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持ち帰ったキャラで雑談 その二
1
:
名無しさん
:2007/05/13(日) 21:30:22
リディア「僭越ながら、新しいスレを立てさせてもらいますね」
アーチェ「本スレにはあげられないのをあげる場所だから。主にSSかな」
リディア「それでは、楽しんでください」
アーチェ「いつでも参加募集中〜」
233
:
名無しさん
:2007/11/28(水) 18:31:12
作業age
234
:
まとめ
:2007/12/03(月) 01:04:25
浮上
235
:
ピエット大提督
:2007/12/05(水) 18:36:30
帝国は情報保護の必要性を感じている為、浮上工作を実行中である
236
:
仰視編 ―神格佇む境内で・昼―
:2007/12/09(日) 21:06:14
その空間だけ、世界から切り離されていた。
気配はなく。
木々のこすれ合うわずかな音の中で、独り鳥居を通り過ぎる。
紅葉も終わりその多くが地を黄金に染め上げる秋の名残りの、
それでも木々に残る葉の隙間から零れ落ちる光線に、わずかに目が眩んだ。
まずは左手。次に右手。左手に注ぎ口に含み、最後にもう一度左手。
手水舎での作法は、冬の近いこの季節には感覚を痺れさせる。
水の跳ねる音が心地いい。
手水舎から境内まで歩く間に、財布の中から硬貨を取り出す。
10円。これ以上の金額にすることも、以下にすることもない。
高すぎると習慣性が薄らぐし、安すぎると参拝という行為自体まで安っぽくなってしまう。
ちなみに定番の5円は使わない。御縁に興味はないからだ。
冷水を浴びた手には、握りしめる硬貨の温度さえほんのり温かく感じられた。
境内に、一歩。
視界の先に佇む拝殿。そこに至るまでの真っ白な道。
恐る恐る歩く。
いつだってここでは畏怖を覚えずにはいられない。
神が居る・居ない。神を信じる・信じない。
そんなの些末事だ。些末だし、どうでもいい。
『参拝』という行為に、「神様にお願いする」なんて意味は微塵も込めていない。
それでも、ここには確かな畏敬がある。
そして、それだけでいい。
最初に小さく会釈。それは魔術儀式における『聖別』に似ている。
現実と夢の狭間にあって、その2つを切り分ける1つの儀式。
腕の中でしっかり握りしめていた硬貨を放る。
木造の賽銭箱にあたる鈍い音。続いて、金属同士がぶつかる鋭い音。
ゆっくりと目を瞑る。時と場所が違えば、それは寵愛をねだる動作と何ら変わりない。
そして、最も基本的かつ有名な作法――二拝二拍一拝。
心の中で念じる。
――どうか、平穏を。
それは願い事『ではない』。
あえて陳腐な言葉で表現するなら、『誓い』だろうか。
この一連の流れの中に、自分の意識を刻み込む。
静謐で彩られた幻想世界を。もはや習慣と言い換えてもいいこの儀式を。
いつか心の中で思い返す度に、思い出せる。
今の自分が何を求めていたかを。
もしも神様が存在するなら、何もしてくれなくていい。
ただ、許してほしい。
今この時、この場所で、こういった形で『願い』を歴史に刻みつける自分を。
最後にもう一度会釈して、儀式は終わる。
拝殿から振り返ると、ゆるやかな日差しの中に伸びる影が軽く踊った。
これで穏やかな夢の時間も終わり。
さぁ、現実に帰ろう。
騒々しく、慌ただしく、それでもそこにしかない自分の居場所へ帰ろう。
237
:
冬の音
:2007/12/16(日) 23:38:19
茶をすすっていた紫がついと顔を上げて、呟くように言った。
「冬の音ね」
「冬の音…ですか?」
向かいに座り、同じ様に茶をすする早苗が不思議そうに紫を見つめた。
黒目黒髪のごく普通の日本人、といった彼女はそうと嬉しそうに頷いた。
「あの音を聞くとね、いよいよ冬だって気になるの。自分はあの音が好きなんだ」
そう言い、目を閉じて耳を澄ます彼女に倣い、早苗も同じ様に目を閉じる。
そうすると普段は気にも留めない小さな音が―風が落ち葉をさらう音や火鉢のはぜる音が聞こえてくる。
これが冬の音なのだろうか。
そう思い、目を空けかけた時だった。
パキ―
先ほどよりももっと小さな、何かの割れる音が早苗の耳へと入った。
「聞こえた?」
紫が嬉しそうに問掛けた。
「今のは?」
聞き慣れないそれを早苗が問いで返す。
「霜が砕ける音さ。外じゃとびきり寒い日の朝にお日様が当たるとほんの少し聞こえるんだ」
そんな、霜が降りた朝のこと。
静かじゃないと聞こえない、霜が砕ける音
もしかしたら明日の朝は聞こえるかもしれない
皆にとっての冬の音はなんだろう。そう思う、冬の夜
238
:
仰視編 ―曙光抱く摩天楼にて―
:2007/12/17(月) 23:13:26
見上げる。
天に突き刺さらんばかりに延びる巨大な柱が、視界の一面を覆っている。
けれど、そこにあるのは決して無機質なだけの鈍い光じゃなかった。
光線。
ビルの壁面を埋め尽くす透明なガラス窓が、その屈折率から全反射させた朝ぼらけの太陽光。
空は、太陽から光を受け取りながら、太陽よりも眩しく輝いていた。
薄く目を凝らす。
早朝の摩天楼に人の気配はなく。
あと数時間もすれば雑多な波に覆い尽くされるであろうその場所は、
故にこの時間だけは普段の喧噪を晴らすかのように静寂に包まれている。
目を閉じる。
このまま眠ってしまえればどれだけ気持ちがいいだろうか。
思い、一時間後の惨事が即座に脳裏に浮かび、苦笑。
日の光がわずかに上方に傾くだけで、人工物が彩る光の幻想は終わりを告げる。
一日の、わずか十数分の間にだけ訪れる、『ツクリモノノゲンソウ』
日常の中でそんな幻想に浸れる自分は、さて幸福か。
あるいはそれはとてつもなく不幸なことなのかもしれない。
幻想と対比してしまう限り、現実は俗物にまみれた凡庸な世界に過ぎない。
それはダイヤと比較して、水晶の価値を軽んじるようなものだ。
決して水晶に価値がないわけではないのに。
そして、結局のところ、自分は水晶しか手に取れない。
ダイヤは眺めることは出来ても、その手に納めることは出来ないのだ――
さて、時間が来た様子。
これから摩天楼の一角にその身を置き、生きるための労働が始まる。
胸に抱いたダイヤの輝きは、従事する自分を少しは癒してくれるだろうか?
239
:
―地上の咆哮―
:2007/12/22(土) 10:29:47
ただ、音が外から聞こえるだけである。
それは爆発音であったり、機銃を撃つ音でもあり、
そして突貫の命令の声でもあり、悲鳴でもある。
次々と倒れゆく味方、迫ってくる敵。
私はこのやうな戦火の中で、決断をしなくてはならない。
味方にどのやうな指揮するかをだ。
私は迫られている。それは決断なり。
「サイパン全島の皇軍将兵に告ぐ 鬼畜米帝への侵攻を始め、既に約二年も過ぎた。
このサイパンにいる陸海軍の将兵ならびに軍属達は皆が一致団結して協力し、
皇軍の面目を十分に発揮し、負託の任務を完遂することと思われたが、
天に見放され、地の利は十分に発揮できず、だが、人の和を発揮して今日まで生きてきた。
だが、資材は尽き果て、銃や大砲も鹵獲されたり、壊されるなどして、
戦友達は相次いで戦死している。これは真に無念だが、彼らが国に貢献してことを信ずる。
だが、敵の進行は依然として悠々たるものであり、サイパンの一角を占領するも、
敵の爆撃に曝され散っていくのみで、今や止まっても、進んでも死ぬという最悪の事態となっている。
だが、今は大日本帝国男児の真骨頂は発揮するときであり、私南雲忠一は、
今ここにいる君ら将兵、軍属とともに喜んで鬼畜米帝の懐に飛び込み、
太平洋への防波堤として、ここに骨を埋めようと思っている。
今こそ戦争での教訓、「生きて虜囚の辱めを受けず」を実行するときであり、
勇気を持って躍進し、全身全霊で戦ひ、悠久の大義に生きることを
最後の喜びとするのだ。」
1944年7月8日 南雲忠一 戦死(ただし自決説もあり)
二階級特進にて、海軍大将へ
サイパンの戦いで日本軍は文字通り玉砕し、
生き残った日本兵は重症の兵士一人だけだったという。
240
:
願いの雪
:2007/12/23(日) 21:47:10
「…雪だ」
つまらなそうに窓の外を見ていたコピーエックスが驚いたように目を丸くした。
「ポッケ村は雪山に近いからね、降っても不思議じゃないよ」
鎧の手入れをしていたフヨウが彼の方を振り返る。
まるで子供のように窓から身を乗り出し、雪に手を伸ばすコピーエックスの様子が
普段の彼からは想像もつかず、フヨウは思わず笑ってしまった。
けれど、いつものなら飛んでくるであろう皮肉はいつまでもなく、
不思議に思った彼女は首をかしげて、問いかけた。
「もしかして雪見るの、初めて?」
彼女に背を向けたまま、彼が首を横に振る。
「視察にいったとき何回も見てるよ?…ただ、そこで見たのは
天候操作装置で操作して降らせた雪だからさ」
人だけでなく、天候と言う自然でさえ操作されていた彼のいた場所。
そんな環境だったからこそ、人々の間にはあるジンクスが出来上がっていた。
―曰く、自然に降る雪を見れた者は願いが叶う、と。
(ついでだから、何か願掛けしてみようかな)
柄にもなく、そんなことを思いながら、すっかり溶けてしまった手の中の雪を見つめる。
「そか」
一方、答えに満足したのか、フヨウは再びコピーエックスに背を向け、
今度は盾を点検しだした。
二人の間に流れる、静かな時間。
暖炉では暖かな火が燃え、時折薪の爆ぜる音を辺りに響かせる。
「そういえば」
思い出したようにフヨウが武具を床においたまま、コピーエックスの隣に身を乗り出す。
「昔お父さんに聞いたんだけど、静かにしてると雪が地面に落ちる音が聞こえるんだって」
「ほんとうかい?なんだかにわかには信じられないけどな」
「まぁさ、ほんとかどうかは目、閉じてみよう」
そう言いながら、二人がゆっくり目を閉じ、
「するね」「…ん」
どちらともなく互いの手に自分の手を重ね、
二人は飽きることなく雪の落ちる音をただ静かに聞いていたのだった。
どうやら、天然の雪は溶けてしまっても願いを叶えてくれるのだと、思いながら……
241
:
憐哀編side春原:三章「諦観の共有」 1/4
:2007/12/24(月) 19:50:01
二日目 PM 22:30
結局僕らが最後に辿り着いたのは、昨日も訪れた何もない公園だった。
二日目 PM 16:00
――おい、パス!
その言葉が耳に届いた瞬間、忘れかけてた何かがわずかに疼いた。
「? どったんヨーヘー?」
「……あ? いや、別に」
顔に出した覚えはない。
ほとんど反応なんてしてなかったはずだ。
それなのに、
「気になんの? 今の声が」
コイツは僕の考えを当たり前のように読み取ってくる。
「んなことねーよ」
――まったく、鬱陶しい。
そんな思いさえも伝わったのか、イサは顔を伏せて、
「そっか」
とだけ言った。
何か悪者っぽかった。むしろ悪者だった。
僕は何もしてないってのに。
「おい、ちょっとついてこい」
「え?」
イサの手を引いて、僕は声のする方へ歩く。
242
:
憐哀編side春原:三章「諦観の共有」 2/4
:2007/12/24(月) 19:51:47
そこは運動場だった。
ちょっとした祭りぐらいなら余裕で開けそうな広さがある。
娯楽がない、って意味じゃ昨日の公園と何も変わらない。
けど、
「何かやたらと人がいやがりまくります」
そりゃそうだ。
運動場は運動場らしく、運動のために使われてる。
走りまわる『同じ服装(ユニフォーム)』の連中。
間を行き交うたった一個のボール。
つまりは、まぁ、サッカーの試合中ってことだ。
「ヨーヘー、あれ何してんの?」
イサが僕の服の端を引っ張りながらそう聞いてくる。
その光景が、ふといつかの何かと重なり――胸中ではっ、と笑う。
「あ? お前サッカー知らないのかよ」
「知らねー。ヨーヘー教えれー」
「それが人に物聞く態度ですかねぇっ!?」
と言いつつ、これについて語らせると僕はうるさい。
伊達にサッカーのスポーツ推薦で高校に進んだわけじゃない。
そこらのなんちゃってスポーツマンとは格が違うわけよ。
「いいか、サッカーってのは…」
「入った! ボールがデカい籠に入った! ねぇあれで勝ち? 勝ち?」
「聞けよっ!」
聞きやしなかった。
243
:
憐哀編side春原:三章「諦観の共有」 3/4
:2007/12/24(月) 19:52:38
「ボールでけー。投げますか? イサちゃん遠投は大得意でした!」
「投げねーよ」
僕らは運動場から一つサッカーボールを拝借して、広場の隅へと場所を移した。
「これはこうやって使うんだ、よっと」
慣れ親しんだ感覚。
ボールに触れる回数は減っても、体に染みついた技術は簡単になくならない。
「ヨーヘーかっけー! 驚異のボール捌き、ただしハンドみたいなっ」
「お前ホントは知ってるだろ!」
まぁただのリフティングでも、ここまで驚かれればやった甲斐はある。
「ほら、パス」
「あ、えっ!?」
山なりにボールを送ると、イサはバタバタと手を振って、
顔面でリフティングした。
「……もう少し機敏に動けねーのかよ」
「あはははははははっ!」
「何がおかしいんだよ?」
「ヨーヘーが笑ったから! ボクも笑う!」
口元が知らず歪む。
「そーかよ」
自分の頭と同じくらいの大きさのボールを抱えながらイサが笑う。
それを見ながら僕も笑う。
ムカつくことに、僕はこの時少しだけ思ってしまった。
こんなのも、悪くはないと。
244
:
憐哀編side春原:三章「諦観の共有」 4/4
:2007/12/24(月) 19:53:26
二日目 PM 23:30
イサの息はわずかに荒い。
それ以上に、弱い。
普段のイサを知っていれば、なおさら今の姿は異様に映る。
その顔に普段のむやみやたらな快活さはほんのこれっぽっちもなく。
そのまま夜の闇の中に溶けていくかのような、昏い表情をしていた。
――ボクはもう、ムリ。
――これ以上は、何も持っていけない。
――アイツは間違いなくボクを『壊す』。
――だから、もう、お別れしない、と。
けど、何より異常だったのは。
「こんなの……ヤだ。もっと、ずっと…ずっとヨーヘーといたかったのにぃ……」
その瞳から、壊れたように涙がとめどなく溢れていることだった。
二日目 PM 17:00
ボールを適当な場所に返して、僕達は再びあてどもなく歩く。
いつまでこんなことを続けるのか、とか。
そもそも僕達は何をしてるんだ、とか。
――昨夜のコイツを見たら、何も聞けないんだよな……
「ヨーヘー」
「あん?」
「楽しかった?」
「何が?」
「さっきの。サッカーってやつ。球蹴り。ナイッシュー」
相変わらず言葉はおかしかったけど。
「……まぁな」
自然と、そんな言葉が漏れた。
「へへっ」
手が握られる。
もう、その温かい感触を振りほどく気にはならなかった。
この時には何となく気がついてた。
僕が何故コイツの勝手気ままをここまで許してるのかを。
僕が何故コイツの手を振りほどく気にならないのかを。
僕はコイツを守りたい。
このバカなお子様を助けてやりたい。
間抜けなことに、硬派で通るこの僕がそんなことを思ってしまってた。
245
:
何かが足りない
:2007/12/25(火) 16:47:11
マキシミリアン=ヴィアーズ…帝国軍の大将軍にして、数々の戦いの英雄にして、機甲部隊の
運用の天才…肩書きと名声をほしいままにし、大提督ピエットの親友であることから、その地位
も磐石。軍人としては非の打ち所無い人生を送っていた。軍人としては。
ヴィアーズ「…」
1人で自身のオフィスに篭っている時には、ポケットからロケットを取り出し、ある写真を見るの
が彼の習慣となっていた。息子、ゼヴュロン=ヴィアーズの写真である。彼の息子は皇帝の掲
げる新秩序を崇拝する父親と袂を分かち、反乱同盟軍に行ってしまったのである。妻を事故で
亡くした彼にとっては唯一の肉親であるにも関わらず、だ。
ヴィアーズ「私の方針が間違っていたのだろうか…?」
虚空に疑問を放つのもいつもの事だ。彼は典型的な仕事人間であり、家庭的では無い、とは
言い切れないが、過保護な父親でもなかった。妻が亡くなったときでさえ、軍事アカデミーを卒
業したばかりの息子には、帝国軍に仕えることで母との思い出を誇りに思うようにと言った。
それが彼の心の琴線に触れたのだろう。親子の溝は決定的なものとなった。
ゼヴュロンはしばらくの間、将校として働いていたが、機を見て、反乱軍に逃亡した。この時は
ヴィアーズも連日査問委員会へと呼び出された。彼はヴェイダーに拾われたことで、不問にさ
れたが、息子の上官と同僚は軍籍を剥奪され、その後の行方は分からなくなってしまった。彼
は今でもそのことを思うと、胸が痛む。しかし、それでも考えを改めることは無い。
ヴィアーズ「いや、そんな事はあるまい。ゼヴュロンは愚かな反動分子に誑かされただけなのだ」
先程放った自分の疑問に答えるのも自分だった。自分を否定することは皇帝の理想を否定す
ることになる。彼にできることではなかった。
ヴィアーズ「ならば…」
自分と同じ者をこれ以上出さないようにしよう。椅子から腰を上げ、背後の窓から下を見下ろす。
インペリアル・パレスには数階ごとに空中庭園が設けられている。その中でも最も高いところに
ある庭園を、彼の親友とその妻と息子達が散歩していた。その妻の数に彼は苦言を呈したくも
なるが、今のところ仲良くやっているようなので口出しはしない。ただ、自分の役割は彼らを見
守り、破滅を再び起こさせないようにすることであると再確認した。
246
:
さんどいっち記念日
:2008/01/12(土) 23:36:10
食卓に並べられた野菜の山と柔らかなフランスパンとを諏訪子は交互に見つめた。
「あれ、ケロちゃんだ」
声に振り向けば、片手にクリームチーズを持った赤目の少女。
「今日は何かやるの?」
「んーん、お母さん達の気まぐれのサンドイッチパーティーやるだけ」
言われて見れば成程、彼女の母達が台所に明け暮れていた。
鶏肉と香草の芳しい香りに、肉の焼ける音。
それだけでも食欲をそそるそれらに諏訪子も唾を飲み込む。
「おーずいぶん準備進んでるじゃん」
そう言いながら、現れたのは伊吹の鬼。
「どぉれ、ひとつ味見…うん!中々いい野菜使ってるじゃん」
手近なトマトを摘んだ彼女の体がふわりと浮きあがる。
「こら」
襟をつかまれたままデコピンを喰らう彼女。
「まあ野菜くらいいいじゃないの、まだ鶏やらは出してないんだし」
皿に盛られた鶏の香草焼きを卓へ並べながら、人間の紫がくすくす笑う。
ああ、ここは今日も平和だ。
そう思いながら、諏訪子は野菜に手を伸ばすのだった。
「…ん、おいし」
サブウェイの奴を家でつくってるときに思い付いたネタ
野菜がっつり入れるのが最近のお気に入り
…オリーブないけどな!
247
:
雪と子と巫女
:2008/01/18(金) 21:43:04
寒いと思えば。
窓の外にちらつく白片を見上げながら、早苗は火鉢に炭を入れた。
冬になる前に「必要不可欠だ」と山のように拵えられたそれらは暖房機器など
ほとんどないこの場所では重宝できるものであった。
きっと朝入れた掘り炬燵の炭も残り少ないだろう。
そうなれば、寒さに弱い神様がまた寒い寒いと布団に潜り込むだろう。
それではあまりにも情けない気がして、早苗は足早に土間を後にした。
「あら…?」
寒い廊下を進む彼女の目に雪の降る境内に立つ誰かの姿が入る。
その人物は踊るように空に手を伸ばし、白くなった息を何度も弾ませていた。
石畳を跳ねるように裸足で踏みしめながら、誰かがその場でターンを決め、
「あ、早苗ちゃんだ」
白い髪から覗く深紅の目を細めながら、彼女は笑った。
「村上、さん?」
「んもぅ、呼び捨てでいいってば」
驚き、立ったままの早苗を見つめながら、フヨウは再び舞い始める。
「あの、何を?」
「踊ってる!」
それは見れば分かる。
少し馬鹿にされた気がして、早苗は火鉢を手近な場所に置き、その場に座った。
「あのさ、空から雪が降ってくると何だか
『一緒にダンスはいかが?』って誘われてる気がしない?」
思わず首をかしげる。
フヨウは少し変わった子だとは思っていたが、感性等は早苗の理解の域を出ていた。
「でね、踊ってるとそのうち雪の結晶がね、きらきらしてすごく綺麗になってくの」
ほら、と差し出された手の上には木の葉に乗せられた雪の結晶たち。
「綺麗でしょ?」
まるでビー玉を見せに来る幼い子供のような彼女に早苗はそうですね、と
つられるように笑うのだった。
その後、すっかり少なくなった炭の追加に再び土間に戻り、
居間に向かった早苗が見たのは寒さに耐えきれず、炬燵の争奪戦を繰り広げる二柱の神と
ちゃっかり炬燵で暖をとるフヨウの姿だった。
「でもさ、やっぱり寒いじゃん」
248
:
窓辺に二人、月見酒
:2008/01/26(土) 08:10:25
「ぬ」
「お?」
片や嫌そうに、片や意外そうに、二人はそんな声を上げた。
「月見か」
「…そんな所です」
満月よりは少し欠けた、それでもまだ強い光を宿す月のある夜である。
その光に誘われたのか、はたまた偶然か。
しばらくして両者とも手に杯、それに僅かなつまみを持って縁側に並んだ。
「粋狂ですな」
「お互いにな」
話すことはほとんどなく(元より声にする必要は二人にはない)、ただ黙々と互いの酒を酌み交わし、寒々とした夜空を見上げるばかりであった。
時折思い出したように言葉を交わし、また沈黙。
別段互いを嫌っている訳ではない。これが二人にとって自然の反応だった。
少し前までは言葉すらほとんど交わさず、ましてやこうして酒を酌み交わすことすらなかった。
「変わったものだな」
「えぇ、全く」
片方の言葉にもう一方が苦笑しつつ、酒瓶を傾ける。
瓶は二人の杯を満たすと酒瓶としての役目を終えた。
「お開きですかね」
「そうなるな」
瓶を適当に横に置くと、既に傾きつつある月を見上げて、互いの杯を掲げる。
「乾杯」
「乾杯」
リクがあったナハトとゼロツー話
二人の関係は多分こんな感じ
249
:
双翼と宿木
:2008/01/27(日) 17:54:17
これは私の望むものではありません。
胸を貫く充足。全身を焼き焦がすような安寧。
髪の毛一本の先にまで行き渡る幸福感。
この瞬間に己の生が途絶えたとしても、何一つ禍根を残すことはないでしょう。
世を儚むことも、恨むこともなく、清らかなまま逝けるでしょう。
それは何という――不幸。
心が仮初の幸福に包まれるほど、虚ろなその本性が醜く際立つ。
私の中には何もないことを思い知らされずにはいられないのです。
知己を望まなければ、自分がどれだけ愚かであるか知らずにすみます。
温もりを望まなければ、自分がどれだけ孤独であるか知らずにすみます。
幸福を望まなければ、自分がどれだけ不幸であるかを知らずにすむのです。
何かで満たされるほど、私の中の虚ろが際立つ。
けれど、満たされないことに私の小さな心は耐えられないでしょう。
繰り返しです。
これから先、私はどれほどの幸福を得るでしょう。
そうしてどれほど苦しんでいくことになるのでしょう。
幸福でありたい。
けれど、幸福であることは――辛い。
「……なんて、可哀想な人」
どこかで、誰かが、そうつぶやきました。
これは私の望むものでは、ありません。
250
:
手記、1
:2008/01/27(日) 22:30:26
彼女の話をしよう。
彼女はいつもシングルベッドの隅で小さくなって寝ている。
シングルベッドと言っても、いつも2人――多い時は3人で使うこともある。
部屋の広さに対して人数が多すぎるからしょうがないんだけれど。
彼女は同じベッドを使う子の間では、とても評判が良かった。
とにかく彼女は寝相がいい。
一度眠りについたらピクリとも動かなくなる。
おまけに寝付きもいいから、自分から起きない限りはまず起きようとしない。
何度、急な心臓発作でも起こして死んじゃったんじゃないかと焦ったことか。
これがあのピンクのポニテ娘だとこうはいかない。
何度ベッドから蹴り落とされたかわからない。
それはともかく、彼女は寝相がよく、寝付きがいい。
時折、壁にぴったり貼りついて眠る彼女の顔を覗き込む。
もう日はとっくに昇り、みんなも少しずつ起きだしてくる頃合いだ。
放っておいてもその時が来れば必ず目を覚ますのだけれど、今日は何となく
幸せそうに寝ている彼女にいたずらをしてみたくなった。
仕方がない。だってこんなに可愛いんだから。
頬をつついてみる。
反応なし。
頭を撫でてみる。
反応なし。
身じろぎの一つもしてくれたらさらに可愛いのに。
そんな身勝手なことを考えつつ、その後も耳に息を吹きかけたり鼻をつまんだり
してみたけど、結局彼女は何一つリアクションをしなかった。
結局、今日も諦める。
そうして私は朝の作業に戻る。
フライパンに卵を落とし、トースターにパンを放り込む。
そんなことをしていれば――ほら。
布団にくるまるその姿がもそもそと動き出す。
彼女が目を覚ます時間は、朝食が始まる直前と決まってる。
「おなかすいたー、ごはんだー」
布団が内側から爆発した。
寝相も寝付きもよければ寝起きもいい彼女は、ベッドから起き上がるなり
朝の第一声を響かせた。
長い髪はあちこち飛び跳ね、パジャマは下がずり落ちて白いラインが覗いてるけど、
その顔に浮かんだ笑顔だけは百点満点、完璧だ。
私は告げる。
朝の挨拶と共に、彼女の名を。
――おはよう、アスミ。
彼女の話をしよう。
可愛くて、強くて、私の大切な大切な『妹』の話をしよう。
251
:
煙の向こう側
:2008/01/29(火) 23:01:53
縁側から立ち昇る煙にナハトは首を傾げた。
はて、こんな時間に誰か縁側でするめでも焼いているのだろう。
そう思い、鼻を動かすも感じたのは独特の苦味を含んだ臭い。
それが煙草だと分かっても彼には誰が吸っているのか、見当もつかなかった。
そもそもこの家に煙草を吸う粋狂などいない筈だ。
そう思いながら、庭へ回り込み、縁側に腰かけている彼女と目があった。
冬眠したんじゃないのか、と問えば、珍しく目が覚めたのだと返された。
自前の物だろう肘掛けにもたれながら、煙を吐き出す彼女に肩をすくめ、隣に腰掛ける。
縁側と居間とを仕切る障子は閉めきられおり、縁側はひんやりとした空気と煙草の煙に包まれていた。
何をする訳でもなく、ぼんやりとするナハトへ彼女が一服いかが?とキセルを差し出す。
煙草は吸わない主義だと返せば、残念ねと彼女にしては珍しくあっさり引き下がった。
煙草の煙が出なくなった頃、彼女は自身のキセルに残った灰を火鉢に落とした。
今度は春まで起きるなよ。
皮肉を込めて、ナハトが笑いかけると彼女は
なら早起きしようかしらと微笑み返す。
性悪め。
お互い様でしょう?
彼女がいなくなったそこから彼もようやく腰を上げ、
縁側に僅かに残った煙を空気に溶かしていくのだった。
なんとなくゆかりんはキセル吸ってそうなイメージ
252
:
静寂
:2008/02/02(土) 20:39:00
――私は、あなたのためにいるのに。
――あなたのためだけの存在なのに。
――あなたの中に、私はいない。
……………………
253
:
覚醒
:2008/02/03(日) 22:28:22
ある時、気がついた。
『それ』が当然であることを。
知るとはつまり、踏み越えるということだ。
明確に引かれた一線を、私は自覚した瞬間にまたいでいた。
もちろん、それで世界が変わるわけじゃない。
けれどおそらく、私は変わった。
「おそらく」というのは、今となってはそれ以前の自分を思い出すことができないから。
それこそ、その瞬間に私は生まれ変わったようなものだ。
気がつくと私はすべてを知り。
同時に私のすべてを失った。
それは神の祝福であり。
同時に悪魔の呪いでもあった。
想うことはない。
感じることもない。
ただ、知った。
世界のすべてを。
その真実を。
その偽りを。
その愛おしさを。
その虚しさを。
――そして、『彼』もそうであったことを。
……………………
254
:
エンドアの戦い・IF 1/4
:2008/02/08(金) 13:47:25
森林惑星エンドア…アウター・リムの外れに浮かぶ、文明の香りは遠いが美しい惑星である。この
惑星の軌道上に最近、人工の天体が浮かぶようになった。銀河帝国軍の"極秘超兵器"が建造さ
れつつあったのである。
そしてこの惑星の地表にはそれを守るシールド発生装置が建設され、守備隊も配置された。反乱
同盟軍の破滅は近く、帝国の一層の隆盛を誰も疑うことは無かった。しかし、破滅に向かっていた
のは彼らの方だった。
――エンドア星系・エリア48
普段は往来もまばらなこのエリアに、大規模な帝国艦隊が集結していた。フリゲートやクルーザー、
そしてスターデストロイヤーも。しかし、それらの決して小さくは無い艦船が救命ボートか駆逐艦の
ように見えてしまうほど巨大な戦艦が中心にいた。エグゼキューター級スタードレッドノートである。
エグゼキューターは銀河帝国の威信をかけて建造した帝国艦隊の総旗艦である。全長は17km.を
超え、数千の航空機と数個師団を内包し、一つの惑星を破壊できるだけの力を秘めていた。まさに
皇帝パルパティーンの理想の果てを体現したと言える代物であった。
今、この戦艦の艦橋に2人の男が立っていた。この艦隊の司令長官ピエット提督と、艦長のゲラント
大佐である。彼らは皇帝によって、"極秘超兵器"の護衛任務を与えられていたのである。その内、
黒い制服を着た将校がやって来た。彼の踵を鳴らした音で、初めて彼らは気付き、振り返る。
「提督、全艦船戦闘配置に就きました。サラストの敵艦隊はハイパースペースに突入し、こちらに向
かっているとのことです」
偵察部隊の指揮官のメリジク中佐である。彼はしばしば、民間船の船長に化けて諜報活動を行うこ
とを得意としており、優秀なスパイとして知られている。
「よろしい、ここで待機するとしよう」
「迎撃なさらないのですか?」
提督の意外な言葉に、艦長がすぐさま疑問を口にする。報告をしたメリジクや、彼らのそばに居た司
令要員達も艦長と似たような反応を示す。言った本人の提督も、少々、落ち着かないそぶりを見せな
がら続けた。
「皇帝陛下の勅命だ。何か特別な計画がおありらしい。我々は敵の退路を塞ぎさえすれば良いのだ」
そう言って彼は再び窓の外を眺めた。勅命とあれば、彼らに議論の余地は無い。ただ、戸惑いながら
も従うしかなかった。
――第2デス・スター・火器管制室
この"極秘超兵器"の北半球に設置されたこの区画は、この計画の中で最も重要なものであり、存在
意義そのものである。帝国艦隊の半分を動員してやっとという仕事を、一発で片付けてしまうからだ。
この区画は体感的には決して寒くは無い。デス・スター内は完全に温度が調節されており、快適な環
境で将兵から作業員に至るまで自分の仕事を行える。ただ、あらゆるものが金属を始めとする無機物
で構成されている為か、視覚的には寒々としたものだった。そして人の心も。
255
:
エンドアの戦い・IF 2/4
:2008/02/08(金) 13:49:07
ここに一人の男が居た。他の将校と見かけは変わらないが、腕の腕章で総督職にあることが分かる。
彼がこの"極秘超兵器"の建造と攻撃指揮を任されているジャジャーロッド総督である。彼は今、巨大
なスクリーンに映された、反乱同盟軍艦隊の映像や、スーパーレーザーの様々なデータを見ていた。
突如、画面が切り替わった。黒いローブを纏い、厳しい表情をした男――皇帝パルパティーンである。
直ちに彼や将校達が跪く。そして、次の言葉を待った。
「司令官、適宜砲撃せよ」
ついに、この兵器が運用される時が来たのである。と言っても、彼が予定していたのは、もっと後だっ
たが。皇帝の思いつきは彼の予定を大幅に短縮したのである。
「仰せのままに、陛下」
その返事を聞いたのか、画面は元に戻った。直ちに彼らは戦闘配置に就き、攻撃準備に取り掛かった。
そして、ついに最初の発射命令が下される。
「発射!」
腕をまっすぐ伸ばし、革のグローブを嵌めた人差し指で命令を下す。すぐさま周辺の8基のタワーから
レーザーが放たれ、中央のレンズに収束し、一筋の巨大な緑色の光の矢となって、不運な敵艦を貫き、
破壊する。この時、彼らの心の中には不思議な高揚が生まれていた。
――惑星エンドア・シールドバンカー
「くそっ…」
そう呟いたのは、この基地の司令官のアイガー将軍である。彼はホスの戦いにも従軍した、天性の指
揮官であったが、原住民達をうまく味方につけた反乱同盟軍の奇襲攻撃により、部下の将兵と共に、
捕虜として木にくくりつけられていた。
先程まで彼らの居た基地から、反乱軍の指揮官らしい男――もっとも、ならず者のような風貌だが。が
逃げろ!と叫びながら飛び出してくる。何が起こるかは容易に予想ができた。その直後、目の前のバン
カーが大爆発を起こし、アンテナは焼け崩れた。最早、自分の軍人としての人生が終わった事を象徴
しているかのように。
――エンドア星系・エリア48
デス・スターの砲撃に驚いた反乱同盟軍艦隊は退却をしようとした。しかし、その先にはピエット提督
率いる大艦隊が待ち構えていた。まさに前門の虎、後門の狼…または、袋のネズミである。
しかし、デス・スターと戦うよりは賢明だっただろう。艦隊の中に突っ込むと、彼らは砲撃してこなくなっ
た。人命軽視の帝国軍でも、流石に戦艦を沈める真似はしなかった。その為、至近距離での撃ち合い
となり、ここに銀河内乱初の艦隊決戦という事になった。
「提督、シールドに負荷がかかり始めました。敵の集中砲火です」
「我々と刺し違えようと言うわけか…よろしい、反乱軍のクズ共とはいえ、見上げた根性だ。それに敬
意を表し、全力で戦うとしよう。シールド、並びに攻撃出力強化!」
提督は邪悪な笑みを浮かべると、そう命令を下した。そして、白い巨艦は持てる火力と防御力をフル
に発揮し、次々に敵の艦船と航空機を飲み込んでいったのである。
256
:
エンドアの戦い・IF 3/4
:2008/02/08(金) 13:52:27
「前方!敵機急降下!」
次の瞬間、強い衝撃が彼らを襲った。弾幕を潜り抜け、満身創痍になった攻撃機が特攻を仕掛けて
きたのである。シールド発生装置や艦橋には影響は無かったが、通信アレイと発電設備が大爆発を
起こしたのである。これにより、指揮と攻撃が全くできなくなってしまったのだ。
「提督!通信アレイ並びに発電室大破!攻撃及び指揮不可能!」
「ダメコンチームを全員差し向けろ!指揮能力だけでも回復させるのだ!」
統制の取れない軍隊ほど弱いものは無い。事実、この戦いの戦没艦の多くは指揮系統が麻痺して
いた時間に撃破されている。しかし、彼の判断は正しかった。攻撃を優先させていたら、それこそ全
滅ものだっただろう。彼らの目の前で、デス・スターは吹き飛んだ。
――第2デス・スター
いまや、デス・スターの全てが崩壊していた。あらゆる計器が危険であることを告げ、壁や天井は崩
れ落ち、あちらこちらで大小の爆発が起きていた。皇帝の計画は自身と共に滅び去り、帝国の崩壊
を示していた。しかし、今はそれを考える余裕は誰にも無い。生き延びることで精一杯だった。
「ああ、もうおしまいだ…どこへ逃げようと言うんだ…」
総督の、いや総督だった彼はとうとう座り込んでしまった。どこのハンガーも、逃げ出してしまったか、
崩壊してしまったものばかりで、彼の逃げる手段は無かった。もっとも、あったとしても、彼は航空機
の操縦の心得は無い。さらに育ちの良い彼は、見苦しく逃げ回るのにも嫌気が刺していた。
「総督!お早くお乗り下さい!これが最後です!」
どこかで聞いたような声だ。見れば、赤いアーマーのクローン・コマンダー…名前はバレイポットとか
言ったか。ヴェイダー直属部隊の指揮官で、デス・スター防衛責任者の一人でもあった。彼らは、来
るかも分からない、彼の為に待っていたのである。背後には廊下から爆発と猛火が迫っている。慌
てて、彼はそのシャトルに転がり込んだ。ハッチを閉める前に、シャトルは上昇し、少し火が入って、
コマンダーのスカートの裾を焦がした。しかし、間一髪で彼らは逃げだすことに成功したのである。
――惑星エンドア・シールドバンカー
この惑星の地上からも、デス・スターの崩壊を望むことができた。原住民と反乱同盟軍が歓声を挙
げる中、帝国軍将兵達は通夜のように静まり返り、時折落胆の声が聞こえたり、親族か友人が居た
のか、すすり泣く者も居た。
「ああ…」
将軍も例に漏れず、頭を垂れていた。しかし、処刑されずに済むかもしれないという、安堵の気持ち
もあった。あの爆発から、2人の暗黒卿が逃れられたとは思えないからだ。
ふと、背後に気配を感じた。スカウトの一人が自分の縄を切っていたのである。思わず、声を出しそ
うになるが、スカウトが人差し指を口元にあてて制止した。小さなナイフだったので数分かかったが、
縄は解けた。そして、シャトルが確保してあるので逃げるようにと言われた。
「…君の名前を聞いておこう」
「レイズです、レイズ軍曹です」
「軍曹、感謝する」
そう言って将軍は、勝利に酔う反徒達の隙を衝いて数人の将兵と共に森に消えた。
257
:
エンドアの戦い・IF 4/4
:2008/02/08(金) 13:53:04
――エンドア星系・エリア48
「通信回復しました!」
ダメコンチームは当初の目的を達成したことを伝えた。しかし、時すでに遅く、守るべきものは失われ
ていた。全員が呆然とする中、通信が入った。皇帝かヴェイダーが現れて、死刑宣告をするのかと、
全員が恐怖した。しかし、現れたのは初老の将校だった。
「提督、インペリアル・スターデストロイヤー・キメラのペレオン副長です」
ホロに浮かんだ彼はそう告げた。何回か、艦長達との作戦会議の時に会ったのを覚えている。しかし、
なぜ彼なのか。その疑問はすぐに溶けることになる。
「副長、君が何用だ」
「艦長が名誉の戦死を遂げられたので、ただいまは私が指揮をしております」
「そうか、では今から君が艦長だ」
「ありがとうございます、提督。本題ですが、これからどうなさるのか御指示を」
心の中で少し悼んでから、副長の昇格を告げた。そして、新しい艦長が礼を言った後に、指示を仰い
だ。今や、自分が全てを決めねばならない。そうは思ったが、なかなか整理がつかないものである。2
人の暗黒卿に怯えながら仕えていたが、改めて偉大さを感じていたのである。その為少々、弱気な発
言をしてしまった。
「その事だが…どうしたものだろう」
言ってから、しまったと思ったが、目の前の艦長は動じる様子も無く、強い口調で自分の意見を示した。
「デス・スターは失われました、ここは退却すべきです!これ以上犠牲を出すことはありません!」
正論である。皇帝には恐怖こそ抱いていたが、殉ずるというまでの忠誠心は持ち合わせていなかった。
それに、戦争もさらに続くことになるだろう。ならば、戦力をどれだけ残せるかが彼の仕事だった。
背筋を伸ばすと、全てのチャンネルを開き、命令を下した。
「その通りだ。…私はピエット提督だ、艦隊の全艦並びにパイロット諸君に告ぐ。作戦は中止だ、直ちに
カリダン星系へと撤退する!繰り返す、作戦中止、カリダン星系へ撤退せよ!」
展開していた航空機や、デス・スターとエンドアの生き残りを拾うのに多少時間はかかったが、敵の主力
は戦線から離れており、これ以上の犠牲を出すことは無く、撤退を行うことに成功した。
最悪の戦場を生き延びた彼らは、さらに大きく、泥沼化した戦いに身を投じることとなる…
258
:
双翼と宿木、2
:2008/02/11(月) 22:59:46
『そこ』は安息の地であり、また地獄でもありました。
そのまなざしが私に絡まるだけで心が躍り。
その手が軽く触れ合うだけで全身が焼けるような温かさに包まれ。
その声で名を呼ばれるだけで、すべてを捧げても良いと思えるのです。
けれど、想えば想うほど。
慕えば慕うほど。
彼のしたその仕打ちを、私は思い出さずにはいられないのです。
彼を非道と罵れば、私の心は少しは軽くなるでしょう。
けれどその代償に、そのまなざしは二度と私を見てはくれなくなるでしょう。
いえ、彼だけではありません。
もう誰も、私を見てくれる人はいないのです。
彼はこの世で最も憎むべき存在であると同時に、
この世で唯一私を認めてくれている存在なのですカラ。
そこにいるだけで、私は例えようのない幸福に包まれます。
同時に、その幸福の大きさに不安を感じずにはいられなくなるのです。
私が望めば、あなたはいつまでも私を側においてくれますか?
それとも、意義に反するからと冷たくあしらいますか?
彼ならどちらもありえそうで、私は問うことが出来ません。
彼は私のすべてです。
憎しみも、好意も、私はすべてを彼に捧げました。
だってそうでしょう?
もはや『どこにもいない』私は、彼の幻想の中でのみ形を留めていられるのですから。
安らぎと、絶望と、ほんの少しの虚無を与えてくれる場所。
――あなたの、隣。
そこは安息の地であり、また地獄でもありました。
………………………
259
:
手記、2
:2008/02/24(日) 22:41:59
食卓とは、一言で言えば世界の縮図のようなものだ。
ある者は平和に朝のひと時を語らい。
またある者は、一握りのパンを求めて醜く争う。
「……大人しくその焼き魚をそちらに寄越しなさい。
今日は目覚めがいいから、スペルカードの餌食にするのだけは勘弁してあげるわ」
「あらあら、巫女ともあろう御方が脅迫? 世も末ねー」
朝食は和食と洋食の二種類を毎朝用意する。
人によっては朝からパンなんて食べたくないという我儘さんもいるからだ。
私の担当は主に洋。一方の和食は杏の担当だ。
けど、どちらか一方だけ、なんて明確な仕切りを持っている人は、実はほとんどいない。
「ソーセージー、ソーセージを食べるよー」
「イサ! 今すぐその皿のソーセージを3つだけ残して退避させなさい!」
「らじゃー!」
ご飯を食べながらコーヒーを飲む子もいれば、パンに梅干しを塗って食べる子もいる。
その辺は人によって様々だと思うし、片方に寄られて残ってしまうなんて心配もしなくて済む。
けど、それはつまり、それだけお互いに食べるものが交錯するって意味でもあるんだけど。
「パンー、パンー」
「残り一枚…そこはもうダメよ! 諦めなさい!」
「そんなっ。ボク、まだ今日は一枚も食べられてないのに!」
「悲しいけど……これは戦争なのよ」
「いや、朝御飯でしょ」
さっきからやかましく騒ぎながら食べてるのは、まぁいつも通りアーチェとイサのバカコンビだ。
どちらかというと洋の傾向が強い二人は、いつも彼女と食べ物を争っている。
そう、アスミも相対的に洋食傾向が強い。
小さな両手でしっかりとパンを掴み、はくはくと口の中に詰め込んでいく。
その口からポロポロとパンくずが零れ落ちるのも、まぁいつも通り。
「アスミ、いい加減零さないで食べるのを覚えてほしいかなぁ」
「……リディアも食べるー?」
全然聞いてないのはわかってたことなので、特に気落ちもせず受け取ったソーセージを口に入れる。
「私から食事を奪って、まさか無事で済むとは思ってないでしょうね…」
「あんたのその言葉はもう聞き飽きたわ」
「飽きるほど聞いてるってことは、これから私がすることも想像がつくわよね?」
「あ、その海苔いただき」
「――『夢想封印』」
食卓が吹っ飛んだ。
「今がチャンスよイサ! この混乱に乗じてさっさと食べ…ってあぁ!」
「この食べ物達はイサちゃんが獲得しました故、これにてさらばー!」
「裏切ったなーーーーーーー!!!」
怒号。雷撃。符の嵐。
まぁ、いつも通りだ。
――それからしばらくして。
「さて、じゃあ朝ごはんを作りますね」
「よろしく」
第一陣が去った荒涼たる食卓に、再び人が集まる。
そうして、私も含めた第二陣の、穏やかな朝御飯が始まる。
「ごはんだー」
食卓に座りっぱなしのアスミも、うん、まったくのいつも通り。
260
:
1日遅れのHappyBirthday
:2008/03/02(日) 14:18:51
ポケットの中にある小さな紙袋をいじりながら、コピーエックスは息をついた。
(…どうしよう)
彼が居るのは、とある住人の部屋の前。
何度も扉をノックしようとしては手を引っ込めるを繰り返す彼は
傍目から見れば、怪しいの一言であった。
「…よし、フヨ」
意を決して、出したつもりの声は本当に蚊の鳴く様な声で
彼はまた小さく息をついた。
(何をしてるんだ、僕は)
左手を固く握りながら、コピーエックスは自分に問掛ける。
(簡単じゃないか、今まで通りに話して、昨日渡しそびれたこれを渡すだけだ)
これまでと同じ、これからも変わらない日常の一コマ。
それだけの、はずだった。
(なのになんでこんなに躊躇してるんだ…)
くしゃり、とポケットの紙袋が鳴る。
プレゼントを気に入らない―はない筈だ。
そう思って無難に、けれど彼女が好きそうな物を選んでおいた。
―ああ、そっか。
すっと背筋を伸ばし、ノブに手をかける。
―僕は、彼女が好きなんだ。
「フヨウ、HappyBirthday」
261
:
空白
:2008/03/02(日) 21:29:47
だからこそ、存在出来ていると言えるのだろうが。
『それ』は普段はそこにはいない。
どこにもいない。
だからこそ。そう、だからこそ、私はここにいる。
交わらないことを前提に、私は存在している。
もともと、その必要性すらなかった。
すべては未練だ。
執着ともいえる。
あるいは、愛情、と言葉を変えても誤りではないかもしれない。
ともあれ、それ故に邂逅が可能ではあった。
もっとも、それは私ではないのだけれど。
執着は終わらない。
手放しても、終わらない。
故に、いつか終わる。
すべては終着する。
その時、私はどこに立っているんだろうか。
………………………
262
:
君のとなり
:2008/03/03(月) 23:32:41
普段はそう何気無くしている動作も意識した途端、全く出来なくなってしまう。
(手、近いな…)
ちらちらと隣を歩く男の横顔を窺いながら、もぞもぞと手を引っ込める。
普段なら知らず知らずに手を繋いでいたりするが、
意識してしまう手前、どうにも体が緊張してしまう。
(すごく、ドキドキしてる)
坂道を歩いている事もあるが、今はいつも以上に胸が高鳴っている。
そのせいか、歩き慣れたいつもの道ですら、まるで初めて歩く様な新鮮さがあった。
となりに彼が居るだけでここまで違うとは。
(ほんとに…ほんとに重症だ)
愛はまさに盲目。
そんな言葉が頭をよぎる。
けれども次の瞬間にはもう決心はついていた。
「ねぇ」
私の思い、あなたに届け
「手、繋いでもいい?」
こんな春の一時―
263
:
手記、3
:2008/03/09(日) 22:57:56
朝食が終わると、たちまち部屋は静かになる。
15人の大所帯でこの静けさはありえない、と思うかもしれない。
けど、大所帯だからこそ、静かになることもあるんだ。
今でこそ部屋数もそれなりにあるけど、昔は六畳間に15人+1人という
どう考えても物理的に入りきらない密度の中で生活してた。
食事時以外でメンバーが全員揃うことなんてまずない。
でないと、あっと言う間に酸欠の犠牲者が出てたと思う。
だからみんなどこかに「自分だけの場所」を持ってる。
中にはご飯と寝る時以外ここには戻ってこない、なんて人もいるくらいだ。
かく言う私にもそういう場所はある。
どこかって? もちろん、それはヒミツ。
そういう意味ではアスミも例外じゃない。
ご飯を食べ終えると、アスミはどこかに姿を消す。
「行ってきます」という言語概念はまだ身についてないので、
ふと思い立った瞬間に彼女はどこかへ飛び出していってしまう。
場所は決まってないみたいだ。一度ついていった事があるけど、
その時は少し離れた小さな神社に着いた。
どうもここはいつかの鬼ごっこの時に見つけた場所のようで、
よくふらふらとやってきては、勝手に中に入って遊んでるみたい。
基本的にアスミは一人で遊んでることが多い。
もともとあまり他人には寄ってこない子、と書くと意外だろうか。
アスミの中にはどうも何かの基準があるみたいで、
それを満たしている人以外には、初対面かつ無条件で懐くことはない。
私が知ってる中では、エトナと『彼』だけだ。
もっとも、後者はあまりアテにはならないけれど。
264
:
戦場に舞う音
:2008/03/15(土) 12:08:41
岩の上から見張りをしていたアサヒが慌てて降りてくる様子に一行の間に緊張が走った。
「凄い数のゴーレムとメカニロイドの軍勢がこっちに向かってきてる!」
その声を聞くまでもなく、互いが顔を見合わせ頷く。
「やはり本気で潰しに来たようだな」
普段は軽装のナハトがいつもは身に付けない鎧の留め金を鳴らしながら、
巻き上がる砂塵を睨む。
「死んだことになってるからね、今更姿を現されちゃ奴も困るんだよ」
ライトセイバーを腰に吊しながら、紫が立ち上がる。
その顔は不快そのものだと言わんばかりに歪んでいる。
「それだけこっちの存在が邪魔なんだよ、バイルは」
砂塵を見つめていた紅も脇に抱えていた漆黒の兜を被り、
地面に突き立てていた得物を手にする。
「敵は多い。
だがいいか!奴らは所詮機械!我等は歴戦の猛者だ!」
振り返り、なだらかな丘の下を埋め尽す黒い軍勢に声を張り上げる。
彼女の声に歓声が沸き起こる。
「敵には闇の恐怖と死を!
我等には勝利の栄光を!」
ジャキン!と槍と盾を構えた一団が丘の上で命令を待つ。
「全軍…」
太陽の光に透かされた紅い刃を振り下ろされる。
「進めーっ!」
265
:
戦場に舞う音
:2008/03/15(土) 12:23:32
号令に地響きを轟かせながら、一団が坂を一気に駆け降りる。
下で待ち構えていたメカニロイド達が迎え撃つように武器を構える。
その瞬間、空からいつもの流星が彼等のもとへ降り注ぐ。
「流石に、連続メテオは応えるね…」
その場に膝を突きながら、荒く息をつく紫がにたりと笑う。
轟音と爆風の中をくぐり抜けた戦士達が敵と斬り合う。
繰り広げられる弾幕をかいくぐりながら、紅は寄る敵をすれちがい様に切り捨てていた。
「紅!」
銀の鎧にオイルをまとわりつかせたゼロツーが
彼女の背後に近付いてきていた敵を槍で突き刺す。
「ヤツが来ている」
そう言われて指差された方向を見れば、敵の遥か後方で
手下を従えたその姿。
「バイルーッ!」
声に振り返れば、空を飛ぶ妹の姿。
「紫!」
制止する声を届かず、彼女は敵を避けながら走り出した。
紅い光刃を手に近付く紫の姿にバイルの近くで待機していた
レプリロイド達が直ぐ様反応する。
「ちぃっ!」
冷たく鋭い氷を避けながら、術を展開する。
少しだけ背後を振り返ると両手を空に掲げ、正反対の魔法をぶつけ合う。
カッ!と辺りが閃光に包まれ、視界を一瞬白く染め上げる。
その光に他のレプリロイド達も一瞬注意をそらした。
それが光を背に受けながら現れた黒い鎧への反応を遅らせた。
266
:
戦場に舞う音
:2008/03/15(土) 12:36:14
一歩。
レプリロイド達が慌てて黒い鎧の紅に迫る。
それを一緒に現れた仲間が迎え撃つ。
一歩。
踏み込んだ力で地面を蹴り、得物を振りかぶる。
「覚悟―!」
紅い軌跡を残しながら、刃は相手へと―届かなかった。
「……!」
衝撃に地面へと吹き飛ばされ、何度も転がりながら、目を見開く。
「オメガ…」
巨大な兵器の肩に悠然と立ちながら、男が笑っている。
「紅!」
倒れた彼女の周りに仲間が集まり、同じ様に男を見上げる。
割れた兜を脱ぎ捨て、血を拭いながら、紅は再び構える。
強大ではあるが、決して勝てないこともない力。
仲間を見回す彼女に誰もが頷き返す。
―愚かな、やれ!オメガ!
男の声に力が雄叫びを上げる。
魂まで揺さぶられるような錯覚を覚えながらも一歩も引くことはない。
もう一つの戦いが、終りの時を迎える―
たまにはこんなんもいいよね?
267
:
彼女の見た、茜の空
:2008/03/20(木) 21:28:43
西へと傾く夕日を受けながら、フヨウは石段の上に腰掛け、空を見つめていた。
空を横切る家路につく鳥の群れや取材が終わったであろう鴉天狗を目で追い掛けていると、
不意に目隠しをされる。
「誰だ?」
目隠しをした人物の声に笑いながら答える。
「早苗ちゃん!」
すっと手が外され、彼女の横に蒼い巫子服の少女が降り立つ。
「おつとめ?」
「うん、さっき里から帰ってきたとこ」
同じ様に石段に腰掛けながら、空を見上げる。
「何を見てたの?」
早苗の言葉にフヨウは大袈裟に腕を組み、唸った。
年はほとんど変わらないのだが、一方は年の割には幼く、もう一方は大人びているせいか、
二人並ぶ様はさながら年の離れた姉妹の様であった。
「うーんと、空かな?綺麗な夕焼け空だったからさ」
そう言いながら組んでいた腕をほどき、立ち上がったかと思うと空に向かって手を伸ばした。
「目の前にあるけど絶対触れない、綺麗な空を見ると何だか嬉しいんだ」
首を傾げる早苗にフヨウはくすくすと笑いながら、地面を蹴る。
「だってさ、同じなんだよ」
一瞬、風の流れが変わる。
「お父さんからもらった、僕の羽根と」
夕焼けと同じ色をした妖精の様な羽根を持った少女は嬉しそうに空へと上った。
268
:
憐哀編side春原:四章「平穏の裏表」 1/5
:2008/03/20(木) 22:42:30
一日目 PM 16:30
――文明人の僕が、もっと遊べる場所を教えてやるよ。
そう言ってから、歩いて、歩いて。
僕達はようやく目的地に辿り着いた。
「この辺は遊べる場所が少ないんだよな」
もともと存在価値が「大学に近い」しかない駅の前だ。
近くにあるのは何でも取り揃えているだけが取り柄のスーパーを除けば、
個人経営のしがない小型店舗しかない。
都会人の僕には耐えられない田舎っぷりだ。
いや、僕の実家の田舎っぷりはこんなもんじゃないけど。
「ここ何? 中、暗くてすごい音がしてるんだけど」
「入ればわかるさ」
「……はっ! まさかイサちゃんは大人の階段上るシンデレラですか!?」
「どっから覚えてくんだよ、んな言葉」
「ダメです! だってイサちゃんはまだ1434歳なのですから!」
「いやむしろ大丈夫だろそれ」
ネジの飛んだイサの手を掴む。
ひどく汗ばんでいた。やたら緊張しているらしい。
「ほら、行くぞ」
「え、あ、でも……恥ずかしい、よ…………」
半眼でイサの顔を見る。
何をどう勘違いしてるか、耳まで真っ赤な動揺ぶりを見れば一目瞭然だ。
――なんつーマセたガキだ。
わざわざ口頭で誤解を解くのはひどく面倒だったし、
そうまでしてやるほど僕はお人好しじゃない。
イサの態度は完全に無視して、中へと強引に連れ込む。
イサは、ほとんど抵抗しなかった。
269
:
憐哀編side春原:四章「平穏の裏表」 2/5
:2008/03/20(木) 22:45:11
薄暗い中にぼんやりと灯る光。
心の高揚と引き換えに正常な鼓膜を失いそうな大音量。
つまりはゲームセンターだった。
「…………あの、ヨーヘー。ここ本気で何?」
赤かった頬は、一転して暗闇の中で真っ青になっている。
イサの声にはいつもの無意味な快活さがない。
ってか、さっきから僕の服の端をつまんで離そうとしない。
「お前本気でゲーセンも知らないのかよ」
「何? ねぇ、何ここ? 怖い? 怖いの?」
本気で怯えてるらしかった。
完全に初めての奴にしてみれば、怖いと思うのは自然なのかもしれない。
正体不明の場所に、正体不明の大音量。
人の気配はある。けど、その姿は暗闇に紛れて判然としない。
何をしてるってゲームしてるに決まってるんだが、それもこの場所を
知らない奴からすれば、異常に真剣な顔つきで不気味に発光するモニターの前で
黙々と手を動かしているようにしか映らない。
イサの目にはアヤしい宗教を信仰する信者にでも見えてるのかもしれない。
「――まぁな」
ここまで怯えられると、その期待に応えてやりたくなるのが人情ってもんだ。
「ここは選ばれた者だけが足を踏み入れることを許されてる」
「ボクはっ!? ボクは許されてるの!?」
「許可を得るためにはある条件をクリアーしなきゃいけないんだ」
「よし! ヨーヘーに出来たならボクにも出来るかなっ!」
「どういう意味だてめぇ!」
安堵した上に僕をけなすという見事なコンボが決まった。
これが僕じゃなければKOだっただろう。
ここからどうやってねじ伏せてやろうかと頭を巡らす。
とある友人いわく、僕は悪知恵を働かせたら一流らしいしな。
270
:
憐哀編side春原:四章「平穏の裏表」 3/5
:2008/03/20(木) 22:46:24
「それは……」
「それは?」
「……男であること」
「いきなりダメでした!」
頭を抱えるイサ。
「けどこれには抜け道がある」
「つまりあれですかっ。『勇者、ズル技を覚える』」
「それバグですよねぇ!?」
大体何でそんな知識を持ってるんだこいつは。
「抜け道ってのはなぁ……」
言って、イサの頭からつま先までを軽く一瞥。
何かに気づいたように胸の前で手を組むイサ。
「外見が男っぽければいいんだ」
「外見が……」
今度はイサ自身が自分の体をしげしげと。
「……残念っ、イサちゃんにはここに入る資格はないようです!」
「嘘つけよっ!? バリバリOKだっつの!」
「イサちゃんはどこからどう見ても女の子です!」
「後ろ姿は99%の確率で男に間違われるっての!」
「慰謝料払えヨーヘー!!!」
「マジギレしたって一円だって払わねーよ!!」
ってかコイツ地味に力強いんですが。
ボカボカ殴られてる腹がムチャクチャ痛い。
しかも周りからウザさ満点って目で睨まれてるし。
やかましい兄妹ゲンカするなら余所でやれ、とでも思われてんだろう。
普段なら「何見てやがんだコラ」で済ませるとこだけど、
こんなガキを横に従えてちゃ迫力ってものが出ない。
結局、ひとしきり騒いだ挙句に自然鎮火した。
271
:
憐哀編side春原:四章「平穏の裏表」 4/5
:2008/03/20(木) 22:47:28
「ま、ガキ相手ならこれでいいだろ」
初心者でもそれなりに楽しめるものを、ってことで。
レーシングゲーの筐体にイサを座らせて、コインを入れる。
イサには適当にキャラを選ばせて、スタート。
「おー、走る」
最初はアクセルとカーブの使い方に慣れてなく、
しょっちゅう端にぶつかって僕を楽しませてくれた。
――ってのに。
「はい、ボクの勝ちー」
そんな楽しみは最初の一回であっけなく終わりを告げた。
「んで、こんな強いんだよてめぇ!」
僅差とかならまだ言いわけのしようもある。
ぶっちぎりだ。
周回遅れの僕に背後から追突するくらいの余裕をかますほどの。
「ボ……ワタシに勝とうなんて1000年早いかなっ」
イサは勘がいいんだ。
どのタイミングで、どれだけの強さでアクセルを踏み、
どれだけの量ハンドルを回せば最適な角度でカーブを曲がれるか。
それを知識でなく感覚だけでこなしてやがる。
「ちっ、マグレで勝ったくらいでいい気になってんじゃねぇ」
「マグレは連続で10回も続かないかなっ」
「じゃあ超マグレだよ!」
「やっぱヨーヘーってバカだよね」
「大きなお世話ですよねぇ!?」
と、他愛もない会話がダラダラと続いて――
272
:
憐哀編side春原:四章「平穏の裏表」 5/5
:2008/03/20(木) 22:48:15
「……ヨーヘー」
「あん? 勝ち逃げは許さないからな」
「ボク、ちょっとトイレ」
「だから勝ち逃げは許さないって言ってんだろ」
「漏らせと!? ヨーヘーったら何てマニアック」
「…………とっとと行ってこい」
毒気を抜かれるとは、まさに今の僕のことを言うんだろう。
まったく、こいつといるとペースを狂わされる。
間違っても僕は子供に優しい優しいお兄さんなんかじゃない。
むしろガキなんてウザいだけだ。
実際、目の前のガキも本気で鬱陶しくてしょうがない。
おかしな縁で知り合ってさえいなきゃ、鼻にもかけやしないさ。
けど、こうして『知り合って』しまった以上は、無視することも出来ない。
そう。ただ、それだけだ。
10分ほどでイサは戻ってきた。
「おっせーよ」
「トイレを急かすなんて、ヨーヘーはつくづくデリカシーが足りねぇ!」
「僕のデリカシーは高いんだよ。誰彼構わず使えるほど数に余裕もないしな」
「エロ気は売るほどあるのにね」
「エロ気って何だよ!」
「えらくロクでもない汚らしい心」
「よりひどい方向にデマるな!」
「わかってんなら聞くんじゃねぇ!」
「ここで逆ギレする意味がわかんねぇよ!」
それからは、筺体の前でひたすらダベって時間を過ごした。
時折筐体を占領する俺らを鬱陶しそうに見る奴らがいたが、知ったこっちゃなかった。
当然、僕は知らなかった。
何も。
273
:
君の笑顔と虹の空
:2008/03/22(土) 17:01:35
「うそつき」
両目に涙をためながら、自分を睨む妹にレミリアはただ立ちつくすだけしかできなかった。
後ろでパチュリーが息を飲む気配がする。
「お姉様なんか…」
「大嫌い!」
枕に顔を押しつけながら、フランドールは大声で泣いていた。
周りでは溢れた力が荒れ狂いながら、ベッド以外のものを壁に叩き付けていた。
その音にも彼女が顔を上げる事はなく、部屋の中はどんどん荒れていった。
ゴンゴン。
吹き飛んだものが重い扉に当たって、音を立てる。
ゴンゴン。
「妹様」
誰かの声に枕に顔を埋めたままのフランドールの肩がぴくりと動く。
「…今誰とも会いたくないの」
扉の外にいる誰かにそう冷たく言い放つ。
それでもその誰かは彼女の声を無視して、扉を開け―
「来ないでって言ってるでしょ!?」
その声とともに入ってきた誰かに魔力を放つ。
弾のはじける音とくぐもった声。
その音にようやくフランドールは顔を上げ、床に倒れた誰かを見下ろす。
見た事のない誰かは苦しそうに―けれど悲しそうな瞳でフランドールを見上げる。
「そんな目で…見ないでよ!」
相手の頭をつかむとそのまま床に叩き付ける。何度も何度も。
それでも彼女は自分の髪をつかんだその手にそっと己の手を重ねた。
「大丈夫ですよ」
誰かは血まみれの顔で笑った。
ただやさしく、フランドールを包み込むように。
「あ…う…」
いままで向けられた事のないその顔にフランドールはたじろぎ、手を離し後ずさった。
その彼女を誰かはただ黙って抱きしめた。
「私はレミリア様の部下です」
その言葉にフランドールの顔が歪む。
「やっぱり、あいつの思い通りって訳ね」
振り解こうとする彼女にでも、と誰かは続ける。
「私はフランドール様の友達になりたい」
「…あー」
天井を見上げながら、声を上げる。
懐かしい夢を見た、気がした。
といっても昔のことなんてよくおぼえてはいない。
伸びをしながら、服を着ていると誰かの足音が聞こえてくる。
少し早歩きのそれに背中の羽をばたつかせながら、扉へ向かう。
「おはよう!アサヒ!」
「おお、今日は随分早起きじゃねぇか」
「えへへ、だって今日は魔里沙にお呼ばれしてるんだもん」
「ははは、そうだったな。じゃ、行くか」
「うん!」
手を繋ぎながら、正面玄関へ向かい、門の近くまで歩く。
「ああ、アサヒにフランドール様。お出かけですか?」
あくびをしていた美鈴が二人の姿を見つけ、背筋を正す。
「うん!魔里沙のとこにいくんだ!」
嬉しそうに笑うフランドールに美鈴は優しく笑いかけながら、その頭を撫でる。
「よかったですよ、ああして笑えるようになって」
「の割には寂しそうじゃないか」
「そんなことないですよ。私は彼女が笑っていられるだけで幸せなんです」
―そうですよね?フランドール様
空にかかった虹へと飛ぶ二人を見ながら、美鈴は今日も門の前に立っていた。
蛇足
めーりんは紅魔館みんなのお母さん
異論?そんなもん知らんニャ
274
:
無為
:2008/03/24(月) 22:32:10
必要ないなんて、言わないで。
……………………
275
:
桜月夜
:2008/03/29(土) 23:00:06
「月を眺める風情は、私には理解出来ない」
振り返る。
「月光浴。言葉はこんなにも美しく響くというのに。
あの光を眺めていると、冥い生の闇に震えずにはいられない」
「それは千年生きても変わらない?」
「千年程度、私の永遠の前には塵芥に等しい」
かすかに灯る、紅い炎。
富士から立ち上る、不尽の煙を生む力。
「あの絶え間無く続く闇夜の凌辱に、人は何を思うものなのかしら」
「あなたも人でしょう?」
「そう。私も人。不死の冥路を永劫彷徨う、呪われた蓬莱人。
お前は?」
「私も人よ。見ての通り」
蓬莱人はわずかに目を細めて嗤う。
「あら。私の目には『人』なんて映っていないけれど」
「不死で瞎(めくら)とは救いようのない」
「心無き器を人とは言わない」
まなじりを、わずかに細める。
蓬莱人は薄い笑みを張り付けたまま、一歩後ろに下がる。
「おお怖い。人の形にも、怒りが存在するのかしら」
「私にそんなものは存在しない」
「それは面白い。心無き人形に怒りはなくとも、月を眺める風情はあると?」
「ないわ。私には何もない」
告げている。
この生き物は危険だと。
不死など実に些細なこと。
その本質は、生き続けるという地獄の果てに得たパーソナリティにある。
「消えなさい。邪魔だわ」
「つれない事。せっかく夜桜の中で一杯と思ったのに」
カチンと鳴る小さな音。
見ると、その手には一升瓶と二杯のグラス。
気がつかなかったが、最初から持っていたようだ。
「月明かりが疎ましいんでしょう?」
「その罪を妖しく咲き乱れる桜に求めるほど無粋ではない」
「私に月を眺める風情はないと言ったでしょう?」
「なら、お前はここで何をしていたの?」
言葉に詰まる。
「いいから付き合いなさい、人の形」
「私は代理人よ」
「何も変わるまい。己を持たぬという意味では」
反射的に額に一閃。
『目にも止まらせない』その一撃は、狙い違わず蓬莱人の眉間を貫く。
「痛ッ! いーたーいー! 何するの!」
「私は代理人よ」
「死ななくても痛いものは痛いんだからー!」
「あ、そこにまんじゅうが」
「ひっ!」
さっきまでの危険はもう微塵も感じられない。
文字通り飛び上がるその手からグラスを一つかっさらう。
「そっちも寄越しなさい」
蓬莱人は目に涙を浮かべたまま、大人しく一升瓶を差し出した。
「……お前は私に似ている」
「錯覚だわ」
「だからわかる。お前に『生』はない」
瞬間。
世界が、燃えた。
「――終わらない無の中で燻ぶる、憐れな蒼炎」
紅い炎をその背に宿し、蓬莱人は空を見上げる。
視線の先に映える月光に、不死の煙は届いているだろうか。
「盛ろう人の形。私達には『その時』を焼き尽くす炎がある」
再びこちらに遣られた双眸には、純粋な笑みが浮かんでいる。
「永遠を抱える私と、無を抱えるお前。
無限と零は対極に在れど、それ故に輪廻の果てで結びつく」
それには応えを返さず、蓬莱人のグラスに注ぐ。
「お前とは仲良くやれそうよ、人の形」
「私は代理人よ」
「なら私のことは妹紅と呼ぶこと」
差し出したグラスに注ぐ蓬莱人――もとい、藤原妹紅。
「宵闇を包む蒼い炎に」
「宵闇を裂く紅い炎に」
「乾杯」
276
:
絶望
:2008/04/01(火) 10:44:09
ここはとある国。
何もかもが配給制の国だ。
今日はその国に来ていたコア姉妹たちが、
その列に並んでパンを買おうととした時の話である。
ずらりと並んでいる人の列。
それはきれいに一直線にならび、大袈裟だが地平線の彼方まで続いているような、
そんな行列だった。行列のできる法律相談所なんて目じゃない。
ラブ「まだかしらねぇ…」
クリス「ええい!私はもう我慢できん!はやく飯をよこせーっ!」
オルト「この国に来たいって言ったの水晶姉じゃん…」
デス「留守番組がうらやましい…」
そのとき、コア姉妹が騒がしすぎたのか、コートの男がやってくる。
そのコートの男はクリスのこめかみに人さし指を当てると、
なにもせずそのまま帰っていってしまった。
クリス「あ…帰ろう…日本に…」
ラブ「こ、ここまで並んで!?」
クリス「銃を買うお金もないのに食糧なんて全員分支給できるはずないじゃないか…」
そう、クリスはそのコートの男のしたことですべてを感じ取ったのだ。
ラブ「ったく、しっかりしなさいよ、次女なんでしょ?まあ我慢するからいいけど」
説教しつつもクリスを遠回しに励ます長女ラブ。
オルト「そうだね…1日2日は我慢できるし」
笑いながら、周りを明るくするオルト。
デス「珍しいミス…これはいい土産話」
あえて怒らせることで元気づけようとするデス。
その三人に支えられ、彼女らがまだ全員機械だったころの旅は終わった。
その時の旅行の記憶は今もみんなの心の奥底に刻まれている。
277
:
転がり墜ちるように
:2008/04/09(水) 14:25:40
彼の目から見ても、父はあまりにも愚かな王であった。
無謀な侵略を繰り返し、いたずらに国を疲弊させるその姿を幼い頃から悪い見本として見つめていた。
それでも、父は別の面も持ちあわせていた。
厳しくも優しかったその時の父は彼は一番大好きであった。
成長してからもそれは変わらず、寧ろ王位継承の日が近付くにつれ、
その恩に報いるためにこの国を豊かにしようという気持ちが強くなっていた。
扉の向こうで行われていた惨劇に彼は息を飲んだ。
臣下達が何かを斬っている。 ―何を?
紅い絨毯が更に紅く紅く染まっていく。 ―何で?
ごとり、と床に何かが転がる。 ―あれは、何だ?
「…………!」
扉から後退り、その場から走り出す。
込み上げてくる吐き気を無理矢理飲み込み、がむしゃらに走る。
気付けば、母の部屋の前にいた。
せめて、病に臥せている母だけでも助けなければ。
そう思い、扉を開けた彼は現れた光景を理解出来なかった。
力なく投げ出された裸の肢体にランプの明かりが揺らめく。
部屋に充満している臭いと肌に残されたそれがここで何が合ったかを物語っていた。
「は、ははは…」
その場に膝をつきながら、彼は笑った。
もしかしたら悪い夢でも見ているのではないだろうか、それほどに目の前の光景は理解し難いものであった。
(…復讐したくはないか?)
闇の中でそれがこちらを見つめながら、そう問掛けてきた。
その声に彼はゆっくり立ち上がり、声の方へ歩み寄る。
(侵略者に)
差し出された手を生気のない瞳で見つめる。
(偽りに満ちた世界に)
―ああ、そうしよう。
―自分から全てを奪ったこの世界に。
(世界に)
「破滅と復讐を」
手を掴んだ彼の姿は闇の中へ転がり墜ちるように飲まれ、
後には何も残っていなかった。
悲劇の幕開けはもうすぐ―
278
:
長雨
:2008/04/13(日) 21:12:48
「こんな夜更けに、何処へ?」
声は唐突に彼女の背後からした。
気配は、しなかった。雨に打たれる音も、濡れた地面を歩く音も。
まるでその瞬間に、その場に現れたかのような。
「春の長雨に気配も薄れる闇の中。よく私のことがわかったわね」
「それはもう。あなたの夜を否定する銀の髪は、百由旬先からでもわかる」
「畜生の分際で……いえ、畜生だからこそ、か」
挑発のつもりだったが、狐は軽く笑んだだけ。
その狐――とある妖怪の式であり、その姓を賜って『八雲藍』と名乗る人狐は、
9つの尾をわずかに振りながら雨の中に佇んでいた。
「言わなければならない?」
最初の問いに、問いで返す。
「いえ、特に興味は。ただ…」
肩を竦める。
「害成す毒花は咲かせず摘むのもまた一理、とも思うのよ」
「嫌われたものね」
雨に濡れた銀の髪が頬に張り付く。
遠目から見たら、その姿は幽鬼と間違われたかもしれない。
血の色を湛える紅い瞳も、病的ささえ超えて死人のように白い肌も、およそ人らしさから外れていた。
唯一、この世のすべてを嘲るように笑みを浮かべる、その形相を除けば。
人ならぬ人。蓬莱人とも呼ばれる人の形――藤原妹紅。
「別に、お前にも、お前の式にも害を成す気はない」
「正直ね。もっとも、嘘吐きは正直に嘘を吐くものだけれど」
「お前に害を成して、私に何の益がある?」
「なら何故あの女の側につく」
妹紅の表情が、わずかに変わった。
藍の顔からはとっくに笑みが消えている。
「気付かれていないとでも思った? 接触を持ったことはとうに知れている」
「代理人とはただの呑み仲間よ」
「ただの、ね」
立場こそ隠れてどこかへ赴く様に奇を呈した形ではあるが、
余裕が欠けているのが藍の方なのは明らかだった。
彼女は知っている――『何も知れないこと』を。
この蓬莱人と、あの蒼い僧服をまとった存在の、計り知れなさを。
「不穏分子が二つ合わされば、それはもう必然」
「私は代理人と酒を呑み交わすだけで敵対意思を持たれるわけ」
「痛くないと言うなら、その腹開いて晒しなさい」
「開いたら痛いでしょう」
「不死の身で何を言う」
「痛いのよ。死なないだけで」
「……とにかく。あまりおかしな行動をとらないことね。
橙に少しでも危害を加えるような真似をすれば、決して黙ってはいない」
妹紅はふぅ、とわざとらしく溜息をつき、かぶりを振った。
そうしてまばたきより長く目を閉じ、
「――不愉快だ」
紅蓮の翼が生えた。
瞬時に妹紅の周囲の水分が蒸発する。立ち上る水蒸気に藍の髪が激しくなびいた。
「畜生ごときが、分不相応と知れ」
「その短絡さはわかりやすくて嫌いじゃない。だが……」
激しく吊り上げた口元から犬歯が覗く。
「畜生畜生と、侮辱するのも大概にしろ人の出来損ない。
誇り高き八雲の姓を持つ式を貶めて、五体満足に済むと思うなよ」
スペルカードを掲げたのは、二人同時。
――貴人「サンジェルマンの忠告」
――密符「御大師様の秘鍵」
二つの怪物が夜の空を朱で染める頃。
それを更なる高みから見下ろす一つの影があった。
――影。そう、その姿は影のようだった。
それは夜に溶け込む漆黒の翼によるもの、ではなく。
獲物を狩るために気配を殺す、獰猛な肉食動物のそれだった。
「質対量、の争いになりますかね」
右手には望遠用レンズのついたカメラが握られている。
「いつ起こるかはわからない。けれどいつか必ず起こる」
髪がなびく程度の風が吹き。
次の瞬間には、大気の流れにその身を移し気配が完全に消えた。
あとに残されたのは、残像のように空気を震わせる一語だけ。
――来る日の第二次終末戦争、この射命丸文がすべてを歴史に留めましょう。
279
:
朝御飯と新聞
:2008/04/16(水) 08:28:17
「あら」
「ん?」
目の前に広げられた新聞から上がった声に彼女はトーストをかじりながら、顔を上げた。
朝の静かな食卓。
住人達の殆んどが朝食を済ませたそこに偶然顔を合わせた二人はいた。
最も縁側で寝ている酒飲み鬼が立てる大鼾で実際には静かさとは縁遠い。
閑話休題。
文々。新聞と書かれたそれの向こうで相手は相変わらず何かに目を通しながら、
教育が足りないかしら等と呟いている。
「…何か面白い記事でもありました?」
指についた油を舐めとりながら、問いかける。
「ちょっとうちの式がね」
それだけ言うと相手は新聞を畳み、その記事が見える様に彼女へと差し出す。
『大激突!雨夜の死闘』等と銘打たれているそれに目を通しながら、訊いた。
「で、藍がどっかの誰かさんと闘うのに不都合でも?」
まだわからないのかとか言わんばかりに大袈裟に呆れながら、湯呑の茶をすする。
「私が決めた通りに動かなければ力は十分に発揮出来ないのは…」
答えを待つようなそぶりの相手に彼女は肩をすくめる。
「耳にタコ。
ってつまり今回のは彼女の独断?」
「そういうことになるわね」
どこから取り出したのか、日傘を手に、空中をなぞるように横に手を動かす。
「式は道具、道具は指示通り動いて初めて真価を発揮する。
…それを自身の考え、感情で動けばいずれは命を落とす。
…あの子ほど有能な道具を失うのは惜しいわ」
言いながら、日傘を開けた隙間へと差し込み、ぐりぐりと手を動かす。
何をしているかは、大体想像がつく。
(でも、本当は心配なんだろうな)
口では道具、道具と言いながら、その口調には僅かだが不安を感じてた。
(とは言え、気のせいかもだけどね)
隙間から聞こえてくるか細い悲鳴様な声にきっと隙間の向こうでは朝から
スプラッターショー絶賛開幕中なんだろうな、とどうでもいいことを考えながら
最後のカフェオレを胃に流し込み、彼女、村上紫は食卓を後にするのだった。
おおむね、今日も平和です。
280
:
抱擁
:2008/04/19(土) 18:20:35
あなたには、わからないでしょう。
何故、私は自覚してしまったのでしょうか。
意識がそちらに向くだけで、絶望的な衝動が心の深淵からせりあがってくる。
吐き出すことが出来るというなら、胃液で喉が焼けつくまで嘔吐するのに。
どれだけ思い患ったところで、それは量を増して深淵に沈んでくるだけ。
重すぎて、浮かび上がる事もなく、心の底に泥土のように積もっていく。
それは昏く、絶望と呼ぶにはあまりに虚ろで、明確な形を持たない。
虚ろであるからこそ、形を持たないからこそ、私自身ではどうすることも出来ない。
足掻くことすら許されず、蹂躙されていくのです。
何故、私は自覚してしまったのでしょうか。
ただ平穏であれば良かったのに。
幸せになりたい、なんて贅沢は言いません。
少し怒って、少し悲しんで、それよりほんの少しだけ多く笑えれば、
それ以上なんて決して望みはしなかったのに。
――いいえ、平穏さえも望みません。
何もなければ良かった。
苦しむことで生まれる苦しみを抱くくらいなら。
決して報われることのない想いを背負うくらいなら。
自覚していることを、私は自覚したくなかった――
あなたには、わからないでしょう。
私の心を犯しつくした、世界で最も憎むべき、愛しい人。
……………………
281
:
向日葵畑の真ん中で
:2008/04/20(日) 12:34:31
幻想郷の中の、向日葵の花畑。
向日葵の黄色に覆われたその真中に一人の少女が佇んでいる。
その少女はくるくると日傘を回しながら、退屈そうに欠伸を一つして呟く。
「何か面白いことは無いかしらね…」
退屈、と一言付け加える直前、遠くから足音が聞こえた。
ふと音の方向へ振り向くと、こちらに向かって走ってくる小さな人影が一つ。
「…あらあら、また来たのね。」
少女は、その突然の来訪者が誰か把握すると、微笑みながら声をかける。
そして、その小さな来訪者も笑顔で言葉を返す。
「あら、こんにちはメディ。」
「幽香〜っ、こんにちは〜!」
…今日も、また楽しくなりそうね。
そう心のながで少女…風見 幽香は呟いた。
ごめん、個人的に幽香×メディが書きたかったんだ。
異論は認めるから鈴蘭の毒は勘弁を(ピチューン
282
:
月光
:2008/04/21(月) 01:34:17
「貴方が外に出るなんて珍しいわね」
背後に降り立った相手に声をかける。
先程まで騒がしかった妖精達は慌てて姿を隠し、息を殺していた。
「こんないい夜だもの。外に出ないのは惜しいわ」
「今頃、貴方が居なくてきっと大騒ぎよ」
「大丈夫、皆眠ってもらったから」
彼女の言葉に少女は紅い眼を細め、にぃっと笑う。
その表情に彼女の顔が僅かに曇る。
「ふふ、大丈夫。誰も゙壊してない゙わ」
手にした歪な杖を彼女に向けながら、続ける。
「貴方はあいつを倒して、契約を結ばせたのよね?」
彼女もまた閉じていた卍傘を広げて、薄く笑う。
「えぇ、そうですわ。そして、それは貴女にも言えること」
ぴくりと少女の羽根が動く。
「私はあいつよりも強いわよ?」
「力だけが強さに非ず、そして貴女はまだ彼女より弱いわ」
その言葉に少女、フランドールの周囲が漏れ出した妖気で紅く染まっていく。
あらあら、と慌てる様子もない彼女、八雲紫の周りの空間が軋みを上げる。
「ならば、ここでわからせてよう、八雲の大妖!」
「その未熟さを知らしめよう、悪魔の妹!」
それぞれがスペルカードを掲げ、高らかに宣言する。
――秘弾『そして誰もいなくなるか?』
――紫奥義『弾幕結界』
月の光の元、繰り広げられる光景に彼女は溜め息をついた。
「まさか八雲紫に喧嘩を売りに行くなんて、あの子も大胆ね」
背中の羽根を落ち着きなく動かしながら、
彼女、レミリア・スカーレットは何度目かの溜め息をついた。
いつものように神社から帰ってみれば、妹は脱走、館内は酷い有り様であった。
挙げ句、幻想郷の賢者に喧嘩を売る妹の姿を目の当たりにし、彼女は
「…まあ、とりあえず帰って紅茶でも飲みましょ」
飽きたのか、いまだに弾幕ごっこの続くそこから飛び去るのであった。
翌朝、フランドールの機嫌が悪かったのはいうまでもない。
283
:
黒兄貴からのリクエストSS その1
:2008/04/21(月) 18:13:59
遠い昔、遥か彼方の銀河系で…
――エグゼキューター級スター・ドレッドノート『リーパー』
銀河内乱や帝国の継承者争い、反乱同盟軍の再来、シ=ルウクの乱、イェヴェサの乱等、平和を
脅かした数々の戦乱が遠い日の記憶となりつつあった時、この巨大戦艦に2人の新米パイロットが
着任した。
新しい人員の着任自体は珍しいことではない。欠員が出たり、他の艦や基地に欠員が出れば、人
の移動は付き物だからだ。しかし、送られてくる人員の内容によって迎える側の対応は異なる。今
回もそういったケースの一つだった。配属される中隊の全員、そして航空団司令、艦長、提督まで
が勢ぞろいして迎えたのである。普通、新米パイロットに対してこのような待遇はありえない。しか
し、人物が人物であった。
「申告致します!クリスティアン=ピエット少尉、ESD『リーパー』第1戦闘機中隊配属の辞令により、
13:20分着任致しました!」
「申告致します!クリスティアーヌ=ピエット少尉、ESD『リーパー』第1戦闘機中隊配属の辞令によ
り、 13:20分着任致しました!」
若い男女が航空団司令に着任の報告を行う。二人とも整った顔をしており、水晶色の髪と尖った耳
を持っていた。その身体的特徴と名前で分かるだろう、二人はピエット大提督とその夫人のシュヴェ
ルトライテ将軍との間にできた双子なのである。生まれながらにフォースの才に恵まれたシスの双
子はパイロットの道を志し、今その第一歩を踏み始めたのである。
「よろしい、両少尉。諸君の直属上官になるのがバリック中佐だ。しっかりやってくれたまえ」
将位を持つ航空団司令も緊張気味に2人にそう言った。この場で緊張を覚えていないのはペレオン
大提督くらい…いや、もう一人居た。中隊長のバリック中佐である。
284
:
濡羽
:2008/04/22(火) 23:55:34
「天狗。私のところに来てもあんたの好むスクープはないわよ」
開口一番、彼女は宙から舞い降りた翼に牽制を加える。
「私には文という名前があるんだけど」
「知ってるわ」
文(あや)と名乗った少女は肩を竦めて苦笑。
ブンヤを自称するこの鴉天狗は、時折こうして誰かの前に姿を現しては
無許可かつ強硬に取材を行うことで知られている。
またそうして収集した情報をまとめた「文々。新聞」なる報道誌は、
その遠慮容赦の少なさに反比例するように諸処で好まれている。
だが、この巫女が文の揃える『スクープ』に興味を示すことは稀だ。
そして関心のベクトルが合わない事象に対してとる所作は、
道端に転がる石ころを拾う動作よりも情動に欠けている。
人間味がないとは言わない――人ならぬ身故『人間味』を定義できないというのもあるが。
しかし少なくとも文の知る人間の多くは、そこに類似した方向性が見られるものだ。
一切の類似を見出せない、そもそもベクトルの次元が違う存在。
そんな人間を、文は『変わり者』と呼んでいる。
――無論、胸中でだが。
「今日は世間話をしに」
意外そのものといった表情で、巫女。
「この世界はどう?」
文の問いに、わずかに微笑。
「おかしな言い回し。世界…そうね、幻想郷と大差はないんじゃない?」
一度区切ってから、付け足す。
「――人為的に隔絶されている、という意味では」
「さすが博麗の巫女。わかるの?」
「そんな気がするだけ」
今しがたまで掃除に用いていた箒を、手持無沙汰にもてあそぶ。
神社の境内に比べれば猫の額に等しい庭。掃除などする必要性さえないのだが、
それでも何となく決まった時間にこうしているのは、単なる習慣の延長である。
ちなみにこの箒、ピンク髪の魔女所有のものを無断で使っているのだが、今のところバレてはいない。
「けどおかしな話。何故、私達はここにいるのかしら」
博麗大結界。その名を知らぬ者は幻想郷にはいない。
一方でその博麗の姓を持つ巫女はあっさりと、
「あんたは夢の中で何故自分がここにいるのかいちいち懊悩するの?」
ハゲたら天狗から河童になるわよ、と付け足される。
その理屈は文の理解を超えていたが、おそらく知る必要のないことなのだろうと判断。
ふと、
「結界と言えば、八雲の神隠しに会ってきたわよ」
「紫に?」
巫女の応対がその一言で激変した。
「……あんた、それを私に伝えてどうするつもり?」
「ふと思い出しただけ。あの家はお得意さんだもの」
その言葉に含まれた真意に、巫女は気づいただろうか。
「ふん。そんな近くにいるのなら、熨し付けて送りつけてやろうかしら」
「何を?」
「紫の式をよ」
ここにきて初めて、巫女は文をひたりと見据えた。
「言っとくけど、私はどちらにもつく気はないからね」
これで満足? と付け足そうと思い、やめた。
そこにはすでに文の姿はなかった。
それこそ夢のように消えていた。
285
:
閃光
:2008/04/27(日) 09:26:10
見上げる空はあまりにも高く。
突き刺さる夜明けの閃光に、自然目を細める。
何かを、愛おしむように。
草一本のなびく音さえ聞こえる静寂の下、この身を震わす感情を持て余す。
喜びにしては頽廃。
悲しみにしては蠱惑。
言葉で表すには何もかもが足りない。
ただ胸の中を埋め尽くす充足だけが、そこには在る。
独りであることの幸福。
孤独であることの不幸。
幸せであることは難しく。
不幸であることは、こんなにも、容易。
月が傾き、色褪せる。
大地を貫く十字の暁に、生死の罪が裁かれる。
見上げる空には、届かない。
空を飛べても、地平の果てまで駆けても、届かない。
――こんなにも近くて、遠い世界。
涙が溢れ、止まらない。
286
:
憐哀編side春原:間章
:2008/04/27(日) 19:33:07
――さよなら、ヨーヘー
「なんだよ、それ…」
わからない。
こいつは一体何を言ってるんだろう。
突然だった。
わずか数十分。
その間に、一体何が――いや、一体誰が。
この少女を、ここまで追い詰めさせたのだろう。
「なんだよ、それ!!」
僕は今、何に腹を立てているんだろう。
「意味わかんねぇよ! これまで好き勝手に僕を振り回しといて!
今さら一方的になめたこと言ってんじゃねぇよ! 自分勝手にも程があるだろ!」
違う。
僕はこんなつまらないセリフを吐きたかったわけじゃない。
なぜ、こんなことになったのかと。
何が、ここまでイサを追い詰めるのかと。
――どうして、何も語らず独りでどうにかしようとするのかと。
イサは、背中を向けたまま何も答えない。
「こっち向けよコラ!」
それは普段の行動が反射となって表れた結果だった。
見た目僕よりお子様の彼女の肩を、僕は力任せに引っ張っていた。
お子様相手と遠慮する余裕もない。そのくらい僕は動揺していた。
いつも突き放す側だったからこそ、今突き放されたことに平静を失っていた。
当たり前だったものが失われんとする、その瞬間。
けど、僕の必死よりも、イサの覚悟の方が遥かに上だった。
「!?」
腹部に走るすさまじい衝撃。
痛い、なんて感じる余裕もない。
腰が抜ける感覚を、僕は生まれて初めて知った。
足に力が入らない。
膝から崩れ落ちるように、僕の体は力を失っていく。
――ごめんね。
耳に届く、かすかな声。
軽く抱きしめられる。
見えない。呼吸ができない。苦しい。
――大好き、だから。
口が塞がれる。温かい柔らかさ。
頬に当たる冷たい感触。
この時のことを、僕はこれから忘れることは出来ないだろう。
縋られていたものに、縋ろうとして。
突き放された時の、やるさなさを。
僕は、決して、忘れない――
287
:
神葬祭
:2008/04/29(火) 21:42:31
「霊夢、何をしてるの?」
昼間から部屋の片隅に佇んでいた博麗神社の巫女に、
夜も更けたこの時になって初めてリディアは声をかけた。
何しろ、食事もとらずに黙々と作業をしているのだ。
――いや、それは作業と呼んでいいのかさえ不明だった。
彼女は手に旗のようなものを持ち、正座姿でずっと目を閉じていた。
声に反応した霊夢は、わずかに疲れているようだった。
「頼まれたのよ」
微妙に答えになっていない。
「そもそも私は巫女であって神主じゃない。神職にも就いてない。
祀りを行うには分不相応だって言ったのに」
溜息交じりに肩をすくめる。
「祖霊舎も奥津城も用意できない。それ以前に遷霊祭だって無理よ」
おまけに何やら不平不満。
「その割に、やけに一生懸命に見えたけど」
「一生懸命、ね。柄にもないわ、本当」
軽く自嘲しながら、額の汗を拭うように前髪を軽くかき上げる。
その重い動きに、頭の可愛らしいリボンさえ重苦しく感じる。
「始めて10分で後悔したわ。やめときゃよかったって」
リディアにはその言葉の意味が理解できない。
「……でも、すっと目を閉じてただけでしょ?」
そこに何の意味があるかはわからない。
だが、やめようと思えばいつだってやめられたような気がした。
少なくともリディアには、霊夢の今日一日の行動によって何かが変わったようには思えない。
「変わるのよ」
リディアの言葉を、霊夢は一言で一蹴。
「こういうのはね。変わると思えば変わるの。
経験ない? 『今日はきっとついてない』と思った朝に限って、その日はついてないとか」
こくこくと頷く。
「それはその日が本当についてなかったわけじゃない。
いつもなら瑣末事として気に止めないことを、何でも『ついてない』と捉えるからついてないの」
だから、
「こうして祈ることで、誰かの想いに報いることが出来るのであれば。
……そこには意味があるのよ。確かにね」
そこでようやくリディアにも理解できた。
彼女がここで、どんな気持ちで、何をしていたのかを。
「……一生懸命だったんだね」
同じ言葉を繰り返す。さっきとは、微妙にニュアンスを変えて。
「当たり前でしょ」
すると、返ってきた言葉も変わった。
霊夢は深く息を吐き、目を閉じる。
少し翳を帯びたその表情は、薄白い明かりの下でもはっきりと陰影が浮かぶ。
今、彼女の胸の中ではどんな感情が廻っているのか。
リディアにはわからない。
――ただ、ひとつだけ言えるのは。
「私には何も出来ない。せいぜい祈ることぐらいだって――そう言ったのに」
彼女は自ら望んでそうしていたのだと言うこと――
「知り合いの知り合いの知り合いなら、赤の他人とも呼べないしね」
「まだ続けるの?」
「そうね、日付が変わるまでは。そこに意味はないけど」
リディアは少しだけ逡巡し、やがて意を決して、
「……私も、参加していいかな」
「ご自由にどうぞ」
その言葉をあらかじめ予想していたかのように、霊夢は即答。
「ただし、日付が終わったら直会を用意してもらうわよ」
「なおらい?」
「後で教えたげるわ。ほら、正座しなさい。
言っとくけど、途中でやめることは許さないからね」
これが俺に出来る精一杯ってことで。
せめて冥福だけは祈らせていただきます。
288
:
衝動
:2008/05/01(木) 00:07:28
背後から寄る気配が自分を目的としているのは明白だった。
故に、妹紅は振り返る。
「何?」
「……いや、そんな先制攻撃かけられると、返って聞きずらいんだけど」
気配を具体化したその存在は、何故か両手をあげて万歳――もしくは降参の合図――をしていた。
無論、見覚えがある。
「バカコンビの片割れか」
「ネジが緩み過ぎてあちこちに落として回ってるアホ盗賊と一緒にすんな!」
誰とも言ってないのに相方がわかる時点で、自覚してると吹聴しているようなものだ。
嘆息するのさえ馬鹿らしく、視線を明後日に逸らす。
「あのさ、もこー」
そこで会話が終わらなかったことにやや苛立ちつつ、視線を戻す。
鮮やかなピンクの髪を、尾のように頭の後ろで揺らすその姿。
彼女――アーチェは、はっきり言って妹紅の苦手なタイプだった。
いや苦手と言うよりも、もっと純粋に、嫌いだった。
「も・こ・う。無闇にのばさないでくれない?」
「はいはい、でさ、もこー」
これだ。
バカはバカであるが故に、こちらとそちらの境界線に気づかない。
――あるいは、気づきながらなおそれを無視して踏み込んでくる。
妹紅にはそれが不快でならない。
体の中を這い回る蛆のように、おぞましく鬱陶しい。
「あたしの箒を知らない?」
「は?」
即座に生じた疑問は二つ。
ひとつ。何故それを自分に聞くのか。
ふたつ。何故その問いに自分が答えると思っているのか。
「なんか今朝から見当たんないのよ。あちこちに聞いて回ってんだけどさー。
あと聞いてないのは、文に霊夢、それにナミ……は聞きようがないか。
あれがないと空飛べないし、空飛べないと歩いて街まで行かなきゃなんない。
そんなのこのアーチェさんに耐えられるわけないじゃん?」
――知るか。
「どっかで見かけた、ってのでもいいからさ。知ってたら教えてくんない?」
「……生憎と、私は知らないわ」
衝動で込み上げた破滅的な感情を、すんでのところで圧し留める。
あと少し抑える力が弱ければ、懐に忍ばせたスペルカードに手をかけていた。
――忌々しい。
漆黒の殺意と共に思い起こされるのはひとつの顔(かんばせ)。
妹紅から人としてのすべてを奪い去った、万の死を刻みつけてなお足りぬ大罪人の顔。
「んー、そっか。あんがと」
妹紅の衝動を知ってか知らずか、アーチェは軽く言って妹紅に背を向ける。
「あぁ、それと」
まだあるのかと再び湧き上がった熱い揺らぎは、次の瞬間に凍結した。
「気をつけんのよ。『ここ』はアンタが思うほど、優しくも辛くもない」
すぐに扉の向こうに消えた背中を見送ってから、妹紅は後悔した。
躊躇わずに、撃つべきだったと。
289
:
レイレイの探し物
:2008/05/05(月) 20:55:56
ときどき私はとある物を無くす。
でも私には何がないのかわからない。
それは大切な物というのはわかっているのだが、
しかし何を忘れていたのかは覚えていない。
「何を忘れてるんだろ、私」
青空の下、青々とした草の上にねっ転がり、しばらく考えていた。
でも何も答えはでない。眠くなっただけ。
そのまま私はぐっすりと眠ってしまった。
気がつくと辺り一面は真っ暗になっていた。
誰もいない。見慣れている風景さえ怖く感じる。
どうしたんだろう、魔界じゃこんなこと感じなかったのに。
そうか、ゆっくりすること、安心することを忘れていたんだ。私は悟った。
魔界ではいつも神経を研ぎ澄ませ、後ろから来る敵に備えていたが、
今ではその必要は全くない。当たり前だ、何もない平穏な世界なのだから。
だが、だからこそ安心できたのだと私は思う。
ああ、魔界には戻りたくないなぁ
290
:
憐哀編sideイサ:序章
:2008/05/05(月) 22:41:52
生まれつき、ボクの心は欠けていた。
それは悪魔として生を受けた身であれば歓迎すべきことだと、いつか言われた記憶がある。
――悪魔。
自分という種族を表すその単語に、特にこれといった他意を覚えたことはない。
ただ、『悪魔』であれば自分は喜ばれるのだと、幼心にそんなことを考えた。
喜ばれることは、嬉しい。
ボクは『悪魔』であることを誇りに思った。
――それなのに。
歯車は、一体いつの間に歪んでしまったんだろう。
理由はわからない。
――嘘。
わかっている。
教えてくれたから。
ただその当時のボクはまだまだ幼くて、拒絶される意味を理解することなんて到底出来なかった。
けれど、覚えていた。
言われた事実は事実として、整理されることもなく、心の引出しの片隅に
ずっとずっと置きっぱなしにされているだけ。
今でも簡単に思い出せる。
昨日のことのように。
そして今ならその時の言葉の意味がわかる。
思い出しても、痛くない。
思い出しても、辛くない。
生まれつき、ボクの心は欠けていた。
291
:
憐哀編sideイサ、1
:2008/05/05(月) 22:43:10
一日目 AM 3:00
限界が近いことをイサは自覚した。
――時間がない。
このままでは終わってしまう。
いや、終わってしまうことは仕方がない。
それは不可避の事象だ。
イサがイサとして存在する以上、それからは決して逃れることは出来ない。
それは、息を吸えば吐くように、手を挙げれば下ろすように。
起点から終点までの過程に疑念を抱く余地すらない、当たり前のこと。
自分は終わる。
それはいい。
だが、このままではダメだ、とイサは考える。
このままでは、何も残らない。
自分はただの悪魔の一人として、誰の心にも残ることなく、消えてしまう。
それは嫌だ。
せめて、せめて今の自分のことを覚えていてほしい。
これ以上ないというくらいに。
心の根に当たる部分を縛り上げ、一生自分という存在に囚われ続けるほどに。
そんな『ささやかな願い』を叶えてくれる存在を、イサは一人しか知らない――
292
:
紅夜
:2008/05/06(火) 08:18:07
(さて、どう終わらせたものか)
視界を塞ぐ紅の波をかわしながら、彼は月を背後に浮かぶ少女を見上げた。
機嫌がいいのか、人であれば卒倒しかねない笑みを彼に向けながら、その手を振るう。
ばっ!と少女の姿が無数のコウモリへ四散し、その一つ一つからナイフが彼へと降り注ぐ。
「ふん」
それに対してか、男は鼻を鳴らし、少女ど同じ様゙に四散した。
「そういえば、貴方も霧になれるんだったわね」
コウモリ達が集まり、元の形へと戻りながら、霧になった男を見つめる。
「お前ほど万能でもないがな」
少女と対になるような、黒く深い闇を纏いながら、男が答える。
紅に呑み込まれながら、黒へと染まる場で二人は暫し見つめ合った。
その視線は愛しい恋人同士のそれの様な熱を帯び、獲物を狩る獣の様な鋭さを秘めていた。
「そろそろ、夜が明けるわね」
少女の言葉が二人の時間の終わりを告げ、
「ああ、また忌むべき朝が来るな」
男の言葉が始まりを告げた。
「なら」
「今この時を」
「楽しみましょう」
「楽しもう」
「「こんなにも月が紅いから」」
日の光が世界を染めるその時まで紅と黒は世界を染め上げる。
293
:
キルアから見た恋愛
:2008/05/07(水) 15:38:17
ここに恋する男が2人(+1匹)。
「はぁ…ジラーチさん…」
「雪…」
「レイレイ…」
――なんだろう。恋愛は別に悪くないと思うよ?俺は。あいつ等の恋を応援してあげたいという気持ちもあるし。ついでに言うと、 (頼まれたらの話だけど) 恋愛を手伝ってやってもいい。
――けど…モヤモヤする。
あ、 断 じ て 嫉 妬 じ ゃ な い か ら 。
このモヤモヤの原因はあれだ。『理由が分からない』。
ジラーチは常に元気で可愛いし雪という奴はシッカリしていて女らしいしレイレイは異性を魅了させるようなオーラがある。
だけど、これだけで恋に落ちるか普通?人それぞれと言ったらそこで終わりだけど俺は納得いかない。
「ジラーチさんってかっこいいよね」
「雪とは、いずれまた交際したい」
「レイレイのフィギュアで毎晩(ry」
あーあ、始まったよコイバナって奴が。女だけがすると思ってたけど男もするんだな…って最後待てよ最後。変態発言だろ?あいつが見てたらどうすんだよ。
…………
なんか恋って凄いな。
こんなに他人を虜にできるなんて。ま、俺はゴメンだけど
294
:
宵闇
:2008/05/07(水) 23:02:19
――月符「ムーンライトレイ」
文字通り夜を裂く閃光の槍。
完全な不意打ちに、妹紅の反応は致命的なまでに遅れた。
そして――直撃。
「……っ!」
声は出なかった。
――声帯が消滅したのかもしれない。
左半身の感覚がない。
――そもそもまだ存在しているのか。
思考が徐々に鈍っていく。
――まさか、脳が、壊れ……
――「リザレクション」
意識が戻った。
左手を動かしてみる。五指は妹紅の思うままに従った。
念のため頭に触れてみる。陥没している気配はない。銀の髪一本までそのままだ。
――完全に「復活」していた。
こんな短期間で復活できたところを見るに、威力はさほどなかったらしい。
おそらく突然の衝撃に脳がパニックを起こしたのだろう。
「……またお前か」
妹紅は語りかける。突如奇襲をかけてきた相手に向かって。
「む、その声はまさか『はずれ人』?」
声の返ってきた先に、しかし姿はない。
――いや、姿は『あった』。
夜よりもさらに昏い宵闇。
如何に目をこらしたところで決して見透かすことの出来ない深淵。
それが声の正体だ。
「なんであなたばかりひっかかるのかしら」
それはこっちが聞きたいと妹紅は思う。
「魚を獲るつもりがヒトデやクラゲばかりひっかかってしまう漁師の気持ちって、
きっとこんな感じなんでしょうね」
「…そもそもお前はこんなところに『網』を張って、一体何を狙ってるわけ?」
やや呆れ声の妹紅に対して、宵闇は応える。
「決まってるでしょ。人間よ、人間。今晩のおかず」
「一応聞くけど。ここはどこ?」
「空ね。地上200メートルくらい?」
しばし、お互いに無言。
「……木に縁りて魚を求むとはこのことか」
「? そーなのかー」
「鬱陶しいからやめてもらえる? お前の闇は夜に紛れると区別がつかない」
「だから罠になるんじゃない」
「相手を視認できない罠に何の意味があると?」
宵闇がかすかに蠢いた、気がする。
正確に言えば、人為的に作られた闇の中に埋もれた姿が、だが。
その闇は外から中を見ることが一切叶わない代わりに、中から外を見ることも一切叶わない。
しばらく逡巡してから、闇はぽつりと、
「……そういえば、私はどうやって罠にかかったことを知ればいいのかしら?」
――適当に放ったのであろう先のスペルカードが偶然にも直撃したことは、妹紅にとって屈辱の極みだった。
「……木は炭に」
「え?」
「物は灰に。人は焼死体に」
闇の奥の気配がすくみあがるのがわかる。
妹紅の背に生える炎の双翼が、彼女の意思を反映して燃え盛る。
「――闇は、焼けば何になるのか知らん」
光も通さない闇から一人の少女が飛び出した。
金髪の幼い容姿に、黒のロングスカート。
宵闇を生む妖怪――ルーミア。
一目散に逃げ出すその背に向かって、妹紅は掲げる。
不尽の煙を生む炎を。
――不死「火の鳥 -鳳翼天翔-」
そうしてあたりに夜が戻った。
火の鳥に貫かれた闇は、霧散して夜に溶けた。
『私は焼いてもおいしくないよーーーーーーーー!!!』と叫びながら遠ざかった声も、もう届いてこない。
深々と嘆息。しばらくしてから、来た道を逆に辿る。
今晩もそこには届かなかった、と思いつつ。
295
:
ありがた迷惑
:2008/05/09(金) 23:52:03
テーブルの上に鎮座する大きな箱を覗き込み、紅は思わずぎょっとした。
黄色の長方形の物体がこれでもかと言わんばかりに箱の中にぎっしりと詰め込まれていたのだ。
「食べちゃ嫌よ?」
いつの間にやら、彼女の隣には八雲紫がいた―但し、スキマから逆さまの上半身のみ。
「…つか、これ食べ物なんだ」
最もらしい疑問を口にしながらも、半眼のまま黄色い物体(食べ物?)を見下ろす。
「しかしこんなにどこに送るのよ。白玉楼かなんか?」
一番可能性の高い場所を口にし、だが、逆さまの紫は扇子で口許を隠して笑った。
「今回は違うわ、私の式の所よ」
式、と言われて、紅はああと声を上げた。
「藍か」
「そ」
箱の蓋がひとりでに閉まり、封がされる。と、箱の真下に隙間が開き、重力のまま箱が下へと落下する。
隙間からはドスンという音と向こうの住人だろう声がいくつか聞こえたが、
紫は笑うだけで紅は思わず頭を抱えた。
「ああそれと」
まだ何かあるのかと言わんばかりに視線を向けた紅の目の前に一枚の紙が差し出される。
「請求書、貴方の名前でつけておいたからお願いね☆」
まさにゆかりん!
ワナワナと震える彼女の異変を察知したのか、今でくつろいでいた者は脱兎のごとく逃げ出し
「――っんの、隙間があぁぁぁぁぁっ!!」
吠える彼女の魔法で家が半壊したのはいうまでもない。
どっとはらい
296
:
悦び
:2008/05/11(日) 01:05:40
この気持ちを言葉で表すとしたら、適切な語彙は何になるのでしょう。
何かに追い詰められているのがわかる。
進むということは、いつか辿りつくということ。
一本しかない道を歩き続けている限り、その日は必ずやってくる。
たとえそれが望まぬゴールであろうとも。
その時こそが私の始まりであり。
すべてが終わる日でもあるのです。
何かに追い詰められているのがわかる。
それがこんなにも悦ばしいことだったなんて。
愛しい人。
もっと悩んでください。
もっと苦しんでください。
あなたがそうして苦しむのは、私のせいなのですから。
もっと、もっと。
私の存在を刻みつけてください。
あぁ、いつになればやってくるのでしょう。
――世界の終わりは。
――私の始まりは。
297
:
老大提督の贖罪
:2008/05/11(日) 09:49:40
――惑星ビィス軌道上・ESD『リーパー』ブリッジ
帝国の副都ビィス。この惑星はインペリアル・センターに次いで二番目の規模を誇る
メトロポリス惑星である。地表を摩天楼で覆いつくした惑星の軌道上には、この惑星
を母港とし、『死神』の名を持つ旗艦を有するペレオン艦隊が浮かんでいた。
ブリッジの窓の前で佇む老人が居た。ギラッド=ペレオン…エンドアの撤退戦におけ
る最大の功労者で、その後の数々の戦いで『キメラ』、『ルサンキア』、そして今の旗艦
である『リーパー』を率いて武功を立ててきた老将である。彼はまたしてもディープ・コ
アに侵入してきた反乱同盟軍の機動部隊を撃破してきたばかりだったのであった。
「…ふぅ」
「お疲れですか?大提督」
溜息を吐いた彼に、『キメラ』以来彼の旗艦の艦長を勤めてきたアーディフ艦長が声
をかける。無理も無い、パルパティーン皇帝というカリスマ指導者が居なくなった後の
彼らの職務は激務の上に激務を重ねるものだった。自由と解放を掲げる反乱同盟軍
はそのスローガンとは裏腹に帝国の高官から自由を奪っていることに気が付いている
のだろうか。更に、彼は既に70歳を超えている。普通ならば彼くらいの齢の者は退役
して、帝国へ長年の忠誠を捧げたことに対する見返りとしての十分な額の年金を受け
取り、悠々自適に暮らしているはずだ。しかし、一連の混乱が彼に安息を与えることは
しなかった。艦長が気遣うのも当然のことである。
だが彼はいいや、と首を軽く横に振った。恐らく彼の見栄もあっただろうが、実際のとこ
ろ彼は別のことを考えていた。
「息子の事を…考えていたんだ」
「息子…」
艦長は少し考えて納得した。しかし、もし彼でなかったら納得には至らなかっただろう。
公式の記録によれば、ペレオン大提督に妻子が居たという記録もクローン施設を利用
した記録も養子を取った記録も無い。従って、息子と呼ぶ存在は皆無の筈だが、存在
した。私生児として。
マイナー=デヴィス…インペリアル・スター・デストロイヤーの艦長を務める帝国軍将校
だ。2度のデス・スター破壊による高級軍人の大量喪失を利用して30代半ばでのし上が
った者だ。しかし、勤務記録によれば彼の成績はどの階級・ポストでも優秀なものであり、
勲章や賞状の授与に何回も与っている。しかし、その出生は謎に包まれていた。いくら
高級軍人の大量喪失があったとしても、インペリアル級の艦長ともなれば高官が後ろ楯
にいなければ、彼の若さで任命されるのは難しい。その為、色々な憶測が流れていたが、
ペレオンの隠し子だったのである。
マイナーの母が妊娠したことを若き日のペレオンに告げた時、彼は結婚していない相手
との間に子ができたことが公になれば自身の出世に傷が付くと考え、私が父親というこ
とは伏せて欲しいと頼み、彼女は泣く泣くそれを承諾した。彼も自分を冷たい男だと自分
を呪い、彼女と息子に対して可能な限りの援助を続けていた。いずれ出世した暁には妻
として迎え、息子として認知しようと。しかし、その願いは永久に果たせなくなった。彼が
キャッシークのウーキー奴隷化任務に赴いた時、不慮の病に彼女は斃れ、帰らぬ人とな
った。この事を後で知ったペレオンは人知れず慟哭した。しかし、まだ息子が居た。せめ
てもの罪滅ぼしに彼にはできることをしてやろうと考えた。
親しい同僚に息子を預かるように頼み、軍事アカデミーに入る際も教官達に根回しを行
い、長じては重要なポストに就けるように手を回した。息子だけが彼の生きる理由なので
あった。
彼は何度か息子に会っている。会う度に息子の成長に目を細め、自分とかつて愛した人
の面影が彼に表れていることをまた喜んだ。マイナーも最初は父が母子を出世の犠牲に
したことを良くは思わなかったが、彼をペレオンが裏で支えたことを育ての親から聞かされ、
ペレオン自身の告白もあったことで、わだかまりも大分消えた。
「もう…よろしいのではありませんか?十分に贖罪は…」
「いや、生涯…永遠に償えるものではない…それにまだ1つやるべきことが残っている」
「1つ…?」
「ああ、この休暇に取り掛かるとしよう」
数日後、帝国軍人事局の整理課の仕事が一つ増えた。ある将校の名前を書き換える仕事
である。1人の事務官がコンピュータの電源を入れ、インスタント・コーヒーを傾けながら作業
を確認していた。
「どれ、今日もお仕事に取り掛かりますか!最初の奴は…マイナー=デヴィス大佐…姓を変
更…改姓前:デヴィス…改姓後:ペレオン…マイナー=ペレオン、か!」
298
:
贈り物
:2008/05/11(日) 10:20:32
一瞬、そのシュールな光景にアーチェは我を忘れた。
「きゃー潰されたー」
ぱたぱたと手足を振り回す様は、さながら胴体にピンを打たれもがく虫のようで。
何で先に防腐剤を打ってあげないのかとかいやそうではなく。
「ちょ、え? 何これどうしたの!?」
アスミが潰れていた。
正確には、大きな箱を背中に乗せもがいていた。
「潰されたー」
言っている内容の割には、アスミはやたらと楽しそうだった。
かたつむりにでもなっているつもりなのかもしれない。
本人が嬉しそうなのでやや躊躇ったが、とりあえずアーチェはその背に
乗った荷物をどかしてやることにする。
重さは思ったほどではなかった。
というか、サイズの割には軽い。
「何だろこれ……爆弾?」
「何でそんな結論に到達するかな……」
突如別の声がしたので振り返ると、リディアが後ろから覗き込んでいる。
「だってこれどこにも宛名がついてないし」
「宛名がついてないなら、郵便物じゃないってことでしょ。
文の配達物とかじゃない?」
「文って配達員だっけ?」
「う〜ん…? まぁ、似たようなものなんじゃないかな」
本人が聞いたら全力で否定しそうな会話を続ける二人。
ちなみにアスミは自由になった身を謳歌しているのか、
ある一点――ちょうどアスミが潰れていた場所の少し上あたりだ――を
指さしながらくるくると回っている。
と、そこに、
「ここに紫様が来なかった!?」
何やら緊張の面持ちをした藍と、それに従うようについてきた橙がやってきた。
しかしメンバーの中でも良識な部類に入る藍が、動揺をここまではっきり表しているのも珍しい。
一方、問われた二人は、
「紫? 誰、それ?」
知らぬ名が出てきたことに首を傾げる。
「平たく言えば、私のご主人さま。今、ここであの方の力の気配を感じたから…」
おそらく望んだ状況とは異なっていたのだろう。声のトーンが明らかに落ちている。
「そう言われてみると……何か、見慣れない魔力の残滓があるね」
敏感なリディアも、うっすらとだがここに残った何かを感じた。
「けど、私達も今ここに来たところなの。今はいないみたいだけど…」
「アスミなら知ってるかもよ。あたしが来た時に、ここで潰れてたし」
「潰れてた?」
全員の視線がアスミへ。
そのアスミはと言えば、何故か橙にフライングボディアタックをかましていた。
「やったなー!」と叫ぶ橙が、負けじとアスミに対してくすぐり攻撃をかけている。
まぁ要するに、じゃれあっていた。
「……それで、潰れてたっていうのは?」
「いやじゃれるアスミをうっとりと見てたまばたき一回後に、そんな真面目な声出されても。
それと藍、アンタは鼻血の跡を拭け」
アーチェはつい先ほどここで見た出来事を簡単に説明した。
「これに潰されてた……か」
視線の先には、大きな箱。
藍を見やると、目が合った。
「ひょっとして……上から、落ちてきた?」
藍は確信を持って頷いた。
「紫様なら、その力で物をどこかに送るなんて造作もないことよ。
おそらく隙間で、これだけを……」
「じゃ、とりあえず開けてみよっか」
爆弾と推測した時から、アーチェは開けたくてしょうがないという顔をしている。
間違いなく、プレゼントをもらったら包み紙を散々蹂躙したあげく中身を取り出すタイプだ。
アーチェを制して、藍が慎重に箱を開けた。
そこには、
「……………………油揚げ?」
としか呼べないものが入っていた。それもぎっしりと。
「…どうりでサイズの割に軽かったわけだわ」
さしものアーチェもその光景には圧倒された。
「うん。それにこれはどう見ても……」
視線の先には、9つの尾。
「紫、様」
藍のお尻あたりから生えたそれは、彼女の心中を反映するようにふるふると揺れている。
何となく声をかけるのも憚られて、しばらく二人も無言でその時を過ごした。
「……すまなかった」
最初にその場の均衡を破ったのは、藍当人だった。
「これは私宛のもので間違いないわ。けど、ここでは私も相伴に預かる身。
良かったら今晩のおかずにでも使いましょう――橙!」
「くの、くのっ! ……あ、はい藍様。何でしょう?」
「これを運ぶのを手伝って頂戴」
「わかりました! …この勝負はお預けだからね、赤いの」
「これで勝ったと思うなー」
ぱたぱた手を振るアスミ。
「しかし、何の前触れもなくいきなりあれだけの油揚げって……」
二人が運ぶ姿を傍観しながら、ぽつりとつぶやく。
「……うん。なんて言うか」
リディアとアーチェ。お互いを見やって、苦笑。
『世界は広いわ』
299
:
誰もがやられた
:2008/05/12(月) 15:10:20
逃げ惑う妖精メイド達(役立たず)とそれに執拗に弾幕を放つ少女を紫は半眼で見ていた。
弾幕が放たれて随分時間が経っているのか、辺りはまさに地獄絵図と化していた。
(…流石に地獄絵図は言い過ぎか)
頭を振りながら、体の回りに結界を展開する。
幸いな事に向こうはまだ自分に気付いていない。
最も気付いていても無視してるだけかもしれないが。
その場に浮かび上がると弾を結界で防ぎながら、少女へと近付く。と―
少女がこちらに振り返る。
(けど、もう遅い)
がっしりと彼女の腰を脇に抱える。
喚きながら暴れる少女のドロワーズに手をかけると、弾幕が更に濃くなる。
(フォーオブアカインド…)
分身した少女を一瞥し、手を一気に降ろす。
「いやああああっ!」
恥ずかしさからか、更に暴れる少女の声と弾幕に負けない様に紫も声を張り上げる。
「このっ!悪い子がぁ!」
ピチューン
真っ赤になった尻を出したまま、鼻をすする少女―フランドールを見下ろしながら、紫は息をついた。
「そういうのが嫌なのは自分もよぉく分かるけど、だからって弾幕でどかーんは駄目よ」
「ひぐっ…う、うん」
ドロワを穿きながら、小さく頷く。
その様子に苦笑しつつ、目線を合わせる様に片膝をつく。
「けどさ、姉貴だとこうはいかないんだよ?
昔やられたけど、それこそばちーんばちーんって凄い音させるし、
あのつるぺた姉貴「…へぇ、人のことそんな風に思ってたんだ」は…」
背後からした声に紫の顔から汗が滝のように流れる。
そのままゆっくりと、さながら油が切れたブリキの玩具の如く振り返る。
そこには満面の笑みをたたえた、けれど、背後に般若の面が見えそうなオーラを従えた女性がいた。
「…こ、ここからが本当の地獄だ」
壁際で震え上がるメイド達とフランドールの目の前で惨劇は幕を開けるのだった。
尻叩きって痛いよねって話
皆も小さい頃やられたよな?!
300
:
禊雨・上
:2008/05/13(火) 23:40:30
雨の降りしきる夜だった。
音を立てるほど強くはなく、さりとて無視できるほど弱くもない。
この雨を楽しむ風情は濡れることにあると妹紅は思う。
傘も差さず、街灯の薄明かりに映える暗緑の森を肴にして。
彼女達は酒を酌み交わしていた。
「お二人はここで何をしているのですか?」
声をかけられた二人――代理人と妹紅は、共に感情の希薄な表情をしていた。
代理人に至っては、横に一升瓶を置きながら顔色一つ変えていない。
「あなたこそ、こんなところへ何をしに? お嬢ちゃん」
お嬢ちゃんと呼ばれたその少女は、「にぱ〜☆」と満面の笑みを浮かべ、
「楽しいことをしているなら、ボクも混ぜてほしいのですよ」
意外そうな顔をしたのは、妹紅一人だけ。代理人は変わらず無表情にグラスを傾けている。
その齢10歳にも満たないように見える少女がここまで一人でやってきたことも意外なら、
雨に打たれながら淡々と酒を交わす光景をまさか「楽しいこと」と評されるとも思わなかった。
だが、子供の発想が固定観念に縛られた『大人』とは異なる感性から生まれることは知っている。
その程度のことだろうと、妹紅は安直に考えた。
「私達にとって楽しいことが、お嬢ちゃんにとっても楽しいとは限らないよ」
言いながらグラスを煽る。
特に美味いとは感じなかった。
――気分が悪いのならなおさらだ。
「それは混ざればわかることなのですよ」
言って、代理人の隣に座る。
ちなみにその少女は二人と違ってきちんと傘を差していた。
もっとも、濡れた地面に腰を下ろしている時点で傘の役割など無きに等しいが。
「雨がざーざーで水たまりがぱしゃぱしゃなのです。とってもいい気持ちなのですよ」
少女は始終ご機嫌という様子だった。
ただの八つ当たりと知りつつも、妹紅にはそれが面白くない。
何しろ、つい今しがたまで胸が悪くなる会話を展開していたのだ。
そしてそれはまだ終わっていない。
「妹紅。無駄と知りつつも、もう一度だけ言うわ」
少女の存在を完璧に無視して、代理人が口を開く。
「愚かな思索はやめなさい。そこには何の価値もない」
「価値を決めるのは私。違う?」
「違わない。だから表現を変える。
あなたは自分の魂を貶めてでも、『この世界』の根幹に触れようと言うの?」
妹紅の眉根がわずかに上がる。
「何も変わらない。何も叶わない。そもそもここには何もない。
求めれば求めるほど、足掻き、醜態を晒すことになる」
「……だから私は」
「『自分の信じるものを貫くだけ』、と? なるほど、その言葉を口にするだけの強さをあなたは持ってる」
けれど、と、
「少しは学びなさい。そのメンタリティこそが、今のあなたに一人相撲をとらせる因となっていることを」
「……るのか」
妹紅の周囲に空気の流れが生まれる。
周囲の温度が急激に上昇し――そして。
「わかるのかっ!! 貴様にっ!! 蓬莱人としての苦しみがっ!!!」
怒りに燃え上がる妹紅の顔は、まるで泣いているようだった。
「この永遠の苦輪から逃れられるというのなら、私は泥をすすることさえ厭わない……!」
「…………戯れか」
代理人が、動いた。
301
:
禊雨・下
:2008/05/13(火) 23:41:40
妹紅は反応できなかった。
油断があったのは事実だろう。
それは代理人が自分を急襲するわけがないという甘えと、
そもそも代理人が自分を急襲できるわけがないという自負から来ていた。
――だが、それだけではない。
妹紅は『自分の体が吹っ飛ばされる』まで、代理人を知覚することが出来なかった。
「な……っ」
吹っ飛ばされたと言っても、威力はほとんどなかった。
妹紅の体が抵抗を示すより早く衝撃が伝わったため、思いのほか体が跳ねただけだ。
逆に言えば、今の一撃にはそれだけの速さがあったということか。
「私の素早さはカンストよ」
妹紅を吹っ飛ばした体勢のまま――つまりは拳を前に掲げた状態でそう告げる。
「学びなさい。あなたの唯一にして最大の敵は、その悪夢に繋がれた楔にこそあることを」
それだけ言い放ち、代理人は再び無言で酒を呷り出した。
妹紅は濡れた地面にぺたんと座りこんだまましばらく呆気にとられていたが、
やがて小さく「……ごめん」とだけ言うと、代理人に追従するようにグラスに酒を注ぎだした。
そうして、辺りに静寂が戻る。
粛々と。
まるで彼女達の罪を身削ぐように、降りしきる雨。
「…………感想は?」
ぽつりと。
ここに来て初めて、代理人は少女に語りかけた。
「よくわからなかったのですが、ケンカはダメなのですよ」
「違う」
無機質な視線が少女を睨め付ける。
「満足したかと聞いてるの」
「……何のことなのか、ボクにはちっともわからないのですよ」
言って「にぱ〜☆」と笑う。
代理人は今度こそ口を閉ざし、そして二度と開くことはなかった。
沈黙の酒会は、こうして更けていく。
302
:
密談
:2008/05/16(金) 23:50:06
「どう思う?」
「どう……って?」
「ここ最近の出来事だよ――似てると思わない?」
「……『あの時』と?」
「…アーチェも気づいてたんだね」
「わかるわよ。自分のことだもん」
「……繰り返そうとしてる、ってことなのかな」
「それ以外に、何があると思うわけ?」
「…………」
「『あの時』は派閥が二つに割れた」
「旗が二本立てば、そこに人が集うから」
「今回はすでに旗が一本立ってる」
「文の話だと、藍とかルーミアとか、見境がない感じだね」
「それに不満を抱く奴が現れたら」
「旗がもう一本立つ。そして……」
『――戦争が始まる』
「当事者だったあたし達だからこそわかる」
「うん。繰り返させるわけには、いかないよ」
「……アイツに会って、話をしよう」
「それが出来るのは私達だけだしね」
「今度は何を企んでんだか」
「場合によっては、強硬手段も辞さない覚悟でいこう」
「……アンタの強硬手段って、アイツの体は斬鉄剣の錆になるんじゃ」
303
:
昔話
:2008/05/17(土) 00:11:39
――むかし、むかし。
――それは、ある世界の中の、ある町の中の、あるアパートの中のお話。
そこには六畳一間の王国がありました。
世界で最も小さなその王国には、十数人の住人と、一人の従者がおりました。
その国の王様は女王様でしたが、統治などはせず、住人は自由気ままに過ごしておりました。
一人の従者は自らのことを『使徒』と呼び、王様を大変崇拝しておりました。
しかし、時が経つにつれ、王国はその様相を変えていきました。
いつの間にかそこは帝国と呼ばれ、不必要な軍備増強が繰り返されたのです。
もともといた住人達の多くは居場所を失い、去っていきました。
温かった空気も、次第に鉄の冷たさを帯びるようになりました。
ある時、住人の一人が解放宣言を唱えました。
自分達には自由に暮らす権利がある――と。
それに同調したメンバー達が派閥を作り、帝国に反旗を翻しました。
たちまち両者の間には軋轢が生まれ、鉄の冷たさは焼けた鉄の熱さへと変わっていきました。
やがて二つの派閥は互いの境界を踏み越えます。
――帝国派のリーダーはリディア。
――独立派のリーダーはアーチェ。
両者の争いは『ハルマゲドン』と呼ばれ、その世界の歴史に刻まれました。
結果として、帝国は解体。
六畳一間の王国は、六畳一間の民主国家となりました。
一人の従者が夢見た砂上の楼閣は、そうして終わりを迎えました。
――むかし、むかし
――それは、ある世界の中の、ある町の中の、あるアパートの中のお話でした。
304
:
傍観
:2008/05/17(土) 12:46:20
「面白そうな事になってきたねぇ」
扇子を開いては閉じるを繰り返す紫の肩に顎を乗せながら、
前に開かれた隙間を萃香が覗き込む。
「そうね」
パチン、と区切りをつけるように扇子を手の中に収める。
「役者は既に舞台に立ち、後は開始の鐘を待つのみ。
あれの相手はさながら蓬莱人かね?」
自身の予想を話す萃香に紫は扇子を口許に持っていきながら、くすりと笑う。
「案外二人かもしれないわよ?」
「っていうと?」
隙間から見える光景はいつの間にか一人の式から一人の青年へと変わっている。
「悲劇を知る者はそれを繰り返さぬ様に立ち回る。
けれど舞台に立つ役者達は劇のシナリオには逆らえない。
それはあの場所を収める彼とて同様」
「…もうちょっと分かりやすく頼むよ」
「まあ、簡単にいえば、劇は面白い方がいいってことよ」
紫の瞳がすっと細められる。
寒気すら感じられるそれに萃香が思わずたじろぐ。
片手に複雑な式を組み込んだ符を持ち、笑みを浮かべる。
「そう、劇は面白い方が観客も喜ぶものね」
ぺらりと符を隙間に落とすと彼女はおかしそうに笑う。
「…楽しませて頂戴ね」
隙間の向こうでは彼女の式の式の背に張り付いた符が溶けるように消えていた。
305
:
訃報・上
:2008/05/17(土) 23:47:36
そこに在れば、薄ら寒い怯えと共に誰もが思うだろう。
――ここはどこだ、と。
「これって…………」
あたりは不気味な静寂に包まれている。
道を歩く足音さえ聞こえない――それ以前に、人の姿がない。
比喩などではなく、針を落とせばその音が聞こえるだろう。
――わずかに、一歩。
ただそれだけで、人間達に置き去りにされた無機質の建造物だけを残し、生の気配はこの地から根絶された。
それがどれほど異様なことか、二人は理解していた。
と同時に、その意味も。
「……久しぶりね、『ここ』も」
わずかに茶化すようなアーチェの口調も、緊張に歪む表情を崩すには至らない。
「久しい」という表現が正しいのか、実のところアーチェにもわからない。
ただ、かつて同じような場所に踏み入れたことがあるという話だ。
――同じような場所。
無限の可能性から堕とされた粗悪な世界。
名もなき泡沫の、弾けるその一瞬前。
ここは『生』という概念が劣化しているため、踏み込むことは出来ても生まれることはない。
ここは『死』という概念が劣化しているため、どれだけ殺されても死ぬことはない。
何もかもが不完全で、そして何物も完全ではいられない御伽の国。
リディアはそこに足を踏み入れた瞬間から、無言で目を閉じていた。
しかしそれもしばしの後にぽつりと、
「私達以外に、あと一人」
魔力を『視る』リディアの言葉に誤りはない。
「アイツってこと?」
首を横に振る。
「魔力の気配がするんだから、多分違うと思う」
知らない間に魔法を身につけたりとかしてたら、話は別だけれど。
そんなことを言外に言っている。
しかし、それが有り得ないことを二人は理解していた。
ここは「神」の領域なればこそ。
ここで「神」の願いは叶わない。
二人は、この世界に存在する最後の一人を探した。
いや、探したという表現は適切ではない。
――探すまでもなく、すぐに遭遇したからだ。
そこはまさしく、あの人間が住む場所に違いなかった。
アーチェも度々訪れたことがある。見間違えるはずもない。
その入口に、蒼い僧服を着た一人の女が立っていた。
306
:
訃報・下
:2008/05/17(土) 23:49:59
「こんにちは、ディア」
代理人は、その流れるような蒼い髪の毛先まで、普段とまったく変わらない。
そもそも変わるところを見たことがない。
無表情、無感情、無感動――震度8でもビクともしない最新の耐震構造を搭載した、鉄壁のアイデンティティ。
「――それと桃色の生命体」
「とってつけで何て失礼な!」
「ごめんなさい。――それと#F58F98の貧乳女」
「訂正後がわかりにくい上、明らかに中指立てて挑発されてる!」
「私の中指は何でも貫くZE☆」
「なら自分のこめかみでも貫いてなさいよ!!」
「個人的にはディアのいけないところを希望」
「どこ!? それはどこっ!?」
頭から湯気が出ているアーチェの襟首を、猫の子よろしく引っ張り上げる。
「ちょ、邪魔しないでよリディア。今アイツにオートマチック・ロシアンルーレットを」
「代理人に遊ばれないの」
ぴたりと動きを止めるアーチェ。ぎろりと代理人を見遣る。
無論、睨まれた当人は眉根一つ動かさない。
「…何で今ここにいるのか、なんて聞かないよ。そんな気はしてたから」
「さすがディア。どこかの低濃度生物と違って理解が早いわ」
『何が低濃度がm』と、言いかけたアーチェの口を塞ぐ。
「そこを通してもらえる?」
「どうぞ」
代理人がすっと入口からどく。
「ただし、目的地に目的の人物がいるとは限らないけれど」
「そうだろうね」
まずはここから出ないといけないもの、と付け足す。
「いや、そういう問題ではなく」
しかし、それに対する代理人の回答は、リディアの予想を絶望的に超えていた。
「――死んだ人間に会うことなんて、誰にも出来ないでしょう?」
307
:
憐哀編sideイサ、2
:2008/05/18(日) 21:20:22
一日目 PM 17:00
春原に用を足すと言い、イサはゲームセンターから外へと出た。
無論、言葉通りであればわざわざ外に出る必要はない。
念のために後ろを振り返る。
春原がこちらに気づいた様子はない。
――追ってこられては、困るのだ。
外は身を切るような寒さだった。むき出しの足は凍りつくようだ。
もっともこの季節に半ズボン姿で、寒さに文句を言うのも滑稽だが。
そしてイサ自身も、そんなものを気に掛けるつもりは微塵もなかった。
「……何の用?」
イサは語りかける。
自分の『真上』に。
「昼ごろ辺りからずっとボク達のことを見てたよね」
「…まさか気づかれているとは思いませんでした」
ばさりと。
空打ち一つで、漆黒の翼が地上へと降りてくる。
その右手には、望遠レンズのついたカメラ。
幻想郷最速の烏天狗にして、伝統の幻想ブン屋――射命丸文。
「何の用だって聞いてんの」
イサの目には、未だかつて誰も見たことのない光が湛えられていた。
先ほどまで春原に見せていた年相応――と言っても、人間年齢に換算すればだが――の
子供らしさは、その光に食い潰され跡形もない。
『悪魔』としてのイサが、そこにはあった。
「――邪魔だよ、お前」
すぅっ、と。
軽く動かした手には、すでに一本のナイフが握られている。
「……それがあなたの力ですか」
イサの殺意にもまるで動じた様子はない。
絶やさぬ微笑が、今はひどく胡散臭い。
「まるで手品みたいですね。ただ、手品と違うところは……」
風切り音。
それが耳のすぐ横を駆けて行ったことを、感覚で悟る。
「……それで人を殺せる、ということでしょうか」
ナイフを投げた時に、それとわかる挙動はなかった。
手首のわずかなスナップだけで、正確に文の顔面を狙ったのだ。
何の躊躇いもなく。
「ざんねん」
イサの口調は、明るくて昏い。
「一応、投擲用のダガーを選んだんだけど。ちょっと狙いがそれたかな」
投げるのは苦手なんだよね、と。
文の神懸かった動体反射がなければ、耳が削ぎ落とされていてもおかしくなかったというのに。
「次は外さないように胴体を狙おうか」
心理作戦か、と文は胸中でつぶやく。
最初から、今の一打で仕留められるとは思っていなかったのだろう。
だが、先手必勝で命を狙われれば、どんな強者でも体がすくむ。
それをイサは理解した上で、さらに心理的なゆさぶりをかけているのだ。
――次こそ、確実に仕留めるために。
「……勘違いしないでください」
文は両手を空に掲げる。
「私はただのブン屋です。あなたに危害を加えるつもりなんてないですよ」
「信じられないかな」
「では、私はこのまま両手を挙げて退散しましょう。それで見逃してもらえますか?」
「…………」
イサはしばし無言の後、こくりと頷いた。
文は両手を挙げたままイサに背を向け、その翼で空に飛び立った。
瞬間、イサの方に向き直る!
――風神「天狗颪」
イサの放った十を優に超えるナイフは、文の巻き起こした風にことごとく散らされた。
――いや。
「…………っ」
軌道はそれたが散らすには至らなかった一本が、彼女の膝を浅く裂いた。
傷の痛みに歯噛みしながら、イサを見遣る。
イサはその両手になお数本のナイフを持ちながら、はっきりと舌打ちした。
文も奇襲の可能性は考えていた。
が、ここまであからさまに殺しに来るとは思わなかった。
「……覚えておきましょう」
文の表情から、微笑が消える。
そうして、空の高みへその身を躍らせた。
308
:
憐哀編sideイサ、3
:2008/05/18(日) 22:58:03
物心ついた時には、イサの横には常に殺戮衝動が身を置いていた。
イサの家系は代々優秀な魔法使いを輩出していた。
特に女系はその力が強く、中には生きながら伝説となった者もいるという。
しかし同時に、悪魔としては致命的とも言える欠点を抱えていた。
穏やかなのだ。性格が。
特に女系にはそれが顕著に現れる。
山一つ消し飛ばす力を持っていながら、それを決して使おうとはしない。
炎や水を自在に操って敵を屠るより、料理をしたり飲み水を調達することを好む。
宝の持ち腐れだ。
おまけに一族揃ってそんな有様なため、それを危惧する者はいても改める者はいない。
そのため、イサという悪魔の誕生は一族から大いに歓迎された。
生まれながらにして殺意を秘めたその瞳。
この娘は将来優秀な魔法使いになるだろうと、一族の誰もが思った。
――しかしその期待は、2度の出来事の後に灰燼と消えた。
最初はイサが640歳――人間年齢に換算して6歳ほどの頃だった。
それはあまりにも致命的な出来事だった。
イサは魔法が使えなかったのだ。
一族なら親へのわずかな反抗心で炎を用いるほど慣れ親しんだ魔法を、
イサは一向に使おうとしなかった。
何故かはわからない。
だが、おそらくは一族が期待した衝動にこそ原因があるのだろうと思われた。
一族の歴史の中で、魔法を使えない者はイサ一人。
一族の歴史の中で、最も殺戮本能の強い者がイサ。
つまりは、そういうことだ。
それでも悪魔として優秀であることに変わりはない。
イサにかけられていた期待はこの一件でほぼなくなったが、それでもそのまま育てられた。
二度目にして最後の転機は、その400年後に起こった。
イサが、家族に手をかけたのだ。
彼女にはやや年の離れた姉がいた。
最初はただの姉妹ゲンカだったそれは、姉殺しの一歩手前まで加速した。
年を経るごとに暴走の翳りを見せ出したイサの衝動は、もはや実の両親にさえ止められなかった。
イサは捨てられた。
実のところ、悪魔の中で同族殺しなどさして珍しくもない。
親殺しをステータスとして見る者さえいる。
それが悪魔というものだ。
だが、穏やか過ぎたイサの家系では、家族に手をかけるという行為があまりにも異様に映った。
家族としての愛情が消し飛ぶほどに。
そうしてイサは独りになり、しばらくして盗賊ギルドに拾われた。
309
:
告白
:2008/05/22(木) 20:28:22
好きです
………………
310
:
花咲く夜に蝶は踊る
:2008/05/22(木) 22:24:06
視界を霞めていくナイフをギリギリで交しながら、隙をみては反撃をする。
もう何度も繰り返し見ている光景に少女は僅かながら集中を途切れさせた。
「―――!?」
肩を伝う痛みに顔を歪めながら、攻撃が密集しつつあるその場所を離れた。
一瞬とはいえ、その時を最大に利用した事に少女はやはり油断はならないと相手を見た。
目の前の相手はしてやったりと一瞬笑い、また鋭い目付きで少女へ狙いをつける。
瞬間、相手の姿はそこから消え、代わりに無数の刃が再び少女へと殺到する。
急速に自分へと迫る刃の雨を前に彼女はすっと息を吸い―紅い瞳で相手を捉えた。
手にした烏の描かれた黒いカードに力を込め、宣言する。
黒符『常闇の烏』―
符の力が解き放たれると同時に少女の従えていた使い魔が烏へと姿を変え、辺りが黒へと染まる。
その黒に溶け込むように烏達は相手へと殺到し、
傷魂「ソウルスカルプチュア」
黒を割って現れた紅い軌跡に烏は残らず切り刻まれ―そこで相手ははっと目を見開いた。
少女が、居ない。
背後だと気付いた時には既に少女に放たれた紅い奔流に飲み込まれていた。
「負けちゃったわね」
服―勿論新しく着替えたそれについた埃を払いながら、咲夜は地面で伸びている少女へ声をかけた。
「でも、よーやく一勝だよ。19敗1勝でまだまだ咲夜さんには勝てないよ」
悔しそうに言うフヨウの回りには彼女の使い魔達が心配そうに漂っている。
「けど、初めて作ったスペルカードにしては中々だったわよ?
その子達には時間停止があまり効かないみたいだし」
それにしたってさぁ…と口を尖らせるフヨウに咲夜はくすりと笑うと手を差し出すのであった。
おまけ
「あのさ、もうルールは分かったからさ。
てかレミィムキになってない?」
「私が高々チェスごときでムキになるとでも?
ただ素人に負けたのが何だかしらんが嫌なだけだ」
(咲夜さん、頼むから早く帰ってきて…)
311
:
悔悛
:2008/05/24(土) 00:04:00
どうやら、彼は死んだらしい。
不思議とリディアはそれを事実としてすんなりと受け入れられた。
人づてで聞いたに過ぎず、またその根拠もまったくないにも関わらず、だ。
何とはなしに予感していた。
いつか、こんな日が訪れるのではないかということを。
まさかそれが死別という形で具現化するとは夢にも思っていなかったが、
それでも何らかの形で別れの時が来ることはわかっていたのだ。
――彼はこの世界にいることに耐えられなかった。
それは己の立ち位置を自覚してしまった瞬間から芽生えたものだろう。
一つの王国が終わりを告げ、リディアとアーチェ、そしてすずを除く全員を
この世界から断ち切った時には、彼の幸福は終わっていた。
そして彼は今、世界から自分自身をも断ち切ったのだ。
――未練を断つのにかかった時間は、約2年。
そう考えればむしろ遅すぎたとも言える。
リディアの中に、悲しい、という感情は湧かなかった。
それは彼自身の罰から来るものだろうか――いや。
リディアは理解しているのだ。
これが決して終わりではないことを。
争いは止まらない。むしろ加速していくだろう。
彼はもういない。
けれどここには彼女がいる。
何も変わらない。
何も終わらない。
ここからだ。
ここからすべてが始まっていく。
――リディアとアーチェに遺されたのは世界の断片。
――彼女が持つのは残りすべての理。
世界はもはや完全を失い、託された者の意に従うのみとなる。
312
:
恐怖
:2008/05/26(月) 23:33:14
独りであることを苦痛には感じない。
この身が蓬莱人と化してから、それは常に自分の隣にあるものだ。
とは言え、心地よいと感じるものでもない。
隣に誰がいようが。
隣に誰もいまいが。
人としてあるべきところから欠落したモノが埋まるわけではないのだから。
「あ……! お前は……」
すぐ近くでそんな声が聞こえるまで気がつかなかった。
眠っていた、というわけではないのだが、意識が飛んでいたようだ。
寝転がった体勢のまま首だけ動かす。
猫が立っていた。否。
猫のような人間のような姿をした、つまりはどちらでもないモノがいた。
「……式の式か」
欠伸を噛み殺す。
妹紅の関心対象の中にこの少女はいない。
いようがいまいがどうでもいい。空気よりも無価値な存在。
「こ、この前はよくも藍様をいじめたな!」
思わず鼻で笑う――実に滑稽な話だ。
あの時の式との争いに決着がつくことはなかった。
力で妹紅の方が勝っていたのは事実だ。何度となく藍を地に沈めた。
それでも、妹紅は三度『殺された』。
蓬莱人とは言え、身体的スペックは人間のそれと変わらない。
不死身であることを除けば、妖怪の式であるという藍とは比べるべくもなかった。
――その死闘を、こともあろうに『苛める』などという単語で表すとは!
「失せなさい。今は弾幕ごっこに付き合う気にはならない」
「藍様は私のご主人様だ! その誇り高い式として、ここですごすご逃げたりするもんか!」
……またか。
藍といいこの猫といい、誇り誇りと大層な言葉を持ち出すものだ。
「忠言は耳に逆らうとは言うが……さて!」
瞬間的に体を跳ね上げる。
その突然の動きに緊張が爆発したのか、少女は本人でさえ意識しきれぬまま
取り出したスペルカードを掲げていた。
――鬼神「鳴動持国天」
最初はこのまま退散するつもりだった。
約束というほどではないが、藍に対して「式には手を出さない」と告げている。
それに弱者の蹂躙は妹紅の望むところではない。
――だが、彼女の放つ弾幕を見て気分が変わった。
藍の主人がどれほどの力を持つのかは知らないが、その式の式でさえ
これほどの力を持つと言うのは面白い。
妹紅は認識を改めた――少女は、いや『橙』は敵だ。
口元に凶悪な笑みを浮かべ、スペルカードを掲げる。
「――括目しなさい。これが紅蓮の弾幕というものよ」
――不滅「フェニックスの尾」
勝負は一瞬だった。
橙は体のあちこちを焦がして地面に伸びている。
これでも加減はしている。先にしかけてきたのは少女の方とは言え、
一方的な力を振るうことになど価値はない。
力の誇示など、それこそ空しいだけだ。
「さて、この式が目を覚まさないうちに……」
ぞくりと。
全身が放つ絶叫に、妹紅は一瞬我を忘れた。
永い生において似たような感覚を味わったことがある。
それはまだ人だった頃の名残り。
もはや死とは無縁の身でありながら、身体が未だ記憶する「終わり」に恐怖する感触――
意志とは無関係に体が動いた。
逃げろ、と。
ここから一刻も早く立ち去れ、と。
それに屈辱を覚えられるほど、今の妹紅に余裕はない――
そこに残されたのは『二人』。
式の式と。
――人に在らざる『現象』のみ。
313
:
大胆
:2008/05/27(火) 09:47:58
不意に空間に小さな切目が現れる。
それは少しずつ、けれど確実に広がり、とうとう人一人とそう変わらない迄の大きさとなった。
切目から覗く無数の目が辺りをぎょろりと見回し、人の居ない事を確認すると
切目を押し広げる様に手が現れる。
「ふあぁー…」
欠伸をしながら現れたのは、まだ若い女だった。
だが、その身から放たれる気は決して人のそれではなく、その者はうすら寒い物―ともすれば、恐怖を感じる事となっただろう。
…頭に酷い寝癖があるのとよだれの跡が無ければの話だが。
「んー…」
状況を把握しているが、面倒といった様子で手を切目に入れる。すると―
「うををっ?!」
空から別の女が落ちてきた。
「ちゃお」
起き上がり、訳が判らないと辺りを見回す彼女に女が声をかける。
「……紫さんよぉ、何が悲しくて地面と熱烈なキスせにゃならんのですか」
声に振り返った彼女は暫しきょとんとした後、胡散臭そうに女―八雲紫を見つめた。
「ちょっと暇人なむぅちゃんに」
「暇人じゃないっての」
「強制的に人を回復してほしいのよ」
「拒否権なし!?」
ブツブツと文句を言いながらも、対象に近付き、手をかざす。
柔らかな光が対象を包み込む様を見ながら、紫が呟く。
「時間かかるわね」
「対象者のエネルギー使ってる訳じゃないからね。
その場自体の生命エネルギーを分けてもらって、対象に注ぎ込んでる感じだからさ…はい、治療終わり」
一仕事したと言わんばかりに首を回しながら、立ち上がる。
「ふふっ、ありがとう」
「ん?どういたしましt」
言いかけた彼女の足元に切目が入り、ズボッと言う音と共に切目の中へと落ちていった。
「さて―」
あんまり無茶をしないことと書かれた紙を置きながら、紫は小さく伸びをし
「…帰ってねましょ」
彼女が切目に姿を消すと同時に、何事もなかったかのように切目が消え失せる。
後には何も残らなかった。
314
:
七つ怪談探偵部
:2008/05/27(火) 20:38:55
「ねぇねぇ、知ってる?高等部の噂」
「一人で西の廊下の鏡に写ると入れ替わられちゃうんでしょ?」
「えー、わたしが聞いたのは鏡に引き込まれちゃうって話だよ」
たわいない少女達のお喋り。
生徒でごった返す昼時の食堂ではごくありふれた光景。
(しかし、怪談ねぇ…)
いつもの定食を口に運びながら、村上アサヒは少女達のお喋りに耳を傾けていた。
生徒達の間に密かに、しかし決して途切れる事のない、怪談話。
何処にでもあるそれはここ、私立西尾杜女子学校にも存在していた。
曰く、東階段の段数がある時間のみ違う。
曰く、地体育館倉庫で自殺した女子生徒が泣く声がする。
曰く―
(って、もうこんな時間じゃねーか)
ふと目をやった時計の示す時刻に彼女は残っていた味噌汁を一気に飲み干し、
食器を載せたトレイを片手に席を立ち上がった。
まだお喋りを続ける彼女達の横を通り抜け、返却口へと向かう。
「じゃあさ、後で確かめにいこうよ」
「えー、怖いよぉ」
そんな、声を聞きながら。
「すいません、村上先輩はまだ居ますか?」
HRも終わり、生徒もまばらになった教室で身支度を始めていたアサヒはその声に顔を上げた。
見れば、一年生とおぼしき少女が一人、ドアから顔を覗かせていた。
だが、アサヒは彼女とは面識はない。
とすれば、用があるのは自分の隣で眠りこけている生徒―従姉妹関係にある村上フヨウであろう。
「居るけど、寝てるぜ?」
隣の席で幸せそうな顔をして眠る彼女を指差すと、少女はぺこりと頭を下げて、フヨウへと駆け寄る。
「村上先輩、村上先輩ってば」
揺さぶられながも一向に起きる気配のない彼女に少女の声が焦りを帯びていく。
「先輩!きんちゅー事態ですから起きてくださいって!先輩ってばぁ!」
これでは埒があかない。
そう思ったアサヒは呆れながら、彼女の側へと歩み寄り、勢いよく右手をその頭に振り下ろした。
「みぎゃ!」
流石に起きたのか、フヨウが驚いた様に身を起こす。
「うぅ、何か頭が殴られたように痛いぃ」
その言葉にアサヒは右手をヒラヒラさせながら、明後日の方を向く。
首を傾げるフヨウに少女が何事かを巻くし立てている。
すると、彼女は帰り支度を再開したアサヒの方を向き、
「アーちゃん」
笑顔で言うのだった。
「手を貸してくれない?」
315
:
七つ怪談探偵部
:2008/05/27(火) 21:10:35
少女は名前を山手イズミと名乗り、フヨウと同じ図書部であるとアサヒに説明した。
「んで、その寝ぼすけなフヨウ先輩に何の用なんだ?
三年生は基本的に進学するまで部活は休みの筈だぜ?」
その言葉にイズミは申し訳なさそうに視線を落としながら、ぼそぼそと話し始めた。
「そうは思ったんですけど、頼れそうな人は皆さんもう帰ってしまったんで、比較的帰りが遅いって有名なフヨウ先輩ならって」
「有名なって…」
その一言に呆れながらも、先を話す様に促す。
すると、イズミはスカートを握り締めている手を震わせながら、ゆっくり語り出した。
「あれは、図書室で返却されてきた本を整理してた時なんです…」
お喋りをしながら入ってきた三人組の生徒にイズミはムッとしながら、本棚に本を戻した。
いつもは注意を促す教員が今日に限ってこの場には居らず、
かといって自分より年上とおぼしき彼女らに注意する勇気はイズミにはなく、
ただ図書室の奥へと進む彼女達を無視して、本棚に本を戻す作業を続けていた。
そして、しばらく経った頃であった。
「ちょっと!本当だったんじゃないの!どうすんのよ!」
「知らないわよ!あたしに聞かないでよ!」
半ば叫びながら、飛び出していった二人を見送り―奇妙な感覚に捕われる。
最初に来たのは三人で、戻ってきたのは二人。
では、後の一人は?
急にイズミの背筋を冷たい物が走る。
慌てて振り返って―彼女は悲鳴を上げた。
彼女の目にした物、それは―。
「『奥の壁に付いた手形に触ると壁に捕まる』、か」
人の形に浮き上がった染みを見上げながら、アサヒは息をついた。
あの後、とりあえずイズミに教員を呼ぶよう指示を出し、一足先に図書室へ向かった二人は
奥の壁に出来た染み―噂通りなら、壁に捕まった生徒だろう―を見上げていた。
「でも凄いねぇ、これ」
あくまで呑気に言うフヨウに呆れながら、辺りを見回す。
地下に作られた図書室は空気が淀み、明かりを集める天井の大窓も今の時間では大して機能していない。
室内には本棚が整然と並べられており、人が隠れられるスペースはそうなかった。
316
:
七つ怪談探偵部
:2008/05/27(火) 21:46:30
「となると、これがそいつって訳になるのかねぇ」
壁に鼻を近付け、匂いをかぐ。
特にこれといった異臭―血や腐敗臭の類はなく、アサヒは肩をすくめた。
「ここはお前の分野だわ、俺じゃあ何にも分かんねぇ」
「そうだろうね。アーちゃん、ぼくより弱いもんね」
その言葉に失礼だろと返すアサヒを横目にフヨウが目を閉じ、意識を集中する。と―
“ぞるっ”。
足元を這う様に広がるそれに思わず身震いをする。
「…もうちっとどうにかならねぇのか」
彼女の足に絡み付いた黒い物を見下ろしながら、フヨウはぺろりと舌を出した。
「出来なくもないけど時間ないからさ」
そう言っている間も黒い物は床や壁へと這い回りながら、部屋全体へと広がっていく。
やがて、図書室全体が黒一色に染まった頃、漸くアサヒの足から黒い物が床へと同化していった。
「こいつら絶対わざとやってんだろ」
「さあ?」
短くそう答えると床に手をつく。
「さあ皆、この部屋で消えちゃった女の子を探すんだ。
生きてたら、絶対に生きてるままにしておいてよ。
既に死んでたら…うん、まあしょうがない」
さりげなく恐ろしい事を言う彼女の下で黒が波打ち、浮かびあがった波紋で部屋全体が揺れる。
波紋はアサヒの下ではね返ってはフヨウの元へ返っていく。
「なんか、今のお前って魚群探知機みたいだよな。
つか俺にも反応してっぞ」
「何ならみょんみょん言おっか?」
「ばーろー」
笑いながら、やりとりをする彼女達であったが、不意に表情が固くなる。
波紋が返ってきた。
「ドアは?」
「閉めて、幻惑結界張っといた。誰もここには来れねぇ筈だぜ」
返ってきた波紋は先程の壁からのみで二人は顔を見合わせた。
「見てみる」
部屋を覆っていた黒がその壁のみへと集まり、壁の中へと入り込んでいく。
「あ、ヤバいかも」
何を探り当てたのか、そう問いかける前にアサヒはフヨウと共に既に後ろへと飛び退いていた。
「やべぇっつーか、もろ大当たりって奴じゃね?」
ある程度の距離を置きながら、二人は壁から浮き上がりつつある染みに身構えるのだった。
317
:
七つ怪談探偵部
:2008/05/27(火) 22:45:58
辺りの本棚を薙ぎ倒しながら現れた歪な人型をした怪物を見つめながら、二人は少しずつ横に離れていた。
机の上から拝借したカッターを構えながら、アサヒは注意深く相手の動きを観察していた。
(硬そうだよな…)
一見して攻撃が通りそうなのは先程からぎょろぎょろと世話しなく動いている目位で
他は赤黒く硬そうな皮膚―岩に血管の様な悪趣味な彫刻を施せば、こうなるのだろう―に覆われていた。
「アーちゃん!」
離れて身構えているフヨウが奥を指差す。
見れば、緩慢に左右に揺れる怪物の後ろにぽっかりと穴が空き、人の居る気配があった。
「どのみちこいつを倒さなきゃダメって訳、かっ!」
床を蹴って、怪物へと駆け出す。
(動きが鈍いのならば、目を…!?)
焦点のあってなかった瞳が不意にアサヒを捉える。
罠だと分かった瞬間には、鈍い痛みが体を走り、視界が回っていた。
「アーちゃん!」
フヨウの声をやけに遠くで感じながら、アサヒは胸中で毒づいた。
(くそったれ、味な真似してくれんじゃねぇか)
けれど、アサヒとてただで殴られたつもりはなかった。
目に突き刺さったカッターに血を巻き散らしながら悶えるそれの姿にザマアミロと思いながら、彼女は意識を手放した。
「アーちゃん!」
吹き飛ばされ、本棚にと一緒に倒されたアサヒを見た。
苦しそうに、けれど無事そうな彼女から怪物に視線を戻す。
片目を潰され、怒りに満ちた視線をぶつけてくる。
フヨウはそれに無表情で応えた。
「残念だけど、ぼくは君を怖がらないよ」
右の人指し指を銃の形にし、狙いをつける様に向ける。
すると彼女の足元が再びざわつき始め、黒い物が溢れ出す。
その様子に勝てないと思ったのか、壁に戻ろうとする怪物であったが
何かに気付いたのか、辺りを見回す。
「探しものは彼女かい?」
黒い物の中から現れた少女を顎で示しながら、フヨウ。
「さっき、君とアサヒがやりあってる隙に返してもらったよ」
その言葉を理解したのか、はたまた獲物を取られて怒っただけか。
怪物は腕を振り上げながら、フヨウへと迫る。
「ばーか」
ばりっと怪物にひびが入る。
「もうここはぼくの領域だってまだ気付かないの?」
粉々になったそれを見上げて、彼女はニタリと笑った。
「格が違うんだよ」
恐怖に染まる魔物の目にもひびが入り、
「ばーんっ」
撃つ様な仕草を合図にするように怪物は跡形もなく消し飛んだ。
318
:
七つ怪談探偵部
:2008/05/27(火) 23:01:45
「で、何か知らねぇ間に大騒ぎになったと」
「ふぅん?」
膝の上で話を聞いていた少女がそう声を上げた。
あの後、“偶然”崩れた奥の穴から多くの人骨が出たとテレビ局やマスコミが殺到し、
学校中がその話題で持ちきりになった。
どの骨もかなりの年数が経っていた為、建設時に埋められた死体だとか戦中に逃げ込んだ生徒のなれのはてだとか様々な憶測が飛び交った。
「ま、妖怪の仕業って言っても信用しねぇだろうし」
助け出された生徒は何が起こったか、一切覚えておらず、
アサヒ達も図書委員のイズミの手伝いをした事となっていたため、なんとか表沙汰にはならずに済んだ。
「人間って目に見えない物は信じたがらないしね」
くすくすと笑う少女の頭を撫でてやりながら、アサヒも釣られて笑うのだった。
319
:
未熟
:2008/05/27(火) 23:11:52
人によって笑顔になる瞬間は様々だ。
欲しい物が手に入った時。好きな人の傍にいる時。
また、ある人にとっては顔をしかめるようなことでさえも。
無論それらを集約すれば、嬉しい時・楽しい時などになるのだろうが。
「けど、お菓子を食べることにここまでの笑顔を浮かべる人も珍しいんじゃないかな…」
この世の幸福を独り占めにするような満ち足りた表情で饅頭を頬張る霊夢を、
我知らず苦笑しながら見つめるリディア。
「それは食べたい時に食べたい物を食べられる人の意見よ」
急に普段の表情に戻り、ぴっとリディアを指さす。
「そういうもの?」
「そういうもの。……やっぱりお茶請けは和菓子に限るわ」
言って緑茶をすする。
そういうものなのだと言われれば、そういうものなのだろうか。
試しに霊夢を真似て緑茶を口に含んでみる。
苦い。
決して不快ではないのだが、さりとて好んで飲みたいと思うものでもない。
そもそも緑色の飲み物というのが何とはなしに意欲を削ぐ。
ここでの暮らしや霊夢との付き合いも大分長くはあるものの、こういうところ――
それはいわゆる和の文化とでも言うべきもの――は未だに理解できないところが多い。
「別に理解する必要もないわ」
見透かされた。
「人は人。自分は自分。その仕切りは明確にしておかないと、
いざという時自分の中で自分の不在証明を見つけることになりかねないわよ」
おまけに言っていることがいまいちよくわからない。
とりあえずわかったような振りをして頷いておく。
「そう。そうやってわかった振りをしておけばいい」
「…………あはは」
苦笑い。
と、突然玄関の扉が開いた。
「おい、そこの紅白!」
「…………はぁ?」
紅白に該当する人物はこの場には一人しかいない。
当の本人もそれに気づいたようで、訝しげに声の方を見遣る。
その声の主――橙はと言えば、スペルカードをびしっと掲げ、高らかに宣言した。
「私と弾幕ごっこで勝負しなさい!」
「やだ」
「はやっ! 即答拒否!?」
ばたばたと手を振り回す橙。
「いいから勝負しなさい! この腋!」
「何ですって?」
一オクターブ下がったトーンにびくりと体を震わせる。
「……ねぇ、橙。一体どうしたの?」
明らかに普段と様子が異なるその姿に、リディアが疑問を投げかける。
「……私は」
項垂れたまま、それまでのテンションが幻だったかのようにぽつぽつと語り出す。
「私は、誇り高い式の式で。絶対、ぜったい無様な真似を見せちゃいけないんだ……」
それだけで霊夢は事情を察したらしい。深々と嘆息して、
「強さが誇りだなんて明快ね。式の式とは言え、アレの流れを汲んでるとは思えないわ」
「バ、バカにするのか!」
「そうね、あんたはバカだわ」
鋭いまなざしを突き付ける。
意気を奮っていた橙がはっと息を飲むほどに。
「あんたはこれまで一体自分のご主人様の何を見てきたの?」
橙の目から大粒の涙がボロボロと零れて落ちた。
「後はあんたに任せるわ」
例によってアーチェの箒を手に取り、霊夢は立ち去ろうとする。
張りつめていた糸が切れたのだろう、大声で泣き崩れる橙には目もくれない。
「言うだけ言っておいて? それは勝手なんじゃないかな」
「勝手で結構。泣く子をあやすなんて性に合わないもの」
それと、と、
「冷静に自分の立ち位置を見据えて、それでも前に進む気があるというのなら。
私が退屈を持て余して死にかけている時くらい、相手をしてあげると伝えて頂戴」
「……素直じゃないんだから」
やはり、苦笑。
ちなみに、この直後に橙の泣き声を聞きつけ文字通り飛んできた藍と一悶着あったのは、また別の話。
320
:
ABY10.アクシラの戦い
:2008/05/29(木) 08:14:59
遠い昔…遥か彼方の銀河系で…
――アウター・リム・惑星アクシラ軌道上
キュートリック・ヘゲモニーを構成する惑星の一つである、商業惑星アクシラ。アウター・リム
には珍しく、超高層ビルや帝国軍の大規模な駐屯地・造船所を擁する惑星であり、バスティ
オンにも匹敵すると謳われる規模を誇る。そして、帝国宇宙軍のNo.2のピエット大提督の出
身惑星でもあった。
今ここで、リヴァイアサン同士の戦いが始まろうとしていた。戦略的に非常に価値のあるこの
惑星に眼を付けた反乱同盟軍が侵攻を開始したのだ。大規模な艦隊を繰り出し、アクシラの
衛星を次々に押さえ、本星へと向かいつつあった。その艦隊の中には、全長17km.を誇る、
反乱同盟軍の新鋭艦のヴァイスカウント級スター・ディフェンダー4隻が確認されていた。
アウター・リムの防衛はナターシ=ダーラ上級大将の管轄である。しかし、彼女はヴァイスカ
ウント級に対抗しうる、スター・ドレッドノートを有していなかった。そこで、ただちにピエット大
提督とニーダ大提督、そしてキラヌー提督の艦隊が来援し、決戦の運びとなった。
反乱同盟軍は4隻のスター・ディフェンダーに、40隻を超えるモン・カラマリ・スター・クルーザ
ー、100隻以上のボサン・アサルト・クルーザーを擁し、対する帝国軍は5隻のスター・ドレッド
ノート、86隻のインペリアル・スター・デストロイヤー、それに加えてクルーザー多数である。
数では帝国軍が優勢だが、反乱軍の艦船は防御力が極めて高い事を考えれば、互角と言
えよう。
帝国軍の司令官はファーマス=ピエット大提督、ロース=ニーダ大提督、ナターシ=ダーラ
提督、キラヌー提督、オキンス提督、ヴィラ=ニーダ提督。
反乱同盟軍の司令官はアクバー提督、ハイラム=ドレイソン提督、ウェッジ=アンティリーズ
将軍と、錚々たるメンバーであった。
321
:
ABY10.アクシラの戦い
:2008/05/29(木) 08:15:57
――ESD『エグゼキューター』・作戦室
作戦室にはすでに大提督や艦隊提督、参謀長達が集結し、統合作戦室が設置されていた。
首席参謀長として、レティン=ジェリルクス中将が任命されたが、居並ぶ参謀長達も歴戦の
知将・謀将ばかりであった。ペレオン艦隊のドゥレイフ参謀長、ニーダ艦隊のアーク=ポイナ
ード参謀長が有名である。
アウター・リムの統括はダーラ提督の管轄である。しかし、総司令官は最先任の大提督であ
る、ピエットの手に移った。ピエットの発言で会議が幕を開ける。
「それでは作戦会議を始める。ダーラ提督、現状の説明を」
その声に30代半ばの女提督が立ち上がり、敵軍と自軍の位置が示されている周辺の星図
のホロを映し出した。そして張りのある、女性にしては少々、低い声で話し始めた。
「完全に出鼻をくじかれています、すでに3つの衛星は反乱軍の手に落ち、本星への先遣隊
の散発的な攻撃も見受けられます。しかし、衛星の防衛施設は守備隊が爆破した為、使用
不能。つまり、大した脅威ではないでしょう。純粋な艦隊決戦でこの戦いの決着は着くと考え
られます」
女だてらに猛将として知られる彼女は決戦を進言した。自分の領域を蹂躙された事にも我
慢がならないのだろう。しかし、「ですが」と付け加えた。
「ここは威力偵察を行っていると思われる先遣隊を漸次撃破することが有効と思われます。
アクシラの防衛シールドや防衛兵器は依然として強固なままです。損害を出さずに撃破で
きるでしょう」
「大変結構だ、提督」
彼の方を向いて一礼すると、再び彼女は席に着いた。次に発言したのはニーダ大提督であ
る。端正な顔立ちは、彼の知性と冷静さを滲ませており、いかにも実力派といった将であっ
た。しかし、今回ばかりは予想もしない発言を行った。
322
:
ABY10.アクシラの戦い
:2008/05/29(木) 08:21:17
「ふむ…これは早期決戦で行くしかないように思われるが」
「なんだと?」
ダーラの案に心中賛成していた、ピエットとペレオンが思わず驚きの声を漏らす。居並ぶ提
督達も、彼女の案に賛成した者は一斉にニーダに疑問の視線を投げかけた。しかし、ニーダ
はそのまま補足説明を行った。
「お二人とも、今ディープ・コア、コア・ワールド、エキスパンション・リージョン、コロニー界は
ガラ空きなのですよ?2週間前の反逆を忘れておりますまい?」
全員がはっ、とした。数週間前に、それらの宙界に隣接するアウター・リムのとある星系の
モフが副官に暗殺され、彼が新たな総督として、反乱同盟軍と手を組んだ事を思い出した
のである。それらを足掛かりにすれば―――
「更に、何も明確に反旗を翻した人間ばかりが野心を抱いているとは限りませんからね?」
これは、スローン大提督と十条大提督の事を暗に指している。二人とも外宇宙の未知領域
からそれぞれパルパティーン皇帝とダース=ヴェイダーによって抜擢された者である。この
二人は過酷な帝国の辺境の辺境、最外殻部の任務にあてられている。しかも、スローンは
自分の帝国を創設したり、母国のチス帝国との繋がりを絶っていないし、十条は反乱同盟軍
との繋がりがあるとされている。どちらか一人でも行動を起こせば、帝国は最大の窮地に立
たされるであろう。全員が蒼褪めた。彼らをよそに、彼は自分の意見を締めくくった。
「以上が、私の意見だ」
そう言って、彼は自分の席に着いた。重い沈黙が場を支配していた。帝国の崩壊の危機も
さることながら、本音を言うと、誰もダーラ提督の為に、自分の兵力を消耗させたくないのだ。
スター・デストロイヤーの一隻も破壊されれば、大損害である。しかし、そんな事がピエットに
でも知られれば即左遷、機嫌が悪ければ、処刑も有り得る。誰もがこの危険な状況を自分
にとって最小限の被害で乗り切れるかを考えていた。
323
:
風邪の日
:2008/05/31(土) 10:31:14
全身を包む不快感と寒さに早苗は身を縮込ませていた。
幻想郷に来てから初めての風邪であった。
二柱の神はというと知り合いを手伝いに呼ぶと言い、彼女にはゆっくり休むよう念を押したのだった。
先程から誰かが台所に立つ音がするのももしかしたらそのためかもしれない。
包丁がまな板を叩く音。味噌汁の良い香り。
「…お母さん」
不意に外に居るであろう、母の顔が横切る。
と、同時に胸をずきりとした痛みが走る。
そのあまりの痛みに堅く閉じた瞼から涙がこぼれ落ちる。
だからだろうか、誰かが布団のすぐ側にまで来て、頭を撫でる迄早苗はその存在に気付かなかった。
「こっちみるなよ?」
知らない女性の声に思わず振り向きかけるも、相手はそれを嫌がった。
「大丈夫だ、暗いもんは皆持っていってやる」
頭を撫でられる度、早苗の胸から痛みが徐々に失せていった。
「だから、今日くらい休んどけ」
すっと手が頭から離れていくのを感じ、早苗はようやく目を開けた。
見覚えのある、ツンツン頭が後ろ手に襖を閉める姿がそこにはあった。
324
:
暇潰
:2008/05/31(土) 16:17:09
人生は退屈だという人がいる。
だが、それは間違いだ。
それは人生が退屈なのではなく、退屈な人生を自分で選んでいるだけ。
本当の意味で退屈な人生というものがあるのなら、それはこの世の
ありとあらゆる事象を知りつくし、その因果まで把握していることだろう。
すべてを知り、すべてを識るが故に、すべてが予測可能な結末へ帰着する。
たとえそれがどれだけ破滅的な末路であったとしても。
そんな不変性こそが、真の退屈。
私は退屈だった。
だが、どうやら私はこの世界の神には愛されているらしい。
私がこの世で最も嫌うものは、ここにはない。
確かに私はこの世界の構造をわずかだが『知って』いる。
それは――これこそ実に陳腐な表現と言えるが――神の恩寵とやらによるものだろう。
だが、私の持ち物はそれだけ。
この世界の趨勢も、輪廻の果ても、私には見えない。
そのことに幸福を感じられる人間など、私くらいのものだろう。
「アスミ、それに梨花にレナも。お饅頭買ってきたから食べよ」
「まんじゅー食べるー」
「わ〜〜〜い、ボクおまんじゅう大好きなのです」
「お饅頭もいいけど、喜ぶ二人の方がもっとかぁいいね〜、お持ち帰り〜〜」
「はいそこー、さも当然のように二人をお持ち帰りしない」
この、何もかもがありきたりで、けれど何も予測しえない世界。
ゴールさえ存在しないかもしれない、虚ろで不安定な世界。
そんな世界だからこそ、さぞ私を楽しませてくれることだろう。
――廻れ。夢が終わるその時まで。
325
:
趣味
:2008/05/31(土) 22:00:38
べべんっ。
今の日本人には大分馴染みがなくなってしまったその音色に紅は足を止めた。
「……三味線?」
しかも流れてくるのは某お姫様のテーマ曲。
ついつい腕を振り上げたくなる衝動に駆られながらも、とりあえず音源を見る。
「……ベオーク?」
見覚えある仮面を被った女が真顔―口しか見えないが多分―で三味線を一心不乱に奏でている。
べけべけべけべけ。
見ればその前には何故か正座した彼―今は彼女の娘が微妙な顔をしてこちらを見ていた。
「…やあ人間」
そりゃまあ父ちゃんがいきなり性転換したり、三味線弾き語り(語ってないけど)すれば誰だって正気を疑いたくもなる。
そもそもダークマターが正気なのかはしらんが。
「…父に聞いたんだ、趣味の一つくらいはないのかと。
後悔した、すっごく」
そこで三味線を出す奴も凄いが、それをおとなしく聞く方も聞く方だ。
「…でだ、なんで東方なんだ。てか、いつの間にネクロファンタジアになった」
相変わらず一心不乱な彼をとりあえず無視しつつ、尋ねる。
ふっとどこか達観したような顔で少女がそれに答える。
「先程八雲の大妖がな、あれに楽譜を渡しおってな」
ま た ゆ か り ん か 。
そこでふと気付く。メロディにいつの間にか笛が加わっている。
見れば、酔っ払い鬼が楽しげに笛を吹き、太鼓が打ち鳴らされ、
辺りはさながら縁日の様な賑やかさに溢れかえっていた。
呆れ顔の少女の隣で目を丸くしていると横からにゅぅっと杯を持った手が差し出される。
手の主を見て、紅は笑いながら杯を受け取った。
気付けば、狭い部屋はいつの間にやら緑生い茂る森の中へと転じ、
不思議な姿の者達がそこここで輪を組み、手を打ち鳴らし、踊っていた。
八雲の百鬼夜行。
そんな単語が頭を横切り、彼女は杯を乾かし、隣でいまだに状況が把握出来ていない少女の手を取り、
宴の輪へと入っていくのであった。
夜はまだ、これから―
326
:
安寧
:2008/06/01(日) 22:39:40
我知らず、月を見上げていた。
望を一夜巡った十六夜の頃。
冴々と、満ちぬ金色が空を灼く。
その不完全さが、あたかも今の自分をも映しているようで。
目を逸らしたいと思いながら、目を離すことが出来ない。
慣れた手つきで懐から直方体の物体を取り出す。
軽く手を振る。
ふいにその手が凄まじい勢いで燃え上がった。
だが当の本人は気にも留めず、もう片方の手だけで箱から器用に一本だけ
煙草を取り出し口にくわえると、おもむろに燃えた手に押し当てた。
紫煙をくゆらせる。
深夜の神社は、神聖と言うよりも荘厳な感じがした。
そんな境内の真ん中に腰掛けても、咎める者はいない。
独りだ。
ぼんやりと、どこかに置き忘れた心を探す気力もなく。
煙草の灰が落ちることにさえ関心を持たずに、やや肌寒い夜気に包まれる。
ふいに顔を俯かせる。
と、煙草の煙が目に入った。
「……つっ」
目をこする。突き刺さるような痛みに、目頭が熱くなった。
涙がこぼれる。
そして――止まらない。
感傷だ、と思う。
打ちひしがれた時ほど、独りの重みがのしかかる。
それが孤独なのだということを、痛いほどに知っている。
――蓬莱の宿命は、すなわち孤独という地獄を背負うことに他ならない。
人と交わることは許されず。
人ならざるものとして生きるには、人の心が邪魔をする。
何者にもなれない、不完全な存在。
そんなものはこの永い生の中で何度となく味わったというのに。
腕をもがれる痛みには慣れても、胸が潰れる痛みには慣れられない。
「………………ぐや」
何かを言いかけ、やめる。
それは自分という存在の全否定に繋がる気がした。
――そう、憎しみだけあればいい。
今、私が存在してしまっているのは誰のせいだ?
決して赦されてはならない生の出来損ないを生み出した大罪人は誰だ?
そうだ、怒れ。
憎め。
「……ああああああああああああああああああああああああああああああっっっ!!!!」
そう。それだけでいい。
忘れよう。
人としての感傷など蓬莱人には毒でしかない。
怯えも、迷いも、苦しみも。
すべては人が背負う業。
――滅びぬ身には、尽きぬ煙を生む炎こそが相応しい。
327
:
空飛ぶバケツと妖怪
:2008/06/02(月) 00:00:35
「ねぇ」
「何かしら?」
キセルに煙草を詰めながら答える八雲紫に紅はしばし間を置き―また問いかけた。
「あそこの張り紙、あれ読んだかしら?」
引きつっ笑みを浮かべた柱に張りつけられた紙を指差す。
「んー、どれどれ」
煙草に火をつけ、指差されている張り紙に視線を向けるとあらっと声を上げる。
「またずいぶんと下手くそな字ね。これは貴方が?」
「妹がのたくりつつ書いてました」
「あらそうなの」
紫はそう言うと、煙をふかす。
雑味が少なく、それでいて芳しくまろやかな煙が舌へと広がる。
その味に感慨深く頷く。
「上物ね」
彼女の言葉に、紅はどす黒い笑みを張り付けたまま張り紙を見る。この場所で喫煙禁止!と書かれた紙から、再び煙草を入れ換える彼女を見る。
「ねぇ紫…」
手に水の入ったバケツを持ち上げながら、
「アタシの目がおかしくなきゃここ禁煙よね?」
「そうみたいね…」
ぷかり、と煙を吐きながら、小首を傾げて―ポンと手をうつ。
「だけど、煙草禁止してるわけじゃないんだから」
「うん」
「余裕でセーフね」
「ソウデスカ」
紅は深く声を落とし、バケツの底に手を添える。
「んな屁理屈通用するかあぁぁぁぁっ!!」
バケツと水と一緒に空を舞いながら、紫はぷかりと煙を吐き―
「やっぱりこのくらい刺激があったほうがいいわね」
そんな言葉を一緒に吐き出すのだった。
328
:
図書館
:2008/06/02(月) 16:30:36
とある大学附属の図書館の個室。
静けさが増したここで聞こえてくるのは、ペンが紙を滑る音と自身の呼吸だけ。
考え事―大体はループして、強制終了―するのには絶好の環境だと彼女は思っている。
ぺらり、と紙を捲る音に人間が顔を上げ―
「はぁい」
…何も見なかった事にして顔をレポートへ戻す。
「ちょっとぉ、無視しないでよ」
酒臭い息を吐きながら、鬼が彼女の手元を覗き込む。
「心理学ぅ?」
「…別にいいでしょ」
横に積み上げた本の背表紙を指でなぞり、目当ての本を引き抜く。
その様子に鬼は何か企む様に一番上の本を持ったまま、中身に目を通す振りをしながら、人間を見る。
「自分の心も分からない魔道士が心理学とはねぇ」
にまにまと笑う鬼に人間は答えない。ただ彼女が来る前と変わらず、ペンを滑らせている。
期待外れだったかな?とイマイチ反応のない人間を見ながら、仕方なしに本を見る。
「分からないからこそここにいる」
しばらく間を置いてから、人間が答える。
「機械だなんだで視覚化することも確かに出来る。
けど、そこに込められた思いは見ることは出来ない。
苦しみや恐怖が脳の作り出した幻想なら「私」という存在だって本当は只の幻想かもしれない。
それならどうして…」
「わわっ、ちょっとタンマ」
慌てて手を振って止める鬼に人間は口を閉ざす。
「まぁあんたが悩んでるのはよく分かってるけどさぁ…つまるところ今なにしてんの?」
頭に疑問符を大量に浮かべながら、問掛ける鬼を見つめながら、今度は人間が笑う。
「心理学のレポート書きながらエセ哲学って名前の妄想」
「なにそれ…」
普段ならば、他者を拒絶するように静まりかえった大学附属図書館の一室。
今日のそこは呆れた様子の鬼と楽しそうな人間の笑顔が咲いていた。
―レポートの裏―
図書館の閲覧個室が静かで好きです。
たまに寝るけど
―レポートの裏―
329
:
鶏の屠殺はお嬢ちゃんのry
:2008/06/03(火) 00:30:24
「はぁ…」
と溜め息をついたのは、籠に入れられた鶏を眺める早苗であった。
立派な体格のおんどりは重しを乗せられた籠の中でココッと鳴いている。
里に信仰を集めに行った際、とある村人から「夕飯に」と貰ったものだ。
しかし、鶏と夕飯という二つのワードに早苗の心は激しく揺れた。
思い出すのは小学生の頃。
夜店で売られていたカラーヒヨコに「ピヨちゃん」と名をつけ、大層可愛がっていたのだが
ある日、昨晩まではいたはずのピヨちゃんの姿はなく、心配になった早苗は母に尋ねてみた。
そして返ってきた答えは―
…幼少期のトラウマに思わず顔を被ってブルブルと震える早苗。
だが、ここは幻想郷である。
パックに包まれた鶏肉や魚など勿論存在しない。
ならば、自分で手にいれるしかない。そろそろ兎肉も飽きてきたし。
そうだ。今の自分は兎を捌けるまでに成長している。今更何を恐れるか。
そんなこんなでようやく決心のついた早苗は手早く服を着替え、包丁を手に鶏に挑んでいった。
…余談ではあるが、鶏はきちんと絞めてからでなければ首を落としてはない。
もし万が一まだ息のあるうちに首を落とすと世にもおぞましい光景が広がる事となる。
その日上がった大音量の悲鳴は妖怪の山全体に響きわたったという。
(鶏はそのあと神奈子に美味しく料理されました)
330
:
願望
:2008/06/04(水) 23:26:17
炎が吹き荒れる地獄絵図が止んで、しばし。
「……妹紅」
ふいに、誰かに名を呼ばれた。
どこか懐かしい、その声音。
ひどく緩慢な動作で、声の方を向く。
「…………慧、音」
自分の声がかすれているのがわかる。
「どうした? ずいぶん荒れてるようじゃないか」
上白沢慧音。
それは紛れもなく友と呼べる者の名だった。
「そんな……ことはない」
バツが悪そうに顔を背ける。
打ちひしがれた姿を見せたくないと思うのも、所詮は人間としての感傷だろうか。
そんな自分を誤魔化すように、煙草に火をつける。
そうして、月を見上げた。
「なぁ、妹紅。知ってるか」
急に話を切り替えられ、妹紅は面食らう。
「人は無意識に行う動作ほど、自分ではそれに気づかないものらしい」
「私は蓬莱人よ」
自虐的な発言を、慧音は無視。
「なぁ、妹紅。知ってるか」
同じ言葉を繰り返す彼女に、妹紅は軽い苛立ちを覚えつつ問い返す。
「……何を?」
「お前は辛い時に限って、今みたいに月を見上げるんだ」
まだ半分も残っていた煙草が、落ちた。
「私がここに来るまでの間に、何があった?」
詰問するような声音ではない。
慧音の声はどこまでも優しい。
だからこそ、妹紅は胸を抉られるような痛みを覚えずにはいられない。
「……何も、ない」
「――妹紅」
「何もない。いつも通りよ」
断ち切るような、一言だった。
慧音はわずかに眉を伏せ、「そうか」とだけ呟いた。
会話が途切れそうになる。
そのことに、何故か妹紅はある種の危機感を覚えた。
「ねぇ、慧音」
「何だ?」
「自分が自分であることに疑問を抱いたことはある?」
「……また随分と哲学的な質問だな」
苦笑。
「私は私でしかない。私でない私がいるとしたら、それは私ではないからな。
……と、いつもなら答えるかもしれないが」
その笑みも、すぐに消える。
決して曲げることのない意思を宿したその相貌は、誰の目にも美しく映ることだろう。
「白沢の血を宿す私には、究極的に人間を理解することは出来ない。
それを嘆いたことがないと言えば、嘘かやせ我慢にしかならないだろう」
「……そう。そうでしょうね」
落胆する自分がいることに、妹紅は驚いた。
何を期待していたのだろう。
――慧音が人ならぬことを肯定したところで、自分の心が人でなくなるわけではないのに。
「けれどな、妹紅」
慧音の横顔に、妹紅はハッとする。
「私は私だったからこそ、今お前とこうしていられると思うんだ」
「私が、私だったから……」
それはつまり、妹紅が蓬莱人であるからこそ慧音と知り合えたということ。
「辛いか、妹紅」
慧音の手が、妹紅の手を包み込む。
先程の炎に比べれば遥かに弱く、しかし何にも勝る温かさ。
――失われた心の隙間を埋める、小さな小さな欠片。
「お前の苦しみを理解してやることは、私には出来ない。
私が万の慰めを語ったところで、張子の虎よりも浅薄に映ることだろう。
……だが、それでもお前は私に願う」
包み込む両手に力がこもる。
慧音は無表情だった。
無表情に、涙を必死に堪えていた。
「お願いだから、人であることを忘れないでくれ。
お願いだから、人であることを捨てないでくれ、妹紅……」
妹紅は、動けなかった。
何も、出来なかった。
331
:
ぐつぐつ、ぐらぐら
:2008/06/05(木) 00:33:21
コンロにかけられた大小のヤカンを見つめながら、彼は台所の隅に追いやられていた踏み台を引っ張りだし、腰掛けた。
頼まれたのは、15分ほど前。
麦茶の番を頼まれた彼に姉妹の下の方が小さなヤカンの番を頼んだのだ。
風呂上がりに茶を飲みたくてね。
肩にタオル、手に着替を持った彼女はそういうと彼が何かを言う前に
さっさとコンロにヤカンを置き、風呂場へ行ってしまったのだ。
だが、と彼は二つのヤカンを前に腕を組んだ。
どちらとも火の番という意味では大差なかった。
それが大か小か、誰に頼まれたか、そのくらいの違いだった。
ぐつぐつ
湯が沸いてきたのか、ヤカンの中で水の踊る音がする。
それはどこか人の鼓動のようだ、と彼は思った。
人の姿をした―人とは似ても似つかない彼にはどこかそれがうらやましくも感じられた。
ぐつぐつ、ぐつぐつ
体を流れるそれがやけに気になると言ったのは、件の妹だったか。
神経質の気がある彼女は首を巡る鼓動が妙に擽ったい。そう彼に話していた。
ぐつぐつ、ぐらぐら。
そうだとすれば、ちょうど目の前のヤカンの様な振動を彼女は感じているのだろうか。
ほんの少し、彼は興味をもった。
ちょうど彼女が風呂から上がるのと湯が沸くのは同じタイミングであった。
やっぱり鼓動とおなじなのかと聞くと、彼女は訳が分からんと熱い茶を飲むのだった。
332
:
ABY10.アクシラの戦い
:2008/06/05(木) 18:58:29
決戦に持ち込む…と言っても簡単な話ではない。敵はこちらの動揺を推測しているだろう。ひょっと
すれば、数週間前の事件もこの為に引き起こしたのかもしれない。それ故に、敵は決戦を避けたい
筈だ。逃げるのも彼らのお家芸である。しかし、彼らの想定するほど帝国軍は無能ではなかった。
「衛星を奪回しましょう」
ジェリルクス参謀長が言った。一見、不毛な行為に思えるが、彼の説明で将帥達は納得に達した。
彼らの戦いの動機は何か、自由と正義である。それは何が支えているか、仲間との連帯である。彼
らは仲間が危機に陥ったならば、総力で救援にかかるに違いない。若き参謀はそう考えたのだ。
「それでは衛星侵攻部隊ですが…」
「参謀長、私に発言の機会を与えてはくれないだろうか」
ピエットが彼の言葉が途切れるのを見計らって機会を求めた。彼には大提督が何を言いたいかは
分かっている。無論、それに問題は無いの座を譲る。もっとも、問題があったとしても、彼に逆らえる
筈は無いが。
「ありがとう、参謀長。その任にはアッシュ将軍を向かわせたい」
一斉に視線が緑の制服の女将軍に集まる。しかし、そのような視線など、我関せずといった風で流
し、腕組みをして悠然と構えていた。
「私がか?ふ…少し運動をしてくるかな」
大胆不敵な発言である。帝国の司令官は大抵、スター・デストロイヤーや要塞で指揮を執るものだ
が、中には自ら前線を駆けて、将兵と労苦を共にする者も居る。代表的な者にヴィアーズ大将軍や
ズィアリング大将軍、コヴェル将軍が挙げられるが、彼女もその一人であり、赤い光刃のライトセイ
バーや銀の剣を高く上げ、時には徒歩、時には馬、時にはバイクに跨り先陣を切る姿は将兵にとっ
て頼もしいものであった。
「では、ウォーカー部隊を1個大隊、歩兵部隊を1個師団任せるから、思うように暴れてもらおう」
「Yes My Lord」
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