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海のひつじを忘れないようです

433名無しさん:2017/08/22(火) 18:29:14 ID:AKaoAE960
歌は言語の壁を越えた。言葉は通じなくとも、少なくない人が私の歌に耳を傾け、
足を止め、施しの銭を投げてよこしてくれた。その金でパンを買えた。スープをもらえた。
贅沢とまではいわないまでも、生きていくだけの食事を賄うことはできた。

一人なら。

母の名を呼ぶ父ののどにふやかしたパンを押し込み、スープで流し込んだ。
咳き込んだ父は当然の防御反応として、私の指を強く噛んだ。
指を噛まれた私は止血もしないまま、再び街路へ歌いに走った。

そんな日々を長い間続けたある日、水を飲みに街外れの川まで出歩いた時、気づいた。
水面に映る自分の顔が、自分の知っている顔からかけ離れたものとなっていたことに。
その顔は、まるで死人のような――記憶の深層で蘇る、
海へと流された母のような冷たい色をしていた。

このままだと死ぬ。そう思った。

それでも私は、生活を変えなかった。
他のやり方など知らなかったし、それにやはり、私は父が好きだった。
父のために死んだら、もしかしたら一度くらい、私の名を呼んでくれるかもしれない。
そんな期待も、あったから。

だから私は歌った。痩せてしまったからか声は思うように出せず、
朦朧とした意識では自分が正しい音程を響かせているのかも判別できなかったけれど、
とにかく歌った。歌って、歌って、歌って……そうしたら、声を掛けられた。


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