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海のひつじを忘れないようです
306
:
名無しさん
:2017/08/21(月) 22:24:08 ID:vG2lH35Y0
やつらはかつて貴族だった。
やつらが豊かなのは、貴族時代の蓄えを残していたからに違いない。
つまりやつらは、王政主義者だ。
王政主義者の財産は、俺達のものだ。
奪われたものを、取り返せ。
市民の痛みを、思い知らせてやれ。
.
307
:
名無しさん
:2017/08/21(月) 22:24:33 ID:vG2lH35Y0
父も、母も、三人の兄や姉も、全員が殺された。
ミセリだけが逃げ延びた。他の家族と違いぼろをまとっていたミセリは、
暴徒と化した町人の目をごまかすことができた。けれどそれも、一時しのぎに過ぎなかった。
貴族の血を引くミセリも例外なく、彼らにとっての標的だった。
ミセリは逃げた。町を越え、それでも追跡を止めない追っ手を振り切り、逃げた。
こどもの足ではいずれ捕まるであろうことは明白で、状況は絶望的だった。
それでもミセリは諦めなかった。諦めなかったし、前を向いていた。
これがあたしの、旅の始まりなんだ。
そう、ミセリは自分に思い込ませた。
悲劇なんかじゃないと。
いまこそ約束を、夢を叶える時なのだと。
だから、行く場所は決まっている。
おねえちゃん。
おねえちゃんに、会いに行く。
おねえちゃんに会いに行く時が、来たのだ。
308
:
名無しさん
:2017/08/21(月) 22:25:24 ID:vG2lH35Y0
ハインがどこにいるのか正確な場所は知らなかったけれど、当てならあった。
父と取引してハインを買ったほほの傷跡が特徴的な男と、男が乗っていった馬車。
馬車にごてごてとした装飾と共に書かれていた『シベリアンヌ』という文字。
シベリアンヌはともかく、シベリアという名前には聞き覚えがあった。
それは、土地の名前だったはずだった。ミセリの住んでいた町から数えて隣町の、
そのまた隣町を越えた、その先にある土地。目的地は、そこだ。
楽な道程ではなかった。
正体を明かすわけにはいかなかったからだれに頼ることもできなかったし、
周囲を警戒していなければならなかったため眠りは浅く、常に寝不足で頭痛がした。
盗みも働いた。そうしなければ、生きていけなかったから。
生きて、ハインのところへたどり着くことができなかったから。
そしてミセリは数週間に及ぶ強行軍の果て、シベリアに入った。
シベリアはミセリの住んでいた町よりも遥かに巨大な都会で建物も多く、
通りは人でごった返していた。この中からハインを、
ハインの送られた『シベリアンヌ』を見つけ出さなければならない。
捜索は難航したが、ミセリは逃げなかった。
物乞いをしながら、罵声を浴びせかけられたり、
時には蹴られたりしながらも、ハインを探し続けた。
ミセリにはもう、それしかなかった。
309
:
名無しさん
:2017/08/21(月) 22:25:47 ID:vG2lH35Y0
その甲斐あってか、ミセリはハインにつながる手がかりを見つけ出すことに成功する。
あの男。ハインを連れ去っていったほほに傷のあるあの男を、見つだした。
ミセリは男を尾行した。朝も夜も関係なく付け回し、
どんなヒントも見逃すまいと追跡し続けた。
そして、ミセリはついに見つけた。『シベリアンヌ』を。
『シベリアンヌ』は裏通りに居を構える何かの店舗らしかった。
けばけばしい色使いと卑猥なペイントに嫌悪感を覚えたけれど、
立ち止まるわけにはいかなかった。
ここに、おねえちゃんがいる。
中の人間に気づかれないよう、姿勢を低くして潜り込んだ。
『シベリアンヌ』には多くの部屋があり、そこには必ず大きめのベッドが置かれていた。
ベッドの中に誰かが潜っている部屋もいくつかあった。
そこからは時折声というかうめきのようなものが漏れ出してきて、
その音を聞くとなぜかいやな気分になった。
本当に、こんなところにおねえちゃんがいるのだろうか。
その心配は、杞憂だった。
ハインは確かに、そこにいた。
310
:
名無しさん
:2017/08/21(月) 22:26:17 ID:vG2lH35Y0
「おねえちゃん!」
ハインは肩と胸を大きく露出した、ひらひらのついているドレスを着ていた。
あまり似合ってはいなかった。でも、そんなのどうでもいいことだ。
おねえちゃんがいた。おねえちゃんに会えた。
うれしさと安堵感が一挙に押し寄せてきて、
限界をとうに超えていた足腰が立たなくなった。
膝から床に、ぺたりと座り込んだ。
「ハインのお知り合い〜?」
ハインのそばに座っていた女の子が、ミセリを見ながら声を上げた。
彼女もハインと同じ格好をしている。年も同じくらいに見える。
やさしそうな顔つきで、話し方からものんびりした性格であることが伺えた。
おねえちゃんのお友達なのかもしれないと、ミセリは思った。
だけどそれも、いま気にすることではなかった。
大切なのは、おねえちゃん。おねえちゃんに会えたというその一事。
脚に自由が利かず、もどかしかった。いますぐ姉の下へと駆け寄りたいのに、
それができないことがとてももどかしかった。
そのもどかしさを、ミセリは腕を伸ばすことで補おうとした。
最愛の姉へ届かんと、距離を無視してその手を伸ばした。
その手が、宙空で止まった。
311
:
名無しさん
:2017/08/21(月) 22:26:59 ID:vG2lH35Y0
「知らねえよ、こんなガキ」
.
312
:
名無しさん
:2017/08/21(月) 22:27:50 ID:vG2lH35Y0
……おねえちゃん?
冷たい声をしていた。姉の声だったけれど、姉の声ではなかった。
それはむしろ、父や母が自分に向かって吐き捨てたときのような、
峻厳な拒絶の声色に近かった。ハインのことを、もう一度呼んだ。
ハインは、こちらを見ることすらしなかった。
「おねえちゃん、あ、あたしだよ……。
ミセリだよ、おねえちゃんの妹の、ミセリだよ……」
話したいことはたくさんあった。
聞いて欲しいことがたくさんあった。
毎日練習を欠かさなかったことを知ってほしかった。
上達した踊りの腕前を見てほしかった。
一日だって忘れたことはなかったと言いたかった。
――自慢の妹だって、もう一度言ってほしかった。
「あれ? でも、この子……」
「だから、約束を――」
313
:
名無しさん
:2017/08/21(月) 22:28:13 ID:vG2lH35Y0
「ぐだぐだうるせえんだよ!」
ハインが立ち上がった。
見たことのない怒りの形相を浮かべて。小さな悲鳴が、のどから漏れた。
「お前なんか知らねえ! さっさと出てけ!」
どうして、どうしてという疑問を口にしようとするも、言葉が声に乗らなかった。
おねえちゃん。どうして。おねえちゃん。あたしを忘れたの。おねえちゃん。
約束を。おねえちゃん。夢を。おねえちゃん。おねえちゃん。おねえちゃん――。
やっぱりあたしは、いらない子なの?
.
314
:
名無しさん
:2017/08/21(月) 22:28:36 ID:vG2lH35Y0
「出て行け!」
ハインが壁を叩いた。それがスイッチとなった。
動かないはずの脚が、動き出した。意志なんかとは無関係に
しっちゃかめっちゃか好き放題に走って、走って、走り回って、
気づくとミセリは、森の入口に立っていた。深く暗く、死を匂わせる森。
躊躇なく、足を踏み入れた。
死のう、と思った。
だってあたしは、いらない子。
いなくなっても、悲しむ人はいない。
だれも。
だれも――。
けれどミセリは、死ななかった。
緩慢に腐り行きつつも、かすかなその生を手放すことはなかった。
彼女は、生きていた。
生きていたから、その声も聞こえた。
自分を呼ぶその声が、聞こえた。
315
:
名無しさん
:2017/08/21(月) 22:29:00 ID:vG2lH35Y0
「ミセリ!」
どうしてという疑問が、真っ先に思い浮かんだ。ハインがいた。
ハインが森のなかにいて、叫んでいた。ミセリの名を叫んでいた。
どうして。なんで。だって、あたしは、いらない子のはずじゃない。
どうしておねえちゃんが、ここにいるの。
「いるんだろミセリ! 頼むから返事をしてくれ!」
悲痛な色を帯びたハインの声は、
ミセリの知っているハインのそれと変わりなかった。
けれどミセリは、飛び出していくことができなかった。
「怒るのも当然だよな。信用出来ないのも当たり前だよな。
あたしだってそう思うよ。あんな……あんなひどいこと言ってさぁ!」
だって、また捨てられるかもしれない。
だって、またいらない子にされてしまうかもしれない。
忘れられてしまうかもしれない。
それは、いやだった。
いやだったから――。
「でも、でもあの時はああするほか、お前を――」
その躊躇が、永遠を別った。
316
:
名無しさん
:2017/08/21(月) 22:29:25 ID:vG2lH35Y0
ハインが倒れた。うつぶせに。
その背に何か、細長い棒状のものを生やして。
棒状のものが、さらに増えた。背中だけでなく、
足や、腕や、頭にも、それは刺さった。
うつぶせたハインの身体から、血が流れ出していた。
うつぶせたハインの身体が、血溜まりに沈んだ。
.
317
:
名無しさん
:2017/08/21(月) 22:29:52 ID:vG2lH35Y0
ミセリは、駆け出していた。
駆け出して、動かないハインの身体に飛びついた。
次の瞬間、視界が真っ暗になった。何か布のようなものを頭から被せられていた。
組み伏せられ、動けなくなった。果物のような香りが鼻の奥に滑り込んできた。
急速に、眠気が襲ってきた。
男たちの声が、聞こえた。
あーあ、もったいねえ。
こうなったら、美人も形無しだな。
まったく、なに考えてんのかね。
勝手に逃げだしゃこうなるなんて、わかってただろうによ。
そんなに大切だったのかねぇ、このちびすけが。
死んだらぜんぶ、おしまいだっつーのにな。
俺、お気に入りだったんだけどなぁ。
俺も。
俺もだ。
……ちっ。
318
:
名無しさん
:2017/08/21(月) 22:30:17 ID:vG2lH35Y0
麻痺したほほを、叩かれた。
生ぬるい空気が、被せられた布越しに耳へとかかった。
男が、耳元でささやいた。
おねえちゃんは、おまえのせいで死んだよ。
.
319
:
名無しさん
:2017/08/21(月) 22:30:56 ID:vG2lH35Y0
目が覚めると、足が折れていた。
関節が反対に曲がっているだけでなく、骨や肉がありえない方向を向いて、
足全体ががたがたな形に変形していた。痛みはなかった。ただ、感覚もなかった。
ハインが褒めてくれたミセリの脚は、もはや脚としての機能を失っていた。
男が二人いた。男たちは何かを話し合っていた。
どちらも聞き覚えのある声をしていた。
男たちは取り分がどうとか、もっと交渉するべきだとか話していた。
「あ、店長」
誰かが部屋に入ってきた。その顔には、見覚えが合った。
ほほに特徴的な傷のある男。もともと部屋にいた二人が、傷の男を前にかしこまった。
男が完全に部屋へと入ると、その陰に隠れていた
もう一人の人物がその存在を露わにした。その姿にも、見覚えが合った。
肩と胸を大きく露出させた格好。ハインと一緒にいた、あのやさしげな顔をした女の子。
女の子は、部屋の入口で固まっていた。
口に手を当てて、こちらを凝視していた。ミセリのことを震える目つきで見ていた。
傷の男が、女の子を呼んだ。女の子は動かなかった。
男が、もう一度女の子を呼んだ。女の子はやはり動かなかった。
男が、女の子をつかんだ。
女の子の目が、怯えるように男を見た。
320
:
名無しさん
:2017/08/21(月) 22:31:20 ID:vG2lH35Y0
「こ、こんなことするなんて、わたし、わたし知らなかった……
知ってたら、知ってたらわたしだって、わたしだって……」
女の子が、殴られた。殴られて、倒れた。倒れたその身体に、男が蹴りを入れた。
一度ではない。何度も、何度も蹴り、踏みつけていた。
部屋にいた二人の男が止めるまで、それは続いた。
興奮した様子で息を荒げていた傷の男が、
ミセリがその光景を見ていることに気がついた。
大股で、近づいてきた。手近にあった何かをつかみ、腕を振り上げた。
頭を強く、殴られた。
その一撃で、視力も失った。
.
321
:
名無しさん
:2017/08/21(月) 22:31:50 ID:vG2lH35Y0
おねえちゃんのことばかり考えていた。
やさしかったおねえちゃん。
綺麗だったおねえちゃん。
格好良くて、力強かったおねえちゃん。
あたしを認めてくれたおねえちゃん。
おねえちゃんは、もういない。
あたしのせいで。
あたしが尋ねていったから。
あたしが信じきれなかったから。
あたしと出会ってしまったから
あたしがあたしだったから。
あたしがいなければ、おねえちゃんは死ななかった。
あたしは、いらない子。
ミセリは、いらない子。
ミセリは――
.
322
:
名無しさん
:2017/08/21(月) 22:32:21 ID:vG2lH35Y0
「気づいたら、ここにいた。自分をおねえちゃん――ハインと思い込んで」
長い、長い物語を語り終えたミセリが、
少し疲れたように寄りかかる力を強めた。
肩にかかる重みが増す。その重みは、
彼女が辿った人生の重みそのものなのかもしれない。
「きっとね、自分の罪を受け止めきれなかった防衛反応だったんだと思う。
あたしはおねえちゃんを殺したミセリじゃないし、
そもそもあたしがハインなんだから、
ミセリの犯した罪そのものがなかったことになるんだって」
事実そのものを消し去ることによる罪からの解放。
それがきっと、『ひつじの教会』の本質なのだろう。
だからここに住むこどもたちは過去に犯した罪の記憶を忘れ、
やがてはその根源となる自分自身をすら忘却する。魂を、救済する。
「あたし、それが間違ってたとは言わない。
でも、正しかったとも思わない。だから――」
ささやくように森の葉を揺らしていたミセリの声が、
明確にぼくへと向かい、放たれた。
323
:
名無しさん
:2017/08/21(月) 22:33:03 ID:vG2lH35Y0
「ギコ、今度はあなたの番。あなたの罪を、あたしに教えて」
ぼくの罪。
告白するならば。
ぼくはミセリの話を聞いて、彼女に罪があるとは思わなかった。
悪いのは環境や、時代や、あるいは運程度なもので、彼女には非などなにひとつない。
彼女は被害者だ。彼女は愛され、幸せになるべき良き人だ。
けれど、ぼくは、違う。
ぼくは、ぼくの意志で、罪を犯した。
彼女とは、違う。ぼくは、罪人だ。
ぼくは、焼かれ、叩かれ、引き裂かれるべき罪人だ。ぼくは――
「言葉にしなきゃ、ダメだよ」
頭を、つかまれた。
強制的に、振り向かされた。
「言葉にしないと、きっとあなたは前にも後ろにも進めない」
目の前に、ミセリの顔があった。額が、まつげが、鼻が触れ合う真正面に。
彼女の目が、ぼくの目をじっと見つめていた。
視力の失せた薄濁りの瞳が、それでもぼくを見つめていた。
324
:
名無しさん
:2017/08/21(月) 22:33:43 ID:vG2lH35Y0
しぃ。
目をつむるといつでも思い浮かぶひつじの姿。
ぼくの罪。罰の象徴。そして――最愛の、兄弟。
「ぼくは――」
.
325
:
名無しさん
:2017/08/21(月) 22:34:05 ID:vG2lH35Y0
7
ミセリのように不幸な生まれというわけではない。
むしろ、恵まれていたと思う。山岳と海に挟まれた小さな田舎町で、
働き者の父とやさしい母の下にぼくは生まれた。
兄弟はいなかったけれど、さみしくはなかった。
人間の兄弟よりもっと大切で、仲の良い兄弟がいたから。
それが、しぃだった。
しぃは父が雇われている牧場で暮らすひつじの中の一匹で、
ぼくが生まれた年に生まれた、つまりは同い年の女の子だった。
しぃは父に懐いて離れたがらず、父も雇い主から
ずいぶん信用されていたようである程度自由にしぃの面倒をみることができたらしい。
だからぼくとしぃは一緒に駆け回ることもできたし、
時には朝まで同じ寝床にいることもできた。
ふわふわのしぃを抱いて眠るのは、とても心地よかった。
しぃは他のひつじにはない彼女だけの特技を持っていた。その特技とは、歌うこと。
声はもちろんめぇめぇというひつじの鳴き方ではあったけれども、
節も拍も取った鳴き声はでたらめなものではなく、きちんとしたメロディになっていた。
なにより歌っている時の彼女はとても楽しそうで、幸せそうだった。
326
:
名無しさん
:2017/08/21(月) 22:34:33 ID:vG2lH35Y0
「ただね、しぃが歌うにはひとつ条件があったんだ」
彼女は一人では歌わなかった。
彼女が歌う時には必ず、父がそばにいた。
しぃは、父のハーモニカに合わせて歌っていた。
父のハーモニカはとても上手なものだった――と、思う。
少なくともぼくは父のハーモニカが好きだったし、
ハーモニカに合わせて歌うしぃのことももちろん好きだった。
それに、ちょっと悔しかった。
ぼくもその環に加わりたくて、父からよくハーモニカを借りた。
「ぜんぜんうまくいかなくて、よくふくれていたけどね」
けれど吹くこと自体をやめようとはしなかった。
やめたいと思ったこともなかった。ハーモニカの演奏は、楽しかった。
それに、しぃもいた。
度々つっかえたり全然違う音を出してしまうぼくの演奏にも、
しぃは一緒に歌ってくれた。むしろうまくいかないもどかしさで憤るぼくを、
自身の歌で教え、導いてくれているようだった。いや、導いてくれていた。
朝から晩までしぃと一緒にいた。時には寝るのも一緒だった。
いつも一緒で、いつでも歌っていた。ぼくらはいつも一緒だった。
ぼくらは兄弟だった。
327
:
名無しさん
:2017/08/21(月) 22:35:03 ID:vG2lH35Y0
「幸せだった。ずっとこんな毎日が続くんだと思ってた」
父が海難事故に遭い、帰らぬ人となった。
父を雇っていた農場主と共に。
何か大きな商談があり、農場主は父にも同行を頼んだらしい。
父はその依頼を受け、現地へと移動する船に乗った。
三日もすれば目的地に到着するはずだったその船は嵐に見舞われ、
航海二日目の夜、海の藻屑となった。だから、遺体は見つからなかった。
父は海に沈んだ。
ぼくは父が好きだった。
明るくて。
冗談好きで。
ちょっといかめしい顔をしていたけれど。
実はかわいいものに目がない、
ハーモニカを吹く父が好きだった。
328
:
名無しさん
:2017/08/21(月) 22:35:27 ID:vG2lH35Y0
父が船に乗る前夜、ぼくと父は約束をしていた。
父さんがいない間、母さんとしぃのことは頼んだぞ、と。
そういって父は、いつも身につけていたハーモニカをぼくに預けてくれた。
約束を、守らなければいけなかった。
しぃを、母を守る。父のように。
父のように、ぼくはなる。
それがぼくの使命だった。
母が豹変した。
.
329
:
名無しさん
:2017/08/21(月) 22:35:52 ID:vG2lH35Y0
「あいつは初めから、私を愛してなんかいなかった!」
母は酒を呑んで、泣いて、近くにあるものを手当たり次第に壊すようになった。
瓶や、食器や、時には壁の一部を壊しながら、母は父を悪し様に罵った。
罵倒しない日はなかった。毎日、毎日、ぼくが好きだった父の特徴を、
ひとつずつ、丁寧に丁寧に母は否定していった。
父は母を愛していた。
でも、それは伝わっていなかった。
母は、父を憎んでいた。
そして、父の血を継ぐ、ぼくのことも。
手近に壊せるものがなくなると、母はぼくを叩くようになった。
ぼくは父譲りに頑丈だったから、壊れることはなかった。
けれど父譲りに頑丈だから、母の怒りは更に燃え上がった。
壊そうとして、壊せない。その度に母は、ぼくに向かってこう叫んだ。
お前なんか、生むんじゃなかった。
.
330
:
名無しさん
:2017/08/21(月) 22:36:14 ID:vG2lH35Y0
ぼくにはしぃしかいなかった。
しぃは変わらなかった。
相変わらずふわふわで、ハーモニカが好きで、一緒に歌ってくれた。
しぃといる時だけは、昔と変わりのない時間が流れた。
変わったのは、環境だった。
父と共に帰らぬ人となった農場主には、一人息子がいた。
彼は父である農場主とは折り合いが悪く
いままで仕事を手伝ったこともなかったそうだが、父の死後はその権限を受け継ぎ、
新たな農場主となった。
彼は、農場のことなどどうでもよかった。欲しかったのは、その土地だけ。
彼は自身が興したい新たな事業のため、農場を急速に縮小させていった。
売れるものはなんでも売り払い、その価値すらないものは次々と処分していった。
それは物だけでなく、命ある動物たちも同様だった。
そして、しぃの屠殺が決まった。
.
331
:
名無しさん
:2017/08/21(月) 22:36:38 ID:vG2lH35Y0
農場の中は知り尽くしていた。
どこに何があって、どの動物がどこで暮らしているのか、全部知っていた。
しぃを助けなければならなかった。しぃがいなくなるなど、認められなかった。
父との約束を守らなければならなかった。なによりしぃは、兄弟だった。
しぃは狭い檻の中で、他の動物達と一緒に閉じ込められていた。
ぼくが来るとしぃはすぐに気がついて、柵越しに鼻をくっつけてきた。
しぃの感触、温かみ。それを感じると、とても安らかな気持ちになる。
けれどいまは、感慨に耽っている場合ではない。
檻には鍵がついていた。針金を使ってなんとかこじ開けようとする。
しぃが見守ってくれていた。しぃ以外の動物たちが、狂ったように鳴き喚いていた。
針金を左右に回す。鍵は開かなかった。上下に引っ掛ける。鍵は開かなかった。
折り曲げて、めちゃくちゃに動かす。鍵は開かなかった。
どうしても、鍵は開かなかった。
人の気配を感じた。針金を鍵から取り出し、慌てて物陰に隠れる。
現れたのは、新しい牧場主と、ぼくとも顔見知りの
昔から働いている従業員のおじさんだった。新しい牧場主の生気に満ちた顔とは違い、
おじさんはとても疲れた顔をしていた。疲れた顔をしたおじさんが、
檻に手をかけた。鍵が解かれた。
332
:
名無しさん
:2017/08/21(月) 22:37:04 ID:vG2lH35Y0
その時ぼくは、残酷なことを願っていた。
どうか別の子にしてください。
牛でも豚でも、なんでもいいから。
これから一生、お肉も牛乳も食べられなくなったって構わないから。
だから、お願いです。
お願いだから。
しぃを連れて行かないで。
ぼくからしぃを、奪わないで。
ぼくの兄弟を、殺さないで。
願いは叶わなかった。
檻から出されたのは、しぃだった。
333
:
名無しさん
:2017/08/21(月) 22:37:35 ID:vG2lH35Y0
すぐに飛び出せば、しぃを助けられたかもしれない。
理由を話せば、おじさんが手を打ってくれたかもしれない。
売れ残ったフォークを持って、牧場主をやっつけてしまえばよかったのかもしれない。
他にもいろいろなことが思い浮かんで、
そのうちのどれとも決めないまま、ぼくは飛び出そうとした。
しぃを助けようとした。それは、本当だった。
でも、実際には、ぼくは物陰でただ隠れていただけだった。
母の声が、聞こえた気がしたから。
母が父を、父によく似たぼくを罵倒する声が、すぐそばで爆発した気がしたから。
お前なんか生むんじゃなかったと、言われたから。
ぼくは、怖くなった。怖くて、動けなくなった。
物陰に隠れて、じっと、連れて行かれるしぃの背中を見続けていた。
しぃが、振り返った。
目が、合った。
しぃの口が、わずかに開いた。
しぃが、鳴いた。
.
334
:
名無しさん
:2017/08/21(月) 22:37:57 ID:vG2lH35Y0
気づくと、浜辺にいた。
海を向いて、立っていた。
ぼくの身体から、何かが飛んでいった。
ひつじの毛だった。
ひつじの毛がふわふわと空を飛び、
やがて、海に落ちた。
水を吸って、沈んでいった。
あぶくを上げて、沈んでいった。
あぶくになって、沈んでいった。
泡になって、沈んでいった。
しぃは、泡になった。
.
335
:
名無しさん
:2017/08/21(月) 22:38:27 ID:vG2lH35Y0
「しぃはもう、考えない」
だからぼくも、考えない。
「しぃはもう、笑わない」
だからぼくも、笑わない。
「しぃはもう、歌わない」
だからぼくも、歌わない。
「しぃはもう……生きてない」
だから、ぼくも――
336
:
名無しさん
:2017/08/21(月) 22:38:52 ID:vG2lH35Y0
「だからあなたは、ギコ<ひつじの名>を名乗った」
ミセリが、ぼくの言葉を引き継いだ。
「彼女と同じ、泡になるため」
ぼくは立ち上がっていた。
樹木にもたれた彼女から離れて。
「ぼくは、きみとは違う」
罪人を騙る彼女。
でも、彼女に罪なんてない。彼女は被害者だ。ぼくは違う。
「ぼくは助けられるはずのしぃを見殺しにした。
最愛の、誰より、何より大切だったはずの兄弟を。
……ぼくは罪人だ。だからぼくは、何も望んでなんかいない。
望んで泡になるんじゃない。望まない死で、罰せられなければいけない。
だから、ぼくは――」
「生きて、ハーモニカを吹きたいんだね」
337
:
名無しさん
:2017/08/21(月) 22:39:28 ID:vG2lH35Y0
彼女の言葉に、時が止まった。
「なによりの望みを奪われること。
それが最大の罰だと、あなたは知っていたから」
幸せだった、あの頃。
「しぃは、めぇって鳴いたんだ……」
父がいて、母がいて、しぃがいた、あの時。
「助けてって、鳴いたんだ……」
一緒に歌った、あの時間。
「なのにぼくは、助けなかった……」
それを壊したのは、だれだ。
「ぼくはしぃを、見殺しにしたんだ……」
それを壊したのは、お前だ。
「そんな、そんなぼくが、ぼくみたいなやつが……」
悪いのは、全部、お前だ。
338
:
名無しさん
:2017/08/21(月) 22:39:55 ID:vG2lH35Y0
「安らぎとか、幸せとか、愛情なんかを求めるわけにはいかない。求めちゃいけない。
ぼくには資格がない。そんなものを受け取る資格なんか、ぼくにはない。
認められちゃいけない、褒められちゃいけない、愛されちゃいけない。
苦しんで、苦しんで、苦しんで泡にならなきゃいけない!
泡になって、ぼくは、消えなきゃ、だれからも忘れられなきゃいけないんだ!」
声が、震えた。
「じゃなきゃ、しぃが報われない……」
.
339
:
名無しさん
:2017/08/21(月) 22:40:26 ID:vG2lH35Y0
涙が溢れてきていた。ふざけるな。
お前には、泣く資格だってない。思ったり、感じたり、
考えたりする権利なんか、お前にはない。そうだろうが、この、兄弟殺し。
道は示された。やはりぼくは、小旦那様の後ろを歩く。
小旦那様は、ぼくの思った通りの人だった。ぼくが願った通りの人になった。
ぼくは、小旦那様のひつじ。
そして小旦那様が、ぼくの、屠殺人。
340
:
名無しさん
:2017/08/21(月) 22:40:57 ID:vG2lH35Y0
「ねえギコ、どうしてあたし、死ななかったと思う?」
目尻を拭う。ミセリを見る。
ミセリが言っているのはきっと、自分の過去についての話だろう。
姉に棄てられたと思い、樹海へと入った、あの時の。
自分はいらない子。
そう思ったミセリは、一度は本気で死のうとした。
「……死ぬのが怖かった?」
「もちろん、死ぬのは怖かった。考えるだけでも。
でもね、怖いだけなら、あたしは死ねた」
ミセリが脚を抱き寄せた。
本来の姿を取り戻した、その脚としての機能を失った脚を。
「あたしが死ななかったのはね、
それがおねえちゃんとの時間を否定することになるって、そう思ったから」
341
:
名無しさん
:2017/08/21(月) 22:41:24 ID:vG2lH35Y0
彼女の言葉に、鼓動が早まった。
「あたしがあたしを殺すことは、
おねえちゃんがあたしにくれたものを忘れてしまうのと同じだって、思ったから」
これ以上聞いてはいけない予感がした。
「よく聞いて、ギコ」
耳を塞ごうとした。
「ううん。ギコじゃない、あなた」
走って逃げようとした。
「しぃはほんとに、『助けて』って言ったのかな。
『死にたくない』って叫んだのかな」
叫んでかき消そうとした。
「あたしには違う気がするんだ。
しぃは、しぃはさ、本当は――」
母の声を反芻させようとした。
「あなたに――」
――ぼくは、何もしなかった。
342
:
名無しさん
:2017/08/21(月) 22:42:15 ID:vG2lH35Y0
『吹いて』って、伝えたかったんじゃないかな――
.
343
:
名無しさん
:2017/08/21(月) 22:42:56 ID:vG2lH35Y0
しぃは、いつも一緒にいてくれた。
「あたしはしぃを知らない」
一緒に眠って。
「だから間違ってるかもしれない」
一緒に歌って。
「でもね」
悲しい時も。
「あなたのしぃは、あなたの苦しみを喜ぶような子だった?」
嬉しい時も。
「あなたのしぃは、あなたの幸せを望んでいなかった?」
しぃは、ぼくのそばで。
「あなたのしぃは、あなたをどう思ってくれていた?」
ぼくを、ぼくを――
愛してくれていた。
344
:
名無しさん
:2017/08/21(月) 22:43:21 ID:vG2lH35Y0
否定しようとした。なにもかも間違っていると。
ミセリの言葉は憶測に過ぎなくて、ぼくは裁かれなければならない
罪人なのだと反論しようとした。けれど、できなかった。言葉が出なかった。
出てくるのは、嗚咽だけだった。ぼくは、泣いていた。
涙が溢れて、止まらなかった。前が見えなかった。
頭を抱えられた。抱き寄せられた。温かい感触が伝わってきた。
その暖かさに、もう、我慢できなくなった。ぼくは、泣いた。
ミセリの胸を借りて、泣いた。声を上げて、泣き続けた――。
.
345
:
名無しさん
:2017/08/21(月) 22:44:01 ID:vG2lH35Y0
「どうするか、決められた?」
「……まだ、よくわからない」
泣き止むまで貸してくれていたミセリの胸から離れ、彼女の瞳を見つめる。
光の失せた薄濁りの瞳。なにより澄んだ、その瞳。
「でも、あのハーモニカはぼくのだから。だから、ぼくは、行くよ」
「うん」
立ち上がる。それだけのことで、ぼくにもはっきり、理解できた。
どうしてこんなことにも気が付かなかったのだろう。
胸に、手を当てる。
ハーモニカをかけない首は、ぼくにはちょっと、軽すぎる。
346
:
名無しさん
:2017/08/21(月) 22:44:22 ID:vG2lH35Y0
「ギコじゃない誰かさん」
ミセリが、ぼくを見上げていた。
「あたしにも、いつか教えてくれる?」
少し悲しそうな、幼い微笑みで。
「あなたの名前」
ぼくはこの時初めて、“ミセリ”を見た気がした。
“ハイン”ではない、“ミセリ”を。
「必ず」
教会に向かって走る。
心がしぼんでしまわないように。
いまのこの気持ちを、二度と忘れないように。
ぼくがぼくになるために、走る。
しぃと共に、走る――。
.
347
:
名無しさん
:2017/08/21(月) 22:44:59 ID:vG2lH35Y0
彼は行った。あたしを置いて。
こうなることを望んでいたとはいえ、それでもやはり、さみしかった。
走れる彼が、羨ましかった。
「ナベ、いるんでしょ?」
森の一部が、ゆらいだ。ゆらいだ辺りに、視線を向ける。
あたしはそのまま、視線を外さなかった。しばらくの間、
そうして止まっていた。木々が、割れた。そこから人影が現れた。
ぼやけた視界の中では、それが誰なのか判別できない。
けれど、気配でわかる。そこにいたのはやはり、ナベだった。
「……いいの?」
なんのこと?
と、あたしは知らないふりをして返す。
「だって、あなただって、ほんとは……」
わかってる。あなたの言うとおりだって、あたし自身にも。
あたしだって、もどれるものならもどりたい。帰れるものなら帰りたい。
あの頃に。おねえちゃんがいた、あの時に。彼のように。だけど――。
「あたしはもう、踊れないから」
348
:
名無しさん
:2017/08/21(月) 22:45:30 ID:vG2lH35Y0
あたしの脚は、治らない。
歩くくらいのことはできても、走ったり、踊ったりすることはできない。
姉から授かったものを、あたしはもう、取りこぼしてしまった。
二度とは拾えぬ、その思い出を。
「ごめん……」
視界の中のナベが、わずかに震えた。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
謝る声が、かすれていた。
ごめんなさい、ごめんなさいと繰り返す彼女の声は
、間延びなんてぜんぜんしていなくて、ふつうの、
なんてことのないふつうの女の子の声をしていた。
ナベも、自分を偽って生きてきた。
偽らなければ生きていけない、切実な事情があった。
彼女自身にはどうすることもできない、生まれというものにつきまとう事情が。
そのことを、あたしは知っている。知った上で責め立てるなんてこと、
あたしには、とてもできない。
349
:
名無しさん
:2017/08/21(月) 22:45:54 ID:vG2lH35Y0
「ナベ、あたしの手を取ってくれる?」
ぼやけたナベの虚像が、ぶんぶんと首を振る。
あたしにはその資格はない。あなたに触れる資格なんて。
そう言っているかのように。
「あたしね、とても大事なことを思い出したんだ」
ナベの首振りが、止まった。
「あたしをここへ連れてきてくれたのは、ナベ、あなただったんだね」
鎖を外してくれたのも。店から逃してくれたのも。
何度も倒れかけたあたしを、支えてくれたのも。
「あなたがあたしにかけてくれた言葉を、
あたし、覚えてる。思い出した」
伸ばした手を、あたしはけして降ろさない。
彼女があたしを、見捨てなかった時のように。
「『あなたが一人で踊れないなら、わたしも一緒に踊るから』」
あたしを、救ってくれた時のように。
350
:
名無しさん
:2017/08/21(月) 22:46:15 ID:vG2lH35Y0
「ナベ、あたしね。いま、とても踊りたいんだ」
ぼやけたナベの虚像が、ためらいがちに近寄ってきた。
一人では立つことすらまともにできない、あたしの前へ。
あたしは彼女をつかむように、さらに遠くへ、ぼやけて消えてしまいそうな彼方の世界へ、
腕を、まだあたしのものであるその腕を、伸ばして、伸ばして、伸ばした。
「だから、お願い」
彼女の手が、あたしの手と、触れた。
初めて姉に踊りを教わった日のことを思い出した。
姉を真似て踊ってはみたものの、まるでうまくいかなかったあの日の思い出。
いまのあたしは、あの時よりもまともに踊れているだろうか。
それとも、もっと下手くそになってしまっただろうか。
どっちでも構わなかった。楽しかったから。踊ることは、楽しかった。
たぶん、きっと。姉があたしに教えてくれたのは、単純に、そういうことだったんだと思う。
彼が彼の父や、ひつじのしぃからそれを教わったのと同じように。
351
:
名無しさん
:2017/08/21(月) 22:46:43 ID:vG2lH35Y0
風が吹いた。風など吹くはずのない、この場所で。
森が揺れて、空を、何かが通った。ぼやけた視界には、
それが何かはわからなかった。でも、あたしにはそれが、鳥のように見えた。
大きな白い鳥が、空を横切っていったように見えた。
良いものなのか悪いものなのか、それもわからなかった。
ただあたしは、きれいだなと、思った。
ぎゅっと抱きしめたナベの感触に安心しながら、
ただただきれいだなと、そう、思った――。
.
352
:
名無しさん
:2017/08/21(月) 22:47:06 ID:vG2lH35Y0
『終章 海のひつじ』へつづく
.
353
:
名無しさん
:2017/08/21(月) 22:47:36 ID:vG2lH35Y0
今日はここまで
354
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 17:30:09 ID:LGcY6s6M0
乙
話も長さもえげつないな……
355
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 17:47:20 ID:AKaoAE960
0
兄が父と母を殺した。ぼくのために。
そう、彼は言った。
彼は続けて言った。
ぼくという存在はその連鎖性を欠いた。もはやぼくは、以前のぼくにはもどれない。
かつてぼくと自称していた己とは、異なる自己へと変貌してしまった、と。
更に彼は語る。
きっと一人は一人でできているわけじゃない。
一人は大勢によって構成されている。一人の背後には無量の亡霊が顔を覗かせている。
親、兄弟、親類。友人、仲間、教師。それに……敵。
それら背後に立つ者たちが、一人の意識在る者を組み立てていく。
それだけじゃない。軸は横だけでなく、縦にも積み重なる。
時の重みが、十年、百年と堆積したものが、千年、万年と凝縮されたものが、
そしておそらく、生命というものが芽生えて以降に起こったありとあらゆる現象が、
いまこの時代に生きるただ一人に受け継がれている。
356
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 17:47:46 ID:AKaoAE960
いまこの時代に生きているすべての人が、
膨大な過去の積み重なりによって『私』を決定づけられているのだと思う。
それがたぶん、この世界の在り方なんだと思う。
だからたぶん、『私』に自由はないのだと思う。
だからたぶん、一人がいなくなっても、世界が大きく変わることはないのだと思う。
だから、そう。
いまこの国がこんな状況になっているのは、だれか一人が悪かったとか
そういうわかりやすくて明確な原因があったわけじゃなく、
そうなるべくして長い間積み重ねられてきたものの結果が、
些細な事象を切っ掛けに表出してしまっただけなのだと、そう、ぼくは、思う。
.
357
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 17:48:21 ID:AKaoAE960
彼の言葉はむつかしくて、私にはよくわからない。
『私』がどうとかいう哲学に、興味を持ったことはない。
それなのに彼はよく、こんなふうに難解な話題を私に話して聞かせた。
おにいさんの影響らしい。博識で、神童と呼ばれたおにいさんの。
だけど彼自身は、自分が話している言葉の意味などちっともわかっちゃいないのだ。
彼はただ、尊敬するおにいさんの真似をしたいだけだった。
だからちょっと突っ込むと彼はすぐにしどろもどろになったし、
私は私で楽しくもなんともない
哲学を聞かされるのはいやだったから、すぐに話を遮っていた。
いつもは、そうしていた。
今日は、止めなかった。
別に、どんな話でも構わなかったから。話なんてなくてもよかったから。
ただ彼に、ここにいてほしかった。ずっと、ここにいてほしかったから。
それに、なにより――彼の顔がとても、苦しそうだったから。
だから私は、死のうと言った。
358
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 17:48:49 ID:AKaoAE960
彼は話すのを止めた。彼が私を見る。私も彼を見る。
日に焼けた健康的な肌が、いまは少しだけ白い。
部屋の外から波の音が、わずかに聞こえてきた。
せめて死ぬときとくらい、海を見たいな。
自分では手の届かない位置に開けられた窓の、その向こう。
あそこから落下すれば、地面に激突するまでの短い間くらいは、
海を見ていられるだろうか。いやなことなんてひとつもない
世界の果てのその向こうまで、飛んで行くことができるだろうか。
ごめん、と、彼が小さく謝った。
どうしてと、私は問いかける。
彼は、生きるからと、簡潔に答えた。首へかけた銀のハーモニカに触れながら。
おにいさんから託された、最後の宝物を握りしめながら。
359
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 17:49:19 ID:AKaoAE960
勝手だと思った。
私を置いて、私の行けない場所へ行こうとする彼を、とても勝手だと思った。
だから、そう言った。あなたは勝手だと言った。口汚く罵ったし、
思いつく限りの罵詈雑言を吐いた。そうすれば彼が思い直してくれるんじゃないかと、
たぶん、そんなことを期待して。
願いは叶わないなんてこと、よく知っていたはずなのに。
従者が扉を開いた。それが、別れの合図だった。
さよならもなかった。彼が、部屋から出ていこうとした。
遠い場所へ、私の手の届かない場所へ、彼が行ってしまう。
二度と会えなくなってしまう。もう、二度と。
いやだ、と、私は叫んだ。
彼と、彼を送ろうとしていた従者が立ち止まった。
振り向いたその顔に、私はありったけの言葉をぶつける。
いままで生きて、学んで、覚えてきた、つまらなくて仕方のなかった彼の話も駆使して、
とにかく、とにかく言葉をぶつけた。言葉の音は、多様になった。
だけどその意味するところは、結局同じ。究極一語の、「いかないで」。
ぼくだって……!
絞り出された彼の声。ぼくだって、なに?
ぼくだって。その言葉のつづきは?
言葉を待つ。私の期待する、その言葉を。
360
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 17:49:45 ID:AKaoAE960
でも、と、彼は続けた。
ぼくは、生きるから、と。
私は、彼を見た。彼も、私を見ていた。
その瞳には、かつての彼にはなかった、男性そのものの昏さが湛えられていた。
私はようやく、理解した。
彼はすでに、私とは違うところへ辿りついてしまっていたのだと。
もはやなにもかも、手遅れだったのだ。なぜなら彼は、大人だった。
彼を止める言葉を、こどもの私は持っていなかった。
従者が彼を急かした。もう時間がないのだ。私にも、彼にも。
だからこれが、最後。本当に、本当の、最後の、最後。
お願いをした。
ある、ひとつのお願いを。
彼は、約束してくれた。
いつか必ず、絶対に叶えると、そう、約束してくれた。
.
361
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 17:50:11 ID:AKaoAE960
彼が亡命してから二ヶ月後、私はここ、『ひつじの教会』へやってきた。
そこで私は、見続けてきた。多くのこどもたちを。
こどもたちが生を諦める、その瞬間を。
唯一無二のその存在が、あらゆる因果から消滅せしめるその瞬間を。
何人も、何人も、何人も。
魔女と呼ばれ、忌み嫌われようとも観続けることを止めなかった。
何人も、何人も、何人も、何人も。
いつかの約束が果たされる、その日その時を夢見て。
何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も……。
しかし彼は、約束を違えた。
私はついに出会ってしまった。
現世に背を向けた、そのこどもと。
泡と化し、消え去ることを望むそのこどもと。
生きると言って去った彼――あの人の、そのこどもと。
.
362
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 17:50:51 ID:AKaoAE960
終章 海のひつじ
1
これは必然だ。
破綻していたのだ。彼がここへ来た時には、すでに。
彼は彼であって、あの人ではない。そんなこと初めからわかっていたというのに。
遠い日の約束を忘れられず――いや、長い時をかけて築いた己の軌跡が
無意味であったと認める勇気を持てず、彼に代わりを求めた。求めてしまった。
別人であると、知っていたくせに。
だからこれは、必然だ。
彼の主の言うとおりだ。現実は、怖い。現実へなど、本当は帰りたくない。
あんな罪と苦痛にまみれた世界になど、二度ともどりたくはない。
痛いのも苦しいのも、本当は嫌いだ。
実際の所、私はどうしたかったのだろう。約束を果たしたかった気持ちは、本物だ。
そのための準備も進めてきた。けれど彼の主は、その準備に費やしてきた時間こそが
現実を忌避する私の逃避行動であると看破した。
私は初めから、約束を果たすつもりなどなかったのではないだろうか。
そう、初めの、初めから……。
だからこの結果は、必然だ。
363
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 17:51:13 ID:AKaoAE960
もはや何を考えても手遅れだ。私は諦めてしまった。
いままで私が観察してきたこどもたちと同じように。その証拠が、この身体。
燐光放つ、粒子の崩壊。泡へと還元されるための、最終行程。
ベルが鳴る。手に持たされた、小さなベル。無数に分かれし生命の波の、その象徴。
かすかに震える大気の波動。私とは、何か。私とは、これだ。
私とは結局、この三次元空間を刹那に揺らすベルの音に等しいのだ。
もう、それで、いいじゃないか。
「ジョルジュは、ジョルジュだ……ジョルジュは、ジョルジュだ……
ジョルジュは、ジョルジュだ……ジョルジュは――」
車椅子の背後から、変わらぬ言葉がつぶやかれ続けている。
うつろな目をしたジョルジュ。その目は前を行くひつじを捉えているようで、
どこか虚空を見つめている。
「そうよ、あなたはジョルジュ。ジョルジュでいいの」
彼に変化はない。変わらず彼が彼で居続けるための呪文を唱え、
自己の崩壊を防ぐことに必死でいる。私の声など、聞こえてはいないだろう。
それでも私は、言わずにはいられなかった。あなたはジョルジュだ、と。
364
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 17:51:37 ID:AKaoAE960
ジョルジュには申し訳ないことをしてしまった。
ここへ来てまだ間もない頃、私はモララーと協力して
この謎だらけの教会の真実を探ったことがある。
そしてその時に、牧師と“接触”した。それ以来私は、少し視えるようになった。
こどもたちがここへと到るまでの、その経緯が。
おそらくはみな、それとなく肌で感じ取っていたのだろう。
ほじくり返されたくない罪を覗き見る女がいると。魔女という名の蔑称。
それは必ずしも、無根拠なものではない。
みんなが私から離れるのは、当然の道理と言えた。
けれど彼は、ジョルジュはむしろ私に近づいてきた。
おそらくは単純に、見てもらえているという事実が嬉しかったのだろう。
自分を見てくれる人、愛してくれる人を、ジョルジュは求めていた。
求めて、私を見つけて、それで、懐いた。
私も、情が移ってしまった。観察者としての本分を忘れ、おせっかいを焼き、
いらぬアドバイスも何度か送った。それがジョルジュのためになると思って。
けれどその挙句が、これだ。私の行いは、ジョルジュを苦しめただけだった。
故に私には、彼を肯定する義務がある。
例えそれが彼の耳にまで届かなかろうと、私は伝える。
あなたの動物も、あなたのママも、あなた自身も本物であると、肯定する。
あなたは、ジョルジュだと。
ひつじが、足を止めた。
歌の海が、世界を満たし始めた。
365
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 17:52:13 ID:AKaoAE960
「ありがとう、ジョルジュ。あとは自分で行けるわ」
車椅子をつかんでいた彼の手に触れ、強張ったその指を静かにはがす。
その間もジョルジュは私を一瞥することもなく、
自己を固着させる文言を唱え続けていた。
ジョルジュから離れる。ひつじに近づく。そこにあるのは、私の消失。
痛みも苦しみも……罪も含めた、自己の完全なる分解。
それはきっと、安らかなことなのだろう。泡となり、より大きなものの
ひとつとなるその瞬間、こどもたちはみな、笑っていたのだから。
いつかあの人の言っていたことを思い出す。
『私』に自由などなく、それ故に、『私』がいなくなっても
世界に大きな変化などない、という言葉。私がいなくなっても、
きっと、何も変わりはしない。
もはや躊躇う理由はない。この手を伸ばし、触れるだけでいい。
それだけで後は、何も考えずに済む。だから、行け。
お前はもう、諦めたのだから。早く、早く、早く――。
生まれた罪を、清算するのだ。
.
366
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 17:53:04 ID:AKaoAE960
手が、触れた。
私のものではない。
ひつじに触れた、その手。
その手の主は、彼。
ジョルジュだった。
ジョルジュがひつじを、つかんでいた。
「ぼく、いい子だったんだよ……?」
ジョルジュが、ひつじをゆさぶった。
「お掃除だっていっぱいしたし、お野菜だってちゃんと食べた」
やわらかな羊毛が、くしゃりと形を変える。
「みんなのことも、いっぱい笑わせた。
みんな、すごく喜んでくれた。ぼくを好きって言ってくれた」
367
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 17:53:35 ID:AKaoAE960
歌うことを止めたひつじが、横目でジョルジュを見ている。
「ぼくは、ジョルジュなんだ。みんなに愛されるジョルジュなんだ。
ママのジョルジュなんだ。だから、だから……」
ジョルジュの身体が大きく、のけぞった。
「開けて、開けてよママ! ぼくを見て! ぼくを撫でて!
ぼくを褒めて! ぼくを愛して! ぼくを、ぼくを――」
捨てないでっ!
.
368
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 17:54:06 ID:AKaoAE960
足音が、聞こえた。
ジョルジュではない。ひつじでもない。私のものでも、もちろんない。
果てなく続くこの無間回廊のその更に奥から、
高らかなる跫然が『我はここに在り』と謳い、参上した。
私が見る。
ひつじが見る。
ジョルジュが見る。
三様の視線が集うその収束点に――彼がいた。
あの人。
彼ではない、彼。
生きることを諦めた、彼。
けれど。
何かが、違う。
彼の何かが、いままでとは違っている。
見た目や、声や、ただ歳を重ねるだけで得られる何かとは違う。
もっと根源的で、絶対的な、以前とは異なる魂の飛躍。
その変化を、私は知っている。
その変化を、私はいつか目の当たりにしたことがある。
369
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 17:54:32 ID:AKaoAE960
「きみが」
ジョルジュが、ひつじから離れた。
「きみが、来たからだ」
ジョルジュが、ふらりと身体を揺らす。
「きみが来たから、ぼくは捨てられた」
揺れた身体で、彼へと近づく。
「そこはぼくの場所だったんだ」
抑揚のない声で、彼へと迫る。
「返せよ」
力のない瞳で、彼を睨む。
「返してよ」
失った何かを求めるかのように、腕を伸ばす。
「ママを、返せ」
そしてジョルジュは、愛の代わりに首をつかんだ。
敵の、仇の、彼の、首を。
370
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 17:54:57 ID:AKaoAE960
「ジョルジュ!」
私は叫ぶ。けれどジョルジュの耳に、もはや私の声など届きようもない。
ジョルジュの細い腕が、その細さながらに筋肉で張る。
いまにも張り裂けそうな血管が隆々と脈打つ。
彼の首は、無数の皺を描いていた。
みちりという音がここまで聞こえてきそうな、容赦のない締め方を成されている。
血流を止められているのだろう。彼の顔から、みるみると血の気が失せていった。
けれど彼は、苦しむ素振りを見せなかった。
薄く開いた目で自分を殺そうとする幼い魂を見ていた。
見ながら、その手に持った何かを掲げた。短刀。
刀身に奇妙な波模様の浮かぶ、彼の主の、執着物。
その研ぎ澄まされた凶器に、彼の顔が反射していた。
反射した彼の顔、そのほほに、一筋の涙が流れた。
彼が、声ならぬ声で、それをささやいた。
ごめん、“ヒッキー”。
そして、“ジョルジュ”が壊された。
.
371
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 17:55:32 ID:AKaoAE960
「ぼくじゃ、ない……ぼくは、ぼくじゃ……」
ひざをついてうずくまったジョルジュ――ヒッキーが、自らの手を見つめていた。
その手は血にまみれている。手だけではない。顔にも身体にもその鮮血は降り注ぎ、
彼を赤く染め上げている。しかし、ヒッキーには傷一つない。
その血はヒッキーのものではない。その血は彼、あの人の息子のものだった。
床に転がった短刀が、金属的な甲高い音を立てる。
痛みに顔を歪ませる彼の手には、深い刀傷が刻まれている。
自分自身でつけた傷だ。ジョルジュの……ヒッキーの、
触れ得ざる過去を再現させるために刻まれた、傷。
「ぼくは、ジョルジュだから……ぼくじゃ、ない……
ママを殺したのは、ぼくじゃ……」
彼が、うずくまるヒッキーに触れる。
触れられていることにも気がついていないのだろう。
ヒッキーは無抵抗なまま、覚醒した自我の否定に躍起になっていた。
その間に、彼は取り返した。ジョルジュの首にかかっていたそれを。
彼の、銀のハーモニカを。
あの人のハーモニカを。
彼が己の首に、あるべきものをかけ直す。
その姿は、本当に。
あの人と、瓜二つで。
372
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 17:56:08 ID:AKaoAE960
「どうするつもり?」
けれど彼は、あの人ではない。
「まだ迷っているのね」
彼はまだ、大人ではない。
私と同じように。
「きみこそ、どうするの?」
私は大人ではない。私は大人にはなれなかった。それが私の運命。
抗ってはみたけれど、その壁を壊す力を、私は持っていなかった。
私はもう、疲れた。戦うことにも、生きることにも。
夢を見ることにも。私は、私はもう――。
「私はもう、諦めた。なにもかもどうでもいい。だからこのまま泡になる。
私にはもう、この世への未練なんて、ない――」
「うそだ」
373
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 17:56:37 ID:AKaoAE960
彼が私を否定する。間髪おかずに。そのことが、いやに癇に障る。
あの人の顔で、あの人の声で、私を否定する彼に、強い苛立ちを覚える。
「私のこと、なんにも知らないくせに」
「きみのノートを読んだ」
私のノート。忘れようとしていた記憶の欠片が、存在を主張しだす。
「きみが何を観て、それにどれだけの時間を費やしてきたのか、ぼくは知った。
片手間で成せることではないきみの偉業を、ぼくは目にした。
それがまだ、未完成であることも」
「未完成?」
「ここに置いてあるだけでは片手落ちだってことだよ。
そしてそれはきみ自身も理解しているはずだ。
わかっていたからこそ、ぼくに公表することを頼んだんでしょ?」
374
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 17:56:57 ID:AKaoAE960
「それは……」
「きみが何のためにノートを書き続けていたのか、それはぼくにはわからない。
でも、中途半端な気持ちで始めたわけじゃないってことくらい、読めばわかるよ。
見れば、わかるよ」
「それはあなたの主観よ。私はただ、古い約束を守ろうとしただけ。
その約束が果たされないと知ったいまでは、あんなノートなんて、
もはや紙くずに等しい――」
「本当に、それだけ?」
彼は、引かなかった。
「きみにだって本当は、向こうへ帰るだけの理由があるんじゃないの?」
私は、答えない。
「それにぼくはまだ、答えをもらっちゃいない」
彼が、取り戻したばかりの形見に触れながら、言った。
「『きみは、だれなの?』」
.
375
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 17:57:24 ID:AKaoAE960
私は叫んだ。
床に転がっていたはずの短刀が、見当たらなかった。
うつろに唱えられていた文言が、止まっていた。
血にまみれたその身体が、消え去っていた。
彼の背後に、立っていた。
「後ろっ!」
彼が、振り返った。
ヒッキーが、短刀を振り上げ――振り下ろした。
.
376
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 17:57:51 ID:AKaoAE960
「ぼくは……ぼくじゃない……」
彼の身体が、崩れ落ちた。
鮮血を、撒き散らしながら。
「ぼくが……ぼくじゃないなら……」
のどから下腹部にかけて、ぱっくりと裂かれている。
口からも、ごぷりと血を漏らしている。
「だれかが……ぼくだ……」
それでも彼は、息をしていた。
焦点の合わせないうつろな顔で、ぜいぜいと呼吸していた。
「ぼくの……だれか……」
ヒッキーが、瀕死の彼の肩をつかんだ。
そして、もはや波模様など見えないほどに汚れたその短刀を、再び振り上げた。
「だれかは……お前だ……!」
とどめを、刺すために。
377
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 17:58:18 ID:AKaoAE960
「――――っ!!」
彼の名を叫び、車椅子から、飛び出した。
振り下ろされんとする刃と倒れた彼の、その間に向かって。
腕を伸ばして。
身体を伸ばして。
だけど、届かない。
距離も、時間も。
私には、遠い。
なにもできない私には。
投げ出された私の身体が、地面に落ちた。
床に這いつくばった、その格好で。
私は、見た。
ヒッキーの、凶刃が。
頭蓋を貫き砕く、その瞬間を。
私は、見た。
歌うひつじの頭蓋が砕かれる、その瞬間を。
.
378
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 17:58:41 ID:AKaoAE960
そして世界は、海へ落ちた。
.
379
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 17:59:08 ID:AKaoAE960
2
「ママ……?」
それは、幻想的な光景だった。
「ねえ、ママ……」
すべてのものが、気泡を上げていた。床も、柱も、壁も――。
「ママ……起きてよママ……」
私も、ヒッキーも、彼も。すべてのものが例外なく、気泡を上げていた。
光り輝く泡と化していた。もはや身躯にまとう燐光は私だけの特権ではなく、
ありとあらゆるものが海へと還元されつつあった。
彼を庇ってジョルジュの凶刃を受けたひつじの、その傷口から漏れ出した海へと。
世界は、いまや、海だった。
380
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 17:59:38 ID:AKaoAE960
「ママ……ママ……」
海を吐きしぼんでいくひつじにジョルジュが力なく寄り添い、
抜け殻と化していくその羊毛ばかりが残った皮を揺すっている。
自らの過ちを、自らが最愛の生命を奪ったという事実を、
受け入れることができずに。その地点から、一歩たりとも動くことができずに。
動けないのは、彼もだった。
ジョルジュの一撃によってひざを折った格好のまま、彼は動かなかった。
首から下腹に掛けて裂かれた肉体は、いまも多量の血を流している。
けれど意識が朦朧としているわけではない。彼は明確に、ある一点を見つめていた。
砕かれたひつじの頭部。彼の方を向いたその顔を、見つめていた。
さらに海を吐くひつじの頭が、もぞりと、動いた。
彼の身体が、反射的に強張ったのが見て取れた。
息荒く、それでも目が離せないといった様子で、彼はひつじを見つめていた。
ひつじの口が、動いた。
めぇ
.
381
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:00:00 ID:AKaoAE960
彼の目が、見開かれ――
.
382
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:00:43 ID:AKaoAE960
う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛
う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛
う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛
う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛
う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛
う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛
う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛
う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛!!!!
.
383
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:01:16 ID:AKaoAE960
この世のものとは思えない咆哮が、
彼の固く食いしばられた歯と歯の間から漏れ出した。
彼の歯はその隙間を埋め尽くさん程に血まみれで、
それがのどから吐き出されたものなのか、それとも力を込めすぎて
破れた歯茎から噴出したものなのか、もはや判別できない有様だった。
痛みが、形を為していた。
彼が、口を開いた。口内に溜まった血液が吐き出された。
吐き出されたそれが、世界を満たす海に溶けて、色を失った。
血液すらも、泡となった。怒りも、悲しみも、心も、すべてが泡となって消えていく。
彼が、立ち上がった。何も言わずに。
ひつじと、ひつじに被さるヒッキーを見下ろし、
そして、そこから、視線を外した。
彼は、私を見ていた。私も、彼を見ていた。
その瞳には、かつての彼にはなかった、男性そのものの昏さが湛えられていた。
彼が、私をつかんだ。つかんで、抱き上げた。
傷口から止め処もなく湧き上がる赤い気泡を気にする様子もなく、
彼はそのまま、走り出した。ひつじに背を向け、駆けていった。
.
384
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:01:51 ID:AKaoAE960
現象は、廊下だけに収まっているわけではやはりなかった。
すべてが、この世界のすべてが海に落ち、泡と化していく。
鐘が鳴っていた。教会を揺らし、心を揺らし、魂を揺らし、世界を揺らして。
波となって、世界の果てから果てまでその振動を響かせていた。
その振動に合わせて、こどもたちが歌っていた。
歌は、みなみな好き勝手に歌ってばらばらだった。
歌は、まるでひとつの調べを奏でているかのように調和していた。
独唱でもあり、合唱でもある、不思議な響き。
歌のための、歌。
その根幹を成す、鐘の音の律動。
生命が生命と生る以前の、根源。
無量へと分かたれる以前の、一。
ありとあらゆる魂が等しく有する、遺伝子に刻まれた鼓動。
原初の波。
.
385
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:02:24 ID:AKaoAE960
始原の波動へと、回帰する。
分かたれたものが、一へと還っていく。
生命が、生命と生る以前の淵源と同化する。
こどもたちが、泡となって、形を失う。
一人、また一人と、自己を失う。
幸せそうな顔をして。
一人、また一人。
歓びの笑みを浮かべて。
一人、また一人。
生命を、諦めていく。
一人、また一人。
ついにひとつへ戻る時を迎えた双子も。
一人、また一人。
抱き合い踊る、二人の少女も。
一人、また一人。
消えて、消えて、消えていく。
一人、また一人。
一人、また一人。
一人、また一人――。
.
386
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:03:15 ID:AKaoAE960
もはや教会とは呼べないほどに形を失ったその跡地から抜け出し、
私たちは森へと入った。向かう先は、森の向こう。
この幽世と現し世を結ぶ境界の地。それがどんな場所なのかはわからない。
けれどそれがあることは、はっきりしている。魂がその存在を告げている。
でも、本当に、いいのだろうか。
彼は、走る。私は抱いて。ヒッキーにつけられた傷はすでに、半ば以上塞がっている。
この世界の理。傷つかず、覚えず、そして、成長しない。
変わらないこと。不変であること。それは本当に、悪いことなのだろうか。
一度はこの世界に抗しようとしたモララーも、
結局は安寧を受け入れ私とも袂を分かった。
間違っていたのはモララーだろうか。それとも――。
387
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:03:52 ID:AKaoAE960
視界がちらつく。こどもたちの幻想で。
泡となって消える時、より大きなもののひとつとなる時、
こどもたちはみな、笑顔だった。
視界がちらつく。こどもたちの現実で。
ここへ到るまでの彼らはみな、辛酸に顔を歪め、
自らの犯した罪に戦き苦しんでいた。
そして、私の現実。
私には本当に、その覚悟があるのか。
あの世界へ、あんな、罪しかない世界へ帰る覚悟が。
この、私に。
本当に――本当に。
388
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:04:17 ID:AKaoAE960
「あっ」
彼が小さく声を上げた。前方で、何かを見つけたらしい。
彼に抱えられた格好のまま、私も首をひねる。
彼の見つけた何かを、私も見る。
「……下ろして」
まだ樹木としての役割を担えている木々が寄り集まって絡み合い、壁を形成していく。
外へと、現実へとつづく道を拒絶する、私の心の反映が、目の前に象られていく。
彼は私の頼みを聞いてくれた。
緑の香り漂う地面へ下ろされた私は、それへと手を伸ばした。
それは触れた途端、かろうじて保っていた形を放棄して泡へと還っていった。
別のそれへも、手を伸ばす。それもまた、泡になる。
次も、その次も、そのまた次も、そうだった。
それはどうしようもなく、泡になっていった。
それが――私のノートが、私の記した記録が、残らず、一つ残らず泡となっていった。
「……あの」
彼が何かを言いかけて、結局口を閉じた。言葉が見つからなかったのだろう。
私も同じだ。私にも、言葉はなかった。すべてが、私のこれまでが、
記した記録が失われていく様を、ただ黙って見届けるしかなかった。
手を触れても手中には残らない、それらを。
389
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:05:05 ID:AKaoAE960
……でも。
見上げる。彼方の根源へと飛び立つ泡の群れを。その一粒一粒を。
その一粒に描かれた膨大なる一言一句を、私は見つめる。
思い出す。いや、覚えている。
安寧の幸福へと消えていく彼らを、私は、覚えている。
私だけが、覚えている。
なら――。
「……だれに頼ることもできない」
このまま全部なかったことにして、
なにもかも忘れ去ってしまうことが私の望みか?
「それが私の望みなら」
否。私は喪失を望んではいない。
「私が見つけた、私だけの望みであるならば」
彼らの喪失を、私は望んでいない。
390
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:05:40 ID:AKaoAE960
「あなたに……」
例えそれがエゴの発露による願望であろうとも。
「私の知る旧き友人ではないあなたに、誓う」
多くの者の意に沿わぬ欲動であろうとも。
「『きみは、だれ?』」
それを望んでしまった以上、私は立たなければならない。
「私は私を知らない」
自らの脚によって、立たなければならない。
「故にあなたの問に対する回答を、私は持たない」
391
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:06:11 ID:AKaoAE960
私は、立つ。生まれて初めて、自らの脚で。
「いまの、私には」
右足を、踏みしめ、
「いまのままの、私では」
左足を、踏みしめ、
「だから、私――」
――そして私は、拒絶の壁<私自身>に告げる。
生きるわ。
.
392
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:06:34 ID:AKaoAE960
絡み合った木々が、解けた。
三千海里のその果てまで伸びる現実への道が、次々と開かれていく。
任を解かれた心の樹木が、海気に浴して自己を崩壊させていく。
その泡の道を、私は歩いた。
出口まで労なく抱えられるのではなく、自らの脚で、歩いた。
彼に支えてもらいながらでも、自分の脚で、歩いた。
彼も、私も、燐光を放ち、光る泡となりかけながらも、
先を、向こうを、現実を目指して、歩いて、歩いて、歩いた。
そして私たちは、辿り着いた。海洋地帯の終着点。
海が終わるところ。幽世と現し世をつなぐ境界の、その浜辺へと。
彼の主が、そこにいた。
.
393
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:07:09 ID:AKaoAE960
3
「あいつは俺を、よく理解していた」
砂浜に腰を下ろし、彼の主が彼方を見つめていた。
世界の彼方。彼方たるここではない、現実の、私達が生きるべき生の世界を。
「いや、やはり理解できてはいなかったのかもしれない」
「小旦那様――」
彼が脚を踏み出した。己が主の下に向かって。
彼の肩を借りていた私も、連動して一歩踏み込む。
「だから俺は、ここにいる」
その瞬間、それは起こった。
「お前は死ぬ」
394
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:07:42 ID:AKaoAE960
目を、網膜を、視覚を飛び越えて、何かが私の内を蹂躙した。
光の反射ではありえぬ何かが、私の意識にその光景を投射し始めた。
「フォックスは脱走者を許さない。お前は逃げられず、再び檻へともどされる」
それは、屍だった。
「そして、生きたままその身を削がれるだろう」
生きたまま身を削がれた屍だった。
「死ぬまで」
生きたまま身を削がれた屍の山だった。
粛々と、非人間的に、その行為は、その儀式は行われていく。
手足を縛られた者たちが、細かな肉片へと切り刻まれていく。
男、女、こども、老人。
395
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:08:08 ID:AKaoAE960
泣き叫び、懇願し、あるいは恍惚の顔を浮かべ現実を手放したその顔、顔、顔は、
どれも、みな、一貫性無く、まるで、誰であろうと、私であろうと、
その台に、その祭壇に、くくりつけられても、おかしくはないという、錯覚を、覚える。
そして、それはきっと、錯覚ではない。
裂かれる者と、裂く者。裂く者の顔も、みな、違った。
けれどこちらには、共通点が合った。彼らはみな、こどもだった。
正確には、こどもを終えようとしている、最後の少年たちだった。
そしてその顔はみな、どこかしら、似ていた。
それは、歴史だった。何代も何代も、親から子へ、
子から孫へと受け継がれていった真実の歴史。
家という型によって連綿と受け継がれてきた狂気の歴史。
変化を厭い未来へと受け継がれていく固定された明日の歴史。
“現実”の歴史。
396
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:08:40 ID:AKaoAE960
「仮に」
儀式が終わり、輝く白の帳が降りてきた。
傷一つない純然たる光の白。意識の視界を覆う白い闇。
「仮に生き延びたとして、その先に何がある」
闇に、亀裂が走った。
「無窮無数に裁断されたまま不完全な固着を果たした原生の大地に、何の希望が持てる」
縦に走った初めの亀裂を、横薙ぎの亀裂が二分する。
そこへ更に新たな線が走る。線は無数に光を刻み、
“世界”は乗数倍にその数を増やしていく。
かつてひとつであった那由多が、元の姿を“忘失”する。
「ここにはすべてがある。生命が分化される以前のすべてが。
完全にして一なる原初の波が」
397
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:09:16 ID:AKaoAE960
ぎちぎちと互いに擦れて悲鳴を上げる無辺の世界群から、
痛みと苦しみの証たる朱き生命の粘液がこぼれ落ちる。
時代、生命、界、目、種、国、街、村、集落、家、
兄弟、男、女、『私』。『私』の内の肉と、魂と、霊。
「どこへ行く必要もない」
連鎖性を切り離した空疎から、それは流れでる。
止め処もなく流れ出していく。そして光の熱を失った世界は、冷え固まって膠着する。
もはやそこに、輝きはない。昏く薄汚れ、荒廃した“成れの果て”だけが蠢いている。
寸断された『私』が、蠢いている。
――それは、すなわち、『私』の死。
「お前はすでに、“ここに在る”」
.
398
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:09:44 ID:AKaoAE960
空が剥げ落ちた。闇も、悲鳴も、後には何も残らず、
そこには当たり前のように砂浜が広がっていた。
彼の主は変わらず砂浜に腰を下ろした格好のまま、彼方を見つめている。
私は、ひざを折っていた。身体の芯から怖気がして、知らず自身を抱きしめていた。
彼は、まだ立っていた。かろうじて、といった様子で。
彼もまた、同じものを知覚<観た>のだろう。その顔は青白く、血の気がない。
何かを言おうとするも言葉にならないのか、
その口が声の開閉を弱々しく繰り返している。
ママ……。
砂を踏む足音が、聞こえた。ママ、ママ、とささやくその声と共に、聞こえてきた。
ヒッキーが、そこにいた。泡を拭き上げ、失いかけたその身体を
左右にふらふら揺らしながら、ヒッキーがそこに、現れた。
その手に危うく持ちながら。奇妙な波模様が浮かぶ、あの短刀を持ちながら。
399
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:10:12 ID:AKaoAE960
「迷子なんだ」
ヒッキーが、私の前を通り過ぎた。
「ママが、いないんだ」
ヒッキーが、彼の前を通り過ぎた。
「ぼくが、いないんだ」
ヒッキーは、何も見てはいなかった。
「ママがいないから、ぼくがいないの?」
ヒッキーは、自分も見てはいなかった。
「ぼくがいないから、ママがいないの?」
ヒッキーは、失った自己にさまよっていた。
「いる」
400
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:10:40 ID:AKaoAE960
その言葉は、ヒッキーの口から吐き出されたものではなかった。
私も、彼も、ヒッキーですらも、声のした場所に視線を向けていた。
彼の主が、立ち上がっていた。視線は変わらず彼方へ送っていたものの、
その顔は真剣で険しく、感情的だった。
「お前も、お前の母も、ここに在る」
彼の主が振り向き、そして、空を仰いだ。
「ここに」
天より、光が降り注いできた。
それは、無数の泡。それは、無数の輝き。それは、無数の生命。
泡へと還元されたこの世界のすべてがその一点へと凝縮され、やがて人の形を象る。
波打つ鐘のその鼓動に合わせて、世界そのものが形を成す。
生命の根源。顔のない光。牧師。
.
401
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:11:12 ID:AKaoAE960
「あっ」
ヒッキーが小さく声を上げた。
放心したような顔で、とつじょ現れた牧師を見つめていた。
そして、その顔が、怯えに歪んだ。ヒッキーは牧師から離れるように後ずさりすると、
いま初めて気がついたかのように、手の中の短刀に目をやった。
ヒッキーは短刀を捨てようとした。しかし短刀は、彼の手から離れなかった。
皮膚そのものと同化したように、それは強く、固く、ヒッキーと結びついていた。
ヒッキーが自由な手で、短刀を引き剥がそうとする。引き剥がせない。
どんなに強く引っ張ろうとも、短刀は手から離れない。
「ちがう……」
爪を立て、肉ごと抉り出そうとする。ぽろぽろと皮膚が剥がれ落ちる。
肉がこそげ落ちる。しかし、短刀は落ちない。離れない。
牧師が、ヒッキーに触れた。
402
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:11:40 ID:AKaoAE960
「あ、あ、あ……!」
ヒッキーが飛び退いて、そのまま尻餅をついた。
それを追うように、牧師が身体を屈める。
「ああああ! うあああああ!」
半狂乱の叫びを上げて、ジョルジュが短刀を振り回す。
それは極まった感情が導き出した原始的な防衛反応に過ぎず、
何かを傷つけようといった明確な悪意や敵意は一切そこに介在していなかった。
けれどそこに意志があろうとなかろうと、凶器は凶器なのだ。
牧師は引かなかった。
引かず、その身でジョルジュの凶刃を受け止めた。
弾けたように、大量の気泡が空中<海中>へ浮かんだ。
牧師は、悲鳴を上げなかった。
ヒッキーは、叫びを止めた。
放心した様子で、牧師を見上げていた。
403
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:12:04 ID:AKaoAE960
「ごめんなさい……」
その顔が、くしゃりとゆがんだ。
「ぼくが、やりました……」
嗚咽が漏れ出していた。
「ぼくがやりました、ぼくがやりました、ぼくが、ぼくがぁ……!」
.
404
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:12:37 ID:AKaoAE960
目尻から玉となった涙が飛散する。のどを涸らす泣き声が、海を揺らす。
ヒッキーは、泣いて、泣いて、泣いた。取り返しのつかない過ちを、
目を背け続けてきた自らの罪過と直面した苦痛に耐えきれず、泣いて、泣いて、泣いた。
そのすべてを、牧師が抱きとめた。
ヒッキーの小さな身体が、牧師の腕の中に収まった。
涙は、流れていた。
けれどもう、泣いてはいなかった。
“母”の胸の中で、ヒッキーは安らかな顔を浮かべた。
目をつむり、そのまま眠ってしまいそうな穏やかさで彼はほほえみ、言った。
ママ――
想い続けた願いへとたどり着いた彼は、ついにママを知った。
そして、彼も、泡と消えた。
主を失った短刀が、浜辺の砂に埋れた。
.
405
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:13:07 ID:AKaoAE960
牧師は消えなかった。
世界の揺らぎに連動しているのか、現界した肉体は所々が薄く不安定に透けており、
いまにも無量の泡粒へと散逸しそうな危うさを漂わせている。
しかしその光輝は、輝きは、些かも衰えることなくその存在の絶対性を主張している。
光、すなわち生命そのもの。
人の形を成した生命が、腕を広げた。
彼に、向かって。
「受け入れろ、“ギコ”」
牧師は、自ら動くことはしなかった。腕を広げ、待っている。
手放した愛し子を再び受け入れその光と愛で包み込む瞬間を、
ただ、ただ待っている。
「己を“ひつじ”と受け入れろ。唯一それだけが、お前の救い」
判断は彼に委ねられていた。
その愛を受け入れるか突き放すかの、その判断は。すなわちそれは――
「成長も変化も、思考も感情も不要だ。必要なのは“母の子”で在り続けること。
それ以外に、罪の災禍を逃れる術はない。ギコよ――」
地獄に堕ちるか。
「完全なる静止の永遠。それこそが“楽園”なんだ」
楽園に留まるか。
406
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:14:07 ID:AKaoAE960
彼は、動かなかった。動けないでいるようだった。
彼は戸惑っているようだった。自ら選択するという、その行為自体に。
失うものの、その余りの大きさに。その気持ちが、私にはよくわかる。
“望まぬ世界へ産み落とされた我々”のだれもがきっと、彼の気持ちを理解できる。
だから、私は、叫んだ。
彼の名を。ギコではない。彼の、本当の名を。
「……私は、何も言わない」
首にかかった銀のハーモニカが、彼に遅れて振り向いた。
「憎みもしない。呪いもしない。あなたが留まることを選んでも」
私たちは利己的な生き物だ。
あるいはすべての生物が遺伝子という名の
利己性に支配されている存在なのかもしれない。生物としての必要条件。
奪いたい、犯したい、殺したい。助けたい、喜ばせたい、幸せにしたい。
モラルの有無は関係ない。善悪や是や非の問題でもない。
何かを望むということ。それこそが利己性の――生命の本質。
407
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:14:56 ID:AKaoAE960
「あなたがどうしようと、どうなろうと、私は生きる。生きるから。だから――」
立場が上の者に命じられたから。慣習で決まっていることだから。
規則だから。法だから。……それが歴史の、必然だったから。
『私』を超越して要請される強権者の理不尽。
でも、それでも。その要請を受けたのは『私』だ。
受けることを選んだのは『私』だ。受ける結果と受けない結果を比べ、
利己的に判断を下したのは、他ならぬ『私自身』だ。
その判断基準が環境によって大きく狭められていたとしても、
最後の決定を行うのは、『私』の意志だ。
例えそれが、『自分』か『相手』のどちらかを
殺さなければならないという極限の問であったとしても。
引き金を引くのは、『私』だ。
人はみな、母の一部だった。でも、人は生まれて、母から分断される。
『私』と『あなた』は違うと、教えられる。それでも私たちは、
自他を同一視しようとする。他人を自己の延長のように考える。
きっと、すべてが一つだった時代<母体内>の穏やかな郷愁にかられて。
408
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:15:27 ID:AKaoAE960
だからこそ、気づかなければならない。
『私』は『私』という利己的生命体の一であることに。
私は十ではない。私は百ではない。私は千の、万の、
億の兆の京の垓の……無量で割ることの一ではない。
私は一の一。その行いも、責任も、伸し掛かる罪過の重みも、私の一。
私が負うべき一の一。きっと、たぶん、それこそが――。
「あなたが選んで、あなたが決めて」
彼が、背を向けた。
そして、踏み出す。
腕を広げ、我が子の帰りを待つ『母』の下へ。
牧師<『母』>と彼<『子』>が正対する。
穏やかな光はすでに彼を包み込もうとしている。
その暖かさを前にして、彼は、さらに、もう一歩、足を踏み出し、そして――
彼“が”、牧師“を”、抱きしめた。
.
409
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:16:13 ID:AKaoAE960
静かな声が、波紋を生む。
「……もう大丈夫です。あなたがいなくても、ぼくはもう一人で歩けます。
ぼくはもう、あなたじゃないから。だから、母なる人よ――」
彼が、笑った。
「いままでありがとう。そして……さようなら」
一度だけ。
ただ、一度だけ。
牧師の手が、光のその手が、彼の頭を、撫ぜた。
それで、終わりだった。
人の形は消え、生命の泡が弾けた。
散逸した光が泡なる泡を、
生命なる生命を呑み込んで、
そして――
――たぶん、きっと、それこそが。
『私』が『私』であると自覚することこそが。
“大人”になる条件だと、私は思うから。
――そして、鐘の音が、止まった。
海が、凪いだ。
.
410
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:16:43 ID:AKaoAE960
4
「それがお前の答えか」
彼の主が、問いかける。
「なにがあろうと生きる。それがお前の選択か」
彼が、うなづいて応える。
「ならば――」
彼の主の腕が上がる。
同じように、彼の腕も上がる。
その手の先には、何かが握られていた。
彼の手の先には、短刀が握られていた。
刀身に奇妙な波模様の浮かんだ、あの短刀。
彼の主の――彼の主の譲り受けた、あの、短刀。
「その証を、俺に示せ」
411
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:17:12 ID:AKaoAE960
私は知っている。
二人の間で起こることを。
それを私は知っている。
だから私は、何も言わない。手出しをしない。
それは私の試練ではないから。
それは彼の試練だから。
“通過儀礼”だから。
私はただ、見守る。彼の、選択を。
――そして、彼が、選択する。
412
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:17:33 ID:AKaoAE960
短刀が、彼の主のその胸へ、迷うことなく刺し込まれた。
.
413
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:17:53 ID:AKaoAE960
「――その感触を、忘れるな」
.
414
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:18:17 ID:AKaoAE960
血は流れなかった。
彼の主のその胸から流れ出したのは、羽根だった。
純白の鳥の羽根が、止め処もなく溢れ出してきた。
羽根が溢れれば溢れるほど、彼の主はその人としての形を失い、
透過した身体が背後の風景を透かしだした。
その半透明な彼の主の身体のうちに、
彼の手放した短刀が呑み込まれていった。
奥の、一番奥の、まだ内側を見通せないその色のついた部分まで。
彼の主の口が開いた。
そのぽっかりと空いた口腔から、何かがゆっくりと這い出してきた。
それは、葉っぱだった。オリーブの葉。奇妙な波模様の浮かんだ、
見たことのないオリーブの葉。その葉を巻き込んで、彼の主が飛んだ。
虚空の羽根と化した彼の主が、飛んでいった。凪いだ海を、
無数の一で成り立つ一羽の鳥が影を作り、飛んでいった――。
.
415
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:18:47 ID:AKaoAE960
「後悔していない?」
彼と並んだ立つ。
浜辺の際、幽世と現し世の境、この世界の外縁で。
私達の現実がよく見える、この場所で。
「……わからない」
彼は正直だった。その顔には楽観も悲観もない。
ただあるがままを、そこで待つ現実を見つめている。
「そうよね」
私も同じような顔をしているだろうか。
世界に左右されない『私』でいられているだろうか。
そうであったなら、いい。
416
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:19:14 ID:AKaoAE960
「あなたはきっと、忘れてしまう」
前を向いたままの彼にささやく。
私もまた、前だけを見つめながら。
「ここで起きたことも、ここで出会った人のことも、
ここの記憶、そのものも」
きっと彼はもう、忘れ始めている。
モララーのことも、ショボンのことも、
ワタナベや、ハインのことも。
「だからこそ、あなたに覚えていてほしい。
ただひとつ、これだけ、覚えておいてほしい」
彼の主のことも、それに、私のことも。彼は全部、忘れるだろう。全部、全部。
……それで構わない。いまは、それで、構わない。
「『ソウサク』。この言葉を、忘れないで欲しい」
彼がうなづいたのが、わかった。
それだけで十分だった。
417
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:19:46 ID:AKaoAE960
私たちはかつてひとつだった。
それが分かたれた事実は、確かに悲しいことなのかもしれない。
でも、それは悲しいだけじゃない。
『私』がいるから、『あなた』がいる。『あなた』がいるから、『私』がいる。
例えそれこそが争いの直因であろうとも、私は他者を否定しない。
人は孤独な生き物だ。
『私』を恐れて逃げ出しても、『私』はいつもそこに在る。
『私』は私を苛んで、逃げても逃げても追い続ける。
恐れを呑んで向き合い始める、その時まで。
その戦いに、他者が手を出すことはできない。
『私』は『私』にしか見えないから。
418
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:20:34 ID:AKaoAE960
けれど、共有することはできる。
『あなた』と戦う『あなた』と支え合うことはできる。関係し合うことはできる。
『あなた』というその存在が確かに存在すると、信じることができる。
『私』は生きている。
『あなた』も生きている。
だから私は、踏み出せる。
生きるための、その一歩を。
『私』と向き合う、私の一歩を。
だから、だから私は、私は――
.
419
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:21:01 ID:AKaoAE960
外へ――
.
420
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:22:00 ID:AKaoAE960
∞
<やはりここにいたのですね>
……。
<あなたは悩むと、いつもここ>
……親父に言われて来たのか?
<まさか>
……いたんだな、お前も、ここに。
<いましたよ。だから、全部見てました。
あなたの思いも、あなたの葛藤も>
失望しただろう。
<どうしてそう思うのですか?>
……俺はお前が思っているような男じゃない。
俺はただの、臆病者だ。
421
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:22:26 ID:AKaoAE960
<……あなたの心はいまも、罪に囚われているのですね>
……俺の罪。
俺はお前を殺した。父や兄よりも身近にいてくれたお前を。
だが、それは罪の半面に過ぎない。
残された罪の半面にして己が本質をまだ、俺は……
俺は……
<剥き出された私の身の内の肉を“恐ろしい”と思ったこと。
あなたはそれを、いまなお気に病んでいる>
……。
<そうなんですね?>
……そうだ。
422
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:23:02 ID:AKaoAE960
<……ふふ>
……なにを、笑う。
<だってあなたが、あまりに変わらないから>
……。
<ええ。出会った頃から変わらない。
やっぱりあなたは、私が思った通りの人>
……俺は、ただの臆病者だ。
<約束を破ったのはなぜ?>
……。
<私の遺体を、どうして海へ流したのですか。
恐ろしいはずの私の残骸を、お父様やお兄様の
目を盗んでまで流したのは、なぜ?>
423
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:23:37 ID:AKaoAE960
……それは。
<あなたは本当に、やさしい人>
……俺は、やさしくなど。
<行いが証明しています。あなたはやさしい人です。
だから『牧人』になったのでしょう?
光に導かれ泡となることもできたのに。
誰よりもそれを望んでいたというのに>
……現実が数多の生命を蔑ろにする世界である以上、楽園は必要だ。
“迷える仔羊”を導き匿う、安息の地が。その役目を果たし終える、その時まで。
<途方もない歳月になりますよ>
それでも。
<果てはないかもしれませんよ>
それでも。
その時まで、俺は、俺でいる。
魂の救済を告げる鐘が鳴り終え止まる、その時まで。
俺は、俺で在り続ける。
424
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:24:08 ID:AKaoAE960
<……なら>
……。
<……なら、私も、そばにいます>
……。
<……その時が訪れるまで、私もあなたのそばにいます>
……それは、ダメだ。
<聞きません>
……生は、苦痛だ。
<聞きませんよ>
お前に必要なのは安息だ。
俺の生に付き合う必要など、もう、お前には……。
<もう主従もないでしょう?>
……。
<だからこれは、私のわがまま>
……。
<だってここは、楽園だから>
425
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:24:33 ID:AKaoAE960
……勝手にしろ。
<はい、勝手にします。だから、ねえ、――>
……。
<私の名前も、呼んでもらえますか?>
……。
<あの時、みたいに……>
……。――。
<……ふふっ>
426
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:24:58 ID:AKaoAE960
……鐘の音が、響き始めた。
<小さな魂がまたひとつ、母へ……>
歌ってくれるか。あの魂が二度と迷わぬように。
<はい。海のひつじと、“楽園”のために>
……そうだ。
その歌を、俺は待ち続けていた。
長い間、忘れていた。
“俺の楽園”には、お前の歌が必要だと――。
.
427
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:25:55 ID:AKaoAE960
――よ。もはやお前は俺を忘れただろうか。
お前を外へと送り出して本当に良かったのか、俺にはいまもわからない。
力づくでも押し留め、母へと回帰させるべきだったのではないかと
思い悩まぬ日々はない。牧羊者として、最後までお前を導くべきだったのではないかと。
しかし、お前は外へ出た。自らの意志、自らの脚によって。
お前は俺から巣立った。
だから俺は祝福しよう。
母の庇護を越え、ただ己によって生き始めた光輝なる人の姿に。
茨敷かれし苦難の道を歩まんとする、お前の姿に。
人の内にあらんとする神代の姿に。
――よ。世界は変わらない。
いつか俺の到達した結論を、お前が否定する日が来たならば。
お前の世界こそが楽園だと呼べるその時が来たならば。
その時再び、俺たちは見えよう。その時こそ俺は、お前を送り出した己を許そう。
だから――よ。かつて俺のひつじで在ろうとした者よ。
その時が訪れる遥けき彼方まで、俺はここに在る。
ここに在って、導き続ける。
迷える仔羊を。かつてのお前を。
いまも、そう、ここで、見つけたように。
428
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:26:21 ID:AKaoAE960
きみよ、安心しろ。
もう大丈夫だ。
怖いことも、辛いことも、ここにはない。
悲しみも、苦しみも、ここにはない。
お前の居場所は、ここに在る。
お前の安らぎは、ここに在る。
だから、おいで。
ここがお前の、安息だよ。
ここがお前の、楽園だよ――
.
429
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:26:51 ID:AKaoAE960
波の音に、目覚めた。
目を開けると、一面が、砂浜だった。
胸に、触れる。
首から掛かったものを、握りしめる。
そして――そして、泣いた。
声を限りに、泣いた。
赤児のように、泣きじゃくった――
.
430
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:27:15 ID:AKaoAE960
『外章 あなたのひつじ』へつづく
.
431
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:28:03 ID:AKaoAE960
0
父は楽園を求めていた。
私の故郷に伝わる伝承。
海より生まれ出でたものは、その死を境に海へと還る。
すべての生命は、やがて母なる海とひとつになる。
そこには一切の悲も苦もなく、始原の波に揺蕩う安寧に満ちている。
父は母を愛していた。だから、母の死に耐えられなかった。
母を失くした現実を受け入れられず、そして、伝承に頼った。
伝承の楽園を求めて、海へ出た。海の男であった父は自らの船を駆り、
まだ言葉も満足に話せぬ幼い私を連れて故郷を捨てた。
多くの国、多くの街を巡った。扱う言語も、肌の色も違う人々の間を縫い歩いた。
騙され、煙たがれ、時には直接的な危険に晒さることもあったが、楽園は見つからなかった。
父は諦めなかった。諦めず、昼夜を問わず調べ通し、そして、病に倒れた。
432
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:28:35 ID:AKaoAE960
頭の病気だった。まず、よく転ぶようになった。
生傷が絶えなくなり、いくら包帯を巻いても追いつかなかった。
次いで、一人で食事が摂れなくなった。なにを口に入れてもぼろぼろとこぼすようになった。
固いものも柔らかいものもそうだった。のどの奥まで、私が指で押し込んだ。
苦しみえずいた父は、よく私の指を噛んだ。私の手も、傷だらけになった。
病態は日々悪化していった。
末期には下の用も満足に足せなくなり、全部私が面倒を見なければならなくなった。
そして最終的に寝たきりとなった父は、うわごとのように母の名を繰り返していた。
父の口から出て来るのは、母の名だけだった。
私は父が好きだった。
それが例え父という閉じた世界しか知らなかったという理由であったとしても、
理由は感情の妨げにはならない。私は父が好きだった。だからこんな状態でも、
父には生きていてほしかった。父のために、稼がなければならなかった。
私は歌を歌った。故郷の歌。母の歌。母のことは、ほとんど記憶にない。
物心つくよりも前に亡くなってしまったから。
けれど母が、ぐずる自分をあやすために歌ってくれたことは、かすかに覚えている。
母は覚えていなくとも、その音、そのメロディ、その響きは強く心に残っている。
私にとって母とは、歌だった。私は母を歌っていた。
433
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:29:14 ID:AKaoAE960
歌は言語の壁を越えた。言葉は通じなくとも、少なくない人が私の歌に耳を傾け、
足を止め、施しの銭を投げてよこしてくれた。その金でパンを買えた。スープをもらえた。
贅沢とまではいわないまでも、生きていくだけの食事を賄うことはできた。
一人なら。
母の名を呼ぶ父ののどにふやかしたパンを押し込み、スープで流し込んだ。
咳き込んだ父は当然の防御反応として、私の指を強く噛んだ。
指を噛まれた私は止血もしないまま、再び街路へ歌いに走った。
そんな日々を長い間続けたある日、水を飲みに街外れの川まで出歩いた時、気づいた。
水面に映る自分の顔が、自分の知っている顔からかけ離れたものとなっていたことに。
その顔は、まるで死人のような――記憶の深層で蘇る、
海へと流された母のような冷たい色をしていた。
このままだと死ぬ。そう思った。
それでも私は、生活を変えなかった。
他のやり方など知らなかったし、それにやはり、私は父が好きだった。
父のために死んだら、もしかしたら一度くらい、私の名を呼んでくれるかもしれない。
そんな期待も、あったから。
だから私は歌った。痩せてしまったからか声は思うように出せず、
朦朧とした意識では自分が正しい音程を響かせているのかも判別できなかったけれど、
とにかく歌った。歌って、歌って、歌って……そうしたら、声を掛けられた。
434
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:29:42 ID:AKaoAE960
恰幅のいい男性が、何事か話しかけてきた。私には馴染みのない言語。
けれど数ヶ月の滞在によって、なんとか意味を読み取るくらいのことはできた。
男は言っていた。うちで働かないか、と。
こんなところで通行人を相手にせずとも、食うには困らないようにしてやる、と。
降って湧いた幸運に、私は混乱しつつすぐにも飛びつこうとした。
男は私に、もう飢える必要はないと言っていたのだ。それは天の恵みにも等しかった。
けれど私は、素直にうんとは返せなかった。男の言葉に、続きがあったから。
男が、いった。
『お前は孤児か?』
孤児でなかったら、どうだというのか。
孤児でなかったら、連れて行かないというのか。
孤児でなかったら、置き去りにされてしまうのだろうか。
私が、孤児でなかったら。
男は旅の行商人だった。もう間もなくしたらこの街を離れ、
次の街へと向かうらしい。準備はすでに整っている。
だから返事は、この場でもらいたい。そう、いわれた。
435
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:30:12 ID:AKaoAE960
選択しなければならなかった。
父か、自分か。
私は父が好きだった。物静かで、海の男であった父が。
たくましく、母に一途な父のことが私は好きだった。
けれど、父は、一度も私を呼んではくれなかった。
父は、母しか見ていなかった。
私は。
私は――。
.
436
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:31:09 ID:AKaoAE960
この国では、遺体は土葬される。私の介護を失った父は、早晩餓死するだろう。
そして、埋められる。母の送られた海ではなく、冷たく、暗い、土の下へ。
父はもう母とは会えない。あんなにも求め焦がれた母と、
その死後ですら再会すること叶わない。海と大地に分かたれてしまったから。
厚く遠い黄泉の壁によって隔絶されてしまったから。
私が父を、見捨ててしまったから――。
.
437
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:31:49 ID:AKaoAE960
「これが、私の罪……。私が犯した、私の罪です」
話し終えると同時に、船体が大きく傾いだ。
このまま転覆するのではないかと危ぶむも、
瀬戸際のところで船はバランスを取り戻した。
けれどそれも、わずかな延命にすぎない。
強い揺り返しが、身体を揺する。
大きな力に翻弄されて、気分が悪くなる。
雷の凄まじい稲光が、外界から遮断されたはずの船倉にまで届く。
もはや船が船としての機能を失っているのだろう。
彼が言うには、船はその中腹を基点として真っ二つに折れてしまったらしいのだから。
船に乗っていた人も、どれだけ生き残っているのかしれない。
彼も揺れる船内を為す術もなく転がるうち、ここまでたどり着いたそうだから。
彼。名も顔も知らぬ男性。
横転した貨物に隔てられて彼がどのような人物か確かめることはできなかったけれど、
声から察するに私よりずっと年のいった中年男性のように思われた。
その声色には威圧的なところや、不快なものはまったく混じっていない。
……少しだけ、記憶の中の父に似ていた。
438
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:32:21 ID:AKaoAE960
荒れ狂う嵐の下、私達人間風情にできることなど何もなかった。
いずれ訪れる死を待つこと、それ以外には。そしてそれが私の罪に対する罰であるのなら、
甘んじて受け入れなければならない。死を。あの日先延ばしにした、私の死を。
そのことへの躊躇など、いまさら抱こうはずもなかった。
ただ、申し訳なかった。海へ還れてしまうことが。
父があんなにも求めていた海での死を、奪ってしまった私が。
「次はあなたの番。教えてください、あなたが犯した罪を。
あなたが罰せられなければならない、その理由を」
話のバトンを彼へと渡す。私たちにできることは何もなかった。
死を待つこと以外には。だから私たちは残された時間で、この理不尽に訪れる死が、
確かな因果の下に巡ってきた罰であると確認する作業に費やすと決めた。
どちらからともなく……いや、どちらかといえば私が、
そうなるように話を誘導したのかもしれない。私は告解したかったのだろう。
この、少し父に似た声を持つ男性に。父に。顔を合わせぬままに。
「私の罪は……」そう言ったきり、男性は押し黙った。私は待った。
待つ以外のことはできなかったし、言いよどむその気持ちもわかる気がしたから。
だから私は待った。
439
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:33:14 ID:AKaoAE960
……けれど彼からの告白は、いつまで経っても続かなかった。
次第に不安になる。聞こえるのは波が船を叩き、しなりすぎた木板が悲鳴を上げる音ばかり。
まさか、いなくなってしまったのではないか。傾く船の傾斜に流されて。
あるいは、私からは見えない逃げ道を見つけて。
私は彼を呼ぼうとした。その矢先だった。彼
の声が聞こえてきたのは。彼は短く、こういった。
「あった」、と。
積み重なった貨物の壁を越え、何かが飛んできた。
それは私の足元へ、正確に落着する。折りたたまれたそれを、私は広げた。
木綿とコルクで組み合わせれたライフ・ジャケット。救命胴衣。
「これは……」
手に取り、瞬時に思う。絶対ではない。でも、もしかしたら。
あるいはこれを身に着けていれば、助かるかもしれない。
生命をつなぎとめることができるかもしれない。
……けれど、助かったとして私はどこへ?
440
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:33:35 ID:AKaoAE960
それに、疑問もあった。彼は返事をしない間、
おそらくはこれを探していたのだろう。ずいぶんと長い時間を掛けて。
そしてようやく発見した分を私に寄越してくれたのだろうが、
でも、それなら――。
「あなたの分は……」
「『罪なき者こそ恐ろしい。無垢なる彼らは己が正義を疑わぬから。
罪とは外より去来するものではない。熱した金によって刻印されるものでもない。
己が裡より芽生えるものである。罪深き者とは善悪を知る者であり、
最も神に親しい者である』。かつて私が師と仰いだ者の残した言葉です」
彼は私の問に答えなかった。不安が確信に変わる。声が震える。
「ないんですね……?」
「……あなたはやさしい人だ」
441
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:34:03 ID:AKaoAE960
投げ返そうとした。私には権利などなかったから。他者を排して生き残る権利など。
一度きりのその権利は、もう使ってしまっていたから。
だから私は、この与えられたタイトロープを彼の手へ返還しようとした。
けれど、そうはならなかった。一際大きな波が、船を横から持ち上げた。
煽られた船の動きに同調して、船倉内も天地を失う。積荷がでたらめに転がって、
頭や肩に容赦なくぶつかってきた。
気づけば、自分を失っていた。
ばらまかれた積荷に押しつぶされ、酷く不自由な格好を強いられている。
どうやら浸水もしているらしく、脚と腰が冷たかった。
船倉どころか、自分の周囲がどうなっているのかも把握できなかった。
だというのに、私はそれを手放さなかった。彼が寄越した救命胴衣を、胸に抱えていた。
「どうして!」
どこへいるのかも、まだこの船倉内にいるのかも不明な彼に向かって叫ぶ。
いや、彼に向かって叫んだのかも私にはわからなくなっていた。
私を取り巻くすべてに。これまで辿ってきた過去の軌跡に。
あるいは罪人となってまで生き延びてきた自分自身に。生まれたことに。
これらがないまぜになったものへの憤りが噴出した結果としての言葉が、
「どうして」という、疑問の一語であるのかもしれなかった。
442
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:34:33 ID:AKaoAE960
「私はあなたの歌に救われたことがあります」
声が、思いの外近くから聞こえてきた。
「あなたは私を知らないでしょう。けれど私はあなたを知っています。
裸足で街路に立っていたあなたを、私は知っています。
異国の歌を歌っていたあなたの姿を、私は知っています」
ごん、ごんという、何かを叩く音が、近くで聞こえた。
「あなたは私を救ってくれました。悩み苦しんでいた私の心を、
あなたの歌が救ってくれた。けれど当時の私は余裕がなく、
あなたの救いに何も返すことができませんでした。
……ようやく、恩を返せます」
音は外からではなく、内から聞こえていた。
一定の調子で叩かれるその音は、何かを壊そうとしているかのように力強かった。
「あなたの罪。それは他の誰が許そうとも、
あなた自身が背負い続ける宿星なのでしょう。そのことについて、私は何も言えない。
手出しできない。けれど罪を負ったあなただからこそ、
何を伝え、何を残さないか選ぶことができる」
「選ぶ……?」
443
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:34:58 ID:AKaoAE960
リズミカルに叩かれていた音に、異音が交じる。
ぎちぎちと、耳障りな音。木の板が軋む、悲鳴。
「罪を知ったあなただからこそ、何が善きことで、
何が悪しきことかの判断がつくはずです。無論、
一方にとっての善が他方にとっての悪という場合も多々あるでしょう。
善いと信じた行動が、とてつもない被害を及ぼしてしまうこともあるでしょう」
板の軋む音が、いよいよ極限を迎えていた。
さらに傾いていく船の影響を受け、積み重なった荷が揺れ動いて散らばった。
「それでも私たちは、何を伝え、何を残さないか選択し続けるべきだと私は思います。
でなければ、世界は不変のままだから。小さな、けれど重大な一歩の積み重ねが、
世界を善くするものだと私は信じているから。
遠き過去より連綿とつづいてきた無数の選択に、
無駄なものなどなかったと私は信じたいから。
そしていつか。すべての選択が真の実りを迎えたその福音の時こそ、私たちは――」
彼の顔が、一瞬、ほんの一瞬、目に入った。
この世界こそが楽園であったと、気付けるはずだから。
.
444
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:35:26 ID:AKaoAE960
板が、砕けた。同時に、身体が吸い込まれた。
比喩的な意味ではなく、物理的に身体が流れ込んできた水流に呑み込まれていた。
息ができず、目も開けられない状況下で、私は救命胴衣を握りしめていた。
なぜかは自分でもわからない。
彼の話に何かを感じたからかもしれないし、直面した死の暴威に臆したからかもしれない。
もしかしたら、ただの反射だったのかもしれない。理由はわからない。
とにかく私は、救命胴衣を抱きしめたまま、流されて、流されて、
そして、流されていった――。
.
445
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:35:46 ID:AKaoAE960
目を覚ますと、私の上で誰かが泣いていた。
少年。おそらくは、私よりもいくつか年下の。
彼の目から止め処もなく溢れる涙が、私の顔に降り注いでいた。
「なぜ泣いているのですか……?」
言葉を発した私に、少年は驚いた様子で目を見開いた。
その目に魅入られる。少年とは思えぬ深い悲しみに彩られた、その目に。
その目が閉じて、切られた涙がこぼれ、そして、開いた。
「だって、死ぬのは、悲しいじゃないか……」
ああ、そうか。
とても当たり前で、だからこそ忘れてしまった部分を、突かれた気がした。
そして、感じ取った。この少年も、罪を知っているのだと。
死の意味を、理解してしまったのだと。
少年が、ぐいっと目元を拭った。
446
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:36:13 ID:AKaoAE960
「おまえ、名前は」
名前。
久しく呼ばれることもなく、自分でも口にすることのなかった私の名前。
とっくの昔に忘れていた気がしたそれを、けれど私は、覚えていた。
まだ、かろうじて、私は私を覚えていた。
私は彼に伝える。数年ぶりに思い出した、その響きを。
私の響きを受け取った彼は、上向いて、口をもごもごと動かし始めた。
その口が、閉じる。そして、彼の顔が、私の顔に、一層、接近した。
「生きててよかった、トソン……」
言うなり、彼の目から再び涙が溢れ出した。
彼の涙が、再び私の顔を濡らす。でも、今度は、彼だけではなかった。
私も、泣いていた。私の目からも、涙が溢れて、止まらなかった。
447
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:36:33 ID:AKaoAE960
涙を流しながら、私は歌った。故郷の歌。思い出の歌。
何が悪いことで、何が善いことかなんて、私にはわからなかった。
ただ、私は歌が好きだった。
歌うことが好きだった。
母から教わったこの歌を歌うことが好きだった。
だから私は歌った。歌った。私は母を、歌った――。
.
448
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:37:05 ID:AKaoAE960
外章 あなたのひつじ
1
ぼくは農場へ売られた。シナーという男が経営する農場へ。
海を越え、遠く言葉も異なる国――ヴィップで拓かれたその大農場では、
奴隷はただの消耗品として扱われていた。
ただ労働が過酷なだけではない。
ここの農場主シナーは、毎夜奴隷を私室へと連れ込み、
豊富に取り揃えた数々の器具を用いて奴隷に苦痛を与えることを日課としていた。
拷問そのものが目的に行われるその狂事は、
明け方よりも前に終わることは決してなかった。
拷問を受けた奴隷は一睡もすることなく、
抉られ、焼かれ、潰された身体のまま労働に駆り出された。
少しでも身体を休めようとすれば、監督官の鞭が容赦なく唸りを上げた。
449
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:37:36 ID:AKaoAE960
無理をしてでも、働かざるを得なかった。無理をするから、体を壊した。
体を壊しても、休むことは許されなかった。
そうして、少なからぬ奴隷が死んでいった。
ぼくがここへ来た夜に、先輩の奴隷から忠告を受けた。
ここは地獄だぞ、と。その先輩も死んだ。ぼく自身も、何度も死の危機に瀕した。
心身ともに摩耗し、おかしくなりかけたことも一度や二度ではなかった。
それでもぼくは、自分は幸運だと信じていた。
なぜなら、生きているから。
450
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:38:00 ID:AKaoAE960
あの日、あの時。
あの浜辺で目を覚ました後、ぼくは近所に住む老夫婦に保護された。
ハーモニカを抱えて泣きじゃくる得体の知れないこどもであるぼくに、
老夫婦は温かいスープを振る舞い、柔らかなベッドを提供し、
やさしい言葉をかけてくれた。
そしてその上で、街長に通報した。
街長は直接、人身売買を営む街の名士、フォックスに連絡した。
為す術もなく連行され、閉じ込められた。元いた場所、奴隷の檻へと。
フォックスの処断は迅速だった。ぼくは他の奴隷たちの前で、
見せしめとして処刑されることとなった。
しかしぼくは死ななかった。幸運が、ぼくを延命させた。
異国ヴィップで拓かれた大農場の主シナーが、ぼくを引き取ると言い出したのだ。
シナーは商談のためにこの街へ訪れており、
用を終えるとすぐに帰国するつもりだったのだが、
商談相手に誘われ“それとなく”奴隷市場を覗いてみたらしい。
そして、ぼくの何かが彼のお眼鏡に適った。
451
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:38:20 ID:AKaoAE960
フォックスは当初、シナーの提案に渋る様子を見せていた。
市場の長としての面子もあったのだろう。
脱走者の処刑という筋を通すことに、やはり彼はこだわっていた。
しかし最終的には、ぼくの引き渡しを受けた。
裏でどのような取引が行われたのか、それはわからない。
けれどとにかくぼくは、シナーのおかげで生き残ることができた。
シナーが帰国するまでの三日間、ぼくは檻の中で周囲の様子を眺めていた。
何も変わりはないはずだった。ぼくがここを脱走する前と、後で。
なのに、何かが欠落している気がした。何かが足りない。
絶対的にそこに存在していたはずの、何かが。
でも、それが何なのか、ぼくにはどうしてもわからなかった。
その正体を得られぬまま、ぼくはこの街を、この国を出た。
そこにあったはずの何かを、痛切に思いながら。
.
452
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:38:49 ID:AKaoAE960
その日シナーに選ばれたのは、ぼくだった。
いつ終わるとも知れない苦痛の夜が、間断なく襲い掛かってくる。
皮膚の外も、内も、肉の外も、内も、骨の外も、内も、
痛みの下では隔てなく、平等に、蹂躙される弱者であった。
拘束され動くこと叶わぬぼくは、そのままの格好で思う。
このまま気を失うことができれば――いや、このまま死んでしまえれば、
この苦しみから解放される。助かりたい。なくなりたい。死にたい。
何度も、何度もそう思いかけた。
けれどその度に、てのひらが熱くなった。
熱く、何か、忘れてはいけない感触がよみがえってきた。
何かを奪った感触。何かを奪ってまでも、生き延びた感触。罪の実感。
放棄するわけにはいかない。
生命を。
そう、思った。
.
453
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:39:35 ID:AKaoAE960
「お前はなぜ、生きている」
彼方で昇りかける朝日が、窓から差し込んできていた。
今日の拷問を乗り切れたことに安堵する。そこに、声を掛けられた。
はじめは、自分に向かって放たれた言葉だとは思わなかった。
シナーが奴隷に話しかける場面など、一度も見たことはなかったから。
けれどいまこの部屋には、ぼくとシナーしかいなかった。
「なぜだ」
いまやシナーがぼくへ話しかけていることは明らかだった。
シナーの声は案外とやわらかで、ただ、感情に乏しい印象を受けた。
彼は奴隷を拷問している時も、何か機械的に義務を遂行しているような態度で、
楽しいとか、愉快だとかの感情を表に表すことはなかった。
彼が笑っているところを、ぼくは見たことがなかった。
無表情、無感動な彼の顔。その顔に向かって、ぼくは質問の答えを返す。
ぼくの答えは、決まっていた。明確な、ただひとつの答え。
「ハーモニカを、吹くんです」
.
454
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:39:59 ID:AKaoAE960
ぼくの答えをどう受け取ったのか、
シナーはやはり感情を出さぬ表情のまま、部屋から出て行ってしまった。
部屋の中で一人放置される。
身体中が、拷問の傷で痛む。拘束もきつい。
不自由な格好のまま固定されているため、関節が外れそうになっている。
ぼくはシナーの目がないのをいいことに、拘束だけでも緩められないかと身をよじった。
「お前はこの先も、生き続けるんだろうな」
音もなく扉が開き、シナーが姿を現した。
自分の勝手な行動を見られたのではないかと恐怖心に駆られかけたが、
シナーは何も言わなかった。それにぼくも、それどころではなくなった。
シナーの手に握られていたものを見て。
シナーが、ぼくのハーモニカを握っていた。
ここへ来た時に没収された、ぼくのハーモニカを。
455
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:40:26 ID:AKaoAE960
シナーがハーモニカを握ったまま、接近してくる。
感情の読めない目で、ぼくを見下ろしている。しばらく、そのまま動かなかった。
ぼくも、シナーも。シナーの顔は朝日を浴びて、
少し、少しだけ、悲しむような影を作っているようにも見えた。
「うらやましいよ、お前が」
激痛が、脇腹に走った。拷問でつけられた傷口が開いていた。
開いたその傷口に、何かが突き刺さっていた。
傷口に、ハーモニカが突き刺さっていた。
痛みにのたうつ。
ハーモニカは深く差し込まれていたわけではないらしく、すぐに腹から落下した。
それでも痛みは収まらず、ぼくは泡を吹いて拘束された身体を暴れさせた。
身体が、倒れた。思った程きつく締められていなかったのか、
それともこれまで被害を受けてきた奴隷たちの念がそうせたのか、
拘束はあっさりと解けた。拘束が解けてからもすぐには動くことができず、
床に倒れてからも息荒くその場でうずくまっていた。
気づけば、シナーがいなくなっていた。
456
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:40:47 ID:AKaoAE960
そして、銃声が、轟いた。それも一発や二発ではない。
組織的に重ねられた、一斉射撃。なんだ。訝しむ間もなく、さらに銃声。
傷を押さえて這いずり、窓に近づく。朝日とは違う、
もっと赤々と暴力的な明るさが窓ガラスに反射している。
いったい、なんなんだ。身を乗り出し、窓から外を見た。
農場中に、火が放たれていた。
無理やり従わされたとはいえ長年付き合い育ててきた農場の葉々が
ことごとく焼かれていた。焼けた葉から立ち込める臭いと煙で、頭がくらくらとする。
思わずむせて、咳き込んだ。
しかし、悠長に咳き込んでいる余裕などなかった。
風に煽られた炎が意志持つ者のように形を為し、
まだ距離の離れたぼくのほほまで焦がさんとうねり狂っている。
火の燃え広がり方は早く、シナーの屋敷――つまりいまぼくがいる
この場所にまでその手が届くのも、時間の問題だった。
457
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:41:14 ID:AKaoAE960
ハーモニカを持って、駆け出した。むろん、身体は痛む。
まともに走れるような状態ではないから、片足で飛び、転がるような無様な移動になる。
移動する度に身体を壁や柱にぶつけて、その度に激痛でのたうちそうになる。
けれどぼくは歯を食いしばり、とにかく一刻も早く屋敷から抜け出ることに専心した。
生きなければ。その思い、ひとつで。
火あぶりにされる直前に何とか屋敷から転がりでたぼくは、
呆然とした様子でこの状況を眺めている奴隷たちの下へ向かった。
奴隷の一人に肩を借り、ぼくも彼らとともに燃える農場を眺めた。
シナーの農場の、その終焉を、眺めていた。
458
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:41:42 ID:AKaoAE960
「諸君!」
火の勢いが弱まり、残火が炭の内でくすぶり初めていた頃、
その人物はようやく現れた。栗毛の馬にまたがり馬上から
語りかけてきたその人物は、自分を騎兵隊の隊長であると名乗った。
そして奴隷解放令の発令により、諸君らを解放しにやって来たと。
「諸君! 諸君らはすでに自由である!
我らがヴィップの誇る自由と博愛の精神を胸に、
どこへなりとも好きなところへ行くがよかろう!」
それだけ言うと騎兵隊の隊長とやらは馬を走らせ、
瞬く間にその姿を消してしまった。そんなわけで、
ぼくらは自分たちの身に何が起こったのかもよくわからないまま、
とうとつに自由を与えられた。
ぼくがこの国へ送られてから十年の歳月が過ぎた、ある日のことだった。
.
459
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:42:36 ID:AKaoAE960
2
ヴィップの治安は悪化の一途を辿っていた。
解放され、行き場を失った元奴隷たちが徒党を組んで略奪を繰り返しているからだ。
彼らは確かに自由になった。しかし自由で日々の糧を得られる者は、
わずかな数に限られていた。席は、いつでも有限だったから。
彼らの多くは、自由を忌み嫌った。
自ら考えることを放棄し、鉄の鎖とともに与えられるパンを望んだ。
自分たちから奴隷になる権利を奪うなと叫んだ。
が、その願いが聞き届けられることはなかった。
故に、彼らは奪った。
奪うことでしか、生きる術を見いだせなかったから。
ぼくは彼らの仲間にはならなかった。
何とか口にのりをするだけの特技を持っていたから。
ぼくは、ハーモニカを吹いた。
460
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:42:57 ID:AKaoAE960
元奴隷たちの蛮行も相まって、
この国の国民が移民に抱く感情はけして良好なものではなかった。
けれど、それでも、ぼくの演奏に耳を傾けてくれる人はいた。
少なくない人がぼくのハーモニカに聞き入り、賞賛の言葉とともに、
その人にとっても貴重であろう賃金の一部を分けてくれた。
その事実がなんだかとても、胸を締め付けた。
ぼくは毎日ハーモニカを吹いた。吹かない日はなかった。
ハーモニカはぼくにとっての歓びであり、
その演奏を楽しんでくれる人と出会うことは、ぼくにとっての至福だった。
これこそがぼくの長年求めていた生き方そのものだった。
……そのはず、だった。
461
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:43:17 ID:AKaoAE960
何かが、欠けていた。
何か、とても大事な、何か。
けして忘れてはいけないはずだった、何かが。
ぼくは確かに、幸せだ。
この生活に不満はない。
でも、本当にこれで良かったのだろうか。
ぼくは、なぜ、生きている。
ぼくは、なぜ、生きられた。
ぼくは、何に、助けられてきた。
ぼくは、何を、踏み潰してきた。
ぼくは、ぼくは――
幸せのためだけに、生きようとしたのだったろうか?
.
462
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:43:49 ID:AKaoAE960
その日から、図書館に通い始めた。
言語としてのヴィップ語は理解できたが、
文字としてのヴィップ語は知らなかった。
だからまず、読み書きから学んだ。
鍵は言葉だった。ぼくの中で欠けた何か。
その実像はいくら掘り返そうとしても手の中をするりと抜けてしまったけれど、
ただひとつ、強く、強くぼくの核を刺激する言葉を思い出せた。
『ソウサク』
この言葉が何を意味するのか、それはぼくにもわからない。
食物か、人名か、それともスポーツや格闘技に使われる名称なのか。
皆目検討がつかない。けれどこの言葉が、
ぼくの失われた欠片に結びつくピースであることだけは、何故か確信していた。
この言葉が、『ぼく』を『ぼく』へと導く唯一の手がかりだと、ぼくは信じた。
463
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:44:20 ID:AKaoAE960
ハーモニカを吹き、吹いていない時は図書館に通い、
図書館にいない時はハーモニカを吹くという生活を続けた。
そうしているうちに、ヴィップの環境にも変化が訪れていた。
治安は良くなっていた。
特設された移民取締法とその法を執行する官憲の手によって。
徒党を汲んで略奪を働いていた元奴隷たちも鳴りを潜め、
移民による被害件数は激減していた。
もしかしたら居場所をなくした彼らは国境を越え、
周辺諸国へと散らばっていったのかもしれない。
とはいえ、それは一面的な視点に過ぎない。
罪のない移民が捕まる冤罪も多発した。ぼく自身も何度か、
謂れのない罪で検挙されかけたことがある。
ぼくの演奏を熱心に聞いてくれていた人の口添えなどで
何とか無実を証明することはできたものの、疑われるぼくの方が悪いという
態度を取られていたことは明らかだった。
464
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:44:43 ID:AKaoAE960
ヴィップはぼくにとって、あまり居心地の良い国ではなくなっていた。
それでもぼくは、生活を変えなかった。ハーモニカを吹き、図書館に通った。
何日も、何ヶ月も、何年も、そうした。そして、ついに見つけた。
『ソウサク』という言葉の、その意味するものを。
ソウサクとは、ヴイップとは海を隔てた大陸に位置するシタラバ地方の、
その一部を国土とする小国の名称だった。情報によると数十年前までは王
政による統治が成されていたらしいけれど、団結した市民の蹶起によって王政は打倒され、
現在は議会制民主主義を採択しているそうだ。
何かを、思い出しそうだった。けれど、それが何かはやはりわからない。
ただひとつはっきしりしているのは、行けばわかるという揺るぎのない確信が、
ぼくの胸を占拠しているという事実だけだった。
支度に時間は掛からなかった。必要最低限の生活用品とこのハーモニカが、
ぼくの持ち物のすべてだったから。そしてぼくは翌日の朝、
長い間世話になってきたこのヴィップの国に別れを告げ、旅に出た。
ソウサクへの旅に。欠けたものを取り戻しに行く為の旅に。
.
465
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:45:09 ID:AKaoAE960
旅は過酷だったが、つらいばかりではなかった。
旅先では様々な人々と出会った。街とともに生きる人。
人を治める義務を負った人。人というしがらみを恐れ、もがき苦しむ人。
彼らは人の中に在った。人の中に在り、好悪とは関係なく相互に干渉しあっていた。
油断のならない人もいた。騙し、奪い、陥れることを生業とする人々。
しかしそういう人々ですらも――いや、あるいはそういう人々だからこそ、
他者を必要としていた。彼らは生に執着していた。
生きるための手段として、彼らは人に依存していた。
ぼくと同じように旅をする人とも出会った。商機を逃すまいと奔走する商人がいた。
当てのない放浪に身を宿す者もいた。自らを試し鍛えることを旨とする修行者もいた。
彼らもまた、一人ではなかった。旅の間は一人でも、どこかで人と関わった。
生きるためには、人が必要だった。
466
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:45:35 ID:AKaoAE960
ぼくも、そうだった。街から街へ、国から国へと渡り歩くぼくもまた、
多くの人に支えられ、守られ、生かされていた。
ハーモニカを吹くしかできないぼくを生かしてくれたのは、彼らだった。
彼らがいなければ、ぼくはとっくの昔に死んでいた。
だからぼくも、ぼくにできる限りの演奏を返した。
仲間もできた。過酷な旅路を共に切り抜ける仲間が。
彼はぼくよりも幾分か年若い女性的な顔つきをした若者で、
その華奢な見た目とは裏腹に息を呑むような力強い踊りの技を持っていた。
彼が舞うと空気や景色そのものが色めき立ち、まるで太古の、
神話の時代がその場に顕現したかのように世界が変化した。
彼は素晴らしい踊り手だった。その彼がぼくの演奏に合わせて踊る。
これもまたぼくにとって、かつて感じたことのない歓びとなった。
467
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:46:04 ID:AKaoAE960
「姉を探しているんです」
彼は自分の過去について、詳しく話すことを控えている様子だった。
ただ、彼の技が代々受け継がれてきたものであること。
家族で暮らせなくなる事情があったこと。兄から直接踊りを教わったこと。
その兄が、自分のために死んでしまったことは、話してくれた。
そしてまた、生きていればいまもまだ踊っているであろう姉がいることも。
彼にとっての踊りとは、家族へとつながる最後の絆でもあった。
けれど、と、彼はつづける。
例えこの旅の果てに姉がいなくとも、ぼくは踊り続けます、と。
「例え束の間の気休めに過ぎなくとも、ぼくの踊りで救われる人がいたなら……
それはそのまま、ぼくの生きた意味となりますから。遠き過去から
ぼくへと続くその血脈が、無駄ではなかったとの証明になりますから……」
兄もきっと、生きていたらそうしたはずだと思いますから。
最後にそう言いきった彼は、以後、自身の過去について口を開くことはなかった。
468
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:46:28 ID:AKaoAE960
世界には、多くの人が生きていた。
多くの営みがあり、多くの争いがあり、多くの寄り添いがあった。多くの生命があった。
そのすべてに過去が、歴史があった。幸福な歴史ばかりではない。
辛く、悲しい歴史の方が、むしろ多かった。歴史を抱えて生きていた。
ぼくは、どうだ。
彼とは別れた。行き先が違ったから。
欠けたものが見つかるようお互いの幸運を祈り、ぼくらは再びそれぞれの旅路へと着いた。
一人になってからもぼくの生き方は変わらなかった。
ただ、うら寂しい気持ちになることが増えた。人と人との結びつきを見ると、
胸苦しくなることが増えた。起こった変化は、その程度だった。
吹いて、歩いて、歩いて、吹いて。何年も、何年もそうして生きてきた。
そして、今日、この日。ヴィップを出立してから十二年余の歳月が過ぎ去ったこの時。
ぼくはついに、到着した。
ソウサクへ。記憶の欠片の、その国へ。
.
469
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:47:04 ID:AKaoAE960
3
この国の異常な構造には、入ってすぐに気がついた。
この国の人々は、奇妙によそよそしかった。目を合わせようとせず、口数も極端に少ない。
特にある一定以上の年代では、その傾向が顕著に表れていた。
初めはぼくが余所者だからだとも思ったが、実際は違った。
人々は、共に暮らし住まう人々にも同様の視線を向けていた。
人が人を、信用していなかった。ここで何があったのか。
それを知る手がかりも、この街の人々からは教えてもらえなかった。
ただ、ある程度の察しはついた。
かつて栄華を誇ったのであろう貴人の宮殿が、
塊となった怒りをぶつけられたそのままの姿に放置され、廃墟と化していたから。
そんな廃墟がこの街には、この国には、いくつも残されていた。
何かが機能せぬまま、時が止まっていた。
廃墟を巡り、ハーモニカを吹いた。そこで暮らしていた何者かへと送るように。
ただの自己満足だとは思いながらも、そうせずにはいられなかった。
過去の、“踏み潰された者”を思うと。
470
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:47:35 ID:AKaoAE960
「もし、よろしいか」
廃墟の前でハーモニカを吹いていたある日、一人の老人に声を掛けられた。
老人はぼくに忠告をしに来たらしかった。そんなことをしていると、
『王党派』としてあらぬ嫌疑をかけられますぞ、と。
ぼくは老人の心遣いに感謝の意を示しつつ、それでも止めるつもりはないと断言した。
老人がたずねる。何故か、と。
ぼくは答える。その理由を見つけるために、と。
老人はそれ以上、ぼくを止めようとはしてこなかった。
ただ一曲、一曲だけ、私の前で吹いてほしいと頼まれた。断る理由はなかった。
ぼくは老人の厚意に報いるためにも、心を込めた演奏を彼へ、この滅びた廃墟へと送った。
ハーモニカから、口を離す。腰掛け、
目をつむっていた老人が、そのままの格好で手をたたき、口を開いた。
名を、呼ばれた。
老人が背筋を伸ばして立ち上がり、恭しく腰を曲げた。
まるで貴族か何かに向かって礼を示すかのように。
初めて受けるそのような態度にぼくは戸惑うばかりであったが、
老人は気にする様子なくぼくの目を見つめ、
そして、ぼくの名を呼んだその口を再び開いた。
「“お嬢様”がお待ちです――」
.
471
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:48:15 ID:AKaoAE960
“お嬢様”は八年前に亡くなったと、老人
――シラヒーゲと名乗るその老人は、語った。
従者として見守り続けてきた彼女のその生と生の終わりまでを、彼は語り始めた。
彼女――“お嬢様”は、ソウサクを治める王とその第二王妃との間に、
正当な王家の血を受け継ぐ存在として生誕した。
すでに数人の兄弟姉妹がいたため政治的にそこまで
大きな意味を有しているわけではなかったが、
その誕生は真に天下万民に祝福されうるものだった。
本来ならば。
彼女は、生まれながらに不具であった。
脚は右も左も膝ほどまでしかなく、腕も奇妙に萎縮していた。
さらに母の胎から産み落とされた際、彼女は一声も泣かず、すなわち呼吸をしていなかった。
青白い肌がぬらりとした血液にまみれている姿を見たものは、
誰もがこれは死産であると判断した。
なお悪いことに、彼女の母は分娩の痛みによってか、
あるいは死んだ子を産んでしまったことによる心痛によってか、
精神を不安定にさせてしまった。そして彼女の母は壊れた心を癒やす間もなく、
窓から飛び降りて死んだ。彼女が生まれてから、一週間後のことだった。
472
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:48:45 ID:AKaoAE960
生まれたばかりの彼女に、罪などあろうはずもなかった。
しかし王は、彼女を許せなかった。何とか息を吹き返し
そのか弱い心臓を動かし始めた彼女を、王は人里離れた場所で放棄された
うらさびしい塔の最上階へと送り、ベッドを置いたらそれで
一杯になってしまうような広さの部屋に幽閉した。
そして名を与え、しかし、その名を名乗ること、
そして他の誰にも、その名を口にすることを禁じた。
彼女は生まれた瞬間に、その存在をこの世から抹消された。
.
473
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:49:31 ID:AKaoAE960
彼女は父王に幽閉されていたが、
しかし仮に自由の身であっても行動範囲に変化はなかっただろう。
彼女は身体が弱かった。わずかに動いただけで、心臓が悲鳴を上げた。
それだけでなく、ただじっとしているだけでも脂汗を流し、
痛みに耐えていなければならなかった。
欠損は、外側だけではなかった。身体の内側。
臓器のいくつかにも異常が有り、必要なものの多くが欠けていた。
ただ生きることが、彼女には大変な難行だった。
彼女にとっての生とは、そのまま苦痛を意味した。
十まで生きることはないだろう。それが医師の見解だった。
彼女は一日の大半を寝て過ごした。
身体にかかる疲労が、睡眠を要求した。
時には数ヶ月間も覚醒することなく、そのまま死を
迎えるのではないかと危ぶまれる時もあった。それも、一度や二度ではなかった。
だが、眠っていようとも彼女の苦痛が収まることはなかった。
彼女の寝顔は、とても安らかと言えるようなものではなかった。
夢の中でも彼女は苦しんでいた。寝ていようと、起きていようと、
彼女が苦しみから逃れる術はなかった。
ただ待つことしか、彼女にはできなかった。
死を、待つことしか。
474
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:50:04 ID:AKaoAE960
そして、その日が訪れた。いつになく深い昏睡。
苦痛すら感じさせぬ死相を浮かばせて、彼女は深く意識を失った。
遠くない内に彼女は死ぬと、だれもが思った。
シラヒーゲは思った。死を控えたいまくらい、
彼女も父の愛を受けえるべきではないのかと。
その死を見届けてもらう程度の権利は、彼女にもあるのではないかと、そう、思った。
従者の本分を越えた願いであることは間違いなかった。
それでもシラヒーゲは、湧き上がるこの哀れな少女に対する
同情の念を禁じ得ることができなかった。
結論から言えば、シラヒーゲの望みが叶うことはなかった。
王が提言を聞き入れなかったから――ではない。
時代が、その小さな望みを蹂躙したのだ。
王は、すでに死んでいた。ソウサクで起こった市民革命によって。
475
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:50:33 ID:AKaoAE960
ソウサクで起こった市民革命は、他国に比しても過激なものだった。
結託した市民は、王政に与する者に対していかなる暴力も厭わなかった。
王は断頭台にて処刑された。王の血を継ぐ者も、残らず殺された。
ただ、彼女を除いて。幸か不幸かいかなる書からもその存在を抹消されていた彼女は、
生贄を求める革命派の目に留まることなく、その生を永らえることができた。
父王が亡くなったその時も、彼女は眠り続けていた。
彼女は死ななかった。眠りながらも、生きていた。
シラヒーゲは彼女の身柄を預かり、『シラナイワ』という仮の名を与え、
孫という扱いの下で眠る彼女の世話をすることに決めた。
彼女の死、あるいは目覚めのその時まで。
時代は移り変わっていった。
王政打倒の功労者たるメンバーによって組織された臨時政権は、
政治を知らない素人の集団に過ぎなかった。やること成すことが裏目に出た。
周辺諸国との連携も途絶え、国家の血となる金や物資が
心臓部で留まったままになったソウサクでは、国という体制の機能が完全にマヒしていた。
飢えと貧困に苦しむ市民は政府に不満を抱き、
その中には王政時代を懐かしむ者まで現れ始めた。
臨時政権の瓦解は、もはや秒読み段階であった。
しかし、彼らも後には引けなかった。
引けば、今度は自分たちが処刑されるかもしれないからだ。
かつて、王を殺した時のように。
476
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:51:00 ID:AKaoAE960
彼らは打開策を探った。答えは簡単に見つかった。
生き残った貴族を中心として結成され、
現政権に不満を持つ者の支持を急速に集めつつある野党の存在。
彼らは、すべての罪をこの野党に被せた。
野党を王政復古を狙う王党派だと糾弾し、
ソウサクを市民の手から再び奪い去るためにあらゆる手段を使って
現政権の妨害をしているのだと訴えたのだ。
そして市民の中にも、王党派のスパイは紛れ込んでいると。
敵は王党派だ。これが彼らのスローガンとなった。
初めに一人、処刑された。
国会に召喚されたその男は自分が王党派のスパイであると告白し、
自分がどのような工作を働いたか、
市井にどれだけのスパイが紛れ込んでいるかを事細かに語った。
野党は当然その証言を否定した。与党の雇った役者である。
それが野党の言い分だった。だが、その真偽が明かされることはその後もなかった。
スパイと名乗ったその男が、本当に処刑されてしまったから。
男は首と胴が寸断されるその直前、大勢の聴衆の前で最後にこう叫んだ。
約束が違う、と。
477
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:51:22 ID:AKaoAE960
現政権は、密告を奨励した。
どころか告発をしない者には、スパイの嫌疑を掛けた。
スパイと断定された者は、容赦なく処刑された。人々は自分、
あるいは家族を守るために、無実の他者を告発した。
自分たちが生き残るための、生贄のひつじとして。
現政権は、長くは持たなかった。しかしその爪痕は深く、暗く、この国に禍根を残した。
人々の間には疑念と、そして負いきることのできぬ罪の重みが残された。
その痛みはいまもまだ、この国に重い影を落としている。
これらの惨劇を見ずに済んだ彼女は、あるいは幸運だったのかもしれない。
ある日、彼女はとつぜん目を覚ました。彼女が眠りに落ちてからすでに、
三○年近くの月日が過ぎ去った日のことだった。
呼吸もままならず、衰えた筋肉を動かせないため
痛みにあえぐこともできない様子の彼女が、それでも何かを訴えていた。
シラヒーゲはかすかに動く彼女の口元に、耳を近づける。彼女はいっていた。
ほとんど息しか漏れていない声で、それでも力強く、繰り返していた。
ペンと、紙を、と。
478
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:51:48 ID:AKaoAE960
「これが、お嬢様の残したものです」
案内されたその蔵書子には、同じ装丁の書物が幾冊も並んでいた。
数十、いや数百はあるだろうか。しっかりとした革の表紙に製本された書物には、
どれも『シラナイワ』という著者名が記されている。
「何も言わず、ここに置かれた本をすべて読んで頂きたいのです」
静かに扉を閉めたシラヒーゲが、頭を下げた。
「お嬢様からあなた様への、最後の願い故に」
ぼくがうなづき返すその時まで、シラヒーゲは頭を上げなかった。
.
479
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:52:14 ID:AKaoAE960
それは、物語だった。
数多くの物語。
人生の縮図たる物語。
――こどもたちの、物語。
こどもたちは、誰もが現実という名の過酷な運命に晒されていた。
ある者は人質とされた弟を逃がすため望まぬ虐殺に加担させられ、
ある者は父の暴行を避けるため自分を捨てた憎むべき女の真似をし、
ある者は自分を物として扱う養母の愛を求め進んで見世物となった。
誰もが地獄に生きていた。誰もが現実を生きていた。
誰もが生きるために戦っていた。そして、誰もが罪を負っていた。
彼らは大人になれなかった。
その小さな背にかかる重みは、彼らが一人で耐えきれるものではなかった。
生は苦しみだった。もはや忍ぶことはできなかった。彼らは生を諦め、そして、
最果ての楽園――海の消失点へと辿り着き、ついにその自己から解放された。
480
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:52:54 ID:AKaoAE960
これは、悲しみの物語だった。
これは、苦しみの物語だった。
これは、現実の物語だった。
この世界で当たり前に繰り返される、
あえて語られることのない物語――。
でも。
彼らの諦めたその生は、無意味なものだったのだろうか
失われた彼らの歴史は、無価値なものだったのだろうか。
そうは、思えなかった。
彼らは、生きていた。
この世界に、生きていた。
ただ、その事実が。ただ、その事実を。
失くしてしまいたくないと、ぼくは思った。
忘れたくないと、そう、思った。
481
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:53:33 ID:AKaoAE960
千冊にも及ぶ彼女の著作を読み終わった時、
ぼくはさらに二つほど年を取っていた。けれどぼくの中には、
二年という歳月では計り知れないほど膨大で、遠大なものが蓄積されていた。
ぼくの中に、多くの人生が宿っていた。ぼくの背後に、多くの生命が感じられた。
ぼくはもはや、ぼくだけで生きてはいなかった。
「お嬢様の書は、多く批判を持って迎えられました」
彼女の書籍は発行され、ソウサクのみならず言語の通じる
周辺諸国にも流通されていったらしい。しかしシラヒーゲが言うとおり、
市場の反応は芳しくなかったようだ。その理由は、ぼくにもわかった。
彼女の物語は、現実を扱っていた。現実の場所、現実の国、そして現実に生きる人々を。
非道な行いを名も伏せられぬまま書かれた者が存在した。
すでに亡くなった家族の名誉を傷つけられたと憤慨する者もいた。
そして彼らがなにより怒り狂ったのは、これが創作であったから。
記憶にも記録にもない、ただの想像の産物によって陥れられるのは不当だと、彼らは訴えた。
482
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:53:54 ID:AKaoAE960
存在しないこどもたちの物語。しかし物語は虚構を越え、現実に侵食した。
彼らの存在を、現に信ずる者たちが現れた。自身の境涯を義憤にかき混ぜ、
非道を行う者が現れた。痛ましい事件が、何度か起こされた。
彼女への非難は日に日に強まっていった。
いつしか彼女は、一部の者にこう呼ばれるようになっていた。
人心を惑わし、いたずらに社会を混乱させる『魔女』、と。
シラヒーゲにも、彼女の行いが果たして正しいものであるのか否か、判別できなかった。
彼女を訴える者たちの言葉には正当性があった。
彼女の言葉は、現実に根ざした正当性を含んでいるようには見えなかった。
せめて名を伏せてみてはどうか。シラヒーゲは、そう提言した。
物語の大枠は変えず、舞台や人物を架空のものにしてみるのもよいのではないかと話した。
しかし、彼女は首を縦には振らなかった。もはや一語を発することすら
困難なほどに衰弱していた彼女は、筆談で、シラヒーゲにこう告げた。
それでは意味がない、と。
483
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:54:19 ID:AKaoAE960
その文を見せる彼女の手は、震えていた。
その震えを見た時、シラヒーゲは彼女を信じることに決めた。
彼女は、気にしていないわけではなかった。
自分が起こした影響が災禍を呼んでいることを理解した上で、
それでも書くことを望んでいた。最後まで書ききることを。
誰かの何かを、奪おうとも。
そして彼女は、書ききった。
本当に最後の、生命が尽きるその瞬間までをも使い果たして。
「これが、その最後の書になります」
そう言ってシラヒーゲが手渡してきた書は、
他の書籍のように立派な装丁のなされた本ではなかった。
それは、本ですらなかった。それは一冊のノートだった。
変哲のない、どこででも見かけることのできるノート。
どこかで見た覚えのある、ノート。
484
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:54:52 ID:AKaoAE960
ノートを開く。中は、白紙だった。
次のページを開く。そこも白紙だった。
さらにめくる。次を、次の次を。
一枚一枚、時間を掛け、そこにあるはずのものを見る。
ページをめくる音だけが響く。
紙の中に、彼女の痕跡を探す。
そして、ついに、最後のページに到達した。
――文字が、書かれていた。
.
485
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:55:21 ID:AKaoAE960
ツン=デレは、生きた
.
486
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:55:51 ID:AKaoAE960
アイスブルーの、その瞳。
文字が、にじんだ。文字の上に、水滴が落ちた。
ページの余白が、次々と円状の染みを作り始めていた。ぼくは、泣いていた。
涙が止まらなかった。そこに書かれたたった一○文字が、すなわち彼女そのものだった。
ツン=デレこそが、ぼくへと到る鍵だった。
「お嬢様はとある少年と約束を交わされておりました」
シラヒーゲの目が、ぼくの胸を、ぼくのハーモニカを見つめた。
「その少年も、あなたと同じようにハーモニカを嗜んでおられました」
シラヒーゲの目が、ぼくの顔を、ぼくの瞳を見つめた。
「亡命の折に名を変えられたそうですが、当時の彼は、
お嬢様からこう呼ばれておりました。彼は、彼の名は……」
シラヒーゲが、その名を口にした。
ぼくのルーツ足る、その名を。
その人の名を。
487
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:56:34 ID:AKaoAE960
彼。
そして。
ぼく。
彼の名は。
そして。
ぼくの名は。
ぼくらは。
ぼくらは――
.
488
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:57:15 ID:AKaoAE960
4
ぼくらはひつじを飼っている。
罪のひつじを。
贄のひつじを。
屍のひつじを。
一頭、十頭、百頭、千頭――
どれだけいるかは定かじゃない。
けれどいつも、感じてる。
彼らの鼓動に悔悟する。
ぼくは、歩く。
命に焼かれた背中を負って、
一歩一歩と、歩いてく。
歩いて歩いて、歩いて歩く。
海知る丘の、その先へ。
彼女が焦がれた、その場所へ。
数多の変遷、思いつつ。
遥けき軌跡を、描きつつ――
489
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:57:55 ID:AKaoAE960
過去を。罪を。生命を。
圧し掛かる重みを捨て去ることができれば、どんなに楽だろう。
吐く息ひとつが重い。まぶたを開くことすら重い。
知らなけれ、感じなければ、捨て去ってさえしまえれば。
こんな想いを抱かずに済むのだろう。
すべてを忘れてしまえば。
それでもぼくは、忘れられない。
忘れたくない。
.
490
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:58:18 ID:AKaoAE960
父を、母を、しぃを。
モララーを、ショボンを。
アニジャを、オトジャを。
ワタナベを、ミセリを、ヒッキーを。
小旦那様――ドクオを。
彼女――ツン=デレを。
自分を。
ぼくは、忘れない。
ぼくは、ぼくは――
.
491
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:58:40 ID:AKaoAE960
( ^ω^)「海のひつじを、忘れない」
.
492
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:59:27 ID:AKaoAE960
彼女の墓は、丘の上に建てられていた。
かつて彼女が閉じ込められていた塔の跡地。
海を見渡せる、その丘に。
その丘で、ぼくは、ハーモニカを吹く。
この世界に生まれ、そして去っていった、
すべてのひつじ<あなた>のために。
この世界に生まれ、そしていずれ去っていく、
すべてのひつじ飼い<あなた>のために。
ぼくは、吹き続けた。
この音色が、<あなた>まで届くように――
.
493
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 18:59:54 ID:AKaoAE960
.
494
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 19:00:20 ID:AKaoAE960
ねえ、約束してくれる?
.
495
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 19:01:19 ID:AKaoAE960
いつかもし、私が大人になれたなら。
ねえ、もう一度。もう一度だけ。
あなた<ブーン>のハーモニカを
私<ツン=デレ>に聴かせてください――
.
496
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 19:01:59 ID:AKaoAE960
海のひつじを忘れないようです ―― 完 ――
.
497
:
◆JrLrwtG8mk
:2017/08/22(火) 19:03:10 ID:AKaoAE960
以上で完結です。ここまでお読み下さり、真にありがとうございました
498
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 20:38:43 ID:Iy27fOgQ0
おつ
息が止まる位、のめり込んで読んだわ
499
:
名無しさん
:2017/08/23(水) 00:07:13 ID:dSWWk4jQ0
AAが無かったのは色々伏線があったんだな…… 独特の世界観が良かった 乙です
500
:
名無しさん
:2017/08/23(水) 19:08:36 ID:atWpKGuE0
乙
>>325
あたりと
>>355
照らし合わせたらわからなくなってきたんだが、ギコ=ブーンって訳ではないのか?
501
:
◆TflJu3mvXc
:2017/08/27(日) 00:44:42 ID:Y3bx3Les0
【業務連絡】
主催より業務連絡です。
只今をもって、こちらの作品の投下を締め切ります。
このレス以降に続きを書いた場合
◆投票開始前の場合:遅刻作品扱い(全票が半分)
◆投票期間中の場合:失格(全票が0点)
となるのでご注意ください。
(投票期間後に続きを投下するのは、問題ありません)
詳細は、こちら
【
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/21864/1500044449/257
】
【
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/21864/1500044449/295
】
502
:
名無しさん
:2017/08/30(水) 19:21:30 ID:pITprL5g0
やっと読み終えた……でも読み切って良かった
ツンの生き様が本当に好き。乙
503
:
名無しさん
:2017/09/01(金) 20:53:08 ID:8ECJZC860
乙です
ぜんぶ読み終えた後、涙があふれて止まらなかった
キャラの現実の時代背景が少しずつつながっているんだね、考察したらとんでもない事になりそう
504
:
名無しさん
:2017/09/05(火) 05:33:49 ID:rcRb8/mw0
車椅子=ツン、ギコ=ブーンだと思いつつうそーんと思ったりする
が引き込まれる話だった
505
:
名無しさん
:2017/09/05(火) 05:35:19 ID:rcRb8/mw0
なぜならギコの父と車椅子に関わりがあったっぽいけど塔に幽閉されてるなら関わりがあるとは思えない的なあれだが
506
:
名無しさん
:2017/09/18(月) 01:39:26 ID:acSFundo0
今読み終わった
涙が止まらん
507
:
名無しさん
:2017/10/05(木) 00:15:03 ID:WMkCbb1I0
理解できないところも多かったけど面白かった
登場人物の相関図作りたくなるなこれ
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