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長年、悟り系真理探求してきた者だが質問あります?
523
:
り改め りょうせい
:2025/12/07(日) 21:06:10 ID:SPXSav9M0
>>501
>これまでに時間の概念が消える体験はありません。
→ 時間の概念とは「記憶」と「想念」の連続によって成立しています。
そして、その想念が現れる最初の点が
「私 ─想念」 です。
この「私─想念」が流れ出していく場
そして、常に背後で静かにあり続けている下地。それが 真のあなた(純粋意識) です。
以前あなたが私の感覚を探しましょうというニュアンスのことを誰かに向けて書いていましたよね。(たしか・・笑)
まさにその線で合っています。
そして、ひとつスルーしてしまっていたので触れておきます。
>真理、霊性系の書物には、心を脱ぎ捨てる、エゴが纏ったものを捨てる、忘れ去る、執着を捨てる、なんて表現が頻繁にされます。
誰かと話していても、こういう表現をする人が多い。というか殆んどです。
実際は「私は個である」という錯覚が消え、個が持っていたものへの執着がなくなるだけなんですよね。あなたが以前に言われた「外部からの知識を忘れ」る必要はこうしたことですね。
→ これ、まさしくそのとおりです。
「心を脱ぎ捨てる」「エゴを捨てる」とは
個が頑張って手放すという話ではありません。
本質的にはただ、「私は個である」という同一化、錯覚が薄れ、その錯覚が掴んでいたものが、結果的に勝手に落ちていく。それだけのことです。つまり、「すべては結果論」なんですね。個が「それ」になろうと色々「それ」の性質の真似をするんです。しかし、「それ」の性質を真似るのではなく、「それ」で在るべきなんです。これが「合一」「私は在る」の叡智です。
インド思想で言えばヴァーサナー(潜在的傾向)心の性癖との同一化が、静かにほどけていく。そのプロセスがエゴの解体 です。
智慧の道は、
純粋意識として徹底して在り続けることで、
同一化が勝手に消えていく。
バクティは、
個として純粋意識に対して、
徹底して私が同一化しているすべてのものを捧げ続けることで、最後に捧げている主体そのものが溶ける。
見ている角度が違うだけで、
どちらも本質的には同じ運動です。
>扉を何度も何度も叩いた自覚はあまりありません。笑
>真理探求はわりと楽しく楽に進んできました。
→ あなた自身の自覚がないだけで、
扉のノックは長く長く続いていたんです。笑
しかも楽しく楽に進めるタイプの人は本当に稀。それはあなたの努力でもあり、
ある意味では 真理探求に関する徳を積んでいたとも言える。だから扉のほうがあなたを引っ張ったんです。
>あー、新しい気づきや知識が起こっても、古い気づきと知識の記憶はどんどん薄らいでいく。「私の」が消えているのか?
はい。まさに「私の」が薄らいでいます。
純粋意識とは、「私が気づく」のではなく、
「存在そのものが=気づきである」
という状態です。だから、
・時間を超えて
・記憶を超えて
・個のストーリーを超えて
気づきは常に今この瞬間だけにあります。
個としての「私の知識」は薄れ、
気づきそのもののほうが前に出てくる。
あなたに今起きているのは、その自然な流れです。
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