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虐待・虐殺小説スレッドPART.4
1
:
管理団
:2007/04/12(木) 23:32:19 ID:???
AA ではない活字の並ぶ 虐待・虐殺系 の 新 し い ス タ イ ル 。
━━━━─────────────────────────────────━━━━
皮を剥がされたしぃが、首筋に大きなフックを刺されて吊され、みぞおちから股間までを
切り裂かれている。裂かれた腹からは、勝手にニュルニュルと腸が飛び出て、こぼれた。
吊された中には、ベビしぃも混じっている。
「ウゥゥゥ イタ イヨ、、、 モウ シナ セテ」
;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;; 「イチャ ヨ ナコ チテ マチャ リ チタ」
|ミ| |ミ| ;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;
-、. |ミ|、 |ミ| |ミ| :
/;l |ミ|;l |ミ| ,,、 ,.,,.,.,,.,,.,..,, ,.,,. ,,.,,,.,, |ミ|i | ̄ ̄| ̄
/:;,.;ヽ,.,|ミ| | |ミ| /;,:l ミ,,,,,(★)ミ ミ(★),,,,,ミ |ミ| :| |
,:;´ ;::; ;: ; ;|ミ|.;`,、 、ー-- 、__、、ミ|_,,//,、| <ヽ`∀´> <`∀´* >、 i|ミ| :| |
l.,;:.ー、 ;;,:..;|ミ|;:..:.,;l ヽ;.:;r :;;.,;: ;:、_:;:;ヽ;l ⊂ミ 北 ) m 北 ミmヽ |ミ|i | |
 ̄ ̄|;:.;゚-,.ilヽ|/:|ミ|,; :; ;|  ̄ ̄`l>:;,. ;:( ゚,0.`o ;l: ̄ ̄| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄| ̄ ̄ ̄ i |ミ| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
ヽっ ;i|;/lヽ|ミ|;;:; ;/ |;,.: ;(´ ̄`)" ゚。;:l | 労働党 万歳 | . |ミ|, ー--、
>;:;: :;,. ;(O);:く ヽ;;.:` - ´:;: ;: ;;/ | ____ | . |ミ| ;: ;: ;:、´
/:: :; :,. ;:;l|iノ,.:;:.;;ヽ /;":;:);)(;:(;(;:;`;:, | || ★ || | i |ミ|:;: .:.,ー--、
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::`ー、,:.;;i | __ ̄ ̄__ | ,(O) ;;: ;:;: ;;:,´
::::::::::::::::::::::::::::::::::|/::::::::::::::::::::::::: \|:::::: /:;ヽi|l;;;: ;;: (゚ノ
「フォルフォルフォル、これが全自動畜産場ニカ?」 ::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
突如、重く冷たい鉄の扉が開き、人が二人、中へ入ってきた。毛皮のコートに、これまた
毛皮の大きな帽子。その帽子に付けられた、大きな赤い星は、彼等が共産国家の兵士で
ある事を、何よりも雄弁に語っていた。
「はい、そのとおりでスミダ」
先に入ってきた男――物腰の低さや、言葉遣いからして、後から入ってきた男の案内役
であろう――は、上機嫌な上官に、この工場の概要を説明し始める。
「ちびギコを使った種付けから、しぃのニクコプンでの飼育、屠殺、解体、全て奴らの手で行われまスミダ」
鳴りやまない笑い声、絶えない悲鳴と怨嗟の声、、、
ここは彼女らの故郷より西に在る、
地 上 の 楽 園 。
422
:
淡麗
:2007/09/26(水) 15:00:17 ID:???
④
なんですって!!
あたしが虐殺厨?!
酷い…!!
「…にが 」
「ギャクサツチュウデチュ! ギャクサツチュウハ イッテヨチ!デチュ!! モウチィヲ カイホウスルデチュ!!」
「なーにが虐殺厨よ!一体誰のせいでこんな事になったと思ってるのよ!!」
「ハ バジャバボォォボババァァァ!!!」
もう頭にきた!丁寧になんか扱うもんですか!
大体あんたが糞まみれになったのを私がこうしてきれいにしてやってるんじゃない!
それをいうに事欠いて虐殺厨ですって?!
だったらあんたが汚したこの水を飲んでからいって御覧なさいよ!! ほらほらほら!!
そんなにあたしが洗うのが嫌ならば、しっかり自分で水の中で汚れを落としなさい!!
「ダジュゲデッ!! ゴババボアッ!! バァッゴブボブオオ!!」
もう雑巾みたいにバケツの中に突っ込んではあげ、突っ込んでは上げを繰り返してやったの!
ザブザブザブザブ・・・って。
そ、何度もね。
でもね、こういう洗い方もあるのよね。押し洗いだったっけ?
前に家庭科の実習でやったのが役に立っちゃった♪
ほら、ベビちゃんの体も大分きれいになったでしょ?
さすがにベビちゃんは溺れかけているみたいだけど、さっきまで口にウンチの浸み込んだ
マスクをしていたんだから、お口の中も一緒に洗浄できるわね。
「ゲハァッ ゴハァッ ゲハァッ …ユ゙ル゙ヂデグダジャイ… モウ ヂィ、イイゴニジバジュガラァ… ユルヂデグダジャイ…」
ベビちゃんはようやくおとなしくなったみたい。
そうよね、やっぱりしつける時は厳しくしないと。
でも厳しいだけじゃダメ。
厳しさの後にはしっかり愛情を注いであげないと。
「わかった?あたしは虐殺厨なんかじゃないわよね?!」
「ハイィ… オネータンハ ギャクサツチュウナンカジャ ナイデチュ・・・」
「ん。分かればよろしい。それじゃベビちゃん、シャンプーしてあげるから大人しくできるよね?」
「ハニャァア… オミジュデ ジャバジャバチュルノ??」
「…お水以外に洗うものなんて無いじゃない。」
「ヒッ…! 」
「…なによ、文句あるの?」
「ナ、ナイデチュ… モンクナンテ アリマチェン…」
ちょっと厳しすぎたかな?
でも最初が肝心だって言うし…それに今からお湯なんて準備できないから、一気に洗ってあげたほうがベビちゃんのためでもあるわ。
それじゃもっとスピーディーに、一気に洗い上げないと!
「ハイ、それじゃシャンプーするわよ!」
「ハギャアァァァァ!! オメメニ! オメメニ チャンプーガァ!! イチャーヨォォォォゥ!!」
423
:
淡麗
:2007/09/26(水) 15:01:37 ID:???
⑤
今、妹は公園の水道で洗っているようだ。
あいつはわざとやっているのか?この界隈の公園の水道は冷却されている。
夏でもと〜〜っても冷たい、飲んでさわやかな水しか出ない。
そんな水で行水だなんて、やりたがる奴すらいない。
それにさっきまで糞の蒸し風呂状態だったのに、急に冷たい水を掛けられたら
ベビは心臓麻痺を起こしかねないのでは?!
まぁ、しぃってのはゴキブリ並みに丈夫だから、そう簡単にくたばりはしないだろうけど
それにしても…
俺と妹の距離は大体50m。これくらい離れれば、バレる心配はない。
でも…これじゃ一体何をしているのか見えないじゃないか!!
う〜〜ん、こいつは盲点。
どうしたものか…
いっそ秘密を共有、という手も無いわけではないがそれじゃつまらない。
うむむ・・・
あ、そうだ。「アイツ」がいたではないか!
うっひょ〜 こりゃ本格的な「観察日記」な日々ではないか!
きゃっほ――!!
【続く】
424
:
古爪
:2007/10/05(金) 05:49:00 ID:???
お初です。
よろしくお願いします。
『 ガランドウ 入 』
満月。
普段は大人から子供までいる賑やかな公園は、今は月明かりに照らされ青白く輝きながら、静まり返っている。
その公園のスミ、しぃ、と書かれたダンボールの中で彼女、しぃは月を見上げていた。
・・・世間では虐殺が流行りらしい。
モナーやモララーが、ちびギコや、私と同じしぃを躊躇い無くコロシテイル。
おかげで、綺麗な滑り台の青も今は彼らの血で赤く汚れている。
でも、誰も気にしない。むしろ子供たちはそれを見て、さも嬉しそうに笑う。
・・・・・・
彼女はそれを見ても、特別大きな感情は感じない。
それが、日常だから。
まるで蟻でも踏み潰すような感覚で消えていく命。
425
:
古爪
:2007/10/05(金) 05:50:12 ID:???
その出来事に
慣れてしまった。順応してしまった。
命という巨大な概念への感覚がナクナッテイク。
そんな自分に気づいて、
そんな自分が怖くなって、
もう手遅れなのに、
そんな自分になりたくない。
と、願い、しぃは自分という世界と、外の世界を切り離した。
結果、彼女は壊れた。
体はガランドウ。
精神は、浮遊霊のように意識としてある。
だが、地縛霊と同じく公園の外に出ることは出来なかった。
もう一度戻ろうと思っても、入れない。
しぃは絶望した。
ここから出られず、
体にも戻れず、惨めにこの地で永遠をイキルのか。
そう、壊れた代償は、永遠と孤独。
そのうち感情の起伏なんてものは無くなっていく。
それにも慣れた。
何も感じない、何も考えない。
それが、50年位前の話。
426
:
魔
:2007/10/21(日) 19:15:00 ID:???
>>408
〜より続き
天と地の差の裏話
『まとめ』
※
巷では殺人鬼と言われていても、本質は子供。
もし、普通の家庭で普通に育つことができたなら、
ちょうどその頃は『正義のヒーロー』に憧れてもいい歳だ。
自分がピンチになった時、颯爽と現れ悪人を倒す。
ブラウン管の中の強者は、いつだって弱者を助けてくれる。
いつも一人で生きてきた。
いつも一人で窮地から脱してきた。
そんな生き方をしてきたメイは、ある事を忘れてしまっていた。
自分にも、憧れているAAは居るということを。
超人的な力を持ち、自分の味方になってくれたAA。
殺人鬼として唯一の、理解者。
※
「・・・くくっ」
ギコは今、この瞬間を心から楽しんでいた。
一ヶ月も恋い焦がれ、追い求めていた者に出会えたからだ。
今行っている虐待は、ただのアドリブでしかない。
文字通りの前戯だし、長い間ずっと考え、熟成させた虐殺のメニューでもない。
しかし、ギコはそれでも非常に強い快感を得ていた。
「左腕のその皮、剥いでやろうか。どうせ要らないだろ?」
そして、気付いてしまった。
やり方など関係なく、単にこいつの苦しむ顔が見たかっただけなのだと。
そうと解れば、思考を切り替えなければいけない。
『どうやって殺すか』ではなく、『どうやって生かし、苦しめるか』に。
自害できないようにし、ひたすら延命させつつ、苦しませる。
そうすれば、自分はもう虐殺の為にAAを殺さなくてもいい。
こいつが居れば、他に何も要らないかもしれない。
※
―――そんな風に、ギコは油断しきっていた。
頭がおかしくなってしまいそうな程の強い快楽に、溺れてしまっていたのだ。
そんな筋肉も精神も弛緩しきった状態では、タカラの脚を止めた時のような反応なんてできる筈がない。
だから今、自分に何が起こったかなんてわからなかった。
メイを持ち上げ、ナイフを再度宛がった時の事だ。
足元を何かが通過した。
唐突に視界が反転する。
目下には空、頭上には地面。
それが更に反転し、腹から地面に叩き付けられた。
その時には既に、手の中にナイフとメイはなかった。
「ぐあッ!?」
衝撃で肺の中の空気が押し出され、出す気のない声が漏れる。
受け身も全く取っていなかったので、そのダメージは見た目より大きい。
集中し過ぎた、悪く言えば盲目になっていたせいで、自分に何があったかわからない。
二手、三手程遅れてから、やっとギコは辺りを見回す。
ナイフは近くに転がっているし、メイは自分と同じようにうずくまっている。
メイの目線はどうしてかこちらに向いておらず、気になってそれを追う。
するとそこには、耳が異様な形をしたでぃが立っていた。
虐待を邪魔された怒りが光の速さで膨張し、爆発した。
考えるより先に、身体が動いて立ち上がろうとする。
だが、どうしてか脚が全く動こうとしない。
何事かと思い、ギコは自分の下半身を見る。
―――両足は、腿のちょうど真ん中で綺麗に真っ二つになっていた。
427
:
魔
:2007/10/21(日) 19:15:32 ID:???
「え、えっ? な、うわあああぁぁぁぁ!!?」
堪らず、ギコは叫んだ。
一瞬の内にして、自分の脚が大根のように輪切りにされた。
その切り口からは、現実を突き付けるかの如く血が溢れる。
向き直ると、でぃはいつの間にか手の中に自分の脚を握っていた。
いや、よく見るとその鋭い爪に青い脚を串刺しにしている。
爪というよりは、もはや新しい刃物のような気がしてきた。
「ふふっ」
妖しく笑いながらも凄まじい殺気を放ち、その場に全員を縫い付けるAA。
でぃやびぃのようで、そうではない女の正体は、ギコ以外の者は既に知っていた。
彼女の名前は、Vと言った。
「ッ・・・」
今起きた出来事を全て把握し、理解したのはウララーただ一人。
それどころか、ギコの身体が撥ねられる直前に、Vの存在に気付いていたのだ。
しかし、気付いてからの動作が、Vより遥かに遅かったので、最悪の結果を招いてしまった。
その上とてつもない威圧感を受け、身体の自由も奪われてしまっている。
ウララーは、自分を奮い立たせようと必死になる。
一ヶ月もの間、復讐の為だけに追い続けた奴。
フーの仲間の敵が、今まさに目の前に立っているのに。
奴は今、自分に背中を見せている。
やろうと思えば簡単にやれるのに、腕があがらない。
考えたくはないが、搾取される側にまわっているのは自分達かもしれない。
身体が、精神がいうことをきかない。
「あ、ああ脚が、俺の脚があああぁぁァ!!?」
脚を切断され、喚くギコと、それを眺めるだけのV。
茶褐色のその姿は、新しい加虐者としてこの世に舞い降りた者のようだ。
「あら、あら。そんなに痛かった?」
唐突に姿を現し、場の空気を支配したVは早速我が物顔で話し始める。
全てを無視しながら言葉を紡ぐ様は、本質であるしぃに酷似していた。
「脚、脚がぁ!! 俺の脚を返せぇぇぇ!!!」
対するギコは、あまり頭を回転させずに喚き散らす。
これはこれで、ちびギコのような反応でもあった。
「でも、どうせくっつかないでしょう?」
そう言って、Vは串刺しにしていた青い脚をギコの目の前に放り投げる。
そして、くるりとメイの方に向き直った。
「ごめんね。来るの遅れちゃって」
「・・・V・・・?」
メイは既に疲弊しきっていて、片方しかない真っ黒な目は虚ろだった。
それは、早急に手当てしないと命が危ういということを物語っている。
だが、治療という概念を知らないVには通じなかった。
メイ本人も、身体の事を考えたりする事ができないでいる。
助かるのか、そうでないのかと悩み怯えるよりも、ただVの凄みに驚き、眺めるだけ。
それしか、今のメイにはできなかった。
「ホントはキミを嵌めたコを殺してすぐ行こうかと思ってたけど、懐かしい顔してたから」
428
:
魔
:2007/10/21(日) 19:16:39 ID:???
※
「・・・え?」
Vが続けて吐いた言葉。
それに興味を抱いたのは、メイではなかった。
疑問の声をあげたのは、会話に参加していなかったウララーだ。
Vはそれを知ってか知らずか、ウララーの方を一切向こうとしない。
そのまま、疲労困憊で全く動かないメイとの会話を楽しむ。
まるで、人形に話し掛けるかのように。
「大分前にそのコの眼を潰したんだけど、まだ生きてたの。驚いたわ」
「・・・」
「だからね、つい、つい懐かしんじゃって。あの時の続きが出来るんだって」
外見と、そこから漏れる殺気がなければ普通の少女のような立ち振る舞い。
そのギャップにすくみながらも、ウララーの心の奥底で何かが芽吹く。
(まさか・・・フー・・・!)
信じたくはない。
認めたくもない。
奴の言う事は、全て虚言だと思いたい。
でないと、自分が自分でなくなってしまいそうだ。
恐怖で足が竦み上がっていながら、怒りが沸々と沸き起こる。
相反する気持ちがぶつかり合い、吐き気を催す。
その中で、長い間抱いていた謎が氷解した。
何故、Vという化け物が表に出てこなかったのか。
それは小さな殺人鬼と友達のように会話しているのが、答えだった。
この二人は、仲間だったのだ。
組んでいたことは、意図的なものか、そうでないのかはわからないが。
都市伝説扱いされる程の手練であれば、姿を見せずに虐殺することも可能だ。
加害者がわからず、死体という証拠だけがあれば、今世間で暴れている者の名を挙げてしまう。
ろくすっぽに捜査しないあいつらなら、ほぼ確実にそうしてしまうだろう。
可能性として、考えつくような簡単な答えだった。
どうして、今の今まで気付かなかったのだろうか。
ギコの叫びと喚きをBGMに、Vは笑いながらなお話す。
と、ここでメイが口を開き、一方的な会話は途絶える。
同時にウララーは思考を止め、二つの感情に翻弄されながら聞き耳をたてた。
「そのコは・・・殺したの?」
瞬間、ウララーは心臓が跳ねたかのような感覚を覚えた。
聞きたかった事でもあり、聞きたくなかった事をメイがVに問い掛ける。
(やめろ・・・やめてくれ・・・っ!)
あの時に助けた命だ。
同じ者に殺されては、自分は苦しみを助長させたことになる。
弱者を救うべき者が、弱者により深い地獄に陥れるようなことがあっていいはずがない。
そこまで考えた所で、Vからメイの質問に対する答えが言い渡された。
「殺してはいないわ。殺す前に、凄い音がここでしたから、飛んできちゃったもの」
「・・・ああ、そう」
受け流すメイ。
背中を見せての、Vの発言。
殺してはいない。
確かに、そう言った。
殺してはいない、つまりは生きている。
だが、生きているということにも無数の意味が存在する。
フーが生きている現実は、ウララーにとってどういった意味になるのだろうか。
「耳も、鼻も、手足ももいで、これからって時だったの。残念だったわ」
429
:
魔
:2007/10/21(日) 19:17:13 ID:???
思考が停止した。
Vが紡ぐ出来事の中で、フーは惨たらしい状態になっていた。
唐突に脳裏にモノクロで浮かぶ、ついさっきまでメイを追い詰めた路地裏。
そこにいるのは、牙を見せて笑うVと酷く怯えるフー。
光を失った身体になりながら、更に残りの感覚も奪われる。
唯一感じるのは、『見えない恐怖』と『全身を駆け巡る激痛』。
その場にいたわけでもないのに、断片的でありながら鮮明に映し出される惨状。
「・・・ふざけンなよ」
自分の中で何かが弾け、呟く。
まだ、Vは笑いながらメイに話し掛けている。
全身が麻痺しているかのような感覚。
動かなかった右手がゆっくりと持ち上がり、ホルスターに掛かる。
そして、そこから銃を抜き、腕を地面と水平になるように上げていき―――
迷う事なく、引き金を引いた。
「ッ!」
「なっ!?」
その場にいたウララー以外の全員が、黒い塊から発せられた炸裂音に驚く。
叫んでばかりだったギコも、満身創痍なメイも目を見開いていた。
唯一、ウララーに背を向けていたVだけが、表情を変えずにいる。
それもそのはず、ウララーが狙ったのはVの頭蓋だったからだ。
しっかりと後頭部から穿たれたVの頭。
赤く開いた穴からは、ゆっくりと体液が漏れ出していく。
しかし、それでもその茶褐色の身体は崩れ落ちない。
「へェ・・・動けルんだ」
Vはゆっくりと振り向き、ウララーの方を見る。
その顔は、貫通したと思われる弾丸が上手いこと左眼を潰していた。
文字通り血涙が流れていながら、不気味に笑うその様はどんな者でも身震いしてしまうだろう。
頭蓋を貫かれていながらも、まだ動けるVはもはやAAであってAAではない。
運よく脳を損傷しなかったかもしれないが、重傷であることに変わりはない。
「ソれ、最初は怖かったけど、もう平気」
銃を指差しながら、舌足らず気味に喋るV。
それは壊れかかった人形よりも、獣としての精神が開花していくかのよう。
容姿とのギャップが消えかかりつつ、じわじわと更に殺気が濃くなっていく。
右側しか機能しなくなったVの眼は、既にウララーの喉笛しか見ていない。
「凄く速い石ころが出てくるんでしョ? しくみがワかったから、平気、平気」
「・・・」
狂気じみた言動になりつつ、悍ましさを増幅させていく。
そんなVを見ても、ウララーは全く動じなかった。
恐怖を乗り越えるどころか、飲み込んでしまったウララー。
今、ウララーが動いている理由は『フーの為の復讐』ではない。
『フーを奪われた自分の為の復讐』だ。
もし、Vの言った事が偽りであっても、怒りはその程度ではおさまらない。
何であれ、リミットを開放された瞬間から、目的を果たすか死ぬまでは止まらないものだ。
眼も据わっており、誰が何を言おうと止まりそうにない。
小さな殺人鬼も青い暴君も、息を呑んでしまう程。
大番狂わせのジョーカーは、ウララーという黒い男の中に潜んでいた。
430
:
魔
:2007/10/21(日) 19:18:14 ID:???
※
『今までやってきた事』なんて関係ない。
シリアルキラーも、カニバリストもこの場では唯の自慢でしかない。
肩書が場を支配しているのではない。
対峙している二人の能力と気迫だけが、そこにあるのだ。
「・・・」
それを見ている者は、メイとギコのみ。
互いに痛みなどとうに忘れ、黒い男と茶褐色の化け物に魅入っていた。
それぞれそんな事で麻痺する位のダメージではない筈なのに。
だが、二人は自分の目的、念い、夢を後にまわしても良い、と考えている。
AAの範疇を超えた化け物と、凶器を握った男の行く末。
それを見届けたいと、どうしてか心の底から想っていた。
「・・・ふフッ」
かり、かり、とVの爪が妖しく鳴る。
音だけでは一般AAの脚を切断するという程の業物とは思えない。
それでも、Vは自分の爪で幾人もの四肢と命を奪ってきた。
「・・・」
カチン、とウララーの握っている銃が勇ましく鳴る。
安い裁きの為に使われてきた撃鉄が、今復讐の為に起こされた。
感情だけで扱われれば、銃はこの世で最も恐ろしい武器と化す。
「あはッ」
「っ!」
無駄な時間を過ごしたくないと、先手を打ったのはVの方。
殆ど一瞬だった睨み合いは終わり、殺し合いの火蓋が切って落とされた。
瞬時にウララーの懐に潜り込み、屈む。
音もなく行われたそれは、洗練された殺しの技を思わせる。
ウララーも負けじと、一手遅れながら銃口をVに向ける。
だが、一ヶ月前のあの時と同じように、引き金はまだ引かない。
鉛玉が確実に目標を貫く為に、その機会を待つ為に。
『殺人鬼だけが、命を殺る事だけを考えているわけではない』。
と、ウララーはVに向かって無言で叫び、銃がそれを代弁していた。
Vにはそれが聞こえたのか、或いは偶然なのか。
舌足らずの嘲笑を吐き、ウララーを嘗め上げるように見上げた。
「ハハ、ははハハはっ!!」
『撃ってくる』、と感じるより先に、地面を蹴って横方向に距離を離す。
そして、飛蝗か猿かを連想させるかの如く、ウララーの周囲を跳ね、駆ける。
「くッ!」
挑発を意図した撹乱に、ウララーは歯噛みする。
砂粒で目潰しをされるでもなく、フェイントを仕掛けてきたわけでもない。
ただ格の違いを見せ付けたいが為に、大袈裟に跳び回っているようなV。
それでも、何もない所で踵を返したり、頭上を豪快に通過したりと凄まじい。
ウララー本人は自覚していないが、あの暴君であるギコを黙らせた腕力。
更に、的確な判断力とそれに応えられる瞬発力がウララーにはある。
しかし、Vにこう翻弄されてしまっては、持ち味を発揮することができない。
「きャはハははハ!!」
時折、ギリギリまで近付いては脇を通過するV。
風と一緒に薄皮を裂き、ウララーの体力と精神力をじわじわと奪っていく。
Vは既に、今の自分にウララーが何もできないということを読んでいた。
理由は至って単純で、己の武器である銃を下げていたからだ。
銃口を向けていなければ、鉛弾は身体を貫かない。
至極当たり前の事を理解し、Vは高らかに笑った。
431
:
魔
:2007/10/21(日) 19:18:34 ID:???
気迫や感情の高ぶりだけでは、『格』という差を埋められないのかもしれない。
自分の黒い身体に赤い線が走る毎に、ウララーは追い詰められていく。
Vの技と無数の小さな痛みで、段々と正気に戻されているかのよう。
「クソ・・・っ!」
良い方向に考えれば、それは冷静さを取り戻すことに繋がる。
しかし、熱が冷めてしまえば、また殺気に縫い付けられるだけだ。
無駄に弾を撃つのは自縄自縛。
辺りには文字通り何もない。
どうにかして、Vの動きを止めなければ。
でないと、自分はそのまま皮から細切れにされるだけだ。
焦りと恐怖が舞い戻る前に、解決策を―――
「ぐあっ!?」
突然、左足に激痛が走る。
咄嗟に足を押さえると、夥しい量の血が手に付着したのがわかった。
バランスを崩しかけるが、持ち直す。
だが、精神の方に受けたダメージはかなり大きい。
心の中で再度膨らみつつある、Vへの恐怖が更に加速していく。
(こんなことで・・・殺されてたまるかッ!)
武者震いでない震えを必死で止め、己を奮い立たせる。
全てはフーの為、自分の為。
ざ、と前方で砂が弾ける音がした。
同時に風を切る音も止み、静寂が辺りを包む。
ウララーは痛みを堪え、音がした方に目線を持っていく。
そこには口元を血で汚した、Vの姿があった。
牙に付着したそれをよく見ると、ウララーのものと思われる肉片だった。
「ク、ヒヒっ」
Vは器用に、牙を剥いたまま嫌らしく笑う。
先程の一撃は爪ではなく、顎でやったものと見せ付けるかのように。
「てめェ・・・」
Vの艶かしい嘲笑の直後、消えかかった怒りが再び爆発的に燃え上がる。
「どうしタの? 撃たなイの?」
肉片を吐き捨て、へらへらと頭を揺らしながらの挑発。
上半身を折り、腕を脚として扱っているその容姿は、まさに獣そのもの。
絶対的な差を見せ付けるかの如く振る舞うVは、今までにない威圧感を放つ。
だが、それが効いているのはギャラリーであるメイとギコのみ。
ウララーから見たら、単純に馬鹿にしているだけとしか取れていない。
そのせいでウララーは静かに怒り、空気は更に張り詰めていく。
再度睨み合いに持ち込んだ所で、ウララーは考える。
(・・・どうする)
このまま、また銃口を向けたとしても、Vは同じように飛び回るだけ。
繰り返されれば、自分の黒い身体が赤い身体になるのは明白。
嬲り殺しだけはどうにかして避けたいもの。
いや、何であれ命を落とす事そのものを避けなければ。
「・・・!」
そこまで思考を張り巡らせた時、不意に答えが見つかる。
しかし、それは考えとは真逆のもので、下手をすれば自分が先に死ぬ。
ハイリスク、ハイリターン過ぎるその答えは、行動に移すのに一瞬戸惑ってしまう。
だからといって、ここで動かない訳にはいかない。
元より、自分の命と復讐を天秤にかける方がおかしいのだ。
手足をもがれても、首があれば相手の喉笛くらい食いちぎる事ができる。
その位の覚悟がなければ意味がない。
※
至極簡単で、かつ危険な賭けに挑む事にしたウララー。
Vを強く睨むと、迷うことなく銃口を目標に向けた。
432
:
魔
:2007/10/21(日) 19:19:44 ID:???
「ハはッ!!」
威嚇とわかっていても、安全のマージンを取る為に回避は欠かさない。
狙いが定まるより先に跳躍し、辺りをまた縦横無尽に駆け回る。
後は最初と全く同じで、ウララーは目線だけしかこちらを追えなくなる。
(次はどこを狙おうかしら・・・首? いや、まだ早いわ)
リズミカルに地を蹴り、常識外れな速度を出しながらVは考える。
念いと怨みの為にこの公園に集った中で、唯一虐殺を優先していた。
己でも持て余す程の『力』を持ち、かつ簡単に扱える状態にある。
そうなると、その『力を持った者』が求めるのは娯楽のみ。
Vもまた、娯楽の事しか頭になく、それだけを探して生きてきた。
メイを好きになったのも、その過程の一つでもある。
今この状況にある娯楽は、『窮鼠猫を噛む』という諺の延長線上。
初めて弱い者が自分に牙を剥いてきたのだから、怒りより驚きしかそこにはなかった。
それに加え、いざ攻撃を開始した時には、簡単に嬲ることができた。
泣いて命乞いをする者もいれば、喉笛に噛み付こうと必死になる者もいる。
それを知らなかったVにとって、この瞬間は凄まじい快楽を得るものとなった。
「ヒヒ!! は、ハハははハ!!」
笑いが止まらない。
ウララーの、その力強い眼が濁り、涙で汚れていくのを想像すると、堪らなく気持ち良い。
時間をかけて、このまま皮を削いで削いで削いでしまおう。
Vはそう思いつつも、また肉を刔る体制に入る。
※
―――要は、気持ちが相反していたということ。
それは小さい事でもあり、大きな差でもある。
これが全てを覆す要因となったことは、当の本人達には理解できないわけで。
※
ウララーの方に向かって、強く跳ねた。
狙いは脇腹、また軽くその肉を頂戴する。
だが、あまり深く入ってしまっては致命傷になりかねない。
あえてここでは、爪を使ってそれを刔る。
「キヒイイィィ!!」
先程から、興奮し過ぎているせいか雄叫びのようなものが止まらない。
それは本能でもあり、理性というちっぽけなものでは抑止できなかった。
―――だから。
「カスが」
「っ!?」
ウララーが攻撃を待っていた事に気付かなかった。
自分の攻撃を、身体をはって受け止めようとしていることに。
軌道はもう修正できない。
幸い、銃口はこちらに向いていない。
爪があたってからでも、距離を取る事は遅くはない。
筈だった。
爪が肉に入り込むより先に、ウララーが跳躍する。
突っ込んでくるVに併せるように、後方に跳んだのだ。
「えっ?」
Vには一瞬、それが理解できなかった。
そして同じように、一瞬でそれを理解した。
爪が肉に触れ、ゆっくりと潜り込む。
が、己の自慢の逸品であるそれは、そこで止まってしまった。
刔るのではなく、刺さってしまったのだ。
自分の身体の一部が相手に触れたまま。
それでは、刹那を大事に動く者にとって死活問題である。
心の中で焦りと戸惑いが一気に噴き出し、Vはかなりの遅れを取ってしまう。
逆に見れば、ウララーには欠伸ができる程の余裕ができた。
その余裕を使って、ウララーはまずVにこう言い放った。
「捕まえたぜ。この糞野郎」
433
:
魔
:2007/10/21(日) 19:20:17 ID:???
※
自分の腹が貫かれていながらも、暴言を吐くのを優先する。
激痛に悶絶するどころか、微動だにしないウララー。
賭けにあっさりと勝つことが出来た今、後はVの命を取る事を考えるのみ。
「ふッ!」
空いた手で素早くVの手首を掴み、肘に銃を宛がう。
間髪入れず引き金を引くと、茶褐色の腕が弾け、真っ二つに別れた。
「キィィイイイイィ!!!」
堪らずVは種特有の叫び声をあげ、その場に崩れ落ちる。
銃口に物を密着させて撃った場合、暴発する可能性だってある。
なのに、ウララーはそれを知らなかったかのように無視して行った。
結果として良い方向に動いたものの、下手をすれば己の手が駄目になっていたかもしれない。
躊躇なく行動に移せた理由は、やはり復讐という感情が原因だった。
「キイィ!! ウウゥァァアアア!!」
無くなった腕を庇いながら、うずくまるV。
と、眼前に 何かが投げ出される。
それは紛れも無く自分の腕。ウララーに突き刺さった己の腕だ。
あの時、一ヶ月前に腹を撃たれた時に匹敵する痛み。
二度目の屈辱に怒りが込み上げ、力強くウララーを見上げる。
―――それとほぼ同時に、Vの頭は綺麗に撃ち抜かれた。
「ブぅグギゃッ!!?」
「・・・」
茶褐色の頭蓋は弾け、脳漿が飛び散る。
息をつく間もなく、二発目、三発目の炸裂音。
その度にVの身体は痙攣し、言葉では表現できない声をあげる。
「グ・・・ゥゥ、ウアアァァ」
もはや顔の凹凸は消え、穴と血と脳漿だけのボールがそこにあった。
そんな無惨な姿になっても、僅かだが動き息もあるV。
対峙している者が正常であれば、それは畏怖となるはずだった。
ふるふると震えながら、なおウララーに爪を向けるV。
それはまさに壊れかかったロボットが、必死に命令を遂行しようとしているかのよう。
そんなVを見ても、ウララーは眉一つ動かさない。
どころか、ゴキブリ並の生命力に苛つきさえ覚えてしまう。
「・・・お前さ、俺ら加虐者にやられてそんな姿になったんじゃないよな」
肘を破壊した最初の一発から数えて、これが最後。
確認の為に呟きながら、狙いを定める。
「そうだったら、俺やフーみたいに復讐を誓う筈だよな」
「ゥ、くァ・・・」
「唯一綺麗な桃色の毛皮・・・あってもなくても、本質は変わらねぇのか」
「・・・」
「糞虫はどこまでも糞虫ってことか? あ?」
何度も問い掛けるが、Vは答えない。
それ程までに痛め付けたのだから、仕方ない。
見限り、最後の言葉を渡して引き金を引く。
「テメェはもう、生まれ変わるんじゃねェ」
遊底が伸びきり、今の弾倉にある正真正銘最後の鉛玉が吐き出される。
その時の炸裂音は何故か酷く小さく聞こえ、Vの断末魔さえも耳に届かなかった。
434
:
魔
:2007/10/21(日) 19:21:28 ID:???
※
「あ・・・」
Vが、死んだ。
自分が、メイが憧れていたAAは、呆気なく死んだ。
凄まじい生命力も肉体も、鉛弾を放つ黒い塊には勝てなかった。
流れからして、次は自分の番だ。
このまま殺されてもよかったが、Vが遺してくれたものがある。
半ば芋虫と化した、ギコのことだ。
ギコが動けなくなったとなれば、生き地獄は逃れたも同然。
生か死かのチャンスが舞い降りた今、Vの死に浸る暇はない。
ギコとウララーの注意がこちらに向く前にナイフを取り返す。
Vの亡きがらを眺めている今が、絶好のタイミング。
「くっ!」
駆け出すと同時に全身が悲鳴をあげるも、堪える。
そして、転がり込むようにナイフに飛び付き、それを拾った。
「! ウララァァァぁッ!!」
「っ!」
やはり、二人はナイフを取り返した直後にこちらに気付いた。
飛び道具の事を懸念し、逃げ出すより対峙を選ぶ。
「・・・」
「この糞虫がああァ!! 無駄な抵抗してんじゃねぇぇぇ!!」
地響きを感じる程喚くギコよりも、無言を保つウララーの方が驚異である。
先程見せたあの眼に、自分には躊躇という言葉は無いものと報せていたからだ。
しかし、今のウララーは少し違っていた。
眼に変化はないものの、その気迫が薄れているのだ。
極端な殺意は感じない。
それでも、ウララーは弾の切れた銃に新しい弾倉を込め、遊底を引き直す。
ガチン、と黒い塊が唸り、張り詰めた空気を更に重くする。
「う・・・っ」
ナイフをウララーに向けるが、切っ先が震える。
体力の低下と、露骨な殺しの道具が眼の前にあるからだ。
ついさっきまでの、死にたいと願っていた自分なら、ここまで恐怖に苛まれなかっただろう。
だが、生きる道がまた見え出した今、それは最も避けて通りたい壁。
まだ死にたくないと、心が叫び、それに頭が怯える。
銃口が、こちらを向く。
酷く小さく黒い穴、そこから死が吐き出されるなんて想像できない。
「ウララー!! 早くそいつを殺せぇぇェ!!」
「・・・」
なお怒号を響かせるギコ。
それとは真逆の、沈黙を通すウララー。
二人は正に、罵声を浴びせ掛ける群集と血も涙もない処刑人のよう。
さしずめ自分は大罪を犯し、極刑を言い渡されたAA。
いや、寧ろ奴らに居場所を追われた魔女でない魔女か。
混沌としたこの街では、魔女狩りと同じで力を持った者の言葉が正しいのだ。
(・・・そうか、力か)
自分にも、ナイフという力がある。
それに、こんな醜い姿にしてくれた加虐者への怒り。
『感情』という力ならば、誰にも負けない。
AAを殺してきたのは、生きる為だけだと思っていた。
だが、加虐者とこうやって対峙して、やっと理解した。
自分は、『復讐』の為にも加虐者を殺しているのだと。
不意打ちと、逃げてばかりでそんなことを考える余裕がなかったのだ。
思考を張り巡らせていた所で、新たな怒りが込み上げる。
ナイフを握る手に力が入り、震えが止まる。
Vにウララーが抗ったように、今度は自分がウララーに抗う番だ。
435
:
魔
:2007/10/21(日) 19:21:47 ID:???
※
メイはその片目だけで、力強くウララーを睨み付ける。
「・・・」
すると、何故かウララーの眉間が緩んだ。
据わっていた眼も消え、少し前に会話した時と同じ表情になった。
「ギコ、ちょっといいか?」
ウララーは銃を下ろし、脚を失ったギコに問う。
「あァ?」
濁音が混じったその声は、不満を誰彼構わず撒き散らしているように思える。
それもそのはず、ギコの描いたシナリオは既に崩れ、重傷まで負ってしまったのだ。
それでも、絶望に打ちひしかれるよりも、納得いかないと憤怒する。
そんなギコの気持ちを知ってか知らずか、ウララーは会話を続けた。
「俺が頼まれたのは、こいつを追うことだけだったよな?」
「は?・・・い、今更何言ってんだテメェェェ!!!」
もはやギコのプライドは達磨にされた被虐者のように、ズタズタである。
―――そして、これからギコは今までで感じたことのない『恐怖』に襲われる。
「結論から言う。お前虐殺厨だろ?」
ウララーの冷たい言葉の直後、炸裂音。
鉛弾はギコの右手を穿ち、真っ赤な穴を開けた。
「っ!! うがあああぁぁっ!?」
Vに脚を奪われた時とは違い、はっきりとした激痛が右手を襲う。
空いている手でそれを庇おうとした時、また炸裂音。
今度は左手にも同じような穴が開いた。
「ギャアアアアァァァ!!」
「お前の頼み事も終え、俺自身の復讐も終えた・・・だから」
「ぐ、っううぅ・・・痛ぁぁぁァ!」
「俺は仕事を熟すだけだ」
噛み合わない会話を無理矢理繋ぐのは、やはり炸裂音だった。
ギコの耳が弾け、赤い液と肉の破片が辺りの飛び散る。
「っああああぁぁぁぁ!!!」
押さえようにも、穿たれた手ではより痛みが増すだけ。
吐き気を催す程のもどかしさに、ギコは一層叫びだす。
涙やら鼻水やら涎やらを撒き散らすその様からは、少なくとも爽快感は得られない。
暴君としてのギコは、簡単に、そして既にウララーに殺されていた。
Vの時とは全く逆のベクトルで叫び、痛みに悶えるギコ。
脚にひびくのか、のたうちまわることなく唯々泣き叫ぶのみ。
そんなギコと、無表情を貫き通すウララーをメイは交互に見て、呆気に取られた。
物事の中心である小さな殺人鬼を抜きにして、話は続く。
「最初に出会った時の暴力的な所とか、それっぽさが滲み出ていた」
「なんなんだよォっ!! こんな、こんな理不尽なことあってたまるかよぉっ!!」
「それにな、お前の身体から被虐者のものでない血の臭いもした」
「ッッ!?」
それを聞いて、ギコは一瞬動きを止めた。
それはもう暴君の反応ではなく、犯罪者が追い詰められている時のようなものだった。
「立場上、嗅ぎ分ける事くらい簡単なんだよ」
「そ、そんなことッ・・・第一、証拠が無ぇじゃねーかァっ!!」
「証拠なんていらねぇよ。ホンモノじゃあるまいし」
これまでにない醜態を晒しているギコに、追い打ちをかけていくウララー。
彼の言う事に偽りも嘲りも全くないが、十分にギコの心をいたぶっていく。
436
:
魔
:2007/10/21(日) 19:23:07 ID:???
※
ウララーが言葉を紡ぐ度、ギコは泣き叫ぶ。
仲間割れのような、そうでないようなやり取り。
それを見ていたメイは、混乱と共に心に落ち着きを取り戻す。
「ぐぎゃああああぁぁぁァ!!」
連続した発砲音がして、ギコの慟哭が強くなった。
見てみれば、肩甲骨の所に赤い穴ができていた。
もう、これでは両腕もまともに動かす事ができないだろう。
「・・・ねえ」
堪らず、ウララーに問う。
だが、ギコの慟哭が酷いせいか届かなかったようだ。
もう一度、少し声を荒げて問う。
「ねえ、なんで殺すの?」
今度はちゃんと届いたようで、ウララーがこちらを振り向く。
その眼は威圧感を放つものの、先程のように強い感情があるわけではなかった。
「虐殺厨だからだよ。爽快感欲しさに、誰彼構わず殺すような奴の事さ」
「虐殺・・・」
「加虐者であれ、虐殺厨になった奴は糞虫と同じ価値。いや、それ以下だ」
「・・・」
「勘違いするなよ。助けるつもりでやったわけじゃないからな」
冷徹に、淡々と喋るウララーは機械のように冷たかった。
Vと彼との関係はわからないが、復讐を終えた今、ウララーに点く火はないようだ。
それでも、燃え尽きてその場に崩れ落ちることなく仕事を熟すのには、寧ろ畏怖してしまう。
(虐殺・・・厨・・・)
ギコの方に目線を落とす。
余りにも醜い顔を晒し、腕のついた達磨と化したそれにはもう恐怖することはない。
泣き叫び、様々な体液を垂れ流す様は自分に新しい感情を芽生えさせた。
声には出さず、心の中で高らかに、ギコを見下ろしてこう呟く。
―――ざまあみろ、と。
「うあ、ぁぁぁ・・・ぐうううぅぅぁァ!」
地面にかじりつき、なお悶絶するギコ。
自分が眼前まで近付いても、気付く気配はない。
それほど、今感じている痛みは凄まじいのだろう。
「糞虫以下なら、何やってもいいの?」
ウララーに、二度目の質問を投げ掛ける。
「さあな」
至極短い返答。
雰囲気からして、本当の質問にも答えてくれたようだ。
再度ギコに向き直り、ナイフを構える。
「・・・僕、は。こいつの仲間にこんな身体にされた」
何故か、口を開いてしまった。
別に重要な話でもないというのに。
それでも、誰かに聞いてほしいという気持ちが、更に言葉を紡ぐ。
「だから、刃を向けるのはこいつじゃないかもしれない」
「・・・」
「でも、虐殺厨とかいう奴だったなら・・・多分、仲間も殺してる」
譫言に近いそれを、ウララーは黙って聞いているようだ。
顔が見えないから、どういった気持ちで聞いているのかわからないけど。
「・・・虐殺はしない。復讐だから、僕はこいつを殺す」
ナイフを握り締め、切っ先を目標に向けたまま掲げる。
そこで、ギコに左眼を奪われた時の事を思い出した。
眉間を狙っていた刃を少しずらし、一気に振り下ろす。
ギコは、惨めな姿のまま左眼を失って事切れた。
437
:
魔
:2007/10/21(日) 19:23:40 ID:???
※
最後の最期まで慟哭を吐いていたことから、恐らく誰に殺されたか理解していないだろう。
僕は柄が潜り込むまで刺さったナイフを抜きながら、そんなことを考える。
「・・・」
もう、この青い死体には何の感情を持つことはない。
それに、まだやるべき事は残っている。
今この場にいる加虐者の、ウララーとの決着だ。
ぽつ、と頬を何かが叩く。
仰ぎ見れば、鉛色の空が泣いていた。
誰の為に、何の為に泣いているのかはわからない。
木々もそれにざわつき始めた時、場違いな金属音がした。
振り向くと、ウララーがこちらに銃口を向けている。
「計算があっていれば、後一発残ってる」
雨音のノイズに遮られることなく、その言葉ははっきりと聞こえた。
「この弾、誰に使えばいいと思う?」
「・・・」
真意は、汲み取れない。
雨粒というスクリーンが、ウララーの心を覆ったから。
でも、雨の冷たさに打たれ、頭の冷えた僕は既にその答えを知っていた。
「少なくとも、僕に使うべきじゃないと思う」
まだ、死にたくないから。
そういった意味で、発した。
「・・・そう、だよな」
ありがとう、とウララーは続けた。
理由は、わからなかった。
わかった所で、僕にとってはなんの意味もなさないないだろうけれど。
「俺が殺すのは虐殺厨で、お前は殺人鬼。つまり、そういうことだな」
「・・・」
「もうお前を追う理由はない。行け」
その言葉を聞いて、僕の脚は動き出す。
ほんの少し前に、飛び込もうとした森の中へと、進む。
「・・・だがな」
二、三歩歩いた所で、ウララーが呼び止める。
僕は止まり、背中でそれを聞いた。
「次に何のしがらみもなく出会った時は、容赦なく殺す。いいな」
暫く、雨音というノイズに聴き入りながら、その言葉を噛み締めた。
そして、無言で頷き、緑の中へと駆け込む。
水が打つ音。
木々がざわつく音。
何も聞こえなくなるまで、僕は駆けた。
438
:
魔
:2007/10/21(日) 19:24:44 ID:???
エピローグ
『裏』
※
視界を阻む程降りしきる雨の中を、ひたすら走る。
灰色に染まった世界で、AAの気配は己以外に感じなかった。
「・・・痛、っ」
Vを仕留める為にした無茶が、やっと声をあげた。
内臓はやられていないようだが、その傷は深い。
ウララーはその傷を握るように押さえ、ひた走る。
メイに使わず、銃弾を残した理由はある。
まあ、あの時本人が死を受け入れていたならば、そこで使ってはいたのだが。
着いた所は、小さな殺人鬼を追い詰めた路地裏。
フーがここで殺されるなんて、予想できる筈がなかった所。
いや、実際は殺されてはいない。
Vの言葉が正しければ、フーは生きている。
そうでなくとも、確認をしなければならない。
一時期だけでも、己が助けた命なのだから。
段々と、足取りが重くなる。
フーの姿を見るのを、心が拒んでいる。
それでも、行かなければならない。
ホルスターにおさめた銃を握り、水溜まりを踏み潰していく。
不意に、足元の水溜まりにまだ新しい血が流れ込む。
息を呑んで、更に奥へと進んでいく。
まだ洗い流されなかった肉片や血糊が、壁にこびりついているのを眺めながら。
じわじわと、鼓動が嫌な感じに強くなっていく。
「・・・!」
見つけた。
そこにあったのは、肉塊だった。
目を凝らすと、皮を剥がされた達磨だということがわかった。
壁に横たわるように置かれているそれは、まだ生きている。
必死に腹を上下動させ、ひゅうひゅうと鳴る喉。
時折、口と思われる部分からは血と涎が一緒に流れ落ちる。
遠目に見ても、その体格はフーと同じ。
いや、もうウララーは既にその肉塊がフーだと理解していた。
肉塊の足元に落ちている赤黒い紐が、全てを語っていたからだ。
「・・・」
言葉が、見付からなかった。
もう助からないということしか、わからなかった。
歯を抜かれ、自害もできなくなったフーは何をどう思っているのだろうか。
これ以上の散策は不要か。
そう思ったウララーは銃をその肉塊へと向ける。
そして、最後の炸裂音を路地裏に響かせた。
腹すらも動かなくなった肉塊。
ウララーはそれをゆっくりと抱き上げる。
(墓・・・作ってやらないとな・・・)
黒い腕が赤く染まり、血の臭いが己を包む。
何も考えず、ゆっくりと足を動かして帰路につく。
―――途中、頬を何かがつたうのを感じた。
それは涙なのか、雨粒なのかはウララーにはわからなかった。
439
:
魔
:2007/10/21(日) 19:25:22 ID:???
エピローグ
『表』
※
視界を阻む程降りしきる雨の中を、ひたすら走る。
灰色に染まった世界で、AAの気配は己以外に感じなかった。
殆ど同じような景色を縫い、駆けていく。
すると、不意に視界が開けた。
足を止めてみれば、そこは懐かしい場所だった。
一ヶ月前に、奴らの手から逃れてきた場所。
似たような景色の中でも、ここだけははっきりと覚えていた。
「・・・う、っ」
不意に、吐き気を催す。
吐こうとすると、胸元に鋭い痛みが走った。
構わず、胃の中にあるものを押し出す。
雨が降っているさなかで、別の液体が撒かれる音。
全てを吐き、二、三度咳き込む。
胸の痛みが取れないまま、出たものに目線を落としてみる。
「あ・・・」
そこには夥しい量の血が流れていた。
愕然として、握っていたナイフが指から滑るように落ちた。
堪らず、何度も咳き込む。
口を押さえている手に、更に血が付着していく。
止まったかと思えば、立て続けに目眩が襲ってきた。
成す術なく、その場に倒れ込む。
正直、よくここまで来れたなと思う。
ギコの恐ろしい暴力のせいで、ボロボロになった身体。
あの時に、暴れた肋骨が内臓を傷付けた事には気付いてはいた。
それが今になって、揺り返しのように一気に襲ってくるなんて。
喉が熱い。
身体は冷たくなっていく。
段々と、呼吸することすらきつくなってくる。
死ぬ。
その運命は、すぐそこまで来ていた。
眼も霞み、もう何も感じることができない。
指先一つ動かせない程麻痺してきた時、ふと眼前のナイフを見遣る。
銀色の刃に雨粒が落ちては消え、まるで宝石のように輝いている。
(・・・ああ)
『生き延びる』という願いが潰えそうな今になって、いいものが見れた気がした。
思えば、このナイフがなければ、自分は何も出来なかった。
身体の一部のように、当たり前のように扱ってきて、あまり向き合うこともなかった。
今更だけれど、このナイフに感謝をしなければ。
メイは心の中でありがとうと呟き、醒めることのない眠りへと落ちた。
―――被虐者であったメイは、被虐者の運命を拒んでここまで来た。
そして、それに必死で抗ってもきた。
だが、その時はあまりにも短すぎた。
たった一ヶ月の間だけ、自分なりの冒険をした。
雨に打たれ、横たわっている今、彼は何を想っているのか。
それは、誰にもわからない。
440
:
魔
:2007/10/21(日) 19:25:58 ID:???
※
全ての歯車は、回転を止めた。
隣り合う者も、ぶつかり合った者も、砕けていった。
今、残っている歯車は一
歯車は一人では回ることはできない。
しかし、歯車がなくても街という時計は時を刻む。
街は更に新しい歯車を生み出し、壊す。
混沌とした輪廻の輪は、止まる事を知らない。
今日もまた何処かで、様々な歯車が噛み合い、回っている。
―――天と地の差の裏話。
小さなこの物語は、ここでおしまい。
441
:
魔
:2007/11/10(土) 15:33:54 ID:???
『表話』
※
世の中には様々な姿のちびギコがいる。
目の色から毛並み、尻尾の形も含めると数え切れない程だ。
そういったちびギコが産まれる理由は、同じように様々だった。
どこぞの変態がアフォしぃを犯したり、逆にアフォしぃが自分より弱い者と無理矢理交えたり。
そういった異種同士のやりとりからの発生、あるいは唯の突然変異という事と世間では言われている。
今回はその様々なちびギコ達の中でも、『より珍しい者』の話。
上記の理由をもってしても、なかなかお目にかかれない者の物語だ。
※
街の中央に位置する、雑木林を切り拓いた巨大な公園。
そこからあまり離れていない所に、被虐者の集まる空き地がある。
雑に置かれた土管やブロックもあり、雨風をしのぐ位はできる。
そんなごく普通の空き地に、物語の要はいた。
「・・・ぐぅ」
空き地の真ん中で、ブロックを高く重ねたものの上で丸くなっているちびギコ。
彼には勿論家などなく、出生もわからぬままここで暮らしている。
普通ならば、家族も名前も何もないちびギコなど仲間にまでも見捨てられるだろう。
だが、彼は違った。
誰も持っていない武器を持ち、それを最大限に利用してきたのだ。
その武器とは、『身体の色』の事だ。
ギコ種のそれよりも濃い青と、光沢さえ見えてしまう毛並み。
先の折れた耳には、一文字に鮮やかな白いラインが走っている。
瞳は身体の色と相反して、朱と紅が混じったかのように輝いていた。
あまりにも世間離れしつつ、被虐者らしからぬ艶やかさ。
何も知らない者なら、血統書つきと言われてもすぐに信じてしまう程だ。
しかし、一枚皮を剥いでしまえば糞虫と呼ばれているちびギコと全く同じ。
彼の浅はかな思考では、今の生活で精一杯、かつご満悦なのだ。
「アオ様、起きて下さいデチ」
ブロックを昇り、青いちびギコに仲間と思われる者が耳打ちをする。
それに反応し、アオ様と呼ばれた青いちびギコはゆっくりと顔を上げた。
二、三度目を擦り、大きく背伸びした後、仲間の方を向く。
「何デチか?・・・アオ様はまだ眠いデチよ」
「ご飯の時間デチ。既に準備をしてるから早く来て下さいデチ」
「ああ、なるほど。ご飯なら仕方ないデチね」
渋々とした意思を言葉に表しても、表情は嘘をつけない。
気怠さを吹き飛ばし、眼を爛々と光らせながらブロックを飛び降りる。
積み上げたブロックの、後方にある土管の裏に回り込む。
そこではまた別の仲間が数匹、残飯とおぼしきものを列べて待っていた。
彼等のちょうど真後ろ、木で出来た塀の下には、小さな穴があいている。
恐らく、あまり目立たないそこを主に、このちびギコ達は残飯探しをしているようだ。
「アオ様、これが今日のご飯デチ」
「いつもより多く肉をゲットできたデチよ」
アオ様とやらに収穫の成果を報告する彼等も、やはり様々な姿である。
しかし、その身体もゴミ漁りやら何やらで汚れてしまっている。
それに対し、アオ様はその綺麗な体毛を綺麗なままで維持できていた。
何故、同じ場所で生活をする彼等に、ここまで差があるのだろうか。
442
:
魔
:2007/11/10(土) 15:34:17 ID:???
※
答えは至極単純なものだった。
アオ様が、他の仲間に雑用等を全て押し付けていたのだ。
だが、それだけの理由では、ちびギコ達はおろか、全てのAAは納得できないだろう。
『働かざる者、食うべからず』。それを無視できたのは、やはり身体という武器が関係していた。
上流階級でもない限り、見る者全てを魅了する毛並。
物心ついた時には、住む場所もなく、家族も既にいなかった。
しかも、その派手さのせいかよく他のちびギコが寄ってきた。
本来ならば、ここで奇形だ害虫だと罵る輩が多くいる。
だが、このちびギコを見た者は、その美しさの前ににそんな言葉は口に出来なかった。
それでも、輝くものを持っていながらも所詮はちびギコ。
『弱き者は強き者に弄ばれる』という理を、脱する可能性を得たというのに。
青いちびギコは頭脳を悪い方向に、しかも稚拙に回転させた。
『ボクはマターリの神サマの、御使いなんデチ!』
群がってきたちびギコ達に、彼はそう言い放ったのだ。
勿論それはでっちあげで、本人はマターリの神など信じていない。
頭の悪い奴らを利用したいが為に、そんな嘘を吐いたのだ。
アオ様と呼ばれるようになったのも、その時に咄嗟に名付けたもの。
それから、アオは色々な嘘を作り上げては、ちびギコ達を利用した。
あまりにも無茶な注文をした時には、流石に反発する者も出てくる。
それすらも、その美しい姿に既に魅了された者達を使って排除した。
※
「ふむ・・・」
アオは、目の前に並べられた食料を品定めしていく。
肉や味の濃いものはそのまますぐに口に運び、他は乱雑に扱う。
残飯とはいえ、被虐者達から見たらそれは恐ろしい程の贅沢。
アオの傍若無人な行動に、涎をだらしなく垂らす者や、憤りを感じる者もいた。
それでも、彼等にとってアオは『マターリの神の御使い』である。
アオに不満を言ってしまえば、マターリの神から天罰が下るだろう。
そんなありもしない事に彼等は怯えつつ、アオの毛並みを眺めていた。
「今日はご苦労デチ。残りはお前らにやるデチよ」
と、品定めという名の好き嫌いをし終えたアオは、そそくさと元の場所ヘ戻る。
その場に残ったのは、汚いちびギコ達と生ゴミに近い残飯だけだった。
「・・・残りって、またコレだけデチか」
虫喰いのあるキャベツの芯を摘み、溜め息をつく者。
その横で、人参の皮をしゃぶる者も居た。
「文句も、陰口も言ったら駄目デチ。アオ様に失礼な事があったら、どうなるか・・・」
「でも、これで本当にマターリできるんデチかね・・・」
「・・・」
「信じる者は救われる。それを守るだけでいいんデチ」
「そうデチね。信じていれば、いずれアオ様がマターリへと導いてくれるデチ」
いつもと同じ流れからくるのは、いつもと同じ会話。
嘆く者がいれば、それの背中を押し助けあう。
健気ではあるのだが、やはり現実は厳しいものだった。
(フン・・・そうやって一生バカやって、僕の為に死ぬがいいデチ)
まともな敷居もないこの空き地では、そんな会話はアオの元に簡単に届く。
それを聞き、ほくそ笑みながらひなたぼっこをするのも、彼の日課。
まあ、視野を狭めればこれも『弱き者は、強き者に弄ばれる』事に等しい。
弱者は、強者の慰み物、或いは利用されるべきなのだろう。
443
:
魔
:2007/11/10(土) 15:35:14 ID:???
※
そんな被虐者達のやりとりを、影から観察する者が二人。
一人は頬がこけ、やたらとエラが目立つニダー。
職についていないものの、その肩書には守銭奴というものがある。
もう一人は、細長い髭をたくわえたシナーという男で、料理人だ。
「アイツか・・・噂通り、無駄に綺麗な奴ニダ」
ニダーの手にはいかにもといった怪しいスプレーと、袋があった。
吊り上がった細い目の奥では、アオを見詰めて爛々と光る瞳。
しかしそれは、毛並みに魅了されてのものとは違うようだ。
二人の目的は、言わずもがなアオを捕獲する事。
その筈だが、ニダーの相方であるシナーは、どこか不満げである。
「普通のちびギコじゃないアルか。あんなの、毛皮にしても価値ないアルよ」
「お前の発言は否定と肯定が混ざっててややこしいニダ」
どうやらシナーはニダーに詳しい説明を聞かされず、連れて来られたようだ。
ぶすくれて愚痴と不満を垂らしつつも、その手の中にはアタッシュケース。
中には自慢の包丁を入れており、料理ではなく虐殺に扱うものだ。
互いに相反する道具を持つ理由は、やはりニダーの考え。
そうこうしているうちに、目標であるアオはうとうととし始めていた。
「チャンスニダ! シナー、ウリの言ったように、しっかりと動くニダよ?」
「わかってるアル。寧ろそれの為に来ただけアルよ」
声を押し殺しての会話の直後、ニダーが動く。
足音をたてないように小走りをするが、枯れ葉や小石がそれを邪魔する。
地面を踏む度に乾いた音がして、これでは隠れていた意味がない。
案の定、後少しといった所でアオは目を覚まし、ニダーに気付いた。
「ん・・・誰デチか?」
(しまったニダ! でも、まだこれがあるニダ!)
アオが完全に目覚めるより前に、素早くブロックの前に走る。
そして、間髪入れずスプレーをアオに向けて、噴射。
「ひぎゃっ!? な、何・・・」
何するんデチか。そう言い終える前にアオは再び眠りについた。
ニダーが持っていたのは、睡眠薬の入った即効性のあるスプレーだった。
ふら、と倒れそうになる青い身体をニダーは上手くキャッチし、そのまま袋の中へ落とす。
「ホルホルホル。上手くいったニダ!」
独特な笑い声をあげ、ニダーはご満悦だ。
踵を返し、帰路につこうとした途端、ブロックの奥の土管の方から音がした。
ガサガサとその音は大きく、複数がこちらに向かっている。
「アオ様!?」
「そこのお前! 何やってるデチか!」
「アオ様が虐殺厨に掠われるデチ!!」
物音達はニダーに姿を見せるや否や、様々な罵声を浴びせる。
纏まりの全く感じられない発言は、ちびギコの頭の足りなさを感じさせてくれる。
それでも、アオに対する忠誠心、信仰心はかなりのもののようだ。
「煩い奴らニダ・・・」
普通ならば、こういった場合は他の者に見つかった時に『しまった』と思う筈だ。
しかし、ニダーはそう思うどころか、面倒事が増えたと歎いている。
それもその筈、ニダーは抵抗する者に対してはしっかりと対策を練っていたからだ。
まあ、実際はそこまで考え込んでの対策ではないのだが。
「シナー、出番ニダ」
444
:
魔
:2007/11/10(土) 15:35:45 ID:???
ぎゃあぎゃあ喚き立てるだけのちびギコ達を無視し、ニダーは連れの男の名を呼ぶ。
あまり間をあけずに、シナーがアタッシュケースの中身を持ち出してやって来た。
「なんと。こんな数の糞虫がここに居たのアルか」
「さ、後は頼んだニダよ」
ニダーはシナーの後ろ手にまわり、アオを入れた袋を肩に担ぐ。
それと同時にシナーは大振りの中華包丁を構え、切っ先を眼前に置く。
「直接的な恨みはないアルが、『食』の害虫として貴様等は捌いてやるアル!」
「アオ様を掠う虐殺厨め! 返り討ちデチ!」
互いに気持ちをぶつけ合うと、ちびギコは力強く地を蹴った。
それを迎え撃たんと、シナーは包丁を握り直す。
※
シナーは料理人であり、糞虫のことは人一倍嫌っていた。
アオを生け捕りにする時に不満を垂らしていたのは、この理由も含んでいる。
ちびギコは飲食店ではゴキブリと同一視されるものだから、それは仕方ないのだが。
生理的に受け付けないとはいえ、それが虐殺対象になると話は変わる。
ちびギコへのベクトルは一気に真逆を向き、虐殺には最高の相手と化す。
今のシナーは、眼に火が燈ったかのように熱くなっていた。
「はイイィィィ!!」
飛び掛かってきたちびギコに向かい、刃を振るう。
空を切り裂く音がしたかと思えば、瞬く間にちびギコの身体に赤い線が走った。
「!?」
そのちびギコは叫ぶことなく、空中で綺麗に輪切りにされた。
受け身も取れる筈がなく、そのまま肉塊として地にばらまかれる。
「ああっ!」
「そんなぁ!」
仲間が次々に驚くものの、名前らしきものは発さない。
どうやら名前を親から貰う事なく生まれ落ち、ここまで生き延びてきたようだ。
哀れむ事なんてあるはずはないし、それにこいつらには共通の名前がある。
「せめて『糞虫タン』と叫んでやるネ!!」
嘲りを含めた、気合いを込めての言葉。
包丁を振りかぶり、肩が外れんばかりの勢いで投擲。
鈍く重たい音を響かせながら、ちびギコ達の方へと包丁が飛ぶ。
「え ひぎゃブっ!?」
「ぐゃあぁがぁ!?」
軌道のど真ん中にいたちびギコ達は、首や腹を次々とかっ切られていく。
ボロ雑巾のような毛皮が、自身の血で艶やかに染まっていった。
水平に弧を画いた包丁は、軽快な音をたてて持ち主の手の中に戻る。
「ふむ。まだ生きてるアルか」
「あ、あうぅ・・・」
咄嗟に屈み、難を逃れた者が数匹。
全員、仲間の血が身体に付着しており、それが原因なのか腰を抜かしていた。
名前がないせいで馬鹿みたいな馴れ合いができず、恐怖に盲目になれていない。
シナーはちびギコ達を見てそう読み取り、次の行動に移った。
445
:
魔
:2007/11/10(土) 15:36:37 ID:???
「フム・・・」
死体を数えてみれば、思った以上のちびギコがここに居た。
一匹見れば三十匹と考えるのだが、流石に一辺に沢山集まっているのには堪え難い。
しかもニダーが狙っていたアオとやらにこき使われたのか、非常に汚い身体をしている。
より近くで見る程、毛並みはガビガビで変な方向に固まっているし、その色も凄まじい。
漂泊剤で洗うよりも、いっそペンキで塗り隠した方が楽ではないかと思われる。
ふと、ここで疑問が浮かび上がった。
身体をボロボロにしてまでアオに仕えていた様なのに、虐殺に入るとこの反応。
例えばアフォしぃによく見られる『マターリ』に関する宗教がある。
その信者達は様々な地域で活動し、酷い時には暴動や殺人を犯す者もいる。
神の為なら命懸けで尽くすというか、こいつらにはその精神が見当たらない。
自分だって、愛国心ならば誰にも負けない。
もしこいつらと同じ立場になったとしても、足首にくらいは噛み付いてやる。
(ひとつ、聞いてみるアルか)
疑問に対する一つの解答が閃いた所で、シナーは答え合わせの為にちびギコの前に進んだ。
おおざっぱな虐殺を仕掛け、残ったのは三匹。
ざ、と砂を踏む音に反応して、一匹のちびギコが驚く。
何の気無しに歩いただけなのに、この怯えっぷりには流石に呆れ返る。
「あひ・・・ひぃぃっ!」
あと一歩という所まで近付けば、糞尿を垂らして後退る。
涙も鼻水も涎もだらだらと溢れ、その様はどう見てもまともではない。
こうまでなっては、ちゃんとした会話は出来ないだろう。
そう解釈したシナーは足を早め、ちびギコの眼前まで近付いた。
そして、何も言わず包丁を動かし、そのちびギコの首を撥ねる。
「ひ、ひぎゃあああぁぁぁ!!」
真っ赤な生臭い噴水があがると同時に、側にいたちびギコが悲鳴をあげる。
仲間の血をもろに浴びたせいで、その不快感と恐怖は半端ではないようだ。
どちゃ、と首のなくなったちびギコが崩れると、つられて叫んだちびギコも泡を噴いて倒れた。
不愉快である。
何時もなら無茶苦茶な屁理屈を並べた後、自分達に虐殺されるのが定石だろう。
これではこちらがシリアルキラー、もとい悪者扱いだ。
最後の一匹に問うことが出来なかったら、ニダーに解釈を求めよう。
シナーは諦め気味にそう考え、残った者に近付いた。
「う・・・」
先程殺した者と同じような反応はしたものの、そこまで露骨なものではない。
逃げられないようにと首の後ろの皮を掴むと、すんなりと受け入れてくれた。
ひびは入っているものの、まだ精神崩壊は起こしていないようだ。
少しの余裕が見えた所で、先ずは最初の疑問を問う。
「お前、どうして真面目に助けてやらないアルか?」
「え、っ!?」
恐怖に震えあがっているちびギコの身体が、強く跳ねるのがわかった。
それと、隠し事がバレたかのような勢いで、心臓が激しく動き始めたようだ。
耳を寄せなくとも、掴んでいる手から心音が聞こえると錯覚する程。
構わず、質問を投げ掛ける。
446
:
魔
:2007/11/10(土) 15:36:56 ID:???
「アオ様とやらを、マターリを信奉してたんじゃないアルか?」
「そ、それ、は・・・その、っ」
「たった二人の加虐者が来ただけで、その信奉は崩れるものアルか?」
「あ、あう・・・」
疑問が、確信へと変わっていく。
それに倣って、ちびギコの愚かさから感じる愉快さが込み上げる。
シナーは鼻息がかかる距離まで顔を近付け、その確信を投げ掛けた。
「お前は馬鹿アル。騙されていると理解していながら、何故アオを崇め敬っていた?」
少しの間の後、ちびギコの眼が泳ぐ。
続いて身体の震えも加速し、小汚い顔は土気色でいっぱいだ。
今このちびギコは、己の弱さからくる葛藤で頭がいっぱいなのだろう。
アオの姿、加虐者の言葉、嘘か真か、自分がやってきた事は・・・と。
深く探らずとも、ちびギコの天秤には何が乗せられているか位はわかる。
真であれ偽であれ、こいつらにはマターリが必要不可欠のようだ。
だが、そのマターリはマターリでなく、しかも騙していた者があのような姿。
ならば自分達が信じていたマターリとは、一体何なのか。
ちびギコの思考など、だいたいこのような感じだろう。
(やっぱり、コレが最高アル・・・)
被虐者が己の愚かさに気付いたこの瞬間が、一番面白い。
眼の前で子供を殺された母親よりも、崩壊の度合いが違うからだ。
それに、このちびギコは中途半端な賢さのせいでこうなった。
アオの言うマターリが、嘘なのかと疑問視する位の賢さだ。
打開策を考える良さもなければ、逃避できる馬鹿さもない。
時間に余裕があれば、もっともっと遊んでいただろう。
だが、ニダーを待たせてはいけないので、ここらでお開きにする事にした。
シナーは最後にちびギコに耳打ちし、その場に打ち捨てた。
※
「二言三言で潰れるなんて、余程自分を追い詰めていたようだったアル」
「意見を表に出せない、自己主張できない奴らの末路はこれでいいニダ」
「自身で悩み、自身を責め、自身を破壊するなんて、手間のかからない良い奴アル」
「そういえばシナー、最後に糞虫に何か耳打ちをしてたニダ。なんと言ったニダ?」
「ああ、それは・・・」
二つの嵐が談笑しながら空き地から離れていくのを、一匹のちびギコだけが見ていた。
マターリの為に、アオ様に必死で仕えてきたはずなのに。
その頑張りは、虐殺厨にあっさりと砕かれてしまった。
仲間も殺され、あまつさえ御使いであるアオ様まで奪われた。
地獄よりも凄まじい世界となったこの空き地で、自分は何をしていけばいいのだろう。
恐怖と絶望と、あの虐殺厨が吐いた言葉のせいで身体が動かない。
『マターリとは、裏切りの味を濃くする為の調味料アル』
異国の訛りが入ったそれは、耳と脳にこびりついてしまっていた。
自分は死ぬまで、この惨状と言葉を脳裏に焼き付けなければならない。
そう考えてしまっても、叫ぶ気力すら失ったちびギコ。
他にある道も、後悔に後悔を重ねるだけの無限回廊。
現実と無知は、弱者にとってあまりにも残酷なものとなった。
447
:
魔
:2007/11/10(土) 15:37:58 ID:???
※
互いに結果に満足し、余韻に浸りながら帰路につく。
と、シナーはここで自分の中にまだ残っていた謎を思い出す。
「そういえば、まだ捕獲の理由を聞いてなかったアル」
「そんなに知りたいニダか」
にやにやと勿体振るニダーを見て、シナーは不満げだ。
だが、虐殺の余韻かその口元は緩んだままである。
「当たり前アル。料理人として、そのちびギコ捕獲のメリットが見付からないからアル」
「ホルホルホル。まあ、まだシナーには手伝って貰うから、今教えても支障はないニダね」
「いいから、早く教えるアル」
「わかったニダ。それは・・・」
「それは?」
稼げるものなら何でも扱う、守銭奴として名高いニダー。
そのニダーが今までやってきた事の中でも、それは一番奇抜なものだった。
「こいつを使って、マターリならぬ『健康』の信者を釣るニダ!」
その言葉の直後、シナーの眼が点になる。
訳がわからないのと、妄想についていけないという理由が半々だ。
あまりにも素っ頓狂な解答に、シナーは自分を宥める意味で掘り下げる。
「ニ、ニダー? そんな抽象的だと余計わからないアルよ?」
「これからじっくり説明するニダ」
※
要約すると、
『このちびギコを珍獣扱いして、店に出す』
『珍しさを武器に、身体の至る所に薬効があると偽る』
『客は効果のない霊薬に喜び、自分達は金に喜ぶ』
ということ。
シナーはニダーの説明に段々と食いつくも、その怪しげなやり方に不安を抱く。
その顔色を察したのか、ニダーは自分の細目を更に吊り上げてこう言った。
「質問があるならどうぞニダ。あらゆる解答、打開策はあるニダよ」
「・・・薬効がないかもしれないとケチつけられた場合はどうするアル?」
「その前に薬のもう一つの効果、『思い込み』を使うニダ」
「思い込み?」
ニダーいわく、薬の効果の半分は薬効で、残りは思い込みとのこと。
珍しいから、御利益があるから効くだろうといった事は、田舎等ではよく耳にする。
特に珍しいものに関しては、そこに医学的根拠がなくとも信じ込みやすいらしい。
今回の場合は、珍しさを全面的に押し出しての商売を狙うようだ。
「この毛並みと珍しさを利用して、『薬効があると思い込ませる』ニダ」
「ほうほう」
「更に、シナーの祖国から捕まえたと話を上乗せすれば完璧ニダ」
「・・・なぜ、私の祖国アル?」
「『脚のあるものは机と椅子以外食べる』と言われる程エキゾチックな国ニダ。そこから取り寄せたと言えば、信じ込みやすいニダ」
「・・・それは偏見アル。というか、もしかしてまだ付き合わさせるつもりアルか」
「当たり前ニダ。でも、お前に損はさせないニダ。どころか満足させてやるニダ」
「満足?」
448
:
魔
:2007/11/10(土) 15:38:19 ID:???
※
翌日。
人気の多い百貨店の横に簡易な店を設け、それは始まった。
勿論、その百貨店からの了承はちゃんと得て行っている。
「さあさあチョッパリ共! ウリの店に寄るがいいニダ!」
(こいつは真面目にする気はないのアルか?・・・)
ニダーの無茶苦茶な呼び込みに、シナーは多少不安を覚える。
だが、彼もニダーと同じ思いであり、早く客にきてほしいと心の中で願っていた。
何故ならば、見世物としてこのアオを『吊るし切り』にするからだ。
ニダーの言っていた、満足とはそのことだった。
シナーが想像していたのは、アオの写真と実物の毛皮の切れ端を肉骨粉にしたそれを袋詰めにする作業。
霊薬と呼ぶものだし、糞尿や細胞の一欠けらまで金にすると思っていた。
が、まさか一般AAの前でこんな珍しい者を虐殺するとは一片足りとも考えてもいなった。
解体ショーという相手も自分も楽しいものをしつつ、金儲けとは素晴らしいものだ。
(・・・にしても、コイツは大丈夫アルか?)
捕まえて以来、今だ眠っているアオ。
両手首をきつく縛り、そこから吊るしているというのに、本人は寝息を立てている。
ニダーの使ったスプレーが強すぎたのか、或いはこいつが鈍いだけなのか。
そんな事を考えていると、既に主婦達が店の前に集まっていた。
「あらホント。綺麗なちびギコねー」
「流石に鑑賞用に飼うなんて酔狂な事はできないけど、お薬になるならいいかもしれないわ」
「その毛並みの美しさが、私達に貰えるような薬って本当?」
「そうニダ! どころか身体の中もたちまち健康に、美しくなるニダよ!」
台本通りの説明で、食いつきはなかなかのようだが、まだ不安は全て拭えていない。
自分達だけが考えた要素だけでは、完全に保険という逃げ道を作ることはできない。
その場にいなかった者が、ごくまれに意外な目線で突っ込みを入れる事もある。
と、早速一人の主婦が疑問を持ち掛けてきた。
「念の為に聞くけど、そのちびギコってカラーひよこと同じ原理じゃないわよね?」
「どういうことニダ?」
「染めてるんじゃないかって。よくよく考えると、そんな綺麗な毛並みのちびギコっておかしいわ」
「ファビョーン!! このニダー様が用意したものに文句をつけるとはどういうことニダ!!」
「じゃあ証拠を見せなさいよ。本物だったら私達も文句は言わないわ」
「わかってるニダ!! シナー!」
短気過ぎるというか、物凄い剣幕でまくし立てるニダー。
毛皮を少しだけこちらに寄越せと、叱るように促す。
自分は呆れ気味に返事を返し、包丁を持った。
毛皮を扱う職人ではないが、トリの皮なら数え切れない程剥いできた。
それと同じ要領で、アオの臀部に切り込みを入れる。
「・・・ひぎゃっ! え、痛、痛い痛いっ!!」
と、どうやら痛みでアオが目を覚ましたようだ。
幸い暴れ始めるより先に切り離すことができたので、被害は少ない。
アオの両足首を片手で器用に掴んだ後、毛皮をニダーに渡した。
449
:
魔
:2007/11/10(土) 15:39:09 ID:???
「何す、い、いや、何デチかここは!?」
アオは喚き出すも、周りの騒々しさには勝らない。
寧ろニダーの怒りようの方が酷いと感じる位だ。
皆も気にしていないようだし、自分も無視するようにした。
「さあ、しっかりと目に焼き付けるニダよ!」
威勢よく声を出したニダーが取り出したのは、水の入ったボウルと漂白剤。
ボウルを置き、中に毛皮を入れた後漂白剤をなみなみと注ぐ。
直後、これでもかという位に乱暴に揉み洗いを始めた。
暫くそれを行った後、天に掲げるようにそれを取り出す。
「どうニダ!」
その言葉に続いて、主婦から感嘆の声。
それどころか、当たり前だと感じていた自分も驚いてしまった。
勿論色は落ちていないし、あれだけ乱暴にしておいて、毛がへたっていないのだ。
クセのようなものもなく、渡した時と同じ流れを保っている。
触った時には、そんなに硬く感じはしなかったのだが。
突然変異、偶然とはいえ、なぜそのような美しさをこんな糞虫が持っているのか。
そこだけは、やはり納得がいかない。
「まだ信じられないなら、通販で手に入るヤバイ洗剤ても持ってこいニダ!」
「誰もそこまでヒクツじゃないわよ。私買うわ!」
「ホルホルホル! そうなれば話は早いニダ!」
早速注文がやってきた。
値段はしっかりと店の前に書き記し、『1g100円』とかなりのぼったくりだというのに。
深い事を考えるより前に、誰もがこの毛並みに魅了されている。
虐殺という麻薬さえ超えたその中毒性は、どこか悍ましさを覚えた。
「シナー! 早速作るから材料を寄越すニダ!」
「了解アルよ」
作る、というのも、公平さを保つ為にアオをペーストにする事だ。
なにもかもを挽き肉より細かいものにし、後は適当な香料で臭みを消す。
主食でなく、調味料的な扱いを促せば、より嘘と気付きにくくなる。
早速取り掛かろうと、アオの脚を自由にさせる。
途端にばたばたと仰ぎ始めるも、声と一緒で周りの騒々しさに負けるもの。
あえてアオの罵声も耳にせず、包丁を逆手に構える。
後は簡単な精神統一。そして、
「はイイィァ!!」
脚を狙い、一閃。
「ひぎゃあぁぁぁあああぁ!!?」
すると、アオの甲高い悲鳴に併せてその青い脚が宙に浮く。
引力に引かれるより先に空いた手でまな板を持ち、しっかりとキャッチ。
ばたたっ、と複数の音がしたかと思えば、アオの脚は輪切りになってまな板に並んでいた。
「さ、どうぞアル」
「お見事ニダ!」
差し出せば、ニダーの褒め言葉と主婦達の黄色い声が重なる。
次いで、その奥のギャラリーからの拍手があがった。
「いあ、あああぁぁァ!! 脚、脚ぃぃぃ!!」
その中で不快に取れるものが一つ、アオの慟哭が耳に入る。
流石に脚は精神的ダメージも大きかったようで、いずれは痛みで更に叫ぶだろう。
ニダーと主婦達が喋っている間は、自分はこいつと遊ぶのもいいだろう。
「やあ、やあ。御目覚めアルか」
「な、なんなんデチかぁ! オマエはぁ!」
450
:
魔
:2007/11/10(土) 15:40:23 ID:???
「いや、なに。唯の料理人と商人アル」
「商人って! このアオ様にこんな事するのが商売デチか!?」
「そうアルね。しかも私達は君にいい事教えてるアル」
「はァ!?」
「お前、あの空き地でちびギコを利用していたアルね? マターリを巧みに使って」
その言葉の後、アオは言い留まる。
罪悪感のせいかどうかはわからないが、悪い事とは自覚していたのだろう。
まあ、そこで開き直ろうが反省しようが構わないのだが。
「そ、それがどうかしたデチか!」
「勿体ないアル。お前の毛並みは、もっと上手に扱えるアル」
「・・・え?」
と、アオは自分の発言に食いつく。
そこで、今行っている事全てをアオに教える。
勿論、詐欺ということは言わないでおいた。
※
「そ、そん・・・ふざけるなデチィイ!!!」
全てを知るや否や、怒りで泣き叫ぶアオ。
「勿体ない使い方をしたお前が悪いアル。だから、私達が教えてやってるだけアル」
「だからって! だからってぇぇ!!」
「授業料が命なのがそんなに不服アルか? まだ破格値だというのに・・・」
「シナー、早く次をくれニダ!」
「アイサー」
「あ、ちょ、待っ・・・ひぎゃあああああぁぁ!!」
脚を切り、尻尾を落とし、尻を削ぐ。
刃がアオの身体を走る度、それは心地よい音色となって返ってくる。
切り離したものをニダーに渡せば、アオはそれを拒んでまた叫ぶ。
定石である反応を示す様は、ギャラリーにも受けがよく、やっている側も気持ちが良い。
「も、もうやめてデチぃぃぃぃぃぃ!!!」
「まだまだアル。滴る血液もしっかりと金にして、ボロ儲けアルよー」
「誰かあぁぁぁぁ!! 助けるデチぃぃぃぃ!!!」
助けを呼んでも、皆亡くなっているわけで。
万が一に来たとしても、そいつにはアオの目論みも話した。
復讐に燃えるちびギコがアオを殺すというシチュエーションも見たかったが、それは心の中に仕舞うとしよう。
シナーはそう思い、なお叫ぶアオに包丁を走らせた。
※
アオがそういった毛並みだったのは、本当に偶然である。
突然変異。それが起こる確率は、天文学的な桁なのかどうかはわからない。
所詮はちびギコであるし、詳しく調べるという酔狂な科学者はいないだろう。
だから、今回の事もアオの肉の持つ成分がどうとか調べる者はいなかった。
それはニダー達にとって嬉しい誤算であり、本人は勿論気付いていない。
詐欺は誰にもバレる事なく、作戦は大成功のようだ。
―――これは、突然変異を成したちびギコの中の一人の物語。
街のどこかでは、似たような者のまた違った物語が語られているだろう。
機会があれば、それもまたいつか。
完
451
:
魔
:2007/12/13(木) 23:09:33 ID:???
『小話』(前編)
街にも忘れられた、とある廃屋。
外も内も草木が己を主張し、家としての機能を奪っている。
そんな廃屋の傍、森のようになった庭に、彼等はいた。
「・・・ふぅ」
どこか寂し気な表情を浮かべながら、毛づくろいをするちびフサ。
虐殺厨から逃れ、身を隠す為にこの土地に根を降ろしている。
家の中は使い物にならないので、彼は拾ってきた段ボールで雨風をしのいでいた。
「フサタン。そんな無理しないで、僕に一言頼めばいいデチよ」
「ちびタン・・・」
と、もう一人の住人であり、相方のちびギコがちびフサの後ろに立つ。
そして、手際よくちびフサの毛を綺麗にしていった。
ちびギコが『無理』と言ったのには、訳があった。
彼、ちびフサは加虐者に襲われ、その腕を一つ失ったのだ。
※
食糧確保の為にゴミ漁りをしていた所を、あるモララーに捕獲された時の事。
抵抗虚しく、赤子の手を捻るかのように左腕はもぎ取られてしまった。
『ヒギャアアアァァァ!!』
『今回は、これだけで勘弁してやる』
凄まじい痛みに悶える自分に、モララーははっきりとそう言った。
その後は命からがら逃げてきたものの、直後に激しい喪失感に襲われる。
身体の一部がなくなったということは、どんな事よりも辛いものだった。
同じ種族からは奇形と罵られ、自分のことすら満足に行えない。
マターリとは遠く掛け離れ、その思考を捨てるまでの時間はそんなに掛からなかった。
心にぽっかりと穴が開き、生きる理由さえ己の中から消えてしまいそうだった。
そんな自分を救ってくれたのは、ちびタンだった。
死人と何等変わりない自分に声を掛けてくれた、唯一のちびギコ。
『一人でも多く、マターリできたら嬉しいデチ』
ちびタンという、ごく普通の名前を持ったちびギコだった。
既にマターリなんて信じていなかったが、その気持ちが嬉しかった。
片腕になってから友人は皆逃げ、あまつさえ石まで投げて来た。
だが、ちびタンだけは、手を差し延べてくれた。
それから、生きようという考えが戻ったのはすぐだった。
―――だが、それもほんの少しの間だけだった。
ちびタンは身体の不自由な僕を助けてきてくれたが、まだ問題は残っていた。
心に開いた、大きな穴。
ちびタンの好意は、その穴を埋めてはくれなかった。
一時的に忘れさせてくれただけで、根本的な解決になっていなかった。
「・・・」
必死に毛づくろいをしてくれているちびタン。
嬉しいのだけれども、やはり何かが足りない。
俯いての溜め息は、これで何度目なのだろうか。
452
:
魔
:2007/12/13(木) 23:10:24 ID:???
※
夜。
ちびタンは既に夢の世界に旅立っていた。
僕はいつものように、心の穴、このもやもやした感覚と向き合っていた。
仮説も立てられない、理由づけも出来ない問題。
頭も心もずっと唸ってばかりの平行線。
埒があかないので、気晴らしに散歩でもすることにした。
ここ最近、虐殺という行為があまり目につかなくなった。
正確に言えば、表に出る虐殺厨の数が減っていただけなのだが。
だから、日中より更に安全になった夜は、散歩するのに絶好の時間だ。
虐殺が減ったという情報は、落ちていた新聞や、ラジオを盗み聞きしてのもの。
『一匹のちびギコが、無差別殺人を繰り返している』。
普通なら考えられないが、嘘の報道などすぐに忘れ去られる筈だ。
このニュースはもう一週間前から流れ、様々な場所で耳にしている。
警察が警戒も促していたし、実際に虐殺も減っていたし、事実に間違いないだろう。
(・・・会ってみたいな)
虐殺厨を虐殺し返す。
そんなちびギコがいるのなら、一度話をしてみたい。
何故、見境なくAAを殺しているのか。
どうして、虐殺厨を殺すことができるのか。
どうせなら、弟子入りも視野に入れてみようか。
虐殺厨を殺す程強いのなら、ついていけば楽に生き延びる事が出来る。
情報を耳にしてから、僕はそのことをずっと考えていた。
ふと空を見上げると、満月が出ていた。
その美しさは、空っぽな自分を癒してくれる。
マターリの神様は信じないけど、お月様はいつも僕を見てくれる。
ひとつ、お月様に願いごとをしてみようか。
流れ星のそれではないが、祈る形での願いだ。
目を閉じ、胸に手を宛てる。
「お月様、願わくばその強いちびギコに逢わせて下さいデチ」
心の底から、切に願った。
―――その時だった。
「グエっ!?」
短い断末魔が近くから聞こえてきた。
声色からして、それは虐殺厨のもの。
真逆と思い、その声がした所へと走る。
恐らく日中でも人気のない、細い道。
そこに、虐殺厨は倒れていた。
ぱっくりと裂けた首が、月光に照らされている。
そして、その影にその虐殺厨を殺した者が立っていた。
考えるまでもなく、そのAAは噂になっているちびギコ。
新聞にも書かれていた通り、ラジオで聞いた通り。
少し大きな身体をしたちびギコが、虐殺厨の血をしっかりと浴びていた。
「あ・・・」
僕は歓喜すると同時に、恐怖を覚えた。
それは、ちびギコから放たれる殺気が、僕に向けられていたからだ。
453
:
魔
:2007/12/13(木) 23:11:06 ID:???
影から出てくるちびギコ。
ゆっくりと、その身体が月光に晒される。
真っ白なその毛並みには、べっとりと血糊が付着している。
目線を上げると、地の白に茶と黒が混じっている顔。
あまりお目にかからない毛の色に、僕は少し驚いた。
ただ、負傷か虐待かはわからないけど、左目と左耳が彼にはなかった。
そして、もう一度目線を落とすと、真っ黒な腕が握るナイフがあった。
血を吸ったまま月光を反射するそれは、恐怖を感じさせる。
話し掛けようとするも、声がでない。
彼の真っ黒な眼が、とても恐ろしく思えたから。
口を開けば、手の中にあるナイフで切り殺される。
そんな幻覚さえ見えてしまった。
「・・・何か用?」
感情のない声。
彼の問い掛けに、我に返る。
「あ、その・・・キミが、噂になってるちびギコデチか?」
咄嗟に出した言葉は、当たり前の事を問うものになった。
他にも重要な質問なんて沢山あるだろう。
僕は自分に毒づくも、彼の返答を待つことにした。
「・・・」
不快だったのか、彼は無表情のまま死体に目を遣る。
そして、その死体にナイフを力強く突き立てると、そのまま切り開いていく。
ぐちゃ、と湿った気持ち悪い音が、肉塊となっていく虐殺厨から聞こえる。
照らすものが月であるせいか、溢れた血液がコールタールのように黒く見えた。
「君、片腕なの?」
と、解体に見取れていて、質問が来たのに気付くのが一瞬遅れた。
「あ、えと・・・そう、デチ」
腕のことに触れられるのは嫌だったけど、不満を言っても何にもならない。
寧ろ、片腕ということに恥ずかしささえも感じてしまった。
彼はあんな身体になっても、一人で生きているというのに。
僕は他人の力を借りて、生きている。
「・・・君達って、面白いね」
「えっ?」
思いもしない返答に、つい聞き返す。
「今まで色んなちびギコに出会ったけど、まともに話せたちびギコは皆身体の一部がなかった」
「・・・」
「そうでない人達は全員『マターリ』とか言って話が通じなかったから」
そう言うと、彼はどこか寂し気な表情を浮かべる。
庇うように左腕を握る彼を見て、僕はやっとそれに気付いた。
真っ黒な彼の左腕は、最初は毛の色だと思っていた。
だけど、それは間違いだった。
よく目を凝らすと、彼の左腕は重度の火傷。
花火やライターくらいの火ではつかない程、酷いものだった。
使えてはいるようだけど、片腕よりかなり目立つ怪我。
もしかすると、彼は僕より沢山のちびギコに馬鹿にされたのかもしれない。
それを裏付けるかのような発言が、彼の口からぽつりと零れた。
「僕もこんな身体だし、有る者には見下されても仕方ないのかもしれないね」
「・・・」
そんなことない。
そう言いたかった。
だけど、僕が言えたことではなかった。
454
:
魔
:2007/12/13(木) 23:11:46 ID:???
僕が言葉を捜していると、彼は解体に勤しむ。
どうしてバラバラにするのか、ふと疑問に思う。
だけど、その答えは聞かなくても、彼から教えてくれた。
虐殺厨の腕を切り離した彼は、更に皮を剥ぐ。
そして、露になったぬらぬらと光る肉を見詰め、それに口をつけたのだ。
一つ咀嚼し飲み込んだ後、今度は力強くかじりついた。
僕はそれを見て、一瞬寒気がした。
その直後、謎が氷解し感動という気持ちが心を染めた。
何故無差別に虐殺厨を殺してきたのか。
それは、自分の力を誇示させる為ではなかった。
彼は、『食事の為に虐殺厨を殺している』。
ゴミ漁りというハイリスク、ローリターンのそれよりも遥かに効率が良い。
先に殺せば、殺される心配もないし、手に入る量も半端じゃない。
「・・・それの為に、君は虐殺厨を殺してしたんデチか」
「うん」
感動し過ぎて、ついわかりきった事を問い掛けてしまったが、満更でもないらしい。
虐殺厨だったものを食べる彼は無表情だったけど、凄く嬉しそうだった。
だから、段々羨ましく感じてきた。
僕らより遥かに強い彼に、更に憧れを抱くようになった。
「あの・・・無理を承知で頼みたい事があるデチ」
利用する、という考えはいつの間にか吹き飛んでいた。
実際に出会ってみて、彼に心の底から魅入ったからだろうか。
或いは、同じような身体を持つからだろうか。
意を決して、問い掛ける。
「何?」
「僕も、き、君についていきたいんデチ・・・」
全て話してみた。
自身の強さに惚れ込んだこと。
虐殺厨を殺す術を教えて欲しいこと。
死に怯える日々から抜け出したいこと。
嘘偽りなく、あるがままを話した。
「ごめんね」
返ってきたのは、否定だった。
「僕も、自分だけの事で手一杯なんだ」
「・・・いや、いいんデチ。赤の他人がいきなり我が儘を言って、ごめんなさいデチ」
予想はしていたけど、少し寂しく感じた。
彼なら、僕の心の穴を埋めてくれそうな気がしたのに。
だけども、やはり片腕というハンデは大きすぎるのか。
俯くと、視界がうっすらとぼやける。
いつの間にか、僕の目には涙が溜まっていたようだ。
見られまいと顔を逸らすと、血の匂いが強くなる。
顔をあげると、彼は虐殺厨のもう一つの腕を持っていた。
「代わりと言ったら難だけど・・・これ」
申し訳なさそうに、差し出してくれた。
僕は涙をこっそりと拭い、それを受け取る。
「ありがとう・・・デチ」
「いつも食べ切れないから、残しちゃうんだ」
軽い自虐を含めながら、彼は笑う。
つられて、僕も少しだけ笑った。
455
:
魔
:2007/12/13(木) 23:12:57 ID:???
初めて虐殺厨の肉を食べた。
火を通してないせいか、残飯よりも凄く生臭い。
だけど、一度口の中に入れれば、臭いは消えて美味しさが広がる。
新しい感覚に僕はひたすら感動し、貪るように食べた。
お腹も、何ヶ月ぶりにいっぱいにすることができたし、嬉しかった。
「虐殺厨って、こんなに美味しいんデチね」
「僕も、初めて食べた時は驚いたよ」
「それで、食べる為に殺すようになったんデチか」
「うん」
「羨ましいデチ。僕にも、そんな強さが欲しいデチ」
虐殺厨も殺す事ができて、食事にも困らない。
そんな素晴らしい生活ができる彼が、本当に羨ましくて堪らない。
夢物語なんかじゃなく、それを体言しているから、より憧れてしまう。
そんなことを思っていると、彼の口から意外な言葉が発せられた。
「僕は、強くなんかないよ」
「えっ?」
流石に、一瞬で理解できなかった。
謙遜なんかじゃなく、本当にそう思っての言葉。
どういうことか聞く前に、彼が先に答えを教えてくれた。
「僕は君達と変わらない、普通のちびギコなんだ。ただ、ナイフを持ってるだけ」
次いで、ナイフと身体の傷の事も話してくれた。
虐殺厨に捕まり、生き地獄を見たこと。
「耳をもぎ取られ、腕を焼かれた。
それでも、絶対に生き延びる事を誓った。
どんな小さなものでも、チャンスだけは逃さなかった。
そして、左目を犠牲にして虐殺厨から逃げ出せる事が出来た。
その時に、このナイフを手に入れたんだ。」
坦々と話す彼。
その内容は僕が体験したものよりも遥かに辛いものだった。
ナイフを手に入れた後の話も、決してゴミ漁りより楽じゃない。
仲間も親もなく、たった一人で生き延びてきた彼。
なのに、彼自身は自分を強くないと評する。
納得がいかなくなって、僕は更に聞いてみた。
「虐殺厨を殺せるだけでも、十分に強いデチ。なのにどうして・・・」
「・・・君と、僕の違う所。わかる?」
「?」
「ナイフがあるかないか。それだけ」
ナイフという『力』。
ちびギコでも、力を持つことができる。
それを持つことができれば、後は『気持ち』次第だ。
彼はそう語ってくれた。
凄く単純なことだけど、僕はそれに心を打たれた。
『気持ち』と『力』があれば、なんでもできる。
彼だって、生き延びたいという気持ちとナイフという力だけで、虐殺厨を殺している。
段々と、僕の心の穴が埋まっていく。
高ぶる気持ちに合わせて、それは小さくなっていく。
彼についていくという事はできなかったけど、新しい道を教えてくれた。
それだけで、凄く嬉しかった。
※
暫くの間、僕等は会話と食事を楽しんだ。
二人で食べたせいか、虐殺厨は殆ど骨だけになった。
肋骨を露にした間抜けな虐殺厨を見て、一緒に笑ったりもした。
そして、彼はまた『生き延びる』為にここを離れるようだ。
僕は感謝の言葉と、また逢いたいという願いを込めて、
「またね」
と大きく手を振って言った。
名前を聞く事は、すっかり忘れてしまっていた。
456
:
魔
:2007/12/13(木) 23:13:33 ID:???
※
朝になった。
僕はあの後、ちゃんとちびタンの所に戻った。
興奮し過ぎていて、なかなか寝付けなかったけど。
今日は早速、あの彼に教えてもらったことを試すことにした。
先ずは、『AAを殺すことが出来る道具』を手に入れないと。
虐殺厨は、身体の丈夫さを武器にできる。
ならば、その丈夫さを超える力があればいいんだ。
ガラス片であれ、丸腰な虐殺厨なら上手くやれば殺せる。
小さな刃物でも、扱うことができれば十分。
あのナイフの彼だって、刃渡り十数センチの力で何人も殺してきたんだ。
「・・・ねぇ、何するんデチか? こんな所で」
僕が来たのは、大小様々な鉄くずを集めている広場。
どういう施設なのか、詳しいことはわからない。
けど、ここに来たら何かありそうな気がしたから。
「ちびタンには関係ないデチ。別についてこなくてもよかったのに」
「で、でも、片腕のフサタンはほっとけないし・・・危ないことは、しちゃ駄目デチ」
急に、ちびタンが欝陶しく思えるようになった。
僕の事を想い、いろいろとしてくれるのは素直に嬉しい。
だけど、四肢があるくせに纏わり付くのが、段々と不快に感じてくる。
彼に出会ったせいだろうか。
いつも傍にいるちびタンより、一夜だけ話した彼の方が、優しかった。
上からでも下からでもなく、同じ目線で僕を見てくれた。
「・・・」
そこまで考えた所で、僕は思考を止めた。
先に成すべきことを成してから、そこから次の問題に取り掛かろう。
僕は小さい鉄クズの山に手を置き、目当てのものを探した。
※
ガシャガシャと、鉄クズの山が唸る。
それを聞く度、ちびタンはオロオロと落ち着かない。
辺りを見回しては、いちいち耳打ちをしてくる。
「そ、そんなに音を立てたら、虐殺厨に見つかるデチよ」
「ちびタンは黙ってて欲しいデチ」
それに、虐殺厨はこんな所に来る筈がない。
僕等ちびギコが殆どいないのに、わざわざ歩きにくいここに足を運ぶことはない。
何度も説明したのに、ちびタンは全く聞いてくれない。
ガラクタを掻き分ける度、掌が汚れていく。
自慢の毛並みもくしゃくしゃだし、疲れも感じてきた。
だけど、僕の手はもう頭では止まらなかった。
帰巣本能のような、磁力のような感覚が僕の心を埋め尽くしている。
と、
「痛っ!」
指が何かに刺さったようで、咄嗟に腕を引っ込める。
ふと、痛みを感じた指を見ると、ちょっとした量の血。
それは小さな膨らみになった後、つう、と掌へと滑り落ちた。
「大丈夫デチか!?」
怪我をした僕を見て、酷く慌てるちびタン。
手を見せるよう言われたが、僕はそれを無言であしらう。
ちびタンの不快な思いやりよりも、それが気になる。
ガラクタを掻き出し、僕の手に傷をつけたものを、取り出した。
457
:
魔
:2007/12/13(木) 23:14:20 ID:???
※
それは、単なる金属片だった。
多分、何か大きな鉄の塊の一部分だろう。
金属片は引きちぎられたように伸び、そこが刃の役割をしている。
都合よく柄のような形をした部分もあり、そこを握ってみる。
翳してみると、なかなかかっこよく見えた。
ギザギザの刃は銀色に光り、他は錆で被われ、僕の毛色みたいだ。
(・・・これデチ)
求めていたものは、あっさりと見つかった。
切れ味は、どう考えてもまともではなさそう。
だけど、この金属片はどの刃物よりも僕に馴染みそうな気がした。
力を手に入れた。
まだ試してすらいないのに、漠然とそう頭の中に言葉が浮かぶ。
後は、『気持ち』。
それは既に用意してある。
僕の中で、燻っていた念い。
片腕だからという理由で、諦めていた。
だけど、これを見付けた途端、その念いは燃え盛る。
―――僕を馬鹿にした奴らへの、復讐。
好きでこんな身体になったわけじゃないのに。
僕を見る度嘲笑い、暴言や石を投げて来た奴ら。
あの時は本当に何もできなかったから、成すがままだった。
ちびタンはそんな僕を支えてくれたけど、それも今日でおしまいだ。
今の僕は、何もできないわけじゃない。
心を真っ黒な炎が包み、激しく、それでいて静かに燃え盛る。
その炎が消えてしまう前に、奴らを焼き殺してしまおう。
そう決意し、ガラクタの山から離れようとした。
その時だった。
「フサタン!」
ちびタンが、僕を呼び止めた。
その声は少し掠れていて、本人も息があがっている。
どうやら僕が物思いに耽っている間も、喚いていたようだ。
振り向き、聞き返す。
「何デチか?・・・僕は今から、することがあるデチ」
「そんな危ない物使って、何する気デチか!」
半ばヒステリックに叫ぶちびタン。
その顔は少し青ざめ、どこか怯えているように見える。
僕は包み隠さず、胸中の事を伝える。
「復讐デチよ。僕はもう、何もできないわけじゃない」
「復讐って・・・まさか!?」
「そんなに驚かなくてもいいデチ。まあ、そのまさかなんデチが」
金属片を見詰めながら、呟く。
くい、と角度を変えて刃に光を当ててみると、僕の顔が映った。
それは刃の形に沿って歪み、僕の顔そっくりな悪魔が笑っているかのよう。
暫く眺めていたかったが、ちびタンの言葉でそれは叶わなかった。
それは、あまりにも心ない言葉だった。
「はぁ、全く。何を言い出すかと思えば・・・」
「・・・ちびタン?」
「いつも僕に助けられてるフサタンが、そんなこと出来る筈ないデチ」
「・・・」
「片腕のくせに、そんなガラクタ持っただけで復讐なんて無理デチよ」
458
:
魔
:2007/12/13(木) 23:15:10 ID:???
※
最も聞きたくなかった言葉。
それは、いつも傍にいたちびタンの口から、放たれた。
「いやはや、まさか自殺するんじゃないかってヒヤヒヤしてたけど、杞憂だったデチ」
「・・・」
「下手に引き止めたりしたら、フサタンが暴れて山が崩れて生き埋めだとか、考え過ぎてたデチ」
頭の中が真っ白になった。
でも、ちびタンは構わず喋り続ける。
ちびタンは僕の為にいろいろしてくれた。
だけど、心の中では片腕の事を馬鹿にしていた。
信じたくないけれど、本人が目の前でそう言った。
片腕のくせに―――。
そこに嘲けりがなくても、僕の心は酷く傷つく。
そして、その傷から激しく炎が顔を出す。
「ちびタン・・・」
「ん、何デチか?」
「僕にやさしくしておいて・・・本当は、影で馬鹿にしていたんデチね・・・」
「馬鹿も何も、片腕を擁護する奴なんているわけないデチよ」
話を全て聞けば、ちびタンは自分の為に僕を手助けしていたとのこと。
表面上では優しくしておいて、裏で僕を見下す。
『キケイを介護してやるなんて、僕はなんて慈悲深いんだろう』と。
そこに罪の意識なんてなかったかのように、ちびタンは面白おかしく喋る。
結局、ちびタンは奴らと同じだった。
こんな奴に心を開いた自分が情けない。
得物を握る手に、力が入る。
炎が、そいつも殺してしまえと命令する。
味わわせてやる。
僕の苦しみを。
切り刻んでやる。
僕の力で。
得物を逆手に持ち直し、ちびタンに迫る。
まだへらへらと喋るちびタンは、僕の殺気に気付いていない。
目と鼻の先まで近付いて、得物を振り上げる。
そこでやっと、ちびタンは口を動かす事をやめた。
「・・・へっ?」
刃物が、自分の肩口に突き刺さっていたからだ。
僕も、いつ振り下ろし、刺したのかわからなかった程。
そのくらい、ちびタンの肉が脆いのか、得物の切れ味が凄まじかったのか。
「ひ、ヒギャアアアァァァァア!!?」
ちびタンは刃から離れるように倒れ、その場を転げ回る。
真っ赤に染まった金属片は、ぬらぬらと光る血を滴らす。
刺してしまった。
虐殺厨なんかじゃなく、同じ種族をだ。
だけど、罪悪感なんてこれっぽっちも生まれない。
生臭さと肉を裂く感触に、ちびタンの慟哭から感じるもの。
それは、他人を見下す時に得られる『幸福』だった。
459
:
魔
:2007/12/13(木) 23:16:23 ID:???
『見下す』。
その行為は、あまりした覚えはなかった。
見下されたことなら、不本意だけど腐る程あった。
沢山のちびギコが、それをしてきた訳が今理解できた。
誰かを見下す事は、この上なく気持ち良い。
僕は暴れるちびタンを止める為、脚でそのお腹を踏み付ける。
呻きが聞こえると同時に馬乗りになり、刃を首に宛てがった。
「ひい・・・っ!」
怯え、涙目でこちらを見遣るちびタン。
完全に恐怖に呑まれているようで、身体の震えが嫌というほど伝わってくる。
肩口を傷付けただけだというのに、先程の態度とは全く違っていた。
「どうしたんデチ? そんなに怯えて・・・」
「いや、やめて、デチ。こっ、殺さない、でえっ」
と、ちびタンが嗚咽を漏らしながら懇願する。
そこで、どうしてそこまで恐怖に苛まれているのかがわかった。
ちびタンの真っ黒な瞳に、僕の顔が映ったから。
それは、自分さえも竦み上がる程酷いものだった。
憎しみがそこから駄々漏れているのも、はっきりとわかる。
憎悪という化け物に睨まれて、ちびタンはこうなったんだろう。
「・・・」
だからといって、気持ちがわかったからって、手を止める理由にはならない。
寧ろ怯えてくれて好都合。ここから、ちびタンを僕の好きなように扱えるわけで。
手は傷口を押さえてて、自ら抵抗しないようにしてるのと同じ。
脚はもちろん、僕が馬乗りになっているせいで使えるわけない。
今から、得物という力を使って、ちびタンを十二分に弄んでやれる。
「殺すか殺さないかは・・・僕が受けた苦痛の大きさで決まるデチ」
刃を反し、付着していた血をちびタンの頬になすりつける。
自分の血だというのに、ちびタンは悲鳴を押し殺して顔を逸らす。
嫌がるくせに、傷口を押さえる手は動かそうとしない。
しかも、そのくらいの傷で痛がるなんて、もぎ取られた僕はどうなるのだろう。
「ご、ごめ・・・ごめんなさ・・・い」
「謝るデチか。さっきはやって当然といった物言いだったくせに」
「あ、ああぅ・・・」
「片腕に命乞いなんて、ちびタンは馬鹿デチねー」
眼はそのまま、刃を向けて嘲笑う。
すると、ちびタンにもプライドはあるのか、涙目で睨み返してきた。
倫理感に欠けるその意地は、少し不愉快ではあったけれど。
ただ殺すだけじゃあ、僕の怒りはおさまりそうにない。
だから、ちびタンにこれとない苦痛を与えるべきだ。
そこで、僕はある事を思い付いた。
恐らくそれはちびタンにとって、究極の二択かもしれない。
天秤にかける、一つの要素は命。
そして、もう一つは―――。
「ちびタン」
「え・・・?」
僕は問い掛ける。
囁くように、脅すように。
「片腕になるのと、死ぬのと。どっちがいいデチか?」
460
:
魔
:2007/12/13(木) 23:17:05 ID:???
「な、なん・・・っ!」
ちびタンが喚くより先に、得物の刃を頬に押し付ける。
そこから新しく血が流れた所で、ちびタンは喋るのをぴたりと止めた。
「文句でもあるんデチか? 断るなら、殺すかわりに『虐殺』してあげるデチ」
使う事はないと思っていた単語が、あっさりと言葉になる。
力を手に入れてからは、それが簡単に熟せそうな気もしている。
いや、今の僕は絶対に熟せる。
自分が片腕でも、ちびギコという弱い種族でも。
気持ちと力があれば、なんだってできる。
ナイフの彼が言っていた事は、本当なんだ。
「さあ、早く決めるデチ」
「うぅ・・・っく・・・」
涙をボロボロと零しながら、葛藤するちびタン。
十秒か、多分そのくらいの時間が経ってから、ちびタンは動いた。
傷口を押さえていた手を退かし、こう答えた。
「せめて・・・こっち・・・」
プライドよりも、命を選んだ。
死ぬことよりも、生き地獄を選んだ。
ただ、それは僅かな差での答だったようで、ちびタンは更に涙を流す。
身体の震えは、既に恐怖のものではなくなっていた。
「わかったデチ」
僕は、あまり間をあけずに言葉を返した。
そして、あえてゆっくりと刃を傷口に持っていく。
刃先で軽く傷口をつつくと、あわせるようにちびタンの身体は小さく跳ねた。
何度かそれを行った後、僕は囁く。
「叫んだりしたら、殺すデチ」
釘を打ったのは、決して他のAAに見つかる恐れをなくす為ではない。
単純に、ちびタンの行動を制限させる為だけのもの。
これとない激痛の上、叫ぶことができないのは、かなりの苦痛だろう。
だけど、僕はそれ以上に苦しんだわけで。
ちびタンは歯を食いしばり、右手は身体でなく地面を掴む。
どうやら、僕の言葉を綺麗に飲み込んでくれたようだ。
反論も罵倒もなく、怯えながら従うちびタンは見ていて面白い。
得物を強く握り、刃を進ませる。
先程刺した時よりも、更に深く、遅く入れていく。
ずぶずぶと入り込む感触は心地よく、肉を切断しているというのがよくわかる。
当の本人は瞼を強く閉じ、必死で痛みに堪えていた。
「よく我慢できるデチね・・・ちびタンは強いデチ」
「〜〜〜っ!!」
手応えがきつくなれば、一度引き抜いてまた入れる。
乱暴に突き刺すなんて事はせず、あえてゆっくりと行う。
長い間僕を苛んできた苦痛は、そうしないとわからないから。
また深くに刃を入れていくと、ちびタンは眼を見開いて堪える。
それでも、決して叫ぶことはなかった。
涙を零しながら、激痛に静かにかつ激しく悶えるちびタン。
その表情を見れば、絶景を眺めるより心が洗われる。
僕は網膜に嫌というほど焼き付ける為に、刃を動かす速度を更に緩めた。
461
:
魔
:2007/12/13(木) 23:17:57 ID:???
暫くして、ごつ、と鈍い手応えがあった。
一応意識しながら行ってきたけれど、こんなに硬いとは思っていなかった。
くすんだ赤や黄に塗れた肉の芯を成す、骨にぶつかったのだ。
果物を食べていて、偶然にも種を噛んでしまったような感触。
故意に邪魔されたような気がして、この上なく不快に感じた。
こんなに硬いものがあれば、出来るものも出来なくなる。
もっと、肉を切断することに浸っていたかったけれど。
僕は覚悟を促す為、口を開いた。
「ちびタン」
「っ・・・?」
「ちょっと乱暴にするけれど、大丈夫デチね?」
「・・・」
ちびタンは僕の言葉に頷く。
直後、地面を握っていた右手を口に持って行き、そのまま塞ぐ。
血や涙で汚れた顔に土だらけの掌が被さると、土埃は泥になり更に汚れる。
あまりにも汚いちびタンの顔に、僕はほんの少しだけ吐き気を催した。
だけど、ちびタンは僕の無茶苦茶な行動言動に素直に応じている。
そこだけは評価してやらないといけないかな。と僕は思った。
「・・・まあ、それが賢明デチ」
わざと口角を吊り上げながら、囁く。
ちびタンはもう、痛みを堪えるのに必死なようで、何も反応を示さなかった。
少しばかり生意気に感じたが、見方を変えたら余裕がないのと同じ。
ちびタンが壊れるのも、もう目の前かもしれない。
※
今から、ちびタンの腕を殺す。
骨はいわゆる、腕の命に等しいものだ。
それを砕けば、ちびタンの腕は死ぬ。
あの時の僕みたいに、激しい絶望感と喪失感に苛まれるだろう。
ちびタンが悪いんだ。
僕の事を影で嘲笑っていたから。
ただ馬鹿にし、石を投げるだけならここまでしなかった。
だけど、ちびタンは僕にやさしくしてくれた。
やさしくしてくれたから、『裏切り』なんてものが生まれたんだ。
※
得物を大きく振り上げる。
唯の金属片であるそれは、今だけギロチンの刃のように思えた。
罪人とも取れるちびタン専用の、断頭台でなく断腕台。
僕はそれ以上何も考えず、一気に振り下ろした。
途中、憎しみという感情が僕の腕を強く押したような気さえした。
「―――ッッ!!!!」
ばき、と凄まじい音がして、ちびタンの腕の骨が砕ける。
想像を絶する激痛だったのか、僕を振り落としそうな程ちびタンは身体を大きく跳ねさせた。
その後も、首やら脚やらをばたばたさせて酷く悶絶するちびタン。
叫ぶことができないぶん、苦しさは半端でない様子。
だけど、約束はしっかり守っていることから、まだ精神は壊れてないようだ。
こんな目にあっても、必死で自我を保とうとするちびタン。
捩曲がったその根性は何処からくるのかと、僕は心の中で毒づく。
肝心の骨は、どうやら上半分だけが割れただけのようで、完全に切断できていない。
骨の破片を刃先で取り除くと、骨髄らしきものがどろりと流れ出た。
462
:
魔
:2007/12/13(木) 23:18:18 ID:???
血が溢れ、肉が顔を出し、骨が露になっているちびタンの腕。
汚いそれが身体と離れるのは、もうすぐそこ。
もっと痛め付けてあげたかったけど、これ以上長引くと気絶させてしまいそう。
意識のないちびタンを虐めても、僕の心は晴れたりはしない。
「ちびタン、もう少しで終わるデチ。頑張るデチよ」
「・・・!!・・・!」
口を押さえて悶えるばかりのちびタン。
僕はそれを無視し、得物を振り上げ―――。
ばきん。
と、乾いた音が辺りに響き、ちびタンの骨は見事に割れた。
勢い余って、そのまま骨の下の肉も切断してしまったようだ。
「・・・やったデチ」
ちょっとした達成感に、僕はうっかり感嘆の声を漏らす。
ちびタンは眼を見開いたまま、涙をひたすら流している。
小刻みに震え、腹は上下動している所から、気絶はしていない様子。
ちびタンは今、何を考え何を想っているのだろう。
恐らくその心は僕と同じように、絶望と激痛でズタズタな筈だ。
しかも、これからちびタンは仲間と思っていたAAに見放されていく。
僕が見て来た地獄を、そっくりそのまま見てもらうんだ。
僕は立ち上がり、ちびタンから離れる。
もう、裏切り者には用はない。
「お疲れ様デチ。もう喋ってもいいデチよ」
「・・・ぅ・・・ぅあ」
何か恨み言の一つでも喋るかと思えば、それではなかった。
ただ、流す涙に合わせてえづき、鳴咽を漏らすだけ。
その様子から、十二分にちびタンの精神は傷ついたようだ。
僕は最後の仕上げに、ちびタンの耳にこう囁いた。
「ようこそデチ・・・僕が体験した『地獄』へ」
※
最初の復讐は、満足のいくものとなった。
これから、僕は更にAAを殺すだろう。
この得物を使って、僕を馬鹿にした者を片っ端から殺す。
虐殺厨と同類になっても、別に構わない。
力を手に入れた今、気持ちで突き進むだけ。
「ぁ、ぁ・・・うわあああああああああああ!!!」
広場を離れる途中、後方からちびタンの慟哭が聞こえた。
それは身体の芯にまで染み渡る程、良い声だった。
続く
463
:
淡麗
:2008/01/04(金) 20:22:21 ID:???
明けましておめでとうございます。
記憶のかなたに忘れかけているかと思われますが、
>>419
〜423の続きです。
どぞ
【ペット大好き日記!〜第3幕〜】
ただいまっと・・・
大学から帰宅した俺はわざとらしく声をかける。
返ってくる声はない。
だろうな。母親はサークル活動とやらで夕方まで居ないのを確認済み。
目標地点の主はまだ学校だ。
「いいぜ、モラ川。」
「いよいよモナ〜 なんかどきどきするモナ」
俺の後ろから入ってきたのは、大学の後輩のモラ川。
コイツの趣味は盗撮。しかし
「モラが盗撮するのは、暗躍する悪事を暴くする為モナ。エロには興味ない!」
というのが自負だとかで、その腕前はかなりのもの。
今回コイツを呼んだのは、妹の部屋でベビがどんな目にあっているのかを観察する為だ。
モラ川に状況を説明すると、初めは渋っていた。
「そんな家庭内の事なんて、どうでもいい事モナ…」
と渋っていたのだが、
無知で無謀な小学生のベビ育成観察の面白さを延々と語り聞かせること小一時間。
「…分かったモナ。でもやるからには万全体制で臨むモナ。」
と決心してくれたのだ。
さて、さっそく妹の部屋へ侵入。
ここが奴らのアジトだぜ…なんていって雰囲気を高める。まぁ、モナ川はあきれているが。
モナ川は部屋に入ると同時に、あちこち観察を始めた。
なんでも埃の状況などから家主の行動パターンなどを推測して、カメラやマイクを仕掛けるとか。
なんかよくわからん世界だからそっちの事は全てお任せしよう。
で、俺はベビを探し始める。
昨日と同様に鼻を利かせてみるが、異臭はしない。
ふむ、さすがに糞まみれ事件で何らかの対処をしたと見える…。
なかなかやるじゃないか。
でも机の下には、昨日と同様に不自然な箱が置かれている。
箱、というより蓋付きのゴミ箱といえるものだ。
そしてやはり蓋の上には空気穴と消臭剤…
ビンゴ、これに違いない。
箱に耳をつけ、中の音を確認すると「ム゙ゥゥ…」とやっぱりうめき声が。
「モナ川、おい、これ。ビンゴだぜ。」
「これ?この中にベビがいるモナ?それにしては小さすぎるというか…」
「だから小学生の考えることの面白さがここにあるんだよ♪」
「じゃあ昨日と同様に糞まみれ?」
「いや、さすがに懲りたらしくなんか対策しているみたいだ」
ワクワクしながら、蓋をオープン!
そこには・・・
464
:
淡麗
:2008/01/04(金) 20:29:03 ID:???
②
「ム゙ゥゥゥ…」
またまた猿轡を噛ませられたベビがいた。
しかし今回は糞まみれではない。
ないが…
首から下が砂に埋まった状態…生き埋めなのだ。
「…なにこれ?」
「砂に埋めてんのか??」
さすがに俺もモラ川も言葉が出ない。
というか何をしたいんだ、わが妹よ。
よくよく見ると、この埋められている砂は室内犬とかの排泄用の砂…
糞尿をしたとしても、砂が固まって回収が簡単、そして消臭剤だから臭いも気にならない
というあの商品だ。
妹はあの糞尿まみれ状態を洗ったりするのに相当難儀したんだな。
箱に隠しておくだけでは糞尿まみれになるのは目に見えているが、排便させないという事も出来はしない。
だったら排泄しても大丈夫なようにする為に…と考えた結果がこれか。
「先輩の妹は中々のインスピレーションをお持ちのようモナ」
くくく・・・と笑いをこらえながら、モナ川は称してくれた。
正直俺もこうくるとは思わなかった。
恐らく、ケツに栓でもねじ込んでいると思っていたが、こういう発想が出るとは。
大抵は行動を抑制するのが定番なのだが、なまじ
「ベビちゃん大好き!」とか言っちゃっているからこういう発想になるのかもしれない。
「…先輩、モナもなんか気になってきたモナ。
コイツ、これからどんな事されるか…ワクワクしてきたモナ」
おいおい、今までは乗り気じゃなかったってか。
ま、それでもいいさ。
「さて、頑張れよ〜ベビちゃん。お前のご主人様は素ン晴らしい方だからな〜」
笑いをこらえながら、蓋を閉めて元の場所に戻す。
それにしても、蓋を閉めるときのあのベビの表情…!
助けを請う「哀願」ってのはああいう目をすんだな(笑)
モナ川も同感なのか、笑いをこらえながら作業を進める。
小一時間後、カメラのセットも終わり一旦俺の部屋へ戻る。
セットしたカメラの状況を確認するのだ。
映像はバッチリ。音声も別にセットしているという。
しっかりレクチャーを受けながら、俺は妹の帰宅を待ちわびる。
恐らく人生で一番妹の帰宅を待ち焦がれている。
465
:
淡麗
:2008/01/04(金) 20:32:24 ID:???
③
ただいま、ベビちゃん。
今日はいい子にしていたかな?
箱を開けるとベビちゃんが私の事を待っていたかのように、大きなおめめで見つめてくれるの。
きゃは♪
うれしいな♪
「ただいま〜ベビちゃん。」
さっそく箱から出してあげるからね。
箱からベビちゃんを出してあげると、早速遊びたいのかモゾモゾするんだ
もう、あわてんぼうさんなんだから
マスクをはずして、手足のロープを外してあげるの。
一日中子の格好じゃ、やっぱり苦しいよねぇ。。。
でもベビちゃんがちゃんとお留守番できるまでの辛抱だよ?
「ぷはぁぁぁぁ!!!」
「ただいま、ベビちゃん。いい子にしていた?」
そういってあたしは優しくベビちゃんをナデナデ。
「ハ、ハニャァァァ・・・・・」
うふふっ
ベビちゃんは目をおっきく開いて、あたしを見つめてくれるの♪
ベビちゃんの大きなおめめ、本当に可愛いなあ
「さぁ、ベビちゃん。ずっと動けなくって退屈だったでしょ?これから沢山遊ぼうねぇ♪」
「オネェタン ナッコチテクレルンデシュカ?」
「ん〜〜抱っこもいいけど、少しは動かなくっちゃ。お部屋の中だけど、ベビちゃんとなら
大丈夫だよ♪鬼ごっことか、かくれんぼとか。」
「…ソレジャァカクレンボチマチュ! チィガ ニゲルデチュヨウ!」
あぁん、ロープが外れたとたん、ベビちゃんはすぐに走り出してベッドの下に隠れちゃった。
もう、さっそくかくれんぼうしたいのかな??
すぐに遊んであげたいけど、その前に箱の中をきれいにしなきゃ。
いくらネコ砂を入れているって言っても、ちゃんときれいに片付けなきゃ。
ベビちゃんが隠れている間に、お片づけしよっと。
汚れた砂を片付けて、ベビちゃんといっぱい遊んであげるんだから♪
466
:
淡麗
:2008/01/04(金) 20:35:19 ID:???
④
「ベビちゃ〜ん、どこかな〜〜♪」
掃除も終わったことだし、さっそくベビちゃんを探すの♪
ま、さっきベッドの下に入ったの見ちゃったから、探すってことも無いけどね
ベッドの下を覗くと…ほ〜ら、ベビちゃん発見♪
「み〜つけたぁぁっ!」
「イ…イヤァァァ…ッッッ!!」
もう、ベビちゃんったら、見つかったのにイヤイヤして出てこないじゃない。
簡単に見つけすぎちゃったカナ?
「ベビちゃん、見つかったんだから出て来ないと」
「ヤァァヨォォ! ヤァァヨォォゥ!!」
もう、わがままだなぁ…
あ、そっかドロケのつもりなのかな?
※ドロケ:「泥棒と警察」の略。鬼ごっことかくれんぼをミックスしたようなもの。
私も学校でやっているドロケは、見つかったあとに捕まるまで逃げ続けるのが醍醐味だしね♪
よ〜し、ベビちゃんがドロケしたいなら、こっちも一生懸命捕まえるからね!
「隠れても無駄よー!あたりは完全に包囲されているぅぅぅ!」
「ヤァァァヨォォ!! オネェタン チイヲツカマエテ ヒドイコトチマチュヨォ! イヤデチュヨゥ!!」
おっ なかなか雰囲気作りが上手ね♪
「そんなことは無い!あなたのみがらは、我々がしっかり保障する!
だから出てきなさーい!」
「イヤデチュヨゥ! アッチイッテェェ!」
むむ!なかなか抵抗する犯人ね!
それならば…
「投降しないのならば、実力行使だー!」
じゃーん!取り出したのはこのフローリングワイパー!
狭いベッドの下にも届いちゃうんだぞ〜♪
これを使って、ベビちゃん捕獲作戦開始!
「イヤデチュヨゥ! イヤデチュヨゥ!!」
あ、あれ??
うまくいかない?!確かにフローリングワイパーはベビちゃんに届いているのに、
ベビちゃんはころころってうまいこと逃げちゃっている!
う〜〜ん、なかなかすばしっこいわね!
それじゃあの「秘密兵器」の登場ね!
「犯人のベビちゃんに告ぐ!もう一度言うわよ!
無駄な抵抗は止めて、今すぐ出てきなさい!」
「イヤデチュヨォォォ!! モウ チィヲ ジユウニチテクダチャイ!!」
「くっ、しかたない!例の兵器を投入する!」
467
:
淡麗
:2008/01/04(金) 20:38:45 ID:???
⑤
投入する兵器は・・・じゃ〜〜ん!掃除機ぃ!!
狭い隙間にもするする入って、吸引力はわずかなホコリも逃さないって言うのよ?!
さぁ〜ベビちゃん、逃げ切れる?!
スイッチオン♪
ズィィイィィイィィィィンン・・・・
「チッ…チィィィィィ---!!! ヒッパラレマチュヨゥ!」
ベビちゃん、必死に抵抗するけどずるずると近づいてきているわ♪
さっすがハイパワー掃除機ねぇ
ベビちゃんが一生懸命爪を立てて踏ん張っているみたいだけど、無・駄・よ・♪
あ、でもあんまり抵抗されたら床に傷がついちゃうんだけどな。
もう少し近づけながら…
「ほ〜〜らぁ、ほら〜ベビちゃんどんどん引っ張られるわよ〜抵抗は無駄よ〜」
「イヤァァヨォォゥゥ・・・ ハニャァッ?!」
ずぼぼぼぉぉっっ!!!!
「ブギュァァアアア!!!」
キャーどうしよう!ベビちゃんが頭から吸い込まれちゃった!
ス、スイッチ!!スイッチ切らなきゃ!!!
キャー!足は出ているけど、取れなくなっちゃってるぅぅ!!しっかり頭が吸い込まれているぅぅ!!
急いで取り出さなきゃ・・・
思いっきり引っ張って…
「ム゙ム゙---!!」
あぁ、そっか。ひっぱったら痛いか!
あぁん、どうしよう?!
あ、そうだ思いっきり振ったら出てくるかも?!
えいっ!えいっ!!えいっ!!!
お願い、イチローさん、私にも力を貸してぇぇぇぇ!!!!
ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇいいいいいいいいっっっっっっっっっっ!!!!!!
ブゥゥンッッッ!!!
すぽ
「あ、抜けた♪」
ベシィィィィィッッッッッ
「ブギァョッ!!」
きゃー!抜けた勢いのまんま、ベビちゃんが壁に激突ぅぅぅ・・・!!
だ、大丈夫?!ベビちゃん!!
「ブギュゥゥ…」
あぁ、なんか口から泡吹いちゃっている!
どうしよう、どうしよう…
と、とりあえずお水を持ってこなきゃ!
ベビちゃん、すぐに戻るからね!!
468
:
淡麗
:2008/01/04(金) 20:43:00 ID:???
⑥
リビングからお水をもって戻ってくると、お部屋の中にベビちゃんが居ない?!
そんな…さっきまで意識がなかったのに?!
ベッドの下をみると、ずりっずりって、ベビちゃんが這っているの。
あぁ、よかった。気が付いたんだね、ベビちゃん♪
ベッドのすぐ下にいたから、十分手が届くわね。
すっとベビちゃんを救い上げると、ベビちゃんはブルブル震えるばかり。
「イヤァァ… コナイデェェェ… ギャクサツチュウ… ギャクサツチュウゥゥ…」
私の事を虐殺厨だなんて。
きっとベビちゃんはショックで気が動転しちゃって、変になっちゃっているんだわ。
なんだか怪物を見ているみたいに、じたばたともがいているなんて…
よっぽど怖い思いをしているのね…まぁ、当然よね。
急いで正気に戻して上げなきゃ。
でもどうやって戻すんだろう??
た…確か、ショック状態の人に強い刺激を与えると正気に戻るってテレビでやっていたわね。
でも、「しろうとにはおすすめできない、もろはのつるぎ」って言ってたし・・・
ううん、やるしかないわ!
だってベビちゃんが苦しんでいるし、私がベビちゃんを育てるって決めたんだもん!
強いショックっていったら、前にパパが買ってくれた防犯用のスタンガンがあったよね。
あれを使ってみよう!
えっと、確かここの「しゅつりょく」っていうところを調節するんだったよね。
しゅつりょく、だから大きいほうがいいよね?
あ、でもベビちゃんは小さいから、あんまり大きなショックじゃ良くないかも…
う〜〜ん、よくわかんないから真ん中にしよっと。
ベビちゃん、正気にもどってぇぇぇ!!!
パリィィッッ!!
「ヒギャァァァッ!!」
正気に戻って…ベビちゃん…
って、あれ?
なんかベビちゃん、ぴくぴくってして動かないんだけど・・・
「ベビちゃん、ベビちゃん!?」
必死になって揺すってみるけど、目を覚まさない…
とりあえず息はしているみたいだから、大丈夫…だよね?
さっきのショックが強すぎたのかな?
一番弱いくらいのしゅつりょくでよかったのかな??
でも、スタンガンって受けたらしばらくは動けないって言ってたから、そのせいかな…
しばらくはベビちゃんをベッドで休ませて、様子を見ようかな。
ベビちゃん、ゆっくり休んでね…
しばらくして、ベビちゃんはスースーと寝息を立てていたんだ。
よかった。これでもう安心だね。
ベビちゃんが眠っているそばで、私はベビちゃんのベッドとかを作っていたんだ。
綿をいっぱい敷いて、ふかふかのじゅうたんを敷いたみたいな箱だよ。
トイレは別の箱を用意して…。そろそろベビちゃんにもトイレの場所とかを教えないとね。
いつまでも学校言っている間砂に入れておくわけには行かないもんね。
あ、ママが呼んでいるから下に行かなくっちゃ。
夕飯の準備かな?今日はなんだろう♪
469
:
魔
:2008/01/29(火) 23:17:23 ID:???
>>451
〜より続き
『小話』(中編)
※
あれから。
ちびタンの腕を奪ってから数日。
僕は僕を馬鹿にしていた奴らを、片っ端から殺していった。
勿論、首をかっ切る心臓を貫くなんて単純な殺し方なんかじゃない。
耳を削ぎ、腕を切断し、脚を裂き、腹を捌く。
ひたすら様々な箇所から、血を肉を空気に触れさせる殺し方。
僕は、奴らをいろんな方法で『虐殺』していった。
得物を振るう度、奴らは泣き叫んだ。
刃を走らせる度、奴らは悶え苦しんだ。
その声や表情を見ていると、えもいわれぬ心地良さが僕を包み込む。
虐殺が与えてくれる爽快感は、半端なものじゃなかった。
※
薄暗い、閑散とした商店街。
そこで今、僕はある男と対峙していた。
僕を見下し、馬鹿にしていた奴らのリーダー的存在。
『レコ』という名のちびギコの前に立っている。
「・・・」
「片腕が・・・このレコ様に何の用だコゾウ」
独特な訛りと語尾のそれは、不快で堪らない。
更に長毛種でもないのに、額に前髪のような毛を持つレコ
端から見たらこいつの方が奇形だの気違いだのと罵られそうなのに。
こいつが他のちびギコから支えられているのは、腕っ節の強さから。
アフォしぃやでぃという体格差があるAAさえも、返り討ちにすることがよくある。
僕だって、ちびタンに助けられる前は何度かボコボコにされたことがあった。
だけど、ちびタンもその事ももう過去の話だ。
今の僕は、虐殺をすることができる強いちびギコだ。
『殴る』事はできないけれど『殺す』事は出来るんだから。
「精算デチ。僕が受けてきた苦痛の、ツケを払ってもらいに来たんデチ」
「寝言は永眠してから言うべきだぞコゾウ」
指の関節を器用に鳴らしながら、近付いてくるレコ。
そんな小さい身体で凄みを出そうとするなんて、間抜け過ぎる。
僕も同じちびギコだから、口には出せないけれど。
僕はあえてその場を動かず、様子を伺う。
待ちに待った復讐で我を見失わないように、心を落ち着かせる。
頭ではわかっているけれど、これがなかなか難しかった。
「それにな・・・」
「?」
不意に、レコがまた口を開く。
「俺も、沢山の仲間をお前に殺されたんだコゾウ」
「・・・」
「復讐はお前だけのものじゃねぇんだよコゾウ」
何を言い出すかと思えば、あまりにもくだらないこと。
あんなしょうもない奴らの為に、復讐を誓うなんて。
同じ種族を馬鹿にするAAなんか死んだ方がいいのに。
「寝言を言ってるのはどっちデチかね?」
「なんだと・・・」
「それに、その気持ち悪い口癖止めてほしいデチ。虫酸が走るデチ」
僕がそう挑発するや否や、レコが物凄い勢いで飛び掛かってきた。
既にレコの怒りはトサカにきていたようで、その形相は悍ましかった。
「殺すぞコゾウ!!」
470
:
魔
:2008/01/29(火) 23:18:11 ID:???
レコはそう叫ぶと同時に殴り掛かる。
力強く振りかぶってのそれは、なかなかに重たそうだ。
だが、
「!?」
僕はあえて防がず、そのままレコの拳を顔で受けた。
鈍い音と共に、拳が右頬に減り込むのがはっきりとわかる。
だけど、レコの一撃はそこで止まった。
歯も折れていなければ、口の中が切れた様子もない。
腕っ節は確かにあるが、僕の気持ちはそれを遥かに超える。
この頬の痛みも、腕を奪われた時に比べれば痒いもの。
気持ちだけで止められる程、レコの技はちいさなものだった。
「そ、そんなはず・・・」
「・・・馬鹿デチね」
レコの考え、いや妄想では僕は今頃後方におもいっきり吹き飛んでる筈のようだ。
でも、この程度のパンチじゃあベビしぃ位しか吹き飛ばない。
間抜けなリーダーさんの目を覚ますべく、僕は反撃に移る。
レコの拳からするりと離れ、更に距離を詰める。
眼と鼻の先まで近付けば、殴る事も蹴る事も難しい。
「こ、この奇形野郎っ!」
レコはそう吐き捨て、僕から距離を取ろうとする。
まるで気持ち悪いもの見たかのような、本当に怯えている様子。
間を置いて、心を落ち着かせてから反撃に移ろうという魂胆。
全て、手に取るようにはっきりとわかった。
だけど、もう遅い。
復讐は、既に始まっている。
「なんなんだコゾ・・・ッ!?」
レコは突然、僕の得物を見て驚く。
次いで、段々と顔が青ざめていく。
何故なら、その得物の刃に真っ赤な血が付着していたから。
誰のものかなんて僕は言わない。
その答は、自ずとやってくるから。
「テメ・・・いつの、間に・・・」
「馬鹿デチ」
もう、僕はレコにその言葉しか投げ掛けないことにした。
近付いた時に、既に刃をその腿に刺したというのに。
気付くまでの時間の掛かりっぷりに、少し笑いたくもなった。
腿を押さえ、ゆっくりと崩れ落ちるレコ。
刃は通っても、鋭くはない得物のお陰で痛みはしっかりと感じているようだ。
傷口からは血が溢れ、レコの身体を赤く汚していく。
「っぐ・・・クソ、ッ!」
痛みを堪える為か、或いは攻撃された事の否定か。
レコはその場で悶え、必死に立とうとする。
しかし、深く刻まれた傷は脚の機能を奪ったようで、なかなか上手くいかない。
顔を上げては転び、崩れ落ち、悶絶を繰り返す。
そんなレコを見て、やはり僕はこう思い、更に口にした。
「・・・馬鹿デチ」
挑発ではなく、嘲笑の意を込めた発言。
それを聞いたレコは、怒りではなく恐怖で顔を歪める。
それがどうしてなのかは、自分でもちゃんと理解していた。
471
:
魔
:2008/01/29(火) 23:18:48 ID:???
※
ゆっくりと、レコに近付く。
それに合わせ、レコは空いた手を使って後ずさる。
その表情は引き攣っていて、先程の強気な所は微塵にも感じ取れない。
相反して、僕の口角はじわじわと吊り上がっていく。
レコは、『虐殺される』という未来に怯えている。
僕は、『虐殺する』というシナリオに喜んでいる。
客観的に見れば、恐らくそんな感じなんだろう。
今の自分は、自分でないようにも思えたから。
「な、何する気だコゾウ!」
自分でもわかっているくせに。
認めたくないから、そんな言葉を吐くんだ。
「馬鹿デチ」
僕は身体で理解させてやろうと、得物を強く握る。
狙うのは、傷つけていない方の脚。
まだ血に塗れていない綺麗な脚だ。
予備動作もなしに、振り下ろす。
ぶつ、と湿った音と共に、刃はレコの脚に入り込んだ。
「ッ! がああっ!?」
遅れて、レコは刃から逃げるように離れる。
急に得物を抜いた事と、鋸状のそれのせいで傷口からは血が一気に噴き出る。
飛び散った血は僕の身体を汚し、染め上げていく。
両足を攻撃され、まともに立つことができなくなったレコ。
それでも、僕から逃げるように必死で手足を動かす。
真っ黒な眼もこちらを睨んではいるものの、瞳の奥は怯えていた。
まるで、昔レコにボコボコにされていた自分が乗り移ったかのよう。
あの時僕は精神的に死んでいたから、睨みつけることはしていなかったけど。
(昔の自分がそこにいる・・・それなら)
その自分ごと、虐殺しよう。
弱かった自分と別れて、強い自分に出会う為に。
だけど、そこにいる自分を虐殺してしまったら、僕は何になるのだろうか。
心の芯から、『虐殺厨』になってしまうのだろうか。
そんな考えが頭を過ぎったけど、気にしないことにした。
自分がどうあるかより、復讐の方が大事だから。
素早く詰め寄り、得物でレコの頬を叩く。
「がっ!?」
反応が遅れたレコは、成すがままそれを受ける。
続け様に僕は刃をその白い身体に走らせ、傷を付けた。
レコの腹部には赤い線が描かれ、そこからいくらかの血が溢れる。
更にその傷に交わるように、刃で赤い線をまた描く。
「ぐッ! っあ! ああッ!」
何度も刃を動かせば、同じタイミングでレコは悶える。
単純な反応ではあるけれど、この上なく楽しく感じた。
時折レコは腹やら顔やらを庇うが、それは無意味な行動でしかない。
腕であれ脚であれ、僕は今君の皮膚を切り裂く事しか考えていないから。
だから、その些細な抵抗は滑稽にしか見えないわけで。
「はははっ! 馬鹿デチ、馬鹿デチ!」
少量の返り血が僕の身体に付着していく。
僕は赤く汚れていき、レコはひたすら悶え苦しむ。
あまりの爽快感に、声をあげて笑っている事に気がつくのが遅れてしまう程。
もはや、自分の意思で得物を振るう事は止められない。
寧ろこのままずっとやっていたいという気持ちで、僕の心はいっぱいだった。
472
:
魔
:2008/01/29(火) 23:19:09 ID:???
しかし、その快楽も長くは続かなかった。
何度目かの振り回しで、僕はレコの耳を狙う。
振りの速さで、それは一撃で削ぐことはできた。
「ギャアアアアァァァァァぁ!!!」
唯、ぶつ、といった鈍い手応えがしたのが引っ掛かる。
レコは脚に攻撃した時とは違い、すぐに反応をしてみせた。
爆竹のそれよりも激しい叫びに、僕は驚いて手を止めてしまう。
「ああぁ!! うううあぁぁぁぁァ!!!」
耳があった所を押さえ、ひたすら転げ回るレコ。
身体中につけられた切り傷に砂利が食い込もうとも、レコは止まらない。
まるで、神経が全て耳の方に行ってしまったかのようだ。
「・・・馬鹿、デチ」
僕はいつのまにかあがりきった息を調えつつ、また呟く。
目線をずらし、血と泥で汚れたちぎれた耳を見遣る。
それを得物に突き刺し、目元に持ってきて眺めてみた。
やはり、その鈍い感触は間違いではなかった。
耳にある切り口は、途中まで真っ直ぐであり、そこからは汚くささくれていた。
恐らく、得物の鋸状の部分に引っ掛かるかどうかしたのだろう。
通らなくなった刃の代わりに、勢いだけでレコの耳をちぎったようなもの。
だからレコはひたすら叫び、のたうちまわっているようだ。
切られるよりちぎられる方の痛みが凄まじいかなんて、僕も知ってる。
「あぁ、痛い、痛い・・・耳、耳がぁぁ・・・」
暫く様子を見ていれば、レコの悶絶もおさまってきた。
唯、今度は耳をちぎられた事に対し涙を流して嘆き始めた。
(・・・こいつ)
たかが耳、こんなちっぽけな肉片を失っただけで、こんな風になるのか。
あの暴力を武器に暴れまわっていたレコが、虐められっこのように泣いている。
それはあまりにも情けなさ過ぎて、こっちが涙を流したくなる程だ。
「ぎゃっ!」
レコの頬を得物で叩き、目を覚まさせる。
耳をちぎるより前に、顔にもいくつか傷はつけていた。
面と向かってそれを見直すと、様々な液体が付着しているせいか気持ち悪い。
それでいて媚びたような潤んだ眼をこちらに向けるものだから、不快さは更に増す。
僕はレコに『馬鹿』としか言わないルールを破り、話し掛ける。
「情けない奴デチね。片腕なんかにここまでやられるなんて」
「・・・ッ」
いつものような、自虐を込めた一言を放つ。
流石にそれには頭にきたのか、レコは一瞬怒りを露にする。
が、息をつく間も与えず得物を喉元に突き付ける事で、それを抑止させる。
再び泣き顔に戻ったレコは、あの時のちびタンにそっくりだった。
大の字になり、急所である喉笛と腹部を不様に晒すレコ。
まるで好きにしてくれ、と無意識に語っているかのよう。
精神は折れずとも、その身体はとうに限界を超えていたようだ。
473
:
魔
:2008/01/29(火) 23:20:46 ID:???
こころとからだが相反しては、苦痛が更に強くなるだけ。
元々肉体が弱い種族なのに、妙に高いプライドを持つからこうなるんだ。
「無理しない方がいいデチよ。変に気張っても、苦しむだけデチ」
僕は、涙目のレコに含みを持たせない言葉を投げ掛ける。
それなのに、命乞いはおろか逃げようとすらしない。
よくわからないレコの心の内は、本人自ら答えを語った。
「馬鹿、に、するな・・・コゾウ・・・」
多少えづきながらも、言葉を返すレコ。
語尾も消え消え、涙はボロボロではあるが、どこか力強さが戻ってきた様子。
突き付けた得物を更に押し、喉元の皮に軽く刺すも、その勢いは変わらない。
「・・・」
「さっき、言った筈、だ・・・」
寧ろ、その得物を自ら押し返している。
下手をすれば、そのまま喉を突き破るかもしれないというのに。
僕は、そうやって死なれては困る、という意味合いで得物を離す。
しかし、レコはそれを『怯んだ』と解釈したようで、更に力強さが増した。
相手の勘違いだけど、余裕を持たせた事は少し不愉快だ。
レコはそんな僕の気持ちを無視し、虫の息のような演説を続ける。
「復讐は・・・お前だけ、の、ものじゃない、と・・・」
最後に『コゾウ』と聞こえなかったなんてのはどうでもいい。
気が付けば、レコはしっかりと地に足をつけ、僕はレコから数歩下がっていた。
僕は自ら、レコをたきつけてしまったようだ。
そのまま虐殺していれば、素直にカタがついたかもしれないのに。
面倒事が増え、先程の高揚感とは正反対の気持ちが心を包む。
「・・・するなと言われても、馬鹿なのは馬鹿なんデチ」
ボロボロになった身体。
どう見ても満身創痍だというのに、レコは立った。
そんな状態で、どうやれば僕に復讐が出来るのだろうか。
考えれば考える程、苛々してしまう。
それに、何故自分は後ろに下がってしまったのか。
立つのもやっとなレコに、警戒する理由なんてどこにもなかったのに。
眉をひそめる僕に対し、レコは笑う。
まるで、悪役に嬲られた後に復活しだすヒーローのよう。
それがまた不快で堪らなく、怒りの意味で歯噛みする。
殺そう。
虐殺なんて遊びは止め、殺してしまおう。
屈辱を味わわせるなんて事は、もうどうでもいい。
どうせ、僕は片腕なんだから。
殺すだけの安っぽい復讐だけを、望めばよかった。
そうすれば、こんな馬鹿げたことで心を乱されずにすんだのに。
レコはその傷痕だらけの脚を、ゆっくりと動かす。
ずる、と滑るような足音は、まさに動く死体。
どうせできたとしても、僕の頬を軽く小突くくらいだろうに。
レコの足は地面を擦り、その音は止みそうにない。
つまり、歩みを止める気はないと、僕は悟る。
ならば、目覚めさせてやるしかない。
474
:
魔
:2008/01/29(火) 23:21:27 ID:???
※
「・・・何、笑ってんデチか」
先に、不満を吐く。
しかし、レコはまだ口角を吊り上げたまま。
寧ろその笑みは、僕の言葉を聞いて更に上がったような気がした。
涙で潤んでいた眼も、こちらに鋭い視線を送り、無言で威圧しているかのよう。
でも、それはハッタリだとすぐにわかった。
レコが振りかぶった拳は、あまりにも遅くて。
勢いを殺すように、出鼻をくじくように。
僕は自分の右肩をレコの腹にこつんと宛てた。
「あ・・・?」
発射されようとしたレコのパンチは、不発に終わる。
だけど、本人はそのことを思って疑問の声をあげたわけじゃない。
手に取るようにわかる。
レコの思考が、腐りきった妄想が。
自分を正義として、主人公として見た、勧善懲悪の世界。
レコの妄想は、だいたいそんな感じ。
その妄想から目を覚まさせるには、こうすればいい。
「あ、あ・・・あああああああああ!!?」
僕はするりとレコから離れ、観察を始める。
右肩を宛てる際に、既に得物をレコの腹に刺していた。
そして、レコが疑問の声をあげる時、手首を捻ってそれを切り開いた。
粘り気の強い液体が溢れるように、レコの腹から腸が零れ落ちる。
それに合わせるように、本人もがっくりと膝をついた。
顔面蒼白で、今度は涙でなく脂汗を垂らす。
声は酷く慌てているようだったが、身体は小刻みに震えるだけ。
「お、おい・・・何、何だよ、こ、これ・・・」
レコは零れ落ちた自分の中身を見てそう言った。
血に濡れた巨大な蚯蚓は、当たり前だが何も答えない。
どうやら、レコの推進力である妄想という支柱は完全に折れたようだ。
まあ、自分の内臓を自分で見て、心が壊れないなんて奴はいないと思うけど。
僕は最後の仕上げに、もう少しだけ会話すれ事にした。
「馬鹿デチ」
先ずは、自分で作ったルールから。
「コゾ・・・お、お前、何・・・」
「復讐って、お前が考えてるような甘いものじゃないデチ」
「ふ、ふざけた事・・・言、っ」
「まさかとは思うけど、殴り合うだけで命が奪えるとでも?」
その言葉の後、レコの呻き声が消える。
どうやら、図星のようだった。
構わず、僕は話を続ける。
「お前のパンチじゃあ、どんなに強く放っても青痣しか作れないデチ」
「・・・う、嘘、だ、コゾ・・・俺の・・・力は、っ」
得物を持った、『力』を手にした今、レコへの評価は変わった。
レコに好きなように殴られてた時は、仲間もパシリも沢山いて物凄く強く見えた。
だけど、その仲間を虐殺して、段々とその考えは変わっていった。
そして今、目の前で情けない姿を、醜いはらわたを晒しているレコを見て、それは確信となった。
レコは、僕より遥かに弱い。
こいつは威圧だけでリーダーにのし上がった、ただの羊だ。
475
:
魔
:2008/01/29(火) 23:22:01 ID:???
おそらく、本人も死んだ取り巻きもその事には気付いていないだろう。
強い意思なんてなかったから、奴らは無意識の内に強さの基準をレコにあわせていた。
だから、得物を持った僕に対しても、皆昔のように見下してばかり。
覇気のない僕は、勿論奴らにはナメられっぱなし。
『片腕ごときが、鉄クズを持って復讐か』。
そう言われたのはほぼ必ずだったし、何より腹が立った。
だけど、その油断のお陰で楽に虐殺する事ができた。
「お、俺、俺は・・・お、ッ」
壊れたラジカセのように、様々な単語を途切れ途切れに繰り返す。
もう、その姿には沢山のちびギコを纏めていたリーダーの面影はない。
耳は欠け、そこかしこに付けられた切り傷からは血が溢れている。
あまつさえ、腹の中の物までもさらけ出し、本人はそれにまで怯えていた。
僕は、こんな奴を『強い』と思っていた事を恥じた。
※
力と気持ちだけあれば、何でも出来る。
ナイフの彼が言っていたことは、本当だった。
片腕の僕でも、ここまで来ることが出来たのだから。
(さて、どうしよう)
赤く汚れたレコを見て、僕は考える。
腹をかっ捌いてしまったから、もう先は長くないだろう。
でも、僕ら被虐者は生きる事への執着は他の追随を許さない筈。
あの時のちびタンだって、死よりも生き地獄を選んだから。
「嘘、嘘、だ・・・こんな、事、あ、ありえな・・・」
ふと見遣ると、まだレコは現状を受け入れず、ひたすら怯えている。
どうやら目が覚めたのはほんの一瞬のようで、また妄想の世界に入り込んだ様子。
その虚ろな眼が見るのは、くすんでいながらぬらぬらと光る自分の中身。
「・・・」
僕はそれを見て、すぐに思い付いた。
復讐は、虐殺へと再度切り替わる。
先ずは空いた手が僕にはないから、得物を口にくわえる。
次に一気にレコとの距離を詰め、目と鼻の先まで近付く。
そして、そのはみ出た腸をおもむろにひっ掴んだ。
「!? ぎゃっ!!」
レコは短く叫び、肩をびくんと跳ねさせる。
だけど、僕はそれを無視して次の行動に移った。
掴んだ腸を、そのままずるずると引っ張り出していく。
「ッあ!! あ、い、痛い! 痛い! 痛いぃぃぃぃっ!!!」
凄まじい激痛がレコを苛んでいるようで、その叫び声はかなり大きい。
思わず耳を塞ぎたくなったが、出来るわけがないので我慢する。
と、少しでも痛みを和らげようとしての行動か、レコがこちらに歩きだした。
身体は既にボロボロにしてあるから、その速度はカメよりも遅い。
それに、痛みに堪えながらのものだから、ふらふらと覚束ない足取りでもある。
本人は必死なのだろうけれど、稚拙な歩き方は酷く滑稽だ。
(こてっちゃん晒してよたよた歩く・・・本当に馬鹿デチね)
476
:
魔
:2008/01/29(火) 23:22:35 ID:???
脱腸が嫌なら、掴み返せばいいのに。
そう思ったけれど、もしかしたら触るだけでも相当の痛みを感じるのかも。
あるいは、無闇に抵抗したら腸を潰されてしまうと思っている可能性もある。
「痛い痛い痛い痛い!! 痛、やッ、やめ、やめてええぇぇぇェ!!!」
大粒の涙を零し、顔を振って抑止を乞うレコ。
勿論、そんな願いなんて受け入れる筈もなく、僕はそのまま腸を引きずり出す。
レコと僕との距離はじわじわと広がり、互いを内臓が結ぶ。
想像以上に長いレコの小腸は、自重で逆さに弧を描く。
その最も沈んだ所では、腹から伝う血が雫となり、ぽたぽたと地に落ちていた。
試しに腸を軽く揺らしてみると、それにあわせてレコは叫ぶ。
まるで、触ると反応して動き出すおもちゃのようで、なかなかに面白い。
「これで、縄跳びでもしたら楽しいかもしれないデチね」
「あ、だ、駄目! やだ、やだ!! やだああぁぁぁッ!!」
冗談を本気になって止めようとする所をみると、心に余裕は無い様子。
だけど、そこまで叫ぶ気力はあるようだから、まだ精神は焼き切れていないようだ。
どうせだから、レコの限界を見てみようか。
肉体も精神も全ておかしくしてから、殺すのも悪くはない。
「ほら、ほら!」
緩い掛け声と共に、腸を強く振り回す。
肉の紐が地にたたき付けられ、暴れ狂う。
「ああぎゃ!! ああ! ヒギャあああアァァァァぁぁああ!!」
同じように、レコも激しく暴れだした。
先程まで腸を慎重に扱っていたのが嘘のように、その場でのたうちまわる。
もはや、それは自分で肉の紐をちぎってしまってもおかしくはない程だ。
何度も何度も腸を地面に打ち付け、レコの反応を楽しむ。
もし得物をくわえていなかったら、先程のようにひたすら笑っていたかもしれない。
自我を簡単に保つことが出来、少し嬉しい誤算となった。
「痛、っああぁァ! うあ・・・ぁぁぁああ!」
暫くすると、レコの暴れ方も弱くなってきた。
痛みを感じ過ぎて、いくらか麻痺してしまったのかも。
僕は一旦腕を止め、レコの様子を見る。
その場をのたうちまわったせいで、全身は砂埃に塗れていた。
腹部の穴も、暴れた反動で更に広がっていた。
傷口には砂粒が入り込んでいて、でぃのそれよりも汚く見える。
目線を腸に戻すと、これもまた酷くなっていた。
地面に打ち付け過ぎたのか、至る所が破裂したかのように裂けている。
その裂けた部分からはどろりとした何かが漏れ、辺りに飛び散っていた。
(少し、遊びすぎたデチかね)
なかなかに凄まじい状態となった空間を眺め、僕は思った。
勿論、レコにではなくこの薄暗い商店街の事を想っての事だ。
477
:
魔
:2008/01/29(火) 23:23:43 ID:???
※
レコから奪ったのは、せいぜい仲間とプライドと片耳か。
できれば、もっと四肢や歯、眼などを破壊したかった。
だけど、片腕じゃあ出来ることに限りがあるし、余裕もない。
それに当の本人も、とっくに限界にきている筈。
そろそろ決着をつけるべきだろう。
僕自身がとどめをさす前に旅立たれては、意味がないから。
「・・・」
握っていた腸をその場に落とし、大の字になって寝ているレコに近付く。
血と泥まみれの身体は、とっくに満身創痍になっていたようだ。
口にくわえていた得物も手の中におさめ、切っ先を向ける。
「ああ、痛い、痛い・・・痛いぃぃぃ」
至近距離まで近付いても、レコは僕を無視して歎いていた。
あまりの情けなさに、僕は大きく溜め息をつく。
そして、得物をその場に落として腸を乱暴に掴んだ。
「うぎゃッ!?」
と、レコは身体を強く跳ねさせる。
僕はそれを無視するように、腸をおもいっきり引っ張った。
「ヒギャああああぁぁぁぁァァ!!!」
勢いよく肉の紐がレコの腹から出ていく。
それとほぼ同時に、ぶちんと不快な音がして、腸が腹からちぎれ飛んだ。
巨大な蚯蚓は空中で少し踊った後、湿った音をたてて地面にたたき付けられる。
レコは新しい激痛に跳ね起き、再度暴れ狂う。
腹部にはぽっかりと開いた空間ができていて、そこからは新たに血が溢れている。
皮膚を切り裂いた時よりも、耳を削いだ時よりも量が多い。
その大量の出血は、身体の中を逆流して口から流れ出す。
「ぅあ、ガフぅあ!! いだ、痛い、痛いぃぃぃぃ!!」
ひたすら腹の痛みに悶絶し、のたうちまわるレコ。
逃げる事も、自殺する事もなく、ひたすら激痛に嘆いている。
僕はそれがおさまるまで、ひたすら眺めていた。
数十回目の『痛い』の言葉の後、レコは仰向けになり、腹を押さえつつ肩で呼吸をし始めた。
それでもまだ、呻きながら痛い痛いと弱く叫ぶけれど。
僕はレコの顔の横に立ち、見下ろす。
「・・・」
「痛い・・・痛・・・」
荒い息遣いが、耳をすまさなくてもよく聞こえる。
赤く腫れた瞼の中、涙で濡れた瞳に光は見えない。
何もしなくても、ほうっておけば死んでしまうだろう。
肉体も、精神も、十二分に痛め付けてやった。
殆どアドリブのような虐殺だったけど、片腕でここまでやれたから、良しとしよう。
後は、自らの手で息の根を止めてやれば、全ては終わる。
「・・・レコ、さよならデチ。次は地獄で苦しむといいデチ」
恐らく聞いていないであろうレコに、僕はささやく。
そして、得物を逆手に持ち天に掲げる。
狙うのは、心臓。
とどめとはいえ、一撃で楽にさせる気は毛頭ない。
ほんの数秒でも、最大限の苦痛を味わわせるつもりだから。
478
:
魔
:2008/01/29(火) 23:24:30 ID:???
得物を勢いよく振り下ろし、レコの胸元に突き立てる。
「―――!!!??」
ごぼ、と濁った音が、レコの喉から聞こえた。
構わず、僕は得物を引き抜いてまた突き立てる。
血が噴水のように噴き出て、身体を汚していく。
レコの悲鳴は血となって口から溢れ、辺りに飛び散る。
肋骨の砕ける音、肉が裂ける音、内臓が潰れる音、そして感触。
それら全てを無視して、僕は何度も得物を振り下ろす。
何度も、何度も、何度も、何度も、繰り返した。
視界がうっすらぼやけたけれど、それも無視した。
※
「・・・」
気がつくと、レコは肉塊になっていた。
赤黒いどろどろとしたそれは、元々が何だったかわからない程。
僕はいつの間にか、我を忘れる程腕を動かしていた。
これで、僕を馬鹿にした奴らは全員殺した。
復讐は完璧に終わった。
筈なのに。
自分の心は、何も変わっていない。
まだ何かしこりが残っているかのような、違和感。
終えたはずなのに、終わっていない。
そう考える、頭がある。
(じゃあ、誰か・・・)
殺し損ねていたのだろうか。
いや、それは有り得ない。
奴らの事は全員把握していた。
誰ひとりも、漏らすことなく殺した。
ちびタンは生きているけど、心が違うと告げる。
同じ片腕にしてやったから、もう復讐の念なんて持っていない。
一体、この感覚は―――。
※
不意に、パチパチと何処からか手を叩く音が聞こえる。
一定のリズムから成るそれは、拍手だと理解した。
僕は、その乾いた音がする方を向く。
それと同時に、身体が凍り付いた。
「っ!?」
―――そこには、モララーがいた。
しかも、見知らぬAAというわけではない。
身体的特徴なんてなかったけど、はっきりと覚えている。
あの時、あの場所で、僕の腕を奪ったモララー。
そいつが今、僕の目の前に立ち、拍手を送ってきていた。
「・・・やぁ、これは驚いたな」
手を止め、モララーは話す。
「あの時、躾る意味で腕をもいでやったちびギコが、同族殺しをしてるなんて」
「・・・」
単純なことだったけど、僕はようやっと理解した。
レコを殺しただけじゃあ、復讐は終わっていない事を。
片腕になったその元凶を殺さないと、僕の心は晴れない事を。
だけど、相手は虐殺厨だ。
体格差だってかなりあるし、力も強い。
片腕である僕が、勝てるのだろうか。
「大方、片腕だって事を馬鹿にされたから、殺したんだろ?」
「・・・」
479
:
魔
:2008/01/29(火) 23:25:27 ID:???
いや、殺そう。
相手がモララーだからって、関係ない。
僕を馬鹿にする奴は、皆殺す。
そう念って、得物という『力』を求め、得たんだから。
「短気な奴だなあ。お前がそうなったのは自業自得だろうに」
モララーはまだ言葉を紡ぐ。
時折嫌らしく笑い、眼を細めてこちらを睨む。
その都度、僕の心の中で何かが燃え広がる。
ちびタンに裏切られた時のような、どす黒い感情が。
「同族に馬鹿にされて、当たり前だと思うんだがな」
気が付くと、僕は既にモララーに飛び掛かっていた。
「うあああああああああッ!!!」
怒りという感情が身を包み、身体を動かす。
空中で得物を振りかぶり、モララーの首目掛け刃を走らせた。
「ッ!?」
が、不意打ちとは言い難い攻撃はしっかりと防がれてしまう。
それでも、相手は生身だったから、防御にまわした腕の皮を切る事ができた。
地面に着地し、モララーの方に素早く向き直る。
心の中で燃え盛る怒りの炎は、おさまるどころか更に酷くなっていく。
僕は低く重く唸りながら、モララーを強く睨む。
「殺す・・・殺してやるデチ・・・」
「・・・テメェ」
腕に赤い線を作ったモララー。
その形相にも、悍ましいものがある。
だけど、その程度で動けなくなる僕じゃない。
ナイフの彼だって言っていた。
『気持ち』と『力』があれば、何でもできると。
僕にだって、復讐という大きな気持ちがある。
得物も、元はただの金属片だけど、力であることに変わりはない。
逃げる事はできない。
僕は、この虐殺厨を殺して、復讐を終わらせるんだ。
続く
480
:
魔
:2008/02/29(金) 23:36:49 ID:???
>>469
〜より続き
『小話』(後編)
※
命は、命と出会うことで成長する。
ちびフサも、ナイフの彼と出会う事によって復讐を誓えた。
友の腕を奪い、憎い者は次々に殺していった。
しかし、その出会いというものは所詮はきっかけ。
人生の新たなレールを見付ける為の、ほんの小さな要素に過ぎない。
成長というのも、種が芽吹くくらいのちっぽけな成長。
価値観は大幅に変わるかもしれないが、本質は変わりはしない。
それをしっかりと理解していれば、或いは―――。
※
「殺す・・・殺してやるデチ・・・」
「・・・テメェ」
奴らを殺しても、僕の心は晴れなかった。
レコを虐殺しても、黒い炎は消えなかった。
復讐は復讐なんかじゃなくて、唯の憂さ晴らしだった。
モララーに再会し、溜まっていた『怒り』が燃え盛る。
心の奥底で眠っていた怒りは、僕を黒く奮い立たせる。
何も、考えることができない。
いや、考える必要なんてない。
唯、目の前にいるこの虐殺厨を殺したい。
この力と気持ちで、絶対に殺す。
「あああああああぁぁぁぁァァ!!!」
僕は怒りを得物に乗せ、モララーに向かって跳んだ。
爆ぜるようにして蹴った地面は、一瞬で遠くなる。
同時に、モララーとの距離も簡単に、素早く縮まった。
やはり、先程と同じで狙いは首。
その黄色い喉笛を、一思いにかっ切ってやりたいから。
自分の身体を自分の血で汚させてやりたいから。
(お前の死に化粧は、自身の体液デチ!)
空中で得物を振りかぶる。
モララーはこちらを睨んだままで、動こうとしない。
それが罠なのかどうかなんて、どうでもいい。
僕は、モララーの喉笛を切り裂く事だけを考えればいい。
頭に血がのぼっていたから、僕の思考は一方通行だった。
思い付く全ての結果は、とにもかくにもモララーの死。
相手の行動の予測なんて、微塵にもしていなかった。
「馬鹿か?」
「ッ!?」
渾身の一撃を回避されて、僕はようやっと我に返る。
力である刃は首でなく空を切り、乗せた感情も消え失せた。
と、身体が引力に引っ張られるより前に、空中で停止する。
同時に後方に強く戻され、モララーの眼が大きく映った。
「っ、は・・・離せッ!」
いつの間にか、僕はモララーに捕まっていた。
攻撃を避けた直後、素早く僕の腕を掴んだようだ。
ばたばたと脚を動かして抵抗するも、全く効果がない。
更に、手首のあたりを握られているから、どうすることもできない。
無理して暴れても、得物を落としてしまうかもしれない。
「ちびギコの癖に、調子に乗ンなよ」
僕の心を覆い尽くしていた黒い炎が、少しずつ消えていく。
それに相反するように、『虐殺』の不安と焦りがじわじわと滲み出す。
このままでは、モララーに殺される。
481
:
魔
:2008/02/29(金) 23:37:45 ID:???
ほんの一瞬の間に、形勢逆転されてしまった。
いや、その前に僕の方が有利だったかすら怪しい。
唯単にモララーに出会い、憤慨していただけだ。
たった薄皮一枚切り裂いただけで、殺せると思った僕が馬鹿だった。
それでも、復讐はしたい。殺したい。
動きは止められても、憎悪という感情は消える訳がない。
確かに、目の前にいるモララーの形相は恐ろしい。
だけど、睨まれるだけで畏縮するような気持ちではない。
そうでなければ、レコやその仲間を殺した意味がなくなる。
カタワにしてやった、ちびタンの事も―――。
「おい」
「!?」
唐突に、モララーが話し掛けてくる。
不安と焦りが物凄い勢いで膨れ上がり、僕を苛む。
「お前、こんな鉄クズでよく仲間を殺せたな」
「・・・っ」
「しかもその眼、俺から逃げた後に何があったのか気になる位酷ェな」
モララーは黙り込む僕を無視し、話し続ける。
時折嘲笑を混ぜたり、自問自答をしたりとせわしない。
だけど、その悍ましい表情は全くかわらなかった。
このモララーから逃げたいという気持ち。
逆に、殺してやりたいという気持ち。
虐殺されたくないという願い。
復讐を果たしたいという念い。
全てがごちゃまぜになり、僕の心を苛む。
相反する気持ち達が、全身をぐるぐると駆け巡る。
強い吐き気を催すも、歯をくいしばって押さえ込む。
「マターリとかほざく奴よりは面白いが、あまり血の気が多いのもアレだな・・・っと!」
「ヒギャッ!?」
と、突如腹部に激痛が走る。
精神を落ち着かせるのに集中し過ぎて、何が怒ったのかわからなかった。
一手遅れて、僕は地面にたたき付けられたのだと理解した。
左脇から落とされたので、衝撃はかなりのもの。
肺の中の空気と、胃液が一緒に逆流してくる。
「ぐうぇっ! ゲホっ!!」
不快感も相俟って、酷く濁った咳が漏れる。
激しい腹部の痛みもあり、僕は手の中の得物を捨てて腹を押さえる。
更に何度か咳込むと、酸っぱいものが口の中に広がった。
「おおっと、流石にキツかったかな?」
苦しむ僕を尻目に、モララーは嘲る。
今すぐ罵倒してやりたいが、痛みのせいで呻くことしかできない。
殺してやりたいと、頭は叫んでいる。
だけど、身体は逆に悲鳴をあげている。
様々な感情の渦に更に要素が加わり、肥大していく。
それらは僕の中の容量を易々と超え、暴れていた。
一旦全てを整理しようとしても、その余裕すら全くない。
何もかもが手付かずで、好き放題に自己主張する。
その間、モララーは二手も三手も先に進んでいた。
視界の隅にあった得物が、黄色い手に掴まれ宙に浮く。
必死でそれを眼で追うと、モララーの眼前で得物は止まる。
「・・・ふぅん」
482
:
魔
:2008/02/29(金) 23:38:22 ID:???
得物を手の中で回し、物色するモララー。
途中、得物と僕を交互に見遣ったりもした。
何がしたいのかは、よくわからない。
いや、考える余裕がないといった方が正しい。
いくらか痛みは治まったものの、まだ精神は苛まれている。
どうにかして、体制を立て直そうとした矢先の事だった。
「なあ、このガラクタ、試させてくれないか?」
俯せる僕に対し、モララーがそう質問する。
その直後、不快な音と共に足首に鋭い痛みが走った。
「ヒぎゃああぁァァッ!!」
堪らず、僕は叫ぶ。
全身を強い電流が駆け巡るような感覚。
脚の部分は更に強いそれを感じ、意識が飛びそうになる。
滲む視界を無視しながら、何が起きたのか確認する。
上半身をあげ、首を後ろに向けてようやく理解した。
得物が、僕の脚を穿ち、地面に磔けていたのだ。
深さもかなりのもので、柄と脚との距離は殆どない。
動かそうにも、想像以上の激痛が下半身を麻痺させる。
恐らく、得物が骨を通過した時、縦にヒビが入ったのかもしれない。
「・・・なるほど、ねぇ」
視界の端で、モララーが喉を鳴らして笑う。
片膝をつきながら、僕を観察しているようだ。
先程の悍ましさはないが、その眼はどこと無く嫌らしい。
「いい、いっ!・・・痛あああぁッ!!」
だけど、今はそんな小さな挑発にも反応できない。
ただでさえ酷く混乱しているというのに、新たな激痛が追い打ちをかける。
まるで、気持ちと力が僕に反旗を翻したかのような気分だ。
「ちびギコ達は元々が脆いから、こんなガラクタでも簡単に刺せるんだな。手応えは最悪だが」
殆ど無意識で叫んでいる僕を無視し、モララーは語る。
それらを耳にする事くらいはできたけれど、意味や言葉の裏側まで読み取るのは無理だった。
「まるで原始人が扱う石器みてーなモノなのに、お前はたいしたヤツだよ」
どれくらいの時が経ったのだろうか。
実際に流れた時間は短いかもしれないが、感覚では恐ろしく長かった。
死ぬ間際に、世界がスローモーに見えるのとは少し違うけれど。
「くぅぅ・・・っあ、ぐ」
とにかく、その精神を苛む激痛は少しだけ緩くなった。
モララーが何もせず、唯ずっと僕を見詰めていたのが、不幸中の幸いかもしれない。
もしそのまま続けられていたら、先に心が死んでしまっている。
「どうした? 叫ぶのに疲れたのか?」
と、モララーは口を開くや否や、挑発を吐き出す。
同時にその黄色い腕が頭上に伸び、視界を遮る。
何をするのかと眼で追えば、突き立てられた得物にデコピンをかました。
「ぎゃあっ!!」
その振動は骨に伝わり、痛覚神経を刺激する。
刺された時のほどではないが、やはりその痛みはなかなかにきつい。
折角落ち着いたものが、ゆっくりと振り返す。
「おお、まだ元気じゃあないか」
僕が苦痛に悶える度、モララーは笑いながら得物を小突く。
段々とそれはエスカレートし、仕舞いには脚で踏み付けてもきた。
483
:
魔
:2008/02/29(金) 23:38:42 ID:???
がつん、と鈍い音が響く度、僕は叫んだ。
その音が大きくなれば、あわせて悲鳴も苦痛も大きくなる。
「うあああァ!! 痛ああああっ!!!」
「はははッ! そんなていたらくじゃあ、10年経っても俺は殺せねェな!」
モララーの言うことは、尤もかもしれない。
初手を除けば、僕は奴に好きなようにめった打ちにされている。
ナイフの彼が言っていたことは、嘘なのだろうか。
力と気持ちだけじゃあ、種族の差はどうしても埋められないのか。
でも、ナイフの彼は僕の目の前で虐殺厨を殺していた。
あの時の出来事は、夢じゃない筈だ。
虐殺厨の血と肉の味に、彼の声と言葉。
霞も靄もなく、何もかも鮮明に覚えている。
それなのに。
やはり、片腕ということがいけないのだろうか。
もし、あの日モララーに四肢でなく別の何かを奪われていれば。
虐殺厨を殺す彼のように、なれていたのだろうか。
そう考えた所で、僕は思考を止めた。
(もう・・・嫌だ・・・)
最後の最期まで、僕は片腕という呪いに囚われ続けた。
光なんて、これっぽっちも見つけられないまま。
心に開いた穴も、痂が剥がれ落ちるようにまた開く。
せめて、この苦しみから開放されたい。
その位なら、祈っても罰はあたらないだろう。
虫の声に掻き消されそうな程の声量で、僕は願った。
「どうか・・・」
苦痛からではなく、悲しみで涙は溢れる。
そんな僕を見て、モララーは笑っているようだ。
もう、生きる意味なんてなくなったからどうでもいいけれど。
「・・・ぇ、っ?」
と、願いを口にして少し経つと、脚に違和感を覚えた。
僕を苛んでいた激痛が、嘘のように消えたのだ。
正確にいえば、痛みが緩くなっただけではあるけど。
それは決して、嬉しいことではなかった。
恐る恐る、足元に目線を持っていく。
途中、モララーの歪んだ笑顔が大きく映る。
そこで僕は確信した後、脚の先を見た。
突き立てられた得物の上には、モララーの脚。
いつの間にか、得物の柄は大分下まで落ち込んでいる。
そして、その得物の刃の奥には―――。
「あ・・・」
僕の足が、身体から離れて地に伏せていた。
「どうかしたか? 自分の身体の脆さに驚いてんのか?」
喉で笑い、モララーは続ける。
「なわけないよなァ。自分が脆いのは腕もがれた時に知ってるからなぁ」
直後、今度は腹を抱えて下品な声で笑い始めた。
甲高く、それなのに全身に纏わり付くような不気味な声。
不快だけど、絶望感にうちひしかれる僕にとってはどうでもいいことだった。
484
:
魔
:2008/02/29(金) 23:40:13 ID:???
不意に、倦怠感が僕の心と身体を包み込む。
あれだけ叫び、迷い、悩んだから当たり前だろう。
片腕がないのに、更に足さえも失った。
そうなった今、想ってしまう事が一つ。
『死にたい』
復讐の炎は、既に綺麗さっぱり消えている。
もう、虐殺に抗うどころか、もっとやって欲しいとさえ考えてしまう。
なるだけ早く、頭蓋を砕かれて死にたい。
心臓を破られて、首をかっ切られて死にたい。
その願いは、神様は叶えてくれなかった。
というよりも、モララーが叶えてくれないと表現した方が正しいか。
それもそのはず。僕を苦しめるこれは殺しでなく、紛れも無い虐殺なのだから。
「さァて、次はどこにしようかなぁ?」
僕の得物を持ち、物色するような眼で見てくるモララー。
それに対し、怒りも、恐怖さえも感じることはない。
最初のような余裕がないわけじゃあないけれど。
ただ純粋に、疲れからくる諦めが原因だろう。
「・・・」
殺して欲しい。
そう言いたいけれど、口が開かない。
カラカラに渇ききった喉は、ひゅうひゅうと力無く呟く。
「よし、ここにしようか」
不意に、モララーが宣言する。
狙われたのは、反対側の足首。
「・・・」
やはり、どうでもいいという気持ちしかなかった。
苦痛が長引くことには、少し辛さを感じたけれど。
全身の力を抜き、虐殺に身を委ねる。
腹から顎にかけて、べったりと地面に伏せる。
好きに料理してくださいと、僕は身体で応えた。
その行為は、モララーにとってあまり好ましいものではなかったようだ。
「・・・おい」
一転、刺のある声が飛んでくる。
次の瞬間には頭をわしづかみにされ、無理矢理顔を上げさせられた。
「うっ!」
長毛が引っ張られたのと、首が悲鳴をあげた事で声が漏れた。
涙も渇き、視界が鮮明になっていたので、モララーの表情がはっきりとわかる。
その顔は形を保っているものの、冷ややかな怒りを感じる。
「なんだその態度は」
「・・・」
「テメェの復讐心はそんなモンだったのか? 俺が憎いんじゃねェのか?」
どうして抗わねぇんだ、とモララーは続けた。
単純に、僕の力が及ばなかっただけなのに。
今更、復讐をしてみせろと言われても意味がない。
とうの昔に炎は消えたし、火種もどこにもない。
今の僕は、死を願うただの抜け殻なんだから。
そう言いたいのだけれど、やはり言葉にならない。
無言での返事は、モララーの神経を再度逆なでしたようだ。
「つまんねぇ奴だな。最初の勢いは何処に行ったんだ?」
顔を歪め、段々と怒りを露にするモララー。
この倦怠感と自殺願望がなければ、それは畏怖の象徴と化していただろう。
良い意味でも悪い意味でも、僕の心はもう何者にも怯えないのかもしれない。
485
:
魔
:2008/02/29(金) 23:40:59 ID:???
「ぐっ!」
突然、モララーは僕の頭から手を離して立ち上がった。
顎と地面がぶつかり、また情けない声が漏れる。
モララーは僕の横側にまわり、脇腹を足で掬い上げるように蹴る。
激しさもなく、僕は成すがまま身体をごろんと回転させた。
姿勢は俯せから仰向けになり、商店街の煤けた天井が見える。
ゆっくりと顔をあげ、脚の方を見てみた。
短い方の脚だけが、体液と土に塗れて汚れている。
足首は血だまりに寂しく転がっていて、長毛がべったりと情けなく垂れていた。
「やる気が無ぇんなら・・・せめていい声で鳴くんだな」
血だまりの奥で、モララーが告げる。
直後、脛に凄まじい痛みが襲い掛かった。
「ぎゃあッッ!!」
宣言通りの虐殺が、再開されたのだ。
今度は先刻と違い、得物は脛から抜き取られた。
かと思えば、また違う個所に刃は落ちていく。
まるで、僕がレコにトドメをさした時のような事を、モララーは行っていた。
ただひたすら腕を上下に動かし、刺しては抜きを繰り返す。
「っあ!! ひぎ!! ヒギャあっ!!」
「ほらほらァ、もっと声出せよ!」
刃が脚の中を通過する毎に、僕は喘ぐ。
痛みから逃げようにも、モララーが脚をしっかりと掴んで離さない。
耳障りな湿った音と、モララーの笑い声も同様に僕を苛む。
※
これじゃあまるで、さっきの僕とレコじゃないか。
僕がレコやその仲間にやってきた事を、モララーが僕にやり返す。
あまりにも情けない因果応報に、泣きたくなってしまう程だ。
本当は、こうなる筈じゃなかったのに。
復讐という念いが潰えた今、僕は死を望むだけなのに。
運命さえも、僕を笑い者にしているのだろうか。
死にたいのに。
唯、それだけなのに。
※
気が付くと、僕の脚は形を失っていた。
赤と黒に少しの白が入り混じり、汚い挽き肉と化している。
「は・・・テメェも脆いが、このガラクタまで脆いとはな。驚かされてばっかりだ」
吐き捨てるモララーに、僕は視線を移す。
その黄色い身体は所々赤く染まり、特に腕にかけては凄まじい状態になっている。
更にその先にある手の中で、僕の得物がひしゃげていた。
(そんな・・・)
乱暴に扱われ、酷い有様になった僕の力。
気持ちどころか、力さえも及んでいなかった。
僕はその事実に絶望するより、得物の姿に悲しんだ。
復讐の為に慣れ親しんだ者が、亡くなったような気がして。
それは、信頼していた友の裏切りよりも、もっと儚く僕の心を刔った。
刃を失った得物は、モララーの掌から投げ出される。
からん、と乾いた音がして、それは地面に転がった。
僕にはそれが、得物の悲痛な叫び声に聞こえた。
486
:
魔
:2008/02/29(金) 23:41:47 ID:???
「まあいいさ。素手でも虐殺は楽しめるからな」
そう言って、モララーは僕の腕に手を掛ける。
僕に残された最後の肢を、もぎ取るつもりだ。
死への通過礼儀とはいえ、やはり辛いものがある。
他にもまだ、目と耳と毛皮も残っている。
まだ僕は死ねないのだろうか。
そう思った矢先の事だった。
※
一迅の風に乗り、小さな影がモララーに飛び付いた。
「ぐあっっ!!?」
モララーの首筋に食らいついた影は、その勢いを殺さずに押し倒す。
僕から離れ、どうと倒れたモララーは、影と揉み合いになる。
「ガアアアアアアアァァァァァ!!!」
獣のような凄まじい咆哮をあげ、なお攻撃する影。
よく見ると、それは一匹のちびギコだとわかった。
だけど、その身体は何かが足りなかった。
「こンの・・・糞野郎がッ!!」
モララーの怒号と共に、ちびギコが蹴り飛ばされる。
空中で回転し、地面を二、三度跳ねた所でそれは止まった。
しかし、ちびギコは臆することなく素早く立ち上がり、モララーを睨む。
「!?」
そこで、僕は驚愕した。
片腕がない、ちびギコ。
―――そのちびギコは、ちびタンだった。
手の中には、長いガラス片に布を巻いたものがある。
それは、僕が使っていた得物と同じようなもの。
布は赤黒く汚れ、ガラスの部分には新しい血もついている。
モララーの方を振り向くと、首から夥しい量の出血。
恐らく、最初に飛び付いた時にちびタンがかっ切ったのだろう。
押さえている手をつたい、ボタボタと激しい音をたててそれは地に落ちる。
「糞虫の、分際で・・・っ」
「フーッ! フーッ!」
鼻息荒く、酷く興奮しているちびタン。
その形相も悍ましく、まさに修羅のような表情。
対するモララーも、物凄い怒りを露にしてはいる。
しかし、出血と不意打ちのせいで、その顔色はあまり良くない。
圧倒的に、ちびタンの方が有利だ。
根拠もなく、無意識のうちに僕はそう思っていた。
対峙しあう時間は短く、次の瞬間には二人はぶつかり合っていた。
果敢に飛び掛かるちびタンと、それを叩き落とすモララー。
何度も地面にたたき付けられようと、ちびタンはすぐに立ち上がる。
「うあああアアアァァァァ!!」
その雄叫びは力強く、地響きすら感じてしまう程。
真正面からそれを受けるモララーは、段々と劣勢に追い込まれていった。
二人の影が交差する度、血が空を舞う。
モララーの皮膚は裂け、ちびタンの身体は汚れていく。
まさに泥沼の戦いに、僕は魅入ってしまっていた。
「うっ!」
不意に、モララーが何もない所でよろめく。
ほぼ全身を濡らす程の出血で、恐らく頭に血がまわっていないのだろう。
ちびタンはその隙を逃さず、モララーへと一気に突っ込む。
弾丸のような勢いで跳躍したちびタンは、垂れ下がったモララーの頭蓋目掛け、そのガラス片を突き立てた。
487
:
魔
:2008/02/29(金) 23:42:18 ID:???
※
(な・・・)
モララーの敗因は、プライドを守ろうとしたこと。
頸動脈を切断された事に対し、全く意識を向けなかったこともある。
眉間にガラス片を突き立てられては、後は死への階段を一直線に駆け上がる。
意識が途絶えるその瞬間まで、モララーは目の前の被虐者を睨む。
が、己を殺したその被虐者は、ちびギコの皮を被った獣だった。
それに気付いた頃には、既に現実との回線は切断されていた。
※
「・・・」
全てが、白昼夢のような出来事だった。
ちびタンが現れ、僕のように武器を持ち、あまつさえモララーを殺した。
信じがたいことが連鎖して起こったので、僕は一連を把握するのに少し時間が掛かった。
「ハァ・・・ハァ・・・」
あがりきった息を、身体全体で整えるちびタン。
横たわる死体の側に立つその姿は、あまりにも恐ろしい。
背中を見せているけれど、そこから放たれる威圧感が凄まじかった。
そこで僕は悟った。
次の標的は、僕なのだと。
ちびタンが僕のように、復讐という感情で動いているのなら、きっとそう。
腕を奪った張本人である僕を、生かす筈がない。
死にたいとは願っていたけど、あんな悍ましいちびタンに殺されるのは―――。
「フサタン・・・」
「!?」
不意に名前を呼ばれ、心臓が跳ね上がる感覚を覚える。
ちびタンはゆっくりと、こちらに振り向いてくる。
先程の獣のような姿に、ただでさえ恐怖しているというのに。
その眼を、正面きって見ることなんてできる筈がない。
しかし。
「やっと・・・逢えた、デチ」
僕の予感は杞憂で終わった。
ちびタンは、その黒い眼に涙を浮かべていたのだ。
※
「もう少し、早く来れれば・・・」
ちびタンは僕の下半身を見て、そう嘆く。
そこで、僕はちびタンに復讐の念がないことに気が付く。
だけど、わからない。
僕は、ちびタンの腕を奪ったのに。
何故、泣いているのだろう。
どうして、助けようとさえしたのだろう。
「・・・なん、で?」
疑問は膨らみ、声となって弾けた。
「なんで、って・・・」
「・・・なんで、僕を助けたんデチか?」
意を決して問うものの、当の本人は呆気にとられた表情をする。
暫く間を置くと、また顔をくしゃくしゃにして涙声で話し始めた。
「僕は・・・気が付いたんデチ・・・」
「・・・何を?」
「自分の、過ちデチ・・・」
ちびタンの手からガラス片が滑り落ち、高い音をたてて転がる。
血生臭いこの空間でのその音は、酷く悲痛なものに聞こえた。
何も持たなくなった手で涙を拭うと、ちびタンは全てを話し始めた。
488
:
魔
:2008/02/29(金) 23:43:22 ID:???
※
あの時、鉄屑の山でのやり取りの後。
待っていたものは、フサタンの言葉通りの地獄だった。
仲間だった者達からは馬鹿にされ、一気に嘲笑の的になった。
石どころか、集団でよってたかってボコボコにされもした。
同じ立ち位置に立つことで、僕はやっと自分の愚かさに気付いたんだ。
身体の一部がなくなっても、本質は変わらない。
達磨になろうがなんになろうが、ちびギコはちびギコなのだと。
それなのに、僕はフサタンに酷い事をしてしまった。
同じ種族なのに、片腕と心の中で鼻で笑っていた。
(フサタン・・・)
その時、フサタンに謝ろうという気持ちが芽吹く。
復讐を誓い、鬼になった友へ謝罪をしなければ、と。
止めようというわけではなく、唯、謝りたいだけ。
だから、そのために生き延びなければ。
そう思った時、僕はいつの間にかガラス片を握っていた。
足元には僕を馬鹿にしていた奴らでできた、肉塊の山があった。
※
「後は、ずっと・・・捜して、捜していたんデチ・・・」
決壊したダムのように、ちびタンの眼からは涙が溢れている。
多少えづきながら紡ぎ出される言葉は、全て本物だった。
本気で、僕のことを想っていることが感じ取れた。
「ちびタン・・・」
寧ろ、謝りたいのは僕の方だ。
気付いてくれる可能性があったのなら、腕を奪う必要なんてなかったのに。
僕の我が儘で、ちびタンを巻き込んでしまった。
偽りの理解者は、本物の心の支えになっていた。
そのことが、嬉しくもあり、哀しくもあった。
「許して・・・くれる、デチか?」
ちびタンの言葉が、深く心に突き刺さる。
直後には、僕の視界は一気にぼやけ、込み上げてきたものが溢れた。
レコを殺し、モララーは死んだ。
僕の復讐は、結果だけを見れば終わったんだ。
だけど、失ったものはあまりにも大きい。
両足まで奪われた僕は、これからどうすればいいのか。
「・・・僕、は」
高ぶる感情の波のせいで、上手く喋ることができない。
それでも、ちびタンは僕の言葉に必死に耳を傾けている。
※
殆ど達磨のような身体で、移動すらままならない。
それに、ちびタンも僕のせいで片腕になってしまった。
このままいけば、また別のちびギコ達に馬鹿にされる生活が続く。
復讐は終わっても、生き地獄は終わらないんだ。
※
譫言のような僕の言葉を、ちびタンは静かに聞いていた。
涙で霞んだ視界では、その表情はわからなかった。
「・・・」
「もう・・・地獄は、嫌デチ・・・」
ぐちゃぐちゃになった自分の脚に恨みを込めながら、呟く。
「死にたい・・・」
489
:
魔
:2008/02/29(金) 23:45:03 ID:???
死んで、楽になりたい。
僕の本心を、吐き出した。
「・・・」
ちびタンは、黙ったままだ。
※
暫くの間、静寂が僕らを包み込む。
そして、それを打ち破るかのようにちびタンが喋った。
「じゃあ・・・」
「・・・」
「じゃあ、一緒に死のうデチ」
それは、予想だにしない返答だった。
少し驚き、僕は問い返す。
「え・・・?」
だけど、それは発することが出来なかった。
ちょっとした複雑な気持ちが、それを阻んでいたから。
言葉が出てこない僕を置いて、ちびタンは続けた。
「死んで、この身体を捨てて新しい世界に二人で行こう」
端から聞いたら気狂いのような台詞。
だけど、それは僕の心を激しく揺さ振った。
肯定も否定もなく、僕は問い直す。
「・・・行けるのかな?」
「信じれば、いいんデチ」
そういう世界があることを。
虐殺のないマターリの世界で、一緒に生きる。
死後の世界があるかはわからないけれど、信じればいい。
「信じる者は、救われるんデチ」
「・・・」
ちびタンの言葉。
全てを噛み締め、僕は頷いた。
ちびタンの手に、再度ガラス片が握られる。
「痛いかもしれないけれど、大丈夫?」
不安げに、ちびタンは伺う。
僕はそれに対し首を横に振った。
「平気。ちょっと悔しいけど、慣れてるから」
頷き、構えるちびタン。
そして、僕の胸にゆっくりとガラス片を捩込んでいく。
「・・・」
不思議な感覚だった。
そのガラス片は、するすると僕の身体に入りこんでいく。
痛みも何もなく、皮膚と肉を裂いているのだけ、感じ取れた。
(ああ・・・)
温かい。
ちびタンの温もりが、伝わってくる。
ガラス片が僕の心臓を破った時には、ちびタンの身体はすぐそこだった。
薄れゆく意識の中、僕はゆっくりとちびタンを抱く。
「ありがとう」
感謝と、謝罪を込めて。
僕はちびタンにそう囁き、眼を閉じた。
490
:
魔
:2008/02/29(金) 23:45:37 ID:???
※
フサタンの身体から、ガラス片を引き抜く。
刺した所からは血が沢山出て、僕の手を濡らした。
フサタンから少し離れると、支えを失ってゆっくりと倒れた。
眠ったような表情で、横たわるフサタン。
心なしか、笑っているようにも見える。
苦しむことなく、旅立つ事が出来たようだ。
僕はそれに安堵し、息を小さく長く吐き出す。
次は、僕の番。
「フサタン・・・待っててね」
僕も早く、追い付くから。
誰もいなくなった空間でそう呟く。
―――そして、ガラス片を首筋にあて、するりと横に滑らせた。
※
出会い。
それは、見ず知らずの他人だけにあるものではない。
慣れ親しんだ者の、見た事のない別の顔。
それもまた、新しい出会いと同じもの。
街のルールに苛まれ、死を望み、受け入れた二人。
彼等の言う、『新しい世界』がもしあったとするなら。
二人はどんな者と出会い、どんな成長をしていくのだろう。
答えは、既に空の上である。
完
491
:
cmeptb
:2008/03/03(月) 18:02:01 ID:???
神と家畜の楽しいおしゃべり・外伝: The Way Of Maling "Mole"
1
「……こちらモララー。準備はいいかな? どうぞー」
「こちらスネェク、ダンボール箱を確保。準備は……、ごふっ!?」
「何ふざけてんだオメーは! ……あー、すんませんね所長。こちら
第一部隊。全員配置完了しましたんで、いつでもいいですよー」
「よし。んじゃ10分後に突入開始するからね。遅れないように……」
場所はどこかの、堅牢なコンクリートの建物……、しぃ族及びそれを駆逐する
関係者なら誰でも知っている、両者にとって重要な拠点・真多利教本部ビル。
そのビルの周辺で、不穏な動きが見えていた……。
一方その頃、ビル内部。
「いいわね! 明後日はかねてよりの奪回作戦を決行する! これを成功させれば
戦況は一気に私たちに有利に傾くから、失敗は絶対に許されないわよ!
塵は塵に、灰は灰に。……今こそ奴らを殲滅するっ!」
「ハイ! ……とうとう我々の悲願が達成されるときが来たのですね! リーダー!」
「あの腐れ狸共! 目にもの見せてやるわ!!」
場所はビルの一室。リーダーと思われるしぃを中心に5匹ほどが部屋の中で会議をしていた。
「そしてあなた達には、もう一度だけ言っておく。……今度の戦いが起これば、今までにない
激しい、本当の意味での全面戦争になるだろう。もしかしたら命に関わることになることは
十分に予想できる。……それでも臆さず、戦えるか?」
直前でハッパをかけるつもりか、しかしリーダーの言葉に部下しぃ達は正に愚問といった様子で
「リーダー。それは私たちを試しているわけ? ……そんなの、言うまでもないでしょ?
全力で叩きつぶすのみよ! 心配ない! 私たちが一丸になってかかれば、相手が
どんな敵だろうと関係ない! 鉄の結束は何よりも固いっ!!」
「そう! 私たち個々の力は確かに奴らには劣る。でも結束力に関しては奴らより遙かに上!
今までもこれで戦果をあげてきたじゃないの! 今更確認なんかしないでよね、リーダー!」
「お前達……!」
わぁわぁと口々に意気込みを語る部下しぃ達。勿論これは単なる精神高揚だとかではない。
現在のこの彼女らの部隊はいきなり招集していきなり編成したものではなく、まだ彼女らが
ほんのベビしぃだった頃に適性検査を経て、選び出され訓練されたいわば生え抜きで
その能力もさることながら、先程から彼女らが豪語する「結束力」、血の繋がりはないにしても
幼少時より助け合いながら任務をこなしてきたが故、それは揺るぎないと言っても過言では
ないくらいの代物であった。
“……そう。本当にこの戦いさえ上手くいけば、真多利の園が……
そうすればこの子と、……そして今は離ればなれになってしまったけど、あの人とも……”
そう頭の中で呟きながら、リーダーしぃは自分の腹を撫でた。……見たところまだ
そう目立ってはいないが、しかし確実に新しい命が宿っているその場所を。
492
:
全18区切りです
:2008/03/03(月) 18:03:10 ID:???
2
“……欲を言えばあの人とも今すぐにでも会いたいけど、でも今のご時世だと、しぃ族と
あなたギコ族を始めとした他種族が密通していることが公になったら、私の方は良くても
あなたの方が大変なことになってしまうから……。……でも、もう少し待っていてね?
もうすぐ私たち真多利教が永遠の平和をもたらすから、そうなったら………”
リーダーしぃがほぅ、と幸せそうにため息をついた、その瞬間
「! 爆音! 一体何!? ガス爆発!?」
皆が扉の方を向いたその瞬間、扉が乱暴に開かれて兵隊しぃが倒れ込んできた。
「た、大変です! 敵襲です! 『God And Livestock』の連中が……!!」
「な、何ですって!? 『God And Livestock』が!? そんな馬鹿な!!」
一瞬にして顔色を変える一団。そして
「ど、どうするの、リーダー! 早く逃げないと!!」
退避準備を取ろうとした、その時
「そ、そうです! 早くお逃げください! 今のところ、退路は我々が…… がっ!?」
同じ火薬音だが先の爆発音とは少し違う、銃声が聞こえてきた。
兵隊しぃの声……、もとい命を奪ったその銃声、誰が放ったものかといえば……
「お、お前達は……!!」
「あっはぁ! いやー、いつやっても害虫駆除ってのは胸がすっとする思いだねぇ!
そして無駄だぞゴキブリ共! 退路は完全に塞いである。つまり逃げ場は零だ!!」
後ろに武装した兵隊数人を引き連れて、先の兵隊しぃに向かって発砲したモララーが
にやにやと笑いながら、気取った様子で銃口から登る煙をふっと吹き消した。
「く……ぅ……!!」
追い詰められたリーダーしぃ及び部下達が顔を歪めると、モララーのトランシーバーが鳴る。
「……ガガッ。こちら指令部。ただいまビル内の全てを制圧、教祖も確保しました!
こちらの犠牲者は4名、引き続き捜索を続けます。どうぞ!」
「……こちらモララー。……そうか。4名もやられてしまったか……。ちっ。
分かった! こちらは少し後始末をしてから戻る! しばらく待機していてくれ!」
交信を断つと、モララーはしぃ達の方を向いた。
「事もあろうに、ゴキブリがAAを殺すとはね……。お前達はKYという言葉を知らんのか?
ゴキブリはゴキブリらしく、踏みつぶされていればよいものを……!」
「ひ……!!」
モララーの口調は比較的穏やかであったが、しかしその表情は少なくない実戦を
かいくぐってきたしぃ達でも動きを封じられるほどに強烈な憎悪一色に染まっていた。
「教祖もとっ捕まえた。本部ビルもこの通り制圧した。任務自体はこれで完了なわけだが……
当然だけど、これだけじゃあ済まさないぞ? く く く く……」
モララーが底冷えのする笑みを漏らすと、それに耐えかねたか、しぃが一匹叫び出す、が
「こ、殺すならさっさと殺せ! ……お前達の捕虜になるくらいなら、私たちは……!!」
「誰が喋っていいといったぁ! 黙れ蛆虫が!!」
直後、激高したモララーに一瞬で頭を打ち抜かれて絶命した。
493
:
cmeptb
:2008/03/03(月) 18:05:06 ID:???
3
「……ったく、勝手にぺらぺら喋るからこうなるんだぞ、と……」
モララーはまた煙をふっと吹き消し、再度くるりとしぃ達の方を向き
「さぁて、見事に捕虜となってしまった皆さん。……ちょっと僕と遊びましょうかね?」
「!?」
端から見ても見なくても結果は見えていたが、いきなり思いも寄らぬ事を言いだした。
「カカカッ! かねてよりね! こういうときのために考えてたゲームがあるんだ。
……勿論受ける受けないは君らにまかせるけど、どうするね……?」
「…………………………」
とはいえ、こんな状況で即座に返事が出来るはずもなく、しぃ達は黙ったまま。
モララーもそれを見越していたように、ふっと小さく笑う。
「……といっても、何のゲームか分からないのにハイもイイエも言えないわな。
じゃあいいさ、とりあえずゲームの内容は後から説明するとして、まずこれを……
“前言撤回”を決めるとしますかね! …さぁしぃちゃんたち。好きな数字を言ってくれ!
目安としちゃ1〜6の間かな。ダブりは不可で。……ああ、個人的には最初は数字が
大きい方がいいと思うけど、でもそうでない場合もあるからね。ま、好きにして……」
「…………!? ??………」
いきなり何かを始めたモララーだったが、当然ながらしぃ達には状況が飲み込める
はずもない。いぶかしんだ様子でモララーを見つめるだけだ。
「……あぁ、悪い悪い。いきなりこんなこと言っても分からんよな。いいのさいいのさ。
さっきも言ったけど、後で説明してやる。今はとにかくさっき言った通り、“前言撤回”を
決定するべく 『好きな数字』 を言ってくれればいいのさ。実に簡単な事じゃあないか…?
さぁ、言ってくれ。ぐずぐずするようなら全員即座に蜂の巣にするよ?」
「!! ……3!」
「6!」 「1!」 「5!」 「2!」
モララーに促され……、もとい脅され、しぃ達が口々に数字を言うと
「1,2,3,5,6……か。てことは今回、4が “オールイン” だな。
まぁ微妙な数字だが、当たらないように祈っておくんだね……」
「……………??」
「じゃあお待ちかねのルール説明だ。これからやるゲームは、名前を
“トーチャー・バイ・ハンギング” というんだよ。これだけで分かるかな?」
モララーが嬉しそうに言うと、しぃの一匹が顔色を変え
「ハンギングって……、まさか!」
「お? 知ってたか。感心感心。でも違うよ。多分君の知ってる“ハンギング”は
“デス・バイ・ハンギング”…… “絞首刑”の方だと思うんだけど、そうだろう?」
「……………」
そのしぃが黙って首を縦に振ると、モララーは首を横に振る。
「ま、一般にはそうだろうね。でも違うんだよ。僕のこれからやろうとしている
この “トーチャー・バイ・ハンギング” は絞首刑じゃあない。そもそも名前の通り
君たちを殺すことはこのゲームの目的じゃないし……ね」
「!?」
さっぱり意味が分からない風のしぃをよそに、モララーは続けた。
494
:
cmeptb
:2008/03/03(月) 18:05:16 ID:???
4
「まぁいい。ゲームの進行は簡単なもので、まず最初は……、ええと、リーダーの
しぃちゃんの君! まずこのゲームが始まったら、君の首をあの絞首台で吊ります!」
「!!??」
驚きのしぃ達がモララーの指さした方向を向くと、そこには先刻モララーが
用意させていた絞首台の姿が。
「………!!」
しぃ達がしばらく呆然とした表情でその絞首台を眺めていると、モララーがぱんと手を打ち
「さて、ルール説明の続きと行こうか。で、あの絞首台で首吊ってもらうわけだけど
ここが重要! さっきも言ったけど殺しはしない! 10秒経ったら降ろすから!
足が地面から離れて10秒が経ったら、また足が地面につくということさ!
んで降ろしてしばらくお休みさせたら、また10秒上げる。これの繰り返しを……
状況にもよるけど、4〜6回かな? 7回以上やったら全員の生存の保証はしてやる。
ルールはこれだけさ。実に簡単なものだろう?」
「………………………」
モララーは闊達そうに喋るが、しぃ達の反応は当然ながらいぶかしげだ。
「はは。疑ってるね。どうせ10秒経っても降ろさないとか思ってンだろ? ないない。
それはない! 何せ10秒ごとに降ろさないとゲーム自体が成り立たないんだ。
そんな20秒も30秒も、君が死ぬまで吊したらゲームはその時点で御破算さ。
というかそれじゃあ単なる絞首刑じゃないか。さっきも違うって言ったろ?
……要するに、だ。10秒息が出来ない状態とそうでない状態を繰り返すだけ
君らだって、10秒くらい息を止めることは造作もないだろ? 君らが受ける
実害というか、まぁそういうものはそれだけさ。……これでも受けない? ここで
撃ち殺されるよりは、遙かに生き延びるチャンスが増えたと思うんだけどね。
……さて、どうする?」
モララーがふうとため息をつくと、辺りは静かになった。
「………………………」
しぃ達はお互いを見回し、やがて先のリーダーしぃが前に一歩でた。
「……さっき言ったことは、本当なの? 特に私たちの解放の件……。
いざ約束となると平気で破って一方的に殺すのが、あなた達でしょ……」
「確かにそうだね。約束……、特に君らしぃ族とのそれなんて破って当然なんて
言われてるからね。とはいえ僕はそんなことはしないさ。そもそもこれもそうだけど
約束を破る必要がないんだ。メリットがない……」
「……フン。どこまで信用できたものか……。まぁいいわ。受けてあげるわよ」
「り、リーダー!」
部下しぃ達が思わず身を乗り出すが、リーダーしぃは手で制する。そして
「……心配するな。鉄の結束を誇る我が部隊。その構成員たるお前達が側に
いてくれるなら、私はどんな責め苦にも耐え得るし、また恐くはない……。
だから安心して待っていろ。私はこんなクズ共には決して屈したりはしない……!!」
「リーダー……」
「信用しろ。……さて、モララー。さっさと始めようじゃないか」
フンと鼻で息をすると、リーダーしぃは絞首台へと向かっていった。
「仲間への信頼が故強くなれる……、か。……けけけっ、まぁいい……。
随分と決断のお早いことで。……それじゃ、縄を首にかけてもらいましょうか」
モララーが合図すると、台に控えていた部下がしぃの首に縄をかける。
「……そういえば、さっきあんたが言ってた “前言撤回” だっけ? 皆に尋ねてた数字も
だけど、あれは一体……」
「ああ、あれはこの後すぐに分かる。すぐにね。 ……さて、時に今の心境を聞いておきたい
『君は今、死にたい? それとも死にたくない?』
興味津々といった様子で尋ねてくるモララーに、しぃは一瞬疑問げな表情をして
「……そんなの、決まってるじゃない。『死にたくない』よ」
「そうか。それじゃあ今回は『No→Yes』だな。……それじゃ、始めるか。
おーい。巻き上げてくれ……」
モララーが右手を挙げると、台に控えていた先の部下がハンドルを回し始めた……。
495
:
cmeptb
:2008/03/03(月) 18:06:32 ID:???
5
“……こいつを7回乗り切れば、私たちの勝ちというわけね……。
.. . . . . . . .
ふん。他愛もない。たかだか10秒息が出来ない程度、なんてこともない……。”
心の中で毒づくしぃの両足が、いよいよ地面から離れようとしていた。
“これが一回目。10秒、か。お優しいことだ。私も訓練は積んでいる身。
その気になれば、一分くらい………”
縄が巻き上げられ、とうとうリーダーしぃの足が地面から離れた……。
「……モララー所長、いよいよですね。しかしそれにしても、たとえ10秒とはいえ
奴らよく抵抗もせずに首吊りに挑みますね。確かに10秒なら死にはしませんが……」
「だってそうじゃん。奴らも僕らも含めてさ、首を吊ってみたことのある奴っているか?
いないだろ? だから分からないのさ。たとえ短時間とはいえ首を吊るという行為が
どれほど恐ろしいか……。奴らが考えているだろう、ただ息を10秒止めていればいい
なんてものとは遠くかけ離れた……、僕なら10秒、いや5秒でもやりたくない代物さ。
ホントに奴らの脳味噌はおめでたい。いや、むしろそれが救いかな……?」
そして一方、そのモララーの言葉を代弁するようにしぃの様子が変わっていった。
「!! 〜〜!!??」
先程までの自信の満ちた表情が嘘のように崩れ、目を血走らせ口を大きく開けて
手足を踊っているように激しく振り回していた。
「首を吊るとね、縄を首にかけて飛び降りるのと地面から巻き上げる、このどちらの
方法であっても、とりあえず気道は閉まるんだ。それも一番体重がかかってね。
それに加えて頸動脈その他の血管も閉塞するだろ。…これはね、ものすごい激痛が
走るんだ。試しに親指を喉に思いっきり押し当ててみなよ。これは気道閉鎖だけだけど
何とも言えない圧迫感とかで、1秒と続かないはずだからさ。
……で、指でやっても結構キツイのにさ、首吊りはこれが全体重になるんだよ?
いやー。想像したくもないけど、半端なく苦しいだろうねー……」
モララーはそう嘯くと、しぃの方へと向き直った。
「〜〜!! !!??」
時間は、ようやく半分に差し掛かったというところか。それでもしぃは今にも
死にそうな勢いで暴れ、もがいていた。
“何も聞こえない! 見えない!! 苦しい!! 苦しい苦しい苦しい!!!
何よこれ!? 何が殺さないよ!? こんなの、今にも死ぬ!! 殺される!!
10秒なんて嘘っぱち!! こんなの絶対10秒じゃない! 1分、2分……”
と、しぃが意味不明なカウントを始めたところで時間が来たようで……
「お、そろそろ10秒だ。降ろしてくれ。」
モララーが左手を挙げると部下がハンドルを回し始め、しぃの両足が再び地面に。
496
:
cmeptb
:2008/03/03(月) 18:07:35 ID:???
6
「〜〜!! がっは、げほ…!! ごふっ!」
地上に着いて首吊りから解放された途端、リーダーしぃは激しく咳き込み
直後ひゅうひゅうと木枯らしさながらの音を立てて息を吸い込んだ。
「はっはっは。10秒の小旅行はどうだった? 全くの未知の世界……
ただ息を止めている10秒の世界とは、全く違う世界を味わえただろう?」
嬉しそうに拍手をしながら近づいてくるモララーを、しぃは涙目で見上げる。
「……さて、現在の心境を聞いておこうか。しぃちゃん、今はどうだい……?」
にやにやと見下ろすモララーに、しぃは今度はカタカタと震えだし
「や、やめ……! 殺さ……、ないで……!!」
先程の威勢はどこへやら、しぃが涙ながらに命乞いをすると、しかしモララーは
一層嬉しそうに笑い出し
「……ほう。一回目は通過だ。よかったなぁ、君。とりあえずは通過だぞ?」
リーダーしぃではない、他の……、先程「1」と答えたしぃを指さした。
当然、指をさされたしぃは何のことだから分からない。
「ふふふ。ここで先程質問のあった “前言撤回” の説明だ。……先刻こちらの
リーダーは『心境』を訊かれたとき何と答えたか覚えているかい? そう
『死にたくない』だ。では今は? ……同じだったね。
さて、もうお分かりかと思うけど “前言撤回” とはこのことさ。最初のリーダーの
心境は『死にたくない』。そしてこれ以降今のように、僕は10秒の首吊りの後で
逐一彼女に『心境』を尋ねる。これが最初と同じ『死にたくない』ならその回は
見送りになるんだけど、そこで『死にたい!』と “前言撤回” したならば、そこで
彼女の首吊りは終了。そしてその回を指名した次のしぃちゃんの首吊りが始まるのさ。
例えば彼女がこの後、……「3」 回目で “前言撤回” して『死にたい』と言ったら
その場合、最初に「3」と答えた君……。君が絞首台にかけられるのさ」
モララーがそこで「3」と答えたしぃを指さすと、それだけでそのしぃはひぃと震えた。
「……そしてその後は同じ事の繰り返し。補足として、7回以上首吊りを耐えきったら全員
あるいは最後まで“指名”がなかった者。これらに生存の保証というわけだ。お分かりか?」
「……………………!!」
モララーが全体を見回しながら問いかけるも、しかし当然か、しぃ達からの返事はなかった。
とはいえ皆ルールはしっかり理解できたようで、一様に青ざめてはいたが。
「……ああ、あと一つ。“オールイン”について。 これはね、誰も指名しなかったところで
首吊りしぃが前言撤回した場合に適用されるものでね。今回で言えば「4」だね。
4回目で首吊りしぃが前言撤回した場合、この “オールイン” になるんだ。
んでこれが適用されるとどうなるかと言えば、その時点でゲームオーバー。全員仲良く
首を吊る羽目になるんだ。だから首を吊るしぃちゃんは気をつけないと、速攻で一巻の
終わりになっちゃうから、気をつけてね〜?」
「な、そ、そんな理不尽な……!?」
少し落ち着いた首吊りのリーダーしぃが抗議するも、モララーは首を横に振り
「何を言ってんだい? こっちが決めるのならともかく、次に誰が首を吊るもオールインに
. . . ... .... ... ......
するも、全ては君たちに決めさせてやっているじゃあないか!? 普通の虐殺中毒者なら
こうはいかんぞ? 鼻歌交じりに自分たちでご指名してオシマイさ! そこから鑑みれば
実に民主的じゃないか?」
「き、貴様……! 五月蠅い! 私は7回を突破してやる!!」
「ほう! そろそろ2回目を始めるぞ、と。……7回突破か。なぁに、物理的にはまだ大丈夫さ。
まだ『吉川線』すらも出てないんだから……」
「吉川……線? 何だそれは?」
聞き慣れない単語に疑問を示すと、モララーは待ってましたと言わんばかりに口を開いた。
497
:
cmeptb
:2008/03/03(月) 18:07:52 ID:???
7
「……窒息死、特に絞殺の方に多いんだけど、首が絞まると生物ってのは無意識に
首を掻きむしるんだよ。こう思いっきり爪を立てて、どっかの時報みたいにがりがりとね。
こいつは喉の異物を取り除こうっていう本能的なものなんだけど、何分さっきも味わったろう
首吊りの激痛の中じゃあまともな判断なんざ出来るわけがない。少しでも苦しみを取り除こうと
際限なく掻きむしるのさ。引っ掻いて傷を作って痛みが増えることはあっても、消えるはずが
ないのにね。だけど、たとえ今はそうだと理解できても、一度首吊りの体勢にはいると首を
引っ掻き回すのをやめられないのさ。がりがりがりがり。いつもこの白い縄を使うんだけどさ
次第に赤黒く染まっていくんだよ。がりがりってねぇ〜!」
「…………!!」
「それにははは、いつだったかなぁ〜、苦しみのあまり錯乱を通り越して狂乱の域にまで達した
奴がいてね。そいつがまた凄い勢いで喉を掻きむしりだしたんだ。はははは。首の血管閉塞に
伴って頭への血流は停止してるから貧血状態にあるはずなのに、出るわ出るわどろどろと……。
面白いからそのまま見てたんだけど、いや〜、最後には血が出尽くたんだろうねぇ〜。
雪みたいに真っ白になってたんだ。文字通りの『白銀のような美白』 だったねありゃ!
あ、ちょうど今その写真持ってたんだ。ご覧よ、ほら……」
ほくそ笑みながらモララーが懐から出した写真を見ると、リーダーしぃはそれを見るや否や
「!! うっ……!!」
「あれ? ちょっとちょっと。今はものまね大会の時間じゃないですよぉ〜?」
今でさえ青ざめていた顔が、より一層のものに。
そこには、しぃとおぼしき生物が写っていた。
ただしその顔、目玉は今にも飛び出さんばかりに飛び出、下は顎の先端まで届くぐらいに
だらしなく伸びきり、そして何より、これはモララーの仕業か、明らかに毛皮が剃ってあると
いうにも関わらず、通常は桃色のはずの顔色はモララーの言葉通り真っ白であった。
変わりに、首から下は赤黒一色で染まりきっていたが……。
「ひ……ぃ……!!」
リーダーしぃの顔が引きつると、モララーは
「おやおや、どうしたのかな? まさかこの程度でびびっちゃったとか、そんなわけないよね?
それなりに軍事訓練とかも積んでるんだろ? そんな君がどこぞのアフォしぃみたいに
ガクブルしてちゃあ部下の手前、立つ瀬がないぞぉ……?」
「わ、わわ、私は………!」
「さて、第二回目を始めましょうか。……なぁに、そんなに心配することはないよ。あくまでこれは
可能性の一つに過ぎないんだから。君がこうなると決まったわけじゃないんだからさ……?」
「や、やめろ、やめてくれ…! やめてくれ……!!」
「やめてほしけりゃ7回耐えなよ。まぁこの状況が続けば無理だろうけどね。……それと皆さん。
何か応援の声でもかけてあげたらどう? 何せ皆の運命は今このリーダーさんの首吊りに
かかってんだから。特にさっき「2」を指名したあなたは、ね……?」
下卑た笑みを浮かべるモララーが指さすと、先のリーダーの苦しみぶりが脳内で蘇ったか
その「2」を指名したしぃはがくがく震えだし……
「だ、駄目!! 絶対撤回なんかしないで!! お願い!! 首なんか吊りたくない!!」
リーダーが根をあげたら次は自分、半狂乱になって「2」のしぃは叫んだ。だが
「…………………!!」
残りの三匹は、そんな2番とリーダーを違った目つきで見つめていた。
498
:
cmeptb
:2008/03/03(月) 18:08:02 ID:???
8
「……あ、あんた達、何よその目つきは……? まさか……?」
「お、お、お前……達! まさか……とは思うが、まさか……!?」
何事か言いかけた二人だったが、モララーはそれを制しながら口を開いた。
「はい、はい、はい……と。どしたのかなその目は? まさか誉れ高き真多利教の
戦闘部隊である皆様方が、まさか……?
……とはいってもね、僕は別に否定しないよ。いや、寧ろ君らがそう言う心境に至るのは
当然のことだと思ってる。だってそうだろう? 目の前であの勇猛なリーダーちゃんが
あんなに恐ろしい目にあってさ、更にはあんな風に恐怖心を煽ってやったんだ。……それが
いずれ自分の身に降りかかるかも知れないとなったら、誰だって今君たち三人が心の中で
思い浮かべてる事を言いたくなるのは当たり前なんで……、恥ずべきことじゃない」
「………………!!」
「モララー! 貴様っ!!」
いきり立つリーダーしぃだったが、モララーは全くどこ吹く風と言った様子で続ける。
「自分の気持ちに嘘つくってのは、何とも言えない気持ち悪さがあるはずだ。それに……
本能と理性はどっちが強い? ……ま、分かるにはそんなにはかからないだろうね。
それじゃ、次行こうか。いつやめるかはせいぜい体と相談して決めてくれ。じゃあ……」
そして右手を挙げようとしたモララーだったが、そこにリーダーしぃが
「ま、待て!! 重要なことを聞いてないぞ!! ……私が前言撤回をして交代になった場合
私はどうなるのだ!? 生かされるのか、それとも……」
「……ああ、それか。今言うと興ざめになるから言わなかったんだけどさ、言っちゃうか……
大丈夫だよ、殺しはしない。特に君なら尚更にね……」
「………………!?」
「ま! 自分の命が惜しかったらさっさと前言撤回するこった。あんまり頑張りすぎると
助かるものも助からなくなるからね。……クソ麗しき仲間への信頼と愛情も良いけれど
ご自愛もどうかお忘れにならないように、ね……」
モララーはやれやれとため息をつくと、今度こそ右手を挙げた。
「ま、ま……!!」
本日二回目。リーダーしぃの別世界への旅が始まった。
「がぎゃああああ!! げべっ、ぐびぃぃぃぃ!!」
悲鳴にならない悲鳴を上げながら、リーダーしぃは首を吊る前はあれほどするまいと
決めていたのに、いつしか首に手を伸ばしていた。
がり ぎり ぎり がり
以前からある激痛に混じって、肉を爪でほじくっているようないやな感触が伝わってくる。
何とか欠片ほど残った自由意志で止めようと試みるが、今や彼女の手は彼女の命令を
拒むがごとく、勝手に喉を引っ掻き続けている。
ああああああ 出来るわけがない 出来るわけがない!! こんなのをあと5回もだと!?
悪い冗談だ! 悪夢だ! 今だって何度死神の姿が見えていることか!!
うわぁぁぁあああ!! 恐い!! 恐い恐い恐い!! あいつが余計なことを吹き込んで
くれたせいで、余計なものを見せてくれたおかげで、恐くて仕方がない!!
白銀のような美白!? 赤黒く染まった白縄!? それだけじゃない、何もかもが恐い!!
激痛と呼吸困難と恐怖と! これだけで気が狂う!! でもやめられない! やめたが
最後仲間が同じ目に遭わされるし、自分だってどうなるか分かったものじゃない!!
それに何より、お腹には子供だっているのに!! 死にたくなんかない!!
でももういやだ! こんな苦しいのはもう嫌だ!! 助けてぇぇぇ!!
「……ほら見たことか。まだ2回目だってのに死にそうな顔しちゃってねぇ……?
これじゃ7回なんて夢のまた夢。下手すりゃここで決まっちゃうかもねぇ……?
さて、10秒が来た。お楽しみの時間だぁ……!!」
モララーが左手を挙げ、リーダーしぃの体が地面に降ろされた。
499
:
cmeptb
:2008/03/03(月) 18:11:52 ID:???
9
「がはっ、げはっ、ぐほっ……!!」
もはや力一杯咳き込む気力も体力も失せたのか、体をびくびくと震わせながら
リーダーしぃはそれでも必死に呼吸しようと喘いでいた。そこに
「さぁてリーダーさん。今のご心境は? もうやめる!? それとも継続!?
三匹にあやふやな希望を与えるか、一匹にくっきりとした希望を与えるか!?
三匹に限定付きの絶望を与えるか、一匹に間違い無しの絶望を与えるか!?
僕はどちらでもかまわんぞ!? さぁどっち!?」
モララーがリーダーしぃを飲みこまんばかりの勢いではやし立てると、リーダーしぃは
恐怖で真っ白になった顔でモララーを見つめ
「やめてくれ……! お願いだ、殺さないでくれ……! お願いだ……!」
それは、どれだけこの首吊り遊戯が恐ろしいものかを如実に物語っていた。
恐怖という本能の前には、プライドという理性はいとも簡単に崩れ去る。
剛健なるリーダーしぃはいつしか追われる兎のように怯え、しかしモララーは
相変わらず恐怖を疫病のごとくまき散らし続ける。
「……よかったねぇ〜? 「2」番ちゃん! リーダーに感謝しなよ?」
モララーが話しかけてくるも、しかし先程の10秒余りで気力を使い果たしたか
「2」のしぃは今やリーダーに負けないくらい荒い呼吸をしていた。
そして当たり前というべきか? その2番しぃの横では
「あ………、う……!」
「うっふっふ……。言葉には出さねど目で語ってるね。大方こんなところかな?
『ああ、このくそったれのリーダーはまた駄目だった。さっさと降参してくれないと
私たちが危ないのに、何考えてるんだ』……とか」
「モラ、ラー……!! やべ……ろ! これ以上……、くだら……ないこと……を
吹いたら、容赦しない……ぞ!!」
しかしそんな必死のリーダーしぃとは裏腹に、部下しぃ達の目は泳ぎに泳いでいた。
「あっはー、まーだ間で宙ぶらりんか。でも大分揺れ動いてるみたいじゃあないか……。
だけどね、言っておこうか。この状況下で主導権を握っているのは誰だ? ……それは
もう、そこでぜーぜー言ってるリーダーちゃんじゃないんだ。僕なんだよ。そしてその僕は
こういう見苦しい嘘をつく輩が大嫌いでね……。さて、ここまで言えばもういいだろ?
主導権握ってる奴に反した行動ばかり取っても、損するだけでろくな事はないと思うけど?」
「……………!!」
「……で、2番ちゃん。どうよ? 今生きてるって実感があるだろう? ……ありゃ
それどころじゃない、か? まぁいいさ。リーダーちゃん。あんたの方は……、あれ?」
モララーがおやおやといった顔をしたその先には、突如顔が真っ白にしてがたがた
震え始めた、いわゆるショック状態のリーダーしぃが。
「なんだなんだ。たった2回でこの様か? あんたはリーダーなんだろ……?
ひひひっ。脆い脆い脆い。程度の差はあってもしぃ族の覚悟なんざ皆この程度。
見た目はまさしく勇猛果敢であったとしても、ちょっと恐怖を与えてやればすぐに
メッキがぼろぼろ剥がれ落ちる。なぁ? ひぃっひひひひぃぃ!! ……そして
部下の君たち! ねー、見えるだろ? 勇ましい君らのリーダーでさえも、たった
二回でこの様にしちゃうんだぜ? しかもこいつは将来的には他人事じゃなくなるんだ。
……恐ろしいとは思わないのかな? まだ嘘ついて虚勢を張るつもりなのかな?
けけけっ。まーよく考えておいてくれ。そして……」
満足そうな笑みを浮かべたモララーは、次いでリーダーしぃの元へと歩を進める。
「……あーあー、アマチュアならまだしも、戦人のキミでもこの様か。恐いねー。
何にしても今のキミを吊せばショック死する可能性もあるということだ。従って…」
モララーが指を鳴らすと、部下が一人リーダーしぃの元へ駆け寄り注射を打つ。
すると先程まで真っ白だったリーダーしぃの顔色が、みるみるうちに回復していった。
「はーい。新型の抗ショック薬のお味は如何かなー!? お前の心を食いつぶそうと
. . . .
していた恐怖が一時的にとはいえ消え去ってくれるんだ。ありがたいだろう?
……おやぁ? ちょいとばかり効果がありすぎたか? けぇっけけけけけ?」
呆れた顔のモララーが言う通り、リーダーしぃは今は顔を真っ赤にして、先とは
別の意味で様子がおかしかった。
500
:
cmeptb
:2008/03/03(月) 18:12:10 ID:???
10
「ひひぃ! おまけとしてこれまた新型興奮剤混ぜ込んでおいたけど、そいつらが
どうやら効きすぎたようだね! 血流も促進させまくるから、顔がいつしか茹で蛸か!
ひゃははは! おいおい、僕の声聞こえてるか? おーい?」
「………ひっ! ふぅぅっ! ……はぁぁ……!!」
……モララーの問いかけもどこへやら。完全にモララーの言う「茹で蛸」状態の
リーダーしぃは、高熱でもあるかのようにふらふらとしていた。
「……あーあ。血流が促進されすぎて、完全に頭に血が上っちゃってらぁ……。
そんな状態じゃあまともに頭を使うことも叶うまい。というわけで………」
「ふ、ふふぅ、ふぅぅ……、がっ!!?」
モララーが右手をぱっと挙げ、部下が急いでハンドルを巻き上げる。
. . .
「頭を冷やす手助けをしてやらないといけないなぁ…? きりきりィきりィィ…!」
再びつり上げられたリーダーしぃの顔色は、早くも青ざめてきていた。
「ひははは!! 美しい! 美しいぃぃ!! 世の中にこんな美しいものが他に!?
心臓や肝臓に一発、生命の証が流れ落ちて青ざめながら殺せる刺殺もいい。
以前は美の女神かと見まがうほどの美しきを、一瞬にしてぐしゃぐしゃの肉塊に
変えてしまう、出来上がった造形を完膚無きまでに粉砕出来る撲殺もいい。
自分が文字通りに料理される、白い柔肌を一瞬に黒炭に変えられる焼殺もいい。
人差し指をひくという最小限の労力で、生体を人形に変えられる銃殺もいい。
輝かしい命という華を、文字通りに花火のように散らせられる爆殺もいい……、が!
窒息しかけてもがいている蛆虫ほどそそらせ、たぎらせ、湧き踊らせるものはない!!
血反吐を、涎を、涙を、鼻水を! 汗を、小便を、糞を! 際限なく臆面もなくだらだら
垂れ流し! それでいて必死にか細い生命の綱、文字通りの命綱にすがりつくんだ!
. ... . . . . ...
他のどの死に方よりも強く! ほしい玩具を手放さぬだだっ子のようにしっかりと!
……そしてそんな必死こいてる奴らを、縄から手を放させるでもなく登らせるでもなく
ぎりぎりの狭間で宙ぶらりんにしてやるのが僕の務めさ。 ぎりぎりぃ、とね……
さぁ、もがけもがけ。お前の死の寸前で足掻くその顔が、僕に生を実感させるんだぁ…。
夢に出てきたら間違いなく夢精するくらい、僕をたぎらせるんだぁ……!!
さぁて、10秒だ! 今度の彼女の返答や如何に?」
アヒャり気味とも言えるモララーが左手を降ろすと、リーダーしぃの体は乱暴に落とされた。
「さーて、大分縄も赤黒くなってきたねぇ。ついでに君の喉の線も大分増えてきた……。
それとさっきからこいつらに君のポラロイド写真撮らせてたんだけど、いい出来だよ?
見てみるかな? ほぉら………」
最初こそリーダーしぃは目を背けていたものの、モララー達によって押さえつけられ
目を開かされ、見たくもない自分の表情を見る羽目になった。
「う……わぁ……!!」
「ご覧よ。君も平常時なら凛々しく愛らしいお顔をしているんだがねぇ…? それが一旦
たかだか10秒程度息が出来ない状況におかれた程度でこの様だ。醜いねぇ…?」
これが自分かと見まがうほどに醜い写真を見せられ、リーダーしぃが心から絶望すると
「な、なに……、!! けふっ……、ごぼっ!?」
突然、目の色を変えて咳き込み始めた。……勿論文字通りに真っ赤にして、である。
しかもそれだけではなく、顔をまた真っ赤にして、奇妙な音を立てて息を吸っている。
明らかに、吊されていないにも関わらず呼吸困難の状態に陥っていた。
501
:
cmeptb
:2008/03/03(月) 18:12:56 ID:???
11
「あーらら、結構お早いことで……。もう少しはもつかと思ってたんだがねー」
「な、なん……だ? これは……!? お前……、何か……!?」
「違う違う! 僕はそういうことは何もしちゃいないさ。強いていえば君の体が勝手に
そうなった、というべきかな?」
「………!? どういう……ことだ…!?」
モララーの言葉にリーダーしぃは、喉を掌で押さえて咳き込み始める。
「いやねぇ、首吊りするとさ、気道がモロに圧迫受けるじゃない。そうすると気管支とか
声帯に傷が出来るわけよ。それだけでも結構やばいんだけどさ、首吊りするやつって
さっきの君みたいに、声にはならないけど縊り殺される鶏みたいなとんでもない悲鳴を
上げるわけなんだよね。それはねー、唯でさえ壊れかけで煙吹いてる機械を無理矢理
動かすようなもんでさ、声帯がオーバーヒート起こすわけよ。つまり炎症が起こる……。
炎症が起これば組織は腫れ上がる。それが気道で起こった場合はどうなるか、説明の
必要はあるかな? 過去の実験データによれば、君らしぃ族の場合なら大体2〜3回で
気道が炎症を起こし始めて、4〜5割が塞がれる計算になる。それ以上進めると……
さぁて、どうなるのでしょうか? ああ、ちなみに死ぬまではいかないよ。いかないけど…
……ま、どうなるのかな? さしずめ末期のゾナハ病みたいになるだろうけどね……?
..........
何もしなくても白目をむいて、喉に手を当て必死にぜひぜひ呼吸するんだよなぁ〜!
さぁ〜! それじゃさっさといこうか! きりきりきりきり、ぎぇあはははははぁぁ!!
……と、何だその目つきは? もしや前言撤回か? なら言うなら今のうちだぞ?」
尚も自分を見つめ続けるリーダーしぃに、モララーはニパァと阿鼻谷スマイルを浮かべる。
「個人的にはさっさと前言撤回しちまう方がいいと思うがね。……仲間を裏切るのが嫌か?
別にいいじゃないか? だってあいつらを見てみなよ。現にさっきもそうだったように
口には出しちゃいないけど、もう心の中じゃ自分だけが生き延びたいっていう欲望に目を
ぎらつかせて、他の奴のことなんざなーんにも考えちゃいないぞ? それがわからんほど
キミは部下を見る目がないわけじゃあるまい? そんな奴らのために苦痛を受ける理由が
どこにある……? 仲間のために命を張るのは理解できるが、ゴミのために命を張る
なんてのは……ね? 苦しいんだろ? いいじゃないか。誰も責めはしない! 自分の命が
かかってるんだぞ? ここで君が前言撤回したところで、誰にも君を非難することなんて
出来やしない! 誰一人として、ね……!!」
「……馬鹿を言え! お前には分からないだろうが、………!!」
「ハイハイ。奴らと一緒に暮らしてきた思い出が、あの美しき日々が忘れられないっての?
…だけどね。多分そんなのをいまだに心に留めてるのは多分君だけだよ。…見なよ」
モララーが促したその先には、それが何であるか分かりきった “何か” を期待して
毒々しくぎらぎらと目を光らせている部下しぃたちがいた。
「…ありふれた台詞だけどね。こういう状況では過去をどう処理するかがポイントなのさ。
その過去に囚われて朽ち果てるか、それとも……」
文字通りのモララーの悪魔の囁きに、リーダーしぃの心は滅茶苦茶にかき回されていた。
502
:
cmeptb
:2008/03/03(月) 18:13:38 ID:???
12
“……やめろ! やめろやめろ、そんなのは……!!
確かに今のあいつらはややもすれば見苦しいさ! だけど私が同じ立場におかれたと
したら、同じ事をしないなんて言えない! 同じように醜く足掻いていただろう……!
あああ、どうしろというのだ!? このままあいつらのために7回を耐え抜くか?
でもそれだとお腹のこの子は……、ショックで最悪の場合、流産なんてことも……!!”
頭を抱えて苦悩するリーダーしぃは、モララーの方をちらりと見た。
その視線に気づいたモララーも、相変わらず見た目は爽やか内側ドロドロのアヴィスマイルで
「く く く。なまじ良しぃの理性があるから苦悩する羽目になるんだ。こういうところはアフォしぃ
みたいに、頭を使わなければいいんだよ……。
ねぇ? 君にとって大切なものって何だい? いわゆる命がけで護りたいものって何だい?
その迷った表情から鑑みるにおそらく複数あるんだろうけれど、それはあいつら? それとも
別の何か? それが何かは知らないけど……、“虻蜂取らず”、“二兎を追うもの一兎も得ず”
欲張りは身を滅ぼすってのが昔からの常。……分かり切ったことなのに、大概の輩は
目が見えちゃいない。引き返せないところまで来て初めて気づき、そして破滅する……。
ねぇ? 実に愚かだと思わないか? 端から見てればこれほど滑稽なものはないんだよ?」
「わ、私にとって、大切なもの……」
ようやく思考能力が回復してきたか、リーダーしぃは目つきが落ち着いてきた。
“……あいつが今気づいているかどうかは知らないが、確かに大切なものは複数ある……。
それはあいつらと、この子との二つ。二つとも手放したくはないものだが……!”
リーダーしぃは息をごくりと呑むと、囚われの仲間の方を向く。……そしてそこの三匹が
そんな目をして自分を目を合わせてきたかは、言わずもがな……
“リーダー! 次! 次で撤回して! お願い、次よ!!”
“何言ってるの! 次だけは駄目! 次だけ耐えてくれたらそれでいいから!”
“というより、7回耐え抜け! リーダーなんだからそれくらいやって当然よ!!”
そこには心の中だけという縛りはあれど、良しぃの良識やどこへやら。完全に巷のアフォしぃと
何ら変わりのない、本性丸出しの “良しぃ” の仲間がいた。
“……認めたくはないが、私は今こいつらを醜いと思っている。生きる価値がないとも……!
こんな欲望まみれの野獣共に比べれば、自分の子供はどれだけ大切か、とも……!!
だが、それでも奴らを切ることなど出来ない。……このモララーの言うように、クズはクズ
宝は宝と割り切ることが出来れば、どれだけ楽だろう……! でも……!!”
「くっく く く く。ここまで迷ってる様子を見ると、いい加減歯がゆくなってくるねぇ……!
今のあいつらなんて、全角喋るだけのアフォしぃに過ぎないのに。僕なら自分の手で
ぶち殺してるところだぞ……? …とは言っても、それがそんなに簡単に出来るしぃなんて
まずいないか。……後押ししてやらないと決断は出来ないとは、面倒くさいことだ……。
友人を切るならまだしも、ゴミを捨てるのに何故戸惑いが発生する? 使えないと
いうならまだしも、あんな醜い本性を持った部下など癌にしかならんのに……」
にやにやとひとりごちるモララーの傍らでは、相変わらずの視線を交えての言い合い。
“お願いよリーダー! まさか部下を切って自分だけ助かろうなんて思ってないわよね?
リーダー何ら自分の身を呈しても、部下の命を救ってくれるものでしょ?”
“リーダー! 頑張ってよ! アンタは似非のリーダーなんかじゃない、本物なんだから!”
“そうよ! あと4回! あとたった4回なのよ!!”
どこまで行けば終わりが来るのか。どんどん醜い欲望の本音は強くなっていく。
503
:
cmeptb
:2008/03/03(月) 18:13:54 ID:???
13
“こいつら……! これが本当に、あの鉄の結束を誇っていた真多利教の部隊の
一員なのか!? つい先程まで、モララー達が来るまでのあの結束は所詮まやかし
だったとでもいうのか……!?”
リーダーしぃが怒りで体を震わせると、そこでもやはりモララーが絶妙に絡んできた。
「……ねぇ、わかるだろう? あんなゲス共と違って、キミはいい子なんだ。いつまで意地
張ってるんだい? 僕はキミを、キミだけを大切にしたいんだ。なるべくなら傷つけたくは
ないんだよ……? だからね……」
「う、うるさい、うるさい! うるさい!!」
モララーの囁きが契機になったか、必死で振り払ったリーダーしぃは、とうとう
“言葉”を以て自分も心に秘めていた感情をぶちまけた。
「貴様らっ! 何を勝手なことをほざいているっ!! それではアフォしぃと何ら変わりが
ないじゃないか! 今の自分の顔を鏡で見てみろっっ!!」
『本性を現して』 部下を一喝するリーダーしぃだったが、それに返ってくるのは……
「うるさいっ! そんな下らない誇りなんかよりッ、命の方が大切だっ!!」
「そうよ! それよりさっさと首吊りしなさいよ! そして7回耐えろ! 途中で
撤回なんて許さないからね! 早くしろ!!」
「可愛い部下のために命を使えるなら本望でしょ!? さぁ、早く吊れっ!!」
「………!!」
予想していたとはいえ、思わず呆然となるリーダーしぃ。モララーは嬉しそうに手を叩く。
「ひゃっひゃっひゃ! 出ました! つーいに出ちゃいました! 本性暴露!
あー、最高! もうオシマイだ! 一回歯止めが利かなくなったら、もう止まるもんか!
“熱しやすく、冷めやすい”!! 所詮これが君らの現実さ!!」
「う……む……っ!!」
歯がみするリーダーしぃだったが、部下達の暴走はこれでは終わらない。
事もあろうに既に 『終わった』 1,2番の方を向くと、一斉にまたがなり始めたのだ。
504
:
cmeptb
:2008/03/03(月) 18:14:07 ID:???
14
「お前らもっ! すっかり自分たちは部外者みたいな面しやがって!! 覚えてろ!?
もしあのクソが私を指名して吊られることになったら、真っ先にお前を指名してやるぞ!?」
「はははっ! そうだそうだ! 裏切り者! 裏切り者! 裏切り者がっ!!」
「覚悟しておけ!? たとえ私たちが死んだとしても、お前らを永遠に呪ってやるぞっ!!」
見るにも聞くにも堪えない怨嗟の声。当然二匹もただ黙って言われるままであるはずがなく
「だったら私らが指名されたら、今度はお前らの番!! 覚悟すんのはそっちの方だよ!!」
「そうよ!! 私が吊されることになったら、次にお前達を指名して……、そうだ! もっと
より残酷な方法で吊すようにモララーに提案してやる!! ぎゃはは! いい気味だ!
おい、モララー! この提案を受けるよな! 受けるよな!?」
「…………………………」
まさか被虐側からこんな提案が来るとは思っていなかったか、モララーすらもが
呆れ顔で両手を広げながらため息をつく。
「……僕も長いことしぃ族をぶち殺してきたけどさ、こんなのは前代未聞だよ……?
いやー、ある意味では彼女らも欲しい逸材だ。ある意味ではね……」
「あ、ああ、あううぅ……!!」
目の前で部下が繰り広げる醜い争いに、リーダーしぃはがっくりうなだれた。
「…いい加減、分かったろ? 君らの言う “鉄の結束” なんてものはね、恐怖という
圧倒的な濁流の前には為す術もないんだよ。君らの結束はどこまで行っても、所詮は
理性に根付いたもの。対して恐怖は本能に根付いたもの。……理性の歴史がたかだか
数万年なのに、本能の歴史は数十億年。この二つがかち合ったところで勝負は目に
見えてるじゃないか。……恐怖、それも死の恐怖にぶつかって、どんな生物が理性を
保てるっていうんだい? 僕だって無理だぞ?」
「……………!!」
「……うっふっふ。ちなみにね、次が “オールイン” だってことは覚えてるかな?
他でもないやつら自身が決めた、皆殺しの数字のお出ましだ……」
相変わらずの冷えた微笑を浮かべるモララーだったが、しかし次の瞬間
「…安心しな。君の決断で連中が何をどう騒ぎ立てたところで、奴らにゃ太陽を
二度と見せない。……たとえキミがオールインを選択しなかったとしても、ね……」
「…!?」
モララーは今までの底冷えとはまるで格が違う、挑発するような笑みも煽りも
一切含まれていない、本当に暗黒の凍るような表情を浮かべた。
505
:
cmeptb
:2008/03/03(月) 18:16:42 ID:???
15
「な、何? どういうことだ……!?」
「こればっかりはキミを騙してたみたいで悪いんだけど、最初からこのつもりだったのさ。
僕はキミとは「生存の保証をする」と約束をしたけど、奴らとは何の約束もしてないだろ?
……奴らをここで縊り殺してやったところで、なーんの問題もないわけさ」
「ば、馬鹿な! 7回以上首吊りを耐え抜いたら全員解放すると……!」
「そんなの、どこに証拠がある? 奴らがピーチクパーチク騒いだところで所詮は水掛け論。
まぁそれも、キミがどうしても奴らを助けたいというのであれば話は別さ。キミがそう願うなら
従来通りのルールに戻してやってもいいんだけど……、さて、どうするね?
キミは今でもこんな拷問を耐え抜いて、あいつらを救ってやりたいと思うのかな……?
…ま、あいつらを見限る覚悟が出来たらいつでも遠慮なくいえばいい。うぅっふっふ……。
捨てるときは、切るときはひと思いにやるのがコツだからね……」
「……………………」
リーダーしぃは、静かに目をつぶった。目をつぶった自分の脳裏に浮かぶはかつての思い出…
“だめでちゅよぅ! こんなところでとまったら、おこられまちゅよぅ!”
“あい! ちぃのあげましゅ! これでげんきだしてくだちゃい!”
本当に小さな、文字通り物心つく頃から一緒にいた仲間達……。
数え切れないほどの月日を共に過ごし、研鑽しあっていた仲間達……。
“だ、大丈夫か!? すぐに救護所に連れて行ってやる!”
“何言ってるの! 私を助けてる暇なんてあったら、早く先に進んで!”
“し、しかし……”
“いいから! どっちが重要か考えなさいよ! こんなの、私はちっとも恐くないから!
ここでたとえ……”
実際の任務でも、お互いに助け合いながら成功させてきた。……何度失敗を覚悟した
任務をそれのおかげで乗り越えてきただろうか……、だが……
「オラ! どうした! 早く吊れ! 早くしろ!!」
「あと4回! それが出来なきゃお前は単なる張り子の虎だ! さっさと吊れ!!」
「私たちはリーダーのこと信じてるのに、リーダーは裏切るつもりなの!?」
…これが大人になってから集められた部隊というなら、まだ分かる…。だが奴らは
ベビしぃの頃から集められて英才教育を施されてきた。それだけ分培われてきた
絆も、真多利教への忠誠心も強いはずなのに……、何だ、これは?
良しぃと銘打っても、幼き頃から教育をしたとしても、所詮しぃ族はしぃ族なのか…?
忌み嫌われ、軽蔑の対象となっているアフォしぃとやはり変わらぬということか…?
ということは、私のこの子供達も………、いや……!!
ど く ん
……愛するわが子を、こんな醜い姿にしてたまるものか……!!
あれで何が良しぃだ! 何が真多利教本部直属の戦闘部隊だ!
成る程、そうか……。そうなんだな……! しぃ族の中でも最高峰の組織と
されている、真多利教。その真多利教の最高の教育を幼少より受けてきた
こいつらでこうなのだから……。ならば!
「………。モララー……」
「ん……?」
目をつぶっていたリーダーしぃは、ゆっくりと目を開けモララーの方へ振り向く。
.. .
「……“オールイン”、だ。 今を以て私は真多利教本部直属部隊、リーダーしぃとして
前言撤回……、死を選ぶ!」
次の瞬間にはモララーは歓喜の、部下しぃ達は絶望とでそれぞれ表情を激変させた。
506
:
cmeptb
:2008/03/03(月) 18:17:44 ID:???
16
「ほぅ。……ブラボゥといっておくかな……?」
「jioihaーwehnuhdsiuciuedcoipodcpw!!??」
この上なく嬉しそうに微笑むモララーと、もはや何を喋っているか分からない部下達と。
「よくぞ決断した……、ね。しかしどういった経緯だい? やっぱり……」
手を叩きながらリーダーに近づくモララー。リーダーは複雑な顔をしてため息をつく。
「皮肉なものだな。過去の奴らが美しすぎたが故に、今のあいつらの醜さが一層
際立つとは……。所詮やはり過去は過去、現在もそうあるわけではないのだな……」
「“今もそうあれかし” 皆そう思うんだけど、そうはいかないのが現実というもの。
過ぎ去った思い出は懐かしむだけに留めておくこと。それがコツさ……」
「……………………………」
「……さて、それじゃあ今後について、だ。キミには生存の保証はしたんだから……
ああ、とは言っても実験動物としてとか、真多利教の情報を引きずり出すまでの
生存とか、そういうんじゃないから。馬鹿なことしなけりゃ天寿は全うできると思うよ」
「フン。まぁ今はよろしくお願いしますとしか言えないがな……」
「うふふ。時に僕はこれからこいつらを吊すけど、キミどうする? 見ていく? それとも……」
「……いや。見たくはない。何だかんだと言っても奴らは私の部下だった。どれだけ本性が
醜いとはいえ、奴らが苦しむ姿は見ていたくはないのでね……」
「分かった。それじゃあ先に行ってなよ。僕もそんなに時間はかからないと思うからね……」
部下の兵隊AAを促して、リーダーしぃを連行?しようとするモララー。しかしそこでリーダーが
「ちょっと待ってくれ。……モララー。急で悪いが条件を一つ付けさせてくれ」
「条件? 一体どういう?」
「ああ。実はだな………」
………………………………………………………………
「や、や、やめて! おながぁぁいい!!」
「さーて。お楽しみの時間でございまぁす。今回はオールインってことで、君らの生存確率は
零でございます。それも一発で殺しはしません。さっきのリーダー見てたね? 君らには
アレを死ぬまで繰り返します。即ち10秒首吊りと僕の言葉責め、とをね……。
さぁ!! 楽しいゲェムの幕開けでぇす! せいぜいいい悲鳴を上げて楽しませてください!」
この時点でも悲鳴にならない悲鳴を上げるしぃ達。モララーは満足そうに右手を挙げた。
「うわぉ。さっきから中継で見てたが、実際醜いモンだなー」
「! その声は……」
モララーが振り返ったその先には、副所長・ギコの姿が。
「……おや、ギコじゃないか。来てたのか?」
「お前が面白そうなことやってるって聞いたもんで、ついさっきな。……ああ。あの
リーダーちゃんだが、今俺んとこで検査してる。しかしお前から報告は受けてたが……」
「ああ。それが面白いんだ。連れて行く直前に条件としてね、こんな事言い出したわけよ。
“今私の妊娠している子供の教育について、私たち真多利のやり方ではああだったから
お前達に一任したい。とはいえ完全にお前達だけに任せるわけではなく、私も母親として
やらせてもらう”、とさ」
「ほー。そんなことを……」
「正直妊娠ってのは予想外だったが、だからこそ割合簡単に落ちたのかもな。
お受験然り塾通い然り、女ってのは男じゃ分からないくらいに子供に愛情を注ぐからねー。
奴の場合は特にあんなもん見ちまったせいか、教育にも熱が入るものさ。
それよりギコ。妊娠してんだから投薬なんかは慎重に頼むよ。奴さんの子供も貴重な
人材なんだからね……」
やや不安げな様子のモララーだったが、ギコは心配するなと胸を張る。
「そこんとこは心配すんな。ニダーと相談してなるたけ少なく済ませてみせるからよ。
……それにしてもモララー。工作員作るためだけにしちゃ随分とまどろっこしいこと
してんだな。以前みたくかっさらって薬漬け、洗脳しちまえば早いんじゃね? 現に
本部だってこの様なんだしよ……?」
. . ...
「ああ。本部までならそれでいいんだ。本部までならね……」
「? どういうこった?」
突然のモララーの意味ありげな発言。ギコも思わず首を傾げた。
507
:
cmeptb
:2008/03/03(月) 18:17:57 ID:???
17
「最近分かったことなんだけどね。実は………………」
「ほう……。なーる。そんなことが……」
モララーがひそひそ話しかけると、ギコは合点がいったような顔をした。
「この場合だとね。以前のような作り方じゃあ駄目なんだ。徹底的に、それこそ
髪の毛ほども不自然さがあっちゃあいけないんだ。つまり無理矢理作り替える
洗脳はどれだけ上手くやったとしても、その時点で完全にアウトなのさ」
「……だから寝返ってもらわないと駄目だ、ってか?」
「そ。だけどこれもただ恐怖とかを与えたり人質を取ったりで無理矢理寝返らせたんじゃ
駄目。それじゃ結局洗脳と変わりないからね。……じゃあどうすればいいかってことで
一番手っ取り早いのがこの方法さ。うっふっふっふ………!!」
悦に入ったか、モララーが酷く嬉しそうに、不気味な笑い声を出した。
「……確かにまー、そうだろーなー……」
「…心に何かしら支えのある奴は、それが存在している限りは籠絡は至難の業になるんだが
だが裏を返せば、支えがなくなればこれほど脆いものもない。まぁ考えてみりゃ当然なんだけど
教団内で地位が高い奴はおしなべて忠誠心も高いわけで、それだけ教団を信じてるのさ。
……強いんだけど、弱い。 そいつを僕はよーく知ってるからね……。より効果的にするために
最初に恐怖で味付けして、最後に信じていたものを崩壊させるべく一押しする……。つまり
自分同様、身も心も真多利教に捧げていたと信じていた部下の正体見たりアフォしぃ。
さて、この場合彼女に選ぶことが出来る選択肢は?」
「ま、直接的ではないにしても信じていたものに裏切られたとあっちゃあ、もう一つしかないな。
英語でDespair、スペイン語でDesesperacion、韓国語でジョルマン、そして大陸語でjue-wang…」
「そう、それ。そして目論見は成功しました。……というわけで、これから最後の……」
モララーがくるりと振り返ると、目の前には吊され、今は降ろされているしぃ達の姿が。
初っぱなからクライマックスといった風に、皆が皆今にも倒れんばかりにぜいぜい息をしていた。
「おいおい。まだ一回目だろ? さっきのリーダーより皆酷いことになってるじゃないか……。
さて、言いかけた台詞……。その目論見に役立ってくれた貢献者、彼女の部下だった
しぃちゃん達にも“それ”をあげないといけないからねー。ただし性質は全く別物になるけどなっ!!
さー、二回目行くぞ! 何回目で君らは死ぬのかなー!?」
……………………………………………………
508
:
cmeptb
:2008/03/03(月) 18:18:22 ID:???
18
後日
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
報告書
主題:新技術「トーチャー・バイ・ハンギング(苦痛の絞首)」に関して。
開発者:モララー(産軍複合研究所 『God And Livestock』 所長)
ギコ(同研究所副所長 兼薬学・医学部部長)
内容に関しましては、添付してある動画及び解説書をご覧になればお分かりかと
思いますが、開発者直々に試行してみたところ、被験者の精神状態もしくは執行者の
力量次第という条件付きであるものの、かねてよりの『懐柔作戦』に絶大な効果を
発揮することが判明しました。 つきましては後日会議を開催したいと思いますので
『God And Livestock』本部までお越し頂くようお願い申し上げます。
※日程に関しては後日またメールをお送りいたします。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「そう……。そうなんだよ。自画自賛なんかじゃない、絶大なんだ……」
メールの送信ボタンをクリックして、モララーはぽつりと呟いた。
「……カリオストロ気取りか? 箱庭の中で大人しくしていればよかったものを
少々おイタが過ぎたようだな。……とはいえ、この程度で収まってしまうのが
あいつなんだよな。この程度の規模じゃあ、所詮子供のびっくり箱だ。大人を
驚かせるにはまだまだ足りないね……」
そしてパソコンを閉じると、夜景の映る窓へとくるりと向きを変えて……一言。
「家畜は家畜らしく、いずれ食われる日まで神の掌の中で遊んでいればいいのさ……」
終焉
509
:
魔
:2008/04/04(金) 23:43:10 ID:???
『裏話 〜後遺症〜』
※この物語は、『天と地の差の裏話』の続編にあたります
今から少し前に、街を脅かす事件があった。
あるちびギコが猟奇的連続殺人を侵すという、未曾有の事件。
全てを知っている者は、一人だけしかいない。
関わった者は彼以外、皆死んでいったからだ。
AAの命が軽いこの街では、事件の意外性はあっても、関心はあまり向かなかった。
何も知らない者達は、何も知ろうとしないまま。
知ろうとした者達は、何もつかめないまま。
そして、その事件が遺した爪痕は忘れ去られていった。
全てを知る、一人のAAを除いて―――。
※
ポストにあった新聞を手に取り、部屋に戻る。
崩れ落ちるようにしてソファに座ると、それをテーブルに拡げた。
「・・・」
じっくりと、なめ回すように新聞を見る。
お目当てのニュースがなければ、項をめくって更に探す。
羅列された文字達が伝えるのは、政治と芸能の話ばかり。
どれもこれも、ちょっとしたお偉方の失言を叩いたもの。
やはり、これらを見ていつも思う事は、『他に報道すべきものが沢山あるだろう』。
新聞を読んでいる男、ウララーはそう心の中で歎いた。
※
あの凄まじい出来事から、一週間。
その間、片腕が黒い少年や化け物を扱ったニュースは、殆どなかった。
半ば国から忘れ去られた街とはいえ、大量の無差別殺人が起きたというのに。
公園にも、ギコと化け物という証拠を放置していた。
それなのに、メディアはおろかネットですら話題にならなかったのだ。
もし業者が処理したとしても、ギコはともかく化け物に対して何かを感じる筈だ。
あの刀のような爪を持っていた、VというAAに。
死体がそのまま放置されている、という理由は自分が否定した。
後日、しっかりと己の眼で確認したからだ。
勿論、Vはおろかギコの脚もしっかりと片付けられていた。
血も、あの大雨で全て洗い流されている。
※
証拠というものが殆どなくなってしまい、今に至る。
もう終わったことなのだから、気にしない方がいいのかもしれない。
しかしそれでも、自分以外の誰かが見つけた爪痕を探すことはやめない。
でないと、自分が自分でなくなってしまいそうな気がして。
「・・・無い、か」
自分以外誰もいない空間で、一人呟く。
余す所なく新聞を漁ったが、それらしいものは見当たらなかった。
それなりの時間が経っているので、当たり前ではあるが。
溜め息をつき、腹に巻かれた包帯に触れる。
あの出来事が夢ではないと教えてくれる、唯一の証拠。
残ったものは、その傷ともう一つ―――。
510
:
魔
:2008/04/04(金) 23:43:58 ID:???
※
愛用の銃を、弾倉と一緒に引き出しから取り出す。
弾倉に銃弾が入っているのを確認したら、それをグリップの中に入れる。
「・・・」
ふと、手の中でそれを翻してみる。
ひたすら黒く、それでいて鈍く光を反射する銃。
思えば、自分の身体に似た色という理由で、銃に惹かれたことがある。
扱ってみると、想像以上に容易にAAの命を奪う代物。
それを、その力を自分以外の者の為に使うという理由で、擬似警官になった。
殺伐としているが、この街にはヤクザはいない。
だから、銃という武器は虐殺に溺れた者に非常に有効だった。
それにでぃやびぃのような危険なAAにも、距離を離して対応できる。
鈍器や刃物しかない地で、銃は圧倒的な力を持つ。
その為、使い方を誤れば恐ろしい兵器と化す。
「・・・」
ウララーは少しの間銃を眺めた後、ホルスターにおさめる。
更に引き出しから小物とウエストポーチを取り出し、ゆっくりと静かに外に出た。
―――その心に、飢えと渇きを以って。
※
出掛けた先は、街の顔ともいえるあの公園。
今ではすっかり、賑わいを取り戻している。
被虐者も一般AAも、それぞれの楽しみの為に遊んでいた。
「・・・」
ウララーは、そんなAA達を軽く観察しながら公園を散策する。
ベンチに座り、肩を寄せ合うカップルもいれば、ボールを蹴りあう子供達もいる。
この遊具が多い区域だけは、地上の楽園と感じてしまうほど、平和だった。
ある程度そこを観察した後、踵を返す。
次は、雑木林の多い区域を目指し、足を動かした。
先程の区域と違い、この辺りは街らしさが垣間見える。
雑木林が間近にあることから、被虐者が身を潜める為によく利用している。
林の中に足を運べば、路地裏以上に被虐者が見つかることもよくある話。
だから、虐殺もよく行われる上、それが絡んだ事件も多発する。
擬似警官として、この区域は必ず見回らないといけない。
だが、今回だけは擬似警官ではなく、イチAAとしてもここに来た。
あの出来事で遺った、爪痕の埋め合わせの為に。
「ん・・・?」
ふと、足を止めてみる。
視界の隅で見つけたのは、不自然な形をしている植木。
垣根の役割をしている筈のそれは、AA一人が通れる位の隙間を作っていた。
形の崩れ方からして、人為的なもの。
誰かがここを、林への入り口にしてしまっている。
まさかとは思うのだが、念のためにとウララーは身を運び、中へと進んだ。
511
:
魔
:2008/04/04(金) 23:44:40 ID:???
※
雑草が自分の腰ほどまでに伸び、枝葉が進路を塞ぐ。
それが雑木林の本来の姿なのだが、手でそれらを掻き分けずとも難無く進めた。
被虐者が隠れ家として、ここを切り開いたのなら構わない。
が、擬似警官の持つ勧か、違和感はその答えを否定する。
「これは・・・」
視界に奇妙な色彩を持つ葉が飛び込み、目線を持っていく。
足を止めてそれをじっくり眺めると、血が付着しているということがわかった。
親指でこすってみると、僅かなぬめりを感じつつ、指にこびりつく。
まだ、新しいものだ。
匂いを嗅いでみると、被虐者のものではない。
「当たり、か」
ウララーは事実に溜め息をつき、林の奥へと進んでいく。
奥に進むにつれて、その血の跡は確実に増えていった。
雑ながらけもの道を作り、かつ痕跡を遺している。
犯人は、己の保身よりも虐殺が齎す快楽を優先して行動しているようだ。
虐殺厨ともなれば、そんな余裕などないのだろう。
暫く歩くと、血の匂いが強くなる。
加えて、眼の前には壁のように進行を阻む草木。
葉の隙間から見えるのは、ちょっとした広い空間。
その中に、一つの人影があった。
人影はその場に屈み、湿っぽく粘っこい音をたてている。
そこで、これ以上息を潜める必要はないとウララーは踏み、草木を掻き分けた。
「何やってンだ」
「!?」
ウララーが声を掛けると同時に、女は驚く。
女のその朱色の身体は、どこを見ても赤く汚れていた。
足元には赤黒い塊が、血だまりの中に横たわる。
恐らく、女が持つ包丁で挽き肉になるまでめった刺しにされたのだろう。
「何、ッテ・・・見テワカンネェノカ? 虐殺ダヨ」
と、女は罪悪感など全くないようなそぶりで応える。
どうやら、ここまで死体の形を奪えば、一般AAか否かを見分けられないと思っているようだ。
だが、ウララーは既にこれが被虐者ではないと理解している。
血の匂いがそれなのだが、己以外に通用しない証拠だ。
言い逃れを防ぐ為、ウララーはカマを掛ける事にした。
「虐殺、ね・・・わざわざこんな所まで運んでやるものか?」
「アンナ広イ場所デヤッテモ、無駄に目立ツダケダカラナ」
「・・・だろうな。そんな緑の体毛のAAを公の場で虐殺するのは、注目の的だろうな」
「ッ!」
女が、言葉を詰まらせる。
体毛の色なんて、既に真っ赤に染まってウララーには判別できない。
単なるでまかせだったのだが、運よく当たったのだろう。
もし外れたとしても、それが被虐者でないと理解していることを仄めかせばいいだけだ。
「何故・・・ワカッタ」
女の表情が強張る。
それは寧ろ、開き直るといった感じだった。
女はゆっくりと包丁を持ち上げると、切っ先をウララーの喉に向ける。
「半信半疑だったんだがな。いや、お前が正直者でよかったよ」
包丁の刃を向けられているのに、あえて煽るウララー。
同じように、ホルスターから銃を静かに引き抜く。
512
:
魔
:2008/04/04(金) 23:45:01 ID:???
得物の差は歴然としているのに、女は刃を向けてきている。
それは裁かれたくないというあがきなのか、或いは己の身体能力に余程の自信があるのか。
「・・・何故、刃を向ける?」
答は自分の中でかたまりつつあるが、あえて問うウララー。
「単純ナ理由サ。追ウ者ヲ殺セバ追ワレズニスム」
女は口角をつりあげ、目を細めて笑う。
直後、素早く屈んだかと思うと、地面を蹴ってウララー目掛け飛び込んだ。
「!」
虐殺厨を裁く時、擬似警官は逆に襲われることも珍しくはない。
人質をとる強盗と同じで、奴らはひたすら抗うのだ。
だから、こういったシチュエーションにウララーは馴れている為、冷静でいられた。
飛び掛かってきた女が振るった包丁を身体を反らして避け、擦れ違い様に一発。
包丁はウララーの肩の皮を裂き、鉛弾は女の腹部を貫いた。
「ガアァッ!?」
突然の激痛に女は対応できず、地面に滑るように倒れ込む。
ウララーはそれとは逆に、追い打ちを掛ける為にと女の方へ踵を返した。
「無駄な事をするから、無駄に苦痛が増えるんだよ」
「ッッ・・・テメ―――」
動きを止めたら、後は仕事を熟すのみ。
ウララーは女の言葉を無視して、その頭蓋を狙って炸裂音を響かせた。
※
「・・・ふぅ」
短く息を吐き、銃をホルスターにおさめる。
その場に残ったのは、女が虐殺していた肉塊と女の遺体。
あとは木々が風に揺られて、ざわめいた合唱が聞こえるだけ。
ここなら、都合が良い。
擬似警官としての行動は終えた。
次は、イチAAとして動くのみだ。
用があるのは、女の遺体。
先ずは作業しやすいようにと、仰向けに姿勢を整える。
確認するまでもない事だが、瞳孔はしっかりと開いている。
「・・・」
次に、ウララーは家を出る際に用意していたウエストポーチに手を掛ける。
片手で器用にそれを開け、取り出したのは刃渡り十数センチのナイフ。
この街では、虐殺の為ならナイフは非常に便利な道具。
反面、虐殺以外では殆ど用のないものである。
だから、擬似警官が持つ事は寧ろあまり好ましいものではない。
それなのに、ウララーはナイフを握る。
虐殺厨の遺体も、普段は裁いた後は触れずにおくもの。
何故ウララーは擬似警官でありながら、このようなことをするのだろうか。
答は前述の通り、自分自身の為。
それは、あの出来事がウララーに刻んだ傷。
爪痕を埋めるものが、虐殺厨の遺体にあるからなのだ。
513
:
魔
:2008/04/04(金) 23:46:17 ID:???
ナイフを逆手に持ち、女の胸に突き立てる。
景気よくそれは肉を裂き、肋骨をいくつか砕いた。
不快な音と感触が、それぞれ耳と手に残るが、気にしてはいられない。
ウララーは更に刃を走らせ、乱暴に解剖を続けた。
「・・・っ」
自分は医者でもないし、扱っているものはメスですらない。
だから、女の胸は獣が食い散らしたかのように切り開いてしまった。
ただでさえ内臓に不快感を覚えるのに、これでは自縄自縛を行っている。
うっすらと胸やけを感じるが、背に腹は変えられない。
爪痕を埋める為には、なんとしてでもそれにたどり着きたいのだから。
折った肋骨と剥いだ皮を一緒に切除し、肉塊の上に投げ捨てる。
べしゃと湿った音がして、少量の血が辺りを汚す。
次いで、肋骨に守られていたそれらを分け、取り出していく。
その先にあるものは、生命を支える赤いモノ。
「・・・あった」
動かない心臓を見つけ、ウララーは喜びと共に呟いた。
※
あの出来事以来、ウララーの精神を苛むものが芽吹く。
原因はおそらく、フーの亡きがらを抱いて帰路についた事。
視界を阻む程降りしきる雨の中でも、その臭いはした。
皮膚を失い、露になった肉から漏れる血の腥ささ。
それを、否応なしにウララーは身体の中に入れてしまったのだ。
虐殺を好む者にとって、被虐者の悲鳴は高揚感を煽る音楽。
さしずめ、はらわたや血の臭いは煙草の煙のようなもの。
科学的に証明されていないものの、それらには妙な中毒性があった。
それがウララーの心を蝕むようになるまでに、時間は掛からなかった。
喉を掻きむしりたくなるような渇きを潤すには、元である血が必要になる。
しかし、自分は擬似警官という立場である為、虐殺は行えない。
渇きを抑える為に自らの血を飲んだこともあるが、どうしてか効果は全くなかった。
半ば命懸けの折衷案も、身体はうんともすんとも言わなかった。
そして、ウララーが行き着いた答が、虐殺厨の血を貰うこと。
だが、それでは裁く事の意味がなくなってしまう。
死体を漁ることをしてしまえば、それは虐殺と変わりない。
擬似警官という肩書を殆ど踏み外したような結論だが、本人にはそれ以外に道がないのだ。
※
「・・・」
血管を切断し、女の身体から心臓を切り離していく。
中身を、血液をなるだけ零さぬように慎重に。
上手いこと切り離して、ウララーはそれを掲げる。
その血の詰まった肉の袋は、それなりの弾力をもっている。
取り出す際に漏れた赤い液が、艶かしく滴り落ちる。
奇妙な妖艶さをウララーは感じ、ついそれを眺めていた。
ふと我に返ると、やるべき事を思い出し行動に出る。
何度かやってきたことだが、多少ながら躊躇ってしまう。
それでも、方法はまだこれしかないのだから、やるしかない。
ウララーは心臓の穴の開いた所に口をつけ、一気に煽った。
514
:
魔
:2008/04/04(金) 23:46:58 ID:???
「っ!!」
最初は、鉄分の味。
直後、むせ返る程の腥ささが鼻をついた。
独特のぬめりが喉に絡み付き、それを身体が拒絶する。
内臓までも戻しそうな勢いで吐き気が込み上げてくる。
ウララーは中身がなくなった肉の袋を投げ捨て、両手で口を塞ぐ。
逆流してきた胃液と血を、必死で押し込めようとする。
「―――!」
身体は受け付けなくとも、精神がそれを欲しているのだ。
吐き出してしまっては、元も子もないわけで。
脂汗と涙が溢れ、全身が殆ど痙攣しているかのように震え出す。
それでも、ゆっくりと、確実に血を飲み込んでいく。
ほんの少量でも、喉を通過する度に酷い不快感を覚える。
胃はそれを押し出そうとしているのに、無理矢理詰め込もうとしているからだろうか。
気絶しそうな程の胸やけを感じながら、渇きは確実になくなっていった。
口の中のものを全て胃におさめても、両手はそのまま。
姿勢も足の指一本動かすことなく、状態を維持する。
下手に行動すると、また胃液が逆流しかねないからだ。
ウララーは石になったかのように、その場からぴくりとも動かなかった。
※
どれくらいの時間が経っただろうか。
無限とも感じ取れる時の中、気絶と覚醒の境目を覚束ない足取りで歩いていたような。
そんな奇妙な感覚も消え、胸やけも何もかもがおさまった。
「はあ、っ」
ウララーはとりあえず、緊張を解く為に息を大きく吐いた。
直後、自慰の後のような倦怠感が、全身を包み込む。
やっと冷静になることができた今、今後の事を考えなければ。
ほぼ殺人と同じ事をする為、人目のつかない所で虐殺する虐殺厨。
そいつらを追う事で、自分も人目のつかない所で血を啜る事ができる。
だが、そんなことばかりしていては、いずれ誰かにバレてしまうだろう。
虐殺厨が自分に見つかるように、恐らくは、同業者に。
いっそのこと、自殺してしまおうか。
そう考えはしたけれど、それではフーにあわせる顔がない。
家庭も何もなく、その上眼まで亡くしたフーでさえ、生を望んだからだ。
それに、あの少年だって被虐者という立場でありながら、彼なりの生を探していた。
片腕を焼かれる程の、凄まじい虐待を身に受けても、だ。
そんな彼等がいるというのに、くだらない精神の病に侵されているだけの自分が、自殺していいのだろうか。
「・・・いや」
自分だけが、逃げていい筈がない。
ヒトの命が軽いこの街で、自殺という選択肢を選んでいいわけがない。
たとえ狂ってしまいそうな程の苦痛を感じても、生き延びる。
皮を剥ぎ取られようが、全身の骨を砕かれようが、はらわたを焼かれようが。
自分は、フーの為にも自身の為にも、生き延びなければならない。
515
:
魔
:2008/04/04(金) 23:47:33 ID:???
渇きも失せ、精神も持ち直した。
自身が今するべきことは、特にない。
せいぜい、身体に付着した血糊を落として帰路につく位だ。
「・・・」
何と無く、辺りを見回してみる。
風に揺られ、優しく踊る木々達に囲まれた空間。
外からは見慣れていたこの雑木林も、中から見るとまた違った印象だ。
どうせ、家に帰ってもすることは何もない。
せっかくだから、この雑木林の中を歩き回ってみようか。
広大な公園とはいえ、迷うことは滅多にないだろう。
と、あいた時間を潰す為、ウララーは雑木林の更に奥へと足を運んだ。
※
自分の腰のあたりまで伸びた雑草。
所狭しと生えている電信柱ほどの太さの木々。
それにこれでもかという程絡み付く蔦。
奥に進む度に、段々と雑木林は濃さを増していく。
もはやそれは、樹海と勘違いしてしまいそうな勢いだ。
まるで異次元に入り込んだような感覚。
そこまで広くないと思っていたのに、これはとんだ誤算だった。
(・・・自殺しないって決意したばっかりなのにな)
万が一のことを想像して、鼻で自身を自嘲する。
だが、林の中は被虐者はおろか虫の気配すら全くしない。
先程から感じている異次元というそれも、あながち間違いではないのかも。
そんな無駄な妄想をしつつも、足を動かす事は止めない。
暫くして、視野が広がった。
「ここ・・・は?」
予想だにしないものが視界に飛び込んだので、思わず声に出す。
木と雑草しかない筈のこの雑木林の中に、建物があったからだ。
土色になり、ヒビと蔦にまみれたコンクリの壁。
ガラス窓は全て割れていて、カーテンが無惨な姿を露にしている。
何十年もの間放置されたようで、損傷は激しかった。
建物自体の大きさはあまりなく、周りの木々よりも背は低い。
存在する場所も兼ねて、その建物は不気味だった。
本当に、異次元に入り込んだような気にさえなってしまう程。
不用意に近付くのは危険だろう。
「・・・!」
そう警戒した矢先のことだ。
建物の入り口付近に、血の痕。
色合いからして、まだ新しいもの。
雑草を掻き分けてそれに近付き、血糊を調べる。
指で掬い臭いを嗅いでみるも、一般AAではなく被虐者のものだ。
自分が動く必要は、なさそうだ。
(だが・・・)
入り口に立つと、奇妙な感覚が更に強まる。
今度はこの建物自体が、自分を誘っているような。
しかし、こんな不気味な建物に易々と入ってはならない。
不確定要素が多過ぎる上、思考が警鐘を鳴らしている。
―――入れば、また自分は大きな事件に巻き込まれてしまう。と。
どうしてそう考えてしまっているのかは、わからない。
あの出来事でさえ、フーの悲鳴を耳にしただけの話。
いつどこで、何が起きるかなんてわかる筈がないのに。
516
:
魔
:2008/04/04(金) 23:47:55 ID:???
※
複雑な気持ちの中、建物に入る事にした。
血糊は、奥の方に点々と落ちている。
あたかも自分を誘っているかのように。
「・・・」
意を決して、血の痕を追って歩いていく。
驚くことに、建物の中には光があった。
天井の蛍光灯は全て沈黙していたが、足元の非常用照明は生きている。
内も外も棄てられたこの建物を、必要としている者がいるのだろう。
(だが、ここは・・・)
一体、何に使われているのだろうか。
パッと見た感じでは、病院のような構造。
所々にある部屋を覗くと、医療器具らしきものとベットがある。
どれも赤錆と埃にまみれていて、使い物にならないが。
他にも、奇妙な形をしたフラスコや蛍光色の液体が入ったビーカー。
何に使うのか全く想像できない大きな機械まである。
揚げ句の果てには、診療台の上で白骨化したAAまでもがいた。
そこまで見て、ウララーはある事を思い出す。
都市伝説として聞いた、Vという化け物の話。
Vが存在したというのなら、研究所も実在しているということ。
もしかしたら、ここはVが造られた研究所ではないだろうか。
そう考えるのは安直過ぎるが、他にまともな答が見つからない。
病院だとしても、不必要なものがあまりにも多過ぎる。
解きたい疑問と知りたくない答という、相反する気持ちを抱きながら、ウララーは更に血の痕を追う。
赤錆とヒビに塗れた建物の廊下を、ゆっくりと踏み締めながら。
外から見た時よりもずっと広く、入り組んだ空間。
ふと、前方の突き当たりを見ると、強い光が漏れているのがわかった。
非常用照明なんかよりもずっと明るい上、血の痕もそこに進んでいる。
「・・・」
その光から感じるのは、光の色とは正反対のどす黒さ。
認めたくはないが、それはVの放つ殺気と全く同じだった。
だが、ウララーは冷静だった。
先程から感じている違和感が、思考を麻痺させていたからだ。
殆ど導かれるがままに動いてきたウララーにとって、それは障害にすらならない。
何も考えず、突き当たりを曲がって光を見る。
そこには、割れたガラスで隔たれた巨大な空間があった。
例えるなら、水族館にある大きな水槽。
その中にあるものを全て取っ払ったようなもの。
天井にある円い蛍光灯が、その空間を激しく照らしている。
「・・・ッ」
その空間の中は、凄まじいものだった。
ほぼ全体が、血糊と思しきもので黒く塗り潰されている。
白骨化したAAも、半ば形を失いつつそこらじゅうに散らばっている。
研究員のものと思われる、血みどろの白衣も紛れ込んでいた。
517
:
魔
:2008/04/04(金) 23:48:57 ID:???
都市伝説として、聞いた通り。
あまりにも類似した点がありすぎて、不気味なことこの上ない。
うっすらと吐き気を催しながら、ガラスの壁の下部にあったパネルを見つける。
それは埃と乾いた血糊で酷く汚れていた。
よせばいいのに、気が付いた時にはその汚れを指で払いのけていた。
「・・・嘘、だろ」
もはや、感情なき笑いしか込み上げてこない。
そのパネルの真ん中に、小さくも凛々しく彫られた文字が一つ。
―――『V』
あの化け物は、ここで育てられた。
疑問が、確信となってしまった。
なにもかもは、遠い過去のこと。
だが、ウララーはやり場のない怒りを覚えていた。
あの出来事の片棒を担いだ者は、既にこの街で産声を上げていたのだった。
全ては終わってしまった話。
それなのに、子供が吐く負け惜しみのような気持ちが溢れ出す。
もっと早くここに気付き、Vが育つ前に殺していれば。と。
ウララーはその場に崩れ落ち、パネルに恨めしく爪をたてる。
がり、というそれを引っ掻く音は、燻り始めた復讐心の声のようだった。
同時に、フーと一緒に過ごした日々がフラッシュバックする。
更にそれに呼応して、あの出来事もコマ送りで再生されていく。
涙が溢れているということに気付くのには、少し時間が掛かってしまった。
※
不意に、物音がした。
咄嗟に涙を拭い、物音がした方を向く。
少しだけ開いた扉の奥で、すう、と影が動くのが見えた。
大きさからして、ちびギコかその位のAAのようだ。
こんな廃墟に用のある子供なんていないだろうに。
そう考えたが、もしかするとホームレスの類かもしれない。
雨風をしのぐだけなら、ここは都合の良い場所になるだろう。
被虐者という線もあるが、無駄に思考を張り巡らせても意味はない。
「・・・」
とりあえず自分の眼で確かめようと、ウララーは立ち上がる。
念のため、銃の中に弾が込められていることを確認してから、扉へと向かった。
きい、と不快な音をたてながら扉を開く。
用心に用心を重ねつつ、ゆっくりと中に入る。
中は先程見てきた部屋達と、なんら変わりないものだった。
節操なく並べられた怪しい道具や薬品、そして白骨。
ただ唯一、散らばっている血糊がまだぬめりを持っている所が違っていた。
「これは・・・」
被虐者という答は、間違いだと悟る。
赤い液体をばらまく者は、決まって加虐者しかいないからだ。
残る選択肢は、危険を孕むものばかり。
だが、それでも確認せざるを得ないわけで。
抜き足差し足と、部屋の奥へと進む。
ふと、妙な音がかすかに聞こえた。
ウララーは一端動くのを止め、音を拾う事に集中する。
その音はどこか湿った感じのもので、咀嚼に近いものだった。
518
:
魔
:2008/04/04(金) 23:49:50 ID:???
更に耳をすますと、それは部屋の角から聞こえてくる。
慎重に、ホルスターの中の銃に手を掛けつつ、近付く。
「・・・」
そこには、子供がいた。
部屋の隅っこで、肉塊をゆっくりと咀嚼していた。
こちらに背を向けているので、顔は見えない。
影の正体はわかったものの、肝心の答が出てこない。
何故なら、子供は見たことのない容姿をしていたからだ。
ギコ種よりも濃い青をした身体に、特徴的な丸耳。
ちびギコじゃないかと思ったが、こういった雑種は前例がない。
「・・・?」
と、不意に子供がこちらを振り向く。
その顔立ちは、黒目がちなちびギコといった様子。
マスコットのような感じなのだが、口元の血が物凄いギャップを与えている。
自分も身体を血糊で汚しているから、あまり言えたことではないが。
「あなたは、誰ですか?」
「えっ?」
問い掛けようとした矢先、質問をされてしまう。
出鼻をくじかれたような気分だが、質問を質問で返すわけにはいかない。
とりあえず、自分の名前と身分を軽く説明しておいた。
「ウララー、さん。ですか」
「ああ」
ここに来た経緯はぼかして説明したが、言及はされなかった。
馬鹿正直に話しても、通じはしないと判断しての事だ。
子供からの質問が途切れた所で、今度はこちらから問い掛ける。
「お前はここで何をしている?」
「え?・・・えっと、生活?」
「どういうことだ?」
※
曰く、彼はこの研究所で産まれ育ったとのこと。
両親は試験管か、或いは血の繋がっていない科学者か。
そんな事が思い浮かんだが、一端それは保留することにした。
更に聞いていくと、研究所がこんな姿になったのは数カ月前だとか。
自分と同じ境遇のAAが、ある日暴走し出して研究員を虐殺。
生き残ったのは自分と、他の自分と同じ者達のみ。
その者達は数日してここを出たが、自分だけはここに残った。
※
「―――そして、今に至ると」
「うん。お腹がすいたら、『しぃ』っていうAAを捕まえて食べてた」
意外な言葉。
被虐者とはいえ、こんな子供が体格差のでかいAAを補食できるのだろうか。
もしかすると、この子供も強暴な一面を持っているのかもしれない。
かのVを研究していた所でもあるし、白だとは言い難い。
が、あえて言及することは避けた。
何故なら、そんな強暴性があったとしたら、今自分は生きていないだろうから。
それに、Vのような力を持っていたら、少なからず殺気が漏れる筈。
(『しぃ』か・・・)
被虐者だが、AAの肉を漁っていると話す彼。
容姿もあってか、ふとあの少年の影が垣間見えた。
519
:
魔
:2008/04/04(金) 23:50:32 ID:???
子供が一人で、こんな廃墟で生活をしている。
その事実は、自分にとって少しばかり心が痛む。
昔から、周りのAAからは情に脆いと言われていた。
しまいには『お前のヒトの良さはいつか身を滅ぼすぞ』とまで忠告されたような。
だが、それが自分である。
たとえ偽善と罵られようが、無駄な行為と評価されようが。
目の前にいる不幸を背負った者を、助けずにいられようか。
「なあ、お前」
「はい?」
「出会った事も何かの縁だし、俺の家に来ないか」
「・・・?」
言ってる意味がわからないとでも言いたげに、子供は首を傾げる。
世間から隔離された世界で生きて来たのだから、当たり前か。
「ここで生活するのは何かと不便だろう。俺が飯と寝床を用意してやるよ」
「・・・いいの?」
「ああ」
と、子供の表情が一変する。
そこには喜びと、ほんの少しの戸惑いが見えた。
話がある程度進んだ所で、ふとある事を思い出す。
「そういえば、名前を聞いていなかったな」
「名前・・・」
会話が途切れる。
最初は何かわからなかったが、反応からしてどうやら名前を貰っていない様子。
どうしたものかと考え、先程のVのパネルを思い出す。
「あー、悪い。今のはなかったことにして、お前の部屋に案内してくれ」
「うん」
※
先程いた場所と、さほど離れていない所に彼の部屋はあった。
Vの部屋ほど荒れていないが、建物自体が傷んでいるのでやはり見てくれは悪い。
「ここです」
彼にそう促され、相槌をうった後パネルを探す。
案の定、それはガラスの壁の下部に同じようなものがあった。
指で擦り、こびりついた汚れを落とす。
そこにはアルファベットでこう彫られていた。
―――『 P O R O R O 』
意味はわからないが、恐らくこれが彼の名前。
ちゃんとここに名前があるというのに、彼自身が知らないというのは少しおかしいが。
研究員達は、付けるだけ付けておいて彼をその名で呼ばなかったのだろうか。
そうだとすると、少し惨いような気さえする。
とりあえず、深く考えるのは止めておき、そのままの読みで彼の名前にすることにした。
「一緒に暮らすようになったら、お前の事は『ぽろろ』と呼ぼう」
「ぽろろ?」
「ああ、お前の名前だ」
「名前・・・」
彼、いやぽろろは少し考えたそぶりを見せた後、小さく笑った。
つられて、自分も笑みで返す。
520
:
魔
:2008/04/04(金) 23:51:02 ID:???
名前も決まり、後は家へと帰るのみ。
研究所を出た二人は、林の中を真っ直ぐ歩いていく。
道中、互いの名前を呼び合いながら笑って話した。
行きは恐ろしく広く感じたこの林も、帰りとなるとそうでもなかった。
あっさりと舗装された道を見つけると、寄り道せずに帰路についた。
新しい生活を想像し、それに心踊らせながら。
※
研究所がなぜ雑木林の中にあったのか。
そこでVやぽろろが飼育されていた理由は。
あの研究所を扱っていた組織は。
語るには、謎が多過ぎる。
その謎に、ウララーはまた大きな事件に巻き込まれる羽目になる。
あの出来事が霞む程の、闇で生きる者に牙を剥かれて。
―――白昼夢は、悪夢へと姿を変える。
続く
521
:
ロディウェイ
:2008/04/26(土) 11:39:48 ID:SOOVd3uQ
小説書くの初めてです。よろしくお願いします。
『残酷サイボーグ シーン』
僕はシーン、だだし、普通のAAじゃない。
虐殺好きのモララー種が作った虐殺用のサイボーグだ。
力は60キロの物を持ち上げ、目にはズーム機能と暗視スコープ機能、
足には、ローラーダッシュと呼ばれる車輪があり最高時速70キロのスピードがでる。
これから僕は、ちびギコやアフォしぃが暮らすマターリシティに来た所からはじまる。
ACT1「初めての虐殺」
12時28分、僕はマターリシティに着いた。
黒いマントを身に付け、右手には重さ31,4キロあるM-TK0334ライフルを持ちながら町に入った。
公園では、ちびギコがべびギコと砂場で遊び、ビルが並ぶ道では、アフォしぃが
「キョウモゲンキニシィ〜シィ〜シィ〜、ミン(以下略)」
と歌いながら歩いている。
僕が道のすみを歩いていると、一人のしぃが来た。そして、
「ハニャ!!ダッコ!!」
と言ってきた。だが僕はそんなのに構わず無視しようとした。だが、
「シィヲムシスルナンテコノ、ギャクサツチュウ!!」
この言葉に反応し、僕はそのしぃの耳をつかんで至近距離からこう言った。
「虐殺厨・・・、人聞きが悪い。僕はそんなのに興味はない。」
そう言い放ち、しぃの両耳をもいだ。ブチッと鈍い音がした。
「シィィィィィ!!イタイヨーー---------ー!!カワイイシィチャンノオミミガーー---------!!」
アフォしぃは、手足をじたばたさせながら泣き騒いだ。
つまらない・・・そう考えた僕は、100mほど離れてから、ポケットから弾を2つ出し、ライフルに詰めて構えた。
標準をしぃの右胸に合わせて一発撃った。
しぃの右胸から綺麗な赤い血が花びらのように散った。それから間を開けずに頭を撃った。
そして、額に10円玉ほどの穴が空き、何も言い残す事なく死んだ。
そうか・・・これが、これが虐殺・・・。
僕は、心にそう感じながら後にして先に進んだ。
続く
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