したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | |
レス数が900を超えています。1000を超えると投稿できなくなるよ。

避難所用SS投下スレ11冊目

649ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/03/21(火) 06:27:48 ID:6aQ37z/Q
 レッドキングとゴモラを押さえ込んでいるゼロは、カイトが襲われているのを目にして
うめき声を発する。本心では彼を助けてあげたい。しかし同じ星の文明同士の直接的な諍い
には、どんな形でさえ干渉することはならない。
 もどかしい思いを抱えていると……。
「放しなさーいッ!」
 ミズキが目を覚まし、サテライトバーサークに向かって叫んだ。傷ついた肉体を必死で
支えながら、脅しを掛ける。
「カイトを放さないと……バードスリーをここで自爆させるわ! 密閉されたこの空間で
バードスリーが爆発したら……この都市ごと消滅するわよ!?」
 ミズキがダッシュパッドのスイッチを押すと、ダッシュバードのノズルからジェット噴射が
発せられ、機体が急加熱していく。ミズキが本気である証明だった。
 これを受けてか、サテライトバーサークから声が発せられる。
『我はバーサーク。デロスを保護するシステム……』
 カイトとミズキが驚きで目を見開いた。

 その頃、地上では……ベースタイタンを始めとする、世界中のDASH基地が、地下から
突き出てきたデロスの巨大タワーによって全壊していた。その領地を乗っ取るように
地上に現れたタワーの先端がスパークしている。
 臨時基地としてUDFハンガーに退避していたDASHのメンバーに対して、ルイズがタワーの
分析結果を報告した。
「あの塔は膨大なアルファ粒子発生システムで、空気中の窒素と二酸化炭素を変換しています。
このまま世界各国の塔が酸素変換を続けると、八週間で地球全体の大気組成が変わります」
 続いてショーンが告げる。
「高濃度の酸素があの塔に充満してる! 攻撃デキナイ!」
「このまま手も出せないのかよ! くそぉッ!」
 コバが憤懣やるせなく司令室のコンソール台を叩いた。
「このまま地球の大気を変え、地上の生き物を絶滅させようとしているのかもしれない!」
 ヒジカタの推測を、ヨシナガ博士が否定した。
「そうではないわ。むしろ、地球の大気を、太古の時代に戻そうとしてるのよ!」

 ミズキはカイトを吊り上げたままのサテライトバーサークに訴えかける。
「同じ地球に住んでる者同士、どうして争わないといけないの!? そんなに私たちに滅んでほしい!?」
 それに対するサテライトバーサークの回答は、

650ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/03/21(火) 06:29:03 ID:6aQ37z/Q
『地球に生まれた生物を滅ぼしたいと、デロスは考えていない。しかし、地上の人間が地球の
環境を変えてしまったため、デロスは滅びようとしているのだ』
「えッ……!?」
 今の言葉に、カイトもミズキも、ゼロもまた衝撃を受けていた。

 ルイズはオートマトンのコアからデロスの情報を解読していた。
「デロスは滅びようとする種族。地球を取り巻くオゾン層が人間の産業によって薄くなり、
太陽からの有害放射線が地中にまで届くようになってしまった」

『デロスは太陽の有害放射線により滅びつつある。デロスはバーサークシステムに、デロスの
保護を命じた。バーサークは、止められない』
 ゼロは怪獣たちと戦いながらつぶやく。
『そういうことだったのか……!』
 デロスは自分たちの命の危機という後がない事態のために行動を起こしている。しかし、
地上の人間とて今更全ての文明を放棄することは不可能。それほどまでに人間の数は増えて
しまったのだ。これを解決する手段があるのだろうか……。
「そんな……もう間に合わないの……!? 人間は滅びるしかないの……?」
 そして絶望したミズキの気力が途切れ、その場で前のめりに倒れ込んだ。
「ミズキ!?」
「やっぱり……未来なんて……」
「ミズキーッ!!」
 再び倒れたミズキを目にして、カイトは馬鹿力を出し、サテライトバーサークの拘束を
振りほどいてミズキの元へ駆け寄った。
「ミズキ! ミズキ、しっかりしろ!」
 懸命に呼びかけるカイトだが、ミズキの呼吸は既に途絶えつつあった。
「ごめんね、カイト……! 私、やっぱり……」
「何言ってんだよ……あきらめるなよミズキッ!」
 カイトの呼びかけも虚しく、ミズキは彼の腕の中で力を失う。
『なッ……!!』
 レッドキングを押し返したゼロは、ミズキからの生命反応が消えたことに、言葉を失った。
「ミズキいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃッ!!」
 カイトの絶叫が、広大な地底世界の隅にまで轟いた……。

651ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/03/21(火) 06:29:39 ID:6aQ37z/Q
ここまで。
事故は起こるさ(地底戦車)。

652Deep River ◆BGjq.lB0EA:2017/03/27(月) 00:47:40 ID:DkmUwvwg
こんばんは。作者です。先ずはこっちから投下をさせてもらいます。
開始は0:50からで。
一応トリップ付けておきます。

653Deep River ◆BGjq.lB0EA:2017/03/27(月) 00:50:12 ID:DkmUwvwg
「ふむ。その噂が真であるならば非常に困った事になるのう。しかし、当人に如何にしてそれを伝えるべきか……」

本塔最上階にある学院長室で、ミス・ロングビルは学院長のオールド・オスマンに、ルイズの召喚した使い魔とロマリアで起きた聖堂騎士大量殺戮事件との関連性を語っていた。
粗方聞き終わったオスマン氏は神経質そうに髭を弄りながら今後の対策を語り出す。

「いずれにしてもじゃ、ミス・ヴァリエールが召喚した生き物がロマリアで事件を起こした生き物と同種であるという確たる物証は今のところ一つとしてない。
あるのは噂という不確定性極まりない状況証拠のみじゃ。ただそれだけの理由で神聖な儀式によって召喚された個人の使い魔を殺処分するなぞ言語道断にして愚の骨頂じゃ。」
「しかしオールド・オスマン。火竜はどのような環境でどう育てようと火竜のままです。今回の事態はそれと同じだと思うのですが……」
「時として虫も殺さぬほどに大人しい火竜が生まれる事もあるそうじゃが、君はそういった事例を知らんかね?確立に賭けるのであれば、わしは少しでも自分に希望を生み出すほうに私財を賭ける性格なのでな。
もし暴れてロマリアの一件と同じ事が起きるのであれば、その時はその使い魔を殺すまでじゃが、仮にその前に同種の生き物であるとの事実確認がなされた際には、何らかの予防策を講じ遂行すれば良い。
我々は人間じゃ。困難に遭遇した際、早々と諦めて何もせずに逃げる諸動物とは違うのじゃ。試行錯誤し、物を作り出し、自分の力以上の物に進んで立ち向かう。それが人間じゃ。
ミスタ・コルベール、ミスタ・エラブル、そしてミス・ロングビル。生徒の上に立つ教師が、かように短絡的な結論しか出せないのでは困るぞい。
それとミス・ロングビル。ミス・ヴァリエールの使い魔がそんなに危険というのであれば、ロマリアの噂話を精査し、似顔絵の一つや二つでも描いて実地調査を行うことじゃ。
それからミスタ・エラブル。君は確か任期満了に近かったかの?」

エラブル氏はコルベール氏と同い年ぐらいではあったが魔法生物学の任期である十五年が後三日で来るといった状況だった。エラブル氏は少し残念そうに「はい」と短く答える。

「安心せい。ミスタ・コルベール、君はミスタ・エラブルの代わりに使い魔の動向と生態を観察し、気になる事があったら逐一漏らさずノートに書き留めておくようにしたらどうかね?」

コルベール氏は、「成程。ミス・ロングビルとの行動とも連動出来る。」と考え「ははあ」と深く頭を下げる。ついでに今度はコルベール氏が質問をした。

「して学院長。この一件、王宮やアカデミーに報告するのですか?」

次の瞬間、彼はそんな質問をしなければ良かったと酷く後悔した。オスマン氏が冷ややかな目と声でその質問に的確な答え方をしたからだ。

「王宮に報告して何とする?ロマリアの一件が事実だと分かったら、暇を持て余した貴族連中にとってこれほど都合の良い戦争道具はありゃせんぞ。
アカデミーなぞ尚更拙い。どんな実験をされる事になるやら分かったものではないからの。君とて生徒の悲しむ顔というものは見たくあるまい?」

コルベール氏は気弱そうに「はあ」と言ったきり黙ってしまったが、内心はオスマン氏の深謀にいたく感心していた。
これでセクハラ癖さえなければ完璧なのだが。まあ人は誰でも短所というものを持ちうるものである。

「ともかくこの件に関しては短いようじゃがこれで終わりとする。ミス・ヴァリエールにはくれぐれも噂を悟られんように伝えるのじゃぞ。」

オスマン氏の厳命に、三人は気を引き締めた返事で対応した。

654Deep River 第三話 ◆BGjq.lB0EA:2017/03/27(月) 00:52:18 ID:DkmUwvwg
ルイズは寮内にあるトイレの前で困っていた。どう困っていたかというと使い魔の少女、サフィーの扱いに困っていたのである。
別にサフィーが面倒事を引き起こしたわけではない。ルイズはこれまでの人生において、当然ながら子育てという物を全くしたことが無かったので、今後どうすればいいかさっぱり見当がつかないのだ。
まず自分の名前と主人の名前をおぼろげながらも言えるようになった。それは人間の基準に照らし合わせて考えれば信じられないほどの早さであった。
しかしサフィーは亜人である。そういった事は人間の域に止まらないのかもしれない。
取り敢えず、次に覚えさせるは日常生活における身の回りの変化に自分で対応させていくという事だ。
部屋の中でルイズが徐にサフィーのスカートを捲くってみると、誰かは分からないが急にもよおす事になっても困らないように、きちんと処置が施されていた。
だが早くこれを外せるようにならないと、後々嫌な噂を立てられることになるだろう。
この際使い魔としての責務とかは後回しにしたって問題は無い。まずは日常生活で困らない程度に基本的な事は覚えさせておかねばならない。それにこのくらいの事は他の者もやっていることだろう。
そういった経緯でここまでやって来たのだが、厄介な事に名前を言う時以外では、サフィーは基本的に「みゅう」しか言わない、というか言えない。
理解したのかしていないのかも分からない、全くの手探り状態で始めることにルイズは不安を感じていた時、後ろからコルベール氏の声がかかった。

「ミス・ヴァリエール!こちらにいましたか!」
「ミスタ・コルベール……あの何か私に御用ですか?」
「実は君の使い魔についてなんだが……今、少しでも時間は取れますかね?」
「え?ええ、少しなら構いませんけど。何かサフィーについて分かった事があるんですか?」

サフィー?ああ、使い魔の名前ですかと思ってコルベール氏はルイズの使い魔を見やる。
すると亜人の少女はびくっと大きく震えてルイズの後ろにさっと隠れた。どうやらとんでもなく人見知りの激しい性格のようである。

「ははどうやら私はその子に嫌われてしまったようですな。」
「すみません。でも多分サフィーは時間をかけて接しないと相手に心を開かないみたいなんです。実際に私も最初は怖がられましたから。」
「そうなのか……君もいろいろと大変なのですな。さてミス・ヴァリエール。話があるのはその亜人についてなのですが……」

その瞬間にルイズの表情に墨のような暗く黒い影がさっと走った。部屋にいる時にちらとでも疑った事がもし本当になるのだとしたら暗澹たる気持ちになったからだ。
ルイズは一言一句を確かめるように話し出す。

「ミスタ・コルベール。サフィーはその、亜人は亜人でも何の亜人なのかは分からないんですね?」
「え?ううむ、確かにどの書籍にもミス・サフィーと同じ特徴を持つ生物は載っていなかった。学院長もご存知ではないそうです。」
「じゃあ、人の手に負えない生き物だとか、災いをもたらすような生き物ではないんですね?」
「まあ、それに関しては未だ調査中です。断定的に言える事は今のところ何もありませんよ。だからあんし……」
「もしそうならサフィーは殺されちゃう。そんなの駄目よ。私にとって魔法が成功した証、いいえ!私の大事な大事な使い魔なのよ!」
「もし?ミス・ヴァリエール?」

心配するミスタ・コルベールを余所にルイズはサフィーをひしと抱きしめて囁くように言った。

「大丈夫よ、サフィー。世界中の人達があなたを狙っても私だけは守ってあげる。怖がらなくてもいいの。私が……命にかけても守るから……」
「ミス・ヴァリエール!」

655Deep River 第三話 ◆BGjq.lB0EA:2017/03/27(月) 00:53:03 ID:DkmUwvwg
遠のきかけていたルイズの意識は、そこで一瞬にして戻って来た。
傍にいるサフィーを見ると最初の時と同じ様に酷く脅えていた。まるで雨の日に外へ捨てられた犬の様だと言えば妥当だろうか。
ルイズが落ち着きを取り戻したのを確かめたコルベール氏は溜め息一つ吐いて対応する。

「我々はミス・サフィーを殺すような事はしません。ええ、始祖ブリミルに誓っても良いくらいです。
ただこれまで確認された事の無い亜人ですので、宜しければ我々がミス・サフィーの動向や生態といった物を調査するのに協力していただけないかと。」

その依頼にルイズは少し考え込んでしまう。
それはつまり、サフィーが毎日何時に起きて何時に眠るかとか、何を食べたり、見知らぬ事物についてどんな反応を示すかというのを逐一観察される、或いは自分が先生に報告するという趣旨の物であるという事だ。
大まかな所は教えてもいいが、どこと無く自分の生活におけるプライベートな内容がばれそうになるのが怖い。それに正直言えばそういう事は女の先生に切り出してほしい物だ。

「コルベール先生。調べる人を変えさせてもらうわけにはいかないでしょうか?」
「調べる人?ああ、確かに私では君達も気まずいという事だね。では、ミセス・シュヴルーズあたりに手配してみよう。
彼女なら女性としてきちんと対応してくれるだろうし、君がもしミス・サフィーを養育するにあたって困った事が出てきた時に何かと相談に乗ってくれるかもしれませんしね。」

それの方がよっぽど有り難い。ルイズは小さく「それで良いです。」と答え、ほっとした様に一息を吐く。

「ところでミス・ヴァリエール。もう夜も遅いですよ。消灯時間も近付いているのに何をしてたんですか?」

随分とデリカシーの無い質問ね、とルイズは呟きかけた。
いくら彼もある程度の経緯は知らないとはいえ、この場所、トイレの前で女が二人、しかも片方はまるっきし赤ん坊の様な振る舞いしか出来ないときたら、これから何をするのか察してさっさと退散してくれたっていいじゃないか。
だがそんな感情はおくびにも出さず、ルイズはコルベール氏に悪い印象を与えないようあくまでにこやかに応対する。

「サフィーはまだ日常生活が出来ないんです。だから私が手伝って、それから慣れさせて一日も早く立派な使い魔にしないといけないんです!」
「そうか……なるほど、人並みの知能を持った亜人にとって、主人が率先してやるべき動作を教えるというのは良い教育方法です。
良い心がけですね。感心しますよ。ですがそういうものには大抵思わぬ落とし穴が待っているものですよ。」
「どういう事ですか?」
「急がず焦らずじっくり挑んだ方が良いという時もあるということです。
子供が成長することは、親にとってこれ異常ないほどの喜びであることは古今東西変わりはありませんが、あまりにあれもこれもと詰め込もうとすると、子供はパニックを起こして親に反抗するようになってしまうものです。
それにあの人の子供で何々がうまくいったから自分も、と思い違いをして功を焦ろうとすると上手くいかない、という時もあります。要は自分流を模索しながら気長にやってみる事です。
あー……練習もいいですけど、明日の生活に支障が無い程度にしておきなさい。それじゃ、お休み。」

コルベール氏は踵を返し寮塔から出て行った。
ルイズは暫くの間ぼうっとそこに立ちつくしていたが、傍で自分の服を引っ張るサフィーに気づき直ぐに元に戻った。

「ごめんね、サフィー。さ、練習しましょうか。」

656Deep River 第三話 ◆BGjq.lB0EA:2017/03/27(月) 00:54:34 ID:DkmUwvwg
同じ頃、ロマリアの大聖堂の巨大な一室では、一人の男性が鬼気迫る表情をしている拘束された少女に対しとある術をかけていた。
厳密に言えばそれは人間の少女とは違う。なぜならば彼女は頭に一対の角を持っていたからだ。

『ナウシド・イサ・エイワーズ・ハガラズ・ユル・ベオグ……』

まるで詩を詠うかのように美しく繊細な声が部屋いっぱいに反響する。

『ニード・イス・アルジーズ・ベルカナ・マン・ラグー!』

声が一頻り大きく響き、部屋の空気が陽炎の様にゆらっと揺れた後、術をかけられた少女の表情は一気にとろんと眠りそうなものになる。
そして男性は、今度は教会にある組み鐘が出すよう様な光沢のある声ではっきりと言った。

「君は今日一日何もしていない。そして君は心の内奥から聞こえてくる声を全く知らない。それが何時、そして何故起きるのか。どんな意味合いがあるのか何もかも。」

男性の言葉は、事情を知らないものが聞けば更にショッキングな物となっていく。

「君はここに来る前の事は何一つ知らない。すべて忘れている。どこでどんな人達とどんな風に過ごしたのか。何もかも。分かったかな?分かったなら『はい』とだけ返事をしたまえ。」
「はい……」

亜人の少女は虚ろな声で男性の声に答える。どう見ても一筋の疑問も持たずに。
男性はそれを見ると穏やかに微笑み、自分の配下の者に彼女を拘束から放つよう指示した。
自由の身となった少女は、生まれたての小鹿のようにふらふらと男性に向かって歩く。
それを見た男性は誰にも聞こえないよう小さく嘆息した。

「やれやれ……試験では何とか十日程は持つようになりましたが、安全のためにはまだまだこの処置を毎日続けなければならないとは……骨の折れる物ですね。」

少女は尚も前に向かって歩く。
彼女に偽りのアイデンティティーを与えた見目麗しき男性に向かって。

657Deep River 第三話 ◆BGjq.lB0EA:2017/03/27(月) 00:57:25 ID:DkmUwvwg
投下終わります。
引き続き1時よりLFOの続きを投下します。

お手空きの方が何方かおられましたら、まとめwikiへの反映お願い致します。

658Louise and Little Familiar's Orders ◆BGjq.lB0EA:2017/03/27(月) 01:02:30 ID:DkmUwvwg
お待たせしました。投下はじめます。

Louise and Little Familiar's Orders 「He needs water, and I need love.」

「マンタイン!!」

ミーは叫んでいた。何処にそんな声を出せる余裕があったのか分からないが、とにかく目の前に現れたポケモンを見て驚きのあまり声を出したのだ。
それも……大きい。普通マンタインは体長2m程の筈なのだが、今ミーの前にいるそれはゆうにその3倍以上はありそうな大きさをしている。
盗賊達はいきなり現れた見た事もない動物の姿に一瞬怯んだが、能天気そうな顔立ちと無力そうにばたばたしているのを見て次第に笑い出した。

「は……ははははっ!驚かしやがる!何だぁ、この生き物は?」
「魚か?いや、違うな。魚なら鱗がねえとおかしいぜ。するってえとこいつぁ……」
「どっちでもいいぜ。この世に物好きな貴族はたんまりいるんだ。そいつも一緒に貰おうじゃねえか!」

相手がそんな風に好き勝手言い合っている内、ミーは体を起き上がらせマンタインに近付いて触ってみる。
するとその瞬間、嘗てピンチになった時ヒメグマに触った時のように、様々な情報がミーの頭の中に一種の奔流として流れ込んできた。
レベルは10。能力値は全体的にそこそこ。使える技はたいあたり、ちょうおんぱ、そしてなみのり。現在の状態は健康そのもの。
だからこそ余計に疑問に思えた。まだ卵から孵ってそんなに経っていなさそうなのに、何をどうしたらこんなにも大きく育つのか。元々のトレーナーは相当の腕があったに違いない。
そしてミーはこの状況を何とかする方法を考えた。ポケモンの技を人間相手に繰り出すのは気が引けるが、今はそんな悠長な事を言っている場合ではない。
それからミーはマンタインを優しく撫でて落ち着かせる。不思議な事にどこをどう触ってやれば十分に落ち着かせられるのかも、さっき触った時に頭の中に入ってきた。まるで長年一緒だった相棒のように。
そしておぼつかない足取りで上に乗る。何かすると思ったのだろう盗賊達とやり合っていたヒメグマも遅れまいと乗っかった。
盗賊達は逃がすものかと飛びかかろうとしたが、次の瞬間驚くべき事が起きた。

659Louise and Little Familiar's Orders ◆BGjq.lB0EA:2017/03/27(月) 01:04:08 ID:DkmUwvwg
「きゃあああっ!!」
「な、何だこりゃぁーっ?!!」

ミーの前方と後方で絶叫が響き渡った。
それもそのはず。それまで池はおろか水溜りさえも無かったマンタインのいる場所に、地面から大量の水が吹き出してきたからだ。
しかもただ噴き出すだけではない。水は地面に浸み込む事無くだんだんその場に溜まりだし、更には小さいながらも波を起こし、まるで海の一部を切り取ってきたかのような光景を作り出している。
こうなると盗賊達の思考は完全に停止してしまう。何が起きているのか全く分からないために最早声をあげる者すらいない。無論武器を掲げて攻撃しようなどという輩もいなかった。
そしてミーはマンタインにしっかりとしがみ付きながら前を見据え、たった一言だけ命令を下す。

「マンタイン……なみのり!!」

言うが早いかマンタインは両の鰭を二、三回ばたつかせた。すると地面に広がっていた波の淵が50サント程音も無くスーッと退いていく。
だが次の瞬間、その淵はフワッと盛り上がり、次いで波高がゆうに5メイルはあろうかという波が起きた。マンタインはその波の表面を勢い良く滑走し、文字通り「乗りこなして」いく。
盗賊達はその波を見るや否や、訳の分からない言葉を絶叫したり、獲物を放り投げるなどして一目散に逃げ出した。
しかしフネの何倍もあるスピードの波は盗賊達を一人残らず足元から掬って飲み込み、あっという間に森の奥の方へと流していった。
そして実に不思議な事にミーの後方にいるルイズ、シエスタ、そして子供達や馬車は少しも水に浸かることは無かった。
あまりの光景に全員が呆気に取られていたが、マンタインが起こした波も水も引いてきた頃、ルイズが叫んだ。

「今よ!全員馬車に乗りなさい!トリスタニアまで急ぐわよ!」

言われずともと言わんばかりに、子供達が我先にと馬車の荷台に乗っかる。シエスタはルイズの隣に乗り馬車を走らせるため手綱を手に取る。
ミーはマンタインを取り敢えず一旦ボールに戻し、ヒメグマを連れて荷台に乗っかる。
それから程無くして馬車は走り始めた。

馬車はトリスタニアに続く街道をひた走る。道中で人と会う事は殆ど無かったが、馬車の荷台は賑やかなものだった。
ルイズが食料を調達していたおかげで、シエスタとその兄弟達は何とか飢えを凌ぐ事は出来た。馬車の荷台が大きく横になる事が出来もしたのでこれまでの道中を考えれば天と地ほどの違いがあった。
ルイズは素直に感謝された。そして子供達の歓声を聞いて、ほんの少し人助けも悪くないと思うようになっていた。そんな時、彼女は同じく御者台にいたシエスタに抱かれていたミーに話しかける。

「ねえ、ミー。さっき聞こうとしてたけど忘れてたわ。ポケモンってあんたが最初に持ったのもそうだけど……その、あんたはヴィンダールブなんでしょうけど、どんなポケモンでも操れるの?」

市場での競り、そしてフーケとの一戦を見て、そして先程の一件。今更伝説云々を聞くつもりは無かった。
突然の質問にミーは少し黙ってしまう。自分はどんなレベルのポケモンでも手なづけられるバッジを持っているわけではない。それを得る為にはフスベシティまで行き、強力なポケモンでもってジムリーダーを倒さなければならないのだが。
それ以前にミーはポケモンを持って良い年齢に達していない。それにはあと5年も待たなければならないのだ。

「分からないです。ミーはまだバッジを持っていないですから……」
「バッジ?それがあるとどうなるの?」
「えっと……ポケモンに言う事を聞かせられるようになるとか、数は少ないけど決まった技が使えられるようになるとか……」

それを聞いてルイズは考えた。ミーがヴィンダールブというのであれば、そのバッジというものが必要不可欠な物なのだろうか?何しろヴィンダールブはあらゆる獣を操る事が出来る能力を有しているのであるから。

660Louise and Little Familiar's Orders ◆BGjq.lB0EA:2017/03/27(月) 01:10:53 ID:DkmUwvwg
投下終わります。ちょっと短かったでしょうか。
にしても、お休みしている間にヤマグチ先生が逝去されたり、原作が完結したり色々ありましたね。
これを機に新作が止まってる他のSSの作者さんも戻って来てくれたりすると、同じSS作者として嬉しかったり。
岡本先生のヤンジャンでの新連載楽しみだし、ポケモンはモンスターの数含め今じゃ何が何だか…。
投下ペースはマイペースになるかもですが何卒宜しくです。

あと、まとめサイトの方、宜しくお願い致します。

661名無しさん:2017/03/27(月) 20:46:04 ID:FDowJIog
お久し振りで乙です

662名無しさん:2017/03/28(火) 08:16:25 ID:co0J4z3.
乙!

663ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/01(土) 00:04:23 ID:Meqm5SJY
遅ればせながら、ミーの人お久しぶりの投下お疲れ様でした。

さて、皆さん今晩は。無重力巫女さんの人です。
諸事情でやや遅れてしまったものの、0時7分から81話の投下をしたいと思います。

664ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/01(土) 00:07:08 ID:Meqm5SJY
 世の中、自分が決めた物事や予定通りに事が進むことは早々無い。
 スケジュール帳に書いている数十個もの予定を全てこなせる確率は、予定の数が多い程困難になっていく。
 特に旅行や帰郷のような現地に行くまで詳細が分からない様な行事なら、急な予定変更など頻繁に起こってしまう。
 単に都合が合わなかっただけなのか、はたまた始祖ブリミルがうっかり昼寝でもしていただけなのか…。
 とにかく、運が悪ければほぼすべての予定が駄目になることもあるし、その逆もある。 

 そして、カトレアを探すために霊夢達を連れて故郷へ帰ろうとしていたルイズは、急な用事でその帰郷を取りやめている。
 折角チャーターした馬車もキャンセルし、わざわざ確保してくれた駅舎の人たちに頭を下げつつ彼女は不満を垂れる仲間たちを連れて駅舎を後にした。
 町を後にしようとした彼女たちの足を止めたのは、アンリエッタ直筆の証拠である花押が押された一通の手紙。
 だがその手紙が、今のルイズにとってむしろプラスの方向へと働いた事を、二人と一本は知らなかった。
 
「一体全体どういう事なんだルイズ、何で今になって帰郷をとりやめたんだよ?」
 ブルドンネ街の熱気に中てられ、頭にかぶっている帽子を顔を扇ぐ魔理沙はいかにも文句があると言いたげな顔で前を歩くルイズに質問する。
 彼女たちは今、駅舎で預かってもらっていた荷物を全て持っている状態で、それぞれ旅行かばんを片手に大通りから少し離れた場所へと来ていた。
 ルイズはまだ片手に空きがあるものの、魔理沙は右手に箒を持っており、霊夢は背中に喧しいデルフを担いでいる。
 駅舎を出てからは空気を呼んでか黙ってくれているが、そうでなくとも何処かで休まなければ暑さでバテしまうだろう。
 思っていた以上にキツイトリスタニアの夏を肌で感じつつ、霊夢もまた黙って歩くルイズへと声を掛けた。
「っていうか、あの貴族は何だったのよ?何か私達が見てないうちに消えてたりしたけど…」
「それは私も知らない。ただ、姫さまがよこした使いの者だって事ぐらいしか分からないわ」
 霊夢からの質問にはすぐにそう答えたルイズは、自分に帰郷を中止させた手紙を渡したあの青年貴族の事を思い出す。

 いざラ・ヴァリエールへ…という気持ちで一番ステーションへと入ってすぐに、声を掛けてきた年上の彼。
 軽い雰囲気でこちらに接してきて、アンリエッタからの手紙を渡してきたと思ったら…いつの間にか姿を消していた。
 王宮の関係者なのはまず間違いないであろうが、魔法衛士隊や騎士とは思えなかった。
 まるで家に巣食うネズミの様に突然現れ、やれ大変だと騒ぐ頃には穴の中へと隠れて息を潜めてしまう。
 礼を言う前に消えた彼の素早い身のこなしは、素直に賞賛するすべきなのか…それとも怪しむべきなのか。
 そんな事を考えつつも、ルイズは手紙の最後に書かれていたカトレアの行方についての報告を思い出す。
 あの手紙の最後の数行に書かれていた報告文には、この街には既にいないと思っていた大切な家族の一員の事が書かれていた。
 もしもあの手紙が渡されずに、一足先にラ・ヴァリエールへと帰っていたら…当分会えることは無かったのかもしれない。
(この手紙に書かれている事が本当ならば、ちぃ姉様は今どこに…?)
 未だ再開できぬ姉に思いを馳せつつ、ルイズは大通りの反対側にある路地の日陰部分でその足を止めた。
 
 大通りとは違い燦々と街を照りつける太陽の光は、ここと大通りの間に建っている建物に阻まれている。
 そこで住んでいる者たちは悲惨であろうが、そのおかげで王都にはここのような日陰場がいくつも存在してた。
「ここで一旦休みましょう。後…ついでに色々と教えたい事があるから」
「そうか。じゃあ遠慮なく…ふぅ〜」
 ルイズからの許しを得て、手に持っていた箒と旅行鞄を置いた魔理沙は目の前の壁に背を任せる。
 ほんの少し、ひんやりとした壁の冷たさが汗ばむ魔理沙の服とショーツを通り抜けて、肌へと伝わっていく。
 それが彼女の口から落ち着いたため息を出させ、同時に暑さで参りかけていた心に余裕を作っている。
 一方の霊夢も背中のデルフを壁に立てかけ、左手に持っていた鞄を放るようにして地面を置くと、同じく鞄を置いたルイズへと詰め寄った。

665ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/01(土) 00:09:11 ID:Meqm5SJY
「で、一体アイツの渡した手紙に何が書かれてたの?素直に言いなさい」
「言われなくてもそうするつもりよ。……ホラ」
 睨みを利かせた霊夢に寄られつつも、ルイズは涼しい顔で懐に仕舞っていた手紙を取り出して二人に見せつけた。
 封筒に入っていたその一枚で、彼女に姉を探すための帰郷を中止させる程の文章が書かれているのだろう。
 しかし霊夢と魔理沙は相変わらずハルケギニアの文字が読めない為に、とりあえずは困った表情をルイズに向ける他なかった。
「…ワタシ、ここの文字全然読めないんだけど」
「右に同じくだぜ」
「まぁ大体予想がついてたわ。…デルフ、出番よ」
 二人の反応をあらかじめ分かっていた彼女は、霊夢の背中にいる…インテリジェンスソードに声を掛ける。
 ルイズからの呼びかけにデルフは『あいよー』と間延びした返事と共に鞘から刀身の一部を出して、カチャカチャと金具部分を鳴らし始めた。
 恐らく霊夢の肩越しに手紙を読んでいるのだろう、時折彼の刀身から『ふむふむ…』というつぶやきが漏れてくる。
『なるほどなぁ〜、初っ端から御大層な仕事と情報を貰ってるじゃないか、娘っ子よ』
「お、何だ何だ。何だか面白そうな展開になってきたじゃないか」
『まぁ待てよマリサ。今からこのオレっちが親切丁寧に手紙の内容を教えてやるからな』
 そして一分も経たぬうちに読み終えたデルフは、急かす魔理沙を宥めつつも手紙の内容を説明し出した。

 彼が言うには、まず最初の一文から書かれていたのはトリステインの時となったアルビオンの今後の動きについてであった。
 艦隊の主力を失い、満身創痍状態のアルビオンはこの国に対し不正規な戦闘を仕掛けてくると予想しているらしい。
 つまり、正攻法を諦めて自分たちの仲間を密かにこの国へと送り込み、内部から破壊工作を仕掛けてくる可能性があるというのだ。
 それを恐れたトリステイン政府と軍部はトリステインの各都市部と地方の治安強化、及び検問の強化などを実地する予定なのだとか。
 当然王都であるトリスタニアの治安維持強化は最大規模となり、アンリエッタ直属のルイズもその作戦に協力するようにと書かれているのだという。

 本当に親切かつ丁寧だったデルフからの説明を聞き終え、ようやく理解できた霊夢はルイズへと話しかける。
「なるほど、大体分かったわ。それで、アンタはどこで何をしろって具体的に書かれてるの?」
「書かれてたわ、…身分を隠して王都での情報収集って。何か不穏な活動が行われてないか、平民たちの間でどんな噂が流れてるとか…」
 夕食に必要な食材を市場のど真ん中で思い出すかのように呟くルイズの話を聞いて、魔理沙も納得したようにパン!と手を軽く叩いた。
「おぉ!中々悪くない仕事じゃないか。何だかんだ言って、情報ってのは大切だしな」
 魔理沙からの言葉にしかし、ルイズはあまり嬉しくなさそうな表情をその顔に浮かべながら彼女へ話しかける。
「そうかしら?こういう仕事は間諜って聞いたことがあるけど…何だか凄く地味な気がするのよね」
「…そうか?私はそういうの好きだぜ。…意外と街中で暮らしてる人間ほど、ヤバい情報を持ってるって相場が決まってもんさ」 
 慰めとも取れるような魔理沙の言葉にルイズは肩をすくめつつ、これからこなすべぎ地味な仕事゙を想像してため息をつきたくなった。 
 てっきり『虚無』の担い手となった自分や霊夢達が、派手に使われるのではないかと…手紙の最初の一文を読み始めた時に思っていたというのに。
 
 そんな彼女を見かねてか、説明を終えて黙っていたデルフがまたもや鞘から刀身を出してカチャカチャと喋りかけた。
『まぁそう落ち込むなよ娘っ子。その代わり、お前のお姉さんがこの街にいるって分かったんだからよ』
「…あぁそういやそんな事も言ってたわね。じゃあ、そっちの方もちゃんと教えなさいよデルフ」
 彼の言葉に現在行方知れずとなっているルイズの姉、カトレアの行方も書かれていたという事を思い出した霊夢がそちらの説明も促してくる。
 彼女からの要求にデルフは一回だけ刀身を揺らしてから、手紙の後半に書かれていた内容を彼女と魔理沙に教えていく。

 ゴンドアから出て行方知れずとなっていたカトレアは、王宮が出した調査の結果まだこの王都にいる事が発覚したという。
 彼女の容姿を元に何人かの間諜が人探しを装って聞いた所、複数の場所で容姿が一致する女性が目撃されている事が分かったらしい。

666ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/01(土) 00:11:07 ID:Meqm5SJY
 しかし一定の場所で相次いで目撃されているならまだしも、全く接点の無い所からの報告の為にすぐの特定は難しい状況なのだとか。
 だが、もう少し時間を要すればその特定も可能であり、仮に彼女が王都を出るとなればそこで引きとめる事が可能と書かれていた。
 今の所彼女の身辺にレコン・キスタの者と思われる人物の存在はおらず、王都には観光目的で滞在している可能性が高いのだという。

『まぁ療養の可能性もあり…って追記で書かれてるな、ここは』
 手紙の最後に書かれていた一文もキッチリ読み終えた所で、今度はルイズが口を開く。
「とりあえず…まぁ、ちぃ姉様が無事なようで何よりだったわ」
「そりゃまぁアンタは良かったけど、そこまで分かっててまだ見つからないのって可笑しくないか?」
 魔理沙が最もな事をいうと、ルイズも「まぁ普通はそう思うわよね」と彼女の言い分を肯定しつつもちょっとした説明を始めた。
「でもハルケギニアの王都とか都市部って意外に大きいうえに人の出入りも激しいから、普通の人探しだけでも大変だって聞くわよ」
「そりゃそうよね。こんだけ広い街だと、よっぽどの大人数でもない限り端からは端まで探すなんて事できやしないだろうし」
「ふ〜ん…そういうもんなのかねぇ?」
 ルイズの説明に霊夢が同意するかのように相槌を打ち、二人の言葉に魔理沙も何となくだが納得していた。
 実際カトレアの捜索に当たっている間諜はルイズに手紙を渡した貴族を含め数人であり、尚且つ彼らには別件の仕事もある。
 その仕事をこなしつつの人探しである為に、今日に至るまで有力な目撃情報を発見できなかったのだ。

「とりあえず、ちぃ姉様の方は彼らに任せるとして…私達も間諜として王都で情報収集するんだけれども…」
 ルイズは自分の大切な二番目の姉を探してくれる貴族たちに心の中で感謝しつつ、
 アンリエッタが自分にくれた仕事をこなせるよう、封筒に同封してくれていた長方形の小さな紙を懐から取り出した。
 その紙に気付いた魔理沙が、手紙とはまた違うそれを不思議そうな目で見つめつつルイズ質問してみる。
「…?ルイズ、それは一体何なんだ?」 
「これは手形よ。私達が任務をこなすうえで使うお金を、王都の財務庁で下ろすことができるのよ」
 魔理沙の質問に答えながら、ルイズは手に持っていた手形を二人にサッと見せてみた。
 形としては、先ほど駅舎で馬車に乗る人たちが持っていた切符や劇場などで使われるチケットとよく似ている。
 しかし記入されている文字や数字とバックに描かれたトリステイン王国の紋章を見るに、ただのチケットとは違うようだ。

「お金まで用意してくれるなんて、中々太っ腹じゃないの」
「流石にそこは経費として出してくれるわよ。…まぁ額はそんなに無いのだけれど」
「どれくらい出せるんだ?」
 何故か渋い表情を見せるルイズに、魔理沙はその手形にどれ程の額が出るのか聞いてみた。
「四百エキュー。金貨にしてざっと六百枚ぐらい…ってところかしら」
「……それって貰いすぎなんじゃないの?わざわざ情報収集ぐらいで…」
 渋い顔のルイズの口から出たその額と金貨の枚数に、霊夢はそう言ってみせる。
 しかしそれでも、彼女の表情は晴れないでいた。

 その後、いつまでもここにいたって仕方ないということで三人はお金を下ろしに財務庁へ向かう事にした。
 銀行とは違い手形は財務庁のみ使えるもので、ハルケギニアの手形は国から直にお金を下ろす為の許可証でもある。
 受付窓口でルイズが手形を見せると、ものの十分もしないうちに金庫から大量の金貨が運ばれてきた。
 思わず魔理沙の顔が明るくなり、霊夢もおぉ…と唸る中ルイズはしっかりと枚数確認をし、その手で金貨を全て袋に入れた。
 ズシリとした存在感、しかし決して苦しくは無い金貨の重みをその手で感じながらルイズは金貨の入った袋をカバンの中に入れる。
 さて出ようか…というところでルイズの傍にいた霊夢と魔理沙へお待ちください、と受付にいた職員が声を掛けてきた。
 何かと思いそちらの方へ三人が振り向くと、ルイズのそれより小さいながらも金貨の入った袋が二つ、そっとカウンターへと置かれた。

667ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/01(土) 00:13:07 ID:Meqm5SJY
「これは?」
「この番号の手形を持ってきたお客様のお連れ様二人に、それぞれ二百七十エキュー渡すようにと上から申し付けられておりまして…」
 霊夢からの質問に職員がそう答えると、カウンターの上へ置かれた一つを魔理沙が手に取り、中を改めてみる。
「うぉっ…!これはまた…随分と太っ腹だなぁ…」
「えぇっと…どれどれ………!確かにすごいわね」
 魔理沙の反応を見て自分も残った一つを確認してみると、開けた直後に新金貨が霊夢の視界に入ってくる。
 ハルケギニア大陸の全体図が中央にレリーフされている新金貨はエキュー金貨同様、ハルケギニア全土で使用できる通貨だ。
 新金貨二百七十エキューは、枚数にして丁度四百枚。王都在住の独身平民ならば一月は裕福に暮らせる額である。

 魔理沙が財務庁で貰えた金貨に喜ぶなかで霊夢は誰が自分たちに…と疑問に思った瞬間、ふとアンリエッタの顔が浮かんできた。
 そういえばアルビオンからルイズを連れ帰った時にもお礼を渡そうとして、結局茶葉の入った瓶一つだけで済ませていた。
 更にはタルブへ行ったときも、何やかんやあってルイズとこの国を結果的に助けたのだから…その二つを合わせたお礼なのだろうか?
(あのお姫様も後義な物よねぇ〜…?まぁもらえる物なら、貰っておくにこした事はないけど)
 王族と言うには少し気弱一面もあるアンリエッタの事を思い出しながら、霊夢は仕方なくその金貨を貰う事にした。
 アルビオンの時まではそんなにこの世界へ長居するつもりはなかったし、幻想郷へ帰ればそれで終わりだと思っていた。
 しかし幻想郷で起こっている異変と今回の事が関わっている所為で、しばらくはこの異世界で過ごす事になったのである。
 となれば…ここで使える通貨を持っていても、便利になる事はあれ不便になる事はまずないだろう。
 
「こんな事になるって分かってたんなら、素直に金品でも要求してればよかったわね…」
「…?」
 アルビオンから帰ってきたときの事を思い出して一人呟く霊夢に、魔理沙は首を傾げるほかなかった。
 ともあれ、大きなお小遣いを貰う事の出来た二人はルイズと一緒に財務庁を後にした。

「さてと、とりあえず貰うもんは貰ったし…」
「早速始めるとしましょうか。色々と問題はあるけれど…」
「…って、おいおい!待てよ二人とも」
 財務庁のある中央通りへと乗り出したルイズと霊夢が早速任務開始…と言わんばかりに人ごみの中へ入ろうとした時。
 金貨入りの袋を懐へしまった魔理沙が、慌てて二人を制止する。
「?…どうしたのよ魔理沙」
 一歩前に出そうとした左足を止めた霊夢が、怪訝な表情で自分とルイズを止めた黒白へと視線を向けた。
 ルイズもルイズで、今回の情報収集を遂行するのに大切な事を忘れているのか、不思議そうに首を傾げている。

 そして魔理沙は、こんな二人にアンリエッタがくれた仕事をこなせるのかどうかという不安を感じつつ、
 少し呆れた様な表情を見せながら、出来の悪い生徒を諭す教師の様に喋り出した。
「いや、まさか二人とも…その格好で街の人たちから情報収集をするのかと思って…」
「―――…!…あぁ〜そうだったわねぇ…」
 魔理沙がそれを言ってくれたおかげて、ルイズはこの任務を始める前に゙やるべき事゙を思い出す。
 一方の霊夢はまだ気づいていないのか、先ほどと変わらぬ怪訝な顔つきで「何なの…?」と首を傾げていた。
 そんな彼女に思い出せるようにして、今度はルイズが説明をした。

668ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/01(土) 00:15:07 ID:Meqm5SJY
「失念してたけど、手紙にも書いてたでしょう?平民の中に混じって、情報収集をするようにって」
「…!そういえば、そうだったわねぇ」
 先ほどのルイズと同じく失念していた霊夢もまた、その゙やるべき事゙を思い出すことができた。
 今回アンリエッタから与えられた情報収集の仕事は、『平民の中に混じっての情報収集』なのである。
 だからルイズが今着ている黒マントに五芒星のバッジに、いかにも安くは無いプリッツスカートにブラウス姿で情報収集なんかすれば、
 自分は「貴族ですよー!」と春告精のように大声で叫びながら飛び回っているのと同じようなものであった。
 
 更に霊夢の場合髪の色も珍しいというのに、服装何て道化師レベルに目立つ巫女服なのである。
 魔理沙はともかく、この二人は何処かで別の服を調達でもしない限り、まともに任務はこなせないだろう。
 デルフから聞いた手紙の内容をよく覚えていた魔理沙がいなければ、最初の段階で二人は躓いていたに違いない。

「―――…って、この服でも大丈夫なんじゃないの?」
 しかし、ルイズはともかく最も着替えるべき霊夢本人は然程おかしいとは思っていなかったらしい。
 覚えていた魔理沙や、思い出したルイズも本気でそんな事を言っている巫女にガクリと肩を落としそうになってしまう。

「…これって、まず最初にする事はコイツの意識改善なんじゃないの?」
「まぁ、霊夢も霊夢であまり人の多い所へは行かないし…仕方ないと言えば、そうなるかもなぁ〜」
「何よ?人を田舎者みたいに扱ってくれちゃって…」
 呆れを通り越して早速疲れたような表情を浮かべるルイズが、ポツリと呟いた。
 それに同意するかのような魔理沙に霊夢が腰に手を当てて拗ねていると、すぐ背後からカチャカチャと喧しい金属が聞こえてくる。
 ハッとした表情で霊夢が後ろを見遣ると、勝手鞘から刀身を出したデルフが喋り出そうとしていた。
『それは言えてるな。いかにもレイムって田舎者……イテッ!』
「アンタはわざわざ相槌打つために、喧しい音鳴らして刀身出してくるんじゃないわよ!」
 妙に冷静なルイズの言葉に同意しているデルフを、霊夢は容赦なく背後の街路樹に押しつけながら言った。
 まるでクマが木で背中を掻くような動作に、思わず通りを行き交う人々は彼女を一瞥しながら通り過ぎていく。
 
 その後、怒る霊夢を宥めてから魔理沙は二人の為に適当な服を見繕う事にしてあげた。
 幸い中央通から少し歩いた先に平民向けの服屋が幾つか建ち並んでおり、ルイズ程の歳頃の子が好きそうな店もある。
 しかし何が気に入らないのか、ルイズは魔理沙や店員が持ってくる服を暫し見つめては首を横に振り続ける動作を続けた。
「何が気に入らないのよ?どれもこれも良さそうに見えるんだけど」
「だって全部安っぽいじゃない。こんなの着て知り合いに見つかったら、恥かしくて死んじゃうじゃない」
 いい加減痺れを切らした霊夢がそう言うと、ルイズはあまりにも場違いな言葉を返してくる。
 これから平民の中に紛れるというのに、安っぽい服を着ずして何を着るというのだろうか?
 ルイズの服選びだけでも既に二十分が経過している事に、霊夢はそろそろ苛立ちが限界まで到達しかけていた。
 彼女としてはたかが服の一着や二着で何を悩むのか、それが全く分からなかいのである。
 そんな彼女の気持ちなど露知らず、ここぞとばかりに貴族アピールをするルイズは更に我が侭を見せつけてくる。

「第一、こんな店じゃあ私の気に入る服なんてあるワケないじゃないの。もっとグレードの高い店にしなきゃ…」
「アンタねぇ…良いから早く選んで買っちゃいなさいよ、ただでさえ店の中もジワジワ暑いっていうのに」
「何よ?アタシのお金で買うアタシの服に文句付けようっていうの?」
 いよいよルイズも堪忍袋の緒が千切れかけているのか、巫女の売り言葉に対し買い言葉で返している。
 ルイズの言動と、霊夢の表情から読み取れる彼女の今の心境を察知した魔理沙が「あっやべ…!」と小さく呟く。
 それから服を持ってきてくれていた店主に向き直ると、四十代半ばの彼に向ってこう言った。

669ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/01(土) 00:17:10 ID:Meqm5SJY
「店主!もう少しグレードあげても良いから、今より良い服とか無いかな?」
 初めて会った客だというのにやけに馴れ馴れしく接してくる少女に、店主は一瞬たじろぎながらも返事をした。
「え…?い、いやまぁ…あるにはあるけれど…出荷したばかりの品だからまだ出してなくて…」
「ならそれの荷ほどきしてすぐに持ってきてくれ。じゃないとこの店が潰れちまうぜ?…物理的に」
「……それマジ?――あぁ、多分マジだなこりゃあ、ちょっと待ってろ」
 彼女の口から出たとんでもない発言に一瞬彼女の正気を疑いかけた店主は、
 その後ろであからさまな気配を出している霊夢とこれまた苛立ちを募らせているルイズを見てすぐさま店の奥へと走っていった。

 どうやら、この夏の暑さが二人の怒りのボルテージを上げているのは確からしい。
 ハルケギニアの暑さに慣れてない霊夢は相当苛立ってるが、それ以上の苛立ちをルイズは何とか隠していたらしい。
 ルイズは杖こそ握ってないし霊夢はその両手に何も持ってないが、二人していつ素手で喧嘩を始めてもおかしくない状況であった。
「おいおい落ち着けよ二人とも。こんな所で喧嘩したって余計に暑くなるだけだろ?」
「うるさいわねぇ、一番暑そうな格好してるアンタに言われたくないわよ」
「そうよ。こんなクソ暑い王都の中でそんな黒白の服着てるなんて…アンタ頭おかしいんじゃないの?」
 珍しくこの場を宥めようとする魔理沙に対し、二人はまるでこの時だけ一致団結したかのように罵ってきた。
『…だとよ?どうするよマリサ、このままこいつらの罵りを受け入れるお前さんじゃないだろ?』
 二人の容赦ない言葉とこの状況を半ば楽しんでいるデルフの挑発に、流石の魔理沙も大人しくしているのにも限界が来ていた。

「……あのなぁ〜お前らさぁ…いい加減にしとかないと私だって…!」
 嫌悪感を顔に出した彼女が店内でも被っていたトンガリ帽子を脱いで、懐からミニ八卦炉を取り出そうとした直前、
 店の奥に引っ込んでいた店主が大きく平たい袋を抱えながら、血相変えて飛び出してきた。

「ちょ…!ちょっと待って下さい!貴族の女の子も着ているような服がありましたから…待って、お願いします!」
 祖父の代から継いで来た小さな店が理不尽な暴力で潰される前に、何とか客が要求していた服を持ってきたようである。
 今にも死にそうな顔で戻ってきた店主を見て、キレかけていた魔理沙は慌てて咳払いしつつ帽子をかぶり直した。
「あ〜ゴホン!……悪いな、わざわざ迷惑かけて…それで、どんな一着なんだ?」
 何とか冷静さを取り戻した普通の魔法使いは気を取り直して、店長に聞いてみる。
「えぇと、生産地はロマリアで…こんな感じの、貴族でも平民でも気軽に着られるようなお洒落なものなんですが…」
 魔理沙からの質問に店長は軽い説明を入れながら、その一着が入っているであろう袋を破いて中身を取り出して見せた。

「…あっ」
 瞬間、隣の巫女さんと同じく暑さで苛立っていたルイズは店主が袋から取り出した服を見て、その顔がパッと輝いた。
 実際には輝いていないのだろうが、すぐ近くにいた霊夢とデルフの目にはそう見えたのである。
 店主が店の奥から出したるそれは、今まで彼や魔理沙が出してきた服とは格が違うレベルのものであった。
 今来ている学院のものとは違う白い可愛らしい感じの半袖ブラウスに、短い紺色のシックなスカートという買ってすぐに着飾れる一式。
 文字通りの新品であり、更にこの店のレベルとはあまりにも不釣り合いなそれに、ルイズの目は一瞬で喜色に満ちる。

 態度を一変させて怒りの感情が隠れてしまったルイズを見て、霊夢は疲れたと言いたげなため息をついてから店主へ話しかけた。
「へぇ…中々綺麗じゃないの。っていうか、あるんなら出しなさいよね、全く…」
「いやぁ〜すいません。何せ今日の朝届いたもんでしたので。店に飾るのは夕方からにしようと思ってまして」
 店主も店主で何の罪もない先祖代々の店を壊されずに済んだと確信したのか、営業スマイルを彼女に見せつけて言い訳を口にする。
 それから彼は、不可視の輝きを体から放ちながらブラウスを触っているルイズにこの服とスカートの説明を始めていく。
 ロマリアの地方に本拠地を構えるブティックが発売したこの一セットは、貴族でも平民でも気軽に着れるというコンセプトでデザインされているのだという。
 先行販売しているロマリアでは割と人気になっているらしく、今年の冬に早くも同じコンセプトで第二弾が出るとか出ないとか…。

670ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/01(土) 00:19:15 ID:Meqm5SJY
「一応貴族様向けに袖本に付ける赤いタイリボンがありまして、この平民向けにはそれが無いだけなのでデザインに差異はないかと…」
「なるほどなぁ、確かに良く見てみるともうちょっと彩が欲しいというか…赤色が恋しくなってくるなぁ」
 店主の説明に魔理沙が相槌を打ちつつ、すっかり気分を良くしたルイズを見て内心ホッと一息ついていた。
 一時は彼女と霊夢の怒りと面白がっていたデルフの挑発に流されてしまいそうだったものの、何とか堪える事が出来た。
 実際には怒りかけていたのだが、今のルイズを見ているとそれすらどうでも良くなってしまうのである。
(いやはや…喉元過ぎればなんとやらというか、ちょっと気が変わるのが早いというか…)
 聞かれてしまうとまた怒りそうな事を心の中で呟きながら、魔理沙はチラリと横にいる霊夢の方を見遣る。

 ルイズはあのブラウスとスカートで良いとして、次は巫女服以外まともな服を着た事の無い彼女の番なのだ。
 多分散々待たされた霊夢の事だから、適当な服を見繕ってやれば素直にそれを着てくれるだろう。 
 しかし困ったことに、魔理沙の目ではこの巫女さんにどんな服を着せてやればいいのか全く分からなかった。
 そもそも彼女に紅白の巫女服以外の服を着せたとしても似合うのだろうか?多分…というかきっと似合わないだろう。
 知らず知らずの内に、自分の中で霊夢は巫女服しか似合わない…という固定概念ができてしまっているのだろうか?
 そんな事を考えている内に、自然と怪訝な顔つきになっているのに気が兎つかなかった魔理沙に、霊夢が声を掛けてきた。

「どうしたのよ、まるで私を人殺しを見るようなような目つきで睨んでくるなんて…?」
「えぇ?何でそんな例えが物騒なんだよ?…いやなに、お前さんにどんな服を用意したらいいかと思って―――」
「その必要なんか無いわよ。替えの服ならもうとっくの昔に用意してくれてるじゃない」
 ルイズの奴がね。最後にそう付け加えた霊夢は、足元に置いてあった自分の旅行鞄をチョンと足で小突いて見せた。
 彼女の言葉で、それまで゙あの事゙を忘れていた魔理沙も思い出したのか、つい口から「あっ…そうかぁ」と間抜けそうな声が漏れてしまう。
 それは、まだタルブでアルビオンが裏切る前に王都で買ってもらっていたのだ、アンリエッタの結婚式に着ていく為の服を。

「あの時散々ルイズと一緒になって笑ってたくせに、よくもまぁ忘れられるわね。こっちは今でも覚えるわよ?」
「…鶴は千年、亀は万年。そして巫女さんの恨みは寿命を知らず…ってか。いやぁ〜、怖いもんだねぇ」
 あの時指さして笑ってた黒白を思い出して頬を膨らます霊夢を前に、魔理沙は苦笑いするしかなかった。 




 それから一時間後―――――魔理沙を除く二人はどうにかして平民(?)の姿になる事が出来た。
 ルイズは店の佇まいに良い意味で相応しくなかったロマリアから輸入されてきたブラウスとスカートを身にまとっており、
 霊夢は以前アンリエッタの結婚式があるからという事でルイズに買ってもらった服とロングスカートに着替えている。
 とはいっても本人は不満があるらしく、左手で握っている御幣で自分の肩を叩きながら愚痴を漏らしていた。

「それでまぁ、結局これを着る羽目になっちゃったけど…」
「別に良いじゃないの。似合ってるわよそれ?魔理沙と色が被っちゃってる以外は」
 そんな霊夢とは逆に思わぬ場所でお宝見つけたルイズは上機嫌であり、今にもスキップしながら人ごみの中へ消えてしまいそうだ。
 彼女の言葉を聞いてブラウス姿の霊夢が背中に担いでいるデルフが、またもや鞘から刀身を出して喋り出す。
『あぁ〜、そういやそうだな。よく見れば黒白が二人もいるなぁ』
「そいつは良くないなぁ、私のアイデンティティーが損なわれてしまうじゃないか」
「いや、アンタのアイデンティティーがそれだけとか貧相過ぎない?」
 丁度ブルドンネ街とチクトンネ街の境目にあるY字路。貴族と平民でごったがえしている人通り盛んな繁華街の一角。
 その中にある旅行者向けの荷物預かり屋『ドラゴンが守る金庫』の横で、三人と一本はそんなやり取りをしていた。

671ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/01(土) 00:21:39 ID:Meqm5SJY
 服屋でお気に入りの一セットを手に入れたルイズは上機嫌で店を出た後、持ってきていた鞄を何処かへ預けるつもりでいた。
 ハルケギニアの各王都や首都には旅行者や国外、地方から来た貴族や旅行者がホテルや宿に置くのを躊躇うような貴重品を預ける為の店が幾つかある。
 無論国内の貴族であるルイズも利用することは出来る。しかし、これから平民に扮するルイズはブルドンネ街にあるような貴族専用の店などはまず利用できない。
 その為チクトンネ街かに比較的近い所にある旅行者向けの店を幾つか辺り、ようやく空き金庫のある店を見つけた。
 幸いトリステイン政府が要求している防犯水準を満たしている店であった為、変装を兼ねてこの店の戸を叩いたのである。
 
 荷物を預け、服装も変えたルイズは二人を伴って店を出たのはそれからちょうど一時間後の事であった。
 何枚にも渡る書類の手続きと料金の説明、そして荷物の中に危険物が入っていないかの最終確認。
 チクトンネ街の近くにあるというのに徹底した検査を通って、三人の荷物は無事金庫へと預けられることとなった。
 ルイズは旅行かばんの中に入れていた肩掛けバッグの中に始祖の祈祷書と水のルビーと、当然ながら杖を隠し入れていた。
 霊夢も念のためにとデルフと御幣、それにお札十枚と針三十本、それにスペルカード数枚を鞄から懐の中に移している。
 魔理沙は手に持った箒と帽子の中のミニ八卦炉だけと意外に少ない。ちなみに、三人が貰ったお金は三人ともしっかり袋に入れて持ち歩いていた。

 店の横で一通りのやり取りを終えてから、ふと何かにか気付いたのか魔理沙がすぐ左の霊夢へと声を掛けた。
「…それにしても、このY字路人が多いなぁ。それによく見てみると、ブルドンネ街にいた平民たちと違っていかにも労働者っぽいのが…」
「えぇ?あぁ本当ね」
 別段気にしてはいなかったが魔理沙にそんな事を言われて目を凝らしてみると、確かにいた。
 いかにも肉体系の労働についてますとアピールしているような、平民らしき屈強な労働者達が通りを歩いている。

「あぁ、アレ?さっきの店の中で地下水道をて書いてあったからその関係者なんじゃないの?」
「おっ、そうなのか。悪いなわざわざ……ん?」
 通りを歩く人たちより一回り彼らの歩いて去っていく姿を見つめていると、ルイズが丁寧に説明を入れてくれた。
 わざわざそんな事を教えてくれた彼女に魔理沙は何か一言と思って顔を向けると、何やら彼女は忙しい様子である。
 間諜の仕事を務める為の経費が入った袋を睨みながら、何やら考え事をしていた。
「どうしたんだよ、そんな深刻そうな顔してお金と睨めっこしてるなんてさぁ」
「あぁこれ?実はちょっとね、姫さまから貰った経費の事でちょっと問題があるなーって思ってたの」
「ちょっと、ここにきてそれを言うのは無いんじゃないの?っていうか、どういう問題があるのよ」
 魔理沙の問いにそう答えたルイズへ、着なれぬ服に違和感を感じていた霊夢も混ざってくる。
 黒白とは違い少し睨みを利かせてくる紅白に少したじろぎながらも、彼女は今抱えている問題を素直にいう事にした。

 
「経費が足りないのよ。四百エキュー程度じゃあ良い馬を買っただけで三分の二が消えちゃうわ」
 ルイズの放ったその言葉に、二人は暫し顔を見合わせてから霊夢がまず「馬がいるの?」とルイズに聞いてみた。
 巫女からの尋ねにルイズは何を言っているのかと言いたげな表情で頷くと、今度は魔理沙が口を開く。
「いや、馬は必要ないだろ?平民の中に紛れて情報収集するんだし、何かあったら飛べば良いじゃないか」
「何言ってるのよマリサ。馬が無かったら街中なんて移動できないし、第一空を気軽に飛べるのはアンタ達だけでしょうが」
『そいつぁ言えてるな。息を吸って吐くように飛んでるからなコイツラは…ってアイテテ!』
 魔理沙の言葉を的確かつ素早くルイズが論破すると、デルフがすかさず相槌を打ってくる。
 鞘から出ている刀身を御幣で軽く小突きつつ、良い馬が変えないとごねるルイズに妥協案を持ちかけてみることにした。
 ルイズの言うとおり、確かにこの街は広いしあちこちで情報収集するんら自分用の移動手段が必要なのだろう。
「だったら安い馬でも借りなさいよ。買うならともかく、借りるならそれほど値段は掛からないでしょうに」
 巫女の提案にしかし、ルイズはまたもや首を横に振る。

672ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/01(土) 00:23:09 ID:Meqm5SJY
「それは余計に駄目よ。安い馬だともしもの時に限って役に立たないわ。それに安いと馬具も酷いモノばかりだし…」
 どうやら周りの道具を含め、馬には相当強いこだわりがあるらしい。
 半ば自分たちを放って一人喋っているルイズを少し置いて、霊夢は魔理沙と相談する事にした。
「どう思うのアンタは?移動手段はともかく、これから身分を隠しての情報収集だってのに…」
「いやぁどうって…私は改めてルイズが貴族なんだな〜って思ってるが、まぁ別に良いんじゃないか?」 
「別に良いですって?多分アイツがいつもやってるような感じで散財したら、今日中にあの金貨が無くなるわよ!」
 自分と比べて、あまり今の状況を不味いと感じていない魔理沙に軽く怒鳴り声を上げる。
 一方のルイズも、二人があまり聞いていないという事を知らずどんどん自分の要求をサラサラと口に出していく。
 四百エキュー程度では到底叶わない様な、いかにも貴族と言いたくなる要求を。


「…それに、宿も変な所に泊まれないわ。このお金じゃあ、夏季休暇が終わる前に使い切っちゃうじゃない!」
 ルイズの口から出てその言葉に、彼女を置いて話し合っていた二人も目を丸くしてしまう。
 金貨が六百枚も吹き飛んでしまうという宿とは、一体どんなところなのだろうか…。
「そ、そこは安い宿で良いんじゃないか…?」
 流石の魔理沙もこれから平民に紛れようとするルイズの高望みに軽く呆れつつ、一つ提案してみる。
 しかしそれでもルイズは頑なに首を縦に振らず、ブンブンと横に振りながら言った。
「ダメよ!安物のベッドで寝られるワケないじゃない。それに…―――」
「それに?」
 何か言いたげなところで口を止めたルイズに、霊夢が思わず聞いてみると……―――。
 突如ビシッ!と彼女を指さしつつ、鬼気迫る表情でこう言ったのである。

「ゴキブリやムカデなんかが部屋の中を這いまわってて、ベッドの下にキノコが群生してる様な部屋を割り当てられたらどうするのよ?」

 その言葉に暫しの沈黙を入れてから、霊夢もまたルイズの気持ちが手に取るように分かった。
 もしも彼女が異性で、尚且つ安宿だから仕方ないと割り切れればルイズの我儘に同意する事は無かっただろう。
 しかし彼女もまた少女なのである。虫が壁や床を這いまわり、キノコが隅に生えているような場所で寝られるわけが無いのである。 
 暫しの沈黙の後、霊夢は無駄に決意で満ち溢れた表情でコクリと頷いて見せた。
「成程。馬はともかく、宿選びは大切よね。…うん、アンタの言う事にも一理あるじゃないの」
 納得した表情で頷いてくれた霊夢にルイズの表情がパッと明るくなり、思わず彼女の手を取って喜んだ。
「そうよねレイム!貴族であってもなくてもそんな場所で寝られないわよね!?」
『心変わりはぇーなぁ、オイ!』
 まさか彼女が陥落するとは思っていなかったデルフが、すかさず突っ込みを入れる程すんなりとルイズの味方になった霊夢。
 もはやこのコンビを止める者は、この国の王女か境界を操る程度の大妖怪ぐらいなものであろう。


「いやぁ〜、虫はともかくキノコがあるんなら別にそっちでも良いんだけどなぁ〜…」
 何となく意気投合してしまった二人を見つめつつ、魔理沙はひとり静かに自分の意見を呟いていた。
 しかし哀しきかな、彼女の小さな呟きは二人の耳に入らなかった。

673ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/01(土) 00:25:13 ID:Meqm5SJY
 ―――…とはいっても、ルイズが財務庁で貰った資金ではチクトンネ街の安宿しか長期間泊まれる場所は無い。
 逆に言うと情報収集を行う活動の中心拠点としてなら、この町は正にうってつけの場所とも言えるだろう。
 国内外の御尋ね者やワケありの者たちも出入りするここチクトンネ街は、昼よりも夜の方が賑わっている。
 酒場の数も多く、それに伴い宿の数も多いため安くていいのなら止まる場所に困ることは絶対にない。
 アドバイスはあっただろうが、アンリエッタもそれを誰かに言われて安心して四百エキューをルイズに託したのだろう。
 唯一の失敗と言えば、ルイズとその傍にいる霊夢がそれを受け入れられたか考えなかった事に違いない。  

「くっそ〜…一体どこまで歩くつもりだよ」
 あと二時間ほどで日が暮れはじめるという午後の時間帯。
 霊夢に渡されていたデルフを背中に担いでいる魔理沙は、右手の箒を半ば引きずりながらブルドンネ街を歩いていた。 
 最初こそいつものように右手で持っていたのだが、この姿で持ってたら怪しいという事で霊夢からあの剣を託されてからずっとこの調子である。
 穂の部分が路面の土を掃きとり、綺麗にしていく姿に何人かの通行人が思わず振り返り、彼女が引きずる箒と地面を見比べていく。
 本人が無意識のうちに行っているボランティア行為の最中、魔理沙は思わず愚痴が出てしまうものである。

「っていうか、高い宿の値段設定おかしいだろ。一泊食事風呂付で、20エキューって…」
『まぁあぁいう所は金持ちの貴族向けだからなぁ、着飾った平民でもあの敷居を跨ぐのは相当勇気がいるぜ?』
 そんな彼女の独り言に対し、律儀か面白がってか知らないがデルフが頼みもしない相槌を背中から打ってくる。
 霊夢なら鬱陶しいとか言ってデルフを叩くかもしれないが、魔理沙からしてみれば自分の愚痴を聞いてくれる相手がいるようなものだ。
 喋る時になる金属音や喧しいダミ声はともかくとして、身動き一つ出来ぬ話し相手に彼女は以外にも救われていた。
 
 はてさて、ルイズと霊夢は自分たちの理想に合った宿を探していくも一向に見つからず、通りを歩き続けていた。
 あれもダメ、これはイマイチと宿の人間に難癖をつけてはまた別の宿を…という行為を繰り返して既に一時間半が経過している。
 魔理沙の目から見てみれば、多少ボロくともルイズの言う「虫とキノコに塗れた部屋」とは程遠い部屋もあったし、霊夢もここなら…と頷く事もあった。
 しかしそういう所に限って立ちはだかるのが値段である。しっかり人を雇って掃除も欠かしていない様な所は平民向けでも相当に値が張ってしまう。
 情報収集の仕事は夏季休暇の終わりまでこなさねばならず、今の持ち金だけではチクトンネ街にあるようなボロ宿にしか止まれない。
 そしてそういうボロ宿は正に、廃墟まで十歩手前とかいう酷いものしかない為に、三人と一本はこうして王都の中をぐるぐると歩き回っているのである。

 これは流石に声を掛けてやらないと駄目かな?そう思った魔理沙は、二人へ今日で何度目かになる妥協案を出してみることにした。
「なぁ二人ともぉ…!もういいだろ〜…そろそろ適当に安い宿取って休もうぜ?」
「何言ってるのよマリサ。西と南の方は粗方調べ尽くしたけど、まだ北と東の方が残ってるからそっとも見てみないと」
「だからってこう、暑い街中を歩き回ってたらいい加減バテちまうよ…!」
 自分の提案にしかし、尚も自分の理想に適った宿を探そうとするルイズに少し声を荒げてしまう魔理沙。
 そして言った後で気づいて、慌てて「あぁ、悪い」と平謝りしたが、以外にもルイズは怒らなかった。
 むしろ魔理沙の言葉でようやく気付いたのか、額の汗をハンカチで拭いながら頷いて見せた。
「まぁそうよね…、ちょっと休憩でも入れないと流石に倒れちゃうわよね」
 買ったばかりのブラウスもやや透けてしまう程汗まみれになっていた彼女は、今まで暑さの事を忘れていたのだろう。
 その分を取り戻すかのように「暑い、暑い」と呟きながら、周囲に休める場所があるのか辺りを見回し始めた。

 ウェーブの掛かったピンクのブロンドヘアーが左右に動くのを見つめつつ、今度は霊夢が魔理沙へ話しかける。
「あら、アンタも偶には気の利いたことを言うじゃないの。もう少ししたら私が言うつもりだったけど」
 いつもの巫女服とは違うショートブラウスに黒のロングスカートという自分と似たような見た目に違和感を覚えつつ、魔理沙は言葉を返す。

674ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/01(土) 00:27:15 ID:Meqm5SJY

「なぁルイズ、手持ちの金じゃあ休暇が終わるまで高い宿に泊まれないんだよな?」
「え?そうだけど」
 突然そんな質問をしてきた黒白に少し困惑しつつも答えると、魔理沙は意味ありげな笑みを見せてきた。
 まるで我に必勝の策ありとでも言わんばかりの笑みを見て、ルイズは怪訝な表情を浮かべる。
 一体何が言いたいのかまだ分からないのだろう、そう察した普通の魔法使いは言葉を続けていく。
「安い宿はダメで、手持ちの金で高い宿に泊まりたい…。そして、あそこには賭博場がある」
 そこまで言ったところで、彼女が何をしようとしているのか気づいたルイズよりも先に、霊夢が声を上げた。

「アンタ、まさかアレ使って荒稼ぎしようっての?」
「正解!」
 丁度自分が言おうとしていた所で先を取られたルイズがハッとした表情で巫女を見ると同時に、
 魔理沙が意味ありげな笑みが得意気なものへと変わり、勢いよく指を鳴らした。
「いやぁ〜、これは中々良いアイデアだろうって思ってな、どうかな?」
「う〜ん…違うわねェ、バカじゃないのって素直に思ってるわ」
 霊夢のジト目に睨まれ、更に容赦ない言葉を受けつつも魔理沙は尚も笑みを崩さない。
 本人はあれで稼げると思っているのだろうが、世の中それくらい上手ければ賭博で人生潰した人間なぞ存在しない筈である。
 それを理解しているのかいないのか、少なくともその半々であろう魔理沙に流石のルイズも待ったを掛けてきた。

「呆れるわねぇ!賭博っていう勝てる確率が限られてる勝負に、この大事なお金を渡せるワケないじゃない!」
「大丈夫だって。まず最初に使うのは私の金だし、それでうまいこと行き始めたら是非ともこの霧雨魔理沙に投資してくれよな!」
 ルイズの苦言にも一切表情を曇らせる事無くそう言った彼女は席を立つと、金貨の入った袋を手に賭博場へと足を踏み入れた。
 それを止めようかと思ったルイズであったものの、席を立つ直前に言っていた事を思い出して席を立てずにいた。
 確かにあの魔法使いの言うとおりだろう。今の所持金で自分の希望する宿へ泊まるのなら、お金そのものを増やすしかない。
 そしてお金を増やせる一番手っ取り早い方法と言えば、正にあのルーレットギャンブルがある賭博場にしかないだろう。
 頭が回る分魔理沙と同じ考えに至ったルイズは、魔理沙の後ろを姿を苦々しく見つめつつもその体を動かせなかった。


『あれまぁ!ちょっと一休みしてた間に、随分面白い事になってるじゃねーか』 
「デルフ!アンタねぇ、本当こういう厄介な時に出てくるんだから!」
 そんな時であった、霊夢の座る席の横に立てかけていたデルフが二人に向かって話しかけてきたのは。
 店のアルヴィー達が奏でやや明るめの音楽と混じり合うダミ声に顔を顰めつつ、ルイズは一応年長である彼を手に取った。
「話は聞いてたでしょう、アンタもあの黒白に何か一言声を掛けて止めて頂戴よ!」
『えぇ?…そりゃあ俺っちもアイツがバカなことしようとしてるのは何となく分かるがよぉ、元はと言えばお前さんの所為だろう?』
 頼ろうとした矢先でいきなり剣に図星と言う名の心臓を刺されたルイズは思わずウッ…!と呻いてしまう。

 いつもは霊夢や魔理沙に負けず劣らずという正確なのに、ここぞという時で真面目な言葉を返してきてくれる。
 それで何度かお世話になった事があったものの、こうも正面から図星を指摘されると何も言えなくなってしまうのだ。
「まぁそれはそうよね、アンタがタダこねてなきゃあアイツだって乗り気にはならなかっただろうし」
「うむむ…!アンタまでそれを言わないでくれる…っていうか仕方ないじゃない、なんたって私は……ッ」
 公爵家なんだし…と、最後まで言おうとした直前に今自分が言おうとした事を思い出し、慌てて口を止めた。 
 こんな公の場でうっかり自分の正体をばらしてしまうと、平民に紛れての情報収集何て不可能になってしまう。

675ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/01(土) 00:29:21 ID:Meqm5SJY
 そんなルイズを余所に、霊夢はチラッと賭博場のディーラーへ話しかけている魔理沙の背中を一瞥して言葉を続けた。
 相変わらずどこに行っても馴れ馴れしい態度は変わらないが、こういう場所ではむしろ役に立つスキルなのだろう。
 ディーラーの許可を得て次のゲームから参加するであろう普通の魔法使いは、周囲の視線と注目をこれでもかと集めていた。
 本は盗むは箒で空を飛ぶわ性格は厚かましいという三連で、碌な奴ではないとリ霊夢は常々思っている。
 しかし、霧雨魔理沙の唯一長所はあの馴れ馴れしさでもあり、時折自分も羨ましいと思う事さえある。
 あれがあるからこそ、霧雨魔理沙と言う人間は自分を含めた多くの人妖と関係を築けたのだから。

 ちゃっかり卓を囲む大人たちと仲良くなろうとしている魔理沙を見つめつつ、霊夢はポツリと呟く
「………まぁでも、アイツなら何とかしてくれるんじゃない?」
「へ?どういう事よそれ」
 唐突な霊夢の言葉にルイズが首を傾げると、巫女は「そのまんまの意味よ」と言ってすかさず言葉を続けた。
「アイツ、幻想郷じゃあ偶に半丁賭博の予想とかやってるから…結構な場数踏んでると思うわよ」
 彼女の言葉にルイズが魔理沙のいる方へ顔を向けたと同時に、ルーレットが再び回り始めた。

 魔理沙はまず自分が持っていた金貨三十枚…二十エキューばかりをチップに換えて貰う。
 金貨とは違い木製の使い古されたチップを手に、空いていた席に腰かけた魔理沙はひとまずは十エキュー分のチップを使ってみる事にした。
 ルーレットには計三十七個の赤と黒のポケットがあり、彼女と同じように他の男女がチップを張っている。
 ひとまずは運試し…という事で、魔理沙も一番勝っているであろう客と同じポケットに自分のチップを張ってみる。
 張ったのは黒いポケット。奇遇にも自分のパーソナルカラーのポケットに、魔理沙は少しうれしい気分になる。
「ん?おいおい何だ、没落貴族みたいな格好したお嬢ちゃんまで参加すんのかい?」
 先に黒の十七へチップを張っていた五十代の男は、新しく入ってきた彼女を見ながらそんな事を言ってきた。
 良く見れば魔理沙だけではなく、何人かの客――勝っている男に次いでチップの多い者たちは皆黒の方へとチップを張っている。

「へへッ!ちょいとした用事で金が必要になってな、まぁ程々に稼がせて貰うよ」
 この賭博場に相応しくない眩しい笑顔を見せる魔理沙がそう答えると、他の所へ入れていた客も黒のポケットへ張り始める。
 とはいってもチップの一枚二枚程度であり、自分が本命だと思っている赤のポケットや数字にもしっかりとチップを入れていた。
「困るなぁ!みんな俺の後ろについてきたら、シューターがボールを変えちまうじゃないか」
 悪びれぬ魔理沙と追随する他の客達に男が肩をすくめた直後、白い小さな木製の玉を手にしたシューターがルーレットを回し始めた。 
 瞬間、周りにいた客たちは皆そとらの方を凝視し、一足遅れて魔理沙もそちらへ目を向けた所で、いよいよボールが入れられる。
 一周…二周…とボールがカラカラ音を立ててルーレットのホイールを走り、いよいよ三週目…というところでポケットの中へと転がり込んだ。

 ほんの数秒沈黙が支配した直後、男女の歓声と溜め息を交互に賭博場から響き渡ってくる。
 思わずルイズと霊夢も腰をほんの少し上げてそちらの方を見てみるが、どこのポケットにボールが入ったかまでは分からない。
 魔理沙の賭博を呆れたと一蹴していたルイズも流石に気になり、頭を左右に動かしながら魔理沙の様子を見ようとしていた。
「こっちは上手く見えないわね……って、あ!あのピースしてるのってもしかして…」
「もしかしてもなくてアイツね。まぁあんなに嬉しそうにしてるんだから結果は言わずともって奴ね」
 しかし、我に勝機ありと自分のお金で賭博に挑んだ魔理沙が嬉しそうに自分たちへピースを向けている分、一応は勝ったらしい。
 少し背中を後ろへ傾けるような形で身をのり出し、自分たちへピースしている彼女は「してやったり!」と言いたげである。

 シューターのボールが入ったのは、黒いポケットの十四番。
 魔理沙と黒に本命を張っていた客たちには、賭けていたチップの二倍が手元へ帰ってくる。
 十エキュー分だけ出していた魔理沙の元へ、二十エキュー分のチップが返ってきた。

676ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/01(土) 00:31:13 ID:Meqm5SJY
「おぉ〜おぉ〜…お帰り私のチップちゃん、私が見ぬ間に随分と増えたじゃないか!」
「ぶっ!我が子って…」
 まるでおつかいから帰ってきた我が子の頭を撫でる母親の様にチップを出迎える魔理沙に、勝ち馬の男は思わず吹き出してしまう。
 この賭場のある店へ通い続けて数年、ここで破産する奴や大金を手にする者たちをこの目で何人も見てきている。
 しかし、突然入ってきた没落貴族の様な姿をした彼女もみたいな客は初めて目にするタイプの人間であった。
 見ればここに他の客たちも何人かクスクスと笑っており、堅物で有名なシューターも苦笑いしている。
「まぁ大事なチップってのは俺たちも同じだが、次は別のポケットを狙った方がいいぞ。ここのシューターは厳しいぜ?」
「言われなくてもそうするぜ」
 笑いを堪える男からの忠告に魔理沙も笑顔で返すと、チップを数枚赤のポケットへと置いてみる。
 それを合図に他の客たちも黒と赤のポケット、そして三十七もある数字の中から好きなのを選んでチップを置き始めた。


 魔理沙が賭博場に入ってから二十分間は、正にチップを奪い奪われの攻防戦が続いた。
 客たちも皆負けてたまるかとチップを出し惜しみ、慣れていない者たちは早々に大負けしてテーブルから離れていく。
 一発で大勝利を掴んでやると言う愚か者は大抵数回で敗退し、大分前からテーブルを囲んでいた客たちはちびちびとチップを張っている。
 魔理沙もその一人であり、すっかりここでのルールを把握した彼女も今は勝負に打って出ず慎重にチップを稼いでいた。
 シューターも客たちのチップがどのポケットに集中的に置かれているのか把握し、時折替えのボールに変えて挑戦者たちを惑わそうとする。
 ボールが変われば安定して入るポケットも変わり、その都度客たちは他の客のチップを使わせて入りやすいポケットを探っていた。

 そんなこんなで一進一退の攻防を続けていくうちに、魔理沙のチップは七十五エキュー分にまで増えている。
 周りの客たちも、一見すればまだ子供にも見えなくない彼女の活躍に目を見張り、警戒していた。
 彼らの視線を浴びつつも、黒の十六へと三十エキュー分のチップを置いた黒白の背中へルイズの歓声がぶつかってくる。
「す、すごいじゃないのアンタ!まさかここまで勝ってるなんて…!」
「だから言ったじゃない、コイツはこういうのに慣れてるのよ」
 最初こそテーブル席から大人しく見ていたものの、やがて魔理沙が順調にチップを増やしている事に気が付いたのか、
 今は彼女のそばについて手元に山の様に置かれたチップへと鳶色の輝く視線を向けていた。
 ついでに言えば、霊夢も興味が湧いてきて仕方なしにデルフを片手にルイズの傍で魔理沙の賭けっぷりを眺めている。
「へへ…だから言ったろ?大丈夫だって。こう見えても、伊達に賭博の世界に足を突っ込んでないからな」
 彼女からの褒め言葉に魔理沙は右腕だけで小さなガッツポーズをすると、あまり自慢できない様な事を自慢して見せた。
 
 客たちが次々とチップを色んなポケットへと置いていくのを見つめつつ、ふと魔理沙はルイズに声を掛けた。
「あ、そうだ…何ならルイズもやってみるか?」
「え?――――あ、アタシが…?」
 一瞬何を言ったのかわからなかったルイズは数秒置いてから、突然の招待に目を丸くして驚いた。
 思わず呆然としているルイズに魔理沙は「あぁいいぜ!」と頷いて空いていた隣の席をバッと指さして見せる。
 さっきまでそこに座っていた男は持ってきていた貯金を全て失い、途方にくれつつ店を後にしていた。
 そんな負け組の一人が座っていた椅子へ恐る恐る腰掛けたルイズは、シューターからチップはどれくらいにするかといきなり聞かれる。
 座って数秒もせぬうちにそんな事を聞かれて戸惑ってしまうが、よく見ると既に他の客たちはチップを置き終えていた。

677ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/01(土) 00:33:08 ID:Meqm5SJY
「おいおい!今度はまた随分と可愛らしい挑戦者じゃないか。お前さんの知り合いかい?」
「まぁな、ちょいとここへ足を運んできたときに知り合って今は一緒にいるんだ。ちなみに、そいつの後ろにいるのも私の知り合いだ」
 勝ち馬男は頼んでいたクラッカーを片手に魔理沙と親しげに話しており、彼女も笑顔を浮かべて付き合っている。
 ついさっき知り合ったばかりだというのに、彼女は既に周囲の空気に馴染みつつあった。
 その様子を不思議そうに見つめているとふと周りの客たちが自分をじっと見つめている事に気が付く。
 
 どうやら魔理沙を含め、いまテーブルを囲っている人たちは急に参加してきた自分を待っているようだ。
 これはいけない。謎の焦燥感に駆られたルイズはとりあえず手持ちの現金の内三十エキュー分を、チップに変えて貰う事にした。
 どっしりと幸せな重量感を持つハルケギニアの共通通貨として名高いエキュー金貨が、シューターの手に渡る。
 そして息をつくひまもなく、そのエキュー金貨が全て木製の古いチップとなって自分の手元へ帰ってきた。
 金貨とはまた別の重みを感じるそのチップを貰ったのはいいが、次にどのポケットへ置くか悩んでしまう。
 何せ計三十七個の番号を含め黒と赤のポケットまであるのだ、ギャンブルに慣れていない彼女はどこへ置けばいいのか迷うのは必然と言えた。

 
「ひ、ひとまずさっき魔理沙がいれてたポケットへ…」
 周りからの視線に若干慌てつつも、ルイズは手持ちのチップをごっそり黒色のポケットへ置こうとした直後――――
 いつの間にか賭博場へと足を運んでいた霊夢が彼女の肩を掴んで、制止してきたのである。
「ちょい待ち、アンタ一回目にして盛大に自爆するつもり?」
 突然自分を止めてきた彼女に若干驚きつつ、一体何用かと聞こうとするよりも先に彼女がそんな事を言ってきた。
 ルイズはいきなりそんな事を言われて怒るよりも先に、霊夢が矢継ぎ早に話を続けていく。
「あんたねぇ…折角あれだけの金貨を払ったっていうのに、それ全部黒に入れて外れたらパーになってたわよ」
「えぇ?そんな事はないでしょうに、だって番号はともかく…黒と赤なら確率は二分の一だし、それに当たったら―――ムギュ…ッ!」
 彼女の言葉に言い訳をしようとしたルイズであったが、何時ぞやのキュルケの時みたいに人差し指で鼻を押されて黙らされてしまう。
 霊夢はそんなルイズの顔を睨み付けながら、宿題を忘れた生徒を叱り付ける教師の様に彼女へキツイ一言を送った。

「そんなんで楽に勝てるのなら、世の中大富豪だらけになってても可笑しくないわよ。ったく…」
 指一本で黙った彼女に向かってそう言うと空いていたルイズの左隣の席に腰かけ、右手に持っていたデルフをテーブルへと立てかけた。
 清楚な身なりの少女には似合わないその剣を見て、何人かの客が興味深そうにデルフを見つめている。
 しかしここでインテリジェンスソードという自分の正体バラしたら厄介と知ってるのか、それともただ単に寝ているだけなのか、
 先ほどまで結構賑やかであったデルフは、まるで爆睡しているかのように無口であった。
 ひとまず人差し指の圧迫から解放された鼻頭を摩りながら、ルイズは自分の横に座った霊夢に怪訝な表情を向けた。
「…レイムまでなにしてんのよ」
「もうすぐ日暮れよ?魔理沙みたいにチマチマ張ってたら真夜中まで続いちゃうじゃないの」
 彼女の言葉にルイズは懐に入れていた懐中時計を確認すると時刻は15時40分。確かに彼女の言うとおり、もうすぐ日が傾き始める時間だ。
 夏のトリステインは16時には太陽が西へと沈み始め、18時半には双月が空へと上って夜になってしまう。
 その時間帯にもなればどの宿も満室になってしまうし、そうなればお金を稼いでも野宿は免れない事になる。

678ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/01(土) 00:35:07 ID:Meqm5SJY

「うそ…こんなに過ぎてるなんて…」
「だから私が手っ取り早く稼いで、早く良い宿でも取りに行きましょう。お腹も減ったし、そろそろお茶も飲みたくなってきたわ」
 時刻を確認し、もうこんなに経っていたのかと焦るルイズを余所に霊夢は腰の袋から金貨を取り出した。
 出した額は五十エキュー。少女の小さな両手に乗っかる金貨の量に、客たちは皆自然と目を奪われてしまう。
 シューターもシューターで、まるで地面の雑草を引っこ抜くかのように差し出してきた金貨に、思わず手が止まっている。
「何してるのよ?早く全部チップに換えてちょうだい。こっちは早いとこ終わらせたいんだから」
「え?あ、あぁこれはどうも…失礼を…」
 ジッと睨み付けてくる霊夢からの最速にシューターは慌てて我に返ると、その金貨を受け取った。
 五十エキュー分の金貨はとても重く、これだけで自分の家族が一週間裕福に暮らせる金貨がある。
 思わず顔が綻んでしまうのを抑えつつ、受け取った金貨を専用の金庫に入れてから、その金額分のチップを霊夢に渡した。

 年季の入った五十エキュー分のソレを受け取り自分の手元に置いた霊夢へ、今度は魔理沙が話しかける。
「おーおー、散々人の事バカとか言っておいてお前さんまでそのバカの仲間に加わるとはな」
「言い忘れてたけど、バカってのは真っ先に賭博場へ突っ込んでいったアンタの事よ?私とルイズはその中に入らないわ。…さ、回して頂戴」
 得意気な顔を見せる黒白をスッパリと斬り捨てつつ、霊夢はチップを張らぬままシューターへギャンブルの再開を促した。
 勝手に仕切ろうとする霊夢に周りの客たちは怒るよりも先に困惑し、シューターは彼女からの促しに答えてルーレットを回し始める。
「あっ…ちょっ…もう!」
 霊夢に止められ、チップを張る機会を無くしてしまったルイズが彼女を睨みつけようとした直前―――――気付いた。
 ホイールを走る白いボールを見つめる霊夢の目は、魔理沙や他の客たちとは違ゔ何か゛を見つめている事に。
 客達や魔理沙は皆ポケットとボールを交互に見つめて、どの色と数字のポケットへ入るか見守っている。
 だが霊夢の目はホイールを走る白いボールだけを見つめており、ポケットや数字など全く眼中にない。
 まるで海中を泳ぐアザラシに狙いを定めた鯱の如く、彼女の赤みがかった黒い瞳はボールだけを追っていた。
 
 表情も変わっている。見た目こそは変わっていないが、何かが変わっているのにも気が付いた。
 一見すればそれはこの賭博へ参加する前の気だるげな表情だが、その外面に隠している気配は全く違う。
 ルイズにはまだそれが何なのか分からなかったが、ボールを追う目の色からして何かを考えているのは明らかである。
「レイ…」
 参加した途端に空気を変えた彼女へ声を掛けようとしたとき、大きな歓声が耳に入ってきた。
 何だと思って振り向いてみると、どうやら赤の三十五番ポケットへボールが入ったらしい。
 番号へ本命を張っていた者はいないようだが、魔理沙を含め赤に張っていた者達が嬉しそうな声を上げている。
 シューターが彼女の張っていた三十エキューの二倍…六十エキュー分のチップを配った所で、魔理沙はすっと右手を上げた。
「ストップ、ここで上がらせて貰うよ。チップを換金してくれ」
「おぉ、何だ嬢ちゃんもう上がるのか。勝負はこれらだっていうのに、もしかしてビビったのかい?」
「私の知り合いが言ってたように今夜は宿を取らないといけないしな。何事も程々が肝心だぜ」
 彼女と同じ赤へ張っていて、チップを待っている勝ち馬男が一足先に抜けようとする魔理沙へ挑発の様な言葉を投げかける。
 しかし、賭博の経験がある魔理沙はそれに軽い返事をしつつ近づいてきたウエイトレスに今まで稼いだチップ――約105エキュー分を渡す。
 どうやら換金は彼女の担当らしい。その両手には小さくも重そうな錠前付きの鉄箱を持っており、脇には金貨を乗せるためのトレイを抱えている。
 彼女はチップを手早く数えると持ってきていた鉄箱を開けて、これまで見事な手つきで中に入っていた金貨をトレイの上に乗せていく。
「アンタもう抜けちゃうの?あんだけ勝ってたのに」 
 そんな魔理沙へ次に声を掛けたのは、彼女と交代するように入ってきたルイズであった。
 思わぬ稼ぎ手となっていた黒白が一抜けたことを意外だと思っているのか、すこし信じられないと言いたげな表情を浮かべている。

679ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/01(土) 00:37:29 ID:Meqm5SJY
「何迷ってるのよ?時間が無いって言ってるでしょうに」

 ポケットと睨めっこするルイズに呆れるかのような言葉を投げかけて来た直後、左隣からチップの山が目の前を通過していくのに気が付いた。
 それは彼女が手元に置いていた残り二十五エキュー分のチップの山をも巻き込み、数字のポケットがある場所へと進んでいく。
「は…?」
 ルイズは目の前の光景が現実と受け入れるのに数秒の時間を要し、そしてそれが致命傷となってしまう。
 周りの客達やシューターもただただ唖然とした表情で、夥しい数のチップを見て絶句する他なかった。
 自分のチップの山ごと、ルイズのチップを数字のポケットへと置いた霊夢はふぅっ…と一息ついてから、シューターへ話しかけた
「ホラ、さっさと回して頂戴。時間が無いんだから」
「え?――――…あ、あ…はい!」
 彼女からの催促にシューターはルイズと同様数秒反応が遅れ、次いで慌ててルーレットを回し始める。
 霊夢へ視線を向けていた客たちも慌てて回り出すルーレットへと戻した直後、ルイズの口から悲鳴が迸った。

「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ッ!!あ、あああああああああんた何をぉッ!?」
 その悲鳴は正に地獄へと落ちる魔女の断末魔の如き、自らの終わりを確信してしまった時のような叫び。
 頭を抱えながら真横で叫んだルイズに霊夢は耳を塞ぎながらも「うるさいわねぇ」と愚痴を漏らしている。
「すぐ近くで叫ばないで欲しいわね。こっちの鼓膜がどうにかなっちゃいそうだわ」
「アンタの鼓膜なんかどうでもいいわよッ!…っていうか、一体なにしてくれるのよ?コレ!」
 元凶であるにも関わらず自分よりも暢気でいる彼女を睨み付けつつ、ルーレットを指さしながらルイズは尚も叫んだ。
 魔理沙がついさっき丁寧にやり方を見せてくれたというのに、この巫女さんはそれを無視して無謀な勝負に出たのである。
 それに、まだ赤と黒のどちらかで大勝負していたなら分かるが、よりにもよって数字のポケットへと全力投球したのだ。
 
 当たる確率は三十七分の一。それ以上も以下も無い、大枚張るには無謀なポケット達。
 魔理沙の勝っていく様子を後ろから見て、やらかした霊夢の制止を無駄にせぬよう慎重に勝とうとした矢先にこれである。
 彼女と自分のチップ、合わせて七十五エキュー分のチップはもはやシューターの手によって回収されるのは、火を見るより明らかであった。
 ボールは既にホイールを回るのをやめ、数あるポケットのどれか一つに入ろうとしている音がルイズの耳に否応なく入ってくる。
「なっんてことしてくれるのよアンタはぁ!?私の大切な三十エキューが丸ごとなく無くなっちゃったじゃないの!」
 今にも目をひん剥かんばかりの勢いで耳をふさぎ続ける霊夢へ詰め寄るルイズの耳へ、あの白いボールがポケットへ入る音が聞こえてくる。
 もはや後戻りすることは出来ず、何も出来ぬまま一気に七十五エキューも失ってしまったのだ。
 一体この怒りはどこへぶつけるべきか、目の前の巫女さんへぶつけてみるか?そう思った彼女の肩を右隣から掴んできた者がいた。

 誰なのかとそちらへ顔を向ける前に、肩を掴んできた魔理沙が霊夢へと詰め寄るルイズを何とか宥めようとする。
「まぁまぁ落着けってルイズ、何はともあれ勝ったんだから一件落着だろ?」
「な、なな何ががッ!一件落着です…―――――……って?……あれ?」
 この黒白まで自分の敵か、そう思ったルイズは軽く激昂しつつ彼女へ掴みかかろうとした直前――――周囲の異変に気が付く。
 静かだ、静かすぎる。まるで周りの時間が止まってしまったかのように、ルーレットの周囲にいる者達が微動だにしていない。
 客達やシューターは皆信じられないと今にも叫びそうな表情を浮かべて、先ほどまで回っていたルーレットを凝視していた。
 ふと魔理沙の方を見てみると、彼女はまるでこうなる事を予想していたかのような笑みを浮かべており、右手の人差し指がルーレットの方へと向けられている。
「ボールがどのポケットに入ったか見てみな?霊夢の奴が私以上の化け物だって事がわかるぜ」
 彼女の言葉にルイズは思わず口の中に溜まっていた唾を飲み込んでから、ゆっくりと後ろを振り返った。

680ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/01(土) 00:40:07 ID:Meqm5SJY
 …確認してから数秒は、ルイズも他の者達同様何が起こったのか理解できずその体が停止してしまう。
 何故なら彼女の鳶色の瞳が見つめる先にあったのは、三十七分の一の奇跡が起こった事の動かぬ証拠そのものであったからだ。

 そんな彼女たちを観察しながらニヤニヤしている魔理沙は、勝負を終えて一息ついていた霊夢へ茶々を飛ばしている。
「それにしても、賭博での勘の冴えようは相も変わらずえげつないよなお前さんは?」
「アンタがちゃっちゃっと大金稼いでくれてたら、こんな事せずに済んだのよ」
 それに対し霊夢はさも面倒くさそうに返事をしつつ、ルーレットのボールが入ったポケットをじっと見つめていた。

 彼女の目が見つめているポケットは、先ほどのゲームでボールが入った赤の三十五番。
 三十五……巫女である霊夢を待っていたかのように、年季の入った白いボールが入っていた。
 これで七十五エキューの三十五倍――――二千六百二十五エキューが、ルイズと霊夢の手元へと一気に入ってきたのである。
 



 ――――――自分は一体、本当に何者なんだろうか?
 ここ最近は脳裏にそんな疑問が浮かんできては、毎度の如く私の心へ不安という名の陰りを落としてくる。
 何処で生まれ、育ったのか?どんな生き方をしてきたのか?記憶を失う前はどれだけの知り合いがいたのか?
 記憶喪失であるらしい私にはそれが思い出せず、私と言う人間を得体の知れない存在へと変えている。
 カトレアは言っていた。ゆっくり、時間を掛けていけば自ずと思い出せる筈よ…と。
 彼女は優しい人だ。私やニナの様な自分が誰なのか忘れてしまった人でも笑顔で手を差し伸べてくれる。
 周りにいる人たちも皆…多少の差異はあれど皆彼女に影響されていると思ってしまう程優しく、親切だ。
 そんな彼女の元にいれば、時間は掛かるだろうがきっと自分が誰なのか思い出すことも可能なのかもしれない。

 だけど、ひょっとすると…自分にはその゙時間゙すらないのではないか?
 何故かは知らないが、最近―――多くの人たちが暮らす大きな街、トリスタニアへ来てからはそう思うようになっていた。
 

 王都トリスタニアは、トリステイン王国の中でも随一の観光名所としても有名な街だ。
 街のど真ん中に建つ王宮や煌びやかな公園に、幾つもの名作が公開されたタニアリージュ座は国内外問わず多くの事が足を運ぶ。
 無論飲食方面においてもぬかりは無く、外国から観光に来る貴族の舌を唸らせる程の三ツ星レストランが幾つもある。
 店のシェフたちは日々己の腕を磨き、いつか王家お墨付きの店になる事を夢見て競い合っている。 
 平民向けのレストランも当たり外れはあれど他国と比べれば所謂「アタリ」が多く、外れの店はすぐに淘汰されてしまう。
 外国で売られているトリスタニアのガイドブックにも「王都で安くて美味しいモノを食べたければ、平民が多く出入りする店へ行け」と書かれている程だ。
 それ程までにトリステインでは貴族も平民も皆食通と呼ばれる程までに、舌が肥えているのだ。
 無論飲食だけではなく、ブルドンネ街の大通りにある市場では国中から集められた様々な品が売りに出されている。
 
 先の戦で当分は味わえないと言われてプレミア価格になったタルブ産のワイン、冷凍輸送されてきたドーヴィル産のお化け海老。
 シュルピスからは地元の農場から送られてきた林檎とモンモランシー領のポテトは箱単位で売っている店もある。
 他にもマジックアイテムやボーションなどの作成に必要な道具や素材なども売られ、貴族たちもこの市場へと足を運んでいた。
 他の国々でもこういう場所はあるのだが、トリスタニアほどの満ち溢れるほどの活気は見たことが無いのである。
 ガリアのリュティスやゲルマニアのヴィンドボナなどの市場は道が長く幅もある為に、ここの様な密集状態は中々起こらないのだ。
 だからここへ足を運ぶ観光客は怖いモノ見たさな感覚で、ちょっとしたカオスに満ちた市場へ足を運ぶ事が多い。

681ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/01(土) 00:42:08 ID:Meqm5SJY
 そんな市場の中、丁度真ん中に差しかかった太陽が容赦なく地上を照りつけていても多くの人が出入りしていく。
 老若男女、国内外の貴族も平民も関係なく色んな人たちが活気ある市場を眺めながら歩き続け、時には気になった商品を売る屋台の前で止まる者もいる。
 その中にたった一人―――外見からして相当に目立っているハクレイも、人ごみに混じって市場の中へと入ろうとしていた。
 周りにいる人たちよりも頭一つ大きい彼女は、自分の間を縫うように歩く人々の数に驚いていた。
「凄いわね…。こんなに人がたくさんいるなんて」
 彼女は物珍しいモノを見るかのような目で貴族や平民、そして彼らが屯する屋台などを見ながら足を進めている。
 そして、ここでば物珍しい゙姿をした彼女もまた、すれ違う人々からの視線を浴びていた。
 
 市場では物珍しい品や日用品がズラリと並び、あちらこちらで客を呼ぶ威勢の良い掛け声が聞こえてくる。
 どこかの屋台で焼いているであろう肉や魚が火で炙られる音に、香ばしい食欲を誘う匂いが人ごみの中を通っていく。
 ふと右の方へ視線を向ければ、串に刺して焼いた牛肉を売っている屋台があり、下級貴族や平民たちがその横で美味しそうな肉に齧り付いている。
 屋台の持ち主であろう人生半ばと思える男性は、仲間から肉を刺した串を貰いそれを鉄板の上で丁寧に焼いているのが見えた。
「わぁ……――っと、とと!いけないけない…」
 油代わりに使っているであろうバターと塩コショウの匂いが鼻腔に入り込み、思わず口の端から涎が出そうになるのをなんとか堪える。
 こんな講習の面前で涎なんか垂らしてたら、頭が可笑しいと笑われていたに違いない。

 その時になってハクレイは思い出した。今日は朝食以降、何も口にしていなかったのを。
 懐中時計何て洒落たものは持っていないが、太陽の傾き具合で今が正午だという事は何となくだが理解していた。
 自分が誰なのかは忘れてしまったが、そんなどうでもいい事は忘れていなかった事に彼女はどう反応すればいいか分からない。
 ともあれ、今がお昼時ならばカトレアがいる場所へ戻った方がいいかと思った時…ハクレイはまた思い出す。
 それは自分の失った記憶ではなく今朝の事、ニナと遊んでいたカトレアが言っていた事であった。
「そういえば…お昼はニナの事を調べもらうとかで、役所っていう場所に行ってるんだっけか…?」
 周囲の通行人たちにぶつからないよう注意しつつ歩きながら、ハクレイは再確認するかのように一人呟く。
 空から大地を燦々と照りつける太陽の熱気をその肌で感じつつ、何処かに涼める場所を探す為に市場を後にした。



 ―――カトレア一行が一応戦争に巻き込まれたゴンドアから馬車で離れ、王都へ来てからもうすぐ一月が経とうとしている。
 タルブを旅行中にアルビオンとの戦いに巻き込まれ、地下へと隠れ、王軍に救出されてゴンドアまで運ばれたカトレア。
 しかし彼女としては誰かに迷惑を掛けたくなかったのか、程々に休んだあとで従者とニナを連れて馬車で町を後にしたのである。
 ハクレイは救出された時にはいなかったものの、何処で話を聞いてきたのかカトレアが休んでいた宿へフラリとやってきたのだ。

 謎の光によりアルビオンの艦隊が全滅して三日も経っていない頃の夜、あの日は雨が降っていた。
 艦隊を焼き尽くした火は粗方鎮火し終えていたものの、この天からの恵みによって完全に消し止める事ができた。
 そのおかげでタルブ村や村の名物であるブドウ畑が焼失せずに済んだというのは、トリスタニアへついてから聞く事となる。
 軍の接収した宿で御付の従者に見守られながらベッドで横になっていた彼女の元へ、ずぶ濡れの巫女さんが戻ってきてくれた。
 自分の為にあの恐ろしい怪物たちと真っ向から戦い、行方知れずとなっていたハクレイの帰還に彼女は無言の抱擁で迎えてあげた。
「おかえりなさい。今まで何処にいたのよ?こんなにも外が土砂降りだっていうのに…」
「ごめんなさい。このまま消えるかどうか迷った挙句…気づいたらアンタの事を探してたわ」
 こんなにも儚い自分の事を思って、助けてくれた事に感謝しているカトレアの言葉に彼女は素っ気なく答えた。

682ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/01(土) 00:44:09 ID:Meqm5SJY
 
 その後、ニナからも熱い抱擁ついでのタックルを喰らいつつもハクレイは彼女の元へと戻ってきた。 
 御付の従者たちや自分と一緒にカトレアの薬を取に行って、無事に届けてくれた護衛の貴族達からは大層な褒め言葉さえもらった。
「お前さん無事だったのか?あんな化け物連中と戦ったっていうのに、大したモノだよ」
「百年一度の英雄ってのはお前さんの事か?とにかく、本当に助かったよ。ありがとな」
「カトレア様がこうして無事なのも、全てはお前さのお蔭だな。感謝する」
 十分な経験を積み、 護衛としてそこそこの実力を得た彼らからの感謝にハクレイは当初オロオロするしかなかった。
 何せ彼らの魔法もあの怪物達には十分効いていたし、実質的にカトレアを助けたのは彼らだと思っていたからである。

 なにはともあれ、思わぬ歓迎を受けてから暫くしてカトレアたちは前述のとおり静かにゴンドアの町を後にした。
 町にはアンリエッタ王女が自ら軍を率いてやって来てはいたが、業務の妨げになると思って挨拶はしないことにしていた。
 屋敷へ泊めてくれたアストン伯にお礼の手紙をしたためた後、足止めを喰らっていた王都行きの駅馬車を借りて彼女らは町を出た。
 本当なら直接顔を合わせて礼を言うべきなのだろうが、彼もまたアンリエッタと同じく戦の後の処理に追われていたため敢えて邪魔しないという事にしたのである。
 無論機会があればまたタルブへと赴いて、きちんとお礼をするつもりだとカトレアは言っていた。
 幸い町と外を隔てるゲートを見張っていた兵士たちも連日の仕事で慌ただしくなっていたのか、馬車の中を確認もせずに通してくれた。
 
 
 そうして騒がしい町から離れた一行は、ひとまずはもっと騒がしい王都で一時休憩する事となる。
 王都から次の目的地でありカトレアの実家があるラ・ヴァリエールと言う領地までは最低でも二日はかかるという距離。 
 カトレアの体調も考えて夏の暑さが引くまでは王都の宿泊できる施設で夏を過ごした後にヴァリエール領へと戻るという事になった。
 その間従者や護衛の者たちも一時の夏季休暇を味わい、カトレアはタルブ村へ行く途中に預かったニナの身元を調べて貰っている。
 そしてハクレイはというと、特にしたい事やりたい事が思い浮かばずこうして王都の中をふらふらと歩き回る日が続いていた。

「みんなは良いわよねぇ。私は自分の事が気になって気になって…何もできないっていうのに」
 大きな噴水がシンボルマークとなっている王都の中央広場。トリスタニアの中では最も有名に集合場所として知られている。
 その広場の周囲に設置されたベンチに座っているハクレイは、自分の内心を誰にも言えぬが故の自己嫌悪に陥っていた。
 ここ最近は、カトレアの従者が用意していだ別荘゙の中に引きこもっていたのを見かねたカトレアに外へ出るよう言われたのである。
 無論彼女は善意で勧めているのは分かってはいるが、それでも今は騒音の少ない場所でずっと考えたい気分であった。

「とはいえ、お小遣いとかなんやでお金まで貰っちゃったし…ちょっとでも使わないと失礼よね?」
 ハクレイはため息をつきつつも、腰にぶら下げている小さめのサイドパックを一瞥しつつ呟く。
 茶色い革のパックにはカトレアが「王都の美味しいモノを食べれば元気になるわ」と言って渡してくれたお金が入っている。
 枚数までは数えていないが、中に納まっている金貨の額は八十エキューだと彼女は渡す時に言っていた。
 その事を思い出しつつ改めてそのサイドパックを手に持つと、留め具であるボタンを外して蓋を開ける。
 パックの中には眩しい程に金色の輝きを放つ新金貨がずっしりと入っており、ハクレイは思わず目をそらしてしまう。
「このお金なら美味しいモノも沢山食べれるって言ってたけど、何だか無下に使うのはダメなような気が…」
 そう言いつつ、ハクレイはこれを湯水のごとく消費してしまうのに多少躊躇ってはいた。
 これは消費すべき通貨なのだと理解はしていたが、比較的製造されたばかりの新金貨は芸術品かと見紛うばかりに輝いている。
 
 試しに一枚取り出しじーっと見つめてみるが、その輝きっぷりはまるで小さな太陽が目の前にあるかのようだ。
 再び目を背けながら手に持っていた一枚をパックの中に戻してから、ハクレイはこれからどうするか悩んではいた。

683ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/01(土) 00:46:09 ID:Meqm5SJY
 時間は既に昼食時へと入っており中央広場にいても周囲の民家や飲食店、それから屋台から美味しそうな匂いが漂ってくる。
 それらは全て彼女の鳴りを潜めていた食欲に火をつけて、瞬く間に脳の中にまで入っていく。
 八十エキューもあれば、ちゃんと節制すれば平民のカップルは三日間遊んで暮らせるほどである。
 そんな大金を腰のパックに入れたハクレイは、何か食べないと…と思いつつ本当にこの金貨を使って良いモノかとまだ思っていた。

「そりゃあカトレアの言うとおり何処かで食べてくれば良いんだけど、一体どこを選べばいいのやら………ん?」
 一人呟きながらどこかに自分の興味を惹くような店は無いかと探している最中、ふと広場の中央に造られた噴水へと視線が向く。 
 百合の花が植えられた花園の真ん中にある大きな水かめから水が噴き出し、それが花園の周りに小さな池を作っている。
 ハクレイはその噴水から造られた池に映っている自分の顔を見て、自分の頭の中に残っている悩みの種が首をもたげてきた。
 腰まで届く長い黒髪に、やや黄色みがある白い肌。そして黒みがかった赤い目はハルケギニアでき相当珍しいのだという。
 カトレアとの生活で彼女の従者からそんな事を言われていた彼女は、改めて自分が何者なのか余計に知りたくなってしまう。
 けれどもそれを知っている筈の自分は全ての記憶を失い、自分は得体の知れない存在と化している。

 それを思いだしてしまい難しい表情を浮かべようとしたハクレイは…次の瞬間、ハッとした表情を見せた。
 まるで家の何処かに置いて忘れてしまった眼鏡の場所を思い出したかのような、ついさっきまでの事を思い出した時の様な顔。
 そんな表情を浮かべた彼女は慌てて首を横に振ってから、水面越しに見る自分の顔を睨みつけながら呟く。
「でも…あのタルブで出会ったシェフィールドっていう女なら、何か知っているかもしれない…」
 彼女はタルブの騒動の際、あの化け物たちを操っていたという女の事を思い出していた。
 シェフィールド…。不気味なほど白い肌にそれとは対照的に黒過ぎる長髪と服装は今でも忘れられない。
 彼女が操っていたという化け物たちのせいで多くの人たちが犠牲になり、カトレア達までその手に掛けさせようとしていた。
 良くは知らないがそれでも次に会ったらタダでは済まさない程の事をしたあの女と彼女は戦ったのである。
 
 その時はカトレアを探しに来ていたという彼女の妹とその仲間たちを自称する少女達と共闘した。
 周りが暗くて容姿は良く分からなかったものの、声と身長差ら十分に相手が少女であると分かっていた。
 しかし途中で乱入してきた謎の貴族にその妹が攫われ、ハレクイ自身が囮となって仲間たちに後を合わせた後、捕まってしまった。
 キメラの攻撃で地面に縫い付けられ、運悪く手も足も出ない状況にに陥った時…あの女は自分へ向けてこう言ったのである。

 ―――――そんなバカな事…あり得ないわ。……――――には、そんな能力なんて無い筈なのに――――
 ――――――一体、お前の身体に何があったというんだい?――――゙見本゛

 何故か額を光らせ、信じられないモノを見る様な目つきと顔でそんな事を言ってきたのである。
 言われた方としては何が起こったのか全く分からないし、当然しる筈も無い。但し、その逆の立場であるあるあの女は何かを知っていたのだろう。
 でなければあんな…有り得ないと本気で叫んでいた表情など浮かべられる筈が無いのだから。
「本当ならば、その時に詳しく聞く事ができたら良かったけど…」
  
 ――――――あの後の事は、正直あまり覚えていなかった。
 あの女が自分の事を゙見本゙と呼んだ後の出来事だけが、ポッカリと穴が出来たかのように忘れてしまっているのだ。
 忘れてしまった時の間に何が起こり、どの様な事になったのか彼女自身が知らないでいる。
 ただ、気づいた時には疲労のせいか随分と重たくなってしまった体は木漏れ日の届かぬ森の奥で横たわっていた。

684ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/01(土) 00:48:09 ID:Meqm5SJY
 目が覚めた時にはあの女はおろか、自分がどこにいるのかも分からず…思い出そうにもその記憶そのものが抜け落ちている始末。
 暫し傍にあった大木に背を預けて思い出そうとしても、単に頭を痛めるだけで何の進展も無かった。
 そして彼女にはそれが恐ろしかった。呆気なく自分の頭から記憶が抜け落ちて行ってしまったという事実が。
 自分ではどうしようもできない゙不可視の力゙が自分の記憶を操っている――――そんな恐ろしい考えすら思い浮かべていたのである。

 その後はほんの少しの間、自分でもどうすれば良いのか分からない日々を過ごした。
 森を捜索していた兵士たちの話から、カトレアを含めタルブ村の人たちが何処へ避難したかを知った時も真っ先に行こうとは思わなかった。
 自分の頭から忘れてはいけない事が抜け落ちた事にショックし続けて、まるでを座して死を待つ野生動物の様に彼女は森の中で休んでいたのである。
 けれども、それから暫くして落ち着いてきたころにカトレアやニナ達の事が気になってきて、ようやく避難先の町へ行くことができた。
 最初はただ様子だけを遠くから見るだけと決めていたのに、結局彼女を頼ってしまい今の様な状況に至ってしまっている。
 カトレアは屋敷の傍で起こった騒ぎの事は知らなかったようで、ハクレイ自身もまだその事を―――その時の事を忘れたのも含め――話す覚悟は無かった。
 はぐらかす様子を見て離したくないと察してくれたのだろうか、出会った時以来カトレアもタルブでの事を話さなくなった。
 ニナはしつこく何があったのだと話をせがんでくるが、カトレアやその従者たちがうまいことごまかしてくれる。
 

「…けれども、いつかは話さないと駄目…なのかしらね?」
 水面に映る自分の顔を見つめながらもハクレイが一人呟いた時、ふとこんな状況に似つかわしくない音が鳴った。
 ―――……ぐぅ〜!きゅるるるぅ〜
 思わず脱力してしまいそうな間抜けな音が耳に入った直後、ハクレイは軽く驚きつつも自分のお腹へと視線を向ける。
 アレは明らかに腹から鳴る音だと理解していた為、まさか自分のお腹から…?と思ったのだ。
 恥かしさからかその顔を若干赤くさせつつも自分のお腹を確認したハクレイであったが、音を出した張本人は彼女ではなかったらしい。
「あ…あぅう〜…」
「ん?………女の子?」
 今度は背後から幼く情けない声が聞こえ、後ろへと振り返ってみると…そこには一人の女の子がいた。
 年はニナより三つか四つ上といったところか、茶色いおさげを揺らしながらじっと佇んでいる。
 まだ幼さがほんの少し残っている顔はじっとハクレイを見上げながらも、翡翠色の瞳を丸くしていた。
 服は白いブラウスに地味なロングスカートで、マントを身に着けていないからこの近所に住んでいる子供なのだろうか?
 そんな疑問を抱きつつ、自分を凝視して動かない少女を不思議に思いながらもハクレイはそっと声を掛けた。
「どうしたの?私がそんなに珍しいのかしら?」
「え…!あの…その…」
 見知らぬ、そして見たことない格好をした大人突然声を掛けられて驚いたのだろうか、
 女の子はビクッと身を竦ませつつも、何を話したら良いのか悩んでいると…再びあの音が聞こえてきた、女の子のお腹から。
 ―――――ぐぅ〜…!
 先ほどと比べて大分可愛らしくなったその音に女の子はハクレイの前で顔を赤面させると、彼女へ背を向ける。
 てっきり自分の腹の虫化と思っていたハクレイはその顔に微かな笑みを浮かばせると、もう一度女の子へ話しかけてみた。

「貴女?もしかしお腹が空いてるの?」
 彼女の質問に対し女の子は無言であったものの…十秒ほど経ってからコクリと一回だけ、小さく頷いて見せた。
 首を縦に振ったのを確認した後、彼女は女の子の身なりが少し汚れているのに気が付く。
 ブラウスやスカートは土や泥といった汚れが少し目立ち、茶色い髪も心なしか油っ気が多い気がする。
 ここに来るまで見た子供たちは平民であったが、この女の子の様に目で分かる汚れていなかった。

685ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/01(土) 00:50:40 ID:Meqm5SJY
 更によく見てみると体も少し痩せており、まだ食べ盛りと言う年頃なのにそれほど食べている様には見えない。
(家が貧乏か何かなのかしら…?だからといって何もできるワケじゃあないけれど…あっ、そうだ)
 女の子の素性を少し気にしつつも、その子供を見てハクレイはある事を思いついた。
 
 彼女はこちらへ背中を向け続けている女の子傍まで来ると、落ち着いた声色で話しかけた。
「ねぇ貴女。良かったら…だけどね?私と一緒に何か美味しいモノでも食べない?」
「……え?」
 見知らぬ初対面の女性にそんな事を言われた女の子は、怪訝な表情を浮かべて振り返る。
 いかにも「何を言っているのかこの人は?」と言いたそうな顔であり、ハクレイ自身もそう思っていた。
「ま、まぁ確かに怪しいと思われても仕方ないわよね?お互い初対面で、私がこんな格好だし…」
 言った後で湧いてくる気恥ずかしさに女の子から顔を背けつつも、彼女は尚も話を続けていく。

「でも…そんな私を助けてくれたヤツがいて、ソイツが結構なお人よしで…私だけじゃなくて女の子をもう一人…、
 たがらってワケじゃないし、偽善とか情けとか言われても仕方ないけど…何だかそんな身なりでお腹を空かしてる貴女が放っておけないのよ」

 自分でも良く、こんなに長々と喋るのかと内心で驚きつつ、女の子から顔をそむけながら喋り続ける。
 もしもカトレアがこの場にいたのなら、間違いなくこの女の子に施しを与えていたに違いないだろう。
 どんな時でも優しさを捨てず、体が弱いのにも関わらず非力な人々にその手を差し伸べる彼女ならば絶対に。
 そんな彼女に助けられたハクレイもそんな彼女に倣うつもりで、お腹を空かせたあの子に何かしてやれないだろうかと思ったのだ。

 しかし、現実は意外と非情だという事を彼女は忘れていた。
「だから…さ、自己満足とか言われても良いから…――――…って、ありゃ?」
 逸らしていた視線を戻しつつ、もう一度食事に誘おうとしたハクレイの前に、あの女の子はいなかった。
 まるで最初からいなかったかのように消え失せており、咄嗟に周囲を見回してみる。
 幸い、女の子はすぐに見つかった。…見つかったのだが、こちらに背中を向けて中央広場から走って出ていこうとしていた。
 恐らく周囲の雑踏と目を逸らしていて気付かなかったのだろう、もう女の子との距離が五メイルも空いてしまっている。
「……ま、こんなもんよね?現実ってのは…」
 何だか自分だけ盛り上がっていたような気がして、気を取り直すようにハクレイは一人呟く。
 ニナもそうなのだが、子供が相手だとこうも上手くいかないのはどうしてなのだろうか?
 自分と同じく彼女に保護されている少女の顔を思い出したハクレイは、ふとある事を思い出した。
「そういえば、カトレアは「お姉ちゃん」って呼んでべったりと甘えてるのに…私は呼び捨てのうえに扱いが雑な気もするわ」
 子供に嫌われる素質でもあるのかしらねぇ?最後にそう付け加えた呟きを口から出した後、腰に付けたサイドパックへ手を伸ばす。
(仕方がない。無理に追いかけるのもアレだし…何処か屋台で美味しいモノ食べ――――あれ?)
 気を取り直してカトレアから貰ったお小遣いで昼食でも頂こうと思ったハクレイの手は、金貨の入ったパックを掴めなかった。
 軽い溜め息を一つついてから、パックをぶら下げている場所へ目が向いた瞬間――――思わず彼女の思考が停止する。

686ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/01(土) 00:53:30 ID:Meqm5SJY
 無い、無かった。カトレアから貰った八十エキュー分の金貨が満載したサイドパックが消えていた。
 パックと赤い行灯袴を繋ぐ紐だけがプラプラと風に揺られ、さっきまでそこに何かがぶら下げられでいだと教えてくれている。
 まさか紐が切れて何処かに落とした?慌てて足元を見ようとしたとき、通行人の大きな声が聞こえてきた。
「おーい、そこの小さなお嬢ちゃん!手に持ったパックから金貨が一枚落ちたよ〜!」
「――――…は?」
 小さなお嬢ちゃん?パック?金貨?耳に入ってきた三つの単語にハクレイはすぐさま顔を上げると、
 自分の背後でお腹を鳴らし、逃げるように走り去ろうとしていた女の子が地面に落ちた金貨をスッと拾い上げようとしている最中であった。

 両手には、やや大きすぎる長方形の高そうな革のサイドパックを抱えるように持っているのが見える。
 それは間違いなく、カトレアからお小遣いと一緒に貰った茶色い革のサイドパックであった。 

「ちょっ……―――!それ私の財布なんだけど…ッ!?」
 驚愕のあまり思わず大声で怒鳴った瞬間、女の子は踵を返して全速力で走り出した。
 





――――――以下、あとがき―――――

以上で八十一話の投下は終了です。もう四月に突入してしまいましたね。ハルデスヨー!
まだまだ寒い日々が続きますが、近所の霊園に植えられてる小さな桜の木が花を咲かせていたのを見てほっこりしました。
本編はこれからも続きますが、無理の無い月一投下でまったり進めていきたいと思います。それでは!ノシ

687ウルトラ5番目の使い魔 ◆213pT8BiCc:2017/04/13(木) 14:31:42 ID:esn0CqG6
こんにちは。ウルトラ5番目の使い魔、57話ができました。これから投稿をはじめます。

688ウルトラ5番目の使い魔 57話 (1/19) ◆213pT8BiCc:2017/04/13(木) 14:35:36 ID:esn0CqG6
 第57話 
 虚無を超えて

 カオスリドリアス 
 友好巨鳥 リドリアス 登場!
 
 
 ハルケギニアの伝説に語られる偉人にして聖人、始祖ブリミル。
 しかし、彼の人生は決して平坦なものではなかった。彼は宇宙船の中でマギ族の人間として故郷を知らずに生まれ、たどりついた惑星でなに不自由ない少年時代を送った。
 マギ族の繁栄の日々は、そのまま彼の人生の絶頂期そのものであり、それはマギ族の凋落とも一致する。
 そして青年時代、本当のブリミルの人生はここから始まったと言ってもいいかもしれない。何も知らないでマギ族の仲間のなすがままに自分も流されていた子供の時代から、己の足で土を踏みしめて生きていかねばならない時代に入った。
 少年時代とは比べ物にならない過酷な旅の日々。けれど、それはブリミルに温室の中では決して得られない多くのものを与えた。知識、技術、友情、信頼、愛情、旅路の仲間たちから教えられたことは、確実にブリミルを大人に成長させていった。
 だが、運命はブリミルに残酷な試練を課した。同胞も、故郷も、仲間たちもなにもかもを奪いつくされたブリミルに残ったのは、底知れない虚無の感情だけだったのだ。
 それに囚われたブリミルが思いついた、『生命』の魔法とはなにか。それを問われると、現代のブリミルは苦しげに答えた。
「ろくでもない魔法さ。僕は最初に覚えた魔法のほかにも、応用していくつかのオリジナルの魔法を作ったけど、その中でもこいつは二度と使うまいと思ってる。『生命』って名前も皮肉なもんさ。ともかく、すぐわかるから見ていたほうが早い」
 彼にとって、もっとも忌まわしい記憶。しかし、忘れてはいけない記憶がここにある。
 
 ブリミルは何をしようとしているのだろうか。彼が、始祖と呼ばれる人物になった、その転換点……そして、絶望を前にしてサーシャは何をブリミルに示すのか。
 巨大すぎる絶望を前にして人が出す答えと、運命がそれに与える回答とはいかに。始祖伝説の最後の秘密が今こそ明かされる。
 
 マギ族の首都の崩壊から生き延びたブリミルとサーシャ。完全に水没した都市から、なんとかどこかの海岸に流れ着いた二人だったが、ブリミルは謎の言葉を残してサーシャの前から姿を消した。
「もう、この世界は滅ぶしかない。希望なんて、幻想に過ぎなかったんだ……けど、責任はとらなきゃいけない。この星の間違った生命を、正しい方向に戻すんだ」
「ブリミル……あなたいったい、何を言っているの?」
「サーシャ、今日まで僕なんかのためにありがとう。僕はこれから、この星の生命を元に戻す。それできっと、この星は生き返るはずだ。さよならサーシャ、僕は地獄に落ちるけど、君は天国に行ってくれ」
 その言葉を残して、ブリミルはテレポートの魔法を唱えて消えた。そのタイミングで、現代のサーシャはブリミルの手を握り、ここからはわたしの記憶で話を進めるからねと告げた。イリュージョンの魔法は熟練すると他人の記憶の投影もできるようになるらしい、記録の魔法との複合かもしれないが、今のルイズには無理な芸当だった。
 物語を再開する。ブリミルが消えた後、サーシャは必死で、ブリミル、蛮人、と声を張り上げて探すが、ブリミルの姿は目に映る範囲のどこにもなかった。

689ウルトラ5番目の使い魔 57話 (2/19) ◆213pT8BiCc:2017/04/13(木) 14:36:40 ID:esn0CqG6
「いけない! あの蛮人なにかやるつもりだわ」
 サーシャはブリミルの最後の言葉を思い出して、強い危機感を覚えた。
 あのときのブリミルの様子はどう見てもまともじゃなかった。自殺? いや、あの意味ありげな台詞は、もっと別のなにかを思いついたに違いない。しかも、とても悪いことが起きることを。
 見つけ出して止めないと。サーシャは走り出した。
「いったいどこへ行ったのよ蛮人。確か、あのテレポートの魔法はそんなに遠くまで飛ぶことはできないはず。まだそんなに離れていないはずだわ。けど、いったいどこへ?」
 サーシャは道なき荒野をあてもなく走った。このあたりの地理は自分は詳しくなく、逆にブリミルにとっては自分の庭先も同然なくらいに知り尽くしている。きっとブリミルは記憶を頼りにして、この近くのどこかに向かったのだろう。
 だが、いったいどこへ? 首都が崩壊した今、この近辺で人間の生き残っている可能性のある街や施設はほとんどないはず。サーシャはブリミルから雑談の中で聞かされていた、この地方の様子を必死で思い出した。
「このあたりで、まだ行く価値の残っている場所。落ち着いて思い出すのよ、さっきブリミルはこの星の生命を元に戻すって言ってた……生命と関わりのある場所、もしかしてあそこに?」
 ひとつだけ心当たりがあった。ブリミルが前にしゃべっていた内容に、こんなものがあった。
「僕が小さいころのこと? 君も変なことに興味持つねえ。そうだねえ、僕が小さい頃はマギ族はこの星の開拓に忙しくて、大人とはほとんど遊んでもらったことがないなあ。あ、でもひとつ思い出深いことがあるよ。首都の南にね、この星の動植物のことを研究するためのバイオパークがあったんだけど、小さかった頃の僕にとっては動物園や水族館みたいで毎日遊びに行ってたよ。見たこともない動物や魚が生きて動いてるところは、いくら見ても飽きなかったなあ。研究が終わってバイオパークは今じゃ閉鎖されちゃってるけど、あの頃はほんとに楽しかったよ」
 閉鎖されたバイオパーク……生命が関わって、ブリミルが行きそうな場所といえばそこしか思い当たらない。首都の南とブリミルは言っていた、太陽の位置からだいたいの方角を割り出して南へとサーシャは急いだ。
 しかし道のりは楽ではなかった。この近辺にも危険な怪獣や生き物はウヨウヨしていて、行く先で地底怪獣パゴスとウラン怪獣ガボラがエサの放射性物質を取り合って乱闘していたので、これを避けて海よりの道に逸れたら今度はさっきの二匹が撒き散らした放射能の影響で突然変異したらしい巨大フナムシの大群に襲われ、さらにこいつらをエサにしようと集まってきた火竜の群れからも逃げ回ることになり、いかにサーシャがガンダールヴと精霊魔法を使えるとはいっても相当な足止めと遠回りを余儀なくされた。
 テレポートで一気に飛んでいけるブリミルがうらやましい。逃げたり隠れたりを繰り返して、まだたいした距離は来ていないというのにヘトヘトだ。
 岩陰で休息をとりながら、サーシャはブリミルのことを思った。
「わたし、なんであんな奴のためにこんな苦労してるんだろう?」
 冷静になれば自分でも不思議だった。あんな奴、放っておいて自分だけで安全な場所に逃げればいいのに、どうして危険を冒して後を追っているのだろうか? どうせあいつは全ての元凶のマギ族なのだし、自分にこんなものを押し付けた勝手な奴なのだからと、サーシャは左手のガンダールヴのルーンを見た。

690ウルトラ5番目の使い魔 57話 (3/19) ◆213pT8BiCc:2017/04/13(木) 14:40:01 ID:esn0CqG6
 いっそこのまま、ひとりで自由に生きてみようか。サーシャはふとそう思った。仲間はすべて失い、もう自分だけ、これ以上あんな奴のために苦労する必要があるのだろうか。どうせ別れを言い出したのはあいつなんだから……
 
 けど、そうもいかないのよね……
 
 サーシャは苦笑して、さっきまでの考えを振り払った。
 確かにブリミルはバカで阿呆で間抜けでトンチキの、魔法を除けばどうしようもないダメ人間だ。増して、憎んでも余りあるマギ族の男……けど、ひとつだけサーシャも認めている美点がある。それは、頑張り屋なところだ。
「蛮人、行く場所のなかったわたしたちに道を与えてくれたのはあなたじゃない。魔法の練習を欠かさずに続けて、努力して報われることがまだあるんだって教えてくれたのもあなた。行く手にどんな障害や怪獣が立ちふさがっても、あきらめずに乗り越えてきた、その先頭に立っていたのはあなたでしょ。その頑張りを、あなたから無駄にしようとしてどうするの。きっとみんなも、残ったわたしたちがあきらめちゃうことなんて望んでないわ」
 ここで逃げ出したら、死んでいった仲間たちに顔向けができない。死んだ者とはもう会えないが、その意思は生きている者が背負ってゆかねばならない。そのことをブリミルに教えないといけない。
 サーシャは岩陰から立ち上がり、再び南に進もうと足を踏み出した。が、なにげなく草むらに踏み込んだ、その瞬間だった。
「きゃっ! いったぁ、なに? えっ!」
 なんと、サーシャの足に太くて緑色のつるのようなものがからみついていた。自然に絡んだのではない、その証拠につるは草むらの陰からヘビのように這い出してきてサーシャの体にも巻きつこうとしてきたのだ。
「なによこれっ! つるよ、離しなさいっ! 魔法が効かない? ただの植物じゃないわ!」
 草木の精霊に呼びかけようとしても、ヘビのようなつるは操れなかった。つるはどんどんサーシャの体や手足を絡めとろうと伸びてくる。とっさに剣を抜いて、ガンダールヴの力で切り払おうとしたが、つるのほうが多く、一瞬の隙にサーシャは剣ごと全身を拘束されてしまった。
 完全に身動きを封じられて、地面に張り付けになってしまったサーシャは首だけをなんとか動かして周りを見回した。よく見ると、草むらの陰には血にまみれた衣服の残骸が散らばっている。
「しまった、ここは吸血植物のテリトリーだったのね。なんとか逃げ出さないと、わたしもこの服の持ち主みたいにっ」
 つるはどんどん力を強めて締め付けてくる。このままでは全身の血液を搾り取られてしまうだろう。サーシャはなんとか脱出しようともがいた。
 だが、事態はつるに絞め殺されるのを待つほど悠長ではなかった。草むらの陰から、今度は青黒い色をした大きなクモのような化け物が何匹も現れたのだ。
 たまらず悲鳴をあげるサーシャ。それはベル星人の擬似空間に生息する宇宙グモ・グモンガに酷似した小型怪獣で、紫色の有毒ガスを吐きながらサーシャに迫ってくる。擬似空間と同様に、吸血植物とは共生関係にあって、獲物を待ち構えていたのだろう。
 身動きできないサーシャに迫るグモンガの群れ。このまま生きたまま血肉を貪られ、骨も残さず食い殺されてしまうのだろうか。

691ウルトラ5番目の使い魔 57話 (4/19) ◆213pT8BiCc:2017/04/13(木) 14:41:03 ID:esn0CqG6
「いやあぁぁぁっ! ブリミルーっ!」
 顔の間近まで迫ったグモンガにサーシャの絶叫が響き渡る。だが、そのとき突如突風が吹いてグモンガたちを吹き飛ばし、さらに巨大な影が射したと思うと、大きな手がサーシャを掴んでつるを引きちぎり、大空高くへと運び去っていったのだ。
 死地から一気に大空へと運ばれたサーシャは、冷たい風に身を任せながら、自分を手のひらの上に優しく乗せている巨大な青い鳥の姿を呆然と見上げていた。それは、才人やタバサも見知っている、あの優しく勇敢な大鳥の怪獣。
「リドリアス……」
 現代と過去で同時にその名が呼ばれた。何度となく世界を守るために共に戦った、今では戦友とも呼ぶべき怪獣。
 リドリアスはしばらく飛ぶと、安全な場所にサーシャを優しく下ろし、サーシャはリドリアスを見上げて、笑顔で声をかけた。
「ありがとう、助けてくれて」
 リドリアスは礼を言われたことに照れるかのように、のどを鳴らして穏やかな鳴き声を返した。それにサーシャも笑い返す。この時代のサーシャも、リドリアスのことは知っていたのだ。
 なりは大きいが、リドリアスはこれでも渡り鳥の一種であり、この星でも以前は普通に見られた存在だった。だがマギ族の起こした騒乱で数を減らし、今ではほとんど見られなくなっていたが。
「あなたも、厳しい世界の中で生き残っていたのね。こんな世界でも、ずっと」
 サーシャは、生き残っていたのが自分たちだけではなかったことに胸を熱くした。ところが、サーシャはリドリアスが片足をかばっているような仕草をしているのに気がつき、彼が傷を負っているのを見つけた。
「あなた、怪我してるじゃないの。待ってて、わたしが治してあげるから」
 リドリアスに駆け寄ると、サーシャはリドリアスの片足の傷に手をかざして呪文を唱えた。この者の体を流れる水よ、という文句に続いて魔法の光が輝き、リドリアスの負傷を癒していく。
「あなたも、いろんなところでつらい思いをしたのね。けど、まだ希望は残ってる。この世界はまだ、死に絶えちゃいない。そうでしょう……?」
 それはリドリアスに問いかけたのか、それともここにいないブリミルに問いかけたのか。あるいはその両方だったのか。
 リドリアスの傷を癒したサーシャは、ほかの怪獣が気がつく前に遠くに逃げなさいとうながした。しかしリドリアスはサーシャから離れる様子を見せなかった。
「わたしを守ってくれるっていうの? まったく、どっかの蛮人よりよっぽどナイト様ね。わかったわ、いっしょに行きましょう」
 そう答えると、リドリアスはうれしそうに鳴き、サーシャに顔を摺り寄せてきた。サーシャはリドリアスのくちばしの先をなでながら、優しくつぶやいた。
「そっか、あなたもひとりで心細かったのね」
 かつて、群れで飛ぶ姿も見られたリドリアスも、今ではこの一匹になってしまった。仲間もなく、凶暴な怪獣たちが跋扈する中で生きていくのはさぞつらかっただろう。
 けれど、もうひとりじゃない。これからは仲間だ、誰かがいっしょにいれば寂しくはない。

692ウルトラ5番目の使い魔 57話 (5/19) ◆213pT8BiCc:2017/04/13(木) 14:43:38 ID:esn0CqG6
 サーシャは胸の中で、まだこの世界に希望があると、もう一度強く思った。無くしたものは大きいけれど、まだこうして見つけられたものもある。この希望のともしびの熱さを、ブリミルにも教えなくては。
「リドリアス、お願いがあるの。わたしを、この先に連れて行って欲しいの。もうひとり、助けなきゃいけない仲間がいる」
 その頼みを受けると、リドリアスはサーシャの前に頭を下ろして、乗っていいよというふうにうながした。
「ありがとう」
 サーシャが頭の上に飛び乗ると、リドリアスは翼を広げて飛び立った。上空の冷たい風が肌に染み、眼下の風景がすごい勢いで流れていく。
 リドリアスの飛行速度はマッハ二。サーシャに気を使ってそこまで早くはしていないものの、それでもサーシャの体験してきた何よりもリドリアスは早かった。
「すっごーい。あのバカのテレポートよりずっとはやーい!」
 しれっとブリミルに対して毒を吐きながらも、サーシャは行く先をじっと見つめて目を離さなかった。
 この先にブリミルがいる。何をする気か知らないけれど、どうか早まった真似だけはしないでちょうだい。そして願わくば、自分の勘が外れていないことを祈った。
 やがて行く先の荒野に小さな町があるのが見えてくる。サーシャは近くに怪獣がいないことを確認すると、リドリアスにあそこに下ろしてちょうだいと頼み、町の入り口にリドリアスは着陸した。
「ありがとう、すぐ戻るからあなたはここで待ってて。体を低くして、目立たないようにしてるのよ」
 リドリアスにそう言い残すと、サーシャは町の中へと走っていった。
 町に人の気配はなく、やはりここも怪獣の襲撃を受けたことがあるように建物はのきなみ崩れ落ちた廃墟となっていた。いや、怪獣に壊される前から、すでに町は数年は放置されたゴーストタウンであったらしく、残った建物の壁にはこけがこびりつき、窓ガラスはすすけて曇っている。
 やっぱりここがブリミルの言っていた……確信を深めて町を散策するサーシャの前に、マギ族の文字、今のハルケギニアの文字の原型になった文字で書かれた看板が現れた。
「第五水産物試験研究所……ビンゴね!」
 どうやら間違いはなさそうだ。この町が、ブリミルの言っていた思い出の場所だ。
 しかし肝心のブリミルはどこに? 地上の建物はただの廃墟で、ろくなものが残っているようには見えない。なら考えられるのは、首都と同じく地下にある施設だけだ。
 どこかに入り口がある。サーシャは飛び上がると、空から地上を見回した。すると、倒壊した建物のそばに、ぽっかりと開いている地下への階段の入り口があった。
「つい最近に入り口の瓦礫を動かした跡がある。ここで違いないようね」
 自分の推理が当たっていたことを喜ぶ間もなく、サーシャは覚悟を決めると、暗い通路の中を地下へと向けて降りていった。
 地下はあまり被害を受けていなかったらしく、少し歩くと通路はきれいになった。それどころか、地下三階ほどの階層まで来ると電源も生き残っていたのか電灯で通路は明るくなり、その先にはかつてこの施設で使われていた設備の数々が往年のそれと同じような姿で生きていた。

693ウルトラ5番目の使い魔 57話 (6/19) ◆213pT8BiCc:2017/04/13(木) 14:44:27 ID:esn0CqG6
「わぁ……」
 思わずサーシャは感嘆の声を漏らした。通路の左右はガラス張りの巨大水槽となっており、それが延々と先へと続いている。
 まさに水族館の光景だ。サーシャは、まだマギ族が優しかったころに街に作ってくれた水族館に行ったときのことを思い出した。
 水槽はクジラでも楽々入りそうな奥行きがあり、以前はここで星のあちこちから集められた魚介類が研究されていたのが察せられた。今では水槽はカラになり、水槽の底には魚の骨と小さなカニかエビのような生き物がうろついているだけの寂しい光景となっているが、往年は本当に夢のような光景が色とりどりに輝いていたのだろう。
 ここで子供のころのブリミルが……サーシャはその様子を想像しながら通路を進み、声をあげて彼を呼んだ。
「蛮人ーっ! ここにいるんでしょーっ! 返事をしなさい! 怒らないから出てきなさい。ブリミルーっ!」
 澄んだ声は反響して奥へ奥へと響いていくが、返事はなかった。
 いいわ、ならこっちから行くから。と、サーシャは歩を早めて通路を進んでいく。幸い施設はほぼ一本道で、迷う心配はなさそうだ。
 やがて水産物試験場の最奥部まで進むと、目の前に大きなエレベーターが現れた。ゴンドラは最下層で止まっている。サーシャはゴンドラを呼び出して乗り込むと、迷わず最下層のスイッチを押した。
 ゴンドラはゆっくりと地下へと下がっていく。どうやら階層ごとに水産物や畜産物、その他の動物や昆虫や植物の研究施設になっていたらしく、ガラス張りのエレベーターからは、かつては動物園や植物園のようになっていたらしい光景が透けて見えた。
 ここはまさに、かつてのマギ族にとって希望の城だったのだろうとサーシャは思った。ブリミルは、狭い船の中で何十年も過ごしてきたマギ族にとって、生命にあふれたこの世界はまさに理想郷だったと言っていた。豊富な生命は、万物の根源となる究極の宝だと。だが、驕ったマギ族は、その宝の使い道を誤った。
 生き物を無邪気に愛でる、夢のある心を持ち続けていれば余計な争いなどしなくてよかったものを。たとえば動物たちと話ができて、触れ合って遊べるテーマパークみたいなものがあれば、みんな荒んだ心を溶かされ子供に戻って楽しく過ごせたろうにと思う。
 エレベーターは地下深く深くへと下り続け、やがて最下層に到達した。そこは各階層での研究内容をまとめるコンピュータールームになっているらしく、これまでと打って変わって通路の左右には休止状態のスーパーコンピューターが低いうなりをあげながら陳列されており、さながら鉄で出来た広大な図書館を思わせた。

694ウルトラ5番目の使い魔 57話 (7/19) ◆213pT8BiCc:2017/04/13(木) 14:49:27 ID:esn0CqG6
 ここが最奥部……サーシャは息を呑みながら通路を進み、呼びかけた。
「ブリミル、いるんでしょ! 答えなさい!」
「聞こえてるよ。こっちだよサーシャ」
 唐突に返ってきた返答にサーシャが振り返ると、そこにはブリミルが何かの操作パネルを前にして立っていた。
 身構えるサーシャ。十メートルばかりを挟んで対峙しながら、ブリミルは無感情に話した。
「よくここがわかったね。君にこの場所を教えたことはあったけど、あんな何気ない話を覚えてるとは思わなかったよ」
「あいにく、物覚えはいいほうなのよ。そんなことより、こんな場所でなにをしてるの? 答えてもらうわ」
「もちろんいいさ、君に隠し事をする気は僕にはないよ。順を追って話すとね、ここにはマギ族がこの星の生き物に関して集めた情報が詰まってる。マギ族は、このデータを元にして君たちエルフのような改造生命を作り出したんだ。ここまではいいかい?」
 サーシャは無言でうなづいた。サーシャにも、最低限の科学知識はエルフに改造されたときに脳に刷り込まれている。
「マギ族は、もう数え切れないほどの人工生命を作り出した。けど、それら全ての人工生命には、ある特殊な因子を遺伝子に組み込んで完成させた。僕は、その因子を調べるためにここに来たんだ」
「因子……なんのために?」
 意味がわからないと、問い返すサーシャ。現代でその光景をビジョンごしに見守る才人たちも、過去のブリミルの言葉を聴き逃すまいと沈黙して耳をすませた。
「マギ族が人工生命を作った理由はさまざまだけど、人工生命を作る過程でマギ族は用心をしていたんだ。つまり、もしも自分たちで作った生命体が想定外の行動を見せて危険になったとき、特定のシグナルを与えることで、その生命体を強制停止させる。安全装置としての、自爆因子をね」
「なんですって! それじゃ、わたしたちは体の中に爆弾を埋め込まれてるようなものじゃないの」
 愕然とするサーシャ。しかしブリミルはゆっくりと首を横に振った。
「心配することはないよ。その自爆因子に働きかけるシグナルは、マギ族同士で戦争が始まったときに誰かが消去してしまって、もうどこにもデータは残ってない。そんなものが残っていたら戦争にならないからね。君たちにも因子は埋め込まれてはいるけど、それはベースになった改造プログラム上のなごりなだけさ」
「じゃあ、そんな役に立たない因子のことを調べてどうするのよ?」
 問いかけると、ブリミルは軽く杖を振って見せた。魔法の光が輝いて、車ほどの大きさがあるスーパーコンピューターの一機が塵に返る。

695ウルトラ5番目の使い魔 57話 (8/19) ◆213pT8BiCc:2017/04/13(木) 14:54:42 ID:esn0CqG6
「僕の魔法は、物質を構成する原子に直接働きかける力があるらしい。適当に使えば破壊するだけだけど、イマジネーションさえしっかりすれば、あらゆる物質を反応させることもできる。当然、その因子にもね」
「あんたまさか! 自分のやろうとしていることがわかってるの!」
 ブリミルの考えに気がついたサーシャが絶叫する。しかしブリミルは冷然として言った。
「もちろんわかっているさ。僕がその魔法を唱えた瞬間に、マギ族が手を加えたすべての生物は一瞬にして死に絶える。ドラゴンも、グリフォンも、メイジも、エルフも、そしてもちろん」
「わたしもあなたも死ぬ。この世界を道連れにして無理心中をはかる気なの!」
「違うよ、この世界を元に戻すだけさ。マギ族が荒らす前の、平和な世界にね。すでにここのコンピュータから、自爆因子の情報は引き出した。あと、必要な条件はひとつだけ……それが揃えば、とうとう完成するんだ。間違った命を正しい方向にやり直させる最後の魔法、『生命』がね!」
 虚無に支配されたまなざしで、高らかにブリミルは宣言した。
 その恐ろしすぎる魔法の正体に、現代の才人やルイズたちも戦慄する。
「『生命』なんて、とんでもないわ。悪魔のような絶滅魔法じゃないの」
 ルイズの言葉に、現代のブリミルは沈痛な面持ちでうなづいた。
 『生命』。なんて恐ろしい魔法だ……ハルケギニアにおいて、マギ族の手が加わっていない生き物のほうが少ないくらいなのに、そんなものを発動させたら世界はめちゃめちゃになってしまう。
 しかも、それが虚無の系統とともに現代にも受け継がれているとしたら。アンリエッタはルイズとティファニアを見て、納得したように言った。
「教皇が虚無の担い手を狙っていたのも、間違いなく『生命』の魔法を手中にせんがためだったのでしょうね。彼はあわよくば生命で人類とエルフを滅ぼし、一挙に全世界を手中に収める算段だったのでしょう」
 ほぼ、それで間違いないだろうと皆は思った。しかしブリミルに比べて力の劣る現在の虚無の担い手では生命の発動は難しい上に、ルイズやティファニアが言いなりになるわけはない。それに現在のハルケギニアの生態系は壊滅してしまうので、教皇としては使えれば幸運な手札の一枚として考えていたのだろう。
 ともあれ、恐ろしい魔法だ。エクスプロージョンや分解など比較にもならない、世界にそのまま破滅をもたらしてしまう。メイジの人口割合はハルケギニアの中でそこまで高くはないが、六千年のうちに平民とメイジの混血がおこなわれ、現在先祖にメイジがいると知らずに生きている平民は膨大な数に上るだろう。つまりは、ハルケギニアの人間のほとんどに自爆因子は潜在していると考えていい。
「でも、いくら始祖ブリミルでも、世界中の生き物にいっぺんに魔法をかけるなんて、そんな無茶なことができるの?」
 キュルケが、いくら始祖でも人間にそこまでのことができるのかとつぶやいた。確かに、仮に命と引き換えにしての魔法だったとしても限界はある。ましてあの当時のこと、ひとつの星を覆うほどの魔法をたったひとりのメイジがおこなうなど、ルイズが百人いたって不可能だ。

696ウルトラ5番目の使い魔 57話 (9/19) ◆213pT8BiCc:2017/04/13(木) 14:56:44 ID:esn0CqG6
 しかしブリミルは、静かに口を開いた。
「確かに、僕ひとりの力では命と引き換えにしたって不可能だ。だけどね、虚無の系統にはそれを可能にする方法があるんだ。虚無の系統の使い魔のこと、知っているかい?」
 ブリミルがそう尋ねると、ティファニアがおずおずと手を上げた。
「あの、わたし聞いたことがあります。いいえ、わたしに忘却の魔法を教えてくれた古いオルゴールが、魔法といっしょに教えてくれた歌の中にそれが。確か、ガンダールヴ、ヴィンダールヴ、ミョズニトニルンと、最後に語ることさえはばかられるというのが一人」
「そう、主人を守る盾の役目のガンダールヴ。獣を操り主人を運ぶヴィンダールヴ。魔法道具を操るミョズニトニルン。今の僕はヴィンダールヴとミョズニトニルンはまだ召喚してないけど……最後のひとつ、リーヴスラシルというのが要なんだ」
 始祖の四番目の使い魔、リーヴスラシル。誰もが初めて聞く名前に、それがどういう意味を持つのかと息を呑んだ。
 エレオノールやルクシャナもすら、推論のひとつも口にしようとはしない。まったく想像できないからだ。使い魔である以上、なにかしら主人の役に立つ能力を備えているのだけは間違いなくても、まるで見当がつかない。
 しかし使い魔ということは、これからブリミルが召喚するということなのだろう。だが才人はおかしいと思った。ブリミルの使い魔はサーシャ以外には現在いないはずだ、何故? いや、尋ねるだけ無駄なことだ。なぜならこれからすぐにわかることなのだから。
 過去のビジョンは再開され、『生命』を使おうとする過去のブリミルと、それを止めようとする過去のサーシャが対峙する。
「蛮人、馬鹿なことはよしなさい。今さらマギ族の痕跡を消したって、世界は元に戻ったりしないわ。あなたは自分の手で世界を完全に滅ぼすことになるわ」
「サーシャ、それは視野が狭いよ。この狂いきった世界を蘇らせるには、一度完全にリセットしないといけないんだ。そうすれば、この世界は何万年か後に必ず元のように美しい世界に蘇る。僕はわかったんだ、なぜマギ族の中で僕だけが生き残ったのか、マギ族の痕跡を完全に消し去ること、それが僕の運命だったんだよ」
「違う! 人に決まりきった運命なんてないわ。運命なんて、そうあるように見えるだけよ。あんたのやろうとしてるのはただの虐殺だわ、そんなもの、絶対にやらせない!」
「なら、どうするね?」
 サーシャの怒声にも冷談な態度を崩さないブリミルに対して、サーシャはついに怒りを爆発させた。
「力づくでも、止めてやるわ!」
 床を強く蹴り、サーシャは雌豹のようにブリミルに飛び掛った。しかし、その行動は完全にブリミルに読まれていた。
「君ならそう来るだろうと思ってたよ」
 ぽつりとつぶやくと、ブリミルの姿が掻き消えた。サーシャの手はむなしく宙を掴む。

697ウルトラ5番目の使い魔 57話 (10/19) ◆213pT8BiCc:2017/04/13(木) 14:57:38 ID:esn0CqG6
「テレポートね。どこに行ったの?」
 この手はこちらも読んでいた。ほぼ詠唱なしのテレポートならわずかな距離しか動けないはず、ならばこの部屋のどこかにまだいる。
 サーシャは周囲の気配を探った。前、右、左、そして。
「誰かをお探しですかぁ?」
 後ろからヌッっと声をかけられ、サーシャの背筋に震えが走った。
 振り返ろうとした瞬間、肩に何かが乗せられる感触がして視線だけを動かすと、ブリミルがすぐ後ろで肩に顎を乗せて笑っていた。
「きゃあぁぁぁーっ!」
 絹を裂くような悲鳴をあげてブリミルに殴りかかるサーシャ。しかしブリミルは一瞬早く身を引いていた。
「はぁ、はぁ……変態か!」
 息を切らせて空振りに終わった拳を震わせながら怒鳴るサーシャ。見守っていた才人たちも、「うわぁ……」と、犯罪者を見る目つきで顔を伏せている現代のブリミルを見ていた。
「せっかくだから、こういうのを最後にやってみたかったんだよ」
 過去のブリミルはいやらしい表情で、現代のブリミルは心底後悔してる様子で言った。
 人間、落ちるところまで落ちると色々な意味で吹っ切れるらしい。今のブリミルは、以前の面影がないほど闇に染まりきっていた。
 一方のサーシャは、怒り心頭といった様子でついに剣を抜いた。無理からぬ話だが、しかしブリミルはにやけ顔を崩さずに杖を振った。
「かっこいいねえ……いつまでも君と遊んでいれたら幸せだろうけど、ここでこれ以上消耗するわけにはいかない。君はここで僕のやることを見ていてくれたまえ」
 ブリミルが後ろ手でコンピュータのスイッチを押すと、停止していた大型ディスプレイが点灯した。薄暗い部屋に慣れていたサーシャの目が一瞬くらみ、その隙にブリミルは後ろに作り出した世界扉のゲートに飛び込んだ。
「じゃあね」
「しまった! 待ちなさい!」
 慌ててガンダールヴの力で飛び掛ったが、一瞬遅くブリミルはゲートの先に消え、ゲートもサーシャの眼前で蛍のように掻き消えてしまっていた。
 逃がしてしまった! まずい、今度はいったいどこへ?
 ブリミルを追って部屋を飛び出そうとするサーシャ。しかし慌てるサーシャの後ろのディスプレイから、ブリミルの声が響いてきた。

698ウルトラ5番目の使い魔 57話 (11/19) ◆213pT8BiCc:2017/04/13(木) 14:58:18 ID:esn0CqG6
「僕を探す必要はないよ、サーシャ」
「蛮人っ!? そこは」
 起動したコンピューターのディスプレイに、ブリミルの姿が映っていた。彼の手にはなにやら端末のような機械が見える。彼が画像を動かすと、ブリミルはこの町の近くの荒野に立っていることがわかった。
「君がどんなに急いで走っても、もう間に合わない。けど、せめて最後は見守っていてくれ。僕の最後の仕事を、ね」
 ディスプレイからブリミルの声が聞こえる。サーシャは歯軋りしたが、ここから全力で走って向かったとしても二十分はゆうにかかってしまう。いくら虚無の系統の詠唱が長いとはいえ、間に合うものではない。
 本当に見守るしかできないのか、焦るサーシャの耳にブリミルの言葉が響いてきた。
「さて、今すぐ全世界に『生命』をかけたいところだが、そうもいかない。僕の精神力ではとても足りないからね」
「ならどうするっていうの? もったいぶらずにさっさと答えなさい!」
 こちらからの声も向こうに通じるだろうとサーシャが怒鳴ると、ブリミルは当然のように笑いながら言った。
「リーヴスラシル。僕の系統にはね、主の魔法力の消耗を代替する使い魔が存在するのさ。今まで君に遠慮して他の使い魔の召喚は避けてきたけど、見せてあげるよ。世界を終わらせる、僕の最後のパートナーをね」
 つまり、リーヴスラシルとは虚無の系統の補助燃料タンク、あるいは電池だということか。現代で見守っている面々は、確かにそれなら使い手の許容量を超えた魔法も使えると納得した。
 ブリミルはモニターごしに見守っているサーシャの前でサモン・サーヴァントの魔法を唱え始めた。いったいどんな使い魔が来るんだ? 息を呑んで見守る面々の前で、ブリミルが杖を振り下ろす。
 すると、召喚のゲートが現れた。ブリミルの前と、そしてサーシャの目の前に。
「これ、は……」
 サーシャは突然目の前に出現したゲートの輝きに困惑した。何故、ゲートがわたしの前に? わたしはすでにガンダールヴになっている、それなのに。
 現代で見守る面々も、まさかの出来事に目を丸くしている。
 つまり、リーヴスラシルに選ばれたのは……サーシャ自身。
 サーシャはその皮肉に笑いつつ、ディスプレイの中で使い魔を待っているブリミルを見ながらつぶやいた。
「そういうことなのね……っとに、さっきはああ言ったけど、運命ってやつはどこまでわたしにイヤがらせをすれば気が済むのかしら。でも、これならわたしがゲートを潜らなければ、あのバカはリーヴスラシルを得られなくて『生命』を使えない」
 そう、それが一番合理的だとアニエスやタバサはうなづいた。
 しかし、ルイズやミシェルらはわかっていた。サーシャは、そういうことができる人間ではないことを。

699ウルトラ5番目の使い魔 57話 (12/19) ◆213pT8BiCc:2017/04/13(木) 15:00:04 ID:esn0CqG6
「けどね……あのバカから逃げ出すなんてこと、わたしができるわけないじゃない。わたしの道は、いつでも前にだけあるんだから! いくわよぉーっ!」
 意を決してサーシャはゲートに飛び込んだ。傍から見れば、彼女も立派なバカの一員であるが、人間はわかっていても意地を通さねばならないこともある。
 ゲートを飛び越え、最初に見たのはブリミルの驚愕の顔であった。そのまま懐に飛び込んで、思い切り顔面を殴り飛ばす。ブリミルは派手に吹っ飛ばされて地面を転がった。
「ぐ、うぅぅ……な、なんで君が? いや、そうか、そういうことか」
「そうよ、どういうわけか知らないけど、わたしは二重に使い魔に選ばれちゃったみたいね。恨むなら、あんたの魔法を恨みなさいよ、バーカ!」
 事情をブリミルも理解し、自分の運命の皮肉に苦笑いした。なんたることか、最後くらいサーシャには負担をかけたくないと思っていたのに、とことんこの世は思い通りにならないようにできているらしい。
 ブリミルはゲートを通ってきたものがなんであれ、すぐにリーヴスラシルに契約して『生命』の魔法を使おうと思い、すでにコントラクト・サーヴァントの魔法は完成させていた。が、まさか相手がサーシャで、出てくるなり殴り飛ばされるなどとは完全に想定外であった。
「まいったねこれは。一応聞くけど、このまま僕と二重契約に応じてくれる気は?」
「死ね」
「だろうねえ」
 当たり前すぎる答えで笑うしかない。相手がそこいらのメイジや幻獣などだったら強制契約も可能だったが、相手がサーシャではそれもどうか。
 勝てないとは思わない。その気になればサーシャを打ち倒し、契約させることもできる。しかしそれは、いけない。
「弱ったね、僕にはどうしてもリーヴスラシルの力が必要なんだけれど」
「じゃ、どうする? 嫌がる女の子を押し倒して無理矢理唇を奪ってみる? それこそ最低ね!」
 サーシャを怒らせたことは山ほどある。けど、そんな強姦魔のような真似をして心を踏みにじることはしたくない。
 どうせすぐにふたりとも死ぬのだからいっしょではないか? そんなことはわかっている。けど、それでもサーシャに嫌われたくないと思ってしまうのは、人間の心の持つ矛盾というやつだろう。
 あきらめろと言ってくるサーシャ。だが、それでもブリミルは引くことはできなかった。ブリミルの心を覆う闇が、どこまでも終焉を求めて止まなかったのだ。
「仕方ない、僕だけでは不完全だけれど、それでもこの星の半分にかけるくらいはできるだろう。サーシャ、今度こそほんとうにさよならだ」
 ブリミルは杖を掲げて呪文を唱え始めた。その狂気に取り付かれた目に、サーシャは力づくでもブリミルを止めるために飛び掛る。しかしブリミルは杖をサーシャに向けて魔法を放った。

700ウルトラ5番目の使い魔 57話 (13/19) ◆213pT8BiCc:2017/04/13(木) 15:01:05 ID:esn0CqG6
『エクスプロージョン』
 魔法の爆発が炸裂し、サーシャの体が吹き飛ばされる。サーシャはとっさに受け身をとったが、その顔は驚愕に歪んでいた。
「そんな、同時にふたつの魔法を!?」
「サーシャ、僕はもう君の知っている僕じゃない。僕の中に渦巻く真っ黒い闇が、僕にどんどん力を与えてくれるんだ。今の僕にとって、生命を唱えながら君をあしらうなんて何ほどもない。そこで黙って見ていたまえ、痛くはないさ、すぐに終わる」
「確かにすごい力ね。けど、わたしはあんたほど世界に絶望しちゃいない。わたしひとりじゃあんたに勝てなくても、わたしには仲間がいるわ!」
 涼しげなブリミルにサーシャが啖呵を切った瞬間、猛烈な突風がその場を吹きぬけた。砂塵が巻き上がって視界が封じられ、そしてブリミルの動きが止まったとき、彼の体は大きな手に掴まれて宙に持ちあげられていた。
「リドリアス! 偉いわ、よくやったわね」
「なっ? こ、この怪獣は」
「わたしの新しい仲間よ。いくらあんたでも、わたしとこの子までいっしょに相手はできないでしょ。リドリアス、そのままそいつを捕まえてて、わたしがたっぷりおしおきしてあげるんだから」
 サーシャの危機に駆けつけてきたリドリアス。ブリミルも、さすがにこればかりは想定外であった。体はリドリアスにがっちりと掴まれて逃げ出せず、下手に呪文を唱えようものなら死なない程度に「ボキッ」としてやれとサーシャが命じてしまった。
「すごいねサーシャ。たったあれだけの時間で、もう新しい仲間を作ってしまうとは。本当に君には驚かされることばかりだ」
「それは違うわ。わたしはただ、前へ歩き続けただけ。歩き続けたから、巡り合いがあったのよ。ブリミル、考え直して。まだこの世界には生き残っている人が必ずいるわ。仲間を増やして、わたしたちの手で世界を作り直しましょう」
 必死にサーシャはブリミルを説得しようとした。まだ希望はある、世界を終わらせる必要なんてないんだと。
 だが、ブリミルの目に宿った虚無の光は消えなかった。いや、それどころかサーシャにとって最悪の事態が起ころうとしていたのだ。
「サーシャ、君の希望が彼にあるというのはよくわかった。しかし、君は大事なことを忘れている。この世界には、小さな希望なんかすぐに押しつぶしてしまう巨大な厄災があるってことを」
 ブリミルがそう言って空を見上げると、サーシャも釣られて空を見て、そして凍りついた。空には、いつの間にか金色の粒子が渦巻いていたのだ。
「ヴァリヤーグ!? こんなときに!」
 最悪のタイミングでのカオスヘッダーの来襲であった。
 まずい! ブリミルの魔法の強烈さに引き寄せられたのであろうか? いや、そんなことはどうでもいい。あれの目的は、ひとつだからだ。

701ウルトラ5番目の使い魔 57話 (14/19) ◆213pT8BiCc:2017/04/13(木) 15:02:23 ID:esn0CqG6
「逃げてぇ! リドリアス!」
 サーシャが叫んだときには遅かった。カオスヘッダーは一気に収束すると、リドリアスに向かって舞い降りてきたからだ。
 カオスヘッダーに取り付かれて苦しむリドリアス。ブリミルはその隙にリドリアスの手から逃れて、魔法でひらりと地面に着地した。
「仲間を作っても、どうせヴァリヤーグに奪い取られる。そんな世界に希望なんてない。だから終わらせるんだ、僕の手で」
 再び『生命』の魔法を唱え始めるブリミル。そしてリドリアスもカオスヘッダーに完全に取り付かれて、長い爪を持つ凶悪な姿のカオスリドリアスに変異させられてしまった。
 最悪に続く最悪の事態に、サーシャは悔しさで歯を食いしばった。
 けれど、それでもまだ終わってはいない。サーシャは駆けた、ブリミルの元へ。
「ブリミルーッ!」
「君は本当にあきらめが悪いね。無駄だと言っているだろう」
 エクスプロージョンの爆発がサーシャを吹き飛ばす。倒れこむサーシャを見下ろして、ブリミルは悲しげに告げた。
「そこでじっとしていてくれ。僕は、君をこれ以上苦しめたくない」
「誰が……ふざけたことを、言ってるんじゃないわよ」
 サーシャは立ち上がる。その目には、ブリミルと反対のものを宿らせて。
 しかしサーシャの敵は後ろにもいた。カオスリドリアスがサーシャを踏み潰そうと飛び掛ってきたのだ。
「リドリアス! やめて、正気に戻って」
 とっさにかわし、リドリアスに呼びかけるサーシャ。だが、カオスヘッダーに意識を乗っ取られてしまったリドリアスはサーシャの呼びかけにも応じずに、さらに口から破壊光線を放って攻撃してきた。
「きゃあぁぁーっ!」
 ガンダールヴの力でかろうじて避けたものの、余波でサーシャはまた吹き飛ばされた。全身を打ち、死ぬほど痛い。
 だが、サーシャは精霊魔法をリドリアスにぶつける気にはならなかった。リドリアスは自分の命の恩人、本当はとても心の優しい怪獣であり、今ではかけがえのない仲間なのだ、傷つけることはできない。
 一方で、カオスリドリアスにとっては人間たちの事情などは知ったことではなかった。サーシャを片付けると、今度はブリミルに向かって攻撃の手を伸ばす。だがブリミルはエクスプロージョンをぶつけて、カオスリドリアスを退けてしまった。
「リドリアス! この蛮人、リドリアスは操られてるだけなのよ」
「わかっているよ。しかし、ヴァリヤーグに取り付かれてしまうと、もう元には戻れない。それなのに君はすごいね、本当に君は……でも遅い。今、『生命』は完成した」

702ウルトラ5番目の使い魔 57話 (15/19) ◆213pT8BiCc:2017/04/13(木) 15:04:12 ID:esn0CqG6
 ブリミルは町へ向かって杖を振り下ろした。すると、町全体が光に包まれて一瞬のうちに消滅し、魔法の光はそのまま巨大な光のドームとなって膨れ上がり始めたのだ。
「は、はは。ついにやったよ、やったよサーシャ。あれこそが、『生命』の光だ。あの光がやがて世界中に広がって、その中の間違った命をすべて浄化してくれるんだ。すぐに僕らも、うっ!」
 言葉を途切れさせ、ブリミルは苦しそうにうずくまった。
 サーシャにはそれがすぐに精神力の異常な枯渇によるものだということがわかった。生命の強烈すぎる威力が、ブリミル自身を食い尽くそうとしているのだ。
 助けなくては、ブリミルは自分の魔法に食い尽くされて死んでしまう。けれどどうすれば? 生命力なら自分の魔法で回復できるが、精神力は移せない。
 いや、移せる……サーシャは、ブリミルを救える唯一の方法に気がついた。しかしそれをすれば……
「迷ってる暇は、ない。か」
 サーシャは苦笑すると、ブリミルの元に駆け寄って彼を抱き起こした。苦しげなブリミルが、うつろな瞳で自分を見上げてくる。
「サーシャ……?」
「しゃべらないで。今、助けてあげるから」
 サーシャはブリミルの頭を抱きかかえると、すっと自分の唇をブリミルの口に押し付けた。
 ふたりの三度目の口付け……死の淵にいたブリミルは、メダンの毒ガスの中でサーシャが息をくれたときと同じように、甘い蜜のような香りを嗅いだように思えた。
 そしてそれは、不発になっていたコントラクト・サーヴァントによる二度目の契約の合図。サーシャの胸元にルーンの刻まれる光が輝き、彼女は二度目となる焼け付く熱さを耐えた。
「うっ、ううぅ……っ」
「サ、サーシャ」
「大丈夫、使い魔の印が刻まれてるだけだから……」
 サーシャは痛みに耐え切った。サーシャはリーヴスラシルになった。だがそれは、ルーンが刻印されるなど比べ物にならない苦痛に襲われることを意味する。
 神の心臓、リーヴスラシル。その効果は、主の代わりになって己の命を削ることである。
「あっ、あああぁぁーっ!」
 ルーンが輝き、サーシャの全身から力が抜けていく。リーヴスラシルの力が働いて、ブリミルの代わりに『生命』の魔法がサーシャの命を吸い尽くそうとしているのだ。
 胸元を押さえて悲鳴をあげるサーシャを、意識を取り戻したブリミルが抱き上げた。

703ウルトラ5番目の使い魔 57話 (16/19) ◆213pT8BiCc:2017/04/13(木) 15:06:45 ID:esn0CqG6
「サーシャ、君は僕のために自分から。なぜだい、なぜそこまでして僕なんかのために?」
「な、なに言ってるのよ……わたしは、あんたに山ほど貸しがあるを忘れたの? それに、あんたが死んだらわたしは……わたしは、ひとりぼっちになっちゃうじゃない」
「サーシャ、僕は、僕は……」
 みるみる弱っていくサーシャを抱きかかえながら、ブリミルの心に自分でもわからない困惑が広がっていった。
「サーシャ、僕は救われる価値なんてない男だったのに、ごめんよ」
「な、なに言ってるの。蛮人の価値なんて、知ったことじゃないわ。あんたはただ、あんたでいればいいの。わたしは、それだけでいいんだから」
「うう……けど、もう遅いよ。『生命』の魔法は、もう僕にも止められない。リーヴスラシルの、君の力を吸い尽くしたら、あとは勝手に世界中に広がっていく。どのみち、もう数分の命なのさ」
 自嘲するブリミル。ほんの少し延命できても、すぐに生命の光に飲み込まれてすべてが終わる。
 だが、それを聞いたサーシャの顔に笑みが灯った。
「なあんだ、なら簡単じゃない」
「え?」
 ブリミルが反応する間もない瞬間のことであった。サーシャは片手で剣を逆手に持つと、半死人とは思えないほどの速さで、それをそのまま自分の胸へと突き立てたのだ。
 リーヴスラシルのルーンの真ん中を長剣が貫き、背中まで貫き通す。
 ごふ、とサーシャの口から血が吐き出され、サーシャの瞳から急速に生命の輝きが消えていく。そして少し遅れて、ブリミルの絶叫が響き渡った。
「サ、サーシャぁぁぁーーっ!」
 ブリミルは、いったい何が起こったのかわからなかった。抱き起こしたサーシャの体から血があふれ出し、ブリミルの手を赤く染めていく。
 しかしサーシャは、まるで勝ち誇ったかのように笑いながら言った。
「や、やった。『生命』が、わたしの命を吸って動くなら、吸い尽くされる前にわたしが死ねばいいってことよね……これで、あれは止まるわ。よかった」
 見ると、リーヴスラシルのルーンも力を失ったように輝きを消している。それに、『生命』の光も膨張をやめたようだ。
 だが、ブリミルにはそんなことはどうでもよかった。自分の腕の中で血の気を失っていくサーシャを抱きしめながら、とてつもない後悔が心を襲ってきていたのだ。

704ウルトラ5番目の使い魔 57話 (17/19) ◆213pT8BiCc:2017/04/13(木) 15:11:23 ID:esn0CqG6
「サーシャ、なんて……なんてことを。僕のせいだ、僕がこんなことをしたばっかりに」
「バカね、やっと正気に戻ったのね……よかった。最後の最後で、やっと本当のあなたに会えた」
「そんな、最後だなんて言うなよ。君はいつも、いつだって僕や誰かのために一生懸命で……僕は、僕は、ただ君のためになりたくて。君のことが大好きで」
 するとサーシャは、片手でブリミルの頬をなでながら優しく語りかけた。
「ありがとう……わたしも好きよ……バカで、マヌケで、役立たずで、明るくて、頑張り屋のブリミル。最初は大嫌いだったけど、今では大好き」
「死ぬな、死なないでくれサーシャ。僕がバカだった。やっと気づいたんだ。世界よりも何よりも、僕が大事なのは君だ! 愛してる! 君をもっともっと幸せにしたい。だから死なないでくれ。君を失ったら、僕は、僕は」
「大丈夫、あなたはきっと、ひとりでも立てるわ。そして、その力を今度は、大勢の人のために使って……あなたならきっと、世界を救えるわ」
「なぜだ、なぜ君はそこまでして他人のために……こんな、悪夢のような世界の中でも希望を持てるんだい?」
「言ったでしょ、未来に決まった形なんて無い。どんなことだって、最初はみんな夢物語だったんだよ……忘れないで、希望も絶望も、描くのはあなた……未来はいつでも、真っ白なんだよ……」
 サーシャのまぶたが閉じ、手がぱたりと地面に落ちた。
 サーシャ? サーシャ? おい、嘘だろう? ブリミルが揺さぶっても、もうサーシャが答えることはなかった。
 まさか、と思うブリミルの見ている前で、サーシャの左手のガンダールヴのルーンと胸のリーヴスラシルのルーンが消滅する。使い魔の印の消滅は、死別によるものだけである。
 ブリミルはサーシャの遺体を抱きしめ、慟哭した。
「うおおぉーっ! サーシャ! サーシャぁぁぁーっ!」
 大粒の涙を流しながらブリミルは叫ぶ。
 また……またも自分の愚かさのために、大切な人を失ってしまった。サーシャは、サーシャはこんなところで死ぬべきではなかったというのに。
 大罪人は自分のほうだ。本来ならば、この剣で刺されていなければいけないのは自分のはずなのに、サーシャは自分を犠牲にして助けてくれた。
「サーシャ、頼むから目を開けてくれ。僕は救世主なんかじゃない。ひとりぼっちで生きていけるほど強くない。僕には君が、君が必要なんだ」

705ウルトラ5番目の使い魔 57話 (18/19) ◆213pT8BiCc:2017/04/13(木) 15:13:20 ID:esn0CqG6
 サーシャは答えない。ブリミルはこのとき、サーシャの代わりに死ねたらどんなにいいだろうかと思った。
「誰か、誰でもいい、サーシャを助けてくれ! 代わりに僕の命をやる。サーシャ、僕をひとりにしないでくれえ」
 罪に気がついたときには、何もかも遅すぎた。世界を浄化しようなんてたわ言も、結局はサーシャの優しさに甘えていただけだった。
 サーシャがいつも隣にいて、笑ってくれる。それが、それが自分の原点だったというのに。
 だが、ブリミルには悲しみに浸り続けることも許されなかった。倒したカオスリドリアスが再度ブリミルを狙ってやってきたからだ。
「ヴァリヤーグ……あくまでも、僕らを滅ぼそうというつもりかい。もう僕から奪えるものなんて何もないというのに」
 サーシャを失った今、もう惜しいものなんて何もない。どうせ死ぬつもりだったんだ。いっそこのまま、サーシャといっしょに死ねれば幸せだ……けれど。
 ブリミルは涙を拭いて、サーシャを抱きかかえて立ち上がった。
「でも、僕の命は僕だけのものじゃない。サーシャが譲ってくれた、サーシャの命なんだ。僕は救世主なんかにはなれない。それでも、僕は世界のどこかで僕を待ってくれている人のために死ねない!」
 どんなにつらくても、どんなに苦しくても、もう投げ出したりはしない。サーシャの教えてくれた心で、最後まで歩き続ける。それが、サーシャに報いるための、自分にできるたったひとつの愛だから。
 光線を撃ち掛けてこようとしているカオスリドリアス。ブリミルは覚悟を決めた。もう魔法の力なんて残っていないけれども、サーシャの友人に背を向けない。絶対に、誰も見捨てない。
「僕は最後まで、あきらめない!」
 ブリミルの叫びが空を切る。
 目の前の巨大な絶望に対して、それはむなしい負け惜しみか、断末魔の叫びか。
 いいや、どんな絶望を前にしても、折れない強い意志は蟷螂の斧ではない。サーシャへの誓い、本当の愛に気づいたブリミルの魂の叫びは、その強い意志で奇跡を呼び寄せた。

706ウルトラ5番目の使い魔 57話 (19/19) ◆213pT8BiCc:2017/04/13(木) 15:23:02 ID:esn0CqG6
 星へと近づいていた青い流星が、方向を変えてブリミルとサーシャの元へ舞い降りる。それはまさに光のようなスピードで。
 カオスリドリアスの光線がブリミルへと迫り、ブリミルはサーシャを抱きしめて死を覚悟した。だがそのとき、青い光がふたりを包み込んで光線をはじき返し、神々しい輝きとなって闇を照らし出したのだ。
 
 光の中で、ブリミルはサーシャが誰かと話しているような光景を見た。
 辺りは光に包まれ、とても暖かい。ブリミルは、これが死後の光景かと思った。
「僕は、死んだのか? サーシャ、君が迎えに来てくれたのかい?」
「いいえ、あなたは死んでないわ。そして、わたしも」
「えっ? 確かに、君は」
「そう、けれどあなたのあきらめない心が、彼を呼び寄せてくれた。この世界を救える、最後の希望……ありがとうブリミル。おかげで、わたしももう一度戦える。あなたとわたしの故郷の、この大切な星を守るために!」
 サーシャの手のひらの上に、青く輝く美しい石が現れる。その輝石から放たれる光がサーシャを包み、思わず目を閉じたブリミルが次に目を開けたとき、ブリミルは荒野に立つ青い巨人の姿を見た。
 
 あきらめない心が運命さえも変える。本当の愛を知ったとき、ブリミルとサーシャの新しい旅立ちが始まる。
 さあ、歩み始めよう。君たちが掴んだ、新しい未来とともに。
 そして呼ぼう、希望の名を。サーシャの教えてくれた、青き勇者のその名前は。
 
「光の戦士……ウルトラマンコスモス!」
 
 
 続く

707ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2017/04/13(木) 15:24:05 ID:esn0CqG6
今回はここまでです。どうも、長らくお待たせしてすみませんでした。
ハルケギニアの過去、ブリミルの秘密(黒歴史)編もいよいよ次で完結です。
てかブリミルさんをはっちゃけさせすぎたかも。読んだら察せられると思いますけど、トチ狂ってるときのブリミルのモデルは某変態紳士です。
この次は、なんとか4月中に投稿したいと思っているのでよろしくお願いします。では。

708名無しさん:2017/04/13(木) 23:44:36 ID:KHt5FrY6
乙です。
闇の仕草(聖人)

709ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/30(日) 21:50:31 ID:oww8q7tg
ウルトラ五番目の人、投稿お疲れ様でした。

さて、皆さま今晩は無重力の人です。
特に問題が無ければ21時54分から八十二話の投稿を開始したいと思います。

710ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/30(日) 21:54:05 ID:oww8q7tg
 人の運勢と言うのは基本、極端に傾くという事は滅多に無い。
 運が良い時期が続けば続くほど後々運勢が急に悪くなり、かと思えば不幸の連続から突如幸運に恵まれる事もある。
 天気と人の気持ちに次いで、運勢というモノは人が読み当てるには難しい代物であり、占いを用いたとしても確実に当たる保証はない。 
 当たるも八卦、当たらぬも八卦とは良く言ったものである。どちらの結果になっても占いの吉凶はその人の運勢からくるものなのだから。
 運が良い人ならば凶と出てもそれを跳ね除けられるし、逆に運が悪ければどんな事をしても結果的には凶で終わってしまう。
 
 そして、最初にも書いた通り運勢という代物は決して極端にはならない。
 運が良い事が続けば続くだけ、それを取り立てるかのように不幸が連続して襲ってくるものなのだ。



 夕暮れ時のトリスタニアはチクトンネ街。夜間営業の店がドアのカギを開けて客を呼び込もうとしている時間帯。
 日中の労働や接客業を終えた者たちが仕事終わりの一杯と美味い料理、そして可愛い女の子を求めて次々に街へと入っていく。
 夏季休暇のおかげで地方や外国から来た観光客たちも、ブルドンネ街とは対照的な雰囲気を持つこの場所へと足を踏み入れる者が多い。
 街へと入る観光客は中級や下級の貴族が多いのだが、中には悠々とした外国旅行を楽しめる富裕層の貴族もちらほらといる。
 母国では名と顔が知られてる為にこういった繁華街へ足を踏み入れられない為に、わざわざここで夜遊びをするために王都へ来るという事もあるのだ。
 彼らにとって、地元の平民や下級貴族たちが飲み食いする者はお世辞にも良いモノとは言えなかったが、それよりも新鮮味が勝っていた。

 炭酸で味を誤魔化している安物のスパークリングワインや、大味ながら食べ応えのあるポークリブに、厨房の食材を適当に選んで切って、パンに挟んだだけのサンドイッチ。
 普段から綺麗に盛り付けされた料理ばかりを目にし、食してきた富裕層の者たちにとっては何もかもが目新しいものばかり。
 盛り付けはある程度適当で、食べられればそれで良いという酒場の料理に舌鼓を打っていく内に、自然と笑ってしまうのであった。

 そんな明るい雰囲気が漂ってくるチクトンネ街の通りを、一人の少年が必死の形相でもって走っている。
 短めの茶髪に地味なシャツとズボンという出で立ちの彼は、まだ十五歳より下といった年であろうか。
 そこら辺で仲間と話している平民の男と比べてまだまだ細い両腕には、いかにも重そうな革袋を抱ている。
 陽も落ち、双月が空へ浮かぶ時間帯。日中と比べて気温は少し下がったものの、少年の顔や服から露出している肌や汗にまみれている。
 無理もない。何せこの少年は両腕の袋を抱えたまま、かれこれ三十分以上も走り続けているのだから。
 ここまで走ってくるまで何度もの間、少年は何処かで足を止めて休もうかと悩んだ事もあった。
 しかし、その度に彼は首を横に振って走り続けた。――――袋を取り返そうとする゙アイヅから逃れる為に。

 赤みがかった黒目に、珍しい黒髪。そして悪魔の様に悠然と空を飛んで追いかけてくる゙アイヅは今も尚自分を追いかけてきている。 
 捕まれば最後…袋を奪われた挙句衛士達の手で牢屋に行けられてしまうに違いない。
 自分だけならまだ良い。だがしかし、彼には守らなければ行けない最後の一人となってしまった肉親がいる。
 彼女一人だけでは、自分の庇護無くして生きていく事なんてできやしないだろう。
「捕まるワケには…捕まるわけにはいかない…!」
 最悪の展開の先に待つ、更に最悪な結果を想像した少年は一人呟き、更に走る速度を上げていく。
 袋の中に入っだモノ゙―――金貨がジャラジャラ…という大きな音を立て続けており、それが彼に勇気を与えてくれる。
 この袋の持ち主であっだアイヅは言っていた。…三千エキュー以上も入っていると。
 つまりコイツさえ手に入れてしまえば―――手に入れる事が出来れば、暫くはこんな事をしなくて済む。
 ほとぼりが冷めたら王都を離れて、ドーヴィルみたいな療養地やオルニエールの様な辺境で安い家を買って、家族と一緒に暮らそう。
 畑でも作って、仕事を見つけて、三年前のあの日から奪われていた幸福を取り戻すんだ。

711ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/30(日) 21:56:03 ID:oww8q7tg
「―――…ッ!見つけたわよ、そこの盗人!!」

 揺るぎない意思を抱いた彼が改めて決意した時、後ろの頭上から゙アイヅの怒鳴り声が聞こえてきた。
 突然の怒鳴り声に少年を含めた周りの者たちは足を止めて、何だ何だと頭上を見上げている。
 吃驚して思わず足を止めてしまった少年は口の中に溜まっていた唾を飲み込み、意を決して振り返った。


「さっさと観念して、私たちのお金を返しなさい…この盗人が!」
 振り返ると同時に、袋の持ち主であっだアイヅ―――――博麗霊夢が上空から少年を指さしてそう叫ぶ。
 黒帽子に白いブラウス、そして黒のロングスカートという出で立ちで宙に浮く彼女の姿は、何ともシュールなものであった。



 一体何が起こったのか?それを知るには今からおおよそ、三十分程の前の出来事まで遡る必要があった。
 事の発端を起こしたとも言うべき霊夢がニヤニヤと笑う魔理沙と気まずそうなルイズを伴って、とある飲食店から出てきた所だった。  
 いつもの巫女服とは違う姿の彼女はその両手に金貨をこんもりと入れた袋を持ったまま、カウンターで嘆く店主に向かって別れの挨拶を述べた。
「じゃ、二千六百二十五エキュー。しっかり貰っていくからね?」
「に…二度と来るんじゃねェ!それ持って何処へなりとでも行きやがれ…この悪魔ッ!」
 余裕癪癪な霊夢の態度に店の主は悔し涙を流して、ついでに拳を振り上げながら怒鳴り返す。
 その様子を店内で見守っている客たちは、霊夢と同じ賭博場にいた者達やそうでない者達も関わらず、皆呆然としている。
 無理もない。何せいきなりやってきた見ず知らずの少女が、ルーレットでとんでもない大当たりを引いてしまったのだから。


 当初は彼女に辺りを引かせてしまったシューターが慌てて店主を呼び、ご容赦願えないかと霊夢と交渉したのである。
 何せ二千六百エキュー以上ともなるとかなりの大金であり、この店の二か月分の売り上げが丸ごと彼女に手に渡ってしまうのだ。
 ここは上手いこと妥協してもらい、二千…とはいかなくともせめて五百までで許してくれないかと頭を下げたのである。
「お、お客様…何卒ご容赦願いまして…ここはせめて五百エキューで勘弁して貰えないでしょうか?」
「二千六百二十五。――…それ以下は絶対に無いし、逆に言えばそこまでで許してあげるからさっさと換金してきなさい」
「れ…レイム。いくら何でもそれは欲張り過ぎの様な…」
「無駄無駄。賭博で勝った霊夢相手に交渉なんて、骨折り損で終わるだけだぜ?」
 しかし霊夢は絶対に首を縦に振る事はせず、交渉は平行線となって三十分近くも続いた。
 いきなりの大金獲得という現実に認識が遅れていたルイズも流石に店主に同情し、魔理沙もまた彼に憐れみを抱いていた。
 事実霊夢は店の人間が出す妥協案を聞くだけ聞いて無視しており、考えている素振りすら見せていない。

 店側は、何とかゴネにゴネて追い出す事も出来たが…そうなると客の信用を失うことになる。
 数年前から始めたルーレットギャンブルはこの店を構えている場所では唯一の賭博場であり、常連の古参客たちもいる。
 そんな彼らの前で、大当たりを引いた客を追い出してしまえば彼らも店の賭博を信じなくなるだろう、
 そうなれば人づてに今回の話が街中に知れ渡り、結果的にはこの店――ひいては今まで築き上げてきた信頼さえ失ってしまう。
 十五年前からコツコツと続けてきて、今日までの信頼を得ている店主にとっては、それは店の売り上げ金と同列の存在であった。
 しかし、今はどちらか一つを差し出さねばならないのである。二か月分の売上を目の前に少女に上げるか、風評被害を覚悟に追い出すか…?
 
 そして店主にとって、どちらが愚かな選択なのかハッキリと分かっていた。

712ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/30(日) 21:58:03 ID:oww8q7tg
『いやぁ〜!それにしても、随分と荒稼ぎしたじゃねぇかレイム。店の人間がみんな泣いてたぜ?』
「あら、アンタ起きてたの?何も喋らなかったから寝てるか死んでるかと思ったわ」
 半年分の功績を持ち逃げされた店を後にして数分してからか、今まで黙っていたデルフがようやく喋り出す。
 今にも自分の肩を叩いてきそうな勢いで話しかけてくる剣にそう返しつつ、霊夢は両手に持っていた大きな革袋へと視線を向ける。
 先ほどの店にあった賭博場で得た二千六百二十五エキューが二つに分けられて入っており、重さ的にはそれ程変わらない。
「ね、ねぇレイム…ホントに持ってきちゃって良かったの?勝ってくれたのは嬉しいけど…後が怖い気がするんだけど?」
 そんな彼女の肩越しに金貨満載の袋を見つめていたルイズが、冷や汗を流しつつそんな事を聞いてきた。
 あれだけ贅沢な宿じゃ眠れないとか言っておきながら、いざ大金を手にした途端にかなり気まずそうな表情を見らてくれる。

「何言ってるのよ?アンタがお金無いと良い宿に泊まれないっていうから、わざわざ私が大当たりを引いてやったっていうのに…」
「いやいや…!だからってアンタ、アレはやりすぎよ!?」
 怪訝な表情を見せる霊夢にルイズは慌てて首を横に振りつつ、最もな突っ込みをしてみせた。
 確かに事の発端は自分だと彼女は自覚していたものの、だからといってあんな無茶苦茶な方法に打って出るとは思っていなかっのたである。
 それと同時に、あのタイミングでどうやって大当たりを引けた理由にも容赦ない突っ込みを入れていく。
「大体ねぇ、シューターの使ってたボールのパターンを覚えて、しかも自分の勘で数字に張ったなんて…それこそ無茶苦茶だわ!」
 人の少ない通りで、両手を振り回しながら叫ぶルイズに霊夢は面倒くさそうに頬を掻きながらも話を聞いている。
 店を出てすぐにルイズは聞いてみたのである、どうやってあんなドンピシャに当てられたのかを。
 その時は久しぶりの博打と大勝で気分が良かった霊夢は、自慢げになりながらもルイズが叫んだ事と似たような説明をした。そして怒られた。
 
「別に良いじゃないの?だって勝ったんだし、魔理沙みたいにチビチビ張ってたらそれこそ時間が掛かるし…」
「…それじゃあ、そのインチキじみた勘とパターンとやらが外れてたらどうするつもりだったのよ」
「はは!そう心配するなよルイズ。霊夢の奴なら、どんな状況でも勝ってたと思うぜ?」
 二人の会話に嫌悪な雰囲気が出始めたのを察してか、すかさず魔理沙が横から割り込んでくる。
「マリサ、アンタまでコイツの擁護に回るつもりなの?」
 突然会話に入ってきた黒白へキッと鋭い睨みを利かせるも、魔理沙はそれをものともせずに喋り出す。
「そういうワケじゃないさ。ただ、コイツの場合持ち前の勘が良すぎて賭博勝負じゃあ殆ど敵なしなんだぜ?」
「……そうなの?」
「ちなみに…一時期コイツが人里の賭博場で勝ちまくって全店出禁になったのは、ここだけの話な」
「で…出禁…?ウソでしょ…っ!?」
 訝しむルイズは手振りを交えつつ幻想郷で仕出かした事を教えてくれた魔理沙の話を聞いて驚くと、思わず霊夢の方へと視線を向けた。
 当の本人はムスッとした表情で此方を睨んでいるものの、出禁になるまで勝てる程の人間には見えない。
 しかし、現にたったの七十五エキューで大勝した所を見るに、決して嘘と言うワケではないのだろう。

 暫し無言の間が続いた後、ルイズは気を取り直すように咳払いをした。
「……ま、まぁ良いわ。アンタの言うとおり、ひとまずはお金もゲットできたしね」
「やけに物わかりが良いじゃない?まぁそれならそれで私も良いけど」
 突っ込みたい事は色々あるのだが、大金抱えたまま街中で騒ぐというのはあまり宜しくない。
 できることなら宿に…それも貴族が泊まれる程の上等な部屋を手にいれてから、聞きたい事を聞いてみよう。
 そう誓ったルイズは、ひとまず皆の手持ち金がどれだけ増えたのか軽く調べてみる事にした。

713ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/30(日) 22:00:02 ID:oww8q7tg
 最初にギャンブルに挑戦し、程よい勝利を手に入れた魔理沙は三百七十五エキュー。
 これだけでも相当な金額である。長旅ができる程の商人が寛げるそこのそこの宿なら夏季休暇が終わるまで宿泊できるだろう。
 次に…突如乱入し、恐らくあの店の金庫からごっそり金を巻き上げたであろう霊夢は桁違いの二千八百九十五エキューだ。
 ただしルイズの三十エキューも張った金の中に入っているので、それを半分に分けた千四百四十五エキューを彼女に渡す事となる。
 丁度金貨の袋を二つに分けて貰っていたので、ルイズは霊夢の右手の袋をそのまま頂く形で金貨を手に入れる。
 結果…。変装する際に購入した服の代金で三十エキュー減っていたが、その分を埋めてしまう程の大金が一気に舞い込んできた。
「これで私の所持金は…千八百十五エキュー…うわぁ、なんだかすごいことになっちゃったわ」
 巫女さんの手から取った袋のズッシリと来る嬉しい重みに彼女は軽く冷や汗を流しつつ、自然とその顔に笑みが浮かんでくる。
 一方の霊夢は軽くなった右手で持ってきていた御幣を握ると、ため息をつきながらも左手の袋へと視線を向けていた。
「その代わり私の手元に千四百四十五エキューまで減ったけどね。…何だか割に合わないわねェ」
『へっ、店の人間泣かすほどの大金持っていったヤツが良く言うぜ』
 彼女の言葉に軽く笑いながら突っ込みを入れているのを眺めつつ、ルイズは金貨入りの袋を腰のサイドパックに仕舞いこむ。
 パックは元々彼女が持っていたもので、遠出をする時には財布代わりに使えたりと何気に便利な代物である。
 黒革のサイドパックとそれを繋いでいる腰のベルトは共に丈夫らしく、大量の金貨の重量をものともしていない。
 これなら歩いている途中にベルトが千切れて、金貨が地面に散乱する…という最悪の事態はまず起こらないだろう。
 
「とはいえ、財務庁かどこかの安全な金庫に三分の二くらい置いといた方がいいわね…」
 天下の回りもの達を入れたパックを赤子を可愛がるかのように撫でながらも、ルイズは大通りへと出る準備を終えた。
 
 ひとまずは霊夢達のおかげで、個人的には少ないと思っていた資金を大量に増やす事が出来た。
 その二人はどうだろうかと振り返ってみると、魔理沙も既に準備を終えて霊夢と楽しそうに会話している。
「それにしても、私と霊夢にしちゃあ幸先が良いよな。何せ今日だけで数百エキューを、一気に三千エキュー以上に変えたんだぜ?」
「むしろ良すぎて後が怖くならないかしら?アンリエッタからの任務何てまだ始めてもないんだし」
 箒を肩に担ぎつつ、金貨の入った袋をジャラジャラと揺らしながら喋る魔理沙に、霊夢は冷めた様子で言葉を返している。
 魔理沙はともかく、彼女は金貨がこんもりと入った袋の紐を直接ベルトに巻き付けており、ルイズの目から見ても相当危なっかしい。
 この二人に財布的な物でも買ってやったほうがいいかしら。ルイズは一人思いつつも、この大金を手に入れてくれた巫女さんをじっと見つめていた。

 今更ながら、やはりあの霊夢が狙って三十五分の一に大博打に勝ったとは未だに信じにくかった。
 しかし、すぐにでも欠伸をかましそうな眠たい表情を見せる巫女さんのおかげて幾つもの窮地を助けられたというのもまた事実なのだ。
 ギーシュや土くれのフーケに、裏切り者のワルド子爵にキメラ達との数々の戦いでは、歳不相応な程の戦い方を見せてくれた。
 やはり魔理沙の言うとおり、彼女には常人には理解しがたい程の勘の良さがあるのだろうか。
「……ちょっと、ナニ人の顔をジロジロ見てるのよ」
「え?…い、いや何でもないわよ」
 そんな事を考えている内に自然と霊夢の顔を凝視している事に気付かず、怪訝な顔をした彼女に話しかけられてしまう。
 ルイズはそれを誤魔化すように首を横に振ると、気を取り直すかのように軽く咳払いしてから、大通りへと続く道へ体を向けた。
「さぁ行きましょう。ひとまずお金は用意できたから、ちゃんとしたベッドがある宿を探しに行くわよ」
「分かったぜ。…にしても、この時間帯でまだ部屋が空いてる宿ってあるのかねぇ?」
「無かったら困るのは私達よ。大量のお金を抱えたまま道路で野宿とか考えただけでも背すじに悪寒が走るわ」
 魔理沙の言葉にそう答えつつ、さぁいざ宿を探しに大通りへ――――という直前、突如デルフが声を上げた。

714ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/30(日) 22:02:03 ID:oww8q7tg
『―――レイム、来るぞ!』
 鞘から刀身を出す喧しい金属音と共に自分を担ぐ霊夢の名を呼んだと同時に、彼女は後ろを振り返る。
 そしてすぐに気が付く。いつの間にか背後一メイルにまで近づいていた見知らぬ少年の存在に。
 自分の腰の大きな袋――金貨入りのそれへと伸ばしていた彼の右手を目にも止まらぬ速さで掴み、そして捻り上げた。
「……!おっ…と!」
「うわ…わぁっ!」
 流れるような動作でスリを防がれた少年が、年相応の声で悲鳴を上げる。
 少年期から青年期へと移り変わり始めてる青く未来のある声が奏でる悲鳴に、ルイズたちも後ろを振り向く。
「ちょっと、一体何…って、誰よその子供!?」
「スリよ。どうやら私が気づいてるのに知らないでお金を盗ろうとしたみたいね。そうでしょ?」
 驚くにルイズに簡単に説明しつつ、霊夢はあっさりとバレて狼狽えている少年を睨み付けつている。
 魔理沙は魔理沙で、幻想郷ではとんと見なくなっだ光景゙に手を叩いて嬉しそうな表情を見せていた。
「ほぉ!霊夢相手にスリを働く奴なんて久しぶりにお目に掛かるぜ」
「そうなの?…っていうかここはアンタ達の故郷じゃないし、アイツが盗人にどんな仕打ちをしたか知らないけれど…」
 結構酷いことしてそうよね…。そう言いながら、ルイズは巫女さんに捕まってしまっている少年へと視線を向ける。
 年は大体十三、四歳といったところか、身なりは綺麗だがマントをつけていない所を見るに平民なのだろうか。
 服自体はいかにも平民が着ていそうな質素で安い服装だが、ルイズの観察眼ではそれだけで平民か貴族なのかを判断するのは難しかった。

 しかし、だからといって霊夢にその子を自由にしてやれと指示するつもりは無かった。
 子供とはいえ見知らぬ人間が彼女に対してスリを働こうとしたのだ、それもこんな暗い時間帯に。
 少年の方も否定の言葉を口にしない辺り、本当に霊夢のお金を掠め取ろうと企てていたと証言しているようなものだ。
 犯罪を犯した子供にしてはやけに口静かであったが、その代わり少年の顔には明らかな焦燥の色が出ている。
 恐らくこれから自分が何処へ連れて行かれるのか理解しているのであろう。当然、ルイズもそこへ連れて行くつもりだった。
「…さてと、ちよっとしたハプニングはあったけどその子供連れて行くわよ」
「どういう意味よ?まさか飯でも食わせて手を洗いなさいとか説教垂れるつもり?」
 出発を促すルイズに霊夢がそんな疑問を飛ばしてみると、彼女は首を横に振りながら言った。
「まさか、゙衛士の詰所゙よ。今の時期なら牢屋で新しいお友達もできるだろうから楽しいと思うわよ?」
「……!」
 ワザとらしく、「衛士の詰所」という部分だけ強調してみると、少年はその顔に明確な動揺を見せてくれた。
 実際この時期、衛士の詰所にある留置場にはこの子供を可愛がってくれる連中が大量にぶちこまれている。
 夏の時期。彼らは蒸し暑い牢屋の中で気を荒くしつつも、新しくぶち込まれる犯罪者たちに゙洗礼゙浴びせたくてうずうずしている… 
 貴族でありそういった場所とは無縁のルイズでもそういう類の話は知っており、一種の噂話として認識していた。

 そうなればこの子供がどうなるのか明白であったが、そこまではルイズの知るところではなかった。
 仮にこの子供が貴族だとしても、大なり小なりの犯罪を犯そうとしたのならそれ相応の罰は受けるべきである。
 霊夢とデルフも同じような事を考えているのだろう。彼女は「ほら、ちゃっちゃと行くわよ」と少年を無理やり連れて行こうとしていた。
 それに対し少年は靴裏で地面を擦りながら無言で抵抗しつつ、ふと魔理沙の方へと視線を向けた。
「ん?何だよ、そんないたいけな視線なんか私に向けて。…もしかして私に助けてほしいのか?」
 少年の目線に気が付いた彼女はそんな事を言いながら、気まずそうな表情を見せる。
 ルイズの視線では彼がどんな表情を浮かべているのかは知らないが、きっと自分を助けてくださいという切実な思いが込めているに違いない。

715ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/30(日) 22:04:02 ID:oww8q7tg
 あの黒白の事だ、自分が盗まれてないという事で情けを掛けるのではないだろうか?
 そんな想像をしたルイズが、とりあえず彼女に釘を刺そうと口を開きかけたところで、先に霊夢が魔理沙へ話しかけた。
「放っておきなさい、どうせ人様の金を盗むような奴なんか碌でもない事考えてるんだから」
「それは分かってるよ。……という事で悪いな少年、霊夢相手に盗みを働こうとした自分自身を恨めよな」
 …どうやら、二人の話を聞く分でも釘をさす必要は無かったようだ。
 無言の救難メッセージを拾われるどころか、そのまま海に突き返されたかの如き少年はガクリと項垂れてしまう。
 その様子を見てもう逃げ出すことはしないだろうと思ったルイズが、大通りへと続く道へと再び顔を向けた時、
「あ……あの、―――すいません」
「ん?」
 それまで無言であった少年が自分の手を掴む霊夢に向けて、初めてその口を開いた。
 まだ何かいう事があるのかと思った霊夢は心底面倒くさそうな表情のまま、目だけを少年の方へと向ける。
 彼はそれでも自分の話を聞いてくれると感じたのか、機嫌の悪い犬を撫でるかのように慎重に喋り出した。
「す、すいませんでした…も、もう二度としないから…見逃して下さい、お願いします」
「ふ〜ん、そうなんだ。――――そんなこと言いたいのならもう黙っててよ、鬱陶しいから」
 ひ弱そうな彼の口から出た言葉に霊夢はあっさりと冷たい反応で返すと、少年は食い下がるようにして喋り続ける。
「お願いします、どうか見逃して下さい。僕が捕まるとたった一人の家族が…妹がどうなってしまうか分からないんです、だから…」
「――――ほぉ〜ん、そういう泣き落としで私に見逃して貰おうってワケね?」
 ゙妹゙という単語に少し反応したのか、霊夢は片眉をピクリと不機嫌そうに動かしつつもバッサリ言ってやった。

「確かにアンタの妹さんとやらは可哀想かもね?――――アンタみたいなろくでなしが唯一の家族って事に」
 確かに、概ね同意だわ。――彼女の言葉に内心で同意しつつも、ルイズはほんの少し同情しかけてしまう。
 自分がヴァリエール家末っ子だという事もある。イヤな事もあったが、何だかんだで家族には大事にされてきた。
 だからだろうか、卑怯な手だと思いつつも少年の帰りを待っているであろゔ妹゙という存在を考えて、彼を詰所につれて行くのはどうかと思ってしまったのである。
(でも…ここで見逃したらまた再犯するだろうし、やっばり連れて行った方が良いわよね)
 けれども、家族がいるという情けで助けるよりも法の正義の下に叱ってもらった方が良いとルイズは思っていた。
 下手に見逃せば、今度は取り返しのつかない事になるかもしれないし、幸いにも盗みは未遂に終わっている。
 いくら衛士でもこの年の子供を牢屋にぶち込みはしないだろうし、きっと厳重注意で許してくれるに違いない。
 危うく少年の泣き落としに引っ掛りそうであったルイズは気を取り直すように首を横に振ってから、彼へと話しかけた。

「だったら最初からこんな事をしないで、ちゃんとした仕事を見つけた方が妹さんとやらの為じゃないの?」
 それはほんのアドバイス、犯罪で金稼ぎをしようとした子供に対する注意のつもりであった。
 だが、少年にとってはそれが合図となった。――――本気で相手から金を奪う為の。

「――――…………良く言うぜ、俺たちの事なんか何も知らないくせに」
「…え?」
「俺とアイツがどれだけ苦労して来たか、知らないくせに…!」
 先ほどまでのオドオドした姿からは利くとは思わなかった、必死にドスを利かせた少年なりの低い声。
 突然のそれに思わず足を止めたルイズが後ろを振り向いた時、彼の左手に握られている゙モノ゙に気が付く。

716ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/30(日) 22:06:04 ID:oww8q7tg

 一見すれば細長い木の棒の様に見えるソレは、ハルケギニアでは最も目にする機会が多い道具の一つ。
 ルイズを含めた魔法を使う貴族―――ひいてはメイジにとって命と名誉の次に大事であろう右腕の様な存在。
 彼女の目が可笑しくなっていなければ、少年の左手に握られている者は間違いなく―――杖であった。
 そして、それをいつの間にか手にしていた少年の顔には、自分たちに対する明確な゙やる気゙が見て取れる。
 正にその表情は、街中であったとしてもお前たちを魔法で゙どうにかしでやると決意がハッキリと見て取れた。

 レイム!マリサ!…デルフ!最初に気が付いたルイズが、二人と一本へ叫ぶと同時に、少年は呪文を唱えながら杖を振り上げ―――
「ちょっとアンタ、後ろでグチグチうるさ―――――…ッ!?」
『うぉ…マジかよ、ソイツの手を離せレイム!』
 彼の手を握っていた霊夢がその顔にハッキリとした驚愕の表情を浮かべ、デルフの叫びと共に手を放してその場から飛び上がる。
 まるで彼女の周りに重力と言う概念がないくらいに簡単に飛び上がった所を見て、ようやく魔理沙も少年が握る杖に気が付く。
「うわわ…!マジかよ!」
 今にでも振り下ろさんとしているソレを見て霊夢の様な回避は間に合わないと判断し、慌てて後ろへと下がる。
 振り下ろされた時にどれ程の被害が出るかは分からなかったが、しないよりはマシだと判断したのである。
 二人と一本が、時間にして一瞬で回避行動に移ったところでルイズも慌ててその場に伏せると同時に、

「『エア・ハンマー』!」
 天高く振り上げた杖を振り下ろすと同時に、少年の周囲を囲むようにして空気の槌が暴れ回った。
 威力はそれ程でもないが、地面や壁どころか何もない空間で乱舞する空気の塊は凶暴以外の何ものでもない。
「きゃ…っ!ちょ、ちょっと何しているの、やめなさい!」
「ったく!相手がメイジだなんて、聞いてないぜ!?」
 少し離れて場面に伏せていたルイズは頭上を掠っていく空気の塊に小さな悲鳴を上げつつ、当たる事がないようにと祈っている。
 対する魔理沙は場所が大通り以上に狭い故に綺麗に避ける事ができず、吹き荒れる風に頭の帽子を吹き飛ばされそうになっていた。
 多少不格好ではあったものの、帽子の両端を手で押さえながらも彼女はギリギリのところで『エア・ハンマー』を避けている。

 一方で、デルフと共に上へと逃げ場を求めた霊夢は既にルイズたちのいる路地を見下ろせる建物の屋根に避難していた。
 デルフの警告もあってか一足先に五メイル程上の安全圏まで退避した彼女の右手には御幣、そして左手には鞘に収まったデルフが握られている。
「全く、泣き落としが効かないと感じたら即座に実力行使…ガキのクセに根性据わってるじゃないの」
『まぁ追い詰められた人間ほど厄介なものは無いって聞くしな』
 土埃をまき散らし、空気の槌が暴れ回る路地を見下ろしながらも霊夢はため息交じりにそう言った。
 これからどう動くのかは決めていたし、あの小僧が土煙漂う中でどこにいるのかも分かっている。
『……言っておくが、子供相手に斬りかかるんじゃねぇぞ?』
「安心しなさい。相手が化け物ならともかく、人間ならちゃんと気絶だけで済ませるわ。ただ…」
 骨の一本や二本は覚悟してもらうけどね?そう言って霊夢は、タッ…と屋根の上から飛び降りた。
 狙うは勿論、今現在出鱈目に魔法を連発している少年である。
 自分から働こうとした盗みを咎められたうえで逆上し、こんな事を仕出かすのなら少しお仕置きしてやる必要があった。
 いくら人通りのない場所とはいえすぐ近くには通りを行き交う人々がいる、下手をすればそんな人たちにも危害が及ぶ。
 そうなる前に霊夢が責任もってあの子供を黙らせることにしたのだ、一応は彼を捕まえた当人として。

717ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/30(日) 22:08:02 ID:oww8q7tg
 飛び降りると同時に左手のルーンが光り出し、ガンダールヴの力が彼女へ戦い方を教えていく。
 どのタイミングでデルフを振り下ろすべきか、瞬時にかつ明確に霊夢の頭へと情報が入ってくる。
(…まだちょっとズレがあるけど、今はそれを言う程暇じゃないわね)
 ワルドと戦った時と比べて然程驚きはしなかったものの、左手から頭の中へ流れ込んでくる情報に多少の違和感を覚えてしまう。 
 土煙の先にいるであろう敵を倒そうと集中する中で、情報は彼女を邪魔しない様に注意を払ってくれている。
 あくまでもルーンは霊夢を主として扱い、彼女の行動を優先しているかのように動いていた。

 しかし霊夢にとっては、そのルーンの動き自体に゙違和感゙を覚えていたのである。
 焼印や首輪の様につけられた者の行動を制限する為ではなく、戦い生き残れる力を授けてくれるそのルーンに。
(まぁ今は考えても仕方がないし、それに…今は優先して片付けるべき事があるわ)
 時間にしてほんの一、二秒程度であったが、その一瞬だけでも既に地上にいる少年との距離は三メイルを切っていた。
 地面から舞い上がる土煙と、空間が歪んでしまう程のエア・ハンマーがあの子供の姿を上手いこと隠している。
 この状態でやり直し無理という状況の中、霊夢は鞘に入ったデルフの一撃で少年を止めなくてはならない。
 本当ならもしもの時に持ってきていたお札を使えれば楽だったのだろうが、あのエア・ハンマーの乱舞っぷりでは無駄遣いに終わるだろう。
 ならは御幣と言う選択もあったが、ここは実験の意味も兼ねてデルフを手にしてルーンの力を試したかったのである。

 そんな中、突然左手のルーンが明滅して彼女にタイミングを伝え始める。
 タイミングとは勿論、ルーンが光る手にもっているデルフを少年目がけて振り下ろすタイミングの事であった。
 いよいよね?霊夢が左手に力を込めた瞬間、彼女の中の時間が急にスローモーションへと変わっていく。
 地上にいる他の二人をも巻き込んでいた土煙が凝固したかのように固まり、エア・ハンマーとなった歪む空気の塊がすぐ足元で動きを止めていた。
 後もう少し遅ければ今頃あのエア・ハンマーで吹き飛ばされていたのだろうか?冷や汗ものの想像を頭の中から振り払いつつ、霊夢はデルフを振り上げる。

『忘れるなよ?しっかり手加減してやる事を』
 綺麗になった刀身と並べられるまで整備され、綺麗になったデルフが自身を振り上げる霊夢へ警告じみた言葉を告げる。
「分かっ―――――てる、わよ…とッ!!」
 そして、しつこく忠告してくる彼に若干苛立ちつつも、霊夢はそれに返事をしながら勢いよくデルフを振り下ろした。
 まずは足元のエア・ハンマーへと接触したデルフは刀身を光らせて、風の魔法で造られた空気の塊を吸収していく。
 その衝撃で飛んでいない状態である霊夢の体が宙へ浮いたものの、それはほんの一瞬であった。
 五秒も経たずにエア・ハンマーを吸収したデルフの勢いは止まることなく、少年が隠れているであろう土煙を容赦なく叩っ斬った。
 
 瞬間、大通りにまで響くほどの派手な音を立てて地面すらカチ割ってしまったのである。
 少年に近づけずにいた魔理沙やルイズ達は何とか事なきを得たが、今度は飛んでくる地面の破片に気を付けねばならなかった。
「きゃあ…!ちょ、レイム…アンタもやりすぎよ!?」
 顔や体に当たりそうな破片から避ける為またもや後ろへ下がるルイズが、派手にやらかした巫女へ愚痴を飛ばす。
 助けてくれたのは良かったものの、せめてもう少し穏便に済ませて欲しかったのである。
 ルイズは良く見ていなかったものの、恐らくデルフで少年を気絶させようとしたものの、それが外れて地面を攻撃したのだと理解していた。
 でなければあんな硬いモノが勢いよく砕けるような音は聞こえないし、もしも少年に当たっていれば大惨事となってしまう。

 しかし最悪の事態は何とか回避できたのであろう、晴れてゆく土煙越しの霊夢が悔しそうな表情を浮かべている。
 見た所あの少年の姿は見当たらず、霊夢の凶暴な一撃から何とか逃げる事ができたらしい。

718ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/30(日) 22:10:05 ID:oww8q7tg
そして…彼女を中心に地面を罅割ったであろう、鞘に収まったままのデルフを肩に担いだ霊夢は彼に話しかける。
「デルフ…さっきのは手ごたえがなかったわよね?」
『だな。どうやら、上手いことさっきの土煙紛れて逃げたらしいな』
 どうやら彼女たちも少年が逃げたのには気づいているらしい、霊夢は周囲に警戒しながらも悔しそうな表情を見せていた。
 そんな彼女がド派手な着地を仕出かしてからちょうど二十秒くらいで、今度は魔理沙が口を開く。

「全く、お前さんは相変わらず周りの者に対する配慮というのがなってないぜ」
 さっきまで少年のエア・ハンマーで近寄れなかった彼女も、いつもの自分を取り戻して服に付いた土埃を払っている。
 それを見たルイズも、自分の服やスカートに地面から舞い上がった土が付着しているのに気が付き、払い落とし始める。
「随分と物騒な降り方じゃないか、せめて私とルイズを巻き込まない程度で済ましてくれよな?」
「ルイズはともかく、アンタの場合は多少の破片じゃあビビるまでもないでしょうに」
 気を取り直し、帽子に付いた土埃を手で払いのける黒白に冷たい言葉を返しつつ、霊夢は周囲に少年がいないのを確認する。
 デルフの言うとおり、やはり魔法を放ってきた時点でもう逃げる気満々だったのかもしれない。
 それならそれでいいが、仮にも自分の金を盗もうとしてきたのである。お灸の一つくらい据えたいのが正直な気持であった。

 だが、自分から消えてくれるのならば無理に深追いするつもりもなかった。
 そこまであの犯罪者に肩入れするつもりはなかったし、何より今優先すべき事は宿探しである。
「さて、邪魔者もいなくなったし…ここから離れて宿探しを再開するとしましょう」
「う、うん…。そうよね、分かったわ…―――――って、アレ?」
 いかにも涼しげな淑女といった風貌で、鞘に入った太刀を肩に担ぐ霊夢の姿はどことなく現実離れしている。
 先ほどの一撃を思い出しつつそんな事を思っていたルイズは―――ふともう一つの違和感に気が付く。
 それは彼女の全体から放つ違和感の中で最も小さく、しかし今の自分たちには絶対にあってはならないものであった。

「……ね、ねぇレイム。一つ聞きたい事があるんだけど」
「…?何よ、いきなり目を丸くしちゃって…」
 突然そんな事を言ってきたルイズに首を傾げつつも、霊夢は彼女の次の言葉を待った。
 そして、それから間を置かずに放たれた言葉は何ものにも囚われぬハクレイの巫女を驚愕させたのである。

「――――アンタがとりあえずって腰に付けてた金貨入りの袋、ものの見事に無くなってるわよ?」
「え…?それってどういう――――――エぇ…ッ!?」
『うぉお…ッ!?な、何だよイキナリ?』

 目を丸くした彼女に指摘され、思わずそちらの方へと目を向けた霊夢は素っ頓狂な声を上げ、その拍子にデルフを投げ捨ててしまう。
 無理もない、何せさっきまでベルトに巻き付けていた袋―――そして中に入っていた金貨が綺麗に無くなっていたからである。
 慌てて足元をグルリと見回し、それでも見つからない現実が受け入れず路地のあちこちへ見てみるが、やはり見つからない。
 音を立てて地面に転がったデルフには見向きもせずに袋を探す霊夢の表情に、焦燥の色が浮かび上がり始めた。
「無い、無い、無い!どういう事なのよ…ッ!」
『あちゃぁ…やったと思ってたらまんまとやられちまったっていうワケか』
 始めてみるであろう霊夢の焦りを目にしたデルフは、瞬時に何が起こったのか察してしまう。
 もしもここで見つからないというのなら、彼女が腰に見せびらかせていた金貨入りの袋は盗まれたというワケである。
 正に彼の言葉通り、やったと思ったらやられていたのだ。あの平民の姿をしたメイジの少年に。

719ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/30(日) 22:12:03 ID:oww8q7tg
「う、ウソでしょ!?だってアイツの手を掴んだ時にはまだあったっていうのに…!」
「れ、レイム…」
 まるで自宅の鍵を排水溝の中に落としてしまった様な絶望感に襲われた霊夢は、今にも泣き出しそうな表情で金貨入りの袋を探している。
 いつもの彼女とはあまりにも違うその姿にルイズは妙な新鮮さと、その彼女から金を盗んだ少年の手際に感服していた。
 何時どのタイミングで盗んだのかは分からないが、少なくとも完全に自分たちの視線を掻い潜って実行したのは事実であろう。
 口に出したら間違いなく目の前で探し物をしている巫女さんに怒られるので、ルイズは心中でただただ感服していた。
「はっははは!あんだけ格好いい降り方しといて…まさかあの博麗霊夢が、お…お金を盗られるとはな…!」
 先程までの格好よさはどこへやら、必死に袋を探す彼女を見て魔理沙は何が可笑しいのか笑いを堪えている。
 まぁ確かに彼女の言う通りなのだが、実際にそれを口にしてしまうのはダメだろう。
「ちょとマリサ、アンタもほんの少しくらいは同情し、な……――――あぁッ!」
 彼女と同じく対岸の火事を見つめている側のルイズは、笑いを堪える魔理沙を咄嗟に咎めようとした時、またもや気づいてしまう。
 派手な一撃をかましてくれた霊夢と、その後の彼女の急変ぶりに気を取られていて、全く気付いていなかったのだ。
 あの少年が来るまで、魔理沙が手に持っていた今一番大切な物が無くなっていることに。

「うわ!な、なんだよ…イキナリ大声何か上げてさ」
「え…!?どうしたのルイズ、私のお金が見つかったの?」
 それまでずっと地面と睨みっこしていた霊夢がルイズの叫び声に顔を上げ、魔理沙も思わず驚いてしまう。
 本人はまだ気づいていないのだろうか、でなければ霊夢の事など笑っていられる筈が無いであろう。
 ある意味この中では一番能天気な黒白へ、ルイズは振るえる人差し指を彼女へ向けて言った。

「ま、魔理沙…!アンタがさっきまで手に持ってた金貨の入った袋…無くなってるわよ!?」
「え…?うぉおッ!?マジかよ、ヤベェ…ッ!」
 どうやら本当に気づいていなかったらしい。ルイズに指摘されて初めて、彼女は手に持っていた袋が無くなっていることに気が付いた。
 きっと魔理沙も霊夢の登場とその後の行動に目を奪われていたのだろう、慌てて足元に目を向けるその姿に溜め息をついてしまう。
「くっそぉ〜…、何処に落としたんだ?多分、あのエアハンマーの時に落としたと思うんだが…」
「何よ?あんだけ私の事バカにしといて、アンタも同じ穴の貉だったじゃないの」
 お金を探す自分の姿を、笑いを堪えて眺めていた魔理沙を見て、霊夢はキッと鋭く睨み付ける。
 何せついさっきま地べた這いずりまわって探し物をしていた自分をバカにしていたのだ、睨むなという方がおかしいだろう。
「うるせぇ。…あぁもう、何処に行ったんだよ、私の三百七十五エキューよぉ〜」
 霊夢の鋭い言葉にそう返しながらも、普通の魔法使いもまた地べたを這いずりまわる事となった。
 まだ分からないが、恐らく霊夢に続いて今度は魔理沙までもがスリの被害に遭ってしまった事に流石のルイズも冷や汗を流してしまう。

「こ、これはちょっとした一大事ね。まさかついさっきまであった二千エキュー以上が一気に無くなるなんて…」
 公爵家の令嬢と言えども、思わずクラリと倒れてしまいそうな額にルイズの表情は自然と引き攣ってしまう。
 幾らギャンブルで水増ししたとはいえ、流石に二千エキュー以上持ち歩くのはリスクが高過ぎたらしい。
 とはいえ近くに信用できそうな貸し金庫は無く、一番安全とも言える財務庁はここから歩いても大分時間が掛かってしまう。
 あの少年は自分たちが大金を持っている事を知っているワケは無い…とは思うが、彼にとってはとんでもないラッキーだったに違いない。
 …だからといって、このまま大人しく金を盗らせたまま泣き寝入りするというのは納得がいかなかった。
 いくら自分が被害に遭っていなくとも、一応は知り合いである二人のお金が盗られたのである。
 このまま何もしないというのは、公爵家の者として教育されてきたルイズにとって許しがたい事であった。

720ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/30(日) 22:14:03 ID:oww8q7tg
 とりあえず、まず自分たちがするべきことは通報であろう。暗い路地で金貨入りの袋を探す二人を眺めながらルイズは思った。
 あの少年が盗んでいったのなら、間違いなく常習犯に違いない。それならば衛士隊が指名手配している可能性がある。
 もしそうなら衛士隊はすぐに動いてくれるし、王都の地理や犯罪事情は彼らの方がずっと詳しい。
 ドラゴンケーキの事はパティシエに聞け。――古来から伝わる諺を思い出しつつ、ルイズは次に宿の事を考える。
(いつまでもこんな路地にいるのも何だし、二人には悪いけど今すぐにでも泊まれる所を探さなきゃ…)
 王都の治安はブルドンネ街とチクトンネ街で大きく分けられており、前者は当然夜間でも見回りが行われている。
 しか後者は夜間の方が騒がしい繁華街のうえに旧市街地が隣にある分、治安はすこぶる悪い。
 
 つい数年前には、エルフたちが住まうサハラから流れてきた中毒性の高い薬草が人々の間で出回った事もあった。
 幸いその時には魔法衛士隊と衛士隊の合同摘発で根絶する事はできたものの、あの事件以来チクトンネ街の空気は悪くなってしまった。
 紛争で外国から逃げて来たであろう浮浪者やストリートチルドレンが増加し、国が許可を得ていない賭博店も見つかっている。
 特に、今自分たちがいる場所は二つの街の境目と言う事もあって人の行き来が激しく、深夜帯の事件も良くここで起きると聞いたことがあった。
 だからいつまでもこんな路地にいたら、怪しい暴漢たちに襲われてしまう可能性だってあるのだ。
 最も、自分はともかく今の霊夢と魔理沙に襲い掛かろうとする連中は、すぐさま自分たちの行いを悔いる事になるだろうが。
 
 そんな想像をしながらも、ひとまず金貨の入ったサイドパックへと手を伸ばし始める。
 可哀想だが、ここは二人に盗まれたのだと諦めてもらいすぐに衛士隊へ通報して宿探しをしなければならない。
 それで納得しろとは言わないが、ここは二人にある程度お金を渡して首を縦に振ってもらう必要があった。
 これからの事を考えている間も必死に路地で探し物をしている二人の会話が耳の中に入ってくる。
「魔理沙、もうちょっと照らしなさいよ。アンタのミニ八卦炉ならもっと調節できるでしょうに」
「馬鹿言え、これ以上火力上げたらレーザーになっちまうよ」
 どうやら、魔理沙のあの八角形のマジックアイテムを使って地面を照らしているらしい。
 ほんの少しだけ明るくなっている地面を睨みながら、それでも霊夢は彼女と言い争いを続けながら袋を探していた。
 何だかその姿を見ている内に、これまで見知らぬ異世界で得意気にしてきたあの二人なのかと思わず自分を疑いたくなってしまう。
 
 ルイズは一人ため息をつくと、その二人をここから連れ出す為にサイドパックを手に取ろうとして―――――
「ちょっと、アンタたち!いつまでもここにいた…―――…てっ、て…アレ?」
 ―――スカッ…と指が空気だけに触れていった感触に、思わず彼女は目を丸くして驚いた。
 本当なら、丁度腰のベルト辺りで触っている筈なのだ。――元々自分の私物であったあのサイドパックが。
 まるで霧となって空気中に霧散してしまったかのように、彼女の手はそれを掴むことはなかったのである。

 …まさかと思ったルイズが、意を決して腰元へと視線を向けた時、
「…え?えッ?…えぇえぇええええぇぇぇぇぇ!?」
 彼女の口から無意識の絶叫が迸った。絹を裂くどころか窓ガラスすら破壊しかねない程の悲鳴を。
 突然の事に彼女を放ってお金を探していた霊夢たちも慌てて耳を塞いで、ルイズの方へと視線を向けた。
「うっさいわねぇ!人が探し物してる時に…」
「わ、わわわわわわわわたしの…さささ財布…財布…私の、千八百十五エキューがががが…!」
 まるで八つ当たりをするかのように鋭い言葉を浴びせてくる霊夢に、しかしルイズは怒る暇も無く何かを伝えようとしている。
 しかしここに来て彼女の癖であるどもりが来てしまい、言葉が滑らかに口から出なくなってしまう。
 それでも、今になって彼女の腰にあった筈の財布代わりのサイドパックが無くなっているのに気が付き、二人は頭を抱えた。

721ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/30(日) 22:16:03 ID:oww8q7tg
「えぇ?マジかよ、まさかルイズまで…」
「あのガキ…やってくれるじゃないの!」
 思わず口を押えて唖然とする魔理沙とは対照的に、霊夢は心の底から怒りが湧き上がってくるのに気が付く。
 家族の為スリだのなんだのでお涙ちょうだいの話しを聞かせてくれた挙句に、逆切れからの魔法連発。
 挙句の果てに自分たちの隙をついてあっさり持っていた金貨を全額盗られてしまったのだ。
 あの博麗霊夢がここまでコケにされて、怒るなと指摘する者は彼女に蹴りまわされても文句は言えないだろう。
 それ程までに、今の霊夢は怒りのあまり激情的になろうとしていたのである。
(相手が妖怪なら、即刻見つけ出して三途の川まで蹴り飛ばしてやれるんだけどなぁ…!)
 怒りのあまりそんな物騒な事を考えている矢先、ふと前の方から声が聞こえてきた。

「おーい!そんな路地で何の探し物してるんだよ間抜け共ォ!」
 それは魔理沙でもルイズでも、当然ながら地面に転がるデルフの声ではなかった。
 まるで生意気という概念を凝縮させて、人の形にして発したかのようなまだ幼さが残る少年の声。
 幸いか否か、その声に聞き覚えのあった三人はハッとした表情を浮かべて前方、大通りへと続く道の方へと視線を向けた。
 先ほどデルフで地面を叩いた際の音が大きかったのか、何人かの通行人達がジッと両端から覗いている小さな道。
 娼婦や肉体労働者、更には下級貴族と思しき者まで顔だけを出して覗いている中に、あの少年がいた。
 
 スリを働こうとして失敗したものの、最終的に彼女たちから大金を掠め取った、メイジの少年が。
 最初にあった時と同一人物とは思えぬイヤらしい笑顔を浮かべた彼は、ニヤニヤと笑いながらルイズ達へ話しかける。
「お前らが探してるのは、この金貨の山だろ!?」
 まるで誘っているかのようにワザと大声で叫ぶと、右手に持っていた大きな袋を二、三回大きく揺らして見せた。
 するとどうだろう。少年の両手で抱えられるほどの大きな麻袋から、ジャラ!ジャラ!ジャラ!と派手な音が聞こえてくる。
 それは三人に、あの麻袋の中に相当額の金貨が入っている…という事を教えていた。

「アンタ!それ私たちのお金…ッそこで待ってなさい!」
「喜べ!お前らが集めた金は、俺とアイツで有意義に使ってやるから、じゃあな!」
 思わず袋を指さしたルイズが、それを掲げて見せている少年の元へと駆け寄ろうとする。
 しかしそれを察してか、彼は捨て台詞と共に人ごみを押しのけて大通りへとその姿を消していく。
 通りからルイズたちを見ていた群衆も何だ何だと逃げていく少年の背中を見つめている。
 せめて捕まえようとするぐらいの事はしなさいよ。無茶振りな願望を彼らに抱きつつもルイズは大通りへと出ようとする。
 わざわざ向こうから自分たちのお金を盗ったと告白してきてくれたのだ、ならばこちらは捕まえてやるのが道理であろう。
 とはいえ、幾ら運動神経に自信があるルイズと言えど人ごみ多い街中であの少年を追いかけ、捕まえる自信はあまりなかった。

(あっちから姿を見せてくれたのは嬉しいけど、私に捕まえられるかしら?) 
 だからといって見逃す気は無いのだから、当然追いかけなければならない。
 選択肢が一切ない状況の中で、ルイズは走りにくい服装で必死に追いかけようとした。―――その時であった。
 だがその前に、彼女の頭上を一つの黒い人影が通過していったのは。
 ルイズは思わず足を止めて顔を上げた時、一人の少女が大通りへ向かって飛んでいくところであった。
 その少女こそ、今のところトリスタニアでは絶対に敵に回してはいけないであろう少女――博麗霊夢である。

「待てコラガキッ!アンタの身ぐるみ全部剥いで時計塔に吊るしてやるわ!」

 人を守り、魑魅魍魎と戦う巫女さんとはとても思えぬ物騒な事を叫びながら、文字通り路地から飛び出ていく。
 様子を見ていた人々や、最初から興味の無かった通行人たちは路地から飛んできた彼女に驚き、足を止めてしまっている。

722ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/30(日) 22:18:02 ID:oww8q7tg
 大通りの真ん中、通行人たちの頭上で制止した彼女も少年を見失ったのか、しきりに顔を動かしている。
 そして、先ほど以上に驚嘆している人々の中に必死で逃げるあの男の子を見つけた彼女は、そちらに人差し指を向けて叫んだ。
「……見つけたわよ!待ちなさいッ!!」
「え?…うわっマジかよ、やべぇッ!」
 左手の御幣を見て彼女をメイジと勘違いしたのか、少年は焦りながらすぐ横の路地裏へと逃げ込んだ。
 相手を見つけた霊夢は「逃がさないわよ!」と叫びながら、結構なスピードでルイズの前から飛び去って行く。
 他の人たちと同じように彼女を見上げていたルイズがハッとした表情を浮かべた頃には、時すでに遅しという状況であった。
「ちょ…ちょっとレイム!私とマリサを置いてどこ行くのよ!」
「なーに、アイツが私達を置いていったんならこっちからアイツの方へ行ってやろうぜ」
『だな。オレっち達でアイツより先に、あのガキをとっちめてやろうぜ』
 両手を上げて路地で叫ぶルイズの背後から、今度は魔理沙と置き去りにされたデルフが喋りかけてくる。
 その声に後ろを振り向いた先には…既に宙を浮く箒に腰かけ、デルフを背負った魔理沙がルイズに向かって右手を差し伸べてくれていた。
 彼女と一本の頼もしいその言葉に、ルイズもまた小さく頷いて、差し出しているその手をギュッと握りしめる。

「勿論よ!こうなったら、あの子供を牢屋にぶち込むまで徹底的に追い詰めてやるわ!」
「そうこなくっちゃ。罪人にはそれ相応の罰を与えてやらなきゃ反省しないもんだしな」
 自分に倣ってか、気合の入ったルイズの言葉に魔理沙はニヤリと笑いながら彼女を箒に腰かけさせる。
 その一連の動作はまるで、お姫様を自分の白馬に乗せてあげる王子様のようであった。


 それから約三十分以上が経ち、ようやっと霊夢は少年を再度見つける事が出来た。
 大量の金貨が詰まった思い袋を抱えて走っていた彼の体力は既に限界であり、全力で走ることは出来ない。
 その事を知ってか、御幣の先を眼下にいる少年へと突きつけている彼女は不敵でどこか黒い笑みを浮かべながら彼に話しかけた。
「さてと、いい加減観念なさい。この私を相手に逃げ切ろうだなんて、最初っからやめとけば良かったのよ」
「…くそ!舐めやがって」
 袋を左脇で抱えると右手で杖を持ってみるが、今の状態ではまともな攻撃魔法は使えそうにも無い。 
 精々エアー・ハンマー一発分が限界であり、今詠唱しようにも隙を見せればやられてしまう。
 周囲は二人のやり取りに興味を抱いた群衆で固められており、このまま逃げても背中から羽交い絞めにされて捕まるのは明白であった。

(ち――畜生!ここまでは上手い事進んでたってのに、最後の最後でこれかよ)
 八方ふさがりとしか言いようの無い最悪の状況に、少年は心の中で悪態をつく。
 思えば最初に盗むのに失敗しつつも、土煙に紛れてあの少女達から金を盗んだところまでは良かったと少年は思っていた。
 だがしかし、霊夢が自由に空を飛べると知らなかった彼はあれから三十分間散々に逃げ回ったのである。
 狭い路地裏や屋内を通過して何とか空飛ぶ黒髪女を撒こうとした少年であったのだが、彼女相手にはまるで効果が無かった。
 ある程度走って姿が見えなくなり、逃げ切ったと思った次の瞬間にはまるで待っていたかのように上空から現れるのである。
 どんなに走ろうとも、どこへ隠れようとも気づいた時には手遅れで、危うく捕まりそうになった事もあった。
 
 けれども、幸運は決して長続きはしない。既に少年は自分の運を使い切ろうとしていた。
 博麗霊夢という空を飛ぶ程度の能力と、絶対的な勘を持つ妖怪退治専門の巫女さんを相手にした鬼ごっこによって。
 もしもハルケギニアに住んでいない彼女を知る者たちが、少年の逃走劇を見ていたのなら誰もが思うに違いない。
 あの霊夢を相手に、よくもまぁ三十分も走って逃げれるものだな…と。

723ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/30(日) 22:20:09 ID:oww8q7tg
「さぁ、遊びは終わりよ?さっさとその袋を足元に投げ捨てて、大人しくブタ箱にでも入ってなさい」
「く、くそぉ…」
 得意気な笑みを浮かべて自分を見下ろす霊夢を前にして、彼はまだ諦めてはいなかった。
 いや、諦めきれない…と言うべきなのか。自分の脇に抱えている、三千エキュー以上もの金貨を。
 
 これだけの額があれば、もうこんな盗みに手を出さなくて済む。
 王都を離れて、捜査の手が届かない所にまで逃げられれば唯一残った幼い家族と平穏に暮らせる。
 小さな家を買うか自分の手で建てて、小さな畑でも作る事ができればもうこんな事をせずに生きる事ができるのだ。
 だから物陰で彼女たちの話を聞き、彼は決意したのである。これを最後の盗みにしようと。
 今まで細々と続けていたスリから足を洗って、残った家族と共に静かな場所で人生をやり直すと。

 だからこそ少年は袋と杖を捨てなかった。自分と自分の家族の今後を守る為に。
 今まで見た事の無い得体の知れない金貨の持ち主の一人である少女と、退治する事を決めたのだ。
「こんなところで、今更ここまで来て捕まってたまるかよ…!」
「…まぁそう言うと思ったわ。もう面倒くさいし、ちょっと眠っててもらうわよ?」
 威勢の良い言葉と共に、自分を杖を向ける少年に霊夢はため息を突きながら、左手の御幣を振り上げる。
 杖を向ける少年は一字一句丁寧に呪文を詠唱し、彼と対峙する霊夢は御幣の先へと自信の霊力を流し込んでいく。
 
 周りで見守っている群衆はこれから起こる事を察知した者が何人かいたのであろう。
 上空にいる霊夢と少年の近くにいた人々は一人、二人と距離を取り始めている。
 双方ともに手を止めるつもりも、妥協する気も無い状態で、正念込めた一撃が放たれ様としている最中であった――――
「レイムー!」
「……!」
 空を飛ぶ霊夢の頭上から、自分の名を呼ぶルイズの声が聞こえてきたのは。
 突然の呼びかけに軽く驚き、集中をほんの少し乱された彼女は思わず声のした方へと顔を向けてしまう。
 そしてそれは、地上で呪文を唱えていた少年にとって千載一隅とも言えるチャンスをもたらす事となった。
 発動しようとしていた呪文のスペルを唱え終えた彼は、杖を持つ右手に力を込めて思いっきり振りかぶる。
 この一撃、たった一撃で十歳の頃から続いてきた不幸の連鎖と呪縛を断ち切り、自由となる為に、
 そしてその先にある新しい自由で、自分の支えとなってきた幼い家族と共に幸せな生活を築きたいが為に…。

「今までどこ飛んでたのよ、あの黒白は…」
 彼女が声のした方向へ顔を向けると、そこには丁度自分を見下ろせる高度で浮遊している魔理沙とルイズの二人がいた。
 ルイズは魔理沙の箒に腰かけているようで、フワフワと浮く掃除道具に動揺する事無く彼女を見下ろしている。
 この三十分どこで何をしていたのかは知らないが、ルイズはともかく魔理沙の事だろうからきっと自分が追い詰めるまで観察していたのだろう。
 まるで迷路に入れたハツカネズミがゴールまで行く過程を観察するかのように、さぞ面白おかしく見ていたのだろう。
 自分一人だけ使い走りにされてしまった気分になった霊夢は一人呟きつつも、頭上の二人に向けて右腕を振り上げて怒鳴った。
「こらー、アンタ達!一体どこほっつき飛んでたのよ」
「いやぁ悪い悪い、何せ重量オーバーなもんだからさぁ、少し離れた所でお前さんが追いかけてるのを見てたんだよ」
 霊夢の文句に魔理沙がそう答えると、彼女の後ろに引っ付いているルイズもすかさず声を上げた。

724ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/30(日) 22:22:04 ID:oww8q7tg
「私は追いかけてって言ったけど、マリサのヤツがアンタに任せようって言って効かなかったのよ」
 ルイズがそう言った直後、今度は魔理沙が背負っていたデルフがカチャカチャと金属音を立てながら喋り出す。
『そうそう、しんどい事は全部レイムに任せて美味しいところ取りしようぜ!…ってな事も言ってたな』
「あぁ、お前ら裏切ったなぁ〜!」
 ここぞとばかりに黒白の悪行を紅白へ伝えるルイズとデルフに、魔理沙はお約束みたいなセリフを呟く。
 明らかな棒読み臭い言葉に霊夢は呆れつつも、何か一言ぐらい言い返してやろうとした直前、背後から物凄い気配を感じた。
 そして同時に思い出す、今自分の背後へと杖を無ていた少年の存在を。

「ちょッ―――わぁ!」
 慌てて振り返ると同時に、眼前にまで迫ってきていた空気の塊を避ける事が出来たのは、経験が生きたからであろう。
 幻想郷での弾幕ごっこに慣れた彼女だからこそ、当たる直前に察知した直後に回避する事が出来た。
 汗に濡れたブラウスとスカートがエア・ハンマーに掠り、直前まで彼女がいた場所を空気の槌が通過していく。
 本来当たる筈だった目標に避けられた空気の槌は、決して魔法の無駄撃ちという結果には終わらなかった。
 ギリギリで避けてみせた霊夢とちょうど重なる位置にいた二人と一本へ、少年の放ったエア・ハンマーが勢いをそのまま向かってきたのである。
「げぇッ!?わわわ、わァ!」
『うひゃあ!コイツはキツイやッ』
 自分たちは大丈夫だろうと高を括っていた魔理沙は目を丸くさせて、何とか避けようとは頑張っていた。
 しかしルイズとデルフという積荷を乗せた箒は重たく、いつもみたいにスピードを活かした回避が思うように出来ない。
 それでも何とか直撃だけは回避できたものの、エア・ハンマーが作り出す強風に煽られ、見事バランスを崩してしまったのである。
 箒を操っていた魔理沙は強風で錐揉みしながら墜落していく箒にしがみついたまま、背負ったデルフと一緒にあらぬ方向へと落ちていった。
「ウソッ――――キャッ…アァ!」
「ルイズッ!」
 一方のルイズは魔理沙の気づかぬ間に箒から振り落とされ、王都の上空へとその身を投げ出してしまう。
 上空と言ってもほんの五、六メイルほどであるが、人間が地面に落ちれば簡単に死ねる高度である。
 エア・ハンマーを避けた霊夢が咄嗟に彼女の名を呼び、思わず飛び立とうとするが間に合わない。
 しかし始祖ブリミルは彼女に味方したのか、背中を下に落ちていくルイズは運よく通りの端に置かれた藁束の中へと落ちた。
 ボスン!という気の抜ける音と共に藁が飛び散った後、上半身を起こした彼女はブルブルと頭を横に振って無言の無事を伝える。

 魔理沙はともかく、ルイズがほぼ無傷で済んだことに安堵しつつ霊夢はキッと魔法を放った少年を睨み付ける。
 しかし、先ほどまで少年がいた場所にはまるで最初から誰もいなかったのように、彼の姿は消えていた。
 一体どこに…慌てて周囲に視線を向ける彼女の目が、再び人ごみの流れに逆らって走る少年の姿を捉える。
 先ほどのエア・ハンマーが人に当たったおかげで人々の視線も上空へと向けられており、今ならいけると考えたのだろう。
 成程。確かにその企みは上手くいったし、魔理沙にルイズという追っ手も上手い事追い払う事ができている。
 自分の視線も彼女たちへ向いてるし、何より助けに行くだろうから逃げるなら今がチャンスだろうと、そう考えているのかもしれない。

「けれど、そうは問屋が卸さないってヤツよ」
 必死に逃げる少年の後姿を睨みつけながら一人呟くと、霊夢はバっと少年へ向かって飛んでいく。
 今の今までは此方が優位だとばかり思っていたが、どうやら相手の方が一枚上手だったらしい。
 こっちが油断していたおかげで魔理沙とルイズは吹っ飛ばされ、挙句の果てにはそのまま逃げようとしている。
 ここまで来るともう子供相手だからと舐めて掛かれば、命すら取られかねないだろう。

725ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/30(日) 22:24:03 ID:oww8q7tg
 とはいえ、自分が背中を見せて逃げる少年に対して使える手札は少ないと霊夢は感じていた。
 お札を使えば簡単に済むが、周りに通行人がいる以上下手に使えないし、それを考慮すれば針は尚更危険。
 そしてスペルカードなど言わずもがな。ならば使える手札はたった一枚、己の手足とこの世界で手に入れた御幣一本。
「だったら、本気でぶっ叩いてやるまでよ」
 御幣を握る左手に霊力を更に込めて、薄い銀板で造られた紙垂がその霊力で青白く発光する。
 並の妖精ならばたった一撃で゙一回休み゙に追い込める程の霊力を込めて、彼女は逃げる少年を空から追いかける。

 見つけた時は既に十メイル以上離されていた距離を、一気に五メイルまで縮めた所で速度を緩める。
 何ならフルスピードで頭をぶっ叩いても良いが、そうなると流石に少年の頭をかち割りかねない。
 窃盗犯を殺して自分が殺人犯になっては本末転倒である。
 だからここは速度を緩めて、しかし御幣を握る手には更に力を込めて少年へと近づく。
 幸い、余程疲労しているであろう彼の足はそれほど速くなく、もはや無理して走っている状況だ。
 必死に走る少年と、それを悠々としかし殺意満々に飛んで追いかける自分の姿を見つめる野次馬たちからも離れられた。
 今こそ絶好のチャンスであろう。ここで気絶させよう、そう思った霊夢が御幣を振りかぶった時、それは起こった。

「―――お兄ちゃん!」
「……!」
 ふと少年が走っている方向から聞こえてきた少女の声に、霊夢は振り上げた手を止めてそちらの方を見遣る。
 すると、前方から彼より背丈の小さい金髪の女の子が拙い足取りで走ってくるのが見えた。
 ルイズよりやや地味な白いブラウスと、これまた茶色の目立たないロングスカートと言う出で立ち。
 その両手には何かを抱えており、それを落とさぬように気を付けつつ必死に走ってくる。
 こんな時に一体誰なのかと霊夢が訝しむと、それを教えてくれるかのように少年が少女の名を叫んだ。
「り、リィリア…!おまっ…何でこんな所に…」
 息も絶え絶えにそう言う少年の言葉から察するに、どうやらあの子がアイツの言っていた妹なのだろう。
 てっきり口から出まかせかと思っていた霊夢も、思わずその気持ちを声として出してしまう。

「何?アンタ、アレって嘘じゃなかったのね」
「え?―――うぉわ!何でこんな所にまで来てんだよ…!?」
 どうやら走るのに夢中で追いかける霊夢に気づいていなかったようだ、少年はすぐ後ろにまで来てる彼女を見て驚いてしまう。
 何せ自分の魔法で吹き飛んで行った仲間を助けに行ったかと思いきや、それを無視して追いかけてきているのだ。驚くなという方が無理な話だろう。
「お、お前…!何で助けに行かないんだよ!?おかしいだろッ!」
「生憎様ね〜。ルイズはあの後藁束に落ちて助かったし、魔理沙のヤツは何しようがアレなら殆ど無傷だから」
 後デルフは剣だから大丈夫だしね。最後にそう付け加えて、霊夢は止めていた左手の御幣へと再び力を込める。
 それを見ていよいよ「殺られる…!」と察したのか、彼は自分の方へと向かってくる妹に叫ぼうとした。

「リィリア!は、早く逃げ――――」
「お兄ちゃん伏せて!!!」
 しかしその叫びは…いきなり自分目がけて飛びかかり、地面に押し倒してきた妹によって遮られた。
 年相応とは思えぬ勢いのあり過ぎる行動に少年はおろか、霊夢でさえも思わず驚いてしまう。
「ちょっと、アンタ何を…―――ッ!」
 予想外過ぎる突然の事に御幣を振り下ろしかけた霊夢が声を掛けようとした直前に、彼女は感じた。
 まさかここで感じるとは思いも寄らなかった、あの刺々しく荒々しい霊力を。
 そして気が付く。タルブで自分たちを手助けしてくれた、あの巫女もどきのそれと同じ霊力がすぐ傍まで来ている事に。

726ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/30(日) 22:26:02 ID:oww8q7tg
(気配の元はすぐ近く―――ッ!?でも、どうして…)
 一体何故?こんな時に限って、彼女の霊力をここまで近づいてくるまで自分は気が付かなかったのか。
 こんなに荒く、凶暴な霊力ならばある程度距離が離れていても感知できるはずであった。
 まるで何処かからワープして来たかのように急に感知し、そしてすぐ目の前というべき距離にまで来ている。
 唯でさえ厄介な今に限って、更に厄介なモノが近づいてくるという状況に霊夢が舌打ちしようとした―――その直前であった。

 前方、先ほどリィリアという少女が走ってきた場所から刺々しい霊力を感じると共に物凄い音が通りに響き渡った。
 まるで大きな金づちで思いっきり振りかぶって、レンガ造りの壁を粉砕したかのような勢いに任せた破壊の音。
 その音を作り出せるであろう霊力の塊が勢いよく弾ける気配を感じた霊夢は、慌てて顔を上げる。
 だが、その時既に霊夢が『飛んでくる』゙彼女゙を認識し、それを避ける事は事実上不可能であった。
 理由は二つほど挙げられる。一つは飛んでくる゙彼女゙の速度が思いの外かなりあったという事。
 体内から迸る霊力と何らかの手段をもってここまで『飛んできた』であろう彼女は、既に霊夢との距離を二メイルにまで縮めていた。
 ここまで来るとどう体を動かしても霊夢は避ける事ができず、成す術も無く直撃するしか運命はない。 

「…ッ!―――痛ゥ…ッ!」
 二つ、それはタルブのアストン伯の屋敷前でも経験したあの痛み。
 始めて彼女と出会った時に感じた頭痛が…再び霊夢の頭の中で生まれ、暴れはじめたのである。
 まるであの時の出来事を思い出させようとするかのように頭が痛み出し、出来る限り回避しようとした彼女の邪魔をしてきたのだ。
 刃物で刺されたかのような鋭い痛みが頭の中を迸り、流石の霊夢もこれには堪らずその場で動きが止まってしまう。

 そしてそれが、後もう少しで大捕り物の主役になけかけた霊夢がその座から無念にも滑り落ち、
 本日王都で起きたスリの中でも、最も高額かつ大胆な犯人を取り逃がす羽目となってしまった。
 
(――クソ…ッ――アンタ一体、本当に何なのよ!?)
 痛みで軋む頭を右手で押さえながら、霊夢はすぐ目の前にまで来だ彼女゙を睨みつけながら思った。
 自分よりも濃く長い黒髪。細部は違えど似たような袖の無い巫女服に、行灯袴の意匠を持つ赤いスカート。
 そして自分のそれよりも更にハッキリと光っている黒みがかった赤い目を持つ彼女の姿に、霊夢の頭痛は更にに酷くなっていく。
 不思議な事に時間はゆっくりと進んでおり、あと五秒ほど使って一メイルの距離を進めば゙彼女゙と激突してしまうであろう。
 激しくなる頭痛で意識が刈り取られそうなのにも関わらず冷静に計算できた霊夢は、すぐ近くにまで来だ彼女゙の顔を見ながら思った。
 良く見るど彼女゙も自分を見て「驚いた」と言いたげな表情をしている分、これは偶然の出会いだったのだろう。
 ゙彼女゙がどのような経緯でこの街にいて、どうして自分と空中で激突せるばならないのか?その理由はまでは分からない。
(アンタの顔なんか今まで見たことないし、初対面…なのかもしれないっていう、のに…だというのに―――)


―――――何でこうも、私と姿が被っちゃってるのよ? 
 最後に心中で呟こうとした霊夢は、その前に勢いよく真正面から飛んできた彼女―――ハクレイと見事に激突する。
 激しい頭痛と合わせて頭へ響くその強い衝撃を前にして、彼女の意識はプッツリと途絶えた。

727ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/30(日) 22:28:03 ID:oww8q7tg
以上で八十二話の投稿を終わります。今回はやや短めだったかな…?
それではまた来月末にでもお会いしましょう。それではノシ

728ウルトラ5番目の使い魔 ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 10:58:55 ID:qB1md0Gc
こんにちは。ウルトラ5番目の使い魔、58話ができました。
投稿を開始しますので、よろしくお願いします。

729ウルトラ5番目の使い魔 58話 (1/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:01:37 ID:qB1md0Gc
 第58話 
 この星に生きるものたちへ
 
 カオスヘッダー
 カオスヘッダー・イブリース
 カオスヘッダー・メビュート
 カオスダークネス
 カオスウルトラマン
 カオスウルトラマンカラミティ
 カオスリドリアス 
 友好巨鳥 リドリアス 登場!
 
 
「泣かないで、ブリミル……」
 
 自分の体が冷たくなり、意識が深い眠りの中に落ちていく中でサーシャは思っていた。
 あなたをひとりにしてごめんなさい。けれど、わたしはいなくなっても、あなたは残る。あなたには、人が持っていない特別な力がある。その力を正しく使えば、きっと多くの人を救える。
 さよなら……わたしの大嫌いな蛮人。さよなら、わたしの大好きなブリミル。
 けれどそのとき、サーシャの心に不思議な声が響いた。
 
「君は、本当にそれでいいのかな?」
 
 そう問いかける声が聞こえた気がした。
 これでいいのか? サーシャは思った。
 良いわけがない……答えは簡単だった。今頃、ブリミルは深く嘆き悲しんでいることだろう。自分だって、ブリミルと別れるのは嫌だ。
 ブリミルのことだ、ひとりで何かをやろうとしたって空回りして痛い目を見るに決まっている。獣を取ろうとすれば黒焦げにするし、野草を探せば毒草に当たるようなおっちょこちょいだ。
 できるなら、もっといっしょにいたい。魔法以外にとりえがないあいつを、支えてやりたい。
 けれど、それは無理なのだ。発動してしまった『生命』を止めるには、リーヴスラシルが死ぬしかない。この世界を救うには、自分が死ぬしかなかったのだ。

730ウルトラ5番目の使い魔 58話 (2/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:05:31 ID:qB1md0Gc
 悲しい、苦しい、帰りたい……でも、わたしの命は尽きた。もう、あいつの元には戻れない。
 
「しかし、君にはまだ意思がある。生きたいという意思が」
 
 不思議な声がまた響き、暗く冷たい深淵に沈んでいっていたサーシャを、暖かい光が掬い上げた。
 ゆっくりと目を開くサーシャ。彼女は明るく優しい光の中で、青い体を持つ銀色の巨人の手のひらの上に抱かれていた。
 
「あなたは、神様?」
 
 サーシャの問いかけに、巨人はゆっくりと首を横に振った。
 
「私は、君たちがヴァリヤーグと呼ぶ、あの光のウイルスを追ってこの星にやってきた者だ」
「じゃあ、あなたはブリミルと同じ、宇宙人なの?」
 
 巨人はうなづき、そして語った。あの光のウイルスを放っておけば、この星は滅ぼされてしまうだろう。
 サーシャが、止められないのかと問いかけると、巨人は、難しいと答えた。奴らの力は強大だ、それにこの世界はすでに大きく傷ついてしまっている。
 
「なら、もう手遅れだというの?」
 
 サーシャは悔しかった。どんなに頑張っても、命を懸けてブリミルにつないでも、もう遅かったというのか。
 いや、そんなことはない。サーシャは叫んだ。
 
「まだ終わってない! この世界には、まだわたしたちがいる。何度倒されても、わたしたちはその度に立ち上がってきた。何度焼き払われても、わたしたちは何度でも種を撒きなおす。この世界にわたしたちが生きているかぎ、りは……」
 
 サーシャは最後まで言い切る前に、どうしようもない事実に気づいて言葉を途切れさせてしまった。
 そうだ、自分は死んでしまったんだ。自分の剣で自分の胸を貫いて……死んだ人間にできることはない。

731ウルトラ5番目の使い魔 58話 (3/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:06:29 ID:qB1md0Gc
 しかしそのとき、落胆するサーシャの中に何か暖かいものが入ってくるのを彼女は感じた。
 
「これ、熱い……でもとても優しい感じ。あなた……わたしに、わたしにもう一度命をくれるの? わかったわ、この世界を救うために、わたしにもまだやれることがあるのね」
 
 途絶えていたはずの心臓の鼓動が蘇ってくるのを感じる。胸の傷はいつの間にか消えていた。
 巨人はうなづき、その姿が消えていく。
 最後に巨人はサーシャに自分の名前と、なぜサーシャを選んだのかを教えてくれた。それは、誰かを守りたいという強い意思を二人分感じたから。
 サーシャは、自分を守ろうとしてくれた誰かが誰なのかを知っていた。それは、あいつの心に絶望ではなく勇気が宿ったということを意味している。
 光の中でサーシャは立ち、そして振り返るとブリミルが呆然としながら立っていた。
 君は死んだのでは? じゃあ僕も死んだのか? と、問いかけてくるブリミルに、それは違うと答えるサーシャ。
 そう、自分は生きている。そして生きているなら、成し得ることがある。あなたの、世界の希望にはわたしがなる。
 
「ブリミル、未来はいつでも真っ白なんだって言ったよね。もうひとつ教えてあげる、絶望の色は真っ黒だけど、希望の色は虹色なのよ。見てて、あなたのあきらめない心がわたしに新しい命と光をくれた。今度はあなたの光にわたしがなる」
 
 サーシャの手のひらの上に青く輝く輝石が現れ、その光がサーシャを包んでいく。
 
「運命は変わる。どんな絶望も闇も永遠じゃない。わたしたちがそれをあきらめない限り、未来は切り開ける。だから、彼は来てくれた。力を貸して、明日のために! 光の戦士、ウルトラマンコスモス!」
 
 その輝きが、明日を切り開く力となる。
 悲しみを乗り越え、涙を笑顔に。青き慈愛の勇者が今、絶望の大地に降り立つ。
「シュワッチ!」
 光はここに。ウルトラマンコスモスの勇姿が初めてハルケギニアの星に現れ、構えをとるコスモスとカオスリドリアスが対峙する。

732ウルトラ5番目の使い魔 58話 (4/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:07:19 ID:qB1md0Gc
 ブリミルは少し離れた場所からコスモスを見上げながら、これは夢か幻かと唖然としている。だがこれは彼とサーシャによって実現した、まぎれもない現実なのだ。それを証明するため、コスモスと一体化したサーシャはリドリアスを救うべくカオスリドリアスに立ち向かっていった。
「シュワッ!」
 急接近したコスモスの掌底がカオスリドリアスの胸を打って後退させ、続いて肩口に放たれた手刀が体のバランスを崩させた。
 重心を崩されてよろけるカオスリドリアス。コスモスはその隙をついてカオスリドリアスの首根っこを押さえて取り押さえようと組み付いた。
 それはまるで、サーシャがリドリアスに「おとなしくして!」と説得を試みているようだった。
 しかし、カオスヘッダーに取り付かれたリドリアスは力づくでコスモスを振り払うと、くちばしを突き立ててコスモスを攻撃してきた。コスモスはその攻撃を腕をクロスさせて受け止め、攻撃の勢いを逆利用してはじき返す。
「ハァッ!」
 カオスリドリアスを押し返し、再び構えをとって向かい合うコスモス。カオスリドリアスも、コスモスが容易な相手ではないということを理解して、威嚇するように鳴き声をあげた。
 そしてブリミルは、夢じゃない、と現実を理解した。この足元から伝わってくる振動、空気を伝わってくる衝撃はすべて現実のものだ。
「本物の、ウルトラマン……! ウルトラマンは、本当にいたんだ」
 ブリミルは幼いころに聞かされたことがあった。マギ族は長い宇宙の旅路の中で、宇宙のあちこちの星に伝わる伝承も集めていたが、その中に宇宙には人々の平和を守る神のような巨人がいるという伝説があった。その巨人の名が、ウルトラマン。
 よくある宇宙神話だと思っていた……だが、伝説は虚無ではなく本当だったのだ。
 ブリミルの見守る前で、ウルトラマンコスモスとカオスリドリアスの戦いは再開された。コスモスに対して、カオスリドリアスは口から破壊光線を放って攻撃を始め、コスモスはそれを青く輝く光のバリアーで受け止める。
『リバースパイク』
 光線はバリアーで押しとどめられてコスモスには届かない。しかし、悔しがるカオスリドリアスが頭を振ったことで、バリアーから外れた光線が地を張ってブリミルに襲い掛かってしまった。
「うっ、あああああああ!」
 魔法力を使い切ってしまっているブリミルに避ける手段はない。光線と弾き飛ばされた岩塊が雨と降ってくる中で、ブリミルは思わず目をつぶった。
 だが、そのときだった。ブリミルの前に、閃光のようなスピードでコスモスが割り込んだ。
「シュワッ!」
 コスモスは光線を腕をクロスさせてガードすると、続いて目にも止まらぬ速さで腕を振って岩塊を弾き飛ばした。

733ウルトラ5番目の使い魔 58話 (5/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:08:28 ID:qB1md0Gc
『マストアーム・プロテクター!』
 人間の目では追いきれないほどの超スピードでの移動と防御技の連続に、守られたはずのブリミルは訳がわからずにぽかんとするしかなかった。
 コスモスの背にかばわれ、ブリミルには塵ひとつかかってはいない。ブリミルは、自分が守られたことさえすぐには理解できずにいたが、静かに振り返ったコスモスの眼差しに、どこか心が安らいでいく思いがした。
 そう、頼もしく、それでいて優しいコスモスの眼差し。ブリミルは、自分が守られているということを感じ取るといっしょに、この安らぎに自分が何になりたかったのかを知った。
「そうか、僕は……こうやってみんなを守りたかったんだ」
 なんで今まで気づけなかったんだろうか。自分には大それた使命などはいらない、ただこうして近くにいる誰かを守ることさえできればじゅうぶんなはずだった。そして誰でもない、サーシャをこうして守りたいと思ったのが自分の原点であったのに、自分はなんてバカだったのだろうか。
 敵に向き合い、味方に背を向け、誰かを守るにはそれだけでよかった。マギ族の犯した罪の重さなどに関係なく、サーシャは自分をいつも支えてくれた。自分もただそれに答えようとするだけでよかったのに。それなのに、悲しみに押しつぶされて道を過ち、サーシャさえ失いかけてしまった。答えは、こんなに単純だったのに。
 誰しも、自分の心はよく知っているようで大事なことは見落としているものだ。それゆえに道を誤るのも人の常、しかし過ちは過去のものとしなければならない。過ちを糧として未来につなげるため、コスモスは戦う。
「ヘヤッ!」
 間合いを詰めて、コスモスの掌撃がカオスリドリアスを打つ。破壊力はほとんどないが、いらだったカオスリドリアスの反撃をさらにさばいて消耗を強いていく。カオス怪獣とて生物だ、激しく動き続ければそれだけ疲れが蓄積していく。
 しかし、カオスリドリアスはコスモスと陸上で戦い続けてもらちが明かないと判断して、羽を広げると空に飛び上がった。それを追ってコスモスも飛び立つ。
「ショワッ」
 空を舞台に、コスモスとカオスリドリアスの空中戦が始まった。
 まずは、先に飛び立ったカオスリドリアスが上空で反転して、高度を利用してコスモスに体当たりをかけてきた。舞い降りる赤色の流星と、舞い上がる群青の流れ星。
 激突! しかしコスモスはカオスリドリアスの体を一瞬で掴まえて、そのまま自分を軸にコマのように回転するとカオスリドリアスを放り投げた。カオスリドリアスは空中でのきりもみ状態には慌てたものの、すぐに羽を広げて立て直し、口からの破壊光線を放ってくる。対してコスモスは腕を突き出し、青い光線を放って対抗した。
『ルナストラック』
 ふたつの光線がぶつかり合って相殺爆発し、赤い光が辺りを照らし出す。

734ウルトラ5番目の使い魔 58話 (6/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:09:35 ID:qB1md0Gc
 しかし、爆発の炎が収まる間もなく両者の空中戦は再開された。カオスリドリアスとコスモスが目にも止まらぬ速さで宙を舞い、激突し、その光景はブリミルの目にはまばゆく輝く二匹の蛍が舞い踊っているかのようにさえ見えた。
 前後左右、上下のすべての空間を使った三次元戦闘が超高速で繰り広げられることで、風がうねり、雲が裂ける。だが、空中戦のさなかにカオスリドリアスが勢い余って、静止していた『生命』の光に触れそうになり、コスモスは回り込んで突きとばした。
「ハアッ!」
 リドリアスは野生の生き物なのでマギ族の自爆因子はないはずだが、マギ族の改造処置は手当たり次第に行われていたので万一ということがある。カオス化したとはいえ、マギ族の自爆因子がもし遺伝子内にあったとしたら、リドリアスが生命に触れたら即死につながる。対して自爆因子を持たないコスモスなら生命の光に触れても影響はない。
 リドリアスを間一髪救えた事で、コスモスの中のサーシャはほっと胸をなでおろした。それと同時に、ブリミルはコスモスがリドリアスを本気で救おうとしているのを確信した。
「怪獣さえ救おうとする……いや、それは僕らの思い上がりか」
 ブリミルは自嘲した。さんざん命を弄んできたマギ族だが、命は誰しもひとつしか持っていない大切なものなのだ。生態として共存できないものはあっても、生き物は無益な殺戮をしないことで互いを生かし合っている。それがバランスを保ち、平和を保っている。互いを尊重し、誰かを生かすことは巡り巡って自分を生かすことにつながるのだ。
 いや、それは理屈だ。相手が怪獣であっても関係ない、誰かを救いたいと思う心がすべての始まりになる。サーシャはマギ族である自分を救ってくれた、だから今の自分はここにいる。その優しさを思い出したとき、胸が熱くなる。
「がんばれ、がんばれ! ウルトラマン!」
 自然に応援の声が口から飛び出していた。胸の中から湧き上がってくる、この明るく熱く燃える炎を抑えるなんてできない。できるわけがない!
 ブリミルの応援を聞き、コスモスとサーシャはさらに強く決意を固めた。なんとしても、リドリアスを救わねばならない。
〔コスモスお願い、あなたの力でリドリアスを解放してあげて〕
 リドリアスが暴れているのはヴァリヤーグのせいだ。取り除いてやれば、リドリアスはきっと元に戻る。
 幸いコスモスは今、生命の魔法の光球を背にしている。その強烈な光に幻惑されて、カオスリドリアスはコスモスを見失っており、今がチャンスだ。
 コスモスはリドリアスに取り付いているヴァリヤーグの位置を把握するために、目から透視光線を放ってリドリアスを透かして見た。

735ウルトラ5番目の使い魔 58話 (7/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:11:01 ID:qB1md0Gc
『ルナスルーアイ』
 見えた! リドリアスの体内で光のウイルスが集中している箇所がある。そこから取り除くことができれば、きっとリドリアスは元に戻る。
 コスモスは生命の光の中から飛び出すと、そのままカオスリドリアスに組み付いて地面に引き釣り下ろした。
「テアッ!」
 組み付き、羽を押さえることで飛行能力を抑えて墜落に追い込み、コスモスとカオスリドリアスはもつれ合いながら地上を転げる。しかしコスモスは着地の瞬間も自分が下になるように調節し、リドリアスへのダメージを最小限に抑えた。
 再び離れて向かい合う両者。だがカオスリドリアスは肉体へのダメージは少なくとも目を回している、今がチャンスだ! コスモスは優しい光を掌に集めると、子供の背を押すように優しく右手を押し出しながらカオスリドリアスに光を解き放った。
『ルナエキストラクト』
 浄化の光がカオスリドリアスに浸透していき、その体から金色の粒子が抜け出して天に帰っていく。そして変異していたカオスリドリアスの体も元のリドリアスのものに戻った。正気を取り戻したリドリアスの穏やかな鳴き声が流れると、ブリミルは奇跡が起きたのだと思った。
 しかし、まだ終わってはいない。膨張はやめたものの、『生命』の魔法の光球はまだ残っている。これを地上にそのまま残しておくのは危険すぎる、コスモスは手からバリアーを展開すると、『生命』の光球を押し上げながら飛び立った。
「ショワッチ」
 コスモスの十倍は優にある光球が下からコスモスに持ち上げられてゆっくりと上昇していく。ブリミルは光球が小さくなっていくのを呆然としながら見上げていた。
 そしてコスモスは光球を大気圏を抜けて宇宙空間にまで運び上げた。星星が瞬く中で、コスモスは空間に静止するとバリアーごと光球を押し出した。漆黒の宇宙に向かって流れていく光球を見つめながら、コスモスは右腕を高く掲げながら戦いの姿へと転身した。
『ウルトラマンコスモス・コロナモード!』
 炎のようなオーラを輝かせ、コスモスの体が赤い太陽の化身へと移り変わって闇を照らす。
 遠ざかっていく『生命』の光。そして、悪魔の光を消し去るために、コスモスは頭上に上げた手を回転させながら気を集め、突き出した両手から真紅の圧殺波動にして撃ち放った。
『ブレージングウェーブ!』
 超エネルギーの波動攻撃を受けて、『生命』の光球は一瞬脈動すると、次の瞬間には大爆発を起こして砕け散った。
 爆発の光を受けてコスモスの姿が一瞬輝き、そして爆発が収まると、コスモスは惑星を振り返った。そこには、青さの面影を残しながらも黒く濁りつつある惑星の姿があった。
 爆発の閃光は地上からも伺うことができ、ブリミルは『生命』の最後の瞬きを望んで、自分の愚かな夢が終わったのだと悟った。

736ウルトラ5番目の使い魔 58話 (8/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:11:49 ID:qB1md0Gc
「これで、やっと……」
 ブリミルのまぶたが重くなり、強烈な睡魔に襲われた彼は、疲労感に誘われるままに砂の上に倒れこんだ。
 
 次にブリミルが目を覚ましたときに最初に見たのは、自分の頭をひざの上に抱きながら心配そうに見下ろしてくるサーシャの顔だった。
「やあ、サーシャ。おはよう、かな?」
「ばか、寝すぎよ……朝よ、今日も昨日と同じ、ね」
 ブリミルの目に、地平線から昇る朝日の光が差し込んでくる。空には厚い雲がかかっているが、その切れ端から覗くだけでも太陽の光は美しかった。
 ああ、この世界はまだこんなに美しい。ブリミルの心を、すがすがしい気持ちが流れていく。
「サーシャ、君は……?」
「生きてるわよ。あなたのおかげ、まあ無くしたものもあるけどね」
 そう言うと、サーシャは左手の甲を見せた。そこにはガンダールヴのルーンはなく、それに胸元を睨まれながら覗いて見てもリーヴスラシルのルーンはなかった。
 つまり、あれは夢ではなかった。信じられない気もするが、傍らに目をやれば、こちらを見下ろしているリドリアスの視線と目が合って、現実を受け入れることを決めた。
「サーシャ、体は?」
「大丈夫、彼が治してくれたわ」
「彼……?」
「後でまとめて話すわ。でも、わたしたちが見て体験したことは全部真実……ねえ、ブリミル」
 そこまで言うと、サーシャは一呼吸を置いて、ブリミルの目を見つめながらゆっくりと言った。
「もう一度、希望に賭けてみない?」
 ブリミルは目を閉じて、静かにうなづいた。

737ウルトラ5番目の使い魔 58話 (9/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:13:02 ID:qB1md0Gc
 サーシャにはかなわない、今回は心底そう思った。最後まであきらめない力が、こんなにも強かったなんて。サーシャには教えてもらうことがまだまだたくさんある。これからも、できれば、一生かけてでも。
「サーシャ、僕からもひとつ、お願いがあるんだけど」
「ん? 何?」
 ブリミルは起き上がると、真っ直ぐにサーシャの目を覗き込んで告白した。
 
「僕と、結婚してくれないか!」
 
 その瞬間、時が止まった。
 え? サーシャは自分が何を言われたのかを理解できずにぽかんとしたが、意味を理解すると顔を真っ赤にしてうろたえた。
「な、ななななななな、いきなり何を言い出すのよ! わ、わわ、わたしと何ですって!?」
「結婚してくれ。わかったんだ、僕には君が絶対必要なんだって! いや、それ以上に僕は君が好きだ。君がそばにいると幸せだ、君と話してるとドキドキする。君のためならなんでもしてあげたい。この気持ちを抑えられない! 抑えたくないんだ!」
 熱烈な愛の告白に、サーシャは赤面しながらうろたえるばかり。しかしブリミルに手を取られて再度「頼む!」と迫られると、あたふたしながらも答えようとし始めた。
「そ、そんなこと突然言われても。わ、わたしまだ結婚なんて考えたこともないし、その」
 顔は真っ赤で汗を大量に流しながら、サーシャは必死に釈明しようとしたがブリミルは引かなかった。
「僕には君しかない。君が好きなんだ! 君だって、僕のことが好きだって言ってくれただろう?」
「あ、あれは友達として、仲間として好きだってことでその……いや、でもわたしはその。別に嫌いってわけじゃなくて、その」
「ならオッケーじゃないか。僕は君がいないとどんなにダメな男かってわかったんだ。いや、僕は君にふさわしい立派な人間になれるよう努力する。もう二度と絶望してバカなことしたりしない。だから、一生のお願いだ」
「そ、そんなこと言ったって、わたしにも心の準備ってものが」

738ウルトラ5番目の使い魔 58話 (10/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:13:54 ID:qB1md0Gc
「ごめんよ。でも僕は君を失いかけて、君がどんなに大切だったか思い知ったんだ。もう一時たりとも君のことを離したくない。君を抱きしめてメチャクチャにしたいくらいなんだーっ!」
「ちょ、ちょ! ちょっと落ち着きなさいよ、この蛮人がぁーっ!」
「ぐばはぁーっ!?」
 見事なアッパーカットが決まり、ブリミルの体は宙を舞ってきりもみしながら砂利の上に墜落した。
 危なかった。あとちょっとでカミングアウトから子供には見せられない展開になっていたところだった。
 サーシャは肩で息をしながら立ち上がると、地面に落ちて伸びているブリミルの元につかつかと歩み寄って、その頭をずかっと踏みつけた。
「あんた、何また別のベクトルで正気失ってるのよ。誰が? 誰を? どうするですって?」
「ごめんなさい、気持ちに素直になりすぎました」
「女の子を口説くときにはもっとムードとかあるでしょうが、一生の思い出になるのよ」
「ほんとにごめんなさい、許してください」
「っとに……けどまあ、あんたの正直な気持ちはわかったわ。ほんとなら五部刻みで解体してやるとこだけど、今回だけは大目に見てあげる。ほら、立ちなさいよ」
 サーシャが足をどけると、ブリミルはいててと言いながら砂を払って立ち上がった。さすがの頑丈っぷり、才人と同じで復活が早い。
 そしてブリミルは今度は真剣な表情になってサーシャに言った。
「サーシャ、好きだ。僕と結婚してくれ」
 今度は真面目な告白に、サーシャも表情を引き締める。そしてブリミルと視線を合わせると、自分の答えを返した。
「ごめんなさい、今はあなたの思いを受け入れられないわ」
「ううん……やっぱり、今の僕じゃいろいろ足りないのかな」
「そうね。けど、結婚ってのはもっとたくさんの人に祝福してもらいたいじゃない。今のわたしたちはたったのふたり、それもこんな殺風景な荒野じゃ式の挙げようもないでしょ? あなた、わたしにウェディングドレスも着せないつもり?」
「そ、それじゃあ」
 喜色を浮かべるブリミルに、サーシャは優しく微笑んだ。

739ウルトラ5番目の使い魔 58話 (11/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:15:10 ID:qB1md0Gc
「もっと仲間を集めて、平和を取り戻して、小さな家にでも住めるようになれたとき、そのときにまだわたしのことを好きでいたら、いっしょになりましょう。そして」
「ああ、世界中に知れ渡るほどの盛大な結婚式を挙げよう。そして、必ず君を幸せにする。約束する」
 ブリミルとサーシャは、今度は互いに強く抱きしめあった。そして、どちらからともなく唇を合わせる。それは、ふたりが初めて互いの意思でした口付けであった。
 唇を離したふたりの間に銀色の糸の橋が一瞬だけかかる。
「サーシャ、いつかきっと結婚しよう。そのためにもきっと、平和な世界を取り戻そう」
「そうね、それまではわたしたちはその、こ、恋人ってことでいいわね?」
「こ、恋人! サーシャの口からその言葉を聞けるなんて。ようし、じゃあ恋人らしく、もう一段階上のところまで行ってみようよ!」
「だから、調子に乗るなって言ってるでしょうがぁーっ!」
 無慈悲な右ストレートがブリミルの顔面にクリーンヒットし、野外で年齢制限ありな行為に及ぼうとしていた馬鹿者がまた吹っ飛ばされた。
 サーシャも今度は情け容赦せず、ブリミルの頭に全体重かけて踏みつけると、その傍らに剣を突き刺してドスのきいた声ですごんだ。
「ど、どうやらわたしはあんたを甘やかしすぎたようね。この際だから、あんたには女の子の扱い方といっしょに、立場の差ってやつを思い知らせてあげるわ。今日からあんたはマギ族なんかじゃなくてただの蛮人、ミジンコにも劣る最低の生き物なのよ。これからたっぷり教育、いえ調教してあげるから覚悟なさい!」
「ふぁ、ふぁい」
 なんか、ものすごく既視感のある光景が繰り広げられ、主従が逆転したようだった。サーシャはそのままブリミルの襟首を掴むと、ぐいっと持ち上げて引きずりながら歩き出した。
「んっとに! ほんとならわたしはあんたみたいな蛮人にふさわしい女じゃないのよ。あんたなんて、そこらのカマキリのメスで上等。いえミドリムシといっしょに光合成してりゃいいの。わかってるの!」
「すみません、わたくしはガガンボ以下のゼニゴケのような存在であります」
「たとえがよくわかんないわよ。ともかく、今後おさわり禁止! 今のあんたは発情期の犬より信用が置けないわ」
「そ、そんなぁ。恋人なのに手も握っちゃダメだって言うのかい」
「自分の胸に聞いてみなさい! 誰のせいでこうなったと思ってるの。まったく、リドリアスだって呆れてるじゃないの」

740ウルトラ5番目の使い魔 58話 (12/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:16:26 ID:qB1md0Gc
 見上げると、じっとふたりを見守っていたリドリアスも、反応に困っているというふうに首をかしげていた。
 ともかく、ブリミルが全部悪い。サーシャは女の子らしくロマンチックな展開を期待していたのに、このバカが台無しにしてしまった。というか、何をしようとしていたんだか忘れてしまった。
 ええと……? ああ、そうだ。本当なら、もっと清清しく晴れ晴れとした雰囲気でいくつもりだったのに。まったくしょうがない。
「ほら、さっさと行くわよ」
「へ? 行くってどこへ」
「ふふ、どこへでもに決まってるじゃない。さあ、旅立ちよ!」
 そう叫ぶと、サーシャはブリミルを抱えたまま地面を蹴って飛び上がり、そのまま宙を舞ってリドリアスの背中に降り立った。
 リドリアスの背中に乗り、サーシャがその青い鎧のような体表をなでると、リドリアスは「わかった」というふうに短く鳴き、翼を広げて前かがみになった。
 ブリミルをリドリアスの背中の上に放り出し、サーシャはまっすぐに立つ。そのとき、雲海から刺す朝日がサーシャを照らし、翠色の瞳を輝かせ、舞い込んだ風が金色の髪をたなびかせた。
「いいわね、この蛮人と違って太陽も風も、わたしたちを祝福してくれているみたい。運命とは違う、なにか不思議な星の導き……大いなる意思とでも言うべきかしら。さて、いつまで寝てるの蛮人、最後くらい締めなさい」
「う、うぅん。どうするんだいサーシャ?」
「決まってるでしょ。こんな殺風景な場所に用は無いわ、旅立つのよ、わたしたちが行くべき新しい世界にね!」
 リドリアスが飛び上がり、ふたりを新しい風が吹き付ける。しかしその冷たさは心地よく、サーシャの笑顔を見たブリミルの心にも新たな息吹が芽生えてきた。
「そうか、そうだね。僕らはこんなところでとどまっていちゃいけない。行かなきゃいけない、まだこの世界に残っている人々のところへ、ヴァリヤーグに苦しめられている人々を助け、平和な世界を取り戻すために」
「たとえ世界を闇が閉ざしても、わたしたちはもう絶望はしない。あきらめなかったら、きっと新しい光に出会える。そのことを、わたしたちは学んだから」
 高度を上げ、リドリアスはスピードを上げる。カオスヘッダーから解き放たれ、ふたりを仲間として認めたリドリアスは何も命じられなくてもふたりを運ぶ翼となってくれた。
 だが、前途は厳しい。カオスヘッダーの脅威はすでに星をあまねく覆っている。それと戦い、平和を取り戻すことは果てしない道に思える。けれど、ふたりには希望がある。ヴァリヤーグといえど、決して無敵ではないということが証明されたのだから。
「ところでサーシャ、そろそろ君を助けてくれたあの巨人のことを説明してくれないかな? 僕らの世界の伝説では、宇宙を守る光の巨人、ウルトラマンが言い伝えられていたんだけど」
「そうね、ウルトラマンはひょっとしたらいろんな世界にいるのかもね。けど、この世界にいるウルトラマンの名前はコスモス、ウルトラマンコスモス。わたしたちがヴァリヤーグと呼んでいる、あの光の悪魔を追ってはるばる宇宙のかなたからやってきたんだけど、もうこの星は彼一人の力で救うには遅すぎたんですって。だから、わたしたちの力を貸してほしいそうよ」
「ウルトラマンの力でも足りないくらい、もうこの星はひどいのか。結局は僕らマギ族の責任か……あの光で怪獣たちを解放していっても……いや、まてよ」
 ふと、あごに手を当てて考え込んだブリミルに、サーシャは怪訝な表情を向けた。

741ウルトラ5番目の使い魔 58話 (13/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:18:17 ID:qB1md0Gc
「蛮人?」
「わかったかもしれない。怪獣からヴァリヤーグを分離することができるなら、僕の魔法ならあの『生命』のように怪獣の体内のヴァリヤーグだけを破壊することができるかも」
 サーシャの顔が輝いた。確かに、理論上は可能のはずだ。
 ルナエキストラクトがヒントになり、破滅の魔法である『生命』が真の救済の魔法に生まれ変わるかもしれない。
「そうか、僕はこのためにこの魔法を授かったんだ。マギ族の本当の贖罪と、世界を救うために、神様は僕にこの力をくれたんだ」
 もちろんそのためには、さらなる研究と鍛錬が必要に違いない。だが、会得できたときにはそれは大きな力となるだろう。
 サーシャもブリミルの言葉にうなづき、さらに自らの決意を語った。
「そうかもしれないわね。あなたとわたしで、ヴァリヤーグからこの世界を守るために。コスモスとともに、わたしもリドリアスの仲間たちを救うわ」
 そう言うと、サーシャは手のひらの上に青く輝く輝石を乗せて見せてくれた。
「それは? きれいな石だね」
「コスモスがくれたの。君の勇気が形になったものだって、彼とわたしの絆の証……あっ?」
 すると、輝石が輝きだして、その姿をスティック状のアイテム、コスモプラックへと変えた。
 コスモプラックを手に取り、握り締めるサーシャ。そこからサーシャは、コスモスの意思と力を確かに感じ取った。
「わかったわコスモス、これからよろしくね」
「おおっ、ひょっとしてこれからいつでもウルトラマンの力を借りられるってことかい! すごいじゃないか」
「そんな都合よくないわよ。彼には強い意志があるわ、わたしが彼の力を借りるに値しないようだったら、彼は力を貸してはくれないでしょう。あなたと同じく、わたしもまだまだこれからってことね」
 ウルトラマンに選ばれた人間は、数々の次元でそれぞれ無数の試練を潜り抜けて真の強さを身に付けていった。サーシャは当然そのことを知る由も無いが、これからどんな試練でも立ち向かっていく決意があった。
 なにせ自分は一度死んだのだ。それに比べたら、ちょっとやそっとの苦難や挫折などなんのことがあろうか。
 笑いあうブリミルとサーシャを乗せて、リドリアスもうれしそうにしながら飛ぶ。その行く先はどこか? いや、考える必要などはない。

742ウルトラ5番目の使い魔 58話 (14/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:19:26 ID:qB1md0Gc
「どうする蛮人? 北でも西でも南でも東でも、どっちにでも行けるよ」
「どっちでもいいさ。どうせ世界は丸いんだ、どっちに行ったって必ず何かに出会えるよ」
「そうね、さぁ行きましょうか。まだ知らないものが待ってる地平のかなたに」
「どこかで僕らを待ってる新しい仲間のところへ」
 
 いざ、旅立ち!
 
 絶望に別れを告げ、希望を胸にふたりは旅立った。
 この先、長い長い旅路と、想像を絶する苦難の数々が待っていることをふたりはまだ知らない。
 そして、世界を救うことができずに志なかばで倒れ、世界が滅亡してしまう結末が待っていることも知らない。
 だが、彼らの意思を受け継いだ人間たちは滅亡を終焉にはせずに立ち上がり、さらに数百年をかけて後にハルケギニアと呼ばれる基礎を築き、以降六千年間も続く繁栄を築き上げることになるのだ。
 この世で、何代にも渡ってようやく完成する偉業は数多いが、それも誰かが始めなくては結果が出ることはない。そう、始祖ブリミルという偉大な先駆者がいたからこそ、今のハルケギニアはあるのだ。
 
 この後、ブリミルとサーシャはリドリアスとともに各地を旅し、生き残りの人々を集めてキャラバンを作っていくことになる。
 そのうちにブリミルの魔法の腕も向上し、ヴァリヤーグの操る怪獣との戦いを経て、彼は名実ともに歴史上最高のメイジに成長する。これが、後年に伝わる虚無の系統の源流だ。
 そして数年後に、彼らは時を越えて未来からやってきた才人と出会うことになる。その後のことは、知ってのとおりだ。
 
 始祖の語られざる伝説。これがその全容である。
 ハルケギニアはかつて、異世界人であるマギ族が作った超文明だった。しかし驕り高ぶった彼らは自滅の道を歩み、文明はさらなる侵入者によって滅亡した。
 始祖ブリミルはマギ族の最後の生き残り。偶発的な事故によって、虚無の系統の力を得た彼は使い魔としてサーシャを召喚し、世界の復興を目指して歩み始めた。

743ウルトラ5番目の使い魔 58話 (15/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:21:22 ID:qB1md0Gc
 しかし運命は彼らに過酷な試練を課した。試されたのは真の愛と折れない心、それを勇気を持って示したときに奇跡は起きた。
 
 
 舞台は現代に戻り、現代のブリミルは、長い語りを終えてイリュージョンのビジョンを消して言った。
「以上が、僕とサーシャが体験してきたことの全てだ。わかってもらえたかな?」
 伝説の謎が明かされ、場にほっとした空気が流れた。
 まるで大作の映画を見終わったような感じだ。しかし、今見たのはすべてフィクションではない現実なのだ。
 ハルケギニアはああして作られ、六千年の時を越えて今につながっている。それを成し遂げたのは誰のおかげなのか、その場にいた者たちは自然とその最大の功労者の前にひざまづいて頭を垂れた。
「ミス・サーシャ、あなたが聖女だったのですね」
「は?」
「あれー?」
 いっせいにサーシャに礼を向ける一同に、サーシャはきょとんとした顔をするしかなかった。
 ブリミルはといえば、わけがわからないよというような顔をするばかりで、彼の隣にいるのは才人ひとりだけである。
「おっかしいなあ、どこでこうなっちゃったのかなあ?」
「そりゃしょうがないっすよブリミルさん。だって、おふたりのやってきたことってブリミルさんがヘマやらかしてサーシャさんがフォローするってパターンばっかりでしたもん」
 あー、なーるほどねー、とブリミルが乾いた笑いをするのを才人はひきつった笑みで見ているしかできなかった。
 あなたこそ本物の聖女、英雄です、と褒めちぎられているサーシャを蚊帳の外から見守るしかないダメ男二人。なんなのだろう、壮大な秘密が明らかになった後だというのにこの喪失感は。
 女子の会話からもれ聞こえてくる、「だから男なんてダメなのよ」「ねー」という言葉が耳に痛い。そのとおりすぎて反論もできない。
「だから話したくなかったんだよねー。いやさあ、僕だって頑張ってたんだよ。でもねえ、僕がよかれと思ってやることって、なんでか裏目に出ることが多くってさあ。後で思えば失敗だったと思うけど、そのときは大丈夫と思ってたんだよ」
「努力の方向オンチなんですね。まあおれも人のことは言えねえけど、だから今のブリミルさんは落ち着いてるんすね。でも、そうなるまでサーシャさんの苦労は相当なもんだったんでしょうね」
「認めたくないね、若さゆえの過ちというものはさ」
 すごく説得力のあるブリミルの言葉に、才人は返す言葉がなかった。

744ウルトラ5番目の使い魔 58話 (16/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:23:13 ID:qB1md0Gc
 なお、サーシャのガンダールヴのルーンはその後に再度刻むことにしたそうだが、その際も相当に難儀したらしい。
 とはいえ、ブリミルもハルケギニア誕生の重要な功労者であることは変わりない。一同が落ち着くと、ウェールズとアンリエッタが代表してブリミルに礼を述べた。
「始祖ブリミル、紆余曲折はありましたが、あなたがハルケギニアの始祖であるということは確かにわかりました。全ハルケギニアを代表して、お礼申し上げます」
「あー、うん。もうそのことはいいよ。今の僕が言われても実感わかないしさ。それより、何かまだ質問があるならなんなりとどうぞ」
 ややふてくされた様子のブリミルに、一同は苦笑した。とはいえ、別にブリミルに対して悪意があるわけではなく、むしろ逆である。ブリミルに対して余計な警戒心がなくなり、気を許せてきたということだ。
 しかし、ブリミルがこの時代にいられるのはあとわずかな時間しかない。急がないといけない。
 ブリミルたちに聞きたいことで、大きな問題はあとふたつ。そのうちひとつに対して、アンリエッタはサーシャに問いかけた。
「ウルトラマンは、人間に力を貸すことでこの世界にとどまっていたのですね。ウルトラマンコスモス、先の戦いでトリスタニアに現れたウルトラマンのひとりは六千年前にもハルケギニアにやってきて、ミス・サーシャ、あなたといっしょに戦っていたのですか」
「そういうこと、この時代はほかにもいろんなウルトラマンが来てるのね。びっくりしちゃった」
「逆に言えば、今のハルケギニアはそれほどの危機にさらされているということでもありますね。六千年前のヴァリヤーグというものも、なんと恐ろしい。もしも、ヴァリヤーグが今の時代にもまだ生きていたとしたら……ミス・サーシャ、今でもコスモスさんとはお話できるんですの?」
 アンリエッタは、ヴァリヤーグが今の時代にも現れたときのために、できればコスモスからも話を聞きたかった。だがサーシャは首を横に振って言った。
「そうしてあげたいけど、今のわたしの中にコスモスはいないわ」
「え? それはどういう?」
「この時代にやってくるときに、わたしがコスモスになるために必要なアイテムがどこかに行ってしまったの。最初はなくしたのかと思ったけど、落ち着いて確かめたらコスモスの存在自体がわたしの中から消えていたわ。たぶん、時を越えるときにコスモスはわたしたちの時代に置き去りにしてしまったんだと思うわ」
 なぜ? それを尋ねると、サーシャはティファニアに歩み寄って目を覗き込んだ。
「理屈は知らないけど、同じ時代に同一人物がいるのはダメってことでしょうね。久しぶりね、コスモス」
「えっ、えええっ!?」
 ティファニアだけでなく、その場の人間たちの半数が驚いた。
 コスモスが、ティファニアに? すると、ティファニアはおずおずと懐からコスモプラックを取り出してみせた。
 それは過去でサーシャが持っていたものと同じ。一同が驚く中で、サーシャはティファニアのコスモプラックに触れると、独り言のようにつぶやいた。

745ウルトラ5番目の使い魔 58話 (17/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:24:26 ID:qB1md0Gc
「そう、久しぶりね。わたしにとっては一瞬だけど、あなたには六千年なのね。そう、わたしたちの後からそんなふうになったのね」
 皆が唖然と見守る前で、サーシャはそうつぶやいてから振り向いて言った。
「みんな、安心して。少なくともこの時代で、ヴァリヤーグが襲ってくる心配はないわ」
 えっ? と、皆の驚く顔が連なる。ブリミルや才人も同様だ。
 それはいったいどういう意味なのか? ティファニアがウルトラマンコスモスだったのも含めて、皆の理解が追いつかないでいるところに、サーシャはブリミルを呼びながら言った。
「驚かないでいいわよ。わたしの時代でコスモスに選ばれたのがわたしだったように、この時代でコスモスに選ばれたのが彼女だったというだけ。ブリミル、この子にイリュージョンを教えてあげて、ヴァリヤーグ……この時代ではカオスヘッダーと呼ばれているんだっけ、それが最後にどうなったのかをコスモスが見せてくれるわ」
 百聞は一見にしかずと、サーシャはブリミルをうながした。ブリミルはあっけにとられた様子ながらも、ともあれティファニアにイリュージョンの呪文とコツを教えた。
 虚無の担い手は、必要なときに必要な魔法が使えるようになる。ブリミルから呪文を授けられたティファニアは、初めて唱える呪文なのにも関わらずに口から歌うようにスペルが流れ、そして杖を振り下ろすと、ティファニアの中にいるコスモスの記憶がイリュージョンとなって新たに映し出された。
 
 それは、ブリミルたちの歴史にも劣らない、壮大な物語であった。
 青く輝く美しい惑星、地球。それは才人の来た地球とは別の、この宇宙にある地球での出来事だった。
 この地球は、才人たちの地球とは似ていながらも違う文化を育み、怪獣たちとも良い形で共存を始めていたが、そこへかつてのハルケギニアと同じように光のウィルスが襲い掛かった。
 光のウィルスは、この地球ではカオスヘッダーと名づけられ、かつてのハルケギニアと同じように怪獣に憑依して暴れさせ始めた。
 リドリアスの同族がカオスリドリアスに変えられ、暴れ始める。しかしそのとき、リドリアスを止めようと、ひとりで必死に呼びかける青年がいた。
「帰ろう、リドリアス」
 その勇気に、見守る人たちは感嘆し、リドリアスも一度はおとなしくなりかけた。
 しかし、不幸な事故によってリドリアスが再び暴れ始め、彼自身も窮地に陥ったときだった。青年の勇気に答えて、コスモスは彼の元へと降り立った。

746ウルトラ5番目の使い魔 58話 (18/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:26:07 ID:qB1md0Gc
「僕はあきらめちゃいない! 僕は本当に、本当に勇者になりたいんだ、ウルトラマンコスモス!」
 コスモスは彼と一体化してリドリアスを救い、この地球でのカオスヘッダーとの戦いが始まった。
 カオスヘッダーに侵された怪獣や、不幸によって人に害をなしかける怪獣を保護し、侵略者を撃退する。それらの日々は厳しいながらも、コスモスにとってもやりがいがあり、かつ学ぶことの多い経験となった。
 しかし、カオスヘッダーはかつてのハルケギニアと違ってはるかに人間が多く複雑な環境であるからか、次第に進化を始めていったのだ。
 コスモスの能力に対抗して怪獣から分離されないように抵抗力を付け始め、さらに人間たちにも興味を持ち始めたカオスヘッダーは人間を分析して、その感情の力を使ってついに怪獣に憑依することなく自ら実体を持った。
「実体カオスヘッダー……」
 黒い魔人、実体カオスヘッダー。その名はカオスヘッダー・イブリース、コスモスと互角に戦えるようになったカオスヘッダーの力はすさまじく、コスモスは大きく苦しめられた。
 イブリースをかろうじて倒すも、進化を覚えたカオスヘッダーはさらなる力と狡猾なる頭脳を身に付けて再度襲ってきた。
 毒ガス怪獣エリガルを囮にして、コスモスのエネルギーを消耗させたカオスヘッダーはさらに凶悪さを増した姿となって現れた。
 実体カオスヘッダー第二の姿、カオスヘッダー・メビュート。コスモスのコロナモード以上の力を持つメビュートの猛攻によって、コスモスはついに敗れ去ってしまった。
 しかし、コスモスと心を通わせていた青年と、人間たちはあきらめなかった。その心が力となって、コスモスは新たな姿を得て蘇り、メビュートを撃破した。
 だがそれでもカオスヘッダーの侵略は止むところを知らず、今度はコスモスの姿をコピーした暗黒のウルトラマン、カオスウルトラマンの姿に変わり、さらにその強化体であるカオスウルトラマンカラミティにいたっては完全にコスモスの力を上回っていた。
 何度倒しても再び現れるカオスウルトラマン。人間たちも、カオスヘッダーに対抗するために方法を模索していたが、カオスヘッダーは対抗策が打たれる度にそれに耐性を持ってしまう。
 カオスヘッダーにこれ以上の進化を許せば勝ち目はない。人間たちにも焦りの色が濃くなり、それに加え、長引く戦いでコスモスにも疲労とダメージが積み重なってきた。もはやコスモスが地球にとどまって戦えるのもわずか、誰もがカオスヘッダーとの決戦に全力をかけようと必死になる中で……彼だけは違っていた。
「戦わなくてすむ方法、それが何かないのかな」
 戦うことで皆が団結する中で、ひとりだけ戦わなくてすむ道を模索している青年の存在は異質であった。
 だが青年は完全平和主義者や無抵抗主義者ではない。悪意を持ってくる相手には断固として戦う意思の強さを持っている。しかし、誰もが戦うことだけを考えて、本来の目標や使命を忘れてしまいそうになってしまうことを彼は心配していた。
 自分たちは、コスモスは、戦うために存在するのではないはずだ。そんなとき、カオスヘッダーの通ってきたワームホールを通して、ようやくカオスヘッダーの正体をつきとめることができた。

747ウルトラ5番目の使い魔 58話 (19/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:27:07 ID:qB1md0Gc
 カオスヘッダー……それははるかな昔にどこかの惑星で、混沌に満ちた社会を統一して秩序をもたらすために作られた人工生命体だったのだ。
 つまりは、カオスヘッダーが怪獣にとりついて暴れさせるのも、社会を一個の意思に統一された組織にするための過程にすぎず、カオスヘッダー自身には侵略の意思などといった悪意はまったくない。極論すれば全自動のおそうじロボットが暴走して、部屋をゴミも家具もいっしょくたにしてまっさらに片付けようとしてたようなものだったのだ。
 かつてのハルケギニアや、この地球でおこなっていることもカオスヘッダーにとっては最初に創造主によって与えられたプログラムを遂行しているのみの行動だった。つまり、カオスヘッダーもかつてのハルケギニアでマギ族が作り出した人工生命同様に、創造主に理不尽な運命を背負わされて生み出された被害者でもあった。
 ただ、かつてと違うのはカオスヘッダーは地球人と戦いながら観察するうちに、地球人やコスモスに対して憎悪の感情を持つようになってきた。カオスヘッダーに、自我が生まれてきたということだ。
 コスモスに対しての憎しみを露にして襲い掛かってくるカオスウルトラマンカラミティを、コスモスは月面に誘い出して最終決戦に臨んだ。しかし、コスモスの必死の攻撃で倒したと思ったのもつかの間、カオスヘッダーすべてが融合した最終形態、カオスダークネスが誕生して、コスモスはとうとう力尽きてしまう。
 
 そして、それからの結末は、まさに涙なくしては見られないものであった。
 憎悪に染まったカオスダークネスへの懸命の呼びかけと、青年とコスモスの起こした奇跡。生まれ変わったカオスヘッダーの新しい姿、カオスヘッダー・ゼロの輝き。
 すべてが終わり、コスモスとカオスヘッダーが地球を去っていく。結末の有様はまさに筆舌に尽くしがたく、長い物語を見終わったとき、多くの者が感動で目じりを熱くしていた。
 
「これが、まさに真の勇者の姿なのですね」
 アンリエッタがハンカチで涙を拭きながらつぶやいた。地球での出来事はハルケギニアの人間たちには理解できないところも多かったが、すでにマギ族の一件を見ることで科学文明に対する予備知識がある程度あったことと、才人が地球の文化を解説して、ティファニアがコスモスの言葉を通訳するのををがんばったおかげでおおむねの事柄はみんなに伝わっていた。
 宇宙のあちこちで破壊と混沌を撒き散らし、かつてのマギ族の文明を滅ぼしたヴァリヤーグことカオスヘッダーは、地球の人間たちとの交流を経て、今では遊星ジュランという星の守護神となっているという。かつての悪魔が今では天使に、そのことに対して、一番感銘を受けていたのは誰でもなくブリミルとサーシャだった。
「そうか、僕らの時代にヴァリヤーグ……カオスヘッダーがやってきたのは、まさにマギ族がこの星をカオスにしていたからだったんだな。結局は僕らの自業自得か、でもやっぱり愛が大事なんだな、愛が」
「ううっ……リドリアスはどこでも健気なのね。帰ったら、うちの子もうんとかわいがってあげなきゃ」
 幾千年に及んだ物語の意外な、しかし感動的な結末は、カオスヘッダーと戦い続けてきたふたりの心も熱く溶かしていた。

748ウルトラ5番目の使い魔 58話 (20/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:28:07 ID:qB1md0Gc
 才人やルイズもじんと感じ入っている。ティファニアは杖を握りながら涙を滝のように流している。さすがにタバサやカリーヌたちは気丈に立っているが、心に思うところはあったようで視線は動かしていなかった。
 ただ、エレオノールやルクシャナは少し考え込んでいて、皆の様子が落ち着くと、それを確かめるように切り出した。
「ねえ、ちょっと疑問なんだけど。未来でのこのことを知った始祖ブリミルが過去に戻ったら、歴史が変わっちゃうんじゃないかしら?」
 皆がはっとした。確かに、未来でのこの顛末を知っているなら、ブリミルたちにはやりようがいくらでもある。しかしブリミルは少し考えると、それを否定するように言った。
「いや、たぶんだけど大きな影響はないんじゃないかな」
「なぜ? 根拠を示してくださいませんこと?」
「カオスヘッダーが浄化できたのは、地球という星でそれなりの条件が揃ったからだよ。残念ながら、僕の時代では無理だね。人が少なすぎて、カオスヘッダーは僕らを観察対象にすら見ないだろう。と、いうよりも……僕らの時代はすでにカオスヘッダーの目的の、なあんにもないがゆえに秩序が保たれてる世界に近い。もう間もなくしたら、カオスヘッダーは勝手に僕らの世界から去っていくだろうね」
 ブリミルの自嘲げなつぶやきに、ふたりの学者も返す言葉がなかった。ブリミルの時代の世界人口はすでに一万人以下に落ち込んでしまっている。文明を維持できる範囲ではなく、カオスヘッダーからすればコスモスも含めて誤差の範囲となり、目的を達成したと判断したカオスヘッダーは次の惑星を求めてこの星から去っていく。そしてわずかに残った人間たちによって、数千年をかけての復興が始まるのだ。
「けれど、未来で起こることに対して、いろいろ書き残したりすることはできるんじゃないの?」
「もちろんそのつもりだよ。聞いたけど、実際この時代にも祈祷書とかなんとかの形でけっこう残ってるようだね。特に、あの首飾りは役に立ったようだね。それと、ミーニンもこっちで元気にやってるようでよかった」
「なら、過去に戻ってさらなる始祖の秘宝を残すことも」
「できるけどね、それならすでにこの時代に影響があってもいいはずだろ? でも、特になにもない。なら、それを前提にして過去で行動したら?」
「え? え?」
 頭がこんがらがる面々、これがタイムパラドックスだ。原因と結果のつじつまが合わなくなり、わけがわからなくなってしまう。時間旅行はこれがあるから難しい、何をすれば何が起こるかが読めないのだ。
 しかし、理論はめちゃくちゃになっても、この世界では実際にタイムワープができてしまう。それについては、ブリミルは投げやりに言うしかなかった。
「つまり、やってみないとわからないってことさ。心配するだけ無駄だよ、いくら考えても頭がバターになるだけさ」
 思考放棄だが、実際それしかないようだった。エレオノールやルクシャナは、学者として考えることをやめるのには抵抗があったものの、論理的に組み立てようのない問題相手に沈黙するしかなかった。
 歴史が変わるか変わらないか、それこそやってみないとわからない。そして仮に変わったとして、それを認識できるかもわからない。そういうものだと割り切るしかないのだ。

749ウルトラ5番目の使い魔 58話 (21/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:31:52 ID:qB1md0Gc
 そして、ティファニアに今のコスモスが一体化しているということについても尋ねることはあったが、それはサーシャに止められた。
「だめよ、コスモスだって難しい立場なの。彼は今度こそ、この星を守り抜こうともう一度はるばる来てくれたの。でもわたしたちが騒ぎ立てたら、彼も動きにくくなってしまうわ。コスモスがここにいるのは、ここにいる人だけの秘密よ。いいわね」
「は、はい。でも、コスモスさんがそうだったように、もしかしたら他のウルトラマンの方々も、もしかしていつもは?」
「おっと、それを詮索するのも禁止よ。コスモスもだけど、ウルトラマンは訪れる星の人たちに余計な気を遣ってはほしくないんだって。それに、ウルトラマンのみんなを、不自由な立場にしたくないならね」
 アンリエッタは、うっとつぶやくと押し黙った。確かに、世間にウルトラマンが普段は人間の姿をしていることが知れたら普通に外を出歩くことも難しくなってしまうだろう。それだけならまだしも、ウルトラマンの正体が公になっていたら、その気のない侵略者からもマークされてしまうだろう。
 才人は思う。自分やルイズなら、まだ身を守ることはできるだろうが、ティファニアくらいか弱かったら宇宙人に狙われたらひとたまりもない。
 それから、歴史を変えるということに関しては、才人はサーシャに聞いておきたいことがあった。
「サーシャさん、あっちに戻ったら、あっちの時代のコスモスに未来のカオスヘッダーのこととかを話すんですか?」
「いいえ、そのつもりはないわ。彼も聞くことを望まないでしょうし、未来が変わるか変わらないか、わたしたちはわたしたちにできることをやっていくだけよ、変わらずにね」
「サーシャさん……」
 やっぱり、この人は強いなと才人は思った。自分のやるべきことを見据えて迷いがない。
 このふたりが過去で頑張ってくれたからこそ、今の自分たちがある。それを自分たちの時代で無駄にしてはいけない。
 そして、始祖ブリミルの残した最後にして最大の謎。それをルイズはブリミルに問いかけた。
「始祖ブリミル、教えてください。あなたは始祖の祈祷書を通じても、念入りに聖地のことを言い残されました。聖地が大変な状態になっているのはわかりました。それで結局、あなたは聖地をどうなさりたかったんですか?」
 聖地は海に沈んだ。しかし、その聖地を具体的にどうしてほしいのかに関する伝承がこれまでにはない。いや、始祖の祈祷書の最後になら記述されていたかもしれないが、祈祷書はエルフへの保障の証としてネフテスに預けられたままになっている。
 ブリミルはその質問を受けて、難しそうに答え始めた。
「六千年も先まで迷惑をかけていることを本当に申し訳なく思うよ。できれば僕が生きているうちになんとかしたかったんだけど、無理だったらしいね」
 ため息をつくと、ブリミルは再び杖を振ってイリュージョンの魔法を唱えた。
「僕らは、あの後しばらくしてからもう一度聖地の様子を見に行ったんだ。だけど、聖地のあった場所での時空嵐はまだ収まらず、亜空間ゲートは海底に沈んだままで、コスモスの力でも近づくことはできなかったんだ」
 リドリアスに乗って都市の跡に近づくも、嵐にはばまれてはるか手前で引き返さざるを得なくなるブリミルたちの悔しげな表情が映っていた。

750ウルトラ5番目の使い魔 58話 (22/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:35:33 ID:qB1md0Gc
「時空嵐が収まるまで数百年はゆうにかかってしまうだろう。だが僕は、近づかなくても世界扉の魔法がまだ聖地で動き続けてることを感じた。このまま次元の特異点となっている場所をほうっておいたら、なにが起こるかわからない。けれど聖地にたどり着ける様になる頃には、僕もとても生きてはいられない。だから、僕は子孫たちに託そうと思ったんだ。聖地を刺激することなく管理してほしい。そしてできるなら……」
 ブリミルの言葉に、ルイズは合点したように毅然と答えた。
「わかりました。わたしたち虚無の担い手の誰かが聖地にたどり着けたら、そこで魔法解除の虚無魔法『ディスペル』を使ってほしい。そういうことですね?」
「そう、ディスペルは僕が使ったのを君も見てたね。世界扉をディスペルで解除すれば、聖地のゲートは少なくとも小規模化して安定してくれるだろう。ほんとはこの時代にまで来た以上、僕がやるのが筋なんだろうけれど……」
 しかしルイズは首を横に振った。
「いいえ、この時代のことはこの時代の人間でカタをつけるべきだと思います。そうですわよね、姫様、みんな」
「もちろんですわ。もしも聖地がなかったとしても、ヤプールは別のところを狙っただけでしょう。なにより、自分の身にかかる火の粉を自分で払えないようでは、わたくしたちは子孫に自分たちの歴史を誇れません。苦労は、わたくしたちの世代で解決いたしましょう、皆さん」
 アンリエッタが振り向くと、他の皆もそうだというふうにうなづいている。
 ブリミルは、子孫たちのそうした力強さに、黙って静かに頭を下げた。
 時空の特異点と化している聖地。それを鎮めることが、おそらくは虚無の担い手の最終目標になるのだろう。聖地のゲートの規模が縮小すれば、ハルケギニアに異世界から様々な異物が飛び込んでくることも少なくなる。
 虚無の担い手としての使命を肩に感じて、ルイズは手のひらににじんだ汗を握り締めた。
「わたしはきっと、これをするために生まれてきたんだわ」
 これまで、虚無の担い手であることはルイズにとって、形の無い誇りであり重荷でもあった。しかし、虚無の担い手である自分だからこそできる、一生をかけてもしなければいけない仕事ができた。聖地を鎮めること、ハルケギニアのためにこれほど誇りを持って挑める仕事はほかにないではないか。
 しかし、それはルイズがこれから起こる聖地争奪戦の渦中から逃れようもなくなるということを意味してもいる。アンリエッタやキュルケは口には出さないものの、張り切るルイズの様子を心配そうに見つめ、カリーヌは無表情の底から何かを娘に投げかけていた。
 ルイズはよく言えば責任感が強く、悪く言えば思い込みがすぎる。それを察して、軽口でルイズの肩を叩いたのはやはり才人だった。
「気負うなよルイズ、人生は長ーいんだ。明日や明後日に聖地に行けるわけじゃないだろ、てか聖地を取り戻したらディスペルひとつでパーッと終わるんだから、難しく考えるなよ」
「あんたは……せっかく人が世紀の偉業に燃えてたところによくも水を差してくれるわね。わたしがハルケギニアの歴史に名を残す偉大なメイジになれなくてもいいの?」

751ウルトラ5番目の使い魔 58話 (23/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:36:56 ID:qB1md0Gc
「英雄になりたがる奴にろくなのはいねーよ。ブリミルさんだって、なりたくって始祖なんて呼ばれるようになったんじゃないだろ。だいたい、英雄ルイズの銅像がハルケギニア中に立つ光景なんて想像したくねえ」
 才人のその言葉に、皆は「かっこいいポーズで立つルイズの銅像」が世界中に聳え立つシーンを想像した。ひきつった笑みをこぼす者、ププッと笑いをこらえられなくなる者など様々だが、誰もが一様にそのシュールな光景に腹筋を痛めつけられており、ルイズは急に恥ずかしくなってしまった。なお余談ではあるが、皆の想像の中の英雄ルイズの像の横には忠犬サイトの像が並んでいた。
「はぁ、もういいわよ。考えてみたら、教皇がいなくなってこの時代の担い手は減っちゃったし、秘宝とかなんとかいろいろあったわね。なんか一気にめんどくさくなってきちゃったわ」
 気が抜けた様子のルイズに、今度は皆から安堵した笑いが流れる。そう、それでいい、才人の言うとおり、人生は長い、まだ燃え尽きるには早すぎる。
 ブリミルとサーシャも、子孫たちの愉快な様子に笑っていた。こうしてつまらないことで笑い合える、それができる未来があるというだけで、自分たちのやってきたことは無駄ではなかった。それがわかっただけで十分だ。
 
 と、そのとき壁にかけられていた時計が鐘を鳴らして時報を告げた。どうやら、かなり長い間話し続けてしまっていたらしい。
 ブリミルとサーシャが帰らねばならない時間が近づいている。さて、残りの時間をどう使うべきだろうか? 重要なことはほぼ聞いた、あと何か聞き逃していることはないだろうか?
 時間は少ない。しかし、おしゃべり好きなアンリエッタやキュルケなどは、少しでも話す時間があるならサーシャからブリミルとの間にどんなロマンスがあったのかを聞き出そうとし、いいかげんにしろとカリーヌやアニエスから止められている。
 平和な時間、それもあとわずかしかない。そんな中で、ルイズは疲れた様子のブリミルに恐縮しながら礼を述べた。
「始祖ブリミル、どうも騒がしいところですみません。ですがあなたの子孫として、もう一言だけお伝えしておきたいのですが、よろしいですか」
「もちろん、君たちの言葉に閉ざす耳は僕にはないよ」
「では、始祖ブリミル……このハルケギニアを、わたしたち子孫をこの世に残してくれて、ありがとうございます。わたくしたちの遠い遠い、素敵なおじいさま」
 優雅な仕草で会釈したルイズに、ブリミルは照れながらも頭を下げ返した。
「こちらこそ、もうないものと思っていた未来を見せてくれてありがとう。君たちなら、僕らと同じ間違いはせずに、いつかマギ族も追い抜いていける。いつでも応援してるよ、僕らの可愛い遠い遠い孫の孫の孫たち」
 にこりと笑いあう先祖と子孫。年の差実に六千才のふたりは、今では同じものを見つめていた。

752ウルトラ5番目の使い魔 58話 (24/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:38:21 ID:qB1md0Gc
 自分の存在を探し求めていた少女、過ちからスタートした聖者。ともに愛を知って生まれ変わり、多くのものを見知って救い主となった。誇れる先祖、誇れる子孫、それを確認した彼らの胸中にあるのは、互いに相手に負けないように頑張っていこうという新しい意思だ。
 
 語り合う先祖と子孫。つかの間だが、平和な時間を彼らは楽しんだ。
 しかし、現代にほんとうの平和が訪れるための道のりはまだ長い。
 教皇が倒れ、ハルケギニアに残った災厄の根源はあとひとつ。ガリアにジョゼフがいる限り、平穏と安定は訪れず、必ず平和を乱そうとしてくることだろう。
 タバサは、和気藹々とする面々の中で、目前にまで迫っているジョゼフとの決着に胸を締め付けられていた。
 あのジョゼフのことだ、いくら状況が悪くなろうとも降参してくることなど絶対にない。いや、状況に関わらずに、常に最悪の一手を打ってくるのがあの男だ。それでも、臆することはできない。
「お父さまの仇……今度こそ、あなたを倒す」
 小さくタバサはつぶやいた。チャンスは間違いなく次が最後、長引かせたり引き伸ばせば、聖地を奪ったヤプールが本格的に動き出す。そうなればもはやジョゼフ討伐どころではなくなる。
 自分が異世界にいるとき、キュルケやシルフィードやジルまでもが自分をハルケギニアに連れ戻そうと頑張ってくれていたことを聞いたときには心から感謝した。だが、敵討ちは自分で自分に課した人生の責務、譲るわけにはいかない。
 どんな結果が待っているにせよ、決着は必ずつける。皆が奇跡を積み重ねてまで得た平和への道のりを、自分たちガリア王族のせいで台無しにすることはできないと、タバサは強く決意した。
 
 だが、確実に迫るタバサとジョゼフの戦い……それが、タバサどころかジョゼフの想像さえ超えた恐ろしいゲームとなってやってくることを、まだ誰も知らない。
 ひとつの編が終わり、幕が下りる。だが、物語はまだ終わらず、すぐに次の編に移って再び幕が上がる。
 
 それでも、今は休んで語り合おう。先祖と子孫、決して交わることがないはずの者たちの宴は、笑い声に満ちて今しばらく続く。
 
 
 続く

753ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:40:14 ID:qB1md0Gc
今回はここまでです。すみません、また一月もかけてしまいました。
ですがついにブリミルの過去話も終わって、これでロマリア編は完全終了しました。
そのぶんボリュームは大きいですので楽しんでいただけると幸いです。
では、次回からジョゼフとの最終決戦編です。

754名無しさん:2017/05/16(火) 16:27:12 ID:jp0iYTaY
乙です
最近某所でもゼロ魔SS増えてうれしい

755ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/05/28(日) 23:26:44 ID:FZla3xbk
お久しぶりです、焼き鮭です。久々の続きを投下します。
開始は23:30からで。

756ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/05/28(日) 23:30:40 ID:FZla3xbk
ウルトラマンゼロの使い魔
第百四十二話「五冊目『ウルトラCLIMAX』(その3)」
機械獣サテライトバーサーク
地底文明デロス
装甲怪獣レッドキング
古代怪獣ゴモラ
機械獣ギガバーサーク 登場

 『古き本』も残すところ後二冊というところまで来た。五冊目の物語は、ウルトラマンマックスが
守った地球で起きた人類存亡の危機の大事件。地底人デロスが地上の全世界に向けて脅迫を行って
きたのだ。カイトとミズキはデロスとの交渉のために地底の世界へと突入を果たしたが、怪獣に撃ち
落とされてしまってミズキが重篤の状態に陥ってしまう。更には、デロス側も人類の環境破壊による
滅亡の危機に瀕しての行いだったことが判明し、交渉も行き詰まってしまった。地上人は自分たちの
行いの代償を支払う他はないのだろうか? 果たしてこの物語の行方はどこへ向かうのであろうか。

『何てこった……!』
 今もなお牙を剥いてくるレッドキングとゴモラをあしらいながら、ゼロはミズキの生命反応が
途絶えたことに絶句した。彼の中の才人も、激しい無力感に苛まれてグッと歯を食いしばる。
『何か……何か出来ることはなかったのか……!? 本当に……!』
 二人は後悔を覚えていたが、カイトは違った。
「ミズキが死ぬ運命なんて……俺は認めない……!」
 慟哭していた彼であったが、己に言い聞かせるようにつぶやくと、腕の中のミズキをそっと
地面に横たえ、顎を上に向かせる。そしてファスナーを下げて上着を開くと、人工呼吸と心臓
マッサージを開始した。
 カイトはミズキの鼓動が停止してもあきらめず、蘇生させようとし始めたのだ。
「ミズキ……帰ってこい……! 一緒に生きるんだ……!」
 脇目もふらない懸命な蘇生活動を行うカイト。才人とゼロは彼のひたむきな姿勢に強く
胸を打たれていた。
『カイトさん、決してあきらめることなくミズキさんを助けようと……!』
『こっちも、あいつの頑張りを絶対に無駄にはさせねぇぜ!』
 二人はカイトの姿に勇気づけられ、奮起してレッドキングたちを取り押さえる腕の力を増す。
何としてもカイトとミズキを守り抜く心構えだ。
「ピッギャ――ゴオオオウ……!」
「ギャオオオオオオオオ……!」
 しかしどうしたことだろうか。力を増したゼロと対照的に、レッドキングとゴモラは急に勢いが
衰えて大人しくなり始めたのだ。すごすごと後ずさるその様子に、ゼロはむしろ疑問を抱く。
『……? どうしたってんだ……?』
 カイトは必死にミズキの救命活動を続けているので、そのことには気づいていない。
「ミズキ……! 生きるんだ……! ミズキ生きるんだッ!」
 ……カイトのその想いが天に通じたのか……ミズキの唇がかすかに動いた。
「……あッ……!」
 ミズキが声を発した――息をしたという事実に、カイトとゼロたちは目を見張る。
「ミズキ……!」
「……カイト……」
 間違いではない。ミズキは……はっきりとカイトの名を唱えた。
「ミズキ……!!」
 一気に喜びに打ち震えたカイトは、ミズキを抱き起こして固く抱擁した。
 ミズキは命を取り戻したのだ!
『やった……! 生き返った!』
『ああ……! 大したもんだぜ……』
 才人もゼロも、束の間状況も忘れて二人の様子に見入っていた。
 しかしいつの間にか、カイトとミズキの周囲を無数のオートマトンが取り囲んでいた!

757ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/05/28(日) 23:33:59 ID:FZla3xbk
『あッ!?』
『あいつら何を……!』
 思わず身を乗り出すゼロ。だがオートマトンはカイトたちに危害を加えるような真似はせず、
じっと二人を注視しているようであった。
「地上の人間たちのせいで、君たちが苦しんでるのは分かった……! 俺たちに時間をくれ!」
 カイトが改めて懇願すると、真正面のオートマトンの中央の顔が引っ込み、現れた空洞から
露出するコアから光が発せられる。
 その光が、白いローブで姿を覆い隠したような人間のビジョンを浮かび上がらせた。
『あれは……!』
『あれがデロスの姿ってところか……』
 デロスと思しき人間のビジョンは、カイトにこう呼びかけた。
『カイト。あなたがその人を助ける姿を見て、デロスは後悔しています。地上の人類は、
命を大切にするということを認識しました』
 デロスからの告白に、カイトたち一同は驚きを覚えた。内容的には喜ばしい報せではあったが、
すぐにだから事が解決に向かうという訳ではないことを知る。
『しかし、デロスは既にバーサークシステムを起動させてしまいました。バーサークシステムは、
デロスを守るためには、あらゆる障害を排除します。我々には、バーサークを止められないのです。
ウルトラマンもまた、バーサークの攻撃対象になっています』
 デロスの語る内容に、才人が思わず毒づく。
『自分たちで止められないの作るなよ……!』
『そんなこと言っても始まらないぜ、才人』
 デロスは続けて語る。
『ウルトラマンの能力は、バーサークによって解析されています。バーサークはマックスを、
青いウルトラマンも、確率100%で倒します』
 それが先日現れたスカウトバーサークの真の目的だったのだ。ゼロの能力もまた、地上での
レギーラとヘイレン、この地底でのレッドキングとゴモラの戦いで既に解析を行われていた。
その結果からバーサークシステムが導き出した、『ウルトラマンを100%倒す』手段とは何か……。
 しかしカイトはその言葉に怯えたりはしなかった。
「その予測も……外れになるさッ!」
 カイトはおもむろにウルトラマンマックスに変身するアイテム、マックススパークを引き抜き――
それがまばゆく輝いた! 障害が解決され、マックスがカイトとともに戦う決意を抱いたことを示す
閃きであった。
「カイト……」
「戻ろう……俺たちの世界に」
 マックススパークを握り締めるカイトに、ミズキは微笑みを向けた。
「あたし……知ってた気がする。カイトがマックスだってこと……!」
 カイトもまた微笑み、マックススパークを己の左腕に装着した。
 そうすることで、カイトの肉体はウルトラマンマックスのものへと変化を遂げた!
「シュワッ!」
 ミズキを抱きかかえるマックスは、ゼロの方へ顔を上げた。ゼロはうなずき返してマックスへ告げる。
『先に行ってるぜ、ウルトラマンマックス! ともに未来を掴み取ろうぜ!』
 ルナミラクルゼロにチェンジすると、テレポートでひと足早く地上へと移動していった。
マックスはミズキを抱えたまま高く飛び上がり、大空洞の天井を突き抜けてそのまま地上を
目指していく。
「ギャオオオオオオオオ……」
「ピッギャ――ゴオオオウ」
 マックスの去っていく姿をデロスと、ゴモラとレッドキングが見守るように見上げていた。

 地底の世界から地上の日の下へと戻ってきたゼロだったが、彼を待ち受けていたのは想像を
はるかに超えるような敵だった!

758ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/05/28(日) 23:38:25 ID:FZla3xbk
『な、何じゃこりゃあッ!?』
 一体いつから現れていたのか、街のど真ん中に恐ろしく巨大な鋼鉄の塊のようなロボット怪獣が
そびえ立っているのだ。その全長、何と990メートル! 重量は9900万トンにもなる! 比較すると、
巨人のはずのウルトラマンゼロが指人形に見えてくる! 最早ロボットというより機動要塞だ!
 これは機械獣ギガバーサーク。バーサークシステムが作り出した対ウルトラマン用の最終最強の
戦闘兵器なのだ!
『圧倒的な質量で押し潰すってのが出した答えって訳か……。単純だが却って効果的なのかもな……!』
 ただ立っているだけでも肌にひしひしと感じるほどの威圧感を放っているギガバーサークを
前にするゼロだが、だからと背を向けるようなことをするはずがないのだ。
『面白れぇ! やってやるぜッ!』
 それだけでゼロの何十倍もある機首から、途方もない直径の光弾が発射され始めた。ゼロは
それに一切の恐れもなく駆けていく!
『はぁッ!』
 光弾の間を上手く抜けながら空に飛び上がるゼロ。相手が大きすぎるので、地上戦では
著しく不利との判断だ。
『ミラクルゼロスラッガー!』
 しかし空中戦で優位になれるという訳でもなかった。六枚のスラッガーを縦横無尽に駆け巡らせて
ギガバーサークを何度も斬りつけるのだが、常識外の巨体のためほんのかすり傷にしかなっていないのだ。
『くッ、これじゃアリんこが象に挑んでるみてぇだ……うおッ!?』
 ギガバーサークの周囲を飛び回るゼロへ、ギガバーサーク後部の刃が振り下ろされる。
その刃もゼロを両断するどころか粉微塵にしてしまうほどのサイズなので、ゼロはたまらず
回避した。
『危ねぇ……ぐあぁッ!!』
 だが刃はかわせてもすぐに迫ってきたギガバーサーク本体からは逃げられず、ゼロは地表に
叩き落とされてしまった。あまりの質量差のため、ギガバーサークが少し身動きしただけで
ゼロには大ダメージになるのだ。
『ぐッ……くぅッ……! 確率100%とか豪語するだけのことはあるじゃねぇか……!』
 どうにか身を起こすゼロだが、今の一撃で通常形態に戻っていた。カラータイマーも既に
赤く点滅している。先ほどの戦闘より休憩なしで継戦しているので、元からエネルギーの
残量がわずかなのだ。このままでは極めて厳しい。
「シュアッ!」
 そこにゼロに後れて地上へ戻ってきたマックスが駆けつけてきた。……が、マックスも
変身してから地上まで掘り進んで帰ってくるのにエネルギーを消費しているため、カラー
タイマーが点滅している。残り時間は一分がいいところであろう。
 それなのに、二人のウルトラマンでもギガバーサーク相手では正直焼け石に水だ!
「ジュアッ!」
 ひるむことなくマクシウムソードを飛ばしてギガバーサークに立ち向かっていくマックスだが、
彼もやはり全く有効打を与えられていない。しかもギガバーサークの表面から伸びてきた鎖が四肢に
巻きつき、拘束されて磔にされてしまった!
「グアァッ!!」
『マックスッ!!』
 磔にされたマックスを電流が襲って苦しめる。助けようと走り出すゼロだが、ギガバーサークの
光弾の雨の前に近づくことすら出来ない。
『くそぉ……!』
 一方で空の彼方より、コバとショーンの駆るダッシュバード1号と2号が飛来してきた。
マックスを救うために、アタックモードになってギガバーサークに攻撃を仕掛ける。
「ウィングブレードアタック! うおおおおお―――――ッ!」
「オオオオオ―――――ッ!」
 二機のウィングブレードでマックスを縛り上げる鎖を斬りつけるが、切断することは叶わなかった。
そうしている間にもマックスはどんどんとエネルギーを失っていく。このままではマックスの命が危ない!

759ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/05/28(日) 23:41:52 ID:FZla3xbk
 その時、ゼロが最後の賭けに出た!
『マックス! カイト! お前たちの未来を望む気持ちが本物なら……この光を扱えるはずだッ!』
 ウルティメイトブレスレットを自分の腕から外し、マックス目掛け投げ飛ばしたのだ!
『受け取れぇーッ!!』
 ブレスレットはウルティメイトイージスに変わり――光となってマックスとぶつかった!
「シュワッ!?」
『こ、これは……!? うわぁッ!』
 ウルティメイトイージスの秘めるエネルギーは絶大であり、制御できるのはこれまでゼロ以外に
いなかった。マックスとカイトもまた、イージスのエネルギーを抑え切れずに苦しむことになる。
 そんな二人にゼロが檄を飛ばす。
『それは未来への希望の想いが形となった光だ! お前たちの希望が決して消えねぇ本物なら……
必ず応じてくれる! その手で、未来を掴めぇぇぇぇ―――――ッ!!』
 ゼロの呼び声に応じるように、カイトは叫んだ!
『俺は……あきらめないッ! 俺だって……俺だって……マックスなんだぁぁぁ――――――――ッ!!』
 この時! イージスの光が鎖を砕き、マックスが解き放たれた!
「ジュワァッ!」
 空高く飛び上がったマックスの身体は、ウルティメイトイージスの鎧で覆われていた。
―-マックスはゼロから託されたイージスの力により、ウルティメイトマックスになったのだ!
『やったぜ!!』
 ぐっと手を握り締めるゼロ。これからウルティメイトマックスの反撃が行われる!
「シュッ!」
 マックス目掛けギガバーサークが光弾を乱射するが、マックスはウルティメイトマックスソードで
全弾切り払う。そしてソードレイ・ウルティメイトマックスを伸ばしてギガバーサーク本体を斬りつける。
「シュアァーッ!」
 長大な光の刃はギガバーサークの超巨体も貫き、右の刃を易々と切り落とした! 切断面が
露出したギガバーサークがスパークを起こして動きが鈍る。
「シュアッ!」
 そしてマックスは鎧を分離すると同時に伝家の宝刀、マックスギャラクシーを召喚。弓状にした
イージスの先端にマックスギャラクシーを接続して、鏃にする。
 マックスギャラクシーの膨大なエネルギーによって、イージスにエネルギーがフルチャージされた!
「イィィィィヤアァッ!!」
 マックスが弦を引き絞って放つ、ファイナルウルティメイトマックス! ギガバーサークに
炸裂し、貫通してどでかい風穴を開けた!
『バーサークシステム、停止……』
 うなだれるように力を失ったギガバーサークは粉々に分解し、消滅していった。これとともに
バーサークシステムは機能を失い、デロスタワーが地底に戻っていく。
 それをウルトラマンマックスとゼロが見届けていると、デロスが最後のメッセージを送ってきた。
『デロスは、地上の人類たちに期待しよう……。地球が元の姿を取り戻すまで、デロスは眠りに就く……』

「ありがとう、ウルトラマンゼロ、平賀才人君。君たちのお陰で、未来を掴み取ることが出来た。
この恩は決して忘れない……」
 夕焼けに染まる海岸線で、カイトと才人が向かい合っている。カイトは才人たちに感謝の
気持ちを伝えていた。
「いえ、そんな……。それよりカイトさんは……マックスとお別れの挨拶を交わしましたか?」

760ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/05/28(日) 23:46:27 ID:FZla3xbk
 人類最大の試練が終わりを迎え、マックスもとうとう光の国に帰る時を迎えようとしていた。
カイトは才人の問いにゆっくりとうなずき返す。
「ああ。俺たちの未来は、俺たち自身の手で作っていくことを約束したよ。俺も……世代を
重ねたとしても、いつか必ず自分たちの力で宇宙に飛び出し、マックスの故郷に行くことを
誓ったんだ」
「光の国に……。その望みが叶う時が来るのを、俺も願ってます……いえ、信じてます」
 その言葉を最後に、才人はゼロアイを装着した。
「デュワッ!」
 変身するウルトラマンゼロ。同時にマックスもカイトから分離し、二人は宇宙に向かって
飛び去っていく。
「マックスー! ゼロー!」
 カイトは大きく手を振って、彼らの帰郷を見送り続けた……。

 ……現実世界に帰ってきた才人は、今しがた完結させたウルトラマンマックスの本を手に取った。
「これで五冊目の本が完結した……。残るは、遂に、後一冊……!」
 最後に残った一冊を見つめる才人。その瞳には、これまで以上の並々ならぬ熱意と決意が
宿っていた。
 才人の内側のゼロがつぶやく。
『これでルイズが本当に元通りになってくれりゃいいんだが……まだリーヴルのこととかの
謎がちっとも解決されてねぇ。上手く行くかどうか、大分不安があるぜ……』
 才人も同じ気持ちであったが、それでも自分にも言い聞かせるように述べた。
「でも、やるしかない。ここまで来たら最後までな……!」
 ルイズが本当に元に戻るか否か、いずれにせよその答えは、最後の本を完結させれば分かることだ。

 ……どこかも分からぬ暗黒の空間の中、何者かが謎の力によって才人の様子を監視していた。
『残るは後一冊か……。いよいよここまで来たか。もうじき『準備』も終わりを迎えるという訳だ……』
 謎の存在は独りごち、歪んだ微笑を交えながらつぶやいた。
『その時こそ……ルイズが僕の妃になる時ということだ……!』

761ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/05/28(日) 23:47:58 ID:FZla3xbk
以上です。
久々だからという訳でもないですが、いつにも増してやりたい放題。

762名無しさん:2017/05/30(火) 16:05:24 ID:0JYhx9s.
やっぱり何かの罠だったわけですか。
どんな奴が出てくるか期待してまってます。

763名無しさん:2017/05/30(火) 21:30:32 ID:itaVVjcA
乙でした。いきなり二か月も音沙汰なしだったのでリアルに事故にでも会われたのではと心配していました
今回はゼロとマックスの設定をうまく合わせたいい話でした。ぜひ映像で見たいくらいの熱さだったと思います

ラスト、ウルトラの映画などで残っているのといえば、あの猿や、もうひとつの日本を代表するヒーローとの共演のやつでしょうか

764名無しさん:2017/05/30(火) 22:03:15 ID:5Hfrc36U


765ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 20:42:49 ID:WZ82hnBc
ウルトラマンゼロの人、久しぶりの投稿乙でした。
さて、皆さん今晩は。無重力巫女さんの人です。

特に何もなければ20時47分から83話の投稿を開始したいと思います

766ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 20:47:08 ID:WZ82hnBc
 それは、少年の放ったエア・ハンマーで魔理沙とルイズが吹き飛ばされる五分前の事。
 彼女たちと同じくしてカトレアから貰ったお小遣いを見知らぬ少女に全額盗まれたハクレイは、その子を追っていた。
 広場で偶然にも出会った女の子に盗られたソレを取り返すために、彼女はあれから王都を走り回っていたのである。
 最初に盗まれたと気づいた時には、追いかけようにも人ごみに足を阻まれて思うように進むことが出来なかった。
 少女の方もそれを意識してか、体の大きい彼女には容易に通り抜けられない人ごみに混じって追ってくる彼女を何度も撒こうとした。
 幸い運だけはある程度良かったのか、 ハクレイは必死に足を動かしたり通りの端を歩くなどして少女を追いかけ続けていた。
 二人して終わらぬ鬼ごっこのような追いかけっこを延々と、されど走ってないが故に大した疲労もせずに続けていた。

「こらぁ〜…はぁ、はぁ…!ちょっと、待って、待ちなさい!」 
 そして追いかけ続けてから早数時間。大地を照らす太陽が傾き、昇ってくる双月がハッキリ見えるようになってきた時間帯。
 人ごみと言う人ごみを逆走し、体力的にも精神的にもそろそろ疲れ始めてきたハクレイはまたも人ごみを押しのけていた。
 一分前に再び女の子の姿を見つけた彼女は、いい加減うんざりしてきた人ごみを押しのけながら歩いていく。
 幸い周りの通行人たちと比べて身長もよく、女性にしては程々に体格が良いせいか容易に流れに逆らう事ができる。
 しかし少女も頭を使うもので、ようやっとハクレイが人ごみを抜けるという所でUターンして、もう一度人ごみに紛れる事もあった。
 だがハクレイもハクレイで背が高い分すぐに周囲を見回して、逃げようとする少女を見つけてしまう。
 
 正にいたちごっことしか言いようの無い追いかけっこを、陽が暮れても続けていた。
 周りの通行人たちの内何人かが何だ何だと二人を一瞥する事はあったが、深入りするようなことはしてこない。
 少女とって幸いなのは、そのおかげでこの街では最も厄介な衛士に追われずに済んでいた。
 彼女にとって衛士とは恐ろしく足が速く、犯罪者には子供であってもあまり容赦しない畏怖すべき存在。
 だから追いかけてくる女性の声で気づかれぬよう、雑音と人が多い通りばかりを使って彼女は逃げ続けていた。
 しかし彼女も相当しぶとく、今に至るまであと一歩で撒けるという瞬間に見つかって今なお追いかけ続けられている。

 一体どれほどの体力を有しているのだろうか、そろそろ棒になりかけている自分の足へと負荷を掛けながら少女は思った。
 両手に抱えたサイドパック。あの女性が持っていたこのパックには大量の金貨が入っていた。
 これだけあれば美味しいパンやお肉、野菜や魚が沢山買えて、美味しい料理を沢山作れる。
 いつも硬くなって値段が落ちたパンに、干し肉や干し魚ばかり食べているじ唯一の家族゙にそういうものを食べさせてあげたい。
 毎日毎日、何処かからお金を持ってきてそれを必死に溜めている゙唯一の家族゙と一緒に、ご飯を食べたい。

 だから彼女は今日、その家族と同じ方法でお金を手に入れたのだ。
 自分たちの幸せを得る為に『マヌケ』な人が持っているお金を手に入れ、自分たちのモノにする。
 少女は知らなかった。世間一般ではその行為が『窃盗』や『スリ』という犯罪行為だという事が。

「待っててね、お兄ちゃん…!『マヌケ』な女の人から貰ったお金で、美味しい手料理を作ってあげるからね!」
 自らの犯した罪を知らずに少女は微笑みながら走る、逃げ切った先にある唯一の家族である兄との夕食を夢見て。

767ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 20:49:06 ID:WZ82hnBc
「あぁ〜もぉ!あの子とニナはいい勝負するんじゃないかしら…!」
 その一方で、ハクレイは延々と続いている追いかけっこをどうやって終わらせられるのか考えようとしていた。
 追えども追えどもあと一歩の所で手が届かず、かといって見逃す何てもってのほかで追い続けて早数時間。
 いい加減あの子を捕まえて財布を取り戻した後で、軽く叱るかどうかしてやりたいのが彼女の願いであった。
 しかし少女は自分よりもこの街の事に詳しいのだろう、迷う素振りを見せる事無くあぁして逃げ続けている。
 本当ならすぐにでも追いつけられる。しかしここトリスタニアの狭い通りと明らかにそれと不釣り合いな人ごみがそれを邪魔していた。
 しかも日が落ちていく度に通りはどんどん狭くなっていき、その都度少女の姿を見失う時間も増えている。
 
(普通に走って追いつくのが駄目なら、何か別の方法でも見つけないと……ん!)
 心の中ではそう思っていても、それがすぐに思いつくわけでもない。
 一体このイタチごっこがいつまで続くのかと考えていたハクレイは、ふと前を走る少女が横道にそれたのを確認した。
 恐らく他の通行人たちで狭くなり続けている通りを抜けて、人のいない路地から一気に逃げようとしているのだろうか?
(…ひょっとすると、今ならスグにでも捕まえられるかも?)
「ちょっと、御免なさい!道を空けて貰うわよ」
「ん?あぁ、おい…イテテ、乱暴に押すなよテメェ!」
 咄嗟にこれを好機とみた彼女は前を邪魔する通行人たちを押しのけて、少女が入っていった路地の入口を目指す。
 途中自分のペースで自由気ままに歩いていた一人の若者が文句を上げてきたが、それを無視して彼女は少女の後を追おうとする。
「コラ!いい加減観ね――――ング…ッ!!」
 しかし。いざそこへ入らんとした彼女の顔に、子供でも両手に抱えられる程の小さな樽がぶつかり、
 情けない悲鳴とも呻きにも聞こえる声を上げて、そのまま勢いよく地面へ仰向けに倒れてしまう。

「うぉ…っな、何だよ…何で樽が?」
 先ほど彼女に押しのけられ、怒鳴っていた若者はその女性の顔にぶつかった樽を見て驚いていた。
 幸い樽の方は空であったものの、それでも目の前の黒髪の女性――ーハクレイには大分大きなダメージを与えたらしい。
 目を回して仰向けになっている彼女にどう接すればいいのか分からず、他者を含めた何人かの通行人が足を止めてしまう。
 その時、樽を投げた張本人である少女が路地から顔を出し、ハクレイが気絶しているのを確認してから再び通りへと躍り出る。
 最初こそハクレイの読み通り、路地から逃げようとした少女であったが、道の端に置かれていた小さな樽を見て即座に思いついたのだ。 
 ここで不意の一撃を与えて気絶させるなりすれば、上手く逃げ切れるのではないのかと。
 
 そして彼女の予想通り、投げられた樽で地面に倒れたハクレイが起き上がる気配はない。
(ちょっとやりすぎだったかも…ごめんね)
 樽は流石にまずかったのか?そんな罪悪感を抱きつつも少女は何とかこの場から離れとようとしていた。
 ハクレイとの距離はどんどん伸びていく。四メイル、五メイル、六メイル…。
 倒れたハクレイを気遣う者達とそうではない通行人たちの間を縫うように歩き、距離を盗ろうとする。
 しかし少女は知らなかった。ハクレイは決して気絶していたワケではないという事を。

768ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 20:51:08 ID:WZ82hnBc
(うぅ〜ちくしょぉ〜!中々やるじゃないの、あの子供ぉ…) 
 思いっきり樽をぶつけられた彼女は、あまりの痛さとこれまで蓄積していた疲労で立とうにも立てずにいた。
 重苦しい気だるさが全身を襲い、下手に気を緩めてしまえば今にも気絶してしまう程である。
 それでもカトレアが渡してくれたお金を取り戻すのと、それを盗んだ女の子を止めなければいけないという使命感で、
 辛うじて気絶するのは避けられたものの、そこから後の行動ができずにいるという状態であった。

 そういうワケで身動きが取れないでいる彼女は、ふと自分の耳に大勢の人たちがざわめく声が入って来るのに気が付く。
(でも、何だか騒がしいわね?野次馬が周りにいるのかしら)
 目を瞑っているせいで周りの状況が良く分からないが、そのざわめきから多くの人が囲んでいるのだろうと推測する。
 無理もない、何せ街中で幼女に樽を投げつけられて気絶した女はきっと自分が初めてなのだろうから。
 きっとここから目を開けて、何とか立ち上がって追いかけようとしても恐らく間に合いはしないだろう。
 あの意外にも頭が回る少女の事だ。今が好機と見て残った力で逃げ切ろうとしているに違いない。
 彼女にとって、それはあまりにも歯痒かった。カトレアの行為を無駄にし、あまつさえ見知らぬ少女の手を前科で汚させてしまう。
 もっと自分がしっかりしていれば、きっとこんな事にはならなかった筈だというのに…。

(せめて、せめて一気に距離を詰めれる魔法みたいな゙何か゛があれば…――――ん?)
―――――めね、全然だめよ。貴女ってはいつもそうね
 無力感と悔しさの二重苦に直面したハクレイはこの時、野次馬たちのそれとは全く別の『声』耳にした。
 それは外から耳が広う野次馬たちのざわめきとは違い、彼女の頭の中で直接響くようにして聞こえている。
(何、何なのこの声は?)
――――――昨日も言ったでしょう?霊力はそうやってただぶつける為の凶器じゃないの
 性別は一瞬訊いただけでもすぐに分かる程女性の声であり、声色から何かに呆れている様子が想像できてしまう。
 そして、ハクレイはこの声に『聞き覚えがあった』。カトレアでもニナのものでもない女性の声を、彼女は知っていたのである。
(何が何だか分からないけど…知ってる!私はこの声を何時か…どこかで聞いたことが…)
――――霊力にも様々な形があるけど、貴女の場合それは攻撃にも防御にも、そして移動にも利用できるのよ。俗に言う器用貧乏ってヤツよ?
 声の主はまるで覚えの悪い生徒へ指導する教師の様に、同じ単語を話の中に何度も混ぜながら何かを説明している。
 そして奇遇にもその単語―――『霊力』がどういう風に書き、用いる言葉なのかも。彼女は知っていたのだ。

(一体、これはどういう……――――!)
 突如自分の身に起き始めた異変に困惑しようとした直前、ハクレイの頭の中を何かが奔り抜けた。
 まるで電撃の様に目にも止まらぬ速さで、そして忘れられない程の衝撃が彼女の脳内を一瞬の間で刺激する。
 それは彼女の脳を刺激し、思い出させようとしていた。―――今の彼女が忘却してしまったであろう知識の一つを。
(何…これ…!頭の中で、何かが…゙設計図のような何か゛が完成していくわ…!)
 突然の事に身動き一つできず、ただ耐える事しかできないハクレイの脳内に、再び女性の声が響き渡る。
 
――――貴女の霊力の質なら、きっと地面を蹴り飛ばしてジャンプしたり壁に貼り付くなんて事は造作ないと思うわ。
 ――――ただ大事なのはやり方よ?足が着いている場所に霊力を流し込むイメージをするの。そう…思い浮かべてみるのよ?

 その長ったらしい説明の直後、気を失いかけた彼女は永らく忘れていた知識の一つを取り戻す事が出来た。
 先ほど自分が欲しいと願っていた、一気に距離を詰められる魔法の様な知識を。

769ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 20:53:16 ID:WZ82hnBc
「ん―――んぅ…」
「お、うぉわ!」
 集まってきた野次馬に混じってハクレイを間近で見ていた若者は、彼女が急に目を覚ました事に驚いてしまう。
 それで急ぎ後ずさった彼を合図に彼女がムクリと上半身を起こすと、他の者達も一様にざわめき始めた。
 何せてっきり気を失ったと思っていた女性が急に目を開けて、何事も無かったかのように体を起こしたからである。
 そんな思いでざわめく群衆を無視しつつ、ブルブルと頭を横に振るハクレイはあの少女が何処へいったのか確認しようとした。
 当然ながら近くに姿は見えない。恐らく自分を囲んでいる群衆に紛れて逃げようとしているのか、あるいは既に…

「ま、どっちにしろ手ぶらじゃあ帰れないわよね」
 一人呟いた後で腰に力を入れて、スクッと先ほどまで倒れていたのが嘘の様に立ち上がることができた。
 さっきまであんなに疲れていたというのに、その疲労の半分が体から消え去っていたのである。
 何故なのかは彼女にも分からない。何か見えない力でも働いたのか、それともあの謎の声が関係しているのか…
 色々と考えるべきことはあったが、今からするべき事を思えば横に置いてもいい事であった。
 周りにいる人々が何だ何だとざわつく中、彼女に肩をぶつけられて怒っていた若者が困惑気味に話しかけてくる。

「あ、アンタ大丈夫か…?さっき女の子にアンタの顔ぐらいの大きさがある樽をぶつけられてたが…」
「ん…心配してくれてるの?まぁそっちはそっちで痛いけど大丈夫よ。それよりも、私の近くに女の子が一人いなかった?」
「え…えっと?あぁ、そういや確か…アンタに樽ぶつけた後にあっちの通りへ走っていったが」
 てっきり怒って来るのかと思っていた彼女は少しだけ目を丸くしつつも、自分のすぐ近くにいた彼へ女の子を見なかったかと聞いてみる。
 その質問に最初は数回瞬きした若者は困惑しつつも、ハクレイの背後を指さしてそう言った。
 やはり自分が気を失っている間に逃げる算段だったようだ、彼女はため息をつきつつも若者が指さす方向へと身体を向ける。
 案の定少女が通って行ったであろう通りは人で溢れてしまっており、今から走っても見つけるのは無理に近いだろう。

「あちゃぁ〜…やっぱり逃げられたかぁ。…ていうか、今からでも追いつけるかしら?」
「追いつけるって、さっきの女の子をか?」
「他に誰がいるのよ。…ともかく、どこまで逃げたのかは知らないけれど…」
 まずは一気に詰めなきゃね。そう言ってハクレイはその場で軽く身構え、体の中で霊力を練り始めた。 
 周囲の喧騒をよそ丹田から脚へと流れていく力を、地面と同化させるように足の指先にまで流し込んでしまう。
 やがて下半身を中心に彼女の霊力が全身に行きわたり、その体に常人以上の活力で満たされていく。
 彼女は段々と『思い出し』ていく。それが何時だったかはまだ忘れたままだが、かつて今と同じように事をしていたという事を。

(不思議な感じたけど、こうやって身構えて…霊力を溜めるのって懐かしい感じがするわね)
 まだ見覚えの無い懐かしさに疑問を抱きながらも、ハクレイの全身に霊力が回りきる。
 そして…さぁこれからという所で彼女は背後の若者へと顔を向け、話しかけた。
「あ、そうだ…そこのアンタ。ちょっと後ろへ下がっといたほうが良いかもよ?」
「は?後ろに下がれって…なんでだよ」
「何でって…そりゃ、アンタ――――――」

 ――――今から軽く『跳ぶ』為よ。
 そう言って彼女は若者へ涼しげな表情を向けながら言った。

770ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 20:55:16 ID:WZ82hnBc
「―――…った、やった!逃げ切れた…!」
 サイドパックを両手で抱えて走る少女は、人ごみの中を走りながら自らの勝利を確信していた。
 あの路地に逃げようとした矢先に見つけた樽が、思いの外この状況を切り抜けるカギになったらしい。
 現に投げ飛ばしたアレが顔に直撃し、道のド真ん中で倒れた黒髪の女性は追いかけて来ない。
 それが幼い少女に勝利を確信させ、疲れ切った両足に兄の元へ帰れるだけの活力となった。
「待っててお兄ちゃん…!すぐにアタシも帰るからね…」
 はにかんだ笑顔で息せき切りながら、少女はトリスタニアに作った『今の家』までの帰路を走る。
 柔らかいそうな顔を汗まみれにして、必死に足を動かす彼女を見て何人かが思わず見遣ってしまう。
  
 永遠に続くかと思われた人ごみであったが、終わりは急に訪れる。
 大人たちのの間を縫って通りを走っていた少女は、街の広場へと入った。
 王都に幾つか点在する内一つである広場は、すぐ後ろにある通りと比べればあまりにも人が少ない。
 日中ならまだしも、この時間帯と時期は男や若者たちは皆酒場に行くものである。
 現に夜風で涼もうとやってきている老人や、中央にある噴水の傍でお喋りをしている平民の女性たちしか目立つ人影はない。
 確かに、こう人の少ないところは涼むだけにはもってこいの場所だろう。女や酒を期待しなければ。

「あ、通り…そうか。抜けれたんだ…」
 まるで樹海の中から脱出してきたかのような言葉を呟きながら、少女は肩で息をしながら近くのベンチへと腰かける。
 このまま『今の家』に帰る予定であったが、追っ手がいなくなったのと落ち着いて休める場所があったという事に体が安心してしまっていた。
 先ほどまでは何時あの女性が追いかけてくるかと言う緊張感に苛まれて逃げていた為に、幼い体に鞭打っていたのである。
 けれども、今は誰も追ってこないし、落ち着ける場所もある。それが彼女の緊張感をほぐしてしまったのだ。
「ちょっと、ちょっとだけ…ちょっとだけ休んだら、お家に戻ろうかな…ふぅ?」
 ベンチの背もたれに背中を預けながら、少女は暗くなる空へ向かって独り言をつぶやく。
 肩で呼吸をつづけながら肺の中に溜まった空気を入れ替えて、夜風で多少は冷えた夏の空気を取り込んでいく。
 
 薄らと見え始めている双月を見上げながら、彼女は今になってある種の達成感を得ていた。
 各地を転々と旅しつつも、お金が無くなった時は兄がいつも新しいお金を取ってきてくれる。
 自分も手伝いたいと伝えても、兄は「お前には無理だ、関わらなくても良い!」といつも口を酸っぱくして言っていた。
 でも、これで兄も認めてくれるに違いない。自分にも兄のお手伝いができるという事を。
 未だ両手の中にある金貨入りのサイドパックを愛おしげに撫でて、兄に褒められる所を想像しようとした―――その時であった。
 つい先ほど彼女が走ってきた通りから、物凄い音とそれに続くようにして人々の驚く声が聞こえてきたのは。
 まるで硬い岩の様な何かを思い切り殴りつけた様な音に、少女がハッとして後ろを振り返った瞬間、彼女は見た。

 通りを行き交う人々の頭上を飛び越えてくる、あの黒髪の女性―――ハクレイの姿を。
 ロングブーツを履いた両足が青白く光り、あの黒みがかった赤い瞳で自分を睨みつけながら迫ってくる。
 自分たちの頭上を飛び越えていくその女性の姿に人々は皆驚嘆し、とっさに大声を上げてしまう者もチラホラといる。
 少女は驚きのあまり目を見開き、咄嗟に大声を上げようとした口を両手で押さえてしまう。
「ちょ、何アレ!?」
「こっちに跳んでくるわ!」

771ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 20:57:08 ID:WZ82hnBc
 噴水の近くにいた女たちが飛んでくるハクレイに黄色い叫び声を上げて広場から逃げていく。
 お年寄りたちも同じような反応を見せたものがいたが、何人かはそれでも逃げようとはしなかった。
 三者三様の反応を見せる中で、勢いよく跳んできたハクレイは少女のいる広場へと降り立った。
 青く妖しく光るブーツの底と地面から火花が飛び散り、そのまま一メイルほど滑っていく。
 これには跳んだハクレイ自信も想定していなかったのか、何とか倒れまいとバランスを取るのに四苦八苦する。
「おっ…わわわ…っと!」
 まるで喜劇の様に両腕を振り回した彼女は無様に倒れる事無く、無事に着地を終えた。
 周囲と通りからその光景を見ていた人々が何だ何だとざわめきながら、何人かが広場へと入ってくる。
 彼らの目には、きっと彼女の今の行為が大道芸か何かに見えているに違いない。

「…すげー、今の見た?あっこからここまで五メイルくらいあったぞ」
「魔法?にしては、杖もマントも無いし…マジックアイテムで飛んだとか?」
「さっきまで光ってたあのブーツがそうかな?だとしたら、俺も一足欲しいかも…」
「っていうかあの姉ちゃん、スゲー美人じゃね?」
 暇を持て余している若者たち数人がやんややんやと騒いでいるのを背中で聞きつつ、少女は逃げようとしていた。
 今、自分が息せき切って走ってきた距離を一っ跳びで超えてきたハクレイは、自分に背中を向けている。
 だとすれば逃げるチャンスは今しかない。急いで踵を返して、もう一度人ごみに紛れればチャンスは…。
 そんな事を考えつつも、若者たちが騒いでいる後ろへ後ずさろうとした少女であったが―――幸運は二度も続かなかった。

「ふぅ〜…こんな感じだったかしらねぇ?何かまだ違和感があるけど――――さて、お嬢ちゃん」
「…ッ!」
 一人呟きながら自分の足を触っていたハクレイはスッと後ろを振り返り、逃げようとしていた少女へ話しかける。
 突然の振り返りと呼びかけに少女は足を止めてしまい、騒いでいた若者達や周囲の人々も彼女を見遣ってしまう。
 相手の動きが止まったのを確認したハクレイは、キッと少女を睨みつけながらも優しい口調で喋りかける。
「お互い、もう終わりにしましょう。貴女だって疲れてるでしょう?私も結構疲れてるし…ね?」
「で、でも…」
 相手からの降伏勧告に少女は首を横に振り、ハクレイはため息をつきながらも彼女の傍まで歩いていく。
 そして少女の傍で足を止めるとそこで片膝をつき、相手と同等の目線になって喋り続ける。
「私は単に、貴女が私から盗んだモノを返してくれればいいの。それだけよ、他には何もしない」
「…他にも?」
「そうよ。貴女がやったことは…まぁ『犯罪』なんだけど、私は貴女を付き出したりしないわ」
 本当よ?そう言ってハクレイは唖然とする少女の前に右手を差し出して見せる。
 周囲にいて話を聞いていた人々の何人かが、何となくこの二人が今どういった状況にいるのか察する事ができた。 

 大方、この女性から財布か何かを盗んだであろう少女を諭して、盗られたモノを取り返そうとしているのだろう。
 王都は比較的治安が良いが、だからといって犯罪が一つも起こらないなんて事は無い。
 大抵は盗賊崩れや生活に困窮している平民、珍しいときは身寄りのいない子供や貴族崩れのメイジまで、
 様々な人間が大小の犯罪に手を染めて、その殆どが街の衛士隊によってしょっぴかれてきた。
 中には目の前にいる少女の様な子供まで衛士隊に連れて行かれる光景を目にした者も、この中には何人かいる。
 残酷だと思われるが、犯罪で手を汚ししてしまった以上はたとえ子供であっても小さい内から大目玉を喰らわせなければいけない。
 痛い目を見ずに注意だけで済ましてしまえば、十年後にはその子供が凶悪な犯罪者になっている可能性もあるのだから。

772ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 20:59:07 ID:WZ82hnBc
 そう親兄弟から教えられてきた人たちは、どこかもどかしい気持ちでハクレイと少女のやりとりを見つめていた。
「なぁ…あの女の人、衛士呼ばないのかねぇ?物盗りなんだろ?」
「物盗りといってもまだまだ幼いじゃないか、ここでちゃんと諭してやれば手を洗うだろうさ」
「甘いなぁお前さん、そんなに甘い性格してる月の出ない夜に財布をスラれちまうぜ!」
「でもいくら犯罪者だとしても、あんな小さい子を衛士に突き出すってのは少し気が引けちゃうよ…」
 少女に詰めよるハクレイを少し離れた位置から眺める人々は、勝手に話し合いを始めていた。
 幾ら犯罪者には厳しくしろと教わられても、流石にあの少女ほどの子供を牢屋に閉じ込めるのはどうかと思う者達もいる。
 そういう考えの者達と犯罪者には鉄槌を、という者達との間で論争が起こるのは必然的とも言えた。
 さて、そんな彼らを余所に少女はハクレイの口から出た、ある一つの単語に首を傾げていた。

「犯…罪?何それ…」 
 まるで他人のお金を取る事を悪い事だとは思っていないその様子に、ハクレイは苦笑いしながら彼女に説明していく。
「う〜ん…何て言うかな、そう…私の財布ごと何処かへ持っていこうとした事が…その犯罪っていう行為なのよ?」
「え?でも…お兄ちゃんが言ってたよ。僕たちが生きるためには金を持ってる奴から取っていかないと――って…」
「お兄ちゃん…。貴女、他にも家族がいるの?」
 思いも寄らぬ兄の存在を知ったハクレイがそう聞いてみると、少女はもう一度コクリと頷く。
 彼女が口にした言葉にハクレイはやれやれと首を横に振り、何ゆえに少女が窃盗を悪と思っていないのか理解する。
 恐らく彼女の兄…とやらは何らかの理由で窃盗を稼業としていだろう。この娘がそれを、普通の事だと認識してしまうくらいに。
 あくまで推測でしかないがもしそうなら自分の財布を返してもらい、見逃したとしても根本的な解決にはならない。
 日を改めた後に、また何処かで盗みを働いてしまうに違いない。そして行く行くは、別の誰かの手によって……

 そこまで想像したところでハクレイはその想像を脳内から振り払い、少女の顔をじっと見つめる。
 自分を見つめるその顔には罪悪感など微塵も浮かんでおらず、まるで磨かれたばかりの真珠のように純粋で綺麗な眼。
 ここで財布を取り返して逃がしたとしても、罪悪感を感じていなければまたどこかで同じ過ちを繰り返してしまうだろう。
 きっとカトレアなら、ここでこの娘とお別れする事はない筈だと…そんな思い抱きながら、ハクレイは少女に話しかける。
「ねぇ貴女、もし良かったら私をお兄さんのいる所へ案内してくれないかしら?」
「え…お兄ちゃんの…私達が『今いる』ところへ?」
 何故か目を丸くして驚く少女に、ハクレイはえぇと頷いて彼女の返事を待った。
 もしここにカトレアがいたのなら、少女が何の罪悪感も無しに罪を犯すきっかけとなった兄を諭していたかもしれない。
 例えそれがエゴだとしても…いつかは破綻する生活から助け出すために、きっと説得をしに行くに違いないだろう。

 半ばカトレアを美化(?)していたハクレイは、ふと少女が丸くなった目で自分を凝視しているのに気が付いた。
 一体どうしたのかと訝しもうとした直前、少女はその体を震わせながらハクレイへと話しかける。
「わ、私達をどうするの?お兄ちゃんと私を、どうしようっていうの…?」
「…?別にどうもしない。ただ、ちょっとだけアナタのお兄さんと話がしたいだけよ」
 急な質問の意図がイマイチ分からぬままハクレイはそう答えると、突き出していた右手をスッと下ろす。
 しかし、それを聞いた少女の表情は次第に強張っていき、一歩二歩…と僅かに後ろへ後ずさり始める。
 それを見たハクレイはやはり警戒されているのかと思いながらも、尚も諦める事無く彼女へ語りかけた。

773ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:01:09 ID:WZ82hnBc
「逃げなくてもいいのよ?本当に、私は『何もしない』わ…ただ、アナタのお兄さんに盗みをやめるよう説得したいだけなの」
「…!」
 何がいけなかったのか、彼女の説得に今度は身を小さく竦ませた少女が大きく後ずさる。
 その様子を見て若干流石のハクレイでも理解し始める。彼女が自分におびえているという事に。
 下がった先にいた一人の野次馬がおっと…!と声を上げて横へどき、急に様子が変わった少女を大人たちが不思議そうな目で見つめる。

 少女を見つめる者たちの何人かがこう思っていた。一体この少女は、何を怯えているのかと。
 彼女の前にいる黒髪の女性は酷く優しく、その様子と喋り方だけでも衛士に突き出す気は端から無いと分かる。
 しかし少女は怯えていた。まるで女性の背後に、幽霊が佇んでいるのに気が付いているかの様に。
 ただの通りすがりであり、少女との接点が無い周りの大人たちは少女が何に怯えているのかまでは知らなかった。
 そして少女に財布を盗られ、ここまで追いかけて来たハクレイも彼女が何故自分を怖れているのかまでは理解できずにいる。
 ―――しかし、ハクレイを含めだ大人゙たちには、決してその怯えの根源が何なのかを知ることは出来ないであろう。
 何故なら、少女が何よりも怖れていたのは…『何もしない』と言い張る大人なのであるから。

 かつて少女は兄に教わった、自分たちの天敵が大人であるという事を。
 自分たちが生きていくうえで最も警戒すべき存在であり、出し抜いていかなければいけない相手なのだと。
―――良いか?大人を信用するなよ。アイツらは意地汚くて狡猾で、俺たちを子供だからっていつも下に見てるんだ!
――――俺とお前だけで生きているのがバレたら、大人たちは必ず俺たちを離れ離れにしようとするに違いない。
―――――特に、俺たちが孤児だと勘づいて親切にしてくる大人には絶対気を許すな!
――――――そういう奴こそ「大丈夫、『何もしない』よ」と言いながら、俺とお前を適当な孤児院にぶちこもうとするんだ!

――――もしそういう大人に出会ったら、お前も腰にさした『ソレ』を引き抜いて戦うんだ!
―――――俺たちは決して弱者なんかじゃない!舐めるなよっ!…という意思を込めて、呪文を唱えろ!
 
 脳裏によぎる兄から聞かされたその言葉が少女に恐怖を芽生えさせ、右手が懐へと伸びていく。
 そうだね大人は敵なんだ。こうやって優しい言葉で自分たちを騙して、離れ離れにさせようとする。
 決めつけとも、大人を知らぬ子供のエゴとも取れるその考えに支配された彼女には、これから起こす事を自分では止められない。
 ただ、守りたいがゆえに…この一年間兄に守られ共に暮らしてきた少女にとって、唯一の家族であり頼れる存在でもあった。
 それを何の気なしに奪おうとする大人たちとは戦わなければいけない。例えそれが、見た事ない力を使う女の人であっても。
 
「ちょっと、どうしたのよ?そんなに怯えた顔して…」
 そんな少女の決意がイマイチ分からぬまま、ハクレイは怪訝な表情を浮かべて少女に話しかける。
 少女の背後にいる群衆も互いの顔を見合わせながら、少女が何をしようとしているのか気になってはいた。
 そして…この場に居る大人たちが彼女が何をしようととしているのか分からぬまま、少女はついに動き出す。
 大事な家族を守る為、これからも続けていきたい二人の生活を明日へ繋ぐためにも、彼女は一本の『ソレ』を懐から取り出し、天に掲げる。
 『ソレ』はこのハルケギニアにおいて最も目にするであろう道具であり、今日までの世界を築き上げてきた力の象徴。
 同時に、平民たちにとっては最強の力であり、畏怖するべき貴族たちが命よりも大事と豪語する―――…一振りの杖である。

 後ろにいた観衆に混ざり込んだ誰かが、少女が天に掲げた杖を見た小さな悲鳴を上げる。
 誰かが「あのガキ、メイジだ!」と怒鳴ると、少女を囲んでいた平民たちは慌てて距離を取り始めた。

774ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:03:08 ID:WZ82hnBc
 正に「美しい花には棘がある」という諺そのものだ、あんな小さな子がメイジだったとは誰もが思っていなかったのだろう。
 例えどんなに小さくとも、杖を持っていて魔法を唱えられるのなら大の大人であっても簡単にねじ伏せてしまう。
 魔法の恐ろしさを十分に知っている彼らだからこそ、杖を見たとたんに後ろへ下がれたのだろう。

 一方で、少女から最も近いところにいるハクレイは周囲の反応と杖を見てすぐに少女がメイジなのだと理解していた。
 まさかこんなに小さくてかわいい子がカトレアと同じメイジだったのだと思いもしなかったのである。
 そして新たな疑問も沸き起こる。何故彼女は魔法が使えるというのに、こんな犯罪に身をやつしているのか?
 アストン伯やカトレア、そして彼女の取り巻き達の様な貴族たちとの付き合いしか無かったハクレイはまだ知らないのである。
 世の中には、マントを奪われあまつさえ家と領土すら奪われだ元゙貴族達も相当数がいる事に。
 
 少女は自分を見て硬直している相手と平民たちを交互に凝視つつ、もう数歩後ろへと下がっていく。
 逃げる気天!?そう思ってかハクレイは、慌てて少女の足を止めようと立ち上がろうとした。
「……ッ!アナタ…ッー――!」
「来ないで、私に近づいちゃダメ!」
 立ち上がった瞬間を狙ってか、少女はこちらに向けて手を伸ばそうとするハクレイへ杖の先端を向けた。
 幼年向けであろう、普通のよりもやや短い杖の鋭そうな先が彼女の額へ向いている。
 ここから魔法が飛んでくるのを想像して怯えているのか、はたまた相手を刺激せぬようにしているのか、
 ハクレイはその場でピタリと足を止めつつ、されど視線はしっかりと少女の方へと向いていた。

 彼女にはワケが分からなかった。少女が杖を隠し持っていたメイジであった事と、このような事に手を潜めている事。
 そして、何故急に怯え出した彼女に杖を向けられているのかも…ハクレイには分からなかった。
 だがそれで少女を説得する事を彼女は諦めてはおらず、むしろ何が何でも止めなければと改めて決意する。
 周囲の平民たちと同じように、ハクレイもまた魔法が日常生活や攻撃としても十分使えるという事は知っていた。
 だからこそ、少女が下手に魔法を使わぬよう穏便に説得しようとしのである。
「ちょっと待ってよ?どうしたのよ一体…」
「だ、だから近づかないでって言ってるでしょ!?」
 しかし、少女の内情を知らない彼女の説得など初めから効くはずもなかった。
 より一層冷静になるよう心掛けてにじり寄ろうとしたハクレイに気づいて、少女はそう言いながら杖を振り上げる。
 
 周りにいた平民たちは皆一様に悲鳴を上げて、更に後ろへと下がっていく。
 メイジが杖を振り上げる事は即ち、これから魔法を放ちますよと声高々に宣言するのと同じ行為である。
 何人かの平民がまだ少女の傍にいるハクレイへ「何してる逃げろ!」や「杖を取り上げろ!」と叫ぶ。
 今のハクレイには、逃げる暇や杖を取り上げる時間も無い。あるのはただ放とうとされる魔法を受け入れるしかない現実だ。
 だが…タダで喰らう彼女でもなく、すぐさま体を身構えさせて少しでも目の前で発動される呪文を防ごうとした。
 それと同時に、少女は杖を振り下ろした。口から放ったたった一言の呪文と共に。

「イル・ウインデ!」
「え?…うわぁッ!」
 口から出た短いスペルと共に、ハクレイの足元で突如小さな竜巻が発生したのである。
 唱えた魔法は『ストーム』という風系統の魔法。文字通り指定した場所に竜巻を発生させるだけの呪文だ。
 詠唱したメイジの力量と精神力によって威力に差は出てくる。そして少女に力量は無かったが、精神力だけは豊富にある。
 その為、彼女が発生させた竜巻は大の大人一人ぐらいなら簡単に飲み込み、吹っ飛ばす程の力は有していた。

775ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:05:10 ID:WZ82hnBc
 まさか足元から来るとは予測していなかったハクレイは呆気なく竜巻に巻き込まれてしまう。
 何の抵抗も出来ずに透明な竜巻の中で回るしかない彼女は、さながらルーレットの上を走るボールの様だ。
「わ・わ・わ・わわわ…ワァーッ!」
 グルグルと竜巻の中をひとしきり回った彼女は、勢いよく竜巻の外へと吹き飛ばされる。 
 地上で見守っていた人々とほぼ同時に悲鳴を上げたハクレイが飛んでいく先には、広場に面した共同住宅があった。
 丁度窓越しに食事や酒、読書を嗜んでいた人々がこっちへ向かってくる彼女に気が付き、慌てて窓から離れていく。
 後数秒もあれば、吹き飛ばされたハクレイは哀れにも勢いよく共同住宅の壁に叩きつけられてしまうだろう。
 
(不味いわね…!流石にこれは―――でも、今ならイケるかも?)
 ここまでされてから初めて危機感を抱いたハクレイはしかし、たった一つの解決策を持っていた。
 このまま勢いよく今日住宅に突っ込んでも、決してダメージを受けずにいられる方法を。
 激突まで後二メイルで時間にすればほんの僅かだが、それだけあれば充分であった。
 既に手足の方へと霊力は行きわたっている。ただ一つ気にすることは、背中からぶつからないように気を付ける。
(全ては神のみぞ知る…ってヤツかしら!)
 心の中でうまい事成功しなければという決意を抱いて、真正面から共同住宅へと突っ込み…―――そして。

「おっ!―――よっと!」
 瞬時に青白く発光した手足でもって、共同住宅の壁へと『貼り付いた』のである。
 てっきりぶつかるかと思っていた群衆は彼女が見せてくれた大道芸じみたワザに、驚愕の声を上げた。
 その声に思わず顔を背けていた人々に、共同住宅の住人達も窓越しに壁へ貼り付くハクレイの姿を見て驚いている。
 暫しの間広場で彼女を見つめている人々はざわめいていたが、何故かその外野から幾つもの拍手が聞こえてきた。
 恐らく何かの催しだと勘違いした通りすがりの者なのだろうが、最初から最後まで見ていた者達には酷く場違いな拍手に聞こえてしまう。
 そしてハクレイ自身は何で拍手が聞こえてくるのか分からず、そしてこうも『上手く行った』事に内心ホッと安堵していた。

「いやぁ〜…できるって気はしてたけど、まさか本当にできるとは思ってもみなかったわ」
 右手と両足を霊力で壁に張り付けたまま、左腕の袖で顔の冷や汗を拭う彼女の胸は興奮で高鳴っていた。
 実際、彼女がこのワザに『気が付いた』のは先ほどここまで跳んでくる前に聞こえたあの謎の声のお蔭である。
 あの女性の声は言っていたのだ、自分の霊力なら、地面を蹴り飛ばしてジャンプしたり壁に貼り付くなど造作ないと。
 だからあの時、目を覚ましてすぐにジャンプできたりこうして壁に貼り付いて激突を回避したのである。
 最初こそ一体何なのかと訝しんでいたが、今となってはあの声の主に感謝したいくらいであった。
 もしもあのアドバイスがなければ、今頃この三階建ての建物に叩きつけられていたに違いない。

「とはいえ…流石にあの勢いだと。イテテテ…手がヒリヒリするわね」
 そう言ってハクレイは、赤くなっている左の掌を見つめながら一人呟く。
 実際のところ成功する確率は五分五分であり、彼女自身失敗するかもという思いは抱いていた。
 まぁ結局のところ上手くいったのだが勢いだけは殺しきる事ができず、結果的に両手がヒリヒリと痛む事となったが。
 彼女は気休め程度にと左の掌にフゥフゥと息を吹きかけようと思った時、後ろから自分を吹き飛ばした張本人の叫び声が聞こえてきた。
「ど、どいてぇ!どいてよー!」
 恐怖と悲痛さが入り混じったその叫びと共に、群衆の動揺が伺えるどよめきも耳に入ってくる。
 何かと思いそちらの方へ視線を向けてみると、あの少女が手に持った杖を振りかざしながら人ごみの中へと消えようとしていた。
 右手には杖、そして左手には自分から盗んでいったカトレアからのお金が入ったサイドパック。
 恐らく魔法による攻撃が失敗に終わったから、せめて必死に逃げようとしているのだろうか。

776ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:07:08 ID:WZ82hnBc
「まずいわね…何とかして止めないと」
 このまま放っておけばカトレアから貰ったお金を全て無くしてしまううえに、あの少女を説得する事もできない。
 何としてもあの少女を止めて、もう二度とこんな事をしないようにしてやらなければ、いつかは捕まってしまうだろう。
 その時には彼女のいう兄も…だから今ここで捕まえて、何とかしてあげなければいけない。
 何をどうしてあげればいいのか、どう説得すれば良いのか分からないが放置するなんて事はできない。 
 改めて決意したハクレイは群衆をかき分けて逃げる少女を確認した後、自分の右隣にある建物へと視線を移す。
 恐らくここと同じ共同であろう四階建てのそこからも、窓越しに自分を見つめる人々がチラホラと見えている。
 マントを着けている事から貴族なのだろうが、皆いかにも人生これからという若者たちばかりだ。

「あそこまでなら、届くかしらね?」
 そう呟いてた後、彼女は両足と右手の霊力にほんの少しアクセントを加え始める。
 今この建物の壁に貼り付いている霊力を変異させて、正反対の『弾く』エネルギーへと変換していく。
 それも『今の』彼女にとって初めての試みであり、そして何故かいとも簡単に行えることができる
 何故そんな事がでるきのかは彼女にも分からないし、生憎ながら考える暇すら今は無い。
 今できる事はただ一つ。自分が忘れていた自分の力を使って、あの娘を止める事だと。
 
(距離はここから二、三メイル…まぁいけるかしら)
 目測で大体の距離を測りつつ、彼女は両足と右手へと霊力をより一層込めていく。
 少なすぎても駄目だし、多すぎれば最悪向こうの建物の壁にぶち当たるかもれしない。
 必要な分の霊力だけをストックして、一気に解放させなければあの建物の壁に貼り付く事など不可能なのである。
 向こうの共同住宅に済む若い貴族たちが窓越しに自分を見つめて指さし、何事かを話し合っているのが見えた。
 一体何を話しているのかは知らないが、間違いなく自分に関して話しているという事は分かっていた。
「とりあえず、窓から顔を出さなければそれに越した事はないけど…」
 跳び移るのは良いが、最悪窓を割るかもしれないが故にハクレイは内心でかなり緊張している。
 
 時間にすればほんの十秒足らず。その間に手足へ一定の霊力を込められたハクレイは、いよいよ準備に移った。
 壁に貼り付けている右手をグッと押し付け、青白い霊力を掌へと流し込んでいくさせていく。
 両足も同様に、際どい姿勢で張り付けているブーツ越しの足裏へ掌と同じように霊力を集中させる。
 これで準備は整った。後は彼女の意思次第で、壁に『貼り付く』力は『弾く』力へと変化する。
 目測も済ませ、覚悟も決めた。後残っているのは、成功できるかどうかの力量があるかどうか、だ。

 短い深呼吸をした後、ほんの一瞬脱力させた彼女はグッと手足に力を込めて、跳んだ。
 それは外野から人々の目から見れば、空中で横っ飛びをしてみせたも同然の危険な行為であった。
 群衆はまたもや驚愕の叫び声を一斉に上げ、彼女が飛び移る先にある建物の住人達は急いで窓から離れ始める。
 何せ隣の建物に張り付いていた正体不明の女がこちらへ跳んでくるのだ、誰だって逃げ出すに違いないであろう。
 まさか、窓を破って侵入してくるのでは?そんな恐怖を抱いた人々とは裏腹に、ハクレイの試みは思いの外上手くいったのである。
「ふ…よっ…―――――――ットォ!!」
 まるで壁に『弾かれた』かの様に横っ飛びをしてみせた彼女は、無事に下級貴族たちの住むワンランク上の共同住宅の壁へと見事貼り付く。
 てっきり今度こそぶつかるかと思っていた地上の人々は、壁に貼り付いた彼女の姿を見て再び驚きの声を上げた。

777ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:09:17 ID:WZ82hnBc
 その声に窓から離れていた住人の下級貴族達も何だ何だと窓へ近づき、そして驚く。
 何せ隣の建物から跳んできた女が壁に手と足だけで貼り付いているのだから、驚くなという方が無理である。
 途端若い貴族たちは争うようにして窓から身をのり出し、その内の何人かがハクレイへと声を掛けた。
「おいおいおい!こいつは驚いたな、まさか珍しい黒髪の女性がこの辛気臭い共同住宅に貼り付くだなんて!」
「そこの麗しいお姉さん。良かったらこのまま僕の部屋に入ってきて、質素なディナーでもどうですか?」
 得体が知れないとはいえ、そこは美女に飢えた青春真っ盛りの下級貴族たち。
 見たことも聞いたことも無い方法で壁に貼り付くハクレイに向かってあろうことか、必死にアプローチを仕掛けてきた。
 そんな彼らに思わずどう対応してよいか分からず、困った表情を浮かべつつ彼女は通りの方へと視線を向ける。

 少女は既に人ごみの中に入ってしまったものの、目印と言わんばかりに人ごみが大きく動くのが見えた。
 それは遠くから見つめるハクレイへ知らせるように移動し、この広場から離れようとしている。
「あそこか。でも流石にここからだと届かないし、ようし…!」
 少女の大体の一を確認した彼女は一人呟いてから、今自分が貼り付いている共同住宅を見上げた。
 四階建てのソレには屋上が設けられているらしく、手すり越しに自分を見下ろす下級貴族たちが数人見える。
 恐らく夕涼みに屋上へ足を運んでいたのだろう、何人かはその手に飲みかけのワイン入りグラスを握っていた。
 今彼女がいる場所からは丁度三メイル程であろうか、゙少し頑張れ゙ばすぐにたどり着ける距離である。
 
「んぅ〜…ほっ!よっ!」
 もう一度手足に力を込めたハクレイは、霊力を纏わせたままのソレで器用に共同住宅の壁を登り始めた。
 まるでヤモリのようにスイスイと壁に手足を貼り付かせて登る女性の姿と言うのは、何とも奇妙な姿である。
 窓や屋上からそれを見ていた下級貴族達や広場で見守っている平民たちも、皆おぉ!とざわめいた。
 一体全体、何をどうしたらあんな風に壁を登れるのか分からず多くの者たちが首を傾げている。
 その一方で、下級とはいえ魔法に詳しい下級貴族たちの驚きはかなりのもので、部屋にいた者たちの殆どが顔を出し始めていた。
「おいおい!見ろよアレ?」
「スゲェ、まるでヤモリみてぇにスイスイと登っていきやがる…」
 それ程勉強ができたというワケでも無かった者達でも、あんなワザは魔法ではない事を知っている。
 じゃああれは何なのだと言われてそれに答えられる者はおらず、彼女が壁を登っていく様は黙って見るほかなかった。
 
「は…っと!…ふぅ、大分慣れてきたわね」
「わっ、ホントに来ちゃったよこの人!」
 時間にすればほんの十秒程度であっただろうか、ハクレイは無事屋上へ辿り着く。
 やはり夕涼みに来ていたらしく、ほんの少しのつまみ安いワインで宴を楽しんでいた若い貴族達は皆彼女に驚いている。
 無理もないだろう。女が手と足だけで壁に貼り付いて登ってやってきたのならば、誰だって驚くに違いない。
 そんな事を思いながら驚く貴族たちを余所に屋上へ足を着けたハクレイは、意外な程この『力』を使える事に内心驚いていた。
 最初にエア・ストームで吹き飛ばされ、貼りついた時と比べれば彼女は格段に『慣れ』始めている。
 まるで水を得た魚のように物凄い勢いで『忘れていたであろう』知識を取り戻し、活用していた。

(まぁ今は便利っちゃあ便利だけど…うぅん、今はこの事を考えるのは後回しよ)
 そこまで思ったところで首を横に振り、彼女は屋上から周囲の光景を見下ろしてみる。
 既に陽が落ちようとしている時間帯の王都の通りは人でごったがえし、繁華街としての顔を見せかけている最中だ。
 眼下の喧騒が彼女の耳にこれでもかと入り込んでくる中、ハクレイは必死に逃げる少女の姿を捉える。

778ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:11:08 ID:WZ82hnBc
 屋上からの距離はおおよそ五〜六メイルぐらいだろうか、屋上から見下ろす通りの人々か若干小さく見えてしまう。
 ここから先ほどのように壁に貼り付きながら降りることも可能だろうが、その間に逃げられてしまう可能性がある。
 最悪壁に貼り付いている所を狙われて魔法を叩きつけられたら、それこそ良い的だ。
 一気に少女の近くまで飛び降りてみるのも手だが上手くいく保証は無く、そんな事をすれば他の人たちにも迷惑を被ってしまう。
 彼女の理想としてはこのまま一気にあの娘の傍に近づいて杖を取り上げてから捕まえたいのだが、現実はそう上手く行かない。
 次の一手はどう打てばいいのか悩むハクレイを余所に、少女は彼女が屋上にいる事に気付かず必死に通りを走っている。
 今はまだ視認できものの、進行方向にある曲がり角や路地裏に入られてしまうとまたもや見失ってしまうだろう。

「さてと…とりあえずどうしたらいいのかしらねぇ?」
 策は思いつかず、時間も無い。そんな二つの問題を突き付けられたハクレイは頭を悩ませる。
 屋上の先客である下級貴族たちは何となくワインやつまみを口にしながらも、そんな彼女を困惑気味な表情で眺めていた。
 彼らの中に突然壁を登ってきた彼女に対して、無礼者!とか何奴!と言える度胸を持っている者はおらず、
 床に敷いていたシートに腰を下ろしたまま、持ち寄ってきていた料理や酒をただただ黙って嗜む他なかった。
 まぁ暇を持て余している身なので、これは丁度良い余興だと余裕を見せる者も何人かはいたのだが。

 さて、そんな彼らを余所に次にどう動くべきか考えていたハクレイであったが、そんな彼女の目に『あるモノ』が写った。
 その『あるモノ』とは、今彼女がいる屋上の向こう側に建てられている二階建ての建物である。
 少し離れた場所からでも立てられてからかなりの年月が経っていると一目で分かるそこは居酒屋らしい。
 彼女には読めなかったものの、『蛙の隠れ家亭』と書かれた大きな看板が入口の上に掲げられている。
 どうやらまだオープンしてないらしく、ドアの前では常連らしい何人かの平民たちが入口の前で屯っていた。
 そしてハクレイが目に付けたのは、その居酒屋であった。
 
「あそこなら、うん…さっきのを応用してみればうまい事通りへ降りられるかも?」
 一人呟きながらハクレイは手すりへと身を寄せると、スッと何の躊躇いもなく手すりの向こう側へと飛び越えていく。
 彼女を肴に仕方なく酒を飲んでいた者たちの何人かは突然の行動に驚き、思わず咽てしまう者も出る。
 手すりの向こう側は安全を考慮して人一人が立てるスペースは作ってあるが、それでも足場としては心もとない。
 彼女が何を決心して向こう側へ行ったかは全く以て知らなかったが、かといって放置するほど冷たい者はいなかった。

「おいおい、何をしてるんだ君は?危ないぞ!」
「え…?え?それ私に言ってるの?」
「君しかいないだろ!?いまこの場で危険な場所に突っ立っているのは」
 見かねた一人がシートから腰を上げると、後ろ手で手すりを掴んでいるハクレイに声を掛ける。
 大方飛び降り自殺でもするのかと思われたのだろうか、慌てて自分の方へ顔を向けたハクレイに若い貴族は彼女を指さしながら言う。
 思わぬところで心配を掛けられたハクレイは慌てながら「だ、大丈夫よ大丈夫!」と首を横に振りながら平気だという事をアピールする。

「別にここから飛び降りるってワケじゃないから、本当よ?」
「…?じゃあ何でそんな所に立ってるんだ、他にする事でもあるっていうのかね?」
 その言動からとても自殺するとは思えぬ彼女に、若い貴族は肩を竦めつつも質問をしてみる。
 彼女としてはその質問に答えるヒマはあまり無かったものの、答えなければ止められてしまうかもしれない。
 そんな不安が脳裏を過った為、ハクレイは両足に霊力を貯めながらも貴族の質問に答える事にした。

779ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:13:11 ID:WZ82hnBc
「まぁ何といえば良いか。『飛び降りる』ってワケではないのよ。ただ…―――」
「ただ?」
「―――――『跳ぶ』だけよ」
 首を傾げる貴族に一言述べた後に、彼女は右足で勢いよく屋上の縁を蹴り飛ばした。
 彼女が足に穿いている立派なロングブーツが勢いよく縁を蹴りあげ、纏わせていた霊力が爆発的なキック力を生む。
 その二つの動作を同時にこなす事によって、彼女の体は驚異的なジャンプ力によって屋上から飛び上がったのである。
 彼女の傍にいた若い下級貴族は突然の衝撃と共に飛び上がったかのように見えるハクレイを見て、思わず腰を抜かしてしまいそうになった。
 他の貴族たちもこれには腰を上げると仲間に続くようにして驚き、屋上からジャンプしていった彼女の後姿を呆然と見つめている。
「な、な、な…なななんだアレ?なぁ、おい…」
「お…俺が知るかよ!あんなの系統魔法でも見たことが無いぞ…!」
 後ろの方で様子を見ていた二人の貴族がそんなやり取りをしている中、その場にいた何人かがハクレイの後姿を追いかける。
 ここから約二メイル程ジャンプしていった彼女は、微かな弧を描いて向こう側の居酒屋の方へと落ちていく。
 誰かがハクレイを指さしながら「あのままじゃあ看板にぶつかるぞ!」と叫び、それにつられてハッとした表情を浮かべてしまう。
 しかし幸運にも、彼の予想はものの見事に外れる事となった。

 屋上からジャンプしたハクレイは青白く光るブーツを、人で満ち溢れた通りに向けて飛び越えていく。
 地上にいる人々は気づいていないのか、何も知らずに通りを行き交う人々の姿というものは中々にシュールな光景だ。
  そして、思っていた以上に即行だった行動が上手くいった事に内心驚きつつも、着地の準備を整えようとしていた。
 次に目指すはあの共同住宅と向かい合っていた居酒屋―――の入口の上に掲げられた看板。
 入り口からでも見上げられるように少し地上に向けて傾けられているソレ目がけて、彼女は落ちていく。
 角度、霊力、スピード…共に良好。…だが何より一番大切なのは、勢いよく顔から激突しないよう気を付けることだ。
 しかし、それは今の彼女にとっては単なる杞憂にしかならなかった。

「よ…ッ!…っと!わわ…ッ」
 丁度看板と建物の間に出来たスペースへ綺麗に降り立った彼女は、着地と同時に驚いた声を上げる。
 原因は今彼女が着地したばしょ、傾けて設置されている看板がほんの少し揺れたからであった。
 流石に人一人分の体重までは支えきれないのか、看板と建物を繋ぐロープがギシギシとイヤな音を立てる。
 ついでその音が入り口付近で開店を待つ客たちにも聞こえたのか、下の方からざわめきも聞こえてきた。
「流石に長居はできないか…っと!」
 このままだと看板を落としかねないと判断したハクレイは独り言を呟き、急ぎこの上から離れる事を決める。
 しかし、その前に確認する事があった彼女は何かを探るように周囲を見回すと、追いかけている少女の姿をすぐに見つけた。
 
 それは前方、それまでの通りと比べてかなり人通りが少ないそこを必死で走る彼女の後姿。
 どうやら杖はしまっているらしく、何か小さなモノを大事にそうに抱きかかえて走っているのが見える。
 ――――…追いついた!彼女の魔法攻撃で大分距離を離されていた彼女は、ようやくここまで近づけることが出来た。
 まだ少女の方は気が付いておらず、もう大丈夫だろうと思ってやや走る速度も心なしか落ちているように見える。
 距離は大体にして約十一、二メイルといったところだろうか、ここから先ほどのように跳んだ後にダッシュすれば良い。
 幸い人の通りはまばらであり、着地地点が良ければ誰も怪我させずに跳ぶことだって可能だ。

780ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:15:09 ID:WZ82hnBc
 そうなれば善は急げ、再び足に霊力を溜めようとしたハクレイであったが…―――そこへ思わぬ妨害が入った。
 妨害は地上で何事かと訝しんでいた客でも、ましてや先ほどまで彼女がいた共同住宅の屋上からではない。
 今の彼女が立っている場所、ちょうど建物の二階にある窓を開けた中年男からの怒声であった。
「あぁオイコラァッ!てめぇ、ウチん店の看板を踏んでなにしてやがる!」
「…え!?…わ、わわッ!」
 突然背後から浴びせられた怒鳴り声にハクレイは身を竦ませると同時にその場で倒れそうになってしまう。
 元から人が立つには不自由な場所だった故なのだが、それでも辛うじて転倒することだけは阻止できた。
 倒れそうになった直前で、辛うじて掴めたロープを頼りに立ち上がると慌てて後ろを振り返る。
 そこには案の定、店の人間であろう男が開けた窓から上半身を乗り出しながら自分を睨み付けていた。

「テメェ!そこはウチの看板だぞ!さっさとそこから降りやがれ、潰れちまうだろうが!?」
「い、いや…ごめんなさい。でも、すぐにどくつもりで…あ!」
 上半身と一緒に出している左腕をブンブンと空中で振り回しながら怒鳴る男の形相には鬼気迫るモノがあった。
 怒りっぷりからして恐らくは店長なのだろう、そう察してすぐに謝ろうとしたハクレイはハッとした表情を浮かべる。
 そしてまたもや慌てながらもう一度振り返ると、通りを歩いていた人々が後ろからの怒声に何だ何だと視線を向けていた。
 酒場へ行くであろう平民の労働者や若い下級貴族に、いかにも水商売をやっていますといいたげな恰好をした女たち。
 そして案の定『あの娘』も振り返ってこちらを見つめていた、金貨入りのサイドパックを大事に抱えたあの少女が。

 自分の魔法で蹴散らしたと思っていた女の人がすぐ近くにまで来ている事に気づき、目を見開いて凝視している。
 気のせいだろうか、ハクレイの目にはその瞳にある種の感情が宿っているように見えた。
 距離がありすぎてそれが何なのかは分からなかったが、少なくとも好意的な感情ではないだろう。
 そう思ってしまう程、少女の見開いた瞳が自分に向けて刺々しい視線を向けていた。 

 少女とハクレイ。暫しの間互いの瞳を数秒ほど見つめ合った後、先に体が動いたのは少女の方であった。
「―――…ッ!」 
 口を開けて何かを叫んだ少女は急いで踵を返し、全力で走り出したのである。
 近くにいた通行人の何人かが突然走り出した少女へと思わず視線を向けてしまうが、止めようとはしなかった。
「あ……――ま、待って…待ちなさいッ!」
 少女が走り出した事で同じく我に返ったハクレイは、左足で勢いよく看板を蹴り付ける。
 貯めてはいたものの、練りきれなかった霊力が彼女の足にジャンプ力と破壊力を与えてしまう。
 結果、薄い材木で造られた看板は彼女の刺々しい霊力に耐えきれる筈もなく…窓から身を乗り出していた店主の目の前で、惨事は起こった。

「お、オレが五年間溜めたお金でデザインしてもらった店の看板がぁああぁぁああああぁぁ!!」 
 程々に厚い木の板が割れるド派手で乾いた音が周囲に響き渡ると同時に、男の悲痛な叫び声が混じった。
 呆気なく砕け散った五年分の売り上げが注がれた看板゙だっだ木片は、バラバラと地上へと落ちていく。
 何が起こったのかイマイチ分からない入口の客たちももこれには流石に慌てて店の周りから一斉に逃げ出してしまう。
 周りにいた通行人たちは派手に割れた看板へと注目してしまうが、それを踏み台にしたハクレイにはより多くの視線が注がれていた。
 その場にいた大半の者たちは皆頭上を仰ぎ見ていた、地上よりほんの少し上まで上がってしまったのである。

781ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:17:08 ID:WZ82hnBc
「うわ…ヤバ!跳びすぎちゃったかしら?」
 そう、あの看板を思わず踏み砕いてしまうほどの力で跳んだ彼女は、看板の上から五メイル程まで跳んでしまっていた。
 逃げる少女を見て、咄嗟に霊力を調節せずに跳んでしまった事がこうなってしまった原因かもしれいな。
 でなければやや垂直ながらもここまで高くは跳べなかっただろうし、蹴り付ける際に看板まで壊してしまう事はなかっただろうから。
 咄嗟にやってしまった事とはいえ、人が大切にしていたモノを壊してしまった事に彼女は妙な罪悪感を抱いてしまう。
「流石にあれは弁償しないとダメよね?…とにかく、この状態から早くあの娘を捕まえないと」
 しかし、だからといって今はそれに浸り続ける事は許されず、彼女は急いで通りの方へと視線を向ける。

 幸い必死に走る少女の姿はすぐに確認する事が出来、先程よりも更に人通りが少なくなった通りを全力疾走していた。
 後方では足を止めて自分を見上げている人が多かったが、少女がいる場所は何が起こったのかまだ知らないのだろう。
 それと同時に、十メイル以上まで跳んだハクレイの体はそこから三メイル程上がった所で一旦止まり、そこから一気に地上へと落ち始める。
 すぐさま視線を地上へと向ける。幸いにも自分の事を上空で見守ってくれていた人々は彼女が落ちてくると瞬時に察してくれたのだろう。
 丁度自分が落ちるであろう場所にいた人々が急いでそこからどく事で空きスペースという名の着地地点ができる。
 
 人々がそこから下がってすぐに、十メイル以上もジャンプしたハクレイは地上へと戻ってこれた。
 ブーツに纏っていたやや過剰気味な霊力のおかげで怪我をすることも無く、硬いブーツと地面がぶつかりあう音が周囲に響き渡る。
 それでも完全に相殺する事はできなかったのか、ブーツを通して彼女の足に痺れるような痛覚がブワ…ッと足の指から伝わってくる。
「……ッ痛ゥ!流石に十メイルは無理があったかしらぁ…?」
 痛む右足へと一瞬だけ視線を向けた後、すぐさま少女を捕まえる為の準備を始めた。
 先ほど看板を蹴った時の様な間違いは許されない、下手をすればあの少女を傷つけかねないからだ。

 慎重かつできるだけ素早く霊力を練っていくハクレイは、先ほど上空からみた光景を思い出す。
 少女との距離は十メイル以上は無く、周りにも巻き添えになってしまうような人はあまりいなかった。
 それならばここから直接跳んで、上から抱きかかえるようにして捕まえる事も可能かもしれない。
 捕まえた後は自分が怪我をしても良いので何とか受け身を取って、まずは財布を取り返す。
 その後はまだ曖昧であったものの、ひとまずはこんな事を二度としないように説得しようと考えていた。
 誰かに大人のエゴだとしても、例えメイジであったとしてもニナと同い年の子供が犯罪に手を染めてはいけないのだから。

(待ってなさい、今すぐそっちへ行くわよ)
 心の中で呟き、改めて捕まえて見せると決意した彼女は霊力の調節を終えた右足で地面を勢いよく蹴る。
 それと同時に彼女の体は宙へ浮いたかと思うと、そのまま一気に少女がいるであろう方向へ跳びかかった。 
 得体の知れぬ自分を助けてくれたカトレアの意思を尊重し、そして彼女が渡してくれたお金を取り戻すために。
 

 しかし、この時彼女は『ミス』をしていた。至極単純で、確認すべき大事な事を忘れていたのである。
 それさえやっていれば恐らくあんな事故は起こらなかったであろうし、少女を捕まえて無事お金も取り戻せていたに違いない。
 この時は早く捕まえなければという焦燥を抱いてしまったが故に、慌てて跳びかかってしまったのである。
 だが…正直に言えば、誰であろうとまさかこんな事故が起こる等と思っても見なかったであろう。
 
 何せ、偶然にも少女は自分と同じように財布を盗って追われていた兄と遭遇し、
 ついでその兄も、服装こそまともだが空を飛んで追ってくるという霊夢の姿を目にしたうえで、
 その霊夢が杖の様な棒で兄の頭を叩こうとしたが故に、押し倒すようにして二人揃ってその場で倒れた瞬間…。
 丁度跳びかかってきたハクレイと霊夢が仲良く空中衝突したのだから。

782ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:19:17 ID:WZ82hnBc
 霊夢も霊夢で兄を追いかけるのに夢中になって反応が遅れてしまったことで、事故は起こってしまったのである。
 結果的に、仲良くぶつかった二人はそれぞれ明後日の方角へと墜落してしまう羽目となった。
 無論双方共にかなりのスピードでぶつかったのだ、当然の様に気を失って、互いに追っていた者達を見失ってしまう。
 
 運勢は正に神の気まぐれとしか言いようの無い程の変則ぶりを見せてくれる。
 幸運続きかと思えば突然不幸のどん底に落ちたり、不幸の連続から急な幸運に恵まれる事もあるのだ。
 そして今回、この追いかけっこで勝利を制したのは小さな小さな兄妹。
 彼らは無事(?)に、自分たちを追いかけてくる鬼を撒いて暫くは幸せに暮らせるだけのお金を手に入れたのだから。




 ざぁ…ざぁ…!ざぁ…ざぁ…!という木々のざわめく音が頭の中で木霊する。
 まるで大自然から起きろとがなり立てられている様な気がした霊夢は、嫌々ながらに目を覚ました。
 渋々といった感じに瞼を上げて、妙な違和感が残る目を袖でゴシゴシとこすった後、ほんの少しの間ボーっと寝転がり続ける。
 それから十秒、二十秒と経つうちに自分が今どこで寝転がっているのか気づき、ムクリと上半身を起こして一言…

「――――――…ん、んぅ…?何処よ、ここ?」

 頭の中で想像していたものとはまったく違っていた辺りの風景に、彼女は目を丸くして呟く。
 予期しきれなかった思わぬ衝突で気を失った彼女が目を覚ました場所は、何故か闇に覆われた針葉樹の中であった。
 流石の霊夢も目を覚ませば王都で倒れていただろうと思っていただけに、思わぬ展開に面喰っている。
 それでも博麗の巫女としての性だろうか、何とか冷静さを取り戻そうとひとまず周囲の様子を確認しようとしていた。
「えーと、確か私は何故か街にいた巫女モドキと空中でぶつかって…それで気絶、したのよね?」
 気絶する直前の事を口に出して確認しながらも、彼女は周囲を見回してここがどこなのか知ろうとする。

 やや高低差のきつい地形と、そこを埋めるようにしてそびえたつ細身の巨人の様な樹齢に何百年も経つであろう樹木たち。
 辺りが暗すぎる為にここが何処かだか詳しく分からなかったが、これまでの経験から少なくとも山中であろう事は理解できる。
 それに闇夜の中でも薄らと分かる地形からして、少なくとも人の手がそれ程入ってないであろう事は何となく分かった。
「まさか、ぶつかったショックで意識を無くしたまま飛んでって山奥まで…って事はないわよね?」
 そうだとしたら自分が夢遊病だというレベルを疑う程の事を呟きながら、彼女はゆっくりと立ち上がる。
 遥か頭上の闇夜で揺れる針葉たちの擦れる音は、不思議と耳にする者の心に妙なざわめきを生んでしまうものだ。
 風で絶え間なく揺れ続け、喧しい音を立てる葉っぱは人をじわりじわりと追い詰めていく。
 止むことを知らないざわめきはいつしか、それを聞く者に対しているはずの無い存在を想起させる一因と化す。

 今こうして木々がざわめいているのは、天狗や狐狸の悪戯だと考えてしまい冷静な判断ができなくなってしまうのである。
 実際には単なる風で揺れているのだとしても、焦燥と見えない恐怖でそうとしか考えられなくなってしまう。
(まぁ外の世界ならともかく、幻想郷だと本当に狐狸や天狗の悪戯だったりするけど…)
 彼女自身何度も経験したことのある妖怪たちの悪戯を思い出しつつ、ひとまずここがどこなのか探り続ける。
 妖怪退治を生業とする彼女にとって闇夜など毛ほどに怖くもない。むしろそこに妖怪が潜んでいるのなら退治にしにいくほどだ。
 だからこそまともに視界が効かぬ中、ひっきりなしに木々のざわめきが聞こえていても動じる事などしていないのである。

783ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:21:07 ID:WZ82hnBc
 とはいえ、このまま気の赴くまま動いてしまっては迷ってしまうのは必須であろう。
 足元もしっかりと見回しつつ、霊夢は何か目印になるようなものがないか闇の中をじっと睨みつけていた。
 まるで闇の中に潜んでいる不可視の怪物と対峙するかのようにじっと凝視しながら、あたりを見回していく。
 しかし、彼女の赤みがかった黒い瞳に映るのは闇の中に佇む針葉樹や凸凹の山道だけである。
 何処なのかも知れぬ山中で立ち往生となった霊夢は一瞬だけ困った様な表情を浮かべたものの、すぐにその顔が頭上を見上げる。
 まるで空を突き刺さんばかりに伸びる針葉樹の隙間からは、森の中よりもやや薄い夜空が広がっている。
 幸いにも彼女が空へ上がるには十分な隙間は幾つもあり、ここよりかは幾分マシなのには違いない。
「んぅ〜…面倒くさいけど、誰かが待ち伏せしてるって気配は無いし…しゃーない、飛びますか!」
 寝起きという事もあってか気だるげであった霊夢は仕方ないと言いたげなため息をつくと、その場で軽く地面を蹴りあげた。
 するとどうだろう。彼女の体はそのまま宙へと浮きあがり、ふわふわ…という感じで上空目指して飛び上がっていく。
 
 そして三十秒も経たぬうちに、空を飛ぶ霊夢は無事濃ゆい闇が支配する森の中から脱出する事が出来た。
 地上と比べて風の強い空へ浮かんでいる彼女は、容赦なく肌を撫でていく冷たい風に思わずその身を震わせる。
「ふぅ〜…やっばり夏とはいえ、こう風がキツイと肌寒い…ってあれ?」
 針葉樹の枝を揺らす程の強い風におもわずブラウス越しの肩を撫でようとした霊夢は、ある違和感に気づく。
 感触がおかしい。ルイズに買ってもらったブラウスの感触にしては妙に生々しかったのである。
 思わず自分の両肩へと視線を向けた直後、霊夢は今の自分がルイズから貰った服を身に着けていない事に気が付く。
 無論、一糸纏わぬ生まれたまま…ではない。今の彼女が身に着けている服、それはいつもの巫女服であった。
 紅白の上下に服と別離した白い袖、後頭部の赤いリボンと髪飾り。そしていつもの履きなれた茶色のローファー。

 いつもの着なれた巫女服を身に纏っていたという事実に今更になって気が付いた彼女は、目を丸くして驚いている。
 何せついさっきまで大分前にルイズが買ってくれた洋服一式を着ていたというのだ、おかしいと思わない筈がない。
「…ホントにどういう事なの?だって私は気絶する直前まで……う〜ん?」
 流石の彼女も理解が追いつかず、思わず頭を抱えそうになったとき―――ふと、ある考えが頭の中を過った。
 こうして落着ける場所まで来て、良く良く考えてみればこの意味不明の状況を全てそれに押し付ける事ができる。


「――――まさか…ここは夢の中ってオチじゃないわよね?」
 首を傾げた霊夢は一人呟いた後で、ここでは自分の疑問に付き合ってくれる者がいない事にも気が付いた。
 あの巫女もどきとぶつかった後、呆気なく気を失ってしまったのは理解していたので、きっと現実の自分は今も意識を失っているのだろう。
 それならば今自分が体験している出来事は、全て自分の夢の中という事で納得がいく。
 闇夜の森の中で目を覚ましたのも、いつの間にか巫女服になっていたのも全て夢だというのなら説明する必要もない。
「な〜んだ、それなら慌てる必要も無かったじゃないの。馬鹿馬鹿しい」
 ひとまず今の自分が夢を見ているという事で納得した霊夢は、安堵の色が混じる溜め息をつきながら空中で仰向けになった。

 空を飛ぶことに長けた霊夢らしい特技の一つであり、何かしらする事がなければ幻想郷でもこうして寝転がる事が多い。
 今が日中で快晴ならば風で流れゆく雲を間近で見れるのだが、当然ながら今は夜である。
 しかも月すら雲で隠れているせいで、眺めて見れれるものは闇夜だけと言う情緒もへったくれもない天気。
 だが今の霊夢は綺麗な夜空は見たかったワケではなく、今の自分が夢を見ているだけという事に安心しているのだ。

784ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:23:11 ID:WZ82hnBc
「最初は何処ここ?とか思ってたけど、夢ならまぁ…特にそれを考える必要はないわねぇ」
 上空よりも暗い闇に包まれた地上に背を向けながら、彼女は気楽そうに言った。
 ここが夢の中ならば何もしなくても目を覚ますだろうし、変に動き回れば夢がおかしくなって悪夢に変わる事もある。
 だからこうして空中で横になって、そのまま夢が覚めるまで目でもつぶって見ようかな?…と思った所で、
 
「……そういえば、私とルイズたちの財布を盗んでいったあのガキはどうしてるのかしら?」
 ふと、自分が気を失って夢を見る原因の一つとなったあのメイジの少年の事を思い出した。
 ルイズと魔理沙は魔法で吹き飛ばれさていたし、自分はあの巫女モドキとぶつかってしまっている。
 となれば誰もあの少年を追う事などできず、アイツはまんまと三千エキュー以上の大金を盗まれてしまったことになる。
 そんな事を想像してしまうとついつい悔しくなってしまい、その気持ちが表情となって顔に浮かんでしまう。
 まぁここなら誰にも見られることは無いのだが、それでも悔しい事に代わりは無い。
 あの時、もっと前方に警戒していれば何故かは知らないが自分に突っ込んできた巫女モドキもよけられた筈なのだから。
 
「うむむ…まぁ所詮は過ぎた事だし、どんな言い訳しても結局は負け犬の遠吠えね」
 心の内に留めきれない程の悔しさを説得するかのような独り言をぼやきながら、それでも霊夢は未だあのお金を諦めきれないでいた。
 あれだけの大金があるならばまともな宿にだって長期宿泊できたし、何より美味しい食べ物やお酒にもありつけた筈なのだから。
 それをまんまと盗んでいったあの子供は、今頃自分たちの事を嘲笑いながら豪遊している事だろう。
 街で買ってきた安物ワインとお惣菜で乾杯し、実在していた自分の妹へ今日の追いかけっこをさも自分の武勇伝として語っているに違いない。
 無論、それは霊夢の勝手な妄想であったのだが、考えれば考える程彼女の苛立ちは余計に溜まっていった。
「……何か考えただけでもムカついてきたわね?私としても、このままやられっ放しってのも癪に障るし…」
 そう言いながら空中で仰向けに寝ころばせていた上半身を起こした後、グッと左手で握り拳を作る。

 お金の事を考えていると、ついついあの少年が自分に向かってほくそ笑んでいると思ったからであった
 さらに言えば、霊夢自身このまま世の中舐めきったあの子供に黒星を付けられている事も気に入らなかったのである。 
「まず夢から覚めたら捜索ね。あのガキをとっ捕まえてからお金を取り返して、余の中そうそう甘くないって事を教えてやらなくちゃ」
 器用にも夢の中で夢から覚めた後の事を考える彼女の脳内からは、アンリエッタから依頼された仕事の事は一時的に忘れ去られていた。

「ん?…何かしら、あのひ―――って、キャア!」
 そんな風にして、やや私怨臭い決意を空中で誓って見せた彼女であったが…、
 突如として視界の隅で眩い閃光のような光が瞬いたかと思った瞬間―――耳をつんざく程の爆発音で大いに驚いてしまった。
 ビックリし過ぎたあまり、そのまま落ちてしまうかと思ったが何とかそれを回避した彼女は、音が聞こえた方へと視線を向ける。
「…ちょっと、いくら何でも夢だからって過激すぎやしないかしら?」
 爆発音の聞こえてきた方向を見た彼女は一言、ジト目で眺めながら一人呟いた。
 それは丁度彼女がいま立っている場所から前方五十メイル程であろうか、針葉樹から爆炎の柱が小さく立ち上っている。
 爆炎に伴い周囲の光景が暴力的な灯りにより照らされ、火柱よりも高い針葉樹が不気味にライトアップされていた。

「一体何のかしら?あの派手な爆発音からして何かよろしくないものが爆発したような雰囲気だったけど…」
 すぐさま空中での姿勢を元に戻した霊夢は、乱暴な焚火がある場所へと目を向けて分析しようとする。
 火の手が立ち上っているという事は人が係わっている可能性は高いが、それにしては勢いが強すぎだ。
 恐らく何かしらの事情があってあんな火柱とは呼べないレベルのものができたのだろうが、きっと余程の事があったに違いない。
「――むぅ…ここは夢の中だと思うんだけれど、何でかしら?体が言うとこを聞かない様な…」
 博麗の巫女としての性なのだろう、何かしら異常事態を目にしてしまうとつい無性に気になってしまうのだ。
 例えこれが夢の中だとしても、面倒くさいと思ってしまっても、それでも気にせず現場へ赴きたくなってしまう。

「…うぅ〜!どうせ夢の中だから何もないだろうけど…まぁ念の為を考慮して…行ってみようかしら?」

785ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:25:42 ID:WZ82hnBc

 地上であるならば、灯りひとつない山道を歩くだけでも相当な時間を要する。
 それに対し、霊夢の様にスーッと空から飛んでいく事が出来れば時間も然程かかることは無い。
 距離にもよるが、今回の場合ならばたったの二、三分程度ヒューッと飛んで行けばすぐにでも辿り着く程度だ。
 
「…!あれは?」
 火が立ち上っている場所のすぐ近くまで飛んできた彼女は、眼下で何かが盛大に燃えているのを知った。
 全体的なシルエットはやや四角形っぽいものの、その四隅には車輪が取り付けられている。
 それが山中の少し開けた場所で盛大に横転しており、ついで勢いよく燃え盛っていたのである
 一瞬馬車の類なのかと思ったものの、それを引いていたであろう馬は見当たらない。
 逃げてしまったのか、それとも馬車みたいな何かを襲った存在の喰われてしまったのか…
 そこまでは彼女の知るところではなかったし、今の彼女には別に考えるべき事があった。
 夢の中の出来事とはいえ、こんな光景を目にしてしまっては無視したり見なかったことにするのは彼女的に難しかった。
 それにもしかすると、まさかとは思うが…これが夢ではなく現実に起こっている事なのだとすれば、
   
 そこまで考えた所で、霊夢は面倒くさそうなため息を盛大についてみせた。
 結局のところ、夢の中だとしても自分は博麗の巫女なのだという現実を改めて思い知った彼女なのである。
「夢の中とはいえ…流石に見過ごすのは良くないわよ…ねぇ?」
 一人呟いた彼女はやれやれと肩を竦めながら、そのままゆっくりと燃え盛る馬車モドキの傍へと降り立つ。
 着地まで後数メートルという所から馬車モドキを燃やす炎の熱気は凄まじくなり、彼女の肌に汗が薄らと滲み出てくる。
 服で隠れている肌にもはっきりと伝わってくる熱気が、目の前で燃え盛ってる炎がどれだけ凄まじいモノなのかを証明している。

「うっ…これはひどいわ。中に人がいたとしても、これじゃあ流石に…」
 顔に掛かる熱気を服と別離している左腕の袖で塞ぎながら、彼女は周囲に何か落ちていないか見回してみる。 
 もしもこの馬車モドキに人が乗っていたとするならば、何かしら証拠の一つはある筈だ。
 そう思って辺りを見回してみたのだが、周囲の地面には何も散らばっておらず、粘土交じりの土だけしか見えない。
「まぁ特に期待はしてないけど…それにしたって、誰がこんな事をしでかしてくれたのかしら?」
 彼女自身それ程真面目に探していなかった為、今度は馬車モドキを燃やしたであろう犯人を捜し始める。
 どういう方法でここまで燃やしたかは知らないが、少なくとも生半可なやり方ではここまでの惨事にはならなかっただろう。
 
 先ほどと同じように周囲と頭上へ視線を向けて探ってみるが、当然の様に怪しい者や人影は見つからない。
 まぁこれも予測の範囲内であった霊夢は一息ついた後、目を閉じて周囲の気配を探るのに集中し始める。
 相手が何であれ、まだ近くにいるというのなら何かしらの気配を感じられる筈である。
 それは霊夢が本来持つ勘の良さから来るモノなのか、それとも先天的なハクレイの巫女としての才能の一つなのかまでは分からない。
 だが、異変以外の妖怪退治の仕事があった際にはこの能力を使って、隠れていたり物や人に化けた妖怪を見破ってきた。
 今回もまた、何処かで馬車モドキが燃えているのを眺めているであろう『何か』を探ろうとした彼女であったが、
 意外にも早く、というか呆気ない位に…馬車モドキをここまで酷い状態にしたであろう『モノ達』を見つけたのである。

「………ん?―――――!これって…もしかして妖怪?」
 彼女は今立っている方向、十一時の方向に良くない気配―――少なくとも人ではないモノを感じ取った。
 気配の先にあるのはモノへと続く鬱蒼とした茂みであり、時折ガサゴソと揺れている。
 気配と共に滲み出ている霊力の質と量からして、相手が下級程度の妖怪だと判断する。
(夢の中とはいえ、まさか久しぶりに妖怪と戦うだなんて…働き過ぎなのかしら?)
 そんな事を考えながら彼女は目を開けると、気配を感じ取った方向へと視線を向けつつスッと懐へ手を伸ばす。
 懐へ忍ばした右手が暫く服の中を物色した後、目当てのモノを掴んでそれを取り出した。

786ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:30:21 ID:WZ82hnBc
 彼女が取り出したモノ―――それは霊夢直筆のありがたい祝詞がびっしりと書かれたお札数枚であった。
 右手が掴んできたお札をチラリと一瞥した霊夢はホッと一息ついた後、左手に持ち替えて軽く身構えて見せる。
 
「てっきり夢の中だから無かったと思ってわ、…まぁ無くても何とかなりそうだけどね」
 経験上今感じ取れてる霊力の持ち主程度ならば、そこら辺の木の棒ではたいたり直に触れるだけでいい相手だ。
 御幣程とまではいかないがただの棒きれでも霊力は伝わるし、直接タッチできれば直に霊力を送り込んで痛めつけられる。
 とはいえ、お札があると無いとでは安心感が違う。遠くから攻撃できるのであればそれに越したことは無い。
 お札を左手に持ち、戦闘態勢を整えた霊夢は先手必勝と言わんばかりにお札を一枚、茂みへと放った。
 彼女の霊力が入ったお札は、一枚の紙切れから霊力を纏った妖怪退治の道具へと変わり、一直線に突っ込んでいく。

 このまま真っ直ぐ行けば、茂みの中に隠れているであろうモノは霊夢からの先制攻撃を喰らう事になる。
 そうなれば、妖怪を殺す為だけに作られたと言えるお札の力で、呆気なく倒されてしまうだろう。
 投げた霊夢自身もすぐに片が付くと思っていた。何だかんだ言っても、やはり戦いは手短に済ませた方が良い。
 しかし…予想にも反して相手は寸でのところで茂みから飛び出し、彼女の一撃をギリギリで避けたのである。
 彼女がこれまでの妖怪退治で聞いたことの無いような、鳴き声とは思えぬ奇声を発しながら。
「オチャカナ!オチャカナ!」
「…!」
 まさか、あの距離で攻撃を避けられるとは思っていなかった霊夢は思わずその目を丸くしてしまう。
 そしてすぐに、飛び出してきたモノの姿を燃え盛る火で目にし、奇声を耳にして相手が人語を解す存在だと理解する。

 茂みから飛び出してきた妖怪は、全身が黒い毛皮に身を包んだ猿…とでも言えばよいのだろうか。
 全体的な姿は幻想郷でも良く目にするニホンザルと似ているものの体格は一回り大きく、そして毛深い。
 手足の指は五本。しかしそれが猿のものかと言われれば妙に違和感があり、どちらかと言えば人間のものに近い。
 何よりも特徴なのは、ソイツの顔はどう見ても猿ではなく、人間…しかも、乳幼児程度だという事だろう。
 まだ生まれて一年も経っていない、乳飲み子の様なふっくらとした優しげな顔。
 しかし、人外としか言いようの無い毛深く大きな猿の体にはあまりにも不釣り合いな顔である。
 そんなアンバランスな、しかし見る者を確実に恐怖させる姿は正に妖怪の鑑といっても良い。
 最も、妖怪は妖怪でも紫やレミリアと比べれば遥か格下の低級妖怪…としてだが。

 茂みから姿を現したソイツの姿を目にした後、霊夢はやれやれと言いたげな様子でため息をつく。
 あの馬車モドキを炎上しているから、てっきり下級は下級でも一癖も二癖もある様なヤツかと思っていたが、
 何でことは無い、大方長生きし過ぎた猿がうっかり妖怪化してしまった程度の存在だったのだ。
「何が出てくるかと思いきや、まさか妖獣の類だなんてハッタリも良いところね」
 そんな軽口を叩きつつも、少し離れた場所でダラダラと両手を振ってこちらを凝視する妖獣相手に身構える。
 相手が妖怪としては大したことはないにせよ、相手が妖怪ならば退治するに越したことは無い。
 幸い人語は解するにしてもこちらと会話できる程の知能を持ち合わせているようには見えなかった。
 
「夢の中とはいえ、妖怪退治をする羽目になるとはね…」
 そんな事を呟きながらも、いざ目の前の猿モドキへ向けて再度お札を投げようとした――――その時である。
 妖獣が出てきた茂みの方、先ほどのお札が通り過ぎて行った場所から再び奇怪な鳴き声が聞こえてきた。
 しかもそれは一つではなく、明らかに数匹が纏まって鳴いているかのような、耳に来る程の声量である。
 一体なんだと霊夢が攻撃の手を止めた瞬間、あの茂みの中から似たような個体が二、三匹飛び出してきた。
 顔立ちや毛並みに僅かな違いがあるが、全体的な特徴としては最初に出てきたのと酷似している。
 突然数を増やした妖獣に攻撃の手を止めてしまった霊夢はその顔に嫌悪感を滲ませながら妖獣を見つめていた。

787ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:32:07 ID:WZ82hnBc
「うわ…何よイキナリ?人がこれから退治しようって時にワラワラ出てくるなん……て?……――――ッ!」
 そんな愚痴をぼやきながらも、まぁ出てきたのなら探す手間が省けたと攻撃し直そうとした直前――――感じた。
 先程妖獣たちが出てきた茂みの向こう――墨で塗りつぶされたかのような黒い闇に包まれた森。
 彼女はそこから感じたのである。恐らくこの妖獣たちがここへ来たであろう原因となった、怖ろしい程に『凶暴』な霊力を。
 恐らく妖獣たちに対してであろう殺意と共に流れ出てくるソレを察知している霊夢は、思わずそちらの方へと視線を向ける。
 まだこの霊力の持ち主は姿を見せていないのだが、その気配を霊夢より一足遅く感じ取ったであろう妖獣たちは、皆そちらの方へ体を向けていた。
(…何なのこの霊力の濃度、紫程じゃないにしても…コレって私より…いや、それとはまた別ね)
 一方で、攻撃の手を止め続けている霊夢は感じ取れている霊力とその持ち主が気になって仕方が無かった。
 その霊力はまるで相手の肉を骨ごと噛み砕く狼の牙の様に鋭く、そして生かして返す気は無いと断言しているかのような殺意。
 人外に対する絶対的な殺意をこれでもかと詰め込んだ霊力に、霊夢は知らず知らずの内に一層身構えてしまう。


 そして…霊夢が無意識の内に身構え、妖獣たちが茂みの向こうへと叫び声を上げた瞬間―――『彼女』は現れた。
 霊夢の動体視力でしか捉えられない様な速さで森から飛び出した『彼女』が、一番前にいた妖獣へ殴り掛かる。
 殺意が込もった凶暴な霊力で包まれた右の拳が、赤子そっくりな妖獣の顔を粘土細工の様に潰してしまう。
 一瞬遅れて、炎で照らされた空間に血の華が咲き誇り、それを合図に『彼女』は周りにいる妖獣たちへ襲い掛かった。
 妖獣たちも負けじと叫び、意味の分からぬ人語を喋って『彼女』へ飛びかかり―――そして殴られ、潰されていく。
 分厚い毛皮に包まれた体に大穴が空き、拳と同じく霊力に包まれた左足の鋭い蹴りで手足が吹き飛ぶ。
 正に有無を言わさぬ大虐殺、圧倒的強者による妖怪退治とは正にこの事だ。 

 そんな血祭りを、少し離れた所で眺めていた霊夢は思った。――――どちらが本当の妖怪なのだと。
 『彼女』は確かに人間だ。霊力の質と量からして妖怪ではないのだすぐに分かる。
 しかし、あぁまで残酷かつ野獣のような戦い方をしているのを見ると、どちらが化け物なのか一瞬戸惑ってしまうのだ。

「アイツ、本当に何者なのよ?」
 一人呆然と眺め続ける霊夢は、妖獣を殺していく『彼女』へ向かった懐疑心を込めながら言った。
 最初に会った時は手助けしてくれて、その次は何の恨みがあるのか人様にぶつかってきて…。
 そして今自分の目の前…夢の中で猿の妖獣たちを、まるで獲物に食らいつく野獣の様に引き裂いていく―――あの巫女モドキへと。




 暗く、熱く、そして血に塗れてしまった自分が夢から覚めたと気づいたのはどれぐらいの時間を要したか。
 ついさっきまで夢の中にまでいたかと思って起きた時には、既に霊夢の体は慣れぬベッドの上で横になっていた。
 目を開けて、これまた見慣れぬ天井をボーッと見つめ続けて数分程して、ようやくあの夢が覚めたのだと気が付く。
 首元まですっぽりと覆いかぶさる安物勘が否めないカバーをどけて、霊夢はゆっくりと上半身を起こして自分の体を確認する。
 今身に着けているのは気絶する直前まで来ていた洋服ではなく、その下に巻いていたサラシとドロワーズだけのようだ。
 そして、今自分が妙に安っぽくてそれでいてあまり埃っぽくない部屋の中にいるという事を理解して、一言述べた。

788ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:34:07 ID:WZ82hnBc
「…どこよここ?」
 夢の舞台も妖怪が出てくる変な森の中であったが、起きたら起きたで見た事の無い部屋で寝かされている。
 まぁあのまま街中で気絶したままというのも嫌ではあるが、だからといってこうも見た事の無い場所でいるというのも不安なのだ。
 そんな事を思いながら、部屋を見回していた霊夢はふとその薄暗さに気が付いて窓の方へと視線を移す。
 しっかりと磨かれた窓ガラスから見えるのは、すっかり見慣れてしまったトリステインの首都トリスタニアの街並み。
 今自分がいる部屋の向こう側で窓を開けて欠伸をしている男が見えるので、恐らく二階か三階にいるのだろう。
 
 そこから少し視線を上へ向けると、並び立つ建物の屋根越しに空へ昇ろうとしている太陽が見えた。
 幻想郷でも見られるそれと大差ない太陽の向きからして、恐らく今は夜が明け始めてある程度経っているのだろう。
(そっかぁ〜、つまりは…あれから一夜が経っちゃったて事よね?)
 まんまと自分やルイズたちのお金を盗んでいったあの子供の事を思い浮かべていた、ふと窓から聞き慣れぬ音が聞こえてくるのに気が付く。
 窓ガラス越しに聞こえる街の生活音はまだまだ静かで、しかし陽が昇るにつれどんどん賑やかになろうとしている雰囲気は感じられる。
 通りを掃除する清掃業者と牛乳配達員の若者同士の他愛ない会話に、軒先に水を撒いている音。
 普段人里離れた神社に住む霊夢にとっては、夜明けの街の生活音というのはあまり聞き慣れぬ音であった。
「まぁ、嫌いってワケじゃあないんだけど……ん?」
 そんな事を呟きながら何となく窓のある方とは反対方向へ顔を向けた時、
 出入り口のドアがある方向に置かれた丸いテーブル。その上に、自分がいつも着ている巫女服が置かれているのに気が付いた。
 ご丁寧に御幣まで傍らに置かれているところを見るに、きっと自分をここまで連れてきてくれたのは親切な人間なのだろう。
 しかし疑問が一つだけある、どうして自分の巫女服一式がこんな見知らぬ部屋の中に置かれているのか。
 そして気絶する直前まで着ていた洋服が消えている事に霊夢つい警戒してしまうものの、身を震わせて小さなくしゃみをしてしまう。
 恐らく昨晩は下着姿で過ごしたのだろう、いくら夏とはいえいつも寝巻姿で寝る彼女の体は慣れることができなかったらしい。
(まぁ、別段おかしなところは感じられないし…着ちゃっても大丈夫よね?)
 霊夢はそんな事を思いながらゆっくりと体を動かし、ベッドから降りて巫女服を手に取った。


「うん…良し!あの洋服も悪くは無かったけど、やっぱりこっちの方が安心するわね」
 手早く巫女服に着替え、頭のリボンを結び終えた彼女はトントンとローファーのつま先で床を叩いてみる。
 トントンと軽い音といつもの履き心地にホッとしつつ、最後に御幣を手にした彼女はひとまずどうしようかと思案した。
 御幣はあったもののデルフがこの部屋に無いという事は、恐らく魔理沙はすぐ近くにいないという可能性がある。
 それにルイズの安否もだ。彼女がいなければ幻想郷で起きた異変を解決するのが困難になる。
 最後に目にした時は、無事に藁束に落ちた所であったが、少なくともあれからどうなったのかはまでは分からない。
 もしかしたらこの家?のどこか、別室で寝かされているかもしれない。そんな事を考えながら霊夢は窓から外の景色を眺めていた。
 通りを行き交う人の数は昨夜と比べれば酷く少なく、本当に同じ街なのか疑ってしまう程である。

「とりあえずここの家主…?にお礼でも言った後、ルイズたちを探しに行った方がいいわよね」
 ひとしきり身支度を整え、何となく外の景色を眺めていた彼女がぽつりとつぶやいた直後であった。
 まだドアノブにも触れていないドアから軽いノックの音が聞こえた後、「失礼します」と丁寧な少女の声が聞こえてくる。
 何処かお偉いさんのいる場所で御奉公でもしていたのだろう、何処か言い慣れた雰囲気が感じられた。
(ん、この声って…まさか)
 何処がで聞き覚えのある声だと思った時にはドアノブが回り、ガチャリと音を立てて扉が開かれる。
 ドアを開けて入ってきたのは、霊夢と同じ黒髪のボブカットが特徴の、彼女とほぼ同い年であろう少女であった。
 そして奇遇にも、霊夢と少女は知っていた。互いの名前を。

789ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:36:09 ID:WZ82hnBc

「もしかして、シエスタ?」
「あっ!レイムさん、もう起きてたんですか!」
 ドアを開けて入ってきた彼女の顔を見た霊夢がシエスタの名を呟き、ついでシエスタも彼女の名を呼ぶ。
 いつもの見慣れたメイド服ではなく、そこら辺の町娘が着ているような大人しめの服を着ている。
 
 ドアを開けて入ってきたシエスタは静かにそれを閉めると、既に着替え終えていた霊夢へと話しかけた。
「レイムさん、怪我の方は大丈夫なんですか?ミス・ヴァリエールが言うには頭を打ったとか何かで…」
「え?…あぁ、それはもう大丈夫だけど、ここは…」
 シエスタが話してくれた内容でひとまずルイズかいるのを確認しつつ、ここがどこなのかを聞いてみる。゛
「ここですか?ここは『魅惑の妖精亭』の二階にある寝泊まり用のスペースですよ」
「魅惑の、妖精………あぁ、あのオカマの…」
 彼女が口にした店の名前で、霊夢は寝起き早々にシエスタの叔父にあたるこの店の店主、スカロンの事を思い出してしまった。
 以前、魔理沙が街中でシエスタを助けた時にこの店を訪れた時に出会って以来、記憶の片隅にあの男の姿が染み付いてしまっている。
 その気持ちが顔に出てしまっていたのか、再び窓の方へ視線を向けた霊夢に苦笑いしつつ、
「はは…まぁでも、あんな見た…―変わってても性格は本当に良い人なんですけどね…」
 少し言い直しながらも、シエスタは見た目も性格も一風変わった叔父の良い所の一つを上げていた時であった。

「シエスタ―いる〜?入るよぉ〜」
 先程とは違いやや早めのノックの後、声からして快活だと分かる少女がドアを開けて入ってくる。
 シエスタと同じ黒髪を腰まで伸ばして、彼女と比べればやや肌の露出が多めの服を着ている。
 遠慮も無く入ってきた彼女は既に起きてシエスタと会話していた霊夢を見て、「おぉ〜!」とどこか感心しているかのような声を上げて喋り出す。
「あんなにぐったりしてたから、まだ寝てるかと思いきや…いやはや丈夫だねぇ〜!」
「ジェシカ、アンタか…」
 頭に巻いた白いナプキンを揺らして入ってきた少女の名前も、当然霊夢は覚えていた。
 スカロンの娘でシエスタの従姉妹に当たる少女で、確かここ『魅惑の妖精亭』でウェイトレスとして働いている。
 彼女のやや大仰な言い方に、霊夢は怪訝な表情を浮かべつつもその時の事を聞いてみる事にした。
「何よ、気絶してた時の私ってそんなにひどかったの?」 
「そりゃぁ〜もう!ルイズちゃんと今ウチで働いてる旅人さんが連れてきた時は、死んでるかと思ったよ」
「ジェシカ、いくら何でも死んでるなんて例え方しちゃダメよ…それにルイズちゃんって…」
 両手を横に広げてクスクス笑いながら昨日の事を話すジェシカを、シエスタが窘める。
 ジェシカそれに対してにへらにへらと笑い続けながらも、「いやぁ〜ゴメンゴメン」と頭を下げた。

 そのやり取りを見ていた霊夢は、本当に二人の血がつながってるとは思えないわね〜…と感じつつ、
 ふと彼女の言っていだ旅人さん゙とやらと一緒に自分を連れてきてくれたルイズの事が気になってきた。
 ルイズがここにいるのならば、成程この『魅惑の妖精亭』に巫女服が置かれていたのも納得できる。
 実は彼女が持っていた肩掛け鞄の中に、もしもの時のためにと巫女服を入れてもらっていたのだ。
 巫女服の謎を解明できた霊夢は一人納得しつつも、ジェシカに話しかける。
「そういえば…ルイズと後一人が私を運んできてくれたそうだけど…ルイズはここに?」
「うん、そーだよ。今はウチの店の一階で一足先に朝ごはん食べてると思うから…で、アンタも食べる?」
 霊夢の質問にジェシカはあっさり答えると、親指で廊下の方をさしてみせる。
 その指さしに「もう大丈夫か?」という意味も含まれているのだろうと思いつつ、霊夢はコクリと頷く。

790ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:38:10 ID:WZ82hnBc

 不思議な事に、あの巫女もどきと結構な速度で衝突したというのに頭はそれほど痛まない。
 まぁ痛まないのならそれに越したことは無いのだが、残念な事に今の彼女には考えるべき事が大量にあった。
 自分たちの金を盗んでいった子供の行方やら、魔理沙とデルフの事…そして、さっきまで見ていたあの悪夢の事も。
 解決すればする程自分の許へ舞い込んでくる悩みに霊夢は辟易しつつも、まずはすぐ目の前にある問題を片付ける事にした。
 そう、ここにいるであろうルイズから昨夜の事を聞きながら、朝食で空腹を満たすという問題を。
「そうね、それじゃあ遠慮なく頂こうかしら」
「それキタ。んじゃあ案内するよ、シエスタは部屋の片づけよろしくね」
「お願いね、それじゃあレイムさんは、ジェシカと一緒に一階へ行っててくださいね」
 ジェシカが満面の笑みを浮かべながらそう言うと、シエスタに片づけを任せて霊夢と共に部屋を後にした。
 最も、この部屋の中で直すべき場所と言えばベットぐらいなものだろうから然程時間は掛からないだろう。
 
 『魅惑の妖精亭』の二階の廊下はあまり広いとは言えないが、その分しっかりと掃除が行き届いているように見える。
 ジェシカ曰く二階の半分は店で働く女の子や従業員の部屋で、街で部屋や家を借りれなかった人たちに貸しているのだという。
 もう半分は酔いつぶれた客を寝させる為の部屋らしいが、今年からは宿泊業も始めてみようかとスカロンと相談しているらしい。
「それに関してはパパも結構乗り気だよ?何せウチのライバルである゙カッフェ゙に差をつけれるかもしれないしね」
「う〜ん、どうかしらねぇ?部屋はそれなりに良かったけど、肝心の店長があんなだと…」
「ぶー!酷い事言うなぁ。あれでも私の父親なんだよ、性格はあんなで…いつの間にか男好きにもなっちゃったけど」
 霊夢の一口批判にジェシカが口を尖らせて反論した後、二人そろって軽く苦笑いしてしまう。
 シエスタを置いて部屋を出た霊夢は、二階の狭い廊下を歩きながら先頭を行くジェシカに質問してみた。
「そういえば、何でシエスタがここで働いてるの?まぁ間柄上、別におかしい事は無いと思うけどさぁ」
「…あぁーそれね?まぁ…何て言うか、シエスタの故郷の方でちょっと色々あってね」
 先程とは打って変わって、ほんの少し言葉を濁しつつもジェシカが説明しようとした時、
 すぐ目の前にある一階へと続く階段から、聞きなれた男女の声が二人の耳に入ってきた。

「さぁ〜到着したわよぉ〜!ようこそ私達のお店、『魅惑の妖精亭』へ!」
 最初に聞こえてきたのは、男らしい野太い声を無理やり高くしてオネェ口調で喋っている男の声。
 その声に酷く聞き覚えのあった霊夢は、すぐさま脳内で激しく体をくねらせる筋肉ムキムキの大男の姿が浮かび上がってくる。
 朝っぱらからイヤなものを想像してしまった霊夢の顔色が悪くなりそうな所で、今度は少女の声が聞こえてきた。
「おぉー!…相変わらずお客さんがいなくて閑古鳥が鳴きまくってるような店だぜ」
『突っ込み待ちか?ここは夕方からの店だろうから今は閑古鳥もクソもないと思うぞ』
 あまりにも聞き慣れ過ぎてもう誰だか分かってしまった少女の言葉に続いて、これまた聞きなれた濁声が耳に入る。
 その三つの声を聞いた霊夢は、先頭にいたジェシカの横を通って一足先に階段を降りはじめた。
 見た目よりもずっとしっかりとしたソレを少し軋ませながらも、軽やかな足取りで一階にある酒場を目指す。
 
 思っていたよりも微妙に長かった階段を降りた先には、想像していた通りの二人と一本がいた。
「魔理沙!…あとついでにデルフとスカロンも」
「ん?おぉ、誰かと思えば私を見捨てて言った霊夢さんじゃあないか!」
「……それぐらいの軽口叩ける余裕があるなら、最初から気にする必要は無かったわね」
 階段を降りてすぐ近くにある店の出入り口に立っていた魔理沙は、階段を降りてきた彼女を見て開口一番そんな事を言ってくる。
 まぁ実際吹き飛んだ彼女を見捨てたのは事実であったが、別に霊夢はそれに対して罪悪感は感じていなかった。

791ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:40:13 ID:WZ82hnBc
「おいおい…酷い事言うなぁ、そうは言っても私かあの後ぞうなったか気にはなっただろ?」
「別に?ルイズはともかく、アンタならあの風程度でくたばる様なタマじゃないしね」
 今にも体を擦りつけてきそうな態度の魔理沙にきっぱり言い切ってやると、次に彼女が手に持っていたデルフを一瞥する。
 インテリジェンスソードは鞘だけを見ても傷が付いているようには見えず、これも心配する必要は無かったらしい。
 そんな事を思っていると、考えている事がバレたのか鞘から刀身を出したデルフが霊夢に喋りかけてくる。
『おぅレイム、大方「なんだ、全然無事じゃん」とか思ってそうな目を向けるのはやめろや』
「ん、そこまで言えるのなら元から心配する必要は無かったようね。気苦労かけなくて済んだわ」
『…なんてこった、それ以前の問題かよ』
 魔理沙ともども、最初から信頼…もとい心配されていなかった事にデルフがショックを受けていると、
 霊夢に続いて階段を降りてきたジェシカが「へぇー!珍しいねェ」と嬉しそうな声を上げて、デルフに近づいてきた。

「インテリジェンスソードなんて名前は聞いたことあったけど、実物を見るのは始めてだよ」
『お?初めて見る顔だな。オレっちはデルフリンガーっていうんだ、よろしくな』
「あたしはジェシカ、アンタとマリサをここへ連れてきてくれたスカロン店長の娘よ」
『はぁ?スカロンの娘だって?コイツはおでれーた!』
 流石に数千年単位も生きてきて、ボケが来ているデルフでもあのオカマの実の子だとは分からなかったらしい。
 信じられないという思いを表しているかのような驚きっぷりを見せると、そのジェシカの父親がいよいよ口を開いた。
「いやぁ〜ん!酷い事言うわねェー!ジェシカは私のれっきとした娘よぉ〜!」
 朝方だというのにボディービルダー並の逞しい体を激しくくねらせながら、『魅惑の妖精亭』の店長スカロンが抗議の声を上げる。
 そのくねりっぷりを見てか、刀身を出していたデルフはすぐさま鞘に収まり、スッと沈黙してしまう。
 いくらインテリジェンスソードと言えども、スカロンの激しい動きを見ればそりゃ何も言えなくなってしまうに違いない。
 デルフにちょっとした同情を抱きつつも、ひとまず霊夢はスカロンに挨拶でもしようかと思った。

「おはようスカロン、まだあまり状況が分からないけれど…昨日は色々と借りを作っちゃったらしいわね」
「あぁ〜ら、レイムちゃん!ミ・マドモワゼル、昨日は心配しちゃったけど…その分だともう大丈夫そうねぇ〜!」
 尚も体をくねらせながらもすっかり元気を取り戻した霊夢を見やってて、スカロンはうっとりとした笑みを浮かべて見せる。
 相変わらず一挙一動は気持ち悪いが、シエスタの言うとおり性格に関しては本当にマトモな人だ。
 何故かくねくねするのをやめないスカロンに苦笑いを浮かべつつ、霊夢は「ど、どうも…」と返して彼に話しかける。
「そういえばスカロン、ルイズもここにいるってジェシカから聞いたんだけど一体どこに―――」
「ここにいるわよ。…っていうか、一階に降りてきた時点で気づきなさいよ」
 彼女の言葉を遮るようにして、店の出入り口とは正反対の方向からややキツいルイズの言葉が聞こえてくる。
 霊夢と魔理沙がそちらの方へと視線を向けると、厨房に近い席で一足先に朝食を食べているルイズがこちらを睨み付けていた。
 
「おぉルイズ、無事だったんだな」
「くっさい藁束の上に落ちて事なきを得たわ。その代償があまりにも大きすぎたけど」
 霊夢よりも先に魔理沙が左手を上げてルイズに声を掛けると、彼女も同じように左手を顔の所まで上げて応える。
 その表情は沈んでいるとしか言いようがない程であり、右手に持っている食いかけのサンドイッチも心なしかまずそうに見えてしまう。
 彼女の表情から察して、結局アンリエッタから貰った分すら取り返せなかった事を意味していた。
 結局一文無しとなってしまった事実に、霊夢はどうしようもない事実に溜め息をつきながらルイズの方へと近づいていく。

792ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:42:11 ID:WZ82hnBc
「その様子だと、アンタもあのガキどもを捕まえられなかったようね」
「…言わないでよ。私だって追いかけようとしたけど、結局藁束から抜け出すので一苦労だったわ」
 自分の傍まで来ながら昨日の事を聞いてくる巫女さんに、ルイズはやや自棄的に言ってからサンドイッチの欠片を口の中に放り込む。
 魔理沙もルイズの様子を見て何となく察したのか、参ったな〜と言いたげな表情をして頬を掻いている。

「そういえば貴方たち、昨日お金をメイジの子供に盗まれたのよねぇ〜そりゃ落ち込みもするわよぉ」
「あーそいやそうだったねぇー。まぁここら辺では盗み自体は珍しくないけど…まぁツイテないというべきか…」
 そんな三人の事情を昨夜ルイズに聞いていたスカロンとジェシカも、彼女たちの傍へと来て同情してくれた。
 ルイズとしては本当に同情してくれてるスカロンはともかく、「ツイテない」は余計なジェシカにムッとしたいものの、
 それをする気力も出ない程に落ち込んでいたので、コップの水を飲みながら悔しさのあまりう〜う〜唸るほかなかった。
「そう唸っても仕方がないわよ。それでお金が戻って来るならワケないし」
「じゃあ何?アンタは悔しくなんか…無いワケないわよね?」
「当り前じゃない。とりあえずあの脳天に拳骨でも喰らわたくてうずうずしてるわ」
 霊夢も霊夢で決して諦めているワケではなく、むしろ今にも探しに行きたいほどである。
 しかし、一泊させてくれたスカロンたちに礼を言わずにここを出ていくのは気が引けるし、何よりお腹が空いていた。
 人探しには自信がある霊夢だが、自分の空腹が限界を感じるまでにあの子供を探せるという保証はないのである。
 それにタダ…かもしれない朝食を食わせてくれるのだ、それを頂かないというというのは勿体ない。

「んじゃ、私は厨房でアンタ達の朝メシ用意してくるから」
「ワザワザお邪魔しといて朝ごはんまで用意してくれるとは、嬉しいけどその後が怖いな〜」
 一通りの挨拶を済ましてから厨房へと向かうジェシカに礼を述べる魔理沙。
 そんな彼女がここに来るまで…というよりも昨夜は何をしていたのか気になった霊夢はその事を聞いてみる事にした。
「魔理沙、アンタ吹っ飛ばされた後はどこで何してたのよ?さっきスカロンに連れて来られてたけど…」
「それは気になるわね。私は藁束から出た後で道端で気絶してた霊夢を見つけてたけど、アンタの姿は見てないわ」
「あぁ、あの後不覚にも風で飛ばされて…まぁ情けない話だが気絶してしまってな…」
 黙々と食べていたルイズもそれが気になり、魔理沙の話に耳を傾けつつサンドイッチを口の中ら運んでいく。
 彼女が説明するには、ルイズが箒から落ちた後で少し離れた空き地に不時着してしまった殿だという。
 その時に頭を何処かで打ったのか、靴裏が地面を激しく擦った直後に気を失い、デルフの声で気が付いた時には既に夜明けだったらしい。
 慌てて箒とデルフを手に吹き飛ばされる前の場所へ戻ったが案の定霊夢たちの姿は付近に無く、当初はどうすればいいか困惑したのだとか。
 何せ気を失って数時間も経っているのだ、あの後何が起こったのか知らない魔理沙からしてみればどこを探せば良いのか分からない。

『いやぁー、あれは流石のオレっちでもちょっとは慌てたね』 
「だよな?…それでデルフととりあえず何処へ行こうかって相談してた時に、用事で外に出てたスカロンとばったり出会って…」
「で、私達が『魅惑の妖精亭』で寝かされているのを知ってついてきたってワケね」
 デルフと魔理沙から話を聞いて、偶然ってのは身近なものだと思いつつルイズはミニトマトを口の中にパクリと入れた。
 トマトの甘味部分を濃くしたような味を堪能しながら咀嚼するのを横目に、霊夢も「なるほどねぇ」と頷いている。
 しかしその表情は決して穏やかではなく、むしろこれから自分はどう動こうかと
 ひとまずは魔理沙が王都を徘徊せずに済んだものの、今の彼女たちの状況が改善できたワケではない。
 ルイズがアンリエッタから頼まれた任務をこなす為に必要なお金と、ついで二人のお小遣いは盗まれたままなのだ。
 しかも賭博場で荒稼ぎして増やした金額分もそっくり盗られているときた。これは到底許せるものではない。
 だが探し出して捕まえようにも、こうも探す場所が広すぎてはローラー作戦のような虱潰しは不可能だ。
 
 そんな事を考えているのを表情で読み取られたのか、魔理沙が霊夢の顔を覗き込みながら話しかけてくる。
「…で、お前さんのその顔を見るに昨日の借りを是非とも返したいらしいな」
「ん、まぁね。とはいえ…ここの土地は広すぎでどこ調べたら良いかまだ分からないし、正直今の状態じゃあお手上げね」
「でも…お手上げだろうが何だろうが、盗ませたままにさせておくのは私としては許しがたいわ!」

793ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:44:19 ID:WZ82hnBc
 肩を竦めながらも、如何ともし難いと言いたげな表情の霊夢にミニトマトの蔕を皿に置いたルイズが反応する。
 盗まれた時の事を思い出したのだろうか、それまで落ち込んでいたにも関わらず腰を上げた彼女の表情は静かな怒りが垣間見えていた。
 席から立つ際に大きな音を立ててしまったのか、厨房にいたジェシカやスカロンが何事かと三人の方を思わず見遣ってしまう。
 自分の言葉で眠っていたルイズの怒りの目を覚まさせてしまった事に、彼女はため息をつきつつもルイズに話しかける。
「まぁアンタのご立腹っぷりも納得できるけど、とはいえ情報が少なすぎるわ」
「スカロンも言ってたな…最近子供が容疑者のスリが相次いで発生してるらしいが、まだ身元と居場所が分かってないって…」
 思い出したように魔理沙も話に加わると、その二人とルイズは自然にこれからどうしようかという相談になっていく。
 やれ衛士隊に通報しようだの、お金の出所が出所だけに通報は出来ない。じゃあ自分たちで探すにしても調べようがない等…
 金を奪われた持たざる者達が再び持っている者達となる為の話し合いを、ジェシカは面白いモノを見る様な目で見つめている。

 彼女自身は幼い頃からこの店で色々な人を見てきたせいで、人を見る目というモノがある程度備わっていた。
 その人の仕草や酒の飲み方、店の女の子に対する扱いを見ただけでその人の性格というモノがある程度分かってしまうのである。
 特に相手が元貴族という肩書をもっているなら、例え平民に扮していたとしてもすぐに見分ける事が出来る。
 父親であるスカロンもまた同じであり、だからこそこの『魅惑の妖精亭』を末永く続けていられるのだ。
「いやぁー、あんなにちっこい貴族様や見かけない身なりしてても…同じ人間なんだなーって思い知らされるねぇ」
「そうよねぇ。ルイズちゃんは詳しい事情までは教えてくれなかったけど、お金ってのは大切な物だから気持ちは分かるわ」
「そーそー!お金は人の助けにもなり、そして時には最も恐ろしい怪物と化す……ってのをどこぞのお客さんが言ってたっけ」
 そんな他愛もない会話をしつつもジェシカはテキパキと二人分のサンドイッチを作り、皿に盛っていく。
 スカロンはスカロンで厨房の隅に置かれた箱などを動かして、今日の昼ごろには運ばれてくる食材の置き場所を確保している。
 その時であった、厨房と店の裏手にある路地を繋ぐドアが音を立てて開かれたのは。
 
 扉の近くに立っていたジェシカが誰かと思って訝しみつつ顔を上げると、パッとその表情が明るくなる。
 店に入ってきたのは色々とワケあってここで働いている短い金髪が眩しい女性であった。
 昨夜、ルイズと共に霊夢をこの店を運んできだ旅人さん゙とは、彼女の事である。
「おぉ、おかえり!店閉めてからの間、ドコで何してたのさ?みんな心配してたよー」
「ただいま。いやぁ何、ちょっとしたヤボ用でね?…それより、向こうの様子を見るに三人とも揃ってる様だな」
 ジェシカの出迎えに右手を小さく上げながら応えると、厨房のカウンター越しに見える三人の少女へと視線を向ける。
 相変わらず三人は盗まれたお金の事でやいのやいのと騒いでおり、聞こえてくる内容はどれも歳不相応だ。
 もう少し近くで聞いてみようかな…そう思った時、いつの間にかすぐ横にいたスカロンが不意打ちの如く話しかけてきた。
「あらぁー、お帰りなさい!もぉー今までどこほっつき歩いてたのよ!流石のミ・マドモワゼルも心配しちゃうじゃないのぉ〜!」
「うわ…っと!あ、あぁスカロン店長もただいま。…すいません、もう少し早めに帰れると思ってたんですが…」
 体をくねらせながら迫るスカロンに流石の彼女のたじろぎつつ、両手を前に出して彼が迫りくるのを何とか防いでいる。
 その光景がおかしいのかジェシカはクスクスと小さく笑った後で、ヒマさえできればしょっちゅう姿を消すに女性に話しかけた。

「まぁ私達もあんまり詮索はしないけどさぁ、あんなに小さい娘もいるんだからヒマな時ぐらいは一緒にいてあげなって」
「そうよねぇ。あの娘も貴女の事随分と慕ってるし尊敬もしてるから、偶には可愛がってあげないとだめよ?」
「…はは、そうですよね。昔から大丈夫とは言ってますが、偶には一緒にあげなきゃダメ…ですよね」
 ジェシカだけではなく、くねるのをやめたスカロンもそれに加わると流石の女性も頷くほかなかった。

794ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:46:12 ID:WZ82hnBc
 彼女の付き人であるという年下の少女は、女性が店を離れていても何も言わずにいつも帰ってくるのを待っている。
 時には五日間も店を休んで何処かへ行っていた時もあったが、それでも尚少女は怒らずに待っていた。
 少女も少女でこの店の手伝いをしてくれてるし、女性はこの店のシェフとして貴重な戦力の一人となってくれている。
 休みを取る時もあらかじめ事前に教えてくれているし、この店の掟で余計な詮索はしない事になっていた。
 それでも、どうしても気になってしまうのだ。この女性は何者で、あの少女と共に一体どこから来たのだろかと。
 本人たちは東のロバ・アル・カリイエの生まれだと自称しているが、それが真実かどうかは分からない。

(…とはいえ、別に怪しい事をしてるってワケじゃないから詮索しようも無いけれど)
 心の中でそんな事を呟きつつ、肩をすくめて見せたジェシカが出来上がった二人分のサンドイッチを運ぼうとしたとき、
「あぁ、待ってくれ。…そのサンドイッチ、あの二人に渡すんだろ?なら私が持っていくよ」
 と、突然呼びとめてきた女性にジェシカは思わず足を止めてしまい顔だけを女性の方へと振り向かせる。
 突然の事にキョトンとした表情がハッキリと浮かび上がっており、目も若干丸くなっていた。
「え?いいの?別にコレ持ってくだけだからすぐに終わるんだけど…」
「いや何、あの一風変わった二人と話がしてみたくなってね。別に良いだろ?」
「う〜ん?まぁ…別にそれぐらいなら」
 女性が打ち明けてくれた理由にジェシカは数秒ほど考え込む素振りを見せた後、コクリと頷いて見せた。
 直後、女性の表情を灯りを点けたかのようにパッと明るい物になり、軽く両手を叩き長良彼女に礼を述べる。

「ありがとう。それじゃあ、あの三人が食べ終えたお皿も片付けておくからな?」
「ん!ありがとね。私とパパは今やってる仕事が終わったら先に寝るから、アンタも今夜に備えて寝なさいよね」
 ジェシカからサンドイッチを乗せた皿を受け取った女性は、彼女の言葉にあぁ!と爽やかな返事をしつつ厨房を出て行こうとする。
 霊夢達へ向かって歩いていく女性の後姿を見つめていたジェシカも、視線をサッと手元に戻して止まっていた仕事を再開させた。
 彼女よりも前に仕事に戻っていたスカロンの視線からも見えなくなった直後、霊夢達へ向かって歩く女性はポツリ…と一言つぶやいた。

「全く…あれ程バカ騒ぎするなと紫様に釘を刺されていたというのに。…何やっているんだ博麗霊夢、それに霧雨魔理沙」
 先程までジェシカたちと気さくな会話をしていた女性とは思えぬ程にその声は冷たく、静かな怒りに満ち溢れている。
 そしてその表情も、先ほどまで彼女たちに向けていた笑顔とは全く違う、人間味があまり感じられないものへと変貌していた。 
 まるで獲物を見つけた獣が、林の中でジッと息をひそめているかのような、そんな雰囲気が。


「…?―――――…ッ!これは…」
 最初にその気配に気が付いたのは、他でもない霊夢であった。
 魔理沙やルイズ達とこれからの事をあーだこーだと話している最中、ふと懐かしい気配が背後からドッと押し寄せてきたのである。
「んぅ?…あ…これってまさか…か?」
『……ッ!?』
 ある種の不意を突かれた彼女が口を噤んだことに気が付いた魔理沙も、霊夢の感じた気配に気づいて驚いた表情を見せた。
 テーブルの下に置かれてそれまで楽しげに三人の会話を聞いていたデルフの態度も一変し、驚きのあまりかガチャリと鞘ごと刀身を揺らす。
 唯一その気配を感じられなかったルイズであったが、この時三人の急な反応で何かが起こったのだと理解した。

795ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:48:09 ID:WZ82hnBc
「ちょ…ちょっと、どうしたのよアンタ達?一体何が起こったのよ」
 朝食を食べ終えて水で一服していたところで不意を突かれた彼女からの言葉に、魔理沙が首を傾げなからも応える
「いや、゙起こっだというよりかは…゙感じだと言えばいいのかな」
『あぁ…感じたな。それも物凄く近いところからだ』
 彼女の言葉にデルフも続いてそう言うと、丁度厨房に背を向けていた霊夢もコクリと頷いて口を開いた。
「近いなんてモンじゃないわよ……多分これ、私達のすぐ後ろにまで来てるわよ」
 切羽詰まった様な表情を浮かべている霊夢の言葉にギョッとしたルイズが、咄嗟に後ろを振り向こうとしたとき……゙彼女゙は口を開いた。


「やぁ、見ない間に随分と彼女との仲が良くなったじゃあないか。…博麗霊夢」
 冷たく鋭い刃物のようなその声色に覚えがあったルイズが、ハッとした表情を浮かべて後ろを振り返る。
 そこに立っていたのは、黒いロングスカートに白いブラウスと言う昨日の霊夢と似たような出で立ちをした金髪の女性が立っていた。
 厨房へと続く入口の傍に立ち、こちらを睨み付けている彼女は、昨日気絶して路上に倒れていた霊夢を一緒にここまで運んできてくれた人である。
 気を失って倒れていた彼女をどうしようかと悩んでいた時に、突如助けてくれてこの店で一晩過ごせるようにとスカロン店長に頼み込んでくれたのだ。
 そんな優しい人…というイメージを持ちかけていたルイズには、彼女が自分たちを睨んでくるという事に困惑せざるを得なかった。
 
 ここは、どう対応すればいいのか?鋭い眼光に口を開けずにいたルイズを制するように最初に彼女へ話しかけたのは霊夢であった。
「何処にいるかと思ったら、案外身近なところで潜伏していたようね」
「まぁな。お前たちが散々ここで大騒ぎしなければ私だって静かに自分の仕事だけをこなせてたんだがな」
「…え?え?」
 初対面の筈だと言うのに、女性と霊夢はまるで知り合いの様な会話をしている。
 これには流石の霊夢も理解が追いつかず、素っ頓狂な声を上げて霊夢と女性の双方を交互に見比べてしまう。
 そんなルイズを見て女性は彼女の内心を察したのか、二人分のサンドイッチを乗せた皿をテーブルの置いてから、サッと自己紹介をしてみせた。


「お初にお目にかかかります、私の名前は八雲藍。幻想郷の大妖怪八雲紫の式にして九尾の狐でございます」
 右手を胸に当てて名乗った女性―――藍は、眩しい程の金髪からピョコリ!と獣耳を出して見せる。
 ルイズの記憶が正しければ、それは間違いなく狐の耳であった。

796ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:50:42 ID:WZ82hnBc
以上で83話の投稿を終わります。
もうそろそろ暑くなってきましたね。
では、今よりもっと熱くなってるであろう来月末にまたお会いしましょう。ノシ

797ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/04(日) 18:11:04 ID:i7FNJALY
無重力巫女さんの人、乙です。私も投下します。
開始は18:13からで。

798ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/04(日) 18:13:45 ID:i7FNJALY
ウルトラマンゼロの使い魔
第百四十三話「六冊目『大決戦!超ウルトラ8兄弟』(その1)」
海獣キングゲスラ
邪心王黒い影法師 登場

 『古き本』に奪い取られたルイズの記憶を取り戻すために、本の世界を旅している才人とゼロ。
五冊目の世界はウルトラマンマックスが守った地球を舞台とした本であり、地上人と地底人の
存亡という地球の運命を懸けた戦いに二人は身を投じた。同じ惑星の文明同士という、本来は
ウルトラ戦士が立ち入ることの出来ない非常に困難な問題であったが、最後まで未来をあきらめない
人間の行動が地底人デロスの心を動かし、二種族の対立は解決された。そして最後の障害たる
バーサークシステムも停止させることに成功し、地球は未来を掴み取ることが出来たのだった。
 そして遂に残された本は一冊のみとなった。リーヴルの話が真実であるならば、これを
完結させればルイズは元に戻るはずだ。……しかし、最後の本の旅が始まる前に、才人たちは
密かに集まって相談を行っていた……。

「『古き本』もいよいよ後一冊で最後だ。その攻略を始める前に……ガラQ、リーヴルについて
何か分かったことはないか?」
 才人、タバサ、シルフィード、シエスタはリーヴルに内緒で連れてきたガラQから話を
聞いているところだった。三冊目の攻略を始める前に、ガラQにリーヴルの内偵を頼んで
いたが、その結果を尋ねているのだ。
 ガラQは才人たちに、次のように報告した。
「リーヴル、夜中に誰かと会ってるみたい」
「誰か……?」
 才人たちは互いに目を合わせた。彼らは、一連の事件がリーヴル単独で起こされたものでは
ないと推理していたが、やはりリーヴルの背後には才人たちの知らない何者かがいるのか。
「そいつの正体は分からないか? どんな姿をしてるかってだけでもいいんだ」
 質問する才人だが、ガラQは残念そうに首(はないので身体ごと)を振った。
「分かんない。姿も、ぼんやりした靄みたいでよく分かんなかった」
「靄みたい……そもそもの始まりの話にあった、幽霊みたいですね」
 つぶやくシエスタ。図書館の幽霊の話は、あながち間違いではなかったのだ。
『俺はそんな奴の気配は感じなかった。やっぱり、一筋縄じゃいかねぇような奴みたいだな……』
 ガラQからの情報にそう判断するゼロだが、同時に難しい声を出す。
『しかもそんだけじゃあ、正体を特定するのはまず無理だな。それにここまで来てそれくらいしか
尻尾を掴ませないからには、相当用心深い奴みたいだ。今の段階で、正体を探り当てるってのは
不可能か……』
「むー……リーヴルに直接聞いてみたらいいんじゃないのね?」
 眉間に皺を寄せたシルフィードが提案したが、タバサに却下される。
「下手な手を打ったら、ルイズがどうなるか分かったものじゃない。ルイズは人質のような
ものだから」
「そっか……難しいのね……」
 お手上げとばかりにシルフィードは肩をすくめた。ここでシエスタが疑問を呈する。
「わたしたち、いえサイトさんはこれまでミス・リーヴルの言う通りに『古き本』の完結を
進めてきましたが……このまま最後の本も完結させていいんでしょうか?」
「それってどういうことだ?」
 聞き返す才人。
「ミス・リーヴルと、その正体の知れない誰かの目的は全く分かりませんけど、それに必要な
過程が『古き本』の完結だというのは間違いないことだと思います」
 もっともな話だ。ルイズの記憶喪失が人為的なものであるならば、こんな回りくどいことを
何の意味もなくさせるはずがない。
「だったら、全ての『古き本』を完結させたら、ミス・ヴァリエールの記憶が戻る以外の何かが
起こってしまうんじゃないでしょうか。それが何かというのは、見当がつきませんが……」

799ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/04(日) 18:15:46 ID:i7FNJALY
「洞窟を照らしてトロールを出す……」
 ハルケギニアの格言を口にするタバサ。「藪をつついて蛇を出す」と同等の意味だ。
「全ての本を完結させたら、悪いことが起きるかもしれない。そもそも、ルイズが本当に
治るという保証もない。相手の思惑に乗るのは、危険かも……」
「パムー……」
 ハネジローが困惑したように目を伏せた。
 警戒をするタバサだが、才人はこのように言い返す。
「けど、それ以外に方法が見当たらない。動かないことには、ルイズはいつまで経っても
元に戻らないんだ。だったら危険でも、やる他はないさ……!」
『それからどうするかは、本の完結が済んでからだな。ホントにルイズの記憶が戻るんなら
それでよし、もし戻らないようだったら……ブラックホールに飛び込むつもりでリーヴルに
アタックしてみようぜ』
 ウルトラの星の格言を口にするゼロ。「虎穴に入らずんば虎児を得ず」と同等の意味だ。

 そうして最後の『古き本』への旅が始まる時刻となった。
「今日で本への旅も最後となりましたね、サイトさん。最後の本も、無事に完結してくれる
ことを祈ってます」
 才人らが自分を疑っていることを知ってか知らずか、リーヴルは相変わらず淡々とした
調子で語った。
「それではサイトさん、本の前に立って下さい」
「ああ……」
 もう慣れたもので、才人が最後に残された『古き本』の前に立つと、リーヴルが魔法を掛ける。
「それでは最後の旅も、どうか良きものになりますよう……」
 リーヴルがはなむけの言葉を寄せ、才人は本の世界へと入っていく……。

   ‐大決戦!超ウルトラ8兄弟‐

 昭和四十一年七月十七日、夕陽が町をオレンジ色に染める中、虫取り網と虫かごを持った
三人の子供たちが駄菓子屋に駆け込んできた。
「くーださーいなー!」
「はははは! 何にするかな?」
「ラムネ!」
「僕も!」
「俺もー!」
「よーしよしよし!」
 駄菓子屋の店主は快活に笑いながら少年たちにラムネを渡す。ラムネに舌鼓を打つ少年たちだが、
ふと一人があることに気がついた。
「あッ! おじさん、今何時?」
「んー……六時、ちょい過ぎ」
「大変だー!!」
 時刻を知った三人は声をそろえて、慌てて帰路につき始めた。それに面食らう駄菓子屋の店主。
「どうした? そんなに急いで」
 振り返った子供たちは、次の通り答えた。
「今日から、『ウルトラマン』が始まるんだ」
「早くはやく!」
 何とか七時前に少年の一人の家に帰ってきた三人は、カレーの食卓の席で始まるテレビ番組に
目を奪われる。
『武田武田武田〜♪ 武田武田武田〜♪ 武田た〜け〜だ〜♪』
 提供の紹介後――特撮番組『ウルトラマン』が始まり、少年たちは歓声を上げた。
「始まったー!!」
 三人は巨大ヒーロー「ウルトラマン」と怪獣「ベムラー」の対決に夢中となる。

800ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/04(日) 18:18:22 ID:i7FNJALY
『M78星雲の宇宙人からその命を託されたハヤタ隊員は、ベーターカプセルで宇宙人に変身した! 
マッハ5のスピードで空を飛び、強力なエネルギーであらゆる敵を粉砕する不死身の男となった。
それゆけ、我らのヒーロー!』
「すっげー……!」
「かっこいー!」
 ――特撮番組に夢中になる小さな少年も、月日の流れとともに大人になる。そして、そんな
日々の中で、『それ』は起こったのである……。

 ……才人は気がつくと、見知らぬ建物の中にいた。
「あれ……? 本の世界の中に入ったのか?」
 キョロキョロと周りを見回す才人。しかし周囲には誰の姿もない。
「随分静かな始まり方だな……。今までは、ウルトラ戦士が怪獣と戦ってるところから入ってたのに」
 とりあえず、初めに何をすればいいのかと考えていると……正面の階段の中ほどに、白い洋服の
小さな少女が背を向いて立っている姿が目に飛び込んできた。
「……赤い靴の女の子?」
 その少女は、履いている赤い靴が妙に印象的であった。
 赤い靴の少女は、背を向けたまま才人に呼びかける。
「ある世界が、侵略者に狙われている」
「え?」
「急いで。その世界には、ウルトラマンはいない。七人の勇者を目覚めさせ、ともに、
侵略者を倒して……!」
 少女は才人に頼みながら、階段を上がって去っていく。
「あッ、ちょっと待って! 詳しい話を……!」
 追いかけようと階段に足を掛けた才人だったが、すぐに視界がグルグル回転し、止まったかと
思った時には外にいることに気がついた。
「ここは……?」
 目の前に見える光景には、赤いレンガの建物がある。才人はそれが何かに気がつく。
「赤レンガ倉庫……。ってことは、ここは横浜か……? でも相変わらず人の姿がないな……」
 横浜ほどの都市なら、どこにいようとも人の姿くらいはあるだろうに、と思っていたところに、
倉庫の向こう側から怒濤の水しぶきが起こり、巨大怪獣がのっそりと姿を現した!
「ウアァァァッ!」
「わぁッ! あいつは……!」
 即座に端末から情報を引き出す才人。
「ゲスラ……いや、強化版のキングゲスラだッ!」
 怪獣キングゲスラは猛然と暴れて赤レンガ倉庫を破壊し出す。それを見てゼロが才人に告げた。
『才人、ここはメビウスが迷い込んだっていうレベル3バースの地球だ!』
「メビウスが迷い込んだって!?」
『メビウスに聞いたことがある。あいつがまだ地球で戦ってた時に、ウルトラ戦士のいない
平行世界に入ってそこを狙う宇宙人どもと戦ったってことをな。この本の世界は、それを
綴った物語だったか……!』
 飛んでくる瓦礫から逃れた才人は、キングゲスラの近くに一人だけスーツ姿の青年がいる
ことに目を留めた。
「あんなところに人が!」
『確か、メビウスはここで平行世界で最初に変身したそうだ。ってことはもうじきメビウスが
出てくるはずだ……』
 と言うゼロだが、待てど暮らせどウルトラマンメビウスが出てくるような気配は微塵もなかった。
そうこうしている内に、キングゲスラが腰を抜かしている青年に接近していく。
「ゼロ! 話が違うぞ! あの人が危ないじゃんか!」
『おかしいな……。メビウス、何をぐずぐずしてんだ……?』
 戸惑うゼロだったが、先ほどの赤い靴の少女のことを思い返し、ハッと気がついた。
『違うッ! あの人を助けるのは、才人、俺たちだッ!』
「えッ!?」

801ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/04(日) 18:20:09 ID:i7FNJALY
『早く変身だッ!』
 ゼロに促されて、才人は慌ててウルトラゼロアイを装着!
「デュワッ!」
 才人の肉体が光とともにぐんぐん巨大化し、たちまちウルトラマンゼロとなってキングゲスラの
前に立った!
『よぉし、行くぜッ!』
 ゼロは早速ゲスラに飛び掛かり、脳天に鋭いチョップをお見舞いした。
「ウアァァァッ!」
「デヤッ!」
 ゲスラが衝撃でその場に伏せると、首を掴んでひねり投げる。才人は困惑しながら戦う
ゼロに問いかけた。
『ゼロ、どういうことだ? メビウスが出てくるんじゃ……』
『詳しい話は後だ! 先にこいつをやっつけるぜ!』
 才人に答えたゼロは起き上がったゲスラの突進をかわし、回し蹴りで迎撃する。
「ハァァッ!」
 俊敏な宇宙空手の技でゲスラを追い込んでいくゼロ。しかしゲスラの首筋に手を掛けたところで、
ゲスラに生えている細かいトゲが皮膚を突き破った。
『うわッ! しまった、毒針か……!』
 ゲスラには毒針があることを失念していた。しかもキングゲスラの毒は通常のゲスラの
ものよりも強力だ。ゼロはたちまち腕が痺れて思うように動けなくなる。
「ウアァァァッ!」
 その隙を突いて反撃してきたゲスラにゼロは突き飛ばされて、倒れたところをゲスラが
覆い被さってきた。
「ウアァァァッ!」
『ぐッ……!』
 ゼロを押さえつけながら張り手を何度も振り下ろしてくるゲスラ。ゼロはじわりじわりと
苦しめられる。この状態ではストロングコロナへの変身も出来ない。
『何か奴の弱点はねぇか……!?』
『えぇっと、ゲスラの弱点は……!』
 才人がそれを告げるより早く、地上から声が聞こえた。
「その怪獣の弱点は、背びれだッ!」
『あの人は……!』
 先ほどキングゲスラに襲われていた青年だ。ゼロは彼にうなずいて、弱点を教えてくれた
ことへの反応を表す。
「デェアッ!」
 力と精神を集中し、ゲスラの腹に足を当てて思い切り蹴り飛ばす。
「ウアァァァッ!」
「セイヤァッ!」
 立ち上がると素早く相手の背後に回り込んで、生えている背びれを力の限り引っこ抜いた!
「キャアア――――――!!」
 たちまちゲスラは悲鳴を上げて、見るからに動きが鈍った。青年の教えてくれた情報が
正しかったのだ。
『よし、今だッ!』
 ゼロはゲスラをむんずと掴んでウルトラ投げを決めると、額からエメリウムスラッシュを発射。
「シェアッ!」
「ウアァァァッ!!」
 緑色のレーザーがキングゲスラを貫き、瞬時に爆発させた。ゼロの勝利だ!
 キングゲスラを倒して変身を解くと、才人は改めてゼロに尋ねかけた。
「ゼロ、つまり俺たちがウルトラマンメビウスの代わりをした……いや、するってこと?」
『そのようだな。この本は、書き進められてた部分が一番少なかった。だから、本来の異邦人たる
メビウスの役割に俺たちがすっぽり収まったのかもしれねぇ』

802ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/04(日) 18:22:01 ID:i7FNJALY
「なるほど……さっきの人は?」
 才人が青年の元へ向かうと、彼は傷一つないままでその場にたたずんでいた。青年の無事を
知って才人は安堵し、彼に呼びかけた。
「さっきはありがとうございます。お陰で助かりました」
「君は……?」
 不思議そうに見つめてくる青年に、才人は自己紹介する。
「平賀才人……ウルトラマンゼロです!」
 と言ったところで風景が揺らぎ、彼らの周囲に大勢の人間が現れた。同時に、壊されたはずの
赤レンガ倉庫も元の状態に変化する。
「これは……?」
『今までは、一時的に違う世界にいたみたいだな。位相のズレた世界とでも言うべきか……』
 突っ立っている才人に、近くの子供たちがわらわらと集まってくる。
「ねぇお兄さん、今どっから出てきたの?」
「どっからともなくいきなり出てこなかった!? すげー!」
「手品師か何か!?」
 どうやら、周りから見たら自分が唐突に出現したように見えるらしい。子供に囲まれ、
才人はどうしたらいいか困る。
「あッ、いや、それはね……!」
 そこに先ほどの青年が、連れている外国人たちを置いて才人の元に駆け寄ってきた。
「ごめんね! ちょっとごめんね!」
 そうして半ば強引に才人を、人のいないところまで連れていった。
 落ち着いた場所で、ベンチに腰掛けた二人は話を始める。
「何だかすいません。仕事中みたいだったのに……」
 青年はツアーのガイドのようであった。その仕事を邪魔する形になったと才人は申し訳なく
思うが、青年は首を振った。
「いいんだ。それよりさっきのことを詳しく聞きたい。……とても不思議な出来事だった。
実際に怪獣がいて、ウルトラマンがいて……」
「ウルトラマンがいて?」
 青年の言葉に違和感を持った才人に、ゼロがひそひそと教える。
『この世界にウルトラ戦士はいねぇが、ウルトラマンが架空の存在としては存在してるんだ。
テレビのヒーローって形でな』
『テレビのヒーロー! そういう世界もあるのか!』
 驚いた才人は、ここでふと青年に問いかける。
「そういえば、まだ名前を伺ってなかったですね」
「ああごめん。申し遅れたね」
 青年は才人に向かって、自分の名前を教えた。
「僕はマドカ・ダイゴと言うんだ。よろしく」
 マドカ・ダイゴ……。かつて『ウルトラマン』に夢中になっていた三人の少年の一人であり、
彼こそがこの物語の世界の主人公なのであった。

『……』
 そしてダイゴと会話する才人の様子を、はるか遠くから、真っ黒いローブで姿を隠したような
怪しい存在……この物語の悪役たる「黒い影法師」が観察していた……。

803ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/04(日) 18:23:03 ID:i7FNJALY
今回はここまでです。
大決戦!超ウルトラ8兄弟(誤りなし)

804ウルトラ5番目の使い魔 ◆213pT8BiCc:2017/06/07(水) 11:41:14 ID:9ZOoAC8I
ウルゼロの人、乙です。では私もまいります

805ウルトラ5番目の使い魔 59話 (1/13) ◆213pT8BiCc:2017/06/07(水) 11:43:20 ID:9ZOoAC8I
 第59話
 予期せぬ刺客
 
 UFO怪獣 アブドラールス
 円盤生物 サタンモア 登場!
 
 
「さて皆さん、ここで質問です。あるスポーツで、とても強いチームと戦わねばならないとします。まともに試合をしてはとても敵いません。さて、あなたならどうしますか?」
 
「ふむふむ、『あきらめない』『必死に練習をする』。ノンノン、そんなことじゃとても敵わない相手です。たとえばあなた、ウルトラ兄弟を全員いっぺんに相手にして勝てますか? 無理でしょう」
 
「では、『反則をする』『審判を買収する』『相手チームに妨害をかける』。なるほどなるほど、よくある手段ですが、発想が貧困ですねぇ」
 
「いいですか? 本当の強者は、もっとエレガンツな方法で勝利を掴むものなのですよ。それをこれからお見せいたしましょう」
 
「んん? 私が誰かって? それはしばらくヒ・ミ・ツです。ウフフフ……」
 
 
 間幕が終わり、また新たな舞台の幕が上がる。
 
 
 ハルケギニア全土を震撼させたトリスタニア攻防戦、そして始祖ブリミルの降臨による戦争終結から早くも数日の時が流れた。
 その間、世界中で起きた混乱も少しずつ終息に向かい、民の間にも安らぎが戻ってきている。
 もちろん、裏では教皇が実は侵略者だったことに尾を引く動乱は、ブリミル教徒の中では枚挙の暇もなく続いていた。ただそれも、始祖ブリミル直々のお言葉という鶴の一声のおかげで、少なくとも善良な神父や神官については無事に済んでおり、今日も朝から街や村でのお祈りの声が途切れることはない。
「偉大なる始祖ブリミルと女王陛下よ。今朝もささやかなる糧を我に与えたもうたことを感謝いたします」
 戦火の中心であったトリスタニアでも、今では料理のための煙が空にたなびき、復興のためのノコギリやトンカチの音が軽快に響いている。

806ウルトラ5番目の使い魔 59話 (2/13) ◆213pT8BiCc:2017/06/07(水) 11:45:33 ID:9ZOoAC8I
 やっと戻ってきた平和。そして、長い間陽光をさえぎって世界を闇に包んでいたドビシの暗雲が消えたことで、ようやく人々に安息の笑顔が蘇り、元通りの日常を取り戻すという希望が街中に満ち溢れていた。
 瓦礫は取り除かれ、道には資材を積んだ荷馬車が行き来する。昨年にベロクロンによって灰燼に帰したトリスタニアを復興した経験のある人々は、あれに比べたらマシだと汗を光らせて仕事に精を出す。
 戦火を逃れて避難していた町民たちも自分の家や店に戻ってきつつあり、中央広場では止められていた噴水が再び水を噴き始め、その周りでは子供たちが遊んでいる。
 そうなると、商売っ気を出してくるのが人の常だ。すでに一部の店舗は営業を再開しつつあり、魅惑の妖精亭でも本業への復帰の盛り上がりを見せていた。
「さあ妖精さんたち、戦争も終わってこれからはお金がものを言う時代よ。みんなで必死で守ったこのお店で、修理代なんか吹っ飛ばすくらい稼いじゃいましょう! いいことーっ!」
「がんばりましょう! ミ・マドモアゼル!」
「トレビアーン! みんな元気でミ・マドモアゼルったら涙が出ちゃう。そんなみんなに嬉しいお知らせよ。みんな無事でこうして集ってくれたお礼に、なんと一日交代で全員に我が魅惑の妖精亭の家宝である魅惑の妖精のビスチェを着用させてあげるわ」
「最高です! ミ・マドモアゼル!」
「うーん、みんな張り切ってるわねえ。さあ、お客さんが待っているわよ。まずは元気よく、魅惑の妖精のお約束! ア〜〜〜ンッ!」
 スカロンのなまめかしくもおぞましいポージングに合わせて、ジェシカをはじめとする少女たちが半壊した店で明るく声をあげていった。
 あの戦いの終わった後で、魅惑の妖精亭でもいろいろなことがあった。新たな出会い、再会、それらの舞台となった大切なこの店は、これからもずっと繁盛させていかないといけない。
 
 賑わう店、だがこれはここだけのことではない。
 戦争が終わったことで、タルブ村やラ・ロシェールのような辺境。アルビオンのような他国でも、同じように活気は戻ってきつつある。
 人は不幸があっても、それを乗り越えて前へ進む。それが人の強みだ。
 
 けれど、平和が完全に戻るためにはまだ大きな障害が残っている。
 トリステイン魔法学院の校長室から、オスマン学院長が無人の学院を見下ろして寂しそうにつぶやいた。
「魔法学院の休校は無期限継続か。いったいいつになったら学び舎に子供たちが帰ってこれるのかのう……」
 戦争は終わったけれども、トリステインの戦時体制は解除されていない。あれだけ大規模であった戦争は、その後始末にも膨大な手間を要し、教員や生徒であっても貴族には仕事は山のようにあり、トリステインが猫の手も借りたい状況は終わっていなかったのである。

807ウルトラ5番目の使い魔 59話 (3/13) ◆213pT8BiCc:2017/06/07(水) 11:46:58 ID:9ZOoAC8I
 学院が休校になった後、校舎には警備と保全のための最低限の人間のみで、教員で残っているのは高齢を理由に参戦を控えたオスマンのみ。しかしそれでも、いつでも学院を再開できるように待ち続けており、貴族はいなくても厨房ではマルトーやリュリュたちが火を消さずにいる。
 
 
 平和は一度失うと、取り戻すための代償は大きい。しかし、現世は戦わなければ大切なものを得ることのできない修羅界でもある。
 だが、勝利の余韻が過ぎ去った後に、戦士たちに戻ってくるのが闘志とは限らない。忘れてはならないが、才人は元々はただの高校生、ルイズたちにしても、貴族として国のために命を捧げる覚悟は詰んできたものの、まだ十代の少年少女に過ぎない。
 そんな彼らに、戦争には必ず潜んでいるが、これまで大きく現れることのなかった魔物が、音もなく侵食しはじめてきていたのだ。
 
 
 確かにロマリアが主体となった戦争は終わり、聖戦は回避された。けれども、凶王ジョゼフのガリアがまだ残っている。鉄火なくしてこれを倒せると思っている人間はひとりもいなかった。
 また、次の戦争が始まる……対すべき敵はガリア王ジョゼフ。教皇と手を組み、世界を我が物にせんと企んでいたと目される無能王と、ガリア王家の正等後継者として帰って来たシャルロット王女との全面対決はもはや必至と誰もが思っていた。
 そして戦争の中心にいた才人やルイズたちも、ブリミルとの別れから、再会や出会いを経て、新たな戦いへ向けての準備を始めている。しかし彼らは、これが正しいことと理解しながらも一抹の寂しさを覚えていた。
「なんかタバサのやつ、ずいぶん遠くに行っちまった気がするな」
 才人は、ガリアの女王としてガリア兵士の前でふるまうタバサを見るたびにそう思うのだった。正確にはまだ正式に即位していないので女王というのは自称に過ぎないのだが、トリステインに投降したガリア兵をはじめ、ほとんどの人間がいまやシャルロット女王こそガリアの正統なる統治者だと認識していた。
 これはシャルロット王女が始祖ブリミルの直接の祝福を受けたことが最大の理由ではあるが、単純に、タバサの父であったオルレアン公の人気の高さと、ジョゼフの人望のなさが反映されたというのも大きい。
 オルレアン公が暗殺されたのは四年前。ルイズたちもまだまだ子供の頃で、しかも外国のことであるので当時は詳しくなかったのだが、まさか自分たちのクラスメイトがその渦中の人になるとは想像もできなかった。
「すんなりアンリエッタ女王に決まったトリステインは幸運だったのかもしれないわね。たったひとつの王の椅子を巡って家族で争う、ね……タバサ……でも、それがあの子の選んだ道なのよ。むしろ、これまで友人でいられたことのほうがおかしかったのよ」

808ウルトラ5番目の使い魔 59話 (4/13) ◆213pT8BiCc:2017/06/07(水) 11:49:37 ID:9ZOoAC8I
 ルイズも、もしもカトレアやエレオノールと争うことになっていたらと思うとぞっとした。自分は貴族の責務を背負っていることを自覚してきたが、王族の責務からしたら軽いものだ。
 今ではタバサにまともに話しかける機会さえなかなかない。しかしそんなわずかな機会に話した中でも、タバサはガリアのために女王となることに迷いを見せてはいなかった。
「本来はわたし一人であの男と決着をつけるつもりだった。でも、もうこれ以上わたしの私情で対決を引き伸ばして世界中に迷惑をかけるわけにはいかない。わたしはガリアの女王になる、これはもう決めたことだから」
 タバサにはっきりとそう告げられ、ルイズたちはそれ以上なにも言うことはできなかった。
「タバサもきっと、わたしたちと同じように異世界でいろんな経験をしてきたのよ。寂しいけど、きっとそれがガリアにとってもタバサ自身にとってもきっと一番いいことなんだわ」
「そうだよな、おれたちはタバサの意思を尊重しなくちゃいけない……ってのはわかってんだけど、もう学院に戻れてもタバサはいないんだぜ。やっぱり寂しいぜ」
「サイト、もうわたしたちの感情でどうこうできるレベルの話じゃないのよ。それに、寂しいっていうならキュルケが我慢してるのに、わたしたちが愚痴を言うわけにはいかないわよ」
 ふたりとも、タバサにはこれまで多くの借りがあった。それを返したい気持ちも多々あるが、ルイズの言うとおり、一国の運命がかかっているというのに自分たちの私情でタバサに迷惑をかけることはできなかった。
 ガリア王国がタバサの手に渡るか、それともジョゼフの手にあり続けるか。それによってガリアだけでも何十万人もの生死に関わってくることと言われれば、才人も返す言葉がなかった。こればかりはウルトラマンたちがいようとどうすることもできない。
 コルベールやギーシュたちも、タバサが実はガリアの王女だったと知って驚いたものの、今ではできるだけ彼女を支えるべく行動している。彼らはルイズと同じく、貴族や王族の責務というものを心得ていて、才人はギーシュたちのそんな切り替えの速さを見ながら、やはり自分はこの世界の人間とは異質な存在なんだなと心の片隅で思っていた。
「なあルイズ、確か学院の予定だったら、もうすぐ全校校外実習……要するに遠足だろ? せめてそれくらい」
「サイト! 今はそんなこと言ってる場合じゃないって何度言えばわかるのよ。今タバサがガリアを統治できたらハルケギニアはようやく安定できるわ。それが、一番多くの人のためになることで、それはタバサにしかできないことだって、これ以上言わせると承知しないわよ!」
「ご、ごめん。でも、どうしても釈然としなくてさ。やっと教皇を倒してホッとできると思ったらまた戦争だぜ。これで本当に平和が来るのかと思ってさ」
 才人の暗い表情に、ルイズも気分が悪いのは同調していた。
 もしもガリアをタバサが統治できれば、アルビオン・トリステイン・ガリアで強固な連帯が組まれてハルケギニアは安定する。そして三国が協調すればゲルマニアも追従せざるを得なくなる。ロマリアは勢力が大幅に減退してしまっており問題にならず、実質的にハルケギニアに平和が訪れるということになるのだ。
 もちろん、完全な平和とはいかないが、平和とは地球でも均衡の上に成り立つものだ。そもそも世界中の人間が心から仲良く、などとなれば『国』というものがいらなくなる。残念ながら、それが実現するのは遠い遠い未来のお話であろう。
 うかない気分をぬぐいきれずに、次の戦いの準備を進める才人たち。その様子を、ウルトラマンたちも複雑な心境で見守っていた。

809ウルトラ5番目の使い魔 59話 (5/13) ◆213pT8BiCc:2017/06/07(水) 11:56:30 ID:9ZOoAC8I
「長引きすぎる戦いに、皆が疲れ始めているようだ。しかし、我々にはどうすることもできない」
 再び旅立ったモロボシ・ダンが言い残した言葉である。彼をはじめ、どの世界のウルトラマンもこの戦争には関与できない。もしもジョゼフが怪獣を投入してきた場合は別だが、それ以外では静観するしかないのだ。
 この戦争は、あくまでハルケギニアの人間同士の勢力争いである。宇宙警備隊の範疇ではなく、我夢やアスカらにしても直接関わるのははばかられた。彼らは戦争中にヤプールや他の侵略者が介入してこないかを見張ってくれている。
 だが、彼らは外部からの侵略者よりも、この世界での友人たちの内面が受ける心配をしていた。特にウルトラマンアグルこと、藤宮博也はこの世界の状況を見て我夢にこう言っている。
「人間は、自分が”狙われている”という状況にいつまでも耐えられるほど強くはない。この世界の人間たちも、俺たちの世界の人間たちと同じ過ちを犯しかねない状況になっている」
 我夢や藤宮のいた世界では、いつ終わるともわからない破滅招来体との戦いの中で人間たちは焦り、地底貫通弾による地底怪獣の早期抹殺や、ワープミサイルでの怪獣惑星の爆破などといった強攻策を浅慮に選んで手痛い目に何度も会っている。M78世界でも、防衛軍内を騒然とさせた超兵器R1号計画の推移も、度重なる宇宙からの侵略に地球人たちが「いいかげんにしろ」としびれを切らせた気持ちがあったことをダンは理解している。戦いに疲れ果て、もう戦うのは嫌だという気持ちが人に正気を失わせてしまうのだ。
 今のハルケギニアは、長引く戦いで疲れが溜まりきってしまっている。このまま開戦すれば、決着を焦った人々によって何が起こるかわからない。ウルトラマンたちはそれを懸念していた。
 けれど、戦いを避けるという選択肢が実質ないことも皆が理解していた。当初、アンリエッタらは圧倒的戦力差を背景にしてジョゼフに生命の保証を条件に降伏を迫ろうと提案したが、タバサがジョゼフの異常性を主張して断念させた。
「忘れないでほしい。あの男は、王になるために自分の弟を殺した男だということを。そして、王でなくなったあの男を受け入れるところなんて世界中のどこにもない、ガリアの民がそれを許さないということを」
 一切の反論を封じる、タバサの氷のような視線が残酷な現実を突きつけていた。
 ジョゼフの積み上げてきた業は、もう生きて清算できるようなものではない憎悪をガリアの民から買っている。ガリアの民は、ジョゼフの支配が完全な形で終わることを望んでいた。
 
 トリステインでは、前の戦争で攻め込んできたガリア軍がそのままシャルロット女王の軍となり、ガリア解放のために動く準備を日々整えている。
 開戦の日は近い。才人たちは、あくまでもタバサに個人的に協力するという立場で、ひとつの街ほどの規模のあるガリア軍の宿営地で手伝いを続けていた。
 
 
 だが、戦いの火蓋は感情や理屈を無視して、文字通り災厄のように切って落とされた。

810ウルトラ5番目の使い魔 59話 (6/13) ◆213pT8BiCc:2017/06/07(水) 11:58:00 ID:9ZOoAC8I
「おわぁぁぁっ! なんだ、敵襲かぁ?」
 ガリア軍の宿営地に火の手があがった。同時に爆発音が鳴り、砂塵が舞い上がって悲鳴がこだまする。
 兵士たちの仮の寝床であるテントが次々と吹き飛ばされ、武器を持つ間もなく飛び出したガリア兵たちが右往左往と走り回る。
 それを引き起こしている元凶。それは、この一分ほど前、宿営地を襲った激震を前兆として現れた。
「地震か! おい、みんな外へ出ろ!」
 そのとき、テントの中では才人やルイズがギーシュたち水精霊騎士隊と休息をとっていた。しかし、突然の地震に驚き、とにかく外へと飛び出たとき、彼らは地中から空へと躍り出る信じられないものを目の当たりにしたのだ。
「サイト! あの円盤は」
「あれは! なんであれがまた!?」
 地中から現れて、宿営地を見下ろすように空に浮かんでいる光り輝くUFOの姿にルイズと才人は愕然とした。
 白色に輝くあのUFOは、一年前の雨の夜、リッシュモンが操ってトリスタニアを襲撃したものとまったく同じだったのだ。
 だがあれは確かに破壊したはず。それがなぜまた現れる!? 同じ型のUFOがまだあったのか? だがUFOは困惑する才人たちを尻目に、破壊光線を乱射して宿営地を攻撃し始めた。あまりに突然の襲撃に、宿営地は完全に秩序を失った混乱に陥っている。
「くそっ、考えてる暇はねえか。ルイズ、あいててて!」
「遅いわよバカ犬。このままじゃガリア軍はすぐ全滅しちゃうわ、戦えるのはわたしたちしかいない。行くわよ」
 ルイズは才人の耳を引っ張りながら連れ出そうとした。完全にふいを打たれたガリア軍に邀撃する術はなく、トリステインから援軍が来るのを待っている余裕もない。
 いや、迎え撃つ余裕があったとしても、竜騎士の力程度ではあのUFOに対抗する術はない。なにより、今ここを襲撃してくるのはジョゼフの息のかかったものに違いない。ここには全軍を統率する立場としてタバサもいる。タバサがやられたらガリアは完全におしまいだ。
「あんなのが出てきたなら、こっちだって遠慮する必要はないわ。わたしのエクスプロージョンで叩き落してあげる、それでダメならわかってるんでしょバカ犬!」
「わかったわかった! わかったからもうやめろってご主人様」
 UFOが相手ならウルトラマンAも遠慮する必要はない。ともかく、ギーシュたちの目の届かない場所に移動するのが先決だ。幸い連中もあたふたしていて、今ふたりが姿を消したとしても気づかれない。
 だが、UFOはふたりが行動を起こすよりも早く、下部からリング状の光線を放射して地上にあの怪獣を出現させた。黒光りするヌメヌメとした体表に、黄色い目を持ち、体から無数の触手を生やしたグロテスクなあの怪獣は。

811ウルトラ5番目の使い魔 59話 (7/13) ◆213pT8BiCc:2017/06/07(水) 11:59:15 ID:9ZOoAC8I
「アブドラールス! くそっ、あいつも前に倒したはずなのに。どっからまた出てきやがった!」
 才人が毒づく前で、アブドラールスはさっそく目から破壊光線を放って宿営地を破壊し始めた。その圧倒的な猛威の前には、ガリア軍は文字通り成すすべもない。
 もう躊躇している場合ではない。ここにいるウルトラマンはエースだけ、才人とルイズは急いで変身をしようと踵を返しかけた、だがその瞬間。
「うわっ! なんだこの突風は!?」
 猛烈な風が吹いて、才人は飛ばされそうになったルイズを抱きとめてかがんだ。
 うっすらと目を開けて見れば、さっきまでいたテントが突風にあおられて飛んでいき、ギーシュたちも手近なものに掴まってこらえている。
 あのUFOかアブドラールスの仕業か? だがどちらも突風を起こすような攻撃は持っていなかったはず、なのにと才人が考えたとき、空を見上げたルイズが引きつった声で才人に言った。
「サ、サイト、空を見て!」
「な、なんだよ……そんな……そんなことってあるかよ!」
 才人は自分の目が信じられなかった。空を飛びまわる船ほどもある巨大な鳥、それは以前にアルビオンで戦って倒したはずのあの怪獣。
「円盤生物サタンモア! どうなってんだ、なんでまた倒したはずの奴が」
 奴は確かにアルビオンで葬ったはず。しかし、驚くべきことはそれだけではなかった。サタンモアの背中に人影が現れ、才人とルイズにとって聞き覚えのある声で呼びかけてきたのだ。
「久しぶりだねルイズ、それに使い魔の少年!」
「その声、そんな……そんな、ありえない!」
「てめえ! なんでここにいやがる。てめえ、てめえは確かにあのときに」
 ルイズと才人にとっての忌むべき敵のひとり。トリステインの貴族の衣装をまとい、レイピア状の杖を向けてくるつば広の帽子をかぶった男。

812ウルトラ5番目の使い魔 59話 (8/13) ◆213pT8BiCc:2017/06/07(水) 12:00:56 ID:9ZOoAC8I
 だが、こいつはとうにこの世からいないはずだ。それが何故ここに? 才人とルイズの頭に怒りを上回る困惑が湧いてくる。
 混乱を増していく戦場。いったいなにが起こって、いや起ころうとしているのだろうか? これもジョゼフの策略なのだろうか?
 
 
 だが、混沌の元凶はジョゼフではなかった。それは、ジョゼフさえも観客として、自分が作り出したこの惨劇を遠くガリアのヴィルサルテイル宮殿から眺めている。
「さあ、楽しいショーが始まりましたよ。王様、とくとご覧ください。そうすれば私の言ったことが本当だとおわかりになるでしょう。そうしたら、私のお願い、かなえてくれますよね? ウフフフ」
「……」
 遠くトリステインの状況を映し出しているモニターを、ジョゼフが無言で見つめている。その表情にはいつもの自分を含めたすべてをあざ笑っているような余裕はなく、この男には似つかわしくはない緊張が張り付いていた。
 この部屋には、そんな様子を怒りをかみ殺しながら見守っているシェフィールドと、もうひとり人間ならざる者が宙にぷかぷか浮きながら楽しそうな笑い声を漏らしている。
 
 教皇に対してさえ平常を崩さなかったジョゼフに態度を変えさせる、こいつはいったい何者なのであろうか?
 それはむろん、ハルケギニアの者ではない。人間たちの思惑などは完全に無視して、戦争の気配が再度高まるハルケギニアに、誰一人として予想していなかった第三者が介入を計ろうとしていたのだ。
 
 それはこのほんの数時間前のこと。そいつは誰にも気づかれずに時空を超えてハルケギニアにやってくると、楽しそうに笑いながらガリアに向かった。
「ここが、ふふーん……なかなか良さそうな星じゃありませんか。ウフフフ」
 それは痛烈な皮肉であったかもしれない。今のガリアは王政府が混乱の巷にあり、貴族や役人たちが不毛な議論に時間を浪費し続けていた。もっともジョゼフはそんなことには何らの興味も持たず、タバサとの最後のゲームに向けて、機が熟するのを暇を持て余しながら気ままに待っていた。
 ジョゼフのいるのはグラン・トロワの最奥の王族の居住区。豪奢な寝室のテラスからは広大な庭園が一望でき、太陽の戻ってきた空の下で花や草が生き生きと美しく輝いている。それに対して、グラン・トロワの大会議室では大臣たちがシャルロット王女の立脚に対して、王政府はどう出ようかと紛糾しているのだが、ここには飽きもせず続いている罵詈雑言の嵐も届きはしない。
「まったく変なものだ。命が惜しければ、さっさと領地に逃げもどるなり、シャルロットに頭を下げるなりすればいいものを。いつまで宮殿に張り付いて、決まりもしない大義とやらを探し求めているのやら」

813ウルトラ5番目の使い魔 59話 (9/13) ◆213pT8BiCc:2017/06/07(水) 12:02:31 ID:9ZOoAC8I
「ジョゼフ様、彼らはせっかく手に入れた地位を奪われるのが怖いのですわよ。シャルロット姫が帰ってくれば、彼らは確実に失脚します。命は助けられたとしても、一生を閑職で過ごすことになるのは明白。他人を見下すことに慣れた人間は、自分が見下されるようになるのが我慢できないのですわ」
 傍らに控えるシェフィールドが疑問に答えると、ジョゼフは理解できないというふうに首を振った。
「人を見下すというものが、そんなにいいものなのか余にはわからぬな。余は王族だが、すべてにおいて弟に劣る兄として侍従にまで見下されて育ったものよ。増して、今は世界中の人間が余を無能王と呼んでいる。そんな無能王の家来が、いったい誰を見下せるのか? 大臣たちはそんなこともわからんと見える」
 心底あきれ果てた様子で笑うジョゼフに、シェフィールドはうやうやしく頭を下げた。
「まったくそのとおりです。やがてシャルロット姫は軍勢を率いてここに攻めてくるでしょう。彼らにはそのとき、適当な捨て駒になってもらいましょう」
「はっはは、捨て駒にしても誰も惜しまなさ過ぎてつまらんな。今やガリアの名のある者は続々とシャルロットの下に集っている。対して余にはゴミばかり……フフ、これだけ絶望的な状況でゲームを組み立てるのもまた一興。シャルロット、早く来い! ここは退屈で退屈でかなわん。俺の首ならくれてやるから、代わりに俺はガリアの燃える姿を見せてやる。そのときのお前の顔を見て、俺の心は震えるのか? 今の俺にはそれだけが楽しみなのだ」
 空に向かって吼えるジョゼフ。その顔には追い詰められた暴君が死刑台に怯える気配は微塵も無く、最後に己の城に火を放って全てを道連れにしようとする城主をもしのぐ、すべてに愛着を捨てた虚無の残り火だけがくすぶり続けていた。
 
 すでにジョゼフの胸中には、これから起こるであろう戦争をいかに凄惨な惨劇にしようかという試案がいくつも浮かんでいる。数万、数十万、うまくいけば数百万の人命を地獄の業火に巻き込む腹案さえもある。
 だが、シェフィールドに酌をさせながら思案をめぐらせるジョゼフの下に、突如どこからともなく聞きなれない笑い声が響いてきた。
「おっほっほほ、これはまた聞きしに勝るきょーおーっぷりですねえ。人の上に立つ者とは思えないその投げ槍っぷり、わざわざ足を運んだかいがあったというものです」
 わざと音程に抑揚をつけて、聞く相手を不快にさせるためにしゃべっているような声に、真っ先に反応したのは当然シェフィールドだった。「何者!」と叫び、声のした方向に立ちふさがってジョゼフを守ろうとする。
 そして声の主は、自分の存在を誇示するように堂々とふたりの前に現れた。
「どぉーも、はじめまして王様。本日はお日柄もよく、たいへんご機嫌うるわしく存じます。ううぅーん? この世界のお辞儀って、これでよかったですかね」
 敬語まじりではあっても明らかに相手を小ばかにした物言い。ジョゼフたちの前に現れたそいつは、身の丈こそ人間と同じくらいではあるものの、ハルケギニアのいかなる種族とも似ていないいかつい姿をしていた。

814ウルトラ5番目の使い魔 59話 (10/13) ◆213pT8BiCc:2017/06/07(水) 12:04:17 ID:9ZOoAC8I
 ”宇宙人か?” すでにムザン星人やレイビーク星人などの宇宙人をいくらか見知っていたシェフィールドはそう推測したが、そいつはシェフィールドの知っているいずれの星人とも似ていなかった。また、シェフィールドは自身の情報力で、ハルケギニアに現れたほかの宇宙人の情報も可能な限り調べ、その容姿も頭に入れていたが、やはりそのどれとも該当しない。仮にここに才人がいたとしても「知らない」と言うだろう。
 シェフィールドは長い黒髪の下の瞳を鋭く切り上げて、ほんの数メイル先で無遠慮に立っている宇宙人の悪魔にも似た姿を睨みつける。いざとなれば、その額にミョズニトニルンのルーンを輝かせ、隠し持った魔道具で八つ裂きにするつもりだ。
 だがジョゼフはシェフィールドを悠然と制し、目の前の宇宙人にのんびりと話しかけた。
「まあ待てミューズよ。余に害を成すつもりならば、頭にカビの生えた騎士でもなければさっさとふいをつけばいいだけであろう。はっはっはっ、ロマリアの奴といい、悪党はノックをせずに入ってくるのが世界的なマナーらしいな」
「あら? 私としたことが誰かの二番煎じでしたか。これは恥ずかしい、次からは花束でも持参で来ることにいたしましょう。あっと、申し送れました。私、こういう者で、この方の紹介で参りました」
 わざとらしい仕草でジョゼフのジョークに答えると、宇宙人は二枚の名刺を取り出してシェフィールドに手渡した。
 ご丁寧にガリア語で書いてある名刺の一枚はその宇宙人の名前が、もう一枚にはジョゼフとシェフィールドのよく知っているあいつの名前が書かれていた。
「チャリジャ……」
「ほう? あいつの名前も久しぶりに聞いたな。なるほど、あいつの知り合いか」
 シェフィールドは面倒そうに、ジョゼフは口元に笑みを浮かべながらつぶやいた。
 宇宙魔人チャリジャ、別名怪獣バイヤー。過去に、ふとしたことからハルケギニアを訪れ、この世界で怪獣を収集するかたわらジョゼフにも色々と怪獣や異世界の珍しいものを提供してくれた。商人らしく、やるべきことが済むとハルケギニアから去っていってしまったが、小太りで白塗りの顔におどけた態度は忘れようも無く覚えている。
 まさかチャリジャの名前をまた聞くことになるとは思わなかった。異世界のことは自分たちには知る方法もないが、どうやら元気に商売にせいを出しているらしい。それでと、ジョゼフが視線を向けるとそいつは楽しそうにチャリジャとの関係を話し出した。
「ええ、私もいろいろなところを歩き回ることの多いもので、彼とはある時に偶然出会って意気投合しましてねえ。それで、とある怪獣のお話になったところで、彼からあなたとこの世界のことを聞きまして。私の目的にベリーフィット! ということなのではるばるやってきた次第です」
「それはまたご苦労なことだな。で? お前は余に何の用があるというのだ? 余は退屈してたところだ、少し前まで多少は楽しいゲームを提供してくれていた奴がいたのだが、勝手に負けていなくなってしまってな。この世界が欲しいというなら手を貸してやらんでもないぞ? うん?」
 やや嫌味っぽく言うジョゼフは、その態度で相手を計ろうとしていた。これまで自分に興味を持って利用しようと接触してきた奴はいろいろいたが、いずれも途中で脱落していった。ましてやこれから始めるゲームは、シャルロットとの最後の対戦になることは確実なのだ、三下を入れてつまらなくはしたくない。

815ウルトラ5番目の使い魔 59話 (11/13) ◆213pT8BiCc:2017/06/07(水) 12:05:12 ID:9ZOoAC8I
 しかし、宇宙人はジョゼフの嫌味に気分を害した風もなく、むしろ肩を揺らして笑いながら言った。
「いえいえ、侵略などとんでもない。ウルトラマンがこれだけ守ってるところに侵略をかけるなんて、やるならもっと強いお方と組みますとも。実は私、同胞がちょっと面白そうなことを計画していましてね。その手伝いをできないかと考えていたのですが、あなたを利用するのが一番手っ取り早いと……おっと、私ったら余計なことまで言っちゃいました。気にしないでください」
 その言い返しにシェフィールドは唇を歪めた。間接的にジョゼフを馬鹿にされただけでなく、おどけた口調の中でもこちらを見下す態度を隠そうともしていない。話しているときの不快度ではチャリジャやロマリアの連中以上かもしれない。
 だがジョゼフは相変わらず気にもせずに薄ら笑いを続けている。元より傷つけられて困るプライドがないせいもあり、何事も他人事を言っているようにも聞こえる不快な態度をとるのは彼も似たようなものである。
「ははは、よいよい、悪党は悪党らしくせねばな。それで、余にどうしろというのだ? 悪事の片棒を担ぐのはやぶさかではないが、余もそこまで暇ではない。利用されるかいがあるような、それなりに立派な目的なのかな、それは?」
 つまらない理由なら盛大に笑ってやるつもりでジョゼフはいた。宇宙人を相手にしてはミョズニトニルンや自分の虚無の魔法でもかなわない公算が高いが、かといって惜しい命も持ち合わせてはいない。
 宇宙人は、その手を顔に当てて大仰に笑った仕草をとった。どうやらジョゼフの物怖じしない態度が気に入ったらしい。そいつは、ジョゼフに自分の目的を語って聞かせると、さらに得意げに言った。
「……と、いうわけでご協力をいただきたいのですよ。どうです? 王様に損はないでしょう。それに、王様と王女様のゲームとしても存分に楽しめると思いますよ。なにより、私も見てて面白そうですしねえ」
「なるほど、確かに一石二鳥で、しかも余から見てさえ悪趣味なことこの上無いゲームだな……だが、貴様はひとつ忘れているぞ。そのゲーム、余はともかくとしてシャルロットが乗ってこなければ話になるまい。あの娘がこんな舞台に乗ってくるとは思えんがな」
「だぁいじょうぶですとも! チャリジャさんからそのあたりの事情はよーく聞き及んでおります。ですから、あなた方に是非とも参加いただけるほどの、素敵な景品をプレゼントさせていただきますよ。ゲームが終わった暁には、王様へのお礼もかねて、
なな、なんと特別に!」
 宇宙人は高らかに、ジョゼフに向かって『豪華プレゼント』の中身を暴露した。
 その内容に、シェフィールドは戦慄し、そしてジョゼフも。
「な、んだと……?」
 なんと、ジョゼフの表情に狼狽が浮かんでいた。あの、自分を含めた世界のすべてに対して唾を吐きかけて踏みにじってなお、眉ひとつ動かさないほどにこの世に冷め切っているジョゼフがである。

816ウルトラ5番目の使い魔 59話 (12/13) ◆213pT8BiCc:2017/06/07(水) 12:05:59 ID:9ZOoAC8I
 あの日以来、何年ぶりかになる脂汗がジョゼフの額に浮かんでくる。だが宇宙人は、ジョゼフとシェフィールドが怒声を上げるより早く、勝ち誇るように宣言してみせた。
「おやおや、ご信用いただけない様子? では、お近づきの挨拶もかねて軽いデモンストレーションをいたしましょう。それできっと、私の言うことが本当だと信じていただけるでしょう。フフ、アーッハッハハ!」
 狂気さえにじませる宇宙人の笑い声がグラン・トロワに響き渡った。
 この日を境に、ジョゼフとタバサの最後の決闘となるはずだった歴史は、いたずらな第三者の介入によって狂い始める。その魔の手によって混沌と化していく未来が、魔女の顔をして幕から姿を現そうとしている。
 
 
 所は移り変わってトリステイン。時間を今に戻して、燃え盛る宿営地に二匹の怪獣が暴れ周り、人とも物ともつかぬものが舞い上げられていく。
 その頃、タバサは北花壇騎士として培った経験からすぐに衝撃から立ち直り、杖を持って飛び出していた。そしてすぐにトリステインに連絡をとり、援軍を要請するよう指示を出すとともに混乱する軍をまとめるために声をあげる。そこには戦士としてのタバサではなく、指導者としてのタバサがいた。
 タバサは、この襲撃がジョゼフによるものであることを確信していた。戦争が始まる前に、反抗勢力ごと自分を抹殺するつもりなのか? だけど、わたしはあなたの首をとるまでは死ぬつもりはない。
 だがタバサといえども、これがそんな常識的な判断によるものではなく、よりひねくれた、より壮大且つ宇宙全体に対して巨大な影響を与えるほどの計画の前哨であることを知る由もなかった。
 そして、これがタバサとジョゼフの最後の対決を、まったく誰も予測していなかった方向へ導くことも、ハルケギニア全体に壮大な悲喜劇を撒き散らすことも誰も知らない。
 
 それでも、運命の歯車は無慈悲に回り続けている。
 空を飛ぶサタンモアの背に立つ男から、ウィンドブレイクの魔法が地上の才人めがけて撃ちかけられてきた!

817ウルトラ5番目の使い魔 59話 (13/13) ◆213pT8BiCc:2017/06/07(水) 12:07:11 ID:9ZOoAC8I
「相棒、俺を使え!」
「わかったぜ!」
 才人は背中に手を伸ばし、再生デルフリンガーを抜き放った。
「でやぁぁぁっ!」
 魔法の風が刀身に吸い込まれ、才人とルイズには傷一つつけられずに消滅した。しかし、男はむしろ楽しそうにあざ笑う。
「どうやら腕は落ちていないようだね使い魔の少年、そうこなくては面白くない。以前の借りをルイズともどもまとめて返させてもらおうか」
「てめえこそ、どうやら幽霊じゃねえみたいだな。いったいどうやって戻ってきやがった、ワルド!」
 
 倒したはずの怪獣、死んだはずの人間。それが現れてくる理解不能な現実。
 常識は非常識に塗り替えられ、前の編の総括すらすまないまま、新たな幕開けは嵐のようにやってきた。
 役者はまだ舞台に上がりきってすらいない。しかし、客席から乱入してきた飛び入りによってカーテンコールは強要され、悲劇の幕開けは笑劇へと変えられた。
 それでも運命という支配人は残酷な歯車を回し続ける。舞台セットや奈落が勝手に動き回る狂乱の舞台が、ここに始まった。
 
 
 続く

818ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2017/06/07(水) 12:11:59 ID:9ZOoAC8I
今回はここまでです。新章初、お楽しみいただけたでしょうか。
最初ですので勢いとインパクト重視でいきました。そのせいでハルケギニアに来たアスカや我夢たちがどうしたのかということを楽しみにしていただいていた方にはすみませんが、それらも順を追って書いていきますのでお待ちください。

819ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/08(木) 03:39:36 ID:hRNpquWg
5番目の人、乙です。続く形で投下します。
開始は3:42からで。

820ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/08(木) 03:43:02 ID:hRNpquWg
ウルトラマンゼロの使い魔
第百四十四話「六冊目『大決戦!超ウルトラ8兄弟』(その2)」
双頭怪獣キングパンドン
地獄星人スーパーヒッポリト星人
剛力怪獣キングシルバゴン
超力怪獣キングゴルドラス
風ノ魔王獣マガバッサー
土ノ魔王獣マガグランドキング
水ノ魔王獣マガジャッパ
火ノ魔王獣マガパンドン 登場

 ルイズの魔力を奪った『古き本』も遂に最後の一冊となった。最後の本は、かつてウルトラマン
メビウスが赤い靴の少女に導かれて迷い込んだパラレルワールドの地球。そこにはウルトラ戦士は
いないのだが、そんな世界を侵略者が狙っている。才人とゼロは位相のずれた空間で、キングゲスラに
襲われる青年を発見するが、何故かメビウスが現れない。その時ゼロは気がついた。この物語では、
自分たちがメビウスの役割を果たすのだと! キングゲスラを撃退したゼロたちは、青年――
マドカ・ダイゴと邂逅を果たす。

 ダイゴに赤い靴の少女から聞かされた、「七人の勇者」のことを話した才人は、それらしい
人たちに心当たりがあるというダイゴに導かれて、ある四人のところへ行った。
「おお、ダイゴ君。そちらは?」
 その四人とは、自転車屋のハヤタ、ハワイアンレストラン店主のモロボシ・ダン、自動車
整備工場の郷秀樹、パン屋の北斗星司。……ゼロがよく知っている、ウルトラマン、セブン、
ジャック、エースの地球人としての姿そのままであった。ダイゴは彼らがウルトラ戦士に
変身するのを幻視したのだという。
 だがこの世界での彼らは、ウルトラ戦士ではない普通の地球人であった。ウルトラ戦士に
変身する力を秘めているのはまず間違いないであろうが、それはどうやったら目覚めさせる
ことが出来るのだろうか……。
『ゼロ、ウルトラマンメビウスから方法とか聞いてないのか?』
『いや……詳しいこと聞いた訳じゃねぇからなぁ……』
 才人が困っているのを見て取って、ダイゴが励ますように告げた。
「まだ、あきらめることないよ。だって……あの四人は、この世界でもヒーローだから。
いくつになっても夢を忘れないって言うか、カッコよくて、小さい頃と同じように
憧れられる、特別な人たち……。だから、きっと思い出すと思うんだ! 自分たちが、
別の世界ではウルトラマンだったってこと!」
「そうですね……俺も信じます!」
 ダイゴの呼びかけに才人が固くうなずくと、ダイゴはふとつぶやいた。
「でも、残る三人の勇者は誰なんだろう。この街のどこかにいるのかな」
 すると才人が告げる。
「その内の一人は、ダイゴさんだと俺は思います!」
「えぇッ!? 俺!?」
 仰天して目を丸くしたダイゴは、ぶんぶん首を振って否定した。
「そ、それはないよ! 僕なんかは、ハヤタさんたちとは全然違うから……夢も途中で
あきらめてしまったし……僕にウルトラマンになる資格なんてないよ」
 自嘲するダイゴに、才人は熱心に述べる。
「いいえ。ダイゴさんには強い勇気があるじゃないですか。俺たちが危ない時に、危険に
飛び込んで助言をくれました」
「あ、あの程度のこと、別に普通さ……」
「いえ、勇気があってこそです」
 ダイゴに己のことを語る才人。
「俺も初めは、特に取り柄のない普通の人間でした。だけど勇気を持ったから、今でも
ウルトラマンゼロなんです。勇気を持つ人は……誰でもウルトラマンになれます!」
「才人君……」

821ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/08(木) 03:45:00 ID:hRNpquWg
 熱を込めて呼び掛けていた才人だったが、その時にゼロが警戒の声を発する。
『才人ッ! やばいのが近づいてきたぜ!』
「ッ!」
 バッと振り返った才人の視線の先では、海から怪しい竜巻が沿岸の工場地区にまっすぐ
上陸してきた。その竜巻が消え去ると、真っ赤な双頭の怪獣が中から姿を現す!
「キイイイイイイイイ! キュイイイイイイ!」
「怪獣!?」
 才人は工場区で暴れ始める怪獣に酷似したものを二度見覚えがあった。
「あいつは、パンドン!」
 パンドンが強化改造されて生み出された、キングパンドンだ! ダイゴは現実に現れた
怪獣の姿に驚愕する。
「でも、どうして!? 僕の住む世界に、本物の怪獣はいないはずなのに……!」
「誰かが呼び寄せたんです! それが、少女の言った勇者が必要な理由……!」
 キングパンドンは火炎弾を吐いて街への攻撃を始める。こうしてはいられない。
「ダイゴさん!」
「……行くんだね……戦いに……!」
 うなずいた才人は前に飛び出し、ゼロアイを取り出す。
「デュワッ!」
 才人はすぐさまウルトラマンゼロに変身を遂げ、パンドンの前に立ちはだかった! パンドンは
即座に敵意をゼロに向ける。
『さぁ……これ以上の暴挙は二万年早いぜ!』
 下唇をぬぐったゼロに、パンドンは火炎弾を連射して先制攻撃を仕掛ける。
「キイイイイイイイイ! キュイイイイイイ!」
『だぁッ!』
 だがゼロは相手の出方を読み、素手で火炎弾を全て空に弾いていく。
『行くぜッ!』
 頃合いを見て飛び出し、パンドンに飛び掛かろうとするも、その瞬間パンドンは双頭から
赤と青の二色の破壊光線を発射した!
 反射的に腕を交差してガードしたゼロだが、光線は防御の上からゼロを押してはね飛ばす。
『うおあッ! 何つぅ圧力だ……!』
 キングパンドンは極限まで戦闘に特化された個体。そのパワーは通常種のパンドン、
ネオパンドンをも上回るのだ。
「キイイイイイイイイ! キュイイイイイイ!」
 仰向けに倒れたゼロに対し、パンドンは破壊光線を吐き続けて執拗に追撃する。
『ぐわあああぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!』
 ゼロの姿が爆炎の中に呑み込まれる。
「キイイイイイイイイ! キュイイイイイイ!」
 高々と勝ち誇ったパンドンは、今度は街を手当たり次第に破壊しようとするが……その二つの
脳天に手の平が覆い被さった!
『なんてな!』
「!!?」
 ゼロが器用に、パンドンの首を支えにして逆立ちしたのだ!
「キイイイイイイイイ! キュイイイイイイ!」
『自分の攻撃で自分の視界をさえぎってちゃ世話ねぇな! はぁッ!』
 ゼロはグルリと回ってパンドンの後頭部に強烈なキックを炸裂した。蹴り飛ばされたパンドンだが
反転して再度火炎弾を連射する。
『そいつは見切ったぜ!』
 しかしゼロはゼロスラッガーを飛ばして全弾切り落とし、更にパンドンの胴体も斬りつける。
「キイイイイイイイイ!!」
『行くぜッ! フィニッシュだぁッ!』
 左腕を横に伸ばし、ワイドゼロショット! 必殺光線がキングパンドンに命中して、瞬時に
爆散させた!

822ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/08(木) 03:47:45 ID:hRNpquWg
「やったッ!」
 短く歓声を発したダイゴに、ゼロはサムズアップを向ける。ダイゴもサムズアップで応えるが……。
『ッ!』
 ゼロの周囲にいきなり透明なカプセルが現れる! ――その寸前に、ゼロは側転でカプセルを
回避した。
『危ねぇッ!』
 ぎりぎりでカプセルに閉じ込められるのを逃れたゼロの前に、空から怪しい黒い煙が渦を
巻いて降ってくる。
『ほぉう……よく今のをかわしたものだな。完全な不意打ちのはずだったが……』
『へッ……似たようなことがあったからな』
 黒い煙が実体化して出現したのは、ヒッポリト星人に酷似した宇宙人……より頭身が上がり、
力もまた増したスーパーヒッポリト星人だ! 今のはヒッポリトカプセル……捕まっていたら
間違いなくアウトであった。
 十八番のカプセルを避けられたヒッポリト星人だが、その態度に余裕の色は消えない。
『だが、お前のエネルギーは既に消耗している。どの道貴様はこのヒッポリト星人に倒される
運命にあるのだ!』
 ヒッポリト星人の指摘通り、ゼロのカラータイマーはキングパンドン戦で既に赤く点滅していた。
さすがにダメージをもらいすぎたか。
『ほざきな。テメェをぶっ倒す分には、何ら問題はねぇぜ!』
 それでもひるまないゼロであったが、ヒッポリト星人は嘲笑を向ける。
『馬鹿め。怪獣があれで終わりだとでも思ったかッ!』
 ヒッポリト星人が片腕を上げると、地面が突如陥没、また空間の一部が歪み、この場に
新たな怪獣が二体も出現する!
「グルウウウウゥゥゥゥ!」
「ギュルウウウウゥゥゥゥ!」
 キングゲスラやキングパンドンと同様に、強化改造を施されたキングシルバゴンとキング
ゴルドラスだ! 新たな怪獣の出現に舌打ちするゼロ。
『くッ、まだいやがったか。だが三対一だって俺は負けな……!』
 言いかけたところで、空から黒い煙が四か所、ゼロの四方を取り囲むように降り注いだ!
『何!?』
 黒い煙はヒッポリト星人の時のように、それぞれが怪獣の姿になる。
「ミィィィィ――――! プォォォ――――――!」
「グルウウウゥゥゥゥゥゥゥゥ!」
「グワアアアァァァァァ! ジャパッパッ!」
「ガガァッ! ガガァッ!」
 鳥のような怪獣、グランドキングに酷似したもの、魚と獣を足し合わせたような怪物、
またパンドンに酷似した個体の四種類。それらは皆額に赤く禍々しい色彩のクリスタルが
埋め込まれていた。
『な、何だこいつらは……!』
 この四種は、あるモンスター銀河から生まれた「魔王獣」という種類の怪獣たち。風ノ魔王獣
マガバッサー、土ノ魔王獣マガグランドキング、水ノ魔王獣マガジャッパ、火ノ魔王獣マガパンドン。
内の一体を、現実世界のあるレベル3バースにて封印することになるということを、今のゼロは
まだ知らない。
 それより今はこの現状だ。さすがのゼロも、カラータイマーが点滅している状態で七体もの
敵に囲まれるのは厳しいと言わざるを得ない!
「ミィィィィ――――! プォォォ――――――!」
 しかし怪獣たちは情け容赦なく攻撃を開始する。まずはマガバッサーが大きく翼を羽ばたかせて
猛烈な突風を作り出し、ゼロに叩きつける。
『うおぉッ!』
「ガガァッ! ガガァッ!」
 身体のバランスが崩れたゼロに、マガパンドンが火炎弾を集中させる。
『ぐあぁぁぁッ!』
 灼熱の攻撃をゼロはまともに食らってしまった。更にキングシルバゴンも青い火炎弾を吐いて
ゼロを狙い撃ちにする。

823ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/08(木) 03:49:39 ID:hRNpquWg
「グルウウウウゥゥゥゥ!」
『がぁぁッ! くッ、このぉッ!』
 瞬く間に追いつめられるゼロだが、それでもただやられるだけではいられないとばかりに
エメリウムスラッシュを放った。
 しかしキングゴルドラスの張ったバリヤーにより、呆気なく防がれてしまう。
「ギュルウウウウゥゥゥゥ!」
 ゴルドラスはカウンター気味に角から電撃光線を照射してきた。ゼロはそれを食らって、
更なるダメージを受ける。
『あぐあぁぁッ! くっそぉッ……!』
 それでもあきらめることのないゼロ。光線が駄目ならと、頭部のゼロスラッガーに手を掛けたが、
「グワアアアァァァァァ! ジャパッパッ!」
 そこにマガジャッパがラッパ状の鼻から猛烈な臭気ガスを噴き出す。
『うわあぁぁぁッ!? くっせぇッ!!』
 考えられないレベルの悪臭に、ゼロも我慢がならずに悶絶してしまった。その隙を突いて、
スーパーヒッポリト星人が胸部からの破壊光線をぶちかましてきた。
『うっぐわぁぁぁぁぁぁぁッ!』
 逆転の糸口を掴めず、一方的にやられるままのゼロ。ヒッポリト星人は無情にもとどめを宣告する。
『そこだ! やれぇッ!』
「グルウウウゥゥゥゥゥゥゥゥ!」
 マガグランドキングの腹部から超威力の破壊光線が発射され、ゼロの身体を貫く!
『が――!?』
 ゼロもとうとう巨体を維持することが叶わなくなり、肉体が光の粒子に分散して消滅してしまった。
「なッ!? さ、才人君ッ!」
 ダイゴは大慌てでゼロの消えた地点へと走り出す。一方でゼロを排除したヒッポリト星人は
高々と大笑いした。
『ウワッハッハッハッ! ウルトラマンはこのヒッポリト星人が倒した! これで邪魔者はいない! 
人間どもよ、絶望しろぉぉ――――!』
「グルウウウウゥゥゥゥ!」
「ギュルウウウウゥゥゥゥ!」
「ミィィィィ――――! プォォォ――――――!」
「グルウウウゥゥゥゥゥゥゥゥ!」
「グワアアアァァァァァ! ジャパッパッ!」
「ガガァッ! ガガァッ!」
 ヒッポリト星人の命令により、怪獣たちは思いのままに街を破壊し始める。巨体が街中を蹂躙し、
竜巻が街の中心を襲い、ビルが次々地中に沈んでいき、悪臭が広がり、火が街全体を焼いていく。
地獄絵図が展開され始めたのだ。
 そんな中でもダイゴは懸命に走り、ゼロの変身が解けた才人が倒れているのを発見した。
すぐに才人の上半身を抱えて起こすダイゴ。
「大丈夫か!? しっかりしてくれ!」
「うぅ……」
 才人はひどい重傷であった。ゼロの時にあまりにも重いダメージを受けてしまったのが、
彼の身体にも響いているのだ。
 息も絶え絶えの才人であったが、最後に残った力を振り絞って、己を介抱するダイゴの
手を握って告げる。
「あ、後のことはどうか……七人の勇者を見つけて……そして……」
 うっすら目を開いて、視界がかすれながらもダイゴの顔をまっすぐ見つめる。
「ダイゴさん……この世界を、救って下さい……!」
「そ、そんな! だから俺は勇者なんて……おい!?」
 困惑するダイゴだが、才人はそれを最後に意識の糸が切れた。
「しっかりするんだ! おーいッ!!」

824ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/08(木) 03:51:54 ID:hRNpquWg
 ダイゴの必死の呼びかけが徐々に遠のいていき、才人の意識は闇に沈んでいった……。

「……はッ!?」
 次に目が覚めた時に視界に飛び込んできたのは、真っ白い天井だった。
 バッと身体を起こして周囲に目を走らせると、病院の病室であることが分かった。身体には
何本ものチューブがつながれている。あの状況で救急車がまともに機能しているとは思えない。
ダイゴがここまで担ぎ込んでくれたのだろう。
 しばし呆然としていた才人だったが、遠くから怪獣の雄叫びと破壊の轟音、人々の悲鳴が
耳に入ったことで我に返る。
「あれからどれくらい時間が経ったんだ!? こうしちゃいられない! 早く行かないと……うッ!」
 チューブを無理矢理引き抜いてベッドから離れようとする才人だが、その途端よろめいた。
いくらウルトラマンと融合して超回復力を得たとしても、さすがに無理がある。
『無茶だ才人! その身体じゃ!』
 ゼロが制止するのも、才人は聞かない。
「けど、俺が行かなきゃこの世界が……! ルイズも……!」
 ここまで来たのだ。最後の最後で失敗したなんてことは、才人には耐えられなかった。
傷ついた身体を押して、才人は病室から飛び出す。
 病院は至るところ、数え切れないほどの怪我人でごった返していた。それほどまでの被害が
出てしまったことの証明だ。才人は下唇を噛み締めた。
 怪我人たちをかき分けてどうにか病院の外に出て、遠景を見やると、夜の闇に覆われた
横浜の街の中でヒッポリト星人と怪獣たちがなおも大暴れを続けていた。あちこちから
火の手が上がり、まるで地獄が地の底から這い出てきたかのようだ。
「くッ……これ以上はやらせねぇぜ……!」
 人の姿のないところへと駆け込んで、再度ゼロアイで変身しようとするが……それを
ゼロに呼び止められた。
『待て才人! あれを見ろッ!』
 ゼロが叫んだその瞬間、街の間から突然光の柱が立ち上った!
「あの光は……!?」
 才人はその光がどういう種類のものかをよく知っていた。いつもその身で体感しているからだ。
 果たして、光の中から現れたのは……銀と赤と紫の体色をした巨人! 胸にはカラータイマーが
蒼く燦然と輝いている!
 ゼロがその戦士の名を口にした。
『ウルトラマンティガだッ!』
 才人はひと目で、あのティガが誰の変身したものかということを見抜いた。
 ダイゴが……勇者として、ウルトラマンティガとして目覚めたのだ!

825ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/08(木) 03:52:54 ID:hRNpquWg
今回はここまでです。
改造パンドンを除けば、パンドン種コンプリート。

826名無しさん:2017/06/12(月) 01:39:19 ID:Hb7VX43o
ウルトラの人達乙です。
ウルトラ5番目の新キャラ、誰だ・・・?
ティガかダイナにこんな奴いたっけ?

827ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/15(木) 23:51:22 ID:KySqBsyk
こんばんは、焼き鮭です。続きの投下を行います。
開始は23:53からで。

828ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/15(木) 23:54:22 ID:KySqBsyk
ウルトラマンゼロの使い魔
第百四十五話「六冊目『大決戦!超ウルトラ8兄弟』(その3)」
地獄星人スーパーヒッポリト星人
剛力怪獣キングシルバゴン
超力怪獣キングゴルドラス
風ノ魔王獣マガバッサー
土ノ魔王獣マガグランドキング
水ノ魔王獣マガジャッパ
火ノ魔王獣マガパンドン
究極合体怪獣ギガキマイラ
巨大暗黒卿巨大影法師 登場

 最後の本の世界への冒険に挑む才人とゼロ。最後の世界は、メビウスが不思議な赤い靴の少女に
導かれて入り込んだもう一つの地球の世界。ここで才人たちはメビウスの代わりに、侵略者に立ち向かう
七人の勇者を探すことに。しかしまだ一人も見つけられていない内に、怪獣キングパンドンが
襲撃してきた! それはゼロが倒したのだが、直後に怪獣を操るスーパーヒッポリト星人が出現し、
キングシルバゴンとキングゴルドラス、更には四体の魔王獣をけしかけてくる。さしものゼロも
この急襲には耐え切れず、とうとう倒れてしまった。どうにかダイゴに救われた才人だが、重傷にも
関わらず再度変身しようとする。だがその時、暴れる怪獣たちの前にウルトラマンティガが立ち上がった。
勇者として目覚めたダイゴが変身したのだ!

「ヂャッ!」
 我が物顔に横浜の街を蹂躙する邪悪なヒッポリト星人率いる怪獣軍団の前に敢然と立ち
はだかったのは、ダイゴの変身したウルトラマンティガ。その勇姿を目の当たりにした
人々は、それまでの疲弊と絶望の淵にあった表情が一変して、希望溢れるものに変わった。
「ウルトラマンだ……!」
「ウルトラマンが来てくれた……!」
「頑張れ! ウルトラマーン!!」
 街の至るところでウルトラマンティガを応援する声が巻き起こる。そして才人も、感動を
顔に浮かべてティガを見つめていた。
「ダイゴさん……変身できたのか……!」
『ああ……! この物語も、ハッピーエンドの糸口が見えてきたな!』
 ヒッポリト星人はティガに対してキングシルバゴン、キングゴルドラスをけしかける。
しかしティガは空高く飛び上がって二体の突進をかわすと、空に輝く月をバックにフライング
パンチをシルバゴンに決めた。
「グルウウウウゥゥゥゥ!」
 ティガの全身の体重と飛行の勢いを乗せた拳にシルバゴンは大きく吹っ飛ばされた。ゴルドラスは
ティガに背後から襲いかかるが、すかさず振り返ったティガはヒラリと身を翻して回避しながら
ゴルドラスのうなじにカウンターチョップをお見舞いする。
「ギュルウウウウゥゥゥゥ!」
 魔王獣たちも続いてティガに押し寄せていくが、ティガはその間を縫うように駆け抜けながら
互角以上の立ち回りを見せつけた。
「いいぞ! ティガーッ!」
 才人は興奮してティガの奮闘ぶりに歓声を上げた。……しかし、所詮は多勢に無勢。やはり
一対七は限界があり、ヒッポリト星人の放った光線が直撃して勢いが止まってしまう。
「ウワァッ!」
「あぁッ! ティガがッ!」
 ティガの攻勢が途絶えた隙を突き、怪獣たちは彼を袋叩きにする。挙句にティガはヒッポリト
カプセルに閉じ込められてしまった!
「まずい!」
 ヒッポリトカプセルが中からは破れない、必殺の兵器であることを才人たちは身を持って
体験している。才人はティガを救おうとゼロアイを手に握った。
「ゼロ、行こう! ティガを助けるんだ!」
『よぉしッ!』

829ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/15(木) 23:56:41 ID:KySqBsyk
 今度はゼロも止めなかった。
 が、しかし、才人がゼロアイを身につけるより早く、夜の横浜に更なる二つの輝きが生じる。
「! あれは、まさか……!」
『二人目と三人目の勇者か……!』
 ティガに続くように街の真ん中に立った銀、赤、青の巨人はウルトラマンダイナ! そして
土砂を巻き上げながら着地した赤と銀の巨人はウルトラマンガイアだ!
「ジュワッ!」
「デュワッ!」
 並び立ったダイナとガイアは同時に邪悪な力を消し去る光線、ウルトラパリフィーを放って
ヒッポリトカプセルを破壊し、ティガを解放した。助け出されたティガの元へダイナ、ガイアが
駆け寄る。
 三人のウルトラマンが並び立ち、ヒッポリト星人の軍勢に勇ましく立ち向かっていく!
「ダイナとガイアが、ティガのために立ち上がってくれたのか……!」
 感服で若干呆けながら、三人の健闘を見つめる才人。
 ティガはヒッポリト星人、ダイナはシルバゴン、ガイアはゴルドラスに飛び掛かっていく。
一方で四体の魔王獣は卑怯にも三人を背後から狙い撃ちにしようとするが、その前には四つの
光が立ちはだかった。
「ヘアッ!」
「デュワッ!」
「ジュワッ!」
「トアァーッ!」
 才人もゼロもよく知るウルトラ兄弟の次男から五男までの戦士、ウルトラマン、ウルトラセブン、
ウルトラマンジャック、そしてウルトラマンエース! この世界のハヤタたちが変身したものに違いない。
「七人のウルトラマンが出そろった!」
『勇者全員が覚醒したってことだな……!』
 ウルトラマンたちはそれぞれマガグランドキング、マガパンドン、マガジャッパ、マガバッサーに
ぶつかっていき、相手をする。これで頭数はそろい、各一対一の形式となった。
 七人の勇者が邪悪の軍勢相手に奮闘している様をながめ、才人はポツリとゼロに話しかける。
「なぁ、ゼロ……俺はさっきまで、俺たちが頑張らないとこの世界は救われないって、そう思ってた。
俺たちが物語を導いていくんだって」
『ん?』
「でも違ったな。ダイゴさんは、俺たちが倒れてる間に自分の力で変身することが出来た。
他の人たちも……。思えば、これまでの物語の主人公たちも、みんな強い光の意志を持ってた。
俺たちはそれを後押ししてただけだったな」
 と語った才人は、次の言葉で締めくくる。
「たとえ本の中の世界でも、人は自分の力で光になれるんだな」
『ああ、違いねぇな……』
 才人とゼロが語り合っている間に、ウルトラ戦士対怪獣軍団の決着が次々ついていこうと
していた。
「ヘアッ!」
「ミィィィィ――――! プォォォ――――――!」
 空を飛んで上空から竜巻を起こそうとするマガバッサーに、エースがウルトラスラッシュを
投げつけた。光輪は見事マガバッサーの片側の翼を断ち切り、バランスを崩したマガバッサーは
空から転落。
「デッ!」
 エースは落下してきたマガバッサーに照準を合わせ、虹色のタイマーショットを発射。
その一撃でマガバッサーを粉砕した。
「シェアッ!」
「グルウウウゥゥゥゥゥゥゥゥ!」

830ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/16(金) 00:00:15 ID:uyQASVdY
 ウルトラマンは非常に強固な装甲を持つマガグランドキングに、両手の平から渦巻き状の
光線を浴びせた。するとマガグランドキングの動きが止まり、ウルトラマンの指の動きに
合わせてその巨体が宙に浮かび上がる。これぞウルトラマンのとっておきの切り札、ウルトラ
念力の極み、ウルトラサイコキネシスだ!
「ヘェアッ!」
 ウルトラマンがマガグランドキングをはるか遠くまで飛ばすと、その先で豪快な爆発が発生。
マガグランドキングは撃破されたのだった。
「ヘアァッ!」
 ジャックは左手首のウルトラブレスレットに手を掛け、ウルトラスパークに変えて投擲。
空を切り裂く刃はマガジャッパのラッパ状の鼻も切り落とす。
「グワアアアァァァァァ!? ジャパッパッ!」
「ヘッ!」
 鼻と悪臭の元を失って大慌てするマガジャッパに、ジャックはウルトラショットを発射。
一直線に飛んでいく光線はマガジャッパに命中し、たちまち爆散させた。
「ジュワーッ!」
「ガガァッ! ガガァッ!」
 セブンはマガパンドンの火球の嵐を、ウルトラVバリヤーで凌ぐと、手裏剣光線で連射し返して
マガパンドンを大きくひるませる。
「ジュワッ!」
 その隙にセブンはアイスラッガーを投擲して、マガパンドンの双頭を綺麗に切断した。
 魔王獣は元祖ウルトラ兄弟に全て倒された。そしれティガたちの方も、いよいよ怪獣たちとの
決着をつけようとしている。
「ダァーッ!」
 ダイナのソルジェント光線がキングシルバゴンに炸裂! オレンジ色の光輪が広がり、
シルバゴンはその場に倒れて爆発した。
「アアアアア……デヤァーッ!」
 ガイアは頭部から光のムチ、フォトンエッジを発してキングゴルドラスに叩き込む。光子が
ゴルドラスに纏わりついて全身を切り裂き、ゴルドラスもたちまち爆散した。
 最後に残されたスーパーヒッポリト星人は口吻から火炎弾を発射して悪あがきするが、
ダイナとガイアにはね返されてよろめいたところに、ティガが空中で両の腕を横に開いて
必殺のゼペリオン光線を繰り出した!
「テヤァッ!」
『ぐわああああぁぁぁぁぁぁぁ――――――――ッ!!』
 それが決まり手となり、ヒッポリト星人もまた激しいスパークとともに大爆発を起こして消滅。
怪獣軍団はウルトラ戦士たちの活躍により撃滅されたのであった!
「やったッ!」
『ああ。……だが、戦いはこれで終わりじゃないはずだぜ。まだ真の黒幕が残ってるはずだ……!』
 ゼロがメビウスの話を思い出して、深刻そうにつぶやく。
 果たして、ウルトラ戦士の勝利で喜びに沸く人々に水を差すように、どこからともなく
おどろおどろしい声が響いてきた。
『恐れよ……恐れよ……』
 それとともに街の至るところから幽鬼のようなエネルギー体が無数に噴出して空を漂い、
更に倒したキングゴルドラス、キングシルバゴン、キングパンドン、キングゲスラ、
スーパーヒッポリト星人の霊も出現して空の一点に集結。全てのエネルギー体も取り込んで、
巨大な黒い靄に変わる。
 その靄の中から……ウルトラ戦士の何十倍もある超巨体の怪物が現れた! 首はキング
シルバゴンとキングゴルドラスの双頭、尾はキングパンドンの首、腹部はキングゲスラの
頭部、胴体はスーパーヒッポリト星人の顔面で出来上がっている、自然の生物ではあり得ない
ような異形ぶりだ!
 これぞ闇の力が怪獣軍団の怨念を利用して生み出した究極合体怪獣ギガキマイラである!
「グルウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!」
 空に陣取るギガキマイラは身体に生えた四本の触手から、一発一発がウルトラ戦士並みの
サイズの光弾を雨あられのようにティガたち七人に向けて撃ち始めた。
「ウワァァァーッ!」

831ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/16(金) 00:02:59 ID:uyQASVdY
 ギガキマイラの怒濤の猛攻に、七人は纏めて苦しめられる。これを見て、才人は改めて
ゼロアイを握り締めた。
「遅くなったが、いよいよ俺たちの出番だ!」
『おうよ! 八人目の勇者の出陣だな!』
 勇みながら、才人はこの世界での三度目の変身を行う。
「デュワッ!」
 瞬時に変身を遂げたウルトラマンゼロは、ゼロスラッガーを飛ばしてギガキマイラの光弾を
切り裂いて七人を助ける。ティガがゼロへ顔を向けた。
『ウルトラマンゼロ!』
『待たせたな、ダイゴ! 一緒にあのデカブツをぶっ飛ばそうぜ!』
『ああ、もちろんだ! これで僕たちは、超ウルトラ8兄弟だ!!』
 ギガキマイラはなおも稲妻を放って超ウルトラ8兄弟を丸ごと呑み込むような大爆炎を
起こしたが、ゼロたちは炎を突き抜けて飛び出し、ギガキマイラへとまっすぐに接近していく!
「行けぇー!」
「頑張れぇー!」
 巨大な敵を相手に、それでも勇気が衰えることなく立ち向かっていくウルトラ戦士の飛翔
する様を、地上の大勢の人々が声の出る限り応援している。
「頑張ってぇーッ! ウルトラマン!」
 その中には、北斗の娘の役に当てはめられているルイズの姿もあった。
『ルイズ……!』
 才人はルイズの姿を認めると更に勇気が湧き上がり、ゼロに力を与えるのだ。
「セアッ!」
「デヤァッ!」
 八人のウルトラ戦士はそれぞれの光線で牽制しながらギガキマイラに肉薄。ゼロ、ティガ、
ダイナ、ガイアが肉弾で注意を引きつけている間に、マン、セブン、ジャック、エースが
各所に攻撃を加える。
「シェアッ!」
 ウルトラマンは大口を開けたキングゲスラの首に、スペシウム光線を放ちながら自ら飛び込む。
ゲスラの口が閉ざされるが、スペシウム光線の熱量に口内を焼かれてすぐに吐き出した。
「テェェーイッ!」
 エースはキングゴルドラスの首が吐く稲妻をかわすとバーチカルギロチンを飛ばし、その角を
ばっさりと切断した。
「テアァッ!」
 ジャックはキングシルバゴンの首の火炎弾を宙返りでかわしつつ、ブレスレットチョップで
角を真っ二つにする。
「ジュワッ!」
 キングパンドンの首にエメリウム光線を浴びせたセブンに火炎弾が降り注ぐが、海面すれすれを
飛ぶセブンには一発も命中しなかった。
『へへッ! 全身頭なのに、おつむが足りてねぇんじゃねぇか!?』
 ウルトラ戦士のチームワークに翻弄されるギガキマイラを高々と挑発するゼロ。彼を中心に、
八人が空中で集結する。
「グルウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……!!」
 するとギガキマイラは業を煮やしたかのように、全身のエネルギーを一点に集めて極太の
破壊光線を発射し出した! 光線は莫大な熱によって海をドロドロに炎上させ、横浜ベイ
ブリッジを一瞬にして両断させながらゼロたちに迫っていく。
「シェアッ!!」
 しかしそんなものを悠長に待っている八人ではなかった。全員が各光線を同時に発射する
合体技、スペリオルストライクでギガキマイラの胸部を撃ち抜き、破壊光線を途切れさせる。
「デヤァッ!!」
 煮えたぎった海面には全員の力を合わせた再生光線エクセレント・リフレクションを当て、
バリアで包んで修復させる。

832ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/16(金) 00:06:27 ID:uyQASVdY
 その隙にギガキマイラが再度破壊光線を放ってきた。今度はまっすぐに飛んでくるが、
すかさずウルトラグランドウォールを展開することで光線をそのままギガキマイラにはね返す。
「グルウウウゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!」
 己の肉体がえぐれてしまったギガキマイラは、勝ち目なしと見たか宇宙空間へ向けて逃走を
開始した。だがそれを許すようなゼロたちではない。
『逃がすかよぉッ!』
 その後を追いかけて急上昇していく八人。大気圏を突き抜けたところでギガキマイラの
背中が見えた。
「テヤーッ!」
「シェアッ!」
 セブンとゼロはそれぞれのスラッガーを投擲。それらに八人が光線を当てると、エネルギーを
吸収したスラッガーはミラクルゼロスラッガー以上の数に分裂。イリュージョニックスラッガーと
なってギガキマイラの全身をズタズタに切り裂き、足止めをした。
「ジェアッ!!」
 とうとう追いついたウルトラ戦士たちは同時に必殺光線を発射し、光線同士を重ね合わせる。
そうすることで何十倍もの威力と化したウルトラスペリオルが、ギガキマイラに突き刺さる!
「グギャアアアアアアァァァァァァァァァ――――――――――――――ッッ!!」
 ギガキマイラが耐えられるはずもなく、跡形もなく炸裂。超巨体が余すところなく宇宙の
藻屑となったのであった。
 見事ギガキマイラを討ち取った勇者たちは、人々の大歓声に迎えられながら横浜の空に
帰ってくる。
『やりました……! この世界を守りましたよ!』
『……いや、まだ敵さんはおしまいじゃないみたいだぜ』
 喜ぶティガだが、ゼロは邪な気配が途絶えてないのを感じて警告した。実際に、彼らの
前におぼろな姿の実体を持たない怪人の巨体が浮かび上がった。
 それこそが人間の負の感情が形となって生じた邪悪の存在であり、真に怪獣軍団を操っていた
黒幕である、黒い影法師。それら全てが融合した巨大影法師であった!
『我らは消えはせぬ……。我らは何度でも強い怪獣を呼び寄せ、人の心を絶望の闇に包み込む……。
全ての平行世界から、ウルトラマンを消し去ってくれる……!!』
 それが影法師の目的であった。心の闇から生まれた影法師は、闇を広げることだけが存在の
全てなのだ。
 しかし、そんなことを栄光の超ウルトラ8兄弟が許すはずがない!
『無駄だ! 絶望の中でも、人の心から、光が消え去ることはないッ!』
 見事に言い切ったティガの身体が黄金に光り輝き、グリッターバージョンとなってゼペリオン
光線を発射した! 他のウルトラ戦士もグリッターバージョンとなって、スペシウム光線、
ワイドショット、スペシウム光線、メタリウム光線、ソルジェント光線、クァンタム
ストリームを撃つ!
『俺も行くぜぇッ! はぁぁッ!』
 ゼロもまたグリッターバージョンとなり、ワイドゼロショットを繰り出した! 八人の
必殺光線は一つに重なり合うと、集束した光のほとばしり、スペリオルマイスフラッシャーと
なって巨大影法師の闇を照らしていく!
『わ、我らはぁ……!!』
 巨大影法師は光の中に呑まれて消えていき、闇の力も完全に浄化されていった。
 地上に喜びと笑顔が戻り、そして夜が明けて朝を迎える。昇る朝日を見つめながら、ティガが
ゼロに呼びかける。
『ウルトラマンゼロ、本当にありがとう! この世界が救われたのは、君たちのお陰だ……!』
『何を言うんだ。お前はお前自身の力で自分を、世界を救ったんだぜ』
『いや……君たちの後押しがあったからさ。感謝してもし切れない……。この恩は必ず返す
からね! 必ずだよ!』
 そのティガの言葉を最後に、ゼロの視界が朝の日差しとともに真っ白になっていく……。

 遂に六冊、全ての本を完結させることに成功した。才人はその足でルイズの元まで駆け込む。
「ルイズッ!」

833ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/16(金) 00:08:03 ID:uyQASVdY
 ルイズのベッドの周りには、タバサ、シエスタ、シルフィードらが既に集まっていた。
皆固唾を呑んで、ルイズの様子を見守っている。
 ルイズは今のところ、ぼんやりとしているだけで、傍目からは変化が起きたかどうかは
分からない。
「……どうだ、ルイズ? 何か思い出せることはあるか?」
 恐る恐る尋ねかける才人。するとルイズが、ぽつりとつぶやいた。
「……わたしは、ルイズ……。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール……!」
「!!」
 今の言葉に、才人たちは一気に喜色満面となった。ルイズのフルネームは、ここに来てから
誰も口にしていないからだ。それをルイズがスラスラと唱えたということは……。
「そうよ! わたしはヴァリエール公爵家の三女、ルイズ・フランソワーズだわ!」
「ミス・ヴァリエール! 記憶が戻ったのですね!」
 感極まってルイズに抱きつくシエスタ。ルイズは驚きながらも苦笑を浮かべる。
「ちょっとやめてよシエスタ。そう、あなたはシエスタよ。学院のメイドの」
「ルイズ……記憶が戻った」
「タバサ! 学院でのクラスメイト!」
「よかったのねー! 色々心配してたけど、ちゃんと元に戻ったのね!」
「パムー!」
「シルフィード、ハネジローも!」
 仲間の名前を次々言い当てるルイズの様子に、才人は深く深く安堵した。あれほど怪しい
状況の中にあって、本当にルイズの記憶が戻ったというのはいささか拍子抜けでもあるが、
ルイズが治ったならそれに越したことはない。
「よかったな、ルイズ。これで学院に帰れるな!」
 満面の笑顔で呼びかける才人。
 ……だが、彼に顔を向けたルイズが、途端に固まってしまった。
「ん? どうしたんだ、その顔」
 才人たちが呆気にとられると……ルイズは、信じられないことを口にした。
「……あなたは、誰?」
「………………え?」
「あなたの名前が……出てこない。誰だったのか……全然思い出せないッ!」
 そのルイズの言葉に、シエスタたちは声にならないほどのショックを受けた。
「う、嘘ですよね、ミス・ヴァリエール!? よりによってサイトさんのことが思い出せない
なんて……あなたに限ってそんなことあるはずがないです!」
「明らかにおかしい……不自然……」
「変な冗談はよすのね、桃髪娘! 全っ然笑えないのね!」
 シルフィードは思わず怒鳴りつけたが、ルイズ自身わなわなと震えていた。
「本当なの……! 本当に、何一つ思い出せないの……! あるはずの思い出が……わたしの
中にない……!」
 ルイズが自分だけを思い出せないことに、才人はどんな反応をしたらいいのかさえ分からずに
ただ立ち尽くしていた。

「……」
 混乱に陥るゲストルームの様子を、扉の陰からリーヴルがじっと観察していた。

834ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/16(金) 00:09:14 ID:uyQASVdY
以上です。
いよいよ迷子の終止符〜編も終わりが見えてきました。

835ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/22(木) 05:16:09 ID:TNP.Dkrk
おはようございます、焼き鮭です。今回の投下を行います。
開始は5:18からで。

836ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/22(木) 05:19:20 ID:TNP.Dkrk
ウルトラマンゼロの使い魔
第百四十六話「七冊目の世界」
ペットロボット ガラQ 登場

 六冊の『古き本』に記憶を奪い取られてしまったルイズ。才人とゼロはルイズを元に戻すため、
未完であった『古き本』を完結させる本の世界の旅を続けてきた。そして遂に六冊全ての本を
完結させ、ルイズもまた記憶を取り戻したのだった。……そう見えたのもつかの間、才人のこと
だけがルイズの記憶からすっぽりと抜け落ちていることが判明した。よりによって才人を思い
出せないのは明らかにおかしい……いよいよ我慢がならなくなった才人たちはリーヴルに
隠していること全てを聞き出すために、彼女を捜し始めたのだが……。

「お姉さま、駄目なのね〜! あの眼鏡女、全っ然見つからないのね〜!」
「パムー……」
 夜の薄暗い図書館の中を、才人たち一行はリーヴルの姿を求めて捜し回っているのだが、
杳として見つからなかった。シエスタが困惑する。
「いくら広い国立図書館とはいえ、これだけ捜して見つからないというのは変です……!」
『しかし、図書館の人の出入りはずっと監視していたのだが、リーヴルが外に出たところは
確認できなかった。だからまだ館内にいる可能性が高いのだが……』
 と報告したのはジャンボット。彼の言うことなら信用できる。
『見つからないとなると、意図的に隠れていると考えていいだろう。そうなると、やはり
リーヴルは重大な何かを秘匿している可能性が大だ』
『やっぱ、今回の件には裏があるってことだな……』
 ゼロがつぶやいたその時、一旦ルイズの様子を見に行ったタバサが額に冷や汗を浮かべて
戻ってきた。
「ルイズがいない……!」
「何だって!?」
 才人たちの間に衝撃と動揺が走る。
「ど、どういうことでしょうか……!? ミス・ヴァリエール、勝手に出歩いてしまうような
状態ではありませんでしたのに……!」
『ルイズの自発的行動ではなく、何らかの外的要因の可能性が高いだろう。……やはり、
この事件はまだ終わりを迎えてなどいなかったのだ』
 ジャンボットが深刻に述べる。
「ひとまず、図書館の中をもう一度捜そう! どこかにいるかもしれない!」
 才人の提案により、一行は手分けして館内の捜索を再開した。才人は背にしているデルフリンガーの
柄を握り締めて、いつ何が起こっても対処できるようにガンダールヴの力を発動している状態にする。
 やがて才人とデルフリンガーは、館の片隅から人の話し声が聞こえてくるのを耳に留めた。
「ふふッ、そうなの? すごく面白いお話しなのね」
「! 相棒、今の娘っ子の声じゃなかったか?」
「間違いない! 行くぞ、デルフ!」
 すぐにそちらへ駆けつける才人。彼が目にした光景は、ルイズが何者かと向かい合って
談笑しているというものだった。ルイズの相手をしている者の手には、開かれた本がある。
「もっと楽しいお話しが聞きたいわ。お願い出来るかしら?」
「もちろんだよ。君の望みとあらば、ボクは何だって聞かせてあげるよ」
 一見すると少年のようであるが、ふと見れば落ち着いた青年のようにも、また年季の入った
老人のようにも見える、何だか不確かな雰囲気を纏った怪しい人物が、ルイズに本の読み聞かせを
しているようであった。才人はすぐにその怪人物に怒鳴りつける。
「誰だお前は! ルイズから離れろッ!」
 すると怪人物は、至って涼しい表情で才人の方へ顔を上げた。
「おやおや、困るね。図書館では静かにするのがマナー。それくらい常識だろう?」
「ふざけてるんじゃねぇ! 何者だッ! 宇宙人か!?」
 いつでもデルフリンガーを引き抜けるように身構えながら詰問する才人。それと対照的に
余裕に構えている怪人物が名乗る。

837ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/22(木) 05:22:30 ID:TNP.Dkrk
「ボクの名前はダンプリメ。君はボクのことを知らないだろうけど、ボクは君のことをずっと
観察させてもらってたよ。サイト……そして君の中のもう一人、ウルトラマンゼロ」
「!!」
『どうやら、こいつがリーヴルの後ろにいる黒幕の正体みたいだな……』
 ゼロのことを簡単に言い当てたダンプリメなる男に対して、ゼロが警戒を深めた。才人は
ルイズに呼びかける。
「ルイズ、そこは危険だ! 早くこっちに来い!」
 だがルイズは才人に顔も向けない。
「ねぇ、早く次の話を聞かせて。わたし、もっとあなたのお話しが聞きたいの」
「ルイズ……?」
『才人、お前のことを思い出せないばかりか、今はお前のことが見えてすらいないみてぇだぜ……!』
 ルイズの反応を分析したゼロが、ダンプリメに向かって言い放つ。
『お前がルイズの記憶をいじってんだな。一体何者で、目的は何だッ!』
「質問が多いなぁ……。まぁこっちばかりが君たちのことを知っているというのも不公平だ。
今度はボクのことを色々と教えてあげようじゃないか。始まりから、現在に至るまでね」
 おどけるように、ダンプリメが己のことを語り始める。
「始まりは、もう二千年も前になるかな。その当時、この図書館にあった本の中で、様々な人の
魔力に晒されて、意志を持った本が生まれた。いや、己が意志を持っていることを自覚したと
いった方が正しいかな」
「意志を持った本……? 生きた本ってことか?」
「俺のようなインテリジェンスソードみてえな話だな」
 才人の手の中のデルフリンガーが独白した。
「それとは少しばかり経緯が異なるものだけどね。インテリジェンスソードは人が恣意的に
作ったものだけど、その本は自然発生したんだから。そして本は、己に触れる人の手の感触、
己を読む人の視線に関心を持ち、徐々に人のことを理解していくようになった。本は成長
するとともに、人に対する関心も大きくなり、それは人を知りたいという欲求に変化して
いった。やがては魔力の影響を受け続けた末に、人の形を取ることに成功するまでになった。
人を知るには、同じ形になるのが最適だからね」
『なるほど……それが今のテメェだってことだな』
 ゼロが先んじて、ダンプリメの話の結論を口にした。
「ご明察。すまないね、回りくどい言い方をして。ボクが本なせいか、自分のことでも他人の
ように話してしまうことがあるんだ」
「お前の正体が本だってことは分かった。けどそれとルイズにどんな関係があるんだ」
 才人はダンプリメへの警戒を一時も緩めないようにしながら、ダンプリメの挙動を監視する。
もしルイズに何か妙なことをしようものなら、即座に飛び出す態勢だ。
「本、つまりボクは人を知る内に、どんどんと人に惹かれていった。もっと人のことを知りたい、
人と交わりを持ちたい……そんな欲求は、遂には人と結ばれたいという想いになったんだ」
「人と結ばれる? 本と人が結婚するってか? そんな馬鹿な」
「まぁ普通はそう思うだろうね。だけどボクは本気さ。この想いは、馬鹿なことであきらめられる
ものじゃないんだ」
 と語るダンプリメに、才人はあることに思い至って息を呑んだ。
「……まさか、それでルイズを!?」
「如何にも。ボクは仲間といえるこの図書館の本の内容も理解する内に、この図書館そのものと
いっていい存在にまでなった。当館に保管される書籍、資料はどんなものであろうと、ボクの
知識になる」
 それはつまり、ダンプリメはトリステインの国家機密にまで精通しているということになる。
王政府の文書の数々も、この図書館に保管されるのだ。
「その中でルイズの存在を知り、生まれて一番の関心と興味を持った。そして彼女がここに
やってきた時に、その類稀なる魔力に関心は最高潮となった。そしてボクは感じた。ルイズ
こそが、ボクの伴侶として最も相応しいとね」
 このダンプリメの言葉に、才人は激怒。

838ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/22(木) 05:25:17 ID:TNP.Dkrk
「ふざけんな! ルイズの意志はどうなる! お前が人だろうと本だろうと関係ねぇ、自分の
勝手でルイズの心を好きにいじくり回そうっていうのなら……容赦はしねぇぞッ!」
 相当の怒気を向けたが、ダンプリメは相変わらず態度を崩さなかった。
「勇ましいね。流石は正義の味方のウルトラマンゼロだ。……だけど、やめろと言われて
じゃあやめますと撤回するようだったら、初めからこんなことはしないんだよ」
 不敵な笑みを張りつけているダンプリメの顔面に、やおら迫力が宿った。
「ボクは何としてでもルイズを手に入れてみせる。君が何者であろうとも、邪魔をすることは
許さないよ」
 ダンプリメがサッと一冊の本を取り出すと、その瞬間にダンプリメ自身と、ルイズの身体が
強く発光する。
「うわッ!?」
『まずいぜ才人! 止めろッ!』
 ゼロが忠告したが、その時にはもう遅かった。ダンプリメとルイズの姿は閃光とともに
忽然と消え、後に残されていたのはダンプリメが持っていた本だけであった。
「ル、ルイズッ!!」
『やられた……連れ去られちまったな……』
 床に放置された本へと駆け寄って拾い上げる才人。
「まさか、ルイズはこの中に!?」
『奴が生きた本だっていうのなら、リーヴルがやってたのと同じことが出来ても何ら不思議
じゃねぇだろうな』
「く、くそう……!」
 才人はまんまとルイズを奪い取られたことを悔しんで唇を噛み締めた。そこに騒ぎを聞きつけた
タバサたちが集まって来たので、落胆している才人に代わってゼロとデルフリンガーが経緯と現状を
説明したのであった。

 ひとまず、才人たちはゲストルームに戻って今後の対応を講じることとした。才人らは
テーブルに置いた本を囲んで、話し合いを行う。
『簡潔に言うと、そのダンプリメが今回の件について裏から糸を引いてた輩だ。こいつを
どうにかしないことには、ルイズは取り戻せないと考えていい』
「娘っ子に直接危害を加えるつもりはねえってのが不幸中の幸いだが、どちらにせよ早いとこ
娘っ子を奪い返さねえと色々とまずいだろうな」
 と言うデルフリンガーであるが、するとシルフィードが意見する。
「だけど、本の中に引っ込まれたらここにいるシルフィたちだけじゃどうしようもないのね」
「少なくとも、ミス・リーヴルの手助けがなければいけませんね……」
 シエスタがつぶやくと、才人はリーヴルのことを思い出して顔を上げた。
「そのリーヴルは結局どこに……」
「みんなー」
 と発した直後、才人たちの元にガラQがひょこひょこと現れた。しかも、後ろにリーヴルを
連れている!
「ミス・リーヴル!」
「ガラQ、お前と一緒にいたのか!」
「うん。説得してた」
 リーヴルは皆の視線を受けて気まずそうにしていたが、やがて観念したかのように口を開いた。
「話はガラQより伺いました……。遂にダンプリメが行動を起こしたのですね」
「……全て話してくれる?」
 タバサの問いかけにうなずくリーヴル。才人が一番に彼女に尋ねる。
「まず初めに聞いておきたい。この図書館で起きた事件の初めから終わりまで……リーヴル、
あんたがあのダンプリメという奴に指示されて仕組んだことなのか?」
 その質問に、リーヴルは変にごまかさずに肯定した。
「はい、幽霊騒ぎの件から『古き本』をルイズさんが手に取るように設置するまで、ダンプリメに
言われた通りに……。ですが、それらは図書館を守るために必要なことだったのです」
「図書館を守るために? どういうことなのね?」
「パム?」

839ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/22(木) 05:28:08 ID:TNP.Dkrk
 シルフィードとハネジローが首をひねった。リーヴルは答える。
「……ルイズさんを本の世界に取り込む計画を持ちかけられた私は、初めは当然断りました。
そんなことは出来ないと。ですが……ダンプリメは、協力しなければ図書館の本を全て消して
しまうと言ったのです」
「え? 図書館の本を……?」
 呆気にとられる才人たち。
「ダンプリメは本に関しては万能といっていいほどの力を持っています。当館には、他にはない
貴重な図書もいくつもあります。それを盾にされたら、どうしようもなく……」
「ま、待って下さい。いくら貴重だからって……本のために、ミス・ヴァリエールを犠牲に
したってことですか!?」
 いくらか憤りを見せるシエスタであったが、リーヴルははっきりと返した。
「他の人にとってはたかだか本という認識でしょう。ですが、早々に親を亡くし、親戚の元でも
冷遇され、頼る人のいなかった私にとって、この図書館は何より守るべきものなのです」
 リーヴルの身辺を洗っても何も出てこないはずだ、とタバサは思った。本が人質など、
常人の感性では理解できるものではない。
「私も、どうにか説得しようと試みました。ですがダンプリメの意志は強く……」
「押し切られたって訳か」
 静かにうなずくリーヴル。才人は腕を組んでしばし沈黙を保ったが、やがて口を開く。
「事情は分かった。話してくれてありがとう」
「どんな事情にせよ、私がダンプリメの片棒を担いだのは紛れもない事実です。サイトさんに
どう罰せられようとも、異論はありません」
「いや、今リーヴルを責めたってルイズが戻ってくる訳じゃない。それより、ダンプリメ自身の
方をどうにかしないと」
 と言って、才人はリーヴルの顔をまっすぐ見つめて告げた。
「リーヴル、俺をもう一度本の中に送り込んでくれ。ルイズを助けに行ってくる!」
 決意を口にする才人だが、リーヴルは聞き返してくる。
「本気ですか……? 一応、もう一度言いますが、ダンプリメは本に関しては万能です。
特に本の中では、神に等しい能力を発揮できます。そこに乗り込んでいくのは、今までの
六冊の旅よりも危険であることは必至です」
 その警告も、才人にとっては無意味なものであった。
「相手が神だろうが何だろうが、そんなのは関係ない。俺はやる前からあきらめるようなことは
したくないんだ!」
 才人の強い働きかけに、リーヴルも応じたようであった。
「考えは変わらないみたいですね……。分かりました。では少しだけ時間を下さい。準備をします」
「頼む」
「その前に一つだけ、訂正することがあります。最初、私の魔法では本に送り込める人数は
一人だと言いましたが、それは虚偽です。あなたを可能な限り不利な状況に置くようにと、
ダンプリメに指示されましたので」
「そうだったか……。まぁ今更それにとやかく言ってもしょうがない。それよりもこれからのことだ」
 リーヴルが魔法の準備をする間、ジャンボットが才人とゼロに申し出た。
『複数人が本の中に入れるのならば、私たちもともに行こう。皆で力を合わせれば、きっと
ルイズを取り戻せる!』
 ジャンボットの言葉に才人は苦笑を浮かべた。
「ありがとう。……だけど、それは遠慮するよ」
『ああ。ダンプリメも、俺たちがそうしてくるのは予想済みだろうからな。奴が本当に本の中では
万能だってのなら、人数を増やすのは逆に首を絞めることになっちまうかもしれねぇ』
 ダンプリメの能力の範囲はまだまだ未知数。いたずらに複数で挑んだら、最悪同士討ち
させられる恐れもある。

840ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/22(木) 05:29:21 ID:TNP.Dkrk
『みんなは外の世界で応援しててくれ。なぁに、心配はいらねぇぜ。俺たちは、あらゆる死線を
突破してきたウルトラマンゼロなんだからな! 本の中の引きこもりぐらい訳ねぇぜ!』
 おどけるゼロの言葉にシエスタたちは苦笑した。
「ええ。それではお帰りをお待ちしています、サイトさん。必ず、ミス・ヴァリエールと
ともに戻ってきて下さい」
「頑張って」
「シルフィ、あなたの勝ちを信じてるのね! きゅいきゅい!」
「パムー!」
 もうここには、才人たちを引き止める者はいない。そんなことをしても意味はないことを
十分理解しているし、何より才人たちを強く信頼しているのだ。
「相棒、俺は持っていきな。正直ずっと置いてけぼりで退屈だったぜ」
「ああ、分かった。頼りにしてるぜ、デルフ」
 才人がデルフリンガーを担ぎ直したところで、彼らの元にリーヴルが戻ってきた。
「お待たせしました。いつでも本の世界へ入れます」
「ありがとう。もちろん今すぐに行くぜ!」
 才人が魔法陣の真ん中に立ち、仲間たちに見守られる中リーヴルに魔法を掛けられる。
向かう先は、ダンプリメが待ち受けているであろう七冊目の世界。
(待ってろよ、ルイズ。すぐに助けに行くぜ!)
 固い意志を胸に秘めて、才人とゼロは今度こそルイズを取り返す戦いに挑んでいくのだった……!

841ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/22(木) 05:30:15 ID:TNP.Dkrk
今回はここまでです。
いよいよあと二回。あと二回です。

842ウルトラ5番目の使い魔 60話 (1/18) ◆213pT8BiCc:2017/06/27(火) 09:29:52 ID:U1/UBfmE
ウルゼロの人、乙です。
こんにちは。ウルトラ5番目の使い魔、60話ができました。
投稿を開始しますので、よろしくお願いします。

843ウルトラ5番目の使い魔 60話 (1/18) ◆213pT8BiCc:2017/06/27(火) 09:31:15 ID:U1/UBfmE
 第60話
 ジョゼフからの招待状
 
 UFO怪獣 アブドラールス
 円盤生物 サタンモア 登場!
 
 
「ルイズ、それに使い魔の少年。悪いが、今度はお前たちが死んでもらおうか!」
「ふざけるんじゃないわよ! この卑劣な裏切り者。トリステインの面汚しのあんたに、トリステインの空を飛ぶ資格はないことを、お母様に代わって今度はわたしが思い知らせてあげるわ」
「俺は今はガンダールヴじゃねえけど、てめえに名前を呼ばれたくもねえな。二度とおれたちの前に現れないようにギッタギタにしてやるぜ、ワルド!」
 互いに武器を抜き放ち、因縁の対決が幕を開けた。
 ジョゼフの下に現れた謎の宇宙人の”デモンストレーション”により、トリステインにいるシャルロット派のガリア軍宿営地を襲った怪獣たち。アブドラールス、サタンモア、しかしそれらはいずれもかつて倒したはずの相手であり、ここに現れるはずがない。
 だが何よりも、才人とルイズの前に現れた男、ワルド。奴はアルビオンでトリステインを裏切り、その後も悪事を重ねた末にラ・ロシェールで死んだはず。
 なぜ死んだはずの怪獣や人間が現れる? だがこれは夢でもなければ幽霊でもない。実体を持った敵の襲来なのだ! 才人とルイズは武器を握り、同時に新たなる敵の襲来はすぐさまトリステインに散る戦士たちに伝えられた。
 先の戦いの休息もままならないうちに、次なる戦いの波が無慈悲に若者たちを飲み込もうとしている。
 
 が……この戦いを仕組んだ者が望んでいるのは戦いなのだろうか? なにかの目的のために、単なる手段として戦いを利用しているだけだとしたら。それはむしろ、単純に戦いを挑んでくるよりも恐ろしいかもしれない。
 黒幕は、自分で演出した戦火を遠方から眺めながら愉快そうに笑っていた。
「オホホホ、やっぱり何かするなら派手なほうが楽しいですねえ。見てくださいよ王様、これからがおもしろくなりますよぉ。ほらほらぁ?」
「……」
「あら? ご機嫌ナナメですか。それは残念。けど、これからもっと楽しくなりますよ。ビジネスは第一印象が大事だってチャリジャさんに教わりましたから、私はりきっちゃったんですよ。そ・れ・に、これだけ豪華メンバーを揃えたんです。この星に集ってる宇宙一のおせっかい焼きさんたちがジッとしてるわけないですもの、誰が来るか楽しみだったらないですねえ」

844ウルトラ5番目の使い魔 60話 (2/18) ◆213pT8BiCc:2017/06/27(火) 09:33:25 ID:U1/UBfmE
 黒幕の声色には緊張はなく、筋書きの決まった演劇を見るような余裕に満ちている。
 これだけのことをしでかしておきながら、まるでなんでもないことのような態度。そればかりか、奴が自分を売り込もうとしているジョゼフの様子もおかしい。常の無能王としての虚無的な陽気さはどこにもなく、表情は固まり、口元は閉じられて、落ち着かない風に指先を動かし続けている。
 何より、これだけのことを起こせる力があるというのにジョゼフの協力を得ようとしている奴の目的は何か? 単なる侵略者とは違う、さらに恐ろしい何かを秘めた一人の宇宙人によって、ハルケギニアにかつてない形の動乱が迫りつつある。
 その第一幕はすでに上がった。もう誰にも止めることはできない。始まってしまったものは、もう止められない。
 
 燃え盛る宿営地を見下ろしながら、サタンモアの背に立つワルドは杖を振り上げて呪文を唱え、眼下の才人とルイズ目がけて振り下ろした。
『ウィンド・ブレイク!』
 強烈な破壊力を秘めた暴風が、姿のない隕石のように二人を襲う。だが、才人はルイズをかばいながら、ワルドの殺意を込めた魔法を真っ向からその手に持った剣で受け止めた。
「でやぁぁぁっ!」
 風の魔法は才人の剣に吸い込まれ、その威力を減衰させて消滅した。
 ニヤリと笑う才人。そして才人は剣の切っ先をワルドに向けると、高らかに宣言したのだ。
「何度やっても無駄だぜ。魔法は全部、パワーアップしたデルフが受けてくれるんでな!」
「ヒュー! 最高だぜ相棒。俺っちは絶好調絶好調! いくらでも吸い込んでやるから安心して戦いな」
 才人がかざしている銀光りする日本刀。それこそは新しく生まれ変わったデルフリンガーの姿であった。
 デルフは以前、ロマリアの戦いで破壊されてしまった。だが、その残骸は回収されてトリステインに戻り、サーシャが帰り際に修復してくれたのである。
「さっすがサーシャさんだぜ、あのワルドの魔法がまったく効かないなんてな。しっかし、サーシャさんがデルフを最初に作ったんだって聞いたときはビックリしたけど、考えてみたら魔法を吸い込む武器なんてガンダールヴのためにあつらえられたようなものだからな」
「ああ、俺もずっと忘れてたぜ。元々は、サーシャが後々のガンダールヴのためにって作り残してたのが俺だったんだ、こういうときのためにな! さあ遠慮なく戦いな相棒。魔法は全部俺が受け止めてやるからよ!」
「おう!」
 才人はうれしそうに、新生デルフリンガーを構える。その顔には、久しぶりに心からの相棒とともに戦えるという闘志がみなぎっていた。

845ウルトラ5番目の使い魔 60話 (3/18) ◆213pT8BiCc:2017/06/27(火) 09:34:39 ID:U1/UBfmE
 だがワルドもそれで戦意を失うはずがない。風がダメなら別の方法がと、ワルドの杖に電撃がほとばしる。
『ライトニング・クラウド!』
 何万ボルトという電撃が襲い掛かってくる。だがデルフリンガーはそれすらも、完全に受け止めて吸収してみせた。
「無駄だって言ってるだろう。もう二度と壊されないように、思いっきり頑丈に作り直してもらったんだ。まあちょっともめたけどな……」
 そう言って、才人はふとあのときのことを思い出した。
 
 ブリミルとサーシャが過去の語りを終えて帰る前のこと、談笑している中でサーシャがふとミシェルに話しかけた。
「んー? 何かあなたから妙な気配を感じるわね。あなた、何か特別なマジックアイテムみたいなものを持ってるんじゃない?」
 そう問い詰められ、ミシェルは迷った様子を見せたが、仕方なく懐から柄の部分だけになってしまったデルフリンガーを取り出して見せた。
 刃は根元近くからへし折れ、もはや剣だったという面影しか残してはいない。そしてその無残な姿を見て、才人は血相を変えて駆け寄った。
「デルフ! お前、お前なのかよ。どうしてこんな姿に」
「サ、サイト、すまない。後で話すつもりだったんだが……こいつはお前たちが消えた後で、教皇たちに投げ捨てられたんだ。こいつは最期までお前たちのことを思って……だが」
「おいデルフ、嘘だろ。ちくしょう、あのときおれが手を離したりしなけりゃ、くそっ!」
 才人の悔しがる声が部屋に響いた。先ほどまでの浮かれていた空気が嘘のように部屋が静まり返る。
 だが、サーシャはミシェルの手からひょいとデルフの残骸を取り上げると、少し目の前でくるくると回して観察してから軽く言った。
「ふーん、なるほど。安心しなさい、こいつはまだ死んでないわ。直せるわよ」
「えっ? ええっ! 本当ですかサーシャさん! で、でもなんでそんなことがわかるんです?」
 才人は興奮してサーシャに詰め寄った。ミシェルをはじめ、ほかの面々も一度壊れたインテリジェンスアイテムが再生できるなんて聞いたこともないと驚いている。

846ウルトラ5番目の使い魔 60話 (4/18) ◆213pT8BiCc:2017/06/27(火) 09:35:35 ID:U1/UBfmE
 注目を集めるサーシャ。しかし彼女は腰に差した剣を引き抜くと、こともなげに答えたのだ。
「別になんてことはないわ。こいつを作ったのはわたしだもの」
 才人たちの目が丸くなった。そして、サーシャが抜いた剣をよくよく見てみると、それはデルフリンガーと同じ形の片刃剣……いや、デルフがいつも言葉を発するときにカチカチと鳴らしている鍔の部分がないことを除けば、デルフリンガーそのものといえる剣だったのだ。
 唖然とする才人。しかし才人よりも頭の回転の速いミシェルは、ふたつの剣を見比べて答えを導き出した。
「つまり、あなたはその剣を元にしてデルフリンガーを作った。いや、これから作り出そうとしているということですね?」
「んー、当たってるけどちょっと違うかな。これから作るんじゃなくて、今作ってるとこなのよ。この剣には、もう人格と特殊能力を持たせるようにするための魔法はかけてあるわ。けど、魔法が浸透して実際に意思をもってしゃべりだすためには、まだ長い年月が必要になるわ。意思を持った道具を作るっていうのは、けっこう大変なのよ」
 一時的な疑似人格ならともかく、六千年も持たせるインテリジェンスソードを作り出すにはそれなりの熟成が必要、でなければこの世にはインテリジェンスアイテムが氾濫していることになるだろう。
 目の前のこのなんの変哲もない剣が六千年前のデルフリンガーの姿。才人は、自分は知らないうちにデルフといっしょに戦い続けてきたのかと、運命の不思議を思った。
「そ、それで。こいつは、デルフは直せるんですか? もう柄しか残ってないボロボロの有様だけど」
「そうねえ、さすがにこのまま修復するのは無理ね。本来なら、母体にしてる武器が大破したら付近にある別の武器に精神体が憑依しなおすはずなんだけど、そのときは運悪くそばに適当なものがなかったのね」
 そう言われてミシェルは思い出した。あのとき、傍には銃士隊の剣が何本もあったけれど、いずれも激しく痛んでしまっていた。デルフが宿り直すには不適当だったとしても仕方ない。
「大事なのは精神体のほうで、武器は器に過ぎないわ。けど、それなりのものでないと容量が足りないのよ。なにか、こいつの意思を移せる別の武器を用意しないと」
 そう言われて、才人はすかさずアニエスを頼った。ここはさっきまで戦争をしていた城、武器がないはずがない。もちろん異存があるわけもなく、武器庫への立ち入りを許可してくれた。
「戦でだいぶ吐き出したが、平民用の武器ならばまだ些少残っているだろう。剣を選ぶんだったら、城の中庭で見張りをしてるやつが詳しいから連れて行くといい」
「わっかりました! ようし待ってろよデルフ」
 喜び勇んで出て行った才人がしばらくして戻ってきたとき、その手には一振りの日本刀が握られていた。
「お待たせしました! こいつでどうっすか?」
「へえ、見たことない片刃剣ね。って、なにこの鋼の鍛え具合!? 研ぎといい、変態ね、変態の国の所業ね」
「こいつは日本刀っていって、俺の国で昔使われてたやつなんだぜ。トリステインの人には使い勝手が悪いみたいで放置されてたらしいけど、アニエスさんに紹介してもらった人にも「切れ味ならこれが一番」って太鼓判を押してもらったんだ。てか、俺が使うならこれしかないぜ! これで頼みます」
 興奮した様子で才人が説明するのを一同は唖然と眺めていたが、才人から刀を受け取ったサーシャが軽く振っただけでテーブルの上のキャンドルの燭台が真っ二つになるのを見て、その驚くべき切れ味を認識した。確かにこれなら、切れないものなどあんまりないかもしれない。

847ウルトラ5番目の使い魔 60話 (5/18) ◆213pT8BiCc:2017/06/27(火) 09:38:37 ID:U1/UBfmE
 切れ味は申し分なし。なにより才人が気に入っているのだからと、異論を挟む者はいなかった。
 サーシャは日本刀を鞘に戻すと、デルフの残骸とともにテーブルの上に置いた。
「それじゃやるわよ。見てなさい」
「そ、そんなに簡単にできるんですか?」
「大事なのは精神体だけで、作り出すならともかく移し替えるだけなら難しくないわ。たぶん数分もあれば十分だと思うわよ」
 要はパソコンの引っ越しみたいなもんかと、才人は勝手に納得した。
 一同が見守る前で、サーシャは呪文を唱えて移し替えの儀式を始めた。その様子を才人は固唾を飲みながら見守り、その才人の肩をルイズが軽く叩いた。
「よかったわね、やかましいバカ剣だけどあんたにはお似合いよ。今度はせいぜい手放さないことね」
「ああ、ルイズもデルフとは仲良かったもんな。お前も喜んでくれてうれしいぜ」
「か、勘違いしないでよ。あいつにはたまにちょっとした相談に乗ってもらったくらいなんだから! ほら、もう終わるみたいよ」
 本当に移し替えるだけだったらすぐだったようで、日本刀が一瞬淡い光を放ったかのように見えると、そのまま元に戻った。
「こ、これでデルフは生き返ったんですか?」
「さあ? 儀式は成功したけど、抜いてみたらわかるんじゃない?」
 サーシャに言われて、才人は恐る恐る日本刀を手に取るとさやから引き抜いた。
 見た目は変化ない。しかし、すぐに刀身からあのとぼけた声が響きだした。
「う、うぉぉ? な、なんだこりゃ! 俺っち、いったいどうしちまったんだ? あ、あれ相棒? おめえ何で? え、なにがどうなってんだ?」
「ようデルフ! 久しぶりだな。よかった、完全に直ったんだな!」
「当然よ、この私が手をかけたんだから直らないほうがおかしいわ」
「ん? え、えぇぇぇぇっ! おめぇ、サ、サーシャか! それにそっちは、ブ、ブリミルじゃねえか。こりゃ、お、おでれーた……え? てことは、ここはあの世ってことか! おめえらみんな死んじまったのかよ」
 大混乱に陥っているデルフを見て、才人やサーシャたちはおかしくて笑った。

848ウルトラ5番目の使い魔 60話 (6/18) ◆213pT8BiCc:2017/06/27(火) 09:41:07 ID:U1/UBfmE
 だがずっと眠っていたデルフからしたらしょうがない。なにせデルフからしたらブリミルもサーシャも六千年前に死んでいる人間なのだ。才人がこれまでの経緯の簡単な説明をすると、デルフは感心しきったというふうにつぶやいた。
「はぁぁぁぁ、時を超えてねえ。まったく、長げぇこと生きてきたが、今日ほどおでれーた日はなかったぜ。しっかし、ほんとにブリミルとサーシャなのかよ。うわ懐かしい……おめえらと生きてまた会えるなんて、夢みてえだぜ。ああ、思い出してきたぜ……おめえらといっしょにした旅の日々、懐かしいなあ」
「久しぶり、いや僕らからすればはじめましてだけど、君も僕らと共に過ごした仲間だったんだね。会えてうれしいよ」
「まったく、なんか生まれてもいない子供に会った気分ね。けど、その様子だとちゃんとインテリジェンスソードとして成熟できたようね。よかったわ」
 奇妙な再会だった。こんなに時系列がめちゃくちゃで関係者が顔を合わせるなんてまずあるまい。
 しかし、困惑した様子のブリミルとサーシャとは裏腹に、デルフは堰を切ったように話し始めた。
「思い出した、思い出した、思い出してくるぜ。忘れてたことがどんどん蘇ってきやがるぜ。ちくしょう、サーシャに振られてたころ、懐かしいなあ、楽しかったなあ。でもおめえらほんと剣使いが荒いんだもんよお、六千年も働いたんだぜ。俺っちは死にたくても死ねねえしよお、わかってんのかよ? 苦労したんだぜまったくよぉ!」
「悪いわね。けど、私たちの子孫を助け続けてくれたそうね、感謝してるわ。寿命のある私たちにはできない仕事だから、もう少しサイトたちを助けてあげてくれないかしら」
「へっ、おめえにそう言われちゃしょうがねえな。まったくおめえらが張り切ってやたら子供をたくさん残しやがるからよぉ。ほんと毎夜毎夜、俺を枕元に置いてはふたりして激しく前から後ろから」
「どぅええーい!!」
 突然サーシャが才人の手からデルフをふんだくって壁に向かって野獣のような叫びとともに投げつけた。
 壁にひびが入るほどの勢いで叩きつけられ、「ふぎゃっ」と悲鳴をあげるデルフ。そしてサーシャはデルフを拾い上げると、「えーっ、もっと聞きたかったのに」と残念がるアンリエッタらを無視して、鬼神のような表情を浮かべ、震える声で言ったのだ。
「ど、どうやら再生失敗しちゃたようね。サイト、このガラクタを包丁に打ち直してやるからハンマー用意しなさい! できるだけ大きくて重いやつ!」
「あ、じゃあ武器庫に「抜くと野菜を切りたくなる妖刀」ってのがあったから、それと混ぜちゃいましょうか」
「キャーやめてーっ! 叩き潰されるのはイヤーッ! 生臭いのもイヤーッ!」
 悲鳴をあげるデルフの愉快な姿を眺めて、場から爆笑が沸いたのは言うまでもない。
 さて、それからサーシャの機嫌をなだめるのには少々苦労したものの、六千年ぶりの生みの親との再会にデルフは時間が許す限りしゃべり続けた。
「懐かしいぜ、おめえらとはいろいろあったよなあ。極寒の雪山で雪崩を切り裂いたことも、マギ族の魔法兵士と戦うために魔法を吸い込む力を与えてもらったことも昨日のように思い出せるぜ。それからよ、それからよぉ」
 懐かしさで思い出話が止まらなくなっているデルフに、ブリミルとサーシャはじっくりと付き合った。デルフの思い出は、ブリミルとサーシャにとっては未来のことだ。それも、未来を聞いたことによってこれから本当に起こるかはわからない。
 それでもよかった。仲間との再会はうれしいものだ、デルフの語る思い出の光景が、ふたりの脳裏にも想像力という形で浮かんでくる。もっとも、ときおり夜の思い出の話になりかけると、ブリミルは期待に表情をほころばせ、そのたびにサーシャが大魔神のような表情で睨みつけて黙らせていたが。

849ウルトラ5番目の使い魔 60話 (7/18) ◆213pT8BiCc:2017/06/27(火) 09:43:27 ID:U1/UBfmE
 そして、ひとしきり話が終わると、サーシャはなにげなくデルフに新しい魔法をかけていった。
「魔法を吸い込む力を強化しておいたわ。吸い込む量が増えれば反動も大きくなるけど、その刀の強度なら耐えられるでしょう」
 それが、再び今生の別れとなるサーシャからデルフへの餞別だった。
 そうして、ブリミルとサーシャは才人やルイズたち一同に見送られながら過去の世界へとアラドスに乗って帰っていった……山のように大量の食糧をおみやげに持って行って。
 
 あのときのことは、本当に思い出すと笑いがこみあげてくる。しかし、サーシャのこの時代への置き土産は、この時代の苦難はあくまでこの時代の人間がはらわなければいけないという課題でもある。
 才人はワルドを睨みながらデルフを握りしめ、今度こそデルフとともに最後まで戦い抜くことを誓った。
「さあ何度でも来やがれヒゲ野郎! もうお前なんか、おれたちの敵じゃねえぜ」
「おのれ、たかが平民が大きな口を叩いてくれる」
 才人の挑発に、ワルドは再度魔法を放とうとした。しかし、その詠唱が終わる前に、ワルドの至近で鋭い威力の爆発が起こったのだ。
『エクスプロージョン!』
「ぐおおっ!」
 とっさに身を守ったものの、死角からの一撃に少なからぬダメージをもらったワルド。そしてその見る先では、ルイズが毅然とした表情で自分に杖を向けていた。
「飛び道具があるのが自分だけだと思わないことね。そんなところに突っ立ってるなら狙いやすくて助かるわ。次は外さないわよ、覚悟なさい」
 ルイズの魔法には弾道がない。それゆえに回避が難しく、ワルドもさっきは長年の勘でとっさに身をひねってかわしたに過ぎない。
 ワルドは、このまま魔法の打ち合いを続けたら自分が不利だと判断した。あの二人は自分が死んでいた間にもさらに成長している。前と同じと思っていると危ない。
「やるね、小さいルイズ。だが君たちも僕をあなどってもらっては困る。楽しみは減るが、こちらも本気を出させてもらおうか」
 そう宣言すると、ワルドはサタンモアの背中から飛び降りた。そしてサタンモアに、お前はそのまま施設の破壊を続けるように命じると、自身は得意とするあの魔法の詠唱をはじめた。
「ユビキタス・デル・ウィンデ……」
 ワルドの姿が分身し、総勢八人のワルドとなってルイズたちの前に降り立った。

850ウルトラ5番目の使い魔 60話 (8/18) ◆213pT8BiCc:2017/06/27(火) 09:50:57 ID:U1/UBfmE
「風の遍在ね。まあ見たくもない顔がぞろぞろと、吐き気がするわ」
「ふん、だが君の魔法でも八人は一気に倒せまい。そして知っての通り、本体以外への攻撃は無効な上に、君の虚無の魔法が詠唱に時間がかかるのも知っている。時間は稼がせんよ、覚悟したまえ!」
 ワルドとその遍在は、八方からいっせいにルイズと才人に杖を向け、『ライトニング・クラウド』を唱え始めた。ルイズの反撃は間に合わず、デルフリンガーとてこれだけの魔法の攻撃はしのぎ切れない。
 だが才人は不敵な笑みを浮かべると、ワルドたちに向かって言い返した。
「それはどうかな?」
 その瞬間だった。横合いから、無数の魔法の乱打がワルドと遍在たちに襲い掛かったのだ。
「サイトたちを助けろ。水精霊騎士隊、全軍突撃ーっ!」
 炎や水のつぶてが大小問わずに叩き込まれ、それらはとっさに防御姿勢をとったワルドたちには大きなダメージは及ぼさなかったものの、態勢を崩壊させるのには充分な威力を発揮した。
「ギーシュ、いいところで来てくれるぜ」
「ふふん、英雄は活躍するチャンスを逃さないものなのさ。てか、あれだけ騒いでおいて気づかれないほうがどうかしているだろうよ」
 かっこうつけて登場したギーシュたち水精霊騎士隊の仲間たちに、才人も笑いながらガッツポーズをして答える。
 対して、虚を突かれたのはワルドだ。八人で才人とルイズを包囲したと思ったら、いつのまにか倍の人数に囲まれている。ワルドは烈風カリンのような強者の存在は計算して襲撃したつもりでいたが、学生の寄り合い所帯に過ぎない水精霊騎士隊のことは完全に計算外だった。
 しかし……だが。
「ワルド、てめえの次のセリフを言ってやろうか? たかが学生ごときが何人集まったところで元グリフォン隊隊長たる『閃光』のワルドに勝てると思っているのかね? だ」
 才人のその言葉に、並んだワルドたちの顔がぴくりと震えるのが見えた。だが才人はただ調子に乗っているだけではない、そしてギーシュたちもプロの軍人メイジを前にして根拠のない蛮勇ではない。
 簡単なことだ。水精霊騎士隊の積み上げてきた経験は、もう並のメイジの比ではない。そしてメイジ殺しのプロである銃士隊に鍛え上げてもらってきたのだ、その地獄を潜り抜けた自信はだてではない。ギーシュは、ギムリやレイナールたちに向かって隊長らしく命令を飛ばした。
「さて諸君、元グリフォン隊隊長ワルド元子爵を相手に訓練ができるとは願ってもない機会だ。僕らの帰りを待ってくれているレディたちにいい土産話ができるぞ。元子爵どののご好意に感謝しつつ、元隊長どのを環境の整った美しい牢獄へご案内してあげようじゃないか」
「ええい、元元とうるさい! よかろう、ならば特別に稽古をつけてやろうではないか。その成果を十代前の祖父に報告するがいい」

851ウルトラ5番目の使い魔 60話 (9/18) ◆213pT8BiCc:2017/06/27(火) 09:52:55 ID:U1/UBfmE
 本気を出したワルドと水精霊騎士隊がぶつかる。ワルドにも焦りがあった、時間をかければ当然あの烈風がやってくる可能性が高まる、アルビオンでの敗北はワルドにとってぬぐいがたいトラウマとなっていた。
 ワルドは自分がつけいる隙を自らさらしていることに気づいていない。そして、当然才人とルイズも攻勢に打って出て、戦いは乱戦の様相を見せ始めた。
 
 
 しかし、才人とルイズがワルドとの戦いに忙殺され、ウルトラマンAに変身できなくなったことで、アブドラールスとUFO、そしてサタンモアは我が物顔でガリア軍を攻撃している。
 怪獣二体が相手では通常の軍隊では勝機は薄い。しかも不意を打たれているのだ、タバサはこれまでであれば自らシルフィードに乗って戦えたが、女王という立場では動くことはできない。
 ガリアの人間たちが傷つけられている姿を見ていることしかできないタバサ。しかし、彼女は敗北を考えてはおらず、その期待に応えて彼らはやってきた。
「きた」
 短くタバサがつぶやいたとき、空のかなたから光の帯が飛んできて上空のUFOに突き刺さった。
『クァンタムストリーム!』
 金色の光線の直撃を受けたUFOは粉々に吹き飛び、続いて空の彼方から銀色の巨人が飛んできてアブドラールスの前に土煙をあげて着地した。
「ウルトラマンガイア」
 信頼を込めた声でタバサがその名を呼ぶ。異世界でタバサが出会った友、タバサが突然の敵の襲撃を受けたと聞き、駆け付けたのだ。
「デヤァッ!」
 掛け声とともに、ガイアはアブドラールスとの格闘戦に入った。ガイアにとっては初めて戦う怪獣だが、ガイアがこれまで戦ってきた怪獣の中にもミーモスやゼブブなど格闘戦を得意とする相手はいた、初見の相手でも遅れはとらない。
 接近しての腰を落とした正拳突きでよろめかせ、すかさずキックを入れて姿勢を崩させる。
 逆に、反撃でアブドラールスが放ってきた目からの破壊光線は、大きくジャンプしてかわした。
 その精悍な戦いぶりに、パニックに陥っていたガリア軍からも歓声があがりはじめた。
「おお、すごいぞあのウルトラマン! ようし、今のうちに全隊集まれ、女王陛下をお守りするのだ」
 余裕が生まれると、さすがガリアの将兵たちは秩序だった動きを発揮しだした。それに、ガイアの戦いぶりは彼らに「怪獣はまかせても大丈夫」という頼もしさがあった。我夢は頭脳労働担当ではあるが、XIGの体育会系メンバーにもまれることで貧弱とは程遠いだけの体力も身に着けていたのだ。

852ウルトラ5番目の使い魔 60話 (10/18) ◆213pT8BiCc:2017/06/27(火) 09:55:20 ID:U1/UBfmE
 ガイアはリキデイターを放ち、アブドラールスの巨体が赤い光弾を受けてのけぞる。我夢は、敵が別の場所で動きを見せた場合に備えて藤宮に残っていてもらっていることに余裕を持ちながら、冷静に敵の意図を考えていた。
〔このタイミングで、白昼堂々仕掛けてきた理由はなんだ? 作戦も何もない力押しの攻撃、怪獣もなにか特別な能力を持たされてるわけではなさそうだ……〕
 もしも破滅招来体のような狡猾な相手なら、なにか裏があるはずだ。まして聞いた話ではジョゼフというのは相当に頭の切れる男らしい、我夢は戦いながら思案を巡らせ続けた。
 
 一方で、サタンモアもワルドから解放されて自由に暴れていた。
 空を縦横に飛び回り、本来の凶暴性を発揮して、子機であるリトルモアを解放して地上の人間たちを襲おうとする。が、そんな卑劣を許しはしないと、別の方向から次なる戦士が現れる。
『フラッシュバスター!』
 青い光線が鞭のようにサタンモアを叩き、リトルモアの射出態勢に入っていたサタンモアを叩き落とす。
 そして光のように降り立ってくる、ガイアに劣らないたくましい巨人の雄姿。その名はウルトラマンダイナ!
〔ようルイズ、手こずってるみたいじゃねえか。こっちの焼き鳥もどきはまかせな。さばいて屋台に出してやるぜ〕
「アスカ、あんたまた出しゃばってきて! 仕方ないわね。わたしより先にそいつを片付けられなかったらそいつのステーキを食べさせてやるからね」
〔うわ、それは勘弁してくれ。ようし、いっちょ気合入れていくか〕
 ルイズとテレパシーで短く言い合いをした後で、ダイナは指をポキポキと鳴らしてサタンモアに向き合った。
 対してサタンモアもリトルモア射出器官をつぶされはしたものの、これでまいるほど柔くはない。再浮上して、その最大の武器である巨大なくちばしをダイナに向かって猛スピードで突き立ててくる。
〔真っ向勝負のストレートで勝負ってわけか! その根性、気に入ったぜ〕
 ダイナは逃げずに正面からサタンモアに対抗し、胸を一突きにしようとするサタンモアの頭を一瞬の差でがっぷりと担ぎ上げた。
「ダアァァァッ!」
 サタンモアの勢いでダイナが押され、ダイナは全力でそれを押しとどめる。
 なめてもらっては困る。アスカはピッチャーだが下位打線ではない、それに、相手が真っ向勝負を向けてきたら燃えるタイプだ。
〔しゃあ、止めてやったぜ。俺ってキャッチャーの才能もあるんじゃねえか? ようし、じゃあでかいバットも手に入ったし、今度は四番バッターいってやろうか〕
 ダイナは受け止めたサタンモアの首根っこを掴むと、そのままホームランスイングよろしく振り回した。その豪快なスイングの風圧でテントが揺らぎ、砂塵が巻き起こる。当然サタンモアはたまったものではない。
 その相変わらずの戦いぶりには、旅を共にしてきたルイズも苦笑いするしかない。

853ウルトラ5番目の使い魔 60話 (11/18) ◆213pT8BiCc:2017/06/27(火) 09:56:11 ID:U1/UBfmE
 そして、戦いの中でダイナとガイアは一瞬だけ目くばせしあった。こっちはまかせろ、お前はそっちを存分にやれという風に、まるで長年そうしてきたようにごく自然にである。
 
 ふたりのウルトラマンの参戦によって、戦いは一気に流れを変えだした。
 だが、この戦いを見守る黒幕は、この状況を見てむしろ楽しそうに笑っていた。
「すごいすごい、さっそくウルトラマンがふたりも駆けつけてきましたよ。まったくこの星は恐ろしいですねえ、ひ弱な私にはとても侵略など思いもできませんよ」
 まるで他人事のような気楽な態度。自分が送り出した怪獣がやられそうだというのに、まるで気にした様子を見せていない。
 隣のジョゼフは無言で、なにかをじっと考え込んでいる。シェフィールドが心配そうにのぞき込んでいるが、まるで気づいている様子さえない。
 ジョゼフにここまで深刻に考えさせるものとはなにか? そして黒幕の宇宙人は、手を叩いて愉快そうにしながらクライマックスを告げた。
「おやおや、そろそろ決着みたいですね。王様、見逃すと損をしますよ。私も私の世界にはいないウルトラマンがどんな必殺技を繰り出すのか、もうワクワクしてるんですから」
 だがジョゼフは答えず、視線だけをわずかに動かしたに過ぎない。
 そしてそのうちにも、戦いは黒幕の言った通りに終局に入ろうとしていた。
 
 まずは怪獣たちに先んじて、ワルドが引導を渡されようとしていた。
「くっ、弱いくせにしぶとさだけは一人前だな」
「伊達に猛訓練してきたわけではないのでね。これくらいでへばっていたら、もっと怖いおしおきが来るのさ」
 ギーシュたちは三人がかりでワルドの遍在ひとりと対峙していた。互角、と言いたいところだがさすがワルドは強く、ギーシュたちは苦戦を余儀なくされているが、ワルドとて楽なわけではない。
「だが、いくら粘っても私の遍在ひとつ倒せないお前たちに勝機はないぞ」
「それはどうかな? ぼくらはただの時間稼ぎだったことに気づかなかったようだね。ルイズ、いまだ!」
「ええ、あんたたちにしちゃ上出来ね。『ディスペル!』」
 合図を受けたルイズが詠唱を終えて杖を振り下ろすと、杖の先から虚無の魔法の光がほとばしり、ワルドの遍在たちを影のように消し去っていった。あらゆる魔法の威力を消滅させる『ディスペル』の魔法の効力だ。
 たちまち一人になるワルド。ワルドは、水精霊騎士隊の戦いが、最初からディスペルの詠唱を終えるための囮であったことに気づくが、もう遅い。

854ウルトラ5番目の使い魔 60話 (12/18) ◆213pT8BiCc:2017/06/27(火) 10:07:14 ID:U1/UBfmE
「し、しまった」
「ようし、これで邪魔者は消えたな。みんな、袋叩きにしてやれーっ!」
 いくらワルドでもひとりで才人をはじめ水精霊騎士隊全員とは戦えない。悪あがきのライトニンググラウドも才人のデルフリンガーに吸収され、後にはワルドの断末魔だけが響いた。
 唯一、救いがあるとすればルイズが冷酷に言い放った一言だけだろう。
「とどめは刺すんじゃないわよ。そいつには吐かせなきゃいけないことがたくさんあるんだからね。まあ、アニエスの尋問を受けるのに比べたら死んだほうがマシかもしれないけど」
 まさしく『烈風』の血を引く者としての苛烈な光を目に宿らせたルイズの冷たい笑顔が、ワルドが気を失う前に見た最後の光景であった。
 
 そして、怪獣たちにもまた最後が訪れようとしている。
「ダアアッ!」
 ガイアがアブドラールスを宿営地の外側へと大きく投げ飛ばす。そして、無人の空き地に落ちたアブドラールスに向けて、ガイアは左腕にエネルギーを溜め、右手を交差させながら持ち上げると、そのまま腕をL字に組んで真紅の光線を放った。
『クァンタムストリーム!』
 光線の直撃を無防備に受けて、アブドラールスはそのまま大爆発を起こして四散した。
 
 さらに、ダイナも空を飛び交うサタンモアとの空中戦の末、両腕を広げてエネルギーをチャージし、全速力で突進してくるサタンモアに対してカウンターで必殺光線を放った。
『ソルジェント光線!』
 頭からダイナの必殺技を浴びたサタンモアは火だるまになり、そのまま花火のように爆発して宿営地の空にあだ花を残して消えた。
 
 ダイナはガイアのかたわらに着地し、「やったな」というふうに肩を叩いた。

855ウルトラ5番目の使い魔 60話 (13/18) ◆213pT8BiCc:2017/06/27(火) 10:08:11 ID:U1/UBfmE
 だが、ガイア・我夢は素直に喜ぶことができなかった。
〔どうした我夢? どっかやられたのか〕
〔いや、本当にこれで終わったのかなと思って。なにか、あっけなさすぎると思って〕
 ガイアもダイナもたいした苦戦をしたわけではない。ふたりともカラータイマー、ガイアの場合はライフゲージではあるが、青のままで余力たっぷりだ。
 念のために周りを探ってみたが、別の怪獣が潜んでいる気配もない。こちらがエネルギーを消費したところへ追撃が来るというわけでもなさそうだ。Σズイグルのように罠を残していった様子もなかった。
 アスカも、言われてみれば楽に勝てすぎたと思い当たったようだが、彼にもそれ以上はわからなかった。
 しかし、ウルトラマンの活動限界時間は少ない。考えている時間はなく、ふたりともこれ以上余計なエネルギーを消耗するわけにはいかないと飛び立った。
「ショワッチ」
「シュワッ」
 ガイアとダイナはガリア兵たちの歓声に見送られて飛び去り、宿営地に安全が戻った。
 兵たちは秩序正しく動き出し、被害箇所の復旧や負傷者の救助に当たり始めた。
 そんな中で、タバサは連行されていくワルドの姿を見た。すでに大まかな報告はタバサのところに上がってきており、概要は知っている。
 だが、タバサもまた解せない思いでいた。
「おかしい……」
「ん? なにがおかしいのね、おねえさま」
「ジョゼフの仕業にしては、あっさりしすぎてる……」
 シルフィードにはわからないだろうが、ジョゼフという男を長年見続けてきたタバサには、これがジョゼフのしわざとは到底思えなかった。
 確かにふたりのウルトラマンは強かった。それに、才人やルイズたちが強いのも友人のひいき目はなくわかっているつもりだ。だがそんなことはジョゼフなら当然わかるはずで、力押しならば圧倒的な戦力を背景にした上で、そうでなければ裏をかいて悪辣な何かを仕組んでいるのが常套だ。

856ウルトラ5番目の使い魔 60話 (14/18) ◆213pT8BiCc:2017/06/27(火) 10:09:27 ID:U1/UBfmE
 しかし、今回は怪獣たちは特に強化された様子もなく、ワルドも前のままの実力であっさりと捕らえられてしまった。追い詰められて手段を選んでられなくなったのか? いや、それはない。ジョゼフがそんな暗愚の王ならば、とっくの昔に仇は討っていた。けれど、ここが陽動でほかの場所で事件が起きたという知らせもなく、タバサもまた公務に忙殺されていった。
 
 激震が起きたのは、その翌日である。
 その日、ルイズは才人を連れてトリステイン王宮を訪れていた。もちろん昨日の顛末を女王陛下に報告し、さらに今後のことを話し合うためである。
「女王陛下、ルイズ・フランソワーズ、ただいま参上つかまつりました」
 謁見の間には、アンリエッタのほかにタバサも先にやってきていて、王族同士ですでに話をつめていたようだ。
 なお、ウェールズは今はアルビオンに戻っている。アルビオンもまだまだ安泰というわけではないので当然だが、新婚だというのに別居せねばならないアンリエッタのことをルイズは痛ましく思った。平和が戻った暁には、トリステインとアルビオンを夫婦で交互に行き来して統治するつもりだというが、一日も早くそうしてあげたいと切に願っている。
 今日はこれから、捕縛したワルドから引き出した情報を元にしてジョゼフへの対抗策の原案を練る予定となっていた。だが、謁見の間に深刻な面持ちで入ってきたアニエスの報告を受けて、一同は愕然とした。
「ワルドの記憶が消されている、ですって!?」
 ルイズは思わず聞き返した。ほかの面々もあっけにとられている中で、アニエスは自分も納得できていないというふうにもう一度説明した。
「目を覚ましたワルドを、考えられるあらゆる方法で尋問したが、奴は錯乱するばかりで何も答えようとはしなかった。そこで、まさかと思って水のメイジに奴の精神を探ってもらったら、どうやら奴はここ数年来の記憶をまとめて消されてるようなのです」
「ここ数年ということは、つまりトリステインに反旗を翻したことも、昨日のことも……」
「ええ、きれいさっぱり忘れてしまっています。嘘をつけないように、それこそあらゆる手を尽くしましたが、結果は同じでした」
 アニエスの言う「あらゆる手」が、どんなものであるか、才人は想像を途中で切り上げた。ここは現代日本ではない、悪党へのむくいも違っていてしかるべきだ。
 しかし、記憶が消されているとは。アニエスは説明を続ける。
「恐らく、敗北したら記憶が消去されるようになんらかの仕掛けがされていたのでしょう。魔法か、薬物か、催眠術か……今、調査を続けておりますが、奴の記憶が戻る望みは薄いと思われます」
「口封じというわけね……けど、おかしいわね。口封じのためなら敗北したら死ぬようにしておけば、一番確実で安全でしょうに?」
 ルイズは、なぜワルドを生かして捕らえさせたのかと疑問を口にした。

857ウルトラ5番目の使い魔 60話 (15/18) ◆213pT8BiCc:2017/06/27(火) 10:12:05 ID:U1/UBfmE
 記憶が消されているのはやっかいだが、戻る可能性が皆無というわけではない。たとえば何らかの魔法、今も行方不明のアンドバリの指輪でも使えば強固な精神操作は可能であろうが、ディスペルを使えば解除は可能だ。そのくらいのことをジョゼフが予見できないとは考えられない。
 なら、記憶を消されたワルドにはまだ何か役割があるということか? アンリエッタはアニエスに、念を押すように尋ねた。
「アニエス、死んだはずのワルド子爵ですが、本当に死んだところを確認したのですね?」
「はい、あのとき奴の心臓をこの手で確実に……そして怪物と化した後はウルトラマンAが倒したのをこの目で確認しました。あれで、生きているわけがありません」
「しかし、現に子爵、いえ元子爵は生きた姿で帰ってきました。シャルロット殿、あなたはどう思われますか?」
 話を振られたタバサは、自分もいろいろと考えていたらしく、仮説を口にした。
「まだ、はっきりしたことは言えないけど。可能性としては、前にあなたたちが倒したワルドが偽物だった、スキルニルなどを使えば精巧な偽物は不可能じゃない。第二に、ワルドに似せた別人を自分をワルドだと思わせるように洗脳した。ほかにもいくつか仮説はあるけれど、どれも『なぜこのタイミングでワルドを送り込んできた』かの説明ができない。腕の立つ刺客なら、ジョゼフはほかに何人も雇えるはず」
 確かに、タバサを始末するだけならあんな派手な攻撃は必要ない。むしろひっそりと暗殺者を送り込むほうが安全で確実だ。なにより、ワルドはルイズたちへの雪辱に気を取られてタバサには目もくれていなかった。
 ルイズや才人も、納得のいく答えが出なくて悩んでいる。才人は、なにかあったらまたその時に考えればいいんじゃね? という風に笑い飛ばそうかとも思ったが、自分の手で確実に葬ったはずの奴が当たり前のように戻ってきたと思うと、やはり不愉快なものがあった。そんなにしつこいのはヤプールと、いいとこバルタン星人くらいでいい。
 残された手掛かりはワルドのみ。今もミシェルがやっきになって調査をしているものの、あまり期待はできそうにない。
 タバサはアニエスに対して、もう一度尋ねた。
「あのワルドという男、本当にあなたたちの知っているワルドそのものなの? スキルニルで作られた複製、あるいはアンドバリの指輪で操られている死人という可能性は?」
「ない! 女王陛下への報告の前に、あらゆる手立ては尽くした。魔法アカデミーにも頼んで徹底的にな。あれは間違いなくワルドだ。生きた人間だ!」
 アニエスはいらだって大声で答えた。彼女とて信じられないのだ、確実に死んだはずの人間がまた現れる。そんなことは、先の始祖ブリミルの一件だけでたくさんだ。
 
 しかし、完全に秘匿されているはずのこの部屋を、こっそりと覗き見ている者がいた。

858ウルトラ5番目の使い魔 60話 (16/18) ◆213pT8BiCc:2017/06/27(火) 10:13:07 ID:U1/UBfmE
 それは窓ガラスに張り付いた一匹の蛾。それが魔法で作られたガーゴイルであれば、部屋のディテクトマジックに引っかかっていだろうが、あいにくそれは科学で作られた超小型のスパイロボットだったのだ。
 その情報の行く先はもちろんガリアのヴィルサルテイル宮殿。そこでジョゼフとシェフィールドを前にして、黒幕の宇宙人は高らかに宣言した。
「ウフハハハ! 聞きましたか王様? 間違いなく生きた人間そのものだそうですよ。これで、私の言うことを信じていただけますね! では、始めていただけますね。約束しましたよね?」
「ああ、やるがいい……ミューズ、出かけるぞ。支度しろ」
「ジョゼフ様……はい、仰せのままに……」
 グラン・トロワから飛行ガーゴイルが飛び立ち、ジョゼフを呼びに来た大臣が騒ぎを起こすのはその数分後のことである。
 
 そして時を同じくして、トリステイン王宮でも事態は急変していた。
 突然、謁見の間の窓ガラスが割れて、室内に乾いた音が響き渡る。
「女王陛下!」
「ルイズ、俺の後ろにいろ!」
 敵襲かと、アニエスはアンリエッタをかばって剣を抜き、才人もルイズをかばって同じようにする。もちろんタバサも愛用の杖を握って、女王ではなく戦士の目に変わった。
 しかし、敵の姿は見えず、代わってガラスの破片の中からジョゼフの声が響いた。
『シャルロットよ、お前の屋敷で待っている。戦争を止めたければ、来い』
 それが終わると、ボンと小さな爆発音がして静かに戻った。
 いまのは、いったい……? 唖然とするルイズや才人。だが、タバサはわかっていた。わからないはずがなかった。
「ジョゼフ……」
 あの男の声を、父の仇であるジョゼフの声を聴き間違えるはずがない。
 だが、ジョゼフの声にしては珍しく落ち着きがなく、動揺が混じっていたように感じられたのはなぜだ? しかしタバサの中の冷静な部分の判断も、抑え込み続けてきた怒りの前にはかなわなかった。
 謁見の間の窓ガラスを自ら叩き壊し、ベランダに出たタバサはシルフィードを呼び寄せた。もちろんルイズや才人が慌てて引き止めようとする。

859ウルトラ5番目の使い魔 60話 (17/18) ◆213pT8BiCc:2017/06/27(火) 10:14:28 ID:U1/UBfmE
「待ってタバサ! あなた、どこへ行くつもり?」
「ジョゼフが待ってる。わたしは、行かなきゃいけない」
「なに言ってるのよ! これは間違いなく罠よ。あなたならわかるでしょう」
「たとえ罠でも、これはジョゼフを倒すまたとない機会。たとえ刺し違えても、あの男をわたしは倒す。わたしがいなくてもガリアは……さよなら」
 飛びついて止める間もなく、タバサはシルフィードで飛び去ってしまった。こうなると、シルフィードに追いつけるものはそうそう存在しない。
「タバサ! ああ、もうあんなに小さく。アニエス、竜かグリフォンを、って、それじゃ間に合わない。シルフィードより速いのなんてお母様の使い魔くらいしか、お母様は今どこ?」
「カリーヌどのは昨日の襲撃の検分のために、ちょうどお前たちと入れ違いになった。お前こそ、前に使ってみせた瞬間移動の魔法はどうした!」
「遠すぎるしシルフィードが速すぎるわ! もう、あの子ったら我を忘れちゃってるわ。こんなときに限って、キュルケもいないんだから、もう!」
「落ち着け! 追いつけなくても追いかけることはできる。シャルロット女王はどこへ向かった? 飛び去ったのはリュティスの方角ではないぞ」
 アニエスに言われて、ルイズははっとした。あの方向は、まっすぐ行けばラグドリアン湖……そしてキュルケから聞いたことがある。ラグドリアン湖のほとりには。
「旧オルレアン邸……タバサの実家だわ!」
 ジョゼフの言葉とも一致する。そこだ、そこしかないと才人とルイズは飛び出した。
 同時にアンリエッタもアニエスに命じる。
「アニエス、伝令を今連絡がとれる味方すべてに出しなさい。あらゆる方法を使って、ラグドリアン湖の旧オルレアン邸に急行するのです! シャルロット殿を死なせてはなりません!」
 伝書ガーゴイル、その他思いつく限りの方法がトリステイン王宮から放たれる。
 そして、急報を受けてトリステインのあらゆる方向からタバサに関わりのある者たちが飛び立っていく。目指すはオルレアン邸、前の戦いの疲れも癒えないままに、それはあまりにも唐突で早すぎる決戦かと思われた。
 
 
 しかし、いかに彼らが急ごうとも、タバサに先んじてラグドリアンまでたどり着ける位置と方法を有している者は、ウルトラマンさえいなかった。
 
 
 オルレアン邸の現在はギジェラに破壊されて以降、放置されたままの廃墟の姿をさらし続けている。

860ウルトラ5番目の使い魔 60話 (18/18) ◆213pT8BiCc:2017/06/27(火) 10:15:58 ID:U1/UBfmE
 タバサは飛ばされる理由もわからずに飛んでいるシルフィードに乗って、自分の家であり、かつて異世界に飛ばされる場所になったそこに帰ってきた。
「ここで待っていて」
 タバサは門の前にシルフィードを残すと、ひとりで邸内へと入っていった。
 敷地内は雑草で覆われ、焼け落ちた邸宅はつるに巻き付かれて荒れ放題な様相を見せていた。
 女王のドレスに身を包んだままのタバサは、油断なく杖を構えながら庭を進んでいく。かつて幼い日には家族と遊びまわった庭、ジョゼフが弟を訪ねて遊びにやってきたことも何回か覚えている。
 そう、オルレアン公と王になる前のジョゼフは、庭の一角にテーブルを広げ、よくチェスに興じていたものだ。思えば、チェスに関しても無類の強さを持っていた父が「待った」をしていたのはジョゼフを相手にだけだったかもしれない。
 そしてその場所で、ジョゼフはひとりで立って待っていた。
「来たなシャルロット……ここも変わってしまったな。俺がここにやってきたのは、ざっと五年ぶりくらいだ。あの頃のお前はまだ妖精のように小さくて、来るたびにシャルルの奴が娘の自慢話を長々と聞かせてくれたものだ」
「呼ばれたから、来た。なにを、企んでいるの?」
「そう警戒するな。別に罠などは仕掛けていないし、ここにいる俺はスキルニルでも影武者でもない俺本人だ。お前より先にリュティスからここに来るのは、少々骨を折ったぞ」
 ジョゼフは杖も持たずに棒立ちでタバサの前に無防備でいた。
 対してタバサは油断せずに、全神経を研ぎ澄ませてジョゼフと自分の周囲を観察している。
 伏兵が潜んでいる気配は特にない。目の前の相手も、こうして確認する限りではジョゼフ本人に間違いはない。だが、一気に魔法を撃って仕留める気にはならなかった。ジョゼフも虚無の担い手であることは判明している。下手な攻撃は返り討ちに合う危険性が高い。
 だが、洞察力をフル動員してジョゼフを観察しているタバサは、違和感を覚えてもいた。なにか、声に余裕がなく、焦っているように感じられる。あのジョゼフが焦る? まさか。
「ここはわたしの家、客人は来訪の用件を言ってもらう」
「フ、たくましくなったものだなシャルロット。用事は簡単だ。お前にひとつ、相談したいことがあってな」
「相談? 冗談はよして」
「冗談ではない、俺は本気だ。実は今、真剣に悩んでいることがあってな。お前にもぜひ意見をもらいたいんだ」
 信じがたい話だが、ジョゼフが嘘を言っているようには思えなかった。だがジョゼフの口から出る言葉が、まともなものとはとても思えなかった。
 このまま問答無用で仕留めにかかるか? 相談とやらが何か知ったことではないが、それを聞けばまず間違いなく自分が不利になる。
 しかし、タバサが決断するよりも早く、ジョゼフがつぶやいた一言がタバサの心を大きく揺り動かした。
「……」
「……え?」
 タバサの表情が固まり、心臓が意思に反して激しく脈動し始めるのをタバサは感じた。
 ジョゼフは今、なんと言った? まさか、いやそんな馬鹿な。だが、それならジョゼフの焦りの説明もつく。そうか、あれはすべてこのために用意された伏線だったのか。
 呼吸が荒くなり、杖を持つ手が幼子のように震えだす。それは、どんな悪魔のささやきよりも深くタバサの胸へと浸透していった。
 
 その間にも、才人たちは全速力でオルレアン邸へと急行しつつある。
 けれど、黒幕のあの宇宙人はそれにも動じることはなく、自分の思い通りに事が進んでいることに高笑いを続けていたのだ。
 
 
 続く

861ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2017/06/27(火) 10:17:47 ID:U1/UBfmE
今回は以上です。
急展開突入。タバサの運命やいかに!

862名無しさん:2017/06/27(火) 13:09:10 ID:jMO6xym.
ウルトラ乙

863ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/29(木) 23:59:20 ID:XQsS.U.Q
5番目の人、乙です。私の投下も始めさせてもらいます。
開始は0:02からで。

864ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/30(金) 00:03:10 ID:jU/S1V5A
ウルトラマンゼロの使い魔
第百四十七話「決闘!ウルトラマンゼロ対悪のウルトラ戦士」
ウルトラダークキラー
悪のウルトラ戦士軍団 登場

 六冊の本の旅を終えた才人とゼロだったが、ルイズの記憶は元に戻らなかった。更にはルイズが
ダンプリメなる謎の人物に、本の中にさらわれてしまった! 才人たちはダンプリメの正体を、
ガラQに説得されたリーヴルから知らされる。ダンプリメは長い年月を経て本に宿った魔力が成長して
誕生した存在であり、人間に関心を持った末に莫大な魔力を秘めているルイズを自分のものにしようと、
リーヴルを脅して今回の事件を仕組んだのであった! そんなことを許せる才人ではない。彼は
リーヴルの手を借りて、ダンプリメが待ち受ける七冊目の世界へと突入していった……!

「うッ……ここは……」
 才人がうっすら目を開けると、そこはもう図書館ではない別の場所であった。本の中の
世界に入ったに違いない。
 しかし七冊目の本の世界は、これまでの六冊の世界とは大きく異なっていた。それまでの
本の世界は、様々な宇宙の地球の光景そのままの街や自然で彩られた景観が広がっていたのに、
この世界は360度見渡す限り薄暗い荒野が続いていて、石ころとほこりしかないようであった。
「随分殺風景だな……。至るところに何もないぜ」
「それはそうさ。この本の物語はまだ一文字たりとも書かれていない。だからこの世界には
まだ何もないのさ」
 才人の独白に対して、背後から返答があった。才人は即座にデルフリンガーを抜いて振り向いた。
「ダンプリメ!」
 果たしてそこにいたのはダンプリメ。才人のことを警戒しているのか、デルフリンガーの刃が
届かない高さで浮遊している。
「物語はこれから綴られるんだ。ウルトラマンゼロ……君たちが敗北し、ボクとルイズの永遠の
本の王国が築かれるハッピーエンドの物語がね」
 ダンプリメはすました態度でこちらを見下ろしながら、そんなことを言い放つ。対して才人は、
デルフリンガーの切っ先をダンプリメに向けて言い返した。
「残念だったな。これから書かれるのは、俺たちがルイズを救出して現実世界に帰るハッピー
エンドの物語だ!」
 早速ダンプリメに斬りかかっていこうと身構える才人だが、それを察知したダンプリメは
才人から距離を取りつつ告げた。
「まぁ落ち着きなよ。そう勝負を急がずに、前書きでも楽しんでいったらどうだい? たとえば、
ボクがどうして六冊もの本の世界を君たちにさせたのか」
「何?」
 自在に宙を舞うダンプリメが逃げに徹していると、才人も狙うのが難しい。相手の動きを
常に警戒しながら、ダンプリメの発言を気に掛ける。
「ルイズを手に入れる上で最大の障害である君たちを排除するため……おおまかに言って
しまえばそういうことだけど、それは旅のどこかで本の怪獣たちに倒されればいいな、
なんて希望的観測じゃないんだよ。ボクも、そんな不確実な方法に頼るほど馬鹿じゃない」
「じゃあ何のためって言うんだ」
 才人が聞き返すと、ダンプリメは自分でも言っていたように、遠回りな説明を始める。
「ところでボクは本から生まれた存在なだけに、その知識量はこの世界の誰の追随も許さない
ものと自負している。何せ、トリステインの図書館の蔵書数がそのままボクの知識だからね。
それは世界の全てを知っているということに等しい。それこそあらゆることをボクは知っているし
実際に行うことも出来る……剣術も間合いの取り方だって達人のレベルさ」

865ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/30(金) 00:06:16 ID:jU/S1V5A
 いつの間にか、ダンプリメが剣を手に才人の背後にいた! 間一髪察知した才人は振り向きざまに、
相手の斬撃をデルフリンガーで弾く。
「図に乗るな! いくら本の内容を全部知ってるからって、世界の全てを知った気でいるのは
自惚れだぜ!」
「そうだね。逆に言えば、本に書かれてないことをボクは知らない。そう、君の中の光の戦士、
ウルトラマンゼロ。それなんかがいい例だ」
 単なる余興だったのか、剣を弾かれても平然としているダンプリメは、才人の胸の内を指差した。
「ハルケギニアの外の世界からやって来て、超常的な力であらゆる敵を粉砕する無敵の戦士。
その力の前では、どこまで行っても本の世界から外に出ることは出来ないボクは呆気なく
粉砕されてしまうだろう。そう考えたボクは、リーヴルを通じてある策を実行した。無敵の
ウルトラマンゼロを『本の中の登場人物』にしてしまうというね」
「何!?」
 ここまでの説明で才人も、ダンプリメの狙いが薄々分かってきた。
「本の中に引き込んでしまえば、ボクは相手の能力を分析することが出来る。六冊分もの
旅をさせて、既にウルトラマンゼロの力は隅々まで把握してるよ。……だけど、狙いは
それだけじゃあないんだ」
「まだあるってのか!」
「旅の中で、君たちは度々その本の世界には本来存在しない怪獣と戦っただろう。あれらは
ボクの介入で出現したんだ。何でそんなことが出来たのかって? それはこの『古き本』の
力によるものさ!」
 ダンプリメが自慢げに取り出して見せつけたのは一冊の本。それは……。
「怪獣図鑑!?」
 どこで出版されたものか、古今東西の様々な怪獣の情報が記載されている図鑑であった。
そんなものまでトリステインに流れ着いていたのか。
「それだけじゃない。本の中の存在も生きてるんだよ。本の中の怪獣が君たちに倒されるごとに
生じた怨念のエネルギーも、ボクは集めてたんだ。そういうこともボクは出来るんだよ」
 それは黒い影法師の力か。ダンプリメはそんな能力まで学習していたのだ。
 そしてダンプリメの周囲に、六つの禍々しく青白い人魂が出現する。
「……それが真の狙いかよ!」
「さぁ、機は熟した。ウルトラマンゼロへの怨念が一つになり、今こそ誕生せよ! ゼロを
上回る最強の戦士よッ!」
 ダンプリメの命令により人魂が一つになり、マイナスエネルギーも相乗効果によって膨れ上がる。
そして人魂が巨大化して戦士の形になっていった!
「あ、あれは……!」
 新たに生まれた、邪悪な力をたぎらせる巨人の戦士を見上げて、才人は思わずおののいた。
 あまりにもおぞましいオーラを湛えた異形の姿だが、胸の中心に発光体を持つその特徴は、
明らかにウルトラ戦士を模していた。頭部には四本ものウルトラホーン、腕にはスラッガーが
生えていて、様々なウルトラ戦士の特徴を有しているようである。
「目には目を。歯には歯を。古い言葉だが、ウルトラマンを葬るのにも闇のウルトラマンが
最もふさわしいだろう。君たちウルトラ戦士を抹殺する闇の戦士……ウルトラダークキラー
とでも呼ぼうかな」
「馬鹿な真似はよせ! 闇の力ってのは、手を出したら取り返しがつかないことになるぞッ! 
今ならまだ間に合う!」
 警告を飛ばす才人だが、ダンプリメは取り合わず冷笑を浮かべるだけだった。
「おやおや、ウルトラダークキラーを前にして臆病風に吹かれちゃったかな? 君が勇士と
いうのは、ボクの買い被りだったかな」
「……どんなことになっても知らねぇぞッ!」

866ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/30(金) 00:09:31 ID:jU/S1V5A
 才人はやむなくウルトラゼロアイを装着して変身を行う。
「デュワッ!」
 才人の身体が光り輝き、この暗い世界を照らそうとするかのように閃光を発するウルトラマン
ゼロが立ち上がった。
「ふふ、いよいよ最後の決戦の始まりだ。さぁウルトラダークキラーよ、恨み重なるウルトラマン
ゼロをその手で闇に還すがいい!」
 ダンプリメの命令によって、ウルトラダークキラーが低いうなり声を発しながら腕のスラッガーで
ゼロに斬りかかってきた!
「セアッ!」
 こちらもゼロスラッガーを手にして対抗するゼロだが、ダークキラーの膂力は尋常ではなく、
押し飛ばされて後ろに滑った。
『くそッ、とんでもねぇパワーだな……!』
 ダークキラーは倒した本の怪獣全ての怨念の結集体というだけあり、力が途轍もないレベル
だということが一度の衝突だけでゼロには感じられた。
『こいつは全力で行かねぇと駄目なようだな! デルフ!』
 そこでゼロはゼロスラッガーとデルフリンガーを一つにして、ゼロツインソードDSを作り出した。
本の世界では一度も使用していないこれならば、ダンプリメも対策はしていまい。
『こりゃまた歯ごたえのありそうな奴じゃねぇか。相棒、遠慮はいらねぇ。かっ飛ばしな!』
『もちろんだぜ! はぁぁぁぁぁッ!』
 ゼロはツインソードを両手に握り締めて、一気呵成にダークキラーへと斬りかかっていった。
 ゼロツインソードとダークキラーのスラッガーが激しく火花を散らしながら交差する。
ダークキラーはその内にゼロを突き飛ばすと、スラッガーを腕から切り離して飛ばしゼロへ
攻撃してきた。
「セェェアッ!」
 ゼロは一回転して迫るスラッガーをツインソードで弾き返す。スラッガーがダークキラーの
腕に戻った。
『なかなかやるじゃねぇか……』
 一旦体勢を整えて、ひと言つぶやくゼロ。ダークキラーの戦闘力はかなりのもので、
ゼロツインソードを武器にしてもやや押されるほどであった。しかし、ゼロは決して戦いを
あきらめたりはしない。どんな相手だろうとも最後まで立ち向かい、勝利をもぎ取る覚悟だ。
 だが、この時にダンプリメが次のように言い放った。
「そっちもさすがにやるものだね。このダークキラーに食い下がるなんて。……だけど、
ボクはより確実に君を倒す手段を用意してるんだよ」
『何!?』
「さぁ、ここからが本番だッ!」
 パチンと指を鳴らすダンプリメ。それを合図にしてダークキラーの身体から怨念のパワーが
次々と切り離されて飛び散り、それぞれ実体と化してゼロを取り囲む。
 それらは全て、ダークキラーと同じように暗黒のウルトラ戦士の形を成した!
『な、何だと……!?』
 カオスロイドU、カオスロイドS、カオスロイドT、ダークキラーゾフィー、ダークキラージャック、
ダークキラーエース、ウルトラマンシャドー、イーヴィルティガ、ゼルガノイド、カオスウルトラマン、
カオスウルトラマンカラミティ、ダークメフィスト……ウルトラダークキラーも含めたら何と十三人にも
及ぶ悪のウルトラ戦士軍団! ゼロはすっかり囲まれてしまった!
『おいおいおい……こいつぁ絶体絶命って奴じゃねえか?』
 口調はおちゃらけているようだが、その実かなり本気でデルフリンガーが言った。
「行くがいい、ボクの暗黒の軍勢よ! 恨み重なるウルトラマンゼロを葬り去れッ!」
 ダンプリメの号令により、悪のウルトラ戦士たちが一斉にゼロへと襲いかかる! ゼロは
ツインソードを握り直して身構える。
『くぅッ!?』

867ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/30(金) 00:12:48 ID:jU/S1V5A
 カオスロイドやダークキラーたちが飛びかかってくるのを必死でかわし、ツインソードを振り抜いて
ウルトラマンシャドーやゼルガノイドを牽制するゼロ。だが悪のウルトラ戦士は入れ替わり立ち代わりで
攻撃してくるので、反撃の糸口を掴むことが出来ない。
 そうして手をこまねいている内に、カオスロイドSのスラッガー、ウルトラマンシャドーの
メリケンパンチにツインソードが弾き飛ばされてしまった。
『し、しまった!』
 回収しようにも、カオスウルトラマンたちやダークメフィストが立ちはだかって妨害してきた。
立ち往生するゼロをイーヴィルティガ、ゼルガノイドが光線で狙い撃ってくる。
『うおぉッ!』
 懸命に回避するゼロだったが、十三人もの数から狙われてそうそう逃げ切れるものではない。
ウルトラダークキラーを始めとした悪のウルトラ戦士たちの光線の集中砲火を食らい、大きく
吹っ飛ばされた。
『ぐはあぁぁぁッ!』
 悪のウルトラ戦士はどれも本当のウルトラ戦士に迫るほどの恐るべき戦闘能力を持っている。
しかもゼロがたった一人なのに対し、二桁に及ぶ人数だ。多勢に無勢とはこのことで、ゼロはもう
なす術なくリンチにされている状態であった。
 完全に追いつめられているゼロのありさまに、ダンプリメが愉快そうに高笑いした。
「ははは……! 実質一人で乗り込んでくるからこんなことになるのさ。仲間を危険な罠から
守りたかったのかもしれないけど、一緒に本の世界の中に入る方が正解だったのさ」
 今もなお袋叩きにされているゼロを見やりつつ、勝ち誇って語るダンプリメ。
「君はこれまで、一人の力だけで勝ってきた訳じゃないようだね。仲間の助けを受けることも
あった。……だけど、この本の世界では君の仲間なんてどこにもいない。君は独りなのさ、
ヒラガ・サイト……ウルトラマンゼロッ!」
 最早エネルギーもごくわずかで、息も絶え絶えの状態のゼロにウルトラダークキラーが
カラータイマーからの光線でとどめを刺そうとする……!
 その時であった。
「それは違うわ!」
 突然、ダンプリメのものではない甲高い声……才人たちにとって非常に慣れ親しんだ声音が
響き渡り、ダークキラーがどこからともなく発生した爆発を受けてよろめいた。
 恐るべき暗黒の戦士のウルトラダークキラーの体勢を崩すほどの爆撃……それも才人たちは
よく覚えがあった。
『ま、まさか……!』
 ゼロが振り向くと、その視線の先に……桃色のウェーブが掛かった髪の少女が腰に手を当て、
無い胸を張っているではないか!
『ルイズッ!!』
 才人は歓喜や驚愕、疑問など様々な感情が入り混じった叫び声を発した。また驚き、動揺
しているのはダンプリメも同じだった。
「そ、そんな馬鹿な! ルイズの意識は確かに眠らせていたはず……それがどうしてこの場に
いるんだ!?」
 ルイズはダンプリメの疑問の声が聞こえなかったかのように、ゼロに向かって叫んだ。
「ゼロ、しゃんとしなさい! あなたは独りなんかじゃない。……本の世界でも、あなたは
たくさんの人を助けて、絆を紡いでいったんでしょう? わたし、覚えてるわよ!」
 そして空の一角を指し示す。
「ほら、みんなが駆けつけてくれたわよ!」
 ルイズの指差した方向から、ロケット弾や光弾が雨あられと飛んできて、ゼロに光線を
発射しようとしていたカオスロイドU、S、カオスウルトラマン、カラミティの動きを阻止した。
『あれは……!』
 ゼロの目に、この場に猛然と駆けつけてくるいくつもの航空機の機影が映った。

868ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/30(金) 00:14:07 ID:jU/S1V5A
 ジェットビートル、ウルトラホーク、テックライガー、ダッシュバード! どれも各本の世界で
共闘した防衛チームの航空マシンだ!
「何だって……!?」
 またまた絶句するダンプリメ。だがそれだけではなかった。
「彼らだけじゃないわ。ほら見て! みんなやって来たわよ!」
 各種航空機の編隊に続いて飛んでくるのは……あれはウルトラマン! ウルトラセブン! 
ゾフィー! ジャック! エース! タロウ! コスモスにジャスティス! マックス! 
ティガにダイナにガイアも! 計十二人ものウルトラ戦士がマッハの速度で飛んできて、
ゼロを守るようにその前に着地してずらりと並んだ。さすがの悪のウルトラ戦士たちも、
この事態にはどよめいてひるんでいる。
『み、みんな……!』
 声を絞り出す才人。最早言うまでもないだろう。彼らは六冊の本の世界の旅の中、才人と
ゼロが出会い、助け、助けられた者たちである。
 才人は最後の旅の終わり際にティガ=ダイゴが言っていた言葉を思い出した。「この恩は
必ず返す」……その約束を果たしに来てくれたのだ!
『みんな、本の世界の枠を超えて、助けに来てくれたのか……!』
 強く胸を打たれるゼロ。彼はコスモスとジャスティスからエネルギーを分け与えてもらって、
力がよみがえった。
 そしてルイズが救援のウルトラ戦士たちに告げるように、高々と宣言した。
「さぁ、行きましょう! このウルトラマンゼロの物語をハッピーエンドにするために!!」

869ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/30(金) 00:15:05 ID:jU/S1V5A
今回はここまで。

勝てる気がしない×
勝てない○

870ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 21:29:03 ID:nOWdnO9U
ウルトラマンゼロの人、投稿お疲れ様でした
さて、皆さん今晩は。無重力巫女さんの人です
特に問題が起こらなければ、84話の投下を21時32分から始めます

871ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 21:32:06 ID:nOWdnO9U
「全く、昨夜は随分と騒いでくれたじゃないか?」
 『魅惑の妖精亭』二階にある客室の一つ、八雲藍は部屋の中にいる三人を睨みつけながら言った。
 服装は霊夢と魔理沙が良く知る道士服姿ではないが、頭から生える狐の耳で彼女が紫の式なのだと一目でわかる。
 そして彼女は怒っていた。本気…と呼べるほどではないが、少なくとも鋭い眼光をルイズ達に見せるくらいには怒っていた。
 先ほどこの店の一階で思わぬ再開を果たした後、出された食事を手早く食べさせられた後にこの部屋へと連れ込まれてしまったのである。
 助けてくれそうなジェシカとスカロンは彼女を信頼しているのか、それとも何かしらの゙危機゙を本能的に察したのだろう。
 今夜の仕込みと片づけが終わるとさっさと寝てしまい、シエスタも店の手伝いがあるので今はベッドでぐっすりと寝息を立ててる。
 つまり、逃げる場所は無いという事だ。
 
 霊夢は部屋に一つしかないシングルベッドに腰掛けて、右手に持った御幣の先を地面に向けて何となく振っており、
 魔理沙とルイズはそれぞれ椅子に腰かけ、テーブルに肘をついてドアの前で仁王立ちする藍を見つめている。
 
 博麗の巫女であり、彼女ともそれなりに知り合いである霊夢はスーッと視線を逸らして話を聞いている。
 あの紫の式だというのに主と違って融通が利かず、人間には上から目線な彼女の説教をまともに聞く気はないのだろう。
 一方で魔理沙は気まずそうな表情を浮かべてじっと視線を手元に向けつつ、軽く口笛を吹いて誤魔化そうとしていた。
 霊夢以上に目の前の式が好きになれない彼女にとって、これから始まる説教は単なる苦行でしかない。
 そしてルイズはというと、唯一三人の中でキッと睨み付けてくる藍と睨み合っていた。
 とはいっても、実際には緊張のあまり身動きできない為に目と目が合ってしまっているだけであったが。

 お喋りなインテリジェンスソードのデルフも今は黙り込み、微動だにすらしないまま大人しく鞘に収まって壁に立てかけられたている。
 三人と一本。昨夜この近辺で子供のスリ相手に大騒ぎした三人は一体の式を前に大人しくなってしまっていた。
 両腕を胸の前で組む藍はこちらをじっと見つめるルイズと視線を合わせたまま、こんな質問をしてきた。
「お前たちに一つ聞く、…一度幻想郷へと帰り、この世界へ戻ってくる前に紫様に何か言われなかったか?」
 そう言って霊夢と魔理沙を睨み付けると、視線を逸らしたままの霊夢がボソッと呟いた。
「言われたわよ?今回の異変を解決するにはルイズの協力が必要不可欠だって…」
「そういやーそんな事言われてたな。…後、私にはしばらく白米は口にできないって言ってたっけな?あの時は―――」
「霊夢はともかく魔理沙、お前に関しての事はどうでも良い。私が聞きたいのは、お前たち三人に向けて紫様が言った事だ」
 無意識に空気を和まそうとした二人の会話をもう一段階怒りそうな藍が遮ると、今度はルイズの方へと話を振る。

「…というわけだ。あの二人はマジメに答える気はないようだが、お前はちゃんと覚えているだろう」
 自分を睨み付けるヒトの形をした狐に睨まれたルイズは、ハッとした表情を浮かべて自分の記憶を掘り返す。
 それは今からほんの少し、アルビオンから帰ってきた後に幻想郷へと連れていかれ紫と散々話をしたこと、
 翌日に霊夢の神社とやらで゙これから゙の事を話し合い、念のためには魔理沙を押し付けられてハルケギニアへ戻る事となった事。
 そしてルイズは思い出す。魔理沙が来た後、紫が学院の自室へと続くスキマを開ける前に言っていた事を。
 彼女が自分たちを見下ろし、心配そうに言っていたのが印象的だったあの説明。
 それを頭の中で思い出し、忘れてしまった部分は省略と補正でどうにかして、一つの説明へと作り直していく。
 藍がルイズに話を振ってから数秒ほどだろうか…少し返事が遅れたものの、ルイズは口を開いてあの時聞かされた事を喋り出す。
「た、確か…能力を使って戦うのは良いけど、あまり人目に触れると大変な事になる…って言ってたような…」
「……少し違うが、まぁ大体合っているな」
 少々しどろもどろだったルイズの回答に藍は自分なりに褒めてあげると、今度は霊夢と魔理沙を睨みつけながら話を続けていく。

872ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 21:34:08 ID:nOWdnO9U
「彼女の言った通り、紫様はこの世界ではいつもの異変解決と同じ感じで暴れ回るなと言った筈だ
 特にこの世界の人間…彼女を除いた貴族、平民含むすべての人間にはなるべく自分たちの力を見せるな。…と」

 それがどうだ?最後にそう付け加えると、二人はバツの悪そうな表情を浮かべて思わずそっぽを向いてしまう。
 確かに、昨日は魔法学院とは比べ物にならない大勢の前で箒で飛んだりしていたし空も自由に飛び回っていた。
 幸いあの時はスペルカードもお札も使わなかったので良かったが、そうでなければ彼女の怒りはこれだけでは済まなかっただろう。
 九尾狐からの大目玉をくらわずに済んだ二人は、しかし今は素直に胸をなで下ろす事はせずにじっと藍の睨みを我慢していた。
 紫ならともかく、彼女の場合融通が利かなすぎて安易に冗談を言おうものなら普通に怒ってくるのである。
 主が傍にいるのなら彼女が上手い事間に入ってくれるのだが、当然今は幻想郷でグータラしていることだろう。
 よって霊夢と魔理沙の二人が取れる行動は、何となく彼女の話を聞きながら視線を逸らし続ける事であった。

 二人がそっぽを向き続け、流石にこれは不味くないかと感じたルイズが少しだけ慌て始めた時、
 キッと目を鋭くして睨み続けていた藍は一転して諦めたような表情を浮かべて、大きなため息をついた。
「まぁ…した事と言えば空を飛んだだけで、この世界では別に珍しい事では無い。大衆の前でスペルカードを使うよりかはマシだな」
 そう言ってから肩を竦めてみせると、それを待っていたと言わんばかりに霊夢達は藍の方へと視線を向ける。
「何だ何だ、お前さんにしてはやけに諦めが早いじゃないか?悪いモンでも喰ったのか?」
「そうね。……っていうかそれくらいしか目立ったもの見せてないし、怒られる方が理不尽極まりないわ」
「………お前らなぁ」
 まだ許すのゆの字すら口に出していないというのに、ここぞばかりに二人は口達者になる。
 単にあっさり許した藍に驚く魔理沙はともかく、霊夢の反省する気ゼロな言葉に流石の式も顔を顰めてしまう。
 そして相変わらず変わり身の早い二人を見て額に青筋を浮かべつつ、藍は怒る気力すら失せてしまう。
 下手に怒鳴っても彼女たちに効かないのは明白であるし、霊夢の場合だと逆恨みまでしてくるのだから。
 
 そんな式の姿にルイズは軽い同情と憐れみの気持ちを覚えつつも、ふと気になる疑問が一つ脳裏に浮かぶ。
 それを口に出そうか出さないかと悩んだところで、その疑問を質問に変えて藍聞いてみた。
「えーと、ラン…だったけ?ちょっと質問良いかしら?」
「ん?いいぞ、言ってみろ」
 丁寧に右手を顔の横にまで上げたルイズの方へと顔を向けた藍は、コクリと頷いて見せる。
 急な質問をしてきたルイズに何かと思ったのか、霊夢達も口を閉じて彼女の方へ視線を向けた。
「単純な質問だけど、どうしてここのお店で人間のフリして働いてるのよ?」
「……ふふふ、ルイズ〜。それはコイツにとっちゃあ凄くカンタンな質問だぜ?」
 しかし藍が口を開く前に、口から「チッチッ…」という音を鳴らしながら人差し指を振る魔理沙に先を越されてしまう。
 ルイズと霊夢は突然意味不明なことをし出す魔理沙に奇異な目を向けつつ、彼女は藍に代わって質問に答えようとした。

「答えは一つ、それはコイツが人間のフリしてこの店の人間を頂こ…うって!イテテ!冗談だって……!?」
「冗談でも言って良い事と悪い事ぐらい、言う前に吟味しろ」
 最も、得意気に言おうとした所で右の頬を強く引っ張ってきた藍に無理矢理止められてしまったのだが。
 一目で怒ってると分かる表情で魔法使いの頬を抓る式の姿を見て、幻想郷の連中に慣れてきたルイズは思わず身震いしてしまう。
 そしてあの魔理沙が有無を言わさず暴力に晒される光景に、目の前にいる狐の亜人がタダものでないという事を再認識した。

「じゃあ真剣に聞くけど、何でアンタみたいなのがわざわざ人間の中に紛れて…しかもこの店で働いてるのよ?」
 藍の暴力という矛先が魔理沙へ向いている間に、すかさず霊夢もルイズと同じような質問をする。
 ただし先の質問をしたルイズとは違い、彼女の体からあまり穏やかとは言えない気配が滲み出ている。

873ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 21:36:08 ID:nOWdnO9U
 霊夢からしてみれば、式といえども妖怪の中では群を抜く存在である九尾狐が人間との共存などおかしい話なのだ。
 古来から大陸を中心に数多の国を滅ぼし、外の世界においても最も名が知られているであろう九尾狐。
 人間なんて餌か玩具程度としか見なさないようなヤツが、どうしてこんな場所で人間と暮らしているのか?
 妖怪を退治する側である霊夢としては、彼女がここにいる真意…というか目的を知りたいのであった。

 そんな霊夢の考えを察したのか、彼女の方へと顔を向けた藍は魔理沙の頬を抓るのをやめた。
 彼女の攻撃か解放された魔理沙が頬を摩りながらぶつくさ文句を言うのを余所に、霊夢と向き合ってみせる。
 ベッドに腰掛けたままの霊夢と、この部屋にいる四人の中で唯一立っている藍。両者ともに鋭い目つきで睨み合う。
 人間と妖怪、食われる側と食う側、そして退治する側とされる側。共に被食者であり捕食者である者たちの間から漂う殺気。
 その殺気を感じたのかルイズと魔理沙の二人が緊張感を露わにするのを余所に、まず最初に藍が口を開いた。
「…まぁそうだな、お前からしてみれば私が何か企んでいると思っているんに違いない。…そう思ってるんだろう?」
「まだ手ェ出してない内にゲロっといた方が良いわよ?今なら半殺しよりちょっと易しい程度で済ましてあげるから」
「落着けよ。紫様の式である私がこの世界で人を喰いたいが為にいないなんて事はお前でも理解できるだろ」
「そこよ、紫のヤツが何を考えてアンタを人の中に放り込んだのか…その意図を知りたいの」
 人差し指を突き付けてそう言う霊夢に、藍は「初めからそう言え」と言ってからそれを皮切りにして説明し始める。
 それは八雲紫が、式である彼女に任命しだ任務゙の事と、ここで働く事となった経緯についてであった。

 八雲藍の分かりやすく、そして的確な事情説明は時間にすれば三十分程度であったか。
 途中話を聞くだけの側である霊夢達が、ここが藍が寝泊まりしてる寝室だと知ってから勝手に物色し始めたり、
 そして見つけたお茶と茶請けを勝手に頂いたり…というハプニングはあったものの、何とか無事に聞き終える事ができた。
「なるほどね〜、紫のヤツもまぁ…アンタ相手に無茶な命令してくるわねぇ」
「紫様の考えている事もまぁ納得はできるが、…それよりも人の菓子を平気で食うお前の神経が理解できん」
「概ね同意するわね。私も自室にこっそり隠しておいた大切なお菓子を食べられたから」
 最初は疑っていた霊夢も、これまでのいきさつと藍が街のお菓子屋から買ってきたであろうクッキーのお蔭ですっかり丸くなっている。
 藍も藍で一応は止めようとしたものの、下手に騒いでも得にはならない為止むを得ず見逃すしかなかった。
 そんな彼女と相変わらず暴虐無人な霊夢を見比べて、ルイズは人の姿をした狐の化け物についつい同情してしまう。

「それにしてもさぁ、紫も考えたもんだよな。この異変を利用して、魔法技術を幻想郷に広めようだよなんて」
『実力のある者ほど危機を好機と解釈して動く。お前さんの主は相当賢いねぇ』
 羊羹とは違い王都で購入したお茶啜っていた魔理沙が口を開くと、今まで黙っていたデルフもそれに続く。
 どうやら藍の話を聞くうちに危険ではあるものの話が通じる者と判断したのか、いつもの饒舌さを取り戻していた。
 藍も幻想郷では目にした事の無い喋る剣に興味を示しているのか、デルフの喧しい濁声には何も言わない。
 まぁ嫌悪な関係になっては困るので、ルイズ達としてはそちらの方が有難かった。

 八雲藍が主である紫に命令されてこのハルケギニアへと来た目的は大まかに分けて二つ。
 一つはこの世界と幻想郷を複雑な魔法で繋げ、゙何がを企てようとしている異変の黒幕の情報を探る事。
 いくら霊夢が異変解決の専門家であったとしても、流石に幻想郷よりも広大な大陸から黒幕を探し当てるのを難しいと判断したのか、
 自分の式をこの世界へと送りつけて、今はハルケギニア各国で何かしら不穏な動きが無いか探らせているらしい。
 ただ、本人曰く「この世界は業火に変わりそうな煙が幾つも立ち上っている」とのことらしい。
 そして二つ目は、魔理沙が言ったようにこの世界の発達した魔法技術が幻想郷でも使えるか調査しているのだという。
 各国によりバラつきはあるらしいが、今の段階でも外の世界の魔法より遥かに洗練された技術と彼女は褒めていた。
「そーいえばそうよね。…あの涼しい風を発生させてた水晶玉もマジック・アイテムだったし」
「だな。この世界の魔法は私達ほど独創性は無いが、呪文自体は固定化されてるし便利と言えば便利だぜ?」
 以前、その魔法技術がもたらした涼風の恩恵を受けた事のある霊夢と魔理沙も彼女の言葉に納得している。

874ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 21:38:09 ID:nOWdnO9U
「幻想郷にそのまま持ち込んでも十分使えるが、こちらなりに改良すれば格段に便利になるかもしれないぞ」
「そーいえば紫も似たような事言ってたわね。ヨウカイ達の生活向上だとか何とかで…」
 説明を終えて一息ついていた藍に続くようにして、少し嬉しそうなルイズが紫との会話を思い出す。
 別に彼女がこの世界の魔法を作ったわけではないが、それでも敬愛する始祖ブリミルから賜わった魔法が異世界の者に認められたのだ。
 貴族、ひいてはメイジにとってこれ程…というモノではないが嬉しくないワケがなく、その顔には笑顔が浮かんでいる。
 嬉しそうに微笑んでいるルイズを一瞥しつつも、その時紫か言っていた事を思い出した霊夢はふと藍に質問してみた。
「でも、妖怪たちの為に研究するなら私や人里で住んでる人たちにはその恩恵を分けてやらないつもりなの?」
「まずは身内から…という事だ。里の人間に不用意に技術を渡せばどういう風に利用されるか分かったものじゃない」
「魔法使いの私としても、人里中に似非魔法使いが溢れるっていうのは感心しないなぁ」
「っていうか、さりげなく自分も恩恵にありつこうとしてるのがレイムらしいわね…」
 藍の口から出た厳しい回答に魔理沙とルイズがそれぞれ反応を示した後、暫し部屋に静寂が流れる。
 開け放たれた窓の外から見える王都は既に賑わっており、静かな部屋の中に喧騒が入り込む。

 暫しの沈黙の後、口を開いたのは壁に立てかけられていたデルフであった。
『…で、お前さんはこの王都に来たのはいいものの寝泊まりする場所が確保できず、やむを得ず住み込みで働くことにしたと…』
「うむ。時期が悪かったのもあるが…ここまで活気のある都市へ来るのも久々だったからな」
 先程の説明の最後で教えた事を反芻するデルフの言葉に頷いて、はぁ…と切なげなため息を口から洩らす。
 そのため息の理由を何となく察することのできたルイズたちの脳裏に「トレビアン」と呟いて体をくねらす大男の姿が過る。
「…大分お疲れの様ね。まぁ無理もないと思うけど」
「正確に関して言えばこの会話では一番真っ当な人間だと思うんだが、如何せん性格がアレでは…」
「トレビアン、だろ?そりゃーあんなのと四六時中いたら気も滅入ると思うぜ」
 幻想郷では絶対にお目にかかれないであろうスカロンの存在に、霊夢と魔理沙も疲れた様子の藍に同情してしまう。
 何せどんなに性格が良くてもあの見た目なのである、あれでは初対面の人間はまず警戒するだろう。

(酷い言われようだけど、でもあんな容姿だと確かに仕方ないわよねぇ)
 ルイズは口にこそ出さなかったものの、大体霊夢達と似たような考えを心中で呟いた時である。
 突然ドアをノックする音が聞こえ、思わず部屋にいた者たちがそちらの方へ顔を向けた直後、小さな少女がドアを開けて入ってきたのは。
 やや暗い茶髪の頭をすっぽり包むほどの大きな帽子を被り、少し高めと思われるシンプルな洋服に身を包んだ十代くらいの女の子。
 あの廊下で足音一つ立てず、ドアの前にいきなり現れたと思ってしまうような少女の闖入にルイズは思わず「女の子…?」と口走ってしまう。
 そして驚く彼女に対して、霊夢は少女の体から漂ってくる気配ど獣の臭い゙から少女の正体をいち早く察する事ができた。
「ふ〜んふふ〜んふ…――――えっ!?な、何でここに巫女がいるの?それに、黒白も!?」
「巫女?黒白?何、貴女もコイツラの親戚なの?」
 八重歯を覗かせる口から鼻歌を漏らしながら入ってきた少女は部屋に入るなり、霊夢達の姿を見て酷く驚いてしまう。
 ルイズはその驚きようと、少女の口から出た単語で霊夢達と関係のある人物だと疑い、奇しくもそれは的中していた。
 霊夢と魔理沙の姿を目にして先程の嬉しげな様子から一変、冷や汗を流しながら狼狽える彼女にベッドから腰を上げた霊夢が傍へと歩み寄る。

「まぁアンタとは藍と顔を合わせるよりも前に出会ってたから、どこかにいるだろうとは思ってたけど…っと!」
 怯えた様子を見せる少女のすぐ傍で足を止めた霊夢はそんな事を言いつつ、そのままヒョイッと少女が着ている服の後ろ襟を掴み上げた。
 身長は一回り小さいものの、少なくとも軽々と持ち上げられる程軽くは無いはずなのに…霊夢は少女を片手で掴み上げている。
 何処か現実味の薄いその光景にルイズが軽く驚く中、持ち上げられた少女は両手足を振り回して抵抗し始めている。
「わ、わわわわぁ…!ちょッ放してよ!」
「…あ、ちょっとレイム!そんな見ず知らずの女の子に何てことするのよ!」
 ルイズの最な注意にしかし、霊夢は反省するどころかルイズに向けて「何を言ってるのか?」と言いたげな表情を浮かべていた。

875ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 21:40:14 ID:nOWdnO9U
「見ず知らずですって?アンタ忘れたの?コイツがアンタの部屋に来た時の事を」
「………?私の、部屋…。それって、もしかして魔法学院の女子寮塔にある私の自室の事?」
『レイム。今のその嬢ちゃんの姿じゃあ娘っ子には分からないと思うぜ?』
 霊夢の意味深な言葉にルイズが首を傾げるのを見てか、デルフがすかさず彼女へ向けて言った。
 彼もまた気配から少女の正体を察して思い出していた。かつて自分を異世界へと運んでくれるキッカケとなった、小さくて黒い使者の姿を。

「はぁ…全く。変装するくらいならもう少し技術を磨いてからにしなさいよね?」
 デルフの忠告に霊夢はため息をつきながら少女へ向かってそんな事を言うと、彼女が頭に被っている帽子に手を伸ばす。
 恐らくこの世界で藍が買い与えたであろう帽子は妙にふわふわとした触り心地で、決して安くはない代物だと分かる。
 その帽子を掴み、さぁそれをはぎ取ってやろう…というところで霊夢は未だ一言も発していない藍へと視線を向ける。
 自分を見つめる彼女の目が鋭い眼光を発しているが、何も言わない所を見るにこのままこの少女の゙正体゙をルイズの前で明かしても良いという合図なのか?
 そんな事を思った霊夢は、一応確認の為にと腕を組んで沈黙している藍へ確認してみることにした。
「……で、ご主人様のアンタが何も言わないのならコイツの正体を念のためルイズに教えてあげるけど…良いわよね?」
「まぁお前のやり方は問題があると思うが、これも良い経験になるだろう。その子の為にも手厳しくしてやってくれ」
「そ、そんなぁ!酷いですよ藍様ー!」
 霊夢を睨み続ける藍からのゴーサインに少女が思わずそう叫んだ瞬間、
 彼女が頭に被っていた帽子を、霊夢は勢いよく引っぺがしてやった。

 文字通り帽子がはぎ取られ、小さな頭がルイズたちの目の前で露わになる。
 その直後、その頭から髪をかき分けるようにしてピョコリ!と勢いよく一対の黒い耳が出てきたのである。
 頭髪よりもずっと黒い毛色の耳は、まるで…というよりも猫の耳そのものであった。
「え?み、耳…ネコ耳!?」
 少女の頭から生えてきた猫耳に目を丸くしてが思わず声を上げてしまった直後、
 間髪入れずに今度は少女が穿いているスカートの下から、二本の長く黒い尻尾がだらりと垂れさがった。
 頭から生えてきた耳と同じく猫の尻尾と一目でわかるその二尾に、流石のルイズも口を開けて驚くほかない。
「こ、今度は尻尾…!二本の…って、あれ?二尾…猫耳…黒色…?」
 しかし同時に思い出す、霊夢が言っていた言葉の意味を。
 二本の尻尾に黒い猫耳。形こそ違うが、似たような特徴を持っていた猫と彼女は過去に会っていた。

 アルビオンから帰還した後、霊夢とデルフからガンダールヴのルーンについて話し合ったていた最中の事。
 あの猫は唐突にやってきたのである、まるで手紙や荷物の配達しにきたかのように。
 そして自分とデルフは誘われ、彼女は帰還する事となったのだ。自分にとっての異世界、幻想郷へと。
  
 あの後の色んな意味で刺激的すぎる出来事と体験を思い出した後、ルイズはようやく気づく。
 目の前にいる猫耳と二尾を持つ少女と、かつて出会っていた事に。
「え?ちょっと待って、じゃあもしかして…あの時の猫ってもしかして」
「もしかしなくても、あの時の猫又こそコイツ――式の式こと橙のもう一つの…っていうか正体ね」
 ルイズか言い切る前に霊夢が答えを言って、猫耳の少女――橙をパッと手放した。
 ようやく怖ろしい巫女の魔の手から解放された橙は目の端に涙を浮かべながら藍の元へ一目散に駆け寄る。
「わあぁん!酷いよ藍さま〜、帰って来るなりこんな目に遭っ……うわ!」
 てっきり諌めてくれるかと思って近づいた橙はしかし、今度は主の藍に首根っこを掴まれて驚いてしまう。
 正に仔猫の様に扱われる橙であったが、元が猫であるので驚きはするが別に痛みは感じいない様だ。

876ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 21:42:16 ID:nOWdnO9U
 一方、近寄ってきた橙を掴んだ藍は自分の目線の高さまで彼女を持ち上げると目を細めて話しかけた。
「橙、私がこうして怒っている理由はわかるよな?」
「は、はい…」 
 藍の静かな、しかしやや怒っているかのような言い方に橙は借りてきた猫の様に委縮しながら頷く。
「前にも言ったが、この店での仕事がある日は私の言いつけ通り外出は一時間までと決めた筈だな」
「仰る、通りです…」
「うん。……じゃあ、今は外へ出てどれくらい経ってる?」
「一時間、三十分です」
「正確には一時間三十五分五十秒だ」
 そんなやり取りをした後、冷や汗を流す橙へ藍の軽いお説教が始まった。
 
「…やれやれ、誰かと思えば式の式とはね。…まぁ藍のヤツがいるならコイツもいるよな」
 静かだが緊張感漂う藍のお説教をBGMにして、魔理沙が一人納得するかのように呟く。
 最初のノックの時こそ誰かと思ったものの、ドアを開けて自分たちに驚いた所で彼女も正体には気が付いていた。
 デルフや霊夢と比べてやや遅かったが、この世界で何の迷いもなく自分の事を黒白を呼ぶ少女なんて滅多にいない。
 それに実力不足から来る抑えきれない獣の臭いもだ、あれでは正体を見破れなくとも怪しまれる事間違いなしだろう。
 そんな事を思いながら、しょんぼりと落ち込む橙を見つめてお茶を飲む魔理沙にふとルイズが話しかけてくる。

「それにしても意外ねぇ。あの女の子の正体が、あの黒猫だったなんて」
「まぁあの二匹に限っては獣の姿の方が正体みたいなもんだしな、そっちの方が学院にも潜り込めると思うしな」
 驚きを隠せぬルイズにそう言った所で説教は済んだのか、藍に首根っこを掴まれていた橙が地面へと下ろされた。
 少し流す程度に訊いていた分では、どうやらあらかじめ決めていた外出時間を大幅に過ぎていた事に怒っているのだろう。
 腰に手を当てて自分の式を見下ろす藍は、最後におさらいするつもりなのか「いいか、橙」と彼女へ語りかける。
「私か紫様にお使いを頼まれた時でも外出時間はきっかり一時間までだ。いいな?」
「はい、御免なさい…」
 橙も橙で反省したのか、こくり頷いて謝るのを確認してから藍が「…さぁ、彼女の方へ」とルイズの方へ顔を向けさせた。
 魔理沙と話していたルイズは、突然自分と橙を向き合わせてきた藍に怪訝な表情を見せてみる。

 一体どういう事かと問いかけてくるようなルイズの表情を見て、藍は橙の肩に手を置きつつ彼女へ自己紹介を始めた。
「まぁ名前は言ったと思うが、この子は橙。私の式で…まぁ霊夢達からは式の式とか呼ばれているがな」
「ど、どうも…」
 先ほどの怒っていた様子から一変して笑顔を浮かべる藍の紹介に合わせて、橙もルイズに向かって頭を下げる。
 スカートの下で黒い二尾を大人しげに揺らしてお辞儀をする彼女の姿に、ルイズもついつい「こ、こちらこそ」と返してしまう。
 別に返す必要は無かったのだが、霊夢や魔理沙、そして藍と比べて随分かわいい橙の雰囲気で和んだとでも言うべきか…
 元々猫が好きという事もあったルイズにとって、橙の存在そのものは正に「愛らしい」という一言に尽きた。
 橙も橙でルイズが自分に好意を向けてくれている事に気づいてか、頭を上げると申し訳程度の微笑みをその顔に浮かべる。 

「やれやれ、化け猫相手に笑顔なんか向けちゃって」
 そんな一人と一匹の間にできた和やかな雰囲気をジト目で見つめながら、霊夢は一言呟く。
 霊夢にとって猫というのは化けてようがなかろうが、時に愛でて時に首根っこを掴んで放り投げる動物である。
 神社の境内や縁側で丸くなってる程度なら頭や喉を撫でて愛でてやるのだが、それも猫の行動次第だ。
 それで調子に乗って柱や畳に粗相しようものなら、箒を振り回してでも追い払いたい害獣として扱わざるを得ない。
 更に化け猫何てもってほかで、長生きして妖獣化した猫なんて下手な事をされる前に退治してしまった方が良い。
 とはいえ、相手が藍の式である橙ならば何も知らないルイズ相手に早々酷いことはしないだろう。

877ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 21:44:18 ID:nOWdnO9U
 そんな時であった。自分の方へと視線を向けてニヤついている魔理沙に気が付いたのは。
 面白そうな事を見つけた時の様なニヤつきに何かを感じた霊夢は、キッと睨み付けながら彼女へ話しかける。
「何よ、そんなにジロジロニヤニヤして」
「いやー何?基本他人の事にはそれ程気を使わないお前さんでも、人並みに嫉妬はするんだな〜って思ってさ」
「はぁ?私が嫉妬ですって?」
 テーブルに肘をつきながら何やら勘違いしている黒白に、霊夢は何を言っているのかと正直に思った。
 大方橙のお愛想に気をよくしたルイズをジト目で見つめていたから、そう思い込んでしまったのだろう。
 無視してもいいのだが、ルイズたちにも当然聞こえているので後々変な勘違いをされても困る。
 多少面倒くさいと思いつつも、魔理沙に自分の考えが間違っている事を丁寧に指摘してあげることにした。

「別に嫉妬なんかしてないわよ。ただの化け猫相手に愛想よくしても何も出やしないのに…って呆れてるだけよ」
「…!むぅ〜、私を藍様の式だと知っててそんな事言うのか、この巫女が〜」
「ちょっとレイム、いくらなんでもそれを本人の目の前で言うとか失礼じゃないの!」
 霊夢の辛辣な言葉に真っ先に反応した橙は反論と共に頬を膨らませ、ルイズもそれに続いて戒めてくる。
 彼女の勢いのある暴言に、ショーを見ている観客気分の魔理沙はカラカラと笑う。
「いやぁ〜ボロクソに言われたなー橙、まぁ今みたいにルイズに色目使うと霊夢に噛みつかれるから次は気を付けろよ」
『お前さんがレイムのヤツをからかわなきゃ、こんな展開にはならなかったと思うがな』
「全くその通りだな。何処に行っても変わりないというか、相変わらず過ぎるというか…やれやれ」
 魔理沙の言葉にすかさずデルフが突っ込み、藍は霊夢に跳びかかろうとする橙を押さえながら呆れていた。


「―――良い?言うだけ無駄かもしれないけど、これからは自分の言葉に気を付けなさいよね!」
「はいはいわかったわよ、…全く。―――あっそうだ」
 その後、襲い掛かろうとした橙に変わってルイズに軽く注意された霊夢はふと藍にこんな事を聞いてみた。
「そういえば…アンタの式はどこほっつき歩いてきたのよ?アンタと再会したばかりの時には見なかったけど…」
「ん?そうか、まだお前たちには話してなかったな。……橙、ちゃんど調べ物゙はしてきたな?」
 霊夢からの質問に忘れかけていた事を思い出したかのように、藍は背後に控えていた橙へと呼びかける。 
 尻尾を若干空高く立てて、警戒している橙はハッとした表情を浮かべると自分の懐へと手を伸ばす。
『お?……何か取り出すみたいだな』
 その様子から何をしようとしているのか察したデルフが言った直後、橙は懐から一冊のメモ帳を取り出して見せた。
 彼女の手よりほんの少し大きいソレは、まだ使い始めて間もないのか新品のようにも見える。
 ルイズたちの前で自慢げに取り出したソレを、橙はこちらへと顔を向けている自分の主人の前へ差し出す。 

「藍様、これを…」
「うん、確かに受け取ったぞ」
 橙からメモ帳を受け取った藍は真ん中くらいからページ開き、ペラペラと何度か捲っている。
 そして、とあるページで捲っていた指を止めると今度は目を右から左に動かしてそこに書かれているであろう内容を読み始めた。
「……?何よ、何が書かれてるのよそんな真剣に読んじゃって」
 無性に気になった霊夢が藍にメモ帳を読んでいる藍に聞いてみると、彼女は顔を上げてメモ帳を霊夢の前を突き出す。
 読んでみろ、という事なのだろうか?怪訝な表情を浮かべつつも霊夢はそれを受け取ると、最初から開いていたページの内容に目を通した。
 ルイズと魔理沙も霊夢の傍へと寄って何だ何だと目を通したが、ルイズの目に映ったのは見慣れぬ文字ばかりである。
「何よこれ?…あぁ、これってアンタ達の世界の文字ね。で、何て書かれてるのよ?」
 魔理沙には難なく読めている事からそう察したルイズは、霊夢に質問してみる。
「ちょい待ちなさい―――ってコレ、もしかして…」
「あぁ、間違いないぜ」
 逸るルイズを抑えつつメモ帳に書かれていた内容を理解した霊夢に、魔理沙も頷く。
 一体何がどうなのか分からないままのルイズは首を傾げてから、後ろで見守っている藍へと話を振る。

878ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 21:46:07 ID:nOWdnO9U
「ねぇラン、このメモ帳には何が書かれてるのよ?私には全然分からないんだけど」
「昨日お前たちから金を盗んだという子供とやらに関する情報だ。…まぁ大したモノは無かったがな」
「へぇ、そうなんだ…って、え!そうなの?」
 自分の質問に藍が特に溜めもせずにあっけらかんに言うと、ルイズは一瞬遅れて驚いて見せた。
 昨日彼女と一緒に霊夢を運んだ際に、何があったのかと聞かれてついつい口に出してしまっていたのである。
 その時はまだ霊夢の取り合いだと知らなかったので、自分たちの素性はある程度隠してはいたのだが、
 きっと自分達の事など、最初に見つけた時点で誰なのか知っていたに違いない。

「酷いですよ藍様ー!せっかく身を粉にして情報を集めたっていうのに」
「そう思うのならもう少し良い情報を集めてきなさい。そこら辺の野良猫に聞いても信憑性は低いんだから」
 自分が持ってきたモノを「大したことない」と評されて怒る橙と、諌める藍を見てルイズはそんな事を思っていた。
 しかし、どうして自分たちの金を盗んだ子供とは無関係の彼女達がここまで調べてくれるのだろうか?
 それを口にする前に、彼女と同じ疑問を抱いたであろうデルフがメモの内容へ必死に目を通す霊夢達を余所に質問した。
『しっかし気になるねぇ〜、昨日の件とは実質的に無関係なアンタらがどうしてここまで首を突っ込むのかねぇ?』
「…あっ、それは私も思ったぜ?人間同士の争いには無頓着なお前さんにしてはらしくない事をする」
「まぁ書かれてる内容自体は、大したことない情報ばっかりだけどね」
「うわぁ〜ん!巫女にまで大したことないって言われた!」

 霊夢にまでそう評されて怒る橙を余所に、藍は「そりゃあ気になるさ」と彼女らしくない言葉を返した。
「何せ盗られた金額が金額だからな。…確か、三千二百七十エキューか?お前たちにしては持ち過ぎと思うくらいの大金だな」
 一回も噛むことなく満額言い当てた藍の言葉を聞いて、霊夢と魔理沙は一瞬遅れたルイズの顔を見遣ってしまう。
 金を盗られた事は話していても、流石に金額まで言わなかったルイズは首を横に振って「言ってないわよ?」と答える。
 藍は三人のやり取りを見た後、どうして知っているのかと訝しむ彼女たちに答えを明かしてやる事にした。
「何も聞き耳を立てているのは人間だけじゃない、街の陰でひっそりと暮らすモノ達はしっかりとお前たちの会話を聞いてたんだ」
「…成程ねぇ、だから橙を外に出歩かせてたワケね」
 藍の明かしてくれた答えでようやく理由を知った霊夢が、彼女の隣で頬を膨らます化け猫を一瞥する。
 化け猫であり妖獣である橙ならば猫の言葉が分かるし、それならメモ帳に書かれていた内容も理解できる。 
 とはいっても、その大部分が書く必要もない情報――どこそこのヤツと喧嘩したとか、向かいの窓の娘に一目惚れしてる―――ばかりであったが。
 
「大部分の情報がどうでもいいうえに、有用なのも、私でもすぐに調べられそうな情報ばかりなのが欠点だけどね」
「それ殆ど褒めてないでしょ?ちょっとは褒めてあげなさいよ、可哀想に」
「まぁ所詮は式の式で化け猫だしな、むしろ気まぐれな猫としてこれで精一杯てヤツだな」
「わぁー!寄ってたかって好き放題に言ってくれちゃってぇー!!」
「こらこら橙、コイツラに怒るのは良いがもう少し声は控えめにしないか」
 容赦ない霊夢と魔理沙のダメ出しと、調べて貰っておいてそんな態度を見せる二人に呆れるルイズ。
 そして激怒する橙を宥める藍を見つめながら、デルフはやれやれと溜め息をつきながら一人呟いていた。


『こんだけ騒がしい中にいるってのも…まぁ悪くは無いね。少なくともやり取りだけ聞いてても十分ヒマはつぶせるよ』
 壁に立てかけられている彼はシッチャカメッチャカと騒ぐ少女たちを見て、改めて霊夢の元にいて悪くは無かったと感じた。
 多少扱いは荒いが言葉を間違えなければ悪い事にはならないし、何より話し相手になってくれるだけでも十分に嬉しい。

879ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 21:48:10 ID:nOWdnO9U
 以前置かれていた武器屋の親父と出会うまでは、鞘に収まったままずっと大陸中を移動していた。
 南端にいたかと思えば、数か月もすれば北端へ運ばれて…サハラの国境沿いにあるガリアの町まで運ばれた事もある。
 何人かは自分がインテリジェンスソードだと気づいてくれたが、生憎自分の゙使い手゙となる者達では無かった。
 戦うこと自体はあまり好きではない。しかし、剣として生きているからには自分を使いこなせる者の傍にいたい。
 そして、できることならば自分を戦いの場で振るってほしいのだ。

 そんな風に出会いと別れを繰り返し、暇で暇で仕方ないときに王都に店を持つ親父と出会えたのは一種の幸運であった。
 ゙使い手゙ではなかったが自分を一目見て正体を看破しただけあって、武器に関しての知識はあった。
 話し相手として申し分ないと思い、暫く路地裏の武器屋で過ごした後に色々あって魔法学院の教師に買われてしまった。
 それなりに戦えるようだが゙使い手゙ではなかったし、メイジが一体何の冗談で買ったのかと最初は疑っていたのである。
 
(そんで、まぁ…色々あってレイム達の許へ来たわけだが…まさかこの嬢ちゃんが『ガンダールヴ』だったとはねぇ)
 今にも跳びかからんとする橙に涼しい表情を見せる巫女さんを見つめながら、デルフは一人感慨に浸る。
 何ぜ使い手゙どころか剣を振った事も無いような華奢な彼女が、あの『ガンダールヴ』ルーンを刻まれていたのだ。
 かつて『ガンダールヴ』と共にいた彼にとって、霊夢という存在は長きに渡る暇から解放してくれた恩人であったが、第一印象は最悪であった。
 最初の出会いは最悪だったし、その後も一人レイムの知り合いという人外に隅から隅まで容赦なく調べられたのである。
 まぁその分いろいろと『おまけ』を付けてくれたおかげで、ルイズと霊夢たちが喧嘩した時の仲直りを手伝えたからそれは良しと思うべきか?。
(いや、良くはないだろうな。…でも、久々にオレっちを振るってくれるヤツが現れただけマシってやつか)
 もしもし人の形をしているならば首を横に振っていたであろう彼は、まだ記憶に新しいタルブでの出来事を思い出す。

 ワルドという名の腕に覚えのあるメイジとの戦いは、久しぶりに心躍る出来事であった。
 霊夢も自分と『ガンダールヴ』の力を存分に使って振るい、これまで溜まっていた鬱憤を見事拭い去ってくれたのである。
 かつての記憶は忘れてしまったが、以前自分を使ってくれた『ガンダールヴ』よりも直情的な戦い方。
 けれどもあのルーンから伝わる力に、どれ程自分の心が震えたことか。
 あれのおかげか知らないが、ここ最近になってふと忘れていた昔の事をぼんやりと思い出せるようになっていた。
 といってもそれを語れるほどではなく、ルイズ達にはその事を話してはいない。
(あーあ、懐かしかったなーあの力の感じは。オレを最初に振るってくれだ彼女゙と同じで――――ん?彼…女…?)

 そんな時であった、心の中でタルブの事と朧気な昔の記憶を思い出していたデルフの記憶に電流が走ったのは。
 まるで永らく電源を入れていなかった発電機を起動させた時の様に、記憶の上に積もっていたノイズという名の埃が振動で空高く舞い上がっていく。
 その埃が無くなった先に一瞬だけ見えたのだ、どこかの草原を歩く四人の男女の影を。

(誰だ…お前ら?――イヤ違う、知ってる。そうだ…!憶えてる、憶えてるぞ…)
 誰が誰なのかをまだ思い出せないが、それでもデルフの記憶の片隅に断片が残っていた。
 それがビジョンとして一瞬だけ脳内を過った事で、彼は一つだけある記憶を思い出す。
 そう、自分は『ガンダールヴ』とその主であるブリミル…その他にもう二人の仲間がいたという事実を。
 どうして、この瞬間に思い出したかは分からない…けれど、それを思いだすと同時にある事も思い出した。
 これは長生きの代償で失ったのではなく、何故か意図的に忘れようとしたことを。

(でも…なんでだ?どうしてオレ、この記憶を゙忘れようどしたんだっけ?)
 最も、その理由すら忘れてしまった今ではそれを思いだす事などできなかったが…
 それが彼の心と思考に、大きなしこりを生むこととなってしまった。

880ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 21:50:13 ID:nOWdnO9U
 霊夢達の容赦ないダメ出しで怒った橙を宥め終えた藍は、彼女は後ろに下がらせて落ち着かせる事にした。
 式の式である彼女は完全にへそを曲げており、頬を膨らませながら霊夢達にそっぽを向けている。
 そりゃあ本人なりに主からの命で必死に調べた情報を貶されたのだ、つい怒りたくなるのも分かってしまう。
 ご立腹な橙と、その彼女と対照的に落ち着いている霊夢たちを交互に見比べながらルイズはついつい橙に同情していた。
 一方で霊夢と魔理沙は、盗まれた金額の多さに疑問を抱いた藍の為にこれまでの経緯をある程度砕いた感じで話している。
 既にルイズの許可も得ており、まぁ霊夢達の関係者ならば大丈夫だろうと信じたのである。まぁそうでなくとも話さざるを得なかった思うが…。
 霊夢としても、一応は紫の式に出会えた事でこれまでの出来事を報告しておこうと思ったのだろう。
 
 幻想郷からこの世界に戻って来た後から、どうしてあれ程の大金を持っていたについてまで。
 軽い手振りを交えつつあまり良いとは言えない思い出話に藍は何も言わずに、だがしっかりと耳を傾けて聞いていた。
 語り終えるころには既に時間は午前九時を半分過ぎた所で、窓越しの喧騒がはっきりと聞こえてくる。
 背すじを伸ばそうとふと席を立ったルイズは窓の傍へと近寄り、すぐ眼下に広がる通りを見てある事に気が付いた。
 どうやらこの一帯は日中のチクトンネ街でも比較的活気がある場所らしく、窓越しに見える道を多くの人たちが行き交っている。 
 日が落ちて夜になればもっと活気づくだろうし、この店が比較的繁盛しているというのもあながち間違いではない様だ。
 老若男女様々な人ごみを見下ろしながら、そんな事を考えていたルイズの背後から藍の声が聞こえてくる。

「成程、私がこの国の外を調べている内に色々とあったようだな」
「色々ってレベルじゃないわよ。全く、どれだけ命の危険に晒されたか分かったもんじゃないわ」
 話を聞いて一人頷く藍を余所に、霊夢は苦虫を噛んでしまったかのような表情を浮かべながらこれまでの苦労を思い出していた。
 思えば今に至るまでの間、これまで経験してきた妖怪退治や異変解決と肩を並べるほどの困難に立ち向かっているのである。
 特にタルブ村で勝負を仕掛けてきたワルドとの戦いは、正直デルフと使い魔のルーンが無ければ最悪死んでいた可能性もあったのだ。
 今にしてあの戦いを思い出してみれば、良くあの男の杖捌きについてこれたなと自分でも感心してしまう。
 そんな風にして霊夢が感慨にひたる横で、今度は魔理沙が藍に話しかける番となった。

「それにしても意外だな。まさかタルブで襲ってきたシェフィールドが、元からアルビオン側だったなんてな」
「……!それは私も思ったわ」
 魔理沙の口から出た言葉に窓の外を見つめていたルイズもハッとした表情を浮かべて、二人の話に加わってくる。
 タルブ村へ侵攻してきたアルビオンの仲間として、キメラをけしかけてきた悪党であり『ミョズニトニルン』のルーンを持つ謎の女ことシェフィールド。
 未だ彼女の詳細は何もわからない状態であったが、その女に関する情報を藍は持っていたのだ。
 聞けばその女、何と今のアルビオンのリーダーであるクロムウェルの秘書として勤めているというのである。
「てっきりあの女が黒幕の一端かと思ったけど、案外身近なところにご主人様はいたんだな」
「う〜ん、アルビオンが近いって言われると何か違和感あるわね。そりゃアンタ達には近いでしょうけど」
 ルイズとしても、自らを始祖の使い魔の一人と自称していた彼女の主が誰なのか気にはなっていた。
 もし藍の情報通りクロムウェルの秘書官であるなら、あの元聖職者の野心家が主という事になるのだろう。
 即ち、アルビオン王家を滅ぼしあまつさえこの国を滅ぼそうとしたあの男が、自分と同じ゙担い手゙であるという証拠になってしまう。
 
 そんな事を想像してしまい、思わず背すじに悪寒が走りかけたルイズへ藍がさりげなくフォローを入れてくれた。
「まぁ事はそう単純ではないのかもしれん。あの男が本当にその女の主なのか、な」
 彼女の口から出た更なる情報にルイズはもう一度ハッとした表情を浮かべ、霊夢の眉がピクリと動く。
「それ、どういう事よ?」
「少なくともあの二人のやり取りを見ていたのだが、どうもアレは主従が逆転していたように見えるんだ」
 そう言って藍は、アルビオンでの偵察中に見た彼らのやり取りを出来るだけ分かりやすく三人へ伝えた。
 秘書官だというのに始終偉そうにしていたシェフィールドに、ヘコヘコと頭を下げて彼女に媚び諂うクロムウェルの姿。
 主従が逆転したどころか、初めからそういう関係としか言いようの無い雰囲気さえ感じられたことを彼女は手短に説明する。

881ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 21:52:17 ID:nOWdnO9U

「じゃあ待ってよ。それじゃあクロムウェルっていう奴は、最初からその女の言いなりだったっていうの?」
「あぁ。少なくとも弱みを握られて仕方なく…という雰囲気ではなかったし、操られているという気配も感じられなかったな」
「ちょ…ちょっと待ってよ。じゃあ何?最初からクロムウェルはあのミョズニトニルンの手下だって事なの?」
 流石のルイズも何と言ったら良いのか分からないのか、難しい表情を浮かべながら考えている。
 もし自分の言った通りならばアルビオン貴族達の決起や王族打倒、そしてトリステインへの侵攻も全てあの女が仕組んだことになってしまう。
 クロムウェルという名のハリボテの教会を隠れ蓑にして、『神の頭脳』はこれまで暗躍してきたというのか?

 そんな考えがルイズの頭の中を駆け巡っている中、魔理沙はふと頭の中に浮かんだ疑問を藍にぶつけている。
 それは先ほど彼女が考えていた『クロムウェルという男が゙担い手゙だという』事に関してであった。
「なぁ、アイツは自分を始祖の使い魔の一人って自称してたんだが…もしかしてクロムウェルが…」
「う〜む、それ以前に私はアルビオンであの男を見張っていたのだが、とても魔法を使える人間とは思えんな」
「ルイズの例もあるし、もしかしたら普通の魔法は使えないんじゃないの?」
 それまで黙っていた霊夢も小さく手を上げて仮説を唱えてみるが、藍は首を横に振って否定する。
「少なくともメイジ…だったか、彼らからある種の力は感じてはいたが…あの似非指導者からは何の力も感じられなかったぞ」
 藍の言葉を聞き、それまで一人考えていたルイズばバッと顔を上げて彼女の方を見遣る。

「……それってつまり、クロムウェルがただの平民だって事?」
「ハッキリと断言できる程の材料は無いが、そういう力が無ければそうなのかもしれん」
「じゃあ、シェフィールドの主とやらは…別にいるっていう事なのかしら?」
 霊夢の言葉に、ルイズが「彼女の言う通りなら…それもあり得るかも」と言うしか無かった。
 藍の言うとおり、とにもかくにも真実を探すための材料というモノが大きく不足してしまっている。
 今のままシェフィールドについて話し合っても、当てずっぽうの理論しか出てくるものが無い。
 最初から関わりの無い橙を除いて、四人と一本の間に数秒ほどの沈黙と緊張が走る。

 何も言えぬ雰囲気の中で、最初にその沈黙を破り捨てたのは他でも藍であった。
「…しょうがない、この件に関しては私が追加で調査しておこう。色々と引っ掛るしな」
「あ、ありがとう、わざわざ…」
「礼には及ばんさ。それよりも一つ、お前に関して気になることを一つ聞きたいのだが」
 彼女がそう言うとそれまで黙っていたルイズが礼を述べるとそう返して、ついでルイズへと質問しようとする。
 この時、霊夢からこれまでの経緯を聞いていた彼女が何を自分の利きたいのか、既にルイズは分かっていた。
 タルブでアルビオン艦隊と対峙した際に伝説の系統である『虚無』の担い手として覚醒した事。
 彼女はそれに関する事を聞きたいのだろう、『虚無』とはどういうものなのかを。

「分かってるわ。私の『虚無』について、聞きたいのでしょう?」
「流石博麗の巫女を使い魔にしただけのことはある。…察しの良い奴は嫌いじゃない」
 自分の言いたい事を先回りされた藍がニヤリと笑うと、ルイズはチラリと霊夢の顔を一瞥する。
 今からでも「仕方ないなー」と言いたげな、いかにも面倒くさそうな表情を浮かべた彼女はルイズの視線に気が付き、コクリと頷いて見せた。
 彼女としては特に問題は無いようだ。念のため魔理沙にも確認してみるが彼女もまたコクコクと頷いている。
 …まぁ彼女たちはハルケギニアの人間ではないし、何より敵か味方かと問われれば味方側の者達だ。
 不本意ではあるが、これからも長い付き合いになるだろうし、情報は共有するに越したことは無い。

882ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 21:54:15 ID:nOWdnO9U
 その後は、渋々ながらも藍に自分が伝説の系統の担い手として覚醒した事を教える羽目になった。
 王宮から受け賜わった何も書かれていない『始祖の祈祷書』のページが、アンリエッタから貰った『水のルビー』に反応して文字が浮かび上がってきたこと。
 そこには虚無に関する記述と、『虚無』の魔法の中では初歩の初歩と呼ばれる呪文『エクスプロージョン』のスペルが載っていたこと。
 その呪文一発でもって、頭上にまで来ていたアルビオン艦隊を壊滅させてしまったという驚愕の事実。
 そして昨日、アンリエッタが自分の身を案じて『虚無』の魔法を使うのを控えるように言われた事までを、ルイズは丁寧に説明し終えた。
「成程、『虚無』の系統…失われし五番目の魔法ということか」
「まぁ私から言わせれば、あれは魔法というよりも世界の粒に干渉して意のままに操ってる…っていう感じが正しいわね」
「ちょっと、折角始祖ブリミルが授けてくれた系統を「する程度の能力」みたいな言い方しないでよ」
 始祖の祈祷書に書かれていた内容をルイズの音読からきいていた霊夢が、さりげなく自分の主張を入れてくる。
 少々大雑把な考えにも受け取れるが、確かに聞いた限りでは魔法と言う領域を超えているとしか言いようがない。
 
 この世界に普遍する゙粒゙をメイジが杖を媒介にして干渉することで、四系統魔法が発動する。
 『虚無』の場合はそれよりも更に小さな゙粒゙へと干渉し、艦隊を飲み込んだという爆発まで起こす事が出来るのだ。
 もしもその力を自由に使いこなす事が出来るのであれば、それを魔法と呼んでいいものか分からない。
 ルイズが自分たちの味方であるからいいものの、もしも彼女が敵側であったのならば…
 それこそ人間でありながら、幻想郷の妖怪たちとも平気で渡り合える力の持ち主と戦う羽目になっていたに違いない。
(全く、人の身にはやや過ぎた力だと思ってしまうが…今は爆発しか起こせないのが幸いだな)
 現状ではルイズか今使える『虚無』の力はエクスプロージョンただ一つだけ。
 あれ以来ルイズの方でも始祖の祈祷書のページを捲ってみたのが、他の呪文は何一つ記されていなかったのだという。
 それを霊夢達に話し、今の所一番『虚無』に詳しいであろうデルフにどういうことなのかと訊いた所…

 ――――新しい呪文?そんな簡単にホイホイ出せるほど『虚無』ってのは優しい呪文じゃねェ。
        必要な時が迫ればそん時の状況に最適な魔法が祈祷書に記される筈だ、それだけは覚えておきな

 …と得意気に言っていたらしいが、藍はそれを聞いてその本を造った者の用心深さに感心していた。
 霊夢達から聞いた限りでは、『虚無』の力は例え一人だけであっても軍隊と対等かそれ以上に戦う力を持っている。
 使い方によっては人の身で神にもなり得るし、その逆に全てを力でねじ伏せられる悪魔にもなってしまう。
 大きすぎる力というモノは人の判断力と理性を鈍らせ、やがてその力に呑み込まれて怖ろしい化け物と化す。
 外の世界ではそうして幾つもの暴虐な権力者が生まれては滅び、次に滅ぼしたモノがその化け物と化していくという悪循環が起こっている。
 ここハルケギニアでも同様の悪循環が生まれつつあるが、少なくとも外の世界程破滅的な戦争が起こっていないだけマシだろう。
 とにかく、もし『虚無』の力の全てを一個人が手にしてしまえば…どんな恐ろしい事が起こってしまうか分からないのだ。

(恐らく、『虚無』を作り上げ…更に祈祷書を書いた者は理解していたのだろうな。人がどれ程゙強力な力゙というモノに弱いのかを)
 かつて最初に『虚無』を使ったという始祖ブリミルの事を思いつつ、藍はルイズに質問をしてみる事にした。
「それで、現状はこの国の姫様から『虚無』を使うのは控えるよう言われているんだな?」
「えぇ。…少なくとも、街中であんな恐ろしい大爆発を起こそうだなんて微塵も思ってないわ」
「ならそれで良い。お前の『虚無』に関する事は私の方でも調べておこう。紫様にも報告を…」
 そんな時であった、椅子に座っていた魔理沙がスッと手を上げて大声を上げたのは。
「…あ!なぁなぁ藍、ちょいと聞きたい事があるんだけど…良いかな?」
 改めてルイズの意思を聞いた彼女は納得したように頷くと、会話が終わるのを待たずして今度は魔理沙が話しかけてきた。
 少しだけ改まった様子の黒白に言葉を遮られた藍は、彼女をジッと睨みつつも「何だ、言ってみろ」と質問を許す。
「そういやさぁ、紫のヤツはどうしたんだよ?ここ最近姿を見かけなくなったような気がするんだが」
「んぅ?…そういえばそうねぇ、アイツなら何かある度に様子見に来るかと思ってたけど」
 魔理沙の口から出た意外な人物の名前に霊夢も思い出し、ついでルイズも「そういえば確かに…」と呟いている。

883ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 21:56:28 ID:nOWdnO9U
 今回の異変の解決には時間が掛かると判断し、ルイズを協力者にして霊夢をこの世界に送り返した挙句、魔理沙を送り込んだ張本人。
 ハルケギニアへと戻った後も何度か顔を見せては、色々ちょっかいを掛けてくるスキマ妖怪こと八雲紫。
 その姿を最後に見てからだいぶ経っているのに気が付いた魔理沙が、紫の式である藍に質問したのである。
 魔理沙の質問に藍は暫し黙った後、難しそうな表情を浮かべながらゆっくりと、言葉を選びながらしゃべり出した。
「うーむ…私としても何と言ったら良いか。…かくいう私も、今は紫様がどこでどうしているのか把握できないんだ…」
「…?どういう事なのよ?」
 最初何を言っているのか理解できなかったルイズが首を傾げて聞くと、藍は「言葉通りの意味だ」と返す。
 彼女曰く、それまでやや遅れていたが定期的に藍の許へ顔を見せに来ていた紫が来なくなったのだという。
 当初は何かしら用事があるのだろうと思っていたが、それ以降パッタリと連絡が途絶えてまったらしいのである。

「えぇ〜、何よソレ?何かもしもの時の連絡手段とか用意してなかったワケ?」
「一応何かがあった際は他の式神を鴉なんかの小動物に憑かせて連絡する手筈だったのだが…どうにもそれが来なくて…」
「おいおい!お前さんがそこまで困ってるって事は結構重大な事なんじゃないか?」
 流石に音沙汰なしで帰る方法も無いためにお手上げなのか、あの藍が困った表情を浮かべている。
 これには霊夢と魔理沙も結構マズイ事態だと理解したのか、若干焦りはじめてしまう。
 話についてこれなくなっていた橙も主の主の事でようやく話が追いつき、困惑した様子を見せている。
 一方のルイズは、始めて耳にする言葉を聞きつつも今の彼女たちが緊急の事態に陥っている…という事だけは理解できた。
 確かに、この世界と幻想郷を繋げた紫が来ないという事は…何かがあった際に彼女たちはこの世界から出られないだろう。

 魔法学院で例えれば深夜まで居残りをさせられて、ようやく自室に到着!…と思った瞬間、鍵を無くしていた事に気付いた状態であろう。
 どこで落としたのか分からないし、深夜だから鍵を作ってくれる鍵屋さんも呼ぶことができない。
 そんなもしも…を頭の中でシュミレートし終えた後で、ルイズはようやく彼女たちが焦る理由が分かった。
「うん、まぁ確かに部屋の鍵を無くしたら焦るわよね。私の場合アン・ロックの魔法も使えないし」
「私達の場合は、アイツ自身がマスターキーなうえに合鍵も作れないという二重の最悪なんだけどね」
「おい!紫様だって今回の件は久しぶりに頑張ってるんだ、そう悪口を言うモノじゃない」
「久しぶりって所が紫らしいぜ」
「全く、アンタ達は本人がいないなのを良い事に……ん?」
 霊夢と魔理沙がこの場にいない紫への評価を口にする中、橙がルイズの傍へと寄ってくる。
 ついさっきまで藍の傍にいた彼女へ一体何なのかと言いたげな表情を浮かべてみると、向こうから話しかけてきてくれた。

「アンタも大変だよねぇ、いっつもあの二人と付き合わされてさぁ」
「あ…アンタ?」
 何を喋って来るかと思えば、自分の事を貶してくれた霊夢達への文句だったようだ。
 それよりも自分を「アンタ」呼ばわりしてきた事に軽く目を丸くしつつ、ひとまずは質問に答える事にした。
「ん、んー…まぁ大変っちゃあ大変だけど、流石にあんだけ個性があると勝手に慣れちゃうわよ」
「へぇ〜…そうなんだ。貴族ってのは皆気の短いなヤツばかりだと思ってたけど、アンタみたいなのもいるんだね」
「それは私が変わっちゃっただけよ。…っていうか、その貴族である私をアンタ呼ばわりするのはどうなのよ?」
 自分と橙を余所に、紫の事で話し合っている霊夢達を見ながらルイズかそう言うと橙は首を傾げて見せる。
 その仕草が余計に可愛くて、しかし傾げた後に口から出た言葉には棘があった。
「……?私は式で妖怪だし、アンタは人間。妖怪が人のマナーを守る必要なんて特にないよね?」
「…!こ、この娘…」
 正に猫を被っているとはこの事であろう。藍や霊夢達の前で見せていた態度とはまるっきり違う橙の姿にルイズは戦慄する。
 更に彼女たちへ聞こえない様に声を潜めている為、尚更性質が悪い。
 思わぬ橙の一面を見たルイズが驚いてる最中、橙は更に小声で喋り続ける。

884ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 21:58:08 ID:nOWdnO9U
「それにしてもさぁ、紫様も結構無責任だよねぇ。私と藍様をこんな人間だらけの世界で情報収集を押し付けちゃうし…」
「あら、私はそう無茶な命令だと思っていないわよ?」
「う〜んどうかしらねぇ?貴女はともかくランの方は意外、と…………ん?」


 主の主が自分たちへ処遇に文句を言う橙へ返事をしようとしたルイズは、ある違和感に気付く。
 それはもしかするとそのまま無視していたかもしれない程、彼女には物凄く小さく…けれども目立つ変な感じ。
 幸いにも橙へ言葉を返す前に気付けた彼女は、自分が気づいた違和感の正体を既に知っていた。

 ………今自分が喋る前に、誰かが橙に話しかけた?

 窓越しの喧騒と霊夢達の話し声に混じって、女性の声が橙に言葉を返したのである。
 それは気のせいではなく、確実に耳に入ってきたのである――――自分橙の背後から、ひっそりと。
 朝っぱらだというのに、誰もいない背後から聞こえてきた女の声にルイズは思わず冷や汗を流しそうになってしまう。
 隣にいる橙へと視線を向けると、途中で言葉を止めてしまった自分を見て不思議そうな視線を向けている。
 その目と自分の目が合ってしまい、何となく互いに小さな会釈した後で再び視線を霊夢達の方へ向け直す。
 妖怪である彼女なら何か気づいていると思ったが、どうやらあの猫の耳は単なる飾りか何からしい。
 そんな事を思いながらも、ルイズは背後から聞こえてきた女の声が何なのか考えていた。

(…こんな朝っぱらから幽霊とか…でもこの店、夜間営業だからそういう類は朝から出るのかしら?)
 そんなバカみたいな事を考えながらも、しかし間違っても幽霊ではないだろうと思っていた。
 もしその手の類ならば自分よりも先にここにいる幻想郷出身の皆々様が先に気付くはずだろうからだ。
 幻聴という線もあるが第一自分はそういう副作用が出る薬やポーションなんて服用してないし、疲れてもいない。
 いや、現在進行中で精神疲労は溜まっているがまだまだ体は元気で、昨日はバッチリ八時間も睡眠している。
 それなの何故、女性の声が聞こえたのだろうか?後ろを振り向く前にその理由を探ろうとして、

「もぉ〜。聞こえてるのに無視するなんて傷つくじゃないのぉ」
「うわっ――――ひゃあッ!?」

 背後から再び女性の声が聞こえると同時に何者かにうなじを撫でられ、素っ頓狂な悲鳴を上げた。
 その悲鳴に隣にいた橙は二本の尻尾と耳を逆立てて驚きのあまり飛び跳ね、そのまま後ろへと下がる。
 単にルイズの悲鳴で驚いたのではなく、彼女の後ろにいつの間にか立っていた『女性』を見て後ずさったのだ。
「…わっ!ちょ何だ何だ―――って、あぁ!」
「………全く、アンタっていつもそうよね?いないないって騒いでる所で驚かしにくるんだから」
 議論をしていた霊夢達も何だ何だと席を立ったところで、魔理沙がルイズの背後を指さして驚いている。
 霊夢も霊夢で、彼女に背後に現れた女性に呆れと言いたい表情を浮かべてため息をついていた。

 うなじを撫でられ、思わずその場で前のめりに倒れてしまったルイズが背後を振り向こうとした時、
 それまで若干偉そうにしていた藍が恭しくその場で一礼すると、自分の背後にいる人物の名を告げた。
「誰かと思えば…やはり来てくれましたか、紫様」
「え…ゆ、ユカリ…じゃあ?」
「貴女のうなじ、とっても綺麗でしたわよ?ルイズ・ド・ラ・ヴァリエール」
 そう言いながら彼女―――八雲紫はルイズの前に歩いて出てくると、すっと右手を差し出してくる。
 白い導師服に白い帽子という見慣れた出で立ちの彼女の顔は、静かな笑みを浮かべながらルイズを見下ろしていた。

885ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 22:00:22 ID:nOWdnO9U
 呼ばれて飛び出て何とやら…というヤツか。ルイズはそんな事を思いながらも一人で立って見せる。
 別に彼女から差し出された手を掴んでも良かったのだが、以前睡眠中の自分を悪戯で起こした事もあった妖怪だ。
 どんな罠を仕組まれてるか分からないし、それを考えれば一人で立って見せる方がよっぽど安全なのだ。

「あら、ひどい娘ね。折角私が手を差し伸べてあげたのに」
「そりゃーアンタがルイズのうなじを勝手に撫でたうえに、いっつも胡散臭い雰囲気放ってるからよ」
 やや強いリアクションでがっかりして見せる紫に傍へよってきた霊夢が突っ込みを入れつつ、彼女へ話しかけていく。
「っていうか、アンタ今まで何してたのよ?ここ最近ずっと姿を見なかったし、こっちは色々あったのよ」
「そうらしいわね。さっきこっそり、あなた達が藍に報告してるのを盗み聞きしてたから一通りの事は知ってるわよ」
「そうですか…って、えぇ?それってつまり、随分前からこっちに来てたって事じゃないですか!」
 どうやら主の気配に気づかなかったらしい藍が、目を丸くして驚いて見せる。
 何せさっきまで紫が来ない来ないと困惑して様子で話していた所を、全て彼女に聞かれていたのだ。

「ちょっと驚かそうと思ってたのよ。何せこうして顔を見せに来るのも久しぶりだし、皆喜んでくれるかなーって…」
「喜ぶどころか、何でもっと速く来なかったってみんな思ってるぜ?」
「まぁちょっとは心配しちゃったけど。さっきの盗み聞き云々聞いてたら、そんな事思ってたのが恥ずかしくなってくるわね」
「私にも色々あったのよ、それだけは理解して…って、ちょっと霊夢?そんな目で睨まないで頂戴よ」
 頬を掻きながら恥ずかしそうな笑顔を見せる紫の言葉に、魔理沙がすかさず突っ込みを入れる。
 先程まで藍達に混じって多少焦っていた霊夢もそんな事を言いながら、紫をジト目で睨んでいた。
 そりゃあんだけ心配それた挙句に、あんな登場の仕方をすればこんな反応をされても可笑しくは無いだろう。
 彼女の式である藍もまた、主の平気そうな様子を見て苦笑いを浮かべるほかなかった。

「まぁでも、これで元の世界に帰れないっていうトラブルはなくなったわよね?……って、ん?」
 ルイズは一人呟きながら隣にいる筈の橙へ話しかけようとして、ふといつの間にかいなくなっている事に気が付く。
 紫がうなじを撫でた時にびっくりして後ろへ下がっていたが、少なくともすぐ隣にいる位置にいた筈である。
 じゃあ一体どこに…?ルイズがそう思った時、ふと後ろで小さな物音がした事に気が付き、おもむろに振り返った。
 丁度自分の背後―――通りを一望できる窓に抜き足差し足で近づこうとしている橙がいた。
 姿勢を低くして、二本足で立てるのに四つん這いで移動する彼女は何かを察して逃げようとしているかのようだ。
 
 いや、実際に逃げようとしているのだろう。ルイズは何となくその理由を察していた。
 何せ先ほど口にしていた人間への態度や、主の主…つまりは紫に対する批判が全て聞かれていたのだから。
 正に沈みゆく船から逃げ出すネズミ…いや、そのネズミよりも先に逃げ出そうとする猫そのものである。
 ここは一声かけて逃げ出すのを防いでやろうか?先ほど「アンタ」呼ばわりされたルイズがそう思った直後、

「さて、色々あるけれど…まずは―――…橙?少し私とお勉強しましょうか」
「ニャア…ッ!?」
「あ、ばれてたのね」
 逃げ出そうとする橙に背中を見せていた紫の一言で逃亡を制止されて身を竦ませた橙を見て、ルイズは思った。
 もしも八雲紫から逃げる必要が迫った時には、なるべく気絶させる方向に持っていこうかな…と。

886ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 22:02:06 ID:nOWdnO9U
 トリステイン南部の国境線にある、ガリア王国陸軍の国境基地。通称『ラ・ベース・デュ・ラック』と呼ばれる場所。
 ハルケギニアで最大規模の湖であるラグドリアン湖を一望できるこの場所は、ちょっとした観光スポットで有名だ。
 四季ごとにある祭りやイベントにはガリア、トリステイン両方も多くの人が足を運び賑わっている。
 その為湖の周辺には昔から漁業で生計を立てる村の他にも、観光客を受け入れる為の宿泊施設も幾つか建てられている。
 特に夏の湖はため息が出るほど綺麗であり、燦々と輝く太陽の光を反射する湖面は正に宝石の如し。
 釣りやボートにスイミングなどで湖を訪れる者もいれば、とある迷信を信じて訪れるカップルたちもいるのだ。
 ここラグドリアン湖は昔から水の精霊が棲むと言われる場所であり、実際にその姿を目にした者たちもいる。
 そして、この湖で永遠の愛を誓ったカップルは、死が二人を分かつまで別れる事は無くなるのだそうだ。
 
 そんな素敵な言い伝えが残るラグドリアン湖の夏。今年もまた多くの人々がこの地に足を踏み入れる……筈だった。
 しかし、今年に限ってそれは無理だろうと夏季休暇を機にやってきた両国の者たちは同じ思いを抱いていた。
 その理由は、それぞれの国のラグドリアン湖へと続く街道に設置された大きな看板に書かれていた。

―――――今年、ラグドリアン湖が謎の増水を起こしているために湖への立ち入りを禁ず。
――――――尚、トリステイン(もしくはガリア)への入国が目的の場合はこのまま進んでも良しとする。

 看板を目にし、増水とは一体どういう事かと納得の行かぬ何人かがそれを無視して街道を進み…そして納得してしまう。
 書かれていた通り、ラグドリアンの湖は一目見てもハッキリと分かるくらいに水が増えていた。
 湖畔に沿って造られていた村や宿泊施設は水に呑まれ、ボートハウスは屋根だけが水面から出ているという状態。
 ギリギリでガリア・トリステイン間の街道にまで浸水していないが、時間の問題なのは誰の目にも明らかである。
 国境を守備する両国軍はどうにかしようと考えてみるものの、大自然の脅威というものに対して有効な策が思いつかない。
 ガリア軍では土系統の魔法で壁を作るなどして何とか水をせき止めようと計画していたが、湖の規模が大きすぎてどうにもならないという始末。
 
 日々水かさが増えていく湖を見て、ガリア陸軍の一兵卒がこんな事を言った。
「もしかすると、水の精霊様が俺たち人間を追い出そうとしてるのかもな」
 聞いたものは最初は何を馬鹿な…と思ったかもしれないが、後々考えてみるとそうかもしれないと考える様になった。
 ここが観光地になったのはつい九十年前の事で、その以前は神聖な場所として崇められていたという。
 しかし…永遠の愛が叶うという不確かな迷信ができてから一気に観光地化が進み、それに伴い様々な問題が相次いで発生した。
 魚や貝類、ガリアでは主食の一つであるラグドリアンウシガエルの密漁や平民貴族問わずマナーの無い若者たちのドンチャン騒ぎ。
 そして極めつけはゴミのポイ捨て。これに関してはガリアだけではなくトリステインも同じ類の悩みを抱えていた。

 人が来れば当然モラルのなってない者達が来るし、彼らは自分たちで作ったゴミを平気で捨てていく。
 まだ小さい物であれば近隣の村人たちでも拾う事が出来るが、まれにとんでもない大型の粗大ゴミさえ放置されている事もある。
 そうなると村人たちの手ではどうしようもできないので、仕方なく軍が出動して回収する羽目になるのだ。
 キャンプ用具や車輪の部分が壊れた荷車ならともかく、酷い時には大量の生ゴミさえ出る始末。
 ゴミのポイ捨てを注意する看板やポスターもあちこちに置いたり貼ったりするが、捨てる者たちは皆知らん顔をして捨てていく。

 そんな人間たちが湖で騒ぐだけ騒いでゴミも片付けずに帰っていくだけなら、そりゃ水の精霊も激怒するかもしれない。
 精霊にとってこの湖は自分の家の庭ではなく、いわば湖そのものが精霊と言っても差し支えないのだから。

887ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 22:04:10 ID:nOWdnO9U
「ふーむ…。久しぶりに来てみれば、中々面白い事になってるじゃないか」
 ガリア側の国境基地。三階建ての内最上階に造られた会議室の窓から湖を眺めて、ガリアの王ジョゼフは一言つぶやく。
 その手に握った望遠鏡を覗く彼の目には、屋根だけが水面から見えるボートハウスが写っている。
 去年ならばこの時期はリュティスから来た貴族たちがボートに乗り、従者に漕がせる光景が見れたであろう。
 しかし今は無残にもそのボートハウスは水没しており、それどころかすぐ近くにある漁村も同じ目にあっていた。
「俺がラグドリアン湖に来るのは六…いや三年ぶりか、あの時は確か…園遊会に出席したのだったな」
 トリステインのマリアンヌ太后の誕生日と言う名目で行われたパーティーの事を思い出して、彼はつまらなそうな表情を浮かべる。
 ガリアを含む各国から王族や有力貴族たちが出席したあの園遊会は、二週間にも及んだはずだった。

 招待された貴族達からしてみれば有力者…ひいては王族と知り合いになれる絶好の機会だが、ジョゼフにはとてもつまらないイベントであった。
 その当時はガリア王として出席したが、当時から魔法の使えぬ゙無能王゙として知られていた彼に好意を持って接する貴族はいなかった。
 精々金やコネ目当ての連中が媚び諂いながら名乗ってきた事があったが、生憎彼らの名前は全部忘れてしまっている。
 その時の彼は園遊会で出された美味珍味の御馳走を食べながら、リュティスを発つ二日前に買っていた火竜の可動人形の事が気になって仕方がなかったのだ。
 手足や首に尻尾や羽根の根元などの関節が動く新しい人形で、三年経った今ではシリーズ化してラインナップも揃って来ている。
 元々そういう人形に興味があった彼はシリーズが出るごとに買っているし、今も最初に買った火竜は大切に保管している程だ。

「あの時は良く陰で無能王だか何だか囁かれて鬱陶しかったが、今では余の二つ名としてすっかり定着しておるな」
「お言葉ですがジョゼフ様、無能王では三つ名になってしまいますわ」
 クックックッ…くぐもった笑い声をあげるジョゼフの背後から、指摘するような女性の声が聞こえてくる。
 そう言われた後で真顔になった彼はフッと後ろを振り向いた後、今度は口を大きく開けて豪快に笑いだした。
「フハハハ!確かにそうであるな、お主が指摘してくれなければ今頃恥をかくところであったぞ。余のミューズよ」
「お褒めの言葉、誠にもったいなきにあります」
 ジョゼフから感謝の言葉を言われた女性――シェフィールドはスッと一礼して感謝の言葉を述べる。
 以前タルブにてキメラを操って神聖アルビオン共和国に味方し、ルイズ一行と対峙した『神の頭脳』ことミョズニトニルンの女。
 今彼女の体には所々包帯が巻かれており、痛々しい傷を受けたことが一目で分かる。
 笑うのを止めたジョゼフはその傷を一つ一つ確認しながら、こちらの言葉を待っている彼女へと話しかけた。

「報告は聞いたぞ?どうやら思わぬイレギュラーのせいで手痛い目に遭わされたようだな」
「…はい。私が万事を尽くしていなかったばかりに、不覚のいたりとは正にこの事です」
 明らかな落胆を見せるシェフィールドは、ジョゼフの言葉でこの傷の出自をジワジワと思い出していく。
 忘れもしない、アストン伯の屋敷の前で起こった。今も尚腹立たしいと思えてくるあのアクシデント。
 本来ならやしきの傍にまでやってきたトリステインの『担い手』―――ルイズとその使い魔たちの為にキメラをけしかける予定であった。
 まだ本格的な量産が始まる前の軍用キメラのテストと、自分の主であるジョゼフを満足させるために、
 彼女たちをモルモット代わりにしてキメラ達の相手をしてもらう筈だったのである。

 ところが、それは突如乱入してきた謎の女によって滅茶苦茶にされてしまった。
 謎の力でキメラ達を蹴って殴ってルイズ達に助太刀し、当初予定していた計画が大幅に狂ってしまったのである。
 それだけではない、味方であったはずのワルド子爵が乱入してきたのは予想もしていなかった。
 おまけと言わんばかりにライトニング・クラウドでキメラの数を減らされたうえに、あろうことかルイズまで攫って行ったのだ。
 それが原因で彼女の使い魔であるガンダールヴの小娘とメイジと思しき黒白すら見逃してしまったのである。
 そこまで思い出したところで、シェフィールドはもう一度頭を下げるとジョゼフにワルドの処遇について訪ねた。
「ワルド子爵の件につきましては、貴方様の許しがあれば自らのけじめとして奴を処分しますが…どうしましょう」 
 シェフィールドからの質問に、ジョゼフは暫し考える素振りを見せた後…彼女に得意気な表情を見せて言った。

888ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 22:07:15 ID:nOWdnO9U
「う〜ん…まぁ彼とて以前あの巫女と担い手のせいで手痛い目に遭わされたのだろう?なら彼がリベンジに燃えるのは仕方ない事だ」
「ですが…」
「今回だけは許してやろうじゃないか、余のミューズよ。…ただし、もし次に同じような邪魔をすれば――子爵にはそう伝えておけ」
 自分の言葉を遮ってそんな提案をだしてきたジョゼフに、彼女は仕方なく頷いて見せる。
 敬愛する主人の判断がそうであるなら従わなければいけないし、何より彼もあの子爵に次は無いと仰った。
 本当なら今すぐにでも殺してやりたかったが、そのチャンスはヤツが生きている限りいつまでも続くことになるだろう。
 シェフィールドはそういう解釈をして心を落ち着かせようとしたとき、

「――ところで余のミューズよ。最初に妨害してきたという謎の女についてだが…あの報告は本当か?」
「え?………あっ、はい。あの黒髪の女については…信じられないかもしれませぬが、本当です」
 一呼吸おいて次なる質問を出してきたジョゼフの言葉に、彼女は数秒の時間を掛けてそう答えた。
 ワルドよりも先に現れ、ルイズ達と共にキメラと戦ったあの長い黒髪の巫女モドキ。
 異国情緒漂う衣装を着た彼女は、ルイズを捕まえたワルドを追いかけた霊夢達を逃がすために自ら囮となった哀れな女。
 アストン伯の屋敷の地下に避難していた弱者どもを守っていた、腕に自信のある御人好し。
 そんな彼女の前で屋敷に避難する者達を殺してやろうと企んでいた時―――シェフィールドは気が付いたのである。
 これから苦しむ巫女もどきの顔を何気なく撫でた時、額に刻まれた『ミョズニトニルン』のルーンが反応したのだ。
 それと同時に頭の中に入り込んでくる情報は、目の前にいる女が人ではなく人の形をした道具であったという事実。
 今現在自らが指揮を執って研究し、そのサンプル――゙見本゙として一体の魔法人形と巫女の血を組み合わせて作った人モドキ。

 その時の衝撃もまた思い出しながら、シェフィールドは苦々しい表情でジョゼフに告げた。
「あの巫女モドキは姿かたちこそ違えど、間違いなく…私が゙実験農場゙で造り上げだ見本゙そのものでしたわ」
 自分自身、信じられないと言いたげな表情を浮かべる彼女にジョゼフはふむ…と顎に手を当ててシェフィールドを見つめる。
 彼もその゙見本゙の事は知っていた。サン・マロンの゙実験農場゙でとある研究の為の見本として造られ、そして処分される筈であった存在。

 かつてアルビオンで霊夢の胸を突き刺したワルドの杖に付着した血液と古代の魔法人形『スキルニル』から生まれた、博麗霊夢の贋作。
 彼女を元にして実験農場の学者たちに゙あるもの゙を造らせる為、シェフィールドば見本゙を生み出したのだ。
 この世界に現れた彼女がどれほど強く、そしてその力を手中に収め、制御できることがどれ程すごいのかを。
 ゙見本゙はそのデモンストレーションの為だけに生み出され、そして研究開始と共に焼却処分される予定だった。
 しかしその直前にトラブルが発生じ見本゙は脱走、実験農場の警備や研究員をその手に掛けてサン・マロンから姿を消してしまった。
「あの後『ストーカー』をけしかけたが失敗し、招集した『人形十四号』がヤツを見つけたものの…」
「えぇ、まんまと逃げられてしまいましたわ」
 キメラの他に、こちらの味方である『人形』の事を思い出したシェフィールドは苦々しい表情を浮かべる。
 あの時は何が何でも止めて貰う為に、成功すればその『人形』にとっで破格の報酬゙を与える予定であった。
 だが…後々耳にしたサン・マロンでの暴れっぷりを聞く限りでは、止められたとしても『人形』が生きていたかどうか…
 まぁ仮に死んでしまったとしても使える駒が一つ減るだけであり、いくらでも代わりがきく存在である。

 シェフィールドの表情から悔しそうな思いを感じ取りつつも、ジョゼフは顎に手を当てたまま彼女への質問を続けていく。
「ふむ…それで、一度は見逃しだ見本゙とお主はタルブで再会を果たしたのだな?」
「はい。…正直言えば、私としてもここで再会したのはともかく…あそこまで姿が変わっていた事に動揺してしまいました」
 ジョゼフからの質問にそう答えると、彼女はその右手に持っていた一枚の紙を彼の前に差し出す。
 何かと思いつつもそれを受け取ったジョゼフは、その紙に描かれていた女性の姿を見て「おぉ…」と呻いて目を丸くさせた。

889ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 22:09:06 ID:nOWdnO9U
「何だこれは?余が゙実験農場゙で見た時は、あの少女と瓜二つであった筈だぞ」
 ジョゼフの目に映った絵は、長い黒髪に霊夢とはまた違った意匠の巫女服を着る女性――ハクレイであった。
 恐らく今日か昨日にシェフィールド自身の手で描いたのだろう、所々急いで描き直した部分もある。
 きっと記憶違いで実際とは異なる部分もあるだろうが、それでも『ガンダールヴ』となったあの博麗の巫女とは違うのが良く分かる。

「身長はあの巫女よりも二回り大きく、ジョゼフ様とほぼ同じ等身かと思われます」
「成程…確かにこう、絵で見てみると本物の巫女より中々良い体つきをしてるではないか!」
 シェフィールドの補足を聞きつつ、ジョゼフはハクレイの上半身――主に胸部を指さしながら豪快に言う。
 若干スケベ心が見える物言いに流石のシェフィールドも顔を赤くしてしまい、それを誤魔化すように咳払いをして見せる。
「…こほん!とにかく、その絵で見ても分かるように明らかに元となっている巫女の姿とはかけ離れています」
「ふぅむ、袖や服の形などは若干似ていると思うが。…まぁ別物と言われれば納得もしてしまうな」
 
 冗談で言ったつもりが真に受けてしまった彼女を横目で一瞥したジョゼフは、ハクレイの姿を見て改めてそう思った。
 報告通りであるならば戦い方も大きく違っていたらしく、シェフィールド自身も単なる人間かと最初は思っていたらしい。
 そりゃそうだ。元と瓜二つであった人形が、一年と経たぬうちに身長が伸びて体つきも良くなった…なんて事、誰が信じるか。
 ましてやそれが『スキルニル』ならば尚更だ。あれは血を媒介にして元となった人間を完璧にコピーしてしまうマジック・アイテム。
 メイジならばその者が使える魔法は一通り使えるし、平民であっても何か特技があればそれを見事に真似てしまう。
 それが一体全体どうして、元の人間からかけ離れた姿になってしまったのか?それはジョゼフにも理解し難かった。

「して、余のミューズよ。今後その゙見本゙に関して何かするつもりなのか?」
「はっ!サン・マロンの学者たちに原因を探るよう要請するつもりですが…それで解明するかどうか」
「うむ、そうか。…ではグラン・トロワにある書物庫から全ての資料持ち出しを許可する。何が起きているのか徹底的に探るのだ」
 シェフィールドの言葉を聞いたジョゼフは、即座に国家機密に関わるような事をあっさりと決めてしまった。
 本来ならば宮廷の貴族達でも滅多に閲覧する事の出来ない資料を、学者たちは邪魔な書類や審査を待たずにも出せるのである。
 流石のシェフィールドもこれには少し驚いたのか、「よろしいのですか?」と真顔でジョゼフに聞き直してしまう。
「構わん、どうせ埃を被っているのが大半だろう?ならば学者どもの為に読ませてやるのも本にとっては幸せと言うものさ」
 口約束であっさりと決めてしまったジョゼフの顔には、自然と笑みが浮かび始めている。

 まるで新しいおもちゃを買ってもらった子供か、新しい楽しみをみつけた時の様なそんな嬉しさに満ちた笑み。
 彼女はそれを見て察する。どうやら我が主は件の巫女もどきに大変興味を示したのだと。
 だからこそ学者たちの為に書物庫を開放し、徹底的に調べろと命令されたに違いない。
 自分の欲求を満たす為だけに国の機密情報を安易に開放し、あろう事か持ち出しても良いという御許しまで出た。
 常人とは…ましてや王として君臨している男とは思えぬ彼ではあるが、だからこそシェフィールドは惹かれているのだ。
 自らの行為を非と思わず、誰に何を言われようとも我が道を行き続けるジョゼフに。
  
 面白い事を見つけ、喜びが顔に表れ始めている主人を見て、シェフィールドは微笑みながら聞いてみた
「随分ど見本゙に興味を持たれましたのね?」
「そりゃあそうだとも、何せただの人形だったモノがここまで変異する…余からしてみれば大変なサプライズイベントだよ」
 シェフィールドからの質問に両手を大きく横に広げながら答えつつ、ジョゼフは更に言葉を続けていく。

890ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 22:11:12 ID:nOWdnO9U

「それに…報告書の通りならばヤツは最後の最後でお主が率いていたキメラどもを文字通り『一掃』したのだろう?
 ならば今後我々の前に立ちはだかる脅威となるか調べる必要もある。…とにかく、今は情報が不足しているのが現状だ。
 ひとまず資料からこれと似た前例があるか調べつつ、タルブを含めトリステイン周辺に人を出してその巫女もどきの情報を探し出せ。
 ゙坊主゙どもにはまだ気づかれていないだろうが、念には念を入れて今後゙実験農場゙の警備も増強する旨を所長に伝えておけ」

 彼女が出した報告書の内容を引き合いに出しつつ、トリステインへ探りを入れるよう命令しつつ、
 最近問題として挙がってきていだ実験農場゙の警備増強に関しても、あっさりとその場で決めてしまった。
 これもまた、宮廷貴族や軍上層部の者達と話わなければいけない事だがジョゼフはその事はどうでも良いと思っていた。

 自身の地位と金にしか興味の無い宮廷側と、未だ自分に反感を持つ軍側の人間どもでは話がつかない。
 ならば勝手に決めてしまえば良い。どうせ自分のサインが書かれた書類を提示すれば、連中は不満を垂れながらも結局はなぁなぁで済ましてしまう。
 だが奴らとしては、かつて自分達が゙無能゙と嘲笑ってきた王の勝手な判断には確実な怒りを募らせるだろう。
 それもまた、王であるジョゼフにとっては些細な楽しみの一つであった。
 つい数年前まで自分を嘲笑っていた貴族共の前でふんぞり返って見せるのは、中々面白いのである。

「では、今後はヤツの情報収集を行うのは把握しましたが…トリステインの担い手と周りいる連中についてはどういたしましょう」
 主からの命令に了承しつつも、シェフィールドはタルブで艦隊を壊滅させたルイズの事について言及する。
 あの少女が前々から虚無の担い手だという事は理解していたが、まさかあそこで覚醒するとは思ってもいなかった。
 おかげでトリステインを侵略する筈だったアルビオン艦隊は旗艦の『レキンシントン』号を含めその大半を失い、
 更に貴族派の者達から粛清を免れていた優秀な軍人を、ごっそり失う羽目になってしまったのである。

 シェフィールド個人としては、いつでも手が出せるような状態にしておきたいとは思っていた。
 少なくともアストン伯の屋敷で対峙した時点でこちらの味方になるという可能性はゼロであり、
 尚且つ彼女の使い魔である霊夢やその周りにいる黒白の金髪少女は、明らかに脅威となるからである。

 彼女の言葉で報告書にも書かれていたルイズの虚無の事を思い出したジョゼフは数秒ほど考えた後、 
 まだ覚醒したばかりのトリステインの担い手を脅威と判断したのか、彼はシェフィールドに命令を下す。
「そうだな…確かに無警戒というのもよろしくない。゙坊主ども゙も必ずこの時期を狙って接触してくるだろうしな」 
「では…」
「うむ、余のミューズよ。ここからなら歩いてでもトリステインへ行けるし、何より今は夏季休暇の季節であるしな」
「流石ジョゼフ様。この私の考えを汲み取ってもらえるとは光栄です」
 自分の考えを読み取って先程の命令を取り消してくれた事に、シェフィールドは思わず膝をついて頭を垂れてみせた。
 巫女もどきの件は他の人間なり手紙を使えば伝えられるし、実験農場の学者たちは基本優秀な者ばかりを登用している。
 無論国家機密の情報をリークする・させるというミスも犯さないだろうし、彼らならば問題は起こさないだろう。
 それより今最も警戒すべきなのは、ここにきて虚無が覚醒したトリステインの担い手にあるという事だ。

 あの少女の出自は大方調べてあったし、覚醒するまではそれ程厳重に監視するほどでも無いという評価を下していた。
 しかし、二年生への進級試験として行われる春の使い魔召喚の儀式において、その評価は百八十度覆されたのである。
 よりにもよってあの小娘は、大昔にその存在すら明かす事を禁忌とされた巫女――即ち『博麗の巫女』を召喚したのだ。

891ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 22:13:09 ID:nOWdnO9U

 当初は単なる偶然の一致かと思われたが、監視要員を送る度にあの少女――霊夢が博麗の巫女である証拠が増えていった。
 この世界では誰も見たことが無いであろう見えぬ壁に、先住魔法とは大きく異なる未知の力に、魔法を介さず空を飛ぶという能力。
 そして、古くからこの世界の全てを知っている゙坊主ども゙が動き出したのを見て、シェフィールドとジョゼフは確信したのだ。
 虚無の担い手である公爵家の小娘が、あの博麗の巫女を再びこの世界に召喚したのだと。

 それから後、ジョゼフはシェフィールドや他の人間を使って監視を続けてきた。
 幾つかのルートを経由して、霊夢に倒されたという元アルビオン貴族だったという盗賊から彼女の戦い方を知り、
 何らかの事情でアルビオンへと赴こうとした際には人を通して指示を出し、ワルド子爵に彼女の相手をさせ、
 更に王党派の抜け穴からサウスゴータ領へと入ってきた霊夢に、マジックアイテムで操ったミノタウルスをけしかけ、
 それでも駄目だった為、かなりの無理を押して貴族派に王宮を不意打ちさせても、結局は逃げられてしまった。
 最も…その時再戦し子爵から一撃を貰い、彼の杖に付着した血のおかげでこちらは貴重な手札を手にしたのだが…。
 
 とにもかくにも、それ以降は事あるごとに彼女たちへ刺客を送り込んでいった。
 ある時はトリステイン国内にいる憂国主義の貴族達にキメラを売っては適度に暴れさせ、
 いざ巫女に存在を感づかせて片付けさせるついでに、彼女の戦い方をより詳しく観察する事ができた。
 自分たちより先に巫女の存在を察知していだ坊主ども゙は未だ接触を躊躇っており、実質的に手札はこちらが多く持っている。
 それに今は、その巫女に対抗するための゙切り札゙もサン・マロンの実験農場で開発中という状況。
 二人の周りにいつの間にか現れた黒白の少女と件の巫女もどき…、そしてルイズの覚醒が早かった事は唯一の想定外であったが、
 そういう想定外の状況をも、このお方は一つの余興として楽しんでいるのだ。
 
 決して余裕を崩す事の無い主にシェフィールドは改めて尊敬の意を感じつつ、
 今すぐにでもトリステインへ赴くため、ここは別れを惜しんで退室しようと再び頭を垂れた。 

「ではジョゼフ様。…このシェフィールド、すぐにでもトリステインで情報収集を…」
「うむ、頼んだぞ余のミューズよ。まずは王都へと赴き、アルビオンのスパイたちと接触するのだ。
 奴らなら最近のトリステイン情勢を詳しく知っているだろうし、何よりあの国の゙内通者゙にも紹介してくれるだろう」
 
 陰で『無能王』と蔑まれる自分に恭しく頭を下げてくれる彼女を愛おしげに見つめながら、その肩を叩いてやった。
 シェフィールドもまた、自分を必要としてくれる主の大きく暖かい手が自分の肩を叩いた事に、目を細めて喜んでいる。
 その状態が数秒ほど続いた後…ジョゼフが手を降ろした後にシェフィールドも頭を上げて、踵を返して部屋を出ようとしたその時…
「………あっ!そうだ、待ちたまえ余のミューズ!最後に伝えるべき事を忘れておった」
「――…?伝えるべき…事?」
 最後の最後で何か言い忘れていた事を思い出したのか、急にジョゼフに呼び止められた彼女は彼の方へと振り向く。
 いよいよ部屋を出ようとして呼び止めてしまったのを恥ずかしいと感じているのか、照れ隠しに笑いつつ彼女に伝言を託す。

「以前キメラの売買で知り合った、トリステインの『灰色卿』へ伝えろ。お前さんたちに御誂え向きの『商品』がある…とな」

892ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 22:15:46 ID:nOWdnO9U
以上で、八十四話の投下を終了いたします。
特に問題が起こらなければ、また七月末にお会いしましょう

それでは。ノシ

893ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/06(木) 00:16:35 ID:36uIRr9o
無重力巫女さんの人、乙です。今回の投下を始めさせてもらいます。
開始は0:18からで。

894ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/06(木) 00:19:26 ID:36uIRr9o
ウルトラマンゼロの使い魔
第百四十八話「ウルトラヒーロー勝利の時」
ウルトラダークキラー
悪のウルトラ戦士軍団 登場

 本の支配者ダンプリメによって連れさらわれてしまったルイズを救出するため、ダンプリメの
待ち受ける七冊目の世界へと突入した才人とゼロ。しかしダンプリメが繰り出してきたものは、
六冊の本の世界で現れた怪獣たちの怨念を結集させて作り出した恐るべきウルトラダークキラー
だった! すさまじい暗黒の力を持つ強敵相手にも果敢に立ち向かっていくゼロだったが、
ウルトラダークキラーは悪のウルトラ戦士軍団を召喚しゼロを追い詰めてしまう。本の世界の
中で孤立無援のゼロは、このまま敗れ去ってしまうのか……。
 そう思われたがしかし、ゼロの窮地に現れたのは、ダンプリメに囚われたはずのルイズ
であった! 更に彼女に続くようにやってきたのは、本の世界の四つの防衛チーム、そして
本の世界のウルトラ戦士たち! 彼らは物語を完結に導いたゼロを救うために駆けつけて
くれたのだった!
 今ここに、長い本の世界の旅の、本当の最後の決戦が幕を開く!

「ヘアッ!」
「ダァーッ!」
「ジェアッ!」
「テェェーイッ!」
「トアァーッ!」
「シェアッ!」
 ゼロの救援に駆けつけたウルトラ戦士たちが、悪のウルトラ戦士軍団との大乱闘を開始した。
ウルトラマンはカオスロイドUとがっぷり四つを組み、ウルトラセブンとカオスロイドSのアイスラッガー
同士が衝突。ジャックはウルトラランスを手にダークキラージャックのダークプラズマランスと
鍔迫り合いをして、エースがダークキラーエースと組み合ったまま横に倒れ込み、タロウのスワロー
キックがカオスロイドTの飛び蹴りと交差、ゾフィーはダークキラーゾフィーとチョップの応酬を
繰り広げている。
「ヂャッ!」
「デヤァッ!」
「デュワッ!」
「ゼアァッ!」
「デェアッ!」
「シュアッ!」
 ティガの空中水平チョップとイーヴィルティガの飛び蹴りが交わり、ダイナはゼルガノイドと
熾烈な殴り合いを演じ、ガイアはウルトラマンシャドーの繰り出すメリケンパンチの連発を見切って
かわした。コスモス・フューチャーモードはカオスウルトラマンカラミティの拳を受け流し、
ジャスティス・クラッシャーモードの拳打がカオスウルトラマンのキックと激突。マックスは
マクシウムソードを片手にダークメフィストのメフィストクローを弾き返した。
 十二人のウルトラ戦士が悪のウルトラ戦士と互いに一歩も譲らぬ勝負を展開しているところに、
四つの防衛チームの援護攻撃が行われる。
「ウルトラマンたちを援護するぞ! 他のチーム諸君も協力頼む!」
 ムラマツからの呼びかけにシラガネが応答。
「是非もないことです。砲撃用意!」
「一緒に戦えて光栄です、フルハシ参謀!」
「俺の名前はアラシだよ! フルハシって誰だよ!」
 シマからの通信にアラシが突っ込みながら、ジェットビートルとウルトラホーク一号から
ロケット弾が連射され、カオスロイドとダークキラーたちを狙い撃つ。
「ウオオォォッ!」
 ウルトラ戦士と戦っているところに飛んできたロケット弾の炸裂にダメージを負う悪の戦士たち。
カオスロイドUが光線を撃って反撃するも、ビートルはそれを正面から受け止めて飛び続けている。

895ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/06(木) 00:23:00 ID:36uIRr9o
「俺たちも後れを取るな! コスモスたちを助けるんだ!」
「はい隊長!」
「行くぜショーン! ウィングブレードアタックだ!」
「All right!」
 フブキ率いるテックライガー編隊と、コバとショーンのダッシュバード1号2号も攻撃開始。
ライガーのビーム砲がカオスウルトラマンたちとイーヴィルティガ、ゼルガノイドを撃ち、
ダッシュバードのウィングブレードアタックがシャドーとダークメフィストの脇腹を斬りつけた。
「シェアァァッ!」
 防衛チームの援護攻撃によって悪の戦士たちが牽制されると、ウルトラ戦士たちの一撃が
均衡を崩す。ウルトラ戦士の強烈なウルトラキックが悪の戦士たちを纏めて薙ぎ倒す!
 そして助けに来てくれた彼らの奮闘は、ゼロのエネルギーだけではなく気力も通常以上に
回復させたのだった。
『俺たちが旅で出会った人たちが、俺たちを助けてくれてる! こんなに勇気づけられる
ことはないぜ!』
『ああ! 俺たちもまだまだ負けてられねぇぜッ!』
 ゼロはウルトラ念力で弾かれたゼロツインソードDSを手元に戻すと、再びウルトラダーク
キラーに猛然と斬りかかっていく。
『おぉぉぉらッ!』
 ダークキラーは腕のスラッガーで防御するが、ゼロはそのままダークキラーを突き飛ばして
姿勢を崩させた。先ほどまではダークキラーのパワーの方が上回っていたが、その関係は気が
つけば反転していた。
 デルフリンガーがゼロと才人に告げる。
『すげえぜ相棒たち! すんげえ心の震えだ! この震えがお前さんたちの力になってる! 
力が湧き上がって止まらねえ……こいつぁ俄然面白くなってきたぜぇ!』
 ゼロも仲間のウルトラ戦士たちの奮闘ぶりに背中を押されるように、ウルトラダークキラーを
少しずつ押し込んでいく。その様子を見上げながら、ダンプリメは依然狼狽していた。
「こんな……こんなことはあり得ない! 別の本の登場人物が、異なる本の世界に入り込んで
くるなんて! 一体何がどうすれば、そんなことが起こると言うんだ!?」
 立ち尽くして混乱ぶりを言葉に示すダンプリメに、ルイズが肩をすくめた。
「本のことなら何でも知ってるとか豪語した割には、そんな簡単なことも分からないんじゃ
ないの。呆れたものね」
「何!? ……まさか、ルイズがッ!?」
 ダンプリメは一つの可能性に行き着いてルイズにバッと振り向いた。ルイズは得意げにほくそ笑む。
「そう、わたしが連れてきた訳よ! まぁ正確には、これまでの記憶を頼りにそれぞれの物語の
本へ助けを呼びかけたら、応じた彼らがわたしの元に来てくれたんだけど」
「何だって! そんなことが……。いや、そもそもルイズ、君がどうしてここにいるんだ! 
何故サイトのことを覚えてる!? 記憶は念入りに封印したはずなのに……!」
 そのダンプリメの疑問にも、ルイズは自信満々に返した。
「聞こえたのよ! この世界で、サイトのわたしを呼ぶ声が! 気持ちが! それが心に
伝わったから、わたしは全てを思い出したの!」
「気持ちが……!?」
 ハッと気がつくダンプリメ。
「そうか……! 本の世界はいわば『想い』の世界。現実の世界よりも、精神と精神のつながりが
強くなる。それでそんな現象が……! ルイズを本の世界に連れ込んだのは失敗だったのか……!」
 ルイズは堂々とした態度で、ダンプリメにまっすぐ伸ばした人差し指を向けた。
「あなたがわたしのサイトの記憶を封印したのは、サイトからわたしを奪い取るだけじゃなく、
わたしとサイトの絆を恐れたからでしょう! それがあると、自分が勝てる自信がないから!」
「うッ……!?」
「だけど残念だったわね。どんなに知識豊富でも、現実での体験を持たないあなたでは、
わたしたちの現実の世界で育んできた絆を消し去ることは初めから不可能だったのよ!」

896ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/06(木) 00:26:48 ID:36uIRr9o
 ルイズが堂々と言い切っている中で、ウルトラ戦士たちと悪のウルトラ戦士軍団の決着の時が
迎えられようとしていた。
「ヘアァァァッ!」
 ウルトラマンのスペシウム光線とカオスロイドUのカオススペシウム光線、セブンのワイド
ショットとカオスロイドSのカオスワイドショット、ジャックのスペシウム光線とダークキラー
ジャックのキラープラズマスペシウム、エースのメタリウム光線とキラープラズマメタリウム、
ゾフィーのM87光線とダークキラーゾフィーのキラープラズマM87ショット、ティガのゼペリオン
光線とイーヴィルティガのイーヴィルショット、ダイナのソルジェント光線とゼルガノイドの
ソルジェント光線、ガイアのクァンタムストリームとシャドーのシャドリウム光線、コスモスの
コスモストライクとカオスウルトラマンカラミティのカラミュームショット、ジャスティスの
ダグリューム光線とカオスウルトラマンのダーキングショット、マックスのマクシウムカノンと
ダークメフィストのダークレイ・シュトロームが真正面からぶつかり合う! 両陣営互角の光線の
ぶつかり合いは激しいエネルギーの奔流を生み出し、それが天高く飛び上がっていく。
 そのエネルギーは、わずかに上回った光の戦士たちの力に押されて悪のウルトラ戦士軍団へと
降りかかった!
「ウワアアアアアァァァァァァァァァァァァァッ!!」
 十二人の悪の戦士たちは爆発的なエネルギーによって一網打尽。ガラスのように砕け散った
空間とともに消滅していき、完全に無に還っていった。
「やったわッ!」
 ぐっと手を握って喜びを示すルイズ。悪のウルトラ戦士軍団に打ち勝った光の戦士たちは
ゼロの元へ駆けつけ、ともにウルトラダークキラーと対峙した。
 いくらダークキラーが絶大な闇の力を有していようとも、これだけの数の勇者たちを相手にして
勝機などあるはずがない。ゼロがダンプリメに投降を勧告する。
『ダンプリメ、これ以上の戦いは無意味だ! 大人しく身を引きな! お前がどんなに本の
世界を自由に出来ようと、どんなに闇の力を集めようとも、ここにある心の光を屈させることは
出来ねぇんだ! それを学べただけでも儲けもんだろ!』
 ダンプリメはしばし無言のまま、何も答えずにいたが……やがて長く長く息を吐いた。
「そうみたいだね……。残念だけど、僕の負けだ。ルイズのことはあきらめる他はないね……」
 降伏を受け入れたダンプリメであったが……彼にとっても予想外のことがすぐに起こった。
『そうはいかぬ……!』
 それまでうなり声を発するばかりであったウルトラダークキラーが、唐突に口を利いたのだ!
「えッ!?」
 しかも自らの生みの親であるダンプリメに手を伸ばし、その身体を鷲掴みにして捕らえたのだ! 
肉体への配慮もないほどの強い力で締められ、ダンプリメは苦悶の表情を作る。
『何ッ!』
 ダークキラーの行動の変化に驚くゼロたち。ダンプリメはダークキラーを見上げて問う。
「ウルトラダークキラー、何のつもりだ……!? ぼ、僕は君を作ったんだぞ……!?」
 するとダークキラーは、次のように言い放った。
『この身体に渦巻く恨みを晴らすまで、戦いをやめることは許されぬ……! 貴様にも
つき合ってもらうぞ……!』
「何だって……!? ボクの制御が、効いていない……!?」
 ここに来てゼロたちは察した。ウルトラダークキラーは溜め込んだ怨念が多すぎたため、
ダンプリメの制御を離れて独り歩きを始めてしまったのだ!
『だから言っただろうが……!』
『仕方ねぇな……。今助けてやっから、変に暴れるなよ!』
 才人が吐き捨て、ゼロがダンプリメを救出しようとツインソードを構える。しかし、それを制して
ダークキラーが警告した。
『我とこの者の肉体はリンクしている……。いや、最早我がこの者を支配している! 我を殺せば、
この者もまた消滅することになるぞ……!』

897ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/06(木) 00:37:04 ID:36uIRr9o
『何ッ! くッ、闇の力ってのは陰険なことしやがるもんだな……!』
 散々迷惑を掛けられたとはいえ、戦う意志を放棄した者を死なせてしまうのは目覚めが悪い。
ゼロが戸惑うと、ダンプリメが自嘲するように笑いながら呼びかけた。
「いいさ、やってくれ……」
『!』
「これぞ自業自得という奴だよ……。こんなことになってしまうなんて、我ながら馬鹿なことを
したものだ……。どうせボクは本の中にしか居場所がない異端。せめて一人でも側にいる人が
欲しかったけれど……やはり、本の中の人間なんていない方がいいんだろう。ひと思いに
バッサリとやってくれ……」
 すっかりと己の死を受け入れたダンプリメ。その言葉に、ゼロは大きく肩をすくめた。
『ますますしょうがねぇ奴だなぁ。そんなこと聞かされたら……』
 ゼロに同意する才人。
『ああ。ますます死なせる訳にはいかなくなったぜ!』
「!? だけど、ボクを犠牲にしないことには……!」
 才人たちの言葉に動揺を浮かべたダンプリメに、ルイズが自慢げに告げた。
「安心しなさい、ダンプリメ。ウルトラマンゼロは、命を護る時にはいつだって奇跡を
起こすんだから! そうでしょ?」
『ああ、その通りだッ! おおおおおッ!』
 気合いの雄叫びとともに、ゼロの身体が赤と青に激しく光り輝き出した!
『ぬおぉッ!?』
 思わず腕で顔を覆うダークキラー。ゼロの輝きは空間をもねじ曲げ、何もない空に影を
映し出す。
 そして閃光の中から現れたのは……!
『教えてやるぜダンプリメ! 強さと、優しさって奴をッ!』
 ストロングコロナゼロとルナミラクルゼロ……二つの形態が、同時にこの場に現れていた! 
ゼロが二人に増えているのだ!
「嘘……!?」
『馬鹿なッ!? どういうことだ……! どうしてそんなことが出来るのだぁぁぁッ!!』
 ゼロの起こした奇跡に冷静さを失ったダークキラーは、正面から二人のゼロに飛び掛かっていく。が、
『でやぁッ!』
『ぐおぉッ!?』
 ストロングコロナゼロの鉄拳が返り討ち。そしてルナミラクルゼロが手中のダンプリメを
救出し、彼らの後ろに降ろした。
 ストロングコロナゼロはよろめいたダークキラーに対して灼熱の攻撃を用意。ルナミラクル
ゼロはダンプリメへ光の照射の準備をした。
『受けてみな! これが優しさと……!』
『真の強さだぁぁぁぁぁぁッ!!』
 ストロングコロナゼロの放ったガルネイトバスターがウルトラダークキラーを押し上げ
天空に叩きつける! 更にウルトラマン、セブン、ジャック、エース、タロウ、ゾフィー、
ティガ、ダイナ、ジャスティス、マックスの必殺光線もダークキラーに押し寄せられる!
 一方でルナミラクルゼロとガイア、コスモスが光の粒子をダンプリメに浴びせる。
『ぐおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!』
「……これは……?」
 怒濤の必殺光線の集中にウルトラダークキラーの全身が焼かれる。しかしダンプリメの
身体に変化はない。浄化の光によって闇の力を清められ、ダークキラーの呪いが解かれているのだ。
『こ、これが……光……!!』
 ウルトラダークキラーは戦士たちの光に呑まれ、完全に消滅。そしてダンプリメは生存し、
ぼんやりとウルトラ戦士たちを見上げた。ルイズはゼロたちの完全勝利に、当然とばかりに
重々しくうなずいた。
 ゼロと才人は、自分たちを別の本からはるばる助けてくれたウルトラ戦士たち、防衛チームに
礼を告げる。
『みんな、本当にありがとう。お陰で勝つことが出来た』

898ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/06(木) 00:39:52 ID:36uIRr9o
『俺たち、今までの旅のこと、あなたたちと出会ったこと、ずっと忘れないから! いつかまた、
みんなの本を読んであなたたちの世界に触れるよ!』
 二人の言葉にウルトラマンたちは満足げにうなずき、天高く飛び上がってそれぞれの世界に
帰っていく。防衛チームもゼロたちに敬礼した後、ウルトラ戦士たちの後について帰還していった。
『ありがとーう! さよーならー!』
 大きく手を振って見送るゼロ。そうしてルイズが笑顔でゼロと才人に呼びかける。
「さぁ、わたしたちも帰りましょう! みんなが待つ、わたしたちの世界に!」
『ああ!』
 ダンプリメはゼロたちの様子、ルイズの輝くような笑顔の横顔を見つめ、ふぅとため息を吐いた。
「はは……これは敵わないなぁ……」
 自嘲するダンプリメだったが、その表情にはどこか満ち足りたものがあった……。

 こうして、図書館に誕生した本の中の生命体から端を発する、現実の世界では知っている者が
ほとんどいない大バトルの旅は無事に終わりを迎えた。才人とルイズが五体無事に現実世界に
帰ってくると、シエスタたちは嬉し涙とともに激烈に迎えてくれたのだった。
 リーヴルは事件終結後、経緯はどうあれ異形の存在にそそのかされ、手先としてラ・ヴァリエール
公爵家息女のルイズに危害を加えたとして、王立図書館司書の座の辞任をアンリエッタに申し出た。
……しかし、アンリエッタはそれを却下した。
 彼女の下した裁きはこうだ。ダンプリメは外の世界のことを、善悪の判断をよく知らない
子供のようなものだ。それをしつけ、正しき方向に導く役割の人間が必要だと。それは図書館の
ことを誰よりも知っているリーヴル以外の適任はいないとして、彼女にダンプリメの世話役を
厳命したのであった。どんな形であれ、リーヴルが元のまま図書館にいられることに才人たちは
安堵したのだった。
 そして肝心のダンプリメは、すっかりと心を入れ替えた。もう誰かを本の世界に引きずり込む
ような真似はきっぱりとやめ、代わりに光の力の研究にバリバリと精を出すようになったという。
ゼロたちの戦いぶりにそれほど影響されたのだろうか……。もしかしたら、いつの日かダンプリメが
ウルトラ戦士になる力を得る日が来るかもしれないが、それはまた別の話なのであった。
 そして才人とルイズは、先に帰ったシエスタたちに後れる形で、魔法学院へと帰還していた。
「おぉー、遂に学院に帰ってきたなぁ! 何だか久しぶりに感じるぜ。時間にしたら、ほんの
一週間ぐらいしか離れてないはずだけど」
 あまりにも密度の濃い旅だったので、才人が懐かしさまで覚えてしみじみとつぶやいた。
しかしそこにルイズが告げる。
「だけど、またすぐに離れなくちゃいけないみたいよ。姫さまからのお達しがあったの」
 懐から、アンリエッタからの密書を指でつまみ出すルイズ。
「今度はロマリアに行かなくちゃいけないみたい。国際世情もまた不穏になってきてるそうだし、
今度も長くなるかもね」
 と言うと、才人がうんざりしたかのように長い息を吐いた。
「マジかよぉ……。あっち行ったりこっち行ったりはもうお腹いっぱいなのに」
「何言ってるのよ。図書館から一歩も出てなかったんでしょ?」
「いやぁそう言うならそうだけど、そういう意味じゃなくてだな……」
 言い返そうとした才人だったが、すぐ苦笑いして肩をすくめた。
「まぁいいか。そんなことぶつくさ言っててもしょうがないもんな。今度もいっちょ頑張りますか!」
「ええ、その意気よ。なかなか分かってきたじゃない」
 顔を上げたルイズは才人と目が合い、思わずクスッと笑い合った。
「これからもよろしくね。この世界のヒーローにして……わたしの使い魔」
「お安い御用だよ。伝説の担い手の、俺のご主人様」
 おかしそうに笑うルイズの表情には、とても満ち足りたものがありありと浮かんでいたのであった。

899ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/06(木) 00:41:35 ID:36uIRr9o
以上です。
今回で三つのゲーム編は全て終わりで、次回から本編に専念することになります。

900ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/14(金) 06:35:20 ID:Ux9.ySDg
おはようございます、焼き鮭です。投下を行いたいと思います。
開始は6:37からで。

901ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/14(金) 06:39:09 ID:Ux9.ySDg
ウルトラマンゼロの使い魔
第百四十九話「ロマリアの夜に」
炎魔人キリエル人 登場

 ロマリア。ガリア王国真南のアウソーニャ半島に位置するこの都市国家連合体は、現在は
ハルケギニアの人間の最大宗教であるブリミル教の中心地とされる宗教国家である。始祖
ブリミルはロマリアの地で没し、後世の人間がこれを利用してロマリアを“聖地”に次ぐ
神聖なる場所であると主張したことがその始まりだ。そしてロマリア都市国家連合はいつしか
“皇国”となり、代々の王は“教皇”を兼ねるようになった。これらのため、ハルケギニア
各地の神官は口をそろえてロマリアを『光溢れた土地』と称し、生まれた街や村を出ることの
ない人間はその言葉を信じ込んでロマリアに夢を見ている。
 だが、実際にロマリアを訪れて少しでも観察眼を持つ人間ならば、ロマリアが『光の国』と
称される理想郷などでは断じてないことをすぐにでも知ることだろう。実際のロマリアは、
通りという通りにハルケギニア中から流れてきた信者たちが職も住居もない貧民となって
溢れており、明日の食べるものにすら困窮した生活を送っている。その一方で、街には派手な
装飾を凝らした各宗派の寺院が競い合うように立ち並び、同じように派手に着飾った神官たちが
寺院で暇を持て余したり贅沢を極めたりしている。ここまで身分と立場の違いによる貧富の差が
同じ土地に凝縮されている場所は、ロマリア以外には存在しない。アンリエッタなどはこの光景を
『建前と本音があからさま』と評している。
 そんな欺瞞に満ちたロマリアの濃厚な影の世界では、様々な集団の思惑が跋扈している。
“実践教義”を唱える新教徒がその最たる例だが、現在ではある『人外』の者たちが暗躍を
していることは、まだ誰も知らないことであった。
『……』
 そしてその『人外』は今、人間の目には映らない状態である場所を注視していた。そこは
何の変哲もない酒場。だが太陽の出ている内に酒を飲むことは不信心とされるロマリアでは、
昼間の酒場は大体空いているものなのに、今日は大勢の人間が押しかけてひどく賑やかで
あった。しかも外で店を囲んでいる側は、ロマリアが誇る聖堂騎士の一隊であった。
 『人外』はその酒場の中に集っている集団の方に意識を向け、その内の一人を認識すると
声音に暗い情念をにじませた。
『再び現れた……。奴に、あの時の報復を……!』
 酒場に立てこもって、聖堂騎士相手にバリケードを築いているのは誰であろう、オンディーヌを
中心としたトリステイン魔法学院の生徒たちであった。

「……ったく、ロマリアに来て早々えらい目に遭ったぜ。誰かさんの余計な歓迎のせいでな」
 その日の夜、才人とルイズはロマリアの中心地、引いてはブリミル教の総本山たるフォルサテ
大聖堂の自分たちにあてがわれた客室にて、とある人物と会話をしていた。と言うより、才人が
その人物に嫌味をぶつけていた。
「だから、何度も言ってるだろう? 確かに余興がちょいと過ぎたかもしれないけど、これから
待ち受けているだろうガリアとの対決は、あんなものがままごとに思えるくらい過酷なものになる
はずだぜ。あれしきで根を上げているようだったら、あの場で騎士たちに捕らえられてロマリア
から追い出されてた方が身のためってものさ」
「宗教裁判にかけられるところだったって聞いたんだけど!?」
「嫌だなぁ、そういう最悪の事態にはならないようにするためにぼくがずっと近くにいたんじゃ
ないか。さすがに命を取るような真似はしないよ」
「けッ、どうだか」
 胡乱な視線を送って吐き捨てる才人。ルイズも呆れたように肩をすくめた。
 そんな二人を相手に飄々と笑っている月目――地球で言うところの光彩異色の青年は、
ロマリアの助祭枢機卿ジュリオ・チェザーレ。かつてのロマリアの最盛期の大王と同じ名を
名乗るこの神官は、ルイズたちとは先のアルビオン戦役で、ロマリアの義勇軍という形で
対面している。その時から掴みどころのない性格と言動、態度で特に才人を散々に翻弄した
ものだった。

902ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/14(金) 06:42:39 ID:Ux9.ySDg
 このジュリオが何をしたのか、そもそもルイズたちが何故ロマリアにいるのか。初めから
順を追って説明をしよう。
 王立図書館の怪事件を、連戦に次ぐ連戦の果てに解決したルイズたちだが、すぐに次なる
旅が彼らの元に舞い込んできた。ブリミル教教皇との秘密の折衝のためにロマリアを訪問
していたアンリエッタから、オンディーヌにルイズとティファニアをロマリアまで至急連れて
くるよう命令があったのだ。何のためにそんな命令を出したのかは不明だったが、才人たちは
その指示通りにコルベールに頼んでオストラント号を出してもらって、ロマリアへと急行した。
 しかし入国してすぐに一行はトラブルに遭遇してしまった。ロマリアでは杖や武器は剥き出しで
持ち歩いてはいけない決まりなのだが、そんな慣習には疎い才人がうっかりデルフリンガーを
背負ったままロマリアの門をくぐろうとして、衛士に止められた。すると個人的にロマリアが
大嫌いなデルフリンガーが衛士に喧嘩を吹っかけ、その末に警戒を強化している最中の聖堂騎士の
一団に追いかけられる羽目になってしまったのだ。それが、昼の酒場での籠城戦の経緯である。
 しかし実はこの騒動の半分を仕組んだのがジュリオであった。才人たちがロマリアで困難に
ぶつかるように、教皇が誘拐されたという噂を聖堂騎士に流していたのだ。それで才人たちは
恐慌誘拐犯のレッテルを貼られ、執拗に追い回されたのであった。才人がおかんむりなのは
そういう訳であった。
 そんなことがあったのにちっとも悪びれる様子のないジュリオに不機嫌な才人だったが、
いつまでもへそを曲げていてもしょうがないという風に、ふと話題を変えた。
「けど、さっきの晩餐会は色々驚かされたな。ジュリオ、お前がヴィンダールヴで……教皇聖下が
ルイズやテファと同じ、“虚無”の担い手なんてさ」
 才人とルイズはティファニアとともに、アンリエッタと教皇聖エイジス三十二世こと
ヴィットーリオ・セレヴァレと囲んだ晩餐の席で、様々なことを聞かされた。その一つが、
ヴィットーリオが世界に四人いる“虚無”の担い手の一人であり、ジュリオが彼の使い魔……
才人と同等の立場だということである。まだ誰なのかは知らないが、ガリアにも“虚無”の
担い手がいることは判明しているので、これで“虚無”を担う四人の所在が全て判明した
ことになる。
 そしてヴィットーリオは、同じ“虚無”の担い手であるルイズとティファニアに、エルフから
聖地を取り返す協力を求めてきた。ヴィットーリオはハルケギニア中での人間同士の戦火を止める
方法として、聖地をエルフから人間の手に取り戻し、ハルケギニア中を統一しようと考えている
のだった。そして強大な力を以て聖地を占領しているエルフと渡り合うために、四つの“虚無”を
一箇所に集めてその力を背景に交渉を行うつもりだと。
 しかし、ヴィットーリオは実際に力を振るうつもりはないと言いつつも、才人とルイズは
それを詭弁だと感じた。ヴィットーリオのやろうとしていることは、要はエルフよりも大きい
力を振りかざして脅しを掛けるというものだ。才人たちはこれまでの経験から、力を拠りどころ
とする手段には非常に懐疑的なのであった。
 特に才人は、地球の歴史の暗部の一つを思い出した。それは超兵器R1号事件……。ウルトラ
警備隊の時代に発生した、防衛隊最大の汚点の一つであるそれは、惑星を丸ごと破壊する超兵器を
盾にして侵略者の行動を牽制する計画から端を発した。その超兵器R1号の実験でギエロン星が爆破
されたのだが、生物がいないと思われたギエロン星から怪獣が出現し、地球に報復をしてきたのだ。
地球人の生み出してしまった哀しき怪獣ギエロン星獣……本の世界で戦ったことは記憶に新しい。

903ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/14(金) 06:46:25 ID:Ux9.ySDg
 惑星破壊兵器による地球防衛は、この事件により、侵略者との兵器開発競争を過熱させて
しまうとの判断となって破棄されたのだが……ヴィットーリオはこれと同じことをしようと
しているのではないだろうか? 才人にはそう思えて仕方なかった。エルフを力で抑えつけたら、
向こうには不平が生じるだろう。それが報復となって自分たちに襲いかかって来ないと、何故
言える? ヴィットーリオは“虚無”に絶対的な自信があるようだが、力はどこまで行っても
ただの力。それを振るうルイズたちが、四六時中一切の隙をエルフに見せないなんてことが
出来るだろうか。
 アンリエッタもある程度は才人たちと同じ考えで、ヴィットーリオの提唱する方法に全面的に
賛成してはいなかった。しかし……彼女は一国の長故に、ハルケギニア中の人間による争いを
止めることの困難さをルイズたち以上に知っている。彼女では、他に戦を止める方法が思いつかない
がために、ヴィットーリオに強く反対することも出来ないでいた。そのため、結論は保留という
曖昧な態度を取っていた。
 そもそもそれ以前に、一つ重大な問題がある。ガリアの担い手だ。“虚無”が完全な力を
発揮するには始祖ブリミルに分けられた四つがそろわなければいけないが、あのジョゼフが
支配するガリアが協力をするはずがない。そこをどうにかしなければ、たとえルイズたちが
ヴィットーリオに協力したところで徒労が関の山だ。
 しかしヴィットーリオも抜かりないもので、既にガリアをどうにかしてしまう作戦を講じていた。
三日後にはヴィットーリオの即位三周年記念式典が開催されるのだが、そこにルイズとティファニア
にも出席してもらって、三人の担い手を囮にジョゼフをおびき出すというのだ。そうしてジョゼフを
廃位にまで追い込み、ガリアを無害化するというのがヴィットーリオの立てた計略であった。
 エルフのことはともかくとして、ルイズやタバサの身を狙うジョゼフには落とし前を
つけなければならない。才人はそれには賛成であったが、ルイズはこれも反対の立場を
取っていた。ジョゼフの力は未だ底が知れない……。事実、ゼロも才人も何度も危機に
陥っている。そのためルイズは強く警戒しているのであった。
 ヴィットーリオはこれらのことに対して、すぐの回答を求めなかった。それで晩餐会は
終わりを迎えたのだった。
「にしても、ちょっと意外だったな。あの教皇聖下、見たことがないくらいの優男なのに……
発言がやたら過激だった」
 晩餐会を振り返って、才人がぼやいた。ヴィットーリオは女性顔負けの、輝くような美貌を
有しており、更には完全に私欲を捨てたレベルの者だけが放てる慈愛のオーラを放っていた。
才人は初めて面と向かった時、しばし呆然としてしまったくらいだ。
 しかしそのヴィットーリオの思想や発言は、上記の通り。力を背景にした交渉を推し進めようと
する強引さに加え、才人は彼からの「博愛は誰も救えない」という断言が一番記憶に残っていた。
愛の感情に溢れた人間の発言とはとても思えない。
 このことについて、ジュリオは語る。
「それは無理からぬことさ。何せ、聖下が即位なさってからまだ三年ほどだけど、たった
それだけの間に聖下は苦渋の数々を経験なさってるのさ」
「苦渋?」
 才人とルイズがジュリオの顔を見返す。
「そうさ。ロマリアは国内外から“光の国”と称されるけど、実態はそれとは程遠いのは
きみたちも目にしたことだろう? この国は全く矛盾だらけさ」
 ジュリオのひと言に内心深く同意する二人。ロマリアに入国してから少し見ただけでも、
街の至るところに難民の姿と、彼らに対して全く無関心な神官の姿が目立った。籠城戦の
時も、聖堂騎士が才人たちにてこずっていると野次馬の市民から散々野次が飛んでいた。
普段権威を笠に着て威張り散らしている聖堂騎士の苦戦が愉快だったのだ。このひと幕で、
ロマリアの権力者が平民からどう思われているのかが垣間見えるだろう。
 “光の国”の呼び名は、ゼロの故郷ウルトラの星の別称と同じであるが、両者の内情は
天と地ほどの開きがあるのであった。

904ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/14(金) 06:49:39 ID:Ux9.ySDg
「大勢の民が今日のパンにも事欠く傍らで、各会の神官、修道士は今日も民からせしめた
お布施で贅沢三昧だ。今じゃ新教徒のみならず、終末思想じみたものを唱える異教すら
その辺で横行するありさまでね。聖下はそんなこの国の現状を解きほぐそうと、教皇就任から
ずっと努力されてきた。主だった各宗派の荘園を取り上げて大聖堂の直轄にしたり、寺院に
救貧院の設営を義務づけたり、免税の自由市を設けたりとかね。すると聖下を教皇に選んだ
神官たちは何と言ったか分かるかい? 新教徒教皇だってさ。ほんと勝手なもんだ」
 うんざりしたように肩をすくめるジュリオ。
「今のままでこれ以上神官たちの私利私欲を止めようとしたら、聖下は教皇の帽子を取り上げ
られてしまうだろう。そんな行き詰まった状態を打破しようと、聖下は聖地回復をお望みされて
いるという訳だ。聖下のご動機、分かってくれたかい?」
「ま、まぁ、一応は……」
 ジュリオのまくし立てるような説明により、才人は若干呆気にとられながらも、ヴィットーリオも
いたずらにエルフと事を構えたい訳ではないことを理解した。ルイズは同じように呆然としながら
ジュリオに問い返す。
「ジュリオ……あなただって神官なのに、随分とズバズバ国の痛いところを口にするのね。
まぁあなたはそういう人なんでしょうけど」
「今みたいな建前なんて必要のない、正直なところを遠慮なく発言できる国も聖下の目指されて
いるところだからね」
 実に口の回るジュリオは、ここで態度を一層崩す。
「まぁこんな小難しい話をしに来たんじゃないよ、ぼくは。ちょっとしたお誘いだ」
「またルイズにちょっかい掛けようってのか?」
「是非ともそうしたいところではあるが、残念ながら用事があるのはサイト、きみの方だ」
「えッ、俺?」
 やや面食らう才人。
「実はこの国には、是非きみに見てもらいたいものがあってね。ちょっとカタコンベに潜って
もらうことになるけど」
「うーん……悪いけど今日はもう疲れたから、明日にしてくれないか? 明日は時間あるか?」
「ああ。それじゃあ明日の早朝にしよう。明日は早起きを……」
 話している最中で、ジュリオの台詞が不意に途切れ、彼の目つきが一変。険しいものとなって
虚空を用心深く見回す。
「ジュリオ?」
 虚を突かれるルイズだが、才人もまたデルフリンガーを手に取り、警戒の態勢を取っている。
「……誰かいるな」
「気がついたかい。こういうことには鋭いんだね」
 二人は、姿は見えないが刺すような殺気がどこからかこの空間に向けられていることを
察知したのだった。実は才人とゼロは、ロマリアに来てからずっと、誰かに良く思われて
いない目で見られていることを感じ取っていた。ジュリオの尾行に気づかなかったのも、
その気配に隠れていたからだ。
 じり……と臨戦態勢を取る才人とジュリオ。そして息の休まらぬしばしの時間が過ぎた後……
彼らの客室が突如爆発炎上した!
「っはぁッ! いい反射神経だ!」
「散々鍛えられたからな!」
 しかしジュリオと才人はルイズを連れながら一拍早く扉から脱出していた。ごうごうと
燃え盛る火災から安全なところまで下がると、ジュリオが機嫌を害したような声で発した。
「客間とはいえ、大聖堂で爆発テロなんて穏やかならぬ話だ。これを仕掛けた奴、いい加減
姿を見せたらどうだい!? 近くにいるんだろう!?」
 辺りに向かって怒鳴ると、それに応ずるかの如く、三人の前に怪しいものが出現した。
 全体的に人型ではあるが、輪郭がかなりおぼろげで姿がはっきりとしていない。人間型の
人魂、という表現が一番しっくりくるだろうか。
 ルイズが驚き、才人とジュリオが反射的に身構えると、その人魂は言葉を発した。
『六千年の時を隔て、再び相まみえようとは……。受けるがいい、このキリエル人の裁きをッ!』

905ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/14(金) 06:50:25 ID:Ux9.ySDg
今回はここまでです。
いちいち説明なげぇ。

906ウルトラ5番目の使い魔 61話 (1/15) ◆213pT8BiCc:2017/07/18(火) 20:24:24 ID:1IG2yQTQ
ウルゼロの人乙です。
こんにちは。ウルトラ5番目の使い魔、61話ができました。
投稿を開始しますので、よろしくお願いします。

907ウルトラ5番目の使い魔 61話 (1/15) ◆213pT8BiCc:2017/07/18(火) 20:29:54 ID:1IG2yQTQ
 第61話
 魔法学院新学期、アラヨット山大遠足!
 
 えんま怪獣 エンマーゴ 登場!
 
 
 透き通るような青い空、カッと照り付けてくる日差し、そして背中に背負っている弁当の重み。
「夏だ! 新学期だ! 遠足だ! いえーい!」
「いえーい!」
 早朝のトリステイン魔法学院にギーシュたち水精霊騎士隊と才人の能天気な叫び声がこだまする。その様子を、ルイズやモンモランシーら女子生徒たちはいつもながらの呆れた眼差しで見つめていた。
「まったくあいつらと来たら、これがカリキュラムの一環の校外実習だってわかってるのかしら?」
「ほんと、男っていくつになっても子供ね。あの連中、落第しないでちゃんと卒業できるのかしらね?」
 校庭に集まっている全校生徒。彼らはがやがやと騒ぎながら、待ちに待ったこの日が晴天になったことを感謝していた。
 今日は魔法学院の全校一斉校外実習、いわゆる遠足だ。しかし魔法学院ゆえにただの遠足というわけではなく、彼らが浮かれている理由はこれが年に一度だけ採集を許される特別な魔法の果実、ヴォジョレーグレープの解禁日だからである。
「ヴォジョレーグレープは普段は不味くて何の役にも立たない木の実です。ですが年に一度だけ、この世のものとも思えない甘味に変わる日があって、そのときのヴォジョレーグレープで作るワインはまさに天国の味! 魔法学院の皆さんも、年に一度のその味を楽しみにしておられました。そしてそれが今日、この解禁日なのです!」
「うわっ、シエスタ! あんたいつの間にここにいたのよ?」
 ルイズはいきなり後ろから解説をしてきた黒髪のメイドに驚いて飛びのいた。しかしシエスタは悪びれた様子もなく、わたしもついていきますよと、背中にすごい量の荷物を背負いながら答えた。
「えへへ、ワインといったらわたしを外してもらうわけにはいきませんからね。タルブ村名産のブドウで培ったワインの知識は伊達ではありませんよ。ほら、ちゃあんとマルトー親方の許可もいただいています」
「んっとに、最近見ないと思ってたら忘れたころにちゃっかり出てくるんだから。でも忘れないでね、ヴォジョレーグレープは味のこともだけど、そのエキスは解禁日にはあらゆる魔法薬の効果を増幅する触媒にもなるすごい果物になるのよ。それを使って、魔法薬の配合の実地訓練をおこなうのが校外実習の目的。食べるのは余った分だけなんだからね」
「はいはーい、毎年実習で使うより余る分が多いのはよく存じておりますとも。持ち帰った分は親方がすぐに醸造できるよう準備してますから、ミス・ヴァリエールも楽しみにしていてくださいね」
「はいはい、わかったからあっち行きなさい。ったく……」
 ルイズは頬を紅潮させながらシエスタを追い払った。内心では、ほんとにあの胸メイドは、と思いながらも口の中にはよだれがわいている。

908ウルトラ5番目の使い魔 61話 (2/15) ◆213pT8BiCc:2017/07/18(火) 20:32:03 ID:1IG2yQTQ
 だが無理もない。ヴォジョレーグレープで作るワインは、満腹の豚さえ土に飲ませずというほど、嫌いな人間のいない絶品で、ルイズもむろん大好物であった。しかも原木が人工栽培は不可能な上に、作っても数日で劣化してしまうために市場にはまったく流通していない幻の産物であった。味わう方法はただひとつ、解禁日に収穫、醸造してすぐに飲むことだけなのだ。
 むろん、楽しみにしているのは生徒だけではない。教師たちを代表して、オスマン学院長が壇上から集まった生徒たちに挨拶を始めた。
「えー、諸君。本日は待ちに待った解禁日じゃ。諸君らも、今すぐにでも出発したいところじゃろうが、焦ってはいかんぞ。ヴォジョレーグレープの生えている山は自然のままの姿で保存され、険しいうえに獣や亜人が出る危険性もある。普段は盗人を退けるために、山の周囲は特殊な結界で覆われておるが、今日だけはそれが解かれる。じゃが、そうなると邪な者も入ってこれるということになる。くれぐれも気を抜くでないぞ、よいな」
 オスマンの説明に、才人はごくりとつばを飲んだ。さすがは魔法学院の遠足、楽なものではない。
「しかし諸君らは貴族、身を守るすべは心得ておろう。それに、この遠足は今学期より入ってきた新入生と在校生との親睦を深める意味もある。スレイプニィルの舞踏会で歓迎を、そしてこの実習で団結力を深めるのじゃ。在校生諸君、先輩としてみっともない姿を後輩たちに見せてはいかんぞ。そして新入生諸君は先輩を見習い、一日も早くトリステイン貴族にふさわしい立派なメイジになるよう心がけるのじゃ。では、詳しいことはミスタ・コルベールに頼もう、よく聞いておくようにの」
「おほん、新入生諸君、学院で『火』の系統を専攻しているジャン・コルベールです。よろしくお願いします。では、本日の校外実習のルールを復習しておきましょう。在校生は三人が一組になって、新入生ひとりをつれてヴォジョレーグレープの採集をおこなってもらいます。採集するのはひとりが革袋ひとつ分までで、それ以上を採ったら全部没収させてもらいます。そして、集めた分だけを使ってポーションを作っていただき、私たち教師の誰かに合格をもらえば残りは持ち帰ってかまいません」
 生徒たちから、おおっ! と歓声があがった。だが、陽光を反射してコルベールの頭がキラリと冷たく光る。
「ですが! もしグループの中で、ひとりでも合格が出なかった場合はグループ全員の分を没収させてもらいます。これは、団結力を高めるための実習だということをくれぐれも忘れないようにしてください。助け合いの気持ちを忘れずに、我々はちゃんと見張ってますからズルをしてはいけませんよ。では、全員が合格しての笑顔での帰還を祈って、全力を尽くすことを始祖に誓約しましょう。杖にかけて!」
「杖にかけて!」
 生徒たちから一斉に唱和が起こり、場の空気がぴしりと引き締められた。一瞬のことなれど、その威風堂々とした姿は彼らがまさに貴族の子弟であるという証左であった。
 そしてコルベールは満足げにうなづくと、最後に全員を見渡して告げた。
「では、これより出発します。在校生はあらかじめ決められた三人のグループになってください。新入生はひとりづつクジを引きに来て、引いたクジに書かれているグループのところに行ってください。合流したグループから出発です、皆さんの健闘を祈ります、以上です」
 こうして解散となり、ルイズたちは自分たちを探しに来るであろう後輩の目につきやすいように開けたところに出た。

909ウルトラ5番目の使い魔 61話 (3/15) ◆213pT8BiCc:2017/07/18(火) 20:36:37 ID:1IG2yQTQ
 ルイズのグループは、ルイズ、モンモランシーにキュルケを含めた三人と決まっていた。なお才人は使い魔としての扱いであるので頭数には入っていない、しかしルイズはキュルケと同じグループというのが気に入らなかった。
「もう、せっかく年に一度の日だっていうのに、よりによってキュルケと組になるなんて最悪だわ」
「あら? わたしはラッキーだと思ってるわよ。ゼロのルイズがどんな珍妙なポーションを作るか、間近で見物できるなんて願ってもないチャンスだもの」
「ぐぬぬぬ、人のこと言ってくれるけどキュルケのほうこそどうなのよ? ポーションの調合なんて、火の系統のあんたからしたら苦手分野なんじゃないの?」
「あら? わたしは心配いらないわよ。だって、わたしには水の系統ではすっごく頼りになる……頼りになる……え?」
「どうしたのよ?」
 調子に乗っていたキュルケが突然口を閉ざしてしまったため、ルイズが白けた様子で問い返すと、キュルケは困惑した様子で答えた。
「いえ、水の系統が上手で頼りになる誰かがいたはずなんだけど……おかしいわね、誰だったかしら……?」
「はぁ? キュルケ、あなたその年でもうボケはじめたの? だいたい、学院中の女子から恋人を奪っておいて散々恨みを買ってるあんたとまともに話をするのなんて、わたしたちと水精霊騎士隊のバカたちくらいじゃないのよ」
「そ、そうね……おかしいわね、けど本当にそんな子がいたように思えたのよ。変ね……こう、振り向けばいつも隣にいるような……」
「ちょっとしっかりしてよ。あんたは入学してからずっと一人で……一人で、あれ?」
 キュルケが頓珍漢なことを言い出したのでルイズが文句を言おうとしかけたとき、ふとルイズも心の片隅に違和感を覚えた。そういえば、キュルケの隣にはいつも……
 しかし、ルイズが考え込もうとしたとき、同じグループになっているモンモランシーがじれたように割って入ってきた。
「ねえ、ルイズにキュルケ、起きながら夢を見るのはギーシュだけにしてくれないかしら? そんなことより、もうすぐわたしたちのところにも新入生が来るわよ。ちょっとは先輩らしくしてないと恥をかいても知らないからね」
 言われてルイズもキュルケもはっとした。確かにわけのわからないデジャヴュに気を取られている場合ではなかった。
 それにしても、今学期からの新入生は見るからに粒の大きそうなのが多そうだ。ルイズたちが他のグループを見渡すと、多くのグループで新入生の女子が先輩たちを逆に叱咤しながら出発していくのが見えた。その大元締めはツインテールをなびかせながら先頭きって歩いていくベアトリスで、聞くところによると彼女たちは水妖精騎士団というものを作って男に張り合っているらしく、さっそく下僕を増やしているようだ。
 ほかに目をやれば、ティファニアが遠くから手を振ってくるのが見えた。彼女も今学期から魔法学院で学ぶことに決め、新入生として入ってきたのだ。もちろん才人は迷わずに手を振ってティファニアに応えた。
「おーいテファーっ! っと、テファの引いたグループはギーシュのとこかよ。ギーシュの奴、一生分の幸運を今日で使い果たしたなこりゃ」
 ティファニアの隣を見ると、よほどうれしかったのかギーシュが泣きじゃくりながら始祖に祈っているのが見えた。才人は、気持ちはわからなくもないけど、ありゃ遠足が終わった後は地獄だなと、自分の隣で怒髪天を突きそうなモンモランシーを横目で見て思った。

910ウルトラ5番目の使い魔 61話 (4/15) ◆213pT8BiCc:2017/07/18(火) 20:41:25 ID:1IG2yQTQ
 けど、それにしても自分たちのとこに来るはずの新入生が遅いなとルイズたちは思った。もう組み合わせのくじ引きは全員終わっているはずだ、どこかで迷子にでもなっているのではと心配しかけたとき、唐突に声がかけられた。
「あの、すみません。こちら、ティールの5の組で間違いないでしょうか?」
 振り返ると、そこにはフードを目深にかぶった女性とおぼしき誰かが立っていた。ルイズはやっと来たかと思いつつ、先輩風を吹かせながら答えた。
「ええそうよ、よく来たわね。わたしはルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。こっちとこっちはキュルケにモンモランシーよ、歓迎するわ。あなたはなんていうの?」
「アン……と、お呼びください。ウフフ」
 新入生? は、短く答えるとルイズの目の前まで歩み寄ってきた。相変わらず顔はフードで覆ったままで口元しか見えないが、微笑んでいるのはわかった。しかし、先輩を前にして顔を見せないとはどういう了見だろうか?
「アン、ね。それはいいけど、吸血鬼じゃあるまいし顔くらい見せなさいよ。礼儀がなってないわね、どこの家の子よ?」
「フフ、どこの家と申されましても、先輩方もよくご存じのところですわよ。ただ、お口にするのは少々遠慮なされたほうがよろしいですわ」
 その瞬間、ルイズたちの反応はふたつに割れた。ルイズやモンモランシーは無礼な口をきいた新入生への怒りをあらわにし、対して第三者視点で見守っていたキュルケは「この声はもしかして?」と、口元に意地悪な笑みを浮かべてルイズたちをそのまま黙って見守ることにしたのだ。
「あんた、どうやらまともな口の利き方も知らないようね。顔を見せないどころか、このラ・ヴァリエールのわたしに向かって家名すら名乗らないなんて舐めるにも程があるわ! どこの成り上がりか知らないけど、今すぐその態度を改めないなら少しきつい教育をしてあげるわよ!」
 ルイズは杖を相手に向け、フードを取らないなら無理やり魔法で引っぺがしてやるとばかりに怒気をあらわにする。才人が、「おいそりゃやりすぎだろ」と止めに入っても、プライドの高いルイズは才人にも怒声を浴びせて聞く耳を持っていない。
 しかし、杖を向けられているというのに、その新入生? は少しもひるんだ様子はなく、むしろからかうようにルイズに向けて言った。
「ウフフ……相変わらずルイズは元気ね。まだわからないのですか? わたくしですわよ、わたくし」
「はぁ? わたしはあんたみたいな無礼なやつに知り合いな、ん……ええっ!?」
 ルイズは、相手がフードをまくって自分たちにだけ見えるようにのぞかせた顔を見て仰天した。それは、涼しげなブルーの瞳をいたずらっぽく傾けた、トリステインに住む者であれば見間違えるわけのないほどに高貴なお方。すなわち。
「ア、アア、アンリエッタじょお、うぷっ!」
「駄目ですわよルイズ、わたくしがここにいることが他の生徒の方々にバレたら騒ぎになってしまいます。このことは内密に頼みますわ」

911ウルトラ5番目の使い魔 61話 (5/15) ◆213pT8BiCc:2017/07/18(火) 20:43:10 ID:1IG2yQTQ
 叫ぼうとしたルイズの口を指で押さえ、アンリエッタは軽くウインクして告げた。だがルイズは落ち着くどころではなく、隣で泡を食っているモンモランシーほどではないが、可能な限り抑えた声で必死で、こんなところにいるはずがないアンリエッタ女王に詰め寄った。
「どど、どうしたんですか女王陛下! なんでこんなところにいるんです? お城はどうしたんですか!」
「だってルイズ、最近あんまり平和が続きすぎて退屈で退屈でたまらなかったんですもの。それでルイズたちが楽しそうなイベントに向かうと聞いて、いてもたってもいられなくなったんですの」
「女王陛下たるお方が不謹慎ですわよ。いえそれよりも、お城はどうなさったんです? 女王陛下がいなくなって大変な騒ぎになってるんじゃないんですか?」
「大丈夫ですわ。銃士隊の方で、わたくしと体つきが似ている子に『フェイス・チェンジ』の魔法を使って身代わりになってもらいましたから、今日の公務は会議の席で座っているだけですからバレませんわよ」
 笑いながらいけしゃあしゃあとインチキを自慢するアンリエッタに、ルイズは放心してそれ以上なにも言えなくなってしまった。この方は女王になって落ち着いたかと思ったけどとんでもない、根っこは子供の時のままのおてんば娘からぜんぜん変わってなかったのね。
 自分のことを棚に上げつつ頭を抱えるルイズ。才人は、そんなルイズにご愁傷さまと思いつつ、微笑を絶やさないでいるアンリエッタに話しかけた。
「つまりお忍びで女王陛下も遠足に参加したいってわけですね。けど、あのアニエスさんがよくそんなことに隊員を使わせてくれましたね?」
「ええ、もちろんアニエスは怒りましたわ。でも、アニエスとわたくしはもう付き合いも長いものですから、お願いを聞いていただく方法もいろいろあるんですわよ。たとえば、アニエスが国の重要書類にうっかりインクをぶちまけてしまったりとか、銃士隊員の方が酔って酒場を破壊してしまったりとか、わたくしはみんな知っておりますの。もちろん、オスマン学院長からも快く遠足に参加してよいと許可をいただいてますわ」
 にこやかに穏やかに語っているが、才人やルイズは「この人だけは敵に回したらいけない」と、背筋で冷凍怪獣が団体で通り過ぎていくのを感じた。モンモランシーはそもそも話が耳に入っておらず、キュルケは「よほどの大物か、それともよほどの悪人か、どっちの器かしらね」と、母国の隣国の総大将の人柄を観察していた。
 
 とはいえ、今更「帰れ」と言うわけにもいかないので、ルイズたち一行はアンリエッタを加えて遠足に出発した。
「本当にうれしいですわ。ルイズといっしょにお出かけなんて何年ぶりでしょう。モンモランシーさん、今日のわたくしはただの新入生のアンですわ。仲良くしてくださいね」
「は、はい! 身に余る光栄、よよ、よろしくお願いいたしますです」
 舌の根が合っていないが、王族からすればモンモランシ家など吹けば飛ぶような貧乏貴族であるからしょうがない。モンモランシーにはとんだとばっちりだが、ルイズにも気遣ってあげるほどの余裕はなかった。
 万一女王陛下にもしものことがあれば、その責任はまとめて自分に来る。そうなったら確実にお母様に殺される、人間に生まれたことを後悔するような目に合わされてしまう。

912ウルトラ5番目の使い魔 61話 (6/15) ◆213pT8BiCc:2017/07/18(火) 20:49:51 ID:1IG2yQTQ
 すっかりお通夜状態のルイズとモンモランシーに対して、アンリエッタのルンルン気分はフードをかぶっていても才人にさえ感じられた。四頭だての馬で、目的地の山まではおよそ二時間ほど、それまでこの異様な雰囲気の中でいなければいけないのかと才人は嫌になった。
 けれど、そこでいい意味で空気を読まないのがキュルケである。
「ねえ女王陛下、目的地まで時間はたっぷりあることですし、楽しいお話でもいたしません? たとえば、ルイズの子供のころの思い出話とかいかがかしら?」
 その一言に、アンリエッタの表情は太陽のように輝き、対してルイズの表情は新月の月のように暗黒に染まった。
「まあ素敵! もちろんたくさん思い出がありますわよ。まずどれがいいかしら? そうだわ、あれは幼少のわたくしがヴァリエール侯爵家へお泊りに行った日の夜」
「ちょ、ちょっと女王陛下! あの日のことはふたりだけの秘密だって約束したはずです! って、それならあれはって、いったい何を話す気ですか、やめてください!」
 ルイズは天使のような笑みを浮かべるアンリエッタがこのとき悪魔に見えてならなかった。
 まずい、非常にまずい。ルイズは人生最大のピンチを感じた。アンリエッタは、自分の人に聞かれたくない過去を山ほど知っている。アンリエッタは聡明で知られるが、特に記憶力のよさはあのエレオノールも褒めるほどだった。つまり、ルイズ本人が忘れているようなことでさえアンリエッタは覚えている可能性が非常に高い。
 これまで感じたことのないほどの大量の冷汗がルイズの全身から噴き出す。ただしゃべられるだけならともかく、聞いているのはキュルケに才人だ。しかもモンモランシーまで、さっきまでのうろたえようから一転して好奇心旺盛な視線を向けてきている。もしも、自分の恥ずかしい過去の数々がこいつらに聞かれようものなら。
”まずい、まずすぎるわ。こいつらに聞かれたら絶対に学院中に言いふらされる。そうなったら『ゼロのルイズ』どころじゃないわ、身の破滅よ!”
 過去の自分を止めに行けるものなら今すぐ行きたい。しかしそうはいかない以上、できることはなんとかアンリエッタを止めるしかない。
「じょ、女王陛下! おたわむれを続けると言われるのでしたら、わたしも女王陛下の子供のころの」
「何をしゃべろうというのですかルイズ?」
 その一声でルイズは「うぐっ」と、口を封じられてしまった。王族の醜聞を人前で語るほどの不忠義はない、それにしゃべったとしてもキュルケやモンモランシーがそれを他人に話すわけがないし、誰も信じるわけがない。
 絶対的に不利。ルイズに打つ手は事実上なかった。まさか女王に向かって力づくの手をとれるわけがない、ルイズは公開処刑前の囚人も同然の絶望を表情に張り付けて、これが悪夢であることを心から願った。
 だがアンリエッタは「ふふっ」と微笑むと、してやったりとばかりにルイズに言った。
「ウフフ、本当にルイズは乗りやすいわね。冗談よ、わたくしがルイズとの約束を破るわけがないじゃないの。昔話もいいけれど、わたくしは今のルイズのお話を聞きたいわね」
「なっ! じ、女王陛下……は、はめましたわね!」
 証拠はアンリエッタの勝ち誇った笑顔であった。ルイズは、自分が最初からアンリエッタに遊ばれていたことをようやく悟ったのである。

913ウルトラ5番目の使い魔 61話 (7/15) ◆213pT8BiCc:2017/07/18(火) 20:53:07 ID:1IG2yQTQ
 ルイズの悔しそうな顔を見て、アンリエッタはうれしそうに笑う。キュルケは、ルイズの面白い話が聞けなくて残念ねと言いながらも笑っているところからして、こちらも最初からアンリエッタの意図を読んでいたらしい。
 しまった、焦って完全に陛下の術中に陥ってしまった。この人は昔から、笑顔でとんでもないことを仕掛けてくるのが大好きだった。姫様が意味もなく笑ってたら危険信号だと幼いころなら常識だったのに。
「もうルイズったら、昔のあなたならこのくらいのあおりにひっかからなかったのに。わたくしと遊んでくださっていた頃のことなんて、もう忘れてしまったのですか?」
「そ、そんなこと言われても。もうわたしたちだって子供じゃありませんし。それに最近はいろいろあって気が休まる暇もなかったじゃないですか!」
「そうね、最近は……あら、そういえば最近なにかあったような気がするけど、なんだったかしら? ルイズ、最近どんなことがありましたかしら?」
「もう女王陛下、そんなことも忘れてしまったのですか! ついこのあいだトリステインはロマリアとガリアを……えっ?」
 思い出せない。トリステインは、ロマリアとガリアを相手に……なんだったろうか? ルイズは思わず才人やキュルケ、モンモランシーにも尋ねてみたが、三人とも首をかしげるばかりだった。
「そういや、なんかあったっけかな? てか、おれたちここ最近なにしてたっけか?」
「うーん、なにか忙しかったような。えっと、なんだったかしらモンモランシー?」
「あなたたち何を変なこと言ってるのよ。ここしばらく、事件みたいなことは何もなかったじゃない。トリスタニアの復興ももう終わるし、世は何事もなしよ」
 このときモンモランシーは自分が矛盾を含んだ言葉を口にしていることに気づいていなかった。
 なにかがおかしい。だが誰もなにがおかしいのかがわからないでいる。
「んーん、なんだっけかなあ? けどまあ、思い出せないってことはたいしたことじゃないんじゃないか?」
「そうね、サイトの言う通りかもね。あーあ、なんか頭がモヤモヤしてやな気分になっちゃったわ。話題を変えましょう。女王陛下、最近ウェールズ陛下とのお仲はどうなのですか?」
 キュルケが話を振ると、アンリエッタはそれはさぞうれしそうに答えた。
「はい、今はそれぞれの国で離れて暮らしておりますけれども、毎日のようにお手紙のやりとりをしてますので、まるでわたくしもアルビオンにいるように感じられますのよ。それに、もうすぐ全地方の領主の任命がすみますから、そうすればしばらくトリステインでいっしょに暮らせるんですの、楽しみですわ」
 アンリエッタとウェールズの鴛鴦夫婦ぶりは、もうトリステインで知らない者はいないほどだった。
 のろけ話の数々がアンリエッタの口から洪水のように飛び出し、キュルケやルイズは楽しそうに聞き出した。モンモランシーも、ギーシュもこうだったらいいのになとしみじみと思いながら聞き入っており、蚊帳の外なのは才人だけである。
「なあデルフ、おれあと二時間もこれ聞かされなきゃいけねえのか?」

914ウルトラ5番目の使い魔 61話 (8/15) ◆213pT8BiCc:2017/07/18(火) 20:53:58 ID:1IG2yQTQ
「はぁ、こういうことがわからねえから相棒はダメなんだよ」
 デルフにさえダメ出しされる才人の鈍感さは、もはや不治の病と呼んでもいいだろう。デルフは、少しはまじめに聞いて参考にしやがれと才人に忠告し、才人はしぶしぶ従ったが、デルフは内心どうせダメだろうなとあきらめかけていた。
 蒼天の下をとことこと進む四頭の馬。楽しそうな話し声が風に乗って流れ、女子たちの笑顔がお日様に照らされて輝き続ける。先ほどの違和感のことを覚えている者はもうひとりもいなかった。
 
 
 そして時間はあっというまに過ぎ、昼前になって目的地のヴォジョレーグレープの自生している山に到着した。
「うわー、こりゃまたジャングルみたいな山だな」
 ふもとから見上げて、才人は呆れたようにつぶやいた。高尾山登山みたいなものを想像していたがとんでもない、まるで中国の秘境で仙人が住んでいそうなすさまじく険しい高山だった。
 これはさぞかし荘厳な名前がつけられた山なんだろうなと才人は思った。しかし。
「ついたわよ、アラヨット山!」
 ルイズが大声で叫んだ名前のあまりに珍奇な響きに、才人は盛大にずっこけてしまった。
「ル、ルル、ルイズなんだよ、その山の名前はよぉ?」
「ん、あんた知らなかったの? この山にはじめて登頂して解禁日のヴォジョレーグレープを持ち帰ってきた平民の探検家がつけた名前よ。その勇敢さには貴族ですら敬意を表したと言われるわ、確か自分のことを”エドッコ”だと名乗ってたそうよ」
「ああ、さいですか」
 どうやら昔にトリステインにやってきた地球人らしいが、さすが世界に冠たる変態民族ジャパニーズ。残していく足跡の濃さが半端ではない。
 しかし、こちとらは探検家ではない。こんな要塞みたいな山どうやって登るんだよと呆然とする才人。しかしモンモランシーが杖を取り出してこともなげに言った。
「ヴォジョレーグレープは人間の手の入っていない秘境でしか育てない繊細な植物なのよ。それも、山頂でしかいい実はとれないから、ここからは早い者勝ちね。ん? どうしたのサイト、あなたを抱えていかなきゃいけないんだから早くロープで体をくくりなさいよ」
「あ、そういやメイジは飛べるんだったな。なるほど、これも魔法の授業の一環ってことか」

915ウルトラ5番目の使い魔 61話 (9/15) ◆213pT8BiCc:2017/07/18(火) 20:55:08 ID:1IG2yQTQ
 納得すると、才人はあまりうれしそうな顔ではないモンモランシーに感謝しつつ、彼女と体をロープでつないだ。フライの魔法で浮ける力には個人差があるが、どうやらここにいるメイジはルイズ以外、人ひとりを抱えて飛べるくらいの力はあるようだ。なおルイズはアンリエッタに抱えられている、新入生に運んでもらうなんて傑作ねと、周りで飛んでいる別のグループの生徒が笑っていたが、ルイズ的にはキュルケに借りを作ることのほうがプライドが許さなかったようだ。
「あーあ、こんなときに……の……に乗ればひとっ飛びだったのにね。あら? 誰の、なにだったかしら」
 キュルケがふと首をかしげたのもつかの間、険しい山もその上をまたいでいくメイジにかかっては積み木と変わらず、一行はたいしたトラブルもなくアラヨット山の山頂付近へと到着していた。
 山頂では特別教員のカリーヌやエレオノールが試験官として待っており、到着した者に厳しく言い渡した。
「ようし、よくここまでやってきましたね! しかし、本番はこれからです。上級生は日ごろ学んだ知識を活かし、新入生は上級生からよく学んで立派なポーションを作るように。落ち着いてやればできないことはありません、諸君らにトリステイン貴族としての矜持と信念があればおのずと道は開けるでしょう。ポーション作りもまた、魔法の一環である以上は精神のありようが結果を大きく左右します。採点に手加減はしないからそのつもりでいなさい。では、かかれ!」
 カリーヌとエレオノールの、娘や妹でも容赦しないという視線を背にして、ルイズたちは「これは本気でかからないと危ない」と、飛び出した。
 ボジョレーグレープの木は普通のブドウとよく似ていたが、実の形が決定的に違っていた。実がまるで紫色のダイヤのように高貴に輝いており、才人が見てさえこれが貴重なものだということが一目でわかった。それが木の枝中にびっしりと実っており、木一本でグループ全員の分としては十分すぎるほどであった。
 しかし、この神秘的な光景は解禁日の今日だけなのだ。急いで収穫してポーション作りを始めないといけない。見ると誰に運んできてもらったのかシエスタが地面に落ちた質の落ちる実をせっせと拾い集めて背中のかごへ入れている。負けていられない。
「ルイズ、足を引っ張らないでよ」
「馬鹿にしないでよ。実技ならともかく、ポーションならわたしだってなんとか……女王陛下は大丈夫ですか?」
「うふふ、心配なさらないで。モンモランシーさんが優しく指導してくださってますから」
「あわわ、女王陛下に手ほどきするなんてなんて名誉な。もし失敗なんかしたらモンモランシ家は、あわわわ」
「で、結局めんどくさい収穫作業はおれってことだよな。わかってましたよはいはい」
「相棒はマシなほうだろ、俺っちなんか剪定バサミの代わりだぜ。うれしすぎて泣けてくるぜ」
 こんなのでちゃんとしたポーションが作れるのだろうか? 不安がいっぱいで、木の下でシートを広げてポーション作りにいそしむ一行であった。

916ウルトラ5番目の使い魔 61話 (10/15) ◆213pT8BiCc:2017/07/18(火) 20:59:10 ID:1IG2yQTQ
 少し耳を澄ますと、ティファニアやベアトリスの悲鳴が聞こえてくるあたり、ほかのグループも難儀しているようだ。カリーヌのプレッシャーがすごいのと、どうやら今年のヴォジョレーグレープは実の品質の差が大きいらしい。
 
 だが、てんやわんやながらも楽しくできたのはそこまでだった。突然、山が崩れるのではないかという巨大な地震が彼らを襲い、山肌を崩して異様な魔人が巨体を現してきたのだ。
「ドキュメントZATに記録を確認、えんま怪獣エンマーゴ」
 才人の手の中のGUYSメモリーディスプレイが怪獣の正体をあばく。というより、鎧姿で剣と盾を構えて、王と刻まれた冠をかぶっている怪獣なんて他にいやしないのだから間違えるほうが困難だ。
 エンマーゴは地中からその姿を現すと、巨体で木々を踏みつぶし、口から吐き出す真っ黒な噴煙で山々の緑を枯らし始めた。
「野郎、このあたりをまとめてコルベール山にする気か!」
「はげ山って言いたいわけねサイト。この状況でとっさにそんなセリフが出てくるあたり、あんたもたいしたタマねえ」
 モンモランシーが呆れたような感心したような表情で後ろから見つめてくる。才人としては別にコルベールに悪意などを持っているわけではないのだが、ハゲという単語が頭の中で自動的に変換されてしまうのだ。
 しかし、このままエンマーゴに暴れさせるわけにはいかない。奴はまっすぐにアラヨット山を目指してくる。
「まあ大変ですわ。このままヴォジョレーグレープがだめにされたら、せっかくの楽しい遠足が台無しになってしまいます」
「女王陛下もけっこう余裕ですわね……と、とにかくここはご避難くださいませ」
 どこか現実離れした態度のアンリエッタにも呆れつつ、モンモランシーは自身の主君を怪獣の脅威から遠ざけるために、山の反対側を指して避難を促した。これに、家名のために王家に恩を売っておくべきという打算が入っていなかったといえば恐らく嘘になろうが、うまいジュースを作るには果汁の中に些少の水も必要であろう。人間とは血と肉と骨の混成体であり、その精神が混成体であってはいけない道理などはない。
 しかし、無法を我がものとする怪獣の暴挙に対して、逃げるわけにはいかない者たちもいる。才人とルイズは、キュルケにあとのことはよろしくと目くばせすると、仲間たちから離れて手をつなぎあった。
 
「ウルトラ・ターッチッ!」
 
 光がほとばしり、進撃するエンマーゴの眼前にウルトラマンAがその白銀と真紅の巨体を現した。

917ウルトラ5番目の使い魔 61話 (11/15) ◆213pT8BiCc:2017/07/18(火) 21:00:22 ID:1IG2yQTQ
「ウルトラマンAだ!」
 生徒たちから歓声があがる。みんなが楽しみにしていた遠足を邪魔する奴は許せないと現れた正義の巨人は、生徒たちに勇気と希望をもたらしたのだ。
「テエェーイッ!」
 掛け声も鋭く、ウルトラマンAは刀を振り上げてくるエンマーゴに立ち向かっていった。
 ウルトラマンAの金色の目と、エンマーゴのつりあがった真っ赤な視線が交差し、両者は刹那に激突する。エースの放ったキックをエンマーゴは盾で防ぐが、盾ごとエースはエンマーゴの巨体を押し返した。
 だがエンマーゴも負けてはいない。恐ろしげな顔をさらに怒りで燃え上がらせ、巨大な刀を振り上げてエースを威嚇してくる。あれで切られたらタロウのように一巻の終わりだ! エースは才人とルイズに注意を喚起した。
〔気を付けろ、一度戦ったことのある相手だが、油断は禁物だぞ〕
〔はい北斗さん、って……あれ? エンマーゴと戦ったことなんて、ありましたっけ?〕
〔あ、いやすまない。俺の勘違いだ……くそっ〕
 妙なことを言い出すエースに一瞬だけ首をかしげつつ、才人はルイズとともにエンマーゴに向かい合った。
 エンマーゴの特徴は、なんといってもその重装備だ。十万度の高温にも耐える鎧に、ストリウム光線をもはじく盾、そしてなんでも切断できる刀である。こと接近戦となれば太刀打ちできる怪獣や星人は宇宙中探してもそう多くはないだろう。
 しかし、エースにも今ならばからこそある武器がある。才人は、自分の相棒である世界最強の剣(才人談)を使うようエースにうながした。
〔北斗さん! デルフでぶった斬ってやろうぜ〕
〔ようし、まかせろ!〕
 相手が刀ならこちらも刀で勝負するまで。デルフリンガーを拾い上げたエースは物質巨大化能力を使って、数十メートルの大きさにまで巨大化させた。
 日本刀へと姿を変えているデルフを構えるエース。デルフも、この姿での巨大化初陣に張り切っている。
「うひょぉ、やっぱ大きくなると眺めがいいぜ。さぁて、サムライソードになったおれっちの威力、おひろめといこうか」
 剣は誰かに使ってもらわないと出番を作りようがないため、巡ってきたチャンスにはどん欲になるのはわかるが、せっかくの決め場なんだから少しは自重してほしいと思わないでもない才人とルイズであった。
 ともあれ、剣を構え、エンマーゴと対峙するエースの雄姿に新たな歓声があがる。メイジ、貴族にとって剣は平民の使う下賤な武器というイメージがあるが、ここまで大きいと有無を言わさぬ迫力がある。
「ヘヤアッ!」
 エースのデルフリンガーと、エンマーゴの宝剣が激突して、鋭い金属音とともに火花が飛び散る。デルフリンガーの刀身は、十分にエンマーゴの刀との斬りあいに耐えられることが証明された。

918ウルトラ5番目の使い魔 61話 (12/15) ◆213pT8BiCc:2017/07/18(火) 21:02:49 ID:1IG2yQTQ
 ようし、これならいけると喜びの波が流れる。さらに一刀、二刀と斬り合いが続いたがデルフリンガーは健在で、デルフ自身も不調を示すことはない。
 けれど、これで互角というわけではなかった。エースにあるのはデルフリンガー一本だが、エンマーゴには刀のほかに鎧と盾がある。防御力では圧倒的にエンマーゴのほうが優勢なのだ。
〔やつめ、誘ってやがるな〕
 才人は、せせら笑っているようなエンマーゴを見て思った。これだけ武装の差があれば当然といえるが、戦いは武器だけで決まるものではない。
 そう、戦いは人がするもの。人の力がほかの要素を引き出し、生かしも殺しもする。ルイズは才人に、それを見せてやれと叱咤した。
〔サイト、あんたの力を見せてやりなさい。あのときみたいに!〕
〔ああ、あのときみたいに。いくぜ、これがウルトラマンの本当の力だぁーっ!〕
 才人とエースの心が同調し、エースはデルフリンガーを正眼に構えて一気に振り下ろした。それに対して、エンマーゴは「バカめ」とでもいうふうに盾を振り上げてくる。盾で攻撃を防いで、そこにカウンターで切り捨てようという気なのだ。
 デルフリンガーとエンマーゴの盾が当たり、エンマーゴの口元がニヤリと歪む。しかし、エンマーゴは次の瞬間に予定していたカウンターを放つことはできなかった。エースの剣は盾で止まらずに、そのまま力を緩ませずに盾ごと押し下げてきたのだ!
〔なに安心してやがんだ! 本番はこれからだぜ!〕
 才人の気合とともに、止まらない一刀が火花をあげながらエンマーゴの盾を押し込み、なんと盾に食い込み始めた。
 灯篭切りというものがある。達人が、一刀のもとに石でできた灯篭を真っ二つにしてしまうというものだ。それに、日本では武者が盾を持って戦うことはなかった、それはなぜか? 日本刀の一撃の前には、盾など役に立たないからだ。
「トアァーッ!」
 エースと才人の気合一閃。デルフリンガーはついにエンマーゴの盾をすり抜けて、エンマーゴの体を頭から足元まで駆け抜けた。
 一刀両断。エンマーゴは愕然とした表情のまま固まり、真っ二つになった盾が手から外れて足元に転がる。
「見たか! 新生デルフリンガー様の切れ味をよ!」
 ご満悦なデルフが高らかに笑い声をあげた。しかしうれしいのはわかるが、せっかく決めのシーンなんだから少しは我慢してくれよと思わないでもない才人だった。
 だが、新生デルフリンガー……すさまじい切れ味には違いない。素体になった日本刀が名刀だったのか数打だったのかは才人にはわからないが、丹念に研いでくれた銃士隊の専属の研ぎ師さんには感謝せねばなるまい。
 エンマーゴは、超高速でかつ鋭すぎる一撃で両断されたため、一見すると無傷の状態で立ち往生していた。だがそれも一時的なことだ、残された胴体もまた左右に泣き別れになろうとしたとき、介錯とばかりにエースの光波熱線が叩き込まれた。
『メタリウム光線!』
 鮮やかな色彩を輝かせる光の奔流を撃ち込まれ、エンマーゴは微塵の破片に分割され、飛び散って果てた。

919ウルトラ5番目の使い魔 61話 (13/15) ◆213pT8BiCc:2017/07/18(火) 21:04:11 ID:1IG2yQTQ
 爆発の炎が青い空を一瞬だけ赤く染め、エンマーゴの刀が宙をくるくると舞って山肌に地獄の化身の墓標のように突き立った。
 勝利! エンマーゴは塵となって消え、山々に平和が戻った。エンマーゴによって荒らされた山肌も最小限で済み、ヴァジョレーグレープも無事で済んだ。
〔やったな、才人、ルイズ〕
〔はい! でも、おれたちだけの力じゃないぜ。怪獣に立ち向かうには、なにより心の力が大事なんだって、前にエンマーゴと戦ったときにしっかり見たからこそできたんだ〕
〔そうよ、わたしたちは一度戦った相手になんか負けるわけないんだから〕
〔ふたりとも……〕
 北斗はこのときなぜか手放しでの称賛をしなかった。才人とルイズは、エンマーゴと戦ったことを理性では”ない”と言ったが、たった今無意識においては”あった”と言ったのである。
 それにしても、どうして唐突にエンマーゴが現れたのか? ウルトラマンAは、喜ぶ才人とルイズとは裏腹に、虚空を見つめて一言だけつぶやいた。
〔奴め、とうとう動き出したか……〕
〔ん? 北斗さん、今なんて?〕
〔あ、いやなんでもない。それより帰ろう、遠足はまだまだこれからだろう?〕
〔ああっ! そうだったわ。急ぐわよサイト、時間切れで失格なんてことになったら、お母様に本気で殺されちゃうわ!〕
 ふたりはすっかり遠足気分に戻り、エースは「それなら長居は無用だな」と、デルフリンガーを手放して飛び立った。
「ショワッチ!」
 エースの姿は青空の雲の上へと消えていき、生徒たちは手を振ってそれを見送った。
 
 
 そして遠足は再開され、アラヨット山にはまた魔法学院の生徒たちの悲喜こもごもな声が響き渡る。
 自然は穏やか、懸念していた猛獣もエンマーゴに驚いて逃げてしまったのか影も見せずに平和そのもの。そうしているうちに昼が過ぎ、あっという間にタイムリミットが迫ってきた。
「ああっ! また失敗したわ。もう、このヴォジョレーグレープ腐ってるんじゃないの?」
「なわけないでしょルイズ。わたしも女王陛下もとっくの昔にポーション完成させてるのよ? それより、次で失敗したら確実にタイムオーバーよ、いいのルイズ?」

920ウルトラ5番目の使い魔 61話 (14/15) ◆213pT8BiCc:2017/07/18(火) 21:06:02 ID:1IG2yQTQ
「うう、うぅぅぅ……モ、モンモランシー……手伝って、ください」
「わかったわよ、こっちはずっとそのつもりだったのに。まあルイズが人に頭を下げるだけでもたいしたものかしら? よほどカリン先生が怖いのね」
 ルイズはキュルケに指摘されて、しぶしぶながらモンモランシーの助力を受けながら最後のポーション作りにとりかかった。
 プライドの高いルイズでも、それ以上の恐怖には勝てなかったわけだ。その理由を知るアンリエッタは「わたくしも手伝いますわ、焦らずがんばりましょう」とルイズを励ましてくれている。
「うぅ、作り方は間違ってないはずなのに、なんでよ」
「単にルイズが不器用なだけだろ」
「なあんですてぇバカ犬! あんた今日ごはん抜きよ!」
「きゃいーん!」
 まさに口は災いの元。余計な一言でルイズを怒らせた才人は、その後ルイズの怒りをなんとか解いてもらうために苦労するはめになった。
 世の中、思っても言ってはいけないことがある。いくらルイズが編み物をしようとするとセーターという名の毛玉ができるほど神がかったぶきっちょだとしても、人間ほんとうのことを言われると腹が立つものだ。
 タイムリミットギリギリのところで、ルイズはなんとかエレオノールから合格点をもらってホッと息をついた。もし間に合わなかったら、ルイズの人生はここで終わりを告げていた可能性が高い。
 
「ようし、これで全員合格だ。よくやった、あとは学院に戻って解散だ。その後は……ふふ、楽しみにしていなさい」
 
 日が傾き始める中、生徒たちはやりとげた達成感を持ってアラヨット山を後にした。
 そして帰校して、持ち帰ったヴォジョレーグレープを食堂のマルトーに渡した生徒たちは、数時間後にすばらしいご褒美を得ることができた。
「舌がとろけそう、これはまさに天国の味ですわね……」
 出来上がったヴォジョレーグレープのワインを口にして、アンリエッタは夢見心地な笑顔を浮かべた。
 『固定化』の魔法を使っても保存が不可能、作ったその時にしか味わえないヴォジョレーグレープのワインは、芳醇であり、甘みもしつこくなく、喉を通る時もさわやかで、まさに至高にして究極の味わいをプレゼントしてくれた。
「かんぱーい!」
 食堂は満員で、そこかしこで乾杯の声が聞こえてにぎやかなものである。

921ウルトラ5番目の使い魔 61話 (15/15) ◆213pT8BiCc:2017/07/18(火) 21:07:29 ID:1IG2yQTQ
 むろん、ルイズや才人も上機嫌で舌鼓を打っており、キュルケは酔ったふりして脱ぎだして男子生徒の視線を集めて楽しんで、モンモランシーは酔った勢いでティファニアに詰め寄っているギーシュをしばきに行っていた。
 ギムリやレイナールたち在校生、ベアトリスら新入生も陽気に騒いで、歌って飲んでいる。
 教師連も同様で、コルベールやシュヴルーズらも年一度の味を精一杯礼節を保ちながら楽しんでいる。オスマンは酔ったふりしてエレオノールのスカートを覗きに行って顔面を踏みつぶされた。
 シエスタやリュリュはおかわりを求める生徒たちにワインを詰めたビンを運ぶために休まずに右往左往している。しかし、仕事が終わった後はちゃんと彼女たち用の分が残されているので、その顔は明るい。
 この日ばかりは平民も貴族も上級生も新入生も教師も関係なく、共通の喜びの中にいた。特に、今年は例年にも増して騒ぎが大きい、それもそのはず。
「あっはっは、やっぱり自分で苦労して手に入れたもんは格別だぜ!」
 自分で足を運び、手を動かして、汗を流して手に入れたからこそ、そこには他には代えがたい喜びが生まれるのだ。たとえば貝が嫌いな子供が自分で潮干狩りをして得たアサリならば喜んで食べるのも、そのひとつと言えよう。
 才人に続いてルイズも、顔を赤らめながら上品にグラスを傾けてつぶやく。
「怪獣と戦ったりしたから、その苦労のぶん喜びもひとしおね。点数をつければ百点満点……いえ、それ以上。今日のこの味は、一生覚えているでしょうねえ」
 苦労の大きさに比例して、達成したときの喜びも大きい。誰もが、その恩恵を心から噛みしめていた。
 宴は続き、まだまだ終わる気配を見せない。
 
 
 だが、宴に沸く魔法学院のその様子を、どす黒い喜びの視線で眺めている者がいたのだ。
「アハハハ! まさにグレェイト! そしてワンダホゥ! こうも予定通りに事が進むとは、さすが高名な魔法学院の皆々様。あのエンマーゴは、石像に封じられたオリジナルを解析して再現したデッドコピーでしたが、期待以上に働いてくれました。まったく、いい情報をいただき感謝いたしますよ、お姫様?」
 暗い宮殿の一室で、モニターごしに喜びの声をあげる宇宙人。しかし、感謝の言葉を向けられた青い髪の少女は、じっと押し黙ったままで答えようとはしなかった。
「……」
「おや? お気にめさないですか。でも、石像が運び込まれていた怪獣墓場にまでわざわざ出向いて行ったついでに、ウルトラ戦士にもう一度挑戦したいという方も幾人かお誘いできましたし、私はまさに万々歳です。あそこはいいところですね、そのうちまた行きたいものです。なによりこれで、我々の目的に一歩近づきました。よかったですね、ねえ国王様?」
「フン、つまらん世辞はいらんわ。言う暇があったらさっさと出ていけ。まだ先は長いのだろう? まったく、貴様のやり口は悪魔でさえ道を譲るだろうよ」
「お褒めの言葉と受け取っておきましょう。でも、忘れてもらっては困りますよ? これがあなた方の望んだ理想の世界だということを。では、次の見世物の準備ができたらまた参りますね。お楽しみに」
 宇宙人は去っていき、残された二人のあいだには鉛のように重い沈黙だけが流れ続けた。
 
 しかし、去った宇宙人は一見平和に見えるハルケギニアのどこかで、夜空にコウモリのようなシルエットを浮かべながら笑っていたのだ。
 
「まずは、”喜び”。フッフフフフ、確かにいただきましたよ。さて、次はなんでいきましょうか? 頑張って趣向を凝らしませんとねえ」
 
 異常が異常でない世界。しかし、世は平和で人々は幸せそうに生きている。
 侵略ではなく、破壊でもない。ならば何が企まれているのか? すべてはまだ、はじまったばかりに過ぎない。
 
 
 続く

922ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2017/07/18(火) 21:32:27 ID:1IG2yQTQ
今回は以上です。
最初読まれたときは投稿事故か外伝突入かと思われたかもしれませんが、これはれっきとした60話の続きです。
なんでこんなことになったのか? それは話ごとに明らかにしていきますが、読者の方にかなり鋭い方がいるようなので加減が難しいです。

923ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/23(日) 21:29:05 ID:W92l79z6
5番目の人、乙です。それでは投下を始めさせてもらいます。
開始は21:30からで。

924ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/23(日) 21:31:24 ID:W92l79z6
ウルトラマンゼロの使い魔
第百五十話「悪魔の復讐」
炎魔人キリエル人
炎魔戦士キリエロイドⅡ 登場

 ルイズ、才人、ジュリオの前に現れた人型の人魂、キリエル人。その名乗りに、ジュリオは
眉間に深い皺を刻みながらつぶやく。
「キリエル……確か終末思想を唱える異教徒が崇拝する偶像の名がそんなだった。それが実在
してて、今こうしてぼくたちの目の前にいるなんてね……。それも攻撃してくるなんて」
「何が目的!? あんたも侵略宇宙人なの!? それともガリアの刺客!?」
 杖を握り締めながら詰問するルイズ。それにキリエル人は、やや気分を害したように返答する。
『このキリエル人をそのような低俗な者どもと同一視しようとは、それだけで愚かしいほどの
無礼よ。我らは無知蒙昧なるお前たち人間を、救済へと導く存在である!』
「き、救済?」
『如何にも。人間は欲深く、愚鈍なる生物。貴様らの罪深き魂は、このキリエル人の導きに
従うことによってのみ救われるのだ』
 最早高圧的などというレベルではないことをさも当然かのように語るキリエル人に、ルイズは
怒りを通り越して引いていた。
「か、勝手なこと言ってんじゃないわよ! そういうのを侵略っていうんでしょうが!」
「やめておきなよ、ルイズ。こういう輩には何を言ったところで無駄なもんさ」
 ジュリオが知った風な顔でルイズを押しとどめた。
『こちらも、得体にならぬ話をしに来たのではない。我らの聖なる焔で浄化するのだ! この
キリエル人に逆らったという大罪をッ!』
 豪語するとともに業火を放ってくるキリエル人。ルイズたちは慌てて逃れる。
「あいつ、一体何言ってるの!? さっきから訳のわかんないことばっか!」
「ルイズ、下がってろ! 危ないぞ!」
 デルフリンガーを構えてルイズを守ろうとする才人に、ジュリオが告げる。
「いや、危ないのはきみだと思うよ、サイト」
「え? どういうこと?」
「だって奴の狙いは……きみ一人のようだから」
 目を丸くしてキリエル人に振り返った才人は、その殺気が自身にのみ向いているようで
あることに気がついた。
『我が炎によって消え失せよ、咎人よッ!』
「ええええーッ!?」
 キリエル人の火炎弾から走って逃れる才人。それを追いかけながらキリエル人ががなり立てる。
『貴様、許さんぞ! あの時の裁きを受けよッ!』
 執拗に狙われる才人にジュリオが言う。
「随分と好かれてるねぇ。きみ、何やったの?」
「知らねぇよッ! 今日初めて会ったよ!?」
 全く呑み込めない才人だが、キリエル人はお構いなしで火炎を飛ばしてくる。炎はどんどんと
周囲に燃え移っていき、このままではルイズのみならず他の関係ない人たちも危ないだろう。
「くッ……ついてこいッ!」
『逃がさんぞ!』
 咄嗟の判断で大聖堂の外へ向かって全速力で駆け出す才人。キリエル人はやはり彼を標的に
して追跡していく。
「サイトぉッ!」
「行くなってルイズ! ここはひとまず彼に任せよう」
 身を乗り出したルイズをジュリオが制止し、才人はキリエル人を引きつけながら大聖堂を
飛び出していった。

 人気のない裏路地に入ったところで才人は立ち止まり、背後から追いかけてきていたキリエル人
へと向き直る。

925ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/23(日) 21:34:18 ID:W92l79z6
「お前、何なんだよ! どうして俺のことを狙うんだ!?」
『とぼけるな! 我らは忘れぬぞ、あの時の屈辱をッ!』
 問いかけた才人だが、キリエル人は怒りに駆られているためかその答えはまるで要領を得ない。
呆れ果てた才人は別の問いを投げかける。
「お前がどうして俺を目の敵にするのか、この際それはどうでもいい。けど関係ない人を
巻き込むような攻撃をするのはやめろ! お前の炎で誰かが重傷を負ったりしたらどうするってんだ!?」
 しかし、キリエル人はそれに傲然と言い返す。
『そんなことは知ったことではない! 我らの焔は聖なる炎。このキリエル人を崇めず、
ただの人間を崇拝する愚劣の極みたる者どもの罪を焼却して救済することにもなるのだ!』
 このキリエル人の言葉に、いよいよ才人も怒りが頂点に達した。
「ふざけんじゃねぇッ! 命を救おうとしない奴に、何が救えるんだ!!」
 あまりにも身勝手なキリエル人を、もう許すことは出来ない。才人はウルトラゼロアイを
取り出して装着。
「デュワッ!」
 即座にウルトラマンゼロに変身して、深夜のロマリアの市街の中心に立ち上がる。
『変身したか。ならば見せてやろう! 復讐のために、更に研ぎ澄ました炎と、戦の姿を!』
 対するキリエル人も、立ち昇る煙の柱とともに姿を変え、ゼロと同等のサイズの怪巨人となった!
 まるで白骨がそのまま怪物となったかのような体躯に、顔面はひどく吊り上がっていて、
凄絶な笑みを浮かべているようにも見える。そして胸部の片側には、明滅を繰り返す発光体。
殺気に溢れたこの肉体は、キリエル人の戦闘形態、キリエロイドである。
『姿を変えたか! だが如何様な姿になろうとも、必ず抹殺してくれるッ!』
『訳の分かんねぇことばっかくっちゃべってんじゃねぇぜ! 降りかかる火の粉は払うだけだ! 
行くぜッ!』
 夜の街に突如として出現した二人の巨人に、住居も持たない貧民を中心としたロマリア市民が
大騒然となる中、ゼロとキリエロイドの決闘の火蓋が切って落とされる。
「キリィッ!」
 先制したのはキリエロイドだ。風を切る飛び蹴りでゼロに襲いかかる。が、ゼロも迅速に
反応して回避。
「テヤッ!」
「キリィッ!」
 着地したキリエロイドに横拳を仕掛けようとしたが、その瞬間キリエロイドが後ろ蹴りを
見舞ってきたので防御に切り替えた。交差した腕でキックを受け止める。
「キリッ! キリィッ!」
 キリエロイドの勢いは止まらず、手技を織り交ぜた速い回し蹴りの連発でゼロを徐々に
追いつめていく。キリエロイドの高い敏捷性とフットワークの軽さから来る連続攻撃は、
反撃を繰り出す余地を与えない。
「デェヤッ!」
 しかし格闘戦ならゼロにとっても得意分野。相手のキックを捕らえて上に押し返すことで、
キリエロイドを宙に舞わせる。そこを狙って今度こそ拳を打ち込むも、キリエロイドは即座に
受け身を取って拳を打ち払った。
「シェアッ!」
「キリィッ!」
 ゼロは背後に跳びながらゼロスラッガーを投擲。それをキリエロイドは火炎弾の爆撃で
はね返した。スラッガーがゼロの頭部に戻る。
『なかなかやるじゃねぇか……』
 下唇をぬぐって精神を落ち着かせながらつぶやくゼロ。ゼロの宇宙空手の腕でも、キリエロイド
との格闘戦は互角の状態だ。また、キリエロイドの攻撃の一発一発には重い恨みの念が籠っている
ことにもゼロは気がついた。それがキリエロイドの技のキレも威力も増しているのだ。

926ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/23(日) 21:36:47 ID:W92l79z6
 ここでゼロは一瞬、周囲の地表を一瞥した。街のそこかしこに、まだ避難の完了していない
人間が大勢いる。ロマリアは人口密度がハルケギニアでも一位二位を争うレベルなので、その分
避難にも手間と時間が掛かっているのだ。あまり勝負が長引けば、彼らに危険が及ぶ恐れが
比例して高まる。
『とっとと勝負を決めてやるぜッ! はぁぁぁッ!』
 ブレスレットを輝かせ、ストロングコロナゼロに変身。超パワーで格闘戦を決めてしまおうと
いう魂胆だ。
「キリィッ!」
 だがしかし、その瞬間にキリエロイドの肉体にも大きな変化が生じた!
『何!?』
 みるみる内に筋肉が盛り上がり、肉体全体がパンプアップ。腕には刃が生え、より攻撃的な
形態となる。
「向こうも変身した……!」
 大聖堂の外に出て戦いを見守っているルイズが戦慄した。ゼロのお株を奪うかのような
形態変化であった!
「キリィッ!」
『ぐッ!』
 変身を遂げたキリエロイドが飛び込んできて、ストレートパンチを見舞ってくる。ガードした
ゼロだが、盾にした腕がビリビリ痺れた。肉弾戦特化のストロングコロナの腕を痺れさせるとは、
よほどの重さだ!
「キリィッ! キリィッ!」
「セェェアッ!」
 更にキリエロイドは腕の刃を武器にして斬撃を振るってくる。ゼロは両手にゼロスラッガーを
握り締めて対抗し、火花を散らして切り結ぶ。
 一気に勝負を決めるつもりが、キリエロイド側の対応で依然として拮抗。だが、それでは
長期戦に弱いウルトラ戦士が不利となる。
『だったらこうだッ!』
 そこでゼロは戦法を再度変化。ストロングコロナからルナミラクルゼロとなり、キリエロイドの
斬撃をかわしながら高空へと飛び上がった。接近戦が駄目なら、空中戦だ。
「キリィィッ!」
 しかし、キリエロイドもまた再び変身。背面に巨大な翼を生やし、ゼロに向かって一直線に突貫!
『なッ!? うわぁぁぁッ!』
 ジェット機をも上回るスピードで体当たりされたゼロははね飛ばされ、地表に叩きつけられてしまう!
「ゼロッ!」
 思わず絶叫するルイズ。しかも追いかけて着地したキリエロイドが翼を仕舞ってゼロの
背後を取り、首に腕を回してきつく締め上げ出した。
「キーリキリキリキリ!」
『うッ、ぐぅぅぅぅ……!』
 ゼロの苦しみを反映するように、カラータイマーが点滅して危機を報せる。しかしこんなに
密着されていては、超能力を発動する隙がない。ゼロのピンチ!
「何とかしないと……!」
 ルイズが身を乗り出しかけたが、その時に後ろから誰かに呼びかけられた。
「待った、ルイズ! ここはぼくたちに任せてくれ!」
 振り返るルイズ。そこに並んでいたのは……。
「ギーシュ! みんなも!」
 ギーシュを先頭にした、オンディーヌの隊員たちである。ギーシュは胸を張ってルイズに宣言。
「ゼロには何度も助けられている。今度はぼくたちが彼を助ける番だ!」
「い、言うじゃないの! 見直したわギーシュ!」
 驚くルイズ。こんなに頼もしいギーシュは今までにあっただろうか。
「それじゃあお願い!」
「ああ! 行くぞみんな、今こそ練習の成果を見せる時だ!」
「おおッ!」

927ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/23(日) 21:38:44 ID:W92l79z6
 ギーシュの号令により、オンディーヌが一斉に杖を高々と掲げた。果たして彼らはどんな
魔法を駆使してゼロを助けるというのか、ドキドキと緊張するルイズ。
「今だッ!」
 そして彼らの杖の先端から同時に魔法の光が発せられ、ゼロの正面で弾ける!
 現れたのは……光による、ハルケギニアの文字の列。
「えッ? 文章?」
 呆気にとられるルイズ。反対側から見ているので文字が左右逆だが、ルイズはそれが「がんばれ
ゼロ」と書かれていることを理解した。
 オンディーヌが口々に叫ぶ。
「負けるなゼロー!」
「こんなことでやられるあなたではないだろう! まだやれるッ!」
「しっかりするんだ! ぼくたちがついてるぞー!」
 わぁわぁと応援の言葉を叫ぶ、だけのオンディーヌにルイズがズルッと肩を落とした。
「ちょっとあんたたちぃッ!? 期待させといて応援するだけってどういうことなのよ! 
もっとマシなこと練習しなさいよッ!」
 大声で突っ込むルイズだが、ギーシュたちは堂々と言い返した。
「何を言うかね! 所詮ドットかラインのぼくたちの魔法で、怪獣をまともに相手に出来る
はずがないだろう!」
「勇気と無謀をわきまえて、出来ることをするのが戦場で生き残る秘訣だよ!」
「無茶をして命を散らす方が、ゼロの気持ちを裏切ることになるよ!」
「そ、それはそうかもしれないけどッ!」
「あはは、面白いね彼ら」
 どうも釈然としないルイズの傍らで、ジュリオが噴き出していた。
 しかしそんなルイズとは裏腹に、オンディーヌの作り出した魔法の光に照らされたゼロは、
胸の内に勇気が湧き上がってきた!
『あいつら……よぉしッ!』
 気合い一閃、通常状態に戻ると同時にキリエロイドの腹部に鋭い肘鉄をお見舞いする。
「キリィィッ!」
 キリエロイドがひるんで拘束が緩んだ隙に脱出。ゼロは体勢を立て直すことに成功した。
「ほら見ろ! ゼロが助かったぞ!」
「ぼくたちの応援が功を奏したんだ!」
「間違ってなかっただろう!?」
「え、えぇー……まぁ、そうかもしれないけど……」
 喜ぶオンディーヌに、ルイズは反応に困った。
 それはともかくとしてゼロは、スラッガーを連結してゼロツインソードDSを作り上げた。
毅然と構え、デルフリンガーへ呼びかける。
『行くぜデルフ! あいつらに応援された手前、あんま情けねぇとこは見せられないからな!』
『その意気だぜ! さぁ、おまえさんの本当の実力を見せつけてやんな!』
 ゼロとキリエロイドが互いに肉薄。キリエロイドが腕の刃を振りかざして斬りかかってくる。
「キリッ! キリィッ!」
「シェアッ! ハァァァッ!」
 しかしゼロはツインソードを閃かせて相手の刃を弾き返し、がら空きになったボディに
斬撃を仕返ししていく。
「キッ、キリィィィッ!」
 大剣による連撃を入れられ、さしものキリエロイドもただでは済まずに大ダメージを負った。
そうして隙が生じた相手を、ゼロは思い切り蹴り上げて宙に浮かす。
「セェアッ!」
「キリィーッ!」
 空中に舞ったキリエロイドへと、ゼロがまっすぐ跳躍!
『これでフィニッシュだぁッ!』
 空にZ型の斬撃が刻まれ、キリエロイドは体内の火炎が暴走して爆散! 紅蓮の灯火を
バックに、ゼロが颯爽と着地した。

928ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/23(日) 21:41:47 ID:W92l79z6
「やったぁ! ゼロの逆転勝利だ!」
「練習の甲斐があったぜ!」
「うおおぉぉーッ!」
 大空の彼方へと飛び去っていくゼロを見送りながら、一気に沸き立って大喜びするオンディーヌの
面々。その様子を一瞥したルイズは、ふぅと息を吐いていた。
「まぁ、勝ったし良しとしましょうか……」

 キリエロイドを撃退し戻ってきた才人は、新しくあてがわれた客室でルイズを相手につぶやいた。
「それにしても、さっきの奴は何だったんだろうな。どうして俺のこと、あんなに敵視してた
のかな……」
「やっぱり誰かと勘違いしてたんでしょ。そうでもなきゃ説明がつかないわ。あんた、あれとは
会ったことなかったんでしょ?」
「当然だよ。あんなけったいな奴、どこかで会ってたら忘れたりしねぇよ」
 しかし、このハルケギニアに自分に似た人間などいるのだろうか? 人種から違うのに……
と考える才人だったが、キリエル人を撃破した今、真実を確かめることは出来なくなった。
「まぁいっか。それよりこれからのことだ。さっきのはガリアとは無関係だったみたいだけど、
三日後には必ずガリアが何らかの動きを見せるはずだ。きっとまた何か怪獣を送り込んでくる
はず……。今度こそガリアをとっちめて、タバサを解放してやらなきゃ」
 と使命に燃える才人だったが、そこにゼロが尋ねる。
『けど、いいのか才人? 本当にガリアと事を構えて。そう簡単には決着がつかないと思うぜ』
「もちろんだよ。何度も言ってるだろ?」
『けどな……せっかく帰れるようになったってのに。ズルズルとここに留まることになるかも
しれねぇんだぜ』
 今のゼロの言動に、ルイズは反射的に振り返った。
「えッ、今のどういうこと!? サイトが……帰れる!?」
『ああ。才人には先に言ったんだけどな』
 ゼロがルイズに告げる。
『一度死んで、命の再生がやり直しになってた訳だが、思ったよりも早く完了してな。つい
昨日のことだ』
「命が再生したってことは……ゼロとサイトが分離できるってことよね?」
『そういうことだ。そいつはつまり、才人を地球に送り返せるってことだ』
 少なくないショックを覚えるルイズだったが、話の流れはその方向に進んでないことに気づく。
「そ、それなのにサイト、まだこっちにいるつもりなの?」
 才人はあっけらかんと答えた。
「ああ。だって今の中途半端な状況を投げ出すなんて、目覚めが悪いよ。最低でも、タバサを
ガリアから完全に救い出して安全を確保する! それが済むまではな」
「で、でも……いいの? もう一年以上もこっちにいるじゃない。その……ご家族が心配
されてるはずよ。また危ない目にも遭うでしょうし……確実に帰れる内に帰って、後のことは
わたしたちに任せるのだって……」
 自らの負い目もあり、才人を説得するルイズだったが、それでも才人の気持ちは変わらなかった。
「いいんだ。そりゃあ本音を言えば、母さんたちの顔を見られないのは寂しいけどさ……。
でも、ただの高校生だった俺がウルトラマンだぜ? そして一つの星を救ったなんてことを
土産話にすれば、みんなひっくり返るよ! 母さんも、俺のことを誇りに思ってくれるはずさ! 
それまで我慢するよ」
 その時のことを想像して瞳を輝かせる才人。そんな彼の様子にルイズは思わず肩をすくめた。
「もう、すっかり英雄気取りね。でも……」
 ルイズは、いけないことだとは思いつつも、才人がハルケギニアに留まる道を選んだことに、
喜びと幸せが心の中に溢れて仕方なかった。顔がにやけるのを堪えるのが大変であった。
 才人の家族には申し訳ないと思いながら、この時間が一分一秒でも長く続けばいいのに……
そんな考えまで抱いていた。

929ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/23(日) 21:43:16 ID:W92l79z6
以上です。
才人が留まるよ!やったねルイズ!

930ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/29(土) 00:18:38 ID:Kyl6YLKo
こんばんは、焼き鮭です。今回の投下を行います。
開始は0:20からで。

931ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/29(土) 00:21:49 ID:Kyl6YLKo
ウルトラマンゼロの使い魔
第百五十一話「ブリミルの贈り物」
地中鮫ゲオザーク 登場

 アンリエッタの密命により、ルイズとティファニアをロマリアへと連れてきたオンディーヌ。
そこで待っていたのは、教皇ヴィットーリオからのガリア王ジョゼフ廃位の計画の協力要請だった。
タバサを救うために才人は乗り気であったが、ルイズは彼がまた危険を背負い込むことになる故に
消極的だった。そして返答を保留したまま――間に才人がキリエル人から身に覚えのない復讐を
されるなんてこともあったが――一日が経過した。
 そして早朝、才人は昨晩誘われた通り、ジュリオに連れられ地下のカタコンベまで来ていた。
ひんやりと湿った空気が漂う狭い通路の中、才人がぼやく。
「辛気臭いとこだなぁ。こんなとこで見せたいものって何だよ。お墓とかじゃないだろうな」
「墓というのはある意味で合ってるかもね。でも、眠ってるのは人じゃない」
「はぁ?」
 才人とジュリオが行き着いた場所は、四方に鉄扉がついた円筒状の空間だった。ジュリオは
鉄扉の一つの前に立つと、錠と何重もの鎖を取っ手から外し、錆びついた扉を力ずくで開ける。
その途端に埃が舞い上がり、才人は思わずむせる。
 扉の奥は照明がなく、真っ暗であった。しかしジュリオが部屋中の魔法のランタンに明かりを
灯すことで、その暗闇の中に隠されていたものが才人の目に露わとなった。
「な、何だよこりゃ……」
「驚いたかい?」
 ジュリオが言った通り、才人は目の前に広がった光景に、一瞬にして圧倒されていた。
 手前の棚にところ狭しと並べられているのは、明らかな銃器。しかもハルケギニアの原始的な
ものとは全く違う……地球製のものばかりだった。イギリス製の小銃から始まり、ロシアのAK小銃。
サブマシンガンにアサルトライフル……スーパーガンやウルトラガンなど、歴代の防衛隊の銃器
までもあった。ほとんどは錆で覆われていて、完全に壊れているものもあるが、いくつかは新品
同様にピカピカと光を反射していた。
「見つけ次第、“固定化”で保存したんだが……中には既に壊れていたり、ボロボロだったり
したものもあったんでね」
 ジュリオの言葉が半分くらいしか頭に入ってこないほど、才人はこの部屋に収められている
ものを見回していた。近代の技術による銃火器以外にも、火縄銃やマスケット銃などの古典的な
ものや、日本刀やブーメランなど時代と地方を選ばずに、武器と呼べるものがこれでもかと鎮座
している。ちょっとした博物館のようであった。
「……何でここにこんなものがあるんだ?」
 才人の疑問に答えるジュリオ。
「東の地で……ぼくたちの密偵が何百年もの昔から集めてきた品々さ。向こうじゃ、こういう
ものがたまに見つかるんだ。エルフどもに知られないように、ここまで運ぶのは結構骨だった
らしいぜ」
 言いながら、部屋の一番奥にある、仕切りのカーテンに手を掛けるジュリオ。
「ほら、これなんかは一番大きいものさ。あまりにも大きいんでそのままじゃ運べないって
ことで、一旦解体されてからここで組み立てたそうだぜ。最初から壊れてて使えないのに、
そこまでする必要があったのかは甚だ疑問だけどね」
 カーテンが引かれ、その奥に隠されていたものを目の当たりにした才人が、思わず息を呑む。
 それは、全長五十メイルにまで届きそうな、巨大な足の生えたサメであった。……いや、
ビリビリに破けた皮膚の下から露出しているのは肉ではなく、鋼鉄の人工物。つまり、怪物
ザメに偽装したロボットなのだ。
「巨大生物に偽装したカラクリ。誰が、何のためにこんなけったいなデカブツを造ったんだろうね」
 肩をすくめるジュリオ。今は完全に破壊されていて物言わぬ巨大ロボットは、ネオフロンティア
スペースの地球人が巨人の石像を探し出すため、またその際に正体が露見しないように怪獣に見える
ように作り上げられた、ロボット怪獣ゲオザークである。才人たちのあずかり知るところではないが。

932ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/29(土) 00:25:23 ID:Kyl6YLKo
「けどこっちのデカブツはまだ動くみたいだ。動かし方が分からないんだけどね」
 ジュリオがゲオザークから離れ、油布に覆われた小山のようなものに近づき、その油布を
引っ張って取り外した。
 積もった埃がずり落ちた油布によって舞い上がる中、才人は再度目を見張った。
「こ、こんなものまで……」
 武骨ながらもそれが逆に芸術性を感じさせるような黒塗りの車体。下部には四輪と、その後方に
キャタピラが備わっている。そして一番目立つのが、機首より突き出た太く鋭いドリル。側面には、
歴史の教科書で目にしたウルトラ警備隊の紋章がランプの灯りに照らされ燦然と輝いていた。
 地球防衛軍開発の、ウルトラ警備隊に配備された地底戦車であり、史上最大の侵略を仕掛けてきた
ゴース星人の基地を爆破するための特攻で全機失われてしまったはずのマグマライザー。紛れもない
本物だった。
 才人は思わずマグマライザーに手を触れた。その途端、左手のガンダールヴのルーンが
仄かに光った。それが、マグマライザーがまだ生きていることの証明だった。
 マグマライザーに圧倒されている才人の様子を見て、ジュリオが口を開く。
「ぼくたちはね、このような“場違いな工芸品”だけじゃなく、過去に何度も、きみのような
人間と接触している。そう、何百年も昔からね。だから、きみが何者だか、ぼくはよく知っているよ」
「お前……」
「そしてきみは、この“武器”たちの所有者になれる権利を持っている。だから、この“場違いな
工芸品”はきみに進呈しよう」
「権利だと? どういう意味だ?」
「これは元々きみのものなんだよ、ガンダールヴ。きみの“槍”として贈られたものなのさ」
 言いながら、ジュリオは“虚無”の使い魔の歌を唱えた。その中では、神の左手ガンダールヴは、
左手に大剣、右手に長槍を握っていたとある。
「ぼくはヴィンダールヴ。ありとあらゆる獣を手懐けることができる。怪獣は大きすぎて
難しいんだけどね。それでも、既に何匹かはロマリアから遠ざけることに成功してるよ」
 才人はロマリアが、空中大陸のアルビオンと違って地上の国なのに怪獣被害が少ないという
話を聞いた覚えがあるのを思い出した。神官らは始祖ブリミルの威光と喧伝しているそうだが、
ジュリオがそのタネだったという訳だ。
「ミョズニトニルンは、ガリアの怪しい女。マジックアイテムを使いこなす。普通の戦いだったら
最強だろうね。最後の一人は、ぼくもよく知らない。まぁそれは今は関係ない。きみだ、きみ! 
左手の大剣はデルフリンガーのことだよ。でもって、右の長槍……」
「どう見たってこいつらは槍には見えないぜ」
 マグマライザーを指差す才人に、ジュリオは説く。
「槍ってのはそのままの意味じゃない。“間合いが遠い”武器って意味さ。強いってことは、
“間合い”が遠いってことだ。怪獣が何故強いか分かるかい? 尋常じゃないタフさもあるけど、
単純に人間よりずっとでかいからさ。おまけに火や光線も吐く。ただの人間じゃ、鉄砲の弾が
届く範囲にすら近づく前にお陀仏だよ。対してウルトラマンゼロたち巨人は、怪獣と同等の
間合いに、それ以上の破壊光線を発射することで怪獣以上の最強として君臨してる。六千年前の
最強の武器は“槍”だった。それだけの話さ」
 マグマライザーの装甲を叩くジュリオ。
「始祖ブリミルの魔法は未だに聖地にゲートを開き、たまにこういうプレゼントを贈ってくれる。
考えられうる最強の武器……ガンダールヴの“槍”をね。だからこれはきみのものだ。兄弟(ガンダールヴ)」
 才人は胸が震えるのを感じた。スパイダーも、佐々木の乗っていたゼロ戦も……始祖ブリミルの
魔法によって導かれたものだったのだろう。そして、多分自分も……ひょっとしたら、ウルトラマン
ゼロすらも……。
 ゼロは時空の移動中に遭遇した次元嵐を抜ける最中、何かの力に引っ張られて自分と衝突
したと言っていた。
「まぁ、そんな訳できみに進呈するよ。ぼくたちが持っていても、さっき言ったように使い方が
分からないし……作れないし直せない。どんなに強い“槍”だろうが、量産できなきゃ意味はない。
きみたちの世界は、いやはや! とんでもない技術を持っているね。ウチュウ人にだって負けないんじゃ
ないか?」

933ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/29(土) 00:28:15 ID:Kyl6YLKo
「聖地にゲート?」
「そうさ。他に考えられるかい? 多分、何らかの“虚無魔法”が開けた穴だ。きっとね」
 才人はここに来て次々知らされた内容に、めまいを覚えそうな気分にすらなった。

「……そんな訳で、こいつをもらってきた」
 昼食後、才人は客室で、姿見からこの場に来てもらったミラーとグレンに、カタコンベから
持ってきた銃器を見せていた。
 レベルスリーバースの地球の一つからゲートを潜り、ハルケギニアへとやってきたその武器の
名は、ディバイトランチャー。ナイトレイダーという組織の標準兵装である、可変光線砲だ。
武器に勘の働くデルフリンガーが、こいつが一番汎用性に優れると勧めたのだ。本来ならば
生体認証で登録者以外は取り扱うことは出来ないのだが、そこはガンダールヴの力でクリアした。
「へぇ〜。しっかしすげぇ話だなぁおい。何か色々と地球の人や物品がここに来てるみてぇ
だとは思ってたけどよ、まさかそんな仕掛けがあったとは!」
 ジュリオから伝えられ、才人が話したガンダールヴの“槍”と聖地のゲートの話に、グレンは
感心し切っていた。ミラーもまた、圧倒されたように顎に手をやる。
「その聖地のゲートというのは、要するにスターゲートのようなものなのでしょうね。しかし、
一個人がそれを作り上げようとは……」
『ああ。俺も話だけだったら、多分信じなかった。それだけとんでもねぇ内容だぜ』
 ミラーに同意を示すゼロ。スターゲートとは、多次元宇宙を股に掛けて存在する怪獣墓場の
唯一の恒常的な出入り口であるグレイブゲートのような、宇宙と宇宙をつなぐ扉である。しかし
もちろん、そんな大それたものがそうそう簡単に設置できるものではない。グレイブゲートも、
誰が作ったものなのかは未だ解明されていない。
 それなのに、ブリミルは六千年も機能するほぼ完璧な形のゲートを作り上げたようだ……。
“虚無”の魔法の強力さは、自分たちの想像以上だとゼロたちは感じた。
「けど今はそれよりガリアのことだぜ。ルイズの奴は、作戦に未だに反対してるってか?」
 話題を変更するグレン。才人はうなずく。
「そうみたいだ。どうも不機嫌でな……。せっかくのガリアの王様をやっつける絶好の機会
だってのに、どうして分かってくれないんだ? ルイズの奴」
 ぼやく才人に、ミラーが告げる。
「恐らくルイズは、あなたに危険が及んでほしくないのですよ。サイト、あなたが一番危険な
立場ですからね」
「でも、危険なら今までいくらでもあったじゃないか。どうして今頃……」
 納得できていない才人に、グレンもうんうんうなずいていた。そんな二人にミラーは肩を
すくめる。
「自ら危険を呼び入れようとするのに反対なのでしょう。女性とは、親密な男性相手には
そうするものです」
「うーん……俺にゃあそういう心理はいまいち分かんねぇぜ」
 全く女心に疎いグレンがポリポリ頭をかいた。
「で、そのルイズは今どうしてんだ?」
「ああ、あいつなら教皇聖下に呼ばれてたぜ。“始祖の祈祷書”も持っていって、向こうで
何やってるんだろ……」
 才人がつぶやいたその時、不意にこの部屋の中に、ピコン、と軽快な電子音が鳴り渡った。
「ん? 今の何だ? 何かの着信か?」
「あッ、ごめん俺だ。……えッ!?」
 つい反射的にグレンに答えた才人が、目を見張った。
「着信!? そんな馬鹿な!」
 まさかと思いながら通信端末を引っ張り出すのだが……その画面には確かに、メールの
着信を知らせる表示があった。
 ハルケギニアに来てから、一度も出てくることのなかった表示だ。
『お、おい才人、これって……』
「そんな……どうして、今になって……」

934ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/29(土) 00:30:32 ID:Kyl6YLKo
 ゼロも才人も、唖然としていた。様々な機能を持つ端末ではあるが、宇宙を隔てているの
だから、通信の類だけは絶対に出来ないはずなのだ。

 その理由は、ルイズの側の行いにあった。
 ルイズとティファニアはヴィットーリオに、新たな呪文の発見の場に招待されていた。
紆余曲折あってコルベールから“火のルビー”を返却されたことを契機に、新しい“虚無”を
祈祷書の中から見つけ出そうとしたのだった。
 最初に祈祷書を見たティファニアは何も見つけられなかったが、ヴィットーリオは新たな
呪文を得た。
 それは“世界扉(ワールド・ドア)”。その名の通り、ハルケギニアと別の世界を一時的に
つなぐ扉を作り出す呪文。
 その扉を通った電波を端末が受信し……地球からのメールが、才人の元に届いたのだった。

 才人の端末には、何通ものメールが受信された。単なるダイレクトメールもあれば、友人からの
メールもあった。しかし一番多かったのは……母からのメールだった。
 才人は最後のメールを開いて、読んだ。

 才人へ。
 あなたがいなくなってから一年以上が過ぎました。
 今、どこにいるのですか?
 高凪春奈さんがよく元気づけに来てくれます。私は平賀くんに会った、いつか無事に帰って
くるから心配しないでくださいといつも言ってくれます。
 でも、いつかじゃなく今すぐにあなたの無事な姿を見たいのです。
 もしかしたら、メールを受け取れるかもしれないと思い、料金を払い続けています。
 今日はあなたの好きなハンバーグを作りました。
 タマネギを刻んでいるうちに、なんだか泣けてしまいました。
 あなたが何をしていようが、かまいません。
 ただ、顔を見せてください。

 その内に接続は切れたが、受信したメールはそのまま端末にある。
 ぽたりと、画面に涙が垂れる。
「お、おいサイト……」
 グレンが青ざめた顔で言いかけたが、ミラーが静かに首を振りながら止めた。
『……』
 ゼロもまた、何も言葉を発さなかった。

 ルイズは教皇の執務室から客室へと帰ってくる途中だった。
 ヴィットーリオやジュリオは、ルイズが“ワールド・ドア”を用いて才人を元の世界に
帰すようにと言い出すのではないかと考えていたようだが、才人は最早帰ろうと思えば
帰れる身。その上で自分からハルケギニアにいることを選んだのだから、そんなことを
切り出すつもりはなかった。
 けれども、いつか帰還する時のために自分を極力大切にするようにと再度説得するつもりで
戻ってきたのだが……客室の扉の前に、ミラーとグレンが難しい顔で並んでいるのに面食らった。
「二人とも、どうしたの? サイトは……」
 尋ねると、ミラーは口の前に指を立ててルイズに口を閉ざさせてから、ドアを少しだけ
開いて中の様子を見せてくれた。
 才人は、机の前で身体をかがめ、肩を微妙に上下させていた。泣いているのだ、とすぐに分かった。
「ミラー、一体何が……?」
 小声で尋ねると、ミラーが腕組みしながら説明した。
「どうしてなのかは分からないのですが……サイトの端末にメール……手紙が届いたのです」

935ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/29(土) 00:33:49 ID:Kyl6YLKo
「手紙……? 誰からの?」
「故郷……母君からです」
「……かわいそうにな……」
 グレンも、ポツリとそれだけつぶやいた。
 ルイズは、頭を殴られたようなショックを感じた。
 自分は、才人がハルケギニアに留まると宣言した時、喜びと幸せを感じていた。
 才人の親がどんな思いでいるのか、そして才人がそれを知った時、どんな思いになるのか……
考えもしなかった。

 翌日。泣き疲れていつの間にか眠ってしまっていた才人は、無理矢理にでも気分を切り換える
ことに決めた。明日は、いよいよ教皇の即位三周年記念式典。ガリアが必ず何らかの動きをする
だろう。その時に、今のような気分のままでいたらいけない。
 それと、昨日のことはルイズには秘密にしておこう。また、自分のせいにして落ち込む
だろうし。……そう考えて、努めていつも通りの調子でルイズに朝の挨拶をしたのだが……。
「おはよう」
 ルイズは昨日までの不機嫌さはどこへ行ったのか、にっこりと笑って挨拶を返した。しかも
いつもの魔法学院の制服ではなく、やけにおめかしした姿だった。その上、こんな時にも関わらず
才人を街のお祭りへ……デートへと連れ出したのだ。才人は訳が分からず、目を白黒させた。
 しかもルイズのおかしさはそれだけに留まらなかった。デート中、ルイズはずっと笑顔を
崩さなかった。才人が何を言っても。パンツを見せろだの、胸を触らせろだの、普段なら烈火の
如く怒り出すような無茶な注文をしても、嫌がるどころか進んでその通りにしたのだった。
ずっと反対していた作戦にも受け入れていた。
 才人は、もしかして寝ている間にアンバランスゾーンに入り込んでしまったのではないかと
変なことまで考えてしまった。
「なぁゼロ、さっきからずっとルイズが変だ。何か知らないか?」
『……』
「ゼロ……?」
 ゼロに尋ねかけても、ゼロも何故か一切口を利かなかった。しかし存在は確かに感じられる。
以前のように、長い眠りに就いている訳でもないようだった。
 どういうことはさっぱり呑み込めない才人を、ルイズはぐいぐい引っ張って祭りを堪能したのであった。

 そして夕方、二人は大聖堂の客室へと帰ってきた。才人はいよいよ我慢ならなくなって、
背を向けているルイズに問いかけた。
「なぁルイズ、お前何で今日はあんなに俺に笑顔を見せたんだ? そろそろ教えてくれよ。
何か理由あってのことなんだろ?」
 するとルイズは、やはり笑顔のまま振りかえって……答えた。
「サイト、これが今までたくさん助けてくれたあなたへの、わたしからの精一杯のお礼の
気持ちよ」
「今まで……?」
 ルイズの物言いに、才人は何だか不穏なものを感じた。
 そして、ルイズは続けて言った。
「それに……あなたには、笑顔のわたしを憶えて、故郷に帰ってほしいの。これがわたしの、
最後のわがまま」
 才人は固まった。
「お、俺が、故郷に帰る? 最後のわがまま? お前、何言って……」
「手紙が届いたんですってね。お母さまから」
 一瞬、才人は絶句した。
「聞いたのか……!」
 ルイズはやはり笑顔のままだが、鬼気迫る様子で才人に言いつけた。
「サイト、あなたは帰らなくちゃいけないのよ。今すぐにでも」
「ま、待てルイズ! それは……!」

936ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/29(土) 00:35:21 ID:Kyl6YLKo
 才人が取り成そうと言いかけたが、その時に左腕に妙な熱さを感じた。
 思わず左腕を持ち上げると……それまで一時も腕から外れたことのなかったウルティメイト
ブレスレットが、夢の世界の中でさえ消えなかったゼロとのつながりが……そこから消えていた。
「なッ……!?」
 そして気がつけば、自分の目の前に見知らぬ顔立ちの青年が立っていた。しかし顔に覚えは
なくとも、その雰囲気を自分はよく知っていた。
 その青年の左腕に、ウルティメイトブレスレットがあった。
「ゼロッ!?」
「才人……あまりに急になっちまったが、これでお別れだ。勝手かもしれねぇが……お前と
いた時間、とても楽しかったぜ」
 ゼロが自分に、手の平をかざす。
「待って! 待ってくれッ!」
 才人の呼びかけも聞かず、手の平からフラッシュが焚かれた。
 それを最後に、才人の意識が途切れた。

 才人の身体が、ぐらりと傾く。強制的に眠りに就かされた彼をルイズが抱きしめ、その顔を
優しく両手で包んで唇を重ねた。
「さよなら……わたしの優しい人。さよなら、わたしの騎士」
 ひっく、と嗚咽を漏らしたルイズが、ゆっくりと才人をベッドに横たえた。そしてゼロへと
振り返る。
「……いいわ。ゼロ、お願い」
「ああ……」
 ゼロが才人を地球に送り届けるために、ウルトラゼロアイを手に取った。――その寸前に、
鏡からミラーナイトの報せが飛び込んできた。
『ゼロ! ガリアに異様な気配が何十も感じられました! 恐らく、怪獣の大軍団が用意
されています!』
 それに、ルイズは大きく舌打ちする。
「こんな時に……!」
 ゼロは申し訳なさそうに告げる。
「……すまねぇな。ちょいと延期になっちまう。けど才人も一日二日は目を覚まさないだろう。
それまでに、何としてでも片をつけてやるぜ」
「お願い……。わたしも、出来る限りのことをするわ」
 ゼロとともに部屋を出る時に、ルイズは一度だけ振り返った。涙がとめどなく溢れ、頬を伝う。
涙を拭うこともせずに、ルイズはつぶやいた。
「さよなら。わたしの世界で一番大事な人」

937ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/29(土) 00:35:53 ID:Kyl6YLKo
ここまでです。
まぁこうなる。

938ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/07/31(月) 19:52:22 ID:CWP4DxYk
ウルトラマンゼロの人、投下お疲れ様でした

さて皆さん今晩は、無重力巫女さんの人です
特に何もなければ19時56分から85話の投下を開始します

939ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/07/31(月) 19:56:23 ID:CWP4DxYk
 夏季休暇真っ最中のトリスタニアがチクトンネ街の一角にある、居酒屋が連なる大通り。
 夜になれば酒と安い料理…そして女目当てに仕事帰りの平民や下級貴族達でごったがえすここも、今は静まり返っている。
 繁華街という事もあって人の通りは多いものの、日が暮れた後の喧騒を知る者たちにとっては静か過ぎると言っても過言ではない。
 それこそ夜の仕事に備えて日中は洞窟で眠る蝙蝠の様に、夕方までぐっすり快眠できる程に。
 
 そんな通りに建っている居酒屋の中でも、一際売り上げと知名度では上位に位置するであろう『魅惑の妖精亭』というお店。
 比較的安くて美味く、メニューも豊富な料理に貴族でも楽しめる数々の名酒、際どい衣装で接待してくれる女の子達。
 この周辺に住む者達ならば絶対に名前を知っているこの店も、日中の今はシン…と静まり返っている。 
 しかし、その店の二階にある宿泊用の部屋では、数人の少女達が別室で寝ている者たちを起こさない程度の声で話し合っている。
 そしてその内容はこの店…否、このハルケギニアという世界に住む者達には理解し難いレベルの会話であった。

 シングルのベッドにクローゼットとチェスト、それにやや大きめの丸テーブルに椅子が置かれた部屋。
 その部屋の窓際に立つ霊夢は、ニヤニヤと微笑む紫を睨みながら彼女に質問をしている。
 いや、それは窓から少し離れたベッドに腰掛けるルイズから見れば、゙質問゙というよりも゙尋問゙や゙取り調べ゙に近かった。
「全く。アンタっていつもいないないって話してる時に鍵って平気な顔して出てくるわよね」
「あら?酷い言い方ね霊夢。貴女たちが困っているのを、私が楽しんで眺めていたって言いたいのかしら?」
「あの式の式の文句が丸聞こえだった…ってことは、そうなんじゃないの?」
「失礼しちゃうわね。私は橙が文句を言っているのに気が付いたから、結果的に出てくるのが遅れちゃったのよ」
「それじゃあ結局、私達がいないないって騒いでたのを傍観してたんじゃないの!」
「こらこら、ダメよ霊夢?そんなに怒ってたら若いうちから色々と苦労する事になるわよ」
 怒鳴る霊夢に対して冷静な紫はクスクスと笑いながら、ついでと言わんばかりに彼女を茶化し続ける。
 自分に対し文句を言っていた橙に勉強と言う名の説教をしていた時も、その笑顔が変わる事は一瞬たりとも無かった。
 そして、あの霊夢をこうして怒らせている間も彼女はその余裕を崩すことなく、笑いながら巫女と話し合っている。
 
 あれが強者が持つ余裕というものなのだろうか?
 いつもの冷静さを欠いて怒る霊夢と対照的な紫を見比べながら、ルイズは思っていた。
 きっと彼女ならば、ハルケギニアの王家やロマリアの教皇聖下が相手でもあの余裕を保っていられるに違いない。
 そんな事を考えながらジーっと二人のやり取りを見つめていると、壁に立てかけていたデルフが話しかけてきた。
『よぉ娘っ子、そんなあの二人をまじまじと見つめてどうしたんだい?嫉妬でもしてんのか?』
「嫉妬?なにバカな事言ってるのよアンタ、そんなんじゃないわよ」
『じゃあ何だよ』
「いや…ただ、ユカリの余裕っぷりがちょっと羨ましいなぁって感じただけよ」
『…?あぁー、成程ねぇ』
 留め具を鳴らす音と共に、デルフは彼女が凝視していた理由を知った。
 確かに、あの金髪の人外はちょっとやそっとじゃあ自身の余裕を崩す事はないに違いない。
 人によってはその余裕の持ち方が羨ましいと思ったりしてしまうのも…まぁ分からなくはなかった。

 しかし、それを羨ましいと目の前で言うルイズが彼女の様になれるかと問われれば…。
 本人の前では刀身に罅が入るまで口に出せない様な事を考えながら、デルフは一人呟く。

940ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/07/31(月) 19:58:23 ID:CWP4DxYk
『…けれどまぁ、ああいうのは経験だけじゃなくて持って生まれた素質も関係するしなぁ』
「どういう意味よソレ?」
『いや、お前さんには関係ない事だ。忘れてくれ』
 どうやら聞こえていたらしい、こりゃ迂闊な事は言えそうにない。
 自分の短所を暗に指摘してきた自分を睨み付けてきたルイズを見て、デルフは改めて実感する。
 幸いルイズ自身は昨晩から連続して発生している想定外の事態に疲れているのか、自分の真意には気が付いていないようだ。
 このまま追及されずに、何とかやり過ごせそうだと思った矢先、

「要するにデルフは、短気で怒りっぽいルイズが紫みたいになるのは無理だって言いたいんだろ?」
「へぇ、そう……って、はぁ?ちょっと、デルフ!」
『魔理沙、テメェ!』

 そんな彼に代わるのようにして、ルイズたちのやりとりを見ていた魔理沙が火付け役として会話に割り込んできたのだ。 
 椅子に座って自分たちと霊夢らのやり取りを眺めていた魔法使いは、何が可笑しいのかニヤニヤと笑っている。
 恐らくは暇つぶし程度でルイズを煽ったのだろうが、デルフ本人としては命に関わる失言なのだ。
「いやぁー悪い、悪い。今のルイズにも分かるように丁寧に言い直してやったつもりなんだがな」
『だからっておま――――…イデッ!』
 反省する気ゼロな笑顔でおざなりに頭を下げる彼女にデルフは文句を言おうとしたものの、
 ベッドから腰を上げて近づいてきたルイズに蹴飛ばされ、金属質な喧しい音を立てて床に転がった。

「この馬鹿剣!人が朝からヘトヘトな時に馬鹿にしてくるとかどういう了見なの!?」
『いちち……!お前なぁ、そうやって一々激怒するのが駄目だってオレっちは言ってんだよ!』
「何ですって?言ってくれるじゃないのこのバカ剣!」
 床に転がった自分を見下ろして怒鳴るルイズに対し、流石のデルフも若干怒った調子で文句を言い返す。
 伊達に長生きしていない彼にとって、短所を指摘して一方的に怒られることに我慢ならなかったのだろう。
 意外にも言い返してきたデルフに対しルイズも退く様子を見せる事無く怒鳴り返して、床に転がる彼を拾い上げる。
「今すぐこの場で訂正しなさい、じゃなかったらアンタの刀身をヤスリで削るわよ!」
『ヤスリだと?へ、面白れぇ!やれるもんならやってみやがれ、そこら辺の安物じゃあオレっちは傷一つつかないぜ!』
 もはやお互い一歩も引けず、一触即発寸前の危ない空気。
 どちらかが折れるかそれとも最悪な展開に至ってしまうのか、という状況の中で。
 この争いを引き起こした張本人であり、最も安全な場所にいる魔理沙は驚きつつもその笑顔を崩していない。
 むしろ二人の言い争いを楽しんでいるのか、楽しそうにお茶を啜っている。

「ははは、喧嘩は程々にしとけよおま―――…ッデ!」
「争いを引き起こした張本人が何観戦に洒落込もうとしてんのよ!」
 しかし、始祖ブリミルはそんな魔法使いの策略に気付いていたのだろう。
 ルイズの使い魔としで神の左手゙のルーンを持つ霊夢からの、容赦ない鉄拳制裁が下された。

 死なない程度に後頭部を殴られた魔理沙は殴られた場所を手で押さえて、机に突っ伏してしまう。
 頭に被っていた帽子が外れて床に落ちるものの、今はそれを気にせる程の余裕は無いらしい。
 呻き声を上げながら机に顔を伏せる彼女を見下ろし、鋭い目つきで睨む霊夢は魔理沙を殴った左手に息を吹きかけている。

941ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/07/31(月) 20:00:23 ID:CWP4DxYk
「全く、アンタってヤツは目を離した途端にこれなんだから」
「イテテ…!だからって、おま…!あんなに強く殴る必要があるのかよ…」
「私はそんなに強く殴った覚えはないわよ」
 今にも泣きそうな魔理沙の抗議に対し、しかし霊夢は涼しい表情で受け流す。
 どうやら殴った加害者である巫女と、被害者の魔法使いとの間には認識の違いがあるらしい。
 しかし、第三者から見てみればどちらが正しい事を言っているのかは…まぁ一目瞭然と言うヤツだろう。
「さっきの一発、絶対普段からのうっぷん晴らしで殴ったわよね」
『だろうな。流石のオレっちでも、あんな風に殴られたら怒るより先に泣いちゃうかも』
 突然の殴打に一触即発だったルイズとデルフも、流石にアレは酷くないかと魔理沙に同情してしまっている。
 その魔理沙のせいで言い争いをする羽目になった二人から見ても、霊夢の殴打は間違いなぐやり過ぎ゙の範囲なのだ。

 霊夢の一撃で先ほどまで騒がしかった部屋が静まり返る中、紫が三人と一本へ話しかける。
 それは、ちょっとした諸事情で部屋にいないこの部屋の主とその従者に代わっての注意喚起であった。

「朝から賑やかな事ね。けど、あんまり騒がしいと後で藍に怒られますわよ。
 あの娘も色々とここで人間相手に信用を築いているし、その努力がパァになったら流石の彼女も怒るわよ?」
 
 笑顔を絶やさず自分たちを見つめて喋る紫に、霊夢は面倒くさそうな表情で「分かってるわよ」とすかさず返す。
 ルイズも同様に、紫の式が静かに怒っていた時の事を思い出してコクリと頷いて見せる。
 魔理沙は未だ机に突っ伏して呻いているが、頭を押さえていた両手の内右手を微かに上げた。
 大方「分かってるよ」と言いたいのだろうが、さっきルイズ達を煽っていた所を見るに理解していないようにも見える。
 最後に残ったデルフは三人がそれぞれ答えを返して数秒ほど後に、留め具を鳴らして言葉を出した。

『んな事、百も承知だよ。最も、レイムが殴るのを止めなかったお前さんも大概だがな』
「あら、随分と口が悪い剣なのね。まぁそのお蔭でこの娘たちと仲良くやれてるんでしょうけど?」
「それどういう意味よ?」
 デルフの冷静な指摘に対しても、その笑みを崩さぬ紫が彼に返した言葉にすかさず霊夢が反応し、
 再び嫌悪な空気が流れ始めたのを感じ取ったルイズは、たまらずため息をついてしまいたくなってしまう。
 そして彼女は願った。できるだけ、藍と橙の二人が自分と霊夢たちの荷物を手に速く帰ってこれるようにと。 

 現在このハルケギニアを訪問している八雲紫の式である八雲藍とその式の橙。
 本来この部屋を借りている彼女たちは今、ルイズたちが言い争うこの部屋にはいない。
 二人は紫からの命令を受けて、昨晩ルイズたちが大きな荷物を預けた店『ドラゴンが守る金庫』へと足を運んでいる。
 理由は勿論、その店に預けているルイズ達三人の荷物を取りに行って貰ってるからだ。
 念のため藍がルイズの姿に化けて荷物を出してもらい、その後で橙と一緒に運んでくるらしい。

 ルイズ本人としては不安極まりなかったが、今の状況ではやむを得ない選択であった。
 本当ならば任務の為に長期宿泊する宿を見つけてから荷物を取り出しに行く予定であったが、肝心の資金が盗まれてそれは不可能。
 とはいえ一度出された任務はこなさなければと考えていたルイズに、話を盗み聞きしていた紫がこんな提案をしてきたのである。

942ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/07/31(月) 20:02:23 ID:CWP4DxYk
―――ならここに泊まれば良いんじゃないのかしら?丁度他の部屋は余裕があるんでしょう?
―――――えぇ?ルイズはともかく、博麗の巫女たちと一緒に…ですか?
―――別に貴女には彼女たちを手助けしろだなんて言ってないわ、寝泊まりできる場所を確保してあげなさいって事よ
 当初は主の提案に難色を示した藍であったが、結局は主からの命令に従う事となった。
 橙も何か言いたそうな顔をしていたが、その前にされていた説教が大分効いたのか何も言うことは無かった。

「けれども、今の私達なんて文無しでしょう?泊まりたくても泊まれないじゃないの」
「いや、お金に関してなら私の口座に…少しだけなら残ってたと思うわ」
 とはいえ、荷物はあっても任務をこなす為に必要な経費が無くなってしまった事に代わりは無い。
 霊夢がそれを指摘すると、ルイズはこの夏季休暇に使う事は無いだろうと思っていた手札を彼女に明かす。
 本来ならどん詰まりの状況なのだろうが、幸いルイズには財務庁の方で口座を開いていたのである。
 口座…といっても実際には実家から送られてくる月々のお小遣いで、大した金額は入っていない。
 それでも並みの平民にとっては半年分働いて稼いだ額と同じ金額であり、宿泊代は何とか捻出できる程にはある。

「あるといっても、三人分で一週間泊まれるかどうかの金額しかないけどね」
「それまでは並の人間らしい生活は遅れるけど、それ以降は物乞いデビューってところね」
「……冗談のつもりなんでしょうけど、今はマジで洒落にならないから言わないでよ」
 今の自分たちにとって最も笑えない霊夢の冗談に突っ込みを入れつつ、ふと紫の方へと困った表情を向けてみる。
 ここに自分たちを泊まらせるよう式に命令した彼女なら、きっと自分の手助けをしてくれるかもしれない。
 そんな甘い期待を胸に抱いたルイズは手に持っていたままのデルフをベッドに置くと、いざ紫に向かって話しかけた。
「ゆ―――」
「残念ですが、お金の事に関しては貴女と霊夢たち自身の手で解決しなさい」
「うわ最悪、読まれてたわ」
『そりゃお前さん、あたりめーだろ』
 すがるような表情から一転、苦虫を踏んだかのような苦しい表情を浮かべてしまう。
 まぁダメで元々…という感じはしていたが、こうもストレートかつ百パーセントスマイルで拒否されるとは思ってもいなかった。  
 ついでと言わんばかりに放たれるデルフの突っ込みを優雅にスルーしつつ、ルイズは紫へ話しかけていく。

「どうして駄目なのよ?アンタなら自分の能力でいくらでも金貨を出せそうじゃないの」
「その通りね。私のスキマが…そう、゙王宮の金庫゙とここを繋げば…それこそ貴女に巨万の富を授ける事はできるわ」
「……成程、その代わり私が世紀の大泥棒になるって寸法ね」
 自分の質問に目を細めてとんでもない返答をした紫に、ルイズは彼女を睨みながら冗談で返す。
 大抵の人間が言えば冗談になるような例えでも、目の前にいるスキマ妖怪が言うと本気に思えてしまう。

「ちょっとアンタ、ルイズに何物騒な事吹き込んでるのよ」
 そこへ紫の事は…少なくとも自分より詳しいであろう霊夢がすかさず彼女へと噛みついてくる。
 まぁ妖怪退治を本業とする彼女の目の前であんな事を言ったのだ、そりゃ警戒するつもりで言うのは当たり前だろう。
 そんな事を思って霊夢の方へと視線を向けたルイズは、そのまま彼女と紫の会話を聞く羽目になった。

943ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/07/31(月) 20:04:33 ID:CWP4DxYk
「冗談よ霊夢。貴女ってホント、いつまで立っても人の冗談とかジョークに対して冷たいわよね」
「アンタは人じゃないでしょうが。それにアンタの性格と能力を知ってる私の耳には、本気で言ってるようにしか聞こえないわ」
「まぁ怖い!このか弱くてスキマしか操れない様な私が、そんな怖ろしい事をしでかすとでも…」
「しでかすと思ってるから、こうして警戒してるのよ私は」
 ワザとらしく泣き真似をしようとする紫にキツイ調子でそう言った霊夢の言葉に、ルイズ達も同意であった。
 ルイズ自身彼女と知り合って行こうしょっちょうちょっかいを掛けられていたし、デルフは幻想郷に拉致されている。
 魔理沙も紫の能力がどれだけ便利なのかは間近で見ていた人間であり、そして彼女が最も油断ならない妖怪だと知っている。
 霊夢に至っては、いわずもがな…というヤツだ。

 結果的にスキマ妖怪の言葉に誰一人信用できず、霊夢は疑いの眼差しを紫へと向けている。
 二人の近くに立つルイズに、殴られたダメージが癒えつつ魔理沙も顔を上げて紫を見つめていた。
 流石に分が悪いと感じたのか、それともからかうのはそろそろやめた方が良いかと感じたのか…。
 三人の視線を直に受けていた紫はその顔に薄らと微笑みを浮かべると、両肩を竦ませた。

「流石にそんな事はしないわ霊夢。…けれど、貴女たちにお金の支援をすることはできないと再度言っておくわ。
 私の能力を使えば確かに楽に集まるけれど、それを長い目で見たら決して貴女たちに良い結果をもたらさないしね」

 ようやく聞けた紫からのまともな返答に、ルイズは「…まぁそうよね」と渋い表情を浮かべて納得する。
 昨晩は霊夢が荒稼ぎして手に入れた大金を盗まれたせいで、とんでもないどんちゃん騒ぎに巻き込まれてしまった。
 変に荒稼ぎせずに、アンリエッタが支給してくれた経費で長期宿泊できる宿を探していればこうはならなかったに違いない。
 というか、あの少年は自分たちが派手に稼いだのを何処かで見ていたに違いないだろう。
 そんなルイズの考えている事を読み取ったのか、紫は笑顔を浮かべたまま考え込んでいるルイズへと話しかける。
「藍の話を聞いた限りでは、貴女たち…というか霊夢が賭博で色々と派手にやらかしたそうね?」
 思い出していた最中に不意打ちさながらに入ってきた紫の言葉に、ルイズは思わず頷いてしまう。
「…そうよね。よくよく考えてみたら、昨日あんだけド派手な大勝してたら…そりゃ寄ってくるわよね」
「ちょっとルイズ、それはアンタの我儘を叶える為に張ってあげた私の苦労を台無しにする気?」
「いや、お前さんはそんなに苦労してないだろうが」
 反省しているかのようなルイズに、昨日稼いだ大金を即日盗まれた霊夢が苦言を漏らすも、
 ようやく後頭部の痛みが和らいできた魔理沙が恨めしそうな目で彼女を睨みつけながら突っ込みを入れられてしまう。
 そこへデルフもすかさず『だな』と、短くも魔法使いの言葉に便乗する意思を見せる。

 流石に魔理沙デルフにまでそんな事を言われてしまった霊夢は機嫌を損ねたのか、口をへの字に曲げてしまう。
「何よ、昨日は一発勝負大金稼いでやった私に対する仕打ちがこれなの?失礼しちゃうわね」
「…というか、博麗の巫女としての勘の良さを賭博で使う貴女が巫女としてどうかと思うわよ…霊夢?」
 そんな時であった、昨日の事を思い出していた彼女へ紫がそう言ってきたのは。
 さっきまでと同じ調子に聞こえる声は、どこか冷たさと鋭さを併せ持ったかのような雰囲気を霊夢は感じてしまう。
 それを機敏に感じ取った霊夢の表情がスッ青ざめたかと思うと、ゆっくりと紫の方へと顔を向ける。

 そこに八雲紫は佇んでいたが、帽子の下にある笑顔には何故か陰が差している気がする。
 他の二人とデルフも先ほどの彼女の声色が微妙に変わっているのに気が付いたのか、怪訝な表情を浮かべて二人を見つめている。

944ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/07/31(月) 20:06:43 ID:CWP4DxYk
「あれ?どうしたのかしら二人とも…何かおかしいような」
 青ざめる霊夢と微笑み続ける紫を交互に見比べていたルイズが言うと、そこへ魔理沙も続いて呟く。
「あちゃ〜…何か良くは知らんが、あれは紫のヤツ…今にも怒りそうだな」
『まぁ声の色にちょっとドスが入っているっぽいからな…ありゃ相当カッカしてると思うぜ』
 これまでの経験から何となくスキマ妖怪が起こるっているであろうと察した魔理沙がそう言うとデルフも同じような言葉を呟き、
 両者の意見を聞いた後でもう一度紫の笑顔を見たルイズは、 「え、え…何ですって?」と軽く驚いてしまう。

 一瞬にして部屋の空気が代わった事に気が付かず、微笑み続けている紫は霊夢に喋り続けていく。
「貴女、昨日は随分と荒稼ぎしたそうね?それこそ、店の人間を泣かすくらいに」
「あ、あれはルイズが良い宿に泊まりたいって言うから、それでまぁ…ん?」
 珍しく焦った表情を霊夢が若干慌てた様子で昨日の事を説明する中、紫がふと自分の頭上にスキマを開いた。
 人差し指で何もない空間に入れた線がスキマとなり、数サント程度の真っ暗な空間が二人の間に現れる。
 そのスキマと微笑み続ける紫を見て直感で゙ヤバい゙と感じたのか、更に焦り始めた霊夢が説明を続けていく。
「だ…だってしょうがないじゃないの!ルイズのヤツには、色々と借りがあっ――――…ッ!!」
 
 言い切る前に、突如聞こえてきた鋭くも激しい音で紫とデルフを除く三人が身を竦ませて驚いた。
 傍で聞いていたルイズと魔理沙、そして言い訳を述べようとした霊夢の目に音の正体が移り込む。
 霊夢の足元へ勢いよく突き刺さったのは、普段から紫が愛用している白い日傘であった。
 折りたたまれた状態のソレの先はフローリングの床に突き刺さり、僅かにだが横にグワングワンと揺れている。
 まず最初に口が開けたのは意外にも霊夢ではなく、現在彼女の主であるルイズであった。
「は?日…傘?」
 一体どこから…?と一瞬思ったルイズは、すぐに紫の頭上に開いたスキマへと視線を向ける。
 彼女の予想通り、日傘を投げ槍の様に出したであろうスキマの゛向こう側゙にある幾つもの目が霊夢を睨んでいる。
 明らかにその目は不機嫌そうな様子であり、それが今の紫の心境を明確に物語っているかのようだ。
『おぉ…こいつはちょっと、洒落にならんってヤツだな』
「いやいや、これは相当怒ってるぜ…?」
 流石の魔理沙も今まで見たことないくらい怒っている紫に戦慄しているのか、自然と後ずさり始めている。
 とある異変の後で紫と知り合った彼女にとって、紫がこれ程怒る姿を見るのはここで初めてであったからだ。

 そして、その怒りの矛先である霊夢は…ただただこちらを見下ろす紫を見上げている。
 まるで蛇に睨まれた蛙の様に身動き一つ取れないまま、こちらへスキマを向ける彼女の言葉を待っていた。
「あの、ゆ…――」
「――そういえば、ここ最近は貴女の事を色々と甘やかし過ぎていたかしらねぇ?」
 自分の名前を呼ぼうとした霊夢の言葉を遮って、紫はわざとらしい調子で言う。
 これまで幾度となく妖怪と戦い退治し、異変解決もこなしてきた博麗霊夢はそれで何となく察した。
 久しぶり…というか多分、十年ぶりに八雲紫からのありがたーい゙御説教゙を受ける羽目になるのだと。

「久しぶりねぇ。私がこうして、あなたに博麗の巫女とは何たるかを教えるのは」
 そう言って紫は先ほど自分の日傘を射出したスキマから一本の扇子を出し、それを右手で受け取る。
 紫が愛用しているそれは何の変哲もない、人里にあるちょっとお高い品を扱う店で購入できるような代物。
 キッチリと閉じている扇子で自分の左手のひらを二、三回と軽く叩いてみせた。

「藍が帰ってくるまで、私と昔教えた事の復習をしてみましょうか?霊夢」

945ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/07/31(月) 20:08:24 ID:CWP4DxYk


「――…と、いうわけで今も゙御説教゙は継続中と言うワケなのよ」
 ――――そして時間は過ぎ、もうすぐお昼に迫ろうとしている時間帯。
 ルイズたちの荷物を橙と共に持って帰ってきた八雲藍は、ルイズから何が起こったのか聞かされた。
 彼女たちのすぐ近くでは、今も閉じた扇子を片手に持つ紫が拗ねたように顔を晒している霊夢に説教している。
 最初は昨晩の博打において、巫女としての勘の良さを博打で使ってボロ儲けした事について話していた。

 そこから次第に発展して、ルイズや魔理沙にデルフからこの世界での彼女の不躾な行動を聞き出し、
 それを説教のネタにして長々と喋り続け、かれこれ藍と橙が戻ってきてからも彼女の゙御説教゙は続いていた。
 今はルイズから部屋に隠していたお菓子を無断で食べたことについての説教をされているところである。

「…大体、貴女は普段から巫女としての心を持たないから…そうやって安易に手を出しちゃうのよ」
「むぅ〜…だってあのチョコサンド、凄く美味しそうだったのよ?それをすぐに食べないなんて勿体ないじゃない」
「その食い意地だけは認めますけど、やっぱり貴女はまだまだ経験不足なのねぇ」

 そんな二人の説教…と言うにはどこか緩やかさが垣間見えるやり取りを眺めつつ、
 ルイズから事のあらましを聞き終えた八雲藍は呆れた…とでも言いたいかのように天井を一瞥した後、その口を開く。  
「成程、帰ってきたときに見た時はかなり驚いたが……まぁ身から出た錆と言う奴だな」
「まぁ、アンタの言葉は外れてはいないわね。…それにしても、あのレイムがあんな大人しくなるなんて」
 重い荷物を担いで戻ってきた彼女はベットに腰かけながら、横で話してくれたルイズに向けて開口一番そう言ってのける。
 ついでルイズもそれに同意するかのように頷き、あの霊夢がマジメに説教を受けている事に驚いていた。
 何せ召喚してからといもの、傍若無人かつそれなりに強かった博麗霊夢が借りてきた猫の様に小さくなっている。
 召喚してからというものほぼ彼女と一緒に過ごし、彼女がどういう人間なのか知ったルイズにとって意外な発見であった。

「ルイズの言う通りだな。アイツなら誰が相手でも居丈高な態度を見せるもんだとばかり思ってたが…」
 更に…自分よりも霊夢と一緒にいた回数が多いであろう魔理沙もルイズと同じような反応を見せている。
 きっと彼女も、大人しく紫の説教を受けている霊夢の姿なんて一度も見たことがないのだろう。
 今はその両腕で抱えているデルフも鞘から刀身を出して、魔理沙に続くようにして喋りはじめる。
『まぁレイムのヤツには丁度いいお灸になるだろ。…それで性格が直るワケはないと思うがな』
「そりゃーあの博麗霊夢だからねぇ、むしろあの性格は死ぬまで直らないんじゃないかなー」
 やや鼓膜に障る程度の喧しい金属音混じりの言葉に、今度は式の式である橙がクスクスと笑いながら言う。
 先ほど藍と一緒にルイズの荷物を持って帰って来た彼女は、叱られている霊夢の姿を見てざまぁ見ろとでも思っているのだろうか?
 まぁさっきまで散々掴まれられたり文句を言われたりもしていたので、まぁそういう気持ちになっても仕方ない。
 そう思っているのか藍も彼女を窘める事はせず、見守る事に徹していた。

 そんな橙は今、紫が来るまで来ていた洋服ではなく霊夢達が見慣れている赤と白が目立つ服に着替え直している。
 元は変装用にと藍が服を与えたのだが、今回の説教で紫から甘やかしてると判断されて没収されていた。
 まぁ元々着ていた服も一部分を除けば洋服であるし、尻尾と耳をどうにか隠せれば何とか誤魔化せるだろう。
 藍ならば自分の力でそれ等を極小に縮める事は出来るが、まだまだ力不足な橙にそれ程の芸当はできない。
 その為荷物を取りに行った時はフードつきのコートを頭からすっぽり被り、上手く隠して日中の街中へと出ていた。
 ただ本人曰く…「帰るときには気絶しそうなくらい暑かった」とも言っていたが…。

946ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/07/31(月) 20:10:26 ID:CWP4DxYk
「あの服なら尻尾をスカートの中に入れてても痛くなかったし、便利だったのにな〜…」
「確かに…あんなコートを頭から被って真夏日の街中で出るなら、あの服を着ていく方がいいと思うぜ」
『だな。夏真っ盛りの今にあんなん着てて歩いたら、その内日射病でバタンキューだ』
 橙が羽織り、今は入口の傍に設置されているコートハンガーに掛けられているそれを見て、魔理沙とデルフも頷くほかない。
 あれを着れば確かに耳と尻尾は隠れるのだろうが、間違いなく体中から滝の様な汗が流れるのは間違いないだろう。
 何せ外は涼しい格好をした平民たちもしきりに汗を流し、日射病で倒れぬようしきりに水分補給をする程の暑さ。
 それに加えて狭い通りを大勢の人々が歩き回ってるのだ。汗をかかない方が明らかにおかしいのである。
 当然、橙の傍にいて彼女の様子を見ていた藍も魔理沙と同じことを思っていたようで、腕を組んで悩んでいた。
「う〜ん、私は甘やかしたつもりはないのだがなぁ。ただ、あの子の事を思って服を用意しんだが…」
「そういえば、甘やかす側は偶に違うと思いつつも他の人から見ると甘やかしてるって見える時があるらしいわね」
 真剣に悩んでいる彼女の姿を見て、ルイズは現在行方知れずの二番目の姉との優しい思い出を振り返りつつ、
 常に厳しくキツい思い出しかない一番目の姉が彼女に言っていた言葉を思い出していた。

 そんな風にして四人と一本が暇を潰している間、いよいよ霊夢と紫の楽しい(?)お話が終わろうとしていた。
「…まぁその分だとあまり反省してなさそうだけど…これに懲りたらちょっとは自分を見直しなさい。いいわね?」
「そんなの…分かってるわよ。何かしたら一々アンタの説教を聞くのも億劫だし」
 長い説教をし終えた紫は最後にそう言って、目を逸らしつつも大人しく話を聞いていた霊夢へ説教の終わりを告げる。
 対する霊夢も相変わらず顔を横に反らしたまま捨て台詞を吐いてから、クルッと踵を返して紫に背を向けてしまう。
 一目見ただけでご立腹な巫女の背中に、紫は苦笑いしつつ彼女の左肩にそっと自分の左手を乗せた。
 ついで、幾つものスキマを作り出せるその指で優しく撫でられると流石の霊夢も何かと思ってしまう。
「まぁ貴女は貴女でちゃんと頑張っているし、人間っていうのは叱られてこそ伸びるものよ」
 そんな彼女へ、紫はまるで教え子を諭す教師になったかのような言葉を送る。
 さっきまであんなに説教してきたというのに、しっかりフォローを入れてきたスキマ妖怪に霊夢は思わず彼女の方へ顔を向けてしまう。
 そして自分だけでなく、それを傍目で眺めていたルイズと魔理沙もそちらの方へ顔を向けているのにも気づいていた。

 途端に何か、得体のしれぬ気恥ずかしさで頬に薄い赤色が差した巫女はそれを誤魔化すように紫へ話しかける。
「……その言葉と、今私の肩を撫でまわしてる事にはどういう関係があるのよ」
「あら?肩じゃなくて頭のほうが 良かったかしら。昔みたいに…」
「まさか……もう子供じゃああるまいし」
 そう言って霊夢は右手で紫の左手を優しく肩から離して、もう一度踵を返して今度は紫と向き合う。
 既に気恥ずかしさは何処へと消え去り、いつもの調子へと戻った彼女は腰に手を当ててご立腹な様子を見せている。
「第一、ルイズや式はともかくとして魔理沙のヤツがいる前で昔の事なんか言わないでよ。からかいの種になるんだからさぁ」
「おぉ、こいつはひどいなぁ。私だけのけものかよ」
「でも不思議よね?霊夢の『ともかく』って実際は『どうでもいい』って事だからあんまり嬉しくないわ」
「まぁその通りだな」
『でもぶっちゃけ、この巫女さんに関われるよかそっちの方が幸せな気がするとオレっちは思うね』
 自分の言葉に続くようにして魔理沙とルイズ、それに藍とデルフが相次いで声を上げる。
 その光景に紫がクスクスと小さく笑いつつ、キッと三人と一本を睨み付ける霊夢へ話を続けていく。

947ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/07/31(月) 20:12:28 ID:CWP4DxYk
「あら?そうは言っても過去は否定できませんわよ。今も私の頭の中には、幼少期の可愛い貴方の姿が…」
「だーかーらー!!昔のことは言わないでって言ってるでしょうが!」
「あぁ〜ん、ダメよ霊夢ぅ〜!公衆の面前よぉ〜」
 今となっては相当恥ずかしい昔の思い出を掘り返されたことに、霊夢は紫へ怒鳴りながら迫っていく。
 紫自身も慣れたもので、今にも掴みかからんとする妖怪退治の専門家に対しての余裕っぷりを見せつけている。

 一方で霊夢からのけもの扱いされた魔理沙は、紫の口からきいた意外な事実にほぉ〜…と感心していた。
 彼女としてもあの博麗霊夢がどのような幼少期を過ごしたのか気になってはいたが、それを聞いたことが無かったのである。
 以前ふとした時に思いついて聞いてみたのだが上手い事はぐらかされてしまい、聞けずじまいであった。
 妖精や天狗たちの噂で、自立できるまであの八雲紫が世話をしていたという話は耳にしていたが、あまり信用してはいなかった。
 だが、その噂の中に出てくる大妖怪本人が言った事ならば…まぁちょっとは信用できるだろうと思うことができた。
「へぇ〜、やっぱ噂は本当だったんだな。幼い頃の霊夢と一緒に過ごしたっていうのは」
 魔理沙がそう言うと、紫と同じく幼少期の霊夢を知る藍が「…まぁ事実だしな」と主人の言葉が正しいと証明する。
「まぁ我々からしたらほんの一瞬であったが、幼いアイツへ紫様が直々に色んな事を教えていたのは覚えてるよ」
「へぇ〜…それって意外ねぇ?あんな他人に冷たいレイムにそんな過去があるなんてね」
『どんなに冷酷、狡猾、残酷な人間でも乳飲み子や物心ついたばかりの時ってのは可愛いもんなんだぜ?』
「ちょっとデルフ、まるで私が犯罪者みたいな事言ってたら刀身にお札貼り付けて封印してやるわよ」
 藍からの証言を聞いたルイズは自分の使い魔の意外な過去に驚き、デルフがとんでもない事を言ってしまう。
 そして変に耳の良い霊夢がすかさず釘を刺しに来ると、彼はプルプルと刀身を震わせて笑っている。
 これまで何度も同じような脅し文句を言われてきたのだ、彼女が冗談混じりで言っているのかどうか分かっているようだ。
 実際霊夢自身も半分程冗談で言ったので、それを読み取って笑っているデルフに「全く…」と苦笑するしかない。

「すっかり慣れちゃってるわね。この喧しい魔剣モドキは…ったく」
 そう言いながら彼女は魔理沙が抱えている彼の元へ近づくと、中指の甲で軽く鞘の部分を勢いよく叩いた。
 カンカン…という軽い音ともに鞘は僅かに揺れ、またも刀身を震わせたデルフが霊夢に向かって言葉を発する。
『おっ…と!鞘はもっと大事に扱ってくれよな、それがなきゃオレは黙れないし一生抜身のままなんだぜ』
「別にアンタがそうなら構わないわよ。だって私はアンタじゃないんだしね」
『こいつは手厳しいや。こりゃ暫くは黙っておいた方が身のためだね』
「あら?アンタも大分懸命になったようね。感心感心」
 互いに軽口で返した後で霊夢は微笑み、デルフもまた笑うかのようにまた自らの刀身を震わせた。
 偶然だったかもしれないが、デルフのお蔭で部屋に和やかな空気が戻った後…思い出したように魔理沙が口を開く。

「まぁアレだな。これを機に霊夢も昔の可愛い自分を思い出して私達に優しくしてくれればそのう―――…デデデデッ!」
 空気が和んだところで、通り過ぎたばかりの地雷原へと突っ込んだ魔理沙の頬を霊夢が容赦なく抓った。
 デルフを持っていたことが災いしてか、避けるヒマもなく攻撃を喰らった彼女の目の端へ一気に涙が溜まっていく。
 対して霊夢の表情は先ほどの微笑みを浮かんだまま止まっており、それが異様な雰囲気を作り出している。
「それ以上口にしたら、アンタにはもう一度痛い目に遭ってもらうわよ。いいわね?」
「も、もうとっくにされてる…ってア…ダァッ!」
「ちょっとレイム、マリサを擁護するつもりは無いけれどこれ以上騒がしくしたらスカロンたちが起きちゃうわよ」
 自分の過去を茶化そうとする黒白に個人的制裁を加える霊夢に、流石のルイズが止めに入った。

948ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/07/31(月) 20:14:24 ID:CWP4DxYk
 今までちょっとだけ忘れていたが、一応この階では今夜の営業に備えてスカロンやジェシカ達が寝ているのである。
 もしも変に騒ぎ過ぎて起こしてしまえば、怒りの形相でこの部屋へ殴りこんでくるかもしれない。
 人間の中には寝ている途中に起こされる事を極端に嫌い、憤怒する者たちがいる事を彼女は知っているのだ。

 しかし、そんな理由で少し慌てているルイズにそれまで黙っていた紫が「あら、それは大丈夫よ」と言葉を発した。
「こんな事もあろうかと、この部屋の中だけ静と騒の境界を弄っておいたから多少騒いでも問題ないわ」
 紫の発したその言葉に「え?」と言いたげな表情を向けたルイズは、意味が良く分からなかった為に彼女へ質問する。
「つまり…それって霊夢を特に止める必要は無いって事?」
「まぁ、そうなるわね。あくまでも多少だけど」
 自分の質問に対する紫の答えを聞いた後、ルイズはもう一度霊夢達の方へ顔を向けて言った。

「………というわけよ。だから…まぁ程々にしてあげてね」
「いや、ルイズ…程々って―――イダダダダダタァッ…!」
 あっさりとルイズに見捨てられた魔理沙は彼女へ向けて右手を差し出そうとするが、
 それを許さない霊夢の容赦ない攻撃によって宙を乱暴に引っ掻き回し、涙目になって悲鳴を上げてしまう。
 そんな彼女の左腕の中に抱えられたデルフは鞘越しの刀身を震わせていたが、それは恐怖から来る震えであった。
 ――やっぱり今の『相棒』はとんでもなくおっかないと、そんな再認識をしながら。

 その後、魔理沙が解放されたのは一、二分ほど経った後だった。
 流石にこれ以上耐えるのは無理と判断したのか、両手を上げて霊夢に降参を伝えると彼女はあっさりと手を放したのである。
「まぁこんだけやればアンタも今だけは懲りてるだろうし、なにぶん私の手がつかれちゃうわ」
「……機会があったら、是非とも昔の事を話してもらいたいぜ」
 抓られていた頬を押さえる涙目の魔理沙がそう言うと、霊夢は「まぁその内ね」と彼女の方を見ずに言葉を返す。
 最も、彼女の言う「その内」というのはきっと…いや絶対に訪れることは無いのだろう。
 そう確信した魔理沙はいずれ紫本人から話を聞いてみようと思いつつ、
 頬を抓ってくれた霊夢と共犯者のルイズには、いずれとびっきりの『お返し』をしてやろうと心の中で固く誓った。

 さっきあれ程酷い事をしたというのに平然としている霊夢に、心の中で何かよからぬ事を企んでいそうな魔理沙。
 そんな二人をベッドに腰掛けて見つめるルイズは、相変わらず仲が良いのか悪いのか良く分からない彼女たちにため息をついてしまう。
 思えばこんな二人と同じ部屋で暮らして寝ている何て事、一年前の自分には想像もつかない事だろう。

 あの頃は『ゼロ』という不名誉な二つ名と共に苛められて、何度挫けそうになりながらも必死に頑張っていた。
 実家から持ってきた荷物の中に入っていたくまのぬいぐるみと、それに付いていたカトレアからの手紙だけを頼りに文字通り戦ったのである。
 ――『あなたならできるわ。自分を信じて』という短い一文は、自分に戦えるだけの活力を与えてくれた。
 それから一年後の春。今こそ見返してやろうと挑戦した使い魔召喚の儀式を経て―――ご覧の有様となったわけである。 
(何度も思ってきたけど、ハルケギニアの中でこれ程波乱万丈な青春を過ごしてる女の子何て私ぐらいなものなんじゃない?)
 今やこのハルケギニアと繋がってしまった異世界での異変を解決する側となったルイズは、思わず我が身の不幸を呪ってしまう。
 確かに使い魔は召喚できたのだが、始祖ブリミルは一体何の因果で自分に霊夢みたいな巫女を押し付けてきたのだろうか?
 更にそれから暫くして今度は彼女の世界へ連れ去られ、ワケあって魔理沙という騒がしい魔法使いとも暮らしていく羽目になってしまった。

(あの二人の相手をするだけでも忙しいのに、しまいには私があの『虚無』の担い手なんてね…)
 そして、どうして自分が始祖の使いし第五の系統の担い手として選ばれたのか…?
 『虚無』に覚醒して以降、これまで何度も思った疑問を再び思い浮かべようとした直前、
 それまで三人を無視して自分の式から長い長い話を聞いていた紫の声が、思考しようとするルイズの耳の中へと入ってきた。

949ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/07/31(月) 20:16:33 ID:CWP4DxYk
「ふふふ…どうやら私が顔を見せていない間に、随分と進展があったようねルイズ。それに霊夢も、ね」
 明らかに自分へ向けられたその言葉に気づくまで数秒、ハッとした表情を浮かべたルイズが声のした方へと顔を向ける。
 案の定そこにいたのは、何やら満足気な笑顔を浮かべて自分を見下ろす紫の姿があった。
 
「この世界で伝説と呼ばれている『ガンダールヴ』の力に、系統魔法とは違う第五の系統『虚無』の覚醒。
 私の思っていた通り、霊夢を使い魔として召喚しただけの力量はちゃんと持っていたという事なのね」

 閉じた扇子で口元を隠し、笑顔で話しかけてくる紫にルイズは多少困惑しつつも「あ、当たり前じゃない」と弱々しく言葉を返す。
「この私を誰だと思って…って本当は言いたいところだけど、正直『虚無』の事は喜んでいいたのかどうか…」
「…?珍しいわねルイズ。いつものアンタなら胸を張って喜ぶだろうって思ったのに…紫が褒めたからかしら」
「早速失礼な事を言ってくる霊夢は置いておいて…確かに彼女の言うとおり、もう少し胸を張ってもバチは当たらないと思うわよ?」
 さっき叱られたばかりだというのにいきなり自分に喧嘩を売ってくる霊夢に肩を竦めつつ、紫はルイズにそう言ってあげる。
 『虚無』に目覚め、アルビオン艦隊を焼き払ってこの国を救った人間にしては、ルイズはやけに謙虚であった。
 アンリエッタから無暗な公表は避けろと言われてるからなのだろうが…、そうだとしても変に謙虚過ぎる。
 
 霊夢の言うとおり、いつもの彼女ならば前もって自分がどういう人間なのか知っている彼女や紫に対して、
 「どう、スゴイでしょ?」とか「ようやく私の時代が来たわ!」とか強気になって言いそうなモノなのだが……。
「今まで苛められてた分を強気になってやり返してやろう…とかそういう事言いそうだと思ってたのに」
「失礼ね、私がそんな事すると思ってたの?…っていうか、姫さまに公にするよう禁止されてるからどっちにしろ不可能だし」
 勝手な自分のイメージを脳内で組み立てていた霊夢を軽く注意した後で、ルイズは他の皆に向かってぽつぽつと喋り始めた。
 それは『虚無』の担い手として覚醒し、初めて『エクスプロージョン』詠唱から発動しようとした時の事である。

「レイム、マリサ。私がタルブ村でアルビオンの艦隊に向けて『エクスプロージョン』を放った時のこと、憶えてる?」
 突然話題を振ってきたルイズに霊夢と魔理沙は互いの顔を一瞬見遣った後、二人してルイズの方へ顔を向けて頷く。
 あれから少し経ったが、今でもあの村で感じたルイズの力はそれまで感じたことがない程のものであった。
 それまで彼女の失敗魔法を幾度となく見てきた霊夢でさえも、魔法を発動する直前に思わず身構えてしまったのである。
 極めつけはあの威力、魔理沙もそうだがあの小さな体のどこにあれだけの爆発を起こせる程の力があったのだろうか。

「正直あれは驚いたわね。まさか土壇場であんな魔法をぶっつけ本番で発動して片付けちゃうなんてね」
「全くだぜ。おかげで私の活躍する機会が無くなってしまったが…まぁその分あんな爆発魔法を見れたから十分満足してるよ」
「成程。魔理沙はともかくとして、霊夢ともあろう者がそれ程感心するのならさぞやすごい魔法なのでしょうね」
 思い出していた霊夢に魔理沙も同調して頷くと、藍から『虚無』の事を聞いたばかりの紫は興味深そうな表情を見せている。
 まだ実物を見ていない為に詳しい事は分からないが、あの霊夢と魔理沙が多少なりとも感心しているのだ。
 是非とも近いうちに生で見てみたいと思った紫は、尚も浮かばぬ表情をしているルイズの方へと顔を向けて話しかける。
「でも見た所、貴女自身はその『エクスプロージョン』という魔法を、あまり撃ちたくはなさそうな感じね」
「…姫さまの前では虚無の力を役立てたいって言ったけど、またあれだけの規模の爆発を起こせと言われたら…ちょっとね」
 アルビオンの艦隊を飲み込んだあの光が脳裏に過らせて、ルイズは自分の素直な気持ちを彼女へ伝える。

 ふとある時、ルイズは口にしないだけでこんな事を考えるようになった。
 もしもアンリエッタの身か…トリステインに大きな危機が訪れるというのならば、止むを得ず虚無を行使するかもしれない。
 しかし、そうなれば次に唱えて発動する『エクスプロージョン』は何を飲み込み…そして爆発させるのだろうか?
 そして何よりも怖いのは―――タルブの時と同じように上手く『エクスプロージョン』を操れるかどうかであった。

950ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/07/31(月) 20:18:36 ID:CWP4DxYk
「何だか怖くなってきたのよ。もしも次に、あの魔法を使う時には…タルブの時みたい上手ぐコントロール゙できるのか…って」
「あら?それは初耳ね」
 顔を俯かせ、陰りを見せるルイズの口から出た言葉に紫はすかさず反応する。
 先ほどの藍の話では『エクスプロージョン』の事は出たが、その中に彼女が口にした単語は耳にしていなかった。
 しかし霊夢にはルイズの言う事に少し心当たりがあったのか、以前デルフが言っていた事を思い出す。

 ――あぁ…―――まぁそうだなぁ〜…。娘っ子が『虚無』を初めて扱うにしても、手元を狂わせる事は…しないだろうなぁ

 ――不吉って言い方は似合わんぜマリサ。もし娘っ子が『エクスプロージョン』の制御に失敗したら…

 ―――――俺もお前らも、全員跡形も無く消えちまう…文字通りの『死』が待っているんだぜ?

 エクスプロージョンを唱えていたルイズを前にして、あのインテリジェンスソードはそんなおっかない事を言っていた。
 その後、しっかりと発動できたルイズを見て少々大げさだったんじゃないかと思っていたが…。
 まさか彼の言う通り、下手すればルイズがあの魔法のコントロールに失敗していた可能性があったのだろうか。
 今更ながらそう思い、もしも゙失敗しだ時の事を想像して身震いしかけた霊夢はそれを誤魔化すようにデルフへ話しかける。
「ちょっとデルフ、アンタあの時…ルイズの『エクスプロージョン』が制御に失敗したらどうとか言ってたけど…まさか――」
『あぁ、みなまで言わなくても言いたい事は分かるぜ?』
 霊夢の言葉を途中で遮ったデルフは、自身が置かれているテーブルの上でカチャカチャと音を鳴らしながら喋り始めた。

『お前さんと娘っ子が考えてる通り、確かにあの『エクスプロージョン』は下手すると制御に失敗してたと思うぜ?
 何せ体の中の精神力――まぁ魔力みたいなもんを一気に溜め込んで、発動と共にそれを大爆発に変換するからな。
 詠唱して十秒も経ってないのなら大した事無いがな、あの時の娘っ子みたいに長々と詠唱した後で失敗してたとするならば…
 そうだな〜、娘っ子を除くありとあらゆる周囲のモノが文字通りあの爆発に呑み込まれて、消えてただろうな。それだけは間違いないぜ』

 軽々と、まるで街角で他愛もない世間話をするかのようにデルフがおっかない事を言ってのける。
 その話を聞いていた霊夢はやっぱりと言いたげにため息を吐くと、同じく話を聞いていたルイズたちの方へと顔を向けた。
「だ、そうよ?…まぁあの魔力の集まり方からして相当危ないってのは分かってたけど…」
 話を聞き終わり、顔色が若干青くなっていた魔理沙とルイズにそう言うと、まず先に魔理沙が口を開いた。
「し…周囲のモノって…うわぁ〜、何だか聞いただけでもヤバそうだな」
『でもまぁ、虚無の中では初歩中の初歩だしな。詠唱してた娘っ子もそうなると分かってたと思うぜ…だろ?』
 今になって狼狽えている黒白向かってそんな事を言ったデルフは、次にルイズへと話しかける。
 デルフの意味ありげな言葉に霊夢達が彼女の方へと視線を向けると、ルイズは青くなっている顔をゆっくりと頷かせた。
「まぁ…ね。……あの時、呪文を唱え終えて…いざ杖を振り上げようとしたときにね…浮かんできたの」
「浮かんできた?何がよ?」
 最後の一言に謎を感じた霊夢が怪訝な顔をして訊ねてみると、ルイズはゆっくりと喋り始めた。
 あの時、『エクスプロージョン』を放とうとした自分には『何が視えていた』のかを。

951ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/07/31(月) 20:20:25 ID:CWP4DxYk
 いざ呪文を発動しようとした時に『エクスプロージョン』どれ程の規模なのか理解したのだという。
 それは自分を中心に周囲にいる者たちを焼き払い、遥か上空にいるアルビン艦隊をタルブごと一掃する程の大爆発を引き起こすと。
 だからこそ彼女は選択した。これから解放するべき力を何処へ流し込み、そして爆発させるのかを。
 勿論その目標は頭上の艦隊であったが、そのうえでルイズは更に攻撃対象から゙人間゛を取り除いたのである。
 そこまで話したところで一息ついた彼女に、おそるおそるといった様子で魔理沙が話しかけてきた。
「じゃああの時、うまいこと船の動力と帆だけが燃えて墜落していったのって…まさかお前が?」
「えぇ、その通りよ。…ぶっつけ本番だったけど、思いの外うまくいくものなのね」
 彼女からの質問にルイズは頷いてそう答えると、あの時の咄嗟の判断を思い出して安堵のため息をつく。
 どうやら彼女自身も、そんな土壇場で良く船だけを狙って攻撃できた事に驚いているらしい。 

 以前アンリエッタの前で、この力を貴女の為に使いたいと申し出た時とはまた違う印象を感じるルイズの姿。
 やはり虚無の担い手である前に一学生である彼女にとって、人を殺すという事は極力したくないようだ。
 まぁそれは私も同じよね…霊夢はそんな事を思いながら、ベッドに腰掛けている彼女に向かって言葉を掛ける。
「にしたってアンタは大した事やってるわよ?何せあれだけの爆発魔法を使っておきながら、船だけを狙ったんだから」
「そうそう…って、ん…んぅ?」
 突如、あの博麗霊夢の口から出た賞賛の言葉で最初に反応したのは、言葉を掛けられたルイズ本人ではなく魔理沙であった。
 思わず相槌を打ったところでその言葉を霊夢が言ったことに気が付いたのか、丸くなった目を彼女の方へと向けてしまう。
 黙って話を聞いていた藍と橙もまさかと思っているのか、怪訝な表情を浮かべている。
 ただ一人、八雲紫だけは珍しく他人に肯定的な言葉をあげた霊夢を見てニヤついていた。

「え…う、うん…?ありがとう…っていうかどうしたのよ、急に褒めたりなんかして?」
 そして褒められたルイズもまた魔理沙たちから一足遅れて反応し、怪訝な表情を浮かべて聞いてみる。
 基本他人には冷たい言葉を向ける彼女が、どういう風の吹き回しなのだろうかと疑っているのだ。
 そんなルイズから思わず聞き返されてしまった霊夢は「失礼するわね」と少し怒りつつも、そこから言葉を続けていく。

「特に深い意味なんて無いわよ。…ただ、アンタはあの時ちゃんと自分の力をコントロールして、船を落としたんでしょ?
 そりゃ失敗した時のもしもを聞いて青くなったりしたけど、そこまでできてたんなら心配する必要なんか無いでしょうに。
 アンタはしっかりあの『虚無』をちゃんと扱えてたんだし、変にビクついてたらそれこそ次は失敗するかも知れないじゃない」

 霊夢の口から送られたその言葉に、ルイズはハッと表情を浮かべて彼女の顔を見つめる。
 いつもみたいにやや厳しい口調ではあったが、要点だけ言えばあの時『虚無』をうまく扱えたと彼女は言っているのだ。
 珍しく他人である自分を褒めた霊夢に続くようにして、目を丸くしていた魔理沙もルイズに言葉を掛けていく。
「まぁちょっと意外だったが、霊夢の言うとおりだぜ?自分の力なのに使う度に一々ビクビクしてたら、気が持たないしな」
「…あ、ありがとう。励ましてくれて…」
 あの魔理沙にまで言葉を掛けられたルイズは、気恥ずかしそうに礼を言うとその顔を俯かせる。
 まさか霊夢だけではなく、あの魔理沙にまで優しい言葉を掛けられるとは思っていなかったルイズは嬉しいとは感じていたが、
 二人同時に優しくされるという事態に今夜は雨どころか、雪と雷とついでに槍まで降ってくるのではないかと思っていた。
 そんな三人のやり取りを少し離れた位置で眺めていたデルフも、カチャカチャと刀身を揺らしながら彼女に言葉を掛ける。

『まぁ初めてにしちゃあ上々だったぜ。味方はともかく、敵の命まで奪わないっていう芸当何て誰にでもできることじゃない。
 そこはお前さんの隠れた才能があったからこそだと思うし、ちゃんと目標を決めて魔法を当てたってのは大きいぜ?
 娘っ子、お前さんにはやっぱり『虚無』の担い手として選ばれる素質がちゃんとあるんだ。そこは確かだと思っといてくれ』

952ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/07/31(月) 20:22:45 ID:CWP4DxYk

「……もう、何なのよさっきから?揃いも揃って私を褒め称えてくるだなんて」
 デルフにまでそんな事を言われたルイズの顔がほんのり赤くなり、それを隠すように顔を横へと向ける。
 しかし、赤くなった顔は薄らと笑っており、霊夢達は何となく彼女が照れているのだと察していた。
 そんな微笑ましい光景を目にしてクスクスと笑いながら、紫は同じく静観していた藍へと小声で話しかける。
「ふふ…どうやら私が思っていたより、仲が良さそうで安心したわ」
「ですね。霊夢はともかくあの霧雨魔理沙とあそこまで仲良く接するとは思ってもいませんでしたが…」
 主の言葉に頷きながら、藍もまたルイズと仲良く付き合っている二人を見て軽い驚きを感じていた。
 照れ隠しをするルイズを見てニヤついている魔理沙と、顔を逸らした彼女を見て小さな溜め息をついている霊夢。
 そして鞘から刀身を出したまま三人を見つめるデルフという光景に、不仲な空気というものは感じられない。
 
 先程ルイズから聞いた話では大切にとっておいたお菓子を食べられたとかどうかで揉み合いになったらしいが、
 そこはあの喋る剣が上手い事彼女を説得して、何とかやらかしてしまった霊夢達と和解させたのだという。
 剣とはいえ伊達に長生きはしてないという事なのだろう。彼曰く自身への扱いはあまりよろしくないらしいが。
「ちょっとは心配してたけど、今のままなら異変が解決するまで不仲になる事はないと思うわね」
「仰る通りだと……あっ、そうだ!紫様、少々遅れましたが…これを」
 まるで成長した我が子を遠い目で見るような親のような事を言う紫の「異変解決」という言葉で何か思い出したのか、
 ハッとした表情を浮かべた藍は懐に入れていた一冊のメモ帳を取り出し、それを紫の方へと差し出した。
 最初は何かと思った紫は首を傾げそうになったものの、すぐに思い出しのか「あぁ」とそのメモ帳を手に取った。
「ご苦労様ね、藍。いつまで経っても渡されないから、てっきりサボってたものかと思ってたわ」
「滅相もありません。紫様が来てから少しドタバタしました故、渡すのが遅れてしまいました」
「あら、頭を下げる必要は無いわ。私だって半分忘れかけてたもの」
 紫はそう言って手に取ったメモ帳をパラパラと捲ると、偶然開いたページにはハルケギニアの大陸図が描かれていた。
 その地図にはハルケギニアの文字は見当たらず、紫にとって見慣れた漢字やひらがなで幾つもの情報が記されている。

 国や地方、そして各街町村の名前まで……。
 紫の掌より少しだけ大きいメモ帳に『びっしり』と、それこそ虫眼鏡を使えば分からぬほどに。

 王立図書館に保管されている大陸図と比べると怖ろしい程精密であったが、見にくい事このうえない大陸図である。
 もしもここにその大陸図が置いてあれば、紫は迷うことなくそちらの方を手に取っていただろう。
 一通り目を通した紫はメモ帳を閉じると、ニコニコと微笑みながら藍一言述べてあげた。
「藍…書いてくれたのは嬉しいけどもう少し他人に分かるように書いてくれないかしら?」
「すみません、書いてる途中に色々調べていたら恥ずかしくも知的好奇心が湧いてしまいまして…」
 申し訳なさそうに頭を下げた藍にため息をついた後、気を取り直して紫は他のページも試しに捲ってみる。
 その他のページにはハルケギニアで広く使われているガリア語で書かれた看板等を書き写し等、
 一般の人から聞いたであろ与太話やその国のちょっとした事に、亜人達のおおまなかスケッチまで描かれている。
 特に魔法関連に関しては綿密に記されており、貴族向けの専門書と肩を並べるほどの情報量が載っていた。

 最初に見た地図を除けば、自分のリクエスト通りに藍はこの世界の情報を収集していた。
 その事に満足した紫はウンウンと満足気に頷くと、こちらの言葉を待っている藍へと話しかける。

953ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/07/31(月) 20:24:26 ID:CWP4DxYk
「…まぁ概ね良好の様ね。…しかも、この世界の魔法については結構調べてるんじゃないの?」
「はい。この世界の魔法は広く普及しています故、情報収集には然程時間はかかりませんでした」
「それにしてもこの短期間で良く調べたられたわ。さすが私の式という事だけあるわね」
「いえ、滅相も無い。紫様が渡してくれたあの『日記』があったからこそ、効率よく進められたものです」
 藍はそう言って視線を紫からベッドの下、その奥にある一冊の本へと向ける。
 今から少し前…霊夢達の居場所を把握し紫が連れ帰った後、藍もまた幻想郷に呼び戻されていた。
 暇してただろうから…という理由で博麗神社の居間に座布団を用意した後、紫直々にあの『日記』渡されたのである。

 その『日記』こそ、とある事情でアルビオンへと赴いた霊夢がニューカッスル城で手に入れた一冊。
 本来ならハルケギニアには存在しない日本語で書かれた、誰かが残したであろう『日記』であった。
――『ハルケギニアについて』…?紫様、これは…
 霊夢と侵食されていた結界へ応急処置を施した後、彼女の見ていない場所で藍はその『日記』を渡された。
 表紙の日本語で書かれた見慣れぬ単語が、あの異世界のものだと知った彼女を察して、紫は先に口を開いて行った。
―――霊夢が召喚したであろう娘の部屋に置いてたわ…後は喋る剣もあったけど、そっちは私が調べておくわ
 そう言って彼女は右手に持っていた剣――デルフリンガーを軽く揺すってみせた。
 その後、藍をスキマでハルケギニアに戻した紫は霊夢とまだ狼狽えていたルイズから詳しい話を聞き出す事となった。
 異世界人であり、尚且つ学生としても優等生であろう彼女のおかげであの世界についての大まかな事はわかったらしい。

 しかし所詮は一個人だ。あの世界の事を全て知っているという事はないだろう。
 だから藍は橙と共にハルケギニアに居続け、現在も情報収集を継続して行っている。
 『日記』のおかげで国や地方の名前も比較的速くに分かったし、何より危険な情報も事前に知る事ができた。
「あの『日記』のおかげで、この世界では危険視されている亜人と下手に接触せずに済んだのは良い事だと私は思ってます」
 亜人のスケッチを興味深そうに眺めている紫を見て、藍は苦虫を噛み砕くような顔で呟く。
「あら?このオーク鬼やコボルドはともかく、翼竜人…や吸血鬼なんかとは話が通じそうな感じだけど…」
「とんでもありません。ハッキリ言って、彼奴らの宗教観では我々妖怪との共存も不可能ですよ」
 スケッチに書かれている翼人を目にして、藍はゲルマニアの山岳地帯で奴らに追いかけ回された事を思い出してしまう。
 最初は人の姿をして友好的なコミュニケーションを取ろうとしたが、かえってそれが仇となってしまったのである。

 悠々と大きな翼を使って飛ぶ翼人たちが自分に向けてどんな事を言ったのかも、無論覚えていた。
―――立ち去れ下等な人間よ。さもなくば我々は精霊の力と共にお前の命を奪って見せようぞ
 こちらの言葉に全くを耳を貸さない姿勢に、あの地面を這う虫を見るかのような見下した表情と目つき。
 きっと自分が来る以前に、大勢の人間を殺してきたのだろう。それこそ畑を荒らす虫を踏みつぶすようにして。

954ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/07/31(月) 20:26:24 ID:CWP4DxYk
「まぁ無理に波風立てる必要は無いと思い戦いはしませんでしたが、あんな態度では人との共存など不可能かと…」
「そう。……あら?」
 命からがら逃げた…というワケでもない藍からの話を聞いていた紫は、ふとルイズ達の方で騒ぎ声がするのに気が付いた。
 先ほどまで和気藹々とルイズを褒めていた二人の内魔理沙が、何やら彼女と揉め事になっているらしい。
 …とはいっても、その内容は至ってシンプルかつ非常に阿呆臭いものであった。

「だから、私の虚無が覚醒した記念とやらで飲み会をしたい気持ちは分かるけど…何で私がアンタ達の酒代まで負担しなきゃいけないのよ!」
「まぁ落着けよルイズ、そう怒鳴るなって」
 先ほど照れていた時とは打って変わり、顔を赤くして怒鳴るルイズに魔理沙は両手を前に突き出して彼女を宥めようとする。
 彼女の言葉が正しければ、恐らくあの魔理沙が持ち金の無い状態で今夜は一杯…とでも言ったのだろう。
 ルイズもまぁ、それくらいなら…という感じではあるが、どうやらその酒代に関して揉めているらしかった。
「何もお前さんにおごらせるつもりはないぜ?ちょっとの間酒代を貸してもらうだけで……―――」
「だーかーらー!結局それって、私のなけなしの貯金を使って飲むって事になるじゃないの!」 
 とんでもない事を言う魔理沙を黙らせるようにして、ルイズは更なる怒号で畳み掛けていく。
 すぐ傍にいる霊夢は思わず耳を塞ぎ、至近距離で怒鳴られた魔理沙はうわっと声を上げて後ろに下がってしまう。
 しかし、幻想郷では霊夢に続いて数々の弾幕を潜り抜けてきた人間とあって、それで黙る程大人しくはなかった。

 思わす後ずさりしてしまった魔理沙はしかし、気を取り直すように口元に笑みを浮かべる。
 まるで我に必勝の策ありとでも言いたげな顔を見てひとまずルイズは口を閉じ、それを合図に魔理沙は再び喋り出す。
「なぁーに、昨日の悪ガキに奪われた金貨を取り返せればすぐにでも返してやるぜ。やられっ放しってのは性に合わないしな」
「…!魔理沙の言う通りね。忘れてたけど、このままにしておくのは何だかんだ言って癪に障るってものよ」
 彼女の言葉で昨晩の屈辱を思い出した霊夢の『スイッチ』が入ったのか、彼女の目がキッと鋭く光る。
 思えば…もしもあの少年をしっかり捕まえる事ができていれば、今頃上等な宿屋で快適な夏を過ごせていたはずなのだ。
 そして何よりも、自分がカジノで稼いだ大金を世の中を舐めているような子供盗られたというのは、人として許せないものがある。

「今夜中にあの悪ガキの居場所を突きとめてお金を取り戻して、この博麗霊夢が人としての道理を教えてあげるわ!」
「その博麗の巫女として相応しい勘の良さで乱暴な荒稼ぎをした貴女が、人の道理とやらを他人に教える資格は無くてよ」
「え?…イタッ」
 左の拳を握りしめ、鼻息を荒くして宣言して霊夢へ…紫はすかさず扇子での鋭い突っ込みを入れた。
 それほど力は入れていなかったものの、迷いの無い速さで自身の脳天を叩いた扇子が刺すような痛みを与えてくる。
 思わず悲鳴を上げて脳天を抑えた霊夢を眺めつつ、紫はため息をついて彼女へ話しかける。

「霊夢?貴女とルイズ達からお金を奪ったっていう子供から、そのお金を取り戻す事に関して私は何も言わないわ。
 だけど、取り戻す以上の事をしでかせば―――勘の良い貴女なら、私が何も言わなくとも…理解できるわよね?」

「……分かってるわよ、そんくらい」
 先ほどまで浮かべていた笑顔ではなく、少し怒っているようにも見える表情で話しかけてくる紫の方へ顔を向けた霊夢は、
 流石に反省…したかはどうか知らないが、少し拗ねた様子を見せながらもコクリと頷いて見せる。
 一度ならず二度までも霊夢が大人しくなったのを見て、ルイズは内心おぉ…と呻いて紫に感心していた。
 どのような過去があるのか詳しくは知らないが、きっと彼女にとって紫は特別な存在なのだろう。
 子供の様に頬を膨らませて視線を逸らす霊夢と、それを見て楽しそうに微笑む八雲紫を見つめながらルイズは思った。

955ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/07/31(月) 20:28:24 ID:CWP4DxYk
 少し熱が入り過ぎていた霊夢を落ち着かせた紫は、若干拗ねている様にも見える彼女へそっと囁いた。 
「まぁ…これからはダメだけど、手に入れちゃったものは仕方ないしね…貴女なら五日も掛からないでしょう?」
 紫が呟いた言葉の意味を理解したのか霊夢はチラッと彼女を一瞥した後、再び視線を逸らしてから口を開く。
「…う〜ん、どうかしらねぇ?この街って結構広いから…。でもま、子供のスリっていうなら大体目星が付くかも」
「お!霊夢がいよいよやる気になったか?こりゃ早々に大量の金貨と再会できそうだぜ」
「だからっていきなり今夜から飲むのは禁止よ。私の貯金だと宿泊代と食事代で精一杯なんだから」
 昨晩自分に負け星をくれた少年を捕まえ、稼いだ金貨を取り戻そうという意思を見せる霊夢。
 そんな彼女を見て早くも勝利を確信したかのような魔理沙と、そんな彼女へ忘れずに釘を刺すルイズ。
 仲が良いのか悪いのか、良く分からない三人を見て和みつつ紫は最後にもう一度と三人へ話しかける。

「霊夢…それに魔理沙。ルイズがこの世界の幻と言われる系統に目覚めた以上、この世界で何らかの動きがある事は間違いないわ。
 それが貴女たちにどのような結果をもたらすかは知らないけれど、いずれは貴女たちに対しての明確な脅威が次々と出てくる筈よ」

 紫の言葉に三人は頷き、ルイズと霊夢は共にタルブで姿を現したシェフィールドの事を思い出していた。
 あの場所で起きた戦いの後に行方をくらませているのなら、いずれ何処かで出会う可能性が高いのである。
 最初に出会った時は森の仲であったが、もし次に出会う場所がここ王都の様な人口密集地帯であれば、
 けしかけてくるであろうキメラが造り出す、文字通りの『惨劇』を食い止めなければならないのだ。

「その時、最も頼りになるのが貴女たち二人…その事を忘れずにね?無論、その時はルイズも戦いに加わってもいい。
 前にも言ったように脅威と対峙し、戦いを積んでいけばいずれは…今幻想郷で起きている異変の黒幕に辿り着く事も夢じゃないわ」

 その事、努々忘るるなかれ。最後に一言、やや格好つけて話を終えた紫は右手に持っていた扇子で口元を隠してみせる。
 これで私からの話は以上だ。…というサインは無事に伝わったのか、ルイズたちは暫し互いを見合ってから紫へと話しかけていく。
「あ、当たり前じゃない。何てったって私は霊夢を召喚した『虚無』の担い手なんだから!」
「ふふふ…貴女の事は楽しみだわ。その新しい力をどこまで使いこなせるか…結構な見ものね」
 腰に差していた杖を手に取り、恰好よく振って見せたルイズの勇ましい言葉に紫は微笑んでみせる。
「まぁ異変解決は私の仕事の内の一つでもあるしな。最後の最後で私が黒幕とやらを退治していいとこ取りして見せるぜ」
「相変わらず勇ましさとハッタリが同居してるわねぇ?でも…ルイズと霊夢の間に何かあったら、その時は頼みましたわよ?」
「そいつは任せておいてくれ。気が向いた時には私が助け船を出してあげるよ」
 頭に被っている帽子のつばを親指でクイッと上げる魔理沙に苦笑いを浮かべつつ、紫は彼女に再度『頼み込んだ』。 
 自分の手があまり届かぬこの異世界で、唯一自分の代わりに二人を手助けしてくれるかもしれない、普通の魔法使いへと。

 そして最後に、面倒くさそうな表情で紫を見つめる霊夢が口を開いた。
「まぁ…今年の年越しまでには終わらせてみせるわよ。いい加減にしないと、神社がボロボロになっちゃいそうだしね」
 恥かしそうに視線を逸らす霊夢を見て、それまで黙っていたデルフが鞘から刀身を出して喋り出した。

956ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/07/31(月) 20:30:31 ID:CWP4DxYk
『まぁそう焦るなって。そういう時に限って、結構な長丁場になるって決まってんだからよ』
「誰が決めたのか知らないけど、決めた奴がいるならまずはソイツの尻を蹴飛ばしに行かないとね」
 デルフの軽口に霊夢が辛辣な言葉で返した後、そんな彼女へクスクスと紫は笑った。
 彼女にとっては初めてであろう自分以外と一緒に暮らすという体験を得て、ある程度変わったと思っていたが…。
 そこは流石に我が道を行く霊夢と行ったところか、今回の異変をなるべく早くに終わらせようという意思はあるようだ。…まぁ無ければ困るのだが。
 とはいえ、藍と霊夢達の情報を合わせたとしても…解決の道へと至るにはまだまだ知らない事が多すぎる。
 
 デルフの言うとおり、長丁場になるのは間違いないであろうが…それは紫自身も覚悟している。
 だからこそ彼女は何があっても、霊夢達の帰る場所を無くしてはならないという強い意志を抱いていた。

 例えこの先…――――自分の体が言う事を聞かなくなってしまったとしても、だ。

「じゃあ…言いたい事も言って貰いたいもの貰ったし、私はそろそろ退散するとするわ」
 そんな決意を抱きながら、ひとしきり笑い終えた紫はそう言って部屋の出入り口へと向かって歩き出す。
 手に持っていた扇子を開いたスキマの中に放り、靴音高らかに鳴らして歩き去ろうとする彼女へ霊夢が「ちょっと」と声を掛けた。
「珍しいわね、アンタが私の目の前で歩いて帰ろうとするなんて」
 首を傾げた巫女の言葉は、ルイズとデルフを除く者達もまた同じような事を思っていた。
 いつもならスッと大きなスキマを開いてその中へ飛び込んで姿を消す八雲紫が、歩いて立ち去ろうとする。
 八雲紫という妖怪を知り、比較的いつもちょっかいを掛けられている霊夢からしてみれば、それはあり得ない後姿であった。
 霊夢だけではない。魔理沙や紫の仕える藍と、彼女の式である橙もまた大妖怪の珍しい歩き去る姿に怪訝な表情を向けている。

「あら?偶には私だって地に足着けてから帰りたくなる事だってありますのよ。それに運動にもなるしね」
「そうかしら?そんな恰好してて運動好きとか言われても何の説得力も無いんだけど、っていうか熱中症になるんじゃないの?」
 怪訝な表情を向ける二人と二匹へ顔を向けた紫がそう言うと、話についていけないルイズが思わず突っ込んでしまう。
 彼女の容赦ない突込みに魔理沙が軽く噴き出し、紫は思わず「言ってくれるわねぇ」と苦笑してしまう。
 これには流石の霊夢も軽く驚きつつ、呆れた様な表情を浮かべてルイズの方を見遣った。
「アンタも、結構私よりエグイ事言うのね。…っていうか、私以外にアイツへあそこまで言ったヤツを見たのは初めてよ?」
「そうなの?ありがとう。でもあんまり嬉しくないわ」
「別に褒めちゃあいないわよ」
 そんなやり取りを始めた二人を見て、藍は「お喋りは後にしろ」と言って止めさせた。
 苦笑して部屋を出れなかった紫は一回咳払いした後、突っ込みを入れてくれたルイズへと最後の一言を掛けてあげた。

「まぁ偶には歩きたいときだって私にもあるのよ。丁度良い運動にもなって夜はぐっすり眠れるしね?
 ルイズ…それに霊夢も偶には魔理沙みたいにたっぷり外で動いて、良い夢の一つでも見て気分転換でもすればいいわ」

 ちょっと名言じみていて、全然そうには聞こえない忠告を二人に告げた紫は右でドアノブを掴む。
 外からの熱気を帯びていても未だに冷たさが残るそれを捻り、さぁ廊下へと出ようとした――その直前であった。 
「………あ、そうだ。ちょっと待って紫!」
 捻ったドアノブを引こうとしたところで、突如大声を上げた霊夢に止められてしまう。
 突然の事にルイズと魔理沙もビクッと身を竦ませ、何なのかと驚いている。

957ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/07/31(月) 20:32:48 ID:CWP4DxYk
 一方の紫はまたもや部屋を出るのを止められてしまった事に、思わず溜め息をつきそうになってしまうが、
 だが何かと思って顔だけを向けてみると、いつになく真剣な様子の霊夢が自分の前に佇んでいるのを見て何とかそれを押しとどめる。
 何か自分を引きとめてまで言いたい…もしくは聞きたい事があったのか?そう思った紫は霊夢へ優しく話しかけた。
「どうしたの霊夢?そんな大声上げてまで私を引きとめるだなんて…もしかして私に甘えたいのかしら?」
「違うわよバカ。…ちょっと聞いてみたい事があるから引き止めただけよ」
「聞きたい事…?」
 ひとまず軽い冗談を交えてみるもそれを呆気なく一蹴した霊夢の言葉に、紫は首を傾げる。
 そして驚いたルイズや魔理沙、式達もその事については何も知らないのか巫女を怪訝な表情で見つめていた。
 
「どうしたのよレイム、ユカリに聞きたい事って何なの?」
 そんな彼女たちを勝手に代表してか、一番近くにいたルイズが思わず霊夢に聞いてみようとする。
 ルイズからの質問に彼女は暫し視線を泳がせた後、恥ずかしそうに頬を小指で掻きながらしゃべり始めた。
「いや、まぁ…ちょっと、何て言うか…藍には話したから知ってると思うけど、私の偽者が出てきたって話は覚えてる?」
「それは、まあ聞いたわね。でもその時は痛手を負わせて、貴女も気絶して御相子だったのよね」
 以前王都の旧市街地で戦ったという霊夢の偽者の話を思い出した紫がそう言うと、霊夢もコクリと頷いた。
「まぁ実は…それと関係しているかどうか知らないけれど…タルブで私達を助けてくれたっていう女性の話も聞いたわよね」
「それも聞いたわね。確か…キメラを相手に共闘したのでしょう?」
 霊夢からの言葉に紫は頷きつつ、彼女が何を聞きたいのか良く分からないでいた。
 いつもはハキハキとしている彼女が、こんなにも遠回しに何かを聞こうとしている何て姿は始めて見る。
 
「そういえば…確かにあの時は色々助かったわよね。結局、誰なのかは分からなかったけど」
「だな。何処となく霊夢と似てた変なヤツだったが、アイツがいなけりゃお前さんは今頃ワルドに拉致されてたかもな」
「やめてよ。あんなヤツに攫われるとか想像しただけで背すじが寒くなるわ」
 あの時、タルブへ行こうと決意したルイズと彼女についていった魔理沙も思い出したのかその時の事を語りあっている。
 しかしこの時、魔理沙が口にした『霊夢と似ていた』という単語を聞いた藍が、怪訝な表情を浮かべて霊夢へ話しかけた。
「ん?…ちょっと待て霊夢。私も始めて耳にしたぞ、どういう事なんだ?」
「…んー。最初はその事も言うつもりだったんだけど、結局この世界の人間かも知れないから言わずじまいだったのよ」
 藍の言葉に対し彼女は視線を逸らして申し訳なさそうに言うと、でも…と言葉を続けていく。
 しかし…その内容は、話を聞いていた藍と紫にとっては到底『信じられない』内容であった。

「実はさ…昨晩の夢にその女が出てきて、妖怪みたいな猿モドキを殴り殺していくのを見たのよ。
 何処か暗い森のひらけた場所で…四角い鉄の箱の様な物が周囲を照らす程の炎を上げてる近くで…
 赤ん坊の面をした黒い毛皮の猿モドキたちが奇声を上げて出てきた所で…私と同じような巫女装束を着た、黒髪の巫女が――…キャッ!」

 言い切ろうとした直前、突如後ろから伸びてきた手に右肩を掴まれた霊夢が悲鳴を上げる。
 何かと思い顔だけを後ろに振り向かせると、目を見開いて驚くルイズと魔理沙の間を通って自分の肩を掴んでいる誰かの右腕が見えた。
 そしてその腕の持ち主が八雲藍だと分かると、霊夢は何をするのかと問いただそうとする。

958ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/07/31(月) 20:34:24 ID:CWP4DxYk
「こっちを向け、博麗霊夢!」
「ちょ……わわッ!」
 しかし、目をカっと見開き驚愕の表情を浮かべる式はもう片方の手で霊夢の左肩を掴み、無理矢理彼女を振り向かせた
 その際に発した言葉から垣間見える雰囲気は荒く、先程自分たちに見せていた丁寧な性格の持ち主とは思えない。
 思わずルイズと魔理沙は霊夢に乱暴する藍に何も言えず、ただただ黙って様子を眺めるほかなかった。
 橙もまた、滅多に見ない主の荒ぶる姿に怯えているのか目にも止まらぬ速さで部屋の隅に移動してからジッと様子を窺い始める。
 そして藍の主人であり、霊夢に手荒に扱う彼女を叱るべき立場にある八雲紫は―――ただ黙っていた。
 まるで機能停止したロボットの様に顔を俯かせて、その視線は『魅惑の妖精亭』のフローリングをじっと見つめている。
『おいおい一体どうしんだキツネの嬢ちゃん、そんな急に乱暴になってよぉ?』
「今喋られると喧しい、暫く黙っていろ!」
 この場で唯一藍に対して文句を言えたデルフの言葉を一蹴した藍は、未だに狼狽えている霊夢の顔へと視線を向ける。 

 一方の霊夢は突然すぎて、何が何だか分からなかったが…流石に黙ってはおられず、藍に向かって抗議の声を上げようとした。
「ちょっと、いきなり何を―――」
 するのよ!?…そう言おうとした彼女の言葉はしかし、
「お前!どうしてその事を『憶えている』んだ…ッ!?」
 それよりも大声で怒鳴った藍の言葉によって掻き消された。
 
 突然そんな事を言い出した式に対し、霊夢の反応は一瞬遅れてしまう。
「え?――……は?今、何て――」
「だから、どうしてお前は『その時の事』を『まだ憶えている』と…私は言っているんだ!」
 しかし…今の藍はそれすらもどかしいと感じているのか、何が何だか分からない霊夢の肩を揺さぶりながら叫ぶ。
 紫が境界を操っているおかげで部屋の外へ怒鳴り声は漏れないが、そのせいなのか彼女の叫び声が部屋中へ響き渡る。
 目を丸くして驚く霊夢を見て、これは流石に止めねべきかと判断した魔理沙が彼女と藍の間に割り込んでいった。
「おいおいおい、何があったかは知らんが少しは落ち着けよ。…っていうか紫のヤツは何ボーっとしてるんだよ?」
「あ…そ、そうよユカリ!アンタが止めなきゃだれ…が……―――…ユカリ?」
 仲介に入った魔理沙の言葉にすかさずルイズは紫の方へと顔を向けて、気が付く。
 タルブで自分たちを助け、そして霊夢の夢の中にも出て来たというあの巫女モドキの話を聞いた彼女の様子がおかしい事に。
 ルイズの言葉からあのスキマ妖怪の様子がおかしい事を察した霊夢も何とか顔を彼女の方へ向け、そして驚いた。

 霊夢が話し出してから、急に凶暴になった藍とは対照的に沈黙し続けている八雲紫はその両目を見開いてジッと佇んでいる。
 その視線はジッと床へ向けられており、額から流れ落ちる一筋の冷や汗が彼女の頬を伝っていくのが見えた。
 今の彼女の状態を、一つの単語で表せと誰かに言われれば…『動揺』しか似合わないだろう。
 そんな紫の姿を見た霊夢は変な新鮮味を感じつつ、言い知れぬ不安をも抱いてしまう。
 これまで藍に続いて八雲紫という妖怪を永らく見てきた霊夢にとって、彼女が動揺している姿など初めて目にしたのである。

 あの八雲紫が動揺している。その事実が、霊夢の心に不安感を芽生えさせる。
 そして土の中から顔を出した芽は怖ろしい速さで成長を遂げ、自分の心の中でおぞましい妖怪植物へと変異していく。
 妖怪退治を生業とする彼女にもそれは止められず、やがて成長したそれが開花する頃には――心が不安で満たされていた。

「ちょっと、どういう事?何が一体どうなってるのよ…」
 押し寄せる不安に耐え切れず口から漏れた言葉が震えている。
 言った後でそれに気づいた霊夢に返事をする者は、誰一人としていなかった。

959ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/07/31(月) 20:37:11 ID:CWP4DxYk
 文明がもたらした灯りは、大多数の人々に夜と闇への恐怖を忘れさせてしまう。
 暗闇に潜む人ならざる者達は灯りを恐れ、しかしいつの日か逆襲してやろうと闇の中で伏せている。
 だが彼らは気づいていない。その灯りはやがて自分達を完全に風化させてしまうという事を。


 東から昇ってきた燦々と輝く太陽が西へと沈み、赤と青の双月が夜空を照らし始めた時間帯。
 ブルドンネ街の一部の店ではドアに掛かる「OPEN(開店)」と書かれた看板を裏返して「CLOSED(閉店)」にし、
 従業員たちが店内の掃除や今日の売り上げを纏めて、早々に明日の準備に取り掛かっている。
 無論、ディナーが売りのレストランや若い貴族達が交流目的で足を運ぶバーなどはこれからが本番だ。
 しかしブルドンネ街全体が明るいというワケではなく、空から見てみれば暗い建物の方が多いかもしれない。
 
 その一方で、隣にあるチクトンネ街はまるで街全体が大火事に見舞われたかのように灯りで夜空を照らしている。
 街灯が通りを照らし、日中働いてクタクタな労働者たちが飯と酒に女を求めて色んな店へと入っていく。
 低賃金で働く平民や月に貰える給金の少ない下級貴族たちは、大味な料理と安い酒で自分自身を労う。
 そして如何わしい格好をした女の子達に御酌をしてもらう事で、明日もまた頑張ろうという活力が湧いてくるのだ。
 酒場や大衆レストランの他にも、政府非公認の賭博場や風俗店など労働者達を楽しませる店はこの街に充実している。
 ブルドンネ街が伝統としきたりを何よりも重んじるトリステインの表の顔だとすれば、この街は正に裏の顔そのもの。
 時には羽目を外して、こうして酒や女に楽しまなければいずれはストレスで頭がどうにかなってしまう。

 夜になればこうしてストレスを発散し、翌朝にはまた伝統と保守を愛するトリステインへ貴族へと戻る。
 古くから王家に仕える名家の貴族であっても、若い頃はこの街で羽目を外した者は大勢いることだろう。

 そんな歴史ある繁華街の大通りにある、一軒の大きなホテル…『タニアの夕日』。
 主に外国から観光にきた中流、もしくは上流貴族をターゲットにしたそこそこグレードの高いホテルである。
 元は三十年前に廃業した『ブルンドンネ・リバーサイド・ホテル』であり、二年前までは大通りの廃墟として有名であった。
 しかし…ここの土地を購入した貴族が全面改装し、新たな看板を引っ提げてホテルとしての経営が再開したのである。
 ブルドンネ街のホテルにも関わらず綺麗であり、外国から来るお客たちの評価も上々との事で売り上げも右肩上がり。
 この土地を購入し現在はオーナーとして働く貴族も今では宮廷での政争よりも、ホテルの経営が生きがいとなってしまっている。

 そんなホテルの最上階にあるスイートルームに、今一人の客がボーイに連れられて入室したところであった。
 ロマリアから観光に来ているという神官という事だけあって、ボーイもホテル一のエースが案内している。
「こちらが当ホテルのスイートルームの一つ…『ヴァリエール』でございます」
「……へぇ、こいつは驚いたね。まさか他国でもその名を聞く公爵家の名を持つスイートルームとは、恐れ入るじゃないか」
 ドアを開けたボーイの言葉で、ロマリアから来たという若い客は満足げに頷いて部屋へと入った。
 白い絨毯の敷かれた部屋はリビングとベッドルームがあり、本棚には幾つもの小説やトリステインに関係する本がささっている。
 談話用のソファとテーブルが置かれたリビングから出られるバルコニーには、何とバスタブまで設置されていた。
 勿論トイレとバスルームはしっかりと分けられており、暖炉の上に飾られているタペストリーには金色のマンティコアが描かれている。

960ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/07/31(月) 20:38:41 ID:CWP4DxYk
 荷物を携えて入室してきたボーイは、その後このホテルに関するルールや規則をしっかりと述べた後に、
「それでは、何が御用がございましたらそちらのテーブルに置いてあるベルをお鳴らし下さい」
「あぁ、分かったよ。夏季休暇の時期にこのホテルへ泊まれた事は何よりも幸運だとオーナーに伝えておいてくれ」
「はい!それでは、ごゆっくり御寛ぎくださいませ」
 自分の説明を聞き終えた客の満足気な返事に彼は一礼して退室しようとした、その直前であった。
「……アッ!忘れてた…おーい、そこのボーイ!ちょっと待ってくれ」
「?…何でございましょうか、お客様」
 部屋を後にしようとするボーイの後ろ姿を見て何かを思い出した客は、手を上げてボーイを引きとめる。
 閉めていたドアノブを手に掛けようとした彼は何か不手際があったのかと思い、急いで客の所へと戻っていく。

「すまない、コイツを忘れてたね……ホラ」
「え?」
 自分の所へと戻ってきたボーイにそう言って客は懐から数枚のエキュー金貨を取り出し。彼のポケットの中へと忍ばせる。
 最初は何をしたのか一瞬だけ分からなかったボーイは、すぐさま慌てふためいてポケットに入れられた金貨を全て取り出した
「ちょ、ちょっと待ってください!いくら何でも、神官様からチップを貰うのは流石に…!」
 ハルケギニアでは今の様に客がボーイやウエイトレスにチップを渡す行為自体は、然程珍しい事ではない。
 しかし、ボーイにとってはお客様の前にロマリアから来た神官という立場の彼からチップを貰うなと゛、大変失礼なのである。
 だからこそこうして慌てふためき、何とか理由を付けてエキュー金貨を返そうと考えていた。
 しかし、それを予想してかまだまだ青年とも言える様な若い神官様は得意気な表情を浮かべてこう言った。

「なーに、安心したまえ。それは日々慎ましく働いている君へ始祖がくれたささやかな糧と思ってくれればいいだろう。
 それならブリミル教徒の君でも神官から受け取れるだろう?この金貨で何か美味しい物でも食べて自分を労うと良いよ」
 
 少し無理やりだが、いかにも宗教家らしい事を言われれば敬虔なブリミル教徒であるボーイには反論しようがない。
 それによく考えれば、このチップは彼が行為で渡してくれたものでそれを突き返すのは逆に不敬なのかもしれない。
 暫し悩んだ後のボーイが、納得したように手にしたチップを懐に仕舞ったのを見て客はクスクスと笑った。
「そうそう、世の中は酷く厳しいんだから貰える物は貰っておきなよ?人間、ちょっとがめつい程度が生きやすいんだから」
「は、はぁ…」 
 そして、とても宗教家とは思えぬような現実臭い言葉に、ボーイは困惑の色を顔に出しながらコクリと頷いた。
 今までロマリアの神官は指で数える程度しか目にしていない彼にとって、目の前にいる若い神官はどうにも異端的なのである。
 自分とほぼ変わらないであろう年齢にややイマドキな若者らしい性格…そして、左右で色が違う両目。
 俗に『月目』と呼ばれハルケギニアでは縁起の悪いものとして扱われる両目の持ち主が、ロマリアの神官だと言われると変に疑ってしまう。
 とはいえ身分証明の際にはちゃんとロマリアの宗教庁公認の書類もあったし、つまり彼は本物の神官…だという事だ。
 まだ二十にも達していないボーイは世界の広さを実感しつつ、改めて一礼すると客のフルネームを告げて退室しようとする。
 
「そ…それでは失礼いたします―――…ジュリオ・チェザーレ様」
「あぁ、君も気を付けてな」
 若い神官の客―――ジュリオは手を振って応えると、ボーイはスッと退室していった。
 ドアの閉まる音に続き、扉越しに廊下を歩く音が聞こえ、遠ざかっていく頃には部屋が静寂に包まれてしまう。
 ボーイが退室した後、 ジュリオはそれまで張っていた肩の力を抜いて、ドッとソファへと腰を下ろす。

961ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/07/31(月) 20:40:29 ID:CWP4DxYk
 金持ちの貴族でも満足気になる程の座り心地の良いソファに腰を下ろして辺りを見回すと、やはりここが良い部屋だと思い知らされる。
 生まれてこの方、これ程良い部屋に泊まった事が無いジュリオからしてみればどこぞの豪邸の一室だと言われても納得してしまうだろう。
 ロマリアでこれと同等かそれ以上のグレードのホテルなど、海上都市のアクイレイアぐらいにしかない。

 ひとまず寛ごうにも部屋中から漂う豪華な雰囲気に馴染めず、溜め息をつくとスッとソファから腰を上げた。
 そんな自分をいつもの自分らしくないと感じつつ、ジュリオはばつが悪そうな表情を浮かべて独り言を呟いてしまう。
「ふぅ〜…あまり褒められる出自じゃない僕には身に余る部屋だよ全く…」
「仕方がありません。何せ宗教庁直々の拠点移動命令でしたからね」 
 直後、自分の独り言に対し聞きなれた女性の声がバルコニーから突拍子もなく聞こえてくる。
 何かと思ってそちらの方へ顔を向けると、丁度半開きになっていたバルコニーの窓から見慣れた少女が入ってくるところであった。
 長い金髪をポニーテールで纏め、首に聖具のネックレスを掛けた彼女はジュリオの゙部下゙であり゙友達゙でもある。

 変な所から現れた知人の姿にジュリオはその場でギョッと驚くフリをすると、ワザとらしい咳払いをして見せた。
 本来なら先程までの落ち着かない自分を他人に見せるというのは、彼にとっては少し恥ずかしい事であった。
 自分を知る大半の人間にとって、ジュリオという人間ばクールでいつも得意気で、ついでにジョークが上手い゙と思い込んでいるのだから。
 幸い目の前の少女は自分が本当はどんな人間なのか知っていたから良かったが、それでも見られてしまうのは恥ずかしいのだ。
「あ〜…ゴホン、ゴホ!…せめて声を掛ける前に、ノックぐらいしてくれよな?」
「ふふ、ジュリオ様のばつの悪そうな表情は滅多に見られませんからね、少し得した気分です」
「おやおや、そこまで言ってくれるのなら見物料金を取りたくなってくるねぇ〜」
 僕は高いぜ?照れ隠しするかのようにおどけて見せるジュリオの言葉に、少女がクスクスと笑う。
 一見すればジュリオと同年代の彼女はバルコニーからホテル内部へ侵入したワケだが、当然どこにも出入り口は見当たらない。
 このホテルは五階建てで中々に高く、外付けの非常階段は格子付きで出入り口も普段は南京錠で硬く閉ざされており、外部からの侵入は出来ない。
 本当ならば堂々と入り口から行かなければ、中へ入れない筈である。
 
 しかし、ジュリオは知っていた。彼女には五階建ての建物の壁を伝って登る事など造作も無いという事を。
 幼い頃に孤児院から引っ張られて来て、自分の様な神官をサポートする為に血反吐も吐けぬ厳しい訓練を乗り越え、
 陰ながら母国であるロマリア連合皇国の要人を援護し、時には身代わりとして死ぬことをも厭わぬ仕事人として彼女は育てられた。
 そんな彼女にとって、五階建てのホテルの壁を伝って移動する事なんて、平坦な道を走る事と同義なのである。
「…にしたって、良くバルコニーから入ってこれたね。このホテルって、通りに面しているんだぜ」
「幸い陽は落ちていましたし、通行人に気付かれなければ最上階までいく事など簡単ですよ。…ジュリオ様もやってみます?」
「いや、僕は遠慮しておく」
 やや悪戯っぽくバルコニーを指さして言う彼女に対し、ジュリオはすました笑顔を浮かべて首を横に振る。
 それなりに鍛えているし、体力には自信はあるがとても彼女と同じような真似はできそうにないだろう。

 その後、部屋の中へと入った少女が窓を閉めたところで再びソファに腰を下ろしたジュリオが彼女へと話しかけた。
「…それにしても、一体どういう風の吹き回しだろうね?僕たちをこんな豪勢な部屋に押し込めるだなんてね」
「確かにそうですね。上の判断とはいえ、この様な場所に拠点を移し替えるとは…」
 彼の言葉に少女は頷いてそう返すと、今朝ロマリア大使館から届いた一通の手紙の事を思い出す。
 まだそれほど気温が高くない時間帯に、ジュリオと少女は宿泊していた宿屋の主人からその手紙を受け取った。
 母国の大使館から届けられたというその封筒の差出人は、ロマリア宗教庁と書かれていた。
 ハルケギニア各国の教会へと神父とシスターを派遣し、ブリミル教の布教を行っている宗教機関であり、
 その裏では特殊な訓練を施した人間を神官として派遣し、異教徒やブリミル教にとっての異端の排除も行っている。

962ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/07/31(月) 20:42:24 ID:CWP4DxYk
 ジュリオと少女も宗教庁に所属しており、共に『裏の活動』を専門としている。
 …最もジュリオはかなり゙特殊な立場゙にある為、厳密には宗教庁の所属ではないのだが…その話は今置いておこう。
 ともかく、自分たちの所属する機関から直々に送られてきた手紙に彼は軽く驚きつつ何かと思って早速それに目を通した。
 そこに書かれていたのは自分と少女に対しての移動命令であり、指定した場所は勿論今いるホテルのスイートルーム。
 突然の移動命令で、しかもこんな場末の宿屋から中々立派なホテルへ泊まれる事に彼は思わず何の冗談かと疑ってしまう。
 試しに手紙を透かしてみたり逆さまにしてみたが何の変化も無く、どこからどう見ても何の変哲もない便箋であった。
 しかもご丁寧にロマリア宗教庁公認の印鑑とホテルの代金用の小切手まで一緒に入っていたのである。
――――う〜ん、これってどういう事なのかな?
―――――どうもこうも、私からは…宗教庁からの移動命令としか言いようがありません
 正式に所属している少女へ聞いてみるも彼女はそう答える他無かったが、納得しているワケではない。
 何せ手紙には肝心の理由が不可解にも掛かれておらず、命令だけが淡々と書かれているだけなのだから。
 
 とはいえ命令は命令であり、移動先のホテルも豪華な所であった為拒否する理由も得には無い。
 二人は早速荷造りをした後で宿屋をチェックアウトし、ジュリオは小切手をお金に変える為にトリステインの財務庁へと向かった。
 少女は今現在も遂行中である『トリステインの担い手』の監視を夕方まで行い、夜になってジュリオと合流して今に至る。
 手紙が届いてから半日が経ったが、それでも二人にはこの移動命令の明確な理由が分からないでいた。
「明日、大使館へ赴いて移動命令の理由が聞いた方がいいかと思いますが…」
「いやいや、所詮大使館で働いてる人達は宗教庁の裏の顔なんて知らないだろうさ」
 少女の提案にジュリオは首を横に振り、ふと天井を見上げると右手の指を勢いよくパチンと鳴らす。
 その音に反応して天井に取り付けられたシーリングファンが作動し、豪勢なスイートルームを涼風で包み始める。
 ファンそのものがマジックアイテムであり、一分と経たぬうちに部屋の中に充満していた熱気が消え始めていく。

「流石は貴族様御用達のスイートルームだ、シーリングファンも豪勢なマジックアイテムとはねぇ」
 ヒュー!っとご機嫌な口笛を吹いて呟いた後に、ジュリオはソファからすっと腰を上げてから少女に話しかけた。
「まぁ理由は色々と考えられるが…もしかすれば゙担い手゙ど盾゙と接触する為…なんじゃないかな?」
「…ジュリオ様もそうお考えでしたか」
「トリステインの゙担い手゙はタルブで見事に覚醒できたんだ、ガリアだってもう黙ってはいないだろうしね」
 少女の言葉にジュリオはそう返してから、監視対象であったトリステインの担い手――ルイズの行動を思い出していく。
 ワケあってトリステインの王宮で保護されていた彼女が行った事は、既にジュリオ達もといロマリアは周知していた。
 使い魔であるガンダルールヴと、イレギュラーである通称゙トンガリ帽子゙こと魔理沙と共にタルブへ赴いたという事。
 そしてそこを不意打ちで占領していたアルビオン艦隊を、あの『虚無』で見事に倒してしまったという事も勿論知っている。
 無論アルビオンの侵略作戦において、あのガリア王国が密かに関わっている事も…。
「まだ見かけてはいませんが、ガリアも担い手の動向を確かめる為に人を派遣する可能性は高いですね」
「だろうね。…しかも今の彼女は、このハルケギニアにおいては最も特殊な立場にある人間でもあるんだから」
 ジュリオはそう言って懐から小さく折りたたんだ一枚の紙を取り出し、それを広げて見せる。
 その紙には一人の少女の姿が描かれていた。本屋で参考書を漁っているであろうトリステインの担い手ことルイズの姿が。

 ロマリア宗教庁がルイズをトリステインの担い手と睨んだのは彼女がまだ学院へ入る前の事。
 トリステインのラ・ヴァリエールにある教会の神父が、領民たちの話からこの土地を治める公爵家の三女が怪しいと踏んだのである。
 すぐさま神父の報告を受けて宗教庁は人を派遣し調査させた結果、可能性は極めて高いという結論に至った。

963ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/07/31(月) 20:44:37 ID:CWP4DxYk
 ネロは今から一、二ヶ月ほど前にとある山道の脇で蹲っていたのを仕事の帰りで歩いていたジュリオが見つけたのだという。
 怪我をしていた為、このままでは助からないと思ったらしい彼はそのフクロウを抱きかかえて山を下りた。
 それから獣医の話を聞いて適切に治療して傷が治った後、今ではすっかりジュリオのペットとして良く懐いている。
 とはいえケージに入れて飼ってるワケではなのだが、それでも彼とは一定の距離をおいて傍にいるのだ。
 ジュリオが呼びたいと思った時に口笛を吹けば、どこからともなくサッと飛んでくるのである。
「今じゃあこうして好きな時に抱えられるし、フクロウってこうして見てみると可愛いもんだろう?」
「は、はい…」
 まるで縫いぐるみの様に抱きかかえられる猛禽類を見て、思わず唖然としてしまう。
 恐らく、ふくろうをここまで我が子の様に手なずけてしまうのはハルケギニアでも彼だけだと、そう思いながら。

 そんな少女の考えを余所に、ジュリオは急に自分の元を訪ねてきたネロの頭を撫でながら話しかける。
「それにしても、お前はどうしてここへ来たんだ?念の為大使館には置いてきたけど………ん?」
 頭を撫でながら返事を期待せずに聞いてみると、ネロはおもむろにスッと右脚を軽く上げた。
 何だと思って見てみたところ、猛禽類特有のそれには小さな筒の様な物が紐で括りつけられているのに気が付く。 
 思わず何だこれ?と呟いてしまうと、傍にいた少女もまたネロの脚に付けられた筒を目にして首を傾げてしまう。。
「どうしました…って、何ですかソレ?」
「ちょっと待ってくれ…今外す。……よし、外した」
 ジュリオは慣れた手つきでネロの脚に巻かれていた紐を解き、掌よりも一回り小さい筒をその手に乗せる。
 筒は見た目通りに軽く、試しに軽く振ってみるとカラカラカラ…と中で何かが動く音が聞こえてくる。
 暫し躊躇った後、ジュリオはその筒を開けてみると中から一枚の手紙が丸められた状態で入れられていた。
「……手紙?」
 思わず口から出てしまった少女の呟きにジュリオは「だね」と短く答えて、それを広げて見せる。
 広げられた便箋の右上に、見慣れた宗教庁とロマリア大使館の印鑑が押されているのがまず目につく。
 つまりこれは宗教庁が大使館を通し、ネロを使って自分たちへ手紙を送ってきたという事になる。
 ネロの脚に手紙を取り付けたのは大使館だろうが、よくもまぁフクロウの脚に手紙入りの筒を取り付けられたなーと感心してしまう。
 まぁそれはともかく、手紙の差出人についてはジュリオも何となく分かっていたので早速手紙の本文を読み始めてみる。

 内容は今日届いた拠点の移動命令に関する事が書かれていとの事らしい。
 ワケあってその理由はギリギリまで伏せられ、ようやくこの手紙を送る許可が下りた事がまず最初に書かれていた。
(やれやれ…僕の見てぬ所で勝手に決めてくれちゃって…下の人間ってのは辛いもんだよ全く)
 自分達の都合など考えてもくれない宗教庁上層部への悪態をつきつつ、ジュリオはその『理由』に目を通し―――そして硬直した。
 それはジュリオや少女…否、ロマリアの国政に関わる者にとっては信じられないモノであった。

964ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/07/31(月) 20:47:07 ID:CWP4DxYk
 例えればこの国の王女が誰の許可も無しに変装して、王宮を飛び出すくらい信じられない事態と同レベルである。
 いや、こっちの場合は無理に周りの者たちの首を縦に振らせてるので質の悪さでは勝ってるのだろうか?
 どっちにせよ、最悪な事に変わりはない。
 
 そんな事を思いつつも、手紙の内容で頭の中の思考がグルグルと掻き混ぜられる中、 
「全く…!よりにもよって、何でこう忙しいときにコッチへ…――!」
「ど…どうしたんですか?急に怒りだしたりして…」
 ジュリオは悪態をつくと、突然の豹変に驚く少女へ読んでいた手紙を差し出した。
 彼女は慌ててそれを受け取るとサッと素早く目を通し―――瞬間、その顔が真っ青になってしまう。
「じ…ジュリオ様、これって―――」
「皆まで言うなよ?言われなくたって分かってるさ。けれど、もう誰にも変えられやしないんだ…」
 少女の言葉にそこまで言った所で一旦一呼吸入れたジュリオは、最後の一言を呟いた。

―――゙聖下゙が御忍びでトリスタニアへ来るっていう、事実はね

 その一言は少女の顔はより青ざめ、思わず首から下げた聖具を握りしめてしまう。
 ジュリオはこれから先の苦労と心配を予想して長いため息をつくと、自分を見つめる少女から顔を逸らす。
 二人が二人とも、この手紙に書かれだ聖下゙の急な訪問と、身分を省みぬ彼の行動にどう反応すればいいか分からぬ中――
 ジュリオの腕の中に納まるフクロウは、自分がその手紙を運んで来てしまったことなど知らずして暢気に首を傾げていた。

 

以上で85話の投稿を終わります。
ここ最近の暑さが苦手です。早く秋になってくれんものか…
それでは今日はここいらで、また来月末にお会いしましょう!ノシ

965ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/08/06(日) 21:40:54 ID:dXWvJpSI
無重力巫女さんの人、乙です。今回の投下を行います。
開始は21:43からで。

966ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/08/06(日) 21:44:40 ID:dXWvJpSI
ウルトラマンゼロの使い魔
第百五十二話「ハルケギニアの神話」
超古代怪獣ゴルザ
超古代竜メルバ 登場

 才人が目を覚ますと、そこはだだっぴろい草原だった。
「はい?」
 身体を起こした才人は、最初に自分の身に何が起こったのかを思い返した。
 まず、アンリエッタからの要請でロマリアに向かった。そこで故郷、母親からのメールが届き、
それを読んで涙したのをルイズに知られてしまい、ルイズは自分を無理矢理にでも地球に帰そうと
して……ゼロも自分から離れ、光を浴びせられて意識を失い……。
 ハッと青ざめて己の左腕に目を落とす才人。ガンダールヴのルーンは手の甲に刻まれた
ままだが、それと同等に大事な、いやある種それ以上に大切なウルティメイトブレスレットは、
やはりなくなっていた。それはつまり、ゼロが自分から分離したことを意味している。
 となれば、自分は寝ている内に地球に送り帰されてしまったのだろうか。
 しかし、それにしては様子がおかしい。地球に帰すのだったら、自分の住んでいる街に
置いていくのが普通だろう。だが周囲の光景は、見渡す限りの野原。遠景には湖や、山と森が
見える。少なくとも、自分の住んでいた地域にこんな土地はなかった。
 ゼロが地球の適当な場所にほっぽっていった? いやそんな馬鹿な。まだハルケギニアに
いるのだろうか。しかし、それならそれでここはどこだ? ロマリアか?
 疑問が尽きないでいると、遠くから人影がこちらに近づいてくるのに気がついた。
 咄嗟に背中に手をやったが、デルフリンガーはない。デートの時に外していて、そのまま
なのだ。少し不安を覚えたが、人影の所作から、敵意はないことを見て取った。
 近くまで来ると、草色のローブに身を纏っていることに気がついた。顔はフードに隠され
よく見えないが、身体のラインから女性ではあるようだ。
 女性は才人に声を掛けてきた。
「あら、起きた? 水を汲んできてあげたわ」
 フードを外した女性の顔立ちは恐ろしいほどの美貌であり、才人は思わず息が詰まった。
それだけではなく、女性の耳は長く尖っていた。エルフだ、と才人は気がついた。
 女性から渡された革袋の水でひと息吐くと、女性が自己紹介する。
「わたしはサーシャ。あなたは? こんなところで寝ているのを見ると、旅人みたいだけど。
それにしては、何にも荷物を持ってないけど……」
「サイトと言います。ヒラガサイト。旅をしてる訳じゃないです。起きたら、ここに寝かされて
ました」
 名乗り返した才人は、少し違和感を覚えた。エルフが、人間の自分に気さくに話しかけている。
才人が出会った純血のエルフの例は一人だけだが、エルフは人間と敵対しているはず。なのに
目の前のサーシャから、自分への敵意や忌避感といったものは全くなかった。まさかティファニアの
ようなのが他にそうそういるとも思えない。
 それに、他に誰もいないとはいえエルフが白昼堂々と草原を闊歩しているとは。もしかして、
ここはエルフの支配する土地なのだろうか? しかしエルフの土地“サハラ”は砂漠と聞いたのだが……。
「すいません。ここはハルケギニアのどこですか?」
 とりあえず確かめてみようと質問すると……予想外すぎる返答が来た。
「ハルケギニア? 何それ?」
 ハルケギニアを知らない! そんなことがあるのだろうか!?
 一瞬混乱した才人だが、はっと気がついた。どれだけ時間が経っているかは分からないが、
気を失う直前までは、肝要の記念式典は一日前にまで差し迫っていた。早く戻らないと、
ロマリアにいるルイズたちが危ない!
 うわあああ! と思わず奇声を上げると、サーシャが呆気にとられて振り返った。
「どうしたの?」
「いや……思い出したんだけど、今、俺たち大変なんすよ……。ここでこんなことしてる
場合じゃない」
「どんな風に大変なの?」
「いやね? まぁ言っても分かんないでしょうけど、とてもとても悪い王さまがいてですね、
俺たちにひどいことをするんです。そいつをやっつけるための作戦発動中だったのに……。
肝心要の俺がこんなとこで油売っててどうすんですか、という」

967ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/08/06(日) 21:47:24 ID:dXWvJpSI
「それはわたしも同じよ」
 サーシャはやれやれと両手を広げた。
「今、わたしたちの部族は怪物の軍勢に飲み込まれそうなの。こんなところで遊んでいる
場合じゃないのよ。それなのに、あいつったら……」
「あいつ?」
 問い返すと、サーシャはわなわなと震えた。何やら物騒な雰囲気なので才人は思わず口ごもった。
 しばらくどちらも発言しない、何だか気まずい空気が流れたが、やがてサーシャの方が
沈黙を破った。
「何だかとても変な気分」
「変な気分?」
「ええ。実はね、わたしって結構人見知りするのよ。それなのにあなたには、あんまり
そういう感じがしない」
 へええ、と才人は思った。しかし言われていれば、自分もサーシャには恐怖に類する印象は
一切感じなかった。ティファニアを知っているとはいえ、真正のエルフにはかなり痛い目に
遭わされたのに。
 それに、一回も会ったことがないエルフの女性に対して、どこかで会ったような奇妙な
感覚を抱いていた。これが噂に聞く既視感なのだろうか。
「俺もそんな感じですよ」
 言いながらサーシャに振り返り、はたとその左手に注目した。何やら文字が刻印されている
ようだ、と気がついたのだ。
 そしてあることに思い至り、焦りながら自分の左手と見比べた。初めは何かの間違いだと
思ったが……よく確認して、間違いではないことを知る結果となる。
 サーシャの左手の甲に刻まれているのは……自分と全く同じルーン文字なのだ!
「ガ、ガ、ガガガガガガガガ、ガンダールヴ!」
「あらあなた。わたしを知ってるの?」
「知ってるも何も!」
 才人は左手のルーンを、サーシャの目の前に差し出した。
「まぁ! あなたも!」
 驚いた顔だが、それほどびっくりした様子はない。対して才人は混乱し切りだ。
 “虚無”を最大級に敵視しているエルフが、ガンダールヴ? 何で? どうして? というか
ガンダールヴが二人? どういうこと?
 いや、一つだけはっきりしていることがある。サーシャが使い魔なら、彼女を使い魔に
した人物がいるということだ。その人物なら、何か知っているかもしれない。
「あの、あなたをガンダールヴにした人に会いたいんだけど」
「わたしもよ。でも、ここがどこか分からないし……。全く、魔法の実験か何か知らないけど、
人を勝手にどっかに飛ばして何だと思ってるのかしら」
「魔法の実験?」
「そうよ。あいつは野蛮な魔法を使うの」
 野蛮な魔法……それは“虚無”だろうか? しかし“虚無”の担い手は、ルイズ、ティファニア、
ヴィットーリオ、そしてガリアの名前も知らない誰かの四人だけのはず。他にもいたのだろうか?
 と考えていたら、不意に目の前に鏡のようなものが現れた。地球からハルケギニアに移動した
際に目に掛かった、サモン・サーヴァントの扉に似ている。
「何だありゃ」
 呆気にとられる才人の一方で、サーシャの顔が急激に険しくなり、また全身から凄まじい
怒気を発し始めた。それに才人は思わずひっ! とうめく。
 怒髪天を突いたルイズを彷彿とさせるほどのサーシャの様子におののいていると、鏡の中から
小柄な若い男性が出てきた。長いローブの裾を引きずるようにしながらサーシャに駆け寄り、
ぺこぺこと謝る。
「ああ、やっとここに開いた。ご、ごめん。ほんとごめん。すまない」

968ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/08/06(日) 21:50:03 ID:dXWvJpSI
 サーシャの肩が震えたかと思うと、とんでもない大声がその華奢な喉から飛び出た。
「この! 蛮人が――――――――ッ!」
 そのままサーシャは男に飛び掛かり、こめかみの辺りに見事なハイキックをかました。
「ぼぎゃ!」
 男は派手に回転しながら地面に転がった。サーシャは倒れた男の上にどすんと腰掛ける。
「ねぇ。あなた、わたしに何て約束したっけ?」
「えっと……その……」
 サーシャは再び男の頭を殴りつけた。
「ぼぎゃ!」
「もう、魔法の実験にわたしを使わないって、そう約束したでしょ?」
「した。けど……他に頼める人がいなくって……。それに仕方ないじゃないか! 今は大変な
時なんだ」
 サーシャは男の言い分を受けつけない。
「大体ねぇ、あなたねぇ、生物としての敬意が足りないのよ。あなたは蛮人。わたしは高貴なる
種族であるところのエルフ。それをこんな風に使い魔とやらに出来たんだから、もっと敬意を
払って然るべきでしょ? それを何よ。やれ、記憶が消える魔法をちょっと試していいかい? 
だの、遠くに行ける扉を開いてみたよ、くぐってみてくれ、だの……」
「仕方ないじゃないか! あの強くって乱暴なヴァリヤーグに対抗するためには、この奇跡の力
“魔法”が必要なんだ! ぼくたちを助けてくれる光の巨人を援護するためにも、この力をより
使いこなせるように練習を……」
 男をマウントポジションから叩きのめすサーシャに怯えながらも、関係性は逆ながら俺と
ルイズみたいだなぁ……と思っていた才人だが、男の言った「光の巨人」という単語に思わず
飛び上がった。
「ち、ちょっと待って下さい! 光の巨人って……ウルトラマンを知ってるんですか!?」
 才人が割って入ったことで、サーシャは暴力を振るう手を止めた。サーシャの下敷きの男は
才人を見上げる。
「ウルトラマン? あの巨人たちはそんな名前なのかい? と言うかきみは誰だい?」
「才人って言います。平賀才人。妙な名前ですいません」
「そうそう。この人も、わたしと同じ文字が手の甲に……」
「何だって? きみ! それを見せてくれ!」
 跳ね起きた男が才人の左手の甲に飛びついた。
「ガンダールヴじゃないか! ほらサーシャ! 言った通りじゃないか! ぼくたちの他にも、
この“変わった系統”を使える人間がいたんだ! それってすごいことだよ!」
 才人の手を強く握り、顔を近づける男。
「お願いだ! きみの主人に会わせてくれ!」
「そう出来ればいいんですけど。一体、どうして自分がこんな場所にいるのかも分かんなくって……」
 そうか、と男はちょっとがっかりしたが、にっこりと微笑んだ。
「おっと! 自己紹介がまだだったね。ぼくの名前は、ニダベリールのブリミル」
 才人の身体が固まった。
「も、もも、もう一度名前を言ってくれませんか?」
「ニダベリールのブリミル。ブリミル・ル・ルミル・ニダベリール」
 ブリミル? その名前を、才人はハルケギニアにいる間、散々耳にしていた。ルイズたちが
事ある毎に拝み、良いことがあると感謝を捧げる相手……。
「始祖ブリミルの名前?」
「始祖? 始祖って何だ。人違いじゃないのかい?」
 男はきょとんとして、才人を見つめた。対する才人は必死に考えを巡らせる。
 “虚無”の担い手が、始祖ブリミルを知らないはずがない。ということは短なる同名の
人物ではない。ということは……。
 そんな。そんな馬鹿なことが……。
 いや、「それ」の実例は何度か耳にしている。TACの隊員が超獣ダイダラホーシによって
奈良時代に飛ばされてしまったことがあったそうだし、時間を超える怪獣もエアロヴァイパーや
クロノームといったものが存在している。何より、ジャンボットが「そう」だった。今の自分が
「そう」ではないと何故言い切れる?

969ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/08/06(日) 21:52:46 ID:dXWvJpSI
 つまり……ここは“六千年前のハルケギニア”。そして目の前にいるのは……“始祖”と
称される前の初代“虚無”の担い手ブリミルと、初代ガンダールヴ!
 あまりの事態に呆然と立ち尽くす才人と、彼の様子の変化に呆気にとられているブリミルと
サーシャ。しかしブリミルが才人に何か声を掛けようとした、その時……突然辺りをゴゴゴゴ、
と急な地鳴りが襲った。
 この途端、ブリミルとサーシャの表情に緊張が走った。
「むッ! いかん、ヴァリヤーグだ! こんな場所に現れるなんて!」
「近いわよ! 早くここから離れましょう!」
 えっ、ヴァリヤーグ? と才人はきょとんとした。そう言えば、さっきブリミルがそんな
名前を口にしていた。
 しかし、この地面の揺れの感じは……才人も何度も体験している「あれ」の予兆では……。
「きみ、こっちに!」
 ブリミルが才人の手を引きながら駆け出そうとするも、その時には草原の中央の地面が
下から盛り上がっていた。
「ああ、まずい! すぐそこまで来ている!」
「やばいわよ! 今はろくな武器もないわ!」
 そして地表を突き破って、巨大な影が才人たちの目の前に出現した!
「グガアアアア!」
 どっしりとした恐竜を思わせるような体格ながら、恐竜よりも何倍も大きい肉体。上半身が
鎧兜で覆われているかのような形状をした巨大生物を見やった才人が叫ぶ。
「ヴァリヤーグって……怪獣じゃねぇか!」
 才人たちの前に現れたのは、ネオフロンティアスペースの地球において、モンゴルの平原から
現れたところを発見され、怪獣という存在の実在を証明した怪獣、ゴルザであった!
 地上に這い上がってくるゴルザに対して、ブリミルとサーシャは顔を強張らせる。
「こんなに距離が近くては、ぼくの詠唱は間に合わない。こんな時に光の巨人がいてくれたら……」
「そんなことを言っててもしょうがないわ。とにかく走りましょう! どうにかまければ
いいんだけど……」
 ゴルザからの逃走を図るブリミルたちであったが、不幸にも怪獣はゴルザ一体だけではなかった。
才人が、空から急速に接近してくる気配を感知したのだ。
「あぁッ! 空からも来るッ!」
「何だって!?」
 見れば、空の彼方からくすんだ赤銅色の刃物で出来た竜のような怪獣が、背に生えた翼で
風を切りながらこちらに降下してくるところだった。ゴルザと同時にイースター島から出現した
怪獣、メルバである!
「キィィィィッ!」
 メルバはゴルザの反対側、つまり才人たちの進行方向に着地。これで才人たち三人は、
怪獣二体に挟まれた形となる。ブリミルがうめく。
「最悪だ……。逃げ道もなくなってしまった……!」
 サーシャは短剣を抜いて怪獣たちを警戒しながら、ブリミルへと叫んだ。
「わたしが時間を稼ぐわ! あんたは隙を見て、そのサイトとかいうのを連れて逃げなさい!」
「そんな! きみを置いていくなんて出来ないよ! そんな短剣で二匹のヴァリヤーグに
挑もうなんて無茶が過ぎる!」
「じゃあ他にどうしろっていうのよ!」
 問答するブリミルとサーシャだが、怪獣たちは待ってはくれない。ゴルザが額にエネルギーを
集める。光線を撃とうとしている前兆だと、才人はこれまでの経験から感じ取った。
 そしてはっとブリミルたちに振り向く。ここが本当に過去の世界かどうかは知らないが、
もしそうだったら、二人が怪獣の餌食になったら大惨事だ。ハルケギニアの歴史が根本から
ねじ曲がってしまう!
 才人は反射的に身体が動いていた。
「二人とも危ないッ!」
「えッ!?」

970ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/08/06(日) 21:55:21 ID:dXWvJpSI
 両手を前に伸ばしてブリミルとサーシャを突き飛ばす。直後、才人のすぐ近くに光線が
照射され、大爆発が発生する!
「グガアアアア!」
 ブリミルたちは突き飛ばされたことで逃れられたが、才人は爆発の中に呑まれる!
「ああああッ!?」
「さ、サイトッ!!」
 ブリミルとサーシャの絶叫がそろった。
 二人を救い、代わりに爆発に襲われる才人。爆風と衝撃を浴びる中、彼の脳裏に走馬灯の
ようにこれまで出会ってきた様々な人たちの顔と――ルイズ、そしてゼロの顔がよぎった。
(ハルケギニアに来てから、色んな戦いを生き延びてきたのに、ゼロと離れた途端にこんな
訳の分からない内に死んじゃうのか……。俺って結局、こんな運命にあるのかな……)
 そんな彼の思考も、爆炎の熱にかき消されていく――。
 と思われたその時、空の果てから「光」がまさに光速の勢いで飛んできて、ゴルザの起こした
爆発の中へ飛び込んだ。
 そして閃光が草原の一帯に広がり、ゴルザとメルバがその圧力によって押し飛ばされる。
「グガアアアア!」
「キィィィィッ!」
 ブリミルとサーシャは視界に飛び込んできた閃光に思わず顔を隠した。
「何!? どうしたの!?」
「こ、この光は……まさかッ!」
 そして閃光が収まり、代わりのように草原に立った巨大な人影……。それを見上げたブリミルが、
歓喜の声を発した。
「来てくれたか、光の巨人!!」
 ――そして才人の視界は、先ほどまでとは全く違う、森の木々よりも高い位置に来ていた。
そう、怪獣と同等の。
『こ、これは……!』
 人間の身長ならばあり得ない高度だが、才人はこのような景色によく見覚えがあった。
彼の心にも喜びが溢れる。
『また、俺を助けに来てくれたんだな、ゼロ!』
 そう声に出した才人だったが……どうもおかしいことにすぐ気がついた。
『あれ?』
 今の己の身体を見下ろすと、ゼロの体色の半分以上を占める青色がないことを見て取った。
それにゼロの身体には、紫色は入っていないはずだ。胸のプロテクターの形も違う。カラー
タイマーも同様だった。
『え? え? ゼロじゃないのか? じゃあ、今の俺は一体……』
 才人は戸惑いながら、湖にまで歩み寄って、水面に己の姿を映した。
 水面を鏡にして確かめた自分の顔は……ウルトラマンではあっても、ゼロとは似ても
似つかないものだった。
『こ、この姿は!?』
 ウルトラセブンの面影を残すゼロとは全く違い、初代ウルトラマンに似た容貌。耳は大きく、
頭頂部のトサカの左右が楕円形にへこんでいる。
 これはM78星雲の出身のウルトラマンではない……ギャラクシークライシスで怪獣が大量
発生した際、救援に駆けつけたウルトラ戦士の一人の顔である。才人はその名を唱えた。
『ウルトラマンティガ!』
 才人の肉体は、ウルトラマンティガのものと化していたのだった!

 ガリア王国首都リュティスの、ヴェルサルテイルの薔薇園。ジョゼフが巨費を投じて作り上げた、
筆舌に尽くしがたいほど絢爛な花壇であったが、それにジョゼフ自身が火を放った。薔薇園は瞬く
間に火の手に呑まれ、灰になっていうのをジョゼフはぼんやりと見つめている。
 燃え盛る炎をものともせずに、深いローブを被ったミョズニトニルンが歩いてくる。彼女は
ジョゼフの足元に目をやって、主人に尋ねかけた。
「愛されたのですか?」

971ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/08/06(日) 21:58:11 ID:dXWvJpSI
 ジョゼフの足元にいるのは、彼の妃であるモリエール夫人――だったというべきだろうか。
何故なら、モリエールはたった今、死んでしまったからだ。ジョゼフの手によって、胸を短剣で
突かれて。モリエールは何故ジョゼフが自分を刺したのか、どうして自分が死ななければならない
のか、全く理解できなかったことだろう。
 ジョゼフは首を振りながらミョズニトニルンに応える。
「分からぬ。そうかもしれぬし、そうではないかもしれぬ。どちらにせよ、余に判断はつかぬ」
「では何故?」
「余を愛していると言った。自分を愛するものを殺したら、普通は胸が痛むのではないか?」
「で、ジョゼフさまは胸がお痛みになったのですか?」
 ミョズニトニルンは、その答えが言われずとも分かっていた。
「無理だった。今回も駄目だった」
 ジョゼフがそう唱えたところ、薔薇園の火災の上方の空間が歪み、何者かの影が浮かび上がった。
ジョゼフは極めて平常な態度でそれを見上げたが、ミョズニトニルンはかすかに不快感を顔に表す。
『ほほほ、陛下におかれましては相変わらずの無慈悲さでございますな。頼もしい限りです。
それはそうと、例の怪獣の軍勢の用意が整いました。中核となる「あれ」も、明日には再生が
完了致します』
「そうか。よくやった」
『それと、陛下ご執心の担い手が三人、ロマリアなどという人間の虚栄心の集まる土地に
集結しております』
 それはわたしがジョゼフさまに報告しようとしていたことだ、とミョズニトニルンは内心
苛立ちを抱いた。
「それはちょうどいいな。よろしい。余のミューズよ、全ての準備が整い次第、“軍団”の
指揮を執れ」
「御意」
 そんな感情はおくびにも出さず、ミョズニトニルンはジョゼフの命を受けると再び炎の中に
姿を消した。
 中空に浮かぶ影は、ジョゼフに対して告げる。
『しかしながら、陛下はまこと恐ろしいお方! 「あれ」は“死神”たる私ですら、前にした
時には身震いが止まらなかったほどなのに、陛下は平然と利用なさる! 野に解き放てばそれこそ
世にも恐ろしいことが起こるというのに、陛下は眉一つ動かされない! 何とも恐ろしいお人です!』
 影の言葉に、ジョゼフは薔薇園のテーブルを叩く。
「ああ、おれは人間だ。どこまでも人間だ。なのに愛していると言ってくれた人間をこの手に
かけても、この胸は痛まぬのだ。神よ! 何故おれに力を与えた? 皮肉な力を与えたものだ! 
“虚無”! まるでおれの心のようだ! “虚無”! まるでおれ自身じゃないか!」
『まことおっしゃる通りで、陛下』
「ああ、おれの心は空虚だ。中には、何も詰まっていない。愛しさも、喜びも、怒りも、
哀しみも、憎しみすらない。シャルル、お前をこの手にかけた時より、おれの心は震えんのだよ」
 遠くから、燃え盛る花壇に気づいた衛士たちが大騒ぎを起こして消火活動を始めたが、
その喧騒にもジョゼフは意を介さない。熱を帯びた目で、虚空を見つめてうわ言のように
つぶやくのみだ。
「おれは世界を滅ぼす。この空虚な暗闇を以てして。全ての人の営みを終わらせる。その時こそ
おれの心は涙を流すだろうか。しでかした罪の大きさに、おれは悲しむことが出来るだろうか。
取り返しのつかない出来事に、おれは後悔するだろうか。――おれは人だ。人だから、人として
涙を流したいのだ」
 言いながら、天使のように無邪気に笑うジョゼフの姿を、影が薄ら笑いとともに見下ろしていた――。

972ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/08/06(日) 22:00:10 ID:dXWvJpSI
ここまでです。
一人のウルトラマンに複数の変身者はあっても、一人の人間が複数のウルトラマンに変身はないですよね。

973ウルトラ5番目の使い魔 ◆213pT8BiCc:2017/08/10(木) 13:40:47 ID:TiRezyjA
ウルゼロの人乙です。
こんにちは。ウルトラ5番目の使い魔、62話ができました。
投稿を開始しますので、よろしくお願いします。

974ウルトラ5番目の使い魔 62話 (1/18) ◆213pT8BiCc:2017/08/10(木) 13:43:57 ID:TiRezyjA
 第62話
 そのとき、ウルトラマンたちは
 
 超空間波動怪獣 メザード
 渓谷怪獣 キャッシー
 宇宙有翼怪獣 アリゲラ
 宇宙斬鉄怪獣 ディノゾール
 知略宇宙人 ミジー星人
 三面ロボ頭獣 ガラオン
 合体侵略兵器獣 ワンゼット 登場!
 
 
「さあ、皆さん。どうもどうも、私の顔は覚えていただけたでしょうか? 今、ハルケギニアで起きている出来事の黒幕でございます」
 
「さて、さっそくですが先ほどお見せいたしました魔法学院の遠足はいかがでしたでしょうか? 実にみんな楽しそうでしたねえ、人間の寿命はとても短いと言いますが、あれが青春というものなのでしょうか? 私にはちょっとわかりづらいことです」
 
「うん? そんな怖い顔をしないでくださいよ。私が手を加えなければ、彼らは今頃遠足どころじゃなかったはずですからね。そうでしょう、ウフフフ」
 
「はい? ああ、どんなトリックを使ったのですかって? 別に隠すようなことではないですが、すんなり教えるのもつまらないですね。というよりも、皆さんはきっとご存知のはずですよ」
 
「ともあれ、私の目的の第一歩は果たせました。幸先良くてなによりです。んん、おやおや、そんな青筋立てて怒らないでください。怒りっぽすぎる人間は、カルシウムが足りてないそうです。牛乳をもっと飲みましょう、乳酸菌飲料もオススメですよ」
 
「あらら、もっと怒られちゃいました。せっかく地球のジョークを勉強したというのに残念です」
 
「しょうがありませんね、では皆さんのご興味ありそうなことをお伝えしましょう。ハルケギニアに散ったウルトラマンたちが、今どうしているのかをお知らせします」
 
「いえいえ、手など出していませんよ。ただちょっと隠し撮りをしただけです。ウルトラマンに手出しできるほど、私は強くありません。それに、手出しをしないのが彼らとの契約でもありますからね」
 
「どういう意味ですって? ウフフ、種明かしはじっくりするのが楽しみですよ。では、VTRスタートです」
 
 宇宙人の狂言回しが終わり、舞台はハルケギニアへと舞い戻る。

975ウルトラ5番目の使い魔 62話 (2/18) ◆213pT8BiCc:2017/08/10(木) 13:44:58 ID:TiRezyjA
 いったい何がハルケギニアに起きているのか? そして宇宙人の目的とは?
 始まったばかりの舞台には、まだ多くの演出が隠されている。
  
 才人たちが魔法学院の遠足でアラヨット山に登っているのと同じころ、遠く離れたロマリアでもひとつの戦いが起きていた。
 ロマリアの上空を飛ぶ一機の戦闘機、XIGファイターEX。そのコクピットに座る高山我夢は、眼下に広がる景色とレーダー画面を交互に見ながら、サポートAIであるPALの報告を待っていた。
「見つけました、我夢。前方、およそ三万に空間のひずみがあります。ゆっくりと南へ向かって移動中です」
「いたな。ようし、パイロットウェーブ発射準備」
 補足した目標に向かって、ファイターEXはまっすぐに飛んでいく。そして一見なにもない空間に狙いを定めると、我夢は一瞬揺らいだように見えた空の一角を凝視してPALに指示した。
「PAL、パイロットウェーブ発射!」
「了解」
 ファイターEXの機首から波紋状のパイロットウェーブが放たれ、それを受けた空間の一角が収束して、半透明のクラゲのような生物が現れた。
 これは波動生命体。先の決戦でトリスタニアに現れたクインメザードの同種の怪獣であり、さらに数か月前にエースを苦しめたあの個体である。
 しかし、無敵に近い波動生命体もパイロットウェーブで現実空間に引き釣り出されたら単なる怪獣と変わりない。波動生命体は紫色のエネルギー弾でファイターEXを狙い撃ってきたが、我夢はそれをかわすと波動生命体に向かって機首を向け、トリガーボタンを押した。
「サイドワインダー発射!」
 ファイターEXからのミサイル攻撃を受けて、波動生命体はクラゲのような姿を炎上させながらロマリアの無人の荒れ地に墜落して爆発した。
 だが、炎上する炎の中から異形の怪物、超空間波動怪獣メザードが姿を現す。我夢はそれを当然のように見下ろしながら、変身アイテム『エスプレンダー』を掲げて叫んだ。
「ガイアーッ!」
 赤い光がほとばしり、土煙を立ててウルトラマンガイアが大地に降り立つ。
 対峙するメザードとガイア。しかしメザードは腐敗したクラゲのような胴体と骸骨のような頭部の口から紫色の時空波を吐いてガイアを攻撃してきた。
「デヤッ!」
 腕をクロスさせ、メザードの攻撃をしのいだガイアは、きっとメザードを見据えた。以前に地球で戦った時は苦戦させられた相手だが、あのときとは比べ物にならないほどガイアは経験を積んで強くなっている。

976ウルトラ5番目の使い魔 62話 (3/18) ◆213pT8BiCc:2017/08/10(木) 13:45:54 ID:TiRezyjA
 メザードが無敵でいられるのは別次元に潜んでいるときだけ。すなわち、蜃気楼を吐くアコヤと一緒であり、居場所を見つけられれば貝を叩き割るのはたやすい。ガイアは頭上にエネルギーを集中させると、アグルから引き継いだ必殺技を放った。
『フォトンクラッシャー!』
 青白く輝く光の帯に貫かれ、メザードは断末魔の咆哮を上げると炎上して果てた。巨大なたいまつのように一瞬燃え盛り、黒い消し炭のようになって崩れていくメザードをガイアは憮然として見送った。
 以前にエースを苦しめた怪獣のあっけなさすぎる末路。もちろんそのときにガイアはまだこの世界にはいなかったけれど、破滅招来体に遣われて、置き去りにされたようなメザードの末路に一抹の哀れを覚えもするのだった。
 ともかく、これで破滅招来体がこの世界に持ち込んだ怪獣は、確認できる限りすべて撃破した。ガイアは変身を解除して我夢に戻り、ファイターEXのコクピットから通信機に呼びかけた。
「こちらファイターEX、波動生命体は撃破したよ。そっちはどうだい?」
 すると一呼吸置いてから、通信機から藤宮の声が返ってきた。
「こちらはこれからだ。少し待て、すぐ終わる」
 藤宮がいるのはロマリアの別の場所。人里からやや離れた山間部で、そのすそ野に彼は立っていた。
 山は一見すると平穏そうに見えなくもないが、あちこちにがけ崩れの跡が新しく残っており、この山が最近になって地殻変動に脅かされていることが見て取れた。
 そして藤宮の見ている前で山肌が崩壊し、地底から巨大な怪獣が這い出てくる。
「来たか」
 藤宮は短くつぶやいた。ほぼ計算通り、ここに怪獣が現れるのはわかっていた。
 現れた怪獣は、身長およそ六十メートル。岩の塊に手足がついたような不格好な姿をしているが、眠そうな目つきにたらこ唇をした顔つきは妙にユーモラスな印象を受ける。
 しかし藤宮は特にユーモア感覚を刺激された様子はなく、現れた怪獣を観察した。
「硬い外皮に太い手足、典型的な地底怪獣の一種だな。目が退化していないのは、地上での活動力もあるという証拠」
 渓谷怪獣キャッシー。藤宮は知らないが、これがこの怪獣の名前である。一説では怪獣ゴーストロンの仲間とも言われるが、動きは鈍く、大半は眠っているために生態にはまだ謎が多い。
 しかし藤宮はざっと怪獣の特徴を分析すると、これが破滅招来体によるものではなく、自然の怪獣が住処の異変で無理に起こされてきたのだということを確信した。
 怪獣がのろのろと人里の方向へと歩き出していく。このままでは、怪獣に悪意がなくても被害が出てしまうだろう。藤宮は傍らに持っていたバッグから、バイザー型の装置と拳銃型の発射機を取り出し、怪獣の頭部へ向けて受信機を発射した。
「コマンド、m2m1242m、Enter。住処に戻れ」
 装置を介して藤宮が怪獣の頭部に撃ち込まれた受信機に信号を送ると、キャッシーはフラフラと頭を振って、眠そうにあくびをすると元来た山に向かって戻りだした。

977ウルトラ5番目の使い魔 62話 (4/18) ◆213pT8BiCc:2017/08/10(木) 13:46:59 ID:TiRezyjA
 これは藤宮の発明品のひとつ、機械語デコーダー。怪獣の頭に信号を送り、ある程度の行動をコントロールすることができる。ただ、怪獣に強い意思があると反抗されて操れなくなってしまうが、寝ぼけて意思の薄弱なキャッシーには効果てき面であった。
 キャッシーはまだ全然寝たりなかったらしく、出てきた山の穴に頭を突っ込むと、そのまま地底に潜って帰っていった。藤宮はバイザーを外すと、返事を待っている我夢に向かって結果を知らせた。
「我夢、こっちも終わった。怪獣は無傷だ、周辺の地殻が安定しているのも確認してある。少なくとも数百年は出てくることはないだろう」
「お疲れ様。ごめん藤宮、君にもいろいろ手間をかけさせてしまって」
「気にするな。この世界の安定は、この世界とつながっている俺たちの世界の安定にもつながる。それに、今はとにかく不安要素を少しでも減らしていくほかはないだろう」
 藤宮は我夢に答えながら、バッグの中に残っている受信機の残数に目をやった。
 この数か月前に怪獣によって地殻が荒らされたため、眠っているだけだった地底怪獣たちが地上に現れる事例が増えてきており、藤宮はその対処に飛び回っていたのだ。
 怪獣は人間にとって脅威ではあるが、余計な手出しをしなければ無害であることも多い。何より、怪獣たちもまた自然が生んだ自然の一部なのだ、人間の都合だけで排除していけば、いつか自然のバランスが崩れ、そのしっぺがえしは人間に降りかかってくる。
 しかし、我夢と藤宮はそれぞれ順調に目的を果たしているはずなのに、あまりうれしそうな様子はなかった。
「藤宮、そっちのほうはその、平和かな?」
「平和だ、途中にある村々の様子も見てきたが、どこも静かなものだ。我夢、お前は何を見ている?」
「平和だね。空から見下ろす限り、どこの街や村も活気に満ちてるよ。戦争のおもかげなんてどこにもない……いや、傷跡は見えるけど、誰もそれを気にしてない」
「俺たち以外は、な」
 意味ありげな言葉を返すと、藤宮は山を下り始めた。そこに、我夢の声が不安そうに響く。
「ねえ藤宮、本当にこれでよかったんだろうか?」
「迷うな、我夢。あのときに、満点の回答を出すことなどは誰にも不可能だった。だがこれからの事態を利用していくことならできる。考えようによっては好都合なことも多い、今はこの好機を生かすことを考えるべきだ」
「わかったよ、僕もこれから戻る。あいつのことは、今はあの人たちに任せよう。もしも、あいつが僕らの世界にまで目をつけたら破滅招来体に匹敵する脅威になる。なんとしても、この世界で野望を断念させないと」
 ふたりの胸中には、今この世界に侵食してきている侵略者のことがよぎっていた。いや、本人は侵略行為は否定しているから侵略者とは呼べないかもしれないが、他人の土地に勝手に入ってきて好き勝手をやっている以上、やはり侵略者と呼ぶべきだろう。

978ウルトラ5番目の使い魔 62話 (5/18) ◆213pT8BiCc:2017/08/10(木) 13:47:45 ID:TiRezyjA
 以前に一度、立体映像で対峙したときの宇宙人の尊大な姿は忘れられない。奴はふてぶてしくも、自分たちウルトラマンに対しても脅迫じみた要求を突き付けてきたのだ。
 そのときに、その宇宙人が突き付けてきた要求の、破滅招来体でもやるかという悪辣さには一瞬冷静さを失いかけた。
 しかし、我夢たちの地球では、いわゆる〇〇星人といった宇宙人は現れていないが、ゼブブなどの例から地球外知的生命体の存在は確認されており、その宇宙人が要求の内容を確実に実行できるであろうことは、疑う余地がなかったのだ。
 宇宙人の要求を、結局そのとき拒絶することはできなかった。そして今日、我夢と藤宮はささやかな抵抗として、ハルケギニアに内包する災厄の芽を摘んでいっている。あの宇宙人は、自分たちウルトラマンと直接対決する気はないと明言したが、目的のためにこれから暗躍をはじめるとも宣言した。なにを仕掛けてくるか、想像もできないが、少しでもあの宇宙人の悪だくみに利用できるものを減らせば、それだけ救える者を増やすことにつながる。
 だが……我夢と藤宮は、それとは別に、ひとりの友人の心配をしていた。
「タバサ……」
 あの日以来、彼女も姿を消してしまった。
 万一のことがあったとは思わない。しかし、人間である以上、絶対がないということもわかっている。事実、自分たちも過去には何度も過ちを重ねた。
 だが、だからこそ信じてもいる。恐らく、今タバサが直面しているのは彼女の人生で最大の壁だろう……そのときに、あちらの世界で経験したことは必ず役立つはずだ。
 
 我夢と藤宮の活躍で、ハルケギニアは人知れず安定を取り戻しつつある。もしも今の状況がなかったら、とてもこううまくはいかなかったに違いない。
 
 そして、人知れず活躍しているウルトラマンは彼ら二人だけではない。
 ハルケギニアは狭いようで広く、しかも電信などがあるわけではないから辺境で事件が起きても伝わりにくい。そこで、もし宇宙人や怪獣が事件を起こしても、助けを呼ぶ声が届くころにはすべてが終わっていることもありうる。
 ならばパトロールをするしかない。見回りは大昔から、事件を未然に防ぐためにもっとも基本とされてきたことだ。今でも、ハルケギニアのどこかでは謎の風来坊が旅を続けていることだろう。
 そして、ウルトラ戦士がパトロールするのは地上だけではない。ハルケギニアの天空を象徴するふたつの月では、小規模ながらも極めて重大な戦いが起こっていた。
『ビクトリューム光線!』
 ハルケギニアの衛星軌道。ウルトラマンジャスティスの放った赤色の光線が、赤い月を背にした赤い怪獣に突き刺さる。始祖鳥にも似たシルエットの中央を射抜かれ、宇宙有翼怪獣アリゲラは目を持たない頭部から断末魔の叫びをあげて爆散した。
 アリゲラの最期を、ジャスティスは爆炎が収まるまで黙祷のようにじっと見つめていた。好き好んで倒したわけではないが、異様に凶暴性が高い個体で倒さざるを得なかった。三十年以上も前にも、アリゲラの同族はこの星にやってきたことがあるが、別宇宙ではアリゲラは群れで移動する光景が確認されていることから、そのときのも今回のも群れからはぐれたか追放され、そのために凶暴化した個体だったのかもしれない。
 ジャスティスはハルケギニアの星を振り返り、宇宙正義の代行者としての自分の役割としては異例なほどこの星に肩入れするなと思った。本来ならば、コスモスもこの星に来た以上、自分は宇宙の別の問題を解決するために旅立ってもいいはずだが、この星を今狙っている相手は悪質さのレベルでいえばジャスティスの知る限りにおいてもそうはいない。無視して、もしこの星の外にまで手を伸ばされたらまずい。

979ウルトラ5番目の使い魔 62話 (6/18) ◆213pT8BiCc:2017/08/10(木) 13:48:52 ID:TiRezyjA
 それに、もしそれによってハルケギニアが宇宙にとって危険な存在になると判断されたら最悪の審判が下されるかもしれない。そうなれば、この星の人々は……ジャスティスは、ジュリとして接したこの星の人間たちのことを思った。
 
 一方、青い月でも重大な戦いが終わろうとしていた。
『ナイトシュート!』
 ウルトラマンヒカリの放った光線に薙ぎ払われて、十数体の宇宙怪獣が宇宙の藻屑に変えられていく。
 青い月の光に照らされる青い戦士と対峙するのは、宇宙斬鉄怪獣ディノゾールの群れ。数にしたら数百体は下らないであろう、それの進行方向に立ちふさがるヒカリの存在は後続のディノゾールたちに明確な警告を与えていた。
「戻れ、ここから先はお前たちの場所ではない」
 ディノゾールたちは進撃をやめ、再度進撃を試みたとき、結果は再度同じく展開された。
 無理やり道をこじ開けようとして、宇宙の塵となった同族の残骸を後続の生き残りたちは数百の憎悪の眼差しで見つめた。ディノゾールたちは、眼下にある惑星に降りたかった。あの青い星には、ディノゾールが生きるのに必要な水素分子、すなわち水が無尽蔵にあるに違いないからだ。
 が、屍となった先鋒たちの犠牲は今度は無駄にはならなかった。ディノゾールたちは、黄金境の境にある激流の大河に身を躍らせる愚をようやくにして悟り、しぶしぶながら群れの進路を来た方向へと切り替えたのである。
 名残惜しそうなディノゾールたちを、先頭で率いる一頭が吠えて従わせているのをヒカリは見た。あれが群れの新しいリーダーなのだとしたら、あの群れはなかなかに幸運なのかもしれない。
 ディノゾールたちが宇宙のかなたへ去ると、ヒカリはほっと息をついた。
「この星を目指す宇宙怪獣はまだ絶えない。以前にヤプールの配置した時空波の影響が完全に消えるには、まだかかるかもしれないな」
 ヒカリは科学者らしく冷静に分析して、その結果には憮然とせざるを得なかった。宇宙は広大である、怪獣や宇宙人を呼び寄せる時空波の元凶はすでに破壊されて久しいが、影響を受けた怪獣がいつ来るかはバラバラだ。すぐ来る奴もいるだろうし、それこそ百年経ってやっと来る奴もいるかもしれない。
 余計な仕事を増やしてくれる。ヒカリはヤプールに対して心の中で毒を吐いた。彼は宇宙警備隊の仕事を嫌っているわけでは決してないが、警察や消防は暇であるほうが望ましいのだ。
 しかし、今のこれさえも懐かしく思えるような死闘がいずれ訪れるであろうことは、逃れがたい事実なのだ。聖地はいまだ不気味に胎動し、ウルトラマンでさえ容易に近づけないそこからは、邪悪な気配が日々濃くなっている。
 必ずその時はやってくる。ならば、備えておく努力を怠るべきではない。ヒカリは宇宙からの接近がこれ以上ないことを確認すると、今度は地上のパトロールをするためにハルケギニアに戻っていった。
 
 世界は、見えないところで、見えない敵から、見えないうちに守られている。

980ウルトラ5番目の使い魔 62話 (7/18) ◆213pT8BiCc:2017/08/10(木) 13:50:07 ID:TiRezyjA
 しかし、そうしたウルトラマンたちの奮闘も、あの黒幕の星人からすれば冷笑のタネでしかない。
 
「さて、ご覧いただきどうでしたか、ウルトラマンの方々のご活躍。いやあ、よく働かれますね本当に、過労死って言葉を知らないんでしょうか? 正義の味方って大変ですね」
 
「うん? どうしました悔しそうな顔で。ははあ、あの方たちが苦労しているのに自分たちは何もできないのが嫌だと?」
 
「いやいや感心ですねえ。でもそれじゃ何事も楽しめませんよ? 特に、この星の人間たちはちょっと前まで戦争で大変だったんですから、私が言うのもなんですが、せっかくの休暇を楽しませてあげなくちゃかわいそうですよ」
 
「では、気分転換にもうひとつ愉快な光景をご覧に入れましょう。私にとっては失敗談ですが、あなたがたには楽しめるでしょう。実はちょっと前、次の計画のために協力者を求めに行ったんですが、いやあ人選ミスでしたねえ……」
 
 
 宇宙人は肩をすくめて残念そうなしぐさをしながら、しかし声色は自分も笑いをこらえきれないというふうに震わせながら語り始めた。
 そう、あの事件はもはや笑うしかないと言うべきだろう。なぜなら、それはあのミジー星人に関わることだからである。
 
 知略宇宙人ミジー星人。宇宙人はそれこそ星の数ほど種族がいるが、これほど名前負けしている宇宙人はほかにいないだろう。
「ほしい、私はなんとしてもこの星が、ほしい」
 と、侵略宇宙人たちが思っても普通は口にしないことを堂々と言い、ウルトラマンダイナに都合三度も負けている。
 その後、どういう経緯をたどったのかハルケギニアにたどり着いた彼らは、生きるために魅惑の妖精亭で住み込みでバイトしながら生活してきたが、いまだに侵略の夢は捨てていない。
 しかし、そんなミジー星人たちに、最大のピンチが訪れていた。

981ウルトラ5番目の使い魔 62話 (8/18) ◆213pT8BiCc:2017/08/10(木) 13:51:59 ID:TiRezyjA
「待てーっ! コラーっ! ミジー星人ーっ!」
「うわーっ! お助けーっ!」
 アスカに追われて、三人のオッサンが荷物を抱えて町中を逃げていた。
 彼らは、ミジー星人が人間に化けたミジー・ドルチェンコ、ミジー・ウドチェンコ、ミジー・カマチェンコ。そして、追っているアスカは言うに及ばずウルトラマンダイナである。
 ただ、いくら両者に因縁があるとはいっても、この広い世界で両者が鉢合わせをする可能性はそう高くはなかっただろう。しかし、ミジー星人には運悪く、この世界でアスカは過去に数名の知己を作っていた。その中のひとり、カリーヌはアスカを過去の恩人であり戦友であるとしてすぐに探し出し、もう一人、シエスタの母であるレリアは魅惑の妖精亭のスカロンと親戚だったので、三十年ぶりのつもる話を魅惑の妖精亭でしようということになり……必然的に両者は顔を突き合わせることになったのだ。
「ああっ! お前ら、ミジー星人!」
「あああああああーっ! 逃げろーっ!」
 次元を超えて巡り合った因縁の両者。しかし、アスカは都合三回もミジー星人のせいでろくでもない目に合わされ、ミジー星人も連敗が重なった経験から、顔を合わすと即追いかけっこが始まった。
「待てーっ、逃げるな!」
「うわーい! お助けー」
 追いかけっこは続く。もしもこのとき、追いかけていたのがアスカひとりだったらミジー星人もここまで逃げなかったかもしれない。しかし、魅惑の妖精亭で鉢合わせをしたとき、大声で叫びあったアスカとミジー星人たちの関係をカリーヌが問い詰め、アスカが「奴らは地球を何度も侵略しようとした宇宙人なんだ!」と、正直に答えたことで、ミジー星人の敵はトリスタニアの官憲にまで拡大してしまったのである。
 それでも、ミジー星人たちは捕まらずに逃げ回った。彼らは地球でも指名手配にされたときに逃げ回っていた経験があったし、長いトリスタニアの生活で地形を熟知していた。それに、今のトリスタニアは復興の途中で隠れられる場所がたくさんあったし、取り締まりをおこなう衛士の数も足りなかった。そして何より、小悪党というものは逃げ足が速いと昔から相場が決まっているものだ。
 が、時間の経過はミジー星人たちの助けにはならなかった。なぜなら日数を費やすごとに、トリスタニアのあちこちに、ドルチェンコ、ウドチェンコ、カマチェンコの似顔絵が描かれた手配書が貼り付けられ、さらには新聞でもでかでかと記事にされている。
「うーん、ガリアで原因不明の爆発事故多発に、辺境では次々と子供が行方不明に、ぶっそうなことだなぁ。ん? ああ、宇宙人だぁ!」
「わーあ! 逃げろーっ!」
 という具合に、どこへ行っても正体がバレてしまうのである。もはやトリスタニアの住人全員がミジー星人を探し回っているといってもいい。

982ウルトラ5番目の使い魔 62話 (9/18) ◆213pT8BiCc:2017/08/10(木) 13:52:59 ID:TiRezyjA
 四面楚歌とはまさにこのことだろう。しかし彼らはそれでも逃避行を続け、今日も昼間、なんとか追っ手をまいたミジー星人の三人組は、人気のない空き家でこそこそと夜露をしのいでいた。
「今日でもう何日目かしら。これから、どうなるのかしらねアタシたち?」
「さあねえ、でも街から外には検問で出られないし、妖精亭にも今さら帰れないしなあ。どうなるんだろう」
 不安げなカマチェンコに、ウドチェンコも疲れた声で答えた。これまで宇宙人であることを隠して何とかやってこれたのに、まさかダイナまでこっちに来るとは思わなかった。ダイナにはそう、恨まれていないほうがおかしいということをやってきたので、追いかけられるのも当然なのだが、それにしたっていつまで続くのだろうか。
 持ち出してきた食料も残り少ない。魅惑の妖精亭の温かいまかない飯が懐かしい……
「妖精亭、どうなったかしらね。宇宙人をかくまってたって、ひどいことになってなければいいけど」
 カマが、心配げに窓から夜空を見上げてつぶやいた。いまごろ、スカロンのおじさんやジェシカたちもこの空を見上げているかもしれない。
 だが、その心配は杞憂であった。魅惑の妖精亭はこれといって掣肘を受けることもなく、今日も普通に営業に精を出している。
「さーあ妖精さんたち、今日もはりきってお仕事しましょう!」
「お父さん、料理がまだ出来上がってないから、わたし厨房を手伝ってくるね」
「ごめんねジェシカちゃん。んもう、皿洗いが減っちゃったからペースが乱れてしょうがないわね。ドルちゃんたち、いまごろどうしてるのかしら?」
「おなかがすいたらそのうち戻ってくるでしょ。ペットのエサ代は未払いのお給金から引いておくとして、さぁて、今日もがんばらなきゃ!」
 魅惑の妖精亭は、元々こういう店だということが公式なので、宇宙人が紛れ込んでいても、あまり驚かれることはなかった。それにこの地域を担当しているチュレンヌが温厚であったことと、なにより店の常連たちが気にも止めなかったことが大きい。男たちにとっては、宇宙人よりかわいい女の子のほうが重要であったのだ。
 スカロンやジェシカは、役人の取り調べに対して三人組を特に抗弁はしなかったが糾弾もしなかった。来るものは拒まず、去るのならばそれもよし。夢の世界への門はいつでも開いている、それが魅惑の妖精亭だ。
 しかし、そんなことを知る由もないミジー星人たちは、今日も寂しく逃亡生活を送っていた。
 しだいに逃げ場がなくなっていくことに元気のないウドチェンコとカマチェンコ。ドルチェンコだけは、まあ性懲りもない様子で吠えている。
「おのれダイナ、我々のハルケギニア侵略の野望をまたしても邪魔しおって。今に見ていろ、次こそは必ずやっつけてやるからな!」
 どこからこれだけのやる気が湧いてくるのやら、まさしく揺るぎないファイティングスピリットの持ち主である。ウドチェンコとカマチェンコは、ハァとため息をついているが、ドルチェンコにはまだ切り札があった。
「まだだ、まだ我々にはアレがある。なんとかしてこの街を脱出できれば、森に隠してある秘密兵器でダイナをあっと言わせてやることができるのだ」
 そう、ドルチェンコの心にはまだまだ野望の火が赤々と燃えていた。初めて地球にやってきたときから、彼だけはまったく変わらずに侵略宇宙人の本分を保ち続けてきたのだ。

983ウルトラ5番目の使い魔 62話 (10/18) ◆213pT8BiCc:2017/08/10(木) 13:54:14 ID:TiRezyjA
 が、手段がなければどんな壮大な計画も絵に描いたモチロンでしかない。ドルチェンコのやる気とは反比例して、もうこのトリスタニアにミジー星人たちが安住できる場所はほとんど残っておらず、もう明日にでも捕まるのは確実と思われた。
 だが、そのとき彼らの前に、あの宇宙人が姿を現したのだ。
 
「こんばんわ、ミジー星人の皆さん。お困りのご様子ですねえ」
「うわっ! なんだ、ど、どこの宇宙人だぁ?」
 
 すっと、幽霊のように現れたその宇宙人に、ミジー星人たちは腰を抜かして部屋の隅まで後ずさってしまった。
 しかし、宇宙人は気にした様子も見せずに、堂々とミジー星人たちに向かって話し始めた。
「これは失敬。私、こういう者で、あなた方がお困りなのをたまたま見かけましてねえ。同じ宇宙人同士、お助けしてさしあげたいと声をかけさせてもらったんですよ」
 名刺を差し出しながら宇宙人はあいさつした。しかしミジー星人たちも、見ず知らずの宇宙人から助けてやると言われてすんなり信用するほど馬鹿ではない。
 当然、怪しんで、スクラムを組んでひそひそと話し合った。
「怪しい、怪しいぞ。ああいう奴は昔からろくな奴がいないぞ、アパートのボロ部屋を貸しておいて家賃だけはしつこく取り立てるタイプだ」
「そうだそうだ、レンタルビデオをまとめ借りしてから引っ越して逃げるタイプの顔だな、アレは」
「ああいう作ったようなイケメンってろくなのがいないのよ。きっと前世はビール腹のオッサンよ、自分とよく似たペットの自慢とか、お客にするとウザいタイプに違いないわ」
 地球での貧乏生活やバイト経験から、無駄に人を見る目が上がっている三人組は言いたい放題を言った。
 一方で、宇宙人のほうはといえば、聞こえてはいるけどわざわざ来た以上、ここで怒るわけにはいかない。頭の角あたりをピクピクと震わせて、人間でいえば青筋を立てているというふうな表情であろうが、とにかく気を落ち着かせて話を続けた。
「お、おほん。人を第一印象で判断しないでいただきたいですね。私はただ、同じ宇宙人のあなたがたがみじめな生活をしているのを見かねてお助けしようとしているだけです。それに、小耳に挟みましたが、あなた方もウルトラマンには少々因縁があるみたいですね?」
「お、おうそうだ。あのウルトラマンダイナのおかげで、我々の侵略計画は台無しになって、こんなみじめなことに。おのれぇっ! って、あんたもウルトラマンにやられたことがあるのか?」
「いいえ、私はウルトラマンと戦ったことはまだないですが、同胞が昔お世話になりましたものでね。どうです? もののついでに、因縁のウルトラマンに復讐してみませんか?」
 それを聞いて、ドルチェンコの頬がぴくりと揺れた。
「ははあ、なーるほどそれが狙いだなぁ? 我々を、お前の侵略活動の手下に使う気だな。どうだ、当たっているだろう?」
 ドヤ顔のドルチェンコに対して、宇宙人はそっけなく答えた。

984ウルトラ5番目の使い魔 62話 (11/18) ◆213pT8BiCc:2017/08/10(木) 13:55:55 ID:TiRezyjA
「どうでしょう? 適当な理由が聞きたいならいくつか言って差し上げられますが、ではどうすれば信用していただけますか?」
「フン、お前が信用できるかなんてどうでもいいわ。偉そうなことを言えるだけの力を持っているか、そこのところどうなんだ? ええ?」
「ほほお、なるほど。あなた方も侵略宇宙人のはしくれではあるようですね。ではひとつ、最近トリスタニアの人間たちが変だとは思っていませんか? 実はあれ、私がやってるんですよ」
「なに? そういえば、最近街の連中がやけに能天気になってるように見えたが……お前、なにを企んでるんだ」
「さあて、でもあなた方には別に害にはなりませんのでご安心を。それより、あなた方には時間がないのでは? 私の話に乗るもよし、ここで夜が明けたら捕まるもよし、私は別にどちらでもかまいませんがねぇ?」
「あっ、そうだった!」
 ドルチェンコはそこで、やっと自分たちが追われる身だったということを思い出した。
 慌てて円陣を組み、もう一度話し合う三人組。
 相手の言う通り、夜が明けて捜査が再開されれば捕まってしまう可能性は高い。そして捕まれば、トリスタニアの人間は以前に起こったツルク星人の大暴れの記憶から宇宙人に対して厳しく、もしかしたら死刑にされるかもしれない。
 野望とプライドに、生存本能が勝るのに時間は必要としなかった。
「お、おいお前。一応聞いておくけど……用が済んだら「もうお前は用なしだ」とか言ってきたりしないだろうな?」
「そこはご心配なく、私はそんなにケチなタチじゃありません。なにせ私の種族は太っ腹ですからねぇ。おっと、ミジー星ではケチのほうが誉め言葉でしたっけ。ではケチにふるまって差し上げましょうか?」
「いえいえ、太っ腹で! 太っ腹でお願いします」
 嫌味に言い返す宇宙人に、ミジー星人の三人組はなかば土下座で頼み込んだ。もう恥も外聞もあったものではないが、命あっての物種だ。
 とりあえずはこれで契約成立。数分後には、三人組はワンゼットの隠してあるトリスタニア郊外の森の中へと飛んでいた。
 
 
「おお、これだこれだ。これさえあれば、どんな敵も恐れるに足らずだ。フフ、フハハハ!」
 森の中に横たわる機械の巨人、侵略兵器獣ワンゼット。それはかつてデハドー星人が地球侵略のため送り込んできたロボット怪獣であり、ウルトラマンダイナを正面から完封するほどの強さを持っている。
 ミジー星人たちは、地球でいろいろあってワンゼットをコントロールする手段を手に入れ、ダイナにとどめを刺す寸前まで追い込んだことがあった。が、やっぱり最後のツメが甘く、ワンゼットはレボリュームウェーブで消滅させられ、ミジー星人たちもその後、逃亡生活の末にワンゼットと同じく時空を超えてこの世界に流れ着いてしまった。

985ウルトラ5番目の使い魔 62話 (12/18) ◆213pT8BiCc:2017/08/10(木) 13:57:25 ID:TiRezyjA
 以来、ミジー星人。というかドルチェンコは、このワンゼットさえ再起動させられれば、ハルケギニアを征服できるとして野望の火を絶やさずにいた。その点、アスカの危機感は正しかったことになる。
 もっとも、起動できたらの話であるが。
「コケが生え始めてますねぇ。コレ、相当長いこと放置してたみたいですね」
 宇宙人が、もはやカムフラージュせずとも森に同化しかけているワンゼットのボディを眺めて言った。
 ミジー星人たちは返す言葉もない。それはそうだ、そんな簡単に直せるんだったらデハドー星人の面子にも関わるだろう。ミジー星人も高度な科学力を持つとはいえ、工場も資材もまともに揃えられないこのハルケギニアでは機械を自作することなんて、砂漠で米を作るくらいに難しい。
 ドルチェンコは、ポケットから携帯のストラップについている人形くらいのサイズのロボットを取り出し、ぐぬぬと悔しそうにつぶやいた。
「この、超小型戦闘用メカニックモンスター・ぽちガラオンⅡさえ完成すれば、ワンゼットを再起動させられるのに。ぐぬぬぬぬぬ」
 ワンゼットは完全な自律型のロボットではなく、実はデハドー星人のアンドロイドによって操られる搭乗型のロボットなのだ。ミジー星人たちは以前、ぽちガラオンをワンゼットの内部に潜入させて暴れさせることによって、もののはずみでワンゼットのコントロール権を奪うことに成功した。つまり、もう一度ワンゼットの内部にぽちガラオンを送り込めればワンゼットを起動させられるかもしれないのだ。
 もっともその隣で、ウドチェンコとカマチェンコがひそひそと囁きあっていた。
「ほんとはワンゼットの中に、前のぽちガラオンが残ってるはずだから、コントローラーだけ作ればいいはずなんだよねえ」
「ノリと勢いで作ったから、前のやつの作り方を覚えてないなんてやーよねえ。アタシたちのお給料もほとんど突っ込んでるのに失敗ばかりだし、だからジェシカちゃんがいつも怒るのよ」
 つまりは、物理的な制約にプラスしてドルチェンコのマヌケが原因でいまだにワンゼットは動かせていなかったのだ。
 しかし、今ここでワンゼットを動かせなければミジー星人たちの進退は極まる。ドルチェンコは、ウドチェンコとカマチェンコに向かって力強く言った。
「あきらめるな! まだ方法はある」
「どんな?」
 頼もしく言い切ったドルチェンコに、ウドチェンコとカマチェンコが視線を送る。するとドルチェンコは宇宙人の前に膝をついて。
「お願いします」
 と、土下座した。
「ダメだこりゃ!」
 盛大にズッこけるウドチェンコとカマチェンコ。宇宙人もこれは予想していなかったのか、ガクっと腰の力が抜けたようであるが、なんとか立ち止まって答えた。

986ウルトラ5番目の使い魔 62話 (12/18) ◆213pT8BiCc:2017/08/10(木) 13:59:42 ID:TiRezyjA
「ウフフフ、あら素直な人ですね。でも、身の程をわきまえている人は好きですよ。では、約束してもらえますか? あなた方のウルトラマンへのリベンジには手を貸しますが、そのタイミングは私に任せてもらうとね」
「わかったわかった。あんたの言うとおりにする、だから力を貸してくれ。ほらお前たちも、このとおりだ」
「お願いします」
 ミジー星人三人組の土下座は、滑稽と言うか哀れを感じさせるものであった。しかし、その卑屈な態度は宇宙人の優越心を非常に満足させ、彼はうんうんとうなづくと言った。
「よろしい。では、あなたがたの願いをかなえてあげましょう。このロボットを、私の修理で使いやすく直してあげましょう」
「おお、できるのか!」
「もちろん、生き物をよみがえらせることもロボットを直すことも変わりありません。簡単なものですよ」
 自信たっぷりな態度は嘘ではない。ある程度以上に力を持つ宇宙人にとって、倒された怪獣やロボットを同じ区分で復活させるのは別に珍しいことではないのだ。
 怪獣は生き物で、ロボットは作り物。これらは一見するとまったく別のものに思われる。しかし、かの怪獣墓場にはどういうわけかロボットの幽霊(?)も漂っており、キングジョーやビルガモの幽霊(?)もいるという意味のわからない状況が実際に起きているのだ。
 まさに宇宙にはまだまだ謎と神秘が数多い。そして、宇宙人はワンゼットの前に立つと、ミジー星人たちに向かって告げた。
「では復元を始めましょう。ただ私の力も無限ではないので、ちょっとイメージ力を貸していただきますよ。あなた方の、ウルトラマンに対する復讐心を強くイメージしてくださいね」
「わかった! ようし、つもりにつもったダイナへの恨み。お前たち、いくぞ!」
「ラジャー!」
 ミジー星人の三人は、スクラムを組んでダイナへの恨みを強くイメージしだした。
 思えば、はじめて地球にやってきたときにガラオンの製造工場を見つかってしまったのが運の尽き、あれさえなければ全長四百メートルにもなる完全体ガラオンで地球なんか簡単に侵略できるはずだった。
 だが頭だけしかできてないところで出撃するハメになり、ウルトラマンダイナにやられてしまった。
 おのれダイナ、ガラオンさえ完璧であったなら!
 その次はなんとか逃げ切れたガラオンを使ってダイナを追い詰めたが、あと一歩のところでエネルギー切れで負けてしまった。
 おのれおのれダイナ、ガラオンさえエネルギー切れにならなかったら!
 それからは、SUPR GUTSに捕まって、よりによってダイナを手助けするはめになってしまった。

987ウルトラ5番目の使い魔 62話 (14/18) ◆213pT8BiCc:2017/08/10(木) 14:02:24 ID:TiRezyjA
 おのれおのれおのれダイナ、ガラオンさえあったならお前なんて!
 ミジー星人たち三人の(八割がたドルチェンコの)怨念がパワーとなり、その力を使って宇宙人はワンゼットに復活パワーを注ぎ込む。
 まばゆい光がワンゼットを包み、その光が晴れたとき、そこには雄々しく立つワンゼットの雄姿が……なかった。
「えっ?」
「あら?」
「こ、これは」
「あれまあ」
 四者四様の驚きよう。彼らの前にそびえたっていたのは、怒り、泣き、笑いの三つの顔を持つ頭だけの巨大ロボット、そうつまり。
 
「ガラオン!?」
 
 ミジー星人の三人は、懐かしく見間違えるはずもない、その個性的なフォルムに目が釘付けになった。
 これはいったいどういうことだ? ワンゼットを復活させるはずだったのに、なんでガラオンがいるんだ?
 目を丸くしているミジー星人たち。しかし宇宙人は、しばらく考え込んでいたが、ふと手を叩くとおもしろそうに言った。
「そうか、イメージしているときにあなた方はこのロボットのことばかり考えていたんでしょう。だからイメージが反映されてこうなっちゃったんですねぇ。いやあ失敗失敗」
 予想外の出来事にも関わらず、愉快そうに笑う宇宙人。
 なぜなら、この宇宙人にとってミジー星人たちの進退ごときは別にどうでもいい問題だった。目的のために騒ぎを起こす必要はあるが、自分が動いてウルトラマンたちを怒らせるより、自分と関係があるかどうかわからない使い捨ての手駒として一度でも働いてもらえればそれで十分。どうせウルトラマンたちを倒そうなどとは、この星では考えていない。
 とりあえず、ミジー星人たちは言いなりにできる。思えばワンゼットの復元に失敗したのも、考えようによってはいいことかもしれない。こんなマヌケな格好のロボットでは、いくらミジー星人がアホでも何もできないだろう。
「他人の生殺与奪を好きにできるということほど楽しいものはないですねえ」
 ミジー星人たちに聞こえないよう、声を抑えて宇宙人はつぶやいた。後はこいつらをハルケギニアの官憲に捕まらないよう保護してやる振りをしつつ、いくつか考えてある策に組み込んで適当に暴れてもらえれば、後は野となれ山となれで知ったことではない。

988ウルトラ5番目の使い魔 62話 (15/18) ◆213pT8BiCc:2017/08/10(木) 14:04:24 ID:TiRezyjA
 しかし、宇宙人はミジー星人たちの”小物っぷり”を甘く見すぎていた。
「あら? あの人たちは?」
 ふと、隣を見た宇宙人はいつの間にかミジー星人の三人がいなくなっているのに気付いた。
 そして、どこに? という疑問の解消に、彼の努力は必要とされなかった。なぜなら、彼の眼前で、ガラオンが猛烈なエンジン音をとどろかせて動き出したからである。
 
「なっ! あ、あなたたち!」
 
 宇宙人は、ガラオンの起こす振動と排気ガスの勢いで吹き飛ばされかけながらも、動き出したガラオンに向かって叫んだ。
 もちろん、動かしているのはミジー星人たち三人に他ならない。
「すっごーい! エネルギーが、前のガラオンのときの何十倍もあるわ。これなら、いくら動き続けたってへっちゃらそうよ」
「パワーもだぞ。こりゃ、スーパーガラオンって呼んでもいいな。でも、いったいどうしたんだろう?」
「フフ、どうやらワンゼットがガラオンに再構築されたときに、そのジェネレーターなどはそのまま組み込まれたようだな。だが、我々にはガラオンのほうがむしろ合っている。ようし、いくぞお前たち!」
「ラジャー!」
 ドルチェンコの指示で、カマチェンコとウドチェンコが操縦用の吊り輪を掴む。そしてガラオンは、怒りの表情を向けて、トリスタニアの方向へとドタドタドタと進撃を始めた。
 当然、唖然と見ていた宇宙人は激怒して叫ぶ。
「待ちなさいあなたたち! いったいどこへ行こうというのですか!」
 それに対して、ガラオンからドルチェンコの声がスピーカーで響く。
「フハハハ、聞かなくてもわかることよ。いまこそダイナに積もり積もった恨みを晴らすのだ!」
「なんですって! およしなさい! 今、余計な騒ぎを起こしても何のメリットもありません。戦いを挑むタイミングは、私にまかせる約束だったではないですか!」
「ダイナのことを一番よく知っているのは我々だ。ガラオンで出ていけば、奴は必ず現れる。ほかのウルトラマンが出てきても、このパワーアップしたガラオンなら敵ではないわ」
「そのロボットを修復してあげたのは私でしょう。恩人を裏切るのですか?」
「君の修理のおかげで使いやすくしてくれてありがとう」
「使いやすくしたぁ!?」
 さすがにこの時点で宇宙人もキレた。彼は自分がミジー星人たちの性格を見誤っていたことに、いまさらながら気が付いた。頭が良くて計画を立てて動く人間は、その場の勢いで考えなしに動くアホの思考を理解できない。
 いくらなんでもここまでアホな宇宙人はいないだろうと思っていた。しかしいた、もっとも珍獣を発見して喜ぶ趣味は彼にはなかったが。

989ウルトラ5番目の使い魔 62話 (16/18) ◆213pT8BiCc:2017/08/10(木) 14:07:10 ID:TiRezyjA
 ガラオンは土煙をあげながら、その不格好な見た目からは信じられないほどの速さで走っていく。
 まずい、このままではせっかく手間をかけて作り変えた舞台を台無しにされかねない。しかし、この宇宙人にはガラオンを力づくで止められるほどの戦闘力はなかった。
「ええい、仕方ありません! こうなったら、怪獣墓場から連れてきた星人か怪獣に止めてもらいましょう。計画が遅れてしまいますが、この際は仕方ない……ん?」
 そのとき、宇宙人のもとに、その怪獣墓場から連れてきた宇宙人のひとりからのコールが届いた。
 忙しい時に電話がかかってきたのと同じ不愉快さで、宇宙人はそのコールを無視しようかと思ったが、残っていた理性を総動員させて通話に応じることにした。
「なんですか? 今こちらは忙しいんですが……はい? なんですって」
 思念波での通信に応じて、相手の言葉を聞いたとき、宇宙人は思わず聞き返さずにはいられなかった。なぜなら、それは凶報というレベルではない問題を彼に叩きつけるものだったのだ。
「ちょっ! もう我慢できないって、怪獣墓場から連れ出してきたからまだ全然経ってないでしょう! ウルトラマンさえ倒せば文句ないだろうって、私はそういうつもりであなた方を連れ出したわけではって……切りやがりましたね!」
 一方的に通話を切られ、宇宙人は言葉遣いを荒げながら地団太を踏んだがどうしようもなかった。
 まったく、よりにもよってこんなときに。怪獣墓場で眠っていた怪獣や宇宙人の中から、ウルトラ戦士に恨みを持っていて、比較的実力のあるものを連れてきたつもりだったが、こんなに早く勝手な行動を起こすものが出るとは思わなかった。
 いや、冷静になって考えたら、アレを連れてきたのは間違いだった。宇宙ストリートファイトのチャンピオンだというから連れてきたが、あんなバカっぽい奴を信用するべきじゃなかった。
 頭のいい奴は割と簡単に従わせられる。しかし、バカを従わせることの難しさと偉大さを、彼は初めて痛感したのだった。
 後悔で思わず頭を抱えてしまった彼を、明け始めた朝の太陽が慰めるように照らし出していた。
 
 そして、新しい一日が始まる。
 
 夜のとばりが去り、トリスタニアは雲の少ない好天に恵まれて、実に爽やかな朝を迎えた。
 澄み切った空気を風が運び、家々の屋根の上では小鳥たちが歌を歌う。王宮では、バルコニーでアンリエッタ女王(仮)が、なぜか悲しそうな表情で朝焼けに涙を流していた。
 魅惑の妖精亭も、そろそろ夜なべの客に酒の代わりに水を渡して店じまいをする時間が近づいてきている。

990ウルトラ5番目の使い魔 62話 (17/18) ◆213pT8BiCc:2017/08/10(木) 14:09:05 ID:TiRezyjA
 が、そんな平和な朝も、トリスタニア全域に伝わる馬鹿でかい足音によって中断を余儀なくされた。
「うわっはっは! 出てこいウルトラマンダイナーっ!」
 猛進するガラオンがトリスタニアの大通りを驀進する。トリスタニアの通りは、怪獣が現れたときに備えてかなり広く作り直されているのは以前に述べたとおりだが、それでもガラオンほどの巨体が走り回る轟音は、どんな寝坊助も夢の国から引きずり出して窓を開けて外を見させるパワーを秘めていた。
「なっ、なんだありゃ!」
 トリスタニアの市民たちは、貴族、平民をとらずにあっけにとられた。
 そりゃそうだ、街中を怪獣とさえ呼べないような奇妙奇天烈な物体が驀進していく。早朝なので大通りにはほとんど人通りはなく、引かれる人間はいなかったものの、ガラオンは早くもトリスタニア全体の注目を浴びていた。
 唯一、魅惑の妖精亭でだけはジェシカやスカロンがため息をついている。
「ドルちゃんたち、ほんとに困った人たちなんだから」
 しかし、呆然とする一般人とは別に、軍隊は怪獣らしきもの出現の報を受けて動き始め、そしてミジー星人たちのお目当てであるダイナことアスカも、カリーヌに借りているチクトンネ街の仮宿でベッドから叩き出されていた。
「あいつら、またあんなもん出してきやがって」
 アスカにとって、見慣れたというより見飽きた姿のガラオンは懐かしさを呼ぶものではなかった。むしろミジー星人がらみでいい思い出のないアスカは早々にリーフラッシャーを取り出した。
「朝メシもまだだってのに、ちっとは人の迷惑を考えやがれ。ようし、すぐにスクラップにしてやるぜ」
 しかし、リーフラッシャーを掲げ、ダイナーッと叫ぶことで変身しようとした、その瞬間だった。アスカの耳に、別方向から悲鳴のような叫びが響いてきたのだ。
「おい空を見ろ! なんか降ってくるぞ!」
 アスカも思わず空を見上げ、そして青い空をバックにして垂直に落下してくるトーテムポールのような巨大なそれを見て絶句した。
 別の怪獣!? それは重力に引かれて落下してくると、街中に轟音をあげて着地した。
 今度はなんだ! 驚く人々は、派手な石柱に手足がついたような変な怪獣を見て思った。踊るような姿で停止しているそいつの胴体には、怒り、笑い、無表情の順で縦に顔がついており、アスカも初めて見るそいつが何者なのかと戸惑う。
 そしてそいつは、顔の額についているランプを光らせながらしゃべり始めた。
 
「久しぶりのシャバだジャジャ! ウルトラマンメビウスにやられた恨み、今日こそ晴らしてやるでジャジャ!」
「ぼくちんたちは蘇ったでシュラ。もうこの際はメビウスでなくてもいいでシュラ。この世界のウルトラマンたちを片っ端から倒して、ぼくちんたちの名前を再び全宇宙に響かせてやるでシュラ!」
「ではまずは、このチンケな街をぶっ壊して、ウルトラマンどもを引きずり出してやるでイン! 久しぶりに思いっきり暴れるでイン!」
 
 やっぱり凶悪怪獣だったか! 人々はうろたえ、アスカはそうはさせないと今度こそ変身しようとする。

991ウルトラ5番目の使い魔 62話 (18/18) ◆213pT8BiCc:2017/08/10(木) 14:10:16 ID:TiRezyjA
 しかし、そのときであった。ガラオンが突進の勢いのままに、そいつの真正面に飛び出してきたのである。
 
「うわわわわわ! ぶつかるぶつかる! ブレーキ、ブレーキッ!」
 
 ドルチェンコが悲鳴をあげ、ガラオンはキキーッと音を鳴らしながら急ブレーキをかけた。
 減速し、地面をひっかきながらガラオンはそいつの寸前で停止した。
 そして……
 
「……?」
「……?」
 
 突然に目の前に現れた同士、二体はお互いを見つめあった。
 固まったように動かず、見つめあう縦一列の顔と横一列の顔。
 
「怪しい奴!」
  
 かくて、トリスタニアの民に永遠に語り継がれる戦いが、ここに始まる。
 
 
 続く

992ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2017/08/10(木) 14:17:21 ID:TiRezyjA
今回は以上です。
始まったばかりでこの始末☆はてさてこの先どうなりますことやら

993名無しさん:2017/08/10(木) 15:57:02 ID:vrpbj.56
ウルトラ乙

>「君の修理のおかげで使いやすくしてくれてありがとう」
∀?

994ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/08/14(月) 13:54:42 ID:tnRMCI/M
新しい投下スレ立てました。

あの作品のキャラがルイズに召喚されましたin避難所 4スレ目
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/9616/1502686395/


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板