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長年、悟り系真理探求してきた者だが質問あります?
620
:
り改め りょうせい
:2025/12/16(火) 08:56:06 ID:4eiE2/zc0
>>616
ありがとうございます。笑
「本心」
その表現も、まさに同じで、つまりそういうことですね。エゴというのは、突き詰めると
自分を守るための防衛システムです。
もう少し具体的に言うと、エゴは「すでに知っていること(知っていると思っていること)」に囲まれていたい。
私は分かっている、私は把握している、という安全圏が欲しいんですね。
そのために、無意識のうちに
・未知
・やったらどうなるか分からないこと
・想像がつかないこと
こういったものを避けようとします。
そして必要とあらば、自分で自分の気持ち、本心に嘘をつく。それも、本人は気づかない形で。
これが進んでくると、個は
「あれ?自分の気持ちが分からない」という状態になります。感覚としては「グワァー」とか「モヤモヤー」とか何かは確実にある。
でも、言語化できない。
どの方向に進めばいいのか分からない。
結果として、動けなくなってしまう。
だから、すごくシンプルに言えば、
真の私の願望、本心、本音、そして、悟りとか覚醒と呼ばれるものも含めて、
結局は「本心(本当のこと)から目を背けなくなる」という、ただそれだけのことなんだと思います。願望実現にしても、真理実現にしても、
本当の自分が、個の自分を救おうとする
偉大な自己愛のラブストーリーなんですよね。
なので、少しずつ
・自分の本当の欲求
・本当の衝動
・ずっと見ないふりをしてきた声
こういったものに、気づいてしまう。気づかされていく。そして一度気づいてしまうと、もう「なかったこと」にはできない。笑
あなたが言うように、
>「ただ本心に目覚める事は必ずしも幸福ではない、でも自覚してしまったらもはやどうにもならない」
という点ですが、これは前提として、また「恩寵」の話に戻るのですが、恩寵は、個が予想できるような形の幸せのために働いているわけではありません。
恩寵は、意識としての立場の「本当の私」に還るために、二元世界のあらゆる現象を使って働きます。最終的にはそれが、一番の自己愛であり、個にとっても最大の幸福実現であり、
苦の消滅、つまり救済になるからです。
そのため、二元の光も闇も快も不快も成功も失敗もすべてが必要な過程、必要なレッスンの素材として使われます。
そして、個として二元世界を長く、深く体験すればするほど、たくさんの立場、感情、物語を経験することになる。
すると最終的に、
「あれ?立場や個性は違うけど、みんな同じじゃないか」という理解に近づいていきます。
姿・形・動き方・性質・気質はバラバラに見えても、結局みんな、
・幸福を求め
・苦を避けようとし
・できれば永遠に存在し続けたい
・この世界の物語を味わいたい
・なんだかんだで意識を愛しているw
これを、何度も何度も、手を替え品を替え、形を変えてやっているだけなんですね。
だから、本心に生きるということは、
二元の光と闇をより高い濃度で味わうということでもあります。
恋愛に例えると分かりやすいです。
「この世界で、この人しかいない」
と心底惹かれる相手と恋愛するのか。
それとも「嫌いじゃないし、まあいいか」
という相手と、ほどほどに付き合うのか。
どちらが正しい、という話ではありません。
ただ、体験の濃度がまったく違う。
前者は、喜びも深いけれど、同時に苦しさや試練も大きい。
だから、本心で生きている人は、側から見ると
「なんか、″生きてる″なあ」
「なんか人生が濃いなあ」と映ることが多い。
でも本人は当然、その分、揺さぶられる回数も多い。
一方で、本心から少し距離を取り、ほどほどに生きる。ほどほどに体験する。
これも、別に間違いではありません。気質や好みの違いもあるし、運命の違いもあります。
私も、普通に生きている人に「本心で生きろ!」とは言いません。
これやろうかどうか悩んでいる、と聞かれたら、
「後悔しないように、本当にやりたいことやりなー」と言うだけです。
何より、最終的にはすべては、
起こるか、起こらないか、それだけなので。笑
そんな感じですかね。
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