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【TRPG】ブレイブ&モンスターズ!第五章

1 ◆POYO/UwNZg:2019/09/24(火) 22:17:16
――「ブレイブ&モンスターズ!」とは?


遡ること二年前、某大手ゲーム会社からリリースされたスマートフォン向けソーシャルゲーム。
リリース直後から国内外で絶大な支持を集め、その人気は社会現象にまで発展した。

ゲーム内容は、位置情報によって現れる様々なモンスターを捕まえ、育成し、広大な世界を冒険する本格RPGの体を成しながら、
対人戦の要素も取り入れており、その駆け引きの奥深さなどは、まるで戦略ゲームのようだとも言われている。
プレイヤーは「スペルカード」や「ユニットカード」から構成される、20枚のデッキを互いに用意。
それらを自在に駆使して、パートナーモンスターをサポートしながら、熱いアクティブタイムバトルを制するのだ!

世界中に存在する、数多のライバル達と出会い、闘い、進化する――
それこそが、ブレイブ&モンスターズ! 通称「ブレモン」なのである!!


そして、あの日――それは虚構(ゲーム)から、真実(リアル)へと姿を変えた。


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ジャンル:スマホゲーム×異世界ファンタジー
コンセプト:スマホゲームの世界に転移して大冒険!
期間(目安):特になし
GM:なし
決定リール:マナーを守った上で可
○日ルール:一週間
版権・越境:なし
敵役参加:あり
避難所の有無:なし

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241ガザーヴァ ◆92JgSYOZkQ:2020/01/22(水) 01:48:58
「お前の狙いは大体わかってる。
バロールをダシに説得しようったって無駄だよ。ボクはもう誰にも傅く気は無いのさ――
アイツはボクをこき使うだけ使って捨てたんだ。君達もよく考えた方がいいよ?
人使い荒いしいっつも菓子ばっか食ってるしセンス悪いし寝言ヤバイし!?
ニヴルヘイムの方が今はアイツが取り仕切ってないからどっちかっつーとホワイトなんじゃないかな?
あっ、どうせ全員あのデカブツにやられて死ぬから今更か!」

ボクは気付いた時にはバロール様に仕える者として存在していて、自分が何者なのか分からなかった。
友達も仲間もおらず、それでも主君であるバロール様と、相棒として宛がわれたダークユニサス(ガーゴイルと名付けた)がいた。
そして、バロール様の寵愛を一身に受けていて、何も不満は無かった。
彼は主君であると同時に、父であり、兄であり、恋人のような存在だった。
ボクはバロール様の言う事にひたすら忠実に従った。
バロール様が言うにはこの世界のためだというそれは一般的な感覚から見ると
かなり悪いことをやっているらしかったが、別に気にしなかった。
言う通りに出来たらバロール様が褒めてくれるから。
どうせやるなら楽しい方がいいに決まってる、ということで趣向を凝らして大量破壊や大量虐殺を重ねた。
そんなボクの態度をイブリースは気に入らなかったらしいが、よく意味が分からなかった。
楽し気にやっても真面目にやっても結果は一緒だ。どっちにしろ死んだ人は生き返らない。
そうしてボクは極悪非道の人格破綻者として敵からも味方からも恐れられるようになった。
ああそうだ、その通りだ――最凶の幻魔将軍を制御できるのはバロール様ただ一人さ。
でもボクは気が付いていなかった、いや、気付かない振りをしていた。
ボクを見るバロール様の瞳が、本当はボクを映していないことに。ボクを通して、他の誰かを見ていることに――
そして――運命の日。ボクの前に能天気な顔をしたシルヴェストルが現れた。
平和ボケしたムカつく奴だったが、それはどうでもいい。
問題はそいつの外見がまんまボクの色違いバージョンだったってことだ。
夜の闇のような漆黒の瞳と髪の代わりに、エメラルドの瞳に風渡る草原のような薄緑の髪。
オマケにガーゴイルをそのまんま白くしたようなユニサスもいた。
それまで気付かない振りをしていた疑念が一気に噴出した。
そしてボクは開けてはいけないパンドラの箱を開けてしまった――バロール様を問い詰めた。
観念したバロール様は語った。彼女らがオリジナルで、ボクらはそのコピーだと。
バロール様が本当に愛しているのは、ボクじゃなくてそいつだった。
ボクは生まれて初めての渇望に身を焦がした。欲しい、欲しい、その身体が、欲しい――!

そして――アコライト跡地での決戦。ボク達は互いに運命に導かれるように一歩も引かずに戦い、共に散った。
こんなところで終われない、今度こそバロール様の役に立ちたい――その一心で、ボクはシルヴェストルに取引を持ち掛けた。
ボクの原型だけあって、消滅間際のボクの取引に、幸いそいつは乗ってきた。
それでも分の悪い取引だった。オリジナルとコピーじゃオリジナルの方が存在としての力が強いに決まっている。
カザハの意識の奥底に潜伏して気取られぬままじわじわ乗っ取ろうと思っていたが、なかなかどうして乗っ取らせてくれない。
このままでは遠からず消滅する――それを悟ったボクは賭けに出た。
ボクの存在をカザハに認識させることは、うまくいけば存在を確立できる反面、拒絶されて消滅させられるリスクも伴う。
そこでハッタリを駆使してカザハに“このままじゃ遠からず乗っ取られる”と思わせた。
突然バカでかいドラゴンが出てきた状況も味方し、カザハはボクの力を駆使しての特攻を選んでくれた。
……ちょっと無茶し過ぎだけど、おかげでもう一息で復活できる。

242ガザーヴァ ◆92JgSYOZkQ:2020/01/22(水) 01:49:50
転生だか混線だかを重ねてバロール様と再会できた時は、滅茶苦茶嬉しかった。
ボクを表に引き出して、前みたいに使ってくれると思った。
でも、バロール様はあろうことかカザハに”また力を貸してほしい”といけしゃあしゃあと言った。
こっちは片時たりとも忘れなかったのに、ボクのことなんかすっかり忘れたみたいに。
前の周回でずっと力を貸してきたのは、カザハじゃなくてこのボクだ。
でも、考えてみりゃ当然だ。バロール様が好きな相手はボクじゃなくてカザハなんだから。
カザハの中にボクがいることに気付かなかったのか? いや、きっと放っておけばいずれ消滅するとたかをくくったんだ――
バロール様にとって所詮ボクは代用品に過ぎない、使い捨ての操り人形だった。
だからこれは、ボクを裏切ったバロールへの復讐でもある。カザハが消滅したら、アイツどんな顔するかな。
そうだな……あとは気が向いたら時々アルフヘイムの異邦の魔物使いの奴らを邪魔してやろうか。

「冥土の土産に面白いことをおしえてやろうか。
バロールのやつ、カザハが好きだったんだよ。趣味ヤバくねぇええええええ!?
どれぐらい好きかっていうと複製作って毎日毎晩愛でる程度に!
最初に会った時にそっちの姿の方が都合がいい、昔の姿はアレだったから、みたいなことを言ってただろ?
あれ多分、男の姿の方がついちょっかい出さずに済んで都合がいい、昔の姿は美少女過ぎて罪だったからって意味だから!
くくっ、ははははははははは! あー笑い過ぎておなか痛い!」

やばっ、ちょっと調子に乗って喋り過ぎたか!
ボクがカザハのコピーだなんてこいつに看破されたら胸糞悪い。コピー扱いはもうたくさんだ。
まあ、まず大丈夫だけど。なにせボクの鎧を着ていない姿はバロール以外の誰も見たことは無い。
ブレイブ達が言うところの未実装グラフィックってやつだからなあ!

243明神 ◆9EasXbvg42:2020/01/27(月) 04:07:57
生き死にのかかった戦場だ。判断は常に、合理的でなければならない。
ベットするのは自分の命だけじゃない。ここでミスれば掛け値なしに、アルメリアは滅ぶ。

そういう意味じゃ、『カザハ君を諦めない』俺の判断は……不合理の極みと言えるだろう。
移っちまった情に振り回されてるだけの、幼稚な感情論だ。
ガザーヴァが目覚めないうちに、カザハ君を殺しておくべきだった。
アルフヘイムの云百万の命とたった一人の命を秤にかけて、俺は後者を選んじまった。

後ろから撃たれたって文句は言えねえ。
一笑に付される迷妄な発言に、安易な同意が得られるとも、思っちゃいなかった。

>「……あは」

だけど、俺の提案を聞いたなゆたちゃんは――笑った。
300人の命を預かる総大将、ブレイブ達のリーダーは、俺の脇腹を肘で小突く。

>「かっこいいじゃん、明神さん。さすが『笑顔きらきら大明神』ね!
 じゃあ――やってみよう。やってみせよう!
 みんなが笑顔になるように。全員で生き残って、笑顔きらきらになるように!」

――リバティウムでのやり取りが、不意に脳裏を過ぎった。
ミドガルズオルムと対峙して、ライフエイクの悲恋を叶えようと言ったなゆたちゃん。
俺は面白そうだからなんて雑に自分を納得させて、彼女の提案に応じた。

『だしょ! 明神さんならそう言ってくれるって思ってた!』

……まるで逆の構図だな、あの時と。
そして俺もまた、なゆたちゃんならカザハ君を助けようとすると――信じていた。

「面白そうだろ。だから、やってやろう。いけ好かねえ連中の目論見なんざ残らず叩き潰して……。
 この場にいる全員、笑顔きらきらにしてやろうぜ!」

うんちぶりぶりのまんま世界救うってのも、些か格好つかねえからな。
カザハ君が見届け、語り継ぐこの歴史には――笑顔だけを刻んでいこう。

>「カザハを諦めるのはナシだ!絶対に!全員で帰ってくるって決めたんだから!」

>「制御可能な風属性は、必ず必要になる――明神さん!プランAは、あんたに任せたぞ!」

ジョン、そしてエンバースも俺と轡を並べる。
王都を出た時から、何も変わっちゃいない。ガザーヴァと戦い続けてるカザハ君も含めて。

俺たちは……同じ方を向いている!

>「明神、カザハを説得するのは任せた!」

ジョンはありったけのバフをカザハ君に投じて、踵を返す。
俺が交渉する時間を稼ぐために、単身トカゲの迎撃に躍り出た。

身に纏うのはあの赤いスキルエフェクトだ。
しばらく落ち着いていた暴力性が楔を切り、解き放たれる。
その余波は俺の方まで届いて、重みがあるかのように頬を打った。

姿はさながら、手負いの獣。
その牙が俺に向いていないことに、どこか安堵している自分がいる。

……無理するなとは言わねえよ。
だけど生きて帰ってこいよ、ジョン。
お前にはまだまだ返してない借りがあるんだ。

244明神 ◆9EasXbvg42:2020/01/27(月) 04:08:57
>「俺は――プランBになる。誰も、死なせはしない」

ブレスを避けて地面の裂け目に潜っていたエンバースの声が、下から響く。
さらにもう一つアジ・ダカーハの足元に裂け目が生まれ――その巨脚を掬った。

だが、浅い。地ならしでもするように巨竜が足踏みすれば、それだけでスペル効果が粉砕された。
巨体が不得手とする足元近くへの攻撃も、対策済みってわけだ。

やはり正攻法じゃ歯牙にも掛からない。
帝龍の足元を切り崩すには、奴とは別種の力が必要だ。

>「ククッ……おやおやぁ? どうしたのさ明神さん?
 ここはボクの見せ場だろォー? 涙なしには語れない別れの挨拶は済ませたんだから、そこで指でもしゃぶって見てなよ!
 ボクが華麗にこのデカトカゲをやっつけるところをさぁー! きひひひッ!」

残る希望は、あまりにも僅かな可能性だった。
俺の内応策に対し、ガザーヴァは三日月のように口を曲げて嗤った。
現状の手応えはなし。それでも会話に応じるのは、俺の断末魔を愉悦に変えようとする奴の性根によるものだろう。

ゲームにおける幻魔将軍ガザーヴァは、何かに付けて喋り倒す饒舌家だった。
周りの部下をイエスマンで固めていたからか、プレイヤーにもよく話しかけてくる。
その性質はバトル中にも発揮され、選択肢次第で攻略難易度すら変動した。

>「……お前……何が言いたいのさ?」

――つまりこいつは、会話を拒否しない。
言動で他者を翻弄するトリックスター。その性質に逆らうことはない。
相手の問いに答えることなく殺してしまうのは、獣の所業だと、知性の敗北だと……認識している。

だから、レスバを吹っ掛けてる間は問答無用で殺されることはない、はず。
なんの保証もない賭けでしかないが、今はそれに全てのコインをベットするしかない。

「何が言いたいかぁ?しっちめんどくせえなあ、いちから説明しないと駄目ですかそれ」

はぐらかして議論を間延びさせるのは簡単だが、交渉に時間はかけられない。
単なる命乞いだと看做されればその時点でアウトだ。
ガザーヴァの興味が失われる前に、全ての交渉を終わらせる必要がある。

考えろ――ガザーヴァをアルフヘイムに引き入れる方法を。
こいつが何を欲していて、それを提供する手段がないか。

>「しまっ――」

思考への没頭は、なゆたちゃんの息を呑む声に寸断された。
振り返ればトカゲの集団が俺めがけて疾走している。
もう数秒もしないうちにその牙や爪が俺を引き裂くだろう。

「やべ――」

ガザーヴァが口端を吊り上げる。
論破前に相手を殺すことはないと言っても、それは相手を助ける理由にはならない。
自分の身も守れないような弱者なら、そもそも戦場に出てくる資格なんかないからだ。

そして俺は、まさにその弱者だった。
ヤマシタを召喚――よりもトカゲの到達の方が早い。
そもそもリビングレザーアーマー単騎じゃ白兵戦でドゥームリザードには勝てない。
多勢に無勢。交渉を始めるまでもなく、俺はトカゲに喰われて死ぬ……?

245明神 ◆9EasXbvg42:2020/01/27(月) 04:09:43
>ザシュッ!!

その時、今まさに俺を喰らわんとしていたトカゲが、背中から血を噴いて崩れ落ちた。
その奥から姿を現したのは、土煙漂う戦場でもなお目立つ、目に痛いピンクの法被――

>「無事でござるか、明神氏!」

「……オタク殿!?」

アコライト守備隊、通称オタク殿。
鎧をガチャガチャ言わせ、派手な法被を翻し、オタク殿達が俺の周りに陣を組む。
マホたんに先導されて撤退したはずの連中が、なぜか未だにアジ・ダカーハの眼前に留まっている。

竜の鼻息一つで消し飛ばされる、命の恐怖――
それに震えながらも、彼らを支え、この場に立たせているのは、ひとえに戦う者としてのプライドだ。

>「それに――明神氏。拙者らはマホたんの御旗の許に集った同志!
 同年、同月、同日に生まれることを得ずとも、願わくば同年、同月、同日に死せん事を……でござろう?」

「へっ、どピンクだけに桃園の誓いってか。俺とマホたんくらいにしか伝わんねーよ、そのネタ……」

アルフヘイムに三国志なんてもんがあるならいざ知らず、
地球出身のブレイブにしかこの冗句は通じやしないだろう。情報元は多分、マホたんだ。

それはつまり……オタク殿たちなりの、決意の表明だった。
ブレイブ任せにしてきたこの戦場から逃げることを止め、俺たちと爪先を揃えて、共に戦うと。
アルフヘイムの民もブレイブも区別なしに、戦友として肩を並べると。
俺がこいつらを救いたいのと同じように――こいつらもまた、俺を助けたいと思ってくれている。

オタク殿はデュフフと笑う。
俺もニチャァ……とほほえみ返した。
俺たちの間には、そのキモオタスマイルの応酬だけで、十分だった。

>「いやぁ〜……みんな危ないから、戦場から離脱してって。そう言ったんだけどね……」

オタク殿達の背後から更にマホたんが頬を掻きながら戻ってきた。
笑顔ウルトラキモスの俺たちと違ってその微笑みは聖母の如くきゃわたんである。

>「みんなにもプライドがある。戦士としての矜持がある。
 あたしは『笑顔で鼓舞する戦乙女(グッドスマイル・ヴァルキュリア)』……戦乙女は戦士の誇りを貶めない。
 ってことで……ゴメン。戦わせてもらうよ、ここで」

撤収は失敗。アコライト守備隊がここで生き残れる保証はなにもなくなった。
きっと、たくさんの兵士が傷付くだろう。二度と戦えなくなる奴だって出るかもしれない。

「はは……。俺たちは、こいつらに死んで欲しくないから、ブレイブだけで帝龍に吶喊したんだぜ。
 本末転倒だ。こういうことされっとさぁ……」

……だってのに。
俺は今、腹の底からせり上がってくる快い熱を抑えられない。
ゲーマーのそれとはまた別の、俺自身の矜持が叫ぶ。
こいつらと一緒に戦いたいと。

「……エモキュンすぎて、テンアゲしちまうじゃねえか!」

異邦の魔物使い(ブレイブ)は、本質的には孤立無援だ。
アルメリアからの支援は結局支援でしかない。現場で命張るのは依然として俺たちだけだった。

マホたんがバロールを信用出来ないのも、あの男が俺たちの裏で糸引くだけの存在だからだろう。
ブレイブはシステムのパシリ。王都のお使いに過ぎない。それは正しい表現だった。

246明神 ◆9EasXbvg42:2020/01/27(月) 04:10:27
>「明神氏! ここは我らにお任せを! 心置きなく、したいことをなさって下され!」
>「おおおおお! ヲタ芸で鍛えた拙者のサイリウム……じゃなくて双剣さばきを見よォォォォ!」

だけど今、俺たちにはアルフヘイムの戦士が肩を並べてる。
共に刃を揃え、共に戦ってくれる奴らは、ブレイブ以外にもこんなにもいる。
嘘偽りなく、命懸けで助けようとしてくれる奴らがいる。

裏切りだらけのこの世界で、常に誰かを疑って旅をしてきた俺にとっては――
それがなによりも嬉しかった。

「オタク殿!拙者にも衣装を!」

「応ッ!!」

俺の求めに応じて、まるで用意していたかのように小包が飛んできた。
アコライトで始めてマホたんのライブに傘下したあの時と、同じように。
ピンクの法被と鉢巻を、俺もまた装着する。

「俺はもう振り向かない。後ろは全部……任せた!」

この戦いが終わったら、王都から物資ふんだくってちゃんとした宴を開こう。
きっとうまい酒になる。話したいことは、山程あった。

>「明神さん、彼を……カザハ君を説得する時間を稼げばいいんでしょ? あたしにいい考えがある。
 30分くらいなら、きっと帝龍を釘付けにできる。
 あとは守備隊のみんなと、月子先生。エンバースさん。ジョンさん……全員でドゥーム・リザードを止めてくれれば。
 帝龍は、わたしが何とかする……この役目は、あたしにしかできない」

同様にマホたんも守備隊に背中を向けた。
決然とした双眸が俺を捉える。

「……マジかよ。相手超レイド級だぜ、ブレスが掠りでもすりゃなんぼマホたんでもお陀仏だ。
 それにPVEでもあるまいし、タゲ固定なんざヘイトとってどうにかなるもんじゃねえだろう」

一体どうするつもりなのか。
その問いに、マホたんは答えなかった。

>「……みんな、いいメンバーだよね。いいパーティーだと思う。
 あーあ、あたしもアコライト外郭で籠城決め込まないで、少しはバロールの話を聞いとけばよかった!
 そしたら、あたしもみんなの仲間になって。一緒に旅ができたかもしれないのに!」

「過去形で語んなよ。帝龍さえぶっ倒しゃ、これからいくらでも旅ができる。
 シナリオは王国編だけで終わりじゃねえんだ。アズレシアの海とか万象樹とか、見に行こうぜ」

>「じゃあ……、じゃあ!
 この戦いが終わったら、一緒に旅をしようよ! わたしたちのパーティーに入ってよ……マホたん!」

なゆたちゃんがマホたんを勧誘する。
いいなあそれ。すっごく良い。最高かよ!
オタク殿たちにゃ悪いが、マホたんと行くアルフヘイムツアーの席は俺のもんだ!

>「……ありがと。嬉しいよ」

だけど、マホたんは再び答えをはぐらかした。
いくらニブチンな俺でも、猛烈に嫌な予感が背筋を疾走してくのがわかった。

マホたんは振り返る。アジ・ダカーハへ向き直る。
すれ違うその瞬間、彼女のささやく声が聞こえた。

247明神 ◆9EasXbvg42:2020/01/27(月) 04:11:37
>「……カザハ君に謝っておいて。
 疑ってごめんなさいって。あなたは立派なアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』だって……
 あなたと仲良くしたかった。もっとお話ししたかったよって」

「じっ……自分で言えよ!そんな大事なこと、他人に言伝すんな!
 あいつだってマホたんとお喋りしたいはずだ!おい!」

マホたんは最早返事すらせず、背の翼を開く。
たまらずその肩を掴もうとした俺の手が、空を切る。
ユメミ・マホロは振り返ることなく、アジ・ダカーハ目掛けて飛び立っていった。

――『明日になったら、もうお話しもできなくなっちゃうだろうから……』

頭の奥で、昨日マホたんと交わした言葉が蘇る。
何をするつもりか。――何を、覚悟しているのか。
その双眸に込められた決意が意味するものを、俺は理解したくなかった。

>「『河原へ行こうぜ!(オマエモナカナカヤルナ)』……プレイ!」

マホたんとアジ・ダカーハを覆うようにドームが展開する。
あれは……対象とタイマン張る為に空間を隔離するスペル。
どちらかが斃れるまで、如何なる手段をもっても内外からの影響を完全に遮断する。
入ることも……出ることも、出来ない。

アジ・ダカーハは事実上、戦場から除外されたことになる。
マホたんが倒される、そのわずかな間のみ。

「……クソッ」

『河原へ行こうぜ!』はディスペル効果で解除出来ない。
マホたんと帝龍に対し、俺たちが出来ることはもうなにもない。
俺に出来るのは、一刻も早くガザーヴァを裏切らせることだけだ。

「待たせたなガザーヴァ。だけどこれでアジ公とかいう邪魔者は消えた。
 お前にとっちゃ、俺達を皆殺しにしてまったりご帰宅できるまたとないチャンスってわけだ」

さあ考えろ。

設定通りなら、ガザーヴァは人間の知恵で出し抜けるような相手じゃない。
奴は狡知を司り、高い知能と残虐な性向を併せ持つ。
俺がどれだけ脳みそ捻ったとしても、騙し果せることは不可能だ。

だからこれは論戦ではなく『交渉』だ。
勝ち負けを決めるゼロサムゲームじゃない。双方両得のWin-Winを目指す。
確実にガザーヴァにとって利益となるものを提示し、協力を引き出す。


俺が持ってる情報と手札はそう多くない。


デウスエクスマキナでリセットされる前の時間軸、便宜上これを『一巡目』としよう。
バロール曰く、一巡目はゲームのシナリオをそのままなぞり、魔王は倒された。
幻魔将軍ガザーヴァもアコライト跡地でブレイブと戦い、死んでいる。

今この時間軸は一巡目と違って、まだバロールは魔王になってない。
公式で魔王が生み出した設定のガザーヴァは、本来存在すらしていないはずだ。
だが奴は確かにここに居る。その原因となったのが、『混線』――

248明神 ◆9EasXbvg42:2020/01/27(月) 04:12:08
>『ボクは昔罪を犯した――罠と分かりきってる幻魔将軍の甘言に乗ってしまった』

乗っ取られる直前にカザハ君が零した言葉。
昔ってのはつまり、一巡目のことか?あいつも記憶保持者だったな。
詳細はわからんが、ガザーヴァはカザハ君と『混ざる』ことで、
世界のリセットに巻き込まれることなくカザハ君と一緒に再構築されたってことか。

憶測に憶測を重ねた結果だが、一応辻褄は合う。
だとすれば、ガザーヴァがそこまでして復活しようとしてるのは何故だ?

死にたくなかったから……ってのは奴のキャラに合わない。
あいつは命のやり取りすら楽しんで、最期は笑って死んだ。
あれだけ潔く散っといて、今更やっぱ生き返りますってのはあまりにも生き汚い。
そういう美学のなさは、奴が最も嫌うものだったはずだ。

なら、答えは一つだけだろ。
ガザーヴァは最期の最期までバロールに忠誠を近い、その名を呟いてこと切れた。
――魔王バロールに、もう一度会いたかったから。
多分、それが全てだ。

奴の琴線は、命がけの執着の対象は、未だにバロール。
揺さぶりをかけるとすれば、そこだ。

「しかし帰るったってお前に帰るお家あんの?ニブルヘイムの豪邸も着工すらしてねえだろ。
 ご主人様の元に戻るにしても、バロールの野郎まだ魔王になってねえしよ。
 幻魔将軍に帰って来られても扱いに困るだけなんじゃない?」

相手が絶対の優位にある場合の交渉術は主に2つある。
完全服従を示し、平身低頭して便宜を乞うか――感情を引き出して、会話のレベルを下げるかだ。
小学生の口喧嘩みたいな低次元の争いなら、まだ俺にも渡り合える余地がある。

こいつのバロールへの忠誠は本物だ。
そこをくすぐってやれば、必ず精神の『揺らぎ』、漬け込めるスキが生じる。

「実家帰るんならせめて親に顔向けできる格好しねえとなぁ?
 脱いじゃえよそんな鎧。堅気なシルヴェストルスタイルでバロールを安心させてやろうぜ」

揺らげ……揺らげ!

>「お前の狙いは大体わかってる。
 バロールをダシに説得しようったって無駄だよ。ボクはもう誰にも傅く気は無いのさ――」

煽りを受けて、ガザーヴァは口を開いた。

>「アイツはボクをこき使うだけ使って捨てたんだ。君達もよく考えた方がいいよ?
 人使い荒いしいっつも菓子ばっか食ってるしセンス悪いし寝言ヤバイし!?
 ニヴルヘイムの方が今はアイツが取り仕切ってないからどっちかっつーとホワイトなんじゃないかな?
 あっ、どうせ全員あのデカブツにやられて死ぬから今更か!」

――すっげえ長文でレスしてきた。

「お、おう……おう?めっちゃ喋るなお前……」

思わず素で気圧される。
なんだこいつ……バロールに不満タラタラじゃねえか。
いやこれ不満か?おノロケの類じゃない?

249明神 ◆9EasXbvg42:2020/01/27(月) 04:12:41
>「冥土の土産に面白いことをおしえてやろうか。
 バロールのやつ、カザハが好きだったんだよ。趣味ヤバくねぇええええええ!?
 どれぐらい好きかっていうと複製作って毎日毎晩愛でる程度に!
 最初に会った時にそっちの姿の方が都合がいい、昔の姿はアレだったから、みたいなことを言ってただろ?
 あれ多分、男の姿の方がついちょっかい出さずに済んで都合がいい、昔の姿は美少女過ぎて罪だったからって意味だから!
 くくっ、ははははははははは! あー笑い過ぎておなか痛い!」

「……マジで?」

バロールの野郎そんな業の深い趣味の持ち主だったの?
やべえやつじゃん……そういやなんか魔物のメイドさんと睦み合ってたけどさぁ!
急にそんな性癖暴露されても……その……困る。
明神ドン引きですぅ。

だけどこれで第一段階はクリア。
――ガザーヴァは、揺らいでいる。
不平、不満、課題点。それらを解決するソリューションを提案するのが、ここからの交渉だ。

バロールに使うだけ使って捨てられたと、ガザーヴァは言った。
人使い荒いのも、菓子ばっか食っててセンス悪いのも、正当な指摘だ。
それら個人の悪癖や、寝言のヤバさまで分かるほど、ガザーヴァはバロールの傍に居て……しかし捨てられた。

シナリオ攻略時、アコライト跡地の決戦でガザーヴァを追い詰めた際には、
毎度毎度『形成位階・門』とかいうインチキテレポートでやってくるはずの増援は、なかった。
同様にガザーヴァも『門』でニブルヘイムに帰ることなく、命果てるまで戦った。

あの時既に、ガザーヴァは見限られてたのか?
だから増援も、ミハエルをイブリースが回収していったような仕切り直しも、発生しなかった。
ガザーヴァは孤立無援のままブレイブと戦って、そして死んだ。

あれだけプレイヤーを引っ掻き回してくれたガザーヴァの野郎だが、
魔王バロールにとっては捨てても良い換えの効く駒でしかなかった……ってことなのか。

代わりにバロールの寵愛を受けたのは、一巡目のカザハ君だった。
ガザーヴァが言うようなフィギュア萌え族だったかはこの際どうだって良い。
一つ、理解できたことがある。

切り捨てた相手と再開して、その帰還を喜ぶ者は居ない。
――バロールの『おかえり』は、ガザーヴァに向けたものじゃなかった。
正真正銘、カザハに向けたもので……その中に居るガザーヴァを、まるで無視したものだった。

親にも等しい相手から無視される。どれほどの絶望があったろう。
ごく普通に親にも愛されて育ってきた俺にはまるで推し量れない。
あの真っ黒の甲冑の中で、ガザーヴァがどんな表情をしていたか、想像もしたくない。

そして俺もまた、ガザーヴァではなくカザハ君だけを助ける為に動いてる。
生きたいと思うガザーヴァの意思を、無視して。

協力を引き出す為に、こいつに対して何が出来るとか……てんで見当違いの考えだった。
俺達にとっての最良の結果はカザハ君の確保。それはガザーヴァにとっての最悪、存在の消滅だ。
Win-Winの取り引きなんか成立しない。

「バロールの真意なんざ知らねえけどな。……俺はお前のことが嫌いだったよ、ガザーヴァ」

もうクリアしてからだいぶ経つけど、今でも鮮明に思い出せる。
ガザーヴァが、俺達プレイヤーにとって、どういう存在だったか。

250明神 ◆9EasXbvg42:2020/01/27(月) 04:14:51
「人は殺す、街は壊す、どこにでもひょいひょい出てきて追い詰めたと思えばさっさと逃げやがる。
 わけわからんデバフは撃ってくるし、全体攻撃は痛いし、1ターンに2回も行動する。
 すこぶるイライラさせられたぜ。捨て台詞に煽りぶちかましてくるしよ」

何が現場将軍だよ。被害に対して言動が軽すぎんだよ。
アコライトぶっ壊したせいでマル様親衛隊の狂犬どもがアルメリア各地に解き放たれちまったじゃねえか。

俺はガザーヴァが嫌いだった。もちろんゲームのキャラとしてだ。
ヒールって役どころは分かっちゃいるけど、開発の悪意の根源みたいな言動は、
いちプレイヤーとして大いにムカつかされた。

「――だけど、それが幻魔将軍ガザーヴァなんだ。
 俺達がその足跡を追い求め、戦い続け、ついに打倒した……ブレモンきっての名悪役だ。
 ブレイブにとって、ガザーヴァは不倶戴天の敵であり、かけがえのないライバルだった」

ここから先は、アルフヘイムのブレイブとしての言葉じゃない。
このゲームをサービス開始当初からやってきた、プレイヤーとしての気持ちだ。

「今のお前はカザハ君に混じった残り滓みたいなもんだ。
 一樽のワインに混入した一滴の泥水。ただ汚染するだけの不純物。
 お前がカザハ君を乗っ取ったところで、それはただの黒いシルヴェストルでしかない」

あるいはシルヴェストルを愛するバロールなら、それでも満足なんだろう。
だけど俺は、『ガザーヴァ』がそんなふうに変わってしまうことを、許容できない。

「俺が会いたいのは黒いカザハ君じゃない。正真正銘混じりっけなしの『幻魔将軍ガザーヴァ』だ。
 俺達プレイヤーがずっと追いかけてきた、神出鬼没のトリックスターと、もう一度戦いたい」

カザハ君の肉体はシルヴェストルそのものだ。
ってことはガザーヴァの肉体は完全に失われていて、精神と魔力だけが残ってるんだろう。
だから、カザハ君の肉体を求めた。その精神を侵食し、我がものにしようとした。

「アテはいくらでもある。バロールに新しい肉体を作らせたって良いし、
 霊銀結社まで行きゃ研究用の人工精霊なんざいくらでも転がってるだろうよ。
 万象樹の蕾に憑依して、果実として生まれ直すってのもアリだ。
 ――全部、ここから生きて帰れたらの話だがな」

別の容れ物を用意して、ガザーヴァを正式に転生させる。
それで始めて、俺達は再会したと言える。

「取り戻そうぜ、『幻魔将軍ガザーヴァ』を。
 そんであのセンス最悪な魔王様の鼻を明かしてやろう。
 お前がデザインしなけりゃ、ガザーヴァはこんなにカッコいいんだってよ」

執着と絶望、そしてデウスエクスマキナが歪ませた、幻魔将軍の在りよう。
それを是正し、カザハ君もガザーヴァも、二つとも復活させる。

――俺の愛した『ブレイブ&モンスターズ』を、取り戻す。

俺はガザーヴァに右手を差し出した。

「俺と組めよガザーヴァ。お前をもう一度幻魔将軍にしてやる。
 その為の道を塞ぐ、アジ・ダカーハとかいうでけぇ障害物をぶっ潰す。
 お前が完全に黒いシルヴェストルになっちまう前に――俺とカザハ君に、力を貸せ!」


【交渉:ただの黒いシルヴェストルじゃなくて、ちゃんと幻魔将軍として復活したくない?】

251ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/01/28(火) 00:25:11
トカゲを一匹ずつ、確実に、潰していく。
不可能じゃない、僕と、このわけのわからない力と、部長がいれば・・・。
しかし・・・

僕が潰す以上に生まれてくる速度が早い。

>「くふふ……ゴミどもが!
  ゴミはどれだけ集まったところでゴミの山! 黄金に変わることはないということが、何故わからないアル?
  これだから下級国民どもはイヤになるアル……やはり、ワタシのように!
  頂点に君臨する者が、一から教育してやらなければならないようアルネ……!」

帝龍が言っている事は正しい・・・金を集めることも才能だ。
元の世界なら金はそのまま力だ。世の中の99%を叶える事ができる。

恋人だって、友達だって、自分の言う事を聞く完璧な奴隷だって・・・人を殺す事だって許される。

その事は僕もよく分かっていた。

有名になった後の僕はテレビ・CMに出てアイドル活動をしていた。
そのおかげで一般人が一生をかけて手に入れるような額を稼いだ。

その結果僕には友達が一杯できた、プライベートで街を歩けば色んな女の子に告白された。
家を建てたり、週に一回家でパーティを開いたり、彼女を家に連れ込んだり。

僕の理想だった、理想なはずだった。

『・・・哀れな奴』

>「召喚! G.O.D.スライム! か〜ら〜の〜……『黙示録の鎚(アポカリプス・ハンマー)』!!」
>『ぽぉ〜よぉ〜よぉ〜〜〜〜〜んっ!!』

なゆのゴッドポヨリンさんによってトカゲ達が一斉に蹴散らされる。
だがそれでも・・・生まれてくる速度のほうが早い。

『チッ・・・数が圧倒的すぎる・・・!』

>「しまっ――」

『なっ・・・』

僕となゆの間をすり抜けるようにトカゲが明神に向かっていく。

>ザシュッ!!

しかしそのトカゲ達は明神に到達することなく倒れる。

>「無事でござるか、明神氏!」

『あれ・・・あの見てるだけで目が痛くなってくるような・・・あの格好は・・・』

>「『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の方々にお任せして、離脱することは簡単でござる。
  しかし……我らはアコライト外郭守備隊。この地を守るという役目は、そう易々とは捨てられないのでござるよ」

252ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/01/28(火) 00:25:31
『バカが!なにしに戻ってきたんだ!!』

明神が、なゆが、みんなが守るために危険を冒して作戦を組んで。
危険を承知でアジダハーカから逃がしたというのに・・・!

>「みんなにもプライドがある。戦士としての矜持がある。
 あたしは『笑顔で鼓舞する戦乙女(グッドスマイル・ヴァルキュリア)』……戦乙女は戦士の誇りを貶めない。
 ってことで……ゴメン。戦わせてもらうよ、ここで」

どいつもこいつも・・・なぜだ・・・マホロはともかくこいつらは・・・足手まといなんだよ!!

トカゲを処理しながら戦闘を開始した守護兵達の戦いを見る。

>「おおおおお! ヲタ芸で鍛えた拙者のサイリウム……じゃなくて双剣さばきを見よォォォォ!」

勢いはいいが陣形がバラバラだ、このままじゃその内数に飲み込まれてるのが目に見えていた。

『マホロ・・・マホロはどこだ!』

周りを見渡すと、マホロは帝龍・・・アジダハーカと対峙していた。

>「マホロ……! くふふッ、まさか戻って来るとは!
 ワタシの本気を見て、圧倒的戦力差にようやく膝を屈する気になったアルカ?
 安心しろアル、オマエは傷ひとつつけないアルヨ! 他の連中は皆殺しにするアルが――」

>「バカ言わないで! あたしは絶対、絶対絶対! あんたの軍門に下ったりしない! あんたのものにはならない!
 あたしは……あんたの都合のいい商品なんかじゃない! あたしは……
 あたしは! あたしの意志で! あたしの心に従って歌うんだ!!!」

>「『河原へ行こうぜ!(オマエモナカナカヤルナ)』……プレイ!」

マホロがカードを使うと帝龍とマホロがドーム状のフィールドに包まれる。
効果はたしか・・・自分と指定した相手だけの空間を作る・・・。

あのフィールドに入ったという事は効果が解除されるまでこれ以上トカゲ達は増えないと言う事・・・。

だが・・・

「ハイ!ハイ!ハイ!テンション上げ!上げていくでござるうーーーーー!」「ラブ!アイ!ラブユー!マ☆ホ☆ロ」「馬鹿野郎お前俺は勝つぞお前」

一時的な勢いだけで戦ってる兵士達はこのままにしておけばマホロが出てくるまで耐えられない可能性の方が高い。
逆にいえば・・・このまま放置しておけばある程度の数は減らしてくれるだろう。
こっちの処理を終えてから残りのトカゲを掃討したほうが楽だ・・・僕達が負うリスクも最小限で済む。


>「人の心をないがしろにする作戦。人の命を軽んずる作戦は、それがどれだけ有効であろうとやりません。
  わたしは人成功率99パーセントだけど人がひとり死ぬ作戦より、成功率10パーセントだけど全員助かる作戦を選ぶ。
  この方針は今後も絶対に曲げない。そしてそれは――ニヴルヘイム側にも当て嵌まるから」


『マホロ・・・相変わらず・・・余計な事しかしない女だ・・・!』

253ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/01/28(火) 00:26:41
『すまない!なゆ、ヒュドラの相手を頼む!』

そういい残し兵士達の下に走る。

『お前ら!手を止めるな!だが死にたくないなら今すぐ僕の指示に従え!!』

トカゲを蹴散らしながら戦う兵士達に激を飛ばす。
兵士達はどうしたらいいかわからずうろたえる、がスグに不満零し始める。

「お前は・・・!マホロちゃんに純潔を捧げろとかいった不届き者でござる!」
「お前の言う事だけは死んでも聞かねーぞ!!」
「当たり前だよなぁ?」

兵士達が僕を嫌っているのはわかっていた。

『黙れ!!なゆがお前らを守ると言った以上僕にはお前らを守る義務があるんだよ!!』

兵士達が静まり返る。

『僕となゆが先陣を切る!お前らは俺達の撃ち漏らしを確実に仕留める事だけに専念しろ!絶対俺達より前にでるな!
 次に不満を口にした奴から死んでいくと思え!!マホロの為に一人も欠けずに生きる事だけ考えろ!!』

「ござるう・・・」「チッ・・・」「クビだクビだクビだ!」

それでも煮え切らない兵士達

『自己犠牲は・・・正しい事だと本気で思ってるのか?いいか!
 本当にマホロの事を思ってるんだったら石に齧りついてでも生きる努力をしろ!
 マホロに俺達は全員無事だったんだぜって自慢するくらいの気持ちでいけ!』

「それともお前らはマホロと死体になって再会するつもりだったのか?
 どっちがマホロの事考えてないのかよく考えろ!!」

「マホロちゃん・・・」「ぐう・・・うう・・・」「ポッチャマ・・・」

『何度でも言うぞ!今お前らに必要なのは戦う!そしてかっこわるくていい!生きて帰る事だ!!』

『今すべき事がわかったか?・・・さあ!いくぞ!なめくさってるあいつに・・・帝龍にお前らの力をみせてやれ!!!』

トカゲにトドメを刺さず、傷を負わせて後ろで控えてる兵士達にトドメを刺してもらう。
そうする事によって倒す速度は跳ね上がり、みるみる数を減らしていく。

「ふう・・・僕は一体なにをしているんだろうな・・・」

勢いがついた兵士達と僕達はまさに破竹の勢いで進んでいく。
あれだけいたトカゲももうわずかになっていった。

「どけどけどけ〜〜〜〜!マホロ親衛隊のお通りでござるう〜〜〜!」
「全員生きてマホロちゃんにヨシヨシしてもらうしかねえ!!」
「Foo↑気持ちぃ〜」

「あいつら・・・前にでるなって言ったのに・・・」

形勢は完全に逆転。もはや僕となゆが援護する必要もなく。
兵士達は残りのトカゲとヒュドラを逆転した数の暴力で蹂躙していた。

「ふう・・・さすがに今まで耐え抜いてきただけの事はある・・・」

僕のやれる事は全部やった。後は・・・



「お前だけだ!カザハ・・・戻って来い!」

254崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/01/28(火) 20:52:19
ボクの一番最初の記憶は、あのひとの微笑みから始まる。

「――やあ。初めまして……私は。君のパパだよ」

「……ぱ……
 …………ぱ…………」

母の胎内のような保育嚢から出て、初めてボクが口にした言葉がそれだった。
彼はボクに穏やかな笑顔を向けると、培養液まみれでずぶ濡れのボクを自分の衣服が濡れるのも構わず抱きしめてくれた。
温かだった。柔らかかった。トクントクンって、心臓の音が聞こえた。
……このひとが、ボクのパパ。ボクの家族。
ボクの大切なひと。

ボクは、このひとに産んでもらったんだ――

「パパ!」

「パパーっ! えへへ」

「……パパのばか」

「パパ……!」

「パパ! だぁ〜い好き!」

長い長い時間、ボクはパパと一緒に過ごした。
パパと一緒に、甘いお菓子を食べた。パパの膝におすわりして、絵本を読んでもらった。
手をつないでお散歩に行った。ひとつのベッドで、一緒に眠った。

……幸せだった。
ボクはこのひとの娘。ボクは、このひとにとてもとても愛されている。
まるで万華鏡のようにきらきらと輝くパパの虹色の瞳が、ボクは本当に好きだった。
このひとの言うことならば、ボクはなんだってしよう。どんな汚名だってかぶってやろう。
だって。
ボクには、このひとさえいればいい。このひとの愛さえ手に入るならば、他なんていらない。
他の生き物に価値なんてない。ボクは――

……ボクは。

だから、パパに黒い甲冑を纏って戦えと言われたときも、一も二もなく従った。
相棒のガーゴイルに跨って、ありとあらゆることをやった。集落を、村を、街を、国を破壊した。
人を殺した。ヒュームを、エルフを、ドワーフを、ホビットを、メロウを。
殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して。
殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して。
殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して。
殺して、殺して、殺して、殺して、殺しまくった。

街を燃やして、魔獣たちを解き放って、アルフヘイムの住人に苦悶の末の死を撒き散らす。
そうすると、パパは褒めてくれた。ボクの頭を撫でて、決まってこう言ってくれたんだ。

「よくやったね」

って。

「君は本当にいい子だ」

って――。



なのに。



「あれは失敗作だったよ、イブリース」

「どういうことだ? 魔王――」

「所詮、コピーはコピーだ。オリジナルではない……残念だが実験は失敗と言うしかないな。
 やはり、オリジナルを手に入れなければ。他のシルヴェストルでは駄目らしい」




……ボクが……失敗作……?

255崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/01/28(火) 20:54:47
「“風渡る始原の草原”か……。しかし、ならば奴はどうする?
 あんたに懐いている……いや、あんた以外の何者の言うことも聞かない。あんただけが奴を制御できる。
 失敗作として処分するのか?」

「今まで通り、幻魔将軍として使いはするけれど。あれはもう、あの力を手に入れる鍵にはならない。
 あのシルヴェストルを探すんだ、イブリース。粗悪な複製品ではない、正真正銘のオリジナルを。
 私が求めるものはそれだ……それ『だけ』だ。わかるね」

「承知した。ならば、さっそく出立――」

「ま……、待って……! 待ってよ……!」

隠れて立ち聞きしていたなんて、そんな自分の状況も忘れて、ボクはパパの座る玉座へと駆け出した。
ああ、そうだ。ボクは今日も『異邦の魔物使い(ブレイブ)』どもをからかって、一戦交えて帰ってきたんだった。
この天空魔宮ガルガンチュアへ――パパのお城へ。ボクのお家へ。
今日は100人殺したよって。そう報告して、褒めてもらうために。
頭を撫でてもらうために。
ボクだけがひとりじめできる、あの温かな笑顔を見るために――


でも。


そのときボクに向けられたのは、温かな笑顔なんかじゃなかった。

「……いたのか」

「どういう……こと……?
 ボクが、失敗作……? コピー……?
 え、ウソ……冗談、だよね……? だって、ボクはパパの一人むす――」

「アコライト外郭に行くんだ。あの城壁を瓦礫に変えてきなさい」

「パパ……!」

「あそこにはアルフヘイムの強力な『異邦の魔物使い(ブレイブ)』が集まっている……今のうちに潰さなければ」
 
「……ぱ、ぱ……」

「……何を突っ立ってるんだ? 早く行きなさい」

パパの眼差しは冷たかった。その言葉はひややかだった。
知ってる。それは、人間がそれまで執着していたものに興味を失ってしまったときの……。
そっか。
本当は、ずっと前からわかってた。
あの人はボクを見てなかった。ボクは、オリジナルとやらの替わりでしかなかった。
でも、それじゃやっぱりダメだったんだ。パパには、オリジナルが必要なんだ。
パパが何事かを成し遂げるためには。オリジナルだけが持っていて、ボクが持っていないものが必要なんだ。
ボクは。もう、いらないんだ――


……やだ。
そんなのやだ。やだ、やだやだ……絶対イヤだ……!
ボクは誰かの代替物なんかじゃない! 粗悪な複製品なんかじゃない!!
ボクは兜を脱いで素顔を晒し、パパの玉座に駆け寄ると、パパに抱きつこうとした。
愛してるのって。パパのことが大好きなのって。一番最初の記憶からずっと変わらない想いを伝えたくて。
けれど、それをパパの傍にいたイブリースが邪魔した。ボクの足をその持っている魔剣の鞘で払ったのだ。
バランスを崩し、ボクはどっと倒れた。それでも、懸命に手を伸ばしてパパの右脚にしがみついて顔を見上げた。

「パパ……」

パパは何も言わない。ただ玉座の肘掛けに右肘をついたまま、ボクを無感情に見下ろしている。
やだ。やだよ。
そんな冷たい、その他大勢を見るような眼差しで、ボクを見ないでよ……!

「……パ……、
 バ、ロール……さま……」

ボクが今までこのひとから注がれていると思っていたものは、全部幻だった。この人は最初からボクを愛してなかった。
ただ、ボクの元になったボクのような『何か』の姿を、ボクに重ねていただけ――。

ああ……

でも、それでもいい。それさえもかまわない。
ボクは受け入れる。どんなに不条理なことでも、悲しいことでも。
それが、あなたの望みなら。

オリジナルが一番でもいい。ボクはあなたの視界の隅っこに、ほんのちょっぴりいるだけでもいい。
だから……ボクのこと、嫌いにならないで。いらないって言わないで。
そして――もし。もし許されるなら。

「今よりもっと、あなたのお役に立てば……
 少しだけ。ほんの少しだけ……ボクのこと。愛してくれますか……?」

ボクは低く頭を伏せ、かつて父親だった主君の靴に口付けした。

256崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/01/28(火) 20:57:08
>バロールの真意なんざ知らねえけどな。……俺はお前のことが嫌いだったよ、ガザーヴァ

「……何ィ……?」

静かに語り始めた明神を前に、カザハ=ガザーヴァは怪訝に顔をゆがめた。

>人は殺す、街は壊す、どこにでもひょいひょい出てきて追い詰めたと思えばさっさと逃げやがる。
 わけわからんデバフは撃ってくるし、全体攻撃は痛いし、1ターンに2回も行動する。
 すこぶるイライラさせられたぜ。捨て台詞に煽りぶちかましてくるしよ

当たり前だ。
幻魔将軍ガザーヴァとは、そういうキャラクターだ。『そういう役どころのキャラ』なのだ。
プレイヤーに対して徹底的に嫌がらせをする。怒りを抱かせ、屈辱を味わわせ、徹頭徹尾救いがたい悪役として行動する――
そうしてこそ。ガザーヴァを倒したときのプレイヤーのカタルシスは何物にも代えがたいものとなる。
実際の、一巡目の世界ではガザーヴァは自らのオリジナルと相討ちになって死んでいるが、少なくともゲームの中ではそうだ。
ガザーヴァ本人にもゲームの知識がある。だから『そんなことは言われずとも分かる』のだ。

だが。

「ははッ! そりゃそうだろうねぇ、みんなボクのことがさぞかし憎かっただろうさ!
 ボクは幻魔将軍ガザーヴァ! ボクにとっては罵声こそが賛辞。怨嗟こそが福音!
 なぜなら……」

>――だけど、それが幻魔将軍ガザーヴァなんだ。
 俺達がその足跡を追い求め、戦い続け、ついに打倒した……ブレモンきっての名悪役だ。
 ブレイブにとって、ガザーヴァは不倶戴天の敵であり、かけがえのないライバルだった

明神が続けたのは、そんな絶対悪の仇敵に対する恨み言ではなかった。

「……ボクが……ライバル……?」

一巡目でも、二巡目でも、自分に向けられるものは非難と憎悪のみ。
そう思っていたガザーヴァは思わず訊き返した。
明神はなおも言い募る。

>俺が会いたいのは黒いカザハ君じゃない。正真正銘混じりっけなしの『幻魔将軍ガザーヴァ』だ。
 俺達プレイヤーがずっと追いかけてきた、神出鬼没のトリックスターと、もう一度戦いたい

「なん……だとォ……?」

アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の言葉に、ガザーヴァはすっかり混乱した。
弁舌が達者で、人を口先三寸で騙くらかすのが何より得意な幻魔将軍が。
嘘偽りの一切ない、明神の心からの言葉を聞いて動揺する。

>アテはいくらでもある。バロールに新しい肉体を作らせたって良いし、
 霊銀結社まで行きゃ研究用の人工精霊なんざいくらでも転がってるだろうよ。
 万象樹の蕾に憑依して、果実として生まれ直すってのもアリだ。
 ――全部、ここから生きて帰れたらの話だがな
>取り戻そうぜ、『幻魔将軍ガザーヴァ』を。
 そんであのセンス最悪な魔王様の鼻を明かしてやろう。
 お前がデザインしなけりゃ、ガザーヴァはこんなにカッコいいんだってよ

明神はガザーヴァにゆっくりと右手を差し出した。
そして、決定的な交渉を持ちかける。

>俺と組めよガザーヴァ。お前をもう一度幻魔将軍にしてやる。
 その為の道を塞ぐ、アジ・ダカーハとかいうでけぇ障害物をぶっ潰す。
 お前が完全に黒いシルヴェストルになっちまう前に――俺とカザハ君に、力を貸せ!

「ボクを……取り戻す……」

ガザーヴァは小さく慄えた。

そうだ。

ガザーヴァはカザハが欲しかった。カザハになりたかった。
自分がカザハになってしまえば、オリジナルになれば――きっとバロールは振り返ってくれる。
また、昔のように。一緒にお菓子を食べてくれる、膝に乗せて絵本を読んでくれる。手を繋いでくれる……。
愛してくれる。そう思ったのだ。

けれど、それは本当に自分の望むところだったのだろうか?
そも、バロールがカザハに求めるもの。カザハにあって自分にないものが何なのか、ガザーヴァには分からない。
それが理解できない限り、きっと。ガザーヴァの願いが叶うことはないのだ。
それどころか、カザハの肉体を乗っ取ることでバロールの求めるものが揮発し、消滅してしまう――といった可能性さえある。
万一そんな事態になってしまえば、もう二度と。バロールはガザーヴァを見てはくれないだろう。
といって今まで綿密に組み上げ、もうあと一歩というところまで来ている復活計画を今更放り出すこともできない。

嗚呼。

だとしたら。

「ボクは……どうすればいいの……?」

「簡単な話さ。私たちに力を貸しなさい、ガザーヴァ」

ガザーヴァの呟きに対する答えは、アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちの背後で聞こえた。

257崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/01/28(火) 21:01:15
「いやまったく強引だなぁ! わたしは外郭から離れないって、あれほど言ったのに!
 それにスピードを出し過ぎだと思うんだ! 制限速度は守ろう! お兄さんとの約束だ!」

聞き慣れた能天気な声と共に、バサリ、と翼の羽ばたく音がした。
カケルがゆっくり地上に降り立つと、その背に跨っていたバロールがよっこらしょと鞍から降りる。
ガザーヴァが驚きに目を見開く。

「……バロー……ル、さま……」

「久しぶりだね、ガザーヴァ。……元気そうで何よりだ」

カツ、と身の丈以上もあるトネリコの杖を地面につき、バロールが虹色の瞳で穏やかにガザーヴァを見る。
ガザーヴァは唇をわななかせ、一歩、二歩と後ずさった。

「なぜ……ここに……」

「なぜって、決まっているだろう? 君を勧誘しに来たのさ。
 それにしても明神君、さっきのセリフは酷いなぁ! 私のセンスが最悪だって? いやいやそんなことはないさ!
 ガザーヴァはカザハ――の前世のシルヴェストルを色以外は忠実に再現したコピーだ。
 カワイイだろ? 花のように愛らしいとはこのことだ、黒薔薇のように淫靡なところもまたグッドセンス!」

はっはっは、とバロールは明神に視線を向けて陽気に笑った。場違いも甚だしい。

「まぁ、私のセンスについてはすべてが終わってから夜通し討論するとして。
 今は君だ……ガザーヴァ。君がうんと言うのなら、明神君の言うとおり君の新たな肉体を用意しよう。
 というか――実は、もう用意してあったりするんだな。これが!」

言うが早いか、バロールは杖を大きく振り上げ、虚空を指し示した。
途端に空間が歪み、ここではないどこか遠方の映像が浮かび上がる。
そこは、どうやらどこかの魔術工房の光景のようだった。薄暗い室内に、肉色で血管の浮き出た巨大な保育嚢がひとつ安置してある。
保育嚢はまるで臨月のように肥大しており、どくん、と鼓動するたびに内部が透けて見えた。
そして、その保育嚢の中に胎児よろしく身体を丸めて入っているのは――

「……ボクの……身体……」

「そうだ。君の身体だ……もちろん、ガーゴイルの分も用意してある。
 もう一度言うよ、ガザーヴァ……私たちに力を貸しなさい。かつてのように――
 私たちには君の力が必要だ。もう二度と、以前の失敗を繰り返してはならないんだよ」

トネリコの杖の先端で地面を叩くと、映像が音もなく消える。
このままガザーヴァの計画がうまく行き、カザハの肉体を乗っ取って復活しても、ガザーヴァにはその後の目的がない。
先程はバロールへの復讐も考えたが、実際にバロールと再会を果たした今、そんな気持ちはもうどこかへ吹き飛んでいた。
いや――きっと最初からそんな気持ちなんてなかったのだろう。
寄る辺なき模造品の魂に愛を教えてくれた、たったひとりのかけがえのない人。
例えどんな無慈悲な扱いを受けたとしても――そんな人のことを憎むなど、ガザーヴァにはできない。
とすれば、バロールの許へ帰参して肉体を取り戻し、かつてのようにその指示を仰ぐというのが最善の手であろう。
バロールは微笑みながら、ガザーヴァが明神の差し伸べた手を取るのを待っている。
ぎゅ、とガザーヴァは唇を噛みしめた。そして、手を強く握り込んで拳を作る。

「じ……、じゃあ……。ボクのお願い、ひとつだけ……聞いて、ください……」

「……言ってごらん」

「ボクが……。
 ボクがバロール様の味方に、アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の仲間になったら……」

強く強く握った拳が、小さく震える。
ほんの僅かな逡巡の後、ガザーヴァは意を決して口を開く。

「……ボクのこと。ほんの少しだけでも……愛してくれますか……?」

それは、いつかも口にしたガザーヴァの心からの願い。
他の何もかもをなげうってでも、追い求めているもの。
それを聞いたバロールは、すぐに口許に微笑を浮かべた。――それは見る者を温かな気持ちにする、優しい笑顔。

「いいとも。おいで、ガザーヴァ」
 
そう言って、元魔王はゆるく両手を広げた。
愛した、求めた、欲した、唯一無二の相手。
そんなバロールの出した答えに対し、ガザーヴァの双眸にみるみる涙が溜まり、目尻から頬へと零れる。

「嬉しい……。嬉しいよ、パパ……。
 その言葉が聞きたかった……。ボクはオリジナルじゃない、ここにいるボクを見てほしかった。
 目の前のボクを愛してほしかったんだ……」

ガザーヴァはにっこりと笑った。愛らしい、可憐な笑顔だった。

だが。

「でも、ダメだよパパ……騙されないよ、だって……」


「パパの目、全然……笑っていないもの――」


そこにあるのは、絶望だった。

258崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/01/28(火) 21:06:37
ジョンとなゆた、そしてアコライト外郭守備隊の奮戦によって、フィールドにいるドゥーム・リザードとヒュドラは一掃された。
状況は少し前の絶望的劣勢から、徐々にアルフヘイム側有利へと推移しつつある。
が、優位と言ってもそれはほんの僅かな差に過ぎない。
スペルカードによってアジ・ダハーカを決戦空間に封印した、ユメミマホロの戦術あったればこその状況である。
もしマホロが敗れ、決戦空間が崩壊すれば、アジ・ダハーカはふたたび『異邦の魔物使い(ブレイブ)』に牙を剥く。
ガザーヴァが味方に付かない限り、アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』に勝機はない。
いや、たとえガザーヴァを味方につけたとしても、勝てる保証などないが――
それでも。どんな細い糸でも、今は縒り合わせなければならないのだ。

「はあっ! はあっ、はぁっ……ク、ふ……!」

自ら創り出した『河原へ行こうぜ!(オマエモナカナカヤルナ)』の結界の中で、マホロが浅い息を繰り返す。
その身体はもうボロボロだ。精緻で美しかった甲冑は右肩や腰当てが砕け、胸鎧にも大きなヒビが入っている。
剥き出しの二の腕や太股、整った顔立ちの頬にも裂傷が刻まれている。
通常のデュエルならばもう撤退のタイミングだ。――しかし、マホロは逃げない。
明神達がなんとかガザーヴァを説得するまで、ここで自分がアジ・ダハーカを釘付けにする。そう決めている。
……それで命を落とすことになっても。

「いい加減にするアル、マホロ……! オマエがどう頑張ったところで、勝ち目などないアル!
 他の連中のために時間稼ぎを買って出たのは大したものアルが、これ以上商品価値を落とすようなことはやめろアル!」

満身創痍でなおも戦意を喪失しないマホロに対し、帝龍が苛立たしげに言う。
帝龍にとってマホロは敵であると同時、是が非でも手に入れたい金の卵を産む牝鶏である。
帝龍がこの異世界で莫大な富を得るためには、マホロの存在は必要不可欠なのだ。
それゆえに、帝龍は本気を出してマホロに攻撃することができない。マホロという商品が傷物になることを怖れている。
そこに、付け入る隙がある。マホロはその高い機動力を『限界突破(オーバードライブ)』でさらに底上げし、
決戦空間内を飛び回ってアジ・ダハーカを攪乱し続けた。
とはいえ、それももう限界に近い。
アジ・ダハーカと自分とではレベルが違いすぎる。帝龍の手加減の攻撃さえ、当たれば致命打となりうるのだ。

「あんたこそ……手を引きなさいよ……!
 ニヴルヘイムなんて、ストーリーモードの完全な悪役じゃない……!
 あんたは、それでも『異邦の魔物使い(ブレイブ)』なの!? ブレモンのプレイヤーなの……!?
 プレイヤーなら、みんな……ニヴルヘイムが悪者だって知ってる!
 誰だって、アルフヘイム側でプレイしたいものでしょう!」

「ハッ」

マホロの反論に対し、帝龍はメガネのブリッジを右手中指で持ち上げると、嘲るようにせせら笑った。

「何が……おかしいのよ……!」

「これが笑わずにいられるかアル。やはり、オマエはアイドルアルネ……ただ上に言われるままに歌い踊るのがお仕事の、
 外見だけで頭カラッポの愚か者アル。
 『ニヴルヘイムが悪者』? くふふ! 確かにゲームの中ではそういう扱いだったアルが――
 ここは現実の世界! ゲームの中の常識や設定がそのまま通じる世界ではないアルネ!
 オマエは何を根拠に! 自分の所属する陣営が正義の味方だと言っているアル……?」

「……それは……」

帝龍の追及に、マホロは束の間返す言葉を失って立ち尽くした。

「くふふふ! ワタシのようにマクロなものの考え方ができないから、自分の立ち位置さえ分からない!
 だが、それでいいアル。オマエはワタシに言われるまま、指定されたステージで! 指定された歌を歌っていろアル!」

「……そうかもね。あたしには、大企業のCEOをやってるあんたみたいな視界の広さはないでしょう。
 高層ビルの最上階から下界を眺め見るあんたと違って、あたしは……地べたから空を見上げることしかできない」

「やっと、自分の分限というものが理解できたアルか……まったく梃子摺らせてくれたアルネ。
 さあ……もう遊びは終わ――」

「それなら!!」

マホロを連れ去ろうと身じろぎしかけた帝龍を、マホロの鋭い声が制する。
帝龍は不快に眉を顰めた。

「……?」

「あたしは! あたしの中の信念と、あたしが正しいと思う正義に従って行動するだけよ!
 あたしはこのアコライト外郭のみんなが好き。あたしの歌で、トークで、動画で、楽しんでくれるファンの人たちが大好き!
 だから――あたしからそんなファンを取り上げようとするあんたを……絶対に許さない!
 アルフヘイムとニヴルヘイム、どっちが正義で悪かなんてわからないけれど――
 少なくとも、あんたは! あたしの敵だ!!」

「まだ、そんな戯れ言を――!
 ええい! さっさとワタシの軍門に下れアル! やれ、アジ・ダハーカ!!」

帝龍の命令に応じ、巨竜がマホロを攻撃しようとそのあぎとを開く。
が。

「ぐ……、ぐぐぐ……ッ!」

アジ・ダハーカが行動を再開したそのとき、『浮遊(レビテーション)』のスペルカードで宙に浮いた帝龍が、
ほんの一瞬であるがバランスを崩してふらついたのを、マホロは見た。

259崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/01/28(火) 21:10:22
(やっぱり……そういうことか……!)

ここに至り、マホロが心に抱いていた疑念は確信に変わった。
だとしたら――ひょっとして、ひょっとするかもしれない。
ブレモン1500体の頂点に君臨する超レイド級、その一角を崩せるかもしれない……そう思う。

で、あるならば。

自分は自分のするべきことをするだけだ。
マホロは最後の力を振り絞り、血と埃にすっかり汚れた白い翼を一打ちすると、矢のようにアジ・ダハーカへ迫った。
螺旋の尾を引きながら上昇してゆき、魔皇竜の三本首のうち一本角の頭部の上方に位置取りする。

「帝龍―――――――――ッ!!!」

「チ……! アジ・ダハーカ、叩き落と――」

「帝龍、あんたに質問するわ! ――私の商品価値はどこにある!?」

「何を言い出すかと思えば。それはもちろん、そのルックス。強さ。歌声に……」

「……『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』……でしょ?」

『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』。
戦乙女属のモンスターが最後に覚えるスキル。接吻を贈った相手に、永続のバフを掛ける乙女の祝福。
生涯に一度しか使えないそのスキルは、戦乙女の純潔の証。
それがあるからこそ、戦乙女属は価値がある――と言っても過言ではないだろう。
当然、『笑顔で鼓舞する戦乙女(グッドスマイル・ヴァルキュリア)』であるマホロも、それを持っている。
そして。

「あたしの『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』が欲しいって。そう言ってたわね、帝龍?
 ……いいわ。あげる……あたしの大切に守ってきた唇を」

何を思ったか、マホロは突然帝龍に対してそんなことを言った。
今まで頑なに守り続けてきた、戦乙女の命とも言うべきもの。
それを今、捧げるという。
あまりに予想外の突拍子もない発言に、さすがの帝龍も一瞬呆気にとられ、眼鏡の奥で目を見開いた。
が、すぐに我に返り、身体を仰け反らせて嗤う。

「くふッ! くふふ……くふははははははははははッ!!
 敵だなんだと口では威勢のいいことを言っても、やはり絶対的な質量差! 物量差はいかんともしがたいアル!
 マホロ、オマエにもやっとそれが分かったようアルネ。いいアル!
 オマエの『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』をもって、降伏の証としてやるヨロシ!
 さぁ、早くこっちへ来――」

「はっ? 何を言ってるの? 誰も、あなたにあげるだなんて言ってないわ」

自分に降伏と服従の口付けをしろ、とばかりの帝龍に対して、マホロは呆れ顔で肩を竦めた。
そして、アジ・ダハーカの一本角を持つ頭部へと近付いてゆく。
マホロの身の丈以上の大きさがある、魔皇竜の口許へと。そして――

「あたしが口付けを捧げるのは。コイツに対してよ……!」

言うが早いか、マホロは目を閉じるとアジ・ダハーカの口にキスをした。

ギュオッ!!!

すぐさまスキル『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』が効果を発揮する。
マホロと魔皇竜を中心に聖なる紋章が出現し、さながら魔法陣のように二体を包み込む。
マホロの肉体から流星のごとく幾条もの光が飛び出し、アジ・ダハーカへと流れ込んでゆく。

「グルルルルァオオオオオオオオオオオオオオオオ―――――――――――――ン!!!!!!」

戦乙女の祝福を受け取ったアジ・ダハーカが咆哮を上げ、大気が振動する。
『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』の効果は絶大だ。それは平凡な低レアモンスターをも準レイド級にまで昇華する。
いわんや、超レイド級モンスターであるアジ・ダハーカが祝福を受ければ、それは果たしてどれほどの強化となるだろうか?
六芒星の魔神の完全体という時点で未知の強さだったというのに、さらに戦乙女の加護まで得てしまっては、手に負えない。
アジ・ダハーカの全身から暗褐色のオーラが迸る。その巨体がさらに大きくなってゆく。
それはまさに、このアルフヘイムを破壊する神の顕現。
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』などという存在では抗うことさえできない、絶対の領域。
この強化された魔皇竜の前には、アコライト外郭の防壁など障子紙のようなものであろう。
このまま、アルフヘイムは魔神に蹂躙される以外ない――

しかし。

マホロはただ単に、アジ・ダハーカに接吻して帝龍に利する行為をしたのではなかった。

260崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/01/28(火) 21:14:42
「ぉ、ぐ……ゥッ……!?」

アジ・ダハーカが『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』の力を吸収し、劇的なパワーアップを果たした直後。
突如として、帝龍がスーツの胸を掻きむしって苦しみ始めた。
それだけではない。不意に右の鼻の穴から一筋の鼻血が垂れる。
今まで、余裕ぶった態度を一貫して崩さなかった帝龍が。
現在も攻撃を喰らうどころか、絶対的な優勢を微塵も崩していない帝龍が。

『アジ・ダハーカがパワーアップした瞬間に苦悶し、鼻血を出した』のである。

儀式を終えたマホロは魔皇竜から離れると、狼狽する帝龍を見遣った。

「思った通りね……帝龍!」

「これ……これは、いったい……? 何をした、ユメミマホロォォォ……!」

憎悪に歪んだ眼差しで、帝龍がマホロを見る。
そんなふたりのやり取りを、ジョンや守備隊たちと一緒に見ていたなゆたは、そこでやっと状況を理解した。
あのマホロが命よりも大切に守り通してきた口付けを、どうしていとも簡単に捨ててしまったのか。
超強化されて一層優位に立ったはずの帝龍が、どうして攻撃を受けてもいないのに苦しみ、鼻血を出したのか。
その理由を、遅まきながら把握した。

「……そういう……ことか……!」

地球でブレモンをプレイしていた時には分からなかったが、アルフヘイムへ来て分かるようになったということは沢山ある。
その中のひとつに『デュエルをすると疲れる』というものがある。
正確には『モンスターを召喚すると疲れる』と言えばよいだろうか。
モンスターを召喚すると、クリスタルが消費される。
レアリティの高いモンスターになればなるほど、消費されるクリスタルの量も増加する。
が――クリスタル以外にも『異邦の魔物使い(ブレイブ)』がモンスター召喚時に支払っているものがあるのである。
それは、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』自身の体力。精神力。
モンスターを召喚し、地上に繋ぎとめておくにはクリスタルが必要だが、
モンスターそのものを制御し、自分の手足のように使役するためには、召喚者の体力と精神力が必要不可欠なのだ。
そして。
消費する体力と精神力の幅もまた、モンスターのレアリティによって増減する。

なゆたを始めとするアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の連れ歩いているモンスターには、低レアが多い。
従って、召喚してもほとんど体力を消耗することはない。
一方でみのりはかつてアジ・ダハーカにも比肩しうる六芒星の魔神、パズズを召喚したものの、
その際の召喚時間はきわめて短時間であり、疲労を覚える暇もなかった。
だが、帝龍は違う。帝龍がアジ・ダハーカを召喚してから、すでに30分以上が経過している。

確かに、蓄えに蓄えたクリスタルは超レイド級モンスターを23時間現界させておくことが可能なほど豊富なのだろう。
しかし――
その超レイド級を従える煌 帝龍という男の体力と精神力は、クリスタルほどには潤沢ではなかったのである。

モンスターそのものがどんな攻撃も通さないほどに強いなら、その召喚者を狙えばいい。
だが、それは当然帝龍も何らかの対抗措置を取っているだろう。
単に遠距離攻撃や魔法で狙ったところで、きっとスペルカードなどで弾かれるか、逸らされてしまうのがオチだ。
……とすれば。

「おのれ……! おのれおのれおのれ! マホロォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!」

帝龍が激高する。
六芒星の魔神という決定的な切り札を持っていながら、帝龍がそれをずっと見せなかった理由がこれだった。
帝龍はクリスタルの消費と同等、いや、それ以上に、自分の体力と精神力の損耗を避けていたのである。
そして――マホロはアジ・ダハーカに『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』を与え、一度きりのスキルを消費した。
純潔を喪った。戦乙女属の特権、たったひとつの大切なものを――永久に喪失した。

「キサマ! なんてことを! 最大の商材を! 価値を! キサマをもっとも高く売ることのできる要素を!
 よくも! こんな愚かなことに!! よくもよくもよくもよくもよくもォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!」

「愚かかどうかは、あたしが決める。あたしの口付けの価値の使いどころは、あたしだけが決めていい。
 そして……今がそのときだって。そう思ったのよ。
 さあ、帝龍。あなたが気絶するまで、あと何分かしら?」

「ぎぃぃぃぃぃぃぃぃ……! アジ・ダハーカ! 『活火山島の神息(ボルカニック・ゴッド・ブレス)』!
 この女にもう商品価値はない! もういい……消し炭にしてしまえ!」

いつもの余裕ぶった語尾の協和語をかなぐり捨て、激怒した帝龍が叫ぶ。
宙に浮かぶマホロめがけ、三つの巨大な竜頭が口を開く。火山の噴火のような、神の一撃がチャージされてゆく。


マホロにそれを防ぐ術は、ない。

261崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/01/28(火) 21:20:59
「マホたん……逃げて! もう充分よ! あとは帝龍が自滅するまで、わたしたちで相手を――」

なゆたが叫ぶ。
しかし、分かっているのだ。ここでマホロが逃げる選択肢などない、ということは。
もしマホロがサレンダーすれば結界が解除され、アジ・ダハーカは『異邦の魔物使い(ブレイブ)』や守備隊に矛先を向ける。
『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』で超絶永続バフがかけられた、超レイドの強化版だ。
先刻でさえ、なゆたたちはアジ・ダハーカに掠り傷ひとつつけることができなかった。
パワーアップした魔皇竜が本気で殲滅に来たら、なゆたたちなど秒で全滅であろう。
だから――マホロには決戦空間の中で、一秒でも多く時間を稼いでもらわなければならないのだ。
ほんの一瞬、ちらと明神の方を振り返ると、マホロは小さく笑った。

「……月子先生。カザハ君、エンバースさん、ジョンさん……明神さん。
 短い間だったけど、楽しかったよ。ありがとう。アルフヘイムに来てから、久しぶりに心から楽しかった。
 憎しみを向けられることさえ、あたしにとっては嬉しかった。
 本当は、もっとみんなと一緒にいたかったけど――これでお別れだね。
 明神さん……あたしの大切なファンのみんなの笑顔、守ってね。
 キラキラ輝く笑顔を……それが、あたしの。『笑顔で鼓舞する戦乙女(グッドスマイル・ヴァルキュリア)』の望みだから。
 ……バイバイ。あなたたち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の旅が、いつも笑顔に溢れたものでありますように――」

別れの言葉を告げ終わると、マホロは間近の巨大な砲塔の如き三本首へと向き直った。
と同時、帝龍が巨竜へ攻撃を指示する。

「塵と化せ、神の怒りを思い知れ!! 『活火山島の神息(ボルカニック・ゴッド・ブレス)』!!!!!」

「ガオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオム!!!!!!!」

臨界点に達した超絶的なエネルギーが、極高温のブレスとなって解き放たれる。
それは、ちっぽけな戦乙女など一瞬のうちに影も形も残らず焼き尽くすほどの――

けれど。

「あたしの最後の動画配信、始めましょうか!
 タイトルは……『みんなのことが大好きだから、命を懸けて突破口開いてみた』!!
 アコライト外郭の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』、ユメミマホロ……行くわよ!!!」

ドンッ!!

マホロは逃げるどころか、凄まじいスピードでアジ・ダハーカのブレスへと突っ込んだ。
しかし、燃えない。マホロの突き出した右拳から迸る純白の波動が、魔皇竜の熱波を真正面から斬り裂いている。
帝龍は驚愕した。

「バ……、バカな……」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」

マホロは咆哮した。拳から放たれる白いオーラが、その量を増す。
自分の持ちうるすべてのスペルカードを使い、最大限にまでバフをかけての『聖撃(ホーリー・スマイト)』。その名も――

「おあああああああああああああッ!!! 『大 聖 撃(アーク・スマイト)』!!!!!!」

『聖撃(ホーリー・スマイト)』は敵のカウンターを取ったときにこそ最大限の破壊力を発揮する。
超レイド級、それも接吻によって強化されたアジ・ダハーカの攻撃。そのカウンターを取ったなら、
その威力たるや想像を絶するものになるだろう。
ただし――『笑顔で鼓舞する戦乙女(グッドスマイル・ヴァルキュリア』の肉体は、そこまでの負荷に耐えられない。
マホロの身体が崩れてゆく。左腕と右脚が砕け、翼がみるみるうちに燃えてゆく。
胸鎧が砕け、ツインテールにした美しい金髪が発火する。ビキッ! と鋭い音が響き、右頬に亀裂が走る。
それでも、マホロは止まらない。ただひとつだけ残った孤拳を突き出し、炎の海を突き進んでゆく。
そして――やがてマホロの身体は『活火山島の神息(ボルカニック・ゴッド・ブレス)』を突き破り、
巨竜の懐に到達していた。
目の前に、アジ・ダハーカの三本首の付け根が見える。すなわち――

ヒュドラなど多頭竜に共通してみられる特徴、複数の首を統御する、中枢神経の位置が。

262崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/01/28(火) 21:23:07
右腕以外の四肢を失い、黒く燃え残ったマホロは、そこへと真っ逆様に落ちてゆく。
城壁で見せたような、墜落寸前で翼を展開するようなサプライズはない。正真正銘の身投げだ。
墜ちてゆく途中で、ほんの僅か。霞む視界の先に、泣きそうな顔の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちが見えた気がした。

「……そ……んな……
 ぎこちない……笑顔じゃ、ノンノン……です……ょ……」

マホロの代表曲、『ぐ〜っと☆グッドスマイル』。
割れた唇でそのサビのフレーズを小さく呟くと、それを最後に目を閉じたマホロは魔皇竜の中枢神経の真上に墜落した。
その瞬間、マホロの持つ最後のスペルカードが効果を発揮する。
網膜を灼く閃光。耳をつんざく轟音。夥しいまでの爆発――

ドガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンッ!!!!!!

スペルカード『自爆(サヨナラテンサン)』。その名の通り、自分の命と引き換えに敵に大ダメージを与える魔法だ。
各種バフによる『大聖撃(アーク・スマイト)』。『活火山島の神息(ボルカニック・ゴッド・ブレス)』から取ったカウンター。
それらの攻撃力を限界まで上乗せした、マホロの正真正銘最期の攻撃。

「ギョオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!」

アジ・ダハーカが、今までどんな攻撃にも怯まなかった魔皇竜が絶叫を上げる。
見れば、中枢神経を覆っていた強固な鱗と皮膚がごっそりと抉れ、
脳のようにも見えるピンク色の中枢神経が剥き出しになっている。今なら、攻撃も通ることだろう。

しかし――

「……ぅ……、うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……あああああああああああああああああ……!!!」

なゆたはその場にがっくりと両膝を突き、辺り憚らず慟哭した。







ユメミマホロは、死んだ。
同志であるなゆたたち、アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を。ファンであるアコライト外郭守備隊を。
自分の大好きな、かけがえのない生命を守るため……その命を散らした。

しばしの間を置いて、明神の前にひら……と一枚の羽根が舞い降りる。
血と埃に汚れ、煤けて、元の美しい白さをすっかり失ってしまっているものの――それは、確かに。
ユメミマホロという少女が、この場所に存在したことの証だった。

「ぐ……ぉ、どこまでも……この俺に逆らいやがる……あのスベタがぁぁ!」

帝龍が呻く。が、その言葉にも表情にも既に余裕はない。
体力の消耗が激しく、残り時間は少ない。帝龍も疲労しているのだ。ならば――


この戦いに決着をつけるのは、今しかない。


【バロール、ガザーヴァ説得に失敗。
 ユメミマホロ死亡。マホロの死によって『河原へ行こうぜ!(オマエモナカナカヤルナ)』の効果消滅。
 アジ・ダハーカは接吻によりATKが従来の1.5倍になるも、弱点が剥き出しの状態。
 中枢神経の防御力は0だがHPが多いため単独での攻撃は非推奨。】

263カザハ ◆92JgSYOZkQ:2020/02/01(土) 01:24:29
>「バロールの真意なんざ知らねえけどな。……俺はお前のことが嫌いだったよ、ガザーヴァ」
>「……何ィ……?」

当たり前だ。
一巡目の記憶は朧げでしかないけれど、こいつが絶対に倒すべき敵だったことは覚えている。
前世のボクは、こいつがバロールを唆し闇落ちさせた黒幕ではないかと思っていたような気がする。
実際にはそこまで大物じゃなくて、バロールが作った手駒に過ぎなかったみたいだが、そんなことは当時は知る由も無かった。

>「人は殺す、街は壊す、どこにでもひょいひょい出てきて追い詰めたと思えばさっさと逃げやがる。
 わけわからんデバフは撃ってくるし、全体攻撃は痛いし、1ターンに2回も行動する。
 すこぶるイライラさせられたぜ。捨て台詞に煽りぶちかましてくるしよ」

いつキレて明神さんに危害を及ぼすかと気が気ではないボクを他所に、ガザーヴァは笑い飛ばす。

>「ははッ! そりゃそうだろうねぇ、みんなボクのことがさぞかし憎かっただろうさ!
 ボクは幻魔将軍ガザーヴァ! ボクにとっては罵声こそが賛辞。怨嗟こそが福音!
 なぜなら……」

>「――だけど、それが幻魔将軍ガザーヴァなんだ。
 俺達がその足跡を追い求め、戦い続け、ついに打倒した……ブレモンきっての名悪役だ。
 ブレイブにとって、ガザーヴァは不倶戴天の敵であり、かけがえのないライバルだった」

あっ、アルフヘイムの異邦の魔物使いから地球のブレモンプレイヤーに明神さんのスイッチが切り替わってる。

>「……ボクが……ライバル……?」

ガザーヴァが呆然とするのも無理はない。
一巡目が地球でゲームになっているということを知らないというわけではないだろう。
が、まさかアルフヘイムの異邦の魔物使い目線ではなく地球のブレモンのプレイヤー目線で攻めて来るとは思うまい。
ガチ勢という人種が持つらしいゲーマーの矜持というやつにはボクだって畏敬とも呆れとも憧憬ともつかない念を抱いたもの。
いや、いくらガチ勢でも実際に死ぬかもしれない世界に放り込まれたらそんなものはどこかに吹っ飛んでしまうのが普通だ。

>「今のお前はカザハ君に混じった残り滓みたいなもんだ。
 一樽のワインに混入した一滴の泥水。ただ汚染するだけの不純物。
 お前がカザハ君を乗っ取ったところで、それはただの黒いシルヴェストルでしかない」
>「俺が会いたいのは黒いカザハ君じゃない。正真正銘混じりっけなしの『幻魔将軍ガザーヴァ』だ。
 俺達プレイヤーがずっと追いかけてきた、神出鬼没のトリックスターと、もう一度戦いたい」
>「アテはいくらでもある。バロールに新しい肉体を作らせたって良いし、
 霊銀結社まで行きゃ研究用の人工精霊なんざいくらでも転がってるだろうよ。
 万象樹の蕾に憑依して、果実として生まれ直すってのもアリだ。
 ――全部、ここから生きて帰れたらの話だがな」

264カザハ ◆92JgSYOZkQ:2020/02/01(土) 01:26:27
その言葉は、ボクを助けてこの場を切り抜けるためでもあるが、本心でもあるのだろう。
……いやいやいや、ちょっと待て!
確かにここは切り抜けられるかもしれないけどめっちゃ厄介な敵が増えちゃうよ!?
幻魔将軍ガザーヴァが野に放たれたら何千何万という命が危険に晒されることになる。
明神さんったら本当にとんでもなくゲーマーなんだから!
そう思う反面、物凄く嬉しいと思っている自分がいることに戸惑う。
ここでガザーヴァを道連れに散ると、一度は覚悟を決めたはずなのに。

>「取り戻そうぜ、『幻魔将軍ガザーヴァ』を。
 そんであのセンス最悪な魔王様の鼻を明かしてやろう。
 お前がデザインしなけりゃ、ガザーヴァはこんなにカッコいいんだってよ」
>「俺と組めよガザーヴァ。お前をもう一度幻魔将軍にしてやる。
 その為の道を塞ぐ、アジ・ダカーハとかいうでけぇ障害物をぶっ潰す。
 お前が完全に黒いシルヴェストルになっちまう前に――俺とカザハ君に、力を貸せ!」

明神さんがこちらに手を差し出す。

>「ボクを……取り戻す……」

明神さんのトンデモ過ぎる提案が見事クリティカルヒットしたようだ。さあ、その手を取れ-―!
その時だった。激しい感情を伴った記憶の波が流れ込んでくる。

>『――やあ。初めまして……私は。君のパパだよ』

>『所詮、コピーはコピーだ。オリジナルではない……残念だが実験は失敗と言うしかないな。
 やはり、オリジナルを手に入れなければ。他のシルヴェストルでは駄目らしい』

>『今よりもっと、あなたのお役に立てば……
 少しだけ。ほんの少しだけ……ボクのこと。愛してくれますか……?』

今までこちらの考えは読まれている割に、ガザーヴァの思考がこっちに流れてくることはなかった。
何らかのブロックをかけていたと思われるが、それをする余裕もないほど動揺しているということか。
ゲームでは決して描かれることはなく、以前のボクも知る由も無かった、幻魔将軍のあまりにも意外過ぎる素顔。
アコライト跡地での決戦のとき、すでに帰る場所は無かったんだ――
最期までいつも通りに飄々とした態度を崩さずに笑っていたように見えたけれど、本当は泣いていたのかな。

『“風渡る始原の草原”か……。しかし、ならば奴はどうする?
 あんたに懐いている……いや、あんた以外の何者の言うことも聞かない。あんただけが奴を制御できる。
 失敗作として処分するのか?』
『今まで通り、幻魔将軍として使いはするけれど。あれはもう、あの力を手に入れる鍵にはならない。
 あのシルヴェストルを探すんだ、イブリース。粗悪な複製品ではない、正真正銘のオリジナルを。
 私が求めるものはそれだ……それ『だけ』だ。わかるね』

オリジナルのシルヴェストルが持っている何かが無いがために、ガザーヴァは見捨てられた。
オリジナルのシルヴェストルってまさか……。
“風渡る始原の草原”――その地名には聞き覚えがある。以前のボクの故郷だ。

265カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/02/01(土) 01:28:13
『あまり人間と関わってはいけないよ――魂が穢れる』
『世界のあるがままの流れを変えようとしてはいけない――流れに逆らえば罰として穢れた世界に堕とされる』

そこでは人間やら地球が酷い言われようだった気がする。確かに地球はPM2.5とか飛び回ってるから間違ってはないけど!
ってかボク達が地球にいたのってマジで前世で罪を犯した罰だったの!? かぐや姫かよ!
確かに冴えない人生ではあったけど罰にしては結構楽しかったような……。
でもノームじゃあるまいしなんで鳥取やねん! シルヴェストルが地球に流刑になるなら普通は軽井沢あたりでしょ!

>「ボクは……どうすればいいの……?」

>「簡単な話さ。私たちに力を貸しなさい、ガザーヴァ」

バロールさんを背に乗せたカケルが降り立つ。

《姉さん……!》

(まだ生きてる、ギリセーフ!)

>「なぜって、決まっているだろう? 君を勧誘しに来たのさ。
 それにしても明神君、さっきのセリフは酷いなぁ! 私のセンスが最悪だって? いやいやそんなことはないさ!
 ガザーヴァはカザハ――の前世のシルヴェストルを色以外は忠実に再現したコピーだ。
 カワイイだろ? 花のように愛らしいとはこのことだ、黒薔薇のように淫靡なところもまたグッドセンス!」

衝撃的な事実を明かされ、驚きつつも妙に納得していた。
なんとなくそんな気はしていたけれど、やっぱりそうか……。
以前のボクは、人間では決して持ち得ない純粋な魂を持っていた。そして、純粋と狂気は紙一重だ。
置かれた状況次第で、善にも悪にも転ぶ。
以前の周回のボク達は、一見正反対に見えて、とてもよく似ていた。
でもボクを忠実に再現したという割には能力値が高すぎる気がするけど! 特に知能!
少なくとも今のボクを基準に考えれば、劣化コピーどころか超改良版だ。
バロールさんは、ガザーヴァに新たな肉体を用意しているのを見せ、味方になるように誘う。

>「ボクが……。
 ボクがバロール様の味方に、アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の仲間になったら……」
>「……ボクのこと。ほんの少しだけでも……愛してくれますか……?」

>「いいとも。おいで、ガザーヴァ」

>「嬉しい……。嬉しいよ、パパ……。
 その言葉が聞きたかった……。ボクはオリジナルじゃない、ここにいるボクを見てほしかった。
 目の前のボクを愛してほしかったんだ……」

――落ちた!?

266カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/02/01(土) 01:30:40
>「でも、ダメだよパパ……騙されないよ、だって……」

>「パパの目、全然……笑っていないもの――」

そこで”だが断る”かよ! なかなか落ちねーなこいつ!
そもそも、世界の全てが見えてしまう魔眼の持ち主が、本当に笑うことなんてあるのだろうか――

《……お前の望み通り死んでやる!》

ガザーヴァは左手に闇の刃を作り、自らの首を搔き切らんとする。
ボクはそれをとっさに右腕で防いだ。いきなり何すんだよ危ないな!
下手すりゃ手首切られてどっちにしろ大出血で死ぬかと思ったが、そうはならなかった。
右腕に装備していた聖女の護符に丁度当たったのだ。
“闇属性ダメージを大幅に軽減する”ってこういう物理的な意味だったの!?(多分違う)
明神さんマジでGJだわ! 刑事ものドラマで銃弾が当たったけど胸ポケットにお守り入れてて助かった的なやつ!?

《何故邪魔をする! ボクを道連れに死ぬのが狙いだっただろ!》

(気が変わった! なんてったって風の精霊だからさ!)

そして今更だが、右腕だけ主導権がこっちになっていることに気付いた。
さっきガザーヴァが左腕を使ったのはそういうことか。
動揺のあまり、聖女の護符を装備している右腕が支配下から最初に外れたということだろう。

(君だけに言うけどね――ボクはバロール様のことが好き”だった”。
万象を見通す虹色の瞳は、穢れ無き純粋な魂を持つ以前のボクには何より魅力的に映った)

以前のボクが抱いた淡い憧憬に過ぎなかったそれは、寄る辺無き模造の魂にとっては狂気に至るまでの執着と化した。

(だけど今は……少し怖い。汚い部分まで全て見抜かれてしまいそうで。
ボクはあの地球という世界で純粋な魂を失ってしまった。君が羨望し、嫉妬し、憎んだシルヴェストルはもういない)

純粋な魂を失った。それは以前のボクの故郷でいうところの穢れたということだろう。
恐れることを知り、諦めることに慣れ、保身にも走るどこにでも転がっているような駄目人間と化してしまった。
でも、物は言いようだ。純粋ではなくなったということは、何かを得たということ。1と0の間を知ったということ。

(君はもう劣化コピーなんかじゃない。今のボクに君より優れたところなんて何一つ無いよ。
この際思い切って2巡目デビューしちゃいなよ!
明神さんの言う通り、大昔の罪なんてノーカンだ。だって、ボク達が刺し違えたあの時間軸は――もう存在しないんだもの!)

267カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/02/01(土) 01:31:42
といってもなあ、元があれだけガード固いファッションだとイメチェンは勇気がいるよなあ。
メガネキャラが定着しちゃったらメガネ外せないみたいな。……ちょっと(かなり?)違うか。
というわけで、2巡目デビューというワードに動揺したのかは知らないが、隙が出来た。
ボクは自分の左腕からスマホをもぎ取って明神さんに投げ渡す。マジックテープで固定してて正解だったわ!
前に「なんちゃってアッ○ルウォッチ」とか言っていたらカケルに「いろんな意味で恥ずかしいからやめてください!」と突っ込まれたけど!

《貴様、何を……!?》

ごめんね――君より優れたところは何一つ無くても、優位に立てるかもしれない要素なら一つだけ持っている。
それはボクが地球出身のブレイブだということ。
どう見てもアルフヘイムのモンスターでありながら、ブレイブの証である魔法の板を持ち、
システム上もブレイブとして扱われていることは何か意味があるはずだ。

「明神さん、捕獲だぁあああああああああああ!!」

ボクは力の限り叫んだ。
捕獲、地球出身のブレイブだけが使用できる技――モンスターを問答無用で隷属させる、通称洗脳ビーム。
ガザーヴァはレイド級モンスターで、レイド級モンスターは理論上捕獲可能だったはず。
ちなみに持ち運び検知機能をONにしてあるので、すぐにはロックはかからない。
わざわざスマホを投げ渡したのは、ボクのスマホを使って行えばシステム上はボクが捕獲する扱いになるのを狙って。
そして思考の根底に同じものを持っているなら、洗脳ビームの成功率に補正がかかるかもしれないという二重の希望的観測の上に立ってのことだ。
自分より劣ったオリジナルに使役されるのは代え難い屈辱だろう。
でも今だけでいい、どうか力を貸してください! そして、今度こそ本当の意味で自由に生きて!

《このボクを捕獲だと!? ふざけるな! あんな奴腕一本で潰せる!》

捕獲されない自信があるなら落ち着いているはずで、キレているということは意外と自信がないのかもしれない、等と思っている場合ではない。
ガザーヴァは左手を一振りすると巨大な闇のランスを作り出し、明神さんに斬りかかる。

(やばいやばいやばい! カケル! 『足払い』だ!!)

足払いといったらボクが暴走した時にカケルがよくやるアレだ。ボクとモーションが同じならいけるよな!?
我ながら滅茶苦茶だけどさっき見た記憶の中ではあっさりこけてたし、
そういえば戦闘時は常にガーゴイルとセットだった、ということは意外と足元は甘いのかも。
実は日常的にふざけて変なポーズ取ってこけたりバナナの皮踏んでこけたりしてたんじゃないの!? さあこけろ!

268明神 ◆9EasXbvg42:2020/02/03(月) 02:04:43
差し出した右手。
これをガザーヴァが取るのなら、俺はこいつの未来を阻む万難に挑もう。
全ては、幻魔将軍ガザーヴァを――『ブレイブ&モンスターズ』を、取り戻す為。
そう決めていた。

>「ボクを……取り戻す……」

人心を擽る傾奇者のガワはとうに消え失せ、ガザーヴァは小鳥のように震える。
こいつが本当に望んでいたものが何なのか、俺には計り知ることは出来ないが……。
それでも、垣間見えた希望にガザーヴァが心を揺り動かしているのは、なんとなくわかった。

>「ボクは……どうすればいいの……?」

「……どうもこうもねえよ。選択肢は示した。根拠も添えた。あとはお前が、自分で決めろ」

>「簡単な話さ。私たちに力を貸しなさい、ガザーヴァ」

――その時。俺の後ろからあの癪に障るイケボが聞こえてきた。
バロールだ。カケル君の背から典雅に地上に舞い降りた元魔王が、俺の隣に立つ。

>「久しぶりだね、ガザーヴァ。……元気そうで何よりだ」

……こいつ、何しに出てきやがった。
ガザーヴァを見限り、絶望のまま見殺しにした記憶はこいつにもあるはずだ。
またぞろ顔出せば、確実に話が拗れると、理解してないわけがない。

――>『バロールのことが信用できないからよ』

否が応にもマホたんの声がフラッシュバックする。
美貌に張り付いた微笑みが、その下のどんな表情を覆い隠しているのか。
ピリついた気配は多分、ガザーヴァのものだけじゃない。

>「なぜって、決まっているだろう? 君を勧誘しに来たのさ。
 それにしても明神君、さっきのセリフは酷いなぁ! 私のセンスが最悪だって? いやいやそんなことはないさ!
 ガザーヴァはカザハ――の前世のシルヴェストルを色以外は忠実に再現したコピーだ。
 カワイイだろ? 花のように愛らしいとはこのことだ、黒薔薇のように淫靡なところもまたグッドセンス!」

満を持してご登場した元魔王様は、相変わらず口から戯言を垂れ流す。
淫靡て。また性癖の話っすか?ちょっとぼくついていけませんねぇ。

「うるせぇよ、要は色変えただけのパクリなんじゃねえか。微妙に再現し切れてねえしさぁ。
 なんで黒くしちゃったの?オリジナリティ出してんじゃねえよそんなところで」

……ちょっと待て、コピー?
ガザーヴァって元から黒いシルヴェストルだったの?
あの鎧の中身がどんな姿なのか、俺は知らない。グラフィックが未実装だったからだ。
ゲームのガザーヴァは死ぬまで鎧を着込んだままで……そういうもんだと思ってた。

>「まぁ、私のセンスについてはすべてが終わってから夜通し討論するとして。
 今は君だ……ガザーヴァ。君がうんと言うのなら、明神君の言うとおり君の新たな肉体を用意しよう。
 というか――実は、もう用意してあったりするんだな。これが!」

バロールは杖を振るう。例の中継映像魔法が発動する。
映し出されたのは、どくんどくんと脈打つ謎の臓物が部屋の中央に鎮座する、マッドな光景。
臓物は……たぶん、子宮だ。中には赤ん坊みたいな物体が逆さまになって浮いている。

>「そうだ。君の身体だ……もちろん、ガーゴイルの分も用意してある。
 もう一度言うよ、ガザーヴァ……私たちに力を貸しなさい。かつてのように――
 私たちには君の力が必要だ。もう二度と、以前の失敗を繰り返してはならないんだよ」

269明神 ◆9EasXbvg42:2020/02/03(月) 02:06:27
降って湧いたなにもかもを解決する光明に、ガザーヴァは大きく瞠目する。
肉体がある。カザハ君のものをぶんどらなくたって、ちゃんと自分だけの身体を手にできる。
幻魔将軍を、取り戻せる。

ガザーヴァにとっては喉から手が出るほど欲しい『未来』だったろう。
その一方で俺は、ぞわぞわしたものがうなじで燻るのを感じた。

……こんなものを、いつの間に用意してやがった?
見たところ臓物の中の胎児めいた物体は、それが"胎児だと分かる"程度に成長している。
俺とガザーヴァの話を聞いてちょっぱやでこしらえたんじゃ計算が合わない。

王都でカザハ君の中のガザーヴァと再会したのはたった数日前。
その時からこうなることを見越していたとしても、あまりに動きが早い。

つまりバロールは、ずっと前からガザーヴァの肉体製造に着手したことになる。
何の為に?ガザーヴァを作り出したのは『魔王』バロールだ。
師を失っていない、十三階梯筆頭継承者のバロールが、三魔将の製造に手を出すことはないはず。

>「……ボクのこと。ほんの少しだけでも……愛してくれますか……?」

ふらり、ふらりとバロールに意識を向けるガザーヴァ。
それは、かつてすれ違った親子が改めて絆を結び直す、美しい光景なんだろう。
だけど俺にはガザーヴァが、目の前にちらつかされたエサに寄ってくる、哀れな魚に見えた。

このまま二人を会わせるのはマズいと、直感が警鐘を鳴らす。
だがなんて言って止めりゃいい?ずっと親の愛を渇望していた子供に、第三者が割り込めるのか?

>「でも、ダメだよパパ……騙されないよ、だって……」

ガザーヴァの足が止まる。
カザハ君そっくりの、人好きのする相好が……氷の如く冷え切った。

>「パパの目、全然……笑っていないもの――」

バロールは、依然として微笑んでいる。
だけど俺にも分かった。極彩色の双眸に、ガザーヴァの姿は映っていない。
それが理解出来たのは、多分俺とバロールが同じ目的を持っているからだ。

――カザハ君を助ける。
そしてそのために、"不純物"であるガザーヴァを排除する。

カザハ君の『混線』は、バロールにとっても意図しないエラーだったはずだ。
切り捨てたガザーヴァが、執念だけで一巡目のカザハ君に取り引きを持ちかけ、応じられてしまった。
世界がリセットされて、失敗した被造物の介在しない、純粋なカザハ君との邂逅が約束されていたのに。
因果をいくつも捻じ曲げて、ガザーヴァは未だバロールに取り縋っている。

『以前の失敗を繰り返してはならない』……か。
その失敗ってのはつまり、"カザハ君を手に入れられなかった"ことにかかってんだな。

でっち上げた新たな肉体にガザーヴァが素直に入れば、純粋なカザハ君だけを手にできる。
だけどその後、ガザーヴァはどうなる?
またぞろ良いように扱って、使い倒して、適当なところで切り捨てるのか?
一巡目と、同じように。

俺は一巡目に起きたことなんざ知らねえし、ぶっちゃけ興味もそんなにない。
俺にとってのガザーヴァは、ゲームで死闘を繰り広げた幻魔将軍ただ一人だ。

270明神 ◆9EasXbvg42:2020/02/03(月) 02:07:02
どう転べばこいつが幸せになれるか分からない。幸せにしてやる義理もない。
ただ、それでも。ここで見送れば、俺がもう一度会いたかった幻魔将軍は、何かが決定的に変わってしまう。

パパの顔色伺いながら、ブレイブの走狗として使い潰されるこいつの姿なんか、俺は見たくない。
絶望のままにカザハ君を乗っ取って、劣化コピーに成り下がる姿も見たくない。
俺達が愛したブレモンを、こんな形で歪ませたくないんだ。

気付けば、手汗が滴るくらい拳を握っていた。
こいつを振り下ろすべき場所は、一体どこにある。

>「グルルルルァオオオオオオオオオオオオオオオオ―――――――――――――ン!!!!!!」

不意に、胃袋を丸ごとひっくり返すような大音声が響いた。
咆哮。その出処は、タイマンフィールドにマホたんごと囚われたアジ・ダカーハだ。

ただでさえ圧倒的な巨躯を誇る邪竜が、更に大きく膨れ上がっていた。
全身を走る血管が太く浮き上がり、早鐘のように脈動する。
その身を覆う暗褐色のオーラははち切れんばかりに湧き上がる。

何が起こった?帝龍の野郎、まだなにかパワーアップの手段を残してやがったのか?
だが神の領域に踏み込んだしもべを目にして、帝龍の表情からは薄ら笑いが失せていた。

>「ぉ、ぐ……ゥッ……!?」

胸を抑えて苦しむ姿に、これまでの揶揄するような余裕はない。
まるで、予期せぬ負荷に見舞われたかのように。

>「思った通りね……帝龍!」
>「これ……これは、いったい……? 何をした、ユメミマホロォォォ……!」

マホたんが何か、帝龍が予想だにしない手段を講じた。
その結果としてアジ・ダカーハがさらに強化され、帝龍は負荷に苦しんでいる。
思い当たる理由は一つしかなかった。

マホたんには一つだけ、敵も味方も問わずに対象を超強化するスキルがある。
――『戦乙女の接吻』。永続的なパラメータの大幅上昇。
そいつを……まさか、アジ・ダカーハ相手に使ったってのか?

その意図も、王都での決闘を経た今の俺には分かる。
なゆたちゃんはあの時、五月雨撃ち以外に直接攻撃を受けてないにも関わらず、決着の際にはぶっ倒れるギリギリだった。
ゴッドポヨリンさんと、アブホース。二つのレイド級を一つのバトルで連続行使したからだ。
強力なモンスターを操るには、クリスタル以外にも体力を消耗する。

つまり、マホたんは――
『接吻でアジ・ダカーハを強化し、操るブレイブの消費体力を一気に引き上げた』。
結果は見ての通りだ。帝龍は血反吐を吐きながら、自身を襲う強烈な負荷に喘いでいる。

「ふはっ、ふはは……マジかよ!なんぼなんでも掟破りが過ぎるぜ、マホたん……!」

一度限りの接吻。
それを使う機会があるとすれば、ジョンの言う通り味方の強化に消費するのがセオリーのはずだ。
だが、アジ・ダカーハ相手に所詮一人だけの超強化じゃ暖簾に腕押しにもなりやしなかったろう。

強すぎて手を出せない超レイド級が相手なら――。
ユニットの消費コストをさらに引き上げて、まともに運用出来なくすれば良い。
対ブレイブ戦だからこそ出来る、発想の逆転。誰も真似できない規格外の搦め手だ――!

271明神 ◆9EasXbvg42:2020/02/03(月) 02:07:43
>「ぎぃぃぃぃぃぃぃぃ……! アジ・ダハーカ! 『活火山島の神息(ボルカニック・ゴッド・ブレス)』!
 この女にもう商品価値はない! もういい……消し炭にしてしまえ!」

――その一方で、マホたんは接吻と同時にもうひとつ重要なカードを失った。
帝龍が求めていたのはユメミマホロの純潔。なればこそ、超レイド級とタイマンでも瞬殺されることはなかった。
接吻という名の『人質』を喪失した以上、帝龍にマホたんを生かしておく理由はない。

>「マホたん……逃げて! もう充分よ! あとは帝龍が自滅するまで、わたしたちで相手を――」

帝龍は苦しんではいるが、ただちに昏倒する様子はない。
奴もこの世界を生き延びてきた歴戦のブレイブ。体力の残高を安く見積もることは出来ない。
限界を迎えるまで数秒か、数十秒か、数分か。超強化されたアジ・ダカーハを相手にし続けなければならない。

>「……月子先生。カザハ君、エンバースさん、ジョンさん……明神さん。
 短い間だったけど、楽しかったよ。ありがとう。アルフヘイムに来てから、久しぶりに心から楽しかった。
 憎しみを向けられることさえ、あたしにとっては嬉しかった。
 本当は、もっとみんなと一緒にいたかったけど――これでお別れだね」

それが何を意味しているのか、わからない奴なんていないだろう。
意志は既に伝わった。マホたんが突撃する、その時から。

>「明神さん……あたしの大切なファンのみんなの笑顔、守ってね。
 キラキラ輝く笑顔を……それが、あたしの。『笑顔で鼓舞する戦乙女(グッドスマイル・ヴァルキュリア)』の望みだから。
 ……バイバイ。あなたたち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の旅が、いつも笑顔に溢れたものでありますように――」

「ざけんな!!一番大事なこと、他人任せにするんじゃねえよっ!!
 お前がいないこの街で、オタク殿たちが心から笑えるなんて、あり得ねえだろ!!」

――それでも、この期に及んで俺はマホたんの覚悟を受け入れられなかった。
まだまだ話したいことは山程ある。ブレイブの話だけじゃない、同じ地球から来た、友人として。
ユメミマホロがどんな風にこの世界に来て、どんな冒険があったか、何一つ聞けてない。

これからも。一緒に旅をして、いろんな人に会って、綺麗な風景をたくさん見る。
そういう未来が、俺達にはあったはずなのに。

>「あたしの最後の動画配信、始めましょうか!
 タイトルは……『みんなのことが大好きだから、命を懸けて突破口開いてみた』!!
 アコライト外郭の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』、ユメミマホロ……行くわよ!!!」

俺の声は、アジ・ダカーハの咆哮にかき消されて、もう届かなかった。
マホたんはブレスの渦中に吶喊する。真っ白なエフェクトが、大気ごと煉獄の火炎を引き裂いた。

>「おあああああああああああああッ!!! 『大 聖 撃(アーク・スマイト)』!!!!!!」

カウンタースキルは、敵の攻撃が強ければ強いほど高い威力を発揮する。
何もかも焼き尽くす邪竜の吐息は、聖撃を神の鉄槌へと変貌させた。
四肢を砕き、輝く髪を焦がしながら、マホたんは流星の如くアジ・ダカーハへ着弾する。

>「……そ……んな……ぎこちない……笑顔じゃ、ノンノン……です……ょ……」

咆哮とブレスに塗りつぶされて、マホたんの声は聞こえない。
見えたのは、唇の動きだけ。それでも彼女の動画をHDDが擦り切れるまで見返した俺には――
最期にマホたんが何を言ったのか、理解できた。

瞬間、全ての音が消失した。
鳴動していた大気が収束するようにマホたんの元へ集まる。
そして、弾けた。自爆スペルが発動し、膨張した魔力の波動があらゆる構造物を蹂躙する。

272明神 ◆9EasXbvg42:2020/02/03(月) 02:08:50
タイマン空間がなければ、余波で俺達も根こそぎ吹っ飛んでいただろう。
何もかもを砕き尽くす破壊の波は隔離フィールド内部を何度も反射しながら威力をぶち撒ける。
爆風が届いてもいないのに、大気の揺れが頬を叩いた気がした。

『河原へ行こうぜ』の効果が終了し、フィールドを構築する膜が砕け散る。
それは、術者であるユメミマホロが死亡したことを意味していた。

>「……ぅ……、うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……あああああああああああああああああ……!!!」

音を失った世界で、なゆたちゃんの慟哭だけが耳に響いた。
気付けば、俺は膝を折っていた。頭の上にひらひらと何かが舞い落ちてくる。

「マホ……たん……」

両手で受け止めれば、それは薄汚れてしまった白い羽根。
ユメミマホロが背に生やす、一対の翼――その名残だ。

また。まただ。また俺の目の前で、命が消えた。
俺達を守るために、マホたんはその生命を燃やし尽くして……死んだ。
他に方法があったわけでもない。アジ・ダカーハが召喚された時点で、この運命は決まっていた。

ユメミマホロの犠牲なしに、俺達が生き残ることは出来なかった。
だけど。あんまりだろ、この結末は。

これはアルフヘイムとニブルヘイムの戦争だ。
人の死なない戦争なんてない。帝龍はクソ野郎だが、罪があるわけじゃない。
お互いに殺し合って、その決着として片方が死んだ。戦いにはよくある、それだけのこと。


……なんて割り切れるわけねえだろうが!!
恨みを持つのが筋違いだって分かってても、俺は憤らずにはいられない。
簡単には、受け入れられない。

それでも、マホたんの死に絶望する前に、やることがあるだろ。
人の死の意味を見出すのは、残された者たちの役目だ。
マホたんの犠牲に意義があったのか、それとも無駄死にに終わっちまうかは、俺達が決める。

アジ・ダカーハは中枢を覆う装甲の大半を失い、弱点がモロ出しだ。
アコライト守備隊はジョンの陣頭指揮のおかげで、トカゲをほぼ完全に抑え込めてる。

遠からず、決着がつく。
ユメミマホロの最期を『勝利』で飾るために、この足は止めない。
ゲーマーとしての矜持は、何も折れちゃいない。

手のひらで頼りなさげに揺れる羽根を、強く握る。
震える膝を一発殴って、立ち上がった。

振り向けば、ガザーヴァが左腕に形成した刃で自分の首を断とうとしていた。
自刃――?いや、右腕が同時に閃き、装備した護符をぶち当てて止めた。
ガザーヴァが舌打ちする。自刃を止めたのは奴の意志によるものじゃない。

……カザハ君か!
バロールの登場で話が長引いてるうちに、あいつ片腕一本分身体を取り返しやがった!

ガザーヴァによる主導権の塗り替えが完全ではなかったのか。
あるいは、心理的な動揺で生まれたスキをついたのか。
いずれにせよ、カザハ君はまだ『そこ』に居る。戦い続けてる!

273明神 ◆9EasXbvg42:2020/02/03(月) 02:10:01
>「明神さん、捕獲だぁあああああああああああ!!」

そのままガザーヴァの右腕はマジックテープで固定されたスマホをバリバリっと剥がす。
放物線を描いて飛んでくるカザハ君のスマホ。
ロックはかかってない。アプリも起動してる。すぐにでも、捕獲ビームを撃てる。

――捕獲(キャプチャー)。
この世界の全ての生き物の中で、ただひとつブレイブだけに許された特権。
モンスターを縛り、しもべとする、隷属の光だ。

だいぶ変則的な蘇り方はしたが、ガザーヴァはモンスター。
捕獲が効けば、まどろっこしい交渉なんか経なくても、こいつを味方にすることは出来るだろう。
ブレイブにしか出来ない、おそらくこの場で最も冴えたやり方。
実体を持たないガザーヴァなら、普通のモンスターよりも遥かに捕獲成功率は高いはずだ。

……それで良いのか?
捕獲で従わせれば、カザハ君の中に宿る『精神体としてのガザーヴァ』だけを抜き出せる。
カザハ君は自分の身体を取り戻し、バロールも純粋なシルヴェストルに会えてハッピーだろう。
ガザーヴァの精神と魔力をそのままブレイブの戦力に加算して、アジ・ダカーハにも痛打を与えられる。

しかしそれは、この場を切り抜けるのには役立っても、結局は問題の先送りでしかない。
ガザーヴァが抱える根深い絶望は何一つ解決せず、その意志を無視して隷属させるだけだ。
そんな終わり方が、俺の本当に望んだものだったのか。

約束しただろ、マホたんと。
全員を笑顔きらきらにするって。
ガザーヴァひとり曇らせたままハッピーエンドってのは……違うよな。

「ガザーヴァ!!!」

叫ぶ。
その名を呼んだ相手は、捕獲される前に俺を潰さんと、吶喊してきていた。
手に携えるは漆黒の馬上槍――だけど、乗るべき騎馬はなく、孤独な疾走だ。
バロールを運んできたカケル君が足払いをかける。ガザーヴァはたやすくすっ転んだ。

これで終わりじゃない。
こういうコミカルな動きはゲームの中で何度も見てきた。
五体投地と見せかけて、追撃は――下だ!

ズドドド!と地盤の割れる音が響く。
地面から無数の黒い槍衾が形成されて、俺の半歩横を貫いた。
ギリギリで横回避が間に合った。やっぱ油断ならねえな幻魔将軍!

そして攻撃を躱した今この瞬間なら、奴に肉薄できる。
今さらビビんな。近かろうが遠かろうがもう一発攻撃されりゃ俺は挽き肉だ。
だったら少しでも成功率を上げる為に、近づけ!

俺は一歩前に出て、ガザーヴァの鼻先にスマホを突き付けた。
この距離なら外さない。

「もう一度言うぜ。――俺と組めよガザーヴァ。
 バロールもカザハ君も関係ねえ。俺は!お前に!一緒に来いって言ってんだ!!」

どうすれば良いのじゃねえんだよ。そんなもんは俺が知りたい。
お前がどうしたいかなんて、お前にしか分かんねえだろ。
親離れしろなんて言える立場じゃねえがな。

「俺がお前に会いたいのは、お前がカザハ君のコピーだからじゃない。
 手前の価値を安く見積もってんじゃねえぞガザーヴァ!
 俺達がそのケツを追っかけ続けてきた幻魔将軍は、お前以外に居ないんだよ」

274明神 ◆9EasXbvg42:2020/02/03(月) 02:15:16
俺は一巡目を知らない。前世の因縁も知ったこっちゃない。
俺にとってのガザーヴァは、ゲームで散々おちょくってくれやがった幻魔将軍ただ一人だ。
ブレイブである以前に、俺はブレイブ&モンスターズのプレイヤーなんだから。

「俺はブレモンが好きだ。アルフヘイムも、ニブルヘイムも、パートナーも――敵キャラも。
 俺の愛したブレモンの中に、お前も確かに入ってるんだ。
 お前をこんなところで終わらせない。絶対に幻魔将軍を取り戻す」

これもただの価値観の押し付けなのかも知れない。
俺は俺の知ってるブレモンが歪まされるのが我慢ならないから、ガザーヴァを幻魔将軍にしようとしている。
ガザーヴァが本当にどうしたいのか、知りもしないまま。

でもそれでいい。
言いたいことは全部言った。やりたいことも全部示した。
後はお前が選べ、ガザーヴァ。

「自分を取り戻したいと願うなら、俺達のパートナーになれよ。
 お前が死ぬまで見れなかった、アコライトの先の景色を見せてやる」

言うだけ言って、俺はカザハ君のスマホで捕獲を発動した。
精神だけの存在とは言え、ガザーヴァの力なら抵抗することは容易いだろう。

だからこれは、問いだ。ガザーヴァに対する、ブレイブ流の問いかけ。
ポヨリンさんや真ちゃんのレッドラのように、自由意志を残したままブレイブに協力するモンスターも居る。
つまり捕獲ビームは、ブレイブにとって差し伸べる手の代わりとなるものとも言える。

『仲間になれ』を体現した光の帯がスマホから放たれ、ガザーヴァに命中した。


【ダメ押しの勧誘しつつ捕獲ビームを撃つ】

275ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/02/04(火) 18:27:44
外の敵は一掃された。
僕達・・・アコライト外郭の兵士達は陣形を組み、いつでもマホロ救出にいける体勢を整え終えている。

「マホロは一体なにを考えているんだ・・・?」

時間稼ぎの為のフィールドならもう維持する必要がないはずだ。
だがフィールドはまだ継続中で、説かれる気配がない。

一定時間経過するか中のマホロが戦闘不能になるまで解除されない?

馬鹿な!そんなのこれから自殺しますといっているような物じゃないか。

しかしジョンの考えは最悪の形で的中することになる。

ユメミマホロが、あろうことかアジダハーカに口付けをしたのである。
肉眼で確認できるほどの光と・・・力が共にアジダハーカに注がれていく。

>「グルルルルァオオオオオオオオオオオオオオオオ―――――――――――――ン!!!!!!」

言葉を失った。
あろう事かマホロの・・・戦乙女の接吻を・・・帝龍でもなゆ達でもなく・・・アジダハーカにするなんて。
やはり・・・戻ってきた時点で殺しておくべきだった!

>「ぉ、ぐ……ゥッ……!?」

しかし帝龍の様子がおかしい。
鼻からは血が垂れ、今にも体が破裂してしまいそうなほど咳き込んでいる。

>「おのれ……! おのれおのれおのれ! マホロォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!」

冷静で人を見下した態度を貫いていた帝龍が豹変する。

「一体なにが・・・?」

・・・力を制御できなくなっている?

マホロが純潔をアジダハーカに捧げた事でアジダハーカはもはや別のモンスターと呼べるほどの進化・強化を遂げた。
倍増なんて言葉では表せない程の強化を受けたはずだ、となれば。

「操ってるほうの負担も倍増なんて言葉で表せない程強烈・・・!」

進化する前の状態ですら負担がなかったわけではないだろう。
よくよく考えてみればクリスタルが無限な程ある人間が今までアジダハーカをなぜ使わなかったのか?この力で脅せばもっと早く決着が着いてたはずだ。
出し惜しみしてたのではなく長時間運用にリスクがあるから使わなかったのだ。
万が一抵抗されて、それが長引いた時クリスタルにではなく自分にリスクがある。だからせっぱつまるまで使わなかったのだ。

>「愚かかどうかは、あたしが決める。あたしの口付けの価値の使いどころは、あたしだけが決めていい。
 そして……今がそのときだって。そう思ったのよ。
 さあ、帝龍。あなたが気絶するまで、あと何分かしら?」

一気に有利な状況になった。
帝龍はアジダハーカを引っ込めなければ勝手に自滅する。引っ込めた場合はその瞬間僕達の勝ちが確定する。

276ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/02/04(火) 18:28:01
>「ぎぃぃぃぃぃぃぃぃ……! アジ・ダハーカ! 『活火山島の神息(ボルカニック・ゴッド・ブレス)』!
 この女にもう商品価値はない! もういい……消し炭にしてしまえ!」

当然、マホロそのものではなく、能力を欲しがってた帝龍はマホロごと広範囲ブレスで焼くという行動してくる。
しかし・・・タイマンのフィールドがある限り僕達に被害はない。

こうなる事はわかっていたはずだ・・・純潔を失った時点でマホロに価値はなくなり・・・。
帝龍が自暴自棄の攻撃をすることくらい・・・。

誰の目にも明らかだった。マホロが帝龍の攻撃を避けれない事。フィールドを解除できない事。

>「……月子先生。カザハ君、エンバースさん、ジョンさん……明神さん。
 短い間だったけど、楽しかったよ。ありがとう。アルフヘイムに来てから、久しぶりに心から楽しかった。
 憎しみを向けられることさえ、あたしにとっては嬉しかった。


だめだ、なゆの優しい世界を維持する為には・・・全員が・・・生きていなければ・・・。

>……バイバイ。あなたたち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の旅が、いつも笑顔に溢れたものでありますように――」

「だめだ・・・マホロやめろ!!」

ドガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンッ!!!!!!

優しい世界が・・・音を立てて崩れ去った。

>「……ぅ……、うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……あああああああああああああああああ……!!!」

なゆの悲鳴が響き渡る。

なゆの目指す優しい世界は

なゆが愛した未来は

なゆの目指した理想は・・・

マホロが死んだこの瞬間・・・全て無に帰った。

代わりになゆが泣いていたからだろうか?僕がマホロの事を嫌いだったからなのか?戦争はそうゆう物だと理解していたからだろうか?
僕の感情に変わりはなかった、むしろ冷静に次の手を考えだしていた。

この状況・・・まずするべき事は・・・。

「マ・・・マホロちゃ」

「黙れ!!!」

動揺したアコライトの兵士を速やかに脱出させる事

「お前らは全員ここから速やかに退却しろ」

放置しておけば自爆特攻をするのは目に見えていた、兵士達の目は希望から絶望に苛まれ、支配されていた。
その感情は直ぐに憎しみに変わり、彼らを帝龍の所へ導くだろう。

でもそれは・・・兵士達全員の全滅を意味する。

「マホロがいなくなったとしても・・・この戦いが終わってもお前らアコライト外郭を守っていかなきゃいけない
 マホロの意思を無駄にしないためにも・・・速やかに退却しろ」

「で・・・でも」

「お前らじゃ力不足なんだよ!はっきり言うぞ!いても邪魔なだけだ!!
 悔しいと思う心があるならさっさといけ!!!」


「安心しろ、マホロの無念は必ず俺達が晴らす」

277ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/02/04(火) 18:28:18
アコライトの兵士達が退却を開始する。
これで一つ目の憂いが消えた・・・。

カザハは明神に任せてあるし、次にやるべき事は・・・。

「エンバース」

先ほどから無言を貫いているエンバースに声を掛ける。

「僕が帝龍の気をできる限り引く・・だから・・・なゆを頼む」

我ながら無茶ぶりだと思う。
でも・・・カザハと明神はまだ決着はつかないし、なゆを立ち直らせる事は・・・僕にはできない。

「そしてなゆと・・・いっしょにアジダハーカを倒してくれ」

「雄鶏乃栄光!対象エンバース!プレイ!・・・すまないね、今僕にできるのはこのバフと、少しの時間稼ぎだけだ」

エンバースに最後のバフを掛ける。

「それじゃあ・・・頼んだよ・・・なゆの騎士様」

僕は暴走したアジダハーカとその上にいる帝龍を見つめる。

「これが・・・僕達の力・・・いくぞ部長・・・ライドオオオオオオン!」

「ニャアアアア!」

標準サイズのコーギーの背中に大男が乗るというギャグを通り越して虐待にしか見えない光景。

おふざけにしか見えないだろうが・・・決してふざけてやっているわけではない。

「漆黒衣プレイ!雄鶏疾走・・・プレイ!部長全力でいくぞ!」

ニャー!という泣き声と共に超高速で跳躍する。
漆黒衣は普段の部長の鎧より幾分か防御能力に劣る・・・だがその代わり速度は鎧の時より上昇する
電光石火の如く動き回る部長を攻撃できるものは少ない。

僕を乗せた部長は一瞬でアジダハーカの懐へともぐりこむ。
そして僕がナイフで傷をつけていく、当然こんなものはかすり傷にもなりはしないだろう。

だめだ・・・やはりこれではダメージが低すぎる・・・なら

「部長!飛べ!」

「ニャアアアアアアアア!」

部長と共に帝龍がいる場所まで一直線に飛ぶ。

当然アジダハーカは帝龍を、弱点を守る為に動く。
それでよかった、狙いは帝龍でも弱点でもないのだから。

278ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/02/04(火) 18:28:34
-------------------------------------------------

それはアルメリア王宮で武器を選んでいるときの事だった。

「んー・・・どれでも弱点を突く事が前提の武器ばっかりだな・・・」

僕は王宮お抱えの鍛冶師と共に武器庫で武器を漁っていた。

「そりゃそうだ!人間がモンスターと戦うなら弱点である属性や部位を狙うのは当然であり必然だからな!」

そりゃそうだ、人間がモンスター相手に勝つなら弱点をひたすら突くしかない。
でもそれができない状況に陥ったら?自分より相手のほうが格上だった場合弱点を素直に突かせてもらえるとは思えない。
そんな状況でも対応できる攻撃力が、今の僕には必要だった。

僕は隅々まで武器庫を見て回った。

「しかしアンタにはモンスターを使役?する能力があるんだろ?なら武器なんかいらねーんじゃねーのか?
 他の奴らなんかこんなまじまじと武器庫を見て回るなんてことしなかったぜ?」

「あはは・・・まあ色々事情があってね」

だれが信用できるかわからない以上自分の弱点である部分を話すわけにはいかなかった。

「・・・?」

大剣と呼ぶには・・・あまりにも大きく・・・どちらかといえば盾のようにも鈍器のようにも見える
6mはあろうかというそれは武器庫の隅で静かに佇んでいた。

「これは・・・?」

「あーそれはな、人間用じゃねーんだ」

話を聞けばとあるモンスターに持たせる用に本来は武器毎に決められている理想重量、質量を無視し
威力と切れ味だけを追求した・・・いわば真正面から叩き切る、潰す事をメインにした一品だという。

「大将・・・僕2本目はこれにするよ」

「馬鹿いえ!持つことすらできない武器を選んでどうするんだ?
 魔法ボックスに入れればそりゃ持ち運べるだろうが結局武器として使えなきゃ・・・・・・まじかよ」

とても重い、今の僕の力じゃ一回振るのが精一杯だ・・・でもそれでいい・・・その為の武器を探していたのだから。

「それで・・・こいつの名前は・・・?」

「ねえよ、その剣は結局一度も使われる事がなかったからな」

なら・・・

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279ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/02/04(火) 18:29:23
「破城剣!」

アイテムボックスから破城剣を出しながら部長を足場に使いアジダハーカに向かってジャンプ。

「雄鶏守護壁!プレイ」

部長にバリアを貼り、落下後をケアし、自分はアジダハーカの中央の頭に狙いを定める。

弱点を守る為にアジダハーカもこちらに応じて対応する。
だがこの密着といっていい距離、ご自慢のブレスも、地震攻撃も意味を成さない。

先ほどまでならどこを攻撃してもダメージなど禄に通らなかっただろう。
だが今は弱点が露出し、帝龍はそこだけを命がけで守ろうとする。

「雄鶏乃怒雷プレイ!」

マホロが作った・・・本来あり得ないその一瞬の隙。帝龍ですら気づいていない弱点以外の場所の傷。
弱点に目が行きがちだが・・・マホロが作った綻びは・・・弱点だけではなく全身にある。

「雄鶏乃怒雷プレイ!!」

そして冷静さを欠いている帝龍は弱点を守る事で精一杯。
決定打を与えられる弱点はそこだけしかないと、強力なモンスターなばっかりにそう考えてしまう。

ここだけを守っていれば・・・勝てる・・・と

それ故にそこ以外の守りが薄くなる、弱点以外に気を回す余裕がなくなる。
レイド級だろうと生物である限り頭部は安易に攻撃に晒していい場所ではないと。
弱点ではないにしろ生物としての急所である頭の守りを疎かにするどころかそれを防御に回すという愚を冒す。

帝龍に少しの冷静さが残っていたら撃ち落されるか、首を他の首でカバーされていたかもしれない。

僕がここまでこれたのは・・・マホロが作ってくれた道を辿ったにすぎない。

僕はマホロが嫌いだ・・・やることなすこと後手後手でそのくせわがままで
勝手に一人でチャンスを作るために自分の身を犠牲にするところまでどこまでも気に入らない・・・だけど

だから・・・だからこそ・・・僕の力の全てを使って・・・マホロが切り開いた道を進む!この戦いを勝利で終わらせる為に!

ジョンの体を纏うオーラの輝きが強くなり、まるで燃えているかのように大きくなる。

『うおおおおおおおおお!!!』

3本の首の内、中央の一本の顔面に破城剣が振り下ろされる
本来堅固であるはずのその場所はマホロが与えたられたダメージと
2度に渡るバフ剥がしにより強化効果を失い本来の防御性能をまったく発揮できず。

グチャボキボキバキッ

本来剣では出せないような効果音を出しながら剣はアジダハーカの顔から首にめり込んでいき

『雄鶏乃怒雷!プレイ!』

電撃を切り裂かれた体内に撃たれ

『雷刀!プレイ!』

勢いが止まった瞬間即座に破城剣を手放し、持ち替えた稲妻の剣の一閃により・・・完全に切断された。


『『――――――――――――!!!』』


ジョンは・・・もはや人間の言葉ですらない・・・雄たけびを上げるのだった。

【エンバースにバフを付与】
【3本の内の中央の首を一本切断】
【スキルの反動で理性消失中】

280embers ◆5WH73DXszU:2020/02/08(土) 06:35:52
【ロスト・グローリー(Ⅲ)】


「もう、なってるさ。単に、まだ証明が済んでいないだけだ――」

『……呆れ果てた男なのです。もういいのです。話はこれで終わりなのです。
 就労ビザの申請や諸契約事項については、また次の機会に説明するのです』

「そういう面倒な事は、全部そっちに任せちゃ駄目なのか?」

『駄目なのです。ああ、それと……』

「まだ何かあるのか?」

『その剣は、このままあなたに差し上げるのです。
 特別なプレイヤーには、特別なトロフィーが与えられる。
 プレイヤー同士の競争もまた、終わりのないコンテンツなのです』

「待った。だったら尚更、この装備は回収されるべきだ。
 こんな装備を持っていれば、次のレイド攻略も俺が有利に進められる。
 つまり一度成功したプレイヤーが次の成功を掴みやすくなる……それじゃ面白くないだろ」

『ふん、それくらいは我々も想定済み――心配せずとも、問題ないのです。
 なにせ、その装備は特定の条件下でしか真の性能を発揮出来ないのです』

「……その条件ってのは?」

『フレーバーテキストを読むのです。“大気に満ちる魔力を刃に”とありますね?
 つまり、そのようなフィールド効果が発生している場所でしか使えないのです』

「なるほど、オチが読めたぞ。そんなフィールド効果はゲーム内に実装されていないんだろ」

『ご明察なのです。付け加えるなら、今後実装する予定もないのです』

「……まぁ、ただのトロフィーだ。実用性は必要ない」

『一応、使い道がない訳ではないのですよ?』

「へえ……それは、どんな?」

『――装備してスキルを使うと、馬鹿みたいに派手なエフェクトが出るのです。全五種類なのです』

「……街中で使えば、スペックギリギリの連中をフリーズさせるくらいは出来るかもな」

『そんな事した日には、お前のアカウントを永久にフリーズさせてやるのです』

281embers ◆5WH73DXszU:2020/02/08(土) 06:38:16
【ジ・オンリー・ウェイ(Ⅰ)】


『……そ……んな……
 ぎこちない……笑顔じゃ、ノンノン……です……ょ……』

天空に紅い花が咲いて、瞬きの間に散った。
ユメミマホロは死んだ――戦略上、不可欠な死だった。
ガザ―ヴァの籠絡と、それに伴う制御可能な風属性の、大火力の確保。
それを成功させる為の時間稼ぎとして、最も適任だったのが、ユメミマホロだった。

『……ぅ……、うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……あああああああああああああああああ……!!!』

「泣くな、モンデンキント」

その行動の合理性を理解していたが故に、焼死体は冷静だった。
崩れ落ちて慟哭する少女に目線を合わせ、両手で肩を掴む。

「しっかりしろ……いいか。あいつは、自分の為に死んだんだ。
 俺達を守る為に、あの兵士達を守る為に、命を懸けてもいい。
 そう考える自分の為、自分の望みの為に、ああしたんだ――」

焼死体が言い聞かせる言葉――それは慰めではなかった。

「――俺が今からする事も、そうだ。俺が、こうするしかないと考える俺の為に、そうするんだ」

それは――言い訳だった。

「マホたんは、お前達を守ろうとしたんだ。マホたんの望みは、お前が継ぐんだ」

自分が今から、打ち砕かれた少女の願いを、更に踏みにじる事への。

「俺の望みも、お前が継いでくれ――死ぬな。それと、フラウを頼む」」

焼死体が立ち上がる/一歩前へ踏み出す。

「――残念だ、明神さん。時間切れだ。プランBを実行する」

黒焦げた五体が纏う闇色の炎が、業火の如く燃え盛っていた。
自分自身の未練/執念/愛着に灼かれて、焼死体の全身が灰と化していく。
初手で使用した【蓋のない落とし穴】、そこから昇る熱波が、灰を上空へ巻き上げる。

『僕が帝龍の気をできる限り引く・・だから・・・なゆを頼む』

「……仲間を守るのは、タンクの仕事だ。そんな頼み事はこれっきりにしてくれ」

『そしてなゆと・・・いっしょにアジダハーカを倒してくれ』

「ああ、そうだな。万が一、俺が仕損じたら……後は、お前がやるんだ。モンデンキント」

『それじゃあ・・・頼んだよ・・・なゆの騎士様』

「はは……そのネタ、気に入ってるのか?俺を見ろよ。どう見たって、そんなキャラじゃないだろ」

風が吹き荒れる/地の底から立ち昇る熱風が――『渦を巻いて』いた。
焼死体の右手がスマホに触れる――その全身が更に激しく燃え上がる。

282embers ◆5WH73DXszU:2020/02/08(土) 06:40:13
【ジ・オンリー・ウェイ(Ⅱ)】

【奪えぬ心(ルーザー・ルーツ) ……対象に特殊バフ『内なる大火』を付与する。
 ――亡者と、その心。死者の顔色を伺え。物言わぬ躯にも譲れぬものがある。
 それが分からない奴が、ここで死ぬのさ 墓荒らしのウィック――】

焼死体の右手に、炎の薔薇が咲く/握り潰す――右腕に、炎が宿る。

【握り締めた薔薇(ルーザー・ローズ) ……対象に特殊バフ『残り火』を付与する。
 ――谷底の死体と、握り締めた薔薇。負け犬とて、手放せないものくらい、ある――】

右手が急速に灰化する/それを上昇気流が攫う――旋風が勢いを増す。
灰化する焼死体/強まる旋風――その因果関係は明らかだ。
焼死体は、自らの意思で風を操っている。

「……この世界のモンスターは「自分の体と定義されたモノ」を完全に操る事が出来る。
 全てのモンスターがそうかは分からないが、少なくとも四体、実例が確認出来ている」

ポヨリンはG.O.Dと化した肉体で、本来の生体機能にはないスキルを使いこなす。
ヤマシタ/バルゴスも同じだ。無数の革鎧で出来た肉体で、自由自在に剣を操る。
フラウもそうだ。溶け落ち/ゲル化した肉体を、完全に制御する事が出来ている。

ならば――同様の事が焼死体に出来ても、何も不思議な事はない。
己の存在が怨霊に近づき、つまり肉体ではなく思念が自己の主体と化した状態で、
【烈風の加護】を受けた自身の灰が熱風の上昇気流に干渉する事は可能だと、焼死体は考えた。

そして実行した/成功した――限定的な気流操作の能力を、焼死体は会得した。

「お前に理解出来るか? 煌帝龍。俺が何をしているのか」

スマホを操作――液晶から、白いゲル状の塊が飛び出す/二種類のバフを付与。
右腕が完全に灰化/砕け散った――漆黒の霊体が、そこに残る。
次は右脚が砕けた/それでも、焼死体は立っていた。

「DPSの概念は流石に分かるよな?その応用である、時間を火力に変換するという発想はどうだ?
 つまり――例えば極めて限定的な気流操作能力を用いて、上昇気流の外側に風の渦を作るんだ。
 渦は熱波を巻き込みながら、熱をその内側に閉じ込める。増幅された熱は更に気流を強化する」

漆黒の霊体を、相棒が繭を紡ぐように抱擁する/失われた肉体を、純白の甲冑が補う。

「後はその繰り返しだ。なあ……俺が何を言っているのか、本当に理解出来ないのか?」

白と黒――その比率は瞬く間に、前者へと偏っていく。
焼死体の、本来の肉体はもう、殆ど残っていなかった。

「なら、もっと分かりやすく言ってやるよ」

出し惜しみをしていられる状況ではない。ここで確実に仕留めなくてはならない。
ならば――己の存在全てを火力へ変換する。それが最適解である事は明白だった。
それがガザーヴァの援護なしに、アジ・ダハーカを倒す火力を得る、唯一の方法。

純白の右腕が、漆黒の左腕が、溶け落ちた直剣を高く振りかざす。
周囲の魔力を刃とする――この星の因果の外で、生まれた魔剣を。

「嵐だけが、大樹を倒すのさ」

ゲーマー流の決め台詞――間違いなく刺さったであろうマホたんは、もういない。

「さあ、行くぞ。いつまで寝惚けてる?始原の魔剣よ。俺の呼び声に、応えてくれ……いや、応えろ――」

吹き荒れる灼熱の嵐が、溶け落ちた直剣へと宿る。そして、一振りの刃と化すまで収斂された嵐が――

「――【ダインスレイヴ】」

魔皇竜の肉体――その中心を音もなく、通り過ぎた。

283崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/02/13(木) 19:03:16
「おのれッ……おのれェェェ! ユメミ……マホロォォォォォォォォ!!」

胸元を掴み、額に血管を浮き上がらせながら、顔面蒼白になった帝龍が絶叫する。
帝龍がこのアルフヘイムで最も欲しがっていた、何よりも価値ある商材――ユメミマホロ。
それが、死んだ。
マホロの心を折り、覇者の貫録を見せつけて勝利する――そんな帝龍の方針がこの結果を招いた。
今や帝龍の面子は丸つぶれだ。啖呵を切ったイブリースにも顔向けできまい。
マホロは帝龍の最も重視していたプライドや面子、体裁といったものを根こそぎ道連れにしていった。

アジ・ダハーカの頭上に『STUN!』の文字が浮かんでいる。
マホロの自爆によって弱点の中枢神経を痛打され、行動不能に陥っているのだ。
この強大な超レイド級、六芒星の魔神、邪竜を仕留めるには、今しかない。
だが――

「なんで……、どうして、こんな……」

なゆたはまだ、マホロの死という衝撃的な光景から立ち直れずにいた。
どんな崇高な理由があっても。どんなにその戦術が有効であっても。
命を犠牲にしていいことはないし、その上で勝利を得られたところでそんなもの、誰も幸せになれないと思っている。
それがどれだけか細い糸であっても。ごくごく可能性の低い作戦であろうとも。
全員が助かる道があるなら、迷わずそれを選ぶ。それがなゆただった。

なのに。

「わた、しっ……うぅ……ッぐ、ぅ……ふ、ゥッ……!」

ぼろぼろと涙が頬を伝い、顎先から地面に零れる。
そうだ。
一方で、とっくに理解していたのだ。マホロが最初から命を捨てるつもりだったということは。
分かっていたのに止められなかった。いや、『止めなかった』。
この絶望的な状況を打開するには、マホロの犠牲が必要だったということを理解していたから。
本当は止めるべきだったのに。マホロを縛り上げてでも、単騎特攻を阻止するべきだったのに。
リーダーとしての、戦術家としてのなゆたは、マホロの死を看過したのだ。

マホロの死を悼みながら、心の隅で『これで戦況が有利になった』とも思っている。
それは、なんと自分勝手で。醜くて。おぞましい心の綾なのだろう。
そんな身勝手な思考が自分の中にあるのが堪らなく憎らしく、恥ずかしく、呪わしい。
大切な仲間の死と自分自身の忌まわしさに、なゆたは歯を食い縛って泣いた。

>泣くな、モンデンキント

そんななゆたの肩を、エンバースが掴む。
なゆたは涙にぬれた顔をゆっくり上げ、エンバースを見た。

「……エン……」

>しっかりしろ……いいか。あいつは、自分の為に死んだんだ。
 俺達を守る為に、あの兵士達を守る為に、命を懸けてもいい。
 そう考える自分の為、自分の望みの為に、ああしたんだ――

「自分の……ために……」

そうだ。マホロは誰に言われたのでもなく、自分の意思で。自分がそうしたいと思うがゆえ、この道を選んだ。
自分の命と引き換えにしてでも、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を守りたい。ファンを守りたい。
それが叶うなら、自分などどうなってもいい――そう願ったから。
エンバースの強い言葉が、なゆたの萎えかかった心を鼓舞する。
ああ、キングヒルでの明神との戦いでもそうだった。挫けかかったなゆたの心を奮い立たせたのは、エンバースの声だった。
それがまた、ここでも繰り返されている。
エンバースの言葉はいつだって勇気をくれる。なゆたはただ、声もなくエンバースを見つめた。

284崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/02/13(木) 19:06:34
>――俺が今からする事も、そうだ。俺が、こうするしかないと考える俺の為に、そうするんだ
>マホたんは、お前達を守ろうとしたんだ。マホたんの望みは、お前が継ぐんだ
>俺の望みも、お前が継いでくれ――死ぬな。それと、フラウを頼む

「……エンバース……? 待って、あなた一体なにを――」

エンバースの言っていることが、咄嗟には理解できない。なゆたは涙を拭うことも忘れ、立ち上がったエンバースを見上げた。

>――残念だ、明神さん。時間切れだ。プランBを実行する

エンバースの全身を、闇色の炎が彩る。
それはただ身に纏っているだけの、自身の属性を現すエフェクト――という訳ではない。実際に燃えている。
燃え滓のようなエンバース自身の肉体を、さらに跡形もなく燃やし尽くすかのように。

「エンバース……待って! 待ってよ……!」

彼の発した言葉は、別れの言葉か。
想いを継ぐ。望みを継ぐ。それは、もう自分が望みを遂げられないと。そう思うがゆえの懇願であろう。
だとしたら――

>僕が帝龍の気をできる限り引く・・だから・・・なゆを頼む

エンバースに競るように、ジョンもまた巨大な邪竜と対峙する。
ジョンもマホロやエンバースと同じだ。これからの活路を開くため――自分自身を犠牲にしようとしている。
それが、なゆたには理解できない。
戦いは生き残らなければ意味がない。死んでしまっては元も子もない。
命は、生きていてこそ光り輝くものだ。どんな理由があっても――
死んでしまっては、そこでおしまいなのに。

>これが・・・僕達の力・・・いくぞ部長・・・ライドオオオオオオン!

先に動いたのは、ジョンだった。何を思ったのか部長の上に無理矢理またがると、驚くべき速さで邪竜へ突進してゆく。
だが、行動不能に陥っているとはいえ半端な攻撃ではアジ・ダハーカにダメージを与えることはできない。
もともと、弱点以外はほぼ無敵と言っていい超レイド級だ。

>部長!飛べ!

部長が高く跳躍する。ジョンを乗せているというのに、まったくその行動には遜色がないようだ。
ジョンと部長は帝龍へと迫った。が、三本首の一本がその行く手を阻む。スタン状態で能動的な攻撃はできずとも、防御はできる。
大顎を開き、アジ・ダハーカはその鋭い牙でジョンたちを噛み砕こうとした。
しかし。

>破城剣!

ジョンはインベントリから6メートルはあろうかという武器を取り出した。
それは剣と言うにはあまりにも大きすぎた。
大きく、ぶ厚く、重く、そして大雑把すぎた。
それは正に鉄塊だった。
破城剣――そんな名前の武具を手に、ジョンは部長を蹴って跳躍しアジ・ダハーカへと吶喊した。
自殺行為だ。空を飛べないジョンは部長の助けなくして空中での軌道を制御できないし、あとは落下していくしかない。
下方ではアジ・ダハーカの中央の首が大口を開けて待ち構えている。
このままでは、ジョンは呆気なく食べられてしまうだろう。
と、思ったが。

>雄鶏乃怒雷プレイ!!

部長の口から雷撃が迸り、アジ・ダハーカに直撃する。――むろんダメージはない。
しかし、その代わりアジ・ダハーカの身を鎧っている永続バフのひとつが無効化される。

>雄鶏乃怒雷プレイ!!

さらに、もう一度。邪竜の強みである堅牢さが、瞬く間に色あせてゆく。

「ぐおおおお! アジ・ダハーカ! 殺せええええええ!!!」

帝龍が叫ぶ。アジ・ダハーカがそれに応え、喉奥で破壊の吐息をチャージし始める。
が、遅い。

>うおおおおおおおおお!!!

ジョンは雄叫びを上げた。とうてい人間の発するもののようには聞こえない、狂戦士の咆哮だった。
破城剣が邪竜の顔面にめり込み、中央から真っ二つに斬り裂いてゆく。
さらに三度目の雄鶏乃怒雷によってバフを根こそぎ剥がされ、駄目押しとばかりに雷の剣によって首の一本が切断される。

「グギョォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!!!」

どどう……と轟音を立て、唐竹割りされ半ばから切断されたアジ・ダハーカの中央の首が地面に落ちる。
かつてない痛みを感じてか、残り二本の首は甲高い悲鳴を上げた。

285崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/02/13(木) 19:09:48
エンバースの身体が、燃えてゆく。
今までも燃えてはいたけれど、それは決して彼自身の肉体を消滅させるものではなかった。なのに――
今は違う。エンバースの身体が、焼却されようとしている。

「エン……バ……」

双眸を見開いたまま、なゆたはただそれを見ていることしかできない。
エンバースの肉体を中心に、烈風が巻き起こる。エンバースの肉体が燃えてゆくほどに、風は強さを増してゆく。

>……この世界のモンスターは「自分の体と定義されたモノ」を完全に操る事が出来る。
 全てのモンスターがそうかは分からないが、少なくとも四体、実例が確認出来ている

そうだ。モンスターたちは進化、ないし退化した時点でそのとき所有しているスキルを十全に運用できる。
ポヨリンはG.O.D.スライムになれば口からレーザーを撃てるようになるし、アブホースになれば津波も起こせる。
それは、ノーマルのポヨリンのときには使用できない特性だ。それと同様――
エンバースも形態変化することで、今まで使えなかった攻撃が可能になる。

>お前に理解出来るか? 煌帝龍。俺が何をしているのか

「……な……にィィィ……?」

左手で額を押さえて呻きながら、帝龍は眼下のエンバースをねめつけた。

>DPSの概念は流石に分かるよな?その応用である、時間を火力に変換するという発想はどうだ?
 つまり――例えば極めて限定的な気流操作能力を用いて、上昇気流の外側に風の渦を作るんだ。
 渦は熱波を巻き込みながら、熱をその内側に閉じ込める。増幅された熱は更に気流を強化する

エンバースが選んだのは、【烈風の加護】を受けた自らの肉体を燃やし尽くすことで熱波の嵐を作るという戦術だった。
肉体という外殻が消滅し、かつて肉体だった灰が嵐と融合すれば、嵐そのものがエンバースの疑似的な肉体となる。
その状態で、臨界点に達した熱量をコントロールしアジ・ダハーカにぶつける。
まさに捨て身、命を賭した大技だ。

>嵐だけが、大樹を倒すのさ

エンバースの身体が灰になる。失われた部位を、フラウの形作った純白の鎧が補う。
全身、墨を落としたように黒かったエンバースの肉体は、ほとんどが純白の鎧と化した。
その手には、半ばから溶け落ちた剣が握られている。
本来ならば用をなさないはずの剣。ただのガラクタに過ぎないはずの武具。
それが――巨竜を穿つ魔剣となる。

>さあ、行くぞ。いつまで寝惚けてる?始原の魔剣よ。俺の呼び声に、応えてくれ……いや、応えろ――
>――【ダインスレイヴ】

エンバースの呼びかけに応えるように、嵐が剣に収束してゆき風の刃を形成する。
臨界点に達した嵐の刀身がアジ・ダハーカの強固な鱗を薄紙のように貫き、熱波が臓腑を灼く。

「ギィィィィィィオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!」

魔皇竜は再度悲鳴を上げた。ジョンとエンバースの捨て身の攻撃によって、その肉体はすでに崩壊しかかっている。
だが、まだ倒れてはいない。あと一歩、もう一歩が――足りない。

「……ま……だ……! まだ、だ……!
 俺は帝龍だぞ……、世界に名だたる帝龍有限公司のCEO! この世の帝王だ……!
 その俺が! こんな! 地を這う虫ケラ共に……負けていいはずがない……!!」

ごふ、と口から血を吐きながら、帝龍が唸る。
アジ・ダハーカの受けた甚大なダメージは、マスターである帝龍にもフィードバックされているはずである。
常人ならばとっくに気絶しているだろう。が、帝龍はまだ倒れない。
世界の帝王として君臨する自身の強烈すぎるプライドが、限界を超えてなお意識をこの地に繋ぎとめている。

「あと……1ターン……!
 あと1ターンで、スタンが切れる……魔皇竜は復活する……!
 そうすれば、『活火山島の神息(ボルカニック・ゴッド・ブレス)』で……貴様らはおしまいだ……!
 どんなに命を費やそうと! 捨て身で挑もうと! 王には勝てん……絶対に! 勝てんのだ! ハハハハッハハハ――」

アジ・ダハーカの肉体が蠢動する。エンバースの一撃で受けたダメージが、再生によって徐々に治癒しようとしている。
ジョンが斬り落とした首の切断面がボコボコと盛り上がり始める。首もまた、蘇生を開始しようとしているらしい。
このまま手をこまねいていては、遠からず邪竜は回復してしまうだろう。
そして1ターンが経過し、スタンから復帰すれば、すべてが終わる。

286崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/02/13(木) 19:12:57
「がああああああああ!!させるかァァァァァァァ!!!」

カザハのスマホをキャッチした明神へと、ガザーヴァが手を伸ばす。
しかし、届かない。カケルが足を引っかけると、ガザーヴァはいともたやすくバランスを崩して突っ伏すように転倒した。
そして、その直後に地面から無数の槍が出現する。
槍衾は狙い過たず明神を標的としていたが、明神はぎりぎり半歩でそれを避けた。
ガザーヴァのトリッキーな攻撃を熟知している明神だからこそのファインプレーである。

「く……!」

奇襲が失敗に終わり、ガザーヴァは転んだまま忌々しそうに顔を上げた。
そして、その鼻先。至近距離にスマホが突き付けられる。
チェックメイト。これでガザーヴァに打つ手はなくなった。
この状態ならいつでも問答無用でガザーヴァを捕獲できる。――が、明神はそうしなかった。

>もう一度言うぜ。――俺と組めよガザーヴァ。
 バロールもカザハ君も関係ねえ。俺は!お前に!一緒に来いって言ってんだ!!

「……お前……」

>俺がお前に会いたいのは、お前がカザハ君のコピーだからじゃない。
 手前の価値を安く見積もってんじゃねえぞガザーヴァ!
 俺達がそのケツを追っかけ続けてきた幻魔将軍は、お前以外に居ないんだよ
>俺はブレモンが好きだ。アルフヘイムも、ニブルヘイムも、パートナーも――敵キャラも。
 俺の愛したブレモンの中に、お前も確かに入ってるんだ。
 お前をこんなところで終わらせない。絶対に幻魔将軍を取り戻す
>自分を取り戻したいと願うなら、俺達のパートナーになれよ。
 お前が死ぬまで見れなかった、アコライトの先の景色を見せてやる

「アコライトの先の……景色……」

ただただ、バロールのためだけに生きてきた。
バロールの言うことを聞けば愛してもらえると。必要としてもらえると。自分の方を見てくれると、そう信じて。
けれど、そうではなかった。バロールにとってガザーヴァは駒のひとつでしかなく、代替が可能なもので。
何よりバロールはガザーヴァのことなど見てもいなかった。

でも。

ここに、そうじゃないと。そう言ってくれる人がいた。
このひとは。自分を必要としてくれている。代替が可能なコピーじゃないと言ってくれている。
自分のことを。見てくれている――。
それなら。

このひとなら、ボクのお願い。ボクのたったひとつの望みも、聞いてくれるかもしれない……。

この世界に何も残せないまま、ただのコピーとして消えていくなんて、イヤだ。
ボクは何かを残したい。ボクがボクのオリジナルとして、ボクにしかできないことを、この世界に。
ボクが存在したということを、みんなの記憶に残したい……。
ガザーヴァは強烈にそう念じた。

「……れよ」

ぼそ、とガザーヴァが呟く。

「お前……言ったな! じゃあ――責任取れよ! 絶対絶対……言ったことの責任! 取れよな――!!」

叫ぶ。明神がカザハのスマホから放った捕獲ビームが、ガザーヴァを幾重にも絡み取る。
カザハの肉体から黒い靄のような塊が飛び出て、捕獲ビームと共にスマホの中へと入ってゆく。
そして――

スマホのリザルト画面には『ガザーヴァ 捕獲完了』という文字が表示されていた。

287崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/02/13(木) 19:16:58
『ボクを召喚しろ! 早く!!』

スマホの中でガザーヴァが叫ぶ。
明神が『召喚(サモン)』をタップすると、先ほどカザハから剥離した黒い靄がすぐにスマホから飛び出てきた。

「パパ! 身体……くれるんだろ!」

「よしきた! 私は約束は守る男だとも――ガザーヴァ、新しい顔……もとい身体だ!」

ガザーヴァの呼びかけに、バロールはすぐさまトネリコの杖を振るった。
途端に空間が裂け、中から漆黒の鎧が姿を現す。肉体の露出がまったくない甲冑姿は、見間違えようもなく幻魔将軍のものだ。
黒い靄はその甲冑の中へと入ってゆく。そして靄がすべて鎧の中に納まり、五体の隅々にまで行き渡ったとき。

「――おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――――――――――――ッ!!!!」

ぎん! とフェイスガードの奥の双眸が紅く見開かれ、甲冑は背を仰け反らせて雄叫びを上げた。
それは紛れもなく産声。幻魔将軍ガザーヴァの復活、その証であった。

「ガーゴイル!」

左手を真上に高々と掲げ、パチン! とフィンガースナップを鳴らす。
途端、その呼びかけに呼応してどこからか甲冑を纏った漆黒のユニサスが飛んでくる。
ガザーヴァと同じく、その乗騎であるガーゴイルもカケルを離れて再度受肉したということらしい。
ひらりとガーゴイルに跨ると、ガザーヴァはすぐさま上空へと飛んだ。

「幻魔将軍だと……!? バカな、継承者どもはそんなこと一言も……!?
 くそッ! だが、今更誰が来たところで遅い! 俺の勝利は確定的だ、あと10秒でスタンが切れる!
 貴様らなど一撃で終わりだ! さあ……あと5秒! 4秒! 3! 2! 1――」

「『人の不幸は蜜の味(シャーデンフロイデ)』」

小さく呟いたガザーヴァが軽く右手をかざす。人差し指に淡い燐光が灯り、アジ・ダハーカを狙う。
そして――
カウントダウンが終わり、アジ・ダハーカのスタンは効果が切れ――――


『なかった』。


「は? ……なに? ど、どういう……これは……あ? はっ……?」

何が起こったのか分からない、という具合に帝龍が狼狽する。
しかし、ブレモンを熟知するプレイヤーには理解できるだろう。
『人の不幸は蜜の味(シャーデンフロイデ)』。幻魔将軍ガザーヴァが持つユニークスキルのひとつだ。
その効果は『デバフのリキャスト』。
つまり、ターン数持続効果のあるデバフを『最初からやり直す』という効果を持つスキルである。
デバフ無効や弱体効果回復などといったスペルカードやスキルを持っている者には効果は薄いが、
そういったデバフへの備えがないプレイヤーは、このユニークスキルによって悉く沈められる。
まさに、相手を幻惑しきりきり舞いさせることに特化したガザーヴァならではの、嫌がらせの極地のようなスキルである。
ともあれ、そんなガザーヴァの機転によってアジ・ダハーカはなおもスタンを継続することになった。

「おい、バカ! 手を貸せ! このデカブツ、ふたりでやっつけるぞ! 
 お前なんかと手を組むとか、マジありえないし! ぶっちゃけお前今すぐ死ねよって思うけどぉー!
 でも、約束だからな……ボクの力が必要なんだろ!? 他の誰でもない、このボクの力が!」

ガザーヴァはカザハへ手招きした。
誰かに必要とされること。誰かに求められること。
誰にでもできることではなく、ガザーヴァにしかできないことを成し遂げること――
それこそがガザーヴァの望み。それが為されるのなら、正義にも悪にもなろう。

カザハとカケルが合流すると、ガザーヴァは轡を並べて眼下のアジ・ダハーカを見下ろした。

「見えるだろ? アイツの弱点。あそこを攻撃するぞ、チャンスは一度きり……外せばアイツは回復しちゃうだろう。
 出し惜しみするなよ、出がらしになるまで全力出せ! ボクも……イヤだけど付き合ってやる!」

ゴウッ、と音を立て、ガザーヴァとガーゴイルの全身が黒い炎に包まれる。
といってもエンバースのように我が身を焦がすものではない。闇属性の力が全身に漲っていることを示すエフェクトだ。

「バカのお前にも分かるように、作戦自体は単純だ。
 全力出してアイツの弱点に突っ込む。ユメミマホロがやったのと同じやり方さ。
 ただし、今のアイツは首を一本失ってるし、弱点の中枢神経も剥き出し。
 全然余裕で行けるはずだ」

フン、とガザーヴァはフェイスガードで素顔のすっぽり隠れた顔をカザハへ向けた。

288崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/02/13(木) 19:21:13
「……お前のことは絶対許さない。何があってもだ。
 お前のせいで、ボクはパパに愛してもらえなかった。パパはボクには見向きもしなかった。
 パパはお前の中の『何か』が欲しかったんだ。ボクの持ち得ない『何か』が――。
 お前のことは、いつか殺してやる。お前を殺して、その『何か』を奪って。壊して……。
 嗤ってやる。お前なんかに価値はない、ってな」

ガザーヴァはカザハに憎しみをぶつける。怒りを、怨嗟を、妬みを露にする。
そして。

「でも。お前がいなかったら、ボクはこの世に生まれなかった。存在もしなかった。
 そこだけは……恩に切らないことも、ない、かも……」

ぷいっと顔をそむけると、ガザーヴァはそう呟いた。

「さあ、無駄口を叩くのはおしまいだ! さっさと片付けるぞ!
 お前と轡を並べてるだけで頭が痛くなりそうなのに、攻撃なんてヘドが出る!
 ――行くぞ! モタモタして足を引っ張るなよな!」

ガーゴイルの馬腹を蹴ると、ガザーヴァは一気にアジ・ダハーカへと突っかけた。
途中で右手に巨大な騎兵槍を出現させ、そのまま一直線に邪竜の中枢神経を目指す。

「ぐおお……! さ、せ、る……ものか……!
 アジ・ダハーカ! それでもモンスターの頂点! 六芒星の魔神の一角かァァァァ!
 力を見せろ……魔皇竜ゥゥゥゥゥゥッ!!!」

「ゴアアアアアアアアアア――――――――――――ッ!!!!」

バヂィンッ! と派手な音が響き、アジ・ダハーカがスタン状態から回復する。驚くべき精神力だ。
すぐに魔皇竜は残った二本の首でカザハとガザーヴァを迎え撃った。
大きく開いた口腔に、膨大な熱が収束してゆく。

「塵と化せ――王に刃向かう愚か者! 『活火山島の神息(ボルカニック・ゴッド・ブレス)』!!」

アジ・ダハーカのふたつの口から、カザハとガザーヴァめがけて灼熱の吐息が放たれる。
全身に闇の波動を纏ったガザーヴァは、真っ向からその吐息の中へと突っ込んだ。

「呼吸を合わせろ! 一緒に突っ込むだけじゃダメだ、ボクとお前で螺旋を描くように!
 力をひとつに束ねて――二本の首でバラバラに吐くコイツのブレスより、ひとつに繋ぎ合わせたボクたちの力の方が、絶対!
 強いに決まってるんだ!!」

そのまま、カザハとガザーヴァは螺旋を描いて炎の海に抗う。
三本首の際のブレスは『大聖撃(アーク・スマイト)』を用いたユメミマホロをも焼き尽くしたが、今度は違う。
ジョンの特攻によって首の一本を失い、エンバースによって臓腑に重篤な損傷を受けた邪竜の吐息は全盛期の面影もない。
白と黒、ふたつの力が融合し、アジ・ダハーカの吐き出す炎を切り裂いてゆく。

「いっっっっっっけぇぇぇぇぇぇぇぇ―――――――――――――――ッ!!!!」

「バ……、バカな……。
 バカな、そんなことが! こんな! 俺の魔皇竜が、六芒星の魔神が……!
 ありえん、俺が負けるなど……この俺が、煌 帝龍が! こ……この……!」

どぎゅっ!!!

「この! 帝龍がァァァァァァァァァァァァ――――――――――――――――――――――――――ッ!!!!」

灰色に輝く螺旋の光弾がアジ・ダハーカの炎を突き破り、剥き出しのまま脈動する中枢神経を捉える。
無防備な中枢神経を穿ち、カザハとガザーヴァの携えた二振りの槍がその機能を完膚なきまでに破壊する。
中枢神経はまるで間欠泉のように大量の血を噴き出すと、鮮やかな紅色から濁った赤にその色を変えて機能を停止した。
そのまま急角度でV字を描き、ふたりはアジ・ダハーカの中枢から離脱する。

「ゴ、オ、オオオ……オオォオォオオォオォオォオォォオォオオ……」

アジ・ダハーカの全身に亀裂が入る。その内側から光があふれ出す。
亀裂はすぐに崩壊へと変わる。ひとつの崩壊は他の部位の崩壊を呼び、あとは雪崩式だ。


断末魔の低い唸り声を上げながら、『地』の六芒星の魔神、アジ・ダハーカはゆっくりと崩れ落ちていった。

289崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/02/13(木) 19:25:06
「ぅ……ぉ……」

アジ・ダハーカが撃破されたことで精神が限界を迎えたのか、
『浮遊(フライト)』で宙に浮かんでいた帝龍の身体がぐらりと傾いたかと思うと、地面に向かって真っ逆様に落ちてゆく。

「ポヨリン!」

なゆたが鋭く命じる。ゴッドポヨリンが素早く跳ねて帝龍の真下につき、クッションの要領でその身体を受け取める。
なゆたはほっと息をついた。たとえ憎い敵であったとしても、死ぬことはない。
助けられる命ならば助けたい。その想いは、マホロが戦死した今でも変わらない。
戦いは終わった。あとは、帝龍を拘束すればいいだけだ。
帝龍はニヴルヘイム側の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』。当然、あちらの情報も多く握っていることだろう。
それを、これから何とかして吐かせる必要がある。虜囚とするのは申し訳ないと思うが、今は戦争中だ。やむを得まい。

そして。

「うおお……やっべえ! まじでやっべえな! アジ・ダハーカをやっちまったぞ、あいつら! まじやべぇ!」

「う〜ん、でぇら魂消たにゃぁ。あの魔皇竜をこわけさすとはにゃ……」

そんな戦場の光景を、数キロ離れた高台から眺めている人影があった。
両者ともフードを目深にかぶっており、その顔は見えない――が、特徴はある。
ひとりは左脇に竪琴を抱えており、声音からして女性のようだ。
もうひとりは男のようだが、背の高さが隣に立つ女の鳩尾あたりまでしかない。
背の低い方が女を見上げる。

「なぁ、あいつらと遊んできてもいいか? いいよな? ちょっとだけ!」

「たぁーけ、そんな時間にゃーでしょお。おみゃーさんは何かっちゃそればっかだで。
 兄さんに怒られても知らんよぉ」

「くっそー。つまんねーの」

女に窘められると、男はぶつくさと文句を言いながら腕組みした。
腕が太い。矮躯だというのに、その鍛え上げられた腕の太さはヒュームの戦士のそれを上回る。
ふたりの見ている先で、ゴッとポヨリンが帝龍を地面に下ろし、守備隊がその身柄を拘束している。

「助けなくていーのか、アイツ」

「いいんじゃにゃー。アタシらの役目は戦いの見届け人ってことだけだにゃぁ。
 結果については知らんがね」

「ふーん」

「とはいえ、なんもせんで帰ると兄さんがおそがいにゃ。
 最低限の仕事はしとかにゃきゃにゃ……」

女はそう言うと、徐に持っていた竪琴の弦にしなやかな指をあてがった。
そして、ぽろろん……と一曲を爪弾く。
と、その瞬間に竪琴から鳴り響いた音色が魔力の矢に変わり、凄まじい速さでなゆたたちのいる戦場へと飛んで行った。
その狙いは、いまだ気を失ったままの帝龍。――だが、その命を奪おうというのではない。

バキィンッ!!

硬質の破砕音。女の放った魔力の矢は、帝龍のスマホを正確に射貫き、破壊していた。

「これでよしっと。さ、帰ろみゃあ」

「うーい。あー、戦いたかったなぁー」

「それはまた今度にしよみゃあ。物事には順序ってものがあるんだにゃ。
 アタシらがアイツらを片付けちゃったら――出番を控えてるマル兄さんに怒られるでね」

「おれは別にいーけど」

「アタシがヤだにゃ」

短く返すと、女はその場から瞬く間に消え失せた。少し置いて、男もまた姿を消す。

アコライト外郭での戦いは、こうして決着した。


【幻魔将軍ガザーヴァ復活。魔皇竜アジ・ダハーカ撃破。
 煌 帝龍の身柄を確保するも、帝龍のスマホは何者かによって破壊されてしまう。
 アコライト外郭の戦いはアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の勝利に終わる】

290カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/02/18(火) 01:31:02
カケルの足払いが成功し、ガザーヴァ(つまりボク)は地面に突っ伏す。
安堵したのも束の間、地面から漆黒の槍が出現し明神さんを襲う。
ぎゃああああああ!? そうだった、そういえばこんな奴だった! 昔何度もハメられた気がする!
明神さんは一般人の身でありながらそれを奇跡的に避けていた。

>「もう一度言うぜ。――俺と組めよガザーヴァ。
 バロールもカザハ君も関係ねえ。俺は!お前に!一緒に来いって言ってんだ!!」
>「俺がお前に会いたいのは、お前がカザハ君のコピーだからじゃない。
 手前の価値を安く見積もってんじゃねえぞガザーヴァ!
 俺達がそのケツを追っかけ続けてきた幻魔将軍は、お前以外に居ないんだよ」
>「俺はブレモンが好きだ。アルフヘイムも、ニブルヘイムも、パートナーも――敵キャラも。
 俺の愛したブレモンの中に、お前も確かに入ってるんだ。
 お前をこんなところで終わらせない。絶対に幻魔将軍を取り戻す」

いいから早く洗脳ビームして!? 長々喋ってる場合じゃないよ!? 自分が死にかけてるの分かってる!?

>「自分を取り戻したいと願うなら、俺達のパートナーになれよ。
 お前が死ぬまで見れなかった、アコライトの先の景色を見せてやる」

>「アコライトの先の……景色……」
>「お前……言ったな! じゃあ――責任取れよ! 絶対絶対……言ったことの責任! 取れよな――!!」

明神さんはついに捕獲ビームを放つ。
どこまでも優しくて、同時にとても暴力的な光。ボクはこの光景を見覚えがある。
その昔、ボク自身が捕獲《キャプチャー》されていたからだ。

『君にお願いがあるんだ。この気持ちが嘘にならないうちに――ボクを捕獲して。
そうしなければ、きっとすぐに気が変わってしまうから』

捕獲《キャプチャー》――異邦の魔物使い《ブレイブ》だけが持つ、あらゆるモンスターを隷属させる技。
それは以前のボクの故郷では、思考を書き換え洗脳する強力無比な禁断の呪詛とされていた――
ボクは自ら望み、それを受けた。単なる怖いもの知らずの好奇心だったのかもしれない。
風の精霊の性質を誰よりも色濃く体現していたボクは、禁忌と聞けば犯したくなる性質だったから。

『な〜んだ、やっぱり何も起こらないじゃん! ボクにそんなの効くはず無いんだよね!』

結論から言うと、自分が洗脳されていることにすら気付かない程にがっつり洗脳されていた。
だけど、決して不幸ではなかった。それどころか幸せだった、楽しかった。
宿敵と刺し違えた時ですら、ただ世界の行く末を案じた――

『随分長いロード時間……じゃなくて夢だった気がする……。
そんなところで何をしているの? 早く行こう! 今度こそ世界を救うんだ!』

『どうして!? 君無しじゃ何も出来ない……! 君だって知っているでしょ!?
精霊族は諸刃の刃……正しき心を持つ者が使わなければ……』

『今度はボクが……異邦の魔物使い《ブレイブ》だって……!?』

『これは……魔法の板と予言の書……って、スマホと攻略本じゃん!
あの冴えない人間の人生は夢じゃなかったのか――!』

291カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/02/18(火) 01:32:23
ずっと忘れていたけど、この世界に来るときに異世界転生ものあるあるのチュートリアルみたいなやつがあった気がする。
どうやらボクは地球に生きた事で異邦の魔物使い《ブレイブ》となる資格を得た、らしい。

『嫌だ、今度も君のモンスターとして行きたい! 異邦の魔物使い《ブレイブ》なんて、ボクには無理だ……!』

あの頃は洗脳されていたからこそ、最期まで全き善なる存在として迷わず突き進めた。
今度は自分の意思で歩まなければならない――それを受け入れられなかったボクは、都合良く忘れることにしたのだった。
今まで捕獲《キャプチャー》をしなかったのは、カケルがいるから必要なかったのもあるけれど、
それをすれば自分が疑いようもなく異邦の魔物使い《ブレイブ》だと認めることになるから、無意識に避けていたのかもしれない。
だけど、ついにその強権を行使してしまった。もう後戻りはできない。
徐々に身体の感覚が戻ってくる。捕獲《キャプチャー》が成功したんだ――
そして感覚が戻ってきたのは、身体だけではない。
ずっと長い間誰かに預けていた魂が戻ってきたような、そんな不思議な感覚。
遥か昔にかけられた捕獲《キャプチャー》の呪縛が今の今まで解けていなかったのだと悟った。
隷属の呪詛は、魂を繋ぐ契りでもあり、加護でもあった。
ずっと守られていたからこそ、内に膨大な闇を抱えながらも光の方を向いて歩いてこられた。
ガザーヴァの憎悪に飲まれずに、乗っ取られずにここまでこれた。
だけど、今度はボクが手を差し伸べる番みたいだ。

「今までありがとう――さよなら」

遥か昔にボクを捕まえた誰かに、そっと別れを告げた。

「ねぇガザーヴァ。君にはガーゴイルがいるでしょ? 相方を置いて勝手に死のうとしたら駄目だよ……あ」

ボクも一瞬、思いっきりカケルを置いて死のうとしてなかったっけ。

「また……刺し違えるところだったね」

以前アコライトの先を見れなかったのはボクも一緒だ。
随分遠回りしたけど、アコライトの先の風景を見に行けるんだ。
みんなが、明神さんが、未来を一つ変えてくれたから。
もしもあの時明神さんみたいに対話をしようとしていれば、何かが変わっていたのかな。
いや、一巡目に端からそんな選択肢は存在しなかったのだ。
あの頃のボク達にとってガザーヴァは、倒すべき敵でしかなかったのだから。
ガザーヴァは後戻りするにはあまりにも多くの命を奪っていたし、当時のボクはきっとそれを許せなかった。
でも、今となっては全ては消え去った。
だから―― 一巡目記憶保持者の記憶からすらも消えてしまった名前も知らない誰かに、ボクは一生感謝し続ける。

>『ボクを召喚しろ! 早く!!』
>「パパ! 身体……くれるんだろ!」
>「よしきた! 私は約束は守る男だとも――ガザーヴァ、新しい顔……もとい身体だ!」

新しい身体って結局そのデザイン!? 折角2巡目デビューする気になったんだからもうちょっとかわいくしてあげればいいのに!
バタコロールさんのセンスは置いといて、幻魔将軍ガザーヴァはついに復活を遂げた。
どうしたいかなんていきなり聞かれたって困るよね。
だってモンスターって魔物使いゲー的には使役される存在だもの。
だけど困ったことに今回は異邦の魔物使い《ブレイブ》枠みたいだから――君を使わせてもらう。

292カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/02/18(火) 01:34:15
《奇跡的に助かったようですね、あなたの姉さんも……私の姉さんも》

姉さん……? それってもしかしてガザーヴァのこと?
ああ、二体ともバロールさんに作られたからまあそうなるのか。

(えっ、姉さん!? 兄さんじゃなくて!?)

カザハの前世のコピーということらしいからまあそうなるのか!?

《それはこっちの台詞ですよ!》 

――確かに! なんでしょうね、デウス・エクスマキナのバグか混線時の手違いか。
シルヴェストルは厳密には無性別らしいしカザハのことだから「なんとなく気分を変えてみた」程度で深い意味はないのかもしれないけど!

《私はもう行きます。手のかかる姉を持つと苦労しますよね、お互い》

それっきりガーゴイルの声は聞こえなくなった。

>「ガーゴイル!」

ガザーヴァの呼びかけに応え、いかにも最初からいましたと言わんばかりに漆黒のユニサスが飛んできた。
さっきまで私に取り付いてたくせに何いきなり格好いい感じの登場してんの!?

《いつまで寝てるんですか!? まだ戦いは終わってないんですからね!》

一方の私はというと未だ這いつくばっているカザハを叩き起こし、背中に乗せた。
全く格好いい感じではない。

「カケル……ごめん」

カザハは一度私の首に抱き着いて、明神さんの方に向き直ると、口を開いた。

「明神さん……もう、あんな無茶して!
上手くいったから良かったけど……半歩間違えれば今頃ミンチだったんだから!」

……いやいや、何偉そうにしてんの!? そこはお礼言うところでしょ!
それはそうと若干声震えてません? ……えっ、もしかして半泣き!?

「怖かった……滅茶苦茶怖かったよ。ボクが明神さんを殺しちゃうんじゃないかって
……って話は後だ! スマホを!」

カザハは明神さんからスマホを受け取って腕に付け直すと、アジ・ダカーハの方を見やる。
カザハがガザーヴァと体を奪い合っている間に、色々なことが起こり過ぎた。
マホたんは激闘の末に自爆して果て、ジョン君とエンバースさんは捨て身とも言える攻撃を繰り出し安否不明だ。

(ねえカケル、マホたんは大事なモンスターを犠牲にしてでもみんなを守りたかったんだよね……。
……昔のボク達のブレイブと同じように)

《それってどういう……あっ!》

293カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/02/18(火) 01:35:11
「中の人はいない」の鉄の掟のせいで忘れがちだが、皆の前に姿を見せていたマホたんは、グッドスマイルヴァルキュリアというモンスター。
どこかにブレイブとしてのマホたんがいるはずだが、それらしき人物は影も形も見当たらなかった。
何らかの手段で遠隔操作していたのだろうか。
そうだとしたら、どこから操作していたのか、何故頑ななまでに姿を現さなかったのかは分からないが――

「たとえ姿を現せないとしても、ブレイブのマホたんは見てる……きっとどこかで見てる!
ちゃんと勝って見せなきゃ! モンスターのマホたんの犠牲は無駄じゃなかったって!
――風渡る始原の草原《エアリアルフィールド》!」

フィールドを風属性に書き換えるユニットカード。シルヴェストルの住まう地を再現したものらしい。
剥き出しの大地が、風が吹き抜けるどこまでも広がる草原へと塗り替わる。
つーかこんなの持ってたんなら最初に使おうよ!

(なんとなく怖くて今まで使えなかった……)

《まあ……禁忌を犯し過ぎて間違いなく出禁ですからね……》

>「幻魔将軍だと……!? バカな、継承者どもはそんなこと一言も……!?
 くそッ! だが、今更誰が来たところで遅い! 俺の勝利は確定的だ、あと10秒でスタンが切れる!
 貴様らなど一撃で終わりだ! さあ……あと5秒! 4秒! 3! 2! 1――」

>「『人の不幸は蜜の味(シャーデンフロイデ)』」

>「は? ……なに? ど、どういう……これは……あ? はっ……?」

「あぁ――っ! 昔散々振り回された記憶が甦る! 駄目駄目、一巡目の呪縛は断ち切るって決めたんだから!
……あれ? マジで幻魔将軍捕まえちゃった!? ど、どどどどどどどうしよう!?」

カザハはひとしきり悶えた後、“うっかり幻魔将軍を捕獲《キャプチャー》してしまったド素人”に意識を切り替えた模様。

>「おい、バカ! 手を貸せ! このデカブツ、ふたりでやっつけるぞ! 
 お前なんかと手を組むとか、マジありえないし! ぶっちゃけお前今すぐ死ねよって思うけどぉー!
 でも、約束だからな……ボクの力が必要なんだろ!? 他の誰でもない、このボクの力が!」

「だって君って敵だったら最悪だけど味方になったら最強でしょ!
超強いしかっこいいし嫌がらせスキルが揃ってるところとかもう最高!
ヤバイ、そのファッションどうかと思ってたけど改めて見るとイケてるかも……!」

>「見えるだろ? アイツの弱点。あそこを攻撃するぞ、チャンスは一度きり……外せばアイツは回復しちゃうだろう。
 出し惜しみするなよ、出がらしになるまで全力出せ! ボクも……イヤだけど付き合ってやる!」
>「バカのお前にも分かるように、作戦自体は単純だ。
 全力出してアイツの弱点に突っ込む。ユメミマホロがやったのと同じやり方さ。
 ただし、今のアイツは首を一本失ってるし、弱点の中枢神経も剥き出し。
 全然余裕で行けるはずだ」

294カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/02/18(火) 01:36:44
「なるほど、それなら全然余裕……ってえぇえええええええええええええええ!?」

我に返ったカザハの絶叫が響く。というか当然これ、私も道連れですよね……。
なんか毎度超レイド級に突撃させられてる気がする!

>「……お前のことは絶対許さない。何があってもだ。
 お前のせいで、ボクはパパに愛してもらえなかった。パパはボクには見向きもしなかった。
 パパはお前の中の『何か』が欲しかったんだ。ボクの持ち得ない『何か』が――。
 お前のことは、いつか殺してやる。お前を殺して、その『何か』を奪って。壊して……。
 嗤ってやる。お前なんかに価値はない、ってな」

「……」

カザハは悲しげな困ったような顔をして口を噤……

「もう! 人が一巡目を断ち切って前に進もうとしてるのにそんなこと言う!?
せっかくみんなが未来を変えてくれたのに無駄にしないで!」

まなかった。割とガチギレしている。何かいつもと違うような違わないような……。

「こっちは強権振りかざしてお前を利用する卑怯者だぞ! 大人しく殺されてやるもんか!
昔の恨みならこっちだって腐るほどあるんだからなーっ!
そっちがその気ならこっちだって考えがある! お前なんか……」

>「でも。お前がいなかったら、ボクはこの世に生まれなかった。存在もしなかった。
 そこだけは……恩に切らないことも、ない、かも……」

「いつかボクのセンスで全身コーディネートして市中連れまわしの刑だ。覚悟しとけ」

カザハはマジなトーンで言い放った。あれは私もやられたことがあるけど地味にエグい。
なんてったってカザハは周囲の視線を物ともせず鳥取を原宿系ファッションで闊歩する猛者だからな!
ちなみに鳥取県民の制服はユ○クロかG○です。(大袈裟)

(良かった……生まれてきたこと、後悔してないんだ。それならいつかきっと……)

《しっかり聞こえてたんですね……》

(シルヴェストルの地獄耳なめんな! 
ゴスロリとか着せたらきっとカワイイ……。あ、でも馬に乗るし王子系ファッションかな?
もちろん絶対領域は必須で!)

《今のところ中身のグラフィック実装する気配が無いんですけどそれは……》

>「さあ、無駄口を叩くのはおしまいだ! さっさと片付けるぞ!
 お前と轡を並べてるだけで頭が痛くなりそうなのに、攻撃なんてヘドが出る!」

「奇遇だな……ボクも吐きそうだ!」

《恐怖のあまり!? それ多分意味が違います! つーか吐くなよ!?》

今までミドガルズオルムに割と平気で突っ込んでいったり、死を覚悟した時ですら躊躇う様子を見せなかったカザハが、怯えている。

(何これ滅茶苦茶怖いんですけど! みんなよく素面で戦ってるよマジで!
やっぱ一生洗脳されときゃよかったかもしれない!)

ああ、大昔の捕獲《キャプチャー》の影響がやっと切れたのか。
二回世界跨いでもまだ効いてたなんていくらなんでも効き過ぎでしょ!

295カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/02/18(火) 01:37:49
《大丈夫ですよ。私達、強敵と戦う時はいつも二体で召喚されてましたよね。
あなたが私の背に乗れば、向かう所敵無しだった。……アイツらを除いてね》

(ふふっ、そうだね。最大の宿敵が味方に付いてるんだから恐いものなんてないよね。
不思議だな……前の周回のことは引きずらないって決めた途端に昔の事を思い出す)

「明神さん、まだカード殆ど残ってるでしょ! 危なくなったら助けてね!」

明神さんの方を一瞬振り向いてしれっと無茶なことを言ってから突撃する。
相手は数百メートル級のドラゴンなんですが……。

>「――行くぞ! モタモタして足を引っ張るなよな!」

「そっちこそ! ――風精王の被造物《エアリアルウェポン》」

カザハが右手に握った精霊樹の木槍を一閃すると、暴風のランスと化していた。
ところで何故かブレモンはカードを音声認識で発動できる機能を搭載している。
開発が何を血迷ったのかは知らないが、結果的に私達にとっては大変役立っているというわけだ。
中枢神経が目前まで迫ってきた。このままいけるかと思われたが、そうは問屋が卸さない。

>「ぐおお……! さ、せ、る……ものか……!
 アジ・ダハーカ! それでもモンスターの頂点! 六芒星の魔神の一角かァァァァ!
 力を見せろ……魔皇竜ゥゥゥゥゥゥッ!!!」

>「ゴアアアアアアアアアア――――――――――――ッ!!!!」

ファイト一発気合でスタン状態から回復しやがった……! そんなのアリ!?

>「塵と化せ――王に刃向かう愚か者! 『活火山島の神息(ボルカニック・ゴッド・ブレス)』!!」

二本の首から灼熱のブレスが放たれる。

「鶏示輝路《コトカリス・ゴールデンロード》使用! 対象2倍で烈風の加護《エアリアルエンチャント》!」

攻撃用にはすでにかかっているが、これは防御用だ。
ジョン君にかけられていた雄鶏示輝路《コトカリス・ゴールデンロード》の効果をここで発動し、
私とカザハは同時に風のバリアーを纏った。
ということは―――これ正面突破するんですよね!? うん、なんとなくそんな気はしてた!

>「呼吸を合わせろ! 一緒に突っ込むだけじゃダメだ、ボクとお前で螺旋を描くように!
 力をひとつに束ねて――二本の首でバラバラに吐くコイツのブレスより、ひとつに繋ぎ合わせたボクたちの力の方が、絶対!
 強いに決まってるんだ!!」

「当然! 光と闇が合わさると最強ってなあ!
この突撃方法、名付けて”ダークミストラル”ってどう!? カッコよくない!?」

……私達、一応属性風なんですけど! まあいいや、私が色的に白いからギリセーフ!
って“ミストラル”って風って自分で言ってるじゃないですか! せめて統一しようよ!
とにもかくにも私達は螺旋を描き、炎を切り裂きながら、中枢神経に迫る。

296カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/02/18(火) 01:39:00
「「いっっっっっっけぇぇぇぇぇぇぇぇ―――――――――――――――ッ!!!!」」

二人の声が見事に声が重なる。
もともと似姿として作られた存在だからか、捕獲《キャプチャー》の影響か、
ずっと一緒の体に入っていたからか、あるいはその全部か――
カザハとガザーヴァは息がぴったりというレベルを遥かに超えて、魂がシンクロしていた。

>「バ……、バカな……。
 バカな、そんなことが! こんな! 俺の魔皇竜が、六芒星の魔神が……!
 ありえん、俺が負けるなど……この俺が、煌 帝龍が! こ……この……!」

「うりゃあああああああああ! 竜巻大旋風《ウィンドストーム》!!」

カザハは残った最後の攻撃スペルを乗せて、疾風纏うランスの一撃を叩きこむ。

>「この! 帝龍がァァァァァァァァァァァァ――――――――――――――――――――――――――ッ!!!!」

中枢神経に致命打を与えた私達は、一瞬で飛び上がって離脱。
ヒット&アウェイは私の得意とするところだ。

>「ゴ、オ、オオオ……オオォオォオオォオォオォオォォオォオオ……」

「やった……!」

アジ・ダハーカが崩壊していく。
地面に墜落していった帝龍をゴッドポヨリンさんが受け止めるのが見えた。
私が地面に降り立つと、カザハはスマホから癒しの旋風《ヒールウィンド》のカードを取り出して、明神さんに手渡した。
味方全員をまとめて回復するスペルだ。
もはやスペルカード一枚発動する精神力すら残っていないということらしい。
レイド級を使役しながら自らも突撃するという無茶をしたのだ。無理もない。

「これを……みんなに。あの二人はきっと……絶対……生きてるから……。
ボクはちょっと……疲れた……」

カザハはそう呟くと、気を失うように私にくたりと身体を預けた。

297明神 ◆9EasXbvg42:2020/02/25(火) 23:47:41
>「……れよ」

突き付けたスマホの捕獲ボタンを押す、その刹那。
ガザーヴァは俯きながら呟いた。
溢れるような言葉はやがて、気炎めいた叫びへと変わる。

>「お前……言ったな! じゃあ――責任取れよ! 絶対絶対……言ったことの責任! 取れよな――!!」

「任せとけ、責任取んのは得意なんだ。……俺は、大人だからよ」

絶望のままに朽ちゆこうとしていたガザーヴァを、俺はもう一度この世界に引きずり出した。
こいつの気持ちなんかぴくちり考慮することなく。有り体に言えば、大人の事情で。
だったら、大人らしく……責任くらい、取らねえとな。

捕獲ビームがカザハ君の肉体に絡みつき、そこから黒いモヤだけを抽出する。
バルログの時のような抵抗を感じることはなく、すんなりとガザーヴァはスマホに収まった。

>『ボクを召喚しろ! 早く!!』

『捕獲完了』が表示されたスマホから、ガザーヴァの声が響く。
促されるままに俺は召喚画面に切り替え、ボタンをタップした。
これ他人のスマホだし他人のアカウントだけどよ。せっかくだから叫ばせてもらうぜ。

「サモン――ガザーヴァ!」

応じるように捕獲されたてのモヤがスマホから噴出。
形なんてなくて、なんとなくの輪郭でしか判別出来ないが、俺には分かる。
紛れもなくこいつはガザーヴァだ。
そして、形は――器は。これから獲得する。

>「パパ! 身体……くれるんだろ!」
>「よしきた! 私は約束は守る男だとも――ガザーヴァ、新しい顔……もとい身体だ!」

ボケっとことの成り行きを見守っていたバロールが心底愉快そうに答える。
空間に亀裂が入り、ペっと吐き出されたのは――傷一つない黒甲冑。
まるでそこに在るのが当然だとでも言うみたいに、ガザーヴァのモヤが吸い込まれていく。
来た。来た来た来た来た来た――!!

>「――おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――――――――――――ッ!!!!」

漆黒の面頬に、赤き意志の光がふたつ。
魂を宿した鋼の躯体は、凱歌を叫ぶかのように咆哮する。

忘れもしない。何度も何度も画面越しに戦いを繰り広げてきた、不倶戴天のライバル。
絶望と、執着と、呪いと――奇跡が捻じ曲げてしまった、ひとつの魂のあるべき姿。
幻魔将軍ガザーヴァは、今ここに、失った全てを取り戻した。

「へへ……」

腹の底がビリビリ震えるのが分かった。背筋を熱いものが駆け抜けていく。
俺はずっと、この姿が見たかったんだ。

「これ以上、言葉なんか要らねえな。行って来いガザーヴァ!お前はもう、自由だ」

298明神 ◆9EasXbvg42:2020/02/25(火) 23:48:13
>「ガーゴイル!」

同じように肉体を取り戻したダークユニサスが駆けつけ、ガザーヴァを背に乗せる。
完全復活だ。魔馬一体、在りし日の姿そのままに、幻魔将軍は空を翔ける。

>「明神さん……もう、あんな無茶して!
 上手くいったから良かったけど……半歩間違えれば今頃ミンチだったんだから!」

気付けば意識を取り戻したらしきカザハ君が隣に居た。
カケル君も一緒だ。つまりはこっちも……完全復活だ。

「うっせ。一人で自爆かましに行ったお前が言うんじゃねーよ!
 分の悪い賭けに出たのは、俺もお前も互い様だぜ」

>「怖かった……滅茶苦茶怖かったよ。ボクが明神さんを殺しちゃうんじゃないかって
  ……って話は後だ! スマホを!」

「……悪かったよ。アコライト来てから色々ありすぎた。俺も情緒がだいぶバグってんだ。
 ほらよ、お前も行ってこい。妹ちゃんにばっか良いカッコさせんなよ」

スマホを手渡すと、カザハ君はカケル君と共に離陸する。
ガザーヴァの後を追って、飛び立った。

>「幻魔将軍だと……!?」

二人と二匹の吶喊する先を目で追えば、帝龍が息も絶え絶えになりながら驚愕していた。
アジ・ダカーハはその巨体をズタズタに引き裂かれ、首に至っては一本失っている。
何が起きたのか――誰がこれをやったのか、見ていなくたって俺にはわかった。
ジョン。エンバース。マホたんが命がけで開いた活路を、お前らが繋いだんだな。

>「バカな、継承者どもはそんなこと一言も……!?」

だが、次いで帝龍が口にした言葉に引っかかるものがあった。
――継承者?十二階梯か?なんでそいつらの名前が今出てくる。
継承者はアルフヘイム側の戦力のはずだ。帝龍にとっては明確に敵。
だけどあいつの口ぶりはまるで、継承者から助言を受けていたかのような――

>「くそッ! だが、今更誰が来たところで遅い! 俺の勝利は確定的だ、あと10秒でスタンが切れる!
 貴様らなど一撃で終わりだ! さあ……あと5秒! 4秒! 3! 2! 1――」

脇道に逸れた思考は、帝龍の叫びに寸断された。
ジョンが首一本をぶった切り、エンバースが臓腑を蹂躙したアジ・ダカーハも、
その驚異的な再生能力によって回復しつつある。
交渉に時間をかけすぎた。スタンから復帰すれば、あの超威力のブレスがもう一度来る!

だけど、絶望的な状況とは裏腹に、俺は全然焦ってなんかいなかった。
何故なら。今の俺達には、ガザーヴァが居る。

>「『人の不幸は蜜の味(シャーデンフロイデ)』」
>「は? ……なに? ど、どういう……これは……あ? はっ……?」

「忘れてんじゃねえだろうな帝龍!お前もこいつにゃ苦労したはずだろうが!」

――ガザーヴァの持つクソカスイライラうんちっち寿命マッハスキルがひとつ。
『人の不幸は蜜の味(シャーデンフロイデ)』。
デバフのカウントをリセットするこのスキルは、事実上デバフの効果時間を二倍に延長する。

299明神 ◆9EasXbvg42:2020/02/25(火) 23:49:14
これがまぁデバフ主体のガザーヴァの戦闘スタイルとアホほど相性がよくて、
対策せずに挑めばストレスでスマホへし折る羽目になること請け合いのクソゲーメーカーだ。
スタンだの麻痺だのを延長された日には、何も出来ないままタコ殴りにされる。
ああああ思い出しムカつきで血尿が出るぅぅぅぅぅ!!!

だけどやっぱ、これが幻魔将軍ガザーヴァだ!
この開発の悪意を煮詰めたような反吐の出るスキル構成!
こっちの行動ガチガチに縛りつつ煽り交えて全体攻撃かましてくる超絶的な鬱陶しさ!
公式フォーラムですら擁護意見が一切出なかったクソオブクソの面目躍如だ!

たまんねえな!今すげえブレモンやってるって感じするわ!
やっぱブレモンってクソゲーなのでは!?

とか言ってるうちに不毛の荒野だった戦場が緑の絨毯みたいな草原に変わる。
カザハ君のフィールドカードだ。空中で2つの影が合流する。

>「……お前のことは絶対許さない。何があってもだ。

対峙するカザハ君とガザーヴァ。
二人がこうして向かい合うのは、多分この世界ではこれが初めてだ。
きっと思うところは山程あって、ガザーヴァは忌々しげにカザハ君を見遣る。

>「お前のことは、いつか殺してやる。お前を殺して、その『何か』を奪って。壊して……。
 嗤ってやる。お前なんかに価値はない、ってな」
>「こっちは強権振りかざしてお前を利用する卑怯者だぞ! 大人しく殺されてやるもんか!
 昔の恨みならこっちだって腐るほどあるんだからなーっ!
 そっちがその気ならこっちだって考えがある! お前なんか……」

二人のやり取りは、絶対今そんなこと言ってる場合じゃないんだろうけど。
それでも、ここで交わさなければならない言葉だ。
こいつらが、お互いに一物抱えながらでも、手を取り合って前に進んでいくために。

>「でも。お前がいなかったら、ボクはこの世に生まれなかった。存在もしなかった。
 そこだけは……恩に切らないことも、ない、かも……」
>「いつかボクのセンスで全身コーディネートして市中連れまわしの刑だ。覚悟しとけ」

「俺も混ぜろよガザーヴァ。俺達とお前の因縁は、再会したらそれで終わりの軽いもんじゃねえだろ。
 今度こそ、全力で闘ろう。バロールなんか放っといて、ブレイブと幻魔将軍の戦いをやり直そうぜ」

バロールに切り捨てられて、尻切れトンボに終わっちまったゲームの中の死闘。
そいつを最後までやりきって、初めてブレモンを取り戻したって言える。

>「明神さん、まだカード殆ど残ってるでしょ! 危なくなったら助けてね!」

「要らねえ備えだな。お前とガザーヴァが組んだなら――そいつは無敵だ。そうだろ?」

>「さあ、無駄口を叩くのはおしまいだ! さっさと片付けるぞ!
 お前と轡を並べてるだけで頭が痛くなりそうなのに、攻撃なんてヘドが出る!
 ――行くぞ! モタモタして足を引っ張るなよな!」

そして、白と黒の光は流星と化した。
げに恐るべきは帝龍のド根性、アジ・ダカーハのスタン復帰が間に合った。
猛る咆哮、放たれるブレス。二色の流星と、煉獄の火炎が激突する!

300明神 ◆9EasXbvg42:2020/02/25(火) 23:49:44
>「いっっっっっっけぇぇぇぇぇぇぇぇ―――――――――――――――ッ!!!!」

ブレスの勢いが目に見えて衰えているのは、アジ公のダメージが回復しきってないからだろう。
ジョンとエンバース、そしてマホたんが与えた痛打は、超レイドの巨躯すら機能不全に陥らせた。
ツイストする流星はブレスを容易く切り裂き、中枢神経へと直撃する。

>「この! 帝龍がァァァァァァァァァァァァ――――――――――――――――――――――――――ッ!!!!」

――貫いた。ぶつかり合って、色が弾けた。
白と黒の稲光はアジ・ダカーハの巨体を縦横無尽に這い回り、切り裂き、破壊する。
傷口から光が溢れ出て、まるでトランプタワーが瓦解するように、巨竜が崩壊していく。

ブレイブ&モンスターズにおいて、プレイヤーが持ちうる最強最大の戦力。
レイド級が百体束になってもおよそ比肩し得ない、究極の存在。
――超レイド級、アジ・ダカーハ。

タイラントのような不完全な状態でも、ミドガルズオルムのような供給途絶でもなく。
完全体の超レイド級が、崩れ落ちていく。
俺達が、打倒した。

支えを失った帝龍が墜落していく。
ポヨリンさんがその落下地点で待ち構えて、身柄を確保した。
これで終わりだ。煌帝龍の制圧、アコライト防衛戦の勝利条件は、満たされた。

>「これを……みんなに。あの二人はきっと……絶対……生きてるから……。
 ボクはちょっと……疲れた……」

隣にふわりと降りてきたカケル君の背で、呻くようにカザハ君が呟く。
差し出されたカードは『癒しの旋風』、全体回復のスペルだ。

「了解。お前も来いよ、範囲ヒールから漏れるとかヒーラー激おこやぞ」

カケル君と連れ立ってなゆたちゃん達のもとへ合流する。

「焼死体、お前その身体……何がどうなってんだ」

エンバースは元の姿をほとんど残していなかった。
白の甲冑姿。何度かスマホから顔出してた、こいつのパートナーを彷彿とさせる姿。
元の焼け焦げた死体は、大部分が鎧に置換されている。

イメチェンにしたって面影ぴくちり残ってねえのはどうかと思いますよ俺は。
もう別キャラじゃんこれ。むしろ俺よくこいつが焼死体だってわかったな。
ひび割れたスマホくらいしか共通点がない。

「ジョン!戻ってこいよ!戦闘は終わった。……俺達の勝ちだ!」

カザハ君から受け取った回復スペルを行使しつつ、ジョンに呼びかける。
アジ・ダカーハの首が一本吹っ飛んでたのは、多分こいつの仕業だ。
手元にある巨大な剣。バルゴスの大剣より遥かに大きなそれは、どう考えても人間の振るう武器じゃない。

301明神 ◆9EasXbvg42:2020/02/25(火) 23:52:00
……どういうフィジカルしてたらあんな鉄塊でドラゴンの首落とせるんだよ。
モンスターよりよっぽど化け物じゃねえか。
モンスターが半数占めるこのパーティで言うのもなんだけどよ。

「そう、俺達の勝ちだ。あの超レイド級に、俺達は、勝ったんだ。
 はは……ランキングが丸ごとひっくり返る、大金星だ……」

自分自身に言い聞かせるように、俺はもう一度呟いた。
声が震えて、口の中はカラカラで、うまく喋れなかった。

アジ・ダカーハは討滅しおおせたが、こちらの損害も軽微とは言えなかった。
ジョンは相変わらずズタズタのボロボロだし、カザハ君はヘトヘトで人事不省。
エンバースに至っては何が何やら意味不明な状態と来た。

なにより。
朝、アコライト外郭を発った時には確かに傍にあったものがひとつ、欠落していた。
――ユメミマホロ。その笑顔を見ることは、もう二度とない。

臨戦状態の興奮で無理やり押し込めていた現実が、絶望が、後を追うように襲ってきた。
マホたんの判断は正しかった。彼女が身を投じたおかげで、俺達もオタク殿たちも生き残ることができた。
ユメミマホロは、自分が守りたかったものを、確かに護り切ったのだ。

握りっぱなしだった手を開く。
マホたんの羽、その感触を確かめるように、もう一度握り直した。
目を瞑れば、今だって彼女の最期を鮮明に思い出せる。

「クソっ……たれ……」

もっと、気の利いた言葉があったと思う。
マホたんの死を悼んで、それでも前へ進むために、皆を鼓舞するようなセリフは山程思い付いた。

それでも口から出たのは、知性の欠片も感じられない感傷。
それ以上、何も言う気にはなれなかった。

「……帰ろうぜ、アコライトに。マホたんが命がけで守った全部を、確かめに行こう」

どの道ずっとこの場でお通夜はしてられない。
帝龍がミハエルみたくニブルヘイムに回収される前に、城壁内で拘束し直さなきゃならない。
尋問も反省会も、それからだ。

「なんなら帝龍のスマホのロック割って、アジ・ダカーハをこっちの戦力にできるかも知れねえ。
 バロール、帰りの足は――」

その時、不意に背筋を悪寒が走った。
第六感的なものではなくて、何かが高速で飛来する風切り音が聞こえたからだ。

302明神 ◆9EasXbvg42:2020/02/25(火) 23:56:22
とっさに身構えた俺の隣を、何かが擦過していった。
辛うじて目で追えたのは、燐光を帯びた矢のようなもの。
それは帝龍のスマホを刺し貫き、地面へと縫い止める。

「なっ……!?」

スマホを貫通した矢は、やがて光の粒に分解されて消えた。
あとに残ったのは、大穴空いて機能を停止したスマホ。

「スマホを破壊しやがった――?」

ブレイブのスマホは、地球のそれよりも遥かに頑丈に出来ている。
落とそうが投げてぶつけようがそうそう壊れはしないし、水没しても影響はない。
エンバースのスマホは画面こそバキバキだが、機能自体はちゃんと動いてる。

そのスマホを、こうも容易く貫通した、出どころ不明の矢。
どうなってやがる。魔力が切れたら防護機能も働かないってことか?
いや、それよりも。そんなことよりも!

撃ち込まれた矢は、物理的なものじゃない。
魔力を矢状に固めて撃ち放つ、攻撃魔法の類だ。

そして俺は知っている。
音律を矢として放つ、音速の魔法武器を。
この見通しの良い戦場で、見えないような距離からスマホを射抜く、超絶技巧の射手の存在を。

「こいつは、狼咆琴(ブラックロア)……!
 そうか、カテ公が死んでねえなら、あいつも生きてておかしくねえよな……!」

――十二階梯の継承者、第十階梯"詩学の"マリスエリス。
音律を矢に変える『狼咆琴』で千里先の敵も撃ち抜く、吟遊のスナイパー。
ゲーム本編ではバロールによるキングヒル強襲の際に、エカテリーナと共に死んだNPCだ。

カテ公が生きてリバティウムを彷徨いてたように、マリスエリスもまた、この時間軸では生きている。
だけど何だって、顔も見せようとしない?筆頭のバロールがすぐ傍に居るってのに。
マリスエリスの加勢があったら、この戦いだってもっと楽にことを運べただろうに。

>『バカな、継承者どもはそんなこと一言も……!?』

忘れ去ってた帝龍の言葉が、今更脳裏に蘇る。
あの時の帝龍の言い草は、まるで継承者が味方についているかのようだった。
スマホを狙撃したのも、『鹵獲の防止』――つまりは俺達に対する妨害工作ととることもできる。

「どういうことだ、バロール」

『導きの指鎖』で第二撃を警戒しつつ、俺は筆頭弟子に問い質した。

「マリスエリスは、十二階梯は!お前のお仲間じゃねえのかよ……!」


【アコライトへの帰還を提案。エリにゃんの狙撃についてバロールに詰問】

303ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/02/28(金) 17:46:31
>「この! 帝龍がァァァァァァァァァァァァ――――――――――――――――――――――――――ッ!!!!」

>「ゴ、オ、オオオ……オオォオォオオォオォオォオォォオォオオ……」

>「やった……!」

「お帰り・・・カザハ」

アジダハーカは光となり霧散する。
それは、カザハが、みんなが勝ったなによりの証明であった。

「はあああ〜〜〜〜」

その場に倒れこむ。
スキルでブーストしたといっても一人の人間である僕がレイド級であるアジダハーカの首を一本切り落としたのだ。
無傷というわけにはいかなかった、全身に激痛が走る。

(だがこれで済むなら代償としては安い物だな・・・)

「やっぱり我ら!後方で待機などできませぬ!マホロちゃんが戦ったのに我らだけ逃げるなんて・・・」

「あはは・・・もう終わったよ・・・帝龍は倒したんだ」

決死の覚悟で戻ってきた兵士達に帝龍を倒した事を告げる

「そう・・・でござるか・・・」

上半身を起こし、周りを見渡す。
そこにいる全員・・・勝利の歓喜に沸くでもなく・・・静かに戦闘処理をしていた

>「クソっ……たれ……」

マホロは死んだ・・・未来を守るために、みんなを守るために。

この場にいる全員が覚悟していた。だれかを失う事を・・・自分が死ぬ事を。
だからこそ泣き言を言わずに帰還の準備をしている・・・泣きたい衝動を抑えながら。
自分以上にマホロがそれを望まないと分かっているから。

「余計な事しかしないな・・・ユメミマホロ・・・」

わかっているとも。マホロがいなかったらこの戦いがどうなっていたかわからなかった。
だからこそマホロは自分の役割を全うしただけなのだから。

みんな悲しんでいる・・・言葉に出さないだけで表情みれば一目瞭然だ。
だけど僕は・・・ついこの間まで喋っていた相手が死んだというのになにも感情が沸いて来ない。

僕は・・・

304ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/02/28(金) 17:46:47

「――っ!?」

帰還の準備を手伝おうと踏み出した瞬間・・・気配を感じた。
気配を隠そうとせずこちらを見ている者がいる・・・?一人・・・?

だが残念だったな・・・僕はモンスターより対人間のほうが圧倒的に得意なんだ。
お前らの失敗はブレイブは対モンスター特化集団だと思っている事だ・・・!

なにかしてくる前に制圧してやる・・・そう思って一歩を踏み出した瞬間。

「あ・・・あ・・・?」

地面に顔から思いっきり倒れる、足に力が入らない。
手を使い体だけでも起こそうと試みる。

だめだ・・・意識が朦朧してきやがった・・・。

一体どうなってるんだ・・・?

その時大きい気配の横からまた別の気配を感じ取る。

もう一人だと・・・くそ・・・最初からいたのか・・・それとも・・・。
だめだ思考が纏らない・・・。

ヒュン!と風切り音が聞こえた次の瞬間なにかが壊れるような音がする。

>「スマホを破壊しやがった――?」

すまほ・・・?すまほ・・・がこわれた・・・
はやく追撃に備えて準備しなくては。

「血が・・・」

僕の手が血で塗れていた。手じゃない、顔から鼻から口から血が大量に流れていた。

その時理解した・・・これが・・・力の代償だと。

視界が紅く歪む。不思議と痛いという感覚はなかった。
みんなに別れも伝えてないのに・・・このまま死ぬのか・・・?

305ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/02/28(金) 17:47:04
あら・・・あなたにしては随分と諦めが早いんじゃない?もっと苦しんでくれないと困るんだけど


紅く歪んだ世界に現れたのは一人の少女。
全身傷だらけで手は人間ではありえない方向に曲がり、足に至っては骨が外に出ている。
そして首に刃物で切られたような跡。

どうやって立っているのかさえわからない少女がこちらを見下していた。


私の事忘れた?


忘れるわけないだろう・・・。

「なぜだ・・・!なぜだ!君がいる!なんでここにいる!?」

今自分に起こっている状況が理解できず叫ぶ。

「おかしいだろ!君はなぜここにいる!?」

得体の知れない2人に狙われている状況など頭のどこかへ置き去りにし、目の前にいる少女に向かって叫ぶ。


私は・・・そうね・・・本来私は姿を表せないわ・・・だって


「くるな!こないでくれ!くるな!」

少女が近づいてくる。
僕はひたすら逃げる。

這いずりながら・・・痛みなんてそんな事気にしていられない。
彼女から逃げなくては・・・!

「なぜだ!なんでだ!なんでなんだよ!」

どの方向に逃げても少女は必ず僕の前に佇んでいた。
無表情で、僕を見ているのに見ていない・・・そんな雰囲気を纏ながら

彼女の首は通常ならば喋れないほどに切られている。
それなのに僕に話しかけてきている。
全身から血を流しながら・・・僕を見下しながら・・・。


十年以上も前の事だから・・・私の事・・・忘れた?


僕がしっている彼女はこんなに理性的に喋るタイプではなかった。
それどころか僕の記憶より成長しているようにもみえる。

嘘だ・・・こんな事ありえない・・・

「忘れるわけないだろう!・・・だって君は・・・」



「だって君は僕が したんだから」
        殺 
 だって私は君に されたのだから

306ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/02/28(金) 17:47:24

>「どういうことだ、バロール」
>「マリスエリスは、十二階梯は!お前のお仲間じゃねえのかよ……!」

>「くるな!こないでくれ!くるな!」

「・・・その話は後にしたほうがいいだろうね」

ジョンの叫び声が木霊する。

「うーん・・・やっぱり、か」

バロールは這いずりながら叫ぶジョンに近づいていく。

>「なぜだ!なんでだ!なんでなんだよ!」

ジョンはひたすら虚空に向けて叫び続ける。
見えないなにかから逃げているように見える。

「ジョン君。僕の声が聞こえるかい?もしもーし?・・・うん!聞こえてないね!これは結構重症だなぁ」

出血自体はコトカリスの能力で治り始めてるいるが一向にジョンの怯え、叫びは止まらない。

「といっても私がジョン君にして上げれることは現状なさそうだし・・・」

バロールはそうだ!と手を叩き
他のブレイブ達に説明をし始めた。

「今彼を蝕んでるのはブラッドラストと呼ばれる・・・スキル・・・いや病気?いや呪いともいえるかな・・・?」

「簡単に説明するならデメリットがある身体強化スキル・・・という所かな」

ジョンに残った力で回復と睡眠を促す魔法を掛けながらバロールは言葉を続ける。

「ごく一部の人間が習得・・・といっていいかは分からないけど自動習得型のスキルでね
 代償と引き換えに強大な力が手に入るんだ・・・ジョン君がアジ・ダハーカの首を切り落としたような、ね」

赤いオーラを纏ってるのを見てもしかしたらとは思ってはいたんだけど。とバロールは言う

「代償は見ての通り肉体に負荷が掛かりすぎる事。
 そしてさらにそれプラス精神的な負担も強すぎる事だ・・・おそらく彼は幻覚を見ているんだろう」

ジョン君ほど鍛えてなかったらあれほどの力を行使したのに
血を吐くだけで済むなんてありえないけどね。と付け加える

「なぜ君達程の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』がこのスキルの事を知らないか?
 色んな国に、いろんな病気があるように・・・君達の世界にはないスキル・病気・呪いがあるという事さ

「それと習得条件の難しさ、厳しさも君達が知らない理由の一つだろうね・・・
 このスキルは色々謎に包まれてるんだけど・・・習得する上で一つだけ分かっている条件があるんだ」


「人を・・・殺した事があるかどうか」 


「だから相手が切り札として出してくるならともかくこっちからでると思わなかったよ」

「習得条件の一つが人殺しだという事はわかっているんだが・・・条件を限りなく似せても習得できない場合もあるし
 そもそもその条件全部を把握できていない・・・なんせ自動習得するタイプはそれだけでレア中のレアスキルだからね
 分かっている事はこのスキルを習得して使った者は碌な死に方をしないって事だけさ」

とある兵士は精神的な苦に負け自害した。
別の人間は肉体のダメージが致命的で、まるで破裂するように体がはじけ飛び命を失った。
さらに違う人間は何かに取り付かれたように戦場で死体の山を築き、その上で自分もまた、死体の一人になった。

「どれも例外なく最後は赤い血で塗れる事になる・・・だからこのスキルを知っている者はみな
 血の最後・・・もしくは血を渇望する者という意味を込めてブラッドラストと呼ぶようになった」

307ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/02/28(金) 17:47:41

「残念ながらこのスキルのデメリットを消す方法はわからない
 唯一できる対処法はこのスキルを使わないようにするってだけさ
 ・・・もう既に手遅れかもしれないけれど」

「君は僕が殺したはずだ!!あの時僕が!この手で殺した!仕方なかったんだ!だってあれは・・・」

「さて・・・そろそろ放置しておくと暴れだす可能性があるね、兵士達!ジョン君を拘束して!」

ある程度回復したとはいえアジダハーカと戦闘して、疲労していてジョンはあっけなく拘束された。
それでも正常な状態ならば拘束できなかったかもしれない。
だが今のジョンは一種の錯乱状態にある、急激に落ち着いたり激昂を繰り返していた。

「仕方なかったんだ・・・仕方なかったんだよ・・・」

「拘束完了しました!」

ジョンは兵士達の手によって鎖でガチガチに固められていた。

「もうすでに手遅れじゃなければ・・・このスキルを使わせないよう説得できるかもしれない
 私としてもこんな事で人数が減るなんていう事は避けたいからね」

肉体的なダメージならともかく精神的なダメージは防ぎようがない。

「あれが最善だった・・・僕は・・・」

「ニャー・・・」

ぐったりとした後にジョンは動かなくなる。

「回復と一緒に睡眠も掛けたけどやっと寝たか・・・とりあえず一安心かな?」

ジョンにしか見えない幻覚の少女は無表情のまま・・・ジョンを見下ろすのだった。


【ジョン君スキルのデメリットでご乱心】
【ジョン君気絶(睡眠)中】

308embers ◆5WH73DXszU:2020/03/05(木) 06:39:51
【ジャンクション・ポイント(Ⅰ)】

『ギィィィィィィオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!』

「……耐えたか」

『……ま……だ……! まだ、だ……!
 俺は帝龍だぞ……、世界に名だたる帝龍有限公司のCEO! この世の帝王だ……!
 その俺が! こんな! 地を這う虫ケラ共に……負けていいはずがない……!!』

「なら、通帳の預金残高で勝敗が決まるゲームを作るべきだったな」

『あと……1ターン……!』

「そうだ。それがお前に残された時間だ」

『あと1ターンで、スタンが切れる……魔皇竜は復活する……!
 そうすれば、『活火山島の神息(ボルカニック・ゴッド・ブレス)』で……貴様らはおしまいだ……!
 どんなに命を費やそうと! 捨て身で挑もうと! 王には勝てん……絶対に! 勝てんのだ! ハハハハッハハハ――』

「俺達がBOTにでも見えてるのか?悪いが、ここは中国じゃない」

燃え尽きる寸前の焼死体の肉体/纏う未練の炎が一際激しく燃え上がる。
遺灰が舞う/風が渦巻く/熱が籠もる――火災旋風が、再び産声を上げる。

「あと1ターンもあれば、そいつにトドメを刺すには十分――」

振り翳される魔剣――だが不意に、焼死体の動きが止まった。
より正確には――焼死体の動作を補助する、フラウの動きが。

「……何のつもりだ、フラウ」

返答はない――白の甲冑はただ魔剣を下ろし、その場に跪く。

「何をしている、フラウ!追撃しろ!今を逃せば、もう勝機は――!」

〈――いいえ、それは出来ません。あなたが死んでしまいます〉

「死んでしまう?馬鹿言え、俺はもう死んでるじゃないか。
 なあ、つまらない冗談を言っている場合じゃないだろ」

返答はない――焼死体が呻き/藻掻く/だが何も出来ない。
残された肉体は左腕と、半分に欠けた頭部のみ。
スマホを操作する事も出来ない。

〈絶対に、嫌です。あなたを死なせはしない〉

硬く、鋭い、刃のような返答――純白の右手が、漆黒の左腕を抱く。

〈私を、二度も主を死なせた騎士にしてくれるな〉

「……代わりに俺が、二度も仲間を死なせた男になるのか?」

〈――いいえ。あなたは、矛盾している。彼らを仲間と認めているのに、自分に仲間がいる事を忘れている〉



『サモン――ガザーヴァ!』



〈プランAは成立しました。もう、あなたが命を懸ける必要はない〉

309embers ◆5WH73DXszU:2020/03/05(木) 06:43:28
【ジャンクション・ポイント(Ⅱ)】

『幻魔将軍だと……!? バカな、継承者どもはそんなこと一言も……!?』

「はは……やってくれたな、明神さん」

焼死体は宙を舞う一対の風精を見上げる/全身を包む未練の炎が、激しく燃え上がる。
配られたカードで構築可能だった二つの勝ち筋、その一つが成立した。
よってアジ・ダハーカが仲間を傷つける事も最早、不可能。

『くそッ! だが、今更誰が来たところで遅い! 俺の勝利は確定的だ、あと10秒でスタンが切れる!
 貴様らなど一撃で終わりだ! さあ……あと5秒! 4秒! 3! 2! 1――』

「いいや、お前の負けだ。お前はもうチェスや将棋でいう『詰み(チェックメイト)』に嵌まったのさ」

仲間を守る/超レイド級の撃破――その両方が達成された。

『この! 帝龍がァァァァァァァァァァァァ――――――――――――――――――――――――――ッ!!!!』

「俺の……俺達の勝ちだ」

だが未練と執着の炎は――なおも禍々しく、蠢いていた。

310embers ◆5WH73DXszU:2020/03/05(木) 06:44:12
【ジャンクション・ポイント(Ⅲ)】
 
 
 


『焼死体、お前その身体……何がどうなってんだ』

「プランBを実行するに当たって、必要な犠牲を払った。それだけだ」

『ジョン!戻ってこいよ!戦闘は終わった。……俺達の勝ちだ!』
『そう、俺達の勝ちだ。あの超レイド級に、俺達は、勝ったんだ。
 はは……ランキングが丸ごとひっくり返る、大金星だ……』

「……ああ、そうだ。俺は……俺達は、誰にも真似出来ない偉業を成し遂げたんだ」

肉体を再生した焼死体が体を起こす/変身を解いてゲル状化したフラウを見下ろした。

「なんだ、その……悪かったな」

〈気にする事はありません。愚かな主を戒めるのも、臣たる者の務めです〉

焼死体が立ち上がる/相棒へと左手を差し伸べた。
割れた液晶に、フラウが吸い込まれるように消える。

「……辺りの哨戒をしてくるよ。戦場のモンスターが全て消滅したか、確認が必要だ」

そして皆に背を向けて、歩き出した。
荒れ果てた戦陣を、努めて平然と、歩いていく。
焼死体を包む黒炎は――未だに勢いを弱める様子がなかった。
傍に転がっていた蜥蜴の死体に背中を預けて、その場に腰を下ろす。

「……サモンしたら、お前は皆を呼びに行くだろ。だからこのまま聞いてくれ。
 悪いな、フラウ。どっちにしたって……俺はもう、ここで終わりだったんだ」

右手で衣嚢からライフポーションを取り出す/胸部へ突き刺す。
エアロゾル化した回復薬が全身を巡る――だが、足りない。
更に突き刺す/更に/更に――それでも火勢は衰えない。

「俺は……既に死んだ人間だ。魂だけの存在だ。記憶を正しく保存するメモリがないんだ」

未練と執着が、焼死体を焼き尽くす/その形質を、不可逆的に変質させる。

「だから……俺はもうすぐ、ただ俺の未練を晴らす為だけに存在する、何かになる。
 そいつは、恐らくだが……表面的には、俺と殆ど変わらない筈だ。
 皆を守る為に……俺は、俺のふりをするだろうからな」

衣嚢から右手を抜く――ポーションはもう、使い果たした。

「だから……悪い。そいつに付き合ってやってくれないか。俺の仲間を、守って欲しいんだ」

炎が肉体を完全に焼却すれば、[焼死体/■■■■]は己の存在のよすがを失う。
そして――[焼死体/■■■■]に酷似した何かが発生する。
ただそれだけだ。大きな変化は、何もない。

311崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/03/10(火) 19:49:02
「……なんてこと」

なゆたは呆然と呟いた。
しかし、それはブレイブ&モンスターズ最強のモンスターの一角、魔皇竜アジ・ダハーカを撃破したことに対して――ではない。
確かにそれは奇跡のような大逆転劇。大金星の上の大金星。想像を絶する大番狂わせだった。
だが――それを成し遂げるため、なゆたたちはあまりにも大きな代償を支払いすぎた。
その結果――

>くるな!こないでくれ!くるな!

ジョンは突然地面に倒れ伏すと、何かに怯えるように大きな身体を悶えさせた。
目に見えない何かから必死で逃げようと足掻く、その哀れな姿からは魔皇竜の首を生身で叩き斬った勇士の面影はかけらもない。
あの、血のような毒々しい赤色の靄を伴ったバフ。
これは彼の使った正体不明のスキルの副作用なのだろうか?

>今彼を蝕んでるのはブラッドラストと呼ばれる・・・スキル・・・いや病気?いや呪いともいえるかな・・・?

「……ブラッド……ラスト……?」

十二階梯の継承者は味方ではないのか、と詰め寄る明神をのらりくらりとやり過ごしたバロールが言う。
ブラッドラスト。聞いたこともないスキル名だ。
Wikiを編纂しているなゆたは、ブレモンに登場するスキルのすべてを知っている。
むろんその内容を網羅しているわけではないが、少なくとも名前を聞けば存在を思い出す程度の知識はあるのだ。
だが、そんななゆたの広範なブレモン知識を持ってしても、そんなスキルは見たことも聞いたこともなかった。

>なぜ君達程の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』がこのスキルの事を知らないか?
 色んな国に、いろんな病気があるように・・・君達の世界にはないスキル・病気・呪いがあるという事さ

バロールが説明を続ける。
彼の言い分は分かる。この世界はゲームのブレモンに酷似しているが、正確には違う世界だ。
何者かがこの世界を模倣してゲームを開発し、それをなゆたたち地球の人間にプレイさせた。
とすれば、まだゲーム実装されていないスキルがこの世界に存在したとしても、なにも不思議ではない。

さらにバロールはブラッドラストの発動条件のひとつに殺人の経験があること、まだまだ謎の多いスキルであること。
習得者は例外なく凄惨な死を迎えること、などをつらつらと語った。

「そんな……! ブラッドラストを解除する方法はないの!? バロール!」

>残念ながらこのスキルのデメリットを消す方法はわからない
 唯一できる対処法はこのスキルを使わないようにするってだけさ
 ・・・もう既に手遅れかもしれないけれど

アルフヘイム最高の魔術師、かつての魔王は残念そうにかぶりを振った。
だが、それは分かっていたことだ。ゲームの中でも一度習得したスキルを覚えなかったことにすることはできない。
プレイヤーにはただ、その使用不使用を決定する選択権が与えられるだけだ。

>君は僕が殺したはずだ!!あの時僕が!この手で殺した!仕方なかったんだ!だってあれは・・

「ジョン……」

ジョンは確かに、かつて人を殺めたことがあるのだろう。
しかし――だからといって、なゆたはジョンを殺人犯だとか。罪人だとか。そう忌避はしなかった。
もし快楽のために殺したというのなら、ここまで幻影に怯え苦悶することもないだろう。
何か、のっぴきならない事情があったのだ。そして、ジョンはそれをずっと心の傷にしてきた。
心の奥底でひっそりと眠っていた、古い傷痕。
それが、このアルフヘイムで開いてしまった。目の前の敵を倒すために、ジョンは自らそのかさぶたを剥ぎ取ったのだ。
そして今、傷口から流れ出る真新しい血に苦しんでいる。

>もうすでに手遅れじゃなければ・・・このスキルを使わせないよう説得できるかもしれない
 私としてもこんな事で人数が減るなんていう事は避けたいからね

兵士にジョンを拘束させると、バロールはひとつ息をついた。
だが、説得などという生易しい行為で果たしてジョンが言うことを聞くだろうか?
なゆたが城郭で、殺すという言葉は金輪際使うなと。あれほど強く念押ししたにも拘らず――
彼は。それをあっさりと破ってしまったのだから。

312崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/03/10(火) 19:49:32
代償を支払ったのは、ジョンだけではない。
エンバースもだ。エンバースは我が身を燃やし、その力をもってして魔剣を生み出し魔皇竜の臓腑を貫いた。
ほとんど真っ白になっていたエンバースだが、なゆたがジョンを見ている間にその姿は元の黒装束に戻っている。
思わず、なゆたはほっと安堵の息をついた。

>俺の望みも、お前が継いでくれ――死ぬな。それと、フラウを頼む

切り札を使用する際のエンバースの言葉が、どうしようもなく別れを想起させるものだったからだ。
だが、彼は依然としてそこにいる。なゆたの傍に立っている。
確かにエンバースの切り札は、失敗すればその消滅を意味するものだったのかもしれない。
けれど――そうはならなかった。彼は賭けに勝ち、そしてその喪われた命をも繋げることができた。
彼の死体ならではの捨て身の戦いぶりは心臓に悪い。

「エ……」

右手を伸ばし、なゆたはエンバースの名前を呼ぼうとした。

>……辺りの哨戒をしてくるよ。戦場のモンスターが全て消滅したか、確認が必要だ

しかし、その手が、声が、エンバースに届くことはなかった。
エンバースは踵を返すと、ひとりで周辺の残敵の確認に歩いていった。
その背を追えばよかったのかもしれない。
エンバース、と。
待って、と。わたしも一緒に行くよ、と――
そう言えたのならよかったのかもしれない。
だが、言えなかった。
エンバースの背中が、何者をも拒絶するように見えたからだ。

「………ッ………」

おず、となゆたは伸ばしかけた手を引くと、軽く胸元に添えた。

「さぁて、と! では我々もそろそろ撤収しようか!」

ぱん! と手を叩き、バロールが〆に入る。
なゆたはその音に反応してびくり、と一瞬身体を震わせ、エンバースから視線を外した。

「そうだね、夜になる前に戻らなきゃ……」

帝龍を撃破した今、もうこの場所に用はない。件の帝龍は拘束され、気絶したジョンの隣に転がされている。
日が暮れれば気温は下がるし、何よりスマホを狙撃した正体不明の存在も気になる。
一刻も早くアコライト外郭まで撤退するのが賢い行動というものだろう。
とはいえ、ここ帝龍の本陣に来るために使った魔法機関車は今やボロボロになって横たわっている。どう見ても使用不可能だ。
300人の守備隊を引き連れて徒歩でアコライト外郭まで戻るとなれば、丸一日はかかる。
激戦を潜り抜けた兵士たちにそれは酷であろう。何よりなゆたたち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の体力が持たない。
しかし、バロールには策があるらしい。

「では、みんな一列に並んでくれたまえ! これから『扉』を作るからね――」

トネリコの杖を大きく振るうと、バロールの目の前の空間に巨大な黒い穴が出現する。
『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』。ミハエル・シュヴァルツァーや兇魔将軍イブリースがたびたび利用した転移の門だ。
ゲームの中では敵キャラが撤退する際に使う都合のいいギミックで、プレイヤーは使用できなかった。
だが、バロールはさすが元魔王なだけあって使用できるらしい。

「この門をくぐれば、一瞬でアコライト外郭へ帰れる。
 うん? 魔法機関車なんて使わないで、最初からこれを使っておけばよかっただろう……って?
 この魔法は転移魔法の常で、一度行ったことのある場所にしか行けないからね! 仕方ないね、はっはっはっ!
 さあ、帰ってごはんにしよう! わたしもヘトヘトに疲れてしまった、いやー働いた! 働いた!」

そう言うと、バロールはさっさと『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』をくぐって姿を消してしまった。
それから、守備隊の兵士たちも続々と門をくぐりアコライト外郭へと帰ってゆく。

「………………」

全員が門の向こうへと姿を消すと、最後までその場に残ったなゆたは軽く戦場跡地を見渡した。
そして最後に、マホロが活路を開くために自爆した場所へと視線を向ける。
ひょう……と広大な平地を冷たくなり始めた風が通り抜け、なゆたのサイドテールにした髪を撫でてゆく。
風は、まだかすかに焦げ臭いにおいがした。

「……さよなら……マホたん」

我が身を捨てて皆の命を護った、先輩『異邦の魔物使い(ブレイブ)』。
その挺身に感謝を、そして別れを告げると、なゆたは『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』へ足を踏み出した。

313崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/03/10(火) 19:49:51
……いいにおいがする。

それは夕餉のにおい。ホッとする料理のにおい。
誰かが自分たちの帰りを待っていて、疲れた身体と心を癒すためのもてなしを用意してくれている――ということの証。
アコライト外郭には、守備隊以外にも人がいる。守備隊の家族や、守備隊相手に商売をしている人々だ。
そういった人たちが戦場へ向かった者たちを労うため、料理を作って待っていてくれたのかと思う。
果たして、それはその通りだった。城郭の中、兵士たちのレクリエーションルームや作戦本部を兼ねた食堂。
そのテーブルに所狭しと料理が並べられ、帰った兵士や『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちを出迎えてくれた。
そして――



「おぉ〜っ! みんな、おかえりなさーいっ!」



そこには甲冑を纏い、さらにその上からエプロンをつけたユメミマホロがいた。

「…………ぁ……? あ、ぁ……あっ……?」

なゆたは驚愕した。
右の人差し指で彼女を指さし、大きな眼をさらにこれ以上なく大きく見開いて、酸欠の金魚のように口をパクパクさせる。
彼女のファンであるアコライト外郭守備隊も、一様に言葉もなく絶句している。
そう。
確かになゆたや明神たちの目の前で、マホロは仲間たちを守るために自爆した。
それは間違いない。嘘や冗談であったなど、ありえないのだ。
だというのに、マホロはここに確かに存在している。ゴーストでもアンデッドでもない。

「……な、なんで……?
 あのとき、マホたんはアジ・ダハーカの弱点を衝くために――」

「ふっふっふっ……さすが月子先生、いい質問ね……!
 ところがどっこい、こうして生き残りました! みんなのアイドル、このユメミマホロがそう簡単に死んでたまりますかって!
 あたしには、まだやることがある……この世界の隅々にまで、あたしの歌を届けるっていう使命が!
 そして……ファンのみんながいる限り! ユメミマホロは永遠に不滅で―――――っす!!!」

「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」」」」

「マホた―――――――んっ!! 信じてたぜ―――――――――っ!!」

「マホたぁぁぁん! ホァッ! ホァァァァァ!!」

「俺たちのマホたんはフォーエバーだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

唯一無二のアイドルの電撃的な復活劇に、それまでマホロの死に打ちひしがれていた守備隊たちは一気に復活した。
中には感涙にむせび泣き、感極まって横倒しに卒倒する者までいる。
お通夜ムードから一転、いつものコンサートのような活気に食堂が湧く。

だが。

兵士たちと違い、スマホを持つ『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちはすぐに気付くだろう。
今、自分たちの目の前にいるユメミマホロは『本物ではない』。
といって、まったくの偽者というわけでもない。言うなれば、半分だけ本物……とでも言えばいいだろうか。
なぜなら――

スマホに表示されたユメミマホロのステータスは、かつてのマホロと比べると見る影もなく弱体している。
レベルも昨日までは極限まで上げられていたものが、今はたったの5。ほとんど手つかずといった状態だ。
むろん、『聖撃(ホーリー・スマイト)』などのスキルも弱く、未収得のものが大半である。つまり――


このユメミマホロは新たに用意された『笑顔で鼓舞する戦乙女(グッドスマイル・ヴァルキュリア)』ということだ。


マホロは確かに死んだ。自爆して消滅した。
だが、それはあくまで『異邦の魔物使い(ブレイブ)』のパートナーモンスターが死亡した、ということである。
マホロの主人である『異邦の魔物使い(ブレイブ)』はこの事態を想定し、
マホロが自爆した直後に新たな『笑顔で鼓舞する戦乙女(グッドスマイル・ヴァルキュリア)』をパートナーとした。
そうすれば、表面上マホロがすり替わったことに気付く者はいない。
……スマートフォンを持ち、マホロの主人と同様のプレイヤーとしての知識を持つ者以外は。

「マホ――」

「おおーっと! ヤボは言いっこなしだよ? 月子先生……」

なゆたがそれを指摘しかけると、咄嗟にマホロはなゆたの首に右腕を回して顔と顔とを寄せ、ぼそりと呟いた。
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』がマホロの真実に勘付くのは容易である。
が、それは絶対に秘されていなければならない。少なくとも、彼女のファンである守備隊の皆には。

314崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/03/10(火) 19:50:04
「……マホたん……」

以前のパートナーが死んだから、すぐに次に乗り換えた。そう取る者もいるかもしれない。
変わり身が早いと、死んだモンスターへの哀悼の気持ちはないのかと非難する者も――しかし、そうではない。
ブレモンのプレイヤーならば、すぐに分かるはずである。
金を、時間を、そして何より愛情をかけ、手塩にかけて育ててきたパートナーモンスターが喪われる、その悲しみが。

ペットロスという言葉がある通り、ペットの犬や猫はもちろん、亀や熱帯魚が死んでも深く傷つく人は多い。
まして、マホロは地球でVtuberとして活動してきたころから苦楽を共にしてきたマスターとモンスターだ。
ふたりは家族よりも親密に、二人三脚どころか一心同体でユメミマホロという存在として活動してきたのである。
その片方が死んだ。それは残されたもう片方にとっては、肉体を真っ二つに引き裂かれるほどの苦しみであろう。
ならば。その死を悲しむこと。悼むこと。
それだけが、マホロの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』にとっては何よりの癒しになったはずだ。

けれど――

皆に悼んでもらうことよりも、マホロの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』はまだファンのために偶像を続けることを選んだ。
何よりもかけがえなく愛した、慈しんだパートナーの死を。悲しみを。嘆きを。
たった独りで抱え込むことを選んで。
ファンに希望を、光を、笑顔を与えることこそが、アイドルの役目。
マホロは今なお、それを続けようとしている。
それが『笑顔で鼓舞する戦乙女(グッドスマイル・ヴァルキュリア)』。
この異世界に召喚された自分のできる、たったひとつの冴えたやり方だということを理解している。

「さあ、みんな! 今日はパーッと派手に騒ぎましょ!
 祝勝会よ! これからはもう、トカゲやイナゴに悩まされることもないんだ!
 あたしたちは――勝ったんだから! ってことで、勝利を祝して……
 かんぱ――――――いっ!!」

「お――――――――――――――――っ!!!」

マホロが音頭を取り、エールをなみなみと注いだジョッキを掲げる。
守備隊の面々がそれに倣い、乾杯を始める。
かくして――『異邦の魔物使い(ブレイブ)』と守備隊が手当や入浴を終えた後、食堂でささやかな戦勝会が催された。
城郭に残っていた女衆が食糧庫の備蓄を惜しみなく開放して料理を運んでくる。
これからは、王都からの物資も定期的に送られてくるようになるだろう。もうトカゲを狩って食べる必要もない。
そもそもトカゲはもう出現しないのだが。

「いやぁ〜、労働の後のお酒はおいしいねぇ! ホント、このために生きてるって感じだとも!
 あ、バターケーキのお代わり貰えるかな? はっはっはっ!」

バロールがちゃっかり同席して、エールを鯨飲している。紅茶好きで下戸かと思ったら酒もいけるらしい。
しかも胸焼けするほど甘いバターケーキをつまみにして飲んでいる。
昼間に明神が言った質問に関しては、バロールはのらりくらりと話をはぐらかして明言を避けた。
挙句、まずは勝利をお祝いしよう! 無粋なことは後回しさ! と言ってエールを呷り始める始末である。
こうなってしまっては、無理強いもできないだろう。

「では、ここで一曲! あたしが披露しましょうとも!
 月子先生、一緒に歌お! モンデンキントとユメミマホロ、一夜限りのコラボレーションだー!」

「え、えっ!? わたし!?」

マホロが急遽用意されたステージに上がり、それまでちびちびとワイン代わりに葡萄のジュースを飲んでいたなゆたを指名する。
突然ふたりで歌おうと誘われ、なゆたは仰天した。
断る暇さえない。もごもご言っているうちになゆたは兵士たちに手を引かれ、ステージまで押し上げられてしまった。

「いよっ、待ってました!」

ジョッキを片手にバロールが無責任な歓声をあげる。完全に出来上がっていた。
そうこうしているうちにイントロが流れ始める。もちろん曲は『ぐーっと☆グッドスマイル』だ。
身体を軽く揺らしてリズムを取っているマホロの隣でマイクを持ち、しばらく所在なさげに突っ立っていたなゆただったが、

「ええ〜いっ! もう、破れかぶれよっ!」

と気合を入れると、マホロに合わせて振付を始めた。
実は地球ではしっかりマホロの配信を観ていたなゆたであった。

315崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/03/10(火) 19:50:19
そんな、大盛り上がりの祝勝会の中。
明神の左隣には見慣れない少女が座り、ひとつのジョッキを両手で持って静かにエールを飲んでいた。

年齢はなゆたと同じくらいだろうか。腰まである白銀色の長い髪の毛先近くを緩い三つ編みにした、淡い褐色の膚の少女だ。
深い紅色をしたアーモンド形の双眸の、文句なしの美少女である。
臍出しのショート丈半袖トップスにベストを羽織り、ローライズのホットパンツにニーソックスとショートブーツを履いている。
徹底的に軽装なスタイルは斥候(スカウト)や盗賊(シーフ)のようにも見える。
少女はほんの少しだけ横に尖った耳をときどき動かし、ステージの方を眺めてなゆたとマホロの歌声を聴いているようだった。
そして、時折明神の顔を横目でちらりと見ては、すぐに視線をステージの方へ戻す――ということを、ずっと繰り返している。

もちろん、明神にはそんな少女の見覚えなどないだろう。
当然『異邦の魔物使い(ブレイブ)』ではないし、アコライト外郭守備隊は男ばかりだ。
守備隊の関係者という可能性もなくはないが、なぜわざわざ明神の隣に座っているのかという問題がある。

そう。

もう言うまでもなく、この少女は――

「……ボクだよ。ガザーヴァ」

ガザーヴァは視線を逸らすと、ぼそ、と呟くように言った。
ゲームでは幻魔将軍ガザーヴァといえばダークユニサスに跨った黒甲冑の黒騎士、というグラフィックしかなかった。
だから、ガザーヴァの装備する鎧の中身は誰も知らなかったのだ。

「そりゃ脱げるよ。ボクをリビングレザーアーマーやロイヤルガードかなんかだと思ってたのか?
 戦いがあるワケでもないのに鎧を着てるなんて、アホ丸出しじゃんか。
 パパはガルガンチュアの自分の部屋以外では鎧脱ぐなーって言ってたけど、ガルガンチュアなんて前の周回でなくなったし。
 第一、もうパパの命令なんて聞かないもんねーっだ!」

ガザーヴァはベロベロバー、とばかりにバロールに向けて舌を出した。

「なんだよ。悪いかよ。
 ……似合ってないかよ」

明神の方を向き、軽く下唇を噛んで上目に睨みつける。
ガザーヴァは戦いが終わってすぐにカザハに詰め寄り、自分を『解放(リリース)』させた。
恨み骨髄の相手のパートナーモンスターになるくらいなら死んだ方がマシ、と今でも思っているし、
そもそも一度きりの助力という約束だった。
第一、ガザーヴァはれっきとしたレイド級モンスターである。
もし契約を続けるなら、ただ召喚しているだけでカザハは莫大なコストのクリスタルを支払わなければならない。
といって、普段はスマホの中に待機していて必要なときに召喚――など、ガザーヴァのプライドが許さない。
ガザーヴァに今後も協力してもらうとしたら、契約を解除しフリーにさせるのが最善なのである。

そういう流れで契約が解消され、野良モンスター扱いになっても、ガザーヴァはアコライト外郭を去るようなことはしなかった。
そして、今に至る。

「いやぁ〜、ガザーヴァも帰ってきてくれたし、我々としては嬉しい戦力アップだね!
 これもすべて明神君のお陰だとも!
 明神君、ふつつかな娘だがよろしく頼むよ! どうか可愛がってやって欲しい!」

「ちょっ! パパ! やめてよねそういうの!
 ボクはあくまで、コイツがどうしてもって言うから仕方なく力を貸してやるだけだしー!」

ガタッ! と立ち上がると、ガザーヴァは明神を指さして強弁した。
が、すぐに手を下ろすと微かに頬を赤らめ、

「……セキニン。とってくれるんだろ」

そう、ごくごく小さな声で言った。

バロールの言うとおり、三魔将の一角である幻魔将軍ガザーヴァがアルフヘイム側に付けば、大きな戦力アップになる。
ガザーヴァは外道と卑劣の二文字が人の形を取ったようなキャラクターだが、反面でバロールの忠臣という側面も持つ。
明神がかつてのバロールのようにガザーヴァの心の拠り所となるのなら、決して裏切ることはないだろう。

しかし――大幅な戦力の増強が図れた一方で、新たな懸念材料はまだ厳然とそこに残り続けていた。

……ブラッドラスト。

316崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/03/10(火) 19:50:36
あの呪いとも言えるスキルがジョンの中にある限り、また同じ状況が繰り返されてしまうかもしれない。
いや、幻覚に悩まされ昏倒するだけならまだましというものだろう。

ブラッドラストを習得した者は、例外なく凄惨な最期を迎える――。

その言葉がずっと気になっている。そして、このままではきっとジョンも早晩その犠牲者の列に名を連ねることになるだろう。
このまま放ってはおけない。早急にブラッドラストに対する措置を講じなければならない。
できればジョンが生涯そのスキルを使わずに済むような、そんな措置を。

「ブラッドラスト……血の終焉……。
 ……呪い……か……」

マホロとのデュエットを終えてステージから戻ったなゆたは、腕組みして考える。
呪いを解くには、聖属性の『解呪』の魔法が一番手っ取り早い。
他にも『浄化』『祝福』など、聖属性には呪詛に対する抵抗手段が他属性とは比べ物にならないほど多い。
バロールは方法はないと言っていたが、それはあくまで彼の知識の中では、ということだろう。
だとしたら。
彼の手の届かないジャンル、思慮の及ばない場所に、解決のヒントが隠されているかもしれない。
祝勝会の喧騒が遠く感じられるほどの、深い深い思考。熟慮。
その末に――

「……エーデルグーテ」

なゆたは小さく、ひとつの名前を口にした。

聖都エーデルグーテ。
アルメリア王国の国教でありアルフヘイムの世界宗教である、プネウマ聖教の聖地。
教会はこの世界は太祖神の吐息(プネウマ)によって形作られている――という教義のもと、父なる太祖神に祈りを捧げている。
ブレモンのプレイヤーたちも、ストーリー上重要な役割を果たすかの聖都を訪れたことは必ずあるだろう。
そして、聖都はその名の通り聖属性の総本山でもある。
当然のように、呪詛に対する手段もアルフヘイム随一の数を誇っているだろう。
バロールは魔王であり、その属性は闇。ニヴルヘイムの知識には聡くても、アルフヘイムの聖域の知識に関してはどうか?
もしかしたら、バロールも知らない解呪の最新術式が生まれているかもしれない。

「みんな、次はエーデルグーテに行こう……! ジョンのブラッドラストを治療するには、あそこに行くしかないよ!」

立ち上がり、仲間たちを見回すと、なゆたはそう提案した。
そして、そんななゆたの背を今まで沈黙していた者が後押しする。

《まさか、なゆちゃんの口からその名前が出るとは思わへんかったわ〜。渡りに船、って奴やろか。
 さて、頃合いやねぇ。せっかくの祝勝会の中、水を差すようで悪いんやけど……。
 そろそろお仕事の話をしてもかまへんやろか〜?
 いや、別にみんなはお祝いしてるのにうちだけキングヒルで書類に囲まれとるとか。
 いけずやわぁとか、そんなことは全然考えてへんえ?》

『異邦の魔物使い(ブレイブ)』のスマホから音声が聞こえる。みのりの声だ。

「おおっと! 五穀豊穣君のことをすっかり忘れていた!
 じゃあ、そろそろ――次のクエストの話をするとしようか。
 君たちの新たに向かう場所の話を……ね」

バロールもジョッキを置き、一度咳払いをする。
そんな空気に身を引き締めるように、なゆたもまた居住まいを正した。

《うちも、次はみんなにエーデルグーテまで行ってもらおかと思とってなぁ。
 エーデルグーテについては、うちが説明せんでもみんな分かっとるやろ?
 ゲームでも一度は行ったことがあると思うんやけど……。万象樹ユグドラエアの麓に位置する、プネウマ聖教の聖地やね》

「みのりさん……。どういうこと?
 どっちにしても、わたしたちはエーデルグーテまで行かなくちゃいけないって?」

《せやね。アルフヘイムで戦うなら、聖都のバックアップは不可欠や。
 アルメリア王国の影響力は国外では著しく減退してまうけど、プネウマ聖教会の権威は国外でも絶大やからね。
 これからはアルメリアの外にも行ってもらわなあかん場合も出てくるし、協力者は多い方がええもんねぇ。
 ただ――》

そこまで言って、みのりは言葉を切った。
エーデルグーテまで行く、ということ自体は問題ない。しかし――

317崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/03/10(火) 19:50:49
エーデルグーテは『遠い』。

聖都エーデルグーテのある万象樹ユグドラエアは、根源海という海洋の真ん中にそびえ立っている。
そこに陸地があるわけではなく、海の中から樹が生えているのである。
ユグドラエアの幾重にも絡み合った巨大な根が陸地の代わりとなり、そこにエーデルグーテが存在している。
当然、徒歩では行けない。根源海を渡るには、紺碧湾都アズレシアで船を借りるしかない。
そして、アルメリアからアズレシアへと到達するためには、国境にある橋梁都市アイアントラスを抜ける以外ないのである。
さらに、キングヒルからアイアントラスに行くにはその前に穀倉都市デリントブルグを経由せねばならず、
その穀倉都市の面積がやたらと広い。

通常、アルメリア王国から聖都エーデルグーテに行く巡礼者は、行きと帰りで最低二年は旅程を見積もるのが常識である。
尤もそれは交通機関を使わず行く場合であって、魔法機関車などを使う場合はその限りではない。

「でも、頼みの綱の魔法機関車は壊れちゃったからね……。
 わたしはキングヒルに戻るから、『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』は使えない。
 申し訳ないが、君たちには徒歩で行ってもらうしかないかなぁ」

「ちょっ、ちょっと待って!
 巡礼では、片道だけでも一年はかかるんでしょ!? そんな時間――」

「なに、案ずるには及ばないさ。
 わたしがキングヒルへ戻るのは、魔法機関車の修理という意味もある。
 軌条は敷かれているんだ、魔法機関車が修復されたらすぐに君たちの後を追わせよう。
 まぁ半月ってところかな? 君たちの足なら、アイアントラスくらいには到着しているだろう。
 よし! じゃあ、半月後にアイアントラスで魔法機関車と合流! ということで!」

アイアントラスから先はアルメリア王国領ではなく、隣国のフェルゼン公国だが、鉄道は敷かれている。
魔法機関車とアイアントラスで合流すれば、アズレシアまではすぐだろう。
アズレシアで船をチャーターし、アズル湾から根源海へ出航して、万象樹ユグドラエアの麓にある聖都エーデルグーテを目指す。
それが、次のクエストとなった。

《きっと、ニヴルヘイム――あちらさんの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』も現れるはずや。
 平坦な道のりではないと思う……けど、うちもバロールはんもサポートするさかい、安心しとくれやす〜。
 ジョンはんのこともあるし、明日すぐ出立とは言わへんよ。まずはそっちで体力回復してから、かなぁ》

「わかった。じゃあ、体調と物資の準備が整い次第、このアコライト外郭から直接出発するよ。 
 デリントブルグ経由でアイアントラスに行き、魔法機関車と合流。
 それからフェルゼン公国入りしてアズレシアに行き、船を借りてエーデルグーテへ、ね。
 みんなもそれでいい?」

なゆたはパーティー全員の顔を見て、意見を募る。

「それから……言うまでもないことだけど、もし敵が現れたとしてもジョンは戦わないこと。
 みんなも、出来るだけジョンを戦わせないように。その前に戦闘が終わるようにして。
 わたしとエンバースが前衛に立つから、カザハと明神さんは後衛。
 ガザーヴァは斥候として、ガーゴイルに乗って行く先の哨戒を――」

「ヤダ」

「…………。カザハ、哨戒お願い。ガザーヴァは明神さんと一緒に後衛、ってことで」

折れた。
ともかくジョンを中心に、徹底的にジョンを矢面に立たせないパーティー編成を取る。
ブラッドラスト発動の引き金になるようなこと一切からジョンを遠ざけようという意図である。
何なら馬車を調達し、ジョンをその中に入れてもいいだろう。

318崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/03/10(火) 19:51:05
「……じゃ、マホたん。守備隊のみんな、お世話になりました」

旅装を整えたなゆたは、城郭の門まで見送りに来たマホロや守備隊に礼を述べた。
結局、アコライト城郭にはキングヒルからの物資到着を待つなどして一週間ほど逗留した。
馬車にデリントブルグまでの食料などを積み込み、準備も万端だ。
なお、バロールは捕縛した帝龍を伴い『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』でキングヒルに帰った。

「うん。先生も気を付けて。みんなも絶対に死んじゃダメだよ」

マホロが頷く。
城郭に逗留している間、なゆたはもう一度マホロにパーティーに加わって欲しいと告げた。
だが、マホロは首を縦に振らなかった。
今のマホロはかつての極限まで鍛え上げられていたマホロではない。
例えパーティーに入ったところで、足手纏いにしかならないだろう。
それに、そもそもマホロの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』はどこか一箇所から移動することができない。
マホロの配信には、拠点が必要不可欠だ。そもそも旅のできるタイプではないのである。
そして、何より――
アコライト外郭の人々が、まだユメミマホロを必要としている。

「あたしはここに残るよ。これからも、このアコライト外郭を守り続ける。
 あたしは、そのために地球からこの世界に召喚されたんだ……きっと、ね。
 なら、あたしはそれをやり遂げる。みんなの活躍を、ここからお祈りしてるから」

半身の死を乗り越え、愚直にアイドルを続ける。人々の希望であり続ける。
それもまた『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の在り方のひとつだろう。
そこまでの覚悟を決めているマホロを、なゆたはそれ以上誘うことはできなかった。

「帝龍の脅威がなくなっても、アコライトがアルメリアの最終防衛線であることは変わらない。
 マホたん、城郭の防衛、よろしくね。
 わたしもずっとお祈りしてる。アコライトのみんなが、マホたんが、ずっと幸せであるようにって」

「ん! また会いましょう、平和になったアルフヘイムの空の下で――!」

ぐっ、とふたりは固い握手を交わし、再会を約束しあった。

「明神殿ぉ! 我ら、たとえ遠き空の下に在ろうとも心はいつも一緒でござるぞぉ!」

「また、一緒にマホたんのコンサートで盛り上がりましょうぞぉぉぉ!」

守備隊たちも別れを惜しんで、男泣きにむせび泣いている者もいる。
だが、別れを惜しんでばかりはいられない。きっとニヴルヘイムは帝龍の敗北を知り、すでに新たな策を練っているはずだ。
帝龍のスマホを破壊した『十二階梯の継承者』、マリスエリスの動向も気になる。
ジョンのブラッドラストを一刻も早く何とかして、アルフヘイムを救う次の一手を打たなければならない。
立ち止まっている時間はないのだ。

「じゃあ――行きましょう、みんな!
 根源海の彼方、万象樹ユグドラエアの麓にある……聖都エーデルグーテへ!
 レッツ・ブレ――――イブッ!!」

マントをはためかせ、大きく右手を振り上げると、なゆたは意気揚々と歩き始めた。
次なる冒険の地へ。新たなクエストへ。


……まだ見ぬ試練の待つ、過酷な戦場へ。


【アコライト外郭防衛戦決着。ジョンのブラッドラスト対策のため、聖都エーデルグーテへ。
 帝龍は身柄をキングヒルへ護送。幻魔将軍ガザーヴァがパーティーに参入。
 ユメミマホロ離脱。】

319カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/03/13(金) 01:43:36
>「了解。お前も来いよ、範囲ヒールから漏れるとかヒーラー激おこやぞ」

意識朦朧状態のカザハを背に乗せた私は、明神さんの後に続く。

>「焼死体、お前その身体……何がどうなってんだ」
>「ジョン!戻ってこいよ!戦闘は終わった。……俺達の勝ちだ!」

エンバースさんはよく分からない事になっていたしジョン君は例によって血塗れになっていたが、とにかく生きていた。
一件落着かと思われたが、どこからか飛んできた矢が、帝龍のスマホを貫通する。

>「どういうことだ、バロール」
>「マリスエリスは、十二階梯は!お前のお仲間じゃねえのかよ……!」

明神さんがバロールさんに詰め寄る。
そういえば帝龍は、まるでバックに十二階梯がいるかのような発言をしていた。

>「・・・その話は後にしたほうがいいだろうね」

バロールさんの視線の先では、ジョン君が這いずりながら発狂していた。

「どう……したの?」

ただならぬ雰囲気を察したカザハが呟いて身を起こそうとする。

《何でもありません……寝ていてください》

今のカザハには何が起こってもあっけらかんとしていたある意味でのメンタルの強さはもう無い。
それどころか我に返ったばかりの状態だ。いきなり凄惨な光景を見たらどうなるか分からない。

「解放《リリース》? そうだったね……。力を貸してくれてありがとう。これで自由だね……」

ガザーヴァの求めに応じあっさり『解放(リリース)』するカザハ。
きっと分離するために後先考えずに捕獲という手段を取ったのだろう。
激レアレイド級モンスターをパートナーモンスターとして連れ回すなんて、身が持たない。

「こっちも、必要だったかな……」

カザハは朦朧としたまま浄化の風《ピュリフィウィンド》を発動させると、また気絶してしまった。

>「……辺りの哨戒をしてくるよ。戦場のモンスターが全て消滅したか、確認が必要だ」

エンバースさんが皆に背を向けて歩きだす。
若干の不自然さを感じたが、しょっちゅう一人行動してるしな……ということで納得することにした。

320カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/03/13(金) 01:44:59
>「さぁて、と! では我々もそろそろ撤収しようか!」
>「では、みんな一列に並んでくれたまえ! これから『扉』を作るからね――」

ど○でもドア、じゃなくて『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』を潜って私達は撤収した。
アコライト外郭に帰ると、いい香りが漂っていた。カザハがぱっちりと目を覚ます。

「うわあ、いい匂い!」

《反応早っ! まさかお腹がすいて気絶してただけってオチじゃないでしょうね!?》

>「おぉ〜っ! みんな、おかえりなさーいっ!」
>「…………ぁ……? あ、ぁ……あっ……?」

「マホたん!!!!????」

>「……な、なんで……?
 あのとき、マホたんはアジ・ダハーカの弱点を衝くために――」
>「ふっふっふっ……さすが月子先生、いい質問ね……!
 ところがどっこい、こうして生き残りました! みんなのアイドル、このユメミマホロがそう簡単に死んでたまりますかって!
 あたしには、まだやることがある……この世界の隅々にまで、あたしの歌を届けるっていう使命が!
 そして……ファンのみんながいる限り! ユメミマホロは永遠に不滅で―――――っす!!!」

>「マホ――」
>「おおーっと! ヤボは言いっこなしだよ? 月子先生……」

「アイドルって……すごい……」

カザハは畏敬の念を込めて一言だけ呟いた。
マホたんのブレイブがどこにいるのかは未だに分からないが、何故決して姿を現さないのかは、分かり過ぎる程分かってしまった。
「ご飯にする?お風呂にする?」と聞かれるまでもなく、
全身傷だらけではあるものの奇跡的に重傷は無かったカザハは、回復薬入りの風呂に雑に放り込まれた。
カザハは首まで浸かって体育座りをしながらスマホの中の私に話しかけてきた。

「いつかボクが語る伝説の主人公はなゆちゃんだと思ってた――」

《そりゃまあいかにも王道ド直球主人公属性ですからねぇ。ん? ”思ってた”?》

「自分でもよく分からないんだけど……ラスボスを倒す最強の剣がう○こソードだって構わない、そんな気分なんだ……」

《どんな気分ですか!? ってかう○こソードとか言うから不審な視線が集まってるじゃないですか!》

皆が身繕いを終えると、マホたんの音頭で戦勝会が始まった。

321カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/03/13(金) 01:46:34
>「さあ、みんな! 今日はパーッと派手に騒ぎましょ!
 祝勝会よ! これからはもう、トカゲやイナゴに悩まされることもないんだ!
 あたしたちは――勝ったんだから! ってことで、勝利を祝して……
 かんぱ――――――いっ!!」

>「いやぁ〜、労働の後のお酒はおいしいねぇ! ホント、このために生きてるって感じだとも!
 あ、バターケーキのお代わり貰えるかな? はっはっはっ!」

「バロールさん……なんで知ってて黙ってたの!? 本当に危ないところだったんだから!
それに今回は十二階梯は向こう側に付いてるわけ!?」

1巡目の記憶を中途半端に思い出したカザハがバロールさんが質問攻めにするも、もちろんまともな答えが返ってくるはずはない。
のれんに腕押し、糠に釘である。

>「では、ここで一曲! あたしが披露しましょうとも!
 月子先生、一緒に歌お! モンデンキントとユメミマホロ、一夜限りのコラボレーションだー!」
>「え、えっ!? わたし!?」

>「いよっ、待ってました!」

「なゆちゃんの歌聞きたーい!」

バロールさんができあがってるのはもう突っ込まないとして。
カザハさん、なんであなたオレンジジュースでできあがってるんですかね!?

「そうだ、ちゃんとお礼言わなきゃ……」

喧騒に紛れ、意を決したように明神さんの方に行こうとして足を止める。

>「いやぁ〜、ガザーヴァも帰ってきてくれたし、我々としては嬉しい戦力アップだね!
 これもすべて明神君のお陰だとも!
 明神君、ふつつかな娘だがよろしく頼むよ! どうか可愛がってやって欲しい!」
>「ちょっ! パパ! やめてよねそういうの!
 ボクはあくまで、コイツがどうしてもって言うから仕方なく力を貸してやるだけだしー!」
>「……セキニン。とってくれるんだろ」

「……ご愁傷様です」

タイミングを逃したカザハはそそくさと立ち去った。
しかしこんなにあっさりと中身のグラフィックが実装されるとは思わなかったですよ……!
なんとなくもうちょっと引っ張るものかと……。
それにしてもなんだあのあざとさは! 自分が美少女であることを自覚してそうで実に怪しからん!
1巡目カザハなんて色気0の野生のナマモノ(※ただし外見だけ美少女)状態でしたよ!?
なゆたちゃんは、何やら考え込んでいる様子。
カザハはジョン君の元へ行き、ブラッドラストのことには敢えて触れずに生きて欲しいと告げる。

「ジョン君、ボクとガザーヴァを殺さないでくれてありがとう。だから君も……生きてね」

322カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/03/13(金) 01:48:31
やがて今後の方針が決まったらしく、なゆたちゃんが皆を集める。

>「わかった。じゃあ、体調と物資の準備が整い次第、このアコライト外郭から直接出発するよ。 
 デリントブルグ経由でアイアントラスに行き、魔法機関車と合流。
 それからフェルゼン公国入りしてアズレシアに行き、船を借りてエーデルグーテへ、ね。
 みんなもそれでいい?」
>「それから……言うまでもないことだけど、もし敵が現れたとしてもジョンは戦わないこと。
 みんなも、出来るだけジョンを戦わせないように。その前に戦闘が終わるようにして。
 わたしとエンバースが前衛に立つから、カザハと明神さんは後衛。
 ガザーヴァは斥候として、ガーゴイルに乗って行く先の哨戒を――」
>「ヤダ」
>「…………。カザハ、哨戒お願い。ガザーヴァは明神さんと一緒に後衛、ってことで」

「ちょっと根本的なことを聞いてみるんだけど……みんなと一緒に行ってくれるの?」

ナチュラルにガザーヴァが加入する雰囲気になっていることについて確認するカザハ。
私も、なんとなく仲間になりそうな感じはしてたけど別動隊で偵察とかしてくれるのかな、となんとなく思ってました。
例えるなら某タイムトラベル系超有名名作RPGで魔王が仲間になった時の「え、お前一緒に来るの!?」という衝撃に近いものがある。
考えてみれば元魔王の指示で動いてるわけだから元魔王の手下が仲間になるぐらい今更っちゃ今更だけど。

「……そっか! ありがとう! みんなをよろしくね!」

答えを聞いたカザハがほんの一瞬だけ複雑そうな顔をしたのは気のせいだったのだろうか。
満面の笑みでそう告げた。

その夜、皆が寝静まった頃――カザハは突然私に告げた。

「カケル、一緒に帰ろう。随分無茶させたね……もう危険な戦いなんてすることないよ」

《いきなり何を言ってるんですか!? 鳥取には帰れませんよ!?》

見れば、荷物をまとめて夜逃げの準備をしている。といってもまとめる程の量もないけど。

「あはは、砂漠じゃなくて草原の方!
“カザハ・シエル・エアリアルフィールド”――思い出したんだ、この世界でのボクの名前。
よく考えてみればさ……時間が巻き戻ってボクが死んだのは無かったことになって無事にガザーヴァも分離した。
異邦の魔物使い《ブレイブ》を廃業して全部忘れた振りをして何事も無かったように帰れば全て元通りだ。
多分今頃最近ちょっと姿を見かけない程度の扱いになってるよ」

《確かにあの一族、細かい事は気にしないしいきなり性別が変わってもイメチェン程度で流しますもんねぇ……じゃなくて!》

「そもそも自分の意思で何かを頑張るなんてガラじゃない生粋のニートだから!
丁度良く超上位互換キャラが加入してくれるらしいから面倒なことは全部お任せして楽しいニート生活に戻ればいいじゃない!」

風渡る始原の草原にいれば風の魔力を食って生きれるから食うに困らない。
そう、私達は生粋のニートだったのだ。
三桁レベルに年期の入った筋金入りのニートがよく会社員なんて出来てたな。すげー! ……じゃなくて!

323カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/03/13(金) 01:49:52
《もしかして……》

カザハはほんの少しだけ寂しそうに微笑んだ。

「アイツがあのパーティーでやっていくなら……ボクはいない方がいい。
今度は憎い相手の事なんて忘れて楽しくやってほしいから。
アイツの拠り所は明神さんがサブリーダーを勤めるあのパーティーだけなんだよ? ボク達には帰る場所がある……」

かと思うと、すぐに元の調子に戻ってしまう。

「ってのは建前で本当は背中から刺されそうで気が気じゃないしね!
そうじゃなくても妖怪キャラかぶりが出現して引換券とかいうあだ名が付いちゃうのがオチじゃん!」

《本当にそれでいいんですか!? 約束したじゃないですか! 伝説を語り継ぐって……》

「あれが本当の気持ちだったのかももう分からない……。
今まで前の周回の洗脳引きずってなんとなくいい奴やってただけなんだよ?
本性が知れたら幻滅されるだけだ。だからこれで……いいんだ」

そして、寝ている明神さんに先刻言えなかった感謝を一方的に告げる。

「明神さん、ありがとう。あの瞬間、ボクは確かに異邦の魔物使い《ブレイブ》だったよ――」

大昔のアイドルみたいなふざけた置手紙を机の上に置く。

【異邦の魔物使いは飽きたので普通のモンスターに戻ります。短い間でしたがお世話になりました】

もう止めることは出来ないと悟った私は、これでいいのかもしれないと思い始めていた。

「いくよ、カケル――解放《リリース》だ」

こうして契約は解除され、カザハと私はブレイブとパートナーではなくただの仲の良いモンスター同士に戻る――
はずだったのだが。何も起こらなかった。

「……あれ? 出来ない?」

《何かの仕様……ですかね? 初期の固定パートナーだからとか今モンスターが私しかいないからとか……?》

頭を捻っていると、カザハが突然悲鳴をあげた。

「ぎゃぁああああ!?」

《いきなり何ですか!?》

「スマホに怪文書が……!」

“お前の考えることは、全部すべてまるっとスリっとゴリっとエブリシングお見通しだ!”

スマホを見ると、どこかで聞いたことのあるようなフレーズが表示されていた。カザハは大混乱だ。

324カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/03/13(金) 01:50:53
「何!? ウィルスに感染した!? ボットを仕込まれて監視されてる!?」

追い打ちをかけるように怪文書の続き。

“逃亡したら地球時代の写真を拡散します”

「それは駄目ぇえええええ! って画像消えないし! そうだ、電源切ろう! ……電源も切れない!!
間違いない、呪われてる! 魔法の板だと思ったら呪いの板だった……!」

カザハは地球時代の写真を削除しようとしたりスマホの電源を切ろうとしたりして
ひとしきり大騒ぎした後、頭を抱えながら結論を出した。

「仕方がない、聖都エーデルグーテに行って解呪してもらうしかない……!」

《解呪できますかね!?》

【夜逃げ失敗】

「今テロップが流れていった気がする……」

《スタンとかの文字は出るけど流石にそういう仕様は無いと思いますよ!?》

カザハは頭を抱えながらも、どこか安堵したような表情をしていた。
それから出発までのカザハは意外と真面目で、弓矢を調達して練習したりしていた。
すぐに達人級の腕前になったが、風の軌道操作スキルを使っているので反則もいいところである。
差し当たっての行軍では、哨戒を任されている。
風の軌道操作スキルと組み合わせれば、敵の射程範囲外から牽制するのに最適なのだ。
そして、出発の日がやってきた。

325カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/03/13(金) 01:51:40
>「……じゃ、マホたん。守備隊のみんな、お世話になりました」
>「うん。先生も気を付けて。みんなも絶対に死んじゃダメだよ」

「マホたん……ありがとう」

この時間軸でカザハは生き永らえたが、1巡目では死ぬことは無かったモンスターのマホたんが死んでしまった。
歴史改変に必ずつきまとうジレンマ――
たとえ後に多くの命が助かる改変だったとしても、改変したばかりに死んでしまう命もある。
生き永らえた者に出来ることは、ただ感謝するだけだ。

>「あたしはここに残るよ。これからも、このアコライト外郭を守り続ける。
 あたしは、そのために地球からこの世界に召喚されたんだ……きっと、ね。
 なら、あたしはそれをやり遂げる。みんなの活躍を、ここからお祈りしてるから」

カザハはすっとアコライトを守り続けるというマホたんを眩しそうに見ながら、ほんの少し気まずそうにしていた。
今のカザハには自分の意思で何かをやり遂げる甲斐性は皆無なのである。
反面、外部からの不可抗力で追い込まれれば観念して意外と頑張る。昔からそうだった。

>「じゃあ――行きましょう、みんな!
 根源海の彼方、万象樹ユグドラエアの麓にある……聖都エーデルグーテへ!
 レッツ・ブレ――――イブッ!!」

「レッツ・ブレーイブッ!!」

夜逃げを企てた気配などおくびにも出さずに、お約束の掛け声と共に右腕を振り上げる。
こうしてカザハは某有名RPG5作目の銀髪剣士の独壇場とされている引換券市場に無謀にも参入してしまったのである。
今のところエーデルグーテに着いたら解呪(?)して夜逃げする気満々らしいが、
私の予想だとエーデルグーテは超遠いから絶対道中で気が変わる。賭けてもいい。
どれぐらい賭けてもいいかというと――

百万引換券ぐらい。

326明神 ◆9EasXbvg42:2020/03/16(月) 04:20:51
帝龍撃破の戦勝ムードにぶっかけられた冷水。
『詩学の』マリスエリスと思しき射手から受けた狙撃について、
当然の疑問を俺はバロールにぶつけた。

>「・・・その話は後にしたほうがいいだろうね」

だがバロールは、答えに言及するのを避けた。
胡散臭いイケメンのいつものはぐらかしともとれるその言動を、咎める権利が俺にはあったが、
追求は後回しにしとくべきっつうのには同感だった。

>「くるな!こないでくれ!くるな!」

ジョンが、錯乱している。
あいつの近くには何も居ない。少なくとも俺には見えない。
『見えない何か』を拒絶し、振り払うように暴れ続けるジョンの姿は……尋常のものじゃなかった。

>「……なんてこと」

隣でなゆたちゃんが慄然とつぶやく。
一字一句おんなじ気持ちだった。なんてこった。
兆候がなかったわけじゃない。先の戦いでも、あいつは自分を見失っていた。

「あの赤黒いモヤモヤ……ヒュドラの時と、同じだ。
 なんなんだよアレ、あんなエフェクトゲームじゃ見たことねえぞ」

ただの臨戦の興奮、アドレナリンの過剰分泌なんかじゃ説明がつかない。
なにか、致命的な歯車の食い違いが、奴の中で起きている。
カザハ君の言葉を借りるなら、『キャラが変わった』。変わっちまっている。

俺達の驚愕と戦慄をよそに、バロールは興味深そうにジョンの様子を観察していた。
やがて手の施しようがないと見るや、振り返って解説を始める。

>「今彼を蝕んでるのはブラッドラストと呼ばれる・・・スキル・・・いや病気?いや呪いともいえるかな・・・?」

「ブラッドラスト。なにそれ知らない……俺が知らないって相当やぞ」

自慢じゃねえけど俺はパッチノートの内容を実装年月日と合わせてソラで言える。
モンデンキント対策で有用そうなスキルはあらかた研究し尽くしたからな。
なゆたちゃんもピンと来てないところを見るに、ガチのマジで未実装のスキルらしい。

>「ごく一部の人間が習得・・・といっていいかは分からないけど自動習得型のスキルでね
 代償と引き換えに強大な力が手に入るんだ・・・ジョン君がアジ・ダハーカの首を切り落としたような、ね」

強大な力。そいつは思いっきり目の当たりにしたばかりだ。
ジョンのガタイすら隠れそうな、バカみたいにデカい剣を振り回す膂力。
そいつで超レイド級のぶっとい首を叩き斬る、冗談みたいな攻撃力。
地球原産の、『ただの人間』がそれを成し遂げたってことの意味を、もっとよく考えるべきだった。

>「代償は見ての通り肉体に負荷が掛かりすぎる事。
 そしてさらにそれプラス精神的な負担も強すぎる事だ・・・おそらく彼は幻覚を見ているんだろう」

――神がかり的な戦闘力の代償。
ジョンの精神はそれに苛まれ、人間性を失いつつある。
さながら、化け物と戦いすぎた人間が化け物になっちまうように。
覗き込んだ深淵から、覗き返されるように。

327明神 ◆9EasXbvg42:2020/03/16(月) 04:21:45
>「このスキルは色々謎に包まれてるんだけど・・・習得する上で一つだけ分かっている条件があるんだ」

俺はどこか上の空でバロールの解説を聞いていた。
だが、もったいぶるように一段落とした声色だけは、否応なしに頭蓋を直撃した。

>「人を・・・殺した事があるかどうか」 

頭の中で何かがつながるような感覚。
堰を切ったように溢れ出した記憶は、前線へ向かう途中でジョンが口にした言葉。

――>『大丈夫さ・・・人を殺すのはこれが始めてじゃない』

「……マジかよ」

過去のジョンの言動と、いま奴を蝕む現状が、一本の線で結ばれた。
ブラッドラストの習得条件は、殺人経験の有無。
そしてジョンはその口で、かつて人を殺したと、そう語った。

俺はあの時、ジョンの告白は敵に回ったカザハ君を呵責なく殺すための方便だと思っていた。
だけどあの言葉が、なんの比喩でもなく、純粋に人を殺した罪の吐露なのだとしたら。
俺達は、人殺しとパーティ組んで旅をしてきたことになる。

人を、殺した。
地球にいた頃なら、その事実だけで社会から隔離されるべき危険因子だ。
現代社会は同胞殺しを決して許すことはないし、そう扱われるべき大罪に違いない。

アルフヘイムに召喚された今なら事情は変わる。
着の身着のままでほっぽり出されて、野盗なんかに襲われて、正当防衛的に相手を殺したのかもしれない。
街中ならともかく、荒野で殺った殺られたなんてのは日常茶飯事だろう。
なんなら俺達だって、一歩踏み込んでりゃミハエルも帝龍も殺していた。

だが、ジョンの怯えようは、錯乱ぶりは、その手の『正当性のある』殺しに対するものには見えない。
深い罪悪感と罰への恐れは、まさに殺人が罪になる世界の感覚だ。
こいつは一体――どこで、誰を殺したっていうんだ。

>「どれも例外なく最後は赤い血で塗れる事になる・・・だからこのスキルを知っている者はみな
 血の最後・・・もしくは血を渇望する者という意味を込めてブラッドラストと呼ぶようになった」

バロールはなおも饒舌に語る。
スキル習得者はみな、凄絶で陰惨な最期を辿る……血塗れの終焉、故に『ブラッドラスト』。

「最後(last)で渇望(lust)ね。癪に障るくらい小洒落たネーミングだぜ。
 そんで行き着くところはみな血の錆(rust)ってわけか?ぞっとしねえな」

>「君は僕が殺したはずだ!!あの時僕が!この手で殺した!仕方なかったんだ!だってあれは・・・」

こうしてバロールの解説を聞いてる間にも、ジョンは虚空へ向かって叫び続けている。
かつて自分が殺した相手に、弁明している。その姿はあまりにも痛ましい。

「……もう見てらんねえよ。どうにかなんねえのかバロール」

>「もうすでに手遅れじゃなければ・・・このスキルを使わせないよう説得できるかもしれない
 私としてもこんな事で人数が減るなんていう事は避けたいからね」

「"こんな事"じゃねえよ。……俺達にとってはな」

こいつの超絶超然上から目線にはもう慣れっこだけど、俺は釈然としない気持ちでいっぱいだった。
ジョン・アデルは、ただのアルフヘイムの駒なんかじゃない。『人数』で語れる存在じゃない。
俺達の大事な仲間で――俺の数少ない大親友だ。

328明神 ◆9EasXbvg42:2020/03/16(月) 04:22:22
このクソスキルがジョンの心と身体を蝕んでるってんなら、使わせないようぶん殴ってでも止める。
ブラッドラストがどれだけ有用でも。使わなけりゃ勝てない相手と戦うことになったとしても。
それでジョンが犠牲になるのだけは、許せなかった。

>「……辺りの哨戒をしてくるよ。戦場のモンスターが全て消滅したか、確認が必要だ」

暫くスマホとにらめっこしてたエンバースが、思い立ったように俺達に背を向ける。
いつの間にか白い四肢はいつもの焼死体フォルムに戻っていた。

「あっおい、あんま遠く行くんじゃねえぞ。お前も調子万全ってわけじゃねえだろ」

見た目には全部元通りって感じだが、あの戦いでエンバースもまた確かに変質していた。
俺の問いに『必要な犠牲を払った』とだけ答えたこいつが、何を失ったのか、窺い知ることは出来ない。
なゆたちゃんが立ち去らんとするエンバースに声をかけようとして、結局何も言えずに手を引っ込る。
彼女と同じように、俺もまた、奴の背を追うことは出来なかった。

>「さぁて、と! では我々もそろそろ撤収しようか!」

バロールの声だけが能天気に響く。
そうじゃん。結局帰りのアシどうすんの。こっから徒歩で帰れとか言われたら泣きますよ俺は。

>「では、みんな一列に並んでくれたまえ! これから『扉』を作るからね――」

そんな心配をよそに、バロールは杖を一振り。
すると虚空にぽっかりと穴が空いて、向こう側にはアコライトの城壁が見えた。

……門じゃん。
『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』じゃん!!
ニブルヘイムの糞どもの十八番、インチキテレポートの!!!
なにサラっと使ってんだおめー!やっぱこいつ魔王じゃないの???

とまれかくまれ、帰路の算段はこれでついた。
ゲームじゃ散々煮え湯飲まされたとんずら魔法にも今だけは感謝せねばなるまい。

>「……さよなら……マホたん」

門をくぐる直前、なゆたちゃんが振り返り、戦場跡に向けてそう呟いた。
俺は……聞こえなかったフリをした。
その感傷は、なゆたちゃんだけのものだ。他人がしたり顔で共感するもんじゃない。
そして、俺には俺の、感傷がある。

ユメミマホロは居なくなり、だけどこの世界を守る理由はひとつ増えた。
彼女の死が、無駄じゃなくなるように。
その遺志も一緒に連れて、彼女の愛したアルフヘイムを救おう。

 ◆ ◆ ◆

329明神 ◆9EasXbvg42:2020/03/16(月) 04:22:59
>「おぉ〜っ! みんな、おかえりなさーいっ!」

アコライトに戻ったら、マホたんが居た。
普通に居た。

…………………………は!!?!?!?!???!!!???

食堂にずらりと居並ぶご馳走の向こうで、ユメミマホロは変わらぬ人好きのする笑顔を俺達に向けた。
俺は目頭を揉んで、もう一度前を見た。
マホたんのエプロン姿はいつ見ても可愛いなあ。

>「…………ぁ……? あ、ぁ……あっ……?」

隣でなゆたちゃんが目の前の情報を処理しきれずにバグっている。
俺はといえば、やっぱりCPU使用率が120%を超えて、脳みそがフリーズしていた。
とりあえず一旦深呼吸しよ?あー空気おいちい!マホたんの存在する空気おいちいよぉん!!!!!

>「……な、なんで……?
 あのとき、マホたんはアジ・ダハーカの弱点を衝くために――」
>「ふっふっふっ……さすが月子先生、いい質問ね……!
 ところがどっこい、こうして生き残りました! みんなのアイドル、このユメミマホロがそう簡単に死んでたまりますかって!」

「せ、説明を放棄しやがった……!今日びワンピースでも人死にが出るんですけお!!」

男塾じゃねえんだぞ!特に理由なく生き残ったり生き返ったりしてんじゃねえよ!!
いや生きてて良かったんですけどね!良かったんですけどね!!??
俺となゆたちゃんの涙返せよ!!!!!

……実際のところ、自爆スペルを使ったマホたんが生き残ってるはずはない。
石油王の藁人形でも自爆は対象外だったはずだ。
それなら、今目の前でニコニコしているユメミマホロは一体何なのか。

その答えは、説明を受けるまでもなく分かった。
マホたんのレベルが下がってる。いや、下がったってのは多分、語弊がある。
ユメミマホロの名を持つ『笑顔で鼓舞する戦乙女』は、あの時確かに死んだのだ。

――二体目の『笑顔で鼓舞する戦乙女』。
ユメミマホロ(中の人)は、抜かりなく後継者となるべき戦乙女を用意していた。

>「マホ――」
>「おおーっと! ヤボは言いっこなしだよ? 月子先生……」

なゆたちゃんの指摘をマホたんは制す。
戦力になりようもない低レベルの戦乙女を影武者に立てた理由は一つしかない。
オタク殿たち、アコライト守備隊の為だ。

彼らにとって、ユメミマホロは単なる戦意高揚のイコンではない。
孤立無援の逆境にあって明日を生きる意志を支える、文字通りの生きがい。
絶望に塗れた戦場を照らす福音であり、祝福だった。

旗手を欠いた守備隊は、どれだけ空元気を振り絞ったところで、いつか瓦解する。
今後も攻めてくるだろうニブルヘイムの軍勢に、抗うだけの気力を生み出せない。
マホたんと共に戦うというただそれだけが、彼らの拠り所だったからだ。

一度は失われた祝福を、彼女は再建した。
この先も、アルフヘイムを、アルメリアを、アコライトを守り続けるために。
オタク殿たちが、明日も笑って生きていけるように。

330明神 ◆9EasXbvg42:2020/03/16(月) 04:23:31
「この世界でも……やっぱ今世紀最高のアイドルだぜ、マホたん」

これがユメミマホロの選んだ道なら、俺は変わらずその背を押そう。
オタク殿たちを騙し続けるのなら、俺がその共犯になる。
そして推し続けよう。今のところたった一人の、俺の推しメンだからな。

>「さあ、みんな! 今日はパーッと派手に騒ぎましょ!
 祝勝会よ! これからはもう、トカゲやイナゴに悩まされることもないんだ!
 あたしたちは――勝ったんだから! ってことで、勝利を祝して……かんぱ――――――いっ!!」

「うおおおおおおっ!かんぱーい!!!!」

今だけは、あれこれ考えるの止めたって良いよな。
マホたんの音頭に合わせて、俺はジョッキを高く高く掲げた。

>「いやぁ〜、労働の後のお酒はおいしいねぇ! ホント、このために生きてるって感じだとも!
 あ、バターケーキのお代わり貰えるかな? はっはっはっ!」

「ウソだろこいつ……このゲロ甘ケーキで酒飲んでやがる」

バロールの飲みっぷりに俺は戦慄していた。
いやウイスキーとかチョコレートつまみに飲む奴いるけどさぁ。
どー考えてもエールにケーキは合わねえだろ。でも饅頭食いながら焼酎うめえな……。
過労より先に糖尿病でぶっ倒れんじゃねえのこいつ。

>「では、ここで一曲! あたしが披露しましょうとも!
 月子先生、一緒に歌お! モンデンキントとユメミマホロ、一夜限りのコラボレーションだー!」
>「え、えっ!? わたし!?」

「おーっ!いいねいいね!!ぼくなゆたちゃんのおうたききたーい!!
 うひゃひゃひゃ!げひゃひゃひゃひゃひゃはははっははあはは!!!」

ステージに引っ張り上げられたなゆたちゃんを俺はゲラゲラ笑いながら見送った。
会場はもうだいぶ出来上がってる。しばらく物資不足の緊縮財政でまともな酒なんて飲めなかったもんな。
俺も希釈してないワインなんか久しぶりで、それはもう気持ちよく酔っ払っていた。

ほどなくして曲が始まる。
もうお馴染みになった全宇宙最高の神曲『ぐーっと☆グッドスマイル』である。
戸惑いながらマホたんに合わせていたなゆたちゃんだったが、すぐに振り付けまで完璧に踊り始めた。

か、完コピだ……!この女子高生、ノリノリである。
いやしかしなゆたちゃんも歌うめーな。声めっちゃ通るやん。
よーし俺ちゃんもファンとしてガチ恋口上述べちゃうぞ!!

「うぉぉぉぉぉおおっ!スタンダップオタク殿!!!行くぞっ!
 言っいたっいこっとがあるんだよっ!!やっぱりマホた――スタンダップっつってんじゃろがい!!」

誰も乗ってこなくてふと隣を見れば、そこに居たのはオタク殿じゃなかった。
椅子にちょこんと腰掛けて、エールをちびちび飲んでいるのは、小柄な少女。

「………………誰?」

ヒュームじゃない。ほんのり褐色の肌に、銀色の髪、鳩の血みたいに鮮やかな赤い眼。
ちょっとだけ尖った耳をぴこぴこ揺らすその姿は、いっそ現実離れした可憐さだ。
少女はステージ上を注視しながら、時折こちらに視線をやる。

いや誰だよ。
オタク殿達の娘さんとか?うーんでも守備隊ってほとんどヒュームだったしなぁ。
それ以前にこんな歳の子供いるお父さんがアイドルにのめり込んでたらそれはそれで悲劇だわ。

331明神 ◆9EasXbvg42:2020/03/16(月) 04:25:12
もしもし君どこの子?パパはどこにいるのかな?
少女は鼻で息を吐いて視線を逸した。形の良い唇から溢れる声を、俺は知っていた。

>「……ボクだよ。ガザーヴァ」

「ぇあぁ!?ガザ公ってお前……えぇ……!?」

酔いが全部ぶっとぶ衝撃の事実が俺を襲った。
だけど鎧がない分若干クリアになったその声は、紛れもなくガザーヴァのもの。
え、マジで?お前鎧の中身こんなんなの!?ていうか鎧脱げたんだそれ!!

>「そりゃ脱げるよ。ボクをリビングレザーアーマーやロイヤルガードかなんかだと思ってたのか?
 戦いがあるワケでもないのに鎧を着てるなんて、アホ丸出しじゃんか」

「そ、そりゃそうだ……中身入ってるにしてもグラ未実装だと思ってたわ……」

>「パパはガルガンチュアの自分の部屋以外では鎧脱ぐなーって言ってたけど、ガルガンチュアなんて前の周回でなくなったし。
 第一、もうパパの命令なんて聞かないもんねーっだ!」

悪態をつきながら飲んだくれているバロールに舌を出す。
パパ居たわ、すぐ傍に。似てないお子さんっすね……。
どうコメントして良いやら黙っていると、ガザーヴァは上目遣いにこっちを睨む。

>「なんだよ。悪いかよ。……似合ってないかよ」

「は?可愛さ120点満点なんだが?バロールの十億倍センスあるわ」

ダークエルフめいた凄絶な美貌もさることながら、
シンプルにまとめた軽装のおかげで年齢相応の活動的な愛嬌もある。
飾りっ気がないと言うより、何も足さずとも十分過ぎる素材の良さをしっかり活かしている。
イラストアド高ぇな……。実装されたらマル公に次ぐドル箱になれるぜ。

「あとは笑顔があればカンペキだな。笑顔きらきら大将軍だ。
 笑ってみ?ほら、俺が手本見せてやる。ニチャァ……」

美少女の前でキモオタスマイルかます不審者がそこに居た。フヒッ。

「幻魔将軍の中身がこんなに可愛いって知ってたら、
 俺もスマホ叩き割らずに済んだのかなぁ……」

ゲームでのブレイブとの因縁も、異なる決着があったかも知れない。
こうしてガザ公と仲良く酒飲んでる、今この時みたいに。
俺達は、バッドエンドに終わった一つの物語を、望む結末に書き換えたんだ。

332明神 ◆9EasXbvg42:2020/03/16(月) 04:26:52
>「いやぁ〜、ガザーヴァも帰ってきてくれたし、我々としては嬉しい戦力アップだね!
 これもすべて明神君のお陰だとも!
 明神君、ふつつかな娘だがよろしく頼むよ! どうか可愛がってやって欲しい!」

バロールはいつになく上機嫌で父親ヅラしてやがる。
適当言いやがって、人間相手に可愛いがられるようなタマかよあの幻魔将軍がよぉ。

>「ちょっ! パパ! やめてよねそういうの!
 ボクはあくまで、コイツがどうしてもって言うから仕方なく力を貸してやるだけだしー!」

「うん……うん?」

なんかその言い方だと、今後も俺に力貸してくれるみたいな感じじゃない?
帝龍戦では利害の一致で共同戦線張ったけど、これからは自由に生きていいのよ。
お父さんの元で今度はアルフヘイムの将軍やるとかさ。

再び回り始めたアルコールのせいで思考が纏まらない。
とりあえず気を落ち着けるためにエールを啜っていると、
ガザーヴァは小さくつぶやくように言った。

>「……セキニン。とってくれるんだろ」

「ぶべぇっ!?」

酒が気道に入って盛大に噎せて、俺は死んだ。
ほどなくして生き返ったが、周りのオタク殿たちのもの凄いドン引きした視線に刺し貫かれた。

ヒソヒソ聞こえる「事案では」の声に耐えられなくなって、俺は二度死んだ。
死にゆく意識の中、カザハ君の小さなつぶやきが聞こえる。

>「……ご愁傷様です」

うるせえよ!

 ◆ ◆ ◆

333明神 ◆9EasXbvg42:2020/03/16(月) 04:27:47
>「ブラッドラスト……血の終焉……。……呪い……か……」

みたびこの世に生を受けた俺が衆人環視の中縮こまっていると、
なゆたちゃんが何か思案しつつ零す。
僕の人生も社会的に終焉を迎えそうです。誰か助けてください。

閑話休題、ガザーヴァの助力が得られるなら俺達のパーティは大きくジャンプアップする。
ゴッポヨとガザ公のレイド級二枚看板なら大抵の敵にも負けやしないだろう。
だが一方で、新たな懸案事項もまた加わっている。

――ジョンを蝕む『呪い』。
血の終焉、ブラッドラスト。

この状況を放置していれば、遠からずジョンは呪いに呑まれて血塗れの最期を迎えてしまう。
バロールの物言いには反駁したが、戦力的にもジョンが戦えなくなるのは厳しい。
早急に何らかの対策――例えば解呪や治療を、施さなければならない。
暫くうんうん唸っていたなゆたちゃんは、やがてひとつの街の名前を口に出す。

>「……エーデルグーテ」

「聖都……プネウマ……ああ、なるほど!」

なゆたちゃんの頭の中で何が帰結したのか、俺にも分かった。
聖都エーデルグーテ。国教プネウマ聖教の聖地にして、闇祓う光の街。

>「みんな、次はエーデルグーテに行こう……! ジョンのブラッドラストを治療するには、あそこに行くしかないよ!」

「だな。魔王様の呪いの知識が役に立たねえ以上、別の専門家に当たってみようぜ」

確かあの街には、魔族に受けた呪いを祓う為の聖水を持ってこいみたいなおつかいクエストもあった。
ブラッドラストがホントに呪いなのかはさて置くにしても、闇属性スキルを相殺する聖なるアイテムとかあってもおかしくない。
このままアルメリアに引きこもってるよりかは何かしら手がかりが見つけられるはずだ。

>《まさか、なゆちゃんの口からその名前が出るとは思わへんかったわ〜。渡りに船、って奴やろか。

スマホから石油王の声が賛意を示した。
若干恨みがましい声音が籠もっているのは……うん、バロールが悪いよ。

石油王が言うには、ブレイブとしての『本来の行き先』も、エーデルグーテの予定だった。
アルフヘイムに存在する国家はアルメリアだけじゃない。ヒノデとか明らか異国っぽいしな。
この大陸だけに限定しても、近場じゃフェルゼン公国っていう山岳国家がある。

この先ニブルヘイムの侵略に抗い、侵食現象を食い止めるには、
アルメリア以外の国にも出向く必要が出てくる。
そんな時に頼りになるのが、国を跨いで影響力のあるプネウマ聖教ってわけだ。

問題は、エーデルグーテのアクセスが尋常じゃなく悪いこと。
まず周りが海に囲まれてて陸路で行けない。当然鉄道も通ってない。
アルメリア国内からはエーデルグーテまで行ける海路はなくて、国境越えてアズレシアからの出港になる。
ほんでアズレシアに陸路で行くには山越えが必要で、道中がクソほど長え。

(イマココ)
アコライト→デリンドブルグ→アイアントラス→アズレシア→エーデルグーテ――
聞いて驚け、都合3都市を経由して陸路と海路両方使って初めてたどり着けるのだ!!!
徒歩での道程、なんと片道丸1年!!!

「無理無理無理無理!デリンドブルグがどんだけ広いと思ってんだよ!
 見渡す限り畑、畑、畑の平野だぞ!あぜ道で野営しながらずっと歩くのかよ!」

334明神 ◆9EasXbvg42:2020/03/16(月) 04:29:31
当然の反論だったが、バロールには腹案があるらしい。
魔法機関車さえ修理できれば、道中で合流して一気にコマを進められる。
俺達は機関車に追いつかれるまで、できる限り旅程を稼げば良い。

>「わかった。じゃあ、体調と物資の準備が整い次第、このアコライト外郭から直接出発するよ。 
 デリントブルグ経由でアイアントラスに行き、魔法機関車と合流。
 それからフェルゼン公国入りしてアズレシアに行き、船を借りてエーデルグーテへ、ね。
 みんなもそれでいい?」

「い、異論なし……めちゃくそしんどいだろうけど、悠長なことも言ってらんねえしな」

>「それから……言うまでもないことだけど、もし敵が現れたとしてもジョンは戦わないこと。
  みんなも、出来るだけジョンを戦わせないように。その前に戦闘が終わるようにして。
  わたしとエンバースが前衛に立つから、カザハと明神さんは後衛」

「それも了解。わかってんなジョン、正面で敵とかち合ったら迷わず後ろに下がってこい。
 トーチカ被せてやっから。俺とカザハ君なら、お前が隠れるくらいの時間は稼げる」

正味な話を言えば、ジョンが事実上戦闘不能になるのはかなり痛い。
それでもやる。やってみせる。アコライトの作戦会議であいつに切った啖呵は、絶対にウソにしない。
それに隠密機動に長けるガザーヴァが先行偵察するなら、俺達は余裕をもって敵を迎え撃てる。

>「ガザーヴァは斥候として、ガーゴイルに乗って行く先の哨戒を――」
>「ヤダ」

ガザ公はさぁ……協力してくれるって言ったじゃん!言ったじゃん!!
このひと僕のパーティーのリーダーなんですよ!

>「…………。カザハ、哨戒お願い。ガザーヴァは明神さんと一緒に後衛、ってことで」

わぁ……なゆたちゃんが折れるの初めて見た気がするぅ。
今までみんなちゃんと指示聞いてくれる良い奴らばっかだったもんなぁ。カテ公は除く。

「まぁ後ろは任せとけよジョン。俺とガザっちが組みゃ無敵要塞だ。
 お前が出てくるまでもなく寄ってくる敵全部ぶっ飛ばしてやらぁ」

主にぶっ飛ばすのはガザ公の役目になると思うけど。
俺は応援してるよ。オタク殿たちからハッピとサイリウムもらってきたしな。

「ガザぴっぴのイメージカラーっつうと何が良いかな。黒はなしね、サイリウムにそんな色はない。
 とりあえず紫の濃いやつに闇の魔法オーラ纏わせていい感じの色にしよう」

とまぁそんなこんなで準備と静養に一週間を費やすことを決めて、
アコライト防衛戦祝勝会は幕を閉じた。

おそらくは。
何年かぶりに、アコライトの民は――熟睡出来た。
俺達が、その安眠を、勝ち取ったのだ。

 ◆ ◆ ◆

335明神 ◆9EasXbvg42:2020/03/16(月) 04:30:46
すげえ疲れてたしお酒入ってたから、朝までぐっすりコースだった。
窓から差し込む朝日で自然に目が覚める。おええ……頭痛い……。

二日酔いの頭痛は脱水症状が原因らしい。
したがって深酒した次の日の頭痛は水分補給で治る。治れ!!
誰だ迎え酒とかいうエビデンスのない対症療法考案したやつは!!!

……水飲んでこよ

むくりと起き上がると、手がカサリとなにかに触れた。
頭がぼやぼやしたまま拾い上げる。手紙だ、何かが書いてある。

>【異邦の魔物使いは飽きたので普通のモンスターに戻ります。短い間でしたがお世話になりました】

目はすぐに覚めた。
寝間着もそのままで、俺は部屋を出た。
走り出す。

「……カザハ君!」

こんなわけわからん置き手紙を残すのなんかあいつしかいない。
一体どうして。ガザーヴァと分離して、あいつが俺達から離れる理由はなくなったはずだ。
このさきもずっと、一緒に旅をしていくって、そういう流れだっただろうが!

一方で、なんとなくカザハ君が逐電する理由にも検討はついた。
ガザーヴァは、能力的に言えばカザハ君の上位互換だ。
機動力も隠密性も同等で、何よりガザーヴァにはレイド級としての戦闘能力がある。

そんな妹分がパーティに居て、自分の存在価値を見失った――のだとすれば。
最低限の言付けだけ残してパーティを離れていくことに不合理はない。

だけど、だけどよ。
お前が俺達とつるむ理由は、俺達がお前と旅する理由は、それだけじゃねえだろ。
戦力になるかならないかなんざ、鼻息ひとつで吹き飛ばしてみせろよ!

それに。

「お前……お前!キャンディーズて!マジでいくつだよお前!!」

二十世紀のアイドルを彷彿とさせる置き手紙。
いやそんなこたぁどうでも良くて、ああもう結局また脳みそバグってる!!

336明神 ◆9EasXbvg42:2020/03/16(月) 04:31:48
ブレイブに割り当てられた寝室にカザハ君は居なかった。
もう出発しちまったのか?クソったれ、まだ文句のひとつも言えてねえぞ!

ぜえはあ言いながら城壁内を駆け回る。
城壁から出たんなら、入門管理所が何か知ってるかも知れない。

思い立って、表に出た。
屋外の練兵場で、カザハ君が弓の練習をしていた。
なんか普通に居た。

「おるんかーーーーーい!!!」

ズコーーーーっ!!
すっげえ昭和臭いずっこけ方しながら俺は練兵場にまろび出た。
カザハ君に置き手紙を投げつける。

「お前っ……マジっ……心臓に悪いことすんなや……!!」

朝っぱらから何やってんだ俺は……。
あんだけ走り回ってゲロ吐かなかっただけでも、ジョンの訓練の成果は出てるといえるかも知れん。
とにかく!

「いいか、この先絶対に、こんな書き置き一つで消えるんじゃねえぞ。
 お前が飽きようが嫌になろうが知ったこっちゃねえ。
 俺の伝説を歴史に刻むのは、お前だ。ガザ公がそうであるように、お前の代わりなんかどこにも居ねえんだ」

キングヒルでの、あのクーデターの日。
俺が心で受注したクエストの達成条件は、今も何も変わっちゃいない。
世界救って、その様をカザハ君に刻ませる。俺は難易度を下げるつもりはない。

「あとなぁ、前からお前には言いたいことがあったんだよ。
 昨日なんやかんやで結局言いそびれちまったから今言うぞ、謹聴しとけ」

あのクソ忌々しいバロールの言葉を借りるのは本当に癪だけど。
それでも、これだけは俺の口から言っておきたかった。

「……おかえり、カザハ君」

ようやく、ガザーヴァ混じりのシルヴェストルじゃなく、カザハ君におかえりを言えた。
前世からの因縁に端を発する哀しき精霊の堂々巡りは、これで一段落だ。

一度はパーティを離れたメンバーを迎え直して、俺達の旅は続く。
いつか世界を救って歴史に残る、その日まで。

 ◆ ◆ ◆

337明神 ◆9EasXbvg42:2020/03/16(月) 04:32:47
>「……じゃ、マホたん。守備隊のみんな、お世話になりました」

一週間後、俺達はアコライト外郭の城門前で壮行を受けていた。
マホたんは外郭に残る。そう決めた彼女を、これ以上誘うことは出来なかった。

>「あたしはここに残るよ。これからも、このアコライト外郭を守り続ける。
 あたしは、そのために地球からこの世界に召喚されたんだ……きっと、ね。
 なら、あたしはそれをやり遂げる。みんなの活躍を、ここからお祈りしてるから」

「……頼もしいね。就活の時さんざん今後のご活躍をお祈りされてきた俺だけど、
 生まれて初めて祈られて嬉しいと感じるよ。見ててくれよな、俺達の救世を」

マホたんは――昨日と変わらず晴れやかな笑顔だ。
だけどそれがやせ我慢だってことを、俺達は知っている。

ブレモンのモンスターには知性があり、意志がある。
他ならぬポヨリンさんはなゆたちゃんを何よりも大事に慕っているし、
物言わぬアンデッドのヤマシタだって、俺の意志を忖度して動く利口さがある。

初代の戦乙女、戦場で散った『ユメミマホロ』にだって、感情や意志があったはずだ。
プレイヤーとの絆は、余人が推し量るよりもずっと深いものだったんだろう。
きっと、肉親を失ったような痛みに、今も彼女は苛まれている。

「マホたん。この羽根なんだけどさ」

オタク殿たちに聞こえないよう、声を潜めてマホたんに声をかける。
懐から取り出したのは、純白の羽根。
帝龍との戦いで俺のもとに降ってきたものを、一週間かけて綺麗にした。

「ホントは返そうと思ってたんだ。あの場で唯一取り戻せた、その、形見みたいなもんだから。
 この羽根の『持ち主』も、マホたんと一緒にアコライトを守り続けたいって……
 今でもきっと、そう思ってるだろうしな」

この世界で死んだ命が、どこへ行くのかは知らない。
たまーにアンデッドになったりするけれど、大多数はあの世にでも行くんだろう。

それこそ、ヴァルハラみたいな。
きっとヴァルハラにいる初代は、ハラハラしながら二代目を見守ってると思う。

338明神 ◆9EasXbvg42:2020/03/16(月) 04:34:11
「だけどこれ、やっぱり俺が貰っていいかな。
 みみっちいゲン担ぎみたいなもんだけど、なんかこうパワーがもらえる気がする。
 ……一緒に世界を救ってくるよ」

まぁこんなもんは自己満足だ。
返せって言われたら返さない理由もない。
形見って意味じゃ、やっぱりマホたんがこれを持つべきだしな。

あらかたの別れの挨拶が済んで、城門が開く。
ここからはレールに沿った旅路じゃない。寄る辺なき中で、手探りでも進んで行かなきゃならない。
それでも行く。高難易度クエスト相手に尻込みしてちゃ、ゲーマーの名が廃りますからよ。

>「明神殿ぉ! 我ら、たとえ遠き空の下に在ろうとも心はいつも一緒でござるぞぉ!」
>「また、一緒にマホたんのコンサートで盛り上がりましょうぞぉぉぉ!」

「オタク殿ぉぉぉ!!貴君らの想い、情熱、愛!確かに受け取りましたぞ!!
 このハッピにそれらを乗せて、世界を救って参り申す!!
 ……凱旋コンサートの会場、予約しといてくれよな!!」

俺がこの戦いで得たものは、ひとつだけじゃない。
アコライト守備隊――ブレイブと共に戦ってくれた、この世界の住人たち。
彼らの想いもまた、ピンクのハッピとともに俺の背中にある。

オタク殿たちの存在が、またひとつ俺が世界を救う理由になった。
だからもう、この足を止めるものはなにもない。

>「じゃあ――行きましょう、みんな!
 根源海の彼方、万象樹ユグドラエアの麓にある……聖都エーデルグーテへ!
 レッツ・ブレ――――イブッ!!」

「さあ!ちゃちゃっと聖都行ってサクっとジョンの呪い解いちまおうぜ!
 ほんで流れで世界も救っちまおう。俺達の帰りを待ってる、これだけの連中が居るんだ。
 行くぜ!レッツブレェェェェイブ!!!!!!」


【第5章 了】

339ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/03/18(水) 03:01:19

「ん・・・?ここは・・・?」

目覚めるとそこは牢屋と思わしき場所の中。
体に何十にも巻かれていた鎖は今は取り外され、手足に枷もなく牢屋という場所だという事を除けば自由な状態だった。

「いくらなんでもこれは警戒心がなさすぎじゃないか・・・?」

王都の時も思っていたがこの程度の牢屋に中の囚人に枷を付けていないのはセキュリティ的にどうなのかと思う。
力を使って壁をぶち抜いてそのまま脱出できそうなレンガの壁に囲まれいる牢屋。

先ほどより頭が冷静なお陰でスキルを使おうとは思わないが・・・。

「目が覚めましたか?」

見張りの兵士がこちらが目覚めた事に気づき話しかけてくる。

「あぁ・・・おかげさまで・・・しかしあまりにも無用心じゃないか?僕は十分警戒するべき対象だと思うが」

「バロール様の手によって今貴方の体に弱体化魔法が掛けられています」

本気で拳に力をいれ壁を殴りつける。

「・・・痛い」

壁には傷一つつかず、逆に僕の手からは血がでていた。
どうやら今僕の体は一般成人男性並みの力しかだせないらしい

僕の体は本気で何かを殴ったからといって怪我するほどヤワではない。
なるほど・・・これはそこらのセキュリティより万全だな。

牢屋の兵士は結果に満足すると報告にいってきます。と一言残し立ち去っていった。

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜♪」

よく耳を澄ますと音楽が聞こえてくる、たしかこの歌は聴いた事がある・・・これは・・・

「ユメミマホロ!?」

聞き間違えるはずがない、ここに来た時強制的に聞かされた歌だ!しかも今は2人で歌っているように聞こえる。

「でもマホロは死んだはずじゃ・・・」

「マホロちゃんは生きてたんです」

兵士が報告を終え、戻ってくるなりそう言い放った。

「いやしかし」

「バロール様の許可が下りたので直接見にいきましょう」

「・・・」

僕はそのまま兵士に連れられ宴会真っ最中の場所に連れていかれるのだった。

340ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/03/18(水) 03:01:46

「〜〜〜〜〜〜〜〜♪」

ステージ上でなゆとマホロが楽しそうにダンスを踊っていた。

「一体これは・・・!?」

つれてきた兵士に事情を聞こうと振り返ると。

「おお〜〜〜〜〜〜〜!やっと起きたでござるか!いや〜〜〜〜よかったでござるな〜〜〜〜」

兵士達に囲まれあれよあれよと宴会の席に着かされた。

「ちょ・・・君達は僕の事がキライだったんじゃないのか?」

強引に中央のブレイブ達が集まる場所に押し込まれ。
おせっかいを焼いてくる兵士達に問う

「そりゃぶっちゃけていってしまえば好きではありませんぞ〜でも拙者達を統率してくれなかったら
 全員生還なんて恐らくできなかったですからな〜感謝もしているのですぞ〜」

マホロに対する応援を続けながら兵士達は言う。

「ま〜とにかく今は歌って楽しめの精神が一番たいせ 
うおおおおおおおおおおおマホロちゃああああああああん」

「気軽に・・・ね」

マホロの応援に専念し始めた兵士達を他所に目の前にある酒・・・はやめてジュースを飲みながら
ステージで踊っているマホロを見る。

・・・生きていたのか・・・?それにしてはなにか違和感があるな・・・
今ステージで踊っているユメミマホロに違和感を覚える。
本物であることは歌や踊りをみている感じほぼ間違いないと思うのだが・・・。

>「いやぁ〜、ガザーヴァも帰ってきてくれたし、我々としては嬉しい戦力アップだね!
 これもすべて明神君のお陰だとも!
 明神君、ふつつかな娘だがよろしく頼むよ! どうか可愛がってやって欲しい!」

>「ちょっ! パパ! やめてよねそういうの!
 ボクはあくまで、コイツがどうしてもって言うから仕方なく力を貸してやるだけだしー!」

・・・今は無粋な事を考えるのはやめよう。

楽しい宴を邪魔する権利はだれにもないのだから。


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