め りょうせい:2025/12/15(月) 17:14:03 ID:e.WCek.M0
613の2個目のレスは610さんではなく、
609さん宛てでした!

615り改め りょうせい:2025/12/15(月) 17:18:43 ID:e.WCek.M0
>>611
本当だ。時空超えましたね。笑

616幸せな名無しさん:2025/12/15(月) 20:05:21 ID:wnvtlxY.0
>>608
なるほどねぇ、相変わらず言語化が難しい部分を解説するのが上手い
私が昔参考にしていた悟りブロガーさんは、その欲求を「本心」と呼んでいて本心に目覚める事が悟りだと言っていた
ただ本心に目覚める事は必ずしも幸福ではない、でも自覚してしまったらもはやどうにもならない

617幸せな名無しさん:2025/12/15(月) 22:48:15 ID:f9d1QJ9E0
>>598
いつもありがとうございます。とうとう描かされました。探求が始まっている中で
「描けない」なんて思ったらどうなるか。本当の私に背中を蹴られて「描け」って言われました。
「向き合え、認めろ、デモデモダッテは許さない。」だそうです。
デモデモダッテが許されていたのは探求が始まっていなかったからなんだなと思いました。
まるで校則違反をチェックする先生のごとく「はい、そこ!」みたいな感じで
本心にそぐわない部分を見つけては指導が入るチェックマシーンのようです。
ある程度の枚数描かないと許してもらえないかもしれない…。
「描かないと次の課題あげない」とも言われたし。
ちょうど1年前にパソコンが壊れて以降、ソフトやペンが以前の物より使いにくいのも
描きたくなかった理由の1つかも知れないです。道具にも原因が。

本当の私として観る。心で見る。これ胸の中央に目があるようなイメージで見るようにしています、が
時々「詰まり」を感じます。詰まったら課題が来る。課題に従わないと喉がヒリヒリしてくる。
先日「目詰まり」という言葉の意味を検索した所、まるでエゴを表しているようなイメージでした。
詰まっていると心の目で見えなくなる気がします。

>「もっとインスピレーションを得たい」「何かを受け取りたい」
↑と思わなくても自動で課題が投げ込まれる形になってきました。しかも厳しい。

609さんへの返信も、すごく心に響く内容でした。横からですがありがとうございます。
とりあえず1枚描いてネット上に出してきました。温かい気持ちになったので「真の流れ」だと思います。
描く事は、思っていたほど怖くはないのかもしれません。

でもまだ喉がヒリヒリする感じがする。やっぱり1枚じゃ全然足りないのかもしれない…。

618幸せな名無しさん:2025/12/15(月) 23:14:17 ID:wnvtlxY.0
あっ616は横からの感想です。616≠587これ書かないとわからないですね

619幸せな名無しさん:2025/12/16(火) 00:08:24 ID:Xgy3hhGI0
617追記 自分で書いてて気付いたけど、怖かったんだ…。
これ完全に無自覚でした。怖くて動けなくなってたみたいです。
この気付きで今回の課題クリアとなるか…?

620り改め りょうせい:2025/12/16(火) 08:56:06 ID:4eiE2/zc0
>>616
ありがとうございます。笑
「本心」
その表現も、まさに同じで、つまりそういうことですね。エゴというのは、突き詰めると
自分を守るための防衛システムです。
もう少し具体的に言うと、エゴは「すでに知っていること(知っていると思っていること)」に囲まれていたい。
私は分かっている、私は把握している、という安全圏が欲しいんですね。

そのために、無意識のうちに
・未知
・やったらどうなるか分からないこと
・想像がつかないこと

こういったものを避けようとします。
そして必要とあらば、自分で自分の気持ち、本心に嘘をつく。それも、本人は気づかない形で。

これが進んでくると、個は
「あれ?自分の気持ちが分からない」という状態になります。感覚としては「グワァー」とか「モヤモヤー」とか何かは確実にある。
でも、言語化できない。
どの方向に進めばいいのか分からない。
結果として、動けなくなってしまう。

だから、すごくシンプルに言えば、

真の私の願望、本心、本音、そして、悟りとか覚醒と呼ばれるものも含めて、
結局は「本心(本当のこと)から目を背けなくなる」という、ただそれだけのことなんだと思います。願望実現にしても、真理実現にしても、
本当の自分が、個の自分を救おうとする
偉大な自己愛のラブストーリーなんですよね。
なので、少しずつ
・自分の本当の欲求
・本当の衝動
・ずっと見ないふりをしてきた声
こういったものに、気づいてしまう。気づかされていく。そして一度気づいてしまうと、もう「なかったこと」にはできない。笑

あなたが言うように、
>「ただ本心に目覚める事は必ずしも幸福ではない、でも自覚してしまったらもはやどうにもならない」

という点ですが、これは前提として、また「恩寵」の話に戻るのですが、恩寵は、個が予想できるような形の幸せのために働いているわけではありません。

恩寵は、意識としての立場の「本当の私」に還るために、二元世界のあらゆる現象を使って働きます。最終的にはそれが、一番の自己愛であり、個にとっても最大の幸福実現であり、
苦の消滅、つまり救済になるからです。
そのため、二元の光も闇も快も不快も成功も失敗もすべてが必要な過程、必要なレッスンの素材として使われます。

そして、個として二元世界を長く、深く体験すればするほど、たくさんの立場、感情、物語を経験することになる。
すると最終的に、
「あれ?立場や個性は違うけど、みんな同じじゃないか」という理解に近づいていきます。
姿・形・動き方・性質・気質はバラバラに見えても、結局みんな、

・幸福を求め
・苦を避けようとし
・できれば永遠に存在し続けたい
・この世界の物語を味わいたい
・なんだかんだで意識を愛しているw

これを、何度も何度も、手を替え品を替え、形を変えてやっているだけなんですね。
だから、本心に生きるということは、
二元の光と闇をより高い濃度で味わうということでもあります。
恋愛に例えると分かりやすいです。

「この世界で、この人しかいない」
と心底惹かれる相手と恋愛するのか。

それとも「嫌いじゃないし、まあいいか」
という相手と、ほどほどに付き合うのか。

どちらが正しい、という話ではありません。
ただ、体験の濃度がまったく違う。
前者は、喜びも深いけれど、同時に苦しさや試練も大きい。
だから、本心で生きている人は、側から見ると
「なんか、″生きてる″なあ」
「なんか人生が濃いなあ」と映ることが多い。

でも本人は当然、その分、揺さぶられる回数も多い。
一方で、本心から少し距離を取り、ほどほどに生きる。ほどほどに体験する。
これも、別に間違いではありません。気質や好みの違いもあるし、運命の違いもあります。

私も、普通に生きている人に「本心で生きろ!」とは言いません。
これやろうかどうか悩んでいる、と聞かれたら、
「後悔しないように、本当にやりたいことやりなー」と言うだけです。
何より、最終的にはすべては、
起こるか、起こらないか、それだけなので。笑
そんな感じですかね。

621り改め りょうせい:2025/12/16(火) 08:58:16 ID:4eiE2/zc0
>>617
おめでとうございます。それは、偉大なステップですね。

以下の話はあくまで私のおすすめなので、参考程度に聞き流してください。

まず、真理探求にせよ、願望実現にせよ、
あるいは個を整えること、恩寵や浄化を体験的に深めていくことにせよ、なんであれ共通して言えることがあります。

一歩でも進んだら。たとえ、なんてことない一歩でも、そこに流れが起こり、変化が起こり、
少しでも良い方向に動いたなら、必ず、多めに喜んであげてください。やや大袈裟でも構いません。

そして、個の私を褒めてあげてください。
必要であれば、自分にご褒美をあげてもいい。

(※もちろんこれは、人の前で「私すごいでしょ、偉いでしょ、ドヤ!」と表現することではありません。あくまでも、自分の中での話です。笑)

なぜ、これが大切なのか。

あなたはアニメや映画が好きだから、きっと分かると思いますが、
どんな物語でも、主人公にとって重要な展開が進んだあとには、必ず一時的に、ゆるーいシーンが入りますよね。ジャンプ系の作品でも、
冒険ものでも、恋愛ものでも、
ずっと連続して挑戦ばかりが続くことはありません。必ず、箸休めのような場面が挟まります。

もしこれがなく、ずっとハラハラドキドキが続いたら、なにより視聴者のほうが疲れてしまいます。

ところがエゴというのは、なぜかこういうタイミングになると、

「いや、1ミリしか進んでないし、喜ぶなんておかしい。大きな変化なら喜ぶけど」

とか、

「自分のことを褒める?たった1ミリなのに?こんなの普通じゃん。それに私は、エゴを調子に乗らせないように自分を厳しく見張り、なにより謙虚さを忘れたくない」

など、さまざまな理由を並べて、
決して自分を褒めない方向へ持っていきます。笑

その結果、「あー、やっぱダメだった。だよね」と、あとから撤退しやすい状態をあらかじめ作っておくわけです。笑

だって、そこで自分を褒めたり、多めに喜んでしまったら、いざ撤退しようとしたときに
強い矛盾や後悔を感じてしまうし、後ろ髪を引かれて、撤退しづらくなるからです。笑

さて、この話はここまでにして。

あなたは最近、いろいろな気づきも起きているようで、なによりだと思います。
これからも慌てず、ときどき休みながら、
ゆっくり腰を据えて、起きてくることを信頼しつつ、流れていってくださいね。

622幸せな名無しさん:2025/12/16(火) 21:53:25 ID:J0Q6gClc0
我々は神のど、れいなのか?

623幸せな名無しさん:2025/12/16(火) 22:09:30 ID:cY5i0bR60
私は生きてていいのか!?ずっとその事を考えている!!!乱文失礼!

624幸せな名無しさん:2025/12/17(水) 00:52:46 ID:iH3zCifY0
609です。

ご返答ありがとうございます。
夢を叶えることが「安心の条件」になっていたと、ハッと一旦空を見ました。

散々にエゴに振り回されないようしてきたつもりが、必死に作業をしていくうちに「これが失敗したらどうしよう」と不安にとりつかれていました。

夢をやろうと決めたのも確かに「私の意思でコントロールし、そうなったモノ」ではありません。
昔は夢なんて最初から潰して見て見ぬフリして、けれど結局は夢を叶える作業をしている間だけが唯一安心できる時間でした。

よく考えれば、夢を見て見ぬフリして、本心を押し殺して生きてきた時期に学んだことは、全て私が作る作品に直結する知識です。

そういえばある願望実現を叶えたとき、ついでのようにあまり働かなくてもよくなりました。

夢を叶えるための作業時間が大幅に増え。
夢を叶えるための環境、知識が整っている。

夢を叶えることを「安心する材料」にして不安が発生したけれど、結局はその夢(個の願望)のための「安心できる世界」が少しずつ作られている。

これが恩恵? 不安でもなにがあっても大丈夫、これが世界の流れというヤツ??


りょうせいさんの『作ったあと、心が少しでも広がる。呼吸が自然になる。人に優しくなれる』かどうか。

これの答えはあります。
作った後は心は達成感に包まれます。おそらく心が広がる、という言葉が私には達成感に感じます。呼吸は落ち着きますし「あ〜楽しい!」としばらく放心状態になります。

「じゃあ次はこれやろう」
「じゃあ次はこういうのやろう」

アイデアがずっと止まりません。というより、運転中でもいつでも考えていしまいます(もちろん安全には気を付けながら)。



『逆に、成果が出ないと自分を罰する。
他人を呪う。息が詰まって常に比較する』

ここは正直あります。
ふとした時に度々発生します。

「成果を出さないと」
「早く金銭的に何か得ないと」

きっと多くの人間が私のような焦りを抱いて願望へ手を伸ばすのでしょう。


ではどうするのか?
りょうせいさんA.「握りを手放す」

この簡潔で率直な答えに「それだ!!」となりました。
本当にありがとうございます。

ここは私の解釈ですが。
握りを手放すというのは、たぶん、ここで散々話されている「全の私」に「んじゃ適当(※本来の意味)によろしく!」することなのではと。
結局は夢を抱いた理由も現実も結果もコントロールできないのだから、お任せするしかないのではと。

ここが一番難しいですね!!
でもきっとこのままエゴを見て、観察して、自愛して、日常生活を楽しんでいればそのうち握った拳の力を離せるのでしょう。それすらも「適当(本来の意味)にお任せ」なのでしょう。

……合ってるのか?

いや、たぶん、今の私のこの「答えを求める」これこそが今の課題なのかもしれない。
一旦俯瞰して見て、同一化をゆっくり解除していくのが課題なのかもしれない。

625幸せな名無しさん:2025/12/17(水) 03:33:49 ID:WRAfOE1Y0
>>621
ありがとうございます!おすすめのアドバイスも頂けて嬉しいです。
たった1ミリ等のセリフ、私の脳内エゴちゃんがよく言いがちです。笑
脳内思考回路がバレてしまっている…。笑

>あとから撤退しやすい状態をあらかじめ作っておくわけです。
↑そんな理由が隠れていたんですね!
最初からダメを想定していたら、そりゃあダメになりますよね、確かに。笑

>一歩でも進んだら。たとえ、なんてことない一歩でも、そこに流れが起こり、変化が起こり、
>少しでも良い方向に動いたなら、必ず、多めに喜んであげてください。やや大袈裟でも構いません。
↑これはとても大切な事かもしれないと思いました。一歩でも進めば全く変化がないと言う事は
無いですもんね。変化が無いと言っているのはエゴであり真実ではない。
素直に喜んでいきたいなって思いました。
ゆるーいシーン良いですね、日常回ギャグ回好きです。笑

そういえば、数日前に見つけたインチャが統合出来ないの何でだろう、と思っていたら
実はこれは自分のある部分についての根底を覆す大事件だったんですよね。
「恋愛?何それ美味しいの?やっぱり分からない。誰かを好きになるなんて私には無理。」
ずっとそう思い込んでいたこれが嘘だったって暴かれちゃったんですよね。
この噓を信じたまま生きていても特に問題は生じていなかったはずなのに。(←それも嘘の可能性…)
しかし、どうしてそうなってしまったか、には複数色々なものが絡まっている気がするので
そこはやっぱり解きほぐして行きたいなと思いました。
タイミングが来たらまた恩寵の風呂場へ連行される…。笑

そして恩寵からの新しい課題は、その辺の部分に絡んだもので
「さて、あの時の私は本当はどんな気持ちだったでしょうか?涙が出たら正解です。」
こんなテストをされました。とりあえず1問は正解したけど、きついですね〜。笑

どう考えても時効な事で心をえぐられちゃうのが探求なのかっ!?とも思ったりしますが
古傷もきれいに治していかなきゃですよねぇ…。泣き笑い。

蓋をしたままでも問題ないならそれでも良いはずなのに
自分はやっぱりキレイに浄化される事を望んでいるんだろうなと思いました。
探求の流れも必然で起きたのだと思います。
いつもアドバイス下さり、ありがとうございます。

それにしても以前メソッドとして行っていたはずの、心と会話する方法を使って
恩寵から厳しい指導を次々と受ける事になるとは想定外でした。笑
しかし出題がハイペースだ…。

626幸せな名無しさん:2025/12/17(水) 03:46:37 ID:WFnzNBE20
仕事したくない
専業主婦になりたい
これを思い続けてても叶ってない
どうしたら叶う?

627幸せな名無しさん:2025/12/17(水) 08:45:50 ID:Xgy3hhGI0
625です追記 この浄化作業は一体何の為?と思いながら寝たら答えが来ました。
潜在意識の実践を始めて以降、日常生活で物事のタイミングが良くなったり
小さな幸運が良く起きるようになりました。でも何かがスッキリしない。
ずっと心にもやがかかった感じ。体は生きてるけど心が死んでるみたいな感じ。
何がしたいのか、何が好きなのか、今買ってきたグッズは本当に欲しかったのか、
今見ている作品は本当に好きなのか。そしてそんな状態になっている事さえ気づかないふり。
自分で自分に嘘をついているんじゃないかな?とは思っていたけど
想像を超えるかなりの嘘つきさんかも知れないです。探求を進めることで奥にある物も全部
洗い出しされていく気がしました。むしろどんどん洗ってくれって感じです。
日常の方にも少しだけ不穏な動きが出てきたようなそうでもないような。
恩寵を信じて進みます。

628幸せな名無しさん:2025/12/17(水) 08:50:54 ID:Xgy3hhGI0
このスレだけ時々時空が狂うのね?みんなタイムトラベラーなのね??笑

629幸せな名無しさん:2025/12/17(水) 12:19:03 ID:jgBhM9Sg0
>>593
返信ありがとうございます。
潜在意識の知識がマーフィー由来というのは私もです!笑

>分離的な思考に入ると、何年も構造分析に没頭することもできます。
>でも、アプローチやメソッドを頭で分析するより、シンプルなことを淡々と続ける。
>もしくは、メソッドもつらいなら、「ただ在る」「存在にとどまる」
>これを深めたほうが、許しや自己愛も含めて、体感的な理解は早まります。
>あるいは、明け渡し、手放し、すべてを「真の主体」に還していく。
>これも、想念との同一化を想念が放出される以前の静寂へと戻す行為です。

「想念が放出される以前の静寂へと戻る」のに、私の場合は身体への働きかけが合っていたようです。
働きかけといってもそれで何かをコントロールして得よう!というより、作為をやめるための作為みたいな感じです(伝わるでしょうか…)
この界隈でよく耳にしていて???だった「ただ在る」も、マインドがざわつき始めたときにそのパワーや素晴らしさを実感しました。

りょうせいさんに「私は小さい頃こうでああで、今こういう状態で…(だからどうにかしなきゃ)」って話してきましたけど、
今は、私という一人の人間を見つめすぎて考えすぎて没頭しすぎた結果、同化してしまったように感じます。
本当の私はそのストーリーを生み出している大元のような存在であるという感覚になりました。
大元のほうが自分であることを忘れ、一人、世界に対峙してジタバタ頑張っていたような。

うーん、言語化が難しいです笑。伝わってくれたらうれしいです。

630り改め りょうせい:2025/12/17(水) 16:51:30 ID:sRniCWyo0
>>622

>我々は神のどれいなのか?

→これは、文脈によります。
たとえば、「個としての私」という立場から
「神とは何か?」と問うなら、私の答えはこうなります。
一なる神は、真のあなたです。
多数の神は、あらゆるすべてです。

個のあなたが、
一なる神を愛すならば、その神は、非常に愛に満ちたイメージとして現れるでしょう。

一なる神を憎み、恐れれば、その神は、非常に恐ろしく、畏怖に満ちたイメージとして現れるでしょう。

同じことが、多数の神にも言えます。
多数の神とは、あらゆる存在、あらゆる出来事、あらゆる現象そのものです。

それらを愛すなら、世界は鏡のように、
愛に満ちたイメージとして、個のあなたに映ります。
それらを憎み、恐れれば、世界はその通りのイメージとして、個のあなたに映るでしょう。
(要するに、朱に交われば赤くなるというわけですね。)

つまり、意識である真のあなたが、最適に、完璧なダンス(運動)を踊っている。
個のあなたのリアクション、感想、思考、疑問、行為。それらすべてが、神の表現です。

そして、その神の表現の流れの中で、あなたの内に「個の私は神のどれいなのか?」
という問いが、自然に立ち上がった。わき起こった。ただそれだけのことです。

また、「どれい」という表現自体が必ずしも悪いとは限りません。

もし主人が不完全で、無慈悲で、気まぐれなら、「どれい」は不幸でしょう。
しかし、もし主人が最適で、完璧で、全知全能で、しかも慈悲深い存在だとしたら、それはもはや、私たちが想像する「どれい」とは
まったく別の感覚や表現になるかもしれません。

では、「え?じゃあ、シンプルに神を愛したほうが得じゃないか?」
あなたが、素直にこのように思ったとしましょう。

さて、そうだとしても、
それを、「個が継続的に信念として思い続けられるかどうか」これさえコントロールできません。

そのため、それもまた、起きるときは起きるし、起きないときは、この話は最適に、
記憶から忘れ去られるでしょう。笑

つまり、何を聞いても知っても、それを受け入れるか、拒否するか、それを実際的に活かすかどうかさえ。起こるか、起こらないか。
究極的にはそれだけです。

※「愛/恐れ」だと、どうも抽象的でイメージしづらい方は、愛=善きもの 恐れ=悪しきもので構いません。
あなたにとって、しっくりくるイメージに置き換えてください。

631り改め りょうせい:2025/12/17(水) 16:54:58 ID:sRniCWyo0
>>623
>私は生きてていいのか!?ずっとその事を考えている!!!乱文失礼!

→ もちろん、YESです!
なぜなら、あなたはすでに「事実として」生きているからです。

それ自体が、意識である、本当のあなたから出ている答えです。
「生きていいのか?」
と問えていることそのものが、
すでに生きている証であり、否定ではなく、確認が起きている状態です。
だから、許可を出す必要すらありません。生きている。それが、もう答えです。

632り改め りょうせい:2025/12/17(水) 18:09:13 ID:sRniCWyo0
>>624
>昔は夢なんて最初から潰して見て見ぬフリしていた。

→振り返ってみると、その「見て見ぬフリ」をしていた期間も、実はとても重要でしたね。
これは後からでないと分からない、結果論としての理解ですね。

>けれど結局は夢を叶える作業をしている間だけが唯一安心できる時間でした。

→その時間が唯一安心できたのは、あなたにとって、その瞬間「内側の本当のあなた」と繋がれていたからです。
これは、純粋意識にとどまるアプローチと本質的に同じです。何度も何度もそこに会いに行くことで、だんだん「戻る」ことが自然になっていきます。ぜひその作業を大切にしてください。

>よく考えれば、夢を見て見ぬフリして、本心を押し殺して生きてきた時期に学んだことは、全て私が作る作品に直結する知識です。

→その通りです。過去・現在・未来という枠を超えて、それらは最適なタイミングで使われていきます。つまり、全体としては「うまくできている」ということですね。

>そういえばある願望実現を叶えたとき、ついでのようにあまり働かなくてもよくなりました〜これが恩恵? 不安でもなにがあっても大丈夫、これが世界の流れというヤツ??

→そうです。恐れは、やがて疑いに変わり、
疑いは半信半疑に変わり、少しずつ「信頼する力」が回復していきます。その信頼は自己信頼へ、そして最終的には、世界そのものへの信頼へと広がっていきます。

>『作ったあと、心が少しでも広がる。呼吸が自然になる。人に優しくなれる』かどうか〜
>きっと多くの人間が私のような焦りを抱いて願望へ手を伸ばすのでしょう。

→ここで、これだけは覚えていってください。
意識が生み出すこの世界は、時空の制約を受けています。だから、プロセスは必ず「ゆっくり」「のろのろと」進みます。ただし、それは止まっているのではありません。
土の中で芽が育つように、水面下では確実に進んでいます。あるタイミングで、アスファルトを突き破る。それが「飛躍」です。飛躍の前は、必ず地味なプロセスが続きます。
急がば回れ、ローマは一日にして成らず、ですね。同じことを繰り返しているように見えても、螺旋階段のように、ちゃんと上へ進んでいます。

そして、個のあなたが静かに平和へ戻っていくための、とてもシンプルな方法があります。
もし覚えていたら参考にしてみてくださいね。
それはこれです↓

・夢を叶えて、大勢を楽しませたいと願っている世界中の人
・その夢のために、今まさに準備を続けている人
・作品を作ることが楽しくて、楽しくて仕方がない人
・そしてすでにそれを形にし、必要な分のお金を受け取り、周りの人や環境にも自然と幸せを循環させている人

こうした人たちを、ひとまとめに思い浮かべてください。そして「この人たちが、みんな幸せでありますように」と、定期的に祈ってみてください。力を入れる必要はありません。
感情を盛り上げる必要もありません。
淡々と、静かで良し。そのあとは、普段どおり、あなたがやるべき作業を、ただ淡々と続けてください。祈りは「操作」ではありません。
未来をコントロールするための道具でもありません。
それは、世界(人生)に向けて蒔く種のようなものです。芽が出るタイミングも、どんな形で返ってくるかも、個のあなたが決める必要はありません。ただ確実なのは、その祈りの種は、巡り巡って、必ずあなた自身の平和として戻ってくる、ということです。

>握りを手放すというのは、たぶん、ここで散々話されている「全の私」に「んじゃ適当(※本来の意味)によろしく!」することなのではと。結局は夢を抱いた理由も現実も結果もコントロールできないのだから、お任せするしかないのではと。

→ポイントは、実は最初からそうなっている、ということです。コントロールできているか、できていないか。そのどちらであっても、すべては全自動で進んでいます。

機会があれば、夜眠る前に、朝からその日一日がどう流れてきたかを振り返ってみてください。ドミノが倒れていくのを後から眺めるように。最初の一枚が倒れた瞬間から、次の動きはもう止めようがなかった。
自分で選んだと思っていた行動も、すでに倒れ始めていた流れの一部だったと見えてくるかもしれません。

>ここが一番難しいですね!!でもきっとこのまま〜
>一旦俯瞰して見て、同一化をゆっくり解除していくのが課題なのかもしれない。

→それらの思考や試行錯誤も、起こるなら起こる、それだけです。
あなたはA地点から電車に乗りました。
電車はB地点へ向かっています。
あなたは大きなバッグを持っています。
・バッグを荷物棚に置いて、座って景色を楽しむのもよし。
・バッグを抱えたまま、立ち続けるのもよし。
なんであれ、どれを選んでも、
電車は走り続け、必ずB地点に到着します。

あなたの夢の実現お祈りします。

633幸せな名無しさん:2025/12/18(木) 02:06:03 ID:1Fm2t3lk0
「起こる」が解ったかもしれない。
私は(627です)ある瞬間、確かに探求のスイッチが押されて、それが起こった。
引力が働いてベルトコンベアに載せられて動き出すような感じが確かにあった。
自力で探求の流れを起こそうとしていた時とは明らかに違っていた。この感じか…!

恩寵からの精神面での課題の影響で気持ちが落ちているのに
メルカリで欲しい物が売り切れてて更にどん底気分になった時に気付いた。
気持ちは落ちる所まで落ちたら、次は少しだけ上がるみたい。

以前、神社とかでお祈りする時に「みんな幸せになりますように」ってお願いしていたはずなんだけど
そういえばずっと忘れていた。みんなの中に自分も入っているんですよね。
横レスですが、気付きをありがとうございます。

634幸せな名無しさん:2025/12/18(木) 03:36:07 ID:BStvz1Mo0
りょうせいさんには、夢がありますか?
どんな夢が叶いましたか?

635幸せな名無しさん:2025/12/18(木) 08:50:08 ID:1Fm2t3lk0
起こる を言い換えると 発動する じゃないか。言葉の意味そのまま。
何で気付かなかったんだろう。何か一歩でも進めたらそこには確かに 動 があるし。
部屋が倉庫化したのも何か発動しちゃったよねコレ、とか思ってた。気付いたら巨大化してる。
あの部屋が気付きに繋がるとは予想外。片付けを発生させなきゃだけど、まあそれはそれとして…。笑
1つずつ進めていく事が大切という言葉の真意に気付けた気がした。
実は私だけが気付いていなくて、もうみんな既に知っているのかもしれない気もするけど…。笑

636幸せな名無しさん:2025/12/18(木) 09:17:42 ID:1Fm2t3lk0
世界では常にどこかで何かが、どこにでも大小さまざま発生・発動し続けている。
そういう視点で過ごしていると面白いのかもしれない。
もしかしたらそれが「ただ在る」なのかもしれない。
そしてこの気付きもすぐ忘れてしまうのかもしれない。笑

637幸せな名無しさん:2025/12/18(木) 09:38:18 ID:JJ9g2C.c0
エゴすらも神が創ったものであるからエゴに支配されることすら完璧ということですか?

638幸せな名無しさん:2025/12/18(木) 11:57:43 ID:4xdNxMQY0
世界が完璧であるならばエゴも完壁であり好きなことをすれば良いということでしょうか

639幸せな名無しさん:2025/12/18(木) 17:23:47 ID:1Fm2t3lk0
朝に気付きが起きても1日普通に過ごすとエゴ目線になってしまいますなぁ。笑
昨日完全に一度エゴが撃沈したけどもう復活してしまっている。笑

640幸せな名無しさん:2025/12/18(木) 20:03:59 ID:1Fm2t3lk0
深刻さは無いですけどね、幻術師エゴちゃんにやられてしまいましたわ…みたいな感じ。
恩寵からのお題は一時休止なのかな。今のうちに休んでおこう。笑

641幸せな名無しさん:2025/12/19(金) 02:07:30 ID:l6uaRd.s0
640追記
今ふと「エゴに惑わされていても惑わされていなくても私は私だ」と思いました。

642幸せな名無しさん:2025/12/19(金) 12:06:09 ID:l6uaRd.s0
違う方向から揺さぶりがかかった。小さな事ではあるけれども
「本質とズレた事を強いられて嫌だけど従うしかなかった」ので
エゴ着火!となる所だったけど某アニメきしめんさん回だったのでエゴが鎮火した。笑

そしてふと気付いた。対象は何でも良いんだけど
純粋に「大好き」な気持ちに浸る事がとても大切なのではないかと。
大好きは真の私からのものだと思うから。温かくて優しい気持ちになれるから。
アニメ好き・可愛いもの好きで良かった。大好きな対象いっぱいある。笑

643幸せな名無しさん:2025/12/19(金) 12:48:43 ID:l6uaRd.s0
否、そうじゃなくて、好き嫌いを超えた所に本当の平穏がある、気がする。
平穏にはそもそも好き嫌いなんて存在しない。

「魂のルフラン」の歌詞を見ていると何か掴めそうな気がするんだけれども
掴もうとすると指の間からすり抜けて行っちゃうんだよね…。
「心よ原始に戻れ」という歌も有るのかー。
エヴァ詳しくないけど地元ローカル局で再放送されてて少し気になってる。

644幸せな名無しさん:2025/12/19(金) 13:40:40 ID:l6uaRd.s0
やっぱり641で書いた「エゴに惑わされていても惑わされていなくても私は私だ」
これでいいことにする。恩寵からの課題が来ないので探求の流れは止まったかも。
考えていても答えは出ない。答えは自分じゃない所から来るから。

645り改め りょうせい:2025/12/19(金) 14:51:53 ID:1DHEjB4.0
>>629
潜在意識の知識がマーフィー由来というのは私もです!笑

→おぉー、そうでしたか。
あくまで私個人の理解というか見解ですが、
マーフィーの思想的背景には、エマソン的な新思考運動や、ユング的な無意識観、
さらにその奥には、聖書、とくに福音書的な構造が重なっているように感じています。

つまり、潜在意識や引き寄せの話の根底には、
福音書に見られる「蒔いた種が、そのまま実を結ぶ」という構造が流れている、というシンプルな理解です。

ただし、ここで言う聖典とは、
個の現世利益のために説かれたわけでも、
個を満足させるための成功法則としての聖典、という意味ではありません。

もともと福音とは、個という錯覚や眠りから目覚めるための「知らせ」という側面を強く持っていた。つまり、個という大きな誤解をほどくための福音だった、という見方もできると思っています。

心の強力な潜在的傾向や習慣は、
催眠のように個を覆い、多くの人は、無自覚なままそこに巻き込まれて生きています。
そういう意味で、聖書が今も世界で最も読まれている、というのは象徴的だな、と感じます。

>「想念が放出される以前の静寂へと戻る」のに、私の場合は身体への働きかけが合っていたようです。

→人によっては、身体へのアプローチはとても重要です。合っていると感じるなら、ぜひ続けてください。実際に効果があるでしょう。

>働きかけといってもそれで何かをコントロールして得よう!というより、作為をやめるための作為みたいな感じです(伝わるでしょうか…)この界隈でよく耳にしていて???だった「ただ在る」も、マインドがざわつき始めたときにそのパワーや素晴らしさを実感しました。

→伝わっています。とてもいい表現です。

「作為/無作為」という二元を超えるために、
まず第一に、そもそも「ただ在る」ことこそが主体だった、という事実に気づく必要があります。あなたが言うように、そのパワーや素晴らしさは、言語で説明できる類のものではありません。
静寂、サイレント。それ自体が、すでに完結している事実です。

>今は、私という一人の人間を見つめすぎて考えすぎて没頭しすぎた結果、同化してしまったように感じます。
本当の私はそのストーリーを生み出している大元のような存在であるという感覚になりました。大元のほうが自分であることを忘れ、一人、世界に対峙してジタバタ頑張っていたような。

→素晴らしい。まさに、その通りです。
大元が突然現れ、身体と、私は個であるという想念と重なりました。
入口に戻ると、まず「大元であるあなた」が、
静寂・サイレントを通して、すべての想念(物語)が強烈な催眠だったことを、静かにゆっくりと明かしていってくれます。

例えるなら、友達と一緒に寝て、朝起きたら、
その友達が寝ぼけまなこで、
さっきまで見ていた夢の内容を、
やけに真剣な口調で語り始めるようなものです。
「こんな主人公で、こんな名前で、こんな世界で、こんな人たちが現れて、こんな展開になって、それで〜」
あなたにできるのは、相手が少し冷静に静まったタイミングを見計らい、
「そうなんだ。大変だったね。でも、それは夢だよ」と伝えることです。
あなたは「そんな!!ふざけないで。人の気も知らないで!ひどい」と責められるか、
「・・あ、そうだったわ。ありがとう」と静かに感謝されるかどちらかでしょう。笑

646り改め りょうせい:2025/12/19(金) 15:08:57 ID:1DHEjB4.0
>>634
この質問ですが、仮にもしあなたに夢があって、叶えたくて仕方ないってことでしたら、
それはぜひ、叶えるために進んでくださいね。

そのうえで、少し視点を分けて答えますね。

まず、あなたが「個」として世界を見ている立場からなら、
りょうせいがいて、あなたがいて、
主体としてのあなたが質問し、
対象としてのりょうせいが答える。
そういう構図になりますよね。
それが、いわゆる二元の世界です。

その前提で物語として語るなら、
個の私(りょうせい)の人生の流れはこうでした。

真理探求が本格的に起こる前、
私はとにかく無我夢中で、
自分のやりたいことや欲望に忠実なタイプでした。マズローで言えば、承認欲求と自己実現をかなり徹底的にやったと思います。
主観的には、
「もうこれ以上はないな」
というところまで行った感覚はありました。

あるとき、まるでタイミングを見計らったように、個や人生の前提をひっくり返すような出来事が起き、そこから本格的に、真理実現だけが関心になる流れに入っていきました。(後から振り返れば、それ以前から実は探求は始まっていたことを知るのですが)
なので人生全体としては、
〇〇編 → 〇〇編 → 〇〇編と、大きくモードが切り替わってきた感覚ですね。

だから私は、真理探求のスイッチがまだ入っていない人に対しては、本格的に始める前によく考えてほしいと思っています。
特に、「個としての世界に対しての夢や、あるいは未練」が強く残っている場合は、無理にやる必要はない。これは、かなり強くそう思っています。

では、今の私に「夢はありますか?目標はありますか?」と聞かれると、正直とても答えにくいです。(沈黙で返信したいくらいです。笑)

なぜかというと、「あなたは今、どんな立場ですか?」と問われたとき、私=真のあなたの立場から見ると、
世界も、個も、意識も、対象としては認識できず、言葉や概念として成立しないからです。

たとえば、あなたも熟睡しているときに、

「どんな夢がありますか?」
「どんな記憶がありますか?」
「どんな人生でしたか?」

と聞かれても、答えがないどころか、質問自体が成立しないですよね。
ブラックホールの中で、あらゆるものが消えてしまう感覚に近い。

なので、「夢があるか/ないか」
「どんな夢が叶ったか」という問いは、
個の視点では成立しますが、

立場が変わると、夢から覚めたあとにその夢自体が消えてしまうように、問いごと溶けてしまいます。それは、主体と対象が完全に消えてしまうからです。

それを踏まえたうえで、
あえて個の視点に沿って答えるなら、
シンプルに、世界次第ですね。

個のりょうせいは、個の傾向のまま、ただ流れが起きているだけです。
真理探求というフィルターが完全に抜け落ちるだけで、動きそのものや、喜怒哀楽、好み、
生活や趣味などは、別に他の人と何か特別に違うわけではありません。
仮に違いがあるとしても、それはあくまで、もともとの個性や気質、趣味嗜好、あるいは運命の違い、というだけの話です。
(ただ、本当のことを言えば、その「個」自体は意識が見せている夢なんです)

そんな感じですね。

647り改め りょうせい:2025/12/19(金) 15:14:01 ID:1DHEjB4.0
>>637
エゴすらも神が創ったものであるなら、エゴに支配されている状態さえ、実相のレベルでは「良い/悪い」「正しい/間違い」といった評価の対象にはなりません。

その文脈で言えば、実相として存在しているのは、ただ「神」だけです。

エゴ、
創った/創られた、
支配/どれい
完璧/不完璧

これらはすべて、二元的な想念として現れている区別であって、実相そのものには存在していません。
ただしこれは、個の視点や立場で「どう生きるべきか」「何を選ぶべきか」という話とは、次元の違う視点のお話です。

648り改め りょうせい:2025/12/19(金) 15:16:45 ID:1DHEjB4.0
>>638
「好きなことをしていいかどうか?」
という質問であれば、ぜひ好きなことをしてください。

私は、「やりたいことがある」と言う知人や友人に対しては、「いいじゃん。犯罪以外なら、好きなことやるべし」と普通に勧めています。笑

ただし、ここで言っている「完璧」とは、
究極のそれそのものを、個や世界の側から指し示したときの表現です。

それそのものは、
「完璧である」とすら知りません。
なぜなら、そこには完璧を知る主体も、不完璧と区別する対象も、そもそも存在していないからです。
なので私は、「世界そのものや個が完璧である」とは言っていません。

夢の中に、最初から最後まで一切の欠けも揺れもない完璧な夢は成立しません。
夢とは、起承転結そのものだからです。
もし、ずっと完璧だけが続いていたら、
物語は成立しません。あるとしたら、それは
夢の開始前、そして夢の終わりの後にしかありません。
それにもかかわらず、その「完璧(言葉で指すしかないそれ)」があるからこそ、
夢は放出され、動き回り、展開していく。

また、夢の中でも、一時的に熟睡のような状態に入ったり、何かを達成して追い回すことが止まり、ただ存在している瞬間には、完璧に近い満たされた平和を感じることはあるでしょう。

なぜ、そのように感じられるのか。
それは、実際に完璧なそれそのものは、常に在るからです。
分厚い雲が薄くなったときに、太陽が現れたように見えるのと同じ仕組みですね。

649り改め りょうせい:2025/12/19(金) 15:19:27 ID:1DHEjB4.0
>>633
>以前、神社とかでお祈りする時に「みんな幸せになりますように」ってお願いしていたはずなんだけど

→それは素晴らしいですね。これは道徳的に立派だ、という話というより、自己愛なんです。
そして、その自己愛こそが本当のあなたの立場でもあります。

>そういえばずっと忘れていた。みんなの中に自分も入っているんですよね。

→そうです。
真の自分の中に、個のあなたも、個のみんなも入っている、ということですね。

あなたはとてもハイペースで吸収しようとする姿勢や意欲があって、それ自体は本当に素晴らしいです。ただ、その分だけ、消化の時間も必ず取ってください。ここで言う消化とは、
探求的な想念から一度離れる時間のことです。

意識的に「考えない」「追わない」時間を挟んだほうが、結果的に遠回りせずに済みます。
休み時間は、身も、心も、マインドものんびりさせてくださいね♪

650幸せな名無しさん:2025/12/20(土) 03:01:16 ID:iECPWFe60
私は恋人ができたことがないのですが、これは人生の流れとして起きてきたことなのでしょうか?

651幸せな名無しさん:2025/12/20(土) 03:27:00 ID:S1fy1ZEg0
>>649
いつもありがとうございます。一時休止かと思っていたら課題出てました。じわじわと圧を
掛けられ無力感凄くてああ私は空っぽだと思った時、ん?空っぽ?偽りの私の中身は無いって事?
と気付いて課題クリアでした。恩寵が休ませてくれないです、何故か。笑

>自己愛
皆幸せになる→皆優しい気持ちになる→私も優しい世界を生きられる
と考えると、確かに自己愛かも!と思いました。
そして絵の事をお願いした神社に描けましたとお礼に行きました。

>真の自分の中に、個のあなたも、個のみんなも入っている
これはまだよくピンと来ないです。以前はよく真の私が個の私を包んでくれていましたが
実は個の私だけを包んでいたのではなく、全てを包んでいたという感じでしょうか。

最近は包まれ感をあまり感じられないのですが、これについては
真の私と個の私は常に一緒に居るので、抱いてと言っても既に抱かれているので
これ以上抱きようがないから感触を感じないのかなと思いました。じゃあもういっその事
もっともっとぎゅーっとくっついたらどうなるか。全身全霊で真の私と抱擁を交わしたら。
そうしていたらある時ヒュッと吸い込まれそうになったんですよね。
びっくりしてイメージの中で突き放してしまった。チャンスを逃してしまったのかも。

イメージの中で個の私を自我が芽生える前の赤ちゃんにして
はいどうぞと真の私に手渡した事も有ったんですけど
その後プチ体調不良になったので手渡した赤ちゃん返してもらいました。笑

心に聞くが出来なくなってしまったなぁと思っていたら「絵を描くならネタ提供するよ」と
返答が有りました。なぁんだ通話出来るじゃないか。という事で
「探求の指導はお手柔らかにお願いします」「えーどうしよっかなー」
「もし探求を止めたいと言ったら?」「いいよ」この時心の苦しさが和らいだので
やはり探求用として精神に圧を掛けられているという事が解りました。
「やっぱり止めない」「おけ」で再び圧が掛かりました。笑

しかし個の私が違うここじゃない還りたい還りたいと言い続けているし課題は出続けるしで
もう祈ることにしました。大きな私をただ想う、ただ祈る。をしていたら
「もう両手上げて降参して私がそれでしたって認めるだけ」と返答が来て
えっそれだけ!?とその時は思ったけど後から考えるとよく解らない。
自分のバージョンが高い時と低い時があって、高い時に気付いた事って低い時には理解不能。
高い時にそれが出来たら行けるのかなぁと思ったりしています。

でも何で答えを教えたんだろう。「大きな私ちゃん、祈られると弱い?」「うん」
そうなのね!?じゃあ祈るし想うわ〜!
そして課題が止まったタイミングで休憩もしっかり入れていきたいと思います。

652幸せな名無しさん:2025/12/20(土) 10:22:39 ID:S1fy1ZEg0
真の私への祈りが、そのまま私に沁み込んで来る

653幸せな名無しさん:2025/12/20(土) 11:37:23 ID:S1fy1ZEg0
私への祈りになっちゃったみたい

654り改め りょうせい:2025/12/20(土) 13:40:31 ID:FiWzNaRE0
>>650
あなたがこれまでに恋人ができたことがないのなら、それは確かに「流れとして」起きてきました。そしてその流れは、これから変わるかもしれないし、変わらないかもしれません。
どちらも、この時点では正解でも不正解でもありません。

まず整理しましょう。
そもそも、恋人とは何でしょうか。
人生で一度だけすれ違う通行人は、恋人ではありませんね。知り合いですらありません。
けれど、その通行人を認識し、挨拶を交わし、
会話をし、時間を共有し、あなたの意識の中で相手の登場回数が増えていくと、それは知り合いになります。

さらに、会話やコミュニケーションの濃度が増し、感情が動き、関心が向き合うようになると、その関係が恋人と呼ばれるものになります。

つまり、恋人とは突然どこかから現れる存在ではなく、関係が育った結果として立ち上がるものです。
ここで、ひとつ現実的なたとえを出しますね。
あなたが職業紹介所に行き、
「仕事を探しています。まだ一度も働いたことがありません」と伝えたとしましょう。
紹介担当者は「それなら、今ご案内できるのはこの仕事ですね」と言います。

あなたが「もっと条件のいい仕事はありませんか?」と聞くと、
「それにはスキルや経験が必要です。今はこの条件になります」と、こう返される。

このとき、あなたの選択肢は二つです。
・まず、できる仕事から始めて、経験を積み、ステップアップする
・紹介は断って、自力で仕事を探す

これは、恋愛で言えば、
「付き合えれば誰でもいいのか」それとも
「自分の理想の相手じゃないと付き合いたくないのか」という選択と、ほぼ同じ構造です。

もし後者を選ぶなら、自分で相手と出会い、
関係を作り、ときに断られ、傷つきながらも挑戦を重ねる必要があります。

恋愛も、構造はほぼ同じです。
ここで、多くの人が一番しんどくなるポイントがあります。それは、どちらも選ばないまま、時間だけが過ぎていくこと。理想じゃないから動かない。でも、自力で探す覚悟も持たない。

これは、
・できる仕事を断り
・フリーで探す努力もしない
のと、まったく同じです。
何も選んでいないのに、人生だけは確実に進んでいくわけです。

恋人ができなかった理由は、あなたに価値がないからでも、魅力がないからでもありません。
ただ一つ、これだけです。選択に伴う代償を、まだ引き受けていなかった。

だからといって、いきなり「たった一人の恋人」を探す必要はありません。
まずは、
「この人と知り合いたい」
「この人と話してみたい」
そう思われる状態を、少しずつ増やしていきましょう。たとえば10人くらいに、「一緒にいてもいいな」と思ってもらえる在り方を育てる。
そのモードに入ると、恋人が生まれる可能性は自然に広がります。

そして、何より大切なのは、ここです。
まず、「自分が自分と一緒に存在していること自体に、″価値があるという感覚″を、少しずつ思い出すこと。」
自分の価値を否定するクセを、いきなり消そうとしなくていいです。ただ、少しずつ減らしていく。

あなたは、自分に価値がないから恋人ができないのではありません。
「自分には価値がない」という強烈な誤った催眠があるために、その催眠を壊しかねない出来事、つまり、恋人ができる流れそのものを、
無意識のレベルで避けているというケースが本当に多いのです。

だから、恋人と恋愛する前に、
「恋人と恋愛している日常」に向かう種を蒔く。そして同時に、「自分には価値がない」という種まきを、徐々にやめていく。

最後に、ひとつだけ大事な話をします。
「私には価値がある」
「私には価値がない」
この二つは、どちらも、まったくの幻想です。

真理そのものは不変だから、変えられません。
だけど、幻想は幻想だからこそ、変えられます。恋人ができるかどうかは、単に「起こるか・起こらないか」だけの話ではありません。

あなたは恋人が欲しい。そうですよね?

これをどれだけ真剣に望んでいるかは、
その願いのためにどれだけ「これがなくなったら困る自分」を失う(捨てる)覚悟があるかで決まります。
・孤独に慣れること
・期待しないふり
・どうせ無理という保険
・傷つかないための距離
それらを残したままの「恋人が欲しい」という願いは、願いではなく、願望の形をした安全装置です。

実際には、本当のあなたの価値は、誰にも証明できず、誰からも与えられません。
それは、ただ在ります。思い出されるか、忘れられたままか。違いは、それだけです

あなたに、必要な出会いと流れが訪れることを祈っています。

655幸せな名無しさん:2025/12/20(土) 18:01:37 ID:DkS3bHB20
>>654
私はこの質問をした者ではないですが強烈に腹が立ってしまいました。
全ては流れである、起こることは起こるけれど起こらないことは起こらないと言いながらあなたが選択するのを怖がってるから先延ばしになってるだけだってどういうことですか??
広い目で見たら全ては恩寵によって動かされている、けれど寄って見たら自分が選ぶことが出来るって事ですか?それってどういう事ですか?
エゴ(?)には一生分からないんですか?私のエゴの理解度が低いんですか?でもその理論って本当に新興宗教の教えと同じロジックじゃないですか?
あなたにはまだ分からないから意見を言う資格がないんだって言われてしまえば、もう誰も何も言えないし、だったらネットに書き込む意味も分かりません。
そもそも恋人が欲しいと思う事も、だけど人と一緒にいたくないと思う事も、人と一緒にいたくないという思いが浮かぶ過程も、全部自分で選んだことじゃないですよね?
私は少なくともそう思います。怠惰だと言われようと、潜在意識なんか調べようとする奴なんか頭おかしいことなんて分かっていても、それでも調べざるを得なかったんです。それくらい追い込まれたのはそれまでの人生で、努力して、挑戦して、選択して、苦労して、傷ついて傷ついて、もう動くのが怖くなるほど弱って追い詰められたからです。
ふわふわと風水を信じるように潜在意識の世界に迷い込んで、それで何となく願望が叶ったり真理(?)に到達するタイプもいるでしょうが、そうじゃない人だってたくさんいます。
自分には価値があるという事も価値がないと思う事も等価だというのは、まあ頭ではそうだろうと思いますが、それを納得したいが為にみんな願望を持って、それを叶えるために苦しんでるんじゃないですか?
幸も不幸も広い目で見れば同じだというのは、例えば日本で戦争が起こって徴兵されて酷い死に方をしようが、億万長者になって人に愛されて何不自由なく暮らそうが、それは一緒だって事ですか?
だとしてもそれを納得できる日なんて一生来ないと思います。

656幸せな名無しさん:2025/12/20(土) 20:29:57 ID:jqCZZtvA0
何AI回答に怒ってるの?けつあつがあがるよ。私なんてAIに高倉犬って名前つけてるからいつも高倉健になりきった犬が回答するわ。けつあつはさげろ。

657幸せな名無しさん:2025/12/20(土) 21:32:16 ID:DkS3bHB20
>>656
もうちょっと建設的な返答とか出来ない?
別に見当違いな反論してるつもりないんだけど。
怒るな、だけ?

658幸せな名無しさん:2025/12/20(土) 22:34:16 ID:yPS1/bqk0
>>655
ヨコですが、全く同感。

659幸せな名無しさん:2025/12/21(日) 01:20:31 ID:c4z8wOKk0
やっぱり回答AIかー
長いから読んでなかったけど

660幸せな名無しさん:2025/12/21(日) 06:54:13 ID:cl0SeREc0
>>654 好きな人に勇気を出して連絡したけど拒否されました。自分はやっぱり人間向いてないんだなって思いました。

661幸せな名無しさん:2025/12/21(日) 06:56:20 ID:cl0SeREc0
そもそも人間不信させたこの世界が悪いだろ。だから自分はこんな人間に生まれたわけであって

662幸せな名無しさん:2025/12/21(日) 07:19:43 ID:cl0SeREc0
aiだったのか。なんか納得した

663幸せな名無しさん:2025/12/21(日) 10:43:05 ID:EeoJbpKo0
仮にAI(生成AI?)だったとしても、りょうせいさんと何回かやりとりさせていただいて、私個人は学ぶことがあったのでよかったと思います。

ちなみに、ChatGPTとやりとりしたことがありますが、りょうせいさんとのようなやりとりほどのやりとりはできませんでした。ほとんど学ぶべきことはありませんでした。

664幸せな名無しさん:2025/12/21(日) 11:12:16 ID:LnEzloGw0
毎回凄い情報量の書き込みをして下さるので、もしかしたらAIも活用されながら
ご自身の体験等を織り交ぜてお話しして下さっているのかなとも思っていました。
りょうせいさんとレスのやり取りをさせて頂く中で探求を進めて行く事が出来ているので
本当に大感謝なのですが、それを個のりょうせいさんにお伝えしても
「恩寵ですね」とだけ返答されそうな気はしています。笑 確かに間違いなく恩寵です。

665幸せな名無しさん:2025/12/21(日) 11:38:05 ID:EeoJbpKo0
>>232 で、りょうせいさんは

>また、早く文字打つとどうしても文が乱れるので、誤字脱字チェック用のAIアプリは噛ませています(彼らはほんと、咀嚼が早い)。

と書いています。

内容、立論はご自身でされて、誤字脱字チェックだけでのAI利用ではないでしょうか。

666幸せな名無しさん:2025/12/21(日) 11:52:40 ID:Drs7VvPw0
達人さんはAIだったのさ
〜完〜

667幸せな名無しさん:2025/12/21(日) 11:58:47 ID:EeoJbpKo0
>>664
>毎回凄い情報量の書き込みをして下さるので

自分は生成AI登場前に、仕事で部下に指示出ししたり質問の受け答えをしたりしながら、書類やメールをものすごいスピードで入力し、誤りなく次から次へと仕上げていく人を見たことがあるので、その人の情報処理量に比べるとまだ少ない(失礼!)ので、素であり得るだろうと思っていました。

668幸せな名無しさん:2025/12/21(日) 12:28:07 ID:LnEzloGw0
>>667
確かに!物事の処理スピードが尋常じゃなく早いし質も高い
超人みたいな方って実際にいらっしゃいますよね。
りょうせいさんもその方々と同じなのかも知れないなと思いました。
自分の処理スピードが亀さん過ぎるので気付けませんでした。笑
ありがとうございます!

669幸せな名無しさん:2025/12/21(日) 13:01:43 ID:LnEzloGw0
りょうせいさんに質問しちゃいますです。
真の私に祈るとそれが自分の胸に届く感覚はあります。
祈りが大切なのは解りましたが、用事をこなしながら隙間時間にずっと祈っていたら
何に対して何を祈っているのかが解らなくなりました。
大きな私ちゃんに質問しても「恍惚…!」と言う返答が来て意味不明です。
この状態は一体何なのでしょうか。

670り改め りょうせい:2025/12/21(日) 15:25:46 ID:h3zprBpo0
>>660
>好きな人に勇気を出して連絡したけど拒否されました。

→それは素晴らしい勇気ですね。ナイスです。
個の私たちは、どれほど悪夢を見ようとも、
悪夢が消える瞬間、つまり、飛躍が起きると、
喉元過ぎれば熱さを忘れるように、
また、オセロでたくさんの黒が白に反転するように、

「はぁ、本当に良かったw 悪夢?なんだったっけ?」と嘘のようにトンネルから解放されます。(つまり、ほんとに嘘だったわけです。笑)なので、以前の流れはまったく関係ありません。
これからのあなたは、素晴らしい恋愛をすること、また恋人を作ることを強く望んでしまうのだとしたら、その可能性をすでに所有しているのです。

そして、その一歩の起こりが偉大なんです。
結果はどうあれ、理想の恋人とお付き合いした際、付き合いを長く継続させていく過程で、
その過去の小さな一歩の勇気は必ず活かされます。
今は、段階的に少しずつ、モヤモヤ(恋人実現は困難だという世界観)を晴らしていかれるのがいいかと思います。

>自分はやっぱり人間向いてないんだなって思いました。

→真のあなたは、人間であり、同時に想像を超えた最も偉大な存在です。これはどうかお忘れなく。

これはあくまで個のりょうせいの物語ですが、若いとき恋愛系の学びが多かったので、これまで片想い系からグレーゾーン系の恋愛wまで、恋愛系の悩みを聞く機会が多かったんですね。
男女問わずあらゆる物語にたくさん触れてきましたが、恋愛の構造。また、実現のために大切なことはほんとにシンプルです。

1.個の精神的傾向を少しずつ恋愛成功体質に整え、数多く恋愛につながる、恋愛運の流れを少しずつ上げていく。
2.できる範囲で異性にアプローチする流れの種を蒔き続ける。
3.そして、疲れたら休む。(これが重要)
時に周りの人に励ましてもらいながら勇気を燃やし続ける。笑 回復したらまた動く。
※注意ポイントは、他人の恋愛の成功に否定的になりすぎないことです。

このサイクルが、進めば進むほど、
あなたには当たり前に愛される価値がすでに備わっていることを、少しずつ思い出していかれると思います。

もちろん、ここは掲示板ですし、個の物語や気質・性質に沿った、段階的な返信には限界がありますが、大枠の構造の描写はそんな感じです。

私から起きる表現も、ほとんどが、
エゴ、心とはどう動くか?の大枠な構造描写や力学の説明なので、個のあなたの気質に合致しているかどうかはなんともいえません。

少しでも参考になるなら良いですが、真理探求のレイヤーの話とはまったく方向違いのテーマなので、こういった個人的な私の意見は聞き流し程度で構いません。笑

671り改め りょうせい:2025/12/21(日) 15:35:00 ID:h3zprBpo0
>>665
私、一気にドーンと出てくるので、
誤字脱字の校正通さないと、
ほんとに誤字脱字が多いんですよ。笑

一応質問をコピー&メモ帳にペーストして、
書いたあと、読み直しチェックはしていますが、出先や、時間ない時はAIに校正チェックさせています。
ずいぶん前に書いたレスを覚えててくれてありがとうございます。はい、ちゃんと個が書いてます。笑

672幸せな名無しさん:2025/12/21(日) 15:52:46 ID:5yFTUvT20
りょうせいさん、655さんの質問にもこたえてあげて。
ここは非常に重要な点。
結局、あなたは個人の意思や行動が必要だと考えているのか、それともそれとは関係なく、「起こることは起きるし、起きないことは起きない」と考えているのか。

673り改め りょうせい:2025/12/21(日) 15:54:34 ID:h3zprBpo0
>>669
真の祈りとは、「私は私で在る」という、
常に変わらぬ、生まれてからこれまで、
一切変わらない、真の自己として在るということです。

つまり、祈る主体・祈られる対象、これが一つに合一(合体)している状態の描写説明なんですね。

なので、あなたの日常で祈りが起こる。
それは、初めは個が″やること″かもしれない。
それでも、段々と深まっていくと、「私は私である」(もちろん、これは個の私ではなく、真の私です。)
という、意識そのものの立場が増えてくるわけです。

ポイントは、この回数が増えていくことです。
それを時間をかけて、何度も何度も起こしていくわけです。つまり、この思い出すことの頻度のアップが、「私は在る」が深まる段階です。

「私は在る」つまり、本当の私として在るという立場は、個が、「私は理解した」「私は知識を手に入れた」というレイヤーではありません。

「私は在る」から、概念や想念が流出され動き回ります。

それでも、「私は在る」は依然として「私は在る」としてあり続けています。

恍惚が起きた。それはそれで起きたこととして否定する必要はまったくありませんが、
ポイントは、恍惚が起こる以前、また、その最中、また、それ以後も、真のあなたは、真のあなたとしてただ在り続けています。

その描写は常に動き回る個や世界からしたら、
「静寂」「サイレント」「平和」(他にも様々ありますね)として描写されています。

674り改め りょうせい:2025/12/21(日) 16:53:37 ID:h3zprBpo0
>>672
お答えします。結論から言うと、両方です。
個と世界のレイヤーでは人は意思を持ち、
考え、行動し、選択して生きています。
このレイヤーでは、行動しなければ何も起きません。これは責めでも指示でもなく、単なる構造の話です

一方で、意識・全体性のレイヤーから見ると、
その選択や行動そのものも含めて、すべては流れとして起きています。どちらかが正しく、どちらかが間違いなのではありません。
視点の立場(レイヤー)が違うだけです。

このスレでは、質問の内容や温度に応じて、
どのレイヤーから答えるかが自然に変わります。
そのため、第三者から見ると表現が揺れて見えることがありますが、それは矛盾ではなく、
前提としている視点が違うだけです。

675幸せな名無しさん:2025/12/21(日) 18:51:48 ID:5B9Zuu/o0
前世の記憶があって、それをもとに、生まれてきた環境、親、自分の性質などが、「内面の投影」として現れているのでしょうか。
「生まれる前に計画を立ててきた」というようなことを、よく聞くと思うのですが、それは、意識・全体性のレイヤーから、「それぞれの個の私」に対して計画を立てた、ということでしょうか。よろしくお願い致します。

676幸せな名無しさん:2025/12/21(日) 20:03:19 ID:KeoEvVYw0
>>674
ということは、結局「個」の立場から三次元的な願望を叶えるには行動が必要ということですね。それは起きるから起きるのではなく、個の私が起こさないといけないということですね。

677幸せな名無しさん:2025/12/21(日) 20:55:46 ID:zdBUybAA0
全体=個ってことでしょ
個が頑張ろうと行動を起こすのは、全からの流れでもある

678幸せな名無しさん:2025/12/21(日) 21:25:01 ID:KeoEvVYw0
>>677
そこは否定したつもりはないです。問題は、願望実現のためには個の意思や頑張りが「必要」かどうかというかところじゃないでしょうか。

679幸せな名無しさん:2025/12/21(日) 22:30:33 ID:InwRFH3w0
>>675
りょうせいさんがどう答えるかはわかりませんが「前世」というレイヤーがあります
この世界にレイヤーは無数にあります

>>678
それは議論の余地あるかな?既にわかっているように見える

680幸せな名無しさん:2025/12/21(日) 22:55:53 ID:EeoJbpKo0
自分の感覚での話ですが

意識が個に同一化している視点、エゴ視点では世界で起こった出来事に対してエゴが解釈して決断して行動している。

意識が個に同一化していない視点、在るの視点では世界で現象が起こり、それに対して個の反応が起こっているだけに見える。

前者のように感じることが多く、後者のように感じることは数少ないですが、そんな2つの状態があります。

また、同時に2つの視点というか感じ方が併存していることもありました。

681幸せな名無しさん:2025/12/21(日) 23:45:13 ID:zu9TMgBQ0
655さんも言ってるけど、都合によって個の立場から回答したり、全体の立場から回答したり、普通の人から見たらダブルスタンダードに見えることが問題なんでしょ。
このスレは願望実現したい人向けではなく、願望から解放されたい、あるいは気にならなくしたい人向け、とりょうせいさんが明確に交通整理してくれればこのような混乱がなくなるでしょう。
この点はこれまでの達人さんもあまりはっきりとさせてこなかった論点で、引き寄せ難民が生まれる原因の一つになっていると思う。

682幸せな名無しさん:2025/12/22(月) 00:17:14 ID:ET.kjoBU0
全体の立場説明だと「そのまま」としか言いようがないよね
個の立場からすれば全部恩寵なんで、迷うなら迷う、やるならやる、これも「そのまま」だw

683幸せな名無しさん:2025/12/22(月) 01:33:35 ID:lt7L/8ZI0
>>673
真の祈りについて教えて下さり、ありがとうございます。
頭で理解しようとしても出来ないので、頂いたレスを読み返しながら
実践に活かしていきたいと思います。

前世の話題が少し出ているので、以前から疑問に思っていた事を思い切ってお聞きしてみます。
「ツインレイ」というものは本当に有りますか?
人生の中で(年齢・性別を問わず、親しい・親しくないを問わず)普通に日常の中で
相当な人数と出会ってきていると思うのですが、あそこまで強烈な懐かしさを覚えたのは
ただ1人だけなんです。疑問に思ったので友人に「絶対に初対面なのに誰かに対して
強烈な懐かしさを感じたこと有る?」と聞いたのですが「普通に昔会ったことあるんじゃないの?」と
言われただけでした。当時11歳だったので昔なんてあんまり無いし、引っ越しも有ったし
以前会ったとするならば前世か?などと思っていました。好みのタイプだからビビッと来たとかでは
絶対にないです。なので1年後位に自覚したどうしても惹かれてしまう理由も全く解りませんでした。
質問したい内容としては
・前世の記憶により初対面の誰かを懐かしく感じる事はありますか?
・ツインレイというものは本当に存在しますか?
あってもなくてもどちらでも良いのですが、もし本当にあるとしたら個人的に思うのは
ネット上にあるツイン関連の情報は商売に利用されて恋愛面が強調されて
何かちょっと違うような、やや歪んでいるような気がするなとは感じています。

684幸せな名無しさん:2025/12/22(月) 02:17:17 ID:lt7L/8ZI0
肝心な情報が抜けていました。
勉強室みたいな場所で他にも席が空いているのに真ん前に座って来たり
(机の下で時々膝が当たってしまう位の至近距離で互いに無言のまま30分ほど)
特に珍しい名前でもないのに良い名前だなと褒められたり等あったので
両片思いの可能性は有ったと思います。ものっっっすごい悪態もつかれまくりましたが。

685幸せな名無しさん:2025/12/22(月) 02:20:16 ID:JM03Ay8g0
>>674

横から失礼します。

読ませていただきながら、自分が、ある人(妻)に告白して付き合って結婚に至ったときのことを思い出しました。

振り返ってみると告白したのは、自分の意志(意思というより意志と今は表現したい)とも言えるし、同時に自動的にそれが起こったとも確かに言えます。

勇気を持って覚悟を決めて告白したとも言えるし、自分ではどうにもできない力により、同時に自然な流れにより告白したとも言えます。

個と世界のレイヤーの視点から言えば、相手と付き合うことになったら結婚することを決めて勇気をもって告白したと言えるし、意識・全体性のレイヤーの視点から見るとすべては流れとして必然みたいに起こったと言えます。

個と世界のレイヤーの視点で見て、彼女と付き合って結婚するにはどうしたらよかったかというと、勇気を持って覚悟を決めて告白しろということになり、意識・全体性のレイヤーの視点で見ると、流れに任せろ、必然に従え、みたいな感じになるのでしょうか。

個と世界のレイヤー視点と意識・全体性のレイヤー視点の行動・出来事が同時に起こったように、今思い返してみると見えます。

686幸せな名無しさん:2025/12/22(月) 03:05:15 ID:JM03Ay8g0
>>685 の続き

では、それ以前の別の異性との間でうまくいかなかったときのことを振り返ってみるとどうなのか。

個と世界のレイヤーの視点で見ると、それでは相手とうまくいかないだろうということを繰り返していたことになる。

意識・全体性のレイヤーの視点で見ると、流れに任せていなかったということになるように思います。

トータルで振り返ってみると、こうした失敗も当時の自分としては苦しんだけれど、ある一時的な体験をしたときには、成功も失敗もすべての場合を経験したうえでの自分自身の選択で完璧だったという確信が生じたことがありました。今は、その確信まではないですが、そうなのかもという程度です。

今はただ、思考停止やその他の方法を実践して脱同一化を意図したり、「私は在る」を観想したりしながら、そうしていると何らかの認識に至るかもしれないと思っていたはずなのですが、今これを書いている時点では、どうでもいい感じです。明日、目が覚めるとまた違うことになっているかもしれませんが。

687幸せな名無しさん:2025/12/22(月) 11:08:21 ID:3FFuMSfg0
全体としては勝手に起きてますが、個人の視点からしたら自分がやってるように感じるだけで、それすらも全体の起こりで例外はないんだと思います。
もし、個人の選択に自由意志があるなら、今自分が不幸なのも過去の自分の選択のせいになるので、原因を突き詰めて行ったら生まれたこと自体が間違いになるので

688幸せな名無しさん:2025/12/22(月) 14:53:04 ID:QIvyDO.I0
>>629です。返信ありがとうございます。

>もともと福音とは、個という錯覚や眠りから目覚めるための「知らせ」という側面を強く持っていた。つまり、個という大きな誤解をほどくための福音だった、という見方もできると思っています。

久しぶりにマーフィーの本を読み返したところ、エマソンの引用がいくつかありました。
福音書は読んだことがありませんが、「個という錯覚や眠りから目覚めさせる」という側面があるのが興味深いです。
ある女性が著書の中で、人間本来の姿を「無位の真人」と表現した臨済に言及し、「すべての不幸な出来事も、トラブルや問題も、起こりうるすべてのことが、私たちをこの『人間本来の姿』に気づかせるために起きているのかもしれません」と書いていたのを思い出しました。
そして私自身も今それを体感しています。苦しかった出来事はまさに恩寵だったのだと。(でもこの体感も起きただけですね)

>「作為/無作為」という二元を超えるために、まず第一に、そもそも「ただ在る」ことこそが主体だった、という事実に気づく必要があります。
>あなたにできるのは、相手が少し冷静に静まったタイミングを見計らい、「そうなんだ。大変だったね。でも、それは夢だよ」と伝えることです。

そうですね、「ただ在る」が主体。
個として今振り返ると、エゴをどうにかしたいと思う一見正当な存在もエゴだと気づけたことが大きいです。

689幸せな名無しさん:2025/12/22(月) 15:07:01 ID:foM3MR120
>>688>>645のりょうせいさん宛てです。
失礼しました。

690幸せな名無しさん:2025/12/22(月) 17:25:27 ID:Q5qTjKPM0
>>679お返事をいただきまして、ありがとうございます。

>「前世」というレイヤーがあります
この世界にレイヤーは無数にあります

無数にあるレイヤー(層・階層)の中の一つに、「前世」というものがある、ということなのですね。「個の私」からは、「前世」や「生まれる前に立てた計画」のことは、わからない状態ですが、とても興味深く、たまに気になるときがあります。ありがとうございます。

691り改め りょうせい:2025/12/22(月) 20:43:25 ID:.s/kZ7zU0
>>675
前世がある/ないというより、
これをざっくり記憶としてしまいましょう。

たとえば、過去の記憶が起きます。
また、未来の想像も起きます。

これがあるから二元の世界が成り立つわけですね。記憶がなければ、時間の概念も、物語の概念も成立しないし、あなたは誰とも共通認識としての会話も成立しないわけです。

>記憶があって、それをもとに、生まれてきた環境、親、自分の性質などが、「内面の投影」として現れているのでしょうか。

→個・心の潜在的な傾向というのはあなたの言うとおり本当に様々です。
まず初め「私」という、自我が芽生える前に、
実はあなたは意識そのものとして存在していました。ある瞬間に意識は肉体・マインドと同一化しました。


>「生まれる前に計画を立ててきた」

夢の中を思い出してください。
ある夢が始まった時点で、夢は全体でありながらも、その進行中には「主人公と/主人公以外」の分離はすでにあり、どんな内容であれ主人公の物語が進行していきます。
主人公の視点から見れば、その夢の開始時点で、その夢の過去も未来も、前提として存在する概念システムに組み込まれているわけです。

全体は全体の流れとして、意識や全体が私であったとあとから気づかれていく流れが、
全体の現れそのものとして起き続けています。
しかし、それは、誰かが意図して悟らせようとしている、という話ではありません。
ただ、夢が放出されたということ自体が、
その夢がいずれ終わる可能性を、はじめから含んでいるというだけの話です。
呼吸のように、吐いたら、いずれ、吸いこむ。
そこに計画や目的があるわけではなく、
ただ、そういう構造になっている、ということです。

はっきり言うと、多くの個は、たとえどれほど側から見て幸せそうに見えても、意識の繰り広げる夢に苦を感じています。ただ同時に、夢から覚める可能性も、構造として最初から含まれているという話です。
私は、その可能性が最初から含まれていること自体を、恩寵と呼んでいます。

前世や来世の話は、夢の中でだけ成立する概念として、「生まれる前に計画を立ててきた」というアイデアが夢の中だけで存在するという話です。

692り改め りょうせい:2025/12/22(月) 21:24:27 ID:.s/kZ7zU0
>>676
まず、願望とは何か?をあらためて見てみましょうか。
たとえば、ある人が知らない町で迷子になり駅を探しているとします。
スマホは電源切れで、地図も見られない。
なんとなく直感で、(次の角を曲がったら駅がある気がする)そう感じて、実際に角を曲がったら駅があった。

さて、ここで
「願望が叶った」「願望実現をした!」
という思考が湧き、喜びが起きたとしたら、
願望という概念と願望が実現したという概念が、あとから物語の中で信念として成立します。

一方で、
「ようやく駅を見つけた。まったく、迷子になるなんて最悪だ」という思考が湧き、怒りが起きたとしたら、災難という概念と災難が実現したという概念が、同じ出来事から成立するわけです。

これを踏まえて構造を見ると、どんな個であっても、物語は常に起き続けています。
そして、どんな個であっても、誰かから
「なぜ、あなたにそれが起きたんですか?」
「何をしたから、それが起きたんですか?」
と本音で聞かれたら、だいたいこう答えるでしょう。

私はこんなふうに考えて、これをした。
そのあと、あれをして、そしたら◯◯が起きた。
さらに突っ込まれたら、こう続きます。
「なぜ、そう考えたんですか?」
「なぜ、その選択をしたんですか?」
「なぜ、途中で諦めなかったんですか?」
「どうやって◯◯を起こしたんですか?」

すると、こう答えるでしょう。
「あの時は他にも選択肢はあったけど、それらを選んだ。なぜか、そうしたんだ」

では次に、
「◯◯を起こしたいと思っている人に、あなたが言えることは?」と聞かれたら、こうなるはずです。

「私は◯◯が起きた。それは、起きる可能性があるということだ。私にも起きたんだから。だから、◯◯を起こしたいと思っている人にも、起こる可能性はある。それだけだ」
だいたい、こんな感じなんです。

願望実現について、世界があなたに伝えてくるのは、「これさえやれば100%叶う」という話ではありません。
ただ、可能性を上げていくために、やれることがあるならやってみるといい、それくらいの話です。

行動というのは、外側の動きだけではありません。意図や熱意、ときに休む(充電する)のも含めて行動です。潜在意識板でメソッドを学ぶのもその人なりの行動です。
つまり、プラスになりそうだと感じることは、なんであれやってみる。マイナスになりそうだと感じることは、控えてみる。

ただし、それが本当にプラスだったのか、マイナスだったのかは、実現したあとにしか分かりません。
だから、基本は暗中模索の試行錯誤の繰り返しです。誰にとっても、そこは同じだと思います。

693り改め りょうせい:2025/12/22(月) 22:21:46 ID:.s/kZ7zU0
>>681
私自身は、意識の視点からただ返信することが起きている、そう捉えています。
ただ、その起きた返信が、読み手にとって、意識の視点に見える時もあれば、個と世界の視点に見える時もある。
また、ときに読み手からすれば、そのズレがダブルスタンダードに見えることがあるのも理解しています。

私としては、真理探求者には、目覚めの流れが進みますように。
本当の自分に還っていく方向が、自然に起きますようにと思っています。
個と世界には、真理探求の流れに入る可能性が開かれますように。
そういう意図があり、スレを立てたのも、結果的にはそういう理由でした。
ただ、それを潜在意識板で立てたのは流れです。私としては、いい経験をさせてもらいました。


>このスレは願望実現したい人向けではなく、願望から解放されたい、あるいは気にならなくしたい人向け、とりょうせいさんが明確に交通整理してくれればこのような混乱がなくなるでしょう。

なるほど。たしかにここは、誤解されやすいところなので、あらためて整理して書いてみます。

あえて分けると、
潜在意識という概念自体を知らない一般の人
潜在意識という概念を知っている人
真理探求者

実はこの全員、「願望実現したい人」です。

ただし、真理探求者の願望は、
方向性の違う願望実現です。

一般の人や、潜在意識を扱う人は、夢の中で、より理想的な夢に変えていく方向。
一方、真理探求者の願望は、夢から完全に目覚めること。つまり、夢そのものから脱出する願望の実現です。

一般の人は、願望実現のために、
エネルギーや時間や感情を代償として捧げます。

潜在意識を扱う人は、願望実現のために、
メソッドを学び、実践し続けることにエネルギーを捧げます。

真理探求者は、真理実現のために、
エゴ(私・個としての偽主体)そのものを、意識に差し出していきます。

これは優劣の話ではなく、どこにエネルギーが向いているかの違い。このスレは基本的に、夢から目覚める方向を持っています。
ただ、今はまだ目覚める気がまったくない人でも、ウェルカムですよ、というスタンスです。

そして正直に言えば、夢から目覚める方向に1%も関心がない人は、ここでのやり取り自体に、そもそも興味が湧かないと思います。

また、自分が何を求めているのか、まだはっきり分からない人でも、私としてはウェルカムです。
夢とは何か。夢の構造とは何か。エゴとは何か。本当の私とは何か。
そのあたりの構造に興味があるなら、何かしら参考になる部分はあるかもしれません。

ただし、私は願望実現の達人ではありません。
こうやれば絶対に叶う、という方法も持っていません。
このスレを読んで、
目覚めの方向に流れが進むことはあるかもしれません。ただ、夢が叶う、現世利益がある、
それが必ず起きるとも、絶対に起きないとも、
私は言えません。正直、5秒後に何が起きるかなんて、誰にも分かりませんから。

そして、夢から目覚める方向に進む人の多くは、個として生きることや、世界の無常な仕組みに、どこかで言いようのない強い苦しさを感じています。
意識の繰り広げるマーヤを一つの国だとしたら、脱国したいタイプが多い、という感じです。

それが良い悪いではなく、ただ、そういう方向性があるかどうか。なぜなら、それがなければ、マーヤは超えられません。
また、一言で言えば、真理探求と潜在意識板では、カラーがかなり違います。
このスレは、潜在意識を使って願望を叶えよう、というテーマではない以上、
板の性質上、違和感が出るのも自然だと思っています。その意味では、流れとして、そろそろこのやり取り自体が一区切りになっても不思議ではありませんし、無理に続ける必要もないのですが、スレが進むうちはスレが終わるまで質問があれば返信する。そういう感じです。

694幸せな名無しさん:2025/12/22(月) 23:33:38 ID:JM03Ay8g0
私個人は、現世利益的な願望実現と真理探求的な願望実現の両方を求めているので、りょうせいさんのこちらのスレは本当に助かっています。

695り改め りょうせい:2025/12/22(月) 23:57:22 ID:usZxbUwg0
>>683
意識の見せる夢というのは、構造として無限の可能性を秘めています。目覚めるという流れは、生きとし生けるものすべてに、常に招待状として差し出され続けています。

ただ同時に、意識はその夢のリアリティを保つために、それが作り物であるということを、
あらゆる手を変え品を変え、「夢こそが真実である」という魔法で覆い隠します。

個と世界の観点から見れば、
前世・来世、ツインレイ、妖精、ドラゴン、
水の上を歩く、山を動かす、空を飛ぶ、
超能力、宇宙人、神が現れる、臨死体験、
タイムリープ、構造的可能性としては、なんでも起き得て不思議じゃありません。笑

簡単に言えば、あなたにツインレイ的な物語が起きるなら、起きるでしょう。
それは良い悪いの話ではなく、物語のルートとして書かれていたら、起き得る、というだけです。

そうなると、運命はあるのか?カルマはあるのか?前世・来世の構造は?
と話は広がっていくでしょうが、
夢から目覚めれば、それらすべて、
想念的な物語だった、とも言えます。

また、前世であれ、昔の思い出であれ、
過去の記憶が消えていくのは、私は「恩寵の配慮」だと捉えています。
無数の記憶や想念をすべて保持したままでは、
個のマインドは正気を保てず、とても耐えられないからです。そのため、不必要なものは、
自然と忘れ去られていきます。

また、夢から目覚めればすべては想念的物語だと言えますが、それがその人の人生に強く刻まれる体験だった、という事実まで消えるわけではありません。
個を否定したり、無感覚や虚無になって生きろ、というお話ではない、ということだけは補足しておきます。

696幸せな名無しさん:2025/12/23(火) 00:42:19 ID:KE9u7nmQ0
>>691 お答えいただきまして、ありがとうございます。

>ある瞬間に意識は肉体・マインドと同一化
>概念システムに組み込まれている
>夢から覚める可能性も、構造として最初から含まれている
>夢の中でだけ成立する概念として、

何となくですが、わかりそうな気がしています。
夢の中だけでの概念や、お話だったのですね。
記憶や計画のことは、もうあまり考えないようにしたいと思います。

いずれは、意識や全体が私であったことに気づける、夢から覚めることができる、少しでも早くに! と思いながら、内側の静けさに寄り添っていたいと思います。ありがとうございます。

697り改め りょうせい:2025/12/23(火) 01:03:59 ID:xam35uTI0
>>696
>夢の中だけでの概念や、お話だったのですね。
→そうです。真相は起きていないのに、表面的に起きているように現れ、表現され、動き回ります。
>記憶や計画のことは、もうあまり考えないようにしたいと思います。

→これは、記憶や、先のことの想像、
計画する/計画しない、
も、起こる時は起こるということです。
思考にも二種類あり、受動的に記憶や感想や判断が起こり続ける思考と、能動的に何かを考え、研究したり、計画したり、どうするかを練る思考があります。
後者は生きるために必要ですし、否定しなくても大丈夫です。
ただし、あとから振り返ると、どちらも起きていたというだけの話です。

>いずれは、意識や全体が私であったことに気づける、夢から覚めることができる、少しでも早くに!と思いながら、内側の静けさに寄り添っていたいと思います。

素晴らしい意欲です。
内側の静けさが、あなたの本性です。
そのお気持ちを大切にしてください。
ここで、逆説的なパラドックスを挟みますが、
なのにもかかわらず、真相的には、すでに真のあなたはその立場です。たった今も。まさに。(真相的には)
こちらこそ、ありがとうございます。

698り改め りょうせい:2025/12/23(火) 01:05:22 ID:xam35uTI0
>>680
>>682
>>685
>>687
解説・説明の書き込みありがとうございます。読んでる方の参考になるかと思います。

>>688
こちらこそ。いいですね。ナイス気づき。
無位の真人、純粋意識、私は在る、本来の面目。ほんとに表現は様々です。笑

>>694
ありがとうございます。それはなによりです♪

>>全員へ
ちょっと用事でバタバタします。返信遅れます
少し早いけど、
みなさん良いクリスマスをお過ごしください。
一応聖なる日なので。笑 ではでは

699幸せな名無しさん:2025/12/23(火) 08:12:19 ID:KE9u7nmQ0
>>697
>どちらも起きていたというだけ
>真相的には、すでに真のあなたはその立場です。

受動的であっても、能動的であっても、起きてきますものね。
内側の静けさを捉えることはできても、なかなかその先が上手くいきませんが、焦らずに進んでいきたいと思います。
どうもありがとうございました。
りょうせいさんも、素敵なクリスマスをお過ごしくださいね。

700幸せな名無しさん:2025/12/26(金) 03:55:01 ID:xzI76Vmw0
わたしはりょうせいさんが潜在意識掲示板でこのスレを立ててくださること、とてもありがたいです。

全体性からの視点と、そこから切り離されたように感じている個人の視点はルビンの壺のようなものだと思っています。つまり、壺に見えているときは壺にしか見えないし、顔に見えるときは顔にしか見えない。だけど実際は常に同時にそこにある。

私自身全体からの視点を垣間見たことはありますが、個人の視点しか見えなくなっているときは「全体」からは当たり前だったことが、ほんとに感覚としてわからなくなってしまう。

そのどちらの視点も同時に見られるりょうせいさんの言葉はとてもありがたいです。

メリークリスマス。

701幸せな名無しさん:2025/12/28(日) 13:57:23 ID:kq1sq2rw0
>>693

りょうせいさん、横から失礼します。

>私自身は、意識の視点からただ返信することが起きている、そう捉えています。
ただ、その起きた返信が、読み手にとって、意識の視点に見える時もあれば、個と世界の視点に見える時もある。
また、ときに読み手からすれば、そのズレがダブルスタンダードに見えることがあるのも理解しています。

そうなんだろうと思いますが、りょうせいさんの

>>654 の投稿は、 第1段落以外はほぼ、読み手にとって、個と世界の視点に見えるというものではなく、個と世界の視点で書かれているように思います。

702幸せな名無しさん:2025/12/28(日) 16:18:49 ID:SPtljlFc0
意識の視点からただ返信することが起きている=常に意識の視点で書いている、ではなくて
この場合は、意識の視点から《質問者の立ち位置(個と世界の視点)に合わせた返信》が起きたんじゃない?

703幸せな名無しさん:2025/12/29(月) 07:00:24 ID:itAIa0JQ0
占いで好きな人の気持ちがよくない結果でした。私が勘違いして暴走してると。
とてもそんな風には感じないけど、これは信じず、好きな人を好きでいて付き合える?

704幸せな名無しさん:2025/12/31(水) 08:44:31 ID:TrMpLZY.0
最近外のカップルを見ると殺意が湧いてくるけど、エゴが暴走してるな。こういう時は願望の実現が近づいてる証拠らしいからポジティブに捉えとく。まだ恋人できたことないけど

705り改め りょうせい:2026/01/04(日) 10:21:31 ID:Edj/68Xw0
あけましておめでとうございます。
今年みなさんにとって良い年になりますように。

706り改め りょうせい:2026/01/04(日) 10:33:10 ID:Edj/68Xw0
>>700
>全体性からの視点と、そこから切り離されたように感じている個人の視点はルビンの壺のようなものだと思っています。つまり、壺に見えているときは壺にしか見えないし、顔に見えるときは顔にしか見えない。だけど実際は常に同時にそこにある。

素晴らしい例えですね。全体性、つまり、一なる意識だけがある。それでも蜃気楼は表面的に浮かんで動いているように振る舞います。
180分の映画が展開し続けていても、
本当はスクリーンしかありません。
そして、スクリーンと映画は本当は分かれていません。映画は変化し続けて平和はつかの間にしか見出されません。それと違い、スクリーンは常に不変の平和です。

>私自身全体からの視点を垣間見たことはありますが、個人の視点しか見えなくなっているときは「全体」からは当たり前だったことが、ほんとに感覚としてわからなくなってしまう。

心が静まれば、個人も他人も静まります。
″私″が静まれば、心も世界も静まります。
「いつか感覚としてわかるようになる。」
のではなく、わかろうと、掴もうとする探求者が静まって、常に、永遠に、消滅しているところ、その領域が、初めから終わりまで真のあなたです。

707り改め りょうせい:2026/01/04(日) 10:38:24 ID:Edj/68Xw0
>>701
そうですね。全体性は、「存在性」として在る。
在ることで、=それであることが成立します。
何かを喋ったり、心が1ミリでも動いた時点で、個としての表現に(見かけ上は)なります。それにもかかわらず実態は常に全体性なのです。

まるで、夢と同じシステムですね。笑

708り改め りょうせい:2026/01/04(日) 10:44:35 ID:Edj/68Xw0
>>703
そうかもしれないし、そうじゃないかもしれません。
つまり、答えは神のみぞ知るってことでw

意識はただ動きます。ただ運動をします。
心や想念がその動きを判断したり、想像することも、意識の中でただ動きます。
そのため、それを神と表現するなら、
神の意志が起き続けます。
てことで、以上。ってことですね。

709り改め りょうせい:2026/01/04(日) 10:50:09 ID:Edj/68Xw0
>>704
エゴが暴走していることに気づいているのがエゴですよ。「″私″は◯◯だ。だけど◯◯だから◯◯だと捉えとく」といった文脈の、
その″私″が、エゴの根源ですよ。

恋人できるといいですね。
あなたに素晴らしいことが起きるように祈ります。

710幸せな名無しさん:2026/01/04(日) 11:12:55 ID:39CVhtiw0
>>695
夢で夢を溶かすような優しいご返信を有難う御座います。
自分の中に在るものは大切にしながらも、型に嵌めない方が良いなと気付けました。

昨日「合一してしまったらもう大きな私ちゃんに抱きしめてもらえない」と
寂しくて寂しくて泣けちゃって仕方なくなりました。
そんな中でも、ああ、エゴはこう来たかと静かに分析。

以前、自分の中に「常に溢れ続けている決して枯れる事のない愛の泉みたいなもの」がある事に気付いて
泉は常に在るんだろうけど感じられなくなってあの泉はどこぉ〜泣。ってなった事があったのですが
ふとそれを思い出して、大きな私ちゃんの正体はあの泉なのでは?と思ったら涙が引っ込んだ。
感覚としては泉は胸の奥にあったので、そこに意識を集中。大きな私ちゃんが胸の奥に居ると思って集中。
そこには泉ではなく静けさが在りました。そうだ本来はとても静かなものだったはず。
そして胸の奥に意識を集中させていたはずが、それが全身に広がっていく感じがしました。
ああ大きな私ちゃんは私の中の全てを満たしていたのね。包まれ感よりこっちの方が100倍暖かい。
あ〜いいわぁ、この安心感いいわぁ〜本当にあったかぁ〜い、なんて思っているんですけど
いつもの流れで行くとこの感覚もまたすぐに分からなくなってしまうと思われます。

711幸せな名無しさん:2026/01/04(日) 11:57:05 ID:CfQNfj820
りょうせいさん、みなさん、明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。

また質問させていただきますね。
「全てはプログラム通り、全自動」ということを、よく聞くと思うのですが、それで、自分の言ったことや行いを、必要以上に後悔しなくて良くなり、楽になれたりしました。

「内側を変えると、外側も変わる」」というのは、何かに関しての自分の考え方を変える時期が来て、変えたことで体験する現実が変わった、という流れが、自分の意思とは関係なく、プログラム通りに起きている、ということでしょうか。

それとも、ループから抜け出る、再配達を終わらせる、望む現実を体験する、これらの方法を知って実践することで、「プログラムを変えることができる」ということでしょうか。よろしくお願いいたします。

712り改め りょうせい:2026/01/04(日) 12:00:21 ID:Edj/68Xw0
>>710
夢で夢を溶かすような優しいご返信を有難う御座います。

>自分の中に在るものは大切にしながらも、型に嵌めない方が良いなと気付けました。

そうですね。それが真理についてのお話なら、 
真理ってのはなんの型もない「  」なのですよ。
型があり、型を認識する者も、そのこと(あるとかないとか)を知る″者″という型すら無いんです。だからこそ、あなたは熟睡中、なんのドラマもないのに、(また、なんのドラマもないからこそ、幸せも不幸も超えて)至福で平和なんですね。


>昨日「合一してしまったらもう大きな私ちゃんに抱きしめてもらえない」と
寂しくて寂しくて泣けちゃって仕方なくなりました。
そんな中でも、ああ、エゴはこう来たかと静かに分析。

合一したら、あなたは平和と静寂として、
それだけ、としてただ在るのみです。

大きな私ちゃんに抱きしめてもらったら、
あなたは安らいで、静かになるでしょう。

しかし、それには小さな私の、
「辛かったけど、抱きしめられて今は安心だ」
という時間軸の、物語、変化上のドラマを通してですよね。ドラマは必ず、不安→安心。
安心→不安。不安→安心。を繰り返します。
変化しないドラマは、そもそも″ドラマ″として成り立ちませんから。

大きな私はそのドラマが安心だろうが、不安だろうが、ずっと「不安⇔安心」という動きを知らない存在として、不動で、ただ在ります。
目に見えないだけです。ずっとあなたとして在ります。


>以前、自分の中に「常に溢れ続けている決して枯れる事のない愛の泉みたいなもの」がある事に気付いて
泉は常に在るんだろうけど感じられなくなってあの泉はどこぉ〜泣。ってなった事があったのですが
ふとそれを思い出して、大きな私ちゃんの正体はあの泉なのでは?と思ったら涙が引っ込んだ。
感覚としては泉は胸の奥にあったので、そこに意識を集中。大きな私ちゃんが胸の奥に居ると思って集中。
そこには泉ではなく静けさが在りました。そうだ本来はとても静かなものだったはず。
そして胸の奥に意識を集中させていたはずが、それが全身に広がっていく感じがしました。
ああ大きな私ちゃんは私の中の全てを満たしていたのね。包まれ感よりこっちの方が100倍暖かい。
あ〜いいわぁ、この安心感いいわぁ〜本当にあったかぁ〜い、なんて思っているんですけど
いつもの流れで行くとこの感覚もまたすぐに分からなくなってしまうと思われます。

あなたは安心そのものであり、静けさそのものです。
それがあなたなんだから、
本当は、
それを探さす必要もないし、それを無くすことも不可能なんですよ。
問題は、それが「見つかった」「消えた」と
動いている心が、(それが蜃気楼だとしても)消滅すること。それが探求(探究)の終わりです。
必要なのは、疑いを取り除いて捨てる・放棄するだけです。
それは捨てたあとも蜃気楼として現れるかもしれません。しかし、あなたはそれじゃないんです。蜃気楼を探って、触れてみてください。
掴もう、見つけようと、取り出そうと、探ってみてください。
絶対に触れられず、見つけられないから。

それが、エンドレスループの終わりです。

713り改め りょうせい:2026/01/04(日) 12:59:39 ID:Edj/68Xw0
>>711
明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

>「全てはプログラム通り、全自動」ということを、よく聞くと思うのですが、それで、自分の言ったことや行いを、必要以上に後悔しなくて良くなり、楽になれたりしました。

はい、あなたのおっしゃるその″全て″(全体性)というのは、「思考や、考え、想像」これらを使った時点で、この″全て″は絶対的に掴めないということを見てみてください。
少しでも心が動いたり、掴もうとしたら、
″全て″の中での小さな揺らぎ、全ての中の一部に区分けされてしまいますよね?
これが、″全て″から「分離の揺らぎ」なんです。てことで、全ては、「全て」ってことでもう完結していて、完成しています。
それは思考でそう思うことではなく、
完成されているんです。その中で思考が揺らぎます。それでも、思考が起きようが起きなかろうが、ずっと完成されているんです。

話を進めると、個のあなたが以前と比べて、
後悔しなくなったり、楽になれたことは、
たしかに非常に喜ばしいことですが、
その話をあえて、もっと突っ込むと、
真のあなた(個人のあなたじゃないですよ)
つまり、全てのあなたの中で、
今後またある時に後悔がわいて起きても、
苦しみがわいて起きたとしても、
全てのあなたは一切不変で、全てとして完全性(完璧性)のままなんです。
個人のあなたが楽になった。
これはなりよりで、私も嬉しいですが、
もし仮に苦しくなったとしても、
(その後再び楽になったとしても)
真のあなたは変化なく、平和しか知りません。平和という言葉も概念ですが、なにも問題ありません。なぜなら物語を超えていますから。
動きという、物語の及ばないところに苦も楽も成立しないのです。
二元的な「苦⇔楽」ではなく、
「苦⇔楽」がないから、平和″感″というより、
「  」としての平和・安息なんです。
平和があるんじゃなく、苦が無いんです。

「  」に、平和・安息・愛・至福など色々概念的な表現を世界側からされるだけで、
「  」は「  」ですがね。ずっと。


>「内側を変えると、外側も変わる」」というのは、何かに関しての自分の考え方を変える時期が来て、変えたことで体験する現実が変わった、という流れが、自分の意思とは関係なく、プログラム通りに起きている、ということでしょうか。それとも、ループから抜け出る、再配達を終わらせる、望む現実を体験する、これらの方法を知って実践することで、「プログラムを変えることができる」ということでしょうか。よろしくお願いいたします。

これらも、同じです。
「私、個人、エゴ、」というのは、
その個の「個性」を通して形成された信念に向かって動きます。つまり、個としての自分が感じる苦を避けようとし、また、個としての自分が幸福だと信じれる道を進みます。

それでですね。
不幸感や幸せ感というのは、
実は願望叶う、叶わない問題というより、
幸せを感じることが起こるか、それとは違う重たい感じが起こるかの問題なんですね。
つまり、10億あっても幸せ感を感じれない人もいれば、一流芸能人や一流CEO、誰もが羨む恋人や家族がいても、不幸感を感じることはできても、幸せ感を感じにくい人もいるわけです。
これはなぜか?
◯◯感は絶対コントロールできないからってのが一つ。もう一つは、探すからです。

そうはいっても、
この″私″とは、「探すことをやめることを探してしまう」もの。
そのため、真理探求は、
探しているその主体。個の私。
つまり、探求者。
これがまさにエゴなんですが、この動き回るこのエゴとは何か?エゴ、心、想念、これらを発現させている″私″を探っていく、その私、
つまり、自己、これを探求する道なんですね。
自己探究とはよくいったもので。

そして、このエゴが何によって成り立っているか?というと、じつは真のあなたなんです。
真のあなたから、真ではない、偽りの主体が、
「生み出されている風に見える」
「動き続けている風に見える」
という錯覚が表面的に起こっているわけなんです。

714幸せな名無しさん:2026/01/04(日) 18:40:37 ID:W7MeQN3w0
>>705
>>688です。あけましておめでとうございます。
昨年12月の気づきとりょうせいさんのアドバイスによる深まりによって、憑き物が落ちたように穏やかなお正月を過ごせました。何年ぶりでしょうか笑
りょうせいさん&皆さまにとって素敵な一年になりますように。

715り改め りょうせい:2026/01/04(日) 19:58:31 ID:hObDYKf20
>>714
あけましておめでとうございます。
憑き物。あー、ナイスな表現ですね。笑
ありがとうございます。
714さんも素敵な一年をお過ごしください♪

716幸せな名無しさん:2026/01/04(日) 22:10:26 ID:CfQNfj820
>>713
お答えいただきまして、ありがとうございます。

>″全て″から「分離の揺らぎ」なんです。
>ずっと完成されているんです。

分離の思考をすることで、完成されている全体性が見えなくなってしまう、ということですね。思考が揺らいでも、そのままにして、「完成されている」ことを、なんとなくでも感じるようにしてみたいと思いました。

>真のあなたは変化なく、平和しか知りません。平和という言葉も概念ですが、なにも問題ありません。なぜなら物語を超えていますから。

個の私にとって苦しみがわいて起きても、真の私には苦が無く、平和で安息、でもそれも概念で、「  」は「  」とは、無であり空っぽ、という感じでしょうか。ハーディングの受容能力というのが、こちらでしょうか。

>◯◯感は絶対コントロールできない
このことについて、もう少しお話を伺っていいですか。

>この動き回るこのエゴとは何か?エゴ、心、想念、これらを発現させている″私″を探っていく、
>真のあなたから、真ではない、偽りの主体が、「生み出されている風に見える」「動き続けている風に見える」という錯覚が表面的に起こっているわけなんです。

個の私というものが居る感覚になっていますが、はっと今に戻って、不動や静寂などの内的感覚に意識を向けるように、心がけてみたいと思いました。
体が勝手に動いている、ということを、少しずつわかるようになってきたので、行為者でなく、鑑賞者の視点でいる時間を長くして、「私」を探っていきたいと思いました。

文章がへたで、うまく書けなくて、すみません。教えていただいたことを、頭でも、感覚としても、わかりたいと思っています。何度か繰り返し読ませていただきたいと思います。ありがとうございます。

717幸せな名無しさん:2026/01/04(日) 22:51:58 ID:39CVhtiw0
あれっ、そういえばお正月の挨拶しないまま書き込んでいる!?(あほー)
大変失礼致しましたm(_ _)m 遅くなりましたが

明けましておめでとうございます!
皆様にとって健やかで穏やかな幸多き1年でありますように!

>>712
ありがとうございます。実はすっかり忘れていましたがこのスレ初期頃の自分の書き込みで
「 」は「 」ですよね!みたいな事を書いていたんです。本当は気付いているみたいなんです。
でも全然納得できない。エンドレスループにしたい理由があるみたい。それは何だろう。
そしてやっぱり寂しくて寂しくて仕方がない。大きな私ちゃんに必死になって縋り続けなくてはいけないレベルの
このものすごい寂しさ何だろうと思ったら「自愛が全然足りていない」でした。
物心ついた頃から長い間自己否定を続けてきたのに自愛を10年した位では全然ダメ足りないみたいで。
どれだけ寂しさとか本当の気持ちを無かった事にしてきたのかって事みたいです。
それを全て明らかにして受容するまで個の私は納得しないし、やってみたいようです。
あーじゃあ仕方ないよね、って感じですが、「浄化されたい」と願ってしまうと
恩寵が浄化する動きになってきつくなるからそこは願わずにお任せしようとは思いました。
恩寵に願うとしたら「本当の自分に戻りたい、全て受容したい」です。
無条件の愛で自分を癒すとかそんな感じです。
でもこれきついのかなー、きついのは嫌だなー、とも思ってはいます。
そして各種実践中に(特に自愛)高確率で起きてしまう事、現実で身近な人からの風当たりが
きつくなったり否定される事を言われる事が増えるのもきつい一因です。
なんで夢なら静かにしていればいいのに、わざわざややこしくしたがるかなーとは
自分でも思ってはいるのですが…。笑
探求でゴールを迎えたとしても個として生きていく事に変わりはないから
どうしても偽りではない本来の個を知りたい・戻りたいようです。

718り改め りょうせい:2026/01/05(月) 21:08:56 ID:K9YXuXog0
>>716
>分離の思考をすることで、完成されている全体性が見えなくなってしまう、ということですね。思考が揺らいでも、そのままにして、「完成されている」ことを、なんとなくでも感じるようにしてみたいと思いました。

そうです。もっと正確にいうと、
「分離の思考」が発生した時点で、
「主体(見ている者)」─「分離の思考(見られているもの)」と、実は分かれています。
そのため分離の思考を認識している主体(思考者)も、実は思考なんです。
はい、なんとなく感じてみてください。

>個の私にとって苦しみがわいて起きても、真の私には苦が無く、平和で安息、でもそれも概念で、「  」は「  」とは、無であり空っぽ、という感じでしょうか。ハーディングの受容能力というのが、こちらでしょうか。

「  」とは、熟睡のときのあなたです。
それは常に在り続けています。
あなたにとって、無くすことのできない、もっとも親しいものです。

無、空っぽというためには、知っている者がいなくてはなりませんが、「  」だけの時、
主体も対象も世界も心も消滅しています。
それでも、「  」があるから、宇宙や世界や心が映し出されて動いています。無、空っぽと表現されることもありますが、それは同時に無限の潜在的可能性を秘めています。
ダグラスハーティングの顔のない人間でしたっけ?昔、一度本を読んだことがある程度なので、おそらくですがあの実験や、アプローチは「私は在る(意識としての私として在る)」
「純粋意識で在る」
それとして在るアプローチとおおむね同じだと思います。

>◯◯感は絶対コントロールできない
このことについて、もう少しお話を伺っていいですか。

これは、個のあなたが、とある感情を狙って出そうと思っても出せませんよね?という話です。感情は何かに反応して独自に湧いてくるものだからです。
赤ちゃんとか、そうですよね?
喜怒哀楽がそのまま流れて、やがて消えていきます。
大人になると、エゴは行為者として確立していきますから、感情さえも″やろう″、″どうにかしよう″とします。なので、感情をコントロールしようとします。
それで抑えたり、抑圧することはできたとしても、それらもいずれは流れて、やがて消えていきます。思考も感情も″やり手″″掴む者″が邪魔をしなければ、流れて消えていくものです。
抑圧が沢山ある場合、時間がかかる場合もありますが、いずれは流れていくものです。
また、感情だけじゃなく、身体感覚に置き換えてもおなじことです。

>個の私というものが居る感覚になっていますが、はっと今に戻って、不動や静寂などの内的感覚に意識を向けるように、心がけてみたいと思いました。

いいですね。ぜひぜひ。
心や世界を見渡して、観察して、
ほんとに変化し続けているのか?
ほんとに無常なのか?を改めて調査してみてください。心や世界は、ずっと休まずに動き続けているのか、それとも、そうじゃない時もあるのか。
そして、動き回る中で、変化しないもの。
どれだけ騒がしい場でも、静寂なもの。
それを見つけ出して、それでいる、それである時間を作ってください。もちろん、気が向いた時でいいですが。

>鑑賞者の視点でいる時間を長くして、「私」を探っていきたいと思いました。

これは大切なので、それも同時に行ってください。
鑑賞者というのは、非個人・無努力性の気づきのことです。(鑑賞者・観照者、または目撃者とも言われています)
それは本当は個が″やること″ではなく、
鑑賞者としてのあなた(個ではないあなた)は、エゴ・個の様々な動きや光景を、一部始終、ずっと見せつけられているのです。笑

意識とは、「存在・気づき」です。
存在であると同時に=気づき(真の認識者)
なので、存在していながら、同時に気づいているんです。

>文章がへたで、うまく書けなくて、すみません。教えていただいたことを、頭でも、感覚としても、わかりたいと思っています。何度か繰り返し読ませていただきたいと思います。ありがとうございます。

いえ、少なくとも私には伝わってますよ。
これはお互いだと思いますが、テーマがテーマだけに文章化はなかなか難易度高いですよね。概念を超えたものについて、概念を使って書くという作業ですから・・口で喋った方が話が早くてスムーズかもしれないと感じることも多いです。
そうですね。頭の理解から→感覚的、直接理解が起こることをお祈りします。
こちらこそありがとうございました。

719幸せな名無しさん:2026/01/05(月) 21:41:40 ID:g00I/Ylw0
結局すべてどうでもいいってことでしょ
ここの長文コメントも「」ができてない人達ってことね
それにしても「」の中身が長文エゴすぎるだろ

720り改め りょうせい:2026/01/05(月) 21:43:00 ID:K9YXuXog0
>>717
あけましておめでとうございます。
717さんにとっても幸の多い1年でありますように。

あらためて真理探求のスイッチの話しですが、
真理への道を進むときって、
理由が成立しないんです、
なぜかわからないけど、そういう流れになってしまうんです。
「〇〇のために、真理探求します」
「〇〇を手に入れるために真理探求します」

仮に、表面的にこのような流れが起きたとしても、本来はそういうことじゃないんですね。
どちらかといえば、
「真理に惹かれてしょうがないから、真理探求してしまいます」
「やめたいのに、やめられない」
まるでこんな感じかもしれません。

真理の知識が直接的に深まると、
〜のために、〜を手に入れる、と言っている
その当事者の個(私)が解体されていく方向ですから。真理そのものになるという偉大な実現の代償としては、どうしても個が溶けなければなりません。
個は溶けることを最も恐れ、同時に、最も望んでいます。

なぜなら願望実現や人生の幸せ実現も、
結局なんの目的のためにしてるかというと、
願望や幸せが実現したら、
やっと、静かになれるからです。
静かになっている個は、そのとき溶けているんです。笑

そのため、あなたは素直で正直だからこそ、
無理して、そっちに行きたくない、
個を整えたい。このように素直に言える個は幸いです。
それでいいんです。
これは皮肉ではなく、本当にそれでいいんです。むしろ、自分の気持ちに嘘つかず、自己欺瞞に陥らないあなたは偉いです。笑

やりたいことをやりたいと思えるなら、
やってください。
また、本当はやらなくても、
愛はすでにあり、それが真のあなたである。
という言葉を、頭の隅っこに置いておくだけじゅうぶんです。忘れてもらって構いません。

恩寵の流れは最適です。
浄化の苦しみは、必ず、後から振り返れば偉大な宝に変わります。
この話は、プロセスの構造としてそう出来ているって話であって、信じる信じない論の話じゃありませんが。

721幸せな名無しさん:2026/01/05(月) 23:18:37 ID:ejZVv4lo0
いつも学びたっぷりの書き込みをありがとうございます
参考になります

りょうせいさんが以前おっしゃった通り、あらゆる二元論を乗り越えていくのが私達の定めなのでしょうが、そこで湧いてくる疑問があります
言葉という道具自体が二元論を前提として成り立っていますよね
言葉というものを使い続ける限り二元論から抜け出すことは難しそうですが、あらゆる二元論を手放した人間は、言葉というものにどのように接しているのでしょうか
気になるところです

722幸せな名無しさん:2026/01/06(火) 00:19:40 ID:5pPcqNic0
>>718
とてもわかりやすく、説明をしていただいて、ありがとうございます。
お忙しい中、お時間をいただいて、すみません。

>「分離の思考」が発生した時点で、
「主体(見ている者)」─「分離の思考(見られているもの)」と、実は分かれています。

主体と対象について、よくわからなかったのですが、今、頭での理解ですが、わかりました!「主体(思考を見ている者)」と「対象(見られている思考)」とに分かれる、ということだったのですね!分離の思考を発生した時点で分かれてしまったけれども、本来は分かれていなくて、完成されている全体性だった、ということですね。
「主体(人や物や出来事を見ている者)」と「対象(見られている人や物や出来事)」こちらの場合も同じこと、という認識で、あっていますか。

>分離の思考を認識している主体(思考者)も、実は思考なんです。
>>98
>探求者が気づきに気づかれます。
>>116
>主体─対象─存在─気づき。全てが一つの意識の運動だったということです。

このことに気づきたいものです。静かになって、集中して探ってみたいと思います。

>「  」だけの時、主体も対象も世界も心も消滅しています。それでも、「  」があるから、宇宙や世界や心が映し出されて動いています。

消滅しているほうは、わかるような気がするのですが、映し出されて動いているほうは、気づきが起きてから、きっとわかるようになるのですね。
実験は、動画で何度か見ていて、たまに見たくなる時があります。

>思考も感情も″やり手″″掴む者″が邪魔をしなければ、流れて消えていくものです。

繰り返しわき起こる、不快な思考や感情を、うまく流せるようになれば、いずれは消えていくもので、そのことがある程度できてこないと、やはり解放は起こりづらいものですかね。

>それを見つけ出して、それでいる、それである時間を作ってください。

はい、やってみます! 調査してみます。

>存在していながら、同時に気づいているんです。

「観照者」でしたね!すみません!送信してから気づいてしまいました 汗
それに、観照を個が”やること”ではない、気づきのことですね。変な文章になってしまっていました 汗

一日のうちに、思考が止まって、意識でいる時間が以前よりも増えてきて、たとえ一分でも、その時は楽で心地よい感じがします。

>頭の理解から→感覚的、直接理解が起こることをお祈りします。

頭の理解も遅いですが、自分なりに集中しておこなっていきたいと思います。ありがとうございます。

723り改め りょうせい:2026/01/08(木) 18:31:55 ID:rHKRXBEo0
>>719
ここで話してるポイントは決してすべてどうでもいいと思い込むことじゃありません。

どうでもいいと思い込もうとする態度は、
実のところ明け渡しや放棄したフリにすぎません。その内側には、何かを得たい、より良くなりたいという期待が薄く残っています。 
結果を気にする誰かがそこにいる限り、
それは完全な明け渡しや放棄ではなく戦略的放棄なんです。

「  」そのものは、意味づけや感想や判断がありません。
だから動き回る心からすると虚無や空虚、退屈や無意味さと誤解されがちですが、
みんな熟睡時に動き回る心が消え、
満たされて至福です。
あらゆる誤解も悩みも束縛も問題も言葉も消えています。

心が「  」を想像すると、
心からしてみれば「消えてたまるものか!」と激しく抵抗するのは一般的です。
それで「  」とは、きっと恐ろしく悪しきものに違いないと想像しますが。
「  」は=「心と世界」でもあるんです。

「  」は在るだけで、書けないし話せません。
書き込みも読むことも、それぞれの心に浮かぶ思いやイメージを通して、自然とただ起きているだけなんです。
つまり、誰かがやっているように見えても、実際にはただ、それぞれの内側にある精神の傾向や質に従って身体が動いているだけなんです。
短文か長文かは、ただ短文か長文かってだけの話です。

724り改め りょうせい:2026/01/08(木) 18:36:27 ID:rHKRXBEo0
>>721
ありがとうございます。
シンプルかつなかなか深い質問ですね。笑

言葉とは、概念、レッテル、指し示すもの、
などなど色々表現があります。
思考や想念も言葉と言ってもいいかもしれませんね。
また、相対的な世界では、
言霊、「あ」は「あ」の音の、「い」は「い」の音のエネルギー的な意味があります。
そのためマントラや、言葉を繰り返し唱えるアプローチは実際に効果もあります。

そして、はじめに言葉ありきというように、
言葉があるから、概念や、意味が生まれ、
観念、信念、時間や空間、相対的な物語やドラマが生まれます。小説も文字がなきゃ、
なにも物語は成立しませんからね。

はじめ、「私」という言葉が純粋な意識の中で起こりました。これが自我意識の誕生というやつです。それが身体と心に結びついて、
「私」として同一化しました。

さて、「真理探求〜真理実現」とはなにか?
まず探求者は、頭の理解、知識から取り入れます。それが「言葉の必要性」です。
概念を使って、概念を落としていきます。
概念を使って偽りを指し示し、真実を指し示します。
トゲを使って、刺さっているトゲを引っこ抜くため。あるいは、川を渡るために船を使い、渡ったら船の役割はおしまいですが、探究するための優れた思索力や捜索力や、モチベーションは必要不可欠です。

さらに進んでいくと、
言葉ではない領域で、伝達されていきます。
それは目に見えない伝達です。
ハート的な、静寂的な、エネルギー的な、
それそのものとしての、非言語の類のものです。
あなたはAさんと会っただけで話さずとも元気になったり、Bさんと会っただけで話さずとも気が悪くなることがあるでしょう?
場所のエネルギーなども同じで、不思議と、直接感じる″なにか″のようなものです。

そして、段々と言葉ではなく、″それであること″を通して直接的理解が深まっていきます。

あなたの言う通り、最後には言葉、概念は余計なものになります。
探求者が、″それ″として確信するレベルまでは言葉は必要になる場合が多いという話です。
疑いを取り除くためには、何度も何度も、落としていく必要があるからです。
本当に問いが消滅するときは、それは意識さえも超えた領域です。

疑問が消え、言葉が完全に必要でなくなることは簡単ではないということです。
本当は超絶簡単なのですが、やはり、
強烈に簡単ではないんです。
マーヤ(心)の魅せるトリックは沢山の層に重なり、無数の糸が絡まっています。
なので、この世に沢山の修練方法があるわけです。

725り改め りょうせい:2026/01/08(木) 18:43:39 ID:rHKRXBEo0
>>722
(遅れてすみません。長くなったんで2回にわけました)
>「主体(思考を見ている者)」と「対象(見られている思考)」とに分かれる、ということだったのですね!

そうです。分かれているから分離と呼ばれています。どんな状況やどんなことでも、認識できた時点で、「認識者と|認識されるもの」として分離が起きてるわけです。

>思考を発生した時点で分かれてしまったけれども、本来は分かれていなくて、完成されている全体性だった、ということですね。>「主体(人や物や出来事を見ている者)」と「対象(見られている人や物や出来事)」こちらの場合も同じこと、という認識で、あっていますか。

はい。(表面的に)分かれても、(全体的には)分かれていない。分かれることを可能にするためにはその「下地、背景」が必要なはずです。
たとえばあなたが絵を描くためには画用紙が必要です。その画用紙が全体性(意識・存在性)です。海の中で魚が必死になって海水を探しています。魚が動いても止まっても、海は海として在り続けています。
「思考者」も「思考」もともに意識の中の波です。

>このことに気づきたいものです。静かになって、集中して探ってみたいと思います。

はい、″私″、を探してみて、それで在ってください。私という想念が個と世界、つまり全体性を成り立たせている根源の想念です。
真の私は、私という意識なく個と世界や全体性に気づかずただ在ります。なのに同時に、
その真の私の中で幻想が起きている錯覚があるのです。しかし、真の私は一度も幻想に気づいていません。ぜひ調査してみてください。

心が動いているときの私。
心が動いていないときの私。
それとは一切関係なく、
変化せず、常に在る、私とは何でしょうか?

すべての不幸も苦しみも心が作り出しています。その心の流動の中で「想像された私」は常に変化しています。私(主体)という心がどこから現れるか?現れることを可能にしている何かがあるはずです。それは言葉で名付けられないものです。便宜上、「意識」とか「在る」とか「神」などと呼ばれています。今もまさに、世界の中で経験し体験し変化し続ける私(主体)とは別の「不変の自己」がいるはずです。
その″自己感覚″を探してみてください。
それが自己探究、真理探究です。

>消滅しているほうは、わかるような気がするのですが、映し出されて動いているほうは、気づきが起きてから、きっとわかるようになるのですね。

はい。「在る」が=気づきです。「在る」=叡智があり、叡智を通して直接的理解、直接的気づきが降りてきます。

726り改め りょうせい:2026/01/08(木) 18:44:18 ID:rHKRXBEo0
>>722
>実験は、動画で何度か見ていて、たまに見たくなる時があります。

ハーティングの動画みてみましたが、
なかなかいいですね。笑 あれも合うならやられると良いと思います◎

>繰り返しわき起こる、不快な思考や感情を、うまく流せるようになれば、いずれは消えていくもので、そのことがある程度できてこないと、やはり解放は起こりづらいものですかね。

ハーティングや他の聖者や賢者たちが言うように、本当のあなたは思考や感情でもないし肉体でもありません。永遠で不滅の何かです。
ただし、これは真相的な事実の描写であって、
同時に相対的世界ではすべてがあなたです。

対象を、私以外の別の何かに見えたとしても、
本当は真のあなたの本質と別のものはありません。見かけは相違や好き|嫌いは自然に起こりますが、本質は同じ意識です。

これはパラドックスですが二つの事実どちらも必要です。思考はAかBしか掴めません。
AでもありBでもあることを悟るには、それとして在ること、同時にそれらすらもを超えているもの。だけです。般若心経で言われているとおり、色は=空であり、空は=色であります。
そして、究極的な「それ」は、空や色という二極さえも超越しています。

>それに、観照を個が”やること”ではない、気づきのことですね。

はい。これまたパラドックスですが、
それでも個がやること、アプローチ、修練は必要です。なぜなら個の別名は、「探し求め、動き続ける」だから。想念は動き続けることしかできません。ストップしたら想念とは呼べません。
なので強い探求心は必要不可欠で、
やがて探求者そのものが溶解するまで行われるべきです。

>一日のうちに、思考が止まって、意識でいる時間が以前よりも増えてきて、たとえ一分でも、その時は楽で心地よい感じがします。

いいですね。たとえ一分でも、その一分が偉大です。100回の体験の中に、99回は価値がなく、1個だけ価値のある本物の体験が紛れているとしましょう。
たとえわずかな体験であっても価値のある本物の体験は、やがて99個の偽りを燃やしつくす流れに繋がります。
それと大切なポイントは思考を止める|止めないではなく、自分は誰なのか?ってことです。
「思考者|思考の内容(多い、静止)」に関わらずは、意識であるあなたは「騒音|無音」どんなときでも存在しているからです。

>頭の理解も遅いですが、自分なりに集中しておこなっていきたいと思います。ありがとうございます。

頭で分からなくて結構です。それでも心の奥(ハート)、内側に浸透しています。
よく分からない、知れない掴めない未知でオッケー。これは、掴もうとするエゴを出し抜いて浸透が行われているからオッケーなんです。
頭で知ることではなく直接的に「それ」としての深まりのプロセスは、エゴにとっては今どのようなプロセスが進行されているか決して分からない。しかし、螺旋階段を一段上に上がると、一段下の過程を振り返った時に絵(構図)が見えてくるんです。そのたびに少しずつ個もマインドも自分を成り立たせている神自身に心を開いていくのです。

ありがとうございました。

727幸せな名無しさん:2026/01/09(金) 00:22:37 ID:HxeyALBI0
>>720
ありがとうございます。愛あるお優しいご返信に個が心地良く溶けておりました。笑
探求はもしかしたら幼少期から始まっていたのかも知れません。個が幼稚園に入園する前迄は
積極的・声が大きい・少し意地悪。そんな性格だったそうです。人間として生きるには
好都合な性格だと思いますが恩寵はそれを良しとせず5歳で修練をスタートさせた。
その代わりピンチの時には必ず助けが入るという絶対的に守られている感じは常にありました。
真の私にも一度会っていました。あれは何だったんだろうとずっと思っていたのだけれど
間違いなく大きな私ちゃんです。同じです。ずっと見守ってくれていました。

>愛はすでにあり、それが真のあなたである。
↑ありがとうございます。何かをしなければ愛されないという条件があると
それを無意識的にでも採用してしまっていると、不自然でとても苦しく感じます。
やりたいこと…どうなんだろう、と思う事はあります。思っている時点でもしかしたら
やってもやらなくてもいい事なのかも知れません。あるいは何か無理をしているのか。
自分にとっての本当を知っていきたいです。

あっ!小さな事でもやりたいと思った事をやらずに居るとイライラする事はあります。
これはやった方が良いですね、やらないままでいるのはエゴだ。

そういえば内側から大きな私ちゃんの愛に満たされている時、何だかくすぐったい感じがしました。
心地良いです。ゆるんで何だかくすっと笑ってしまうような心地良さがありました。

そして真の私を内側で感じられた事でこれは全員共通のものだと実感出来ました。
例えるなら大きな大きな鏡餅。それが小分けにされて皆の中にも入っている。
誰かに対して違和感を感じた時にはその人の背景に在る「 」に意識を向けたら良いのかもと思いました。
それでも不快ならその不快も許す自愛をしていきたいと思います。

それから大きな私に内側を満たされて内側が空洞に感じられる事が起きました。
皮膚を隔てて自分の中と外が同一に感じられたので目を閉じて同一感に浸っていると
ここは何処か、今は何時かが分からなくなり、鳩時計の音も聞こえず
眠っていないのに意識が落ちて時間が30分ほど経過していました。
「 」を感じられたのかもと思ったのですが、またいつもの通りすぐにこの感覚も消えました。

認識の変更も、実感しては戻りを大袈裟ではなくもう100回以上は繰り返し続けています。
簡単に理解されては不都合なのだと思います。しっかり浄化してもらいたいのです。
なのでループしてしまう事を許す事にしました。
ループから脱するタイミングは恩寵が知っている筈。お任せしようと思いました。

>個を整えたい。このように素直に言える個は幸いです。
↑ありがとうございます。やっと素直になれたのかもと嬉しいです。笑
自分に噓をつくのは苦しいです。
実は本当の所、大きな願いを叶えたいとかは無いのだと思います。
中学生の時、卒業時の冊子の一人一言欄で「何気ない日々の中でも幸せ探して生きてゆく」
なんて事を書いたのを覚えています。何と地味な中学生なのでしょうか。笑
でもこれが個の本心なのだと思います。

ふと、大きな私ちゃんは個の私の中の女性性に対しては彼氏役を
男性性に対しては彼女役を演じてくれているのかなと思いました。
だからあんなに可愛らしくて魅力的なのか、そうかそうかとひとりで納得。笑

あと真の私は本当はかなり高次元の存在で個に合わせてレベルを下げて会話してくれているのかなと。
以前、真の私から届いた「みんな既に愛されている、みんな既に赦されている」このメッセージは
まだ個には段階が早すぎるのか、解るけど解らないような感じです。
そして偉大な存在ならば大きな私ちゃんなんて呼び方は良くないのかなぁ、なんて思ったら
「えーそんなのさみしいよぉ、ずうっと大きな私ちゃんって呼んで(はぁと)」と返ってきたので
あ、はい。じゃあそうさせてもらいます。と思いました。笑

>浄化の苦しみは、必ず、後から振り返れば偉大な宝に変わります。
↑ありがとうございます。これは、本当にそう思います。恩寵からの愛ですよね。

これは余談というか独り言ですが、大きな私と個の私の探求のテーマソングとしては
ClariSさんの「ルミナス」が最適なのかも、なんて思っていました。
歌詞の中の「包まれた瞬間すべての想いは君へ巡る」なんてもう共感しかない。笑

728幸せな名無しさん:2026/01/09(金) 22:16:05 ID:P0iQOmAU0
>>725
りょうせいさん、いつもご丁寧に教えていただき、ありがとうございます。
たくさんのお時間を頂いて、本当にすみません。今回もよろしくお願いいたします。

>「思考者」も「思考」もともに意識の中の波です。
>その真の私の中で幻想が起きている錯覚があるのです。
>その″自己感覚″を探してみてください。

「心が動いていないときの私」、その時に感じられる純粋な意識は、わかると思うのですが、叡智を通しての直接的理解、直接的気づきは、降りてくるまでは、わからないですものね。でも、意識でいることが徐々に増えてくるにつれ、精神的にも、現実的にも、穏やかで、幸せな感じが増えてくるようですので、まずは、そこを目指したいものです。

>ハーティングの動画みてみました

見ていただいたのですね!ありがとうございます。公的と私的。何度か見てみたのですが、私にはまだ、気づきにならなくて、また別の機会に見てみたいと思っています。

頭や顔の辺りに意識がいきますが、よく、ハートに意識を向けるようにと聞くと思うのですが、また違ったアプローチ、ということですかね。
「私」というのがどの部分か、というのはないと思うのですが、感覚としは、目の辺りに感じられるような気がしています。

>永遠で不滅の何かです。>同時に相対的世界ではすべてがあなたです。
>究極的な「それ」は、空や色という二極さえも超越しています。

そうなんだなと頭ではわかるのですが、どうしても対象を、私とは別の何か、と見てしまいます。だから苦が生じるのですよね。

>なので強い探求心は必要不可欠で、やがて探求者そのものが溶解するまで行われるべきです。

そうですね!進みは遅くても、学ぶことが楽しくて、探求し続けています。気づきが起きてからも、ずっとこのことに触れ続けて、学んでいきたいと思っています。

>自分は誰なのか?ってことです。

意識であることを、度々感じられるようになってから、思考や感情にハマっている状態に、たまにですが気づけるようになってきました。意識・存在であるほうを選びたいです。

>心の奥(ハート)、内側に浸透しています。
>そのたびに少しずつ個もマインドも自分を成り立たせている神自身に心を開いていくのです。

内側に浸透していると思うと、嬉しく思います。教えていただいていることを、いつもありがたく浸透させていただいています。読ませていただいている時に、心が清まるような感じがしています。意識であることに、意識・心を向けていたい感じになります。

>叡智を通して直接的理解、直接的気づきが降りてきます。

インドのサットサンの動画を見ていると、グルのお話を聞いている最中に、気づきが起きて、笑い出したり、泣き出したりする場面を見ますが、その方の準備ができていたことで、直接的な理解が起こった、ということですよね。その説法の内容が気になって、もう一度、注意深く聞きいてみても、私には気づきは起きないです。気づきのタイミングは、人によりますものね。

りょうせいさんの、以前の探求の様子や、気づきが起こる少し前は、どのような感じでしたか。

729り改め りょうせい:2026/01/11(日) 23:00:15 ID:yX3dy9m60
>>727
>探求はもしかしたら幼少期から〜
始まっていたのかも知れません。

はい。
そうじゃなきゃ、個の私がなぜこのような話に興味を持てるでしょうか。笑

>愛はすでにあり、それが真のあなたである。
↑ありがとうございます。何かをしなければ〜
>自分にとっての本当を知っていきたいです。

あなたに課題を出します。これはあなたの気質だけに合う漢方のようなものだと気楽に捉えてくださいね。
これは個のあなたのプロセス(神との合一)にとって重要なメタファー(たとえ話)です。
時間をかけて、ゆっくりこの話の真意を考察し消化して行ってください。これは頭で答えを出すというより、この話を頭の片隅に置いておくこと自体が、重要な叡智に繋がります。

・マタイの福音書 21章12節
・ヨハネの福音書 2章13〜16節

※解説者や説教者の説明は無視して構いません。
翻訳で書いてある文字の意味だけで結構。

>そして真の私を内側で感じられた事でこれは全員共通のものだと実感出来ました〜

いいですね。そうです、賢者は映画を鑑賞していてもスクリーンの存在を忘れていません。
映画の現れを無理矢理スクリーンだと思い込むというより、スクリーンがなければ映画も現れも映し出されないことを常に忘れていません。

>それから大きな私に内側を満たされて〜またいつもの通りすぐにこの感覚も消えました。

ナイスです。

>簡単に理解されては不都合なのだと思います。

すでに理解は起き続けてると思って過ごしましましょう。理解を求めている探してる演技が表面的に起きているように見えるだけです。それは錯覚です。構わず心身の動きが流れていっていることを観ましょう。

>でもこれが個の本心なのだと思います。

大きな私であること。それは永遠の至福です。正確にいえば、永遠の至福に誰もが常にいますがマーヤ、幻想という心の抵抗によってそこから離れることが高頻度で起き続けているだけです。

真理探究者は、個というキャラから目覚めるチャンスの流れであり、そのため大きな枠組みの流れの視点でみれば、探求者というだけでチャンスに恵まれて偉大な価値のある人生なのです。真理は誰もが興味を持つテーマじゃありません。

>ふと、大きな私ちゃんは個の私の中の女性性に対しては彼氏役を
男性性に対しては彼女役を演じてくれているのかなと思いました。

なるほど。
いわんとすることわかります。そうですね。笑

>あと真の私は本当はかなり高次元の存在で個に合わせてレベルを下げて会話してくれているのかなと。

かなりどころか唯一の至高者です。
個を心としてもいいでしょう。
心をたとえばひとつの国としましょう、
国民たちの中でも、真の私支持派と、
個の私支持派と派閥争いの戦争があるわけです。
なので、心にとって「恩寵と浄化」のように感じるけど、心の内面の善玉菌と悪玉菌のバトルのようなものです。笑 
レベルの違いや、あなたがあるときは賢者であったり、あるときは迷子になるのもこうした理由から。

不快は快楽の記憶であり、快楽は不幸の記憶です。迷子が起きるのは記憶との同一化が根強いから。そのため時間という幻の概念を越えること。そしてそれが直接「真の私を愛すること」に繋がり、それが本当の自愛です。
すでに自愛はあります。それを防ぐことが心の活動です。
そして、直接理解は同時に個を整えることにも繋がります。一石二鳥以上の総合治療薬です。

私はここであえて真の私、神、いちなるものに対する、素晴らしさや褒め讃えや偉大さをあまり伝えていません。いかに素晴らしいか、また、個にとってそれはどれほど素晴らしいことに繋がるのか、どれほど最高の結果なのかをほぼ伝えていません。
「◯◯をしたら◯◯となる。だから◯◯をやりましょう」このような、餌となる表現は意図的に抑えています。それを言うと心、エゴのシステム上、ますますそれから遠ざかるからです。
それに探求者の心は常に動いて疲れています。これ以上心を疲れさせる必要はなく、ほんとは何かを求める必要さえなく、真のあなたはただ存在してるだけでいいんです。この基本的概要を基に、疑いや苦しみとの同一化を取り除くために探究しましょう。

だから私はあなたにも、〇〇のために、真の私、神を愛しなさいとは言いません。
言うなれば、真の私を愛するがゆえに、真の私を愛しなさい。です。
あなたがたとえば、自分のツインレイが現れて「◯◯が欲しいから、その目的として、あなたといたい。その目的を叶えられる手段として、あなたを愛している!」と言われるよりも、
「あなたといたい。あなたを愛している。
なぜなら、あなたといたくて、あなたを愛しているからだ!」と言われた方が良いはずです。笑
真の私との合一も同じです。ただ愛しましょう。
それができたらそれが強烈な明け渡しになります。

追伸 ルミナスいい曲でしたー⭐︎

730り改め りょうせい:2026/01/11(日) 23:01:34 ID:yX3dy9m60
>>728
>「心が動いていないときの私」、その時に〜感じられる純粋な意識は、わかると思うのですが、叡智を通しての直接的理解、直接的気づきは、降りてくるまでは、わからないですものね。
>でも、意識でいることが徐々に増えてくるにつれ、精神的にも、現実的にも、穏やかで、幸せな感じが増えてくるようですので、まずは、そこを目指したいものです。

意識があなたの本質です。意識自体は過去、現在、未来ずっと変わらない存在です。
しかし、個がそれを完全に忘却している状態と、
仮にそれを知ったとしても外側の遠い彼方にあるに違いないと思い込むのと、常にこの瞬間あると知るのでは、たしかに個の精神面にも違いが出てくるでしょうね。
自己知識が深まるにつれて結果的に自然とそうなることはあり得ますが、それは目指すべきものというより結果としてなんです。なぜかといえば深まると、たとえ精神的にも、現実的にも、不安で不幸せな感じが起きたとしても、それが幻想だと自然と見抜かれるからです。

また二元世界(相対的世界)の視点でいうと、二元世界はあなたがどの概念と同一化をしているか?をレッスンとして指し示していきます。心やカルマの振る舞いがどうあれ、忍耐強く意識で在りつづけることでそれらの想念たちのマーヤ的振る舞いとの同一化を溶かすことができます。

>頭や顔の辺りに意識がいきますが、よく、ハートに意識を向けるようにと聞くと思うのですが、また違ったアプローチ、ということですかね。「私」というのがどの部分か、というのはないと思うのですが、感覚としは、目の辺りに感じられるような気がしています。

いいですね。その部分が、どの場所であってもその私感覚を観照しているということがポイントです。
本当にそれ(私感覚)が真の私ならば、
決して「その対象である私」に気づくことはできません。
私感覚を目撃できた時点で、それを目撃している目撃者と私感覚はあきらかに違うわけです。
「私感覚は常に永続する真の私ではない」ということです。なぜならあなたの本質は感覚ではなく、″在る″だからです。

>そうなんだなと頭ではわかるのですが、どうしても対象を、私とは別の何か、と見てしまいます。だから苦が生じるのですよね。

相対的世界での、違いの感覚は形や性質が違うし、接触すると物語も起こるので別の何かと見えて自然です。それはそれで消そうとしなくていいんです。それでも在るがあるからそれらが成立します。どちらも正解です。
木を見てください、葉っぱは木なのか?
そうとも言えるし、そうではないとも言えます。
でも葉っぱが葉っぱでいられるのは、根があるから。見える姿の奥に、見えない全体がある。
その全体があるから部分が現れます。

>そうですね!進みは遅くても、学ぶことが楽しくて、探求し続けています。気づきが起きてからも、ずっとこのことに触れ続けて、学んでいきたいと思っています。

わかります。自己知識を学ぶことは相対的な楽しさとはまた一味違った好奇心というか、ときめきがありますね。笑

>意識であることを、度々感じられるようになってから〜意識・存在であるほうを選びたいです。
>意識であることに、意識・心を向けていたい感じになります。

はい、螺旋階段を登っていってください。

>インドのサットサンの動画を見ていると、グルのお話を聞いている最中に、気づきが起きて、笑い出したり、泣き出したりする場面を見ますが、その方の準備ができていたことで、直接的な理解が起こった、ということですよね。 

プンジャジのやつですかね?笑
色々なことが起こり得ます!
それは起こるなら自然と起こります。止められません。
個の私(りょうせい)の場合、そういう体験が起きてから本格的に真理探究が始まりました。

>りょうせいさんの、以前の探求の様子や、気づきが起こる少し前は、どのような感じでしたか。

これは長くなるので機会があればどこかで書きます。ひとつ言えるのは何度も何度も聖なるイベントは起き得ます。だけど最後まで進まなくてはいけません。そのため聖なるイベントを必ずも求めたり目指す必要はありません。
そして最後の最後は皆同じところに行きますが、それまでの過程や流れは十人十色です。

731幸せな名無しさん:2026/01/13(火) 16:31:40 ID:gLgxfm2c0
v8氏お元気そうで

732幸せな名無しさん:2026/01/13(火) 22:24:14 ID:RKlATSt60
>>730
ご返信いただき、ありがとうございます。

>それが幻想だと自然と見抜かれるからです。
>忍耐強く意識で在りつづけることで〜
>「私感覚は常に永続する真の私ではない」
>それまでの過程や流れは十人十色です。

シンプルにわかりやすく、何度も説明をしていただいたことで、大分、頭の中が整理されてきました。実践していき、気づきを深めていきたいと思います。
本当にありがとうございました。

733り改め りょうせい:2026/01/15(木) 10:49:06 ID:a2zkOywY0
>>732
ありがとうございました♪


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