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長年、悟り系真理探求してきた者だが質問あります?

462り改め りょうせい:2025/12/02(火) 21:42:21 ID:nQcRHfoo0
>>451
探究をしていく中で「他人を見下してしまう感じ」が出てくるのは、正直に言うと、ほとんどの探究者に一度は起こる現象なので、まずそこまで自分を責めなくて大丈夫です。

なぜかというと、探究が進むというのは、
エゴの暗雲だらけの空に、少しずつ光が差してくるような流れだからです。
当然、探究者にとっては進歩を望み、退化を恐れるものです。

そして今の世界全体を見れば、
探究して目覚めの方向へ向かう人よりも、
「そっちには向かわないようにしている人」「まったく興味がない人」の方が圧倒的に多いですよね。笑

その中で、あなたの中には
・「ちゃんと目覚めの方向に進みたい」
・「無明のままではいたくない」
という志がすでにあります。
すると、エゴに眠っている人や、あまりにも無自覚に生きている人を見たとき、反面教師のような形で、
(ああはなりたくないな・・)
という気持ちが自然に立ち上がります。
それが「見下し」のような形で心に出てくることがある、というだけのことです。

相対的なレベルで見れば、たしかに段階の違いは確実にあります。
だから、
・直接本人に「見下し」をぶつけて攻撃すれば当然トラブル。
・心の内側で一瞬そう感じる → 正直、そこまで問題ではない。
という区別で見て大丈夫です。

それと、他人への見下しや嫌悪の感覚の中には、
「過去の自分」への嫌悪や恥ずかしさが含まれている場合も多いです。つまり、その人の中に「昔の自分」を見てしまうから、
余計にモヤっとする、というパターンですね。

その残りかすがまだ心に残っているからこそ、
似たものを外側に見たときに反応してしまう、という側面もあります。

いずれにせよ、最終的に、真のあなたがはっきりしてくると、
・段階やレベル
・他人の未熟さ
・自分の過去の愚かさ

こういったものは全部「一つの大きな運動の中の表面的な物語」にしか見えなくなっていきます。

なので結論としては、
・見下しが起きても「うわ、ダメだ・・」と過剰に責めない
・「ああ、こういう心の動きも今ここでただ起きてるだけなんだな」と眺める
・必要以上にストーリーに乗らない

これで十分です。
もしこれが何年も何十年も続き、
四六時中「見下しと自己嫌悪」に囚われ続けてしまうなら、そのときはもう少し深くテーマとして扱う必要が出てきますが、
今あなたが書いてくれた感じなら自然な通過点として起きている現象の範囲内だと思いますよ。


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