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海のひつじを忘れないようです
371
:
名無しさん
:2017/08/22(火) 17:55:32 ID:AKaoAE960
「ぼくじゃ、ない……ぼくは、ぼくじゃ……」
ひざをついてうずくまったジョルジュ――ヒッキーが、自らの手を見つめていた。
その手は血にまみれている。手だけではない。顔にも身体にもその鮮血は降り注ぎ、
彼を赤く染め上げている。しかし、ヒッキーには傷一つない。
その血はヒッキーのものではない。その血は彼、あの人の息子のものだった。
床に転がった短刀が、金属的な甲高い音を立てる。
痛みに顔を歪ませる彼の手には、深い刀傷が刻まれている。
自分自身でつけた傷だ。ジョルジュの……ヒッキーの、
触れ得ざる過去を再現させるために刻まれた、傷。
「ぼくは、ジョルジュだから……ぼくじゃ、ない……
ママを殺したのは、ぼくじゃ……」
彼が、うずくまるヒッキーに触れる。
触れられていることにも気がついていないのだろう。
ヒッキーは無抵抗なまま、覚醒した自我の否定に躍起になっていた。
その間に、彼は取り返した。ジョルジュの首にかかっていたそれを。
彼の、銀のハーモニカを。
あの人のハーモニカを。
彼が己の首に、あるべきものをかけ直す。
その姿は、本当に。
あの人と、瓜二つで。
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