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改訂版投下用スレッド

1書き手さんだよもん:2003/03/31(月) 00:33
作品に不都合が見つかり、改定となった場合、改定された作品を投下するためのスレッドです。
改訂版はこちらに投下してください。
ただし、文の訂正は、書いた本人か議論スレ等で了承されたもののみです。
勝手に投下はしないでください。

編集サイトにおける間違い指摘もこちらにお願いします。
管理人様は、こちらをご覧くださいますよう。

164第一回ランカーズマラソン:2003/12/07(日) 12:26
前方を失踪するバイク、その後方をいくランカーズ、浩平はやや焦っていた。
「くっ、やはりバイク相手は無謀だったのか・・・」
浩平の頼みの綱で前方を走るトウカでさえ、距離を縮めることができていない。
ましてや常人である浩平にとってはすでに視界から消えかけている。
(これを使うしかないか・・・)
そうつぶやき、すっと懐に手を入れた。
「あれ、浩平それ・・・トウカさんの人形じゃ?」
「ああ、こんなこともあろうかとスっておいた。
 スフィー、これをあのバイクまで運べるか?」
「泥棒は犯罪だよ!」
などと言う長森を無視して続けて言う、
「これがバイクまで行けばトウカが目覚める筈だ!!」
「ホントにいいのかなぁ・・・?なんか忘れてる気がするんだよね
 まぁいいやわかった、えいっ!」
すると、魔法の力で人形がバイクに向かっていく・・・
「・・・はぁ、はぁ。でも、それじゃあトウカさんが捕まえちゃったりしませんか?」

一同「・・・・・・・」

「ゆかり、そういうことは、
 
 もっと早く言ってくれ――――!!!」

「浩平に泥棒のばちが当ったんだよ・・・」

そのころ追走者第一グループ・・・
「む、オボロ殿、何か飛んでくるぞ」
「そんなもん関係ねぇ、トウカ、(うっかりものの)お前には負けねぇ!」

165第一回ランカーズマラソン:2003/12/07(日) 12:27
一方、他の鬼たちの状況も厳しかった。
ここは第二グループ、
「ゲェーク!くそ、速ぇ!最初の差がいてぇな・・・」
「はぁ、はぁ、くっ、体がもう乾き始めている・・・屋台で水を補給できていれば・・・」
と、その時、
「むおぉぉーーーー!!!」
疲れの見える岩切の横をまいかを抱えたDが猛スピードで駈けていった。
「く、またこいつに負けるのか?私は・・・」
(私はいったい何のために戦っている?このままでいいのか?)
と、岩切が思ったその時、天使は舞い降りた。
「・・・おねえちゃんお水飲みたいの?」
「何?」
「おねえちゃんお水ほしいならだそうか・・・?
 さっきDがひどいことした、まいかからのおわび」
(水?水を持っているのか、しかし・・・・
このような幼女に情けをかけられるというのは・・・このままではいかん!)
「はっ、はっ、いや、わびはもういい。それより、取引をしないか?」
「ん、なぁに?」
「水をくれたらこの勝負、お前達に協力しよう。」
(今から鬼をやっても優勝は不可能だろう、
 ならせめて、私を負かせたこの男を優勝させるのが、私なりのけじめ!!)
「いいの?D達もいい?」
「O.K!」
「むおぉぉーーー」
「・・・いっか、じゃあちょっとまっててね。」
そう言うと目を閉じ、精神を集中させる。そして、
「みずのじゅっぽう!」
ばしゃ!水が岩切にかかった。
「な、何!?水が突然!?」
「うう、ごめんね、うまくできくてお水、かかっちゃった。」
(この娘見かけによらず妖術を使うとは・・・あなどれん!)
「いや、これがいい。ふふ、いい戦友になれそうだよ・・・」

「・・・・・ゲ、ゲ、ゲーック!!!」
水は勢い余って御堂にもかかっていた。
「こ、こ、この・・・く、ち、ちくしょー
なんだってこの俺様がこんな幼女に逆らえんのだ――!!」
御堂の叫びが虚しく森に木霊する・・・

「はぁ、いくら私でもバイクはキツイわ・・・力も射程外ね。」

166第一回ランカーズマラソン:2003/12/07(日) 12:28
そのさらに後方の追走者第3グループにて、
「はぁ、はぁ、前が騒がしいわね・・・」
香里がぼやいている。だがぼやきたくもなる、すでに彼女の視界にバイクはない、ただエンジン音が響くだけだ。
「あいつらについて行くしかないんだから、しっかりして欲しいわ・・・ふぅ。」
「心配ありません、エンジン音からして方向は間違っていませんから。」
「そうね、ああ、ここでとれないと状況厳しいわ・・・」

「ふっ、ふっ、不味いな、俺たちは追いつけそうにない、郁未も厳しいかもしれないな」
「祐一、弱音を吐いちゃダメ」
「ああ、そうだな、ん?由衣はどうした?」
「・・・祐一、酷い。」

「ぜぇ、ぜぇ、オボロ君は追いつけただろうか・・・」
「久瀬君、追いつけたとしても僕達がこんなに後方ではどうしようもない、頑張ろう!」
「ああ、・・・そうだな」

167第一回ランカーズマラソン:2003/12/07(日) 12:29
そして、
「あれ、詩子さん、何か飛んでくる。」
「鬼からの攻撃かもしれないわ!気をつけて!」
「うん、あっ」
ひゅーん、ぽす。
「わ、キャッチしちゃった。
 あれ、お人形さんだ。詩子さん、大丈夫みたい。」
むろん大丈夫ではない、詩子の推測はある意味当っている。

その後方にて、
「え?あ?そ、某の人形・・・?
 馬鹿な、確かにここに・・・・な、な、無い・・・!?」
「おいおい、まさか・・・」
「ク、クケェ――!!!!!!」
トウカが吼え、一気にスピードをあげる。
「ヲイデゲェー――!!」
「あびゅっ!」
その裏で一人の男が轢かれて犠牲になったことを、誰も知らない・・・

168第一回ランカーズマラソン:2003/12/07(日) 12:29
「わっ、わっ、詩子さん、一人すごい勢いで追いかけてくるよ!」
「くそ、なんてやつ!昨日のやつ以上かも知れない!」
「な、なんか叫んでる・・・」
「無視よ、無視!どうせ待てとか言ってんのよ、そうは問屋が卸さないって!!」

「ヲイデケェー――!」

「・・・ヲイデケ?オイデケ?あっ、おいてけ?
 置くって何・・・あっ!まさか・・・
 鬼さぁーん!これですかぁー!?」

と、そのすぐ後方でものすごい勢いでトウカがうなずく。
「が、がえしてぇーー!!」
泣いていた。

「お人形さん飛ばされちゃったのかな・・・にはは、往人さんもそうだったな。
 どうぞ、はい。」
観鈴が手を差し伸べ、
まさにバイクに飛び掛らんとしていたトウカの手に人形をポンっと投げる。
「あ、か、か、かたじけない!!」
「にはは、今度はなくさないようにね?」
そういってにっこり微笑む観鈴。
その笑顔は覚醒状態から戻ったばかりのトウカには、太陽だった。
「か、かわいいにゃ〜」
ぶろろろろ・・・
「何あいつ?固まってるわ・・・ちょうどいいけど」
バイクはトウカを置いて走り去っていった。

169第一回ランカーズマラソン:2003/12/07(日) 12:30
ぶろろろ・・・
バイクで奔走すること約10分。
「・・・なんか嫌な感じね」
「どうしたの?」
「うん、ちょっとエンジンから異音がするの、結構無茶してるからかな・・・
 観鈴ちゃん、追っては今どうなってる?」
「うん、声は遠くでするけど姿はもう見えないよ。」
「よし、しょうがないわ、いったん何処かに隠れましょう。」
「うん」

がさがさ、バイクを降りてちょっとした茂みを掻き分ける
「この辺がいいんじゃないかな。」
「そうね、さて、バイクを診なきゃ。」
「ううん・・・
 ・・・ああ、もう、よくわからないわ。こんな時涅槃の師匠なら・・・」
(おかあさん・・・)
「ああ、師匠私に力を!!]
(お母さん、私、もう、ツッコメないよ・・・)

170第一回ランカーズマラソン:2003/12/07(日) 12:30
「・・・それでどうかな?」
「ええ、たぶん大丈夫だと思うんだけど、油断はできないわ。
 ずっと二人乗りで無茶してきたから調子が悪いのよ。」
(二人乗り・・・今、鬼に見つかったら・・?)
「とりあえず鬼は撒いたみたいだし注意しながら茜達の方へ歩きましょう。
 いざとなったらバイクってことで。歩きなら音で探知されることもないだろうし。」
「うん・・・」
「さぁ、歩きましょうか?罠があるかもしれないから気をつけてね。」
(今、鬼に見つかったら・・・それならまだいいかもしれない、
 でもあの大勢の鬼に囲まれたら・・・?きっと、もう・・・
 そうなったら、私は・・・?わたしは・・・。
 頑張らないとダメだよ、うん、だって詩子さんは、私の・・・
 ・・・観鈴ちん、ふぁいと!・・・・ん、あれ?)
急に、足に違和感があった。
そして直後、体が平衡を失う。
「わっわっ・・・」
ついに、足が地面から離れた。

ベシャッ!!

「観鈴ちゃん!」


「こんなところで転ばないでよ、大丈夫?」
「が、がお・・・」
(み、みすずちん、ふぁいとぉ・・・)

171第一回ランカーズマラソン:2003/12/07(日) 12:31
【詩子、観鈴 徒歩で茜たちを探す、バイク、調子が微妙】
【鬼たち 一時的に見失う】
【場所 山間部】
【時間 四日目昼過ぎ】
【登場 柚木詩子、神尾観鈴、【御堂】、【岩切花枝】、【ディー】、【宮内レミィ】、【しのまいか】、【美坂香里】、【セリオ】、【太田香奈子】
   【澤田真紀子】、【相沢祐一】、【川澄舞】、【天沢郁未】、【名倉由依】、【久瀬】、【オボロ】、【月島拓也】、【折原浩平】、【長森瑞佳】
   【伏見ゆかり】、【スフィー】、【トウカ】、『イビル』、『エビル』】

172名無しさんだよもん:2003/12/08(月) 23:39
<TR>
<TD width=36>724</TD>
<TD width=221><A href=SS/724.html>笑っている場合ではない</A></TD>
<TD>
柚木詩子<BR>
神尾観鈴<BR>
【御堂】<BR>
【岩切花枝】<BR>
【ディー】<BR>
【宮内レミィ】<BR>
【しのまいか】<BR>
【美坂香里】<BR>
【セリオ】<BR>
【太田香奈子】<BR>
【澤田真紀子】<BR>
【久瀬】<BR>
【オボロ】<BR>
【月島拓也】<BR>
【折原浩平】<BR>
【長森瑞佳】<BR>
【伏見ゆかり】<BR>
【スフィー】<BR>
【トウカ】<BR>
【相沢祐一】<BR>
【天沢郁末】<BR>
【川澄舞】<BR>
【名倉由依】<BR>
『イビル』<BR>
『エビル』
</TD>
</TR>

<TR>
<TD width=36>725</TD>
<TD width=221><A href=SS/725.html>サヨナラ</A></TD>
<TD>
ハクオロ<BR>
遠野美凪<BR>
みちる<BR>
【佐藤雅史】<BR>
【新城沙織】<BR>
【皆瀬まなみ】
</TD>
</TR>

<TR>
<TD width=36>726</TD>
<TD width=221><A href=SS/726.html>グッドナイト スイートハーツ</A></TD>
<TD>
【エルルゥ】<BR>
【田沢圭子】<BR>
【観月マナ】<BR>
【少年】
</TD>
</TR>

<TR>
<TD width=36>727</TD>
<TD width=221><A href=SS/727.html>第一回ランカーズマラソン</A></TD>
<TD>
柚木詩子<BR>
神尾観鈴<BR>
【御堂】<BR>
【岩切花枝】<BR>
【ディー】<BR>
【宮内レミィ】<BR>
【しのまいか】<BR>
【美坂香里】<BR>
【セリオ】<BR>
【太田香奈子】<BR>
【澤田真紀子】<BR>
【久瀬】<BR>
【オボロ】<BR>
【月島拓也】<BR>
【折原浩平】<BR>
【長森瑞佳】<BR>
【伏見ゆかり】<BR>
【スフィー】<BR>
【トウカ】<BR>
【相沢祐一】<BR>
【天沢郁末】<BR>
【川澄舞】
</TD>
</TR>

<TR>
<TD width=36>728</TD>
<TD width=221><A href=SS/728.html>智略と、勘と、脱落と</A></TD>
<TD>
【御堂】<BR>
【岩切花枝】<BR>
【ディー】<BR>
【宮内レミィ】<BR>
【しのまいか】<BR>
【美坂香里】<BR>
【セリオ】<BR>
【太田香奈子】<BR>
【澤田真紀子】<BR>
【久瀬】<BR>
【オボロ】<BR>
【月島拓也】<BR>
【折原浩平】<BR>
【長森瑞佳】<BR>
【伏見ゆかり】<BR>
【スフィー】<BR>
【トウカ】<BR>
【相沢祐一】<BR>
【天沢郁末】<BR>
【川澄舞】<BR>
【名倉由依】<BR>
『イビル』<BR>
『エビル』
</TD>
</TR>

173Dead end:2003/12/10(水) 09:53
「チィ! どこに消えやがった!」
 ランカーズ追撃戦先頭グループ・俊足鬼ズ。
「クッ、見失ったか!」
「参ったわね……ここまで来て」
 脇道に逸れた後続グループの数キロ先。木々が互いに遠慮したようなその山腹の開けた場所で一行は立ち往生していた。
「呆けてる暇は無い! 探すわよ!」
 不可視の力を解放。筋力を増強し、木の上に飛び乗ってあたりを見回す郁未。
「だが! みすみすここまで来て! 獲物を逃すわけにはいかん!」
 いきみ勇んで森の中へと飛び込むトウカ。
「………………」
 無言のままその場に蹲り、地面を調べ出す御堂。

 そして……

「……ふむ。さすがは文明の力。我らの脚を持ってしてもそう簡単には追いつかせてもらえない、か……」
 岩切は憮然としたまま広場の中心に佇み、特に何をするというわけでもなく他の面々の様子を眺めていた。
「……ガッ、ぐっ……ううう……ッ……!」
「でぃー……だいじょうぶ?」
 Dはその脇でまいかを胸に抱いたまま突っ伏し、苦しげなうめき声を漏らしている。
 仙命樹の催淫効果(別名精神的疾患)による精神の高揚。理性の崩壊は驚異的な精神力で押さえ込みつつ、
 引きずられるように肉体の限界ギリギリの力を発揮してここまで来たDだが、すでにリミットはすぐそこまで近づいていた。
「だ、大丈夫、だ……この程度……あ、崇められうたわれるものである……こ、この私が……この程度で……
 そ、それに……すぐ近くに二人の逃げ手が、いるのだ……こんなところで……倒れるわけには……」
「でぃー……けど、けど、れみぃおねぇちゃんが……」
「レミィ……だと? そう言えば……」

174Dead end/2:2003/12/10(水) 09:54
「よっしゃ!」
 その時、御堂の喚声がDの思考を止めた。
 叫ぶと同時に御堂は広場から続く山頂への道を駆け出す。
「やはり最初に見つけたのは御堂か! 追うぞ! D!」
 声に驚き一瞬動きを止めた郁未とトウカとは違い、岩切はそれを認めるとすぐさま後に続く。
「ど、どういうことだ……?」
「我らの間でも特に御堂は山岳戦における追跡術の成績がダントツであった! 奴なら放っておいてもバイクの痕跡を見つける!
 苦労して自ら探す必要などない! 我らは奴の後をついて行けばよいのだ!」
「な、なるほど……」
 まいかを抱いたまま岩切の横を疾走するD。
 さらにワンテンポ遅れ、郁未とトウカもその後ろについた。
 そして一行は御堂の後を追い、道の途中の大きな段差を超えたところで――

「ああ、その通りだぜ岩切。確かに俺ァこいつだけには自信がある。山岳訓練では坂神のヤローにだって結構勝ってたからな」

「……なッ!?」

 一行の目の前に飛び込んできたのは、段差の影に潜み――こちらに銃口を向けた御堂の姿であった。

「それを知ってるお前なら、性根の悪ィお前ならそうすると思ったよ。せいぜい俺を利用すると思ったよ」

 狙いをつけ、迷わず引き金を引く。

 バシュッ! バシュッ! バシュッ! ……バシュッ!

 ……四回。

175Dead end/3:2003/12/10(水) 09:57
「クッ!」
「ちぃっ!!」
「おのれ!!!」
 すんでのところでかわす岩切。
 不可視による防護壁で叩き落とした郁未。
 迫る粘着性の塊を一瞬の抜刀術で切り払うトウカ。

 さすがはこの人外レベルの追撃戦に追いついてきた者たちである。御堂の狙撃とはいえ、そう簡単には喰らいはしない。
 だが……

「ッッ! ……まいかッ!」
「え……っ? きゃあっ!!!」

 この二人は、別である。
 目の前の獲物を追うことのみに全てを傾注、精神の変調を誤魔化していたD。
 そんな彼に抱きかかえられたままの、多少不思議な力を使えるようになっても基本的にはただの子供であるまいか。
 この二人に、近距離からの御堂の銃撃を避ける術などなかった。

 Dは奇跡に近いギリギリの反射で己の懐の中にまいかを隠す。
 しかし――それが、限界だった。

「ぐあぁっ!!」

176Dead end/4:2003/12/10(水) 09:58
 上半身に弾の直撃。そのままもろに吹き飛ばされ、数回地面に転がったところで巨木に背中を打ち、止まる。
「D!」
 岩切の叫びにも反応しない。
「馬鹿共が!」
 一方御堂は未だ固まったままの三人の間をすり抜け、一直線に反対側の道へと下っていった。
「俺が跡を見つけたのはこっちの道だよ! 見事に引っかかってくれたなケーーーーーッケッケッケ!!!!」
 高笑いとともに山道を下っていく。数瞬遅れ、我に返ったようにトウカと郁未が走り出す。
「某としたことが! かような単純な手に乗ってしまうとは! ええい修行が足りんぞトウカ!」
「くっ! 私としたことがつられちゃうとはね! けど……まだまだッ! 次はこっちの番よ!」
 若干のアドバンテージを取られながらも、必死にその背中を追う。

「………はっ!?」
 しばし己を失い、呆然としていた岩切。だが今はこうしているわけにはいかない。
 自分の『ケジメ』であるDを一刻も早く起こさなくては。
「D! しっかりしろD! 傷は浅いぞ! 目を覚ませ!」
 必死に揺さぶり、名を呼びかける。……反応はない。
 その間にも木の幹との間にねっとりと張り付いたとりもちを剥がしていくが、その面積はあまりに大きく、あまり芳しくない。
「ええい目を覚ませ! 起きろ! 起きないか! ここでお前に負けられては私はどうなってしまうというのだッ――――!!!」


 ……しかし、岩切の呼びかけにもかかわらず、再びディーの目が開くことはなかった。


【追撃戦先頭グループ バイクの痕跡を発見、御堂が抜け出る。その後ろをトウカ・郁未が追跡。後続からは数キロ距離有り】
【D とりもち弾の直撃。気絶。木に打ち付けられる】
【まいか Dの胸の中】
【岩切 Dの救出を試みるも難航】
【時間 四日目昼過ぎ】
【場所 山腹の小さな広場】
【登場 【御堂】・【岩切花枝】・【ディー】・【しのまいか】・【トウカ】・【天沢郁未】】

177夢魔:2003/12/13(土) 18:31
 四日目も午後に入り、気温もだいぶ上がってきた。それは森の中とて例外ではない。
 セリオに率いられ、森の中をひた走る先回りA班の面々の額にもわずかに汗が浮かんでいる。
 隊列は当然先頭がナビゲーターのセリオ、続いて舞、レミィ、祐一、香里、香奈子、編集長、と基本的に体力に従った順でほぼ一直線に並んでいた。
 もっとも、セリオがナビゲーターとは言え、道で最後に聞いたエンジン音、そしてバイクの速度を計算してのやや心ともない予測に基づくものでしかないのだが。
「………………お待ちください」
 ひた走ること約十分ちょっと。鬱蒼と茂る森の中ほどで、不意にセリオは足を止めた。

「ふぅ、ふぅ……セリオ、どうしたの?」
 息を整えながらも、後ろから香里が声をかける。
「……着いた?」
 こちらはあまり疲れていないようだ。舞も訝しげな反応を示す。
「……いえ、まだ目的地には少々距離があります」
「ならどうしたんだ?」
「……音を。他の参加者の足音のような音を……感知しました」
「足音?」
「はい。なにぶんここは森の中。先ほどまでとは違い、音の反響が複雑。何より雑音が多いため正確な判別はつきませんが……
 ……人の歩行に近い間隔の音が、聞こえてきました」
「距離は?」
「申し訳ありません、そこまではわかりませんでした。ともかく、私が様子を見てきますので、皆さんはしばしここでお待ちを……」
 と言いながら、数歩、セリオが森の奥へと歩を進める。
 そこで、誰かの叫び声が聞こえてきた。

「チッ、自動人形風情がいい耳を! 一網打尽にしたかったんですが仕方ありません! 住井さん! やってください!」
「お、おうっ!」

178夢魔/2:2003/12/13(土) 18:31
「この声は……」
 声と同時にセリオの右側面、数メートルの位置に人影が現れる。
「あなたは……確か北川君と一緒にいた!?」
 唯一一行の中で面識がある香里が反応する。
「住井護だ! すまないな、これも命令なもんで! ……とりゃっ!!」
 名乗ると同時に、自分の足下の何か細い紐が括り付けてある木片を蹴り飛ばす。
「これは……! 皆さん! お下がりください!」
 瞬間、セリオの足下から複数の縄が弾け、そのうち一本が彼女の脚を絡め取り高々とつるし上げた。
「くっ!」
「Shit!」
 セリオの警告に従い、舞が、レミィが、そして皆が一歩ずつ下がる。
 唯一最後尾の編集長だけが一瞬反応が遅れ、真横に飛び退いたが……
「え……っ!?」
 飛んだ先の地面に抗力は無く、編集長の脚がそのまま地面の下に沈んでいった。
 ややあってドスン、と鈍い衝撃。
「いたたたた……これは……?」
 大きな腰をさすりながら上を見上げる。そこには小さくなった空が。
「……落とし穴?」

「このタイプの罠は……北川君ね!」
 編集長が一行の側面に仕掛けてあった穴に落ちたのを見ると、激昂しつつ香里が叫んだ。
「ま、な。スマンな美坂」
 セリオを挟んで住井から反対側。そこの木の陰から今度は北川が現れた。
「北川君……あなた……」
「なぜか展開的にこうなってしまってな。あんまり動かない方がいいぞ。お前たちの周りには大量に仕掛けてあるからな」

179夢魔/3:2003/12/13(土) 18:32
 一団の中心で祐一がソッと香里の耳元に囁く。
「……香里、まさか……」
「……ええ。どうやらそのまさかのようね」
 祐一が何を言わんとしているか、香里はすでに察していた。
「……北川に命令できる人物」
「そして、私たちを狙う人物」
「何より……」
「……さっきの声」
「……間違いなさそうだな」
「ええ……。よくもまぁ、性懲りもなく……」
 確信した香里。一団から一歩進み出ると、呼んだ。
「……栞! 出てきなさい栞! そこにいるんでしょう!」
 住井と北川の中心。そこの茂みに向かい、己の妹の名を。

「……大正解。さすがはお姉ちゃん、そして祐一さんですね……」
 元凶は、微笑と共に現れた。

 距離にして約10メートル。竜虎姉妹は再び邂逅した。
「……どうやって返り咲いたのかは知らないけど、相変わらず精力的に動いてるようで何よりね」
「お姉ちゃんも相変わらず便利すぎるメイドロボを引き連れて新たなお仲間を招き入れて、頑張って鬼ごっこやってるみたいですね。私も妹としてうれしいです」
「私としてはできればあなたにはもう少し精力を押さえ込んで大人しくしててもらいたいんだけどねぇ」
「そんなひどいこと言わないでくださいよぅ。私だってお姉ちゃんに負けない活躍がしたいんですから」
「活躍をするのは勝手よ。けどそれならもう少し手段をまともにしたらどう?」
「まとも? まともってどういうことですか?」
「北川君とその連れをたらし込んだり、月宮さんから最終兵器を奪い取ったりっていう卑怯な手を使わない、ってことよ」
「卑怯? 今卑怯って言いましたか? どこが卑怯でしょうか? 北川住井さんは私を助けてくれたことをきっかけに一緒に行動、協力して鬼ごっこをやっているだけですし
 あゆさんとはきちんと交渉、お互い合意の上での物品交換だったんですよ? 私だってちゃんと一万円払いました。これのどこが卑怯なんですか?」
「全部卑怯じゃない」
「嫌ですねぇお姉ちゃん。お姉ちゃんらしくないですよ。もっと日本語は正しく使わないと」
 唇をニヤリと歪め、答える。

「これらは全て……知略です!」

180夢魔/5:2003/12/13(土) 18:32
「ここですよ。ココ。ここが違います。こーこ」
 言いながらトントン、と自分の眉間をつつく。
「ものは言いようね……」
 一方、香里は呆れたようにため息を漏らした。

(怖い……)
 姉妹を除いてその場にいた全員、それが正直な感想だった。
 表面的には姉妹がじゃれ合っているだけ、しかしその皮一枚下を覗けば猛烈な罵り合い。
 二人の間に流れる空気は、それはそれは壮絶な冷気となっていた。

 ざっ。

「……おや?」
「あ、舞っ!」
 次に動いたのは舞だ。香里の一歩前に進み、キツい視線を栞にぶつける。
「祐一の邪魔はさせない……」
 チャキッ、と剣を手にする。
「あなたは……確か、三年生の川澄さんでしたか? ガラス破壊で有名な」
「……邪魔をするというのなら……」
 殺気に近いまでのすさまじい闘気。常人ならその異様さに身体を竦ませるところだろうが、栞には通じない。
「……押し通る!!」
 刃を構え、一直線に栞のもとへ。
「おい! 舞!」
「心配いらない……追い払うだけ!」

181夢魔/5:2003/12/13(土) 18:33
「栞ちゃん!?」
 北川と住井が不安げな視線を栞に送る。罠の発動の可不可を問いかけているのだ。
 しかし舞には自信があった。半端な罠など飛び越え、かわし、そのまま栞の下へ行き、組み伏せる。
 相手はただの元病弱少女。難しいことはない、はずだったのだが……
「……いりません。実験にちょうどいいです」
「!?」
 栞は悠然とした態度のまま、何かの機械を取り出した。
 それは異様な形に栞の左手に絡みついており、かぎ爪のようにも手甲のようにも銃のようにも見えた。
「Ultimate Weapon Attack-mode on……」
 ゆっくりと、左手を舞へと向ける。
 迫る標的。いくら栞であろうとも、この距離なら外さない。
「……Nightmare-α, Fire!!」
「!」
 栞の叫びとともに、機械の先端部から、ピッ、と一条の光が放たれた。
 剣を振りかぶっていた舞。その胸を光が貫くと瞬間、その場に力無く崩れ落ちる。
「舞!」
 慌てて祐一がその身体を抱き上げる。
「だ、大丈夫か舞! し、栞……お前、まさか……」
「安心してください祐一さん」
 しかし栞は微笑んだまま祐一を諭す。
「川澄さんは眠っていらっしゃるだけです。身体には怪我ひとつありませんよ」
「え……あ、ああ……確かに」
 もう一度舞の顔をのぞき込んでみる。……なるほど、確かに苦しがったり痛がってる様子はなく、可愛い顔でスヤスヤと静かに寝息を立てているだけだ。
「その武器は……睡眠薬か何かか?」
「ん〜……まぁ、そんなところなんでしょ〜かね……」
 ちょっと悩みながらの返答。
「……ちなみに、どのくらいで目が覚める?」
 祐一の質問。栞は待ってました、とばかりに
「いつまで眠っているか、ということですか……? ……フフフ、そうですね。安心してください。ほんのちょっとですよ……。
 そう、本当にちょっとだけ……」
 にっこりと笑って
「――――ゲームが終わるまで、ですから」

182夢魔/6:2003/12/13(土) 18:33
「……な?」
 祐一の表情が驚愕に変わる。
「な、なんだそりゃ?」
「そうですねぇ……そのあたりは私よりもお姉ちゃんに聞いた方がいいと思いますよ。最初に買ったの、お姉ちゃんらしいですから」
「か、香里?」
 改めて香里に向き直る。
「..."Nightmare-α" (Ultimate Weapon in Attack mode)
 Whenever a player damaged from Nightmare-α, that player into sleeping until end of the game.
 If damaged player were sleeping(by Nightmare-α), that player awakening once again」
 答えるように、香里は静かに説明書の一文を読み上げた。
「まぁ文面通りの効果を持つ道具です。これを一発相手にぶち込めばその人はゲーム終了時まで昏々と眠り続ける。
 ルールの意味上において相手を"殺す"ことができる。なんとも素晴らしい。まさしく最終兵器の名に相応しいアイテムですね」
 悪夢をさすりながら、上機嫌に説明を続ける。
「安心してください。皆さんを寝かしつけたあとは、適当な洞穴か小屋にでも運んでおいてさしあげます。風邪を引くことはありませんよ。
 皆さん、この四日間動き通しでお疲れでしょう? このあたりで休憩をとるのも悪くありませんよ。あとは……」
 ジャキッ、と銃口(らしきもの)を一行へと向ける。
「私が引き継ぎますから」

 勝利を確信した笑み。
「お姉ちゃん、いつかとは逆の形になりましたね」
 嬉しそうに勝ち誇る。
「お姉ちゃん、私はとうとうお姉ちゃんに勝ちます」
 歓喜の微笑みを。
「お姉ちゃん、私はあなたを……超えます!」

183夢魔/7:2003/12/13(土) 18:34
【栞、北川、住井 チェックメイト】
【香里、祐一、レミィ、香奈子 大ピンチ】
【舞 Nightmare-αによる睡眠中】
【セリオ 住井の罠にかかる。吊され中】
【編集長 北川の罠にかかる。穴の底】
【四日目午後、山間部の森の中。だいぶ気温が上がってきた】
【最終兵器・攻撃モード「Nightmare-α」
 光線兵器。光に貫かれた人間はゲーム終了時まで眠り続ける。ただし、もう一度光をあてることにより復活可能】
【登場 【美坂栞】【北川潤】【住井護】【美坂香里】【セリオ】【太田香奈子】【澤田真紀子】【相沢祐一】【川澄舞】【宮内レミィ】】

184水は何度でも還る(1)改訂版:2003/12/14(日) 00:27

場所は山腹の広場、幼い泣き声がこだまする。
「うぅ、ひっく、ひっく、でぃ〜こわいよぉ〜・・・」
「ええい、泣くな、すぐ出してやるから。」
トリモチで強く木に打ち付けられ、固定され気絶したDと、それに抱えられるまいか。
岩切は懸命にそのトリモチを除こうとしていた。
「くそっ、おのれ御堂・・・この借りは必ず返すぞ・・・」
恨み言を言いながらも作業は続くが、なかなか進まない。
「うぅ、れみぃおねぇちゃん・・・ひっく、どこいったのぉ・・・ぐすっ」
Dに抱えられている間は気付かなかったが、一度立ち止まった折、レミィの不在を知覚した。
その不安が木に縛り付けられた厳しい状況下で溢れ出してしまったのである。
「だから泣くな、やつも目標は同じなのだから追撃を再開すればきっと会える、な?」
さすがの岩切も泣き止まないまいかに対し、母性本能を発揮したのかやさしく接する。
「うぅ・・・、ほんとぉ?」
「ああ、だからさっさとこれを片付けないとな。
お前はDをどうにか起こしてくれ、そうすれば作業も早まるから。」
「ひっく、うん、がんばる。」
そういうとまいかは涙をこらえ、懸命にDを起こそうとする。が、Dは一向に目覚めそうに無かった。
その間も作業を進める岩切だが、短刀をも絡めとるトリモチに対し、てこずってしまう。
「まずい、このままでは・・・。」
「ねぇ、でぃーおきてよぉー、ねぇー・・・うぅ、あっ、そうだ!」
と、まいかの声が急に明るくなる。
「どうした?」
「うん、でぃーもおみずかければおきるよね?」
「むぅ、叩いても起きないのだから・・・いや、やってみろ、何もしないよりはましだ。
だが思いっきりやれ、そうでもなければ起きまい。」
「うんっ」

185水は何度でも還る(1)改改訂版:2003/12/14(日) 00:30

場所は山腹の広場、幼い泣き声がこだまする。
「うぅ、ひっく、ひっく、でぃ〜こわいよぉ〜・・・」
「ええい、泣くな、すぐ出してやるから。」
トリモチで強く木に打ち付けられ、固定され気絶したDと、それに抱えられるまいか。
岩切は懸命にそのトリモチを除こうとしていた。
「くそっ、おのれ御堂・・・この借りは必ず返すぞ・・・」
恨み言を言いながらも作業は続くが、なかなか進まない。
「うぅ、れみぃおねぇちゃん・・・ひっく、どこいったのぉ・・・ぐすっ」
Dに抱えられている間は気付かなかったが、一度立ち止まった折、レミィの不在を知覚した。
その不安が木に縛り付けられた厳しい状況下で溢れ出してしまったのである。
「だから泣くな、やつも目標は同じなのだから追撃を再開すればきっと会える、な?」
さすがの岩切も泣き止まないまいかに対し、母性本能を発揮したのかやさしく接する。
「うぅ・・・、ほんとぉ?」
「ああ、だからさっさとこれを片付けないとな。
お前はDをどうにか起こしてくれ、そうすれば作業も早まるから。」
「ひっく、うん、がんばる。」
そういうとまいかは涙をこらえ、懸命にDを起こそうとする。が、Dは一向に目覚めそうに無かった。
 その間も作業を進める岩切だが、短刀をも絡めとるトリモチに対し、てこずってしまう。
「まずい、このままでは・・・。」
「ねぇ、でぃーおきてよぉー、ねぇー・・・うぅ、あっ、そうだ!」
 と、まいかの声が急に明るくなる。
「どうした?」
「うん、でぃーもおみずかければおきるよね?」
「むぅ、叩いても起きないのだから・・・いや、やってみろ、何もしないよりはましだ。
だが思いっきりやれ、そうでもなければ起きまい。」
「うんっ」

186水は何度でも還る(1)決定稿:2003/12/14(日) 00:43

場所は山腹の広場、泣き声がこだまする。

「うぅ、ひっく、ひっく、でぃ〜こわいよぉ〜・・・」
「ええい、泣くな、すぐ出してやるから。」

トリモチで強く木に打ち付けられ、固定され気絶したDと、それに抱えられるまいか。
岩切は懸命にそのトリモチを除こうとしていた。

「くそっ、おのれ御堂・・・この借りは必ず返すぞ・・・」

恨み言を言いながらも作業は続くが、なかなか進まない。

「うぅ、れみぃおねぇちゃん・・・ひっく、どこいったのぉ・・・ぐすっ」

Dに抱えられている間は気付かなかったが、一度立ち止まった折、レミィの不在を知覚した。
その不安が木に縛り付けられた厳しい状況下で溢れ出してしまったのである。

「だから泣くな、やつも目標は同じなのだから追撃を再開すればきっと会える、な?」

さすがの岩切も泣き止まないまいかに対し、母性本能を発揮したのかやさしく接する。

「うぅ・・・、ほんとぉ?」

「ああ、だからさっさとこれを片付けないとな。
お前はDをどうにか起こしてくれ、そうすれば作業も早まるから。」
「ひっく、うん、がんばる。」

そういうとまいかは涙をこらえ、懸命にDを起こそうとする。が、Dは一向に目覚めそうに無かった。
その間も作業を進める岩切だが、短刀をも絡めとるトリモチに対し、てこずってしまう。

「まずい、このままでは・・・。」
「ねぇ、でぃーおきてよぉー、ねぇー・・・うぅ、あっ、そうだ!」

と、まいかの声が急に明るくなる。

187水は何度でも還る(2)決定稿:2003/12/14(日) 00:44

「どうした?」
「うん、でぃーもおみずかければおきるよね?」
「むぅ、叩いても起きないのだから・・・いや、やってみろ、何もしないよりはましだ。
だが思いっきりやれ、そうでもなければ起きまい。」
「うんっ」

返事をすると、まいかは目を閉じ、精神を集中させる。すると体が光に包まれる。

(きた・・・でももっと、もっと、つよく、つよく・・・)

岩切の助言通り以前より深く精神を集中させていく。

(あぁ、べつの、なにか、くる・・?)

そんなまいかの集中に呼応するかのように力が高まり、あふれ出てくる、

「あぁ、くるぅ、くるぅ・・・!」

輝きが一気に増し、まいかが叫ぶ、


「みずのじゅっぽう!!」


――バリバリバリ!!――

瞬間、まばゆく蒼い閃光と音が炸裂した。それは、まさに小型ながら、イカズチだった。
スパークする蒼雷がまいかの手から放たれているのだ。

「なっ!?」

岩切に驚愕の声があがる。そして、

「はぁ、はぁ、やった、これならでぃーも・・・」


――焦げていた。目を覚ますどころか痙攣している。

「なんというか状況が悪化したような・・・」
「うぅ、ごめんねぇ・・・」

が、岩切は気付いた。焦げたのがDだけでないことに。

「いや、これなら・・・」

そういって再びトリモチに手を伸ばす。すると、
ボロリ、と崩れる。残ったトリモチも固まりかけていた。
異臭が鼻につくが、気にせずに次々と除いていく。

「よしっ!」

拘束は、解かれた。

「わぁい、ありがとう、おねぇちゃん!」
「礼はいい、それより追うぞ。」
「よぉし、いこー!」

188水は何度でも還る(3)決定稿:2003/12/14(日) 00:46


「・・・と、言ったものの考え物だな。」
「えっ?」

走り出そうとしたまいかが立ち止まる。

「このまま走り出しても追いつくまい・・・さて。」
「だめなの?」
「ああ、あれから少なくとも10分以上経過している。
鬼はおろか御堂たちにも追いつけまい。何か策はないものか・・・」

そういってしばし考え込む。そして、

「そうか!下り、やつは確かに山を下っていった。それなら可能性はある!」
「え、え、どういうこと?」
「川だ、川さえあれば一気に山を下れる、そうすればあるいは。」
「あのひとたちにおいついて、れみぃおねぇちゃんにあえる?」
「ああ、逃げ手がその川に近づくかどうかも、そもそも川の方向にいるかもあやしいが、距離だけは確 実に稼げる、いけるさ、きっと再会も出来る。」
「うん、じゃあかわをさがそうっ!」

それに軽くうなづくと岩切は耳を澄ます。

(近くにあるなら流れの音がするはず・・・あってくれ、どこだ・・・)
「どこかなぁ〜」
(・・・ザ―――・・・むっ!これか!?・・・いや、ダメだ、反響のせいで正確な方向が・・・)
「ううん・・・」
(くっ、せっかく近くにあったというのに・・・)

「あっ、あっちだ!」

「・・・って、何ぃ??」
「うん、たぶんあっちだよ。」

そういうと呆然とする岩切に方向を示す。

「馬鹿者、勘でものを言うな。」
「うぅ・・・だってあっちにあるんだよぉ、うまくいえないけどわかるんだもん・・・」
(まさか・・・妖術の一種か?ならば・・・)
「よし、お前を信じよう。お前はただの幼女ではなかったな。」

岩切の考えは間違いではない。
まいかは水神(クスカミ)の力に目覚め、さらに先ほど力量を上げている。
水神のホームグラウンドたる川を察知するのは、そう難しいことではないのだ。

「またようじょっていわれた・・・」
「ああ、そうだ、川へ行く前にもしあの女がここを通った時のためのメモでも残しておこうか。」
「うん」

そういうと目に付くであろうトリモチのついた木に短刀で文字を刻み、
これから行くべき方向を示すメモを残す。

(他の鬼がこれを見たとしても追いつくのは決着後だろうし、これでいいだろう。)
「さぁ、走るぞ!]

岩切は片手でDの服の襟をつかみ、もう一方の手でまいかを抱えて走り出した。
ずがががが・・・Dを引きずって一路、川へ。

189水は何度でも還る(4)決定稿:2003/12/14(日) 00:47



そして・・・


「よしっ!」

岩切が会心の笑みを浮かべた。

「この川の方向なら逃げ手の方向と大きくは違わない、可能性が上がったぞ!」

確かに川はあり、それはさほど大きくはないが、十分流れに乗れるサイズだった。
静かな山間をひっそりと流れる清流だ。

「・・・でも、でも。」

そこにまいかが声を小さくしていう。

「わたし、およげないよ・・・」
「心配いらん、どれだけ水につかっているかわからんからな、常人では低体温症になりうる。元々お前達を泳がせる気は無い。」
「え?じゃあどうするの?」
「ああ、ちょうどそこに流木がある、あれを使おう。」

そういうと流木、わりと大き目の、の方へ歩み寄り、

「ふんっ!」

ドボンッ!と、川に投げ入れた。そして自身も川に入り、それを流れないように押さえる。

「さぁこれに掴まれ、私が後ろで支えるから心配するな。」
「う、うん、わかった。」

岩切がDを流木の上に載せ、どこからか持って来たツタでくくりつけると、その後ろにまいかが乗る。

「よし、行くぞ!振り落とされるなよ!!」
「しゅっぱーつ!」

まいかの言葉を聞くと体を水に沈め、流木を支え、押しながら流れに乗る。

(逃げ手がバイクを降りてから約15分強、やつらの足はおそらく常人並。
流速と方向の違いを計算すれば川を使うべき時間は・・・
うむ、さぁ、あとは吉と出るか凶とでるか・・・勝負!!)

かくしてD一行は川を流れていった。

190水は何度でも還る(5)決定稿:2003/12/14(日) 00:47

【D一行(レミィ除く)は一か八か川で山を下る。】
【D トリモチを抜けるも気絶中、というか瀕死?】
【まいか 流木にのって。術法レベルアップ】
【岩切 流木をおして泳ぐ】
【時間 四日目昼過ぎ】
【場所 山腹の小さな広場から川へ】
【登場 【ディー】【岩切花枝】【しのまいか】】

191課題が見出される瞬間:2003/12/16(火) 15:03
「待てぇぇぇぇぇぃ! 逮捕するーーーーーー!!」
 どこぞの昭和一桁生まれの警部のような叫びを上げながら、耕一が川の中を疾走していた。というより壮絶な水しぶきを伴ったその姿は『爆走』という言葉の方がしっくり来るだろう。
 追われる水面スレスレを滑空する漆黒の翼の少女――オンカミヤリューの始祖、ムツミは軽く後ろを振り向くが、嘆息を一つ吐いただけで再び前方を見据え、翼に力を込めた。
(参ったね……やっぱり直線の速度は向こうの方が速い。どうしようかな……)
 常人なら鬼の力を全て発現した耕一の姿を見ただけで恐怖に足が竦むところである。が、そこは化け物の類は見慣れたムツミ。
 見慣れたというかお父さんが神様なムツミ。特に臆することもなく、冷静に状況を分析、対抗策を練っていた。
(ちょっとずつ差を詰められてるな……このままじゃジリ貧……空に飛んで……逃げてもさっきまでと同じ。中途半端に浮くぐらいなら地面スレスレを飛ぶ方が向こうも手を出しにくい)
 現在のムツミの高度は耕一の膝以下である。川面で水が弾ければ飛沫が身体を濡らす、そのくらいの高さ。
 しかし逆にこの位置はさすがの耕一も手を出しがたく、タッチをするには身をかがめる必要がある。が、身をかがめるには一瞬足の動きを緩めなければならない。
 そうするとムツミに距離を離される――確かに、下手に空中に浮き上がるよりよほど耕一にとっては嫌らしい位置取りをキープしていた。
(けど本質的な解決にはなってないしな……このままじゃ蹴りとばされるか、あるいはもっと距離を詰められてタッチされるのは時間の問題……
 術……はもう一度使っちゃったしな……さすがに同じ手を二度と使うのはちょっとリスクが大きいね……結局土の術法は効かなかったし)
 語り口は落ち着いているし顔は相変わらずの無表情だが、内心ムツミにしてはかなり焦っていた。
 まぁもっともその微妙な変化を見抜けるのはお父様ズであるハクオロ・ディーの二人ぐらいであろうが。
(どうしたものかな……)

192課題が見出される瞬間/2:2003/12/16(火) 15:04
「ああっ……あああっ……ああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!!!」
 一際高い嬌声が山間に響き渡った。
「はぁ……はぁ、はぁ……はぁ……どう、ドリィ?」
「オッケーです! MAXいきましたぁ!」
 場面は変わって黒きよ女王様のSM場。先ほどとは代わり、今はグラァが木に四肢をつながれ、やはり背中を腫らして目を潤ませていた。
「よし! 準備完了ね! ドリィ! 即刻グラァの縄をほどき二人で必殺技の準備をなさい!」
「サー・イエッサー!」
 手早くグラァの手足を縛る縄を解いていく。すっかり従僕属性が板に付いたドリィ。
 解放されたグラァはやはり真っ赤な頬で、上目遣いに黒きよの顔をのぞき込んでいる。
「あの……その……黒きよ、さま……」
 しかも股間をもじもじさせながら。
「あの……僕、こういうの初めてだったんですけど……あの、その……」
 ポン、と黒きよはそんなグラァの肩に手を置き、
「安心なさい……」
 聖母の笑みで、
「……上手くあの鳥娘を撃ち落としたら一晩中撲ってあげるから」
 魔女の台詞を言ってのけた。
 しかしたちまちグラァの表情がぱぁぁっと明るくなる。
「はい黒きよ様! 僕、頑張ります! 何としてでもムツミさんをこの川の藻屑と化してみせます!」
 弓を手にしつつ、高らかに叫んだ。
「ああ〜っ、ずるいぞグラァ! お前、さっき僕が撲たれてたのよりず〜っと長く叩かれてたじゃないか! 次は僕だ!」
「嫌だ! 黒きよ様の鞭は僕のものだ! 僕はもっと撲たれるんだ! 罵られるんだ! 嬲られるんだッ!」
「なんだとぉ! そんなわがままが通ると思ってるのかぁ!」
「文句あるのかぁ! なんなら受けて立つぞぉ!」
「言ったなこのやろー! やってろうじゃないか!」
「やらいでかぁ!」
 お互いの得物を構え、一触即発……!
「だまっ! らっ!! しゃーーーーーいっ!!!」
 ……が、黒きよの一喝。たちまち身を強張らせる二人。

193課題が見出される瞬間/3:2003/12/16(火) 15:04
 黒きよはガッと二人の頭を両脇に抱えると、その耳元に囁く。
(あのね……私はそんな口うるさい奴隷を持った覚えはないわよ?)
 とうとうドリグラ、奴隷扱い。
(私が奴隷に求めるのは二つのみ……! いい声で鳴くことと、私の命令に絶対服従することのみ! わかった!?)
(は……)
(……はいっ!)
 黒きよ、ここでにっこりと微笑み、
(ああ……そんなに怖がる必要ないのよ……私だってあなたたちは大好きなんだから……
 ……そうね。ここで上手くやってのければ……今夜は、二人まとめて面倒みてあげようじゃない!)
 キラーン! とドリグラの目が輝く。
(ホ……)
(……ホントですかぁ!?)
(ホントもホント……だからいい? ここは双子喧嘩してる場合じゃないわ……二人一致団結、なんとしてもあの黒娘を殺るのよ!)
(わかりました!)
(必ずや殺ってみせます!)
 ビシッ! と敬礼。
「その意気やよし! 出陣(で)なさい! ドリィ! グラァ!」
「はい!」
「はいっ!」
 意気込み高く、二人はザバザバと川の中ほどまで進み、川底に片膝をつくとキリリと弓を引き絞る。
「……………………」
「……………………」
 目指すは上流の一点。狙うはムツミが姿を見せるその一瞬。
 下僕レベルが上がろうとも、イケナイ快感に目覚めようとも、そこは朱組、蒼組を率いるトゥスクルの武将、ドリィとグラァである。
 水を打ったような静寂とともに、写し鏡のような二人の姿。壮絶なまでの集中力(コンセントレーション)で全神経を目の前の一点に集中させる。
「……………………」
 狙撃準備は、整った。

194課題が見出される瞬間/4:2003/12/16(火) 15:04
(――――来る!)
 耕一は『感じ』た。
『何を』かはわからないが、『何か』を感じた。
 ――――実際のところ言えば、それは勝負への賭けに出たドリグラの『覚悟』をエルクゥの本能が感じ取ったわけだが――――
 それをロジックとして受け止められるほど、耕一の勘は鋭くなかった。
 しかし、それでもわかった。『決着の時』が来たことを。
(――勝負を決するのは……今! ここだ! ここしかないッ!!)
 確証のない確信。しかしそれは引き金を引くには十分すぎた。
「……ォォォォ………ぉおおおおおおーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッッ!!!!!!!」
 一際高く、高すぎるほどの獣の咆吼。
 空気が泣き、川面が暴れ、崖が震え、森が叫ぶ。
 全ての生あるあるものが本能的な畏怖を感じるほどの底知れない咆吼。
 吠えたくる最後の声とともに……
「鬼の力全開! 100パーセント中の100パーセントぉ!!!」
 耕一の筋肉がさらに質量を増した。短時間の、だがしかし肉体限界を超える120パーセントの力。
 冗談抜きに音速の壁を破るほどの勢いで、一足にムツミへと迫る。

「まだ速く……!?」
 ここに来て初めてはっきりとムツミの表情が歪んだ。
 後ろの鬼はさらに一回り大きくなり、そして矛盾することに速度を上げた。
 まずい……このままでは、終わる!
「なら……! 力は抜かないよ!」
 くるりと空中で半回転。両手を迫る耕一の巨体に向かい、かざす。
「火神招来! 我が剣となれ! 土神招来! 我が盾となれ! はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」
 両手それぞれ違う四神の力を収束、法力を全力解放。
「火の……術法!」
 空気を切り裂くように右腕を振り抜く。刹那、巨大な炎が耕一の身体に襲いかかる。
「土の……術法!!」
 貫くほどの勢いで左腕を川底に叩きつける。刹那、先ほど以上に巨大な岩盤が一枚岩となり、耕一を押しつぶさんとする。

195課題が見出される瞬間/5:2003/12/16(火) 15:05
「来るか! 来たな!! 来たか!!! だが……この程度!!!!」
 耕一。二本の豪腕を眼前で交差させると、炎の渦に飲み込まれる直前、一気に振り抜く。
「ッ!? また無茶を……!」
 ムツミの眉間に皺が刻まれる。耕一は振り抜いた腕で無理矢理つむじ風を発現、強制的に炎の渦に『切れ目』を作り、抜けた。
「そして……岩か……だが、それが……どうしたァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!」
 耕一は右腕に全ての力を込める。
「いい加減にしてよ!」
 とうとうムツミが叫んだ。しかし……今度は彼女も黙ってはいない。翼の動きを止めると、自らが作り上げた岩壁。垂直に切り立ったその壁に、両の足を接地した。
(……吉と出るかなそれとも凶と出るかな!)
「エルクーーーーービックバーーーーーーーン・アターーーーーーーーーーーック!!!!」
 ネーミングセンスの欠片もない技名とともに、耕一が全てを込めた右腕を振り抜いた。
 ダイヤモンドすら木っ端微塵に砕きそうなその拳。いかなムツミの作り出した岩盤といえど、紙に等しく貫き……
「……ッ!?」
 違和感。僅かな、否、僅か故に強烈な違和感。
 振り抜いた右腕。正確には右の拳。難なく岩を砕いたその拳に、強烈な違和感が。
 岩を砕いた。それはいい。
 だが、『一枚隔てた向こう側』に『何か柔らかいもの感触』が!!

196課題が見出される瞬間/6:2003/12/16(火) 15:05
「賭けは私の勝ち!」
 砕け散った岩の壁。その向こうに耕一が見たのは、空中を壮絶な勢いで回転しながら空気を切り裂き、崖の奥へと向かうムツミの姿。
「……まさか!」
「そう! そのまさか!」
「……俺の拳で加速した、だと!?」
「ごめんね……正攻法じゃ追いつかれそうだったから! それじゃ!」
 だが所詮は他人の力、借り物の力である。加速している時間自体はそう大したことはない。
 大したことがあるのは……その『瞬間最高速度』である。
「くっ!」
 思わず耕一が目を覆う。ムツミが去った一瞬後、川面が爆裂するように弾け、そそり立った水柱が崖の頂上を遙かに超えた。
 さらに尋常ではない衝撃波が耕一の身体を洗う。
「だが……まだだ! 陽気な気のいいアンちゃんである俺こと柏木耕一は諦めない!」
 再度地を蹴り、だいぶ小さくなったムツミの背を追う。
「最後まで……諦めないィィィーーーーーーーーーーーーーっ!!!! 決してな!!!!!」
 全力で、追う。

197課題が見出される瞬間/7:2003/12/16(火) 15:06
 ある程度耕一を引き離したムツミ。『ある程度』と言ってもそのアドバンテージは1秒少々でしかないのだが。
 だがこの極限の戦いにおいて1secの価値はあまりに思い。
 ある程度川の広がった空間。変わらず周囲に崖はそそり立っているが、空間転移の前には意味を成さない。
「ふぅ……はっ!!」
 バッ! と翼を広げ、中空に停止。
 限界を超えた速度を支えた両翼から『澱み』を振り払うように、最後に一際大きく一回転、法力を収束しつつ、なにげに前方を見やる――――

 ――――ムツミは忘れていた。
 いや、耕一との追撃戦があまりに激しく、思い出す暇が、考える時間が無かった、と言う方が的確である。
 己が翼を休めたそこ。その場所。そここそは――――

「来たわよ! ドリィ! グラァ! ……」
 目に飛び込んできたのは、川の中心に居座るドリィ、グラァ、そしてその直後の黒きよみ。
「臨める兵闘う者、皆陣烈れて前に在り!!!」
「南無八幡大菩薩! この矢外させたもうな!!!」
 きよみが、鬨の声高らかにその鞭を振るう。
「…………てぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーいッ!!!!」

 ――――最初、己が目覚めた場所だったのだ。


【ムツミ 空間転移で逃げんとするも、挟撃を喰らう】
【ドリィ・グラァ ムツミの前方より一斉射撃】
【耕一 ムツミの背後より迫る】
【黒きよ 薙ぎ払え!】
【瑞穂 そのへん】
【登場 カミュ(ムツミ)・【柏木耕一】・【藍原瑞穂】・【杜若きよみ(黒)】・【ドリィ】・【グラァ】】

198るみまんが七瀬 改訂版:2003/12/17(水) 21:14
沢渡真琴は気がつけば、学校の廊下にいた。
「あぅー、ここどこ? なんでこんなところにいるの? 肉まんは?」
そう言ってあたりを見回す。そこにあるのはありふれた学校生活の一ページ、休み時間だった。
気付けば真琴も制服を着ている。丁度先ほど捕まえた澪と同じ制服だ。
「あぅー?」
何がなんだかよく分からないが、真琴は廊下を歩いた。
すると、遠くに他と違った黄色の制服、そして青いツインテールが見えた。
「あれ? 七瀬?」
そこにいたのは我等が漢、七瀬留美。
「七瀬ー」
真琴はその背中に呼びかける。だが反応がない。向こう側を向いたまま立ち尽くしている。
「七瀬ー?」
すぐ後ろまで近寄って呼びかける。だが反応がない。
「あぅー……そうだ」
真琴はツインテールの左側に手をかける。くいと引っ張って上に持ち上げた。

ぴょこん。

両方のツインテールが持ち上がった。


上月澪は気がつけば、学校の廊下にいた。
いつもの学校の廊下だが、窓からの風景が少々違う。どうやら2年生の階のようだ。
澪はとりあえず廊下を歩く。すると、一つの影が見えてきた。
黄色の制服にツインテール。先ほど自分を追いかけてきた七瀬留美だ。
何故、今学校にいるのかよく分からなかったので、とりあえずそのことについて訊ねてみる事にした。
くいくい、とちょっと強めに袖を引っ張って呼びかける。

ぽろり。

リボンごと、ツインテールがそんな音を立てて落ちた。

199るみまんが七瀬 改訂版:2003/12/17(水) 21:14
里村茜は気がつけば、学校の教室にいた。
いつもの学校のいつもの教室。どうやら今は休み時間のようだ。
確か自分は鬼ごっこの最中で、落とし穴に落ちているはずだからこれは夢だ、と自覚する。
学校の夢を見るなんて随分珍しい、と思いつつ視線を横にやる。
すると、先ほどまで自分を追っていて、浩平の言を認め、鬼と認定した七瀬留美の机の上に大きな箱が乗っていた。
妙に興味をそそられて、七瀬の机まで行く。
七瀬が自分を認めて、こちらを向く。
「どうしたの、里村さん?」
「七瀬さん、これは何なのですか?」
「ああ、これ?」
七瀬は机に向き直ると、箱の蓋を開ける。
中から出て来たのは、青く、先のほうになるにつれ細くなっていく奇妙な物体。太い方にリボンが括りつけられている。それが2本。
「……何ですか、これ……」
怪訝な顔をして茜が訊くと、七瀬はカラリ、と笑ってツインテールに手をかけ。
がきり、と外し。

「新しいのよ」
と言うと。

がちん、と元あった場所にはめた。


倉田佐祐理は、何もない真っ白な地面と、一面に広がる青い空、そんな空間に佇んでいた。
「ここは……?」
呟いてあたりを見回す。すると、地面に影が差した。
上を見上げる。なんと、先ほど自分を引っ張り上げて穴に落ちた七瀬留美が飛んでいた。
ツインテールをくるくるとプロペラのように回転させて。
一瞬呆然としたあと、佐祐理は七瀬に呼びかけた。
「七瀬さんはなんで飛ぶんですかー?」
七瀬は何度か自分の周りを8の字に旋回した後、
「乙女だけどー」
と、要領を得ない返答が帰って来た。
すぐに七瀬はツインテールの回転を落とし、佐祐理の前に立つと、
「佐祐理さんも飛ぶ?」
と訊いてきた。
「え、飛べるんですか?」
思わず佐祐理は訊き返す。
「はい、これ」
かちゃん、とリボンごとツインテールを外すと佐祐理に差し出した。
「これをつけると飛べるわよ」
「は、はぁ……」
いまいち状況がつかめないままそれに手を伸ばす。
「どこまでもな」
その瞬間、妙に甲高い不気味な声がそのツインテールから聞こえる。
佐祐理はびっくりして、思わず手を引っ込めた。
「え、いらないの? 折角飛べるのに」
七瀬はツインテールを元あった場所に、かちゃんという音を立てて戻す。
「なんやっちゅーねん」
先ほどの声がはめ戻したツインテールから聞こえる。
(……ま、まさか……七瀬さんはアレに操られて!?)
嫌な予感がした佐祐理は、思わず叫んだ。
「七瀬さん! 助けます!」
振り向いた七瀬の頭から強引にツインテールを取り外す。
がきん、というさっきよりも幾分か鈍い音が聞こえてそれが外れた。
その瞬間。

七瀬の瞳から生気が消え。
ぱたり、と倒れた。

200るみまんが七瀬 改訂版:2003/12/17(水) 21:15
「え、え、え、え、え?」
佐祐理は訳がわからず動転する。
「ま、まさか……」
――死んだ?
「えぇー!? そ、そんな……」
そういえば、さっきとは音が違ったような気がする。何かが壊れるような鈍い音。
つまり。
「外し方が……間違ってたんですね……ごめんなさい、七瀬さん……」
ああ、私はなんて最低なんだろう。そんな自責の念が佐祐理の心中を支配する。
「私なんか……私なんか……どっかに飛んでいってしまえー!」
がちゃん、と自分の側頭部にツインテールを装着した。
ぱたぱたぱた、とツインテールは回転し始め、佐祐理の体が宙に浮く。
「どこ行くのー?」
そんなツインテールの声と共に、佐祐理は何処かへ去っていった。
ツインテールのなくなった七瀬の身体を残して。


場所は穴の底。そこには5人の人間がいる。
その穴はちょっとした喧騒に包まれていた。
「え? え? え? 七瀬のアレって持ち上がるの?」
キョロキョロあたりを見回しながら自分のツインテールをいじる真琴と。
『うわぁ』『なの』『うわぁ』『なの』『うわぁ』『なの』……
意味の分からない事をスケッチブックに書いていく澪と。
「……アホですか? 私……」
呆れかえった顔でほぅ、と息をつく茜と。
「何なんですかー! 今のはー! 七瀬さんは飛べるんですかー! ていうかツインテールはみんなそうなんですかー!」 
混乱状態でちょっと意味不明なことを叫ぶ佐祐理と。
(クスクス……ちょっと電波で悪戯してみたけど、面白いなぁ。あとで七瀬ちゃんに謝っておこう……)
笑いをかみ殺している瑠璃子がいた。
ネタは最近読んだ漫画だ。七瀬のツインテールがなんとなくハマったから使ってみた。
要は退屈した瑠璃子のちょっとした悪戯だったらしい。

201るみまんが七瀬 改訂版:2003/12/17(水) 21:15
その頃、管理室では。
「秋子さん、これは……どうなのでしょう?」
『月島瑠璃子が電波を他人に使用しています』というHM−13の報告を受け、モニターを覗き込んでいた足立社長が訊いた。
「そうですね……特に危害はないですし、どうせ軽い悪戯心でしょう……了承」
「うわぁぁん! 耕一さーん!」とか喚く千鶴を一瞥して、秋子はそう判断を下した。
「でも、とりあえず忠告のHMを送っておきましょう」
「分かりました」


そして。
「大丈夫ですか、皆さん?」
ベナウィが槍でとりもちを切り取り、美汐が垂らしたロープを使って、瑠璃子達は穴を脱出した。
「ええ、おかげさまで。ごめんなさい、捕まってしまいました」
茜が制服に残ったとりもちをいじりつつ、すまなさそうに頭をたれる。澪もそれに倣う。
「いえ、無事で何よりです」
「それにしてもみんな穴に落ちてたとはね。通りで助けにこないはずだわ」
後ろから制服をパンパンとはたきつつ、七瀬がやってくる。
「「「「…………」」」」
その瞬間、茜、澪、真琴、佐祐理の視線が七瀬に集中する。
「何? どったの?」
「い、いえ……七瀬さんが夢に出てきて……」
「私も……」
「真琴も……」
澪もこくこくと頭を振る。
「へぇー、凄いじゃない? 私はどうだったの?」
七瀬が若干顔をほころばせてそう訊くと。
物欲しげな表情で七瀬のツインテールを見る真琴と。
何か怖い物を見たような表情をする澪と。
呆れた様な視線を向ける茜と。
なんとも形容しがたい笑みを浮かべる佐祐理と。
「え、ど、どったの?」
七瀬は4人を見渡して、焦った表情を見せた。
その後ろで。
「月島瑠璃子様。他の選手に対する電波能力の行使はルールにより禁止されております。
 今回はゲームへの影響は有りませんでしたので容認しますが、以後気をつけていただきたいと存じます」
瑠璃子は突然現れたHM−13に忠告を受けていた。
「うん、分かった。ごめんね、忘れてたよ」
「では、失礼させていただきます」
去って行くHM−13を見送った瑠璃子は、困惑している七瀬の方に歩いていき。
「ごめんね、七瀬ちゃん」
「え、な、何? どったの?」
その後、七瀬はしばらく混乱していたそうな。


【四日目 午後2時ごろ】
【茜 澪 佐祐理 真琴 瑠璃子 七瀬 葵 清(略 琴音 罠脱出】
【ベナウィ 美汐 罠に落ちた一行を救出】
【矢島 垣本 多分まだ気絶中】
【登場鬼:【里村茜】【上月澪】【沢渡真琴】【倉田佐祐理】【月島瑠璃子】【七瀬留美】【松原葵】【清水なつき】【姫川琴音】【ベナウィ】【天野美汐】】
【登場:『水瀬秋子』『足立社長』『柏木千鶴』】

202塚本さんと国崎くん達よ〜塚本さんと夢の魔力〜:2003/12/31(水) 17:21
「大変です、お兄さん!」
塚本千紗は、叫んだ。
「何状況説明してるですか!」
え? あ、はい、俺ですか?
「千紗がどこ探してもいないんです! 柳川のお兄さんを追いかけてるときも! 名倉のお姉さんを追いかけてるときも!
 瑞希お姉さんが謎のアイテムを手に入れたときも! 楓お姉さんを追いかけてるときも!
 きっと千紗は忘れらてしまったんです!」

で?

「にゃぁあ〜、酷いですぅー……」
仕方ないじゃん、書き手が忘れてたんだから。
「駄目です! 千紗がひっそり隅にいないと、国崎のお兄さんチームは成り立たないんです!」
そんなことも無いだろう。
ほれ、猫耳互換の楓はでてるぞ。
「それは別モノ」
そうか。
「にゃあ〜……どうすればいいんだ、ですぅ……」
そんなこといわれても。

「あ、起きた」
「……にゃあ〜……?」
千紗はむくりと起き上がった。そこには、心配そうな表情をした深山雪見と牧部なつみが立っていた。
「大丈夫? 随分うなされてたから。怖い夢でも見てたの?」
なつみが心配そうに訊く。
「にゃあ〜……?」
まだ千紗は状況が理解できていない、という風に辺りを見回した。
「あなた、ずっとここで寝てたのよ。覚えてる?」
雪見が千紗の肩に手を置いた。
「あれ……国崎のお兄さんたちは……どこ行った、ですか……?」
「かわいそうに。置いていかれたのね……」
雪見となつみは千紗の頭をなでてやった。
千紗は、夢の事は一切覚えていなかったらしい。

しかし、何故知るはずも無い国崎一行の動向を、夢の中とはいえ千紗が知っていたのか?
それは、ひょっとすると人間の持つ、夢の魔力だったのかもしれない。
人間の夢とは、かくも不思議な物だと、私は思う。

【千紗 起床】
【鶴来屋二階の一室】
【四日目昼頃 国崎一行が楓を追っている辺りの時間】
【登場鬼:【塚本千紗】【深山雪見】【牧部なつみ】】

203見えない壁と白い悪魔と:2004/01/12(月) 23:15
郁未と御堂、二人の超人的鬼は、未だに詩子に追いつけないでいた。
御堂が先行しようとすると、郁未が不可視の力で彼の足元をふっとばし、逆に郁未が先行すれば、絶妙な位置にトリモチ弾が発射された。
相手が攻撃することがわかっているため、そして、それに対応をする余裕を持つため、全速力で走れないでいたのだ。
詩子との地力に差があるため、流石に彼女を見失う事はしていなかったが。

郁未は、苛立っていた。
この悪人面のオッサン、なかなかどうして手強い。
とっとと引き離して逃げ手を捕まえたいのに、トリモチ銃が邪魔でしょうがない。
お互い牽制していると、逃げ手に全然近付けないのに。
……なら、相手の牙を折れば――トリモチ銃を壊せばいい。なんで今まで気付かなかったのか。
けど、正攻法で壊そうとすれば、先ほどの刀を持った女性のようにかわされてしまう可能性が大きい。
が、彼女と自分とではその方法に違う部分がある。
相手の意表さえつけば、おそらく銃を無効化できる。
由依でも誰でもいいから、仲間がここにいれば…!
そう思っていた時のこと。

「あ!郁未いるじゃねーか!逃げ手があっち行っちまったぞ!」

天は、彼女に味方した。

204見えない壁と白い悪魔と:2004/01/12(月) 23:17
バイクを捨てた、残り少ない逃げ手の一人・柚木詩子は一心不乱に走っていた。
自分のために命を賭してくれた師匠と、その娘さんの観鈴ちゃん。
彼女たちのために、鬼に捕まるわけにはいかなかった。
が、そんな彼女を嘲笑うかのように、次々に鬼に遭遇した。
だが、何故かは不明だが、無視されたり、かわされたりした。
全力で走っていて、方向転換をしそこねたのだが、運が良かった。

「あっ、そういえば、茜を探してたんだっけ……うまく逃げ切れてるといいんだけど……」

詩子は、茜が、いや、茜達が全員捕まった事を、まだ知らない。

205見えない壁と白い悪魔と:2004/01/12(月) 23:18
相沢祐一、そして川澄舞は、先を行った宮内レミィを追いかけていた。
彼女は「D〜!まいか〜!今行くからネ!!」などと叫びながら走っていたので、見失いようがなかった。
レミィが行く先に、逃げ手と郁未もいるはず、そう思っていた時に、レミィがなにかとすれ違った。
見てみると、バイクに乗っていた少女の片方だった。タスキをかけていないから、逃げ手だと祐一は判断した。
その彼女が、まっしぐらにこっちに向かってくる。

「!?やべっ、舞、よけろ!!」

言われた舞と祐一は、即座に道のわきに移動し、詩子は間を走って行った。
レミィは家族と合流する事が目的だったため、ぶつかる時間が惜しくて詩子をかわした。
そして、祐一たちは、ポイントゲッターの郁未以外が捕まえる気はないので、かわさざるをえない。

「…タスキ、かけてなかった」
「ああ。ったく、郁未のやつ、おいてかれたのか?」

言いながら、走っていた時、人相の悪い鬼と、そして、彼女はいた。

「あ!郁未いるじゃねーか!逃げ手があっち行っちまったぞ!」

206見えない壁と白い悪魔と:2004/01/12(月) 23:19
詩子を追い続けているもう1人の鬼、御堂も苛立っていた。
一緒に追っている小娘が、面妖な力を使ってこっちを妨害してくる上に、虎の子のトリモチもことごとくかわされる。
お互いに攻撃している間、逃げ手との差を詰めることが出来なかった。
さらに、金髪の娘が通り過ぎた後に現れたガキの1人がこう言った。

「あ!郁未いるじゃねーか!逃げ手があっち行っちまったぞ!」
「わかってるから、とりあえず、そのオッサン止めて!」
「よくわからんが、わかった!」

クソッ、邪魔くさいことに、ガキどもが両手を広げて立ち塞がった。
そういえば、このアマの味方だったか、畜生運が悪い。
ぶつかっていっても、迂回して行っても、時間の浪費だ。
なら、どうするか。当然、お得意の武器で仕留めていく。

「ヘッ、その程度で俺様が止められると思ったかよ!」

そして、トリモチを立て続けに発射する――

「それを待ってたわ!!」

ドゴンッ!
郁未が叫ぶのとともに、何も爆発したようには見えないのに大きな爆発音がした。

207見えない壁と白い悪魔と:2004/01/12(月) 23:21
音に伴い、先ほど発射された御堂のトリモチ弾2発が、空中で爆発する。
その2発から出たトリモチは、何かに押し出されるが如く、放たれた銃へと広がる。
その銃口へ侵入し、その銃身を蹂躙し、その撃鉄を押さえつけ、そのトリガーを飲み込む。

「ゲェーーック!どうなってやがる!?」

御堂は予測していなかった事態に反応が遅れた。
相手の能力の存在は、今までの戦いで知っていた。
が、鬼ごっこの性質上、持っている自分の腕にまで直接ダメージを与える可能性のある銃の破壊には使えないと判断していたのだ。
銃を包んだトリモチは、そのまま彼の右腕全体を包み込んだ。それは、まるでできそこないの雪だるまの頭のようであった。

208見えない壁と白い悪魔と:2004/01/12(月) 23:23
「不可視の力か!」

御堂の銃と腕に対し起きた出来事を、祐一は理解した。
御堂が放った銃弾は、その目の前にあった不可視の力の障壁に激突し、展開。
さらに、その障壁を爆発させて、御堂へと押し返された。
文字通り、不可視の技だが、魔物との戦いや、鬼ごっこが始まってからの経験でわかった。
郁未が、敵の武器を無力化した、ということに。
その郁未が自分の横を通り過ぎる。

「やったな、郁未!ライバルを1人撃破も同然じゃないか!」
「まあね。でも、あのオッサン、足速いから…一応、足止めヨロシクね」
「うわっ」

郁未は、祐一の肩をドン、と強く押して走って颯爽と駆けていった。

「あのオッサンの妨害さえなければ、すぐに捕まえてやるわよ!」

郁未に押され、バランスを崩した祐一は、咄嗟に近くにあったものにつかまった。
ねちょ、と異様に柔らかい、粘着質な感触のもの、即ちトリモチの絡まった御堂の腕に。

209見えない壁と白い悪魔と:2004/01/12(月) 23:26
「うわ、なんだよこれ、気持ち悪ぃ!」
「こら、ガキ、くっついてんじゃねえ!鬱陶しい!」
「祐一、大丈夫?」

接着された祐一の右手(ちなみに、郁未の狙い通りであった)を、心配顔で外そうとする舞。

「舞、触るな!もしお前までくっつくとややこしい。それより、香里達が追いついてくるかもしれない。
 郁未を手伝ってとっととあの逃げ手を捕まえて来てくれ!逃げ手をとられちゃ元も子もない!!」
「……でも、祐一が」
「大丈夫だ。ちょっとくっついただけだから、すぐにはがして追いつく。郁未が言ってたから、ついでにオッサンの足止めもしてやる」
「……わかった」

舞は、郁未の後を追って行った。

「祐一……必ず捕まえてくるから」

210見えない壁と白い悪魔と:2004/01/12(月) 23:28
御堂は余裕の笑みを浮かべて言った。

「ヘッ、テメエごときでこの俺様が足止めできるかよ!引き摺ってでも追いついてやるぜ!」

強化兵たる自分なら、人1人くらい運んでも相当なスピードを出せる自信があったのだ。
銃が使えなくなったのは痛いが、まだまだ勝機はある。
自分を抑えたと思った相手の隙をついて捕まえてしまえばいいのだから。
が、自信ゆえに出たセリフは、言葉の選び方が悪かったといえる。

「引きずってでも、か。なるほど、いいこと言うな、オッサン。じゃあ、やってみせてくれよ」

そう言って、祐一は地面に倒れこみ、右手を地面に思い切り押し付ける。
ベチャッ。
ただし、トリモチを、その中にある御堂の腕を挟んで。
祐一の意外な腕力と、御堂の油断があってこそできることだった。

「ゲーック!動かせねえ!テメェ、何しやがる!!」
「あんたは腕くるまれてるから、そう簡単に剥がれないだろうな。だが俺は手がはりついてるだけだからな…フンッ!でりゃ!!」

何度か祐一が全身に力を込めて手を持ち上げると、トリモチがはがれていき、取れた。

「よしっ。できるだけ地面と仲良くしててくれよ。んじゃな」

祐一も走り去る。
残されたのは、自分が気に入っていた武器の性能を改めて知ることになった御堂だけであった。

「ゲーーック!クソガキども、覚えてやがれぇぇぇっ!!!!」

211見えない壁と白い悪魔と:2004/01/12(月) 23:29
【詩子 山道を祐一達が来た方に向かって逃走中】
【レミィ 詩子が来た方向へ走り続け、ファミリーを探す】
【祐一チーム 由依以外合流、時間差で詩子を追う】
【御堂 トリモチで右腕を地面と接着され動けず。トリモチ銃は復活が絶望的】
【場所 山間部】
【時間 四日目午後】
【登場 柚木詩子、【天沢郁未】、【御堂】、【宮内レミィ】、【相沢祐一】、【川澄舞】】

212Donate:2004/01/20(火) 22:30
「なるほど……それで汝は己の力のみでこの鬼ごっこを生き抜こうと空蝉と袂を分ったというわけか……」
「ん……」
ちょっとシュンとしてしまうみちる。
十数分に及ぶ尋問も終了。昨日別れてから、己の空蝉に何があったのか。一通りのことは把握できた。
「ふぅ……つまり空蝉は未だ捕まっていないわけだな。やれやれ、まぁ奴のことだ。私以外にはそう簡単には捕まるまい」
危惧していたことは避けられた事実に一安心するディー。
「さてと……」
そこで何気に目線を目の前の少女に向けた。

「……しまった」

不意に、壮絶な後悔の念が彼を襲う。
「…………」
目の前にはしぼんでしまった少女が一人。
 ……『逃げ手』の少女が一人。
少女は上目遣いに何やら言いたげな態度でこちらを覗き込んでいる。
(聞かなければよかった……)
冷静になったところで後悔する。思い切り後悔する。ディーは、己の行動を、心の底から悔やんでいた。
(落ち着いてしまった……)
先ほどまでのノリと勢いに任せたまま、さっさととっ捕まえてしまえばよかった。
そうすりゃ1点ゲットで合計9点。先ほど出会った他の連中に対して頭一つ抜け出ることができる。
(空蝉がいないことで動揺してしまった……参ったな。どうするべきか。あ、いや何を迷うか私。本来我は鬼で此奴は逃げ手。
 問答無用に捕まえてしまってもなんら問題は……)
「…………」
チラリ、チラリとみちるはディーの顔を見やっている。
(………壱であり弐である、か……)
もし世に運命の女神という存在があるのならば、どうやら彼女は相当に意地が悪いらしい。
(何故だ。何故今更此奴を我が前に連れてきたのだ……)
対の存在。空蝉と、分身。図らずも、その連れる者たちもが対の形になっていた。
そして今、同じように別れ、バラバラになり、そしてその一片が目の前に現れた。現れてしまった。
(……似ているな)
捕まえることは躊躇われた。

213Donate/2:2004/01/20(火) 22:30
(よし、落ち着け。冷静になれ私。考えをまとめるんだ)
コホンと一つ咳払い。己の採るべき道を探る。
(まず私は鬼だ。逃げ手を捕まえること自体はなんら責められることではない。むしろ推奨されていることだ。
 何よりここで1点ゲットしておけば他の連中を大きく引き離せる。そこはオッケ)
そしてみちるの顔を見る。
(だが……空蝉の落胤。己が道を独りで行くことを望んだ、そしてあえて空蝉との袂を分ったこの少女。
 その心意気は見事なものだ。あえて独り艱難辛苦の道を行く。……ちっ、空蝉の、そしてこの小娘の気持ちがわかる己が恨めしい)
 以前の我なら……このような感情に惑わされることはなかっただろうに……)
頭を抱え、身をよじり、ムーンウォークっぽい動きで思い悩む。
(……そうか。なるほど、これが……)
初めての感じている感情。
(義理と人情の板ばさみというやつかッ……!)

「ガフッ……」

血反吐を吐きつつ、目を閉じ、さらに思い馳せる。
(ふ……空蝉よ。何やかんやと言いつつも、我らは似ているのかも知れんな。
我も彼の者を連れ、汝も此の者を連れ、共に戦った。
 ……ふ、そうだな。それも、悪くはあるまい。ここはひとつ、貴様に、昨日の礼をするのも……悪くはあるまい。
 貴様に直接礼を言うのはさすがに謀られるが……代わりに、この小娘へでも構うまい)

決意を固めると、ゆっくりと懐に手を入れる。
「……少女よ」
そして静かに、目の前の娘に語りかける。
「……我は汝がオロと慕う男の分身。ハクオロと呼ばれる彼の男は我が空蝉。確かに、双子のようなものだ……。
昨日は汝らには迷惑をかけたな。その代わりというわけではないが、ここで汝は特別に見逃してやろう。
ああそうだ。これを持て。どうせこのようなもの、今の我が持っていたとしても何の役にもたたん。
鬼と逃げ手の区別もつかん安物だが、汝が持てば多少は役にたつであろう。
 ふ……感謝される筋合いなどない。これは貴様への『侘び』でもある。
残念だが空蝉は汝との約束を果たせん。何故なら我が空蝉は我がこの手で捕まえてくれるからだ。!
 ククククク……だからその代わり、貴様は逃げろ。せいぜい長く、一秒でもな。
 空蝉をそれを望んでいるだろう……さあ、受け取れ! これが、我からの餞別だ!」

214Donate/3:2004/01/20(火) 22:31

(よし決まった! カッコいいぞ私! 宿命のライバルっぽさが醸し出ていてとても渋いッ!)

ビシッと決まったことに内心ほくそえみつつ、懐から探知機を取り出す。
 そして、目の前のみちるに……


 こつぜん 0 【▼忽然】

 (ト/タル)[文]形動タリ
たちまちにおこるさま。にわかなさま。
 「―と姿を消す」
 (副)
にわかに。突然。こつねん。
 「さう云ふ想像に耽る自分を、―意識した時、はつと驚いた/雁(鴎外)」


「…………ガフゥッ!!」


 とけつ 0 【吐血】

 (名)スル
 上部の消化管から出血した血液を吐くこと。胃潰瘍・胃癌・十二指腸潰瘍・食道静脈瘤破裂などによることが多い。吐いた血液は普通、暗赤色を呈する。
 「突然―して救急車で運ばれて行った」
→喀血 (かつけつ)


 ……閑話休題。

215Donate/4:2004/01/20(火) 22:32
「ふぅ助かった」
一方逃亡に成功のみちる。一連のやり取りの間に体力もやや回復。小走りでディーとの場所から遠ざかっていた。
「オロの双子のわりには抜けた奴で助かった」
 一応元は同じだったのだが……
「そう。みちるはオロと約束したんだから……オロもがんばってるんだろうから、みちるだってがんばらないといけないのだっ!
わざと大きめに声を張り上げ、己を鼓舞する。
 ……と。

スコーーーーーーン!

「にょぐわぅ!!?」
突如としてみちるの後頭部に衝撃が走った。
何やら硬いものが直撃。そのままもんどりうって地面に倒れる。
「にょわっ! にょっ! のおっ!!」
七転八倒。もだえ苦しむ。まるで陸に打ち上げられた鯉のようだ。
「な、なんだっ……!?」
 と涙目に振り向いてみれば、そこにあるのは……
「……これは?」
中空に何やら紙に包まれた塊が浮かんでいた。淡い光を帯び、ちょうど走っていたみちるの頭の高さにふわふわと浮かんでいる。
「………?」
ほうけた表情のままみちるがゆっくりと手を伸ばすと、勝手に光は消え、モノはすぽんと手のひらに収まった。
「…………?」
さらにわけもわからぬまま、紙包みを開いていく。
「……機械?」
 ……中に入っていたのは見慣れぬ機械。
そしてついでに紙の裏に、殴り書きで一言。


『勝手に使え!』

216Donate/5:2004/01/20(火) 22:32
【ディー 吐血。みちるに餞別として探知機を渡す】
【みちる 後頭部に多少のダメージ。逃亡成功。探知機ゲト】
【時間 四日目午後・川の下流】
【登場 みちる・【ディー】】

217名無しさんだよもん:2004/02/24(火) 13:47
<TR>
<TD width=36>748</TD>
<TD width=221><A href=SS/748.html>Twins</A></TD>
<TD>
みちる<BR>
【ディー】<BR>
  【しのまいか】<BR>
  【岩切花枝】
</TD>
</TR>

<TR>
<TD width=36>749</TD>
<TD width=221><A href=SS/749.html>Every time I speak your name</A></TD>
<TD>
ハクオロ<BR>
【エルルゥ】<BR>
  【少年】<BR>
  【観月マナ】<BR>
  【田沢圭子】
</TD>
</TR>

<TR>
<TD width=36>750</TD>
<TD width=221><A href=SS/750.html>見えない壁と白い悪魔と</A></TD>
<TD>
柚木詩子<BR>
【御堂】<BR>
  【天沢郁未】<BR>
  【相沢祐一】<BR>
  【川澄舞】<BR>
  【宮内レミィ】
</TD>
</TR>

218名無しさんだよもん:2004/02/24(火) 13:49
<TR>
<TD width=36>751</TD>
<TD width=221><A href=SS/751.html>chase and dance,and convergence?</A></TD>
<TD>
柚木詩子<BR>
神尾観鈴<BR>
  【御堂】<BR>
  【天沢郁未】<BR>
  【相沢祐一】<BR>
  【川澄舞】<BR>
  【美坂香里】<BR>
  【セリオ】<BR>
  【太田香奈子】<BR>
  【澤田真紀子】<BR>
  【折原浩平】<BR>
  【長森瑞佳】<BR>
  【伏見ゆかり】<BR>
  【スフィー】<BR>
  【トウカ】<BR>
  【神尾晴子】
</TD>
</TR>

<TR>
<TD width=36>752</TD>
<TD width=221><A href=SS/752.html>真昼の遁走曲</A></TD>
<TD>
柏木楓<BR>
【ウルトリィ】<BR>
  【国崎往人】<BR>
  【久品仏大志】<BR>
  【高瀬瑞希】<BR>
  【神奈備命】<BR>
  【鹿沼葉子】<BR>
  【A棟巡回員】<BR>
  【光岡悟】<BR>
  【アルルゥ】<BR>
  【ユズハ】<BR>
  『ムックル』<BR>
  『ガチャタラ』
</TD>
</TR>

<TR>
<TD width=36>753</TD>
<TD width=221><A href=SS/753.html>無駄かも知れぬ再戦</A></TD>
<TD>
柚木詩子<BR>
【御堂】<BR>
  【美坂香里】<BR>
  【セリオ】<BR>
  【太田香奈子】<BR>
  【澤田真紀子】<BR>
  【天沢郁未】<BR>
  【相沢祐一】<BR>
  【川澄舞】<BR>
  【名倉由依】<BR>
  【久瀬】<BR>
  【オボロ】<BR>
  【月島拓也】<BR>
  【北川潤】<BR>
  【住井護】<BR>
  【美坂栞】<BR>
  【月宮あゆ】<BR>
  【クーヤ】<BR>
  【マルチ】
</TD>
</TR>

219名無しさんだよもん:2004/02/24(火) 13:49
<TR>
<TD width=36>754</TD>
<TD width=221><A href=SS/754.html>8分の1の確率</A></TD>
<TD>
柚木詩子<BR>
【御堂】<BR>
  【美坂香里】<BR>
  【セリオ】<BR>
  【太田香奈子】<BR>
  【澤田真紀子】<BR>
  【天沢郁未】<BR>
  【相沢祐一】<BR>
  【川澄舞】<BR>
  【名倉由依】<BR>
  【久瀬】<BR>
  【オボロ】<BR>
  【月島拓也】<BR>
  【北川潤】<BR>
  【住井護】
</TD>
</TR>

<TR>
<TD width=36>755</TD>
<TD width=221><A href=SS/755.html>Donate</A></TD>
<TD>
みちる<BR>
【ディー】
</TD>
</TR>

<TR>
<TD width=36>756</TD>
<TD width=221><A href=SS/756.html>麗子のおつかい</A></TD>
<TD>
【石原麗子】<BR>
【リアン】<BR>
  【エリア】<BR>
  【ティリア】<BR>
  【サラ】<BR>
  『長瀬源之助』
</TD>
</TR>

<TR>
<TD width=36>757</TD>
<TD width=221><A href=SS/757.html>ダイゴの大冒険</A></TD>
<TD>
リサ・ヴィクセン<BR>
【坂神蝉丸】<BR>
  【醍醐】
</TD>
</TR>

<TR>
<TD width=36>758</TD>
<TD width=221><A href=SS/758.html>対決記〜諭吉を求めて三連戦!〜</A></TD>
<TD>
【柚木詩子】<BR>
【御堂】<BR>
  【美坂香里】<BR>
  【セリオ】<BR>
  【太田香奈子】<BR>
  【澤田真紀子】<BR>
  【天沢郁未】<BR>
  【相沢祐一】<BR>
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  【名倉由依】<BR>
  【久瀬】<BR>
  【オボロ】<BR>
  【月島拓也】<BR>
  【北川潤】<BR>
  【住井護】
</TD>
</TR>

220士族の愛憎劇:2004/04/18(日) 14:41
「……?」
 ソレに最初に気が付いたのは、トウカだった。
「…………」
 押し黙ったまま、腰の刀に手を添える。
「トウカ?」
 続いて浩平が、そんなトウカの様子に気が付いた。
「……どうした?」
「…………」
「何か、あるのか?」
 訝しげな浩平だが、トウカは何も答えない。
「…………」
 なおも押し黙ったままのトウカに、いい加減浩平がしびれを切らしかけた、その時、

 がささっ! がおっ!

「!?」
「浩平っ!」
 道の前方から、薮の揺れる音とセットのマヌケな声が聞こえた。
 長森の叫びよりも早く音の元に視線を送る――――いた!
「見つけたぞ金髪ポニテ!」
「わ、わっ!」
 顔に葉っぱと土をくっつけた状態の観鈴とピッタリ目が合う。
「……見つかったっ!?」
 瞬間――観鈴は駆け出した。薮の中から転がり出て、道のド真ん中を、やや前方につんのめりながら。
 観鈴ちんにしては妥当な判断だ。
 が、浩平も黙ってそれを見送るほどお人よしではない。浩平には観鈴を見逃す義理も人情もなければ、慈悲の心もない。
「とっ捕まえる! 行くぞ長森! ゆかり! スフィー! トウカっ!」

221士族の愛憎劇:2004/04/18(日) 14:42
「…………」
 しかし浩平について走り出したのは3人。唯一トウカだけは先程の位置に佇んだまま、道の後ろのほうを睨みつけている。
「どうしたトウカ! 追いかけるぞ!」
「いや、先に行かれよ浩平殿! 某はここに残る!」
 急かす浩平の言葉を、トウカは一喝する。
「なんだ!?」
「確証は無い、が、おそらく、追っ手が来る! 某は其奴を押し止める! その間に、浩平殿!」
 正直、浩平には追っ手の気配など皆目わからない。音も何もしないし、喧しい本人等をのぞけば当たりは静寂そのものだ。
 しかし相手は歴戦の勇士、エヴェンクルガのトウカ。その実力は浩平も重々承知している。
 ここは彼女の言う通りに任せることにした。
「わかった! とっ捕まえたらまた戻ってくる! それまでここで待ってろよ!」
「承知!」

 ――この少し前。浩平たちから若干離れた場所。
「おお、宮内の!」
「あ、岩切サン! それに……まいかちゃん!」
「おねぃちゃん!」
 ――正確に言えば、詩子と観鈴が別れた場所。少し前まで壮絶な喧騒が支配していた場所。
 そこで、岩切とその背中の幼女、道の向こう側から走ってきたレミィは再開した。
「獲物は!?」
 余計な口上は挟まず、用件だけを端的すぎるほどに吐き捨てる。
「途中ですれ違ったヨ!」
「そっちか!」
 睨み付けるのはレミィが駆け下りてきた山道。
「Non! ケド、一人だけ! さっきスゴイ音がしたから、たぶんもうダメ!」
「ならば!」
 二人の視線が揃ってもう一つの森の中の獣道に向けられる。
「あっちか!」
「ところでDは!?」
「死にかけだが元気だ! あっちで寝ている!」
 叫びながら自分の後ろをクイッと指差す。

222士族の愛憎劇:2004/04/18(日) 14:42
「あたりは血の海だからすぐ見つかる! せいぜい優しげに看病してやれ!」
「Ya!」
「とゆーわけで、またあとでねっ!」
 最後の締めはまいかが吐き、二人と一人はその場にすれ違い、各々の目指す先へと駆けて行った。


「……来たか!」
 場面は戻って待ち伏せトウカ。
 彼女の目線の先には、道の向こう側から鬼気迫る表情で迫ってくる岩切とその背中のオマケ。
 勘は当たった。ここで止めねば、確実に浩平の観鈴ゲット計画が非常に困難になるだろう。
 腰の刀をスラリと抜き放つと、トウカは高らかに叫んだ。
「某の名はエヴェンクルガのトウカ! ここから先は通さん! いざ尋常に勝――――ブッ!!?」
 名乗り終えないうちに、トウカの鼻っ面に岩切の足の裏が突き刺さっていた。
 そのままひっくり返るトウカ。一方岩切はその直後に綺麗に着地すると、何事もなかったかのように先を急ぎ……
「待て! 待て! 待てぃ! 待て待て待て待て待て待て待てぃ!!!!」
 慌ててトウカは起き上がると、岩切の直前に立ちふさがる。
「ふ、不意打ちとは卑怯な! 貴殿も戦士の端くれな――――なっ!?」
 が、またしても言葉は途中で遮られた。岩切は、今度は無言のままにその手に握った剣を振り下ろしてきたのだ。
「なっ!? くっ、このっ……卑怯者めがっ!!」
 純粋な剣術ならばトウカに分がある。
 多少は面食らったものの二度三度と切り返しを受け止めるうちに体勢も整え、情勢は次第にトウカが押す形となっていた。
「許さん! そのねじくれ曲がった性根、某が叩きなおしてくれるわ!」
 裂帛の気合と共に、トウカが最後のラッシュを仕掛ける。しかし岩切は、そんなトウカの一撃目を受け止めた瞬間。

 ぱっ。

 と両手を開いた。

223士族の愛憎劇:2004/04/18(日) 14:42
 当然のごとくDの剣は空中に踊り、緩やかな放物線を描くと二人の脇の地面に突き刺さる。
「!?」
 刹那、トウカの動きが止まった。
 止まった。
 さらに一瞬。
「――――がッ!?」
 うめき声すら漏らさず、トウカが膝をついた。
 水月を押さえながら、その場に蹲る。
 それを見下ろす岩切、ポツリと漏らした。
「――すまんな」
 地面に突き刺さる剣を抜くと、鞘に収める。
「お前は武士。闘うのが仕事だ。だが――――と、幼女。もういいぞ。目を開け」
「……ふう」
 岩切の声に従い、それまで背中でぎゅっと固まっていたまいかが目を開く。と同時に、身体の緊張も解けた。
「……かったの?」
「まぁな。少々卑怯な手段ではあったが」
「……ひきょう?」
「……いや、私は兵士。勝つのが仕事。それだけだったな。それより、先を急ぐぞ。
 足止めがいたということは、やはりこの先に獲物がいるということだ。急げばまだ間に合うやも――――ッッッ!!?」
 言い終わらぬうちに、岩切の背筋にゾクリとした感触が走った。
 すぐさまその場を後ろに一歩下がる。
「……いわきりのおねぃちゃん!? いまの……」
「お前も感じたか……間違いない。誰かの間合いに入った――――だが、これは――――!」
 付近を、岩切のそれだけで人を殺せそうな程鋭い緊張感が包む。

 パン パン パン

 ……しかし、そんな研ぎ澄まされた空気はまるで無視。聞こえてきたのは、呑気な拍手の音だけだった。

224士族の愛憎劇:2004/04/18(日) 14:43
「いやはや、さすがは花枝殿。見事な手並みであった」
 続いて森の奥より、これまたやはり呑気な、言葉どおり心底の感心だけを込めた言葉が聞こえてくる。
「己の得物を十分に相手に印象付けたところで自ずからそれを手放し、強制的に隙をこじ開け、明確な戦闘能力の差を埋め合わせる。某も感服いたしました」
 だが、岩切はその声を聞くといっそう殺気を強めた。
「……まさか、また貴様と会うことになるとはな……」
「……このっ、この声は……もしや……」
 再度剣を構えた岩切と、蹲ったまま依然動けないトウカ。二人が同時にその声に反応を示す。
「……ゲンジマル!」
「ゲンジマル殿!」
「然様」
 ガサリガサリと薮を掻き分け、一向の目の前に現れたのは、エヴェンクルガ稀代の英雄ゲンジマル。
「ウンケイの娘が闘っているから何事かと思えば……まさか相手が花枝殿、貴殿だったとは」
「……フン、どこかで見た耳かと思ったがそうか、ゲンジマル。お前と同族だったか……!」
 剣を正眼に構え、切っ先をゲンジマルへと向ける。
「……で、お前はどうするつもりだ? 同族の仇を討つか?」
「フム、それも悪くはありませんな。が、ウンケイの娘が貴殿に負けたのは実力の上でのこと。
 卑怯でもなんでもなく花枝殿、貴殿の作戦が見事だっただけのこと。某があれこれを口や手を挟むことではありませぬ。ウンケイの娘よ、そうだな?」
 言いながら、ゲンジマルの目線がトウカの目を射抜く。
「クッ……某、と、したことが……不覚、で、ありました……」
「その通りだウンケイの娘よ。皆が皆お前の武士道に付き合ってくれる道理も保証もどこにもない。戦場で相手が礼を守らなかったというのは、なんの言い訳にもならぬ」
 続いて岩切に向き直り、
「ということで、別段某としても仇を討つ云々のつもりはありませぬ。その点は花枝殿、ご容赦を」
「フン、ならばありがたい。私は先を急ぐのだ。ゲンジマル、見逃して――――」
「ですが……」
 だがゲンジマルは刀の柄に手を置いた。瞬間、岩切とは比べ物にならぬほどの圧倒的な闘気が、空間を支配する。
「――――もらえそうにないな」
 フッ、と岩切の唇が綻んだ。見様によっては嘲笑にも取れるその笑い。ただし対象は――――自分。

225士族の愛憎劇:2004/04/18(日) 14:43
「貴殿には借りがありますからな――――それを返さずして貴殿を見逃せるほどこのゲンジマル、人は出来ておりませぬ!」
「そうだろうなゲンジマル。だが私とて約束があるのだ。ここで立ち止まるわけにはいかない。押し通らせてもらう。……幼女、降りろ」
 構えは解かぬまま、背中のまいかにツッケンドンに告げた。
「え?」
「邪魔だ。その上少々危険なことになるかもしれん。離れて見ていろ」
「う、うん……」
 幼女もこれには素直に頷き、最後にばしゃっと岩切の頭に水を被せるとすたっと地面に降り立ち、とてとてと近くの木陰へと避難し、ちょっと考えた後、再度岩切に近づき、脇に倒れているトウカの腕をずるずると引っ張り、改めて木陰に隠れた。
「面目ない……」

「さて、準備は整ったぞゲンジマル。私はいつでもいい」
「何から何まで痛み入る花枝殿。ではそろそろ始めるとしましょうか」
「…………」
「…………」
 肌に刺さるほどの沈黙。そして緊張感。
「……ふむ、いざ太刀会うとなるとタイミングが取り辛いものだな」
「……同意ですな。某も今まで幾度となく闘いはくぐって参りましたが、何度経験してもこの瞬間は緊張しまする」
「……だが」
「この瞬間こそが」
「もっとも血沸き」
「肉踊る」
「楽しい」
「楽しい」
「楽しいぞこれは」
「然様、そして……」

『勝ってこそ、その悦びも至上のものとなる……』

226士族の愛憎劇:2004/04/18(日) 14:44
再び沈黙が場を支配する。
 今度はどちらも口を開かず、ひたすらにその瞬間を待つ。待ち続ける。
 午後の暑い太陽が照りつける。
 二人の戦士。武士と兵士。
 不気味なほどの静けさ。
 身を切るほどの沈黙。
 息が詰まるほどの覇気。
 どこかで鳥が飛んだ。

 トウカは、木の幹を背に、己の胸の中にキュッと幼女を抱きしめた。

 一陣の風が吹く。
 近くの木立が揺れた。

 枯葉がハラリと――――――――――――


 落ちた。


【岩切・ゲンジマル 再戦】
【トウカ・しのまい 観戦】
【浩平・ゆかり・長森・すひ 待てーーーー!】
【観鈴 待てと言われて待つ人はいないーー!】
【レミィ Dのもとへ】
【D 死にかけだが元気らしい】
【登場 神尾観鈴・【折原浩平】【長森瑞佳】【伏見ゆかり】【スフィー】【岩切花枝】【しのまいか】【宮内レミィ】【ゲンジマル】】

227背景〜Background〜:2004/04/18(日) 14:45
 木々の緑がついに切れ、晴れ晴れとした青空が頭上に広がる。昨日の雨が嘘のような、雲一つ無い晴天だった。足元のアスファルトは、ところどころ濡れて色が濃くなっている。
アスファルトに出来た水溜りが陽の光を跳ね返してキラキラ煌く。市街地ならではの雨上がりの光景だった。それはそれで、風情があるのかもしれない。虹が出ていれば完璧だったのだが。
 だが、少女――柏木楓にそれらを顧みる余裕は無かった。少しでも気を抜けば、後ろから追って来る鬼たちにあっという間に捕まってしまう。それだけは避けなければいけなかった。
 靴底に付いた泥が、アスファルトに擦れてキュッという嫌な音を立てる。それを聞き流しながら、楓はどう逃げるかを頭の中でシミュレートしていた。
 ――まず、大通りは絶対に避けなければいけない。左右に広い道は無駄にスペースを作るだけでなく、遮蔽物が無いため、
上空から追って来る二人の鬼――神奈とウルトリィに捕まる危険性が増大する。適度に狭く、かつ遮蔽物の多い場所が一番いい。森に戻ることが出来ればいいのだが、それを許してくれるほど後ろの鬼は甘くは無いだろう。
この市街地にそんな都合のいい場所があるだろうか。
 と、そこまで考えた時だった。楓の目にある物が止まった。
 それは、商店街の入り口のアーチ。
(あそこなら……)
 商店街ならいろいろな店がある。大体にして商店街と言うのは脇道が幾つかあるものだから、森ほどではないにしても複雑だ。それに上手い具合に屋根がついている。上空の鬼の飛行制限になるのではないか、と考える。
 楓はそう結論付けると、商店街に進路を変えた。

228背景〜Background〜:2004/04/18(日) 14:45
 商店街のアーチをくぐる。まだ真新しい商店街の屋根が光を遮り、心持暗くなったような気がする。
 ウルトリィは、楓を上空から追いかけつつも、内心歯噛みしていた。
「くっ……彼奴め、こんな所に入るとは……飛ぶには狭いぞ……」
 神奈が一人ごちる。ウルトリィはそれを聞きつけて、心の中で同意する。
(確かに狭い……このままではまずい)
 商店街の屋根は、せいぜい三階建ての建物程度の高さしかない。しかも道幅がそれほどある訳でもなく、神奈とウルトリィが並んで翼を広げたら、それで一杯になってしまう程度だった。
お互いの翼が邪魔になって、心理的にも物理的にも飛び辛い。プレッシャーがかかる。
 ウルトリィの仲間は、今楓を追いかけている先行組の中にはいない(アルルゥとユズハは微妙な所だが)。往人も、大志も、瑞希も、かなり後ろの方に引き離されている。
一人先行して逃げ手を捕まえる。その大任を任されているのに、このままでは何の役にも立たないまま終わってしまう。それでは三人に申し訳が立たない。
(こうなれば……もう低空飛行で追うしかない……)
 大空から急襲して捕まえる、それが無理なら、先行組の中に入って共に追うしかない。ウルトリィはそう決心すると、楓たちを見下ろして高度を下げようとした、その時だった。
 楓が、急にくるりと身を捻って一回転したのだった。まるで何かをかわすかのように、軸足を中心にくるりと回って、再び逃げ始めた。その直後、追いかけていた先行組の先頭にいた葉子が何かにぶつかったかのように弾かれた。
「きゃあ!?」
「葉子殿!?」
 それに気がついた神奈が声をあげる。さらにすぐ横を走っていた光岡悟も何かにぶつかったようだった。少しよろめくが、再び走り出す。葉子もすぐに体勢を立て直して元の速度に戻る。そしてアルルゥとユズハを乗せたムックルから、どん、という鈍い音が聞こえた。
が、それが何かを考える暇も無く楓は逃げ続け、先行組は追い続ける。ウルトリィはそれを無視することにして、再び高度を下げて楓を追い始めた。

229背景〜Background〜:2004/04/18(日) 14:46
 楓は商店街に入って、すぐに嫌な予感に襲われた。
 楓の勘は鋭い。よく「楓の勘は当たるからなあ」とよく言われる。その勘が何かをとらえた。
 気配がした。とても薄い微弱な気配だったが、それは間違いなく楓を狙っていた。気配が襲ってくる。伸ばされた手が見えたような気がした。
(くっ……!)
 身体を無理矢理捻ってかわす。勢いを殺さないようにそのまま軸足を使って回転する。上手くやり過ごせたようで、そのまま逃走を再開する。
 後ろから鈍い音が聞こえたような気がしたが、気にせず逃げる事に集中した。

 鹿沼葉子は楓のその動きをしっかり捉えていた。
(どうしたのかは知りませんが、チャンスです!)
 逃走の途中で回転運動などという無駄な動き。一瞬楓の速度が落ちる。その一瞬を逃さないように葉子は速度を上げる。間を詰めようとしたその瞬間。
 何かに思い切りぶつかった。
「きゃあ!?」
「葉子殿!?」
 神奈の声が聞こえる。体勢が崩れる。思わず転びそうになるがなんとかこらえる。
「!?」
 隣を走っていた光岡が顔を顰める。が、何事も無かったように走り続け、葉子の前に出る。
(しまった!)
 急いで体勢を立て直し、光岡の横に再び並んだ。
 光岡の向こうを走っていた虎から、どん、という音が聞こえたような気がしたが、気にせず追跡を再開した。

230背景〜Background〜:2004/04/18(日) 14:46
「ぜぇ、ぜぇ……あいつら滅茶苦茶だな……」
「き、きついわ……」
「むぅ……同志ウルトリィは大丈夫か……?」
 国崎往人、高瀬瑞希、九品仏大志が商店街に到着する。もはや足がふらついて走るのもままならない状態だが、このまま休んで見失ってしまってはいけない。ゆっくりとウルトリィ達を追いかける。
「……?」
 瑞希が何かに気付いて横を向く。
「どうした高瀬……ぜぇぜぇ」
「……ううん、何でもない……」
「そうか……なら追うぞ……」
「……人が、壁に埋まってたような……」
 ぽつりと瑞希が呟く。
「……むぅ、そんな演出まで用意してあるのか……?」
「んなアホな……」
 大志のボケに往人が辛そうに突っ込む。
「どうでもいいからさっさと追うぞ……ぜぇ、ぜぇ……」
「……そう、ね……」
「……そう、だな……」

231背景〜Background〜:2004/04/18(日) 14:47
「どうすればいいんだ……」
 幽霊のように小さな声が商店街に消えていく。
 その発生源は、楓達が通った後の店の壁から。
 その声の主は。
 一昔前のギャグ漫画のように、壁に張り付いて埋まっていた。
「どうすればいいんだ……」
 ビル・オークランドは壁に埋まったままポツリと呟いた。
 商店街で相変わらず背景していたビルは、遠目に逃げてくる楓を発見した。あの勢いでいきなり飛びつかれては気付かないだろうと踏んで、目の前を行くタイミングを見計らって手を伸ばして駆け寄った。
 だが、楓はひらりと身をかわし。
 その一瞬後、後ろから追ってきた鬼の集団にぶつかった。
 というか、轢かれた。
 常人ではありえないその速度にビルは弾き飛ばされ、最後にぶつかった虎に吹っ飛ばされて、壁に埋まってしまったという顛末だ。
 そして。
「ま、待ってくれぇ〜……」
 後ろから情けない声が聞こえてくる。
 へろへろのA棟巡回員の声。ゆっくり、ゆっくりと通り過ぎていく。ビルに全く気がつかない。そして行ってしまった。

 ぱぱぱら、ぱっぱっぱー♪

 どこかで聞いたことのあるファンファーレと共に、

 びるは、レベルがあがった! はいけい「かべにうまっているひと」になった!

 背景としてのレベルが一個上がったとさ。

「どうすればいいんだ……」

232背景〜Background〜:2004/04/18(日) 14:47
【楓 逃げ続ける 舞台は商店街】
【葉子 光岡 アルルゥ&ユズハ&ムックル&ガチャタラ 楓を追い続ける 先行組】
【神奈 ウルトリィ 低空飛行で楓を追うことにする】
【往人 大志 瑞希 かなり疲れている なんとかついていく】
【A棟巡回員 へろへろ なんとかついていく】
【ビル 背景としてレベルアップ 「壁に埋まっている人」】
【登場逃げ手:柏木楓】
【登場鬼:【鹿沼葉子】【光岡悟】【アルルゥ】【ユズハ】【ウルトリィ】【神奈備命】【国崎往人】【九品仏大志】【高瀬瑞希】【A棟巡回員】【ビル・オークランド】】
【登場動物:『ムックル』『ガチャタラ』】

233その思いが届けば:2004/04/18(日) 14:48
 咽喉が渇く。焼けるよう。
 呼吸が荒い。酸素が足りない。
 足が震える。痙攣しかけている。
 
 数時間のチェイスを経て、リサ・ヴィクセンの体力は限界に達しようとしていた。

 無論、蝉丸とのチェイスが始まってから、ずっと走りっぱなしだったわけではない。
 短時間ならば、蝉丸の隙をつき、その目を逃れて物陰に隠れて休む機会もあった。
 だが、その度に蝉丸は辛抱強く探索を続け、必ずリサを見つけ出した。

 ―――先ほどもそうだ。
 リサは歯噛みしながら思い出した。
 唐突に現れたMADDOG、醍醐の存在はリサにとってはむしろ幸運だった。
 蝉丸と醍醐、二人の鬼は互いに妨害をし、足を引っ張り合って、
その隙をついてリサは集落に逃げ込むことができたのだから。
 だが、それも時間稼ぎにすぎなかった。蝉丸と醍醐はやはり慎重に、集落の家を一件、一件調べ、
結局そのプレッシャーに耐え切れず、リサは隠れ家から飛び出してしまった。

 そして、依然チェイスは続いている。
 強化兵の蝉丸と、途中参加の醍醐はまだまだ体力に余裕があるようだ。

「ここまで来て獲物を横取りされるわけにはいかん!」
「女狐程度に勝負を長引かせているのが、無能の証拠よ!!」

 互いにそう罵声を浴びせ、互いに邪魔しあいながら、リサを追跡する余裕があるのだから。
 だが、それでも自分を再度見失うほどに、足を引っ張りあうということはもう無いだろう、とリサは思った。
二度も同じ失敗を犯すような男達ではない。

234その思いが届けば:2004/04/18(日) 14:48
(なんだ……それじゃ、もう私が捕まるのは決定?)
 互いに邪魔しあうことで、勝負が長引くだろう。だが、見失うということが無い以上、
遠からず自分は必ずつかまってしまうわけだ。

(それじゃ、こうやって走るのも無駄な努力ね……)
 ―――そんなふうに考えてしまうほどに、リサは疲れ果てていた。


(心が折れているようだな)
 醍醐の足払いをかわしながら、蝉丸は目の前を走る女性を観察した。
 後ろにいるのだから、その表情までは分からない。
 しかし、それでも分かることはある。
あの走りからは、絶対に逃げ切ってやるという意志や覇気が欠けている。

(そうなると、やはり一番の厄介はこいつか)
 蝉丸はチラリと横目で先ほど現れたライバルをにらんだ。
 蝉丸とて、ある程度は疲れている。対してこの乱入者はまだまだ体力も十分。
太った体躯に似合わずその動きも俊敏で、追跡に関する知識も豊富なようだ。
油断ならぬ相手である。

 だが、冗談ではない、と蝉丸は思う。
ここまで追跡に努力してきたところで獲物を掻っ攫われぬかもしれぬと思うと、
おおむね淡白な彼でさえ腹が立つ。

「ここまで来て獲物を横取りされるわけにはいかん!」
 その苛立ちからか、蝉丸にしては珍しく声を荒げる。
「女狐程度に勝負を長引かせているのが、無能の証拠よ!!」
 醍醐はそれに、ニヤリと笑って言葉を返す。

(ち……そうかもしれんな)
 慎重すぎたかもしれん。蝉丸はそう思った。御堂のような強引さが自分にあれば、勝負は既に決まっていたかもしれない……

235その思いが届けば:2004/04/18(日) 14:49
(ならば、勝負を決めるか!) 
 スっと目を細める蝉丸。

 だが、まるでその気を外す様にして、甲高く幼い少女の叫び声が、蝉丸の耳に突き刺さった。


 昼下がり、駅舎は大人数でひしめいていた。
七瀬、佐祐理、清(略、垣本、矢島、べナウィ、美汐、琴音、葵、瑠璃子、そして真琴のしめて11人。
駅舎の外にいるシシェを入れれば、11人と1匹か。

 茜と澪は、シャワーと着替え、それから食事を終えた後、既に暇を告げて立ち去っていた。
なんでも詩子という仲間を探したいらしい。
 同行しようか迷うべナウィに二人はどこか謎めいた笑いを見せると、
『いえ、シシェさんもお疲れでしょうし、休ませた方がよいでしょう』
『うんうん、シシェさんに蹴られたくないの』
 と告げて(書いて)、今までお世話になりました、と頭を下げていた。
 べナウィは困惑していたが、何か思い当たることがあったのか微妙に赤らんで、
『分かりました。あなた方にもよい縁を』
と答えていた。

 そのべナウィはというと、今は湯飲みを片手に、美汐と和やかに談笑している。
「粗茶ですいません……」
「いえ、おいしいですよ。すばらしいお手並みです」
 そんな会話が聞こえてきて、
(お茶なんてさっきから何杯も飲んでいるじゃないよぅ)
 と、真琴はなかば呆れ、なかばすねた感じでつぶやいた。

 どうも、この二人。何があったか知らないがなかなか他の人が入りにくい雰囲気を作っている。
 武術の事でべナウィと話したいことがあるのか、葵がなんとかその空気に入ろうと頑張っていたが、
基本的に遠慮がちな彼女の事、結局失敗して横目でチラチラ二人の事を見ながらお茶を飲み、
琴音がポンポンとなぐさめるようにその肩を叩いていた。

236その思いが届けば:2004/04/18(日) 14:49
 真琴はため息をついて、駅舎のほかの人達を見回した。
 他の連中もおおむねマッタリモードだ。清(略などは、
「ええい! まだ戦いは終わってはおらぬぞ! 出番を! もっと活躍を!!」
 などと叫んでいるが、
「いや……いい加減俺は限界なんだが……いてて! 姉さんもっと優しく!
つーか、なんで俺の手当てを姉さんがやってるんですかい?」
 と、矢島が答え、彼の手当てをしている七瀬は憮然とした表情で、
「何言ってるのよ! あんたが頼んだんじゃない!」
 と文句をいう。
「あー……そうでしたっけぇ?」
 とぼける矢島に、どこか優しく佐祐理が微笑んだ。
「あはは〜 矢島さん、昨日、七瀬さんが垣本さんをお手当てしていたのが、うらやましそうでしたね〜」
「え……そうなの? 矢島」
「は!! んなわけねー!! ただ、佐祐理さんの手を煩わせるのも悪いかな、と思っただけっすよ!」
「はいはい。私の手を煩わせるのはOKなわけね。ほら、その汚い顔、そっちに向けて!」
 そう言って消毒を続ける七瀬の手つきは、口とは裏腹にどこか優しかった。

 ……ちなみに、垣本はというと部屋の隅でしゃがんだままエヘラエヘラと笑っていた。
「佐祐理さんの胸が……俺の顔に……」
 たまにそう呟く垣本はおおむね幸せそうに見えたので、みんなそのまま放置していた。

(あうーっ……あそこもなんか春みたい……)
 春が来てずっと春だとやっぱり困るんだなぁ、と真琴はぼんやり思った。
 かくいう真琴も、今から出て行って逃げ手を捕まえるほど気力があるかというと微妙である。
 まあ、なんだかんだいって一人は自力で捕まえたのだ。それなりに満足もしている。
 ただ、このままのんびりまったりお茶するのには、彼女はちょっと元気すぎた。

237その思いが届けば:2004/04/18(日) 14:49
(散歩でも行こうかな。美汐なんかほっといて)
 そう思い、窓から空をぼーっと眺めている瑠璃子を誘おうと、声をかけようとして、
それよりちょっと早く佐祐理が声をかけた。

「あ、瑠璃子さん。ひょっとしたらって思ってたんですけど、お兄さんいらっしゃいませんか?」
「うん……いるけど……佐祐理ちゃん、お兄ちゃんに会ったの?」
「やっぱりそうだったんですね〜 はい、昨夜お会いしました」
 その言葉に、顔をゆがめて瑠璃子が尋ねた。
「佐祐理ちゃん、お兄ちゃんにひどいことされなかった……?」
 佐祐理は笑って手を振った。
「あはは〜 そんなことないですよ。よくしてもらいました。実はですね―――」
 真琴は瑠璃子を誘うことを諦めて、昨夜の事を話す佐祐理の声を聞き流しながら、駅舎から外に出た。


「ん〜……! いい天気〜!」
 青空の下、歩きながら伸びをする。
 天候は良好。気温も温暖。お昼寝には持って来いの環境だ。
 やっぱり雪が降る季節より、こういう方が好きだと思う。

「今も逃げてる人っているのかなぁ?」
 こういうマッタリとした天気の下で、今も必死に逃げてる人たちがいるのだろうか?
 ゲームがまだ終わっていないのだからいるはずなのだが、どうもそれが遠い世界の話に思えてしまう。

 真琴は今まで会って、別れてきた逃げ手の人達のことを思い出した。

238その思いが届けば:2004/04/18(日) 14:50
 ひかりさん。秋子さんに似たあのおっとりした大人の人は、今も逃げ続けているのだろうか?
おっとしとした外見とは裏腹に、なんとなくしぶとそうなイメージはある。

 教会で別れてしまった人たちはどうだろう。琴音が元々いたチームである、詠美に由宇にサクヤ。
彼女達が凸凹コンビをひきつけてくれたからこそ、真琴達は無事に教会から逃げ出すことが出来たのだ。
あの後捕まってしまったのだろうか。それとも、まだ鬼にならずに粘っているかもしれない。

 それからリサ。自分達が助けてあげた人。出会って別れたのはすぐだったけど、
真琴から見てもすごく格好いい人で、印象に残った。 
あの人の事を思い出すと、なぜか狐の事を連想してしまう。真琴とは違う、もっと鋭くてしなやかなイメージの……

「って……あれって、リサ!?」
 真琴は驚きの声を上げた。
 見上げた山の、木々の合間に見える道を駆ける三人の姿。
 そのうちの一人、逃げている女性の姿は、間違いなく昨日あったリサのものだ。
遠目からだが、分かる。襷はかけていない。まだ逃げ手なのだ。

「あ、あ、あう……!」
 ここからは大分遠い。いっしょになって追いかけるなんてできそうもない。
 というか、真琴がまごつくうちにも、彼らの姿は山林の中へ消えていきそうだ。
 
 だから、ほとんど何も考えずに、真琴は叫んだ。
彼女の小さな体に許されるだけの、力いっぱい大きな声で。

「リサーーーー!! ガンバレーーーー!! そんなやつらに負けちゃダメだよーーーーっ!!」

 だが、その声になんの反応をすることなく、リサの姿は視界から消えた。

239その思いが届けば:2004/04/18(日) 14:50
「あうー……聞こえなかったみたい……」
 がっかりする真琴。だが、背後からの声がそれを否定した。
「そんなことないよ。きっと届いたよ」
「あれ? 瑠璃子?」
 ふりむくと、そこには瑠璃子の姿があった。佐祐理の話のせいだろうか。
その顔に浮かぶ微笑には影がなく、本当に嬉しそうだ。

「真琴ちゃんの思い、きっと届いたよ」
 青空の下、腕を広げて風を受け、華やいだ声で瑠璃子は言う。
「こんないい天気だから、どんな思いだってきっと届くよ。
―――今、私にも一つの思いが届いたから」
「……うん! そうだよね! きっと届いたよね!」
 真琴も笑うと、リサの消えた方へ思いっきり手を振った。 
  
 
 突如聞こえてきた少女の叫び声に気合をそがれ、蝉丸は舌打ちをしながら、
走りながら声のした方をチラリと見た。
 目に入ったのは、大分遠いところに見える駅のような施設。
それから、こちらに向かって叫ぶ小柄な少女の声だ。
 鬼のようだが、こちらにわってはいるつもりはないらしい。
というより、今にも木に邪魔されて視界から消えそうだった。

240その思いが届けば:2004/04/18(日) 14:50
「……!?」
 視線をリサの方へ戻して、蝉丸は軽く驚く。
 思った以上に距離が離されていたのだ。そしてなにより―――
(走りから諦めが消えただと……?)
 蝉丸は口の中で再度、舌打ちをした。

 
 ほんのわずかだけど、それでも確かに戻ってきた力に押されて、リサは走る。
 姿を見ることは出来なかった。合図を返すことも出来なかった。
それでも、あの声が誰のものかリサには分かった。

 子狐を思わせる、あの子だ。

 雨に凍え、震えたときに出会ったあの暖かさがよみがえる。
(フフ……私にもそういうの、あったわね)
 基本的に単独行動で、そのことに後悔はないけれど、ずっと一人だったリサにもそういう縁があったのだ。
 それはほんの束の間で、他愛も無いことかもしれないけれど―――

241その思いが届けば:2004/04/18(日) 14:51
(OK……やってやるわ)

 策はもう思いつかない。そんな余裕は無い。
 汗と泥にまみれて、きっと顔はぐちゃぐちゃ。
 CoolもBeautyも今は返上だ。

 ただ、走る。ただ、足を動かす。
 数十分後か、数分後か、数秒後か。
 それは分からないけど、つかまってしまうその瞬間までは―――

(精一杯、走ってやるわ。覚悟してね。お二人さん!)
 その顔には、彼女らしい不敵な笑みが戻っていた。


【4日目午後  駅舎及び、山道】
【茜、澪は詩子を探して、駅舎から旅立つ】
【登場 リサ・ヴィクセン】
【登場鬼 【醍醐】【坂神蝉丸】【七瀬留美】【清水なつき】【倉田佐祐理】【垣本】【矢島】
【沢渡真琴】【月島瑠璃子】【松原葵】【姫川琴音】【天野美汐】【ベナウィ】【里村茜】【上月澪】『シシェ』】

242ずっと傍に:2004/04/18(日) 14:51
「すばるさんは大丈夫でしょうか?」
 夕霧が心配そうに呟いた。
 すばるを探し始めてもう5時間はたっただろうか?
 その間に、まだ顔を出したばかりだった太陽は中天に差し掛かり、いまだ残っている水たまりをその光で照らしている。
 しかしいまだ探し人の姿は見つからなかった。
 その事が不安なのかこころもち夕霧の眼鏡も曇っている。
「まあ心配ないであろう。この島にはどうやらそれほど危険な生物は放たれてない様であるしな」
 すぐ右側で夕霧の心配を解きほぐす様にやさしく微笑みかけるのが危険な生物トップランカーの一匹、ダリエリ。
 その眼光のみで大熊を撃退することすら可能な夕霧LOVE♪ のお茶目な数百歳だ。
「しかし、これだけ探しても見かけるのが鬼ばかりということは、もう終わりは近いということでしょうね。どうしましょうか?」
 もう一人の連れである高子。
 参加人数と島の広さ、そしてすばると分かれた時間から考えて残り時間の間にすばるを見つけることは不可能に近いと思ったのだろう。
 そしてその判断は正しい。
「ふむ、そうだな」
 腕を組み、これからについて考える。
 このパーティーでは暗黙の内にダリエリがリーダーということになっていた。
 やはり唯一の男手であるし、何よりエルクゥの長としての経験も豊富だ。多少自分の趣味を優先しすぎるという難点はあるものの、まあこのメンバー中では一番の適役であろう。
「さて、どうするか……」

「あれ?」

 その時夕霧は、ダリエリの肩が小刻みに揺れていることに気がついた。
 よく見ると足を微妙にゆすっていて、どこが落ち着きがない。そわそわしている。
「何か気になる事でもあるんですか、ダリエリさん?」
「うん? あ、いや、なんでもない。これからのことを考えていただけだ」 
「あ、そうですか」
 納得の意を示す。

(……まあ、伝えてどうなるものでもないからな)

243ずっと傍に:2004/04/18(日) 14:52
 実は、ダリエリには物凄く気になっていることがあった。
 というよりうずうずしてると言おうか。
 できるだけ表面には出さないようにしていたつもりだが、どうやら失敗したようだ。
(できれば、参加したかったが)
 先程から感じている、少し離れた場所の二つの巨大な力。
 そして始まった力同士の交錯。
 片方は紛れもなく……
(次郎衛門……いやいっちゃん、流石だな)
 最強のエルクゥであるはずの自分が怖気を覚えるほどの力。
 あらためて友の凄まじさを知る。
 しかも、どうやらもう一つ感じられる力は、それすら凌いでいるようだ。
 まさに極限の闘い。体に歓喜の震えが走る。
 かの二人はどれほどの闘いを行っているのであろうか? どれ程の力を見せてくれるのであろうか?
 バトルマニアの血が騒ぐ。
(しかし……)
 少し目線を横に向ける。
「どうかしましたか?」
 そこには今生の天使がいた。
 全てを捨てても守ると決めた、眼鏡の妖精。
(夕霧嬢のそばを離れるわけにはいかぬな)
 これが普通の状態であれば、少々夕霧に待っていてもらって自分も参戦したかも知れない。
 しかし不幸にもダリエリは普通の状態ではなかった。
 といっても体の調子が悪いとかいうわけではなく、もっと別のことだ。

 ……これだけ探しても見かけるのが鬼ばかりということは、もう終わりは近いということでしょうね……

 先程の高子の言葉が頭をめぐる。
 …そう、終わりは近い。
 ダリエリは鬼ごっこ参加前を思い返した。

244ずっと傍に:2004/04/18(日) 14:52
  「ヨークよ。リズエルの奴がイベントを計画しているのは知っているか?」
  ――ああ、知っている。
  「ふむ、それならば言いたいこともわかるな」
  ――想像はつく。
  「なら、今すぐ我に体を与えろ」
  ――すまないが、不可能だ。
  「なに?」
  ――以前ならともかく今の弱った私にそこまでの力はない。
  「ふむ、確かにそうだろうが条件付ならばどうだ」
  ――条件?
  「例のイベントの間だけもてばよい。無論が全力が出せる肉体でだ」
  ――可能だ。ただし本当にそれだけになるぞ。
  「ならば頼む。我が宿敵が待っているのでな」


 あの時は次郎衛門と挨拶がてら遊ぶだけのつもりだった。
 しかし今はそれより重要なことがある。
 適うなら共に生きたい。しかしそれが適わぬ儚い夢であることも解っている。
 この鬼ごっこが終われば再びヨークに戻らなくてはならない。
「ダリエリさん。どうしたんですか? やっぱり何か……」
 ダリエリは心配そうにこちらを気遣う夕霧を見てかつてを思った。
 エディフェルは次郎衛門に出会い、同族を裏切った。その気持ちが今はよくわかる。
 あの頃夕霧に出会っていたならひょっとして裏切ったのは自分だったかもしれない。

245ずっと傍に:2004/04/18(日) 14:52
「いやなんでもない、夕霧嬢。
 ……そうだな、このまま探していても埒があかないな。ひとまず屋台でも探しながら、開始地点に戻ってみるか。
 何か良い情報が得られるかもしれん」
「あ、それもそうですね。何か温かいものも食べたいし。
 高子さんは?」
「あ、私もそれで良いですよ」
「なら移動するか」

 祭りの終わりは近い。
 ならばその時までは、ずっと傍に……

【4日目昼】
【ダリエリ 鬼ごっこの間、夕霧と共にいることを決意】
【登場鬼 【ダリエリ】【夕霧】【高子】】

246名無しさんだよもん:2004/04/26(月) 21:43
<TR>
<TD width=36>759</TD>
<TD width=221><A href=SS/759.html>士族の愛憎劇</A></TD>
<TD>
神尾観鈴<BR>
【折原浩平】<BR>
【長森瑞佳】<BR>
【伏見ゆかり】<BR>
【スフィー】<BR>
【岩切花枝】<BR>
【しのまいか】<BR>
【宮内レミィ】<BR>
【ゲンジマル】
</TD>
</TR>

<TR>
<TD width=36>760</TD>
<TD width=221><A href=SS/760.html>背景〜Background</A></TD>
<TD>
柏木楓<BR>
【鹿沼葉子】<BR>
【光岡悟】<BR>
【アルルゥ】<BR>
【ユズハ】<BR>
【ウルトリィ】<BR>
【神奈備命】<BR>
【国崎往人】<BR>
【九品仏大志】<BR>
【高瀬瑞希】<BR>
【A棟巡回員】<BR>
【ビル・オークランド】
『ムックル』<BR>
『ガチャタラ』
</TD>
</TR>

<TR>
<TD width=36>761</TD>
<TD width=221><A href=SS/761.html>その思いが届けば</A></TD>
<TD>
リサ・ヴィクセン<BR>
【醍醐】<BR>
【坂神蝉丸】<BR>
【七瀬留美】<BR>
【清水なつき】<BR>
【倉田佐祐理】<BR>
【垣本】<BR>
【矢島】<BR>
【沢渡真琴】<BR>
【月島瑠璃子】<BR>
【松原葵】<BR>
【姫川琴音】<BR>
【天野美汐】<BR>
【ベナウィ】<BR>
【里村茜】<BR>
【上月澪】<BR>
『シシェ』
</TD>
</TR>

<TR>
<TD width=36>762</TD>
<TD width=221><A href=SS/762.html>ずっと傍に</A></TD>
<TD>
【ダリエリ】<BR>
【夕霧】<BR>
【高子】
</TD>
</TR>

247せめて最後の援護を:2004/05/05(水) 23:21
 前を向き、彼は走る。ひたすらに、足を動かす。
 彼は必死だ。恐怖に駆り立てられて彼は走る。
 だが、悲しいかな。所詮、彼は凡人。
はるか前を行く人外の集団に追いつけるど道理など無い。

 ―――だからなのだろうか。彼が前から視線をそらし、地に顔を向けたのは。
 ―――だからなのだろうか。彼が誰も気付くことの出来なかった、地に埋められた男に気付くことが出来たのは。

「……な、なにをやってるんだ?」
 その異観に、彼は思わず足を止め、呟く。
 その呟きに、男は驚いたように目を見開き、それから微笑んだ。
「……ようやく、私を見てくれたんだな―――」

 柏木楓と彼女を追いかける集団は、三つへと分割されようとしていた。
 
先頭集団は、まず楓。
 それを追う、途中参加であり体力を残している光岡。
 それから、同じく途中参加であり体力に余裕を残しているアルルゥとユズハだ。
いや、正確にいうのなら、体力を残しているのは彼女達が乗るムックルであるが。

続く集団はまず葉子だ。意識せざる障害物の妨害によって勝負手をミスしたこと、
さらにユンナ戦での疲労が残っていることが災いして、先頭集団から少し遅れてしまっている。
 さらに続くのはウルトリィに神奈。商店街のアーケードの中ということで、二人ともかなり飛びにくそうであり、
やはり先頭集団から少し遅れてしまっていた。

248せめて最後の援護を:2004/05/05(水) 23:21
 そして、最後の集団は往人、大志、瑞希の三人。
その先頭を走る往人は徐々に視界から消えていく前の集団をにらんで、歯噛みした。
(くそ……とてもじゃないが追いつけねぇ!)
 そもそも身体能力が違いすぎる。前を行く能力者たちは互いに妨害しあい走ることに専念出来ていないせいで、
常人である彼らもなんとかついていっているが、それにも限界がある。

「ねぇ……ごめん……私……もう、だめかも……」
「……やむをえんか」
 後ろから息を切らしながら瑞希がいった。
大志もまたよほど疲れているのか、いつもの無駄口を叩かずうめくように言葉を吐き出す。
 確かに彼らは疲れていた。昨日、友里との勝負が長引いて、結局一睡も出来なかったことが響いているのだ。

(だが、そいつはウルトリィだっておなじだろう……!)
 往人は、はるか前ではためく白い翼をにらむ。彼女だって疲れているはずなのだ。
だが、ウルトリィは目の前を行く能力者達に一歩もひかずに競り合っている。
(くそ……! 俺にはなにもできねぇのか!?)
 彼女のために何もしてやれない。追いつくことも、何か援護をすることも。
そのことが、往人を苛立たせる。
 おそらく、もう逃げ手も少ない。これが最後の勝負かも知れぬ。
なのに自分は指をくわえて勝負を見守るしかないのか?

「憤懣やるかたないといったところだな、同士?」
 走りながら、背後から大志が声をかけてきた。
 こいつは、いつも唐突に話をしてくるな―――そう思いながら、往人は大志をにらみつけた。
「だったらなんだ?」
「いやなに、思いは同じと思ってな。我輩もこのまま終わるのは気に食わん」
「……なんだと?」
「この状況で我輩達が決定的に状況を変えることはできまい。
だが、同士ウルトリィの援護ぐらいはできよう。同志往人よ、お前の力を使えばな」
「考えがあるっていうのか?」
「うむ。聞いてみるかね?」

249せめて最後の援護を:2004/05/05(水) 23:22
 走りながら小声で告げられた大志の作戦は簡潔なものであり……
「……この距離じゃ難しいぞ」
 往人の能力を超えたものでもあった。
「だが、このままでは状況は同じだ。我輩としても、どうせならば一度は手を組んだウルトリィに勝利して欲しい」
 チラリと後ろを向き、もはや走ることすら困難な瑞希を見て、
「我輩たちも他に何も出来そうにないしな」
 そう付け加える。

 往人はもう一度、前をにらむ。遠い。しかも走りながらだ。大志の提案は己の能力を超えている。
だが―――もはや彼に出来ることは、その他に無いのだ。
(出来るはずだ……! やってやる!!)
 前に手をかざし、法力を使うべく集中力を高めながら、往人は叫んだ。

「ウルトリィ! 今から最後の援護をする!!」


 葉子、神奈、ウルトリィの第二集団も、互いへの妨害が激しくなってきた。
「神奈さん! 何とか前へ!!」
「わ、分かっている! しかし……!」
「いかせません!!」

 自分がウルトリィを押さえ、神奈を単独で先頭集団に追いつかせる。それが葉子の目論見だ。
 実際、それしか選択肢はない。
 よく状況が把握していないのだが、前を行くアルルゥ達は、ウルトリィに協力しているらしい。
 ならば、せめて神奈だけでも前に行かせないことには勝負にならないのだ。

250せめて最後の援護を:2004/05/05(水) 23:23
 ウルトリィにも葉子の考えなど先刻承知なのだろう。だから、葉子からの不可視の力による妨害を法術でしのぎながら、自分もまた風の法術で神奈の飛行を邪魔する。

(思ったよりも粘りますね……!)
 葉子は歯噛みした。自分の作戦は成功しかけている。
疲れてきているのだろうか、相手の術の威力も下がってきているのだ。
もうすぐ神奈を前に出すことが出来るだろう。
 だが、ここで時間を浪費するわけには行かない。目標は彼女を脱落させることではなく、楓を捕まえることなのだ。
これ以上先頭集団から引き離されることは致命的になりかねない。

(たいしたものですね……賞賛します)
 葉子は思った。相手の疲労は顔色で分かる。
それでもウルトリィは一歩もひかず、神奈を前に出さず、ともすれば自分が前に出ようとする。
その、気力は確かに賞賛に値する。だが、これ以上勝負を長引かせるわけにはいかない。

(ですが、ここで決めます!!)
 スっと、目を細め葉子は集中力を高めた。この状況で許される限りの力を集め始める。
 だが―――
「ウルトリィ! 今から最後の援護をする!!」
 いざ、その力を使おうとした矢先、かなり後方からそんな叫び声が聞こえてきた。

「往人さん!」
 顔を輝かせるウルトリィ。
(援護ですか……!?)
 力をためているため、とっさに反応できない葉子。

251せめて最後の援護を:2004/05/05(水) 23:23
 そして―――バンッと、葉子の腰の辺りで破裂音がして。
 スカートのホックがはじけ飛んで、ずり落ちて、

「え……?」
 ずり落ちたスカートが足にまとわりき、走っていた葉子は転倒した。

―――熊さんパンツをむき出しにして。


 大志が叫んだ。
「走っている時に、スカートが落ちれば転倒は必定! よくやったぞ同士!!」
 往人が叫んだ。
「一人は仕留めたぞ! 行け、ウルトリィ!!」

 釘バットが背後から大志を叩きつぶした。
 光の法術が往人を吹っ飛ばした。


「……?」
 先頭を走る楓は、眉をひそめた。
 背後から追ってくる気配が、かなりの数消えたのだ。
 
 振り返り、事態を確認する誘惑に駆られるが―――
(そんな余裕、ないよね)
 彼女は勝ちたかった。その思いは強く、だから彼女にはなんの油断も慢心も緩みも余裕もなく。
 
 故に楓は振り返ることなく、ただ走り続けた。


鬼ごっこ開催四日目。昼下がりを迎えた商店街には、
血まみれになった大志と黒焦げになった往人を取り囲む、四人の淑女の姿があった。

252せめて最後の援護を:2004/05/05(水) 23:24
「あんたらは一体何を考えてるわけ……?」
 瑞希は顔をひきつらせながら、釘バットを突きつける。
「全くですね……ぜひお聞きしたいものです」
 ウルトリィもまた同じように顔をひきつらせながら、拳に力を込める。
「裏葉に教わったぞ。こういうのを女子の敵というのだな」
 神奈が怒りに満ちた目で二人をにらみ、
「こんな屈辱を味わったのは初めてです……」
 葉子の目はもはや怒りを通り越して、愉悦の表情すら浮かんでいた。

 ゴゴゴゴ……と効果音が聞こえてきそうな、重苦しい空気の中、往人は必死で声を出した。 
「いや、待てお前ら! 話せば分かる!! つーか……!」
 往人は商店街の向こう、楓達が消えた方を指差した。
「鬼ごっこはどうした鬼ごっこは! 俺が折角援護してやったっていうのに……」
「何が援護ですか、何が!! やっていいことと悪いことがあるでしょう!!」
 ウルトリィが往人の襟首を掴んで、ブンブンと振った。
「前から思ってたんです! あなたは女性にたいする礼儀とか気遣いとかがなさすぎるのです!
思えばあなたは最初から無礼者でした!
私の羽に泥をぶつけたり! ご不浄のことを言い出したり!
ああもう……!
友里さんから助けてもらったときは、少し感動したのに……!!
今もまた、援護だと聞いて期待してしまった私がものすごく馬鹿みたいじゃないですか!!」
 一気にまくしたてるウルトリィに、往人がぼそりと聞いた。
「……お前、感動なんかしてたのか?」
「そういうところを聞き返すあたりがダメなのです! あなたは!!」
「落ち着きなさい、ウルトリィさん」
 真っ赤になって怒鳴るウルトリィを葉子が穏やかな声で抑えた。

253せめて最後の援護を:2004/05/05(水) 23:24
「フフフ……楽しくなってしまいますね。ここまで人を怒らせることができるとは」
 葉子は穏やかな笑みを口元に浮かべる。目は全く笑ってなかったが。
「一体何時間説教できるのか……記録を伸ばしてみるのもよいかもしれません」
「付き合うぞ、葉子殿。余の連れ合いを侮辱した罪は重い」
「よろしくお願いします、神奈さん。
そうですね……神奈さんにはいざという時私を止めてもらう役目もしてほしいです。
フフ、困ったものです。私も修行が足りませんね。自制をきかせられる自信がまるでありません……」
「心得たぞ、葉子殿。思えば葉子殿にはお世話になった。余としても葉子殿の役に立てそうで嬉しいぞ」
 力強くうなずく神奈に、瑞希もまたうなずいた。
「私も協力するわ、葉子さん。この馬鹿どもをコントロールできなかった私にも責任、あるもの。
 あ、良かったらこれ、使ってね」
 そういって、釘バットを差し出す。
「お二人ともありがとうございます。さて、あなた方、なにか言い残したことはありますか?」

 濃密になっていく殺気を前に、往人は大志に向かって叫ぶ。
「いや、だから待て! おい、大志! 言い出したのはお前だろ! なんか言えよ!!」
 往人から話を振られて、大志はフム、とうなずいた。
「強いて言うのならば……葉子とやら。その年で熊さんパンティは我輩としてもどうかと―――」
「余計なこと言ってんじゃねぇ!! おいこら、そこまて! 無言で釘バットを振りかざすな! 目が怖いぞマジで!!」
「釘バットに始まり釘バットに終わるか。フム、これもまた我輩らしい鬼ごっこであったな」
「綺麗にまとめてんじゃねぇよ! ああ、糞! 俺が一体何をしたって言うんだぁぁぁ!!」
「それが分からないのが、一番の問題なんです!!」
 ウルトリィと葉子が同時に叫んだ。

 
 ―――一方その頃。

254せめて最後の援護を:2004/05/05(水) 23:25
「そうか、あんたも苦労しているんだな」
「ああ。まさしくどうしたらいいんだ、といったところだ」
「でも、出番があるってのも考え物だぞ? 説教食らうわ、カタパルトにされるわ」
「そうか。どうしたらいいか分からないものだな」
「お前は、俺と違って名前も顔もあるんだぜ。きっとどうにかすれば、いいことがあると思うぞ?」
「どうしたらいいんだ?」
「さぁなぁ……」
 往人達からそう遠くないところで、A棟監視員とビルは親交を深めていた。

【楓 逃げ続ける 舞台は商店街】
【光岡、アルルゥ&ユズハ&ムックル&ガチャタラ 楓を追い続ける】
【葉子、神奈、ウルトリィ、往人、大志、瑞希 追跡脱落】
【A棟巡回員、ビル 祝、脱背景 追跡脱落】
【登場 柏木楓】
【登場鬼 【鹿沼葉子】【光岡悟】【アルルゥ】【ユズハ】【ウルトリィ】【神奈備命】【国崎往人】【九品仏大志】【高瀬瑞希】【A棟巡回員】【ビル・オークランド】】
【登場動物:『ムックル』『ガチャタラ』】
【四日目午後】

255自分の力で:2004/05/05(水) 23:38
 鬼ごっこも四日目を迎え、日も頂点を過ぎて大分立つ頃。
残ったわずか5人の逃げ手の一人、みちるは手にしたレーダーを見てため息をついた。
「ふぅ……なんとかやりすごせたよ」
 レーダーの画面には、先ほどまで存在していた光点が消えていた。

 ふう、とみちるは再度ため息をついた。
 残った逃げ手は本当に少ないらしい。Dと別れてからそれほど時間もたっていないのに、
鬼の側をやり過ごしたのはこれで三回目である。
レーダーは強力な武器だが、それでも絶対ではない。有効範囲自体はそれほど広くはないのだ。
走力で勝る相手にレーダーの有効範囲外から視認されてしまえば、
自分にもはや成す術がないということはみちるにも分かっていたし、
だからみちるはレーダーだけに頼らず常に周囲に気を配り、
やむを得なく移動するときもまた、細心の注意を払って移動していた。
 そういう思慮深い行動の仕方は、ハクオロと共に行動することでいつの間にか身に付いたものであり、
その行動を支える忍耐力と精神力は、『自分の力で頑張る』という彼女なりの決意から来るものだ。
 その甲斐があってか、みちるは首尾よく鬼の魔の手をかわしていた。
 少なくとも今までは。

 だが―――思慮深さや決意だけでは抑えられないものもある。

「うに……お腹すいたよ……」
 お腹を押さえて、みつるはつぶやいた。
 思えば、今朝ホテルを出発するときに美凪達といっしょに朝食を食べて以来、みちるは何も食べていないのだ。
昨日の夜ハクオロが調達してきた食料も、その朝食時に使いきってしまった。
 平時であれば一食ぐらい抜かせなくもないが、ハクオロと別れて以来
ずっと気を張り詰めてきたために、空腹も疲労も耐えがたいものになっていた。

256自分の力で:2004/05/05(水) 23:38
 ―――と、不意にいい匂いが漂ってきた。
「……んに?」
 パッとみちるは顔を上げ、鼻をひくつかせる。
 日本人の食欲を刺激する、お味噌汁の匂いだ。それも極上の。

「だ、ダメだぞ……!」
フラフラっとそちらに足が向きそうになって、慌ててみちるは首を振った。
「鬼がごはんをたべてるかもしれないんだから……!」 
 だが、もう一つの可能性もみちるは思いついてしまった。
(ひょっとして、屋台があるのかも……!)
 もしそうならば食事ができる。ふところにはわずかだが、美凪から貰ったお小遣いがあるのだ。

―――しばらく迷った後、
「だ、大丈夫だぞ! レーダーもあるんだし!」
みちるは結局誘惑に負け、匂いのするほうへ歩き始めた。


 鬼となってしまった者達の中には、逃げ手を捕まえることに固執せずに、別の楽しみ方を見つけた者も結構いる。
皐月、サクヤ、夕奈の三人も、そんな者達だった。

超ダンジョンでサクヤが見つけた豊富な食材をもとにレストランを開く。
サクヤの提案ではじまった、そんなレストランは三日目終了時に既に5人の客を迎え、
そして、四日目では午後になってようやく二人の客を迎えていた。

「うまい……! これはうまいぞぉぉぉぉっ!!」
「みゅ〜♪」
 ペンションの庭先のテーブルで上機嫌な声を上げる高槻と繭に、フフンと皐月は鼻を鳴らした。
「ま、和食は専門外なんだけどね。口にあってもらってよかったわ」
 食卓に並んだメニューは豚汁に煮魚。魚の方はサクヤが午前中に川で用意したものだ。

257自分の力で:2004/05/05(水) 23:40
「うむ。うまい。うまいが、だがしかし! 俺には大きな不満があるぞぉぉぉっ!!」
「む……なによ?」
 口では専門外と言いながら、なんだかんだいって自信はあったのだろう。高槻の言に、皐月は少し眉をひそめた。
 だが、高槻は皐月に構わずにサクヤと夕菜を指差した。
「なんだその格好はぁぁぁ! ここはレストラン! ならば貴様らはそれにふさわしい服をきるべきだろうっ!!」

 サクヤと夕菜は顔を見合わせた。
「ほ、本当ですよ! どうしましょう……」
「うわぁ〜 盲点だったねぇ〜」
 サクヤは慌て、夕菜も顎に手をあて考え込む。 
その二人の様子に皐月は頭を抱えた。
「いや……あんたら、こんな戯言にマジで悩まなくていいから……」
「なんだとうっ! これは重要な問題だろうが! なあ繭!?」
「みゅ? うーん……」
繭は小首をかしげた後、ぺこりと頭を下げた。
「おじさんが変態でごめんなさい」
「ぐおぉぉぉっ……!!」
 繭の言葉にショックを受ける高槻。

 その高槻を尻目に、皐月は声を潜めて隣のサクヤと夕菜にささやきかけた。
「まあ意外といえば意外な組み合わせよね。最初は幼児誘拐なんじゃないかと思っちゃったけど」
「あはは……皐月さん、本気で殴りかかって管理側に突き出すことまで考えてましたもんね」
「こんな怪しさ大爆発な男と、幼女が連れ立ってきたんだもん。当然だと思う」
「そうですかぁ? そんなに悪い人には見えないですよ」
「うんうん、そうだよね〜」
 サクヤの言葉に、夕菜も同意する。
「あんたらに言わせたら、みんな悪人には見えないでしょうに……」
「でも。今だっていい感じですよ。ほら」

258自分の力で:2004/05/05(水) 23:40
 サクヤが指し示す方では、
「こらぁ、繭! 綺麗に食うのだぁぁっ! そんなに顔を汚して恥かしくないのかおまえはぁぁ!」
「うくー……おじさん、くすぐったい」
 そんなやりとりをしながら、高槻が繭の顔をぬぐっていた。

「ほら、やっぱりいい感じですよ……って、え!?」
 不意にサクヤが顔を上げた。庭の外を見つめるその目が、驚きに見開かれる。
「ど、どうしたのよ……?」
 怪訝な顔を見せ、そう問う皐月に、しかしサクヤは答えず庭から外に飛び出した。

「由宇さん!! 詠美さん!!」
 ―――そう、叫びながら。 


 由宇、詠美、カルラ、まいか、クロウ、郁美、そしてついでにデリホウライ。
新たな7人のお客様を向かえ、皐月達のレストランは大盛況だった。

「ふ、ふみゅ!? ちょ、ちょっとサクヤ離れてよ!!」
 サクヤに抱きつかれて、真っ赤になる詠美。
 詠美といっしょに抱きつかれている由宇は、ちょっとくすぐったそうな顔をしている。
「元気そうやな、サクヤ。よかったわ。あんな形で別れてちょっと気ぃ、咎めてたんや」
「はい! 由宇さん達も!! あ……でも、鬼になっちゃったんですんね……?」
 由宇たちの身にかかる襷を見てそういうサクヤに、
「いや、アンタはそれを確認せんで抱きついたんかい!!」
 由宇はどこからかハリセンを取り出して、パシンと突っ込んだ。それから、肩をすくめて呆れたような声を出す。

259自分の力で:2004/05/05(水) 23:41
「全く……あんなとんでもない爺さんの血ぃ引いて、よくこんなのほほんとした子が生まれるもんやわ」
「あ……! そうよ、サクヤ! 結局あんたのお爺ちゃんにつかまっちゃんだから!!」
「あ……お爺ちゃんが捕まえちゃったんですか……あはは……ごめんなさい……」
 申し訳なさそうな顔をするサクヤだが、
「あ、でも。お爺ちゃん、すごかったでしょう?」
 どことなくちょっと誇らしげそうで、
「全くやな。まあ、アンタが自慢するだけのことはあるわ」
 と、由宇もまた苦笑した。 


「御代はお客任せの料亭ですの? 随分面白いことをなさってましてね?」
「ん、まーね。言い出したのはサクヤだけど」
 カルラと名乗る虎耳の女性に、皐月はそう答えると、
あなた達も食べていく? と食事を誘い、カルラもまた、お願いしますわ、と答えた。
「でも、会う人みんな鬼ばっかりね。もう、逃げ手も少ないのかな? カルラさんは誰か逃げ手にあった?」
「昨夜鬼になってしまってから、とんと会いませんわね。
もっとも今日、私達が動き始めたのは昼近くなってからですけど。あの、不甲斐ない殿方達のせいで」
 クイっと、カルラが親指で指し示すその先には、二日酔いで椅子に倒れこむクロウとデリホウライの姿が。
「姉上……それはあんまりなおっしゃりようです……」
「てめぇのせいだろうが、てめぇの」
 テーブルの上に突っ伏したまま、二人はうめく。
「なにが私のせいですの? 全くだらしのないこと。あの程度の酒量でその様とは」
 どうやらあの夜襲の後、カルラに酒につき合わされたようだ。かなり容赦なく。

260自分の力で:2004/05/05(水) 23:41
「いえ……あの量はわたしも退いちゃったんですけど……」
 辛うじて飲まされることを免れた郁美が引きつった笑みを浮かべる。
「でも、カルラおねーちゃん。あんなにたくさんのおさけ、どこにもってるの?」
「フフ……さいか。大人の女には秘密が多いの」
 さいかの問いにカルラは嫣然と答えると、皐月の方をむいた。
「それでは、私達の御代はこの酒瓶に致しますわ。少し強いものですが、それなりによいものでしてよ?
あの二人には何か軽いものでも差し上げてくださいな」
「OK、分かったわ。そうね、御粥でも作ってあげようかな」
 皐月はうなずくと、室内のキッチンの方へ入っていった。


(んに……屋台じゃなかったよ……)

 物陰から皐月達の方をうかがうみちるは、がっくりと肩を落とした。
レーダーに12つの光点が光ったときには、みちるは大分期待していた。
鬼がこんなにも大人数集まるなんて、屋台ぐらいしかないとみちるは思ったからだ。

 実際、他になにがるというのか?
逃げ手を見つけたいのなら、こんなふうに固まっていたってどうしようもないはずじゃないのか。

 みちるは、漠然とそう考がえていたが、結局これははずれいていた。
 みちるは残ったわずか5人の逃げ手の一人。いわば、このゲームの渦中にいる存在。
故に、まさか半ば鬼ごっこをリタイヤして、別の楽しみをしている者がいることなど思いつきもしなかったのだ。

(と、とにかく、離れなくちゃ……)

 こんなおいしそうな匂いを間近に嗅がされて、そして美味しい、美味い、なんて言葉を聞かされて、
みちるの空腹は耐えがたくなってきている。

261自分の力で:2004/05/05(水) 23:43
(ダメダメ! 頑張るって、きめたんだぞ!!)
 誘惑に耐え、みちるは慎重に後退を始める。が―――

 キュウウウゥゥゥン

 そんな主人の思惑に逆らって、みちるのお腹が随分大きく、せつなく鳴った。

 庭にいるサクヤ達が、その音に反応して顔を上げ、
「にょ……にょわっ!!」
 自らの腹の音に硬直するみちると視線があう。

「こ……こ……」

 なんで、空腹を我慢できなかったのか。
 なんで、こんなところでおなかを鳴らしてしまったのか。
 折角、美凪とハクオロにわがままを聞いてもらって、Dからレーダーを貰ったのに……

「こんちくしょーーー!!」
 みちるはそう雄たけびをあげると、精一杯走り始めた。


「あ、姉上!! 獲物です……!!」
 突如現れた逃げ手に、いち早く反応したのはデリホウライであった。
 痛む頭を抑えて、前に飛び出そうとする。

 が、カルラがそれを腕で制し、呟いた。
「あれは……確かあるじ様と一緒にいた娘ですわね……」
「うん、おとといの夜、あったよね」
「未だ鬼なっていないとは、正直驚きましたわね。あるじ様とは別れてしまったようですが……」
「あ、姉上! 追いかけないのですか!!」
「あなたは二日酔いを楽しんでいる最中でしょう? 無理するものではなくてよ」
 デリホウライを軽くあしらうと、カルラは一瞬思案する。

262自分の力で:2004/05/05(水) 23:44
(捕まえるのはたやすいことなのだけれど……ここまで生き残った娘に対して、
それは少し無粋という気もしますわね……)

 だが、カルラが結論を出すよりも早く、高槻が立ち上がった。
「走れぇぇっ! 繭!! あの幼女を捕まえて来い!!」
「みゅっ!?」
 突然名を呼ばれ、驚く繭に、高槻は続ける。
「ただ座って飯が出てくると思ったら大間違いだぞぉぉぉ!! お前はそんなので、恥ずかしくないのかっ!
お前は役立たずかっ!! 少しは自分で稼ごうと思わんのかぁぁぁぁっ!!」
「う、うく〜 や、やくたたずなんかじゃないもぅん」
「ならば、繭! 自分の力であの幼女を捕まえて見せろ!! そうすればなぁぁぁっ!!」

 高槻は、そこで言葉を切り繭の肩に手を乗せた。
「お前が頑張って、一人で捕まえたことを知れば、七瀬や瑞佳とかいう女どもも喜ぶぞ」

 その言葉に、繭の顔が輝いた。
「おねえちゃんが……? う……うん!!」
 ガタっと席を鳴らし、繭は立ち上がる。
「行ってくるね! おじさん!」
「行って来い!! さぁ、走れぇぇっ!!」
「うん! みゅ〜♪」
 繭は一度だけ大きく手を振ると、みちるの後を追って、走り始めた。
 
(これは……少し意外でしたわね……) 
 その様子に、カルラは軽く驚いた。
正直、この高槻という男は、まあなんていうかもっとどうしようもない奴だと思っていたのだが。
(そうですわね。お手本とさせていただきますわ)
 カルラは、さいかの肩に手を置き、軽く前に押し出した。
「カルラおねえちゃん……?」
「さいか。あの獲物、あなたに譲ります。好きに料理してさしあげなさい」
「でも……お姉ちゃんはいっしょにおいかけないの?」
 戸惑うさいかに、カルラは首を振った。

263自分の力で:2004/05/05(水) 23:44
「あの獲物は譲るといったでしょう? 自分の力のみで頑張ってみなさいな。
さいか、あなたは今回の鬼ごっこを通じて様々な事を学び成長したはずです。
その力を思う存分、あの獲物にぶつけて御覧なさい。
 遠慮など無用。あの獲物もまた、あるじ様が手がけ、ここまで生き残った猛者なのだから。
あなたにとっては、これ以上にない好敵手のはずです」

「自分の力をぶつけてみる……?」
「そうです。さあ、行きなさいな。こうしている間にも、差はどんどん開いていてよ?」
「あ……うん、そうだね!! ようし! カルラお姉ちゃん! さいか頑張るからね!!」
 そう叫ぶと、さいかもまた繭に続いてみちるを追いかけ始めた。


 そんな二人を見つめる郁美の背中を、クロウはポン、と押した。
「クロウさん……?」
「行けよ。追いかけな」
「え……私が、ですか?」
「ああ。少し走るぐらいなら、できるんだろ?」
「あ、はい。一応手術はしましたから、ほんのちょっと走るぐらいなら……」
「なら、いきな。最後ぐらい、ウォプタルの足じゃねぇ、自分の足で勝負してみてもいいだろう?」

 ニヤリ、とクロウは笑った。
「あんたの兄貴にも言われて、今まで無理させないようにしてきたけどさ……
でもな、そんなふうに羨ましそうに見るぐらいだったら、無理しちまいな。
やっぱり、ちょっとは無理しなきゃ勝負事ってのはつまらねぇもんな。
安心しろ。本格的にヤバクなったら、俺が必ずかけつける。
だから、それまでは自分の力だけで無茶してみろよ」


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