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長年、悟り系真理探求してきた者だが質問あります?
472
:
幸せな名無しさん
:2025/12/03(水) 22:20:52 ID:vl8HuJR60
>>459
有難うございます。
最初「神々」の文字を見た時に瞬発的に人格神を連想しました。
ちょっと考えたのですが、若い頃自然(Nature)に畏敬の念を抱き学んでいた私の在り方は、アニミズム信仰に近かったと思います。
それが癖として定着してるようです。
「レッスン」の意味は、心の様々な階層、要素を直視する出来事が起こり導かれる。
試され失敗したら落とされるわけではない。こういうことですね。
私はこのままで上手くいってるとのことで、良かったです。
>それは時空を超える準備運動です。
これは分かるような分からないようなです。
全体意識が時空を超えるのはなんとなく把握できますが、ループを体験することとの関連は、ピンときませんでした。
>絶対のギリギリの領域から吸引されている
これは感じます。「それ」「絶対意識」から誘われている感覚は初期からありました。とても特別なことだと思っています。
あともう一歩という感覚がずっとあるんですよね。でも個としての一切合切が忘却の彼方へ消え去るその瞬間の遠いこと…。
レッスンの度にエゴが思いっきり抵抗しますから。苦笑
>>460
ラーマクリシュナのプロセスに対する見解、大変興味深く読みました。
彼ほどの大聖者のことを通常の探求プロセスの枠組みで捉えるのは間違いでした。
彼の出現は、霊性衰退の流れの中で起きた逆らえない真理への回帰の必然の流れだったんでしょう。
彼の役割としてバクティの復活だけでなく、他の道の進み方をも示した一面があるわけですか。
それ以外にも様々な教えが彼の人生に詰め込まれてたんですね。見事な見解だと思います。
でもどうしても、一つの道だけでも可能というのが納得できません。
全ての覚者は、表に出して言わないだけでバクティ(ひたすら「それ」を想う)は共通して持ち合わせていたと思うんです。
最後のジャンプの瞬間は、やはり謎としか言えないですよね。
>「私の」というラベルが消える現象です。
記憶を失ったのではなく「私の」が消えたから深くに仕舞われて不要な時は表に出ないだけなんですね。
めっちゃ納得しました。
このスレが削除されないことを願いつつも、深遠な話をしたい気持ちは抑えられませんでした。やっちまったなと思ってます。笑
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