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【失敗】廃棄小説投下スレッド【放棄】

1名無しさん:2004/11/27(土) 03:12
コソーリ書いてはみたものの、様々な理由により途中放棄された小説を投下するスレ。

ストーリーなどが矛盾してしまった・話が途切れ途切れで繋がらない・
気づけば文が危ない方向へ・もうとにかく続きが書けない…等。
捨ててしまうのはもったいない気がする。しかし本スレに投下するのはチョト気が引ける。
そんな人のためのスレッドです。

・もしかしたら続きを書くかも、修正してうpするかもという人はその旨を
・使いたい!または使えそう!なネタが捨ててあったら交渉してみよう。
・人によって嫌悪感を起こさせるようなものは前もって警告すること。

738名無しさん:2013/09/23(月) 14:56:34
おお、パラレル設定のたんぽぽ編だ!
なかなかいい感じですよー
なんか続きが楽しみになってきたなあ
今まとめサイトの管理人さんもどうなってるのかわからないけど、
いろんな形で盛り上げられたらいいなあと思っております

739名無しさん:2013/09/23(月) 16:34:49
★ここのrossoさんの作品を踏まえて…石は能力スレのこれ↓

ハイパーシーン
持つ者のエネルギーを活性化させ、強い意思と責任感をもたらす真っ黒な石。光の加減で
ピンク色や紫色の美しいシラー効果やキャッツアイ効果が見られる。「欲しい物が手に入る」
という強力なパワーを持つともいわれる。
能力:持ち主を、その欲望の強さに応じた怪物の姿に変身できるようにする。また他者の欲望
の強さを、怪物の形で見る事もできる。周りの者の欲望を取り込む事で強大化する事もできるが、
持ち主自身の欲望が強くなりすぎたりすると欲望に呑まれ、自我を失った暴走状態となり見境なく
暴れ回るおそれがある。

―呑まれし者―
『お前らみんな、食ってやる…』
普段の声とは明らかに違う金属質な声で、芸人だったその化け物は言った。
「ほざくな!くたばりやがれ!」
相手の芸人は石を使おうと構えるが、その化け物は素早く彼の目の前に移動すると
少し高く跳び、彼の顔面に回し蹴りを食らわせた。
「がぁっ!」
悲鳴を上げて体勢を崩した彼の胸倉を、化け物は乱暴にひっつかむと思いきり投げ飛ばした。
投げ飛ばされたその体は整然と並べられたゴミバケツの中に突っ込んでけたたましい音を立て、
ゴミバケツ数個が派手に倒れて転がる。
「なななななんだありゃ…あんなのに敵いっこねえだろ、ここはひとまず逃げ…」
その光景を呆然と見ていた彼の相方は化け物の凄まじい力に恐れをなし逃げようとしたが…
『どこ行くんだよ、逃がさねぇよ?』
「――な… ! ! 」
次の瞬間には目の前に化け物の姿が現れ、彼を思いきり殴り飛ばす。吹っ飛ばされた彼は
相方のすぐ近くに積み上げられた古紙の山に突っ込み、新聞やチラシの切れ端が派手に舞った。
「ぐはぁっ!」
『…弱いよな、お前ら』
そう口にする化け物の顔はギラリと光るガラス玉のような目玉に耳元まで裂けた牙だらけの口と
明らかに人間の物ではないが、ひどく冷酷に笑っているように見えた。
目の前に来たその化け物に、コンビの一方は心臓が凍るほどの恐怖におののきながら言う。
「お、お前の望みはなんだ !? …い、石なら渡すっ ! ! だから命だけは、な、な?ほら、お前も出せっ」
相方に促されてもう一方も一緒に石を差し出そうとするが、化け物は大きく裂けた牙だらけの口を
笑みの形に歪ませて言った。
『…石も欲しいけど…お前らの命も欲しいんだよ。俺って欲張りだからさ』
その言葉と共に猛禽のような鋭い爪を持つ大きな手が二人の手の平にある石を軽く払いのけ、
石は「カラン」と小さく乾いた音を立てて地面に落ちた。
「やめろっ…やめてくれっ!頼むから命だけはああぁぁ ! ! 」
「…ひぃっ… ! ! お願いだ!助けてくれっ ! ! 誰か、誰かあああぁぁぁぁ !!!!! 」
二人は必死に立ち上がりその場から逃げようとするが、恐怖のためか体が言う事を聞かない。
そんな彼らに向けて、化け物は舌なめずりをしつつ嬉しそうに言う。
『さ、お前らの命、いただこうかな?痛くしたらかわいそうだから一撃であの世に送ってやるよ。
 これでお前らの石も、欲も、命も、全部俺の物…』
         *             *             *
白の者との戦いで追い詰められた彼の手の中の石が、脈動するようにどす黒く瞬き始め、
やがて黒い光が石全体から湧き出してくる。
「…また…お前か…」
そう返す彼に、光は語りかける。
”ほら、早く俺の力を使え。今追い詰められてるんだろ?”
「嫌だ…またさっきみたいに俺を操って何もかもぶち壊すんだろ?それならこんな力なんか
 いらない!さっさと封印してもらった方がましだ!」
”お前がいくら拒んでも無駄だよ、宿主にはできるだけ長持ちしてもらわないと困るんでな。
 それに感じたぞ、お前の苦しみから逃れたいという思い、俺を拒絶する思い、その他にも
 まだある。それらも元を正せば全部『欲』だ…”
黒い光は一面に広がり、彼に襲いかかる。その光を、彼は必死に拒む。
「嫌だ…嫌だああああ!」
”全ての『欲』は俺の糧となり力となる、お前がいくら拒んでもな。さあ全てを俺に預けるがいい、
 いずれお前は俺の思うままに動く、巨大な化け物になるのさ…”
黒い光がどんどん強まり、彼を呑み込んでいく。
「嫌…だ…誰かっ…助け…」
それが最後に発したまともな言葉だった。まるで黒い光に融け込むように意識は遠のき、
彼は自分が自分ではなくなっていく、別の何かが「自分」になっていく感覚を覚えた。
暴走した欲望と石の力は哀れな芸人を深き闇へと連れ去り、その黒い光の中、彼の姿は
人の面影すら微塵も残さない、異形の姿へと変わっていった―。

740名無しさん:2013/09/23(月) 16:37:13
★各自の石を手に入れたいきさつと力に気づいたいきさつについて話し合った時
井上「俺の石は玄関で履いた新しい靴の中にあってな、準一の方はクリーニングから戻ってきた
    ジャンパーのポケットに入っとったん。なんでももともとは黒の奴らのもんで、波田陽区が
    これを奪ってきて持ち主にふさわしい奴を捜しとったらしいねんけどな」
小沢「そうなんだ…」
井上「で、石が目覚めたんは東京ダイナマイトに襲われた時やった…いろいろ危ない目に
    遭ったけどな、石の力のおかげでなんとか乗り切ったわ」
小沢「え、ちょっと待って!それじゃ彼らは…」
井上「そう、あいつらは黒や。間違いないわ、俺らの石を『取り戻しに来た』言うとったからな」
小沢「そんな…」
井上「お前は今白の、それも中心におるやろ?あいつらがそれを知ったら、間違いなくお前の
    事も襲うやろな。悪い事は言わん、あいつらには当面近づかん方がええ。身の安全の
    ためにもな」
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―綻び―
井戸田「それにしてもひでーなこれ、十数人も一緒になって伸びてっぞ?」
小沢「こうして黒の下っ端たちの間で仲間割れが起こるようになってるという事は、欠片の力
    やら何やらを使ったユニット内の統制が崩れ始めてるって事なんだな」
井戸田「それってやっぱ、俺らの反攻が強まったからって事か?」
小沢「そう、黒の上層部は俺たちを叩くために下っ端たちに様々なご褒美をちらつかせてるんだ
    と思う。それでメンバー間の手柄争いが激しくなり、『獲物』の奪い合いから仲間割れに
    発展したりしてきてるんだろう」
井戸田「それだったら欠片の力で完全に操り人形にしちまえばいいんじゃねーの?」
小沢「そうしちゃうと今度は行動の柔軟性が落ちるんだよ、命令された事しかできなくなるから。
    その辺のバランスは変な話だけど、設楽さんもずいぶん頭痛いんじゃない?こういう事が
    起きるのは、洗脳とか脅迫で成り立ってる組織の宿命なんだな」
井戸田「皮肉なもんだなそれって。うちの方は最初団結とか目的意識とか薄かったのが、俺ら
     が正式に加わった事でみんなの絆と信念でユニットとして一つにまとまってきたってのに」
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(黒の若手の誰か)「でも、なぜあなたたちは黒についたんですか?二人とも優しくておとなしい
             人たちなのに…」
タカ「ちょっと小耳に挟んだんだよ、自分の能力で片っ端から他の芸人をスケッチブックに閉じ込め
   て騒ぎを起こした奴がいたって」
トシ「そう、石を持った奴がその力のために道を踏み外したって話をちょくちょく聞いたんだ。だから、
   これ以上石の力で迷惑かける奴が出ないようにこうして石を預かってやってんだよ」
タカ「黒のシステムってそういう過ちが起こらないようにするにはいいと思うんだけどねえ」
トシ「でもどうにもこっちの理屈をわかってくれない頭の固い奴らがいるから、そういう奴は力ずくで
   言う事聞かせるか石を取り上げるしかないって事」

741名無しさん:2013/09/24(火) 16:56:59
―「青」のふたり―
年齢も同じ、事務所も同じ、そして持つ石の色も同じ。片や冷たく澄み渡る海のようなわずかに
緑がかった透き通った青、片や雲がかった濃い空のような、宇宙から見た地球のような深い青。
果たして彼らの立場を分けた物は?
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西尾「あいつに…設楽に、『海砂利の過ち』を繰り返させてはいかん。あいつらがあの時、自分の
    過ちのためにどれだけ苦しんだか…設楽には同じ苦しみを背負わせたくはないんや…。昔
    海砂利は自分の欲望のままに何も疑う事なく石を使った、それがどんな結果を招くとも知らずにな」
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―決着―
(墜ちないのか !? これだけ力を使っても !? )
ソーダライトを握り込む手や顔が次第に汗ばみ、設楽の表情は苦悶の色を濃くしていく。
目の前の小沢はゆらゆらと陽炎のようにゆらめく青緑の輝きを纏い、視線をじっとこちらに向けている。
「無駄です、設楽さん。今あなたが何を言おうと、俺の考えは変わりません」
その瞳に宿る力強い輝き―そこには、一片の迷いも曇りもなかった。それを目の当たりにした時、
設楽の脳裏をかつて電話越しに聞いた覚悟と決意の言葉がよぎる。
『周りの人全てを敵に回そうとも、黒の側の石を封印してこの騒ぎを終わらせてみせる』
『自分の石にそう誓ったから、あなたが相手でも屈しない。あなたを止めてみせます』
(そうか、そうだったな…それほどまでにお前は…)
設楽の表情から若干強張りが解け、ほんの少し緊張が緩んだ気がした。
(俺はあの時からずっと、『最悪の事態』を回避するために『黒い力』を味方につけて非道な事
 にも手を染めてきた…それで日村さんや、家族や、他の多くの者たちを守れるのなら、そう
 信じて。でもこいつらなら大丈夫だ、きっと乗り越えられる、きっとやってくれる…)
とその時、手の中のソーダライトとその発する光がみるみるどす黒く変化し、設楽の表情が
激しい苦痛に歪んでいく。そしてその体からも、どす黒い湯気のような物が立ち上り始めた。
同時に意識がぼやけ始め、強い衝動のような物が自分を支配し始めるのを、設楽は感じた。

742名無しさん:2013/09/24(火) 16:59:31
「う、ぐうう…っ!」
「お、小沢さん、あれ!」
真っ先にそれに気づいた井戸田が声を上げ、小沢の方もその様子にただならぬ異変を察知した。
「これは…黒い力に呑まれてる !? 」
設楽はどす黒い湯気を立ち上らせつ小沢の方へにじり寄り始めた。いつの間にかその双眸は
白目も黒目も区別なく真っ黒に変わっており、人とは思えない形相を見せている。
「設楽さん、しっかりして!黒い力に呑まれちゃダメ!」
思わず駆け寄ろうとした小沢の喉元めがけてつかみかかろうと片手を伸ばすが、それを必死に
押しとどめているような動きを取りつつ、設楽は残った理性で叫んだ。
「く、来るな…逃げろ… ! ! 」
「小沢さん!」
(このままじゃ設楽さんが…早くなんとかしなきゃ…そうだ、この言霊で…!)
小沢は設楽に向けて右手を突き出すと、これまで幾度となく使った「封印の言霊」を発する。
「もうこんな遊び、終わりにしない?」
指を鳴らす小気味のいい音がしたかと思うと、設楽の体の至る所に青緑の光の鎖が絡みつく。
「ぐああああぁぁぁぁぁっ !!!! 」
鎖を振りほどこうとするかのようにもがき暴れる設楽に、泣き出しそうな顔と声で小沢は叫んだ。
「設楽さん、耐えて!すぐ楽になるから!」
「そうだ、俺も…設楽さん、あんたが黒い力に呑まれるなんてあたし認めないよっ!」
井戸田もそれに続き、放たれたシトリンの山吹色の輝きが設楽の全身を覆った。
そうだ、もう終わりにするんだ、こんなにも辛く、悲しく、苦しい事は―
そんな祈るような想いと共に、小沢はアパタイトに意識を込め続けた。

743名無しさん:2013/09/25(水) 16:31:54
―黒きつながり―
柴田が吐き出した数個ほどの黒いガラス片のような物体に、小木は見覚えがあった。
半月ほど前だったか、突如自分たちの楽屋を襲った名も知らぬ若手のコンビが、これと似た物を
持っていた。おそらく人を操る力か何かがあると思われる、その黒いガラス片。
今は柴田が吐き出した物は、その時見た奇妙なガラス片と同じ物に間違いないだろう。
おそらく柴田は誰かから騙されるか何かして、この欠片を飲まされていたに違いない。
そしてそれが柴田の異変の原因なのは、ほぼ間違いないだろう。またあの時に聞いた
「黒いユニット」という単語―矢作が狂わされた挙げ句投身自殺を図るまでに追い込まれた
この件にも、今の柴田の異変にも、その「黒いユニット」が関わっているに違いないのだ。
怪訝そうな様子の周囲に、小木は一言告げる。
「わかったよ…柴田がおかしくなった原因が…」

その前日の事、自宅にいた小沢はテーブルに並べられた二つの黒いガラス片のような物体を
じっと眺めていた。先日、赤岡が吐き出したかのガラス片を持ち帰った後、半月ほど前の
おぎやはぎの楽屋で起きた出来事を思い出し、その時に小木から受け取ったガラス片を引っ張り
出してきて照らし合わせて見ていたのだ。
『石を濁らせたり、暴走させるために用いられる物だと聞きました』
『あの子たちのポケットに入ってたの。何にも覚えてないみたいだけどね。人を操る力とかさ、
 あるんじゃない?わかんないけど』
赤岡と小木の言葉が脳裏をよぎる。どこか禍々しさを湛えたその二つの欠片は、間違いなく
同じ物だ。あの時―小木から欠片を受け取った時に抱いた何かの前兆のような予感は、
確実に現実となりつつあった。二つの件に共通する「黒いユニット」という単語、そしてそこに
設楽が関わっているという事実―事態は自分が考えていたより遥かに広く、深くなってきて
いる事を、小沢はそれとなく感じ取っていた。
「そういえば…」
ここでふと、井戸田が欠片を手にした時の事を思い出す。彼の首元で急にシトリンが警告を
発するように輝きと熱を持ち始め、井戸田を慌てさせた事。ひょっとしてあれは一種の
拒絶反応なのでは?となれば、この欠片の力を受けつけない石や人間がいるのかも?
欠片の一つをつまみ上げてみる。小沢は今抱いたその仮説を、自分の体で確かめてみようと
考えたのだ。今まで聞いた欠片の力を考えてみれば、それはとてつもなく危険な「実験」なのだが。
小沢はアパタイトを片手に収め、つまみ上げた欠片の一つをおそるおそる口に入れてみた。
口に含んだ途端その欠片はどろりと融けてゼリーのような感触に変わり、同時に猛烈な苦みと
違和感が口内に広がる。さらにその直後、手の中のアパタイトが切れかけの蛍光灯のような
不安定な点滅を始め、同時に胸の奥から突き上げるような、強烈なむかつきと吐き気が起こった。
「ううっ…… ! ! 」
耐えきれず洗面所に駆け込み、洗面台に首を突っ込むようにして激しく咳き込みえずきながら
口内の苦みと違和感の原因を吐き出す。そして肩で息をしながら、洗面台の底でみるみる
ガラス片状に戻っていく得体の知れない物体をぼんやりと眺める。

744名無しさん:2013/09/25(水) 16:33:01
「ああ…苦しかった…」
手の中のアパタイトを見ると不安定な点滅は収まり、穏やかな淡い光を湛えている。
やはりあの不安定な点滅は、欠片に対する拒絶反応だったのか。これで小沢は確信した―
自分の体も、持つ石も、この欠片の力を受けつけない「免疫」みたいな物を持っていると。
調べた所ではアパタイトは他者を欺く・惑わす石であり、その一方で持つ者を固定概念や周り
からの欺き・惑わしから守る力を持つらしい。ひょっとして黒い欠片に対する免疫も、虫入り琥珀
による「使用者に関する記憶の消失」を免れたのも、それによる物なのか。そしてシトリンは
「太陽の光」を宿す石であり、あらゆる物に光とぬくもりを与える石だという。となればあの時の
拒絶反応は、不浄な物・悪しき物を焼き清める太陽の石ゆえの物に違いないだろう。

なんとなく、わかった気がした。自分たち二人が黒に染まった石を封印する側に立ったのも、
この石を手にした時からの「必然」だったのだ。「黒に染まらぬ石を持つ者」として、小沢は
自分の使命を改めて実感する。そして洗面台の底の欠片を拾い上げると水で洗い、テーブルの
上に残されていた欠片と一緒に小さな紙袋に入れる。
「なんか疲れたから一休みしよ…これは明日でも上田さんあたりに見せようかな」
紙袋をテーブルに置くとタオルケットをかぶりつつソファーに身を横たえ、静かに目を閉じる。
眠りの淵に沈みゆく意識の中で瞼の奥に淡い青緑の光が広がり、優しい声が聞こえた。
”気持ちはわかるけどどうか無茶だけはしないで。私もさっき、とても苦しかったんだから…”

小沢たちが人力舎で起こった一大事件を知ったのは、その翌日の事だった。
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―悔恨と贖罪―
ヒデ「普通、黒い力に呑まれてる間の記憶は残らないはず…でも俺はハッキリ覚えてるんだ、
   何もかも。雨上がりを黒に引き込もうと襲った事も、一番大切なはずのお前まで黒に
   売り渡そうとした事も、そのたびに突きつけられた悪意に満ちた言葉の一つ一つも…!」
ワッキー「ヒデさん…」
ヒデ「これはきっと俺に与えられた『罰』なんだ。自分の中の悪意や黒い感情に溺れて他の
   人たちを傷つけ苦しめた事に対する罰なんだ。例えそれが知らずに持たされてたあの
   欠片のせいだったとしても」
ワッキー「……」
ヒデ「だから俺は決めた。あの欠片を俺に渡した淳を…いやそれだけじゃない、黒の鎖につながれ
   てる人たち全てを、この手で解き放つんだ。それが今までしてきた事の償いになるのなら。
   そして俺を見捨てる事なく新しい力をくれたクリソコラの想いに応えられるのなら。…ワッキー、
   ついてきてくれるな?」
ワッキー「も、もちろんですとも!俺が今こうしてられるのは全部あんたのおかげなんだから!」
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川島「信じてたわ、田村。必ず助けてくれるってな」
田村「当たり前やろ!俺らは二人で『麒麟』なんやから!」
川島「もう大丈夫や、モリオン(黒水晶)の力を完全に制御できる自信がついた。…俺は絶対、
    黒の側にはならへん」
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745名無しさん:2013/09/26(木) 16:13:39
★シトリンの、欠片を浄化する力を見た時の爆笑問題
太田「な、なんだあれ…あんなの見た事ねーぞ?」
田中「前に嵯峨根が使ってた時にはあんな力はなかったはず…いや、一度だけあったっけな。
    その時は力使った後でぶっ倒れて『体中の力吸い取られた感じ』つってたような」
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★ある時の白ユニット集会
「…これで、俺からは以上です。あと皆さんも、引き続き黒のメンバーや能力に関する
 情報がありましたら俺やくりぃむまで報告してください。では上田さん、最後お願いします」
白ユニットの各メンバーがそれぞれの状況の報告や今後の方針などについて話し合う集会の
最後、一通り話し終えた「作戦参謀」こと小沢が席に着くと同時に、上田が締めの挨拶にかかる。
「取りあえず今回の集会はこれでお開きだな、後はみんな楽しく飲もうか」
その言葉が終わるや否や集会は親睦の場となり、あちこちから歓声が飛ぶ。
「よっ、待ってましたああ!」
「ヒューヒュー!」
乾杯の合図から程なくして場内には楽しげな声が満ち溢れ、時折怒声や呂律の回らない様子の
声もする。テーブルを埋め尽くす注文した料理や腕に覚えのあるメンバーの手料理に、皆舌鼓を
打った。その様子に感慨深げなのはハイウォー松田だった。
「白の皆さんは本当にいつも和気藹々としてて…これが人間らしい本来の姿ですよね」
「ああそうか、お前黒の集会も見てたんだっけな」
松田の語る所によれば、黒ユニットの集会に来ていた者たちは多くが目は虚ろで本人の
意思が働いているのかさえわからない、ただ命じられる事を淡々とこなす操り人形のような
状態だったり、多少嫌そうな表情を浮かべながらも洗脳された相方や友人の行動に
同調していたりとそれは悲惨な様子だったという。その話を聞いた白のメンバーたちは
皆青くなって震え上がったり今この場にいられる事を安堵したりといった反応を見せた。

「まあ、ここが組織らしくなったのもお前らのおかげだろうな」
小沢と井戸田にそう語るのは劇団ひとりだった。
彼は前に有田の主導で行われた事実上最初の白ユニットの集会に参加していたのだが、
その時は実のある話もほとんどできないまま実質ただの飲み会と化してしまったという。
「まあ中核があんな人たちだし仕方ないかなと思ってたんだけどさ、でもやっぱ緩すぎだよな。
 『ここらへんは黒を見習ってほしい』と思ったもん」
小沢と井戸田の表情が若干引きつったように見えたのは気のせいだろうか。
とその時、けたたましい物音と怒声、それに石の能力によると思われる雷の音が聞こえた。
「あーっ、喧嘩はダメっ!」
血相を変えて仲裁にすっ飛んでいく小沢と井戸田の後ろ姿を見ながら、ひとりは思う。
(確かにだいぶ組織らしくなったけど、やっぱ根っこは変わってねーのな…いいんだか悪いんだか)
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746low ◆zh23xfyKKs:2014/05/29(木) 11:22:40
約9年ほど前、こちらに小説を投下させて頂いた者です。
まだ残っていたのが懐かしく時間軸無視の廃棄小説を懲りずに投下させて下さい





湿気が酷くて、髪が思うように収まらない。
そんなことで気分を害すほど髪型に執着は無かった。こんなものは取り敢えずの形だけでも整っていれば気に留めるほどでもない。
そのはずだった。いつも無造作に、メイクさんにでもお任せして、その程度だった。
だけど妙に気になってしまったのは何かを察知していたのかもしれないと、今ならそう思うことが出来る。
『黒』の幹部である設楽は今更だけど、と力なく笑った。

その日は雨が降っていた。朝から振り出した雨は止む事なんて永久に無いかのように降り続けていた。
今週はずっと雨の予報が出ています。そう言った気象予報士の笑顔もその言葉さえも雨が掻き消すかの如く、強く地面に水滴が落ちる音が響いていた。





騒がしいテレビ局内に一人の楽屋は何だか妙にくすぐったくて、いくら売れたと周りに囃し立てられても自分の中で消化できないでいる。
今日、何本目か思い出せない煙草に火を点けながら設楽 統は空に漂う紫煙を目で追っていた。窓から見える空は曇天としか言いようが無く、いつその隙間から雨が降り注いでも可笑しくはない色を見せている。
次の現場に移動する前に降り出しちゃうんだろうな、それも仕方ないか。道が混まなければ良いかな。
愚痴を心の中で煙と共に飲み込んで台本と睨めっこを続ける。しかし、その変化は見逃せないもので突如、目の前の壁に緑のゲートが現れた。そこから白い顔を更に白くした彼が、一人の男に支えられながらも楽屋へ足をゆっくりと運び込む。
彼らの急な来訪には慣れていた。慣れていたがその重々しい空気に異変しか感じ取る事は出来ず、とても騒がしいテレビ局内とは思えないほどに圧迫感を帯びていた。
「ノックも無しに入ってきて悪いな、オサム。緊急事態だ」
白い顔の男をそっと床に下ろしながらゲートの持ち主である土田は目も合わせず、早口に告げた。土田も顔には疲労困憊の文字が透けて見える。
「…何が、あったんだよ?」
恐る恐る聞いてはみるが口の中が嫌に乾いて、しかし手元のコーヒーに口をつけることも叶わず鼓動が早くなっていくのを感じることしか出来なかった。
俯いたまま顔を上げようとしない白い顔の、小林の目には生気がまるで無かった。良い知らせでないことは、この楽屋に連絡もなしに来た事実だけで十分伝わる。それでも、だ。
土田が言葉を選んでいるのか口を開きかけては噤んでを繰り返し、そしてゆっくり息を吐くと目線を合わせてきた。
嗚呼、この人はこんな顔もするんだと、泣きそうな、笑いそうな、溢れかけた感情を抑えた表情に何処か冷静になった気もする。
そんなモノは
「白と全面戦争だ」
この一言で容易に崩れ去ってしまったのだけど。




いつか終わりを迎える日が来たらこんな感じかなと
また以前のように、このスレが盛り上がるのを楽しみに待ってます

747名無しさん:2014/05/30(金) 17:29:53
おお、おひさです
よかったらここに書かれた短い話や能力などについて感想とかもお願いできます?

748Evie ◆XksB4AwhxU:2015/04/15(水) 22:44:24
進行スレ>>338を参考にした海砂利時代の短編を、
導入部分だけあげてみます。
海砂利時代の能力は、能力スレ>>779の予定です。


「解散しようと思うんです」

その発言はあまりに唐突で、自然な響きだった。まるでいつもの世間話と同じように。
「……は?」
向い合って座る上田は、ティースプーンをコーヒーの中に突っ込んだまま、固まってしまう。
話があると言われ呼び出された昼下がりの喫茶店は、サラリーマンで賑わっていて、
彼らの会話に気を払うものはいなかった。鍛冶は、聞き間違いの可能性も考えて、もう一度ゆっくり言葉を紡ぐ。
「だから、俺たち解散しようと思ってるんです」
さくらんぼブービーの二人は顔を見合わせて頷くと、ポケットから石を出して、
喫茶店の磨き上げられたテーブルに転がした。
「なんで、俺に話した」
「くりぃむのお二人にはお世話になったんで。
 ……鍛冶の石が目覚めた時も、まっさきに駆けつけてくれたから」
上田はカップをどける。テーブルの上で指を組んで、話を聞く体勢をとる。
木村はしばらく逡巡していたが、お前からと鍛冶が促すと、決心したように顔を上げた。
「上田さんなら、この石の行く先が分かるかもしれないと思って」
「てことは……お前、引退するのか?」
木村は紅茶を一口飲んで、また深いため息をついた。
おそらく何日も悩んで、二人で何度も話しあった結果出した答えなのだろうが、
いざ口に出すとなるとその言葉は急激に真実味を帯びる。
「……放送作家に…なろうと思ってます」
「そっか……それで本当に後悔しねえのか?」
「はい」
「じゃあ俺からは何も言うこたねえよ。鍛冶は?」
「俺はピンでやってこうかと」
「こりゃずいぶんデカい賭けに出たな」
「やれるだけやってみますよ。
 この石のおかげで、たいていのことは踏ん張れる強さが身につきました」
自信満々、といった面持ちで胸を張る鍛冶に、笑いがこぼれる。
「お前らしいな、ホント」
「いやあ、それほどでも…」
「ちょっとは遠慮しろよ!」
「いって!なんだよ、ちょっとくらいいいじゃんかよ!」
頭をかいて照れる鍛冶を、木村が小突く。
上田を忘れて仲良くじゃれあう二人に、ふと別のコンビの姿が重なった。
お笑い界から消えて随分経つ、昔競いあった友。
「(……もしも……)
片方は劇団で舞台に立っていると風のうわさで聞いたが、もう片方はついぞ消息の知れない、二人。
「(……もしも…俺たちが…こいつらみたいに純粋なままでいられたら……
  お前らはまだこの世界にいられたか?)」
テーブルの上に転がった二粒の瑪瑙。赤と黒で対になった石を見ているうち、上田の心はあの夏の日に飛んでいた。

749Evie ◆XksB4AwhxU:2015/04/16(木) 22:29:02
【199X年 夏】

「だーッ、待った待った!!ストップ、ストーップ!!」
有田が慌てて両手を前に突き出し、降参の意を表す。
恐る恐る目を開けると、加賀谷の拳は有田の顔すれすれで止まっていた。
三人の足元でざあっと砂ぼこりが舞い上がり、消える。
「……し、死ぬかと思ったぁ……」
有田は情けなさ丸出しの気の抜けた表情で、その場にへたりこむ。
「おい、全力でやれ言うたんはそっちやろ」
「だからって真に受ける奴があるかよ!
 そこはちゃんと手加減しろよ!!」
「お前の石で武器出せ!」
「いきなりすぎて間に合わなかったんだよ!!攻撃するならするってちゃんと言えよ!!」
勝手なことをほざく有田の肩に、松本の怒りをこめたローキックが決まる。
ぐえっと変な声を上げて地面に転がる有田を見下ろして、唸り声を上げる加賀谷の頭を撫でた。

稽古場で松本の植えたチューリップと戯れていた松本ハウスは、「特訓に付き合って欲しい」とやってきた海砂利を見て、
露骨に嫌そうな顔をした。2週間ぶりの休日を潰したお詫びに焼き肉をおごる約束を交わし、
廃工場で練習を始めたはいいものの…まだ石に慣れていない有田は武器を召喚できず、冒頭の台詞に至る。

「くそ、もう一回!」
「おーおー、ええ度胸や。
 あと10分、せいぜい頑張って逃げてみい」
再びうおおお、と拳を握りしめて加賀谷に突っ込んでいく有田を、上田はげんなりした気分で見つめた。


「だいたい、有田さんは言ってることがムチャクチャなんです!」
加賀谷は、動かなくなった体が恨めしいのか、ここぞとばかりに説教モードに入った。
石を使った対価で意識を失った松本を、椅子を並べた上に寝かせると、「そのとおりでございます」と正座する有田。
「やれ手加減しろだの、攻撃する時は先に言えだの…
 強盗に向かって“110番するから待ってくれ”って言うようなもんですよ!!」
「はい、おっしゃるとおりです」
上田も隣でひたすら小さくなった。
「……明日も収録なのに」
「はい」
「……ネタ合わせもしてないのに」
「焼き肉食べ放題に生ビールもつけるから……その代わりこれからも特訓付き合ってくれよ」
「え、それホントですか!?やった、やったー!!」
有田はこちらを見て、してやったりという言葉がぴったりの邪悪な笑みを浮かべ親指を立てる。
焼き肉に釣られた加賀谷は、案の定後半部分を聞いていなかったらしく、体が動けば飛び跳ねる勢いで喜んでいた。
そそっかしい相方のおかげでこれからも休日を削られる松本には気の毒だが。
しばらく、3人で何をするでもなく寝転がって体を休める。

「あ、そういえば“これだけは聞いとけ”ってキックさんが」
加賀谷は天井をぼんやりと見つめながら、呟くように聞いた。
「海砂利水魚は、どっちがいいんですか?」
「どっち…って」
「白黒どっちにつくのか、それとも僕たちみたいにどっちも選ばないか」
上田は少し迷ったが、ありのままの気持ちを伝えることにする。
それに、下手に嘘をついてもこの二人には見透かされそうな気もした。
「俺たちは、まあ…自分にとってより都合のいい方につきてえな」
「じゃあ…」
「黒のほうが魅力的なら黒につくってことだよ」
有田も相方に同調して
顔をしかめる加賀谷の隣で体を起こし、タバコに火をつける。
「逆に聞くけどよ。白が俺たちになんかしてくれんのか?
 黒の芸人には襲われるし、第一俺はあのうさんくせえ正義感が気に食わねえ」
「……黒がなかったら」
「それは、黒の側から見たって同じだろ。白がなかったら黒が暗躍する必要もねえんだから」
「あ、そっか」
心のどこかにちりっ、と引っかかるものを感じたが、素直な加賀谷はそれ以上考えるのを放棄した。
石の反動で筋肉が硬直していて、正直口を動かすのも億劫なのだ。
「でも」
上田はふうっと煙を吐いて、続けた。
「お前らと戦うのは嫌だな……お前らとはずっと、ただの芸人仲間でいてえから」
その願いが叶わないのは、分かりきっていたけれど。
それでもこの瞬間だけは信じていたかったのかもしれない。
芸を競い合うだけの楽しい日々が、いつまでも続くはずだと。

750Evie ◆XksB4AwhxU:2015/04/17(金) 20:23:56
今更ながら…長くなりそうなので、
タイトルをつけておきました。
『We fake myself can't run away from there...』
(俺たちは自分自身を騙す。逃げられはしない、この場所から)

【現在】


「…………さん、上田さん?」
鍛冶が呼ぶ声に、はっと顔を上げる。
喫茶店のざわめきが耳に戻ってくる。どうやら回想にふけってしまっていたらしい。
お冷の氷もすっかり溶けて、水になっていた。
「あ、ああ……悪い、ボーッとしてた」
「大丈夫ですか?…あ、すみません。お代わりを」
木村は上田の戸惑う様子を見てとる。ウェイトレスを呼び止めて、コーヒーのお代わりを頼むと、
続きを目線だけで促した。
「この石はちょっと…因縁があってな」
テーブルの上で指を組んで、言葉を選ぶ上田の眼球がせわしなく動く。
やがて、決心がついたように腹から深く息を吐いた。

「お前らの世代では、キャブラー大戦なんて呼んでるらしいな。
 …あれはまさしく戦争だった。毎日がめまぐるしく過ぎて、
 仕事と石を使った闘いの繰り返し。仲間とか信頼とか、そんなもんはなかった。
 ただ、自分の信念と違う奴は敵。相方だろうが同期だろうが、叩き潰す。
 たまに仲間を見つける奴もいたけど、たいていはお互い疑心暗鬼になって、
 白の芸人同士で闘うなんてバカやってるのもいた。
 そもそも、なんとなく黒が気に入らない奴らを白と呼んでいただけで、
 実際はたいした違いはなかったんじゃねえかな」

上田がキャブラー大戦時代の話をするのは珍しかった。
石を介した付き合いもだいぶ長くなるが、過去の白黒の抗争については口を閉ざしていたのに。
独白のように紡がれる言葉に、さくらんぼブービーの二人は自然と背筋を伸ばして耳を傾ける。

「そんな中で、俺たち海砂利水魚は……黒のユニットにいた」

二人に衝撃が走った。
今の、中年に差し掛ったくりぃむしちゅ〜の二人は、考えなしにそんな決断をするようには見えない。
ひどく乾いた声が鍛冶の喉から出る。
「……どうして」
「ガキだった。石のことも、お笑いのことも。ほとんど知ったような気になってた。
 自分たちが一番望んでいた感情にフタをして、一度は全部なくした」
ウェイトレスがコーヒーを運んでくる。
コーヒーだけで粘る迷惑な客にじろりと睨みをきかせて、ヒールの音を高く響かせ去っていった。
上田は一口飲んで、カップを静かにソーサーに戻す。勢いで黒にいた過去を告白してしまったが、
その先の苛烈な闘いは話す気になれない。しばらく嫌な沈黙が三人の間に流れた。
やがて、耐え切れなくなった木村が身を乗り出す。
「……上田さん。話しづらいならゆっくりで構いません。
 石について知ってることを、全部教えて下さい」
「おい、木村……」
鍛冶の制止を振り切って、テーブルに両手をつく。
「いままで俺たちは、石について考えないようにしてた。
 …どうせ無駄だと思って。でも上田さんは違う。石についてかなり深い部分まで知ってるはずなんだ。
 お願いします。芸人やめる前に、教えてください。
 俺、石に振り回されて芸人生活に幕を下ろすなんて嫌なんです」
まっすぐな目に射抜かれて、上田は一瞬狼狽する。
が、すぐに普段の冷静な心を取り戻すと、「分かった」と目を伏せた。
「……すげえ長い話になるぞ」
「あと一時間は粘れますよ」
鍛冶がバックヤードで働く店員の表情を見て笑う。
「そうだな、何から話そうか……」
上田は天井を見上げて、また過去の記憶をゆっくりと辿っていった。

751名無しさん:2015/04/18(土) 03:39:59
投下乙です。
キャブラー大戦、海砂利水魚、松本ハウス、気になるワードがいっぱいで先が楽しみです。
ぜひ続きもお待ちしています。

752Evie ◆XksB4AwhxU:2015/04/19(日) 22:13:29

この二組が石を拾ったのはだいたい1995〜6年ごろと仮定して書いていますが、
まだハッキリと設定が出きってない部分なので、90年代後半ごろと曖昧にしてあります。
書き忘れていましたが筆者はバリバリの関東人なので関西弁はかなり曖昧です。ご容赦ください。
土田さんの能力はPortalのようで想像するのが楽しいです。
_____________________________

『We fake myself can't run away from there-2-』

【199X年 春】

稽古場に植えたチューリップのつぼみが、桃色に色づいてきた。
松本は如雨露で水をやりながら、自分の娘を見るような心もちでまだ柔らかいつぼみをつつく。
「あー、もうそろそろ咲くなこれ」
「え?うわ、ホントだ……かわいい!」
放っておくとちぎりそうな勢いでつぼみを触る加賀谷を花壇から引っ剥がし、如雨露を床に置く。
今日はひさしぶりの休日だ。前は一体何日前だったか?(考えるのも恐ろしい)
テーブルの上に広げていたネタ帳を閉じると、鞄に放り込んだ。
「ワンちゃん、今日のネタ合わせやめとこか」
「え?で、でも……ライブ明後日なのに?」
「ここんとこ全然寝とらんしな。稽古場まで来て言うのもアレやけど、
 今日はゆっくり昼寝でもしようや」
加賀谷はばんざーいと諸手を挙げて喜ぶ。リュックを枕代わりに床に寝転がると、
あっという間にまぶたが重くなって、心地よい眠気が襲ってくる。
「せや、海砂利は今日何しとんのやろ」
思い出したように松本が呟いた。
やれ特訓に付き合えだの、黒のやつに追われてるから助けに来いだの、無理難題ばかり言ってくる同期のコンビが、
ここ数日、何故か大人しい。
「あの二人も石拾って一年くらい経つから、そろそろ独り立ちってことですよ」
加賀谷の言葉に、少し胸の奥が痛んだ。
「……なーんか、いつもはうっさいって思うとるのに、いざおらんと寂しいなあ」
「……ですねぇ。僕も有田さんがうるさくないと、なんだか調子が狂うんですよ」
「お前よりかはうるさないわ!」
二人であはは、と笑い転げる。
加賀谷はごろん、と寝返りを打って松本に背中を向ける。
「……キックさん」
「ん?」
「……あの二人がどっか遠くに行っちゃっても……それでいいんですよね。
 僕たちずっとボキャ天仲間ですもんね」
大きな背中にそっと触れる。温かい体温とかすかな震えが伝わってきた。
「……せやな。白とか黒とか、わけわからん嫌な事ばっか起きとるけど、
 俺ら芸人やもんな」

753名無しさん:2015/04/19(日) 22:27:07
松本ハウスが穏やかな昼下がりの休日を楽しんでいた同時刻。
海砂利水魚の二人は、海辺の倉庫で自分たちを呼び出した男を今か今かと待ち続けていた。
「おっせーな、土田のやつ…自分から呼んどいて遅刻かよ」
上田はくわえていたタバコを地面に落とすと、靴の踵で踏み潰していらだちを紛らわせる。
「お」
隣に立つ有田は、空気が震えるのを感じて顔を上げる。
「なんだよ」
上田も、有田が指さす方向を見た。

空がパリッと引き裂かれ、緑色の丸い大きな穴が生まれる。
両足を揃えて曲げた土田が「よっ」と軽いかけ声と共に飛び出してくるのを、ぽかんと口を開けたまま見つめる。
土田は鮮やかな着地を決めると、海砂利の二人に会釈する。

「すいません、打ち合わせが予想以上に長引いて……待ちました?」
「い、いや…そんなには……あの、今の…お前の能力?」
上田が、風景に溶けて消えていく緑色の穴を指さして聞くと、土田は頷く。
「最初は車で行こうと思ったんですけど、そこの国道で渋滞に巻き込まれたんで。
 近くに来たところで降りて、こっちで来たんです」
言うなり土田はくるりと踵を返し、目の前の海へ飛び込む。

「土田!?」

気でも狂ったかと、有田が手を伸ばす。
海面が裂けて生まれた赤い穴に、土田の体は吸い込まれた。

「こっちですよ」

にゅうっ、と上田の背後から現れた土田は、叫び声をあげかけた二人を手で制止して、地面に作った緑の穴を消した。
「お互いの手の内を知らないと、話し合いも何もないでしょう。
 こっちはあなた達の能力を知ってるんですから、公平に行かないと」
どうやら土田は黒とはいえ紳士的な対応を心がけているらしい。
左手にはまった指輪を見せる。
「俺の能力は見ての通り、緑のゲートから赤のゲートに移動する能力。
 ああ……首を締めたりとかは勘弁してくださいよ、一応ここも武器なんで」
とんとん、と自分の首を指の関節で叩く。
「(言葉を使った攻撃も可能…てことは、俺達の方が分が悪いな)」
思慮を巡らせる上田を見て、土田は肩をすくめる。
「そんな顔しないでくださいよ。
 俺の誘いに乗ったってことは、色よい返事を期待してもいいんでしょう?」
「……お前も食えねえ奴だな」
「褒め言葉と受け取っときますよ」
有田の挑発にも動揺しない。
「じゃ、時間もないんでさっさと行きましょう」
黄色い係留用ビットに腰かけた土田の前に、海砂利の二人もあぐらをかいて座る。

754名無しさん:2015/04/19(日) 22:30:28

「いくつか質問してもいいか」
「ええ、どうぞ」
「俺と有田は、意見が一致してる。
 “黒が白より使えるなら黒、そうでないなら中立”だ」
「……白に行かない理由は?」
「単純に、気に食わねえ。
 まあ色々思うところがあんだよ、俺達にも」
曖昧に濁した答えに、土田は一瞬考える素振りを見せるが、すぐに「分かりました」と指を一本立てる。
「その一、黒の芸人から襲われる手間が省ける。
 白の芸人は闘いを好まないので、仕事が終わればゆっくり休めますよ」
「……続けろ」
有田が先を促すと、中指も立てた。
「その二、人脈。
 まあ…黒があなた達の思っている以上に網を張り巡らせてるってことですよ。
 望むならレギュラーも、大きな会場での単独ライブも。
 まあ、メリットと言えばこれくらいですかね。
 後、黒の命令には全面的に従ってもらう…ということくらいです」
最後の一言は、海砂利の二人にとって「息をするな」と言われるに等しい条件だった。
有田が「マジで?」と声に出さずに聞けば、土田は深く頷く。
「当然、黒にいる以上は黒のために働いてもらいます。
 どこそこのスタジオのブレーカーを落とせとか、スタッフにメモを渡せとか、
 そういう小さな命令がほとんどですけど、
 時には白の芸人と闘って石の奪い合いもしてもらいます。
 それが面倒ならどうぞ今のままで」
二人は悩んだ。
黒の芸人がやけに統率がとれていることから予想はしていたが、
元々組織だの上下関係だのといった堅苦しい勢力図に巻き込まれるのも気が進まない。
そこで、土田がダメ押しの一言を放った。

「逆の発想をしてみたらどうですか」
「逆…?」
「オセロを思い浮かべてみてください。
 今は、白と黒が同じくらいの数ですが、一枚動かしてやれば、局面によっては……全部が黒になる」

土田は人差し指と親指を軽く合わせて、石をひっくり返す仕草をした。

「あなた達二人が、この石の闘いにおける“神の一手”になればいい。
 すべてを黒に塗り替える、一手に」

土田の眼の奥がぎらりと光ったような気がして、有田は一歩後ろに下がる。
「(もしかして、俺達…結構やばい方に行っちゃってんじゃねえのか?)」
隣の上田は禍々しい雰囲気に気づかなかったらしく、握っていた拳をそっと開いた。
恐る恐る、もう一度土田の目を見る。いつも通りの茶色い瞳には、さっきのこちらを射抜くような光はなかった。
「(……気のせいだよな?)」
心の中で葛藤する有田に構わず、上田は一歩土田に歩み寄ると、左手でがっちりと握手を交わす。
「よろしく頼む。
 ……行けるとこまで行ってやるよ。ほら、お前も」
「お、おう…」
有田も、促されるままに握手する。
握りこんだ土田の手は、氷のように冷たかった。


【現在】

「……土田さんは、その頃から黒だったんですか」
話に一区切りついたところで、上田はお冷で喉を潤す。
木村は、なんと言えばいいのか分からないらしく、目を泳がせた。
「あの頃はまだU-turnってコンビだったけどな。
 まあとにかく、あの頃は白も派閥として機能してなかったし、
 力関係は黒の方に傾いてた。
 有田は未練があったらしいが、俺は身の安全と海砂利としての未来を選んだってわけだ。
 まあ人間誰だって自分が一番可愛いだろ?それで何が悪い!…って開き直ってたな。
 今思うと結構いい性格してたな」
「遅い中二びょ…モゴゴ」
先輩に無礼を働きかけた鍛冶の口を、木村が慌てて塞ぐ。
「ぶははっ、まあ中二病ってのが一番しっくりくるか。
 ただ、枕に頭沈めて足バタつかせる程度じゃ済まないレベルの過去だけどな」
「……なーんか、こっから先はちょっと聞きたいような、聞きたくないような…」
木村の手から解放された鍛冶が息を大きく吸う。
「まあ、続き話すより先に…」
上田はしかめっ面でレジに立つウェイトレスをちらっと見て、領収書を引っこ抜いた。
「そろそろ出るか。続きは歩きながらってことで」
ごちになります!と満面の笑みで言い放ったさくらんぼブービーの二人に、軽く怒りを覚えながらも、
先輩としての寛容さで押しとどめ、手早く会計を済ませる。
連れ立って歩き出すと、鍛冶が「あ、この後ちょっと打ち合わせあるんですよ」と思い出したように手を叩いた。
「じゃあ、事務所まで歩くか。
 んー…どこまで話したっけ」
「黒に入ったとこまでです」
「じゃあ、そうだな。お前らお待ちかねの…その石の“前任者”との因縁の関係でも話すか」
「盛ってません?」
犬歯を覗かせて笑う木村に、「100パーセントの実話だぞ」と返して、三人はビル街を抜けていった。

755Evie ◆XksB4AwhxU:2015/04/19(日) 22:39:29
トリップ外れてた…orz
すみません、全部私です。
土田さんについては進行会議スレの>>72さんの意見を採用してみました。
このシリーズでは黒ということで進んでいきます。
竹山さんとの短編で「みんなが黒になれば」的なことを言っていますが、
この頃から一貫している感じで。

756名無しさん:2015/04/22(水) 08:55:24
投下乙でした。
ひとつ気になったんですが
上田が会計前に引っこ抜いた物は「領収書」じゃなくて「伝票」では?
細かいことですみません。

757Evie ◆XksB4AwhxU:2015/04/22(水) 18:29:44
>>756
ですね…次の文章と混ざってたようです。
すいませんが脳内補完でお願いします。
ここらへんの世代は白黒どちらの所属か決まってない人も多いので
登場人物が絞られてきますね。

758名無しさん:2015/04/24(金) 17:40:59
おおっ!キャブラー大戦時代の物語が

759Evie ◆XksB4AwhxU:2015/04/25(土) 21:24:07
有田さんの能力は『構造を理解している』が発動条件のひとつに設定してあるので、
構造が複雑な近代兵器はほぼ出せないに等しいです。
流血程度の暴力描写ありなので、苦手な方はご遠慮ください。

『We fake myself can't run away from there-3-』
_________________________

【199X年 春】

夏休みの宿題は、いつも先延ばしだった。
絵日記なんて一週間前になってから慌ててひっぱりだし、『山に虫取り』でお茶を濁す。
それは大人になって、お笑い芸人という職についても同じようなもので。
ギリギリになってからネタ帳を開き、うーん、うーんと唸りながら、うるさい楽屋のはじっこで、
畳に寝そべってボールペンを走らせる羽目になる。
「本番まであと一時間でーす」
間延びしたスタッフの声で、いらだちが最高潮に達した。
こんな日に限って悩みの種は尽きない。頭をかきむしってもおさまらない。
「あー、くそっ。どうやって誘えばいいってんだよ!!」
頭をかきむしって叫ぶ有田を、デートの誘い方でも悩んでいるのかと思ったのか…周囲の芸人は可哀想なものを見る目で遠巻きにする。
睨みつけてやると、そそくさと立ち去っていく。有田は軽く舌打ちして、またネタ作りの作業に戻った。

「そんな怖い顔やめてくださいよ。僕泣いちゃう」

堂々巡りの思考を遮る、高い声。
顔を上げると、スマイリーキクチが麦茶の入った紙コップを両手に立っている。
『お前は泣かす方だろ』という言葉が出かかったが、喉元で飲み込んだ。
はい、と差し出された麦茶を受け取って飲み始める。
「そこの自販機新しくなったんですよ。
 こう、紙コップ置いたら自動でお茶と水が出てくるんです、タダで。
 あ、上田さんもどうぞ」
寝そべってる上田の前にも紙コップを置いて、スマイリーは有田の隣に陣取った。
眼鏡を外して息をふきかけ、シャツの裾で磨きながら、何気ない調子で言う。

「そういえば、黒ユニットへの入会おめでとうございます」
「「ブフォッ!!」」

唐突な爆弾発言に、海砂利の二人は飲んでいた麦茶を吹き出した。
ゲホゲホと激しくむせて、涙目になりながら見上げたスマイリーの顔は、いつもと同じ笑みを湛えている。
「お、おま……どこから」
スマイリーは眼鏡をかけ直すと、分厚いリングノートを取り出して二人の眼前に突き出した。
「いえね、このごろ海砂利の動きがなんだかおかしかったんで、
 まさか図星とは思いませんでしたけど」
軽い声色だが、表情もあいまって何を考えているか分からない。
スマイリーは石こそ持っていないが、石を持つ芸人の能力や白黒の所属芸人の名前など、毎日せっせと情報集めをしているらしい。
いつか理由を聞いた時は『もしものときのために』とわけのわからない答えを返してきたが…
「まさかここで首根っこつかまれるとはな」
有田はがっくりと肩を落とした。
その横で、スマイリーはボールペンの先をちょっと舐めて、海砂利水魚のページを開く。
『ユニット無所属』の文字の上に二重線を引いて矢印を伸ばし、『黒』に書きかえた。
「いまのところ、このことは僕しか知らないんですよ」
「……今日、飲み行くか?」
有田は通帳の残高を思い出しながら、平和的な口封じを考える。
今のところはまだ、白には知られず動いておきたい。ここで情報を止める必要があった。
が、スマイリーは予想に反して首を横に振る。
「お二人の探しものなら、Bスタジオにいますよ。
 終わった後に散歩でも誘ってみたらどうです?」
「……それを俺たちに教える意味は?」
上田の質問に、人差し指を唇の前に立てて笑う。
「貸し、です」


果たして、松本ハウスは本当にBスタジオで収録をしていた。
片付けのために行ったり来たりする道具係の後ろから、「おーい!」と声をかけた。
有田のよく通る声が、スタッフの喧騒の間を通り抜ける。
「お疲れさん」
よっ、と片手を挙げて呼ぶ。
加賀谷は海砂利の顔を見ると、パアッと笑顔になって駆けて来た。
その仕草が本物の犬のようで、上田は軽く吹き出す。
「もう上がりか?」
「後は打ち合わせだけらしいけど、まあ明日でもええって」
「そっか。んじゃちょうどいい。
 帰り一緒に行かねえか?」
小学生の下校じゃあるまいし、怪しまれるかと思った有田の表情を、松本はじっと観察した。
ポケットの中にあるはずのカルセドニーが微かに光ったような気がしたが、
やがて視線をそらして、首を縦に振った。

760Evie ◆XksB4AwhxU:2015/04/25(土) 21:25:48
薄々様子がおかしいことには気づいていたようだが、案外素直についてきた事に些か戸惑いを覚えながらも、
上田は人気のない公園のベンチを指さした。自動販売機の前で財布を取り出すと、振り返って聞く。
「加賀谷はココアでいいか?」
「はい!あの、もしかして上田さんのおごりですか?」
「遠慮すんなって、たかが100円だぜ?俺もそこまでケチじゃねえよ」
「よく言うわ、お前焼き肉に生ビールつけるって言ったくせに、
 結局いつも割引券あるとこだったやん」
「それは有田が言ったんだろ!」
「そうだったっけ?僕忘れちゃいました」
ははは、と乾いた笑いがこだまする。
「……あのな、お前らに大事な話があるんだ」
上田が背筋を伸ばすとなんとなく分かったのか、加賀谷も笑顔をひっこめた。

「……黒に来い」

退路を絶つように、あえて命令口調で告げる。
松本は飲みかけの缶を口から離して、ぐしゃっと握りつぶした。
「え、な、なんで?あの、その、うえださ…」
加賀谷は相方と上田の顔を交互に見て、わたわたしはじめた。
「ど、どど……どう、あの……あ…」
「ワンちゃん、日本語話せてないからちょっと黙ってて」
松本が肩に手を回して落ち着かせると、横を向いてココアをすする。
「俺も有田も、お前らの為を思って言ってんだ。
 黒は手段を選ばねえ。従わないならお前らの行く先はねえんだぞ。
 こんな風にな」
蟻の群れを踏みつぶそうとした有田の足を、横から松本が押さえて止める。
「……モラルを捨ててまで、やりたいことがこれなんですか?」
「そうだな、お前らはそう言うと思ってた。
 でも、もう遅えんだ。俺たち若手が言葉で訴えたところで、何が変わるってんだ?
 自分の力でどうしようもねえことなら、考えるだけ無駄だろ?
 これが俺たち海砂利水魚の、“生存戦略”だ」
ジーンズのポケットに突っ込んでいた右手をとりだす。
手のひらに光るカルセドニーを、ぎゅっと握りしめた。
「……何も考えず、何も見ず生きていけたら、そりゃ楽しいやろうけどな。
 そんな、生きながら死ぬみたいなつまらんことできるか」
海砂利の二人は黙って次の言葉を待つ。
草むらから聴こえていた虫の音が止まった。
「まだ、戻ってこれますよ」
加賀谷の縋るような声。上田はハッと鼻で笑う。
「……俺は後悔なんかしねえよ」
首をこきりと鳴らして、有田が放った言葉に、松本は目を細めた。
「交渉決裂ってか。いいぜ、やってやるよ。なあ上田」
「……しょうがねえな」
海砂利の二人は立ち上がり、距離をとる。
戦闘向きではない上田は安全圏まで下がって、もしものときのために石を握りしめた。

761Evie ◆XksB4AwhxU:2015/04/25(土) 21:26:50
「“聖職者がモーニングスターをよく使うのは、相手の頭蓋骨を一瞬で叩き割れるので、
 返り血を浴びなくていいから”でおなじみ海砂利水魚です!!」
有田が口上を言い終わると、極彩色の光が武器に変わって両手におさまる。
柄に直接繋がったトゲつきの鉄球。いわゆるメイス型に分類される打撃武器、モーニングスターだ。
しかし、持ち手を指でなぞると有田の表情はみるみるうちに曇った。
「どうしたよ」
「見ろよ、これ木製だぜ…俺の石で召喚したモノって必ずどっか違うんだよなあ」
「……じゃあ、壊れるごとに新しい武器出しゃいいだろ」
「おお、さすが上田!」
有田はよっこいしょ、とモーニングスターを構えた。木製とはいえ重いので、振り回しながら走ったりなんて芸当は無理だ。
「(加賀谷が突っ込んできたところを、こいつで叩く)」
唇を下で舐めて、有田はその時を待った。

「おい、ワンちゃん」
松本が背中を叩いても、加賀谷は相変わらず根が生えたように座っている。
ため息をついて、発動のための言霊を放つ。
「ワンちゃん。分からず屋のお友達に、ご挨拶は?」
「……か……かっ……」
半分涙目になりながら、もじもじと立ち上がらない加賀谷に、松本が滅多に出さない怒鳴り声をぶつける。
「ご挨拶は!!」
「かっ……か、が、や、でーすっ!!」
涙を飛ばしながらも、プロの根性でポーズを決めた加賀谷の背中を、海砂利のいる方向に向かって蹴り飛ばす。
関節から伸びた透明な糸が松本の指にからまるのと、有田がモーニングサンを振りかぶるのは同時だった。
「……くっ」
加賀谷はギリギリで体をひねって軌道を避けた。
モーニングサンはシンプルな見た目を裏切る高い破壊力で、鎧の上からでも相手を撲殺出来たという。
木製のおかげで威力は半減しているだろうが、当たればまず無事では済むまい。
「ワンちゃん、引け!」
ぐいっと糸を引き寄せ、有田と距離を取る。
「有田、冷静に行けよ」
背後から上田がアドバイスすると、鬱陶しそうに手を振った。
だが、このモーニングサンは重いせいでゼロ距離でしか効果がない。
「(あー、構造が簡単だからこいつを選んだのはいいけど、
  もうちょい強いやつ出しゃよかったな)」
もっと、もっと軽い武器を……
刀?ダメだ、チーター並みの加賀谷のスピードにはついていけない。ピストル?構造が分からない。
「ああ、いいのがあったじゃねえか」
有田は口角を引き攣らせて笑うと、息を大きく吸い込んだ。
「“フレイル型のモーニングスターは、一撃が重くて速いのがメリットだよ”
 でお馴染み、海砂利水魚です!!」
両手に握られていたモーニングスターが光を放ち、柄と鎖で繋がった棘つきの星球が地面に沈み込む。
大きく上半身を旋回させて、放つ一撃。
鎖に繋がった星球が地面を切り裂き、進んでいく。
松本はヒュッと息を呑んで、回避するために後ろへ跳んだ。有田が歯を覗かせて笑っているのには気づけずに。

ゴッ……

鈍い音が響く。有田は松本が跳ぶタイミングに合わせて星球を持ち上げ、松本の頭にぶち当てた。
遠心力と体重を込めた一撃は重く、松本の目の前に星がちらつく。
「……っだ、あ……」
こめかみから流れた血が、左目に入って涙のように頬をつたう。
ぬるりとした感触が気持ち悪いのか、松本はジーンズで血を拭った。
「……グゥ……」
地面に伏せた加賀谷も、相方のダメージを察したのか威嚇のような唸り声を上げる。
「……平気、や……こん、ぐらいっ……」
転びかけた体をなんとか支えて、松本も立ち上がった。

762Evie ◆XksB4AwhxU:2015/04/25(土) 21:28:01
「あれ、まだ立てんの?すげえなお前……」
その目が、さっきまでと違う冷たさを孕んでいることに気づき、有田は口をつぐむ。
自分たちの特訓に付き合っていた時とは全く違う、本気の目。

「(あれ、もしかして)」

松本の小指がくいっと持ち上げられる。
ふっと、有田の視界から加賀谷が消えた。
「え」
ややあって、衝撃。遅れて脊髄をつたう焼けるような痛み。
有田の頬に、加賀谷の拳が炸裂していた。
「(なんだよ、特訓の時より全然速えじゃん……)」
その思考を最後に、有田の意識は途切れる。
「有田!!」
勢い良く後ろに吹っ飛んだ有田の体を受け止めようと、上田が両手を伸ばして前へ出て…固まる。
有田の体からピシッ、と何かが割れるような音がしている。能力の対価で下半身が石に変わっていた。
「くそ、有田っ…!」
両手でしっかりと有田を抱え込もうとする。が、とっさの判断としては重い過ちだった。
慌てたせいで手が空を切る。
「しまっ……」
無防備な上田の腹に、有田の頭がめりこむ。
胃をせり上がる圧迫感。反射的に口元を抑えて胃液を吐き出すのをこらえた。
「く゛……ぉ、がっ!」
ジャングルジムにしこたま背中をぶつけて、意識が一瞬遠のく。重なるように倒れた有田をどける体力もない。
呻きながら、苦しげに喘ぐ上田の視界に薄暗いもやがかかる。
「……ま、て……よ、勝ち逃げ……かよ……」
伸ばした手は、二人には届くはずもなく、ぱたりと落ちた。




「……もしもーし……あ、目開いた」
遠くから聞こえる声に、上田はゆっくりと目を開ける。まぶしい光が瞳を刺して、しきりに瞬きをする。
心配そうな表情の警官二人がしゃがみこんで、懐中電灯で倒れている自分たちを照らしていた。
あれだけ派手に暴れたのだから、誰かしら通報しているとは思っていたが、それにしても速すぎる。
「いてっ……」
「ああ、無理しない方がいいですよ。
 骨が折れてるかも」
若い方の警官に支えてもらって体を起こす。有田はまだ気絶しているのか、びくともしない。
松本ハウスの二人はとうにいなくなっていたが、モーニングスターでえぐれた地面はそのままだった。
やがて、じっと二人の顔を見ていた中年の警官が言う。

「もしかして……海砂利水魚さん?」

簡単でもいいから変装してこなかったことを後悔する。
若いほうがマジで?と小さくつぶやいた。
「やっぱりそうだ、どっかで見た顔だと思ったけど…海砂利さんでしょ、
 こんなとこで何して…ていうか、あの地面はいったい……もごぉっ!!」
上田は弾かれるように飛びかかり、右手で中年の、左手で若い警官の口をふさぐ。
ポケットの中の方解石がじわりと熱くなった。

763Evie ◆XksB4AwhxU:2015/04/25(土) 21:28:34
「あんたらは、何も見てない」
一言一言をゆっくりと、脳に刻みこむように囁く。

「誰も通報なんてしてない。俺たちには会ってない」

やがて、口を塞がれていた警官の目がとろんとなって、焦点が定まらなくなる。

「持ち場に帰れ」
手を離すと、気の抜けたような表情で、ふらふらと公園から立ち去った。

ふうっとため息をついて頭を抑える。芸能人と会った記憶は、かなり強烈な印象を持って刻まれる。
自分たち二人と会った記憶を消した代償は、高くつきそうだ。
「……あれ、上田?」
ぱちりと目を開いた有田が、上半身だけを使って蛇のように近づいてくる。
「おせえぞ有田。逃げられちまった」
「わりい……って、お前どうした?」
「お前がトロいせいで警察来たんだよ。
 俺がいなかったらカツ丼コースだ」
腹立ちまぎれにゴミ箱を蹴飛ばすと、鈍い頭痛の波をやり過ごす。
「……あいつらは」
「もういねえよ。……あいつら手加減してやがった」
「はあ?」
「あれでも全力じゃねえって事だよ。
 加賀谷のパワーならお前アバラどころか心臓逝っててもおかしくねえのに、動けてんだろ」
「……そっか」
有田はうつ伏せになって地面の小石を見つめていたが、やがてくつくつと笑い始めた。
「何がおかしいんだ」
「……いや、ムカつくなーって思ってよ」
ベンチに座ってタバコを取り出すと、次の言葉を待つ。
「俺たちが敵に回っても、本気でぶっ殺そうとしねえんだな。
 マジでムカつく…いや、可哀想だよな」
「可哀想?」
意外な感想に、ライターの火をつけたまま聞く。
「だってよ、こうやって力で勝てば帰ってくると思ってんだぜあいつら。ぜってえそうだよ。
 俺たちが本気で黒にいるって思ってねえんだよ。
 他の黒の芸人なら容赦しねえくせに」
仰向けになると、「ちくしょう…」とうわ言のように呟く。
「それで情けかけたつもりってのが、ムカつくし……可哀想だよ」
上田は物思いに沈んだような暗い目で、えぐれた地面を見つめる。
「いつか潰してやる」
有田は目頭が熱くなったのを誤魔化すように、両腕を目の上で交差させて隠した。
「いつか、助けてやる」
そう言った拍子に、有田の瞳から大粒の涙がこぼれた。
「……今日だけは、泣いていいぞ」
上田が言い終わらないうちに、後から後からあふれる涙を袖でぬぐって泣き続ける。
__こんな惨めな気持ちは初めてだ。
タバコの箱を握りつぶして、上田は胸の奥から湧き上がって来る黒い感情に蓋をした。

764Evie ◆XksB4AwhxU:2015/05/06(水) 18:43:40
後から誤字に気づくことほど辛いことはありません。
最初の投下で短編と書きましたが、予想以上に長くなりそうです。

『We fake myself can't run away from there-4-』
_____________________________

上田と別れて、どうやって家に帰ったのか覚えていない。
石化が解けた後、心配する上田を突き放して、なんとか家にたどり着く。
風呂にも入らず汚れた服のままベッドに倒れ込むと、泥のように眠る。
時間の感覚も定かではなく、次に気がついた時はもう夕方だった。

ピリリリリ……

遠くから聞こえる軽快な着信音に、顎を枕につけたまま、手探りでベッド脇の子機を取って出る。
「もしもし?」
「土田です。昨夜はずいぶんやんちゃしてくれましたね」
「____!!」

狙いすましたかのような電話。冷ややかな声に、眠っていた頭が一気に覚醒した。
有田は受話器を落とすと、部屋中をひっくり返す。ベッドの下、タンスの裏側、窓のサッシに至るまで。

「……どこにっ…」

昨日着ていたジャケットを洗濯かごからひっぱり出して、襟ぐりや裏地を確認する。
そんな彼の背後に、すうっと誰かが現れる気配。
「盗聴器なんていりませんよ。黒ユニットには俺がいますから」
振り返ると、緑色のゲートにもたれかかって、土田が腕組みしていた。
「おかげでこちらの計画が台無しです」
「……反省はしてる」
「スマイリーを黙らせれば、一週間は白に知られずに動けたんですよ」
「……言葉もねえよ」

力なく項垂れ、ベッドに座り込んだ有田の肩にそっと土田の手が置かれる。
「とにかく、勝手にシナリオを狂わせた責任はとってもらいますよ」
何かしらのペナルティは予想していたが、土田の口から出たのは思っていたより軽いものだった。

「責任をもって、松本ハウスをこちらへ連れてきてください」

一瞬、頭がフリーズする。
「…は?そんだけ?」
「なにか不満でもあるんですか」
「い、いや……」
肩に置かれた手にぎり、と力がこもる。
「上のほうが、今回だけは見逃すことにしたんですよ。あの二人の石は結構使えますしね。
 ほら、バイトだって研修期間中はミスしても大目に見てもらえるでしょう。
 ただし、自分でやると決めた仕事は最後まで投げ出さない。
 これ、社会の常識ですよね」
「ま、まあそうだけどよ…」
「途中で他の白メンバーをねがえ
なんだか腑に落ちない。
目的のためなら法に触れることすら厭わない黒の口から『常識』なんて単語が出た所為か。
「どうしても無理そうなら、これを」
有田の手に、黒い細片が詰まった小瓶が落とされた。
フタを開けてその一片をしげしげと眺める。
「なんだこれ」
「それは、黒の欠片。
 言ってみれば、黒ユニットのメンバーだけが使えるドーピング剤といったところですか」
「石の能力をアップさせるってことか?」
「そうです。たとえば発動時間が延びたり、攻撃力が上がったり。
 対価の量は変わりませんけど、戦闘にはかなり役立ちますよ。
 喉に押しこめばゼリー状に溶けますけど、気持ち悪いようでしたら水で流し込んでもオッケーです」
「……じゃあ、ありがたく使わせてもらうぜ」
「どうぞ。切れたらまた差し上げます」
小瓶をサイドテーブルに置いて、帰ろうとする土田に声をかける。
「なあ。さっきのあれ、黒の幹部からの命令か?」
「ええ。俺はただの伝達係ですから」
「……本当に?」
有田はじっと、土田の澄み切った眼球に映る自分を見つめた。
「はい」
短く返事をすると、土田は壁に作ったゲートの向こう側に消える。
シュウ…と渦を巻き、赤色のゲートが消えてただの壁に戻っていく。
テーブルの上の小瓶の中で、欠片がかすかに光ったような気がした。

765名無しさん:2015/05/06(水) 18:44:38
【現在】

「こえー……土田さんこええ!!」
「それで?それでどうなったんですか!?」
ムンクの叫びのごとく頬をこけさせて怯える鍛冶の隣で、わくわくしているのを抑えきれない表情で先を促す木村。
まるで昭和の紙芝居に群がる子供のような仕草に、思わず顔をほころばせそうになって、止める。
笑いながら出来るような軽い話ではない。
「どうもこうも、次の日から追っかけ回したよ。
 ボロ負けしたまんまじゃプライドが許さねえし……黒からどんなペナルティ喰らうかも怖かった。
 命令無視ったり、任務に失敗したノーナシの末路は加入初日の時点で問わず語りに教わったしな。
 あ、知らねえほうがいいぞ。マジでトラウマもんだから」
信号が青に変わった。
ここを渡りきれば目的地のビルは目の前だ。
雑踏にまぎれて横断歩道を渡る。
「ちょ、ちょっと待って……一旦休んできません?」
「おい、だらしねえぞ木村。ビルはすぐそこじゃねえか」
「今うちの事務所エレベーター故障してて……」
「……しょうがねえなあ…じゃあそこでちょっと休んでくか」
街路樹近くのベンチによっこらせ、と腰を下ろす。
思っていたより疲れていたのか、ゆるやかな痺れが足を駆け上った。
「ただ……たが同期のコンビに、黒の命令とはいえあんだけ執着してたのは何でなんだろうな。
 悔しいとか怖えとか、そういうの以外に……」
「寂しかった、とか?」
隣に座る鍛冶が、上田の顔をじっと見つめて言った。
「……そうだな……あいつらもそうだったんなら、嬉しいな」

【過去】

「ぐッ……」
地面を味わうのはこれで何度目だろうか。
コンクリートに顔から倒れこんだ有田に、松本はため息をついた。
「お前らもよう飽きないな……毎日毎日男のケツ追っかけ回して何が楽しいねん」
「くそ……もっかいだ!」
ポケットから小瓶を取り出し、残り少ない黒の欠片を全部喉へ流し込む。
「う、ぐっ……っ、ぅ……」
舌の上でどろりと溶けて食道を落ちていく感触は、いつまで経っても慣れる気がしない。
有田は口元を袖口で拭うと、立ち上がった。
体の奥底から気力が満ちてくるようだ。黄鉄鉱も喜びの凱歌を上げるように鼓動している。
マスケット銃を肩口に乗せると、松本に狙いを定める。

「(……加賀谷の動きについてけんから、俺を倒そうってハラか……
  ほんま、学習能力ないなこいつ。鼻の骨折ったろか?)」

松本は素早く腕時計を確認する。
規則正しく時を刻む秒針に、悪役めいた笑いがこぼれる。
石が戦いを求めるのか、それとも何度追い払っても喰らいついてくる有田のせいか。
「(……俺は、こいつを叩き潰すのが楽しくなってきてる?)」
松本は頭を振って、目の前の敵に意識を集中させた。

「(俺の石はワンちゃんとセットや。ワンちゃんの体力が尽きたらほぼ使えんに等しい…
  発動時間は10分と少し。全力で動けるのはせいぜいあと5分)」

開きっぱなしの手を、ぐっと握りしめた。
柄にもなく緊張しているのか、汗が滴り落ちる。
「お、やる気になったみてえだな。いいぜ、そうじゃねえと面白くねえ」
「その強がりがずっと続けばええけどな」
あの夜、公園で決別した時から続く皮肉の応酬。
それを遮ったのは、有田のマスケット銃から放たれた銃声だった。
「チッ!」
横に跳んで避けると、有田が舌打ちする。
扱いが難しいモーニングスターの代わりに使うようにしたこのマスケット銃は、構造が単純で、大量に召喚できるわりに対価も軽い。
その代わり命中率は非常に低く、連射も難しい。
おまけに石の副作用で総鉄製になったマスケット銃は、死ぬほど重い。
「……つッ……」
反動が手首にかかり、思わず銃砲をとり落とす。
武器を失った有田の懐に、加賀谷が突っ込んでくる。
絶対不利のはずの有田は、二人には見えないように俯いたまま、薄く笑った。

766名無しさん:2015/05/06(水) 18:46:04
しぱっと鮮血が飛び散る。
ギリギリで回避したおかげで深くは傷つかなかったが、それでも加賀谷の動きを一瞬止めるには十分で。
有田の手には、本物よりずっと小さなダガーナイフがあった。
「わりいな、店で買うとシャレにならねえからよ」
足を切り裂かれた加賀谷を、糸を引いて自分のそばまで退却させて、松本も笑う。
笑いながら、次の一手を繰り出すために大きく踏み出し……彼の動きは止まった。

「……え?」

鼻孔から顎をつたう、生暖かい感触。
松本の表情が驚きの色を示す。恐る恐る手で顔を拭う。手のひらにべっとりとついた真っ赤な血。
「なん……や、こんなん、今まで……」
未知の出来事に混乱して、言葉が形にならない。
立ち上がりかけた有田も見えていないようで、後から後から溢れてくる鼻血を、必死に拭う。
「なんで、止まらん……止まれ、止まれ!」
やがて、ふっと糸が切れるように、松本の体が前のめりに倒れた。
同時に指に繋がっていた操りの糸が解けて、加賀谷が意識を取り戻す。
「キックさん!?」
倒れている相方に駆け寄ろうとして、体が動かないのを思い出した加賀谷が歯噛みする。
無力になった二人のポケットを、上田が探った。硬い感触に、そっと手を出して目的のものを確認する。
赤と黒の瑪瑙を指で握りこんで、見せつけるように加賀谷の眼前にかざす。
「もう一度聞こうか。
 俺たちと一緒に黒に来るか、それともここで人生終わるか?」
ぎり、と石に上田の指がかかる。冗談でないことは目を見ればすぐに分かった。
加賀谷は悔しそうに上田を見上げて叫んだ。

「黒に行くなら、死んだほうがマシです!!」

上田は興が醒めたというように頬を引き攣らせた。
その時、聞き覚えのあるけたたましい声が路地裏に響き渡る。
「キャー!デブに達する5キロ前!!」
同時に、海砂利の二人にずしっと重い衝撃がかかる。
例えるなら、体に重い鎧をまとったようだ。地面に倒れ、解けた上田の手から、石だけが鮮やかな手つきで抜きとられる。
「おっと、動くな……
 お前ら今、体重90キロくらいになってもうとるからな。負荷がかかって骨折れても知らんぞ」
得意気にふふんと鼻先で笑った男の姿が、月光に照らし出されてあらわになった。
「間に合ってよかったわあ、なあ西尾」
「ほんまにな。海砂利の行き先教えてくれた後輩に感謝感謝やわ」
背後から、相方.嵯峨根もひょっこり姿を現す。
有田はぎり、と奥歯を噛み締めた。
白ユニットの切り込み隊長としても知られるX-GUNの二人。何故かいつもいいところで現れては邪魔をしてくれる。
この前完膚なきまでに叩き潰してやったばかりだというのに、今日もまた懲りずに自分たちを追ってきたらしい。

767Evie ◆XksB4AwhxU:2015/05/06(水) 22:41:14
「(また……?)」

西尾は加賀谷を背負うと、自分に続くよう促す。
しゃがみこんで松本の腕をとった嵯峨根の手が、小刻みに震えているのを有田は見逃さなかった。
「あれ、嵯峨根さん……もしかして俺たちが怖いんですか?」
「____ッ」
その一言に、嵯峨根は分かりやすく肩をびくつかせる。
図星だったことに内心ほくそ笑みながら、有田は続ける。このまま行かせてしまうのは悔しかった。
「この前折ってあげた腕、きれいに治ってますけど……まだ痛みます?
 さっきも西尾さんにだけ石使わせて、自分は後ろに隠れてましたよね。
 また痛い目に遭うのが怖いんですか?」
「おい有田、ええ加減黙れ!!」
西尾の怒声にもひるまず、じっと嵯峨根の表情を伺う。
嵯峨根はしばらく青ざめた顔で目を泳がせていたが、やがてのろのろと松本を背負って西尾に続いた。
「……お前らがどんなに黒で上に行こうが、忘れようが……お前らのしたことはお前らに帰るんやで。絶対にな」
「へー、そりゃ楽しみですね」
話しても無駄だと悟ったのか、西尾はくるりと背を向けた。
「……嵯峨根、行こか」
嵯峨根が頷くと、それきり二人は振り返らずに歩いて行く。
その姿が路地の向こう側に消えると、ようやく能力が解けて体が軽くなった。
「……っぶ、はっ!……くそ、首痛え……」
「おい、有田」
隣で固まった肩の関節を回しながら、上田が聞く。
心なしか眉間にしわがより、怒ったような表情。
「なんであんな挑発するような真似…」
「別にいいだろ?借りを返すとか言うけど、どうせ口だけなんだし。
 嵯峨根さん、トラウマで石使えなくなってんのかもなあ」
ケタケタ笑う有田の目を見て、上田は絶句する。
まるで空洞のように無機質な瞳は、黒に入る前は見たことのない目だった。
「なーにビビってんだよ。
 お前にゃ何もしねえって、相方なんだからよ」
有田は立ち上がり、ズボンについた土埃を払い落とした。
「ほら、帰ろうぜ…とと、わりいな。対価の支払が始まったみてえだ」
上田を立ち上がらせようと出された右手は、肘から先が石になっていた。
代わりに差し出された左手と、有田の顔を見比べる。
迷った末、上田はその手をとらずに立ち上がり、隣に続いた。

768Evie ◆XksB4AwhxU:2015/05/06(水) 22:42:12

【現在】

「おう…また新たな登場人物が……」
「鍛冶、ちゃんとついてこれてるか?」
頭を抑えてくらくらする鍛冶。
上田のポケットの中のスマホがかすかに震えた。取り出すと、さっきメールで呼び出した有田が「今行く!」と
タクシーの絵文字つきで返事を送ってきていた。
「有田さんまで呼んだんですか?…なんか、すいません」
木村がスマホの画面を覗きこんで、申し訳無さそうに眉をよせる。
「あー、いいんだ。あいつどうせ今日暇だし。
 別にお前らの石を捨ててもいいんだけどよ、野良石にするには結構危ねえだろ?有田の意見も聞こうと思って」
「あ、そういや俺ら顔パスで入れますけど…上田さん大丈夫ですかね」
木村が入り口の警備員室を指さす。
まさかこの有名司会者の名前を知らないはずはなかろうが、一応窓口から身を乗り出して名乗った。
「くりぃむしちゅ〜の上田だ。ちょっと用があるんだが、いいか?」
警備員はぼんやりと宙を見つめて、「どうぞ」と入り口を指し示した。
「なんだあいつ、ぼんやりしやがって……時給泥棒じゃねえか」
「まあまあ、たぶん疲れてるんですよ」
鍛冶がなだめるが、気が収まらない。帰り際に、勤務態度について説教してやろうと心に誓う。
エレベーターのボタンには『故障中』のはりがみがあった。
空いている会議室を使って今後の相談をすることにして、階段をのぼる。
二階に上がる踊り場で、隣の鍛冶が急に震え始めた。後ろを歩く相方に振り向いた。
歯がガチガチ鳴っている。
「木村、なんか……寒くない?」
「……確かに、寒いな……急にひんやりしてきたというか……」
一段のぼるごとに、ぴりぴりと刺すような痛みが肌に伝わる。上田は階段の先を見上げて唇を噛んだ。
「こりゃ冷気じゃねえ、殺気だ。
 気をつけろ……上に石持ちがいるぞ」
「え?」
聞き返してきた鍛冶を押しのけて、一気に二階へ駆け上がる。
廊下へと続くドアを開け放つと、思わず耳をふさぎたくなるような鋭い音と共に、上田のすぐ近くの壁に穴が空いた。
命中していたら間違いなく耳たぶが吹っ飛んでいただろう。
「あっれ……外しちゃったかあ」
「だらしねえな、次俺にやらしとけよ」
たった今の殺人未遂に罪の意識はないのか、淡々と話し合う二人の若い男。
最近の若者らしいラフな服装に不釣り合いな、体の半分ほどもある大剣をたずさえ、気味の悪い笑みを浮かべている。
「話には聞いたことがある……あの石、黒が下っ端どもに持たせてる量産型の石だ」
「石?でもあれ……」
「石そのもののパワーが弱えからな、あの通り石との適合率が低いやつでも使える。
 ただ……」
上田はそこで言葉を濁した。
木村はその先を聞くのを後回しにして、自分の石を取り出す。
「さくらんぼブービーのお二人さあん、
 その石いらないんなら、俺たちにくれません?」
背の高い方が、剣の切っ先をこちらへ向けて呼びかけた。
喫茶店で話を聞いていて先回りしたのか、どうやら解散することまで知っているらしい。
「タダで黒に石渡すぐらいなら、ジュエリーショップに売ってやるよ。なあ鍛冶」
「うん!」
「……てわけで、とっととそこどいてくんねえ?」
上田が言葉を繋ぐと、若手の二人は明らかに苛立ったようで、大剣を振りかぶり走ってきた。
「……カッコいい台詞言った後でなんだけど、後お前らに任すわ」
「了解です、これがラストになればいいんですけどね……あれ、鍛冶くんじゃない?」
「うん!!」
発動のための言霊に、元気よく鍛冶が手を挙げる。
一歩下がった上田に背を向けて飛び込んでいく姿に、過去の相方が重なった。

769名無しさん:2015/05/07(木) 12:30:57
×-GUNキター!なんかここからいろいろ膨らませられそうで面白くなってきましたね
あと当方の案の熔練水晶も出てきたようで…
嵯峨根のトラウマってのも気になるなあ

770名無しさん:2015/05/08(金) 16:34:36
あと底ぬけAIR-LINEやBOOMERがいたらどんな能力だったのか
ちょっと気になる今日この頃…

771名無しさん:2015/05/08(金) 19:21:13
>>649のボキャブラ話のサブタイトル、大体はわかったんだけど
二つ目の「いくら縁起が良くたって〜」がどの芸人なのかわからない
わかる人いたら教えてください

772名無しさん:2015/05/08(金) 22:52:00
>>771
スマイリーキクチとかかなあ?
キャブラー一覧はここにあるけど

ttp://www5d.biglobe.ne.jp/~anken/owarai/voca/cabu/index.html

773名無しさん:2015/05/11(月) 00:29:12
>>772
キャブラー一覧ありがとう。参考になりました。
一覧を見た結果自分が思いついたのはTIMです。
・縁起が良い→「祝」という持ちギャグがある
・長い名前は困る→「TIM」というコンビ名は「タイムイズマネー」の略
ということで。

>>649の書き手さんもう来ないのかな。このボキャブラ短編もすごく読みたい。

774名無しさん:2015/05/11(月) 05:29:17
>>771

海砂利水魚ではないでしょうか

ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AF%BF%E9%99%90%E7%84%A1

生まれた子どもの名前に縁起のいい言葉をいくつも紹介され、
どれにするか迷って全部付けた結果、非常に長くなってしまった名前の一部に
『海砂利水魚』が含まれています

775771:2015/05/11(月) 11:12:50
>>774
海砂利水魚か!
納得です。どうもありがとうございます。
>>772さんもありがとうございました。

776Evie ◆XksB4AwhxU:2015/05/20(水) 18:14:31

『We fake myself,can't run away from there-5-』
________________

【過去】

芸能界は、時間厳守だ。
収録に遅れた不届き者にはドッキリを仕掛け、トロいスタッフには鉄拳制裁が下る。
いっそ寝起きで遅刻というならこちらも楽なのだが、石がらみというと、そうも行かず。

「……テメエらの事情を、100文字以内で簡潔に説明しやがれ」

太田光は、こめかみにぴくぴくと青筋をたてた。
「キックさんが起きないんです!昨日海砂利と戦ってる最中に、いきなり石とのリンクが切れて……
 いつもなら僕が動けるようになったら起きるのに、もう丸1日寝っぱなしなんです……」
加賀谷は話しながらも鼻をすすって、下を向いた。
嵯峨根がよしよしと背中をさすってやると、相方にしがみついておーんと声を上げて泣き出す。

「対価が石の使用量を上回ってる……てことか?
 お前らの石は共鳴してるから、対価の量も2人で均等なはずだよな」
田中は屈んで、布団に仰向けに寝かされた松本の耳元で、小道具のタンバリンを打ち鳴らした。
普通なら身じろぐところだが、死体のように眠った松本は眉ひとつ動かさず、規則的な寝息をたてている。
「加賀谷、お前最後にオフ貰ったのいつだ?」
「え?そ、それなんか関係あるんですか?」
「いいから答えろ。いつだ?」
「えーと、たしか一ヶ月ぐらい前……ですかね。一日まるまる貰ったのは」
田中はしばらく考えて、合点がいったように手を叩いた。
「お前らの石は体力系だろ?加賀谷の体力が削れてる分、対価のバランスが松本に傾いてるとしか思えねえ。
 まあ、石のことなんてほとんど未知の世界だし、ただの予想だけどな」
隣で寝ていた西尾も、その言葉に同意する。
「俺らかて、何や知らんけど2、3日石が使えんようになるとかありますし。
 息しとるんやったら心配はいらん言うとるのに、
 加賀谷がこのとおりで……嵯峨根、もっと上!」
「ここか?」
「ちゃう、もっと右!あー、ちょいずれた!もう1、2cmくらい左!」
うるさく注文をつける相方に、嵯峨根はムッとした顔でサロンパスの封を破る。
うつぶせた西尾の背中に乱暴に叩きつけ、ぷいっとそっぽを向いた。
「タクシー捕まえてもらったんですけど、僕アタマがこんがらがっちゃって、
道案内できなくて……結局、昨日は局に泊まったんです」
「あー、たしかにテレビ局なら安全だし、寝床も風呂もあるしな」
田中は納得したように、4人分の布団と食べかけのコンビニ弁当を見た。
しかし、事情を呑みこんだはずの太田は、バンッとテーブルに手をついて4人を睨みつける。
怒りをこめた視線に間近で射抜かれるだけで、西尾は怯えた犬のように目をぱちぱちさせた。

777Evie ◆XksB4AwhxU:2015/05/20(水) 18:15:54
「なんでお前らだけで勝手に動いた?」
「そ、それは……白は、黒に比べて統率がとれてないというか……」
助けて!と隣の嵯峨根に目で訴えるが、太田の追求は止まらない。
「白をまとめるのはお前らの石にしかできねえって、言ったはずだよな?
 この有り様はなんだ?」
「で、でも今回はなんとか無事で戻れたんですし……」
「たまたまだ、バカ!安全かどうかは俺が決めんだよ!!」

ひとしきり怒鳴った太田は、気持ちを落ち着かせるために深く息を吐くと、加賀谷を手招きした。
「とりあえず、お前らの出番は最後に回してもらうから安心しとけ」
「えっ……そ、そんなの」
「いーって、全然大変じゃねえしよ。そん時になっても松本が寝こけてたら、俺らで即興の大喜利でもやるわ」
「でも……」
「オメーに心配されるほど落ちぶれちゃいねえよ、いいからついててやれ」
田中を促し楽屋を出て行く太田の背中に、加賀谷は深々と頭を下げる。
「……よう言うわ、闘わんと見とるだけのくせに」
ぽつりと呟いた嵯峨根の軽い恨み言は、誰の耳にも届かず消えた。


【現在】

信号が青に変わると、有田は弾かれるように飛び出した。
すれ違う通行人がぶつからないように体を避けながら、何事かと走り去る背中を見やる。
新宿駅前まではタクシーを使ったが、運悪く渋滞に捕まってしまったので、四谷までマラソンをする羽目になった。
アキレス腱にぐっと力を込めて地面を蹴る。
ポケットからケータイをとりだして、耳に当てた。
何度か繰り返されたコールが途切れて、機械的な音声が流れる。
『おかけになった番号は、電波のつながらないところにあるか、電源が入っていない……』
「くそっ!」
ケータイをしまって、歩道橋を一気に駆け上がる。信号待ちの時間すらもどかしい。
新宿で電波が繋がらないなんてあるか。上田だってプロだ。電源を切るなんてもっとありえない。

『すまん、全部話しちまった。四谷で待ってる』

自宅でテレビを観ていた時に届いた上田からのメール。簡潔な文面だったが、
寝起きでぼんやりしていた頭を目覚めさせるには十分で。
「あーもう、めんどくせえ!」
信号待ちの時間ももどかしい。歩道橋を駆け上り、四谷交差点を目指す。
人ごみをかき分けて走るうち、目的のビルが見えてきた。システムキッチンの赤い看板が目印の、薄い茶色のビル。
エントランスに駆け込むと、荒い呼吸も整わないまま、エレベーターに向かう。
「……お?」
よく見ると『故障中』の貼り紙があった。が、ふと予感がして貼り紙をはがし、下のボタンを押す。
エレベーターはのろのろと7階から1階まで下りてくる。
「なんだよ、壊れてねえじゃん」
上田は何階にいるのか?はやる気持ちが有田に足踏みをさせた。

778Evie ◆XksB4AwhxU:2015/05/20(水) 18:17:29
その時、上の階からガラスが割れるような音がした。続いて短い悲鳴と、聞き覚えのある怒声が鼓膜を震わせる。
「上田!?」
すぐさま身を翻して階段を駆けあがる。目的の人物が闘っているのが何階かまでは分からない。
ドアをひとつひとつ開けて上田を探す。
2階の廊下に、点々と血の痕が続いていた。丸い形にえぐれた壁を見る。次に屈みこんで、大きくへこんだ床を指でなぞる。
「こりゃ、熔錬水晶の使い手とやりあったな……あの二人の敵じゃねえだろうが、
 問題はパワー負けした時……か」
熔錬水晶には黒い欠片が混ぜこまれている。過去に自身が何度も服用したおかげで覚えているが、
黒い欠片で強化された石は、持ち主の意に関係なく凄まじいパワーを発揮する。
ノーマルなさくらんぼブービーの石で太刀打ちできるかどうか。
「鍛冶の体力次第だが……上の階に逃げて時間稼ぎしてるくさいな」
有田は下唇を舐めると、それを辿って矢のように走る。
「いでっ!!」
慌てたせいで、足がもつれてすっ転んだ。
走り続けたせいで心臓が痛い。呼吸が苦しい。口の中が乾いてのどが痛い。
それでも立ち上がり、壁に手をついて進む。上からは、まだ何かが爆ぜる音、人の言い争う声が聞こえてくる。
「……こりゃ、報いか?」
そう、前もこうやって、息を切らして走ったことがあった。ただ、あの時は追われる立場だったが。
「……因果だよなあ……俺たちって」

【過去】

「これ、お願いします」
U-turn.対馬は物陰に有田をひっぱりこむと、素早く何かを握らせた。
「絶対に黒のメンバーには渡さないでください俺は先に行きますから」
「え?お、おい!」
慌てて引き止めたが、対馬は振り返らず去って行き、スタッフにまぎれた。
「なんだってんだ、一体……」
対馬が渡した包みは、ハンカチで丁寧にくるまれていた。指に硬い感触がつたわる。
結び目を開くと、透きとおった中に虹色の光が揺れる石が入っていた。
間違いなく、対馬のレインボークォーツだ。
「おい、対馬はなんだって?」
様子を伺っていたらしい上田が、後ろから覗きこんでくる。
「あいつ何考えてんだ?石を手放すなんて出たとこ勝負、あいつらしくもねえ」
今回ばかりはその意見に全面賛成だ。
同封されていた手紙を開くと、見覚えのある筆跡が踊っていた。
『突然、石を押しつけられてご迷惑でしょう、すみません。
 ですが、もうこれしか方法が思いつきません。
 俺は自分の中に残る正義感に従おうと思います。
 同じように迷っているお二人に、俺の石を預けます。
 黒は俺の石を……』
そこで筆跡は途切れていた。慌てて書いたらしく、この文面からは対馬の目的が読めない。

779Evie ◆XksB4AwhxU:2015/05/20(水) 18:19:18
「……なんなんだ、一体……」
ため息をついたところで、コンコン…と控えめに楽屋のドアがノックされた。
とっさに石を包み直し、脱ぎ捨てていたジャケットのポケットに突っ込む。やがてドアノブが回され、一人の男が姿を現す。
「……土田、どうした?本番前に」
土田はいつもどおりの無表情で、どこか疲れたような顔をしていた。
「いえね、対馬の姿が見えないんで、どっかの楽屋に遊びに行ってるのと思いまして。
 今スタッフ全員で探しまわってるとこなんです」
ああ、さっき会ったぞ…と言いかけて、対馬の言葉を思い出す。

『__黒のメンバーには渡さないでください__』

有田はごく、と唾液を呑みこんだ。
ここで正直に石を渡せば終わる。まだ対馬が黒を裏切ったと決まってるわけじゃない。
さすがの土田も、相方をどうにかしようとは思わないだろう……いや、あの土田のことだ、何をするか分かったもんじゃない。
大体、なんで俺に渡したんだあいつ、何考えてんだ?頭の中を、ぐるぐる回る思考。
数秒か、もっと長く感じた時間が過ぎた後、有田は口をゆっくりと開いた。

「わりい、見てねえわ」
「……そうですか。見つけたら知らせてください」
土田が出て行ったドアに耳をくっつけて、足音が遠ざかるのを確認して、ようやく肩から力が抜けた。
急いでジャケットを着直すと、対馬の番号を呼び出してかける。
「……だめだ、あいつ電源切ってやがる」
「ややこしいことになる前に、石返してなかったことにすればいいんじゃねえのか?
 まずは対馬を探して__」
笑いながら振り返った上田の顔が、みるみる青くなった。
歯をガチガチ鳴らしながら、有田の背後を指さして叫ぶ。
「後ろだ!」
体を左に傾けると、緑色のゲートから伸びてきた腕が空を切る。
「走れ、速く!」
突然の出来事に、腰が抜けてしまった有田の手を引いて、上田が走る。
二人の足音が遠ざかると、誰もいなくなった楽屋には、
ゲートから半分体を出した土田だけが残された。
「……一体、どこまでシナリオを狂わせれば気が済むのか」
ふっと口元をゆるめて、実に楽しそうな笑みを浮かべる。
「本当に、難儀な人たちだ……」
石を握り締めると、空中に生まれた赤いゲートに、頭からゆっくりと呑みこまれていった。

780名無しさん:2015/05/21(木) 19:45:21
なんかいよいよ核心に迫ってきた感じ…
「白をまとめられるのはお前らの石だけ」というセリフがそれとなく
未来(本編の現在軸)を暗示してるのがいいなあと思いました
×-GUNの石がスピワに受け継がれるという点を踏まえてという…

781名無しさん:2015/05/25(月) 19:59:00
そういやこの時期、爆笑問題は白寄りだったって事かな?
本編の現在軸で中立にいるのは、白をまとめるはずの×-GUNが頼りなかったから
という可能性も出てきた?
彼らは石とのシンクロ率が低めで充分力を使いこなせない事も知ってるのかな?
それが、現在軸において石の力をより引き出せるスピワを見た事でどう変わるのか、
みたいなのも描けそうな感じ…

782Evie ◆XksB4AwhxU:2015/06/06(土) 15:45:33
『We fake myself,can't run away from there-6-』
___________________________

いつの間にか降りだした雨が、二人の肩を濡らしている。
髪からは雫が滴り、舞台衣装のスーツは水を吸って鎧のように重い。ここ一週間で最も憂鬱な気分だ。
おまけに、目の前にとても一般人とは思えない殺気をまとった後輩芸人が立っているとしたら。
これ以上気が沈む事なんてあるのだろうか。

「対馬はどこに?あいつの目的は?レインボークォーツを渡す気は?黒を裏切った理由は?」

土田は指を一本ずつ折り曲げて、矢継ぎ早に質問をぶつけた。
こちらに思考する暇を与えないことで追いつめる、尋問の常套手段だ。
「知らない。聞いてない。渡す気はない。それと、最後は俺らにも分かんねえ」
「……分からない?」
「ただ、対馬のおかげで謎がひとつ解けた。
 ……俺たち、やっぱり悪役、向いてないみたいだ」
にへら、と笑った有田。人間には、笑顔の相手を攻撃できないという本能があるなんて言った戦場カメラマンがいたが、
この光景を見たら速攻で撤回するに違いない。土田の殺気は大きく膨れ上がり、街路樹の葉や地面、ベンチに至るまで
殺気にあてられて震えているようだ。気づくと、上田の口はからからに乾いていた。頬を冷や汗が滴り落ちる。
土田に気圧されて一歩、また一歩と後ずさるが、有田はそれにも負けずに土田をまっすぐ見つめている。
「それくらいにしておきませんか。……俺にもあまり時間はない」
土田は喉元に巻いていたマフラーの結び目に指をかけ、するりと外した。
「……だな」
有田も頷き、ベルトに差し込んでいた拳銃を抜き出す。
ガラスで出来ているのか、透明な中に脆くも美しいプリズムを内包した、小ぶりの拳銃。
銃口を向けられた土田は、臆さずゆっくりと口を開いた。上田がとっさに耳を塞ぎしゃがみ込むのと同時に、
引き金に指がかかる。

783Evie ◆XksB4AwhxU:2015/06/06(土) 15:46:11
「“あなたにそんな権利があるとでも?”」

弾丸が放たれるのと同時に、土田の唇が言葉を紡いだ。言霊は見えない矢となって、有田の胸を貫く。
軌道はわずかに逸れて、土田の頬をかすめるに留まった。上田は恐る恐る手を外し、立ち上がる。

「“あなた方は、その石で何人を傷つけたか覚えていますか?
  その手からこぼれ落ちたものは、もう二度と還っては来ませんよ”」
低く、地を這うような声。再び、見えない矢が有田の心臓を突き抜ける。
有田は漫画であればビクリ、と擬音がつきそうなほど、大げさに動揺した。
額からは次から次へと汗がこぼれ落ち、心臓はうるさいくらいに脈打っている。
引き金にかかった人差し指は、糸でからめとられたように動かない。
「お、おい有田……何やってんだよ、さっさと攻撃しねえと……」
「分かってる!……でも、動けねえんだよ!」
手はカタカタと震えて、照準が合わない。
土田の真っ赤なマフラーがパサ、と地面に落ちる。まるで血が滴り落ちるような錯覚。
有田は目を見開いたまま、ゆっくりと歩みよってくる土田を凝視するしかない。
 「“たとえば、そうですね……X-GUNの二人はどうでしょう?一生消えない傷を刻みつけた相手を、
  反省したからといって、笑顔で許してくれるでしょうか?恩を仇で返した爆笑問題は?
  生放送中に襲われた成子坂は?まだまだ沢山いますよね……あなた方が傷めつけた人は”」
土田は、ぞっとするような笑みを口元に浮かべて言霊を放つ。そのたびに言葉は鎖のように、有田をじわじわと締めつけていく。
いつの間にか、土田の顔がすぐ目の前に迫っていた。

「“あなた達は、許されない。どれだけ償おうが、絶対に”」

ぐるりと目の前の景色が暗転する。
自分は、いつの間にか暗い水の中に沈んでいた。上も下も分からない。有田の意志に反して、体はどんどん沈んでいく。
ばたつかせた足を、誰かが掴んだ。頭から血を流した嵯峨根が、憎しみのこもった上目遣いで睨みつけている。
『……嫌だ、やめろ!』
もがく体に無数の手が絡みつき、引きずりこもうとする。その手の持ち主は皆、自分たちが傷つけた芸人たちで。
口々に二人を罵りながら、有田の体に爪を立てる。
『離せ!』
コポ、と口から水泡が浮かんでは消えていく。もがけばもがくほど、手の力は強くなっていく。
苦しい。息ができない。冷たい。怖い。嫌だ。頭の中を支配する暗い感情。
『有田!』
混沌の中で、誰かの声がした。唯一自由なままの右手を、精一杯伸ばす。
『こっちだ、有田!』
その手を、次々に誰かが掴んだ。温かい、知っている手だった。その手が、有田をぐいっと引き上げる。
体に絡みついていた手が、一人、また一人と離れていった。体が急浮上する感覚に、ぎゅっと閉じていた目を開く。
仄暗い水の底から、光が指す方へ向かって、有田の体はぐんぐん引っ張られていった。

784Evie ◆XksB4AwhxU:2015/06/06(土) 15:47:03
「有田!しっかりしろ、有田ぁ……!」

体にまとわりついていた不愉快な感覚が消えて、明転。
背中に硬い感触があった。ややあって、それがアスファルトだと思い出す。
薄く目を開くと、泣きそうな顔で自分を覗きこむ上田が視界いっぱいに広がる。
「……さっきの、手」
無意識に握りしめていたらしい右手の拳を、そっと開く。
「お前らだったのか」
上田の肩を借りて立ち上がる。ものすごい量の悪意を叩きこまれた所為で、まだ頭がぐらぐらして、まともに歩けない。
右肩をおさえて膝をつく土田の前に、誰かがいた。
「……やって、くれましたね……あなた達はっ……もう、闘えないと……思ってましたよ……」
ぱっくり裂けた右腕から、鮮血がぽたぽたと滴り落ちる。
土田の皮膚を噛みちぎった張本人は、カチカチと歯を鳴らして唸り声を上げた。
四つん這いになった加賀谷の背中に足を組んで座る男は、首に繋がった糸を引いて黙らせて、
後ろに立つ海砂利を指さした。

「別に、こいつらがどないなっても俺は一向に構わんのやけど……西尾さんには恩があるしな。
 ……ええ加減、このうっとい派閥争いにも、終了のゴングを鳴らしたらなあかん。
 対馬がそのきっかけになるんやったら、大歓迎や」
「“松本さん。あなたも、自分の弱さを……”」
「お前の言霊が、誰にでも通じる思うたら大間違いやで」

土田は詠唱を一旦停止して、ぐっと口を噤む。
松本の言うとおり、土田の石のもう一つの能力は、元々精神面が強い人間には効果が薄い。
故に、石の闘いで何度も修羅場をくぐり抜けた芸人や、辛い下積みに耐えた芸人には、使用を控えてきた。
「(……さて、松本さんのSAN値はどれくらいか。
  格闘技やってたらしいからな。やはり、ゲートを使って地道に追いつめるのが一番か。
  あの二人の石には、時間制限がある。そこまで耐えれば俺の勝ちだ)」
土田は一瞬でそこまで思考すると、落としていたマフラーをもう一度巻き直し、対価で声を失った喉を保護する。

「……お前らとダブルス組むのも久しぶりだな。足引っぱんじゃねえぞ」
有田も松本の隣に立つと、手の中の拳銃を霧散させる。手のひらには、くすんだ黄鉄鉱だけが残った。
右手から肩にかけて、急激に重みがかかる。見ると、肩から先が石に変わっていた。
「それはこっちの台詞や。お前がバテたら盾にしたるからな。
 安心せえ、もし死んでも墓にはちゃんと座布団も供えて、
 “松本ハウスに全敗の男、ここに眠る”って刻んだるわ。
 たしか……316戦316勝やったか?」
「数えてたのかよ!お前意外と陰湿だな……」
「わざわざ仕事終わりに襲ってくるお前らほどやないわ」
お互い憎まれ口を叩きながらも、軽く拳を合わせる。
上田は邪魔にならないよう、そっと後ろに下がって「頑張れ」と親指を立てる。
「“サブマシンガンは小さくて軽いせいで、相手を殺すのには向かないけど、
 おかげで警察の銃撃戦では大活躍だよ!”でお馴染み、
 海砂利水魚です!」
口上が終わると、手のひらの黄鉄鉱が、ぱあっと金色の光を放つ。
光は少しずつ形を成して、やがて現れたのは、薬師○ひろ子の映画でお馴染みのM3グリースガン。
……ただし、有田の体には不釣り合いなほど、巨大なサイズで。
「なんじゃこりゃあ!」
思わず某刑事の殉職シーンのような台詞を叫んでしまった有田を、
隣の松本も、指輪をはめ直していた土田も、しばらく呆然と眺めた。
「……ええ!?……なんだこれ、3メートルくらいあんだろ!!……あれ、軽い!?」
ぶんぶん振り回してすげー!と目を輝かせる有田。やがて上田がぷっと吹き出す。
「……くく、あっはっはっは!おま、お前……ホント、こんな時まで何だよ!……あーおかしい……」
ひー、ひーと苦しそうに息をしながら、涙目で腹を抱えて笑う上田。
しかし、はっと我に返って真顔になると、「わりい」とばつが悪そうに頬をかいた。
「……いや、お前らはそれでええんやで。今までも、“これからもな”」
「え?」
よく聞こえなかった有田は聞き返したが、松本はもう土田だけを見ていた。
腕時計をちら、と確認する。秒針は正確に時を刻む。発動時間は残り七分と、すこし。

785Evie ◆XksB4AwhxU:2015/06/06(土) 17:07:12
三人は同時に地面を蹴った。
空間がカッターで切り裂いたように開く。有田が銃口を向けるより早く、土田の体は赤いゲートに飲みこまれた。
「有田、右だ!」
上田が叫ぶと同時に、跳ぶ……というより地面に転がって避ける。
仰向けに倒れた有田の目の前に、小ぶりのナイフを持った土田が飛び出してきた。
間一髪で避けた拍子に、松本がバックステップで距離をとっているのを見てしまう。
「松本、お前一人だけ後ろとかずりいぞ!……っとと、あっぶねえ!」
ナイフの刃先を蹴って、弾き飛ばす。舞台用の革靴でよかったと柄にもない感謝をした。
機関銃を構えてぱらららっと撃つ。一瞬、肉がえぐれたりやしないかと肝を冷やしたが、
弾も無害なBB弾に変わっているらしく、土田の動きをわずか止めるに留まった。
「ガウッ!」
無防備になった土田の右手に、飛びこんできた加賀谷が思い切り噛みつく。
土田は一瞬ひるんだが、すぐに左の袖口に隠し持っていたナイフを取り出して振るった。
「させるか!」
地面に片膝をついた松本が、右の指を一気に折り曲げ腕を振るう。
加賀谷は土田の上を軽々と飛び越えて、今度は背中に飛びかかる。
のしかかってきたものの正体を考える暇もなく、土田の体は地面に倒れこんだ。
土田の口からかすかに空気が漏れたが、決定打には至らなかったのか、有田の足を掴んで引きずり倒すと、
首に手をかける。ひゅ、と空気が喉から漏れた。
「十秒だけ待ってあげます。レインボークォーツを、渡してください」
引き剥がそうと暴れるが、全体重をこめてのしかかられ、息もできない。
ぎり、と指に力がこもった瞬間、

「離れろぉっ!!」

土田の体が、横からのタックルで文字通り吹っ飛んだ。
地面にへたりこんで、こちらに片腕を伸ばしている。その指から一本、また一本と糸が離れ落ちていく。
松本の額には血管が浮き出て、鼻血がだらだらと顎をつたい落ちている。脳の負荷が限界値に達したのか、目の焦点も合っていなかった。
「……無理、すんなよ」
やっとの思いで出たのは、そんな的外れな言葉だった。土田はもう跳ぶだけのパワーも残っていないのか、地面に転がったまま動かない。
「……今のうちに、はよ行け……レインボーブリッジの、遊歩道に……あいつは、おる」
「え?」
「そっから動いとらんから……今行けば…たぶん……黒の奴等よりは早く……」
「お前らを置いてけるわけねえだろ!」
「ええから、はよ行け!」
本気で怒鳴られ、有田もそろそろと立ち上がる。
「……後じゃ恥ずかしいから、今のうちに言っとく」
ごめん、それと、ありがとう。
海砂利の二人は何度も振り返りながら、走り去った。
彼らの他には誰もいなくなった海浜公園で、最初に口を開いたのは土田だった。
「……もう何もしませんから、どうぞ石を解除してください」
土田も、指輪を外してベンチに倒れこむように座る。見ると顔色も悪い。五分五分と思っていたが、彼もずいぶんと消耗していたようだ。
「……対馬は変なところで頑固だ。俺が力ずくで止めたところで、無駄なんでしょうね。
 そこんとこ、松本さんはどう……」
思います?と聞きかけて、土田は口をつぐんだ。
力尽きた松本は地面に仰向けに倒れて、灰色の空をぼんやりと見つめている。
『最後に、その力……海砂利のために使ってくれんか。
 あの二人の背中を押す手助けを、したってほしい』
電話越し、震えていた西尾の声。白黒どちらにも染まらず、自分たちの居場所をふらふらと探し続けた果てがこれなら、
思っていたより悪くない。また鼻血が垂れて、口の中に鉄の味が広がる。
「(まあ……あと一つ贅沢言うんやったら……)」
瞼が重くなって、意識が遠ざかっていく。松本は体の力を抜いて、抗えない眠気に身を任せた。
「(お前らと肩を並べて、闘いたかったな)」

786Evie ◆XksB4AwhxU:2015/06/19(金) 21:32:12
やっとこさ回想が終わりました。対馬さんの詳細などはほとんど決めていないので、
書きたいという方にお任せしてしまいたいと思います。

『We fake myself,can't run away from there-7-』
____________________________________

俺たちがなくしたものは、諦めたものはどれだけあるだろうか。
たとえば思い出のたくさんつまった家、せっかく入った大学、それから、それから……
失った多くのものの代わりに、より大きなものを得るために、走り続けてきた。だが、俺たちは一体何が欲しかったんだろうか?
芸人になって、なんとか飯も食べれて、仲間や頼りがいのある先輩に囲まれて……それで、他に何を望んでいたのか。
だから、走る。対馬が、その答えを持っているような気がして。

「はあ、はあ……ちょ、休憩……」
「歩きながら休め!」

音を上げそうになる有田を叱咤して、上田も汗をふきふき走る。
やがて、きらびやかにライトアップされたレインボーブリッジに辿り着いた。芝浦側の入り口は照明も落とされて、ゲートは堅く閉ざされている。
現在時刻、午後21時ちょうど。通行時間はとっくに過ぎていた。
「……いまさら、不法侵入くらい構いやしねえだろ」
上田は財布から通行料の300円だけを取り出すと、料金所のカウンターに無造作に放る。
硬貨がテーブルの上でぶつかり合う音が、やけに大きく響いた。そのままさっさと歩き出す上田に、慌てて有田も300円を置いて追いかける。
風がかすかに吹き込んでくる音に顔を上げると、上田が「あれだ」とゲートを指さす。
上田が手をかけて押すと、あっさり開いた。無人のカウンターに頭を下げて、ゲートをくぐった。
展望エレベーターで遊歩道に上がると、左と右にルートが分かれている。直感で、右の北ルートを選んだ。
「……人、いねえな」
「だな」
実に当たり前のことを言う上田に、少し気が和んだ。長い遊歩道を歩いている間、すれ違う車の運転手がたまにこちらを二度見してくるが、
それ以外は誰かが追ってくる気配もなく、やがて休憩所に着いた。展望台を兼ねた休憩所にはすでに先客が一人。
後ろ手に指を組んで、夜景を眺めている小柄な背中に、忘れかけていた疲労がどっと押しよせてくる。有田は対馬の肩を掴んで引き寄せた。
「俺らに、運び屋みてえなことさせて……オメーは呑気に夜景鑑賞、かよっ……」
「いや、今日は特別綺麗なんですよ。ほら」
レインボークォーツを対馬に押しつけると、二人も渋々隣に立って夜景を眺めた。
対馬の真似をして深呼吸したり、雨が止んだおかげで凪いだ海を見ているうちに、段々と気分が落ち着いてくる。
「黒はもう来ませんよ」
「え?」
「今頃は大阪の二丁目劇場と、渋谷の宇田川町あたりで、白の芸人との大規模な戦闘が起こってるはずです。
 さすがの黒もそっちの火消しが忙しいでしょうし、俺の追跡に人員を回す余裕はありませんよ」
「じゃあ、俺達に石を渡してマラソンさせたのは、白の芸人が着くまでの時間稼ぎってわけか!?」
有田が素っ頓狂な声をあげると、「そうです」と悪びれもせず笑う。もう怒る気も失せた二人は、静かに海を眺める事にした。
今頃は、あの夜景の向こうで人知れず白と黒が刃を交えているのか。おそらく『ドッキリの撮影』として処理されるのだろうが。
やがて、上田が重い口を開く。

787Evie ◆XksB4AwhxU:2015/06/19(金) 21:33:59
「一つ、聞いていいか」
「どうぞ」
「お前の後ろに、まだ誰かいんのか」
「いや、俺の意志です。誰に命令されたわけでもありません。まあ、白の芸人と一緒に作戦をたてたりはしましたが、仲間とも呼べない関係です」
「その計画……って」
「今日のうちに、実行に移します。早い方が横槍も入らなくて済みますから。明日には全部終わってる……ってのが理想ですけどね」
対馬は、イレギュラーがなければですけど、と付け加えると、そっと両手で包み込むように、虹色に輝く結晶を握りしめた。
「知ってます?願い事っていうのは……星の数ほど願って、針の先ほど叶うっていうの。俺一人の力がどこまで通じるかは分からない。
 だけど、土田がいつか、少しでも俺の想いに気づくことがあれば。それだけで俺は報われると思います」
「そんなの、分かんねえだろ」
上田の言葉で、対馬の笑顔がわずかに翳った。それを誤魔化すかのように柵に手をかけて、体を大きく反らして背筋を伸ばす。
そのまま、仕返しとばかりに聞いてくる。
「で、海砂利さんこそどうしてここにいるんですか。俺の石なんてゴミ箱にでも捨てて、知らん顔してればよかったでしょうに」
「……そうだな、俺達はずっと、勝ち目のない賭けはしなかったし、自分の得にならない事はしなかった。
 生きていく上での、不穏分子を排除して、常に最善の道を、選んできたつもりだった」
上田は柵に上半身を預けて、タバコを一本取り出す。ふうっと煙を吐いて、遠くのネオンに目をやった。
「今なら分かる。俺達は……合理的に生きていたんじゃない。まるで死人のように、思考を放棄して。
 必死で、自分たちの進んできた道を正当化する方法を探してきた」
まだ半分残ったタバコをもみ消すと、指を組んでじっと目を伏せる。
「なあ、対馬」
「はい」
「俺達は、一体どうすればいい?どこに行けばいい、どこに立てばいい?……どうしたら、この胸の痛みは消えるんだ?」
最後はほとんど泣きそうな声になっていたが、対馬は笑わずその肩に手を置く。
「目を閉じて……石を手にしてから、あなた達が一番楽しかった時のことを、思い出してみてください」
対馬はくるりと背中を向け、靴音を響かせ歩いて行く。
「待て!……あ、いや……待って、くれ」
つい、黒ユニットの癖で命令形になってしまった。慌てて丁寧に言い直した有田を、対馬は半分だけ振り向いて、なんとも言えない表情で見つめた。
自分の心臓部分を、親指でとんとんとノックする。

「そうすれば、自分の本心が見えますよ」

石を持ってから、今までで一番楽しかった時。思い出そうとする二人の耳に、肉が焼ける音と酔客の喧騒が押しよせてくる。
目を開けると、二人はいつの間にか夜の焼肉屋にいた。
「ここ……俺達がいつも行ってたあの店か?」
有田のつぶやきには答えず座敷に目をやると、鉄板の上で焼かれている肉と野菜、空っぽになったビール瓶が見える。
これは、すでに過ぎ去った日の風景なのか。目の前で繰り広げられている光景には、どこか現実味がない。
『ぷはーっ、やっぱこれやなあ!生きとるって感じするわあ』
赤ら顔でビールジョッキを一気に空けた嵯峨根を、過去の海砂利はぽかんと口を開けてみている。
つまみの枝豆も、あたりめも、あっという間に空になった。嵯峨根はジト目で後輩たちを見回すと、またビールを注いだ。
『……なーに辛気臭い顔しとんねん。お前らも飲め飲め!!』
『わ、ぶほっ!やめっ……』
無理矢理ビールを飲まされてむせる有田に、西尾が『ごめんな』と手を合わせる。

788Evie ◆XksB4AwhxU:2015/06/19(金) 21:35:32
『ていうか、そもそもなんであの二人まで来てんだよ』
『いつも後輩に奢ってるから、お返しってことで』
『おい、まさかX-GUNさんが食った分も俺が出すのか!?』
誘った張本人の加賀谷は、悪びれずにパクパクと肉を食べている。畳にばたんとノビた有田の頬を、酔っ払った嵯峨根がさきいかで突いている。
カオスとしか言いようのない光景に、上田は『どうしてこうなった……』と言うしかなかった。
『あ、カルビもう一枚追加で』
『加賀谷てめえ、さっきから何枚食う気だよ!』
『おまたせしましたー』
店員の声に振り返ると、今まで大人しく野菜を焼いていたはずの松本の前に、巨大なパフェがどんっと置かれていた。大きなグラスには色とりどりのアイス、
たっぷりの生クリーム、トロピカルフルーツにチョコレート……ド派手な色合いは、見てるだけで奥歯が痛くなってきそうだ。
『シェフの気まぐれジャンポパフェでございます。ごゆっくりどうぞー』
店員が行ってしまうと、一心不乱に食べ始める松本。上田は、三枚になった伝票を恐る恐るめくってみた。
『ジャンポパフェ、一万円……!!?』
わなわなと、伝票を持つ手が震える。合計金額はすでに五万円を超えていた。
『自分では絶対頼まんからなあ、こういうの。あ、俺にもくれるか?これ、全員で食わんと無理やろ。
 いやー、ジャンポパフェはデブの憧れやしな!一度は食べたいっていう気持ち、分かるわあ』
何故か西尾はうんうんと頷き、生クリーム部分を器用に取り分ける。
『あ、僕はソフトクリームのとこもらっていいですか?』
『ずるいわあ、ほんなら俺はメロンもらうで!』
酔い覚ましとばかりに果物を狙う嵯峨根。いただきまーすとパフェにかぶりつく男たちを見ているうちに、
上田の額に血管が浮き上がり、全身から怒りがこみあげてきた。 
『てめえら……ちょっとは遠慮しろ!俺の金だぞ!!』
『キャー上田さんこわーい……あだだだ』
おどけて体をくねらせる加賀谷の頬を思い切り左右にひっぱってやると、両手をばたつかせて抵抗した。
あはは、と焼肉屋の座敷に笑い声がこだまする。上田もいつの間にか、涙目になりながらやけっぱちで笑っていた。
今からは想像もつかない平和な光景。
思えば、この時が一番幸せだった。平気で高い肉を頼み、ビールを飲みまくり、勝手に他の芸人を連れてくる松本ハウスの二人。
俺たちを破産させる気かとよっぽど怒鳴ってやろうかと思っていたが、特訓も楽しかった。(いつもストレス発散を兼ねてかボコボコにされていたが)
白も黒も関係ない。ただ、仲間と一緒に楽しく、バカをやっていたかった。それを手放したのは他ならぬ自分達で…捨てたはずのそれを、ずっと求め続けていた。
今から思えば遠い昔のような、たった一年前の日々。それを奪ったのは、何か?

「ああ……そうか」
「有田?」
「俺、最初っから……このままでいたかったんだな」
有田は両手で顔を覆って、その場にうずくまった。
「あの時、土田の手を振り払っていたら……いや、嵯峨根さんの手をとっていたら……」
「違う」
上田も膝をついて、そっとその肩を抱き寄せた。目の前で騒ぐ男たち。過去の風景が徐々にぼやけて、遠ざかる。
まぶたを閉じて、開く。さっきまでと同じ、展望台。ただ、そこにはもう対馬の姿はなく。
「過去には戻れない。だけど、今をなかったことにはできない。だったら、やる事は一つだ」
有田の顔を上げさせて、しっかりと目を合わせる。

789Evie ◆XksB4AwhxU:2015/06/19(金) 21:37:35
「償おう」

その一言に、有田がゆるゆると顔を上げる。
「今からでも遅くない。過ちを認めて、やり直そう。そして、今よりもっとまともな絆を結ぶんだ」
「……簡単に、言ってんじゃねえよ……」
有田は立ち上がって、上田の胸ぐらをつかむと、前後に激しく揺さぶった。
「いまさら、どうやって許してもらおうってんだよ!土田が言ったとおりじゃねえか、そんな都合よくいくわけねえ!
 白からも黒からも追われて、潰されるだけだ!」
「それは、何もしなくても同じだ!!」
有田を引き剥がし、呼吸が落ち着くまで待つ。
「……どうせどちらからも恨まれるなら、やるだけやってみてもいいだろ。怖いなら、俺の後ろに隠れてろ。守ってやるから」
「バカ言ってんじゃねえよ」
有田は袖口で涙をごしごし拭くと、上田をピッと指さして鼻を鳴らす。
「コンビだろ、勝手に野垂れ死んだら許さねえぞ」
「それは……」
「そうと決めたら、とっとと帰るぞ。明日から土下座と泣き落し外交で忙しくなるからな!」
肩をぐるぐる回してさっさと歩き出す相方に、上田も気の抜けた笑みでついていく。
「最初はやっぱ加賀谷ん家だな。朝イチで玄関開けたら今をときめく海砂利の土下座だぞ?ぜってーウケる!」
こんな時までボケてどうすんだ、とツッコもうとして、やめる。
別に涙がこぼれそうなわけでもないが、上田は空を見上げた。さっきまでの雨が嘘のように、空は晴れ渡り、紫と青のグラデーションの中に星が瞬いていた。

その日の夜、都内某所で虹色の光が爆ぜるのを見たと通報があったが、警察が駆けつけた時には何もなく、ただの悪戯として片づけられた。
そして、翌日……

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

これがひとつの物語だとしたら、まるでそのページだけ破り捨てられたかのように、昨日の記憶がぷっつりと途切れている。
いや、昨日だけではない。頭の中に、ぶつ切りになった過去の記憶がふわふわと浮かんでいるようだ。
そして、何より……

「これ、なんだ?」

頭をがしがしかきながら、ガラスのような光沢のある石を眺める。買った覚えも、ましてや誰かにもらった覚えもない。
さて、仕事に出かけるかとジャケットに袖を通したところで、ポケットに違和感。見た目は大理石に似ているが、名前までは分からない、石。
「実はさ、俺も……なんだけど」
有田が取り出して見せたのは、一見すると黄金とも見間違うような真鍮色の多面体。
「朝起きたら床に落ちててさ」
「……なーんか、気味悪いな」
「売るのも怖えし、捨てちまおうぜ」
「だな」
今回ばかりは有田の言うとおりだ。こんな怪しい石とは一刻も早くおさらばしたい。
二人は石をティッシュに包むと、くしゃくしゃっと丸めてゴミ箱に捨てる。見計らったようなタイミングで、ドアが開いてADが呼ぶ。
「海砂利さーん、リハーサル始まりますんでスタジオに集合してくださーい」
「あいよっ……んじゃ、今日も頑張りますか」
有田はどうやら絶好調らしく、スタジオまでずっと笑顔だった。

790Evie ◆XksB4AwhxU:2015/06/19(金) 21:40:14
「そういや、さっき聞いたんだけど……あ、上田のこったからもう知ってるか?」
「いや、なんのことだよ」
「加賀谷がやめたんだって、芸人」
「やめた?そりゃいったい、どうして」
「なんでも、病気の方が悪くなっちまったらしい。しばらく入院するとかなんとか聞いたけど、ちょっとやそっとで戻れるようなやつじゃねえだろ、
 あいつの病気ってよ。ここ一年くらい忙しくて、休む暇もなかったろ?薬とかちゃんと飲んでなかったのかもな」
「じゃあ、松本はピンでやってくのか」
「そういうことになるな」
上田は話を聞きながら、心のどこかに引っかかるものを感じた。それはかすかな罪悪感にも似た、胸の痛み。だが、その正体を知ろうとすると、
まるで霧の中で影を探すかのように、記憶がおぼつかない。それは有田も同じようで、首をひねる。
「俺もなんか変なんだよ。昨日フジで収録したのは覚えてんだけど、その後どうやって家帰ったのか全然分かんねえんだよな。お前は?」
「俺もだ。酒も飲んでねえのに、変だな……まさかなんかの病気とか?」
「それともUFOに連れ去られて、脳みそいじられたとか!?マジ怖え……どうしちゃったんだよ俺達!」
怯える有田の前に、ふっと誰かが立ちふさがる。見ると、額に冷えピタを貼った土田が立っている。頬もこけて、一気に十歳は老けたようだ。
「……おはようございます」
「おお、おはよ……お前風邪でもひいたのか」
上田が顔色を見ようとすると、さっと避けた。その仕草に少し苛立ったが、具合の悪そうな相手に怒るのも気が進まない。
「いえ、ただのコンビ内喧嘩ですよ」
それだけ言うと、足早に立ち去った。すれ違う時に「やってくれたな……」と呟く声が聞こえたが、
それが誰に対してのものなのか、その時は分からなかった。
これが、海砂利水魚ことくりぃむしちゅーにとっての、キャブラー大戦の終わりだった。

【現在】

「……ごめん」
鍛冶の目に光が戻る。石から発せられていた放射光が弱まって、消える。ゆっくりと倒れこんでいくのを、木村はただ見つめるしかなかった。
これがRPGの画面なら、右上のあたりに出たHPゲージが真っ赤に点滅してるところだろう。
二人組の襲撃者のうち、一人はなんとか気絶させたが、もう一人は息を荒げながらもまだ立っている。
うつ伏せに倒れた鍛冶の頸動脈すれすれの所に、熔連水晶の剣が突き刺さる。そのままゆっくりと傾け、
あと少しで首が落とせるというあたりで、男は剣を止めて、後ろにいる上田を無機質な目で見つめた。
「あなたも、そんな顔をするんですね」
「……何が言いたい?」
「10年前……高校生の時、渋谷の路地裏で、あなたが若い男の記憶を消しているのを見た。どんな理由だったのかは知らないし、知る必要もない」
男は鍛治が動けないのを知ると、剣を引き抜いた。
「物陰に隠れていた俺は、あなたの石が発する青白い光に目を奪われた。やがてあなたがテレビで見たお笑い芸人だと思い出して、
 あの光をもう一度見たいと思って、この世界に飛び込んだ……魅せられたんだ、石に」
重心を低く保った木村が、なおも話し続ける男に飛びかかる。木村の全身の力を込めたタックルが決まると、男は少し驚いたように目を見開く。
男に馬乗りになった木村の石が一瞬、ぴかっとまばゆい光を放つ。……が、木村はそのまま男の上に倒れて動かなくなった。
最後の力を振り絞って男を操ろうとしたが、ルーレットの女神は木村に微笑まなかったらしい。
「だから、あなたがそんな“普通の芸人みたいな”顔をしているのを見るのは、腹がたちます。
 いまさら、そんな……何事もなかったような顔を」
ただならぬ空気に、上田は一歩後ずさって、武器として構えていたパイプ椅子を振り上げる。
が、すぱっと空気を切り裂く音。あっという間に、椅子は十六個の欠片になって飛び散った。これはもう肉弾戦で行くしかないかと振り上げた拳は
やすやすとかわされ、上田の喉に男の手がかかる。
「……がっ、ぐぅ……!」
気道を塞がれ、呼吸ができない。上田の足が地面からわずかに持ち上がった。目の前がぼやけて、口の端から唾液が垂れる。
振り解こうと男の腕にかけた手から、だらんと力が抜けた。徐々に遠ざかる意識の中、思い出すのは記憶を取り戻した時のこと。

791Evie ◆XksB4AwhxU:2015/06/19(金) 21:41:15
【2004年】

「おー、めっちゃひさしぶりやん!」
「あ、嵯峨根さん……おひさしぶりです」
「いっつもテレビで見とるで、まさかお前らがボキャ天の出世頭になるとはなあ」
一番会いたくない人間と、テレビ局の廊下で鉢合わせた。目をそらして「はあ……まあ」とあいまいな返事をする上田に、X-GUNの二人は顔を見合わせる。
西尾がそっと手を伸ばした。思わず目をぎゅっとつむって体をこわばらせたが、額にぺたっと冷たい感触。おそるおそる目を開くと、
手のひらを当てて、熱を測っているだけだった。
「熱はないみたいやけどな、俺葛根湯持っとるから、あとで分けたろか?」
「え?あ、はい……ぜひ……」
やっぱり。上田は心のなかでつぶやく。この態度が演技なら主演男優賞モノだ。二人は、少し前までの自分達と同じく、石に関する記憶を失ったまま__。
X-GUNの中で、自分達は芸人仲間であり、敵ではない……。
「うっ」
「あ、大丈夫か!?やっぱりお前、胃に来る風邪ひいとんのとちゃう?」
口元を抑えてしゃがみこんだ上田の背中を、嵯峨根が優しく撫でる。その手を振り払って、廊下を走って逃げる。
「おい!」
後ろから追いかけてくる嵯峨根の声に滲んでいたのは、怒りではなく、上田を案ずる心。走りながら、誰のものとも知れない声が頭の中で反響する。
やめろ。
やめてくれ。
そんな優しい顔で見るな、気遣うな、はっ倒されたほうがましだ!あんたたちにはその権利があるはずだ!!
なのに、何故……何故、覚えていてくれないんだ、俺達の罪を、黒だった過去を!
「くそっ!」
逃げた先で壁を思い切り殴ると、胸の奥につかえていた不快感が薄らいでいく。ポケットから石を取り出して見ると、
かつてどす黒い感情のエネルギーを呑みこんでいた時とは違う、やわらかな光を湛えていて。
「……嘘でもいいから」
石を握りこんで、祈りを捧げるように両手の指を組む。
「お前が憎いと、言ってくれ……」

【現在】

ふっ、と意識が過去から引き戻される。喉に食い込んだ男の指に、さらに力がこもった。ポケットの中の方解石が、熱を持って脈打っている。
「……ぐっ、は……な、」
男の腕に震える指をかける。引き剥がそうともがく後ろで、勢い良くドアが開いた。
「上田!?」
その声に、目線だけを必死で動かす。が、有田の姿をその目にとらえた途端、上田も男も(ついでに鍛治も)一瞬あっけにとられた。
ピコハンを右手に、左手にモップを持った彼は、さくらんぼブービーの二人が倒れているのを見ると、みるみるうちに怒りをにじませた。
「お前ら……ただで済むと思うなよ」
どすの利いた低音で紡がれたヒーローさながらのかっこいい台詞は、その見た目のせいでいまいち決まらず。
「……あれ?なんだこの空気」
有田は頬をかくと、気まずそうに息をついた。

792Evie ◆XksB4AwhxU:2015/07/07(火) 20:17:48
なんだかんだで8まで来てしまいました。本スレは消滅してますが、何だかんだで10年以上企画が存続してるというのは
2chの中でも息が長い方ですね……また盛り上がる日を願って。ふと、鳥肌さんで書いてみたいなんて思ったのですが、
あの人はネタにしても大丈夫なんでしょうか(放送禁止的な意味で)

『We fake myself,can't run away from there-8-』
_______________________

有田が謎の男と対峙している頃。
サンミュージックの入っているビルの前に、四谷4丁目交差点をクラッシュすれすれの猛スピードで抜けてきた一台のタクシーが停まった。
目を回してハンドルに突っ伏している運転手をよそによっこらせ、と出てきただいぶ胡散くさい関西弁の男は、
築年数は経っているが立派なビルを見上げて、自分の所属事務所でもないのに、なぜかドヤ顔でうんうんと頷いた。
続いて出てきた坊主頭の男も横に立つと、真似して頷く。
「おー、めっちゃ駅から近いやん、道も分かりやすいし。さすがに大川とは格がちゃうなあ」
「ほんとですねえ」
「これならタクシー使わんで歩いてもよかったな」
エントランスへ向かって駆け出そうとした二人を止めたのは、窓が自動で開く音だった。
そこでやっと復活した運転手が、グロッキーになりながら半分開けた窓から身を乗り出して聞く。
「ちょっと、ちょっとお客さん?なんなのこの領収書、名前のところ“海砂利水魚様”って……
 ていうかあんた達、東京でこんなカーチェイスみたいなマネさせるとか、何者なわけ?」
その問いに、二人は顔を見合わせてくつくつと笑った。坊主頭の男が何故か嬉しそうな声色で答える。
「別に、ただのお笑い芸人ですよ」

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

有田は石を強く握り締めると、男の全身を視界に映した。所詮量産型、というべきか。
男の持つ大剣には細かいひびが入って、今にも砕け散りそうだ。男は上田の体を前触れ無く地面に落とす。
ゲホゲホと激しく咳き込む上田を守るように前に立った有田は、光で出来た剣を見て「ハッ」と嘲るように口の端を上げた。
「不思議なもんだよなあ、贋作ってのは、どうしたって本物には勝てねえ」
「……この石に、弱点なんかない」
「熔連水晶の中身って、なんだか知ってるか?」
言うなり有田は体をひねって、ピコハンを投げつける。男はあっさりとそれを大剣で斜め一文字に切り裂いた。
またピシッと小さな亀裂が剣身に走り、細かい粒が空中に舞い散る。

793Evie ◆XksB4AwhxU:2015/07/07(火) 20:18:46
「水晶をすり潰した粉とか、そのまんまじゃ商品にならねえ欠片とか、粗悪なガラスとかをさ、
 溶かして混ぜて固めた偽物の輝き。それが熔錬水晶ってやつだ。
 モース硬度7の水晶サマには美しさも頑丈さも及ばねえんだよ」
男は、そこで初めて自分の鼻先に突きつけられた消火器のノズルを見た。

「お前も芸人だって言うならよ、ガラクタのまんまで終わってんじゃねえ」

こんなショボい石じゃなくて、本物貰えるくらいの芸人になれよ、と付けくわえて、にったあ……と悪い笑みを浮かべる有田。
「(あいつ、死んだな)」
上田は心中で合掌した。有田があの邪悪な笑みを浮かべる時は本気でヤバい。
反論しようと口を開いた男に構わず、有田の指がレバーにかかる。カチッと小気味いい音がしたかと思うと、ノズルから勢い良く噴き出す真っ白な霧。
「う、うわっ……なんだ、冷たっ……!」
剣を取り落としてわたわたと暴れる男の影が、霧の中でぼんやりと揺らいで見えた。有田はすうっと息を吸い込んで、踵で強く地面を蹴る。
大きく振りかぶった拳を、男の頬に叩きこんだ。
「先輩からの愛のムチだ、受け取れ馬鹿野郎!」
男は今度こそぱったりと地面に倒れ沈黙する。有田は得意気に胸を張ると、拳を解いて振り返った。
「……おい」
「あ、わりいなほっといちまって。大丈夫か?痕にはなってねえな」
「ちげえよ、後ろ後ろ」
「あ?」
しゃがみこんで上田の容態を確かめていた有田が、ギギギッと油を挿していないロボットのような動きで振り向く。
ゆっくりとドアノブが回り、会議室や給湯室からぞろぞろと群れをなして出てくる人々。
皆一様に光のない瞳で、手にはホウキや椅子など、思い思いの凶器を持って幽鬼のようなおぼつかない足取りで近づいてくる。

「……どうも、お騒がせしてまーす……」
有田がやっと出した声はひどくかすれていた。
上田も体を起こして、ははは……と声にならない笑い声をあげる。所詮素人だらけのインスタントな悪の組織と高をくくっていたが、
黒ユニットもここ10年で「緻密な作戦をたてる」ということを覚えたらしい。
考えてみれば、これだけ派手にドンパチしておいて、非常ベル一つ鳴らなかったのがおかしい。
下の警備員がぼんやりしていたのも、意識が何者かによって操作されていたと考えれば辻褄が合う。
「う、上田さん……俺丸腰なんですけど!!死ぬ、今回ばかりは確実に死ぬう!!」
床に転がった鍛冶が真っ青になる。上田は彼らを見つめたまま、叫ぶ鍛冶を引っぱってじりじりと後ろに下がった。
「やべえな有田」
「やばいな上田」
「お前の石でどうにかなんねえか?」
「素人相手に怪我させちゃ洒落になんねえよ!ていうか何に変身すりゃいいわけ!?それよりこいつらに弱点とかあんの!?」
疑問を一気に言い切った有田。強いて言うなら首か目だろうが、どちらも突いたら確実に死ぬ部位だ。
群れの中から走り出てきたスーツの男が、ホウキを振り上げた。
「あっぶね!」
有田は脳天を狙ってきたそれを、Go!皆川に負けずとも劣らないほど美しいブリッジで避ける。が、アラフォーの腰にはきつかったのか、
グキッと音がして、「いってえ!」とその場に転がった。そこで、眠ったままの木村が目に入る。

794Evie ◆XksB4AwhxU:2015/07/07(火) 20:19:34
「木村!!」
思わず無防備な木村に覆いかぶさった上田の脳は、まとまりのない思考が浮かぶ中、火花を散らしてフル回転していた。
俺は何をしているんだ。俺の石じゃ何も出来ねえってのに、なんでこんな縁もゆかりもないビルで、
特に仲いいわけでもない芸人庇ってんだ。本当なら家でのんびりテレビでも見てたんだろうに、なんだってこんな面倒事に巻き込まれてるんだ。
「……やめろ」
低い声で呟くが、パイプ椅子を引きずった中年男の耳には届いていない。もうダメだと目をつぶりそうになった自分を叱咤して、
木村の前に立ちふさがる。今逃げてどうする、こいつら二人は自分を信用しているからこそ頼ってくれたというのに。
「……やめろっつってんだろ」
「上田!」
なんとかホウキの攻撃を受け止めた有田が目を見開く。上田はきっと顔を上げて、パイプ椅子を引きずる男を睨みつけると、
喉の奥から絞り出すような叫び声を上げた。

「お前ら黒はどう思ってるか知らねえけどなあ……今ここにいる俺は、白として、こいつらを傷つけさせるわけにいかねえんだよ!!」

男はその気迫に押されたのか、虚ろな目のままぴたっと動きを止める。引いてくれるのかと一瞬期待した時、
上田にとっては非常に懐かしい声が耳に届いた。
「ワンちゃん、ごらん。あれが関西で言うとこのイキリやで」
「うわー、はずかしー」
瞠目した上田が振り返った先にいたのは、十年の時を経てはいるものの、変わらない見た目の二人組。
加賀谷は少し(かなり?)ふくよかになっていたが、若いころと同じく人懐っこい笑みを浮かべてぶんぶんと両手を振っている。
「……お前ら」
松本がハッと気づいたように笑顔を消して、一気に駆け寄ってきた。
「なんだ、再会のハグか!?」
「するか!」
体を半分回転させて、両手を広げた上田をスルーした松本の足の行き先は、上田に襲いかかってくる男の腹だった。
鈍い音がして、男は盛大に吹っ飛ぶ。壁に背中を激突させて、男の胸からごほっと空気が漏れた。
男はそのままずるずると床に倒れこみ、気を失った。
「わりい、ボーッとしてた……ていうか、なんでお前らここにいんだよ!加賀谷はいつの間にシャバに戻ってたんだ!?
 聞きてえことが山ほどあるわ!」
「話は後や、とりあえずこいつら蹴散らすで!……せやけど、あれ使えっかな?有田、ちょっとの間そいつら頼むわ」
「おう……って、全部俺か!?」
有田はくっそおお、と叫びながらも、退却した三人の前に立ちふさがってモップを振り回す。滅茶苦茶な軌道を描くモップに、
操られた人々は本能的な恐怖を感じたのか、少しだけ後ろに下がりはじめた。
松本は木村の隣に膝をつき、その頭に手を置くと、後ろの加賀谷に合図する。
「えーと、鍛冶くん……でいいんだよね?」
「あ、はい……はじめまして、オニキス継がせてもらってます……さくらんぼブービーの鍛冶です」
「疲れてるところ悪いんだけど、もうちょっとだけ頑張ってもらってもいいかな?」
「はい……でも、どうやって?」
加賀谷は両手でそっと鍛冶の手をとって、握りこまれたままだった黒瑪瑙を懐かしそうに撫でて語りかける。
「ひさしぶりだね。十年前はいきなり消えてごめんなさい。でも、僕を許してくれるなら……
 鍛冶くんに僕の力をあげて!」
やがて、石が大きく鼓動するように光を放った。鍛冶の体にじんわりとあたたかい感触が広がっていく。今までだらんと力の抜けていた手足に、
再び活力が満ちて全身の神経を電気が駆け抜ける。

795Evie ◆XksB4AwhxU:2015/07/07(火) 20:20:10
「あ、あれ?手が動く……ていうか、俺気絶してない……なんで!?」
混乱する鍛冶の隣で、木村がぱち、と目を開ける。まだ状況が掴めていないのか、不思議そうな表情であたりを見回す木村の頭を、
松本が軽く小突いて覚醒させた。
「起きたか、二代目」
「えっと……もしかして、松本キックさん?」
「つもる話は後や、手ェ出せ」
言われるまま差し出された木村の手に、松本が自分の手をぴたっと合わせ指を組む。指のすきまからぱあっと放射光が放たれ、
あたりが一瞬昼間みたいに明るくなった。松本が指を解くと、二人の指の関節の間を透明な糸が繋いでいる。糸の先は立ち上がった鍛冶の体に伸ばされ、
木村が指を曲げると、鍛冶の腕も上がった。
「こいつら蹴散らして逃げるなら、こんくらいで十分やろ」
「……どういう意味、ですか?」
まだ理解していないらしい木村に、松本が簡潔に説明する。
「“キャブラー大戦時代に覚醒していた石に限り、以前の持ち主の肉体を媒介として能力の一時的な借用や、
 エネルギーの受け渡しによる対価の軽量化、能力の倍増等が可能となる”以上、太田光さんからの受け売りでした」
棒読みな口調で一気に話すと、まだぽかんとしている木村を無理矢理引っぱって立たせる。
「いたっ、いだだっ!あの、俺もうクタクタなんですけど……」
「おい松本、お前がやってやってもいいんじゃねえのか?」
見かねた上田が一歩前に出るが、きっと睨みつけられ、口をつぐむ。

「お前がやらなあかんのや、木村。今の石が選んどるのはお前なんやからな。それに……」

松本が言い淀んだ先は、上田には何となく理解できた。今の松本は舞台俳優であり、芸人としては一線を退いた身だ。
今までも元キャブラーが能力を一時的に借りた例はあったが、それは彼らがまだ芸人であったがゆえに可能だった事かもしれない。
たとえ元芸人であっても、単体で能力を行使した場合、どんなペナルティが下るかは未知数。
「まさか、お前らしくねえよ」
怖いのか?と言いかけて、またやめた。その代わりに、木村の思うがままに任せることにする。
「……カッコよく言うなら、石とその運命から逃げるな、って事でしょ?分かってますよ。ただ、どうやって?」
ふ、と笑って松本がもう一度木村の手をとる。社交ダンスを踊るように指を組み、向かい合わせに立って前を向いた。
「深く息を吸って、吐け。自分の体と石が呼応しとるのが分かるか?」
「はい……なんとなく」
「その感覚を辿って、鍛冶と自分の体を一体化させろ。お前が鍛冶で、鍛冶がお前や。
 人間の脳についとるリミッターを外して、身体能力を最大限に引き出す。その手助けをしたると考えればええ。
 ……えーと、確かこうやったっけな?」
松本は人差し指をくいっと曲げさせて、腕を上げる。鍛冶の体が四つん這いになったかと思うと、手足の血管がビキ、と浮き出た。
「あ、やっぱワンちゃんと操作同じなんや」
鍛冶の体が弾かれたように飛び上がり、一回転して天井に両足をつく。
「お?……おっ、お、おわああ!!今度は何ぃぃぃ!?」
突然の出来事に頭がついていかず、悲鳴をあげる鍛冶。上げた腕を一気に下ろすと、
勢い良く石膏ボードを蹴った踵が、角材を持った男の脳天にクリーンヒットした。モップを取り落として肩で息をしていた有田が後ろへ下がると、
それを合図に松本も手を離して「後は頑張れ」と木村の背中を叩く。
「お゛うっ!?」
視界がぐるぐる回る気持ち悪さに、思わず喉からくぐもった声が上がる。まるで19世紀に倫敦を震撼させたバネ足ジャックの如く
空中で丸まった相方を、木村がじっと澄み切った目で見つめていた。
特徴的な大きい瞳をすっと細めて、敵の数をひい、ふう、みいと数える。
開きっぱなしの給湯室のドアが目に入ると、何か思いついたのか、両手を前でクロスさせた。
「全部で15人……か。行けるな」
「え?」
低いつぶやきに、嫌な予感がする。

796Evie ◆XksB4AwhxU:2015/07/07(火) 20:20:49
木村は突然腕を後ろに動かすと、ウィンドミル投法の如く勢いをつけて回転させた。鍛冶の体は人の群れの中に飛び降りると
ハサミを構えた女社員のヒールを足で払い転ばせ、周囲の人々を逆立ちになって回転しながら、蹴り飛ばす。
「んで、最後は……」
両足を揃えて横向きに飛んで、壁を蹴る。ボコ、と穴が空いた中に銀色の配水管が通っているのを見つけた鍛冶が、なんとなく
木村の意図するところを察した瞬間、
「鍛冶くんキーック!!」
鍛冶の全力を込めた胴回し回転蹴りは、築ウン十年の配水管にあっさりと亀裂を入れた。
亀裂のすきまからプシャアア、と勢い良く噴き出す冷たい水に戸惑う人々。
「……後は頼みます」
木村は非常階段のドアを開け放つと、石をぐっと握りしめて能力を解除した。倒れこむ体が水面に浸かる前に、松本がそっと受け止める。
「おつかれさん」
階下からバタバタと騒々しい足音が近づいてくるのを察知すると、非常階段に体を滑りこませてドアを閉める。
水圧でなかなか閉まらない事に苛ついてか、松本が眉間にしわをよせた時、上田の手がドアノブにかかる。
「「せーのっ!」」
ドアがけたたましい音をたてて閉まるのと同時に、警報機がベルを鳴らした。

数分後。暗示が解けたのか、膝下まで水に浸かった人々が、ベルが鳴り響く中で呆然と顔を見合わせていた。
「……俺たち、何してたんだ?」
「確か会議してたはずですけど、この床上浸水はいつの間に……」
自分達の手に握られた凶器と、なおも水を吐き続ける割れた配水管を見くらべて、彼らに出来るのは為す術もなく立ち尽くすばかりだった。
「大丈夫ですか!」
その時、下から駆け上がってきた警備員が、あまりの光景に仰け反る。
「今業者に連絡しますんで、少々お待ちを……うわ、なんだこれ!」
丸くえぐれた地面に足をひっかけた警備員は、中の鉄骨が剥き出しになった壁(だったもの)を見て首を傾げ呟いた。
「……最近多いよなあ、こういうの……」

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「はあッ……はあ、はあっ……だめだ、もー限界」
交差点近くの路地に入り、雑居ビルの階段を上がる。二階の踊り場に辿り着くと、有田は壁に背中を預けてずるずると座りこんだ。
自力で動けないさくらんぼブービーの二人を地面に下ろす。パトカーのサイレンが美しいドップラー効果を描いて下を通り過ぎて行った。
「誰だ?110番したの」
「あ、僕です」
加賀谷がはーいと手を挙げて、室外機の影に隠れて下の様子を伺う。警察官が腰に吊った警棒をガチャガチャ言わせながら慌ただしく走って行く。
こちらには気づいていないらしく、ずぶ濡れになった警備員や社員から話を聞いている後ろ姿だけが遠くに見えた。
「……なんとか、逃げ切れたみたいだな」
有田はタバコを取り出して、やめる。今はそんな気分じゃない。
「ですね……あー、久しぶりに走ったから膝ガッチガチですよ」
加賀谷が背負ってきた(というより引きずってきた)鍛冶は気が抜けたのか、むにゃむにゃと幸せそうな寝顔で、小さくいびきをかいている。
「……こいつ、よくこの状況で寝れるよな……ボニー.アンド.クライドってのも案外こんな図太い奴等だったのかな」
上田は柵にもたれて下を眺めていた松本にちら、と視線をうつした。しばらくして、その視線に気づいたのか怪訝そうな顔で振り返る。
迷ったが、今のうちにどうしても聞きたいことがあった。
「なんで、俺たちがあそこにいるって分かった。誰から聞いた?」
「あんな、この瑪瑙が呼んでくれたんや。最初は空耳か思ったんやけど、気がついたらタクシー乗って、四谷まで来とってな」
「……石の意志ってやつか……」
「せやな」
上田の駄洒落はあっさりスルーされた。会話が止まってまた気まずい空気になる。なにせまともに顔を合わせるのは10年ぶり。
こちらの過去を思えば土下座でもしたほうがいいのかと馬鹿な考えが浮かぶ。しばらくお互いの出方を伺った後、
一服終えた有田がタバコの先を地面でもみ消して口を開く。

797Evie ◆XksB4AwhxU:2015/07/07(火) 21:18:40
「……その、ありがと、な。助けてくれて」
「は?」
顔を上げると、松本は能面のような無表情でこちらを見つめていた。
「別にお前らなんかどうなってもええけどな、こいつらに罪ないやん、葬式行くのめんどいから“ついでに”助けたっただけや。勘違いすんな」
なんとなく分かってはいたが、いざ言葉にされるとイラッとくる。上田が止めるより先に、有田が持ち前の短気を爆発させた。
「なんだと、俺さえ全力だったらあんな奴等一網打尽だっての!相変わらず恩着せがましいなお前らは!!」
「あれー?さっきありがとって言ったのもう忘れてるんですかー、有田さんもしかしてアルツ?」
「だあああムカつく!!やっぱお前と絡むと運気下がるわ!!今度は外科で入院してえか!?」
「あだだだ!い、いつまでもやられっぱなしだと思わないでくださいよぉ!10年前の僕とは違う!」
「やるかこのっ……」
むぎー、とお互いの頬を引っ張り合う二人に、上田は思わず「ぷっ」と吹き出す。あはは、と涙を流しながら笑った。
「っはは……あー、何してんだろ。こっちは5年も苦しんでたってのによ」
そこで有田の攻撃から解放された加賀谷が、「ぷはっ」と息を吐いた。
「……もしかして、“自分達が毎日しつこく追っかけ回してたから薬飲む時間なくて悪化した”とか思ってました?」
「うっ……まあ、そうだな。責任の一端は俺たちにもあると思ってた」
「思い上がりもいい加減にしてくださいよ、たとえ上田さんたちが何もしなくたって、あんだけ仕事詰まってたら
 普通に悪化しますよ、第一コンプライアンス守らなかったのは僕の責任でしょ?どんだけ自意識過剰なんですか」
何一つ反論出来ない。そういえばこいつ曲がりなりにも麻布卒だったかと思い出す。
「……そうやって、自分達だけで何でもかんでも抱えこもうとするの、ずるいです。
 ちょっとくらい、僕にも背負わせて欲しかったのに、いつの間にかどんどん遠くに行っちゃって、
 それで10年もっ……」
そこで初めて、加賀谷が歯を食いしばってボロボロ泣いてるのに気づいた。
「あ、あれっ……変だな、言いたいこといっぱいあるのに、頭空っぽになっちゃって……」
そこから先は言葉にならなかった。空を見上げてあー、と泣く加賀谷に、なぜか有田の涙腺まで切れる。
気がつくと、四人とも身を震わせて、泣きじゃくっていた。余計な言葉は要らなかった。
有田はごめん、ごめんと繰り返しながら、掌の黄鉄鉱に涙をぽと、と落とす。
記憶を取り戻した時も出なかった涙が、後から後から溢れて止まらない。海砂利水魚の10年前の過ちはやっと赦されたのだ。

そのそばで、しっかり目を覚ましていた二人。鍛冶は苦笑まじりのため息をついて、小さく呟く。
「……全部聞こえてたんだけどなあ」
「……しばらく泣かせてやろうぜ。積もる話もあんだろ」
「だな」
鍛冶は平和な気分で寝返りを打つと、ゆっくり目を閉じた。遠回りをせずに済んだ自分達二人の日々に感謝しながら。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

日が傾いて、橙色の光が街を染める頃。
ようやく泣き止んで呼吸の整った四人は、ぼんやりとビルの向こうに沈む夕日を見つめていた。
「……いまさら遅えかもしれねえけど、力を貸してくれねえか」
「ボキャ天の遺産にできることがあるなら、なんでも」
「とぼけんじゃねえよ、もっかいお笑いやるんだろ。お前ら」
照れて頭をかく加賀谷の頭をまた小突いて、上田は立ち上がった。
「今度こそ、終わりにしてえんだ。あのキャブラー大戦を生き延びた奴が、白ユニットに必要なんだよ」
松本ハウスは顔を見合わせると、ふっと柔らかく笑う。
「……はい。僕達でよければ。だけど、一つだけ……」
「なんだ?」
「僕お腹空いちゃいました」
今までのほどよい緊張感をぶち壊す一言に、くりぃむの二人はどっと脱力する。
「一回ごとに焼き肉ビールつき、で手を打ったるわ。あの店、まだあったで」
「……ったく、やっぱ勝てねえんだな。お前らには」
がしゃがしゃと頭をかき回すと、有田は狸寝入りをしていたさくらんぼブービーをたたき起こす。
「とっくに起きてんのは分かってんだよ。若いくせにいっぱしに気ぃ使ってんじゃねえ」
腰をさすりながら起き上がった二人の頭を撫でて、踵を返す。有田の後ろに続いた加賀谷が「上田さんはやくー!」と手招きした。
「……ああ、今行く」
これからはきっと、闘いに彩られながらも穏やかな心で日々を過ごせるはず。
上田はすっかり軽くなった心で、彼らに続いた。

798名無しさん:2015/07/08(水) 10:44:12
>>792
最近小沢が「セカオザ」とかいってまた売れてきてるし、ここも盛り上がって
くれないかなあ、と当方も思っております
ここでスピワ関連の面白い話を書いてくれてた小蝿さん、またここに来てくれないかなあ?

799Evie ◆XksB4AwhxU:2015/08/05(水) 16:56:05
思えば四ヶ月もかかってしまいましたが、最終話です。
投下は初めてでしたが、こんな作品でも面白いと言ってくださった方に感謝です。

『We fake myself,can't run away from there-9-』

____________________________________

ほどよくビールが入ったところで、鍛冶が思い出したように呟いた。
「あ、そういえば肝心なこと聞いてませんでした。木村の石ってどうなっちゃうんですか?」
「あぁ、そうだな……」
上田は箸で肉をつつきながら、考える。
「そりゃ、芸人やめたらもう使えねえよ。いずれ石が別の持ち主に巡りあえば、そいつのもんになるが……
 キャブラー大戦期の石だって、まだ持ち主が見つからなくて野良石ってのもあっからな」
「いやいや、松本は今度芸人に復帰すんだろ?ていうことは、松本に所有権が戻るんじゃねえのか?」
有田の一言で、また上田はうーんと考えこんでしまう。
「とはいえ、お前らの石はコンビでワンセットだからなあ……今まで、一つの石に二人の持ち主ってのは例がねえし……
 そん時にならねえと分かんねえな。木村はどう思う?」
「俺も、上田さんが言うとおりだと思います。まあ引退は近いし、その時を待ちますよ」
口いっぱいに詰め込んだ肉をもぐもぐ咀嚼しながら、木村は呑気に答えた。
「ただ、鍛冶の石だって木村がいなけりゃ使えねえってわけじゃねえだろ。例えば、鍛冶が能力を発動しても、
 味方が避けることさえ出来りゃいいわけだ。バリア張ったりテレポートで逃げたり、いくらでもやりようはあんだろ」
有田のアイデアに、鍛冶をのぞく三人がそろって頷く。
「つまり、俺はまだ戦えるってことですか?」
「まあ、役無しの身になるのは当分先だろうな。お前もその方がいいだろ?」
「はあ……」
鍛冶はまだ釈然としないようだったが、隣で勝手に盛り上がる“初代”の二人をちら、と横目で見た。
快気祝いとばかりに肉を頼みまくり、話し合う自分達には目もくれずに食べている。
「……あのー、加賀谷さんに聞きたいことあるんですけど」
「後にして、今お肉裏返すベストなタイミング測ってんの」
「肉より大事な話なんですよ!ちゃんと聞いてください!!」
鍛冶が大声を上げると、びっくりした拍子に滑った箸が炭火に落っこちた。
「あぁ……」
燃える割り箸を切ない目で見つめる加賀谷に、物凄い勢いで罪悪感がこみ上げてきたが、それはそれだ。
「このオニキスなんですけど」
鍛冶は言うなり、自分の石をテーブルに出して加賀谷の方へ滑らせる。
「あ、それはもちろん鍛冶くんに差し上げます」
加賀谷は箸の先でそれを鍛冶の方へ押し戻した。
「いやいや、先輩なんだから加賀谷さん持っといてくださいよ」
「いやいや、鍛冶くんのほうが若いんだから先輩を労ってよ」
二人の間でぐいぐいと、寄せられては返しを繰り返す石。その様まるで大岡裁きのごとし。

「……アホや、あいつら」
松本がぽつりと呟く。
「……石って、似たような奴を選ぶもんだな」
有田もそれに同意した。

800Evie ◆XksB4AwhxU:2015/08/05(水) 16:56:43
「なあ」
「何や」
「嵯峨根さんに詫び入れようと思うんだけど、ついてきてくんね?」
「……一人で行け」
「そんなこと言わずにさあ!俺あの人の腕へし折っちまってんだぞ!?しかも両方!
 なあ頼むよ、遠くから見ててくれるだけでいいから!」
「はいはい、分かった分かった」
松本は適当な返事をしながら、携帯電話をテーブルの下で開いてメールを打つ。
終わると、壁にもたれてお冷を一気飲みした。まだ石の押し付け合いを続ける二人を横目で見て、呟く。
「俺も、芸人失格かもしれんな」
「どういう意味だよ」
「ずっと考えとったんや。お前はほんまは俺達みたいで、俺達はただ運がよかっただけなんやないかって。
 ただほんの少しお互いの解釈が違っただけで、お前らのしでかしたことが全部お前らの所為っていうわけやないんやろ?」
有田はまた考えこんでしまったが、やがて「そうか」と納得したように下を向いた。
「俺たちに大した違いなんてなかったって事か。そういやお前も楽しそうだったもんな、あの時」
10年前と変わらない黄鉄鉱を掌に乗せて眺める。
「この石は俺たちの歩んできた道を示してたなんて、誰が分かるってんだ」

やがて、店員が「いらっしゃいませー」と間延びした声で挨拶するのが聞こえてきた。
店内に入ってきた男二人は、席に案内しようとする店員を断って座敷へ入ってくる。
「あっ」
木村が有田の後ろに立っている細身の男を指さして、某大物芸人の「うしろうしろ!」のギャグの如く口をパクパクさせた。
いつの間にか肉の奪い合いに変わっていた加賀谷と鍛冶も、野菜を焼いていた上田もその声に振り返る。
「なんだよ……さっ、さがねさん……なんで、ここに……」
振り返ったまま、固まってしまった有田の顔を見て、嵯峨根は面白そうに笑った。
続いて入ってきた西尾は、顔を背けて合掌する。
「なんでって……今度こそホンマに白黒つけるんやろ?」
携帯をパカッと開いて、さっき送られたメールを見せる。

『TO:さがね正裕
 
 黒ユニットとの本土決戦に志願しました。
 少しでも前に進みたいというお気持ちがあるのでしたら、X-GUNのお二人もお力添えをお願いします。  松本』

驚く有田に、両手を広げた嵯峨根は台詞がかった声色で続ける。
「昔のことはもう意味なんかないんや。俺たちは手を取り合わなあかん」
「嵯峨根さん……」
少し感動している有田に向かって、西尾はそれまでの空気をぶち壊す一言を放った。
「せやから……晩飯、奢ってや。それで昔のことはチャラにしたるから」

数十分後。
そこには、財布を下に向けて肩を落とす上田と、西尾に肉をあらかた食べられて落ち込む有田の姿があったという。

【終】

801名無しさん:2015/08/06(木) 22:44:10
おおっ!!乙でした

802名無しさん:2015/08/07(金) 16:47:11
なんかとても充実した内容で楽しませてもらいました
それで当方からの提案ですが、今後の楽しみ方として底ぬけAIR-LINEや
BOOMERなど他のキャブラーの能力とか考えて載せてくのはどうですかね?
底ぬけの場合、新たな持ち主が出てきてなければ今は古坂が3人分の石を持ってそうな気がする…

803Evie ◆XksB4AwhxU:2015/10/29(木) 18:57:55
廃棄小説スレの>>146を読んで、ずっと前にプロットだけ作って放置していたアリキリの短編を投下。
この後どうなるかは全く決めてなかったのでお蔵入りしてました。
設定固まっていないのをいいことに結構好き勝手に書いてしまったものです。

【ekou-1-】

「え……何、これ?」
「見てのとおりだ」

石井はソファに深く体を沈めて、頭を抱えていた。
テーブルの上には、無残に潰れた携帯電話の残骸。
基盤とコードはまだバチバチと爆ぜるような音をたてている。
石塚はそっと、石井のケータイ(だったもの)を拾い上げる。
ひび割れて何も映らなくなったモニタを撫でると、指先にちりっとかすかな痛みが走った。
「……僕は、思い出してしまったんだ」
文章にすれば圏点がついているであろうゆっくりとした発音。
石塚はそれで何もかも悟ったが、あえて分からないふりをして「なにを?」と聞き返した。
ついでにいつもの癖で軽く首を傾げてみせると、石井はふうっと息をつく。
「いや……分からないならいい。知らない方がいい事だ」
「そっか。分かった」
「聞かないのか?」
食い下がらなかったのが不思議だったのか、眉根をよせて少しだけ腰を浮かせ問うてくる。
「石井さんが言いたくないなら、今はまだそれでいいよ」
信頼をこめた一言に、石井は今度こそホッとして表情をやわらげた。
「……いや、話すよ。君との間に隠し事はしたくない」
「嫌な話?」
「ああ。君はとても信じられないだろうし、僕を軽蔑すらするかもしれない。
 だが、事実は小説より奇なり、だ。僕は君に嘘はつかない。座ってくれ」
言われるがまま、ソファに腰を下ろして向かい合う。石井はどう切り出すべきか迷っているのか、
組んだ指をせわしなく動かして、床に落とした視線を彷徨わせている。
(……この人も、こういう顔するんだなあ……)
いつもより弱った相方を見つめながら、石塚はつい一時間前の電話を思い出していた。

遠くから聞こえる着信音に、ゆっくりと意識が浮上する。
まだ完全に覚醒していない頭を振って、ベッド脇に置いておいたケータイを手探りでとる。
名前は表示されていなかった。市外局番から始まる10ケタのそれが、石井の自宅の番号だと思い出すのに
たっぷり5コールを要した。やわらかい枕に顎を乗せて、耳に当てる。
「……もしもし?」
『もしかして寝起きか?
 それならなおさら悪いが、すぐに僕の家へ来てくれないか。大変なことが起きた。
 ……とても電話では説明できない事態なんだ、頼む!』
それきり、ぷつっと電話は切れてしまった。
「あ、ちょっ……石井さん?」
あの声音から言って、ただならぬ事態なのは間違いない。
だが、悠長に電話してきたということは、彼自身に危険が迫っているわけではなさそうだ。
石塚は起き上がり、適当に服を身につけて手早く身支度を終える。家の鍵とケータイをポケットにねじこんだ所で、
ふと、開いたままのチェストの引き出しが目に入った。石塚は引き出しに手をかけると、一気に開けた。

804Evie ◆XksB4AwhxU:2015/10/29(木) 18:59:06
「聞いてるのか?」
不機嫌そうな石井の声が、やけに近くで聞こえた。
思案に沈んでいた石塚は、そこではっと顔を上げる。すると、顔色の悪い石井の視線とまともにかち合った。
「これからは君にも気をつけて欲しいんだ。
 なるべく一人で動くのはやめろ。変なやつから声をかけられたら、
 すぐに逃げろ。もしくは僕を呼んでくれ。それと……今はまだ、
 黒の芸人とは仕事以外で不用意に関わらない方がいい。
 君にとっては一方的な押しつけになって悪いが、従ってくれ」
お願いの形をとってはいるが、その口調には厳しい響きがある。
すぐ頷かなかったのを拒絶ととったのか、石井は今度は命令口調になった。
「いいから、言うことを聞くんだ。
 今まで僕の指図が間違っていたことがあったか?」
石井の心配はもっともで、だからこそ首を横に振れない。
分かっていたが、石塚の首はやけに緩慢な動作で深く前へ垂れた。
「……うん、分かった。石井さんの言うとおりにする」
「分かってくれたんならいい。
 それと、最後に一つだけ。
 ……もし、石を手に入れたら。それが誰かからの贈り物だろうと、拾い物だろうと、
 とにかくまっさきに、僕に知らせるんだ。いいね?」
肩に手を置いて、語尾に力を込める。
毎度思うが、石井のこの人心掌握術はどこで学んだのか。
澄んだ声と美しい滑舌を聞いているうちに、何もかも見透かされているような気分になる。
「それと、これを」
渡されたのは、石井が片手で走り書きしていたメモだった。
いつもより雑な字で、何人かの名前と電話番号が書いてある。
その中でもアンジャッシュの二人には名前の横に星マークがついていた。
「それが、いわゆる白ユニットの芸人だ。そこに名前が上がっている人は安全だと思っていい。
 僕がいなかったら、彼らに助けを求めろ。いいね?」
石塚は操られるように「うん」と返事をして頷いた。そこでやっと満足気に石井の手が離れる。
立ち上がると、石井も後からついてきた。もう話は終わったろうし、ここにこれ以上用事はない。
石井は玄関の鍵を開けると、深いため息をついて眉間をおさえた。
「悪いな、神経がピリピリしていて……とても一人じゃ立ち直れそうになかった」
「いいって。俺にできることならなんでも」
「ありがとう。でも……僕は、守られるより、守る方がいい。
 君は僕の後ろにいてくれ。それだけでいいんだ」
その物言いが少し引っかかったが、石塚は構わず外へ出ようとした。
しかし、ドアノブにかかった手に、後ろから出てきた石井の手が重なって動きを阻む。
「石塚くん」
振り返ると、自分より低い位置にある石井の目とまともにかち合った。
「本当に、石は持ってないんだね?」
嘘をつくのは難しい。澄み切った目で相手を見つめて、疑う余地を与えるな。
低めの声で、ゆっくりと、否定しろ!__頭のどこかでそんな声が聞こえた。
一秒も経たないうちに、唇が微笑の形を作る。
「ああ、持ってない」
石井は安心したように肩の力を抜いて「じゃ」と短く挨拶した。
扉がゆっくりと閉まる。石塚は音のない舌打ちをして、その場を後にした。

帰る道すがら、パーカーのポケットに手を入れて中を探った。
指先が硬いものに当たる。引き出すと、石塚の手には虹色の光を内包した結晶が乗っている。
「石井さん……」
ぎゅっと握りしめる。手のひらが角で痛い。ぎりぎりと握りこんだ。
その痛みが、さっきの嘘を責めたてているようで石塚は下を向いた。
本当はこの石を見せて、一緒に頑張ろうと言うつもりだった。
しかし、弱り切った石井を見た瞬間、その言葉は声にならなかった。
自分はあの人に何をしてやれるのか。この石はどんな役に立つのか。それが分からなくなった。
(もっと、強い石ならよかったな。
 そしたら、俺が石井さんを守ってあげられるのに)
思い出されるのは、混沌と血の匂いで満ちた1999年。ずっと見ていた、石井の背中。
気がつくと、自宅マンションのすぐ手前まで来ていた。
憂鬱な気分のまま、階段をのぼる。鍵を開けて玄関に入ると、ポケットのケータイが鳴った。
デフォルトの着信音ということは、未登録の番号だろうか。
「はい、石塚です」
しかし、電話の相手は無言のままだ。一旦耳から離して画面の番号を確認する。
やっぱり、知らない番号だ。
「もしもし?……どちら様ですか?」
やや怒りをこめて聞くと、電話の相手は笑いながら言った。

805Evie ◆XksB4AwhxU:2015/10/29(木) 19:03:22
『俺だよ、俺』
「……三村さん?」
石塚は四つ折りになったメモを取り出した。白の芸人たちの名前の横、特に接触が多く要注意すべきな
ホリプロの黒ユニット所属芸人たちの名前がある。電源ボタンに指が伸びたところで、
まるで見ているかのように三村が言った。
『おいおい、もうちょっと話聞けって。お前にはライブでぶっ叩かれた貸しがあんだからよ。
 悪の組織、黒のユニットからお電話だぜ』
「……一応、悪いことしてるって自覚はあるんですね。
 あと、俺の相方を洗脳マシーンみたいに言わないでください」
『洗脳だろ?お前の意思で決めたことかよ、それ』
「あのねえ、言っときますけど、俺はキャブラー大戦もこの体で知ってたんですからね!
 こんな弱っちい石で何させたいのかは知りませんけど、俺は黒に協力する気なんて1ミリも」
気がつくと、電話の向こうは再び無音に戻っていた。
「……もしもし?」
「お、石塚のくせにいい感じの部屋じゃねえか」
すぐ近くで聞こえた三村の声に、勢い良く振り向く。
うっかり鍵をかけないままだった玄関に、二人の男が立っていた。
石塚はケータイをポケットにしまって、テーブルの上のペン立てからカッターナイフを取り出す。
刃をチキチキと出す間に二人はもう部屋に上がりこんでいた。
「……無理すんなって、お前に人は刺せねえよ。
 別にお前をとって食おうってわけじゃねえ。仕事上がったついでに来ただけだ」
カッターは右手に構えたまま、石塚は壁に背中を当てる。二人は勝手によっこらせ、と腰を下ろした。
石塚の背中を冷や汗が垂れて、刃先が震えた。さまぁ〜ずの能力はよく知っている。自分一人で……
いや、石井がいても太刀打ちできるとは言いがたい相手だということも。
「お前にな、ちょっと聞きてえことがあんだよ」
大竹が、プラチナクォーツの入った左のポケットを指さした。
一瞬、この石で一瞬だけ隙を作れば逃げられるかもしれない。
……が、ベッドの上にあった名刺入れは、あっという間に三村の手の中に収まった。
話し合いと表現するにはあまりに一方的な流れに、抗議しようと口を開きかけた石塚を、
大竹が手で制して部屋の空気を張り詰めさせる声で言った。
「上手くおしゃべり出来たら、ご褒美だ」

806名無しさん:2015/10/30(金) 23:42:49
お、新作が来てる
アリキリの話ですか

807名無しさん:2015/11/01(日) 02:29:11
>>803-805
投下乙です。面白かった。
「この後どうなるか決めてなかった」とのことですが
現在事情が許すようでしたらぜひぜひ続きをお願いします。

808Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/01(日) 20:51:15
続きは一応考えてあるんです。 

脅迫or洗脳で一旦黒化

誤解から石井、白と争う

なんやかんやあって和解or浄化

ハッピーエンド←こんな風に考えてましたが、石塚さんを短期間とはいえ
黒として使って大丈夫か判断を仰ごうとしたら本スレが消滅したのでお蔵入りだったのです。

809名無しさん:2015/11/02(月) 02:23:36
>>808
石塚の黒化で特に問題になるようなことはないだろうと思います。
短期間で戻るのであればなおさら。

続きが読めたら嬉しいです。

810Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/02(月) 20:49:02
続きが読みたいと言って下さった方がいらっしゃったので投下。
ちなみにタイトルはホリプロ繋がり。

【ekou-2-】

「お前の選べる道は二つだ」
三村は台所で勝手に水を汲むと、一気に飲み干した。
「石井について洗いざらいぶちまけて自分の身を守るか、それとも俺達に“駄賃を払う”代わりに石井からの信頼を守るか。
 ……前者の方がお手頃だと思うがな」
「俺に、相方を売れって言うんですか」
カッターナイフを持つ手が小刻みに震える。大竹がその手に自分のを重ねて、凶器を下ろさせた。座れ、と顎でうながされ、
そのまま床にへたりこんだ拍子に、ポケットから白金色の鉱石が転がり出る。それを握りしめて、心臓を落ち着かせる。
(たとえ俺がここで石井さんと話したことを吐いても、その一度で終わるわけない。
 その弱味につけこまれて、気がついたら黒の操り人形にされるだけだ)
大竹は黙ったまま、成り行きを見守っている。思考は頭の中でぐるぐる回って、まとまらない。
(どう答える?なんて言えばこの場を乗りきれるんだ?……だめだ、思いつかない!!)
石塚は見えないよう、後ろ手にそっとケータイを開いた。操作は見なくても覚えている。電話帳を開いて、あ行から石井の番号を出す。
(……よし、あとはダイヤル……)
決定ボタンを押そうとした。瞬間、三村の手が伸びてきて、それを取り上げる。
「あ!」
「……人が話してる時にケータイいじるのは、よくねえなあ。……石井に何の用があったんだ?」
ん?と画面の番号を見せつけられる。三村の顔からみるみるうちに笑顔が消え去った。
「助けてくれ、とでも言うつもりだったのか?……お前、それはねえだろ。……石井は110番じゃねえ。
 そろそろ答えろ。相方か、それとも自分か」
電源ボタンが長押しされて、画面に一筋の白い線が走った。電源の切れたケータイを返され、石塚はいよいよ逃げられない事を悟る。
イエスか、ノーか。その二択しかない。そして、どちらを選んでも、さまぁ〜ずが約束を守るとは限らない。

(……そんなの、選べるわけねえだろ……!)

二人の良心を揺さぶれたとしても、その上にいる設楽は甘くない。設楽の人を喰うような笑みが思い出されて、背筋が震えた。
石塚はゆっくりと顔を上げた。ごく、と唾液を飲みこんで、からからに乾いた口を開く。
「俺は……」
その後に続く言葉は、喉につっかえて出てこない。怖い。決意を決めているはずなのに、声は情けなく震える。
「さっさとしろよ。こっちも時間がねえんだ」

「俺は、絶対に……石井さんを裏切りたくない。石井さんを傷つけるなんてしたくない!
 あんたたち黒の好きになんかさせない!」

その答えに、三村はため息をついて首をひねった。後ろの大竹に「どうする?」と振り返って問う。
「こいつの意思を尊重してやるしかねえだろ。石井に負けず劣らずの頑固さだ。ただ……」
最後につけたされた言葉に、石塚は知らず知らずのうちに拳を握りしめていた。

811Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/02(月) 20:49:32
「こいつは使えるかもしれねえ」
「はあ?何言ってんだお前」
大竹は三村を押しのけると、前に座って石塚の目をまっすぐ見すえた。
「なあ、石塚。お前……いい子だもんな。お前が悪いことしても、きっとみんなお前のことは疑わねえよ。
 お前がそんなことするわけないって、あの石井まで信じきってる。そういうの、この世界じゃ希少種なんだぜ?
 だって世の中、何もしてないのに疑われる奴もいるからな。あいつはきっと裏の顔がある、
 あいつはなんか雰囲気が怪しい……そんな風に」
気がつくと、石塚は左手をとられていた。ちょうだいをするようにひっくり返った手のひらに、何か硬いものが落とされる。
それは、独り者がするには不自然な、小さな水晶のついた指輪だった。大竹の指がそれをつまんで、眼前にかざす。
「わりいな、何の成果もなしに帰るわけにはいかねえんだ。
 ……お前が考えてるほど、俺らも自由ってわけじゃない」
結婚式の指輪交換のように、薬指が持ち上げられた。爪の先に当たると、指輪はすんなりはまる。
指輪の正体に石塚の思いが至った瞬間、大竹はうつむいて呟いた。
「……ごめんな」
直後、指輪から黒い炎がたちのぼるのが、見えた気がした。同時に、心臓を冷たい手で握りしめられるような感覚が襲う。
「あ、……あ゛っ、!…ぐっ……ぅ……」
胸を抑えて床に倒れる。胸の奥から何かがせり上がってくる感覚を、クッションに爪を立ててやり過ごす。
表現しようのない不快感に、手が動かない。薬指にはまった指輪が、ぎりぎりと痛んだ。
「石塚!」
駆け寄ろうとした三村を、大竹が止めて首を横に振った。
「……たす、け……、いし……いさん……」
苦悶の合間に喘ぐように発せられた名前に、三村は耐えられないとばかりに目を背けた。

同じ頃、石井は自宅で写真立てを拭いていた。
最近仕事がたてこんでいたので、ガラスはすっかり曇ってしまっている。雑巾で丁寧に拭きとると、棚に戻そうとした。
「あっ」
手が滑った拍子に、写真立てはフローリングに落ちてわずかに跳ねた。恐る恐る見てみると、
案の定、ガラスのフレームには斜めにひびが入って砕けている。
「……こりゃ、もう使えないか。スペアもないし……参ったなあ」
ガラス片を片付けるために、中の写真を引き出す。それはまだコンビを結成したばかりの頃に撮った最初の宣材写真だった。
(そうか。もう10年以上も経つんだね……)
懐かしさにそっと指でなぞる。思えばこの頃は石塚もまだ未成年で、自分たちは先が見えない代わりに疑わないでいられた。
苦しい下積みの先には素晴らしい未来が待っている。きっと楽しい日々がある、と。
『いいって。俺にできることなら、なんでも』
さっき玄関で振り返りざまに笑った顔が浮かぶ。同時に、何か嫌な予感が胸をしめつけた。
「……考えすぎか」
ドラマじゃあるまいし、何でもかんでも凶兆に結びつけるなど馬鹿らしい。第一何の予感だというのか。
石井は笑って不安を打ち消したが、一度生まれた小さな炎は、なぜかいつまで経っても消えなかった。

「……おい、ちゃんと正気か?」
目の前でひらひらと何かが動く。それが大竹の手だと理解するのに、しばらく時間がかかった。
石塚は床に横向きに倒れたまま頷いた。浅い呼吸を繰り返して、ゆっくりと体を起こす。三村があわてて手を貸すが、
今度は大竹も止めなかった。ベッドに倒れこむと、丸められた紙片が顔の横にぽて、と落とされる。
「今度は黒の集会で会おうぜ。それに地図が書いてあっから、遅刻すんなよ」
「……俺が、白に知らせたら?」
大竹は肩をすくめて答えた。
「お前は知らせねえよ。いや、できねえと言ったほうがいいか?」
石塚は理由を聞こうとしたが、言葉は声にならなかった。瞬きするごとに頭が重くなって、意識が遠ざかっていく。
「だってお前はもう……」
その先は聞こえなかった。
眠りに落ちる前、最後に見えたのは、廊下へと消えていくさまぁ〜ずの背中だった。
玄関のドアが閉まるのと同時に、石塚の意識も再び深い穴の底へ落ちていった。

812Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/02(月) 20:50:25
◆◆◆◆◆◆◆◆

翌日。
石井は約束の時間よりかなり早く稽古場に現れた。おはようございます、と遠くから叫ぶ後輩に挨拶を返して、
ネタ合わせのために持ってきた台本をテーブルの上に広げ、椅子に座って相方を待ち構える。
「ねえ、石塚くんまだ来てない?」
遠くで練習していた岡安に向かって叫ぶと、喉を無駄に消耗しないためか両手でバツ印を作って首を振った。
約束の時間までまだ30分近くあるのだから、来ていなくてもなんら不思議はないのだが、昨日からどうも胸騒ぎがする。
電話してみようかと思った時、稽古場のドアがそっと開いた。石塚は普段通りに明るく挨拶をして、相方の所へ来た。
「おはよ、石井さん」
「おはよう、どこか具合が悪いのか?」
「なんで?」
「……声がかすれてるし、いつもより半音低い。寝癖ついてる。顔色も悪い。僕は案外君を観察してるんだ」
順番に指摘していくと、石塚は喉に手を当ててふっと笑った。
「ごめん、実はちょっと風邪気味でさ」
「やっぱりか。じゃあ今日は早めに終わらせて帰ろう。しっかり治したほうがいい」
「うん……ありがと、石井さん」
石井は立ち上がると、気にするなというように石塚の背中を軽く叩いた。
「ちょっと、トイレ行ってくるね」
「ああ」
コートを脱いで椅子にかける。稽古場を出る寸前、石井をもう一度振り返った。いつもどおり姿勢よく座って、
台本に線を引いている。石塚は顔を背けて、足早にその場を立ち去った。

男子トイレの手洗い場。冷たい水でバシャバシャと顔を洗って、鏡を見る。石井に指摘された時、
少し体がこわばったが、上手く誤魔化せたようでホッとした。
「……これでいいんだ」
袖に隠していた左手の薬指。外そうと指をかけた瞬間、嘔吐感がこみあげた。
「うっ」
個室に駆けこんで膝をつき、便器の台座を上げる。しかし、吐きそうで吐けない、気持ち悪さだけが胸に広がる。
しばらくすると吐き気はおさまったが、代わりに手が細かく震えていることに気づいた。
「風邪じゃ手は震えねえよな」
肩越しに聞こえた声。振り返ろうとした体を押さえつけられ、便器の方へ追いやられる。
「ちょっ、何す……」
大竹は後ろ手に鍵を閉めると、黙れ、と口だけを動かして石塚の口を右手で塞いだ。
抵抗しようと手を振り上げると同時にドアが開く音。男にしてはやや軽い足音が、手洗い場のところで止まった。
「石塚くん、いないのか?」
おかしいな、一階の方に行ったのかなと呟く声。石井は男性用小便器の並んだ前を通りすぎて、個室のドアを
コンコンと二回叩いた。大竹が左手で叩き返すと、「石塚くん?」と聞き返してくる。
「俺だ、俺」
「ああ、大竹さんでしたか」
「おう。どうかしたか?」
答える間も石塚の口に当てた手は離さない。
「いえ……何でもありません」
「そっか、じゃあ俺そろそろ出っから、どいてくれるか?」
「いえ。失礼します」
石井が出て行くと、やっと大竹の手が離れた。呼吸を整えながら、まだ震えの止まらない手でフタをおろしてその上に腰かける。
恨みがましい目で見上げると、大竹はなんでもないような顔で腕を組む。

813Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/02(月) 20:51:02
「俺と一緒にいる所を石井に見られたら、困るのはお前だろ?
 ……まあ、悪かった。お前とゆっくり話せそうな場所がなかなかなくてな」
「で、何か用ですか」
「お前にプレゼントがあんだよ。口開けろ」
「え?」
「いいから開けろ、指突っこんで無理矢理こじ開けられてえのか」
低い声ですごまれ、おずおずと口を開ける。そこに、何かが押しこまれた。砕いたキャンディーのような、鋭角のある物体。
(……これ、黒の欠片だ!)
吐き出そうとするが再び口を塞がれる。息苦しさに喉が動いた瞬間、石塚は無意識にそれを嚥下していた。
固形物だったはずのそれは舌に触れると、どろりと粘性をもった液体に変わって食道を落ちていく。
大竹の手が離れると、昨日から数えてすでに三度目の窒息に、石塚は激しく咳き込む。
「いきなり何てことするんですか!」
「おいおい、感謝こそすれ恨まれる筋合いなんてねえぞ。どうだ、楽になったろ?」
言われて、手の震えがおさまっていることに気づく。朝から続いていた鈍い頭痛も、いつの間にか消えていた。
「それで今日一日は保つだろ。じゃ、頑張れよ」
「ま、待ってください!」
出ていこうとする大竹の腕をつかんで引き止める。
「なんで……なんで、黒の欠片なんか」
「まだ分かんねえのか?その指輪だよ。そいつは熔錬水晶って石で、まあ……大量生産品だ。
 黒の下っ端に持たされる石なんだが、水晶にしちゃ黒っぽく見えんだろ?」
「まさか、これが」
「そうだよ、黒の欠片が混ざってんだ。あ、言っとくけどいまさら外しても無駄だぜ?」
大竹はかがんで、石塚の胸ポケットからプラチナルチルクォーツを取り出して見せた。
「こいつもお前に似て健気な石だよなあ。大抵のやつは一発で黒に染まるのに、お前はまだふらふらと
 白黒を行き来してる。欠片への抵抗力が強いんだな」
鍵を開けてドアを開け放つと、思い出したように振り返る。
「ああ、そうそう。石井がまた撮影入ったんだって?」
「……それが、どうかしましたか」
「無事に仕事に行けるといいな、最近はなにかと物騒だろ。
 ……お前がいい子にしてたら、何もしねえよ」
脅迫めいた言葉の意味を問う前に、大竹は出て行ってしまった。
「……戻らないと」
立ち上がったところで。ケータイがメール受信を知らせる音を鳴らした。受信ボックスを見ると、
未登録のアドレスから一通来ている。石塚はため息をついて、ケータイをパチンと閉じた。
(俺のまわりは、どうにもならない事ばかりだ)

◆◆◆◆◆◆◆◆

「おう、元気してた?」
廊下の向こうから歩いて来たのは、石井にとって最も接触したくない相手。今日は石塚の具合が悪そうだったので、
ネタ合わせも早めに切り上げる事になった。帰るまでの時間をどう潰すか考えていたので無視しようかと思ったが、
設楽は(行き先は反対のはずなのに)さっさと石井の隣りに立って歩いた。
「……設楽」
「最近忙しいらしいじゃん、がんばってね」
「あ、ああ……」
「そうだ、聞いてよ。うちの娘がさあ、日村のほうが俺より好きだって言うんだよ。
 どこが?って聞いたら日村のほうがお腹がぽよぽよしてて乗っかると気持ちいいから、だってさ。
 ひどくねえ?腹たったから日村しばらく出禁にしようかなんて思っちゃったりして。まあ冗談だけど」
調子が狂う。設楽の目的は何なのか。まさか、ただの世間話というのでもあるまい。石井は設楽の言葉を聞き流しながら、
自動販売機でコーヒーを買う。プルタップを指で開けて、飲もうとしたところで自分をじっと見る視線に気づいた。
「いや、ごめん。飲んでいいよ」
くすくす笑いながら設楽が手を振る。言われなくてもそのつもりだ。半分ほど飲んだところで、また視線が気になって
設楽の方を振り向く。あいかわらず腹の中が読めない、貼りついたような笑顔で石井を見ている。
「何か?」
「嵐は思いもよらないところから起こる。そして激しい雨風が過ぎ去った後には、何も残らない。
 人は、近づいてくる灰色の雲に気づいた時に、はじめて嵐の訪れを知るんだ。それまでは毎日が晴れだと信じて疑わない」
「誰の詩だ?」
「いや、個人的な人生観だよ。邪魔して悪かったね。じゃ、また今度」
設楽はくるりと踵を返すと、手を振って去っていった。その姿が廊下の向こうに消えると、石井も缶をゴミ箱に捨てる。
「……読めない相手は疲れるな」
呟き、また歩き始める。石塚ならこんなことはない。言葉に裏表などないし、感情は素直に表してくれる。だから気を張る必要もない。
廊下の窓から空が見えた。青空の向こうに灰色の雲が散り散りに浮かんでいるのを見て、設楽の言葉が思い出される。
「……あれで揺さぶりをかけたつもりなのか?」
石井はふっと笑って、リュックを背負い直し歩いて行った。

814Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/02(月) 20:51:23
同時刻。石塚は誰ともはち合わせないように非常階段を使って外に出た。フェンスを乗り越えて、裏通りに出る。
トイレで受けとったメールには、簡単な命令が書かれていた。添付ファイルにはターゲットの顔写真と、
ターゲットを待つべきポイントを記した地図。
走りながらケータイを耳に当てると、向こうからはなんとも愉快でない声が聞こえてくる。
『記念すべき最初の仕事だよ。上手くできたらご褒美あげる。
 相手に下手な情けなんてかけるなよ、それと、白に情報流したりってのもナシだ。
 まあお前にそんな器用なマネできないのは知ってるけどさ』
「要は、逆らうなって言いたいんだろ!」
人通りの少ない路地裏を走り抜ける。ターゲットの帰り道はたしか一本向こうの通りだ。
『ああ、それと……言わずもがなだと思うけど、石井の身に何かあっても、それは黒とは“何の関係もない”
 俺の言葉の意味は分かるね?……じゃあ、頑張って』
ブツッと音がして、通話は一方的に切られた。
「もしもし、設楽!?」
ケータイに向かって怒鳴ってみても何も始まらない。石塚はとりあえず電柱の影に姿を隠した。
「……あ、顔」
パーカーのフードを下ろして顔が見えないようにする。心もとないが、顔バレの危険性は限りなく低くしたい。
念のため道路脇のミラーで確認した。
どうせ洗えば縮んじゃいますよ、と言いくるめてワンサイズ大きいものを買わせてきた洋品店の売り子に感謝した。
前が見えづらいという欠点もあるが、フードの影は黒く顔にかぶさって、口元すらよく見えない。
(……来た!)
ターゲットが歩いてきた。自分と同じか、少し年下くらいの金髪の男だった。
石塚は胸に手を当てて息を整えると、10メートルほど離れてついて行く。歩きながら、さっきのメールの文面を思い出す。
『こいつは、黒ユニットに自分から頼みこんで入ってきたくせに、
 すぐ怖気づいて白に情報を流した裏切り者だ。
 幸い、白はこいつの石を奪っていない。適度に叩き潰して、回収しろ』
「……ごめん」
それが目の前の男に向けたものか、それとも石井に対してのかは、自分にすら分からなかった。
人通りのない路地に男が足を踏み入れた瞬間、石塚は速足で近づき、その肩に手をかけた。

815名無しさん:2015/11/03(火) 08:05:06
あ、続き来てる
今後スピワとか出てくるのかな?楽しみ

816名無しさん:2015/11/03(火) 23:19:51
設楽VS石井、読み応えありました。
まだお互いに探ってる状態で一見普通の友人同士の会話にしか見えないのに設楽の迫力が半端ない。
それに対する石井の只者じゃない感もすごい。
それにしても、所持石の能力関係なくナチュラルで「洗脳マシーン」呼ばわりされる石井って……。

817Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/07(土) 19:12:21
ちょこっと修正して落とします。時間軸的には05年6月ごろをイメージしていました。
>>146で児嶋が番組終了からしばらく経つのにまだ愚痴ってる、というのを踏まえて、
05年2月の終了からワンシーズン後くらいだろうか、と思ったので。ところで、熔錬水晶の発動条件に「体に触れる」って
ありましたっけ……そこは直していないので、もし違うのでしたら次から修正しておきます。

【ekou-3】

金髪の男が、ぎょっとしたように振り返った。その隙を逃さずに膝で背中を押して地面に引き倒す。
「な、なんだよお前っ……まさか、黒の!?」
それには答えず、暴れる男のポケットを探る。要は石を回収さえすればいいのだから、石だけ素早く抜き取ってしまえばいい。
(あーもう、なんでボタンつきなんだよ!)
指先がからまって、うまく外せない。それでもなんとかズボンのポッケを調べ終わると、ジャケットに手をかける。
石塚は実際、戦闘経験も浅かった。完全に補助系の能力だったからというのもあるかもしれない。
男が最後のあがきとばかりに拳を振り上げさえしなければ、上手く行ったはずだった。
「……うッ」
ガッと鈍い音がして、頬に衝撃が走る。軽い平手打ち以外のパンチを、しかもエルボーをくらうなど初めての経験だった。
目の前が一瞬ぶれて、体から力が抜けていく。
(……え、俺……今、殴られた?)
その隙を逃さず、男はもう一発、頬に拳を叩き込んできた。
頬が熱を持って腫れてくる。歯が二本ぐらついていた。呼吸をするごとに口の中に鉄の味が満ちる。
(……痛い。ていうか熱い……)
石塚は頬を押さえてその場に膝をついた。痛みよりなんとも言えない惨めさのほうが勝った。
目頭が熱くなる。どうしてこんなことになった?自分はただ、石井と平凡な日常を生きていたいだけなのに。
不覚にも涙がこぼれた。袖口で拭っても、後から後からあふれて止まらない。
「畜生!」
男は立ち上がると、ペッと唾を吐いて背中を向けた。待ってと手を伸ばそうとして、薬指にはまった熔錬水晶が目に入る。
(これを使ったら……使っちゃったら、俺は本当に)
黒ずんだ結晶が、ぼんやりと昏い光を放った。耳の奥で、設楽の声がリフレインする。
『石井の身に何かあっても、それは黒とは“何の関係もない”……俺の言葉の意味は分かるね』
石塚は人さし指を伸ばして、残りの指を内側に折り曲げた。
一を数える時のようになった指の先はまっすぐ、男の背中に狙いを定めている。
(……それでも、俺は石井さんに無事でいてほしいんだ。だから、そのためなら)
非常に小さな小粒の光球が集まり、一つの光になった。男は気配に立ち止まり、振り返る。

「俺が、悪者にもなってやる」

無意識の手の震えが、照準をわずかに狂わせた。光の弾丸が、男の肩をかすめて背後の壁に孔を空ける。
「チッ……しつけえ野郎だな!」
男は、背中のリュックからコーヒー缶を取り出してタップを開ける。そのまま一文字を描くように動かすと、道路に
点々とコーヒーがこぼれ落ちた。男は指で丸を作ってくわえると、「ピッ」と指笛を吹く。
瞬間、石塚の足元から青い光が放たれる。後ろに飛びのいて避けるのと、道路がまるで地震の時のようにボコッと
隆起して割れるのは、ほぼ同時だった。
「ぐっ……!」
右手にぬるりとした感触。見ると、手の甲が爆破で飛んできた破片で裂けたのか、斜めに切れて血が滲んでいた。
布で血の流れをせき止めようとするが、あっという間にパーカーの裾が真っ赤に染まる。
「……ははっ、どうよ俺の石は?……まだ終わりじゃねえぞ、俺を襲った分は倍にして返してやる!」
すっかり逆上した男は一歩ずつ近づきながら、コーヒー缶を振り回す。
点呼のように吹かれる指笛が響くたびに、予測不可能な箇所から爆発がおこった。石塚も避けながら狙撃するが、
元々素人なところに持ってきて、動いている的を狙い撃つのは難しく、まったく見当はずれの場所に当たる。

818Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/07(土) 19:13:45
(やばい、このままじゃいずれ直撃だ。
 ……弾切れまで待つってのもアリだけど、どうせストックあるんだろうしな……)
石塚は電柱の影に隠れて、苦手な思案を巡らせる。ふと、右手の指先からぽた、ぽたとこぼれ落ちる鮮血が目に入った。
胸に手を当てて、激しく脈打つ心臓を抑える。何回か深呼吸すると、覚悟が決まった。
「おい、逃げてんじゃねえぞ!」
男はすっかり勝利を確信したらしく、強気に煽った。言われた通り電柱の影から石塚が出てくると、にんまり笑う。
石塚が歩き出すのと同時に、男もコーヒー缶を振るった。残り少ない中身が全てパーカーの前身頃にかかる。
「ピッ」と鋭い指笛が鳴る。しかし、青い放射光は出なかった。
「なんだと!?」
男が驚きの声をあげる。同時に、銃声に似た音が響いた。
ほぼゼロ距離からの弾丸が、男の腹に深くめりこむ。あまりの圧迫感に、男は呼吸もできず立ち尽くした。
石塚の指がゆっくりと下ろされると、腹を抑えて短く息を吐く。
「ぅ、ぐ……」
服にじわりと血が滲んで、内部から痛みが波のように押しよせる。
石塚は地面に倒れこんだ男のジャケットを探った。案の定、胸ポケットからブレスレットに加工された宝石が出てくる。
立ち上がると、「待……て……」と弱々しい声が引き止めた。
「お前……なんで……何を、仕込んでやがった……」
石塚は無言で、着ているパーカーを指さした。点々とついた染みは、夕暮れの薄暗い光に慣れた目に、ゆっくりと本来の色を教えた。
「……はっ、そういうことかよ」
ぱっくり裂けた右手の傷口とその赤い染みを見くらべて、男は自嘲気味に笑った。
男の笑いは、石塚の姿が路地の向こうに消えた後も、しばらく止む事はなかった。


収録終わりでいい気分だったので、夕暮れを見ながら散歩して帰ろうと思ったのがよくなかった。
のんびり歩いているうちに、空気にただならぬ気配が混ざる。それは、つい5、6年前まで当たり前に感じていた……そして
最近ふたたび感じるようになった気配。黒ユニットの人力舎白掃討作戦が失敗したのは聞いていたが、それにしても
この頃の黒はまたなりふり構わないようになった。
「……ここからが本番、ってか?」
第六感が激しく打ち鳴らしていた警告を無視して、深沢は走りだした。中年を間近に控えた体に全力疾走はいささかきついが、
構わず走り続ける。すると、人気のない路地裏から断続的な爆発音が聞こえてきた。
爆発で舞い上がったコンクリート片からとっさに顔を庇うと、パンッと乾いた音が響き渡る。
恐る恐る顔を上げると、金髪の男が地面に倒れていた。もう一人……フードを目深にかぶった男が、倒れた体を乗り越えて
こちらに歩いてくる。あわてて公園に入ると、草むらに隠れて男の顔をうかがった。
パーカーの男は、奪った石をポケットに入れて、あたりをきょろきょろと落ち着きなく見回した。
やがて人の気配がないのを確認した男は、フードに手をかけ一気に脱ぐ。
「……ッ!?」
深沢は驚きのあまり、息を呑んだ。
フードの下から現れたのは、自分もよく知っている……いや、だからこそ最も『黒』だと信じられない人間だった。
「石塚?」
呟きはほとんど吐息となって、消えていく。
むしろ相方の石井の方が、いまいち腹の中が読めない部分があり、黒だと言われてもあまり違和感がないように思える。
普段は冷静で知的な雰囲気の男。ドラマでも同じような役どころの多い石井だが、自分で書いたコントの登場人物になると、
たまに、お芝居だと分かっているこちらでもぎょっとするような狂気を放つ事があるからだ。
(やっぱり、あの合理的な石井が黒に与するってのは考えにくい。
 それに、アリキリの二人とも黒だっていうなら、石井が一緒にいないのはもっとおかしい。
 つまり……石塚の方だけが……一番ありえないパターンじゃねえか)

819Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/07(土) 19:14:12
しかし、石塚からは黒の芸人特有の禍々しさはあまり感じられない。まだ仲間になって日が浅いのか、黒ユニットのやり方にも
慣れていないようだ。石塚が足早に立ち去った後も、深沢はしばらく立ち上がれなかった。額に手を当てて、低く呻く。
「……だめだ、あいつは黒になんか入れちゃいけない。……なんとかしてやらないと」
深沢は立ち上がり、ズボンについた砂埃をはらう。それから、まずは救急車を呼ぼうと公園の電話ボックスに走る。
「もしもし……はい、救急です」
手短に通話を終えると、受話器を戻す。がちゃんとやけに大きな音がして、年甲斐もなく心臓が跳ねた。
狭い電話ボックスを出ると、ため息をついて髪をかきあげる。東にも知らせたほうがいいかと考えたが、
東もあれでなかなか、すぐに熱くなる江戸っ子気質の持ち主だ。逆上してますます状況を悪化させかねない。
「あー、なんで俺がこんな悩まなきゃいけねえんだよ!」
深沢は、次々に浮かぶ苦悩の種を振り払うように髪をかきむしった。
(逆に黒ユニットを利用してやるような、したたかな奴なら心配なかったんだけどな……
 石塚の性格じゃ、気づいたら泥沼にはまっちまうのがオチだ)
ベンチに座って考える。救急車のサイレンが近づいてきて、公園の近くで止まった。中から救急隊員がばらばらと降りてきて、
路地に倒れた男を担架に乗せている。深沢は背もたれに体を預けて空を見上げると、降って湧いた厄介事にため息をついた。
「さて、これからどうしようか……」
橙色の夕暮れは、いつの間にか雨雲が浮かぶ仄暗い青に変わっていた。


翌朝。疲労のあまり、帰りつくなりベッドに倒れこんで寝ていた石塚は、
薬指の皮膚に、歯を立てられているような鋭い痛みを感じて目を覚ました。頭も痛い。おまけにまた手が小刻みに震えている。
おまけに昨日殴られた頬が腫れて熱をもっている。氷袋を当てて冷やすが、黒ユニットに労災があるのかどうかが気になった。
『それで今日一日は保つだろ』
大竹の言葉が思い出された。あんな少量の欠片を飲むのでもあんなに苦労したのに、一体どれだけ飲めばこの症状は治まるのか。
考えるだけで憂鬱な気分だ。そういえば、稽古場にコートを忘れてきた。
「もしかして、毎日飲まなきゃダメとか?……嫌だなあ」
通話履歴を確認するが、設楽からの着信はない。一応命令どおりに石は奪ってきたが、なんのアクションもないというのは
逆に不気味で恐ろしいような気もする。そこまで考えたところで、薬指の痛みが再び盛り返してきた。
「いって……何なんだよこれ、呪いの指輪かよ!」
起き上がって外そうとするが、なぜかがっちりと喰いこんで離れない。しまいには無理矢理ねじるようにして外す。
床に転がった指輪をテーブルに置くと、そこでケータイが鳴った。耳に当てると、かすかな引き笑いが聞こえる。
『よお石塚、そろそろ限界か?』
「……大竹さん」
『設楽から伝言だ。“明後日、黒ユニットの集会が開かれるから、地図の場所に来ること。あ、そうだ。
 今はたまたま黒の欠片のストックがないから、あと二日間頑張ってね”……だそうだ』
設楽の語り口を流暢に真似しながら伝えてくる。たまたまない、というのが嘘なのは石塚にも分かった。
ぎりぎりまで焦らして、堕ちてくるのを待っている。残酷なやり口だ。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!じゃあ俺あと二日もこんな……」
『じゃあ、俺は忙しいから切るぞ。また明後日な』
「大竹さん!」
叫びも虚しく、通話は切られた。ケータイを放って、またベッドに倒れこむ。気休めと分かってはいるが、
頭痛薬を水なしで噛み砕く。まるで夢と現実を行き来しているような、ふわふわした感覚。
ちょっとでも気を抜くと、どす黒い思考に引っぱられそうになるのを、爪を噛んでこらえる。
「……怖いよ、石井さん」
石塚は体をぎゅっと丸めて、やり過ごすために目を閉じた。

820Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/07(土) 19:15:02

それから二日間、仕事がなく丸々休みだったのは幸運だったと言えるかもしれない。
設楽がそれを知っていて欠片の処方を調節させたということも考えられるが、とにかく集会の日まで、
石塚は家から出ずにほとんどベッドの中で毛布をかぶって過ごした。禁断症状にも波があるのか、その日の朝は
弱い頭痛があるくらいで、手の震えもおさまっていた。
「もしかして、お前か?」
指先で摘んだプラチナルチルクォーツに話しかけてみる。期待したわけではなかったが、石は光りもしなかった。
薄情な石だ。石塚は出ようとして、テーブルに置きっぱなしだった熔錬水晶の指輪を見る。
「……お前とは、あんまり長く付き合いたくないな」
石塚は迷った末、指輪をポケットに突っこんで家を出た。

「おいっ、どうしたんだ、その怪我!」
稽古場に入って挨拶するなり、石井は血相を変えて飛んできた。頬の腫れは引いていたが、右手の傷口はまだ塞がっていない。
石井は(昨日傷口が開いたせいで)また赤く滲んだ包帯と相方を見くらべて、顔色を青くした。
「……まさか、黒に」
「ち、違うって!料理してたらうっかり手が滑っちゃって、それで……ザックリと」
二日間のうちに用意しておいた言い訳を話すと、石井は呆れ顔になった。
「なんだ、心配して損した……冗談だよ。君からは目が離せないな」
笑いながら、忘れていったサマーコートと、ホチキスで留められた台本を渡す。
「検閲、頼むよ。君が修正してくれないと始まらない」
「俺、今回は死にたくないなあ。グロい?」
「これでも抑えたつもりなんだけどね。どうも生まれついた性質っていうのは変わらないらしい。
 ……しっかりしてくれよ。君が僕の分まで明るくしてくれないとバランスがとれない」
石井が行ってしまうと、台本をめくる。
文字を書こうとした瞬間、痛みで指の力がゆるんだ。机に転がった赤ペンがやけに大きな音をたてたおかげで、
稽古をしていた後輩たちがぎょっと振り向く。
「バランス、か」
石塚は手を振って彼らを安心させると、そっとぎこちない動作で左手に持ち替えた。

地図を頼りに走るタクシーが泊まったのは、石塚の収入では一生縁がないであろう、神楽坂の一等地にある料亭の前だった。
驚く運転手に料金を払って降りる。タクシーが走り去ってしまうと、石塚はサマーコートのポケットに手を突っこんで
上品な佇まいの門構えを見上げた。六本木の帝王と呼ばれた元首相も、こんな場所で飲み食いしたのかと思いを馳せる。
「……黒って、どこからお金もらってんだろ」
門をくぐって、引き戸を開ける。すると目に飛び込んできたのは、つやつや光る檜の床や実に達筆な掛け軸などの調度。
「う、うわっ!なんだよこれ、いくらすんの!?」
自分のあまりの場違いぶりに、顔が真っ赤になる。やっぱり出ようかと踵を返しかけた瞬間、
「お待ちしておりました、石塚様」と抑揚のない声が背後から聞こえた。
「え?」
振り返ると、いつの間にいたのか、仲居が背筋をぴんと伸ばして立っている。顔はロボットのように無表情で、眉一つ動かさない。
「皆様、もうお見えになっております。あちらへ」
見ると、仲居の手は廊下の一番端にある座敷を示していた。
閉じた襖の前に行くと、中から「いいよ、入りな」と声がする。石塚はそっと襖に手をかけて開いた。

「ああ、ちゃんと来たんだ。どっかで迷子になってんのかと思ったよ」
設楽は言いながら、杯に口をつけて一気に飲み干した。
同期なだけに遠慮がない物言いだが、対する石塚はといえば、そこに広がる光景に驚きを通り越して恐怖を覚えていた。
長いテーブルに並んだ、刺身の盛り合わせや懐石料理、何本もの日本酒。席についているのは、若手から大物まで、
事務所も年齢も幅広い者達。何より恐ろしいのは、彼らのほとんどがにこりともせず、淡々と同じリズムで箸をつけて
料理を口に運んでいることだった。まるでそうしろとプログラミングされたような動作に、石塚は思わず一歩後ずさる。
「どしたの、遠慮せずに座んなよ。……ああ、もしかして和食苦手だった?
 じゃあ食べたいもの教えてよ、なんでも持ってきてやるから」
普段なら「設楽さんふとっぱら!」とでも言ってふざけるところだが、目が笑っていない。
(は、はやく座んないと……)
石塚は、なるべくはじっこの方に空いている席を探した。しかし、なぜかどこにもすでに先客がいる。
結局、上座で飲んでいる幹部三人のすぐ隣の座布団に腰を下ろすはめになった。
しかし、箸は取らずに周りを見回す。黒に少しでも味方になってくれそうな芸人はいるのか、知りたかった。

821Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/07(土) 19:15:25
なぜかさまぁ〜ずの二人はいなかった。都合がつかなかったのかと思い直して、そっと向かいを見る。
(あ、あれ、猿岩石の。たしかほぼ同期だったような……)
有吉は退屈そうな顔で酒を飲んでいた。表情があるのに少し安心するが、口をきいた事もないのに声をかけられそうにない。
(その隣にいるのが、なんだっけ、いつもここから?一人しかいないけど……うわ、ネプチューンまでいる!)
堀内は石塚と目が合うと、なぜかしーっと指を唇に当てた。意味が分からず顔を背ける。
すると、もろに小林と目が合ってしまい、あわてて下を向く。
(……やばい、スゲー居心地わるい……)
やがて、小林が隣の設楽に何やら目配せした。

「……じゃあ、今日は転校生がいるからね。みんなに紹介しよっか」
設楽が手を叩くと、全員食べるのをやめて箸を置いた。
「知ってる人もいると思うけど、アリtoキリギリスの石塚義之くん。
 俺とは同期の桜だから、みんな仲良くしてやって」
ややふざけた挨拶に、まばらな拍手が起こった。石塚はとりあえず軽く会釈をする。
設楽は今度は石塚の方を向いて、飲め、というように杯を差し出した。
「歓迎するよ。本能に忠実な奴は嫌いじゃないからね。これはほんの挨拶代わりに」
口をつけるが、水を飲んでいるように味気ない。心なしか、設楽の声がいつもと違うような気がした。
「そういえば、さっきから一言も喋ってないよね。どうしたの?お前らしくないじゃん。
 慣れない場所で緊張してる?それとも……俺が怖い?」
「えっ……」
いきなり核心を突かれて、杯を取り落とす。幸い、下がやわらかい座布団だったおかげで割れなかった。
「お前の考えてることなんて手に取るように分かるよ。素直だし、感情がすぐ表に出る」
設楽は実に面白そうな笑みを浮かべて、落ちた杯を拾い上げた。
「お前は賢い選択をしたんだ。そうだろ?だって、お前はいつも不自由だったもんね」
「言ってる意味が……よく分かんないんだけど」
また酒が注がれ、石塚の前に杯が来る。
「お前は常に、周りの奴らが望む姿をモンタージュみたいに作って生きてるってことだよ。もっと言えば、
 いつも石井の言うとおりに動いてる。石井の背中の後ろに隠れて、おとぎ話のお姫様みたいに守られて。
 キャブラー大戦の時だって、そう……」

石塚はその単語が出た瞬間、杯をつかんで、設楽の頭から中身をぶちまけた。
その場がざわめく。幹部の設楽に楯突くなど、黒の芸人たちのほとんどが初めて目にする光景だった。
「もしかして、怒った?」
髪から日本酒の匂いのする水滴を滴らせ、設楽は引き笑いを漏らす。隣の小林も土田も、たった今起こった出来事に
驚愕の表情を浮かべていた。急に訪れた静寂に、石塚は杯を持ったまま、はっと気がついて狼狽え始めた。
「あ……ちが、これは……」
「何が違うの?お前今、すごい顔してるよ。よっぽど石井が弱点みたいだね。でも……なんの心当たりも
 なかったら、こんな事しないよね」
小林はそこで気づいた。さっきから設楽が紡いでいた挑発的な言葉は、すべてこの為にあったのだと。
設楽のポケットに入っているソーダライトが、布地の下で輝きを放つ。
同時に、石塚の目の前が真っ暗になった。頭の中に設楽の声が何重にもなって響く。

822Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/07(土) 19:16:06
『人間の心っていうのは、常に二重構造になってる。嫌よ嫌よも好きのうちって言うだろ。
 どんなに優しいとか、いい人だって言われている奴でも、心のどこかに闇がある。
 そうだよ石塚、お前のことだよ。お前の中にだってあるはずなんだ。深く果てしない、闇が……』
あたりを見回しても、設楽の姿は見えない。声だけが意志を持ったように反響してくる。
『お前だって、一度は石井を憎んだことがあるんじゃないの?どうして自分だけ、って……いつも石井の
 影で、石井の背中ばかり見ている。そんな自分が嫌になったことがさ。
 闇を恐れちゃいけない。それを受け入れるんだ。その手助けを、俺がしてあげるから』
耳を塞いで、その場にうずくまる。その間も設楽の声は止まらない。
「やめろ!」
『でも、石井はお前を信頼している。それが苦しくてしかたないんでしょ?自分の中にある汚い感情を
 見られたくないんだ。でもその所為で、お前は嘘をついた』
「……まさか」
『俺はなんでも知ってるんだよ。石井が記憶を取り戻したことも、お前が石井を苦しめたくなくて嘘ついたことも。
 でもさ、気づかない?嘘をついた時点でお前はもう、石井を裏切ってるってこと』
「黙れ、黙れよ!!」

叫んだ途端、目の前が急に明るくなった。何かに締めつけられていたような感覚が解けて、呼吸が楽になる。
「……まぐれっていうのは、二度目はないんだよ」
設楽はソーダライトを指でなぞると、忌々しげに口を開きかけた。
「やめろ、設楽」
意外にも、土田から助け舟が出た。設楽の二の腕を掴んで、石の発動を止めるよう目で合図する。
「深追いは禁物だ。連続での説得は、精神に悪影響を及ぼす危険性がある。
 ……こいつは、石井を守るって点では迷いがないんだ。焦らずじっくりと、欠片を使って従わせたほうがいい」
後半の言葉は、設楽の耳元で囁かれたせいで石塚には聞こえなかった。小林も、開きっぱなしのノートと
設楽を見くらべて、ほっと安心したようなため息をつく。
「そうだね。小さなことから一つずつ、確実に……摘み取っていかないとね」
設楽は納得したのか、不穏な言葉と共にソーダライトをポケットにしまった。
代わりに取り出したのは、鋭角で構成された黒い鉱石の欠片。石塚の手がまたかすかに震えだすと、満足気に鼻を鳴らす。
指先でピンッと黒の欠片が弾かれる。畳の上に、黒の欠片が転がった。

「ご褒美。拾いなよ」

その言葉に、石塚は惨めな気分で欠片をつまみ上げる。手の中にそっと握りこんだまま、設楽を見た。
「ねえ、自分で拾って飲むってことはさ。黒ユニットに従ってくれるってことでいいんだよね?」
設楽は石塚の肩をポンポンと叩いた。これを飲まなければ、あの苦痛を味わい続けることになる。
だが、一時楽になる代わりに得られるのは、完全なる服従__。
「約束するよ。お前が黒のために働いてくれる限り、石井に手出しはしない。俺達は、運命共同体だ」
そう囁いた設楽の指に力がこもる。石塚は震える手で欠片を口に入れると、喉を鳴らして飲みこんだ。
心臓のあたりがすうっと冷えていく。小刻みに震えていた手を見つめる。すっかり震えはおさまって、体が軽くなっていた。
「ようこそ、黒ユニットへ!」
設楽の耳障りな笑い声が、不気味なほど静かな座敷に響き渡った。

◆◆◆◆◆◆◆◆

あの悪夢のような集会から一夜明けた昼。石塚は自宅のテーブルの上で作業をしていた。
「えーと、こっちのネジは……プラスドライバーで行けるかな?」
ネジを回して部品を外していく。けして不器用ではないと自負しているが、工作など小学生の時以来だ。
完全に補助に特化した自分の石では、相手の隙を作るか誘いこむ事しか出来ない。やはりどうあがいても
この熔錬水晶を使って撃つしかないのだが、指にはめると(錯覚かもしれないが)指が食いちぎられそうに痛む。
かといって指でつまんで撃つのも危なっかしい。となったところで石塚はひらめいた。

(モデルガンの中にこれを入れたら、撃てるんじゃねえの?)

部品の正体は、秋葉原で午前中のうちに買ってきたモデルガンだ。店員はこちらが初心者と分かると、銃に関するウンチクを、
上田のごとく盛大にしゃべりまくったが、使えさえすればそれでいいと思っていたので、聞いていなかった。
「あ、ここが弾倉か。じゃあ……ここに、入れれば……よし、入った」
銃身を開いて、中に熔錬水晶の指輪を入れて固定する。サイズを測ったのがよかったのか、ぴったりだった。
しかし素人仕事が災いしたのか、ハンドガンの形に戻せたのは日が暮れてからだった……

823Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/07(土) 19:16:56
さすがに家の中で練習するわけにも行かないので、ご近所が寝静まったのを見計らって外に出る。
大竹いわく、この熔錬水晶は「石としてのパワーはそこまで強くない」という。ただ、この前一度だけ使った限りにおいては
普通の拳銃より弱いが十分に殺傷能力はあるらしい。目をつけておいた廃ビルに着くと、
入り口に張り巡らされたイエローテープを引きちぎって中に入る。空き缶を横一列に並べると、足元に注意して後ろに下がった。
10メートルほど離れたところで、安全装置を外して刑事ドラマのように両手で構える。
(石井さんも、小道具で持ったことあんのかな)
深く息を吸って、吐く。鼓動が落ち着くのを待って、引き金に人さし指をかけた。
パンッと乾いた音が、空気を切り裂く。光の弾丸は空き缶をかすめて、後ろのひび割れた壁に小さな穴を開けた。
「……俺がやるしかないんだ」
気を取り直して再び構える。
続けざまに五発撃ったが、初心者が簡単に当てられるほど甘くはなかった。
「もう一回!」
狙いを定めて引き金を引く。今度は見事に命中した。弾を受けたアルミ缶は空中でぐしゃっとへこんで、カラカラと床を転がった。

「危ない!!」
スタッフの誰かが叫ぶ。石井は反射的に飛び退く。直後、上から大きな撮影用のライトが落ちてきた。
床に叩きつけられた勢いで、ガラスレンズが割れて外れたネジが飛び散る。突然の出来事に、さすがの石井も足から力が抜けた。
「石井さん、大丈夫ですか?」
「あ、ああ……怪我はないから、平気だ」
なんとか立ち上がり、衣装についたホコリを払う。向こうで撮影係の若いスタッフが監督に怒鳴られていた。
「ったく、いくら撮影が真夜中までかかってるって言ったってなあ。安全第一って言葉知らねえのかお前は!」
「す、すいません!でも……俺、本当に確認したんですけど、さっきはこのコード切れてなかったんですよ!」
「ああ?こんなん落として誰が得するってんだ、さっさと片付けろ!」
高い機材がオシャカになった悲しみからか、監督はさっさと行ってしまった。
石井は片付けをするスタッフたちをぼんやり見ながら、考えていた。
(いや、いるんだ。これを落とす理由のある組織が、一つだけ……)
石井は無意識のうちに、手の中の石を握りしめていた。

「石井さん、おはよ!」
後ろからどんっと重いものがのしかかってくる。
その正体であるところの相方を面倒くさそうにどけて、石井は呆れ顔で振り返った。
「……石塚くん。僕は昨日三時間しか寝ていないんだ」
理由はそれだけではない。なにせ一歩間違えれば大怪我をするところだったのだから、
一夜明けても神経の昂りが収まらないのは当然のことだった。
「……ごめん」
「いや、君が謝ることはない。撮影は終わったからね。君の方こそどう?」
「うん、一応ダメそうなとこには赤線引いといたよ」
台本を受け取り、歩きながらめくる。一ページ目からすでに真っ赤だ。
(……やっぱり、僕は疲れているのかな)
石井のネタは、精神状態が大きく反映される。幸せな気分の時には平和だが、ストレスが多かった時のネタは
高い確率で人が死んだり、酷い目にあったりする。そこに石の闘いという新たなストレスが加わった今、
ネタ見せを通る確率はどれだけ下がったのか、考えるだけでも憂鬱な気分だった。
「……ん?」
石井はふと顔を上げた。前を歩いている石塚から、何か嫌な気配がする。それはぼんやりと形を持っていないが、
濁り、もしくは淀みと表現するのが適切な気がするもの。いずれにせよ、目の前の人間がまとうにしては
不自然な気配に、石井は相方の手を取って振り向かせた。
「なに?」
「……いや、なんでもない」
振り返った石塚からは、さっきまでの負の気配は完全に消えていた。間違いかと思い直し、手を離す。
「どしたの?石井さん、なんか今日変だよ」
「……そう、そうだな……君を疑うなんて……普段なら絶対にありえないはずなんだ」
頭を振って打ち消す。石塚は相変わらず困ったように笑っていた。
「じゃあ、早く行こうよ」
「あ、ああ……そうだね」
この時、何故もっと厳しく問いつめなかったのか。
後に石井はこの日のことを激しく後悔することになるが、それはまだ先の話。

824Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/07(土) 19:27:36
金髪の男の能力を投下しておくの忘れていました。代償は出せなかったけれど、
必ず火傷するという点では痛いかもしれない。

【金髪の男(名前不明)】
【石】不明
【能力】コーヒーを媒介として、物質を爆破する。転送系の能力の一つ。
【条件】転送したい場所にコーヒーを落とした後、指笛を鳴らす。
    口笛では不可、またきちんと音が出ないと爆破できない。
【代償】熱いコーヒーを冷まさずに飲む。飲む量は爆破に使った量と比例する。

825Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/14(土) 21:45:04
今しかいいタイミングはないだろうと思うので、
森脇さん復帰の記事見て息抜きに書き殴った、元猿岩石の短い文を投下してみます。
私しか喜んでないのかもしれないと思いつつ。そして例によって時系列はガン無視状態。多分続かない。

『Roadless road』

廊下の角を曲がったところで、懐かしい顔に突き当たった。
一見すると普通のサラリーマンにしか見えないような平凡な顔の、だが6歳の頃から見ているせいで
すっかり覚えてしまった風貌の男。彼は行き違うスタッフを流れるように避けて、有吉の方に歩いてくる。
すれ違ったところで、無視して通りすぎようとした有吉の手首をつかみ、自分の方へ引きよせた。
「……お前とは、火事と葬式以外は不干渉って決めてんだよ」
最初に出た言葉はひさしぶり、でも元気か、でもない憎まれ口。
「村八分かよ!せめてそこに年賀状くらいは入れろよ!まあ、俺もそのほうが自然な形だと思うけどな」
森脇は顔の下半分だけを笑顔にして「はははっ」と心のこもっていない笑い声を聞かせた。
「お前がこの後次の収録まで20分の休憩があるのは調査済み。ついでに、今夜は予定がないのも知ってる。
 独身貴族のお前に帰りを待つ家族なんていないだろ?だったらさ」
自販機横のゴミ箱に腰を下ろして、足先を軽く組ませる。貼りついたような笑顔を崩さないまま、森脇は続けた。
「俺と思い出話する時間くらいあんだろ?」
「……お前とお喋りなんかしたって」
やっぱり行ってしまおう。そう思って歩き出した有吉の体は、次に弾き出された一言で、根が生えたように止まった。

「忘れ物、とりにきた」

振り返ると、森脇は自販機のボタンを戯れにいじりながら、じっと有吉を見つめている。
「……俺か?」
とりあえず、一緒にいた頃のようにボケてみた。全くウケずにダメ出しばかり貰っていた過去は棚に上げて。
「かっこよく言うんだったら、失われた半身、ってやつ?」
森脇が立ち上がり、また近づいてくる。有吉が半歩離れれば、それにかぶせるように一歩、一歩と距離を詰めてくる。
気がつくと、背中に壁がついていた。有吉の顔のすぐ近くに森脇の拳が叩きつけられる。大きな音がして、思わず体が跳ねた。
ああ、これが最近流行りのの壁ドンってやつかと考える間もなく、詰問が始まる。
「まだ、持ってんだろ?俺がお前にやった“身元保証書”」
「あれを取り返してどうする気だよ。お前もう芸人じゃねえんだぞ、どうせ使えねえだろ」
「使えるか使えないか、そういう問題じゃねえんだな、これが。
 ……真鍮に新しい持ち主が出てないのも知ってる」
「どうやって調べたんだ」
「分かるんだよ、どんなに隠してたって、真実が分かれば後は俺の領域だ。忘れたとは言わせねえかんな」
「勝手に一抜けしたのはお前だろ!」
予想に反して、森脇はひるまなかった。代わりに笑みを消して、失望したような表情になる。
「あの真鍮だって……俺がいなけりゃ、ただの石ころだったじゃねえか」
「お前にあいつの何が分かんだよ!!」
まるで恋人を嘲られた男のように叫んだ後、大声で人が来るとまずいのか、はっと口元に手を当てて有吉から離れる。
「……バカじゃねえの、お前まだ真鍮のこと」
「あのまま俺が持ってたって、いつかは手放すことになってたとは思う。
 でも、あそこであいつを離すべきじゃなかった」
今度は森脇のほうが背中を向ける番だった。壁からゆっくりと離れた有吉に、顔だけ向けて忘れていたように聞く。
「お前、イーグルアイの声……聞いたことあっか」
「いや」
「じゃあ、俺の勝ちだ」
わけの分からない捨てぜりふを残して、今度は軽やかな足どりで去っていく。有吉は元相方の背中を見送って首をひねった。
「あいつ、何する気だ?」

826Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/15(日) 22:56:24
タイトル変わりますが、続き。
プラン9とロザンの動きをすこし意識している展開。そして多角型、特化型の名称は勝手に呼ばせただけですので、
これから書きたい方は無視してくださっても大丈夫です。能力スレの>>817さんによると道をつけ加えたりは可能のようですが
元々あったものを消したりとかは不可能と思って書いてました。吉田が二人いるので文章がめんどい。

【Deep down inside of me-1-】

「人間は、大地がないと立っていられない」
設楽は壁一面に貼られた写真の中から一枚とって、心底愉快そうに歯を見せて笑った。
「まずは足場を踏み慣らして固めるんだ。新しい道を作って歩くのはそれからでいい」
座ってノートを読んでいた小林は、その言葉に顔を上げて伊達眼鏡を外した。
設楽が幹部の自分相手に抽象的な言葉を使ってはぐらかすのは珍しい。彼流の謎かけと理解して、口を開く。
「……人力舎の殲滅作戦は失敗しましたからね。ホリプロ内での黒勢力を盤石なものにする方が、戦略的にはいいでしょう。
 その為に、彼というジョーカーが不可欠になる」
「いうなれば、秘密警察だね。邪魔者を消すまでは求めてない。俺が欲しいのは白の情報だ」
「なるほど。しかし、あの性格を見た限りでは密偵に向いているとは思えませんが」
設楽がふん、と鼻を鳴らす。その態度に、小林は自分が失言したことを悟った。
「どのみち、時間をかけるつもりはない。あいつが使えなくなる前に、ホリプロは俺の支配下になる。
 あそこを抑えてしまえば白の勢力は半減したも同然さ。いくら人力舎の奴らが抵抗したって、
 向こうにも“撒き餌”を仕掛けてあるんだから」
「油断は禁物ですよ。下手に突くと何が出てくるやら」
「分かってるさ。だから小さな綻びを一つずつ、解いていこうって言うんだ」
小林は立ち上がり、設楽の隣りに並んだ。ピンで留められた写真たちの中心にある石塚の宣材写真を、ペン先で軽く突く。
「ここまではシナリオ通りだ。嬉しいだろ?」
「いいえ……俺のシナリオは常に書き変わりますから、安心はできませんよ。
 誰かのアドリブで、照明の当たる方向が違うだけで、こちらも全く予想しない方向に動いてしまう」
「肝に銘じておくよ。号泣との一件ですっかり懲りたからね、これからはシナリオを狂わせるような行動は控えるよ」
力を込めて言うと、小林がほっとしたのが、気配でも分かった。定期的に機嫌をとっておこうというわけではないが、
この男にへそを曲げられると色々とわずらわしいのも、また事実だ。
「では、また今度」
小林は壁から離れて、ノートと筆記用具をかばんに放り込む。部屋を出ていこうとドアに手をかけたまま、思い出したように振り返った。
「一つだけ、聞いてもいいですか」
「うん、好きにしなよ」
「あなたはいつか言いましたね。黒ユニットのメンバーは、大切な仲間か、使える道具かに分かれると。
 なら……あなたにとって石塚君は、道具と仲間、どちらなんですか」
設楽はそれには答えず、また指を後ろ手に組んで写真を眺めた。円形に貼られた写真、そのうち白に協力する者にはバツ印がついている。
小林が出て行ってしまうと、ゆっくりと手を伸ばした。中でも真っ赤なバツがついた者の写真を、爪でカリカリとひっかく。
どこで撮ったのか、小沢のニヤケ顔の上に爪を立てて、唸るように呟いた。
「……ヒーローごっこは終わりだ」
そのままぐしゃりと握りつぶして、スピードワゴンの二人の写真を壁から引き剥がす。
「嵐になるよ、これから」

◆◆◆◆◆◆◆

時計の針は「カチッ」とやけに大きな音を響かせて、21の数字を打った。初夏の涼しい風が吹き抜ける屋上に、三人の男が立っている。
その中の一人、石塚は小さな箱を開けて、名刺を一枚取り出す。肩書きは『アリキリ商事株式会社 営業主任』
ボキャ天時代に作った懐かしい名刺だ。石塚はフードを下ろして石を発動しようとして、止まった。
「見んなよ」
視線を感じる、振り向く、二人が目をそらす。さっきからこの繰り返しだ。
「見んなって、恥ずかしいから」
そう言うと、阿部は両手で目を覆った。が、指の隙間からじぃ……とやや陰気な目つきで見ている。
「だから、終わるまでどっか行ってろって!」
石塚はシッシッと手で払う仕草をした。その様子に、阿部の隣でナイフを研いでいた吉田が腕時計を見て短く息を吐く。
「ていうか、なんか普通に喋っちゃってるけど……お前ら誰?」
「え、いまさら!?」
それまでずっとローテンションだった阿部が、そこで初めて素で驚きの声をあげた。
「ここに来るまでに聞かないから、てっきり知ってるもんだと……」

827Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/15(日) 22:56:51
阿部は長い前髪をかきあげて、相方と顔を見合わせた。しばらく「お前が言えよ」「いいやお前が」と
ダチョウ倶楽部のような譲り合いをした後、吉田が言うことに決まったのか、軽い咳払いをする。
「俺は吉田大吾と申します。で、こっちが」
「どうもー、相方の阿部智則です」
「「二人合わせて、ポイズンガールバンドです、よろしくお願いしまーす」」
漫才の最初の挨拶のように、声を合わせて頭を下げてくる。
「よ、よろしく……」
とりあえずこちらもお辞儀をした。黒ユニットの戦闘員というともっと怖い印象だったが、思いの外普通なので、
石塚は逆にどう扱えばいいのか分からなくなってしまった。
「で、なんで俺達がここにいるかっていいますと、それはずばり石塚さんのお手伝いです」
阿部はなぜか少し胸を張って言う。
「ぶっちゃけ、今回の相手は石塚さん一人じゃ無理なんですよ。と、いうのもですね」
「意志が強い。去年、黒の石に汚染されましたが、仲間の助けもあって自力で立ち直っているんです」
「あ、俺の台詞とんなよ!……とにかく、ターゲットは今ピンの仕事で仲間から離れて東京に来てる。
 今までも大阪に潜んでいる黒の芸人がアプローチをかけてましたが、全部退けてきました。
 ここでもう一度黒に染めて大阪に送り返せば、大阪の白勢力を内側から崩す鍵になるってわけです」
「で、その人の名前は?」
聞くと、吉田の表情がわずかに曇ったが、すぐに元の静かな顔に戻って答える。
「浅越ゴエ。73年生まれの吉本NSC16期で、ザ・プラン9のメンバーの一人。
 石の能力は、阿部と同じ回復。ただ、阿部の場合は使い道が分かれる“多角型”
 浅越さんの場合は身体的ダメージの回復を極めた“特化型”とでも言ったほうがいいですかね」
「んー、回復しかできないんなら前から行ってもいいんじゃないの?」
「浅越さん一人でしたら、俺達が出てくることもありませんでしたよ」
吉田は意味深な言葉と共に、再び腕時計を見た。
「シナリオによると、あと5分です……早くしてくれますか」
「分かった、やるよ。やればいいんだろ!」
半ばキレながら、石塚は名刺を空に掲げ叫んだ。

「千の地図を持つ男、チズ.マスカラス!!……はずかしぃ……」

瞬間、ぱあっと名刺から眩い光が放たれ、それは大きな地図に変わる。建物から小さな道路に至るまで、
周辺の地形が精密に映しだされた白地図が、ふわりと目の前に舞い降りた。
「できた……ほんとに出た!」
この能力は今日が初お目見えなので心配していたが、無事に発動できた。
ほっと胸をなでおろすと、阿部が「ブラボー」と棒読みで言いながら拍手した。
石塚は地図を地面に広げて、風で飛ばないよう膝頭で抑えると、ポケットからボールペンを取り出す。
「来ました……やっぱり、ブラマヨさんも一緒だ」
吉田はひどく冷静な声音で呟くが、対する石塚はといえば、早速本領発揮とばかりにテンパり始めた。
「えぇー、聞いてねえよそれ!」
「さっきちゃんと言ったじゃないですか」
「どこで!?……ああもう、俺頭使うの苦手なのに!」
「俺達はブラマヨさんを足止めします。まずは、なんとかあの三人を引き離して下さい」
言うなり吉田は阿部をともない、屋上のドアを開けて階段を走り降りていく。
「引き離す……って、どうやって?」
石塚は前髪をぐしゃっと握りしめて、ボールペンをノックした。そっと白地図にペン先を乗せて、
元々あった道と区別するために赤いラインを引いていく。その間に眼下の通りに出た二人は、
ほろ酔い気分で歩いていた浅越と、鼻歌交じりの千鳥足で後に続いていたブラマヨの行く手を塞ぐように立つ。
「お久しぶりです、浅越さん」
「……吉田」
浅越は足を止めてずれていた眼鏡を直した。
「俺達と少し遊びませんか。酔い覚ましも兼ねて」
言うなり吉田は、鋭いナイフの刃先を手のひらに突き立てた。傷口から鮮血が赤い玉になって迸る。
その光景に、浅越は「うっ」と口元を抑えてたじろいだ。
パキパキと氷が割れるような音をたてて、血液が片手剣を形作っていく。赤黒い剣の切っ先が、浅越に狙いを定めた。
「ワンラウンドでどうですか」
浅越が答える前に、ブラマヨの二人が前に走り出る。吉田がブレスレットの石を握りしめて叫んだ。
「吉田!“もしお前の頭の上に電柱が倒れてきたらどうすんねん!!”」

828Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/15(日) 22:57:15
言われた瞬間、吉田は雷に打たれたように固まった。相変わらずのポーカーフェイスだが、
額からは玉のような汗が転がり落ちる。空を見上げて、剣を持っていない方の手を顔にかざした。
「よし、かかったッ……」
前衛の吉田を封じてしまえば、回復系の阿部には何もできない。吉田がそう思ったのもつかの間、ピリッと空気が震えた。
「__はあ?」
小杉も思わず間の抜けた声をあげた。邪魔にならないよう後ろに下がっていた浅越と自分たちの間に、
何もない場所から現れた丸い光の玉が、集約して形を帯びる。やがてそれは、大きなビルとなってそびえたつ。
「おっ、おい、お前ら何した!このビルどっから持ってきてん!」
小杉がつばを飛ばして叫ぶ。阿部は答えず、ほー、と感嘆するような声を喉から出してビルを見上げた。
吉田もぺたぺたと触ってみるが、硬質の感触が、たしかに幻影ではないと教える。
道路を寸断するように立ち塞がるビル。デザインはごく普通の鉄筋コンクリート5階建て。しかしちょうど
浅越とブラマヨを寸断するように建っているせいで、彼らは引き離されてしまった。
「くそ、こいつっ……浅越、お前なんとかこっち来い!」
「む、無理ですよ!ちょうど道路を塞いでて、通れないんです!」
「裏道通ってこい!」
小杉は最後に腹立ちまぎれからか、ガンッと壁面を蹴飛ばす。
が、しっかり質量を持っているビルは衝撃と共に鈍い痺れを足の甲に伝えた。
「いってえ!!」
「アホか……」
足を抑えてのたうち回る相方を、呆れ顔で見下ろす吉田。直後、吉田の頭上でメリメリと音がした。
はっと見上げる。根本から折れた電柱が、電線を揺さぶりながら彼の上にゆっくりと倒れてくる。
「う、うわあああ!!に、逃げな……」
腰を抜かして悲鳴をあげる吉田の前で、幻覚の効果が切れたのか、もう一人の吉田も首をこきりと鳴らして剣を構え直す。
「……あなた達の相手は、俺です」
なんとか起き上がった小杉がその言葉の意味するところを悟った瞬間、吉田は地面を蹴っていた。

◆◆◆◆◆◆◆◆

「裏道通ってこい!!」
小杉の叫びが終わるか終わらないかのうちに、浅越も踵を返して走りだしていた。
角を曲がって、初めて来た場所で分かりづらい小路を必死に見回す。
(そうだ、俺も回復で援護せんと。吉田とやり合って無傷で済んだ奴なんておらん!)
やがて、右左に分かれた路地に出た。直感で左を選ぶ。見たところ小杉たちのいる通りに近そうだったからだ。しかし……
「……嘘やろ、行き止まりって」
目の前にはそびえ立つ壁。しかし、向こう側から吉田の怒鳴り声や、血の鞭がしなる音が聞こえてくる。
「ちゅう事は……これ、さっきの?」
元来た道に戻ろうと踵を返す。その時、こちらに近づいてくるかすかな足音が耳に届く。
「……!」
薄暗い影の落ちる狭い路地に現れたのは、サイズが少し大きいサマーコートを着た男。フードをかぶっていて、顔は見えない。
「さっきのはお前か」
男は答えない。代わりにだらんと下げていた右腕をゆっくりと伸ばす。長い袖に隠れていた手に握られていたのは、
銀色に光る小さなモデルガンだった。
「吉本か?……大阪か?」
その質問には首を横に振った。そこで自分の情報を与えてしまったことに気づいたのか、顔が見えなくても分かるほど
わたわたと慌てはじめる。その仕草に、浅越は敵ながら心配になってしまった。
(……こいつ黒のくせに、えらいボケた奴やなあ……こんなんでやっていけとるんか?)
男はモデルガンを持ったまま、その場でおろおろしていたが、やがて自分の任務を思い出したらしい。
安全装置を親指で外して、両手に持って構えた。銃口を向けられ一瞬たじろぐが、よく考えれば実弾が出るはずはないのだ。
後ろは行き止まり、前には敵。逃げられない状況でするべきことはただ一つ。浅越は銃口と自分を結ぶ直線上から、
わずかに体をずらして口を開いた。
「なあ、一旦落ち着いて話しあおうや。お前がどういう理由で黒におるかは知らんけどな」
両手を上げて、闘う意志はないとアピールする。どうやら相手も闘いは苦手のようなので、
話しながら少しずつ前進していく。
「俺もな、ほんの短い間やったけど……黒に行きかけたことがある。仲間にたくさん迷惑かけて、お互い傷ついて……
 それでもなんとか、こうやって楽しく酒飲めるようになったんや。なあ、黒におったってそんな楽しいことできるか?
 お前かて、相方がおるんなら……俺の言いたいこと、分かるやろ」
相方、の言葉に男は少し動揺した。

829Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/15(日) 22:57:35
「俺は大阪やし、事務所もちゃうけど、お前の手助けにはなれると思う。俺みたいな想いは誰にもして欲しくないから。
 もし、お前が黒から本気で逃げ出したいって思うんやったら……」
いつの間にか、距離は一メートル弱にまで縮まっていた。浅越は足を止めて、最後の言葉を放つ。

「顔、見せてくれ」

わずかな、静寂。男__石塚は震える手をフードにかけて……そのままの体勢で、止まった。
「……もっと早く、会えてたら」
つぶやきの意味を問う前に、引き金にかかった指が動く。パンッと軽い衝撃音が響いた。同時に肩のあたりを襲う熱。
「うっ」
えぐりとられるような痛みに、肩を抑えてその場にうずくまる。指の間からぬるりと血が流れた。骨が軋む感覚と共に、
肩から指先に至るまでの範囲がびりびりと電流を流したみたいに痺れていく。
「くっ……゛い、つぅ……!」
肩の傷口を手で抑えたまま、傷を癒やす。やわらかな光が広がり、痛覚が徐々に遠ざかっていく。
いくら治せると言っても痛みを感じないわけではない。脂汗をぬぐいながら立ち上がると、すぐ目の前に銃口があった。
見下される体勢になったおかげで、フードに隠れていた顔が見えたが、真っ黒い影がかかって顔立ちまでは分からない。
「お前……」
もう一発、銃声が響いた。腹筋に叩きこまれた光の弾は、浅越の呼吸を一瞬せき止める。
「かはっ……!ゲホ、げほっ……う、ぅ……」
地面に倒れて激しく咳き込む浅越の胸ポケットから、天青石のストラップがついたケータイが抜き取られる。
青い結晶が徐々に黒く染められていく。終わると、石塚はケータイをそっと浅越の手に握らせた。
石塚が壁に手をつくと、行き止まりを作っていた建物の壁が、テレビ画面にノイズが雑じるようにぶれて消えて行く。

「浅越!」
吉田の一閃を分厚い脂肪のおかげでなんとか退けた小杉が、倒れている浅越に駆け寄ってくる。
そこで浅越のそばに立っている石塚に気づき、みるみるうちに額に血管が浮き上がった。
「お前……そうか、お前ら最初から浅越狙いか」
怒りをにじませた小杉の声音に、石塚はまたびくっと怯えて後ずさる。
「顔も見せんで騙し討か。卑怯な戦法やな」
卑怯、の一言は、氷のように石塚の心臓に突き刺さった。この状況を表すにはたしかに的確な一言。
石塚はぎゅっと拳を握りしめて、またゆっくりと開いた。心のどこかで黒の欠片が、自分の声を真似て囁く声がする。

『お前に何が分かんだよ、運がよかっただけのくせに』『正義ぶりやがって、ヒーロー気取りか』『黙れハゲ』
『その髪の毛引きちぎられてえのか』『跪け』『つまんねー説教する気かこいつ』『他にやることねえのかよ、サミシー奴らだな』

頭を振って、幾重にも響く声を黙らせた。
「……そっか、そうだね」
あっさり肯定されたのが意外だったのか、今度は小杉のほうが驚く。その後ろで阿部が「あまり喋らないで」と首を横に振るのが見えたが、
このまま終わるのは何となく後味が悪かった。吉田は剣を下ろして地面に突き立て様子をうかがっている。
「お前、やっぱり」
「やっぱり、何?」
「黒なんか……居心地よくないんやろ、ほんまはお前、こんな事したないんやろ!
 なあ、お前の名前教えろや、お前が誰か分かったら、俺の石で迷いを取り除けるから」
「はあ?」
思わずフードを脱ぎたくなったが、それだけはこらえる。心の中の黒と白の天秤が、バランスを失って一気に黒に振りきれた。
ポケットの中のプラチナルチルの光が、どんどん弱まっていく。石塚は思わず笑い出していた。
「小杉、お前さあ。何言い出すかと思えば、いい年こいて正義のヒーローごっこ?
 “ほんまはお前、こんな事したないんやろ!”……あはははっ、ははっ……マジ腹痛い!」
比喩ではなく、腹を抱えて笑う。突然雰囲気が変わった敵に、ブラマヨの二人はどうすればいいのか分からず顔を見合わせる。
「それが何?」
笑いを止めて、逆に石塚のほうが問いかける。右手の銃口は、今度はブラマヨの方に向けて照準を合わせた。
「俺を助けようって思ってる?逆に俺はさ、お前らなんかぶっちゃけどうでもいいんだよね。仲良くもないし。
 ……だから、俺とおしゃべりする前に浅越さんなんとかしたら?」
「こいつっ……!!」
ついに、小杉の沸点が切れた。しかし、怒りのまま殴りかかろうとした小杉の足元を、何かが通りすぎる。
「お、おっ!?」
足がもつれてすてーんと転んだ小杉を、電柱の陰から走り出た男が助け起こす。
「大丈夫か!」
「……う、誰や!また黒の援軍……って、まさか」
顔から地面にぶっ倒れたせいで赤くなった鼻をおさえて、小杉は立ち上がった。

830Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/15(日) 22:57:55
自分をすっ転ばせた男……Take2の深沢邦之。その足元には光に包まれたボウリングの玉のような物体がある。
深沢がそれを拾うと、球に見えていたのはただの赤いガムボールだった。突然の闖入者に驚くブラマヨの二人を下がらせ、
「悪い。俺は黒じゃないんだがな」と頭を下げる。
「えっ……いや、深沢さん、なんで俺達の方を」
「頼む、あいつと話がしたいんだ。……ここは、俺の顔に免じて下がってくれないか。
 俺はあいつの正体も知ってるし、長い付き合いなんでな」
まだ納得のいかないらしい小杉を、吉田が引っぱる。
「な、深沢さんああ言うとるし……俺らは浅越の方、どうにかしたらな」
小杉はまだ納得していないようだったが、ポイズンの方も吉田の出血量がそろそろ限界に達しかけて動けなくなっている。
阿部が急いで吉田を連れていく。吉田は石塚の方に向かって「逃げて」と手を挙げて合図した。
「えー、まだ足りねえよ」
石塚はだらしない体勢で壁にもたれかかって、あー、と意味のない声を出す。
「……じゃあ、任せます。せやけど、後でちゃんと話聞かせてください」
小杉が渋々頷くと、ブラマヨの二人は浅越のいる路地の方に走る。石塚は浅越の体を乗り越えて、二人を通す。
横を通りすぎる瞬間、小杉とわずかに目が合ったような気がしたが、
すぐに小杉は浅越の隣に膝をついて、その体を揺さぶり始めた。
「おい、しっかりせえ!……大丈夫や、ちゃんと息しとる!」
吉田が少しうれしそうに叫んで浅越の腕を肩に乗せると、小杉も手伝う。
その光景を見ているうちに、石塚の中の天秤がまた、白の方にぐぐっと傾いた。
「……あれ?」
ふっと気が抜けたように、深沢を見つめる。その仕草で全て理解したのか、深沢はまた新しいガムボールを取り出して光をまとわせ、
球に変えた。そのまま、路地を出て走り出した石塚の足元に向かってすべらせる。
「うわっ!」
今度は石塚のほうが転ぶ番だった。バランスを崩した拍子に背中から壁にぶつかって、肺の奥から空気が吐き出される。
深沢は一瞬ためらったが、すぐに走る。脂肪がないせいでもろに衝撃を受けて咳き込む石塚に近づくと、
その胸ぐらをつかみあげて無理矢理立たせた。
「助けてくれって、言え」
「……え」
「言えよ!!……でなきゃ、お前もっと酷え事になるぞ」
深沢はフードを脱がそうと手を伸ばしたが、後ろにいるブラマヨの視線に気づいて止めた。
掴みあげている手に、ぽたぽたと汗か涙か分からない液体がこぼれ落ちる。
「なあ……言ってくれよ。俺は、お前らが喧嘩してるとこなんか見たくねえんだよ。
 だって俺ら、キャブラー仲間だろ?」

831名無しさん:2015/11/16(月) 02:01:48
乙です。
小林の設楽への問い「石塚は道具か?」について
自分は完全に設楽が石塚を道具扱いしていると思っていたのでそこで設楽が答えなかったのが結構意外でした。
そして深沢ガンバレーと言いたい。

832Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/18(水) 22:21:16
そんな簡単にいくなら、設楽さんはとっくに浄化されてますという回。
想像以上に長くなりそうでどうしようと思ってます。深沢さんがガムボールを使っているのは、『球体』で
小さく持ち運べるものが少ないから、という理由をつけてますが、出せませんでした。

【Deep down inside of me-2-】

ブラマヨの二人が浅越を連れてその場を離れると、深沢も石塚の胸ぐらをつかんでいた手を離して荒い息をつく。
「あだっ」
足がもつれて、尻餅をつく。深沢は痛みに腰をさする石塚の前にしゃがんで、顔を隠していたフードを脱がせてやった。
地面にぺたんと座ったまま見上げる顔からはすっかり毒気が抜けて、瞳は微かに震えている。
「……そんな顔するなよ。俺は、お前のことちゃんと全部分かってるから。石井は知らないんだろ?」
石塚は黙りこくったまま、小さく頷く。
「……そうか。そうじゃないかと思ってた。あいつ、スタッフとか後輩には厳しくてもお前には優しいから。
 石井がこの事知ったら、きっとただじゃおかないだろうな。黒に捨て身で特攻するぐらいやるぞあいつは」
光をフレアのようにまとった球を指で弾くと、あっという間に小粒のガムボールに戻った。
それをぽいっと口に放り込んで、奥歯で噛む。
「甘っ」深沢は当たり前の感想と共に味のなくなったガムを飲みこんだ。その態度があまりに普段通りなので、
石塚は立ち上がることも忘れてぽかんと見つめる。
「深沢さん、なんで……なんで、怒んないんですか」
「なんで怒る理由があるんだよ。責められるべきはお前じゃない。それに……お前は優しすぎる奴だから。
 どうせ石井を人質にとられてるんじゃないのか、そうだろ?」
てっきり責められると思っていた石塚は、予想に反した温かい言葉にとうとう泣き出した。
「何泣いてんだよ、ん?安心しろって、まだお前のことは誰にも言ってないから」
えぐえぐとしゃくり上げながら震える肩を軽く叩いて、深沢も熱くなってきた目尻を指で拭う。
「大丈夫だ、今ならまだ戻れる。浄化してもらって、ブラマヨと浅越に謝って、それで終わりにしよう。
 俺が一緒に行ってやるよ」
深沢の説得に、心の中の天秤はもう一度白に傾こうとしていた。しかし、優しい笑顔と一緒に差しのべられた手をとろうとした瞬間、
水面に一滴の墨汁を落としたように、いくつもの声が耳の奥で響く。

『君との間に隠し事はしたくない』『守られるより、守る方がいい』『君は僕の後ろにいてくれ』『本当に、石は持ってないんだね?』
『僕は案外君を観察してるんだ』『君からは目が離せないな』『嘘をついた時点でお前はもう、石井を裏切ってるってこと』

石塚は手をひっこめて、耳を塞いだ。その間も黒の欠片の残骸が、頭の中で嘲笑う声は止まない。
「どうした?おい」
心配そうな深沢の声も今の石塚には届かない。狙いすましたように、手がまた小刻みに震えだした。
(……あ、前に欠片を飲んだのって、いつだっけ?)
石塚がそれの意味するところを理解した瞬間、声がさらに大きくなった。

『裏切り者』 『嘘つき』 『許さない』『許さない』『許さない』『許さない』『ゆるさない』

声は、いつの間にか石井のものに変わって耳元で響く。
歯がカチカチ鳴って、脳を直接かき回されるような痛みが押しよせる。正常な思考が徐々に黒い海に沈んでいった。
「……、不愉快なんだよ」
「え?」
聞きとれなかった深沢が、口元に耳を近づける。石塚は低い声でもう一度繰り返した。
「……いい年こいてガキみたいにイキがってんじゃねえよ、不愉快なんだよ」
普段からは考えられない傲慢な口調でつぶやくと、くくっと押し殺したような笑い声を漏らす。
「石塚!……くそ、呑まれるな!しっかり……」
ただならぬ気配に、深沢は石塚の肩を掴んで揺さぶる。
直後、乾いた破裂音が連続して響き渡った。

833Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/18(水) 22:21:46
「やっぱり俺、心配やわ」
タクシーを拾って浅越を乗せると、ぽつり、と小杉が呟く。助手席に乗りこんで行き先を告げようとしていた吉田は、
小杉の思いつきにため息をついて出てくる。
「お前何言うとんねん、深沢さんがああ言うたんやから、任せとけばええんや。
 どうも深沢さんとは深い縁があるやつみたいやし、あの人は“ベテラン”やから、そう簡単にやられたりは……」
「ちゃうねん、俺が心配なのは深沢さんだけやのうて」
「分かっとる。お前ほんまはお人好しやもんな」
「おい、それ以上言うたら怒るで」
「もう怒っとるやん」
吉田は笑いながらタクシーに近づくとドアを半分開いて、後部座席で疲れて寝ていた浅越を揺り起こす。
「あれ、吉田さん達乗らんのですか?」
眠たそうに眼鏡の下の瞳を瞬かせて浅越が聞くと、後ろの小杉を親指で指して苦笑いを浮かべる。
浅越は何か言いたげに吉田と小杉を見くらべていたが、やがて頭を振って、タクシーから降りた。
「俺も行きます、病院代もバカになりませんよ?」
「むさ苦しいナイチンゲールやなあ」
吉田が憎まれ口を叩くと、ややムッとした顔で隣に並んだ。そこで、小さな破裂音が耳に届く。
三人は一斉に今来た道を振り返る。ややあって、もう一発聞こえた。
「急ぎましょう!」
浅越が一足先に走りだすと、ブラマヨの二人も慌てて後を追った。

黒の欠片。効能は石の能力の増幅、精神汚染、鎮痛、思考操作。副作用は頭痛、手の震え等多数。
それが、深沢が持つ欠片についての知識全てだ。
しかし、こうして石塚と対峙する限りでは、『汚染』というより『反転』と表現するほうが正しいようにも思う。
「……目覚ませ、石塚!」
深沢は手首をやわらかくしならせて、光の球を滑らせる。石塚はひらりとそれを避けたが、球は実に器用な追尾を見せた。
「ハァ……なんでこんなめんどくせー事になってんだろ……あぶねっ」
足元を掬いかけた球を飛びのいて避けると、首をこきっと鳴らしてモデルガンを構え直す。
「オッサンのお遊戯に付き合ってやったけどさ。そろそろ目障りなんだよね」
深沢はピルケースからガムボールを一つつまみ出して、ふうっと呼吸を整えた。
石塚義之という男の性格。一言で表現すれば天然ボケ、明るく賑やかで毒気のない性質。
それが反転すればどうなるか。自己中心的で傲慢、残酷で薄情なものへと変わるのではないか。そう、今のように__。
「なあ、でも……それは、お前じゃないんだ」
「はあ?自分語りとかいい加減にしなよ。本気で殺すよ?」
「やってみろよ、できないだろ?だって、それは本当のお前じゃないからな」
今度は手をクロスさせて、二発連続で球を放つ。石塚はそれをサイドステップで避けて、モデルガンを右手に構え直した。
ゆっくりと腕を上げて、銃口を自分のこめかみに当てる。
「やめろ!!」
ちょうど拳銃自殺をするような仕草に、深沢はとっさに飛び出していた。それが何を生むか、彼の頭からは完全に抜け落ちていた。
ただ後輩を助けたい、その一心で飛び出した深沢の心臓部分に、冷たいものが突きつけられる。
次の瞬間、深沢の胸は鋭い弾丸で撃ちぬかれた。熱い。体は冷えきっているのに、撃たれた胸だけが燃えるように熱い。
「ぐっ……」
胸を抑えて地面に膝をついた深沢に、また銃口が突きつけられた。
「これがあんたの限界だよ、バーカ」
呼吸ができない。肋骨が軋むように痛い。ピルケースを振ったが、もうガムボールは使い切っていた。
実に楽しそうに笑う石塚を、深沢は為す術もなく見上げた。

「そういえば、あいつ誰なんやろ」
タクシーを拾うために元来た道からだいぶ離れてしまったので、急ぎ足で戻りながら小杉が言う。
「まあ、あんだけペラペラ標準語喋っとったんやし、東京出身の芸人なのは間違いないやろ。
 地方から出てきて覚えた奴って、どうしても訛りが出てまうからなあ」
吉田が繋げると、なるほど、と頷く。相方の反応に調子づいたのか、吉田はさらに推理を繋げた。
「ほんで、俺らにはタメ口使うて呼び捨て……せやけど、浅越にはさん付けやった。
 ちゅうことは、浅越より年下で、俺達とは同期。俺ら浅越と年変わらんし、年齢基準でさん付けするんやったら、
 俺らにもせんとおかしいやろ」
吉田の推理は論理的だったが、小杉にはいまいち納得がいかなかった。
そこで、男の胸ぐらをつかんでいた深沢が、涙まじりに叫んでいた声が蘇る。

834Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/18(水) 22:25:34

『俺ら、キャブラー仲間だろ?』

「キャブラー……」
小杉は雷に打たれたように立ち止まった。先を急いでいた浅越も吉田も、振り返って怪訝な顔で見る。
「せや、深沢さん……あいつのこと、キャブラーいうとった」
浅越は少し考えて、「ボキャブラ天国ですか」と答える。小杉は頷いて、また走り出しながら続けた。
「あの番組、大阪吉本はあんまり力入れとらんかったから……浅越が聞いたんと一致するわ。
 キャブラーで俺らと同期で東京の芸人いうたら、誰がおる?だいぶしぼれてくるやろ」
吉田は頭の中で検索をはじめた。NSC13期はJCAの3期に対応する。しかし結成年を基準にするか、デビュー年を基準にするかでも異なるので、
それも含めて計算する。走りながら、吉田の頭の中で普段付き合いのない同期芸人達の顔が浮かんでは消えた。
「東京03……は、キャブラーやないから除外。坂道コロンブス……にしては背高いし、これもちゃうな。
 アンタッチャブルは白って決まっとるし……飛石連休、も条件が合わん」
うーんと考える吉田の隣で、浅越が「あ」と声を上げた。
「俺、分かったかも……小杉さんは?」
「さっき思い出したわ。こんなとこで同窓会はしたなかったけどな」
角を小走りで曲がった小杉が、突然立ち止まった。
後ろを走っていた吉田と浅越は、小杉の背中にぶつかって止まる。
「おい、お前いきなり……深沢さん?」
吉田は、眼前に広がる光景に思わず言葉を失う。浅越も無意識のうちに拳を握りしめていた。
地面に仰向けに倒れた深沢と、その近くで膝に顔を埋めて座るサマーコートの男。
さきほどとは違い、フードが脱げて明るい茶髪があらわになっている。
「石塚ぁ!!」
小杉は怒りに任せてずんずんと近づき、胸ぐらをつかんで無理矢理顔を上げさせた。
が、振り上げられた拳は石塚に届くことなく下ろされる。
「……お前、やっぱり」
その先は伝えられなかった。石塚は一瞬の隙を突いて小杉を突き飛ばし、逃げていく。
「石塚!」
吉田も追いかけようとしたが、倒れたままの深沢が目に入り足を止めた。
倒れたままの深沢の隣に膝をついて、浅越が肩を貸す。撃たれた傷は治っていたが、まだ体が辛いのか苦しげな呼吸を繰り返していた。
「大丈夫ですか?」
「……ああ、お前こそ平気か?……早く、浄化……しないと、な」
「しゃべらないで下さい、まだ無理せん方が」
「……俺が、甘かった。浄化してやれば、終わりって……わけじゃ、ないんだな」
「何の話ですか?」
深沢は答えず、突き飛ばされて尻餅をついたままの小杉に目を向けた。
小杉は立ち上がることも忘れて、さっき自分を突き飛ばした石塚の顔を思い出していた。握りこんだままだった拳を開いて、
石塚が走り去った方角を見つめる。
「……泣くんやな、黒のくせに」

◆◆◆◆◆◆◆

835Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/18(水) 22:25:59
「うっ……ぐす、う……」
石塚は家に帰り着くなり、ベッドに倒れこんで声を上げて泣いた。足をばたつかせて枕を殴る。
そうしているうちに、段々気持ちも落ち着いてくる。起き上がってケータイを開くと、石井の番号をダイヤルしようとして、やめた。
「深沢さん……」
ぐしゃ、と髪の毛をかきまぜて思い出す。
黒の欠片に引っぱられて、深沢を襲っている間。石塚もすぐ後ろからそれを見ていた。自分の意思に反して動く体と、
次々に放たれる罵詈雑言。何度もやめろ、と叫んだ。だが、体の主導権を取り戻した時目に飛び込んできたのは、
地面に力なく倒れる深沢と、それを呆然と見つめる阿部だった。どうやら石塚が遅いので心配して戻ってきたらしく、
深沢と石塚を見くらべて、ブラッドストーンを握りしめる。
『これ……石塚さん、やったんですか』
『……わかんない』
『分かんないって……』
阿部は膝をついて、深沢の体にそっと触れた。傷をひい、ふう、みいと数えて、少し迷ったように視線を彷徨わせたが、
やがてため息をついて手をかざす。阿部の手から丸みを帯びた光が放たれ、深沢の傷が少しずつ塞がっていく。
『なあ、たしかお前の石って』
『いいんです。俺がやりたくてやってるんですから』
傷を癒やした後、それと同じだけの痛みを負うことは聞いていたが、阿部は首を横に振って続く言葉を許さなかった。
『……お互い、息苦しいですね』
ぽつり、と独り言のように放たれた言葉。背中を向けているせいで、阿部の顔は見えなかった。
『石塚さんは、黒に捕まる前の自分に戻りたいって思ったことあります?』
石塚が答える前に、『俺たちは何回もあります』と続ける。
『でも、きっと黒から逃げられても……元通りなんてありえないんでしょうね』
その言葉は、深く石塚の胸に突き刺さった。

翌日。
誰もいない楽屋に置きっぱなしだった小沢の携帯電話が、着信音を響かせて震える。
やがて、ピーッと音が鳴って留守電に切り替わった。
『もしもし、俺、小杉やけど……大事な話があんねん、今日ちょっと会えんか?
 電話ではちょっと言えへん話でな。仕事終わった後でええから、返事くれや、ほな』
またピーッと発信音が鳴って、メッセージは終わった。やがて、トイレから戻ってきた小沢は、
ケータイのライトが点灯しているのを見てとりあげる。
「……なんか、嫌な予感する」
小沢は頭を振って、こんこんと拳で軽く額を叩く。自分に活を入れると、思い切って留守電の再生ボタンを押した。

836名無しさん:2015/11/19(木) 00:48:45
>>832
毎回楽しみにしています。長くなるのは大歓迎です。

837Evie ◆XksB4AwhxU:2015/11/22(日) 18:59:55
軽くバレました、という回。石塚さんの芸歴はデビュー年で計算すると94年からですが、
ブラマヨ、次課長とは同期じゃね?という意見がファンの間ではわりと多いので、それに準じています。
今回は黒ユニ集会編、珊瑚編と共通する設定あり。設楽の台詞は感想スレ>>448の『ロザンが関西黒ユニの中核』を参照。
ななめ45°は能力スレの>>748、タカトシは>>322から。

【Deep down inside of me-3-】

「おう小沢、こっちや」
ロビーに降りると、受付の前で吉田が手を振っていた。22時に会う事になっていたが、ブラマヨの二人が予想よりも早く上がれたおかげで、
約束の時間より3時間ばかり早い待ち合わせとなった。小沢もぎこちない笑顔で手を振り返すと、いつも行く店に予約を入れようとケータイを開く。
「あ、ええよ別に。ここで」
吉田が指さしたのは、観葉植物の影に隠れるように設置されたベンチ。主に来客が待つためのものだが、
正直疲れていたので、ありがたい申し出ではあった。スピワの二人が腰を下ろすと、向かい合うようにブラマヨの二人が座る。
「メール読んだよ。号泣なら上の階にいるから、後で……」
「ああ、浅越なら先に行かせたで。一刻も早いほうがええからな。その……すまんな、ついでに浄化なんか頼んで」
心底申し訳無さそうに眉をへの字にした小杉。井戸田は「浄化は朝飯前」と声をかけて気にするな、と親指を立てた。
しばらく黙って互いの出方を伺う。やがて言葉がまとまったのか、小杉が口を開く。
「なあ、最近……なんか変わったこと、ないか」
だいぶ遠回しな切り出し方だった。井戸田は首をひねって「特に」と答える。
「例えば、誰かの行動がおかしいとか、様子が変とか、怪我する奴が増えたとか」
「……たしかに俺達の所には設楽さんがいるけど、あの人も仕事と石に関するゴタゴタはある程度線引きしてる」
「せやったら、ホンマに何も知らんのか?ホリプロで白をまとめとる、お前らでも?」
「ここ最近静かなのは事実だけどよ、黒の奴でも見えない設楽さんの腹の中なんて、俺達なんかに分かるわけないだろ。なあ、小沢さん」
それまで話の成り行きを見守っていた小沢は、いきなり水を向けられて戸惑ったが、井戸田の強い視線に押されて「うん」と同調する。
「さっきから何が言いたいのかな。俺達に気を遣わなくていいから、はっきり言ってよ」
すると、ブラマヨの二人は顔を見合わせてさらに表情を固くした。なるべく遠回しに、ショックを与えない伝え方を考えてきたのは
小沢にも分かったが、吉田はとうとう核心をついてきた。
「お前らの中に、黒の餌食になった奴がおる」
吉田の言葉に、スピワの二人は体をこわばらせた。それきり黙りこくってしまった吉田の代わりに、小杉が昨夜のできごとを簡潔に説明する。
聞き終わった時、井戸田の口から最初に出たのは「嘘だ」という否定だった。
「おい、いくらなんでも……言っていいことと悪いことがあるだろ、どうせつくならもっとマシな嘘を」
「しょーもない嘘つくためにこんなとこまで来るわけあるか!エイプリルフールでもないのに」
がなる吉田の隣で、小杉は組んだ指を解くと、背もたれに体を預けてふうっとため息をつく。
「とにかく、放っておけないのは事実や。コムはほとんど黒の陣地になってもうとるし……ホリプロの方にも
 黒の食指が伸びたら、あとは時間の問題やからな。
 相方に報告するのが一番ええんやろうけど、スケジュール知らんから捕まえようがないし……第一、縁の浅い
 俺らの話なんか、素直に聞いてくれるとも思いがたいし」
小杉はよっこらせ、と立ち上がり、まだ座ったままの小沢を見下ろしてつけ加える。
「そいつにとって居心地のええ場所で、それなりに楽しくやっとるんなら、俺ら何も言わんで」
小沢は膝の上で拳を握りしめて、その言葉を胸にとどめた。

沈黙とは、もっとも労力のかからない圧迫だ。
この倉庫に窓はない。石塚から見て対角線上のドアは内側から施錠されているし、その前に設楽が立っている所為で逃げ道も塞がれた。
そして、廊下を歩いていた石塚を無理矢理この倉庫に押しこんで鍵をかけてから、設楽はずっと沈黙している。
「お前は」
重い空気に耐えられなくなってきたところで、設楽は一歩ずつ、こちらへ歩いてきた。
「破滅願望があるのかな」
予想だにしない一言。石塚が反論しようと口を開くと、それはいいというように手をかざして黙らせる。


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