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変身ロワイアルその6
1
:
名無しさん
:2014/08/07(木) 11:23:31 ID:V1L9C12Q0
この企画は、変身能力を持ったキャラ達を集めてバトルロワイアルを行おうというものです
企画の性質上、キャラの死亡や残酷な描写といった過激な要素も多く含まれます
また、原作のエピソードに関するネタバレが発生することもあります
あらかじめご了承ください
書き手はいつでも大歓迎です
基本的なルールはまとめwikiのほうに載せてありますが、わからないことがあった場合は遠慮せずしたらばの雑談スレまでおこしください
いつでもお待ちしております
したらば
ttp://jbbs.livedoor.jp/otaku/15067/
まとめwiki
ttp://www10.atwiki.jp/henroy/
353
:
崩壊─ゲームオーバー─(9)
◆gry038wOvE
:2015/07/12(日) 13:53:18 ID:OT9PV3kg0
『──ガイアポロン』
クウレツキは、残っていた頭部の言語回路とAIだけで、ガイアポロンに声をかけた。
彼の目がチカチカと弱弱しく点滅し、ガイアポロンに最後の言葉を告げる。
『アナタノヨウナ人ノ為ニ作ラレ、少シノ間デモ、共ニ戦エタ事ハ、私タチノ、誇リ、デス………………』
三体の超光騎士は、この時を持って、全機能を停止した。
ガイアポロンは、自分に最後まで忠実だった三体の友の一人を、腕の中で強く抱きしめ、怒りに燃えた。
【リクシンキ@超光戦士シャンゼリオン 破壊】
【ホウジンキ@超光戦士シャンゼリオン 破壊】
【クウレツキ@超光戦士シャンゼリオン 破壊】
◇
「石堀、てめぇっ!! 許さねぇ!! 絶対殺してやる!!」
キュアパッション──杏子が前に出る。
ガイアポロンや超光騎士たちの奮闘の後も彼女の怒りは冷めやらなかった。
「おっと、魔法少女だった佐倉さん。少し目を離していたらプリキュアに、か……その服装、似合ってるじゃないか」
「その減らず口を二度と聞けなくしてやるッッ!!! 悪魔ッッ!!!」
そんな言葉を、悠々と聞く石堀。
そして、またどこか皮肉的に、こう告げる。
「……そうだな。ただ、前の方が似合ってたと言ったらどうする──?」
──そう言われた瞬間、杏子は気づいた。自分自身のキュアパッションの変身が解け、彼女は魔法少女の姿になっていたのである。
杏子は、思わず、自らの腰部まで視線を落とした。
そこには、装着されていたはずのリンクルンがなく、その残骸と思しき物が地面に落ちていたのがちらりと見えた。
「何ッ──!?」
──石堀は、変身アイテムだけを的確に破壊したのだ。
長い時間の経過とともに杏子が使用する事になったリンクルンは、僅か数分でその機能を終える。
アカルンは、その残骸の中で、弱弱しく、埋もれるようにして倒れていた。辛うじて無事だが、二度とリンクルンは使用できないだろう。
「てめぇ……っ……!」
しかし……敵が変身アイテムを破壊する戦法を取り、それを実行できるスピードとパワーを持っているすると、不味い事になる。
──そう。杏子は、彼に知られている。
キュアパッションと違い、魔法少女というのは、変身アイテムそのものの破壊が──。
「──これが、命取り、だろ?」
石堀の手が、杏子の胸元のソウルジェムへと伸びた。
──不味い。本当に。
跳ね返そうと、槍をそれより早く胸元の前に翳そうとするが、やはり敵の方が一枚上手だった。杏子より素早く動いた彼の腕は、その指先をソウルジェムに掠めた。槍は素通りする。
そして、気づけば、また──次の瞬間にはそれは彼の手にあった。
駄目だ。それが破壊されたら──。
354
:
崩壊─ゲームオーバー─(9)
◆gry038wOvE
:2015/07/12(日) 13:53:41 ID:OT9PV3kg0
(──ッッ!!)
しかし、見逃す理由はどこにもない。──杏子は、死を覚悟する。
まともな意味もなく、杏子は目を瞑った。
死ぬ──。
だが、杏子の意識は、その先もまだあった。
眼前では、石堀が、杏子のソウルジェムを左手で弄んでいた。少し拍子抜けしたが、それも束の間だった。
助かった事を安心してはいない。
何か、それより恐ろしい事を企んだからこそ──彼は、それを手に構えているのだ。
そして、それは次の瞬間に、実行される事になる。
「安心しろ、壊しはしない。でも、このソウルジェムって奴には、ちょっと興味があるんだ……。──そう、たとえば、こんな風に、絶望の海に沈めてみたらどうかな?」
石堀は、そう言って、ソウルジェムを「忘却の海」へと放り捨てたのである。
それは全員の目の前で、人々の恐怖の記憶の海の中へと沈んでいく。──後悔してももう遅い。
それが杏子の「本体」だ。
「なっ……!」
杏子は、自らの魂が遠くへと沈んでいくのを前にしていた。広く深い忘却の海の中に投げ出され、膨大な情報の波に、一瞬で流されていくソウルジェム。
杏子は自分の意識が、掠れていくのを確かに感じた。
──ああ、クソ……
「あれは忘却の海レーテ。あの中は人間が立ち入れないほど根深い人間の心の闇に繋がっている。──人間があそこに迷い込めば、絶対に生きてここに戻る事はできない」
杏子の意識が、完全に薄れていく。
とうにソウルジェムは、肉体の意識を途絶する距離にまで達している。しかし、残滓というのか、シャットダウンされる直前、杏子は聞き、思った。
「そうだ、お前は死なない……! これから永久に、時空の中を一人ぼっちで彷徨うんだ、佐倉杏子……。寂しい寂しい一人ぼっちの旅を──永遠になッ!」
──悪い、みんな……何もできなかったけど、コイツを、頼んだ……
杏子の意識が、遂に途絶えた。
映像が消え、笑い声が最後に耳に反響した。
「……ハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ!!!!!!!!!」
【佐倉杏子@魔法少女まどか☆マギカ 再起不能】
◇
「────」
ラブの死。超光騎士たちの再起不能。杏子のソウルジェムの廃棄。
それによって、怒りに火が付いた者もいる。──しかし、そんな最中で、キュアベリーは、妙に頭が落ち着いた気分で、ある物を取りだしていた。
実のところ、落ち着いた気分というのは勘違いも甚だしい錯覚である。
美希の心は、むしろ頭に血が上りすぎて、何も考えず、全ての外部情報を途絶し、石堀光彦を撃退する最も効率的な戦法だけを考え、実行するようになっていた。
少なくとも、その瞬間だけは──。
「ッ!? ──駄目だ、美希ちゃんっ! ここで変身しちゃ──」
孤門が何か不穏な物を感じて、美希を制止しようとしたが、手遅れだった。
355
:
崩壊─ゲームオーバー─(9)
◆gry038wOvE
:2015/07/12(日) 13:54:44 ID:OT9PV3kg0
──ベリーの懐から取りだされた、光の巨人への変身アイテム。
真木舜一から姫矢准へ、姫矢准から佐倉杏子へ、佐倉杏子から──蒼乃美希へ、光を継ぐべき者に継がれ、ここまでつながったエボルトラスターである。
彼女は、この強大な敵に立ち向かう為の最後の武器として使おうとしていた。
石堀が、その瞬間、ニヤリと嗤った。
「────うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ…………ッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
キュアベリーは──蒼乃美希は、その力を解放するべく、エボルトブラスターを強く引く。
憎しみの力を発しながら──それでも、ウルトラマンは美希と一つになる。
彼女の身体がウルトラマンネクサスへと変身する。
──桃園ラブ。
──佐倉杏子。
二人の事を頭に浮かべながら、──いや、あるいは、石堀とは関係なくこの殺し合いの中で死んだ他の仲間の事も頭の中に思い出しながら、今まで感じた事のない憎しみを、ウルトラマンの光の中に込めた。
この殺し合いを止め、ダークザギに立ち向かう為の力として──。
──その時。
「────ッ!?」
何故か、ウルトラマンネクサスの身体は、忘却の海レーテから発された無数の黒煙のような触手によって引き寄せられたのだ。それは一瞬で四肢を絡め取り、ウルトラマンの自由を奪う。
抵抗する間もなく、ウルトラマンはレーテの前に引きずり込まれた。
「ウルトラマン……ッ!?」
巨大なレーテの異空間の中で、ウルトラマンの制限は解除され、孤門以外の誰も見た事のなかった身長49メートルいっぱいの巨体が磔にされる。
その場にいる誰もが、その光景に唖然とした。
「グッ……グァァァァ…………ッッ!!」
ウルトラマンは一瞬でそのレーテの力に合併される。
──そして、なおも赤く光っていた胸部エナジーコアから、膨大なエネルギーがレーテの中へと流れ込んだのは、次の瞬間だった。
「──レーテに蓄積された恐怖のエネルギーが、お前の憎しみにシンクロした。結果……光は闇に変換される!」
石堀だけが知るその理論を口にした所で、誰もその意味を解す事はないだろう。
しかし、それが石堀にとって計画通りの出来事であるのは間違いなかった。彼の微笑みは何度も見たが、この瞬間ほどそれに戦慄した事はない。
──やがて、変身者である美希が、意識を失う。
ウルトラマンの指先からすぐに力がなくなった。
英雄は、その瞳の輝きを失い、頭を垂れる。
その場にいる誰もが、その光景に唖然とした。美しささえ感じる、巨人の終焉に──。
「来い……っ! これで……っ!!」
石堀が待っていたのは、この瞬間だった。
エナジーコアの光は、「闇」となり、レーテを介して石堀の身体に向けて膨大なエネルギーを注ぎ込む。
ウルトラマンの光だけではなく、そこに、美希の持っていたプリキュアの光まで相乗される。それも石堀光彦が狙った通りだった。
356
:
崩壊─ゲームオーバー─(9)
◆gry038wOvE
:2015/07/12(日) 13:55:04 ID:OT9PV3kg0
完全にその表情を異形に包んだ彼は、まだわずかに残っている人間の表情で最後に笑った。
「─────────復活の時だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーッッッッ!!!!!!!!!!!!!!」
──石堀光彦の身体に、ウルトラマンネクサスから発された膨大な闇のエネルギーが吸収され、彼はその真の姿を現世に再現する事に成功する。
周囲の大木が、その瞬間に爆発さえ起こした。あり余ったエネルギーを、周囲の破壊に利用したのだ。
「フハァーーーーーーハッハッハッハッハッハッハッハハッハハッハッハッハッハッ!!!!!!!!!!」
暗黒破壊神ダークザギ──。
ウルトラマンに酷似した──しかし、その全身を闇色に塗り替えたような姿の戦士。
血管のように全身を駆け巡る真っ赤なエナジーもまた特徴的であった。
まるで狂った獣のように爪を立て、全ての生物を「虚無」に変えようとする怪物。
それは、決して再びこの世に生を受けてはならない存在の姿だった。
しかし、この時、目覚めてしまった。彼自身の周到な計画によって──。
『なんてこった……こりゃあ、どんなホラーよりも凄まじい闇の力を感じるぜッ!!』
とうに制限時間が来て召喚を解除していた零の指で、魔導輪ザルバが言う。
だが、零はその言葉に、こう返した。
「ああ……言われなくても、わかってる」
他の誰もが、言葉を失って、それを“見上げていた”。
そこにいるのは、等身大の敵ではない。身長50メートルの怪物である。
彼が吸収したエネルギーは、あまりに強大すぎた。彼らの世界の人間たちだけでなく、あらゆる多重世界の恐怖のエネルギーを収集していたレーテと結合した闇の力である。
もはや、制限などは些末な問題でしかない。
ダークザギが猛威を振るえるシチュエーションは完全だった。
────果たして、一体、この場にいる誰が、こんな敵を止められるのだろう。
【蒼乃美希@フレッシュプリキュア! 再起不能】
【ダークザギ@ウルトラマンネクサス 覚醒】
◇
誰もがダークザギの姿を見上げていた時、ただ一人だけ──。
そうこの時、ただ一人だけ、その巨大さに驚きながら、全く、別の行動を実行した者がいたのである。
彼が注視していたのは、ダークザギではなかった。
この闇の巨人への恐怖は、無論ある。誰よりもこの巨人への無力を実感している。──しかし、それを、ほんの些細な事であるかのように、彼はこの時に感じていた。
忘却の海レーテから、おびただしい闇が噴出し、ウルトラマンの姿を覆い隠していく。
レーテに閉じ込められた杏子のソウルジェムと、美希は闇の中に消えてしまった。
もう、遠いどこかへ行ってしまう……。
357
:
崩壊─ゲームオーバー─(9)
◆gry038wOvE
:2015/07/12(日) 13:55:25 ID:OT9PV3kg0
「美希ちゃん……っ!」
この巨大な忘却の海の中に囚われた蒼乃美希の事が、──孤門一輝は気がかりだった。
そして、気づけば、彼はその闇の中に飛び込もうとしていた。
──僕は、こんな恐怖の中に閉じ込められた人を守るために、レスキュー隊に……。
……そう。それは、遠い子供の時の記憶だった。
孤門は、どこか流れの早い川で溺れそうになった事があったのだ。
川で溺れて死んだ子供たちのニュースを何度か聞いていたのを思い出し、子供心にもその時は“死”を覚悟した。濁流は孤門の足を、川の深くへと体を沈めていく。沈んでしまえば、息もできない。もう二度と、友達や、父や母の顔を見る事ができない永久の闇の中に沈んでしまうのだ。
そしてその時、周りには誰もいなかった。誰も助けてくれる人はいない。
何の気なしに川で遊んでいた自分が、明日には大自然の犠牲者としてニュースになる──。
……死ぬのが怖かった。
だが、どうする事もできず、彼は、一度、“生”を諦めた。
直後に、一人の男が孤門の手を取り、助けてくれたその時まで、自分は確実に死ぬ物だと諦めていた──。
(──諦めるな!!)
そうだ……。
あの時、僕を助けてくれた人の声が聞こえる。
(───諦めるな!!)
あの時、僕を導いてくれた人の声が聞こえる。
そうだ、諦めちゃだめだ。
どんな深く暗い海の底にも、希望は必ずある……。
……諦めるな。
今度は──今度は、僕が、誰かに手を差し伸べる番だ!!
杏子ちゃんや美希ちゃんが、この深い海の中を彷徨っているのなら、僕が二人を助けなきゃ駄目なんだ!!
「──孤門さんっ!」
孤門一輝は、強い意志と共に、忘却の海レーテに飛び込んでいった。
その背中を目で追ったマミは、驚いて彼の名前を見た。周りが皆、一度そちらに目をやった。
忘却の海レーテ──は深く暗い闇の中で、そこを侵せば二度と出てこられなくなるであろう事は、誰の目にも明白だった。考えなしにここに飛び込もうとするなどいるはずもない。動物的本能が、そこに入るのを無意識的に拒絶するような場所だった。
しかし、彼らが目にする事ができたのは、孤門の足が、レーテの闇の中に飲み込まれていく瞬間であった。
【孤門一輝@ウルトラマンネクサス 再起不能】
◇
358
:
崩壊─ゲームオーバー─(10)
◆gry038wOvE
:2015/07/12(日) 13:56:00 ID:OT9PV3kg0
──孤門一輝が、レーテへと飛び込んだのを、仮面ライダージョーカーは見つめていた。。
ああ、あの中に、佐倉杏子のソウルジェムがあるのだ。しかし、ジョーカーは飛び込めなかった。──いや、飛び込むわけにはいかなかったのだ。
彼は、その腕の中に、佐倉杏子の身体を横たわらせている。彼女の肉体はジョーカーが守っていた。
「杏子……!」
杏子の身体は、虚ろな目で空を見上げながら、完全に力を失っている。心臓も止まっている。血も通っていない。──まさに、死体だった。
しかし、これと同じの体があの、杏子の笑顔を形作ってきたのだ。
そして、杏子はこの体で戦ってきたのだ。
だから──翔太郎は、今はこの体を守らないわけにはいかない。
──そうだ、翔太郎は、約束したのだ。
杏子を、必ず人間にしてやると。こんな風に、小さな器に左右されない人間に──もう一度、戻してやると。
それは、仮面ライダーとしての杏子との絶対の約束。
いつか絶対、その方法を見つけ出し、佐倉杏子を魔法少女ではなく、一人の少女にする──そんな事を、翔太郎は夢見ていた。
……妹が出来たように想っていた。
杏子は良い奴だった。
この殺し合いに唯一感謝するとすれば、それは杏子たちと出会わせてくれた事だ。
(……任せたぜ、孤門! 俺は信じてる……、お前が、きっと杏子たちをそこから助けてだしくれるってな……!)
今は、孤門に全てを任せ、翔太郎はここで敵と戦うしかない。それが出来るのは自分たちだけなのだ。
変身して、戦う力を得た自分たちが出来る精一杯の事──。
見上げるほどの巨体に──ああ、どう立ち向かえばいいのかさえわからない、このアンノウンハンドの真の姿に──翔太郎は立ち向かわねばならない。
怖い。
そう思う。テラー・ドーパントが展開したテラーフィールドの時の感覚によく似ていた。
杏子を人間に戻す前に、死ぬかもしれない。
約束を守らなければならないのだ。死ぬわけにはいかない。
それならば、戦わずに済ませるのも良いかもしれない。
杏子との約束の為に────。
────だが、その時。
「ハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!!!!!!!」
ン・ガドル・ゼバの高笑いが、その森の中に鳴り響いた。
ジョーカーの耳に、この怪物の声が聞こえた。
身の丈の数十倍もあるダークザギの巨体を前にしながらも、彼は戦いへの飽くなき野望を止める事はなかったのだ。いや、もはや本人にとっても、それはとどまるところを知らない次元まで来ていたのだろう。
──はっきり言って、ガドルには、それに強いダメージを与えるような対抗策は無い。戦えるような力はない。
しかし、彼は笑っていた。
究極の闇を齎す者──であった者として、無邪気な笑みを形作っていたのだ。
ただただ、純粋に、彼は敵の強化を喜んでいた。
「それが……それが、貴様の本当の力かッ!!」
359
:
崩壊─ゲームオーバー─(10)
◆gry038wOvE
:2015/07/12(日) 13:56:16 ID:OT9PV3kg0
万全の力を持ったイシボリに、こうして生きて挑む事ができる──という事をガドルは喜んでいたのである。
あのまま、イシボリの本領を拝む事が出来ないまま、彼の力の片鱗に敗れたとなれば、それこそグロンギ族の名折れとなる所であった。
グロンギの王であるン・ガドル・ゼバが、未知の敵に手を抜かれたとなれば、それは種全体の恥であるといえる。
だが、こうして、本当のイシボリに会う事が出来た。
──俺はこの時の為に、最後の力を授かったのかもしれない。
「──ヨリガエッデ ヨバッタ ラタ ボソギアエス オ ギガラ!!(蘇って良かった、また貴様と殺し合える!!)」
あまりに興奮に彼は、相手への言葉が自然と母語に変わっていた。
グロンギ族はここで、“王”がダークザギに挑む事で、その誇りを守る事になる。──だから、ガドルは、戦う。
死ぬまで、いや、死んでも。──戦い尽くし、殺し尽すだけではない。
今は王として、正当にゲゲルを勝ち残った仲間たちの誇りをかけて──、戦い続けなければならない宿命を負ったのだ。それを呪うわけではない。悦びを持って受け止めよう。
「──ギョグブ ザ!!!!!! イシボリッッッ!!!!!!」
ガドルは、全身に残った最後の力を全て、近くの大木へと流しこんだ。
ベルトから発動するモーフィングパワーを全てその大木へと──この身が果てる限界まで、注ぎ込む。
大木はやがて、プロトクウガが作りだした「破壊の樹」のように巨大に変質していく。──しかし、ダグバのベルトによって生成された「破壊の樹」の大きさは、プロトアークルから生成されたそれとは比較にならなかった。
根を通じて、地面の土からあらゆる水分を吸収し、「破壊の樹」を一瞬で育てていく。
その大きさは、20メートルほどまで膨れ上がった。ダークザギの半身よりも巨大な兵器が、その場に召喚される。
──そして。
「────グロンギ ン ゴグ ン ホボリ ゾ グベソ!!!!!!!(グロンギの王の誇りを受けろ!!!!!!!)」
砲火──!!
雷を帯びた一撃は、ダークザギへと真っ直ぐに向かっていく──。
それは、ダークザギのエナジーコアの部分へと確実に距離を縮め、その体表で──爆ぜた。雷が真正面で落ちたような轟音が、ダークザギの胸元で鳴り響く。
ダークザギの顔が真っ白な煙に隠れていく。
──ダークザギを倒したのだろうか。
しかし、いずれにせよ、大打撃を与えた事は間違いない、とガドルは思った。
ガドルの腹部で、ベルトが限界を迎えて、少しずつ罅を生んで割れていく。──彼のエネルギーも枯渇し、心臓の音はだんだんと弱まっていく。
戦いへの興奮は冷めない。
冷めやらぬ興奮の中で、ぼやけていく視界に、爆炎に包まれるダークザギの姿があった。
「────バッタ……!! ガ ゴレ……!!(俺が勝った……!!)」
──王は、確信した。
グロンギ族の勝利だ。
──王の誇りは、種の誇りは、保たれた。
「────ッ────」
360
:
崩壊─ゲームオーバー─(10)
◆gry038wOvE
:2015/07/12(日) 13:56:32 ID:OT9PV3kg0
いや。──だが、まだだ……。満足ではない。まだ。
まだ、戦わなければならない。
倒すべき敵がまだいくらでもいる。
立ち上がらなくては。次は誰だ。カメンライダーか。
「……ガドル、見届けたぜ」
その時、誰かの声が、ガドルに囁いた。
「バッタ ガ ゴレ……」
男は、それが、「勝った」というガドルの歓喜の声だと理解した。
落ち着き、空を見上げた。
「そうだ、お前は勝ったんだ……あのダークザギにな……あいつは今の攻撃で死んだ。ガドル、お前は、本当の強者だ……。この場にいる誰よりも、お前は強かった……、絶対にお前の強さなんて認めるつもりはなかったが……認めざるをえねえ」
聞き覚えがある声だった。──そう、少なくとも、ガドルに立ち向かった者たちの内の誰かだ。
カメンライダー、そう、奴だ。ガイアメモリの力で変身する、二人で一人のカメンライダーの片割れ──。以前、俺を殺した奴の生き残り。
既に視界はないが、その声だけがガドルには聞こえた。
──挑む。殺してやる。
俺のプライドにかけて、たとえ貴様が望まずとも──。
「ハハハ……ならば……ッ、カメン、ライダーよ────、次は貴様の番だ……ッ!! ハ……ハハハハハハハハハハハ…………ッ………………、ッ………………」
ガドルは、腕を上げ、その体を掴もうとするが、あいにく腕は持ちあがらなかった。
しかし、カメンライダー──仮面ライダージョーカーは、その腕が確かに上がろうとしていたのを見ていた。ガドルはまだ戦おうとしていたのだ。
それは、すぐに人の姿になり、軍人の恰好をした男の死体になり果てた。
もう起き上がる事はあるまい。
この狂気ともいえる戦闘への意思とプライド。
──この場において、最も、強かったと認めざるを得ない敵の死だ。
まだ起き上がるのではないか、と今度また、ジョーカーは少し思っていた。
「……くそっ。まさか、こんな奴に、こんなにも勇気づけられる事になるとはな……! 俺もまだまだ甘いぜ」
仮面ライダージョーカーは、ダークザギにも立ち向かおうとしていた。
恐るべき相手であるのは一目瞭然だ。
その体はジョーカーの戦闘能力が対処できる範囲ではない。──しかし。
それでも、戦わねばならないという使命と、覚悟を持った戦士の最期を今、見届けてしまった。──それが正義であれ、悪であれ。
たとえ、ユーノの、フェイトの、霧彦の、一条の、いつきの、結城の、鋼牙の、そして、フィリップの──仇であるとしても、左翔太郎はガドルの頑なな奮闘によって、恐怖を打ち消したのだ。
最後に認めてやってもいい。
彼が、最強の敵であった事を──だから、ダークザギなど、恐怖を覚えるに値しない事を。
「────さあ……、お前の罪を数えろォッ!! ダークザギィィッッ!!!!!」
目の前のダークザギは無傷であった。
ガドルに最後に、ダークザギに勝利したと告げたのは、本心で──ガドルの誇りはダークザギにも勝り、そして何より、ガドルはダークザギより強いと認めたからであるが、現実には、こうしてダークザギは生きている。
ガイアセイバーズは、その恐るべき相手に立ち向かわねばならない。
【ゴ・ガドル・バ@仮面ライダークウガ 死亡】
【残り13人】
◇
361
:
崩壊─ゲームオーバー─(10)
◆gry038wOvE
:2015/07/12(日) 13:56:54 ID:OT9PV3kg0
仮面ライダージョーカーが、その腕をマシンガンアームへと変えて、マガジンを全て消費するまで撃ち続けんと立ち向かっていた。しかし、それはダークザギの体表で小さな音を立てて消えていくだけで、相手に蚊に刺されたほどのダメージを与えているようにも見えなかった。
周囲では、外道シンケンレッドによる猛牛バズーカの砲撃が起こっていた。これは必殺級の技であるにも関わらず、全くといっていいほど効果を示していない。
仮面ライダーエターナルもまた、獅子咆哮弾を何度も繰りだしているが、それもまた同様だ。
ダミー・ドーパントは、ダークザギを複製する事は制限上不可能であり、高町なのはの姿でスターライトブレイカーを発するが、それもまた効果なし。ガイアポロンのシャイニングアタックも弾かれてしまった。
(──サイズと能力に差がありすぎる! 俺たちは、無力すぎるんだ……ッ)
仮面ライダースーパー1は、後方で冷静にその常識を分析しようとしていた。しかし、打開策など、この状況では全く思い当たらなかった。この圧倒的な不利を理解し、それでも前に進める理論を頭の中で構築しようとしている。
主催戦を控えていた以上、この規模の敵と遭遇するかもしれない事は予め考えていたが──それでも、はっきりとした案は何一つとして無い。ここまで、浮かんだのは、ドウコクの二の目に頼るというくらいの事だった。
ウルトラマンネクサスさえも、こうしていなくなった以上、彼らは通用しない力で戦い続けるしかないのである。
(──いや、思い出せ! これまでも巨大な敵を倒す方法が、いくつか存在していたはずだ……!)
だが、これまで、先輩ライダーたちが、こうした巨大な敵に全く立ち向かわなかっただろうか。──何度か、40メートル大の敵と戦ってきたはずだ。
自分より前の仮面ライダーは全員、そんな敵との戦いを経験している。
GODのキングダーク、デルザー軍団までの全ての組織を総括していた大首領、ネオショッカーの大首領──サイズに差のある敵は存在した。そして、先輩たちは全て撃退している。
だが、実際のところ、それには必ず、攻略法があったのである。何らかの弱点が存在し、正攻法の戦い以外の形での勝利を掴む事ができた。──今は、一切の攻略法が見いだせない。
(……くっ、やはり駄目だ。まともに戦って勝てる相手じゃない……ッ!)
だが──、そう思いながらも、この中で、もし前線に立って戦うべき者がいるなら、それは自分とドウコクであるとも思っていた。
ドウコクの場合は、一度死んで、「二の目」を発動する必要がある……。それにより、同じ規格で戦う必要がある。
ドウコク自身はそんな手に納得しないだろうし、もし、そうなった場合、ザギを倒した後で今度はドウコクが襲い掛かるというだけである。──それも、彼がザギを倒す事が出来た場合に限られるのだが。
(やはり、俺しかいない……)
まず、スーパー1は重力低減装置で、無限の高さまでジャンプが可能だ。宇宙空間にも適応する事ができる。勿論、ダークザギの体長よりも高くジャンプする事も理論上では可能である。攻撃が脚部にしか届いていない者もいるが、スーパー1はもっと明確に急所を狙いながら戦う事が出来るのだ。
また、宇宙規模のシステムを想定している以上、その規格から外れた巨大な隕石の処理などもS-1の役割となっていた。パワーハンドのように、圧倒的な力を持つファイブハンドも持っており、それは並の改造人間の手に余る物さえも粉砕できる作りになっている。
(だが、それでも……そんな力があったところで、勝利の確率は決して高くないッ!)
──パワーハンドが支えられるのはせいぜい50t。しかし、目の前の敵はおそらくそんな次元ではない。
彼は知る由もないが、ダークザギの体重は55000t。スーパー1が推定していたのもだいたいそのくらいだったが、それだけの差がある以上、多少他の仲間よりも強い程度では結局変わらない。
だとすれば……?
(……俺たちは勝てないのか……!? こんな所で──)
362
:
崩壊─ゲームオーバー─(10)
◆gry038wOvE
:2015/07/12(日) 13:57:08 ID:OT9PV3kg0
涼邑零が鎧を召喚し、銀牙の背に乗って、ダークザギの足を垂直に駆けている。──直後、その体は振り払われた。
高く飛び上がったキュアブロッサムが、ピンクフォルテウェイブをダークザギに向かって放つ。──しかし、その体は、ダークザギが片手でハエ叩きのように地面に叩きつけてしまった。
体の大きさを利用し、我々を玩具のように弄んでいるわけだ。
「────らぁッッ!!!!!!!!」
ひときわ気合いのかかった声で、血祭ドウコクが剣を振るう。
剣圧が巨大な鎌鼬となり、ダークザギのエナジーコアに向かっていく。──しかし、それはダークザギの身体に当たっても、それは全く効果を成さなかったようだ。
ダークザギへの策は、ない。
沖一也にはとうにそれがわかっていた。しかし、認めるわけにはいかなかった。
「……くっ」
仮面ライダーには戦いを捨てる道は彼にはない。
彼らのように、無謀に──決して効かないかもしれない技を使って、戦うしかない。
持てる限りの戦力は全て使い、たとえ、蚊が食うような一撃でもダークザギに与えていく……それ以外の戦法は浮かばなかった。
それは即ち、敗北を意味していると思う。
しかし、そんな中で万が一の確率で起こる勝機や奇跡が時にある。──奇跡が起こる時には、必ず一定の条件がある。
そう──奇跡が起こるのは、誠実に目の前の苦難に立ち向かった時だけだ。
──覚悟を決める、のみだった。
「────無謀だが、力ずく、か」
仮面ライダースーパー1は、目の前で戦う仲間たちの姿を見て、理論を捨てる事にした。
やれやれ、と、肩を竦めるしかなかった。
何か弱点があるはずだ、とも言えないのが悔しい。──彼は間違いなく、スーパー1が出会った中で最悪の敵なのである。
彼に弱点はない。結局のところ、力と運に任せる以外の術はない。
全力は尽くす。それがこの場合、最も誠実な戦い方。
「────ならば……それしか方法がないならば……他の誰でもない……この俺が、この手で迎え撃とう……!! こっちだ、ダークザギッ!!」
スーパー1は重力低減装置を作動する。そのまま地を蹴ると、だんだんと、星々と蒼穹は近づいていく。
彼はダークザギの文字通り目の前まで飛び上がると、空で赤心少林拳の構えを魅せた。
──スーパー1とダークザギの目が合う。
「いくぞ──スーパーライダー!! 月面キィィィィィック!!!!!!!!!」
そこで放たれる、仮面ライダースーパー1の魂の蹴り。
この場にいる誰も、こんな目立つようなやり方で攻撃はしていなかった。この高さまで飛び、確実に敵の視界の中で無茶をしている──。
そこには、自らが囮となって周囲を惹きつけようとする意志もあった。
スーパー1の足が、ダークザギの目と目の間に激突する──。
「──チェンジ!! パワーハンド!! ハァッ!!!!!!!!」
反転キックにより、再度空中でダークザギの顔面に向けて、パワーハンドの拳を叩きつけた。ダークザギの顔が微かに揺れた。
スーパー1の拳から、激しい波が全身に駆け巡る。
惑星開発用改造人間になって以来、これほど全身に衝撃が伝る事はなかったかもしれない。──玄海老師や弁慶たちと共に、一人の人間として戦って以来だ。
彼もまた、その頃は、稽古の厳しさに独り泣いていた少年だったと、──誰が想像しているだろう。
また、彼はダークザギの顔面を蹴り、空中で反転する。
「────そしてこれが最後だ……ッ!!! スーパーライダー、魂キィィィィィィィィックッッッッッ……!!!!!!」
彼は、先ほどの一度、二度の攻撃と共に、全身のエネルギーを一点を集中させていた。
右腕、左腕、左足の機能は通常の人間のそれと大差ないほど低下する。
──全身のエネルギーは、ただ一点、右足へ。
全ては、この一撃の為の布石だ。
363
:
崩壊─ゲームオーバー─(10)
◆gry038wOvE
:2015/07/12(日) 13:57:23 ID:OT9PV3kg0
それは、10人の仮面ライダーが同時にエネルギーを放出するライダーシンドロームを発動する時に使われるべき力だったのだが、ここに残りの9人はいない。そして、彼自身も、ライダーシンドロームなどという技は知らなかったのだが、自らのエネルギーをどうすれば使用できるのかだけは知っていた。
──大気圏を突破する時のように、スーパー1の身体を覆い始める炎。
ライダーシンドローム級のエネルギーを単独で使えば、彼の身体を支える別のエネルギーは存在せず、自壊を始める。
だが、それでもダークザギに一撃を当てて見せようと、彼は力を限界まで引き上げる。
(そうだ……ここにいる仲間は……、この俺が守るッ!!!)
自分が飛びこまなければ、別の誰かが飛び込んでしまうと思った。
それは左翔太郎かもしれないし、響良牙かもしれないし、涼邑零かもしれないし、花咲つぼみかもしれないし、巴マミかもしれない。
──俺の仲間は、先ほど闇の中に飛び込んだ孤門一輝のような無鉄砲ばかりだ。
きっと、孤門は美希をあの暗闇の中から助け出してくれる。
それを一也は信じている。
あの銀色の巨人こそが、このダークザギに立ち向かう鍵になるはずだ。
(この手で……ッ!!)
彼が帰ってくるまでこの怪物と戦わなければならないが、この中の誰かが真っ先に立ち上がり、このダークザギを相手に無鉄砲に行動した時、彼は──仮面ライダースーパー1は、永遠の後悔に打ちひしがれる事になるだろう。
誰かが飛び込んで戦おうとするのは間違いない。
その役を、この中の誰にも譲るわけにはいかない。
かつて、本郷猛は、沖一也に全てを託し、強敵との戦いを請け負った。──一文字隼人や結城丈二もそうだった。
今こそ、沖一也も、俺の魂を賭ける時。
「──喰らえ、ダークザギ!! これが、俺たち仮面ライダーの、魂だ──ッッ!!!!!」
そして──激震が鳴った。
スーパー1の最後のキックが、ダークザギの顔面に叩きつけられた。
ダークザギの体は大きく後ろによろめき、左足が一歩後ろについた。
大地にも強い振動が伝わり、地上にいるヒーローたちもその震えを確かに全身で感じた。
クロムチェスターの一斉砲火さえも効果を示さないであろうダークザギに、今、一歩足を下げさせたのが、彼の全てを使い果たす力だった。
「────ガァァッッ!」
その一撃を受け、ダークザギの全身に怒りが湧きあがる。
自分の顔面で力を失っていき、沖一也へと戻っていくスーパー1の身体をダークザギは右腕で掴んだ。
(……くっ)
一也の意識は、まだ、微かに残っていた。
ただ、その体は、既に指先をぴくぴくと動かす程度の力しか残っていない。
あれだけのエネルギーを使って、出来たのは、その巨体を一歩下げるというだけ……。
無念であるが、他の誰かが無謀を働くより前に動く事が出来た。
ダークザギの巨大な手に包まれ、巨大な瞳がこちらをぎょっと睨んでいる時、反撃の意志は薄れていた。
(……早く、美希ちゃんを……ウルトラマンを救って来い、孤門……お前はこの戦いの鍵を握る男だからな……)
後の者に全てを託す。
本郷も、一文字も、結城も、最後の時、こんな気分だったのだろうか──。
「ウガァァァァァァァァ────ッッッッッ!!!!!!!!!!!!!」
ダークザギは、一也の身体を潰した。
全身の機械と肉体とがはじけ飛ぶ──。巨大隕石が降りかかってもそれを支えられるボディが、粉々に崩壊していった。
ダークザギの手の中で起こる小さな爆発。メカニックの崩壊。
外を覗いていた頭部が、ダークザギの両目を睨み返していた。
364
:
崩壊─ゲームオーバー─(10)
◆gry038wOvE
:2015/07/12(日) 13:57:39 ID:OT9PV3kg0
(────そうだ、きっと……お前さえ帰ってくれば……俺たちの魂と、絆に勝てる者なんて、誰もいないさ)
一也の最期の時、見上げている者たちは、強い後悔をしていた。
──飛び込んだのが自分だったならば、一也は……。
だが、もしそれが他の誰かだったなら──誰よりも強い後悔を胸に秘める事になったのは、きっと沖一也だっただろう。
誰よりも生き、誰よりも戦ってきた自分が真っ先に飛び込み、後の者に託せばいい。
……きっと、これが正解だ。
【沖一也@仮面ライダーSPIRITS 死亡】
【残り12人】
◇
キュアパイン──巴マミの頭上で、沖一也の命が終わった。
彼の身体は粉々に吹き飛び、仮面ライダーの生きざまは──人間の自由と平和を守り、人間の未来を夢見た男の生きざまは、途絶えたのだ。
彼がマミにかけた言葉が、ふと彼女の中で蘇った。
──君たちも、自分の信じる大切なものの為に戦ってくれ
一也はきっと、それに殉じたのだ。
そう、沖一也は……仮面ライダースーパー1は、命さえ賭けられる何かを信じて戦った。
それが何なのかは、マミは知っている。
(……私が信じる、大切なもの────)
しかし、マミにとっては何だろう。
ここにある桃園ラブの遺体。
ソウルジェムが深い闇の中に沈められた佐倉杏子。
消えてしまった孤門一輝や蒼乃美希。
マミが回収しているが、弱っているアカルン。
……マミにとって、この場で、最も大切なものは次々と消えていってしまった。
「諦めるな」
──え?
俯こうとしていたその時、マミの中に、誰かの声が聞こえた。
「諦めるな──!」
──孤門さん?
忘却の海レーテの中に取りこまれたはずの孤門の声が、何故か確かに、マミの耳に聞こえた。これは、頭の中だけで聞こえた声じゃない。
しかし。
その言葉の意味を噛みしめた時、それが何故聞こえたか、などどうでもいい事のように思えたのだ。
(……私が守りたいもの……私が信じる大切なもの……)
自分は、何故ここにいるのかを思い出した。
かつて、自分がどうしようもない絶望の淵──事故で死にかけていた時に、自分自身が諦めなかったから。
かつて、自分がソウルジェムの力を使いきって倒れた時──仲間たちが諦めなかったから。
そうだ。マミも、まだ諦めてはならない。
蒼乃美希も、佐倉杏子も、決して死んではいない。あの闇の中にいる。
だから、孤門一輝は迷わずにあそこに飛び込んでいった。彼は諦めなかったのだ。
365
:
崩壊─ゲームオーバー─(10)
◆gry038wOvE
:2015/07/12(日) 13:58:00 ID:OT9PV3kg0
「……そうね」
弱っているアカルンを優しく抱きしめる。
大事な物なら、まだまだいくつだってある。
支えてくれる物、支えなければならない物はいくつも存在する。
──この目の前の闇の中にも。
(もう、絶対に諦めない……!)
アカルンを、そっと優しく包んだ彼女は、変身を解除した。
そして、キュアパインの力を解除して、リンクルンをそっと、眠っている杏子の傍らに置いた。
その上に重ねるように、瀕死のアカルンを乗せる。
「私は、あなたたちの主人を助けに行くわ。……だから、ここで待っていて」
アカルンがもし、力を使えるような状態だったなら、助ける事が出来ただろう。
しかし、それは今は出来ない。到底、力を使って彼女をサポートできるような状態ではない。それをアカルンは口惜しく思った。
────マミは、忘却の海レーテに飛び込んだ。
【巴マミ@魔法少女まどか☆マギカ 再起不能】
◇
────主催本部。
加頭順だけが残った地下の施設で、大きな振動がモニターを揺らした。机の上から、小物が零れ落ちる。
加頭は尚、そのモニターに釘付けになっている。この本部に残った最後のゲームメイカーとして、最後の役割を果たす為に。
死ぬかもしれない役割であったが、しかし、加頭は内心では、ここに残って最後まで面白い物を見る事が出来たのを嬉しく思っている。──いや、まさに、それは生が確定した段階での事だったが。
この殺し合いの最終局面において、ダークザギは復活した。彼が一歩を踏み込むたびに、加頭がいるこの主催本部は大きく揺れる。この振動の中に、この一週間の加頭の苦労全てが報われたような、祭りが終わる時のような──喜びが襲ってくる。
(レーテの闇に飲み込まれて生きて帰る事が出来る者はいない……)
桃園ラブ、佐倉杏子、蒼乃美希、孤門一輝、沖一也、巴マミの名を──死亡、と、モニターに打ち込んだ。一度に三名の参加者が脱落した。
それに加えて、今、ゴ・ガドル・バも確実に死亡した。執念だけで生きていた彼は、まさしくこの殺し合いの象徴のような参加者である。──彼のお陰で、随分と殺し合いは円滑に進んだ。
だが、彼も規格外のダークザギには敵わなかった。彼のデータを「生存」に書き換える必要はなくなったようだ。
──加頭は、残り参加者を確認する。
石堀光彦
涼村暁
涼邑零
血祭ドウコク
花咲つぼみ
響良牙
左翔太郎
合計、7名。
これは、主催陣営が参加者側の勝利条件として譲歩した「10名以内の生存者」という上限に合致している。
記録上、変身ロワイアルに生還した参加者は、以上の7名になる。
366
:
崩壊─ゲームオーバー─(10)
◆gry038wOvE
:2015/07/12(日) 13:58:15 ID:OT9PV3kg0
彼らは、元の世界に帰り、──その時に“殺される”権利を得るのだ。
そう、元の世界で死ぬ事が出来るという最大の褒美を──。
「コード:変身ロワイアル……崩壊、ゲームオーバー」
加頭は、ニヤリと笑って呟いた。
時刻は二日目、十一時五十九分。
────主催陣営、敗北。
────参加者、強制送還決定。
そして、時計が動く。
主催陣営は表向き、ここで敗北したが、全ての目的は達成された。
このゲームを総べているカイザーベリアルの目的も、加頭の目的も果たされた──。それで満足だ。
勝利? ──そんな物は譲ってやろう。
加頭が欲しいのはそんな物じゃない。
最後のボタンが加頭の手によって、押される。
────強制送還、実行。
【タイムリミット 発動】
◇
蒼乃美希は眠っていた。
──暗く深い、忘却の海の底。
たくさんの人の恐怖やFUKOをその身に感じながら、しかし、赤子のようにどこか安らかで落ち着いた眠りを覚えていた。
ああ、ここは、もしかするとあらゆる時間や時空と繋がっている場所なのかもしれない。
まだ子供だった時の美希や──、離婚していなかった時の両親や──、まだ、生きていた時のラブや祈里やせつながこの中にいるのかもしれない。だから、妙に心が安らかなのだろうか。
このままここで眠り続けてもいいかもしれない。
たとえ、ここが闇の中でも……これから、もっと深い闇の中に誘われるとしても……。
「……美希ちゃん……」
────だが。
────それは全て偽りだ。
美希を救おうと、この闇の流れの中を泳いでいく男──孤門一輝はそれを知っている。
まるで濁流のようなこのレーテの闇は、孤門の幼少期のトラウマを刺激する。
流れていく物が怖い。この流れに流され、このまま前に進めば、もう戻れないような気になる。流れていく景色を見るたびに、そこまでに置いてきたものがなくなっていくような気がしてしまう。
あの時感じた恐怖だ。
先に進む事で、また自分は足をとられてしまうのではないかという気がする。
「……っ!?」
その時、──何かが、孤門の足を掴んだ。
闇の力が、孤門を止めようとしているのだ。それは、確かに、子供の時の孤門が感じた感触に似ていた。だから、孤門の背筋が凍った。
誰も助けてくれないのではないかという、あの時の怖さ。
川の流れが、孤門を飲み込み、孤門一輝の命を奪おうとするあの脅威。
だが、この恐怖や闇に打ち勝たなければ前に進めない。
必死に足を振り払い、前に進もうとしていく。
すると、孤門の邪魔をする物は何もなくなった。
367
:
崩壊─ゲームオーバー─(10)
◆gry038wOvE
:2015/07/12(日) 13:58:37 ID:OT9PV3kg0
そうだ──。
「駄目だ……闇に飲み込まれたら駄目だ……ッ!!」
自分もかつて、闇に飲み込まれそうになった事はある。──しかし、人間にはそれを乗り越える力がある。
誰にだって、──孤門にも、美希にも。
だから、彼は、美希に声をかける。
「君の優しさが、僕たちを支えてくれた……!」
美希は孤門に優しさをくれた。
ここにいた仲間たちの優しさが、孤門を支えてきた。
挫けそうになった事がないと言ったら嘘になる。何度だってあった。何度も、この殺し合いの中で死を覚悟し、諦めそうになった時だってあった。
しかし、美希たちが見せる優しさが、──いつでも誰かを労わり、誰かを助けようとする気持ちが、孤門に希望をくれた。
孤門も優しくしてくれた。
「君の強さが、僕たちを勇気づけてくれた……!」
孤門は、美希たちの強さに何度も助けられた。
それは、ただのパワーの強さじゃない。
前向きで、ただ真っ直ぐに、自分に負けない完璧な強さが彼女たちにはあった。
孤門を助けてきた強さが、絆が──ここにある。
「憎しみは乗り越えられる……! 人はどんな絶望の淵に囚われても、そこからきっと抜け出せる……!」
声は絶対に美希に届いている。
何か、強い闇の力が、美希の意識の中で、それを拒もうとしているのだ。
それを振り払う方法は一つ。
「君は独りで戦ってるわけじゃない……!」
────孤門が、もっと大きな声で叫ぶだけだ。
「──────諦めるなァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!!!!!」
───諦めるな。
時を越え、世界を越え、深い恐怖の闇の障壁も超えて、その声が彼女に聞こえた時──、美希の瞼が自然と開いた。
その言葉が胸に響くのを拒むようにしていた何かが、一瞬で晴れたのだ。
美希の心が、その言葉に反応した。
「……孤門、さん……」
──帰りたい。
そうだ……彼らとともに戦いたい。
たとえ、ラブも祈里もせつなも杏子もいない、絶望に満ちた世界だとしても──。
まだ、私にはたくさんの仲間がいる。
まだ、私には叶えたい夢がある。
まだ、私には待ってくれている人がいる。
──こんな所にいるべきじゃない。
──みんなで一緒に生きて帰りたい。
「────くっ!!」」
目を覚ました美希は、手を伸ばそうとした。
孤門に縋る為に。彼に支えてもらう為に。──彼と、彼らと支え合う為に。
368
:
崩壊─ゲームオーバー─(10)
◆gry038wOvE
:2015/07/12(日) 13:58:57 ID:OT9PV3kg0
孤門の姿は、遠かった。まだ小さく、それでも、だんだんとこちらに近づいてきた。
それでも、美希は、そんな深い闇の中で必死に腕を伸ばした。
孤門も、諦めなかった。
二人の距離がどれだけ遠いとしても……ただの人間には決して埋められない距離だと言われても──絶対にその手を取ろうと、必死に闇の中を前に進んだ。
「────!!!」
美希の中から消えたと思っていた“意思”が囁きかける。
──君は、守りたいものを見つけたか?
──君は、生きていく道を見つけたか?
闇に変換され、石堀光彦に渡ってしまったはずの“光”だ。
しかし、誰かの胸に希望がある限り、その光は何度でも蘇り、何度でも強くなり、何度でも人々に新たな希望を照らしてくれる。
(────)
美希は、胸の中に輝く光に答えを返した。
────そして、その時、二人の手と手が重なった。
二人の間に、光が灯される。
それは、蒼乃美希から孤門一輝へと受け継がれる絆の光────ネクサス。
◇
そして──、これは、この殺し合いとは何も関係のなかった世界だ。
────諦めるなァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!!!!!
忘却の海レーテのエネルギーは時空を超えていた。
レーテのエネルギーにより、時間軸も、世界も超えて、彼らの言葉は“どこか”の“いつか”にコネクトしていったのだ。
──“それ”は、あくまで、無為に、恣意的に、ただ偶然、そのときたまたま、起こった現象である。
どんな時間に、どんな世界に繋がったのか──それさえも全ては、レーテの起こした偶然であるが、だからこそ運命的にも感じる出来事であった。
彼のかけた言葉が、その世界の一人の少年の未来を、大きく揺るがす事になる。
「助けて……ッ!! あっ──」
その世界も、それは、殺し合いも、ウルトラマンの登場も、ビーストの再来もない──ただの平和な世界だった。
変身する戦士の戦いはこの世界では繰り広げられていなかったようで、怪物たちに理不尽に命を奪われる人間たちはいなかった。
だが──。
「誰か……っ!! 誰か、助けて……っ!!!!」
369
:
崩壊─ゲームオーバー─(10)
◆gry038wOvE
:2015/07/12(日) 13:59:16 ID:OT9PV3kg0
しかし、自分の周りが平和に見えても、当然、死の病や自然の脅威や人間同士の戦争はあり、その時もどこかで誰かの命が消えようとしていた……。
たまたま、そこにいた一人の少年も、今、まさに生命の危機に直面していたのである。
彼は、足がつかない川の中で、必死にもがいていた。
だが、その川の流れは驚異的に早く、今にも自分を容易に飲み込もうとしていた。
足がひたすらに沈んで動かない。脱げた靴が一瞬でどこかに流れていった。
助けてくれる人は周囲にはいなかった。
だから、少年は、やがて、意識が薄れていく中で、死を覚悟した。
少年の心を、絶望が埋め尽くしていく。
父さん、母さん……ごめん……。
「────諦めるな!」
しかし。
しかし、その時──孤門一輝がレーテの中で蒼乃美希に差し伸べた手と、その言葉が、遠い昔……川で溺れ、死の恐怖を前に絶望していた一人の少年のもとに届く事になる。
少年は、その手を掴み、その手に導かれ、濁流の中から抜け出す事ができた。
その少年は、岸部で、孤門に礼を言い、聞いた。
「……お兄さん、誰……?」
岸部にその男の後ろ姿が見えた。──どこか、人間らしくない、しかし──いつかこんな男になりたいと思えるような、男の背中。
次の瞬間、その男の姿は、まるで銀色の流星のように、すぐに光の中に消えてしまった。
少年は、その様子を不思議に思った。
……宇宙人?
自分は宇宙人に助けられたのだろうか。……いや、そんなわけはないか。
少年は、濡れた体で己の手を見た。
あの名前もわからない誰かの誰かを救おうとする意志が、この腕の痛みに残っている。
────この手のぬくもりと、この言葉を忘れない
「諦めるな……」
ただ一言、呟いた。
いつまでも、この言葉を胸に生きていこう。
どんな絶望の中でも、絶対にこの言葉を忘れないように……。
「諦めるな」
そして、少年は、この時、誰かの命を救う人間になる事を決めた。
この時、川に流され、奇跡的にも生還した少年の名前は───孤門一輝。
後にウルトラマンの光を授かり、“自分を救う事になる”男の名前であった。
“大人になった孤門一輝こそが、川で溺れた少年・孤門一輝を救った男だった”──。
まるで仕組まれた運命のような、偶然だった。
この奇怪な事実は、当人も含め、誰も知る事はない……。
◇
(一体何が……、まさか……孤門さん!?)
レーテの中では、巴マミの周囲を蝕んでいた闇が、一斉に晴れていった。
370
:
崩壊─ゲームオーバー─(10)
◆gry038wOvE
:2015/07/12(日) 13:59:33 ID:OT9PV3kg0
どこかで強い光が発されたのだ。──それは、蒼乃美希から孤門一輝の手に受け継がれていった絆の光であった。
そして、その光は、マミの前で“何か”に反射した。
「……これは……?」
赤く光る一つの宝石──。
それは、忘却の海レーテの中を彷徨い続けるはずだった杏子のソウルジェムである。
真っ赤な杏子のソウルジェムは、闇の中できらきらと輝き浮かんでいる。
こんな所を、一人で彷徨っていたのだ。──マミは、この広い忘却の海の中で、それを見つけ出す事が出来たらしい。
「良かった……」
マミはそれを、両手で掴んだ。
これを持ち帰れば杏子は目を覚ます事が出来る。
孤門と美希のお陰だ。──マミが聞いた声もまた、時空を超えて、孤門が発した言葉が辿り着いた一つの行き先なのかもしれない。
……しかし、そう思った時であった。
マミが目を開くと、そこには、ソウルジェムなど気にならないほど意外な物が映っていた。
「──!? どうして、あなたが……」
思わず、口が開く。
マミの視界を覆うほどの巨大な白の魔法少女。
信じがたい、ありえないはずの存在が、その宝石の真後ろに立っていたのである。
『マミさん……』
そうして、巴マミの名を呼ぶのは、マミにとっても見覚えのある一人の少女。
まるで女神のような圧倒的な力を持っているのが、マミにはわかった。
だが、驚くべきは、その力ではない。その姿だ。
何故、彼女がこんな闇の果てにいるのかはわからない。レーテに蓄積された膨大な絶望のエネルギーから、こうしてここにやって来たのだろうか。
「あなたは……鹿目さん?」
──鹿目まどか。
マミの通う見滝原中学校の後輩で、ふとしたことから魔法少女と魔女の戦いに足を踏み入れる事になってしまったただの女の子だ。
そして、ここで、ノーザやアクマロたちとの戦いに巻き込まれ、死亡してしまった。
少なくとも、彼女がどこかで魔法少女になったという情報はない。しかし、確かに、彼女の姿と声だった。
『違うわ、それは全ての魔法少女を導く果て──円環の理よ。あなたが知るまどかでもない』
答えたのは、暁美ほむらと瓜二つの少女だ。
彼女もまた、ここにいるはずはなかった。
『まっ、結局まどかだから、“まどか”って呼んでるけどね』
マミには理解できない理屈を並べるのは、美樹さやかと瓜二つの少女だ。
そして、彼女もいるはずはなかった。
「あなたたちは、一体……」
マミはまだ状況を飲み込めていなかった。
無理もない。彼女の生きていた世界は、まだ、まどかが一つの願いを叶える前の世界だった。──それによって、マミたちの存在も何度もリセットされる事になるのだが、その最も世界を揺るがしたリセットさえ、まだ起きていない。
平凡な女子中学生に過ぎない鹿目まどかが、魔法少女たちの中で囁かれる救済の魔法少女になる事など、彼女には想像もつかない出来事である。
『佐倉杏子のソウルジェムは、この空間に投げ込まれた事で、少なからずレーテが持つ恐怖のエネルギーの影響を受けてしまっているわ』
『だから、私たち──“円環の理”とその鞄持ちがそれを救済しなきゃいけない。でないと、杏子ももう間もなく魔女になる……』
ほむらとさやかがそう言った。
つまり──、少なくとも、杏子のソウルジェムがこの闇の中で、だんだんと濁り、この場所で魔女になる直前にまでなっているという事らしい。
371
:
崩壊─ゲームオーバー─(10)
◆gry038wOvE
:2015/07/12(日) 13:59:52 ID:OT9PV3kg0
マミがおそるおそる、自らの手の中にある杏子のソウルジェムを覗くと、そこには、レーテの内部に蓄積された恐怖のエネルギーが外部から杏子のソウルジェムを侵そうとして、ソウルジェムを濁らせていく姿があった。
真っ赤な宝石の中に、周囲の暗い闇が、今も確かに侵入している。
ここまでの戦いでは、こんなにまで濁らなかったはずだ。本当に間もなく、ソウルジェムは完全に濁り切ってしまう。
『マミさん、杏子ちゃんを渡して』
だから、まどかは言った。──まだ、杏子のソウルジェムは濁ってはいないが、このままでは彼女が魔女化の条件を満たしてしまう事は、時間の問題であると言える。
その条件を満たした時、彼女たちは魔女化を防ぐと同時に、未知の世界に連れて行ってしまう。
だが──
「諦めるな!」
──マミはそれを拒否した。
「──いいえ、絶対に渡さないわ。私たちには、佐倉さんが必要なの。彼女はこんなところで死ぬべきじゃない……だから、絶対に守ってみせる!」
諦めない。
最後まで、杏子の命を諦めるわけにはいかない。
マミのその意志は、頑なだった。
まどか、さやか、ほむらの三人が何を囁いたとしても、杏子は渡せない。
杏子のソウルジェムを守るマミの目に、眩しい光が広がっていった。思わず、マミも微かにその瞳を閉ざそうとしてしまうほど、朝日のように眩しい光が……。
「光……」
──そうだ、光がある。
蒼乃美希と、孤門一輝の間で発動したウルトラマンの光が、レーテの闇を少しずつ飲み込んでいるのだ。あれが、恐怖と絶望の想いが封じ込められたマイナスエネルギーを正反対の力に返還している。
ソウルジェムを穢しているのは、この周囲の異常なマイナスエネルギーだ。──では、この闇の中で二人が作りだしたプラスエネルギーの中で、もしかすれば浄化される事があるのではないか。
──保証はない。一か、八かだ。
しかし、マミの中には、今、他の術はなかった。
あの光がソウルジェムを、マミはまだ光源には果てしなく遠い所にいる。あそこまでソウルジェムを運ぶ事はできない。見上げるほど遠い所だ。投げて届くだろうか。途中で彼女たちが妨害するかもしれない。
様々な気持ちが、マミを一瞬だけ躊躇させる。
それでも──、孤門たちを、そして、自分を──信じ、祈る。
「────コネクト!!」
マミは、その光に向けて杏子のソウルジェムを投げた。──マミの手から遠ざかっていく、杏子のソウルジェムは、確かに収束していこうとする光に近づいていった。
遠く、マミの視界でこの光の中で消えていく杏子のソウルジェム。──マミは、まどかは、さやかは、ほむらは、それを見上げていた。
外の世界に≪コネクト≫しようとする世界へ、──。
「届いて……っ!」
真っ赤なそれが、光と重なって、可視できなくなってしまう。
光は閉ざされていく。
光が収束して、孤門と美希の身体が、レーテの外に帰っていくのであった。
その光はマミにとっても出口に違いなかったが、ああして杏子がこの中を彷徨ってしまっていれば、彼女は本当に、永久にこの闇の中に閉ざされてしまったのだ。
そして、杏子のソウルジェムが、孤門と美希たちのもとで元の世界に導かれる。
──杏子のソウルジェムの濁りが本当に消えたのかは確認できなかった。
『……それでいいんだよ、マミさん……わかってた、杏子ちゃんを救ってくれるって』
──まどかは言った。
372
:
崩壊─ゲームオーバー─(10)
◆gry038wOvE
:2015/07/12(日) 14:00:08 ID:OT9PV3kg0
こうして、“円環の理”以外の存在が──「人間の肉体」が、ソウルジェムを助け出してくれる事をどこかで期待していたようにも見えた。
だから彼女たちは、杏子のソウルジェムが外の世界に──光に向かっていき、浄化されるのを黙って見ていたのだ。
ここまでが必然だった。
「……彼女は、救われたのね」
杏子のソウルジェムが、希望の光のもとで、再度浄化された事を、まどかがその笑顔で告げているような気がした。
そんな姿に拍子抜けしつつも、どこか安心して……マミは、次に自分がここから脱出する方法を考える事にした。
だが、その時、マミの視界が、霞んだ。
──足の下から、頭の上まで登っていく粒子が見えていた。
それが、自分の身体から湧き出てくる粒子である事に気づいたのは、また次の瞬間だった。
「……これは……」
────今度は、マミの身体の方が消滅しようとしていたのである。
彼女は、何故またこうして自分の身体が粒子に溶けていこうとしているのかわからなかった。
これも、またこの忘却の海レーテの影響なのだろうか。
──こうして、ここで置いていかれてしまったから?
──この闇の中で独りで消えていってしまうから?
その時、視線を落としながら、さやかがその理由を告げた。
『マミさん、……実は、私とマミさんが人間に戻る事が出来たのはね、“円環の理”の……まどかのお陰なんです』
さやかの言葉を聞いて、更に疑問は深まった。しかし、全く、彼女の言っている事への反発はなく、ただ茫然とした表情で、その言葉を聞いていた。
その原理を、今度はほむらが更に詳しく解説する。
『そう。あなたたちは、この世界でソウルジェムを完全に穢し、魔女になる条件を満たしてしまった。……でも、既に別の世界のまどかが、“全ての時空、全ての時間、全ての魔法少女を救済する”願いを叶えて、“円環の理”として実行していた……。すると、“絶対に魔法少女を救う円環の理”と“絶対に円環の理の力を弾いてしまう世界”との間で、矛盾が起きる』
『その矛盾を正す為に、世界の中で一つの矯正力が働いたんです。この世界にいた私たちの魔女化は実行されたけど、その後ですぐにこの世界の人間たちの力で自然と救済されるように、世界は都合良く変わっていった……』
『ただ、一日目の夜までの時点ではそうはならなかった。二人は本当に死亡扱いになっていた事からもわかるわ。それが、異世界にも通じている忘却の海レーテが出現したせいで、円環の理の力がこちらに繋がり、魔女の救済が起こらなければならない世界になった為に、遂にさっきの“矛盾”が生まれてしまった』
『矛盾を正したのは、一日目の終了と共に起きた制限解放。これによって、私たちは魔女になる。でも、世界の強制力によって、誰かが私たちを“円環の理”の代わりに救うよう、運命が構築されていった……。私はその後で死んじゃったけど』
『そして、私たちがレーテの中に来られたのは、呉キリカと繋がった事で、殺し合いの世界に最も近い場所へと辿り着く術を知ったから──』
彼女たち二人は、巴マミと美樹さやかの魔女化が解除されるのを手伝った力が、プリキュアたちの他にもあった事を説明していた。
この鹿目まどかのような魔法少女が、どうやら一枚噛んでいたらしい。
噛み砕くと、“円環の理”がある以上、魔女の力を発動させてはならない──その矛盾が、「この場にいるあらゆる人間の力を借りて、魔女を人間に戻す」という形で発現した、という事である。
『でも、──こうして、会っちゃった以上、私たちは、マミさんを救わなければならない。ううん、たとえマミさんを返したくても、世界がマミさんを勝手に救済させてしまう……』
まどかが言った。
それはある意味では死刑宣告に近かったが、しかし、マミの中では、それに対する納得も湧きあがっていた。
これは、“必然”だ。
373
:
崩壊─ゲームオーバー─(10)
◆gry038wOvE
:2015/07/12(日) 14:01:19 ID:OT9PV3kg0
『ソウルジェムがなくても人間として動く事が出来たのは、世界が強引に矯正をしていてくれたお陰なんです。本来はありえない事でも、世界はそれを成り立たせる事で矛盾をなくしていました。……だけど、こうして出会ってしまった瞬間、あちらの世界と“円環の理”との間にあった矛盾はなくなり、正しい実行手段が行使されてしまう……』
『だから、あなたはレーテを見た後、しばらくして、自分の心臓部であるリンクルンを自然と手放し、導かれるようにこちらに来てしまった。──ただ、あのままここで杏子のソウルジェムが完全に穢れてしまったら、佐倉杏子も同じ運命を辿る所だったわ……それを救ったのは、巴マミ。あなたよ……』
──マミがここに来たのは、“杏子を救う為”ではなく、“自分が消えていく為”だったのだろうか。
無意思で冷徹な世界が、マミを救済する為に、マミの意思さえも操って、ここに導こうとしていた……それは、消える事以上にショックだった。
だが、確かに思う。
自分は、自分の意思でここに来たのだ。それは強がりではない。一也の言葉と、孤門の言葉が背中を押し、自分は、杏子を助ける為にここに来ようとしたのだ。
そして、確かに杏子を救い出した──それは、確かな事実だ。
マミがこうして生き返る必然がなければ、杏子の方が死んでいた。
「……そう」
マミは、自らの中に少しでも湧いたショックを押し込めた。
しかし、こうして終わるのも、最初から決まっていた事だとしても──マミ自身は前に進む事が出来た。
共に、絆を繋げた一人になれた。
『ごめんね、マミさん……』
マミはまだ戦いたいのだろうと、まどかは思う。
だが、マミは、外にいる仲間たちを信じている。──だから、もう必要はないと思った。
「ううん、私たちの絆は、ああして繋がった。……それをこうして見届ける事が出来た。それで満足よ」
マミは、忘却の海レーテの中で、円環の理のもとへ歩いていった。
この世界に、仲間ができてよかった。
そして、これから行く先にも仲間はいる。
彼女たちは、マミを優しく迎え入れようとしている。
そうだ、もう一人ぼっちじゃない。
────もう、何も恐くない。
そう思った時、マミの最後の気持ちが、レーテ全体に伝わり、レーテに蓄積された人々の恐怖のエネルギーを完全に消し去った。
レーテは、その姿を維持できなくなり、元の世界で倒壊していく。
この恐怖の世界も消え、巴マミは、またどこか次の世界へと旅立っていった──。
【巴マミ@魔法少女まどか☆マギカ 救済】
【忘却の海レーテ@ウルトラマンネクサス 崩壊】
【孤門一輝@ウルトラマンネクサス 帰還】
【蒼乃美希@フレッシュプリキュア! 帰還】
【佐倉杏子@魔法少女まどか☆マギカ 帰還】
【残り11人】
◇
374
:
崩壊─ゲームオーバー─(11)
◆gry038wOvE
:2015/07/12(日) 14:01:44 ID:OT9PV3kg0
『────みなさん、正午になりました。残った参加者は、7名。あなたたちの勝利です』
加頭順のホログラムが上空に現われ、音声がそこから発された。
ダークザギと戦う戦士たちの前に、その音が鳴り響く。
怪物が暴れ狂う音にかき消されるが、それが正午を超えた事によるメッセージだというのはすぐにわかった。
『勝利を祝し、あなたたちを────』
その時、──地上では、蒼乃美希と孤門一輝が、忘却の海レーテから帰還した。
そして、佐倉杏子のソウルジェムが彼女自身の身体へと帰り、彼女は目を覚ました。
しかし、そんな事にも気づかず、加頭は、その先の言葉を告げた。
『────強制送還します』
空が裂け、そこから、奇怪なブラックホールが誕生する。
地上で暴風が吹き荒れ、参加者たちを吸いこもうとしていた。
参加者たちを識別し、それを吸収しようとする奇怪なブラックホール。
それは外の異世界と繋がっている。遂に、あれだけ求めていた外の世界とのコネクトが始まったのだ。
◇
赤い光に導かれるまま、孤門一輝と蒼乃美希の前で、巨大化したダークザギが暴れていた。圧倒的に規格外に巨大であり、二人も威圧感を覚えていた。
彼らの周囲には、ブラックホールの影響による強風が渦巻いている。
「……」
孤門は、自らの手に、“それ”を握りしめた。
エボルトラスター。
姫矢准が、千樹憐が、佐倉杏子が、蒼乃美希が──、共に戦っていたウルトラマンの力が、今度は孤門のもとにあるという事だった。
彼らの戦いが──彼らの魂が、そのエボルトラスターの鼓動を感じて、孤門の胸の中に蘇った。
孤門は、美希の方を振り返った。
そんな孤門の様子を見て、美希は、何も言わずに頷いた。
──孤門は、美希に任されたのだ。
ウルトラマンとして、このダークザギを倒す力を。
「絆……」
ならば……今、孤門一輝は戦う。
ダークザギを……石堀光彦を倒す為に。
「────ネクサス!!!!」
エボルトラスターが強く引き抜かれる。
空にエボルトラスターを掲げると、“赤”と“青”の光がその中に収束し、孤門の中でウルトラマンが覚醒する。
────共に戦ってきたウルトラマンが、自分と共にある。
その初めての感覚に──、孤門は、不思議な暖かさを覚えていた。
「デュアアッ……!!」
Nexus……それは、受け継がれる光の絆。
◇
375
:
崩壊─ゲームオーバー─(11)
◆gry038wOvE
:2015/07/12(日) 14:02:02 ID:OT9PV3kg0
佐倉杏子が、目を覚ました。
そして、ふと、その瞬間、ダークザギと戦闘中であった仮面ライダージョーカーと、目が合った。
ダークザギに攻撃しながらも、杏子の肉体に傷がつかないよう、彼が常に気を配っていたらしい。
そんな状態で戦うなよ……と、杏子は思う。
「杏子……!」
ジョーカーは、思わずその事実に驚き、戦いを忘れて杏子のもとに駆け寄った。
それは嬉しいのだが、杏子はすぐに立ち上がった。
アカルンと、キュアパインのリンクルンが傍らに転がっている。
キュアパインのリンクルン──まるで、置手紙のように残されたそれを見て、杏子は一人の仲間の事を思い出した。
(マミは──)
彼女は、どこにもいなかった。
だが、彼女がどこにいるのか、杏子はもうわかっているような気がした……。
そうだ、彼女はもう……どこにもいない。
「良かった、杏子ぉっ! 目を覚まさないかと思っちまった……」
そんな切ない気分を味わっていた杏子であったが、目の前の黒い仮面ライダーは、思わず、杏子に抱きついていた。
孤門を信用していたとはいえ、いざ杏子がこうして目を覚ますとなると、嬉しくて仕方がないらしい。
心配してくれたのは嬉しかったが──、今は、杏子も大団円をしている場合じゃなかった。
「おい、こんな時にこんな所でくっつくなよ。それどころじゃないだろ……なんだよ、あのデカいのは」
わざと鬱陶しそうに突っぱねて、巨大なダークザギの方へと注意を向けた。
ジョーカーも、そこで、やっと我に返ったように、空を見上げた。巨人ダークザギと、仲間たちが戦っている真っ最中だった。ジョーカーもまたすぐに、あそこで仲間たちを助けなければならない。
「ああ……、あれは……ダークザギの、本当の姿だ……。俺たちの力をどう使っても敵わねえ……ガドルと沖さんはもうやられちまった」
「……そうか、あいつらが」
既にダークザギが犠牲者を出している事が杏子に伝えられる。
一也は勿論、ガドルの敗北も、杏子の中ではショックな事象に感じられた。
ダークザギは強い。それは、あの巨体を見ても明らかだが、仮にダークザギが同じ規格だったとして、誰がそのエネルギーに敵うだろうか。
「でもな、もう大丈夫だ」
まだ、彼が現れていない空を見上げながら、杏子は言った。ジョーカーはそんな杏子の姿を見て少し怪訝そうにした。彼女の横顔は、決して強がりじゃない自信に満ち溢れていた。
──大丈夫だ。
ダークザギは確かに強い。──だが、確かに“光”は、繋がった。
杏子はソウルジェムを通じて、レーテの中でそれを感じていた。
「──銀色の巨人(ウルトラマン)は、負けない」
◇
「花よ輝け……ッ!!」
高く飛び上がったキュアブロッサムが、ダークザギの胸のエナジーコア目掛けて、攻撃を仕掛けようとしていた。
それでもまだ……石堀を救いたい──。そんな想いを胸にしながら、これで、ダークザギに対して通算三度目のピンクフォルテウェイブを放とうとしていた。
体力は限界で、花の力も既に、使い果たされようとしている。
(──石堀さん……っ!!)
たとえ、拒む力が働いたとしても。
いつか、無限の力でダークザギに力を浄化してみせたいと。
だが、無情にも、そんなキュアブロッサムの姿が、ダークザギの手によって叩き落とされる。
ブロッサムの全身をダメージが駆け巡り、彼女の変身エネルギーを消耗し、キュアブロッサムの変身が解けた。花咲つぼみの姿が現れる。
ダメージも大きいが、体力の限界だったのだろう。
「つぼみぃ……っ!!!!!!」
思わず、彼女の本当の名を叫びながら、仮面ライダーエターナルが飛び上がる。
攻撃の為ではなく、キュアブロサムを空中で抱きとめる事で、地面に直接激突するのを避ける為であった。──変身が解けた状態の彼女が地面に激突すれば、確実に死んでしまう。
つぼみの身体は、上空でエターナルに包まれるが、勢いが強すぎたために、今度はエターナルの身体も纏めて地面に向けて突き飛ばされてしまった。
──勿論、エターナルが下になれば助かるかもしれないが、二人が受けるダメージは大きい。それは、ほとんどこの戦いでの再起不能を意味する。
「くそっ……!!」
エターナルが叫び、激突の瞬間、目を瞑った。いくら良牙とはいえ、強いダメージが全身を襲うスピードである事は間違いないと悟ったのである。
歯を食いしばり、激突の衝撃に耐えようとする。
「くっ……──」
しかし……。
──いつまで待っても、地面と激突する事はなかった。
376
:
崩壊─ゲームオーバー─(11)
◆gry038wOvE
:2015/07/12(日) 14:02:20 ID:OT9PV3kg0
「────…………」
それを奇妙に感じて、おそるおそる目を開けたエターナルが見たのは、──巨大な銀色の顔であった。
それは、こちらと目を合わせていた。──不思議な安心感が、響良牙の中に湧きあがってくる。
ここは、その顔を持つ巨人の掌の上だった。彼は、エターナルとつぼみをその手で優しく包んでいた。
二人は、その姿を、どこかで見た事がある。
「ウルトラマン──」
つぼみも、瞼を開いて、その顔に向けて呟いた。
そう、彼はウルトラマンだ……。杏子が変身していた戦士である。
だが、見た事があるというのは、決してウルトラマンの姿の話ではない。──そこにある、誰かの面影の事だった。
「孤門……なのか?」
エターナルは、こちらを見つめるウルトラマンの巨大な顔に、孤門一輝の面影を感じていた。
つぼみも同様に、それが孤門であると気づいていたが、驚きのあまり、閉口していたように見上げていた。
そして、次の瞬間、エターナルとキュアブロッサムの身体が浮き上がる。
「あっ……」
二人の身体は、ブラックホールによって吸い込まれようとしているのだ。
だが、二人を見て、ウルトラマンは頷いた。
後は任せろ、と。
──響良牙と花咲つぼみが、この殺し合いを終えようとする中、孤門一輝の笑顔がそこに見つかった気がした。
「おいっ!」
良牙が、大きな声で孤門を呼びかけた。ネクサスが空を見上げる。
エターナルは、最後に、この場所で五代雄介や一条薫から教わった“サムズアップ”を見せて──空に消えていく。
良牙は、言葉ではなく、それを見せたかったのだ。
その想いは、ウルトラマンの──ウルトラマンネクサス、孤門一輝の胸で勇気へと変わる。
「デュアッ!!」
ウルトラマンネクサスは、目の前の敵──ダークザギと向き合い、構えた。
二人のサイズ差は大きくない。ようやく、同じ土俵に立って戦える相手同士になったというわけである。
そんなネクサスを見て、ダークザギは少なからず動揺していた。
「バカな……ッ! 奴は闇に沈んだはず……! あの闇の中から抜け出せるはずがない……! まして……人間ごときがッ!!!」
こうして、レーテを抜け出してくる者が現れるはずはない。
あの闇は人間は決して戻る事ができない絶望の淵にある。
その中で人は苦しみ、もがき、諦め、恐れ、絶望する。
そんな場所であるというのに──。
「────バーカ!! お前ごときが人間に勝とうなんざ、100万年早えんだよ!!!」
エターナルたちと共に空に浮きあがっていく、ガイアポロン──涼村暁が、ダークザギの横顔に向けて叫んだ。
その声は、確かにダークザギの耳にも聞こえた。
奴は、この状況でおどけようとはしていなかった。しかし、今は、それまでの暁の調子に戻ったようにも見える。
つまり、奴らは──勝利を、確信しているのだ。
「おのれ……っ!!」
377
:
崩壊─ゲームオーバー─(11)
◆gry038wOvE
:2015/07/12(日) 14:02:39 ID:OT9PV3kg0
ダークザギは、苛立ちを胸に秘め、駆けだす。そして、ネクサスめがけてパンチを放った。
アンファンスのネクサスなど、ダークザギどころかダークファウストですら葬れる相手だ。そう。まだ慌てる段階ではない。まだ、“奴”は復活していないのだ。
真の力を使っていないネクサスは、敵ではない。──ならば、真の力を使う前に撃ち倒すのみ。
「くっ……!」
ダークザギの一発のパンチで、ネクサスの身体は、大きく吹き飛ばされる。
ネクサスは、周囲の森を巻き込んで大きな尻もちをつき、大地を鳴動させる。
──アンファンスの力は、確かに、ダークザギに立ち向かうには弱かった。
まだ、ウルトラマンの力を使い慣れていない孤門の変身であるせいもある。
だが──
(────立て、孤門! お前は絶望の淵から何度も立ち上がった……だから俺も戦えた)
その時、姫矢准の声が、ウルトラマンネクサスに呼びかけた。
姫矢がネクサスの中にいる……。姫矢が力をくれる……。
ネクサスは、痛みにも負けずに、地面を握りしめて立ち上がる。
(姫矢さん……!)
そうだ……こんな所で倒れている場合じゃない。
諦めない……。
立って、奴と戦うんだ……。
「……聞こえたか? ザルバ……」
『ああ、あれは姫矢准って奴の声だ。──どうやら、あいつが奴に力を貸してるみたいだぜ』
空に昇っていく零とザルバは、そんな事を言い合った。
一見すると頼りのないウルトラマンであったが、彼は諦めない。
ここにいる誰もがそうであったが──、諦めずに立ち向かっていく勇気がある。
「フン……ッ!」
────その瞬間。
ウルトラマンネクサスのエナジーコアが光り、姫矢准の想いが、はっきりとした形で力を貸した。
──赤く熱い鼓動が、ネクサスをまさしく赤色に変える。
ネクサスは、ジュネッスの姿へと変身したのである。
ネクサスの力は確かに撮り戻っていく。
「……ッ!」
ダークザギも、立ち上がった彼の新しい姿に構えた。
ネクサスは、ジュネッスの命の色を全身で感じ、姫矢准が使っていた技を再現する。
大地に向けて、二つの腕を重ね、エネルギーをためて腕を十字に組む。
瞬間──、一瞬だけ、ネクサスの全身に、パッションレッドのラインが駆け巡る。
「ハァァァァ…………フゥッ!!!!!」
オーバレイシュトローム──、その光線が、ダークザギに向かっていった。
ダークザギは、それを両手で受け止めようとする。
ほんの一瞬だけ苦戦するが、ダークザギは、それをあっさりと打ち消した。
この程度では、まだ温い──!
「ハァッ……!」
「フンッ……!」
それでも、今度は肉弾戦でダークザギに立ち向かっていくネクサス。二人の距離は縮まり、ダークザギはネクサスに向けてパンチを放とうとしている。
ダークザギの拳を避け、脇腹に蹴りを叩きこんだネクサス。
だが、その直後、ダークザギの圧倒的な連撃を受け、ネクサスは、肩で息をするようになってしまう。やはり、肉弾戦には慣れていないのだ──。かと言って、光線はダークザギには通じない──。
378
:
崩壊─ゲームオーバー─(11)
◆gry038wOvE
:2015/07/12(日) 14:02:58 ID:OT9PV3kg0
「……チッ。嫌な姿を見せやがって」
ブラックホールに飲み込まれようとしている血祭ドウコクと外道シンケンレッドも、その姿を遠目で見ていた。
ドウコクが、それをどういう意味で言ったのかはわからない。
姫矢と同じジュネッスのネクサス、そして、一瞬だけ見せた杏子と同じジュネッスパッションのネクサスを嫌悪したのか、それとも、ダークザギに押されているネクサスに不快感を示したのか。
それはわからない。
ただ、生還という目的を前に、気を緩め、彼もいつも以上に思わぬ事を口にしてしまう状態であった事だけは、確かだった。
◇
ベリアルたちによって“管理”された一つの世界──、孤門の故郷でもあったこの世界で、一人の青年・千樹憐がモニターを見上げていた。
街頭に設置された巨大モニターは殺し合いの様子を映していたが、それを率先して見ようとする者など、殆どいなかった。多くの人は、この世界の真実を知り、この殺し合いを目の当りにして、“管理”に屈し、死んだ目でされるがままの作業を行っている。
しかし、憐は、そんな中でも、管理者たちに屈せず、裏の世界で反乱するメンバーの一人として戦っていた。和倉英輔や平木詩織などのTLTの人間もこちらについている。
その日は、孤門たちの最後の戦いを目にするべく、隠れて町に出ていた。
そして、今、孤門がウルトラマンとなって戦っているのを、憐は今、見ている。
(そうだ、孤門……俺も孤門のお陰で……、こうして管理なんかに負けずに、運命にだって逆らって、俺は生きてる! だから……)
憐は今日、この世界で一人の少年に出会ったのだ。
まるで憐と同じような境遇である。彼も先天的に不治の疾患を患い、それによって病弱でありながらも、パイロットを目指しているらしい。
彼も諦めなかった。彼も管理には負けなかった。彼も前を見ている。
憐は、そんな彼の姿に勇気づけられている。支えられている。
「……あれは、パパと見た銀色の流星だ」
その少年──真木継夢は、今、憐の隣で言った。
管理されている人間たちも、呆然とモニターを見つめていた。
もしかしたら、勝てるかもしれない……。
誰もがそんな想いを少なからず持っていた。
風向きが変わっている気がする。
「────負けるなッ!! 孤門!!!! 俺も孤門のお陰で戦えた!!!! ウルトラマンとして!!!!」
憐の声が街頭で響いた。人々の目が、そこに注目した。
それは、町中に管理者の目がある中で、自らの正体を明かしてしまうような物だった。
孤門一輝が千樹憐の名前を出したのを見ている者もいる。──そして、憐は今、この世界ではお尋ね者なのだ。
しかし、その直後に、継夢が叫んだ。
「がんばれぇぇぇぇぇぇぇっ!!!! ウルトラマン!!!!!!!」
それは、二人による明確な反逆だった。
管理された世界の時が止まる──。彼らは何者だろう──、と、誰もが思った。
しかし、やがて、どよめいた周囲は、そんな事を気にしなくなり、彼らの想いがどんな物であるのかを胸の中に思った。
そして、彼らも次々と声を張り上げた。
379
:
崩壊─ゲームオーバー─(11)
◆gry038wOvE
:2015/07/12(日) 14:03:56 ID:OT9PV3kg0
「そうだ、負けるなっ!! ウルトラマン!!!」
「がんばれーっ、ウルトラマン!!!」
「行けぇっ!! ウルトラマン!!!」
今、この世界で、管理の力を越える人々の反乱が起こったのだ。
彼らの管理を任された財団Xたちは、それを鎮静化しようとするが、そんな邪魔は全く、人々には通らなかった。
ましてや、財団Xの中にさえ、別の組織による管理を快く思わない者が何人もいたようで、それを止めようともせず、無言の反逆をする者がいるという有様だ。
騒ぎの波紋はだんだんと大きくなっていく。
人々はだんだんと、ウルトラマンを大声で応援するような形で結託していった。
「……人間の力は、イッシーが──ダークザギが思っていたほど弱くないみたいですね」
「ああ。俺たち人間を敵に回した事こそが……奴の、そして、管理者たちの最大の誤算だ!」
憐や継夢と同じく町に出ていた平木詩織と和倉英輔も、その光景を見て、そう言った。
この世界の人間たちの希望が、時空を超えてウルトラマンに届いていく。
それはウルトラマンだけの力ではなく────人とウルトラマンとが支え合う事で、初めて生まれる力であった。
◇
孤門に憐の声が届いた。
時空さえも超えて、憐の“青”がウルトラマンネクサスに力を貸す。
ネクサスの身体が、光に包まれる。
「──ハァッ!!!」
姫矢の赤いジュネッスの姿だったネクサスは、時空を超えて届いた力を借りて、今度は憐のジュネッスブルーに変身する──。
新米ウルトラマンに、新しい力を貸す為に──。
それは、この場にいる者たちは初めて見る光だった。
「命の光……生きる者たち全てが違う、光の色……」
「ぶきっ!」
参加者ではなく、“支給品”であるレイジングハート・エクセリオンは、子豚を抱いて、空へと自力で飛んでいた。
彼らは、ブラックホールに自ら向かわなければ、元の世界に帰る事が出来ないのだ。
しかし、このまましばらく、彼の戦いを見ていたいと、その姿を空中に留まらせている。
「デュア……ッ!!」
孤門に力を貸すのは、姫矢准や千樹憐──そして、ここで生還している参加者たちだけではなかった。
かつて、ダークザギに操られていた溝呂木眞也も、その声を孤門に届かせる。
────孤門、俺の過ちを正してくれ。
────人の心は弱く、世界は闇で満ちている。
────だから人はたやすくそれに呑まれてしまう。
────だがな……。
溝呂木は、その先は何も言わなかった。
だが、──孤門は、恋人を殺した溝呂木眞也の罪を、許そうと思う。
孤門もまた、闇にその身を落とそうとした事がある。
人間は弱い。
だが……だが──
孤門がかつて尊敬した先輩──西条凪の声が、孤門を助ける。
────ダークザギ、お前は私たちには勝てない!!
────私たちは決して諦めたりしないから……!!
────そして、
380
:
崩壊─ゲームオーバー─(11)
◆gry038wOvE
:2015/07/12(日) 14:04:18 ID:OT9PV3kg0
────人と人との絆は、光そのものだから……!!
「シャァッ……!!」
ウルトラマンの光と共に吸収された、キュアベリーの光が駆け巡り、一瞬だけ、蒼乃美希だけが持つ色を──ネクサスは、現出した。
ネクサスの右腕のアローアームドネクサスにエナジーコアの光が投影され、アローが形成される。
光の弓──アローレイ・シュトロームに、美希の想いが現出した剣が重なり、今誕生した新たなる技がダークザギを狙う。
オーバーアローレイ・シュトローム。
不死鳥の矢が、ダークザギに迫っていた。
「ウウガァッ……!!」
だが、その一撃を、ダークザギは片手で跳ね返してしまう。
流れ弾となり、地面に1エリア分ほどの大きなクレーターが出来た。──それを見て、そこにいる者たちは、決してネクサスの攻撃が弱かったわけではない事を理解する。
遠くで、爆発音が遅れて聞こえた。
「全然効いてねえのか……!? でも……それなのに……負ける気がしねえ……ッ!!」
仮面ライダージョーカーがその姿を見て感服する。
彼は──左翔太郎は、以前にも、銀色の巨人に助けられた。
あの時、思わず「銀色の巨人」と言ってしまった翔太郎は間違っていなかったのだ。
そう、杏子が言った通り──ウルトラマンは負けない。
ウルトラマンは、仮面ライダーと同じくらいに強い。
「まだだっ! まだ……まだウルトラマンは戦える……ッ!! ウルトラマンは、私たちの絆がある限り、もっと強くなる……ッ!!」
「私たちも、孤門さんの優しさと、強さに何度も助けられてきた……だから、──」
佐倉杏子と蒼乃美希が、空へと登り、ブラックホールの中へ消えていった。
左翔太郎もまた、ブラックホールに吸い込まれていく。
────がんばれぇぇぇぇぇぇぇっ!!!! ウルトラマン!!!!!!!
だが、そんな声が、あのブラックホールが繋いでいる異世界から洩れてきた。
ウルトラマンを応援している歓声が外の世界から聞こえてくる。
その祈りが、その希望が、その声が、その力が──ウルトラマンを強くする。
絆が、光に変わっていく……。
「あれは……」
ジュネッスブルーのウルトラマンネクサスが、全身を光に包み、真の姿へと変身する。
彼の背中に羽が生える。
赤と青の力が重なり、やがて、その姿に銀色の光が灯される。
ダークザギが最も恐れた戦士が、今、人々の祈りを経て爆誕した。
「ハァァァァァァァァ……ッ!!!!!!! ハァッ!!!!!!!」
──光の戦士の究極の姿、ウルトラマンノア
最強のウルトラマンの姿へと、今、孤門一輝が変身したのである。
381
:
崩壊─ゲームオーバー─(11)
◆gry038wOvE
:2015/07/12(日) 14:04:35 ID:OT9PV3kg0
ブラックホールの中で、血祭ドウコクも、外道シンケンレッドも、涼村暁も、涼邑零も、レイジングハートも、響良牙も、花咲つぼみも、鯖から生まれた子豚も、佐倉杏子も、左翔太郎も、蒼乃美希も、その輝きを目にする事になった。
その姿を前に、ダークザギは──強い興奮を覚えた。
奴が……奴が復活してしまった。
ダークザギが、最も恐れて、最も憎んでいた敵が。
「────ウグァァァァァッァァァァァァァァァァァォッッッッ!!!!!!!!!」
ダークザギは、気づけばウルトラマンノアへと駆け出していた。
実は、ダークザギは、ウルトラマンノアのコピーとして作られた巨人である。──あるいは、それはダークプリキュアや相羽シンヤと同様、彼もまた、「コピー」である事へのコンプレックスを、このノアに対して、常に感じ続けていたのだ。
その苦しみが、その苦悩が──ダークザギを、冷酷な破壊神にしたのである。そして、彼は、ダークプリキュアやシンヤのようにそれに打ち勝つ事はできなかったのだ。
「ハァッ!!」
ダークザギは、ウルトラマンノアに向かっていくが、伝説の神が現れた瞬間、二人の形成は完全に逆転していた。
ダークザギのパンチはノアに回避され、逆にノアがダークザギに蹴りの一撃を見舞う。
ウルトラマンノアのキックは、ダークザギを数十メートル後方まで吹き飛ばす。──これまでとは全く逆の、圧倒的な孤門の優勢。
「グァァ……ッ!!」
ダークザギが反撃しようとするが、ノアは憮然としてそれを避けてしまう。
ノアは、まるでひらりと身をかわすように、ダークザギの攻撃を全て回避し続けた。
次の瞬間には、ノアのパンチやキックがザギの身体を傷つける。ネクサスの攻撃に比べて、なんと強い──。
そして────。
「シュッ…………ハァァァァァァァァァ…………」
ウルトラマンノアは、左腕にエナジーコアのエネルギーを蓄積した。
ダークザギは、ノアの攻撃を連続して受けた事で、反撃をする事ができなかった。
ノアは、一周回転して、ふらついているダークザギに、1兆度の炎を纏ったパンチ──ノア・インフェルノを叩きこんだ。
ノアの腕からダークザギの身体に向かって、火柱が上がる。
「オアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
ダークザギの身体は、火柱に押されて、島の向こうに吹っ飛んでいく。
──やがて、雲を超える。
────大気圏を超える。
──────そして、遂にダークザギの身体は、果てしない宇宙空間まで吹き飛んでいった。
ノア・インフェルノの力がそこで消える。ザギもノアの攻撃に打ち勝ったのだ。
ダークザギは、真っ黒な宇宙から、その惑星にいるウルトラマンノアを見下ろしていた。
ウルトラマンノアも、宇宙にいる彼を睨んでいた。
382
:
崩壊─ゲームオーバー─(11)
◆gry038wOvE
:2015/07/12(日) 14:05:07 ID:OT9PV3kg0
「「──ハァァァァァァァァァァァァァァァァ」」
──ウルトラマンノアが、エナジーコアからのエネルギーを受け、腕を組み、ライトニング・ノアを放つ。
──ダークザギもまた、ノアに向け、最終必殺光線ライトニング・ザギを放つ。
二つの光線は、この数千キロの果てしない距離を超えて真っ直ぐに敵に向かっていき、その中点でぶつかった。
宇宙空間で、二つの光線が激突。
ザギのライトニング・ザギが一瞬だけライトニング・ノアを圧倒した。
だが──
「闇を恐れることなく、乗り越えていく力……それこそが────僕たちの強さだ!!」
ウルトラマンノアの力は、圧倒的であった。
ノアが更に力を込めると、ライトニング・ザギのパワーは、ライトニング・ノアの希望の力に押し負けていく。
そして──ダークザギの身体は、次の瞬間にライトニング・ノアに飲み込まれていった。
◇
ライトニング・ノアの力に飲み込まれる最中──ザギの目には、殺し合いが行われたあの星が、遠くに輝いて見えた。
幾つもの星々が輝く宇宙の果てで、かつて、“来訪者”たちの希望として作られたダークザギは、思った事がある。
──この宇宙に二度と苦しみが生まれない為には、何を成せばいいのだろう。
──永遠の平和とは何だろう。
そうだった……。彼もまだ、その時は一人の平和を守る戦士として、宇宙の平和の事を真っ直ぐに考えていたはずだった。
M80星雲。──かつて、そのある星で、ダークザギは、人々の為に戦っていた。
ビーストの脅威に立ち向かう“来訪者”たちが、ビーストを倒したウルトラマンノアを作りだした人工生命ウルティノイド──その名が、「ザギ」。
ビーストと戦い、来訪者たちを助け、平和を守る──それが、ザギの使命だった。
彼らの命令を聞き、彼らの為に生きる事こそ、ザギの誇り。
彼は、来訪者たちの思う通りに生きてきた。
やがて、ウルティノイドの中に自我が芽生え、自分で考える事が出来るようになった。
すると、今度は、来訪者たちの為に戦うウルティノイド・ザギの中にも、ウルトラマンノアの模造品として作られた自分自身への苦悩が、どこからともなく湧き出た。
どれだけビーストを倒しても、人々が求めるのは、ザギではなくノアの力である事に、彼は気づいてしまったのだ。
自分は誰にも求められていない。「ノア」の代わりに作られ、「ノア」の代わりに生きる。
自分の命とは何だろう。
自分の存在意義とは何なのだろう。
自分は何の為に生まれ、何の為に生きるのだろう。
ザギはそれでも戦い続けた。しかし、ビーストと戦っていく中で、争い合う人々や、不安に駆られ、絶望に飲み込まれ、他者を傷つける者たちを何人も目にする事になった──。
そして、その戦いを超えていくうちに、彼は、結論した。
──「永遠の平和」とは「虚無」!!
──心が存在しなくなれば、生命が存在しなくなれば、苦しみも悲しみも消え失せる……!!
383
:
崩壊─ゲームオーバー─(11)
◆gry038wOvE
:2015/07/12(日) 14:05:24 ID:OT9PV3kg0
ゆえに、彼は、いつしか、来訪者たちの英雄から、宇宙の脅威へとなり下がり、落ちぶれていく事になった。ビーストを使役し、人間を利用し、あらゆる手段を使って宇宙の全てを滅ぼす悪の戦士となってしまった。
自分は、ノアの代わりにはならない。
ノアの“敵”となればいい。ノアの“逆”になればいい。
ノアが誰かを救うならば、ザギは何かを壊せばいい。
それによって、“虚無”の中で世界に平和を齎せばいい……。
そうすれば、争いもなくなる。殺し合いも、死も、死に至る生の存在もなくなるのだ。
だが。
宇宙を全て無に返し、全ての命を奪う事が──いかに、残酷な事なのか。
それは、平和と呼ぶには、生ける者たちにとって、最も無責任な行為であると、彼はまだ知らなかった。
永遠の命を持っているが為に、彼は、“虚無”が、彼には正確にはわからなかったのだ。
そして今。
遠く、宇宙の深淵に消え、この世界の外に弾かれ出され、「虚無」の世界に落ち込んでいく時────彼は思った。
(消えたくない……!! 俺は……、俺は、こんな所で……!!)
虚無になってしまえば、苦しみが消えるが、喜びも消える。
自分自身の何もかもが消えていく。
この想いも。この、“消えたくない”という気持ちも。
だが──
「グァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッッッ!!!!!!!!!!!!」
俺の喜び……ふと思ったが、それは何だったのだろう。
そう、ダークザギの頭に何かが過った時──
──この宇宙ので、巨大な爆発が起きた。
ダークザギの身体が、ライトニング・ノアの光に包まれた瞬間だった。
彼の身体が崩壊していく。
体はばらばらになり、その中にあった意識も、ノアの光の中に消えてしまう。
「 」
……何もない宇宙の果てで、ダークザギの意識は、虚無の世界に途絶えた。
虚無に飲み込まれた時、彼は、自分自身の存在意義を考え、答えに辿り着く喜びを得る事も──そして、それを感じさせてくれた何かに気づく事さえできなくなってしまったのだ。
いや、今、それに気づいたとしても、遅すぎたのだが──せめて、最後に一瞬でも気づく事が出来れば、彼自身は何かに救われる事ができたかもしれない。
しかし、それが出来なくなるのが、“虚無”。
暗黒の破壊神が、ずっと求めてきたものだった──。
【石堀光彦/ダークザギ@ウルトラマンネクサス 死亡】
【残り10人】
◇
384
:
崩壊─ゲームオーバー─(11)
◆gry038wOvE
:2015/07/12(日) 14:06:28 ID:OT9PV3kg0
遠いいつか、“彼女”が言ったのを、孤門一輝は思い出した……。
「────私、信じてる。孤門くんなら、きっと守ってくれるって……」
◇
385
:
崩壊─ゲームオーバー─(12)
◆gry038wOvE
:2015/07/12(日) 14:06:52 ID:OT9PV3kg0
────ダークザギは、ウルトラマンノアの攻撃によって、消滅した。
空では炎があがり、ダークザギの身体が宇宙で大爆発を起こしているのを映している。
真上から、だんだんと太陽の光がノアを照らし始めている。
ウルトラマンノアとしてここにいる孤門一輝を除く全ての参加者は、全員ブラックホールに飲み込まれて、異世界に転送されたらしい。
そして、今……ブラックホールがゆっくりと閉じた。
この世界にいるのは、既に孤門一輝とウルトラマンだけだ。
(リコ……、僕は、君に会えてよかった……。どんな悲しみが僕を襲ったとしても────)
最後には、きっと──リコも、力を貸してくれたのだろう。
彼女の笑顔が、ウルトラマンノアの中に湧きあがる。
世界中の人が、その瞳にウルトラマンノアの雄姿を焼きつけていた。
ある者には、プリキュアの姿。
ある者には、仮面ライダーの姿。
ある者には、魔法少女の姿。
それらが、きっと、映っていた。──絶望しかけていた子供たちの瞳が、戦いを乗り越えた英雄の姿を、どこか憧れるように見つめていたのだろう。
(この戦いは終わった……僕たちは生き残った……)
ノアは思った。
だが、だからといって、全部が終わった気はしなかった。
殺し合いの真の主催者の正体もまだ謎に包まれている。沖一也が見た何者かの姿も、まだ解明されていない。
外の世界が──帰るべき世界がどうなっているのかもわからないし、結局主催者たちとの戦いはないままだった。
ノアが、周囲を見た。
彼の目からは、島の隅から隅までが見下ろした。
ここで、たくさんの戦いが繰り広げられ、孤門たちは本来出会うはずのない人たちと出会ってきた。
そして、同時に、本来別れるはずのない人たちとの別れも経験した。
(……僕たちの長い二日間も、終わりを告げようとしている)
帰ろう……。
今度こそ、全てを終えよう……。
ウルトラマンノアは、あのブラックホールがなくとも、時空を超える事も出来る。
まずは、孤門が帰るべき世界に帰り、姫矢准や、溝呂木眞也や、石堀光彦や、西条凪が死亡した事を報告しなければならない。
それから、美希や、生き残った他の仲間たちが帰るべき世界にも行って──。
──と、その時。
「────ッッッッ!?!?!?!?」
ウルトラマンノアの背中を、“何者か”が攻撃した。
謎の光線が、ノアの背中に命中し、そこから煙をあげさせる。
動揺するノアが振り返ると、そこにはダークザギにも酷似した黒いウルトラマンが立っていた。
しかし、その姿は一層凶悪で、人というよりも獣のように曲げた背で、長い爪を誇らしげに構えている。
「ウルトラマンノア……、光の国が生まれる前からいた不死身のウルトラマン、か」
それがダークザギではない事はすぐにわかった。
しかし、ウルトラマンノアもその時はまだ知らぬ戦士であった。
「──誰だ、お前は!」
言いながらも、孤門は思い出していた。
この殺し合いの主催者の存在だ。──バットショットで確認された、謎の黒い影。
386
:
崩壊─ゲームオーバー─(12)
◆gry038wOvE
:2015/07/12(日) 14:07:08 ID:OT9PV3kg0
それは、確かにこの島へと接近していたのだ。
では、彼こそが──
「てめえが会いたがっていたこの殺し合いの本当の主催者──カイザーベリアル様さ!!」
──彼こそが、全ての元凶なのだ。
やっと会う事が出来た。
ここであらゆる悲しみを作り、あらゆる思いを踏みにじった諸悪の根源。
あるいは、石堀光彦も──ダークザギも、この殺し合いに巻き込まれた一人の犠牲者なのかもしれない、と思う。
そして、ベリアルがいなければ、まだこの世界に在り続けたはずの笑顔がある……。
「そうか……お前がみんなを……!」
ノアが構えた。
まだ戦いは終わっていない。
だが、ここで全てを終わらせようと……。
孤門は──ウルトラマンノアは、仲間たちが帰っていったこの場所で、ただ一人、真の主催者と戦おうとしていた。
ノアが、前に駈け出そうとした時だった。
「──おっと、動かない方がいいぜ」
カイザーベリアルの忠告の言葉が聞こえた。
しかし、既に手遅れだった。──ノアは、カイザーベリアルの前に拳を叩きつけようとしていた。
肉薄するノアを前に、ベリアルは妙に冷静に構えている。
「────!?」
そう、彼はただ余裕なのではない。
ノアの力を知り、それに対策する術を持っているから、こうして一人のうのうと経って至れるのだ。
地面から、光線が発された。
「これは、一体……!!!」
それは、主催側が用意したシステムであった。
ウルトラマンノアやダークザギが、圧倒的なパワーによって主催に歯向かおうとした時、この地下に仕掛けられた光線が敵を包む事になる。
たった一回きりには違いないが、この場所に仕掛けられた“確実に敵を無効化する有効打”──その黒の光線が、ノアに発されたのである。
「……ナッ……シュゥッ……!」
命あるものの時間を止める「ダークスパーク」のエネルギーである。
主催陣営は、「ウルトラマンギンガの世界」に存在していた闇の力・ダークスパークを確保し、この殺し合いの基地に防御壁としてそのエネルギーを利用した。ダークスパークは、その世界でウルトラマンたちを人形の中に封印した悪魔の道具である。
これは、この場においては──主催基地、あるいは、カイザーベリアルを攻撃しようとした際に発動し、強敵をダークスパークに封じてしまう最後の切札であった。
ノアの身体が、次の瞬間には、物言わぬ小さな人形──スパークドールズへと変わった。
もはや、伝説のウルトラマンといえども、こうなってしまえば戦う牙はない。
「────ハッハッハッ!! これで、ウルトラマンノアはいなくなった!! ダークザギも消滅した!! 俺に歯向かう者はいない!! 貴様らの希望は潰えたんだ!!」
そして、スパークドールズにされた者は、自力では元に戻る事が出来ない。
ウルトラマンノアの姿は、人間が掌で握る事が出来てしまうほどの大きさに早変わりした。
387
:
崩壊─ゲームオーバー─(12)
◆gry038wOvE
:2015/07/12(日) 14:07:27 ID:OT9PV3kg0
カイザーベリアルは、それを爪の先で捕まえると、空に向けて放り投げた。──そして、カイザーベリアルの力により、大気圏も超え、宇宙の果てまで飛んでいく。
「宇宙の果てに消えろ……ッ」
この世界の宇宙は広いが、果てまで探してもカイザーベリアル以外、誰もいない。
孤門一輝とウルトラマンノアは、このスパークドールズの中に封じ込められ、無限の宇宙を彷徨う事になる。
先ほどの忘却の海レーテのように、侵入してくる者もいない。
この世界に入る事が出来るのは、“それ以前にこの世界に入った事がある者”と、“カイザーベリアルが呼んだ者”だけである。
ゆえに、“円環の理”もこちらの世界に姿を現す事が出来なかった。
ここは、ベリアルだけの世界なのである。
──全ての世界を支配した彼にも侵されず存在できる世界、それがこの場所なのだ。
……とはいえ、この殺し合いで生きて帰った者たちは例外である。
彼らがカイザーベリアルに立ち向かう術は既にないが、いずれにせよ、全員、ベリアルの部下が始末する手筈になっていた。
もし、部下たちが彼らを始末できなくとも、ベリアルはこの世界で彼らを迎え撃ってみせる。
────ここに、ゲームの破綻と、ベリアルの目的の達成が祝された。
【孤門一輝@ウルトラマンネクサス 封印】
◇
全パラレルワールドに、ここまでの映像は発信されると、 “再生終了”された。
あらゆる世界に設置された街頭モニターや放送が、一斉に終了し、画面は真っ黒に塗り替えられる。
一日と十二時間、常に流れていた殺し合いの実況中継は、今ようやく終わりを告げた。
そして、殺し合いを生き残ったヒーローたちの全てが終わっていく。
彼らは、あのブラックホールを通じて、それぞれの世界に帰っていた。
または、彼らに縁のない世界に誤って送還される事もあるようだが、それも全て、管理されている範囲の世界である。管理の手がまだ行き届いていない世界には転送されない。
──いずれにせよ、多くは世界のどこかに転送され、その世界を管理する主催陣営の人間たちに狙われる事になる。
レイジングハート・エクセリオンもまた、ある世界に転送され、逃げ惑っていた。
彼女も全く知らない世界であったが、少なくとも、そこで、外の世界が管理されている事実を知る事になった。
殺し合いは終わったが、その間に、主催陣営は別の目的を達していたのである。
──たとえ、殺し合いが
弱り切ったレイジングハートに、彼らの魔手に立ち向かう術はもうなかった。
彼女は、人間の姿になり、追い詰められながらも、そこで一人の少女の助けを受ける事になった──。
「一閃必中! アクセルスマッシュ──!!」
意外な人物の生存に驚きながらも、彼女は、その人物に救われ、窮地を脱する事になる。
そして、この危機に立ち向かおうとする──心強い船団に、無事合流する事ができた。
388
:
崩壊─ゲームオーバー─(12)
◆gry038wOvE
:2015/07/12(日) 14:07:43 ID:OT9PV3kg0
それは、高町ヴィヴィオ、吉良沢優、美国織莉子、アリシア・テスタロッサらが保護されている時空管理局の船──アースラであった。
アースラは、残りの参加者を全員、保護しようとしているのである。
戦いは、まだ──、終わっていない。
本当の最後の戦いが、まだ彼女たちを待っていた。
【高町ヴィヴィオ@魔法少女リリカルなのはシリーズ 生存】
【吉良沢優@ウルトラマンネクサス 生存】
【美国織莉子@魔法少女おりこ☆マギカ 生存】
【アリシア・テスタロッサ@魔法少女リリカルなのはシリーズ 生存】
【左翔太郎@仮面ライダーW 送還】
【血祭ドウコク@侍戦隊シンケンジャー 送還】
【花咲つぼみ@ハートキャッチプリキュア! 送還】
【佐倉杏子@魔法少女まどか☆マギカ 送還】
【響良牙@らんま1/2 送還】
【蒼乃美希@フレッシュプリキュア! 送還】
【涼邑零@牙狼 送還】
【レイジングハート・エクセリオン 送還】
【外道シンケンレッド 送還】
【加頭順@仮面ライダーW 送還】
【ニードル@仮面ライダーSPIRTIS 送還】
【ドブライ@宇宙の騎士テッカマン 送還】
【脂目マンプク@侍戦隊シンケンジャー 送還】
【ガルム@牙狼 送還】
【コダマ@牙狼 送還】
【主催・カイザーベリアル 生存】
【変身ロワイアル GAME OVER】
◇
「……っ痛ぇ……、ここは……」
左翔太郎が、瞼を開ける。
どうやら、あのブラックホールに飲み込まれた衝撃で意識を失っていたらしい。
意識を失ってからどれほど経過しているのだろうか。
上半身を起こして、すぐに周囲を見回した。
「動くな、まだ完全には回復してない」
ここは──小さく薄暗い一室だった。
その中のベッドの上で、翔太郎は眠らされていたらしい。傷だらけの身体は、包帯を巻かれており、自分は手厚い看病を受けているようだった。
空気は重たく、不穏であった。
「あんたは……あんたが、どうして……」
そして、目の前で翔太郎を迎えた男は、翔太郎の前にいるはずのない男であった。
何故、彼がここにいる?
何故、彼が翔太郎をこうして看病しているのだ?
「おやっさん……」
──鳴海壮吉であった。
何故、彼がここにいるのか。
一度、自分はあの後で死んだのかと思った。フィリップが、かつて、死の世界で壮吉に出会ったと言っている。
しかし、すぐに違うとわかった。死んでいる人間が、こんな手厚い看病を受けるものだろうか。
「残念だが、俺はその“おやっさん”じゃない。──だが、また会ったな、異世界の仮面ライダー……、仮面ライダーダブル」
異世界の仮面ライダーと、彼は言った。
鳴海壮吉と瓜二つであり、翔太郎をそんな風に呼ぶ男を彼は知っていた。
「お前の戦い、しかと見届けさせてもらった……。流石は異世界の俺の弟子、ってとこか……帽子の似合う男に相応しい活躍だったぜ」
────左翔太郎がやって来たのは、仮面ライダースカルの世界。
かつて、仮面ライダーディケイドとともに戦ったダブルが出会ったあの男が、こうして翔太郎を助けていたのである。
戦っているのは、殺し合いの中にいる者たちだけではなかった。
仮面ライダーは、世界を超えて、どんな時も、世界の脅威と戦い続けていた。
To be continued……
389
:
◆gry038wOvE
:2015/07/12(日) 14:08:45 ID:OT9PV3kg0
以上、投下終了です。
何か修正点や問題点があったら指摘をお願いします。
390
:
名無しさん
:2015/07/13(月) 00:12:46 ID:G2imS2A20
投下乙&お久しぶりです
ザギさんとノアの覚醒〜決着が最高にかっこよかった!
しかし皆一気に熱く散っていったなw
残った面子だけでベリアルに勝てるのだろうか…
391
:
名無しさん
:2015/07/13(月) 00:57:08 ID:KyPy9H7c0
投下おつー
元の世界で死ねる幸せというのが最高にえげつなかったけど、今や展開がほんと変身ヒーローチックでいいな
スケールや敵的にウルトラマンよりの実写で脳内再生してます
392
:
名無しさん
:2015/07/14(火) 08:35:02 ID:AAvy5wHo0
投下乙!待ってました!
ザギ復活からウルトラマンノアまでのこれでもかという原作最終回再現に燃えた!
マミさんの「コネクト」の台詞も上手いなあって感心しました
そしてついに姿を現したべリアル
表向きの変身ロワイアルは終了を迎えて各々はそれぞれの場所に送還されて、いったいどういう展開を辿ることになるのだろうか
393
:
◆gry038wOvE
:2015/07/16(木) 02:29:21 ID:W9I5Hun20
投下します。
394
:
◆gry038wOvE
:2015/07/16(木) 02:31:00 ID:W9I5Hun20
2011年──。『仮面ライダースカル』の世界。
ここでは、ダブル、アクセルの二人の仮面ライダーが現れず、名探偵・鳴海ソウキチこと仮面ライダースカルが風都を舞台にドーパント犯罪と日夜、戦っていた。
しかし、この世界においても、ある時、カイザーベリアルによる“管理”が発生した。
そして、人々の思想は統一され、元の性格を押し込めて支配者を崇めるようになってしまった──それが、カイザーベリアルの手にした“イニフィニティ”の力による管理の力である。
この殺し合いの発生により、全パラレルワールドはベリアルの手に落ちてしまったのだ。
変身ロワイアルから生還した彼こと左翔太郎が転送されたのは、彼が本来帰るべき風都ではなく、この微かに歴史の違った風都であった。
◆
「──本日より、ゲームの第二ラウンドを開始します」
疎らに人が集まった風都の市街中心部。風都タワーが彼らを見下ろしている場所だ。
街頭モニターに映った財団Xの幹部──レム・カンナギの言葉は、あの加頭よりも少しばかり感情らしき物が込められた言葉に聞こえた。何より、言葉にはっきりとした抑揚があった。それは、あからさまにこの状況を楽しんでいる事が感じられる抑揚だった為に、翔太郎にとっては不快であったが、何を考えているのかわかる分、加頭ほど不気味ではない。
(──なんてこった、本当に……)
……あの殺し合いを脱出してから、三日が経過した。既にあの殺し合いの二倍の時間が過ぎ去っている事は、翔太郎にも信じがたい事実だ。
この風都が異様な空気を帯びているのを、翔太郎は全身で感じ取っている。
(いつから俺の風都はこんな酷い街になったんだ……)
なんでも、この世界は、“財団X”や“ベリアル帝国”によって管理されているらしい。──いや、この世界に限らず、ほとんどの世界がそうなっている。翔太郎たちがいた風都も同様に、“カイザーベリアル”によって管理され、殺し合いの全映像がモニターされて世界中の人の目に入ったと考えるのが自然であるだろう。
翔太郎たちが帰るべき場所は、無傷ではなかった。しっかり、不在中に傷を作ってから帰すという、あまりに礼儀知らずなやり方がベリアルや財団Xの好みらしい。
まだ、かつてのプリキュア世界における「管理国家ラビリンス」のように服装の統一や結婚・就職の管理こそ行われていないものの、管理された者たちは自分の意思を失い、ベリアルに忠誠を誓うようになった。現状でも、モニターの命令に忠実な人間で街は溢れている。
平和の為の管理ではなく、支配の為の管理であるというのが、ラビリンスと決定的に異なる部分である。──実に悪辣だ。
……ただ、あえて言うならば、目的が徹底化されていないせいか、個人に対する管理の威力はラビリンスよりは微弱だ。支配に屈しない強い意志さえあれば、それを抜け出す事も出来るし、あるいは、最初から何にも興味を持たず、その日を生きる事に必死なホームレスなどもあまり管理の影響を受けていないように見える(だから、翔太郎も街へ出る時はホームレスの恰好に変装するようソウキチに言われた)。
殺し合いが実況中継される中で仮面ライダーやプリキュアに感銘を受け、自分の考えを取り戻した者もいれば、今こうして翔太郎を匿っている鳴海ソウキチのように最初から管理に屈しなかった人間も少なからず存在しているのである。
一見すると、メビウスに比べても管理の力は弱いようではあった。
問題は、その圧倒的な規模の面にあった。──あらゆるパラレルワールドの中で、悪が人類の殆どを支配し、管理している現状を嘆かずにいられる物だろうか。これは、悪が勝利した世界と言っていい。翔太郎が、最も見たくなかった物だ。
人間の自由を奪う独裁。人々の争いは全て終わったが、ここに本当の平和はない。
そう、たとえば、今、こうしてこのモニターが告げている「第二ラウンド」なる悪趣味なゲームも良い例である。
「ベリアル帝国に属する皆さんには、このゲームの生還者・蒼乃美希、佐倉杏子、涼邑零、血祭ドウコク、花咲つぼみ、左翔太郎、響良牙、およびその仲間の捜索、確保──あるいは殺害をして頂きます」
395
:
RISING/仮面ライダーたちの世界
◆gry038wOvE
:2015/07/16(木) 02:31:22 ID:W9I5Hun20
カンナギは、どこか愉快そうに、そう命令する。
──これが、あの殺し合いの最低の仕組みを物語っていた。
確かに、あの離島から脱出し、翔太郎たちは晴れて自由の身になったのだが、それは安全の保障を約束したというわけではなかった。今度は生還者を元の世界で殺害しようというのである。
なんと卑怯な約束だろう。
普通は殺し合いが終わったらそれで全てハッピーエンドではないか? 生き残った者には安心が与えられ、すべては終わるのではないか?
──その“先”で、生還者を殺そうなどとは、少し主催者としてフェアではないのではないか? と。
しかし、彼らの“フェア”という常識は通用しない。常に、ルールを破る者が世界で優位になっている。──最低の仕組み。
目的が殺し合いそのものではなく、それを中継する事で得られる絶望や悲しみである事を知ると、やはり、生還者も生かしてはおけないのだろう。その為ならば、手段を厭わないようだ。
「何人がかりでも構いません。庇う者は殺しても罪には問いません。ただ、彼らを見つけた場合、速やかに我々に連絡するか、撃退できる場合は撃退してください。尚、彼らを捕えた者には、幹部待遇と生活保障などの優遇が成され、──」
参加者同士の殺し合いの後は、生還者を追い詰める鬼ごっこを始めようという話である。
管理されてしまった人間は、半ば盲目的にこれを信じるだろうし、翔太郎を追いかけるに違いない。
財団Xの手の物だけではなく、この街中──いや、あらゆる異世界を含めた全パラレルワールドの人間が全て、翔太郎たちと敵対すると思っていいだろう。
(だが、暁……三日ともあいつの名前は呼ばれていないな。……何故なんだ?)
しかし──、涼村暁の名前が呼ばれなかったのは気がかりであった。
孤門一輝が既に人形に封印されて宇宙空間を彷徨っている事や、巴マミがレーテから帰還しないままだった事は既に、変身ロワイアルを再編集した映像を見て(今のカンナギのアナウンスと共に、一日中モニターで流れている)知っていたが、暁は共に生還したはずではないだろうか……。
まさか、既に捕えられてしまっているのだろうか? ──だとすれば、逆を言えばこの美日間、暁以外誰も捕まっていないという事なのだが、不安の種は尽きない。
◆
それから、翔太郎は、ソウキチの作った隠れ家に戻り、一息ついていた。風都内には、彼の「幼馴染」が用意している隠れ家が幾つも存在するらしく、ここも裏路地のマンホールを模した出入り口と繋がっている。
鳴海探偵事務所の数倍すっきりとしているが、相変わらずコーヒーメーカーや幾つかの帽子が目につく。あとは、質素で黴の生えた生活用具やトレーニング器具などがあるだけで、ソウキチの趣味に関わる物が思いのほか、少ない。
この一室にも、カビ臭さと共に、コーヒー豆の匂いが充満していた。ソウキチは、上着を脱いで、淡々とコーヒーを淹れている。
「疲れたろ、飲め」
ソウキチが、すっと、翔太郎にコーヒーを差し出した。砂糖やミルクのような不純物は横に置かれていない。この状況下、ソウキチは自分のブレンドしたコーヒーを淹れるその習慣だけは欠かさないようだった。それによって落ち着きを保っている。
冷静沈着な男であった。三日とも、少なくとも一杯のコーヒーを翔太郎に差し出す。毎回、それは翔太郎の中に心労がある時だった。
「ああ、ありがとう、おやっさん」
「おやっさんじゃない。確かに俺は異世界のお前の師匠かもしれないが……俺は違う。ソウキチでいい」
「……っつっても、全く同じ顔だから、おやっさんとしか呼べねえよ」
そう悪態をつくように返しながら、コーヒーに口をつける翔太郎であった。三日間毎日こんなやり取りをしているが、これからも呼称を変える予定はない。この世界のソウキチが元の世界の壮吉とそう変わらない事は翔太郎もこの三日間で理解している。
ただ、コーヒーの味は、どうやら現在実験中の物らしく、翔太郎が飲んだ事のある懐かしい味とは少しばかり趣向が違っていた。もしかすると、物資に限りがあるせいで、譲れない拘りが実現できなくなっているのかもしれない。
396
:
RISING/仮面ライダーたちの世界
◆gry038wOvE
:2015/07/16(木) 02:31:39 ID:W9I5Hun20
何にせよ、翔太郎には、それはまだ苦く、一度カップを皿の上に置いた。
「……」
バトル・ロワイアルの映像全てが記録され、同時に中継されていたなど、殺し合いの渦中にあった翔太郎には想像もつかない事実だった。
あの島から脱出さえすれば全てが終わるような気がしていた。しかし、実際は、そこから先の方が途方もない戦いに繋がっていた。
翔太郎は、自分の肉体的、精神的な疲労度が半端な物ではないのを自覚している。ここに帰るなり倒れて、十四時間も寝ていた事からもわかる。勤務時間が安定せず、何日も徹夜で張りこむのが珍しくない探偵が、こんなに眠り続けてしまう事など滅多にない話である。翌日からは、今度はあまり眠れない日々が続いた。
意外にも、三日間、悪夢は見ていない。ただ……。
現実に映る光景の方は、まさに悪夢のようだった。
──相羽ミユキッ! 逃げろ!
──ありが、とう……心配して、くれて……やっぱり、君を信じて……本当に、よかった……!
──……ははは、久しぶりだな、……死ぬのは……あと、もう少し、……もう少しだけこの音を聞きたかったが……はははははは……
……翔太郎があのゲーム中、目にする事のなかった仲間たちの死に様が、街頭モニターのせいで目に入った。照井がどうして死んだのか詳しく知らなかった翔太郎にとっては、ちゃんと知れた事は良かった事かもしれないが、思いの外、堪えた。
編集映像は、その死に様のみを中心に中継していたが、おそらく意図して挿入されていた「杏子とフェイトとの殺し合いへの共同戦線」を示した映像も、翔太郎の胸をぐっと締め付けた。──この時の杏子は、まだ翔太郎を殺そうとしていたのだ、と。
忘れかけていた事実である。とはいえ、もうそれは過去の事だ。水に流したいとも思っている。そうでなければ──翔太郎くらいは忘れてしまわなければ、杏子が可哀想だ。
彼女自身は絶対にその事を忘れないだろうから、翔太郎も安心して彼女の罪を忘れる事ができると思っていた。しかし、それをモニターが妨害する。
それからまた、翔太郎の頭に照井の死に様がリフレインした。照井の死が無念の死であった事や、やはりユーノやフェイトの死の責任は自分にある事──今の自分なら彼らを救えたのに──は、翔太郎の心に再び傷を負わせてしまう。
ループしていく映像に頭を抱えていた時、ソウキチが声をかけた。
「エス」
彼は、ここしばらく、翔太郎を「エス」という偽名で呼ぶ事にしていた。
翔太郎の名前が割れているので、あまり名前を呼ばないようにしているのだ。隠れ家の中でも徹底してそうしている。もしかすると、自分を翔太郎が慕う別の男だと思わせないよう、あえて、少し距離を置いているのかもしれない。
ソウキチは、呼んですぐに、翔太郎が留守にしていた間の事を話した。
「ついさっき、お前の知り合いから連絡が来た」
「俺の知り合い?」
知り合い、というと、決して少なくはないが、この世界には、別に知り合いはいない。
風都の中でも、イレギュラーズや翔太郎周りの協力者が殆どいないようだ。ソウキチに協力している情報屋も、翔太郎に協力している情報屋とは違った。
だとすると、一体誰だろうか。
「あらゆる世界を放浪している仮面ライダーだ。前にも会った事がある。……通りすがりの仮面ライダー、とか言っていたな」
「ああ、アイツか……」
思い当たる知り合いといえば、門矢士──仮面ライダーディケイドである。
彼ならば、確かにこの世界の人間ではないが、この世界に来る事が出来るはずである。何せ、かつてソウキチに一度会ったのも、彼の力添えがあってこそであったからだ。
どうせなら顔を合わせたかったのだが、今はこの世界情勢である為に彼も忙しく、他の場所に連絡を入れなければならないのだろう。
……彼でも、あの変身ロワイアルの島には来る事ができなかったのだろうか。とにかく、最後まで助けに来る事はなかったのだが、こうして、外の管理世界を旅して、何らかの形でヒーローに協力している事はあるようだった。
そんな彼は翔太郎の留守中に、ソウキチに連絡をしに来ていたらしい。
397
:
RISING/仮面ライダーたちの世界
◆gry038wOvE
:2015/07/16(木) 02:31:53 ID:W9I5Hun20
「あいつによると、お前たちが連れて来られたあの島──『変身ロワイアルの世界』には、一度行って耐性をつけた人間たちしか立ち入る事ができないらしい。……そして、よりにもよって、カイザーベリアルや加頭は、あの世界に閉じこもっている」
士は、先天的にパラレルワールドとパラレルワールドとを移動する、極めて特殊で不思議な能力を持っていた。とにかく、それにより、あらゆる仮面ライダーたちの世界を渡り歩いてきたのが彼だ。
世界の破壊者を自称するが、その実、彼は実際にはその世界を守っている。
とにかく、パラレルワールドに関しては彼が専門家であり、その分野に関しては信憑性のあるデータに思える。──やはり、あそこは彼でさえ足を踏み入れる事ができないらしい。
「なるほど。だから、ベリアルたちは俺たちを見つけ出して殺して、安全圏で支配者をやり続けようとしてるって事か。……読めてきたぜ」
「その通りだ。お前たちを一度帰した理由はわからないが、せいぜい、お前たちに外の世界の絶望を見せる為、という所だろう。──で、言いたい事はわかるな?」
ソウキチが、翔太郎に目をやった。
彼はコーヒーにまた口を付けて、すぐに口を離したばかりであり──果たして本当にわかっているのか、ソウキチには疑問な所であったが、実際にはソウキチの言いたい事を察する事はできていたらしい。
「要するに、生き残った俺たちがあいつのいる世界に乗りこまない事には、この支配は終わらない……って事だろ? おやっさん」
「──ああ」
ソウキチは頷いた。
そんな戦いを他人に強要し、そして、自分は何も出来ない事をソウキチは歯がゆく思っていた。だが、あの殺し合いと無関係だった人間たちは、あまりに無力であった。
ここでモニター越しに応援する事しかできないらしい。
自分たちが置かれている支配を脱する為に、彼に全てを任さなければならないというのは、ソウキチの持つ“男のルール”にも反しているが、たとえそうであっても、正真正銘の不可侵領域なのだ。
それでも──。
ソウキチには、なるべくこの男を死なせたくない気持ちがあった。
それこそ、かつて一度会った時からだ。その時に感じたこの男の芯の強さのような物を、決して世界から失わせてはならないと思っていたのだ。
今はまだ、そんな強大な敵と戦わせて良い段階じゃない。
ソウキチに言わせればまだ彼は若く青く半人前なのだ。いつか、一人前の男になるまで──そんなにも危険な場所には行かせたくない気持ちも微かにあった。
──しかし、問題はそれだけではなかった。
「だが……本当に、お前……大丈夫なのか? “仮面ライダーになれなくても”」
翔太郎は──この世界に来た時、あのジョーカーメモリを何処かになくしてしまっていたのである。
あの世界移動の際に、ロストドライバーとジョーカーメモリが何処か別の場所に転送されてしまったらしい。
だからこそ、彼は三日間、この世界で大人しく隠れて行動しているという状況だ。もし、財団Xに見つかれば抵抗する手段がほとんどなかった。ちょっとした武器は持たされているが、その能力も、勿論限界がある。
辛うじて、ロストドライバーだけはソウキチが持っていた予備の物を受け取る事が出来たのだが、この場で変身に使用できる純正メモリはソウキチが使うスカルメモリ一つだけだ。──それを受け取るわけにはいかない。
──だが、たとえ、力がなくても。
「やってやるさ、絶対に……!」
翔太郎も、鳴海壮吉の考えを受け継いだ男だ。──彼も、仮面ライダーとして、人間に自由と平和を齎す意思を持っている。
たとえ、変身する事ができなくても、だ。
壮吉だけではなく、あの殺し合いの中で、結城丈二や沖一也──あるいは、ゴ・ガドル・バや大道克己から学んだ物もある。フィリップや照井竜、園咲霧彦や泉京水を殺し、街や人々を泣かせたあのゲームへの抵抗も未だ強く残っている。
どんな状態でも、翔太郎は絶対に殺し合いを潰そうとしていた。そうしなければならない。それも、早い内に……。
その覚悟を見て、ソウキチは、彼がこの危険なゲームに打ち勝つ事に賭けてもいいと思ったのであった。
398
:
RISING/仮面ライダーたちの世界
◆gry038wOvE
:2015/07/16(木) 02:32:17 ID:W9I5Hun20
勿論、この賭けには負けるかもしれない。負ければ、この若い芽が失われ、ソウキチは一生後悔する事になる。
しかし、彼の伝えた残りの情報を全て教え、背中を押してやるしかなかった。
こんな覚悟を見せられてしまっては──。
ソウキチは、口を開く。
「──奴は本当に通りすがっただけだが、時空管理局の『アースラ』という時空移動船がいずれ、この世界に迎えに来る。奴が手配してくれるらしい。……とにかく、今はここでそれを待て」
ディケイドが、『アースラ』とのコネクトを持っていると聞き、翔太郎も少し驚いていた。翔太郎も、時空管理局の存在はユーノやヴィヴィオ、アインハルトといった魔導師の世界の住民から既に聞いている。
本当にどこの世界にも知り合いのいる男だ。
つまり、もう間もなく、この世界とは──ソウキチとは、お別れという事らしい。
久々に会えたこの男と別れる事になるのは、翔太郎にとっても少し心が寂しくはある。
ソウキチはどうだろうか、と少し思った。彼は寂しがるだろうか。──いや、そんなわけはないか。
いや……、あるいは、もしかすれば……。
……まあ、いずれにせよ、この別れが永遠の別れとは限らない。また、今こうして再会できているように、また会う事があるかもしれない。そう思った。
「……それから、もう一つ伝言と、プレゼントもある。……奴も、多くの世界でお前やお前の仲間を探していたみたいだな」
言って、ソウキチは、何枚もの写真を取りだした。
ふと我に返って、翔太郎はそれを受け取る。
見れば、ピントがずれており、人や物の位置関係が完全に狂っている合成写真のような写真だった。しかし、翔太郎は、士がそんな絶望的に下手な写真を、何の細工もなしに撮れてしまう男であったのを思い出した。──これは、彼が世界で撮り続けた写真という事である。
何故、そんな物を今、渡したのだろう。……そう思って、翔太郎はちゃんと写真を見た。
「──仮面ライダーは戦い続けている、どの世界でも、どんな時代になっても……と。これが通りすがりの仮面ライダーからの伝言だ」
その写真には、あらゆる世界で戦う仮面ライダーたちの姿や、よく見知った人たちの姿が映し出されていたのだった。
◆
とある仮面ライダーの世界。
──己の中に巨大な欲望を秘め、パンツの旗を片手に遠い国の砂漠を放浪する男がいた。
男は両手いっぱいに抱え込んだある強い欲望を、いつか実現する為に日々を生きている。
たとえば、そう……かつて、平和になった未来で必ず会うと約束した友が、彼にはいた。その友との再会が、今の彼の持つ巨大な欲望の内の一つだ。
そして、この数日に関しては、この支配をひっくり返し、この世界を自由にするのもまた、彼の器の中にある巨大な欲望の一つであった──。
彼の迷い込んだ砂漠には、この絶対的支配に逆らおうとしている信徒たちがいる。
ベリアルの管理に屈する事は、彼らの信仰に反する事であり、それに反乱して彼らは大声で管理への反対を訴え、叫んでいる。それに対してのベリアル傘下の人間たちは、この世界に現れた怪物たちの模造品をけしかける事で、反乱分子を黙らせようとしていた。
ヤミー。──人間の欲望から生まれる怪物たち。既に世界にはいないはずの存在だが、財団Xがそのコピーを作りだしたらしい。
人間たちにとって、その異形の怪物は脅威であり、信徒たちも恐れおののいて退こうとする。まだ立ち向かおうとする信心の深い者もいる。
そんな彼らの命を守りたい──それもまた、彼の一つの強い欲だ。人はどこまでも欲する生き物だが、彼は常に誰かの為の欲を持ち続けていた。
楽をして助かる命はこの世にはない。──欲望を叶えるには、それ相応の覚悟と努力が必要になる。
だから。
「──あいつが待ってるこの世界を、お前たちに支配させるわけにはいかないな」
399
:
RISING/仮面ライダーたちの世界
◆gry038wOvE
:2015/07/16(木) 02:32:34 ID:W9I5Hun20
この世界が永久に、誰の物にもならないように立ち向かっている人たちがここにいる。
彼らの持たない力を、彼は今、補おうとしていた。
そう……世界が成立するには、一人一人が手を繋ぎあい、助け合う事が必要なのだと、彼は──火野映司は、知っている。
「こんな世界にいたら、俺もあいつも満足できない……そうだよな、アンク」
映司がそう言って、腰に巻いている欲望のベルト。そこに装填される、赤と緑と黄の三つのメダル。
それが、今もどこかで繋がっている仲間たちとの、出会いの証であった。
──タカ! トラ! バッタ!──
メダルの叫びと共に、“火野映司”は──
「……変身!」
──タ・ト・バ! タ・ト・バ! タ・ト・バ!──
──“仮面ライダーオーズ”へと変身する。
機械のように無感情で、欲望ではなく兵器として作られたヤミーたちの模造品に、彼はただ一人、仮面ライダーの力で立ち向かう。
これが、彼の欲望を叶えてくれる。
友と再び出会う世界を守ってくれる。
「セイヤァァァァァァァァァッ!!!!!」
ヤミーたちが爆裂し、人々の間に希望が広がった。
パシャ。
◆
とある仮面ライダーの世界。
──青春の学び舎で友達を増やし続ける男がいた。
ここ、天の川学園高校は、本来なら“管理”の影響で休校になるはずだった。
あらゆる世界の学校において、今、世界の学科はベリアル帝国としての思想を教育する為の特別教育を施すように教育内容を変更しなければならない段階なのだ。その準備が完全に整うまで、すべての学校は当然、休みになる。
……が、この学校の生徒と教員たちは、その貴重な休みを謳歌してはいなかった。彼らが謳歌したいのは、突然の平日休みではない。
ほとんどの生徒がいつものように登校し、あの男を待っている。──この日も、リーゼントのあの男が、この学校に楽しい“青春”の一日を分けてくれるのを、学校中の友達が楽しみにしているのだ。
「おーっす、みんなおはよう!!」
そう言って待ちに待った学ランリーゼントの“彼”が登校したのだが、その時、校庭で彼を迎えたのは、財団Xの白い詰襟であった。今この状況で常識に逆らい、平然と通学して来るこの学校の生徒は全て反乱分子と判断したのだろう。
その根源が目の前の男である事も、彼らは知っていた。
あの悪魔のスイッチを押した彼らは、倒したはずの星座怪人──ゾディアーツへと姿を変える。
「なんだお前ら。ここは俺たちの学校だ……部外者立ち入り禁止だぜ? もしかして、お前らも俺のダチに──」
と、その瞬間、ゾディアーツたちは彼を襲撃する。
四の五の言わずに攻撃しようとしているのだ。彼は、それを驚異的な身体能力で回避し、
「──なれねえか、やっぱり」
と、独り言ちる。
──彼の顔付が変わる。眉をしかめ、彼は変身ベルトを腰に巻いた。
400
:
RISING/仮面ライダーたちの世界
◆gry038wOvE
:2015/07/16(木) 02:32:52 ID:W9I5Hun20
──3・2・1──
「変身!」
彼──如月弦太朗に降りかかる宇宙の力。
フォーゼドライバーが彼の姿を、仮面ライダーフォーゼへと変身させる。
そして、フォーゼと共に、全校生徒が体いっぱいでその瞬間の感覚を表現した。
「宇宙キターーーーーーー!!!」
更に、どこからともなく現れた彼の友達──仮面ライダーメテオとパワーダイザーが彼を支援する。
校舎の窓から、フォーゼとメテオに熱い激励を飛ばす生徒や先生たち。弦太朗たちがぶつかり合って初めて心を開いた友たちもいる。
もはや、勝利するのが彼ら“仮面ライダー部”か、財団Xのゾディアーツか、結果は目に見えていた。
これぞ、青春の一ページ。
彼らはこの学校で、貴重な青春の日々を暮らし続ける。
大切な友達たちと一緒に──。
パシャ。
◆
ある仮面ライダーの世界。
──今は亡き大切な少女の遺した希望を、世界に分け与える男がいた。
男の傍らには、十歳にも満たない少女が泣いていた。この情勢でもベリアル帝国に逆らうような──正義感の強い両親を持ってしまったばかりに、この少女は涙を流していたのだ。
その子が泣き伏しているのは、両親が、つい先ほど、自分の目の前で財団Xの手の者に殺害されてしまったからなのである。彼女の両親は、正義感が強すぎた為に、財団Xに反乱し、殺害の対象とされてしまったらしい。
彼がその街に辿り着いた時には、もう、二人の男女の遺体が、道路の上で倒れ、そこに縋って泣く少女の姿があった。彼は、襲われそうになっていたその子を連れて、この遠い海辺まで逃げてきたというのである。
──彼女の大切な物を守る事は出来なかった。
──もっと早くここに来ていれば、もしかすれば、ここで死んでしまった二人を助ける事ができたのかもしれない……。
今も、こんな現実が世界中に転がっている。彼は、それを苦く噛みつぶしながら、しかし、それでも、残った人を守り、たとえ全てを失った人にも希望を与える責任を果たそうと──少女に手を差し伸べる。
「なあ、お嬢ちゃん。俺と一緒に探しに行かないか? 君のお父さんとお母さんが求めた理想の世界をさ」
彼──操真晴人は、少女に言った。
確かに、彼女の両親は死んでしまったかもしれない。だが、二人がきっと最後に願った、娘が幸せに暮らせるような世界だけは奪わせてはならない……。
そんな二人の想いを背負う事が出来るのは、今は晴人と、この少女だけなのだ。
だから──彼は、少女の前で堂々と、魔法を使う。
「こんな世界にだって、まだ幾つだって希望が転がってる。君がまっすぐに前を向いていれば、きっとお父さんとお母さんの心を守る事が出来るはずさ」
晴人は──仮面ライダーウィザードは、少女の指にコネクトの指輪を嵌めた。
初めて出会った魔法使いの姿に、そして、これまでモニターで見てきた仮面ライダーと似た姿の戦士に、少女は驚く。
彼女がまだ、決して両親の死を受け入れられないであろう事は晴人も理解している。──実のところ、彼自身も、幼くして両親を喪った時も、一年前に大事な仲間を喪った時も、そうだった。
「それでも、もし、君がどうしようもなく辛い気持ちになったら、──その時は、俺が、君の最後の希望になる」
401
:
RISING/仮面ライダーたちの世界
◆gry038wOvE
:2015/07/16(木) 02:33:13 ID:W9I5Hun20
晴人は、誰かに希望を与え、心を救う為に戦い続ける。
彼と共にバイクに乗り、少女もこの世界の最後の希望となるべく旅を始めた。
少女の名は、奇しくも、晴人の大事な少女と──コヨミと、同じ名前をしていた。
パシャ。
◆
ある仮面ライダーの世界。
──犯した罪を背負い、仲間と共に前に進む男がいた。
海沿いの都市・沢芽市。
──この街は、かつて、この世界中を舞い込む“理由のない悪意”との戦いの発端となった場所だ。
その少年もまた、その戦いが行われていた時は、その悪意の渦中に巻き込まれ、やがて己の中に潜んでいた見えない悪意を曝け出し、友に対しても信じがたい悪行を繰り返した。
その結果、全てを失った彼であったが、そんな彼を──友や兄を裏切ったはずの彼を、再び仲間として迎えてくれる場所があったのだ。
それは、彼自身の知らぬ間に、仲間が守ってくれていたこのステージだ。
今も街の人々は、そして彼は、この街を再興しようとしている。たとえ道を踏み外しても、また壊されても、人間は何度でも立ち上がろうとする生き物らしい。
彼らの場合は、「ダンス」によって街を盛り上げ、再興しようとしていた。これが彼らに出来る精一杯の事である。文化の力で誰かを元気にしようという。馬鹿らしい自己満足かもしれないが、それに勇気づけられている人たちがいる事は事実であった。
そして、沢芽市の巨大モニターには、今も若者たちが前向きにダンスを中継する姿が映り続けている。本来なら、ベリアル帝国以外の映像は放送されてはならない規則になっている。
だが、この街を支えている巨大企業・ユグドラシルのある男が、この街のモニター映像を切り替えたのである。──勿論、財団Xは黙っていない。
次の瞬間、彼──呉島光実の耳に、ステージを見ていた観客の悲鳴が響いた。
ダンスが一時中断され、音楽だけが流れ続けた。観客たちは、蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。見れば、財団Xの手の者が戦極ドライバーを用いて、アーマードライダー黒影へと変身して人々を襲い出していたのだ。
「大丈夫……みんな、踊り続けて!」
光実の兄が、ユグドラシル内部で中継の中止を頑なに拒んでいる為、こうしてステージの方に妨害を仕掛けようとしている方法を選んだのだろう。
光実は、それを見て、敵と同じく戦極ドライバーを腰に巻いた。
「見ていてください、こうたさん、舞さん!! この場所は……僕たちのステージは、僕が守ります──」
彼の持つロックシードは、黒影とは違うブドウ型の物である。
彼はそれを使い、彼だけのアーマードライダーに変身するのだ。
──ブドウ!──
──ロックオン!──
「──変身!!」
──ハイィィィィィ!──
──ブドウアームズ!──
──龍・砲! ハッハッハッ!──
アーマードライダー“龍玄”へと変身した彼は、走りだす。
そうだ、この場所は──この世界は、絶対に壊させはしない。あの人が守ったこのステージは──。
その想いは、宇宙のどこかで自分の星を守るために戦う、別の男と重なった。
パシャ。
◆
402
:
RISING/仮面ライダーたちの世界
◆gry038wOvE
:2015/07/16(木) 02:33:32 ID:W9I5Hun20
──仮面ライダーは、戦い続けている。
士がソウキチに渡したピントの合わない写真は、あらゆる世界で、今も真っ直ぐに戦う仮面ライダーたちの姿を映していた。彼はきっと、同じ仮面ライダーの仲間として、翔太郎に渡す為に撮り続けたのだ。
写真のあまりの出来の悪さに、「あいつ本当にカメラマンかよ……」と思いながらも、翔太郎はそこに映っている熱気を感じ、どこかで勇気を貰っていた。
1号、2号、ライダーマン、スーパー1、ゼクロスといった仮面ライダーを喪った世界でも、V3、X、アマゾン、スロトンガー、スカイライダー、そしてSPIRITSが今なお戦い続けている。
クウガを失った世界は、ディケイドの仲間だった“もう一人のクウガ”や警察の人々が守っている。
人々は前向きに、人類の自由と平和を獲得する為に戦っているのだ。
そして──ダブルもアクセルもスカルもいない、翔太郎の住まう世界は──
「……おっと」
──ソウキチが、翔太郎が見つめていた写真を、ふと横取りした。
「悪いが、この一枚だけは俺が貰っておく」
「……なあ、おやっさん。それはちょっと、親バカすぎないか?」
その写真に写っているのは、鳴海亜樹子、いや、照井亜樹子だった。
涙を流し、何かを訴えながら、それでもスリッパ一枚で果敢に敵に立ち向かう少女の姿がそこにはあった。ソウキチにとっては、ぼやけていても、立派に成長した娘の写真というだけあって、翔太郎には譲れないのだろう。
まあいい。だいたい、あの亜樹子が負けずに立ち向かっているのは、想像はついていた。
彼女も、照井やフィリップの死でいつまでもふさぎ込んだりはしない。
「……黙ってろ、街バカ」
ソウキチが、人の事を言えない言葉を真顔で翔太郎に言う。
翔太郎が住む翔太郎の風都の写真は、亜樹子の写真に限らず、何枚もあった。士が気を利かせてくれていたのだ。
風都イレギュラーズが集合して、プラカードを持ってこちらを強い瞳で睨んでいる写真もある。──よもや、彼らも、こんなに映りが悪い事になるとは思っていなかっただろうが。
『がんばれ、仮面ライダー……翔太郎! Byじんの』
『負けるな、翔ちゃん』
『みんなこの街で待ってるぞ!』
──そうだった。みんな、翔太郎が仮面ライダーである事を中継映像で知ったのだ。
それでも、そんな言葉を掲げて写真に写り、これまで街を守ってくれていた翔太郎に何かを伝えようとしている。
彼らは、翔太郎に励ましを贈ろうとしていた。
たとえ、翔太郎が仮面ライダーであったとしても、彼らが翔太郎に向ける目は決して変わらない。──この街の仲間である彼らとの結託。
翔太郎は士の撮った写真を、折れてしまうほど、固く握りしめた。
そうだ、まだ世界で戦う仮面ライダーがいる……。
まだ帰るべき世界で迎えてくれる人がいる……。
「なあ、エス。……俺はお前のいた風都の鳴海壮吉じゃない。だが、いつかお前に言った言葉を訂正するつもりはない」
ソウキチが、口を開き、翔太郎に最後の激励を届けた。
「お前は、誰よりも帽子と風都の似合う男だ」
翔太郎にとって、これほど嬉しい言葉はなかった。
◆
403
:
RISING/仮面ライダーたちの世界
◆gry038wOvE
:2015/07/16(木) 02:34:36 ID:W9I5Hun20
──その時、ソウキチたちの隠れ家にサイレンが鳴った。
それはあからさまに警告音だった。翔太郎とソウキチは、部屋の隅に設置された真っ赤なランプが周囲を照らす光を発しているのを見つめた。
前の廊下を走る足音も聞こえ始めている。
テレビにカメラの監視映像が流れた。そこに映っていたのは、マスカレイド・ドーパントの集団である。
「不味い、ここが見つかった。……奴らが来るぞ」
マンホールが見つかったのだろうか。
本気で翔太郎を尾行した者がいたのかもしれない。理由はどうあれ、ともかく見つかってしまった以上は逃走しなければまずい。あと少しでアースラの乗員がこちらに迎えに来る手筈とはいえ、翔太郎には今、仮面ライダーへの変身アイテムがなかった。
逃走経路は事前に訊いてある。幾つかのルートが外への出入り口になっているはずだ。
「お前は逃げていろ」
と、ソウキチが言った時、翔太郎たちが先ほどまで出入口に使っていたドアが爆破される。
「──ッ!?」
思った以上に早かった。──マンホールからここまでもそれなりの距離があるはずだが、彼らは一瞬で距離を詰めて来たのだ。
アルミ片が飛んで来て、翔太郎の左脇へと転がる。翔太郎の飲みかけのコーヒーがこぼれ、染みを作る。エンジン音のような物が鳴り響く。
翔太郎は勿論、ソウキチも微かに動揺した。
壊されて潰れたアルミのドアから、煙があがっている。その向こうから見える二つの影はいずれも異形であったが、それが色を出すのはそれより少しの後であった。
──赤と黒。
二人のドーパントは、まだ翔太郎も見た事のないタイプである。
黒い戦士と赤い戦士の二体。財団Xの実力者が変身しているのだろう。後ろからぞろぞろと、マスカレイド・ドーパントの大群も現れた。
財団Xが選んだ精鋭の戦士と思われ、翔太郎も身構えた。
「左翔太郎だな? 我々の本部まで来てもらうぞ」
赤いドーパントが、翔太郎に言った。黒いドーパントは無口だ。
赤は、逃げる隙もない速さの持ち主だ。まるでバイクのエンジン音のような音を響かせている。今や、翔太郎に敗走の術はない。
翔太郎が内心で舌打ちする。
アースラの人間がこちらに来るが早いか、彼らが翔太郎を捕えるが早いか、といったところだろうか──。
今は、ともかく、彼に任せるほかない。
「ちょっと待て。……そいつは渡せねえな」
鳴海ソウキチが数歩歩くと、翔太郎を庇うように前に立った。
翔太郎と共に一歩ずつ後方に退いていくソウキチ。──それと同じペースで前にじりじりと寄って来るマスカレイドたち。
狭いこの部屋いっぱいに敵が詰め寄っていた。
そして、ソウキチが一歩ずつ下がるため、翔太郎の背中が壁のすれすれまで寄りかけている。
その瞬間、即座にソウキチはロストドライバーを取りだし、腰に巻く。コネクションリングが一周し、スカルメモリから音声が鳴る。
──SKULL!!──
ソウキチが、ロストドライバーにスカルメモリを装填した。
「変身!!」
──SKULL!!──
待機音声とともにソウキチが仮面ライダースカルに変身し、部屋の帽子かけに手を伸ばす。真っ白な帽子を掴むとそれがスカルの頭の上に被さる。
404
:
RISING/仮面ライダーたちの世界
◆gry038wOvE
:2015/07/16(木) 02:35:00 ID:W9I5Hun20
翔太郎も、この姿を見るのは何年ぶりかの事であった。
──まさか、壁まで寄ったのは、壁際にかけてあるこの帽子を取るためでは?
と、翔太郎も思ってしまったが、ふと、そこが丁度、隠し戸に飛び込みやすい位置である事に気づく。このまま、左斜め四十五度に真っ直ぐ走れば、囲むように部屋中に広がっている敵と敵の間にある隠し度にすぐ辿り着く。
この部屋を知り尽くした持ち主ならではの意外な起点である。
流石彼、といったところだ。
「さあ、お前の罪を数えろ!」
仮面ライダースカルがドーパントたちに叩きつける言葉。それは、この世界でも共通だった。──この言葉が生まれるある出来事を、既にスカルは経験している。
指先が彼らを指した時、マスカレイドの何名かがスカルを襲った。
「はっ」
スカルは、華麗に立ち振る舞い、マスカレイドを翻弄する。
タフなパンチがマスカレイドのドーパントの腹を叩き、その時にずれた帽子を左腕で直した。このパンチでマスカレイドは激しく後方に吹き飛んだ。壁に叩きつけられ、沈むマスカレイド。
はためいたスカルの背中のマフラー。
それが敵の角度を示したのか、スカルは翔太郎を狙っていく左手のマスカレイドに向けて、スカルマグナムを早抜きして発射する。マスカレイドが倒れた。
こうして、次々とマスカレイドたちは倒され、遂に、一分足らずでスカルによって一掃される結果になった。
翔太郎は相変わらずの仮面ライダースカルの強さに驚いていた。
……これから先、彼には負けていられない。
早く追いつきたいタフな背中である。
「行け、翔太郎」
スカルは、小声で翔太郎に言った。
下の名前で呼ぶのは初めてだろうか。本名を暈す必要はないと判断したのだろう。
しかし、その瞬間に、今度はマスカレイドではなく、彼らより何段も強いであろう赤いドーパントの方が向かってきた。
「逃がすか!」
赤いドーパントは聞いていたらしい。
「──チッ」
スカルは舌打ちする。
このドーパントは、速さが武器だ。
スカルは、前に出て、翔太郎から距離を置く。こうして真正面から敵とぶつかり、注意を惹きつけなければ翔太郎もすぐに巻き込まれると判断したのだ。
翔太郎が逃げるチャンスならば、それは今しかない。タイミングは作っている。ここで注意を惹きつけている間に翔太郎が飛びこまなければ、今度こそ経路に逃げるチャンスは失われるかもしれない。
「ハッ!」
スカルは、スカルマグナムを何発かその腹に至近距離から命中させた。
だが、思ったほどの効果は得られない。相手は装甲も固い。
「フンッ」
赤のドーパントは、そんな声を漏らすと、頭部から排気のような黒い煙を発する。
すると、赤のドーパントが重量のある剣をどこからともなく取り出し、スカルを切りつけようとした。──スカルはそれを見て、危機回避の為に、一歩下がるが、その瞬間、スカルの帽子に一筋の傷が生まれる。
至近距離で戦いすぎたのが響いたか。しかし、翔太郎が逃げる為の隙を作るには仕方がない。
「──ッ!?」
しかし──、スカルが見れば、翔太郎は、そこにいた。
405
:
RISING/仮面ライダーたちの世界
◆gry038wOvE
:2015/07/16(木) 02:35:16 ID:W9I5Hun20
「何故、まだそこにいるッ!?」
隠し戸に向けて一直線に駆けだしていた真っ最中であったのだが、その瞬間に動きを止めてしまったのだ。
スカルには、翔太郎が逃げなかった理由が全くわからなかった。
彼は、翔太郎がここで逃走経路に向かっていく勇気のない人間だとは思っていない。──いや、実際、そこに向かおうとしていた。
だが、その動きを止めていたのだ。
何故──。
──それは、スカルこと鳴海ソウキチは知る由もないが、「鳴海壮吉」にまつわる翔太郎自身のトラウマに繋がっている話だった。
(これは、あの時と同じだ……)
翔太郎の中で、仮面ライダースカルが──鳴海壮吉が、翔太郎を庇い息絶えたあの時の姿が重なる。
あのビギンズナイトでも、鳴海壮吉の帽子に、あの傷がついたのだ。
この世界において、スカルの帽子にあの傷はなかったが──今、翔太郎の為に、この壮吉も傷をつけてしまった。
──嫌な予感がする。
スカルが、この世界でも──と。あの傷がその運命の証なのではないか──と。
思えば、この出来事が運命の前兆だったのではないかと。
だから、翔太郎もつい、今、動きを止めてしまったのだ。それは、全身の拒絶反応だった。
この壮吉はそんな事は知らない。
「危ないっ! 翔太郎!」
スカルが叫んだのは、黒いドーパントが翔太郎に向けて駆けだしたからであった。
翔太郎は今や、隙だらけなのだ。スカルがそれを助けようとするのを、赤いドーパントが剣の一撃で妨害する。
翔太郎の瞳孔の中で、だんだんと形を大きくする黒いドーパントの影。
彼の姿に、どこか惹かれながらも、翔太郎は強く拒絶する。
──それは、人間の力を超える力の持ち主だ。いくら翔太郎であっても、まともに力を出して挑んでくる敵を前には、命の危険だって考えうる。
ましてや、今、翔太郎は力を出していなかった。意識さえ途絶されつつあった。
咄嗟に、義手の右腕を顔の前に翳し、敵を拒絶するくらいしかできなかった。
──二人の距離がゼロになる。
ドーパントのパンチが、翔太郎に向かっていく。
その拳は、翔太郎の突きだした右手の掌に向かっていった。
確かにその腕は鋼であったが──翔太郎には、まだ人間の手だった頃の慣れが残っている。
「うわああああああああーーーッッッ!!!!! ────」
──翔太郎たちの間に、電撃が走る。視界が一度シャットアウトされる。
ドーパントの魔の手が翔太郎を襲った、その瞬間、ビリビリと音が鳴り響いた。
ここしばらく、翔太郎は電撃という物にはあまり良い思い出がない。
「翔太郎ッ!!!!!!!!」
スカルは、今、とてつもない後悔を胸に秘めていた。
敵の能力が翔太郎たちを光に包んだのか?
俺は救えなかったのか? この異世界の英雄を──。
きっと、異世界の俺が、俺と全く同じ性格だったら、可愛がるに違いないこの熱いハートのタフな男を──。
スカルが呆然と見ていた最中、光が晴れ、そこに男の姿が見えてきた。
◆
406
:
RISING/仮面ライダーたちの世界
◆gry038wOvE
:2015/07/16(木) 02:35:34 ID:W9I5Hun20
その視界を斬り裂く電撃音が消えた時、そこに立っていたのは、──左翔太郎であった。
もう一人のドーパントはといえば……そこに姿はない。いや、“それらしき物の姿”は転がっている。
今、尻もちをつき、両手を床について、翔太郎を見上げている白い詰襟の男だ。財団Xの手の人間に違いないが、彼はその直後に一目散に逃げ去ってしまった。
翔太郎は、今、右手一つで敵ドーパントの動きを止め、変身を解除させたのか……?
スカルも、赤いドーパントも、それを見て驚かざるを得なかった。
翔太郎自身も、微かに驚いていたが──それが、彼の“運命”である事を、翔太郎は思い出す。
そうだ。
違うではないか。
──翔太郎のもとには、運命の女神が待っている。
「……なあ、おやっさん。」
その時、翔太郎は、ニッと笑った。彼の右手にあったのは、黒いガイアメモリであった。
ソウキチも、モニターで何度か見た記憶がある。
JOKER。
今、翔太郎を襲っていた敵は、奇しくも、T2ジョーカーメモリを使用した“ジョーカードーパント”だったのである。
あまりにも出来すぎているが、同時に、あまりにも翔太郎にピッタリな偶然であった。
人とガイアメモリが惹かれあうように、翔太郎のもとに必ず舞い戻ってくるガイアメモリ──それが、この切り札の記憶。
このメモリが運命を感じるのは、財団Xの人間ではなく、左翔太郎であった。
だから、メモリはあの名も知れぬ男のもとを離れ、より適合率が高く、運命の相性で結ばれた翔太郎のもとへと乗り換えたのだ。
かつて、エターナルメモリが加頭順や月影ゆりを拒み、大道克己を選んだように──。
「どうやら……切札は、何度でも俺のところに来るみたいだぜ……」
ロストドライバーを巻いた翔太郎は、自信たっぷりに言った。
彼の中にある最低の未来への幻想はすべて吹き飛ぶ。
そうだ──なんていう事はないではないか……。
よく見てみれば、今ソウキチの帽子に出来た傷は、かつてタブー・ドーパントにつけられた傷よりもずっと浅い。
そもそも、もっと良く見てみれば、ソウキチの帽子は、同じ白色でもあの時とは別種だ。傷つけられた帽子と全く同じ型の物は、壁にかかっている。
──全ては杞憂だ。こんな物は運命でもジンクスでも何でもない。
翔太郎には、もっと深い運命が味方をしている──!
決して、悪に味方する物ではない──!!
「変身!!」
──JOKER!!──
翔太郎は、仮面ライダージョーカーに変身するや否や、スカルの隣へとのろのろ歩いた。
まるで頭を悩ませるしぐさをするように、手首で額を触れ、スカルに背中を預け、二人で並んでみせたのだ。
若々しい恰好の付け方だが、まあいい──と、スカルは、憮然と、指を突きつけ、彼に合わせた。
「いくか、おやっさん」
「ああ」
「「さあ、お前の罪を数えろ!!」」
恐れおののく赤いドーパント。
そんな姿を見て、ジョーカーは思う。
407
:
RISING/仮面ライダーたちの世界
◆gry038wOvE
:2015/07/16(木) 02:39:58 ID:W9I5Hun20
(あんたにはそのメモリは似合ってないぜ。どこかの誰かさんもそいつに拒絶されてたっけな)
──アクセル・ドーパント。
一見すると強敵のようだが、照井竜がその運命の相手である。
よもや、運命を味方につけているジョーカーとスカルに勝てる要素が見当たらない。
──Joker!!──
──Skull!!──
──Maximum Drive!!──
そこから先の結果は、言うだけ野暮という物だ。
◆
──アースラの迎えが来た。
この世界で共に戦っていた仮面ライダースカルこと鳴海ソウキチとは別れの時だ。
翔太郎は、たった一度だけでも、彼と共に戦う事ができて光栄に思う。
アースラが風都の街の上空を斬り裂き、異空間で浮遊していた。そこで翔太郎を連れて行くべく待ち構えている。人が少ない場所であったが、財団Xが聞きつけて来るのも時間の問題だろう。
隠し通路がここに繋がっている以上、いずれ財団Xはあのルートからここを発見し、押し寄せてくる。
あまり長い言葉をかける時間はなかった。
「……翔太郎。全て、倒して来い。帰るべき街がお前を待ってる」
別れ際、ソウキチはそんな事を言った。
士が撮影した写真を見て、ソウキチも翔太郎が住む風都の事を思ったのだろう。
ソウキチもまた、翔太郎と共に戦う事が出来たのを良かったと思っている。
「それから、一つ忠告だ。──若すぎる娘に手を出すのはやめておけ。お互いにヤケドする」
「それって……まさか……。──なあ、おやっさん! それは違う! 断じて違う! 若すぎるっていうか、それロリコンだから!」
ソウキチが杏子の事を言っているのだと理解し、翔太郎は慌ててそれを訂正しようとする。だが、ソウキチは、ちょっとした悪戯心で言ったつもりだ。
フッ、とニヒルに笑い、翔太郎の前に手を差し出す。
左手だ。左手の握手は、無礼に見えるが、翔太郎の腕の熱さをソウキチは感じたかった。
それを察して、翔太郎は左手を差し出した。
「また会おう。……左翔太郎」
「ああ。またいつかな、おやっさん。……あんたに会えてよかったと思う」
「俺もだ。まあ、俺は今後も、弟子を取るつもりはないがな」
そして、二人は、とある男のセリフを言ってみた。
ソウキチも翔太郎も憧れている、小説の中の名探偵の台詞である。
「「──さよならを言うのは、僅かの間死ぬ事だ」」
自分で考え、自分で決める。──そんな男の中の男の言葉。
翔太郎もまた、それを実行しようとしているのだ。ソウキチがいくら彼に肩入れしても、男がそれを止める事など許されない。
以前、殺し合いの中で、翔太郎はそんな言葉を言うチャンスを言い逃し、うめいていた事がある。
それは、翔太郎と杏子の間の言葉だった。
結局のところ、そんな言葉を言えたら、それはそれでカッコイイ……という程度の意味でしか、彼はこの言葉を使わなかったが、今使えた時、その言葉の意味が身に染みた。
そして、遂にアースラは翔太郎を迎える。
ソウキチとはまた遠い長いお別れが来るのだろう……。
それでも、前を向いて翔太郎は叫ぶ。
「……待ってたぜ! 俺たちは、何度だって倒れずに立ち向かってやる!! 待ってろよ、ベリアル!!」
【左翔太郎@仮面ライダーW GAME RE;START】
408
:
◆gry038wOvE
:2015/07/16(木) 02:40:18 ID:W9I5Hun20
以上、投下終了です。
409
:
名無しさん
:2015/07/16(木) 06:27:30 ID:EKX8DCIc0
投下乙
世界は違えどやっぱりおやっさんはかっけえですね
他の世界でも仮面ライダーたちは頑張ってるみたいでなにより
てかディケイドの暗躍っぷりさすがだなあw
おのれディk(ry
ここからしばらくはこんな感じで各生還者たちの跳ばされた先の様子をえがきつつ合流していく感じになるのか(ドウコクも連れていくつもりなのだろうか…)
封印された孤門や何故かはぶられてる暁とか気になる点は残りつつも、それぞれどんな感じになるのか楽しみだ
410
:
◆2ijuynembE
:2015/07/18(土) 00:43:36 ID:/0uOrO0I0
上の「RISING/仮面ライダーたちの世界」を読み返して物足りなそうな所をwikiで追記しました。
大筋の流れは変わっていませんが、台詞や文章が多少追加されています。
投下されたものを読んでくれた方には申し訳ないですが、よければそちらを正式な作品としてご参照ください。
411
:
◆gry038wOvE
:2015/07/18(土) 00:44:10 ID:/0uOrO0I0
トリ間違えました。
412
:
◆gry038wOvE
:2015/07/21(火) 00:57:07 ID:RKdo8Dag0
投下します。
413
:
HEART GOES ON
◆gry038wOvE
:2015/07/21(火) 00:57:35 ID:RKdo8Dag0
元の世界への帰還の瞬間、花咲つぼみの頭に次々と浮かんだのは、本来、バトルロワイアルに連れて来られた彼女にはあるはずのない記憶だった。
ブラックホールを通して粒子空間に入り、膨大な記憶と情報が雪崩のように頭に舞い込んでくる。
──地球の砂漠化。
──デューンとの決戦。
──後の時代のプリキュアたちとの出会い、交流。
(これは……)
つぼみがバトルロワイアルに巻き込まれた後──いや、もっと言えば、“つぼみがバトルロワイアルに巻き込まれなかった場合の世界”のその後の話であった。誰が与えるわけでもなく、湧き出るように──しかし、彼女の頭の中には、微弱な負担をかけながら、そんな記憶たちが生まれてくる。
やがて、身体的にも、その期間における成長分だけ、微かに彼女の身長・体重・スリーサイズ・髪や爪の長さ・健康状態などが修正されていった。それにより、“その時代”にいても大きな違和感のない形になっていく。
この世界において連れ去られた参加者の内、最も遠い時代──桃園ラブが連れ去られた未来の時間軸の数日後が、つぼみの帰るべき世界の“今”だった。つぼみが連れて来られる直前の記憶は、誰にとっても遠い過去へと変わっていくのである。
彼女は、まるでタイムスリップするように自分の未来へと帰っていく事になるのだが、彼女自身もそこまでの自分の記憶と身体的変化を取り戻しており、その結果、あまり大きな違和感を覚える事もなく、時代に適応できる形に変わっていった。
(ゆりさん……)
自然と更新されていく記憶の中には、このバトルロワイアルで持った疑問を解決する物もあった。──月影ゆりとサバーク博士とダークプリキュアの事も、つぼみの目の前で繰り広げられた戦いの記憶として再生されたのである。その実感が、つぼみの中に湧きあがる。
確かにそれは、つぼみが経験したはずのない出来事であったが、この環境につぼみを適合させる為、本来つぼみが持つべき記憶を世界が与えていったのだ。
殺し合いに巻き込まれた自分と、巻き込まれなかった自分──同じ時間の中で二つの記憶が混在していく。確かに矛盾はしているが、いずれも、真実であった。
そして、その中でつぼみは、自分が帰る世界にはもう、えりかやいつきやゆりは絶対に存在しない事を──元々、希望を持ってはいなかったものの、そこで完全に知る事になった。
──テッカマンブレードの世界の住人がそうであったように、彼女たちは元の世界の帰還と同時に、“最終時間軸”の世界に統一される現象が起こったのだ。
桃園ラブも、蒼乃美希も、山吹祈里も、東せつなも、ノーザも、花咲つぼみも、来海えりかも、明堂院いつきも、月影ゆりも、ダークプリキュアも、クモジャキーも、サラマンダー男爵も、元々この一つの世界の別の時間軸から連れ去られた身である。
もし、誰か一人がどこかの時間軸で連れて来られた場合、その時点で、その人物が行方不明になった世界が展開されなければ不自然な事になってしまうだろう。しかし、先に誘拐された人物以外の他の参加者たちは全くその記憶を持っていなかった。
それでも、彼女たちは、間違いなく同一世界の人間たちであった。
一人の不在で歴史が修正されていく前にまた別の参加者が同じ世界から連れて来られたのだ。世界や歴史そのものがベリアルたちの暴挙に対応する事ができなかったのである。
その結果、この世界の住人たちは──“誰かがいなくなった世界”と“ある日突然全員が一斉に消えるまで正常に進んでいた世界”の二つの記憶を持つ事になった。中には、そのせいで起きた世界の混乱で復活したテッカマンオメガやテッカマンダガーのような者もいる。
とにかく、こうして、つぼみは、“ここで戦い続けた記憶”と、“変身ロワイアルに招かれた記憶”の、本来同居するはずのない二つの記憶を持つ事になったが、その仕組みを理解せずとも、「何故かそうなっている」というくらいで、あまり疑問には持たなかった。
これも、彼女自身、この世界を構成する物の断片として、どこかで理解しているせいなのかもしれない。
(……みんな)
──確かに昨日、つぼみはバトルロワイアルの最中にあった。
こちらの世界での様々な出来事が遠い過去の事として蘇っていくが、あの戦いは確かに昨日の事だという実感は残っている。──しかし、つぼみの中に平穏な時はなかった。
響良牙や、蒼乃美希、佐倉杏子、左翔太郎、涼邑霊、涼村暁、レイジングハート……などといった仲間たちと、血祭ドウコクとの共闘と、別れ。
石堀光彦を救えず、結局はダークザギとして葬った無念。
414
:
HEART GOES ON
◆gry038wOvE
:2015/07/21(火) 00:57:55 ID:RKdo8Dag0
これはちゃんと消えずに、胸の中に秘められていた。
──遂に、彼女は、自分のいた世界に戻る事になった。
◆
つぼみは、自分の世界に帰ってきて間もなく、かつて、初めてプリキュアに変身した丘の上に転送された。
どこかから、小鳥の鳴き声が聞こえた。──そういえば、あの殺し合いの現場には、小動物などいなかった。こんな鳴き声を聞くのは久々で、それがまた帰って来た実感を彼女の中に強くする。
「良牙さん……」
殺し合いが終わり、あそこで共に戦った仲間たちの姿が自分の周りにない事を知って、つぼみの胸中には微かな寂しさも湧きでていた。
思い返せば、良牙たちに、ちゃんとした挨拶が出来なかったな……と、少し感傷的な気分になり始めていた。空を見上げ、自分たちを送ったであろう場所を見つめてみるが、そこにはもう彼女たちを異世界に送る事ができるブラックホールは消えていた。
良牙から貰ったバンダナを、つぼみは強く握りしめた。
……だが、そんなノスタルジーを覚えられるのも、束の間の話であった。
まずはここがどこなのかを知っておく必要があると思い、つぼみはフェンスの外から見下ろせる町を見る事になった。そしてその時、彼女はその異変に気づいた。
一応、見下ろしている景色は希望ヶ花市のそれであるのは、自分が通う私立明堂学園の校舎が遠くに見える事からもわかる。
──だが、街の様相は大きく異なっていた。
明堂学園の周囲には、人が集まっており、祖母の話に聞いていた「学生運動」のデモのような光景が広がっている。
それに──
「──あれは……一体?」
街に浮かんでいる巨大な電子モニター。そこで映し出されているのは、殺し合いが行われている真っ最中に何度か見た光景。
知らない映像もある。──そう、たとえば、“ゆり”が“えりか”を殺害するまさにその瞬間の映像。
知っている映像も映っている。──そう、たとえば、良牙とあかねの戦いの時の映像。
しかし、どうして──何故、そんな映像がこの街の中で堂々と発信されているのだろう。
つぼみの中に、この上なく厭な予感が芽生え始めている。彼女は息を飲む。
『──ベリアル帝国に属する皆さんには、このゲームの生還者・蒼乃美希、佐倉杏子、涼邑零、血祭ドウコク、花咲つぼみ、左翔太郎、響良牙、およびその仲間の捜索、確保──あるいは殺害をして頂きます』
つぼみがその異様な光景に気圧され、背筋を凍らせながらそれを見ていれば、加頭と同じ白い詰襟服を着た、眼鏡の中年男性がそんな事を宣告する。何やら、変身ロワイアルの第二ラウンドとして、そんな提案をしているらしい。
「──どういう事ですか……変身ロワイアルって……!?」
……だが、つぼみには何が何だかわからない。
あの悪夢の殺し合いは終わったのではないか。
だからこうして帰って来られたのではないか。
そして何より、あの戦いは、つぼみたちの胸の中にだけ秘められたものではないのか。
「まさか……」
──しかし、考えてみれば、このゲームの主催者はまだ生きている。異世界の異なる時間軸から人間たちを拉致し、あらゆるオーバーテクノロジーや魔力の道具を与え、島や建造物まで用意して殺し合いをさせる事ができる強大な存在が。
その時、サラマンダー男爵の言葉がつぼみの脳裏に浮かんだ。
『いや、主催の目的はこの殺し合いがどう転がろうが、もうじき達成されるんだ』
415
:
HEART GOES ON
◆gry038wOvE
:2015/07/21(火) 00:58:10 ID:RKdo8Dag0
『……何があっても、お前たちの所為じゃない。お前たちは、状況を見て正しい行動をし続けた。それだけは言っておく』
主催の目的──それは、殺し合いそのものにはない?
変わる、という事が、あそこに集められた人間の共通点だった……?
……そんな事をつぼみも考えていたのを思い出す。
では、この支配こそが主催の目的であり、あそこでつぼみたちが変身して戦う事が、何らかの形でこの世界の今の現状に繋がったという事だろうか。
それが、「変身ロワイアル」──変わっていく者たちの、変身者たちのバトルロワイアル。
そして──ここでもまた、それが行われている。参加させられた者同士の殺し合い、バトルロワイアルが終わり、ゲームの生還者を狙う「バトルロアイアルⅡ」が始まったのだ。
「じゃあ、まだ……あの戦いは、終わってなんていなかった……?」
そうだ、今のこの生還も彼らからの施しに過ぎない事を忘れていた。
──今は、花咲つぼみたちを追い詰めるまで、この戦いは終わらない。そんな仕組みが構築されている。
ずっと、肝心な事を忘れていた気がする。いや、忘れようとしていたのだ。ほんの少しだけでも休息を取ろうとしていた。外の世界に出てさえいれば、そこから先の戦いの存在をしばらく考えなくても良いような気がしていた。
だが、つぼみたちは、無力になって外の世界に放り出されたのだ。
勝利はしていない。──あれは、敵側の“譲歩”だ。
「……そんな」
自分のいるべき世界が、その野望に巻き込まれているという事をつぼみは悟った。
ここにいる人々が侵略され、それぞれ自分の生活をしながらも、否応なしに殺し合いの観戦をして、つぼみたちを捕える為のゲームに参加させられている。
そんな、あってはならない日常が繰り広げられている世界。──どんなに記憶を遡っても、彼女の世界がそんな風だった事はない。
だが、人々がこんな支配下に置かれる環境について、一つだけつぼみは心当たりがあった。
管理国家ラビリンスである。──そう、それはかつて、メビウスが支配し、統一する世界の名であった。
この世界の人々の記憶にも、その名は新しい事だろう。人々のFUKOを原動力に支配を続けた悪の組織。──殺し合いならば、FUKOを集めるには最適である。
かつて現れた際、ラビリンスそのものはフレッシュプリキュアによって撃退されたが、その原理で人を支配できるという法則はこの世界に残り続けている。
ただし、インフィニティさえあればの話だが……いや、それをおそらく手にしたのだろう。
ともかく、ラビリンスと同じだ。よく目を凝らして見れば、人々の恰好も、黒いタイツに身を包み、妙に規則的に遠く、街を歩きだしているようだった。
先ほどのモニターの言葉と照らし合わせるならば、このラビリンスと同じ支配を行っているのは、「ベリアル帝国」だ。
初めて聞く名前ではない。あの殺し合いの主催者たちの組織だ。──今、つぼみの中で様々なロジックが繋がってくる。
「また戦わなきゃいけないなんて……!!」
────つぼみは、自分が掴んでいた柵に支えられながら、少しだけ力を失い、へたり込んだ。
◆
つぼみは、呆然としながらも、自分の知っている場所が気になり街を彷徨っていた。
つぼみの両親や祖母は、えりかの両親や姉は、いつきの家、ゆりの家、学校のみんなは──今、どうしているのだろう。コッペ様やシプレやコフレは……。
身近な人たちが、この世界でどうしているのかが気になった。
誰もいない町に降りて、なるべく人の目を避けるようにしてつぼみは歩いていく。
意外にも、丘の近くのほとんどの路地には、人影は全くなかった。もしかすると、人々はどこか一点に集められている為かもしれない。とにかく、つぼみがどれだけ堂々と歩いていても、街には人気がなかったのである。
真昼にこの活気のなさは異様だったが、つぼみはただふらふらと歩いていた。
416
:
HEART GOES ON
◆gry038wOvE
:2015/07/21(火) 00:58:39 ID:RKdo8Dag0
「……お父さん、お母さん、ふたば……」
そして、見知った通りに出たのを気づき、しばらくすると、つぼみの目の前には、二つの商店の姿があった。
HANASAKIフラワーSHOPと、その隣にある来海家の家──服飾店フェアリードロップの二店舗だ。だが、HANASAKIフラワーSHOPの様子は違った。
この一角で、その一軒だけが、何者かによって、店内を踏み荒らされ、外のガラスが割られ、鉄骨が潰され、そして、全てが崩されていたのである。──いや、何者かと言う言い方は適切ではなく、おそらくは何名かの人間の手による物だ。
「……酷い……酷すぎます……」
もしかすると、人間の手による物ではないほど、叩き潰されている。ショベルカーでも使わない限り無理だが、この周辺をそんな物が通った様子はなかった。
しかし、実際のところ、つぼみにとっては、誰がどうしたのか、その方法は何なのか……などというのは、どうでも良かった。
「私……どうしたら……」
──ここは、つぼみの帰るべき場所だったのだ。
壊した者の正体が掴めないというのも恐ろしいし、同時に、そこにいたはずの家族の姿が見えないのもつぼみの胸を締め付けた。
これから自分はどうすればいいのだろう……。
「まさか……みんな……!」
つぼみの中に巡る嫌な想像──。
つぼみの自宅が壊されているという事は、生還者の身内を狙っている可能性が高い。もしかしたら、両親やふたばは──。
つぼみは、慌てて、今はそこに誰もいないと思い、呆然としながらも、自分の家に帰ろうとした……。ドアですらなくなったHANASAKIフラワーSHOPのドアの前に立つ。
中の花たちは建物に押しつぶされ、萎れていた。プランターからこぼれた土が床中に散乱している。
つぼみの両親が売る大事な花たちが誰かに荒らされたのである。
「捕えろォーッ!!!」
そうして言い知れない悲しみと不安感に言葉を失っていた時、どこからともなく聞こえた野太い男性の声。
「!?」
見ると、そちらにいたのは、白い詰襟姿の男たちであった。
そう、加頭や先ほどの男同様の服装をした集団──財団X。
彼らがベリアルの侵略を手伝い、外世界の支配に一役買っているのである。
「──っ!!」
──そうか。これは、囮だったのだ。
と、つぼみは今この瞬間に気づく事になった。
先ほどのモニターの情報がすっかり頭の中から飛んでいた。いわば、つぼみたちは指名手配犯と同じ状況だ。
あの殺し合いから脱出した者は外の侵略世界では罪人として捕えられようとしている。
冷静に考えれば、そんなつぼみがこの世界でまずどこに向かいたがるのかは明白であり、彼女たちを捕えたい者たちが自宅に張りこむのは定石の策である。
つぼみの家の周囲に人がいなかったのは、ここまでつぼみをおびき寄せる為に違いない。
つぼみは、変身しようと、ココロパフュームとこころの種を取りだした。あのバトルロワイアルに参加させられていた反動だろうか、つぼみはいつもより迅速にそれを取りだし、装填する事ができた。
「プリキュア・オープンマイハート!!」
いつものように、叫ぶ。──が。
彼女の身体は、この時、キュアブロッサムには変身しなかった。
財団Xの構成員たちも、彼女が変身しようとするのを許してしまっただけに、一瞬焦ったようだが、彼女が何らかの事情で変身できないと知ると、躊躇なく飛びかかった。
「どうして……っ!? 変身できません……っ!」
417
:
HEART GOES ON
◆gry038wOvE
:2015/07/21(火) 00:58:56 ID:RKdo8Dag0
彼らは、つぼみの両脇を固めるようにして捕える。
軽く捻るような動作も入れたため、つぼみの神経に痛みが走った。
人の正しい捕え方を知っているようである。
「くっ……!」
慌てて、自力で振りほどこうとするが、二人の屈強な成人男性に両腕を捕えられて抵抗する力はつぼみにはなく、抵抗すれば腕に痛みが走るような形になっている。だいたい、それを振りほどいたところで、視界に入っている残り十名ほどの財団Xの連中に対処する方法はつぼみにはない。
彼らはすべて、無感情に任務を遂行しようとしているようだ。──たとえ、目の前にいるのが年端もいかない少女であっても。
「離してください……っ!!」
「大人しくしろっ! 花咲つぼみだな……? 我々と来てもらう!」
ここは大人しく捕えられるしかないのだろうか……。
いや、だとして、その先には何がある?
良い事は決してない……おそらくは、殺害されるだろう。だが、抵抗の術はない。
まさか、こんな所で──と、つぼみが希望を失いかけた時であった。
「──何だ、貴様は……!?」
財団Xの誰かが、何かを見て驚いたように叫んだ。
次の瞬間、──驚くべき事に、つぼみの左腕を掴んでいた財団X構成員の身体が遥か前方に吹き飛んだのである。
つぼみの身体にも、何かが彼を突き飛ばした衝撃が伝導される。
更に、つぼみの身体の自由を奪っていたもう一人も、誰かが蹴り飛ばしてくれた。
他の構成員たちも慌てふためくが、彼らもすぐにたった一撃で撃退される。所詮は、変身道具を持っただけの屈強な人間に過ぎなかったらしい。
「つぼみ……やっぱり、まずはここに来ると思ってた」
──そう。
つぼみを捕えようとする者たちがここに来るならば、つぼみを守ろうとする者もここに来るという必然があった。
それは、つぼみがかつて会った知り合いの姿だ。
そして、この殺し合いにおいても何度か、つぼみは彼の事を思い出す機会があった人物であった。
「……オリヴィエ!」
フランスで出会った人狼(ルーガルー)の少年・オリヴィエだったのである。
あの殺し合いに加担していたサラマンダー男爵を慕っていた彼が、つぼみを助けてくれたのだ。
「今は……とにかく逃げよう! つぼみやえりかの家族は大丈夫……みんな、学校で戦ってるんだ!」
オリヴィエは、つぼみを抱き上げ、この付近の建物の屋根の上まで飛び上がった。オリヴィエの言葉で、つぼみはほっと胸をなで下ろす。
すると、屋根と屋根とを駆け、地上にいる管理下の人々たちには届かないよう、あっという間にそこから離れて行ってしまった。
◆
──私立明堂学園。
かつてこの世界のプリキュアに助けられ、この映像によりプリキュアの正体を知った人々は、ここに立てこもり、力がないなりの戦いを見せていた。
ひとたび校門の外を見れば、そこには、財団Xの構成員や、管理下の人々、そして、この街を何度も襲撃してきた砂漠の使徒のデザトリアンやスナッキーたちが囲んでいる。
ここに立てこもった人々は、二日に渡ってここで生活している。学校内で暮らすというのは、普段ならばワクワクもする話かもしれないが、状況が状況で、殆どは浮かない顔だった。
418
:
HEART GOES ON
◆gry038wOvE
:2015/07/21(火) 00:59:55 ID:RKdo8Dag0
花咲つぼみの祖母──花咲薫子は、職員室のブラインド越しに外の様子を見ていた。彼女の周囲には、プリキュアのパートナーである妖精たちが浮いている。
シプレ、コフレ、ポプリ……今だ、微弱でも元気があるのはパートナーを失っていないシプレだけであった。他は妖精でありながらもこころの花が枯れる直前という次元である。
「この学校も時間の問題かしら……」
薫子が見ているのは、校庭に立っている、薫子のパートナー妖精・コッペ様である。
彼は、そのファンシーで愉快にも見える外見とは裏腹に、妖精の中でも屈指の実力者である。彼が、この場所に強力な結界を張り、この学校一帯だけを守護していた。
それでも、バトルロワイアルが行われていた二日間ずっとここに結界を張りっぱなしであった為、彼の力も限界に近い所まで来ているらしい。無表情な彼があまり見せない、怒りと苦渋の表情になりつつある。
シプレ、コフレ、ポプリも何度か力を貸そうとしたが、未熟な彼らの力ではコッペの力には敵わず、結界を手伝えるだけの力はなかった。──だいたい、パートナーを喪ったコフレとポプリは、本来の力を出せるような精神状態ではない。
(頑張って……今はあなただけが、ここにいるみんなの全てを背負ってるの……)
先ほどまで、校庭に出て、外に向けて石を投げ、抗議の旗を振るう生徒もいた。
花咲つぼみ、来海えりか、明堂院いつき、月影ゆりの友人やクラスメイトがその殆どである。先生たちが彼らの身に危険が及ぶ可能性を恐れて、それをやめさせたのはつい一時間前の話だ。抗議の証であるプラカードや旗はいまだ外に向けて立てかけられている。
彼らに限らず、この学校に立てこもり、世界に対する抗議活動を続けるのは、そうした一度デザトリアン化した生徒たち、それからプリキュアたちに助けられた事がある街の人々であった。
それぞれの胸に悲しみや驚きは膨れ上がっている。しかし、管理には屈しない。
『こんな事でめげてたら、プリキュアたちに──つぼみやえりかや会長に笑われちゃうよ』
そう、それでも、戦おうとする意志が彼らにはあったのだ。
かつて砂漠化したこの街でも、ここにいる人々は戦い続けた。
いや、かつてより多くの人がこの学校に集い、戦おうとしている。
外で管理されている人々の中にもきっと何かが芽生え始めている。──それがわかっているから、コッペもいつも以上に力を尽くしてくれている。
419
:
HEART GOES ON
◆gry038wOvE
:2015/07/21(火) 01:00:11 ID:RKdo8Dag0
「──花咲さん。訊きたい事があるのですが、よろしいですか?」
ふと、つぼみの担任である鶴崎が、後ろから、どこか心配そうな顔で薫子に声をかけた。振り向いて、薫子は、疲弊している彼女の全身を眺める事になった。この人は、まるで男性のように快活で、竹を割ったような性格で生徒に接する、女性から見てもどこか恰好の良いタイプの先生であったが、この時ばかりは塩らしい表情である。
本当は、抗議活動に積極的な部分もあったが、やはり生徒の身に危険が及ぶよりはやめさせる道を選んだのだろう。
転校以来、長くつぼみの担任をしてきた彼女である。あのバトルロワイアルでは、自分のクラスの生徒──えりかを喪った。そして、つぼみも今、生還したとはいえ狙われており、まだ中学生の生徒たちもここで戦おうとしている。
これ以上生徒を失いたくない気持ちと、それから、つぼみやえりかがここで巻き込まれてきた戦いへの強い反発心とが纏めきれていないのかもしれない。
しかし、その両方ばかりを考えていたところ、ある疑問に辿り着き、やがて、彼女はこうして、薫子にある質問をぶつける事になった。
「つぼみさんやえりかは、どうして、私たちにプリキュアである事を黙って来たんでしょう」
親族である薫子を前に、「つぼみさん」という呼び方をする鶴崎であるが、本来は「花咲」「つぼみ」と呼び捨てにしてフランクに接していた。
それも何となく、薫子は察している。彼女の事は何度かつぼみたちに聞いたからだ。
精神が露わになるようなこの切迫した状況でも、そうした大人な面を崩さないのは、彼女が信頼に値する立派な社会人だという証でもある。
「……つぼみさんは、まだわかります。でも、目立ちたがりのえりかまで私たちに黙って、プリキュアとして戦い続けたなんて……信じられません」
プリキュアの全てを知った鶴崎は、プリキュアたちの彼女を知っている数少ない人物である薫子に、それを訊いた。彼女たち四人に加え、薫子もプリキュアであった事は、彼女たちの家族たちでさえ知らなかった事実だ。
だから、あのモニターによって、彼女たちがプリキュアだと知った時、衝撃と共にあらゆる想いが鶴崎の胸中を駆け巡った。
──私は、彼女たちの教師でありながら、彼女たちに守られてきたのか。
──私は、何も気づけなかった。教師失格だ……。
420
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HEART GOES ON
◆gry038wOvE
:2015/07/21(火) 01:00:26 ID:RKdo8Dag0
しばらく、ずっとそう思っていた。プリキュアたちの親も同じ事を考えたかもしれない。
彼女たちが今直面している問題を支える事ができなかったのだ。それを行うのは大人の責任であるはずなのだが、逆に自分たちが子供に支えられていた。
それが歯がゆく、二日前のえりかの死と共に、鶴崎を苦しめていた。もしかすれば、同じ役割をするのが自分だったなら、あの殺し合いに巻き込まれるのは生徒ではなく、自分だったのではないかと──何故、あの子たちだったのだ、と。
薫子は、そんな鶴崎に向けて、顔色を変えずに言った。
「──それは、プリキュアである事が周囲にわかってしまうと、大変な事が起きるからです」
「大変な事?」
「あなたも、つぼみやえりかの教師なら本当は気づいているはずでしょう? 彼女たちが何のために戦っているのか……何を守りたくて戦ってきたのか。それは、誰かにプリキュアとして褒めてもらう為でも、敵を倒す為でもありません」
そう言われても、鶴崎にはぴんと来なかった。
それは自分が未熟なせいなのだろうか、と少し思い悩む。薫子の何気ない「つぼみやえりかの教師なら」という言い方が、彼女の心を逆に締め付ける事になった。鶴崎は、それだけでは何もわからなかったからだ。
わかるのは……今の今まで、自分は何にも気づけていなかった、という事だ。このまま教師を続けて良いのだろうか、とも思う。
生徒が大事な戦いをしている時、鶴崎は一体何をしていたのだろう。本当に彼女たちを思いやっていたか? 学校に通いながら戦い続ける彼女たちに、もっと特別な配慮をするべきではなかったか? と。
そんな彼女たちの気持ちがわからなかったが、鶴崎はもう一度、考えた。確か、つぼみはあのゲームの最中、こんな事を言っていて、そして、何度も敵を救おうとしていた。
だから──、こう告げる。
「人のこころの花を守る為……ですか?」
「いいえ。確かにそれもそうですけど、決してそれだけじゃないんですよ」
結果は撃沈である。それがまたショックを与える。自分は常に的外れで、生徒の気持ちを本当に理解できていないような気がした。
そして、薫子の放つ妙な貫禄は、全てを知った上で話しているようで、だからこそ鶴崎もそれがつぼみの真意だと納得せざるを得なかった。
人のこころを守る為ではないとするならば、本当に鶴崎は検討もつかなかった。必死に頭を悩ませるが、鶴崎にはそれがわからず、教師としての自分のあり方もわからなくなってきていた。
……やがて、少しだけ時間を空けて、薫子が、その答えを鶴崎に教えた。
「彼女たちは、何より、自分自身の大切な日常を守る為に戦っているんです」
──鶴崎は、その言葉を聞いて、はっと、何かに気づいたように顔を見上げた。
薫子は、決して険しい顔はしていない。彼女はその先を、続けた。
「だから、プリキュアである事を明かしてしまえば、プリキュアではない──花咲つぼみとして、来海えりかとしての大切な日常を壊す事になってしまう……」
そうだ……。彼女たちは、プリキュアではなく、それ以前に、この学校の一人の生徒だった。そして、誰かの娘であり、誰かの友人であり、誰かの教え子なのだ。プリキュアになるまでは、本当にそれだけの関係だったはずである。
だが、もし、こうしてプリキュアになって……それが周りに事が明かされた時、その平穏な関係性は、ある別のフィルターによって崩れる事になる。
そう、“守ってくれる誰か”と、“守ってもらえる誰か”の二つの存在になってしまうのだ。──それが、彼女たちの求める日常を一斉に崩してしまう。
彼女たちは恩を売っているわけではないのに、鶴崎は彼女たちに恩を感じて、彼女たちを一人の生徒として扱う事ができなくなってしまう。
「……彼女たちにとっては、それが一番大変な事なんです」
だから、彼女たちは、全て黙っていたのだ。
決して、進んでプリキュアになったわけではない。彼女たちは、本来普通の日常を歩みたいのに、それを、明かしてしまえば壊れてしまうかもしれない。
それが、彼女たちにとって、最も恐ろしい事だったのだ。
薫子に言われる前にそれに気づいてしまった鶴崎は、彼女の言葉を耳に通さずに涙を垂らしていた。
──やはり、気づいているではないか。
421
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HEART GOES ON
◆gry038wOvE
:2015/07/21(火) 01:00:42 ID:RKdo8Dag0
と、薫子は思い、微笑みかけた。全く彼女たちの事を知ろうとしていなければ、薫子の最初の言葉だけで何かに気づけるはずはない。
「鶴崎先生。私は、あなたが二人の担任で良かったと思います。だから、どうか……彼女たちが自分を守ってくれていたなんて思わないでいてください。彼女たちはあなたのヒーローじゃなくて、あなたの生徒でいたいんです」
いつか、つぼみたちに関わった人たちには、これを教えていく必要があるだろう。
彼女たちが本当に望んでいるもの──明日からの日常について。
そして、ここにいる人たちは、また変わっていく。つぼみたちのように、誰かの心を知って、それを認めて前に進んでいく事ができるはずだ。
「そうでしたか……」
「ええ」
「……ありがとう、ございます」
これが終わったら辞職する事も考えていたが、鶴崎はそれを取りやめる事にした。
これからも教師を続けていかなければならない。えりかはいないかもしれないが、つぼみや、ここにいる彼女のクラスメイトたちとともに。
今も、彼女のクラスだけは誰一人欠ける事なく、この学校に来ている。制服を着用している人までいるほどだ。
鶴崎はハンカチを片手に、廊下へ出ていった。
「……えりかのバカ……そんな事ないって……みんな、お前にいつも通りに接してくれるって、……みんな、いつも通りに笑ってくれるお前を待ってるって……私が教えてやる前に、なんで死んじまうんだよ……」
だが、鶴崎のこころはどこか救われたが、その一方で、そこで救われない感情も湧きで来るのだった。
それでも……薫子は、そんな鶴崎の後ろ姿に目をやって、これで良いと思っている。
薫子は、また、少し外を見た。僅かばかり視線を上にあげた。
(……えりか。あなた、本当に良い先生を持ったわね)
だが、薫子の胸に、少し何とも拭いきれない気持ちが残るのも事実だ。
そう。えりかの命を奪ったのが誰なのか、という事。──それは、この場においては一つの禁則事項となっていた。
誰も、ここでそれについて多くは語らない。
加害者の名前を全員が知っているはずでありながら、誰も口に出そうとはしなかった。
もしかすると、多くの人にとっては事情を鑑みて許せる話であっても、誰かの胸には、“月影ゆり”への恨みが湧きでているのかもしれない……。
鶴崎も──あるいは薫子自身もそうだが、ゆりに対して沈黙する態度に、どうも、尾を引くものを感じざるを得ないのだ。
◆
オリヴィエとつぼみは、学校から少し離れた裏山の小さな洞窟の中にいた。
裏山はともかく、そこにこんな場所があるなど、つぼみも全く知らなかったが、オリヴィエは、まるで土地勘があるかのように、その洞窟の奥へと進んでいく。
「どうしてこんな所に……?」
「直接学校に行くのは無理だ。ここに抜け道があるからそれを通って行く」
「いつの間にそんな物を……」
「一週間前、この街に来て徹夜で作ったんだ。学校に集まる事は、この街のみんなにも伝えてあったから……」
学校の周囲が隙間なく包囲されていた為、校庭に侵入するにはオリヴィエが掘り出した地下通路を通る必要がある。コッペの結界は悪意を持つ者だけを拒む為、つぼみやオリヴィエはそこから出入りできるらしいが、やはり地上からは無理だ。
ただ、出入りの為に出来上がったその場所は、通路といっても、それはまるで脱獄囚が掘り出した抜け穴のような物だ。
姿勢を低くして土の中を二十分這う事でしか目的地にたどり着けないという、女子中学生には非常にきつい場所だった。
中は暗く、蒸し暑く、空気も悪い。場合によっては、虫が出る。当たり前に土だらけになるし、今のつぼみは髪留めをしていないので、髪の中に大量の泥が混ざるかもしれない。
422
:
HEART GOES ON
◆gry038wOvE
:2015/07/21(火) 01:00:56 ID:RKdo8Dag0
実際に校舎に立てこもる事になったこの二日間、比較的小柄な男子生徒が外に食料や備品を調達する為に使っていたが、彼らも片道で音をあげ、往復して帰らなければならない時には少し躊躇もしていた。
しかし、つぼみも、家族や知り合いに会いたければ他に道はない。
「……わかりました。ここを行きます」
……オリヴィエが折角作ってくれた抜け道だ。
たとえ環境が多少悪くとも、ここを通る事で家族や友達にまた会う事が出来る──そんな希望への道なのだ。
つぼみは、多少のデメリットを踏まえても、ここを通るべきであった。
「ただ……オリヴィエ。一つだけ良いですか?」
だが、この暗い道を通る前に、つぼみはオリヴィエに一つ言いたい事があった。オリヴィエが、なんとなく要件を察して、振り向いた。
「さっきから少し、険しい顔をしていますけど……やっぱり、男爵の事を考えていたんですか? だとすれば、私は言わなければならない事があります」
それはオリヴィエにとって、予想通りの質問だった。
オリヴィエは、元々サラマンダー男爵と共に旅をしている身だった。しかし、ある日、突然サラマンダー男爵は彼の前から姿を消し、再び目にした時には、管理世界のモニターで、殺し合いの放送を人々に向けて発していたのである。
……それを知ったオリヴィエのショックは並の物ではなかっただろう。
少し躊躇った後、オリヴィエは、自ずと湧き出る怒りを噛み殺そうとしながら言った。
「……ボクは、もう男爵はあんな事はしないと思ってた。でも、それは違ったんだ。父さんだと思って慕っていたのに……なのに……あんな人はもう、父さんなんかじゃない!」
だが、やはり、怒りは爆発した。
生まれた時から親のなかったオリヴィエに最初に出来た父親だったのだ──サラマンダー男爵は。
ずっと欲しがっていた父親であり、彼もまた、オリヴィエと一緒にいる時、だんだんと丸くなっていったと思っていた。確かにかつて、プリキュアと戦った事はあるが、もう誰かに牙を向ける事はないと、オリヴィエはずっと思っていた。
しかし、つぼみは、そんなオリヴィエを、少し落ち着いてから、諭した。
「──それは……違いますよ、オリヴィエ。この街は戦いの映像を中継していたのかもしれませんが……実は私は中継されていない所で、男爵に会って、本当の事を聞いたんです」
「え……?」
「……さやかを救いに行った時の事でした」
オリヴィエは意外そうにつぼみを見つめた。
確かに、つぼみは一時的にモニターでの中継ができない空間に引き込まれ、そこで何をしていたのかは明かされる事がなかった。
そこでつぼみはサラマンダー男爵と会っていたのだという。
「男爵は、私たちと同じく、巻き込まれたうちの一人でした。男爵はあなたの前から、自ら姿を消したのではなく、私たちと同じように、無理やり連れて来られたんです。そして、男爵は……オリヴィエ、あなたを守り、あなたとずっと暮らし続ける為に、意思と無関係に加担させられていただけなんです!」
それを知り、オリヴィエは、呆然とし、やがて項垂れた。
オリヴィエは、男爵をもう親だと思わないと──そう思う事にしていた。
しかし、現実には、まだ微かに、男爵への信頼が残っていたのかもしれない。
今、その微かな想いが強まっている。つぼみは、たとえ誰かの為でも平気で嘘をつけるような人間ではないと思っていたから、なおさらだった。
「そんな……」
「男爵がいなかったら、さやかを……一時的にでも救う事は出来なかったと思います! 私たちに協力して、私の命を助けてもくれました! だから……──もし、また会う事ができたら、ちゃんと向き合って、仲直りをするべきだと思います」
つぼみがそう言った時、オリヴィエの脳裏にある告知がフラッシュバックした。
そうだ……彼女は知らないのだ、とオリヴィエは思う。
それは、彼女の視点ではまだ知られていない話であった。
「そう、だったんだ……」
「ええ。だから、男爵を信じて、また会った時に仲直りしましょう!」
「……でも、つぼみ。それは無理だよ」
423
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HEART GOES ON
◆gry038wOvE
:2015/07/21(火) 01:01:12 ID:RKdo8Dag0
オリヴィエの中に、今度は深く強い悲しみが湧きでる。
もし、つぼみの言う通り、サラマンダー男爵は、オリヴィエを守る為にこの殺し合いの主催者に利用されていたのかもしれない。だとしたら、確かに、また会えば仲直りする事はできるのかもしれない。
だが──
「あのモニターで告知されたんだ。……サラマンダー男爵は、処刑されたって」
──男爵は、もういないのだ。
だから、そんな事はもう、できないのだ。
「嘘……」
男爵が処刑されたのなら、それは、自分の所為だ──と、つぼみは思った。
◆
──洞窟から抜け道を通り、つぼみは本来二十分で辿り着くべき道を、四十分かけて這っていた。男爵が死んだという事実を知らされたショックを受けた精神的疲労も大きいのだろう。
殺し合いの真っ最中も酷いストレスがかかったが、ここに帰ってきてからも良い事ばかりではない。
月影ゆりの母や、えりかの姉のももかが一体、今どんな気分でいるのか──それを想像すると、それだけで息が詰まりそうになる。
男爵が処刑されたのは、きっと自分のせいだ──という想いも、つぼみを深く落ち込ませる。
そんな終わりの見えない沈んだ気分ながら、何とか──辛うじて、つぼみは校舎の体育館まで、その身を動かしていく事が出来た。空気が薄く、半ば酸欠状態になりながらも、時にはオリヴィエに背負われ、彼の肩を貸してもらいながら、彼女としてもやっとの事で、見知った場所を目にした。つぼみは低い体勢を続けた為、真っ直ぐに立てなかった。
「……やっと、着いた……」
──母校の体育館の裏庭である。
ふらふらになりながらも、何とか故郷らしい場所に辿り着けた喜びがつぼみの中に広がり、少しだけ元気が湧いた。
そして、体育館のドアを開け、つぼみは、ようやく光の中に身を宿す事が出来たのだった。つぼみが見ると、そこには、私服、制服、体操服などそれぞればらばらの恰好で、この場に暮らす人たちの姿があった。本当にここで何日も過ごしているらしい。
「──つぼみっ!?」
泥の穴から這い出てきたつぼみを最初に呼んだのは、同じファッション部の志久ななみであった。たまたま、出入口の近くにいたのだ。顔も土に塗れて、髪もぐしゃぐしゃになっているので、彼女もそれがつぼみだとわかるには数秒を要した。
とにかく、彼女の声は、その驚きも相まって、体育館によく響き、そこで避難民のように生活していたたくさんの人々の耳に入った。
「ななみ……それに、みなさん……」
つぼみは、力なくオリヴィエに寄りかかり、疲労に満ちた顔で、笑おうとした。
しかし、実のところ、それがちゃんと笑えていたのかは怪しい。安心感が自然と、それを表情にしようとしたのだが、やはり、顔の筋肉が疲れ切っていて、今は無理だったのかもしれない。
「つぼみ……っ!!!! 良かった…………っ!!」
即座に、つぼみの父──陽一と、母──みずきがつぼみの元に駆け出し、涙に目を腫らして抱きついてきた。
つぼみが脇に目をやると、ブルーシートの上で、ふたばはベビーベッドが置かれて、呑気に寝ている。実を言えば、つぼみにとって、実際に妹を目にするのは今が初めてだった。
妹が出来るのは知っていたし、そこから先の記憶もあるのだが、つぼみがここに来たのは、彼女が生まれる前である。実際に生まれる瞬間に立ち会う事ができなかったのは、この戦いの弊害の一つだった。
それから──すぐ後に、つぼみの背筋が凍る物も見えた。
424
:
HEART GOES ON
◆gry038wOvE
:2015/07/21(火) 01:01:32 ID:RKdo8Dag0
体育館の隅で、自分たちが愛娘にそんな事をできなかった悲しみか、えりかの両親といつきの両親と兄が、今、こちらをちらりと一瞥した後、目を伏し、寄り添いあうようにして咽び泣いていた。
二つの家族は、ほとんど同じ反応を見せていた。
ゆりの母やえりかの姉の姿は──ここにはない。
自分の周りに人が寄ってくるたびに、つぼみは内心で少し暗くなった。両親が何かをつぼみに言い続けているが、それは涙声で聞き取れないし、何も考えられないつぼみの耳には入らなかった。
そうだ。
彼らも決して心から喜んでいるわけではない。
確かに、つぼみが生きて帰ってきた事は非常に喜ばしい事だと思っているが──、それでも、誰も本当の笑顔という物は見せていなかった。あくまで、今狙われている一人が生きていて、安心したような、ほっとしたような気持ちである。
──たとえ、つぼみは生きていても、この学校に通っていたえりか、いつき、ゆりの三人は死んでいる事は変わらないからだ。
そして、この世界の状況も何も変わらない。
この荒んだ世界の中、ただ一つだけマシな出来事が起きただけでしかないのだ。
「……お父さん、お母さん」
それでも。とにかく──えりかやいつきが両親を呼ぶ事が出来なかった現実があるにしても、今、つぼみは、どんな配慮も欠かして、そう返さざるを得なかった。
何か言い続けていた両親が、黙った。
二人の両親がたとえそれを見て、自分たちもそうであればと思い傷つくとしても、まずは目の前の二人と、自分自身の為だけに……そんな言葉を口にせざるを得なかった。
「ただいま……。心配かけて、ごめんなさ……」
そして、言いきる前に、つぼみは気を失い、倒れてしまった。
その時、えりかやいつきの家族も心配そうに、慌ててこちらに駆け寄ったのを目にする。
──自分の娘は死んでしまったが、それでも彼らが花咲の家に嫉妬を振りまく事はなく、ただ一身に、つぼみが自分の娘と同じ運命を辿らないよう、心から心配していたのだ。
◆
つぼみが目覚めると、夜がやって来ていたようだった。
誰かが運んだのか、つぼみは今、保健室のベッドの上である。起き上がると、保健室には、祖母の花咲薫子、鶴崎先生、それから主にファッション部の何人かの女子生徒と、保健室の先生──それから、シプレ、コフレ、ポプリだけがいる。
基本的に、妖精以外は男子禁制といった感じであった。
つぼみが目を覚ますと、女子生徒たちが少し落ち着きなく騒ぎ出したが、それを鶴崎と薫子が諌めた。
「おばあちゃん……シプレ……鶴崎先生……それに、みんなも……」
つぼみは今になって少し元気を取り戻していた。やや胃が凭れるような気持ち悪い感覚もあったが、こんな者はあの殺し合いで目を覚ます度に感じていた物である。ここしばらく、慣れきっていた。
気づけば、これまで使っていた服が体操服に着替えさせられている。男子禁制になっている理由はそれでわかった。
ただ、つぼみの髪を洗うまでをする事はなく、やっぱり頭部はまだ汗や土に塗れている。
「つぼみぃーっ! 良かったですぅ!」
「……シプレ」
つぼみの胸に飛びついて来たのは、小さな妖精だった。
このバトルロワイアルにおいて、つぼみと一緒に連れて来られる事がなかった妖精だ。
この妖精の名は、シプレ。──仲間の妖精に配慮したが、耐えられなかったのだろう。
「コフレ……ポプリ……」
──えりかのパートナーのコフレと、いつきのパートナーのポプリを目にした時の感覚は、先ほど、えりかの両親やいつきの両親の様子が目に映った時と同じだった。
425
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HEART GOES ON
◆gry038wOvE
:2015/07/21(火) 01:01:54 ID:RKdo8Dag0
自分が助かると同時に、この戦いには助からない人もいた。
それを実感する時が、ここに帰ってきて一番辛い時だった。──この世界が支配されていたと聞いた時よりも、彼女たちの死をここにいる人たちが見てしまった事の方が、遥かに辛い。そして、喪った仲間は誰もここに帰れない事も……。
二人の妖精は口を噤んでいる。
「……今は、そっとしておきなさい」
薫子が、優しい口調で言った。
二人のケアは彼女が行っている。──ここにいる者で、一番老齢で落ち着いているのは他ならぬ彼女であった。
かつて最強のプリキュアとして君臨した精神力に加え、今は長い人生経験ゆえの落ち着きまで持ち合わせている。彼女もこれまで、人生の中で自然と祖父、祖母、両親、夫──即ち、つぼみの祖父も亡くし、周りで友人が亡くなる事も珍しくないほど生きている身だ。
人はだんだんと、親しい人が死んでも泣かなくなる。だが、泣く人間の気持ちや傷つく人間の気持ちがわからなくなるわけではない。だから、彼女が子供の面倒を見るのに丁度良い。
「つぼみ。この世界の事は、ちゃんと聞いてる?」
「ええ、オリヴィエに」
「そう。この世界が“ベリアル”によって侵略されている事は知っているのね」
つぼみも洞窟の中でオリヴィエに全てを聞いていた。
ただ、その事実を聞かされた事で精神が摩耗するような事はなかった。
ここに来た時点で、何となく管理の事情は察していたし、正体不明の何かによって世界が侵されている気味の悪さが払拭された気分で、むしろ説明を受けた事は清々しいくらいだ。
それに──、あの“管理”に対して、屈さずにこうして戦っている人々がいるという事実もまた、つぼみには心強い話である。
「……とにかく、私が何とかして……早くそのベリアルを、倒さなきゃ……」
そう言ってつぼみはまた起き上がろうとする。──体は、ちゃんと起き上がるようだった。
バトルロワイアルの終盤で身体の回復が起きたせいか、実質、彼女にはあかねとダークザギの二名との戦闘分の傷しかない。身体的には比較的健康な状態でもある。
ここでその姿を見るつぼみの友人たちは思う。
鶴崎先生は、「お前たちはこれからもつぼみとはいつも通り接しろ」と言ったが、これでも──つぼみにいつも以上の感謝をしてはならないのか……と。
つぼみを哀れむような瞳が多くある中で、ただ一人、薫子は、険しい顔でつぼみに訊いた。
「つぼみ、一つ訊いてもいいかしら?」
「何ですか?」
「あなた……今、変身はできる?」
「え?」
唐突に、薫子がそう訊いたのを、つぼみは怪訝に思った。
しかし、そう言われて考えてみると、先ほど、ある異変が起きたのをつぼみは振り返ってしまう──。
「そういえば、さっき……何故か、変身ができなくて……」
財団Xに襲われた際、何故かつぼみの姿はキュアブロッサムには変わらなかったのだ。
それを聞いた時、──そこにいた全員の顔が暗く沈んだ。
既に、薫子から何か嫌な予感の根源を聞いていたかのようである。
「そう、やっぱりね……」
「え?」
薫子たちは、何故つぼみが変身しなくなったのか、知っているらしい。
「あなたは、この二日間、短い時間で花の力を使いすぎてしまった。妖精であるシプレを通さず、何度も何度も……。そのせいで、プリキュアの種にも限界が来ているわ」
そう言う薫子の目を、つぼみは見続けずにはいられなかった。
ただ、呆然と、薫子の瞳を眺め、次の言葉を待つばかりだった。
そして、薫子は一泊だけ置いて、口を開く。
「あなたはもう、キュアブロッサムにはなれないかもしれないの」
薫子は、その信じがたい事実を、ある意味では非常に冷徹に突きつけた。
426
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HEART GOES ON
◆gry038wOvE
:2015/07/21(火) 01:02:12 ID:RKdo8Dag0
その言葉を聞いた刹那、つぼみの心には、落雷のような衝撃が落ちてきた。
──時間が止まる。
プリキュアである限り、戦い続けなければ運命にある。そこから解放されるというのに、何故か、どうしてか……ショックを受けている自分がいた。
彼女は、慌てて、ココロパフュームとプリキュアの種を探した。誰かが着替えさせている以上、どこかで誰かがこの近くのどこかに置いたのだ。
周りを見回して探しているつぼみの前に、シプレが寄って来る。彼女が、探し物を持ってきてくれたらしい。
「つぼみ……ごめんなさいですぅ」
確かに、シプレはプリキュアの種を、両手で抱えて持っていた。
だが、シプレの持つプリキュアの種には、真ん中から真っ直ぐに亀裂が入っているのだった。それは、もはや壊れかけで、いつ崩れてもおかしくない砂の団子のようにさえ見えた。
「あっ……!」
ピキッ、と。
今、はっきり、そこから音が鳴った。
そして、それは、次の瞬間、プリキュアの種は、彼女たち全員の目の前で砕けた。
砕け散ったプリキュアの種が、つぼみの纏う白いベッドの上に落ちたのを、全員、ただ呆然と眺めていた。──「プリキュアになれない“かもしれない”」ではなくなった。
「私は……もう、プリキュアに……」
このプリキュアの種とココロパフュームが、妖精たちと、来海えりかと、明堂院いつきと、月影ゆりと──そして、あのバトルロワイアルを共に乗り越えてきた仲間たちとの絆の証でもあったのだ。
その後、しばらくして、沈黙の中、つぼみは震えた。
今、ベリアルたちに命を狙われている──。そんな中でもつぼみを守り、彼女の心に安心を齎していたのもまた、自分自身の持つプリキュアの力だったのだ。
「わたし……わたし……」
つぼみが、両手で肩を抱いて震えた。そんな彼女の震える腕を温めるように、クラスメイトたちが寄り添った。
「私……怖いです……!! もう、戦いたくなんかないのに……っ!! でも戦わなきゃいけなく……それでも……プリキュアになれないなんて……っ!!」
……初めて、キュアブロッサムとしての自分の心強さに気づいた時だった。自ずと涙が出た。ここから先の戦いを拒絶したい気持ちになった。
プリキュアに守られていたのは、ここにいる人々ではなく、誰よりも“自分自身”であったのかもしれない、と、つぼみは思った。
そして、その事を誰よりも知っている薫子が、流石に見かねて、──自分の立場さえも、捨て、一人の孫を持つ祖母として、告げた。
「つぼみ……でも、もし、怖かったら、もう戦わなくたっていいのよ。おばあちゃんが、ここにいるみんなが、きっと、あなたを守ってあげる……」
それが、最強のプリキュアの弱さだった。
それから、つぼみは何を返す事もなく、翌日まで、自分がこれからどうすべきなのか悩んだまま、そこで夜を明かす事になった。
ファッション部の仲間は、家族のもとではなく、その夜だけはつぼみのもとで休んだ。
夜には何度か、その家族たちが顔を出し、つぼみも少しずつ話したが、空元気の笑顔を返すばかりで、あまり良い時間を過ごせたとは言えなかった。
◆
427
:
Tomorrow Song
◆gry038wOvE
:2015/07/21(火) 01:03:03 ID:RKdo8Dag0
──そして、翌朝、遂にコッペの体力が遂に限界を迎えた。
三日間も力を使い続けた事自体が異常であったのだ。──コッペの全身の神経が途絶され、踏ん張りが利かなくなる。
朝十時。保健室で夜を明かしたメンバーは、全員、その時間には起きていた。
コッペの体力が糸を切れるように消耗された後、それを直感的に察したスナッキーたちの群れが校門から押し寄せてくる。
封鎖していた校門を蹴り飛ばす音が校庭の方から響き渡り、学校中に戦慄が走る。
外が一斉に騒がしくなったのが聞こえ、次に、中でも慌ただしい音が聞こえ始めた。
──来た、と直感した。
「まずいわ。結界が破れてしまった……。みんな、つぼみを連れて逃げるわよっ……! 早く……!」
薫子が真っ先に指示する。
そこにいる全員は、緊張で少し行動が遅れているようにも見えたが、彼女の冷静さがここに避難している生徒たちを守り続けているのだ。
続けて、鶴崎が言った。
「──ななみ、なおみ、としこ、るみこは花咲さんと一緒に、まずはつぼみを体育館裏の抜け道まで連れて行けっ! 今は誰よりも、つぼみが最優先だ! 急げばまだ間に合う!」
包囲されていた関係上、逃げ道は体育館裏の抜け穴しかない。
問題になるのは、この結界が崩れた時、あの抜け穴を通れない大人たちがどうするべきか、だ。入る事が出来る人数もかなり限られてしまうので、生徒たちも大半は逃げる事ができない。
鶴崎も咄嗟に、花咲薫子をそこに挙げたが、彼女がフォローできるのはあの抜け穴の近くまでで、彼女も体格的に入って先に進む事は難しいだろう。
後は、鶴崎たちも含め、残った者全員が捕えられる事になってしまう──。
しかし、かつてプリキュアとして戦っていた以上、希望といえるのは彼女だけだ。日常に帰るまでは、特別扱いせざるを得ない部分がある。
冷徹な判断であるゆえ、──冷徹な判断だと思ったからこそ、鶴崎はそれを自分の言葉でななみたちに伝えた。妹想いのななみが、妹を先に帰したいと思っているのは想像に難くない。
だが、その気持ちを尊重してやる事は、今はできないのだ。
「──はいっ!」
しかし、それでも……四人は勢いよく叫び、実行しようとしていた。
起き上がるつぼみに肩を貸して、付き添うように走りだす。
妖精たちが、薫子とつぼみの周りを浮遊する。
「みんな……」
つぼみ自身は、こんな時の彼女たちの助けが温かく思っていたが、それでも、同時に申し訳ないという気持ちの方が強まっていた。
プリキュアの力のない自分が彼女たちの希望になれるのだろうか……?
自分がこんな時に最優先される特別な人間なのは、プリキュアだからだろう。だが、その力は既につぼみの中にはないのである。
(みんなが私を守っても……私はもう、みんなの希望にはなれないのに……プリキュアになれないのに……!)
──もう、みんなの為に戦う事はできないのだ。
戦いたくはないが、それでも、誰かの為に戦える事は、つぼみにとって誇りだった。
それが失われた時、彼女は進むべき道がわからなくなった。
◆
保健室から廊下に出て、廊下から外に出る。綺麗な緑色の芝生と、木々のある裏庭。番ケンジがたまにここで漫画のアイディアを考えていたのを覚えている。
428
:
Tomorrow Song
◆gry038wOvE
:2015/07/21(火) 01:03:19 ID:RKdo8Dag0
つぼみたちは、そこへ逃げていた。体育館裏に行くルートの一つだ。
グラウンドの方からは激しい音と声が鳴り響いている。──男子生徒たちが、集団で一体のスナッキーに向けて戦おうとしているのが、その声でわかった。声変わりの頃の男子のかけ声が、つぼみの耳に聞こえる。
そう。いつもならば、プリキュアとして戦える。
だからこそ、今はただもどかしい。戦える力がなく、誰かに任せて逃げるしかないむず痒さがつぼみの体中を駆け巡る。
あそこでつぼみたちを守ってくれる人たちが死んでしまったら──それは、つぼみの責任なのではないか。
「見つけたっ! いたぞーッ!! 花咲つぼみだっ!!」
遂に、見つかってしまったらしく、どこからともなく声が聞こえた。
その彼らの姿を見た時、つぼみたちの間に、妙な緊張が走ったのだ。
「!?」
財団Xの構成員による掛け声であると想定していたが、それは、全く違った。
彼らが変身した怪人というわけでもない。
むしろ、そのどちらでも──力のある人間ではないからだった。
「……あなたたちは──!」
そこにいるのは、私服を着用した一般人であった。「第二ラウンド」に参加し、生還者のつぼみを捕えようとしているのだ。
何人かの若い人間の群れが、つぼみのもとに集っていく。
財団Xの人間はグラウンドにいるのか、一人も来ていなかった。
そして、その理由を、彼女は察する。
──この学校に、かつて通った事のある人間ならば、この広い学校で逃げるのならばどこか適切か、そして、どこに隠れればいいのか、自分の中学・高校生活の中で記憶していてもおかしくない。
この学校にいかなる隠れ場所があっても、OBやOGが相手ならば全て筒抜けなのだ。
……彼らは、この学園の高等部の人間だ。
『尚、彼らを捕えた者には、幹部待遇と生活保障などの優遇が成され、──』
つぼみは、あのモニターで財団Xの男が告げた事を思い出す。
そう、あの殺し合いを見ていたのなら、誰もそんな言葉に耳を貸さないと思っていたが──現実には、こうして現れる者がいた。
『──あのバトルロワイアルで誰も叶える事がなかった、好きな願いを叶える権利を差し上げます』
幹部待遇に目を眩ませた者などいないだろう。人々が求めるのは、就職しなくても未来の安定を図れる生活保障か、その、何でも叶えてくれるという“願い”だ。月影ゆりや、“ダークプリキュア”が求め、殺しあう条件とした、それ。
信頼に足るものではないと、あの映像を見れば充分にわかるはずなのに……と思う。
もしかすれば、管理下にある人間ゆえの洗脳状態に近い状態だからこそなのかもしれない。意思で乗り越えている人間がいる一方で、そうはならない人も何人かはいる。
理由はわからない。だが、彼らは、少なくとも、どんな事情であれ、今はベリアルに魂を売った“敵”だった。
「──悪いけど、一緒に来てもらうわよ。花咲つぼみさん」
そして……。
そんな敵たちのリーダーとして、見知った一人の女性が、こちらに、真っ黒い銃を突きつけながら、現れたのだった。
「……ももかさん!」
──来海ももかであった。
あのバトルロワイアルの中で死んだ来海えりかの姉であり、彼女には「ももネェ」と呼ばれ、なんだかんだと仲の良い姉妹であり続けた。
そして、彼女にはもう一人、親しい友人がいた。
429
:
Tomorrow Song
◆gry038wOvE
:2015/07/21(火) 01:03:38 ID:RKdo8Dag0
それは──二人で「友」「情」の二文字が書かれたTシャツを着て写真を撮るほどの親友・月影ゆりだった。ももかと普通に接する事ができる友人は彼女だけであり、ゆりにとってもももかは唯一無二の友人なのだ。
彼女は、管理はされていなかった。少なくとも、服装は普段のファッションモデルらしい、お洒落なももかのままであるし、はっきりとした意思がある。
服飾に拘りのある彼女があんな恰好をするわけもなく、相も変わらず、シンプルながら恰好のつく服を無作為に選んでいる。
しかし、そこにいるのがいつものももかと同じだとは思っていなかった。
「えりかのお姉さん……?」
薫子、ななみ、なおみ、としこ、るみこの五人も、息を飲んだ。
銃を突きつけられたのが初めての者もここにはいたので、小さく悲鳴が漏れる。それを見て、ももかは少しだけ、嫌そうな表情をしていた。
それが、微かに、ももかが本心から悪しき行動に走ろうとしているわけではないのを感じさせ、却ってそこにいる者を辛くさせた。
この有名なファッションモデルが「えりかの姉」、という事は既に知っている。会った事もある。──だからこそ、何も言い返せない壁がある。
彼女がどんな想いをしているのかは、ここにいる全員が一度想像し、考えるのが嫌になって辞めた物でもある。
そして、彼女がこれまで現れなかった理由を何度も考えて、その度に更に恐ろしい想像をした。──不謹慎だが、生きていた事に驚いている者もいるかもしれない。だが、彼女は、自殺を選ぶ性格ではない。
「その銃……本物なんですか……? どうして──」
つぼみは、おそるおそる訊いた。
この日本で、一体どこで銃が調達できるのだろう。──だが、その銃口から感じる不思議な緊張感は、あの殺し合いに続いているような気がした。
つぼみ以外は、誰も疑問を持っていないところを見ると、管理国家は、もしかすると数日で銃を流通させたのかもしれない。
どうして、と訊いたのは迂闊だった。
理由はわかりきっているではないか。
「──ええ。ごめんなさい。悪いけど、これが最後のチャンスなの」
ももかは、指先を強張らせて、言った。
◆
来海ももかは、元々、この学校に、家族や町の人々と共に立てこもろうとしていた。えりかやゆりたちが殺し合いを行う──というアナウンスは、殺し合いの準備期間であった一週間前の時点で行われていた為である。
各地では、既に反対するデモが起こっていたが、“管理”の力や武力によって全て鎮圧され、反対者は次々に黒い服に身を包み、意思をなくした。
だから、直接交渉は無駄と考え、彼女たちはしばらく、黙って、反抗の機会を伺うしかなかったのである。
その後、学校に立てこもる計画が来海家にも伝達されたが、その時、ももかは、両親を先に学校に行かせ、自分自身は殺し合いが始まるその瞬間まで、えりかの部屋で彼女の無事を祈る事にしていた。
両親より、少し遅れて行こうと思っていた。
開始早々に、自分の妹や親友がプリキュアであった事を知ったももかは、驚いた一方で、それで少し安心を覚えていた部分があった。
えりかが気絶した際には心配もしたが、えりかとゆりが開始数時間後に合流した時には、ももかは、自分の祈りが届いたのだと思って、一人ではしゃぎ、喜んでいた。
……この時はまだ、甘い考えがあったのだろう。
つぼみ、いつきも生きており、このまま行けば彼女たちが脱出するだろうと思っていた。
いや、ハートキャッチプリキュアの敗北など彼女にとってはありえない事だった。
どんな奇跡も起こしてくれるだろうと……。
──しかし、その直後に、えりかは、他ならぬ月影ゆりによって殺害され、ももかは絶句する事になった。
430
:
Tomorrow Song
◆gry038wOvE
:2015/07/21(火) 01:04:00 ID:RKdo8Dag0
更にそれからまたしばらく経ち、ゆりも結局、死亡した。
その経緯を見届ける事が出来たのは、理由が知りたかったからだ。
何故、そうなってしまったのか。──彼女は、本当に自分が知っているゆりなのか?
そもそも。ゆりが殺し合いに乗る理由など、ももかは全く想定に入れていなかったし、どんな事があっても、えりかを傷つける真似は絶対にしないだろうと、当たり前に思っていた。
理由を知る事になったのは、エターナルとの戦いの時だ。ショックは無論大きかったが、ももかは、泣きながらも、今度は学校に向かおうとした。
両親と寄り添い合い、せめて悲しみを埋めたいと、このやり場のない怒りを嘆きたいと。……それを誰かが慰めてくれるだろうと、ももかは自分以外の誰かを求めた。
一日目は、まだ学校が管理されていない者たちの秘密の基地になっている事は管理者側には発覚しておらず、包囲もなかった時なので、ももかも、そこにあっさり入っていく事が出来ると、思っていた。
「嘘……」
しかし──結局、彼女は、“悪を拒む”このコッペの結界に、“拒まれて”しまった。
その時、自分がそこに入れなかった衝撃と共に、「やはり」という、どこか納得した気持ちがあったのを覚えている。
なぜなら、彼女は、正体不明の憎しみや怒り、途方もない絶望が自分の中で抑えられなくなっているのを自分で知っていたからだ。
それだけではない。──明堂院いつきがもし、自分を呼ぶえりかに気づけば、もっと長くえりかは生きながらえただろう。だから、彼女の事も憎く感じた。そこにいるのが、自分だったなら、絶対に気づくはずなのに、と思った。
それから、ダークプリキュアがえりかを気絶させなければ、えりかはゆりと出会う事はなく、もっと生き続けられただろうという事も考えた。
あるいは、えりかを救いに来る事ができなかったつぼみも、他の参加者たちも。──そんな理不尽に、誰かを憎む気持ちが湧きでてきた。
それを必死に抑えている一方で、何故か、どこか、加害者のゆりだけは憎み切れなかった。それが最大の理不尽であった。
それはつまり、親友だったからというフィルターのお陰ではなく、ゆりも、ももかと同じく、「妹」を持つ「姉」であった事を知ったからだった。
つい先ほど、えりかが喪われた時、ももかは、その存在の大きさを噛みしめたばかりだ。
ゆりの場合、ももかと性質は違うが、目的には自分の妹を甦らせる事があった。そして、彼女は最終的に、ももかの「妹」を殺害し、やがて、自分自身の「妹」を庇って死ぬ事になったのだった。
そんなゆりの運命に、どこか共感してしまった時、──彼女には、自分のゆりに対する感情が遂にわからなくなったのである。
全ての根源である彼女を許し、全く関係ないつぼみやいつきに対する憎しみの方が強まるという不可解な心情は、彼女の中で纏めきれなかった。
──どうして、こんな酷い世界になってしまったのか。
やり場のない怒りは、世界に向けられた。それしかなかった。
もう、この結界に反発を受けるのは構わない。この憎しみが、悪ならば、どうしようもないに決まっている。
ただ、せめて、自分がこんな気持ちになった発端である、あの殺し合いの全てを教えてほしい。──どうすれば、全てが元に戻るのか。
そんな時に、学校には、自分と同じく、結界への反発を受ける小さな少年を目にする事になった。
「あれは……」
彼は、そこにいた男の子は、ゆりの団地に住んでいた子供らしい。
ゆりを慕っており、年上のゆりに好意を持っているというませた男の子──はやとくんであった。
彼女もまた、その人の早すぎた死を受け入れきれず、泣いていた。
────世界は、元に戻らないのか。
────自分や、この子のような悲しみが続いていくのか。
昔の小説のように、時を遡る事ができたら良いと思う。
全てがやり直せたら、ももかは妹や親友の命を取り戻す事ができる。
その為ならば、ももかは何でもできる。
……それは奇しくも、月影ゆりの願いに、かなり似通っていた。
だからこそ、ゆりを恨む気持ちではなく、むしろ今、強く共感する想いがあるのかもしれない。
431
:
Tomorrow Song
◆gry038wOvE
:2015/07/21(火) 01:04:23 ID:RKdo8Dag0
もし、時を遡る事が出来たのなら、ももかは、ゆりを恨むのではなく、彼女の力になり、本当のゆりを取り戻してあげたいと──そう思っている。
ももかは、その後、ひとまず家に帰ったが、今度は、何人かのクラスメイトが、ももかの家にまで尋ねてきた。
これまでの学校生活では、ももかの事を高嶺の花だと思い、話しかけるのをどこか躊躇していた同級生たちであったが、この状況下、ももかの連絡先を知っている者は、彼女のもとに、せめて何か声をかけてあげられたらと思って来たのだ。
十名だけだった。……ただ、多くは、「そっとしておこう」と思って来なかっただけで、ももかを心配するくらいの気持ちは持っていただろうと思う。
その内、今の今までももかのもとに残ってくれたのが、今、ももかの周りにいる三人の男女だった。他は、一時的に来てくれただけで、所要でどこかに行ってしまう事もあった。
やがて、あのバトルロワイアルが終わる頃、生還者であるつぼみの周囲を狙う者たちがももかたちの家に乗りこんできた。──あのガイアメモリという悪魔の道具を持った財団Xである。
そう。もし、憎しみをぶつけるならば、ゆりじゃない。彼らと、ゆりの家族を奪った者、それを生みだしたこの世界だ。この場所まで荒らすのだろうか。えりかとももかの思い出が残っているこの家まで。
だが、──ももかはその感情を隠した。
──生還者を探し出す事さえ出来れば、願いを叶えられる。
信頼はできないかもしれないが、それが唯一の希望であった。
だから、ももかは第二ラウンドに乗る事にしたのだ。
ももかは、その為に、財団Xに対して、学校に関する情報を提供した。──引き換えは、彼女を捕える為の武器と、この家から出ていく事だ。
それを彼らは受諾した。彼らは、花咲家を破壊して、その周囲に張りこんでいた。近所の家が怪物によって破壊されるのを、ももかは窓の外から見つめていた。
それから、つぼみがこの世界に帰って来たという事も確認する。
オリヴィエの助けを受けたつぼみは、学校に向かっていった。学校とはいえ、そのまま向かうわけではなく、裏山の方に向かっていた。
予め抜け穴の場所なら、事前連絡でももかも知っている……。そこに関しては、子供が通る場所なので、財団Xには伝えていなかった。もしかすると、つぼみが通れるくらいの大きさになっているのかもしれない。
しかし、ももかが追う場合、流石に無理がある。高校生では通れまい。ももかは、身長も女性としては非常に高い部類だ。
だとすれば。
──はやとくんがいる。彼ならば……。
悪魔のような考えが一瞬だけ頭をよぎった。
だが、やはり、彼女の中に残った良心は、……たとえ悪や憎しみが今勝っているとしても、あの小さな男の子まで利用する事にだけは抵抗した。
結局、ももかは、ここにいる友人たち──そう、それはゆりやももかと一緒に青春を刻んだがゆえに、世界を受け入れられない者たち──とつぼみを確保する為に、結界が破れるのを待って侵入する事になった。
◆
つぼみたちは、あとほんの少しで体育館裏に繋がる裏庭で、ももかたちによって包囲されたまま、動けなかった。
薫子やシプレは、反撃の術を知っていた。いまだ衰えない空手の技を使えば、薫子もももかを撃退できるし、シプレたち妖精は少なくとも銃撃くらいからは逃げる事ができる。
だが、シプレはともかく──コフレ、ポプリの中には、敵への共感もどこかにあっただろうと思う。勿論、それは、つぼみを責めるという段階までは行きついていないが、それでも、敵への攻撃を邪魔する何かが、どこかにあった。
薫子も、何人も同時に相手にする事は無理だろうと思っていた。初動に失敗すれば、この中の誰かが傷つきかねない。
「私の妹はあの戦いで死んで、あなたは生き残った。……それって、不平等に思わない……? 同じプリキュアなのに……」
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:
Tomorrow Song
◆gry038wOvE
:2015/07/21(火) 01:04:40 ID:RKdo8Dag0
ももか自身も、今つぼみに突きつけたその論理を変だと思っている。
しかし、彼女が否定したいのは世界だ。世界は慈悲を持つ物ではない。だから、ももかの思うようにはならない。
それでも彼女は、自分の思うようにならない世界への苛立ちを、その象徴である目の前の生還者に、今は向けていた。──彼女以外に、あのわけのわからない、正体不明で理不尽な殺し合いを知る者はいないのだ。
だから、彼女を悪者にする。
「私の妹は、これまでずっと、私たちを守って来たのよ……? どうして死ななきゃならなかったの……? みんな……みんな……」
えりかも。ゆりも。
彼女の周りの人間が二人亡くなった。──彼女の両親や、明堂院家はつぼみの生還を喜ぶ心を持っていたが、彼女はそうではなかった。
「あなたが二人をプリキュアに誘ったんじゃないの……!?」
そんな問いに、つぼみの全身の冷気が背中に集まった。拳を固く握る。
つぼみは、確かにそんな事はしていないが、それでも──おそらく、あの殺し合いに招かれたのは、変身能力者ばかりであり、もし彼女たちをプリキュアにした者がいるならば、それが全ての原因であった。
まさにその発端であるコフレとポプリが、その後ろで小さくなった。彼らも既に、そんな予感は持っていた。
とはいえ──えりかとプリキュアの縁が生まれたのは、つぼみとの縁のせいでもある。
かつて、えりかの目の前で変身する事がなければ、えりかは今、プリキュアではないかもしれない。
こんなに早く命を落とす事はなかったのかもしれない。
しかし、ももかは、ふと──その問いの醜さ、無意味さに気づき、それを問い詰めるのはやめた。
だから、ここからは、自分の気持ちが出ないよう、あくまで目的だけを口に出すようにした。
「……あなたを捕えれば、全部やり直す事だって出来る。少なくとも、この世界にいる人間くらいは──」
「あんなの出鱈目に決まってるですぅ!」
「そうでしゅ! つぼみだって、生きて帰ったのにまた追われてしまっているでしゅ!」
反論したのは、コフレとポプリだった。
彼女の言葉で、どこか吹っ切れたのかもしれない。
「──出鱈目かどうかは、捕まえからわかればいいっ! これは最後のチャンスなのよ!」
その発想は──ゆりと同じだった。
追い詰められた人間は、時として、どんな幻想にでも縋るしかない。──大事な物を喪った者ほど、突拍子もない宗教や嘘のような詐欺の魔の手には引っかかり易いように。
それがいかに怪しいからを知ったうえで、それでも、「もしかしたら」の希望に賭けている。彼女はそうして、戦おうとしている。
「駄目……っ! そんな理由で、つぼみは──渡さない……っ!」
その時、そう言って、つぼみとももかの間に、割って入るように立つ者が現れた。
震えた声だ──つぼみの後ろから、ゆっくりと、そこに現われ、目を瞑り、両手を広げて、「撃つなら自分を撃て」とばかりに、ももかにそんな言葉を突きつけたのだ。
彼女は、つぼみと並ぶほどの引っ込み思案で、いつきと親しかった──沢井なおみだ。
「なおみ……!」
弱気な彼女が、勇気を振り絞って、銃口の前に立とうとしていたのだ。
つぼみでさえ、そんな姿に唖然とした。
すると、その行動を引き金にして、つぼみと薫子の周りを、ただ黙って、志久ななみ、佐久間としこ、黒田るみこが、手を広げて囲んだ。
「つぼみは絶対渡さない……!」
「みんな……!」
つぼみを守る壁が、つぼみの周囲全体を塞ぐ。コフレもポプリも……。
彼女たちが危険を顧みず、つぼみを庇おうとする姿に、つぼみは、ただただ驚くしかなかった。衝撃ばかりが大きく、この感情を今説明するのは難しい。
ただ、彼女たちは、日常を共に過ごすだけの友人ではなく──もっと深いところで繋がっている友達なのだと、つぼみは再確認した。
433
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Tomorrow Song
◆gry038wOvE
:2015/07/21(火) 01:04:57 ID:RKdo8Dag0
「くっ……!」
一方、ももかは、震える人差し指を引き金に向けて少し力を込めた。
つぼみと無関係な彼女たちを撃つ事はできない。──だが、威嚇すれば、せめて、退いてくれるはずだと。
当たらないように、一発でも撃ってみせようとしたのだが──それも、今は躊躇している。
指先が動かない。
言葉が出ない。
何故、自分は彼女たちを撃とうとしているのか──その理由を、一瞬だけ忘れかけた。
「いたッ! 花咲つぼみだ!」
「他にも何人かいるぞ!!」
「殺害許可もある、やってしまえ!」
しかし、その時、遂に財団Xたちもこの裏庭を見つけ出し、声が響いた。
想いの外、早い──とももかは思った。早いというだけではなく、その言葉は、ももかの予想以上に物騒であった。
とらえる事ではなく、殺す事が目的になっている。──勿論、捕えた後に処刑が行われるのは想定していたが、それでも。
彼らは、マスカレイド・ドーパントへと変身し、人間には敵わない圧倒的な力でねじ伏せようとする。キュアブロッサムに変身してかかってくると予想しているからに違いない。
「まずい……っ!」
戦慄する彼女たち──。
「──つぼみは絶対、私たちが守る!」
マスカレイドたちが近づいて来る。
銃に囲まれたというだけではなく、こうして怪人たちに命まで狙われている……。
つぼみの周囲で、本来命を狙われていないはずの同級生たちも、もしかしたら巻き添えを食うのでは、と、ももかは恐怖した。
「──絶対!!」
マスカレイドたちがこちらに手が届きそうな所まで近づいて来る。
ももかの背中からやって来る、三体のマスカレイドの集団──。
どうすればいい……。
「殺せーッ!」
と、その叫びが聞こえた時。
「──駄目ぇぇっ!」
咄嗟に、ももかの銃が、音と煙を立てる事になった。
その銃口が向けられていたのは、つぼみたちの方ではなく、彼女の後ろから迫って来ていたマスカレイドたちの方だ。
マスカレイドたちの動きが、一瞬だけ止まる。
──あくまで、突発的な事象である。
マスカレイドが、つぼみたちを攻撃しようとする未来が見えた時、それに対する反発や不快感がももかの中に生まれた。だから、それより前にマスカレイドを撃退しようとしたのだ。
やはり、人の命を奪うだけの踏ん切りは彼女にはつけられなかった。
そのつもりであったが、つぼみの命を奪う事は、ももかにはどうあっても無理だ。ゆりも本当は、直前に戦いを経て、少し高揚した精神状態だからこそ、あんな風な事ができたのかもしれない。
「ももかさんっ!」
女子高生の彼女には反動が大きく、後ろに大きく吹き飛ばす事になる。彼女の身体は、耐えきれずにつぼみたちの方へと倒れてくる。
呆然としていたなおみを軽く押しのけて前に出て、つぼみはももかの肩を支えた。
──銃弾は、マスカレイドの方へと向かっていくが、それが掠め取る事さえもなく、全く見当はずれのところへ飛び去っていった。
いずれにせよ、マスカレイドたちは銃弾の一発くらいなら何とか耐えられるドーパントだ。彼らは、ももかの銃撃に構わず、またつぼみのもとに向かって来ようとしていた。
434
:
Tomorrow Song
◆gry038wOvE
:2015/07/21(火) 01:05:13 ID:RKdo8Dag0
「つぼみっ!!」
──刹那。
体育館の屋根の上から、オリヴィエが飛び降り、マスカレイドの頭部に着地した。マスカレイドの首が大きく前に畳みこまれ、バランスを崩す。
ももかの弾丸は文字通り、的外れな方向に飛んでいってしまったが、そこで鳴った音がオリヴィエをここに引き寄せたのだ。
「オリヴィエ!!」
つぼみたちを庇うように、マスカレイドとの間に立つオリヴィエ。
オリヴィエは、二体のマスカレイドを前に構えた。いつでも相手はできる準備は整っている。彼はここで唯一の、異人と並べる戦闘能力の持ち主だと言っていい。彼が来た事で安心も湧きでた。
「──っ!!」
その次の瞬間、彼の攻撃を待たずして、突如、二体のマスカレイドは苦しみもがき始めた。
なにゆえか、空気の中を溺れているかのように、虚空を掴むマスカレイドたち。
その姿は異様であったが、彼らがふざけているわけではないのはその苦渋に満ちた声からわかった。
「──あああああああああああああッッ!!!!」
そして、やがて──マスカレイドたちが、一気に泡になって消えていった。
「……っ!?」
人間が泡になって消えていく光景に、そこにいた女子中学生たちが、そのあまりのグロテスクな光景に目を覆う。
いくら敵とはいえ、突然、まるで奇妙な薬品の攻撃でも受けたかのように、もがき苦しみ、死んでいったのである。その光景は、彼女たちにとってはショックに違いない。
オリヴィエも、戦おうとした相手が突如として消えた事に驚きを隠せなかった。
そこに安心感などない。
おそるおそる、マスカレイドたちが消えたそこに歩いて向かっていく。
人間は泡にはならない。──彼女は、それを知った上で、冷静に、その解けた泡の残りかすのあたりへと歩いていった。
「彼らは人じゃないわね。……どうやら、元々、心や生命がない人間の模造品だったみたい」
薫子が、その消えかけた泡の残る、芝生の上を見て、言った。
財団Xの何名かは、人間ではなく、生命以外のナニカから作られたその模造品のようだ。
下っ端の構成員でも、管理している全ての世界に派遣できるほど多くはない。このような手抜き構成員もいるのだろう。
つぼみたちはほっと胸をなで下ろしたが、何故そんな事が起きたのか、疑問にも思った。
そして、今、そんな現象が起きた理由を、数秒後にオリヴィエが気づき、言った。
「結界だ……。誰かが結界を張ったんだ……! だから、彼らは浄化された……」
「一体誰が……? まさか、コッペ様が……?」
つぼみが薫子に訊くと、彼女は首を横に振った。ふと、オリヴィエが、上空を睨んだ。
それにつられてつぼみたちも真上を見てみるが、眩しい日差し以外には何もないように見えた。
オリヴィエだけにはその感覚に覚えがあったが、それが何なのかは言わずにおいた。
◆
「──やれやれ」
人狼以外が可視できない遥か上空、一人の使徒が空を飛んでいた。
美青年の姿をしており、かつて見せていた冷徹な瞳は、どことなく穏やかにさえ見える物に変わっていた。
435
:
Tomorrow Song
◆gry038wOvE
:2015/07/21(火) 01:05:29 ID:RKdo8Dag0
彼は、そこで独り言のように言う。
「……苦戦しているようだね、プリキュア」
かつて、キュアブロッサム、キュアマリン、キュアサンシャイン、キュアムーンライトの四人が力を合わせ、愛で戦った相手──デューンであった。
テッカマンブレードの世界で、敵が再度生まれたように、デューンが再度生まれたのである。しかし、それは無限シルエットによって浄化を受けた感情も残っているデューンであった……ゆえに、誰かを襲うつもりはない。
彼自身、何故そう思うのかもわかってはいないのだが。
「まあいい。今回は少しだけ手を貸すよ」
まだ彼はどこか気まぐれであり、誰かに向けて謝罪の言葉を口にするようなタマではないが、少なくとも一時、この場を凌ぐくらいは──ちょっとした償いの為に、プリキュアに力を貸してやってもいい、と。
デューンは、空で、真下で戦う生き物たちを眺めていた。
◆
……それから、再度、彼女たちは学校で暮らす事になった。
昨日までと違うのは、そこに、来海ももかの姿があるという事だ。
デューン(彼が結界を張った事はオリヴィエ以外誰も知らないが)は、コッペほどはっきりとした善悪の区別を持って人間を結界に閉じ込めるような器用なやり方はできない。──ゆえに、ももかも今度は、同様に閉じ込められたのだ。
少なくとも、財団Xやスナッキーは結界内に入る事ができないが、ベリアル帝国と無関係な悪人くらいは、結界に入る事ができる状況である。
両親や友人と同じ空間にいるには違いないが、それを一時でも裏切ろうとしていたももかには、この場はどこか気まずい。今は先ほど引き連れていた仲間たちと共に、高等部の校舎で、彼らだけで行動している。
とはいっても、やる事がなく、階段に無言で座りこんだり、人目を避けながら無意味にどこかの教室に向かっていったり……というくらいしかできなかった。人の気配があると、反射的にどこかに姿を隠してしまう。
息苦しいが、一度つぼみたちを裏切ろうとした罰だと思い、それを飲み込んだ。
──やっぱり、世界を元に戻すなんて、出来なかった。
──自分には、出来ないのだ。
そんな状態で、しばらくすると夜が来ていた。
もう、こんな時間だ。──彼女は、この狭い空間に共に閉じ込められている親にさえ顔を向けられない事を、心細く思っていた。
昨日までは、彼女たちにも会いたいと思っていたはずだ。しかし、裏切ってつぼみを捕まえようとした彼女たちは、それを躊躇していた。
「ももかさん……」
そうして、階段に座りこんで月を眺めていた時、階段の下から、意外な人物が歩いてきた。同級生の声ではなかった。
見ればそれは、花咲つぼみである。
彼女は、ももかや、ももかの仲間の三人に渡す分の食糧を持ってきていた。──その行動自体は、普段の彼女らしいと、ももかも思う。
しかし、ももかには、それを踏まえても、まだ疑問点もあった。
「……つぼみちゃん、一人で来たの? どうして?」
自分を裏切った人間の前に一人でやって来るなんて──いくら何でも無防備すぎると思ったのだ。
しかし、彼女は実際、それを実行している。
「私は、ももかさんを信じています」
そう答えられたのが皮肉にも聞こえて、ももかは口を噤む。しかし、つぼみの性格上、そんな裏表はないのだろう。
436
:
Tomorrow Song
◆gry038wOvE
:2015/07/21(火) 01:05:48 ID:RKdo8Dag0
──自分を狙った人間を前に、どうしてこうもお人よしでいられるのだろう。
銃は、薫子に没収されてしまい、それを彼女たちは抵抗する事もなく渡してしまったので、ももかに攻撃の術はない。だが、それでも……何をするかわからないし、たとえそうでなくても、堂々と目の前に顔を出すなんて、気が重くならないのだろうか。
そんなももかの考えとは裏腹に、つぼみは、ももかの隣に座った。月明かりが照らす階段に、二人で座っていた。
「ねえ、ももかさん……。私、放送でえりかが死んだって言われた時、泣く事ができませんでした」
つぼみは、ももかと同じく、外の月を見上げながら、えりかの事を口にした。
えりか──その名前を聞くと、心拍数が上がる。
実はそれは……つぼみも同じだった。
「実感がなかったんです。あのえりかが死んだなんて言われても、それは嘘だって思いました。でも……いつの間にか、じわじわと胸の中にそれは実感になって……だから──ずっと後になってから、泣きました」
そう言われて、ももかは、少し意外に思った。
放送直後のつぼみの反応を、ももかは見ていたが、彼女は泣いてなどいなかった。──だから、ももかは、少し、つぼみを冷たいと思ったのだった。それが、つぼみを憎む原因の一つでもあった。
しかし、今こうして聞くと、そうではなかったらしい事がわかった。
悲しい時の反応は涙を流すだけではない。──つぼみもまた、えりかの親友だ。悲しまないはずがないのだ。
その事実を知った時、ももかは不意に左目から涙が流れたのを感じた。
それで慌てて、つぼみに、少し砕けた言い方で、おどけたように返す。
「つぼみちゃんはおっとりしているから、ちょっと気づくのが遅れちゃう事があるのかもね……」
「そうかもしれません。──さっきも、ももかさんや、ここにいるみんなに大事な事を気づかせてもらいました」
「大事な事……?」
訊かれて、つぼみは言った。
「ももかさんも、ゆりさんも……ずっと、何かを守る為に、自分なりの力を尽くして前に進んでいたんです。私は、プリキュアになれなければもう何もできないと──そう思って、進む事や、変わる事を忘れていました」
ももかにとって、「つぼみがあれから、プリキュアになれない」という事実は初めて聞く事実だ。確かに、財団Xに襲われた時にキュアブロッサムにはなれなかったようだが、一時的な物だと思っていた。これからずっとそうらしいと聞いて、ももかは素直に驚いている。
もし、先ほどまでのももかならば、それを一つのチャンスとして捉える事ができたかもしれない。だが、今は、そんな事はどうでもよかった。
仮に、チャンスがあったとしても、自分には何も出来ないと知ってしまった。無防備な姿を晒すつぼみを見ても、そこに危害を加える事はできないのが自分の性格だ。
「ここにいるみんなは、変身なんてできません。でも、それでも……自分が絶対に勝てないような相手にも立ち向かおうとしていました。誰かの為に、自分の為に──」
つぼみを、体を張って守っていたファッション部の仲間や薫子、デザトリアンやスナッキーに憮然と立ち向かった男子たち、プリキュアであるつぼみを捕えようとしたももかたち。決して、彼らは怖がっていないはずはなかった。
それでも、やらなければならなかったから、彼らは立ち向かった。
そんな彼女たちを見ていた時、つぼみの胸は熱くなっていった。
「私ももうプリキュアにはなれないかもしれません。でも、それは戦えないっていう事じゃないんです。……私は、この支配に立ち向かって、また元の日常を取り戻す為に──最後の戦いに挑みます。みんなと、同じように」
「……つぼみちゃん」
そんなつぼみを見て、ももかの前には、かつてデザトリアンになった自分を救ってくれたキュアブロッサムの姿が重なる。
キュアマリン、キュアサンシャイン、キュアムーンライト──彼ら、ハートキャッチプリキュアの持っていた意志。
たとえ、変身できなくても、つぼみの中でそれは損なわれていなかった。
いや、かつて以上に彼女は──プリキュアであるように見えた。
だから──ももかは言った。
437
:
Tomorrow Song
◆gry038wOvE
:2015/07/21(火) 01:06:04 ID:RKdo8Dag0
「絶対死んじゃ駄目よ。……えりかの分も、ゆりの分も、いつきちゃんの分も、ゆりの妹の分も……あなたが、あなたが、おばあちゃんになるまで生きなきゃ駄目よ」
今更こんな事を言うと、掌を返している、と言われるかもしれない。
だが、ももかは、真っ直ぐにつぼみの瞳を見つめて、気づけば激励した。それは、勢いから出た言葉ではなかったと思う。もし、今言えなかったら、またしばらくしてつぼみにそう声をかけたのかもしれない。
家族を喪った者を代表して、彼女に言わなければならない言葉なのである。
そんなももかの言葉に、つぼみは答えた。
「わかってます。──私も、今はふたばのお姉ちゃんですから」
そう聞いて、ももかはどこか、安心していた。
一人しかいない兄弟姉妹を喪うのは、誰にとっても辛い。だが、来海ももかにも、月影ゆりにも、月影なのはにも、明堂院さつきにも、この殺し合いの中で、そんな死別は訪れた。
だから、ここでは──せめて、花咲ふたばと花咲つぼみの姉妹だけは、絶対に離れ離れにはさせてはならないのだ。
そうだ──それが、ももかがここですべき事だったに違いない。
ようやく、ももかは、自分が姉としてすべき事を悟った。
自分が姉であるならば──ここにいる一人の姉の気持ちを理解し、守らなければならないのである。
それに、今更……ようやく、気づいた。
「そろそろ行きます。……体育館で来海さんが待ってますから、後で顔を出してくださいね」
その時、丁度、つぼみが立ち上がった。彼女は、そうすると、すぐにももかに背を向け、階段を下りて行ってしまう。
何気なく言ったが、えりかとももかの両親の話をしてくれたのが、彼女には意外だった。
それで、堪えきれず、ももかも思わず、立ち上がり、階段の下にいる彼女を見下ろし、呼んだ。
「ねえ、つぼみちゃん!」
「何ですか?」
振り向き、ももかを見上げたつぼみに対して、彼女は言った。
「──えりかの一番の友達でいてくれて、ありがとう」
◆
──翌朝。
寝起きのつぼみに、オリヴィエが話した。
「つぼみ。美希はこの世界には帰って来ていなかった。……美希の家族にも訊いたけど、まだ帰っていなくて……それで、心配だって」
オリヴィエは、前日の夜、クローバーストリートまで出ていたらしい。
それを頼んだのは、他ならぬつぼみであった。彼女を見つけ出せれば、せめて、あの世界から帰った仲間たちを増やしていけると思ったのだ。
オリヴィエは、確かにその往復で危険な目に遭う事はなかった。
「でも、一つだけ伝えなきゃならない事があるんだ」
──それは、彼がクローバーストリートで出会った、高町ヴィヴィオらの乗船するアースラからの情報であった。
ヴィヴィオの生存は、つぼみも初めて知った意外な事実だ。
彼女は、別の世界の生還者を探す為にこの世界を一時離脱したが、今日中に明堂学園のグラウンドに来るとの事であった。
つぼみは、それを聞き、──そこからの事は、自分で決めた。
◆
438
:
Tomorrow Song
◆gry038wOvE
:2015/07/21(火) 01:06:21 ID:RKdo8Dag0
グラウンドには、数十人分の人影が揃っていた。
一時間前、つぼみは自分の決断を家族や周囲に伝えなければならなかった。
アースラにいる仲間たちが生きていた事、もう一度ベリアルを倒しに行くという事、そうしなければ前に進めないという事──だが、理解を得るのは難しい。
もうプリキュアになれないが──それでも立ち向かうつぼみを、誰も止めないのか。
そんなわけはない。
結果、勿論、激しい反対を受けた。折角、愛娘が帰って来たのに、またどこか遠くへ旅立たさなければならないのだ。今度こそ死ぬかもしれない。いや、その可能性の方がずっと高い。何としてでも止めようとしていた。
だが、そんなつぼみの決断を、尊重したのは、今、この人影の中心にいる薫子だった。
彼女と共に説得し、やがて──この終わりのない逃亡生活を終わらせるという意味でも、前向きな意味で、ベリアルを倒すという事を説得して、納得させた。
つぼみをここで囲ったところで、またいつか、昨日のような襲撃に遭う。このままでは、それを待つだけ──ただ、死ぬまでの時間をつぼみと長く過ごすという意味でしかなくなってしまう。
そうではなく、ベリアルを倒す事で全て終わらせ、またきっと、この前のように一緒に過ごそうと──そういう意味で、つぼみは殺し合いの場に向かおうというのだ。
「……つぼみ。どうしても行くのね?」
薫子と、つぼみの両親が心配そうにつぼみを見つめている。
母に抱かれている赤子──ふたばだけは、自分たちの真上で太陽の光を阻んで影を作る巨大な物体に向けて無邪気に手を伸ばしていた。
この世の物とは思えない、巨大な戦艦──アースラが、既にこの場にその姿を現していた。
この世界の、この場所に、転送された来たのだ。つぼみを見つけ出したアースラは、その保護の為に彼女を呼ぶ。
そこにいる仲間たちとの挨拶を待つくらいの時間は勿論あった。
アースラの中には、また一緒に迎えてくれる、レイジングハートやヴィヴィオや翔太郎たちがいる。──彼らにまた会えた事は、つぼみにとって、少し嬉しい事でもあった。
「はい。今、一緒にベリアルを倒しに行けるのは私だけですから」
つぼみ以外の人間も、確かにアースラに乗船する事はできる。
しかし、それは却ってつぼみの決意を鈍らせる事になるだろう。
たとえ一緒の場にいなくても、つぼみは一人じゃない。だから、安心して全てを任せて、遠くに旅立てる。
「大丈夫。私には、みなさんがくれた想いがあります。きっと……必ず帰ります」
つぼみは、クラスメイトたちが自分を迎えてくれるのを見つめた。
彼らから、つぼみに──一時間で書かれた寄せ書きが渡された。そこには、キュアブロッサムではなく、花咲つぼみとしての彼女へのメッセージがいくつも書かれている。
卒業するまで一緒にいよう、と。
その日を楽しみにしている仲間たちがここにいる。
「ふたば、お父さん、お母さん、おばあちゃん。だからまた……元気で会いましょう」
つぼみは、ふたばの指先に触れ、言った。こんな家族たちが自分にはいる。──今の自分は一人のお姉さんだ。もっと大きくなったふたばと遊びたい。
つぼみは、来海家や明堂院家の人々がそこに立っているのを見つめた。
ももかは──両親と一緒にいる。コフレとポプリも、こちらに激励の合図を送っている。
必ず帰ってこい、と彼女たちが目で訴えている。それは、亡くなってしまった自分の娘たちの為に──。
「みんなの心が希望を失わない限り、プリキュアは諦める事はありません。──私も、変身できなくても、心はプリキュアですから」
たとえ変身できなくても──つぼみは、行かなければならない。
アースラで待っている仲間がいる。ここにつぼみを迎えてくれる仲間がいる。
一人じゃない。
希望の道を切り開く為に、つぼみは──
「じゃあ、みなさん……行ってきます!!」
【花咲つぼみ@ハートキャッチプリキュア! GAME Re;START】
439
:
◆gry038wOvE
:2015/07/21(火) 01:07:58 ID:RKdo8Dag0
以上、投下終了です。
色々ありすぎてつぼみ視点だとゆりさんのお母さんとかはやとくんの問題が放置気味ですが、その辺は各自脳内補完でお願いします。
440
:
◆gry038wOvE
:2015/07/21(火) 01:11:46 ID:RKdo8Dag0
次回は佐倉杏子で投下予定です。
441
:
◆OmtW54r7Tc
:2015/07/21(火) 08:31:41 ID:awNeV4vg0
投下乙です
なんか今回は読んでて申し訳なくなったのでトリつきで
中学生の女の子にとってはなかなかきつい現実だよなあ
変身できない中で彼女がどう戦いぬくのか気になるところ
そしてもも姉…
開始早々の妹への酷い仕打ち、ごめんなさい
442
:
◆gry038wOvE
:2015/07/26(日) 18:05:20 ID:2QeaXfr60
投下します。
443
:
あたしの、世界中の友達
◆gry038wOvE
:2015/07/26(日) 18:06:05 ID:2QeaXfr60
「やあ」
──バトルロワイアルを終え、元の世界に帰還した佐倉杏子を迎えたのは、彼女にとって一番会いたくない存在であった。
真っ白な体毛を生やした、両手に収まるほどの体。無感情な赤い瞳。動物に喩えるならば兎のようで、しかし、言葉を話し、少女に魔法を授ける力を持つ。……そんな奇妙な小動物。
人間を魔法少女へと契約させ、その運命を翻弄するインキュベーター──キュゥべえである。
彼は、相も変わらず無生物のようなその瞳で、路地裏に倒れている杏子の姿をただ見つめていた。この瞳がいつもどこか不安を煽る。
野良犬の住むような薄暗い路地に、直角に差しこんでいたただ一つの光が、丁度、はっきりとそこから撤退し、正午の終わりを告げたように見える。
随分と静謐で涼し気な場所に帰って来たような気がする。
「おかえりのようだね、杏子」
そうキュゥべえに言われるが、その時の杏子の耳には入らなかった。脳裏にあるのは、今は全く別の事だ。──勿論、目の前にキュゥべえがいる事を認識してはいるが、それはあくまで認識だけで、主だって彼の事を考える事は、今はない。
──この世界について、杏子が殺し合いに来る前と、来た後による記憶の差があるのを思い出し、それが彼女を一時混乱させたのである。
先ほど、粒子の流れに乗って、この殺し合いに向かってきた時──杏子の記憶にないはずの記憶が植えつけられたのだ。これは杏子や一部の参加者に起こる現象だった。
鹿目まどか。美樹さやか。暁美ほむら。巴マミ。──それらの魔法少女と自分との関係性が、杏子の中で更に変化を辿る。いや、もっと言えば──杏子の中には、一度、“人魚の魔女”と共に自爆し、消えたという記憶までが蘇る。
どの世界においても、杏子は悪の道を捨てる運命にあったらしいが、その反面で、彼女自身は、その場合に死ぬ事にもなるらしい。
(どうなってんだ……? あたし、帰って来たんだよな……)
彼女は、一度、キュゥべえの瞳から目を逸らして、辺りを見回す。だが、ここはビル街の裏路地で、右も左も関係ない場所だった。自分の周りの視覚情報に意味はなかった。
(実感はないが……あたしはここで、魔女じゃなく魔獣と戦っていた記憶がある)
だが、おそらく今、杏子がいる世界は、──おそらく、魔法少女が、“魔女”ではなく“魔獣”と戦っているという世界である。そんな気がする。何故か、杏子は最近までこの世界の事を忘れていたが、確かにこの世界の住人であった気もした。
戦いに巻き込まれた世界。魔女と戦い果てた世界。魔獣と戦う世界。
彼女自身、その三つの記憶を混濁させ、やや、目の前のキュゥべえに対しての意識をどう向ければいいのか迷った挙句、ただ一言だけ、彼に向けて言葉を投げかけた。
「なんだ……テメェ? 何見てるんだよ」
聞きたい事はいくらでもあったが、まだ少し混乱していて、そう口に出す。
「僕の事を忘れたのかい? 佐倉杏子」
「……忘れるわけねえだろッ!」
彼の事は忘れるはずがあるまい。魔獣と戦っているはずの今の世界にも彼はいたし、魔女と戦う世界の頃の話は忘れるはずもない。杏子にとってはそちらの世界の恨みの方が根深い記憶だ。
多くを説明せずに杏子を魔法少女の道に引き込んだキュゥべえの存在は、あのバトルロワイアルの最中でも何度杏子を悩ませた事か──。今も殴りたい気持ちがあるが、頭の整理がついていない状態だった。
そんな杏子に、キュゥべえは言う。
「そうか。別に記憶を失ったわけではないようだね」
「ああ、忘れたい奴の事も覚えちまってる……!」
杏子はキュゥべえに皮肉を込めて言ったが、キュゥべえは無視した。
「……それにしても、君もよくあの戦いで生き残る事ができたね。僕も驚いているよ。まさか、魔法少女も及ばないような強敵を前にしても勝利してしまうなんてね」
444
:
あたしの、世界中の友達
◆gry038wOvE
:2015/07/26(日) 18:06:29 ID:2QeaXfr60
「あの殺し合い……やっぱテメェの差し金かッ!」
杏子は、彼がその事を口にした瞬間──怒りが抑えられず、思わずキュゥべえに掴みかかるが、彼は相変わらず飄々といている。
咄嗟に、彼が殺し合いに一枚噛んでいるのではないかと杏子は睨んだ。この物言いではそうとしか思えなかったのである。
もし、彼が殺し合いに無関係な立場の人間であるならば、彼は全く、そんな事を知る由もないだろうと杏子は思ったのだ。
だが、キュゥべえは答えた。
「いや、それは違うよ、杏子。むしろ逆さ。──あの殺し合いが起きた事によって、僕たちはとても迷惑しているんだ。……まあ、この世界が出来た理由や、魔法少女の間で“円環の理”と呼ばれる物が生まれた経緯を知るには丁度良かったけどね」
円環の理──その存在ならば、今の杏子の頭の中にはインプットされている。
魔法少女が旅立つ時に現れる、神の伝説だ。それは、あの殺し合いに参加していた鹿目まどかと酷似した外見をしたイメージとして、杏子の中にもどことなく存在している。その二つに何らかの関係があるのは、今、杏子にも理解できた。彼女はまどかを覚えていた。
キュゥべえにとって、それは最近まで絵空事扱いされるべき話だったが、彼も今はその存在を認めている。それはあの殺し合いがキュゥべえに齎した効果の一つだ。
「……じゃあ、あんたたちは殺し合いには関係ないっていうのか? じゃあなんであのクソゲームの事を知ってる……?」
杏子には、キュゥべえが殺し合いには全く干渉しておらず、それと同時に、殺し合いについて知っているような素振りを見せている点を気にした。
「そうだね。まず、そこから説明しなきゃいけないか。……君たちは知らなかったようだけど、あの殺し合いは、主催者の手によって世界中の人にモニターされているんだ。彼らが帰るべき世界にも全て中継されてるよ」
「何だと……?」
「ほら、上を見てごらん」
杏子が、キュゥべえに促されるまま、空を見上げた。
ビルとビルの間に挟まれた、今は日の当たらない暗い路地裏であるが、そこにまた影ができる。彼女の頭上を通過していく影は巨大であった。
「なんだ、あれは……」
ビルの真上を──そこを、奇妙な平面の物体が飛行しているのである。
あれは何だ……? と思い、杏子は、それを注意深く、覗いた。
「あたしたちが殺し合いをしてる時の映像……! 悪趣味な事をしやがってッ!」
それは、巨大なテレビモニターであった。前面からは電子映像が発されており、そこには杏子たちの姿──あの場で起こったドウコクとの戦闘が、丁度、放送されているのだ。
キュゥべえの言う事が事実だった。
……そんな恐るべき物が、この世界では飛んでいる。
「この世界は、君たちが捕まっていた九日間の内に、ある一人の人物によって管理されたんだ。そして、君たちが殺し合いをする映像をああして映す事によって、人間を絶望させ、そのエネルギーによって更に多くの世界を侵略している」
「一人の人物……!?」
全ての光景が実況されていた──それは、まだ、杏子の中では収まりのつく話である。別段、正体を知られたくない相手がいるわけではないので、杏子には、それによって困る所は少ない。強いて言えば、着替えやトイレが誰かに覗かれていたかもしれないという程度の小さな不快感だ。あとは、単純に照れくさいという所もある。
だが、そんな些末な問題を気にしている場合ではない。
あの殺し合いを企画し、それを世界に実況し、世界を侵略しようとしている者がいるのだ。そんな悪趣味な“主催者”はまだ生きている。それどころか、世界に大きな影響を与えてしまっている。
その人物の名前を杏子は知りたかった。
「カイザーベリアルという、かつての────ウルトラ戦士だよ」
キュゥべえは、躊躇する事なくその名前を告げた。
杏子にも、「ベリアル」という名はどこかで聞いた事があった。記憶を掘り出す。
445
:
あたしの、世界中の友達
◆gry038wOvE
:2015/07/26(日) 18:07:08 ID:2QeaXfr60
そう、ゴハットが告げたベリアル帝国という謎の単語だ。
あれは確かに、この殺し合いの主催者を示すキーワードだったという事である。
「ウルトラ戦士……ウルトラマンの事か?」
「そうだ。元々は遠くの星雲から来た光の巨人なんだけどね。多くは何故か宇宙の脅威にわざわざ立ち向かって、宇宙を平和にしようとしている種族だよ。……まったく、ウルトラマンっていうのは、わけがわからない存在だよ」
「……ベリアルってのは、その中の変わり者連中の中の裏切り者ってわけか」
──ウルトラ戦士というのは、杏子にとっても少し縁のある物で、それゆえに、どこか嫌な気分を覚えた。
杏子自身も、ウルトラ戦士と同化して戦った時期があのバトルロワイアルの中にある。だが、ダークザギこと石堀光彦(実際は違うが特にそれについて知らない杏子から見ればどちらも同じだ)のように、あの強大すぎる力を悪の道に使う者もいた。
当たり前だ。強い力を持った者の多くはそちらの道を選ぶ。たまたま、ウルトラマンたちの星の人間が変わり者の集まりだっただけだ。
カイザーベリアルは、ダークザギと同じく力に呑まれたのだろう。
「彼は異世界も含めて、この宇宙の果てに存在しうる全てを自分の手で侵略しようとしている。管理された人間は、君たち人間の持つ“感情”が押し殺され、僕たちとそう大差ない、何かに従う生命体になってしまうんだ。……まあ、その方が、“感情”なんていう物に支配されるよりもずっと都合が良いのは確かだけど、そこに至るまでの過程や方法に関して言うと、僕たちの宇宙はとても迷惑しているんだよね」
──そこからは、キュゥべえによる長い解説が始まった。
普段はそれを一からまともに聞く事のない杏子であったが、その時は少し真剣に、頭の中でキュゥべえの言葉を噛み砕いて整理しようと必死であった。
何せ、そこから先の説明を聞き逃せば、取り返しのつかない事になるような危機感が胸の内にあったし、実際、こうして脱出して拝めた外の世界が一体どういう状況なのか知っておかなければ、まともに暮らす事さえままならないくらいである。
──いや、既にそれはままならない状況なのかもしれない、と杏子は思った。
「彼は今回の事で宇宙の寿命を大きくすり減らしている。まず、僕たちが宇宙の寿命の問題を伸ばす為にグリーフシードから手に入れたエネルギーをベリアルたちが殆ど奪取してしまった事が原因の一つなんだけど、それだけじゃない」
446
:
あたしの、世界中の友達
◆gry038wOvE
:2015/07/26(日) 18:07:24 ID:2QeaXfr60
グリーフシードを用いたエネルギー回収の話は、杏子が全く知らない話であった。──キュゥべえの策略に関連する事かもしれないが、敢えてキュゥべえはそれを暈すように喋っているらしい。
彼にとっても多くを説明するのは都合が悪いと見え、少なくとも自分が明らかに責められる要因などは回避しようとしているらしかった。
だが、そんな細かい所にいちいち突っ込む杏子ではなかった。
「彼らは、時間軸介入や、本来繋げてはならない世界の融合や連結を行ってしまったんだ。それにより、歴史や宇宙は幾度も世界を修正する必要が出来てしまい、あらゆる宇宙に大きな負担がかかった。──今、宇宙はキャパシティを超える酷使をされすぎて、激しい金属疲労を起こしているんだよ。これ以上それをやられると困るんだよね」
「歴史の修正……」
杏子は、自分がここに来た時に幾つもの記憶が流れ込んできたのを思い出す。
彼の言葉に実感が伴ったような気がした。魔女が魔獣に変わったのもその一端かもしれない、と杏子は思った(実際には今回の件とは無関係な話だったが)。
「……まあ、そのお陰でベリアルの支配によって戦争などの小さな問題は解決したけど、そのせいで、今度は宇宙の寿命が消えかかっているんだ。まったく、これじゃあ元も子もないよ。僕たちにとっても不都合な事の方が多いじゃないか。自由きままに戦争をしていてくれた方がずっと宇宙へのダメージは小さくて済むくらいだよ」
……杏子にとって、そこからの話は果てしなくスケールの大きい話にさえ感じられた。
地球という惑星の人間は、まだ手の届く範囲でしか宇宙への進出を叶えておらず、沖一也でさえ月止まりなのだ。杏子の周囲の常識でもそれは遠い未来である。高度に進出したのは、テッカマンブレードの世界の地球くらいの物だろう。
先ほど、ウルトラマンの出自について軽く知らされたが、実際のところ、杏子にはどの程度信じて言いのか見当もつかない。
……まあ、キュゥべえも宇宙から来た観測者で、魔法少女もそんな宇宙の果てから授かった力らしいのだが──それも今しがた知ったばかりの情報である。
「このまま、あと一週間でもベリアルが侵略を続ければ、宇宙はオーバーロードを起こし、遂に取り返しのつかない事になってしまうだろう。だから、僕たちは何としてもベリアルを倒さなければならないんだけど、今度はそこでまた問題が生じてしまったんだ」
447
:
あたしの、世界中の友達
◆gry038wOvE
:2015/07/26(日) 18:07:43 ID:2QeaXfr60
キュゥべえは、まだ続けていたが、そこまで喋ると一拍置いた。
「ベリアルを倒すには、ベリアルが今いる世界──つまり、あのバトルロワイアルの世界に行かなければならないんだけど、今のところ、それは誰が試みてもできなくてね」
何故か、こうして、この話を強調した時、嫌な予感が杏子の中に過った。
キュゥべえの言葉に妙な含みを覚えたのだ。──キュゥべえの瞳は、こちらに何かを訴え、強要しようとしているようにさえ見えた。
かつて契約する時に見た彼の瞳のそれだった。
そして、……キュゥべえは、当然のように告げた。
「調査の結果、あそこに行く事が出来るのは、君たちみたいに、一度あの世界に行った事で、あの世界に耐性が出来ている人間だけだとわかったんだ」
そう──世界の運命を変えられるのは、あの殺し合いから生き残った、十名前後の生存者だけなのだ。
その一人には勿論、杏子も含まれる。
「──宇宙の為にも、ベリアルと戦いに行ってくれるよね? 杏子」
実際のところ、その脱出した仲間を集めて、またあの殺し合いの現場に行き、ベリアルと戦えというのが、このキュゥべえの言いたい事らしい。
この安全圏からそんな事を言えるキュゥべえには腹も立つ。折角全てを終えたばかりで、元の世界に戻れたというのに──。
だが、結局のところ、杏子も同じ考えなので文句は言えないのも辛い所だ。
──世界中が支配されているというなら、そこは大変生きづらい世の中に違いない。このままでは、杏子にとっても害の方が多いほどだ。
「……」
そして、杏子としては、確かにもう一度、“彼ら”に会いたいと言う気持ちもあった。脱出と同時に別れ別れになったあの殺し合いの仲間たちと──すぐにまた、もう一度会えるというのだ。
下手をすると、その喜びの方が大きいくらいかもしれない。
──それでも、やはり、キュゥべえが強要している物は大きな重荷であろう事はすぐにわかった。勿論、杏子だって今度こそ死ぬかもしれない。
「……なあ、ベリアルって奴は強いのか?」
「そうだね。君たちの多くがダークザギに苦戦していたのを見ていると、勝つ見込みはとても薄いと思うよ。あのウルトラマンノアも倒されてしまったようだし」
つまるところ、ベリアルは、ダークザギなる巨人やウルトラマンノアより強いという事だった。
ダークザギの正体は石堀光彦だった。裏切った直後の彼と戦ったが、その時点でも杏子たちは全く敵わないくらいの力であった。
しかし、石堀やアクセルの姿はまだ本領発揮とは言えない。身長五十メートルの巨人へと力を取り戻した時、遂に生存者全員が死力を尽くしても倒す事ができなかった。
更にその絶望的な相手を一方的に倒したのが、奇跡の戦士ウルトラマンノアだ。
──その希望さえも潰えたのが、キュゥべえの口から告げられた事で杏子にもわかった。
「──まあ、僕は、君たちがダークザギを相手にした時点で勝率0パーセントと予想されていた。僕たちも諦めていたけど、最後に君たちは彼に勝ったからね。ここから先の結果は僕にもわからない。いずれにせよ、僕も君たちの未知数な力を信じるしかないね」
杏子たちに勝てる相手だろうか? ──この疑問は、杏子もキュゥべえも抱いている。
しかし、あまりにも敵が強大すぎると、勝つとか勝てないとか、死ぬとか死なないとかではなく、遂に、考えてわかるような相手じゃないようにさえ思えてしまうのだった。
本当にこの世にいる相手なのか。逆になんとかなるんじゃないか。勝負にならないくらいで面白いんじゃないか。
少なくとも、杏子はそう思い始めている。
実像だと思えず、今の杏子には、ベリアルへの恐怖や不安など皆無だった。
それどころか、今も、杏子は、あの戦いで出会い、挨拶もせずに離れ離れになってしまった仲間と再会できる事に──言い知れぬ嬉しさや期待を覚えている。
また会えると言われた事の期待が、だんだん膨れ上がり、杏子の中で不安や恐怖に勝っていく……。
気づけば、杏子の未来像の全てをそれが占め始めていた。
そんな時、キュゥべえがまた口を開いた。
448
:
あたしの、世界中の友達
◆gry038wOvE
:2015/07/26(日) 18:08:00 ID:2QeaXfr60
「とにかく、君たちが早くカイザーベリアルを倒してくれるのが、僕たちにとっても一番都合が良いんだよ。その為には、僕たちは惜しみない支援をする。まあ、何でも言ってくれ」
「……そいつはどんな支援だ? まさか、美希やつぼみにまで魔法少女になれとか言うんじゃないだろうな」
杏子は、キュゥべえの言葉を捨て置けず、また眉を顰めて言い返した。
──こうして、キュゥべえに対して疑り深くなるのも無理はなかった。
これまで、何度キュゥべえに騙されてきた事か──その数はわからない。今度もそうではないとは限らない。いくら口で協力すると言ったところで、そこに裏がないとはまだ思えなかったのだ。
実際、キュゥべえは、ほとんど無感情にこう答えた。
「確かに。それもいいかもしれないね」
「──させねえぞ」
杏子は、目を吊り上げてキュゥべえを睨む。
魔法少女の力によって、プリキュアにはない特殊能力や武器が併用できる事になるが、その対価は大きく、いかに世界の危機とはいっても、安易に契約をさせてみせようとは思わなかった。
杏子は、強い口調で繰り返す。
「それだけは、させないッ!」
はっきり言って──杏子に大事なのは、世界よりもその世界の端っこに存在する友人の存在である。
勿論、今は世界も大事だ。しかし、その中にあの友人たちがいないならば、もう、世界などという物はいらない。そう思っている。
出来る事なら、これ以上巻き込む事さえさせたくないと思うくらいだ。
「……まあ、それでも構わないよ。魔法少女としての彼女たちの素養もよくわからないしね。どっちにしろ、その程度の力が加わった所で、焼け石に水さ。それに、僕たちは、異世界と繋がった事で、あらゆる便利な道具を得る事が出来たんだ。そうだね、ある意味、それは怪我の功名といえるかもしれない……たとえば、コレだよ」
そうして珍しく簡単に契約を取りやめにすると、キュゥべえは、何やらピンク色の小さなペンライトのような物を取りだした。
一見ファンシーなキュゥべえによく似合っているように見えて、その実態を知るとかなり似合っていないように見えてしまう物だ。
思わず杏子は、このペンライトも、黒いセールスマンとかが売る怪しいアイテムなのではないかと勘ぐってしまった。
とはいえ、どこか拍子抜けしているのも事実で、きょとんとした表情で訊き返した。
「なんだそれ?」
「いやぁ、本当に良い物を手に入れたよ。希望を絶望に転じるエネルギーでエントロピーを回収する方が簡単だったから、逆に絶望を希望に変える手段はこれまで効率が悪くて、不必要だったんだ。でも、他の世界にはその効率の良い手段があった。もしかしたら、ベリアルを倒した後、この道具を使えば、宇宙の寿命の問題を大分先延ばしにできるかもしれない」
「……だから、何だよそれ。ぐだぐだ喋ってないで要点を説明しろ」
だんだんとキュゥべえの長い説明に苛立ってきた杏子も堪忍袋の緒が切れる直前であった。いつも妙に理屈っぽく、杏子の肌にはあまり合わない。
元々、人間というのは二分以上の長い話を聞くには向かない生物なのだ。中でも杏子は一分で既に限度を感じる質の人間である。
そのあらゆる意味で張りつめられた空気を察してか、キュゥべえがそのアイテムの名を告げた。
「──これは、ミラクルライトさ!」
どこか誇らしげにキュゥべえはミラクルライトなる小さなライトを掲げる。
杏子は、唖然とした表情でそんな様子を見ていた。
「ミラクル、ライト……?」
──“ミラクル”つまり“奇跡”。随分と彼に似合わない言葉に感じる。
……いや、キュゥべえの事だ。何か言葉のロジックが入っている筈だ。やがて“魔女”になるから“魔法少女”だとかそういうロジックを入れて詐欺に引っかけようとしている可能性が否めない。
449
:
あたしの、世界中の友達
◆gry038wOvE
:2015/07/26(日) 18:08:19 ID:2QeaXfr60
ミラクルライト──どこかの異国の言葉で、「人間魔獣化光線」とかそういう意味を持つとかそういうオチではないだろうな……などと思いながら、訝しげにキュゥべえに訊く。
「……で。それ、どう使うんだ?」
「これを振って、ピンチになったプリキュアを応援すると、プリキュアが強化されるんだ。すると、人々の間にあった絶望がリフレッシュされ、希望に転じていく。きっと、君にも効くはずだ。それに、闇を追い払う力まであるという優れものさ。エネルギー変換は、絶望と希望の“相転移”だから、僕たちにとっても、かなり都合が良いよ」
「……」
信頼していいのか、怪しんでいいのか、だんだん杏子の中で微妙になってきたところであった。
しかし、キュゥべえがこれほど活き活きと話している姿も見た事がない。
まるで──そう、フィリップのように強い好奇心か何かに縛られているようだ。
このキュゥべえの常識を覆すアイテムであり、それがキュゥべえの目的に恐ろしいほどに合致していたからこその歓喜なのであろう。彼の常識を崩す一品だったであろう事も間違いない。
一応、疑いは薄くなっていく。
「……本当なのか?」
「そんなに疑うのなら、実演してみようか? こんな風にね」
そんな様子を見て、キュゥべえは実演しようと、ライトのスイッチを押した。すると、ミラクルライトの先端に光が灯される。
「────がんばれーっ! プリキュアーっ!」
杏子に向けて、そう叫びながら、ミラクルライトを激しく振って、その光を浴びせるキュゥべえ。
チカチカと、杏子の瞳に向けて放射されるピンクのハート型の光。
暖かく、どこかプリキュアの攻撃にさえ似ているそんな光を杏子に向けられる。
いつになく必死に、活き活きとミラクルライトを振るうキュゥべえの姿は、どこかシュールだった。
「……」
──が、結論から言えば、それは杏子にとって、鬱陶しいだけであった。現状、杏子が強化されている事は全く無い。そもそも、何を以て強化というのか、今の杏子にはさっぱりわからない。
「がんばれーっ! 杏子ーっ!」
懲りずに、チカチカと杏子へのダイレクトアタックは続く。この薄暗い路地で、至近距離からのライトは瞳孔に激しいダメージを与える。
昔のテレビアニメで、激しい点滅によって、視聴した子供の入院が相次いだ事件を、杏子はふと思い出す。キュゥべえはその点滅に近い物を行っているような感じがする。
……すると、流石に、抑えていた沸点が爆発したようで、肩をわなわなと震わせた後、杏子はキュゥべえに向けて叫んだ。
「──って、効くかっ! ……近くの人に向けて振るんじゃねえ! 目がチカチカして眩しいだろ!」
あまりの瞳孔への刺激に苛立って、期せずして取扱注意事項を説明しながら、キュゥべえの頭を思い切り叩く杏子。
それと同時に、キュゥべえが激しく振り回していたミラクルライトが、思いっきり手が滑って飛んでいき、杏子の鼻の頭にコツンとぶつかる事になった。
一応、それなりに固い物体らしく、「いたっ」と小さく呟く杏子。軽く涙目になるほどミラクルライトの投擲は痛い。
杏子は、鼻の頭を抑えて怒る。
「……むやみやたらとぐるぐる振り回すんじゃねえ! 人にぶつかって危険だろ! 殺すぞ!」(取扱注意事項2)
何故か、キュゥべえに対して──いや、もしかすればかなり不特定多数の人間に対して、ミラクルライトの取り扱い方を教授しているようで、杏子としてはどこか腑に落ちない物があったが、とにかくキュゥべえを叱る杏子。
キュゥべえは、ミラクルライトを振るのをやめて、そんな杏子をただ無表情に見ている。
ミラクルライトの実験の真っ最中で、何故杏子に対してミラクルライトが効いていないのかを再度考えているようだ。
450
:
あたしの、世界中の友達
◆gry038wOvE
:2015/07/26(日) 18:09:16 ID:2QeaXfr60
「……っつーかそれ、持ってない奴はどうすればいいんだ?」
「そんな事、僕に言われたってわからないよ。今回は、性別や年齢の区別なく配布する予定だけど、それでもどうしても数には限りがある。ミラクルライトを持ってない人間は、心の中で応援すればいいんじゃないかな」(取扱注意事項3)
「そんなんでいいのか……」
相変わらず、何を言っているのか、そして自分でも何を質問しているのか──よくわからなかったが、杏子は納得する。
「ああ、そうか」
その後で、キュゥべえは、ふと何かに気づいたような表情になった。
自分の中でも、杏子との会話の隙に、何故杏子にミラクルライトの力が効かないのかを考察していたのである。
「なんで効かないのかと思ったら、ピンチの時にしか効果がないんだ。ピンチじゃない時は振らないようにしないとね」(取扱注意事項4)
「いや、そもそもあたしはプリキュアの力がなくなっちまったし……」
「なるほどね。あのアイテムが破壊されてしまった以上、君はもうプリキュアにはなれないんだ」
キュゥべえにも他意はなさそうだ、と、杏子は呆れつつも納得する。
とにかく、近くの人に向けて振り回すと危ない事や、あまり長くつけすぎると内蔵電池──もとい「ご加護」が減る事以外、この奇跡の対価はないらしい。
「……そうなると、杏子。プリキュアの力もウルトラマンの力も魔法少女の力もないとなると、君はこの先で問題にぶつかるかもしれない」
キュゥべえが、そう付け加える。
──と、同時に、安心しかけていた杏子の顔が強張った。
「──ちょっと待てよ。どういう事だ……? 魔法少女の力がないって」
「……やれやれ。君は自分の事もわからないのかい? レーテに君のソウルジェムが入った時、君は多くの絶望の力の介入によって、どうやら魔法少女に変身する力を失ってしまったみたいなんだ。肉体を維持したり、軽い魔法を使うくらいならできても戦闘はできないよ」
急に無性に腹が立つ言い方で返され、杏子は更にキュゥべえに対するストレスを覚えたが、殴るのはやめた。
それよか、納得しておく事こそ大人だと思い、相槌だけ打つ。
「ほんとかよ……」
「僕はこんな無意味な嘘はつかないよ。いま労っておかなければならない君に余計なストレスを与えるだけで、全く意味がないからね。でも、事実は事実だから予め伝えておくよ」
とっくに杏子にはキュゥべえに対するストレスがあったが、それはそれとして、わざわざ契約までした魔法少女の力がないというのは少々痛いという事実に気づく。
グリーフシードを得るには勿論、魔獣との戦闘が必要だし、ベリアルとの戦いに首を突っ込むなどという場合、間違いなくソウルジェムは穢れていく一方になってしまう。
それどころか、そもそも杏子は今、ただの人間の肉体しかない。──プリキュアでも、魔法少女でも、ウルトラマンでもないのだ。それで、行く意味があるのだろうか。
「まあ、君たちに賭けるしかないんだよ。その為には一応、全員駆りだしてそれぞれ何らかの形で頭を使いながら奮闘してもらうしかないかな。まったく、希望も何もないような状態だと思うけど、向こうに行ける人がいるだけまだマシっていう所かな」
なんだかんだと言っても、キュゥべえは杏子をそちらに向かわせたいようだ。
殺し合いの生還者でもあり、まどかが再構築する前の世界を知っている者でもあり、今の魔獣との戦いを知っている──そんな、ある種イレギュラーな立場の杏子を厄介に思っているのかもしれない。
この先で誰が死のうとも感情を動かさない点は変わらないだろう。
「とにかく、君たちに惜しみない協力をするのは本当さ。たとえば、もう一度契約したいと言えば、別のソウルジェムに移し替えて、君がより強い魔法少女になって戦えるように……」
「──それは、やめろ」
再度、険しい目つきで杏子はキュゥべえを睨んだ。もうこれ以上、余計な荷物を増やして体や心に負担をかけたくない。
──勿論、仲間にピンチが及ぶならば、杏子はまた遠慮なく契約してみせるかもしれない。
だが、それは……今じゃない。杏子がもし、美希やつぼみを契約させようとした時に止めるように、翔太郎たちが杏子の再契約を止めるだろう。
451
:
あたしの、世界中の友達
◆gry038wOvE
:2015/07/26(日) 18:09:50 ID:2QeaXfr60
尤も、本当に……杏子が何かや、誰かの為にやろうと思えた時には使うが、今契約すると言うのは早計だ。
「──まったく、また、逆境か」
とにかく、杏子は生身で、信じがたい強敵を迎え撃たなければならないらしい。
すぐに、その目を、少しだけ朗らかにした。笑いが自分の中で巻き起こってくるのが堪えられそうになかったのだ。何故だか、恐いというよりおかしかった。
キュゥべえは、そんな杏子の様子を見て、怪訝そうだった。
(……)
──しかし。そうだ。
あの場所に向かう事ができるなら、杏子は折角友達になった人々と、会えるのだ。
あそこは凄惨な殺し合いが行われ、その中で多くの大事な物を亡くした場所でもある──が、杏子にとって青春の場所でもあった。
その気持ちは、少しばかり複雑なのだ。
今は──喜びの方を優先して、杏子は、勝気に笑って見せた。
「とにかく、みんなでベリアルを倒せばいいんだよな?」
「そうだけど……この状況で妙に自信があるね、杏子。絶望して円環の理に導かれたらどうしようかと思ってたけど、立ち直ってくれて安心したよ」
彼は不思議そうに首を傾げるが、彼の抱いているであろう疑問に杏子は答えなかった。
それよか、彼女は自分が訊きたい質問をキュゥべえにぶつける。
「ああ。それはそうと、あいつらは──他の奴らはどうしてる?」
「今のところはわからないよ。でも、僕たちも総力を挙げて彼らを捜索しているから安心するといい」
「──じゃあ、全員見つかれば、勝てるだろ。もうあたしたちに敵はない」
杏子は、自信ありげにそう言った。
ウルトラマンやプリキュアや仮面ライダーは強い。──確かに、多くのそれらが今回命を落としたが、どんな強大な敵も最後はそれによって敗れた。
翔太郎が、美希が、零が、つぼみが、良牙が──彼らがいるならば、どこか安心ができる(杏子の中で誰か飛ばされた人間がいるかもしれないが気のせいだ)。
「……まあ、精神状態が戦闘に悪影響を及ぼすよりはずっといいや。………………おっと、どうやら、ここで僕の仲間が迎えに来てくれたみたいだね」
キュゥべえがそんな風に言うと同時に、裏路地から、コツコツと足音が聞こえた。
こうして会話している最中にも、彼は仲間と交信していたのであろう。
陰から現れたのは、同年代とは思えないほどに落ち着いた金髪のその少女。──杏子の期待と外れる意外な人物の登場に、杏子は絶句する。
見た事がある。
──それは、美国織莉子だ。
この世界の上では、彼女の記憶はない。
しかし、バトルロワイアルの中で、杏子と彼女は出会っていた。
魔女に関する説明を杏子に行った主催陣営の協力者として──。
「──ッ!?」
彼女を見た瞬間、殺し合いと魔女の事を思い出し、杏子の背筋が凍る。
「テメェ……! やっぱり……!」
杏子がそう言って睨んだのは、織莉子ではなく、キュゥべえだった。
やはり、主催と繋がっていた、と一瞬疑ったのである。
だが……
「佐倉杏子さん。お迎えにあがりました」
冷静に、織莉子が言ったため、杏子はそちらを向き直した。
「──は? 迎えだと? やり合おうって話ならまだわかるが……」
「いいえ、お迎えです。……疑っているようですが、私はもう、ベリアル帝国の人間ではありません。それに対立するアースラ一行にあなたを迎え入れさせてもらいます」
452
:
あたしの、世界中の友達
◆gry038wOvE
:2015/07/26(日) 18:10:07 ID:2QeaXfr60
彼女は、敢えて冷徹に、まるで歓迎をしていないかのように、形式的に言ったのだった。
もしかすると、悔い改めるという意味で、丁寧に言葉を変えているのかもしれない。
だが、杏子にはそんな無感情にも見える態度の方が不安の種だったのだが、ともかく、力を持たないながらも、警戒して構える杏子に、織莉子は告げた。
「ゲームからの生還……おめでとう。佐倉さん」
◆
気づけば、元の世界を離れ、時空管理局の時空移動戦艦アースラの内部に、杏子はいた。
結局、織莉子とキュゥべえを信じるほかなかったのである。
そもそも、杏子には今、戦闘能力がなく、抵抗が出来ない状態だった。どうすればいいのか、頭では考えが付いた。
……しかし、その巨大な戦艦の登場には、杏子も驚いていた。
言ってしまえば、それはもう、杏子の世界の人類がどれほど時を重ねれば作れるのかわからない規模の物だったからだ。
入ってみると、内部には、生活スペースまであり、もはやアニメの中の超巨大秘密基地のようである。
「……まずは、とりあえず、この艦の艦長より前に、この部屋にいる“彼女”に挨拶して貰いましょう」
──と、壁と同色の無数の部屋の一つが、織莉子の簡単な認証で開く。
アニメというより、この辺りはまるでハリウッドのSF映画のようであった。まあ、現代技術でも可能なのだろうが、杏子の生活圏では応用されていない。
何故だか病院や寮のような空気で、杏子にはどこか合わない所がある。
だが、ともかく、その“彼女”というのが何者なのか、杏子は緊張した。
その人物が敵か味方かによって、──怪しいか怪しくないかによって、杏子は織莉子たちに信頼を置けるかどうか変わる。
杏子は、織莉子とキュゥべえに続いて、おそるおそる、その一室に入った。中は貸しホテルの一室のようになっていた。
しかし、中は思った以上に広く、一人部屋にも関わらず、二人か三人が住む部屋のようである。奥に広く白いベッドがあり、そこに誰かが寝ていた。
その上半身だけが、こちらを向いている。キュゥべえは、そこにいる“彼女”に駆けて行った。
「嘘だろ……?」
杏子の知っている顔だった。
金髪と青いリボン、古代ベルカ特有の碧と赤とのオッドアイ──“彼女”と呼ぶべき対象なのは間違いないが、それにはまだ幼いような気がする体型。
杏子は、確かに殺し合いの中でこの少女と共に過ごした。
一緒に風呂にも入ったし、一緒に警察署で夜を過ごした。──杏子よりも年が若く、時折、死んだ妹を思い出させるその娘。
「あっ……杏子さん」
「ヴィヴィオ……生きてたのか!?」
しかしそれは、確かに、「死んだ」と報告されたはずの──高町ヴィヴィオだ。
思わぬ現実にたじろぎ、一瞬、判断がつかなくなった。彼女の周囲には、セイクリッドハートやらアスティオンやら、彼女と共に消えたデバイスたちもいる。
そこにキュゥべえまで加わって一緒にじゃれとり、軽い動物園と化している。
「えへへ……。実はゴハットさんに助けられて」
ヴィヴィオは、ベッドの上に乗ったキュゥべえを撫でながら、もう片方の手でどこかばつが悪そうに頭を掻いて、愛想笑いした。
あまりキュゥべえについて詳しい事を知らないヴィヴィオは、兎の仲間だと思って戯れているようだ。……まあいい。今のところは気にしないでおこう。
まさか、キュゥべえも、魔法少女を魔法少女にしようとするほどバカではあるまい。
「誰だよ、ヴィヴィオが死んだとか言ったのは!? ──」
と、杏子が呆気にとられて言う。……それから後で、すぐに杏子はヴィヴィオが死んだと言い出したのが誰なのかを思い出した。
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