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情報スレッド

1若鷹の掲示板 管理人:2009/01/09(金) 17:39:51
日顕宗や顕正会の動向や情報、フェイク、石山だより、勝ち戦、同盟通信、新改革通信などの情報。

有志の皆様、宜しくお願い致します。

2阿部日ケ〜ン(院政):2009/01/15(木) 10:47:37
個人情報を含むため遠慮させていただきます。

3検証会議:2009/01/16(金) 23:36:36
3年前に「れいな」が惨敗した著作権訴訟の判決書を全文掲載します(個人名等は一部伏せ字あり)

平成19年4月12日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成18年(ワ)第15024号損害賠償請求事件
平成19年3月12日口頭弁論終結

判決

東京都新宿区<以下略>

原告創価学会

訴訟代理人弁護士山下幸夫
同中村秀一
同田中秀浩
同清見勝利
同高柳幸一

大阪市<以下略>

被告A

訴訟代理人弁護士小川原優之

主文

1 被告は,原告に対し,40万円及びこれに対する平成16年2月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2 原告のその余の請求を棄却する。

3 訴訟費用はこれを10分し,その1を被告の負担とし,その余は原告の負担と
する。

4 この判決は,第1項に限り仮に執行することができる。



事実及び理由

第1 原告の請求

1 被告は,原告に対し,440万円及びこれに対する平成16年2月27日か
ら支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2 仮執行宣言



第2 事案の概要

本件は,別紙1の写真(以下「本件写真」という。)を著作した原告が被告に対し,被告が,本件写真を複製の上一部切除するなどして作成した別紙2の写真(以下「被告写真」という。)を,自らの開設するホームページに掲載した行為が,複製権侵害(著作権法21条),公衆送信権侵害(同法23条1項),同一性保持権侵害(同法20条)に当たるとして,損害賠償金440万円(複製権・公衆送信権侵害に基づく実施料相当額200万円,同一性保持権侵害に基づく慰謝料200万円,不法行為に基づく弁護士費用40万円)の支払及び不法行為の日である平成16年2月27日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。


1 前提となる事実(争いのない事実及び末尾掲記の証拠により認められる事実)

(1) 本件写真は,聖教新聞社が発行する機関誌「聖教グラフ」平成2年7月11日号に掲載された(甲1)。上記「聖教グラフ」には,「The Seikyo Shimbun」が著作権者として表示されている。

(2) 被告は,遅くとも平成16年2月27日から平成18年4月28日ころまで,被告写真を,自らの開設するホームページ(アドレス省略。以下「被告ホームページ」という。)に掲載した(甲2ないし4,弁論の全趣旨)。


2 争点

(1) 本件写真の著作物性とその著作者(争点1)

(2) 被告写真が本件写真の複製物といえるか(争点2)。

(3) 被告写真を被告ホームページに掲載した行為が同一性保持権侵害行為に当たるか(争点3)。

(4) 故意又は過失の有無(争点4)

(5) 被告写真を被告ホームページに掲載した行為が著作権法32条1項の引用に当たるか(争点5)。


(6) 損害の額(争点6)

4検証会議:2009/01/16(金) 23:38:44
第3 当事者の主張

1 本件写真の著作物性とその著作者(争点1)

(1) 原告

本件写真は,原告の機関誌を発行する部門である聖教新聞社の写真局カメラマンであるB(以下「B」という。)が,原告の発意に基づき撮影し,自己の著作名義の下に公表したものである。Bは,本件写真の撮影に際し,被写体であるC(以下「C」という。)の品格やローブ全体の格調の高さを引き立たせるために,撮影場所として絵画や花瓶のある創価女子短期大学本校舎1階の応接室を選び,室内にはライティング・アンブレラセットを使用してストロボのセッティングをし,照明等について入念にテストした上で,背景,構図,照明,光量,絞り等に工夫を加えた。また,Bは,本件写真のために数百カットを撮影し,その中から創作意図が最もよく表現されている写真として,本件写真を選択したものである。
本件写真が著作物性を有すること,及び,本件写真の著作者が原告であることは明らかである。

(2) 被告

原告は,Bが本件写真を撮影する際に工夫を加えた旨主張する。
しかし,Bは原告の方針に従って本件写真を撮影していることから被写体がCであることは当然であって被写体の選択には創作性はない。また,本件写真は,Cの直立した姿を中央に配置してほぼ正面から撮影したものにすぎず,背景や構図に工夫が加えられているとはいえない。被写体の表情及びポーズも,勲章等を身につけて撮影する場合のありふれたものであって,工夫が加えられているとはいえない。ライティング・アンブレラセットを使用してストロボのセッティングを行うことは,肖像写真を撮影する際の一般的な技法であり,照明,光量,絞り等に工夫が加えられているようには見えない。本件写真が数百カットの中から選ばれた一枚であることは,本件写真の創作性を基礎づけるものではない。
したがって,本件写真は撮影者の思想又は感情を創作的に表現したものと
はいえず,著作物性を認めることはできない。

2 被告写真が本件写真の複製物といえるか(争点2)。

(1) 原告

被告写真は,構図,背景,式帽とローブを着用した被写体のポーズなど,本質的特徴において本件写真と同一であることは明白である(甲6)。
被告が同一性がないとして挙げる理由は,いずれも表現内容全体の中では些細なものにすぎず,同一性が否定されるようなものではない。

(2) 被告

被告写真は,本件写真の創作上の本質的特徴を再製したものではなく,著作物としての同一性はないのであって,複製権を侵害していない。
本件写真の本質的特徴は,原告の主張によれば,Cの品格とローブ等の格調の高さを表現するために工夫を加えて撮影している点にあり,B作成の陳述書(甲7)には,ヨーロッパで著名なゴブラン織りの額を背景とし,ローブの腕の部分の刺繍がしっかりと写るようにし,Cの表情も穏やかな表情や唇を閉じた厳粛な表情をお願いした旨が記載されている。しかし,被告写真は,極めて目の粗い白黒写真であり,背景がどのような織物であるかは識別できず,ローブの腕の部分の刺繍がどのようなものかも識別できず,Cの表情もどのような表情かは識別できないのであって,品格や格調の高さは全く表現されていない。

5検証会議:2009/01/16(金) 23:39:20
3 被告写真を被告ホームページに掲載した行為が同一性保持権侵害行為に当たるか(争点3)。

(1) 原告

被告は,本件写真について,左右上下の部分を切除した上,これを白黒で複写する改変を加えて被告写真を作成したものである。
被告の行為は同一性保持権侵害に当たる。

(2) 被告

被告は,インターネット上に掲載されていた被告写真をそのままの状態で複製して被告ホームページに掲載しただけであって,原告が主張するような改変行為は行っていない。Cがローブをまとった写真は,様々なメディアに掲載され(乙1ないし17),インターネット上に氾濫している(乙18)。
被告は,インターネットの「自由の砦」と題するホームページ上に掲載されていた被告写真(現在は削除されている。)をそのまま被告ホームページに貼り付けたものである。被告は,本件写真が「聖教グラフ」に掲載されていることを知らなかった。
被告は,本件写真を何ら改変していないのであって(乙19),被告が原告の著作者人格権を侵害していないことは明らかである。

4 故意又は過失の有無(争点4)

(1) 原告

被告は,本件写真が「聖教グラフ」に掲載されたことを知らず,「自由の砦」と題するホームページに掲載されていたものをそのまま貼り付けたにすぎないと主張する。
しかし,仮に被告の主張が真実であるとしても,「自由の砦」と題するホームページは,原告を批判・中傷する内容のものであるから,このホームページの開設者が本件写真の著作権を有するはずがなく,被告は,本件写真の著作権が原告に帰属していると考えて然るべきである。
したがって,被告が漫然と被告写真をコピーして貼り付けたことに過失が認められることは明らかである。

(2) 被告

被告写真は,様々なメディアに掲載されており,被告は,このような状況下において,正当な引用の目的で他のホームページ(「自由の砦」)に掲載されていた被告写真を何ら改変することなくそのまま被告ホームページに貼り付けた。被告は,当時,本件写真が「聖教グラフ」に掲載されていたことを知らなかった。
被告には,著作権侵害の故意も過失もないことは明らかである。
原告は「自由の砦」は原告, を批判・中傷する内容のホームページであるから,この開設者がCが被写体になっている本件写真の著作権を有しているはずがなく,被告は,同著作権が原告に帰属していると考えて然るべきである旨主張する。しかし,被告が被告写真を被告ホームページに掲載した当時,原告が「自由の砦」のホームページの開設者に対して著作権侵害を理由に提訴しているというような話はまったくなく,また,同様の写真が雑誌やインターネット等に氾濫していたのであるから,そのような状況下で被写体がCであるからといって本件写真の著作権が原告に帰属すると考えて然るべきであるなどとは到底いえない。

6検証会議:2009/01/16(金) 23:40:12
5 被告写真を被告ホームページに掲載した行為が著作権法32条1項の引用に当たるか(争点5)。

(1) 被告

被告は,もともとは創価学会の会員であった。しかし,創価学会が日蓮正宗を不当に誹謗中傷していることから,被告は,創価学会を脱会し,日蓮正宗の熱心な信徒となったものであり,創価学会の不当な活動に対して批評し,批判を加える必要があると考え,平成11年ころ,「創価学会からの脱会を考える会」と題するホームページ(被告ホームページ)を立ち上げた。
被告は,Cが,名誉や地位を表立っては否定していながら,実際にはそれを追求していることが宗教者としてあるまじき姿勢であり,そのような姿勢を批評・批判する必要があると考えていた。そして,ローブをまとったCの写真が名誉や地位を追求していることを端的に示していることから,被告は,インターネット上に掲載されていた被告写真を,そのまま被告ホームページに貼り付けた上で「名誉も地位も要りません。そのような人間が世界に一人ぐらいいてもいいでしょう。」というC自身の過去における発言を併記することによって,Cの過去の発言と現在の姿のミスマッチを際だたせようとしたものである。また,仏教を信仰する人間であればそれらしい姿があるはずなのであって,あのローブ姿の写真が仏教者としてふさわしい姿ではなく「西洋かぶれ」と感じられたことからその旨を書き加えたものである。被告ホームページの被告写真の掲載及びその上下の書き込みは,Cの姿勢を批評,批判する意味で記載されたものであり,被告ホームページ全体の趣旨からして被告写真が従で,Cを批判する上下の記載が主であることは一読して明らかである。被告の当該行為は憲法21条の保障する表現の自由の範囲内であって,社会通念に照らして正当な範囲内の利用であり,公正な慣行に合致するものである。宗教的権威であり,政治的権力も有しているCについて多少揶揄した言葉を用いたからといって,そのことをもって正当な引用であることを否定すべきではない。さらに,被告写真及びその上下の書き込みは,「思想又は感情を創作的に表現したものであって,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するもの」(著作権法2条1項1号)に当たることも明らかである。

(2) 原告

著作権法32条1項の趣旨は,新しい著作物を創作する上で,既存の著作物の表現を引用して利用しなければならない場合があることから,所定の要件を具備する引用行為に著作権の効力が及ばないものとすることにあると解されるから,利用する側に著作物性,創作性が認められない場合は,引用に該当せず,本条項の適用はないというべきである(東京地裁平成10年2月20日判決。「バーンズ・コレクション展」事件)。
被告ホームページにおいては,被告写真を指示して「西洋かぶれの出来そこない!(笑)」との記載があるが,当該表現方法はありふれた表現にすぎず,何ら創作的な要素が認められないから著作物であるということはできない。
また,著作権法32条1項の「引用」に当たるというためには引用著作物と被引用著作物との間に主従関係がなければならない。これを本件についてみると,本件ホームページには,被告写真の上下に「西洋かぶれの出来そこない!(笑「名誉も地位も)」, 要りません。そのような人間が世界に一人ぐらいいてもいいでしょう。(D博士との対談から)」との言葉が記載されているが,上記記述と被告写真との対応関係が不明確である。また,被告ホームページは,無断転載の写真や編集された写真の寄せ集めで構成されていることは一目瞭然である。これに,被告写真の出典が明示されていないことを併せ考えると,被告ホームページにおいては,被告写真が主であり,「西洋かぶれの出来そこない!(笑)」との表現方法が従であるといえる。
さらに,著作権法32条1項の「引用」に当たるというためには,被引用著作物の著作意図を損なわないよう忠実に引用した上で批評・批判すべきである。本件において,被告写真は,本件写真を白黒にして,背景のゴブラン織の額やローブの模様などが不鮮明になっているとともに,ゴブラン織の額が大幅にトリミングされ,本件写真の著作意図である「品格と格調」が減殺されている。さらに,被告は,被告写真について,Cが名誉や地位を追求していることを端的に示すものであるとして,被告写真を指す矢印と「西洋かぶれの出来そこない!(笑)」との嘲笑した言葉を殊更に赤字で記載し,「名誉も地位も要りません。そのような人間が世界に一人ぐらいいてもいいでしょう(D博士との対談から)」との揶揄した言葉を記しているのであり,こうした引用の態様が公正な慣行に合致した正当な範囲内の引用であるとは到底いえない。
したがって,被告写真の掲載が正当な引用であるとの被告の主張は失当である。

7検証会議:2009/01/16(金) 23:40:45
6 損害の額(争点6)

(1) 原告

原告は,被告の不法行為による複製権及び公衆送信権の侵害によって損害を被っており,本件写真の著作権の行使につき受けるべき金銭の額に相当する額は200万円である。また,被告の著作者人格権侵害による慰謝料としては200万円が相当である。被告の不法行為と相当因果関係にある弁護士費用は40万円である。
被告は,インターネット上の被告ホームページに被告写真を掲載していた。
ホームページは,ビラ等の印刷物とは比較にならないほど多数の人が容易に閲覧することができる表現媒体である。このような事情を考慮すれば,本件写真の著作権の行使につき受けるべき金銭の額に相当する額は200万円とするのが相当である。
なお,本件写真を改変した上ビラ100万部を作成し,そのうちの一部を配布したという事実関係において,本件写真の著作権を利用したことによって受けるべき金額を50万円とした裁判例が存在する(東京地方裁判所平成13年(ワ)第12339号損害賠償等請求事件。甲5の1)。

(2) 被告

原告は,本件写真の著作権の行使につき受けるべき金銭の額に相当する額は200万円である旨主張するが,全く証拠に基づかない暴論である。実際には,被告ホームページを閲覧する者は,日蓮正宗の信徒や創価学会会員の中でも限られた少人数だけで,これは,「創価学会からの脱会」といういわば特別なテーマを扱っていることからして当然のことである(乙19)。原告に実質的な損害は発生していないのである。
したがって,仮に被告に損害賠償義務が存在するとしても,「著作権の行使につき受けるべき金銭の額に相当する額」は,皆無か名目的な金額をもって足りるとすべきものである。別件訴訟の高裁判決には「写真の使用についての使用料は,一般に,葉書,チラシ等への使用の場合で5ないし6万円前後,PR誌等への使用で20万円前後,新聞記事写真の使用料は数万円程度であることが認められる」としており(甲5の2の41頁),営利目的のPR誌が高額であることは別として,非営利目的である本件ホームページ上の写真についてはせいぜい数万円が相当である。
なお,本件写真を改変した上ビラ100万部を作成し,そのうちの一部を配布したという事実関係において,本件写真の著作権を利用したことによって受けるべき金額を50万円とした裁判例が存在するが,当該別件においては「複製したものに吹き出しを付加するなど,撮影者の創作意図に反することを殊更に意図した形態」で本件写真が利用されていることから,「著作権者が受けるべき金銭の額は,常識的な範囲内の利用行為を想定して行われる通常の許諾の場合における金額と同一に論じることはできない」として,著作権法114条3項による損害額を50万円をもって相当と認めると判示しているものである。したがって,当該別件と本件では写真の利用形態が全く異なっており,別件訴訟における50万円は甚だしく高額であるといえ,本件における額の算定においては参考にならないものである。

8検証会議:2009/01/16(金) 23:41:37
第4 当裁判所の判断

1 本件写真の著作物性とその著作者(争点1)

(1) 証拠(甲1,7,8)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

ア 本件写真は,縦長のカラー写真で,ほぼ中央に身体を左斜め前に向け,顔のみを正面に向けた姿勢で,スーツの上に,黒色及び紫色の地に金色の刺繍等をあしらったローブをまとい,黒色に金色の縁取り等が施された式帽をかぶって直立しているCの全身を撮影したものであり,その背景には壁と床,及び,壁に掛けられたゴブラン織りの絵が配されている(甲1)。

イ 本件写真を撮影したBは,昭和43年4月,原告に就職し,原告の中の,機関誌その他出版物の出版・販売を行う部門である聖教新聞社に配属され,その後,昭和50年6月の原告の機構改編により編集総局写真局写真部の配属となった。Bの職務は,昭和46年から今日まで,Cが出席する行事や会合の模様,その際のCの表情等の写真撮影であった。

ウ Cは,平成元年11月に行われた創価大学等の卒業生の集まりである「創価教育同窓の集い」において,創価大学の卒業生から,創価大学創立20周年を記念してローブを贈呈される予定であった。そこで,Bは,平成元年11月4日,職務の一環として,当該ローブを着用したCの姿を撮影することにした。
Bは,撮影場所について,背景には何らかの装飾品があった方が人物が引き立つこと,撮影機材の関係である程度広さが必要であること等の理由から,絵画や花瓶がある創価女子短期大学内応接室で撮影することとした。また,Bは,背景について,上記ローブが英国王室ご用達のエーデ・アンド・レーベンスクロフト社製であったことから,ゴブラン織
りの絵を背景にすると調和が取れるのではないかと考え,当該絵を背景として本件写真を撮影することにした。Bは,照明について,移動用のライティング・アンブレラセットというストロボを用意した上で,Cの立ち位置を決め,人物の影が濃くなりすぎないように,また,逆に影を消しすぎて薄っぺらな仕上がりにならないように,ストロボを置く角度,高さ,光量を考慮して,露光計で背景の壁などの露光を計り,また,事前にテスト用ポラロイドフィルムで撮影を繰り返し,シャッター・絞りを決めた。Bは,以上のような事前準備によって,Cの表情,衣服,ローブの生地と錦糸の模様の質感を豊かにし,自然で柔らかい写真に仕上がるよう工夫した。さらに,Bは,Cのポーズについて,ローブの腕の部分の刺繍がよく写るよう半身のポーズとし,顔の表情と向きについて,唇を閉じた厳粛な表情で,正面向きとし,式帽の全体がよく写るようにした。Bは,百数十カットの写真を撮影し,その中から選ばれた1枚が本件写真である。

エ 原告は,Cの平和行動や創価学会員とのふれ合いの場面の写真を掲載する特集「創立60周年記念企画虹かける日々」(全41回)の25回目の企画として,本件写真を機関誌「聖教グラフ」1990年7月11日号に掲載し,原告の一部門である聖教新聞社の著作の名義の下に,本件写真を公表した。

(2) 上記認定事実によれば,Bは,本件写真の撮影に当たり,背景,構図,照明,被写体であるCの表情等に工夫を加えて撮影していることが認められるから,本件写真にはBの個性が表現されている。したがって,本件写真は,Bの思想又は感情を創作的に表現したものということができ,著作物性を有する。
また,上記認定事実及び前記前提となる事実によれば,本件写真は,Bが原告の発意に基づき,職務上作成した上,原告の名義で公表したものといえるから,著作権法15条1項の職務著作の要件を満たし,その著作者は原告と認められる。

9検証会議:2009/01/16(金) 23:42:22
2 被告写真が本件写真の複製物といえるか(争点2)。

(1) 被告写真は,縦長の白黒写真で,ほぼ中央に身体を左斜め前に向け,顔のみを正面に向けた姿勢で,スーツの上に,刺繍等をあしらったローブをまとい,式帽をかぶって直立するCが撮影されているものであり,その背景には壁及び壁に掛けられた絵が配されている(甲2)。

(2) 本件写真を40%に縮小印刷した上で,上下左右を一部切除すると,被告写真とほぼ一致する(甲6)。

(3) 本件写真と被告写真とを詳しく対比すると,被告写真は,カラーではなく白黒であるため,ローブや式帽の色彩が不明であること,また,本件写真と比べると写真の鮮明度がやや低いため,Cの表情,ゴブラン織りの絵の模様,ローブの刺繍の模様などがやや不鮮明であること,Cの膝から下の部分と上下左右の背景の一部が切除されていることなどにおいて本件写真と異なる。
しかし,被告写真は,絵を背景として,Cがほぼ中央に身体を左斜め前に向け,顔のみを正面に向けた姿勢で,スーツの上に,刺繍等をあしらったローブをまとい,式帽をかぶって直立している姿において,本件写真と同じである。また,ローブの腕の部分に写っている模様が同一の形状であることからすれば,両写真の被写体であるローブは同一のものであり,また,背景のうち重要部分を占めるゴブラン織りの絵も,その模様から同一のものであることが認められる。

(4) 以上によれば,被告写真は,本件写真を白黒にし,やや不鮮明な態様で再製した上で,その上下左右の一部を切除したものであり,本件写真の複製物であると認められる。
3 被告写真を被告ホームページに掲載した行為が同一性保持権侵害行為に当たるか(争点3)。

(1) 被告は,第三者によって既に作成されていた被告写真をそのまま被告ホームページに貼り付けたと主張する。
被告写真は,上記認定のとおり,本件写真と比べると,写真の鮮明度がやや低い。一方,証拠(乙1ないし17,18の1ないし3)によれば,原告やCを批判する様々な雑誌,機関誌,ホームページ等において,たびたびやや不鮮明な態様で本件写真の複製物と思料されるものが掲載されていることが認められる。これらの事実と証拠(乙19)及び弁論の全趣旨を総合すれば,被告がこれらのやや不鮮明な複製物から被告写真をコピーし,そのまま被告ホームページに掲載したと解するのが合理的であり,被告は,インターネット上のホームページ「自由の砦」に掲載されていた被告写真をコピーして被告ホームページに貼り付けたものと認めるのが相当である。原告は,被告が,本件写真を改変して被告写真を作製した旨主張するが,そのような事実を認めるに足りる証拠はない。

(2) 前記認定のとおり,被告は,何人かが本件写真を白黒にし,上下左右の一部を切除して作成された被告写真をそのまま複製したものである。しかし,著作物を一部改変して作成された同一性保持権を侵害する複製物をそのまま複製し,本件のように,自らのホームページに掲載する行為も,客観的には,著作物の改変行為であり,著作権法20条1項の同一性保持権侵害行為に当たるというべきである。この場合,複製者が,当該複製対象について,他人の著作物を改変して作成されたものであることを認識していたかどうかについては,同一性保持権侵害行為についての故意又は過失の有無の問題として検討されるべきことである。
被告写真は,前記認定のとおり,本件写真のうち,Cの膝から下の部分及び上下左右の背景部分の一部を切除し,白黒で複製したものであるから,本件写真を改変して作成されたものであり,これをそのまま複製した被告の行為は,原告が有する同一性保持権を侵害する行為に当たるというべきである。

10検証会議:2009/01/16(金) 23:43:01
4 故意又は過失の有無(争点4)

(1) 著作権侵害(複製権侵害及び公衆送信権侵害)についての故意又は過失の有無
弁論の全趣旨によれば,被告は,その著作権が誰に帰属するか等を確認することなく被告写真をコピーして被告ホームページに貼り付けたものと認められるから,本件写真の著作権侵害(複製権侵害及び公衆送信権侵害)について少なくとも過失があることは明らかである。

(2) 著作者人格権侵害(同一性保持権侵害)についての故意又は過失の有無

ア 証拠(乙1ないし17,乙18の1ないし3)及び弁論の全趣旨によれば,平成2年ころから平成13年ころにかけて,本件写真は,様々な雑誌,機関誌等に掲載され,中には,カラーで本件写真をほぼそのままに近い態様で掲載したもの(乙1ないし4)もあったことが認められる。
証拠(甲2,乙5ないし9)及び弁論の全趣旨によれば,被告が被告写真をコピーしたホームページ「自由の砦」は,原告やCを批判する内容の記事等を掲載したものであったと認められる。そして,被告写真は,前記認定のとおり,鮮明度がやや低い白黒写真であり,その内容は,Cがローブ及び式帽を着用して壁に飾られた絵の前に立ってポーズを取っている姿を撮影したものである。

イ 上記認定事実によれば「自由の砦」に掲載された被告写真は,Cが自らの意思に基づいて積極的に撮影を許した写真を,Cないし原告に批判的な者がこれを無断でコピーして用いていることが一見して明らかである。
そして,このような使用形態においては,元の写真を一部切除したりするなどの何らかの改変が加えられることはままあることであり,実際,本件写真は,平成2年から平成13年にかけて,改変を加えられた様々な態様で用いられており,被告もこのことを認識し得たはずである。それにもかかわらず,被告は,「自由の砦」に掲載された被告写真が,元の著作物に改変が加えられているものか否かを確認することなく漫然と被告ホームページにコピーしてこれを掲載したのであるから,本件写真の同一性保持権侵害について,少なくとも過失があるものと認められる。

(3) よって,被告には,複製権侵害,公衆送信権侵害及び同一性保持権侵害について過失があったものと認められる。

11検証会議:2009/01/16(金) 23:43:37
5 被告写真を被告ホームページに掲載した行為が著作権法32条1項の引用に当たるか(争点5)。

(1) 証拠(甲2,乙19)によれば,次の事実が認められる。

被告は,もともとは原告の会員であったものの,原告が日蓮正宗とその僧侶を強く誹謗中傷したことから,原告を脱会し,日蓮正宗の信徒となったものであり,平成11年ころ,原告の邪義を検証し,日蓮正宗の正義を高揚するという目的で,「創価学会からの脱会を考える会」という被告ホームページを開設した。
被告は,Cが,過去に勲章や位を否定する発言をしており,昭和42年ころ,E伯から,ノーベル賞をもらえると激励を受けた際に,「そのような名誉はほしくもありません。また,くださるといっても,受け取ることもありません。そのような人間が世界に一人ぐらい,いてもよいでしょう。」と述べていたにもかかわらず,現在は名誉欲を露わにした行動が多いと考えていた。そこで,被告は,Cの過去の発言と現在の姿のミスマッチを指摘するとの考えから,被告ホームページにおいて,「Cの御尊体アルバム」との表題の下に,まず「↓西洋かぶれの出来そこない!(笑)↓」と記載し,その下に,被告写真を掲載して,同写真に「名誉も地位も要りません。そのような人間が世界に一人ぐらいいてもいいでしょう。(D博士との対談から)」との引用形式のコメントを記載した。なお,被告ホームページにおいては,その下に,Cを被写体とした写真を合計3枚掲載し,例えば,「どこの組織のチンピラか」,「日本の破壊的カルトの代表者達」などのコメントを各写真の下に掲載している。

(2) 以上の被告ホームページの掲載内容からすれば,被告による被告写真の掲載行為を,著作権法32条1項の「引用」すなわち「公正な慣行に合致するものであり,かつ,報道,批評,研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行なわれる」引用と認めることはできない。その理由は,次のとおりである。
著作権法32条1項における「公正な慣行に合致」し,かつ,「引用の目的上正当な範囲内で行なわれる」引用とは,健全な社会通念に従って相当と判断されるべき態様のものでなければならず,かつ,報道,批評,研究その他の目的で,引用すべき必要性ないし必然性があり,自己の著作物の中に,他人の著作物の原則として一部を採録するか,絵画,写真等の場合には鑑賞の対象となり得ない程度に縮小してこれを表示すべきものであって,引用する著作物の表現上,引用する側の著作物と引用される側の著作物とを明瞭に区別して認識することができるとともに,両著作物間に,引用する側の著作物が「主」であり,引用される側の著作物が「従」である関係が存する場合をいうものと解すべきである。
被告は,前記認定のとおり,Cが名誉欲を露わにした行動が多いと考え,これを強く非難する目的で,被告ホームページに被告写真を掲載し,上記コメントを掲載したものである。しかし,被告がCの宗教者としての上記行動を非難する記事を創作するために,他人の著作物である本件写真を使用しなければならない必然性はなく,宗教者としてのCの上記行動を非難するのであれば,ほかにさまざまな表現方法によることが可能なはずである。
また,本件写真は,上記認定のようなものであり,本件写真を被告ホームページにおけるように,Cを揶揄するような態様において使用することは,本件写真の著作者の制作意図にも強く反し,本件写真の著作者が正当な引用として許容するとは到底考えがたいところのものである。
また,被告ホームページは,前記のような構成であり,被告が記載したものは,わずかに「Cの御尊体アルバム」という表題と「↓西洋かぶれの出来そこない!(笑)↓」との記載及び引用形式の上記記載だけであるにすぎず,被告ホームページにおけるこの表現方法は,これらの表題や記載と共に,被告写真を掲載することにその主眼があるといえるものである。被告ホームページにおけるこれらの表題や上記記載部分と被告写真とは,前者が「主」で,後者が「従」であるという関係にあるということができないことは明らかである。
したがって,被告ホームページにおける被告写真の掲載行為は,健全な社会通念に照らし許容し得る引用ということはできず,これを「公正な慣行に合致」し,かつ,「引用の目的上正当な範囲内で行なわれる」ものということはできない。
よって,被告ホームページにおける被告写真の掲載行為は,これを著作権法32条1項の「引用」に当たるということはできない。

12検証会議:2009/01/16(金) 23:44:19
6 小括

以上によれば,原告は,本件写真の著作権及び著作者人格権を有しており,被告は,本件写真の複製物である被告写真を複製して被告ホームページに掲載して公衆送信(送信可能化)を行ったものと認められ(著作権法2条1項九の五,十五,また,被告写真は,)本件写真を白黒にし,その上下左右を一部切除したものであるから,かかる被告の行為は原告の上記著作権(複製権,公衆送信権),同一性保持権を侵害するものと認められる(同法20条1項,21条,23条1項)。

7 損害の額(争点6)

(1) 実施料相当額について

ア 証拠(甲2,10の1・2,乙19)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

a) 被告ホームページは,「創価学会からの脱会を考える会」と題し,原告ないしはCの活動を批判する内容のホームページである(乙19)。
被告写真は,平成16年2月27日から平成18年4月28日ころまでの約2年2か月間,被告ホームページの中の「Cの御尊体アルバム」という表題の下に,前記5認定の態様で掲載されたものである(甲2)。

b) NATURE PRODUCTIONがインターネット上で公開している写真国内使用標準料金表においては,インターネットの中ページにおける写真の使用料金は3か月で4万円,6か月で6万円,1年間で8万円である(甲10の1)。
また,同料金表の利用規約には,「無断使用,目的外使用につきましては,当該使用料の10倍を申し受けます。」と記載されている(甲10の2)。

イ 上記アb)の認定事実から,原告が本件写真をインターネットの中ページに2年2か月掲載する場合に受けるべき通常の使用料相当額を計算すると20万円となる(8万円×2年間+4万円)。

しかし,被告は,前記認定のとおり,原告及びCの活動を批判する被告ホームページにおいて,本件写真の著作者である原告の制作意図に反することを,殊更に意図した形態で,本件写真の複製物である被告写真を掲載したものであり,このような場合,著作権行使につき受けるべき金銭の額は,常識的な範囲での利用行為を想定して行われる通常の許諾の場合における金額と同一に論じることはできない。
以上の事実を総合すれば,原告が本件写真の著作権行使につき受けるべき金銭の額は,本件の被告の著作権侵害行為については30万円と認めるのが相当である。
原告は,被告写真が掲載されたインターネット上のホームページは,ビラ等の印刷物とは比較にならないほど多数の者が容易に閲覧することができる表現媒体であるから実施料相当額は200万円である旨主張する。しかし,原告が提出する甲10の1・2によれば,インターネット上のホームページにおける掲載であっても,使用料は前記のとおりであるにすぎないことが認められるから,原告の上記主張は理由がないことが明らかであ
る。

(2) 著作者人格権侵害に基づく慰謝料について

証拠(甲1,2)及び弁論の全趣旨によれば,被告写真は,本件写真のうち,ローブを着て直立しているCの膝から下の部分とその背景のうちの上下左右の一部を切除し,白黒で複製したものであると認められる。
上記のうち切除された部分は,本件写真において特に重要な部分であるとはいえず,また,カラー写真を白黒で複製するという改変態様は,改変の態様として特に悪性が強い態様ともいえない。そうすると,本件写真が商業用に撮影された写真ではないこと,約2年2か月の間,インターネット上に掲載されていたことを考慮しても,同一性保持権侵害による慰謝料は5万円と認めるのが相当である。

(3) 弁護士費用について

原告が,本訴の提起,追行を代理人弁護士に依頼したことは当裁判所に顕著である。原告の請求の内容,本件事案の性質,訴訟追行の難易度等を考慮すれば,弁護士費用5万円は,被告の侵害行為と相当因果関係のある損害と認められる。

(4) 小括

以上によれば,原告が被告の行為により被った損害の額は,合計40万円と認められるから,原告の損害賠償金支払請求は40万円の支払を求める限度で理由がある。

13検証会議:2009/01/16(金) 23:44:45
第5 結論

以上によれば,原告の請求は,損害賠償金40万円及びこれに対する平成16年2月27日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余は理由がないからこれを棄却することとする。

よって,主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第46部

裁判長裁判官設樂隆一

裁判官古河謙一

裁判官吉川泉は転補のため署名押印することができない。

裁判長裁判官設樂隆一

(別紙写真省略)

14検証会議:2009/01/20(火) 17:01:02
駒専ついに失脚!
大石寺理事などもクビ
貧乏寺に左遷

正月から日顕宗の坊主連中の間では、「人事」の話題で持ちきりだった。あの
駒井専道(観行坊、58)がついに大石寺を追い出されたのである。

しかも、次の赴任地は北海道士別市の安立寺。50世帯そこそこの貧乏寺。まっ
たくの"左遷"なのだ。日顕の権威を笠に、能力もないのにのさばってきた駒井
も、これで終わりだ。

駒井の周辺に変化が起き始めたのは昨年の秋口のこと。8月23日に自坊新築法
要を行った直後あたりから、人前に姿を現す機会がめっきり減ったと思ったら、
9月7日付で大石寺理事を"解任"されるとともに、御本番、一夜番御宝蔵番もは
ずされた。

また、上野幼稚園を経営する学校法人大石寺学園の理事長職も9月6日で"クビ"。
その頃から、近いうちに観行坊からも追い出されるのではないかという噂はあ
った。

処分に関する正確な理由が公表されないことで、宗内には「金銭問題か」「女
性問題か」など、様々な憶測が飛び交った。どうやら、上野幼稚園をめぐるト
ラブルというのが有力な見方だったが、それにしても大石寺理事の解任とはた
だごとではない。

しかし、宗門内部から漏れてくる話によると、それどころか問題はさらに深刻
で、「日顕の後ろ盾がある駒井だから、この程度の処分で収まったが、何のコ
ネもない坊主だったら擯斥にされてもおかしくない」という噂まで出ていた。

そして、今回、かねてから言われていた住職更迭が明らかになったというわけ
だ。人事の内命があったのは1月3日というのだから、駒井にとっては正月気分
どころではなかったのではないか。

駒井は昭和37年に得度。所化時代には阿部信彰が住職をしていた能持寺(埼
玉・越谷市)に在勤していた。以来、日顕・信彰親子に取り入り、大石寺塔中
坊の住職を歴任。仲居も務め、昭和63年には大石寺理事の要職も手にした。

こうした立場を利用した出入り業者との「癒着」の疑惑も絶えなかった。とも
かく、駒井といえばすぐに「ゴマスリ」という言葉が返ってくるほど、目上の
者にはペコペコし、目下の者には威張り散らす人物だ。

もう一つの顔が「暴力坊主」。長年、所化教育に携わる中、小僧に対して殴る
蹴るを繰り返していた、宗門の歪んだ所化教育の象徴的な人間。殴られた本人
だけでなく、その親の坊主までが駒井に対して強い恨みを抱いている。

その駒井の「失脚」の報に、多くの坊主が拍手喝采で喜んでいる。「いいきみ
だ」と祝杯をあげた者もいるというほどだ。

もはや、駒井の坊主人生もここまで。それどころか、60歳近くになって、初め
て末寺の住職になる駒井の前途は真っ暗だ。

駒井の赴任する安立寺がある士別市は、毎年11月中旬頃から降り始める雪が
平地でも1㍍、山間部では2㍍を超える豪雪地帯。

また、ここ数年のデータを見ても、年少人口が17%から12%に減少しているのに
対して、老年人口の割合は16%から29%に増加するなど、少子化、高齢化が著し
い地域だ。

実入りも乏しく、成果もあがらない貧乏寺で、凍えながら余生を過ごすしかな
い駒井。何と哀れな末路だろうか。しかし、これも"ニセ法主"日顕に追従して、
広布破壊の片棒を担いだなれの果て。駒井よ、恨むべきは日顕である。

16検証会議:2009/01/20(火) 19:20:33
>>15

情報スレと無関係の話のマルチポストはご遠慮願います

17検証会議:2009/01/20(火) 19:21:24
フェイク 第993号

(発行=09.01.20)

また顕正会員を新潟県警が逮捕
後を絶たない浅井昭衛一派の暴力・傷害事件
邪教と気づき退会を申し出た青年の首絞める

邪教・顕正会(本部・さいたま市、会長は浅井昭衛)の男性会員が二十日、
また逮捕された。共同通信によると、新潟県警・警備一課などは傷害容疑で、
顕正会員の同県長岡市の専門学校生(十八歳)を逮捕して、県内の同会の二施
設を家宅捜索した。

 調べによると、同会員は先月十六日午後、新潟市中央区米山の路上で、同市東
区の男性(二十歳)の首を絞めるなどしてケガを負わせた疑い。男性は顕正会
が邪教だと気づいて退会の意志を同会に伝えたところ、会員が引き留めようと
して暴行を加えたもので、傷害容疑を認めているという。

同県警によると、顕正会をめぐって勧誘や脱会に関するトラブルの相談が昨
年、同県警に約二百件もあったとのことである。

 顕正会の勧誘、退会を巡るトラブル、傷害事件、器物損壊などの犯罪は全国的
に後を絶たない。被害者は未成年者、学生、若い独身女性やヤングミセス層に
まで広がっている。入会強要、拉致監禁、殴る蹴るなどの暴力行為は組織的な
犯行の疑いが濃厚で、これまでも顕正会本部をはじめ各地の会館などの施設に
も警視庁、埼玉・神奈川・熊本・群馬県警などが家宅捜査に入った。また公安
調査庁も顕正会を「特異集団」として注目している。

顕正会は、元は「妙信講」という日蓮正宗の「講」の一つであったが、宗門
との折り合いがつかず、学会にも多大な迷惑をかけた集団である。会長の浅井
昭衛は「終末思想」を唱え、更に「全国民が日蓮大聖人に帰依しなければ日本
は滅亡する」などと書き殴った小冊子を無差別に配布させるなど、世間の人々
から気味悪がられている狂団でもある。

浅井は「二〇〇七年までに顕正会が広宣流布できなければ、核戦争によって
人類は絶滅する」と予言していたが、勧誘の目標が達成できないとみるや、す
ぐに二〇一四年までに予言を平然と変更するなど、いい加減な奴だ。

また、浅井は国柱会・田中智学の邪義を受け売りして「国立戒壇」を目標に
して、手段を選ばず、犯罪行為も辞さない勧誘に会員達を狂奔させる。だから
拉致監禁、強要、傷害、器物損壊といった事件を布教という、宗教団体の基幹
活動のなかで起こしてくる狂った連中である。まさに「日蓮を悪しくうやまは
ば国ほろぶべし」と御書に仰せの通り、顕正会こそが大聖人の教えをねじ曲げ、
悪用している団体なのである。

顕正会施設から押収物を運び出す捜査員=20日午前9時30分ごろ、新潟
市内  産経ニュースより

http://8004.teacup.com/cyeokunoken/img/bbs/0000617.jpg

18検証会議:2009/01/20(火) 22:45:36
顕正会短信 

2009.01.20

また新潟顕正会員逮捕 今度は脱会巡り絞首!

 昨年1月17日、新潟市で元男子部隊長を含む顕正会員2名が逮捕監禁と強
要などの容疑で逮捕され、顕正会本部などが家宅捜索をうける映像が全国ネッ
トで流されたことは浅井昭衛に大きな衝撃を与えた。

 その証拠に浅井は、これ以前の事件については「不当逮捕だ」と嘯き、会合や
機関紙上で幹部から高校生など一般会員に至るまで口々に「敵対団体の謀略」
などと言わせていたのが、この事件と10月に男の会員2名が逮捕された熊本
での事件も己の演説や機関紙上で一切触れることなく黙殺したのである。

 これら二つの事件は、ある意味、「入会をめぐるトラブル」と報じられたため、
宗教法人「顕正会」としての公式な説明や釈明が求められたにもかかわらず、
浅井はそれすら放棄し、一族で固めた取巻きの理事や総務もみんな頬かむり決
め込んだ。それでいて「新潟の事件の罰金は浅井先生が出された」などという
口コミをわざわざ新潟以外の組織にこっそりと流す有様だ。その罰金男もまだ
顕正会の末席にしがみつく以外に生きる術、身の処し方を知らないらしい。

さて、今日夕方、新潟から速報が届いた。今度は未成年の顕正会員の男が傷
害の疑いで逮捕されたようだ。
 
新潟県警の発表によれば、長岡市に住む18歳の顕正会員の男が昨年12月
16日午後、JR新潟駅南口の路上で、顕正会からの脱会を申し出た新潟市在
住の20歳の専門学校生の首をしめ、全治10日間のけがを負わせた傷害の疑
いが強まったとしてこの男を逮捕するとともに、今朝7時から新潟市中央区の
「新潟会館」と隣接の「別館茶寮」、三条市島田の「三条会館」などあわせて
4か所を一斉に家宅捜索したもので、捜査員およそ50人という異例の体制で
強制捜査に乗り出した背景には、新潟県警が昨年一年間で約200件の勧誘や
脱会に絡むトラブルを掌握したことで、事件後も顕正会には反省の色が無いと
判断したものと思われる。

「反省だけならサルにもできる」というCMがあったが、反省もできない浅
井昭衛以下顕正会員はサル未満だ。
 
今回の事件は逮捕者が未成年のため、顕正会の集会で自ら発言しない限り実
名が明かされることは無い。しかし浅井は一昨年の小田原事件の際には、逮捕
された未成年者をわざわざ集会で登壇させ「不当逮捕」などと言わせ、機関紙
上で実名を出すというおよそ宗教団体の責任者とは思えぬ愚行を犯したが、今
回も同じ轍を踏むつもりか。それとも「脱会をめぐるトラブルだから会内の出
来事」と頬かむりを決め込むのか。そして新潟男子部を統括する男子第7部の
浅野部長は更迭されるのか。1月総幹が楽しみだ。

19検証会議:2009/01/22(木) 21:05:08
顕正会短信

2009.01.22

数年前から知的障害者への勧誘も多発!

 脱会を申し出た男性の首をしめ、全治10日間のけがを負わせた傷害の疑いで
新潟県警に逮捕された18歳の顕正会員の男は容疑を大筋で認めているが、な
ぜか顕正会本部は「不当逮捕」とのコメントを出した。昨年の事件の際には沈
黙を守っていたにもかかわらず今回早々と「不当逮捕」を訴えた背景には、容
疑者が未成年のため有罪にされる可能性が低いと見越し、釈放後に集会で登壇
させ「不当逮捕と戦って」などと題した原稿を読ませようという算段かもしれ
ない。昨年の事件で罰金処分となった元幹部は30代だから処分がどうなるか
わからず、当時は沈黙したのであろう。小ズルイ連中だ。

さて続報だが、1月21日付の新潟日報は、顕正会が知的障害者への勧誘を
活発化させていたとしてその手口と被害を初めて報じた。新潟市内の障害者施
設関係者の話として3、4年前から勧誘が活発化していて、新潟駅周辺や繁華
街で女性会員が声を掛け、勧誘の目的を告げずに「会館」へ連れて行き入会さ
せるケースが多く、昨年には同市中央区で、障害福祉サービス施設を利用する
知的障害者全員が、同じ利用者である顕正会員によって「入会」させられたこ
とから利用者家族からの苦情が殺到し、施設が閉鎖に追い込まれてしまったの
だ。なんという反社会的な宗教か!

顕正会本部は、同紙の取材に対し「知的障害者らをターゲットにした勧誘は
していない。本人の同意を得て入会してもらっている」と釈明しているが、果
たしてその「同意」が「宗教に入信する」という意識を示すのだろうか。勧誘
の目的を隠すこと自体が異常だ。「宗教」「顕正会」と出せば拒否されるから
隠して騙す。今回、卑劣な顕正会の勧誘の実態が活字になったことの意義は大
きい。

そして編集部では、この記事を裏付ける資料を発見した。「にいがた聴覚障
害者支援研究会」2004年9月16日付の「ブログ」である。当時から顕正
会が障害者を狙って勧誘していたことを示している。その部分を一部抜粋する。
URLは悪戯防止のため非記載とする。

顕正会には気をつけましょう。特に障害者を好みます。障害者を折伏させる
と信者の功徳が高まるので、障害者を狙い撃ちしているケースが目立ちます。
障害者を不安にさせる言動を使うので、つい会員になってしまう場合もありま
す。「聞こえるようになるよ!」と誘われた方もいます。聴覚障害者の弱みを
ついています。障害者を騙しても構わないという考え方があります。

20検証会議:2009/01/24(土) 00:35:48
フェイク 第994号

(発行=09.01.21)

顕正会の暴力勧誘は組織的犯行
会長の浅井が教唆、高校等でもトラブル続き
新潟で知的障害者の勧誘騒ぎ、施設閉鎖も

顕正会(本部・さいたま市、会長は浅井昭衛)の会員で長岡市の十八歳の専
門学校生が傷害容疑で二十日、新潟県警に逮捕され、同会の会館が家宅捜索を
受けた事件(本紙九九三号を参照)に関して新事実が浮かび上がった。

新潟日報などによると、顕正会が県内の高校生や知的障害者などに強引な勧
誘を繰り返し、学校や障害者施設とトラブルを続発させていたことが分かった
のである。

新潟市内にある障害者施設の関係者の話では、顕正会員による知的障害者へ
の勧誘は三年ないし四年ほど前から激しくなっていた。

また、駅周辺や繁華街では女性会員が通行人などに声を掛けて、顕正会への勧
誘という目的を告げずに騙して会館へ連れ込み、入会させるケースも多いとの
ことである。

悩みの人を救う宗教の役割を捨て、騙して入会させた頭数を競わせる邪悪な
手口であり、こんな邪教団を放置していてはならない。

特に、昨年は新潟市中央区の障害福祉サービス施設の利用者の会員を介して、
同施設を利用する知的障害者全員が入会させられていた。利用者の家族からの
苦情で、施設を閉鎖せざるを得ない事態にまで追い込まれたのである。

更に、捜査関係者によると、会員になった高校生が校内で勧誘を始めたため、
学校側から県警に相談が寄せられたケースもあったという。また一般住宅に勧
誘に訪れた会員がなかなか帰らず、警察官が駆け付ける事例も目立っている。

顕正会本部は「知的障害者らをターゲットにした勧誘はしていない。本人の
同意を得て入会してもらっている」とデタラメな説明をしている。この度の会
員の逮捕にしても「事実無根で不当逮捕だ」と惚けている。

警察では、強引な勧誘の背景や脱会のトラブルについて組織的な関与がない
かを調べているとのことだ。

 浅井は警察を愚弄

組織的関与どころか、暴力勧誘を煽っている張本人は、会長の浅井昭衛である。
浅井はまた「顕正会を弾圧したから警察に大罰が下った」と警察を愚弄する発
言もしている(本紙第八〇〇号などで詳述)。

顕正会は「冨士大石寺顕正会」と詐称しているが、大石寺とも日蓮大聖人の仏
法とも無縁の邪教だ。その証拠に御書の学習はしない。

教学試験の出題範囲は
浅井の駄本だ

今年一月十一日には五級試験、同十八日には登用試験を行っていたが、出題範
囲は大聖人の御書ではなく、浅井が書いた駄本である。

試験は程度の低い穴埋め形式である。浅井の邪義・我見を丸暗記させるのが狙
いであり、教学というよりも「狂学」なのである。

さいたま市南区の文化センターで十八日に実施していた登用試験では受験者が
大階段を占拠していたほか、杜撰な運営のため一般来館者、センターの警備員
らが苦言を呈し、違法駐車で近隣からの苦情も殺到した。

寄居町勤労福祉センターでも運営の不手際が目立ち、三十分遅れで試験を開始。
大宮ソニックシティでの五級試験は欠席者が目立った。

21検証会議:2009/01/24(土) 01:41:03
越 洋 

平成21年1月20日

宗史756年の中で、供養を思いのままに散財し、贅を尽くして堕落を極め
た坊主は、日顕をおいていない。シアトル裁判で東京地裁に3度も出廷し、売
春婦とトラブルを起こした事実が明らかになったことも前代未聞のことだ。更
に、最高裁で2度も断罪されたことは永遠に宗史に刻まれた。

日顕は、人様が真心で御本尊に御供養したお金を、自分のものと錯覚し、一
族をあげて湯水の如く遊興に使ってきた。平成2年7月には、表向き学会には
愛想笑いを見せ、蔭では「謀略・C作戦」を練っていた。その事実は「河辺メ
モ」で明らかになっている。

平成2年7月21日に目通りで秋谷会長(当時)らの発言に「驕慢謗法だ!」
と怒鳴り、名誉会長には「懲罰にかけるから」と恫喝。その翌日には日顕、政
子、信彰・百合子夫婦の家族で豪遊。8月30日には「綱紀自粛」を全教師に
徹底したその日と11月21日に伊豆長岡の超高級温泉旅館で一族をあげて遊
興三昧。平成3年3月12日には目黒区八雲の20億円のプ−ル付豪邸計画が
発覚した(さすがにバツ悪く取りやめた)。

平成6年2月16日には世田谷豪邸計画が発覚。平成9年6月18日には渋
谷区松濤の豪邸計画が発覚している。達師の時代は出張所は西片だけだった。
最近は政子名義で2億円もする赤坂の超高級マンションがあることも発覚して
問題になったが、未だにだんまり。

1月4日から50万総登山が始まった。全国末寺から登山計画が寄せられて
いるが、そのコ−スの中には登山の帰りに伊豆・伊東温泉に一泊し、浄蓮の滝
の見学や長野・不動温泉に一泊し、天竜舟下りをするとか様々だ。御書には
「しもべのゆのついでと申す者をあまた・をひかへして候」と厳しく誡められ
ている。だが、日顕、政子が隠居の身でありながら、贅沢三昧で俗よりも俗の
生活をしているのだから、総登山の「ついで」に法華講員が温泉に入ろうと、
宗門首脳は何も言える訳がない。要するに、広宣流布・令法久住を実現しよう
という「信心」が欠如している実相である。

22検証会議:2009/01/24(土) 12:54:25
大石寺短信 第453号


日顕宗の動き


1. 散々な「出陣式」でスタート

 今月3日、本山で「立正安国論正義顕揚750年 出陣式」が行われた。
午前の開会のため、2日の新年勤行会の開催を取り止めて参加した坊主も多く、
ブーイングが噴出。実際、これまで2日に新年勤行会を行ってきた寺のうち、
約3分の1が本年の開催を取り止める事態に。無言の抵抗か、あるいは交通費が
捻出できなかったためか、何と100数十人もの坊主が欠席。執行部のメンツは
丸つぶれとなった。

 会合の中身も相変わらずの無内容。庶務部長・阿部信彰、総監・八木らが
“昨年は折伏ができた。今年は結集だ!”と盛んにハッパをかけたが、参加した
末寺坊主からは、“偉そうなことを言う前に自ら結果を出せ”との意のこもった
冷たい視線が浴びせられていた。というのも、昨年、折伏目標が達成できた寺は
全体の5分の1足らずだが、執行部の総監・八木、重役・藤本、庶務部長・阿部、
教学部長・水島、渉外部長・秋元、海外部長・漆畑、財務部長・長倉のうち、
目標に届いたのは水島の寺だけ。つまり、執行部の折伏達成率は7分の1という
体たらくだったからである。

 会合終了後も悲惨な事態が待っていた。参加者が一斉に帰路につこうとしたため
、駅に向かうタクシーの数が足りず、新幹線や飛行機に乗り遅れる者が続出。
正月のUターンラッシュも相まって大混乱をきたした。ある遠隔地の一群は最終便の
飛行機にも乗れず、宿泊を余儀なくされたという。まさに、大惨敗への散々な出陣の
集いとなった。


2. 不祥事の“駒専”が北海道の援助寺院に異動

 昨年、不祥事を起こした駒井専道(58)が、本山・観行坊住職をクビになって、
北海道士別市の安立寺に赴任することになった。

 安立寺は活動家信者数が10数人程度の援助寺院。事実上の左遷人事だ。もっとも、
不祥事を起こして訴訟を起こされるなどしたのだから、本来は隠居処分が相当。
この“お情け人事”には、かつて、駒井を仲居として側に置いていた日顕の意向が
あるとされるが、治まらないのは、これまで横暴な駒井に暴力を振るわれたりする
など、いじめられてきた坊主たちである。今後、彼らが中心となって駒井への報復が
行われることは必至。駒井は戦々恐々の日々を過ごしていくだろう。

 これに伴い、観行坊住職の後任には本山・報恩坊の川田法成(63)が入り、
報恩坊には本山・大坊の秦道夫(42)が、また、安立寺住職の今野道好(42)は
北海道・愛別町の法宣寺に異動する。法宣寺の今野信通(38)は父親・慈晋(67)が
住職を務める兵庫・淡路島の法栄寺に副住職として入る。


3. 「7万5千」結集でドタバタぶり露呈

 ここにきてまた、日顕宗執行部がドタバタぶりをさらしている。本年7月26日に
本山で行う「7万5千名総会」に関して、一旦、寺ごとの着山・御開扉の希望時間を
募ったものの、総会直前の着山、総会前後の御開扉に希望が集中。そのため、
一方的に地方部ごとの着山・御開扉時間を割り振ることになったのだ。しかし、
各寺から希望を吸い上げたのは1年以上も前の一昨年11月。半年前になってからの
打ち出し変更に、末寺からは「段取りが悪すぎる」と不満の声が上がっている。

 また、執行部は併せて、この「7万5千名総会」の前泊予定者数が総本山の収容能力を
超過しているとして、前泊者には「仮設テントでの休憩か駐車場のバス車両内での待機」
を強いている。かつて、やはり真夏の炎天下で行われた6万登山、10万登山、
30万登山の総会の折も、熱射病や疲労などで倒れたり、亡くなった参加者が
多数出たが、今回も悲惨な事態を招くであろうことは想像にかたくない。

23検証会議:2009/01/24(土) 13:02:07
新改革通信 第95号  平成二十一年一月二十三日発行

 "実質的に破綻している総登山"は宗門を疲弊させるだけ。宗門が疲弊すれば
するほど、「C作戦」を実行した日顕への責任追及が激しくなり、「除歴」は、
もはや必至である。

 平成二十一年が明けたが、宗門住職・檀徒にとって暗い新年となった。

 宗門の檀徒は、世界的な不況で生活が脅かされている上に、宗門から、度重なる
供養、複数回の無理な登山を迫られている。その経済的負担に皆、悲鳴をあげている。

 同時に、末寺の住職も登山のノルマを課せられて精神的に追い込まれている。
その上、本山への供養が増えれば増えるほど、末寺への供養は減るから、今までに
まして、生活は圧迫される。

●実質的に破綻している総登山

 「五十万総登山」は、一人の檀徒が複数回行かなければ、達成できない。これは、
実質的に破綻している計画だ。中には毎回、通算五回以上の支部登山に参加する者も
いる。

 同じ檀徒に何回も、登山をさせて、一体、何の意味があるのか。それで登山者数を
上乗せしても、実体のない数が累計されていくだけだ。

 そこに信仰的な意義があるとは思えない。かえって檀徒から信仰の歓喜を奪うだけで
ある。

 なぜなら、無謀な登山計画は事故を招く可能性が高い。また、無理な行程により、
健康を害す者も出るだろう。何よりも、複数回の登山は、檀徒に経済的に大きな負担を
与える。

 一月三日と四日に初登山が行われたが、例年に比べ登山者数は激減しているし、
登山者が一時、行方不明になるという事故も起こっている。

 このように、檀徒は消耗品のように扱われ、全国のあちらこちらから、無理な登山に
対する批判・不満が出はじめている。

 それは住職たちも同じで、無理なノルマと、登山者数の数合わせで、嫌気を
感じ始めている。

 執行部はただ、号令さえかけていればいいが、どこの末寺も爆発寸前の檀徒の不満を
抑えるために必死である。

24検証会議:2009/01/24(土) 13:03:01
●温泉を目玉に人集めする讃岐・本門寺

 末寺の住職の中には「数さえそろえばいいのだろう」と開き直っている者もいる。

 たとえば、讃岐の本門寺の横田智研だ。

 本門寺の当初の登山目標は八百人だったが、宗務院より増員を迫られて、目標を
千百人にした。

 では、どうやってその人数を確保するか。横田の考えは単純だ。観光で人を誘うと
いうものだ。

 本門寺は五回の支部登山を計画しているが、その内容は、登山が主ではなく、
観光が主である。

 その行程を見てみると。

   夜、寺を出発し、檀徒はバス内で宿泊。
   午前七時に本山に到着。
   昼過ぎに本山を出て、温泉旅館で一泊。
   翌日、観光を終えてから帰着。

 本山にいるのは数時間で、あとは観光である。

 しかも、五回の支部登山は、毎回、その観光名所が変わる。檀徒に配布された
登山勧誘の書類には、「お宮の松」「桜祭り」「梅祭り」「露天風呂とかけ流し温泉」
「天女伝説の三保の松原」などと観光名所が紹介されている。

 同じ檀徒が複数回、申し込みするように、わざわざ、観光場所を変えるという巧妙な
手口だ。

 おそらく、本山はこの事実を知っても、黙殺するであろう。彼らにとっての
優先事項は、登山者の数だからだ。

 このような方法でしか、登山者を増やすことができないという事実が、総登山の
破綻ぶりと、宗門の疲弊ぶりを象徴している。

25検証会議:2009/01/24(土) 13:03:39
●自滅の道を突き進む宗門

 今、宗門は最悪の事態を迎えている。

 日顕は池田名誉会長に対する嫉妬から、「C作戦」という謀略で創価学会を破門した。
その結果、宗門の檀徒数は数万人となり、今や、三分の一以上の末寺が自活できない
「援助寺院」と化している。

 その上、日顕が見栄で作った「法教院」を存続させるために、毎年、得度者を
取り続けているため、無任所教師が増え、今後、数年で宗門の教師の半数近くが
無任所教師という、かつてない危機的状況を迎える。

 それに加えて、教師が増えるのに対して、脱講で檀家が減るという、宗教団体と
しては致命的な自滅の道を進み始めている。

 さらに、海外登山にしても、世界的な不況の中、強引な登山啓蒙と供養の強要、
そして、世界の非常識、僧侶が上で檀徒が下という差別と権威主義。おまけに内容の
ない登山会では、益々、海外檀徒の心が離れていくことは間違いない。

●日顕が除歴される可能性は、高まる一方

 この無茶な登山の悪影響は、今年だけではなく、来年以降にも顕著に現れるに
違いない。

 檀徒の寺離れは進み、宗門は勢いを失う。高齢化している法華講は一気に縮小するで
あろう。

 この宗門の衰退を招いたのは、日顕である。

 次期法主か、その次の法主か、いつか必ず、「日顕こそ、宗門衰退の元凶」と、
指摘する法主が出てくるのは火を見るより明らかである。

 そして、その時に、日顕は、

   創価学会を「C作戦」で破門した極悪人、
   広布の進展を阻んだ破和合僧、
   本門の戒壇たる大殿堂を破壊した大謗法者

 というレッテルを貼られて、

 第六十七世日顕は、法主として相応しくないので、その名を歴代法主から削除する

と宣言されるのだ。(編集部)

26検証会議:2009/01/25(日) 20:17:30
フェイク 第995号

(発行=09.01.24)

山崎正友の院号が「随法院」だと?
仏法上は無意味な戒名、成仏とは関係なし
生前の謗法、犯罪行為と正反対の冗句か

「随法院正賢日成居士」――これは叛逆の極悪人・山崎正友の戒名である。
山崎は昨年末の二十九日午後四時三十六分、急性腎不全のため急死(本紙九九
〇号で参照)。一月五日の通夜、六日の告別式が東京・杉並区内の妙観講の拠
点で行なわれたが、参列者は山崎の生き様と正反対の戒名に、さぞ驚いたこと
だろう。

日号まであるこの戒名は、早瀬日如の配慮によるものだそうだが、戒名とい
うものが、いかにデタラメな代物であるかの典型といえる。

国法を犯し、仏法に逆らった破和合僧の退転者の戒名が「随法院」とは、山
崎の生前の謀略体質を皮肉っているのであろうか。

山崎は昭和五十二年に表面化した第一次宗門事件の仕掛け人で、当時の若手
坊主(後の正信会)を煽動して学会を攻撃させ、宗門と学会の離間を画策した
ばかりか、師弟の分断をも策謀した極悪人である。

また、学会に対する恐喝事件を起こして懲役三年の実刑判決を受けた。「随
法院」とは「法に随って」刑務所に収監された犯罪者という意味なら分からな
いでもないが、この院号はおどけた冗句なのか?

隠居した日顕は、かつて山崎の謀略、悪逆非道の行為を非難して「大ウソつ
き」「地獄へ何回堕ちても足りないほどの罪が存する」と指弾していた。

この時、もし日顕が山崎の戒名を付けていたならば「謗法院堕獄虚言居士」
とでもしたかも知れない。否、「居士」「信士」より「策士」の方が似合って
いる。

もともと、信仰心の欠片も無く、仏法流布の団体を撹乱して大勢の人々を苦
しめたばかりか、平成五年四月二十七日に黒羽刑務所を仮出所した後の山崎は
身延派に接近して「板本尊に関して日蓮正宗を徹底して攻めよ」等と身延僧を
煽った張本人でもある。

 そんな大謗法の仏敵に院号、日号をつけたニセ法主の日如は、悩乱していると
しか思えない。

臨終ニ当リテ俄ニ法号ヲ乞フハ愚挙

宗門史の泰斗・堀日亨上人は法号・戒名に関する指南として「臨終ニ当リテ
俄ニ法号ヲ乞フガ如キ愚挙ナキヲ期スベキナリ」と書き残されている(本紙九
一九号で詳述)。

先の大戦で戦死された兵士の人達に宗門は制空院、義勇院、連勝院、国柱院、
忠勇院、武功院、殉国院、軍勇院、壮烈院といった勇ましい院号をつけていた。

最近、映画で脚光を浴びている盗賊・石川五右衛門の戒名は「融仙院良岳寿
感禅定門」だが、こんな戒名は仏法上、何の意味もないし、成仏とは無関係で
ある。

石川五右衛門など問題にならないほどの極悪人の山崎の生涯を通して「随法
院」「正賢」という文字は全く不適切だ。

山崎は学生部時代から金の亡者だった。当時、山崎は学生部の後輩に「これか
らは財力の時代だ」「財力が必要なんだ」等と言って、貧しい学生部員に向か
って、万札で膨れた財布を見せびらかして自慢していた。

この山崎の人生の狂いの端緒は富士宮の土地転がしによって巨額のあぶく銭
を手にしたことだ。土地転がしによって最後は、自分が転がってしまった人生
だ。

27検証会議:2009/01/31(土) 13:32:21
"地獄の50万登山"に不満噴出

 今月10日から、立正安国論提出750年を記念する50万総
登山が始まった。これには、1月の初登山会、4月の虫払法要、
7月の記念法要(15・16日)・7万5千人総会(26日)、9月の寛師会、
11月の御大会の各法要・行事への参加者と、通年の支部登山、
添書登山および海外登山の参加者の延べ数が計上される。

 50万総登山の多くを占める支部登山の中身は、「御開扉」
「布教講演会」「記念展見学」だが、スケジュールは極めて過密。
たとえば日帰りの場合、朝10時半までに着山し、11時半から客殿・
大講堂等での布教講演会に参加。正午ごろに終了後、休憩坊に戻って
昼食をとり、12時半には奉安堂に移動、13時半の御開扉を受ける。
さらに14時半から宝物殿の記念展を見学。その後、下山となる。
案の定、参加者の口をついて出てくるのは、「昼食の時間がない。
『歩きながら食え』とでもいうのか」「徒歩移動の距離が長くて
疲れた」「土産物を買う時間がない」、さらには「布教講演の
内容はつまらない」「記念展には特別な重宝の展示もなく
ガッカリした」といった不平不満ばかり。

 一方、遠隔地から来たある支部の一行は、バスで10数時間揺られて
着山した後、御開扉を受け、さらに一泊して翌日も御開扉を受けた。
これで1人で2回登山したことにするのである。こんなことをして
何の意味があるのか。

 「50万」にカウントされる3・4日の初登山会の参加者数は、
昨年より2千人も減って2万3千人となった。これは、学会員が
登山しなくなった平成4年以降の最低記録である。まさに、日顕・
日如の思いつきに苦しむ信者の無言の抵抗であろう。

 この無茶苦茶な登山会が1年も続くのだ。中には20回以上も
登山を予定している者もいるというが、正気の沙汰ではない。
わざわざ財布をはたいて、時間を使って、生き地獄を操り返し、
繰り返し体験させられるのだから、哀れこの上ない。


2月の予定


   1日(日) 広布唱題会(本山、末寺)
   3日(火) 節分会(本山、末寺)
   7日(土) 興師会(本山、末寺)
   8日(日) 御講(末寺)
   16日(月) 宗祖誕生会(本山、末寺)

28検証会議:2009/02/01(日) 11:01:36
勝ち戦 第129 号

2009 年1 月31 日(土)

日顕の『地溝倍増』は悉く粉砕!
各寺、敗北宣言のオンパレード
菅原信法「プレ大会が衰退の原因」

「バンっ!」一月一一日、妙光寺(品川区)初御講での勤行中、突然大きな音
が本堂に響いた。驚いて身構える信者もいた。何事か…。導師をしていた執事
が、信者に提出させた折伏対象者リストを経机から床に勢いよく落とした音だ
った― 。

昨年、妙光寺は、折伏誓願目標二三〇世帯に対し、たったの三五世帯しか達
成出来なかった。達成率は僅か一五% で、布教区でも最下位のどん底成果だ。
今年は更に下降線を辿ることが必至だが、よりによって初御講で折伏対象者リ
ストを落とし、しかもその音に怯えるとはあまりに情けない話だ。今年の行く
末を暗示しているかのようだ。

日如は、元旦勤行会で、「本年、正義顕揚の年は、平成一四年に日顕上人よ
り地涌倍増と大結集の御命題を頂いて七年、御命題完結の年であります」と述
べたが、地涌倍増は「完結」どころか、平成一四年以降、全くの「凍結」状態
だ。目標は一度も達成出来ず、日顕の御命題とやらは完全に粉砕されたことに
なる。一月七日の東京第二布教区・信徒激励会では、各寺代表による敗北宣言
のオンパレードだった。

「宝浄寺(大田区)支部は、昨年誓願目標を達成出来ず、この悔しさをいつも
胸に止め・・・」「大修寺(府中市)支部も昨年誓願目標を達成致しませんでし
た」「広説寺(小平市)は、昨年誓願目標を達成出来なくて、皆さん悔しい思い
をしました」「昨年は廣妙寺( 八王子市)支部も、あっ、いや、『も』じゃ
ない(笑い)、廣妙寺も折伏目標は達出来ませんでした」「妙声寺( 町田市)
は、昨年残念ながら目標達成出来ませんでした。異体同心の団結が、御住職と
も出来ていなかった」「昭倫寺( 杉並区)は、去年折伏目標誓願(ママ)出来
ませんでした」

敗北宣言は寺の数だけあるため、以下省略する。

因みに、昭倫寺住職は、支院長の野村淳信だが、プレ大会の結集も布教区で
昭倫寺だけが目標未達に終った。そろそろ東京第二も支院長を交代した方がい
いのでは?(笑)。

本修寺(足立区)住職の菅原信法は、昨年の大敗の原因をこう分析する。「西
日本大会、九州大会を終えた住職と話をすると、『大会が終ってホッとしちゃ
った。その結果、折伏がやはり伸び悩んだ』と。そういうのが大勢の方々、多
数の方の意見です」つまり、プレ大会で折伏に弾みがつくと思いきや、逆に折
伏低迷を招く原因になったと。

ずる賢い菅原は、一月度の御講で、「本年は(目標を)二〇減らしました。大
結集とか、登山、記念総登山があるからそっちの方に力を入れます」と、早速、
折伏目標の大幅下方修正を表明た。

折伏と大結集、共倒れによる大惨敗が必至だ!(コピー可)

29検証会議:2009/02/02(月) 08:24:31
フェイク 第996号

(発行=09.02.02)

無謀なスケジュールに登山者は悲鳴
厳寒の大石寺で始まった悲惨な「登山地獄」
冷たい弁当と冷茶を支給、売店は廃墟と同然

厳寒の大石寺では現在、悲惨な「登山地獄」が始まっている。長距離バスに
揺られながら一夜を明かし、自由時間も少なく、超過密スケジュールのため、
冷たい慶祝弁当に紙パックの冷茶で震えながら急いで食事を済ませ、布教講演
会に出ては坊主の戯言を聞き、御開扉を受け、宝物殿の見学をした後、そのま
ま下山するという強行軍である。

なかには御開扉料2回分を払って1度の登山で2回も御開扉を受けている者
や不味(まず)い慶祝弁当を2度も食べて3泊4日のうち、1日だけ宿坊で寝て、
2泊はバスの中で揺られながら過ごすケースもある。

そんな健康な人でも体調を崩すような無謀な登山の時間帯だが、年配者や身
障者、病人までも連れ出しているため、大石寺は救急車が騒々しく走り回って
いる。

手術した直後で、病気が完治していないのに、無理に登山して、具合が悪く
なって病院へ運ばれた登山者もいた。

総二坊と旧総坊売店の間に二棟の新総坊売店が造られたが、新しい店も、従来
からの店も、まったく客が入らない。何処の店も閑古鳥が鳴いているのである。

この大不況の時にあって、今年の登山地獄に十数回から二十回も参加するよ
うにと強要されているため、登山者は売店で買い物をするような経済的な余裕
がないのである。

なかでも、旧総坊売店の通路には、等身大のススキが生えて、まるで廃墟の
ようになっている(左の写真を参照)。

裏門から出た所にある新町売店にとっては最近、新しい道が出来たために登
山客が店に来なくなり、この工事も不評である。

 西裏塔中の妙泉坊横から裏門へ出られるように道路が真っ直ぐになったために、
登山者は新町売店の中を通らずに移動するようになったからだ。また、裏門前
の橋も少し移動して「みずした橋」が出来たが、駐車場を利用する登山者は裏
門から、駐車場に出るようになった。

そのうえ、登山スケジュールが過密なために、登山者はお土産を買う時間も
ないのである。売店の食堂も、登山者には慶祝弁当が支給されるので、店で食
事をする人が極端に少なくなった。せいぜい、売店の食堂で豚汁やソバだけを
頼んで、冷たい弁当を食べている人がいるくらいだ。こんな無謀な登山が今年
一年続くのである。

30検証会議:2009/02/02(月) 21:02:12
同盟通信 №125

(2009.1.28)

=里内師、ついに“刑事告訴”にふみきる=

 12月19日、ならびに22日の「同盟通信」で里内信徳師が
阿部庶務部長の暴行に対して被害届を提出したことを報じたが、
今度はついに正式に刑事告訴に踏み切った。

 先に出た「同盟通信」をめぐって、全国の住職の間に波紋が広がった。
 「学会が勝手に捏造して流したデマじやないか」
「もし本当だとしたら、庶務部長はクビになるだろう」
「一般的に考えても、一緒にいた総監にも責任が及ぶのではないか」
「里内師が住職を務める得成寺は貼り紙をして人の立ち入りを禁じている。
徹底抗戦の構えのようだ」
等々、宗内から聞こえてくる声である。

 今月13日、3度目の召喚が法道院で行われ、里内師は出頭した。
そこには八木総監らはいたが、何故か庶務部長の姿はなかった。
その代わり何と弁護士が2人いた。約3時間にわたり、これまで
繰り返された新寺建立のための供養の不正使用疑惑、さらには本堂の
横の廊下に洗濯物がほしてあることがけしからんなど、
その他重箱の隅をつっつくような質問に対して、里内師は誠意をもって
答弁したのである。そのなかで、里内師に対する暴行については、
何の説明も謝罪も行われなかった。こうした不誠実な対応に対して、
里内師はついに“刑事告訴”に踏み切る決断をし、告訴状を富士宮署に
提出したのである。

  一方、マスコミ筋からの情報によると、大石寺の地元では谷平が
やたら元気で連日のように警察署に日参しているという。

(憂宗護法同盟員より)

31検証会議:2009/02/02(月) 21:04:43
同盟通信 №126

(2009.2.2)

=「得成寺に関するお知らせ」は事態の鎮静化をはかったつもりかも
しれないが、明らかになったのは宗務院の混迷ぶり=

 宗務院は30日、「得成寺に関するお知らせ」を全国の末寺に出した。
各末寺に届いた得成寺信徒の手で作成・発信された文書の内容がよっぽど
堪えたのだろうか。

 それにしても、この宗務院文書。これで住職たちの動揺を抑えられるとでも
思っているのだろうか。
 そもそも得成寺の信徒たちが怒っているのは庶務部長という宗内を領導する
重職に立つ立場の人物が、はるか北の果ての網走から里内師を呼び出して
おいて、暴行に及んだという尋常ならざる事態を引き起こした責任を
どう考えているのかという点、また庶務部長たちが里内師を召喚した
根拠の投書が反住職派の信徒が提出したもので、一方の話しか聞かない
のは納得できないと至極当然の主張をしているのだ。

 それを寺院経営が破綻しただの、信徒が呼び出しに応じなかっただのと、
問題をすり替えようとしているが、こんな説明で納得する住職がいたら
会ってみたいものだ。

 宗務院が出すべきだったのは「得成寺に関するお知らせ」ではなく、
「阿部庶務部長に関するお知らせ」であるべきはずだったのである。
 庶務部長が傷害で告訴され、その場に同席した上司の総監も事件の当事者で
ある以上、宗務当局はもはや公正な対応ができなくなっているといえよう。

 宗会議員の皆さん、今こそ臨時宗会を早急に開催し、宗務当局にかわって
今回の不祥事の解決に当たるべきではないのだろうか。

(憂宗護法同盟員より)

32検証会議:2009/02/03(火) 21:04:26
フェイク 第997号

(発行=09.02.03)

本山に見捨てられた哀れな強欲坊主
左遷された駒井専道、安立寺への入院式
老齢の参加者数十人は弁当持参で六時間も拘束

悪名高い「駒セン」こと駒井専道(五八歳)の安立寺(北海道士別市)への
入院式が一月二十二日に行われた。参加したのは地元の坊主仲間と老齢の法華
講員らがチョボチョボ。寺側は供養だけ受け取って昼食も出さない。講員は弁
当持参で六時間も拘束された。

駒井は昨年九月、大石寺理事など全ての役職を解任され、上野幼稚園の理事
長も辞任させられた。その後、観行坊住職だけは残っていたが、一月三日の出
陣式の後、日如から北海道行きを言い渡された。

安立寺は毎月の御講の参加者が十数人程度、新年の元旦勤行は夜中に来た者
を含めても十五人程度の援助寺院。駒井の左遷の理由は闇の中だが、本山周辺
から流れてきた話では、駒井の金銭問題が露見したという。

駒井は理事の立場を利用して、大石寺の弁当の発注を一手に引き受け、長年、
業者からリベートを受け取っていたようだ。

駒井の金銭欲は昔から異常なもので、観行坊住職時代、使い終わって残ったト
イレットペーパーの芯を「ミニ樒立て」と偽り、二百円で檀家に売っていた。

昭和五十六年十二月、安立寺の落慶入仏式で日顕が「最近の世相は、皆さん
も新聞紙上等において御承知の如く、多くの人々が色々と世法のうえの欲等に
迷い、上から下まで社会の様々の人々が色々と迷った姿を示しております」と
己自身の欲を棚に上げて語っていたが、欲に迷った坊主の一人が駒井(写真上)
である。

また、駒井は二人の所化を死に追いやった奪命魔でもある。昭和五十二年四
月十六日午後八時、大坊の西の寮が全焼し、当時、中学一年の所化・中村道勲
君が全身の五三%に大火傷を負い、気の毒にも約半月後の五月二日に亡くなっ
たが、その道勲君は駒井に叱られ、ふて寝していて火災に巻き込まれたという。

その約四ヶ月後の九月二十一日には飯塚道真君が急死。駒井に暴力を振るわ
れ、ヤケ酒のウイスキー一本を呑んでの急性アルコール中毒だった。合掌。

今度の安立寺(写真左)では、どんな悪事を働くか、講員各位は要注意である。

33検証会議:2009/02/05(木) 11:25:32
東京地裁 日顕宗檀徒を断罪


インターネット掲示板で学会を誹謗
損害賠償金80万円の支払いを命令

 インターネットの掲示板で悪辣なデマを流した日顕宗の檀徒・新宮英之
(豊島区目白)を相手取り、創価学会が起こした名誉毀損訴訟で、東京地方裁判所
(藤本博史裁判長)は3日、学会側の主張を認め、新宮に損害賠償金80万円の支払い
を命じる判決を言い渡した。

 新宮は2005年1月、自身がインターネット上に開設した掲示板サイト
「法華ちゃんねる」(06年に閉鎖)において、あたかも学会が、映画監督の故・
伊丹十三氏の死去に関与したかの如き印象を与える事実無根のデマを書き込み、
学会を誹謗中傷した。

 新宮側は「信用性の低いインターネット上の個人の掲示板に記載されたものに
すぎず、社会的影響力は弱い」等の言い逃れを図ったが、裁判所は新宮を厳しく
断罪した。

 判決は「インターネットの2ちゃんねるに掲載されていた情報を鵜呑みにした」
ものであり「情報収集をした上で表現行為に及んだものとはいえない」と判断。
インターネットで個人が発信する情報であっも、最低限の事実確認すらしていない
誹謗中傷は、不法行為として裁かれることを示した。

 また新宮側が、学会はネット上で反論できたのにしなかったと主張したのに対し、
判決は「名誉毀損を受けた側に対抗言論を行使する義務を課するがごとき考え方は、
被害者側の利益を不当に遇しているというべき」と明快な判断を示した。

 ネット上の名誉毀損行為をめぐっては、以前の勤め先の会社経営者をブログで
中傷した男を警視庁築地署が3日までに逮捕。先月30日には、別の事件で、
東京高裁が1審無罪の被告に逆転有罪の判決を言い渡すなど、関心が高まっている。

34検証会議:2009/02/12(木) 13:35:40
石山だより

平成二十一年二月九日

一、 間もなく、二月十六日宗祖大聖人御生誕七百八十七年の佳節を迎える。
世界が激動している今、立正安国論750年が始まったこの大事な時に、
阿部信彰が暴力事件を起こした。その事は、同盟通信で報じられていた。

 代々坊主にあらずんば、坊主にあらず。顕チャン、日如さん達の考え方だ。
だから、代々坊主でない者は、情状酌量もなく、処分されてしまう。
昨年十二月十九日(水)北海道・得成寺住職里内信徳師が宗務院総監室に呼ばれ、
八木と信彰から六時間にわたって監禁され詰問をうけたとのこと。始めに信彰から
僧侶にあるまじき下劣な言葉で叱責の上、話している内、異常に興奮した信彰が、
机を思い切り蹴飛ばしたところ、その机が里内師の膝を強打したようだ。


一、 信彰から謝罪もなく、里内師は、膝の痛みを六時間も我慢し、その間
鬱病の八木と畜生の信彰から、同じ事をネチネチ繰り返し詰問された。
阿部組の組長八木、若頭の信彰は、親分顕チャンの血脈だから心根が曲がっていて、
世間の常識が分からない。顕チャンは、愚かな息子にさぞかし、怒り心頭のはずだ。
平成十七年暮れ、八十三歳を迎える直前、本尊書写が出来なくなって、やむなく
日如さんに座替りした。隠居の身になって、痛風と糖尿病のため痛い足を引きずって、
政子と共に、世田谷・中町と蓮葉庵の間を通ってきたのも、バカ信彰を日如さんの後に
次を譲らせ親子三代にわたって法主にしょうと、散々苦労してきたのに、
今回の暴力沙汰で、その夢は水泡に帰してしまった。顕チャンが金に糸目を付けずに
谷平を使って不起訴を狙っても、傲慢と横暴に対して、本気になって怒っている
里内師は許しはしないだろう。


一、 全国の住職の皆さん! 信彰から過去に暴力を被った方々は、この際、
匿名でもいいので、富士宮署に投書してください。その数が問題なのです。尚、
テープを持っている方は、よければ添付してください。暴力は犯罪です。最後に、
日如さんが、鈍い頭でやっと考えた五十万総登山も七万五千の大会も、静かに進めて、
何事もなく終わらせたかったのに、「信彰のバカヤローは、俺の顔に泥を塗りやがって」
と内心怒っていることだろう。

(海軍パンチを持ち込んで、広宣流布はそっちのけ、
暴力と遊興を宗内に流布した一凶、顕チャン親子は永久追放せよ!
待ってはいられない北の援助鼠)

35検証会議:2009/02/13(金) 00:03:58
大石寺短信 第455号 平成21年2月12日(木)

日顕宗の動き

1、信彰の傷害事件で混迷する宗務院

 昨年11月に起こった庶務部長・阿部信彰による、北海道・得成寺住職・里内信徳への
傷害事件に関する続報。先月、里内が告訴した後、宗務院の不誠実な対応に怒った
得成寺の信徒が、全国の末寺などに事の真相を記した文書を配信。一方、宗務院は
「得成寺に関するお知らせ」なる文書を末寺に送って事態の沈静化をはかろうと躍起に
なっている。

 憂宗護法同盟の「同盟通信」によれば、寺の信徒が怒っているのは、「庶務部長と
いう要職に就く者が北の果ての網走から住職・里内を呼び出しておいて暴行に及んだ」
こと、また、「里内を大石寺に呼びつけた根拠の投書が反住職派の信徒の一方的な
言い分である」ということである。

 これに対し、宗務院の文書は信彰の暴行について一切触れておらず、「寺の経営が
破綻した」だの「信徒が呼び出しに応じなかった」だのと問題をすり替えようとして
いる。

 いずれにしても、普段から「聖地」「根本道場」などとうたっている大石寺で、
しかも宗門の要職に就く者によって引き起こされた傷害事件であり、ただ事では
済まされない。「同盟通信」は、宗会議員に対し、「今こそ臨時宗会を早急に開催し、
宗務当局にかわって今回の不祥事の解決に当たるべき」としているが、今後の成り行き
が注目される。

2、春なのに――大石寺でまたまた桜伐採

 大石寺でまたもや桜の木が伐採されている。経蔵と宝物殿の間で20本、宝物殿そばで
10本が切られ、さらに向原駐車場そばでも伐採が進められている。

 大石寺周辺の桜は、昭和47年の正本堂建立にともない、信徒の真心から植樹された
ものだった。しかしC作戦後、嫉妬に狂った日顕が平成5年に総坊前の約280本を切った
のを手始めに、13・14年には常灯ケ峰の桜を約200本、16年には総一坊・総二坊周辺や
池田山の桜を数10本、さらに17年には五重塔北側の桜を約230本、無惨にも切り倒し
続けてきた。

 伐採の口実は、「駐車場拡張・増設のため」「テングス病回避のため」とのことだが、
桜を枯死させるテングス病は手入れされていれば避けられるのであり、駐車場の拡張・
増設も、日顕・日如の勝手な思いつきによる結集大会のためである。何ともお粗末な話
である。

 桜花爛漫の春が近いというのに、切り株だらけの殺伐とした光景には慄然と
させられるが、いつまでたっても春来たらずの“永遠の冬”に突入した日顕宗を
象徴しているともいえよう。

3、明年の“大粛正”に戦々恐々の末寺住職

 本年の50万総登山、7月の7万5千結集の成果を踏まえて、明年は大粛清人事が
行われるという。在勤者を積極的に住職に登用し、一方で、働きの悪い住職はクビに
していくという噂だ。これを受けて、末寺住職が本年のノルマ達成に向け、血眼に
なっていくことが予想される。ノルマ推進のため法華講だけでは賄えきれず、これまで
以上に学会員にも食指が伸ばされることは必至。警戒を怠ってはならない。

36検証会議:2009/02/13(金) 01:07:25
新改革通信 第96号

平成二十一年二月十一日発行 発行元:日蓮正宗改革同盟

 "死ぬに死ねない"日顕の事情。
 信彰の暴力に、日顕の弟子一期生が反乱。信彰を次期法主にしようとする
日顕の野望も崩れる!宗内全体が成り行きを見守っている。


 すでに「同盟通信」等で報じられているが、網走・得成寺の住職・
里内信徳が庶務部長の阿部信彰から暴行を受けたとして、十二月十八日、
富士宮署に被害届を提出した。

 里内は、得成寺檀徒からの投書により、本山に呼び出され、阿部信彰から
査問を受けた。その際に、感情的になった信彰が机を蹴り上げて、それが
里内の身体に当たった。

 里内は痛みがひどく、いつまでも腫れがひかないので、病院に行ったところ、
「左腰打撲、内出血、左腰蓋骨骨挫傷で約一ヶ月の安静、加療を要する」
と診断されたというのだ。

 庶務部長という要職にある者が、このような暴力事件を起こすとは、
恥ずかしい限りであるが、なによりも、その当事者の信彰に何の咎めがないと
いうことが重大な問題であろう。


 ・信彰に咎めがないということは、日顕が宗門を私物化している証拠

 どんな理由があっても、実際に住職に怪我を負わせたのだから、信彰に
対しては何らかの処分があって当然である。
 なぜ、信彰は何の咎めを受けることがないのか。
 それは、単純明快で、日顕の息子だからだ。

 今の宗門は、完全に日顕に私物化された「日顕宗」である。
 だから、孫の正教は、得度した年に問題を起こして下山処分を受けたが、
還俗を逃れた。このことは、宗門人で知らない者はいない。

 そして、娘の百合子や政子が高級マンションを所有していたことが発覚しても、
表立った問題にならずに済んでしまった。

37検証会議:2009/02/13(金) 01:07:41
 ・日顕の弟子の反乱は日顕にとって大きな脅威

 今回の事件で、宗内の僧侶が一番、驚いたことは、信彰を告発したのが、他ならぬ、
日顕の弟子の一期生であるということだ。

 日顕の弟子の一期生は信彰である。日顕は信彰を次期法主にして、それを自分の
弟子が支えるという野望を持って越洋会を作った。
 ところが、自分の弟子の一期生がその日顕の野望を揺るがしたのだ。

 里内の告発は、実は、氷山の一角である。信彰の暴力体質は日顕譲りであるが、
日顕の弟子の中で、信彰の暴力の犠牲になった者は少なくない。
 特に、信彰の寺に在勤した所化たちは、日常的に殴る・蹴る、暴力を受けてきた。
 日顕は自分の弟子が信彰を支えると勝手に思い込んでいるようだが、日顕の弟子の
多くが信彰を嫌っている。里内の告発がそれを証明している。


 ・前法主に違背する前例を作ったのは日顕

 日顕が今、心配していることは、もし、信彰以外の者が次期法主になった時のこと
である。

 日顕は法主になった途端に、大奥から始まって、前法主の建立した建物を次々に
破壊し、日達法主の功績を悉く、消し去った。
 その悪事に対して、日達法主の弟子らは深い恨みを抱いている。

 同じことを次期法主が行い、自分の功績がすべて破壊され、遂には歴代から「除歴」
さるかもしれないと、日顕は自分で作った前例に怯えているに違いない。
 そのような悪夢を防ぐには、息子の信彰を次期法主にするしかない。ところが、
その信彰が自分の弟子に対して、暴力事件を起こしてしまった。

 自分が生きている間なら、信彰をかばうことができるが、もし、自分が死んで
しまえば、どうなるかわからない。信彰が今回の暴力事件のために、次期法主候補
からはずされる可能性もある。

 また、何とか信彰が法主になったとしても、果たして自分の弟子たちが信彰を支えて
いくのか。今回の自分の弟子の反乱で、日顕は不安を感じはじめている。だから、
日顕は死ぬに死ねないのだ。


 ・差別と服従しかない宗門

 宗門は「差別」と「服従」で成り立っている。

 日顕が弟子に暴力を振るうのは、弟子に絶対服従を強いるためである。
 そこに、真の師弟はない。だから弟子たちは日顕のことを陰で「クソジジイ」と
なじる。

 また、信彰が後輩に暴力を振るうのは、兄弟子である自分に服従させるためである。
 日顕の弟子の世界の上下関係は、「法臘」に基づいた差別で出来上がっている。
 彼らには師を求める向上心も、広宣流布への息吹も、同志愛もない。
 彼らが常に考えているのは、"相手より自分が上か、下か"だけである。
 自分より上であれば、服従を装う。自分より下であれば、支配しようとする。
 そして、その延長に、「僧俗差別」がある。信者は僧侶に服従し、僧侶の生活を
支えるだけの存在でしかない。

 大聖人は「此の十法界は一人の心より出で八万四千の訪問と成るなり、一人を手本と
して一切衆生平等なること是くの如し」(御書 五六四頁)と仰せであるが、宗門の
世界はこの対極にある。

 その元凶は日顕であり、宗門は日顕を手本として、差別の世界を作り上げている。
その先にあるのは、「自界叛逆」でしかない。

 今回の日顕の弟子の反乱は、その始まりである。宗内全体が、この成り行きを
かたずをのんで見守っている。(編集部)

38検証会議:2009/02/13(金) 14:10:20
勝ち戦 第130 号

2009 年2 月13 日(金)

埼玉布教区・軒並み下方修正
能安寺は信者が激減!
邪説で信者をた誑かす水島公正

宗門役僧が住職を務める都内の大寺院が、眼を覆うばかりの悲惨な折伏成果
を晒したことで、今まで執行部に散々締め付
けられていた全国の末寺住職達が、「やってられない! 冗談じゃない! 」と
ばかりに、一斉に匙(さじ)を投げ始めた。

埼玉布教区(藤本信恭支院長)でも、ほとんどの寺院が折伏目標を大幅下方修
正している。特に修正幅の大きい寺院を紹介する。(昨年の目標→今年の目標)
妙乗寺(三郷市)五〇→一五。啓信寺(鶴ヶ島市)五八→ 二八。宣行寺(草加市)
一八〇→一二〇。法勝寺(さいたま市)四〇→ 三三。妙本寺(南埼玉郡)五〇→
四〇。こうした折伏目標の大幅下方修正は、今全国の寺院に波及している。
「一人が一人の折伏」等と、土台無理な思いつきでぶち上げた、阿呆・日顕の
面目も丸潰れだ(笑)。

日顕宗の凋落ぶりは止まるところを知らない。折伏のみならず、各行事への
結集状況も低迷を極めており、大半の住職達が、「七月『七万五千人』結集は
達成不可能」と、既に白旗を上げている。

教学部長・水島公正が住職の能安寺(所沢市)でも、信者の寺離れに頭を抱えて
いる。

能安寺の昨年の各種結集状況は以下の通りだ。夏期講習会・目標三四九→結果
三〇九(▲四〇)支部総山・目標八八〇→結果七二八(▲一五二)本山御大会・目
標四三→結果二〇(▲二三)佐渡研修・目標七五→結果四四(▲三一)(バス二台
の予定が一台に減車)講費納入率・四四%! 破戒僧・水島は、七月の総会に信
者を掻き集めようと、いい加減な邪説を唱えて啓蒙を謀っている。一月十一日
の能安寺御講で水島は、「総会に出席した人が、理由を問わず、年齢を問わず、
意味を知っている人、知らない人を問わず、参加した人の命に深〜 く、御本
尊様の、仏弟子としての、その〜確信、仏性ですね、仏様の命が「ズバッ! 」
っと入るんです。地涌の菩薩、未来広宣流布の精鋭としてですね、選ばれたそ
の認証、判が「バーン!」と押されるようなものです」と、とんでもない邪説
を展開。殺人的総会に参加して、「仏様の命がズバッ?」「認証がバーン?」
どこのカルト教団だ!文証を示せ!まるっきり外道の説だ!「仏法を学して外
道となる」とは、日顕宗の輩のことを言うだ!

日蓮大聖人曰く、「我等が居住して一乗を修行せんの処は何れの処にても候
へ常寂光の都為るべし、我等が弟子檀那とならん人は一歩を行かずして天竺の
霊山を見・本有の寂光土へ昼夜に往復し給う」(最蓮房御返事)と仰せである。

日顕宗は、邪宗の都と化した大石寺を昼夜に往復して無間地獄だ!(コピー
可)

39検証会議:2009/02/14(土) 01:51:04
フェイク 第998号

(発行=09.02.12)

大石寺、また開花前の桜を伐採
苦悩と疲労の登山者、歓喜や功徳は何もない
「立正安国」の精神忘れて金集めの総登山

 大石寺で狂気の五十万総登山が始まって一ヶ月が過ぎた。「立正安国論」の
精神を忘れ、現実社会での実践は何もしないで、単なる人集め、金集めのための
登山には、歓喜も功徳も希望もなく、登山者には苦しみと疲労だけが残る。

 ところで、宗門では御開扉を商売と見做しているため、登山して御開扉を受ける者を
「お客さん」と呼んでいる。二月に入ってからは、その「お客さん」が激減し、
境内は閑散としている。「きょうの客は二百二十人だった」「今回は多かったな、
五百八十人もいた」という具合である。

 この調子で一年間、登山を続けても五十万どころか、数万人にするのも到底、
無理だと思われる。

 もともと、法華講員は数万人しかいないのだが、実は宗門と法華講には登山
者を増やす裏技があるのだ。

 一度の登山で二回も御開扉を受けさせて、二倍の人数にする。勿論、御開扉料は
一人から二回分、取り立てる。この種の手口は本紙第九九六号でも簡単に紹介した
ように、既に使い始めている。

 次に、一人の講員を毎月、登山させるという手である。そうすると一人の登山回数は
年間十二回になり、特別登山なども含めると十五回くらいは登山することになる。
 十人も活動家がいれば、累計で百五十人の登山人数になる。特に、活動家の講員が
減っている妙観講では「一度でも多く登山をしよう」と呼びかけている。

 登山者は高い交通費、それに御開扉料を何度も払って、ペラペラの安い「立正安国」
の袱紗を貰うだけである。
 この不景気な時に毎月のように登山する法華講員にとっては大変な負担になるが、
宗門側は講員の仕事や生活の心配など全く心に掛けていない。

 今の日顕にはバカ息子・信彰の行く末が心配のタネだが、日如ら坊主の関心事は
金集めと樹木の伐採だ。
 大石寺では東の山駐車場南側(大石滝東側)の杉や檜などを伐採し、根を
掘り起こしている(写真参照)。

 そして経蔵と宝物殿の間で桜二十本、宝物殿の傍でも十本を切り倒し、さらに
向原駐車場の傍でも伐採を進めている。常灯ヶ峰では、高所作業車を入れて
テングス病にかかった桜の枝打ちを行っている。

 向原駐車場では、桜の木を伐採して駐車場を拡張し、従来の駐車場との境に
一列、桜の大木が残っていたが、現在、これらの桜の伐採作業も強行している。


http://8004.teacup.com/cyeokunoken/img/bbs/0000634.jpg

40検証会議:2009/02/17(火) 23:56:37
フェイク 第999号

(発行=09.02.16)

「慧妙」のデマ記事は日蓮正宗の責任
会社化と住所変更で誤魔化す「慧妙」の愚策
宗内で嫌われ読者は減少、電話は常に留守電

新聞の体裁をした怪文書「慧妙」が今年から株式会社になり、住所も富士宮市
上条五二六から同市万野原新田三〇六九‐二二に変更した。これは日蓮正宗が
デマ記事の責任を逃避するための愚劣で姑息な策である。

というのも、東京高裁が昨年九月二十六日、「(『慧妙』は)日蓮正宗の意思を
反映するという面では、機関紙以上の役割を果たしていることが認められる」等と
判示。日蓮正宗(代表役員・早瀬日如)、「慧妙」の発行に関与している妙観講の
指導教師・小川只道、同講頭の大草一男、同紙発行人だった幡野直人らの不法行為を
厳しく断罪し、連帯して総額百九十万円の損害賠償金の支払いを命じたためである。

この「慧妙」のデマ記事は、平成十六年六月十六日付で、事実無根の悪辣な話を捏造し、
長野県在住の学会員の一家の名誉を著しく傷つけ、家族の逝去を悼む遺族の心情を
蹂躙したものであった。

この判決以降、「慧妙」の出鱈目、デマ、人権侵害の記事によって宗門や日如に責任が
及ぶのではないかと、心ある僧俗が心配しているところから、宗門と無関係を装うため
の今回の措置であることは明らか。
会社の所在地は、清昌に勤務している妙観講員Sの住居である。そこに住所を移し、
会社に変更したところで宗門の責任は回避できず、実態は何も変わらない。

法華講員や元講員から、よく聞くのは「慧妙編集室が何処にあるのかが不明だ。
得体がしれない」「妙観講員や一握りの人間が勝手に作っているだけなのではないか」
という話である。

ある法華講員いわく。「うちの住職が『慧妙』を毛嫌いしているので、購読を止めよう
と思って慧妙編集室に電話をしているのだが、いつも留守電。その留守電に購読を
やめる旨、メッセージを入れたのに聞き入れてもらえない。それ以後も、ずっと
『慧妙』が送られ続け、半年に一回の請求はチャッカリ来た。止めたいのだから
請求はおかしいと、抗議しようと思って電話をかけたが、やはり留守電。読んで
いない『慧妙』の代金を払わないといけないのか?」と困惑していた。

平日の昼間でも誰もいない変な編集室である。

今や不景気で、講員の財布も厳しい。そこへきて五十万登山の強要である。
毎月一回の登山は、大石寺の地元在住の法華講ならまだしも、地方の寺の講員に
とっては大変な負担になる。

そこで、読みたくもない「慧妙」を止めたいと思う講員が増えて当たり前。
しかも、株式会社となったところで、金を払うのは法華講員。慧妙が増えれば、
その分、寺への供養が減る。末寺坊主にとっては、ただの迷惑である。

因みに、当編集室でも購読していない。記事が裁判で断罪され、内容もつまらない、
住職からも疎まれる。これでは「慧妙」を購読するメリットは何もない。

 大草が日如に対抗

また、ある宗門関係者が〈「慧妙」は、株式会社「大日蓮出版」に組み込まれないため、
日如に対抗して別の会社組織にしたという見方が宗内ではある〉と説明していた。

 いずれにせよ、大草らしい姑息で、あくどい手口だ。

42検証会議:2009/02/20(金) 00:36:18
同盟通信 №127

(2009.2.12)

=庶務部長、北海道・帯広入りするも、里内師のところに謝罪に行かず=

 本年初の僧俗指導会が先週終了した。阿部庶務部長のB班は1月27日、
網走・得成寺が所属する北海道第3布教区の指導会が行われた帯広・法広寺に
赴いた。
 里内師は体調不良とケガの回復がはかばかしくなく、指導会に欠席した。

 指導会終了後、庶務部長は大方の予想を裏切って、得成寺に行くことはなかった。
折角のチャンスにもかかわらず、だ。帯広から網走までは冬場は5時間の道のり。
若干遠いにしても、27日の指導会は昼の開催、しかも、庶務部長のその後の予定は
翌々日の新潟布教区の僧俗指導会、時間の余裕は十分にあったはずである。
ところが、庶務部長は得成寺に行かなかったばかりか、反里内師派の信徒と密談して
いたところを何人もの信徒に目撃されている。

 庶務部長は網走まで足をのばし、里内師に、なぜ一言「悪かった」と言えなかった
のか。
 どうも、この親子、悪いことをしても謝れない性格を相伝しているようだ。

 母親は、あの「2億円マンション疑惑」にノーコメントを貫いた。貪窮に喘ぐ末寺の
多くの住職・寺族がマンション疑惑を報じた「同盟通信」を手にがっくり肩を落として
いた事実に、無視を決め込んだ破廉恥ぶり。純粋な僧俗ほど失望した事件だった。
それに親父の隠尊の異常な暴力癖はつとに有名だ。

 息子の庶務部長が里内師に暴行を働いた今回の事件。この事件は閉鎖的な宗内に
横行する凶暴な暴力事件の“氷山の一角”である。そのなかで今回、里内師は宗門の
悪しき体質に敢然と勇気ある行動をとったのである。

 宗門がこうした事態に自ら対処できない以上、法によって裁かれ、世間に恥をさらけ
出すことによってしか、宗門が正常化していく道はない。
             (憂宗護法同盟員より)

44検証会議:2009/03/01(日) 12:24:47
大石寺短信 第456号 平成21年2月26日(木)

日顕宗の動き

1.一転、「7万5千」に小学生も招集

 「夏場に屋外で開催するため」として、7月の7万5千総会への参加枠から
外れていた小学生が、ここにきて一転、4年生以上に限り参加させられることに
なった。執行部は「調査の結果、小学生の参加に関する要望が多く寄せられ」た
というが、要するに、各末寺から「せめて小学生でも参加させないとノルマは
到底無理」といった悲鳴が噴出したための措置にほかならない。背に腹は代えられない
というわけだ。

 ともあれ、執行部でさえ小学生の参加をためらったほどの、夏場の無茶苦茶な
結集総会。運営側の坊主たちは他人事のように「死人が出るかもしれない」と
ささやき合っているという。

 灼熱の太陽の下で行われる総会もさることながら、当日の御開扉の態勢も
尋常ではない。初回は日の出前の朝4時20分に始まり、午後8時の最後の回まで
計16回も行われるが、予想されるのは御開扉を待つ参加者の長蛇の列。長旅の
直後にもかかわらず、炎天下の屋外で立ったまま延々と待たされるのだ。

 休憩場所も少ない。本山内の建物には、無理に詰め込んでも4万人弱しか収容
できず、仮設テントの数も限られている。バスの中で休む手もあろうが、800台の
バスが駐車場を確保できず、はるか遠方で待機せざるをえないという。これでは、
疲労や熱射病で倒れる者が続出することは必至。また、雨が降ったら降ったで、
多くの参加者が濡れネズミになることは避けられない。

 どう転んでも、待ち受けているのは"地獄絵図"。日顕、日如の思いつきによる、
この狂気の総会、強行されたなら"未曾有の大愚行"として歴史に深く刻まれるだろう。

2.21年度の得度者が決定

 このほど、平成21年度得度者の募集・審査があり、小学6年生の子どもたちが対象の
少年得度では17名が合格。一般得度では1名が合格した。財政がひっ迫し、新しい寺が
できる可能性が限りなくゼロに近い中、わずかこの5年間で100名近くもの"無任所教師
要員"が増えたことになる。

 少年得度の17名中13名が坊主の息子。親のメンツのためとはいえ、12歳程度の
子ども達に、真っ暗な未来を押しつけることなど無惨極まりない。

3.3月の予定

 1日(日) 広布唱題会(本山・末寺)
 8日(日) 御講(末寺)
 20日(金) 秋季彼岸会(本山・末寺)

45検証会議:2009/03/01(日) 12:25:14
フェイク 第1000号

(発行=09.02.28)

宗門は言論統制が厳しい閉鎖社会
第一〇〇〇号を迎えた日顕宗攻撃の文書
本紙の論陣に多くの愛読者から称賛の声

一千号記念 ご挨拶

 本紙「フェイク」は平成十年一月の創刊以来、丁度、一千号の記念すべき節目を
刻むことになりました。

 読者の皆様、情報を寄せてくださる宗内僧俗の方々に感謝申し上げる次第です。

 また、本紙を配信してくださる人、外国語に翻訳して広く全世界に伝えておられる
関係者に深く御礼申し上げるものです。

 はじめに正義の論陣への称賛と共に「フェイク」の題号の由来に関する問い合わせが
ありますので、この点に触れておきます。詳細は創刊号で述べましたが、「フェイク」
とは本来、「いかさま」「模造品」「トリックプレー」の意味ですが、それは本紙の
記事が、いい加減な内容だという事では決してありません。

 法主詐称の日顕が「ニセモノ」で、日蓮正宗の在り方が日蓮大聖人の仏法とは遠く
かけ離れ、身延派を「模倣」しているとの意味です。

 そもそも日蓮正宗の名称にしても、要法寺の僧が考えたものを無断で盗用しているの
です。

 更に、本紙の創刊当時、アメリカの映画「フェイク」が全米で大ヒットし、日本でも
絶賛上映中であったところから、これに因んで名付けた題号です。

 この映画「フェイク」は、マフィアに壊滅的な大打撃を与えた米連邦捜査局
(FBI)捜査宮の実体験を映画化したもので、実話ならではの衝撃と緊迫感、人間と
して学ぶべき信念、生き方が集約されていました。

 本紙は、マフィアよりも、もっと悪質な邪教・日蓮正宗を標的に壊滅させるまで
徹底的に糾弾していきます。

 次に、本紙を発行しているのは日蓮教団メディア・アカデミーですが、住所、
連絡先、編集スタッフなどの詳細を明かしていないのは情報源や関係者の方々に、
ご迷惑を及ぼす懸念があるためで、記事の内容は全て真実です。

 本紙の発行元が不明であることにより「怪文書」だと決め付けないでいただきたい。
それほどまでに宗内で自由に発言することは難しいという現状を知ってほしいと
思います。

 例えば、花野充道が約五年前、日顕の慢心を打ち砕く勇気ある文を雑誌「道心」に
書いたことで左遷され、最近では半僧半俗の生活を余儀なくされています。

 約二年前には能化の光久日康が「学会を破門したから宗門が疲弊した」と正論を
述べ、全国教師講習会で謝罪させられました。男女問題には寛大な宗門も言論統制は
厳しく、自由闊達な論談の気風はありません。

邪宗攻撃の意志を継承

 思えば、宗門が「C作戦」を断行した直後の平成三年一月一日に創刊された「地涌」
が連日、宗門の醜態を報道し、その正確な速報には定評がありました。

 すると、日顕と大草一男が共謀して「慧妙」を作り、デタラメな記事を書き殴って
いますが、悪辣な「慧妙」に対抗して創刊されたのが「勝ち鬨(どき)」で、宗門の暗黒史
や妙観講の策謀を暴露しました。今は「地涌」、「勝ち鬨(どき)」は発行されて
いないが、本紙は両紙の編集方針を継承し、今後も邪宗攻撃を持続していく所存です。
ますますの御愛読をお願いする次第です。

                      青葉 茂、編集室一同

46検証会議:2009/03/06(金) 17:03:38
新改革通信 第97号

平成二十一年三月四日発行

"死ぬに死ねない" 日顕の事情(二)。

 日顕を脅かす「相承箱」は時限爆弾。爆発すれば、六十七世、六十八世は吹き飛び、
宗門はリセットされる!

 日顕には死ぬに死ねない事情がある。

 一つは、前号で述べた通り、自分が生きている間に信彰を法主にしないと、
自分の死後、日顕の名が歴代から削除される可能性が大きくなる。

 それだけではない。何よりも大きな問題は「相承箱」の行方である。
その鍵を握っている人物は日達法主の弟子の中にいると言われているが、その他にも
いた。それは河辺である。

 ●「六十七世はいないんだ」と発言した河辺

 河辺が「六十七世はいないんだ」と発言したことは、今では宗内で知らない者は
いない。

 河辺は、はったりを言う人間ではない。確証がない限り、そのような重大発言をする
はずがない。

 河辺のやり方は、相手の弱みになる証拠を掴み、その証拠を相手につきつけるという
ものだ。

 例えば、河辺は日顕の"大御本尊偽物発言"のメモで、二度、日顕本人を脅かしている。

 一度目は、河辺が昭和五十五年六月に、徳島の敬台寺から東京・江東区の妙因寺に
栄転した時である。河辺は、"戒壇の大御本尊は偽物だと言ったことをマスコミに流すぞ"
と日顕を脅した。

 二度目は、平成十一年に、河辺が札幌・日正寺から新宿・大願寺に移った時である。
メモを書いた本人であるにもかかわらず、何の咎めもなく、新宿という一等地の寺に
入るという異常な人事がこのメモの信憑性を一気に高めた。

 このように、死ぬ間際まで日顕を恐喝し続けた河辺が「六十七世はいない」と言った
裏には、日顕が血脈相承を受けていない確証があったに違いない。そしてその中には
「相承箱」の行方も含まれていたのだろう。

 ● 日顕の死後、日顕派の勢いは失われる

 河辺が亡くなり、脅威は去ったかと思ったが、そうではない。日顕は「相承箱」の
ことが頭から離れないに違いない。

 今、「相承箱」は一体、どこにあるのか。そして、その「相承箱」がいつ、宗内僧侶
の目の前に現れるのか。

 一番、可能性が高いのが、日顕の死後である。なぜなら、今は血脈を自己申告した
日顕本人がいるから、それを支えているもの達はまだ、勢いがある。しかし、血脈を
自己申告した当人がいなくなれば、それを支える物たちは必ず、勢いがなくなるからだ。

47検証会議:2009/03/06(金) 17:03:54

 ●日顕の死後に「相承箱」が出て来たら・・・

 では、日顕の死後、「相承箱」が出てきたら、何が起こるか?

 まず、問題になるのは、相承を受けた日顕が実際には、「相承箱」を持って
いなかったことだ。ということは、血脈相承はなかったということが確定されても
おかしくない。

 少なくとも、日顕が相承を受けたことが「自己申告に基づく策略ではないか」という
疑惑が出る。

 そうなると宗内には、「相承箱」を持つ人物、もしくはグループと、「相承箱」は
ないが、「自分が指名された」と主張する日顕の流れを汲むグループの二派が存在する
ことになる。

 ●宗門の「南北朝時代」が始まるか

 そこで主導権を持つのは、「相承箱」を持つ人物ないし、グループである。
自己申告した日顕がいないのだから、「相承箱」の存在価値は絶大である。
そうなると、宗門のとる道は二つである。

 ①、テレビゲームがリセットされて、最初のステージに戻るように、歴代もリセット
され、六十六世日達法主が亡くなった状況から、再出発となる。
 すなわち、六十七世はもちろんのこと、偽りの六十七世が指名した六十八世も無効と
なり、歴代系譜から削除されるということだ。

 ②、かつての「南北朝時代」のように分裂である。
鎌倉時代末、天皇家は皇位継承を巡って大覚寺統と持明院統に分裂した。そして、
足利尊氏が三種の神器を接収し持明院統の光明天皇を擁立して北朝を開き、後醍醐天皇
は吉野へ逃れ、「北朝に渡した神器は贋物であり光明天皇の皇位は正統ではない」と
主張して吉野に南朝を開いた。

 これと同じようなことが、起こり得るということだ。「相承箱」はまさに宗門に
とって「三種の神器」だ。もし、そうなれば、日顕派は"相承箱は偽物"と騒ぎ立てる
だろう。

 ●信彰が法主になれば、信彰が分裂の起爆装置に

 宗門にとって、最悪のシナリオは、信彰が法主になることだ。そこに「相承箱」が
出現すれば、一気に宗門が分裂に動く可能性があるからだ。

 日顕の弟子も含め、多くの住職らが"バカ信彰の下にいられるか"と言って、
「相承箱」を持つグループに流れ込む。しかし、信彰はバカだから、法主の権威を
振りかざして、"俺様に従わないものはクビだ"と事態を悪化させ、「相承箱」派が
急増し、分裂が決定的になるかもしれない。

 "死ぬに死ねない"日顕の前に、いずれにしても、「相承箱問題」という時限爆弾の
タイマーは動き出し、刻々と日顕派を破壊する時を待っている。(編集部)

48検証会議:2009/03/06(金) 17:04:21
越 洋

平成21年3月4日

 最近、法華講がシアトル事件はなかったと盛んに喧伝しているので、その
「真実の証明」をしておきたい。長い人生において、過ちは一度や二度はあるだろう。
阿育大王を例に取るまでもない。人は過ちに気付いた後、懺悔と反省の上に人々の
ために尽くす生き方になるのが当然である。

 だが、例外がある。阿部信雄という男である。教学部長当時の昭和38年3月19日
にアメリカ・シアトルで世界広布史上、初めての出張御授戒が行われた。その重要性も
わきまえず、夜中、煩悩の赴くままに売春婦を相手に買春し、料金でもめ、言葉が
通じないことから大騒ぎとなり、警察沙汰になった。その時、ヒロエ・クロウさんが
駆けつけ事件にならずに済んだのである。

 その頃、日蓮正宗といえば、坊さんの間では、卑猥な写真を見せ合うような事が
風潮となっていた。

 信徒は日夜、寝食を惜しんで一生懸命、折伏に励んでいたのに、坊主は低次元の
興味しかない。広宣流布、令法久住を願う信心などさらさらなかった。だから、
病気で悩んだり、生活苦で困っている信徒の指導など出来るわけがない。
 ましてや、御本尊を真剣に拝んだこともなく、信じてもいないから、口では功徳を
説いても確信がない。結局、日顕のように「拝みすぎると身体に悪い」と言い、
「戒壇の御本尊は偽物」とまで言い出す始末だ。

 昭和35年10月、池田会長の第1回アメリカ訪問以来、その渾身の激励に応えて
活発な布教活動を展開し、会員が飛躍的に増え始めた。当時のアメリカの会員にとって
出張御授戒は待望久しいものだった。その成功を願って、ヒロエ・クロウさんをはじめ
多くの人々が準備に当たり、どれほど筆舌に尽くせぬご苦労をされたことか。日顕は
メンバーの苦労を知ろうともせず、自分の享楽だけを考えていたから、あんな事に
なってしまった。シアトル事件は起こるべくして起きたというのが真実だ。いかに
シアトル事件を否定しても決して事実を消すことは出来ない。

 「シアトル事件の裁判」は終わっても、「シアトル事件」は終わらない。
  リメンバー シアトル事件 !!

 「出ない出た 証言変えて 嘘ついた」

49検証会議:2009/03/07(土) 01:25:11
フェイク 第1001号

(発行=09.03.06)

登山強要、供養収奪が立正安国か?
宗門が「小学生も集める」と言い出した背景
無慈悲な宗門、大雪のなか震える登山者

 法華講の機関紙「大白法」三月一日号では一面の大半を使って、第八回立正安国論
正義顕揚七五〇年記念局委員会を二月十八日に開いたと報じている。

 仰々しく委員会を開いて決めたのは、三門の塗装などの説明の他は、炎天下の総会に
小学四年生から六年生までの参加も認めるというものだった。そうしないと、
総会当日、会場の空席が目立ちすぎるからである。

 この小学生の参加についての弁解が面白い。「(総会の参加資格について)小学生以下
の子供等は認めない旨をお知らせして参りましたが、昨年、実施した参加推進状況の
調査の結果、小学生の参加に関する要望が多く寄せられた」というのである。

 これは「全支部が割当人数を必ず達成するように」との記念局通達に沿わない末寺
坊主は、暴力僧の阿部信彰らによる査問、左遷の他、暴行を加えられる恐れが十分に
予想されるから、小学生の参加を要望したにすぎないのである。

 その小学生の参加要件として「指導教師の許可を得る」としているが、単なる建前。
要望した側の坊主が許可しない筈はない。

 また「親が承諾のうえ、必ず父兄が同伴する」「全登山日程に対して親が全責任を
持つこと」と謳っている。つまり、宗門側は一切、責任を取らない、ということで
ある。

 更に「大人と同様に行動できる信心、体力、精神力、協調性のある子供に限定する」
ということだが、そんな小学生が法華講の中にいるのか?今の日蓮正宗には所化に
しろ、教師の坊主にしろ、体力だけはあっても、信心も精神力も協調性も全く無いでは
ないか。

 坊主共に無いものを信徒の子供に要望するとは無理難題というものだ。

 さて、去る三日、大石寺は大雪に見舞われ、その極寒の中を二百五十人ほどが登山。
なかには車椅子で登山した講員もいて、気の毒なことに、三門の陰で身を潜めていた。
他の登山者も雪で重くなった傘をさし、背中を丸めて寒そうに下山していた
(写真参照)。

 三月一日号「大白法」の「異流義破折」欄で「『立正安国』はどこへ?」の見出しを
立て、学会の世界への拡大・興隆、芸術部員の活躍、テレビCM等に嫉妬して、
見当違いの悪口を並べているが、笑止千万!

 宗門には立正安国の精神、実践が全然ない。日顕ら坊主は法華講の供養で贅沢三昧
するしか能がない。講員に年間十回以上も無理な登山を強要して、供養を搾り取り、
真夏の灼熱の太陽の下、屋外での総会に子供まで集める愚挙が「立正安国論」と、
どんな関係があるのか?

http://8004.teacup.com/cyeokunoken/img/bbs/0000643.jpg

50検証会議:2009/03/17(火) 00:35:13
顕正会短信

2009.03.16

「教学主任」の影響力は健在か?㊤

 顕正会会長の浅井昭衛が昨年11月の総幹部会で、よもやあるまいと思われていた
「総合女子部長の交替」という人事を発令し、昭和49年の就任以来35年の長きに
わたって「女子部長」を勤めてきた加藤礼子を「いままでご苦労様でした」という
一言と共に「教学主任」という新設ポストに追いやったことは既報の通りだが、
この人事を巡って一時インターネットのあるブログで論争が起こった。

 それは「今後の加藤の顕正会内における影響力は」というもので、問題提起をした
論者は「今回の女子部人事は加藤の意向が働いている。新総合女子部長は加藤の傀儡
だ」と主張し、ブログ主は「第一線を退いたのだからもはや影響力はない」と反論して
いたようだが、二、三回の応酬で話は終わってしまったようだ。

 今回総合女子部長となった大沼の直前の役職は「第3女子部長」だったので、
その上の「副総合女子部長」を飛び越した2階級特進である。最高幹部の昇格人事と
してはいささか不自然だ。というのは、二人いた「副総合女子部長」河野某と大澤某の
いずれも昇格せず、大澤に至っては今回の人事を機に動静が消え、顕正新聞紙上でも
見かけなくなった。

 加藤はこの大澤との確執があったという情報もあり、推測の粋だが加藤が、混乱が
顕在化する前に事態の収拾を図ろうとした浅井に対し、自身の交替の見返りに大澤の
更迭を要求した可能性も捨てきれない。また、河野は第2女子部長と副総合女子部長を
兼任していたのだが、年齢的には大沼より若いと思われ、この点から考えて入信暦
20年余の大沼が昇格したというのが妥当な考えだ。
 問題はこの人事に加藤が絡んでいたかどうかだが、加藤の交替の本当の理由は
健康上のものだ。ここ一、二年で顕正新聞紙上に載る加藤の写真からは、急激な衰えの
相が見えていた。実際、昨年5月の総幹部会での登壇以降、会合での登壇の様子が
報じられず、12月初めの女子部班長会の席上、女子部旗返還に立ちあったのが
最後のようだ。

 さて、加藤が教学主任に就任して最初のイベントとなった「登用試験」と、数年
ぶりに行われた「五級試験」はいずれも全問「一文字の穴埋め」というものだった。
 登用試験は浅井の「折伏理論書」から、五級試験は同じく浅井の著書
「南無日蓮大聖人」からの出題で、問題作成にとりたてて難しい部分はなかったはずで
ある。浅井の駄文を所々虫食いにすればいいだけの話だ。もしかして「教学主任」には
問題作成の権限は与えられていないのか?だとしたら「教学部一級部員」の加藤には
屈辱のポストだが……。

51検証会議:2009/03/18(水) 13:42:29
フェイク 第1002号

(発行=09.03.12)

葬儀で悪侶の導師は堕地獄の因
友人葬を批判する「妙教」の愚論を砕く
多額の供養に加え、車で送迎したうえ「お車代」も

 日顕宗の金僣けの手口は、本山の建物などを建て替えるという名目で莫大な供養を
集める他は、葬式と塔婆である。この葬式と塔婆供養の収入がバカにならない。
「年に二〜三回も葬式があって、塔婆供養をさせれば楽な生活できる」という坊主も
いる。だから彼岸が近づくと「塔婆供養」を呼びかけて一本二千円の高額な塔婆を
林立させるよう働きかけるのが常である。

 そのうえ「妙教」三月号では、坊主の金儲けにならない友人葬、同志葬について
批判し、僧の導師が必要だと哀れな程、収入源の確保に躍起になっている。

 しかし、日顕宗の思惑とは裏腹に、堕落坊主に葬式を頼む人は法華講も含めて
年々減少している。それは社会全体が葬儀を柔軟に考える時代になってきているから
である。その新しい葬儀の最先端をいくのが約二十年前に始まった「友人葬」
「同志葬」「学会葬」で、すでに社会に定着した感がある。これは葬儀に携わる
学会儀典部の方々の誠実な振る舞いの賜物といえる。

 その結果、信仰していない参列者も「感動した」「厳粛で清々しい葬儀だった」
等と共感し、今では「学会員ではないが、自分の時も友人葬で頼みたい」という声も
多く聞かれるし、なかには「入会したい」と申し出る人も現れる程である。

 葬儀には僧を呼んで引導を渡してもらうというのは、江戸時代の檀家制度の
名残にすぎない。そんな誤った旧習を打破し、仏法の本義に則った友人葬・同志葬を
完全に定着させていくことも現代の宗教改革であり、識者からは多くの賛同の声が
寄せられている。

 そもそも、葬儀そのものは、故人の成仏に何の関係もない。むしろ、僧侶の導師は
堕地獄の因になる。役僧の導師でもF講頭はムンクの「叫び」に似た悪相だったのが
何よりの証拠だ。

 葬式仏教に成り下がった日顕宗の坊主にとって、商売はあがったりだろうが、
大聖人の仏法では自分自身が唱題し、仏道修行に励むことが成仏の根本であり、
その功徳を故人に回向することが追善供養になる。

学会の路線は不変

 かつて、学会でも坊主に葬儀を依頼した際、多額の出費、威張り腐った坊主の態度は
異常だった。例えば、高級軍で送迎したうえ多額の御供養の他に「お車代」として
数万円ほど包むのが、「常識」とされていた。車代の二重取りだが、こんな悪習が
蔓延していた。

 「妙教」では、平成三年に入って学会が「様々な化儀の改変を企てるようになり」
と述べて「本宗僧侶の導師を得ずに」等と泣き言を並べている。子供向け雑誌のような
幼稚な「妙教」編集部は知らないだろうが葬儀に坊主を呼ぶ必要が無い、というのは
以前からの学会の路線である。

 昭和四十三年十一月度の本部幹部会で、当時の池田会長は「葬式に必ずしも御僧侶を
呼ぶ必要はないのです」「御書を見ても、塔婆を何本立てなさいという指導はいずこ
にもない」等と指導。これは今と同じである。

 変わった点は「御僧侶」が「坊主」「悪侶」になったくらいで、指導の本質は
一貫して不変である。

 腐敗坊主に清楚な友人葬を批判する資格はない。

52検証会議:2009/03/18(水) 13:42:53
フェイク 第1003号

(発行=09.03.13)

記念展も布教講演も大不評!
日顕宗の「五十万総登山」に苦情が殺到
弁当も粗悪、各地の講員が「二度と行かない」

 日顕宗の「五〇万総登山」がスタートして早や三ケ月に入ったが、各地の
法華講員からは苦情が殺到している。なかでも、宝物殿での「立正安国正義顕揚
七五〇年記念展」は非常に評判が悪い。一泊登山者は次の日も二回目の御開扉を
受け一度の登山で二度も登山したようにして下山させているが、下山の途中でバスに
乗って宝物殿に寄って、強制的に記念展を見せている支部もあった。だが、講員から
「あんな物は一度見ればもう結構だ」という感想が相次いでいる。展示の内容も
今まで大講堂二階のロビーに展示していた粗末な物ばかりで、何一つ珍しい展示物は
ない。支部活動の写真のバネルを見ても面白くも何ともない。

 次に、配給される弁当も「記念弁当」とは名ばかりで、市内のコンビニで売られて
いる弁当に比べると質量共に劣る(下の写真参照)。

 各坊で登山者に配っても余るという。申し込んだ講員が登山していないためだ。
以前は残りを大坊の所化小僧に配っていたようだが、食べ盛りの所化でも今は飽きて
食べないらしく、処分に困っているということである。奉安堂周辺に群れるカラスの
餌付け用として使っているのではないか、との説もあるが、真偽の程は不明である。

 因みに、この弁当代は八百円、お茶は五十円で計八百五十円と値段は高いが、
ある登山者は「コンビニヘ行けば三百五十円くらいで、もっと良い弁当が買える」と
語っていた。

 なかには坊主が弁当代をピンハネしているのではないか、と言う人もいるらしい。
いかに日顕宗が悪党揃いでも、そこまでは疑いたくないが、いずれもしても、
質も悪く、量も少ない。老人向けに量が少ないのだろうが、若い人には足りないの
ではなかろうか。


俄布教師の話に辟易

 また、御開扉のある日に布教講演会を行っているが、これがまた、予想以上に
大不評なのである。

 掃いて捨てるほどいる若い坊主共が布教師に任命されているが、修行も、折伏の
実践もしていない苦労知らずの坊主が演台に立って偉そうに話をしても、登山者の心
には何も響かないのである。

 ある登山者は「こんな俄仕立ての布教師の講演など、もう二度と聞きたくない」と
言っていた。そのため登山する講員は次第に減ってきている。

 一人の婦人講員は「来月は申し込んでいるから仕方なく登山するが、その後は、
もう来たくない。七月の大結集総会には来ません」と、きっぱりと言う。

 各地の講員も総登山に対しては非常に冷めている。
「(所属寺院から)何度も登山に行くように強要されているが断る」と断言した。

 「五〇万?
   カラスの数か
    登山者か 」

53検証会議:2009/03/18(水) 22:52:59
顕正会短信 2009.03.13

餌を撒いて神奈川にテコ入れが必要なワケ

 1月に新潟で未成年の会員が逮捕されて以来、顕正会では内部の引き締めに躍起に
なっている。

 2月になって、「3月20日に神奈川決起集会」「5月6日に仙台で1万人の女子部幹部会」
と大規模な集会を告知、次いで2月度総幹部会では浅井昭衛のロから「来年(平成22年)
新・水戸会館を3階建てで建設」「新・横浜会館は4階建て」との発表があった。また
「山形会館」建設予定地周辺に「謀略ビラがまかれた」との登壇や、「ガンが消えた・
治った」という登壇が二題行われるなど、情報を詰め込まれ過ぎた会員らは消化不良を
起こしているに違いない。「神奈川決起集会」とやらは、「新・横浜会館」建設に
向けての餌まきだ。神奈川といえば以前は男子部が猛烈な勢いを見せていたのだが
昨年後半、男子第二部長だった中井某が「療養」を理由に突如表舞台から消えて
しまってからというもの、現存の大久保某、富高某といったまとめ役の幹部連中が
求心力を失っているのだ。神奈川だけでも男子部部隊は横浜に3つ、藤沢に1つ、
小田原に2つあるのだが、横浜の2隊と21隊、藤沢と小田原の部隊が大久保の指揮の元に
あるのに対し、10隊だけは富高が隊長を兼任しているのだ。実は富高はお荷物・東北の
部隊の面倒も見なくてはならず、地元神奈川の連中をかまっているひまなどないのだ。
これでは団結のしようもあるまい。そして女子部。不思議と神奈川女子部という集団は
顕正新聞紙上でも目立たないのだ。いま女子部で勢いのあるのは、北東北と沖縄ぐらい
のもので、札幌会館ができる予定の北海道でも、盛り上がっているのはオホーツク沿岸
の北見周辺だけのようだ。

 そういった状況の中、昨年12月の総幹部会で「新・横浜会館」という餌をまいて
神奈川エリアの盛り上がりを期待した浅井だったが、その雰囲気がないことを察して、
今年初の勧誘強化月間である2月中旬に急遽「決起集会」とやらを打ち出したのだ。
ということは、更なる勧誘獲得の餌として「新・横浜会館」の完成予想図などを発表
するのか。4階建てらしいが、果たして予定通りに事が運ぶか。いま建設中の
「新・沖縄会館」は当初3階建てと発表されたが結局2階建てに変更された。現在の
沖縄会館は賃貸ビルの2フロアを使っているので、単に賃貸物件が自前物件に変わる
だけで、規模はほとんど変わっていないのが現状だ。沖縄会館の完成によって「会館」
として残る賃貸物件は横浜会館と水戸会館だけとなる。水戸会館の話題については
次号以降で触れることにする。

54検証会議:2009/03/21(土) 01:06:44
海外通信

2009.3.20

昨年12月、日本に来た外国人旅行者は24%減
海外登山の信徒の負担は「円高」で、1.5倍〜2倍に
「正義宣揚の年がなぜ、100年に一度の大不況になるのか?」

 昨年12月に日本を訪れた外国人旅行者は、前年同月より24.1%(16万2700人)減の
51万3700人と、5カ月連続で前年割れしたことが、独立行政法人「国際観光振興機構」
の推計で分かった。

 20%を超す落ち込みは新型肺炎(SARS)が流行した2003年6月の20.1%減以来
5年6カ月ぶりとなる。

 また、昨年9月に、アジア/太平洋地域で行われたMasterCardの調査に、「今後
12ヵ月間に、同地域内の消費者の70%が自由裁量支出を減らすと見込まれています」と
ある。この「自由裁量支出」とは「外食、個人旅行、教育費」などである。

 これらの原因は、すべて世界同時不況と円高である。
 日本までの渡航費は、欧米や主なアジアの国では、円高の影響で、1.5倍になって
いる。最も円高の影響を受けているのは韓国で、渡航費は今までの約2倍になる。

 航空券代だけではない、日本滞在中の費用も倍近くになるのだ。

 この100年に一度といわれる世界大不況の中、宗門は無謀にも、大規模な海外登山を
行おうとしている。

 ある壇徒は「正義宣揚の年がなぜ、100年に一度の大不況になるのか?」と疑問を
訴えている。しかし、壇徒の幹部も住職も、ただ「登山をすれば功徳がある、宿命転換
ができる」と言うだけだ。壇徒がもし、キャンセルをしようものなら、「あの人は信心
がない」と言われるから、皆、借金をしてでも、登山するという。

 宗門にとっては、壇徒の生活がどうなろうと関係ない。"良くなれば、宗門のお陰、
悪くなれば、自分の宿命"というわけである。本山にいる坊主が宿命転換出来ないのに、
海外から登山しても宿命転換が出来るわけがない。

 海外の住職は自分のクビがかかっているから、必死である。数を出さないと、
気楽で、贅沢な海外生活を手放さなければならない。特に女房たちにとっては、
日本に戻ることは、"買い物天国・エステ天国"から"密告地獄"に堕ちるようなもので
ある。鬼のような形相で、壇徒に"何としても、登山に行け"とわめいている。

55検証会議:2009/03/21(土) 10:43:19
大石寺短信 第457号

日顕宗の動き

1.止まぬ収奪の嵐−「三門塗り替え」が記念事業に追加

 「立正安国論正義顕揚750年」の記念事業に、新たに2年後の三門塗り替え工事が
追加されることになった。3年前に始まったこの記念事業、目玉は御影堂の改修
だったが、耐震工事の名目で同時に始まった搭中坊10カ坊の建て替えが、いつしか
18カ坊に拡大、御影堂の改修にとって代わった。さらにここにきて、三門の塗り替えが
新たに加わったのだ。まさに、やりたい放題である。

 当初、記念事業の予算は110数億円だったが、昨年2月に170数億円となり、このほど
180数億円に増額された。信者からの供養は120億円を見込んでおり、昨年まで90億円
集めたので、今後、残りの30億がさらにむしり取られることになる。

 未曾有の経済不況に信者があえぐ中、そんなことはお構いなしの苛烈な収奪計画。
先ごろ行われた750年記念局委員会の席上、委員長の総監・八木からは、供養が
集まった話はあったが、御礼やねぎらいの言葉はひと言もなし。

 信者の痛みなど知ろうともしない、冷酷な日顕宗執行部の面々。そのうち、
「今度は五重塔の塗り替え工事をやる」と騒ぎ出すだろう。そして新たな収奪を
始めるに違いない。

2.失敗必定の「750億遍唱題行」

 国内の法華講員「15万人」に対し、4月1日から7月9日までの100日間、一人が一日
5000遍(2時間)の唱題をするよう通達があった。題して「750億遍唱題行」。
宗内文書によると「『立正安国論正義顕揚750年記念7万5千名大結集総会』の完全勝利」
のためだという。しかし、末寺も信者も納得するはずがない。時間を定めて実行する
よう強制するなど非現実的な内容であるうえに、「750億遍」の意義付けが明確でない
からだ。

 平成6年の「六万搭建立」の時も、法華講員「12万人」に対し、「600億遍唱題行」と
銘打って、やはり100日間で一日5000遍の唱題を強要したが、言い出しっぺの日顕から
してサボリ続けた挙げ句、失敗に終わった。

 何のことはない。今回は、平成6年の時の法華講員数「12万人」を「15万人」に
変えて、「600億遍唱題行」を「750億遍唱題行」にしただけのことだ。しかし、
平成6年から今日までに法華講員は3万人も増えたのか。ありえない話である。学会と
別れた平成3年以降、信者数は激減の一途。折伏も毎年、惨敗続き。「3万人も増えた」
と言ったところで、いったい誰が信じるというのか。

 そもそも、唱題行に参加する信者が本当に12万も15万もいるなら、たかだか7万5千
程度の結集で末寺から悲鳴などあがるはずがないではないか。実態は、数万人集める
のがやっとの体たらくなのだ。 「600億遍・六万搭」同様、「750億遍」も「750年」
「7万5千」に語呂を合わせただけの安易な代物。いつもの思いつきによる打ち出しで
あり、頓挫は火を見るより明らかだ。日顕や日如ら執行部はどこまで能天気なの
だろうか。

56検証会議:2009/03/21(土) 21:48:24
勝ち戦 第131 号

2009 年3 月21 日(土)

日顕宗、「選挙活動」優先の寺院
正願寺、民主党議員を支援
本妙寺、公明党看板探しに夜中に徘徊

日顕宗が支援する候補者は必ず落選し、哀れな末路を辿る―。

 過去の実績を見れば明らかなことだ。宝浄寺(大田区)住職の大村日統、能安寺
(所沢市)住職の水島公正、妙光寺(品川区)住職の尾林日至、妙證寺(北区)住職の
石井信量ら、日顕宗の僧俗が支援した候補者はいずこの地でも見事に落選している。

 そもそも、権力に媚び諂う悪侶と、『反学会』を掲げれば票を貰えるだろうという
卑しく姑息な候補者との不純な結託など実を結ぶはずがない。所詮、狐と狸の
化かし合いに他ならない。候補者の「藁にも縋る思い」は分かるが、縋る相手を
間違えたら一巻の終りだ。

 千葉県八千代市の正願寺でも、去る二月八日の御講に民主党の黒田ゆう県会議員を
招き、挨拶をさせていた。

 御講終了後、老講員が議員を紹介。「現在県会議員ですが、民主党公認で衆議院に
立候補されます。会う度に『慧妙』を先生に渡して読んで頂いてます」と言ってその場
で議員に慧妙を手渡し、議員は大事そうに上着の内ポケットにしまった。

 周知の通り、議員が大事にしまった宗門の機関紙『慧妙』は、二月二七日、名誉を
毀損する虚偽の記事を掲載したことに関する裁判で、最高裁から上告を棄却され、
総額一九〇万円の損害賠償金の支払いを命じる判決が確定している。いわば、反社会・
反人権の象徴とも言うべきものだ。

 その後、議員が挨拶。「こちらの選挙区から民主党公認で衆議院に挑戦をさせて
頂こうという立場で活動しています。(中略)先ほどは、ご住職さんから本当に心が
洗われるようなお教えのお話を聞かせて頂きました・・・」

 この日の住職・鈴木信福の話は、実にくだらない内容だった。

 「貧乏は確かに辛いものだって言いますけどね。まっ、僕はそんなに貧乏をしたこと
がないから分かんないですけど。『一杯のかけそば』なんていうのは、余りにも
美談過ぎる。お山に行ってる間は、やっぱりひもじいわね。与えられるものしか
ないし・・・」お世辞にも、「心が洗われるお話」とは言えない低俗な話だ。

 最後に老講員が再び話し始めた。「彼が当選すれば、いま民主党で一番創価学会、
公明党に対して急先鋒で戦っている議員の後に続く人になって頂ける人です。
ご支援の方、宜しくお願いします」

 茨城県土浦市の本妙寺では、今年の新年勤行会で副住職が、「大晦日に講員
四・五人が、我々が紅白歌合戦を見ている間に創価学会、公明党の看板がある家を
調べに夜回っていた」と、ドブネズミのような陰湿な行為をした信者達を称えていた。

 日顕宗の悪事は、即摘発し、『袋のネズミ』だ!(コピー可)

57検証会議:2009/03/22(日) 19:09:29
フェイク 第1004号

(発行=09.03.20)

これでも"富士の清流"なのか?
邪宗・日蓮宗各派と謗法同座の日蓮正宗
大石寺法主が身延派管長の導師で勤行、記念撮影

 日蓮正宗の坊主共は謗法まみれの大石寺門流を「富士の清流」と自讃し、以前の
信徒団体を「現代の一凶」と誹謗する。だが下の写真は坊主の妄説を木っ端微塵に
打ち砕く破壊力がある。

 写真は前列右から顕本法華宗管長の本多日生、日蓮正宗管長の阿部日正、
日蓮宗管長の磯野日筵、本門法華宗管長の尾崎日翮で、後列は本門宗、法華宗、
本妙法華宗、日蓮宗不受不施派の各代表である。

 つまり、大石寺第五十七世・阿部日正が日蓮宗各派の邪僧らと仲睦まじく記念撮影に
納まった謗法同座の動かぬ証拠写真である。

 撮影は大正十一年十一月十三日。この日、阿部日正は身延派管長の導師で他の邪僧と
共に勤行・唱題した事実も記録に残っている。

 日顕は、法主について「大御本尊と不二の尊体」「現代の大聖人様」等と、悦に入って
いるが、実態は宗開両祖に背く大謗法なのである。

 さて、日蓮門下の各派管長は大正十一年九月、宗祖に対し天皇から「大師」号を
賜りたいと哀願。大聖人よりも、弘法大師のような大師号の方がよい、と願い出た
のだ。請願書に署名した各派管長は次の通り。

 日蓮宗管長・河合日辰(署名後に死亡)、日蓮正宗管長・阿部日正、顕本法華宗管長
・本多日生、本門宗管長・瀬島日濟、本門法華宗管長・尾崎日翮、法華宗管長・
津田日彰、本妙法華宗管長・清瀬日守、日蓮宗不受不施派管長・釋日解、
日蓮宗不受不施講門派管長事務取扱・佐藤日柱。これに応えて宮内省か
らの通牒が同年十月十日に届き、日正は十三日、各派管長と参内。宮内大臣から
「立正大師」号を拝受し、その後、築地水交社に行って日蓮宗管長の導師で日正らは
読経・唱題したが、罰は厳然だった。

 日正は大師号を請願した大正十一年の秋、舌癌が発生し翌十二年八月、口から悪臭を
放って死亡した。

 ◇    ◇

大石寺第第五十七世法主・
阿部日正が邪僧と記念撮影

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58検証会議:2009/03/23(月) 01:32:38
フェイク 第1005号

(発行=09.03.21)

大石寺は模造本尊の謗法の山
「白蓮華」に掲載の本尊織込純金襴の広告
ニセ本尊を「天下一品」と称し法華講員に販売

 日蓮正宗法華講の機関紙「大白法」(平成二十一年三月十六日付)の「異流義破折」欄
を粉砕する。同欄では日寛上人書写の御本尊を「ニセ本尊」
「魔性が入った堕地獄本尊」等と誹謗し、学会の戸田第二代会長の指導を歪曲して、
学会は勝手に本尊を作ったと批判。そして「正境」とは本門戒壇の大御本尊であり、
法主が書写した本尊だと述べて、「本年、本宗僧俗は挙って総本山に参詣し、
大御本尊に御報恩申し上げて、大功徳を積むことができる」と、登山を誘う戯言を
述べているが、笑止千万!

 学会が授与している御本尊こそ、ニセ法主の日顕・日如が模写した「ニセ本尊」とは
違って日寛上人御書写の正しい御本尊なのである。

 さて、左に掲載した「日蓮上人御眞筆御本尊織込純金襴」の広告の写しは
驚愕ものだ。大聖人の御真筆の御本尊を純金襴の下地に織り込んで作ったという
模造本尊の広告である。

 この広告は大正二年発行の「白蓮華」第八巻第十号以降、計八回も掲載されていた。
同誌の発行人は日顕の父・阿部法運(後の第六十世日開)であった。

 この模造本尊は縦約五十センチ、横約十六センチ。「一枚の紺地純金襴へ緻密巧妙に
織り現はしたり」と記しているところから、この偽造本尊は、金糸を散りばめた紺色の
地に、文字を金糸で織り込んだ奇妙なものであった。

 広告文に「我宗祖日蓮上人」との記述があり、掲載誌が機関誌であることから、
日蓮正宗の法華講員を対象にしての広告であることは言うまでもない。

 織物の「模造本尊」業者は「御本山用達」を名乗り、偽造の本尊を「天下一品」と
称して販売していた。

 しかも「一幅特價金貳圓」という、当時としては高価な代物だが、計八回も広告を
出したのは売れたからだろうが、開眼はどうした?

宗門の狂った感覚

 改めて「大白法」の「異流義破折」欄を担当している坊主に問う。この「日蓮上人
御眞筆御本尊織込純金襴」は大謗法であるが、宗門では謗法でないとの見解か?
ニセ法主の模写本尊を「正境」という狂った感覚の宗門は日開の当時から織物の
「模造本尊」も「正境」と感じていたのか?
 業者が大謗法行為で儲けた金を宗門は広告料として貰っていたわけだ。

 この他、大石寺には今も昔も「戦勝守護の御本尊」「未来大曼茶羅」、「謹刻」と
称して写真撮影した模造、偽造本尊、ニセ法主の模写本尊などが山ほどある。

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59検証会議:2009/03/25(水) 12:07:55
越 洋

平成21年3月24日

 「シアトル事件裁判」は終わっても、「シアトル事件」は終わらないと
前号で書いた。

 思えば、ヒロエ・クロウさんは、シアトルでの事件を30年間も一人で悩み、
阿部信雄の秘密を守り、一切口外することをしなかった。

 それをいいことに、日顕はいい気になって、ヒロエ・クロウさんを嘘つき呼ばわり
したのである。

 30年も快楽主義者の下らない男のことを、言うに言えず悶々とされていたことを
思うと胸が痛む。アメリカ広布のために必死に戦ってこられたクロウさん、そして
日顕を助けたクロウさんに対して、なんという傲慢無礼。恩を仇で返した「人間」と
して絶対に許せることではない。シアトル事件を起こした日顕には、時効はない。

 その後の日顕の所行を見れば、反省や懺悔などしない一闡提の増上慢である。
 還著於本人で3度も東京地検に出廷し、弁護士から徹底してシアトル事件の真相を
曝かれて、これ以上ないという赤恥をかいた。そのうえ世界中に"花和尚日顕"の醜態が
報道され、物笑いにされた。日顕の汚名は永久に消えない。

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60検証会議:2009/03/25(水) 12:13:25
新改革通信 第98号

平成二十一年三月二十四日発行

"死ぬに死ねない"日顕の事情(三)。
「血脈信仰」を自ら破壊した日顕のせいで、本山の存在価値は下がり、日顕の死後、
新たな離脱が起こる?

 宗門では「立正安国論正義顕揚七百五十年」と銘打って、三月から、本格的な登山が
始まったが、同じこの時に、不況も本格化している。

 電機業界では世界同時不況により、各社の業績は急速に悪化。ある大手企業は、
三月期は営業損益が二千八百億円の赤字となる見通しである。

●世間では、不況が本格化

 宗門の坊さんたちは、世間のことなど無関心で、自分たちの生活のことしか考えて
いない。しかし、世間は「百年に一度」と言われる深刻な不況で、「不況自殺」の
増加が問題になっている。

 昨年末、ある男性は、寮も追い出され、東京に出て安いホテルなどを転々としながら
仕事を探したが見つからない。所持金もなくなり、自殺しようと、富士山のふもと、
青木ケ原樹海へと入ったが死にきれず、警察に保護された。

 「全国クレジット・サラ金被害者連絡協議会」は、自殺者が多い樹海に、借金の相談
を呼びかける看板を設置し、すでに多くの相談が寄せられているという。

 これは他人ごとではない。このままいけば、宗門でも、登山や供養が檀徒の生活を
圧迫し、生活苦に追い込まれる者が続出するかもしれない。

●登山のことより、自分の死後を気にする日顕

 宗門の中で、唯一、登山のことを気にしていない者がいる。それは日顕だ。日顕に
とって、登山は日如の仕事であり、自分には関係ない。あえて言えば、失敗しても
自分のせいではないと無責任な高みにいる。

 日顕にとって、一番の気がかりは、自分の死後である。前号で述べた通り、
「相承箱」の問題や後継者の問題が、日顕を死ぬに死ねない状況に追い込んでいる。

 まず、信彰以外の者が次期法主になった場合、自分の死後、その法主が宗門の衰退の
原因を日顕のせいにして、六十七世・日顕を歴代から削除する可能性が大である。

 また、信彰が法主になったとしても、日顕の死後、「相承箱」を持つ者が名乗りを
あげ、その者に宗門の主導権を握られる可能性がある。最悪の場合は、"日顕は相承を
受けていない"と裁定され、六十七世も六十八世も帳消しとなり、再度、
正統・六十七世が就任することも充分考えられる。

61検証会議:2009/03/25(水) 12:13:44
●日顕のせいで始まった「離脱」

 この他にも、日顕の死後に、あることが起こる可能性がある。それは宗門からの
「離脱」である。

 日顕は、本門の戒壇たるべき正本堂を破壊し、大御本尊を偽物扱いした。また、
初の海外渡航での不埒な所業で、宗門の尊厳を損なった。"こんな人間が受けたという
血脈に、如何ほどの価値があるのか"と誰もが思っている。

 今までの宗門では、「離脱」などということは誰も考えたことがなかった。
いわゆる「血脈信仰」から言えば、宗門を離脱することは、自ら血脈を断ずる
自殺行為と考えられていたからである。

 ところが、平成になって、日顕の「C作戦」という謀略が発覚し、多くの寺院・
僧侶が、日顕を糺すために、宗門を離脱して、創価学会と行動を共にした。

●保田・妙本寺の離脱は宗門に衝撃を与えた

 また、それとは別に、日顕に愛想を尽かして、独立するために、離脱する寺院も出て
きた。その代表が、保田の妙本寺である。

 保田・妙本寺は、昭和三十二年に日蓮宗を離脱して、日蓮正宗に帰属した。当時の
富士日照住職が、創価学会の勧めにより日蓮正宗への帰一を決意したのである。

 しかし、鎌倉日櫻能化は、この日顕の問題で、平成七年に日蓮正宗からの独立を
決行した。

 この妙本寺の離脱は宗門に衝撃を与えた。なぜなら、改革同盟等とは別な、
"宗門からの独立"という第三の路線が出来たからである。

 そして、宗門が恐れていた通りに、この第三の路線を選んだ寺院が出てきた。
それが、千葉・報恩寺であった。報恩寺の笠松住職は、宗門の「ノルマ地獄」と
「法主独裁」を批判して離脱し、独自に活動をしている。

●独立のための離脱という、新たな選択

 これらの寺院の離脱が証明しているように、「日蓮正宗」というブランドの
価値はもう、ないに等しい。"本山から離れたら地獄だ"などという脅し文句も効力が
ない。

 いくら「日蓮正宗」という看板を掲げていても、檀家が増える保証はない。
それどころか、無理なノルマを押し付けられ、上納金まで取られる。そして、いつ
左遷されるかも分からない。

 こんな不満が、日顕の死後、爆発し、墓地などをもっている寺が自分たちの財産や
地位を守るために、独立する可能性は高い。

 他宗派では実際にそういう動きが始まっており、一定の収入基盤を持つ寺院が
単立化し始めている。

 そして、日顕が「血脈信仰」を破壊したために、いよいよ宗門でも同じことが起こる
かもしれない。すべては日顕の責任である。(編集部)

62検証会議:2009/03/25(水) 23:25:34
顕正会短信

2009-03-26

 そろそろ5万人の大会やろうぜ、浅井クンよ!

 顕正会では去る3月20日、横浜市中区の「神奈川産業ホール」で
「神奈川幹部集会」を開催した。浅井昭衛は、車でも楽に来れるであろうこの集会に
「メッセージ」を寄せたようだが、果たして同日に本部会館で行われた「春季彼岸会」
には出たのだろうか。ちなみにこの会場の二軒東隣に、学会の神奈川文化会館が
あるのだが、当日、そこに押しかけた顕正会員はいなかったようだ。もちろん浅井の姿
もなかった。日頃「学会員を救いたい」と豪語するわりには“慈悲”のない、口先だけ
の集団だ。

 さて、この席上、二つの発表があった。一つは来年建設予定の会館名を
「神奈川会館」とし、もう一つは来年、二万人の「神奈川大会」を開催する、
というものだった。

 まず、「神奈川会館」について浅井は「西に小田原会館、中央に相模会館、東に
神奈川会館とそろえば盤石」などとはしゃいでいるが、別に「横浜会館」でもいい
だろう。重要なのは、どの会館も一度は警察の家宅捜索を受けている(相模会館は
前身の藤沢事務所が)魔窟であるということだ。予定では四階建てということだが、
これは茶寮機能もすべて集約するためで、実際の運営規模は現在の三階建ての場合と
変わらないはず。つまり、勢力的にはほとんど変化がないのだが、浅井が移転を急ぐ
のは、度重なる会員逮捕と家宅捜索で近隣の目が厳しくなったためであろう。

 そして「二万人の神奈川大会」だが、東日本のみならず、北海道や関西地方にまで
声をかけて「ほ〜ら、二万人でござい」とやるのが関の山。また会場は、外部の視線を
遮断できる「横浜アリーナ」しかあり得ないが、どうせなら日産スタジアムに五万人
集めて「幹部大会」をやってもらいたいものだ。

 そもそも顕正会の実働数は、毎月の班長会出席者の倍程度といわれ、平均的な
参加者数は男子三千五百、女子五千、婦人四千、壮年一千であるから、足して倍に
したら二万六千。仮に同数の組長がいても五万二千。全員が活動家であるはずがない
ので、実際にはこの数字以下だろう。しかし、性別を超えた五万人大会は可能だ。
さあ浅井よ、満天下に顕正会の実数を公表する勇気はあるか?今年は5月の
「女子一万結集」といい8月の「男性三万結集」といい、度重なる結集地獄とそれを
補うための勧誘地獄で、後半の顕正会はボロボロになっていることだろう。号令を
かける者だけが元気な組織は崩壊必定だ。

 ところで、ある県の公安・検察が、顕正会についての情報収集を行っているとの
情報を入手した。ともあれ勧誘に絡む「逮捕監禁」が頻発している団体は顕正会以外
ない。団体としての常習性を鑑みると、もう「起訴猶予」や「不起訴」では
済まされない段階にきているはずだ。さて、第一号の「起訴」は誰だ?

63検証会議:2009/03/26(木) 12:12:33
越 洋

平成21年3月26日

 次の事項は、昭和53年2月7日Tホテルで、当時教学部長だった阿部信雄
(日顕)が"影の総監・裏猊下"といわれた河辺慈篤に語った内容である。


戒旦之御本尊之件
「戒旦の御本尊のは偽物である」種々方法の筆蹟鑑定の結果解った。
(字画判定)多分は法道院から奉納した日禅授与の本尊の題目と花押を模写し、
その他は時師か有師の頃の筆だ。日禅授与の本尊に模写の形跡が残っている。

日禅授与の本尊は、初めは北山にあったが北山の誰かが売りに出し、それを
応師が何処で発見して購入したもの。(弘安三年の御本尊)(河辺メモから)


 宗祖日蓮大聖人の出世の御本懐である戒壇の御本尊を、こともあろうに、
教学部長という立場にあった人間が、宗旨の根幹である御本尊を偽物と言った
のである。無信心の大バカ者である。大御本尊否定、先師否定、相承箱不明、
昭和53年4月15日に達師から相承されたと言うも証人無し。達師が、阿部を
次期法主にするなら何故、能化にしなかったのか? 散々、河辺を利用して
おきながら、『偽物発言は河辺の「記録ミス」』と言って責任を河辺に押しつけた。

 悪事を人のせいにしてきた。日顕は法主詐称をして26年間、宗門を破壊し、
全ての僧俗を欺き続けてきた。こんな法滅の坊主を「隠尊」などと持ち上げ、
未だに世田谷と蓮葉庵に居させていいのか? 河辺が「アレは除歴しなきゃならん。
67世はいない」と指摘したのは、日顕の命の本質を知りすぎているからだ。
唯一残された道は除歴しかない。日顕よ!早く白山寺の墓へ帰れ!

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64検証会議:2009/03/27(金) 00:50:49
同盟通信 No130

2009-03-23

=相承箱問題、ついに法廷へ。
京都地裁、山口法興師の上申書を受理。住本寺占拠問題は、審理入りへ! 宗
内僧俗大ショック。審理の行方や、いかに? =

 3月3日、京都地裁321号室は、午前10時30分過ぎには、すでに超満員となった。
11時から始まる、京都市(東山)住本寺、現住・山口師に対する、宗門側からの
寺院建物明け渡し請求等の裁判の第1回審理を傍聴しようとしてきた両者側の人達で
ある。宗門側の方が大分多い。

 これまでは、正信会系寺院の住職が死去すれば、例外なくすべてその寺院は
明け渡され、宗門側のものとなってきたので、今回も当然、同結果となるはずであり、
山口師一派の所行もムダな抵抗に終わるはずである、と宗門側の者達が思ったのも無理
からぬ。

 裁判官、両者側の弁護士のやりとりによって審理が進められるに従って両者側の明暗
が次第に分かればじめ、審理開始後約30分、審理終了時には、はっきりとなった。

 裁判長は、山口現住の提出した上申書中の「相承箱」に大きな関心を示し、
審理を継続とし、次回は、4月20日、多くの傍聴人を収容できる法廷で行うと告げた。

 裁判所が山口師側の主張を却下し、住本寺は本山側に明け渡されることを期待して
いた宗門側僧俗は、ショックと不安の面持ちで、或る者は声もなく、或る者は
日顕前法主のごとく裁判官を誹謗し、また、或る者は必ず勝つなどと言いながら
立ち去った。

 山口師側は、喜色、確信、満面の体で、今後の決意を話し合いながら地裁を後にした。

 日顕の法主詐称、また、相承箱が大石寺にないことは同盟の厳しい追及によって
すでに明白であるが、今後の法廷の審理によって世間にますます知れ渡ることに
なろう。「相承箱は総本山御宝蔵より一歩も出ていない(日顕前法主)」などと
言い張っても、もはや説得力はゼロであり、4月の虫払会にでも相承箱を
出さなければ、宗内僧俗は到底、心中納得せず、やはりないから出せないのだ、
と思わざるを得まい。今後の推移に注視したい。

                        (憂宗護法同盟員より)

65検証会議:2009/03/27(金) 23:51:47
顕正会短信

2009-03-28

他団体の昔の発言ばかり使う顕正会員は
浅井の過去の発言をじっくり読んでみよ!①

 今に始まったことではないが、顕正会員は、昭和30年代の「大白蓮華」などから
「国立戒壇」という文言を拾い集めて「昔は国立戒壇と主張していたではないか」と
得意げに話す浅井の弁舌に酔わされている。しかし「国立戒壇」のルーツが邪教
「国柱会」田中智学の「本化妙宗式目」であったことは、今や広く知られている
ところだ。田中の言う「国立戒壇」建立の条件は「天皇の帰依」「勅宣」
「国民大勢の入信」そして「御教書」がセットになっている。これはまさに顕正会の
いう「国立戒壇」と同じではないか。浅井は田中の弟子だったのか?その事実を
ひた隠して、浅井昭衛は自著の中で繰り返し「歴代上人も国立戒壇と言っている。
そのものズバリではないが意は明らか」などと意味不明な主張を繰り返している。
中には明治以前の「本門戒壇」に関する言辞を「国立戒壇」と解釈しているものまで
ある。浅井の脳味噌は腐っているようだが、このように刷りこまれた顕正会員は、
この意味不明な解釈を振りかざして対論をして返り討ちに遭い、却って浅井のペテン師
ぶりを知らされ、浅井に愛想を尽かすのだ。

 ではなぜ浅井がペテンだと知ることになるのか。それは、顕正会員が知らない
顕正会の歴史を顕正会員以外が詳しく知っていることへの疑問と、顕正会にいては
決して知ることのできなかった浅井の過去の「請願破り」の変遷を知ることになる
からだ。

 有名なところでは昭和57年、「妙信講」から「顕正会」に改称した総会での
「あと25年で広宣流布できなければ核戦争によって日本も世界も滅ぶ」というもの。
すでに予言から25年を過ぎたが、世界が核戦争で滅びたという報道は為されて
いない。ちなみに、人類滅亡関係では、平成6年9月に「残された時間はあと20年
(平成26年)」と修正をしたが、いい加減なものだ。

 そして平成の世に顕正会を風靡した「100万達成」期限の変遷はさらにいい加減
だった。昭和62年に「あと9年(平成8年)」と宣言したのが平成2年に「断じて
平成10年までに」とし、更に平成7年に「平成14年までに断じて」と延ばし
続けて、とうとう平成14年には達成できなかった。結局、翌平成15年11月
(旧暦10月13日)には間違いなく達成できると計算し、3度目の期限延長を行い、
やっと公称100万を達成したのだ。その際に建てられた「百萬達成」と刻まれた
「大標識タワー」は平成18年に予告もなく撤去されてしまった。

(②に続く)

66検証会議:2009/03/28(土) 11:23:27
大石寺短信 第458号

平成21年3月27日(金)

日顕宗の動き

1.「7万5千」のずさんな実態 次々と浮き彫りに

 残りわずか4カ月と迫った7万5千結集(7月26日)。今、そのずさん極まりない計画の
実態が次々と浮き彫りになっている。

 新たに明らかになったこととして宿泊場所の問題がある。「雨さえしのげればよい」
とばかりに、搭中坊の建て替え時に建てた粗末なプレハブ小屋も使うという。しかし、
本山内の建物だけではまかなえず、妙蓮寺、下之坊など周辺の寺を使うことに
なったが、宿泊させられる参加者は気の毒だ。たとえば妙蓮寺から本山までは徒歩で
30分もかかり、下之坊からも40分はかかる。当日は多くのバスが本山周辺に集まる
ため、交通渋滞は必至で、タクシーを呼ぶことなどできない。参加者は長い距離を
歩いて本山を目指さなければならないのだ。

 3月18日付「創価新報」でも紹介されている通り、日顕宗執行部は、7万5千総会に
貸切バスで参加する末寺に対し、バス乗務員へのアンケート調査を行うよう命じた。
要するに、警察から「開催日が迫っているというのに、バスの運行計画があまりに
ずさんだ」と叱られ、あわてて調査に乗り出したというわけだが、このことに象徴
されるように、無謀な結集を強行する割には準備があまりにいい加減。警察の目の
届かないところでは、ずさん極まりないことが行われているのだ。

 今回同様、夏場の昼間に開催して事故が続発し、多くの病人、死人が出た15年前の
「6万登山」。あの時の失敗の教訓は全く生かされていない。無能、無責任、無慈悲の
極みの日顕宗に信じてついていくと、ろくなことはない。

2.日顕の“盗座問題”法廷で検証へ

 憂宗護法同盟発行の「同盟通信」によると、正信会坊主・山口某に対し日顕宗が
起こした寺院建物明け渡し請求の裁判で、裁判長が、山口が提出した上申書に
出てくる「相承箱」に大きな関心を示しているという。この裁判は、正信会の前住職が
死んだ後、寺に居座っている山口に日顕宗が明け渡しを求めているもの。これまでの
事例では、正信会坊主が死んだ後、寺は日顕宗に返還されることになっており、今回も
すんなり返還命令が下されると思われていた。しかし、日顕が日達法主から受け取って
いなければならない「相承箱」の存在に注目した裁判長が、審理の継続を決めたと
「同盟通信」は報じている。

 簡単に勝訴できると踏んでいたところに、思わぬ「待った」をかけられた日顕宗
関係者はショックを受けているという。が、それ以上に衝撃を受けたのは日顕だ。
自身の"アキレス腱"である相承問題が白日のもとにさらされようとしているからだ。
この問題が検証されたなら、日達法主から相承を受けていない事実が公になって
しまう。まさに戦々恐々といったところだろう。「同盟通信」は「4月の虫払会にでも
相承箱を出さなければ、宗内僧俗は到底、心中納得せず、やはりないから出せない
のだ、と思わざるを得まい」と手厳しい。

 愚息・信彰の暴力事件に続く、自身の盗座問題への追及。日顕は夜も眠れぬ日々を
過ごすことになろう。

67検証会議:2009/03/28(土) 11:29:25
フェイク 第1006号

(発行=09.03.28)

金のため謗法も容認した日蓮正宗
大石寺は宗開両祖の御精神が完全に消滅
祈祷や呪術の本、仏像の広告も機関誌に掲載

 日顕の父・阿部日開が発行責任者であった日蓮正宗機関誌「白蓮華」に
「織物御本尊」の広告を掲載していた驚くべき謗法行為を本紙前号で紹介した。
 すると、慌てた間抜けな法華講員が「破折」と称して的外れな戯言を述べていた。
「このような広告を是としていたわけではない」「日蓮正宗が単独に認められたのは、
大正元年であるが、今だ時代背景は過去を引きずっておった」と珍妙な弁解。
これは破折になっていない。「あの広告は謗法」と認めているのと同じである。

 この「今だ」は「未だ」の間違いだが、低レベルの講員は、大正年間は日蓮正宗と
して独立してから日も浅いため、邪宗日蓮宗の謗法の過去を引きずっていたので
謗法広告は見逃してほしいと哀願しているようだ。
 こんな宗門の謗法体質を改革したのが昭和五年に誕生した創価学会であった。

 また、この愚かな講員は「本山御用達とは、一体どの本山なのか?邪宗であろう!」
とも述べている。邪宗の「本山御用達」の広告を宗門機関誌が掲載したから問題視して
いるのだ。

 左の不気味な広告も「白蓮華」に掲載されたものである。この他、衆生救済の書と
謳った「祈祷秘要録」という祈祷・呪術の本、説法のタネ本「説教百座要集」、
各宗派の位牌、過去帳の類、仏像、木魚や仏具の広告も載せていた。
 これも日蓮宗他派と日蓮正宗を「同門」とみなしていたから掲載したと弁解する
つもりか?

 ところが、京都・本願寺が推奨する「薬」の広告もある。「六神丸」の薬屋は
「大谷派議制局ヨリ賞讃書賜」とか「本派本願寺事務所」
「本山本法寺貫主伊藤日修猊下」から称賛されたことを謳い文句にしている。

 これを機関誌に掲載した宗門は日蓮宗他派に加えて「念仏無間」の害毒にも
浸かっていた。これが学会出現以前の宗門の姿であった。

 謗法広告を追及されて困り果てた某講員が
「広告欄は他宗の本尊の宣伝をしてもよい」と遁辞を述べていたが、能天気な野郎だ。

 奴らは金のためなら謗法にも迎合する狂った感覚で、破折の精神は微塵もない。

 学会が決別した現在の日蓮正宗からは、宗開両祖の御精神が完全に消滅しているので
ある。

…………………

「白蓮華」に掲載された邪宗・邪師の広告

68検証会議:2009/03/28(土) 22:10:49
顕正会短信

2009-03-29

他団体の昔の発言ばかり使う顕正会員は
浅井の過去の発言をじっくり読んでみよ!②

 更には平成10年秋の「環御を祝う集会」とやらでの「一千万を誓い奉る」発言だ。
 この際、浅井は「顕正会会長として謹んで大聖人様に誓い奉る。一千万は
あと15年、平成25年までに必ず成し遂げる」と東京国際フォーラムホールを
埋め尽くして紅涙咽ぶ会員らの前で宣言したのだが、これが大嘘だったことは、
この集会の模様を収録した映像でハッキリとわかる。浅井はこの「宣言」の直後に
ペロッと舌を出していたのだ。まるで「な〜んちゃって♪」とでも言わんばかりの
タイミングの良さで舌を出したものだ。youtubeでも見ることができるのでお探しあれ。

 極めつけは、この発言から6年後の平成16年8月、横浜国際会議場で行われた
「幹部大会」の席上、突如「三百万をあと10年(=平成26年)で」とブチ上げ、
場内から沸き起こったおよそ11分という長い拍手を受けて悦にいった浅井は
「自ら拍手を制止した」と報じられたが、拍手の本音は「あと10年で一千万なんて
できっこないじゃん。これで厳しいノルマから解放される」という会員らの安堵
だった。しかし今、期限があと五年と迫ってきたにもかかわらず未だ百三十万弱。
しかも期限の平成26年には人類滅亡阻止のため広宣流布・国立戒壇建立を成し遂げて
いなければならないはずだが、たった三百万でいいのか?そもそも、この「三百万」
すらどこから捻り出してきた数字なのか説明がない。しかし思いつくとすれば、
浅井の学会コンプレックスの激しさか、よほど遥か昔に学会が三百万を成し遂げたこと
が羨ましく、真似たく思っているのだ。

 しかし、期限どおりに三百万達成できると考えているのは浅井昭衛だけ……
 いや、浅井は本気でそう思っていない。第一、浅井の存命中に三百万などできない
ことは今までの誓願破りの経験から、浅井自身が良く知っている。

 だからオヤジの思いつきに踊らされて会員にハッパをかけ続けなければならない
次男坊や娘婿らが哀れだ。さぞ毎月の「請願」とやらに追いまくられる末端の会員は
おろか、すぐ下の幹部連中らからも相当な恨みを買っているはずだ。

 顕正会では「請願」を2回破ると降格となる。では浅井はいままでに何度「請願」を
破り、先延ばししてきただろうか。すでに除名させられてもいいぐらい「請願」を
破りまくっているではないか。

 と、ここまでの説明を対面で懇切丁寧にしてあげると、たぶん顕正会員にもわかって
もらえるだろう。ただし相手が聞く耳を持っていればの話だが。

(③に続く)

69検証会議:2009/03/29(日) 22:12:38
顕正会短信

2009-03-30

他団体の昔の発言ばかり使う顕正会員は
浅井の過去の発言をじっくり読んでみよ!③

 さて、いまや顕正会内部ではタブーとさえ言われている「一千万」だが、筆者が
顕正会員と対話したときにこの話題を切り出すと10人中8人は話を遮り「あなたには
罰が出ますよ」などと脅迫まがいの言葉を吐いて席を立つ。それだけ痛い話なのだ。
その「一千万」に関する平成9年8月の浅井の与太話。このとき顕正会は公称五十万。

 「顕正会の歴史において、不思議なことに二十倍の折伏が。過去2回とも18年
かかった。だから一千万になるのは今から18年後(平成27年)。」

 過去2回とは一回目が昭和36年から昭和54年までの18年間で1250から
二万五千に、二回目が平成9年までの18年間で二万五千が五十万になったということ
を指す。しかし昭和54年以降、特に平成になってからの中身のない数字の積み上げの
中で入信してきた者の教科書は、切り文の御書を都合よく引用し、歴代の日蓮正宗法主
の本門戒壇に関する発言を「国立戒壇の意明らか」などと我流に解釈して喧伝する浅井
の駄本である。その駄本にはいまでも「一千万を誓い奉る」と掲載されているが、いつ
削除されるか楽しみである。その駄本ですら年末年始に丸暗記して1月の試験で吐き
だせばカラッポとなるような教学しか得られず、浅井の軍事評論と地震予知、そして
お決まりの「誓い奉る〜」に煽られ、いうがままの拡大路線をひた走らされついて
いけなくなり、どんどん脱落しているのが実情。公称会員数は浅井のメタボ腹のように
膨らんでいるが、それを支える実働数は20倍になったどころか公称会員数の
「20分の1」ではないか。呵呵大笑。

 続けて浅井はこうも勇ましい発言を残している。

「今度ばかりは18年もかける気は毛頭ない。日本には時間がない。ゆえにあと
15年(平成24年)」今年は平成21年だからあと3年で一千万にならなければ
ならない。しかし今の顕正会は3年後の一千万はおろか三百万すら不可能だ。不思議な
ことに過去2回、18年で20倍の弘通を成し遂げてきたと語った浅井だったが、今回
の18年ではせいぜい3倍にしかならない。このペースでは果たして一千万はいつ達成
できるのか。間違いなく浅井が生きている間には不可能だ。三百万すら不可能だ。

 ところで、前総合女子部長は3月度総幹部会の壇上に座っていただろうか。一部には
脳梗塞との情報もあるが、彼女こそ35年連れ添った浅井の側近中の側近、度重なる
予言の変遷について、ぜひ感想を聞いてみたいものだ。

70検証会議:2009/03/31(火) 12:32:10
フェイク 第1007号

(発行=09.03.30)

功徳なし、体調崩す人や死亡事故
五十万総登山の参加者に渦巻く不平不満
一度の登山で三回も御開扉を受けるケースも

 日顕宗の五十万総登山は法華講員に経済的にも肉体的、精神的にも過重負担を
強いているため不平不満が噴出、事故も相次いでいる。

 講中幹部は「無理に誘って来たが誰も喜んでくれない」と嘆き、ある登山者は
「布教講演会に出たが『学会員を折伏しろ』と命令口調で言われて、全然、面白く
ない。一度聞いただけでウンザリだ」と話していた。

 妊娠中の婦人が、記念展を見学して「ものすごく疲れた」と言い、足の不自由な
講員も「宝物殿へ行ったが、見るべき物は何も無かった。もう二度と行かない」と
憤慨していた。

 また、早瀬日如が下手な字で書いた「立正」の色紙とか袱紗を貰うが、これがまた
評判が悪い。「こんな物は要らない。何度も登山するから同じ記念品ばかりで処分に
困る」と不評なのである。その同じ袱紗が赤ん坊にも渡されていた。
 どうやら赤ん坊の名前で親に供養させて安物の袱紗を渡しているようだ。

 ここにきて面白い現象も見られる。九州や北海道など遠隔地からの登山の場合、
着山した日に御開扉を受け、翌日の午前中にも二回目の御開扉を受けてから下山する
パターンは定着してきたが、一度の登山で三回も御開扉を受けるケースも出始めた。
こんな手を使わないと、各支部ともノルマを達成できないのである。

 また、人気のない宝物殿の見学は、先日から支部の裁量に任されるように変わった
せいか、売店にくる登山者の数も少し増えてきた。

 しかし、今年は十回前後も登山しなければならないため、旅費の負担が家計を圧迫
し、売店で買う土産物も三百十五円のお茶とか、三百円の羊羹一本、二百六十円の
味噌飴を一袋というように単価の低い物ばかりで、せいぜい一人で千円前後の買い物が
ほとんどのようである。

 二十八日から「千円走り放題」の高速料金の大幅値下げの政策の恩恵を受け、
自家用車で登山した講員もいた。

 一方、四国からバスで登山した支部は土曜日に四国を出て、バスの中で一夜を
明かして、大石寺には翌朝、着山した。

 ところが、御開扉を受けた後、そのままバスで下山という無謀なスケジュール。
健康な若者でも体力を消耗する長距離バスでの往復である。高齢者や車椅子の人が多い
登山者は体調を崩すに違いない。

 事実、福島県いわき市の妙法寺の婦人講員が登山帰りのバスの中で頭上の荷物を
取ろうとして倒れ、意識不明になり、死亡した。

 この婦人は心臓に持病があり、家族からは無理して登山するなと言われていた。
家族の忠告を受け入れておけば死なずに済んだものを登山したため、気の毒にも命を
落としてしまった。

 登山しても功徳はない。不幸と悲劇の根源である。

………………………

 連れ出された登山者の中に高齢者、車椅子の人が目立つ

 http://8004.teacup.com/cyeokunoken/img/bbs/0000657.jpg

71検証会議:2009/03/31(火) 22:03:07
勝ち戦 第132号

2009年3月31日(火)

法導院に天魔・日顕が来る!
総監の寺、折伏達成率6%!
過半数の信者が「寝ている状態」「退転状態」

 法道院(豊島区)第三代主管・早瀬日慈の第一七回忌法要が六月三日に行なわれる
が、これには日慈の息子・日如と、隠尊・日顕が出席することになっている。
 「風を呼ぶ男」天魔・日顕の出仕とあれば、突然の雹や雷雨に見舞われる恐れが
あるため、注意が必要だ。

 副講頭の矢澤は、三月八日の御講で、「折伏を忘れた私達であっては、この
六月三日を心から晴れて迎えることは出来ない」と、折伏を忘れた集団と化した
法道院の信徒にはっぱをかけていた。三月十六日現在の法道院の折伏成果は、目標
三一七世帯に対し、たったの二二世帯。達成率六%と未だに一桁台を彷徨っている。
まさに、「折伏を忘れた集団」というネーミングがぴったりだ。

 法道院の折伏の低迷は、日如が主管の時代から顕著であったが、八木が主管に
なってからは、更に坂を転げ落ちるように低迷を極めている。
 過去五年間の推移を見れば、「これが総監の寺の成果か・・・」と、全国の
末寺住職はある種の安心感を覚えるだろう。

年間目標五百世帯に対し

 * 平成十六年(日如)・二一八世帯、達成率四三%。
 * 平成一七年(日如)・一七八世帯、達成率三五%。
 * 平成一八年(八木)・一一〇世帯、達成率二二%。
 * 平成一九年(八木)・五九世帯、達成率一一%。
 * 平成二〇年(八木)・一二三世帯、達成率二八%。
(平成二〇年は、目標を四三六世帯に下方修正)

 低迷の原因が八木の指導力不足であることは誰の目にも明らかだが、本人は
その自覚すらない。


 昨年十二月の総幹部会で八木は、
「今年の折伏成果は昨年と同じですか?(所化に確認)昨年の成果と?(声を荒げて)
大ざっぱでいい!『躍進』とまでは言えないです。『進』ぐらいかな(失笑)。
そういうことであります」
と、まるで他人事だ。

 結集状況も最悪で、寺離れが加速している。

 三月一日の広布唱題会で八木は、同月二二日の支部総登山の結集について
「三千名の目標を達成しなければ、我々の本年の八千三百六名の目標は達成
できません」と危機感を煽ったが、結果は大幅未達。八木の宣言通り、年間目標を
達成出来ないことが確実になった。

 また、「我が講中は一体どのくらいの人達がいるかご存知ですか?七千名いるん
ですよ。そうは思えない?周りを見て。それはやっぱりねぇ、寝ている人が多いと
いうことですよ。その内、千名の人が内得信仰で退転状態です」と悲惨な内情を暴露。
必死に足掻いても三千名集まらないのが実状。四千名以上の信者が「寝ている状態」
「退転状態」ということだ。

 全国の末寺が同様の衰退ぶりだ。宗門全体の崩壊、元凶は天魔・日顕だ!(転載可)

72検証会議:2009/04/01(水) 17:25:09
同盟通信 No.128 2009.3.2

=得成寺に前触れもなく乗り込んだ渉外部長たちの非常識。
 機能不全に陥った宗務院に宗会はどう出るのか。=

 阿部庶務部長から査問の末、暴行を受けた里内信徳師が住職を務める網走・得成寺に
秋元捗外部長ら4名が突然訪れたのは1月20日のことだった。事前に何の連絡もなく、
しかも夕勤行のさなかに、だ。これだけでも非常識極まりない行動である。そのうえ、
約3時間も里内師に寺院の会計について問いただしたという。まず、なぜ渉外部長が
出向いたのか。末寺の担当は庶務部ではないのか。滅多にお出ましにならない渉外部長
が2名の部下を従えて北海道の果てまで出張し、揚げ句何日も滞在せざるをえなかった
背景には愚息の危機を思いやる隠尊の影が見え隠れしている。

 当の里内師は2月15日に行われた釧路・興徳寺での布教区の広布推進会に姿を
見せた。事件の方は、警察から検察の手に渡ったと伝えられている。有罪の可能性が
高まっている。もし、庶務部長に有罪判決が下れば、宗規第235条の「6 本宗僧侶と
しての品位を失うべき非行を犯した者」「7 その他本宗僧侶として相応しくない
言動をした者」に照らして、当然、庶務部長は懲戒処分となるだろう。

 今回の事件には総監も同席しており、当事者の一人としてかかわっている。こうした
異常事態下では、事件への対応を宗務院がすることはもはや無理である。幸い、4日
から宗会が開かれる。先日の記念局の会議では三門の塗装工事の予算額の多寡について
勇気ある発言があったと伝えられたが、宗会でも事件への対応について活発に議論して
もらいたい。宗会の会期は3日間、時間はたっぷりあるはずだ。宗会は去年も隠尊夫人
のマンション疑惑問題を避けて通った。今年、もし唯々諾々と予算を原案どおり可決
するのみで、宗内焦眉の懸案である庶務部長の傷害事件について何のコメントも
出せず、宗務院に何の勧告も出せないようなら、宗会はもはや御用宗会と譏られても
しかたあるまい。

73 M95599:2009/04/01(水) 19:15:26
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74検証会議:2009/04/02(木) 00:25:17
同盟通信 No129

2009-03-18

="援助寺院"でない得成寺が問題にされたのは財政破綻。
次の標的は百数十の援助寺院か!?=

 今、注目の得成寺が宗務院から問題にされているのは財政破綻だという。
 ところが財政破綻とされる当の得成寺は宗務院から援助はうけていない。
 北の果て北海道・網走でがんばっているのだ。

 一方、宗内には百数十の援助寺院がある。本年も宗会で予算が検討されたが、宗費が
約6億円であるのに対して、援助寺院への補助金が約4億円、大学科への補助が約1億円
となっている。

 宗費の殆どが援助寺院と法教院に流れているわけだ。宗門の二つの大きなお荷物に
宗務院予算が費やされる構図は、この数年変わっていない。今年、寺院への賦課金の
1箇口は増額になるようだ。

 これは、等級の上の方の寺が下位に下がっていったのに伴い、その分のしわ寄せが
賦課金の増加につながったものだ。援助予備軍の30等寺院はますます増えつづけ、
全寺院の半数に迫る勢いだ。なんのことはない、腹のすいたタコが自分の足を食って
当座の飢えをしのいでいる図である。

 先日、7万5千総会のバス乗務員のアンケートの依頼があったが、あの文面をよく
読むと、警察当局から指導があったことがうかがえる。警察などからの外圧がないと、
宗門は変わることができないのか。

 庶務部長の傷害事件に対して司法の厳しい判断が下った時の宗務院の対応が見もの
だ。

 最後に一言。宗務院から援助金を戴いている寺院の住職の皆さん、得成寺が問題と
されているのは財政破綻。しかし、得成寺は援助はうけていない。
 すでに破綻している援助寺院は当然処分の対象になりますので、ご注意を!
 でも、今日の宗門全体の窮状を招いたのはそもそも誰だったのですかね?

                    (憂宗護法同盟員より)

75検証会議:2009/04/02(木) 13:06:32
フェイク 第1008号

2009年(平成21年)4月1日(水)

 寛尊書写の御本尊に功徳は厳然
 三宝を破壊した日顕宗のデマビラを粉砕
 「法主の開眼」は不要、過去の在り方が証明

 日顕宗が最近、性懲りもなく学会批判のデマビラを東京都内などで撒き散らして
いる。
 ビラは三種類で、内容は既に学会側に破折され尽くしたものばかりだが、このうち
二種類の片面は、いずれも日寛上人書写の御本尊を誹謗したもので看過できない。
 なかでも「妙教」編集室が作成したビラには「ニセ本尊は不幸のもと」と大書きし、
「相伝のないニセ本尊」と非難したうえ、御本尊に「魔仏」と落書きした写真まで
載せている。

 別のビラにも「ニセ本尊は不幸の根源!」と書いて「開眼がない魔の住処」等と
悪口を書き連ねている。これは御本尊不敬であり、三宝を破壊した日顕宗ならではの
大謗法のビラである。日顕宗の僧俗がいくら誹謗しても、寛尊書写の御本尊には厳然と
功徳がある。

 また、過去の御本尊授与の在り方を見ると「法主が開眼した」というのは真っ赤な
ウソである。御本尊の功力は法主の開眼、許可とは何の関係もない。

 学会が出現した昭和初期以降、御本尊授与の実態は次のようになっている。

昭和の初期

 ◇戦前・戦後を通して東京周辺の主要寺院で、例えば、妙光寺は五十五世日布、
法道院は五十六世日応、常在寺は五十七世日正というように有縁の法主の御形木を
開眼しないで授与していた。

 ◇遠隔地の信徒の場合、御本尊を印刷した和紙をそのまま授与し、信徒が自分で
表具店に出して表装する場合もあった。昭和三十年代前半(日淳法主の時代)

 ◇東京・豊島区池袋の法道院で日寛上人御書写の御本尊の授与書きを削って印刷。

 ◇付き合いのある表具店をもつ末寺は、表装前の和紙の状態の御本尊を、基本的には
百枚一束で法道院から購入し、表装に出していた。

 ◇専属の表具店をもたない末寺は、法道院から表具店に出してもらい、表装済みの
御本尊を発送してもらっていた。昭和三十年代後半(日達法主の時代)

 ◇法道院で印刷した日寛上人書写の御本尊を法道院が表具店に出し、表装済みの
御本尊を法道院から各末寺へ開眼せずに発送していた。昭和四十年代〜五四年
(日達法主の時代)

 ◇日達法主書写の御本尊を法道院で印刷。法道院が表具店に出し、表装済みの御本尊
を法道院から各末寺へ発送していた。昭和五四年以降(日顕の時代)

 ◇本山に御本尊を取り扱う内事部第三課を設置してからは、富士宮市内のK印刷で
ニセ法主の日顕が模写した偽造本尊を印刷していた。

 ◇印刷会社から第三課に届いた模造本尊は、第三課の坊主が印刷状態と枚数を点検
し、状態の悪いものは破棄していた。

 ◇その後、群馬県のO表具店など幾つかの表具店に出して表装していた。

 ◇表装された御本尊は再び第三課に返送されて納品される。第三課では検査の後、
別の段ボールに詰め換えて末寺の入金に応じて宅配便で配送していた。

 ☆     ☆

 以上の通り、法主もニセ法主も開眼はしていない。「(法主によって)御開眼され、
総本山より下附されてきた」(平成五年九月七日「宗門文書」)は真っ赤なウソなので
ある。

76検証会議:2009/04/04(土) 22:53:44
越 洋

平成21年4月2日

 最近、また宗門は性懲りもなく「正本堂裁判」について盲信者達を使って
ビラを配り、騒ぎ立てている。この裁判は、800万信徒の真心を踏みにじり、
達師が訓諭で「本門事の戒壇」と仰せになった「正本堂」を破壊するという日顕の
狂乱に対して、御供養に参加した会員有志が裁判を起こしたものである。

 本質的な問題はどこにあるのか、それは、かって日顕自ら、「正本堂は事の戒壇」で
あると言っておきながら、状況が変わって、今度は自分の嫉妬から正本堂を壊したく
なり、正本堂にイチャモンをつけたのである。裁判では、鋭く見抜かれ「自語相違で
ある」と嘘つきの本質を指摘され、判決の上に確定しているのである。

 日顕はじめ宗門は、信徒の信心の真心を全く感じない輩である。その体質こそ、
日顕らが反大聖人であり、天魔の証左なのである。

 五十億円近くを要した解体費用。その時、大草は業者を紹介し、甘い汁を吸ったと
いう噂が飛び交っていた。そして、哀れにも解体業者は倒産。

 ともあれ、裁判云々というなら、日顕が昭和五十三年四月十五日に日達法主から
「内付嘱」を受けたと言っている日顕の重要証拠の「日記」を出してから言え!

 「相承箱」は作れても中身は作れないのだ!

77検証会議:2009/04/04(土) 23:59:15
フェイク 第1009号

(発行=09.04.02)

「布施ばかり欲しがる乞食坊主」
戸田二代会長の「寸鉄」に見る坊主の堕落 ①
「御僧侶と坊主の違いは、その信心で計る」

 四月二日は創価学会の第二代会長・戸田城聖先生の祥月命日である。戸田会長は
昭和三十三年、大石寺に大講堂を建立寄進され、広宣流布の後事を池田室長に託して
霊山へ旅立たれた。

 その後、戸田会長の遺言、構想は第三代会長に就任された池田先生によって悉く
実現されたのである。

 今号では、戸田会長の命日に因んで、同会長執筆の「寸鉄」の中から主なものを
以下に紹介する。

 戸田会長は宗門外護に撤し、日亨上人のような僧侶とは親しく懇談されていたが、
その一方で、腐敗僧、堕落坊主には実に厳しかった。若い頃の日顕も叱責されたとの
ことである。

 戸田会長を尊敬するという大草一男ら妙観講員、それに日顕宗の僧俗は、戸田会長
執筆の「寸鉄」を肝に銘じるべきである。

    ◇
一、世間の評判を気にする坊主は生臭(なまぐさ)坊主だ。
一、折伏もしないで折伏する信者にケチつける坊主は糞(くそ)坊主だ。
一、尊敬される資格もないくせして大聖人の御袖の下にかくれて尊敬されたがって居る
坊主は狐(きつね)坊主だ。
一、御布施ばかり欲しがる坊主は乞食(こじき)坊主だ。
一、神本仏迹論なんて言う坊主は化物(ばけもの)坊主である。
(昭和二十六年五月十日付)

    ◇
一、化物坊主と寸鉄居士の大喝でおこった坊主があるげな。寸鉄居士その坊主を呼んで
曰く「第六天坊主」と。
(昭和二十六年七月一日)

    ◇
一、宝のもちぐされということがあるが、どこの寺のことだ。
一、立宗七百年が来る。大聖人様はどんな事を喜ばれるであろう。なに!梵鐘を作れば
よいと、火事が起こってから半鐘を作って間に合うか。
一、軍部におどされて梵鐘を取り上げられ、軍部が消えたら又作り出す。奥さんの前で
ヘイヘイして、居なくなればつまみ食いする女中のような坊主だ。
一、日興上人の遺誡置文を守って居られる方は御坊様、守らん僧侶は坊主、邪宗の僧は
高等乞食というんだ、よくおぼえておけ。
(昭和二十六年七月十日付)

    ◇
一、御山でゴシュ(御酒)は作ってもゴショ(御書)は作れぬ坊主が居るってね。
一、御盆廻りで忙しい坊主も居るし、折伏廻りで忙しい信者も居るし、全く世の中は
さまざまだ、アア――。
一、御盆廻りって何の事かね、檀家の先祖を供養する事かね。それとも供養される事
かね。
(昭和二十六年七月二十日付)

    ◇
一、寸鉄居士よ御僧侶を坊主などと呼ぶと地獄へ堕ちるぞ!
一、寸鉄居士答えて曰く「御僧侶を坊主と言った覚えなく、坊主を僧侶と呼んだおぼえ
はない」。
一、坊主が御僧侶の衣をつけたのと御僧侶が坊主の姿に見えるのとは皆信心のはかりで
はかるんだよ。

(昭和二十六年八月二十日付)   (つづく)

78検証会議:2009/04/05(日) 10:36:50
フェイク 第1010号

(発行=09.04.02)

宗門は供養の多寡で扱いに差別
戸田二代会長の「寸鉄」に見る坊主の堕落 ②
寺は信心の弱い屑を拾い集め講頭や総代に

戸田二代会長の「寸鉄」を前号に引き続き紹介する。

    ◇
一、信者はお寺のお客か御本尊様のお客か。
一、一体お客様と云うのはどういうわけか、相手を儲けさせるからお客様か。
一、お寺のお客様ならお寺繁盛のため一人でもいいはずだ。
一、そう云ってしまったら身も蓋もない、御本尊様の客だと申し上げれば誠に
聞こえがよい。しかし腹の中ではお寺の客だと思うから供養の多寡によって扱いに
上下がつく。
一、信者は御本尊様の客じゃない。子供で弟子で家来だ。
(昭和二十六年十二月十日付)

    ◇
一、宗会の決議では我等の会長が登山止めだそうな、物騒な世の中になったものだ。
一、忠義を尽して謗法を責めて御褒美あるかと思ったに、おほめはなくて「登山まかり
ならん」とおしかりさ。弟子共一同「俺達も一緒に登らんわい、フン」だってさ。
一、何が「フン」だい。決ってるじゃないか、日本全国の信者の声だってさ、
嘘もよい加減にしろ、折伏も出来ず、御衣の権威で偉ばること許りを知っとる坊主の
学会に対するやきもちだからさ。
一、寸鉄居士会長先生に御伺いをたてたら「あんまり騒ぐなよ、こんな目出度いこと
を」とニヤリさ。
一、寸鉄居士ニヤリとして日く宗会議員の諸公は三類の敵人中、第二類か第三類か、
ニヤリ。
(昭和二十七年七月十日付)

     ◇
一、正宗信者に信心が足りない、旧信者は特に足りない、僧侶の中に特別に足りぬ者が
いる様に見える、国家の救済をどうする気だ。
一、僧侶が世法の事と政治的な考え方ばかりにとらわれているのは信心がないからだ。
一、僧侶は政治家になるべきではないから政治的工作はよせ。
一、僧侶は商売でお寺をやっているんではない、喰うために寺があるなんて考える奴は
風上にも置けんやつだ。
一、布施にまよってはならぬ、山程積んである御本尊の功徳を一日も早く悩める民衆に
施せ、和尚さん面して奥に引っこんで威張っているのは能ではない。
(昭和二十七年九月十日付)

    ◇
一、信心の弱い信者ばかり集めたがっている坊さんがいる、そんな坊主は学会くずれを
拾って喜んでいる。
一、それぢゃその坊さん屑買いじゃないか、そんな屑集めて何になる。
一、その屑がね、総代になったり副講頭になったり婦人部の幹部になったりしている
よ。
一、学会の屑っていう者は偉いもんだな。屑でないのはすごいたろうね。
一、凄い所か、真金だよ、火にも焼けず水にも漂わず、教学に折伏に大童わだ、
天晴れなものだ(昭和二十七年十月二十日付)

    ◇
一、旧信者相手にいばってるくせを学会の人々にお出し下さるな、空いばりには驚かぬ
のが学会魂だ。
(昭和二十七年十一月二十日付)

(つづく)

79検証会議:2009/04/05(日) 10:37:25
フェイク 第1011号

(発行=09.04.02)

「坊主は喰って寝て豚同様の動物」
戸田二代会長の「寸鉄」に見る坊主の堕落 ③
「魔僧は僧衣を脱いで速やかに地獄へ行け」

戸田二代会長の「寸鉄」を前号、前々号に引き続いて紹介しよう。

    ◇
一、山規法規とやかましいが謗法には手ぬるいね。
(昭和二十七年十二月一日付)

    ◇
一、仏様でもないくせに仏様のような顔をして威張る坊主が気に入らない。
(昭和二十七年十二月十日付)

    ◇
一、坊主の仕事は衆生を成仏させる事だが、自分が成仏出来るかどうか考えた事が
あるのか。
一、人の死んだ時にお経を上げるのは何のために上げるのか知っているか、お布施
もらうためか死人の供養のためか。
一、死人への供養のためとすれば、ちっとも供養にならないと云う事を知っている
のか、喰ってねて豚同様の動物と云う事を自覚せよ。
(昭和二十八年一月十日付)

    ◇
一、けれども禿人業と云って坊主商売の奴には責任はないらしい。
一、禿人業でない御僧侶は一体日本に何人いるのかしら名乗り出てもらいたい。
(昭和二十八年四月一日付)

    ◇
一、御僧侶たりとも、信心および折伏の指導に誤りありと思わば直ちに会長に報告
すべし。(昭和二十八年五月一日付)

    ◇
一、世に尊敬さるべき方は、大御本尊様唯御一人である事を固く胸に刻め。
一、御僧侶に望む。現時の御僧侶は尊敬さるべき何物も持合せていないと思う。
若し、尊敬を受けたら自ら御自身に言い給え「衣の功徳と御本尊の御威光である」と。
一、焼餅や利慾や自分がいばりたい為に、御殿女中のような争はしてはならぬ。
もっともみっともない事である。
一、時折もれ承れば御僧侶間に御殿女中の様な感情があるそうな、恐るべき事である。
かゝる事ありたる方は自ら卑しみ給え。
(昭和二十八年六月一日付)

    ◇
一、御僧侶に大法弘通の力がないのは、学問が無いのだとばかり思っていたら信心が
無いからだと判ってびっくりぎょう天。
(昭和二十八年七月十日付)

    ◇
一、僧侶にして信心なしと云わば毛のなき猿が衣をつけた様なものである。
(昭和二十八年七月二十日付)

    ◇
一、僧の罪とはいずれより起こりたるか、寸鉄居士断じて曰く「信心なきがゆえに」
と。
一、信心なき坊主は御上人様どころか御下人様である。
一、寸鉄居士曰く「信心なき坊主は見つけ次第速やかに放逐せられん事を」
(昭和二十八年九月十三日付)

    ◇
一、なげかわしきかな魔の僧侶よ、大御本尊様は大慈大悲の大聖人様が凡夫マル出しの
その凡夫に賜わった事を知らざるか、僧衣をぬいで速かに地獄へ行け。
(昭和二十八年十一月二十二日)

 (この項 終り)

80検証会議:2009/04/07(火) 13:58:43
フェイク 第1012号

 (発行=09.04.05)

 大石寺への参詣は堕地獄の因
 学会員を登山に誘う「慧妙」の駄文を嗤う
 宗門は魔僧の巣窟、登山は与同罪に

 日顕宗の僧俗に嫌われている「慧妙」が三月十六日付で学会員を登山に誘おうとの
魂胆から愚劣な記事を載せている。それは「創価学会員の皆さんへ」と題して
「御登山の功徳を思い出しましょう」と呼びかける愚かな内容である。

 その台詞が実に滑稽だ。「かつては『魂のふるさと』と称して恋い慕っていた」
「春の桜をはじめ、ツツジ、ハス、木犀、紅葉など四季折々の花木が咲き誇り」等と、
まるで昔の恋人への誘いの手紙のような文面である。妙観講の大草一男にしては少し
出来過ぎの感がある。おそらく女性を騙した経験が豊富な堕落坊主が書いたもので
あろう。

 学会員に対して「信徒資格は喪失」と言っておきながら、五十万登山の達成が不可能
なため、学会員を登山させようという下心が丸見えの文だが、もう一つの「慧妙」の狙い
は早瀬日如への媚び諂いである。

 日如が大草らの妙観講を「親の仇」として憎み、「俺の目の黒いうちに妙観講を
潰す」と言ったことは本紙で再三、取り上げた。

 そんな大草や妙観講の奴等が中心になって作っている「慧妙」を日如が毛嫌いしている
のも事実。創刊に関与した日顕が死んだ途端に「慧妙」は廃刊、大草の大講頭解任も
間違いない。そこで日顕が生きている間に日如に取り入ろうとする大草が、学会員への
登山を呼びかけているのだが、こんな「慧妙」の駄文に騙される学会員はいないと断言
する。

 さて、学会員が大石寺へ絶対に登山しないのは「大謗法の山」「魔僧の巣窟」と
化しているためである。「慧妙」が「御登山の功徳を思い出しましょう」と書いても、
功徳があったのは二十年前までの話で、今年だけでも初登山で大講頭の石毛が倒れ、
その後も登山者の死亡や行方不明など事件、事故が頻発している。これは功徳がない
証拠だ。

 今の大石寺は「大御本尊は偽物」と誹謗した日顕が尊い広宣流布の団体を破門した
うえ、日蓮大聖人、日興上人に違背する五老僧の末流・身延派と頻繁に交流を重ねる
など富士の清流は完全に途絶えてしまった。


 家庭の御本尊が大聖人の御精魂

 そんな「大謗法の山寺」にノコノコと登山しようものなら「無始以来の謗法の罪障が
消滅し、福徳を積む」どころか、大罰を受ける。

 特に、大聖人は「邪宗教に対する布施を止めよ」と戒められ、広布破壊の悪僧共に
供養することを厳しく禁止されているのである。

 謗法への供養を戒められている御書は幾つもある。例えば「まことの心なれども供養
せらるる人だにも・あしければ功徳とならず、かへりて悪道におつる事候」と
仰せられている。

 善意で真心からの供養をしても、供養を受ける相手が謗法であれば、功徳どころか、
与同罪となり、謗法の共犯者になって堕地獄の因を積む結果になる。

 日達法主は「あなた方の各仏壇に安置するところの御本尊様が、大聖人様の御精魂で
ある」(「大日蓮」二〇三号)と述べていた。

 登山して謗法の与同罪を受けるような愚かな行為を止め、各家庭で勤行・唱題を
実践し、広布の活動に励むことが肝心なのである。

81検証会議:2009/04/09(木) 01:51:26
越 洋

平成21年4月6日

 前号の「正本堂裁判」については、多くの方から反響を頂いた。もっと日顕の
正本堂破壊の悪行を徹底して、糾弾してほしい等の要望があったので今号でも
取り上げる。

 正本堂は、本門戒壇の大御本尊を永久に御安置するために建てられた。1967年に
着工、延べ1万人の方が工事に関わった。そして1972年10月に完成し、当時の金額に
して355億円の浄財で建立された。現在では2000億円を投じても建立出来ないのでは
ないかと専門家は分析している。

 特に正本堂で使われた大理石は現在、手に入れようとしても手に入いらない希少な
ものが使われた。「妙・法・蓮・華・経」の五字を象徴した五本の大円柱は、
ギリシャ・ペンテリコン産の白大理石で“ディオニスホワイト”と呼ばれ二千四百年
ほど前、アテネ・アクロポリスの丘に建てられたパルテノン神殿と同じ種類の石が
使われた。また大御本尊が安置された須弥壇の床には、世界でもその数の少ないことで
有名な“オニックス・ローゼモロッコ”というモロッコ産の赤大理石が用いられた。

 正本堂設計者の横山公男氏が「正本堂破壊を問う」との副題で1999年1月に『痛哭』
というパンフレットをだされたが、この文章は宗教界のみならず建築業界にも多大な
反響があった。日本建築家協会(JIA)HPでも横山氏の『痛哭』にふれ「早速読んだ時の
驚きは大きかった」と。
 JIA時代、副会長を勤めた横山さんの人望に触れ、「そのような建築家の作品の
ほとんどが破壊されているとは何たることか」とコメントを掲載している。

( http://www.jia.or.jp/topics/kenchikuka/dat/yokokimi.htm

 日顕が教学部長時代、昭和51年刊『本門事の戒壇の本義』という本の中では「戒壇の
本尊おわします所、直ちに事の戒壇であるから、昭和四十七年建立の正本堂が現実の
事の戒壇である」と明確に言っていた。その釈明もないまま正本堂破壊の日顕の蛮行
は、未来永劫ご破算にすることはできない!!今日、明日は虫払い。害虫・日顕を早急に
駆除せよ!

http://8004.teacup.com/cyeokunoken/img/bbs/0000668M.jpg

82検証会議:2009/04/10(金) 16:33:52
越 洋

平成21年4月9日

 本山の桜は満開だが、淋しい。古の先人が「桜切るバカ、梅切らぬバカ」と名言を
残した。昭和46年、大御本尊を荘厳するため大聖人が愛された桜を池田会長(当時)
が池田山に数万本を植樹。それはそれは美事に咲いた桜花は万人の目を楽しませた。

 事もあろうに、超馬鹿者の日顕は、男の醜い嫉妬で桜は剪定しないのに数万本の桜を
切ってしまった。今や、大石寺の桜は塔中と潤井川沿いの桜のみになってしまった。
池田山の桜を全て伐採した。日達上人が「わが寺の 心を花に たとえれば 富士を
背に咲く 池田山桜」(昭和46年4月28日 池田山桜植樹祭の砌)と詠まれたが、
今はその桜もない。以前、航空写真を撮るため上空から見た大石寺は富士と正本堂と
桜が大自然にマッチして、壮観だったとカメラマンは語っていた。

 今や正本堂も桜もない。登山者もチョボチョボ、増えたのは駐車場のみだ。

 今年、『クラブツーリズムの旅』3月号(埼玉・茨城西南版)に「日帰りで行く
桜名所」と題し"三嶋大社・身延山久遠寺・富士宮「大石寺」の三大しだれ桜"と紹介
されていた。「大石寺は5000本のソメイヨシノ、150本のしだれ桜を楽しめます」との
見出しである。大石寺の観光地化に拍車がかかっている。

 過去にも何度も企画宣伝されていたが、それに踊らされて来た観光客は大石寺の
少なくなった桜を見て「なーんだ、たいしたことないじゃないか」とがっかりして
いた。プロのカメラマンも「こんなに桜が少なくなったんじゃ、絵にならない」と
嘆いていた、今年の紹介の写真は"身延山久遠寺のしだれ桜だった"

 こうした企画も大石寺の全面協力なしでは出来ないことだが、もはや「50万登山」の
達成を諦めて観光で来た人達の数も入れて帳尻あわせをすることは目に見えている。

http://8004.teacup.com/cyeokunoken/img/bbs/0000669M.jpg

83検証会議:2009/04/10(金) 21:50:02
石山だより

平成二十一年四月十日

 一、毎月、地獄のような布教区ごとの推進会を開催している。展望もない、
希望もわいてこない"まるで生き地獄そのもの"であると参加者は嘆いている。
まず八木、信彰、水島、柳沢、石毛、永井の面々。

 彼らは第一に傲慢。第二に元々やる気がない。第三に指導力もない。第四に魅力も
ない。第五に実績もない。いくら指導会をやっても折伏が推進されないのであるから
当然である。要するにマンネリなのである。

 指導する側が、智慧がないのだから、当然受ける方はやる気がわいてくるハズが
ない。推進会をやればやるほど後退していく推進会も珍しい。即刻止めるべきだと
思うが、皆さんいかがでしょうか?


 一、五十万総登山のための、支部登山が行われている。二泊三日の登山者は、
着山した日と翌日にも御開扉を受けている。そのため、日如さんの袱紗「立正安国」を
その都度もらうので、何枚も貯まってしまう。登山者曰く、「袱紗は何枚も要らない。
日如さんは字が下手で、飾るに飾れない。記念品を別なものにかえればいい。内事部の
連中はそんなことも気がつかないのか!」テレビ番組の「笑点」は座布団十枚で賞品が
貰える。いっそ袱紗十枚ためた講員を登山会に招待したら、登山者も少しは経費が
助かる。


 一、御影堂の御本尊の前で、未曾有の大檀那のことを悪口罵詈していた尾林日至と
大村日統。尾林はパーキンソン病で、頭は働いているが、身体は筋肉が萎縮していく。
法務は出来ず入院中。大村は、脳腫瘍を患い、腫瘍の三分の二を切除。今は、コバルト
治療中。

 日顕の言いなりでやってきた尾林と大村。日顕に従順に仕えてきた者が病で倒れて
いる。「法主は大御本尊と不二の尊体」と汚れた顕チャンを奉ってきたつけが回って
きた。

 (信彰の暴力事件について宗内に箝口令をひく鬱病総監八木。衰退する宗門に
いても、いつ住職になれるのか?夢も希望もない無任所鼠)

84検証会議:2009/04/10(金) 21:50:40
フェイク 第1013号

(発行=09.04.09)

大石寺、数万本の桜に続き杉も伐採
地球温暖化を加速させる日顕宗は人類の敵
花見客は失望、環境破壊の愚挙に怒り

 熔けていく氷河、海面上昇、異常気象、自然生態系への悪影響――地球温暖化は
刻一刻と進行している。

 特に、深刻な海面上昇は、主に陸上の氷河や氷床に貯蔵されていた氷が融けて海へと
流れ込んで海水の量が増え、また、水温上昇による海水の膨張も原因といわれている
が、その地球温暖化は現在の想像をはるかに超える深刻な事態が待ち受けているとも
言われている。

 温暖化の最終的な結末は、海水が全て蒸発して地球が熱球になって、人類はもとより
生物は悉く死滅するという説もある。

 この地球環境問題への対応は人類共通の最重要課題になっており、温暖化を止める
には大植林をして森林を復旧するしかないということは、小学生でも知っている。

 ノーベル平和賞受賞者のワンガリ・マータイ博士は「緑の木がなければ人間も生きて
いけない」と述べて、今年末までに七十億本を植樹するという目標を掲げて「環境破壊
の敵とは銃ではなく木で戦う」と植樹を訴え、この呼びかけに応じて植樹する
メキシコ、トルコなどの国も見られる。

 我が国でも「緑による環境創造」を提唱している横浜国立大学の宮脇名誉教授の地道
な活動が知られており、植樹に取り組む学校・団体も増えている。

 これと逆行する邪教が日顕宗である。北山本門寺から大石寺の三門へ向かう道路の
両側に大石寺所有の杉林があり、その杉の枝が道路に少しはみ出ているとの理由で、
駐車スペースができる程、大々的に切り倒している(写真上)。

 これまで数万本の桜を伐採した大石寺は、桜の名所として知られていた池田山も閑散
としている(写真下)。

 花見客からは失望の声が聞かれ、地域の人々からは、生命を慈しむ心をもたない
極悪僧の環境破壊に怒りの声が寄せられている。

http://8004.teacup.com/cyeokunoken/img/bbs/0000671.jpg

85検証会議:2009/04/11(土) 01:12:02
大石寺短信 第459号

平成21年4月9日(木)

日顕宗の動き

1.大不評の「750年」記念展示

 「立正安国論正義顕揚750年」を記念して大石寺の宝物殿で展示が行われている。
しかし、鳴り物入りで始まった割りには、特筆すべき展示物はなく、全国の各支部の
紹介パネルをだらだら並べてお茶をにごしている。当初、登山者は必ず見学することに
なっていたが、「スケジュールが窮屈すぎる」との苦情が出て、早くも「見学するか
しないかは支部の自由」とのお達しが出た。その途端、見学者は激減。一方、
混み始めたのは、それまで閑古鳥が鳴いていた売店である。結局、お座なりのつまらぬ
展示など誰も見たくないのだ。

 宗内関係者は語る。「大石寺には『重宝』などほとんどない。毎年のお虫払法要
でも、めぼしい物はどれも末寺から借りてきた物だよ」。大石寺に「宝物(・・)殿」
はふさわしくない。この際、「ガラクタ(・・・・)殿」とでも改称したらどうか。

2.聞いて呆れる「大石寺は常寂光土」

 日顕宗では上から下まで登山キャンペーン一色。供養を集めるために、一泊登山で
2回も御開扉に参加させたりしているが、何度も登山させられる法華講の不満を抑える
ために、珍説法をして脅かしている。「大白法」3月16日号では、九州大支院長の
斎藤善道が登場し、「総本山は不思議な霊地」との見出しで、登山をアピール。斎藤
いわく「総本山は『即是れ不可思議にして仏の境界真実の常寂光土』であります。
かかる不思議な所に登山参詣させていただけるのだと感謝し、だからこそ成仏できるの
だと肝に銘ずべきであります」。しかしこれは、「像法決疑経」という経典の文を
こじつけて、勝手に「総本山大石寺は常寂光土」と言っているに過ぎない。

 無論、大石寺は「常寂光土」などではない。大聖人とは全く無縁の坊主たちが占拠
している今、日興上人が離山した身延同様、「魔の山」と化している。登山しても
功徳を受けられないどころか、かえって罰をこうむるのである。

 斎藤は結びに、「本年は、登山推進に、今生一生の思い出になるような華々しい
精進を」と書いているが、日顕宗の口車に乗せられて50万登山や7万5千総会に参加した
なら、文字通り「一生忘れることのできない悲惨な思い出」が残ることは必定である。

3.委員長・柳沢の話は支離滅裂

 最近、法華講連合会委員長の柳沢喜惣次が機関紙「大白法」に出てきて講釈をたれて
いるが、これが全く支離滅裂な内容。質問と答えがかみ合っていない「禅問答」のよう
な代物なのだ。たとえば4月1日号で柳沢は、「私が何を危惧しているのかと言います
と、一人ひとりの持つ我見と己義の問題です」と言いつつも、延々と大聖人が受けた
法難の説明を。ひと段落ついた頃、質問者がしびれを切らしたかのように「先ほど
おっしゃった己義と我見と今のお話はどう関係するのですか」と聞くも、柳沢は
「判っていないのに判ったような気になることを我見と言っているのです。そして、
理屈を言いながら己義を構えて怠けている」と返答。まるきり質問の答えになって
いないのである。

 また柳沢は、法華講の若い世代が育っていない原因として、「年輩者に信心の魅力が
ないから」(「大白法」2/16付)と他人事のように言っているが、「年輩者」であり
法華講の責任者である柳沢自身が、こんないい加減な与太話をたれ流している限り、
老若を問わず誰も信心に励もうとは思わないだろう。柳沢は今年で86歳。委員長の後任
はいないのか。法華講関係者がため息混じりに言う。「副委員長の石毛さんも750年
結集委員の永井さんもダメ。それに続く世代もいない」。どこを見渡しても、終末の
様相を呈している日顕宗である。

86検証会議:2009/04/13(月) 21:34:09
フェイク 第1014号

(発行=09.04.11)

 「浅井昭衛はテレビ狂の大バカ者」
 定額給付金に関する見当違いの戯言を粉砕
 日曜勤行で無知な顕正会員に捏造話

 顕正会・浅井昭衛の毎度の与太話に付き合う暇はないので、これまでは捨て置いて
きたが、今月五日の日曜勤行での戯言は看過できない。まず、浅井が「聖愚問答抄」
講義の中で述べた捏造話の骨子を紹介する。

 浅井は、生活支援の定額給付金を公明党が党利党略で提案したかのような暴言を
吐いて「次の選挙を有利にしようというんで福田さんに対して押し付けた。福田さんは
その屈辱に耐えかねて投げ出しちゃったんですね。要するに、やりたくない事を
やらせるという事が屈辱だと言って投げ出しちゃった訳でありますが、今になって
みて、あの定額給付金というのは、みんなに評判が悪いでしょう」

 この邪見は浅井流の的外れ地震予知と同じで、公になっている事実すらも全く
踏まえていない。

 福田首相が退陣を表明した理由は、首相自身が会見で述べたように「緊急経済対策や
消費者庁設置などを実現するため、体制を整えた上で国会に臨むべきだ。新しい布陣の
もと、政策の実現を図っていかないといけないと判断し、辞任を決意した」もので
あった。

 定額減税の問題とは全く無関係の話だ。

 首相辞任の真意が「新体制による局面打開」にあったことは、朝日新聞の詳細な
「辞任検証」記事(昨年九月七日付)でも裏付けられている。

 そもそも「定額給付金」については、マスコミや野党の政治家が批判しているだけ
で、受け取る国民の間では歓迎する声が大半だ。産経新聞(一月十三日付)の調査
でも「給付が決まれば受け取る」が八十五%を占めた。

 評論家の田原総一朗氏は「野党やマスメディアが盛んに批判したために、少なからぬ
国民が、給付金には胡散臭さを示さないと具合が悪いと思っている」と指摘
(『週刊朝日』一月二十三日号)。

 北村晴男弁護士もテレビ番組で「マスコミのミスリードが大きいので、気をつけて
もらいたい」と苦言を呈していた(十一月九日「ザ・サンデーネクスト」)通りで
ある。

 浅井の今回の話は、まさしくマスコミにミスリードされた姿を露にした形だ。

 その当の浅井は、先の「講義」の後半でマスコミ批判も展開している。いわく。
「マスコミは大衆迎合主義だ」「テレビを見て、みんなバカになってきた」と。だが
「毎日、テレビの見過ぎでバカになっている」のは浅井自身である。

 顕正会では「テレビをみるな」「マスコミを信じるな」と、普段から会員への目隠し
に躍起だが、浅井自身はテレビ狂である。会員が暴力勧誘に狂奔している間、自分は
時代劇やお笑い番組に夢中になっている。その浅井が講義の中で矛盾を晒けだして
しまったのだ。

 こんな与太話を有り難がって拝聴させられる末端会員こそ、いい面の皮である。

 それにしても「聖愚問答抄」講義で、浅井の「愚者マル出し」の姿。聖人と愚人の
問答ならぬ、愚者と愚者の「グシャグシャ問答」になっていた。

 この日の勤行会を後にした参加者が帰途で話していたことも印象深い。「今日の
ご指導だと、浅井センセイ、定額給付金は受け取らないんだろうね」

87検証会議:2009/04/15(水) 01:24:04
フェイク 第1015号

(発行=09.04.15)

 〝供養地獄の獄卒"大講頭・河原が死去
 「日顕への奉仕は無益」を証明した腰巾着
 「赤ん坊にも供養させろ」等と講員を苦しめる

 日顕宗法華講の大講頭で京都・平安寺講頭の河原昭太郎が十四日、京都市内の
第二日赤病院で死亡した。享年八十歳。五年以上前から糖尿病の悪化で歩行困難に
なっていたが、同病院の心臓血液センターに入院。心臓手術で足の動脈を心臓の
バイパスとして移植したが、腎臓も機能していなかった。体は水膨れ状態で、足の
傷口は裂けて悲惨な症状だった。

 河原は東京の柳沢と同様、日顕の腰巾着で、四十年以上にわたって従属し、
北近畿地方部長や連合会理事を歴任。六人いる大講頭(他の五人は石毛寅松、
永井藤蔵、渡辺定元、石渡秀男、大草一男)の中でも日顕と最も親しい関係であった。

 日顕との付き合いが長い河原は、日顕を喜ばせるためには供養を集めることだと
知り尽くしていた。

 そのため、平安寺の講頭、総代として講員から供養を搾り取って日顕に奉仕すること
に専念。御講や班長会でも口を開けば「御供養せよ」と叫び続けていた。

 例えば、昨年九月の御講で「供養する者は福十号とある。供養は御法主様の言葉を
信じて供養することで、仏様の言葉を聴くことだ。だから全員がやろう」と支離滅裂の
檄を飛ばしていた。

 十一月の御講でも座ったままで「十二月に慶祝御供養がある。猊下をしっかり守る、
それは仏様への供養です」と語るなど「仏様」を悪用しての収奪である。

 特に、平成十七年五月七日の平安寺の班長会で河原は「供養した者の名前は猊下に
届いて、どこの寺の誰か、ということが分かる。だから赤ちゃんでも、供養させて
いただく」と赤ん坊にも供養をさせろ、と強要していた。

 講員は悲鳴を上げていたが、これこそ河原が「供養地獄で責め立てる獄卒」と
呼ばれた所以である。

 また昨年、平安寺の前住職・椎名の葬儀の際、河原は「平安寺の建立当時から学会は
寺に嫌がらせをしていた」と暴言を吐いていた。

 法華講の何千・何万倍も供養した学会への嫉妬だが、昭和三十八年に同寺を建立寄進
した学会が、嫌がらせをする筈がないではないか。

 「鳥インフルエンザ騒ぎ」 の責任から逃避

 平成十六年には「鳥インフルエンザ騒ぎ」があった。この時、河原は鶏肉小売店や
卸業者が加盟する「全国食鳥肉販売業環境衛生同業組合」の会長という業者側の責任者
であったが、何の手も打たず、マスコミの取材から逃げ回り、日顕宗の寺に身を隠して
被害を拡大させた張本人である。

 また、同年三月八日付「赤旗」で河原が共産党府議団に「店に客が来ない」と、
泣きついたと報道された。(当時の写真、左側が河原)

 河原の哀れな人生は極悪僧の日顕に奉仕し、精一杯、尽くしても何一つ功徳がない
ことを証明しただけに終わったことである。合掌。

http://8004.teacup.com/cyeokunoken/img/bbs/0000673.jpg

88検証会議:2009/04/16(木) 01:56:07
勝ち戦 第133号

2009 年4月14 日(火)

 大講頭・河原昭太郎が死亡!
 『もうボロボロです…』
 日顕宗は「生も換金・死も換金」だ

 本日、日顕宗・大講頭で、北近畿地方部長の河原昭太郎が死亡した。

 通夜は一五日(水)一八時。本葬は一六日(木)一三時。平安寺(京都市)で執り行われる
予定。

 河原は長年、天魔・日顕の狂信者として、仏法破壊・広布破壊を企て、破和合僧に
狂奔した極悪人である。晩年は、堕落した贅沢三昧の生活が崇り、重度の糖尿病を
患って一人で立ち上がることも歩くことも出来ず、車椅子での生活を余儀なくされて
いた。

 平成一六年四月の地方部総会では、目が不自由で手術をした上に、足を六ヶ所骨折
するという見るも無惨な姿で登壇し、「もうボロボロです。一年もつか分かりません」
と、泣きっ面で弱音を吐いていた。

 同年十月の御会式でも、「三日間四〇度の熱が続き、病院へ行ったら肺炎ということ
で即入院。病院へ入ったら鉄格子がはまってるんですよ。まるでブタ箱にいる
みたい・・・」と、肺炎に罹って入院したことを告白した。他の信者達は、「何故
これほど一生懸命宗門に尽くしてきた人が、こんなに苦しく、不幸な目に遭わなければ
ならないのか」と愕然としていた。

 河原はかつて、京都府丹波町で鳥インフルエンザ騒動が起きた時、
『京都府食鶏肉販売業生活衛生同業組合理事長』という立場にあり、連日マスメディア
からその社会的責任の追及と釈明を求められていた。だが、河原は理事長としての責任
を果そうともせず、日顕宗寺院の妙清寺(京都市)に泊り込み、姑息にも身を隠していた
のである。その後、社会不安は増大し、二名の自殺者を出すまでに至った。一般の
マスメディアからは逃げ回っていた河原も、何故か当時の『しんぶん赤旗』には、
共産党議員二名と共に写真入りで登場し、苦しい胸の内を告白していた。
「いつが昼か夜かわからない毎日」「返済の見通しがなければ融資も利用できず、
客の意見を聞こうにも客が来ない」「一二〇年続く私の店は毎日八〇〜百人いた客が
一〇人も来ない状況」まるで罰の体験発表だ。

 昨年三月、僧俗指導会で、河原は興味深い話をしていた。「ちょっと面白い話を
しましょうか。平安寺で私が法華講つくってね、十年近く葬式が無かった。お寺にね、
お葬式が無いというのはね、これお寺さん、商売あがったりなんですよ。住職申し訳
ない。『誰か死ぬもんないか』そのくらい申し訳ないこと」

 話の途中で司会の石井栄純(横須賀・法照寺住職)が話を強制終了させ、河原は石井を
鬼の形相で睨み付けていた。長年宗門の実態を見てきた河原の証言は重い。河原始め、
法華講員は、『生も換金・死も換金』だ。哀れ!

89検証会議:2009/04/16(木) 02:59:01
フェイク 第1016号

(発行=09.04.16)

 日顕は焼香にも来ない冷淡さ
 大講頭・河原昭太郎の通夜にみる僧俗差別
 参列者は本堂に入らず下駄箱付近で焼香

 日顕宗・法華講大講頭の河原昭太郎が、去る十四日に死亡(本紙一〇一五号参照)。
その通夜が十五日午後六時から京都市内の平安寺で行われた。玄関の下駄箱付近には
焼香台が設けられて、参列者は靴を脱がなくても焼香できるようになっていた。これは
苦しみ抜いた末、遂に息絶えた故人の堕地獄の相を一般の参列者に見せたくないための
処置ではないかと囁く人もいた。

 本堂には遺族や法華講幹部が集っていたが、本来ならば、真っ先に駆けつけるべき
阿部日顕の姿が何処にも見当たらなかった。

 前日、日顕が来るらしいと噂していた関係者は落胆して「御隠尊猊下(日顕)は
冷たいな」「講頭さんは、あれほど猊下様に御奉仕されたのにね」と、ヒソヒソ
囁きあっていた。

 というのも、河原は法華講の大講頭に加えて、平成十八年四月には立正安国論正義
顕揚七百五十年記念局委員、地涌倍増大結集推進委員会委員にもなっており、日顕、
日如が来るのが世間の常識だ。だが、どんなに役職があっても、信徒に冷たいのが
日顕宗である。

 死んだのが、もし末寺住職であれば、ニセ法主や総監、宗務院の正副部長らの役僧が
ゾロゾロ集まって来るのに、日顕に尽くしぬいても信徒だと焼香にも来ない――これが
日顕宗坊主の信徒に対する余りにも冷淡な態度なのである。

 六人の大講頭の中でも、河原は特に日顕との関係は深い。日顕が平安寺にいた頃から
の腐れ縁である。

 日顕が平安寺住職になったのは「シアトル買春事件」直後の昭和三十八年四月、当時
は教学部長だったが、僧階は権僧都、遊び盛りの四十代前半だった。日顕の遊興は東京
の本行寺時代から派手であったが、平安寺に移ってからの遊びは一段とエスカレート
していた。

 昨年の暮れに死んだ山崎正友は、日顕の道楽について昭和五十六年二月十二日号の
「週刊文春」に次のように書いていた。

 「日顕自らが、若い頃より知らぬ人のない遊蕩児であった」「(父親の日開が死んだ
時も)日顕は、吉原に居続けていた」「熱海に愛人が出来て、女房と離婚して一緒に
なると騒いだことがあった」「金がなくなると、先輩の寺に朝早く来て、門前で無心
して行った。離れた所の電柱のかげで、女がかくれて待っていた」

 更に「京都の平安寺にいる間も、神戸の福原、大阪ミナミのピンクサロン、生駒の
岡場所などへ毎日のように繰り込んでいた」

 ここまで暴かれた日顕が、執筆した山崎に「嘘つきと言って悪かった」と謝ったほど
だから「週刊文春」に載った日顕の酒色狂いは、真実ということになる。

 この日顕の遊興三昧を支え続けた一人が河原であった。

 平成四年十一月、古巣の平安寺へ出向いた日顕は、昔を振り返り、こう言った。
 「(河原は)入信して以来、常に折伏、折伏ということを述べて、自行化他に精進を
しておられた姿が今でも眼に浮かびます」

 日顕は自分の恥部を知り尽くした河原に対する最大の賛辞を呈していたが、通夜に
顔も見せない。

 これでは講員に「供養、供養」と叫んで、縛り取っては日顕に差し出していた河原も
浮かばれないだろう。

90検証会議:2009/04/17(金) 00:00:30
越 洋

平成21年4月16日

 日顕はかって「長時間唱題すると身体に良くない」といっていた。今年に入り、
鳴物入りで4月1日(水)から始まった思いつきとこじつけ「七百五十億遍唱題行」が、
宗門を窮地に追い込んでいる。というのも「百年に一度の経済危機」の中で登山に行く
費用も捻出できない講員の負担もさることながら、そこに追い打ちをかけるのが今回の
「唱題行」である。

 寺に行く機会が増えれば、その分毎回"御供養"と"交通費"が必要になってくるから
法華講員もたまったものではない。今回の"唱題行"が、かえって寺離れを加速させて
いる。そもそも、法華講が15万と計算しているが、分母が違いすぎるのではないか?
死亡と行方不明が多いので、せいぜい6〜7万だと実態をよく知る末寺住職の声。

 そんな"唱題行"の最中の今月4日、香川県福成寺の住職・堀寿奘が亡くなった。
体調を崩して支院長も降りたが、享年60歳の若さであった。(宗務広報発表)丁度、
本山で6・7日と"虫払い法要"が行われ、8日には全国支院長会議のため通夜と告別式は
9・10日で行われた。

 "登山をすれば願いが叶う""最後の登山に功徳を積もう"と謳い文句を並べて、登山を
煽っているが"一番御開扉も受けているはずの住職がなぜ"という福成寺講員の素朴な
疑問は晴れない一方である。

 かつて昭和五十五年十月、北海道で故森田理事長が唱題と折伏で乗り越えた父親の
癌克服の体験を日顕に話した時、日顕が信じられないような顔をして聞いていたことは
有名な話である。学会員には日常的に語られている話も「大御本尊のは、偽物である」
と御本尊を信じられず、信仰体験を持たない日顕には、功徳の体験談はよほど
珍しかったようだ。

 日顕は平成六年二月、全国支院長会議の席上、"信者のほうが本当の体験というほう
から、この大聖人の仏法に入ってきている。僧侶は、むしろそこが弱い"などと語って
いた。そもそも、「長時間唱題すると身体に良くない」「坊さんが唱題をしていると
何か悩みがあるのかと信者に誤解されてしまう」と宗門は、唱題をすることも"学会員
みたいなマネをするな"と言い放って馬鹿にし、題目を上げることも信者のする修行と
して蔑視をしてきた。

 結局「五十万総登山」では本山が潤い、「七百五十億遍唱題行」では末寺が潤い、
法華講員は骨の髄まで搾取される場に過ぎない。

91検証会議:2009/04/17(金) 00:35:27
フェイク 第1017号

 2009年(平成21年)4月17日(金)

 閑静な住宅地、騒音に似た下手な読経に苦情
 平安寺で涙も哀悼の言葉もない河原の告別式
 葬儀の挨拶で登山推進を訴え顰蹙

 日顕宗・法華講大講頭の河原昭太郎(十四日に死亡)の告別式が十六日
午後零時五十分から、京都市内の平安寺で行なわれた。前日の通夜には、本堂に三百人
ほどが集まっていたが、この日の告別式には場内に僅か百人そこそこ、また場外にも
少しばかりの講員らが集まっただけであった。

 隠居した日顕、ニセ法主の日如は共に、昨夜の通夜、そして告別式に最後まで姿を
見せることはなかった。

 葬儀は河原が代表取締役を務めていた会社(株式会社・鳥米)の「社葬」として、
厳粛かつ盛大に執り行う予定であったが、高僧も来ないし、参列者も少ない葬儀に
なってしまった。

 昨年二月に死んだ同寺の前住職・椎名日澄(法英)の葬儀に際しては、日顕も火葬場
まで行ったといわれているが、死んだ河原は同寺の講頭で、しかも大講頭でも
あったが、通夜・告別式に日顕は顔を出さない。

 死んだのが坊主と信者では、日顕ら坊主共の対応は大違いなのである。

 日顕は、しばしば瞬間湯沸かし器を沸騰させて「信者の分際で何を言うか!」と暴言
を吐いていたが、法華講のナンバー2の地位にある大講頭といえども、坊主から
みれば、単なる「信者の分際」に過ぎないと、蔑視していると思われる。

 さて、導師は平安寺住職の高野法雄が勤めた。ところが、同寺は閑静な住宅地に
建っていることもあって、読経が始まって間もなくの頃、近所から「うるさいッ」
「もっと葬儀らしく厳かにできないのか?」という苦情が寄せられたということだ。

 確かに、修行を積んだ僧侶の朗々たる読経の声の響きであれば、信仰していない人が
聴いても清々しく、うるさくは感じない。

 しかし、高野みたいに夜遊びが過ぎて、アルコールで喉を痛め、割れ鐘のような声で
の下手な読経は騒音にしか感じない。近隣の人から苦言を呈されても仕方ないだろう。

読経・唱題はバラバラ

 会場のマイクの音量を急きょ、絞った。すると、参列者にマイクの声が聞こえなく
なった。導師と参列者の読経・唱題の声が合わなくなってバラバラ。大講頭の死を悼む
厳粛さは、全く感じられなかった。

 葬儀らしくない雰囲気を、より一層、強くしたのが挨拶に立った柳沢喜惣次(法華講
総講頭)、畑十三男(平安寺副講頭)、河原昭雄(喪主・昭太郎の長男)の三人で、
哀悼の意を表す言葉は殆ど聞かれなかった。

 「総登山を頑張って推進しよう」と僧俗指導会か広布推進会で檄を飛ばすような口調
でハッパをかける挨拶に皆、ウンザリした表情だった。副講頭の畑に至っては
「(河原が)五十万総登山を前に死んだのが残念だ」とヌケヌケと言い放っていた。
大講頭も登山要員の一人にすぎないのだ。

 そういえば、河原は以前、「担架に担がれて登山する姿に感動した」と述べていた
こともあるが、河原本人は担架や車椅子でも登山できないまま逝ってしまった。

 不揃いの読経、総登山を推進せよ、との「お別れの挨拶」を聞いて、涙ぐむ者など
いる訳はない。告別式は終始、シラけた雰囲気に包まれていた。

92検証会議:2009/04/18(土) 01:49:10
フェイク 第1018号

2009年(平成21年)4月18日(土)

 日顕自慢の富士学林大学科は不要
 花野充道、学位取得の挨拶で日顕を愚弄
「信徒に号令かけるだけでは布教は進まぬ」

 日顕宗の中で唯一人の論客を自認する花野充道が、日顕の作った法教院の
「富士学林大学科での教養課程は不要」という持論を再び、宗内で吹聴している。
これは長年の夢が叶って、早大で「文学博士」の学位を取得した花野が、自慢のために
宗内外の関係者に送った挨拶文に記したものである。

 法教院は日顕の見栄から作った偽装学校で年間一億円以上も浪費している。

 宗門の中でも「日顕嫌い」の代表格の花野は挨拶状の中で「これでようやく日達上人
とのお約束を果たすことができた」「日如上人にお目通りをしてご報告申し上げ」
「日淳上人は早稲田大学と竜谷大学で学ばれ」と六十五世、六十六世、六十八世、
観妙院、大東院の名前を挙げて縷々述べているが、六十七世を詐称する日顕については
一切、触れていない。

 そればかりか、「信徒に布教の号令をかけるだけではなく」云々と、八木、信彰、
水島ら無教養の役僧共が、やれ僧俗指導会だ、広布推進会だと各地を回って法華講に
檄を飛ばすだけで、坊主自身は折伏もできない現状を指弾。その後で「世法に明るい
僧侶(法律のわかる僧侶)、外国で法を説くことができる僧侶(語学に堪能な僧侶)、
世間から評価される僧侶(博士号をもった僧侶)等々、多士済済の人材がいた方が
よい」と述べている。

 今の宗門には日顕をはじめ役僧も皆、無能坊主ばかりだと言いたいようだ。

 また「学問を身につける努力を怠ってはならない」とも強調。現在の富士学林では
学問など何一つ身に付かないし、富士学林大学科の不要論に同調する僧が多いと述べて
いる。

 この花野は平成十六年、同人誌「道心」に「僧侶主導の広宣流布を考える」という
タイトルの論文を載せ、日顕を痛烈に罵倒した。

 この「僧侶主導」云々は日顕が言い出した妄言だが、花野は「口では僧侶主導の
広宣流布と言いながら、宗門僧侶全体が自ら破邪顕正の手本を示さないで、信徒に
『やれ、やれ』と言っても無理である」と非難した。


 日顕は「井の中の蛙」

 また、建設的な提言も「批判」として封鎖する宗門の教団運営の在り方を
「オウム真理教と変わらない」とも糾弾していた。

 更に、花野は「法主本仏論」を否定し、「訓詁注釈をしているだけで、はたして
世界広布ができるだろうか」「井の中で自己満足しているだけでは大聖人の公場対決の
御精神を継承する正系門下とは言えない」等と鋭く指弾、日顕を「井の中の蛙」と
断じていた。

 そして、日顕が作った富士学林大学科(法教院)に対して皮肉たっぷりに揶揄。
宗門の大学科で学んでも世間には通用しない旨、述べていた。

 「単に自身の教団の宗学さえ知っていれば、世界広布ができると思っていたのでは
大間違い」と、日顕の所化教育の間違いを憂慮し、日顕のような遊蕩坊主を指して
「単なる法衣を着けた人形、儀式執行における異形者でしかない」と痛烈に愚弄して
いた。

 五年前、花野は日顕の逆鱗に触れて、訂正文を書かされ、左遷された。今回は
どうなるのか、注目したい。

93検証会議:2009/04/20(月) 10:06:10
フェイク 第1019号

(発行=09.04.19)

 顕正会は暴力体質の危険な邪教
 浅井昭衛、また日曜勤行で支離滅裂の講義
 顕正新聞は半年前の行事を捏造して報道

 紙屑入れに放置されていた顕正新聞(四月十五日付)を一瞥して呆れた。一面トップ
の記事が去年十月五日の日曜勤行での浅井昭衛の御書講義だったからだ。

 浅井は顕正会による広宣流布を急がないと日本が亡ぶとか、人類が滅亡する、隣国が
侵攻してくると会員に恐怖感を植え付けている半面、半年前の記事を今頃、トップで
報道するとは、余りにも間の抜けた新聞作りだ。「急がないと」「時間がない」等と
煽っているのが大ウソである証拠でもあろう。こんな屑新聞が一部二百円とは詐欺と
同じだ。

 同会の内情に詳しい人の話では、浅井の終末思想、妄想の類の講義内容がマンネリの
ため、教学力も文章力もない編集陣が四苦八苦して半年がかりで加筆し、修正したとの
ことである。

 さて、先週の日曜勤行(四月十二日)で浅井は「乙御前御消息」を教材に、またもウソ
八百を並べていた。

 顕正新聞に任せると、この講義の報道も年末になるだろうから、本紙が代わって浅井
の戯言を紹介する。

 浅井の御書解説は二言、三言で、後は国立戒壇の我見と、学会が御遺命を破壊したと
いう十年一日の邪説を述べただけであった。

 浅井は、どんな御書を講義しても結局、内容は同じだから、聞かされる会員も辟易
している。

 その中で今回、浅井が語ったウソは供養と暴力の話。「学会は法主をはじめ宗門
僧侶を、カネで誑かすだけでなく、暴力で脅かしていた」という虚言である。

 学会は真心からの御供養を続けたが、それは「誑かす」ためではない。

 学会出現前の大石寺は寂れ果て、坊主共の生活は困窮していた。その山寺に学会は
百万坪以上の用地を寄進し、登山者は延べ七千万人、全国に建立寄進した寺院は
三百五十六ヶ寺、その末寺での各種法要の際の供養や塔婆供養など供養総額は数兆円
にものぼる。

 宗門は、その赤誠の外護に応えようとはせず、坊主共は堕落し、学会の御供養を
悪用しては遊蕩三昧に耽るようになったのである。

 次に、暴力体質についての浅井の話は捏造で、特に、的場正順を川に投げ込んだと
いうのはデマである。

 昭和三十三年三月、学会が建立寄進した大講堂落慶の慶祝登山の際、所化頭の的場は
酔っ払い、小学生の所化の頭に大きな鈴を被せて鈴棒で激しく叩くなど苛めていた。
その後、的場は近くの飲み屋で泥酔していたため、渡辺慈済が潤井川に連れて行き、
顔を洗わせた。これの何処が、学会の暴力体質なのか?

 むしろ、顕正会こそが暴力体質の危険な邪教である。

 正本堂御供養に参加した後、主導権が学会にあるため嫉妬に狂い、建立の意義に難癖
をつけて「流血の惨も辞さず」と時の法主や学会を脅し、無知な青年部を扇動して
学会本部を襲撃させた(本紙第八七八号参照)のは、浅井自身であった。

 浅井は今も暴力勧誘を煽り、警察沙汰を続けている。

94検証会議:2009/04/24(金) 00:14:58
越 洋

 平成21年4月21日

 広宣流布の主導は在家である。これこそ宗祖大聖人の魂である。

 御書には「阿仏房しかしながら北国の導師とも申しつべし」(阿仏房御書)、
「其の国の仏法は貴辺にまかせたてまつり候ぞ、仏種は縁に従つて起る是の故に一乗を
とくなるべし」(高橋殿御返事)と仰せである。僧侶主導とは、日顕が言ったことで
ある。ところが日顕は広宣流布を主導するのではなく、芸者も衆生だから、一切衆生を
救うためと称して遊蕩三昧、供養の金を湯水の如く使い、鼻の下を伸ばしスケベ丸出し
の顔で芸者衆を主導してきた。そんな日顕は、破壊と遊興の日顕宗という汚名を世界に
流布しただけである。

 今、花野充道の『学位取得の御挨拶』が宗内で物議を醸している。
「去る三月十四日、早稲田大学から文学博士の学位授与を受けることが出来ました」と
始まる挨拶文には「これでようやく日達上人とのお約束を果すことができた」と自身の
心情を吐露し、3月16日には日如上人に目通りして報告し、日達上人の墓参もしてきた
と述べている。どうやら日顕を無視して報告もしていないようだ。

 今回の挨拶文では「私は、これからの僧侶主導の広宣流布を考える時、大学科に
おける教養課程は不要である。僧侶が自ら外部に向かって布教をするためには、むしろ
一般大学を卒業させて、さらに大学科で大学院のような専門課程を学ばせた方が価値的
であると信じている」と宗門行政を批判している。

 法教院は、日顕が、自分の名を残すために名聞名利で作ったに過ぎない。だから、
文部科学省の認可も取れず、卒業生は何の資格も得られず、4年間通っても高卒のまま
である。だから、学生も勉強意欲がわく訳けがなく僧侶の質は落ちる一方である。

 因みに、明治37年の内務省の調査によれば、日蓮宗富士派の信徒数は
14,369人だった。昭和30年3月の文部省の調査による信徒数は
349,620人。実に24倍、33万人増加している。これは、昭和26年、
戸田第二代会長が就任して創価学会による本格的な広宣流布の前進があったからで
ある。
 さらに昭和35年、池田第三代会長の就任から、わずか50年足らずで、世界
192ヶ国・地域に1,000万を超える大聖人直結の信徒が誕生したのである。
創価学会という仏意仏勅の在家主導の教団なればこそ成し得た壮挙なのである。
腐敗堕落の坊主が何人いても、広宣流布は、百年、千年待ったとしても、不可能なので
ある。

 まず僧侶主導を叫ぶ前に、僧侶として少欲知足、不惜身命、死身弘法を旨として、
誰からも尊敬される「人間」になってからでなければ、信徒は誰も今の宗門について
いきはしない。

95検証会議:2009/04/24(金) 20:16:24
大石寺短信 第460号 平成21年4月23日(木)

日顕宗の動き

1.7万5千総会の前泊者の起床は午前2時

 7月26日に大石寺で行われる7万5千総会の詳細が明らかになった。

 当初、午前4時20分の予定だった当日の御開扉の開始が午前3時30分に繰り上がった。
以降、御開扉は午前10時からの総会を挟み、50分ごとに延々14回も行われるが、境内は
順番待ちの参加者に埋め尽くされることになろう。

 当日は午前0時から参加者の受け入れが始まるため、前日からの宿泊者は午前2時に
起床させられる。さらに塔中エリアの宿泊者については、起床後すぐに暗闇の中、
総坊エリアまでゾロゾロと移動させられるというのだから気の毒この上ない。

 また、前泊希望者が超過したため、客殿、大講堂等も宿泊場所として使用することに
なったという。しかし、3千人は収容できる客殿には何とトイレがない。近くの大講堂に
でも駆け込めというのだろうか。あるいは我慢しろというのか。いずれにしても、昨年
のプレ大会の時のような"トイレ地獄"が起こることは必至である。

 加えて、食事に関する徹底も極めて無謀。“約2000台のバスと特別に許可された
約1500台の自家用車が大石寺に集結して富士宮市内の道路が混雑するから”との理由で、当日からの参加者は、地元などから食料を持参することになった。しかし、食中毒が
発生した場合、だれが責任をとるのか。

 開催日が近づくほどに、次から次へと噴き出す問題の数々。しょせん、信徒の安穏、
幸福など微塵も考えてない、無責任で能天気な日顕、日如の思いつきから始まったこと
ゆえ、当然の結果ではある。

 法華講員の間では、「夏の盛りに何万人も集めるのなら、冷房の効いたドーム球場
などでやればいいじゃないか」「生きて帰れるだろうか」といった、不満や不安の声が
あがっている。

2.“金食い虫”の法教院で卒業式

 先月、法教院(東京・渋谷区)の卒業式が行われた。1988年(昭和63年)に
見栄っ張りな日顕の肝いりで、所化小僧の教育機関としてつくられたこの施設。別名
「富士学林大学科」などと、もっともらしい看板を掲げているが、文部科学大臣の認可
を受けていない単なる「私塾」にすぎない。式の席上、日如が“これまで338人が卒業
した”と自慢していたが、入学者の4人に1人にあたる97人が卒業できず脱落していった
事実は伏せられている。

 実態は散々である。授業中にマンガを読みふける者。堂々と寝入る者。それでも授業
に出るならまだましで、授業に出るふりをして渋谷の繁華街に繰り出す者もいる。その
ため毎年「精励賞」と称して、出席率が高かっただけで生徒を表彰している始末だ。

 宗内からも、「そんなもの作って、だれが行くんだ」(高野日海)「単に自身の教団
の宗学さえ知っていれば、世界広布ができると思っていたのでは大間違い」
(花野充道)等、批判の声があがるこの施設には、毎年1億円以上が宗務院予算から
充てられている。本山からカネを吸い上げられる一方の末寺坊主たちにしてみれば、
「金食い虫の無用の長物など、つぶしてしまえ」と怒りの声のひとつでもあげたくなる
だろう。

3.宗内人事

 香川・福成寺住職の堀寿奘(前・香川布教区支院長)が今月4日に60歳で死亡した
ことに伴い、後任住職に香川・龍王寺住職の後藤道睦(42)が、龍王寺の後任には
東京・妙光寺在勤の吉田道常(43)が入る。


4.5月の予定

   3日(日) 広布唱題会(本山)
  10日(日) 御講(末寺)

96検証会議:2009/04/24(金) 21:16:55
フェイク 第1020号

(発行=09.04.22)

 宗門が定額給付金の搾取を狙う
 埼玉布教区・合原歓道の話に講員が猛反発
 広布推進会で「一万二千円を登山に使え」と

 埼玉県の法華講有志から宗門を糾弾して欲しい旨、次のような要望が、このほど
本紙編集室に寄せられた。

 「広布推進会で定額給付金を総登山のために使おう、と徹底されましたが、その
呼びかけに強い憤りを感じました。給付金を何に使おうが個人の自由だと思います。
給付金の使い方まで指導される覚えはありません。今迄は言われるままに登山も折伏も
御供養も続けて、プレ大会にも参加しました。だが、もう我慢の限界です」

 しかも、この法華講有志は、家族で話し合い、登山には二度と行かないと決めたと
いうことである。

 折伏・登山・結集を煽る狙いで、今年も地涌倍増大結集推進僧俗指導会の終わった
後、講員に檄を飛ばすための布教区別の広布推進会を開いている。最後の悪足掻き
だったが、これが裏目に出たのである。

 法華講が糾弾したい坊主の一人は、去る二月十九日、所沢・能安寺での埼玉布教区の
広布推進会に、わざわざ奈良県の仏覚寺から来た地域担当員の合原歓道である。まず、
合原の暴言から紹介する。

 「埼玉の春日部には、クレヨンしんちゃんの家族がいるそうです。
クレヨンしんちゃんの家族には定額給付金は、いくらおりるのでしょうか?」

 「さあ、皆さん、(定額給付金の)一万二千円、どうせ、くれるなら登山に
使いましょう」

 これが日顕宗の重要行事として布教区別に開催している広布推進会での担当坊主の
指導なのだそうだ。

 広布推進会のテーマは、「下種折伏の実践」。式次第は開会の辞、合唱、体験発表、
地方部幹部の激励、妙乗寺の光久顕道と合原歓道の指導、支院長・藤本信恭の挨拶
並びに指導、閉会の辞となっていた。

 参加者には終始、笑顔は見られず、沈痛な面持ちで坊主の話を聞いていたが、
歓喜もないし、勇気も出ない最悪の会合だったという。

 お粗末な布教講演と記念展が功徳?

 合原は、ギャグアニメの「クレヨンしんちゃん」を話題にすることで、笑いを誘おう
としたが、場内には白けムードが漂うばかり。そして「定額給付金を登山のために
使え」と強要したため、参加した講員から強い反発を招いたというわけである。

 この定額給付金については、地元の商店街で使って欲しいという趣旨から割り増しの
商品券を発行する等、さまざまな工夫を凝らしている自治体も多い。
 それを登山に使え、と一方的に呼びかける坊主に対し、怒りが込み上げるのは当然だ。

 今年は百年に一度と言われる大不況にもかかわらず、十回から二十回も登山せよ、と
強要されている講員は、経済的に苦しんでいる。

 その上、宿坊の建て替えだの、御影堂の大改修工事だのと、特別な振り込め供養を
むしり取られ、しかも、今度は折角の定額給付金まで搾り取るという。

 日顕宗は一体、どこまで信徒を苦しめるのか?

 合原はまた「今年の登山の功徳は格別であると申します」とも言っていた。

 その功徳とは、聞くに堪えない布教師の下手な講演と、お粗末な記念展だそうだ。
愚弄するにも程がある。

98検証会議:2009/04/27(月) 16:19:59
 勝ち戦 第134 号

 2009 年4 月27 日(月)

 妙光寺、住職も講中も『死に体』
 折伏は史上最低、所化は逃亡!
 執事・内海「早く御住職と呼ばれた〜い」

 日顕宗の七月の大結集に、早くも陰りが見えてきた。際限の無い供養の取立て、
無謀な登山の強要、手本も示さないし付けの折伏ノルマ等々、信者は心身ともに
疲れ果てている。

 三月二五日、東京第二地方部・信徒激励会で地方部長の金子は、「二月末現在の
地方部の折伏成果は、達成ペースとして一八% が必要ですが、成果は八%です・・・」
と、すでに挽回不可能な数値を発表。

 四月に入ってからも低迷続きだ。中でもひどいのが、学会の本陣で萎縮する大願寺
(新宿区)、住職と信者が不仲な妙声寺(町田市)、住職不在の妙光寺(品川区)の三ヶ寺
だ。

 四月二二日現在、大願寺は目標六三世帯に対し六世帯(達成率九%)。妙声寺は目標
四〇世帯に対し二世帯(達成率五%)。妙光寺は目標二三〇世帯に対し一二世帯(達成率
五%)と、三ヶ寺とも達成率が未だに一桁台だ。

 妙光寺は、住職の尾林日至が現在危篤状態との噂が講中に流れ動揺する者もいるが、
導師席に設置してあった尾林用のスロープも外され、住職は既に『帰らぬ人』扱いだ。
ある講幹部は、「葬儀が七月の大結集と重なれば、すべてが台無しだ」と、尾林の容態
より葬儀のタイミングを心配する。

 尾林の娘婿で執事の内海雄幸が住職の代行を務めているが、内海は小心者で気分屋、
講員からの信頼も薄く指導力もないため、住職不在の講中は廃れ、最早『死に体』だ。

 四月五日の広布唱題会で内海は、「先日私は、受付で学会の婦人部に、『あなたの顔
は地獄の釜の蓋を開けたような顔だ』と誹謗された。なんのためらいもなくニッコリ
笑って言っていました」と、学会婦人部に一喝されたと講員に泣きつき、己の小心ぶり
を晒していた。

 更に、「妙光寺の在勤者は、一時減っちゃって大変なことになっちゃった」と、
昨年、執事との確執から、二名の所化が寺から逃亡した事実にも言及。内海の指導力
不足は誰の目にも明らかだが、平成一五年の会合では、「私の同期生は全員住職に
なっている。私だけが遅れている。別に悪いことしちゃって遅れた訳ではない。

 早く『御住職』って言われてみたい」などと、出世欲と遅れをとっていることへの
焦りを露わにしていた。最近は、「妻が義父・尾林の介護のために妙光寺を離れたがら
ない。親の心配もいいが、俺の人生はどうなるのか」と、周囲に愚癡をこぼしていると
いう。三月度・広布推進会で地方部長の金子は、「『ホップ・ステップ・ジャンプ』と
なるか、あるいは『ホップ・ステップ・腰砕け』になるか、まさに今が正念場」と
訴えたが、『ホップの前に腰砕け』が東京第二だ!(爆)

 編集部(転載可)

99検証会議:2009/04/27(月) 22:24:50
 越 洋

 平成21年4月28日

 建長5年(1253)4月28日、日蓮大聖人は全世界の民衆の苦悩と宿業の鉄鎖を
断ち切らんと立宗を宣言された。宗旨建立から756年が経過した今日、『御義口伝』
の「大願とは法華弘通なり」(御書736ページ)との御本仏の仰せ通り、
池田SGI会長の指導のもと世界192ヵ国・地域に拡大されたSGIの
1000万メンバーは、世界平和と各国の繁栄を願って自行化他の唱題行に励み、御書
を拝し、信行学の正道を堅実に進んでいる。大聖人の「立宗の魂」は学会にこそ正しく
受け継がれているのである。

 昭和26年5月3日、第二代戸田会長の会長推戴(すいたい)式が行われた。
戸田会長は「日蓮大聖人立宗宣言あって七百年――その日を明年にひかえて考うるに、
創価学会のごとき団体の出現が、過去七百年間に、いったいどこに、どの時代にあった
でありましょうか。大いに誇りをもっていただきたいのであります。私の自覚に
まかせて言うならば、私は広宣流布のために、この身を捨てます!

 私が生きている間に、七十五万世帯の折伏は私の手でいたします。願わくは、
それまでに宗門におかせられても、七十五万だけやっていただきたいものである。
もし私のこの願いが、生きている間に達成できなかったならば、私の葬式は出して
くださるな。遺骸(いがい)は品川の沖に投げ捨てなさい! よろしいか!」
(人間革命第5巻「烈日」)との気迫と一念によって大聖人の仏法が現代に蘇り、
世界広布のドラマは幾重にも広がっていった。

 戸田会長は「宗門においても75万だけやっていただきたい」と仰せられた。
あれから間もなく58年も経つが、宗門は弘教を放棄し、坊主達は“我々は摂受の中の
折伏をしている”と訳の解らない理由を付けて遊興に耽る。まさに観念と形式だけの
日顕宗である。

 日顕は平成14年、宗旨建立750年の記念法要として3月28日に「開宣大法要」
を行った。その時、日顕は宗門の古記録には立宗の日として3月28日と4月28日の
両方が残されているとした上で、3月の方は「内証開顕の題目」、4月の方は
「外用流通の題目」などという立宗宣言に「内証」「外用」の区別があるなど、
宗開両祖も近代の先師方は誰も言っていない妄説を言い出した。日顕は、ニセ相承、
戒壇の御本尊偽物発言、シアトル裁判、芸者裁判、正本堂・大客殿の破壊等々の追求で
追いつめられ、ニッチモサッチも行かなくなって宗内外の眼をそらすために珍説を
述べたにすぎない。その後、毎年3月28日には『内証宣示報恩会』と称して早瀬日如
の代になっても法要を行っているが、鳴物入りで始まった法要も年々参詣者が減って
いる。「仏法を修行せんには人の言を用う可らず只仰いで仏の金言をまほるべきなり」
と。遊蕩ニセ法主日顕の妄言に惑わされてはならない。何が内証だ。何が外用だ。
碩学・日亨上人も、日顕の余りの愚かさに慨嘆のことだろう。

100検証会議:2009/04/28(火) 00:04:13
 フェイク 第1021号

 (発行=09.04.27)

 坊主は遊行、信徒は功徳なき苦行
 日顕宗 「七百五十億遍の唱題行」の不可解
 達師「唱題の数に偏執するは本宗の信仰ではない」

 「一遍も少なからず、百万遍も多からず、これが本宗の昔からの教えです」とは
日蓮正宗の最後の法主・細井日達師の指南である。

 ニセ法主の早瀬日如は、日達法主の「題目は数ではない」との指南を知らないのか、
或いは知っていて逆らうのか、七百五十億遍の唱題を宗内に命じた。

 日顕宗・法華講の機関紙「大白法」四月十六日付が「百日間の唱題行始まる」との
見出しで、全国の末寺で唱題の声が響いている、と書いている。だが、これは虚報で、
現実は「唱題行は出来ない」という講員からの苦言が相次いでいる。

 その主な声を紹介すると「法華講員は皆、仕事をしている。一日に二時間も唱題は
無理だ」「活動も仕事もしていない坊さんが拝めばいい」「私達は拝んでばかりじゃ、
仕事も活動も出来ない」等と辛らつである。

 事実、講員が一人も参加していない末寺もある。

 なかには「『七百五十億遍題目塔』を建立すると言い出し、また特別供養を集めるの
ではないのか?」という不安の声もある。

 日如が狂ったように突然、一日二時間の唱題を命じたのは三月十日だった。

 記念局通達の第三七〇号によると、四月一日から七月九日までの百日間で、七月の
「七万五千名大結集」のための唱題なのだそうだ。

 この通達では「日本国内の法華講員約十五万人が、一人一日五千遍(二時間)の唱題
を百日間(合計七百五十億遍)」行ない」云々、と謳っている。だが、国内の講員の
実数は、この半数もいない。従って、七百五十億遍にするには、少なくとも全講員が
一日四時間以上の唱題をする必要がある。

 一日二時間でも出来ない講員に、その倍の唱題は絶対に不可能である。

 それにしても、日顕宗ほど数字に偏執する邪教は他にない。

 折伏は倍増と言い、登山は五十万人、結集は七万五千人、供養は口実を設けて、
たとえば平成十年には「客殿」の建て替えで四十億円、平成十四年の「奉安堂」では
二百億円、今回の「御影堂」などで百七十億円というように金額を決めて法華講に供養
ノルマを押し付けるのが日顕宗の手口だ。

 唱題嫌いな日顕、日如

 話題を唱題に戻すと、日顕はニセ法主在任中、夜の勤行をしたのは、たったの一度
だけだった(本紙五六一号で詳述)。その日顕が平成六年一月一日から合計六百億遍の
唱題を僧俗に命じたが、大失敗に終わった。

 日顕の愚行を真似て、この度、唱題命令を出した日如は、日顕と同様、勤行・唱題が
大嫌いなのである。

 大願寺住職や法道院主管の頃、勤行の導師は首の曲がった執事や所化が代行して
いた。こんな日如が今更、命令を出したところで真剣に受け止めて唱題を実践する者は
いない。

 唱題について、日達法主は次のように「数ではない」と繰り返し指南していた。
「私は百万遍唱えたとか、十万遍唱えたとかと自慢する人がおりますが、それは本宗の
信心ではない」「信心なくして何万遍唱えてもしようがない」

 日如は、日達法主の指南を胸に刻み、信徒らに唱題を命ずる前に、己の信心を確立
することこそ先決だ。


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