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「今の教え」と「本流復活」を考える・信仰/体験板

730a hope:2012/01/11(水) 08:14:08 ID:kcv2QXTk
みなさま 

おはようございます。
わたしは 最近思うのです。
「真理」を知るとはどういうことだろう?
「生長の家」の教えは奥が深くて、勉強すればするほど、さらに新しいことを知りたくなります。
そして、次から次へと新しい本を買って、読み、新しい知識を増やしていく。
でも、頭の中にどんなにたくさん「真理」の知識が入っていたとしても、
魂が納得していなければ、それは本当に「真理」を知ったとは言えないような気がします。

わたしは、毎日少しずつ子どもたちに「人生読本」を読み聞かせています。
雅春先生が、子どもに語るようにお話されていて、どのページを読んでも、良く理解でき、
自分も純粋な童心にもどって、真理の言葉をスポンジのように魂にしみ込ませることができるのです。

これから、この場所をかりて、無理のないように、少しずつ、書き写させていただきたいと思います。

感謝 合掌。


「人生読本」 谷口雅春先生著

第1章 読本の生かし方

  この『人生読本』を読む人のために

東のお山の陰から太陽の光が木の間を通して輝きだす頃、
小鳥たちは朝のよろこぶ歌をうたっているかのように、
キラキラ光る木の葉の間を飛び廻りながら、チチチチと鳴きかわしています。
母は台所でコトコトお野菜を刻みながら、学校へ行く子供のことを思いやって、
「今日もまたお天気らしい」と安心し、会社に出かける良人も、野良に出て働く父も、
うがいをしながら、まずお空を見上げてホッとします。
太陽の光はこのように誰でもよろこばせ安心させます。
この太陽の光こそあなたの光の泉であり、生命の源なのです。
この太陽の光のように、あなたの心に無限の力を吹き込んでくれる心の太陽光線の役目をするのが、
この『人生読本』です。


  あなたの心の中にも太陽がある

あなたは海の日の出を見たことがありますか?
海から昇る太陽はとても大きい。
海の向こうから大きな太陽が真っ赤な姿でゆらゆらと昇って来ますと、
広い波の面にそれが照り輝いて、キラキラと、
幾万という波の唇が太陽を誉め讃える歌を歌っている光景は何とも言えない美しさです。
澄み切った空気の中に立って、それをじっと見ていてごらんなさい。
誰だって拝みたい気持ちになります。そういう美しい光景を見て、
わたしたちはなぜ拝みたくなるのでしょうか。
それは、あなたの心の中にこの太陽と同じ光があるからなのです。
あなたの心の光が、「ああなんて美しい、すばらしい景色だろう」と感じたからなのです。
それはあなたの心の中に神様から戴いた光です。この光は暗いということを知らない光です。
そうでしょう、光のない所に暗い所はありません。
私達の心は暗いことを知らないはずなのです。暗い事は何でしょう。
それは、「あれが悪い、これが悪い」と悪い所を見つける心を言うのです。
太陽を見ると心が明るくなりましょう。
曇った空を見ると心が暗くなりましょう。
それと同じく人の善い所を見れば自分の心が明るくなり、人の悪い所を見れば心が暗くなります。
皆さん、これから「あれは悪い、これが悪い」と見つけないで、そのかわり人の「善い所」ばかり見つけるようにしましょう。
それが、あなたを太陽のように明るくし、健康にするのです。



わたしの大切な「生長の家」のみなさま、今日も素晴らしい1日をお過ごしください!

731ももんが:2012/01/11(水) 09:51:10 ID:XXCuaQns
皆様、おはようございます。
今朝も、素晴らしい、朝が、やって、参りました。さあ、嬉しく、楽しく、笑顔で、感謝の行に、勤めましょう。ありがとうございます。

合掌、拝。


〜さらに一層よくなる、より〜

☆新しい年を、光明燦然と輝く『よい年』にしなくてはならない。そのためには、出来るだけ多くの人々が『明るい心』になることが大切で、『暗い心』の人々が多ければ多いほいど、その社会や家庭は暗く陰鬱になる。するとその地域は気持のよい処ではなくなるし、そこで暮らす人々は、決してよい気持ちで、たのしい日々を送ることはできなくなるであろう。しかもこの人生では『心』が肉体や環境を作り出して行く主人公だから、明るい心は明るく豊な社会を作り、政治や経済その他も必然的に良くなって行くのである。
では『明るい心』になるには、どうしたらよいのかとかというと、『感謝する心』になることが大切である。平素吾々は色々ありがたい事に恵まれているし、有意義な助力や教えや指導を受けて暮らしている。それからの心遣いや物品に『感謝する』ことは、誰にも出来るはずだが、中々やろうとしない、又その感謝を、心の中だけにためこんで外に表現しようとしない人がおおいのである。例えば食事をする時でも、
『ああ、おいしそうだな、どうもありがとう』
と言って食べると、その感謝の思いが周囲の人々の心をさらに明るくするが、ただ黙々と箸を動かし、パンを口に放り込む。食卓の手のとどかぬ所に置いてある醤油や調味料は、ひと言『○○をとって下さい』と言えばよいのに、そう言わないで、『チェッ、遠い所に置いてあって、不便だな』
と心の中で文句をいったりする。しかしこれは間違いで、調味料やお節料理を手近にいる人にとってもらうのは、当り前のことであり、礼儀にかなうのであり、それによってすぐ『ありがとう』とお礼が言えて、食卓に明るさが出て来る“すばらしいこと”なのである。つまり、黙って、孤立して、ふくれているのが『暗い心』であり、感謝をあらわして、ひと手を借りるのも『明るい心』であり、エチケットに叶うことなのである。『感謝をあらわす』ことをわれさえしなかったらならばであるが。〜以下省略

〜谷口清超著『限りなく美しい』38〜39㌻〜


本日も、清超先生の御言葉を、書かせて、いただきました。
普通の生活の中から、”真理 “を実践して行くことが、大切なんですね。

毎日の私たちにの、身近にある、ごく、当たり前の物事に『感謝する心』普通に、行じる事が、できれば、それが、そのまま、その方“真理”として、自然に現れてくると言うことですね。

清超先生自らからが、環境の取り組みを毎日実践されていて、光景は、地球に、自然に、感謝している姿を見てる思いで、感動的思いでです。

私も、今、それに、近いことを実践してるし、猫や、カラスや、ハトに、挨拶する事もある。

皆様も、其々の地区、其々の地域で、地球と大地と海と生命と、関わりながら、自分の身近な事から“真理”を体験して、楽しく、明るい心で、生活しましょ。ありがとうございます。合掌、拝。(^_^)

732a hope:2012/01/12(木) 08:09:20 ID:kcv2QXTk

みなさま おはようございます。

a hopeは、子どもたちの新学期が始まったので、時間に余裕がでてきましたよ。
これから、朝食を食べて、いつものように、お掃除、洗濯、お料理、お勉強と感謝の気持ちをこめて、
がんばりたいです。


人生読本 谷口雅春先生著より

小さい子供は時々、誰に迷惑がかかろうと一向おかまいなしで、
自分のしたい事をしてよろこんでいることがあります。
あれはまだ、光と暗との区別が判らないのです。
赤ん坊は生まれたとき二十日ぐらいは目が見えません。
それと同じく、幼い子供が人の迷惑になることを平気でするのは、
まだ心の眼がひらかれていないからです。これは「光」の行い、
これは「暗」の行い、という区別がわからないからなのです。

だが、あなた方はもう赤ん坊ではない。
「こんな事をしたら人が困るだろう」ということをちゃんと心得ています。
けれども心得ていながら、悪いなと思いながら、ついやってしまったことがあったでしょう。
今までの人間は「人間の心の中には善魂と悪魂とがあるのだ。
そして悪魂の働くときには、知らずしらず悪いと思うことをやってしまうので、
これはどうにもしかたないのだ」とあきらめていたのでした。
「人間は神様でないからしかたない、あんな事をしたって、
人間だもの無理はないのだ。人間というものは、こういう悪いものなのだ、
こういう弱いものなのだ」ときめてかかっていたのです。
こう人間を、始めから「悪い、悪い」と決めかかって悪い所ばかりに眼をつけていては、
どんなに偉い人でも善くなれっこはありません。
曇り日をみていれば、誰でも心が暗くなってくるのと同じことです。


それでは、わたしの愛する「生長の家」のみなさま、今日も素敵な一日をお過ごしください!

733a hope:2012/01/12(木) 08:10:52 ID:kcv2QXTk
訂正

新学期→三学期

734ももんが:2012/01/13(金) 05:30:43 ID:XXCuaQns
皆様、おはようございます。本日も、素晴らしい、素敵な朝が、やってきました。本日も、明るく、楽しく、お過ごしください。合掌、拝。


〜神 真理を告げ給う〜


あなたが“わたし”の内に常にあり“わたし”があなたの内に常にあるから“わたし”とあなたと常に一体なのである。しかし、それは利己を没却した世界に於いて一体なのである。あなたが利己心をお越したとき、あなた本来“わたし”と一体でありながら、海水にとりこまれた海水の中に浮んでいながら水と分離してしまった油滴のように“わたし”と分離してしまったようになるのである。何故なら“わたし”はすべてのすべてであり、全ての生かす愛であるから『利己』と全てのものの幸福を考えないで、自分だけの幸福を求めるような想念感情を起こすとき、“わたし”と波長が合わなくなり“わたし”から遊離したものになってしまうからである。


〜神 真理を告げ給う69㌻〜

今朝のこの、御言葉、ありがたく、拝読しました。

それでは、皆様、本日も良き日でありますよう、ありがとうございます。合掌、拝。

735a hope:2012/01/13(金) 13:39:55 ID:kcv2QXTk
みなさま こんにちは

今日は、午前中、小学校の図書室ボランティアに行ってきました。
わが家は、子だくさんなので、小学校には大変お世話になっています。
なので、自分のできることはできるだけさせていただこうと思っています。
PTA活動や、奉仕作業、その他、図書室ボランティア、学習ボランティア、
読み聞かせなど、感謝の気持ちをこめてさせていただいています。
でも、そうすることで、自然と先生方や子どもたちとも親しめますし、
いつも明るい笑顔で声をかけていただけるので、とても幸せな気分になれなす。
誰かのためにしていることでも、すべて自分に返ってきているのだな〜と実感しています。



人生読本 谷口雅春先生著

    聖パウロの話

昔、イエス・キリストという聖人がありました。
その方のお弟子にパウロという人があって、
「自分の心の中には善い心と悪い心がと二つあって、
『自分がこんなふうにするのは善い事だからこうしよう』と思っていても、
別の悪い心がとび出して来てそれをさせない。かえって『こんな事はよそう』
と思う事をついやってしまうのだ。
これでは、いつまでたっても善い人になることはできない。
ああ自分はどうしたらよいのであろう」とおっしゃって悲しまれた。
その事が聖書の中に書いてあります。
そうして今までは、このパウロの悲しみを、
「ほんとうにそうだ、私にはそういうところがある。
あんな偉いパウロでさえ、そういう悪い心があったのだもの、
わたしの悪いのくらいあたり前だ」なんてパウロの言葉をいいことにして、
悪い心を平気でしまっておく人もあったのです。

(つづく)


それでは、わたしの愛するこの掲示板のみなさま、今日も有意義な話し合いや、楽しいお話を、どうそよろしくお願いいたします!

736ももんが【謹慎中】:2012/01/13(金) 14:03:38 ID:XXCuaQns
>>735

a hopeさまへ


a hopeさま、何時も素晴らしい、御投稿、ありがとうございます。合掌、拝。


a hopeさまの『人生読本』の御投稿文章、楽しく、拝読してます。
いつも、明るく、素敵な、御文章と御言葉大変、私も、勇気を貰えます。
私と同じ様に、『明るい言葉』の御投稿をして頂き、嬉しいです。

私は、本来討論は好きでは、ありません。から、こうした、御投稿文は、嬉しい気持ちに成ります。

気使いある、投稿文で、私も助かります。ありがとうございます。それでは、明るく、楽しく、元気に、がんばりましょう!ありがとうございます。合掌、拝。【お花に水やり中です】

737SAKURA:2012/01/13(金) 18:36:57 ID:zrpEHTE.
皆様 こんにちは…

毎日〜♫ 日々更新……きょうはやっと「生命の実相」34巻をやっと読み終えました・・・
いろんな精神学を・・・読んでいますし・・・更に仕事の資料のテキストにも、
追われています私ですが・・・生命の実相の素晴らしさが・・・改めて
伝わります今日!この頃の私です。
その中から、一部を抜粋させて頂きます・・・。

「生命の実相」第34巻 日本教文社  (谷口雅春著…)

 ■神の言葉は理屈では無い

「生長の家」誌友のある人は、この1かっ月ばかり前から悪くしてどうしても
それが治らなかった。どこに自分の心のまちがいがあるかも自覚していた。人を
憎んではいけない、赦さなければならないと思っていてもどうしても赦せる様な
気持ちになれなかった。生長の家は他の道徳行のように努力して赦すのではなく、
自然に赦せるようになるのが本当だと思ったが、その自然に赦せるようになるのは
どうしたらなれるのか不明であった。・・・
ある日の夕方某氏は「生命の実相」第一巻を開いてその巻頭の
「汝ら天地一切のものと和解せよ」の神示を読んでいた。その時、不思議に
正座合掌してよんでいた。つづいて「生長の家の食事をとるときには、
まず兄弟を赦し、兄弟と仲直りして食事をとらなければならない」
という意味の神示を読んでいた。
それはすでにこれまで幾度も読んだところであった。しかし今日は合掌して、
それを真に神御自身の口ずから説き給う言葉としてよんでいた。


聖典を読むときの心構えの大切なことを知った。


同氏はそれに書いてあることを分析し、理解し、心に詰め込もうとのみ
思って読んでいた。しかし、
*今日はじめて『生命の実相』の言葉が真の神の言葉であって、
それを合唱して読む時、それは理解するのではなく、記憶するのではなく、
ただ読んでいるだけで、その言葉のリズムだけで自分のこころが
改まっていったものである事を体験した。


これが大きな発見であった。神の言葉は理屈でもなく、理解でもなく、
ただ神の言葉であるからという理由だけで尊いのであった。
「神光あれと宣いければ光ありき。」
なぜ神は光あれと宣うのであるか、なぜ光あれと宣うたら光が出現したのであるか、
それは、理屈でも理論でもない。神様の言葉であるが故に尊く、
神様の言葉であるが故に然るのである。
「汝ら天地一切のものと和解せよ」――― なぜそうねばならぬかな? 
とは理論の問題でない。合掌礼拝してその言葉を読んでいるとき、
自然に天地一切のものと和解している自分を見出すのである。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 *
先生は、この様に「生命の実相…」の御著書中…書かれておりますが?

当時の「信者の体験者のお話」ですが…
雅春先生が認めたもの…此の内容から……

■ 兄弟の和解は??? 無くして
本来の「生長の家」の将来は見えませんと、思います。

そして、「創価学会と大石寺との争い」とは、全く異なる“モノ”ではないでしょうか?

昨日、いろいろな形で…もめています事に…“女性”は、下りていますのに?
男性の方は、“我欲…”強い本人の【顔を優先】にしたがる方が〜多い様に見えますが?

■本当に「生長の家の教え」を、何処まで“実行”されて居たのかしら〜〜〜ンと?
不思議〜〜不思議〜〜不思議〰〰な“アリス…独り言”
【参議・理事会…最年長御高齢特別講師…様方……】

                               再合掌

738SAKURA:2012/01/13(金) 18:55:36 ID:zrpEHTE.
トキ様 へ
皆様 へ

こんにちは    ×
こんばんは    ○
 *訂正させて頂きます・・・。

「生命の実相」に関して昼間…投稿する予定に記事を…
唯今“仕事合間”にて、“掲示板”に、送信させて頂きました…。

尚、今回の「新・生命の実相」発行に当たり、皆様方々の討論を参考に、
まず!自分自身の“目”にて拝読していきたいと思います…。

そして、既に手元に“書籍”を持っていらっしゃいます方々の感想を、参考に…
自分自身でも“比較…”してみたいと思います…。

唯!!

■ 雅春先生のてがけられました【旧・生命の実相…40巻】に関しましては、
やはりこの“書物”は、【神の神霊】にての筆ぴつと思いますので…
並行して、残して頂きたいと切に希望します…。

そして、上記にも投稿しました様に…
【和解のカタチ】にての…今後の方針をして行かれる事を希望します。
そうでありませんと、全てが(双方共倒れ…いずれ時が過ぎまして)
流れてしまうのでは〜〜〜〜〜?
その様に、私なりに、懸念いたします所存です…。

                     再合掌

739ももんが【自主的謹慎中】:2012/01/14(土) 00:00:35 ID:XXCuaQns
皆様、こんばんは。そして、ありがとうございます。合掌、拝。


本日は、『生命の実相』32巻を、輪読してまりました。

【久遠いのちの歌】


是の身は虹の如し
虹は久く立つ能わず
須臾にして消ゆ


是の身は泡の如し
泡は久く立つ能わず
須臾にして消ゆ。


是の身は幻の如し
幻は久く立つ能わず
須臾にして消ゆ

以下省略〜…

『生命の実相・宗教戯曲篇』下32巻4㌻より

『浄心行』の時に、拝聴する、『久遠いのちの歌』が、掲載されてました。

『釈迦と維摩詰』のお話の中に出てくる、歌です。

今日は、色々、話ましたが、今日は『明るい心』について、皆様とお話しました。

やはり、『生命の実相』で説くところの、『明るい心』を保つには、『良い言葉』を日常化する訓練と、その言葉を、『表面意識』でなく、『潜在意識』の心の奥まで、染み込ませて、それが、『表面意識』に浮かび上がるようにすることが、大切だと、結論でした。

それには、聖典を読む、神想観をする、聖経読誦する、ありがとうございますをしながら、感謝行をする、伝導をすると、浄心行や各種法供養をすると。潜在意識を『明るい心』にする方法は、たくさん、あるようでした。

でも、一番シンプルなのは、神想観と聖経読誦と聖典を読むことでした。

あと、来月、練成会に、山の神が、悪魔・魔女のお祓いに来る予定でしょか?

森のオフィスも、やはり、私のイメージと同じようになりそうです。今やスマートホンで会議が出来る時代。ユニクロの世界同時会議やってましたが、生長の家もそうなるようですね。世界同時練成会!
では、また、明日、皆様が、幸せになれますよに、お祈りします。ありがとうございます。合掌、拝。

740ももんが:2012/01/14(土) 07:12:34 ID:XXCuaQns
皆様、おはようございます。本日も、素晴らしい、1日が、始まりました。さあ、皆様、神の子として、嬉しいく、明るく、感謝の生活をいたしましょう!ありがとうございます。合掌、拝。


☆正法眼蔵・現成公案☆


諸法の仏法なる時節、すなわち迷悟あり、修行あり、生あり死あり、諸仏あり、衆生あり。

万法ともにわれにあらざる時節、まどいひなくさとりなく、諸仏なく衆生なく、生なく滅なし。

仏道もとより豊倹より、跳出せるゆえに、生滅あり、迷悟あり、生仏あり。しかもかくのごとくいへども、花は愛借にちり、草は棄嫌におうるのみなり。


〜つづく〜

正法眼蔵は、『聖光録・法燈継承の真義』にもあるように、雅春大聖師、清超大聖師、お二人が、認める、『聖典』であり、もう1つの『生命の実相』であります。

清超大聖師は、これを、御自分の『実相の眼』を持って、分かりやすい現代文にしてくだされたのが『正法眼蔵を読む』です。

禅宗の老師方も、其々『大悟の眼』持って、この『正法眼蔵』読み下し文にされたりしています。


掲示板の老若男女の皆様も、御自分の実相の眼で、この原文を読み下し見て下さい。


では、皆様が神性、神の子が、現れますよに、ありがとうございます、ありがとうございます。合掌、拝 (^_^)

741a hope:2012/01/14(土) 09:27:56 ID:kcv2QXTk

みなさま、おはようございます。

この掲示板を拝見していて感動するのは、みんなそれぞれ違う性格で、
違う考えをもっていらっしゃるけれど、「生長の家」という素晴らしい教えのもとで、
一つになっているということです。
わたしも、今までの人生でいろいろ経験してきましたが、
この「生長の家の教え」に出会えたこと、この掲示板一人ひとりのみなさまに出会えたことは、
これからのわたしの人生にとって、とても大切な出会いのような気がしています。
みなさまにはいつも、心から感謝しています。



人生読本 谷口雅春先生著

   悪い心は無い、無いから消える

しかし、人間をそんなに悪いものだと考えたり、
人間は神様でないんだと考えたりしたのでは人間は善くなることはできないのです。
人間は心の中に善魂と悪魂との二つがいつも戦っていると考えていては、
或る時は善魂が勝つかもしれないけれども、或る時は悪魂が勝つかもしれないのです。
そんな頼りない考えでは人間は善い事はできません。
私達は、「人間は神の子だから、そんな悪魂なんか無い」と考えるのです。
「悪いと思ったがついやってしまった。」そんな弱い、
自分の良心に従うことのできないような弱虫の人間はいなかったのです。
暗(やみ)の所へ光をもって来れば暗は消えるでしょう。
暗は無いものだから消えるのです。
今度は光を点しておいて、暗をその前に置いてごらんなさい。
やっぱり暗の方が消えてしまうでしょう。
暗はあるように見えても無いものだからです。
悪魂も、「悪い心」も「ある」ように見えても、この暗と同じく、
もともと無いものですから、「善い心」さえ出せば、消えてしまうのです。
それはほんとうの事なのです。
神様は、そんな悪魂を私達に生みつけにはならなかったのです。
なんというありがたいことでしょう。
私はこの事を知ったとき跳び上がるほど嬉しかったものです。
私達は神と同じすがたにつくられた「神の子」だったのです。
神という語のかわりに、仏と言っても同じことです。
あなたのお家が仏様を拝んでいるならば仏様と言いましょう。
仏様は御自分と同じ心にあなたの心をおつくりになったのです。
あなたは仏の子なのです。
それだのに人間は長い間「神の子」「仏の子」であることを忘れて、
迷っていたのです。では「迷う」とはどんな事でありましょうか。

(つづく)



それではわたしの大切な「生長の家」のみなさま、今日も素晴らしい一日をお過ごしください!

742トキ:2012/01/14(土) 11:10:41 ID:nxsdWeTY
ももんが様

 今、正法眼蔵随聞記を読んでおります。奥の深い本だと思います。

 1日示して曰く、人は必ず陰徳を修すべし。陰徳を修すれば必ず冥加顕益あるなり。
設ひ泥木塑像の粗悪なりとも仏像をば敬すべし。黄巻赤軸の荒品なりとも経教おば帰
敬すべし。破戒無慚の僧侶なりとも僧体をば仰信すべし。内心に信心を以て敬礼すれば
必ず顕福を被るなり


 という下は、考えさせられます。

743ももんが:2012/01/15(日) 07:14:37 ID:XXCuaQns
トキ様、皆様、おはようございます。本日も、素晴らしい、朝が、やって参りました。さあ、本日も神の子としての、明るい心と、善き言葉、生活面に、生かして、いきましょう。ありがとうございます。合掌、拝。


〜正法眼蔵・現成公案(つづき)〜

自己をはこびて万法修証するは諸仏なり、悟に大迷を修証するはさとりなり。迷いを大悟するは諸仏なり、悟りに大迷なるは衆生なり。さらに悟上に得悟する漢あり、迷中又迷の漢あり。諸仏のまさしく諸仏なるときは、自己は諸仏なりと覚知することをもちいず。しかあれども証仏なり、仏を証しもてゆく。

〜つづき〜

トキ様へ>

トキ様、おはようございます。そして、暖かい、心使いのコメントありがとうございます。感謝合掌、拝。
“正法眼蔵髄門記”現在お読みとの事、私も“髄門記”は何十回と読み、提唱も聞き、善き思いでが、たくさんあります。

“正法眼蔵髄門記”は永平寺二祖懐奘禅師が、道元禅師の提唱講話を聞き書きした、”道元禅師の生きた言葉“が書かれてます。生長の家なら、さしずめ雅春大聖師の”講話テープ“の様な物で、曹洞宗では大切にしてます。
公本も2種類あり、”長円寺本“と”面山本“が、あり、一般的なのは”面山本“です。私は、両方持ってます。曹洞宗も今、生長の家が、抱えている、聖典問題や継承問題を昔からたくさん、解決しながら、今日に至りました。歴史を学ぶと良い事も教訓もあるやもしれませんね。“髄門記”に関しては、また、コメントします。トキ様、ありがとうございました。


さて、皆様、道元禅師は、悟りとは、迷いを修証することとであり、迷いとは、悟りを、迷う事であるとであると言われてます。
意味が、難しいですね。

では、皆様、今日も、迷いと悟りの生活を繰り返ても、素晴らしい、1日であったと云えるよう、お過ごしください。皆様が、幸せでありますように。ありがとうございます。合掌、拝。

744a hope:2012/01/15(日) 11:27:30 ID:kcv2QXTk

人生読本 谷口雅春先生著

       迷っている時に『人生読本』を

あなたは「迷い児(ご)」になって泣いている児を見たことがあるでしょう。
迷い児はお母さんからはぐれてしまって、どっちへいっていいか解らないで、
泣いているのです。
人間の心の迷いも、それと同じなのです。
私達をつくってくださった「神様」「仏様」としっかり一緒になっていれば、
「神様」「仏様」の智慧の光の泉が心の中に湧いて出て、
自分の行く道を照らしてくださるから、ふしあわせだの、悲しい思いだのはないのです。
それだのに、自分で「神の子ではない、仏の子ではない、
親なし子の迷い児だ」と勝手に迷って光の泉の出口を塞いでいるのです。
これを「迷い」ともいい、「罪」ともいうのです。

「罪」というのは、ツツミというのと同じです。
神様につくられたままの、善い心を包みかくしていることをいうのです。
この神様につくっていただいたままの、よい心を包みかくしている人には、
いろいろのふしあわせや、悲しみがついて廻るのです。
光を風呂敷で包めば暗黒(くらやみ)になり、暗黒の中で走れば衝突したり、
ドブに落ち込んで着物をよごしたり、石につまずいて怪我をしたりするでしょう。
「誰だってそんな事をするおばかさんではありません」とあなたは考えられるでしょう。
ところが世の中の人は、自分では気がつかないけれども、たいていそんな、
ばかな事をしているのです。神様、仏様の智慧の光を輝かせて、
明るい所を安心して歩ける世の中を、わざとその光を、
真黒な「迷い」という風呂敷で包みかくして、真黒な所を歩き廻っているのです。
そうして「僕の家はどうしてこんなに貧乏なのだろう。
私のお母さんはどうして病気ばかりしているのでしょう」なんて泣き言を言っているのです。
それはちょうど、ドブにはまった人が着物をよごして困ったり、
石につまずいて怪我をして苦しんでいるのと同じなのです。
これが「迷い」というものなのです。

これで「迷い」と「罪」ということがはっきりわかりましたでしょう。
では吾らは、これから、「神様」「仏様」につくっていただいたままのよい心を、
「迷い心」で包みかくさないことにいたしましょう。
それには、この『人生読本』を、毎朝少しでも必ず読むことです。
そして、自分は迷い児ではない神の子だというヘッドライトを心に点すのです。
真暗の中を、ヘッドライトをつけないで走る自動車は衝突します。
人生を、真理を知らないで走ろうとすると、衝突したり、溝へおちたりするのです。
この『人生読本』で照らされて進むものは幸いです。
仕事でも勉強でもグングン進みます。


しかし、この『人生読本』をお読みになったら、
その中に教えられている通りの道を、素直に歩ことが大切です。
せっかく「光」が、この道は雪融けの悪い道だと知らしているのに、
我を張って無理に悪い道をお歩きになっては、あなたはやっぱり足をよごしたり
、引っくり返ったり、冷たい思いをしなくてはなりません。
だけれども、もうあなたは神の子だということがわかったのです。
あなたの心の中には、悪い心は無いのだということが解ったのです。
あなたは神につくられたままの素直な素直な神の子でした。
あなたはこの『人生読本』を読んだらすぐ実行なさいます。
言葉の力が心の中にしみこんで、知らずしらず、
実行できる気持ちになれるように書こうとしたのが、この本です。
読んでいるうちに、あなたの心が善くなり、行いが善くなり、健康になるのです。




今日は、これから、お昼を食べて、午後からは子どもたちと図書館に行ってきます。

それでは、わたしの愛する「生長の家」のみなさま、今日も、幸せにお過ごしください!

745ももんが:2012/01/15(日) 19:31:53 ID:XXCuaQns
トキ様、皆様、お疲れ様です、合掌、拝。

トキ様、お寒いですね。原宿の御仕事、お忙しいですか?真に、信徒の為に、お疲れ様です。

トキ様、裁判大変でしょけど、二月の練成会誕生記念の、練成会も、大変なのでは、ありませんか?


凄いですね、先々月の練成会でも、もう、黒板書きなんて、してませんからね。


先生のお話だと、世界同時、練成会も可能になるらしですね。


昔の雅春先生の講習や、清超先生の講習を、世界中の人が、観れたら、凄いですよ。


結構、こんな、お話も、出てましたが?妄想かもしれません。

先生は、東日本大震災のことや、森のオフィスの本当の価値について、教えくれました。
ここでは、話せません。

トキ様、本当でしょか?と、聞くしかないですね。

あと、まだ、未来に向けた、素晴らしい、お話たくさん、ありました。


トキ様も、お風邪引かないように、がんばって下さい。ありがとうございます。合掌、拝。

746ももんが:2012/01/16(月) 06:50:38 ID:XXCuaQns
皆様、おはようございます。今日も寒いですね。でも、寒気の中、嬉しく、楽しく、喜びに、満たされた、明るい心で、神の子としての生活をしていきましょ。ありがとうございます。合掌、拝。(^_^)


〜正法眼蔵・現成公案〜

身心を拳して色を見取し、身心を拳して声を聴取するに、したしくく会取すれども、かがみに影をやどすごとくにあらず、水と月とのことにあらず。一方を証するとき一方はくらし。

〜以下つづく

さあ、この文章こそ、もっとも、私の、日常読まれる、生命の実相にも、良く出てくる、ところです。其より、更に単純明快な、語り口なってるところが、道元禅師らしいところです。


では、皆様、寒空の空気に、身心ともに浄めらた、新たな心で、本日も、素晴らし日にしてまいりましょう。皆様が、素晴らしく、ありますように!ありがとうございます。合掌、拝。

747ももんが:2012/01/17(火) 06:08:17 ID:XXCuaQns
皆様、おはようございます。今朝も、寒いでが、元気を出して、明るく、楽しく、神の子として、生活してまいりましょう!ありがとうございます。合掌、拝。(^_^)

〜正法眼蔵・現成公案〜


仏道をならふは、自己をならふ也。自己をならふというは、自己をわするなり。自己をわするといふは、万法に証せらるるなり。万法に証せるるといふは、自己の身心および他己の身心をして脱落せしむるなり。悟迹の休歇なるあり、休歇なる悟迹を長々出ならしむ。
〜以下つづく


“神と一体となること、万法に証せらること、自他一体 一体であること”

自分と言う存在を捨て切った時、“本当の神”があらわれてくる。

と言うことに、『生命の実相』風に申せば。

この、言葉は、道元禅師が大悟された、場面をそのまま、ストレートに表現した、言葉です。


其では、寒気の中、身心、浄い心で、欲心なきよう、神の子としての生活、がんばって、下さい。
皆様が、幸せで、ありますように。ありがとうございます。合掌、拝。(^_^)

748a hope:2012/01/17(火) 07:22:37 ID:kcv2QXTk

人生読本 谷口雅春先生著

第二章 希望の生かし方

人間はなぜ偉くなりたいか

誰でも今より善くなりたい、偉い者になりたいと思います。
これは大人でも子供でも同じことです。
「では、なんの為に今より善くなりたいのですか、偉い者になりたいのですか」と尋ねられたら、
子供はもちろん、大人でもなかなか急には答えられないでありましょう。
「なんのために今より善くなりたいのだろう、
なんのために偉い者になりたいのだろう。」あなたは今考えています。

偉くなったら、お金ができて、おいしい物が食べられて、美しい部屋の中で住めるからなのでしょうか。
そうしたら、もう既にお金があっておいしいものが食べられて、美しい部屋の中に住んでいる人は、
何も勉強しませんか、何も仕事をしませんか。

そんなことはありますまい。
もう既にお金があって、おいしいものが食べられて、美しい部屋の中に住んでいる人だって、
ますますよくなり、いっそう偉くなりたいと思って、勉強もすれば、仕事もし、働きもします。

それはなぜでしょうか。私達は考えてみたいと思います。



生きているから伸びる

私達がなおなお、いっそうよくなり偉くなりたいのは、私達自身の本来の性質なのです。
山野の草木は春が来たらスクスク伸びるでしょう。
これは他(ひと)より偉くなって、他を突き倒して、自分だけが偉がるためではありません。

草木には生命(いのち)というものがある。
生命のあるものは何でも伸びるのです。
生命(いのち)の無くなった枯木なら伸びません。
生命というものは伸びるものなのです。
私達も生きているから生命がある。
生命があるから伸びるのです。
伸びないものには生命がありません。
伸びなければ生命があっても無いのと同じことです。
生命は伸びるのが本来(うまれつき)なのですから、伸びなければ不快を感ずるのです。
伸びなければ喜びを感じられないのです。
だから生命が伸びるのです。

他を突き倒すためではありません。虚栄心ではありません。
いばるためではありません。
私達には生命(いのち)があるのです。
生命(せいめい)があるのです。

では、生命のある私達は伸びよう、どこまでも伸びて行こうではありませんか。





『生命の實相』がどんなにすばらしい聖典でも、子どもには理解できませんし、
大人のわたしであっても、理解しがたい部分がたくさんあります。
まあ、それは当たり前の事なのだと思います。
だって、雅春先生がお悟りになって書かれた『聖典』なのですからね!
わたしにとって『生命の實相』は、わたしの人生の“指針”でもあります。
一生をかけて学んでいきたいと思っています。

ところで、この『人生読本』というのは、“はしがき”に雅春先生ご自身が書かれていますが、
「『生命の實相』の一層易しい文章での普及版」なのだそうです。
読んでいると、とてもわかりやすいのと同時に、
雅春先生の、大きく深い優しさがジワジワと伝わってきて、わたしはとても癒されます。


それでは、わたしの大好きな「この掲示板」のみなさま、今日も、素晴らしい生命をグングン伸ばしてくださいね!

749ももんが:2012/01/17(火) 18:35:39 ID:XXCuaQns
私の体験談。

私の参禅時代中のお話であります。

摂心会に、毎年行く、専門僧堂でのお話です。


ある、若い雲水さんが、御寺の裏山で、公案を練りながら、毎夜、夜坐をしていたところ、山ウサギが、雲水さんの、坐禅してる、膝の上に、座るようになったそうです。

その山ウサギは、雲水さんが坐禅をしてる間、静かに、ピクリとも動かずに、雲水さんと、まるで、一体の状態でいたそうです。

そして、雲水さんが、坐禅が終わる時刻に成ると、何時しか、山の中に帰って行いくという亊を繰り返していました。

雲水さんが、先輩の雲水さんや、その亊を話すと。『今夜山ウサギとは、珍しいから、一つ捕まえてみよう』と、数日後、山ウサギを捕まえてみる亊に、したそうです。

そして、その夜、その雲水さんは、何時もの様に、裏山で、坐禅をしていましたが、山ウサギは、現れませんでした。次の日も、その次の日もです。

山ウサギは、雲水さん達の心をまるで、見抜いたかのように、現れなかったのです。

山ウサギは、観音様の化身だったのかも知れません。

昔から、坐禅の形は、あらゆる、姿のなかで、一番尊い姿だと、言われています。

トキ様が、先日お書きくださった。『正法眼蔵髄門記』の一節は、私のこの話と、通じるものなのです。


『実相、是、何者ぞ!』

では、では、良く、參究して観て下さい。

合掌、拝。

750トキ:2012/01/17(火) 18:43:19 ID:j5IVsKEs
ももんが様

 山うさぎの話、勉強になりました。ありがとうございました。

751ももんが:2012/01/17(火) 20:19:53 ID:XXCuaQns
>>750

トキ様

トキ様、忙しい中、コメントくださり、ありがとうございます。合掌、拝。


『宗教とは、体現である。』
私達の参禅会では、原田祖岳老師のこの言葉を、耳にタコが、出来る程、聞きました。

これは、道元禅師の言葉でもあるのです。


先日、トキ様の示された『正法眼蔵髄門記』のお言葉は、

『坐禅をしてる姿こそ仏の姿であるり、仏を体現してる』と良く、使われます。


私は、生長の家の皆様が、本当に、尊い姿、実相を現してる姿とは、“神想観”をしてる姿の時ではないかと、思います。

そして、皆様が、同じく、実相円満の祈りを念じて、神想観の姿をしたなら、生長の家は、一つの姿に成っているのではないでしょうか。


トキ様、禅では、祖録や大蔵経を捨てて、坐禅だけに打ち込む亊で、難局をのりきることができるものです。


私は、生長の家の皆様が、必死で、神想観して実相円満を祈るなら、きっと、素晴らしい生長の家が、また、実現すると確信してます。


トキ様、“正法眼蔵髄門記”良く、良く、読まれましたら、きっと良いヒントがあると、思います。

合掌、拝。

752ももんが:2012/01/17(火) 21:10:18 ID:XXCuaQns
>>750

トキ様へ

トキ様、それと、独り言で、申し訳ありませんが、その昔、『秋篠宮家内親王様の顔写真』が、パソコン上に流れた、事件を、知ってますか?

総裁一家は、公人だから、プライバシーは関係のでしょうか?

サイトによっては、重い罰則が、あるようです。

プライバシー有っての掲示板と感じます。


トキ様へ、敬具、合掌。

753a hope:2012/01/17(火) 21:18:39 ID:kcv2QXTk

ももんがさまの山うさぎの話とは、次元が違うと思いますが、
わが家のエンジェル(ねこ)も、わたしの神想観中、ずーとわたしの膝の上で丸まっています。

以前は、肩によじ登ってきて、顔をわたしの顔にくっつけるようにして、じっとしてましたが、
体重が重くなってきたら、わたしの肩と背中が筋肉痛になったので下に降りてもらいました(笑)

くだらない話で、すみません。

754トキ:2012/01/17(火) 21:22:22 ID:j5IVsKEs
>>752

ももんが様

 いつもお世話になります。ありがとうございます。法律に詳しい友人に尋ねてみました。

 秋篠宮様の件は始めて知りました。内親王様は、公人ですが、未成年でありますから、微妙な
ところだと思います。

 総裁の場合は、ご本人は公人に准ずる存在だという判例があるみたいですが(月刊ペン事件)、
教団の要職についていないご子息の場合は、公人とは言えない、という事です。ただ、ご本人が
ネット上に公開した事実の転載ですから、道義的に好ましいか、どうかは別にして、法律上の問題
にするのは、少し難しいのではないか? という話でした。

 しかし、新・大論争の記事は、確かな根拠を示さずに書いている点で、少し問題はあるみたいです。

 というところですが、私の理解が正しいか、どうかは自信はありません。

合掌 ありがとうございます

755ももんが:2012/01/17(火) 21:55:36 ID:XXCuaQns
>>754

トキ様

御返事、ありがとうございます。合掌、拝。

<< いつもお世話になります。ありがとうございます。法律に詳しい友人に尋ねてみました。

 秋篠宮様の件は始めて知りました。内親王様は、公人ですが、未成年でありますから、微妙な
ところだと思います。

 総裁の場合は、ご本人は公人に准ずる存在だという判例があるみたいですが(月刊ペン事件)、
教団の要職についていないご子息の場合は、公人とは言えない、という事です。ただ、ご本人が
ネット上に公開した事実の転載ですから、道義的に好ましいか、どうかは別にして、法律上の問題
にするのは、少し難しいのではないか? という話でした。

 しかし、新・大論争の記事は、確かな根拠を示さずに書いている点で、少し問題はあるみたいです。

 というところですが、私の理解が正しいか、どうかは自信はありません。

合掌 ありがとうございます>>


そうですか?

私の知り合いの、弁護士の先生に、以前聞いたら、寧ろ、公人で無い方の方が、始末が悪いように、聞きました?

私も、法律家でないので、法律的根拠は、わかりませんが、以前、遊びのブログに居た時、そう言う方は、可なり、退去させられてました。

運営上のプライポリシーとかでしょか?

例え、だれであれ、自分の知らないあいだに、赤の他人に、写真流されることは、良い事では、無いと思います。


トキ様、すいません、少しキツイ、御質問しまして。何時も、御丁寧にありがとうございます。感謝してます。合掌、拝。

756「訊け」管理人:2012/01/17(火) 21:59:09 ID:X4HBAzYw
>a hopeさま

 事後報告になりますが、貴女ご投稿の文章をブログで使用させて頂きまし
た。いやー人生読本ですけども、素晴らしいですね。これはやはり、オトナも
読むべき本ですわ。

>ももんがさあ

 ブログへのコメントをありがとうございました。まあ、別板に書いた如く、
現時点では光明思想社ですが・・・・章編成に疑問をもっております。なんか、
ねえっていう感じでしょうかね。

757元職員:2012/01/18(水) 01:09:08 ID:???
僻地から東京経由で帰ってまいりました。
注文していた『新版生命の實相』も家に届いていました。
感想は・・・読みやすくなった。
でも・・・
編纂者の文章は、とても目障りで必要ないものに感じました。なぜならば、初心者に対しても「読みやすくする」
というコンセプトが最も重要な点であったと思うのですが・・・あの前書きは完全に初心者に違和感を与えるものでした。
とても残念。 まるで現信徒や関係者への言い訳みたいに思えて折角の新刊の価値を妨げていると思いました。全く必要の無いものでした。

少ない人達の知恵では、完成度が低くなります。リニューアルすること自体は賛成でしたがもっと有識者や雅春先生のお近くにおられた方の
意見を良く参考にされて出版することを希望します。

ただし、この問題の原因はリニューアルを完全に無視した人達にも大きな責任があることは言うまでもありません。

読みやすくする本と、歴史的な本の保存。この両方をバランスよく考えていただきたいと思います。これはとてもとても重要なことです。







 




実は、わたしは今回のリニューアル対しては、否定的ではありませんでしたが、編集者が

758元職員:2012/01/18(水) 01:18:36 ID:???
それから・・・留守中に「ガセネタ事件」が発生したようで残念です。

たぶん、生長の家を傷つけようとする外部の工作だと思います。

ただし、雅宣総裁の息子さん達は「生長の家」と現在無関係であると思います。
根拠は
雅宣総裁は息子さん達に
「あんたたちは生長の家に関わるな」と青年会に参加することを禁じたことは有名な事実です。
あの当時の関係者はみんな知っています。

 まさかと思いますが、その人が業者として関わりを今持っているとするならば・・・
これは論外ですが。

759志恩:2012/01/18(水) 02:26:37 ID:.QY5jUA6
元職員さま

僻地より、お帰りなさいませ。
「新編 生命の實相」が、家に届いていたそうで、私のは、まだ届いていませんが、
感想を述べてくださって、、そうなのだ、と改めて教えていただきました。

目障りに感じる編集者の前書きが、あるのですね。

ネットの写真でみた表紙の装丁の感想は、正直にいいますと「なんで、これにしちゃったの?」、、でしたが、
それは、私、個人の好みであり,すでに発刊されておりますで、今更言ってもということで、私としては受け入れたいと思っているところです。

あとは
元職員さまが、ご指摘されたコメントと同感です。

760志恩:2012/01/18(水) 02:30:48 ID:.QY5jUA6

「新編 生命の實相」の長所を書くのを,忘れました。

 「よみやすくなった」とのこと。

761a hope:2012/01/18(水) 08:44:33 ID:kcv2QXTk

人生読本 谷口雅春先生著

伸びるためには働かねばならぬ


「生きている」と「死んでいる」との区別はどうしてわかりますか。
今そこを歩いていた虫が、静かになってもう動かなくなった。
いじくって見てもどうしても動かぬ。
動いていた間をその虫は生きていたといい、動かなくなってから後を、
その虫は死んでしまったと申します。

そうすると、「生きている」と「死んでいる」との相違(ちがい)は、
動くと動かないとの相違です。
草や樹でも生きている間は水を吸い上げたり、日光の力を吸い込んだりして動いているのです。
動くというのは生きているということなのです。
動かねば死んでいるのです。

では解りました!
生きている者は、お金があっても、もう既に出世していても、
美しいお部屋に住んで、おいしい食べものが何不自由なしにいただけても、
やはり、みんな伸びよう伸びようとして、勉強し、仕事をし、働いているのでありました。

(つづく)


今朝はとても寒かったですが、今は、とても良いお天気です。
わたしの大切な「生長の家」みなさま、今日も素晴らしい一日をお過ごしください!

762ももんが:2012/01/18(水) 11:44:34 ID:XXCuaQns
皆様、こんにちは。本日は、私は、御休みで、少し遅めに、起きました。しかし、外は、素晴らしい、天気で、暖かいく、お日様が、輝いています!さあ、寒いですが、暖かいい、お日様の下、今日も、神の子としてして、素晴らしい、輝きを発揮していきましょう!ありがとうございます。合掌、拝。(^_^)


〜正法眼蔵・現成公案〜


人、はじめ法をもとむるとき、はるかに法の辺際を離却せり。法すでにおのれに正伝するとき、すみやかに本分人なり。
人舟にのりゆくに、めをめぐらして岸をみれば、きしのうつるとあやまる。目をしたしく舟につくれば、ふねのすすむをしるがごとく、身心を乱想して万法を辮肯するには。自心自性は常住なるかとあやまる。もし行李をしたしくして箇裏に帰すれば、万法のわれにあらぬ道理あきらけし。


〜以下つづく。


私が、いつも、心に、残る名句は、この一節なので、皆様も、もし、心あれば、味わって、心に止めて頂きたく思います。

<<人舟にのりゆくに、めをめぐらして岸をみれば、きしのうつるとあやまる。目をしたしく舟につくれば、ふねのすすむをしるがごとく、身心を乱想して万法を辮肯するには。自心自性は常住なるかとあやまる。もし行李をしたしくして箇裏に帰すれば、万法のわれにあらぬ道理あきらけし。>>


これは?道元禅師が、大衆に一般の人に、分かりやすく、心の世界、仏の教えを簡単に解かれている、一場目なのです。

これを、生命の実相風に、読むと、大変おもしろく、読みとける、場面でも、あります。

『舟に乗った人には、岸が動いて見える…』

さあ、皆様、もう1つの生命の実相、正法眼蔵、楽しんで、もらえてますか?

では、今日も、皆様が、素晴らしい、神の子の生活が、できますように、お祈りいたして、おります。ありがとうございます。合掌、拝。

763うのはな:2012/01/18(水) 16:05:45 ID:El6gIMAw
 親や祖父母を大切にすると、すべてに意味があることを理解できる

結論から言ってしまおう。あなたに起こるすべてのことには意味がある、というのは本当だ。
というより、世の中には偶然というものはなく、すべて必然なのだと考えたほうがよい。
人は皆、他者を幸せにするために生まれてくるからだ。自分以外の人間をどれだけ幸せにしたか、
それがあなたの人生の通信簿となるのだ。
 だから、この世での天国のような体験も地獄のような体験も、あなたにそのことを理解させるために起こっているのである。
なかでも苦しみや困難は、あなたがどんな考え方をして、どんな行動をとるか、あなた自身の本質を問いただすもの。
いわば、天から与えられた試練だと考えよう。
もちろん、その試練に立ち向かおうが逃げようが、どんな選択肢を選ぶのも、あなたの自由である。
ただ、これだけは知っておいてほしい。試練から逃げれば、同じような困難が必ずやってくるということを。

つまり、試練に立ち向かい、乗り越えなければ、その後にやってくる大きな幸せにも一生出逢うことができないのだ。
だから、たとえ体や心が傷ついたとしても、一度は試練を乗り越えてみよう。

 このことさえ知っていれば、あなたは必ず幸せな人生を送ることができる。
世の中には、生死の境をさまよった後に大きな幸運をつかんだ人や、破産後にもう一度立て直して、
めざましい活躍をしている人が、数多くいる。
こういった人たちは、さまざまな体験を経て、「生きているという、ただそのことだけで幸せを感じる謙虚さ」を
持っている。だからこそ、幸せを手に入れられたのだ。
ただし、この境地に到るにはそれなりの経験が必要だ。しかし、そんな経験を積まなくても自然に「すべてのことに意味がある」ことが
理解できる方法がある。
それは、親や祖父母を大切にすること。
例えば、働くようになったら、毎月きちんと親にお金を手渡す。親に不安や心配をかけない。
そして何より、親よりも長生きする。
自分の存在は、親や祖父母、そして出逢ったすべての人々に支えられている。
そのことに一日も早く気づいてほしい。
親を大切にすれば、必ず自分を好きになれる。自分を好きになれば、他者を好きになれる。
他者を好きになれば、他者の幸せを願うことができる。他者の幸せを願うことができれば、
大きな幸せをつかむことになる。
これこそ、あなたに起こるすべてのことに意味があるという、真理のスパイラルなのである。


 運がよくなる奇跡の法則 バンコラン藤崎 廣済堂出版

765うのはな:2012/01/18(水) 19:00:13 ID:El6gIMAw

人を怒らせるおせっかいしか出来ない人間にも、組織指導してあげてもらいたいですね。

766トキ:2012/01/18(水) 19:09:26 ID:bX1O7Cl6
>>758

元職員様

 どうも、お帰りなさい。コメント、ありがとうございました。

>>雅宣総裁は息子さん達に
>>「あんたたちは生長の家に関わるな」と青年会に参加することを禁じたことは有名な事実です。
>>あの当時の関係者はみんな知っています。

 私は、当時、青年会をしておりましたから、この話には驚きました。事実だとしたら、寂しい
話だと思います。
 私も青年会での組織指導の経験はありますが、後輩に対しては、自分の身内に接するつもりでお世話
をしておりました。未来のある青年男女ですし、ご両親は青年会を信頼して預けて下さったのですから
失望をさせる事がないようにと心がけておりました。当然、自分の身内も青年会に誘いました。私の
ようなつまらない人間でも、それぐらいの事は考えていました。
 もし、上記の発言が事実だとしたら、青年会での活動経験者として、少し憤りを感じます。

 と、同時に、総裁の御子弟様に対しては「もったいない事をしたなあ」という感想があります。
青年会での経験は、良い事ばかりではないですが、悪い事よりも良い事のほうがずっと多かったです。
学業や仕事以外での貴重な経験は今日役立っていますし、視野を広める意味でも有益でした。

 少し余談ですが、私の青年会の後輩に、同じ年齢で同じ時期に青年会に所属していた大学生が二人いました。
一人は、役職も引受、日夜、活動に走り回っていましたが、もう一人は「私は学生ですから、学業優先で活動
はしません」と宣言し、ほとんど活動をしませんでした。
 さて、二人とも大学を卒業し、有名企業に就職しました。
 役職を引受て活動をしていた会員は、営業成績が初年度からトップクラスで、何をさせても仕事を成功させ
入社の同期でのトップとして表彰されました。他方、勉強だけしてきた人間は入社後、営業成績は最下位で、
対人関係もうまく行かず、いたたまれず退社し、今はほそぼぞと暮らしています。
 これは、私が実際に近くで経験した話です。

 あの百万運動時代の人達でも、仲間の結束が強く当時を懐かしがっていますし、大半の青年会活動経験者に
とって、青年会時代は、やはり良い思い出であり、また勉強になったみたいです。青年会は青年時代しか経験
できませんから、本当に「もったいない」と思います。

 ただ、過去は過去ですから、これからどうするかが問題です。過去は変更できないが、未来は変更できます。
やはり、お互いの良い分に耳を傾ける雅量が欲しいと、両者に望みます。

 特に教団上層部のみなさまは、信徒の声に謙虚に耳を傾け、本当の意味での大調和へと方針を転換してほしいと
願うものです。

合掌 ありがとうございます

767トキ:2012/01/18(水) 20:42:28 ID:bX1O7Cl6
>>762

ももんが様

 公案を持つと、本当に勉強になりますね。一人一人が自分の公案を持つべき
かもしれません。ももんが様の投稿、勉強になります。今後ともよろしくお願いします。

合掌 ありがとうございます

768元職員:2012/01/19(木) 01:14:52 ID:???
トキさま

貴殿はおそらくご存知のことと思いますが、私の書き込みは事実に基づいています。
詳しく当時の関係者にそれとなく聞けばわかります。

本流に書かれていることを否定的に見る人もあるようですが
今や多くの幹部を排除した本部は、その排除と云う業を背負っていますので多くのリスクを抱えています。
いや、本部と云うものに責任や間違いがあると思いたくはありません。何しろお世話になりましたから。
でも、大型船の遭難事件があったから言う訳ではありませんが、船長が変りシッカリした舵取りをしないと船はコントロールを失い
沈没します。
その、沈没した船から船長が逃げ出す醜態と無責任な行動が明らかになっていますが・・・
残念ながら、今の教団の船長は似たようなものだと私は感じます。

本部から意図的に排除された人は多くそのことは話題になるのですが、実は本部に入りたくても入れてもらえないという
事実も多くありました。それは能力とか経歴とか学歴ではなく

なんと


谷口家の人間あるいは親戚だからダメだという事だったのです。

最初は荒地家の秀才、東京大学卒で大手銀行に勤めて青年会委員長にまでなったMさん。この人などは本部に就職するために大手銀行を
退職して本部に入る寸前で「事前面接もしてはいけない」と理事長が雅宣氏に命じられて試験さえも受けられずに無職となりました。

次はその弟になる人、この人は神官になりたくて飛田給で長く研修生をしながら本部職員になる夢をもっていましたが、飛田給にすらいられなくなりました。
理由は同じです。

そして、谷口貴康氏の息子さんも、本部に奉職希望でしたが願書すら受け入れられない状況があったようです。

そして、これらの人達を断った理由を当時の理事長吉田晴彦氏はこう述べました。

「社会経験の無い人は今後受け入れない方針になった・・・」

しかし、その後谷口家以外の大卒者はほとぼりが冷めたころから採用され始め、委員長や学生対策部長を経験した人材でない(前記の人達は全て経験者)
なんとも平凡な人達が採用されるという事態になりました。これは事実です。

このような事を指示して来た人が今、総裁になっているわけでありますが、この人の悪業が今、様々な不調和な状態を起こす原因となり、その現われとして生長の家の
危機的な状態を表わす結果となっているのです。

これらのことが事実である証拠に(原因結果の法則により)先にあげた方々の全てが生長の家社会事業団の職員となられ、それ以前に排除された谷口家の親戚および直系の
宮澤潔氏、荒地浩靖氏、谷口貴康氏は排除ないしは左遷されているのです。これは誰の目から見ても明らかな客観的な事実です。そしてこれらの皆さんの思いはただ1つ

「谷口雅春先生の教えに、原点に回帰しよう」ということだと拝察されます。

このことを、来る裁判の結果が出る前に皆さんはハッキリと認識しておく必要があると私は考えます。とりわけ、この掲示板ではトキさんはおそらく知っておられたでしょうが

訊け管理人さんや役行者さん、ももんがさんなどの教団擁護の立場の人にも事実を知っていただいた上で、もう一度考え方を再検討していただければと思うのです。

今までこのような混乱は生長の家にはありえませんでした。何が原因なのかをそろそろ解ってもらわないと、内輪もめでと内部分裂で再生不可能な教団となり
残された純粋な信徒さんはカルトの餌食となることが目に見えています。

本流をカルト扱いにする不見識な人もおられますが、私から見れば今の教団のほうがはるかにカルトと思える部分が多くなりました。
本当のカルトや左翼が影で笑っているようで、悔しくてなりませぬ。




ひとつになり、谷口雅春先生の創始された「生長の家」を日本国のために護らなければなりません。

769ももんが:2012/01/19(木) 10:16:19 ID:XXCuaQns
皆様、おはようございます。本日も、私は、少し遅めで、目覚めました。今日も、お日様が、暖かく私達を照らしてますね。さあ、皆様、寒さに、負けずに、本日も、神の子として元気に生きていきましょう!ありがとうございます。合掌、拝。


〜正法眼蔵・現成公案〜
たき木、はひとなる、さらにかへりてたき木となるべきにあらず。しかあるを、灰はのち、薪はさきと見取すべからず。しるべし、薪は薪の法位に住して、さきありのちあり。前後ありといへども、前後際断せり。灰は灰の法位にありて、のちありさきあり。かのたき木、はひとなりぬるのち、さら薪とならざるがごとく、人のしぬるのち、さらに生とならず。しかあるを、生の死になるといはざるは、仏法のさだまれるならひなり。このゆえに不生といふ。死の生にならざる、法輪のさだまる仏転なり。このゆえに不滅といふ。生も一時のくらいなり、死も一時のくらいなり。たとえば、冬と春とのごとし。冬の春となるとおもわはず、春の夏となるといはぬなり。

〜以下つづく


今日の文面は、仏法の基本理念の一つ、輪廻や、法輪の関係と、生と死の関係を、わかりやすく、一般大衆に向けに、書いた部分です。
特に、この部分は、チベットの仏教でも、似たようなお話を書いた書物もあります。

<<人のしぬるのち、さらに生とならず。しかあるを、生の死になるといはざるは、仏法のさだまれるならひなり。このゆえに不生といふ。死の生にならざる、法輪のさだまる仏転なり。このゆえに不滅といふ。生も一時のくらいなり、死も一時のくらいなり。たとえば、冬と春とのごとし。冬の春となるとおもわはず、春の夏となるといはぬなり。>>

生命の実相で、説くところの説き方と、違うなと、思われる方もいるでしょ。しかし、これは、基本的に仏法では霊魂を説かない事と、輪廻の教えは、インド宗教哲学の基本にある事です。

日本に、神ながら道、があるように、インドにはインドの神の道があるようです。

それでは、皆様、今日も、1日、嬉しく、楽しく、明るく、がんばって、いきましょう!ありがとうございます。合掌、拝。

770役行者:2012/01/19(木) 10:51:32 ID:TguFu2Hw

 元職員さま

 合 掌


 >何が原因なのかをそろそろ解ってもらわな いと、内輪もめでと内部分裂で再生不可能な教団と なり、 残された純粋な信徒さんはカルトの餌食となること が目に見えています。<


 それは避けねばなりません!
元職員さま、感謝です。ご心情、痛いほど伝わってきます。
 教団を離れても尚、常々、ご心配くださり、重ね重ね、感謝申し上げます。


 >ひとつになり、谷口雅春先生の創始された「生長の 家」を日本国のために護らなければなりません<

 訊けさあではないですけど、


 チェストー!!!!!!!

771ハマナス:2012/01/19(木) 12:57:48 ID:u5mC.eb2
神の子の皆さま
ありがとうございます。

先日、うのはな様が別の板で、「生長の火をかざして 永遠の谷口雅春先生」の
御文章を引用して下さいまして、ありがとうございました。
感動で涙があふれました。
お蔭様でじっくりと読み返し、あらためて谷口雅春大聖師の偉大さを実感
しました。感謝いたします。

谷口雅宣総裁先生も、貴康先生も心の優しいお孫さんでいらっしゃいました。
今も、実相の世界ではご兄弟はすでに調和されていると信じています。

昭和60年6月17日に霊界に神去りましし谷口雅春先生は、今も宇宙に
遍満して呼べば答える近さでご指導して下さっています。
ありがたい事です。

先生の最後のご著書『碧巌録』の最後の項に「私が碧巌録ここに連載しようが
連載しまいが方に(まさに)私は『碧巌録』の祖ではないのである。」とお書き
下さっています。
難しい『碧巌録』をわかりやすく噛み砕いて先生のお悟りの言葉を以てご講義下さって
いても、生長の家の実相哲学は、「生命の実相」であり、「甘露の法雨」であり、「真理」全11巻であり、その他の多くの聖典であります

私たちは谷口雅春大聖師のこれらの聖典のどれだけ心読したでありましょうか
先生の切なる想いは、世界に冠たる生長の家の真理を世界に広め、人類を光明化して
至福の世界を実現したいという、みこころの天になる世界の実現であります。

私たちは、今この大事な時期に、本当に調和して、心を致し生命をかけてこの偉大なる
雅春大聖師の、神様の志しを活動、発展し続けるとろが、縁あってこの素晴らしい御教えに触れることのできた私達信徒の使命であると痛感しています。
そして、一会員ではありますが、これからも活動を続ける決意を致しました。

感謝合掌

772ハマナス:2012/01/19(木) 16:32:16 ID:u5mC.eb2

神の子の皆さま、ありがとうございます。

すみません、最後から2行目を訂正いたします。

発展し続けるとろがーー>発展し続けることが

感謝合掌

773「訊け」管理人:2012/01/19(木) 17:12:34 ID:???

>ハマナスさま

 ほんなこて、『碧巌録解釈』ですがありがとございもした!(訳:Thank you so much for your posting article.)

 後日、ブログ記事にこい(=this)を、使わしてもろうてもよしごあんそか?(= Do you agree with me?)

774うのはな:2012/01/19(木) 17:20:34 ID:El6gIMAw

ハマナス様の投稿はまだ続きを何行かかかれるのだと思っていましたが、
長文掲載の労をありがとうございます。

 他人の文の掲載得意で被害者意識が売り物の訊けさんは、今日のトキ管理人さんの
文もよく読んでおいてください。

775「訊け」管理人:2012/01/19(木) 17:28:37 ID:???
>被害者意識が売り物の訊けさんは


 いやいやセニョリータ。

 わたしの売り物は「コビ」と「油」よ(笑)

776うのはな:2012/01/19(木) 17:29:19 ID:El6gIMAw

「他の店のトラブルを持ち込む方を入店禁止にしました。」

 訊けは、くちだけ。

「訊け」なら自作自演ぐらいしそうな事だと、みんな思っているよ。
「訊け」はくちだけ。ネットで遊んでいるだけ。
「本流」の人間は遊び相手に最高 きまじめで頑固だから。

 そんなことも分からん「本流」もアホだが「訊け」はくちだけ。
 くちさきだけの「調和と和解」。言ってる事とやってる事がちがう
 「大調和の神示だよ」だよ。


  嘘つきは泥棒のはじまり

>本当にあいつはトラブルのもとだよ

  うそつきだよ 訊けは。

 ●某掲示板からのコメント一部抜粋

777「訊け」管理人:2012/01/19(木) 17:31:20 ID:???
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
265 名前:トキ 投稿日: 2012/01/19(木) 15:47:07 ID:5Mvytly2
激怒うのはな 様

 こんにちは。訊け管理人さんが、仕切っているという話ですが、「したらば」の他の宗教板も見てきました。
別に、この程度は普通の言動だという印象を持っています。投稿者様が自分の意見を他の投稿者様へ述べるの
は当然で、しかし、言われた方は、それに従う義務が発生しないのも事実です。他の板で、管理人でもない
人が、もっと厳しい発言をしているのも事実で、管理人の権限は最後の切り札みたいな印象を持っています。

合掌 ありがとうございます
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 セニョリータに問題を出しましょうか?

>この程度は普通の言動だという印象を持っています。

 とありますが、この〝この程度〟とは、なにを指しているでしょうか?

 お答え頂ければ幸いです。(誤読してなきゃいいんです)

778「訊け」管理人:2012/01/19(木) 17:33:22 ID:???

>愛国掲示板の件

 そういう悪口は、部室板でどーぞ(笑)

 まあしかし、あれだね(笑)

 やっぱトキさんの言、誤読してるね(笑)

779うのはな:2012/01/19(木) 17:57:09 ID:El6gIMAw

あなたが「この程度の言動」は、という一部だけを出して、誤読だとか
問題とかいってるみたいですが、わたしは、そのあとトキさんにこうこうだと
書いています。何を問題にしてるのかしれませんが、誤読だとかなんとかいうまえに、
私の投稿をよくよんでください。

また、あなたに去年から質問していることに答えてもらっていません。
どこにかいてあるのか、まだ、去年の暮れからそんなに日にちがたってないし、
自分で書かれたことを載せてください。私はこれといってみあたりません。

780うのはな:2012/01/19(木) 17:59:21 ID:El6gIMAw

 トキさんの言を誤読してるなら、トキさんからそれなりの話しがあると
思いますが、いまのところ何もありません。

781うのはな:2012/01/19(木) 18:01:31 ID:El6gIMAw

 そういう悪口は部室版でどーぞ

 トキさんのそれに従う義務は発生していないという説明文を読んでないみたいですね(笑)

782うのはな:2012/01/19(木) 18:06:17 ID:El6gIMAw

 訊け管理人さんへ

 私は去年部室版でのあなたのカキコミに対して、こっちもこれだけ答えてるんだから、
あなたのほうも質問にこたえるよう促しています。
他人の一部をとりざたして誤読だデマだなんだかんだと問題にする前に、こっちの問いにも
こたえてください。仕切るとか、自己中心的だというのがどういうことか、これまでの
私の苦情を読めばわかると思いますが。

783うのはな:2012/01/19(木) 18:08:50 ID:El6gIMAw

 トキ管理人さん、訊けさんからなんだかんだといわれると、話しがややこしくなったり
感情的になりやすいので、できたら、トキさんから、私の誤読の件の説明をお願いします。
訊けさんはまえから私がいってることに答えてください。

784「訊け」管理人:2012/01/19(木) 18:09:25 ID:???
      /ー- __....!
    /│       >‐- 、
  <   ヽー----- '"  /
   `ー- ....____....ィi
    {^:| く.( ・」 l・ ノ|/
    l.h| r' "^. l.^" 〉i       / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
__,.─/ヽ| |   `ー'  |l\─,    |  
  /   | |∠ニ三i三i>lゞ \ ~^ヽ<    なんですと!?そーいつがルパンだッ!!
 \   ~V        〉   > 〈  |  
  _>  ヽ.........へ- '  /  |  \____________

785うのはな:2012/01/19(木) 18:36:15 ID:El6gIMAw
>784
 また、ごまかしにかかってきたみたいですね。
 男のクズらしく(笑)

786トキ:2012/01/19(木) 18:38:34 ID:5Mvytly2
 そうですね、でも、それ以上のこの件はこのあたりで両者とも納めて
下されば、嬉しいのですが。

787うのはな:2012/01/19(木) 19:06:19 ID:El6gIMAw

最初にけしかけてきたのは「訊け」さんですから、
訊けさんの意見をきいてください。どっちにしてもわたしはこれから職場へ行く
準備があるので、今日はこの件についてこたえられないと思います。

しかし、家でも何もしなくていい、昼間でも夜でもお絵かきできる人はなんだかんだと
誰かの文の貼りつけでもすることでしょう。自分の都合よく。
商工会議所にヘンな電話がかかってきても仕方がないですね。

788ハマナス:2012/01/19(木) 19:13:42 ID:u5mC.eb2
訊け管理人さま

>ほんなこて、『碧巌録解釈』ですがありがとございもした!(訳:Thank you so much for your posting article.)
 後日、ブログ記事にこい(=this)を、使わしてもろうてもよしごあんそか?(= Do you agree with me?)

もちろんです! (Of course, Yes. Please, go ahead !)
実は私もこの『碧巌録解釈』を探していまして、昨年の暮れに古本のサイトでようやく
見つけget 出来ました。
素晴らしいブログを書かれる、訊けさんですから、きっと神様から頂けると思いますよ。
祈っています。

789ハマナス:2012/01/19(木) 19:43:50 ID:u5mC.eb2

うのはな様

>ハマナス様の投稿はまだ続きを何行かかかれるのだと思っていましたが、
  長文掲載の労をありがとうございます。

うのはな様こそ、いつも素晴らしい掲載をありがとうございます。
「生長の火をかざして」には、本当に感動しました。
 感謝しています。

ご要望に応えて、後程、聖典引用板に、『終講の辞』をつづきを載せさせて
頂きます。

790志恩:2012/01/20(金) 00:11:24 ID:.QY5jUA6
うのはなさま

今,アメリカから妹が帰国して来ているので、忙しくて、夜遅くにPCの前にすわり、
拝見しました.あちこちの板に私宛のコメントを書いてくださってて、どこに返信を
書いて良いか,分かりませんが、ここへ。

私に詫びなきゃならないか、ということでしたら、詫びなくて結構です。
ご心配なく。
訊け君が、気をつかって、そう言ってくれたのでしょう。

昨日の話しの流れとしては、訊け君と私が、
「疑問を呈することと」「個人の人格を攻撃」することで話しあっていたときに、

うのはなさんが、途中から加わったので、私は、うのはなさんが来て下さったので、
うれしくなり、3人で、会話を始めましたら、

うのはなさん、曰く
「訊け君と私(うのはなさん)が、話しているのに、邪魔しに入って来た人がいるので、
オバタリアンが、どうの、、」ということで、自分(うのはなさん)が消えますから、
母と息子で,話して下さい。と。

それで、私が、「いえいえ老母の私の方が,消えますから、若い二人で話してくださいね。」

と言って,消えたのでした。

で、訊け君が、来た順番が違うよ。ぼくと志恩さんが、最初に話していたんだよ、後から来たのは、
うのはなさんの方じゃないの?だから、志恩さんが、後から来て二人の間に、割り込んで、邪魔しに来たんじゃないでしょ。

という意味で、志恩に、うのはなさんが、邪魔しに入ったというふうにとられることを言ったということで、
訊け君は、うのはなさんに、「志恩さんに、詫びた方がいいんじゃないの」と忠告したのだと思います。

でも、そんなこと、私は、あやまってもらおうと、これっぽっちも思っていません。
うのはなさんは娘のように思っている人ですから、余計なお気遣いをおさせしてしまい、却って、すみませんでした。

791志恩:2012/01/20(金) 00:35:29 ID:.QY5jUA6
うのはなさま

あと、もう1つのこと、、
私が、貴女に
「訊け君を怒らないで」とか
「ブログに言って話して、、」とか

前に言ったということですが、私は,そういう事は、
貴女にお願いした事は、ありませんよ。

うのはなさんは、娘のような人ですし、
訊け君は、息子のような人ですし、

二人ともだいすきな人なので、仲良くしてくれたら、
どんなにうれしいかと、、そういうことは言ったことはありますけどね。

私は、訊け君のブログは、私だけでなく、順位をみても世界一によくなっていますから、
ここの仲間として、私も誇りに思い、訊けブログは、世界一。と言っていますが、

二人がケンカしているときの場合は、どちらか片方を応援したりしたことは、一度もありません。
ふたりとも、いとしいダイジな仲間ですから。

訊け君は、文でも絵でも、かくときは、面白くユーモアを持って書かないと、文でも絵でも、
輝かないという想いを持っている人です。

でも、それは、通用する人としない人がいる。特に、まじめなタイプの女性に対して行うと、
おちょくられたように,受けとられ、ふざけてるとも、受け取られることを、
”若気の至り”で、理解してない部分がるのも、確かです。

私も,訊け君と似た性格で、この年になってまでも
”老気の至り”で、時々,人を怒らせている状況なので、人の事は,言えませんが。

うのはなさんも,訊け君も、
ももんがさんも,私も、ほんとうは、仲良しだと、信じたい!!!!!!!!

うのはなさん、からだ、おだいじにね。

792志恩:2012/01/20(金) 01:29:13 ID:.QY5jUA6
うのはなさま

もしも、つぎの質問がある場合は、
もうすぐ判決の日なので、個人的な話題は、皆様の迷惑になりますので、控えたいのです。
もっと、重要な話題が、あります。

コメントは、おっしゃって かまいませんが、返事は、当分控えさせていただきます。

できましたら、個人的な話題は、2月に入り、落ちついてからに、しませんか?
よろしくおねがいします。

アマゾンコムのヘルプで調べたら、私宛の「新編 生命の實相」は、今日(金)に
配達されることがわかりました。(私は、もう、感想は、言いたくありませんが、、)

いろいろな方が,感想を述べておられますが、これが、世間や信徒の方達に、新聖典として受け入れられるかどうか、
それにより、生長の家の教団、社会事業団、両方の今後の盛衰にも関わる重要な意見の数々だと思うのです。

このままで行くのか、これでいいのか、見直すのか、みなで真剣に話し合ってみる事は、今後のために不可欠なのです。
値段1つ、とっても、高くして売れないより、薄利多売で、安く設定し直して、また何千万部の売れ行きに
なったほうが、いいわけです。
章などの内容についても、そうです。

他の生長の家についてもです。良くなる為に、
様々な率直な意見が、生長の家を救う種になると、思っています。
生意気なこと言って、すみません。よろしくおねがします。

793志恩:2012/01/20(金) 05:28:56 ID:.QY5jUA6
追加
791:に、訊けブログは、順位が世界一だから、世界一と書きましたが。
 順位によらずとも
 内容的に、生長の家を知っている人にも、知らない人にも、
 ほんものの生長の家の佳さ、素晴らしさを、分かり易く、センスよく伝達しておられるという意味でも
 世界一のブログだと思っています。

794志恩:2012/01/20(金) 06:26:32 ID:.QY5jUA6
今,愛国「本流☆、、」掲示板をみましたら、訊け君とトキさまが、あちらの管理人さんに、こっぴどく中傷されてました。

ここでは、みなで名前を変えたりすることは、悪意でなく、会話を楽しむ為に、やっていたことですが、
訊け君、それは、他では、通用しません。名を変えて、やっても、変えることは、違反じゃないのですから、
叱られると思って、やったのにやってない。という事は、まるで、子供みたいです。
子供じゃないのですから、いけませんよ。真偽は、わかりませんが、もしも、あちらの管理人さんが言われることが
事実でしたら、ちょっぴり正直さに欠けていましたね。今後、きおつけてね。

誰でも、生きていて間違いを犯さない人は、ただの1人も、いませんから、反省後は、元気で生きて行ってください。

トキさんのことも、こっぴどく言われています。
人には、好き嫌いが、ありますから、これも好きずきで、仕方がないことです。

私にしたって同じです。こっぴどく叱られたり、怒られたり、嫌われたり、
お互いが、良くなる為の 砥石であり、磨き合いですね。

朝、神想観後に、手動式ミル(アマゾンコムで2000円で買った)で、コーヒー豆を挽き、その粉で、コーヒーをいれて
のむのですが、部屋中にコーヒー豆を挽く香りが、漂って、これも至福のひと時です。

トキさまを見習って,最近私も「大日本神国観」をやっています。

795「訊け」管理人:2012/01/20(金) 07:42:28 ID:???
http://bbs6.sekkaku.net/bbs/?id=415415&amp;mode=res&amp;log=216

>教頭先生

 もう最高ですね。この手の方は放置します(笑)もうなに書かれるかわかった
もんじゃないので。またしても面倒なこと(クーデター等)は勘弁です。
(反論しに行ったとしましょう。彼らは今度は問題を「わたしの柵超え」に
スライドするだけです)

796うのはな:2012/01/20(金) 09:37:40 ID:El6gIMAw

志恩さんへ

 一語一句正確ではないですが、たしか、訊けさんが本流へ行ったかそんなとき、
私はなにもいうつもりはなかってですが、志恩さんが私が生真面目に怒るとでも
心配したのか、わたしを制するようななだめるようなことを書かれていました。
ラーメンごちそうしますからとか、なんかそんなことをいわれたと思います。

それと、口だけの訊けさんがみんなの迷惑になるのは嫌だからかなんかそんなこといって
自発的にここを去るみたいな感じになったとき、私が排除したみたいに思われたり周囲から
なんだかんだといわれたくなかったので、私のほうで自主的に訊けブログへ、
おちついたらここへ戻ってくるようにコメント入れましたが、志恩さんは、
私にそうさせたかったのか、うのはなさんはやることが早いかなんかそんな
意味のことを書かれていました。
それで、もし私が何もコメントしなかったら、志恩さんは、訊けさんに戻ってくるよう
私と仲良くさせたいのかなと思って、上記のようなことを書きました。
語句はちがうと思います。

そして、今が大事なときだとか、なにかうるさいかんじがするので、しばらく
志恩さんや他の方になにかいうとか控えるつもりですから、安心してください。
さようなら。

797ももんが:2012/01/20(金) 09:44:15 ID:XXCuaQns
皆様、おはようございます。今朝は、雪が降り、寒気一段と増し、身心ともに、引き締まる朝ですね。さあ、それにも、負けず、元気に、明るく、本日も、感謝感謝で、神の子の生活をしていきましょう!ありがとうございます。合掌、拝。

〜正法眼蔵・現成公案〜


人のさとりをうる、水に月のやどるがごとし。月ぬれず、水やぶれず。ひろくおほきなるひかりにてあれど、尺寸の水にやどり、全月も弥天も、くさの露にもやどり、一滴の水にもやどる。さとりの人をやぶざる事、月の水をうがたざるがごとし。ふかきことはたかき分量なるべし。時節の長短は、大水小水を檢点し、天月の広狭を辮取すべし

〜以下つづく


本日は、雪が降り、寒気が、一層、本日の言葉を、心の奥に染み込ませてくれます。

今日の、眼蔵の言葉は、生長の家で説く処の、生命の実相を貫く…

雅春先生が、言われた『ルック・イン・トッウー』と良く似てると思われます。

禅では、良く、『水を一滴、一滴…』という、表現を使います。


さて、皆様も、寒気も楽しみに変えて、一滴、一滴、嬉しく、楽しく、本日も、素晴らしく、神の子として、おくらし下さり。ありがとうございます。合掌、拝。(^_^)

798トキ:2012/01/20(金) 11:29:09 ID:0XjygZMc
 愛国本流掲示板、拝見しました。うーん、どうやら私は総裁の息子さんらしいのですねえ。
これで、ますます正体がわかりませーん、という事になりました。ちなみに、過去の投稿では
ヤマオカさん、イソベさん、ナガイさん等等になっています。

 あと、私は、愛国「本流☆生長の家」復活・掲示板の管理人様の反論を拝見して、生長の家
の人には珍しい乱暴な言い方をする人だなあ、という感想を持ちました。まあ、その私でも、あ
の掲示版の管理人様が総裁の息子だという冗談は信じていないので、そのあたりはどうでも良い
事です。

 他所の掲示版の事ですから、どうでもよいですが、憶測でものを言うのは確かに良くないと
は思います。反面、この掲示版にあの投稿があったとしてら、削除せずに反論という方法を
選択したと思います。

合掌 ありがとうございます

799うのはな:2012/01/20(金) 11:48:34 ID:El6gIMAw

愛国本流の管理人さんが、マッチ・ポンプを裁判にかけてやりたいとか
なんかそんなこと言ってた気持ちに、強く共感します。

 生長の家の人がツラツラベラベラあほまるだしみたいな口先男みたいな
言い方話し方ばかりする人ばかりだと、想像しただけでキューピーコーワゴールド
な気分になります。

 トキさんは卑怯者とちがって書き込み禁止になってないんだから、反論があるなら
愛国本流へ出られたらどうですか。

 なんかその掲示板に行かないと、正々堂々としていないことになるそうですよ。
ひとりよがりな嫌われ者の論理によると。

800「訊け」管理人:2012/01/20(金) 12:09:12 ID:???


 今度はキューピーコーワゴールドな気分ですか。

 そいつは本当にすみません。

801「訊け」管理人:2012/01/20(金) 12:13:10 ID:???

>トキさま

 どんどん出世されますね。理事長から今度は、総裁のゴシソクへのご昇進
あそばされたとかで、誠におめでとうございます。もうわたし、最近はトキ
代理人に降格させられてましたが、今後は「総裁の息子の代理人」・・・早速
名刺を発注します。


 ていうかホント、ご苦労さんですね(笑)こんな時期に(笑)

802「訊け」管理人:2012/01/20(金) 12:20:31 ID:???

>ハマナスさま

 聖典板の件、ご返答致します。ちなみにその、世界一のブログ、ウイルス
攻撃に遭い開店休業中(笑)なんか知らんが、画像が投稿できないという・・
・・・さて本題へ。


>どなたか、簡単な本からの引用の方法がおわかりでしたら、教えて下さいます?。

 自分の利き腕で、もうガンガンに、それこそ「感謝」しながら、そして時折、
「そうそう!」と言いながら、合間に「同意!」「チェスト!」とか叫びなが
ら、ただ淡々と入力する・・・・・・・これがもっとも楽な方法でごあす(笑)

 ということで、よろしくお願い致します(笑)しかしながら同書の内容は
雅春先生からの「左様なら」が聴こえてきて、なんとも云えぬ味がありますね。

803八百比丘尼:2012/01/20(金) 13:02:32 ID:j8iOdie.


今年は、古事記編纂1300年だそうです。
雅春先生の「古事記と日本国の世界的使命」を拝読中です。

伊邪那岐命さまが禊ぎ祓いをなされたとき、
天照大御神、月読命、建速須佐之男命の三貴神がお生まれになった。

しかし、この地上を治めるはずの須佐之男命は
毎日泣いてばかりいる。
草木は枯れ、海も川も乾いてしまった。

父の伊邪那岐命がどうしたことかとお尋ねになると、
「いくら治めようと思っても治める事が出来ないから
 自分は母の伊邪那美命のおられるところの
 根の堅洲国(黄泉国)­­­­­暗の国へ行きたいと思う。」
と泣きます。

その前に御姉君、天照大御神に暇乞をしてから夜見之国へ
行きましょうと高天原へ上がってゆかれた。
その力が非常に強かったので、地上に激しい大動揺が起こった。
「暗」が今まさに消え去って、光明一元の実在にこの世を委ねようと
いう「暗」の暇乞の時には自壊作用が起こるのであります。
今の言葉で云うなら大地震が震(ゆ)ったのであります。




 もう間もなく、裁判の結果が出ますね。
私の願いは、雅宣総裁、あなたのお母上である恵美子先生を
悲しませることだけはしないでいただきたい。
あなたが追放したご兄弟、ご親族との和解を誰よりも祈っておられる
のは恵美子先生でしょう。

                 合掌



   
       ーー遠山の鈴さん、お白州は大混乱ーー

 【割烹だちょう】 女将、猪肉をもらってCOOKPADで料理法
 検索中・・・・・・・。
《 やいやいやい、そこの小料理屋女将、
  オイラの顔を忘れたとは言わせねえぞ。
  この背中の毛皮の模様に見憶えがねえか。
  
  おうよ、遊び人の鈴さん たあオイラのことだ。
  ご禁制の猪肉を食ったそうじゃあないか。

  「しし喰ったむくい」 にて、ランゲルハンス島に
  遠島申しつける。

  これにて一件落着、一同の者立ちませぇ〜! 》

ところで、ランゲルハンス島ってどうやって行くの??

  宣伝 ぼたん鍋始めました。【割烹だちょう】

804ももんが:2012/01/20(金) 14:32:26 ID:XXCuaQns
先日、神田の書店街を立読み、散策してましてたら、神社シリーズ系の専門書の中、『“鹿嶋神宮”に関する本を手にして、読んでいました。

すると、面白い、記述が、書かれていました。

それは、鹿嶋神宮のすぐ側の丘を、昔から『高天原』と呼んでいたそうです。

それから、『鹿嶋神宮』のある、茨城県は、昔から『常陸(ひたち)国』と呼ばれていました。

『ひたち〓日立』だそうであります。

太陽が、昇るのを連想させますね。

それから、鹿嶋神宮は、神剣『布都御魂剣』別名、『平国剣』が、祭れています。

この剣は、出雲の国譲りの神話にも出てきた、剣であり、草薙剣と同等の権威のある、剣と見られてるそうです。

以前読んだ本には、物部氏は、現在の天皇家の兄の系統である説は、可なり有力なようです。

関東地方には、古事記の記述と違う、歴史背景が、色々出てくるのは、エジプトロマンではありませんが、オベリスクやピラミド解析が科学的に進むなか、日本の古代史も、天皇陛下の神聖をおかさないように、良い形で、進めてもらえたら、私は、歴史ファンとして、喜ばしい限りです。

チョトした、雑学の知識で、皆様のお心に障りましたら、お許し下さい。学問を楽しみたいとの心で、書きました。日本国実相顕現の心は、私もいつも、祈ってますのです。信仰としては、変わるものではありません。

805SAKURA:2012/01/20(金) 14:43:43 ID:zrpEHTE.
トキ様 へ
“愛国本流の管理人…”云々…
客観的に見まして…ウフ〜〜〜〜〜ン??考えこんでしまいました…。

さて話は変わりますが…

■「今の考え」と「本流復活」を考える・信仰/体験
>713 a hope 様の投稿内容と…
全くもって“賛同”致しております…。
ましてや、【1月末の判決…】此の時期に焦点を合わせますならば…
感情にての“投稿”…これは何処か1か所に絞られまして投稿されますと
宜しいのではないでしょうか…?

更に以前!「この2チャンネル…??」ある方が…世界中が???拝読???
ならば【日本人の信仰心】…そして【討論内容】…
これは、今後日本人に対しましての対外的な味方にもつながる“モノ”と…
逆に?“マイナスメリット…”になったのではないのでしょうか??

此処から皆様の“討論内容”を拝読しながら…

■「今の考え」と「本流復活」を考える・信仰/体験
今回…>758>768>元職員様  (一部抜粋…)
>本流をカルト扱いにする不見識な人もおられますが、私から見れば今の教団のほうがはるかにカルトと思える部分が多くなりました。
本当のカルトや左翼が影で笑っているようで、悔しくてなりませぬ。

ひとつになり、谷口雅春先生の創始された「生長の家」を日本国のために護らなければなりません…。<

Ⅰ)まず…「森のオフィス…」此の問題は、
当初【環境問題…】これをメインの運動方針と致しまして行動なされた事と思います…。
それは、当時の【参議・理事会…本部の幹部職】公認の元でなされたと思いますが…

それが、此処最近「現総裁の御子息が会社設立???」
ふと〜〜〜これは?仮に…?【森のオフィス…】もしもの時に…設立??
その様に解釈出来ますかしら〜〜〜ン?
■昔からの”格言”…「二兎追うモノは…一兎得ず」…と申しますよ〜〜ネ!

では?【何のために〜!どういう思い出で〜!】
「森のオフィス…」建設に”決定権”を、なされましたのでしょうか…??
例え如何なる非難を浴びられようとも…【強い信念での行動】??
「森のオフス…建設」・「信仰活動」なら分かりますが…?? 甘い考え方です…。!!

「森のオフィス…」建設費用−−>100億から150億へと増資??
この予算案…どういう事でしょうか?今後も…?益々?増えるの〜〜??ですか??

今回!!「御子息の写真??」正直…国会議員の方と…異なる様に思います…。
私と致しましては【公表すべき】ではないでしょう〜〜かしらん?
あくまでも…立場としては【総裁…】【総裁の御子息】
これは”立場”を【認識】して頂きたいと思いますが…? 

全て…上層部は【秘密主義…】
これでは、信者に公表することなく、正確な”情報伝達”することなく…
今!今!・…この瞬間を、上手に潜り抜ければ〜〜その様な考えでしょうか?
【末端=一般信者】には、名目上”エコ運動”この様に”カモフラ−ジュ”なの??
信者は…現在の社会問題の事にたずさわっています…と云う変な”優越感”

この問題は?世間的に申しましても環境問題【当たり前の問題・解決策…】

全国的に”公”の機関が…既に動きだしていますが…?水面下…にて!

              <続く>              No.1

806SAKURA:2012/01/20(金) 14:45:07 ID:zrpEHTE.
<続く>              No.2

Ⅱ)現状【生命の実相…著作権問題】

新刊発行を購読されました方は、旧・日本教文社の方が〜〜〜”ベタ−!”その声が!
私個人と致しましては…両方を認めて”発行”されましたら宜しいのでは…!!
■判断するのは…第3者…一般信者であります〜〜ョネ!

更に!雅春先生も…「大本教…」いろいろ遍歴がありまして…長の家】と云う宗教団体を設立…されました…。
この様に、此処まで来ました”いきさつ”からは…当然の流れと思いますが…?
認めざる事でもありますが…

その前に…【第1審裁判の時点で…和解による対談】この余地はあったはずでしょうが?・
これは現時点の【原宿教団側…非】と云う事になるのでは???ないのでしょうか。
                         
ですから…
今回の「今月1月末の判決前…」に…【和解による対談】
これを…切なる希望であります…。
                       再合掌

■ ■ 真理! 光明! 知恵!・…絶対の愛!
最終的に…【神は愛なり…】
この”心境”無くして…物事は??目標達成…出来ないのではないのでしょうか!!
そうしませんと…此の「生長の家…」行く末??如何なものでしょうか??
私一個人と致しましては、心残りでありません…。

807SAKURA:2012/01/20(金) 18:24:43 ID:zrpEHTE.
トキ様 へ
皆様 へ

先日投稿しました文面…改めて再度!!投稿させて頂こうと思いました…。
「亡き母の葬式」の経過を…自慢ではなく「不思議に思う現象〜♫」でしょうか…?
更に“写真”に収まってる“仏壇の横”に映ってます…「母の御霊様」
初めて見ましたが…??
本当に「綺麗な円い〜円い〜白い御霊様」なのです…。

その人“心の状態=生前の状態”が、最終的に表れるのでしょう〜〜ネ!
人によっては“色のついた御霊様”も……それは、よくないそうです…?
どうかしますと?火の玉???これって・もっと良くないようです〜〜ネ?
此処までの経過はやはり甘露の法雨三部経に成るのでしょうか?

■【生長の家…】素晴らしい「聖教…甘露の法雨」を残された事を…
私は、誇りに思えます。そして、雅春先生に、感謝申し上げます…。

その様な中で「生長の家…」家全体が?何処か狂っている様に???
今!!何か?狂い始めているのではないのでしょうか…?

PCの写真に“御霊様”が収まる事は、何を意味しているのかしら〜〜ンと?
今日一日…考えましたが……

■やはり【生長の家の灯…】を消してはいけない!!!
もし消えてしまいますと…それは? >< 「魂が消える事…」ではと…思います。
その様な気持ちにて【再度!再投稿…!】させて頂きます…。

それから…更に!「壇家のお寺・・・お寺の壇家」ではありません。“壇家のお寺”なのです。
この様におじい様の代から“別の言葉の表現”…(理由が??)ありますので…
私なりに、この様に表現しました。ご了承くださいませ…。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜*

トキ様 へ
志恩様 へ
「訊け」管理人様 へ
a hope 様 へ
八百比丘尼様 へ
商人様 へ
役行様  へ
かぴぱら様 へ

おはようございます…

皆様…亡き母の法要にお忙しい時間を「甘露の法雨」読誦して頂きました事…
本当にありがとうございました…。
無事に…法要を滞りなく済ませる事が出来ました…。
正直、母を亡くしたという実感は薄く、何処か母がヒョッコリまたあらわれそうな感じ〜♫
と云った思いが…私の脳裏に…><
遺骨を眺めながら…“ウソ”の様に思えてなりません…。

さて…この場を持ちまして「不思議な現象?」

実は…1月14日に午前中…姉から電話が…?どこから?と尋ねますと…?
(当然!“パ−トナ−”に筆談してもらいましたが…)
「○○病院にいるから…急いできて〜〜〜〜〜 >< 」
実は、ようやく前日に“亡き母”の部屋…和室の部屋を準備出来まして?
今度!必ず此の場所に、来てもらう計画を〜〜着々と準備していましたが…
まさか〜〜まさか〜〜 ><

病院に駆けつける前に…此の部屋を“写真撮り”…それから母に見せようと思い…
PCに“インスツ−ル”…あわただしく出かけましたが…><
でも“母”には…見せる事なく“浄土の世界”に旅立ってしまいましたが…。

当日!通夜・葬儀の打ち合わせ…(配置をどのようにしたらよいかとの…話し合い?)
母に見てもらいたいと思っていました“写真”…亡き母に見せようとPCを開きましたが…
“電波妨害…変!”で無理…>< 断念しました…。
その日、一端自宅に帰って…準備をして再び戻ろうと?その時、何気なく〜〜
もう一度!PCを…開いて見ますと…!!!!

仏壇の横に…【白い御霊(丸い〜丸い〜御霊様)】が写っているのです…。
(PCにインスツ−ルの時は…仏壇の横にはありませんでした!!!!)
その瞬間…“母…”が来てくれたの〜〜〜だと!思いました…。
壇家のお寺の大住職様に「お礼の挨拶」のため伺いました時に…
母に見せたいな〜〜〜と思っていました“母の部屋…”
当然「仏壇に映っています御霊の写真」も…
住職様に見せますと…急に立あがり…奥から大きな〜〜鈴(りん)を持ち出し…
“お祈り”を初めて下さいました…「良い御霊様…」だった様で〜〜す。

やはり“母”も、此処に来る事を楽しみ〜♫にしていたのでしょう…!

                  <続く>         N0.1

808SAKURA:2012/01/20(金) 18:26:10 ID:zrpEHTE.
         
         <続く>         No.2

更に!お通夜の夜中に【甘露の法雨】を読誦しておりましたが〜〜
母の顔は、怒っている様に、何となく〜何となく〜見えました…。
そして、火葬場に入った時の“母の顔”は、気張った様に見え…た様な感じ??
その時分からなかったのですが…今!思えば構えていたのでしょうか…?

振り返りますと…“人間”!死んでも意識は何処かに、残っているのでしょうか…?
肉体の痛みはあるのでしょうか…?
亡き母を見まして…“意識”を最後まで、しっかりと持っていましたから…
“肉体”が滅んでも【念−思念】が…あるのですよ〜〜ネ???その様に思いました。

【甘露の法雨】を耳元(救急搬送されました病院の時…)で読んでから〜〜♫
母は意識があっても〜〜自然!!に、「新しい世界」…旅立ったのでしょう?
不思議な事に…やせ細っていました母の体は、“血管が…”浮き出ていましたが…
【甘露の法雨…読誦】しながら…息を引き取りました“母の体は…”

血管が浮き出た姿…“ウソ”の様に〜〜綺麗な元の姿……

改めて「生長の家」のお経…
■ 「甘露の法雨」は…素晴らし〜〜〜〜い ♫ と思いました…。

今回いろいろな面で…【生と死…永遠の魂?】考えさせられてしまいましたが…

■ 久遠生命の神示 ■
……現に肉体細胞は刻々死滅し流転している。
生き通しであるのは、斯くならしめている。『生命』のみである。
『生命』のみが吾であり汝でありそのほかに吾も汝もないのである。
此の『生命』をみたまと云う。
みたまの形は珠の様に真ん円いから“みたま”と云う様に解するものもあれども
真ん円いのは形のことではない……云々……

この事を?ふと!!思い出しました…。

この素晴らし〜〜〜〜〜〜い『甘露の法雨』読誦…
改めて…【対話によります…和解】 切なる願いが…こみ上げて参りました…。
                                 再合掌
PS:
皆様…母の為に『甘露の法雨…読誦』本当にありがとうございました。 
厚く御礼申し上げます…。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

上記が投稿内容です…。
本当に!!素晴らし〜〜〜イ【御教え…】なのです。
この「甘露の法雨」…読誦の意義の深さ…改めまして…感無量です…。

809トキ:2012/01/20(金) 19:01:46 ID:0XjygZMc
>>799

うのはな様

 この件は、総裁のご子息様が対象になっています。ご子息は生長の家とは関係ない(これも違う意味では問題ですが)
人なので、話を広めるような事はしないほうが良いと思っています。愛国本流掲示板の管理人様も削除したとの
ことですし、以上でおしまいにしようと思います。

合掌 ありがとうございます

810ももんが:2012/01/20(金) 19:38:15 ID:XXCuaQns
皆様、お寒いですね。合掌、拝。

トキ様、元職員さん、『訊け』さん、a hopeさん、コメントくだされて、お礼遅くなりまして、ありがとうございます。合掌、拝。


皆様の御言葉と、御気持ちは、きちんと、私の心に届いておりますから、御言葉は、感謝しております。


トキ様>

トキ様、チョトと、注文です。ここ数日『信仰版』全く、関係無い、討論で、騒がしと、私感じてます。

討論は、別の版で、して頂くように、トキ様から、訓告ないし、ご注意していただきたいなと少し思いました。


それから、最近、『新版 生命の実相』が、でましたが


般若心経なんかでも、訳者によって、色々違うんですよ?

知ってますか?


日本の般若心経は、小本とか略本と呼ばれる物です。

チベットやモンゴルなんかで、読まれてるのは、大本と呼ばれてる物です。


日本の般若心経は、詩の部分だけしか読まないんです。

本来、般若心経は、短いが、お釈迦様が、説法する場面から始まるんです。


日本で良く読まれてるのは、法相宗の開祖、三蔵法師が、訳した物です。

三蔵法師は、唯識派(大乗仏教で唯識を説く学派)の流れを組んでていて、三蔵法師の般若心経はこの学派から伝授された物のようです。

法華経の訳者で、有名な、鳩魔羅什も、般若心経を訳しています。私も、実物を見ましたが、三蔵法師の物方が、訳としては、優れてました。

あと、我が国は、世界最古の般若心経のサンスクッリト本があるとのことです。

般若心経は、三蔵法師の実際のお話の中に、病気を治したり、色々困ったことを救ってくれる、効能が有ったと、記されてます。


昔の経典を訳す人々は、言葉の雰囲気をいかに、自国の言葉と一致させるか、大変苦心したようです。


経典を見ると、本当に、シルクロードを何万里と越えて来た教えと言葉の変化を学ぶ度に、私は、涙と感慨深い物を心に思います。


すいません。個人的、お話を、しまして。

では、皆様、夜、寒いので、暖かくして、お休みください。合掌、拝。

811うのはな:2012/01/20(金) 19:53:32 ID:El6gIMAw
>> 805 人の投稿にケチをつけるのが好きな人へ

 以前から、あなたの書かれてることは、はっきりしないといってますが、
私の読解できる範囲内で意見さしてもらいます。

 まず、おことわりしておきたいのは、私は感情的になることを悪いことだと思っていません。
それに、女子会版でも私や訊けさんのことになんだかんだといってきた人にも、はっきり書きましたが、
愛のない批判でもなんでも、原則的になにを書こうが本人の自由だと思っています。

そして、以前から大事な話をしてるとか、そんなことをいってますが、
わたしは取り立ててここで裁判などに関して重要な有意義な討論をしてるとも
読んでいません。投稿者をバカにしているわけではありませんが、なにかひとつの
雑談の延長みたいに読んでいます。

それで、裁判一月末に焦点をあわせて、、なにをおおげさにしてるんだ、
それに焦点あわせて何をするつもりなんだと思います。
だからなんでそれに焦点を合わせて、感情的な投稿は、、、なんて話しにつながるのか、
あなたの上の文章を読んだだけでは、はっきりしません。

どこかに一点にしぼってというのは、具体的にどこですか。
ウダウダチョコチョコと何が言いたいのかわからない文は困惑します。

それに、全世界の人が見ているとか、信仰心がどうとかそんなことまで指示してくるなら、
あなた本人も、もっとしっかりされたほうがいいのではないですか・

トキさんんも以前から、こういう苦言があるんだから、なんらかの反応をさしあげてください。

812志恩:2012/01/20(金) 19:57:24 ID:.QY5jUA6
SAKURAさま

お母様は、高級霊、ホワイトスピリットでいらしたのですね。
白い丸い御霊に、表現されて、SAKURAさまに、人間は生き通しよ
と、お知らせくださったのだと思います。

甘露の法雨で、お送りされて、お母様は、お幸せなお方です。
信仰をされて霊眼のひらけている人は、あちらに移動しても
完全な幽体として独り立ちできるのが、はやいそうです。
つまり、自分がゆくべき世界へ速く行かれるそうです。

神とか霊とか全然信じない人は、自分が死んだとは考えない。
過去の幻影によって幽体になっているのに、現界で放浪している。
永い人では、10年も20年も放浪していて、行くべきところへ
なかなか行けない人もいるそうです。その家の者に憑依したりしてね。

そして、善行してきた人の幽体には光があるそうです。
この世で欺瞞に成功して、人を欺き、うまくやって名をあげ、財産をつくっても、
そんなものは、現界にしか通用しない、その者の審判は、必ず幽界で下される。

幽体が、どの霊団に行くかは、その人間が生まれてから死ぬまでの凡ての思想や行為のプラスとマイナスの通計により下される。
同じ波動のところへ行くそうです。あちらに行ってからの人生の方が、永い。

(霊界に行ってからのことは、心霊秘話 ローム太霊講話集 寺見文夫著を参考にして書きました。)

813うのはな:2012/01/20(金) 20:20:59 ID:El6gIMAw

SAKURA sannhe

それにだいたいあなたの今日の裁判投稿、さしあたって目新しくもなんともない
裁判話なんかは、組織版とか、別の版がふさわしんじゃないですか。

814トキ:2012/01/20(金) 20:29:23 ID:0XjygZMc
みなさまへ

 この板は「「今の教え」と「本流復活」を考える・信仰/体験板」です。

 信仰や体験談を語る板ですから、関係のない話題は、ここではお控え下さい。
「部室」板でお願いします。

 ご協力のほど、お願い申し上げます。

合掌 ありがとうございます

管理人啓白

815トキ:2012/01/20(金) 20:30:44 ID:0XjygZMc
>>810

ももんが様


 般若心経の話は初めて聞きました。勉強になりました。ありがとうございます。

合掌 ありがとうございます

816トキ:2012/01/20(金) 21:00:03 ID:0XjygZMc
SAKURA様

 すばらしい御文章、ありがとうございました。深い感銘を受けました。

 ここで、少し「雑感」です。生長の家自体が一つの社会ですが、その中でも
生長の家本部は、また別の社会だなあ、と感じる事があります。よくも悪くも
教区や現場とは違う雰囲気があります。これを書くと、本部の人から怒られる
と思いますが、教区の人間には、どうも馴染めない部分は正直、あります。
 とにかく、総裁や偉い人の言う事を聞いていれば、それで通る世界でもあり
ます。

 例えば、今、社会ではすごく景気が悪くて、お金がなくて困っている人や
先行きが見えなくて悩んでいる人がたくさんいます。現場にいると、これは
すごく実感します。
 ところが、本部では、環境問題とか絵手紙とか、それが悪いとは言いませんが、
そればかりだとおかしいと思う指導がされています。

 結局、本部にいると、会員の顔が見えて来なくなると思うのです。
(ごめんなさい)
 でも、それは、教区も黙っていたのが悪いとも思います。

 これから、どんどん声をあげて、「今、教区はこんな事を考えている」という正直
な声を伝える事が必要だと思っています。

合掌 ありがとうございます

817SAKURA:2012/01/21(土) 00:34:42 ID:zrpEHTE.
>812 志恩様 へ

合掌 ありがとうございます…。

先程“亡き母”に、「先祖供養…三部経」唱えて参りました…。
正直…母がヒョッコリ〜ヒョッコリ〜いつもの顔で…いつもの“言葉遣い”で、
あらわれそうな気がします…。

“魂の世界”…スピリットの事…etcご丁寧に教えて頂きました事に、
深く感謝申し上げます…。(一部抜粋)
>白い丸い御霊に、表現されて、SAKURAさまに、人間は生き通しよ
と、お知らせくださったのだと思います。…<

以前、「志恩様」から頂いておりました“言葉”反省しながら、その後の日々を
過ごしておりましたが…
“やかん頭…”いけませんです〜〜ネ!
いつも冷静に…ポジティブ感情にて…人間関係をより深く築いてまいりたいと思います…。

そして、今回「志恩様」からの暖かい“言葉”本当に〜〜ありがとうございます…。
「生長の家…家族」でよかった〜〜〜〜ワ!“心の底”からその様に思えます…。

■そして【甘露の法雨…功徳】素晴らしいです〜〜〜ネ!(一部抜粋)

物質の奥に、
肉体の奥に、
霊妙きわまりなく完全なる存在あり。
これこそ神に造られたる儘の完全なる『汝そのもの】にして、
常住健康永遠不滅なる『生命』なり。
汝ら今こそ物質を超越して
汝自信の『生命』の実相を自覚せよ。

この【甘露の法雨】…当に「生長の家…かたち」と申せましょうかしら〜〜ン!
ありがとうございます…。「志恩様 へ」                
                             再合掌

818うのはな:2012/01/21(土) 00:50:13 ID:El6gIMAw
SAKURA sann

あなたのことで、キケサンからしつこく『謝罪』しないと騒がれています。
わたしは、あなたから傷つけられ、カンにさわることを何回もかかれたので、
反論させてもらいましたが、わたしがあなたの文を読んだ印象では、特に悲しんでるように
思えませんでした。
もちろん、かなしくないわけはないでしょうけど、こうやってここで♪つきで
かかれてるんだから、生長の家なんだし取り立てて気をつかうこともないだろうと
思っていたんです。

でも今後もキケサンからなんだかんだとしつこく取りざたされそうですし、
あなた自身が傷ついたというのならお詫びしたいと思います。

819ももんが:2012/01/21(土) 06:22:40 ID:XXCuaQns
皆様、おはようございます。本日も寒いですが、素敵な、朝が、やってまいりました。さあ、嬉しく、楽しく、明るく、元気に、笑顔で、神の子の生活をしていきましょう!ありがとうございます。合掌、拝。


〜正法眼蔵・現成公案〜
身心に法いまだ参飽せざるには、法すでにたれりおぼゆ。法もし身心に充足すれば、ひとかたちはたらずとおぼゆるなり。たとえば、船にのりて山なき海中にいでて四方をみるに、ただ、まろにのみみゆ、さらにことなる相みることなし。しかあれど、この大海、まろなるにあらず。方なるにあらず、のこれる海徳つくすべからざるなり。宮殿のごとし、瓔珞のごとし。ただわがままなこのおよぶところ、しばらくまろみゆるのみなり。かれがごとく、万法もまたしかあり。塵中格外、おほく様子を帯せりといへども、参学眼力のおよぶばかりを見取会取するなり。万法の家風をきかんには、方円とみゆるよりほかに、のこりの海徳山徳おほくきはまりなく、よもの世界あることをしるべし。かたはらのみかくのごとくあるにあらず、直下も一滴もしかあるとしるべし。


〜以下つづく


今日の文章で、特に、心に止まるのは、この句です。
<<身心に法いまだ参飽せざるには、法すでにたれりおぼゆ。法もし身心に充足すれば、ひとかたちはたらずとおぼゆるなり。>>


この句は、状態に常に、有りたいものです。

実相円満でありたいですね。

では、皆様、御寒いので、お風邪など召しませんように、ありがとうございます。合掌、拝。

820「訊け」管理人:2012/01/21(土) 08:47:08 ID:???

>SAKURAさん

 ということで、また登場してくださいね。

 お母様のお話など、よかったです。またお願いします。

821うのはな:2012/01/21(土) 08:52:03 ID:El6gIMAw

 さくらさん、またあなたが登場して何かあったら、わたしはなにかいうかもしれませんが、
そのときは男のクズになにかにしつこく謝罪しない謝罪しないとわめかれても
無視して、必ず、彼の思惑とおりにしないこともありますので、ご承知置きください。

822「訊け」管理人:2012/01/21(土) 09:00:02 ID:???

>SAKURAさん

 当たり前の話を姉御が言ってくれてます!!
 よく聞きなさいよ貴女(笑)

 貴女は100%正しいけども、姉御の正しさはこれ、500%ですよ!
 500%になにか言われたら、100%正しくても謝罪しなさい!!

 「うのはなさんは常に正しい」と、

 一万回書き込みしなさい!

823うのはな:2012/01/21(土) 09:03:45 ID:El6gIMAw

 それに訊け管理人さんは、SAKURAさんが苦言してきたことを
キケサンも関係しているとわかっていないようですね(笑)
あやまるなんて頭からなく、また登場してくださいねなんていってます(笑)

824うのはな:2012/01/21(土) 09:09:21 ID:El6gIMAw

 それに訊け管理人さんは、最近トキ管理人さんが、「それに従う義務が発生しない」
と書かれてる文や、部室版が出来たら落ち着きと思いますや、部室版でお願いしますなどの
文をもう一度よく読んどいたほうがいいと思います。

825うのはな:2012/01/21(土) 16:26:22 ID:El6gIMAw

「うのはなさんは常に正しい」が口癖のきけさんへ

 早く私が以前から問い合わせてることに答えてください。

 もう回答してるというのなら、それに該当する番号をかいてください。

826SAKURA:2012/01/21(土) 16:28:05 ID:zrpEHTE.
志恩様へ

こんにちは…

ようやく落ち着きましたが…
やはり父の代…ましたや“亡き母”の事も含めまして…
今回の【お家騒動】他人事では、ありません…。

投稿されております“文章”拝読いたしまして…やはり「志恩様」も同じ気持ちで…
ましてや「生命の実相」この件に関しての討論を、拝読させて頂いております…。

この「生命の実相」…霊界編にて…死後(霊魂の世界)の事が少しづつ理解が出来ました。
そして「志恩様」から頂きました“メッセ−ジ”…
本当に私に取りまして…何よりも“励ましのメッセ−ジ”となりました…。

「亡き母」も素敵な「生長の家…家族」の方との出会いを…喜んでいる事でしょう。
ありがとうございます…。

■ 尚…いつもの様に“回転が…”かなりありました様で…“奥の間”に…
改めまして!!
「紫苑様」に感謝の気持ちにての投稿文を…【再度…投稿】させて頂きます…。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜*

>812 志恩様

合掌 ありがとうございます…。

先程“亡き母”に、「先祖供養…三部経」唱えて参りました…。
正直…母がヒョッコリ〜ヒョッコリ〜いつもの顔で…いつもの“言葉遣い”で、
あらわれそうな気がします…。

“魂の世界”…スピリットの事…etcご丁寧に教えて頂きました事に、
深く感謝申し上げます…。(一部抜粋)
>白い丸い御霊に、表現されて、SAKURAさまに、人間は生き通しよ
と、お知らせくださったのだと思います。…<

以前、「志恩様」から頂いておりました“言葉”反省しながら、その後の日々を
過ごしておりましたが…
“やかん頭…”いけませんです〜〜ネ!
いつも冷静に…ポジティブ感情にて…人間関係をより深く築いてまいりたいと思います…。

そして、今回「志恩様」からの暖かい“言葉”本当に〜〜ありがとうございます…。
「生長の家…家族」でよかった〜〜〜〜ワ!“心の底”からその様に思えます…。

■そして【甘露の法雨…功徳】素晴らしいです〜〜〜ネ!(一部抜粋)

物質の奥に、
肉体の奥に、
霊妙きわまりなく完全なる存在あり。
これこそ神に造られたる儘の完全なる『汝そのもの】にして、
常住健康永遠不滅なる『生命』なり。
汝ら今こそ物質を超越して
汝自信の『生命』の実相を自覚せよ。

この【甘露の法雨】…当に「生長の家…かたち」と申せましょうかしら〜〜ン!
ありがとうございます…。「志恩様 へ」                
                             再合掌   

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜*

「生命の実相」今回の新刊の感想を…皆様の投稿文により把握させて頂きながら…
「愛蔵版…ベ−ス」との事…参考にしたく思います…。

(まだ、私自身の手元には、今回の事がありまして…“注文”したものの〜〜〜〜><)

827うのはな:2012/01/21(土) 17:03:23 ID:El6gIMAw

 SAKURA さんへ

 あなたのことで、訊けさんからなんだかんだとヤイヤイいわれて投稿したんですよ。
私や訊けさんの投稿を読んだのか読んでないのかだけ、お返事いただけませんか?

828うのはな:2012/01/21(土) 17:24:36 ID:El6gIMAw

生長の家の信仰にも関係することだと思うので、某掲示板の管理人様の
コメントの一部を掲載させてもらいます。


 「訊け」さん。私は何度も言っているが、「本流宣言」掲示板や「生長の家、
本流復活について考える」掲示板の管理人ほど貫禄も忍耐力もない。

 その小さな堪忍袋の緒を貴方は切ってしまった。貴方は、私の以上の説明に対して
 具体的に反論しなさい。

829トキ:2012/01/21(土) 17:36:53 ID:ydcGqlrc
 すみません、ここは「信仰/体験」板なので、スレ違いの話題はご遠慮願います。
議論は「部室」板へお願いします。それに、殺伐とした雰囲気は、あまり好きではないです。
 みなさまのご自重をお願いします。

合掌 ありがとうございます

管理人啓白

830うのはな:2012/01/21(土) 17:55:03 ID:El6gIMAw

管理人さん、了解しました。でも上記は、私や訊けさんの議論ではなく、
他の掲示板で「うそはよくない」という見地にたった、コメントの一部掲載です。
ここで議論しようとかの意見ではありません。

また別の機会にでも、全文部室版ででも掲載しようと思います。
それに訊けさんが昨日から私の記事の一部を取りざたして騒いでいた流れでの
ことですから、迷惑なら「訊け」管理人さんに先に注意するようにお願いします。

「殺伐」な雰囲気の元である「訊け」さんへの注意を忘れないようにしてください。

831うのはな:2012/01/21(土) 18:00:47 ID:El6gIMAw

 >> 828

貴女への投稿へも、ここで「訊け」さんが出てきた流れでのことですから
ご了承願います。返事は部室版などでお願いします。もし、苦言があるなら
「訊け」管理人さんに言ってください。

832役行者:2012/01/21(土) 19:22:51 ID:1kPyAi3c
 
 SAKURA様

 雅春先生の書かれた、生命の実相、霊界編は、なぜか心にいやらしい気持ちが残らないのです☆彡

 読み終えたあと、ほのぼの暖かいもの、しみじみ透き通る美しきものが何とも云えぬ情愛とともに、心に染み渡るのです。

 霊というものを捉えるのに、私にとっての最高の教科書です。

 ありがたいことです。

  しかし、その生命の実相のことですが、


 >〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜* 生命の実相」今回の新刊の感想を…皆様の投稿文 により把握させて頂きながら… 愛蔵版…ベ−ス」との事…参考にしたく思いま す…(まだ、私自身の手元には、今回の事がありまし て…“注文”したものの〜〜〜〜><)<

 新編、生命の実相を注文したものの・・・何かあったのですか・・・
 私は今のところ、まだ手元にもありません。
 何はトモアレ、生命の実相について私も含め一人一人が真剣に考えるようになり、ありがたきことと思っております。
 
 こんなことでもなければ、きっと皆さん、空気や水のように当然存在するものとして、ウヤムヤにしていたところかもしれません。
 今一度、真っ向から生命の実相について考える良き機会を与えられ、感謝合掌としましょう! それどころか、人類救済の書として、世に打って出る絶好のチャンスかもしれません。


 この判決の延長が決まった11月22日(聞くところによると)、雅春先生の御生誕日・・・生命の実相、霊界編ではないですが、何か見えない力が動いたのでしょう!
 きっと、良い方に向かうと信じてます。

833SAKURA:2012/01/21(土) 21:05:00 ID:zrpEHTE.
トキ様へ

合掌ありがとうございます。

>816 トキ様 の“投稿文章”からの一部感想…を申し上げます…。

今回“母の御霊様”件で「肉体無し…」と改めて思います…。
人間の本体は“御霊…肉体は借りモノ…霊−>自由自在に心の状態で…
どうにでもなれると申しますか、
人間として【実相=現象としてのかたち】全ては“心”で動くものなのでしょう…?

“亡き母の御霊様”を見まして「霊の世界…」では…?
現象世界では、私自身の五感では“まぁる〜〜イ♫まぁる〜〜イ♫御霊”に見えるけれども“実相世界”では自由自在の姿なのでしょう…?
だんだん…母が見守ってくれているように思います…。

まだ、いろいろな事がたくさんありますが…後程記載してみたいと思いますが…。
今は「お聖経」を、読んでおりますと、
【肉体人間ではなく霊的人間】の意味もわかり〜楽しく母と交信しているような気持!
そのような感じで…「霊界通信…」のような感じが…
今回の件…本当にありがとうございました…。正直申しまして“落ち込み”は…
冷静さをたもとうと思う反面…感情のコントロ−ルが…先にどうしても
悲しみに打ちひしがれ…

要約「母を老人ホ−ム」から引き取る準備で、やっと…20日以降に母を向かいに
行くようにしていました矢先であり、母もそれは、楽しみにしておりましたが…
予期しない“アクシデント”も多々あり〜その事は事実なのですが…
急に“容態悪化”となりまして…私なりに、現在調べているところなのですが…?
その様な時“亡き母の御霊様”を見まして、泣くという感情よりも…“母の生命は永遠”と…「生命の実相…霊界編」通りなのです〜〜ネ!その思いが強くなりまして…
涙が止まりました…。

更に!沈んだ気持ち(ネガティブ感)を、いつまでも私自身が引きずり込んでおりますと、母が霊界で…足を引っ張ってしまう事になるのではないでしょうかしら〜〜ン??
ふと!それはよくない事?と…ある書物に書いていましたし…
私が、光明面を見ましての“ポジティブ感”になる事により…更に行動しますと、
母も喜び、福音”を頂けますでしょうと思えるようになりました。
これは、きっと〜「母からのプレゼント」と、思います…。
              <続く>                  No.1

834SAKURA:2012/01/21(土) 21:05:54 ID:zrpEHTE.
<続く>                  No.2

【本部と教区の関係】は、確かに、複雑です〜〜〜ネ!
そして、これは地域性・教化部長の方針・考え方…etcによりまして相違点があるものと…

一例で申しますと…当時TYO在中の頃、まだ本部敷地内に第一教区がありました頃は…
確かに、地方から初めて訪れた頃…「何処に教区が???」と探したモノです…。
しかも当時は「本部職員の顔の表情…暗い方?」でしたでしょうか?
かと申しまして、第三者的に見まして“教区信者のマナ−”もひどいものがありましたし、属に“変わり者”も結構いたように思えますが…
その後、南館に元第一教区ができました当時……正直【献金…】は、すごいものでしたネ?本部に行きましても、当時の私は“祈る部屋”が狭い様に感じました面もありましたが…まだ“心の未熟さ”がありましたので、自宅よりも本部に行く…もしかしますと…
その本部にお参り??その様な気持ちが心の片隅に存在していたのかも知れません。
よく“お祈り”に行っておりましたが、当時は「現象…としての祈り」が多かったのでは?その様に思えます。
冷静に判断しますと…【鉄の壁】遮断により、天上人?下界人?全くもちまして…
人間性も卑下して見られていたように思いますが…?

その様なさなか…“萩窪”に居住します頃「亡き清超先生」が…
貧しい方には“モノ”より“真理”と…お話をされていましたので…当時!
「新宿駅周辺」に浮浪者が…うよ〜うよ〜?数えきれない位の人がいました〜〜ネ!
そして、失礼ですが…かなりの悪臭〜〜〜
その時!「亡き清超先生の言葉」が、今でも頭から離れないのです…。【真理…】

萩窪駅に降りますと、改札口に必ずといっていい程座っています“60〜70歳の老人”…
当時の私は…30代後半でしたが…。
その人の近くを通る度に、気になり…“先生の言葉…真理”が、脳裏から離れず…、
ある日!思い切って近くの弁当を買って渡しまして、同時に“普及紙”を手渡しました…。
この老人??不思議な人なのです…?“地べた”に座って、本を読んでいたり〜新聞を〜?

■その後…この老人は…“本”を読まれたのでしょうか…??

実は!!それなりの“身なり”になりまして、いつの間にか〜〜〜?
私の“眼中”からは、いなくなりました…。きっと〜きっと〜⋆ ☆ 
“神様”から…きっと導かれた事と…思います…。
この事が…私が“浮浪者の方”との…最初の…なのです???

835SAKURA:2012/01/21(土) 21:06:54 ID:zrpEHTE.
  <続く>               No.3

【肉体人間ではなく…霊的人間】と悟りますと…自由自在に動けるのですョ〜〜〜ネ!
やはり「貧しいのは”心“が…貧しいワケ”であり“物欲”にとらわれた事なのでしょうか…?それが、この方々にとりまして…現象界に現れているのでしょうかしら〜〜ン?

「生長の家…」この“御教え…”
雅春先生の書物を拝読する事は、「精神の高揚…」をならしめるものでは…??
「現象から実相にイメ−ジ」を…訓練する事は“かたち”として現れる事と思います。
【心から〜姿かたちに〜変化しまして…環境問題が完成する】のではと、思いますが…

【大草原の小さな家〜〜♫】みたいにはなれない時代…私も若いころは“夢”見ましたが…
きっと〜きっと〜♫ 今の時代…現実を見ますと…どうしても〜><
“心の変化”が…あるのではないのでは??と思いましたが…??
このネットを通じて“信者とのコミュニケ−ションパイプ”は、必要ではないでしょうか?
この“メリット”は…顔が〜声が〜♫ “秘密?”従って自由に投稿ができますでしょう??
(反面…文章力?難し〜〜いです〜〜ネ!
そして…PC操作を、ご年配に教えます機会が必要ではないのでしょうか??)
この事は…色々な面で…プラスメリット!!に成る事と思います…。

私も…販売の時!消費者のニ−ズが…見えなくなってしまった頃がありましたが…?
それでも購買される方が…います“モノ”…という事は?
【時代の変化をつかむ事!!】も大事で…今までの方針・対応策が…通用しないと分かり、
私は、それに応じて「研究・思考しながらイメ−ジ=神想観!」
それによりまして…直観!!解決策!!

徒然なるままに〜〜〜♫ ですが…
「TYO教区の方達…」正直申しますと…
ある方は「もう〜〜トップの方達の世界観は、おかしい〜〜」と異口同音いってますし、
ほとんどの方は、あちらで勝手に“山梨”に行って…こちらもこちらで勝手に“教区”
として独立宣言??自分達には、まったく〜〜〜関係ない!といったような感じですネ!

更に!本部が無くなったら?その時に“教区”で…何とかなるのでは?と言っている人も…おりましたが…???現状を、把握していないように思いましたが…
この事は、今の私の九州でも“お偉様が…”とか“私の代で…?終わり〜〜〜ョ”とか…

それでも【奇蹟…】ほとんどの方達が、小さな〜小さな〜♫“奇蹟”だけはある様ですが?
(一般信者の方々ですが…)

現教区も…私のTYO在中の頃よりは、オカシク?なっているのではないでしょうか??
私もいずれにしましても…TYOに戻りますが【生長の家…】
その時?果たしてどのようになっていますか?不安にはなりますが…

「裁決…」を待つよりも〜〜事前に〜〜事前に〜〜歩み寄ります“対話”
そのためにも…本当に“対話による和解”のみです〜ネ!
その事を…切に願います…。

どんな時にも〜どんな時にも〜「皆さんは…元々!生長の家…家族」でしたでしょ〜〜う!
                             再合掌

836ハマナス:2012/01/21(土) 21:41:11 ID:u5mC.eb2

SAKURA様

お母様のご冥福を心からお祈り申し上げます。

また、お母様の素晴らしいお話しをありがとうございました。
私も昨年父を亡くしましたのでお気持ちがよくわかります。
身近な人の死を経験しますと、いのちが生き通しであることが実感されます。

お父様とお母様から受け継がれた生長の家を、きちんと継がれていらっしゃる事
それが一番の親孝行ではないでしょうか。
お母様も喜んでいらして、これからも、霊界から愛し、見守って下さると思います。

837ハマナス:2012/01/21(土) 21:45:18 ID:u5mC.eb2

訊け管理人様

>自分の利き腕で、もうガンガンに、それこそ「感謝」しながら、そして時折、
「そうそう!」と言いながら、合間に「同意!」「チェスト!」とか叫びなが
ら、ただ淡々と入力する・・・・・・・これがもっとも楽な方法でごあす(笑)

アドバイスありがとうございます。
やはり、心を込めての手作業なのですね。

大聖師谷口雅春先生のお言葉、
「それでは、「左様なら!!」とニッコリ笑って、皆様とお別れ致しましょう。
しかし今別れても次の境涯で皆様と再会する時期が屹度来ると信じます。」

私も雅春先生に再会できるように精進し続けて行きたいと思っています。

838ももんが:2012/01/22(日) 00:17:16 ID:XXCuaQns
皆様、御寒いですね。お疲れ様です。合掌、拝。

今日は、この寒空の中、お勤めしておりました。水鳥も、カラスも、この寒空で、弱肉強食の世界を目の当たりに、観てしまいますと、神の神秘を身に内震える気持ちです。


さて、お話変わりまして、掲示板内の他の版で、『新編 生命の実相』を、誤って、『新版 生命の実相』と表記したことについて、私も、誤って、『新版 生命の実相』と表記してしてしてまいました。
間違えを、教えいただいた、復興Gさん、山ちゃんさん、ありがとうございます。
私も、『訊け』さんのブログでも、書いたようなので、『訊け』さんにも、皆様にも、間違えて、表記したことは、お詫びします。


あと、私が、『訊け』さんのブログに書いた『平仮名』の件は、底本が愛蔵版である事は、知ってますし、復興Gさんの、雅春先生のお話も知ってますが、もう少し、深く観ていただけたら、私の言う事も、御理解あるかと、思うしだいです。現在は、討論をする事は、差し控えたいので、私、勝ってと思わるでしょうが、御許し下さい。

皆様へ、合掌、拝。

つづく〜

839ももんが:2012/01/22(日) 00:20:21 ID:XXCuaQns
トキさま

トキさま、御寒いですね。お勤めと、何時も、暖かい心使い、ありがとうございます。合掌、拝。

先程、皆様に、間違いに関しては、教えて頂き、感謝の意を唱えました。

昨今は、掲示板内外共に、『生命の実相』で、賑やかですね。


さて、今日は、二つ、戯れ言をお話したいと、思います。一つは、先日、トキさまが、『公案』を持つ事を言われてましたので、一つ簡単な、お話型の公案を一つと、それから、『観音さま』に関するお話を一つしたいと、思います。

まず、公案のお話からします。

妙心寺の開山、関山慧玄大師は、大徳寺開山、大燈国師の法嗣であります。

その関山大師が、自室は雨漏りが酷く、何時も雨漏りの準備をしなければいけませんでした。そんな、ある日、また、何時ものように、関山大師の自室で雨漏りし始めたのか、関山大師
は、自室から、大声で!

『誰か、何ぞ!持ってこい!』と

叫びました。

すると、御寺で一番年下の小僧さんが、“穴の空いた桶”を持って、一番に関山大師に持って行くと、関山大師は?
『あった、あった、此れだ、此れだ、良く持って来たな』と
小僧さんの頭を撫でながら、笑顔で誉めていました。
すると、次に、年配の雲水さんが、“穴空いてない手桶”を持って、関山大師に持って行くと?

『バカ者!こんな物が、使えるか!持って帰れ!』
と、怒鳴り帰してしまいました。

さて?トキさま?(皆様も考えてください)

関山大師は、何故?『穴の空いた桶』を持って来た小僧さんを誉めて?『空いてない手桶』を持って来た雲水さんを怒鳴り飛ばした?のでしょか?


関山大師は、語録が無い事で、有名で、江戸時代に来た、明国から来た、隠元禅師は、関山大師のある、『柏樹子の話に賊機あり。』と言葉に、身震いしてたそうです。

各、私も、この話を聞き、冷や汗を流した、覚えがあります。

さて、トキさま、皆さまの中に、この話を聞いて、身震いされた方は?おられますか?

真の真理は、言葉を使わないで、示す事ができます。関山大師は、それをされた方です。


それと、『観音さま』のお話をしましょう。

昨日、『般若心経』のお話をしましたが、『観音さま』も、また、大乗仏教と供に日本に来た、仏さまです。

観音さまの、正式名称を、ご存知の方も、いると思いますが、観音さまの正式名称は、『アウ゛ァローキテーシュヴァラー・ボディーサトゥーバー』と呼びます。

生長の家でも、そうですが、日本でも、観音さまは、慈母的雰囲気を醸しだしています。

確かに、日本では、女性的に表現される、観音さまですが、観音さま発祥地付近の国々の観音像は、男性型をした物が多いです。


私も髭をはやし、撫で肩ではあるが、男性スタイルの観音像を見た事があります。

正式、正確さを求めると、観音さまも、観音さまと、呼べなくなりそうで、怖いですね。


日本式の呼び方は、日本式で、それで良いわけであり、他国には他国の良さが、ある様に、人間にも、各個人、各個人、の良さも、悪さもあるのだから、全て認めて、一つ物として、観る、力量が、必要だと、何時も、思ってます。

トキさまは、どうですか?

では、では、夜分遅く、失礼、御休みなさいませ。合掌、拝。

840志恩:2012/01/22(日) 03:08:15 ID:.QY5jUA6
SAKURAさま

コメント、ありがとうございます。
お母様のお七夜も、済まされたのですね。ハマナスさまが、おっしゃるとおり、
お母様は、SAKURAさまのこと、より身近なところで、生涯見守られて、すべてに応援して
下さると思います。

先日の死後の話しの続きですが、
生前、1つの宗教に凝っていた場合、、というのが、心霊秘話に書かれてありました。

。。。
霊界の野原へ来ると、迎えに集まった類魂の連中が、その者を取り巻いて自分達の広場に連れて行き、
その宗教の戒律に従って、その幽体が完全に形成されるようにするのである。宗教というものは、よくできている。

そこでその者が、完全な幽体として立派に独り立ちができるようになるまで見守ってから、自分達の城郭に連れて行き、
そこで霊団の一員としての新しい使命を授けて、その道に従い修行させることになるのである。

これらが、簡単ではあるが、宗教を信じている者に対する措置と思えばよい。

ところが、同じ正常死でも、その人間が、神とか霊とか、全然信じて来なかったり、知らない場合は、その者自身は
死んだとは考えない。自分というものがハッキリ分かっているし、その霊界の野原も、見えないのである。

そのうえ、自分のこれまでの生活で頭に染み込んでいる過去の幻影によって、しの住んでいた町や、そこの人達の間を
動き回っているから、中々死を自覚しない。。。。。。

この引用している「心霊秘話。。」は、竹内満朋氏、と、寺見文夫氏の共著。竹内氏は、日本屈指の物理霊能者。永年、弁理士としても活動され、
藍綬褒章を授けられている故人。

(いい宗教に触れたということは、あの世に行っても、大きいメリットがあるのですね。
 お母様は、類魂の方たちに、あたたかく歓迎されており、お独りではないですから、寂しくされておられません。
 貴女のところと、あちらと、行ったり来たりして、いらっしゃるのかもしれません)

841志恩:2012/01/22(日) 03:54:28 ID:.QY5jUA6
×お七夜
○初七日
 夜中に,モウロウとした頭で書き、失礼な間違いをしてすみません。

842ももんが:2012/01/22(日) 06:47:37 ID:XXCuaQns
皆様、おはようございます。本日も、寒いですね。朝の水が、冷たいく、シャキとした気分に、私はなりました。さあ、浄められた、身心で、元気良く、今日も1日神の子としての生き生き生活してまいりましょう!ありがとうございます。合掌、拝。


〜正法眼蔵・現成公案〜〜
うを水をゆくに、ゆけども水のきはなく、鳥そらをとぶに、とぶといへどもそらのきはなし。しかあれども、うをとり、いまだむかしよりみづそらをはなれず。只用大のときは使大なり。要小のときは使小なり。かくのごとくして、頭々に辺際をつくさずといふ事なく、処々に踏飜せずといふことなしといふへども、鳥もしそらをいづればたちまちに死す、魚もし水をいづればたちまちに死す。以水為命しりぬべし、以空為命しりぬべし。以鳥為命あり、以魚為命あり。以命為鳥なるべし、以命為魚なるべし。このほかさらに進歩あるべし。修証あり、その寿者命者あること、かくのごとし。

〜以下つづく


さあ、この、御文章は、実に、味わい深い御文章です。
皆様は、どのように、読まれましたか?

差別即平等、平等即差別と、いう、事を言いますが、両者は、二つに見えて、一つの存在。

と、言葉のうえでは、そうなのですが、もっと、奥深い意味が、隠されているようです…

では、では、本日も、寒いので、暖かくして、お過ごしください。ありがとうございます。合掌、拝。

843a hope:2012/01/22(日) 10:32:52 ID:kcv2QXTk

人生読本 谷口雅春先生著


人生(ひとのよ)は旅、旅は道づれ


だけれども、ただ自分ひとり伸びるだけではつまらない、とお考えになったことがありませんか。
誰ひとり、自分が伸びることを賞(ほ)めてくれないのはつまらない、とお考えになったことはありませんか。
「他(ひと)が賞めたり貶したりすることなどには頓着なしに、自分だけで伸びよ」と言う人もあります。
しかし旅行しても一人ではつまらないものです。
「あの景色はいいね」「本当にあの山の緑は素晴らしいじゃないか」「あそこに河が流れている」
「真白(まっしろ)な帯のように見えますわ、とても美しいのね」などと、旅の道づれになった人たちと互いに話し合ってこそ、
旅行も楽しくなり、足の疲れも忘れて、知らぬ間にこんなにも長距離を歩いて来たかということになるのでしょう。
疲れないで、ひとりでに長距離を進んでいる ――― 人生もそんなものです。
道づれがあるときには、楽にたのしくいつの間にか長距離の進歩ができるのです。

生長の家の誌友会や青年会を、地方地方で催して、互いに円く坐って、
この『人生読本』や『理想世界ジュニア版』やそのほかの「生長の家」のいろいろな書物を、
順々に読んで輪読会をなさるようにおすすめするのはその為です。
輪読会(まるくすわってよむかい)のやり方は、一冊ずつテキストになる本を持ち寄って、
その集まっている人が一節ずつ順番に読んでひとわたり順々に読んでから、
「その本の何ページのここは、私はこう思って感心しました」などと言って自分の感想を述べるのです。
そうすると、ひとりで読んだら見逃しているようなところでも気がついて深く考え感じられます。
そして自分の生命(いのち)が伸びるのです。

ひとりでは見のがすような景色でも、「君、あそこにあんな美しい景色があるよ、絵にでもなりそうじゃないか」と言われると、
今まで見逃していた景色の良さがわかるように、いっしょに集まって読んだ感想を述べ合うと、
今まで見逃していた人生の味というものが、わかってくるのです。
カルタや将棋の味というものでも、そうとう面白いものなのですのに、
この人生ゲームというものは、広さがちがう、深さがちがう、とても大きく深いものですから、
その味わい方さえ知れば、人生くらい楽しいものはないのです。
ですからこのような会は、人生の味というものを、しみじみ味わわせて、この世を楽しくさせてくれるものなのです。
「読んだ、もう解った」で、捨てておけないのはその為です。
同じ景色のところでも、自分の大好きな人と話しながら歩くのは愉快なものです。

順々にひとりずつ輪読(よむ)ために、この『人生読本』はちょうど好い加減のところで区切りが切ってあります。
一人が小標題(こみだし)から、その次の小標題まで読めば、ちょうど好い加減です。
「さあ、お次はそこにいらっしゃるあなたお読みください。」こう中心になる人が言って、順に読んでいただくのです。
読む人は、ハッキリ区切りを切って、皆さんによくわかるように読んでください。
近所の子供さんたちを集めて、教育に興味のある青年が、読み方を手つだってあげる会を作るのも面白いでしょう。
知らぬ間に子供の学力が上がり、心が善くなり、天才があらわれて来ます。





組織板に新しく登場された、ゆずさまという方は、「組織を退会されて、ご自分一人でお勉強されている」、
とおっしゃっていますね。わたしもまったく同じです!


ゆずさま

はじめまして。

でも、わたしたちにはこの掲示板がありますよ!
ゆずさまも、この掲示板にご自分の好きな「聖典」などを投稿されてみてはいかがでしょうか?
また、今は活用されていませんが、この掲示板には、トーキングスティックボードという、
自分の意見や考えを、とことん主張できる(本来の使い方をすればですが...)素晴らしい板もありますよ。

この掲示板には、「生長の家の教え」の大先輩が何人もいらっしゃいます。
わたしは、本当に、とてもお勉強させていただいているのです。

でも、本当は、わたしも掲示板の上ではなくて、顔と顔を見合わせて、心を通じ合わせて、
みなさんとお話ができたらいいなと、いつも思っています。

一日も早く、「生長の家」の和解が成立して「真正 生長の家」で行われる「輪読会」に参加できる日が来ることを、
わたしは楽しみに待っています。


今日は、また、子どもたちと図書館に行きます。
忙しい用事がひと段落したので、今日は「生命の實相」じっくり拝読してきます。

あ〜、幸せだ!


みなさまも、素晴らしい休日をお過ごしください!

844かぴばら:2012/01/22(日) 13:23:04 ID:3ZrLMqr6
a hopeさま

いつもよいお話を有難うございます。本当に奇跡など起きなくとも、当たり前が素晴らしいのですよね。いつもいつも勉強ばかりの私です。少しずつ輪読を進めたいと思います。

伸びゆく日々の言葉  谷口 清超先生著

五月二十六日 みな味方ばかり

 この世の中から全ての抵抗がなくなれば、さぞやよかろうと思うかも知れないが、それでは体力がつかない。歩こうと思っても、大地との摩擦がなく、無重力中を浮遊するように、何らかのジェット推力を必要とするのである。摩擦力があるからこそ前進する。抵抗に打ち克つところに、進歩向上がある。しっかり汗を流すから、体力がつき、休息の時間がたのしいのだ。全ての抵抗力を憎んではならない。その力が、わが内在の無限力を開発してくれると思い、勇気百倍せよ。敵はない。みな味方ばかりである。

 毎日ほんの少しの進歩でも、ちっとも目に見えないけれど三歩進んで二歩下がっていても(いや2.9999歩くらい下がっているかも)とにかく前進していることを信じて前を向いて歩こうと思います。

845「訊け」管理人:2012/01/22(日) 16:39:42 ID:???

>a hopeさま
>かぴばらさま

 チェスト!!!


(訳;いい文章をありがとうございました。ブログで使わせて頂いてもよいで
しょうか。ありがとうございます!)

846「訊け」管理人:2012/01/22(日) 16:54:04 ID:???

>元職員さま

●あたたかき御手のうちに 
http://blog.livedoor.jp/con5151/archives/65624677.html#more

 合掌、ありがとうございます。

 さて、弊ブログのウイルス除去に成功し、早速本日から更新を再開しまし
た。この、ブログ再開にあたりまして「すみません」と言わねばならぬ話
がございます。ご了解をいただけましたら幸いであります。

 以前、著作権の関連云々で「使用はいかがなものか」との疑問を頂戴したこ
とがございました。今回ですがその画像・・・・これをどうしても使わざるを
得なかったことを報告致します。

 文章はうのはなさまご投稿文なのですが、文の流れであの画像・・・これを
使用するとなかなか良い仕上がりになるのでございます。
 それでも貴康先生の御許可なき(連絡の取り様もなく)状況です。なにか
ございましたらその際に対応致しますが、それまではこのままでの文章掲載を
お赦し願えないでしょうか。

 以上報告でありました。

再拝

847ももんが:2012/01/22(日) 19:46:34 ID:XXCuaQns
トキさま、皆様、こんばんわ。本日も、寒かったですね。如何、お過ごしで、ございましょうか。合掌、拝。

私は、昨晩は、自宅にて、納豆汁を作りて、所望しました。

いま、先月、練成会へ行きましたが、教団の練成は、以前お話したように、“電子化”が進んで行くような、雰囲気です。

“電子BOOK”で、教団の本を読めるように成ったら?

今回、光明思想社さんの、リニューアルは、いったい、何の為にされているのか、疑問が、沸いてきてしまうのです?

“電子BOOK”なら、拡大も縮小も自由自在だし、例えば、生命の実相なら?愛蔵版も、頭注版も、もし、教団が許可したら、絶版にした、昔の本も、読める可能性もあるのではと、私の、個人的な、希望であり、思いです。

世界同時の講習会や、行事なんて、凄いなと、思います。

先日、映画を観に行きましたら、『観測衛星 はやぶさ』の実話を映画にするようです。

私は、宇宙ステーションの開発をしてみたいなと、思い描いた事があります。

宇宙ステーションは、いま、現実に開発は進んでるようですが、我々が、宇宙で生活できるには、どんな、試練が、待ってるのでしょか?

また、アメリカの学校では、電子BOOKを使った授業をテレビで、見ました。

最早、黒板で講習したり、する時代は、古い文化になりつつあるようです。


昔を懐かしのは、私の用な、年寄だと、思います。合掌、拝。

848トキ:2012/01/22(日) 21:22:19 ID:WWHC3H0U
>>847

ももんが様

 今日は原宿教団の用事で1日、潰れていました。お返事が遅れて、たいへん申し訳ありませんでした。

 これは雑感ですが、原宿教団のような時代に即応する態度と、本流復活派のような真理に対する忠実さ
は、両方とも大事だと思っています。例えば、飛行機に重力と揚力の両方があって、空中に浮かんでいられ
るのと同じ事だと思っています。

 要するに、両方とも、美点を認めて、合掌、礼拝する姿勢が大事かと思う次第です。

合掌 ありがとうございます

849ももんが:2012/01/22(日) 23:07:02 ID:XXCuaQns
>>848

トキ様

トキ様、忙しい中、御返事、ありがとうございます。合掌、拝。

トキ様は、バランスに寄る調和ですね。

私は、『一刀一段』に、合一による、調和です。


お互いが対面して、成りきる事でしか、一つに成ります。
お湯と水を混ぜると、ぬるま湯に成るように、こうする事が、本当の和解であり、調和と、思うしだいです。

異なる物が、混じる事で、一つになる。


一つ成れば、食い違いなんて、無くなるし、バランスなんて、関係なくなります。

これ、この前の練成会で、教わりました。

トキ様、大変、失礼な事、もうしまして、すいませんでした。いつも、お心使い感謝してるしだいです。では、おつかれ様で、ございました。合掌、拝。おやすみなさい。

850a hope:2012/01/23(月) 08:10:37 ID:kcv2QXTk

おはようございます。

かぴばらさま

いつも温かいお言葉ありがとうございます。
そういえば、わたしは清超先生の執筆された本を1冊も持っていないということに、
気が付きました。
かぴばらさまの、紹介して下さった「みな味方ばかり」を拝読すると、
清超先生がご自分に言い聞かせるように書かれているように感じました。
とても説得力がありますね。
良い文章を紹介してくださり、ありがとうございます。

「全ての抵抗力を憎んではならない。その力が、わが内在の無限力を開発してくれると思い、勇気百倍せよ。
敵はない。みな味方ばかりである。」
この言葉から、勇気をいただきました!

かぴぱらさま、これからも無理のないように、「書き込み」よろしくお願い致します。


「訊け」管理人さま

先日は、わたしの投稿した「人生読本」わたしの大好きな「谷口雅春に訊け」ブログの記事に
してくださり、ありがとうございました。
とても素敵になっていて、感動しました。
また、昨日の「あたたかき御手のうちに」も素晴らしいですね!
いつも、ありがとうございます。

こんな風に連携しながら、ネットからでも「生長の家の光」が多くの方々に届けられるのですよね。
わたしたちは、やっぱり「生長の家の仲間」なんだな〜と、一人で喜んでおります。
これからも、世界一のブログを、どうぞよろしくお願い致します。



人生読本 谷口雅春先生著


絶えず伸びれば天を摩(ま)す


生命は日に日に伸びている。生きているものは、
ジッとしているように見えている植物ですらも、一瞬一瞬伸びているのです。
天にとどくほどの大木でも、いっぺんに伸びたのではありません。
見ていると眼に見えるほどに少しずつ伸びて、あれほどの高さにまでなったのです。
眼に見えぬほどの伸び方でも、一瞬一瞬少しでも怠らずに伸びて行く者は、
天にとどくほどの大木になるのです。
一瞬一瞬伸びないでいて、何か素晴らしい機会(おり)があったら、
伸びてやろうと思っている者は、結局いつまでも伸びることができないものです。

一等すばらしい機会(きかい)は「今」だ、ということを知らねばなりません。
「今」が一等すばらしい機会なのです。
今伸びないでいて、花咲く時期が来たときに、いっぺんに素晴らしく伸びてやろうと思っても、
そういうわけにはゆかないのです。
花は、花咲くときに咲くのではありません。花は蕾の中にあるのです。
まず、蕾を用意しなければなりません。蕾は、蕾のできたときに初めてできるのではありません。
梅の蕾を見てごらんなさい、まだ葉も出ないうちに、点のような小さな芽の中にその蕾はあるのです。
しかしその点のような小さい芽は、その芽ができたときに初めて造られたものではありません。
その栄養は土地の中にあったのです。また日光の中にあったのです。
それを絶えず植物の生命が吸い込んで、小さい芽の形に造り上げ、蕾の形に作り上げ、
やがて花の形に造りあげたのです。
どんな大きな仕事でも、でき上がったときにできたのでありません。
不断に、一瞬一瞬を、自分の伸びる素晴らしい機会としてでき上がったのです。

世の中の偉い人という偉い人、真に偉い人といわれるような人は、皆こういうようにして自分を伸ばした人なのです。




これから、ウォーキングに行ってきます!
そして、梅や、寒桜のつぼみを見つけたいと思います。

それでは、わたしの大切な生長の家のみなさま、今日もお仕事がんばってくださいね!

851ももんが:2012/01/23(月) 08:12:03 ID:XXCuaQns
皆様、おはようございます。本日も素敵な、朝が、やって参りました。さあ、嬉しく、楽しく、明るく、神の子の生活をしていきましょう!ありがとうございます。合掌、拝。


〜正法眼蔵・現成公案〜

しかあるを、水をきはめ、そらをきはめてのち、水そらをゆかんと擬する鳥魚あらんは、水にもそらにもみちをうべからず、ところをうべからず。このところをうれば、この行李したがひて現成公案す。このみちをうれば、この行李したがひて現成公案なり。このみち、このところ、大にあらず小にあらず、自にあらず他にあらず、さきよりあるにあらず、いま現ずるにあらざるがゆえにかくのごとくあるなり。


〜以下つづく。

今、『四無量心を行ずる神想観』をしています。

ここの、文言は、そう言う事では、ありませんが、常に、良く、自己参究して、自己の本性を悟る事が、大切であると、思われます。
さて、皆様、本日も寒いですが、朝の探究して、一層素晴らしい、神の子として生活を楽しみましょう!ありがとうございます。合掌、拝。

852復興G:2012/01/23(月) 21:58:47 ID:ojEbkDH2

>>847 :ももんが様
>“電子BOOK”で、教団の本を読めるように成ったら?
今回、光明思想社さんの、リニューアルは、いったい、何の為にされているのか、疑問が、沸いてきてしまうのです? “電子BOOK”なら、拡大も縮小も自由自在だし、例えば、生命の実相なら?愛蔵版も、頭注版も、もし、教団が許可したら、絶版にした、昔の本も、読める可能性もあるのではと、私の、個人的な、希望であり、思いです。<

 ──そうですね。大賛成です。
 既刊の書籍をスキャンした画像をPDFファイルにしたものなら、すぐにでもできるはずですし、今はOCRソフトというのも精度がよくなってきていると言うことで、テキストファイルにするのも比較的楽になってきているはずですから、電子書籍も待望したいですね。そのうちきっとできるとは思いますが。
 『生命の實相』を電子書籍に──という話は、もう20年も前に論議され、その時は画像ファイルではなくキーボードで文章を打ち込んでテキストファイルにして・・・・・ということで、有志がボランティアでその入力をしましょうという話まで出たことがあったのを思い出します。そして日本教文社でも、電子書籍出版を検討する担当係が置かれたとも洩れ伺ったことがありましたが・・・・その話はどうなっているのでしょうね。
 日本教文社と光明思想社の和解が成立し、協力し合って電子書籍ができたら最高に素晴らしいことになるでしょうね。

853ハマナス:2012/01/24(火) 01:36:18 ID:u5mC.eb2

訊けさま、

ブログを拝見致しました。素晴らしいですね!
美しい絵とBGM (You have a wonderful sense.)
そして雅春先生の「永遠不滅の生命」の映像にも感動しました。

ありがとうございました。

854ももんが:2012/01/24(火) 06:42:03 ID:XXCuaQns
皆様、おはようございます。今朝は、雪が降って、寒さ、一段と厳しと、思われますが、明る、楽しく、嬉しく、感謝行、していきましょう!ありがとうございます。合掌、拝。


〜正法眼蔵・現成公案〜


しかあるがごとく、人もし仏道を修証するに、得一法、通一法なり、遇一行、修一行なり。
これにところあり、みち通達せるによりて、しらるるきはのしるからざりは、このしるとことの、仏法の究尽と同生し、同参するゆえにしかあるなり。得処かならず自己の知見となりて、慮知にしられんずるとならふことなかれ。証究すみなかに現成すといへども密有かならずしも現成にあらず、見成これ何必なり。

〜以下つづく


さあ、得一法、通一法…
と、道元禅師は、示されております。

得一法、通一法とは、この場合は、坐禅に専一して行くことを述べてるようです。

いわゆる、”只菅打坐“と言うことでしょう。

只菅神想観することが、今日のお話に、一番合うでしょ。

では、雪の影響で、普段より、忙しないようです。怪我や、事故など、ないように、きおつけ、元気に明るく、楽しく、生活していきましょう!ありがとうございます。合掌、拝。

855a hope:2012/01/24(火) 08:23:16 ID:kcv2QXTk

人生読本 谷口雅春先生著

春の新芽は冬できる


うまくズンズン伸びる時には、楽しそうで元気が出て、愉快に勉強したり、
仕事をしたりしますけれども、一つ好い具合に行かなくなるとしょげてしまって、
いじけてしまって、ふさぎ込んで何もできなくなる人がありますが、
そんなことでは本当に伸びることはできません。
うまくズンズン伸びる時には、その伸び方がしっかりしていないものです。
植物でも、暖かい楽な季節に伸びたところは、柔らかく伸びていてしっかりしていません。
冬の寒い季節に伸びたところは、堅くシッカリとしているのです。
人間も楽に伸びたところと、困難と闘ってシッカリと伸びたところとが、
互いに入れちがいに波のようになっているので、いろいろの美しさが生まれてくるのです。
植物でも、横に切ってみると、年輪といって、渦巻のような木目の美しさがあるのはそのためです。
樹木はそうして一様に堅くあるよりも、一様に柔らかくあるよりも、美しくて強くて弾力があるのです。





子どもの頃、雪が降るとワクワクしました。
そして、寒さも忘れて、友達と雪だるまを作ったり、雪合戦をしたりして遊びました。
小学生だったとき、友達と二人で、田んぼの中に、「かまくら」を作りました。
無我夢中で作って、夕方完成して、家に帰ると、わたしは全身びしょぬれでした。

ぬれているのにも気づかす、作っていたのですね。
それで、急に寒くなって、お風呂に入ろうと、お風呂を確認すると、温かく沸いていたのです!
「やったー!」って、思って飛び込みました。

しばらくして、だんだん体が温まってくると、それが水風呂だったことに気が付きました。
水をお湯と間違えるほど、体が冷えていたのです...

そんな時代が、懐かしいです。

我が家の子どもたちも、今日は雪に大喜びしながら、張り切って学校に行きました。
それでは、わたしの大切な「生長の家」のみなさま、今日も元気にお過ごしください!

856「訊け」管理人:2012/01/24(火) 09:14:32 ID:X7LbEW86

静寂の歌
http://blog.livedoor.jp/con5151/archives/65625253.html#more

>教頭先生

 こんにちは。野球部なのに昔、「サッカーのカズ」になったことがある「訊
け」管理人です。もう訊けさんてば、なんでもスポーツできてホント天才・・
・・てな話ではなく、いやこれ、草サッカーの〝数〟にされたっていう、そん
な話なんですが・・・(中略)・・・しかもゴールキーパーだったことは内緒
ですが、そんな話はさて置いて本題へ。

 昨日ご投稿の文章が、あまりにも脳天直撃しましたので、ブログに使用させ
て頂きました。ちなみに画像の背番号4の子ですが・・・・この色気漂う高校
球児はなんと、高校時代の私、

ではありません。

いずれにしましても、よい文章をありがとうございました。

>ハマナスさま

 いやー、褒められると伸びる子、「訊け」管理人です。まあ伸びるってい
っても、いつも「鼻」しか伸びないんですが、これからもよろしくお願いし
ます。

>復興G閣下

 今朝「ふと」思ったことを記します・・・・お題は「最後の審判解釈」と
いう壮大(?)なものです。

 キリスト教諸派で述べられるところの「最後の審判」なのでありますが、こ
れの真意とは・・・「神は宇宙最後の日まで人を裁かない」って意味ではなか
ろうかと。補足すれば「神すら最後の日まで人を裁かない」ゆえに「人間が人
間を裁くなど、もってのほか」という意味は、含まれてはいないのかと・・・


 いや突然の独り言であります。特に返信の要はございませんが、なにかこれ
に付随する閣下のお話しを頂戴できましたら幸いであります。

>a hopeさま

 最近、『人生読本』の価値を再認識中です。ありがとうございます。
 
>ももんがさあ

 ブログにコメント頂戴してました。ありがとうございます。
 いやーあまり、キリスト教のことは知りません。まあ、雅春先生が触れられ
た範囲では理解を促進させて頂きましたが、一般論としてのキリスト教など、
わたしにはあまり、よく分かりません。なにせわたし、スジガネ入りの無神
論者でしたんで(笑)

857志恩:2012/01/24(火) 09:29:11 ID:.QY5jUA6
a hopeさま

雅春先生の、「春の新芽は冬できる」
 
とっても、いい真理ですね。「生命の實相」でも、その他の生長の家の著書でも、昔の著書は、開いたページが、
自分の今に、ぴったりね。訊けブログも、同様ですけれど、、、今の自分にぴったりなので、驚かされます。

神さまの慈愛が、読む者に、そそがれている。

ahopeさまの幼いころの、雪にまつわる微笑ましいエピソード、おかしくて笑ってしまいました。

今朝は、早朝神想観後に、待望の雪かきは、少しだけやりました。
先っぽが、平らな雪かき用シャベルは、外の倉庫にしまってあったので。でも、夜中のうちに
雪のあと、すぐに雨が降り、それが凍ったので、氷のようにかちかちに凍っていて、少しだけやっただけで、ギブアップ。
雪だるまを作るほど、積もらなかったのは、残念でした。

北陸に住んでいる親戚の義兄弟は、大雪の県に住んでいるので、今年は、大雪で、
毎朝、雪かきするのが、ひと仕事になっていると、電話がありました。これも、これで
大変だと、思いました。

そういう地域にお住まいの方々は、大雪によって、辛抱つよさが、育まれるのでしょうね。

858志恩:2012/01/24(火) 10:00:28 ID:.QY5jUA6
訊け君

「静寂の歌」載せられたのね。ありがとう。とても、うれしいです。
「椰子の実」のバックミュージックも、チョイスが、ぴったりですね。
 選択される写真や絵は、どうやって決めるのでしょう。直感ですか。
 天才的センス! いつも、いいですよね。
 私は、この詩に、若いときから何度となく励まされて来ました だいすきな詩の1つです。
 
 ホルムス氏は、雅春先生と親交が深かった光明思想家です。

 訊けブログの写真、④の背番号をつけてる子、訊け君かと思ったわ。
 下のほうの「日南学園」のユニホームを着ているハンサムの子は?(笑)
 アンサーは、いりませんが、とにかく、野球少年だったのですよね、
 訊け君は。

859「訊け」管理人:2012/01/24(火) 11:50:13 ID:???

>教頭先生

 こんにちは。突然ですが現在の部室板に関して一句。

 悩み事 張本人から 励まされ


 ということで本題へ。

>日南学園のハンサムの件

 あーあの子ですね?あの子に目が行くとは教頭、相当お目が高いです。あ
の、私ほどではないがなかなかイケメンな選手の名前は、中崎雄太と言いま
す。現在、西武ライオンズ(ドラフト1位入団)にいまして、昨年は二軍で
ローテーションを守りました。一言でいえば「天才」です。あのスライダー
は高校時代からプロがビックリしてましたね。

 その上あの中崎くんですが、彼は性格面が◎です。チー、ムの雑用を上級
生になっても、それこそ懸命にやってた子でして、試合中にも(登板してる
のに)、たとえば二塁ベースへレガース(打者が足に付けている緩衝板)回
収に走っていく子でもありました。
 ちなみに弟(翔太)も現在プロ選手でして、それこそ初心者さまご贔屓の広
島カープにおります。こっちは「喧嘩上等のヤンチャ坊主」であり、顔は・・
(中略)・・・です。

 来年あたりはこの中崎雄太、出て来て欲しいんですがねえ(笑)まあ、ソフ
トバンク入団の武田翔太ともども、どうぞ応援よろしくお願いします。

追伸

 その武田翔太のこぼれ話をひとつ。

 彼がソフトバンク寮に入寮する際、近所に挨拶まわりをしておりましたよ。
彼女らしき女性もなく、周囲には近所のくそガキとオバチャンばかりが集ま
ってきておりました。ええ、「彼らしいなあ」な感じです。
 来期のソフバンは、杉内、和田が抜けましたんでこの武田翔太「そうそうに
登板があるんじゃね?」なんですが、まあ個人的には・・・・しばらく二軍で
鍛えて欲しいんですけどもね(笑)
 まあ、2013年のWBCには武田翔太、「登場すんじゃね?」な予感はし
ております。前にも申したとおり彼は、野球の素質は◎(ダル級)のうえに性
格面が最高です。いつか『生命の實相』を渡してあげたいもんだと。

860復興G:2012/01/24(火) 13:53:02 ID:ojEbkDH2

>>856 :「訊け」管理人殿

「最後の審判」についての宿題を頂戴し感謝します。
「審判」は神が為し給うのであって、人が他人を審判くことは要らないのだ、とも思われます。では裁判所は要らないのかと言えば、そういうわけではありませんが、正しい審判というのは憎しみのような感情を持ってなされるものではなく、公平に人を生かす審判でなくてはならないのだと思われます。

新約聖書「マタイ伝」第24章(29〜31節)に、
「・・・・・これらの日の患難(なやみ)ののち直ちに日は暗く、月は光を発(はな)たず、星は空より隕(お)ち、天の万象、ふるい動かん。そのとき人の子(注・再臨のキリスト)の兆(しるし)、天に現われん。そのとき地上の諸族みな嘆き、かつ人の子の能力(ちから)と大いなる栄光とをもて天の雲に乗り来たるを見ん。また彼は使たちを大いなるラッパの声とともに遣わさん。使たちは天の此の極(はて)より彼の極まで四方より選民を集めん。」
とあります。
 この、キリストの再臨とともにやってくる「最後の審判」の時は今である、と思います。
 すなわち、キリスト再臨というのは肉体のイエスが復活して天降って来るのではなく、すべての人に内在するキリスト=真理が復活することだと、谷口雅春先生はお教えくださっているのです。だから「恐るるなかれ、虚妄(まよい)を焼かるる者は却って生き暗黒(やみ)を焼かるる者は却って光をあらわさん」(「“最後の審判”についての神示」)で、その時が今である、と思われます。

 「組織板」の方で前に、トニー・ブレア英国元首相が、宗教対立で荒れるアイルランドを和平に導いたときの話を書きましたが、その後のこと──

 ブレア元首相は2001年9.11テロで米国支持を鮮明にし、イラク戦争でも自由陣営は結束して全力を挙げて戦うよう積極的に主導した。しかし国際社会の亀裂は深まり、イラク国内で大量破壊兵器は見つからず、治安の悪化はつのりばかり。その責任は連合軍とイラク政府に向けられた。バグダッドの国連本部への爆弾テロが起き、戦争の余波は誰もが想像した以上に血なまぐさく恐ろしいものになった。
 「後悔していますか?」と、2010年1月、首相を退いたブレアに問いかけられた。
 「イエス」と答えれば「ブレア、戦争について謝罪」と新聞に書き立てられるだろう。
 「ノー」と答えれば、ブレアは無情な人でなしと思われるだろう。
 ブレアは、何と答えたか。
 「決定は、私自身がした」と認め、「責任はとる」と述べた。・・・・・・
 「首相を辞めた後も、私はイラクとアフガニスタンとその犠牲者のことを考え続けている」
 と、ブレア元首相は書いています。

 失敗は誰にもあります。その責任は取らなければならないでしょう。責任を他に転嫁することは、やめましょう。

 今回の生長の家の混乱も、私自身に責任があると自覚いたしました。「キリスト再び臨(きた)りて審判くとは今のことである」という「懺悔の神示」をかみしめ、大懺悔して新生したいと思います。

861「訊け」管理人:2012/01/24(火) 14:26:24 ID:7952l1KA
>復興G閣下

<久遠の今>

●「久遠の今」雅春先生ご講話(動画)
http://blog.livedoor.jp/con5151/archives/65592772.html

 ありがとうございます。自身の浅い解釈に恥じ入りつつ、本題へ移らせて頂
きます。
 閣下がご視聴済みでしたら失礼ですが、動画を紹介致します。これは以前、
古参信徒の方から頂戴したものでありますが、非常に編集でありお勧めであり
ます。
 実際、読者数名の方からも「あの動画がよかった」という声を頂戴したもの
です。

 もしも未視聴の方がおられたら同動画、視聴をお勧めする次第です。久遠の
今はこれ、非常に難解な概念ですが同動画を視聴なされば「ああ」と腑に落ち
ると思います。非常に解りやすいです。

追伸

 「ご先祖さまにこう謝って(浄心行)してください。『こんなに偉大な自分
でありましたのに、それを忘れておりました――ッ!』と」
(榎本先生)

●恵吾先生ご講話「よろこびの先祖供養」(動画)
http://blog.livedoor.jp/con5151/archives/65593612.html

862復興G:2012/01/24(火) 16:15:31 ID:ojEbkDH2

>>861 :「訊け」管理人殿。

 まさにこの「久遠の今」に立ち還り、いのちの大もとの先祖すなわち神に立ち還って、「わが業(わざ)はわが為すにあらず、天地(あめつち)を貫く祖神(みおや)の権能(ちから)であった」と今よろこぶことが大懺悔なのでした。「私が悪かったのです」と頭を下げるようなことは小懺悔。小懺悔を超えて、今生かされていることを喜ぶのが大懺悔なのでした。それを常に口を酸っぱくして教えてくれたのが榎本恵吾先生でした。
 「反省」なら猿でもする(反省猿)。『こんなに偉大な自分でありましたのに、それを忘れておりました――ッ!』というのが、本当の大懺悔なのですね。

 前述<860>ブレアの「履歴書」で、

> 「後悔していますか?」と、2010年1月、首相を退いたブレアに問いかけられた。
 「イエス」と答えれば「ブレア、戦争について謝罪」と新聞に書き立てられるだろう。<
 のあとに、省略してありましたが、(「イエス」と答えれば)
>戦争を支持した人々は自分たちの支持や犠牲は無駄だったのかと思うことだろう<
 という文章がありました。

 小懺悔(後悔、反省)して、「私が間違ってました。悪うございました」というところにとどまっていたら、かえって人をも傷つけることになってしまう。逃げるのではなくすべての責任をとるけれども、それを超えて、「現象なし」「今、神のみ、完全のみ」という実相、「久遠の今」に立ち還って喜ぶことをお教え頂いているのが生長の家の御教えなのですね。「今」よろこぶことが大懺悔なのですね。

 動画「久遠の今」、谷口雅春先生の深遠なご講義をわかりやすく編集されていて、最高ですね。
http://blog.livedoor.jp/con5151/archives/65592772.html

 大感謝合掌。

863トキ:2012/01/24(火) 21:25:17 ID:A3Pq4Dgo
>>862

復興G様

 大懺悔のはなし、考えさせらました。勉強になりました。
すばらしいご投稿、ありがとうございました。

 週刊ポストという週刊誌に「化城の人」という連載があります。創価学会をテーマにしたものですが、
現在では悪徳カルトの代表である創価学会も、創始者である牧口常三郎さんは、真面目な教育者だった
という事がわかり、少し驚きました。

 時代を経て、大きくなると、原点を見失う場合がありますが、やはり真面目な文章を拝読し、勉強する
事が大事だと感じました。

合掌 ありがとうございます

864元職員:2012/01/24(火) 21:52:03 ID:???
>816 にて訊けさんが私に問いかけているのでお返事します。

何故私に問い合わせがくるのか不思議ですが・・・

あのお写真は谷口貴康著『一寸先に光は待っていた』の冒頭にあるお写真ですので
当然のことながら著作権は貴康先生にあります。

さらに、厳密に言うと雅春先生の肖像権にも触れるかもしれません。

以前から貴殿のブログに貴殿が著作権を持っていない(ほとんどですが)雅春先生の
お写真や、おそらく本部に所有権や著作権のある動画を乗せた上で加工しているのを見て

「この人は折角能力があるのに著作権を問われたらどうするのだろうー」

とヒヤヒヤ心配していました。その私に問いかけられたら答えは
「キチンと掲載の許可をもらわなかったら、やめたほうが良いですよ」となります。

本部がもともと貴殿のような優れたブログを作れば良いのですが・・・やはり著作権や
肖像権がややこしいので誰も製作しなかったのだと思います。

しかし、本部がまだ訴えてこないところを見ると貴殿は了解をもらっているのかと思ってしまいます。

いかがですか。使用許可をもらっているのですか。

貴方は、他の出版社の編集については細かく何やら述べておられるようですが
ご自分のブログについては、著作権者から見られたらどう相手から思われると思いますか。

私は貴殿のセンスは大好きですがその点についてとても心配しています。

尚、貴康先生のホームページに行けばすぐにメールアドレスは入手できますよ。直接聞いて下さい。

takayasu taniguchiで探せばフェイスブックも見られますよ。あかり姫も
しかし・・・そこから無断で写真をパクッてはいけません。気をつけてください(笑)

865a hope:2012/01/25(水) 08:26:04 ID:kcv2QXTk

人生読本 谷口雅春先生著

困難と闘えば人間の値打ちが出る


寒風は木材に美しい年輪を造り、貝殻の膜を傷つけられたアコヤ貝は、
その傷と闘うために真珠を造るのです。
薬を服んで治るのも、薬の毒素と闘うために生きる力が奮い起って、
病気もついでに治してしまうのです。
昔から「艱難(かんなん)なんじを珠(たま)にす」という諺があります。
「難儀(なんぎ)は節(ふし)じゃ、節から芽が出る」といった偉い人もあります。
生長の家の智慧の言葉には、「苦痛の火の中にあって、自分のたましいが白金か鉛か自問せよ」と書いてあります。
寒風にあって、植物は夏よりもシッカリと伸びるのです。
人間も、楽なばかりが能ではありません。
困難と闘うのは愉快なものです。暖かい平地があるのに、
ことさらに寒い山の中へスキーに行く人が多いのは、困難と闘うことが愉快だからです。

(つづく)


みなさま、おはようごいます。


志恩さま

>>857

>「生命の實相」でも、その他の生長の家の著書でも、昔の著書は、開いたページが、
自分の今に、ぴったりね。訊けブログも、同様ですけれど、、、今の自分にぴったりなので、驚かされます。
神さまの慈愛が、読む者に、そそがれている。<

わたしも、その不思議さには、いつも驚かされています。
今、思ったのですが、だから「聖典」と呼ばれるようになるのですね。

そうすると、訊けブログは、「聖ブログ」ということですね!

きっと、新しく発売された「新編 生命の實相」もからも、神さまの慈愛が読む者にそそがれますね。
だって、「敵はない。みな味方ばかりである。」の生長の家の教えですものね。

わたしも、家計節約して、「神編 生命の實相」買いそろえていこうかな...
とても読みやすいという評判ですから、本棚に並べておいたら、いつか、きっと、
主人や子どもたちが手にとって見てくれる日が来るような気がします。

そう思うと、楽しみになってきますね!


それではわたしの大切な「生長の家」のみなさま、今日も素晴らしい一日をお過ごしください。

866a hope:2012/01/25(水) 08:34:39 ID:kcv2QXTk

訂正

「神編 生命の實相」 → 「新編 生命の實相」

ウーン なんかこの誤字、意味がありそうですね...

867ももんが:2012/01/25(水) 14:02:39 ID:XXCuaQns
皆様、おはようございます。本日は、暖かいですね。昨晩は、雪かき、大変だたのでは、ないしょうか、さあ、本日も、嬉しく、楽しく、明るく、神の子の生活を楽しみましょう!ありがとうございます。合掌、拝。
〜正法眼蔵・現成公案〜
麻浴山宝徹禅師、あふぎをつかふちみに、僧きたりとふ、

『風性常住、無処不周なり、なにをもてかさらに和尚あふぎをつかふ』

師いはく、『なんぢただ風性常住をしれりとも、いまだところとしていたらずといふことなき道理をしらず』と。

僧いはく、『いかならんかこれ無処不周底の道理』。
ときに、師、あふぎをつかふのみなり。

僧、礼拝す。

仏法の証験、正伝の活路、それかくのごとし。常住なればあふぎをつかうべからず、つかはぬをりもかぜをきくべきといふは、常住をもしらず、風性をもしらぬなり。風性は常住なるがゆえに、仏家の風は、大地の黄金なるを現成せしめ、長河の蘇酪を参熟せり。


正法眼蔵現成公案第一


是で、現成公案のお話は、終わります。

明日から、第三仏性をお話します。

皆様、本日も、神の子として、感謝、感謝で、生活していきましょう!ありがとうございます。合掌、拝。

868ももんが:2012/01/25(水) 16:16:29 ID:XXCuaQns
ハマナス様

ハマナス様、『聖典版』へ私の『碧眼録・第七即』への御投稿、ありがとうございます。合掌、拝。

私が、今回、『碧眼録・第七即』を掲載した、真意は、ハマナス様への批判や、皮肉では、ありませんので、それだけは、誤解ないように、伝えておきます。

ハマナス様の投稿記事は、大変素晴らしく、いつも、感動しております。

私が、今回『碧眼録・第七即』を示したのは、生長の家における、雅春大聖師の『無門関解釈』、『碧眼録解釈』等の、御著書は、大変申し上げ、難いのですが、禅門では、使い物に成らない、御著書です。

言い方を変えると、『生長の家だけで、使える本』と呼べます。

此は、私が、参禅会時代に、大変に、苦い体験談があります。


私が、まだ、坐禅を初めて、一年生の頃のお話です。
私達は、毎週三回は、朝、夜と御寺で、仕事帰りに、参禅するのですが、時々、夜の参禅の後、先輩参禅者と、一杯やりながら、坐禅や哲学、宗教や学問、仕事や、悩みについて、色々話を語り会いました。大変有意義で、楽しく勉強になる時でした。
そんな、ある日、一人の悪辣な先輩の方が谷口雅春先生著作の『無門関解釈』と『碧眼録解釈』を持って来ていて、こんな、お話に成りました。

『いま、俺、独参は、やっと、碧眼録に、入ったよ。だけど、昔、俺、“無字”(無字の公案)やってるころ、この本とこの本(無門関解釈と碧眼録解釈のこと)買ったけど、最初は、良いなて思って、夢中で、読んだけど、糞の役にもたたなかった(独参の役に立たないと言う事)な、俺も、菩提心が無かったので
つくづく思うよ。でも、飯田トウ隠老師の“無門関”は、深かったよ。涙がでた…』


確かに、こんな、悪辣な言葉を聞くと、気分外す事は、お許し願いたいです。

私も、この方の言葉には、最初は、良くわかりませんでしたが、私も、実際に、“無字の公案”(無門関第一即)を独参してみて、先輩の言われてる事は、真理であると思えるように成りました。

白雲会の安谷白雲老師は、著作の『無門関』の中で、谷口雅春先生の『無門関解釈』を誤りを、手厳しく、指摘されてます。

雅春先生と言えども、過ちは、あるのです。

先日、私が、『新編 生命の実相』の字の過ちを指摘された、方が、いましたが、禅仏教は、日本文化の伝統であり、体外的側面においては、いまや禅は世界宗教です。
生長の家の信徒さんで、一字一句の間違いを指摘する方が、居られましたが、そう優方方は、本当に、間違いを直すなら、全ての宗教の真理を正しく理解して、伝統にもとずく、解釈で、お示し願いたく、思うしだいですが、おそからく、出来ないと、思われます。


世界の宗教、歴史、文化、言葉、真理に至るまでの、伝統を認められるような、調和こそ、大切だと、思うしだいです。


生長の家も、足下の日本の宗教、文化、歴史、真理を、理解できて、調和出来ているとは、云えないと、思われます。

雅春先生にとって『万教帰一は、目標であった。雅春先生も、知らない事が、たくさんあった…』これは、ある、本部講師教化部長先生が、言われた、重い言葉だ。

尊敬する、ハマナス様。
今回、私が『碧眼録・第七即』を載せたは、ハマナス様の素晴らしい、掲載を非難したのではなく、誰でも、本当の『碧眼録』のことをお話しない、生長の家の方に本当の『碧眼録』は、生長の家で解くところと、多少違う事実が、あることを、しらせる為に、書きました。


『万教帰一』は、解釈は、本来、『曹源の一滴水』と良く似た意味ですが、大分本来の意味と変わって来てるようです。

余計な、お話、たくさん、して、申し訳ありませんでした。

ハマナス様、これからも、素晴らしい、投稿宜しくお願いがします。いつも、読ませて、もらってます。ありがとうございます。合掌、拝

869ももんが:2012/01/25(水) 17:57:40 ID:XXCuaQns
復興G様

復興G様、私への賛成の御投稿、遅ればせながら、ありがとうございます。合掌、拝。

<<>>847 :ももんが様
>“電子BOOK”で、教団の本を読めるように成ったら?
今回、光明思想社さんの、リニューアルは、いったい、何の為にされているのか、疑問が、沸いてきてしまうのです? “電子BOOK”なら、拡大も縮小も自由自在だし、例えば、生命の実相なら?愛蔵版も、頭注版も、もし、教団が許可したら、絶版にした、昔の本も、読める可能性もあるのではと、私の、個人的な、希望であり、思いです。<

 ──そうですね。大賛成です。
 既刊の書籍をスキャンした画像をPDFファイルにしたものなら、すぐにでもできるはずですし、今はOCRソフトというのも精度がよくなってきていると言うことで、テキストファイルにするのも比較的楽になってきているはずですから、電子書籍も待望したいですね。そのうちきっとできるとは思いますが。
 『生命の實相』を電子書籍に──という話は、もう20年も前に論議され、その時は画像ファイルではなくキーボードで文章を打ち込んでテキストファイルにして・・・・・ということで、有志がボランティアでその入力をしましょうという話まで出たことがあったのを思い出します。そして日本教文社でも、電子書籍出版を検討する担当係が置かれたとも洩れ伺ったことがありましたが・・・・その話はどうなっているのでしょうね。
 日本教文社と光明思想社の和解が成立し、協力し合って電子書籍ができたら最高に素晴らしいことになるでしょうね。>>


因み、『新編 生命の実相』の編集には、まだまだ、疑問があります。

私が、頭注版は、たくさんの外国語で翻訳本がありますから、『電子book』にしても、世界中の信徒と、共通性を保て、いま現在、教団のしてる、世界同時に、練成をしたり講習をしたりしても、現時点では、優れてますね。


光明思想社さんは、もっと、教団や日本教文社と、良く話会いをして、実際に教団の練成でも、使えるくらいの、本を作るべきただっと思われます。


復興G様は、和解推奨されていますね。大変素晴らしく、思います。


ただ、それは、私のニアンスと少し異なります。
私は、現在の総裁の『好き』か『嫌い』と言う、私的心捨てて、現総裁の基に帰一する調和こそが、本当の調和と思ってます。

話会いは、確かに、必要です。しかし、総裁の雅春先生であろと、清超先生であろと、雅宣先生であろと、生長の家の総裁なんだと、思うしだいです。

私の実家にある、雅春先生在世時の講習の録音テープで、雅春先生は

『時代がかわり、生長の家の総裁が、替わり、教えが、変わったと言って、教団を離れるような人は、例え、幹部や講師であっても、その方は、現象を信じてる人で、実相を信じてる方ではない…』と雅春先生は言われます。
この言葉の意味に、とらわれず、大調和されることを、いつも、願っているしだいです。

復興G様、ありがとうございました。合掌、拝。

870復興G:2012/01/25(水) 18:28:17 ID:ojEbkDH2

>>869 :ももんが様。

>私の実家にある、雅春先生在世時の講習の録音テープで、雅春先生は
『時代がかわり、生長の家の総裁が、替わり、教えが、変わったと言って、教団を離れるような人は、例え、幹部や講師であっても、その方は、現象を信じてる人で、実相を信じてる方ではない…』と雅春先生は言われます。

 ──このお言葉、とても重いですね。
 よくよくかみしめさせて頂きます。
 ありがとうございます。

871元職員:2012/01/25(水) 19:29:45 ID:???
>>『時代がかわり、生長の家の総裁が、替わり、教えが、変わったと言って、教団を離れるような人は、例え、幹部や講師であっても、その方は、現象を信じてる人で、
実相を信じてる方ではない…』と雅春先生は言われます。

この録音はいつの講習会でしょう。録音は関係者しか出来ません。
確認が不可能な事は書き込まないでください。

教えが変っても?? その方は??? 

本当に録音にそんなことがあるとは俄には信じられません。

貴方の発言にはいつも疑問が付きまといます。

あなたは「雅春先生も間違っていたのだ・・・」と発言されているももんがさんですね。

872元職員:2012/01/25(水) 19:51:00 ID:???
それから、
谷口雅宣さんという方は非常に根拠のない人の言葉に厳しい人でした。

文章の中に間違った文字すらも見落とさない人でした。

さすがに、新聞記者として鍛えられてきたのだと思います。

谷口雅宣さんを弁護する立場ならば、正確にな日本語と根拠のある発言をされたほうが
良いのではないでしょうか。

『生命の實相』頭注版は、ポルトガル語以外は、僅かしか翻訳出版されていません。
英語での翻訳はすでに終わっていますが、出版を途中で中止しているのは雅宣さんの指示です。
詳しくは、国際部翻訳課におたずねしてみて下さい。

総裁に笑われますよ。

873元職員:2012/01/25(水) 19:59:29 ID:???
正確にな→正確な  の間違いを訂正します。

874元職員:2012/01/25(水) 20:19:43 ID:???
トキ様

>>雅春大聖師の『無門関解釈』、『碧眼録解釈』等の、御著書は、大変申し上げ、難いのですが、禅門では、使い物に成らない、御著書です。

このように発言されている人が現教団を擁護している人だと知り、愕然として思わず反応してしまいました。

この信仰・体験版にふさわしくない発言をしたことをお許しください。

875SAKURA:2012/01/25(水) 20:29:29 ID:zrpEHTE.
ハマナス様 へ

合掌  ありがとうございます…。

はじめまして…。
先日より、「亡き母」に際しまして“優しい言葉”ありがとうございました…。
まだ!まだ!パニック?パンク状態ですが…その前に
両親が熱心に信仰していました「生長の家…」此の行く末を…
しっかり、見守ります事が…母に対しての“供養”と思います…。

やはり【甘露の法雨】この功徳は多大な“モノ”です…。

遅くなりました事…申し訳ございません。

PS;寒さが厳しくなりそうです…。“風邪”引かれませんように気をつけて下さい…。

                             再合掌

876トキ:2012/01/25(水) 21:02:51 ID:R.b0FTYo
ももんが様、元職員様

 すばらしいご投稿、ありがとうございました。お二人とも、信仰/体験板にふさわしいお話だと
感服しております。勉強になりました。
 こういう議論が広くなされることが、遠回りですが、解決への一歩だと信じております。

 重ねて御礼を申し上げます。

合掌 ありがとうございます

877ももんが:2012/01/25(水) 22:32:14 ID:XXCuaQns
>>876
トキ様


トキ様、コメントありがとうございます。合掌、拝。

トキ様へ、申し上げますが、私は、元職員様とは、議論もうしあげて、おりません。
元職員様には、コメントされたことには、お話しますが、他者へのお返事したコメントに、横から槍を入れるような、事は、慎むよう、お願いがいたします。また、元職員様には、思い込み発言が、何時も、みられますから、慎んでいただきく思います。

トキ様も、私は、元職員様と議論していませんので、このように、誘導発言するは、止めて頂きたく、思います。

発言する時は、発言しますので、そのあたりの、ご配慮、何とぞ、宜しくお願いがいたします。感謝啓白、合掌。

878SAKURA:2012/01/25(水) 23:03:14 ID:zrpEHTE.
>871 元職員様 へ

おっしゃいます“投稿内容”に賛同します…。

私の記憶では…「生命の実相」に記載されておりました文章に…
■「去るモノ…追わず…!!!」

更に注釈ですが…
例え…一度「生長の家に足を踏み入れ…」何かの理由にて去ったとしましても…
それは“種がまかれた事”であり…
ゆく〜ゆく〜は「生長の家…」その真理を把握するはずです…。
【時間空間…】必要でしょうが…

その時点から!つまり「生長の家…御教え」に触れました時から〜〜♫
「生長の家…」の家族となって行っていますでしょう???

■「生長の家…」から去るモノは、誠に遺憾である…。
確か?此の文章も所々に、記載されていました事も事実と判断しています…。
この解釈論から…「ももんが様」は解釈…されましたのでしょうか?

しかし…創立者「谷口雅春先生…」です…。あくまでも!!!!!!

私自身…その「テ−プ…講習会」がありますならば…
ホントに〜ホント〜〜なのですか??
私は…今までの雅春先生の御文章から判断しましても…考えられませんが…?変!!

そして…去られた方は、それなりの理由があるのではないのでしょうか?

「モモンガ様…」の投稿は【ヒットラ―】並みの解釈に…なりかねませんが??
そして、この「2チャンネル…」信者以外にかなりの方が…拝読されています〜〜〜ョ!
Tub にて…公開して頂きますと…幸いに思いますが…?「発言録音がありますならば…」

                         再合掌

PS:此処は、自由に第三者も拝読できますし…
感想を述べても宜しいのではないのでしょうか?
この事が…【言論の自由…】では無いのですかしら〜〜〜〜〜〜ン?

更に「裁決」前なのに…もう少し“言葉…神なり”ではないでしょうか??
言葉には…相手を“あおる…”発言言葉??
今はその様な時ではないのではと??判断します…。
もしかして〜もしかして〜「ももんが様…」何処から来られた方??なのでしょう!!

879元職員:2012/01/25(水) 23:45:07 ID:???
ももんがさん

私の発言に間違いがあれば、キチンとその箇所を指摘して反論してください。

議論はしていないともうされますが、充分に議論を誘発される発言を貴殿は掲示されています。

ここは自分の言いたい事(事実と違うことも含めて)を言いっぱなしの2チャンネルとは違い
明確な管理人さんの目的と方向性を提示して始められていると思います。

貴殿は思い込みと申されておられますが、どこのどの文章が思い込みとされるのか提示してください。
事実と違い、間違えやかけ離れた推測であれば謙虚に反省いたします。いかがでしょうか。

それから、人にあるコトバを投げかけた場合はね自分自身に同じ過ちが無いかも振り返ってくださいね。

880トキ:2012/01/26(木) 10:26:15 ID:5GWTRd9A
ももんが様

 個人的には、ももんが様と元職員様への尊敬と感謝の気持ちを表現したつもりでしたが、
気分を害されたとしたら、申し訳なく思っています。すみませんでした。

合掌 ありがとうございます

881ももんが:2012/01/26(木) 10:39:08 ID:XXCuaQns
皆様、こんにちは、本日も、素晴らしい日が、やって参りました。さあ、今日も、感謝、感謝で、生活していきましょう!ありがとうございます。合掌、拝。


〜正法眼蔵・仏性〜

釈迦牟尼仏言、『一切衆生、悉有仏性、如来常住、無有変易』。

これ、われらが大師釈尊の獅子吼の転法輪なりといへども、一切諸仏、一切祖師の頂ニン、眼晴 なり。参学しきたること、すでに二千一九十年、正嫡わづかに五十代、西天二十八代、代々住持ちしきたり、東地二十三世、世々住持しきたる。十方の仏祖、ともに住持せり。

〜以下つづく


本日より、第三仏性をお話します。

今日は、このこの釈尊の獅子吼が、特に良い言葉であると、思われます。

<<釈迦牟尼仏言、『一切衆生、悉有仏性、如来常住、無有変易』。>>

良く、使われますまが、この、御言葉は、大変、素晴らしい、一言であります。『一切衆生、悉有仏性…』とは、全ての、生きとし生ける物に、仏性が宿っているということです。


では、では、皆様、今日も明るく、楽しく、神の子の生活を、楽しんでください。合掌、拝。

882ももんが:2012/01/26(木) 11:18:34 ID:XXCuaQns
>>880
トキ様

トキ様、おはようございます。大変、素敵な、朝ですね。お日さまが、とても素晴らしいです。合掌、拝。


私の、コメントに、御心使い頂き、ありがとうございます。

奈良の唐招提寺は、トキ様も御存じんですね。鑑真和尚は、当時として、大変な難儀な苦労をされて、我が国に、仏教を伝えました。

トキ様、仏の教の教えは、偉大ですね。

今、生命の実相35巻を読んでいますが、雅春先生も、仏教の教えが、西に東に、流れて、姿形を変えて、我が国に伝法した事が、説かれてました。

私も、そのお話と違うお話をたくさん、知ってます。

雅春先生は、大変素晴らしく、仏教を説かれてると思います。

しかし、道元禅師や、鑑真和尚、弘法大師と、我が国に、釈尊伝来の仏教を伝えんと、命をかけて、伝授してきた、ものが、我が国には、文化宗教として、実在していることは、本当に、素晴らしい事であり、正しく、深くしることは、日本人として、祖先の伝統文化を知る事だから、素晴らしい事であると、私は、思う、しだいです。

先日、お話した『般若心経』は、飛鳥、法隆寺に、有るようです。

歴史と文化と自然と宗教と、共存共栄をする考えを、私は、大切に考えています。


では、祝辞が、長くなりましたが、トキ様、ご配慮、ありがとうございます。述べるときは、述べさせて、もらいます。ありがとうございます。感謝啓白、合掌。

884トキ:2012/01/26(木) 12:13:26 ID:5GWTRd9A
>>882


ももんが様

 ご投稿、ありがとうございます。
 仏教的なご投稿、参考になります。

掲示版の性格上、ここは多様なご意見を歓迎する
立場ですので、今後とも宜しくお願い申し上げます。

合掌 ありがとうございます

885a hope:2012/01/26(木) 12:39:10 ID:kcv2QXTk

人生読本 谷口雅春先生著

人間は伸びるのが成功


成功というのは形ではありません。
人間の値打ちが伸びるのが本当の成功です。
形の上では、時には狡い人も、卑怯な人も、成功することがあります。
しかし、人間の値打ちが伸びるのが本当の成功だとすると、
折損(ほねおりぞん)ということが一つもないのです。

ある日、学生が私のところに来てこう申しました。
「こんなに勉強して入学できなかったら骨折損だなア。」
そこで早速、私はこう申しました。
「入学できた時も、できなかった一分前も、あなたの値打ちは少しも変わらないのです。
『何々大学生』というレッテルをつけても、レッテルをつけなくとも、中味は同じことです。

安物の化粧品に、好い名前のレッテルを貼っても、中味は上等にはなりません。
レッテルを貼らなくとも中味を十分吟味して、ていねいに造れば好いものができるのです。
勉強はレッテルを造るためではありません。
中味の値打を造るためです。
勉強の中味の値打を造るためだと分かったら、勉強に骨折損ということはありません。」

(つづく)



みなさま こんにちは

今日は暖かい良い日になりました。
わたしは、これから自分の中味を磨くお勉強をしたいと思います。

それでは、また。

886a hope:2012/01/26(木) 12:51:24 ID:kcv2QXTk
訂正

>>855
上から、10行目

折損(ほねおりぞん)→ 骨折損(ほねおりぞん)

887トキ:2012/01/26(木) 16:26:01 ID:5GWTRd9A
ももんが様

 この数日、忙しくて、お返事が満足に出来ない点をお詫び申し上げます。

 仏教と言えば、私が生長の家に入信して驚いたのは、仏教の方、とくに僧侶の方々が多数生長の家に
入会されている事です。私が初めて受けた練成会にも尼さんが参加されていましたし、生長の家の行事に
たくさんの僧侶の方々が参加されていました。

 この方々にお尋ねすると、今の寺院では仏教が形式化しており、本当の喜びが得られないのであるが、
谷口雅春先生のご本を拝読して、初めて仏教の真髄が分かった、と喜んでおられました。しかし、伝統
的な仏教界では、生長の家への敵意は強く、隠れる様にして行事に参加している、とも訊いております。
露見したら、立場が危ういとの事で、秘密にされていました。
 もちろん、今でも多くの仏教寺院では、正しい修行をされていると思いますが、なかには、そういう
寺院もあるのは事実みたいです。

 余談ですが、私はあるとき、深夜、男性が暴漢に襲われたのに出くわし、すぐに警察に連絡をいれました。
その方はたいへん喜び、御礼をしたいというので、名刺を出されました。見ると僧侶の方でしたので、私
も生長の家の名前が入った名刺を差し出すと、相手の態度が変わり、その後、全く連絡なし、という事も
ありました。伝統仏教の中には、生長の家への強い偏見をもっている人は存在する様です。

 しかし、中には、偉い僧侶もいて、例えば、本流掲示板に登場する白崎厳成先生は、浄土宗の大僧正
という要職にありながら、生長の家の講師会長もされておられ、たくさんの人を救われたと聞いております。

 さて、禅宗の経典の解釈が、谷口雅春先生のご解釈と伝統的な禅宗の解釈では、違うのは当然だと思い
ます。これは、聖書などでも、同じような事が見られます。既存の宗教界の方から見れば、自分達の経典
を外部の人間が勝手に解釈している、というので、谷口雅春先生へ厳しい目をされるのは理解はできる
と思います。しかし、実際に多くの方々を谷口雅春先生が救済されてこられた、という視点から見るなら
ば、伝統的な経典の解釈と谷口雅春先生の解釈が違っても、それは当然であり、かつそれでこそ「七つの
灯台」に灯をともす生長の家の真理のご出現の意義があると思っております。

 以上、個人的な感想ですが、お許し下さい。

 では、今後とも、宜しくお願い申し上げます。

合掌 ありがとうございます

888ももんが:2012/01/26(木) 16:36:09 ID:XXCuaQns
元職員様

元職員、色々、投稿文ありがとうございます。合掌、拝。

トキ様にも、コメントしましたが、私は、元職員様の好むような、議論は、しません。

宗教論議や哲学論議をするなら、多少しますが、今回のような、議論は、しません。

勿論、反論文は、作成しました。(ちゃんと、元職員様の投稿文載せてます。)

例えば、私が、『曹源の一滴水?』と

元職員様に、呼び掛けて?
元職員様は、どう解答くれるのでしょ?


元職員様が、解答できる?
解答できない?

私としては、宗教論議とは、こう言う事をしたいわけです。

それは、元職員様の宗教者としての考えを、知りたいからです。

それ以外には、ほとんどん、興味はありません。

あと、不思議な、事もわかりました。

色々、外側で、騒いでも良いですが、仲間内で適当にやって下さい。


では、『曹源の一滴水!』
お手柔らかに、お願いがいします。

感謝、啓白、合掌。

889ももんが:2012/01/26(木) 18:16:47 ID:XXCuaQns
>>887
トキ様

トキ様、投稿文、ありがとうございます。合掌、拝。

トキ様の、言われてる、お話、本当の事でしょう。

ただ、私は、非常に、その面から、行くと、神様の加護が強いのか、幸せな、人間だと、思います。

私達の参禅会の基本の哲学は、曹洞宗ですが、原田大雲祖岳老師の哲学を、基本的に、習うのです。

原田大雲祖岳老師は、仏教を称して『真理の太陽』と言ってました。

なんか?『生長の家』と良く似てませんか?

基本には、必ず、師と弟子の関係を結び、仏教の基本を、老師から、伝授されます。

これも、原田大雲祖岳老師の『ただしい仏教』と言う本に優しく書かれています。

原田大雲祖岳老師の著作は、最近、リニューアルされましたから、是非読まれてくれた。うれしく思います。


私の通った、参禅会の御寺では、近所の方に、講話とかもしていたので、聞いた話では、そこに、生長の家の信徒のお婆さんが居て、良く、私達の老師の話を聞きに来ていて、『老師のお話は、雅春先生と同じで、素晴らしい』といつも、言っていたと、聞いています。


これも、本当のお話です。

私は、老師のお誕生日に、甘露の法雨の御守りを上げたら、嬉しいそうに、『生長の家さんも、仏教のお話されて、非常に素晴らしいですね』と言われて、本当に、我が師で、老師の宗教への拘りの無さへ、思わず、身震いし、合掌してしまったほどです。

マザーテレサも、そうですが、真の宗教者は、心に拘りが無いから、どの宗教て、自分の心に、垣根は、造らないもんですね。

私は、自分の師の用に、拘りの無い人間に成りたいと、思いますが、大変難しいです。


さて、トキ様の個人感想文読みました。

<< さて、禅宗の経典の解釈が、谷口雅春先生のご解釈と伝統的な禅宗の解釈では、違うのは当然だと思い
ます。これは、聖書などでも、同じような事が見られます。既存の宗教界の方から見れば、自分達の経典
を外部の人間が勝手に解釈している、というので、谷口雅春先生へ厳しい目をされるのは理解はできる
と思います。しかし、実際に多くの方々を谷口雅春先生が救済されてこられた、という視点から見るなら
ば、伝統的な経典の解釈と谷口雅春先生の解釈が違っても、それは当然であり、かつそれでこそ「七つの
灯台」に灯をともす生長の家の真理のご出現の意義があると思っております。

 以上、個人的な感想ですが、お許し下さい。>>



確かに、トキ様の言われてる事、私も、最もな意見と思います。


しかし、トキ様の個人の心の中には、体験としては、生長の家の信仰しか存在してませんよね?
如何ですか?

私の心の内側には、確りと、生長の家と、参禅(独参)の、両方の、体験が、心の奥底に刻まれております。

先日、練成会で、教わりました、『深層意識』に刻まれているのです。


岩波文庫から出版されてます。『霊 操』と言う本がありますが、著作は、イグナチオ神父ですが、解説が、門脇佳吉と言う、カトリックの神父さんです。
彼は、神父で、ありながら、臨済宗の大森曹玄老師の下に参禅(独参)して、霊操との、違いや真理の共通性を、書いています。

私も、共感を覚えた、宗教者の一人です。


私も、雅春先生の『無門関解釈』読んでます。生長の家的には、大変素晴らしい本だと、理解してます。

ただ、私の心の奥底に、二つの宗教は、一つに成って、存在してますから、私が、より、深いなと感じた方が、私の心に感応しやすいと思います。

それは、私的に、思うのでは無くて、神想観や坐禅をしてるときに、自然に沸き上がるのです。


それは、両方を知ってるからから、興るのでしょ。

説明が、難しくて、上手く、言葉にならないのですが、ほぼ、正確な気持ちです。色々、外野が煩いのは、世間のさざ波と申します。人は噂話が、大好きですから、色々、ありがとうございます。感謝啓白。 合掌、拝。

890ハマナス:2012/01/26(木) 18:57:14 ID:u5mC.eb2

ももんが様へ、

ご投稿ありがとうございました。お返事が遅くなりまして申し訳ありません。
いつも「正法眼蔵」等の素晴らしいご文章をありがとうございます。
ももんが様は仏教のことを大変よくお勉強され、修業もされたのですね。
素晴らしいです!

私は仏教について全く素人で専門家でありませんので、安谷白雲老師の
言われた事が正しいかどうかはわかりませんが、少なくとも言えますのは、
谷口雅春先生は生長の家の真理に基づいてお説きになられています。

トキ様が代弁をして下さっていますので、引用させて頂きます。

「禅宗の経典の解釈が、谷口雅春先生のご解釈と伝統的な禅宗の解釈では、違うのは当然だと思います。
これは、聖書などでも、同じような事が見られます。既存の宗教界の方から見れば、自分達の経典を
外部の人間が勝手に解釈している、というので、谷口雅春先生へ厳しい目をされるのは理解はできると思います。
しかし、実際に多くの方々を谷口雅春先生が救済されてこられた、という視点から見るならば、伝統的な経典の
解釈と谷口雅春先生の解釈が違っても、それは当然であり、かつそれでこそ「七つの灯台」に灯をともす生長の
家の真理のご出現の意義があると思っております。」


私も同感であります。

仏教の事が何もわからなかった私ですら、生長の家に入信して、谷口雅春先生の『生命の實相』
(第11,12巻「万教帰一篇」、第39巻「佛教篇」、35巻にもあるのですね。)や、
その他のご本を読むことにより、仏教の素晴らしさが少しずつわかってきました。

『無門関解釈』、『碧眼録解釈』は、勉強会でかじりましたが、とても難しく、
一人では、たぶん読もうともしなかった難易度の高いご本を雅春先生が少し易しく
お説き下さったお陰で触れることが出来て、感動し、とてもありがたく思います。

また、練成会や講話で講師の先生方が用いられた、『真佛教の把握』
(谷口雅春先生著作集第7巻)や『日常生活の中の真理・仏教篇』などの
ご本も仏教について詳しく書かれてありまして、とても勉強になりました。

つづく

891ハマナス:2012/01/26(木) 19:03:50 ID:u5mC.eb2

つづき

キリスト教に関しては、雅春先生は『ヨハネ伝講義』の中で、キリストが十字架に
かけられ、3日後に復活したことについて、このようにお書き下さっています。

「そして自分は永遠の金剛不壊の生命である。肉体を抹殺してしまっても、
永遠に滅びない自分であるぞと云うことを知らせんが為に磔になって肉体を十字架に
つけるのだ、その時がくるのである。」 (『ヨハネ伝講義』P.56)

私はこのご御文章を読みまして、今まで学校で習ってきた「人間は原罪があり、
罪深いものなのだ。だから、キリストがその罪を贖う為に磔にされたのだ。」との
キリスト教観が変わりました。

私たちは“罪深い子”でなく、“神の子なのだ”と言う事がわかり、とても楽になり、
また嬉しくなりました。

知り合いのキリスト教信者の方は、「『ヨハネ伝講義』を読んで、より一層キリスト教
の深さ、素晴らしさがわかりました。」と言っていました。

同ぺージからの引用です。(『ヨハネ伝講義』P.56〜57)

「人間の永遠生き通しと云うことは、そんな肉体の生き通しの事を云っているのではない。
人間の永遠生き通しの生命とは実相のことである。―――そして肉体と云うものは本来
ないと云うことを知らすために自分の肉体は死んでいるのである。しかし、私の実相は
五百塵点劫前(じんてんごうぜん)のまだそれ以前から生き通しの自分だ」と云う
意味のことを『法華経』及び『涅槃行』で言っておられる。
それが茲(ここ)にイエス・キリストが言っておられるのと同じことなんであります。」

谷口雅春先生はこれらのご本を通して、「万教帰一」を私達信徒にに教えて下さっていると
思いました。
先生のご本を読めば読むほどに本当に先生の偉大を実感しています。

長くなって申し訳ございません。
これからも、ももんが様の素晴らしいご投稿を楽しみにしております。
よろしくお願い致します。

感謝合掌

892トキ:2012/01/26(木) 19:47:13 ID:5GWTRd9A
ももんが様

 ご丁寧なお返事、ありがとうございます。

 ちょうど、ハマナス様が聖書のお話をされていますが、例えば、生長の家の聖書解釈は、伝統的な基督教の聖書解釈とは異なります。
しかし、心あるクリスチャンの中には、谷口雅春先生のお話を拝聴して、初めて聖書がわかった、と喜んでいる人も多数おられます。
 現実に、ブラジルなどは、クリスチャンの方が生長の家の信仰を持たれていて、何の矛盾もありません。

 ところで、ご存知の通り、聖書には4つの福音書がありますが、それ以外に「トマスによる福音書」があります。これは、伝統的な
基督教の世界では禁書ですが、最近の死海文書の発見などにより、「これこそが、本当のイエス=キリストが説かれた教えである」
と、研究者などがから評価を受ける様になり、急に脚光を浴びていると聞いております。そして、「トマスによる福音書」
の世界こそは、谷口雅春先生のお説き下さった聖書解釈と極めて整合性がある、と感じております。
 これは、谷口雅春先生のお説き下さった聖書解釈が伝統的な解釈と異なる事に固執する必要がない事をも示していると感じております。

 大事な事は、谷口雅春先生は、生長の家の信仰をお説き下さる時に、仏典も聖書も引用されましたが、それは学問的な仏典や聖書の解釈
ではなくて、もっと大いなる存在としての神様を説明するために参考にされたと考えています。(と、言っても、谷口雅春先生は釈迦や
キリストも尊敬されていたし、仏教や基督教も大切に思われていたので、決して軽んじておられたのではない事も言う必要はあります。)

 要するに、生長の家も座禅も、いきつくところは同じですが、その過程が違う以上、本の解釈にも違いが出ます。
ただ、そこで、優劣を論じるのではなく、要は何が大切かを感じるのが大事だと思っています。

合掌 ありがとうございます

893ももんが:2012/01/26(木) 20:33:11 ID:XXCuaQns
>>891

ハマナス様

ハマナス様、御返事ありがとうございます。合掌、拝。

真に、ハマナス様の御投稿文の、素晴らしさに、感銘を覚えるしだいです。


雅春先生の御説き下さった、仏教のお話も、キリスト教のお話も、ハマナス様のおしゃるように、何れも、素晴らしく、真理に満ち溢れてると、私も共感致します。


ハマナス様も、『トキ様への私の投稿文』読まれたと、思われます。


私は、宗教体験が、多く、皆様と違う認識で、物を観る事が、たくさん、あると、思います。


日本には、歴史上たくさんの優れた、宗教者が、たくさんいます。

生命の実相に出てこない、宗教者もいるし、宗教上の儀式や修行なども、存在してます。


例えは、高野山の曼荼羅は、いったい、なんの為に、あるのか?


あれは、言葉や文字の違いを超えて、多くの人々に、仏の世界、仏教の世界を理解させる為に、ある事を、ハマナス様は、ご存じでしたか?


私も、昔、高野山に行きまして、儀式も体験してきました。

高野山と言うところは、高野山その物が、仏の世界(曼荼羅)に成ってるらしいです。

曼荼羅や仏像は、儀式に使うのですが、それを、信徒にするだけで、仏の世界をバーチャルリアリティーに体験出来る仕組みに成っているのです。

生長の家で言う『深層意識』に、仏の世界を植え付ける仕組みなんです。

御坊さんが、御説教したり、御経読ませるより、目で見て、心で捉えるやり方は、現代の映像主義的発想ですね。


こうした、方法が、日本の宗教の中に、有ることは、素晴らしいのです。

ただ、余り生かされては、いないとは、残念に思うしだいです。


雅春先生は、こうした、事は、余り書いておられないのも、また、残念な、事です。


ハマナス様の、お言葉、真に生長の家の人ですね。
本当に、感服いたしております。

私も、一日でも、ハマナス様の様な言葉使いが、出来る人間になれるように、がんばります!ありがとうございます。感謝敬白、合掌。

894ももんが:2012/01/26(木) 21:20:22 ID:XXCuaQns
>>892

トキ様

トキ様、真に御返事ありがとうございます。合掌、拝。


確かに、生長の家も、坐禅も、云わんとしてる所は、同じです。

ですが?空手と柔道では、ありませんが、形が、やはり、違いますね。

だから、互いの違いを良く認識しないと、喧嘩になりますね。

さて、トキ様のお話の中に、『トマトの福音書』のこと書いてありましたね。


<<「トマスによる福音書」
の世界こそは、谷口雅春先生のお説き下さった聖書解釈と極めて整合性がある、と感じております。>>


これは、二原論の本らしいんです。だから、聖書に入らなかったと聞いてます。

私は、別の福音書で、『ユダの福音書』を読みました。

これも、昔は、エジプト当たりでは、使っていたようです。

忘れましたが、確か、『トマトの福音書』や『ユダの福音書』『マリアの福音書』を使っていた、グループは、同じグループだったはずです。

解釈が難しいのですが、二言論なのと、確か、儀式にセックスを奨励するグループだと、記憶してます。


日本の仏教で言うと、真言宗立川流と言う、流派と良く似てます。

因みに、後醍醐天皇も、この立川流の信者だったらしいです。


普通のキリスト教は、独身主義ですが、彼らは違うのです。見破るのが、大変だと、私の読んだ資料には、ありました。


現代の光明思想と確かに、似てる部分は、あるのですが、基本が、二元論ですから、光と影を認めてるんですね。


見分けるのは、極めて、難しと言われてますよ。

私も、ユダの福音書と、他の福音書を読み比べて、解ったのは、星に対する信仰が、変なんです。確かに、話は面白くて、成る程て、感覚はありますが、永遠の命の解釈が、何となく、違うかな?思わされました。



光明思想と同じような、発想ですが、セックスを儀式に取り入れたりするのは、悪魔教団を思わせますから、何か、違う気が、します。

私の雑学で、申し訳ありません。

ありがとうございました。
感謝敬白、合掌、拝。

895ももんが:2012/01/26(木) 22:00:10 ID:XXCuaQns
>>894

訂正

×『トマトの福音書』

○『トマスの福音書』

896ももんが:2012/01/26(木) 22:55:55 ID:XXCuaQns
>>892

トキ様

追伸

先程、いい忘れてしまいまて、すいません。合掌、拝。

<<生長の家の聖書解釈は、伝統的な基督教の聖書解釈とは異なります。
しかし、心あるクリスチャンの中には、谷口雅春先生のお話を拝聴して、初めて聖書がわかった、と喜んでいる人も多数おられます。
 現実に、ブラジルなどは、クリスチャンの方が生長の家の信仰を持たれていて、何の矛盾もありません。>>

トキ様が、ハマナス様の引用文より、クリスチャンの方が生長の家の信仰持っても何の矛盾も無いといいましたが、確かに、その通りです。


私も、他の信仰を持っても、何の矛盾も無いです。


矛盾が、あるのは?

生長の家だけしか、信仰してない方や、生長の家一途の方に矛盾が生じるのでは、ないでしょうか?


私は、今回強く、それを、感じさせられました。

トキ様、どうでしょか?

私の言葉に、反響するは、その方々、御一人、御一人の心に、“生長の家絶対説”みたいな、凝り固まった、信仰心が、心の底に有るのでは、ないですかね?


その矛盾が強い程、心に共鳴して、反発するように、思えました。

こないだ、深層意識習った時に、これに近いお話習いましたよ。


私のお話が、矛盾したのでは無く、反発した、人、御一人、御一人の心の、凝り固まった心が、反響したと、私は、理解した思いです。

トキ様や、ハマナス様と、お話していて、その様に、思いました。

すいません、あとから、お話して。今日は、大変、ありがとうございました。

感謝、感謝です。合掌、拝。

897ハマナス:2012/01/26(木) 23:01:43 ID:u5mC.eb2

ももんが様へ

ご丁寧なお返事をありがとうございました。

大先輩のももんが様からお褒めの言葉を頂き恐縮しております。

>私は、宗教体験が、多く、皆様と違う認識で、物を観る事が、たくさん、あると
思います。

ももんが様のご文章を拝見し、実に優秀な方で、仏教、キリスト教のみなら
色々な宗教をお勉強されておられ、心眼が開かれ、すでに悟られていらっしゃる方
だと、思いました。

>例えは、高野山の曼荼羅は、いったい、なんの為に、あるのか?
あれは、言葉や文字の違いを超えて、多くの人々に、仏の世界、仏教の世界を
理解させる為に、ある事を、ハマナス様は、ご存じでしたか?
 
一度だけ高野山には、行ったことがありますが、曼荼羅の意味は存じません
でした。確か二通りの曼荼羅があったと、記憶しています。
ご親切にお教え下さりありがとうございます。

私は、一白鳩会員にすぎませんが、この掲示板のお陰で、ももんが様や皆様のよう
な素晴らしい方々のご意見や、聖典の引用を拝見し、共にお勉強出来ますのと、
誠にありがたく感謝申し上げます。

感謝合掌

898ハマナス:2012/01/26(木) 23:20:26 ID:u5mC.eb2

トキ様へ

ももんが様への素晴らしいご投稿を読ませて頂きました。
全く、同意見です。私の代わりに、お返事していただき
ありがとうございました。

いつもこの掲示板の管理者として、お忙しい中、お心を配って下さいます事に
感謝申しあげます。ありがとうございます。

899元職員:2012/01/27(金) 00:54:27 ID:???
『曹源の一滴水!』ですか 「!」がよけいですね(笑)

さて、お答えする前に申し上げます。貴殿の対応は極めて誠実さを欠いています。
自分で論議のタネを撒いておいて、それに対して「あなたの好み通りには?」
まあ、このあたりの評価は皆さんにお任せします。

「曹源の一滴水」について。

生長の家信徒行事要目のなかに
「一切の人と物と事とに行き届くべし」とあったと思います。
このコトバを想起します。本来は水一滴も無駄にしてはならないというお示しと
思いますが、同じ事を示されていると感じます。

さて、ももんがさん。貴殿の一連の対応は・・・いかがでしょうか。
禅寺で修行?したり、練成に行ってみたりしておられるようですが・・聞いて
知ったと思っているようですがそれが生活には現れていないようですね。

貴方の学んでいることには間違いはありませんが、あなた自身知っているつもりだけで
それを現実の今に生かしていませんね。

人の疑問や質問に誠実に答えない。
人の質問に自分の都合で答えずに、逆に質問をしてくる。
・・・・
 
これは、私だけではなく第三者から見ても「誠実さ」に欠けていると思われます。

トキさんの掲示板は「今の教え」と「本流復活」を考える・信仰/体験板 とあります。

禅宗の問答は、他の場所ですべきではありませんか。
貴方は、トキさんの優しさに甘えていませんか。

貴方の書き込みからは、浅く広く宗教をカジッテ物知りになったと思っている人と同じ
「傲慢」さが感じられます。

さて、貴方の示した「曹源の一滴水」に、貴方は適った生き方や行動をしていると思われますか。
それから・・・

やめておきましょう。自分の正体は自分が一番知っていますから・・・(笑)

900役行者:2012/01/27(金) 07:47:48 ID:qF94Uk/s

 >ももんが様


 >高野山と言うところは、高野山その物が、仏の世界(曼荼羅)に成ってるらしいです。
  曼荼羅や仏像は、儀式に使うのですが、それを、信 徒にするだけで、仏の世界をバーチャルリアリ ティーに体験出来る仕組みに成っているのです 。
 生長の家で言う『深層意識』に、仏の世界を植え付 ける仕組みなんです 。
 御坊さんが、御説教したり、御経読ませるより、目 で見て、心で捉えるやり方は、現代の映像主義的発 想ですね。
こうした、方法が、日本の宗教の中に、有ること は、素晴らしいのです 。ただ、余り生かされては、いないとは、残念に思う しだいです。

  雅春先生は、こうした、事は、余り書いておられな いのも、また、残念な、事です 。<


 確かに、そのとおりですね!

 真理を実感するための手段・方法論も大切ですね。
 より多くの方に、いろいろな手段・方法によって、真理に至っていただきたい!との思いが、たとえば京都の東寺の立体曼荼羅の世界にも表現されてますね。いま、多くの方が東寺に参って信仰を深めています。
 ですから、衆生が真理に至っていただくために、如何に伝道していくか、その手段・方法論を皆共に話し合うことも、大切なことと存じます。
 ただ、それは卵で例えると、黄身でなく、白身の周辺部分にあたるのではないかと存じます。
 その白身の周辺部分である!という自覚のもと、我々の世代で是非、真理に至るためのより良い手段・方法も充実させていくことができれば、それは生長の家が万民に尚一層、お役に立てることができるのではないか!と存じる次第です。

 追伸;高野山は千二百年余りのあいだ、地元の方にはもちろん、衆生に愛されてきました!
 それは、真言宗を守ってくれた先達の方々、釈迦をはじめ、三国を伝来途中、求道と伝道に励まれた師、三国伝来途上における神々にたいして、日本の神々、高野山の地元の神々に対して、また、御皇室をはじめ日本を守ってきてくださった方々への篤い報恩感謝の祈りが悠久の昔から、絶え間なく捧げられてきたからと存じる次第でございます。
 このことは私、平成の役行者は実感しております。

901ももんが:2012/01/27(金) 09:16:03 ID:XXCuaQns
皆様、おはようございます。本日も、素晴らしい、朝が、やって参りました。さあ、お日様の様に、明るい心で、本日も神の子の生活を楽しみましょう!ありがとうございます。合掌、拝。

〜正法眼蔵・仏性〜

世尊道の『一切衆生、悉有仏性』は、その宗旨いかん。是什麼物恁麼来(是れ、什麼物<なにもの>か恁麼<いも>に来る)の道転法輪なり。あるいは衆生といひ、有情といひ、群生といひ、群類といふ。

悉有の言は衆生なり、郡有也。すなわち悉有は仏性なり。悉有の一悉を衆生なりといふ。正当恁麼時は、衆生の内外すなわち仏性の悉有なり。単伝する皮肉骨髄のみにあらず、如得吾皮肉骨髄なるがゆえに。


〜以下つづく

さて、『一切衆生、悉有仏性(いっさいしゅじょう、しつうぶつしょう)』

『全ての生きとし生けるものには、完全円満な仏性が宿ている』

是が、釈尊の御言葉なんですね。

生長の家でも、同じ、講師の先生方皆様、同じ様な御言葉を繰り返し、繰り返し、教えて下さいます。


それから、『悉有仏性』とは、『仏性である中の一つの完全な仏性』と言うことです。

私が、良く、『ルック・イン・トッウー』と雅春先生の言葉を、繰り返し、語るのも、御理解いただけたかと、思います。


では、皆様、今日も寒いですが、元気を出して、がんばんて下さい!ありがとうございます。合掌、拝。

902うのはな:2012/01/27(金) 11:26:12 ID:El6gIMAw

身近に肺結核で入院した人がいて、法定に従ってレントゲン検査をしにいくと、
医師から何の問題もないけどこのあと血液検査を受けるようにといわれて驚いています。
それは毎年恒例のインフルエンザ予防注射も受けていなかったし、去年胃痛が激しくクリニックで
レントゲンを撮った時、肺に影があるから大きな病院でCT検査を受けなさいといわれていたからです。
保健所の検査が終ってからにしようと思っていました。

 けれど去年の暮れからネットなどで言いがかりをつけられたり、いろいろあるなかで、
感謝誦行など再開し、いろいろやっていく中で神様と波長があうときもあったんだと思って
久し振りにさわやかな気分になりました。

 部外者が浄心行の説明すすめだとか、信者の心を害することを平気で執り行ってるネットの世界ですが、
わたしのように短気をおこすこともなく、みなさんにはこれからも生長の家の信者らしい生活を送っていただけたらと
思います。

903a hope:2012/01/27(金) 13:10:04 ID:kcv2QXTk

人生読本 谷口雅春先生著

仕事や勉強に骨折損(ほねおりぞん)はない


勉強に骨折損というのがないと同じく、仕事にも骨折損はありません。
仕事はしたけれども、金がもうからなかったので、
損をしたという人もなかにはありますが、仕事は金を儲けるためにするのではなく、
金が儲かるのは副産物(おまけ)のお添え物なのです。

仕事や勉強で本当に儲かるのは、自分の生命が練れたということです。
自分の生命がいっそうよくなったということです。
十分練れなければ、餅米はどんなに好い質でも好いお餅にはなりません。
餅米は搗(つ)かれれば搗かれるほど、よく練れて好いお餅になるのです。

餅はよく練れて好いお餅になるのが目的であって、金を儲けるためではありません。
人間もよく練れて好い人間になるのが目的であって、金を儲けることが目的ではありません。
餅米がよいお餅になってよい値段でうれることはお添え物です。
人間もよい人間になるのが目的で、よい値段で売れることは付け足しです。
人間は仕事を余計して損だということは決してありません。

(つづく)


みなさま こんにちは

毎日、この板で、ももんがさまが「正法眼蔵」を紹介してくださっています。
わたしは、仏教に興味があって、以前、数年間、近所のお寺に坐禅に通い、その後、
90歳を超えられた住職さまのされる「正法眼蔵随聞記」の法話を毎回、拝聴していました。
とてもわかりやすくお話してくださっていたので、わたしのような仏教の知識もないものにも興味深くて、
ノートも何冊もとったのですが...どうしても見つかりません。


ももんがさま

いつも「正法眼蔵」を紹介してくださり、ありがとうございます。
ですが、原文は難しすぎて、アホのa hope には、あまり理解できないのが残念です。
できれば、ももんがさまの解説を、もう少し詳しくしていただけるとありがたいですし、
勉強にもなり、コメントもできると思うのですが...


他の板で、復興Gさまが雅春先生の「日常生活の中の真理・仏典編」を紹介してくださっていますが、
こちらの方は、とてもわかりやすいです。
どんな難しい仏教の極意でも、雅春先生は、一般大衆にもわかるようにお話くださるっているのですね。
あらためて、雅春先生の偉大さを実感しています。

904ももんが:2012/01/27(金) 13:40:37 ID:XXCuaQns
>>899
元職員様

元職員様、大変素晴らしい、ご鞭撻、真に、ありがとうございます。合掌、拝。
元職員様の『御言葉』大変心に染み渡りました。本当に、感謝、感謝いたします。ありがとうございます。合掌、拝。

(元職員様の言葉)

<<『曹源の一滴水!』ですか 「!」がよけいですね(笑)>>


そうですか。上の様な表現を、元職員様は、良くお使い成りますね。良く、元職員様の御気持ちが、現れてますので、私なりに、勉強させて、頂きました。真に深切に教えて頂き、ありがとうございます。感謝いたします。

それから
(元職員様の言葉)

<<さて、お答えする前に申し上げます。貴殿の対応は極めて誠実さを欠いています。
自分で論議のタネを撒いておいて、それに対して「あなたの好み通りには?」
まあ、このあたりの評価は皆さんにお任せします。>>

上の御言葉も、大変、私の心に響きました。御教授真に、ありがとうございます。
得に、元職員様のこの言葉『…この当たりの、評価は皆さんにお任せします。…』
この言葉は、大変参考に成りました。私には、『誰に助けを求める』言葉に、聞こえました。
いや、この御言葉は、真言の様な、素晴らしい、言葉ですね。真に、ありがとうございます。

それから

(元職員様の言葉)

<<「曹源の一滴水」について。

生長の家信徒行事要目のなかに
「一切の人と物と事とに行き届くべし」とあったと思います。
このコトバを想起します。本来は水一滴も無駄にしてはならないというお示しと
思いますが、同じ事を示されていると感じます。>>

元職員様の『曹源の一滴水』の解答、実に、生長の家の方らしい、素晴らしい、解答です。

しかし、元職員様に、大変も仕分けありませんが、『室内』(独参)したら、老師の振鈴が鳴って、問答無しに、追いかえされてしまうでしょ。

残念でした。元職員様は、大変素晴らしい、眼力をお持ちだが、本当には、観えていないと、言われてしまうでしょ。

この、公案のポイントは、法眼禅師が、おうむ返し、したところに、真の真実が隠されているのです。

確かに、『本来は水一滴も無駄にしてはならないというお示しと…』意味にも、取れますが、それは、大分ずれた、解答と言うことです。(すみません生意気言いまして)

『曹源の一滴水』に関しては、また、別の機会に、お話します。実は、先日、少し解答したんですが、わかって貰えなかったのは、残念てす。

それから、

(元職員様の言葉)

<<さて、ももんがさん。貴殿の一連の対応は・・・いかがでしょうか。
禅寺で修行?したり、練成に行ってみたりしておられるようですが・・聞いて
知ったと思っているようですがそれが生活には現れていないようですね。>>


元職員様の、御言葉、ごもっともと、私、敬服しております。御教授、感謝いたします。
『生活に現れていない…』との御教授、ありがとうございます。
私は、完璧な人間でないので、この通り、“在りまま自分”を恥ずかしくも無く、皿けだしとているのです。生長の家の勉強も、皆様と成るべく、同じ目線に成る様に、努力して、勉強しているのです。
“バカに成ってる”と呼ばれた方が、いいですね。
元職員様は、完璧な人間なのですね、失敗は無いと言う方なんですね。大変素晴らしいですね。
私には、とても、真似出来ません。御教授宜しくお願いがします。


〜長いので、つづきます。

905ももんが:2012/01/27(金) 13:45:55 ID:XXCuaQns
>>899

元職員様〜つづき

それから

(元職員様の言葉)

<<貴方の学んでいることには間違いはありませんが、あなた自身知っているつもりだけで
それを現実の今に生かしていませんね。

人の疑問や質問に誠実に答えない。
人の質問に自分の都合で答えずに、逆に質問をしてくる。
・・・・
 
これは、私だけではなく第三者から見ても「誠実さ」に欠けていると思われます。>>


そうですか、『現実に今に生かしていない…』ですか。有り難い、御教授、真にありがとうございます。
もっと、現実に生かせるように、努力いたして行きます。大変素晴らしい言葉、ありがとうございます。

『人の疑問、質問に、誠実に答えていない。』成るほど、言葉や文字に頼る生き方をすると、良く学べと言う事ですね。
以前、生命の実相、輪読で、『窮通の悟り』なる物を習いました。元職員様は、全真逆な事を言われるので、困惑しますが、私には、バカなので、努力して学ばせて頂きます。ありがとうございます。


『第三者から見て、誠実さに欠けてる』そうですか、真に、また、有り難い、御言葉を賜りまして、ありがとうございます。私、完璧では無いので、欠けてるところは、たくさん有ると、思いますよ。良く、見付けて頂きまして、ありがとうございます。


(元職員様の言葉)

<<トキさんの掲示板は「今の教え」と「本流復活」を考える・信仰/体験板 とあります。

禅宗の問答は、他の場所ですべきではありませんか。
貴方は、トキさんの優しさに甘えていませんか。

貴方の書き込みからは、浅く広く宗教をカジッテ物知りになったと思っている人と同じ
「傲慢」さが感じられます。>>


『禅問答は他の場所で…』と言われましたが、それは、少々違うと、私は思います。昔は、良く、宗論なんてことを、やってたようです。同じ宗派宗教の中だけでなく、他宗や国別でも、行われた。
生長の家は、調和を協調する素晴らしい、宗教ですが、他宗と論の比較研究を、もっと、すべきだと思います。
これは、バチカンのお話ですが、バチカンの図書館にはたくさんの宗教書が有り、バチカンの方は、他宗の方の中に入り、自分達に無い物や共通点や色々勉強されている。私は、そう言う意味おいては、バチカンを尊敬してます。
生長の家も、私は、いつか、バチカンの様な存在になれるのではと、希望する一人です。かつて、大蔵教を為に、托鉢した、和尚さまのお話を聞いた事が有りますが、私も、バカはバカ成りに、万教帰一する、生長の家を請い願う一人です。
元職員様も、もっと、広い視野で、物事を見て頂きく思います。真に、言葉下手で、申し訳ありません。

『傲慢』を感じるのは、元職員様のお心の内ですね。
『傲慢』に感じるのも仕方ないですね。努力して、がんばって、いきます。御教授、ありがとうございます。
それから、

(元職員様の言葉)

<<さて、貴方の示した「曹源の一滴水」に、貴方は適った生き方や行動をしていると思われますか。
それから・・・

やめておきましょう。自分の正体は自分が一番知っていますから・・・(笑)>>


さて、上の表現も、元職員様が、良く、使われる、表現で、元職員様の心の中を良く表現されていて、おります。

先程も、もうしましたが、元職員様は?『曹源の一滴水』の解答を勘違いされています。
私は、確り『曹源の一滴水』を完全とは言えませんが、実感しながら、生きています。
しかし、元職員様の御言葉は、良い所もあるので、有りがたく、受け賜ります。ありがとうございます。

『やめておきましょう、自分の正体は自分が一番知ってるのですから…』

これも、元職員様が、良く使う、表現です。この表現も、『誰か仲間に呼び掛け』てるように取れる、表現に私には、思えますが、余り、他人を疑う事は、しませんので、この御言葉も、元職員様の有りがたい、御言葉として受けさせてもらいす。ありがとうございます。合掌。

以上、私なり、今回、誠実に、元職員様に御返事いたしました。まだまだ、誠実さは、足りないと思いますが、それは、日進月歩、がんばって、行きますので、宜しくお願いがします。
あと、たぶん、辛口の解答や御返事あるでしょが、それは、元職員様とお仲間でお話していただくで、大変感謝いたしましす。
御返事出来る時は、いたしますので、これからも、宜しく、御教授下さい。
感謝敬白、合掌、拝。

906ももんが:2012/01/27(金) 14:51:55 ID:XXCuaQns
>>900
役行者様

役行者様、御投稿文読ませていただきました。真に、役行者様の御言葉に、同感です。

<< 確かに、そのとおりですね!

 真理を実感するための手段・方法論も大切ですね。
 より多くの方に、いろいろな手段・方法によって、真理に至っていただきたい!との思いが、たとえば京都の東寺の立体曼荼羅の世界にも表現されてますね。いま、多くの方が東寺に参って信仰を深めています。
 ですから、衆生が真理に至っていただくために、如何に伝道していくか、その手段・方法論を皆共に話し合うことも、大切なことと存じます。
 ただ、それは卵で例えると、黄身でなく、白身の周辺部分にあたるのではないかと存じます。
 その白身の周辺部分である!という自覚のもと、我々の世代で是非、真理に至るためのより良い手段・方法も充実させていくことができれば、それは生長の家が万民に尚一層、お役に立てることができるのではないか!と存じる次第です。>>


そうですね。役行者様の言われてる事は、私と良く似てます。
それと、役行者様の“追伸”の御言葉が、私の思いと共感する思いです。

<< 追伸;高野山は千二百年余りのあいだ、地元の方にはもちろん、衆生に愛されてきました!
 それは、真言宗を守ってくれた先達の方々、釈迦をはじめ、三国を伝来途中、求道と伝道に励まれた師、三国伝来途上における神々にたいして、日本の神々、高野山の地元の神々に対して、また、御皇室をはじめ日本を守ってきてくださった方々への篤い報恩感謝の祈りが悠久の昔から、絶え間なく捧げられてきたからと存じる次第でございます。
 このことは私、平成の役行者は実感しております。>>

その通りです。いま、『普及誌』を購入すると、植林活動に寄付できるようです。また、こんな、事を書くと、御叱りを受けそうですが、役行者様も御存じと思いますが、高野山の植林は、弘法大師様が、始めらたと聞いております。
今は、世界遺産にも成ってる熊野参道までの、豊か森は、日本の素晴らしい、財産ですね。
現在の教団の行動は、良くない部分も有るのでしょが、弘法大師様のその昔された、事に、照らすなら、良く似た事をされてると、思います。
客観的に、そう思えます。
役行者様、素晴らしい、高野山のお話や、山伏などの、民間信仰のお話、たくさん、出来たら、私も、勉強に成ります。以前、誌友会で、講師の先生が、金光教などのお話をしてくれて、勉強になりました。

是からも、宜しく、お願いがします。

感謝敬白、合掌、拝。

907ももんが:2012/01/27(金) 15:23:59 ID:XXCuaQns
>>903

a hope様

a hope様、私への御投稿文、ありがとうございました。合掌、拝。

『正法眼蔵』の解説が、行きどどかい無い点は、改めて、感謝申し上げます。


現在は、成るべく、原文の素のままに、拝読して頂いて、例え、意味が、わからなくても、自分の心境と、スーと、入って来る事があるので、良いなと思っておりました。。
a hope様の、御言葉も、心に止めて、解説、出来る所は、解説を行き届くように、勉めたいです。

全て、日々勉強ですので、真に良い御指摘、ありがとうございました。

感謝、敬白、合掌。

908志恩:2012/01/27(金) 18:38:46 ID:.QY5jUA6
元職員様

「曹源の一滴水」で、ネット検索しましたら、
 かなり詳しいことが、いくつもいくつも載ってますね。

 一応、それらを全部プリントアウトしてあります。

 元職員様の回答は正解だと思いました。
 「一切の人と物と事に行く届くべし。」その言葉には、多くの事柄が含まれています。
 ももんが様は、この回答に、すばらしいと言われながらも、及第点ではないと言われて、ご不満のようですね。

 禅の修行者に
 伝えるように、仏教的な、もっと噛んで含めるような仏教用語の諭し言語で、
 回答せよということでしょうかしら。ここは、生長の家の掲示板ですのに。

 たとえば「小の水には小の用(働)きがあり、大の水には大の用きがある。
 用に応じて使うを知恵という」みたいな仏教方言で。

 なんでだろう〜、なんでだろう〜、なんでだか、わからない〜〜♬

909ももんが:2012/01/27(金) 19:20:01 ID:XXCuaQns
トキ様へ

昨晩は、大変ありがとうございました。合掌、拝。


本日は、たくさん、噂話して、くださり、ありがとうございます。

本日は、小用で、○○署に、行きました。
と言っても、警察署では、ありません。

○○署の知り会いと、帰りに、お茶を飲みながら、この掲示板を見せてみました。
○○○メントされてんじゃんと、笑われて、しまいましましました。

そうです。職場なら、○○メントらしいです。

私も、確かに、滑稽な状況であると思います。

差し詰、柳生一族の陰謀とまでは、行きませんが、そうは、取ってまらえる事が分かりました。


昨日の、用なお話は、大変、有意義に感じてます。

私は、昨晩の様に、色々な、お話をして行きたいだけです。

色々、ありがとうございます。

合掌、拝。

910トキ:2012/01/27(金) 21:17:09 ID:A3Pq4Dgo
>>909

ももんが様

 私は無学なので、お役に立ったかどうかは自信はないです。大先達と拝察しますから
お手柔らかにお願いします。

>>本日は、小用で、○○署に、行きました。

 一瞬、小便しに警察によったのかと思ってしまいましたよ。(笑)
いろいろとご多忙みたいですね。

 個人的な考えですが、生長の家一本で行く人もいれば、禅やカソリックと同時に生長の家
もする人がいて、どちらも素晴らしいと思っています。大事な事は、その人が、どれだけ、
その人生を神様のご意思の通りに生きる事ができるかと思います。ただ、宗教をする人はとも
すれば視野が狭くなる場合が、まれに散見されますから、同時に見聞を広めて、夜郎自大になら
ないように気をつける事も必要かと思います。これは、私の自戒ですから、気にされないでくだ
さい。
 しかし、気がつかないうちに、偽物の我が本物であると誤解する時もあるので、その点も
注意したいです。

 では、また、宜しくお願いします。今日は所用があるので、先に失礼をします。

合掌 ありがとうございます

911ももんが:2012/01/28(土) 06:57:22 ID:XXCuaQns
皆様、おはようございます。本日も、素晴らしい朝がやって参りました。さあ、今朝も、寒いですが、嬉しく、楽しく、明るく、感謝、感謝で、生きていきましょ!ありがとうございます。合掌、拝。


〜正法眼蔵・仏性〜

しるべし、いま仏性に悉有せらるる有は、有無の有にあらず。悉有は仏語なり、仏舌なり。仏祖眼晴なり、衲僧鼻孔<なつそうびくう>なり。悉有の言、さらに始有にあらず、本有にあらず、妙有等にあらず。いはんや縁有・妄有ならんや。心・境、性・相等にかかはれず。しかあればすなはち、衆生悉有の依正、しかしながら業増上力にあらず、妄縁起にあらず、法爾にあらず、神通修証にあらず。衆生の悉有それ業増上及び縁起法爾等ならんには、諸聖の証道および諸仏の菩提、仏祖の眼晴も業増上力および縁起法爾なるべし。しかあらざるなり。

〜以下つづく

今日特に、心に響くのは、ここです。
<<しるべし、いま仏性に悉有せらるる有は、有無の有にあらず。悉有は仏語なり、仏舌なり。仏祖眼晴なり、衲僧鼻孔<なつそうびくう>なり。>>


これと、良く似た言葉が、『甘露の法雨』に有りますね。

『物質の奥に、肉体の奥に霊妙きわまりなく完全なる存在あり。これこそ神に造られたる儘の完全なる「汝そのもの』にして、常住健康永遠不滅なる『生命』なり。汝ら今こそ物質を超越して汝自身の『生命』の実相を自覚せよ。』


『悉有』とは、完全なる仏性を表す言葉ですから、
特、『霊妙きわまりなく完全なる存在あり』と言う言い方は、この『悉有』と良く似た表現に思えるしだいです。

良く、上手に説明出来ていないようであるところは、お許し下さい。

皆様も良く、原文を味わって、見てくださりませ。では、本日も、善き日でありますよに。ありがとうございます。合掌、拝。

912ももんが:2012/01/28(土) 07:09:32 ID:XXCuaQns
>>910
トキ様へ

トキ様、おはようございます。丁寧な御言葉、ありがとうございます。改めて、感謝いたします。合掌、拝。

昨晩のトキ様の御言葉と同じ事を、私も先日述べておりました。

<<すれば視野が狭くなる場合が、まれに散見されますから、同時に見聞を広めて、夜郎自大になら
ないように気をつける事も必要かと思います。これは、私の自戒ですから、気にされないでくだ>>


この事は、見方は、大切であると思います。


色々、心尽くし、ありがとうございます。
感謝敬白、合掌、拝。

913役行者:2012/01/28(土) 09:39:14 ID:qF94Uk/s

 ももんが様

 >いま、『普及誌』を購入すると、植 林活動に寄付できるようです。<

 知ると知らずと、寄付されているのでしょうね。
 それは有意義な企画ですね。
 普及誌の愛行がそのまま、植林をとおして環境保全に貢献していることになるわけですから・・・
 

 >役行者様も御存 じと思いますが、高野山の植林は、弘法大師様が 始めらたと聞いております 今は、世界遺産にも成ってる熊野参道までの、豊か 森は、日本の素晴らしい、財産ですね 。
 現在の教団の行動は、良くない部分も有るのでしょ が、弘法大師様のその昔された、事に、照らすな ら、良く似た事をされてると、思います 。客観的に、そう思えます。
  役行者様、素晴らしい、高野山のお話や、山伏など の、民間信仰のお話、たくさん、出来たら、私も 勉強に成ります。<


 今の教団は世間からみると、環境保全活動をされているわけで、何の悪いイメージもないでしょう。特に、信徒から法外な寄付金を強いているわけでもなし、世間からみると教団として悪徳を積むようなことはされてないと思います。

 ただ、教団内において初代の教えが不透明になってきたことが問題視されているのは確かでしょう。
 もっともそこから、すべての問題が浮上してきていると思いますが・・・

 環境団体なら良いのですが、宗教団体なのに宗教的要素がみえなくなってきてるということを問題としているのでしょう。

 それは、先達の方々にとっては何とも、口惜しく、寂しいことであろうかと存じます。

 つまり、そういうことで、端から見たら、カルト的要素はまるで感じない、健全な団体に映っていると思われます。

 できれば、その上にカルト色ない伝統・文化に根ざした荘厳な宗教的な要素も加わればこのうえないのですが・・・

 弘法大師のこと、山伏のこと、機会ある毎に、お話できればなあ!と思ってます。

           合掌

914a hope:2012/01/28(土) 10:42:44 ID:kcv2QXTk

人生読本 谷口雅春先生著

人間の目的は「神の子」の値打を出すこと


人間は成功が目的ではない、立派な人間になることが目的なのです。
神様は人間の中に、「立派な人間」(神の子)を生みつけておいたのです。
「立派な人間」がこの身体の中に、私達の生まれたときから生みつけられているのです。

それは朝顔の黒っぽい種のうちに、赤や紫の美しい花が、はじめから生みつけられていたのも同じことです。
朝顔の黒っぽい種が地上に植えつけられたのは、黒っぽい種のままでいることではなく、
赤や紫の美しい花を咲かさんがためなのです。

人間がこの地上に生まれたのも、ただゴロゴロと石塊(いしころ)のように懶(なま)けているためではなく、
自分の中に生みつけられている「立派な人間」の値打ちを、人生(このよ)の花として咲かさんがためなのです。
金ばかり造って「立派な人間」になれないのは、葉ばかり繁って美しい花の咲けない朝顔と同じことです。
肉体ばかり達者で、「立派な人間」になれないのは、茎ばかり伸びて美しい花の咲けない朝顔と同じことです。

せっかく、朝顔の種を植えたのに美しい花が咲かなかったら、その朝顔を植えたあなたは失望するでしょう。
せっかく、神様が「神の子」の美しい値打ちを咲かすような人間を地上に生み出されたのに、
その人間が「神の子」の美しい値打ちを咲きださなかったら、神様は失望なさるでしょう。

人間は地上に「神の子」の値打ちを出すために生まれたのですから、しっかり勉強し、仕事をし、
誰にでも深切になり、仲よくなり、「神の子」お値打を出して、この世に人間が出た目的を果たすようにいたしましょう。

(つづく)


みなさま おはようございます。
ここのところ、学校でインフルエンザによる学級閉鎖が相次いでいます。
この時期は、毎年のことなのですが、わが家の子どもたちも、
少し熱があったり調子が悪かったりすると、すぐに学校から連絡があり、引き取りにいきます。
そして、病院でインフルエンザの検査をして、結果を学校に報告しなければいけないのです。
子どもが多いとなかなか、大変です。
今朝は、家族そろって、いつもより遅く起きました。
この週末、体を十分休ませて、来週も元気に学校に行ってもらいたいです。

みなさまも、この週末、あまり無理をせす十分に体を休ませて下さいね。

915復興G:2012/01/28(土) 11:48:31 ID:ojEbkDH2

ももんが様。

あなたは、<869>で

>私の実家にある、雅春先生在世時の講習の録音テープで、雅春先生は
『時代がかわり、生長の家の総裁が、替わり、教えが、変わったと言って、教団を離れるような人は、例え、幹部や講師であっても、その方は、現象を信じてる人で、実相を信じてる方ではない…』と雅春先生は言われます。<

と書かれました。私は「──このお言葉、とても重いですね。よくよくかみしめさせて頂きます」とレスしました。

そのあと、「元職員」様が<871>で
>この録音はいつの講習会でしょう。録音は関係者しか出来ません。確認が不可能な事は書き込まないでください。<
と疑問を呈されています。

ももんが様。私も、この元職員様の疑問にお答えいただきたく、切望いたします。
なぜなら、上記谷口雅春先生のお言葉が真実なら、私も今、現総裁に対する不信感がありましたから、考えを改めねばならぬと思ったからです。

谷口雅春先生の講習会御講話は、世界聖典普及協会から正式に発売頒布されたものがたくさんあります。私も5本ほど持っています。
 「人生必勝の真理」
 「真・善・美の生活」
 「「一即多」の真理」
 「創造者への道」
 「日本建国の理想を成就するには」
の5本です。
谷口雅春先生の講習会でこっそり私的に録音したものがあるとは聞いたことがありませんから、ももんが様のご実家にある録音テープというのも、普及協会から頒布されたものであろうと思われます。ぜひ、どのテープにありましたか、お教えいただきたく切望いたします。

916復興G:2012/01/28(土) 12:03:07 ID:ojEbkDH2

<915>の追伸です。
上記5本の御講話テープは、すべて
「谷口雅春先生講習会御講話シリーズ」と銘打たれてあるものです。

なお、私は「現総裁に対する不信感がありました」と申しましても、だから教団を離れようと思ったわけではないことを付け加えさせていただきます。

917復興G:2012/01/28(土) 13:04:13 ID:ojEbkDH2

a hope さま。

谷口雅春先生の『人生読本』を筆写してくださいまして、ありがとうございます。
『人生読本』は、本当に子供でもわかるようにやさしく書かれていて、しかも大人の魂にも新鮮に響くものがある、すばらしい名著ですね。
私の家には、『人生読本』が6冊ありました。今は3冊になっていますが……
なぜ6冊もあったかというと、子供が小さかった頃に、6冊買い求めて家族6人で毎日『人生読本』の輪読会をやっていたからです。もう四十数年前のことです。『人生読本』には全部ふりがなが振ってありますから、末の娘はまだ小学校にも上がらない幼稚園生の頃から、かなを覚えふりがなを頼りに一所懸命読んでいました。その末娘も今は40台。小学校の教員もしながら子育てをしてきました。『人生読本』の真理がしっかりと深層意識に植え込まれたので、子どもたち4人、孫たち4人も、みなたくましく立派に育っています。涙が出るくらい、ありがたく、うれしいことです。
その、『人生読本』をいまa hope さまがまた筆写してくださっているのは、本当にうれしい思いです。
ありがとうございます。

918a hope:2012/01/28(土) 17:01:34 ID:kcv2QXTk

復興Gさま

あたたかいコメントをありがとうございます。
復興Gさまには、以前、トーキングスティックボードで大変お世話になりました。
ひとりで勉強していたのでは、とてもあのような大きな「気付き」には至らなかったと思います。
本当に、この掲示板のみなさまには、いつも感謝の気持ちでいっぱいなのです。
「人生読本」の筆写も、この掲示板の投稿者の方々や、閲覧して下さっている「生長の家」の方々と、
心を通わせたい一心でしているのです。

復興Gさまのお宅でも、40年以上前に「人生読本」の輪読をされていたのですね。
良い本と言うのは、何年たっても、内容が色あせず、魂に響くものなのですね。

これからも、子どもたちへの読み聞かせ(輪読もいいですね!)と、この掲示板への筆写、
楽しみながら続けていきたいです。


これからの発言は、復興Gさまへのコメントではないのですが、どこの板で発言していいのか、
わからないのでついでにこの板でさせていただきます。

わたしは、教団にいた期間がとても短いので、みなさまのお話にあまり参加できませんが、
そんな、わたしが今とても番気になっていることがあります。

それは、今回発売された、「新編生命の實相」を読んだどなたかが、「生長の家」に興味をもった場合、
いったい、どこの団体に入信するのだろうかということです。

わたし自身、偶然、「頭中版 生命の實相」を読んで、魂を震わせて、現教団に入信しました。
その結果が、精神不安と体調不良でした。

本屋さんで、「新編 生命の實相」を手にしたどなたかの、せっかくの「生長の家の真理」に目覚めかけた魂を、
今のこの「生長の家」の状態では、傷つけることになってしまうのではないかということです。

ですから、わたし自身は「新編 生命の實相」の発売を、なぜそのように急がれたのか、そこのところがよくわかりません。
すべての生長の家の問題が解決してから、生長の家の和解が成立してから、発売した方がよかったのではないかと思っています。

しかし、現実には、もう発売されました。
あとは、一日も早い和解を願うだけです。

先輩方、どうぞよろしくお願いいたします。

919a hope:2012/01/28(土) 17:10:21 ID:kcv2QXTk

訂正 

上から21行目

わたしが今とても番気になっていることがあります。→
わたしが今とても気になっていることがあります。

上から26行目

「頭中版 生命の實相」 → 「頭注版 生命の實相」

920SAKURA:2012/01/28(土) 18:00:44 ID:zrpEHTE.
トキ様 へ

日本は古代から「仏教国…」です〜〜ネ!
しかし、歴史的には…既に!!!壊れています…。

それは、「明治時代…」からでしょうか?
以前は…「神社・寺院…」これは、同じ敷地内にあった記憶があります…。

江戸時代に入りまして、徳川???(詳しく忘れてしましましたが?)
当時…此の事をかなり長期にわたり調べまして…

明治時代…此処にいたりましてから、現時点の様な体制…!!
つまり「神社・寺院…」各々“独立したモノ…敷地も…含めまして”
になった様な記憶があります…。

■>893 「ももんが様 投稿」文章の中にて…
>生命の実相に出てこない、宗教者もいるし、宗教上の儀式や修行なども、存在してます。

例えは、高野山の曼荼羅は、いったい、なんの為に、あるのか?
あれは、言葉や文字の違いを超えて、多くの人々に、仏の世界、仏教の世界を理解させる為に、ある事を、ハマナス様は、ご存じでしたか?

私も、昔、高野山に行きまして、儀式も体験してきました。

高野山と言うところは、高野山その物が、仏の世界(曼荼羅)に成ってるらしいです。

曼荼羅や仏像は、儀式に使うのですが、それを、信徒にするだけで、仏の世界をバーチャルリアリティーに体験出来る仕組みに成っているのです。

生長の家で言う『深層意識』に、仏の世界を植え付ける仕組みなんです。

御坊さんが、御説教したり、御経読ませるより、目で見て、心で捉えるやり方は、現代の映像主義的発想ですね。

こうした、方法が、日本の宗教の中に、有ることは、素晴らしいのです。

ただ、余り生かされては、いないとは、残念に思うしだいです。

雅春先生は、こうした、事は、余り書いておられないのも、また、残念な、事です。<

                  <続き>             No.1

921SAKURA:2012/01/28(土) 18:01:52 ID:zrpEHTE.
                   <続き>             No.2
この解釈は…???

お亡くなりになられましたが…「河口湖の故!鹿沼先生…」のお言葉(解釈論)も含めまして…?

■この【曼荼羅…】は、(ある書物抜粋…)
二次元の単なる仏尊の配置図ではない…。
そこには、地・水・火・風・空 の五大世界の上に仏の楼閣がそびえ、
宇宙の根源によって“プログラミング”されました「物質と精神の構造」が、
示されています…。…云々
曼荼羅の世界に没入する事…それは微細と無限を凝縮しました四次元宇宙を旅する事に
他ならない…。

此の文章からも…人間は「霊的人間…」つまり何処にでも自由自在に〜〜動けます…。
従って「肉体人間…」ではないという事です…。
自由自在…という事は?更に申しますと…無限!!そうです!広大無辺!!
広がりますよ〜〜ネ!つまりは…【無限力…】になるのでしょうかしら〜〜ン!!
【霊的人間…】という事に、解釈してよろしいのでしょうか…?

■更に…「生命の実相…」の中で…(一部抜粋)

理としての神のみを見、神の義の正しさだけを高潮すれば、50の罪に対しては、
50の報いと償いが要求されて【因果の法則】の内に縛られてしまう事になるのであります。
しかし愛としての神は、動きのとれない因縁を自由に曲げる事ができ、
それは人情深いところがあり、寛容であり、…云々…
神はこの様に一方では曲げられないところの義であると同時に、
自由自在に、曲がるところの愛でもあるのです…。そして、義の神、または、
理に神は哲学的存在です…。
ところが、愛としての神は自由自在に曲げる事ができ、観世音菩薩のごとく三十三身に現れて、どんな罪でも慈愛の力で無に化してしまうのです。
罪悪深重、小慈小悲もなき五濁の凡夫も念仏すれば救われると真宗でも説くのも、此処から出発するのです。

此処の文章の中で…今・疑問点は…自由自在に「三十三身…」現れる事が出来ても…?
解釈として「悪業…」これは刈り取らなければならないのではないのでしょうか?
その人の、潜在意識の深層部を変えない限りは…時間空間により必ず再現するものと、
私は思うのですが…??

■トキ様…この点は「曼荼羅…」の解釈も含めましてどのようにお考えでしょうか??

■最終的には…雅春先生の【甘露の法雨…】に記述されていますが…
【久遠生命の神示…】
当に!!此の「曼荼羅…」解釈と共通するものが記載されていると思います…。

話は変わりますが…
【現!!高野山…】真言宗は…本来の「弘法大師・空海時代…」よりも、
かなり変わっていますし…どうかしますと…
「高野山より??」とかいろいろな問題があるようです…。
一 番は…【真言密教…】でしょうか?更に!!【天台真言密教…】…etc
但し、これは…法律上規定がなされていたかしら〜〜ン??

歴史的には…隠されました部分が???かなりあるようです…ネ

                             再合掌

922復興G:2012/01/28(土) 19:54:12 ID:ojEbkDH2

>>918 :a hope さま。
>わたしが今とても番気になっていることがあります。
それは、今回発売された、「新編生命の實相」を読んだどなたかが、「生長の家」に興味をもった場合、いったい、どこの団体に入信するのだろうかということです。・・・・・・本屋さんで、「新編 生命の實相」を手にしたどなたかの、せっかくの「生長の家の真理」に目覚めかけた魂を、今のこの「生長の家」の状態では、傷つけることになってしまうのではないかということです。
ですから、わたし自身は「新編 生命の實相」の発売を、なぜそのように急がれたのか、そこのところがよくわかりません。すべての生長の家の問題が解決してから、生長の家の和解が成立してから、発売した方がよかったのではないかと思っています。
しかし、現実には、もう発売されました。あとは、一日も早い和解を願うだけです。
先輩方、どうぞよろしくお願いいたします。 <

──そうですね。「大調和」を説く生長の家ですから・・・・・・
 しかし谷口雅春先生は、『生活と人間の再建』というご本の「第11章 信仰生活の種々相」というところに、次のようにお書きくださっています。

   ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 吾々は直に小さな「現象の善さ」を求める。然し、神はもっと立派な「魂の善さ」を与えようと欲していられるのである。吾々が神の前にさし出す盃が余りにも小さいのである。吾々はもっと大きな盃をださなければ神の愛と恵みを完全に受けることはできないのである。神は吾々が形ある小さきものの成就を求めたのを契機に、形なき宇宙に拡がる魂の喜びを与えようとしておられるのであるということに気がつかなければならないのである。

      解決を神の方法に委せ切れ

 もし吾々があらゆる方面に行きつまって何事も思うように行かないというような状態が信仰を得た後に、毎日祈っているにも拘らず現れたとしたならば、吾々は喜ばなければならないのである。それは大地がわれる程の大きなものが下から芽をふきつつあるのである。地面が動きだしたからといって、その地面の動きを征服しようと戦ってはならないのである。またその地面を平かにしようと鍬や鋤を加えてはならない。吾々は驚いたり騒いだりしてはならないのである。吾々は神に全托しなければならない。神は「神の方法によって」吾が祈りにこたえ給うのである。・・・・・・(後略)

   ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 この第11章はとても素晴らしく、今の私たちにぴったりのことではないかと想われますので、全章を謹写させていただこうと思います。

<つづく>

923復興G:2012/01/28(土) 19:55:08 ID:ojEbkDH2

●谷口雅春先生著『生活と人間の再建』第11章 「信仰生活の種々相」より謹写(1)

   第十一章 信仰生活の種々相

     信仰の満潮期と干潮期

 吾々が真理にふれる時、そして神との接触が行われたと自覚された時、凡ゆる方面に吾々の生活が輝いて来て、病は癒やされ、家庭は調和し、事業は繁盛におもむき、「行く所可ならざるなし」というような状態になるのが普通である。そういう時にその人は信仰に熱がのっていて、所謂る「感激中」というような状態になるのである。所がその感激中は、そう長くは続かないのであって所謂信仰の「干潮期」がやってくるのである。最初に自分を感激せしめたその同じ真理が、今では一向自分を感激せしめないし、それに伴って自分をとり囲んでいる物質的環境も順調に行かなくなって色々の悩みやいらいらしさが現れて来るのである。
 ある場合には、自分自身又は家族の中に突然の病気が現れて来たり、愛する者との間に何か紛争が捲き起って来て耐えがたいような状態を演出することもある。暗黒が自分の周囲をとじこめて、迷宮はますます迷宮に入り、再び真理の光を見る望みは失われ去ったようであり、ともすれば、自暴自棄になろうとする。病気や周囲の不調和そのものの苦しみよりも、一度はあんなにも奇蹟を現して、自分に輝く世界を見せてくれていた真理が、今は何の効果もなく、この悩みを解決する力を失ったという事の打撃の方が、尚一そう痛切に感じられるのである。もう拠り所がない、もう掴むべき一筋もないというような時が往々にして訪れる。淋しい信仰の頽廃期である。

     真理の種子は暗黒の中にも生長する

 かかる時吾々の魂は叫ぶ。真理は無力なのか? 信仰は無駄なのか? 祈りはきかれないのか? 否、否、祈りはきかれているのである。真理は有力に働いているのである。吾々はそれに対して信仰をもたなければならない。ただぐらつきかけているのは自分の信仰だけである。暗闇の中でも心臓は鼓動し、肺臓は呼吸して吾々を生かしている。かように、真理は吾々の暗黒期の中でも有力に働いていてくれるのである。祈りはきかれてすべてが順調に進んでいるのである。暗黒に見え、逆境に見えている時にさえも、真理の種子はそこに生長し、祈りはそこに実現すべく働いているのである。祈りによって蒔かれたる真理の種子は潜在意識の暗黒の大地の中に蒔かれていて、そこには日光が射さないけれども、種子は次第にふくらみかけているのである。そして、緑の小さい芽がその胚芽から生長し出でつつあるのである。吾々は一旦自分の潜在意識に蒔かれたる真理の種子が、もう芽をふかないかと思って、掘りかえしてみるような愚かな事をしてはならないのである。吾々が種子を目に見えない地面の中に植えつけて、その発芽するのを大地の力に任せてしまうかのように、吾々は祈りの結果を、祈りによって蒔かれたる真理の種子の生長を、神のみ手に完全に委ねて、神が神の方法によってそれを適当な時期に適当な形で、芽を出し茎をのばし、葉を広げ、蕾をつけさせてくれるまで待たなければならないのである。神に任せてこの待つ心のないものは遂に美しき花を見ずに終るかも知れないのである。

<つづく>

924復興G:2012/01/28(土) 19:56:13 ID:ojEbkDH2

●谷口雅春先生著『生活と人間の再建』第11章 「信仰生活の種々相」より謹写(2)

     「現象の善さ」よりも「魂の善さ」を

 一たん蒔かれたる真理の種子は、吾々阿が信念の欠乏から、掘り返してみない限りは必ず膨脹し、必ず根を拡げ、必ず芽を出し、頭をもたげ、土を破るのである。その結果は破壊と振動とがその周囲に起るのである。それが起らないようでは、その祈りが効果があったというに足りないのである。新しい大きな芽が頭をもたげる時には大地の周囲が破壊するのである。かくて古きものは破壊し新しきものが現れるのである。周囲に起る不調和と見えたものは吾々が祈りを求めた新しき状態に移るために古き状態が真理によって爆撃されつつある光景にすぎないのである。これを吾々は「迷いの自壊作用」といって来たのである。この自壊作用そのものの中に神が吾々の祈りに応じ給うた解答があるのである。吾々はその変化の中に、擾乱の中に、不調和の中に、病気の中に、周囲の反抗の中に、祈りの実現しつつある過程を見て、感謝し得るだけの智慧をもたなければならない。吾々に必要なのは形の世界がすぐに調和してしまうということではないのである。神の求め給うのは吾々の生命の進化であり、魂の発達である。そんな擾乱の中に於いてすらも、その奥に神の智慧と愛との導きのあることを見得る所の魂の発達こそ、神が吾らに課し給うた所のものであるのである。吾々は直に小さな「現象の善さ」を求める。然し、神はもっと立派な「魂の善さ」を与えようと欲していられるのである。吾々が神の前にさし出す盃が余りにも小さいのである。吾々はもっと大きな盃をださなければ神の愛と恵みを完全に受けることはできないのである。神は吾々が形ある小さきものの成就を求めたのを契機に、形なき宇宙に拡がる魂の喜びを与えようとしておられるのであるということに気がつかなければならないのである。

      解決を神の方法に委せ切れ

 もし吾々があらゆる方面に行きつまって何事も思うように行かないというような状態が信仰を得た後に、毎日祈っているにも拘らず現れたとしたならば、吾々は喜ばなければならないのである。それは大地がわれる程の大きなものが下から芽をふきつつあるのである。地面が動きだしたからといって、その地面の動きを征服しようと戦ってはならないのである。またその地面を平かにしようと鍬や鋤を加えてはならない。吾々は驚いたり騒いだりしてはならないのである。吾々は神に全托しなければならない。神は「神の方法によって」吾が祈りにこたえ給うのである。自分の我の心で「神の方法」を批判してはならない。かかる時に於いて我らの祈るべき言葉は、
「神よ、あなたの無限の智慧を以って吾を導き給え。神よ、この解決を貴方の方法にお任せ致します。今起っている事件の意義を知り得る智慧を与え給え、そしてこの試みに耐えてわが魂の発達致しますように」というようでなければならないのである。
 もし吾々が、祈りにも拘らずそこに現れた不完全な状態と見えるものに対して、恐れ戦き、或は周章狼狽し、我の心でその状態を変化しようと努力するならば、折角「神よあなたの方法にお任せ致します」と祈ったその祈りを、取消してしまうことになり、神の智慧に逆いて我の智慧を行使することになり、結局、祈った事物の実現をおくらしてしまうことになるのである。
 祈りは我々が神のみ心に対して完全に任せきり、「神の方法」に逆わなくなった時に、もっともなめらかに実現するのである。然しこれは時としては甚だ難しいことがあるかも知れない。ある場合には、今迄かくも愛し、かくも恩恵を与えてきた相手が自分に反抗して立ち、自分に矛を向けて、小さな欠点を鵜の目鷹の目で探しだし、恩を仇で返すような仕打をしてくることがあるかも知れない。そのような時に、普通ならば吾々は彼を憎み、自己を弁護するために、彼と同じように彼の欠点を数えあげて相手を傷つけたくなるであろう。然しそれでは決して神のみ心にかなうやり方ではないのである。かかる状態が自分の目の前に現れたということは、自分の魂がそれによって磨かれて、かかる敵をすらも愛する力を、わが魂に実現せんがための、神の摂理であるのである。

<つづく>

925復興G:2012/01/28(土) 19:57:05 ID:ojEbkDH2

●谷口雅春先生著『生活と人間の再建』第11章 「信仰生活の種々相」より謹写(3)

     彼の反抗は業の自壊作用

 更にそれはあなた自身の魂を磨かんがための課題として現れた状態であるばかりでなく、恩を仇で返そうとしているようなその人の誤れる「精神傾向」が自壊せんがために一遍に爆発しつつあるのである。我々の祈りが彼の誤れる「精神傾向」の火薬庫に焼夷弾を投げこんだのである。焼夷弾は小さくとも、彼の潜在意識の蔵の中に貯えられている業の爆弾は大量であるのである。だから彼は自分に対してはげしく反抗して立つかの如く見えるのである。それをただの「反抗」であると思ったり、「状態の悪化」であると思ってはならないのである。それはただ真理の焼夷弾が彼の「精神傾向」の悪さを爆破せしめつつあるのである。彼自身も何故そんなに反抗したくなるのか、意地悪をしたくなるのか、その意味がわからないのである。ただ内部から大きな力で揺り動かされるような感じである。とめようと思っても内部から爆発してくるその力がとまらない。もしあなたが、彼のその内部的な業の自壊作用を理解することができるならば、あなたは彼の反抗や、意地悪に対して同情することができるのである。そしてその彼の感情の爆発の奥に目覚めつつある実相の善さを拝むことができるのである。そして一そう彼を愛し、平和の心を以て彼に対し「祈りはきかれつつある」と自覚して感謝することができるのである。

      祈りの反応としての不調和

 祈りの反応として現れて来る不調和な状態の中には、時として自分自身が病気になり、時として自分の愛する家族が病気に罹ることがあるのである。そんな時に祈りの効果を疑ってはならないのである。それはむしろ祈りの効果が現れつつあるのである。すべて古きものの破壊は新しきものの実現の場所を造りつつあるのである。発熱の中に、発疹の中に、下痢の中に、古きものが燃焼しつくされ、排泄され、新しき組織ができつつあるのである。これは祈りの応答として、神があなたに病気を課しつつあるのではないのである。肉体は魂の「機関」であり、精神の「座」であるから、発達せる魂が、尚一そう自由なる精神をその機関を使って働かせんがために、必要なる所の改造が行われつつあるのである。それは肉体の不調和の状態の如く見えているかも知れぬけれども、それは病気でもなければ不調和でもないのである。魂の機関が、精神の座が、それによって浄められつつあるのである。祈りの応答としてのかくの如き肉体の状態の意味を吾々が本当に知ることができるならば、吾々はその肉体の状態に対して、否、その奥に動いている所の浄化作用に対して「ありがとうございます」と感謝しなければならないのである。

     「無抵抗」の有つ不可思議力

 環境や周囲の擾乱に対して、それと戦うことを止め、それを「迷いの自壊作用」と認めて尚一そう相手を赦し愛する気持になった時に、速かに周囲に光明輝く状態が現れてくるのと同じように、かくの如くにして起った病気に対して、その病気の意味を理解し、それに感謝するようになった時、自分の病気が、或は自分の家族の病気が奇蹟的な迅速さを以て回復することがあるものである。
 「悪に抗すること勿れ」「汝をなやめ責むるところの敵のために祈れ」とキリストがいった言葉の真理が又ここにもあてはまるのである。
 吾々は他を赦すことによってのみ自分が赦されるのである。旧約の救いは「目にて目をつぐない、歯にて歯をつぐなう」自力の行によって行われたのであるが、新約の救いは、キリストの愛と恵みによって行われるのである。吾々は「キリスト」を通じて、過去に如何に多くの罪業があろうとも救われるのである。私のいう「キリスト」とは二千年前に生まれた肉体イエスのことではないのである。キリストとは「自己の内に宿る無限の赦す心」であるのである。キリストは「七度を七十倍度赦せ」といったのである。「赦す心」がキリストである。我々が「赦す心」を自分の内に起した時に、キリストは自分の内に宿っているのである。キリストは「我は道なり、真理なり、生命なり」といい、又「我は扉なり、もし誰にてもあれ吾より入るものは救わるべし」といったのである。吾々が人を赦す時我が内に真理が生き、生命が生き、キリストが生き、そのキリストの扉を通して、常楽の世界なる天国に入ることができるのである。

<つづく>

926復興G:2012/01/28(土) 19:59:59 ID:ojEbkDH2

●谷口雅春先生著『生活と人間の再建』第11章 「信仰生活の種々相」より謹写(4)

     祈りを一層効果あらしめるには

 吾々が、もし祈りを効果あらしめんと欲するならば、人を赦さなければならないのである。もし吾々が一つの罪に対して必ず一つの報いを受けるという法則の世界に於いて生活するならば、吾々は決して赦される時は来ないのである。吾々は今迄自分が生活する為に無数の生きものを殺して来たのである。もし一つの殺生を以て一つの殺生に報いられるというのであるならば、吾々は幾度死刑の執行をうけても赦されようがないのである。かくの如く現象面から見るならば罪の深い深い人間なのである。それが赦されるためには神の無限の大慈悲の中にとびこまなければならないのである。然し神の無限の大慈悲の中にとびこんだ所が自分自身が「赦さない」固い心をもっている限りに於いて神の大慈悲の波長と、波長が合わないのであるから依然として赦されないでいる外はないのである。
 吾々が心の中に「赦し」の念を起す時「赦し」の法則が自分の心の中に行われ、そこに自分に宿っている「赦し」(キリストの救い)が実現するのである。我々が深い信仰を以て赦しの言葉を心の中で唱える時、一切の罪の報いは消滅してしまうのである。原因結果の法則を超えて救いの世界へ超入する道は、自分自身が「赦し」の心を起して、「赦し」なる神の愛と一体になる必要があるのである。もし吾々が如何なる罪を犯しておろうとも、真に自分があらゆるものを救すことができる心境に達すれば、神の赦しの波長はそこに実現し來って、自分自身が赦される事になり、自分自身が完全なる自由を獲得することができるのである。

     他の悪を認めてはならない

 吾々が神の救いにあずかろうと思うならば、神と同じ心境にならなければならない。神は完全なる善であるから、神は悪を感ずることができないのである。それは恰度光は暗を感ずることができないのと同じことである。吾々が悪を感じ得るのは、少なくともわが心の中に悪の波動が起るからである。我々が、「赤い色」を感じ得るのは自分の心の中に「赤い色」の波動が起るからである。赤色色盲に於いては、心の中に「赤色」の波動が起らないが故に、「赤色」を見る事ができないのである。神に於いては、一瞬間といえども、「悪」の波動が起らないが故に、神は吾々の「悪」を認め給うことは決してなく、従って吾々の悪を罰し給うこともないのである。吾々が神の救いと完全に波長を合わせようと欲するならば、吾々自身が神と等しく、一切の悪を認めない心境にならなければならないのである。神は吾々の愛深き父であり、神の子たる人間の唯「善」のみを見給うのである。その如く吾々人間も、すべての人間の内にある「神なるもの」「完全なるもの」「人間の実相」「内に宿るキリスト」を見て礼拝しなければならないのである。そこに如何なる悪と見えるものの前にも、それも見ない所の無限の赦しが生ずるのである。
 法華経に於ける常不軽菩薩はすべての人間を、「仏なるもの」として礼拝し、石で打たれてさえも、更に相手を仏なるものとして礼拝したのである。キリストは十字架につけられながら、一緒に磔にかかっている盗賊に対して「次の日、汝は我と共に天国にてあらん」といって悪を見ないで天国にいる神の子人間を見たのである。

<つづく>

927復興G:2012/01/28(土) 20:01:49 ID:ojEbkDH2

●谷口雅春先生著『生活と人間の再建』第11章 「信仰生活の種々相」より謹写(5)

     光に対して眼をひらけ

 人は罪を犯したが故にとて、神に跪いてその赦しを求めるのであるが、罪とは果たして何であるか。罪とは実相に対して目をつぶっていることであって、それは眼をつぶった目に光の存在しないと云うことにすぎないのである。それは罪という実物が存在するのではなくして、光に対して目をとじていることだけの消極的状態にすぎないのである。吾々は唯目を開けばよいのである。ただ赦せばよいのである。余りに赦す心なく、心のレンズを絞るから光が入らないのである。自分自身の心を小さく絞ることをやめよ。
 祈りは、結局心の思いであって、心の中に想い浮べた相の通りが形に現れてくるのである。人に対して憎みながら、「幸福が来ますように」と祈ることは雑草を蒔きながら「米を刈りとらせて下さい」と祈るのと同じことである。吾々が人を憎めばその憎みが自分に戻って来て刈りとられるのである。吾々が肉体を大切にしないならば、肉体は吾々を大切にしないであろう。吾々が金銭を大切にしないならば、金銭は吾々を大切にしないであろう。吾々が人間を大切にしないならば人間は吾々を大切にしないであろう。吾々は、与えた所のものが与え返されるのであるということを知らなければならない。吾々がある人を傷つけるならば、その報いはその人からかえって来ないことがあるかも知れないが、他の人から同じような害を自分に与えるようにかえってくるのである。吾々が甲に対して出し借みをするならば、乙は私に対して出し惜みをするであろう。

     原因結果の法則の世界

 このようにこの世界は原因結果の法則に支配されているのである。憎みや、怒りや、復讐のパイプを造って置いて、そこから平和や喜びや、幸福が流れこんでくると考えてはならないのである。他から奪うような方法によって、富んで見ても、その富は又他から奪われるか、そうでなければ他の方法でその人の幸福は奪われるのである。
 多くの富める人の生活につきまとうものが、家族の病気や、家庭の不調和や、団体と団体との面白くない葛藤等によって起る不幸であるということは、その富が他から幸福を奪った結果得られたような部分があるからである。人の幸福を奪うものは、又自分の幸福が奪われるのである。

<つづく>

928復興G:2012/01/28(土) 20:02:38 ID:ojEbkDH2

●谷口雅春先生著『生活と人間の再建』第11章 「信仰生活の種々相」より謹写(6)

     光は影を見ない

 吾々が真に幸福になろうと思うならば、「悔い改め」が必要なのである。「悔い改めよ、天国は実現せん」とキリストは教えているのである。吾々はすべての罪の穢れから脱却して幸福になろうと思うならば、人の罪を赦さなければならないのである。如何なる人が、いつどこで、如何なる罪を犯しておろうとも、そんなことは問う必要はないのである。如何なる罪も、罪を見給わない神の前にひきだされた時、それは「雪よりも白く」浄められてしまうのである。光は影を見ず、神は罪を見給わないからである。吾々は自分勝手に人の罪にひっかかって、自分の心を苦しめる必要はないのである。吾々が人の罪を赦した時自分の心の重荷はとりさられてしまうのである。
 吾々に「悔い改め」は必要であるが、常に罪の記憶で悩んでいてはならないのである。罪は光に反して立った時の影のようなものであるから、「悔い改め」即ち光に面して立った時にはすでに過去の罪はないのである。吾々は他の人を赦すと共に、自分自身も赦さなければならない。過去の一切を投げ出して光の方に直面すればいいのである。その時たちまち諸々の罪は消えて「雪よりも白く」吾々は浄められるのである。
 マグダラのマリヤが過去の罪を悔いてただひたすらキリストの足の前に全身を投げ出した時、その刹那、彼女は救われたのである。多くの罪の為に「石にて打ち殺されんとする女」に対してキリストは、「吾も汝を罪せじ、行きて再び罪を犯すな」といっているのである。しかし再び光の反対をふりむく時、暗が現れるかの如く罪も再び現れるのである。だから「再び罪を犯すな」である。この真理を知らなければならない。人の罪に対して吾々が心をふりむけた時自分自身の心が罪で汚されてしまうのである。だから吾々は、他の人の悪と不正に対して心をふりむけることをやめなければならない。吾々が罪から解放される所の道は、吾も亦他の罪を釈放する所にあるのである。吾々がもし真に愛深きものであるならば、その人の善き所を探すのに忙しくて「悪」を心に記録して数えあげるような暇はない筈である。
 キリストは、自分をとらえに来た者をも赦して、ペテロがそれに対して剣を抜いて戦おうとしたのを押しとどめ、ペテロに耳を斬られて倒れている兵隊を愛の心によって癒してさえいるのである。キリストは形の上では磔になったけれども、心の世界では世界を征服し給うたのである。愛と赦しとはもっとも大いなる力であって、それのみが全世界を救うのである。
 多くの人達は人の罪に対して長くぐずぐず思い患い、放さないために夜の目も眠れず色々の肉体的故障を起している人も随分沢山あるのである。かかる原因で起っている病気はただ赦すことによってのみ、神の「癒す力」を自己の中に解放することができるのである。
 吾々はすべて、(特に病める人々は)眠りしなに神想観を行い、昼の中に色々の問題に対して起した所の怒り、憎み、争い、嫉妬等の感情を心から拭い去るようにしなければならないのである。それは次のように心の中で思念するのがいいのである。
 「吾は神の子である。神の霊が宿っているのである。神の無限の愛が今全ての人の罪を赦し給うのである。そして自分の罪をも赦し給うたのである。自分は今神に赦されて全ての罪は消えたのである。自分は自由である。ありがとうございます。」
 かく念じて神の愛を深く自己の内に実感し他をも赦すのである。この習慣をつける時信仰の暗黒時代は速かにすぎさって光明に面することができるのである。

   ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 ありがとうございました。合掌

929トキ:2012/01/28(土) 20:12:56 ID:EOJvaMrw
復興G様

 すばらしいご投稿、ありがとうございました。
 ご多忙の中、聖典をご紹介下さり、深く感謝申し上げます。

 今後とも、ご指導のほど、宜しくお願いします。

合掌 ありがとうございます

管理人敬白

930復興G:2012/01/28(土) 20:14:41 ID:ojEbkDH2

誤字訂正お願いします。
<924>のはじめの方で
× 一たん蒔かれたる真理の種子は、吾々阿が信念の欠乏から・・・・・・
&iexcl; 一たん蒔かれたる真理の種子は、吾々が信念の欠乏から・・・・・・

 失礼致しました。

931トキ:2012/01/28(土) 20:33:21 ID:EOJvaMrw
>>912

ももんが様

 信仰のあり方というのは、難しいです。
やはり、毎日、脚下照顧の姿勢が必要だと思う次第です。

合掌 ありがとうございます

932かぴばら:2012/01/28(土) 21:05:20 ID:3ZrLMqr6
復興G様

素晴らしいお話有難うございます。本物の匂いがいたしました。(涙・涙・・・)

 毎日毎日、自分が今ここに生きているのは宇宙の造り主が自分にすばらしき指名を果たさしめんがためである。神が自分の見方であるからなんらの恐怖も心配もないのである。神は決して恐怖または心配すべき何事をも造り給わなかったのである。神使命を与えたれば、吾は神の力と共に行くのである。自分の行くところ遮るものは何一つないのであるーーーーかく信じて一切の恐怖不安を駆逐すべきである。再び言う自己を支配するもののみが真の勇者である。そして環境は自己の心の影であるから自己を支配し得た者のみが環境の支配者となるのである。

 (谷口 雅春先生著 青年の書より)

 合掌 有難うございます。

933かぴばら:2012/01/28(土) 21:07:12 ID:3ZrLMqr6
すみません 訂正一行目×指名→○使命

934かぴばら:2012/01/28(土) 21:09:16 ID:3ZrLMqr6
もうひとつ訂正一行目 ×見方→○味方

935「訊け」管理人:2012/01/28(土) 21:54:32 ID:Oo2SdDkA

>復興Gさま


『生活と人間の再建』第11章 「信仰生活の種々相」

 チェスト!!!!

 ちょ――――――っどここ最近、同本の同章を拝読しておりました。
先日はブログ記事にもしたくらい感動していたのが、この章でありました。

ブログ記事 http://blog.livedoor.jp/con5151/archives/65625580.html

 いやー、閣下と関心の所在が一致し「うれしい」です。ああ本当に同章は
良いですね!!

追伸

 ・・・閣下ご謹写の労に敬意を表しつつ、ブログ記事に「使用させて」ください
(ませんでしょうか?)よろしくお願い致します。

936ももんが:2012/01/28(土) 23:00:38 ID:XXCuaQns
>>916

復興G様

復興G様、御投稿文、読ませて、頂きました。丁寧な御投稿文で、ありがとうございます。合掌、拝。

御質問の事。

<<>私の実家にある、雅春先生在世時の講習の録音テープで、雅春先生は
『時代がかわり、生長の家の総裁が、替わり、教えが、変わったと言って、教団を離れるような人は、例え、幹部や講師であっても、その方は、現象を信じてる人で、実相を信じてる方ではない…』と雅春先生は言われます。<>>


上記の内容の、テープの件で、ございますね。

実は、復興G様が、示された。下記の一般普及されてるものでは無いようです。
<<谷口雅春先生の講習会御講話は、世界聖典普及協会から正式に発売頒布されたものがたくさんあります。私も5本ほど持っています。
 「人生必勝の真理」
 「真・善・美の生活」
 「「一即多」の真理」
 「創造者への道」
 「日本建国の理想を成就するには」
の5本です。>>


実は、祖母の遺品の中の一品でして、祖母は付き合いが広かったのでの、その方から頂いたと、言う話は聞いてますが、詳しくいきさつは、わかりません。

年代が何時も、はっきりしません。

もう少し、お話しても、良いのですが、本流側の人を信用出来ない心境に、今有るので、復興G様には、誠意は、感じますが、本流側の人を、私は、信用出来ない状態を解消してくれたら、お話します。

すいません、我が儘、言いまして。

話が、中途半端で、本当に、申し訳ありませんが、そういうことです。

御返事、大変遅く成って、申し訳ありませんでした。たくさん、噂話されると思いますが、お手柔らかに、お願いします。

感謝敬白、合掌。拝。

937ももんが:2012/01/28(土) 23:34:06 ID:XXCuaQns
>>931

トキ様へ

トキ様、御返事ありがとう、ございます。合掌、拝。

今日は、仕事の後、人の相談に乗っていて、復興G様へ返事等、遅れた事は、御詫びします。

あと、今日のトキ様の御言葉
<< 信仰のあり方というのは、難しいです。
やはり、毎日、脚下照顧の姿勢が必要だと思う次第です。>>

大変、素晴らしい、御言葉、ありがとうございます。

あと、安谷老師の『無門関』見つかりましたから、雅春先生を批評されてる箇所、今度、掲載いたしますので、楽しみに、お待ちください。

それから、『佛の聲を彫る』著作:松久朋琳さん(日本教文社)の本も紹介したいと思います。この本は、古本屋で数年前に見つけて、感動した本です。

それでは、おやすみなさい。
いつも、お心使い、ありがとうございます。

感謝敬白、合掌、拝。

938ももんが:2012/01/28(土) 23:58:44 ID:XXCuaQns
SAKURA様


SAKURA様、こんばわ。合掌、拝。


トキ様宛の文に、私の名前、見つけたから、書きますね。

いつものように、SAKURA様の表現、私には、難しから、読み間違えてら、ゴメネン。

SAKURA様は、どっからか、引用文使って、『仏教はダメ』『仏教は古臭い』言いたいんでしょ?違うかな?


SAKURA様は、文章から『曼陀羅』を理解しようとしてるけど?

私や役行者さんが、言ってのは、違うよ。


例えばこいうこと。

『テレピを見るのに、テレビの取扱い書を読んで、満足してるが、SAKURAさん』

私達が言ってるは?

『テレビに電気を入れて、実際に使って、見てること』

だから、曼陀羅や仏像は、実際に、使い方を知ると、『成る程』と思うよ。

私も、それまでは、知らなかったんですよ。

SAKURA様は、たぶん、勘違いしてる。実際に、自分で体験して見てくればいいんじゃないのかな?

下手に、本は、読まない方が、いいよ。先入観で台無しになる。


じゃ、おやすみなさい。SAKURA様、今、少し、梅咲き始めたよ。合掌、拝。

939ももんが:2012/01/29(日) 07:01:33 ID:XXCuaQns
皆様、おはようございます。本日も、素晴らしい朝がやって参りました。寒いですが、元気だして、明るく、楽しく、生活していきましょう!ありがとうございます。合掌、拝。


〜正法眼蔵・仏性〜


尽界はすべて客塵なし、直下さらに第二人あらず、直截根源人未知識、忙々業識時休なるがゆえに。妄縁起の有に有らず。偏界不曾蔵といふは、かならずしも満開是有といふにあらざるなり。偏界我有は外道の邪見なり。本有の有にあらず、亘古亘今のゆえに。始起有の有にあらず、不受一塵のゆえに。条々の有にあらず、合取のゆえに。是什麼物恁麼来のゆえに。始起有の有にあらず、吾常心是道のゆえに。まさにしるべし、悉有中に衆生快便難逢なり。悉有を会取することかくのごとくなれば、悉有それ透体脱落なり。

〜以下つづく


<<直截根源人未知識、忙々業識時休>>
とは

『直に根源を截るも人未だ識らず、忙々たる業識幾時か休せん』

と読みます。


今日、心に止まる箇所は、ここです。

『まさにしるべし、悉有中に衆生快便難逢なり。悉有を会取することかくのごとくなれば、悉有それ透体脱落なり。』

『完全な覚りに、出逢うことは、大変であるが、完全な覚りと出逢うのは、身心脱落する事である。』


余り、上手く、表現できていないかもしれませんが、私には、今日心に残る一言でありました。


皆様、今日も、お寒いですから、手足暖かくして、お健やかに、お過ごし下さい。ありがとうございます。合掌、拝。

940役行者:2012/01/29(日) 08:10:34 ID:w8hNmueg

 ももんが様

 >>938


 >曼陀羅や仏像は、実際に、使い方を知る と、『成る程』と思うよ <

  まったく、そのとおりだと思います。
 
 もっとも現象世界そのものが方便で曼荼羅の世界なのですけど、なかなか、この現象世界を観世音菩薩の三十三身の現れと見づらいところがあるので、より佛の世界に近いバーチャルな空間を創作して、衆生の悟りの一因となればという愛行が、たとえば立体曼荼羅として表現されているのです。
 つまり、われわれ衆生が悟りに導かれるための助因の役割も兼ねていると思われます。

 人を悟りに導くための太古からの智慧ですね!ありがたいことです。

           合掌

941「訊け」管理人:2012/01/29(日) 10:58:18 ID:u7vht8yY

●宮崎西 一般枠で初甲子園、文武両道で挑む (2012年1月28日 読売新聞)
http://kyushu.yomiuri.co.jp/news-spe/20110324-988889/news/20120128-OYS1T00263.htm

 いやー、嬉しいニュースを(超・個人的に)紹介します。宮崎西高校が甲
子園初出場を決めました。
 この学校ですが超進学校です。「東大に10数名合格」なんて年もありま
して、ちなみにですが、現在の東大野球部四番の子(高山くん)も同校の出
身だったりします。しかしまあ、ここの野球部ですがこれ、甲子園出場は「
31世紀頃(笑)」と予想されていた程の、最弱校でもありました。
 スポーツ専攻科があるわけでもなく、「中学時代の補欠」が続々入学して
くるようなチームであります。私が高校時代はここと当たれば、「ラッキー
」てな感じの学校だったのですが、それが・・・・なんと一般枠で九州代表
(!)になりまして。「これを奇蹟と呼ばずしてなにを奇蹟と!?」な現在。
・・・ああ、本県野球事情に詳しくない方には不明でしょうけども、これは
偽らざる本音です。

 ・・・同校野球部の奇蹟っぷりをつづけます。いやあの、県予選はクジ運
勝ちでした。難敵回避で、スルスルと決勝まで行ったわけです。ですんで「
ニシコー、ラッキーだな」だったんですよ。「日南学園や延岡学園、それに
高鍋や都城が〝コロッと〟こけてくれて、対戦せずに済んでよかったなあ」
だったわけです。案の定、決勝では都城商に負け(3−1)ましたんで、関
係者は皆、心配しておりました。「・・・アノ九州大会(全国最高レベル)
に、行くわけダロ?・・・これは、初戦コールド負けでは?」てな予想が大
半だったのですが、いやいやどうして。
 ・・・・もう、なーんか知らんが自由ケ丘(福岡1位代表・プロ注投手あ
りのTHE野球学校)と対戦し、延長戦にもちこんでの「たなぼた」勝利をしや
がりまして、野球関係者が仰天という(笑)そして次は、あの 九 州 学 院 
(熊本1位代表・個人的見立てでは九州最強打線)を相手に善戦しまして、
まあ、負けはしましたが2−0という・・・他試合では圧勝してた九学です
が結局、九州大会準優勝でした。ですんでこの善戦ぶりが光りまして「オイ
オイ、ニシコー!こんなことがあるのか!?」てな感じです。

 再度強調しておきます。同校野球部ですが中学時代の有名選手、「一名も
おりません」(笑)そしてエースの直球速度ですが、なんと120km台と
いう(笑)平日練習時間なんて「一時間半」ですし、宿題を忘れた部員は練
習参加が許可されません。しかも九州大会前には校内実力テストがあったと
かで・・・そんな状況だったのに「もう、なーんで勝ったんだよ!?ニシコ
ー!?」なチームです。

 九州勢〝らしからぬ〟な感じですが、まあ魅力溢れるチームです。「これ
ぞ、ザ・高校野球!!」てなチームでもあります。3月からの春センバツで
すかこの宮崎西高校、皆さんもぜひご注目ください。よろしくお願い致しま
す。

942志恩:2012/01/29(日) 11:41:47 ID:.QY5jUA6
訊け君

宮崎西高校、すごいですね。初甲子園を決めたそうで。文武両道校。
ありえないことが、起こったおめでたいニュースなんですね。
訊け君が添付された読売新聞掲載の高校野球選手たちの
写真も見ました。爽やかないい顔した少年ばかり。

私は、このところ、眼が薄くなったせいか、若い子は、全員、イケメンに見えてしまう。
よろこぶべきか。
訊け君も、かっては、このような初々しい高校野球選手だったんですね。
出身校は別だけれど(笑)
宮崎西校、覚えておきましょう。

943a hope:2012/01/29(日) 11:59:46 ID:kcv2QXTk

人生読本 谷口雅春先生著

神の子の値打(ねうち)を出すのは易しい


誰でもみんな「神の子」なのです。仏教の人なら「仏の子」だといっても同じことです。
人間が地上に生まれた目的は、「神の子」の値打を出し、「仏の子」の値打を出すためなのです。
学問的な言葉で言えば、人間の生活は神の生命の自己実現だということです。

しかし、そんな値打を出すことは難しいとお考えになりますか。
ちっとも難しいことはないのです。誰にも「神の子の値打」は生みつけられているのです。
既に「神の子の値打」が自分の中にあるのです。
自分の中にある値打ちを出すことは、蟇口(がまぐち)の中にあるお金を出すのと同じで、
易しい易しいことなのです。

この自分の中にある値打を「天才」と言い「天分」と申します。
「人格」と言うこともあります。「良心」と言うこともあります。
「神の子の値打」が智慧や才能のほうにあらわれたのが天才であり、天分であります。
「神の子の値打」が、人柄や心の善さの上にあらわれたのが、人格であり、良心であります。

自分の中に生みつけられている「神の子の値打」は、出そうと思えば楽に出るのです。
「神の子の値打」は出すように生みつけられているのですから、出さなければかえって苦しいのです。
たとえば、人間が善いことをするように、「神の子の値打」を生みつけられていますが、
その「神の子の値打」を出さないで悪い事をすれば、良心が苦しむのです。
「神の子の値打」は出すほど楽しく、出さぬほど苦しいのです。
だから善人はいつも楽しく、悪人はいつも苦しいのです。

「神の子の値打」が、智慧や才能の方にあらわれたら、学問がよくできます。
仕事がよくできます。
「神の子の値打」を出すように人間は造られているのですから、その値打が出た時には楽しいのです。
楽しいほかはないのです。
学問がよくできて出世した人にきいてごらんなさい、学問は楽しいと答えます。
仕事のよくできるお友だちに尋ねてごらんなさい、仕事は楽しいと答えます。
力は出すほど熱心になればなるほど楽しいのです。

勉強したがらない人、仕事をしたがらない人、そんな人は「神の子の値打」を出さないのですから楽しくないのです。
楽しくないから、なんとかして気を紛らわそうとして、いろいろ善くない遊びをするのです。
いろいろ善くない遊びをしても、それでは「神の子の値打」が出ないのですから、本心からは楽しくなれないのです。
遊んでいる間は気が紛れていますが、あとから良心が淋しくなって来て、またそれをごまかすために悪いことをするのです。
人間は「神の子の値打」を出さない限りは、いつまでも淋しくて、本心からは楽しくなれないのです。

こうして熱心に「神の子の値打」を出すことは、勉強をすることでも、仕事をすることでも、世の中のためになることでも、
人に深切にすることでも、少しも苦しいことではない、非常に楽しいことになるのです。

私達が、ただお金を得(う)るために、食べものを得るために、雨に濡れぬ住家(すみか)を得るために、
学校の点をとるために、勉強し、仕事をし、人に深切にするのであれば、勉強も、仕事も、深切も、面白くなくなります。
それは、その「ために」が間違っているからなのです。
私達は、自身の中に生みつけられている「神の子の値打」を出すこと、そのことが喜びであるから、
私達は仕事をし、勉強をし、深切をするのです。

「神の子の値打」を出すように生みつけられている私達は、「神の子の値打」を出すときだけが本当に楽しいのです。
どんなに貧しくとも、お金がなくとも、常に「神の子の値打」を出している人は楽しいけれども、どんなに金持ちでも、
位が高くとも自分の中に生みつけられている「神の子の値打」を出さないでいる人は楽しくないものです。

それでは、自分の中に生みつけられている「神の子の値打」を出すにはどうすれば好いか、その秘訣を次にお話しいたしましょう。

(つづく)

944a hope:2012/01/29(日) 12:18:33 ID:kcv2QXTk

復興Gさま

昨晩は、谷口雅春先生の 『生活と人間の再建』の「第11章 信仰生活の種々相」を、
前章紹介してくださり、本当にありがとうございました。

昨晩、就寝前に拝読し、今朝また拝読し、その真理の深さに感動しています。
これは、何度も読み返したいと思って、プリントアウトしてあります。

わたしは、拝読後に、神さまからこう言われているように感じました。

「神に任せよ。すべてはうまくいっているのだ。
たとえ、周囲の出来事がうまくいっていないようにみえても、動揺するな。
神を信じ、祈りつづけ、自分の魂を磨け。
自分の魂を磨くとは、すべてを赦すことだよ。」


マグダラのマリアのお話の所に来ると、涙があふれてきました。
谷口雅春先生は、キリストの大きな愛ですらも、本当に理解されていたのですね。

わたしは、この掲示板のみなさまに出会えたこと、
そして「生長の家」の教えに出会えたことに、心から感謝しています。

945a hope:2012/01/29(日) 12:24:12 ID:kcv2QXTk
訂正
上から4行目

前章→全章

946SAKURA:2012/01/29(日) 13:41:57 ID:zrpEHTE.
皆様
こんにちは…
今日は、此処九州は晴天です…。(詳しく申しますと?今のところは?でしょうか)

■神の導きを得る言葉

吾はいま吾を通じてはたらき給う内なる神の力に信頼する。
吾は内なる叡智に信頼する。
此の叡智は吾がものではない。
しかし又吾れを離れたる叡智でもない。
吾に宿り給うかみである。吾が霊魂は神と一体となって照り輝いている。
吾れは光り輝く自分である。
吾れはなお現在意識に於いてしらないが、
既に全智なる者は吾がうちに宿っているのである。
吾れ、此の問題に関して切に導かれんことを希う。
吾れは導かれる。
吾れは如何なる方法をとるが最善であるかを教えられるのである。
吾れはいま宇宙の叡智の創造的活動が、
此の問題に対して活動しつつあることを自覚する。
吾が求むる如くならしめたまうたことを感謝いたします。
神は適当な時期を選んで、吾れが何を為すべきか最も善きかを必ず
知らして下さるのである。吾れは吾が内に宿りて常に吾を導きたまう神に対して感謝いたします。 

いよいよ…明日は「裁決…」1月30日……

上記の言葉は「28日の経言ですが〜〜♫」今の私に取りましては…
“ピッタリ”とも言えますでしょうかしら〜〜ン…?

                            再合掌

947ももんが:2012/01/30(月) 08:14:06 ID:XXCuaQns
皆様、おはようございます。本日も、寒いですですね。手足冷たい事、有ると思いますが、今日も、元気に明るく、楽しく、感謝、感謝で参りましょう!ありがとうございます。合掌、拝。


〜正法眼蔵・仏性〜

仏性の言ききて、学者おほく先尼外道の我のごとく邪計せり。それ、ひとにあはず、自己にあはず、師をみざるゆえなり。いたづらに風火の動著する心意識を仏性の覚知覚了とおもへり。たれかいふし、仏性に覚知覚了ありと。覚者知者はたとひ諸仏なりとも、仏性は覚知覚了にあらざるなり。いはんや諸仏を覚者覚知といふ覚知は、なんだちが云云の邪解を覚知とせず、風火の動静を覚知とするにあらず。ただ一両の仏面祖面、これ覚知なり。


〜以下つづく


今日、私の心に残る部分は、ここ。

<<仏性の言ききて、学者おほく先尼外道の我のごとく邪計せり。それ、ひとにあはず、自己にあはず、師をみざるゆえなり。いたづらに風火の動著する心意識を仏性の覚知覚了とおもへり。>>


『学者や仏教を良く知らない人々は、お釈迦や老師、祖師方と、同じ心目(完全な悟り)で、物事や心をみていないで、現象の姿に心を働かせて仏の教え、意識(心)と思っている』

と言うような、内容と、思われます。

さて、皆様、今日も寒いですから、暖かかくして、嬉しく、楽しく、明るく、元気に、お過ごし下さい。ありがとうございます。感謝、合掌、拝。

948a hope:2012/01/30(月) 12:25:12 ID:kcv2QXTk

人生読本 谷口雅春先生著

自分の茶碗は自分で洗え


むかし趙州和尚(じょうしゅうおしょう)のもとで修行をしていた一人のお坊さんが、
ある日、和尚の前へ出て申しました。

「和尚さま、どうそこの私に、修行のことで何かためになるお言葉をお聞かせくださいませ。
私は、そのお言葉を守って、今後いっそう、勉強してまいりたいのでございます。」

趙州和尚は、じっとお坊さんの顔を見ながら、さて静かに口を開かれました。
「あなたは、今朝のお粥をいただきましたか?」
「はい、頂戴いたしました」と、お坊さんは答えながらも、少し意外の面持でした。
何か、よほど偉い立派なお教えでもいただけるかと待ちかまえていましたのに、
今朝、口にしたお粥の話なのですもの。

和尚は、しかし、頷くとこともなげに申されました。
「では、あなた、そのお茶碗を洗っていらっしゃい。」

ハッ!と、ここで、お坊さんはわかったのです。
なるほど、人間は、まずあたり前のことができるようでなければならぬ。
自分のたべた後のお茶碗ひとつ洗えないでは、本当に偉い人だとは言えないのだ。
また、本当に偉いことは、お祭りのように大げさで、花々しい、目立った事の中にあるのではない、
むしろかえって、最も目立たない、平凡な事、当り前の事の中にある。
人間はみんな神の子なのだから、当り前のことを、当り前に行っても、
その人は、それだけで、そのままで、もうちゃんと偉いのだ。
こう、そのお坊さんは、始めてわかったのです。

(つづく)


みなさま こんにちは

アマゾンで注文してした、「新編 生命の實相」が届いたので、早速拝読しています。
本当に、読みやすいですね。
「編者のはしがき」には、谷口雅春先生が、『生命の實相』を執筆されたいきさつが、詳しく説明されていて、
「生長の家」のことを、知らない人が読んでも、とてもわりやすいのではないかと思いました。

わたしは、毎日聖経で唱えているのに、この「新編 生命の實相」の『七つの燈台の点塔者』の神示を拝読すると、
感動して、魂が震えました。
「生長の家」を愛するたくさんの人々の願いと、谷口雅春先生の思いが込められた、聖典なのだと思いました。
これから、全巻そろえて行くのが本当に楽しみです。

949SAKURA:2012/01/30(月) 15:50:42 ID:a8mGNaAE
皆様こんにちは

【幸福を招く生活365章…】
      ■真理は人に伝える実践でよく解る

真理は、それを理解したように見えても真に完全に理解していない場合が
多いのである。真理はそれを実際に生活した場合に、
本当に深く理解されて来るのである。「人間本来病気なし」の真理も、
他人を真理によって導き、病気を本当に治して見せてはじめてその真理がわかるのである。座上の水練では駄目である。泳ぎ方を如何に書物で読んで見ても、
実際に水の中へ跳び込んで見て泳げない人は、真に泳ぎ方がわかっていないのである。
真理は人を救ける実践をして見て、真に理解出来るのである。
教えはわかったが商売に損をすると云うのでは何程をその人に真理が
わかっているかどうかあやしいものである。
                        ( 抜粋 )
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「今日の言葉…」から、ただひたすら〜〜“実践生活”です…ネ???
更に!先に述べました「a hope様」のお話も似たような“モノ”でしょうか…?
当たり前の事??でしょうか…?
「独身族の私…」ほど“料理…”は、当たり前のように〜〜♫〜〜
【日々交信!!】しながら…
“料理をエンジョイ”するのも当然“生活密着”ですものネ!

仕事の合間に…“頭の切り替えモ−ド”と致しまして…
“料理”は非常にいいものです。
気分転換に〜〜切り替えができますし、
何か「アイデア」とか「インスプレ−ション」もあり…やはり【日々更新…】
いつか「星の王子様」にも…と…

昨日は、夜遅く帰宅…「事務所にて簡単料理…」で済ませていましたから?
夜遅くの食事は…ストップ!!帰ってきてから〜〜♫〜〜
いろんな方の“メ−ルの返信”で…遅くなりましたが?
ある知人は、「姉妹の写真を見て、映画のシ−ンみた〜〜〜い?」

「亡き母の葬式」は、地味に済ませましたが…意外と荘厳な感じです〜〜♫
私もいつか〜何処からか〜「里子…」をもらいたい〜〜なぁと言います…と!
姉・妹は??“ブ−イング…”
更に!「葬儀屋の人…」も、反対でしたが……?
住職さんは、いいじゃない?と…うなずいて下さいましたが…。

■「雅春先生の言葉」から〜〜実践です〜〜ネ! 「実践組…突入」
                             再合掌

>「a hope 様」の言葉… 賛同で〜〜す。いつも楽しみに〜♫〜拝読させております…。

950トキ:2012/01/30(月) 19:29:24 ID:eJZeXtyk
>>947

ももんが様

 お返事が遅れて申し訳ありません。暖かいお言葉、深く感謝申し上げます。
ももんが様のお言葉のおかげで、心温かな日を過ごせました。

 さすがは先達だけあって、すばらしい文章を抜粋されますね。そう言えば、「嘆異抄」にも
似たような言葉がありました。(うろ覚えですが) これは、なかなか知ってはいても、実行は
難しい言葉だと思います。我々は、情報量で言えば、かってないほどの情報の海に住んでいますから
どうしても、現象に左右されてしまいます。

 脚下照顧、脚下照顧です。

  ありがとうございました。

951トキ:2012/01/30(月) 19:33:37 ID:eJZeXtyk
a hope 様

 趙州和尚の逸話は好きな話の一つです。最近は食器洗い機のお世話になることもありますが、
この話はよく思い出します。
 大切な話ですね。

 すばらしい逸話を紹介して下さり、深く感謝申し上げます。

合掌 ありがとうございます

952トキ:2012/01/30(月) 19:40:27 ID:eJZeXtyk
SAKURA 様

 料理は、心ですが、SAKURA様のような、心も体もきれいな方のつくる料理は
きっと食べる人に味以上のものを与えるでしょうね。

 ご教示の通り、水泳は畳の上ではダメで、実践しないと上手くなりません。
私も日々の生活の中で、精進を重ねていきたいと思います。

合掌 ありがとうございます

953ももんが:2012/01/30(月) 21:22:15 ID:XXCuaQns

無門関・第七即
『趙州洗鉢』
(本則)
『趙州、因みに、僧問う、それがしさに入叢林、乞う師示せよ。州云く、喫粥了や未だしや。僧云く、喫粥了。州云く、鉢盂を洗い去れ。其の僧省有り。』

上記が、本則の『趙州洗鉢』です。

少し、わかり安くすると?
(読み下し)

趙州:『お粥を食べたか?まだか?』

僧:『お粥を食べました!』

趙州:『お粥を食べたら食器を洗っておけ!』

僧は、忽ち、見性(悟り:自己の本性観た)した。


と?こうした、お話である。

『公案』としては、どんな、働きになってるいるのか?講話文を紹介します。

〜原田祖岳老師『無門関〜より

☆『僧云く、喫粥了也』“はい”頂きました。これでもう、問答は終わっているのだ。
天地は一つものだものな。食うべき時にお粥を頂く、外に何があるか。
語るべき時に語る、笑うべき時に笑う、泣くべきときに泣く、その他に何が残る。まだ気がつかぬかい。
『州云く、鉢盂を洗い去れ』お粥を頂いたら、鉢を洗って、しまうと所にチャンとしまいなさい。『其の僧省あり』なるほどと、その僧が廓然として眼がさめた。大悟大徹したのだ。〜


さて、つぎに、松原泰道先生の『公案夜話』から

☆〜趙州は、いとも親切に『粥をたべたか、それともまだかね?』と聞くのです。形は問いですが、実はこの趙州の問いの言葉が、教えの答えになっているのですが、この修行者の雲水には、いまだ、それが、わからないのです。〜


上記の松原先生の言葉が、本来の『公案』の言葉の真を知る、ポイントになっています。

先程、a hope様の掲載してくれた、『人生読本』と比較させてもらいます。

人生読本 谷口雅春先生著

自分の茶碗は自分で洗え


むかし趙州和尚(じょうしゅうおしょう)のもとで修行をしていた一人のお坊さんが、
ある日、和尚の前へ出て申しました。

「和尚さま、どうそこの私に、修行のことで何かためになるお言葉をお聞かせくださいませ。
私は、そのお言葉を守って、今後いっそう、勉強してまいりたいのでございます。」

<<趙州和尚は、じっとお坊さんの顔を見ながら、さて静かに口を開かれました。
「あなたは、今朝のお粥をいただきましたか?」
「はい、頂戴いたしました」と、お坊さんは答えながらも、少し意外の面持でした。
何か、よほど偉い立派なお教えでもいただけるかと待ちかまえていましたのに、
今朝、口にしたお粥の話なのですもの。

和尚は、しかし、頷くとこともなげに申されました。
「では、あなた、そのお茶碗を洗っていらっしゃい。」

ハッ!と、ここで、お坊さんはわかったのです。
なるほど、人間は、まずあたり前のことができるようでなければならぬ。
自分のたべた後のお茶碗ひとつ洗えないでは、本当に偉い人だとは言えないのだ。
また、本当に偉いことは、お祭りのように大げさで、花々しい、目立った事の中にあるのではない、
むしろかえって、最も目立たない、平凡な事、当り前の事の中にある。
人間はみんな神の子なのだから、当り前のことを、当り前に行っても、
その人は、それだけで、そのままで、もうちゃんと偉いのだ。
こう、そのお坊さんは、始めてわかったのです。>>

上の、谷口雅春先生の解釈は、大変素晴らしい解釈なのですが、松原先生や、原田祖岳老師が、言われてる、事とは、ニアンスが、ずれてしまってると言うことです。

趙州洗鉢の、真の狙いは、原田祖岳老師の示してる、『仏性を悟る』事を意味してる。生長の家なら、実相を悟る事に等しい。

『お粥を食べました』とは、自分の迷いや、曇りが、心に無い状態ですと、言う意味なんですよ。本当は、それが、解らないと、この公案は、さっぱり、解らないでしょ。

先日の『曹源の一滴水』も、全く、どうようです。
確かに、臨済宗のホームページには滴水老師の逸話が載っましたが、あれは、法話として、『曹源の一滴水』です。

少しだけ、解説すれば、曹源とは、六祖慧能大師から続く、禅の法脈の事。
そして、その法脈の一滴が、自己の本性にまで、貫いて、連面と変わらず、続いている事。
従って、六祖慧能大師の一滴は我であり、我は六祖慧能大師である。

その事実わ悟った、喜びが、『通玄峯頂、これ人間にあらず。心外無法、満目青山』
と言う詩になっている。

解って、いただけだであろか?

トキ様の言われた

『脚下照己』も、『脚元を見よ』と、普通、思われているが?実は、本来、もう少し、深い意味で、捉えている。
『脚下照己』=『自己の本性を見つめる』と言う意味で、使われる。

生長の家なら、『実相を観る』である。

トキ様、どうでありますか。

954ももんが:2012/01/30(月) 21:29:45 ID:XXCuaQns
>>953

訂正

◎→脚下照顧

×→脚下照己

955トキ:2012/01/30(月) 21:52:07 ID:eJZeXtyk
ももんが様

 ご投稿、ありがとうございました。

 禅宗の伝統的な解釈を御教示下さり、ありがとうございました。
 私は禅の事は詳しくないので、たいへん勉強になります。
確かに、禅宗の正当派の解釈と、生長の家の解釈では、違いは出る場合があると思います。しかし、それは
それで良いかと思います。

 例えば、浄土真宗での伝統的な考えでは、念仏を唱えたら人間は死んだら西方浄土に行って阿弥陀様に
救ってもらえる、という解釈をしております。生長の家では、違う考え方をしております。どちらが正しいか
どうかと解釈で喧嘩をするのではなくて、要はどちらが自分にフィットするか、どうか、という考え方
を持っています。

 もともと、仏教という教え自体が、釈尊の死後、上座部と大衆部に分裂し、いわゆる大乗仏教、小乗仏教
に分かれて伝わったという経過があります。日本に伝わった仏教のかなりの部分は釈尊の教えとは違う部分
があると言われています。が、それが現代まで残っているのは、やはりそれなりの必然性があっての事だと
思っています。

 余談ですが、少林寺拳法をしている有段者の友人から、部外者が読んでは行けないという「教本」を内緒
で見せてもらった事があります。少林寺拳法は、武道ですが、同時に金剛禅総本山少林寺という宗教で、禅宗
の一派らしいです。少林寺拳法の開祖は、戦争中、軍の特務機関に所属してて少林寺で修行した人ですが、
彼に言わせると、現代の禅などはおかしい点がある、と断言しています。
 が、私はこれも偏った考え方だと思います。

 つまり、同じ聖典を読んでも、基督教だとカソリックとプロテスタントでは解釈が違うし、イスラム教でも
宗派が異なります。伝統仏教でもそういう現象が起こっております。ただ、それは、その人の内在の神様が
その人に適する様にご指導をされた結果だと思います。伝統的な禅宗の解釈も尊敬しなければいけませんが、
同じ聖典を生長の家という観点から解釈をしたら、どうなるか、という意味でとらえております。

 その意味では、伝統的な解釈は尊敬し、理解する事は大事ですが、その上で、自分達はどう考えるか、
生活に生かすか、という考え方が大切だと思っております。

 貴重なご提示を頂戴した事をあらためて御礼を申し上げます。ありがとうございました。

合掌 ありがとうございます

956ももんが:2012/01/30(月) 21:58:26 ID:XXCuaQns
>>950

トキ様へ

トキ様、御投稿、有り難うございます。合掌、拝。

お褒め賜り、有り難うございます。
清超先生のような、読み下しに出来た良いのですが、中々無理ですね。

私として、正法眼蔵は、生がいいですね。

あと、先日、たのサイトを読んでました。『清超先生、雅宣先生は、雅春先生の行き過ぎた、憲法解釈や愛国運動を改革するのに、たいへだ』見たな、生長の家関係者のサイトが、ありました。

ここは、本流系的ですが、教団系サイトも存在する事が、わかりました。なんで、同じ土俵には、立たないでしょ?仲間内だけで、どうちらも、騒いでるのですね。私は、訳が解らなくなりそうです?

上の話は、どうでも、良くてですね。

先日『トマスの福音書』、トキ様紹介してくれましたね?
あれは、キリスト教系グノシス教団の福音書らしいですね?

トキ様は、グノシス主義てしってますか?『光』と『闇』の良法を信仰の教義の中に入れてる教団です。

トキ様が、生長の家に似てると思ったのは、グノシス教団の『光』の部分でしょ?
グノシス教団には、『闇』が存在するらしいですね?
イメージ的に言うと、スターウォーズの、ジェダイとシスの関係に似てます。
光明思想も以前は、カトリックから、再生したグノシス教団と思われていて、カトリックは、撲滅を考えていたと、ある本で、読みました。

カトリックは、グノシスを邪教と見てます。

生長の家?グノシスに認定されないといいですね。怖い話です。


明日は、裁判ですね。どちらに、しても、吉報お待ちしてます。ありがとうございます。
感謝敬白、合掌、拝。

957トキ:2012/01/30(月) 22:15:13 ID:eJZeXtyk
>>956

ももんが様

 グノーシス教団の話は、興味深いですね。カソリックは「あまねく広まった」という
意味だと高校時代に習いましたが、独占ではなかったのですね。フランスのある教会に
グノーシスの遺跡があり、バチカンも神経質になっていた、と本で読んだ事があります。

 明日、判決ですね。どちらが勝つにしろ、争いは寂しいです。円満な解決になることを
祈っております。

合掌 ありがとうございます

959SAKURA:2012/01/30(月) 22:17:12 ID:q6U452WU
トキ様 へ

“お返事” ありがとうございます…。

> ご教示の通り、水泳は畳の上ではダメで、実践しないと上手くなりません。
私も日々の生活の中で、精進を重ねていきたいと思います。<

そうなんですョ〜ネ!
私も「ダイエット」は“日々更新中…”ですが??
【頭脳中でのレッスン】??は…駄目ですね???
今日は「オフタイム…日」でしたので…^^
【ダイエットおからリンゴケーキ…】を作りました…。

しかも〜〜〜♫
ノンオイル・ノンフラワ−…です“モノ”…糖分も控えめなのですが〜〜><
これも料理ブックを参考にしても…実際“肥満”では意味ないです〜ネ!!
しかと……【反省】!!(ケーキ投稿!!)

どうして〜このよう〜になるのかしら〜〜ン??
そうなのです…!
「実践…不足」なのです…ネ。

只今より!!「ウォ−キング…」ゴ−!!ゴ−!!
私の…同伴は…「ナンシ−」と一緒に??? ルン〜ルン〜♫

                             再合掌

960SAKURA:2012/01/30(月) 22:22:30 ID:q6U452WU
トキ様 へ

958>の投稿…
【 SAKURA】の名前で投稿しましたのに…
また!!また!!「神の子…」さんの“ネーム”での投稿にされてますので…
変!変!〜〜〜〜〜〜〜〜変!!

■デリ−ト!!!!!お願い致します…。    再合掌

961ももんが:2012/01/31(火) 07:14:29 ID:XXCuaQns
皆様、おはようございます。本日も、寒いですが、素晴らしい朝が、やって参りました。今日も、元気に、明るく、楽しく、感謝感謝で、参りましょう!ありがとうございます。合掌、拝。


〜正法眼蔵・仏性〜


往々に古老先徳、あるいは西天に往還し、あるいは人天を化道する、漢唐より宋朝にいたるまたで、稲麻竹葦のごくなる、おほく風火の動著を仏性知覚とおもへる、あはれむべし、学道転疎なるによりて、いま失誤あり。いま仏道の晩学初心、しかあるべからず。


〜以下つづく。



今日、私の心に残る文章は
<<稲麻竹葦のごくなる、おほく風火の動著を仏性知覚とおもへる、あはれむべし、学道転疎なるによりて、いま失誤あり。>>

(私的意訳)

『多くの大衆の姿や世の中の動きや社会現象、また、物質現象の世界の動きを、仏性(心)の動きであり、仏の悟りであると、思うのは、哀れむことである。それは、過って仏教を捉えている為であり、今の仏教の誤りがある。』


最後の部分が、少し、難しかったです。


皆様、御寒いです。手足冷たいので、暖かかくして、お出かけ下さい。ありがとうございます。合掌、拝。

962a hope:2012/01/31(火) 10:21:58 ID:kcv2QXTk
人生読本 谷口雅春先生著

どんな仕事も神の仕事


皆さん、この世のことは、みんな心の所現(あらわれ)です。
食後のお茶碗ばかりのことではありません。
茶碗は女中さんがいて洗ってくれる家(うち)では、
茶碗を主人や坊ちゃんが洗わねばならぬことはない。
しかし机の抽(ひ)き出しの始末も、履物のぬぎ方にも、
みんな私たち自身の心のあらわれるものなのです。
その一々のお始末は、そのままに私たち自身の「心のお始末」なのです。

ですから、そのお始末は、決しておろそかにはできない、決して他人まかせにはできないのです。
ひとつひとつ、みんな立派な、自分の内にやどっている神様の力を生かすお仕事なのです。
これが、ほんとうにわかった人こそ、ほんとうに偉い人だといえるのですよ。

皆さん、「自分のお茶碗は自分で洗え」と言った趙州(じょうしゅう)和尚も偉ければ、
ハッ!とわかって、すぐにお茶碗を洗いにもどったお坊さんも偉い方でした。
むかしキリストは、お弟子の足を洗ってあげたという話です。
外国でも日本でも、ほんとうに偉い人達は、いつも一見、こんなに卑しい、
つまらない、小さい、目だたないように見える仕事を喜んでして、
自分を、自分の「心」を琢(みが)き磨いて行かれたのです。

何もかも、みんな神さまのお仕事なのです。
神さまのお仕事には、小さいも卑しいもない。
どれもこれもみんな大きい、輝かな、偉いお仕事なのです。

さあ、「今」から自分の身の廻りの仕事は自分でいたしましょう。
家庭で、学校で、工場で、田畑で、「今」の仕事、「今」の身の廻りのこと、
「今」の自分にできる小さな仕事、「今」の最も当り前のことから、
これを愛して、一心に努め励んで行きましょうね。
これだけで、わずかにそれだけのことで、自分の気持がどんなに好いことでしょう。
また皆さんの御両親が、家族が、神様が、どんなにおよろこびになることでしょう。
どんなに家庭(おうち)が、田畑が、工場が、この日本の国が、美しく明るくなることでしょう。
――― いいえ、何よりも「今」皆さん御自身がどんなに明るく強く楽しくおなりになることでしょう。

(つづく)




みなさま おはようございます。

今朝もウォーキングに行ってきましたよ!
梅のつぼみが日に日に膨らんでいくのを見るのが楽しみな a hope です。

今朝は、小学校のグランドで、子どもたちがリレーをしていました。
「がんばれ〜!がんばれ〜!」とインフルエンザ菌も逃げて行きそうな、元気な声が響いていました。

子どもって、やっぱりかわいいですね。

963SAKURA:2012/01/31(火) 13:34:39 ID:7GELNOHk
皆様へ
こんにちは・・・・・

幸福を招く365章
■神に祈る心が神である

自分の心で、自分のイライラする心を
放逐しようと思っても駄目の皮だ。
イライラしている自分の心でイライラしている
自分の心を放逐しようとすることは、
火のついた巻き煙草を握っている手で、
煙草の煙を払うようなもので、
益々激しく煙草の煙が渦巻くだけである。
イライラする心を無くするには、本来イライラしない心を
出して来なければならないのである。
それでは本来イライラしない心を
どうしたら出して来ることが出来るか。
それは自分の中の「仏性」を出して来ることであり、
自分の「神性」を出して来ることである。
その自分の中の「仏性」「神性」を出して来るには、
仏を念ずるか、神に祈るかするのが好いのである。
「神に祈る心」そのものが神があらわれているのであり、
「念仏する心」そのものが仏があらわれているのである。
そして神があらわれ、仏があらわればあなたは自然に健康になるのである。
                            谷口雅春著
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
私は、煙草は吸いませんが……されている方は、このような心境なのでしょうか?
まぁ〜〜“一つの例”を、いろいろな言葉で表現されていますから……

私の場合は【黒幕デザイナ−・吸血鬼・ゾンビ達…】の執拗な嫌がらせがあり、
現在もですが…それが“原因”で仕事にも影響が起きるたびに
“イライラ〜♫”しまして…“心”が、なかなか“神”に振り向ける事が…
先延ばしになる事も?その様な時は、
やはり!「祈る」…軽く「イメ−ジトレ−ニング…」しまして、
【神想観=瞑想】に入ります…。
“心が平安”になりますから…「不思議なアリス…」

さて!今日の 「a hope様の言葉」から…やはり“心が平安”なら…
部屋もきれいな事と、当にその通りだと思います…。

東京在中のさなか、千葉の行徳に居住致しておりました頃の事…
近くの日曜大工のお店に、行く途中…
いろんな“マンション”がありまして…
“マンションのベランダ”・“部屋の中”が、見えます…。
そこには各家庭の状況が、如実に浮かび上がります〜ネ!
ある家庭は??ごちゃごちゃして…更にベランダは“ゴミベランダ”でした…。

現在の居住マンションは「4LDKマンション…中古」ですが…それなりに…
当時の私は、「木造2LDKのアパ−ト」でしたから“羨望感“かも〜〜〜♫
でも何故??“きちんと整理”しないのかしら〜〜ン?
と思って見ていましたが…?
今思いますと…豊かになりますと、それなりに“悩み”も増えるのでしょう?
彼らは、更に身の回りに、目が行き届かないのでしょうか…?

でも、このような時にこそ「精神統一」されますと、部屋もきれいにクリ−ン!
私も“部屋の中”は、他人にいつでも見せても恥ずかしくない様に…
身の回りの“整理整頓”はしておりますが……?
そぅ〜〜ですネ〜♫ 確かに…当たり前が一番素晴らしいです〜ネ!
「イライラ〜♫ 」…生活状態も“崩壊”します〜〜ネ!
アブナイ〜〜アブナイ〜〜アブナイ〜〜!!!
この様に、「心はいつも…スカイ ブル−!!」 スィツチ オン 〜♫

昨日は、久しぶりに…【ダイエットおから・リンゴケーキ】を、クッキング!!
毎日!!毎日!!〜〜〜〜日々更新の「SAKURA」で〜〜〜〜す。
                          再合掌

PS:「谷口雅春先生のお言葉…」生活に何らかの困難が起きました時…
先生の言葉から、解決の“ヒント…”が、いつも得られます〜〜☆
やはり「真理の言葉…」だからですよ〜〜ネ!

■ 真理は汝を自由ならしめん!!!!!!
そして、今日の「裁決…結果」が…
■ 「大調和の神示」生長の家…の根本理念が反映されます事を…“祈り”ます。

964恥の上塗り:2012/01/31(火) 16:45:42 ID:Hv3JI8.6


2012年1月31日



生長の家社会事業団等との訴訟の判決について
宗教法人「生長の家」
代表役員 磯部 和男 

当法人及び谷口恵美子先生は、財団法人生長の家社会事業団並びに株式会社光明思想社に対して、①『生命の實相』黒布表紙版の著作権が当法人に帰属することを前提とする『古事記と日本国の世界的使命』の出版の差し止め等、②『古事記と日本国の世界的使命』の出版は、谷口雅春先生が存命であればその著作者人格権(同一性保持権)の侵害となるべき行為に該当し、谷口雅春先生の意を害するものであるから、著作権法第60条に違反する、③当法人と生長の家社会事業団との間には、生長の家社会事業団に著作権名義が帰属する書籍について、当法人が著作権を管理することの合意がある、という主張、請求をし、訴訟を提起しています。

これについて、2012年1月31日、知的財産高等裁判所において判決がありましたが、残念ながら、当方の控訴はいずれも棄却されました。当法人としては、最高裁判所への上告を検討しています。

以上

965トキ:2012/01/31(火) 21:10:22 ID:A/De9yn6
ももんが様

 なかなか難しい部分を引用されますね。感心します。ももんが様のような先達
を目標にして精進を重ねたいです。

 こういう信仰は、学問は大事ですが、学問だけでは本当に”分かる”というところ
までいかないのでしょうね。寒い日が続きますが、ももんが様のお言葉を励みに
素晴らしい日を送りたいと思います。

 すばらしいお言葉に感謝申し上げます。ありがとうございます。

合掌 ありがとうございます

966a hope:2012/02/01(水) 09:23:56 ID:kcv2QXTk

人生読本 谷口雅春先生著

葉が落ちるのは根を養うため


冬になって葉が落ちるのは、根を養うためです。
根が養われれば、次の春には、前よりいっそう枝葉が栄えます。
枝葉ばかりが栄えようと思って、根を培う心がなくなれば枝葉そのものも枯れてしまいます。
根があって枝葉があるのです。
親があって、子があるのです。
親は根で、子孫は枝葉ですから、栄えようと思うものは親を大切にせねばなりません。
親を大切に思う心は根を培い、ひいては自分の生命を延ばす本(もと)になるのです。どんな子が親を思うよりも以上に、親は子を愛しているのです。

(次回、第三章へ)




みなさま おはようございます。

a hopeは、また、急用がはいりました。
数日間、書き込みをお休みさせていただきます。
それでは、わたしの大切な「生長の家」のみなさま、和解へ向けて有意義なお話合いを、どうぞ、よろしくお願いいたします。

967ももんが:2012/02/01(水) 12:55:24 ID:XXCuaQns
皆様、こんにちは。今日は、休みの為、のんびりと、時を過ごして降ります。今日は、日が暖かかく、初春を思わせる日の光です。大分、梅などの花も膨らみ始めました。
さあ、今日も、一日、日の光を浴びて、明るく、元気に、がんばっていきましょ!ありがとうございます。合掌、拝。


〜正法眼蔵・仏性〜

たとひ覚知を学習すとも、覚知は動著にあらざるなり。たとひ動著を学習すとも、動著は恁麼にあらざるなり。もし真箇の動著を会取することあらば、真箇の覚知覚了を会取すべきなり。仏之与性、達彼達此《仏と性と、彼に達し、此に達す》なり。仏性かならず悉有なり、悉有は仏性なるがゆえに。悉有は百雑砕にあらず、一条鉄にあらず。拈拳頭なるがゆえに大小にあらず。すでに仏性と斉肩すべからず。


〜以下つづく。


私の今日心残る言葉

《たとひ覚知を学習すとも、覚知は動著にあらざるなり。たとひ動著を学習すとも、動著は恁麼にあらざるなり。もし真箇の動著を会取することあらば、真箇の覚知覚了を会取すべきなり》


(私の意訳)

『例え、仏性、仏の智恵(人間神の子、内在の実相、神の智恵)の働きを、文書や本で学問的に学んでも、現象(心意識の働き)を学なんでいるのであって、現象(心意識の働き)の働き、仏の智恵の働きではない。もし、真の現象(心意識の働き)を手にいれたくば、仏の智恵、仏性(人間神の子、内在の実相、神の智恵)を直に手に入れることである。』


今日も、大変難しかったです。

特に、最後の『私の意訳』で『直に手に入れる事』=『坐禅したり、神想観したり、黙想したりて、《自己の本性、霊性》に出会う』事を意味してると、思われたので、書きました。

解釈ではなく、誰でも出来る体験です。

文書にするのには、なかなか、難しかったです。

私的意訳ですから、余り気になさらないでください。
其れでは、皆様、今日も、一日、元気に、明るく、楽しく、がんばって、いきましょ!ありがとうございます。合掌、拝。

968ももんが:2012/02/01(水) 14:34:28 ID:XXCuaQns
トキ様

トキ様、何時も『正法眼蔵』読んで下さりありがとうございます。合掌、拝。

トキ様に、先達などとは呼ばれて、恐縮しております。

昨日は、掲示板では、『裁判のお話』で皆様、やはり、『何時も意見でしたね』私が、一番嫌気が、さしてるが、前回の様に、“勝った宣伝”して、“月刊誌”を、今の信徒に、送り付ける行為をしてくるところです。

私としては”負けた“教団も、勝った“事業団”も、その辺の事も含めて、話合うべきと思います。

あの様な、行為をされると、本当に、嫌な気持ちにさせられます。

一個人としては、教団と事業団が、同じテーブルに付き、双方が、話し合うことが、大切だとは、思います。

トキ様は、グーノシス教団と、現在の光明思想の教団と、似てると、思いますか?

私が、読んだ、本では、悪魔の儀式のような事を、グーノシス教団は、していたと、書いてありました。

グーノシスは、ゾロアスター教の流れにあるようですね。

仏典に、阿修羅が、出てきますが、あの、阿修羅が、ゾロアスター教の神様の変形だと、本で読みました。
阿修羅は、正義感を振りかざす神で、戦いの神です。正義と正義が、ぶつかるから、戦いが、生まれるのですね。

では、トキ様、掲示板の事、本部の事、裁判の事、色々、心労大変と思いますが、体調にきおつけて、がんばって下さい。合掌、拝

969ももんが:2012/02/01(水) 14:48:44 ID:XXCuaQns
>>966
a hope様

a hope様の、人生読本何時も、拝読させてもらっております。ありがとうございます。合掌、拝。


人生読本は、私も持っておりますが、できますなら、a hope様御自身の『実相の眼』を持って、『実相を現した言葉』を教えて頂きたく、思います。

余談でしたが、これからも、人生読本、楽しみに拝読いたします。

ありがとうございます。合掌、拝。

971トキ:2012/02/01(水) 16:20:24 ID:gsg6uw32
ももんが様

 ご丁寧なご意見、恐縮いたします。グノーシス教団の件は宗教のあり方を考えさせられます。また、
基督教の本当に教えについての話ですから、歴史的にも興味を持っています。本当の事がどんどんと
分かって来るのは面白いです。
 紀元前に成立したグーノシス教団と生長の家との間に大きな差があるのは当然ですが、ドグマチックな
解釈ではなくて、信仰についてリベラルな解釈をしたという点は両者に共通した点だと思っています。
 ただ、トマスによる福音書が、伝統的な基督教の間では、未だ異端とされている現状では、安易にグーノシス教団
に言及するのは、生長の家という教団の立場では、慎重になる必要はあると思っています。

 判決については、予想通りでしたから、それ自体は驚いていません。ただ、ここまで争いになった事は
とても残念です。
 和解は、信仰面の理由から推進をしておりましたが、もはや、この場面に至っては、教団側が生き残る唯一の
手段であると思います。社会事業団が要求する事は基本的に受け入れ、かつ教団の方針の修正も含めて譲歩しても
和解は必要です。そうでなければ、確実に教団は破綻するでしょう。
 具体的には、謝罪を総裁の名前ではなく、理事長の磯部和男氏の名前で行うとか、生命の実相を教団の最重要
経典と改めて発表し、大きな行事での使用を義務化するなどの内容が考えられます。社会事業団側が理事のイスを
要求したら,1名程度なら受け入れてもよいと思います。光明思想社については、販売権の借用をする代わりに売り上げの相当分
を支払うという条件が考えられます

 以上の条件をつめて、とりあえずは争いを止め、その上で両者の和解について、話し合いを始める必要はあると
思います。なお、その時点で、参議、理事は更迭の必要があると思います。その際、新しい人材は、本流復活派と
話し合いができる人達であることが大事だと思います。

 私個人は総裁の追放を叫ぶ人間ではないですが、和解を考えるなら、本部の従来の方針を修正する必要はあると
思います。また、副総裁人事も、本流復活派も教団側も納得する人を選ぶ方法があります。場合によっては、複数
の人を選んでもよいと思います。この面での話し合いは時間をかけて行う必要はあると思います。

 大事な事は、和解に際して、外部の人間が容喙するような事がないようにしなければなりません。
 かなりいかがわしい人物が、利己的な動機で動いているとも聞いております。そういう人達に信徒の浄財が流れ
ないよう、注意する必要はあると思います。

 以上、簡単な感想でした。

 今後とも、ももんが様のご指導を期待しております。

合掌 ありがとうございます

972SAKURA:2012/02/01(水) 16:37:13 ID:FEa/NNlc
皆様へ
こんにちは……

【栄える生活365章】
■あなたは宇宙に対して絶対価値をもつ

神は “無限”であるが、神は “あなた”一個を自己から欠くことが起これば、
最早 “無限”よりも “あなた”という一個を不足したものとなるのである。
あなたは、それゆえ、神にとって欠くべからざる 
“絶対価値”としての存在であるのである。
あなたは、あなた自身の絶対価値を信じなければならない。
あなたは全宇宙に於いて、かけがえない存在なのである。
唯一人、あなたと同じ個性をもった存在もなければ、
唯一人あなたの代用となる存在もないのである。
あなたが全宇宙に於いて為し得る “生き方”を誰も代行することは出来ないし、
また宇宙に於てあなたの貢献し得る仕事を誰も同じように
貢献することはできないのである。
あなたはこの点に於て、宇宙に対して絶対価値である。あなたは神に対して
唯一の絶対価値者である。この事を自覚して、あなたは自己を信じ、
自己という存在に生き甲斐を感じなければならぬ。
                            谷口雅春著

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

今回の「裁判…」は、“現象”として見つめますと……
【絶対!一元の世界は、不足した事になりますから〜♫〜
“無限”ではなく“現象”としての結果…!
どんな時にも〜どんな時にも〜♫〜【神一元】…振り向けること!!

その思いが…「宇宙」に伝わりまして“形”として現れる…。
「三界は唯心所現…」なのです〜〜〜ョネ!!
今!行動している事の“目標設定”を信じて「絶対価値!!」

一元の世界へ展開できるように…繰り返し〜〜繰り返し〜〜【想念】です〜ネ!!
一元の世界ですから…「勝敗…」は、ないのです〜〜〜ョネ!

                               再合掌

973ももんが:2012/02/02(木) 10:37:29 ID:XXCuaQns
皆様、こんにちわ。暖かい日が、続きますね。日時計日記の日時計の様なお日様のもと、今日も、明るく、楽しく、笑顔で、感謝感謝で、参りましょう!ありがとうございます。合掌、拝。(^_^)


〜正法眼蔵・仏性〜


ある一類おもはく、仏性は草木の種子のごとし。法雨のうるひしきりにうるほすとき、芽茎生長し、枝葉花菓もすことあり。果実さらに種子をはらめり。かくのことく見解する、凡夫の情量なり。たとひかくのごとく見解すとも、種子および花菓、ともに条々の赤心なり参究すべし。果裏に種子あり、種子みえざれども根茎等を生ず。あつめざれどもそこばくの枝条大因となれる、内外の輪にあらず、古今の時に不空なり。しかあれば、たとひ凡夫の見解に一任すとも、根茎枝葉みな同生し同死し、同悉有なる仏性なるべし。


今日、心に残る部分は…

<<果裏に種子あり、種子みえざれども根茎等を生ず。あつめざれどもそこばくの枝条大因となれる、内外の輪にあらず、古今の時に不空なり。しかあれば、たとひ凡夫の見解に一任すとも、根茎枝葉みな同生し同死し、同悉有なる仏性なるべし。>>


《私的意訳》

『果実の裏に、種が残ってる《張り付いてる》ことがある。種は、見えないが、茎枝葉が、やがて、生えてくることがある。人的に集め無くても、自然に枝葉の生えてくる基になるのである。心の外、心の内に有る、無しにあるのでは、無い。過去と現在に何か、有るわけわけでは無い。例え、誰の見解に、云わせてみても、茎枝葉の同生《生因果》も、同死《死因果》も、同じ、完全な仏性の現れである。《完全な生命の実相の現れである。》


今日も、大変、難しかったのですが、私なりの、印象で書きました。

さあ、今日も、暖かいですから。明るく、楽しく、お過ごしください。ありがとうございます。合掌、拝。

974ももんが:2012/02/02(木) 11:55:56 ID:XXCuaQns
>>971

トキ様

トキ様、本部のこと、掲示板の事、色々と多忙で、大変な事と、御察しもうしあげます。ありがとうございます。合掌、拝。


しかし、グーノシス教団と現代光明思想の関係は、良く似た面もあるし、カトリックは現在も邪教探しみたなことしてるとしたら?怖いお話ですね。


トキさまの『事業団』あての、『和解メッセージ』読みました。

昨日、チョト身内と話すことがあり、この話題もしたら、逆に、トキさまのメッセージとは、反対の内容の意外な、回答が、来ました。

ここで、発表するのは、控えますが、私は『成る程』と思いました。


手品には、シカケが、ありますが、これも、手品の一種と観てる方は、可なりいるようです。


花は、日一日と、膨らみをまします。来ない春は無いと言う言葉が、私は、大変好きです。

トキさま、御心労増す、一句に成ったら、御許し下さり。単なる、戯れ言です。
ありがとうございます。感謝敬白、合掌、拝。

975元職員:2012/02/02(木) 13:31:24 ID:???
ももんがさんへ

トキ様と会話中ですが、ここは誰もが参加できる(見ている)掲示板なので
申し上げます。

>>昨日、チョト身内と話すことがあり、この話題もしたら、逆に、トキさまのメッセージとは、反対の内容の意外な、回答が、来ました。

ここで、発表するのは、控えますが、私は『成る程』と思いました。
手品には、シカケが、ありますが、これも、手品の一種と観てる方は、可なりいるようです。>>

 貴殿のお身内さんとお話になられた内容を書かないのはどうしてですか
トキさんの意見に反対の立場に『成る程』と思ったと言うならば書かなければ話になりませんよ
今、皆さん大真面目に「生長の家」の現実を心配して意見を書き込んでいるのです。

 貴殿の書き込みは、いかにも思わせぶりの不誠実な書き込みに思えます。

折角匿名なのだから、お身内さんの意見を是非発表してください。
そうしないと何一つ説得力がありませんよ。

976うのはな:2012/02/02(木) 14:09:22 ID:El6gIMAw

ももんがさんへ。 ももんがさんの人格内面などを批判するために書いてるのではありません。
上の元職員さんのそれでは説得力がないといわれるとおりだと思います。
もっとつっこんで話してみてください。

ももんがさんは、外野から「こうしたほうが御得では?」「こうしたことを検討されてみては?と
他のレスを引用しながらやいやい小理屈を言ってるだけの人とちがって、
実際現場で行もすれば研鑽もされてきた方だと思うので。ぜひそういう人の意見を
お聞かせ願えればと思います。

977ももんが:2012/02/02(木) 15:51:06 ID:XXCuaQns
元職員様

元職員様、トキ様への御返事文を、お読み下さり、ありがとうございます。合掌、拝。

そして、また、得意の言葉使いで、気にいらない人間を追求していく。下記の文面が、元職員様の心を如実に表現しております。

《元職員様の言葉》

《 貴殿のお身内さんとお話になられた内容を書かないのはどうしてですか
トキさんの意見に反対の立場に『成る程』と思ったと言うならば書かなければ話になりませんよ
今、皆さん大真面目に「生長の家」の現実を心配して意見を書き込んでいるのです。

 貴殿の書き込みは、いかにも思わせぶりの不誠実な書き込みに思えます。

折角匿名なのだから、お身内さんの意見を是非発表してください。
そうしないと何一つ説得力がありませんよ。》


上の言葉を、『トキ様』が云われたとしても、(トキ様はモット丁寧語で、云われます。)
私として、プライバシーを確保出来ないので、さけます。

確かに、違う見方は、存在しますが、そんな事をここで、お話は、しません。


どう、とられても、私は、今まで、この中で、された、出来事が、色々な、勉強に成ってますから、卑怯と云われようと、詰られようと、それは、仕方のない事だと、思います。


次元の違う話と、云われるでありましょうが?
以前、元職員様?
『自己の退職理由を明確に、お話にはならなかった?』ですね?

それから、

『ID:???』を使い続けてますね?

『ID:???』は、登録制だと、以前聞いた事があります。大変、規制・規則にやかましように、聞きました。
別に、上記の事は、どうでも、良い事です。

元職員様は、大変な先達なのですから、『全てに間違いの無い』御自分を我々に、手本として、示してください。

私は、指摘されるよりも、元職員様の、全ての行いに注目し見習いながら、学ばせていただきます。私にも、納得できる、行いをされますように、お願いします。

では、では、辛口のコメントありがとうございました。また、よろしくお願いたします。感謝敬白、合掌。

978ももんが:2012/02/02(木) 16:05:56 ID:XXCuaQns
>>976
うのはなさん

うのはなさん、有難う。合掌、拝。

でも、話はしません。本流思考でないと、納得できない人には、話しはしません。

私の中では、本流派へ疑惑は強いです。

だって、現実と違うことばからり、掲示板で見る度に、変だなと、思うよ。

うのちゃん、ありがとう、感謝敬白、合掌、拝。

979トキ:2012/02/02(木) 16:23:57 ID:o3pB3qgY
ももんが様

 ご丁寧なお返事に御礼を申し上げます。コウモリと改名しようかと考えている、トキでございます。

 手品のネタは興味がありますが、あえて質問はしません。だって、教えてもらえそうにないですから(笑)
まあ、考えたら、私の1年間の契約の話も手品みたいなものです。

 御教示の手品が、裁判の事か、それとももっと大きな和解の枠組みの事か、私は知りません。ただ、今回の騒動は
広く信徒に知れ渡ってしまいました。また、インターネットがありますから、教団が内緒にしようとしても、情報
は漏洩し、信徒に知れ渡ってしまう状態になりました。
 また、手品の内容が、あまりにも酷いものだと、これが逆に火に油を注ぐ話になりかねません。
 仮に、正しい手品を使って小康状態になっても、信徒も見ていますから、本筋で下手な事をすると、事態を悪化させる
危険性もあります。手品を使ってもいいですが、正々堂々の和解をしないと、根本的な解決にはならないのではないか、と
いう印象を持っています。

 ただ、肝心の教団上層部の考え方が見えてきません。ももんが様は、大先達のようですから、機会がありましたら、
彼らに手品を教えて差し上げるのもよいかもしれません。また、時期が来たら、私達にもネタを教えて下さい。

合掌 ありがとうございます

980ももんが:2012/02/02(木) 18:09:01 ID:XXCuaQns
>>979

トキ様

トキ様、丁寧お言葉、ありがとうございました。合掌、拝。

<< ただ、肝心の教団上層部の考え方が見えてきません。ももんが様は、大先達のようですから、機会がありましたら、
彼らに手品を教えて差し上げるのもよいかもしれません。また、時期が来たら、私達にもネタを教えて下さい。>>

また、また、”大先達“等と、勿体ない、お言葉、皆様に、頭が下がる思いで、ございますから、余り使われませんように、お願いいたします。
恥ずかしいです。


”手品のネタ“は、トキ様と直に、本部の受付のお姉様の前ででも、お話できたら、楽しいですね。

無理でしょうね。

聞いたら、笑われてしまうかもしれませんね。


あと、トキ様?

『法燈継承の真義』の御文章は、トキ様的に、どの様に、解釈していられますか?

あれは、清超大聖師の御文章で、雅春大聖師も公認と、私は、思ってるですか?

間違いでしょか?

宜しく、御至難下さい。

感謝敬白、合掌、拝

981志恩:2012/02/02(木) 18:47:56 ID:.QY5jUA6
元職員さま、うのはなさま

ももんがさまに、疑問点を質問したら、またいつもの調子で、はぐらかされてしまいましたね(笑)
疑問点は、放っとかないで、質問することが、ここをご覧の皆様に対するしんせつな
行いだと思います。私も、知りたかったので、
よく質問してくださったと感謝しております。

とにかく、ももんがさまは、昨日、”身内の方”と、話したのでした。。

話した際、話題になった内容は、トキさまの「事業団」宛の、【和解メッセージ】,,,それとは,反対の内容の以外な
回答があった。
 ヒント=手品には、仕掛けがあるように、いま、教団がしている行いには、手品と同じく、実は、裏に仕掛けが、
 仕組まれているのだ。

 手品の一種と観ている(たぶん、教団上層部でしょう)人は、かなり居る。
それの種明かしは、ここでは,言えないよ。

 ということでしょうか。

思うに、このような裏のうちうちの話は、一般信徒相手では、しませんから、ももんがさまが、昨日、話した相手は、
いつも公園管理をされているというお仲間の人ではなく、生長の家教団内部の事情に精通したお方だと察しられます。

あとは、手品の仕掛けが、私達の眼の前にも見えるように展開されるであろう日を、たのしみに、
皆様とともに、お待ちしていましょう。

私も、仏教の大先達の、ももんがさまに、教えていただきたいことが、ございますので、後ほど別に書かせて頂きます。
そのせつには、よろしくご指導のほど、おねがいします。

982ももんが:2012/02/02(木) 19:26:01 ID:XXCuaQns

志恩女史

志恩様、休戦中にも関わらず、デシャバていたただき、ありがとうございます。合掌、拝。

私は、志恩様と、今のところ、一言も話そうとは、思いませでしたが、志恩様の、何時もような、づうづうしい下記のコメント、只、恐れ入る、ばかりです。


《志恩様の言葉》

<<元職員さま、うのはなさま

ももんがさまに、疑問点を質問したら、またいつもの調子で、はぐらかされてしまいましたね(笑)
疑問点は、放っとかないで、質問することが、ここをご覧の皆様に対するしんせつな
行いだと思います。私も、知りたかったので、
よく質問してくださったと感謝しております。

とにかく、ももんがさまは、昨日、”身内の方”と、話したのでした。。

話した際、話題になった内容は、トキさまの「事業団」宛の、【和解メッセージ】,,,それとは,反対の内容の以外な
回答があった。
 ヒント=手品には、仕掛けがあるように、いま、教団がしている行いには、手品と同じく、実は、裏に仕掛けが、
 仕組まれているのだ。

 手品の一種と観ている(たぶん、教団上層部でしょう)人は、かなり居る。
それの種明かしは、ここでは,言えないよ。

 ということでしょうか。

思うに、このような裏のうちうちの話は、一般信徒相手では、しませんから、ももんがさまが、昨日、話した相手は、
いつも公園管理をされているというお仲間の人ではなく、生長の家教団内部の事情に精通したお方だと察しられます。

あとは、手品の仕掛けが、私達の眼の前にも見えるように展開されるであろう日を、たのしみに、
皆様とともに、お待ちしていましょう。

私も、仏教の大先達の、ももんがさまに、教えていただきたいことが、ございますので、後ほど別に書かせて頂きます。
そのせつには、よろしくご指導のほど、おねがいします。⊿>>

上の表現は、志恩様とお話して無いのに、話てくるんですね?

誰かと、”連絡“でもとって、出て来たんですかね?
志恩様とは話をして無いのですね。

解ってもらえましたか?

上の言葉や、私の表現は、多少品格に、かきました点は、御容赦下さい。


しかし、志恩様は、本流大好き人間であるゆえに、現在、休戦中です。

少しは、考えて、私と接して下さい。

貴女様も、本部職員さまだったわけですから、宜しくお願いいたします。感謝敬白、合掌、拝。

983トキ:2012/02/02(木) 20:16:22 ID:o3pB3qgY
ももんが様

 ご丁寧にお返事、ありがとうございます。

 すみません、折角、一つバトルが収まったのですから、これ以上バトルが勃発しないようにご協力を
お願いします。

 『法燈継承の真義』でしたら、たぶん、本流掲示板に投稿されている方々が大好きなテーマだと思います。
私みたいな若輩者に訊いても時間の無駄ですよ(笑)。だいたい、私は正当派の生長の家とはお世辞にも
言えません。だから、本流掲示板の方々からあんなにお叱りを頂戴するのです。

 『法燈継承の真義』は、谷口雅春先生がご了承されたのですから、その通りなのでしょう。
ただ、その解釈は少し分かれる点があると思っています。

 私は戦前の生長の家が理想だと思っていますから、現在、流行している「中心帰一」論の信奉者ではありません。
今の中心帰一の考え方は、主従の関係になってしまっていますが、私に言わせれば、本当は親子のような関係だと
思っています。
 具体的に言えば、戦前、谷口雅春先生はご講演などの場所では、謹厳実直な方でしたが、ひとたびご講演が終われば
冗談が好きで、明るくて、人間味のある、暖かい方だったと聞いております。ですから、みんな、谷口雅春先生を尊敬
していましたが、それ以上に大好きだったみたいです。地方でのご巡杖でも、講演が終わった後、場所を移してみんな
で食事を取ったり、冗談を言い合ったりしました。ご講習会でも、幹部は仕事があったら、平気で出迎えを別の人に
頼んだみたいです。
 それが、戦後、軍隊から返って来た人達が信徒として活動をするようになると、軍隊の内務班のような雰囲気が
出てきたみたいです。その後、組織が大きくなると、谷口雅春先生をあがめ奉るような雰囲気が増大し、ついには
現代のように、総裁に関する事は冗談のネタにもできないようになったのです。私は、戦前の信徒の方々が、こういう
空気を憂いていたのを、この耳で聞いております。
 「こういうのは中心帰一ではない。支那式の服従だ」と。

 こういう背景を考えたら、『法燈継承の真義』を承認する事が、そのまま、現在の総裁の言動を無条件で支持する
理由にならないし、同時に、本流復活派の言動も無条件で支持する理由にもならないと思っています。

 すなわち、『法燈継承』がなされた以上、総裁は総裁ですから、それを追放するのは筋は違います。
しかし、総裁と言えども、その権限は「生長の家」の信仰という範疇でのみ認められるべきですし、その権限も
生長の家の信仰と運動という目的でのみ認められるべきです。自分の好き勝手が出来る訳ではないと解しており
ます。『法燈継承』とは、あくまでも「谷口雅春先生の説かれた教え」を継承する意味であり、その指導は理念に
従い、手続も公明正大に行われるべきだという解釈をしております。

 こういう考え方をしているから、私は、「コウモリ」だと言われるのですね。

 と、いうふざけた考え方をしています。失礼をお許し下さい。

合掌 ありがとうございます

984トキ:2012/02/02(木) 20:22:21 ID:o3pB3qgY
訂正をします。

しかし、総裁と言えども、その権限は「生長の家」の信仰という範疇でのみ認められるべきですし、その権限も
生長の家の信仰と運動という目的でのみ認められるべきです。
 
 というのを

しかし、総裁と言えども、その権威は「生長の家」の信仰に由来する以上、その権限も
生長の家の信仰と運動という目的でのみ認められるべきです。

と変更します。ごめんなさい。

985ももんが:2012/02/02(木) 20:27:11 ID:XXCuaQns
>>983
トキ様

トキ様、『法燈継承の真義 』の解釈に、御回答下さり、ありがとう、ございます。感謝敬白、合掌、拝。


私も、完全とは、いきませんが、トキ様の解釈に近い心情ですので、『法燈継承の真義』に関しては、同意に近い賛成です!

真、御回答、ありがとうございました。感謝敬白、合掌、拝。

986ももんが:2012/02/02(木) 20:43:28 ID:XXCuaQns
>>981

志恩女史


志恩様、別版への、私の投稿、ありがとうございます。合掌、拝。


下記の様に、『本流思考のお仲間』と“ハラスメト的投稿楽しく、自分達のお仲間で、お楽しみ下さい。


<<1614:志恩
12/02/02(木) 20:12:17 ID:.QY5jUA6
ももんがさま

 質問は、「安谷白雲」老師に関係することです。

 本流掲示板で,山ちゃん1952様が、「掲示板である人の付和雷同に驚く(6341)」2012,01,26:というテーマで、
 ももんがさまの発言に、疑問符を投げられたことの1つに、私の質問が、一致しますので、ここへ書かせていただきます。

 ももんがさまは、
「白雲会の安谷白雲老師は、著書の「無門関」の中で、谷口雅春先生の「無門関解釈」の誤りを、手厳しく、指摘されてます。
 雅春先生といえども、過ちは、あるのです。」

と、ここのトキ様の掲示板に、ももんが様が、書き込まれた文章。それを
山ちゃん1952様が、あちら(6341)に添付されてますが、
 それについて、

 山ちゃん1952様は、
 「雅春先生が、まちがっているという。何ら,間違いの箇所を指摘しないで、こういうことを言い切るのは、「沢山の信徒様に
  誤解を与えます」私も反論出来ない。と、危惧の念をコメントされてます。

このとき、ももんがさまは、山ちゃん1952様の、ももんがさま発言の、疑念に対しては、なに1つ回答されておられませんでしたね。
ところが、2012,01,28:
ももんがさまは、トキさま宛に、大事なコメントをここの掲示板の信仰/体験板に、再度書き込まれました。

 「あと、安谷老師の「無門関」見つかりましたから、雅春先生を批判されてる箇所、今度、掲載いたしますので、
  楽しみに、お待ちください」

まずですね、ここは、生長の家掲示板ですのに、創始者の雅春先生を、安谷老師が、批判されてる箇所が、見つかったから、今度、
それを書くので,楽しみに待っててくれ!という、ももんがさまの、いつもながらの、いやみったらしい、言葉に、私は、正直言って、毒矢が刺さった様な心持ちになりましたが。

気を取り直して、質問させて頂きます。
ももんがさま、判決もでましたので、2月になりましたので、ももんがさまが、見つけられたという安谷老師の「無門関」の。
第00の、何ページに、なんという言葉で、批判の言葉が,書いてあるのか、ご指摘いただきたいのです。 ~~~~~~~~~~~~
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
安谷白雲老師というお方は、すごい立派なお方で、三宝教団(さんぽうきょうだん)という禅仏教の宗教法人の初祖です。

こういう仏教界の大御所の大老師が、多くの著書の中から,雅春先生が出版された「無門関解釈」を、選んで読んで下さり、手厳しく批判も
して下さったというのは、見方を変えれば、それだけ、雅春先生のことを注目してくださったという証でもありますから,信徒として、誇りに思えることなのです。



 
 〜つづく〜>>


わたざわたざ、また、載せて、楽しそうですね、志恩様。
今のとここ、本流派とは、話す気になりません。私で良ければ、どうぞ、玩具の一品として、お楽しみ下さい。

安谷老師のお話は、ゆっくりさせてもいます。


では、お仲間で、お楽しみ下さい。志恩様。聞こえましたね。ありがとうございます。
感謝敬白、合掌、拝。

987志恩:2012/02/02(木) 23:26:16 ID:.QY5jUA6
トキさま

「折角、一つのバトルが収まったのですから、これ以上、バトルが、勃発しないように
ご協力をお願いします。」

ということですが、私だって、こういう時期ですから、発言したくなかったのですけれど、
ももんがさまは、こういう時期でも、生長の家のこと、いろいろとおっしゃってるおられるでは、ないですか、

疑問におもうことも、黙っていたら,世界中のここをご覧のみなさまが、そうでないことも、
「そうなんだ」と、勘違いして、思い込まれてしまいます。

自分のことではなく、雅春先生、清超先生のことです。

例えば、ここの板の956:に、ももんがさまは、トキさま宛に、下記のこと書き込まれています。

「先日、たのサイトを読んでいました。

 「清超先生、雅宣先生は、雅春先生の行き過ぎた、憲法解釈や愛国運動を改革するのに、たいへんだ』見たな、生長の家関係者のサイトがありました。
  ここは、本流系的ですが、教団系サイトも存在することがわかりました」


という書き込み。私は、これを読み、教団系サイト?それは、どこのサイトだろうと、あちこち探したのですが,見つかりませんでした。
これって、雅宣先生だけでなく、清超先生まで、雅春先生の運動方針に対して,改革することに腐心していたというメッセージを世界に向かって、
発信していることになります。真偽を確かめたいと,信徒として、思われないのですか?

私でしたら、それは、どこのサイトですか?と、やわらかくお聞きします。

トキさまは、いつも、素晴らしいご投稿、ありがとうございますで、おしまいにされますが、
生長の家教団にとって、真偽を確かめる事も、大事なことではないでしょうか?

管理人様のお言葉ですから、重くうけとめさせていただきますが、疑問に思った時は、そのときは、今後も、意見は述べさせていただきます。

988SAKURA:2012/02/03(金) 00:15:16 ID:FEa/NNlc
皆様へ

【幸福を招く365章…】
■人間は霊であると云う意味

霊と云う語は、広い意味をもっている。
一般にそれは「非物質であって霊妙なはたらきあるもの」と云う意味である。
宇宙霊すなわち【天地の本源神】と云うような場合もあれば、
肉体を抜け出た個別霊、すなわち「霊魂」を意味する場合もある。
「人間は霊である」と云うような場合は、「人間は霊魂である」と云う意味でなく、
人間は「非物質にして霊妙なはたらきを有する神霊である」と云う意味である。
「霊妙なはたらき」と云う意味には「神通自在」と云う意味もあれば、
「生命力を有する」すなわち「霊活者」であると云う意味もある。
即ち「人間は霊である」と云う、意味は「人間は非物質にして神通自在の生命
そのものであり霊知者である」と云う意味である。
                        < 谷口雅春著 >     

母の“御霊様”を見てからの私は…
“肉体はない!”と思いました…。そして人間は「霊的人間…」と
一人なりの……【悟り】……それからの私は全ての物事の考え方が、変わりまして、
今回の裁判の捉え方も、当然!変わってきているのです。

一方的に「現総裁の悪口」を、言っておられる方達の“言葉…”の使い方に、
正直…ビックリします。
更に思いますが…そんなに、向こうの言い分は100%正しいのならば…
何故?どうして?今まで「生長の家…会員数」が増えないのでしょうか…?

私なりに思いますが、現在“出て行かれた幹部の方達“は、
ある面!非常に“傲慢な部分”が必ずあったのではないのでしょうか…?
その様な方達が…「谷口雅春先生の御教え」を、
何処まで“理解”されているのかしら〜〜ン
「霊的人間…」ならば、モット!【調和の世界】に入って躯てほしいです〜ネ!

母の“御霊様”から本当に【人生観…】が覆されてしまいました…。
【平家物語…】ではありませんが…【無常…無常…】

まだ!まだ!…ふとした時に「母の思い出」が脳裏に蘇って参ります…。
「人の悪口…」は、絶対!!云わない人でした…。
「親子の会話…」は殆どないのに、不思議?変な処で思い出してしまいす。
そして、やはり母が亡くなったと云う…事は【事実】なのです…。
日に日に、実感しながら、“仏壇…”に向かって話をしたりしています…。
本当に【霊的人間との自覚】が、出来つつある“私”です。

明日、「法要」で自宅に住職さんが来られる予定でしたが…
朝から、粉雪が舞い落ち…
「元・政令都市{100万都市}」から、現在の100万都市に来るのは遠いのですが?
所要時間…1時間半?かかりますが…。
気持ちよく来て下さるとの事!これだけでも…「感謝!」
今日は、朝から夕方まで…その準備でバタバタしていました。
部屋の掃除から・・・仏壇・・・お花・・・おとき(おもてなし料理)…
その時…リ〜〜ン ♫来るのが「延期…」に?
雪も振りまして、かなり九州は、冷え込んでくるようです〜〜ネ!
次回まで…又!変更ですかしら〜〜ン?予定は未定??

更に!晩年の先生の本を、皆様も読まれたでしょうけれども、
晩年の先生は“神霊”が少し弱くなっていたとか記していらっしゃいましたが…
これは「環境の変化」からかしら〜〜ン?
現総裁先生は、講演の最後に「神想観…」をされますよ〜〜〜ネ!
私、去年…初めて「強い〜〜霊力感」が伝わりましたが…
その時!やはり!「谷口雅春先生のお孫さん?」
必ず!いつか!「現総裁先生」も…神霊が〜〜芽生えだす事でしょう…?
唯今…【カオス世界…】どっぷり浸っていらっしゃるとお聞きしてますが…?
その後は…必ず「春が来る〜♫〜」そして、信者も…神霊〜〜♫〜〜芽生え?

そこには…素晴らしい「霊的人間集団…生長の家…再出現!」
此処は〜〜一人で「夢見がち…」
                             再合掌

989ももんが:2012/02/03(金) 10:29:45 ID:XXCuaQns
皆様、こんにちは。今日も、良い、天気ですね。さあ、今日も、元気に、明るく、楽しく、感謝、感謝で、生活して参りましょ!ありがとうございます。合掌、拝。


〜正法眼蔵・仏性〜

仏言、『浴知仏性義、当観時節因縁。時節若至、仏性現前』。《仏の言く、『仏性の義知らんと欲はば、まさに時節因縁を観ずべし。時節若し至れば、仏性現前す』》
いま『仏性義をしらんとおもはば』といふは、たた知のみにあらず、行ぜんとおもはば、証せんとおもはば、とかんとおもはばとも、わすれんとおもはばともいふなり。かの説・行・証・亡・錯・不錯等も、しかしながら時節の因縁なり。時節の因縁を観ずるには、時節の因縁をもて観ずるなり。払子・柱杖等をもて相観するなり。さらに有漏智・無漏智、本覚・始覚、無覚・正覚等の智をもちいるには観ぜられざるなり。

〜以下つづく


今日、私の心に残るところは、この部分です。

《仏言、『浴知仏性義、当観時節因縁。時節若至、仏性現前』。《仏の言く、『仏性の義知らんと欲はば、まさに時節因縁を観ずべし。時節若し至れば、仏性現前す』》


(私的意訳)

(お釈迦様は、言われました。『自己の完全な仏性の真を知ろうと、心の底から願うなら。時の流れ、心意識の流れ観じる心を養い観じる事である。そういう、時節因縁を観じる心を養ううちに、何時しか、仏性が自己の姿となって現れてくる。』

今日も、大変難しかったですが、坐禅の冥想としての特色が出た、一説でした。『坐禅は、すべからく、つねに、目を開くべし』と言われますから、この辺は、神想観の瞑目してまう、冥想とは、多少異なる事も、あると、思われます。


今日も、暖かいですね。ここで、雀の囀ずりに、耳を傾けているだけでも、季節の変化を心で、楽しめる日が、続きます。

それでは、皆様、今日も、明るく、楽しく、笑顔で、生活していきましょ!ありがとうございます。合掌、拝。

990a hope:2012/02/03(金) 10:38:10 ID:kcv2QXTk

人生読本 谷口雅春先生著

第三章 信念による幸運の生かし方

信ずることのみ輝く


私はこの『人生読本』を読んでも、『生命の実相』を読むのと同じように病気が治ったり、
成績がよくなったり、皆さんの性質がよくなり、家庭が明るくなると信じています。
もしそうならないのなら、それは疑いという迷いに捉われているからです。
こんな人達は疑いの心を捨てて、ただ「なるほどそうだ、そうだ」
と理屈なしに受けいれながらお読みになるようにおすすめしたいのです。
疑いを捨てて、ひたすら読んでいる内には、御本の中にある貴い真理が、ひとりでに悟れるのです。
ですから、まず疑いの念(こころ)を捨てなければなりません。
いつまでも疑いの迷いに引っかかっていては、ご自身の生長ということがありません。

(つづく)



みなさま おはようございます。
今朝も寒かったですね。 昨晩、わたしは、寒さで何度も目をさましました。
子どもたちも、布団をはいだりして、寒いのではないだろうかと心配して、
各部屋を確認しましたが、みな、シッカリと布団をかけて、熟睡していました。

子どもって、赤ちゃんじゃなければ、親がそんなに心配しなくても、
寒ければ自分でちゃんと布団をかけるものなのですね!
たくましいな〜と、いつも感心しています。


それでは、わたしの愛する「生長の家」のみなさま、今日も、充実した一日をお過ごしください!

991a hope:2012/02/03(金) 10:39:10 ID:kcv2QXTk

ももんがさま

>>969

>人生読本は、私も持っておりますが、できますなら、a hope様御自身の『実相の眼』を持って、『実相を現した言葉』を教えて頂きたく、思います。
余談でしたが、これからも、人生読本、楽しみに拝読いたします。<

いつも、わたしの人生読本の筆写、読んでいただきありがとございます。

>できますなら、a hope様御自身の『実相の眼』を持って、『実相を現した言葉』を教えて頂きたく、思います。<

とありますが、わたしは、「実相=内在する神」のことだと思っていますから、
ももんがさまの、上の御言葉は、わたしに「神の言葉」を話すようにと、ご要求されていると感じてしまいます。

・・・・無理です(笑)
今のところは、現象人間のわたしの言葉しか話せませんが、
ですが、毎日、神想観して、聖経読誦して、聖典を拝読して、少しでも、実相を表現できるように努力したと思います。

最近、ももんがさまが、「正法眼蔵」の意訳をしてくださるようになったので、
わたしにも、「正法眼蔵」の原文の意味がだいぶ分かりやすくなりました。
ありがとうございます。
お寺で拝聴していた、「正法眼蔵随聞記」のノートや資料が見つかったので、
そちらの方も、あらためて読みなおしてみたいです。

ももんがさまの投稿、いつも楽しみにしています。
これからも、どうぞよろしくお願い致します。

992ももんが:2012/02/03(金) 17:37:41 ID:XXCuaQns
>>991

hope様

a hope様、私への御返事文、ありがとうございます。合掌、拝。


『随門記』の拝聴のノートまた、宜しくご紹介お願いします。

私も『随門記』毎回、拝聴し、自分でも拝読したので、特に心に残る箇所を数ヶ所持っています。

是非よろしく、お願いします。

では、何時も、ありがとうございます。感謝敬白、合掌、拝。

993ももんが《泣き》:2012/02/03(金) 17:48:58 ID:XXCuaQns
志恩女史の楽しいハラスメト遊び《状況》

志恩様を、観察してると、昨晩の様な、行動パータンを取ります。

何故か?『復興G様』登場?志恩さん、連絡してないて、ホントかい?て、疑問付つきました? 別に探偵ゴッコしてません。
《復興G様何故か?現れる》
1617:復興Gの妄想独り言
12/02/03(金) 05:19:11 ID:ojEbkDH2

もしかして、ももんがさんは、
生長の家総裁、なのかしら。
もし、そうだとしたら、大変、なことだわ。
あの方は、小説だって、お書きになる、
創作力、をお持ちの方だものね。

(これは、全然根拠のない、妄想、
独り言、ですから、
無視、して下さいね。)

次に、志恩様が、現れました。

《志恩さま登場!》

1618:志恩
12/02/03(金) 06:14:21 ID:.QY5jUA6
復興Gの妄想独り言 様

あぁ、確かにそうでした。総裁は、小説の創作もされるお方でしたね。

先日、ここの板に、私は、初心者さまと、ももんがさまは、別人だと
以前から捉えてきた、と書き、類似点と相違点を、箇条書きしました。

しかし、総裁が、小説家のように、別の人格を演じて、書いていたら、それは、わかりませんとも書きました。

そういえば、まえに、さくらちゃんが、来ていたとき、初心者さまは、別の人格になるのが、すごく、うまい人だと
言ってたのを、思い出しました。それは、意味不明のコメントでしたが、何か、彼女は、知っていたのかな。


最初のころ、初心者様は、ご自分のことを「あたし、あたし」と言っておられました。

それを「おいら、おいら」に 変えて?(笑)わ か ら な く なりました。(笑)

復興G閣下は、今日の早朝神想観のとき、インスピレーションで感じられたのですか?(笑)


と?言う、感じです。


志恩様のハラスメト遊びの実態です。


志恩様は、大変楽しいようです。空想力も満点ですね。拍手しちゃいます!流石、本部長老です。


もっと、がんばって、こき下ろして、下さい。

嬉しい!楽しい!楽しい、アッハ、ハッハ!

志恩様の、脳訓練の為なら!私、ボランティア活動させてもらいます。

がんばって下さい!志恩様!ありがとうございます。

感謝敬白、合掌、拝。

《玩具とされてる体験談》

994うのはな:2012/02/03(金) 18:07:08 ID:El6gIMAw

ももんがさんの苦悩が軽減されるように、隠しだまの神想観をするときに、
ささやかながらお祈りさせてもらいます。

 でも、すぐに横から首を突っ込んでくる騒がしい男が、志恩さんなどに、
ももんがさんを攻撃するのはけしからん、デマを流すのは許さん、ってかんじで
口出ししてこないのが不思議ですね。

996トキ:2012/02/03(金) 18:32:54 ID:C7Vjn.WU
 大調和の祈りをしたいと思います。

みなさまは既に大調和であります。あ、私は、ももんが様が総裁とは想像しておりません。
(ちなみに、私はイソベさんでもありません。念のため)

 さて、「坐禅は、すべからく、つねに、目を開くべし」というのは、知らなかったので
勉強になりました。しかし、呼吸法などは近いものがあると感じます。一般に瞑想の場合、
目を閉じるのが大半だと思いますから、道元禅師のお考えには、何か訳があるのでしょう。

 少し余談になりますが、フィリッピンのレイテ島で日本陸軍の第1師団を指揮した片岡薫中将
の戦後の回顧録を見ていた時に、「禅の坊主は偉くないな、と思った」という話を書いていました。

 レイテ島には、第16師団が防衛をしていましたが、米軍の上陸で激戦となり、急遽、ルソン島
にいた第1師団が救援を命じられました。が、第1師団がレイテ島に上陸した時には第16師団は
壊滅状態になり、いきなり第1師団は米軍と戦闘に巻き込まれました。その後に50日の長期に
渡り、米軍の侵攻をストップさせた経過は、大岡昇平の「レイテ戦記」に詳しく書かれています。

 圧倒的な米軍と闘った第1師団ですが、次々に戦死者が出ます。ところが、部下はパニックに
陥ることなく、平気な顔で死地に赴く姿を見て、片岡薫師団長は、その精神的な境地に深い悟り
に近いものを見て、こう言ったみたいです。

 そう言えば、禅は、鎌倉時代、武士によって広く信仰をされたと聞いております。

 生きるか、死ぬか、という境涯になり、始めて悟れるものがあるのかもしれませんね。

合掌 ありがとうございます

997ももんが:2012/02/03(金) 20:01:45 ID:XXCuaQns
うのはな様、トキ様


うのはな様、トキ様、慰めの、御言葉有難うございます。合掌、拝。感謝敬白。


いいんですよ。お年寄りは、大切にしないと、練成会で、教わりました。


因み、今日は、内の母上は仲間と、飛田給へ遊びにいきまた。

うのはな様や、トキ様、行かないのですか?

私は、お仕事で、ダメでした。

本部も、忙しいのでは、ありませんか?


坐禅で目を開くのは、『妄想や魔境』に心を奪われない為に、目を開いた状態を保つのです。


道元禅師だけでなく、他の現代の禅師も、同じ事を説かれてます。

慣れてくると、歩く、立つ、寝る、坐る の、どのスタイルでも、心と息を保っ事が、出来れば、何処でも可能です。

内面的には、神想観とは、可なり違うと思われます。


トキ様は、玄峰老師の講話テープ聞いた事ありますか。


玉音放送聞くつもりで、雅春先生と入れ替わりに、聞いています。

大塚駅前に、鈴木貫太郎首相の建立した石碑があるから、何時も、拝んできますよ。

私、陰になりながら、おまいり、してます。感謝敬白、合掌、拝。

998トキ:2012/02/03(金) 21:07:24 ID:C7Vjn.WU
 山本玄峰老師の講話テープがあるのは知りませんでした。
興味深いですが、今日は急用があり、人と会いますので、
これにて失礼を申し上げます。ごめんなさい。

999SAKURA:2012/02/03(金) 22:06:32 ID:FEa/NNlc
皆様へ

【幸福を招く365章…】
■難問題は神様に委ねること

事態が紛糾して来て解決が、つかなったと思われるような時に直面したならば、
その時に必要なのは、取り越苦労でもなければ、とつおいつの思案でもない。
あらゆる人間智を捨ててしまって、神の智慧をよび出すのが解決の早道である。
心が転倒したり、腹が立ったり、恐怖したりした瞬間に、カッとなって物事を
断行してはならないのである。それには
(一) 先ず取り越苦労をやめる。
(二) 必ず良き解決の道がある事を信じる。そして「わが内に宿りたまう神、
無限の智慧をもってすべての人に最もよいように問題を解決し給う」と
繰り返し念ずることである。
                        <谷口雅春著…>
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

毎日〜毎日〜の日常生活のさなか?問題が?…降って湧いたように起きます…。
その様な時……><
“冷静さ”を失う事も…でも!“心”が乱れた時こそ…「神想観=瞑想」に頼ります。
必ずや“問題の糸口”が、見えて来ると、信じて行動に移す事が、大事です〜ネ!

今回の「裁判…」もやはり“心と心の戦い…?”でしょうか?
私達「信者」は、見えない糸に操られて居ますけれども……><
現総裁先生の【決断…】を、信じる事…かも?

まだ?まだ?「第一教区の仲間…」には、連絡が繋がらず…><
毎日!毎日!「教化部…」に行っている事でしょう〜〜〜かしらん?

〜♫ ケセラ ♫〜〜〜♫ ケセラ ♫
【祈り…】に、徹することです〜〜〜ネ!

今日は【2月3日…節分!!鬼退治〜〜〜 ><】
今から!!!【鬼退治…】に、徹す事にします…。私のファミリ−と共に…!
ワン君…“ナンシ−”そして、ネコちゃん“SAKURA”と共に…【豆まき…】

■ 鬼 ワ〰〜〜外!〜〜〜外!・福 ワ−〜〜内!〜〜〜“内”〜♫

きっと〜きっと〜♫ 
必ず!現総裁先生も…必ず!信者に…「福は内…」です〜〜〜〜〜ネ!

■厳寒の冬の後は…必ず春が来ます〜〜ョネ      再合掌

1000ももんが:2012/02/04(土) 07:02:14 ID:XXCuaQns
皆様、おはようございます。さあ、今日も、元気に、明るく、楽しく、感謝、感謝で、生活していきましょう!ありがとうございます。合掌、拝。


〜正法眼蔵・仏性〜


『当観』といふは、能観・所観にかかはれず、正観・邪観等に準ずべきにあらず、これ当観なり。当観ながゆえに不自観なり、不他観なり。時節因縁聲なり、超越因縁なり。仏性聲なり、脱体仏性なり。仏々聲なり、性々聲なり。


〜以下つづく。
今日、心に残る一説は
<<『当観』といふは、能観・所観にかかはれず、正観・邪観等に準ずべきにあらず、これ当観なり。>>

(私的意訳)

『時節因縁を観じるということは、見て観じる事、聞いて観じる事、観じること、観じないことに関わらず、観じるということである。』

今日も、大変難しかったです。

寒気と暖かさを繰り返し、春は、一歩、一歩近づいてますね。

皆様も、お体きおつけて、元気に、明るく、がんばって下さい!ありがとうございます。合掌、拝。

1001うのはな:2012/02/04(土) 10:25:51 ID:El6gIMAw
  別宮と摂社と末社

 トヨウケノオオミカミ(豊受大御神)が鎮座する外宮(豊受大神宮)のある地は「山田の原」と
呼ばれ、アマテラスオオミカミが鎮座する内宮(皇大神宮)のある地は「宇治の里」と呼ばれる。
現在では同じ伊勢市に属しているが、昔は二つの里は独立し、それぞれ門前町が広がっていた。

 外宮も内宮もその中心となるのはトヨウケノオオミカミとアマテラスオオミカミを祀る正宮だが、
それぞれには「別宮」が存在している。別宮は本宮の「わけみや」を意味し、伊勢神宮に属している百を越す
神社のなかでも格式が高い。重要な祭事でも外宮や内宮に準じておこなわれる。

 次いで『延喜式神名帳』に記載されている由緒ある神社が摂社と呼ばれ、摂社の次に古くから伊勢神宮とゆかり
のある神社が末社と呼ばれる。摂社や末社はそれぞれ外宮や内宮に属し、なかには別宮が所管している神社もある。
その総数は外宮と内宮の正宮もふくめて百二十五社にのぼる。


写真で見る 『伊勢神宮の365日』 井上宏生 文 篠原 龍 写真

1002a hope:2012/02/04(土) 11:11:24 ID:kcv2QXTk

人生読本 谷口雅春先生著

「運」はどこにあるのか


皆さん、あの人は「運」が好いと申す場合がありますが、その「運」というのは、
どこにあるのか御存知ですか?
「運」というのは、「今」にあるのです。時々(いつでも)刻々(そのとき)、今が運なのです。

机の上に本が置いてある。それが見つかったらその本を一生懸命に読む。
するとその人に力がつく。それが「運」なのです。
本を読んで、そこを見るといろいろのものが散らかっている。
それに気がついたら、その散らかっている物をチャンと整頓する。
すると人から喜ばれる。自分自身は物事をキチンとする善い習慣がつく。
それが「運」をよくするのです。

あなた自身に力がついて、善い習慣がついて、どんな人からも喜ばれるようだったら、
誰だって、あなたを善い役に置いて、良い仕事をして欲しいと思うでしょう。
そうすると、あなたの「運」はよくなって来るのです。
あなたはいやでも出世するのです。

「運」はどこにあるか、「今」なのですよ。
「今」何か善い事をすることはないかと、探し出して善い事をする人は必ず出世する人であります。

(つづく)



この「人生読本」ですが、「いわれてみれば、当たり前」みたいなのことも多いのですが、
その当たり前のことが、なかなか実行できないのが、わたしたち現象人間なのだと思います。
このように、素晴らしい本を子どもに読み聞かせたり、輪読したりしても、親の姿が×だったら、
まったく意味がありませんよね。

わたしも、「今」できる何か善いことを探して、出世したいと思います...どこで?
わが家では、十分 「かかあ天下」とらせていただいておりました(笑)

それでは、わたしの愛する「生長の家」のみなさま、よい週末をお過ごしください!

1003トキ:2012/02/04(土) 15:51:35 ID:RKtSt6sU
 ももんが様が書かれている山本玄峰老師と言えば、田中清玄氏のエピソードを思い出します。

 田中氏は、戦前、武装共産党の指導者として活動し、戦前の共産党の最盛期を作り上げた指導者
でしたが、逮捕、投獄後に共産主義の間違いを悟り、出獄後は玄峰老師の指導を受けるに至たりま
した。戦争が末期になったある日、田中氏が玄峰老師から日本の将来についての公案について
聞いた話はこうでした。

 「日本は戦争に負けなければならない。それもきれいに負けなければならない。日本は横綱である。
横綱は勝つときも奇麗でないといけないし、負ける時もきれいに負けないといけない」と。

 この話から考えると、生長の家という横綱も「きれいに負ける」ことを考える必要があると
感じております。

合掌 ありがとうございます

1004うのはな:2012/02/04(土) 17:12:00 ID:El6gIMAw
  御鍬祭●みくわさい  二月立春

 内宮の別宮の一つ、伊雑宮は近鉄志摩線、志摩上之郷駅の近くにある。
伊雑宮は別宮のなかでも高い格式を誇り、一般には「いぞうぐう」、あるいは
「いそべさん」と親しまれている。JR紀勢本線の滝原駅近くにある滝原宮とともに
内宮から遠く離れた地にあり、古くから「大神の遥宮」と呼ばれていた。

 第十一代垂仁天皇は倭姫命に命じてアマテラスオオミカミの鎮座地を探していたが、
鎮座地を内宮に定めたあと、御贄地を探すために志摩国(三重県)を旅した。
御贄地とは内宮への供え物を採るところをいう。そして倭姫命は磯部の地に伊雑宮を建て、
アマテラスオオミカミの御魂を祀ったと伝えられる。それが伊雑宮の祭神、アマテラスオオミカミタマ
(天照坐皇大御神御魂)、つまり内宮に鎮座する皇祖神、アマテラスオオミカミの御魂である。

 御鍬祭の日、神楽殿で豊作が祈念される。伊雑宮は古式にのっとった御田植祭でも知られるが、志摩国の神が
アマテラスオオミカミのために五穀豊穣を祈願するのである。


『伊勢神宮の365日』 より

1005ももんが:2012/02/04(土) 18:18:33 ID:XXCuaQns
>>1003

トキ様、うのはな様

トキ様、うのはな様の、レスを仕事帰りに、楽しく、読ませて、貰いました。ありがとうございます。合掌、拝。

トキ様?うのはな様?今日、御老公に会いに、練成にいきました?

玄峰老師も、水戸黄門のモデルみたいな人だものね。

講話テープの『性根玉』が、玄峰老師の、教えの、根幹です。


うのはな様の『伊勢神宮』のお話は、面白いし、いま、私の興味を引いてる『鹿島神宮』『香取神宮』のお話と、どう結びつくのか、興味の引くところです。
『鹿島神宮』の二キロ手前に、昔から『高天原』が、あったんだそうですし、式年遷宮も、鹿島神宮、香取神宮では、していたのですよ。

古事記と?どうして違うのか?興味あります。


あと、私も、昔、講習会で、現総裁ご夫妻と、握手したことありますよ。

とても、幸運でした。


反対の人達の目には、最悪なのでしょね。

では、トキ様、うのはな様、色々、ありがとうございます。今日は、忙しいので、これで、失礼します。感謝敬白、合掌、拝。

1006うのはな:2012/02/04(土) 18:32:41 ID:El6gIMAw

 >『鹿島神宮』のニキロ手前に、昔から『高天原』が、あったんだそうですし、

 そんな話、はじめて聞きましたよ(笑)
 ももんがさんの話しのほうがよっぽど面白いです(笑)

1007SAKURA:2012/02/05(日) 03:11:59 ID:rCAljU7k
トキ様 へ
 皆様 へ

【幸福を招く365章】
■汝自身を幸福な神の子と観ぜよ

病気も不幸も何人にも属するものでないのである
それは群衆の潜在意識の放送を、個人の潜在意識が受信し易い状態に
なったときにあらわれたスピ−カ−の声みたいなものである。
本人は不幸でも病気でもないのである。それを自分の本当の
姿だと思って苦しんだり悩んだりするところに錯覚があり、
その錯覚を断ち切らないところに、
錯覚はよんで苦しみを増大することになるのである。
汝 自身を病人だと見る限りに於て、汝自身は病人の姿をあらわし、
汝自身を不幸だと思う限りに於て、汝自身は不幸の姿をあらわすのである。
すべからく汝は現象を超越して実相に超入せざるべからず。
                          (谷口雅春 著)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

【現象】を認めない…強い〜強い〜“思念”を、今の私は、必要です…。
まず【人間神の子=霊的人間】ですかしら〜〜〜ン!

私事ですが…“病気”は、一つの例え…ですネ!
ふと!!「神想観=瞑想」していました時…
「問題が…」まさか?まさか?…… >< 

しかし…「本日の言葉」にて…
潜在意識の中に…揺るぎのない目の前の“現象”を“インプット”してはいけない…?
現象を超越した…つまり!人間は【霊的人間…】でしたら自由自在に〜♫〜
思う事も出来ますし…それが、ネガティブ感・ポジティブ感でありましょうとも…?

ならば…「ポジティブ感=>実想…」思念すべきと…確信しました…。
益々…強い“思念”にて… (微笑)

>トキ様 は、この“文章”…どのように捉えられますか??
                         再合掌

1008ももんが:2012/02/05(日) 06:46:35 ID:XXCuaQns
皆様、おはようございます。本日も、素晴らしい、朝がやって参りました。今日も、嬉しく、楽しく、明るく、感謝感謝で、参りましょ!ありがとうございます。合掌、拝。

〜正法眼蔵・仏性〜


『時節若至』の道を、古今のやから往々におもはく、仏性のごとく修行しゆくところに、自然に仏性現前の時節にあふ。時節いたらざれば、参師問法するにも、瓣道功夫するにも,現前せずといふ。恁麼見取して、いたづらに紅塵にかへり、むなしく雲漢をまぼる。かくのごとくのたぐひ、おそらくは天然外道の流類なり。


〜以下つづく



今日、心に残るところは
ここです。
<<『時節若至』の道を、古今のやから往々におもはく、仏性のごとく修行しゆくところに、自然に仏性現前の時節にあふ。>>


(私的意訳)

『“時節に任せる“道を、今も昔もかわらずに、仏性そのものに成りきり修行していくところに、自然に自己の仏性が自己に現れてくる時節がくるのであります。』

今日も、大変難しかったです

皆様、お寒いですが、元気だして、笑顔で、お過ごしください。ありがとうございます。合掌、拝。

1009a hope:2012/02/05(日) 11:50:51 ID:kcv2QXTk

人生読本 谷口雅春先生著

なぜ樹の枝に着物が生(な)らぬか


「生命(いのち)ある者」は動く、「生きている者」は働く、「働く者」は伸びる、
偉くなる、力がつく、成功すると私は申しました。
皆さんは、長い年月のうちには、ときどき懶(なま)け心が起こって来て、
働かずにじっとしていて、そこに欲しい物が出て来、おいしい物が出て来、
お金が出て来ればよいのに、とお考えになることがあるかもしれません。

神様は、樹の上にあの美しく熟れた林檎や蜜柑や、色々の果物をお造りになったのでしょう。
そしてその林檎や蜜柑のおいしい味は、人間がどんなに工夫して真似てみても、
そのとおりの味にはできず、その成分も、人間がどんなに研究して、
そのとおりに造ってみようと思っても、そのとおりにはできないほどに、上手にできているのです。

人間にはできないそれほど立派な物をお造りになる神様のことですから、
チャンと炊き上った御飯を林檎の樹に生(な)らせたり、
チャンと縫い上がった着物を桑の枝からぶら下げたりなさるような、
人間の誰にでもできるようなことは、神様がなさろうと思われれば、
なんでもないことなのです。

けれども、それをなさらないで、御飯を炊くにも、着物を縫うにも、
人間の働きが要るようになさったのは、神様にお考えがあってのことです。

(つづく)





みなさま、こんにちは

今朝は、朝から海外の友人とパソコンのテレビカメラでおしゃべりをしていました。
子どもたちも交えて、ワイワイ楽しいひとときを過ごしました。
本当に、便利な世の中になりましたね。
通話料を気にせず顔を見ながらいつまでもお話ができるのですから... 
世界が狭くなってきていると感じてしまいます。

テレビカメラで話せるなんて、わたしの子供時代には夢の夢でした。
国際電話すら、ちょっと前まではなかなかかけられませんでした。
そう考えると、人間の努力による科学の進歩ってすごいものですね!

今日は、「訊け」管理人さまが、「生長の家」の講習会に行かれているようで、
現場から、報告してくれていますね。
わたしも報告を楽しみにしているのですが、そのようなようなことが可能なことですら、
少し、昔から考えたら、すごいことなのですよね!

今日は日曜日、風邪気味だった子どもも、調子が良くなったので、
午後からは図書館に行って、天使や妖精の本をさがしてきたいと思います。

1010ももんが:2012/02/05(日) 20:22:51 ID:XXCuaQns
うのはな様、志恩様

うのはな様、志恩様、こんばわ。今日は、『訊け』さんの地元で、総裁先生の講習会だったんですね。

私は、もう、何度も、総裁先生の講習会には参加してますから、特別、読ませていただいだいた、内容は、最近普通にされてます。


私は、数年前、運良く、ご夫妻と『握手』できました。

幸運でしたよ。

それより?志恩様や、うのはな様は、練成会には、何故、来なかったの?

御老公が、はるばる、特別練成だから、来たので、内の母上は友達と一緒に行ったよ。
本流派には、厳しい、一言あったらしいよ。

トキ様には、悪いですが、ここでは、出せない、本流専門掲示板に近いですからね。


志恩様も、うのはな様も、ケンカせずに、練成会に、でかけて、皆様を、元気を分けてあげて下さいませ。

私の事、元気つけてくれて、うのはな様、ありがとうございます。感謝敬白、合掌、拝。

1011SAKURA:2012/02/05(日) 20:38:16 ID:FEa/NNlc
トキ様 へ
皆様 へ
【幸福を招く365章】
■真の富者は「自由」を所有する

本当の富者とは「自由」を完全に有っている者であって、金銭や「所有品」を
沢山もっている者ではない。この事をまだ本当に悟らぬ人が多いために、
富めば富むほど自分の心がその富に縛られて、富を護るための奴隷となり、
屈従の生活を送りながら、自分を富者だと思っている人が多いのである。
「物を所有するために、心がひっかかって自由を失う不利益」によって
相殺され勝ちである。「無所有」と云うことが仏教で尊ばれるのも其の為である。
しかし「無所有」と云うことは「貧乏」と云うことではない。
「貧乏」な者は、また「貧乏」を心に掴んで苦しむのだ。
「貧乏」を掴まず、富を掴まず、
欲するに従って自ずから 自由に集まる―――これが真に富者である。
                             (谷口雅春著)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

【富者=自由】 捉え方が、面白く思います…。
本当に“欲物”に捕らわれることは、
物一つでも“価値感”は個人差が生じてきますた…。
ある者は?…“情報”もその人しかできないもの?それを、
横取りする人がいるのですよ〜〜ネ!
ある人は“私は貧乏だから〜何もできない“とか…
”親がお金をもっていないから大学にいけない“とか…
よ〜〜く聞きますが、全て!!“心”で操作しているのですョ〜〜〜ネ!

さて!更に…延長としまして、

私は“ブス”と思い込む!そうしますと、その様に表情が〜〜〜 ><
だんだん〜〜〜!形成せれてきますから……><
反面!私は“笑顔が素敵な女王”なの…と、思い込みますと…^^
顔の表情も…その様に形成されていきますから……「不思議な国のアリス??」
周りの方も、自然に認めてくれるでしょ〜〜〜ネ!
但し…両者とも共通点は「継続する精神…」ではないのでしょうか?

……この様に考えますと?
全て!!“心”から来る…。【心の法則…】
そう!人間は「霊的人間」なので、どのようにも自由自在になれるのですよ〜〜ネ!
この頃、痛切に思います…。

ブレイクしますが…
今日は?ちょっと…ウフフ!!
久しぶりに「社交辞令」である「笑顔の練習…」ハイ!ニコ!ポ〜〜〜ン!
不思議なぐらい〜〜誰に対しても〜〜☆
「ハイ!〜〜〜チ〜〜〜ズ ☆ 」になりました…。すご〜〜い効果ですネ!!
もしかして…これ??“富者になれる?要素かしら〜〜ン”
幸せを呼ぶ表情は…“スマイル マ−ク”で〜〜〜す。

■ 【心=神の子】で〜〜〜〜〜す。
                            再合掌

1012ももんが:2012/02/05(日) 20:44:06 ID:XXCuaQns
トキ様

トキ様、いつも、教団の御仕事、お疲れ様です。感謝敬白、合掌、拝。

ちょっと、聞いたんですが、雑誌『新建築』に、森のオフィスが、掲載されたそうですね。大変、素晴らしい、事ですね。

1013志恩:2012/02/05(日) 20:53:25 ID:.QY5jUA6
ももんがさま
飛田給練成会は、800回記念練成会を、開催中なのですね。

御老公とは、楠本加美野先生ですよね。
楠本先生が、本流には、厳しい、一言あったらしいよ。。。。。(ですか?)

それは、存じませんでした。これも、以外です。

飛田給のプログを見ました。

2/4(土)は、午前中に、良本峰夫先生 と、もうひと方、特別講話ということで、楠本加美野先生が、ご講話されてます。

2/5(日)は、午前中に、宮本十郎先生のご講話が、ありました。


ももんがさまのお母様は、お友達とご一緒にこの練成会に、参加されたそうで、すばらしいですね。
それにしても、楠本先生は、寒い時期ですのに、よく京都から東京まで、いらっしゃいましたよね。

1014ももんが:2012/02/05(日) 21:07:45 ID:XXCuaQns
>>1013
志恩様


志恩様、コメントありがとうございます。合掌、拝。

志恩様、普段から、生意気な、私ですが、今回は、行くべきだったんじゃないんですかね。

近場だったんだから。
志恩様の、普段の力、もしかしたら、生遭遇できたもしれない。

また、因み、内の母上は、教団派ですよ。志恩様とは、完全に合わないと思います。

では、寒いですから、おきおつけて、おやすみ下さい。ありがとうございます。感謝敬白、合掌、拝。

1015志恩:2012/02/05(日) 21:26:35 ID:.QY5jUA6
ももんがさま

お母様は、教団派なのですね。そりゃそうでしょう、ももんがさんのお母様なんですから。本流派には、なれません。
親子別々は、なかなか、ありえません。

私は、教団派の、隠れ親友もいるくらいですから、考え方が違っても、気が合う人なら仲良くできています。
でも、多分、ももんが様の、お母様とは、合わない気がします。性格は、ももんがさんに似ておられるのでしょう。

私も生意気だけれど、ももんがさんも、生意気だから、プラス極とプラス極のように、反発し合ってしまうのかも。

1016志恩:2012/02/05(日) 22:05:44 ID:.QY5jUA6
私の、教団派の隠れ親友とは、本部員では、ありませんからね。
一般人です。

1017ももんが:2012/02/06(月) 06:59:45 ID:XXCuaQns
皆様、おはようございます。本日も、素晴らしい、朝がやってきました。さあ、元気、明るく、笑顔で、感謝、感謝で、参りましょ!ありがとうございます。合掌、拝。


〜正法眼蔵・仏性〜

いわゆる『欲知仏性義』は、たとへば『当知仏性義』といふなり。『当観時節因縁』といふは、『当知時節因縁』といふなり。いはゆる仏性をしらんとおもはば、しるべし、時節因縁これなり。


〜以下つづく。


(私的意訳)

《『自己の仏性』を知るということは、今、瞬間に『自己の仏性』を知るということである。時節因縁を観じるという事は、今、瞬間に、時節因縁を観じるという事である。即ち、『自己の仏性』を知ろうとおもえば、時節因縁を観じる事である。》

本日も、大変難しかったです。

本日も寒いですが、暖かくして、お出掛けください。ありがとうございます。合掌、拝。

1018トキ:2012/02/06(月) 10:35:18 ID:xQ8phuq.
>>1017

ももんが様、おはようございます。いつも、すばらしい御文章をご紹介下さり、感謝申し上げます。

ご紹介のご文章もなかなか奥の深い文章ですね。感心して拝読しております。

ももんが様もお元気でお過ごし下さい。

合掌 ありがとうございます

1019SAKURA:2012/02/06(月) 12:22:30 ID:7joi1ZJA
トキ様へ
皆様へ

こんにちは…

【幸福を招く365章】
■神子の自覚に帰り生活を更生せよ!

あなたの全身の細胞をあなたの喜びの感情を以って支配せよ。
それがあなたが健康になるための最初の最も重大なる精神的なのであります。
心痛はあなたの全身の細胞を悲嘆のドン底に押し沈め、
折角偉大なる活力を内に蔵しながら、悲しくも病気のまえに屈服
せしめてしまうことになるのであります。
喜びの感情は全身の感情を活力もって湧き立たせ、
全身を活力であふれさせて若返されるのであります。
神は決して過去の罪を問いたまわない。
放蕩息子が貧しいのは神から罰せられたから貧しいのでないのであります。
神から勝手に離れているから貧しいのでありまて、
神のみもとに帰って来たら、
直ぐ新しき沓をはかせ、
あたらしき豊なる服装を与え、
富の循環の象徴であるところの指輪を与えて一大祝賀会を
開かれたのであります。
神のみもとにへお帰りなさい。
                          谷口雅春著

今日の文章は全てのものに当てはまるように思えます。
自分の心・・・【神地一体】・・・“イメ−ジ”します。(神想観=瞑想)
これを忘れますと・・・「迷いの世界」に・・・ ><
探しもは?なんです〜〜〜か?キャッチフレ−ズでしょう〜〜〜か?

どんな状況でも【心=神】に振り向けるには・・・
■ 神想観=瞑想(イメ−ジトレ−ニング)です〜〜ネ!
今日はこの“言葉…”通りに神に“心”を振り向けてみます・・・。

一日一回…は?“内なる神”との対話…必要でしょうかしら〜〜ン?
■ ■ 幸福になるには道しるべ・・・・・です〜〜ネ ☆〜⋆
                       再合掌
>トキ様は…先生の“言葉”どのように解釈されますでしょうか???

1020SAKURA:2012/02/06(月) 12:23:20 ID:7joi1ZJA
トキ様へ

追伸…
ここ昨今は、殊のほか“寒さが”厳しいですが〜〜〜??
それでも、「春の訪れ」が…もうそこまで足踏みにて、私の近くまで便りを…
その様な予感が感じられますが…??
さて!先日投稿いたしました

>1007>1011
谷口雅春先生の“お言葉”どの様に解釈されますでしょうか…?
                                  再合掌

1021a hope:2012/02/06(月) 12:35:27 ID:kcv2QXTk

人生読本 谷口雅春先生著

学校へは何しにいくか


皆さんは、学校へお出でになって、出る算数の問題を皆さんのかわりに、
みんな先生がしてくださったら、皆さん自身の力がつくと思いますか。
他(ひと)にやってもらっては自分の力はつかないのです。
先生にやってもらうくらいなら、学校へ行かないで好いのです。
学校へはお金を払って自分でやらせてもらいに行くのです。

自分でやるから力がつくのです。
御飯を炊くのも、着物を縫うのも、糸で紡ぐのも、お掃除をするのも、
会社や工場で働くのも、自分でするから自分の力がつくのです。
他がしたら他の力がつくのです。自分でするから自分が偉くなるのです。
他がしたら他が偉くなるのです。

神さま御自身は自分でどんな事でもできるお力をおもちなのですから、
もう御自分はそれ以上偉くなる必要がないのですから、
神様は私達ができる限り自分でやって自分の力がつくように、
林檎を樹の枝に生らせても皮は剥いてくださらず、
棉(わた)は作っても着物は縫ってくださらず、
樹を作っても家は建ててくださらないで、人間が、
自分で働いて造らねばならぬ部分を残しておいてくださったのです。

生物は、働いたところばかりが強く立派になるのです。
人間は、頭を働かせますから動物よりも額が広く、脳味噌が大きいのです。
力士(すもうとり)は筋肉を働かせますから、筋肉が隆々と盛り上がるほど立派になっているのです。
他の人に角力(すもう)を取らせて、自分は楽をしているのでは、
自分の筋肉は大きく発達しますまい。

人間の値打が大きく生長するのも、自分でいろいろ工夫して働いてこそです。
働く者は自分の値打ちを増すのです。
働かない者は自分の値打を損しているのです。
学校の先生は問題を生徒にさせます。
私達は自分の値打ちを伸ばすために、学校へお金を払って先生のさせる仕事を働きに行くのです。
そう思うと、会社や工場でお金をもらいながら働いている人は、なんて幸福な人でしょう。
お金をもらいながら、自分の値打ちを伸ばすのですもの。

(つづく)




今日は、お天気も悪く、相変わらず寒いですが、子どもたちは元気に学校へ行きました。
きっと、たくさん勉強してきてくれるでしょう。

部室板 >>935 うのはなさまの投稿

>どんな時も「学びの時」だと考える

 優秀な看護師は、仕事を始めて何年にたとうと、「私は毎日、何かを学んでいます」と
言うものです。私はこれまでの誰よりも、世界中のさまざまな病院を見てきましたが(私の若い頃には、
あなたがたのようにものを学ぶ機会はなかったのです)、もう一度歩きまわれるくらい体力が戻るものなら、
また一からすべてを経験したいと思います。聖トーマス病院に来て、あなたがたのりっぱな総師長のもとで一年間の
訓練を受けましょう(規則を守ることにかけて私の右に出る者はないと、総師長は認めてくださるはずです)。

 過去の経験があるゆえに、実り多い学びの日々になることでしょう。
私は人生の最後の時まで、毎日学びつづけていたいものだと思います。
「両脚切り落とされたあの男は、胴体をひきずり戦いつづけた」という歌があります。

 私もいつか、人を看護しながら学ぶことができなくなったとき、今度は看護される側になり、
この私の世話をする看護師たちを見て学びましょう。
 すべては経験になるのです。

『ナイチンゲール 心に効く言葉』 F.ナイチンゲール著 ハーパー保子 訳 <


この、ナイチンゲールの生き方も、今日の雅春先生の御言葉に通じるものがあると思いました。
他人を、周りを、どうしようとか考えるのではなく、ひたすら「自分自身を磨く」。
そうすることが、結局は、周りによい影響を与えることになるのではないかと思いました。

1022トキ:2012/02/06(月) 16:56:51 ID:xQ8phuq.
 なかなか深淵なご文章だと思いました。いわゆる、横の法則と縦の法則の見地で行けば
以上のご文章は横の法則=心の法則として解釈すべきだと思います。が、あえて縦の法則
として解釈してみます。

 つまり、人間=神の子という見地から考えると、どんな現象が現れても、最後は「神」
に帰一しますから、悩む必要もないのであります。
 晩年の聖徳太子の心境であると言われる「世間虚借、唯仏是真」
(世間は空しい仮の姿でしかなく、本当にあるのは仏だけである、という意味。)に近い
かもしれませんが、谷口雅春先生は、世間は空しいと言われていないのが素晴らしいと
思います。

 つまり、この世界は現象の世界だが、現象の人間界にいる間は、それはそれとして、
明るく生きなさい、とご指導をされているのです。

 そう考えると、元気が出ます。

1023SAKURA:2012/02/06(月) 20:07:56 ID:FEa/NNlc
トキ様 へ
>1022 ありがとうございました…。

>つまり、人間=神の子という見地から考えると、どんな現象が現れても、最後は「神」
に帰一しますから、悩む必要もないのであります。<

現象世界の中で…【実相…】を見る…。
正直…「箱作り(事務所)」を神地一体で実現しましたのはいいのですが…
新たなる「問題…」が……???
これも“現象…”と思っていますが…
中々〜〜〜〜“難しい問題”−−>執着しない様に、いま新たに訓練していますが?
ウフフ!!ウフフ!!

>トキ様 楽しんでいらっしゃるとの事なのです〜〜ネ!
私もこの現象世界…楽しんで“明るく生きる…”との御指導をされていらっしゃるとの事…教えて頂きましたので…
頑張って〜♫〜潜在意識を常に“ポジティブ感”にもって行けますように…
【神想観=瞑想=イメ−ジトレ−ニング】トライ!!します…。
 
ありがとうございます…。                再合掌

1024ももんが:2012/02/07(火) 07:14:29 ID:XXCuaQns
皆様、おはようございます。本日は、雨降りで寒いですが元気、明るく、楽しく、朗らかに、感謝、感謝で、参りましょう!ありがとうございます!感謝合掌、拝。

〜正法眼蔵・仏性〜

『時節若至』といふは、『すでに時節いたれり、なにの疑著すべきところあらん』となり。疑著時節さもあらばあれ、還元仏性来《我れに仏性を還し来れ》なり。


〜以下つづく


《私的意訳》

『仏性が現れてる』と言うことは、すでに仏性が現れた状態(時節)にあると言うことである。何も疑う心など起こらないはずであるもし『仏性が現れてない』と疑う心があるなら、私のところ、仏性を還しに来なさい。


『仏性が現れる』とは、『実相が現れる』と捉えても良いのでは、ないかと、私は、思いました。間違えてるかも知れませんが、今日も、大変、難しかったです。

本日は、雨降りです。足下をきおつけて、お出掛け下さい。本日もありがとうございます。感謝合掌、拝。

1025a hope:2012/02/07(火) 09:48:01 ID:kcv2QXTk

人生読本 谷口雅春先生著

重い仕事をするほど力がつく


力の要らない軽い物を持ち扱っても、それほど自分の力はつきません。
世界第一の立派な筋肉を持っていたというアメリカのサンドウという人は、
四、五十キログラムという鉄亜鈴(てつあれい)を毎日振り廻す体操をしたから、
そんなに世界一に筋肉が立派になったのだといいます。

私達の心の働きも、力の要らない、苦しくない境遇におかれたり、
難しくない仕事をしたのでは、それほど立派に偉くなりません。
鉄は火の中でいじめられ、鉄の槌(つち)で打たれたものだけが、
正宗のような良い刀になるのです。

ですから皆さん、もし人から苦しい立場におかれたり、難しい仕事をさせられたり、
いじめられたりしたときには、「月謝も払わないのに、いろいろ問題を出していただいて、
こんなにありがたいことはない。これで私の力がつくのだ、これで人間の値打が出るのだ、
こんなけっこうなことはない」と思うことにしましょうね。
そうしますと、辛いと思っていたことが楽になり、苦しいと思っていた仕事が喜びになってきます。

(つづく)


みなさま おはようございます。
今、わたしの住むところは、すごい雨です。
今日は、出かける用事があるので、朝起きてこの雨を見て少し憂鬱になりました。
でも、>>1024のももんがさまの投稿を読んで、さらに、今日のわたしの「人生読本」の筆写をしているうちに、
どんどん元気になってきました。

どこかの板で、うのはなさまが谷口美恵子先生の「神さまからのいただきもの」を筆写して下さっていますが、
たしか、「雨もありがたい」という文章があったと思います。
どんな困難も、自分の体と心を鍛えるために、神さまが与えて下さったありがたい“いただきもの”なのですね。

でも、人生、生きていると、どうしても耐えられない苦痛だってあると思うのです。
そんなときはこころから願えば、必ず、天使が助けてくれるのだそうですよ。
天使とは、神さまからの光、愛のエネルギーをわたしたちに届けてくれ、道を示してくれる使者のことですからね。
今朝の「甘露の法雨」の読誦は、そんな天使の存在を、より鮮明に感じることができました。


聖経「甘露の法雨」人間より抜粋

吾は『真理』なり、
『真理』より遣わせたる天の使いなり。
『真理』より照りかがやく『光』なり、
迷いを照破する『光』なり。
吾は『道』なり、
わが言葉を行うものは道にそむかず。
吾は生命なり、
吾に汲む者は病まず死せず。
吾は救いなり、
吾に頼む者はことごとくこれを摂取して実相の国土に住せしむ。
天使かくの如く説き給えば...

ほんとうに「生長の家の教え」は素晴らしいですね!

1026a hope:2012/02/07(火) 11:38:11 ID:kcv2QXTk

訂正
谷口美恵子先生 → 谷口恵美子先生

御名前を間違えまして、大変失礼いたしました。

1027ハマナス:2012/02/07(火) 12:18:44 ID:u5mC.eb2

神の子のみなさま、ありがとうございます。

私も、毎日谷口雅春先生雅春先生のテープを聞いていますが、昨夜寝る前に
聞きました、「如意自在の生活法 第2巻」から引用させて頂きます。
テープは第1巻から4巻迄ですが、今は、CDのみ販売されているようです。
このテープは、『如意自在の生活365章』のご本に沿ってのご講話です。

『如意自在の生活365章』はしがきよりの抜粋

「人間に真に自由と解放とを与え得るものは、もう物資方面の知識ではなく、
人間が「真理」を知ることである。
 その真理を三百六十五日の「毎日の言葉」として提供せんとするものが、
此の人間に真の幸福を知らせるこの365章シリーズである。このシリーズは
人間知によって書かれたものではないのである。このシリーズのうち、この
『如意自在の生活365章』は、恐らく365章ものの最後のもっとも圧巻とも
称すべきものであり・・・」

「本書の全巻は、生きてピチピチ現にはねている”真理“の書だということが出来、
読者のたましいに真理が直接伝わると思う。わたし自身が本書出版のため校正を
しながら、自分でその真理の表現に感動し、読みながら、今や八十五歳に垂(なんな)
んとするわたしが、自分で書いた本に感動して若返った感じがするのである。
特にその第一章には深い真理が書いてあり、それに続く各章には、実際に処する場合の
心の法則が詳細に説明されているのである。老いも若きも、本書を読むことによって
無量寿の人間生命無限力の自覚を、新たに生まれ変わった自覚を得ることになるので
あろうと信ずる。」

つづく

1028ハマナス:2012/02/07(火) 12:20:32 ID:u5mC.eb2

つづき

『如意自在の生活365章』p.47ページより
     「神の愛と生命と智慧を豊かに受ける祈り」

「宇宙のすべてのものを創造(つく)り給い、わが生みのみ親にまします神よ。
あなたの全存在をわれに流れ入らしめ給いて、あなたがわたしでありますように、
わたしがあなたでありますように。

あなたの愛を、われに流れ入らしめ給いて、あなたの平等の愛がわたしの愛で
ありますように。

あなたの完全なる生命をわれに流れ入らしめ給いて、あなたの完全なる生命が
わたしの生命でありますように。
わたしの生命があなたの完全なる生命でありますように。

あなたの無限の供給をわれに流れいらしめ給いて、わたしの生活にあなたの
豊かなる生活が実現いたしますように。

あなたの無限に美しく完全なる清き悦びをわれに流れ入らしめ給いて
わたくしの生活にあなたの美しく完全なる清き悦びが実現しますように。

あなたの完全なる智慧をわれに流れ入れしめ給いてあなたの完全なる智慧の眼を
もってあなたの創造り給いしこの世界を、あなたの創造り給いしそのままの完全なる
相(すがた)において見ることを得せしめ給え。

 われ今、完全なる神の智慧の眼をもって宇宙の一切のものを観ずるに、すべてのもの
完全に調和し、いと妙(たえ)に、美しく、軌道なくして衝突するものなく、おのおの
のもの自由にしてところを得て争うものなし。
ああ神は偉大なるかな。神のみ業(わざ)はいと尊く、いと美しきかな、われ今、神みも業をたたえ、大いなる神に感謝の言葉を捧げます。ありがとうございます。」

 このように実相の妙なる光景を祈ることによって言葉の創造力によって、今まで
破壊されたエーテル体の裂傷がしだに回復することになるのである。

1029SAKURA:2012/02/07(火) 20:32:05 ID:txgr3N66
トキ様 へ
皆様 へ

【幸福を招く365章】
■富める貧者と、貧しき富者

 常に天使の美に目覚めている者は、天国浄土に住むものである。
 庭の雑草1本にも、小さき虫の鳴く声にも、白雲の行き交いにも、
 美を見出すものは富者である。
 貨幣は使い切れぬほどであれどもその使い道を知らず、
 ただその分量の多からんことを願っている者は、唯の蒐集家にすぎない。
 吾々は蟻のように蓄えるばかりになってしまってはならないのである。
 味わうことは本当に受けることである。
 如何に多くのものがあっても味わうことをしらないものは
 本当に受けることを知らないのであるから、貧しき者と云わなければならない。
 財は乏しくとも、凡ゆる事物に存在する美を、
 その意義を、その宜しきをしみじみと味あうことの
 出来る者は既に富めるものである。
                          (谷口雅春著)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

そうです〜〜ネ!
全てのものに“感謝”する…。
“環境”にこだわらずに…その“環境の美”を見出す事!!
全て“心”で決まるようにも?思えますが……
今日!事務所に行く途中…また「尾行…」が ><
昨日から“見方”が変わり、私の“心”はもう〜すべて“神”に振り向け様と!
決めた瞬間!!!“心が自由”になりました…。

昨日、「トキ様の言葉」から…
「現象世界」に住んでるので、楽しんで生きること…
これを見まして、私なりに解釈!!今!「現象世界」なので…
すべて“体”が動く?“体”を動かせる?…
でも「霊界」は、「御霊様」でしょ〜〜〜☆ “体”はなく軽いものでしょうか…?
「現象」では、全て“体”の実感がある【心=肉体】ですョ〜〜ネ!

そうしますと…“歩く事”も楽しいと思えます…の???
今!今!〜〜〜〜〜〜〜今!
生かすのが〜〜〜〜【人間…】と思い…
今日の私は…【森羅万象…】のようにも思えました…。

                               再合掌

PS: トキ様へ…どの様に解釈されますかしら〜〜〜ン??

1030トキ:2012/02/07(火) 21:39:22 ID:narRGotc
 「宇宙の存在に癒される生き方」(天野仁、徳間書房)という本を読みました。
これは、初心者様が読んだら気に入りそうな本です。著者は理学博士で理論物理学
を専攻している大学の先生ですが、「生気」という仮説を立てて、超常現象を説明
しています。

 あくまでも現象世界の話ですから、実相の話ではないですが、科学が真理に近づいて
きたという事だと思います。

合掌 ありがとうございます

1031トキ:2012/02/07(火) 21:43:18 ID:narRGotc
追伸

 ですから、今までは、幽霊とか神様とか言ったら、頭のおかしい人の扱いを受けましたが、
理論物理学を勉強している人達から見ても、無視できない状態になったという事でしょう。
 ようやく、普通になってきた、という印象を持っています。

1032ももんが:2012/02/07(火) 21:45:21 ID:XXCuaQns
トキ様、志恩様、役行者様

トキ様、志恩様、役行者、本日は、真に、雨が冷たく、寒かったですね。暖かくお過ごしで、ございますか。合掌、拝。
トキ様、志恩様、レス御返事、ありがとうございます。

志恩様も、トキ様も、確かに、『文字から言葉を分析』する、力は、流石、生長の家の本部の方と、関心いたします。

安谷老師の罵倒の言葉を、『苦宣』と言って、修行者への激励の意味があります。志恩様、御指摘のとうり、けして、只の悪口などでなく、心から親切心から来るものです。

私が、志恩様に、

《 勝手に、解釈しては、いけません?》

と、言うた、ことが、おわかり、いただけないようなので、再度、お話しましょ。

志恩様?トキ様?仮に、『生命の実相』の解釈本とかが、幸福の科学とかから、出て、彼らの勝手な解釈で、世の中に出たら、その解釈も、認めてあげて、良いと言う事でしょうか?《私個人は、反対です。》
ましてや、無門関は禅家では、聖典に値する書です。
雅春先生と言えども、聖典を私勝手に解釈したと、安谷老師は見られたのでしょ。親切に『私のところに、来て、独参しに来て下さい。』と言う意味で、叱った文面を書いたと私は思うしだいですのです。
もし、雅春先生が、独参して、見性してたら、『無門関解釈』も、また、変わった本に成っていたでしょ。

『公案』と言うは、修行者の“心の眼”を開く為の、道具とも言えましょ。少し、語弊がありますが、そういうものです。


そう言う観点から、言うなら、曼荼羅なんかと、良く、似た、捉えかたを世間の方は、されてるのかな?
と驚くばかりです。


それから、役行者様、仏教的観点から、ご賛同くださりまして、ありがとうございます。


あと、余り、グダダ言うわけで、ありませんが、志恩様の、私へ書き込みは、誹謗中傷的に毎度されて、いますので、志恩様のされる事は、私へハラスメト行為と認識してます。今回は、御返事しまた。余り、御返事したく、ありません。何をされるか、分からないと、言うのが、素直な感想です。
うのはな様、色々心配して、くれて、ありがとう。


御返事、大変、遅くなって、申し訳ありませんでした。雨降りで、寒むかったと、思います。暖かくして、おやすみなさ。感謝敬白 合掌、拝。

1033役行者:2012/02/08(水) 07:17:26 ID:5gBsfbHY

 >ももんが様

 ももんが様のコメントを読むと、モットモだなあと思う反面、そこまで求めるのは酷だなあ、とも思うのです。


>雅春先生と言えども、聖典を私勝手に解釈した と、安谷老師は見られたのでしょ。
 親切に『私 のところに、来て、独参しに来て下さい。』と 言う意味で、叱った文面を書いたと私は思うしだいですのです。 もし、雅春先生が、独参して、見性してたら 『無門関解釈』も、また、変わった本に成って いたでしょ。<

 ここの箇所なのですが・・・
 安谷老師の門を叩き、独参していたらというのは、どうでしょう?立場上できなかったと思います。
 これは私の考えですが・・・


 どちらかというと先ほども述べましたが、既成宗教のなかで深く真理究明に命をかけてきた安谷老師だからこその、ユーモアたっぷりの解答だったのではないかと思うのです。
 混迷した戦後日本に、一石を投じた大変大切な、新興宗教団体の創始者に対して、辛口のユーモア含めての親切心からでたコトバかと、私には受け取れました。
 
 注目すべきは、特に公案に対する下記のような雅春先生の解釈かと存じます。 

 >手が枝に触れなかつ たら、みづから能動的に手を動かして枝を握れば 好いではないか。
 枝を握つて口を離して、さてそれから祖師西来意に就て応答すれば好い。何処にも事 実上進退両難はないのである。
 『進退両難の原因は 手に枝をよぢず』と自分自身の本有の自由自在の 力を限ってしまつたところにある。<

 ここの箇所になるかと存じます。
 それに対して、安谷老師の評語は下記文章!

 > 実に面白い解釈である。ちょうど数学の問題で、題 意を勝手に変更してしまって、その変更した題意に 適合した答えをだしたようなものだから、面白いと いうのだ。<

 雅春先生は公案の題意を変更されたのち、その解答を見いだし、たぶんその時に仰りたかった、ご自分の心意を述べられておられます。その心意が雅春先生にとって最重要だったのではないかと存じます。
 ですから、公案をも駆使され、ご自分の心意を語られ、つまり、
 「多くの大衆の方々を良き方向に導き、救済運動を展開していく」ための題材だったのでしょう。

ももんが様の公案に対しての解釈は、

 >『 公案』と言うは、修行者の“心の眼”を開く為 の、道具とも言えましょ。<

 と述べられております。
 ですから、公案は心意を述べるための題材でなく、直面する人生そのものなのでしょう。

 また、云うまでもなく、安谷老師に取りましても、公案は、
  >自己暗示や、空想上の弄戯ではない。
 この 約束のもとで、立派に西来意に答えることのできる事実を発見させるのが、この公案の要点である。<
と。

 ですから、この西来意の公案に関しては、公案そのものに対する定義の違いから生じたことと思われます。
 ということから考えて、

 >雅春先生が、独参して、見性してたら 『無門関解釈』も、また、変わった本に成って いたでしょ。<

 というももんが様の夢も始めから幻だったと、私は思ってしまいます。

大変失礼な言い方をしてしまいまして申し訳ございませんでした。

 最後に申し添えておきますと、今回の公案解釈は安谷老師の仰るとおりかと私は思っておりますが、イエス然り、釈尊然りで、人類救済のために、既成宗教にメスを入れ、新しい生命をそそぎ込む方も時には必要かと存じております。

 そして、志恩さま!
 仏教の本を購入されたとのこと。志恩さまの求道心には頭が下がります。是非、内容についての建設的なお話し合いができればなあと思っております。

            合掌

1034志恩:2012/02/08(水) 08:02:39 ID:.QY5jUA6
1032:ももんがさま、と、
1033:役行者さまの、
   ご文章、拝見しました。お二人から、大変教えていただきました。
   ありがとうございました。

1035ももんが:2012/02/08(水) 10:05:53 ID:XXCuaQns
皆様、おはようございます。本日は、遅めで失礼いたしたす。本日も、曇り空で、肌寒いですね。でも、臘梅もチラホラ咲き始め、春は足音を忍ばせて参ります。生命の伊吹は、絶える事は無いのであります!神の子の命を心に纏い!さあ、皆様、元気、明るく、本日も、感謝感謝で、がんばりましょう!ありがとうございます。合掌、拝。


〜正法眼蔵・仏性〜


しるべし、『時節若至』は、十二時中不空過なり。『若至』は『既至』といはんがごとし。時節若至すれば、仏性不至なり。しかあればすなわち、時節すでにいたれば、これ仏性の現前なり。あるいは其理自彰なり。おほよそ時節の若至せざる時節いまだあらず、仏性の現前せざる仏性あらざるなり。


〜以下つづく



《私的意訳》

覚えておくべきである。『時節が来て現前した仏性』は、一日中、昼も、夜も、消え去ることは無いのです。だから『時節が来て現前した仏性』と呼ぶのであって、『元から現前した仏性』とはよばないのである。『時節が来て現前した仏性』は、仏性が無くなることが無いのであります。だから、其の筋道どうりに泉の如く現れるのである。
おおよそ、まだ、時節の至らず仏性が現れなくとも、その根本の仏性は心の奥に現前し、備わっているのであります。


今日も、大変、難しかったです。仏性を実相と変え読まれたら、より一層理解しやすそうでした。

では、今日も一日神の子として、真、善、美、を大切にがんばります!皆様、いってらいしゃ!ありがとうございます!合掌、拝。

1036ももんが:2012/02/08(水) 10:35:12 ID:XXCuaQns
役行者様、志恩様

役行者様、志恩様、おはようございます。そして、御返事ありがとうございます。感謝いたします。合掌、拝。


役行者様、一つだけ、蛇足なお話します。


安谷老師の弟子には、ラサール親父始め、たくさんの、カトリック神父様も、参禅されてました。これは、原田祖岳老師の基にも同じです。


安谷老師は、生長の家の『万教帰一』の標語を、お知りただった事でしょう。

教祖自ら、“虚”を捨てる事ができるか、禅で言うところの『百尺干頭、一歩飛ぶべし〜』、『死に斬って来い』
と言うのを、心から、待ち望まれたやも知れません。


確かに、これは、私の『想像の域』を出ないのかもしれません。


清超先生も、雅宣先生も、大変、目に見えない御苦労は、されてるのかなと?

これも、また、私個人の想像です。

そういう、意味では、上手く、融合させよとしてる感じは

これも、禅の解釈とは多少異なるようだが、『万教帰一』大変重い、言葉と、思ってます。


ありがとうございました。

本日は、寒いですから、暖かくして、お出かけください。感謝敬白、合掌、拝。

1037神の子さん:2012/02/08(水) 11:30:02 ID:kcv2QXTk

人生読本 谷口雅春先生著

重いと軽いは物の目方ではない

幼い子供には十キログラムの物では重くて持てませんが、
力士(すもうとり)には十キログラムの物では軽すぎます。
これでも分かりますとおり、重いと軽いとは物の目方ではないのです。
力の強い人には軽いし、力の弱い人には重いのです。

苦しいというのでも同じことです。
力の弱い人には苦しくても、力の強い人には楽しいのです。
「こんなに苦しい目に自分をあわせて」と人を恨む前に、
まず自分の弱いことを恥じねばなりません。
「こんなに苦しい仕事をさせて」と他(ひと)に腹を立てる前に、
まず自分の力の足りないことを残念に思わねばなりません。
そして苦しくても、難しくても、自分は「神の子」だからできないはずがないと、
「神の子の値打」を出すつもりで、その苦しいなかを通り抜けて行くのは楽しいことです。

将棋を差しても、碁を打っても、あまり弱い相手では面白くありません。
強い相手に負けないようにすることが楽しみなのです。
そして自分の力がつくのです。

(つづく)



みなさま こんにちは

a hope はこれから、ママ友とランチです!
今日は、昨日と打って変って、すばらしく良いお天気です。
おしゃべりにも花が咲くことでしょう...

それではわたしの大切な「生長の家」のみなさま、今日も素敵な一日でありますように!

1038役行者:2012/02/08(水) 12:58:38 ID:5gBsfbHY

 ももんがさま

>(安谷老師は)教祖自ら、“虚”を捨てる事ができるか、禅で言うところの『百尺干頭、一歩
飛ぶべし〜』、『死に斬って来い』
と言うのを、心から、待ち望まれたやも知れません。<

 ・・・私の立場からは何も申し上げられません。

 戦後日本に対して、第一線で愛国運動を定着させ得るくらいの実力者であり、
万教帰一という、全ての宗教の根本は、一つの真理から発している!と喝破され、
それはそれは、雅春先生は並々ならぬ方かと存じております。
 ですから、身近におられた特に、清超先生の目に見えないご苦労は言語に絶することと想像しております。
 もちろん、この高度経済成長も終焉を迎えた時期に先を読み、三代目として、
新たな時代の牽制役として、時代をリードしていかれようとされ、しかも、あら
ゆる物事に対して、またビジョンに対して、なるべく直感や思いつきに頼らず、
一歩、一歩、裏付けを取られながら進まれておられる、そのご努力だけでも、
想像を絶します。
 しかも宗教的にも万が一、二代目、三代目共に、参禅されておられたとしたら、
驚愕です!!
 もちろんこれらはすべて、私の妄想の域の話でございます。
 

 また、
 真実において一つになるという、万教帰一の教えは確かに深いです。
 すべてを生かし合い、共存共栄してゆく道は、一番難しい道なのかも知れませ
ん。
 きっと、すべてを凌駕してゆく道が、生長の家であるのでしょう!
           合掌

1039SAKURA:2012/02/08(水) 20:06:51 ID:FEa/NNlc
トキ様 へ
皆様 へ
【幸福を招く365章】 
■物質の運動は心の運動の影である

 分子も、原子も、電子も、互いに密着しているものは一つもないのである。
 だから、どの一つでも、互いにつづいていて動かされるものとてはない。
 分子も、原子も、電子も、「無」なるエーテルの中に泳いでいるのである。
 「無」を媒介として分子も原子も、電子も動くのである。
 この「無」は神秘不可思議なるものであって、
一切を動かす原動力となるものである。
 形にあらわれている分子、原子は、
その背後にある「非物質」なる「無」の運動の 影にすぎない。
「無」の中に一切があり、一切の運動がある。
形あるもの及びその運動は、其の投影であるのである。
吾々の手足の筋肉や、内臓や、脳髄裁縫の運動は、悉く、
この「無」の中のエネルギ―が、
その指示する方向に左右されて行われているのである。
その「無」とは心にほかならない。
                       谷口雅春著
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

どんな状況でも“心…”でどうにでもなると云う事でしょうか…?
物質はない!・・・心はある!・・・全て心で決まるのです〜〜ネ!
宇宙の神秘!不可思議なものも・・・心・・・心・・・と!
断固“心が決定”するわけで、そこの“訓練が大事”でしょうか?

亡き母の御霊様を見た瞬間から、人間は“霊”で成り立ってると分かり…
でもこの「現象世界」での“不平等な立場”は、やはり(原因追究しますと)…
“心”から“物質”に行く事と、ようやく分かりつつ、
今の私は「一心に祈り」に徹しています…。

「マザ−テレサ」並みでしょうか…?
必ずや【実現】!!

“心”つまり“心の運動”を、モット訓練しま〜〜す。    再合掌
PS;現状【新たなる問題】が発生しており…今“神からの啓示?”としまして、
“心の運動”!自由自在に操れるよう〜〜に ♫
それが“結果”として、此の現象世界に必ず現れる…。

今其の舞台設定を頂いているものと…思いつつ
ネガティブになりそうな時には?ポジティブにコントロールできます様に、
“ミュ−ジック 〜♫〜”聞きながら… スイッチ・モ−ド切り替えていますが…?

>トキ様は…どのような解釈・対処法されますでしょうか…?

1040トキ:2012/02/08(水) 21:25:20 ID:72AWazeo
SAKURA 様

 講師試験の試験官みたいですね。(笑)いや、なかなか立派な心構えですね。
マザーテレサですか。そのうち、SAKURA様の聖人になられる日が近いと思い
ます。

 私は、少し変わった解釈をしておりまして、心の持ち方は大事で、同時に
自分なりに心に振り回されないという観点も大事かと思っています。

 私という人間が、この世界に存在しているのは、両親をはじめ、多くの方々
のおかげで存在しているし、食物連鎖の頂点に立っているのは、何か使命があ
って存在しているとも思っています。

 そうすると、自分が存在するのは、何かの使命があるかれだと解釈しており
まして、何か役に立ちたい、他人様のお手伝いをしたい、と勝手に思っており
ます。それは、自分が出来る範囲で良いと思っています。

 気負う事なく、自然に動けたらいいなあ、と思っています。

 どうも、答えになってなくて、ごめんなさい。

1041SAKURA:2012/02/08(水) 22:17:40 ID:FEa/NNlc
トキ様 へ
こんばんは…

>講師試験の試験官みたいですね。(笑)いや、なかなか立派な心構えですね。
マザーテレサですか。そのうち、SAKURA様の聖人になられる日が近いと思い
ます<

先程の“解釈論”ありがとうございました…。(微笑)
唯今…此の「現象界」にて、”私=凡人”ですので… ><

これでは…イケナ〜〜〜〜イ!!
「聖人」の前に…此の「現象界の鉄の壁??」今!体当たりしながら??
”脱皮…”致しますのに…もがいて 〜♫〜
「独りよがり…」でしたでしょかしら〜〜〜ン?? 「内なる神」に問いかけ?

>自分が存在するのは、何かの使命があるかれだと解釈しており
まして、何か役に立ちたい、他人様のお手伝いをしたい、と勝手に思っており
ます。それは、自分が出来る範囲で良いと思っています<

当に!!そのとおりです〜〜ネ!!
”行動”の前に…上記の事を考えながら…「自分の使命感」考えて…

ありがとうございます…。 「素敵なアドバイス…」    再合掌

1042トキ:2012/02/08(水) 22:48:05 ID:72AWazeo
>>1032

ももんが様

 いやー、なかなか難しいテーマを頂戴して、考え込んでいました。

 ただ、ももんが様のご文章を拝読して思い出したのが、大井篤さんという海軍の高級将校だった
人が書いた、「海上護衛戦」という本の一節です。(大井さんは、輸送船の護衛を担当する部署の
副責任者だったみたいです。)

 戦争直前、海軍の指導部が会合を開き話し合いをいていたら、話題が日米戦争の勝算になりました。
 出席者は、海軍の将官が多く、実情を知っているので口々に
「日本とアメリカが戦争をしたら、勝てない。だから、戦争をすべきではない」という発言をした
のですが、最後に発言をした出席者の中で最も末席だった大井さんは
 「アメリカが経済封鎖をして物資が入って来ないから戦争をするというが、アメリカと戦争をしたら
輸送船が撃沈されて、かえって日本に入る物資が減る。だとしたら、そもそも戦争をする意味がない」
と返答をした、という話です。

 つまり、論点で言えば、大井さんの発言はずれています。しかし、結論に至る論理は正しいです。

 あと、思い出したのが、団藤重光さんという東大名誉教授のお話です。彼は、刑法と刑事訴訟法の大家で
東宮様の養育係もした方です。刑法には、共謀共同正犯という考え方があるみたいですが、彼は、その考え方
には強く反対しておりました。が、東大教授から最高裁の判事になると、一転して共謀共同正犯を認める判断
を下しました。彼は、それを著書の中で説明をしておりまして、要するに、学者としての良心と実務家として
の良心の違いを縷々説明をしております。(これは、法律に詳しい友人の受け売りです)

 と、全然、関係のない話を書きまして、どうもすみませんです。

では、おやすみなさい。

1043神の子さん:2012/02/09(木) 00:18:53 ID:/hI2dTKs

皇恩に感謝し、父母を拝み夫婦仲良く、兄弟仲良くしょう。

↑ こんな簡単な事なのに、本部よ!!どうした?? 大丈夫か???





簡単な事だと思うよ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

自分を キングオブキング king of king と自覚できるなら簡単な事だ!!

1044神の子さん:2012/02/09(木) 00:19:26 ID:/hI2dTKs

皇恩に感謝し、父母を拝み夫婦仲良く、兄弟仲良くしょう。

↑ こんな簡単な事なのに、本部よ!!どうした?? 大丈夫か???





簡単な事だと思うよ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

自分を キングオブキング king of king と自覚できるなら簡単な事だ!!

1045元職員:2012/02/09(木) 00:35:18 ID:???
トキ管理人様
ID:/hI2dTKsで書き込んでいる、白カモ会ならびに無名(神の子)は

あきらかな「あらし」だと思います(以前の大論争掲示板にも同じ人間がいました)

このような書き込みを放置したり擁護すると掲示板は「荒れ」て機能不全になります。

早く対処して戴くことを希望します。

(おそらく新大論争掲示板に出入りしている他宗教のカラカイ常習者であると思います。)

1046白龍:2012/02/09(木) 00:42:40 ID:/hI2dTKs
「いつか」ではない!「今」やるんだ

「不可能」ではない!「可能」にするんだ!「誰か」ではない!「自分」がやるんだ!

良い言葉だよねー!


また明日!




アラシのつもりないよ!!

内容の中でのご意見をお聞かせください。

1047白龍(白カモ会):2012/02/09(木) 00:50:04 ID:/hI2dTKs
>元職員さん

どの文章が

アラシに該当しますか??
ここは本流と違う。  文章番号と該当する文章のどこの箇所がアラシに該当すると
明確に返答をしてほしい。

まぁ、トキさんが今信徒一人一人が声を上げなくてはいけない、と言う
文面を見落としているのでは???

1048白龍(白カモ会):2012/02/09(木) 01:22:43 ID:/hI2dTKs
>元職員


??『管理人さ〜〜〜ん』とは?・・・・・?おっと! なんだ?親を呼びにいく子供のように・・・

私の文章に不審点があるなら自分の力で言いに来い!

しかし、この場所では迷惑だから、場所変更を希望する。

一言言わせて戴くが、私は2代目聖使命会員だ。(今回の事で休眠しているが)

貴殿の書き込みを読めば容易に
貴殿様を想像できる。・・・・・が言わない。 

私は君と仲良しの人物だ、応援している、大丈夫、安心しろ。



 管理人さん、ここのみ、元職員から依頼があれば、削除おっケイです。

1049白龍(白カモ会):2012/02/09(木) 01:26:54 ID:/hI2dTKs
すいません、元職員さんです。

1050白龍(白カモ会):2012/02/09(木) 01:33:34 ID:/hI2dTKs
2代よりもっと前かも知れない、取扱者だ。なんなら黄色い取扱者用の領収書も束になって自宅倉庫にあるぞ。
山のように・・・

1051白龍(白カモ会):2012/02/09(木) 05:11:38 ID:/hI2dTKs
さて、早朝行事を家族でするぞ!

元職員氏、今日の神想観は何? こっちは大日本だぞーーー!

1052トキ:2012/02/09(木) 10:13:03 ID:aqqb9bQw
白龍(白カモ会)様

 ご投稿、ありがとうございます。なかなか力が入っていますね。
愛国掲示版や大論争掲示版にも書かれていたので、情熱家だと思いました。
 ただ、短文をあちらこちらへ書かれるのは、誤解されると思います。

 どうでしょうか、短文もいいですが、現在のご自分のご心境とか教団へ
のメッセージなどをじっくりと書かれたほうが教団に方々にも参考になると
思います。

 期待しております。宜しくお願い申し上げます。

合掌 ありがとうございます

1053a hope:2012/02/09(木) 11:17:19 ID:kcv2QXTk

人生読本 谷口雅春先生著

できることなら馬鹿でもする


或る人が、仕事をやり損ねたときに弁解して、「私はできるだけのことをやったのです。
もうこれ以上はしかたありません」と申しました。
するとその主人が叱りつけて「できるだけのことなら、馬鹿でもする。
できるだけ以上のことをする者だけが偉くなるのだ」と申しました。

元帝展彫刻部の審査員の山根八春(やつはる)先生は、
ずいぶんすばらしい彫刻がおできになるのに、
「その作品を見せてください」とお願いすれば、
「今までのものは皆つまらないものです。
私の勉強はこれからです」とお答えになるのが常です。
私はそれには感心しました。

「もう私はできるだけした」と言って、自分の責任をのがれてしまったようにすませているものは、
その時よりは偉くなれないのです。
常に「できるだけ以上」をしようと志し、
常に「これからだ」と自分のうちにどれだけでも「出せば出る力」があると知って、
なおいっそう、その「自分の内の力」を出すようにする人が偉くなって出世するのです。

(つづく)


わたしは、時々「偉くなるって、何だろう?」って考えてしまいます。
スポーツで有名になったり、芸術的才能があったり、良い大学に入ったり、企業の重役に着いたりすば、
確かに肩書は、偉い人なのかも知れません。
でも、そういう夢をかなえたあと、いい気になって威張ってばかりいる人は、わたしは少しも尊敬できません。
夢を手にした後でも、常に謙虚で、威張らないで、いつまでも向上心を忘れないで、
努力し続ける人、そんな人が本当に偉い人っていうのではないのかなって思いました。

わたしも、いつまでも、自分を磨く向上心、忘れたくないです。

それでは、わたしの愛する「生長の家」のみなさま 今日も元気にお過ごしください!

1054ももんが:2012/02/09(木) 12:27:32 ID:XXCuaQns
皆様、こんにちは。本日は、暖かいですね。『仏の四無量心』祈り毎日やっております。あれ、『正法眼蔵』良く似てるなて、思うようになった、単純型の私ですが、皆様も、今日も、一日、心も体もポカポカで、笑顔笑顔で、家庭に、職場に、神の子満開ですごしましょう!ありがとうございます!感謝、合掌、拝。

〜正法眼蔵・仏性〜


第十二祖馬鳴尊者、十三祖のために仏性海をとくいはく、『山河大地皆依建立、三昧六通由茲発現《山河大地皆依つて建立し、三昧六通茲に由つて発現す》』。
しかあれば、この山河大地、みな仏性海なり。『皆依建立』といふは、建立せる正当恁麼時、これ山河大地なり。すでに『皆依建立』といふ、しるべし、仏性海のかたちはかくのごとし。さらに内外中間にかかはるべきにあらず。恁麼ならば、山河をみるは仏性をみるなり、仏性をみるは驢腮馬觜をみるなり。『皆依』は全依なり、依全なりと会取し、不会取するなり。

〜以下つづく


今日は、大変感銘を受ける箇所でしたが、非常に難しいかったです。

《心に残った箇所》
《《しかあれば、この山河大地、みな仏性海なり。『皆依建立』といふは、建立せる正当恁麼時、これ山河大地なり。すでに『皆依建立』といふ、しるべし、仏性海のかたちはかくのごとし。さらに内外中間にかかはるべきにあらず。恁麼ならば、山河をみるは仏性をみるなり、仏性をみるは驢腮馬觜をみるなり。『皆依』は全依なり、依全なりと会取し、不会取するなり。

《私的意訳》

《されども、この大地も山河も、『自己の仏性』の現れである。『皆依建立』というのは、『完全円満な仏性』が現れた姿が、山河や大地と成って現れているのである。
既に『皆依建立』ということは、仏性の海は、形と成つて、かくのごとく現れているのである。さらに、それは、自己の内、外に関係なく関わることが出来るのである。もし、そうの様な観方が、出来るなら、山河を観るは、自己の仏性《佛》を観ること、何気ない、日用品や小物でも仏性が宿っている、自己の仏性の現れでもあるのである。》


大変、皆様に伝えらるのが、難しいかったです。間違えてるかもしれません。体験的には、こう感じました。

今日は、ポカポカして、暖かいですね。皆様の、御仕事、御家庭が、完全円満でありますように、ありがとう、ありがとうで、がんばりましょ!ありがとう、ございます。合掌、拝

1055黒カモ:2012/02/09(木) 16:16:23 ID:a/RcVAnY
「白カモ」は正義だ。

「ここは生長の家に関する投稿は批判・悪口でも受け付ける。削除しない。」
と、管理人様が言った。

実際に下を見ろ。
「生長の家は哲学者ラカン以下だ。実相などなくて良い。」という発言に対して、
管理人様は、「どんな内容もどの投稿者も自由に討論ができる、という目的の達成に初心者様は大きな貢献をされた。
心から、感謝と敬意を表します。合掌。」と言ってるぜ。

白カモは正しい。何を言っても、生長の家に関する内容だから正義だ。


白カモ。遠慮するな。
俺も生長の家に関する不満を言わせてもらうぜ。 



「今の教え」と「本流復活」を考える・挨拶板

485 :初心者:2011/09/22(木) 17:49:58 ID:4IaAZAME
木綿豆腐様
実相は、あってもいいけど、なくてもいい。どっちでもいいです。

504 :初心者:2011/09/24(土) 10:34:23 ID:4IaAZAME
なんでもかんでも実相で説明することしかできない生長の家は、ラカン
の前では、あまりにも無力な存在に映るのであります。

519 :トキ:2011/09/25(日) 19:03:05 ID:BlE9Vn1Q
初心者様
 この掲示板の
当初の目的は、どんな内容もどの投稿者も自由に討論ができる、という場の
設立でしたが、初心者様は、その目的の達成に大きな貢献をされたと感じます。心から、感謝と敬意を表します。
合掌 ありがとうございます

1056黒カモ:2012/02/09(木) 16:16:58 ID:a/RcVAnY
「白カモ」は正義だ。

「ここは生長の家に関する投稿は批判・悪口でも受け付ける。削除しない。」
と、管理人様が言った。

実際に下を見ろ。
「生長の家は哲学者ラカン以下だ。実相などなくて良い。」という発言に対して、
管理人様は、「どんな内容もどの投稿者も自由に討論ができる、という目的の達成に初心者様は大きな貢献をされた。
心から、感謝と敬意を表します。合掌。」と言ってるぜ。

白カモは正しい。何を言っても、生長の家に関する内容だから正義だ。


白カモ。遠慮するな。
俺も生長の家に関する不満を言わせてもらうぜ。 



「今の教え」と「本流復活」を考える・挨拶板

485 :初心者:2011/09/22(木) 17:49:58 ID:4IaAZAME
木綿豆腐様
実相は、あってもいいけど、なくてもいい。どっちでもいいです。

504 :初心者:2011/09/24(土) 10:34:23 ID:4IaAZAME
なんでもかんでも実相で説明することしかできない生長の家は、ラカン
の前では、あまりにも無力な存在に映るのであります。

519 :トキ:2011/09/25(日) 19:03:05 ID:BlE9Vn1Q
初心者様
 この掲示板の
当初の目的は、どんな内容もどの投稿者も自由に討論ができる、という場の
設立でしたが、初心者様は、その目的の達成に大きな貢献をされたと感じます。心から、感謝と敬意を表します。
合掌 ありがとうございます

1057トキ:2012/02/09(木) 16:37:01 ID:aqqb9bQw
黒カモ 様

 原則として検閲はしませんが、その代わりに投稿者様にはそれなりの自制を
お願いしております。その点はご理解下さい。

特に同一の内容の投稿を複数の板へ書き込むのはご遠慮下さい。

合掌 ありがとうございます

管理人敬白

1058SAKURA:2012/02/09(木) 20:53:12 ID:FEa/NNlc
トキ様へ
皆様へ
こんばんは……
【幸福を招く365章】
■他の人の不幸を来す物を求めるな

あなたが神にお祈りになるときに、
「此の問題は神が欲したまうものでないかも知れぬ」と思ってはなりません。
そう云う考えがありますと、自分の心で自分の獲得を
制限することになるのであります。
神は無限のものを持ち給うのでありまして、
神の子たる吾らに無限に善きものを与えたまうと云うのが神意なのであります。
ただ吾々は自分だけ利益を得て、他の人は損になる云うことや、
自分のみが快楽を得て、他の人の苦痛や不快を得るようなことを
望んではならないのであります。
神はすべての人類を「吾が児」としてうみ給うたのでありますから、
他の犠牲において自己のみが幸福を得るようなことに賛成なさらないのであります。
その他のことなら幾ら豊富に求めても求め過ぎるという事はないのであります。

                         谷口雅春著

「今日の言葉」から世の中の全ては…【宇宙の法則】により成り立っているのでは?
思わずには居られません。
“過去の私”は、独りよがりが…??全面的に出ておりました様ですが、

「生命の実相」…読んで行く内に“心”の変化(心境)が出て来ているのです〜ネ!
相手に不幸を与える様な“モノ”は、当然【宇宙の法則】に従っていませんから、
何らかの形として現われて来ますから…
「神に求める事」は…
【与えよ…さらば与えられんの法則】に従いますと…無限に広がるのでしょう。

■今回の裁判は…

信者優先…??と申しますよりは??
正直申しまして…「幹部クラス・職員クラス」…優先の様に捉えられるのでは??
「幹部クラス…特に参議・理事会?の方々…」
高裁に臨まれました時の態度をお聞きしますと、そう取られても致し方ありません。

ですから…裁判官の判定として…【敗訴…】今回の裁判官は選んだでしょうか?
今回この様に、正直!思いました次第です。
これを、“好転”させますには【信者優先…行動力】
今からの日々の状態を必ずや?観ている人が、いますでしょう…その様に思えます。

昨日「トキ様からの言葉」より…判断いたしましたが?
「今日の言葉」から益々今の私は「雑魚石」ですが…必ず【ダイヤモンドに……】!!

この様に「現原宿教団…必ずや!ダイヤモンドの輝きを…」
その様に「お祈り」致します…。「最高裁…上告決意…」如何なものでしょうか?
                          再合掌

>トキ様へ
昨日は…此方も夜空から〜〜“雪の精〜♫〜”
天からの“メッセ−ジ!!”何かを…伝えたくって??「和解…大調和」
失礼ですが…「今日の言葉」から、どの様に解釈されましたでしょうか…??
「アドバイス」して頂きますと…幸いです…。

1059ハマナス:2012/02/09(木) 22:45:54 ID:u5mC.eb2

神の子の皆さま、ありがとうございます。

   “真に純粋な宗教 ”  『新版生活の智慧365章』P.52より

 この宗教でなければ人間の魂が救われないなどという宗教は、一種の
党派の党派的根性を有する利己的集団としての性格をもっているのである。
その××教でなければ救われないのだったら、その宗教が出現するまでの
人類の魂は永遠に救われないことになるのである。神様はそのような
杜漏(ずろう)な、頼りない、抜け目だらけな方であるはずはないのである。

 人間の魂が救われるのは、宗教の名称や、徒党的集団や本尊として形式的に
祀ってある物資の掛け軸によるのではなく、「真理」のよるのである。
真理は“××教“と称するような宗教、集団、教団などの出現した其の以前から、
始めなき太初め(はじめ)から、久遠に存在するのであるから、人類は、どんな
宗教の発生する以前からも救われていたのである。その「真理」を純粋に説くのが
生長の家である。生長の家くらい純粋に真理を説く宗教は他にないのである。

 創価学会が生長の家の悪口(あっこう)を言う材料に常に使っているのは、
「生長の家は色々の宗教の良い所をとってミックスしたのであって、純粋でない。
創価学会は日蓮上人だけの教えを純粋に説くのだから純粋だ。そんな色々の宗教
の寄せ集めとは違うのだ」という言い方である。

併し、日蓮は末法に相応(ふさわ)しい教えを説いたのであって、あらゆる
時間に通ずる純粋な真理ではないのであって、「末法」という「時」の要素が
混入しているのである。それだけ時代迎合であって純粋ではないのである。
本当に純粋なる真理は時間空間を超えて何時でも何処でも何人をも救う真理が
純粋なのである。生長の家こそ本当に純粋の真理を説く宗教なのである。

1060a hope:2012/02/10(金) 08:36:26 ID:kcv2QXTk

人生読本 谷口雅春先生著

「出せば出る力」とは何


この自分の内に在るところの「出せば出る力」を「神様」言い、「仏様」と言うのです。
あなたの中に神様の力が入っていて、自分で呼吸(いき)をしようと思わないでも、
寝ている間にでも、ちゃんと呼吸させていてくださるのは、この神様の力が皆さんの中にいて、
呼吸をさせていてくださっているのです。

自分で生まれようと思わないでも生まれて来、お母様のお腹に入ろうと思わないでも、
いつの間にかお母様のお腹にいて、何も自分で大きくなろうと考えないでも大きくなって、
この世にオギャアと生れて来たのも、目に見えない神さまの力なのです。

まったく吾々はこの神様の力で生まれて来、この神様の力で育てられて来、
この神様の力で養われてきたのです。

(つづく)




みなさま、おはようございます。
今日もとても良いお天気ですね。
わが家のリビングには、東側に大きな窓があって朝日が入ります。
わたしは、まだ暗いうちから、朝日が昇る方にまっすぐ向いて神想観をします。
他の時間、他の場所でするよりも、ずーと集中できます。
太陽のエネルギーが自分に入ってくるようで、体がじわじわとしてとても気持ちがいいです。

子どもたちも皆、元気に学校に行ってくれたので、これからウォーキングに行ってきますね。
昨日、日当たりのいいお宅のお庭の梅の花が、ひとつだけ咲いていました!
今日は、いくつ咲いているでしょうか...楽しみです。

それでは、わたしの愛する「生長の家」のみなさま、今日も素晴らしい一日をお過ごしください!

1061ももんが:2012/02/10(金) 13:16:34 ID:XXCuaQns
皆様、こんにちは。本日は、陽気も良く、ポカポカして、暖かいですね。本日も、嬉しく、楽しく、笑顔で、明るく、楽しく、すごしましょう!ありがとうございます!合掌、拝。


〜正法眼蔵・仏性〜

『三昧六通由茲発現』。しるべし、諸三昧の発現未現、おなじく皆依仏性なり。全六通の由茲不由茲、ともに皆依仏性なり。六神通はただ阿笈摩教にいう六神通にあらず。六といふは、前三々後三々を六神通ハラ密といふ。しかあれば、六神通は明々百草頭、明々仏祖意なりと参究することなかれ。六神通に滯累せしむといへども、仏性海の朝宗に罫礙するものなり。


〜以下つづく

今日の御文章は、特には、ここの、部分が、印象に残りました。

<<六神通に滯累せしむといへども、仏性海の朝宗に罫礙するものなり。>>

《私的意訳》

『仏の神通力を備えていたといえども、全ては、仏性海の中に元からあったということである。』

今日も、大変難しかったです。

今日は、ポカポカして、気持ちが、いいです。春を感じなが、嬉しく、楽しく、がんばりましょ!ありがとうございます。

感謝、合掌、拝。

1062トキ:2012/02/10(金) 14:34:40 ID:0a6rzE8o
>>1061

ももんが様

 昨日は山ちゃん1952様の返事を書いていて、お返事ができなくてごめんなさい。

 いい言葉ですね。よく噛み締めます。

1063「訊け」管理人:2012/02/10(金) 21:11:00 ID:???

 忘れぬうちに「掲載しとこ」な話を一件。

 本日も教化部へ行きまして早朝神想観に参加して参りました。そこでKさんというお姉さま(60歳代)に関する、仰天の体験談がありましたのでご紹介します。
 Kさんですが先日、卓球をしておりました模様。そうしましたら急に「ガクッ!」てな感じでその場に崩れ落ちたんだそうです。ああなんか、背中が痛むなあ・・・でも私は大丈夫、だって神の子なんですもの、オホホホホ・・・(中略)・・・まあそんな感じでいたそうです。
 ・・・しかし背中が痛みます。あらら、雅宣総裁も来られるのに講習会、行けるのかしら。まあいいわ、行きましょう、だって私は神の子ですもの、オホホホホ・・・(中略)・・・そんな感じで先日は講習会、参加された様です。聖歌隊にも参加され、熱唱されるお姉さまのご様子も確認した私です。間違いなくあの場に、おられました。

 ・・・・で、長い話をはしょって話ますが、このKお姉さま、ナント、 背 骨 が 折 れ て い た そうです(笑)もう笑っちゃいけないんですが、なーんで背骨、折れててあんなことしてんのよ(笑)ていうか、出来んのよ(笑)もー尋常じゃない神の子じゃないですか、Kお姉さま(笑)
 今度見舞いに行こうかと思ってますが、医者曰く「・・・あんた、何者?」だったそうで(笑)いやーそれにしても光明思想って、すごいですね(笑)「雅春先生―雅春先生―!!」てな感じで名前を唱えていたそうですが、いやそれでも、背骨折れてて講習会(しかも聖歌隊)デ キ ル の か 普 通 ?(笑)

1064志恩:2012/02/10(金) 22:24:02 ID:.QY5jUA6
背骨折れてても、痛いながらも、そんなに、あれこれ、できるものなんですね。
おどろきです。
デキルお姉様、すばらしいというべきか、にぶいというべきか。
それにしても、神の子お姉様、無事で、よかったこと。

1065ももんが:2012/02/10(金) 22:34:40 ID:XXCuaQns
>>1062

トキ様

トキ様、御返事、大変遅くなって、すいません。私の投稿文に、丁寧なコメントありがとうございます。感謝感激、合掌、拝。


私の通ってた、参禅会に、生長の家の女性講師の方が、きましてね。見性して、心の問題を解決した人が、いましたよ。

私も、大変仲良くさせてもらいました。


トキ様、本流派の人は、まだ、安谷老師の件で、騒いでるね。でも、安谷老師と内の先代老師は、同門だから、基本的に内容は同じです。

文章だけ読んで、知った気に成ってる本流派の特徴が出てる。そして、何をしたいのかも、良くわかってきました。
眼蔵も、確かに、専門の眼蔵家の見解を聞けば、それなりだろが、自分の心の目を持って、読み込むからそ、心の底に響くと言うものである。


心とは、打てば響く鐘の声です。宗教とは体験です。


トキ様、いつも、色々と、ご面倒おかけします。でも、真面目な、教団の人々たくさん来て良かったですね。私も嬉しく感じてます。感謝敬白、合掌、拝。

1066SAKURA:2012/02/10(金) 22:37:38 ID:FEa/NNlc
トキ様 へ
皆様 へ

【幸福を招く生活365章…】
■先ず「内」なる宝を発見せよ

 吾々は自己が神の子として、自己の内に与えられている力を自覚
 することを先ず目標としなければならない。
 外の宝を求めるよりも、先ず自分の内にある「宝」を
発見することを先に しなければならない。
外の力に頼るな。先ず自分を発見せよ。
自分の内の力を発見したら先ずその力を働かせることが必要である。
祈っただけで何もしないでいることは、
電気の存在を知っただけで、発電装置を作らず、
スイッチを入れないのとおなじである。
それでは、電気は存在すれども何の効果もあらわさないのと同じように、
神は存在すれども何の効果(おかげ)もあらわれないのである。
                           谷口雅春著
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

【内なる神】を先ず!観ること…【他人の芝生】ばかり見て、行きますと…
何か見失う事も有ります〜〜〜〜ヨネ!
内なる【宝…】とは、“自信過剰”ではないものと思います。
今の私の「目標…」をしっかり把握する事でしょうか…??
それには【自信=心の世界】では……と思います。
「外からではなく内から研く事」も…

今!思えば…全て!「心がスイッチを握っている」事なのでしょうか……??
私も“宝”は…現在!!前に〜前に〜♫〜進む事なのでしょうか〜〜しらん???
【無限に成長する魂の心】を、自覚する!!
更に、“自信”になり…それが“拡張”しながら〜〜〜♫
【無限に広がる夢】が…【実現する事】が…

■ 【私の目標=宝……自信力!!】
スイッチオン…スタ−ト・ミ−・アップ!!で〜〜〜〜す☆
【目標=行動…】〜♫〜広がる世界に挑戦中〜♫〜です…?
                         再合掌

1068トキ:2012/02/10(金) 22:40:07 ID:0a6rzE8o
>>1066


 いつも素晴らしいご投稿、ありがとうございます。
感謝しております。楽しみに拝読しております。

1069トキ:2012/02/10(金) 22:52:26 ID:0a6rzE8o
ももんが様

 ご投稿、ありがとうございました。

真面目な投稿者様が増えた事は感謝しております。管理人はふざけているのですのに(笑)
これも、多くの投稿者様、閲覧者様のおかげと感謝しております。

 では、これからも宜しくお願い申し上げます。

合掌 ありがとうございます

1070ハマナス:2012/02/11(土) 00:01:01 ID:6pGOA1yk

神の子の皆さま、ありがとうございます。

“諸教の純粋性のみを抽出する” 『新版生活の智慧365章』P.53より

 生長の家の聖典に、釈尊はこう宣われた。親鸞はこのように説いた。天理教祖は
斯う云った。イエス斯うして病気を癒したなどと色々の事例を引用してあるから、
それは色々混ぜ合わせのミックス教だと誤解たり、殊更に誹謗(ひぼう)したりする
人があるけれども、教説を色々の宗教の教祖の言葉からもって来るのは、それら世を
照らす燈台たるべき宗教が、各々の教祖の教えから脱線して、恰(あたか)も燈が
消え、又は消えかかった状態になっていて救済力が無くなっているから、それに燈を
点ずるためであって、決してそれらを混合(ミックス)して合成するためではない
のである。雨後の筍のように生じては消えるものは別として、数百年も続いて信仰
の消えない宗教には、どの宗教にも立派な人間救済の真理が宿っているのであるけれ
ども、発祥の時代の風俗・習慣・常識等の混合物が夾雑(きょうざつ)しており、
その混合物は純粋でないから、時代の移り変わりにつれて錆びて来て光を発しなく
なっているのである。それで時代的な夾雑物をとり去り、教祖の教えのうち純粋なる
部分のみを抽出することに成功したのが生長の家なのである。

 さて各宗の人間救済の真理の純分を抽出してみると、どの宗教も、同一の「真理」に
帰一することが判ったのである。”万教帰一同一真理“とはこの事であって、その
純粋なる真理のみを純粋に生長の家は説くのである。各宗の真理の寄せ集めのように
見えるのは、佐渡の金山からも、足尾の銅山からも、北海道の鴻之舞の金鉱からも
その鉱石を取り寄せて、それから金の純分を抽出するようなものである。
そしてどの鉱山から採掘した鉱石にも同一の金の純分があるのを抽出し、その純粋の
”黄金の真理“を人々に与えて人々を現世的にも幸福にし、その霊魂を救うのである。
素材として鉱石を諸方から取り寄せたからとて、それはミックスするのではなく真理
の純分を抽出するためであって、生長の家くらい純粋に真理を説く宗教はないのである。
而(しか)も祖先伝来の他の宗教そのままでいて真理の純分が得られるようにして
あげるので、少しも我利的党派根性のない純粋無我の宗教が生長の家なのである。


 万教帰一について、わかりやすくお書きになられておられます。
 明日は、建国記念日です。地元の行事に参加したいと思っています。
 皆さま、おやすみなさい。

1071ももんが:2012/02/11(土) 07:26:44 ID:XXCuaQns
皆様、おはようございます。本日も、素晴らしい、朝が、やって参りました!元気に、明るく、笑顔で、楽しく、がんばりましょ!合掌、拝。

『ありがとう』は、素晴らしい!

これが、1日何回出来るか!実験中です!

良いこと、たくさん、有るといいなー!

では、皆様にも『ありがとう』の太陽があると、よいですね。今日も、嬉しく、楽しく、明るくなるように、がんばりましょう!ありがとうございます。合掌、拝。(今日は、神想観すばらしかったです)

1072a hope:2012/02/11(土) 08:32:05 ID:kcv2QXTk

人生読本 谷口雅春先生著

人間はみな神の子


だから、あなたは今までお父さまとお母さまの子だと思っていたでしょうが、
その元は神様の子だったのです。あなたが神様の子ならば、お隣の次郎さんも、
そのまたお隣の花子さんもみな神の子なのです。
だから本当はみんなとても偉いのです。神様の子である皆さんも偉ければ、
神様の子を生んだお父さまやお母さまも偉いのです。

皆さんは今まで、自分をそんなに偉いと思っていなかったでしょう。
自分が神様の子だなんて、こんなうれしいことはないではありませんか。
そうすると、その神様の子であるあなたを生んだお父さまやお母さまは素晴らしい方じゃありませんか。
皆さん、お父さまやお母さまに感謝しましょうね。

蟇口(がまぐち)の中にお金がたくさん入っていても、蟇口がカラッポだと思っている間は、
おもちゃ屋の前を通っても、お菓子屋に大好きなお菓子がならんでいても買うことができないで、
お金があればあのお菓子が買えるのになあ、と考えながら通り過ぎてしまうよりしかたがありますまい。
それと同じように、人間はみんな神様の子だから、神様のように何でもどんどんできるはずだのに、

あなたが、「自分は学問のできない子なのだ、算数は七、八十点よりとれないのだ」
などと考えているのは、おかしな話なのです。
神様の子供が、国語や算数に七、八十点とったり五、六十点をつけられたりするなんて、
考えてもおかしい話じゃありませか。
皆なそれは自分の中にある「神の子の値打」を、あるのに「無い」と思っているから出ないのですよ。
自分の中に「神の子の値打」があるのだ、いつでもこの本当の事を思い出してください。
毎日毎日この本当のことを思い出すようにしていたら、「神の子の値打」が出、
「神の子の力」が出て来るのです。

力が出ないのは力が無いからではなく、力があることを忘れているからなのです。
蟇口にはお金がたくさん入っていても、それを知らなかったら何も買えないと同じように、
自分は神様の子だから神様と同じ力があるのだ、また、いつでも神様がついていてくれて、
入用な時はどんどん力を出してくださるのだということを知らなかったら、
算数で七、八十点とったり国語ができなくて困ったりお仕事を仕損じたりするのです。
ですから、勉強している時でも、遊んでいる時でも、お仕事をしている時でも、
自分は神様の子だから神様がついていて下さるから、なんでもできるのだということを忘れてはなりません。

(つづき)


みなさま おはようございます。
今日もまた、素晴らしく良いお天気ですね。
朝焼けが、とてもきれいでした。

わが家はこれから、お出かけです。
エンジェルはお留守番でちょっとかわいそうですが...

それでは、わたしの大切な「生長の家」のみなさま、今日も素晴らしい一日をお過ごしください!

1073SAKURA:2012/02/11(土) 23:03:27 ID:FEa/NNlc
トキ様 へ
皆様 へ

本日は「建国記念日…」やはり日本国民と致しましては?
【日本国のかたち???】これからの行く末…真剣に考えてしまいますが…
更に「生長の家…」現状を踏まえまして…
未来の??【「生長の家」のあり方…如何に?と…自問自答してしまいます…。

【生命の実相 35巻…】

生長お家ではまず内在せる神というものを
「われわれの内にやどっているところの無限の善さ」と定義いたします。
無限の善さ、無限の愛、無限の深切さ無限の美しさ―――
そんな尊いものが、われわれ人間の中には宿っているのであります。
その無限の善さが、少しでも余計出れば、われわれは歓びを感ずる。
喜ばずにはおれない。そしてさらにその善さをいっそう余計にあらわしたい、
そして遂に無限にまで到達したく、希うところの、無限に対する要求というものが、
わがうちにやどっているのです。
解りやすい例お引けばわれわれが金を儲ける、
百円儲ける、百円欲しいナと思っている時に百円与えられましても、
それで満足できずに、今度は百円ではつまらない、
二百円欲しい。二百円儲けると、また千円欲しい。
千円儲けるとまた千円ではつまらない。
一万円欲しい。一万円儲けるとまた一万円つまらない、百万円欲しい。
また今度は千万円欲しい、さらに一億円欲しいというように、
さらにさらに…無限にまで、その欲望または憧憬(どうけい)が到達するのです。
そういうように、われわれのうちには無限に対する憧れが宿っている。
無限を発揮するまでは、それを憧れ求めずにはおられない。
それは何故であるか?それは「無限なるもの」自分のうちにすでに宿っているからです。
そして、その無限なるもの―――無限の善さ、無限の美しさが、
われわれの念のレンズをとおして、意識なり、観念を指導すべく、
ある標準を示した場合、これを、理想と言います。
ですから理想というものは、形には見えないけれども、
われわれの内部に 宿っているのであります。
芸術家が絵を描くにしても、彫刻をするにしても、
まだ十分自分に内在する「美」が開発されていない時分には、
先生の彫刻や絵画を見まして「先生のように、あんなに巧く描けたらいい」
と思いますが、だいぶ描けるようになると、まだまだこれでは足りないというように、
理想がもう一歩前進する。
そして、より完全なものを欲するということになるのです。
かくして、現象の上の理想の殻が一枚一枚破れて、常により高い理想が
内部から掲げられることになります。
つまり、理想はそのまた奥にあるところの理念によって動かされ、
進化されているのであって、われわれに、たえず、理想をもたせ、
標準を持たせ、規範をもたせている、その「奥にあるところの理念」が、
すなわち神であります。
この内在の神性――すなわち理念――は無限に完全なものですから、
現象界でこれだけ到達したら、
もうその理念が完全に表現され終わったということはないのです。
かくのごとくして、現象の上で、内部から現われた理想が飽和されると、
自分の奥の奥にある理念と比較して、まだまだ不完全だということになり、
今の状態、現れている状態に不満が感ぜられるのであります。
そして、こういう思考のprocess(過程)は理念によって現象を照らし、
さらに現象の立場から理念を眺めた場合に導き出されてくる反照作用でありまして、
その微妙な反照作用を考慮に入れて、実相、すなわち理念の自性を考察するとき
自己内在の神性がわかるのです。    
                         (谷口雅春著)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

人間の欲望ははかり知れないものを……
先生は描写的に、書いておられます〜ョネ!
確かに【希望が叶う】と…無限に「夢」が広がります〜〜モノ〜〜☆
無限に広がる……!!!!
              <つづく>           No.1

1074SAKURA:2012/02/11(土) 23:05:07 ID:FEa/NNlc
<つづく>           No.2

先生の言われますのは…??【内在=神=心】なのでしょうか…??
【心で世界を作るとの事】・・・【無限=理想=理念=意識…】?
これがわかりますと…全てが“心”ですから【心=神】なんです〜〜ネ!

此処が“ポイント”なのでしょう!!
ある所にて、「スポ−ツ」をしたとします…。
最初?なれない時は“痛み”が顔に出てしまう事もありますよ〜〜ネ?
そうしますと…【イタイ!!】が先ですから…“悲痛な顔”に!
いつの間にか〜〜??“顔も形成されていく”…つまり“悲痛な顔”に!
当の本人は、痛みをこらえて“格闘”していますが…

結果的には、それが表情として残ってしまいます〜〜〜ョネ!
結局その様に【姿・形…】に出てきます。
そのような時は。【心でイメ−ジを変える!!】
“イタイ”と想念するのではな〜〜〜く?“笑った姿”を想像…強く想念〜〜〜?
【イメ−ジ!!】化に……
気がつきますと!“涼しい顔で表情がよく人相まで”…グ−!!グ−!!(微笑)
此処まの到達イメ−ジ…

これを思いますと
【運動をする欲――>理想――>理念(心)―――>意識(笑顔)実相】

この様に…潜在意識で…【現教団側上告…??敗訴?】
更に【弁護士…要望する人材が?いない】
正直頭ごなしに、【否定】されています様に思いますが……?

今の私は…「総裁・副総裁…白鳩会長・副会長」私なりの判断で「イメ−ジ化」…
元々…根底が「兄弟紛争の内輪モメ…」と判断いたしておりますから…

【大調和の神示】これを【実相…】として描きまして…
あくまでも……
■信者による…信者の為の…「生長の家」それが…【人類光明化運動】

この様に考えてしまうのですが……??
                             再合掌
PS:
トキ様…「今日の投稿文章」から…どのように解釈されますでしょうか?
アドバイスを頂きますと…幸いですが??

1075ももんが:2012/02/11(土) 23:52:02 ID:XXCuaQns
皆様、こんばわ。今日は、建国記念日でしたね。私は、氏神である『鹿島神社』に朝、御参りしてから、本日は用事がありましたので、出掛けました。


〜正法眼蔵髄聞記第三〜

示して云く、学道の人、身心を放下して一向に仏法に入るべし。古人云く、百尺竿頭如何進歩(ひゃくしゃくかんとういかんがほをすすめん)と。然あれば百尺の竿頭にのぼりて、足をはなたば死ぬべしと思うて、つよく取りつく心のあるなり。其れを一歩進めよと云ふは、よもあしからじと思ひ切りて、身命を放下するやうに、渡世の業よりはじめて一身の活計に到るまで、思ひすつべきなり。其れを捨てざらんほどはいかに頭燃を払ふて学道するやうなりとも、道を得ることはかなふべからざるなり。ただ思い切りて身心とも放下すべきなり。


《私的意訳》

ついでに言われた、坐禅修行をする人は、身も心も捨てるようにして仏法(坐禅)に取り組まなくてはいけない。
昔の修行者の言われるには、百尺竿頭いかでか歩を進めよと。然あれば、百尺の竿頭にのぼり、足を離せば死ぬべしと思う、強い取りつく心がある。其れを勇気を持って一歩進めよと云うは、進んでも悪いことはおこるまいと思いきって身命を放棄するよに、世の人々を教化する行為から以下、自分の一身の生活設計に到るまでを思い捨てることである。もしそれを捨て得ないほどならば、頭に火が付いてる燃えてるのを払いのける様に、一刻の余裕もしに、坐禅修行するようであっても、仏道を体得する事はかなうことがないのである。ただ、思いきって、身心を放下するやうに修行していかなくてはならないと。

今日は、建国記念日でした。髄聞記で、いつも、心にのこる部分を書いてみました。

では、では、おやすみなさい。合掌、拝。

1076ももんが:2012/02/12(日) 06:58:06 ID:XXCuaQns
皆様、おはようございます。本日も、素晴らしい、朝が、やって参りました!嬉しく、楽しく、明るく、感謝、感謝でまいりましょう!ありがとうございます。合掌、拝。


〜幸福の秘訣より〜
《この世では誰でも『幸福になりたい』と思ってる。では幸福になると、どんな心持ちにだろか。》〜
谷口清超著・『ありがとう』はすばらしいより。


さあ?皆様、誰も『幸福になりたい』のだろ?

だが、その根本の幸福とは、一帯なんであろう?
皆様、其々、お答えになられるでありましょう。
今日の私の心に残る一節でした。

それでは、今日も一日、嬉しく、楽しく、明るく、素晴らしい日をお過ごしください。ありがとうございます。合掌、拝。

1077a hope:2012/02/12(日) 12:30:18 ID:kcv2QXTk

人生読本 

人間にも品物にも挨拶せよ

道でお友だちにあって、「今日(こんにちは)は......」と挨拶するのも、
今までは何の気なしにしていましたが、本当は神様の子が神様の子に挨拶していたのです。
人間は、大人でも児童でもみんな神様の子だったのです。
今までは、鉛筆でも紙でも雑記帳でも気にもとめずに使っていましたが、
本当は「人間」という神様の子が、神様の子の為につくってくださったのです。
ありがとうございます、と挨拶しなければ使えないような気がいたしましょう。

私達はお食事をいただくことを忘れても、自分が神様の子であるということを忘れてはなりません。
このことを忘れてくると、いろいろな嫌なことがでてくるのです。
病気になったり、学問ができなくなったりするのです。
また神の子が豚の子の行いをしないように気をつけることです。
いくら自分が神様の子供だと解っても、豚の子のような行いをしていたらなんにもなりません。
神様の子が人の悪口を言ったり、弱い物をいじめたり、
人を陥れて自分ばかりよい子になろうとするのもとても変ではありませんか。
だいいち、自分が神様の子だということが解ったら、そんなことはできません。

では皆さん、今日から自分が神様の子であるということを忘れずに、
神様の子らしい行いをすることにしましょう。
そうすれば、だいいち心がうれしくなって顔がにこにこしてきます。
毎日にこにこ笑って暮らすのが神様の子の本当の姿なのです。
あなた達でも、にこにこしている人の側にゆくと、
心がのびのびしてきて言葉ひとつもかけてみたくなるでしょう。
いつもにこにこ、人に親切にしている人は多くの人達に可愛がられ、
思いがけないところからお褒めの言葉をいただいたり、成績がよくなったり、
あてにもしないところから御褒美を送られたりして、善いことばかりがやってくるようになるのです。
世の中は、みんな自分の心しだいなのです。成績がよくなるのも悪くなるのも、
みんな自分の心しだいなのです。
毎日この本を読んで、人間は神の子、無限に立派な者だということを思い出し、
心の中から、人間の中味から、偉い人になりましょう。

(つづく)




みなさま こんにちは


わたしの好きな「詩」を紹介します。

ひとりの憂いを癒し得ば
ひとりの涙をぬぐい得ば
弱りし一羽の小鳥をば
救けてその巣に戻し得ば
わは生涯はむだならず

エミリー・ディキンソン


日本を救うとか、世界を救うとか、自然を守るとか、
何もそんなに大きなことをしようとしなくてもいいんじゃないですか...?
喧嘩している家族と仲直りすること、
まわりの人を幸せな気分にしてあげること、
そんなこともできない人にいったい何ができるというのでしょうか...?


今日も素晴らしい日曜日です。
わたしの愛する「生長の家」のみなさま、ご家族を大切にしてくださいね!

1078a hope:2012/02/12(日) 12:41:59 ID:kcv2QXTk

訂正
エミリー・ディキンソンの詩の最後の一行

わは生涯はむだならず → わが生涯はむだならず

1079復興G:2012/02/12(日) 13:31:47 ID:ojEbkDH2

 私は今、「法燈継承」ということについて、考えています。
 「法燈継承」は、過去のことではない。
 「法燈継承」は、「今」のことである。
 「法燈継承」は、外のことではない。「法燈継承」は、他者のことではない。それは、自分のことである。
 「法燈継承」は、総裁お一人のことと考えるべきではなく、生長の家信徒一人一人が皆、各自の内に「法燈継承」をすべきなのではないか──と。

 「法燈」とは、何でしょうか。
 谷口雅春先生が神啓を受けて悟られた「真理の火」である。
 それは──
 「肉体なし」「現象本来なし」と過去の自分を否定し、「あるものは唯神のみなり」「我神なり」「すべては我が心の展開なり」と自覚する。
 そしてすべての人を神の子として礼拝し、「今起て!」と真理の火をすべての人に点じて行く。
 ──その真理の火が、「法燈」である。
 その「法燈継承」の時は、「今」なのである。
 それが、「今、起て!」ということなのである。──と。

 真理への道はただ一つ、「人間は神の子だ」ということである。
 和解への道はただ一つ、「人間は神の子だ」という「法燈継承」を、全信徒が行うことである。
 それなくして、相手を責めてばかりいては「和解」はできず、「和解」ができなければ生長の家はつぶれてしまう。生長の家が潰れれば、「万教帰一」がなくなり、人類の恒久平和はあり得なくなるのである。
 もはや、絶体絶命の時が来たのである。

 さあ、「今」全信徒が「法燈」を継承すべく、起ち上がろうではありませんか。

1080志恩:2012/02/12(日) 14:29:29 ID:.QY5jUA6
復興Gさま

敬礼。
閣下、お久しぶりです。
きけく〜ん、げんきですか?あなたの敬愛する閣下が、やっとお越しになられましたよ〜〜!
訊け君、もう、なんでも好きな様にしていいですから、元気で出て来て下さい。
だいじょうぶ、あなたの味方は、何人もいますから。へたれにならないでください。
私、訊け君を、見切ることは、ないですから。だいじょうぶです。今朝の発言は、撤回します。

ところで、閣下、
「法燈」は、過去の事でなく、今のことなのですね。
互いに責めてる場合じゃない、ということで。自分自身が、自分の肉体、現象、過去、すべて否定し、、、。
ほんとは、
復興Gさまが、総裁先生に会われて、「我を捨てて、今、起たれよ」と、説得してくださると、一番いいのですけれどね。
そう,思ってしまいますが
そうではなく、
生長の家の信徒一人一人、各々が、各自の内に「法燈継承」をするべきとき、それが、いまである。ですか?
はずかしいことに、私は、すごい我が出ていました。
先祖が、あれだけ奉納してきたのに、裁判になんかに使ってさ、みたいな。愚痴が出て。

我が家のことは、すべて水に流しました。
いまから、閣下が教えて下さったように、自分自身を見つめ直します。
ありがとうございます。

1081鳩と葉っぱ:2012/02/12(日) 14:29:33 ID:nBoNxzMc
潰れないよ・・・そもそも生長の家は無いんだよ。この世には。

1082復興G:2012/02/12(日) 15:24:00 ID:ojEbkDH2

>>1081 :鳩と葉っぱ 様。

そうでしたね。
己を無にして、空っぽになって、喜んで、この世にはない生長の家を、この世にあらわして行きましょう。

1083志恩:2012/02/12(日) 15:24:57 ID:.QY5jUA6
復興Gさま

今、しばらく瞑目合掌して、閣下のおっしゃる通りを、腹のそこから念じておりました。
それで、自分が自覚して、祈る以外の言動としては、やはり、ここへ気持ちを表現することは、
佳くなるためには、必要だと思いました。

例えば、訊け君は、訊け君の思いを言い、叩かれたらそれは、それで意見交換できたのですから、
良しと、受け取ればよく。.反論の反論があれば、また自由に言えばいいと思います。

あとは、ここをご覧の皆様が、ご自分の考えと照らし合わせて、行動に移される方も、
多くおられると存じます。

本部だって、いろいろ言われているので、本気で見直す機会が与えられたのでは、ないでしょうか。
黙っていましたら、何も気がつかれませんよ。

1084SAKURA:2012/02/12(日) 18:51:44 ID:egiWtXGk
トキ様 へ
こんばんは…

今日は…朝から…晴天です。小春日和??と思われるぐらいルン〜ルン〜気分?
“陽だまり”の中に…もうそこまで…“春の足音”
そして…先日「トキ様…」がおっしゃいました「最高裁への上告」決定か?否か?
信者と致しましても…関心がどうしてもそちらに向いてしまします…。

■昨日…【生命の実相】拝読いたしました時…今の私の“心境”にフィットします、
項目内容でした…。
いつものように〜〜投稿者皆様の【情熱的・かつ価値ある投稿が…】多く
奥の間〜〜〜に入りました様で…再度【投稿…】させていただきます。
ご意見を、いただきますと幸いに存じます…。

1073:SAKURA:2012/02/11(土) 23:03:27 ID:FEa/NNlc
トキ様 へ
皆様 へ

本日は「建国記念日…」やはり日本国民と致しましては?
【日本国のかたち???】これからの行く末…真剣に考えてしまいますが…
更に「生長の家…」現状を踏まえまして…
未来の??【「生長の家」のあり方…如何に?と…自問自答してしまいます…。

【生命の実相 35巻…】

生長お家ではまず内在せる神というものを
「われわれの内にやどっているところの無限の善さ」と定義いたします。
無限の善さ、無限の愛、無限の深切さ無限の美しさ―――
そんな尊いものが、われわれ人間の中には宿っているのであります。
その無限の善さが、少しでも余計出れば、われわれは歓びを感ずる。
喜ばずにはおれない。そしてさらにその善さをいっそう余計にあらわしたい、
そして遂に無限にまで到達したく、希うところの、無限に対する要求というものが、
わがうちにやどっているのです。
解りやすい例お引けばわれわれが金を儲ける、
百円儲ける、百円欲しいナと思っている時に百円与えられましても、
それで満足できずに、今度は百円ではつまらない、
二百円欲しい。二百円儲けると、また千円欲しい。
千円儲けるとまた千円ではつまらない。
一万円欲しい。一万円儲けるとまた一万円つまらない、百万円欲しい。
また今度は千万円欲しい、さらに一億円欲しいというように、
さらにさらに…無限にまで、その欲望または憧憬(どうけい)が到達するのです。
そういうように、われわれのうちには無限に対する憧れが宿っている。
無限を発揮するまでは、それを憧れ求めずにはおられない。
それは何故であるか?それは「無限なるもの」自分のうちにすでに宿っているからです。
そして、その無限なるもの―――無限の善さ、無限の美しさが、
われわれの念のレンズをとおして、意識なり、観念を指導すべく、
ある標準を示した場合、これを、理想と言います。
ですから理想というものは、形には見えないけれども、
われわれの内部に 宿っているのであります。
芸術家が絵を描くにしても、彫刻をするにしても、
まだ十分自分に内在する「美」が開発されていない時分には、
先生の彫刻や絵画を見まして「先生のように、あんなに巧く描けたらいい」
と思いますが、だいぶ描けるようになると、まだまだこれでは足りないというように、
理想がもう一歩前進する。
そして、より完全なものを欲するということになるのです。
かくして、現象の上の理想の殻が一枚一枚破れて、常により高い理想が
内部から掲げられることになります。
つまり、理想はそのまた奥にあるところの理念によって動かされ、
進化されているのであって、われわれに、たえず、理想をもたせ、
標準を持たせ、規範をもたせている、その「奥にあるところの理念」が、
すなわち神であります。
この内在の神性――すなわち理念――は無限に完全なものですから、
現象界でこれだけ到達したら、
もうその理念が完全に表現され終わったということはないのです。
かくのごとくして、現象の上で、内部から現われた理想が飽和されると、
自分の奥の奥にある理念と比較して、まだまだ不完全だということになり、
今の状態、現れている状態に不満が感ぜられるのであります。
そして、こういう思考のprocess(過程)は理念によって現象を照らし、
さらに現象の立場から理念を眺めた場合に導き出されてくる反照作用でありまして、
その微妙な反照作用を考慮に入れて、実相、すなわち理念の自性を考察するとき
自己内在の神性がわかるのです。    
                         (谷口雅春著)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

人間の欲望ははかり知れないものを……
先生は描写的に、書いておられます〜ョネ!
確かに【希望が叶う】と…無限に「夢」が広がります〜〜モノ〜〜☆
無限に広がる……!!!!
              <つづく>           No.1

1085SAKURA:2012/02/12(日) 18:53:00 ID:egiWtXGk
1074 :SAKURA:2012/02/11(土) 23:05:07 ID:FEa/NNlc
<つづく>           No.2

先生の言われますのは…??【内在=神=心】なのでしょうか…??
【心で世界を作るとの事】・・・【無限=理想=理念=意識…】?
これがわかりますと…全てが“心”ですから【心=神】なんです〜〜ネ!

此処が“ポイント”なのでしょう!!
ある所にて、「スポ−ツ」をしたとします…。
最初?なれない時は“痛み”が顔に出てしまう事もありますよ〜〜ネ?
そうしますと…【イタイ!!】が先ですから…“悲痛な顔”に!
いつの間にか〜〜??“顔も形成されていく”…つまり“悲痛な顔”に!
当の本人は、痛みをこらえて“格闘”していますが…

結果的には、それが表情として残ってしまいます〜〜〜ョネ!
結局その様に【姿・形…】に出てきます。
そのような時は。【心でイメ−ジを変える!!】
“イタイ”と想念するのではな〜〜〜く?“笑った姿”を想像…強く想念〜〜〜?
【イメ−ジ!!】化に……
気がつきますと!“涼しい顔で表情がよく人相まで”…グ−!!グ−!!(微笑)
此処まの到達イメ−ジ…

これを思いますと
【運動をする欲――>理想――>理念(心)―――>意識(笑顔)実相】

この様に…潜在意識で…【現教団側上告…??敗訴?】
更に【弁護士…要望する人材が?いない】
正直頭ごなしに、【否定】されています様に思いますが……?

今の私は…「総裁・副総裁…白鳩会長・副会長」私なりの判断で「イメ−ジ化」…
元々…根底が「兄弟紛争の内輪モメ…」と判断いたしておりますから…

【大調和の神示】これを【実相…】として描きまして…
あくまでも……
■信者による…信者の為の…「生長の家」それが…【人類光明化運動】

この様に考えてしまうのですが……??
                             再合掌
PS:
トキ様…「今日の投稿文章」から…どのように解釈されますでしょうか?
アドバイスを頂きますと…幸いですが??

1086ももんが:2012/02/12(日) 20:22:23 ID:XXCuaQns
毎日、日時計日記をつけてる。
悪口を、言わない、誹謗抽象を口にしない、此だけでも、大変な修行である。

”汝徹せり“と、汝の敵を愛せよ”
をどれだけ出来るであろか?
では、では、おやすみやさい。

1087神の子さん:2012/02/12(日) 21:38:17 ID:Aesn1SPs
>名前:鳩と葉っぱ 投稿日: 2012/02/12(日) 14:29:33 ID:nBoNxzMc
潰れないよ・・・そもそも生長の家は無いんだよ。この世には。




あるよ!!!!   ボケ!!!

愛と平和と秩序と中心帰一の真理が満々ているところが『生 長 の 家』であります。

しかも、聖典 『生命の実相』はすでに崩落現場を離れ 生まれ変わったのだ。

各家々が生長の家である。 

皇室に感謝し、父母を拝み、夫婦仲良く、兄弟仲良く、清潔に、正直に

生きる家々が『生長の家』である。

1088生長の家とは:2012/02/12(日) 21:43:01 ID:Aesn1SPs

愛と平和と秩序と中心帰一の真理が満々ているところが『生 長 の 家』であります。

しかも、聖典 『生命の実相』はすでに崩落現場を離れ 生まれ変わったのだ。

各家々が生長の家である。 聖典 『生命の実相』の輪読会をしよう。

皇室に感謝し、父母を拝み、夫婦仲良く、兄弟仲良く、清潔に、正直に

生きる家々が『生長の家』である。

ブータンの国王さまがほめてくれた人種こそ、本来の日本人であり、

生長の家人 である。 と思うのであります。

1089生長の家とは:2012/02/12(日) 21:44:49 ID:Aesn1SPs
これくらいは

本部の人間には胸を張って言ってもらいたいね。

1090生長の家とは:2012/02/12(日) 21:57:37 ID:Aesn1SPs

一人、一人が 自分の職場、学校、家庭、各々持ち場で、さらに力強く『大大 光 明』を輝かせ、

次々と一般世間にある、暗黒で邪悪を ブチ破り、光明へ善導するのが

我らの使命であります。

1091SAKURA:2012/02/12(日) 22:57:06 ID:FEa/NNlc
トキ様 へ
皆様 へ

トキ様>今日は、ご帰宅が遅かったようです…ネ!
お返事頂きました事に“感謝”申し上げます。(別のボードで)

【幸福を招く365章…】
■不調和に対処するには

何か不調が起って来ても、貴方は決して周章狼狽することはしないのである。
本来不調和と云うものは存在しないことを知っているからである。
不調和は自分の心の風が激しく吹いている時だけに現れている波のようなものである。
自分の心の風が荒れなくなって来たならば、
波がおのずから静まって来るように、
事件も平静に帰って来ると云うことになるのである。
自分の心を自分の力で平静に出来ない時には、
その事件を神にまかせれば好いのである。
すべての調和と平和と光との源は神にあるのである。
自力で立騒ぐことをやめよ。
「神の智慧、流れ入りてこの問題を解決し給う」と念じて
神の導きの来るままに事を運ぶが好い。
                            谷口雅春著
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

本日は…「祈り」に徹していますと…
この「言葉が…」神よりの啓示として頂きました…。

モモンガ様…の投稿を拝読しながら…
>悪口を、言わない、誹謗抽象を口にしない、此だけでも、大変な修行である。<
賛同致しなが…「神に祈ること…」撤していらっしゃいますのかと…!
ついつい…「人間修行…」の私ですので…

生きていく内に…いやな事が“不協和音”は……
なるべく無い方が… >< いいですよ〜〜〜ネ!
全く!!異なる人種(考えの相違)に、関わりますと、
やはり!“プレッシャ−”が…起きます…。
なるべく、関わりたくないと“行動”に出ますが…
現在の私の“環境”は、大変〜〜〜〜180°環境の変化!!

■何故その様になるのでしょうか?

ある所の行きつけの店の人が…近頃!人通りがオカシ〜〜〜〜イ??変!!
どの様に聞きますと…変!!
もう〜〜何年もいるのに、場違いな人が増えてきていますし……

「どの様に…なの〜〜〜?」聞きますと…
「町全体が、くら〜〜〜い?汚くなった〜〜〜感じ?その様な人〜〜〜が?」
此処まで聞いて、私も同感なんですが…
“環境の変化”は、明らかに感じてしまいます私自身も…!!すごいと“一言”

■やはり、何故この様に急激に変わるのでしょうか…?

彼らは、そこに住む以上!!「ル−ル」を守ってない事にもなるのでは?
自分中心になり、周りの“イメ−ジ”が…
更に「悪口が…」かなりあるようです…。
その様な人達に、関わられると…“大変”です〜〜ネ!

今日「モモンガ様」が…【聖者の言葉】
【聖者の行進】に…何かおっしゃっておられましたが
私は、悪口は殆ど言わないと決めていますし…
更に!“妬み・嫉み…”も私の潜在意識の中には〜〜存在しませんが…
その前に「行動…神の御心に会う行動!!」

今日は…素晴らしい「神からの啓示の言葉」頂きました…。      再合掌

PS:おかえりが…遅いようでしたが…
トキ様は「今日の言葉」どのように解釈されますでしょうか…・

1092ももんが:2012/02/13(月) 07:14:38 ID:XXCuaQns
皆様、おはようございます。本日も、寒いですが、素晴らしい、朝が、やって参りました!さあ、今日も『ありがとう!』と感謝、感謝の生活を楽しみましょ!ありがとうございます合掌、拝


いま、毎朝清超先生の“『ありがとう』はすばらしい”を少しづつ読んでいる。朝読むには、快適に成る一冊だ。

いま、自分の毎日の目標は、たくさんのその日出逢えた人々に『ありがとう』をプレゼントする事であります。

何時も、数十人方に『ありがとう』(おはようございます。も含む)しているが、昨日は、思ってた程ではなかった。

今日は、たくさん、『ありがとう』プレゼント出来るといいなと、願う次第であります。

それから、昨晩遅くに、トキ様、SAKURA様、忙しい中、御返事やコメント頂きまして、ありがとうございました。感謝いたしております。本日も、たくさんの、人々の為に、幸せの御仕事、活躍くださいませ。

それでは、皆様、本日も寒いですが、元気に幸せの活躍をされますよう!不祥の私ですが、願っておりますいってらしゃいませ!ありがとうございます!合掌、拝。

1093a hope:2012/02/13(月) 09:28:30 ID:kcv2QXTk

人生読本 谷口雅春先生著

神様と仏様は御一体

私は「神」といっても「仏」といっても同じですと前々章で申しました。
けれども、今まではそれがほんとうに解っている人は少なかったのです。
そして神様とは神棚にのみおられるもの、仏様とは仏壇にのみおられるもので、
別々のものだと思っていた方が多かったのですから、
あなたもきっと神も仏も同じだときいて「変だなあ」とお思いになったかもしれません。

ではこんどは、「神様」と「仏様」は同じだということを説明しましょう。

日本には「仏教」だの「キリスト教」だの「天理教」だの、
そのほかいろいろにわかれた「宗教」というものがあります。
こうして、その「神様」や「仏様」を拝んでいる人々の中には、
自分の拝んでいる「神様」「仏様」の教えをひろめたい心から、
互いにほかの教えを悪く言う人があったのでした。

けれども、それは神様にとっても仏様にとってもほんとうに悲しいことだったのです。
なぜなら、それはちょうど、一つお家(うち)の中にいる兄弟が喧嘩をしているようなものです。
喩えてみれば、ここに三人の兄弟があります。
一番上の子は外国人の校長さんのいる学校へ行っているものですから、
お母さんのことを「ママ」と言います。
次の子は校長さんは日本人ですけれども、
少しお上品なお家の子供ばかり集まっている学校へ行っていますので、
この子はお母さんのことを「お母様」と呼びます。
三番目の子はまだ学校へ行きませんので、
むかしからみんなで呼ばれた「お母さん」という呼び方をします。
この子達のお母さんは「ママ」と呼んでも、「お母様」と呼んでも、
「お母さん」と呼んでも、いつも優しく「はい」とお返事をなさいます。

どんな呼び方をしたって、「お母さま」に違いはないでしょう。
それだのにこの三人の子供達が、「私達を生んでくださったのはママよ」
「いや、そうじゃない、私達を生んで下さったのはお母様だわ」
「違うよ。僕たちを生んでくださったのはお母さんだ」なんて、いつも喧嘩をしているとしたら、
いったいこの子達は何を言い争っているのでしょう。
そんなばからしい喧嘩をしている人なんてありはしない、と誰でもそう思うでしょう。

ところが、「世の中は神様がおつくりになったのだ。だから神様でなければ頼りにならぬ」
「いや世の中には神様なんてないのだ。頼りになるのは仏様だ。仏様だけが救ってくださるお力をもっていらっしゃるのだ」
とお互いに、人の拝んでいる「神様」や「仏様」の悪口を言い合っているのは、
前の三人の子供達が喧嘩をしているのと同じことなのです。
世の中には、同じ家にいてさえそんな人があります。

(つづく)

1094a hope:2012/02/13(月) 09:34:08 ID:kcv2QXTk

(つづき)

お祖母様が「仏様」へお花やお線香を上げて一生懸命拝んでいらっしゃると、
お嫁さんは心の中で「世の中をおつくりになった神様は、
人のこしらえたお仏壇の中になどいらっしゃりはしないのに、
お母さんはそれがおわかりにならないのだ。
私はどんなことがあったって、『仏様』なんておかしくって拝む気になれはしない」なんて思っています。

そうして、そんなふうにお嫁さんの思っていることは、言葉に出して言わなくとも、
すぐ、お母さんの心に感ずるのです。
それは世の中のすべてのものが、「神様」の御心でできているので、「神様」の御心の中では、
お嫁さんもお母さんも一緒だからなのです。

ですからお母さんはお母さんで、「家(うち)の嫁はキリスト教でしてね。
お先祖様へ掌(て)も合わせないんですよ。
私達はお先祖様のおかげでこうしていられるじゃありませんか。
ほんとうに今時の若い人は年寄りの言うことなんて、てんで耳に入れないんですからね」なんて、
親しい方がいらっしゃると、つい愚痴小言が出るのです。
こうして一年中お互いに面白くなく暮らしています。

そんなお家で育つ子供は可哀そうです。
「神様」と言っても、「仏様」と言っても同じ方(かた)ですのに、
そんなお家の子供は「どっちがほんとうなのか知ら」などと迷わねばならなくなります。
そうしてこんな「にらみ合い」ばかりしているお家にいては、
どんなに考えても「神様」も「仏様」もわかりっこはないのです。

(つづく)

1095a hope:2012/02/13(月) 10:06:12 ID:kcv2QXTk

みなさま おはようございます。

>>1079の復興Gさまのご教示、とても心に響いたので、もう一度貼り付けさせていただきます。


>>1079:復興G2012/02/12(日) 13:31:47 ID:ojEbkDH2

 私は今、「法燈継承」ということについて、考えています。
 「法燈継承」は、過去のことではない。
 「法燈継承」は、「今」のことである。
 「法燈継承」は、外のことではない。「法燈継承」は、他者のことではない。それは、自分のことである。
 「法燈継承」は、総裁お一人のことと考えるべきではなく、生長の家信徒一人一人が皆、各自の内に「法燈継承」をすべきなのではないか──と。

 「法燈」とは、何でしょうか。
 谷口雅春先生が神啓を受けて悟られた「真理の火」である。
 それは──
 「肉体なし」「現象本来なし」と過去の自分を否定し、「あるものは唯神のみなり」「我神なり」「すべては我が心の展開なり」と自覚する。
 そしてすべての人を神の子として礼拝し、「今起て!」と真理の火をすべての人に点じて行く。
 ──その真理の火が、「法燈」である。
 その「法燈継承」の時は、「今」なのである。
 それが、「今、起て!」ということなのである。──と。

 真理への道はただ一つ、「人間は神の子だ」ということである。
 和解への道はただ一つ、「人間は神の子だ」という「法燈継承」を、全信徒が行うことである。
 それなくして、相手を責めてばかりいては「和解」はできず、「和解」ができなければ生長の家はつぶれてしまう。生長の家が潰れれば、「万教帰一」がなくなり、人類の恒久平和はあり得なくなるのである。
 もはや、絶体絶命の時が来たのである。

 さあ、「今」全信徒が「法燈」を継承すべく、起ち上がろうではありませんか。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

復興Gさま

「法燈継承」の「法燈」の意味、よくわかりました。

わたしは、信徒ではありませんが、「生長の家」を愛する神の子です。
「生長の家の教え」では、神の子が神の子を愛するのは当たり前のことですよね!

わたしは、雅宣総裁先生のことも、純子先生のことも、本流復活でがんばっていらっしゃる先輩方のことも、
心から愛しています。

だって、みんな「生長の家」の家族ですものね!
家族であっても、個性がありますから、意見がぶつかる時もありますよね。
でも、わたしたちの神さまは、たったお一人なのですから、このようにいつまでも和解せず、
争いを続けている様子をご覧になり、「生長の家の神さま」は、さぞ悲しまれていることでしょうね。

「法燈継承」とは、「生長の家の真理の火」を継承することですから、
わたしたちひとりひとりが「生長の家の神さま」の御心にあった生き方をしていくことが、大切なのですね!


それではわたしの愛する「生長の家」のすべてのみなさま、今日も素晴らしい一日をお過ごしください。

1096SAKURA:2012/02/13(月) 21:00:45 ID:FEa/NNlc
トキ様 へ
1084>1085>・・・投稿のつづき

【生命の実相 35巻より】
1084・1085の続編
(三)

現象界の今の状態、すなわち現われている状態は常に動いているのです。
そしてこの常に動いているところの、固定しないで変化極まりなき無情になるものが、
それが一つの完全な理念に対して、だんだん近づいて行こうとしているのが
われわれの努力であり、精進であります。すべての人間は、
たとい悪人のごとく見える人でも皆それを目指して進んでいるのです。
泥棒となり、殺人をし、人を譎るという行為も、今よりはもっといい生活状態に
なりたいと思う心の現われです。したがって、その底にはより完全へと
指導する理念が宿っているのであって、ただ単に、頭脳意識、
肉体意識で描いたところのものではないのです。もっとも、
泥棒や殺人行為が場合是認されるわけでない、それがある理念がひどく歪んで、
偏った心のレンズをとおして形にあらわれたのであって、
わたしは、その奥の根本に宿っているところのものは
完全なものであると言えるということを差すのです。
われわれは日常生活において、善き行為をしたならば、
自分の宿っている一つの標準、一つの理念というものが誉めてくれる。
だからなんとなしに楽しいのです。
この楽しい嬉しいという感情はどこから起こってくるかと言えば、
自分に宿っているところの完全な実相が、言葉を換えて言えば理念が、
その標準によく適うように現われた場合に、ある種の満足を感ずるのであります。
そして、その満足感は、つまり、神から誉められたということに
なるのであって、その現われとする標準が高く、
また現われが完全であればあろほど、歓びが純粋であるわけであります。
                         (谷口雅春著)

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
前回の続きですが…

“悪人も理念”が…あるが??此の理念が…歪んで形した“モノ”
そうして見ますと・…面白いですヨ〜〜ネ!
自身の“欲望”が限りなく!あくことなく!広がって行く事も有りますでしょうが…
果たして?本当の満足度は、何処でしょうか……?

今!私は「正しい理念」を持って、“目標”に向けて進むことは…
結果的には「いい結果…」が出ます…歓びに変わる…更に!自信が出来る…訳です〜ネ!

悪い方達は…根底のポイントが?ずれているのだといま思いましたが…
【彼らは…欲――>理念――>結果】のみなのでしょうか…?
しかし?潜在意識の奥底には…
「自分自身の間違った理念」を多少は認識しているはずです…。
それが、行動に…!!! 「アルコ−ル・煙草・魔薬…etc何らかの形として?」

私達は…正しい理念で?
【欲(夢)――>理想――>理念(心)―――>意識(笑顔)実相】
この様に改めて思いましたが???

如何でしょうかしら〜〜ン?

>トキ様へ
本日の解釈は??如何でしょうか??「アドバイス」頂きますと幸いです…。

                                再合掌

1097トキ:2012/02/13(月) 22:48:54 ID:Tydet.8s
>>1092

ももんが様

 寒い日がつづきますが、ご高齢と拝察するももんが様が元気なのは驚きます。
私も見習って、元気にがんばります。

 では、おやすみなさい。

合掌 ありがとうございます

1098トキ:2012/02/13(月) 22:50:03 ID:Tydet.8s
SAKURA 様

 すばらしいご投稿、ありがとうございました。

 深い内容ですから、少し考えてから書きます。
感謝申し上げます。

合掌 ありがとうございます

1099うのはな:2012/02/13(月) 22:57:50 ID:El6gIMAw
 真空妙有の宗教  『幸福の原理』谷口雅春 先生著より

 ここで申し上げたいのは、生長の家は佛教家から時々、「あれは正当の佛教でない。
あれは外道だ」というような批評を聞くことが往々あります。併し外道が悪いということではないのです。
外道というと、外の道と書いてあるのですが、お化けのことでも鬼のことでもない。外道というのはお釈迦さんの
説いた佛教ではないというだけのことです。キリスト教などもお釈迦さんが説いたのではないから外道であります。
佛教よりも立派な道が外道にあるかもしれないのであります。

 橋本徹馬氏の『紫雲荘百話』という本の中に、生長の家の批評を書いてあるところがあります。
氏はヘッケルの『生命の謎』という書物を引用して、物質は無・ただ生命のみ實在するというと、結論に導いているのですが、
その書の一節に、ある佛教の大家が生長の家は佛教の本物でない。
こういう批評をしているけれども、佛教の本物で挙げているような功績よりも、まだまだ實際に色々の奇蹟を現わし、神秘を現わして、
人間を一層本当の人間たらしめ、死生を超越せしめ、世の中を實際に救っているような点から言ったならば、佛教の本物かうそ物か、
そんなことはどうでもいいではないか と言って批評を書いていらっしゃるのであります。
橋田邦彦氏の本にも「あんなに佛教が何派にも岐れておって、みんな自分が正しい正しいと被仰っている。
これを思ったならば、佛教の本物なんてどれか判らないじゃないか」と書いてありました。

 印度渡来の本物であろうが、舶来でなかろうが、日本で出来たものであろうが、出所が何所かということよりも、
その教えが真理であって、もっと立派に役に立ったらその方が却って好いのであります。

1100うのはな:2012/02/13(月) 23:12:55 ID:El6gIMAw
 
 佛教と生長の家とは、無我全托(帰命無量寿如来)の精神に於いて、素直に「ハイ」と
随順する精神に於いて、非常によく似ているけれども、最後に重大なところが異うのであります。
それが異うと解る人は偉いのであります。
好い加減に見て、原始佛教も生長の家も同じだ位に思っている人もあるけれども、あれは一寸異う。
日本大乗佛教になったり、法華経の如来寿量品のところなどは生長の家と同じであります。
けれども、小乗佛教、原始佛教とは一寸異うところがある。

何も日本の佛教が印度そのままの佛教、印度や唐宋に現われた正統の佛教でなければならぬことはない。
例えば印度の棉よりも日本の絹の方が上等であれば、何も印度から来た棉ばかりに頼る必要はない。
日本の絹に頼っても好いように、日本的な佛教が出来てもよい。
また出来なければならぬと思うのであります。

『幸福の原理』P67 谷口雅春 先生著

1101復興G:2012/02/14(火) 06:16:49 ID:ojEbkDH2

志恩さま
a hope さま

 私の >>1079 の書き込みにコメントをくださって、ありがとうございます。

 志恩さまは、すぐさま打てば響くような反応をくださいました。
 a hope さまには、再度貼り付けまで、して頂きました。
 うれしくありがたく、感謝しています。
 私の反応が 遅くて、失礼しました。ごめんなさい。

 今まで、生長の家における「法燈継承」と言えば、それは即「総裁の法燈継承」いうことでした。(平成15年度生長の家教修会の記録『歴史から何を学ぶか』の研究発表でも、そうなっている)
 しかし、私はここで「信徒の内なる法燈継承」ということが大切と、考えました。考えたというよりは、「ひらめいた」というべきでしょうか。

「法燈継承」は、他人事(ひとごと)ではないのだ。信徒一人一人の中に信仰の火を燃やすという「法燈継承」が行われてはじめて、総裁の法燈継承ということに真実の意味をもたらし、本当の光が、よろこびがわき上がってくるのではないか。──という思いが、湧き上がってきたのです。

 『生命の實相』第6巻第1章の冒頭に、
<「生長の家」が人類に告げんとするところは、人間の実相のなかにすでにすべてのものが備わっている、外に求むるよりも内に求めよということであります。>
 とあります。

 また『叡智の断片』49頁以下には、『臨済録』のご解釈として、
<悟りというものは、一切を外的原因だとして、責任を外に負わしていた者が、一転一切の責任は自己にありと、脚下照顧、自己に反照して、一切万事吾より出でて吾に還ると知ることである。外に神を求め、社殿に廟宮に寺院に教会に跪(ひざまづ)いて、此処に神仏があり自分を不幸にも幸福にもする力ありと思っていた迷信から一転して、汝の祖師、釈迦仏もキリストも汝の内にあり、功徳の本源は自己の内にありと自覚する事が真の宗教であるのである。引用せる臨済録の「馳求(ちぐ)の心」とは外に求める心であって、「外に求めていた心を歇(や)めてしまったら、汝は、すなわち、今直ぐ仏と同体だ。汝、仏が何処にあるか知りたいと思うか。では教えてやろう。此の眼の前で仏法を聴いているそいつ(汝)が仏そのものじゃ」と一喝したのである。>
とご教示いただいています。

 無門関には、“内外打成一片(ないげだじょういっぺん)”という言葉が出てきます。
<無門禅師は、倶胝(ぐてい)の“悟り”も、若い侍者の“悟り”も、指の上にはないといいます。では、何処にあるのか...
 それは、自己を“無”にした時に見えてきます。
 眼前するリアリティーの世界を観じる時、世界という自己が、世界という自己自身を見つめている関係になります。私は目の前の風景であり、雲であり山であり川であり...その私が、風景そのものを見ています。雲が、山が、川が、それ自体を見つめています。この時、自己が“無”なっています。二元的自己を超越し、“内外打成一片”が実現しています...>
──ということだそうです。これだ! と思いました。

 これです。「法燈」も外にあるのではなく、わが内に、すでにある。すでに与えられている。それを本当に自覚したとき、外なる総裁の法燈継承と“ピタリ”と一つになり、「内外打成一片」となって、実を結ぶのだと思います。総裁が法燈を継承されても、信徒がただ奴隷のようにそれに従うことで、神の国が実現するというのが生長の家の教えではないはずです。

「人類光明化運動指針 第9条」に、「生長の家大神──総裁・副総裁──御教。この三つを結び貫く神意の展開が、光明化運動の不動の中心である」とありますが、「光明化運動に於いては人は中心ではない。神意が中心である」とも書いてあって、「神意が中心」なのであります。「肆意(しい)が中心」ではないのであります。神意は、己を無にしてすべてを礼拝する心になったときにあらわれるものだと思います。

<つづく>

1102復興G:2012/02/14(火) 06:17:59 ID:ojEbkDH2

<つづき 2>
 谷口雅春先生が晩年に、『動向』という雑誌に《耿耿(こうこう)の言》としてしばらく連載で投稿されたご文章があります。「耿耿」の「耿」には、<耳がひらいてあきらか。目がさえて眠れない>という意味があり、「耿耿」は、<心が安らかでない。気にかかって寝付かれない>という意味です。引用させて頂きます。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

『動向』誌所載
  《耿耿の言》
              谷口 雅春

   暴力から合掌へ ─ 学内暴力の一掃策 ─

 毎朝わたしは神前に坐して『甘露の法雨』又は『天使の言葉』の如き生長の家の聖経を朗読することにしているのである。その聖経の中に「一つの物体(光源)の周囲に百万の鏡を按きて相対せしむれば百万の光を発せん。人は神より発せる光であって甲乙丙丁互いに相分れて別々の存在と見ゆれどもすべて“神”なる一つの光源の反映であって、本来一つの光であって、すべて一体であるからその実相を自覚すれば互いに愛と讃嘆の念湧き起らん」という意味の事が書かれているのである。それを読みながら近頃、頻々として起っていることが報ぜられている教師と生徒との間に於ける反感や暴力沙汰は、この真理を互いに自覚すれば、教師と生徒との間に起る反感や暴力沙汰は自然に消えてしまうのに!! と思いながら、日本の文部大臣にこれ位のことがどうして出来ないのかと歎息の溜息を吐いたのであった。
 教師と生徒とが一つの大生命(神)より発した光であり、互いに兄弟姉妹であり、互いに愛と讃嘆の念が起るならば、教師と生徒との間に起る暴力の原因が消えてしまうのである。こんな簡単明瞭な真理がどうして現代の教師にも生徒にも解らないのだろう。すべて教師と生徒との両者に生長の家の説く真理を会得さしてしまえば、それで万事はOKである筈である。それが出来ないのは皆な唯物論者であって、互いの神性を拝むということを知らないからだ。
 そう思ったとき、私はもう数十年も前の事であるがこんな記憶があるのを思い出した。大阪の難波の駅から急行電車に乗って和歌山へ私は行くことになっていた。その時信徒の人たちが多勢私を見送りに来て、皆々私の方を向いて合掌していた。私も見送りの人たちに向って、列車の窓に両肘を突き窓から半身を乗り出すようにして合掌していた。肉体の形が合掌しているのではない。互いの魂が相互に合掌して礼し敬しているのである。
 その時、ひとりの男の人が私のいる列車の窓口ヘつっと近づいて来て、私を合掌して拝んだ。そして云った。
「私は今日、刑務所から出て来た者であります。娑婆へ出て来たけれども、どうして今後生活すれば好いか見当が付かないのでした。しかし私は先生の合掌していられるそのお姿を拝しました。そして私は今後どのようにして生活すればよいかを知らして頂きました。」
 私は列車の窓から腕を突き出して、その男の人の手を握った。「兄弟よ、あなたは“神の子”である。如来である」と私は心で念じた。
 今、日本の諸方の学校で起っている校内暴力はどうして起るのであるか、総理大臣も文部大臣も唯、拱手傍観していて、「暴力者は悪い奴である」と念ずるばかりで為すべきすべを知らないらしいのである。そして此の暴力沙汰を引き起す原因については何ら御存知ないらしいのである。本当の暴力の起る原因は教師の「心」の中にあるのだ。
  (註)その暴力者を「悪い人である」と念ずる教師自身の「心」の中にあるのだ。

<つづく>

1103復興G:2012/02/14(火) 06:18:51 ID:ojEbkDH2

<つづき 3>
 谷口雅春先生が晩年に、『動向』という雑誌に《耿耿(こうこう)の言》としてしばらく連載で投稿されたご文章の続きです。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
『動向』誌所載《耿耿(こうこう)の言》より
  谷口雅春先生 (承前)

 現在、学校で教職についている先生方は自分の知りている知識を生徒に授けるのが教職者の仕事であるとのみ思っているらしい。“授ける”“受ける”の立場に立って、先生と生徒との関係は、上位と下属との関係であると漠然と思っている先生が多いのではあるまいか。なまけていて進歩の少い生徒は劣等の人間であると、先生はその生徒を軽蔑する。生徒は教師の自分に対する軽蔑を先生の表情又は雰囲気で直感する。生徒はこんなとき先生よりも霊感的であり、先生の軽蔑心をすぐ直感的に身を以って体感する──“何クソ”と生徒は先生に反感を起すのだ──もうこうなったら“正しい教育”は成り立たないのである。生徒は先生に対して敵意をもつ。生徒の教師に対する校内暴力は此の敵意のあらわれであるのだ。
 私は老齢既に卒寿を越えて脚腰の動作が不便であり、坐位でも椅子でも直立でも、相当時間一定の姿勢をつづけて講義することは勿論、執筆すらも長くつづけることができない。併しもう少し若かった頃公会堂その他の大会場で、皆に話すために演壇に立った時、いつでも聴衆に向って私は低身合掌して「皆さん、ありがとうございます」と先ず礼拝の言葉を演べた。私は講演するとき、相手を見くだして教える心で立ったことはない。
 皆なを拝む心で演題に立てば、皆なが話者を拝んでくれるのである。演者は別にその効果を期待して、聴衆を合掌して拝んでいるのではない。真理の講話を話しに来る者、またそれを聴講に来る者、倶に深い因縁のあることである。
 学校暴力とか校内暴力とか云う乱暴な出来事が起るのは、教師も生徒もその深い因縁に気付かないで教師が、“生徒を拝む心”で講壇に立つのではなく「万一の事が起った時には護身のために必要だから」と理窟づけして、教師の方がポケットに護身用ナイフを忍ばせて演壇に立つからである。即ち、相手を傷つける想念は隠し持ったる護身用具に随伴する。想念は造る力であるから、自分の予想するものが形の世界にあらわれて来て、自分を傷つけ又、相対する相手を傷つけることになるのである。
 私は中学時代大阪市岡中学で学んだのであるが、教師は演壇に立ったとき、生徒総代又は級長が号令をかけて「先生に礼拝……直れ」などと音頭をとって「形式的に敬礼」させるのでは軍隊式で、形式が先に立って「先生に礼拝する」ごとき魂で恩愛を感じて自然にお辞儀が出来てくるのとは違って、強制される礼儀形式ばかりが先に立つ。生徒の中にはそんな形式的な命令に従ってお辞儀をさせられる事は、「自由を縛る束縛だ」と反感を懐きながらお辞儀をしている者もあっただろうと思うが、私もそれ等生徒の一人であった。尤もその時代の中学生と先生とは、弟子と師と云うような階級的な次元に於いて対立感情で向かい合っているのではなかった。儒教的な「三尺さがって師の影を踏まず」という「礼」の秩序性が表現されたものであって、先生と生徒とは互いに共学の研心の同朋であった。相互は、学校の授業時間だけに於いて共学研心の同朋であるだけでなく、学校の授業時間を了えて校外に出ても、先生と生徒とは何らかの意味に於いて研心の同朋であった。あの時代の中学教師と中学生との精神関係を喚び戻すことが出来れば楽しいと思う。私は数学の時間に幾何や代数の問題で先生に屁理窟を云うと、先生は「もう谷口君にかかったら負けだ」と笑いながら云った。尤も、それは同様な性格をもつ先生と生徒とである場合に於いては一層、この事実は研心の同朋たる人間関係を明らかに実現していたように今でも思う。今でも先生と生徒との関係が愛情によって結ばれていたことをなつかしく思う。
 茲で云う教師と生徒とが互いに懐かしく愛情を以て結びついていると云う表現によって、私は決して性的又は同性愛的に結びつくことを指すのではない。教師が本当に生徒たちに皆一視同仁的に各々の生徒を愛の心を以って立ち向うならば、教師の表情が愛に満たされた様子で、常にどの生徒に対しても同様に立ち向うことになる。その時には黒住教祖の宗忠尊師が
  立ち向う人の心は鏡なり
    おのが姿を映してや見ん
と、いみじくも詠われた状態が現れて、生徒はその教師に対して親愛の感情を感ずるのである。これは空想ではない、現実に成り得る問題だ。

<つづく>

1104復興G:2012/02/14(火) 06:19:40 ID:ojEbkDH2

<つづき 4>
 谷口雅春先生が晩年に、『動向』という雑誌に《耿耿(こうこう)の言》としてしばらく連載で投稿されたご文章の続きです。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
『動向』誌所載《耿耿(こうこう)の言》より
  谷口雅春先生 (承前)

 しかし教師が生徒に対して、各自の勉強能力や熱意がどうあろうとも、一様に親愛の感情を以て臨むということは、余程人格の練れた教師でないと難かしいであろう。何でも自分(教師)の演壇に立って言うことに対して目を輝かして聴き入っている生徒は、自分(教師)を愛している(又は“好き”である)と教師は感ずる──その感じは忽ち教師自身が、その生徒を特に可愛く感ずる感情を喚び起す。ある一人又は数名の理解の優れた生徒に対して教師が起した愛情は、常に各学科の成績が悪く点数が少い生徒に対して起した愛情とは全く同じものでないことは已むを得ない。けれども本当の愛は、拙い性格をもった子供ほど親からみたら不憫であって可愛くて仕方がないほどに愛しなければならないのだ。しかし、私は教師たる者に対して云いたい。学業優秀なる生徒をより一層愛する差別の愛は、神の愛ではない。人間の好悪の感情によって遮られたる月蝕の如き愛である。教師たるものは本当は「真理の人格化」でなければならないのだ。イエスは「神は善人にも悪人にも同様に光を与え給う太陽の如き愛である」と教えて居給うのである。また神の愛は雨の霑いを善人にも悪人にも与え給うが如き、平等の愛であるとも教えられているのである。
 けれども、“神の子”たる人間はその平等の愛を受けながら、渇いて病む人もあれば、洪水に流されて財を失い、家を失い、自分の体も被害を受けて病死する人もある。神の愛は「平等」でありながら「受ける側」から視ると、その祝福を受けながら被害者となり、祝福の重荷に立ちあがることが出来ない人間もある。
 生長の家の箴言には、いつも天気に対してお礼を云う気持で“神様、好いお天気を与えて下さいまして有りがとうございます”と念ずる習慣のある人は、天気に祝福されて、その人が旅立つときには好天気が常につき添うて下さるのである。
 もう十数年も前のことであるが、私たち夫婦は各国を身を以て知るために世界旅行に出掛けたことがある。ドイツを廻った時の季節は、朝晴れているかと思うと数時間もすると雨が降る「秋しぐれ」の季節であった。ドイツで私たち夫婦を道案内して下さった方は、日独交換教授として、ドイツに駐在中の日本の早稲田大学の独逸語教授の山田先生であった。山田先生は「ドイツのこの季節にはいつ時雨るかも知れませんから雨具を用意してまいりましょう」と時々云われたが、わたしは、「常に天気に対して私たちはお礼を云っていますから私が観光に出掛けている時間には雨は降らないでしょう」と答えたものである。そして“雨降る”予報の天候は、私の言った通りに私たちが宿舎に帰ってから降り始めるのであった。私たちの案内役をつとめて下さった山田先生も、天候が私の云う通りに適当に変化するので偶然としてはあまりに不思議だと感心していられた。
 近頃、日本の国では人間界だけではなく、天候があまりにも傷ましいほどに大自然の暴力を揮うのである。古への為政者はこのような時、自分たちの政治のあり方に、天意に背く間違ったやり方を行なっている点があるのを御気付けして下さるのではなかろうかと反省して、行政の姿勢を正したものである。今は民主主義の時代であって、何事も人民主宰の世界であるから、為政者にして、
「罪あらば我をとがめよ天つ神、民はわが身の生みし子なれば」
 とお詠みになった歴代の天皇の大御心を自分の政治の上に復唱する者は、既に為政者の中心にないのである。現下の日本に必要なものは、何よりも為政者の心の姿勢を反省することである。今こそ私は「教育勅語」の復活を中曽根総理大臣に宣言して頂いて、為政者自身の心を浄めることを「第一の事」として、先ず何事も第一の事を第一に為し、国民総じて実践する道を行く扉を開かれんことを希望するのである。今、日本の為政者が教育勅語の実践的復活をみづから提唱し、みづからが率先して実践せられるならば、想像もつかない教育界の大なる浄化作用が滔々として起ることを期待して、その実現を私は待ち祈るのである。

  ※ 耿耿(こうこう):耿=耳がひらいてあきらか。目がさえて眠れない。耿耿=心が安らかでない。気にかかって寝付かれない。

1105ももんが:2012/02/14(火) 07:28:55 ID:XXCuaQns
皆様、トキ様、おはようございます。今日も、素晴らしい朝が、やって来ました!さあ、元気に、明るく、ありがとう!と、頑張っていきましょう!感謝敬白、合掌、拝。


いや、朝から、志恩様に悪言を吐かされて、しまいまして、志恩様、どうもすいません。

まだ、まだ、簡単に、ありがとうの雰囲気をだせないですね。

でも、頑張って、本日も、ありがとうをたくさん、言いますよ!


それでは、トキ様、皆様、社会にありがとうを、振り撒きましょう!ありがとうございます!合掌、拝

1106役行者:2012/02/14(火) 08:17:46 ID:XZ18itA6

 合掌

 復興Gさま、お待ちしておりまた。


> 近頃、日本の国では人間界だけではなく、天候が あまりにも傷ましいほどに大自然の暴力を揮うので ある。
 古への為政者はこのような時、自分たちの政 治のあり方に、天意に背く間違ったやり方を行なっ ている点があるのを御気付けして下さるのではなか ろうかと反省して、行政の姿勢を正したものであ る。

 今は民主主義の時代であって、何事も人民主宰 の世界であるから、為政者にして

  罪あらば我をとがめよ天つ神、民はわが身の生み し子なれば

 とお詠みになった歴代の天皇の大御心を自分の政 治の上に復唱する者は、既に為政者の中心にないの である。

 現下の日本に必要なものは、何よりも為政 者の心の姿勢を反省することである。<

 

 ありがとうございます。
 雅春先生が現代民主主義に批判的だったのは、生長の家の用語を使えば、【一切者の自覚】つまり、責任、また、「このような状況になってしまったのは自分の為政に問題があったためだ!」と自省され己を進化向上させていった、消えゆく古き良き時代の日本人を偲んでのことだったのでしょう。
 己の我を通そうとする人民主催の民主主義では、確かにトラブルの連続でやがては滅んで行くのでしょう。そこには徳がないからです。
 また、我と我のぶつかり合いになるからです。
 「このような状況になったのはすべて私の心の姿勢の現れである」との自覚から、反省が生まれ、自他共々、まわりの状況も好転してゆくのでしょう。


 すでに一切者の自覚をお持ちになられた天皇陛下をはじめ、為政者ならびわれわれ民に至るまで、このような心の姿勢にて生活をすれば日本の国はますます良くなって行くのでしょう。生長の家もまたしかり!

 復興Gさま、ありがとうございました。

1107a hope:2012/02/14(火) 08:50:25 ID:kcv2QXTk

人生読本 谷口雅春先生著

憎み合う心の中には神様は無い


なぜならば、「神様」も「仏様」も憎み合う心や、争う心の中では、
そのほんとうの善いお姿をお現しにならないのですから。

「神様」のお姿はみな美しいものばかり、善いものばかりになって、
この世に現れておいでになるのです。
すべてこの世の善いものは、「神様」のお光なのです。
ですから、「争う心」「憎む心」というような、
「よくないもの」が現れているということは、
「神様のお光」の見えない真暗闇(まっくらやみ)ということなのです。

あなたは、真暗闇の中で美しいものや善いものを見たことはないでしょう。
憎み合いの世界は地獄で、そこには人間の顔をした鬼がいるばかりです。
心の中で憎み合い争い合いをしながら、「神様」や「仏様」を知ろうと思うのは、
ちょうど、この真暗闇の中で美しいものを見ようと思うのと同じことです。

ですから、皆さんがほんとうに神様のおつくりになった、
しあわせな世の中を知りたいとお思いになったら、
まず、「自分は神の子、仏の子である。神の子、仏の子は、
このままで誰とも仲よしになれる素直なよい心をもっているのだ」
ということを考えなければならないのです。

自分は「神の子」である、「仏の子」である、この事がよくわかると、
人間はちっとも無理をしないで、「神の子」「仏の子」らしくなって、運がよくなって来るのです。
みんなひとつの神様仏様から生まれた子供達ですから、その本当のことを知ったら、
みんな神の子、仏の子らしくなって、仲よく運がよくなるのは、なんの不思議もないわけです。

(第三章、終了。 次回、第四章「智慧の生かし方」へ)




みなさま おはようございます。


「立ち向う人の心は鏡なり
    おのが姿を映してや見ん」

これが、できるようになると、すべて上手くいきそうですね!

今朝は、この板の、復興Gさまからのボリュームある書き込みはじめ、その他の板にもうのはなさまなどの、
真理の言葉の書き込みがたくさんありました。本当にうれしいですね!
後で、もう一度、ゆっくり拝見するのを楽しみに、a hope はこれからお出かけの支度をします。

今日は、わたしも、ももんがさまを見習って、「ありがとう」できるだけたくさん言って、
「ありがとう」の雰囲気を出せるようにがんばってみたいです。

わたし、この掲示板大好きです!
「訊け」管理人さまも、早く戻ってきてくださいね!


それでは、わたしの大好きな「生長の家」のみなさま、今日も元気にお過ごしくださいね!

1108トキ:2012/02/14(火) 10:56:40 ID:Jc32ftMk
>>1105

ももんが様

>>それでは、トキ様、皆様、社会にありがとうを、振り撒きましょう!

素敵な言葉のプレゼント、ありがとうございます。

1109トキ:2012/02/14(火) 10:57:51 ID:Jc32ftMk
復興G様

 始めて拝見する御文章です。感激しました。ご紹介、ありがとうございます。

1110ハマナス:2012/02/14(火) 11:21:17 ID:u5mC.eb2

神の子の皆さま、ありがとうございます。

皆さまの素晴らしい投稿を拝見し勉強させて頂いております。
復興G様が引用下さいました、谷口雅春先生の『動向』に連載された《耿耿(こうこう)の言》の
貴重なご文章、ありがとうございます。


      「敵 は な い」    『生活の智慧365章』P,57より謹写

 すべての人間は皆、神の子であり、同じように神性・仏性が宿っているのであるから、
本心の於いて悪い人などは決して無いのである。決して本心に於いてあなたを害する人は
ないのである。決して本心に於いてあなたに敵意をもっている人はないのである。
各々の立場に於いて各人は互いに自己を主張していて、時としてその主張が衝突し、互いに
昂奮して傷つけ合うことがあるように見えることがあるにしても、実相に於いては、
一体の生命であるから、昂奮して悪しざまに言い合う事を止め、静かに座して相手の実相が
自分と共に”神の子“であり、互いに調和していることを念ずるならば、やがて、本来
一体なる実相の生命があらわれ、現実世界に於いても調和し得るようになるのである。

 「汝の敵のために祈れ」とイエスは教えたが、その本当の意味は汝の敵のように見えて
いる者も、本当は敵でないから、その敵でないところの「実相」を念じてやれという
意味である。これが本当に「愛する」という意味である。

感謝合掌

1111ももんが:2012/02/14(火) 18:26:09 ID:XXCuaQns
>>1110
ハマナス様


ハマナス様、投稿文を拝読して、実に、感激を受けております。感謝合掌、拝


《《 「汝の敵のために祈れ」とイエスは教えたが、その本当の意味は汝の敵のように見えて
いる者も、本当は敵でないから、その敵でないところの「実相」を念じてやれという
意味である。これが本当に「愛する」という意味である。》》


本当にそうですね。ハマナス様。これを、どう、『実戦』するかだと、何時も、思うしだいです。


ハマナス様には、何時も、勉強させらる、私です。


前回、『碧眼録』のことを、私が、お話した時も、ハマナス様だけは、“平和の雰囲気”を忘れないで、私と、お話しようとして下さいましたね?

私は、その事が、大変、嬉しい、気持ちにさせていただくことが、できました。

あのとき、私のあり方は、ハマナス様に対しては、良いあり方ではありませんでしたね。その事だけは、不作法だなと反省しております。

本当に、ハマナス様ありがとうございましす。

例え、どんな時でも、相手を批判したりしない事は、出来るようで、出来がたい、行為ですね。


まずもって、相手を祈る事からする。

ハマナス様、良き御言葉、ありがとうございました!また、よろしく、お願いします。
感謝敬白、合掌、拝。

1112SAKURA:2012/02/14(火) 21:28:04 ID:FEa/NNlc
トキ様へ
皆 様へ

【幸福を招く365章】
■汝自身を幸福な神の子と観ぜよ

病気も不幸も何人にも属するものでないのである。
それは群衆の潜在意識の放送を、
個人の潜在意識が受信し易い状態になったときにあらわれた
スピーカーの声みたいなものである。
本人がその声を出していないのであるから、
本人は不幸でも病気でもないのである。
それを自分の本当の姿だと思って苦しんだり悩んだりするところに錯覚があり、
その錯覚を断ち切らないところに、錯覚は錯覚を招んで苦しみを
増大することになるのである。
汝自身を病人だと観る限りに於いて、
汝自身は病人の姿をあらわし、
汝自身を不幸だと思う限りに於て、汝自身は不幸の姿をあらわすのである。
すべからく汝は現象を超越して実相に超入せざるべからず。

                        (谷口雅春著)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

“潜在意識”が、受信されやすい状態になった時は…「実相世界」です。
その様に、解釈しますが…?

病気もない不幸もない…と、わかっても〜〜今の現状は?と…… ><
思いますが…其処をモット!奥深く〜〜〜〜見ていく内に、
必ず!良くなる…!益々!良くなる…!と、繰り返していますが……?
どうかしますと、時折むなしくなる事もありました。
が…その様な時は…
【目を閉じて、一番!楽しかった“思い出”を、思い出しながら…それを、
“一つのドラマ”の様に “スクリ−ン”に映し出して【瞑想…】していきます。

勿論!!“主人公・・・私”なのです〜〜ョ!
だん!だん!深か〜〜〜く!深か〜〜〜く!入っていきまして…
「心がボジティブ感」になり、私は「必ず幸せになれる…!」との確信!
その後…「神想観」しますと…【実相世界…】に突入!!
必ず!!必ず!!「この現象界に現れる…」との確信でしょうかしら〜〜〜ン!

今!!新たに【神様へのアンテナ…】を向けて…“受信”できます様に…
ひたすら〜ひたすら〜♫ “内なる願い”を“神様”へ…「お祈り」しております…。

                   再合掌

>トキ様は、どのように“解釈”されますでしょうか?
“アドバイス”頂きますと幸いです…。

1113ももんが:2012/02/15(水) 00:02:02 ID:XXCuaQns
>>1108

トキ様

トキ様、皆様、こんばわ。
合掌、拝。


本日は、嬉しいく、楽しい、1日でありましたでしょうか?

私は、それなりに、明るく過ごす事ができました。


掲示板では、朝、喧嘩をしたりしましたが、職場では、『おはようございます』にはじまり、『お疲れ様でした』で終わりました。勿論、仕事ですから、仲間同士で、揉める様にはなりますが、不思議に自然と、仲良くなれてます。

お客さんや、知り合いにも、『ありがとう』『こんにちは』とたくさん、挨拶できて、気持ち良く、生きられました。


清超先生著書:『ありがとう』はすばらしい、より。

《《この世の中は、コトバで言うことが実現するであって、それ以外の何ものない。だから毎日『ありがとう』『ごくろさん』『サンキュー』メルシー』と言っている人たちには、ありがたいことが次々に出て来るのだ。》》

と、清超先生は、言われているようです。


私も、これは、これからも、実戦して、社会の光明化に尽くして行きたいと思います。

トキ様、管理人として、職員として、大変ですよね。辛いでしょが、耐えがたき耐え、忍び難きを、良く忍ぶ事が、心の肥やしになるはずですよ。もう一人の尊敬者、玄峰老師のテープ聴くと、その実感と勇気を着けてくれます。
生長の家のテープじゃなくて申し訳ありませんが、本当に、聴いて欲しい、テープの一つです。トキ様に特に勧めちゃいます。

では、おやすみなさ。感謝敬白、合掌、拝。

1114ハマナス:2012/02/15(水) 00:28:17 ID:u5mC.eb2

ももんが様へ

ご丁寧にお返事をありがとうございました。
仕事で帰りが遅くなりこんな時間に失礼いたします。

>本当にそうですね。これを、どう、『実戦』するかだと、何時も、思うしだいです

同感です。生活の中で“実践”する事は、難しいです。
私も、身近な家族の実相を観れなくなり、悩むこともあります。
でも、清超先生がご本の中で、「ピアノと同じように、訓練をすれば上手になる。」と
お書きになられていますので、私も日々、『魂の訓練』をして行きたいと思っております。

あまり、争いや口論が好きではないので、この掲示板だけでなく、他の掲示板でも、
数人の方が喧嘩ごしに悪口を書いたり、お互いに傷つけあうことばを見ますと、
心が痛みます。
ましてや、インターネットで不特定多数の方が見ているとなると、なおさらです。

『甘露の法雨』の中の「懺悔の神示」の中の次のことばを思い出しました。

「懺悔は密室にて行うか、手紙に書きて教えの先達に送りても宜し。
 されど暗(やみ)の前に、いたずらに悪評する民衆の前に、罪を暴露しても
何の効なし。暗に暗を照らさしむるとも何の甲斐(かい)かあらん。」

ももんが様いつも、素晴らしいご文章をありがとうございます。
「正法眼蔵」のお話しも毎回楽しみにしております。

どうそよろしくお願い申し上げます。

感謝合掌

1115志恩:2012/02/15(水) 02:18:06 ID:.QY5jUA6
復興Gさま

1101,1102,1103,1104と、
たくさん書き写してくださいまして、ありがとうございます。
早速プリントアウトして、しみじみ学ばさせて頂きました。

私も,雅春先生が晩年に『動向』という雑誌に書かれた《耿耿の言》のご文章は、初めて拝読しました。

今の生長の家とわれわれ自身に対しての適格な真理のお言葉だと感じました.
われわれ一人一人の、脚下照顧は、たいせつ。
また、
「光明化運動に於いては”人は中心ではない。””神意が中心”なのである」も、その通りだと思いました.
 
耿耿の言似ついての、コメントは、
1106:
役行者さまが、これについての感想を述べておられますが、私も同感の想いです。

しかし、閣下は、すごいですよね。私より、ずっと年上の、お兄さんでいらっしゃるのに、
パソコンをこれだけ駆使されて、生長の家関係の山ほど持っているといわれる蔵書のなかから、選ばれて
ここへ載せておられるのですものね。さすが、頭脳明晰、東大卒。

話変わり、昔のことですが、雅春先生は、ご普段は、とてもお優しいお方でしたが、虚説に対しては、激しく叱咤されるお方でしたよ。
実相は完全だからと言って、いつも、なんにでも、間違ったことにも、にこにこされてたわけではないのです。

復興Gさまもご記憶かもしれませんが、雅春先生が、東京の渋谷区隠田(お山)にお住まいで、原宿本部へ
お通いになられていた時代、

あの頃、本部では、毎月第1・第3金曜日の、午後1時~3時。
3階の『白鳩の間』で、
雅春先生ご夫妻が、ご臨席されて、直接,信徒と質疑応答してくださる「白鳩会」が、開かれておりました。(たまに、清超先生ご夫妻も、共にご臨席)

参加費は、タダで、毎回、参加者は、300人くらい、廊下の方まで、入り切れないほどの人々で溢れていました。
挙手した人に、マイクを渡し、雅春総裁先生に質問します。すると、雅春先生が、直接それに答えてくださるという大変贅沢な時代でした。

あるとき、ある政治家の奥さんが、いらしてて、マイクを手に話されたのですが、どうも、生長の家を利用されようとしたのかどうか、私は、はっきりは、
わからないのですが、それに答えられる雅春先生は、激しく、その方に怒りましたので、虚説に対しては、こんなに怒られるのだ、と強い印象として残って
おります。
 (私は、そのときは、マイクを渡す係をしていました)

1116ももんが:2012/02/15(水) 07:15:03 ID:XXCuaQns
皆様、おはようございます。本日は、雨天ですが、素晴らしい、朝がやって来ました。さあ、元気に、明るい心で、嬉しく、楽しく、1日、楽しく生活していきましょう!ありがとうございます。合掌、拝。



《《人から何かをしてもらった時、『ありがとう』とお礼を言うのは当たり前だろ。ところが、そうしないで黙っていたり、無視したりすると相手の人は何となくいやな気分になる。『ありがとう』が欠落するからである。〜
谷口清超先生著書・『ありがとう』はすばらしいの、はしがきの書き始めより〜


全く、そのとおうりだと、思います。
しかし、実生活では、『ありがとう』一つでも、すんなりとは、行かない場面は、皆様もあるのでは、ないでしょうか?

1日、1日、瞬間、瞬間に、その時に、その人に合わせた、ドラマが、待っているようです。

それでも、『ありがとう』の様な、明るいコトバ、プラスになるコトバを、自分の口から、吐き出すように、頑張って、行きたいと、思います!


皆様、それでは、御寒いですから、暖かくして、お過ごしください。御拝読ありがとうございます!感謝合掌、拝。

1117a hope:2012/02/15(水) 10:20:41 ID:kcv2QXTk

人生読本 谷口雅春先生著

第四章 智慧の生かし方

智慧なき味方


或る時、カーシー国の片田舎に親子の大工が住んでいました。
親の大工は頭のてっぺんが禿げて、その周囲にだけ白髪が残っているのでした。
親の大工が木を切っておりますと、一匹の藪蚊(やぶか)来て、その鋭い嘴(くちばし)で、
禿げている頭の真中を針で刺すように蠚(さ)しました。
大工の禿げた頭には、それがまるでナイフで刺されたかのようにハッキリわかりました。
ズンズン蚊の嘴から頭の血が吸い上げられて、自分の血が減ってゆくように感じて、
親の大工は気が気ではありません。そこで側で仕事をしている自分の息子に、
「この蚊の野郎、俺の頭に止まって、まるでスポイトのように血を吸いやがるから、早く敵をとってくれ」と言いました。

息子は父の頭を見ますと、大きな藪蚊が見る見るうちに血でふくれ上がり、
ホオズキのように真赤になっていきます。
それを見ると、息子はその蚊をだだ逃がすのはおしいような気がしました。

「この野郎!そこを動くな。今に敵をとってやるから。」

息子はこういうと、たちまちソッと起ち上がって、道具箱の上にあった大きな手斧をとり出して、
一撃のもとに斃(くたば)れ!とその蚊を目がけて打ちおろしました。

蚊はその瞬間逃げてしまいましたが、大工の親の頭は、二つに割った西瓜のように割れていました。
そしてとうとう、その息子は親殺しで重い重い刑罰に処せられました。


・・・・智慧のない味方は、智慧のある敵よりもかえって味方に仇(あだ)をする。
智慧のある敵は、相手に刃向かうことが損だとわかるので、かえって害をしないものである。

(つづく)



すごく、考えさせられる、お話ですね。
息子は父親のことを愛していたにもかかわらず、父を失い、自分も罰せられたのですから...

たった、一匹の藪蚊のために...

1118「訊け」管理人:2012/02/15(水) 12:03:52 ID:???


>復興G閣下

 激務のため、手短な返答をお許しください。ご掲載文章でありますが、感
動いたしました。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
>>1079真理への道はただ一つ、「人間は神の子だ」ということである。
 和解への道はただ一つ、「人間は神の子だ」という「法燈継承」を、全信徒が行うことである。
 それなくして、相手を責めてばかりいては「和解」はできず、「和解」ができなければ生長の家はつぶれてしまう。生
長の家が潰れれば、「万教帰一」がなくなり、人類の恒久平和はあり得なくなるのである。
 もはや、絶体絶命の時が来たのである。

 さあ、「今」全信徒が「法燈」を継承すべく、起ち上がろうではありませんか。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 チ  ェ  ス  ト  !!!

 ・・・信徒はもう、「カスタマー(消費者)意識」、これを払拭せねばなります
まい。そしてそれに代えて「当事者意識」、これを持たねばならぬ、そう考え
ます。仮に総裁が継承しておらねばその法燈、我々が継げばよいのです。
 そしてその、継承すべき「法燈」とは何なのか?・・・・・『生命の實相』に語
り尽くされているわけであります。もう我々は聖典の拝読に一心注力ではな
いでしょうか。
 また敬愛する榎本恵吾先生は、以下のように語られておられます。我々
が法燈継承するにあたり、重要な視点になろうかと考えております。(行数
の関係で二例のみ掲載)

『試論・波状光明化への道』342項より謹写
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
『唯神實相論』は実在そのものであり、高天原であり、生長の家そのものなのである。それ
故、唯神實相論だけではいかぬ、現象も現象としてはある、と云うのは、生長の家の外と言
わなければならないのである。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

同書347項より謹写
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
今此処に『生長の家』人類光明化運動を論ずるに当って、先づ、その運動が伝道としての
ものであろうと学究の運動であろうと、その二つに分ける前に、その運動が『實相独在論』
『唯神實相光明一元論』のそのままの展開として、自己と世界との分裂なき運動として如
何に可能であるかの間題を解決しておかなければならない。解決すると言っても、既にこ
の道は尊師によって説き明かされているのであるから、<<これを再自覚>>すると云う
ことである。・・・(中略)・・・如何にすれば各人一人一人が一瞬一瞬に於いて、全宇宙との
関係において必要且つ充分なる歩を運び得るかの問題である。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

<耿耿(こうこう)の言に関し>

 有名なお話をひとつ。あるクラスが新学年を迎える季節、新担任が生徒
のIQ記録を引き継いだらしいのですが、その記録が「間違っていた」という
話です。
 簡単に書きますが、IQの高い子が「低い」と報告されそして、低い子が「
高い」として新担任に引き継がれました。一年後の結果は・・・「IQ低い」と
報告された優秀児ですが、その知能は悪化しておりました。反対に天才
児と報告されたIQ低生徒は、優秀になっていたとか。まあ、「相手をどう見
るのか」がどれだけ重要なことかという、そんなお話でありました(おそらく
閣下はご存知だと思いますが)。教師に於ける生徒を「見る目」ですけれど
も、これだけ大切なのですよね。
 さて、大半の信徒が「悪い」と見る指導者ですが、どんな現れがこの三次
元世界に、展開されましょうか。

追伸

 同耿耿(こうこう)の言ですがたしか以前、山ちゃん1952様ブログにも
掲載されておりました。久しぶりに拝読しまして感動です。ありがとうござい
ました。

1119「訊け」管理人:2012/02/15(水) 12:04:38 ID:???

補足


『生命の實相』38巻122項より謹写――

―――――――――――――――――――――――――――――

なんじの愛の乏しきを嘆け。
なんじの心に審判の満ちたるを嘆け。
なんじの心に虚偽の満ちたるを嘆け。
働きを惜しむ心を嘆け。
真理がなんじの心のうちに未だ顕われざるを嘆け。
本物を覆い隠す泥棒のみ
主人公の顔をしてなんじのうちに幅を利かせてい
ることを嘆け。
なんじの物質精神を嘆け。
「本当の汝」はいずこにいるぞ。

それでもなんじは「真理」を悟ったというか。

『生命の實相』を読んだというか。

いな、いな、いな、断じて。

――――――――――――――――――――――――――――――

1120ハマナス:2012/02/15(水) 14:16:13 ID:u5mC.eb2
神の子の皆さま、ありがとうございます。
今日も素晴らしい一日でありますように。

   二月一五日 卑怯を捨てる日 (『光明道中記』P.57より謹写)
  
自己弁解したい心は卑怯なる潜在意識の作用(はたらき)であって、
  多くの人を病気にしている。 (『生命の實相』第四巻)
 
同情を求めたい心は病気を招き、不幸を招(よ)び寄せる。
 みずからを弁護したい心は弱者の心である。それは既に弱き心であるが故に
肉体も傷き、病気に罹(かか)る。それは既に病気の心であるが故に、そんな
心の持ち主が病気に罹り易いのは当然である。すべてを受けると云う心の中には、
全てに対抗するだけの強い自覚がある。すべてを受ける心になったとき病気が治り
易いは、すべてを受ける心は既に強い心であるからである。

 「お前がこんなことをしたからこんな結果になった」とは、家庭でも会社でも
よくあり勝ちな争いの原因である。そんな罪を押し附けられたら、進んで罪を
自分に引き受けようと思っていてすらも反抗的に「私にそんな責任はありません」
と言いたくなる。

彼が「失敗(しま)った」と思っている時、なお追及するのは武士の情けを知らぬ
ものである。彼が「失敗った」と思って悔恨の情にかられているとき、「君が悪い
のでは無い、私が悪いのだ」と他から言われたならば、その人は何ぼう感激して
善に復帰するだろう。

1121八百比丘尼:2012/02/15(水) 14:56:32 ID:j8iOdie.
あっ、「訊け」さまが戻ってらしたわ。良かった。
昨日の彼のブログには、義春さんやかぴばらさま始め、沢山の
ファンからの暖かいメッセージがあって、とてもうれしく
拝見しました。
愛とチョコレートの海で溺れる夢を見ましたか?

何があっても、めげない強い子、良い子。
鉄は叩かれ鍛えられて、名刀になるのです。



     ーー鈴夜 居眠り狂四郎(田村正和よりGACKT似)ーー

《 福山キケハル殿、おぬしに恨みはござらぬが、
  世の中のモテぬ男たちからの依頼にて、斬らせてもらう。

  フッ、フッ、フッ、今宵も妖刀、無想正宗が血を求めておるわ。
  円月殺法、受けてみよ!

  キケハル「居眠り狂四郎、円月殺法破れたり!」

  なに!? ああ、そ、それは・・・・・・・・。
  奥義『浄円月観』

「天地一切の創造主にましまして、吾が生みの御親にまします神よ、あなたの無限の愛を吾に流れ入らしめ給いて、吾に於いて愛の霊光燦然と輝き給いて、すべての人々の罪を赦し、すべての人々を愛したまえ。

神の無限の愛吾に流れ入りたまいて吾に於いて愛の霊光燦然と輝きたまう。
吾れに浄円月の雰囲気ただよう。吾に浄円月ただよう。
吾れに於いて愛の霊光燦然と輝きたまう。
吾が雰囲気は、やわらかく、あたたかく、清く、うるわし。すべての人々に平和と喜びとを与え、すべての人々の罪を赦し、すべての人々を愛するのである。」

 む、無念じゃ。
 愛とチョコレートの海に負けた・・・・・・・。

 あたた、居眠りしながら刀振り回したら、 大事なヒゲ切っちゃった。 》

1122「訊け」管理人:2012/02/15(水) 15:35:33 ID:???
>ニャンコ先生

 せ、先輩・・・・


        r────────────、
       ./ |__ .-::~ ̄~^γ'^~ ̄~ヽ、___/|
       / γ::::::::.. _ ..:::::::::::::::::::::::::ヽ  / .l
      ./ /( /  / ./ ヽ/ /三  )i  / ./
     / / ト..: ̄.:. ̄..:::::::::::::::::::::/,.ノ ./ ./
     / /  ヾ、..::::::::::::::::::::::::_;::/./ / ./
    ./ /   ヾ、::__;;;::.-::'^ ,./   / ./
   / /     ヾl_;;;::.- '^~    ./ ./
   i ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄~i ./
   |_____________,l/

 しょーがねーなー。もらっといてやるか。


 ・・・てなセリフを来世で吐きたい、「訊け」管理人です。「シャッチョ
ー!チョコあげる!!」という女子はたくさんいるんですが、なぜか(キャ
バ嬢)営業メールばかりです。モテモテ男はツライですが、こういうモテか
たは微妙ですね。それに、義理チョコもらうために一時間¥5,000の店に
は行けません。なにせ現内閣は、あの「どじょう」であります。で、今年は
●個という、過去最低記録。しかも「嫁さん」「お義母さん」含むでの●個
という・・・(中略)・・・でも、娘がくれたから、いいの(笑)

 ・・・・で、過去の栄光話など。
 いやー、たしかに学生時代はモテました。しかしモテたと云ってもこれ、
チョコ数で云えば、16個というモテ方であります。ええ、非常に 微 妙 
な 数 です。まあそれでもこの私、学内はおろか、年上のOLお姉さまなんか
からもチョコを頂戴しまして、まあ「 東 京 最 高 」な青春時代であり
ました。
 しかし私の場合、努力して「これ」です。世の中にはハナッカラ、チョコの
数など数えない、とんでもレベルのモテ男なんてのもおりまして、そんな奴は
「はあ?」てなもんです。私のように「16個もらったー!!!イエーイ!!
!」てな騒ぎ方をしている奴は・・・(中略)・・・ちなみに、フェリス女学
院の彼女からは、チョコ、届きませんでした(笑)・・・・・あっ!トラウマ
で今、吐きそうになった(笑)

追伸

 義春の件です。チョコと縁遠いかの非イケメンですが・・・・さっそく弊ブ
ログ内で女子大生をナンパしております。しかも私への挨拶なしで、「リサさ
ーん」てな感じのアプローチです(笑)ああ、非イケメン全開ではないですか
。もう、とんでもない奴ですので女子の皆さんはご注意を。

>義春

 女子大生リサちゃんが、オレのブログに来なくなったらオマエのセイ(笑)

1123志恩:2012/02/15(水) 15:37:04 ID:.QY5jUA6
訊け君

久しぶりですね。
訊け君のおっしゃりたい気持ちは、わかりましたよ。
閣下は、昔から、「実相独在」を貫いて、いきてこられましたお方です。法燈継承の件も、おっしゃりたいことは、わかっております。
ahopeさまも、ハマナスさまも、真理のコトバを書き込まれて、閣下と訊け君に、同意の意見を示されたことは、理解しました。

本来の生長の家の『教え』は、個人として考える場合は、その通りですが、
公である、現総裁のことも、実相を観て、見守り続けましょう、というメッセージですよね。

私は、この掲示板では、最初から、極少数派の存在でしたから、仕方ありません。
ほんとのこと言えば、むしろ、私の方が、間違っていたなぁ、、で、終わりたいです。

総裁が、潔く裁判での負けを、くやしいでしょうけれど、認めて、兄弟と和解し、新編生命に実相も、こころを大きく開いて、組織として使うことにしたり、
などなどの、話し合いに応じ、本流と和解してくださるのが、一番望ましい事です。そうすれば、森のオフィスの件も、応援が得られる気がしています。

あとは、いつも言うように、ここをご覧の皆様のご判断に、委ねます。

訊け君、
いまさっき、山ちゃん1952さまの、ブログを拝見しましたら、
「耿耿の言」のこと、山ちゃんが、私宛のコメントを、ブログに書いてくださっていました。
 
生長の家本流”青年”掲示板のほうへ、昨年の6/11に、この「耿耿の言」という題の記事を、山ちゃん1952さまが、書き込みされてたということなので、
今、そちらへ行って、見て来ましたよ、たしかに載っていました。
私は、不覚にも”青年”掲示板のほうは、見てなくて、知りませんでした。山ちゃん1952さま、失礼しました。

青い三角定規が,昔、歌ってヒットした「君の祖国(くに)を」は、覚えています。
昔の曲は、ゆったりしてて、セピア色の佳き時代や、郷愁を感じるいい曲が、多いですね。

1124うのはな:2012/02/15(水) 15:43:48 ID:El6gIMAw
生命の實相本の広域流布だといっては周囲を騒がせ、次は右肩あがりの世代と
ちがって、いまどきの人はこの値段は高いだとか、いったいこの人はなんだろうかと
おもいました。

 色々事情があるのは仕方がないことですが、たぶん1600円が高いという人は
1000円になっても買わないと思います。

1125志恩:2012/02/15(水) 15:46:00 ID:.QY5jUA6
あらら、

ママも鈴夜ちゃんも、愛とチョコレートの海に、よわいからねぇ。また、溺れちゃったの?
昔から、愛と、おいしいものに、ふたりとも(一人+一匹)目がないから、
そうやって、すぐに、溺れちまうのよ。

1126うのはな:2012/02/15(水) 15:48:13 ID:El6gIMAw

 ハラスメントが入ったようなのでここは失礼します。

1127志恩:2012/02/15(水) 15:55:27 ID:.QY5jUA6
うのはなさん

ご意見に、同意します。
ちなみに、ケチ付ける人は、800円に値下げしても買わないかもね。
私は1600円でも、今後も買います。

そのお値段の、数千倍以上の価値、ありま〜す。
とにかく読み易いですから、ここをご覧のみなさま、どうぞ、
買ってくださいね。

「新編 生命の實相」のことです。
本屋さん、光明思想社、アマゾンコムでも、買えます。

1128SAKURA:2012/02/15(水) 16:13:17 ID:b5yt5Rk.
皆様へ…
昨日の「バレンタインデ−」続編でしょうか・・・?
此処の【お部屋】…話題豊富のようで〜〜〜すネ?
楽しく〜〜ルン〜〜ルン〜〜♫ 「拝読」

「眠れる森…??」から目覚めまして…本日の「神様からの啓示」…
投稿させていただきます〜〜〜〜〜ネ??
                      再合掌

1129SAKURA:2012/02/15(水) 16:14:25 ID:b5yt5Rk.
トキ様 へ
皆さま へ

【栄える生活365章】
      ■自己のうちに一切がある

現象的には時間の流れに於て、そして空間的ひろがりに於て、一切のものは現れ、
行われるのであるけれども、実在の世界に於ては時間空間を超越して其処に既に
「完全なるもの」があるのである。
実在の世界は、空間を超越しているから、縦横厚みの広がりを超越して
「無空間」とも謂い得るが、「無限次元」とも謂い得るのであって、
縦横厚みの三次元に見える空間は、無限の次元のうちから、感覚器官が、
ただ縦横厚みだけを捉え得ただけであって、残る「無限の次元」は
感覚器官が捉え得なかっただけだとも謂い得る。
その無空間又は無限次元の世界に於ては、自己の内に「無」があり、
同時に自己の内に「無限次元」があるのであるから、
自己の想うことは同時に「無限次元」が想うことであるのである。
まことに「われ祈れば天地応え、われ動けば宇宙動く」である。
自己が悟ることは全人類が悟ることである。
地上に戦争が絶えないのは皆自分がわるいのである。
                           (谷口雅春著)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

今日は【三次元の世界…!時間空間…縦横の厚み…】>三界唯心所現…

今の「生長の家」は、まさのにその様にも思えます…。
「実相…」では起きない“問題点”其処に“ゆがみ・歪”が出てくる…何故?
“信者・職員・幹部達…の考え方”が?それは“ゆがみ・歪”に見えてくるのカモ

以前、私はいつも想うのですが…何故?
今は亡き2代目総裁先生清澄先生がご生存中“本部の補修工事”を
しなかったのですか?更に!
【第1期のかなりの優秀な信者】が離散……?

私が高校の頃は、私の周辺部は「生長の家の信者」が多かったのです…。
更に!熱心な信者が当時【市が合併する前迄は○○区…】でした…
区の中心の駅に…道場!!しかも当時と致しましては
“コンクリート建ての2階建て”!立派な“モノ”でしたが……!!!!
その頃は、小学校??4〜6年位??でしたでしょうか…?
「中学の夏休み」に、なりますと…必ず!「早朝行事…」がありまして参加!!
このように、熱心に【信仰=真理=哲学】学んでおりましたが…?(理解度は個々?)
その頃の信者…“私達の世代”は、今は何をしているのでしょうか…??
「雅春先生」が亡くなってから、その後の私達の仲間は離れていましたが…??
その頃の「熱心な信者」は何処へ〜〜〜何処へ〜〜〜♫
私の近所のお兄さんは、今現在!世界中のひのき舞台で活躍中です…。

                 <続く>         No.1

1130SAKURA:2012/02/15(水) 16:15:27 ID:b5yt5Rk.
<続く>         No.2

「亡き2代目総裁清澄先生」が、現役時代は…
正直申しますと「雅春先生のテキスト」よりご自身の“テキスト中心”に思えますが?
今思いますと…此処から既に根本が多少ずれてきているのでしょうか…?
ここから…“捉え方の尺度”が当然「雅春先生」とは違いますから…“中身”は…?
このように漠然的に思えます…。

まず!は「現3代目総裁先生」が
目覚める事を…もう一度!!信じてみようとも想いたいのですが……?
「昨日バレンタインデ−」…いつもですと…「チョコレ−トケ−キ」を作りますが…
正直!作る気持ちには、なれませんでしたが…(現状を考えますと)
【現象世界】にどっぷり浸っている様にも思えますが…

■【われ祈れば天地応え、われ動けば宇宙動く・・・】

まず!!!各々【真理は一つ】なのです…。
一つ理解すれば…全てが見えてくるのではないのでしょうか?
それを、あらゆる観点より「雅春先生」は私共にご指導して
頂いているモノと思いますが…?

このたび、私は「母の御霊様」を見まして…人間は「霊的人間」悟りましたが…
誰〜〜誰〜〜とかの【優越感の問題】ではない!!!!と思います…。
雅春先生の【人類光明化…生活に実践】この事が…

■人間がどうして生きてゆくべきかの「生きる道…」これが根本…
…自己が悟ることは全人類が悟ることである…!

上記の事を認識して…【一人一人が歩む限り…「生長の家」は不滅!!】
もう一度、私達は考えなければならない直面に来たものと想う所存ですが??
                             再合掌

PS:
トキ様へ…私の解釈論ですが…トキ様でしたらどの様に解釈されますでしょうか?
ご指導して頂きますと…幸いに思います。

1131トキ:2012/02/15(水) 16:51:05 ID:YIKhrEHc
>>1112 :SAKURA 様

 こんにちは。少し用事があり、お返事が遅れてすみません。

 私が先輩から言われたのが、「悟ったフリをするな」という事でした。
分からないのなら、分からないと正直に言いなさい、という事です。本
に書いてある・・・・というのは、読めばわかるのですが、それが心の
底から分かった、と言えるのは、いろんな体験をしてからだと思います。
 私は、今でも、生長の家で分からない点が多く、勉強の最中です。
きっと、死ぬまで勉強でしょうね。

 と、いい加減なご返答でごめんなさい。

1132トキ:2012/02/15(水) 16:58:30 ID:YIKhrEHc
ももんが様

 山本玄峰老師の講話テープですか。探してみます。しかし、ももんが様もマニアックなテープを
ご存知ですね(笑)。山本老師は、昭和天皇からもご信頼があつかったと聞いております。非常に
幅の広い人から尊敬を受けました方です。ただ、女性にだらしない男性、とくに不倫をする男性を
非常に嫌ったと言います。
 逸話の多い、面白い方です。また、何か書いてみたいです。

 では、また、ご指導のほど、宜しくお願い申し上げます。

合掌 ありがとうございます

1133トキ:2012/02/15(水) 17:12:31 ID:YIKhrEHc
「訊け」管理人 様

 お久しぶりです。どうされたかと心配をしておりました。が、義春さんも登場して
彼も元気みたいですね。鶴岡八幡宮で暴漢を取り押さえた、との記述もありました。
 あんまり、心配する必要もなさそうですね(笑)

 ところで、いつも素晴らしいご文章を紹介して下さり、ありがとうございます。
素晴らしい内容で、感服しております。今みたいな時期だからこそ、ああいう
文章は大切ですね。頑張って下さい。

1134「訊け」管理人:2012/02/15(水) 17:16:48 ID:???

>女神さま

 合掌ありがとうございます。

 さて、「この人はなんだろうか」と思わせてしまった様です。女神さまの脳内
掲示板にこの訊け、またなにか書いてしまいましたでしょうか。それならば
謝ります。

 なお、同掲示文は復興Gさま並びに、ニャンコ先生へ向けて書いたもの
であります。貴女は ま っ た く 関 係 ご ざ い ま せ ん 。 貴女
さまが誤読されたのであればわたしの文責であります。謝罪致しますので本
件でのご心配から、早々に解放されんことを祈念致します。

 重ねてではありますが、どうも、申訳ありませんでした。



1135うのはな:2012/02/15(水) 18:27:07 ID:El6gIMAw
  訊けさんへ

> なお、同掲示文は復興Gさま並びに、ニャンコ先生へ向けて書いたものであります。
貴女は まったく関係ございません。貴女さまが誤読されたのであればわたしの文責であります。

 
 わたしは今日の訊けさんの投稿だけでなく、わたしの脳内では、訊け管理人さんの過去文や
谷口雅春に訊けブログを見て、それらの文意からの感想をいっただけです。
別に誤読してるとは思っていません。
 あなたがなにかにつけて細かいことを気にする性格で、いちいち理屈立てる性癖の持ち主なのは
以前から知っていますが、余計な文責の心配をされることはないと思います。
こんなことで「祈念いたします」なんていう大げさないいぐさには呆れます。

1136役行者:2012/02/15(水) 18:27:37 ID:KDgzEzMg

 ももんが様
 ハマナス様
 
>>1111
にて


 > 例え、どんな時でも、相手を批判したりしない事 は、出来るようで、出来がたい、行為ですね 。
 まずもって、相手を祈る事からする。 ハマナス様、良き御言葉、ありがとうございます。<


 生長の家にとっての根本聖典が失われようとしている現在、
過去いろいろあった人間関係におけるまた、思想上における、行き違い、錯綜、恨み、憎しみなどを一旦、棚の上に置いといて、双方とも許し合い、祈り合いに入ることが大切かと存じます。
 複雑に絡み合った双方の遺恨は数十年ものと推察するため、それはそれはちょっとやそっとでは収まり着かないことは分かります。


 ただ、いまここ非常事態!信徒のことを第一に考えて、まずは祈り合いからはじめて、一刻も早く手打ちがなされることを望みます。
 もちろん、双方ともに生かし生かされた条件のもとにおいて・・・なお、鈴夜チャマも浄円月観をとおして、祈ってくれています(#^_^#)
    
           合掌

1137うのはな:2012/02/15(水) 18:52:29 ID:El6gIMAw
 われわれも“通訳”  先生にお供して 徳久克己 先生

 ニューヨークで、生長の家の信徒幹部が、谷口先生御夫妻をお招きして、夕食会をした時、
谷口先生が「9年前にきて、私は生長の家の真理の種を、アメリカにまいたのですが、通訳がよくなかった
ので、真理が正しく伝えられず、その種が育たず枯れてしまったようです。こんどは通訳もよいので、時間は
短かかったけれど、私の伝えようとする真理は、十分に理解されたと思います。どうぞ、この私のまいた種を、
皆さんで育ててください」

というような意味の御挨拶をされました。私は、ジーンと心を打たれました。これは、アメリカだけのことではない。
日本だって、同じことだ。先生のお伝えになろうとする真理を、私たち講師は、通訳して伝えているようなものだ。
講師が生長の家の真理を、十分に理解して、正しく伝えなかったら、通訳が悪くて、先生のお伝えになろうとする真理を、
まちがって通訳するのと同じことだ。先生は40年にわたって、御自分の身をローソクのように燃やして、真理を伝えておられるのに、
私たち講師幹部がもっともっと、先生のまかれた種を、育てなければならない、と深く反省させられました。

 ニューヨークでは、ユニティのバタワース博士の教会で朝の10時から、午後の5時までの1日御講習をされました。
その講習料は15ドル(約5000円)でした。それでも教会がいっぱいでした。
そして、先生のお話を聞いて、感激した聴衆によって、ニューヨークにあった先生の英語の御本は、売り切れてしまいました。

「私は医者ですが、もっと生長の家で、霊的な力を得て病人を癒したい。どのようにすればよいですか?」
と尋ねてきた人もいました。また、
「私はローマンカトリックの牧師なのですが、生長の家の先生になりたい。どのような手続きをとればよいですか?」
という牧師もありました。
 先生のお話を一度聞いて、現職の牧師が、それをやめて生長の家の講師になりたいというのです。生長の家の真理が
いかに高度のものであるか、ということを、私はヒシヒシと教えられました。


『真理は民族を超えて』 谷口雅春先生御夫妻海外御巡錫記念写真帖

1138「訊け」管理人:2012/02/15(水) 20:36:00 ID:???
 人を心で憎むことと、人の悪口を言うこととは、短刀をもってその人を
刺し貫くに等しい。
 
『生命の實相』37巻86項より謹写

二月十一日の法語
悪評は盗罪、嘲笑は殺人

 「人の悪評をつたえるのは、人からその名声を奪う盗罪である。人を嘲笑
するのは人の尊敬の念を殺す殺人である。盗みとは物質ばかり盗むのだと考
えてはならないのである」とガードナー・ハンチング氏は言っている。人間
がそのゴシップ中で人を賞めることばかりやっていたならば、どんなにか此
の世は天国になるであろう。

『光明法語』より謹写


二月十二日の法語
後ろから卑怯に斬るな

 若し相手に悪がないのに虚構して悪口するのであれば尚一層卑怯である。誰
も警戒していないのに後ろからバッサリやるのは昔から〝悪ざむらい〟の所行
である。

 幸福になろうとする者は人の美点を賞めることから始めよ。

『光明法語』より謹写

二月十四日の法語
他人に対して寛大なれ

他に寛大なるものは、神からも寛大に取扱われるであろう。其処に「善人なおもて救われる況や悪人をや」と親鸞の言ったことがもっともだと思われるのである。人を赦すものは神からも赦されるのである。人を審判く者は法則によって審判かれるのである。神につかえる道は人につかえることにあるのである。

1139ももんが:2012/02/15(水) 20:50:45 ID:XXCuaQns
>>1136

役行者様

役行者様、いつも、お褒めのコトバを賜り、大変、嬉しゅうございます。本当に、色々と、心配りして頂き、感謝しております。ありがとうございます。感謝敬白、合掌、拝。


私も、教団の中で、両方の気持ちが、一つになれたらと、『和解』は、心から願っております。


今、この、掲示板では、復興G様の御言葉へ賛同が、多いようですね。

私も、内容的には、復興G様の御言葉は、大変素晴らしく思い、賛同に近いのですが?

実際は、『聖光録』289〜301ページにある。第二代総裁・谷口清超先生の御文章が、
『法燈継承の真義』として、書いてあります。

特に、この文章の中の『御心のままに』に中間には、谷口雅春先生の、清超先生へ法燈継承のコトバがあり。


その後、『不立文字の継承』の部分には、谷口清超先生
の御コトバとして、継承の意義をお説きくだされてます。
〜<<継承とか嫡々相承というこはそういうことなんです。例えば、明治天皇様が、大正天皇様にお位をお譲りになる、あるいは、大正天皇様が今上天皇様(当時は昭和天皇様)にお位をお譲りなるという事は、『わしと同じ事をお前達はせよ』ということでは、なかったのです。真理というのは、その時その時に応じて色々な相をもって展開されねばならかったのです。〜>>


と、谷口清超先生の御言葉として、信徒が守るべき『聖光録』に記されいます。


私は、清超先生の御コトバを、謝りであり、反故にしてはもらいたくは、ありません。

その昔、武烈天皇という、悪帝みたいな、時代も、日本にはありました。


意見が、別れて、教団を去られた方も、本当は、素晴らしい、神の子さんだと、信じております。


総裁や幹部が、嫌でも、教団の中に居ながら、教団の教えの良いとこと、本流の教えの良いとこが、自然な形で、交わりながら、変えていくのが、私は、一番素晴らしいと、思ってます!


人間なんて、個性と個性のぶつかり合いだと思います。
だから、本流派の人たち、教団が、嫌いかも、しれないけど、一緒にやりながら、お互いの良いところを、混じわって、認めあうように、頑張って貰えたら、嬉しくですね。


役行者様、私は、生長の家の信徒の皆様は、やれば出来る人ばかり、霊力たかい人ばかりですから、本流の人たちが、来たら、教団も変わると思いますよ。


私の、夢の希望です!
清超先生の真似して、カン拾いも、実戦中の、ももんが、です。

役行者様、いつも、やさしい御言葉と気遣いとても、感銘を受けております。不作法は私ですが、また、よろしくお願いいたします。感謝敬白、合掌、拝。

1140うのはな:2012/02/15(水) 21:38:38 ID:El6gIMAw
訊け管理人さんは女信者の投稿を何回も連続投稿転載するだけでなく、
これみよがしに、何回も同じ聖典引用をして、認知症でないならなんですか?

認知症の人はさっき食事しても、ごはんはまだかといったり、何回もおなじことを
いうのが特徴ですよ。

1141ももんが:2012/02/15(水) 21:48:19 ID:XXCuaQns
>>1132

トキ様

トキ様、いつも、丁寧なコメント有難うございます。合掌、拝。

玄峰老師のテープは、落語のテープより味があります(^_^)
雅春先生も、面白いですよね
田中忠雄先生の師の、沢木老師のテープもありますよ(^_^)

トキ様お話は、変わりますが、やはり、掲示板と言う場所は、それなりのマナーやルールで規制しないと、実に、管理やお互いのプライバシーさえ保てない事もあるし、その人の、日常の人格とは、違う人格に成ってしまい、お互いが、意識の深い部分で、歪み会うような、心で相手を観ている物ですね。


このコミュニケーションの世界は、生長の家の出来たころは、存在していなかったので、このコミュニケーションが、人間の心や、脳に与える、影響は、生命の実相の中では、説かれていないと、私は、思うのですが、トキ様は、ご存知ですか?

実際、パソコンの使いすぎにより、脳ミソの過労で、過敏性のテンカンや、発作なども、あると、聞いたことが、あります。


パソコンやインターネット内は、黄泉国と言えるかなて?私は、思ってます。


人格をパソコン内に置いてきてしまう、人は、たくさんいるようです。


トキ様は、この様な人を現実の世界で、指導されてるのかと、思うと、本当に、精神カウンセラー待遇だと思え、頭が下がります。


私、でも、以前の会社で、上記の様な若い者の面倒を観て、大変だった経験はあります。勿論、私は、仕事でしたけれども。


トキ様、私はこの場所は、皆様の心の垢の捨て処と、最近は、思えてきました。


トキ様、たくさんの個性の方々を調和させるて、大変ですね。本当に、トキ様は、忍耐に、感謝敬白です。御体きおつけて、これからも、頑張ってください。ありがとうございます。感謝敬白、合掌、拝。

1142ももんが:2012/02/15(水) 22:54:00 ID:XXCuaQns
>>1114

ハマナス様

いつも、ステキ、お返事を下さり、大変有り難く、心に染み入る思いです。本当に、慈悲深い御言葉、ありがとうございます。感謝合掌、拝


とくに、この御文章


<<でも、清超先生がご本の中で、「ピアノと同じように、訓練をすれば上手になる。」と
お書きになられていますので、私も日々、『魂の訓練』をして行きたいと思っております。

あまり、争いや口論が好きではないので、この掲示板だけでなく、他の掲示板でも、
数人の方が喧嘩ごしに悪口を書いたり、お互いに傷つけあうことばを見ますと、
心が痛みます。
ましてや、インターネットで不特定多数の方が見ているとなると、なおさらです。

『甘露の法雨』の中の「懺悔の神示」の中の次のことばを思い出しました。

「懺悔は密室にて行うか、手紙に書きて教えの先達に送りても宜し。
 されど暗(やみ)の前に、いたずらに悪評する民衆の前に、罪を暴露しても
何の効なし。暗に暗を照らさしむるとも何の甲斐(かい)かあらん。」>>


全く持って、私の心と同じでございます。



私は、生命の実相を今、読んで、おりますが。


人間=霊人(ヒト)=コトバ(文字も含む)



コトバ=話コトバ、文字、コミュニケーションの全般含む(手話も、ゼエスチャーや、その時々の色々方法も含む)

上記は、いま、少し読んでる。清超先生の『ありがとうは素晴らしい』に似た内容が出てましたので、正しいかなと、思うしだいです。



明るいコトバ、プラスのコトバ、コミュニケーションを、広める事が、人類光明化運動の、大切な仕事の一つだとすると、毎日、各自一人、一人が『ありがとう』や『おはようございます』を広める事は、人類光明化運動をしてる人間(コトバ)と言えると、私は、思うのです。


逆に、人を批判するコトバ、人に悪言を言うのは、その人自体が、無意識であったにせよ。マイナスのコトバ、マイナスのコミュニケーションを広めているわけだから、知らない内に、人類暗黒化運動をその人が、しているのだと、言えると、私が、生命の実相を読んだところでは、そう感じらました。


だから、無意識であっても、自分が正しくて、相手が間違えているとしても、人を批判したり、指摘仕方に寄っては、他者との軋轢を産みやすくなり、その人自体の心が、暗黒化しやすくなるのだと、私は、思うしだいです。


ハマナス様の昨日の御文章を読み、プラスのコトバを使い続ける難しさを改めて、実感しております。

そう簡単に出来たら、先生方皆様、出来てしまわれるでしょね。そこが、また、耐え忍ぶからこそ、魂も鍛え磨かれて行くのだと、私は、思うしだいです。


ハマナス様、本当に、いつも、御優しいコトバで、教えいただき、ありがとうございます。お寒いですから、暖かくしてお休みください。ありがとうございます。感謝敬白、合掌、拝。

1143SAKURA:2012/02/15(水) 23:27:37 ID:FEa/NNlc
>1141 モモンガ様 
独り言…
「聖光緑…」これって??昭和28年1月1日から〜〜始まりましたよ〜〜ネ!
「雅春先生」からではないの〜〜ですか? “変”です〜〜ネ!!

確かに、幾つかの変遷はありましたでしょうが…?
それから??私の手元にありますのが“古〜〜〜いモノ”なので…?

失礼ながら…
いつ頃の「改訂版」なのでしょうか?            再合掌

1144ももんが:2012/02/16(木) 00:08:03 ID:XXCuaQns
>>1143

SAKURA様

SAKURA様、こんばわ。合掌、拝。


私の手元にある『聖光録』は、
正式名=『新編 聖光録』(生長の家信徒必携)

監修:谷口清超

発行人:中島省治

発行所:㈱日本教文社

印刷・製本:光明社

平成八年二月二十日発行


となってます。

これでも、古いかも、知れませんね。


駄目でしたら、教えて下さい。

ありがとうございます。合掌、拝。

1145うのはな:2012/02/16(木) 01:24:27 ID:El6gIMAw

 某氏が女子大生をナンパしてるなんてのも、デマみたいなものだと思いますが、
他の人のことをデマしても、自分のことになると神経質に騒ぎ立てる男のクズもいるようです。

1146ハマナス:2012/02/16(木) 01:30:32 ID:u5mC.eb2
ももんが様
 
ご丁寧にお返事ありがとうございました。ありがたいお言葉を頂き、恐縮しております。
また、お教授を頂き、嬉しゅうございます。

清超先生の『ありがとうは素晴らしい』のご本は、手元にありましたので、拝読しておりますが、
新書サイズで読みやすい本です。
雅春先生は、生涯400冊位のご本と書かれたと聞きましたが、清超先生も沢山お書きに
なっておられるのですね。

ももんが様の素晴らしご御文章に感動しました!

>私は、生命の実相を今、読んで、おりますが。

人間=霊人(ヒト)=コトバ(文字も含む)
コトバ=話コトバ、文字、コミュニケーションの全般含む(手話も、ゼエスチャーや、その時々の色々方法も含む)

上記は、いま、少し読んでいる。清超先生の『ありがとうは素晴らしい』に似た内容が出てましたので、正しいかなと、思うしだいです。

明るいコトバ、プラスのコトバ、コミュニケーションを、広める事が、人類光明化運動の、大切な仕事の一つだとすると、毎日、各自一人、一人が『ありがとう』や『おはようございます』を広める事は、人類光明化運動をしてる人間(コトバ)と言えると、私は、思うのです。

逆に、人を批判するコトバ、人に悪言を言うのは、その人自体が、無意識であったにせよ。マイナスのコトバ、マイナスのコミュニケーションを広めているわけだから、知らない内に、人類暗黒化運動をその人が、しているのだと、言えると、私が、生命の実相を読んだところでは、そう感じらました。

だから、無意識であっても、自分が正しくて、相手が間違えているとしても、人を批判したり、指摘仕方に寄っては、他者との軋轢を産みやすくなり、その人自体の心が、暗黒化しやすくなるのだと、私は、思うしだいです。


まったく、同じ思いでございます。

私たちは、幸運にもこの素晴らしい真理に触れて、素晴らしい恩師の方々の
お陰で、幸福になりました。
生長の家がなかったら、今の私もないと思います。

是非とも、この最高の真理と云われています、生長の家の御教えを先輩の皆さまと
共に手を取り合って、日本そして世界中にお伝えしなければならないとの思いを
強く致しました。

素晴らしいおことばに、心より感謝致します。

1147うのはな:2012/02/16(木) 02:46:21 ID:El6gIMAw
志恩様へ

 昨夜訊けさんから誤読だといわれて眠れないので、前から気になっていたことを
お尋ねします。志恩さんはよくここでキケサンのブログを紹介されていますが、
その中には私へのからかいや攻撃が満載になっていた、私の記事転載しまくっていた
クレームブログや、本流サイトへ挑むようなページやからかうような写真が掲載されていたのを
ご存知のうえで、おすすめになっているのでしょうか?

なにをすすめ、どこに何を書かれようが、それはもちろん志恩さんの御自由ですが、
こないだもどなたかへの返信を本流でされていたようです。
失礼ですが、本流掲示板で「志恩様へ」の記事を再読されることをおすすめします。

余談ですが、個人のホームページでも、デザインやなにやらで20万以上かかる計算になるとき
があります。そんな中で無料レンタル版を使い、他人の記事をネタに遊んでるんだからいい気なもんだと
思っています。

1148志恩:2012/02/16(木) 07:10:59 ID:.QY5jUA6
うのはなさん

うのはなさん、コメントありがとう。うのはなさん、昨夜は、遅くまで、眠れなかったのですね。

今、新設された「愛国源流『谷口雅春先生の大復活』ブログ」と、訊け君の「谷口雅春に訊け」ブログを、拝見したところです。

「愛国源流」掲示板、すばらしいのが、新設されましたね。そうですね、今度から、こちらも、お勧めしないと。

ここを、ご覧の皆様、「愛国源流」という、大変すばらしいブログが新設されましたよ、
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
管理人は、澤水紘一様(67)と書いてありました。皆様、よろしかったら、こちらも観て下さいね。

訊けブログについてですが、私が、訊けブログを宣伝してきたは、なぜかと言いますと、
私の場合は、気持ちとしては、ここをご覧の、世界中の生長の家の皆様を対象にと、いつも考えて来ているからです。

私のことも、悪く書いてある訊けブログ内のクレーム欄も読んでいます。
うのはなさんに関する以前の特集は、今は奥の院へ入って見えなくなっています。

そういえば、最近、本流記事に挑むクレーム記事が、多く載っていますね。
これは、本流派としては、×××の気持ちになりますけれど、

トキさまや、訊け君に挑む記事は、本流のほうに、たくさん載っていますから、お互い様だと、私は思っていて、
本流は、大激流なので、多少、ブーイングされるのは、しょうがないとも思っているのです。

しかし、それらはさておいて
それに勝る「今の教え」にはない ほんものの生長の家の真理を 訊けブログは、日々載せて下さっている。広く考えれば、まるで、本流の応援記事のようでもあると感じまして
それで、私は、宣伝しているのです。

もう、本流掲示板や、愛国☆掲示板、そして、ここで、さんざん「今の教え」や現総裁の内幕は、暴露されてきました、その相乗効果で「学ぶ会」関係の記事も読まれていると思います。
世界中のネットを観てる人の、知るところとなりました。ボディーブローは、効いています。

いろいろな意見があるので、相互が、刺激されて、観るお方の注目度も高くなり、よりよくなっているのでは、ないでしょうか、
ですから、本流のカウント数が、少し前までは、一日3,000が、平均だったのですが、最近、増えていますよ。

それから,本流掲示板「志恩さんへ」の記事ですか。あぁ、あれね、
あちらに投稿するときは、「私は、総裁を引退させるというここの趣旨に、賛同するものです」と宣言してから、書き込むようにというのね。
うっかり、わすれていました。すみませんでした。

1149ももんが:2012/02/16(木) 09:39:33 ID:XXCuaQns
皆様、トキ管理人様、おはようございます。本日も、素晴らしい、朝が、やって参りました。今日も、寒気いっぱいの朝ですが、元気に、明るく、楽しく、神の子として感謝感謝の、楽しい日にいたしましょう!ありがとうございます!合掌、拝。


皆様は、カラスくんや、野良猫くんに、挨拶した事は、ありますか?

私、何時も、会う、三羽のカラスくんと、三毛猫の三毛太郎君に、いつもの彼らの縄張りで、会う度に。

『おはよう!』

『今日は、ごはん、食べたと』

挨拶をします。不思議ですが、彼らも、コトバは無いのですが、鳴き声や、仕草で、挨拶してくれてる感じを私はするのです。気の性だと思われる方は、そう思って下さい。(^_^)


動物達と挨拶出来るだけでも、地球の光明化に役立つかな?と一人よがりな、自分であります。

〜明るい未来を思え〜

<<このように、物事の光明面を見て、明るく伸々と、たのしく生活し、さらに伝動などして『よいこと』をしていると、必ず『よいこと』が起こり、思いが叶い、どこからともなくポッカリと幸運が舞い込んで来るのである。それ故、多くの人々が『神の子人間』を信じ、ありがとうと“日時計主義の生活”をやるようになることが、日本の運命をよくし、豊かにし、平和にする唯一最高の道であると言うことが出来る。

谷口清超先生著書:『ありがとう』はすばらしい!より〜23〜24㌻


ありがとうを、言う事は、日時計主義であり、日時計主義は、人類光明化運動だと、確信するしだいだいです。

さあ、皆様、今日も嬉しく、たのしく神の子生活を楽しみましょう!ありがとうございます。合掌、拝。

1150役行者:2012/02/16(木) 09:42:29 ID:KDgzEzMg

 >>1139

 ももんが様


 文章全体の流れを良く理解しました。
 本流宣言掲示板は三代目総裁を追放することも目的としてます。ですから、あのような表現になってしまうのでしょう。

 ただ、そのような掲示板であるはずなのですけど、最近、和解を旨とする文章もときどき垣間見れますね。
 何か大いなるもののはからいを感じる今日この頃です。
 

 さて、法統継承のことなのですが、結論から言いますと、私は天皇家と同様に男系の血筋の方が継ぐことを望んでおります。
 いろいろとあると思いますが、日本という国は家族制度により守られてきたと思うのです。家に中心があり、その文化・伝統が連綿と続き、この象徴が天皇家と思っております。
 その天皇家が代々受け継がれてきた伝統の一つに大和の精神が厳然と存在していると思います。

 この大和の心の継承が家制度の延長線で繋がってきたところに、日本の国の現在の平和があると思っております。たとえば老舗文化もそのひとつと思ってます。

 その意味でも、私は三代目、四代目と、長兄血筋が継承されるべきと思っています。
 それが秩序だからです。
 それと同時に、復興G様の仰るよう、一人一人がそれぞれの立場において、【あるべきよう】(明恵上人の言葉)的に、神の子の自覚をされ、それぞれの細胞も生かされて行くべきと思っております。
 頭脳も、心臓も、手足も、一切者の自覚をもって生きていくのが最善と思っております。
 


 また、時代背景や説かれた場所によって同じ真理を語ったとしても随分と表現が違ってきます。

 しかしそれは表現の問題であって真理は永遠不滅です。
 ですから、時代にあった表現方法は大切かと思っております。

そして、


 >総裁や幹部が、嫌でも、教団の中に居ながら、教団 の教えの良いとこと、本流の教えの良いとこが、自然な形で、交わりながら、変えていくのが、私は 一番素晴らしいと、思ってます! 人間なんて、個性と個性のぶつかり合いだと思いま す 。だから、本流派の人たち、教団が、嫌いかも、しれ ないけど、一緒にやりながら、お互いの良いところ を、混じわって、認めあうように、頑張って貰えた ら、嬉しくですね。<
 

 まったくもって、異議ありません。
 本流の皆様もできれば日本をより良い国にするため、大同団結して一つの方向に進むことを望んでいらっしゃるとおもうのです。
 ところが、数十年の遺恨、ならび現総裁は雅春先生の生命の実相、並び甘露の法雨を消滅させ、自らの聖典を拵えるのではないか!というような恐怖が、総裁追放に火を付けていると思うのです。
 でしたら、同じテーブル上に付き、そのことも含め、十数年の遺恨もさながら、徹底的に議論を交わしたら良いかと思うのです。
 きっと、疑惑は晴れることと信じております。
 

> 役行者様、私は、生長の家の信徒の皆様は、やれば 出来る人ばかり、霊力たかい人ばかりですから、本 流の人たちが、来たら、教団も変わると思います よ。
  私の、夢の希望です! 清超先生の真似して、カン拾いも、実戦中の、もも んが、です 。<

  
 そのように思います。
 まったくもって、皆様元気で、百歳になっても現役で頑張って行くのでしょう(^。^;)

 同じ土俵にあがってともに、日本の国のため、世界のため、人類光明化運動に邁進すべきと思う今日この頃です。
 すべての人を生かしながら、大いに議論し、昔のように皆ともに人類光明化に貢献すべきと思っております。

           合 掌

1151トキ:2012/02/16(木) 10:00:33 ID:TWnjN6n.
>>1149

ももんが様

 おはようございます! ももんが様の御文章に刺激を受けて、書きたい事がありますが、
少し長くなるので、後で投稿します。

 では、本日もすばらしい1日でありますよう、お祈り申し上げます。

合掌 ありがとうございます

1152「訊け」管理人:2012/02/16(木) 10:06:54 ID:???

>復興G閣下

 昨日久し振りに『人生の秘訣365章』を拝読しておりました。そうしました
ら下記のようなご文章がございました。ここに謹んでご報告申し上げます。

『人生の秘訣365章』309項より謹写――
――――――――――――――――――――――――――――
宗教家よ口に剣をとること勿れ

 世界の平和は、神を信ずる宗教ですら宗派争いをして激しく他の教団の
悪口を宣伝して自分の宗派を拡大しようというような劣悪な教団が幅を利
かせているような有様では、到底達成することはできないのである。この山
にてもあれ、この教会にてもあれ、この寺院にてもあれ、本尊の名前は異
なれども、等しく宇宙本源の唯一の神を礼拝するようにならなければなら
ないのである。キリストは「剣をとる者は剣にて滅びる」とペテロに教えてい
るのであるが、この剣は決して、鋼鉄をもってつくられた剣だけのことでは
ないのである。烈しく他教団を悪口をもって斬りまくる宗教人は、やはり剣
をとる者である。神は愛であるのに、愛をもって一切宗教を包容することが
できずに、攻撃をもって自分の勢力圏の拡大を願う如きは、結局、我執と
貪欲と権勢欲によって掉り廻されているのであって、そのような者は宗教
界の風上にも立つことができないものである。
――――――――――――――――――――――――――――

 以上であります。

 ・・・・それでもどうしても、現総裁。「引退に追い込むにはどうすべきか?
」というような、そんな話は起ると思います。ならば悪口攻撃に代えてどん
な攻撃方法があるのでしょうか。(ここでいう〝攻撃方法〟とは無論、方便
の表現ではありますが)聖典に準拠したかたちではなにか、この腹のムシ
を押さえる方法はないものでしょうか。

 聖典に準拠したかたちでの〝総裁追放策〟ですが、まあ、下記箇所の
ようなものになるかと考えます。愚生蔵書の聖典80冊ではこれ、雅春先
生〝ご許可〟の方法としては、これしかないと考えます。

『幸福を招く365章』186項 より謹写――
―――――――――――――――――――
<「迷い」はどうしたら消えるのか>

 心の「迷い」を無くするには、「迷い」を捉えて破壊しようと力む事は要
らないのである。それは却って自分の心が「迷い」を掴むことになって益々
大いに「迷う」ばかりである。「迷い」を無くする唯一の道は、心を「迷い」
から一転せしめて、「人間」の本来完全なる相を見詰めるようにすれば好い
のである。自分の病気を癒すには、自分の病気を見詰めないで、自分の実相
の完全さを見詰めれば好いのであるし、他の病気を治すには、彼の病気を治
そうとか、病気をどうしようとか思わないで、ただ彼の完全さを見詰めれば
好いのである。全世界の人々が、ただ、他の善のみを見詰めるようにすれば
忽ち平和は来るのである。

 〝自分が〟祈る力や、自分の思念力によって不幸や病気を退散せしめよう
などと思ってはならないのである。われわれが善き言葉で祈り、善き想いを
想念したならば、あとは神が成就したまうのであると知らなければならない
のである。それは種を蒔くのと同じことである。善き言葉又は善き想念を述
べることは、大宇宙の創化力の沃地に、善き種子を蒔くことになるのである。
その種子を育て生長せしめたまい実を結ばしめ給う力は神にあるのである。
吾々は自分の力で、蒔いた種子から茎や葉を引張り出そうなどと考えてはな
らないのである。「吾れはただ善き想念の種子を蒔く、これを育てたまうの
は神の力である」と念じて、静かに神に全托せよ。
―――――――――――――――――――

 以上、雑談のようなご報告でありました。

追伸

 閣下ご提唱の法燈継承――これに関連いたしまして昨日、ブログ記事を
作成致しました。各信徒が自分の中の「主人公」、これにいかに呼びかけ
るかが重要と考えます。わたし個人もこれから毎日、「主人公、主人公」と
呼びかけて参りたい所存です。雅春先生が「是非実行なさってくださいま
せ」とお勧めされてもおられますし、まあ、やらねばならぬでしょう(笑)

●『光の言葉』
http://blog.livedoor.jp/con5151/archives/65631587.html

1153うのはな:2012/02/16(木) 10:24:21 ID:El6gIMAw

マッチポンプといわれてる人やひとりよがりな人がこういうことは楽しくやらなくてはいけないと
といって騒ぎを起したり漫才やりだしたり、他人の投稿や投稿時間を追いかけて
あれこれいうのもへんだと思います。口に剣というほどではなくても。

1154a hope:2012/02/16(木) 10:56:04 ID:kcv2QXTk

人生読本 谷口雅春先生著

平等にして差別があるのが大調和


或る時、一人の行者が仏様の教えをきいて悟りました。
本当は悟ったと思ったのです。
どう悟ったかといいますと、生きとし生けるものは、ことごとく仏の子であるから、
どんなものでも兄弟だと思い、深切にしなければならぬと思ったのでした。
そう思って、或る朝庭に立って見ておりますと、
一匹の毒蛇がにょろにょろとその行者のところへやって来ました。
行者は、生きとし生けるものはみんな兄弟であるから、深切にしてやらねばならぬと思って、
座敷の上へ上げてやり、食物を与えて大切に飼っておきました。

すると一人の友人が来て、「君は毒蛇を飼っているそうだが、
人間は人間、畜生は畜生であるからいっしょの待遇をしてはならぬ。
ことに毒蛇などと一緒の生活をしたら、しまいには噛み殺されてしまう」と、
深切に忠告してくれました。

しかし行者は答えました。
「生きとし生けるものは、みな兄弟であるから、深切に平等の扱いをしなければならない。
君のように差別的なことを言うものは迷っているのだ。」

友人は自分の忠告がきかれないのを、悲しく思いながら帰って行きました。

その後しばらく、行者は毒蛇と仲よく暮らしておりましたが、
或る日食物を集めるために、やや遠いところへ旅をしました。
一週間も家を明けて帰って来ますと、毒蛇は餌(え)を与える人がないので、
行者を待ちかねていましたので、行者が「そら蝮(まむし)さん、さぞひもじかっただろうね」
と言って、餌を口のところへ持って行ってやりますと、毒蛇はあまりにもお腹が空いていましたので、
あわてて餌と間違えて行者の指先に咬みつきました。

見る見る行者の指先から毒が廻り、腕が腫れ、身体ぜんたいが赤紫に腫れてしまって死んでしまいました。


・・・・・生きとし生けるものが平等だということは、
生きる命はみんな神様の力でやどっているのであるから、どれも皆同じように尊いということである。
しかし形の世界では、その神様の力のあらわれ方がみんな異う。
平等にして差別ありの真理を知らねばならぬ。
人間はみんな尊いが、人と時と処の三つの相応(ちょうどよい)ということを知らねばならぬ。
この相応を得たときにすべてのものが大調和するのである。


蛇を座敷へあげるというようなやり方では、この行者のように、
遂に毒蛇に咬み滅ぼされてしまうものです。

(つづく)




みなさま おはようございます。
なんか、この板、すごく深いお話が展開されているようですね。

後で、もう一度みなさまの投稿を拝見して、わたしも、自分なりに考えてみたいと思います。

それでは、わたしの大好きな「生長の家」のみなさま、今日もすばらしい一日をお過ごしください!

1156ももんが:2012/02/16(木) 16:10:45 ID:XXCuaQns
ハマナス様

ハマナス様、御言葉ありがとうございます。ハマナス様の心遣いは、真に素晴らしいです。いつも、教えていただき、ありがとうございます。感謝合掌、拝。


<<私たちは、幸運にもこの素晴らしい真理に触れて、素晴らしい恩師の方々の
お陰で、幸福になりました。
生長の家がなかったら、今の私もないと思います。

是非とも、この最高の真理と云われています、生長の家の御教えを先輩の皆さまと
共に手を取り合って、日本そして世界中にお伝えしなければならないとの思いを
強く致しました。>>


そうですね、基本は『明るい心』をいかに、保ち、これを、コトバ(コミュニケーションを取る方法なら、深い意味では、コトバらしい)

で伝えて行くが、光明思想の在り方のようですね。


昨晩は『天使の言葉』をあげていましたが、ベートーベンの事が、出できますよね?

ベートーベンは、耳がきこえません。

通常、『コトバ』と言えば、『音』もイメージしますよね。


ベートーベンの様な人は、『コトバ』は、音で聞かないわけですよね。


実際には、色々なコミュニケーションの手段で、『コトバ』や『音』を心で捉まえて理解するのでしょ。

人間は霊的存在で、魂や心を使って、日常活動してるからですよね。

人間だけじゃない、ネコや犬でも、そうじゃないかな?思わせられる時ありますね。

気の性かもしれませんが。

でも、そう考えると、万物皆兄弟と、思えてきますね。

本当にそうなったら、いいですね。

では、ハマナス様、お仕事、お忙しいのに、私に色々教えてくださり、ありがとうございます。インフルエンザ流行ってますから、気おつけて下さい。感謝敬白、合掌、拝。

1157ももんが:2012/02/16(木) 16:12:45 ID:XXCuaQns
トキ管理人様


1155の文章は、未完成文です。削除願います。

1158ももんが:2012/02/16(木) 16:15:38 ID:XXCuaQns
>>1150

役行者様、

役行者様、ご丁寧なお返事いつもながら、心遣い、御礼もうします。ありがとうございます。感謝合掌、拝。

役行者様の御文章を読み、私と、同じ様に思えていただき、感謝感激でございます。

<< さて、法統継承のことなのですが、結論から言いますと、私は天皇家と同様に男系の血筋の方が継ぐことを望んでおります。
 いろいろとあると思いますが、日本という国は家族制度により守られてきたと思うのです。家に中心があり、その文化・伝統が連綿と続き、この象徴が天皇家と思っております。
 その天皇家が代々受け継がれてきた伝統の一つに大和の精神が厳然と存在していると思います。>>
真の法燈継承としては

役行者様は、清超先生の『法燈継承の真義』の御言葉を大切にされる御気持ちは、私と同じ気持ちである事に、感銘を覚えました。


そして、復興G様の『継承』意味は

<< それと同時に、復興G様の仰るよう、一人一人がそれぞれの立場において、【あるべきよう】(明恵上人の言葉)的に、神の子の自覚をされ、それぞれの細胞も生かされて行くべきと思っております。
 頭脳も、心臓も、手足も、一切者の自覚をもって生きていくのが最善と思っております。>>
 

各自の心の部分での『継承』と言う事ですね。


それならば、理解出来るし、納得出来きるものです。

役行者様のこの御言葉、全く、そうなってくれたれ、大変、私は、信徒の一人として、嬉しい思いです。

<< 本流の皆様もできれば日本をより良い国にするため、大同団結して一つの方向に進むことを望んでいらっしゃるとおもうのです。
 ところが、数十年の遺恨、ならび現総裁は雅春先生の生命の実相、並び甘露の法雨を消滅させ、自らの聖典を拵えるのではないか!というような恐怖が、総裁追放に火を付けていると思うのです。
 でしたら、同じテーブル上に付き、そのことも含め、十数年の遺恨もさながら、徹底的に議論を交わしたら良いかと思うのです。
 きっと、疑惑は晴れることと信じております。>>
 
今日、生命の実相第1巻の、

172㌻の3行目に、こんな文章がありました。

〜だから、わたしはこのページを読まれのを機会に、読者諸君にむかって、あなたの全ての隣人をゆるすことを提議したいのであります。〜

それから、170㌻に

〜万物調和=万物一体 、この真理から生ずる感じが愛でありますから、

その反対たる

万物孤立=万物争闘、という『迷い』から生ずる悪感情(したがって生ずる生理的反映たる病気)を征服するには、やさしい言葉や行いでかたわらにいる人が『愛』をありありと実際に示してくれるかぎるのであります。〜


今、お互いが、お互いを、心の底辺では、即ち、無意識の層において、『許す』事は出来ていないのでは、ないでしょか?

確かに、裁判は、本流サイドの支援や応援してる側が、『勝ち』目に見える型では、総裁や幹部のしてる行為は、信徒を裏切る行為なのかもしれません。

しかし、もし、『勝ち』側のサイドが、無償で、全ての権利を放棄して、教団や総裁、幹部を許せるなら、それは、一般の思考と違い、宗教的思考からするなら、すごい、事であり、本流サイドの人たちの優れた、宗教者として資質を示す事になるように、私は、思うのです。

あまりに、大きい事を言うと、叩かれますね。

ももんがの、単なる、夢に、過ぎません。


役行者様、いつも、素晴らしい、御言葉と、私へ気遣いは、本当に、感謝してもしきれません、いつも、ありがとうございます。また、色々、教えて下さい。
ありがとうございます。感謝敬白、合掌、拝。

1159ももんが:2012/02/16(木) 18:22:57 ID:XXCuaQns
>>1151

トキ管理人様

トキ管理人様、御寒いですね。いつも、お心遣い、感謝しております。合掌、拝。


今朝の、『ありがとう』のお話で、恐縮なのですが。


トキ管理人様や、本部関係の方に、清超先生は、偉大なお方で、私の様な、一信者が、清超先生のゴミ拾いの日常の風景を目撃出来るなんて、罰当たりと、思われても、仕方ないですね。

本当に、申し訳ありません。
しかし、逆に、裏表の無い、真の宗教者の姿を教えていただき、本当に、私は幸せ者です。


実は、私の禅の方の師も、清超先生と良く似て、裏表なく、淡々と日常をこなす方でした。

私は、清超先生の御文章から、いつも、”曹洞宗の風 ”を感じていましす。


大分前ですが、安泰寺の住職であらされた、内山興聖老師のお話を、テレビで見ていました。

内山老師が、折紙を降りながら、色々なお話をされていましたが、折紙を手から離して、覚りについて、お話されていと思います。

『手放し、手放し』と何回も、同じコトバを繰り返して、お話される姿は、自然な雰囲気をかもし出して、なんとも、すがすがしさを感じました。

清超先生も、わかりませんが、どこかで、内山老師とかと、お話される機会が、会ったのかと、想像してしまいます。

正法眼蔵随聞記、いいでしょ?トキ様?

なんか、いろんな、物が、凝縮されていて、いつも、心で味わうようにしてます。


今夜は、寒いです。暖かくして、おやすみ下さい。不作法な、ももんがより、ありがとうございます。感謝敬白、合掌、拝。

1160ハマナス:2012/02/16(木) 18:42:25 ID:u5mC.eb2

神の子の皆さま
ありがとうございます。今日は寒い一日でした。

  二月十六日  自己の尺度を捨てる日  (『光明道中記』P.58より謹写)

 他(ひと)を自分の尺度で測って善ならしめようとすれば、
相手を害(そこな)い、自分を害う。 (『生命の實相』七巻)

 電車の中で人の顔を見ていると、実にいろいろの顔があり、色々の事を教えられる。
 一つの顔を眺めても、見ている人の立場の位地の相違から、悉く異なって見えるもの
である。争いは、見る立場は一つしかないと云う根本的な迷誤(まちがい)から発(おこ)る
のである。或る人には一つ顔の横顔が見え、或る人には正面が見え、或る人には斜めに
見える。もっと委(くわ)しく分けるならば、一つの顔でも全然同じように見えることは
あり得ないのである。そこですべての人の意見は一致しないのが本当な位である。

そこで吾等が他と争うことを避けようと思うならば、吾等は事物を考えてやるのに相手の
立場に立って考えてやらなければならないのである。「あの人の身になったらどうだろう」
此の思いやりが本当の愛である。愛は自他一体である。昔は、「己の欲せざるところを他に
施す勿れ」と言ったが、今は己の欲せざる所も、彼は欲するかも知れないし、己の欲する所も、
彼は欲しないかも知れないことを知って、各々相手の立場に立って相手を生かして
やらなければならぬ。

毎日、神想観の前に、『生命の實相第37,38巻』『光明道中記』『光明法語』の
その日の箇所を読んでいます。
数々の素晴らしい聖典を残して下さいました、雅春先生に深く感謝いたします。

合掌

1161ハマナス:2012/02/16(木) 19:41:04 ID:u5mC.eb2
ももんが様

合掌ありがとうございます。ご親切にご教示頂きまして感謝いたします。。

>昨晩は『天使の言葉』をあげていましたが、ベートーベンの事が、出できますよね?
ベートーベンは、耳がきこえません。
 通常、『コトバ』と言えば、『音』もイメージしますよね。
ベートーベンの様な人は、『コトバ』は、音で聞かないわけですよね。

実際には、色々なコミュニケーションの手段で、『コトバ』や『音』を心で捉まえて
理解するのでしょ。 
人間は霊的存在で、魂や心を使って、日常活動してるからですよね。


そうなのですね。私たちは目、耳などの五感を使って見たり聞いたりしているようですが、
実際は魂や心を使って見聞きしている、見聞きしなければならないのですね。
そうなると、講習会での総裁先生ご夫妻のご講話や練成の講話などの、真理のことばは
頭だけでなく、“こころの耳を開いて”、聞かないといけないことが、わかりました。

いつも大切なことを気づかせ頂きましてありがとうございます。

ももんが様も、お寒いですのでどうぞお身体を大切になさって下さいませ。
  感謝合掌

1162トキ:2012/02/16(木) 19:44:46 ID:TWnjN6n.
ももんが様

 道元禅師の逸話でしたが、ももんが様のご文章を拝読しえ思い出した事があります。もし間違っていたらごめんなさい。

 確か、道元禅師が鎌倉幕府の執権の北条時頼から招かれた時のエピソードだったと記憶しているのですが、
北条時頼を訪問した時に、北条時頼が手みやげを道元禅師に渡そうとしたら断られたので、随行の弟子に
手渡したそうです。で、永平寺に返ってから、弟子が道元禅師にその手みやげを渡そうとしたら、道元禅師
が激怒し、即座に破門したばかりか、彼がいつも座っていた場所の下の土をも掘り出して遠くに捨てた、と
いう話が記憶にあります。(間違っていたらごめんなさい)

 そう言えば、谷口清超先生も、普段は温厚な方でしたが、教えや信仰の純粋性には厳しい方だったという
印象を持っています。その点は、道元禅師に共通する、真摯な姿勢の持ち主だったという感想があります。

 もっとも、私のようなふざけた人間は、道元禅師の弟子としても、谷口清超先生の弟子としても、落第のよう
な気がします。

 では、今後ともよろしくお願い申し上げます。

合掌 ありがとうございます

1163SAKURA:2012/02/16(木) 20:46:10 ID:FEa/NNlc
トキ様 へ
皆様 へ

【幸福を招く365章】  
■重荷を負える者よ 我れに来たれ
神にまかせるのでは無条件全托である。
完全に神にその処置権を譲り渡すのでなければなりません。
何一つ、自分のところへ止めて置くと云うものがあってはならないのです。
魚釣の餌のように、神に与えたものに釣糸をつけて置くと
云うようなことをしてはならないのです。
人間は神に任せた程度に従って、自分の肩の重荷がおりるのです。
神の自動車にのせて頂きながら、自分の荷物を自動車の中で
肩にかけているようなことをしてはなりません。
「重荷を負える者よ、吾れに来たれ、吾れ汝らを休ましめん。」
神はこう云い給うているのです。
あなたが重荷を負う位なら、神は貴方を救う必要がないのです。
神は貴方を完全に重荷から解放するために生長の家を
お創になったのです。
                    (谷口雅春著)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
■「全托…」
「無条件に処置権…」を、神に与える事でしょうか…?
今の私は…又!新たなる【難問題…】が起きてきていますが… ><
“全神経神”を、集中させていこうと思います…。

今日は?「歯科院へ…」
以前から“歯の痛み”があり…担当医は休みでしたが…
とりあえず「歯石」をとって頂きまして(多少の予防策かしら〜〜ン)と思いつつ?
それも兼ねまして…「歯石」を取って頂きましたが…
其の「歯石を取る」これが?物凄く〜〜〜〜〜〜“イタイ”のです。><
そこを私は「神の子」と唱えて…「痛みはない」と云いながら……><
一番痛い“歯”〜〜〜〜〜其の箇所に来た時は??もう〜〜〜〜たまらなくなり??
「神に委ねて」…任せて「歯石」を取って頂きましたら……

不思議です…。かなりの出血でしたが…「綺麗な〜真っ白な〜歯」に…
最終的には“レントゲン”を取って頂き「虫歯もない!!」結果に!!
今日は、担当医がいなくて、他の先生に見て頂きましたが…
日常の小さな出来事でも〜〜〜「たかが歯?」位でも…思われるかもしれませんが?
「神に重荷を委ねます…」と…必ず!いい方向に行くと“確信”…

今!「イヤ〜〜ナ吸血鬼・ゾンビ達・黒幕デザイナ−」の問題に悩んでいますが…
■「重荷を負える者よ、吾に来たれ、吾れ汝らを休ましめん」
安心して“神に委ねます”……“神の御心に”
せっかく「事務所」を構えたのに…
又??又??どうしてこの様になるのでしょうか…・…?

全て「神の御心に…全托」
    この法則を教えて頂いた「雅春先生」に感謝申し上げます…。

                           再合掌 

PS:トキ様へ
本日の解釈?「日常の出来事」を踏まえまして、捉えてみましたが…?
どのように解釈されますでしょうか?

1164a hope:2012/02/17(金) 11:37:18 ID:kcv2QXTk

人生読本 谷口雅春先生著

白鳩と烏と料理人


或る所に、長者があって白鳩を一羽飼っておりました。
白鳩を入れてある鳥籠は、長者の家の料理場の出口のところにかけてありましたが、
料理場にはおいしそうな魚や羊の肉がならべてありましても、
白鳩は欲深ではありませんでしたから、自分のために与えられてある豆、粟、玉蜀黍(とうもろこし)などのほかは、
けっして手をつけませんでした。
すると或る日、一羽の烏(からす)がやって来て、料理場をのぞいてみると驚きました。
魚のフライや、羊の挽肉がおいしそうにならんでいるではありませんか。
烏は、「白鳩というものはなんてぜいたくな御馳走を食べているものだろう」と羨ましくなりました。
そして、「ひとつあの白鳩の友達になって、その魚や羊の肉を食べたいものだ」と思いまして、
計略を考えつきました。

白鳩の鳥籠の入口は自由に空いていまして、いつでも出入りができるようになっていました。
毎朝、夜があけると、料理人が料理場の出入口の扉を開きますので、
そこから白鳩は遊びに行ったり、間食(おやつ)を探しに行ったりするのでした。
烏はそれを待っていて、白鳩と友達になろうと、しきりに白鳩を追いかけて飛んで行くのでした。

「なぜあなたは、私のあとばかりねらって飛んで来るのですか。
私は白鳩ですし、あなたは黒い烏ですから、夫婦になるわけにはゆきません」と白鳩は申しました。

烏は猫撫で声をして申しました。
「私はごらんのとおり黒い醜い鳥ですから、あなたのように、
その白い清浄な美しい方と夫婦になろうなどとは思ってはいません。
あなたの飛んでいられる上品な羽の姿を見せていただいていますと、
私もこの黒い羽が白くならなくとも、せめてあなたのような立派な美しい飛び方が、
見よう見まねでできるだろうと思うのでお近づきになりたいと思うのです、
どうぞ私をあなたのお友達にならせてください。」

白鳩は烏に誉められたので、得意になってしまいました。
そして烏に友達になることを許して夕方、白鳩は自分の籠へ烏を連れて帰ってまいりました。

料理人はそれを見つけて、「白鳩が黒鳩を連れて帰って来た」と申しまして、
二羽分の豆や粟や玉蜀黍を入れてくれました。

或る日、長者は親類の人々をお招きするのだと言いまして、たくさんの魚と羊の肉とを料理人に買わせました。
夜があけて料理場を見ると、それらの肉がおいしそうにズラッと俎(まないた)の上や料理台の上にのっております。

白鳩は「烏さん、一緒に外へ遊びに行きましょう」と申しました。

烏は「いいえ、今日はお腹が痛くて飛べませんから、あなたひとりで遊んできてください」
といって、ただひとり籠の中に残っているように頑張りました。
(つづく)

1165a hope:2012/02/17(金) 11:45:10 ID:kcv2QXTk
(つづき)

「烏が腹痛などになるものではない、おまえは貪欲(よくばり)のことを考えているね。
欲深いことをすると、必ず自分を害することがあるから気をつけなさい。」
こう言って白鳩は飛んで行ってしまいました。

料理人たちは魚を料理し、羊を挽肉にして、一方で煮立てながら、
それらの料理を盛るべきお膳を取りに行こうと、みんな一度に出て行きました。

烏は、ちょうど好いおりだと思いまして籠から飛び降り、
回転式になっているスープの濾器(こしき)の上にとまって、
一つの大きな羊の肉片(にくきれ)をとらえました。
スープ濾器は、烏の重さと肉片の重さで、それを啄(ついば)むたびごとにコトコト音を立てました。

料理人は、猫でも来たのであろうかと思って急いでやって来てみますと、猫ではなくて烏なのです。

「鳩が羊の肉を食べる奴があるか。妙に黒い鳩だと思ったら、お前は烏だったんだな。
よく人間様を騙しやがった。」こう言って料理人は烏の羽をことごとく引きむしって、
その爛(ただ)れた傷あとへ、印度辛子のピリピリしみる奴をつけて、籠の中へほうりこみました。

白鳩はそこへ帰って来て烏に申しました。


「・・・・・だから私はお前に言ったのだ。何事も分(ぶん)を守らねばならぬ。
欲張ったら自分を滅ぼすことになると。
誰でも、与えられているものが、一番その時の自分にとって好いものである。
今あるものを感謝して受け、今あるもののありがたさを、
しみじみ受け味わって行くようにすれば、他(ひと)のものを欲張ることはいらぬ。
日光の中で羽を伸ばす喜び、空気の中を思うさま翔けまわる喜び、空から下界を見下ろす喜び、
心の目を開いてみれば、誰にも感謝し切れない喜びがこの世界に満ちているのだ。」

烏は白鳩の教(おしえ)を聴きながら死んで行きました。
彼は白鳩の教をきいたので、その次に生まれかわって出る時には、
釈迦の弟子として生まれたと『本生経』に書いてあります。
世の中に不平を持っている人は、この愚かな烏と同じことです。
実際心の眼をひらけば、喜べる恩恵が、自分にいっぱい与えられていながら、
それに気づかず人のものを欲しいと思うのです。

仕事でも忙しいといって不平に思う人がありますが、
はじめて就職して仕事を得た時に「仕事があることがどんなに嬉しかったか」を考えてごらんなさい。
今、勉強がうるさいとか面倒くさいとか考える学生さんは、
入学できて勉強できる資格ができた時の嬉しさを、もういちど思い起こしてごらんなさい。

1166a hope:2012/02/17(金) 12:17:19 ID:kcv2QXTk

みなさま こんにちは

わたしは、このお話を読んで、自分が、はじめて「生命の實相」を手にした時、
「生長の家」の教えに触れた時のことを、思い出してみました。
魂が震え、「この教えこそ、わたしが今まで求めていた教えだ!」
と実感した時の喜びがよみがえってきました。

しかし、現実の「生長の家」教団は、あまりにもわたしの求める、「教え」とかけ離れていました。

本流復活をめざす方々は、それは、雅宣総裁先生の指導が間違っているからだと、
おっしゃっています。
そして、信徒の方々ですら、そう思っている方が多いのだと思いますが、
新入生のわたしには、それはわかりませんでした。
だから、わたしは、雅宣先生の間違った教えのために、自分の魂が混乱して、
体調まで壊してしまったのだと思いました。

でも、今はこの「生長の家」の問題は、雅宣総裁先生だけが原因ではないと思っています。

復興Gさまの、

>「法燈継承」は、外のことではない。「法燈継承」は、他者のことではない。それは、自分のことである。
「法燈継承」は、総裁お一人のことと考えるべきではなく、
生長の家信徒一人一人が皆、各自の内に「法燈継承」をすべきではないか――――と。<

とご教示をきいて、今までの自分の心のわだかまりが、“ぱーっ”と消えたような気がしました。
雅春先生は、「生長の家」を愛するすべての人々に、「法燈継承」して下さっていたのですよね。
そのために、たくさんの聖典を残して下さっているのですものね!

わたしは、この「生長の家」の教えに出会えたことに、あらためて大きな感謝の気持ちが湧いてきました。
そして、この素晴らしいみなさまとのご縁にも感謝の気持ちでいっぱいです。

わたしの大切な「生長の家」の先輩方、これからもどうぞよろしくお願いいたします。

1167「訊け」管理人:2012/02/17(金) 12:34:31 ID:???

>a hopeさま

――――――――――――――――――――――――――――――――――

復興Gさまの、

>「法燈継承」は、外のことではない。「法燈継承」は、他者のことではない。それは、自分のことである。
「法燈継承」は、総裁お一人のことと考えるべきではなく、
生長の家信徒一人一人が皆、各自の内に「法燈継承」をすべきではないか――――と。<

とご教示をきいて、今までの自分の心のわだかまりが、“ぱーっ”と消えたような気がしました。
雅春先生は、「生長の家」を愛するすべての人々に、「法燈継承」して下さっていたのですよね。
そのために、たくさんの聖典を残して下さっているのですものね!

――――――――――――――――――――――――――――――――――



 チ  ェ  ス  ト  !  !

1168ハマナス:2012/02/17(金) 23:03:40 ID:u5mC.eb2

神の子のみなさま
こんばんは。今夜は、雪がちらついていました。

  二月十七日  自在を得る日 (『光明道中記』より謹写)
 
 一つのものにでも執したら、苦しみは其処から始まる。(『生命の實相』第十一巻)
 
 解脱を仏と言う。解脱とは執なきを言う。
 執のなきを自在と言う。執を縛と言う。執は一定のところに縛り附けて其の自由を
奪って了(しま)うからである。
 
子供に執すれば、子供はその自由を失って病気に罹ったり成績が悪くなったり
するであろう。執愛は縛愛であり、一定の場所に相手を縛りつけて自由を失って
了う愛であるからである。
 
子を愛する者は、子をよく放たねばならぬ。小鳥を愛する者は小鳥をよく放たねば
ならぬ。小鳥を愛すると称して籠の中につなぎとめて置くとき、その小鳥は永生き
しないであろう。放たれてこそ、小鳥はその『生命の實相』の自由を発揮して健全
なるを得るのである。故も亦斯くの如くよく放つとき、よく生きる。

「愛」を釈迦は煩悩のうちに数えた。愛をキリストは神性のうちに数えた。
愛は煩悩より出でて神性にまで昇るものである。
愛は神性より出でて煩悩にまで墜落するものである。
 
愛が愛である使命を果たすには智慧に導かれねばならぬ。

1169ももんが:2012/02/18(土) 05:59:10 ID:XXCuaQns
皆様、おはようございます。首都圏は、昨晩から雪が降ったりして、寒いですね。それでも、元気だして、明るく、楽しく、笑顔で、家族と供に、素晴らしい日を造りましょう!ありがとうございます。合掌、拝。

〜いのちの環3月号より〜
☆いのちの回廊
毎日毎日を、神から与えらた
『幸福』の日であると信じて“毎日”を感謝しなさい。
あなたが素直に“神の祝福”を見る眼をもって
“毎日”を迎えらるならば、至る処に神の祝福を見出されるに
相違ないのであります。
そこに、今、愛し愛し愛される家族があるではありませんか?
親も子も配偶者もない天涯孤独の人であっても、そこに今“神”が居たまうのです。

〜谷口雅春著『如意自在の生活365章』173㌻


昨日は、大変暖かい日でしたね。しかし、夜には大粒の雪が、降って来て、春と冬との狭間に、いま、季節は、あるのですね。

トキ管理人様、ハマナス様、役行者様、皆様、昨日は、私用が多く、御返事も書き込みも出来なくて、相すいませんでした。

生長の家の、現在の現象も、季節の移り変わりの如く、必ず、”春“は来るはずです。
まずは、心に春の日差しを描くようにすれば、神様は、知らない内に物事を解決する事もあるように、私は思われます。

では、では、本日は天候も良くないですが、暖かくして、明るく、楽しく、お過ごしください。ありがとう、ございます。感謝合掌、拝。

1170役行者:2012/02/18(土) 07:00:37 ID:KDgzEzMg

 合 掌 

 昨夜の雪が信じられないほどの今朝のさわやかな晴天は、春の日差しをさえ感じます。


 さて、本日18日は、天皇さまが手術をなさる日です。
 春の日差しが、春風に乗って よいお知らせを運んで下さると信じつつ、ご平癒をお祈り申し上げます。 

 すべては良くなる兆しなのでしょう。

1171ももんが:2012/02/18(土) 07:17:21 ID:XXCuaQns
>>1170
役行者様

役行者様、おはようございます。合掌、拝。

私も、同思いでございます。今朝の、神想観でも、天皇陛下の御快癒御祈りいたしました。

本日は、春の日差し、よき日に成といいですね。

誠に、ありがとうございます。感謝敬白、合掌、拝。

1172ハマナス:2012/02/18(土) 08:24:18 ID:u5mC.eb2

神の子のみなさま

おはようございます。
今日の、天皇陛下の手術が大成功であります事をお祈り申しあげます。
そして、皆さまにとって、素晴らしい新生の一日でありますように
お祈り致します。

     先ず自分自身に和解する  (『生活の智慧365章』P.112より)

 どんな不調和な状態が現在その団体にあろうとも、又その家庭にあろうとも、
又人と人との関係にあろうとも、その団体を祝福し、その幹部及びメンバーに
感謝し、その家庭を祝福し、その家族ひとりひとりに完全に感謝し、紛争の
起こっている相手があるならば、その相手の人を神想観の時に祝福し、その相手に
和解と善意と感謝の愛念を送ることにするならば、相互の間は不思議に調和を
取り戻すことができるのである。
 
 原因は環境にあり、又相手側にあると見える時にも実は自分の心の内にあるのである。
紛争や不調和が起こる原因の一番根底には「自己嫌悪」が横たわっていることが往々にしてあるのである。自分自身を嫌悪しているために、それが他の人に移入されて文句を
言いたくなるのである。吾々はもっと度々神想観をして、自分自身を祝福し自分自身に
感謝し、自分自身に和解しなければならない。

感謝合掌

1173役行者:2012/02/18(土) 08:41:58 ID:KDgzEzMg

 ももんが様
 ハマナス様


 世界も、日本も、生長の家も、自壊作用を織り込んで、すべてご神意のまにまに良くなっていきます。

           合掌

1174トキ:2012/02/18(土) 11:27:33 ID:IcchsNRU
ももんが様

 いつも素晴らしい御文章を投稿して下さり、深く感謝申し上げます。
 私も、よく留守をしますから、気にされないで下さい。書ける時に、投稿をして下されば結構です。

おっしゃる通り、気候でも冬がくれば、春が来ますから、生長の家も春は近いと思います。
寒い日ですが、元気で過ごしましょう。

合掌 ありがとうございます

1175a hope:2012/02/18(土) 12:52:29 ID:kcv2QXTk

人生読本 谷口雅春先生著
]
猿と園丁(えんてい)
 
 
或る王様の国の御料林(ごりょうりん)に、猿がたくさん棲んでいました。
園丁は猿と仲好しになっていまして、猿の中に、猿の王様というべき頭があって、
園丁の言うことはなんでもわかり、園丁の言うことには、なんでも素直にそのとおりしてくれるのでした。

その頃、王様の即位三十周年記念祭がありまして、国の都で大仕掛な花火や花車(だし)や、
神輿などの催しがあり、国を挙げての大騒ぎが始まりました。
園丁は、御料林の樹を枯らしてはならないと思いまして、猿の王様を招(よ)んで、

「私はお祭見物に王様の都へ行って来るから、この林の中の、
旱(ひでり)に弱い灌木には水を毎日掛けておいてください」と言って頼みました。

「よろしゅうございます。私が猿の家来どもに申しつけて、必ず有効に水を全部の灌木にかけておきます。」
こう言って猿の王様は引受けました。

山の灌木に水を皆そそぐことは、なかなか大変な仕事であり、谷川の流れまで水を汲みに往っても、
それを山の上まで持ち上げるのは、猿にとって大変でした。
そこで猿の王様は、好いことを考えついたと思って家来どもを集めてこう言いました。・・・・・

「おい皆のものよ、水を谷から上げるのは、人間のように真直に立って歩けない吾々猿にとっては、
なかなか大変なことであるから、水を有効に使わなければならない。だから灌木に水をかけたときには、
どのくらいまで実際水が根に沁みているのか、灌木の根をいちいち引き抜いてみて検(しら)べた上で、
あまり水の多いのは、こんど水をかけるのを節約しなければならぬ」と言いきかせました。
猿達は御料林にある灌木に水をかけて、いちいち引抜いては挿し、引抜いては挿してゆきました。

園丁が、国の都の祭りが終って帰って来たときには、山中の灌木という灌木は、
猿達がいちど引抜いてまた挿したためにことごとく枯れていました。
園丁は自分の仕事をおろそかにしたというので、きびしく罰せられました。


・・・・・智慧のない深切は、かえって殺すことになるというのが、生長の家の教えである。
人は自分に委(まか)された仕事を、自分が遊ぶために他(ひと)に委せては、こんな失敗が起こる。
自分に委された仕事は、自分に一番適するから委されているのである。

(第四章 終り、 次回、第五章 能力の生かし方)




みなさま こんにちは

今日は、朝、とても寒かったですが、今はとても暖かくてなりました。
今朝は、調子のちょっと悪い子どもを病院へ連れていったのですが、インフルエンザでなくてよかったです。
もう、元気に遊んでますし...(笑)

今朝は、土曜日ということもあり、ちょっと朝寝坊して神想観する時間がありませんでした。
それで、病院の待合室で椅子に座り、心の中で神招歌を唱えてから神想観をしてみました。

まわりはざわざわしているし、TVのボリュームも大きかったのですが、意外とすぐに集中できました。
これなら、どこでも、いつでも神想観ができると思い嬉しくなりました。
試験の前とか、面接の前とか、スピーチの前とか、緊張するようなとき、
神想観で心を落ち着かせることができたら、鬼に金棒ですよね!
わたしも、天皇陛下の御快復、お祈りさせていただきました。

1176SAKURA:2012/02/18(土) 15:20:04 ID:q9UkkTZw
トキ様 へ
皆さま へ  
こんにちは

昨日は「母の法要…」と私用のために“留守”しておりました。
今日“パソコン”を開きますと、皆様のいろんな方の“意見投稿”が…目にとまり…
昨日は、お寺に行く途中“雪が降り”出して…此処九州でも雪が今現在降っておりますが?
“雪の中”を風を切る様に歩いて…無事!に着き…
「亡き母の57日法要」も無事に終えてまして、その後いろんな世間話をしまして、
私は、此処昨今の改めて「人生の月日の流れ」をかみしめた次第ですが…?
「生長の家」が、今!どの様にこれからの【航海の舵…】を握る事は…
一人一人の多種多様な考え方もあり…「一つ過渡期」でしょう〜ネ?
当に!!これから良くなる【自壊作用…】の始まりでしょう…。

■幸福を招く365章
【自分の罪を赦しなさい…】

すべての不安は、神と離れた感じから起こるのである。
だから「神と一体である」という自覚を呼び起こすあらゆる方法はすべて、
不安を解消し、健康を増進する目的に適うのである。
神と離れていると云う感じは、「罪がある」という自覚からくるのであるから、
「罪がゆるされた」と云う感じを与える方法は
不安を解消し健康を増進する目的に敵うのである。
だからイエスは「汝の罪赦されたり」と云う語(ことば)で
人々の病気を治しているのある。
病気の人は自分が自分の罪を赦せばよいのである。
イエスは「審判(さばき)は子(人間)にゆだねられたり」云っている。
自分を罰するのも自分であれば、自分の罪を宥すのも実は自分であるのである。
「神がわが罪を赦したまいて、その愛の蓑手をもて抱きたまう、
我はすでに癒されたり」と念ずるのは、自己責罰を自分で赦すよき方法である。
メニンジャー博士はその著「おのれに背くもの」
(日本教文社発行、下巻の(焦点的自殺)の項)の中で咳が他を憎んで
毛嫌いする心から起こると云うことを書いているのであるが
1951年1月21日発行のウイ−クリ−・ユニティ誌に於いてもスティヴンス・
ハットフィ−ルド氏が「正しく思え、正しくあれ」(Think right Be right)
の中で同じような実例を挙げている――或る婦人が自分の甥を貰って
実子のように育てていたのである。
甥は戦争のため入隊したが或る日休暇で一人の友人と共に帰って来た。
海軍の服装をつけているためにその年齢では出入出来ない遊び場に出入
するようになった。酒場で出入りして酒を飲む、パチンコをやる、
ダンス、賭博とある限りの歓楽を尽くすのである。
養母はどんなに説得してもきかなかった。
その時20年間影をひそめていた気管支炎が再発して重体に陥った・・・・・・
この種の家庭に於ける精神的葛藤が病気を起こすことは数知れずである。
殆ど病気の大部分がそれであると云うことが出来る。
吾々の肉体は、吾々の抱懐する想念感情と同じような種類の形につくられる。
家族の誰かに対していだいている怒りをゆるすことは、自分の心を
縛っていた縛りをほどいてしまうことになるのである。
身体が硬直したり、不自由になったりする病気は人を赦さないことから
起こっている場合が多いのである。
だから人を審判(さば)いてはならないのである。
たとい相手が悪くとも、相手が悪いからとて、こちらが心を硬(こわ)ばらせば、
自分の肉体の組織が硬ばることになるのである。
狭心症や血管の硬化や、喘息や、組織を狭窄(きょうさく)せしめる
病気は人をゆるさない心から起こることが多いのである。

                          (谷口雅春著)


今日の内容は、現実的な事にも入るのでしょうか?
今回【原宿本部と社会事業団との裁判の行方…】は?確かにどちらが悪いとか??
確か「中島様」は現総裁より年上の方なのでしょう…。
「現総裁先生=>お孫さん」という見方で、多少は自分のご年齢(経験…)も踏まえ、
「自分が正しい…」という感覚から来たのでは?と思えるふしが…
多少なきにもあられるのでは?ないのでしょうかしら〜〜ン??
             <つづき>             No.1

1177SAKURA:2012/02/18(土) 15:21:16 ID:q9UkkTZw
             <つづき>             No. 2

「雅春先生亡き20年間」の間に…「雅宣先生」側に加担するより…
「2代目清超先生」に加担されていたのでしょうか…?
既に!!!この時から「2代目清超先生 対 3代目雅宣先生」この派閥間での、
【闘争問題…】がありました事を、お聞きいたしている次第です…。

この件を、或る時?“お話”を聞いたことがありますが…
もう何年前の事ですので…但し現状は…??まだ?続行なのでしょうかしら〜〜ン?

「2代目清超先生」が、倒れられまして、何年かした頃?当時の理事会の方が…
【派閥】に分かれていて…大変!と聞いたことがあります…。
この頃からの「2代目清超先生」が亡くなられてからの【闘争問題…浮上】でしょう?

冷静な目で判断させて頂きますと…
「ときみつる会」「学ぶ会」の方々の中には…「2代目清超先生」がご健在の頃は…?
【怠慢!!増冗漫!!的行動…】が、私達一般信者(末端)でも見えましたが…

■どちらが正しいのではなく…まず“年輩の方”から“腰を下ろす”事も必要では…?
これが…【人格…】
“一般信者”はたまた?“世間の見方”…このように捉えるのではないでしょうか…?

まず!!「現総裁」をたててから…「話し合い…じっくり」が必要ではと思います…。
肝心なのは!!!!
■【我と我の張り合い…】これは最終的には、何も生み出せませんし、逆に…??

私事ですが、現在!いろんな形で「不利な立場」に於かされていますが…
【吸血鬼・ゾンビ…黒幕??】
【中傷…金の為】に、あらゆる所に…もしかしたら「生長の家」の個人相談まで…(微笑)
■■【今日先生の言葉】から、まず!【神の儀に入ることが神の入門】ではと…
少し思えるようになりましたが…私も今回!!
この「先生の言葉」が“的”をうって…いるのかしら〜〜〜〜ン?

此処!九州…雪が降っています。昨日と違って、“積りそう〜〜”にも見えます。
TYO方面は、如何でしょうか…?

■私がTYO在中の頃ですが…?【 或る天気予報の方…】が…
【2月一番寒い時に、大きな地震が来ると…】云っておりました“言葉”…
私の潜在意識の中に入り込んでおりますので…“気になり”ます。
(ネガティブな感情で…ごめんなさい)
……トキ様……皆様 風邪をひかれませんように…

PS:
トキ様でしたら「今日言葉」の解釈どの様に…思われますでしょうか?

1178ハマナス:2012/02/18(土) 20:50:00 ID:u5mC.eb2

ももんが様
役行者様
皆さま

ありがとうございます。
天皇陛下の手術が無事に終わり、ほっと致しました。
皇后様も黒田清子様もどんなにかご心配されてお待ちあそばされたことでしょう。
ご平癒をお祈り申し上げます。

 >世界も、日本も、生長の家も、自壊作用を織り込んで、すべてご神意のまにまに
良くなっていきます。

私もそう信じます。
神様の御心のもとで早く生長の家が世界に使命を果たす日が来る事を
信じたいと思います。

感謝合掌

1179ももんが:2012/02/18(土) 20:53:38 ID:XXCuaQns
>>1174
トキ管理人様

トキ管理人様、今日は、晴れていて、大変よかったですが、風が、大変冷たかったですね。いつも、心尽くしの御返事、感謝しております。誠にありがとうございます。合掌、拝。


先日、頂戴した、道元禅師と北条時頼公の下記のお話の件、お答えします。


<< 道元禅師の逸話でしたが、ももんが様のご文章を拝読しえ思い出した事があります。もし間違っていたらごめんなさい。

 確か、道元禅師が鎌倉幕府の執権の北条時頼から招かれた時のエピソードだったと記憶しているのですが、
北条時頼を訪問した時に、北条時頼が手みやげを道元禅師に渡そうとしたら断られたので、随行の弟子に
手渡したそうです。で、永平寺に返ってから、弟子が道元禅師にその手みやげを渡そうとしたら、道元禅師
が激怒し、即座に破門したばかりか、彼がいつも座っていた場所の下の土をも掘り出して遠くに捨てた、と
いう話が記憶にあります。(間違っていたらごめんなさい)>>


トキ管理人様の上記の、お話のとうりで、ございます。

宝治元年に、在家の弟子の波多野義重公の頼みで、時の執権・北条時頼公の招きに応じて鎌倉へ八ヶ月程滞在したそうです。それは、その後のお話です。
道元禅師は、先師・天童如浄禅師の遺言である。
『町中に住んではならない、権力者にもちかづいてはならない、深山幽谷に住み、たたっひとりでもよいから本当の弟子を育てるのだ、禅の道をたやすでないぞ。』

正法眼蔵随聞記を読むと、道元禅師が、天童如浄禅師の事の教えを意かに忠実に守って来た理解できるし、今日の曹洞宗の教えの中でも心に刻みたい教えです。
トキ管理人様。清超先生が職員の皆様に厳しいのは、雅春先生の継承者として常に厳しくあったのでしょね。清超先生と道元禅師が、トキ管理人様のお話から、だぶって、来てしまいした
後、北条時頼公も、禅僧として諸国行脚した逸話があるほどの人です。玄峰老師の本にこんな、詩が載ってました。

『心こそ、心迷わす、心なり、心に心心許すな』

最明寺時頼こと、北条時頼公の詩です。

後、お話変わりまして、別の版にあった、トキ様のお話に、宗教者の香りを感じた、私であります。

<< ただ、最近、ようやく分かったのが、相手を「型」にはめるのではなく、相手の
個性とか人格を伸ばすのが、大切だと思います。生長の家だからこうあるべきだ、
というのではなくて、その人の根底にあるものが生長の家の信仰であれば、自由
であり、平等だと思っています。

 環境がどうの、とか、国家がどうか、という大きな話には正直、あまり関わりが
ありません。死ぬ時には、どうせ裸で死ぬのですから、生長の家という大きな看板
を掲げるのではなくて、一人の人間として、もう一人の人間と接する、という姿勢
でお会いしています。たまたま、早く産まれたり、あるいは早く生長の家に触れた
ので、お世話をさせていただいています。生長の家が真理だとか、他の宗教が悪い
とか、というスタンスではなくて、この信仰を通じて、目の前の人が幸せになって
欲しい、というスタンスで伝道をしております。生長の家は真理ですが、それを
信じている私が生長の家を正しく理解しているとは言えませんから。

 そういう観点から考えると、私は生長の家の事を何も分かっていないし、何も
実践できていない、という事は痛感します。まあ、だから、勉強をしているので
しょう。>>


正しく、トキ様の云わんとしてる処が、宗教者の本質と私も思います。

良く、私は、禅の師から、『何事も成りきり、好きだ、嫌いだ、損だ、徳だと、言わないで、捨て切ることがかんじだよ』と言われました。

トキ様の言葉の中にも、成りきろ、己を捨て様とする、大慈悲心が、感じられました。


大慈悲心=観世音菩薩の心=聖母の心

なんじゃないかと、私は思います。

これ、大変重要な事だと、私は、個人的に、思ってます。

それでは、トキ様、寒いですから、暖かくして、おやすみください、いつも、ありがとうございます。感謝敬白、合掌、拝。

1180トキ:2012/02/18(土) 21:01:39 ID:IcchsNRU
>>1176

SAKURA 様

 素晴らしい御文章、ありがとうございました。
少し話題が違いますが、感じた事があります。

 悪い遊びの件ですが、長い人生を考えると、いろいろな体験をした
ほうが良い場合もあります。
 遠山の金さんで有名な北町奉行の遠山影元は若い頃は不良で
遊び歩いていたのですが、そのおかげで庶民の事情に通じるに至り、
よい奉行になったと言われています。
 私の友人で、東京大学の大学院を出た友人が述懐しておりましたが、
若い頃、勉強ばかりしていたので、世間の事がわからず後年苦労をした
と言います。

 そう考えると、生長の家が今、苦労をしているのも、ある意味では
悪い事ではないと思います。

 老婦人と同じく、それを心配し過ぎて、病気になったりするのも
つまらない話だと感じます。

 どうも、少し論点がずれて、ごめんなさい。

1181トキ:2012/02/18(土) 21:05:13 ID:IcchsNRU
>>1179

ももんが様

 わざわざ調べて下さったのですね。恐縮いたします。言った本人が忘れていたのに、
どうもすみませんです。こういう部分は本当に無責任だと自分でも痛感します。

 まあ、私の場合、本当に生長の家の事が全然分かっていないのですから、とても
威張れた話ではありません。単なる居直りです。(笑) 我慢してやって下さい。

 では、寒い日が続きますが、ご自愛下さい。

 今後ともよろしくお願いします。

合掌 ありがとうございます

1182ももんが:2012/02/18(土) 21:24:38 ID:XXCuaQns
役行者様
ハマナス様
皆様


今日も、風が、冷たかったですね。皆様、役行者様、ハマナス様、暖かくされて、いますか?いつも、素晴らしく、お話、ありがとうございます。感謝合掌、拝。



役行者様のお話

<< 世界も、日本も、生長の家も、自壊作用を織り込んで、すべてご神意のまにまに良くなっていきます。>>

誠に、その様に感じらる、今日ですね。

こうした時は、一番身近な、家族の為に、祈る、和解することから始めたら、良くなる様に思います。
結構、家族て、和解してるつもりでも、心の奥底(深層意識)では、和解して無い事はありますね。
無意識層を支配するは、難しですね。


それと、ハマナス様の今朝の御文章、とても、素晴らしいですね。感動しました。

<<     先ず自分自身に和解する  (『生活の智慧365章』P.112より)

 どんな不調和な状態が現在その団体にあろうとも、又その家庭にあろうとも、
又人と人との関係にあろうとも、その団体を祝福し、その幹部及びメンバーに
感謝し、その家庭を祝福し、その家族ひとりひとりに完全に感謝し、紛争の
起こっている相手があるならば、その相手の人を神想観の時に祝福し、その相手に
和解と善意と感謝の愛念を送ることにするならば、相互の間は不思議に調和を
取り戻すことができるのである。
 
 原因は環境にあり、又相手側にあると見える時にも実は自分の心の内にあるのである。
紛争や不調和が起こる原因の一番根底には「自己嫌悪」が横たわっていることが往々にしてあるのである。自分自身を嫌悪しているために、それが他の人に移入されて文句を
言いたくなるのである。吾々はもっと度々神想観をして、自分自身を祝福し自分自身に
感謝し、自分自身に和解しなければならない。>>


正しく、そのとうりと、私も思います。何時も、適切な御指導有難うございます。これからも、よろしく、おねがいします。


皆様、天皇陛下、早くご快復される良いですね。
其では、まだ、風は冷たいですから、暖かくして、おやすみください、ありがとうございます!感謝敬白、合掌、拝。

1183ももんが:2012/02/19(日) 06:48:00 ID:XXCuaQns
皆様、おはようございます。今日も、素晴らしい朝が、やって参りました。今朝も、寒いですが、元気に、明るく、楽しく、生活して参りましょう。ありがとうございます。合掌、拝。

〜『ありがとう』はすばらしい より。抜粋〜

☆この世の中は、コトバで言うことが実現するのであって、それ以外の何ものでもない。だから毎日『ありがとう』『ごくろうさん』『サンキュー』『メルシー』と言っている人たちには、ありがたいことが次々に出て来るのだ。もちろん一日中『ありがとう』ばかり叫んでいるわけでないから、色々と出て来るが、ムッツリとして黙りこくって、文句ばかり言っている人には、それなりのいやな“注文品”が出てくるの出ある。
さっきコトバと言ったが、それには広い意味だから、表情もコトバだ。笑顔も、会釈も、握手も、キスも、すべてコトバの(行)ななである。犬が尻尾を振るのも、彼らなりの『ありがとう』である。〜谷口清超先生著〜



昨日も、たくさんの人に、挨拶をしました。今日も、清超先生の教えの要に、たくさん、明るいコトバを、振り撒いて行きたいと思う、私です。

それでは、今日も、明るく、楽しく、明るいコトバで、神の子の生活を楽しんで行きましょ!ありがとうございます。合掌、拝。

1184復興G:2012/02/19(日) 06:50:07 ID:ojEbkDH2

皆々様。
ありがとうございます。

 天皇陛下に限りない感謝を捧げ、御平癒を祈念申し上げます。

 さて、現象界はいま、日本の大変な国難の時であり、人類全体の大変動の時でもあり、そして万教帰一の生長の家人類光明化運動・国際平和信仰運動が、ガタガタになってしまいそうな危機の時でもあると思われます。全信徒が本当に初心に還って、新生再出発しなければならないときです。

 前に、1月12日の日経夕刊に和田昭允氏が「明日への話題」欄に「孫子の兵法」について書かれていたのをご紹介しましたが、私は今、
『孫子の至言』(田口佳史著、光文社刊)という本を読んでいます。

 「孫子」と言えば「兵法」──戦争の技術など、争いを良しとしない生長の家とは縁が遠いものかと、以前は勝手に思い込んでいましたが、そうではありませんでした。実に面白い本でした。
 今直面している生長の家の重大課題解決への道を探るのに、とても参考になると思われることが、いっぱいありました。
 孫子の時代というのは中国で紀元前770年から同221年まで550年も続いた春秋・戦国時代。この乱世の時代に、諸子百家と呼ばれるさまざまな思想が生まれました。なぜかと言えば、古い秩序が崩壊し、武力が幅をきかせる乱れた世の中にあって、誰もが平和な未来を希求していたからです。それをいかに創り出していくかが、時代の最重要課題であったのです。そのなかで孫子は、「平和を取り戻すために勝つ」ことを目した兵法書を編纂したのでした。孫子は決して暴力的・好戦的なのではなく、社会がそれほどに厳しい状況にあったということです。
 『孫子』は、「生きるか、死ぬか」の瀬戸際にあって、どう戦って勝つか、ということを前提とした戦略を伝える書です。まさに、命がけの戦い。負けは死を意味します。だからこそ、絶対に勝たなければいけないんですね。

 生長の家も、ある意味で今、「生きるか、死ぬか」の瀬戸際にあるとも言えるでしょう。だから、『孫子』がとても参考になると思うのです。
 孫子は、この兵法書の中で、「軽々しく戦うな」ということを言っています。たとえば

「兵は國の大事にして、死生の地、存亡の道なり。」
という一文があります。これについて、『孫子の至言』の著者田口佳史氏は、
<「戦争というのは国の存亡を分ける重大事である」とし、だからどう行動するかについては、「察せざる可からず」と言っています。この「察」の字は、下に「示」とありますね。これは神棚を表し、上の部分は手で肉をお供えしていることを意味します。したがって、神棚の前で雑念のない真っ白な心で自分自身に問いかけなさい、公平無私な判断をしなさい、というのです。「戦いというのは生きるか、死ぬかの大事なのだから、軽々しくやってはいけませんよ」ということです。
 私たちはときに、どうでもいいことで争うことがあります。命を取られるほどのことはないからいいではないかと言われればそうですが、無用の争いはやはり避けたほうがいい。負ければ、心身の消耗が激しく、命を縮めることにもなりかねませんからね。
 どうしても争わなければならないにしても、絶対に勝てるのか、勝つことの意味は何なのか、といったことを熟慮する必要があるでしょう。
 争い事を前にしたら、むやみやたらと戦いに打って出るのは一番の愚策。命を損なう危険も視野に入れて、慎重に考えなければいけないのです。

 ── 『孫子の至言』(田口佳史著)からの抜粋
<つづく>

1185復興G:2012/02/19(日) 06:50:55 ID:ojEbkDH2

<つづき>
 ── 『孫子の至言』(田口佳史著)からの抜粋

○百戦百勝は、善の善なる者に非ざるなり。(謀攻篇)

 凡そ兵を用ふるの法、國を全うするを上と爲し、國を破るは之に次ぐ。

「国を全うする」というのは、自国はもちろんのこと、敵国をも無傷のままに勝敗を決することを意味します。
 それが一番上等な戦いで、勝ったとしても敵国に損害をおよぼすような戦い方は褒められたものじゃあないというんです。
 どういうことかと言うと、戦争に勝つことは敵国を占領することが前提ですから、被害が大きければ大きいほど復興が大変です。その任を負うのは戦勝国のほうで、「本当に勝ったんだろうか」と思えるくらい、戦後の復興に莫大な費用とエネルギーを要するのです。
 そればかりか、これでもかというくらいの攻撃をすれば、多くの人を殺すことになります。当然、負けた国の人々からものすごい恨みを受けるでしょう。
 だから、敵をこてんぱんにやっつけるのは、上等な勝ち方とは言えないのてす。

○勝ってから戦うのが順序
「勝ってから戦うのが順序ですよ」と言うと、たいていの人はポカンとした顔をします。
 そりゃあそうです、私たちはふつう「勝つために戦う」というふうに、勝ちと戦いをいっしょくたに考えますから。
 けれども、孫子は実際に戦うかどうかは脇に置いて、何よりもまず勝つことを追求することが大事だとしています。
 つまり、戦う以前の問題として、頭脳の限りを尽くして謀攻の策を練り、「よし、絶対に勝てる」というところまで自分を追い込む、ということです。

 勝兵は先づ勝ちて、而る後に戦を求め、
 敗兵は先づ戦ひて、而る後に勝を求む。(形篇)

「戦わずとも、すでに勝ったのも同然」
 という状況をつくり出してから戦う。
 それが、「勝ってから戦う」ことの本意です。
 逆に言えば、「戦ってみなければ、勝てるかどうかわからないよ」という状況では、戦ってはいけないんです。
 この考え方は、人生に降りかかるさまざまな困難を乗り切るための戦術にもつながるでしょう。
 無策のまま困難に体当たりしたのでは、文字通り、当たって砕けてしまう危険性が高い。だから、まずやるべきは、いかに有利な方向に転じさせるかをとことん考えて、作戦を練ること。それで「よし、これで克服できる。勝てる」と確信できる状況をつくってから、行動することが肝要なのです。
 この方法でいけば、多くの場合、実際に戦う前に、問題が解決するはずです。

かつて、松下幸之助さんに「経営者に必要な条件は何ですか?」と質問したら、松下さんは間髪入れずに、
「それは、運が強いことでしょう」
「運を強くするには、どうすればよいのですか?」
「それは、徳を積むことや」
と、明快に答えてくれました。
それが、「戦わずして勝つ」完璧な備えになるのです。>

 ── 以上は、『孫子の至言』(田口佳史著)からの抜粋でした。私たちにとっても、すばらしいヒントがあるのではないでしょうか。

1186役行者:2012/02/19(日) 17:28:30 ID:zj01Dmac

 >>1182

 ももんが様


 >こうした時は、一番身近な、家族の為に、祈る、和 解することから始めたら、良くなる様に思います 結構、家族て、和解してるつもりでも、心の奥底(深層意識)では、和解して無い事はありますね 。無意識層を支配するは、難しですね 。<


 道徳の基本であり、宗教の基本であり、また、禅の基本ですね。
 脚下照顧!
 禅の世界においても、一番基本であり、また一番難しい公案ですね。
 すべての諸問題はここに還ると思います。
 深層意識までの和解!
 すばらしい公案をいただきました。
 祈りを深めてまいりとうございます。
 ありがとうございました。

           合掌

1187ももんが:2012/02/20(月) 06:09:04 ID:XXCuaQns
皆様、おはようございます。本日も、素晴らしい、朝が、やって参りました。さあ、元気に、明るく、楽しく、太陽の様に笑いながら、神の子の生活を楽しんで行きましょ!ありがとうございます。合掌、拝。それから、昨晩、役行者様、御言葉ありがとうございます。昨晩は御返事できず申し訳ありませんでした。また、改めて、御言葉の御返事させてもらいます。いつも、心尽くしの言葉ありがとうございます。合掌、拝。


〜日時計主義の生き方より〜


諸君は『日時計』と云うものを見たことがあるか、それは一本の直立せる針と、時間をしるした一枚の盤とでその主要部分が成り立つている。太陽の光線がその直立せる針に落ちると、針は盤面の目盛りの上に影を落とし何時だと判るのである。太陽のない日は時間が判らない。そして自分が見た日時計の盤面きには、こんな標語が、あつた。

“I record none but of sunshine”(吾れ太陽の輝く時刻のみ記録す)


自分はこの標語を『日時計主義』だと云つている。そして『生長の家』では出来るだけ、輝く喜びの時刻だけを記憶し、語り、思いだす。喜びに言語の再現力、言葉の創造力を応用するのである。〜以下抜粋

月刊生長の家第一号、20㌻より。(谷口雅春先生著)

上の、文章は、最初の生長の家誌に、出ていた文章です。生命の実相以上に、雅春先生の初心を感じながら、いつも、拝読させてもらてます。
日時計日記とまでは、行きませんが、日時計メモをして、『明るいコトバ』書く練習してます。『ありがとう』より、チョト難しです。
昨日は、天皇陛下の御快癒を祈念しながら、心で『ありがとうございます』を唱えながら仕事してました。
皆様、本日も、まだ、まだ、寒いですから、暖かくして、おでかけください、ありがとうございます。合掌、拝。

1188役行者:2012/02/20(月) 08:19:22 ID:/noWjbQE

 復興Gさま
 

 >勝兵は先づ勝ちて、
 而る後に戦を求め。
  敗兵は先づ戦ひて、而る後に勝を求む。(形篇)

  戦わずとも、すでに勝ったのも同然 という状況をつくり出してから戦う。
  それが、「勝ってから戦う」ことの本意です。
  逆に言えば、「戦ってみなければ、勝てるかどう かわからないよ」という状況では、戦ってはいけな いんです 。この考え方は、人生に降りかかるさまざまな困難 を乗り切るための戦術にもつながるでしょう。 無策のまま困難に体当たりしたのでは、文字通 り、当たって砕けてしまう危険性が高い。だから まずやるべきは、いかに有利な方向に転じさせるか! をとことん考えて、作戦を練ること。それで「よ し、これで克服できる。勝てる」と確信できる状況 をつくってから、行動することが肝要なのです。
  この方法でいけば、多くの場合、実際に戦う前 に、問題が解決するはずです 。
 かつて、松下幸之助さんに「経営者に必要なことは 何ですか?」と質問したら、松下さんは間髪入れず に、
  それは、運が強いことでしょう 。
 運を強くするには、どうすればよいのですか?
 それは、徳を積むことや! と、明快に答えてくれました。  それが、「戦わずして勝つ」完璧な備えになるので す。<


 深い公案をいただきまた。

 今回、教団は最高裁にまたもや、上告しました。
 果たして勝てる見込みがあるのでしょうか?勝算があって、挑んでいるのでしょうか?
 

 徳を積むとは、地球を、人類を、隣人を救済してゆくことでしょう。人を陥れることばかり考えていたら、得は積んでも、徳は削られてゆくでしょう。
 果たして今の教団幹部にどれだけ徳を積んでいる方かいるのでしょう。どれだけ多くの人をシアワセにしている方がいるのでしょう。果たして、裁判をする事が徳を積むことなのでしょうか?
 松下幸之助翁が仰るよう、徳を積んではじめて、真に勝つ見込みが出てくるものと思われます。すなわち、戦わずにして勝てるようになれると思うのです。
 これぞまさしく、正真正銘の生命の実相の生き方を行じることでしょう。
 運を開くにはこれしかないと思われます。

 
 一方、本流側の方々なのですが、総裁を追放する!とのスローガンのもと、万が一追放が成功しても、その後、どうするのでしょうか?
 生長の家の今後のグランドデザインをたてているのでしょうか?
 未来永劫に世界の為に貢献していける生長の家の姿を
強く信念までに具象化されているのでしょうか?
 
 
 追放の念は必ず報復を招くでしょう。心の法則です。世界の歴史、日本の歴史を少しでもかじっていれば理解できることなのですが・・・ 
 ですから、私には、たとえ追放されたとしても、報復が報復を呼び、崩壊を招き、多団体に内部から外部からねらい打ちされている姿しか浮かびません。


 やはり、真に勝つとは、ともに生かし合い、助け合う、相互扶助の精神で和解することしかないと思っております。
 そこには生かし生かされる、あらゆる徳が満ちあふれているからです。
 
 いまこそ、双方、無条件降伏の昭和大帝の徳の爪の垢でも煎じて飲むときと存じます。

 いくら格好良く体裁をつくっても、生長の家世論からすればみっともないことバレバレなんです。

 果たして孫子の兵法に照らし合わせて、

>無策のまま困難に体当たりしたのでは、文字通 り、当たって砕けてしまう危険性が高い。だから まずやるべきは、いかに有利な方向に転じさせるか! をとことん考えて、作戦を練ること。それで「よ し、これで克服できる。勝てる」と確信できる状況 をつくってから、行動することが肝要なのです。 <


 どうでしょうか・・・生長の家世論の見方はたぶん、相打ち後、ばらばらと見ているでしょう。 
 そのとき、もうこの掲示板発祥の当時から述べてますが、二手に分かれたエージェントによる最終攻撃が待っているでしょう。彼らには遠大な計画があります。トコトン練られた作戦のもと、赤子の手を捻るよう、ノックダウンされるでしょう。



 生長の家存亡の危機に双方トップの英断だけがあと頼りとなりました。
 双方が生かし生かされている世界を、神々をはじめとして、すべての方々、諸団体が望まれていることと存じます。
 策略に長けている諸団体が見つめるなか、双方、遺された道は徳積みしかなきように思われます。歩み寄るには我を取るしかないと思われます。そして生長の家の運は拓かれ、世界に、人類に貢献出来るようになると思うのです。

          合 掌

1189a hope:2012/02/20(月) 11:42:31 ID:kcv2QXTk
人生読本 谷口雅春先生著

第五章 能力の生かし方

なんでも上手になるには


「あなたは近頃、絵が下手になりましたね。絵が死んでしまっている、生き生きとしたところがない。
幼稚園のときの絵は実に伸び伸びした絵を描いていたのに、それから五年間も学校へいって、
その頃の絵におとるとはどうしたのでしょうね。」

これは或る日おとうさんが、その子供の絵を見て言われた言葉でした。

私はなぜ、この子供の絵が、五カ年間も学校で勉強しながら下手になったかを本(もと)にして、
人間の生き方をいろいろに考えてみたいのです。

この子供の描いた絵が生き生きとしなくなったのは、上手に描こうと思って、
お友だちの描いたものを真似はじめたからなのです。
自分自身が、既に上手であることを忘れてしまったからなのです。
そして他の人は自分よりも上手であると思って、自分の生命を出そうとしないで、
負けてはならない、負けてはならないと心が固く凝りはじめたからです。
心が固くなってしまっては、一本の線を引いても、伸び伸びしたところが出ません。
生き生きとしたところができません。
自分自身の中に持っている佳(よろ)しさが出ないで、他の人の上手を真似たのですから、
真似されたものは、真似されたものよりも下手になるのはきまっているのです。

人真似ばかりするものは、決して人より上手になりません。
自分は「神の子」だと信じて、自分の中に必ず善いものがあるのですから、
それを幼稚園の子供のように、無邪気に素直に出すようにすれば、絵は必ず佳いものとなるのです。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


みなさま こんにちは

小さい子どもって、みんな純真だから、「あなたは神の子ですよ」なんて大人が言ってあげなくても、
自分は「神の子」だってちゃんとわかっているんですよね。
だから、生き生きとしたいい絵も描けるし、無我夢中で自然と一体化して遊べたりする。
それが、成長するに従って、周りから評価されたり、理不尽に怒られたりして、
だんだん「神の子」の自覚をなくしていってしまうのですよね。

でも、わたした大人だって、やっぱり「神の子」ですよね!
今朝の神想観では、神さまとぴったりひとつになれた気がします。
「そうだ!わたしにはいつも神さまがついていて下さる。怖いものなんて何にもないじゃん!」
ありがたくて、ありがたくて、またまた、感動の涙を流してしまった、アホの a hope です(笑)。

1190SAKURA:2012/02/20(月) 19:07:00 ID:yTatjic2
トキ様 へ
皆様 へ

【幸福を招く生活365章…】
■「神よ、私はあなたに対して今日約束します」

皆さん、こう云って神様に約束の祈りをして下さい。
「今日より私は、あなたのお力を得て、私の心よりすべての暗黒なるものを、
憎しみや、悲しみや、嫉妬や、人の不幸を喜ぶ心などを綺麗に洗い流して、
再びそのような感情を私の心の中に起こすことなきように誓います。
この誓いが実行出来るようなお力をお添(そ)え下さい。
私はあなたの許しを得て、
私の意志と感情と想念とあなたの中に投げ込みます。
あなたの尊き高き清らかなる意志と想念と感情と我れに流れ入らしめ給え。
わたしの心は既に私のものではありません。
あなた様から与えられ、あなた様に献げられたるものであります。
私は力を尽くしてこの私の心があなた様に捧げられたる目的に
かないますよう聖らかになるよう努力致します。」
                          (谷口雅春著)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「今日の言葉」当に、“ピッタリ”です…。
きっと「神との融合」が出来ます様に、神にゆだねる“心”
そのものが大事でしょうか…?

今日「T練成道場の方?」からの報告を拝読させていただきまして、
ある面では「マインドコントロ−ル」されていらっしゃいます部分が?
御有りなのでしょうか…? 文面からの“インパクト…”その様にも?
解釈できないことはないのかしら〜〜〜〜ン??と私一個人の感想です。

「研修生…」でいらっしゃいましたのかしら〜〜〜ン??
「文章表現…」本当に難しいです〜〜〜〜〜ネ!
ブレイクしますが…私一個人としては?懐かしい〜〜♫【T道場…】です…

今日「志恩様…」からの投稿文…拝読させていただきながら…
更に皆様方の“投稿文”拝読しながら…感じました事が…??ありまして
文章をしたためましたが〜〜〜〜〜><
随分…悩んだ末にて“投稿”を、ストップ……!!

これは「トキ様宛…」が懸命かしら〜〜ンと?判断致しましたので…【保存ファイル】
後程、私の感じました事を“投稿”させていただこうかしら〜〜ンと思った所存です。


■「今日の言葉…」通りに流れを〜〜〜〜〜〜〜♫見ながら?つくづく〜〜〜
【如何なることも“神様=心”ですから“神様】”にまかせています…。】
必ず!!!いい方向に行くでしょう……!信じます。
【信力…】
                       再合掌


PS:「T道場…」はよく“奉仕活動”させていただきました…。
第三者的に感じました事は…当に“職員中心・研修生中心”の方が…
濃厚に感じ取りました感想です…。(徳久先生・吉田先生…6〜7年前の奉仕活動…etc)
後程…裏側から???の感想をと、思っておりますが……??

>トキ様…本日の言葉?どの様に解釈されましたでしょうか…??

1191復興G:2012/02/20(月) 21:27:48 ID:ojEbkDH2

役行者様。

ありがとうございます。『孫子の至言』に同意してくださって、うれしいです。

>今回、教団は最高裁にまたもや、上告しました。
 果たして勝てる見込みがあるのでしょうか? 勝算があって、挑んでいるのでしょうか?<

 この「勝算」という言葉は、やはり『孫子』から来た言葉ですね。『孫子』には
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
<勝ってから戦うためには、現状を把握して勝つ態勢を整えることが重要です。そのためのポイントを、孫子は五つあげています。これらは「五事」と呼ばれるもので、敵と比較するときのポイントである「七計」と合わせて、「五事七計」と言います。>
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
とあり、「五事」とは「道・天・地・將・法」の五つ。
 一つ目の「道」とは、トップ以下みんなの心が一つになっているかどうか。
 二つ目の「天」とは、天の時、タイミングはどうか。
 三つ目の「地」とは、地の利はどうか。
 四つ目の「將」とは将軍のことで、軍を操る器量があるかどうか。
 五つ目の「法」とは、組織を統制する能力があるかどうか。軍の運営をきちんと制度化し、兵士たちの地位や職務を明確にし、みんながルール通りに動くよう管理する能力が、将軍には求められるということです。
 これら「五事」は組織を強くするために重要なポイントとされています。「五事」に照らし合わせて、自らを正しく評価して強み・弱みを知り、弱いところは強化していく。それができる人は勝ち、できない人は勝てないわけです。
 そして「七計」、七つの視点から考察することを、孫子は勧めています。
 (1)君主は人心を得ているか。
 (2)将軍は有能か。
 (3)天の時・地の利は有利か。
 (4)法令は遵守されているか。
 (5)軍隊は強いか。
 (6)士卒はよく訓練されているか。
 (7)賞罰は公正に行われているか。
 これら七つの視点から、敵と比べて自分たちが勝っているかどうかを分析する。こうして「五事七計」により戦いのシミュレーションをきっちり行えば、戦わなくても勝負はわかるとしています。
 結論として、孫子はこう言う。
 「戦わないうちから廟算(びょうさん)して勝つ者は、五事七計をもとに比較計量して得られた勝算が相手よりも多いからだ」と。
 「廟」とは、日本で言うなら、ご先祖様を祀るお墓でしょう。「廟算」というのはつまり、「ご先祖様に誓って、嘘偽りなく、自分に都合よくなど見ないで公正な目で勝算を測ります」というような意味になる。その「廟算」を厳しく、公平に、かつ入念に行えば、必ずや勝つ。
 逆に、これをいい加減にすると、負ける。
 それが当たり前の法則なんだ、と言うんですね。
 人間には自分に甘いところがあるので、何の根拠もなく、すべてが自分に有利に運ぶと信じて、「大丈夫、勝てる」などと思い込む傾向があります。「廟算」をおろそかにするどころか、まったく勝算ありなしを考えずに戦ってしまうことすらあるでしょう。そんなふうでは、「戦わずして負けた」も同然です。「五事七計」をもって、厳しく公正な目で勝利のシミュレーションをすることこそが、「戦わずして勝つ」ことの基本なのだ、というのです。
 これが「勝算」の語源なのですね。
 勝算がないのに戦うのは無謀というべきなのでしょう。

1192トキ:2012/02/20(月) 21:51:39 ID:kAYDAC5Y
ももんが様

 すばらしい御文章、ありがとうございました。天皇陛下のご快癒の記帳に
参上しました。たくさんの人がお越しになっておられ、感激しました。
 では、これからも宜しくお願いします。

合掌 ありがとうございます

1193トキ:2012/02/20(月) 21:57:37 ID:kAYDAC5Y
>>1190

 毎朝、起きて神想観をするのですが、その時に祈った事が
日々の生活の中で、ついつい忘れます。その時に忘れない勇気
を智慧を持つのは、自分がなすべきことです。
 自分も反省し、精進を重ねたいと思います。

合掌 ありがとうございます

1194ももんが:2012/02/20(月) 23:12:51 ID:XXCuaQns
>>1186

役行者様

役行者様、いつも、細かいお心遣いの御言葉くださり、ありがとうございます。合掌、拝。

一昨日、素晴らしい御言葉を下されたのに、御返事遅くなりて、恐れいります。

<< >こうした時は、一番身近な、家族の為に、祈る、和 解することから始めたら、良くなる様に思います 結構、家族て、和解してるつもりでも、心の奥底(深層意識)では、和解して無い事はありますね 。無意識層を支配するは、難しですね 。<


 道徳の基本であり、宗教の基本であり、また、禅の基本ですね。
 脚下照顧!
 禅の世界においても、一番基本であり、また一番難しい公案ですね。
 すべての諸問題はここに還ると思います。
 深層意識までの和解!
 すばらしい公案をいただきました。
 祈りを深めてまいりとうございます。
 ありがとうございました。>>

          
上記の様な、御言葉、もったいなです。

何も、“公案”などと、大した文章では、ありませんから、役行者様、皆様の心の片隅に、でも、止め置かれた、幸いと存じます。私も、自分自身、常に実行してみてる事なので、書いてみたのです。

役行者様は、本当に、素晴らしい方ですね。争いを無くそうと、色々と工夫されおらる。きっと、普段も、お心、御平らな方なんでしょね。本当に、色々と、勉強させもらってます。
それでは、春も近いですが、まだ、風が冷たいですから、気おつけてください。感謝敬白、合掌、拝。

1195ももんが:2012/02/20(月) 23:52:46 ID:XXCuaQns
>>1192

トキ管理人様


トキさま、いつも、暖かい御言葉くださり、誠に、ありがとうございます。感謝敬白、合掌、拝。


<< すばらしい御文章、ありがとうございました。天皇陛下のご快癒の記帳に
参上しました。たくさんの人がお越しになっておられ、感激しました。
 では、これからも宜しくお願いします。>>


誠に、上記の様な、御文章、大変嬉しく思います。


トキ様?掲示板を作ると云う事は、それだけで、大変な“修行”ですね。

毎日、たくさんの人の“愚痴、悪語”を、自分の心で受け止めないといけない。


私には、とても出来ませんよ。


今日も、掲示板をザット見ましたが、皆様、言いたい事を良く、吐き出すなと、思いました。


『生命の実相・第1巻』には、悪いコトバを吐く事を、“人類暗黒化運動”とか、云ってたと記憶してましたが、暗黒化運動に知らず、知らず、協力してしまう事に、ビックリマークです。

私も、気おつけておりますが、難しですね。コトバの使い方て。


トキ様、梅の花も、大分膨らんできました。私は、春を身近に、感じなが、毎日を“ありがとう”を唱えなが、活きる事に、喜びを見いだしてます。
小説、宮本武蔵の最後のコトバに“百尺下の水の深さ”と云うコトバがあり、私は、世間で強く活きる為、人の話にたぶらかされない為の、教訓として、何時も、心に止めてるコトバです。
人の噂より、自分自身と神様を信じる心を、私は、大切にして、毎日を活きてます。

トキ様も、信念を持って、辛い事もあるでしょが、がんばってください。何時も、暖かい御言葉ありがとうございます。おやすみなさい。感謝敬白、合掌、拝。

1196SAKURA:2012/02/21(火) 01:34:59 ID:CiRRllnU
トキ様 へ
>>1193
本日の投稿に関しまして“お返事”ありがとうございます…。

私も…【一日…】神様にお任せして〜〜〜〜
もう!何も考えないようになれますと……?素晴らしい〜〜〜ですネ?
“日々の祈り…”致しますが……
何か??願いをかなえた〜〜いと思っても……
きっと〜きっと〜☆「自然に物事の行動」が現れるのでしょうか……?
私も「神様にお任せ」しまして…
その後!!忘れるぐらい“大海原〜〜♫”どっぷり〜どっぷり〜揺られ“大安心”…
日々…昇進します。

但し…悩みは??「神の叡智」いかにして頂けますでしょうか???                 
再合掌

1197役行者:2012/02/21(火) 03:57:37 ID:rZ75Wp0Q

 合掌

 復興Gさま

 孫子の兵法がこんなにも有意義な内容を示されているとは思ってもみませんでした。
 私だけでなくみなさん、参考になられたことと思います。ありがとうございます。



 >結論として、孫子はこう言う 「戦わないうちから廟算(びょうさん)して勝つ 者は、五事七計をもとに比較計量して得られた勝算 が相手よりも多いからだ」と 。
 廟とは、日本で言うなら、ご先祖様を祀るお 墓でしょう。「廟算」というのはつまり、「ご先祖 様に誓って、嘘偽りなく、自分に都合よくなど見な いで公正な目で勝算を測ります」というような意味 になる。
 その「廟算」を厳しく、公平に、かつ入念 に行えば、必ずや勝つ。
  逆に、これをいい加減にすると、負ける。 
  それが当たり前の法則なんだ、と言うんですね 。人間には自分に甘いところがあるので、何の根拠 もなく、すべてが自分に有利に運ぶと信じて、「大 丈夫、勝てる」などと思い込む傾向があります 。
 「廟算」をおろそかにするどころか、まったく勝算 ありなしを考えずに戦ってしまうことすらあるで しょう。そんなふうでは、「戦わずして負けた」も 同然です。「五事七計」をもって、厳しく公正な目 で勝利のシミュレーションをすることこそが、「戦 わずして勝つ」ことの基本なのだ、というのです。
  これが「勝算」の語源なのですね 勝算がないのに戦うのは無謀というべきなので しょう <


 またまた、戦国武将になった気持ちです。勉強になります。
 孫子の兵法はいまでも十分に通用するのですね。
 廟算ですか・・・はじめて耳にした言葉です。
 三国志を読んでもそうですね。常に沈着冷静で、ご先祖様との対話を欠かさない方々が勝利を得てますね。
 いま現在、まわりの状況を、ご先祖様の霊前にて冷静に見つめるものに勝算あり!ですね。
 五事七計、心に深く留めておきます。

          敬 具

1198ももんが:2012/02/21(火) 05:46:37 ID:XXCuaQns
皆様、おはようございます。本日も素晴らしい朝が、やって参りました。さあ、今日も嬉しく、楽しく、明るく、素晴らしいコトバで世の中を光の世界にして行きましょ!ありがとうございます。合掌、拝。


〜明るい未来を思え〜

物事の光明面を見て、明るく伸々と、たのしく生活し、さらに伝道などして『よいこと』をしていると、必ず『よいこと』が起こり、思いが叶い、どこからともなくポッカリと幸運が舞い込んで来るのである。それ故、多くの人々がこのように『神の子・人間』を信じ、ありがとう“日時計主義の生活”をやるようになることが、日本の運命をよくし、豊かにし、平和にする唯一最高の道であると言うことが出来る。

〜谷口清超先生著・『ありがとう』はすばらしい・より 〜


昨日も、たくさんの方に『おはよう』『ありがとう』とコトバを交わしました。“掲示板の世界”では、まだ、まだ、ですが、外の世界では、皆様、挨拶するだけで、嬉しくなるのが、伝わるようです。花の蕾も大分膨らんで、春は、すぐそばに、来てます。

それでは、皆様、春を楽しみに待ちながら、今日も、嬉しく、楽しく、明るく、お過ごしください。ありがとうございます。合掌、拝

1199復興G:2012/02/21(火) 06:46:35 ID:ojEbkDH2

役行者様。

>>1197 は、午前03:57:37の書き込みですね。
日本の行方・生長の家教団の行方が気にかかり目がさえて眠れない「耿耿(こうこう)の言」でしょうか。

 『孫子』について、もう少し。

 武田信玄の有名な「風林火山」という言葉の原典も、『孫子』の「軍爭篇」に出てくるんですね。
 「疾きこと風の如く、徐かなること林の如く、侵掠すること火の如く、動かざること山の如し。」
 ──これは、神想観から出てくる自由自在の境地のように思えます。また、

 「自ら反して(かえりみて)縮(なお)ければ千萬人と雖も吾往かん」(自分にやましいところがなければ、たとえ千万人が束になってかかってきても、恐れずに立ち向かう)という言葉も、『孫子』(公孫丑上)に出てくる言葉だと知りました。そして

 「始めは処女の如く、終りは脱兎の如し」などといわれる慣用句も、『孫子』(九地篇)に
 「始めは處女の如し、敵人戸を開く。後(のち)は脱兎の如し、敵拒(ふせ)ぐに及ばず」とあるのが出所なのでした。初めのうちは弱々しく見せて戸を開かせ、いざ攻める段になったら、逃げる兎のような速さでダーッと攻め込む。敵はもはや防ぐ術もない、というのですね。

<最初からぐいぐい攻めていくと、敵は防ぎようもありますが、弱々しく見せかけておけば敵も慢心する。そこにつけこむのが、緒戦をモノにする鉄則でもある。ビジネスや人生でもそう。「能ある鷹は爪を隠す」「弱い犬ほど吠える」。本当に強い人・強い組織というのは、周囲にやたらと力を見せつけるようなことはしない。むしろ弱そうに見せておいて、ここぞのときに力を発揮するものです>

 と、『孫子の至言』の著者は解説しています。

 ところで、何よりも基本は
 “戦いは、「生きるか死ぬか」の瀬戸際なのだから、軽々しく戦うな”
 ということであるのを、肝に銘じたい。

 「百戦百勝は、善の善なる者に非ざるなり」。
 ──百回戦って百回勝つなんてことは、「善の善」じゃない。むしろ、非常に危ういんだ。
 「凡そ兵を用ふるの法、國を全うするを上と爲し、國を破るは之に次ぐ」。──一番上等な戦いは、勝ったとしても敵国に損害をおよぼすような戦い方は褒められたものじゃない、ということです。

 私たちは今まで、孫子の兵法に照らしても、まったく下手な無謀な争いをしてきたのではなかったか。今までのようなことをこれからも続けたら、世人から

 御教えの、(ヨッ)継承を、
 前面に出して運動し、(ヨッ)
 斬って斬って斬りまくり(ハッ)
 生命に(ヨッ)弔辞おば(ヨッ)
 宣べてるばかりの、運動よ(ヨッ)
 なんてーの?その団体?
 「生弔の家と申します」
 ヨー、オッペケペオッペケペオッペケペポーペッポッポー♪

と、あざ笑われることになりかねません。
そんな悲しいことにならないようにしなければなりません。

 孫子の兵法には、人生の指針として今も活用できるものがあるようです。

1200役行者:2012/02/21(火) 07:46:33 ID:rZ75Wp0Q
 合掌

 復興Gさま

>
 >>1197 は、午前03:57:37の書き込みですね 日本の行方・生長の家教団の行方が気にかかり目が さえて眠れない「耿耿(こうこう)の言」でしょう か<


 これねぇ、そんな格好いいものでなく、早く寝過ぎました(^^;)

 孫子の兵法、是非、人生の指針とさせていただきます。

1201役行者:2012/02/21(火) 08:00:54 ID:rZ75Wp0Q
 合掌

 ももんが様

 お褒めいただき、恐縮です。

 善し悪しは別にして、人は前世から引き続き請け負った業、ご先祖様の業、そして、今生で培ってきた自分の生き様が今の環境となってあらわれていると存じます。
 ひとそれぞれの宿命があり、その環境で切磋琢磨するなか、やがて水中を遊泳するが如く使命を邁進できる日がやってくるのでしょう。
 孫子の兵法の五事七計ではないですが、天の時、地の利、人の和の満ちたときが、その使命を成就する時と信じております。

 いまは内に大いなる夢を秘め、諸学を学びなから、サラリーをもらって生業している方々の心の機微やはからいも日々精進の糧として、自己研鑽中でございます。
 なぜかそれが結構、楽しいのです。

1202a hope:2012/02/21(火) 09:47:33 ID:kcv2QXTk

人生読本 谷口雅春先生著

素直に無邪気に


同じことをお父さんに言っても、叱られる場合と、叱られぬ場合とがあります。
なぜそうなるかを考えてみたことがありますか。

それはお父さんの御機嫌の好い時は叱られないで、お父さんの御機嫌の悪い時は叱られるのだとお考えになりますか。
必ずしもそうばかりではありませんよ。素直に無邪気に物が言えた時には、
その人の眼の色にも、顔つきにも、言葉つきにも、明るい、生き生きとした、
伸び伸びといたところがでているから、その眼の色を見、顔を見、言葉を聞くと快い気持ちになって叱れなくなるのです。

同じ人でも、無邪気で素直であるときと、無邪気で素直でない時とは、こうも形にあらわれ方が異うのですよ。
言葉、形、さては一本の線を引くのだって、無邪気に素直に自分の本物を出すようにすれば、
皆から喜ばれるのです。入学試験を受けるコツもこれですよ。
無邪気にやれば覚えただけでは皆出てくるが、無邪気な素直な心を出せないで、
恐れていると、憶えているのまで忘れてしまって、出て来ないことがあります。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

みなさま おはようがざいます。

わたしの住むところでは、梅の花がだいぶ咲いてきましたよ。
わたしのウォーキングコースに、とても立派な緋寒桜の樹があって、
その桜のつぼみも、日に日に大きくなっています。
みなさま、春はもうすぐですね!

他の板に、「春らんまん」さまという名前のお方が書き込みして下さっていますね。
名前を見ただけで、心が明るくなりました。
春らんまんさま、たくさんの貴重な情報をありがとうございます。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。

それでは、わたしはこれからお出かけです。
わたしの大切な「生長の家」みなさま、今日も素敵な一日をお過ごしください!

1203復興G:2012/02/21(火) 11:45:41 ID:ojEbkDH2

役行者さま。

 私は今、
 「中心帰一」
 「中心者にハイ」
 ということについて、真剣に考えています。

 役行者様が、
 <中心帰一とは、身の安全を守るため、媚びへつらい、右向け右!のことをいうのでしょうか。>
 と書かれたことをめぐり、「本流対策室」板<1619>で
<生長の家を支えるものは「中心帰一」であり、そして生長の家をおかしくするのもまた「中心帰一」であると、ずっと思ってきました。>という「靖国見真会」参加者さまのコメントを紹介され、
 「中心帰一とは何か! 諸共集い、話し合う時期が到来してきているようです。」
 と書かれていました。

 その「中心帰一とは何か」です!

 『實相研鑽』という本があります。
 かつて、谷口雅春先生の元で「實相研鑽会」というのが毎月1回行われ、東京都の地方講師たちが集まって真理実践の体験発表や質疑応答をし、谷口雅春先生の御結語を頂いていました。その記録が『生長の家』誌に掲載され、まとめて3冊の単行本として日本教文社から発行されたものです。その第一集の最初に、

 「妻が夫にハイと言う限界について」というタイトルで昭和35年4月24日の研鑽会記録が収録されています。
 その内容をかいつまんでご紹介します。

 U講師が、白鳩誌友会で質問を受けた。質問者は家が商売していて、夫は消極的で商売が下手である。妻がするとうまくいく。ところが生長の家では「夫にハイ」と従うべきだと教えられた。それで自分は間違っていたと責めていたら病気になってしまった。
 「これからは何でも夫の言うとおりにしなければならないと思ってやっていると、夫から商売のことを相談される。“私はあなたの言うとおりハイと従いますから”と言って、何も言わないでいると、夫はそれじゃ心細い、困るなあと言われる。」それでまた迷って、「夫にハイというのは、どこまでがハイで、どこからハイと言わなくてもよいのでしょうか」と聞かれた。──そういう問題提起から始まり、いろいろな講師が意見を述べます。

 H講師は、同年3月白鳩大会での谷口輝子先生のお話として、K夫人が夫に胎児を堕ろせと言われた。それにハイと従ったら、夫に殺人の罪を犯させることになるから、従うわけにはまいりません、離縁していただきますと言った。それはわがままではなく神を愛し夫を愛する真心から出た言葉であったので、夫は妻のまごころがわかって、「生むことにしようよ」と言われた──というお話です。それで輝子先生に「もう一度お言葉を」とお願いされ、輝子先生もお答えになっています。

 さて谷口雅春先生の御結語は──
 これは、原文のまま謹写させて頂きます。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

   実相の夫に従う

 谷ロ雅春 梅津さんの言われた、商売の不得手な夫が奥さんに「この商売どうしたらいいのか、お前ひとつ教えてくれ」といわれるのに「私はもうハイの精神で、夫の言うことにばかり従うんだからもう私の意見は言いません」というのは、ハイじゃないと思いますね。夫は「教えてくれ」と言ってるんだから「ハイ」と言って教えたらいいんだろうと思いますがね。これはむしろ夫に対して反抗的に「もう何だって私の意見を言うものか」というような気持になっているのであって、素直に教えないのは本当じゃないと思います。
 夫に素直に従うということは、夫を神としてですね、実相の本当の夫に従うということでなければならないわけで、夫をいかに神として信頼しているか否か、という根本が定まらなければいかんと思うんですよ。その根本が定まらないところに、「夫はときどき間違うものである、夫は時には“泥坊せよ”とも言うものである。言うかもしれんのであるが、それに従ってもいいのであるか」という考えが起る。それは、すでに妻が夫の完全な実相を見ていないことである。だから妻の観る通りに夫が現れるということになって、やはり夫に“迷い”が現れる。そこでその“迷い”(の夫)の言う通りに従ったら、(正しい)夫の言う通りに従っているのでなくて、自分の迷いが夫に映ったその迷いを聴いて従っているのであって、自分で“自分の迷い”に従っているということになるわけです。
 だから先ず根本的に、夫を神の子として尊敬して、夫の実相を喚び出さなければいかんわけです。そしたら夫は悪いことは言わんわけですよ。「おまえ間男せい。わしはお前嫌いになったから、間男せい」なんていったって、ハイと素直に従うて「間男して来ようか」と、そんな馬鹿なことはないのですね。本当の夫はそんなこと言うもんじゃないということを、根本的に実相を拝んで実相の完全さを引出した上で、夫の要求を聴いて素直に従う、というのであれば間違いないと思うわけですよ。
<つづく>

1204復興G:2012/02/21(火) 11:46:25 ID:ojEbkDH2

實相研鑽会「妻が夫にハイと言う限界について」
谷口雅春先生御結語の<つづき>

   夫の実相を喚び出す

 それから“夫が堕胎せよという、いやなら離婚する”というK婦人の話の場合、夫は必ずしも堕胎せよと言ってやしないんです。「堕胎するか離婚するか、どちらか二つのうち一つを選べ」と言っている。そうでしょう。だから、どっちが本当に夫の実相が呼びかけているのか、ということを聴かなくちゃいかんと思うのですよ。
 そうすると、夫の実相は神なんですから、神ならどう言うか。神なら“おろせ”とは言わん。そしたら、神のみに従うということが夫の実相に従うことになるわけだから、「それでは離婚さしていただきます」と素直に言って夫の実相の声に従う。「堕胎いたしません」と言うのも、夫の本当の声に従ったのですよ。その本当の夫の声に従ったから、夫は“もうこの妻を離婚する必要はない”と自然に実相が発露したというわけで、妻が夫の実相を喚び出さなくちゃいかんですよ。実相を喚び出さないで迷いを喚び出して迷いに従っていながら、「夫に素直に従っているんだ」と言うのは、根本的に間違っていると思います。だから、“神に従うことが即ち夫に従うことである”と完全に一致することになるわけであります。(拍手)

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 上記は、私たち信徒が生長の家総裁に「ハイ」と従う場合にも、ヒントになることであると私は思っています。

 生長の家は、原理主義ではない。真理の中心部分は変わらないけれども、周縁部分は時代環境に応じて変わらなければならない、と総裁がおっしゃるのはその通りだと思います。しかし、総裁は神であるならば、真理の中心部分までも変えてしまうような説き方を、神がされるはずはない。生長の家の教えの中心は、現象はあるように見えても、本来無い。影に過ぎない。実相、完全円満な神のみが実在する、ということでしょう。「真理への道はただ一つ、人間は神の子であるということである」。神の子であるとは、イエス・キリストと同じ尊い存在であり、神であるということなんですね。その神以外に何も無い、ということが教えの中心なのですね。完全円満なる神なる総裁が「実相なんか有るか無いかわからない、そんなことはどうでもよい」などとおっしゃるはずはない。もしそんなことをおっしゃったら、私は「離縁していただきます」と申し上げるでしょう。
 雅宣総裁は、「私は神ではない。私の言葉は私の言葉であって、神の言葉ではないから、私の書いたものは聖典と呼ぶな」とおっしゃいました。それでも、やはりすべては神なのだから、総裁のお言葉は神のお言葉であると考えなければならないと、私は思ってきました。しかし、上記『實相研鑽』の谷口雅春先生のお言葉を読むと、これは大変むずかしい公案を与えられていると思わざるを得ない現在です。

 生長の家の根本教義は、『生命の實相』に記されています。現象界に出てきた本には誤植もありえますし、科学的知見などは時代的に合わなくなっていることもありましょう。それでも、根本真理の神の波動がそこには鳴りひびいています。その『生命の實相』がなくなっても、新しい雅宣総裁の『新・生命の實相』が書かれたらよい、とは私は思いません。もし仮にそうなるようだったら、生長の家から神さまが無くなることになるので、私は離縁していただきます。

1205「訊け」管理人:2012/02/21(火) 12:00:50 ID:???

>復興Gさま

『實相研鑽』・・・・・すばらしい御本でありますね。
 感動しております。ブログで使用させては頂けないでしょうか。

 いつも的を射たご投稿をありがとうございます。

1206ハマナス:2012/02/21(火) 12:31:06 ID:u5mC.eb2

皆さま、ありがとうございます。
今日は暖かく、太陽が光り輝いています。
春の気配を感じます。

ももんが様
いつも素晴らしい御文章をありがとうございます。
>何時も、適切な御指導有難うございます。

とんでもございません。こちらこそ、いつも素晴らしいご指導をありがとうございます。
感謝しております。

役行者様
勇気のあるご発言、そして素晴らしいご投稿をありがとうございます。

復興G様
『實相研鑽』からの広範囲に渡る素晴らしいご文章をありがとうございました。
3冊あると思いますが、何冊目でしょうか。

雅春先生のご文章をじっくりと読み、なるほど思させて頂きました。

感謝いたします。

1207ハマナス:2012/02/21(火) 13:10:35 ID:u5mC.eb2

皆さま、ありがとうございます。

       自 分 を 祝 福 す る  (『生活の智慧365章』P.113より)

 自他を祝福するとは、自他の内にやどる「神なるもの」を認めて礼拝することである。
自分も彼もみな「神の素晴らしい自己顕現」であることをみとめ、心で讃(ほ)め、
喚(よ)び出し、その真理を引出すことである。先ず自分自身を祝福することなしに、
他の人々本当に祝福することはできない。吾々は先ず自分自身を祝福し、讃歎し自分
自身の神性を引き出さなければならないのである。その行事が神想観である。

 神想観によって自分の実相が”神の子”であり、完全円満であることを観じて、実相の
完全さを祝福し、讃歎した後に、現象的にも自分の生活に一寸(ちょっと)でも善いこと
をしたことがあれば、それを一々想い出して自分自身を「お前はこんな善いことをした
善い人間である」と讃めてやるのがよいのである。それは恰も(あたかも)学童の
成績を挙げるために、その答案の中に一寸でもある「正しい回答」に◎(にじゅうまる)
をつけて讃めて、その内部の能力を引き出してやるが如くにである。
「お前はあの人の罪を赦した。お前は神の子で愛ふかく寛大である」という風に
讃めるのである。


復興G様
『實相研鑽』第一集の最初でしたね。
失礼致しました。

1208復興G:2012/02/21(火) 18:26:08 ID:ojEbkDH2

 谷口雅春先生著『光明法語』7月3日の法語に、『「ハイ」の無限力』というお言葉があります。「ハイ」は、使命感に対する決意である、と書かれていて、人の言葉に「ハイ」と奴隷のように従えとは書かれていません。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

  七月三日の法語 「ハイ」の無限力

 最も重き言葉は最も簡単なる言葉である。それは「ハイ」の一語である。一切の行為は「ハイ」にて動き、一切の事物は「ハイ」の一語にて成就する。汝、使命を感ぜんか、唯「ハイ、ハイ」とのみ言え。然してこれを実行せよ。然らば必ず成就せん。「ハイ」とは決意である。使命に対する決意である。如何なる困難も、吾使命を感ぜんか、「ハイ」の決意にてその困難は斫り拓かれ、坦々たる大道となる。「ハイ」は汝を自由ならしめる。「ハイ」は実相その儘である。

  七月四日の法語 「否定」の威力

 「ハイ」に対立する最も簡単にして最も偉大なる力は、「否!」である。汝病気ならんか、「否!」と断じて言うべし。病いすなわち必ず癒えん。汝に不幸来らんか。「否!」と言うべし。如何なる不幸も汝を傷つける事は出来ない。最も自由なる人は自己の好まざることに対して断じて「否」と言う。かかる人には如何なる不幸も近づく事が出来ない。世界は如何なる「幸福」でも「不幸」でも自由に販売しているところの百貨店だと言える。それを求める貨幣は「決意」である。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 谷口雅春先生は、「皆さんが谷口雅春である」と、くり返しおっしゃいました。信徒一人一人が、今こそこのお言葉をしっかりと戴き、「内なる法燈継承」をして、使命感に「ハイ」と決意して起ち上がりましょう。

1209SAKURA:2012/02/21(火) 20:37:31 ID:FEa/NNlc
トキ様 へ
皆様 へ
こんばんは……

【幸福を招く365章…】
■天地一切のものを祝福せよ

朝めざめたならば、神想観を行い、
「神の生命われに流れ入りて、わが生命を健かならしめ給う」と
念じつつ呼吸を整え、更に「神の愛われに流れ入りて、光明燦然と輝き給い、
われを通して天地一切のものを祝福したまう」
と云う思念を繰返すことは、天地一切のものと和解することを
如実に実践する上にきわめて善き方法である。
一切の不幸と病いは、自己が天地一切のものと和解していないで、
ある程度又は或る意味に於て敵対状態にあるから生ずるのである。
然るに上記のような思念を行うときには心の中に、
こちらから積極的に天地一切のものと和解する以上に、
天地一切のものを祝福することになるのである。
                          (谷口雅春著)


毎朝起きますと「神想観…」します時、必ず「世界平和の祈り」を何度も思念します。
ペットに食事させる時も、きちんとおすわりさせて「世界平和の祈り」をします。
おとなしいぐらい“ジ〜〜〜〜〜〜ッ”としておりますが…
かわいいものです〜〜〜ョ???(飼い主の自己満足?ウフフ)

現在!起きています全ての事は?
【天地一切に感謝が足りない!!】と…解釈すべきかもしれませんが…?
現状!私自身の問題を、受け止めて「神想観=瞑想=イメ−ジ」を何度も〜〜♫
繰り返すことによって…今の現状から【脱皮作戦??】出来ると“確信”…!!

■その前に【感謝する事…】なのでしょうか……???

ついつい??「イヤ〜〜ナ人に感謝?」〜〜〜難しいです…ネ!
【言葉の力】で、“思念集中”すればいいのでしょうかしら〜〜〜ン?
何も考えずに、取り越苦労をなくせば……
もしかして?もしかして?…【天地一切のものに感謝】が…倍増!!出来るかも?

今の私は……【吸血鬼・ゾンビ達…】に関わりたくな〜〜〜〜イ!のに…
今日も又!!「いや〜〜なアクシデント」に会い…
このような人達との“考え方”に、どうしても“調和?”が…><
余り〜〜〜募りますと、此方の方が、精神的に参ってしまいますしが…?

なるべく考えない!潜在意識に入れ込まない!これを自己訓練しまして、
【前向きにイメ−ジ】しまして、「いや〜〜な人」を…
心の映画館…“スクリ−ン”上…奥〜〜〜奥〜〜〜遥か彼方??
“追いやる事を、イメ−ジ化”してみますと…意外と「効果…」が?? ウフフ

「今日の言葉」……
私に取りまして「心の浄化」が、難しい〜〜〜課題かしら〜〜ン?
これを乗り越えませんと…次なる“課題”への挑戦が…出来ないのかもしれませんネ
【次のステップ・…】その前の…

                                 再合掌
PS:
>トキ様へ
今日の“言葉…”どの様に“解釈”されますでしょうか…?
そして。。。なかなか“感謝”する事が難しい対象の時は…どのように“クリア”?
すべきでしょうか……“アドバイス”頂けますと幸いです…。

1210トキ:2012/02/21(火) 21:47:26 ID:gmzgHWjw
 毎朝起きて、すぐに神想観をするのが日課になっているので、
かえって返答が難しいです。でも、好きでやるのが一番いいと思っています。
続けている中で、見つかるものがあります。これは、自分で見つけるしか
ないかもしれません。

 感謝できない、と考えるよりも、先に進んだ方がいいと思っています。
そのうちに、生長すると、感謝できる自分がいるのに気がつきます。

・・・・と思っていますが、先達のみなさまのご返答をお待ちしております。

1211ももんが:2012/02/22(水) 00:10:05 ID:XXCuaQns
トキ様
役行者様
ハマナス様
復興G様
『訊け』様
SAKURA様


トキ様、役行者様、ハマナス様、復興G様、『訊け』様、SAKURA様の、皆様、こんばわ。そして、素晴らしい、御投稿文、ありがとうございます。合掌、拝。


今日特に、心に止まりましたのは、復興G様の、役行者様へ御投稿文で『実相研鑽』の御文章です。

特に、ここの文章は素晴らしいですね。
<< 夫に素直に従うということは、夫を神としてですね、実相の本当の夫に従うということでなければならないわけで、夫をいかに神として信頼しているか否か、という根本が定まらなければいかんと思うんですよ。その根本が定まらないところに、「夫はときどき間違うものである、夫は時には“泥坊せよ”とも言うものである。言うかもしれんのであるが、それに従ってもいいのであるか」という考えが起る。それは、すでに妻が夫の完全な実相を見ていないことである。だから妻の観る通りに夫が現れるということになって、やはり夫に“迷い”が現れる。そこでその“迷い”(の夫)の言う通りに従ったら、(正しい)夫の言う通りに従っているのでなくて、自分の迷いが夫に映ったその迷いを聴いて従っているのであって、自分で“自分の迷い”に従っているということになるわけです。
 だから先ず根本的に、夫を神の子として尊敬して、夫の実相を喚び出さなければいかんわけです。そしたら夫は悪いことは言わんわけですよ。「おまえ間男せい。わしはお前嫌いになったから、間男せい」なんていったって、ハイと素直に従うて「間男して来ようか」と、そんな馬鹿なことはないのですね。本当の夫はそんなこと言うもんじゃないということを、根本的に実相を拝んで実相の完全さを引出した上で、夫の要求を聴いて素直に従う、というのであれば間違いないと思うわけですよ。>>


『夫の間違いは、妻の心の影だから、実相を信じんて祈りて、夫の実相をよびだす』ことが、大切と、言うことは、我々は、『悪』を念ずる事をしては、いけないないという、雅春先生の、基本的な教えが、ここでも、説かれていますね。

イエスの説く

“汝の滴を愛せよ”の根本的な神の教えであると、いえますね。
誠に、素晴らしい、教えありがとうございます。復興G様。


それと、次のコメントは、良かったです。

<< 生長の家は、原理主義ではない。真理の中心部分は変わらないけれども、周縁部分は時代環境に応じて変わらなければならない、と総裁がおっしゃるのはその通りだと思います。しかし、総裁は神であるならば、真理の中心部分までも変えてしまうような説き方を、神がされるはずはない。生長の家の教えの中心は、現象はあるように見えても、本来無い。影に過ぎない。実相、完全円満な神のみが実在する、ということでしょう。「真理への道はただ一つ、人間は神の子であるということである」。神の子であるとは、イエス・キリストと同じ尊い存在であり、神であるということなんですね。その神以外に何も無い、ということが教えの中心なのですね。完全円満なる神なる総裁が「実相なんか有るか無いかわからない、そんなことはどうでもよい」などとおっしゃるはずはない。もしそんなことをおっしゃったら、私は「離縁していただきます」と申し上げるでしょう。
 雅宣総裁は、「私は神ではない。私の言葉は私の言葉であって、神の言葉ではないから、私の書いたものは聖典と呼ぶな」とおっしゃいました。それでも、やはりすべては神なのだから、総裁のお言葉は神のお言葉であると考えなければならないと、私は思ってきました。しかし、上記『實相研鑽』の谷口雅春先生のお言葉を読むと、これは大変むずかしい公案を与えられていると思わざるを得ない現在です。

 生長の家の根本教義は、『生命の實相』に記されています。現象界に出てきた本には誤植もありえますし、科学的知見などは時代的に合わなくなっていることもありましょう。それでも、根本真理の神の波動がそこには鳴りひびいています。その『生命の實相』がなくなっても、新しい雅宣総裁の『新・生命の實相』が書かれたらよい、とは私は思いません。もし仮にそうなるようだったら、生長の家から神さまが無くなることになるので、私は離縁していただきます。>>


私も、復興G様と同じく確かに『生命の実相』の実例が時代に合わない(私の場合は遅れて来てる感じる箇所がある)全く同感です。
だからと、云って、『生命の実相』捨てる様な真似は私もしてほしくありません。復興G様は、離縁と言われ辺りは、本流派の様な、執着心の塊が無いのが、素晴らしいですね。私も見習いたいです。


〜つづく

1212ももんが:2012/02/22(水) 00:15:23 ID:XXCuaQns
それから、役行者様のこの御文章が、素晴らしかったです。

<< 善し悪しは別にして、人は前世から引き続き請け負った業、ご先祖様の業、そして、今生で培ってきた自分の生き様が今の環境となってあらわれていると存じます。
 ひとそれぞれの宿命があり、その環境で切磋琢磨するなか、やがて水中を遊泳するが如く使命を邁進できる日がやってくるのでしょう。>>

まさしく、そのとうりですね。無意識ですが、前世の業は、引きずつてますね。神様の宿題なんですよね。

それから、ハマナス様も、素晴らしいコトバを教えてくださり、いつもありがとうございます。感謝です。
<<       自 分 を 祝 福 す る  (『生活の智慧365章』P.113より)

 自他を祝福するとは、自他の内にやどる「神なるもの」を認めて礼拝することである。
自分も彼もみな「神の素晴らしい自己顕現」であることをみとめ、心で讃(ほ)め、
喚(よ)び出し、その真理を引出すことである。先ず自分自身を祝福することなしに、
他の人々本当に祝福することはできない。吾々は先ず自分自身を祝福し、讃歎し自分
自身の神性を引き出さなければならないのである。その行事が神想観である。

 神想観によって自分の実相が”神の子”であり、完全円満であることを観じて、実相の
完全さを祝福し、讃歎した後に、現象的にも自分の生活に一寸(ちょっと)でも善いこと
をしたことがあれば、それを一々想い出して自分自身を「お前はこんな善いことをした
善い人間である」と讃めてやるのがよいのである。それは恰も(あたかも)学童の
成績を挙げるために、その答案の中に一寸でもある「正しい回答」に◎(にじゅうまる)
をつけて讃めて、その内部の能力を引き出してやるが如くにである。
「お前はあの人の罪を赦した。お前は神の子で愛ふかく寛大である」という風に
讃めるのである。>>


自分の実相を拝む事を、するのが、一番大切なことですね。許すて、たくさん、賛嘆や、明るいコトバを使い続けると、出来るように、成ってきますね。これも、ハマナス様が教えてくだされた、お陰です。ありがとうございます。ハマナス様。


トキ様、『訊け』様、SAKURA様の御文章も読ませてもらいました。大変勉強になりました。

トキ様、本流派の人々特異のパフォーマンスな言動に、耐えて、心強く、がんばってください。いつも、細かい、心使いに感謝して、おります。それでは、皆様、おやすみなさい。感謝敬白、合掌、拝。

1213役行者:2012/02/22(水) 08:35:29 ID:EKrK1Cn.

 ももんが様

 復興Gさまのコメント内容を分かりやすいようにコンパクトに纏めてくださいまして、ありがとうございます。
 中心帰一の教えをより深く理解できました。
また、


 >>生長の家の根本教義は、『生命の實相』に記され ています。現象界に出てきた本には誤植もありえま すし、科学的知見などは時代的に合わなくなってい ることもありましょう。
 それでも、根本真理の神の 波動がそこには鳴りひびいています。その『生命の 實相』がなくなっても、新しい雅宣総裁の『新・生 命の實相』が書かれたらよい、とは私は思いませ ん。もし仮にそうなるようだったら、生長の家から 神さまが無くなることになるので、私は離縁してい ただきます。>>


 との復興Gさまのコメントに対して、ももんが様は、


 >私も、復興G様と同じく確かに『生命の実相』の実 例が時代に合わない(私の場合は遅れて来てる感じ る箇所がある)全く同感です。
  だからと、云って、『生命の実相』を捨てる様な真似 は私もしてほしくありません。<

 と感想を述べられております。
 まったくもって、異議はございません。

        合掌

1214ももんが:2012/02/22(水) 09:08:23 ID:XXCuaQns
皆様、お早うございます。今日も、素晴らしい朝ですね。お日様が、ニコニコ照り輝います。さあ、今日も、嬉しく、楽しく、明るく、素晴らしい日にしていきましょう!ありがとうございます。合掌、拝。(^_^)
今月号の『いのちの環』の記事から、抜粋しました。
〜『良人(おっと)やこどもの実相をみましょう。より〜


ただ善なる子供のみ実在であり、乱暴なる子供や、不良の子供や、精神薄弱の子供や、病弱な子供は無いのである。もし自分の子供がそのような不完全な子供にみえるならば、それは両親が実相の完全さを見る力が足りないか、力があっても、その力を子供の『実相』の完全さ』を見る方に集中しないからである。毎夜子供が眠りについた直後、両親または少なくも一方の親は、子供の枕頭に端坐、神想観して、『自分の子供は神の子であってあらゆる点において完全であり、健全である』と念じ、自分の子供が『神の生命』そのものであって光明燦然と光を放っている実相を瞑目せる眼底にハッキリ描いて一回二十分宛心の眼で見詰めるようにするようにするがよい。やがて念ずる通りあなたの子供は凡ゆる点に完全に、健全に成長して行くに相違ない。
(谷口雅春・『新版 女性の幸福365章』369㌻)



昨日の、復興G様、ハマナス様の言われて、いた事と同じような事が、書いてありました。

それは、

どんな、憎い人、悪人と思える人であっても『完全円満な、人間の実相を拝む、祈る』

そして、現象として悪言葉や行いを、成るべく、しないように、して行く事こそが、『神の子の道』であり『神の子の生活』であると、このこの、雅春先生の御文章からも、勉強させてもらっうことが、できました。少し前、生意気に書きました。道元禅師の『正法眼蔵・仏性』とも、通じる、世界観が、そこにはあると、私は、思い、本日は、『四無量心を行ずる神想観』と和解の祈りと、世界平和の祈りと、天皇様御快癒祈願もしまた。


皆様、大分暖かくなりました。外へ出ると、梅の花も膨らんで春は笑顔で、皆様の笑顔を待っています。今日も明るく、素晴らしい日をお過ごしください。ありがとうございます。合掌、拝。

1215ももんが:2012/02/22(水) 09:49:15 ID:XXCuaQns
>>1213

役行者様


お早うございます。役行者様。朝から、御文章を賛嘆して、頂き、大変嬉しく感じております。感謝敬白、合掌、拝(^_^)


役行者様の、賛嘆するコトバの力で、私の心も、明るく成っていますよ。役行者様は、神の子道を実践されて大変に素晴らしいです。本当に勉強になります。ありがとうございます。合掌。


話は、変わりますが、『生命の実相』で、私が、読んでいて、時代に合わない実例もあると言ったは、けして、悪い意味じゃありません。いまの、医学にしても、身近な、生活の常識にしても、既に『生命の実相』の中身が、普通に、或いは、それ以上に、常識的に浸透していたり、高度に成ってるな?私的には、感じる事が、実生活においてあるからです。


だからて、『生命の実相』を読まないわけでは、ないのです。生命の実相は、読む事で、心が洗われる、現れるように感じますから、やはり、良い本です。

では、役行者様、此からも、素晴らしい、教えで、御導きください。宜しくお願いします。いつも、感謝です、感謝敬白、合掌、拝。

1216a hope:2012/02/22(水) 10:52:32 ID:kcv2QXTk

人生読本 谷口雅春先生著

気取るな、そのままが一等よい


無邪気といったら、どんなことだといいますと、気どらぬことです。
自分のそのままを出すことです。写真によく映りたいと思って固くなると変な顔に映るでしょう。
知らぬ間にパッと写されると、かえって柔らかい優しい顔に映っているでしょう。
あの固くなるのが無邪気でないのです。あの固くなるのが素直でないのです。
固くならないそのままが、無邪気で素直なのです。

人間は「神の子」ですから、そのままが一等好いのです。

無邪気で素直であれば、目の色から顔貌、動作、技芸、もの憶えまでよくなるのです。
そのままをなんのこだわりもなく出すとき、吾々の「内にある最も佳いもの」がスラスラ出るのです。
皆さん、そのままになりましょうね、素直になりましょうね、こだわりの無い心になりましょうね。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


みなさま おはようございます。



わたしは、復興Gさまのコメント、

>>生長の家は、原理主義ではない。真理の中心部分は変わらないけれども、周縁部分は時代環境に応じて変わらなければならない、と総裁がおっしゃるのはその通りだと思います。しかし、総裁は神であるならば、真理の中心部分までも変えてしまうような説き方を、神がされるはずはない。生長の家の教えの中心は、現象はあるように見えても、本来無い。影に過ぎない。実相、完全円満な神のみが実在する、ということでしょう。「真理への道はただ一つ、人間は神の子であるということである」。神の子であるとは、イエス・キリストと同じ尊い存在であり、神であるということなんですね。その神以外に何も無い、ということが教えの中心なのですね。完全円満なる神なる総裁が「実相なんか有るか無いかわからない、そんなことはどうでもよい」などとおっしゃるはずはない。もしそんなことをおっしゃったら、私は「離縁していただきます」と申し上げるでしょう。
 雅宣総裁は、「私は神ではない。私の言葉は私の言葉であって、神の言葉ではないから、私の書いたものは聖典と呼ぶな」とおっしゃいました。それでも、やはりすべては神なのだから、総裁のお言葉は神のお言葉であると考えなければならないと、私は思ってきました。しかし、上記『實相研鑽』の谷口雅春先生のお言葉を読むと、これは大変むずかしい公案を与えられていると思わざるを得ない現在です。

 生長の家の根本教義は、『生命の實相』に記されています。現象界に出てきた本には誤植もありえますし、科学的知見などは時代的に合わなくなっていることもありましょう。それでも、根本真理の神の波動がそこには鳴りひびいています。その『生命の實相』がなくなっても、新しい雅宣総裁の『新・生命の實相』が書かれたらよい、とは私は思いません。もし仮にそうなるようだったら、生長の家から神さまが無くなることになるので、私は離縁していただきます。<<

を、読んでとても驚きました。
復興Gさまのような、大先輩であっても、今の教団は、
>>これは大変むずかしい公案を与えられていると思わざるを得ない現在です。<<
とおっしゃられている。
さらに、『生命の實相』が現教団からなくなり、雅宣先生が『新・生命の實相』を書かれるようなことになったら、
生長の家から神さまが無くなることになるので、私は離縁していただきます。<<
とはっきり、おっしゃっているのですからね。

わたしは、復興Gさまやおそらくももんがさまより、ずっと年下です。
でも、『生命の實相』の実例が「時代に合わない」、とか「遅れてきている」とは全く感じませんでした。
むしろ、とても新鮮な感じがしました。
聖典というのは、どんなに古いものでも、心から真理を求めている者の魂には必ず深く響くもの、
そういうものなのではないかと思いました。

それでは、わたしの愛する「生長の家」のみなさま、今日も一日元気にお過ごしくださいね!

1217役行者:2012/02/22(水) 12:47:43 ID:EKrK1Cn.

 ももんが様

 ただ、ひたすら神の道まっしぐらに進んでゆきとおございます。

 乗せられたらそのまま上がる代物なので、ご了承のほどσ(^_^;


 さて、生命の実相のことなのですが、発刊された当時は、どちらかというと反体制派で、世論から叩かれることもしばしあったと聞いております。
 それが現在では笑いの効果にしてもほとんど科学的に実証されてきました。
 病はこころの影という心の法則が科学的に認められてもきました。歓ぶべきことと存じます。
 医学にしても、その心と身体の関係の臨床がより深く広く告示されるようになってきております。
 ということから考えても、真理の神髄は神髄として、表現方法は常に変化するのだと思うのです。
 そのことを鑑みると、聖書、仏典、生命の実相は根本として、表現方法は自在に変化しても良いのではないかと思う次第です。
          合掌

1218SAKURA:2012/02/22(水) 20:34:36 ID:FEa/NNlc
トキ様 へ
皆様 へ

【幸福を招く365章…】
■独創のある価値を生み出すには

すべての善きものは内側から生まれます。
内部から生まれないものはすべて形骸(けいがい)であり、
模倣であり、ニセモノであり価値なきものです。
内部とは自分の生命です。
“自分の生命” とは “神の生命” です。
神の生命は無限内容をもっているのですから、重複を厭(いと)うのです。
模倣には同じものが幾つも出てきますが、
内部生命から出るものには同じものは二度とありません。
すべての行動を内部生命から出すとき独創的なものとなり、
内部生命は普遍生命とつながっていますから、
独創的であると同時に普遍的なものがあり、
人類全体の理解と共感とを得るのです。
では内部生命から、独創的なものを生み出そうと思ったならば、
内部生命に深く沈潜して、その無限の中から自己の個性に適する
独創のものを引き出して来なければならないんです。
その沈潜の最良の方法が神想観であります。
                          (谷口雅春著)


“全ての善きもの”は…“内部”…“心”から始まるのです〜〜ョネ!!
でもその…“心”が歪んでいますと…“心”は停滞状態ですから?
「無」から何も生み出すものも…“ゼロ”…と云う事でしょう。

「悪に走る人」は、その人の物差しからの形骸でしょうか…???
そのような人は、どんな角度でも話しても通じる事がなく、
ただ!!!頭の中は【我欲…】で充満しているだけの中身でしょうか〜しらん?

昔から【我欲…】の強い人は…頭が“空っぽ”なのでしょうか??
【我を無くす事】は、そこから始まる“知恵”なのでしょうかと思いますが…?

昨日「トキ様」に質問しました時、まだ私自身にも
「吸血鬼・ゾンビ・黒幕…に、いやなことをされている…><」との
【執着?】があり…その“心”を解放すことで……
初めて、私の“心の深層”が、白紙になり次なるステップへ前進!!出来る…
此処から我“自己個性の創造性”が、芽生えるのでしょうか…?

それに「気付き」を頂きましてから……
「今日の言葉」…が、出てきまして……
やはり!【神想観…】には【内部生命をフゥ〜〜〜深〜〜〜く!礼拝して行きます】?
必ず!いい「アイデア」が浮かぶようです…。

■ ■ 「神の叡智」を〜〜〜導きたまえ〜〜〜です〜〜〜ネ!

                              再合掌

PS:トキ様へ
昨日の“アドバイス”ありがとうございました…。
そして、皆様への“意見討論”…呼びかけて頂きましてありがとうございます…。
「モモンガ様・如月様…」投稿文章…etc ありがとうございます…。
参考に…益々このすばらしい「生長の家」の教えが…“人々の幸せ捜し〜♫〜”
「人類光明化運動…」の指針になります事を…【神に祈り】…
そして、「大調和へと…此の現状が必ず!」…信じております…。

トキ様> 今日の「言葉…」どのように解釈されますでしょうか??

1219トキ:2012/02/22(水) 22:31:53 ID:uwDAtDDc
 いつも素晴らしいご公案をありがとうございます。

 関係のない話を一つ。先日、テレビを見ていたら、歌手の沢田知可子さんの
「会いたい」という歌の話を放送していました。
  女性が恋人の死を悼む内容の歌で、“少しの英語とバスケット、そして、私
はあなたと恋を覚えた”という下りがあります。それまで何回も歌を発売しても
売れなかったのが、この曲のヒットで彼女はメジャーに上り詰めます。少し年配
に人だと知っている人が多いと思います。

 ところが、彼女自身が、この曲と同じ体験をしていたそうです。その話を誰
にもしていないのに、不思議に思い、女性の作詞家に尋ねると、いきなり内容
が作詞家の頭に天下った、という返事をしていました。

 ちなみに、沢田知可子さんの恋人だった人は年上のバスケット部の先輩で、
交通事故で亡くなるまで彼女の歌手活動を応援していたそうです。

 今回は関係のない話でごめんなさい。

1220復興G:2012/02/22(水) 23:26:40 ID:ojEbkDH2

>>1211
ももんが様。

たいへんなお褒めをいただき、ありがとうございます。
私の投稿
<<生長の家の根本教義は、『生命の實相』に記されています。現象界に出てきた本には誤植もありえますし、科学的知見などは時代的に合わなくなっていることもありましょう。それでも、根本真理の神の波動がそこには鳴りひびいています。その『生命の實相』がなくなっても、新しい雅宣総裁の『新・生命の實相』が書かれたらよい、とは私は思いません。もし仮にそうなるようだったら、生長の家から神さまが無くなることになるので、私は離縁していただきます。>>
に対して

>私も、復興G様と同じく確かに『生命の実相』の実例が時代に合わない(私の場合は遅れて来てる感じる箇所がある)全く同感です。だからと、云って、『生命の実相』捨てる様な真似は私もしてほしくありません。復興G様は、離縁と言われ辺りは、本流派の様な、執着心の塊が無いのが、素晴らしいですね。私も見習いたいです。<

という最後のお褒めの言葉には、穴があったら入りたい気持ちです。

しかし、申し上げるべきことはハッキリと申し上げなくてはなりません。ももんが様から役行者様へのコメントで、

>『生命の実相』で、私が、読んでいて、時代に合わない実例もあると言ったは、けして、悪い意味じゃありません。いまの、医学にしても、身近な、生活の常識にしても、既に『生命の実相』の中身が、普通に、或いは、それ以上に、常識的に浸透していたり、高度に成ってるな? 私的には、感じる事が、実生活においてあるからです。
だからて、『生命の実相』を読まないわけでは、ないのです。生命の実相は、読む事で、心が洗われる、現れるように感じますから、やはり、良い本です。<

 とおっしゃっていますが、私にとっては、『生命の實相』は「やはり、よい本です」などという程度のものではありません。『生命の實相』を読むと、「なんで谷口雅春先生は私のことをこんなによくご存じなのだろうか。これは、私一人のために書かれたもののようだ」とびっくりし、深い反省ができたり、ものすごい勇気をもらったりして、魂が共鳴し、飛躍するような感じを与えられることが多い、不思議な本です。これは、谷口雅春先生が、完全に自我を捨てきり、空っぽになって、神様のラッパになって、神の御言葉を伝えられたものだと思わざるを得ません。
 残念ながら、谷口雅宣総裁のご文章で、そのように魂が共感して打ちふるえるような喜びを感じたことは、ございません。
 やはり、『生命の實相』にこそ生長の家大神が鳴りひびいていらっしゃるのだと感じます。

 a hope 様も、>>1216
「『生命の實相』の実例が「時代に合わない」、とか「遅れてきている」とは全く感じませんでした。むしろ、とても新鮮な感じがしました。聖典というのは、どんなに古いものでも、心から真理を求めている者の魂には必ず深く響くもの、そういうものなのではないかと思いました。」
 とおっしゃっていますが、その通りだと思います。

<その『生命の實相』がなくなっても、新しい雅宣総裁の『新・生命の實相』が書かれたらよい、とは私は思いません。もし仮にそうなるようだったら、生長の家から神さまが無くなることになるので、私は離縁していただきます。>

という思いに、変わりはありません。

 2月17日付けで、「生長の家社会事業団の知財高裁判決に対する声明について」という、宗教法人「生長の家」・株式会社日本教文社の釈明文
http://www.jp.seicho-no-ie.org/news/sni_news_20120217.html
が発表されたことを知りました。

 ある教区では、教化部長から五者にそれが伝達されたが、五者は誰もそれで納得はしなかった。「大調和を説く生長の家が、なぜいつまでも相手を責めるだけの争いを続けるのか」と怒りをあらわにするものもあり、予定されていた講習会推進方策の打合せに入ることもできなかったそうです。

 谷口雅春先生は「妻が夫にハイと言う限界について」という實相研鑽会の御結語で「先ず根本的に、夫を神の子として尊敬して、夫の実相を喚び出さなければいかんわけです。・・・夫に素直に従うということは、夫を神として、実相の本当の夫に従うということでなければならない」とご指導くださっています。実相の生長の家総裁は、谷口雅春先生が「耿耿の言」でお説きくださいましたように、「罪あらば我をとがめよ天つ神、民はわが身の生みし子なれば」とお詠みになった歴代の天皇の大御心のごとき慈愛をもって、すべての人々、特に、かりそめにも生長の家の縁に結ばれた、今は反旗を翻している人々のことも包容し生かし導いて下さっていることを信じ、礼拝感謝申し上げてまいりたいと存じます。

1221ハマナス:2012/02/22(水) 23:36:24 ID:u5mC.eb2

神の子の皆さま
こんばんは。早いもので、あと一週間で、3月です。

       生 命 の 進 化 (『新版生活の智慧365章』P.115より)

吾々の生命は常に一層高き進歩に向かって更新しつつあるのである。
併(しか)し、「低いもの」が如何にして「一層高きもの」を思い浮かべ得るであろうか。
「一層高きもの」はそれよりも「低いもの」を考えるのはいと易きことであろう。
しかし「低いもの」には「一層高きもの」を理解することは出来ない筈である。
現在「低いもの」でありながら「一層高きもの」を理解し得るのは、その「一層
高きもの」に触れることによって、自己の内にあるところの「一層高きもの」が
喚び出されて来る結果だというほかはないのである。

「一層高きもの」に生命が進化し行くのは、既に「一層高きもの」が生命の内部に
宿っており、それが色々の環境や条件や境遇や経験によって触発されて輝き発して
来るにほかならないのである。吾々は今与えられている環境・条件・境遇・経験から
逃げ出そうと考えてはならないのである。それを喜んで受け、それから得られる
ところの凡てを経験を通して吸収しなければならない。それによって吾々は内在する
無限の神性を、一層多く開顕することができるのである。

皆さまにとって、明日も素晴らしい日でありますように。
感謝合掌

1222ももんが:2012/02/22(水) 23:49:18 ID:XXCuaQns
役行者様

役行者様、御返事、遅くなりました。ありがとうございます。合掌、拝。

御投稿文の内容正しく、そのとうりです。今や、常識的に、企業や、健康管理法としてや、お医者さんに、行きましても、メンタフィジカル的なことを取り入れていますね。

私が、少し、『生命の実相』の実例で、今の時代の方が、進んでるかな?感じる部分は、『食事に関する事』です。第1巻に、確か?水を余り飲まない方法が出てました。私の場合は胃腸は大変強い為、医者から、糞尿や水分取らなくて強いタイプだから、結石になりやすいし、血液が濃くなりやすいから水をなるべくとりなさいと言われました。
しかし、考えてみると?最近のスポーツ選手は、水を取りながら、バランス良く、身体の調整をして、活動していますよね?

昔は、マラソンなんかでも、水を呑むなと言われていました。

生命の実相にも書いてありましたが、体は物質だが、その、体の物質の奥に、生命が宿ってると言うことでした。

つまり、物質である体をより、丁寧に労りながら、使うように、最近の健康管理法の中には、あるように、思うのです。

これは、『生命の実相』で雅春先生が、メンタフィジカルを日本に紹介した、時代から、充分に色んな形で、社会に浸透し、発展した証拠だと、私は、思うのです。

私は、こうした面、社会の誰もが、宗教、政治に関係無く、使えるように成ることこそ、素晴らしいことだと思います。


役行者様の御指摘は、大変素晴らしいですね、また、今後とも、御指導よろしくお願いいたします。おやすみなさい。合掌、拝。

1223ももんが:2012/02/23(木) 09:59:21 ID:XXCuaQns
皆様、お早うございます。今日も、お日様は、ニコニコしております。さあ、嬉しく、楽しく、感謝行を楽しみ楽しみましょう。ありがとうございます。合掌、拝。


今日は、私の大好きな、道元禅師の御歌を紹介します。

〜”にごりなき、心のみづにすむ月は、なみもくだけて、ひかりぞとなる“〜

この一句はを聴くと、私の心と、ピッタリ一致して、心を洗いだしてくれるようなそんな様に、私は、感じ捉える事がでて、大好きな御歌です。


あと、

〜うらをみせ、おもてをみせて、散る、もみじ。〜

これは、良寛様の御歌ですが、これも、“心”を見事に表現しているので、大好きな歌です。

一件秋の風情の儚い気持ちを歌われてる様に観て、しまいますが、それも一つの見方でしょが、私は、良寛様が、もみじの散る、姿を、“自分の心”と重ね合わせてる、もみじ=良寛様、に成りきってる境地に、私は、感動を持って、この一句をいつも、心で読んでおります。

良寛様の、この一句は、周囲の人には、ルンペンの様に見えても、御一人で坐禅修行しておられる証明なのだと、私は、見たのです。
すいません、今日は、私の私的コトバを言いまして、

それでは、皆様、明るく、楽しく、神の子の生活を楽しみましょう!ありがとうございます。合掌、拝。

1224a hope:2012/02/23(木) 11:52:56 ID:kcv2QXTk

人生読本 谷口雅春先生著

白百合と牡丹の花

或る時、白百合の花が、牡丹の花に、「あなたは美しい花をつけていますねえ。
私もあなたのように色のついた花になりたい」と申しました。
白百合の花はだんだん赤くなって、ちょっと見ると美しい鬼百合のような色にかわって来ましたが、
それは前のような尚(けだか)さを失ってしまいました。
そして前よりも人に可愛がられなくなりました。

白百合は白百合で好い所があるのです。
自分自身が持っている「そのまま」を素直に出すのが一等よいのです。
そのまま、吾々は「神の子」だからです。

―――――――――――――――――――――――――――――――――

みなさま こんにちは

今日は、雨降りですね。今朝の神想観は、雨音を聞きながら行いました。
なんか、また違う趣があってよかったです。

以前、お寺に坐禅に行っていたとき、本堂の工事が行われていた期間がありました。
その工事の音や振動が、真隣にある坐禅堂に直に響いて来て、さらに真夏の蒸し暑さで、
こんな環境では坐禅をするのは無理ではないかとわたしは思ったのですが、
90歳を超えた住職さまが、「どんな環境であろうとも、只管打座(しかんたざ)できるのが、
本物である」みたいなことを、坐禅中に一言おっしゃって、その言葉を聞いた瞬間、
わたしも集中できたのを思い出しました。

その坐禅なのですが、不思議なことに、運よく住職さまの近くで坐禅することができたときは、
雑念が全く浮かばず、ピーン張りつめた無の境地になれるのでした。
住職さまの「気高い境地」にわたしも、引き込まれたような気がしました。
わたしは「生長の家」の教祖である、雅春先生も、そのようなお力を持っていたのではないかと思っています。

ところで、つい最近、わたしは「生命の實相」第20巻をやっと読み終わりました。
他の巻でこんなに読み終わるのに時間のかかったものはありませんでした。
雅春先生の自傅篇の後半なんですが、雅春先生が悟られる前のお考えが書かれているのですがなかなか、
難しくてわたしには理解できませんでした。
ですが、なんとか読み進めていくうちに、雅春先生が「物質はない!」という神の声を聞かれ、
さらに「今起て」という声をお聞きになるところまで来ると、やっとわたしもすっきりしました(笑)。
雅春先生は、真理をもとめ、大変苦悩されていたのですね!

わたしたちは、その雅春先生のそのような苦悩を味わうことなく、
ただ「生命の實相」を読むだけで、その素晴らしい世界一の真理に触れることができるのですから、
本当にありがたいですよね!

「生命の實相」は絶対にこの世から無くしてはいけない偉大な聖典なのだとわたしは思います。

雅春先生の悟りに至る途中に書かれた詩で、「野の百合の生きる道」も紹介されていました。
以前、「谷口雅春に訊け」ブログでも紹介されていますよ。

http://blog.livedoor.jp/con5151/archives/65604625.html

それでは、わたしの愛する「生長の家」の先輩方、今日も和解に向けての有意義なお話合いを、どうぞよろしくお願いいたしますね!

1225ももんが:2012/02/23(木) 13:04:20 ID:XXCuaQns
復興G様

復興G様、御返事くださりまして、ありがとうございます。感謝合掌、拝。

復興G様の御返事文を読みまして、復興G様の『生命の実相』を読んだ時に、受ける、復興G様の心の有り様が、良く伝わりました。誠に、勉強になります。改めて、お礼申し上げます。ありがとうございます。

<<、私にとっては、『生命の實相』は「やはり、よい本です」などという程度のものではありません。『生命の實相』を読むと、「なんで谷口雅春先生は私のことをこんなによくご存じなのだろうか。これは、私一人のために書かれたもののようだ」とびっくりし、深い反省ができたり、ものすごい勇気をもらったりして、魂が共鳴し、飛躍するような感じを与えられることが多い、不思議な本です。これは、谷口雅春先生が、完全に自我を捨てきり、空っぽになって、神様のラッパになって、神の御言葉を伝えられたものだと思わざるを得ません。>>


しかし、復興G様も、私の心の心底を誤解されて、読み捉えてると思われます。何分、私は表現べたて、皆様に迷惑と誤解の積み重ねですから、どうか、ご容赦ください。


<<生命の実相は、読む事で、心が洗われる、現れるように感じますから、やはり、良い本です。>>

私が、上記の表現の中で、“良い本です”と言った前の、語句に、“心が洗われる”と“現れるように感じる”との語句を読んで観て貰うなら、私が、“良い本です”の意味の心底を御理解していただけたハズです。
私は、“深層意識で生命の実相を読んでおります。”
“現れ”と“洗う”は、『生命の実相』の中にもありましたが、『心を浄める』又は、『心を浄めた状態』だと書いてあったなと、記憶してますが、間違えていたら、すいません。
仏教でも、心を満月に例えたりますよね。
私が、“良い本”と言ったのは、”心を澄みきった状態“に常にしてくれるコトバの有る本と言う事です。私の表現が、足りなかった事を、深く御詫びします。
読み方、受け取り方は、人其々だと、常に思いますから、それで良いと、私は思いつも思います。

個性が有るから、生命なんですよね。

色々、復興G様の御文章読んで、勉強させてもらってます。色々また、教えてください。宜しく、お願いします。感謝敬白、合掌、拝。

1226ももんが:2012/02/23(木) 14:41:28 ID:XXCuaQns
>>1224

a hope様

a hope様、こんにちは。合掌、拝。

a hope様の坐禅していた時のお話面白く読ませて、もらいました。ありがとうございます。感謝合掌、拝


<<以前、お寺に坐禅に行っていたとき、本堂の工事が行われていた期間がありました。
その工事の音や振動が、真隣にある坐禅堂に直に響いて来て、さらに真夏の蒸し暑さで、
こんな環境では坐禅をするのは無理ではないかとわたしは思ったのですが、
90歳を超えた住職さまが、「どんな環境であろうとも、只管打座(しかんたざ)できるのが、
本物である」みたいなことを、坐禅中に一言おっしゃって、その言葉を聞いた瞬間、
わたしも集中できたのを思い出しました。

その坐禅なのですが、不思議なことに、運よく住職さまの近くで坐禅することができたときは、
雑念全く浮かばず、ピーン張りつめた無の境地になれるのでした。
住職さまの「気高い境地」にわたしも、引き込まれたような気がしました。
>>


特に、和尚様の御言葉。

「どんな環境であろうとも、只管打座(しかんたざ)できるのが、
本物である」

と言われたコトバは、少し、坐禅を知らない方には、難しい表現を使われてると思われました。
私たちの坐禅会では、これをカミ砕くようなコトバで、この様に良く、老師も、他の師も言われます。

『雑念が起こっても、邪魔にせず、相手にせず、只、ひたすらに、数息観なり、公案なり、成りきり、成りきりしていきたさい、そうすれば、自然に只菅打坐に成って行く』

無念無想とは、けして、煩悩や雑念を消してしまう事では無く、その流れを良く観て行く事で自然とその状態に成って行くものと私は捉えいます。

和尚様は、たぶん、工事の音に成りきれば、只菅打坐できるということではなかったかなと思われます。

私の師は、78歳で痴呆の症状がありましたが、最後まで、坐禅を捨てない人でした。
最後は、坐禅して死を向かえました。

宗教とは、かくあるべきと、何時も、思います。


少し、余計な、お話をしてしまい、申しわけありませんでた。
また、素晴らしい、お話、宜しく、お願いします。感謝敬白、合掌、拝。

1227a hope:2012/02/23(木) 17:16:40 ID:kcv2QXTk

ももんがさま

コメントありがとうございます。
住職さまは、健在ですが、今は御隠居されました。

坐禅の後にされていた法話のノートの中に、住職さまがどのように、
「只管打座(しかんたざ)」を説明されたか、わたしが書き写してありましたので、
紹介しますね。

>>只管打座(しかんたざ)― 自分が今、坐禅をしているなどと思えば、もう坐禅の外にいる。
無になり木のように自分をなくす。外の音も耳で止めて、脳まで行かせない。
目で見ても脳までいかせない。<<


わたしは、非常に変わった主婦なので、この住職さまのお話と坐禅を、毎回楽しみにしながら、
お寺にに通っていました(笑)。

1228役行者:2012/02/23(木) 17:54:29 ID:KYSDkuqI
 ももんが様

 >和尚様は、たぶん、工事の音に成りきれば、只菅打 坐できるということではなかったかなと思われま す。
  私の師は、78歳で痴呆の症状がありましたが、最 後まで、坐禅を捨てない人でした。
 最後は、坐禅して死を向かえました 。宗教とは、かくあるべきと、何時も、思います。<

 弘法大師空海しかり、やっぱり宗教家は寝て一畳、座って半畳・・・その座って半畳にて、死を迎えとうございます。
 

 我が祖(^_^;)
 役行者は、かくも天にそのまま上がったという伝説が・・・まるでキリストさまなのですが、真相は如何に!

          合 掌

1229ももんが:2012/02/23(木) 18:31:26 ID:XXCuaQns
>>1227
a hope様


a hope様、御返事ありがとうございます。感謝合掌、拝。

a hope様の所の和尚様の御言葉も、私の所の教えも、コトバの表現は違いますが、同じ事を言われています。

<<只管打座(しかんたざ)― 自分が今、坐禅をしているなどと思えば、もう坐禅の外にいる。
無になり木のように自分をなくす。外の音も耳で止めて、脳まで行かせない。
目で見ても脳までいかせない。>>


『外の音を耳で止めて、脳までいかせない』変わった表現されてますが、

様は、『雑念が起こっても、外の音や見えるものに心が動揺しても、そのままにしておく』と言う意味です。

そして、気付いら、心をとって返して、慣れない内は自分の息、あるいわ、数息観、公案に、心を置き、専心して、行く内に、自然とa hope様の所の和尚様言われた只菅打坐の状態になります。

<<『自分が今、坐禅をしているなどと思えば、もう坐禅の外にいる。
無になり木のように自分をなくす』>>

私どもの所は、同じ曹洞宗でも、公案を用います。


何が、違うかは、口で説明しても難しいものがあります。長年、只菅打坐をされていた、本山の女性の方も、公案をして“見性”されて、初めて、心の蟠りを解消出来たそうです。

見性することで、坐禅だけでなく、色々な物の見方が、変わる事は、間違いありません。

只菅打坐だけでも、悪くはないのですが、自分とは何かと本気で知りたい方は、このほうが、良いと私は思われます。


すいません、また、永く説明してしまいまして。
参考程度に聞いてください。
お話聞いてくださり、ありがとうございます。感謝敬白、合掌、拝。

1230ももんが:2012/02/23(木) 20:08:32 ID:XXCuaQns
>>1228

役行者様


役行者様、コメントありがとうございます。合掌、拝。(^_^)


役行者様、掲示板での活躍、凄いですね(^_^)


私は、悪者モモンガですから、そのイメージーを崩さないよに結構努力してるでけど、やっぱ、ダメですね(^_^)


役行者様は、修剣道士なんですね。凄いな〜(^_^)

尊敬しますよ。

酒井和尚の本読みましたが、酒井和尚クラスになると、悟りのコトバが、たくさん出て来て、読んでるだけで、ありがたいです。

役行者様は、人と人を繋ぐ力、本当に素晴らしいと思います。

此からも、色々と御指導ください。よろしく、おねがいします。感謝合掌、拝。

1231SAKURA:2012/02/23(木) 21:40:54 ID:FEa/NNlc
トキ様 へ
皆様 へ

【幸福を招く365章】
■何が神の導きであるか

心に催して来るところの何(ど)の考えが神の導きであるのだろうか。
唯一つしか催して来ないならば問題ではないが、
ああもしたい、こうもしたい、どちらが神の導きだろうかと迷う場合に、
自分の我の迷いと、神の導きとを区別する示標は何処にあるのだろうかと
尋ねられることが往々ある。
それを見分ける志標となるのは斯うである――
神は全ての全てであるから、
全ての幸福のためにとて発表されるものは神の導きであり、
自分だけの利益のために発表されるものは、 我の導きである。
愛の導きは神の導きであり、 我欲の導きは迷うの導きである。
自分が計画しても故障が起こって面白く行かないものは神が
それを引止めるものとしれ。
                     (谷口雅春著)

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

初めて!仕事を始めました時は、「祈り…」?
1)唯一!仕事が順調にいきますように〜〜〜〜〜☆
2)月々の収入が?安定しますように〜〜〜〜〜☆……?
当時の“私”は、ただ〜ただ〜♫ 素直?純粋な?気持ち…にて「祈り…」ました。

その頃の“私”……30代前半で、ただ不思議なのです〜〜♫〜〜
「聴覚障害のハンディ−」がありましたが?“縫製をして下さる方”…
日常にてさりげない事でも?“手助けして来る方…”が、自然と寄ってきました。
そして、当時の私は、「彼女達に収入を上げないと…いけない!」……
その「信念…」で、販売に携わりました…。
■一生懸命“がむしゃら〜〜♫”に……日本列島?全国横断物語……ウフフ

ブレイクしますが…
「現総裁先生御夫婦…」講演にて、日本各地へ活動されていますが、
その“労力”“体力”…大変なものです…ネ!

今!思えば、これは本当に“欲のない私達”……
仕事が、楽しく〜〜ルン〜〜ルン〜〜♫ バタ〜〜バタ〜〜♫
午後3時前後から…彼女達が…“仕事”をもらいに来るのです…。
そして、夕方まで??“御主人の話とか?愚痴とか?”を…
聞いてやったりして…「ストレス!」を発散できるような体制の場所でした…。

次第に、人が増えていきますが…… ><振り返りますと?
その時の私達は、一番【雅春先生の御教え】を…護っていた様にいます…。
思えば、亡き父も…「一番…祈り」に徹していました様に思いますが?
「収入…」が、どんどん増えて行きました。彼女達の顔にも…スマイル!!
無欲?と申しましょうか…

■やはり!世のため…人のため…でしょうか???

さて!現在の私?〜〜〜“欲張り…”なんでしょうかしら〜〜ン?
何故って!!「たくさんの…祈りの願い事…」が…… ウフフ
これを【一つに集中】する事も大事でしょう!!

今!計画してる事は、もう一度“再確認…”して……
更に「祈り〜〜〜に!祈り〜〜〜に!神様に委ねます…。」
世の為!!人の為!!どれ位の事が出来るかが〜〜〜難しいですネ! ><

今日は更に!「吸血鬼・ゾンビ軍団…の美点」を探してみようと思いましたが?
彼ら達を、実際よ〜〜く知らないです“モノ”…
ですから?いくら探し〜〜探し〜〜ても“美点”が浮かびません“モノ”…

私達も?のせられて、同じように“悪口を言えば…”どうなるのでしょうか?
又!又!【同じ繰り返し…】です〜ョネ??
もう〜〜〜〜〜【悪口・被害者意識…」考える“ヒマ”がないと思いますと…
急に!元気パワ−になり、そこを“飛ばせば〜〜云い事”と思いましたが…
この様な【考え方】になりましたが…!
唯今〜〜〜トライ!トライ!で〜〜す。
                             再合掌

>トキ様 へ

昨日の「素敵なお話…」私自身の感想は…??いい〜〜〜〜なぁ☆〜⋆
私の「☆の王子様」も、きっと!何処かで!私を見守っていてくださるの〜〜〜?
きっと!きっと!そうなのだわ〜〜〜〜ァ!何となく?思ってしまいましたが…
何となく「夢の世界」です〜ネ?  ウフフ

今日は?私の体験も踏まえて「回想…」してしまいましたが…??
「トキ様…」現在私ども“アドバイス”して頂いておりますので…「今日の言葉」…
“ピッタリ…”です〜〜ネ!
本日は?「トキ様…」どのように解釈されましたでしょうか??

1232役行者:2012/02/23(木) 22:33:32 ID:KYSDkuqI

 ももんがさま


 >私は、悪者モモンガですから、そのイメージーを崩 さないよに結構努力してるでけど、やっぱ、ダメで すね(^_^)<

 
 段々と、悪者の化けの皮が剥がれてますよ(^。^;)

 > 役行者様は、修剣道士なんですね。凄いな〜(^_^) 尊敬しますよ <

 私も段々と、修剣道士の化けの皮が剥がれつつあります(/_;)



 >酒井和尚の本読みましたが、酒井和尚クラスになる と、悟りのコトバが、たくさん出て来て、読んでる だけで、
ありがたいです <


 下記のような記述が本流掲示板でありました。



 >燃えなかった「甘露の法雨」 NEW *(7037)
日時:2012年02月23日 (木)
名前:山崎

 ≪昭和四十年八月三十一日 焼津市のある火葬場で 奇跡が起こった 。
 1200度の高熱を出して 燃える火葬炉の中から 『甘露の法雨』が焼却されずに 原型を残して発見された。≫

 同じようなことが本日起こりました 。
 私の姉婿さんが亡くなり、本日葬儀がありました。 姉は、比叡山の千日回峰行を2度萬行されてる 。
 酒井雄哉阿闍梨さんが回峰行に使われた藁草履 をはかせて納棺。骨拾いの時、引き出された火葬 炉の台の上にわら草履は全く燃えず残っておりま した。ただ一同、こんな事が起きるのだと驚きま した。
 これは前の「甘露の法雨」の件同様、言葉で は説明出来ない現象でしょう。
 改めて昭和40年に起きた事実を再認識しました。<


 上記の酒井阿闍梨のことと思いますが、私も心より尊敬しております。
 やはり宗派を越えて、ホンモノとのお付き合いをしてゆきとうございます。
 真理の神髄は心に響きます。

          合掌

1233役行者:2012/02/23(木) 23:03:17 ID:KYSDkuqI

 それにしても、ももんが様は何者ですか?

 察するに、禅の一流の大家のところで独参されているようですよね!
 縁がなければできることではありません。
 野暮な話はここまでにして、
是非、今度機会があれば、神想観と座禅、というようなテーマで、我々に瞑想の世界の素晴らしさをお教えください。

 安谷老師のコトバを引用され、雅春先生による公案解釈論の是非を問うほど、禅の世界を知り尽くされておられるのだから、存在さえ知られれば、きっと現総裁先生からお声がかかるかと存じます。

 奥深い禅の世界が開陳される天の時がくる日を、楽しみにしております。

         合 掌

1234ハマナス:2012/02/23(木) 23:13:36 ID:u5mC.eb2

神の子のみなさま
ありがとうございます。

   潜 在 意 識 の 浄 化 法  (『新版 生活の智慧365章』P.74より)

 過去の不愉快な事柄を全部自分の心から放ち去ろう。誰が何時、何処で何をいったとか、
何をしたとか――そんなことを常に心にもって心をけがしていて、それで光明思想の信者
だと言えますか。怒り、憎しみ、悲しみ、軽蔑、屈辱・・・そんな事で心を傷つけるのは
馬鹿馬鹿しいではありませんか。人間の幸、不幸は、物質の多寡や、環境境遇によるので
はなく、自分の心を平和に愉しく快適に保つことによって得られるのである。現在意識
から一切の怒り、憎しみ、恨み、悲しみ、屈辱を棄て去るだけでなく、潜在意識に印象
されているそれらの不快な想念感情を綺麗に拭い去ることが必要である。
その為には神想観して次の如く、神の愛につつまれている自分を、心に強く深く念ずるが
良いのである。――
 
 「神の無限の愛われにふりそそぎ、われを取り巻き、吾を無限の愛をもって抱きしめ
給う。神はわがすべての罪をゆるしたまい、すべての罪を悉(ことごと)く“無”に
まで粉砕したまうたのである。わが罪は悉く”無”にまで粉砕されたのである。われは
一切の怒り、憎しみ、恨み、悲しみ、屈辱等の傷は悉く消え去ったのである。
ありがとうございます。」


潜在意識の浄化するために、各教化部や道場では、神想観とともに、浄心行が
行われているのですね。

感謝合掌

1235役行者:2012/02/23(木) 23:50:06 ID:KYSDkuqI

 イヤハヤ、またもや、ももんが様へ 

 >〜”にごりなき、心のみづにすむ月は、なみもくだ けて、ひかりぞとなる“〜
 この一句はを聴くと、私の心と、ピッタリ一致し て、心を洗いだしてくれるようなそんな様に、私 は、感じ捉える事がでて、大好きな御歌です 。
 
 あと
 〜うらをみせ、おもてをみせて、散る、もみじ。〜
  これは、良寛様の御歌ですが、これも、“心”を見事 に表現しているので、大好きな歌です 一<

 禅の大家の方々は大抵、月がなぜか好きなのですよ。
 空海、明恵上人、栄西、道元、江戸時代にいたり、沢庵禅師、良寛さま、白隠禅師、幕末の清水の次郎長にもっとも影響を与えたことで後世有名になった山岡鉄舟翁などなど

 かく言う私も月が好きですが・・・この場合、道楽にて(#^_^#)


 それにしても、良寛さまのお言葉、身に染み入ります。
 何とも味わい深いです。
 
 私も大好きなんです。
 良寛さまには、何とも云えぬ魅力を感じます。

 
           合掌

1236役行者:2012/02/23(木) 23:55:10 ID:KYSDkuqI

 あっ、山ちゃん1952様が以前、紹介して下さった江戸時代の慈雲尊者も魅力的です。

 おやすみなさい。

1237a hope:2012/02/24(金) 12:38:25 ID:kcv2QXTk

人生読本 谷口雅春著

「生き生きしさ」を出せ


大発明家で、人の真似をした人はありません。
真似をしたものはもう発明ということはできません。

大芸術家で人真似をした者もありません。
人真似はもう芸術ではありません。

お手本や先生の絵を見ても、その形ばかりを真似してはなりません。

どんなに伸び伸びと思うままに、あるがままに、そのままに、
自分のうちにある「生き生きしさ」をその手本は出しているか、
その先生の絵が出しているか、その「生き生きしさ」を出すのには、
どんな心になるか、その手本を書いた人の、先生の、心になって、
自分自身の「生き生きしさ」をそのまま出すようにしなければなりません。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――


みなさま こんにちは

本当に、あと、1週間で2月が終わってしまうのですね!

ところで、ももんがさまと、役行者さまが、仏教(禅)のお話を楽しそうにされていますね。

役行者とは、もうこの掲示板でかれこれ、半年ほどお付き合い(?)させていただいていますが、
やっぱり、すこし不思議なお方ですよね。
お名前も、変わっているな〜と思っておりましたが、
さきほど調べたら、役行者=(えんのぎょうじゃ) と、読むのですね!
さらに、実在された人物なのですね!

アホの a hopeは、昔のお役人様をそう呼ぶのかと勝手に思い込んでいました。
ですから、役行者さまは、どこかの役所にお勤めされている方なのかと思っていたのです。
だって、お役人様みたいにいつも落ち着いて、冷静に物事に対応されていますし...

まだまだ、勉強が足りない a hopeですね。
役行者さま、大変失礼いたしました。
これからは、これまで以上に尊敬させていただきます。

これからも、こんなアホのわたしですが、どうぞよろしくお願い致します。

1238ハマナス:2012/02/24(金) 16:00:50 ID:u5mC.eb2
皆さま、ありがとうございます。
今日は、日差しが暖かいです。

二月二十四日   心の眼ひらく日  (『光明道中記』より))

 大自然に心が無ければ、大自然より発生した人間に心を生ずる筈がない。
                     (『生命の實相』第十九巻)
 
美しく開く春の花を見るにつけても、その美しさを味わう心の不思議さに驚異される。
天地自然がどんなに美しくとも、若し吾々の心に「美」が宿っていなかったら、天地
自然の美は存在しなかったであろう。天地自然の美、梅の花、桜の花、桃の花・・・
の美。それら凡てを味わうことの出来る「大いなる美」が人間の心に宿っているのである。
人間は美しきものなのである。若し「人間」の知覚力が分析的な測定機の様な顕微鏡的、
機械的装置に過ぎない物だったら、吾々はどんな美人をも粗面の醜婦と観、どんな美術品
もだた空間(あき)だらけな分子の機械的な集まりとして観たであろう。機械的は心に
観られたる世界は機械的なものに観える。そこには「美」は存在しないのである。
吾々の見る世界が美しく観えるのは、吾々が「美しく観える」立場から万象を見ている
からである。吾々は最も美しく観える寸法に於て人間を観、天地自然を観ているのである。
美は吾々の観る心によってのみ発掘される。ものを暗く観る立場から観ている者は盲人
である。
 
先ず心の眼を啓くことが第一である。心の眼明るければ世界は明るく、
心の眼瞑(くら)ければ世界は暗い。


感謝合掌

1239復興G:2012/02/24(金) 20:17:16 ID:ojEbkDH2

>>1225
ももんが様。

ご丁寧なレス、ありがとうございます。
私、昨日は一日中いろいろありましてバタバタしてましたので、夜は疲れて寝てしまい、今日もいろいろあって、お返事遅くなりました。

ももんが様が>>1215
>『生命の実相』で、私が、読んでいて、時代に合わない実例もあると言ったは、……中略……だからて、『生命の実相』を読まないわけでは、ないのです。生命の実相は、読む事で、心が洗われる、現れるように感じますから、やはり、良い本です。<

 とおっしゃっていることに対して、私は

<私にとっては、『生命の實相』は「やはり、よい本です」などという程度のものではありません。>

 と申し上げました(>>1220)。私はももんが様が「『生命の實相』は、不完全だけれどもまあまあよい本と言える」程度に軽く見ておられるように誤解してしまったようです。

 ももんが様は、>>1225

<私が、上記の表現の中で、“良い本です”と言った前の、語句に、“心が洗われる”と“現れるように感じる”との語句を読んで観て貰うなら、私が、“良い本です”の意味の心底を御理解していただけたハズです。私は、“深層意識で生命の実相を読んでおります。”……私が、“良い本”と言ったのは、”心を澄みきった状態“に常にしてくれるコトバの有る本と言う事です。私の表現が、足りなかった事を、深く御詫びします。>

 と、お答えくださいました。
 よくわかりました。私はももんが様のお気持ちをよく受けとっていなかった、ちょっと誤解していたかと思います。お詫びを申し上げます。

 しかし私は、『生命の實相』のすばらしさは、「物質は、無い。現象は、無い」と自らを死にきって、光そのものとなって永遠の生命が輝いているところだと思っています。

 「現象界に出てきた本には誤植もありえますし、科学的知見などは時代的に合わなくなっていることもありましょう。」と、私は>>1220で書きました。
 しかし、『生命の實相』に多少の誤植があっても、また科学的知見が時代的に合わなくなっていることがあっても、そんなことは、ロダンの塑作した「鼻欠け像」は鼻が欠けていても永遠生命を表現しているから却って魂を打つものがあるように、それは全く『生命の實相』の値打ちを損ずるものではないと思っています。
 『生命の實相』第14巻(倫理篇)78〜79頁には、次のように記されています。

 <優れたる芸術家は、時間空間のスクリーンに投影されたる形象だけを捉えるものではない。時間空間のスクリーンに投影されたる影をそのまま実在するものとして、精確にその寸法を測定し重量を秤量し、その間の法則をとらえるのは科学者の仕事である。芸術家は影をそのまま実在として観ないで、影の奥にある生命を、実相生命を、把むのであります。だから、芸術家は凹凸きまざまの不細工な顔の奥にもその実相生命の美を捉えて表現する。ロダンの作った「鼻欠け像」は形そのものとしては美はないけれども、実相生命が捉えてあるから、そこにわれわれは生命の美を感得するのであります。言い換えると、ロダンは、形の上では鼻欠けを塑作していても、鼻の欠けていない実相を塑作していたということができるのであります。さらに言い換えると、「欠けている鼻はない」ということを現象の上では「欠けている鼻」を塑造しながら表わそうとするのが優れたる芸術家なのであります。ここでは芸術家は実際は宗教家であるといえるでしょう。医者なら「鼻欠けを「鼻欠け」として見る。芸術家は「鼻欠け」を「鼻あり」として見るのであります。そしてあらゆる生活上の態度において「欠陥ある現象人間」を見るに、ただそれを欠陥なき神の子としての人間として見よ、そこに欠陥なき人間があらわれて来るであろう──というのが「生長の家」倫理学の中心となる誡命(いましめ)であります。それは生活における芸術的態度といわれるでありましょう。>

 と。宗教は生命芸術であると言われます。ロダンの鼻欠け像のように、欠陥を見せながら欠陥のない実相生命を鳴りひびかせて、神の生命を表現している。
 誤植をなくし、科学的知見を今様に新しくした本を書いたとて、永遠生命が表現されなかったら、人の魂を打つものではなく、救いにはならないでしょう。
<つづく>

1240復興G:2012/02/24(金) 20:17:50 ID:ojEbkDH2

<つづき>
>>1220で私は
 <残念ながら、谷口雅宣総裁のご文章で、そのように魂が共感して打ちふるえるような喜びを感じたことは、ございません。>
 とも書きましたが、雅宣総裁のご文章は失礼ながら、科学者のお仕事のようで、実相生命を把み表現する芸術家・宗教家のお言葉とは感じられません。新しい科学的知見を採り入れた話をされても魂に響かないのは、そのためではないのでしょうか。
 科学的知見は古くなっても、やはり『生命の實相』にこそ生長の家大神が鳴りひびいていらっしゃると私は感じますから、『生命の實相』をこそ大切にしたいと思います。

 私はもう肉体は80歳に届くのも遠くない年齢になりました。しかし、「生命に死はない」ということが、『生命の實相』を読むことによって確信できるようになったので、毎日希望に燃えて充実した日々を送らせて頂いています。『生命の實相』に触れなかったら、とっくの昔に死んでいたでしょう。

 『訊け』ブログ管理人様は『生命の實相』に触れて、事業が好転する奇蹟的な体験を得られたそうですし、
 a hope 様は 「『生命の實相』の実例が「時代に合わない」、とか「遅れてきている」とは全く感じませんでした。むしろ、とても新鮮な感じがしました。聖典というのは、どんなに古いものでも、心から真理を求めている者の魂には必ず深く響くもの、そういうものなのではないかと思いました。」とおっしゃっています。

 『生命の實相』がなくなったら、「生長の家」は「生弔の家」になってしまうでしょう。
 神さまが始められたという「生長の家」の運動に、そんなことがあり得るはずはない。

 「組織板」の方に、「春らんまん」というHNの方が登場され、面白いことを言ってられますね。

<私は、必ずやいつか、現総裁は尊師の説かれた御教えによって救われる、実相顕現する、と信じています。(また、そう願わずにはいられないのです。)
 それは、いつになるか、わからない。今生で叶わなければ、来世かも知れない。しかし、いつの日にかきっと、真理に目覚められると疑いません。……
 私見ですが、私は現総裁は必ず現世で真理を体得されるはずだと考えています。……現総裁が、自らの体験発表を熱く語れば、講習会は大盛会となりますよ!>

 いやー、このようなことを発言する人が出てきたとは──いや、びっくりです。悪い意味ではありません。思ったことを率直に発言される、若い人はすごいことを言うなあ、と感心して、びっくりしているのです。私などは、畏れ多くて、そんなことは仮に思っても言えませんから──。
 これも、神さまの配剤かも知れないと思います。

<3/1の立教記念日に、"私はやっと、悟りました!!!"宣言と大懺悔を致して頂く、というのが理想では御座いますが、それまでに本当に総裁ご自身が変われなければ、上告の書類は7週か8週かけて(再審するか)調査されるようですから、2ヶ月後に"不受理→完敗"までに、なにがあっても、総裁に目覚めてもらうしか、ないのではないですか? それしか、組織全体が救われることはないのではないかと思います。
 また、組織が壊滅しても、"神の意志"として、受け入れなければならないのではないでしょうか。
 私は、1/31の結果を聞いた時、(生長の家の現教団の崩壊開始の時)
 ≪ 戦 後 民 主 主 義 の 終 焉 ≫
 と、喜ばしく思いました。
 "日本の夜明けぜよ"の竜馬の気分になって、裁判所から帰宅したものでございます。
 もともと、尊師が手押し車に1000部から自費発行して始まったではないですか。その原点に帰れば、必ず、やり直せますよ。再合掌>
(組織板・春らんまん様のコメントより)

  ──共感するところ、大いにあります。

1241復興G:2012/02/24(金) 20:45:12 ID:ojEbkDH2

 上記、
<組織が壊滅しても、"神の意志"として、受け入れなければならないのではないでしょうか。私は、1/31の結果を聞いた時、(生長の家の現教団の崩壊開始の時)
 ≪ 戦 後 民 主 主 義 の 終 焉 ≫
 と、喜ばしく思いました。>

 と言うことは、教団崩壊を喜ぶということではなく、役行者様も前におっしゃられていたと思いますが、こういう大激震が起こって、それを契機に必ず一層よくなる、神意が実現するのだと信じるということであります。

1242ももんが:2012/02/24(金) 20:45:55 ID:XXCuaQns
皆様、トキ管理人様、こんばわ。何時も、つまらない、お話にお付き合いくださり、ありがとうございます!合掌、拝。

本日は、良い天気で、私は、日々の行事に追われておりました。さて、本日も、つまらないといいなが、お話を一席させてくだい。


〜白隠禅師の乳もらいの話〜

>>『駿河の国に過ぎたるものが二つある。一に富士、二に白隠』と歌われるほど、原の白隠は有名な禅師であります。
その白隠様の住持した松蔭寺の門前に豆腐屋がありまして、豆腐屋夫妻は、白隠禅師を生き仏のように尊崇し、禅師のために犬馬の労を惜しまなかったとそうです。さて、その豆腐屋に年頃の一人娘がおりました。一人娘なので、良い婿を迎えて家業を継がせようと思っていましたが、中々良い婿が、見つからないでいました。幸いに、良い婿の候補が見つかりましたが、娘は、『イヤ!』の一点張り。いくら説得しても、『うん』と頭を縱に降りません。両親はこの良縁を逃してはと思うほど親は娘にヤッキに成ってあたる。親がヤッキなればなるほど娘はノイローゼが高じて来て、泣き出し、部屋に籠るようになるのでした。
そんな、ある日『ども娘の様子がおかし』と母親が気付きさぐりを入れると、案の定、娘は身ごもっていました。父親はその話を聞くと母親が、止めるのも聞かずに『相手は誰だ?』と娘を詰問しました。娘は、始めは黙っていましたが、いきり立つ父親の権幕に恐れて、つい、『相手は、白隠和尚様です』と、呟くように言った。日頃両親が、白隠禅師に深く帰依していたので、禅師の名前を出せば父親の勘気がとけるのではと娘は思って口を滑らせたのでした。
誠に浅はかな娘の考えだった。何も知らない、父親は、相手が白隠禅師と聞いて、怒りは新たな爆発を誘って頂点にたしました。爾来豆腐屋は、ぷっつりと寺と門をくぐらなかった。やがて、月満ちて、豆腐屋の娘に男の子が生まれました。豆腐屋はその赤ん坊を抱きかかえ、白隠禅師の居室におどり込むように入り、見台に向って祖録をひもといている白隠禅師に向かって『和尚!この子におぼえがあろう。生き仏だと思って仕えて来たのに、娘と不義をなすとはあきれはてた糞坊主。大事な娘をキズものにして一体どうしてくれるんだ。さぁ、手前の子は手前で育てろ!』と赤ん坊を放り出すようにつき出し、足音あら立て去っていった。白隠様は、一人『暫く姿を見せないと思ったら、この事だったのか?』白隠様は一応事は察しがついたが、さて困った、何しろ女手の無い寺のことであり、また、不義の子として押し付けられたのだから人手に委ねるわけにいかないかった。泣けば抱いてあやし、むずがればおむつを取り替え、汚れた物を洗濯する。白隠は誰にもたのまず、みんな自分でやってのけた。ただ困ったのはお乳。白隠禅師は赤ん坊を抱っこして、村々を貰い乳して歩いた。白隠禅師にたいする、世評は一転していて、生き仏は、スケベ坊主に転落し、尊敬は、侮蔑にかわった。
『オラの大事な乳、あんな生臭坊主にくれたかねだが、赤ん坊がかわいそうだで、仕方なしにくれるだよ』『偉そうな顔しやがって、陰で女はらませるスケベ坊主、顔も見るのもけがらわしい』
村の人々は憎しみ、侮蔑、蔑みが痛いほど感じられる中を、白隠禅師は平身低頭して乳もらいに歩いた。
一方、豆腐屋の娘は、父親に責められて白隠様の名前を出してしてしまい、事態が全く予想もつかない方向に進展し、気が気でなく、白隠様に申し訳ない気持ちでいっぱいなのと、赤ん坊の事が心配で仕方がなかった。たまりかねた、娘は、ついに父親に一切を白状した。ビックリ仰天した父親は、『こりゃ、とんでもないことをした!』と、松蔭寺に駆けつけ『いや、はや、何とも申し訳ございません。高徳の禅師様にとんでもない濡れ衣を着せて…この通りでございます。平にご容赦を』と、畳に頭をすりつけて詫び入った。
白隠様は『そうかい。父親がわかったか。そりゃ、よかったのう。』と淡々と答えるだけだった。<<




上のお話中々、面白かったでしょ。白隠様は、濡れ衣着せられても『言い訳しない姿』は、大変、宗教者として優れた所みました。
世間の人々とは、豆腐屋の両親と同じで、噂や証拠などを見えるものに捕らわれてるものですね。

では、では、皆様、本日は、ごゆっくり、おやすみないさいませ!ありがとうございます。感謝敬白、合掌、拝。

1243役行者:2012/02/24(金) 21:21:09 ID:KYSDkuqI
 a hope さま
 
 それはそれは、漸く気づいていただきまして<(_ _)>

 確かに役人というハンドルネームだと、味気ないですねσ(^_^;
 違いますから(>_<)ゞ

 役行者、別名は、役の小角(えんのおづの)でございます。
 
 たぶん、山ちゃん1952さまのブログで詳しく紹介していただいていると存じます。

 サーチした結果、役行者ゆかりの葛城山周辺にはときどき行かれている様子が記載されておりますが、とうとう見つけることはできませんでした。失礼!


 奈良時代に活躍した修験道の祖で、行者としては右にでる方はいないと存じます。

 それから、ももんがさま、白隠禅師の逸話、何回聞いても、すがすがしいです。
 ありがとうございます。

1244トキ:2012/02/24(金) 22:23:50 ID:c8ngWMwc
ももんが様

 すばらしいお話を紹介して下さり、ありがとうございました。原典は知りませんでしたが、岡潔先生の本で読んだ記憶があります。
まあ、私のような人間だと、すぐにDNA鑑定をしろ!と叫びそうだし、鑑定の結果は真っ黒という話になりそうです(笑)。

 北欧のイプセンという小説家の作品に「人民の敵」というのがあります。ある街の主要産業である工場が有害廃棄物を出している
事に気がついた医者が、その事を訴えたら、街の人に誤解され、攻撃されるという話です。スティーブ・マックインが、亡くなる直前
に映画化したと聞きましたが、日本では上映されていないみたいです。(確か、彼は石綿から中皮腫になり、亡くなっていると聞いており
ます。)。それを思い出しました。

 ご神示にも、人は誤解する・・・・と書かれていましたが、これを今の生長の家の状態で言うと、たぶん、教団上層部にも、本流復活派
にも、それを言いたい人はたくさんおられると思います。
 それなりに、良心と信仰にかけて、自分の信じる通りに発言し、行動をされているのですが、それが理解されないもどかしさは
多くの人が痛感されていると思います。

 自分の場合は、その誤解をする群衆のほうですが、自分の無知を内省する姿勢は持ちたいとは思っております。

 では、今後とも、宜しくお願いします。

合掌 ありがとうございます

1245ももんが:2012/02/25(土) 06:49:38 ID:XXCuaQns
皆様、お早うございます。本日は、雨模様ですが、本日も、嬉しく、楽しく、明るく、素晴らしい日に、していきましょう!ありがとうございます。感謝敬白、合掌、拝。

昨夜、一昨日と、私への皆様からの心からの御投稿文誠に、心らから、お礼を申し上げます。トキ様、役行者様、復興G様、a hope様、ハマナス様、SAKURA様、誠にありがとうございます。感謝合掌。


明るいコトバを保ちながら、こうした環境に身を晒す事こそ、素晴らしいし、功徳と思います。


これからも、どうぞ、たくさんの事を、教えてくださいますよう、お願いたします。それでは、本日は、雨も降り、少々肌寒いですから、暖かくして、元気に明るく、お過ごしください。ありがとうございます。感謝敬白、合掌、拝

1246a hope:2012/02/25(土) 10:25:20 ID:kcv2QXTk

人生読本 谷口雅春先生著

生命とは「生き生きしさ」


「自分自身の生き生きしさ」――これを自分の「生命」というのです。
「生き生きしさ」が無いものとは、どんなよい恰好をしていても生命はないのです。

人間の死ぬ前と、死んでからと、一分間の違いでどんなに異(ちが)いますか。
生きている時には「生き生きしさ」があったのです。
だから「生命がある」というのです。
それが1分間後には「生き生きしさ」が無くなった――それで、生命が無い――死んでいるというのです。

絵でも字でも、仕事でも、「生き生きしさ」がなくなっては死んでいるのです。
人間も生きていても、「生き生きしさ」がなくなったら死んだも同然です。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

みなさま おはようございます。


役行者さま ももんがさま

>奈良時代に活躍した修験道の祖で、行者としては右にでる方はいないと存じます。<

役行者さまというのは、すごいお方だったのですね!


>私の師は、78歳で痴呆の症状がありましたが、最後まで、坐禅を捨てない人でした。
最後は、坐禅して死を向かえました。<

>弘法大師空海しかり、やっぱり宗教家は寝て一畳、座って半畳・・・その座って半畳にて、死を迎えとうございます。
 我が祖(^_^;)
 役行者は、かくも天にそのまま上がったという伝説が・・・まるでキリストさまなのですが、真相は如何に!<

このようことを、坐脱立亡(ざだつりゅうぼう)というのですね。

いろいろお勉強させていただいております、ありがとうございます。


尚 >>1237のわたしの投稿で、一箇所、役行者さまのお名前に敬称がありませんでした。
大変失礼いたしました。


今日は、雨降りの土曜日です。子どもたちが家の中で騒がしいので、映画にでも連れて行こうかと思います。
それでは、わたしの愛する「生長の家」のみなさま、素敵な週末をお過ごしくださいね!

1247春らんまん:2012/02/25(土) 11:56:20 ID:t/2CXHok
>>1241 復興G閣下

合掌
ありがとうございます。

初めまして。閣下をたまげさせてしまった・不遜の末端信徒・春らんまんでございます。
こちらに御感想いただいていたのを発見し、驚きながら感激致しております。
ありがとうございます。

私が常々感じていたのは、"ジェネレーションギャップ”
と言いましょうか、 
本流派を主張する方たちと、現教団にあまり疑いを感じず
”純先生のお料理のプログ、大好きなんです"
"本流って、何を言っているのかわからないわ”という、
30代から40代周辺の会員の「意識の差」です。

もともと、本流側の方たちは
”尊師の悲願・日本国実相顕現を成就する!”
”愛国書・聖典を護り抜かなくてはならない!”という、
悲壮感を持って行動されたと信じています。

しかし、悲しいかな、その”雄叫び”は、 
『 言 っ て い る こ と の 意 味 が 、理 解 出 来 な い 』
会員さんには、まず、伝わらない。

“現総裁に、ハイ”と中心帰一していますから、
“学ぶ会は悪魔の集団なんですよ”学ぶ会のYouTubeなんか観たらいけませんよ”と言われ、
”ハイ”と従っていたり、PC環境がない方等に、

本流掲示板から泡飛ばして”食わず嫌いをやめて””心ある信徒よ、目覚めよ””
と、必死に訴えても、
徒労である+”本流はいつも怒っている”だとかマイナスイメージが増幅してしまう、
そんな危機感を持ちましたので、
こちらの掲示板でつらつらと書かせていただくようになりました。

一部の方には、私が靖国見真会様を叩いているように思えたかも知れませんが、
学ぶ会の方たちがどんな状況で頑張っておられるか、多少なりとも知っている身としては、
自分の不徳を反省しつつ、
必ずや大激震の後には、”良くなるしかない”と信じて、祈る日々でございます。

今後とも、御指導よろしくお願い致します。

再拝

1248復興G:2012/02/25(土) 13:11:43 ID:ojEbkDH2

>>1247
春らんまん様。

 レスをありがとうございます。
 こちらこそ、今後とも、御指導よろしくお願い致します。

 私は「本流対策室」板の方にも書き込みしましたが、私の実践としては、今朝も基本的神想観をして、

 「神の無限の生かす力わが内に流れ入る……」
 と念ずるときに、「われ」を「総裁」と置き換えて念じ、また
 「もはやわれ生くるにあらず、神のいのち今ここにありて生き給うなり」と念ずるところも、「もはや総裁はご自分の力で生きていらっしゃるのではない。神のいのち今ここにありて生き給うなり。総裁は神にまします、光にまします」と念ずる祈りをしました。

 また、われこそ本流と名乗り総裁を攻撃している方々もまた、自分の力で生きていらっしゃるのではない。神のいのち今ここにありて生き給うなり。神にまします、光にまします──と念じました。

 かく念じて両者互いに拝み合い、大調和のすがたにて協力し合っていることを心に瞑視しつつ、現象的にはおかしいと思うところがあれば、素直にそれを発言してまいろうと思います。光明法語より

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

  七月三日の法語 「ハイ」の無限力

 最も重き言葉は最も簡単なる言葉である。それは「ハイ」の一語である。一切の行為は「ハイ」にて動き、一切の事物は「ハイ」の一語にて成就する。汝、使命を感ぜんか、唯「ハイ、ハイ」とのみ言え。然してこれを実行せよ。然らば必ず成就せん。「ハイ」とは決意である。使命に対する決意である。如何なる困難も、吾使命を感ぜんか、「ハイ」の決意にてその困難は斫り拓かれ、坦々たる大道となる。「ハイ」は汝を自由ならしめる。「ハイ」は実相その儘である。

  七月四日の法語 「否定」の威力

 「ハイ」に対立する最も簡単にして最も偉大なる力は、「否!」である。汝病気ならんか、「否!」と断じて言うべし。病いすなわち必ず癒えん。汝に不幸来らんか。「否!」と言うべし。如何なる不幸も汝を傷つける事は出来ない。最も自由なる人は自己の好まざることに対して断じて「否」と言う。かかる人には如何なる不幸も近づく事が出来ない。世界は如何なる「幸福」でも「不幸」でも自由に販売しているところの百貨店だと言える。それを求める貨幣は「決意」である。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 この法語をかみしめ、実践してまいります。
 ──ということで、迷わず、>>1246で a hope様が謹写して下さいました谷口雅春先生の『人生読本』のご教示──「生き生きしさ」を十分に発揮しながら進みたいと思っております。どうぞよろしくお願いいたします。
 合掌 拝

1249春らんまん:2012/02/25(土) 17:56:31 ID:t/2CXHok
合掌
ありがとうございます。

>>1248

本日、閣下のご投稿拝読後、人生読本をぱっと開けたら、"知恵なき見方"でありました。。。
(あたっているかも、、、と)
ちょっと落ち込みながらしばらく読んだりしておりましたが、
やはり、聖典は素晴らしいですね。

ありがとうございます。

再拝

1250SAKURA:2012/02/25(土) 22:11:37 ID:J86KuXrI
トキ様 へ
皆様 へ

【幸福を招く365章…】
■自己の心を護ること

最も辛く見えるところの境遇や出来事も、
それは一層魂を深めるところの素材である。
秋が来て落葉するように見える時にも、
吾々は嘆いてはならないのである。
落葉する樹ほど春になって美しき花をひらくのである。
寒さが訪れてくるときに、樹木が葉を落とすのは、
外の出来事にのみ生命を労しないで、
内に深くこもって、生命力をいたわり育て貯蔵せんがためである。
外界が荒々しいときには、
人間も外にひろがることを考えないで、
内を守るが好いのである。
自己の心の中に悪い想念はないだろうか、
間違った感情はないだろうか、よく自己反省して見ることである。
そして外の悪想念の吹き込まないように自己の心を守りそだてるべきである。
                             
(谷口雅春著…)


「不利な立場」に置かされた時…
「理…」に合わないことをされた時…
感情が高ぶる時は…
すべてこちらは“悪くない!!”と考え方から、来るのでしょうか…?
そう!相手を非難している時ほど…
“心”がだんだん歪んでくるようです…。

その様な時は…
ただ!ただ!ひたすらに「神を信じる事…」か?でしょうか…!
昨日!「大住職さんとの雑談」しました時に…
“悪”は、其処で改善しますと…そのまま“仏”になれると云いておられましたが…
私はそんなことはないです〜〜〜ョ!
「一つの経文」を唱えるだけで……“仏”に…

「現象界…」では、そうかもしれませんが…??
又!それなりの世界に、それなりの修行があるのではと…「反論!」しましたが…
例えば【十界語句】には、“地獄界”でもそれなりに「10界語句…」があるのだと…?
以前、知人が云っていました事を…思い出した次第ですが?
そうしますと?それなりの【業…】があるわけですから…
【悪い事】を自覚ないままに、“死”の世界に仮に云った場合…??どの様にと???

■「人間が本当に悟る…」事とは…
何処まで〜♫〜何処まで〜♫〜と……思いながらも……
現在!!「吸血鬼・ゾンビ…もちろん黒幕・その背後の大黒幕」…
この【大の悪業…】は、どうなるのかしら〜〜〜〜ンと、思いますと…
“悟り”も、その【瞬間】ではと、思った次第です。

やはり“心の修行”が大事で、今!私に置かれています“環境”を…
「我が親なる神」にゆだねている所なのですが…。
まだ!まだ!「悪想念…吸血鬼・ゾンビもちろん黒幕…etc」の執拗な悪想念を…
吹き込まれない様に、ただ!ただ!…必ず「花が咲く事」を信じて…
きっと〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜と、かたくなに!

■現在の「生長の家」も必ず!「春が来ます…」と…
「天界の神…声なき声…」が、私には聞こえます…。

明日は、早めの【亡き母の49日の法要…】があります…。
又!時間的に〜〜遅くなるかもしれませんが…
でも「亡き母…」が、「素晴らしい世界!」に旅立ってくれます事…
更に!魂の向上…益々、“絆”として私達を見守ってくれます様に…
私も【先祖供養…】は、大事な事なのです…。
今日は、又!寝る前に【お祈り…】を…母に対して…

>トキ様…
身体の具合が…悪いそうですが…
「インフルエンザ」が、こちらでは、流行しているようなのですが…?
部屋を、暖かくして“暖かいモノ”――>雑炊・うどんとか…etc
召し上がられましたら…?
私は、「ほうじ茶の中に梅…」を入れます…。“きつ〜〜い”時はいいです〜ョ!
更に!「セブンイレブン…おでんセット」が、一袋198円で売っています…。
暖めて食しますと…“大根・こんにゃく…”が入っていますし…いいのでは?
急に冷え込んだり、天候が不順のこのごろですので…気をつけて下さいませ。
そして…“お大事に…”

最後に…
>投稿されていらっしゃいます方々・購読されていらっしゃいます皆様…
くれぐれも…“風邪(体調…)に気をつけられてくださいませ…。

                                再合掌

PS;
>トキ様 へ 本日の「言葉…」如何でしょうか?
人間、ネガティブな感情を抱きますと…体調まで…ダウン気味??
この素晴らしい〜〜〜「雅春先生の真理」当に“良薬”と…思いますが?

1251ハマナス:2012/02/25(土) 22:12:43 ID:u5mC.eb2

神の子の皆さま
 こんばんは。ありがとうございます。

   二月二十五日  心美しきに日   (『光明道中記』より)

 心の眼がひらかれなければ実相の国土が如何に美しくとも見ることは出来ないのだ。
・・・三界はただ見る人、見る人自身の鏡である。  (『生命の實相』第十六巻) 

 これは難解な「維摩経」を判り易く意訳して戯曲化した私の作の一節である。
「菩薩心浄ければ浄土浄し」の意味である。浄土と云うのは、何か土の平面的は広がりや、
景色などのように思っている人もあるかも知れぬが、「浄土」と云うのは「世界」であり、
「世界」と云うのは「主観(こころ)の住んでいるところの客観界」の意味である。
浄土とは主観客観全一の存在であり、客観ばかりではなく、主観によって、観る者と
観られたるものとの一体の世界である。孔(あな)ばかりを観ている人には此の世界は
多孔性の世界であるし、塀ばかりを見ている人には、前途見透(みす)かしのつかない
衝突ばかりの世界である。他(ひと)の欠点を探す人には此の世界は孔だらけな
無味乾燥な世界に見えるであろう。棘(とげ)ばかりを見出す人には此の世界は、
針地獄に見えるであろう。我れらは最も美しき心によって世界を見んかな。
  
今日いちにち人の美しさのみを見ることをつとめよう。
  
若しそれが美しく見えないならば自分の心が汚れているのだと反省しよう。

1252ももんが:2012/02/25(土) 22:33:50 ID:XXCuaQns
〜両箇の月(二つの月)〜
曹洞宗には、大本山が二つあります。一つは、高祖、道元禅師が御開山の永平寺と、太祖(第四祖)螢山禅師の総持寺と、二つあるのです。
さて、今回は、螢山禅師とその継承者、峨山禅師のお話をします。

峨山禅師は、比叡山で出家され八年間、仏教学、特に天台教学を修め、その蘊奥(うんのう)を究めた。しかし、真の宗教的安心は学問仏教では得られないことを悟り、比叡山を下り、螢山禅師の会下に投じて坐禅修行にはげんだ。彼は資性英敏にして筋骨たくましい偉丈夫で、見るからに頼もしく、螢山禅師は良い後継者に恵まれた事をよろこんだのでした。
さて、そんな、ある冬の夜、月は中天に明るくさえわたり、山河も、野も里も清らかな月光に照らさた、美しき、冬の夜の事です。

螢山禅師は、ふっと思いついたかように、
『峨山和尚、月に両箇(二つ)あることを知っているか?』とたずねました。
峨山禅師は、
『知りません』
峨山禅師には、何のことやら合点がいかなかった。
峨山禅師が、返事をためらっていると、螢山禅師は、低いが、おごそかな、声で、言いました。

『月に両箇あることを知らずば、洞上の種草となしがたし』(月に二つあることがわからないようでは、曹洞宗の禅法を天下に弘める第一人者と許すことはできない)
日頃にない、きびしい螢山禅師の言葉に、峨山禅師はかつて経験したこともない強い衝撃を受けた。その時、峨山禅師の脳裏に去来したものは―

その昔、唐代の傑僧、香厳禅師は師匠の爲山霊裕禅師から、
『お前は何一つ知らんことないほど聡明博学だが、わしはお前が本で覚えたことには用はない。お前がお母さんの胎内を出る前、西も東も分からんさきのお前自身の一句を聞きたい』といわれ、何か答えると、
『それは眼で見たこと』
『それは耳で聞いたこと』『それは本に書いてある』といって、爲山禅師はいっこうにうけがわない。困りはてた香厳禅師が、
『どうか私のために説いてください』
と願うと、爲山禅師は、
『私が説くことのできるのは私の言葉であって、お前の一句に関係がない』
と、突っぱねる。香厳禅師は、これまで学んだ書籍やノートを取り出して調べてみたが一句も見出せない。呆然自失した香厳は『絵に描いた餅では腹はふくれない』とて、本やノートを焼き捨ててしまい『この世で仏法を学ぶ事を諦めて、一個の凡僧として生き、もうこれ以上きびしい求道の生活に心を労するのはやめよう』と泣く泣く、爲山禅師のもとを去り、田舎へ引っ越したのでした。そこに、禅庵をむすび、周囲に竹を植え、その竹を友として、坐禅にはげんでいた、ある日、道路を掃き掃除していたら、箒のさきにあたたった瓦の欠片が飛び、竹に当たり、カチーンと響いた、その時、香厳禅師は、豁然として大悟したのでした。そして、そこに立ち沐浴潔齋して香を焚き、はるかに大爲山を望んで礼拝して言いました。
『大爲山禅師様。あのとき私に一句を言って聞かせたくれなかったら、今日この喜びは、とうてい体験できなかったでありましょ。大禅師様のご恩は父母の恩にまさるものです…』

この話が、峨山禅師の頭の中を過りました。この瞬間から、峨山禅師の態度は一変しました。慎み深く、修行僧に一如した綿密な行持、きびしい坐禅修行。増上慢は微塵も感じられなくなりました。しかし、半年たち、一年たっても『両箇の月』の疑雲はさらに晴れそうにもない。そして、三年の月日が流れた正安三年十二月二十三日、北陸の空には寒月が凄まじいまで冷たくこうこうとさえわたっていた。その月の光を浴び静かに坐禅に励む峨山禅師の姿を見て、その心境の一段と深まったことをはっきり読み取った螢山禅師は、峨山禅師の耳もとで指をはじいた。それはまことにささやかな音であったが、峨山禅師には、三年間なやみ続けた大疑団を打ちくだく大音響であった。
『ああ、そうだ、このところだ!』と峨山禅師は叫んだのであった。
峨山禅師には、月に両箇あり、といわれた、螢山禅師の心が、はっきりと会得されたのでした。

両箇の月。一つは言うまでもなく、中天に輝く澄みぬいてる月です。
いま一つは、その月の光を放って地上の万物をあまねく照しわたってる光のことであります。
それは、どの仏教教理に精通していても、それが日常生活に肉体化されて、喫茶喫飯から、各自の仕事の上まで、生活万般にわたってその顕現してくるのでなかたら、真の悟りと言えなかっかたでしょ。


さあ、本日も、つまらい、禅のお話に、お付き合いくださり、ありがとうございます。香厳和尚も、峨山和尚も、学問や聖典を最後は、焼き捨てました。
これに、近い内容の事が、生命の実相33巻にありました。
それは、自己に宿る、実相を手にいれる為です。

1253ももんが:2012/02/26(日) 06:52:51 ID:XXCuaQns
皆様、お早うございます。昨日は、春雨の激しい朝でしたが、今日は少し雲っていますが、よい天気です。さあ、本日も、“ありがとう”の生活をして明るい生活を楽しみましょう!ありがとうございます。合掌、拝。

今日は、先日から、とても心に残っていた、ハマナス様の投稿文を再度投稿させてもらいます。

<<1234:ハマナス
12/02/23(木) 23:13:36 ID:u5mC.eb2

神の子のみなさま
ありがとうございます。

   潜 在 意 識 の 浄 化 法  (『新版 生活の智慧365章』P.74より)

 過去の不愉快な事柄を全部自分の心から放ち去ろう。誰が何時、何処で何をいったとか、
何をしたとか――そんなことを常に心にもって心をけがしていて、それで光明思想の信者
だと言えますか。怒り、憎しみ、悲しみ、軽蔑、屈辱・・・そんな事で心を傷つけるのは
馬鹿馬鹿しいではありませんか。人間の幸、不幸は、物質の多寡や、環境境遇によるので
はなく、自分の心を平和に愉しく快適に保つことによって得られるのである。現在意識
から一切の怒り、憎しみ、恨み、悲しみ、屈辱を棄て去るだけでなく、潜在意識に印象
されているそれらの不快な想念感情を綺麗に拭い去ることが必要である。
その為には神想観して次の如く、神の愛につつまれている自分を、心に強く深く念ずるが
良いのである。――
 
 「神の無限の愛われにふりそそぎ、われを取り巻き、吾を無限の愛をもって抱きしめ
給う。神はわがすべての罪をゆるしたまい、すべての罪を悉(ことごと)く“無”に
まで粉砕したまうたのである。わが罪は悉く”無”にまで粉砕されたのである。われは
一切の怒り、憎しみ、恨み、悲しみ、屈辱等の傷は悉く消え去ったのである。
ありがとうございます。>>」


私が、時折感じでいる事と、全く同じです。ハマナス様には、本当に何時も、教わる事ばかりで、ありがたい限りです。

では、皆様、多少御寒いですから、暖かくして、風邪などめしませんように。明るく、楽しく、お過ごしください、ありがとうございます。合掌、拝。

1254役行者:2012/02/26(日) 07:24:18 ID:Smm01I1E

 ももんがさま

 連載で禅の世界で大悟した先達のご文章を掲載下さり、ありがとうございます。
 森羅万象、特に月に魅了されている役行者です。

 ももんがさまのご文章を読んで、自らの悟りの助けになりました。
 このご文章を縁として自己研鑽し、少しでも悟りに導かれるよう、実生活のなかで精進してまいります。

 書物はあくまでも悟りに導かれるための縁なのですね。
 ただ、その悟りの縁となるための書物は仏教界はもちろん、禅の世界にもたくさんありますね。
 確かに内在の実相が一番大切であり、人によっては頼っているすべての書物の記憶を捨てた方が良い場合もあります。その真理の蘊蓄の世界から離れてはじめて内在の実相と感応するのでしょう。この指南は切実に我が身に応えました。ありがとうございます。
 しかし、この公案は全員には当てはまりませんよね。たとえば、大自然の摂理を身体で体得しているのですが、この働きは何なんだと、内在の実相に働きかけている人に、その助けになるような本を愛行したら、一目瞭然として大悟するでしょう。
 また、書物によってもたらされた蘊蓄は何の役にも立たない!ということを教え諭してくれたのも書物を通してですね。
 真理へと指南してくれる書物の大切さを改めて思い知りました。なお一層、生命の実相の大切さを噛みしめた次
第です。
  
 それにしても、指南してくださった先達には何の計らいもないのがよく分かり、禅の只管打坐の世界を少しかえりみれたような気がします。只管打坐を実生活における指針として戴きます。

          感謝合掌

1255復興G:2012/02/26(日) 09:04:08 ID:ojEbkDH2

>>1252
ももんが様。

合掌 ありがとうございます。

>・・・・それは、どの仏教教理に精通していても、それが日常生活に肉体化されて、喫茶喫飯から、各自の仕事の上まで、生活万般にわたってその顕現してくるのでなかたら、真の悟りと言えなかっかたでしょ。<

このお言葉、肝に銘じて精進してまいります。
ありがとうございます。

1256a hope:2012/02/26(日) 10:35:21 ID:kcv2QXTk

人生読本 谷口雅春先生著

生き生きした仕事


皆さん、生き生きした心待(こころもち)で、生き生きした動作で、生き生きした瞳を輝かせて、
生き生きした顔の表情で、生き生きした勉強をしましょう。
生き生きした仕事をしましょう。
生き生きした心でした勉強はよく覚えられ、生き生きした仕事はすべて立派にできるのです。
心が生き生きしていれば万事が生きてくるのです。

世の中は日々に新しいのです。
今朝起きれば昨夕(ゆうべ)とはすっかり変わっているのです。
それだのに自分だけ新しくならなくては、世界の進歩に敗(ま)けてしまいます。
新しくなるとは昨日のままでいないことです。
昨日のままの上に、今日は既に新しい偉さが加わることです。
他(ひと)はどんなに偉くとも、自分はもっと新しい偉さがなければなりません。
昨日と同じ所にじっとしていては世の中に敗けるばかりです。
他のして来たところに、さらに新しい偉さと値打を増そうと心掛けることが大切です。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

みなさま おはようございます。

この、「人生読本」本当にすばらしい神さまの智慧とパワーがたくさん詰まった本だなあと思います。
読むだけで、筆写するだけで、わたしは元気になりやる気がでます。

その力をどんなふうに生活に生かしていけるかが、大切なのですよね!

それでは、わたしの大切な「生長の家」のみなさま、今日も、素敵な一日をお過ごしください!

1257SAKURA:2012/02/26(日) 21:02:18 ID:FEa/NNlc
トキ様 へ
皆様 へ

■幸福を招く365章
   【人を憎めば自分の人格が低くなる】

どんなに熱心に、神想観しようとも、神に祈ろうとも、もし誰かを憎んだり、
恨んだり、呪ったりしている限りは、それは無効に帰するのである。
人は自分が誰かを憎んでいる限り、その憎んでいる相手の高さ以上に
昇ることはできないのである。憎んだり怨んだりしているのは、
その人に執着を持っているのであるから、執着のある所まで
その人の心は降りて来るほかはないのである。
人を憎めば、憎んでる相手と同じ低さまで自分の人格が降りたのであるから、
もう自分は、その相手を憎んだり、軽蔑したりする資格はなくなったのである。
どんな相手に対してでも其人に宿る神性を拝むことにするならば、
自分の人格も亦その神性の高さまで昇るのである。
人に何か、欠点があらわれた場合に、欠点をみるな、「神らしくない所」に
眼をつけるなと云われても、どうも、見えるものは仕方がないのであって、
悪い人は悪いと見えるほかはないと云う人がある。
併し、こんな場合に「悪」の存在を否定しようと思うから難しいのであって、
「悪」はそのままにして置いて、其の人の中に宿る善なる神性のみをみつめる
ようにしておれば、その人の善なる神性はあらわれて、
「悪」はおのずから影のように消えてしまうのである。
すべて「悪」と見えるものは本来存在しないのであって、
それを認めている間だけ現れているのである。
                          (谷口雅春著)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「今日の言葉」は、普段の私達の”感情”の中に、必ずある“モノ”でしょうか?
今の「私の愚痴」?……何故?何故?の…”連続”でしょうか…?

何故〜〜〜?「吸血鬼・ゾンビ達?」は、人の前に、”ぞろぞろ虫”のように、
”執拗”して尾行をするのかしら〜〜〜〜〜ンと…?私の中の”一つの心…”??
私が?自問自答しますと…?
更に!反対の”もう一つの心”…は「そうよ!吸血鬼・ゾンビ達は金で動いている」
「金=尾行=イヤガラセ=プライド…連鎖反応が…」分っている事ですが…
やるせないくらい〜〜><の”募り”が出て来るのです…。
そうなりますと”も〜〜〜う!!”前に進むどころではなくなるぐらい…
「暗闇世界…」にどっぷり入っているような気持ち…!
こうなりますと「人格も…低下」確かにその通りです〜〜ネ!

「今日の言葉」から、”執着”と言えば…いろんな感情があるのだとも分り、
今の私は、なるべく”イヤナ言葉”を吐かない様にして、
「魂の高揚」を高める方に、心を振り向けることが…大事です〜〜ネ!!

「美点」が見えない時は、飛ばして他の事を考えて【仕事に夢中】になるとか…?
一番楽しかった時を、思い出しながら…
思考を、他の事に移動してもいいのではと…
そして私の周囲には【悪は存在しないと思念】をして行こうと思います…。

■認めたことだけが【現象世界に現れるとの事…】
益々!!ないものは〜〜〜ない〜〜〜!!「実相世界」に突入でしょうか???

                              再合掌

PS:>トキ様へ
「今日の言葉」現在の私の「心境……解決策」と申しましょうか?
しかしながら…この心境にならなくては…?思いつつ…??
”心の中”の葛藤が正直有ります。
??思わなくては???してはいけない???こう云う”感情”は、
果たして100%、消えるのせしょうか?この処は、どのように考えれれますか?

1258ももんが:2012/02/26(日) 22:17:20 ID:XXCuaQns
復興G様、役行者様

復興G様、役行者様、昨晩の『両箇の月』御拝読くださり、いつもながら、御言葉賜りましたて、ありがとうございます。感謝合掌、拝。

もとい、教えるなどと言った気持ちは、ありませんから、気楽な気持ちで、お聞き下されば、それで、嬉しゅうございます。

私が、今回、ここで、最も、聞いてほしかったのは、実は、ここの部分で、ございます。

<<その昔、唐代の傑僧、香厳禅師は師匠の爲山霊裕禅師から、
『お前は何一つ知らんことないほど聡明博学だが、わしはお前が本で覚えたことには用はない。お前がお母さんの胎内を出る前、西も東も分からんさきのお前自身の一句を聞きたい』いわれ、何か答えると、
『それは眼で見たこと』
『それは耳で聞いたこと』『それは本に書いてある』といって、爲山禅師はいっこうにうけがわない。困りはてた香厳禅師が、
『どうか私のために説いてください』
と願うと、爲山禅師は、
『私が説くことのできるのは私の言葉であって、お前の一句に関係がない』
と、突っぱねる。香厳禅師は、これまで学んだ書籍やノートを取り出して調べてみたが一句も見出せない。呆然自失した香厳は『絵に描いた餅では腹はふくれない』とて、本やノートを焼き捨ててしまい『この世で仏法を学ぶ事を諦めて、一個の凡僧として生き、もうこれ以上きびしい求道の生活に心を労するのはやめよう』と泣く泣く、爲山禅師のもとを去り、田舎へ引っ越したのでした。そこに、禅庵をむすび、周囲に竹を植え、その竹を友として、坐禅にはげんでいた、ある日、道路を掃き掃除していたら、箒のさきにあたたった瓦の欠片が飛び、竹に当たり、カチーンと響いた、その時、香厳禅師は、豁然として大悟したのでした。そして、そこに立ち沐浴潔齋して香を焚き、はるかに大爲山を望んで礼拝して言いました。
『大爲山禅師様。あのとき私に一句を言って聞かせたくれなかったら、今日この喜びは、とうてい体験できなかったでありましょ。大禅師様のご恩は父母の恩にまさるものです…』>>

特に、本流派、教団派を問わずに、この問題は、是非宗教をやるなら、必ず解決しなければならない問題と思われす。

<<『お前は何一つ知らんことないほど聡明博学だが、わしはお前が本で覚えたことには用はない。お前がお母さんの胎内を出る前、西も東も分からんさきのお前自身の一句を聞きたい』>>

役行者様は、この問題は

<< しかし、この公案は全員には当てはまりませんよね。たとえば、大自然の摂理を身体で体得しているのですが、この働きは何なんだと、内在の実相に働きかけている人に、その助けになるような本を愛行したら、一目瞭然として大悟するでしょう。>>

と言われましたが、そうでは、無く、真に宗教を実践するならば、この体験は、一度はしなけば成らないと、生意気ですが、言わせ頂きます。何故なら、それが、真理だからです。仏教では見性と呼び、カトリックでは霊性と呼ぶようです。

その昔、禅宗の六祖慧能禅師は、学問が無く、文字を読む事も、書く事もできませんでした。だが『金剛般若波羅密経』の誰かが唱える文句を聞いて、廓然と悟りの体験をされたそうです。

これは、『金剛般若波羅密経』が聖典だから悟れたのでしょか?

此れは、慧能禅師の仏性、生長の家的にもうしますなら、『自己内在の生命の実相』と『金剛般若波羅密経』の言葉が、“共鳴”した、一つに成った事を体験されたからでしょ。

先日、復興G様が、”『聖典・生命の実相』を読むと魂が共鳴するよう“と言われたのも、復興G様の心『内在の生命の実相』が、『聖典・生命の実相』の言葉と共鳴したのであって、本来、確認すべき物は、『自己内在の生命の実相』存在を、自分自身が知ることではないかと、思われます。

〜つづく〜

1259ももんが:2012/02/26(日) 22:26:27 ID:XXCuaQns
>>1258 復興G様、役行者様

〜つづき〜


私は、ここ数年、雅春先生の『甘露の法雨講話』テープと山本玄峰老師の『提唱テープ』を聞き比べています。

雅春先生は、英語では『look in to 』と言い、『実相を観る』これをすると、『自己の実相が現れる』そうです。
玄峰老師は、良く、提唱テープでは、『性根玉』と良く使いますが、『生命の実相』の事です。

この様に、違う宗教であるのに、観方が、同じであるのが、本当の『真理』と私は、思うのです。そして、同じ人間であるかぎり、雅春先生だろと、玄峰老師だろ、どこの誰だれだろと、同じ、『真理』を体験出来るが、本当の宗教であると、私は信じます。

そして、『聖典・生命の実相』は神示に有るとうり、確かに、コトバの神殿ではあり、読んだり、愛行する事で功徳を受けるのは、素晴らしいのですが、それでは、御利益宗教と同じに事になりかねません。

私は『聖典・生命の実相』をとうして、『自己の内の実相』を悟り、理解して、神様に、全択できる、様な、生き方を学び、実生活に生かして行くのが、神の子の本来の生き方だと、生意気ながら、思うのです。

復興G様、役行者様、生意気な、私を、どうか、お許しください。私は、本音を言うなら、政治に関わるような、本流派の生き方は好きに慣れません。西洋では、聖母が何度も現れて、警告発する、原子力。神を信ずる、者が、神を裏切る。地球の危機は、生命の危機と思うところです。

では、心使いくださり、ありがとうございました。また宜しくお願いします。
感謝敬白、合掌、拝。

1260ハマナス:2012/02/26(日) 23:23:06 ID:mR2szZkc

ももんが様

ありがとうございます。今日は教区の行事に出掛けてまして、お返事が遅くなり申し訳ございません。

再投稿して頂き恐れ入りました。光明道中記や生命の實相にしても、丁度良いお言葉が書かれてありまして、雅春先生が霊界からお導き下さっているように感じます。

現象は双方が争っているよう見えますが、実相はすでに、大調和しています。
必ず実相が現れ、生長の家が益々、日本国実相顕現、人類光明化の為に貢献するものと信じます。

ももんが様、今朝は、素晴らしい「両箇の月」のお話しをありがとうございました。

雅春先生のお言葉に拝借致しますとと、「真理は頭脳で知っただけでは、神がわがものとはならないのである。全心身をもって体感体得しなければならない。
神が理論上の存在でなくなって、自己の生命そのものとの自覚を得はじめたとき、私たちの生活は変貌しはじめるのである。」と思いました。

真理は生活に生かさなければならない大切な事をお教え頂きまして、感謝申し上げます。
実践して参りとうございます。

感謝合掌

1261ももんが:2012/02/27(月) 07:20:55 ID:XXCuaQns
皆様、お早うございます。今日も、寒いですが、素晴らしい、朝がやってきました!さあ、今日も元気に『ありがとう』をたくさん、皆様の周囲に振り撒き、明るい日にいたしましょ!ありがとうございます!合掌、拝。

ハマナス様、昨晩は、奉仕活動後にお返事くださり、真にありがとうございます。感謝敬白、合掌、拝。お返事は、また、改めてさせて貰います。いつも、ありがとうございます。

復興G様、役行者様も、いつも、心よりの御言葉ありがとうございます。生意気な私ですが、暖かく、接してくださり、心より感謝です。ありがとうございます。感謝敬白、合掌、拝。


さて、最近はと言うよりは、昔から実行はしてましたが、最近、特に、意識て、外食の時も、家でも食べ物に『ありがとう』『いただきます』を気持ちを込めて声だしてあげてます。忘れる事もありますが、やるようにしてます。

では、では、皆様、本日も、明るいコトバを成るべく使うよに勤めて、光明化するように、元気に明るく、生活していきましょ!ありがとうございます。合掌、拝。

1262役行者:2012/02/27(月) 11:44:32 ID:L4NTmRgM
 ももんがさま

 大変、また勉強になりました。感謝!


>その昔、禅宗の六祖慧能禅師は、学問が無く、文字 を読む事も、書く事もできませんでした。
 だが『金剛般若波羅密経』の誰かが唱える文句を聞いて、廓 然と悟りの体験をされたそうです。
これは、『金剛般若波羅密経』が聖典だから悟れた のでしょか? 此れは、慧能禅師の仏性、生長の家的にもうしますなら、『自己内在の生命の実相』と『金剛般若波羅 密経』の言葉が、“共鳴”した、一つに成った事を体 験されたからでしょ 。

 先日、復興G様が、”『聖典・生命の実相』を読む と魂が共鳴するよう“と言われたのも、復興G様の 心『内在の生命の実相』が、『聖典・生命の実相 の言葉と共鳴したのであって、本来、確認すべき物 は、『自己内在の生命の実相』存在を、自分自身が 知ることではないかと、思われます。<


 ご指南、ありがとうこざいます。まさしくその通りと、存じます。『自己内在の生命の実相』を全身全霊で体感することが何よりも大切なことと存じます。
 『生命の実相』という書物ではないですね。
 ただこれら書物は、『自己内在の生命の実相』を体得するための、援助・支援の役はしてくれていると思います。
 つまり、本を通して学で紡ぎ出すこたえでなく、大自然の摂理と感応するための縁を提供してくれる実にありがたい存在と思ってます。
 
 少なくとも私は、大げさに云うと、聖書がなくなろうが、仏典がなくなろうが、『生命の実相』という書物がなくなろうが、宇宙の真理は厳然と存在し、その導きは書物のとおすところではない!と思っています。
 
 つまり、書物が中心ではない、ということです。

 ただ、縁にはなっていただいており、縁は恩であり、私を含め生長の家の信徒一人一人みな香厳禅師ほどの悟りには及びませんが、この書物を縁として人生の何らかの指針になったのですから、大切にしなければならない存在と存じております。

 何回も生まれ変わり、俄然大悟された香厳禅師に対する公案と、我々、一般信徒に対する公案、つまり方便と、比較しにくいところはあります。方便としては、私はご利益信仰もしかりと思ってます。ひとそれぞれ、クリアーしなければならない魂の段階があるかと存じております。
 
 
 >この様に、違う宗教であるのに、観方が、同じであ るのが、本当の『真理』と私は、思うのです。そし て、同じ人間であるかぎり、雅春先生だろと、玄峰 老師だろ、どこの誰だれだろと、同じ、『真理』を 体験出来るが、本当の宗教であると、私は信じま す。<


 まったくもって、異議ありません。


  >『聖典・生命の実相』は神示に有るとう り、確かに、コトバの神殿ではあり、読んだり、愛行する事で功徳を受けるのは、素晴らしいのです が、それでは、御利益宗教と同じに事になりかねま せん。
  私は『聖典・生命の実相』をとうして、『自己の内 の実相』を悟り、理解して、神様に、全択できる 様な、生き方を学び、実生活に生かして行くのが 神の子の本来の生き方だと、生意気ながら、思うの です。<

 このような理念をビジョンとしてますます、『生命の実相』が普及されますことを心より祈っております。

         感謝 合掌

1263ハマナス:2012/02/27(月) 11:55:52 ID:u5mC.eb2
神の子のみなさま

ありがとうございます。
良いお天気になりました。久しぶりに外に洗濯物を出しました。
   

  希望は現実の母    (『新版 生活の智慧365章』P.75)

 「希望は現実の母である」と生長の家の”智慧の言葉“に書かれているのである。
あなたの心の底深く催して来るところの願いは、既に実相鬼於いて成就しているので
ある。これを「みこころが既に天に成る」というのである。それを現実世界に実現
することを「みこころが既に天に成るが如く、地にも成らせ給え」というのである。

 「天」とは「実相世界」のことである。実際、一切の善きものは既にそれが実相世界に
存在するのである。存在しないものを此処に持ち来すのは難しいであろうけれども、
既に存在するものを、「其処から此処へ」というふうにもって来ればよいのであるから、
それは少しもむづかしい事はないのである。それをむづかしいと感ずるのは、実相の
世界に既にそれが成就していることを自覚しないで、「むづかしい」と勝手に自己否定して
しまうからである。


感謝合掌

1264a hope:2012/02/27(月) 12:29:49 ID:kcv2QXTk

人生読本 谷口雅春先生著

生きているものは新しい


生きているものは常に新しいのです。
植木や花をよく見てごらんなさい。
生きている限り毎日毎日生長します。
昨日にない新しさが何か殖えています。
新芽が出るとか、葉が大きくなるとか、蕾ができるとか、何かの新しさが加わっています。

このように生きているものは常に新しいのです。
否、常に新しいからこそ生きているというのです。
常に新しくならないことを死んでいるというのです。

植木や花が生きているかどうかを知るには、常にそれが新しくなっているかどうかをしれば好いのです。
それが生きていれば日に日に新しくなって行きます。
それが死んでいれば日に日に古くなって行くか、ミイラや乾物(ひもの)のようにいつまでも変わらないものです。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ー


みなさま こんにちは

この掲示板の各板で、今、とても有意義な討論や、お話、提案がされているような気がするのは、
わたしだけでしょうか?

まだ、ゆっくり拝見していないのですが、たとえば、SAKURAさまや、ハマナスさまの、聖典のご筆写にしても、
本当に、その時の状況にぴったりのものを投稿して下っています。

ハマナスさまは、
>光明道中記や生命の實相にしても、丁度良いお言葉が書かれてありまして、
雅春先生が霊界からお導き下さっているように感じます。<

とおっしゃっていますが、わたしもいつもそう感じています。


わたしたちは、谷口雅春先生のありがたいお導きのお言葉を、しっかりと心にとめて、
これからも、生長の家人としての恥ずかしくないような、投稿を心がけていかなかればいけないのだと思いました。

1265役行者:2012/02/27(月) 12:44:26 ID:L4NTmRgM

 ももんがさま

 それから、下記投稿文!


 > 私は、本音を言うなら、政治に関わ るような、本流派の生き方は好きに慣れません。西 洋では、聖母が何度も現れて、警告発する、原子 力。神を信ずる、者が、神を裏切る。地球の危機 は、生命の危機と思うところです では、心使いくださり、ありがとうございます。<
 

 政治は、民衆の生活の営みをできるだけよくする機関の役目もあります。ですから、まったく政治に関わりをもたない訳にはいきませんが、私も政治にまつわる作意策略にはできるだけ関わりたくないです。
 たぶん、ももんがさまもそういう類のものはあまり好きではなさそうですね。

 さて、原子力のことなのですが、できるだけ環境に、自然に優しいエネルギーがいいですね。
 人類を危険には晒したくはないです。

 このようなエネルギーを活用し始めたのも、近代文明以降です。もともと、日本は太古の昔から循環型社会を形成して、すべてを生かし、生かされる生活を駆使されてました。


 是非、日本古来の生活法を学ぶ中で、今後の日本のエネルギー政策を考えていただきたいものです。
 大自然とできるだけ調和したエネルギー政策を深く希望しております。
    
          合 掌

1266あさひ:2012/02/27(月) 14:00:33 ID:/3nxKE2Q
ももんが様

>  私は『聖典・生命の実相』をとうして、『自己の内 の実相』を悟り、理解して、神様に、全択できる 様な、生き方を学び、実生活に生かして行くのが 神の子の本来の生き方だと、生意気ながら、思うの です

私も同じように考えております。ただ、言うは易しく行うは難いので、日々努力するしかありません。
 
 感謝 合掌

1267SAKURA:2012/02/27(月) 15:15:33 ID:uZSshw7Y
トキ様 へ
皆様 へ

今日は…“投稿者”の皆様がおっしゃいますように、こちらも“晴天”です…。
やはり、私にとりまして“ネガティブ”になりやすい“雨天…”よりも〜♫〜
なんとな〜〜く 心に“ポカ〜ポカ〜”気分…頂く事の出来ます…
太陽???ひかり“サン〜♫〜サン〜♫〜”がポジティブになりやすい私ですので?
…まだまだ!!“人格形成”改造論…まっしぐら??でしょうかしら〜〜ン??ウフフ
当に!もうすぐ〜♫〜“春…らんまん”〜♫〜です〜〜ネ!

さて!!毎日皆様の“投稿内容”…楽しく拝読させて頂いております…。
そして 【雅春先生著…先生の書物の抜粋文】
各々の投稿者のピックアップが…“面白い”と云いますのが私の感想です…。

人は…その【現状の環境・問題に直面した場合】その時の“心の状態”と、
マッチ致しました文章を、投稿する事が往々にして…存じますが?

>ある投稿者の方が…
「○○の文が神の啓示」に近い…??
この言葉は、ご本人の置かれました状況(環境・問題…etc)近い状況でしょう…?
つまり【類の法則…】と云う事でしょう…。
これは……■ 比較論…■ と云う事になるのでしょうか??
個人的には、比較論は“進歩・向上…”生み出すものが無いものと思います…。

■■雅春先生著の御文章は全てが…【神の啓示…】と思います…。

そして、人は置かれました“心の心境”にて、【雅春先生の真理の言葉…】
感銘します箇所が…変わってくるものと思います…。
それが、個性であり、又!素晴らしい事と存じますが…。

尚…現在の「生長の家…」の討論問題…一番の根本は〜〜〜〜
【人格形成…】から“認める心…からスタート”でしょうかしら〜〜ン?

もう一度!!【投稿】させて頂きます…。
                    <つづく>           No.1

1268SAKURA:2012/02/27(月) 15:16:49 ID:uZSshw7Y
<つづく>             No.2
☆SAKURA1257>トキ様 へ 皆様 へ

■幸福を招く365章
   【人を憎めば自分の人格が低くなる】

どんなに熱心に、神想観しようとも、神に祈ろうとも、もし誰かを憎んだり、
恨んだり、呪ったりしている限りは、それは無効に帰するのである。
人は自分が誰かを憎んでいる限り、その憎んでいる相手の高さ以上に
昇ることはできないのである。憎んだり怨んだりしているのは、
その人に執着を持っているのであるから、執着のある所まで
その人の心は降りて来るほかはないのである。
人を憎めば、憎んでる相手と同じ低さまで自分の人格が降りたのであるから、
もう自分は、その相手を憎んだり、軽蔑したりする資格はなくなったのである。
どんな相手に対してでも其人に宿る神性を拝むことにするならば、
自分の人格も亦その神性の高さまで昇るのである。
人に何か、欠点があらわれた場合に、欠点をみるな、「神らしくない所」に
眼をつけるなと云われても、どうも、見えるものは仕方がないのであって、
悪い人は悪いと見えるほかはないと云う人がある。
併し、こんな場合に「悪」の存在を否定しようと思うから難しいのであって、
「悪」はそのままにして置いて、其の人の中に宿る善なる神性のみをみつめる
ようにしておれば、その人の善なる神性はあらわれて、
「悪」はおのずから影のように消えてしまうのである。
すべて「悪」と見えるものは本来存在しないのであって、
それを認めている間だけ現れているのである。
                          (谷口雅春著)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「今日の言葉」は、普段の私達の”感情”の中に、必ずある“モノ”でしょうか?
今の「私の愚痴」?……何故?何故?の…”連続”でしょうか…?

何故〜〜〜?「吸血鬼・ゾンビ達?」は、人の前に、”ぞろぞろ虫”のように、
”執拗”して尾行をするのかしら〜〜〜〜〜ンと…?私の中の”一つの心…”??
私が?自問自答しますと…?
更に!反対の”もう一つの心”…は「そうよ!吸血鬼・ゾンビ達は金で動いている」
「金=尾行=イヤガラセ=プライド…連鎖反応が…」分っている事ですが…
やるせないくらい〜〜><の”募り”が出て来るのです…。
そうなりますと”も〜〜〜う!!”前に進むどころではなくなるぐらい…
「暗闇世界…」にどっぷり入っているような気持ち…!
こうなりますと「人格も…低下」確かにその通りです〜〜ネ!

「今日の言葉」から、”執着”と言えば…いろんな感情があるのだとも分り、
今の私は、なるべく”イヤナ言葉”を吐かない様にして、
「魂の高揚」を高める方に、心を振り向けることが…大事です〜〜ネ!!

「美点」が見えない時は、飛ばして他の事を考えて【仕事に夢中】になるとか…?
一番楽しかった時を、思い出しながら…
思考を、他の事に移動してもいいのではと…
そして私の周囲には【悪は存在しないと思念】をして行こうと思います…。

■認めたことだけが【現象世界に現れるとの事…】
益々!!ないものは〜〜〜ない〜〜〜!!「実相世界」に突入でしょうか???    
                                            再合掌
PS:>トキ様へ
「今日の言葉」現在の私の「心境……解決策」と申しましょうか?
しかしながら…この心境にならなくては…?思いつつ…??
”心の中”の葛藤が正直有ります。
??思わなくては???してはいけない???こう云う”感情”は、
果たして100%、消えるのせしょうか?この処は、どのように考えれれますか?

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 ☆
上記を、再投稿させて頂きます…。

1269復興G:2012/02/27(月) 20:30:13 ID:ojEbkDH2

 ある誌友会で、講師が『大般涅槃經解釋』をテキストにして、このご本に次のような項があると述べました。
 これは、現在の生長の家の状況において、とても考えさせられることであると思いました。
 『大般涅槃經』の原文は省きまして、谷口雅春先生のご解説文を、2回に分けて謹写ご紹介します。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

  世尊の悲痛な心境

   一切大衆所問品(いつさいだいしゆしよもんぼん)第十七
      谷ロ雅春先生
       (『大般涅槃經解釋』p.114〜117より)

 釋尊の時代にも、釋尊の説法を攻撃した者があつたに相違ないのであります。それだからこそ釋尊は御自分のお説きになる教へを「正法」と仰せられ、御自分の説法にケチを付けたり、攻撃したりする者を「正法を誹謗する者」として、そのやうな者に、布施することはよろしくないとせられたのであります。布施といふのは必ずしも財物を与へることではなく、一切の恵みや、便宜を与へることも布施であります。「正法を誹謗する者」に便宜やら恵みを与へることは、それは布施であつても、讃嘆すべき布施ではないと釋尊はここにおいて強調してをられるのであります。「唯一人を除きて、余の一切に施す。讃嘆すべし」と釋尊は言つてをられる。一方において「一切衆生ことごとく佛性あり」と説いてをられる釋尊が、「ただ一人を除きて」と言はざるを得なかつたその釋尊の心境に到達し得ない者は、釋尊の心の底にある深い悲しみを知り得たものではないのであります。釋尊には弟子が非常に多かつた。そのその弟子の中にはいろいろの業因縁を背負つて生れて來てゐる人たちもあり、釋尊の教へを受けながら、その教へに救はれて、相當先輩の導師となりながら、その教へによつて自然に衣食が與へられるのに満足せず、お陰を得た信者のところをまはつて商品を売りつけて私利をはかつたり、釋尊の教団から脱退して別の教団を立て、その教への殆ど全部を盗用しながら、その表現する言葉の言ひ廻しを一寸かへたり、重大な点一二の別異の説をもつてその表面を塗り替へたりしながら、「釋尊の教へよりも、この教への方が立派であるぞ」と言つて自分への信者集めに狂奔して師を攻撃するやうな弟子もあつたのであります。釋尊はさういふ弟子をも愛してをられた。個人としてはそのやうな自分を裏切る弟子をも讃めてやりたかつたに相違ないのであります。しかし、さういふ弟子を放置したり、讃めてやつたりしてゐると、信者のなかには、釋尊がお讃めになる位だから、あの弟子の新教團は立派なものだらう、釋尊が証言したまふのだからといつて、その重大な点に間違のある新教團に走つてしまふこともある。さういふ分派行動をそのまま放置しておいたら釋尊の人類光明化運動の足並がみだれて、多くの信者が間違つた方向に進むことになる。一人の愛する弟子をかばふために多くの信者を間違つた方向に進ませてはならない。そこで釋尊はそのやうな分派行動をする弟子を、「諸(もろもろ)の善根を滅し」佛性を失つてしまつた淤泥(おでい)のやうな一闡提(せんだい)であつて、明珠(みょうじゅ)の功徳をもつてしてもそれを澄まして清らかならしめることができない者だと、悲痛な思ひをもつて叱責せられたのであります。釋尊の叱責は決して一私人的な、「叛逆の弟子を憎む」といふ感情からせられたのではないのであります。また釋尊はバラモン教の盛んな時代に出られましたのでバラモン教を外道として攻撃せられました。弟子の中には「先生がバラモン經について云々せられるのは自分がバラモンの境地に降りて來て争ふことになるのだから、そんなことをして貰ひたくない。もつと世尊には超然としたところがあつてほしい」と言つた者もありましたが、まことに宗教といふものは一つの統一的な人類光明化運動でありますから、それに分派行動や外道が起るならば、それだけ人類救濟運動の効果が微弱になるのでありますから、教團の運動の統一的効果を期するためには、分派行動者を烈しく叱責する必要もあり、外道に対して判釋の鉗鎚を加へる必要もあるのであります。この場合、その叛逆した愛弟子に封する「私的な愛情」はこれから惑はされるかも知れない多くの人々への「公けな愛」によつて打ち克たれなければならないのであります。
<つづく>

1270復興G:2012/02/27(月) 20:30:54 ID:ojEbkDH2

『大般涅槃經解釋』より
<つづき>

そこに釋尊の悲痛な心持がうかがへるのであります。弟子の中には「釋尊は、もつと寛大な氣持で、どんな悪人と見える者にも恵みを與へる布施を行ふべきではないか。そのやうな布施は讃嘆すべきものである、戒を持つた者だけに恵みを與へ、戒を毀(やぶ)つた者には恵みを與へない、そんなことではこの大教團の世尊としては根性が小さいではないか。持戒といひ毀戒(きかい)といひ何の差別があるか、みんな佛の子ではないか。師たる者は、弟子たるものが新教團をつくつたらむしろそれを祝福してあらゆる便宜を布施してやるべきであつて、さういふ弟子からいろいろに言はれても、それは『みな私の不徳の致すところでございます』と言つてゐてこそ世尊としての大人物さが貫録が却つて賞揚せられるのではないか」と純陀のやうに世尊を批判する質問をする弟子も出て來るのであります。それに対して、
 「唯一人を除きて、余の一切に施す。皆讃歎すべきぢやよ」と釋尊は答へられる。世尊は如何なるときにも「私がわるうございました」などと言はれたことはない。自己を最勝最尊とせられたので、心に自己を「最勝最尊」だと信じながら「私が悪うございます。私の不徳のいたすところです」などと言つたら綺語(きご)、妄語を弄することになるからであります。
 「いかなる人をその“唯一人を除く”といふ部類に属すると言ふのですか」と純陀は更に問ひ詰めて行きます。
 「たびたび經文で説いた破戒の人たちのことを言ふのぢやよ。」
 「破戒の人などといつても、どんな人のことだか私にはわかりません。もつとよくわかるやうに言つて下さい」
 「破戒の人とは一闡提のことを言ふのぢや。このやうな者にはどんな恵みも便宜も布施してはならない。その他の人々に対する布施は皆讃むべきぢやよ。そのやうな布施は大なる果報を受けることになる。」
 「一闡提とはどんな意味ですか」と純陀はたたみかける。
 「もし、宗教人であれ、在家の人々であれ、師に封する恩知らずの麤悪(そあく)の言葉をもつて正法を誹謗し、その重大な悪業を犯しながら悔い改めようとはせず、心に慚愧の思ひを起すこともないならば、そのやうな人を名づけて一闡提の道に趣く者といふのぢやよ。もしまた四重禁法(殺生、不與取、邪婬、妄語)を犯し、五逆の罪(殺父、殺母、殺阿羅漢、出佛身血、破和合僧)をつくり、みづからこのやうな罪が重大な罪であるといふことを知りながら敢てそれを犯して恐怖心も慚愧の心も起さず、佛の説きたまふ正法に立帰って、それを惜しみ護り、その教への中に立つて生きる心がない。そして正法の師を軽蔑して悪口雑言する過咎を犯す者、このやうな人たちも亦一闡提の道を歩むものだ。また佛(師)と法(真理)と、僧(僧伽─教團)を否定して悪口を言ふ者も、また一闡提に趣く者ぢやよ。ただこのやうな者以外の者に布施するのはすべて讃歎すべきものぢやよ。」
 右に釋尊があげられた五逆罪のうちに「破和合僧」といふのがありますが、「和合僧」とは同信者相和合して僧伽(サンギャ、教團)を成してゐるものであり、それを破つて人類救濟運動の分裂を來す罪であります。釋尊が弟子を愛しながらそのやうな弟子を「一闡提」と称して叱責しなければならなかつたのは、決して自己弁解でも、その弟子を憎んだのでもない、多くの衆があやまちに導かれるのを悲しまれたからであつて、その悲痛な心境はそのやうな立場に立つてみたものでないとわからないのであります。この釋尊の悲痛な心境を思ひますと涙がこぼれるのであります。「佛身より血を出す罪」といふのが五逆罪のうちにありますが、これは必ずしも佛身を肉体的に傷つけて血を出させる罪だけではなく、佛陀をして血の涙を流さしむる罪であります。釋尊のやうな人でさへも、その臨終にお説きになつたこの涅槃經に、このやうな一闡提を叱責する語があり、その御病氣が腹部の病氣であつたことを思へば、教團内部の和合といふことには随分心の中をいためられたにちがひないと拝察させていただくのであります。
         <以上、謹写終わり>
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 さて、ここにまた大変な公案が与えられております。

 教団側は、これを見て
 「谷口雅宣総裁のお説きになる説法が、正法である。これを誹謗する者は五逆の罪を犯す者であり、諸(もろもろ)の善根を滅し佛性を失つてしまつた淤泥(おでい)のような一闡提であって、烈しく叱責されねばならないのだ」というでしょう。

 「本流宣言」の方たちは、逆に「いや、雅宣総裁こそ谷口雅春先生のお説きになった正法を誹謗する者である。……」と言うでしょう。

 これを、それぞれ「我こそは……」と主張する拠り所にしたら、収拾のつかない戦いが続きます。大変なことです。
 さあ、どうしましょう。

1271志恩:2012/02/27(月) 21:35:17 ID:.QY5jUA6
復興G様

さすが、閣下でいらっしゃいます。
代表者会議、直前のグッドタイミングに、この期に、ふさわしい適格な公案を、掲げられました。

教団側は、これを見て「雅宣総裁のお説きになる説法が、正法である。・・・・」なんて、言うのかしら。?????

そういう人達の集まりが、教団だとしましたら、世も末。

1272SAKURA:2012/02/27(月) 22:25:28 ID:2hoR1DnA
トキ様 へ… 
皆様 へ…
こんばんは……

■新たに生まれるための講和
【他を審(さば)いては幸せは来たない…】
その「諸々の苦悩充満せり」と見る世界が、公害の充満せる世界である。
われわれは心の眼を一転して実相世界へ振り向いて、実相の完全な、
公害のない常楽の(常に新しい)世界をこの世の中に映し出して
来なければならないわけであります。
そのためにどうしたらいいかということです。
われわれは余りに他を攻撃して、そして「自分は正しいけれども彼奴が悪いんだ」と
こういうように他を審くことによって自分が利益を得ようとする。
そしていろいろと相手の罪状を挙げるんです。
最近では、いろいろ公害病患者が企業家に対して訴訟でも起して賠償でも取れば、
それだけ儲かるというような浅ましい考えになっているような、
まぁそう見える状態が出ておりますれども、これはまずいと私は思うのです。
キリスト教の『新約聖書』の「マタイ伝」の第七章に、イエスの「山上垂訓」と
いうのがありますが、その中にこう書いてあります。
「なんじら人を審くな、審かれざらん為なり。己がさばく審判(さばき)にて
己がさばかれ、己が図る量にて己も量らるべし」
それで、「相手が悪い、相手が悪い」と、大いに興奮して人を憎み、
そして怨み、悲しんでおって、それで賠償貰って、
それで儲かるというと、決して儲からないと私は思うのです。
そういう怒りとか憎みとか呪いの心を起すと、血液の中に毒素ができて、
もっと早く治るべきはずの公害病が、それがますますひどくなって来る。
どんな薬もきかなくなって来る。
それは、自分の怒りとか憎みとか呪いとかいうそういう心が大脳で震動すると、
大脳の両半球の後の間のところに小さい間脳というのがありますが、
あそこを刺激して、あるホルモンを出すのです。
そのホルモンが異常なホルモンになって出てきて、それが脳下垂体へ行って、
脳下垂体からまた異常なホルモンが出て、それが血液循環によって
副腎のところへ行って、そして副腎からまた異常なホルモンを出す。
この副腎というのは、この腎臓のちょっと上にある空豆ほどの大きさの小さい
臓器であるけれども、これが人体のホルモンの調節をしている中枢になっている。
われわれが腹立てたり、怨んだりすると、アドレナリンという恐ろしい劇薬を出すんです。
 
                  <つづく>             No.1

1273SAKURA:2012/02/27(月) 22:26:43 ID:2hoR1DnA
  <つづく>             No.2
                   
これは喘息の発作がどんなに起っていても、適量注射すれば忽ち喘息の」発作が
治ってしまうというような素晴らしくよく効く薬なんだけれども、
それは適量だから効くので、それを適量以上に、腹立てたり怨んだりしていると、
そういう奴が毒素となって血液を」回って、
治るべき病気も」治らんようにしてその人間を苦しめる。
それも一時だけちょっと腹立っているのならいいけれども、
毎日毎日怨んで、憎んで憎んで……そうしておれば、自分の体の中に毒素を
製造しているから、余所から吸収した公害の水素やらPCB やら……
そんなものよりもねぇ、もっともっとひどい毒素を腹の中で毎日栫えていると
いうことになるのだから、お金貰ったって腹の中に毒素を拵えたのでは、
私はつまらんと思うのであります          (谷口雅春著)                                                                 
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄☆
昨日から改めて「人の悪口に近い言葉」を……
「生長の家…家族」“マコトの人”ならば?まず“悪口に近い言葉”は…と思いますが……
「女性同士の会話…」は、すごい〜〜ですが…
特に!此処“九州”は、関東・関西“と比較しますと?すごいと申しますか?
【我…の張り合い】強いように思います…。

そのような“言葉…”を、
最初は、分からないで聞いて行くうちに、まるでこちらまで…
“感染”されている事が、ありませんか…?
気がつきますと、こちらも“腹立つ事”になりまして…
九州に帰郷してから、殆ど表面上はいいのですが……“裏”はすごい〜〜ですネ!
現在の問題で「生長の家の和解」は、双方が“こちらが一番正しい!”と
云っている“訳…”ですよ〜〜ネ!
更に「言葉の使い方」が、すご〜〜〜い >< 

如何にも、自分は違うといいたげなような書き込み“投稿”ぶりかしら〜〜ン?
拝読で、気分が悪〜〜〜い!更に向こうにも「和解…」が見えないのでは?
更に今の「現原宿教団側でも奇蹟」はそれなりに起きています〜〜ョ!
【心の持ち方】次第だとも思えます。
【言葉は神なり…】ですが、まるで〜まるで〜♫
春…乱流気流“雷”ですが〜〜〜???

■私も「今日の言葉」を、肝に入れまして【自己成長】にと思います。
再合掌

>トキ様 へ
本日は、別の書籍より抜粋致しましたが…どの様に解釈致されますか?
宜しかったらどの様なお考えか“アドバイス”頂きますと幸いです…。

1274ももんが:2012/02/28(火) 01:08:36 ID:XXCuaQns
>>1260
ハマナス様

ハナマス様、昨晩は、真に忙しい中素晴らしい、お返事くださり、大変感動と、感謝を持って、読ませて、頂きました、何時もながら、ありがとうございます。感謝合掌、拝。

<<ももんが様

ありがとうございます。今日は教区の行事に出掛けてまして、お返事が遅くなり申し訳ございません。

再投稿して頂き恐れ入りました。光明道中記や生命の實相にしても、丁度良いお言葉が書かれてありまして、雅春先生が霊界からお導き下さっているように感じます。

現象は双方が争っているよう見えますが、実相はすでに、大調和しています。
必ず実相が現れ、生長の家が益々、日本国実相顕現、人類光明化の為に貢献するものと信じます。

ももんが様、今朝は、素晴らしい「両箇の月」のお話しをありがとうございました。

雅春先生のお言葉に拝借致しますとと、「真理は頭脳で知っただけでは、神がわがものとはならないのである。全心身をもって体感体得しなければならない。
神が理論上の存在でなくなって、自己の生命そのものとの自覚を得はじめたとき、私たちの生活は変貌しはじめるのである。」と思いました。

真理は生活に生かさなければならない大切な事をお教え頂きまして、感謝申し上げます。
実践して参りとうございます。

感謝合掌>>
<<

特に、つぎの御文章は、私が、日頃心で思ってる事と同感であることに、感動しましたしたし、ハナマス様、何時も、素晴らしい、御文章で、ご指導くださり、誠に、感謝います。

ハナマス様は、それに、加え、けして、乱暴なコトバな無い事に、何時も、素晴らしいなと、感動し、何時も、勉強させてもらってます。

私も、1日でも、そうなれるように、明るい心をたくさん、表現できるように、努力したいです。

お疲れ様です。まだ、まだ、寒いですから、神の子さんのハナマス様でも、暖かくして、おやすみください。ありがとうございます。感謝敬白、合掌、拝。

1275ももんが:2012/02/28(火) 01:11:20 ID:XXCuaQns
>>1265

役行者様

役行者様、いつも、素晴らしいお返事くださり、ありがとうございます。感謝合掌、拝。


私の分かり難いお話、御理解くださり、また、『生命の実相』にたいして、同じ理解であることを、嬉しく思います。

<< ご指南、ありがとうこざいます。まさしくその通りと、存じます。『自己内在の生命の実相』を全身全霊で体感することが何よりも大切なことと存じます。
 『生命の実相』という書物ではないですね。
 ただこれら書物は、『自己内在の生命の実相』を体得するための、援助・支援の役はしてくれていると思います。
 つまり、本を通して学で紡ぎ出すこたえでなく、大自然の摂理と感応するための縁を提供してくれる実にありがたい存在と思ってます。
 
 少なくとも私は、大げさに云うと、聖書がなくなろうが、仏典がなくなろうが、『生命の実相』という書物がなくなろうが、宇宙の真理は厳然と存在し、その導きは書物のとおすところではない!と思っています。
 
 つまり、書物が中心ではない、ということです。

 ただ、縁にはなっていただいており、縁は恩であり、私を含め生長の家の信徒一人一人みな香厳禅師ほどの悟りには及びませんが、この書物を縁として人生の何らかの指針になったのですから、大切にしなければならない存在と存じております。

 何回も生まれ変わり、俄然大悟された香厳禅師に対する公案と、我々、一般信徒に対する公案、つまり方便と、比較しにくいところはあります。方便としては、私はご利益信仰もしかりと思ってます。ひとそれぞれ、クリアーしなければならない魂の段階があるかと存じております。>>
 

そして、確かに役行者様おっしゃる様に、生命は、“輪廻転生”を繰り返しでしょから、其処に、個人の生命の意識の差別、魂の差別は、存在するでしょうが、“公案”事態や、各“聖典”事態のコトバには、差別が、ある訳で無く、『聖典・生命の実相』もそうである様に、皆、“真言”としてのコトバが書かれて至り、載っているので、各個人の魂の差は有っても、何らしかの、“悟り”を得ているとは思われます。それを、得と読んだり、御利益と呼んだりするんだと、思います。けして、御利益信仰も悪いわけでは無いと言えますね。そうした、意味では、『聖典・生命の実相』に出会った縁や、読む事は、大変素晴らしいことだといえると思います。先日読んだん、『聖典・生命の実相』第2巻32㌻にこうありました。
〜『本当のことを申しますと、この本が病気を治すのではありません。神の子たる人間に病気は本来無いのであるから、治すも治さぬもない。本来治っているのであります』〜

と、『聖典・生命の実相』に書いてありました。先日から、私の言って事と同じで有ることに、感動した、一節でした。

さて、

<< 政治は、民衆の生活の営みをできるだけよくする機関の役目もあります。ですから、まったく政治に関わりをもたない訳にはいきませんが、私も政治にまつわる作意策略にはできるだけ関わりたくないです。
 たぶん、ももんがさまもそういう類のものはあまり好きではなさそうですね。

 さて、原子力のことなのですが、できるだけ環境に、自然に優しいエネルギーがいいですね。
 人類を危険には晒したくはないです。

 このようなエネルギーを活用し始めたのも、近代文明以降です。もともと、日本は太古の昔から循環型社会を形成して、すべてを生かし、生かされる生活を駆使されてました。


 是非、日本古来の生活法を学ぶ中で、今後の日本のエネルギー政策を考えていただきたいものです。
 大自然とできるだけ調和したエネルギー政策を深く希望しております。>>


そうなんです。役行者様も、政治的なことは、余り好きでないようですね。私も、同じです。政は、大切ですが、日常茶飯が、未熟練な私ですから、日常茶飯をすることが、心傾けたいですね。
あと、地球は生き物だと、私は、思うのです。聖母出現の世界各地でのお話は、たくさんの、群衆が見てる者もあるらしいですね。
雅春先生の講話にも、天使の歌声を群衆が拝聴したお話もあります。聖母の出現はある意味、地球の命の悲鳴なではないでしょか?
原子力だろうと、何エネルギーでも、地球環境を良くする、活動を人間がしないとダメだて、神様は言われているんだと、理解しないといけないと、私は思うかぎりです。役行者様、では、遅くなりましたが、心遣いある、御言葉ありがたく、思ってます。寒いですから、暖かくして、おやすみください。合掌、拝。

1276ももんが:2012/02/28(火) 01:13:21 ID:XXCuaQns
>>1266
あさひ様

あさひ様、初めまして、お返事くださり、ありがとうございます。感謝合掌、拝。


<<1266:あさひ
12/02/27(月) 14:00:33 ID:/3nxKE2Q
ももんが様

>  私は『聖典・生命の実相』をとうして、『自己の内 の実相』を悟り、理解して、神様に、全択できる 様な、生き方を学び、実生活に生かして行くのが 神の子の本来の生き方だと、生意気ながら、思うの です

私も同じように考えております。ただ、言うは易しく行うは難いので、日々努力するしかありません。
 
 感謝 合掌>>



真に、同じお心の方が、いいて、大変嬉しく思って思っております。

確かに、あさひ様おっしゃる様に”言うは易し、行いは難しい“ですね。
私も、出来てない事は、たくさんありますが、出来たなと思うこともありますから、日々一歩、一歩、少しずつ、がんばってます。
それに、この事を『心に常に止め置く』だけで、やはり、気持ちが、違うような気に、私、個人はなります。
あさひ様、誠、お返事遅くなりました事、心から御詫びします。あと、あさひ様も、神の子として、素晴らしい日を此からも、お過ごしくださりませ。ありがとうございます。感謝敬白、合掌、拝。

1277ももんが:2012/02/28(火) 07:10:31 ID:XXCuaQns
皆様、お早うございます。本日も、素晴らしい朝が、やって参りました。さあ、元気に、明るく、楽しく、神の子の生活を楽しみましょう!ありがとうございます。合掌、拝。


>>この世の中は、コトバで言うことが実現するのであって、それ以外の何ものでもない。だから毎日『ありがとう』『ごくろうさん『サンキュー』『メルシー』と言う人たちには、ありがたいことが次々に出て来るのだ。もちろん一日中『ありがとう』ばかりり叫んでいるわけないから、色々と出て来るが、ムッツリとして黙りこくって、文句ばかり言ってる人には、それなりのいやな”注文品“が出て来るのである。<<


〜谷口清超先生著・『ありがとう』はすばらしい!より〜


毎朝、珈琲を駅で飲みますが、いつも『お早うございます』と言われて、明るい心に成って、仕事に行きます。営業コトバであっても嬉しく、感じるものです!
本流の方も、教団の方も、分け隔てなく、神の子ですから、私は、お早うございます!ありがとうございます!明るく、楽しく、本日も素晴らしいコトバで世界を光に満たしましょ!ありがとうございます!感謝合掌、拝。<和解成立成就>

1278a hope:2012/02/28(火) 08:53:18 ID:kcv2QXTk

人生読本 谷口雅春先生著

「毎日絶えず」の力


皆さんは、生きているから日に日に新しくならねばなりません。
新しくならなければ人は古くなるのです。古くなることは死ぬことです。
じっとしているものは乾物かミイラです。「生長の家」が今栄えているのも、
いっぺんに大きく公告したから栄えたのではありません。

私が日に日に新しくなったからです。私はこれまで一日でも、
「今日は昨日よりこれだけ進歩した、今日は昨日の上にこれだけの勉強をした」
とその一日を振返って見てハッキリと心の中で言えなければ、安心して寝られなかったものです。
一日無駄に費やした日があったら、その日一日死んだような気がして悲しくて悲しくてしかたがなかったものです。
この心掛けがなかったら、今日の「生長の家」はないのです。

もののできるのは一日でできるのではありません。
今日、土から這い上がって来た蝉でも、土の中で何年間も苦労してきたのです。
蝉が今日這い上がって来たからとて、その時に蝉ができたのだと思ったら間違いです。

例えば、この生長の家でもです。それは私の心の中に日に日に新しく生長したのです。
私は電車の中でも、汽車の中でも、道を歩いている時にも、休憩時間にも本を読みました。
本を読まぬ時には何か良いことを考えました。
何か今より良くなる道を考えました。そしてそれを実行しました。

物を見てもポカンと見ていたことはありません。
その美しさを見るのでも、どこがどんなに美しいかをシミジミと見つめました。
機械を見ても、どこがどうなっているかをシミジミ見つめました。
なんでもシミジミ見つめて味わうようにすれば、面白みのないものはありません。
何からでも、無限の味わいが汲み出されてくるものなのです。

むかしから「点滴ついに石を穿(うが)つ」と言いまして、どんなに大雨でも、
一晩に石に孔をあけることはできませんが、ポトリポトリと苔の先から滴(したた)る、
ほんとに小さい豆粒のような水の滴(しずく)でも、毎日毎時間それが落ちていたら、
ついに固い固い大岩でも孔をあけることができるのです。
小さい豆粒のような水の滴でも、常に絶えず少しずつ進撃したら、
固い固い岩に孔をあけることができるのです。

「常に絶えず少しずつ」の力は、「一気にやって、後はのらくら」よりも大きな進歩をするのです。
常に少しずつ進歩するということほど、尊いことはないのです。

赤ん坊はいっぺんに大人にはなりません。毎日少しずつ生長し、
毎日少しずつ新しきものを付け加えて大人になるのです。

皆さんは兎と亀とが競争した喩話(たとえばなし)を知っているでしょう。
一気に走って、あとは眠っている者よりも、少しずつでもこやみなく進んで行く者が、ついに勝利を得るのです。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ー

みなさま おはようございます。

「生長の家」このように大きく生長したのは、雅春先生が毎日、毎日少しずつ自分を良くする、
努力をされたからなのですね!

わたしも、毎日、少しずつでも自分を生長させることを忘れたくないと思いました。

それでは、わたしの愛する「生長の家」のみなさま、今日も素晴らしい一日をお過ごしください!

1279ももんが:2012/02/28(火) 20:11:15 ID:XXCuaQns
トキ管理人様、皆様。

トキ様、御寒いですね、今夜から明日の明け方は、雪だそうです。いつも、心ある、御言葉に感謝しております。感謝合掌、拝。


さて、現在の生長の家や、この掲示板に、とって、良いお話を、させて貰います。

〜『南泉斬猫』と言う無門関にあるお話です〜


昔、唐の時代に南泉山に普願禅師という方の元に、大勢の雲水さんが、集まって修行をしていました。
その僧堂は東西に二棟に別れていたようで、たくさんの修行僧が修行してました。
ある日の事、東西両僧堂の雲水たちが、一匹の猫を捕まえて、猫に『仏性が有る?』か『仏性が無いか?』議論していました。
お釈迦様はお悟りを開かれたとき『一切衆生 悉有仏性』〈生きとし生けるものは、みなことごとく仏性を有している〉と獅子吼されました。
さあ、東側が『猫にも仏性が有る』と言うと?
西側は、『猫の様な畜生に、仏性など無いと』反論します。
『有る』?『無い』?の論争は中々決着がつきませんでした。
その騒がしさに、奥から、南泉老師様が、出てこられました。そして、争う両東西僧堂の雲水さん達の中に入り、左手で猫の首をつかんで『議論をやめろ!“有る”、“無し”の二見にわたらない処で何とか言ってみろ!道〈い〉い得れば猫を助けてやるが、道い得なければ猫を斬ってしまうぞ!』と、
怒気を含んだはげしい言葉を放った。見れば、右手に持った利剣を猫の喉もとにつきつけている。
『道い得ればよし』何を言得ばよいか、道かなった答えをすれば、猫を助けてやるというが?雲水達は、気をのまれて、水を打ったように静かになってしまった。誰一人答える者がない。師家とは、学人が苦しんでも、決して回答を与えない物です。借り物でない、自分の言葉での答えを要求します。
その時、南泉老師様の利剣は、無惨にも、猫を斬り捨ててしまいました。
その夕方、高弟の趙州和尚が、外出先から帰ってくると、南泉老師様は、猫を斬り捨てたことの次第を話ました。そして、趙州和尚に『尊公なら、どうする?』とたずねますと?
趙州和尚は、何も言わずに、履き物を頭に乗せて、部屋から、退出していきました。南泉老師様は、一言呟き『趙州和尚が、いたら、猫を斬らなくてすんだものを、惜しいことをした』と呟きました。

〜おわり。

このお話のポイントは、猫に仏性有り、無しや。これを今日の身近な問題に置き換えと、右だ左だ、保守だ革新だ、神だ、仏だ…解決の難しい二見対立になる。南泉老師は、有、無を偏ぜず無に片寄らず、理論を離れ感情を越えた、囚われの無い世界を一刀一段によって示したのです。
即ち、『和解』とは『中道実相』のことです。

〜つづく

1280トキ:2012/02/28(火) 20:35:15 ID:OxmXfB62
>>1729

ももんが様

 風邪で半分、死んでいるのに、「実相は円満」と叫んでいるトキです。やはり、修行が足りないと
痛感します。

 さて、ももんが様の提示された文章は、深い内容を含んでおります。猫どころか、人間様に「仏性が
あるのか」と言い合っているような状態です。ただ、昔、大学で勉強をしているときに、「わからなく
なったら、原理原則に戻りなさい」というアドバイスをもらったことがあります。

 同じ事が、今の状態にも言えるのではないか・・・・と思っています。

 今日は、少し早く寝ます。ごめんなさい。
では、おやすみなさい。

合掌 ありがとうございます

1282ももんが②:2012/02/28(火) 21:34:00 ID:XXCuaQns
>>1279
〜つづき②

谷口雅春先生の『無門関解釈』南泉斬猫〈127〜131㌻〉
にありますが、その中に次の様なことが、書いてあります。

①、何故なら、争いの本は『形』に捉はれ、現象をあると思ひ、その判断に執するからであるが、それだからとて『形』をこわすには及ばないのである。『形』に罪を着せて『形』をこわすのが悟りではない〈130㌻3行〜5行〉

②、南泉も『悟』とか『争いはない』とか『何とか両堂の争ひを止めさせたい』とか云ふ立場に立っているから、折角生きている猫を殺さねばならぬようになったのである。〜〈131㌻1行〜3行〉

③、形も斬らず、立場も斬らず、悟り執せず、迷いに捉はれず、真理にも固執せず、と云って真理を破るのでは無論なく、八方無構で、一切を生かしながら、一切を完成する、これによって一切の立場が生きて来て、一切の形が生きてくる。―これが生長の家の本当の境涯である。〜〈131㌻7行〜9行〉


③は、特に、先日、『両箇の月』と同感であると言える。


裁判の結果は、現象的産物であると言えるようであります。

聖典生命の実相は、現象的には、本ですが、それは、裁判の勝敗に関係なく、地球人類全ての人々の財産ではないのでしょか?
ならば、分派は、裁判の勝敗に固執して、現象的な正統性ばかりを主張しても、それは、聖典生命の実相の現象的姿に固執してると取られても仕方ないでしょ。教団の信徒は、悪いことはしていないし、同じ神の子の兄弟なのです。
教団へ怒りを捨て、教団信徒の為に、聖典生命の実相を布施として、返還したら、分派の皆様の徳もあがると私は、個人的に思いました。
まあ、その様に、云っても、慈悲のある行動をとるなんて、難しいでしょ。
そう成れば、和解は、すんなり、行くように、思いました。

では、では、トキ様、お疲れでしょ、私の最後のつまらい、お話で、疲れさせしまったかと思うとあいすいません。明日は寒いですから、暖かくして、おやすみください。皆様、おやすみない。感謝合掌、拝。

1283SAKURA:2012/02/28(火) 23:28:38 ID:FEa/NNlc
トキ様 へ
皆様 へ
こんばんは……

【幸福を招く365章……】
■身辺の事物を常に整理せよ!
どんな短い時間にでも、それが読めるように
読みたい本を列べた本箱を自分のすぐ手の届くところに置くことは、
零細な時間を利用するのに便利である。
机の上に混乱させて置くと、書きかけた原稿を探すのに半日かかったり、
未処理の手紙を探すのに一日もかかったりする。
そして物を探して発見しないことは神経を実にイライラさせるもので
あるから精神的エネルギ−の浪費になるのである。
常に進歩し自己反省と自己改善をなさそうと思う者は、
そんなつまらないことに神経を浪費してはならないのである。
日本の女性が裁縫をする時は、本当に縫う時間よりも鋏や糸巻きを
さがしている時間の方が多いと云われている。
自分の身辺の物品をすぐ発見し、すぐ使用出来るように
整頓して置くことは一生の間に見積もると大変な時間の節約になるのである。
                         谷口雅春著
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜☆
今日【ネクスト…リ−ダ−】の処で時間の使い方が……
時間は戻らないけれども >< それなりの結果が残るとの事…
当たり前のことなのに、その様に今まで考えたことがありませんでしたが…

今までは「時間の使い方・時間管理」に目を向けていた私です…
今日開きますと、これが“タイトル”として…ビックリで〜す。
どうしたら時間が上手に出来るかは…「思考錯誤…」中です…。

私は物を整理します時は?何処に直したかは覚えていますが……?
“パ−トナ−”は、整理整頓はうまいのですが…???
何も考えずに、整理している様に思えます…“モノ”が何処に整頓したかを、
いざとなりますと捜すのに大変で〜〜〜 ><
結局!何処に?何を?於いているかを…私が、あらかた把握して、確認!!
その“体制を取る”様になりましてからは〜〜〜〜?
♫〜〜探しモノは??どこですか??〜〜探しモノは??此処ですョ〜〜♫
でも“テ−ブル”の上に、何でも?カンでも?置いていますと……
私はこれに関しましては“ダメ”ですが……“クリ−ん状態”が…グ−!!
更に!仕事の場合は、やはり机の上は仕事が終わりますと…
何も置かない“主義”を取っていますが……
人によっては、置くのが?落ち着く人もいるようですね…

唯今!【時間管理】が、今!ひとつでしょうか。
今日の【ネクスト・リ−ダ−】で、何か記録を残す時間の使い方が“ベタ−”だと?
今から、モット時間を有効に使えるように…【濃縮〜〜型管理】でしょうか。

■ ふと思いますが…「時間の流れ〜♫〜…過ぎ去りし〜♫」
「生長の家…も話し合いの時間は…否応なしに時間が過ぎていく…」
残る…結果!!…【和解…若い”生長の家”に蘇れ〜〜〜】
そうしますと…「過ぎ去りし時間…」生かされてきます〜ネ!!

>トキ様 へ
“風邪”が長引いているようです〜〜ネ!
此処昨今は、寒い日が続きそうです…が!
先ず!部屋の中を温められまして、更に!加湿器置きますと幾分温かくなります。
此処九州ですが…私の部屋は“オイルヒ−タ−”を置いて、加湿器を置きます。
SAKURA (猫ちゃん)が、寒がり屋さんなのでしょうか〜〜?
更に!洋服を着せて…更にカイロを当てていますが?
急に暑くなるようで、その時は?洋服を脱ぎます…。
猫ちゃんなのに“器用”です〜〜ョ
最後は…結局?「今年はラジカセの上…」にて“お休みモ−ド”…
ワン君ナンシ−は、ソファ−とか食卓テ−ブルの椅子に“ちょこんと座って”…
■ 動物は…温度に関して“敏感”なのでしょう…!! 私は??

部屋を暖かくして…更に!私は冬になりますと〜〜〜
必ず!“かぼちゃ・ジャガイモを多く摂取”しましてからは、
【風邪予防…】でしょう。引きにくい状況に今日いたっております…。
如何でしょうかしら〜〜〜ン?

>皆様も…「風邪予防…」気をつけられますように、
お祈り申し上げます…。
寒い日が続きますが体に気をつけて下さいませ…。      再合掌

1284ハマナス:2012/02/29(水) 00:25:29 ID:u5mC.eb2
ももんがさま

ご丁寧なお返事をありがとうございました。慈悲にあふれた暖かいお言葉を
かけて頂きまして嬉しいです。今日が明るい一日になりました。
また、生長の家に触れてありがたいと思う一日でした。
ももんがさまこそ、御教えを生活に実践していらっしゃいます。
私も、大先輩に見習って毎日少しずつでも、精進して行きたいと思います。
ありがとうございました。

今日は、『無門関解釈』の中の「南泉斬猫」の素晴らしいお話しをありがとうございます。

>谷口雅春先生の『無門関解釈』南泉斬猫〈127〜131㌻〉
にありますが、その中に次の様なことが、書いてあります。

①、何故なら、争いの本は『形』に捉はれ、現象をあると思ひ、その判断に執するからであるが、それだからとて『形』をこわすには及ばないのである。『形』に罪を着せて『形』をこわすのが悟りではない〈130㌻3行〜5行〉

②、南泉も『悟』とか『争いはない』とか『何とか両堂の争ひを止めさせたい』とか云ふ立場に立っているから、折角生きている猫を殺さねばならぬようになったのである。〜〈131㌻1行〜3行〉

③、形も斬らず、立場も斬らず、悟り執せず、迷いに捉はれず、真理にも固執せず、と云って真理を破るのでは無論なく、八方無構で、一切を生かしながら、一切を完成する、これによって一切の立場が生きて来て、一切の形が生きてくる。―これが生長の家の本当の境涯である。〜〈131㌻7行〜9行〉<

特に、③に、感動いたしました。

また、同129ページ7行から10行の次のご文章もなるほどと、思わせて頂きました。

「すべての争いの因(もと)は一面観から来るのである。一面観は形を見るから一しか
見えないのである。一面観を截ち切り、争いの因を截ち切る為には、形を切って捨て
なければならない。そこで南泉和尚は形の猫を切り捨てて了(しま)ったのである。
形に対する一面観を捨てたときに争いは消滅するのである。」

色々をお教え頂きまして、ありがとうございました。感謝申し上げます。
明日は(もう29日になってしまいましたが、)寒くなる様です。
どうぞお身体を大切になさって下さいませ。

1285ハマナス:2012/02/29(水) 00:33:46 ID:u5mC.eb2

すみません、訂正いたします。

(誤)「一面観は形を見るから一しか見えないのである。」 
(正) 一面観は形を見るから一面しか見えないのである。」

1286ハマナス:2012/02/29(水) 00:55:43 ID:u5mC.eb2

神の子のみなさま
ありがとうございます。

   愛 の 磁 石 的 ち か ら (『新版 生活の智慧365章』P.77より)

 あなたは ”神の子“である。あなたは ”神の子“であるから、神の無限の
智慧がやどっているのである。その智慧を呼び出して来るとき。如何なる環境に
処しても最も適当な処置がとれることになるのである。あなたは”神の子“である。
神は ”無現の愛“であるから、あなたにも神の”無現の愛“が宿っているのである。
愛は磁石的ちからである。その無限の“愛”をあなたが実行に移す時、即ち愛を
実践するとき、あなたの内なる愛の磁石的ちからが活性化して、あなたの周囲に
あなたにとって必要なものを引き寄せてくれるのである。
愛する者は愛されるのである。与える者は与えられるのである。愛が健康の源泉
でもあれば、繁栄の原理でもある。

 あなたは、生長の家から教えられた真理によって少しでも、自己が啓発され、
得る処があったならば、それを他に伝えるべきである。そのようにするとき、更に
大いなる祝福があなたに与えられることになるのである。

みなさま、おやすみなさい。

1287役行者:2012/02/29(水) 06:59:16 ID:L4NTmRgM
 ももんがさま

 >このお話のポイントは、猫に仏性有り、無しや。こ れを今日の身近な問題に置き換えと、右だ左だ、保 守だ革新だ、神だ、仏だ…解決の難しい二見対立に なる。
 南泉老師は、有、無を偏ぜず無に片寄らず 理論を離れ感情を越えた、囚われの無い世界を一刀一段によって示したのです。
 即ち、『和解』とは『中道実相』のこと<


 わたしもそのように存じます。二見対立するところに真理はないと存じます。中道実相にこそそこに、生長の家の教えが秘められていると存じます。
 
 
 >③、形も斬らず、立場も斬らず、悟り執せず、迷い に捉はれず、真理にも固執せず、と云って真理を破 るのでは無論なく、八方無構で、一切を生かしなが ら、一切を完成する、これによって一切の立場が生 きて来て、一切の形が生きてくる。―これが生長の 家の本当の境涯でる。〜〈131㌻7行〜9行

 ③は、特に、先日、『両箇の月』と同感であると言 える <


 この文章を読んで、さわやかな気持ちです。合掌!



 >裁判の結果は、現象的産物であると言えるようであります。 聖典生命の実相は、現象的には、本ですが、それ は、裁判の勝敗に関係なく、地球人類全ての人々の 財産ではないのでしょか? <

 こころより同意します。


 >教団の信徒は、悪いことはしていないし、同じ神の子の兄弟なのです 。教団へ怒りを捨て、教団信徒の為に、聖典生命の実 相を布施として、返還したら、分派の皆様の徳もあ がると私は、個人的に思いました まあ、その様に、云っても、慈悲のある行動をとる なんて、難しいでしょ 。そう成れば、和解は、すんなり、行くように、思い ました < 


 教団の信徒は何の罪もないどころか、被害者です。それこそ、猫状態でしょう。
 このまま、裁判を続けて行けば猫が斬られます。 
 実相、御中の道を是非、双方とも歩んでいただきたいものです。
 ももんがさまは分派に対して書かれておりますが、これは教団側にも云えることと存じます。
 身銭を切らずに、信徒の浄財をさんざん使って、またもや最高裁に上告です。

 双方とも猫を斬らずに生かす道、中道実相の道を早く歩んでもらいたいものです。

        合掌 再拝

1288復興G:2012/02/29(水) 07:57:33 ID:ojEbkDH2

ももんが様
役行者様
皆々様

>>1287
役行者様に、完全同意であります。
特に、

> 教団の信徒は何の罪もないどころか、被害者です。それこそ、猫状態でしょう。このまま、裁判を続けて行けば猫が斬られます。実相、御中の道を是非、双方とも歩んでいただきたいものです。
 ももんがさまは分派に対して書かれておりますが、これは教団側にも云えることと存じます。
 身銭を切らずに、信徒の浄財をさんざん使って、またもや最高裁に上告です。
 双方とも猫を斬らずに生かす道、中道実相の道を早く歩んでもらいたいものです。<

 その通りだと思います。
 合掌 再拝

1289a hope:2012/02/29(水) 09:26:34 ID:kcv2QXTk

人生読本 谷口雅春先生著

自分の身体(からだ)を見て悟れ


あなたの身体を見てごらんなさい。
毎日あなたの身体は新しくなっているのです。
皮膚だけでいってみても、古い皮膚は垢となって摩(す)り落ち、
新しい皮膚がまた新しい成分で造られているのです。
筋肉でも内臓でもすべて同じように、すべて古い組織は溶けて尿や垢になって流れ出て、
新しい組織ができているのです。

それであればこそ、吾々は生きているのです。
吾々の肉体は日に日に新しくなっていっているのです。
それであればこそ、吾々は生長しているのです。

同じことは仕事や商売の経営や、勉強の仕方にもいうことができます。
いつも同じような遣方(やりかた)ばかりしていては、新しい事を考えた人に追い越されてしまいます。
商売や仕事の組織にも広告の出し方にも、常に新しい血が流れていなければならないのです。

棚の拭き方にも、糸のつなぎ方にも、昨日よりは今日、今日よりは明日と、
いっそう上手にできるように工夫をめぐらし、行届いた注意をしていかなければなりません。
棚の拭き方や、糸のつなぎ方などは、小さいことだからどうでも好いと思ってはなりません。
何にでも、どんな小さいことにでも行届いたやり方、観方、考え方をする心の習慣をつけていますと、
それがイザという時に、どんな大きな仕事をする時にも役に立って来るのです。

自動車王ヘンリー・フォード翁のすぐれた智慧は、いつ磨かれたかといいますと、
無一物で職工生活(しょっこいうせいかつ)をした時から、しだいに磨かれたのです。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

みなさま おへようございます。

わたしは、毎日、「生長の家」関係の掲示板を拝見するのが日課になっています。
純子先生のお書きになっている、「恵味の日々」も毎日拝見して、お料理のことなど、
参考にさせていただいています。

ですが、昨晩更新された内容に、代表者会議で雅宣先生がお話された内容がを、純子先生が解釈されたものが、
書かれていました。
それを読んで、???と感じました。

>宗教の教典、聖典というようなものは、その中に絶対の真理が説かれているというように、
多くの人が思っています。
しかし文字で表現されたものは、どうしても制約があり、それは読む人によって、
さまざまに解釈されます。
また、どうしても、書かれた時代や地域の影響を受けて、またその場にふさわしい内容が表現されます。
ですから、聖典が無謬、完璧であるという立場をとると、それは原理主義に陥り、
時代に取り残される結果になり、イスラム原理主義のような行動にもつながる可能性があります。<


わたしは、谷口雅春先生の「生命の實相」絶対の真理が説かれていると信じていますし、
その聖典は無謬、完璧である思っています。
問題なのは、間違った解釈をされることにだけあると思っています。

しかし、さらに、

>真理そのものは、時代の変化によっても変わることはありませんが、
表現されたものは、時代の変化とともに、新たに表現されなければなりません。
そのことは谷口雅春先生が、常に言われていたことでもあります。
私たちは聖典と言われるようなものを、しっかりとつかんでいたいと思い、
それを手放すことを大変なことのように思いがちですが、表現は常に変化していかなくてはなりません<

とも、書かれています。
意味がよくわかりません。

そして、最後に、

>常に変化するということは、大変な努力が要求されます。
中心の真理をとらえて、そこに焦点を合わせながらその時代にふさわしい表現をしていかなくてはならないからです。
けれども、それこそが本当の意味での人々の生活とともにある宗教であり、
生活に生きる宗教本来のあり方であるのではないかと思います。
総裁のお話から、私が自分なりに解釈したことです。<

と書かれています。
雅宣先生は、やはり「新・生命の実相」をお書きになるおつもりなのでしょうか?

とても心配です。

みなさまも、純子先生のブログ、ごらんになって見て下さい。

それでは、わたしの大切な「生長の家」のみなさま、今日も寒いですが風邪などひかぬよう気をつけてお過ごしください!

1290a hope:2012/02/29(水) 09:28:22 ID:kcv2QXTk

訂正

みなさま おへようございます。→ みなさま おはようございます。

すみません。朝から変な挨拶をしてしまいました。

1291あさひ:2012/02/29(水) 09:48:22 ID:/3nxKE2Q
ももんが様

合掌 日々、教養あふれるレクチャー楽しみにしております。
毎日Upして下さると有難いです。     合掌

1292復興G:2012/02/29(水) 09:56:49 ID:ojEbkDH2

「本流宣言掲示板」の方に、
<2月28日、代表者会議で、谷口雅宣先生が、『生命の實相』にも「聖経」にも頼らないでいくことを宣言した模様です。(「靖国見真会」参加者様)>

と出ています。
が、これは本当のことでしょうか。

もしそれが本当だとしたら、私は >>1204 で申し上げましたように、
<生長の家の根本教義は、『生命の實相』に記されています。……根本真理の神の波動がそこには鳴りひびいています。その『生命の實相』がなくなっても、新しい雅宣総裁の『新・生命の實相』が書かれたらよい、とは私は思いません。もし仮にそうなるようだったら、生長の家から神様が無くなることになるので、私は離縁していただきます。>
ということになります。

雅宣総裁が本当に、神そのままの実相を現し、形の上だけでなく真理の法燈を継承していらっしゃるならば、そのようなことをおっしゃるはずはない。実相の総裁は、決してそのようなことをおっしゃっていないのだと信じます。

 “『生命の實相』にも「聖経」にも頼らないでいく”というのは、外なるものに頼らなくても、内なる生命の実相に頼ればよい、とおっしゃるのでしょうか。たしかに谷口雅春先生は、「外に求めず、わが内に求めよ」とおっしゃいました。しかし、そのことに気がつかせて頂いたのは、『生命の實相』に書かれた真理の御言葉によってであります。その『生命の實相』はいらない、と否定することは、『大般涅槃經解釋(だいはつねはんぎょう かいしゃく)』にあります

「もし、宗教人であれ、在家の人々であれ、師に対する恩知らずの麤悪(そあく)の言葉をもつて正法を誹謗し、その重大な悪業を犯しながら悔い改めようとはせず、心に慚愧の思ひを起すこともないならば、そのやうな人を名づけて一闡提(せんだい)の道に趣く者といふのぢや」
ということになる恐れがあると思われます。

そのような「五逆の罪」を総裁に犯させ奉ってはならない。ですから、総裁が『生命の實相』はいらない、とおっしゃったというのが本当なら、私は「離縁して頂きます」と申し上げます。

<釋尊は御自分のお説きになる教へを「正法」と仰せられ、御自分の説法にケチを付けたり、攻撃したりする者を「正法を誹謗する者」として、そのやうな者に、布施することはよろしくないとせられたのであります。>
<釋尊の教団から脱退して別の教団を立て、その教への殆ど全部を盗用しながら、その表現する言葉の言ひ廻しを一寸かへたり、重大な点一二の別異の説をもつてその表面を塗り替へたりしながら、「釋尊の教へよりも、この教への方が立派であるぞ」と言つて自分への信者集めに狂奔して師を攻撃するやうな弟子もあつたのであります。>

と『大般涅槃經解釋』にあるような「叛逆の弟子」に、総裁御自身がなってしまわれると、信徒が皆迷いの道に行ってしまいますから、大変なことです。

1293復興G:2012/02/29(水) 10:30:07 ID:ojEbkDH2

>>1289
a hope様

合掌 ありがとうございます。
いつも、清らかな心で、生命の躍動するようなご文章をUPして頂き、ありがとうございます。

>みなさまも、純子先生のブログ、ごらんになって見て下さい。<

見ました。
純子先生は、「大変感銘深い内容で、私は感動して胸が熱くなりました。」と書かれていますけれども、私は“???”でした。

私は、やはり前にも書きましたように(>>1220
<『生命の實相』を読むと、「なんで谷口雅春先生は私のことをこんなによくご存じなのだろうか。これは、私一人のために書かれたもののようだ」とびっくりし、深い反省ができたり、ものすごい勇気をもらったりして、魂が共鳴し、飛躍するような感じを与えられることが多い、不思議な本です。これは、谷口雅春先生が、完全に自我を捨てきり、空っぽになって、神様のラッパになって、神の御言葉を伝えられたものだと思わざるを得ません。
 残念ながら、谷口雅宣総裁のご文章で、そのように魂が共感して打ちふるえるような喜びを感じたことは、ございません。
 やはり、『生命の實相』にこそ生長の家大神が鳴りひびいていらっしゃるのだと感じます。
 その『生命の實相』がなくなっても、新しい雅宣総裁の『新・生命の實相』が書かれたらよい、とは私は思いません。もし仮にそうなるようだったら、生長の家から神さまが無くなることになるので、私は離縁していただきます、という思いに、変わりはありません。>

というのが、今も正直な思いです。

1294役行者:2012/02/29(水) 10:56:03 ID:L4NTmRgM

 復興Gさま

 せわしい時間帯なので、後ほど記載しますが、結論を云いますと、そのようなことは申しておりません。

 コトバは神なりき!で、意志であり、はたらきであり、波動である。
 そのコトバが森羅万象の
現象となってあらわれ、コトバが真理そのものであると仰られておりました。
 その真理のコトバをこの現象世界の書物に書き表すとき、完璧には表現できないというような内容は確かにお話くださいました。
 
 ですから・・・皆様、コトバを拠り所とされたし!と述べられてはおられました。

 それを生命の実相という書物はいらない!と解釈するのは、早合点かと存じます。

 大切なことなので、取り敢えず急ぎ書き込みました。
 
           合掌

1295復興G:2012/02/29(水) 10:59:10 ID:ojEbkDH2

谷口雅宣総裁のブログ「唐松模様」に、“「コトバ」について”と題して2月28日付けで次のように書かれています。

<宗教の世界には「聖典」「経典」「教典」などと呼ばれる数々の立派な書物があり、そこに書かれた文字によって宗教上の“真理”や“教義”が示されているという考えが昔から一般的に存在している。そのため、「聖典の言葉=絶対の真理」という単純な理解で宗教の教えを捉えている人が案外多いのである。しかし、実際にそういう教典や聖典を注意して読んでみると、同じ教典の中に一見相互に矛盾した表現や用語、論理などが散見される。>

 私は、「聖典の言葉=絶対の真理」というのは、ある意味で正しいと思います。「同じ教典の中に一見相互に矛盾した表現や用語、論理などが散見され」ても、です。
 それは、総裁がおっしゃっていますように、
<普通我々が使う言葉は、日常的に普通に存在する事物や人、それらの関係を表現するためのものである。それに対して、宗教で取り扱う重要なことの多くは、“神”や“仏”や“霊”というような日常生活とは少し次元の違うものである。言い換えれば、普通の言葉は日常の“俗事”を表現するためのものだが、宗教は“聖事”を取り扱うのである。しかし、何によって“聖事”を取り扱うかというと、それは言葉による以外にないから、“俗を扱う道具によって聖を説明する”という一種の“離れ技”を行うのである>

ですから、「同じ教典の中に一見相互に矛盾した表現や用語、論理などが散見され」るようなことは当然あり得るでしょう。しかし、その奥に、「絶対の真理」が、鳴りひびいています。だから、内なる実相の魂がそれに共鳴し、歓喜するのです。そして、実相生命が顕現して、病気も消えたりするのです。

残念ながら、谷口雅宣総裁のご文章を読んでも、「内なる実相の魂がそれに共鳴し、歓喜する」ということがない。だから、病気が消えるような体験も出て来ないのではないでしょうか。だから、信徒がどんどん減って行くのではないでしょうか。もっと、聖典『生命の實相』や聖経『甘露の法雨』を、大切に、尊重して頂きたいと思います。それが、私の正直な思いであり、真摯な願いです。

<それだからこそ釋尊は御自分のお説きになる教へを「正法」と仰せられ、御自分の説法にケチを付けたり、攻撃したりする者を「正法を誹謗する者」として、そのやうな者に、布施することはよろしくないとせられたのであります。>(『大般涅槃經解釋』)

1296ももんが:2012/02/29(水) 11:12:48 ID:XXCuaQns
皆様、ありがとうございます!合掌、拝。
それから、昨日の私のしがない、禅のお話に、“心暖かい”お返事くだされました。トキ様,復興G様、ハマナス様、役行者様、真に“ありがとうございます”時間が、有りましたら、また、個別に、お返事いたしたく思っております。感謝敬白、合掌。


さて、皆様、本日は、都内は、朝から雪ですね。私は冬の生まれなので、雪は、風情感じて、好きなのですが、現象的には、大変な自然の法則ですね。現象人間は、自然に対応しながら、自然と一体と成って地球のあらゆる場所で、生きてきたのですよね。

遊牧民たち、例えば、モンゴルや女真族の人々、アイヌの人々なのど、生き方や、神話や言葉や文字の成り立ちを知った時、それは、日本人が『古事記』や『日本書紀』に観るよな、その地域でしか感じる事の出来ない、“神の智恵”を感じる思いがしました。

モンゴル文字も、女真文字も、アイヌ語も、滅亡しつつあります。

強い民俗は生き残り、弱い民俗は滅びる。地球上における、”弱肉強食“の法則は、心の法則として、変わる事なく、継続しています。

神様が雅春先生に、”聖典生命の実相“を書き現させたのは、少しでも、この“弱肉強食”の“争い”を無くす為だったと、私は、本日『聖典・生命の実相』を拝読しながら、更に強く感じたしたいです。

皆様、雪で道路が滑りやすいですから、きおつけて、お出かけください。皆様が、素晴らしい日を過ごせますよに、感謝合掌、拝。

1297志恩:2012/02/29(水) 12:37:58 ID:.QY5jUA6
復興G様の
 1292,1293,1295のご文章と、2/28の『唐松模様』も拝見しましたが、

私も、復興G様のお考えと、同じです。


総裁先生は、「コトバ」「コトバ」と、コトバの表面しか、捉えてないような、いつも書き方をされます。
コトバにこだわるのは、原理主義だと、おっしゃるのは、ご自身がコトバの表面のみを見ておられるからではないでしょうか

榎本恵吾先生は、たくさんのご文章を遺されましたが、そのコトバとコトバの、行間に書かれてあります
奥深い神界からの聖なるメッセージを、分かり易く教えて下さっておられます。

今回も「唐松模様」の最後は、やはり、だから環境問題、、と繋げて、おわられました。

全国代表者会議で、800人も
j集まられた全国の幹部の皆さんが、粛々と、総裁先生が、決められた4月からの新年度の運動方針を受け入れられ、
それが、ほんとうに「生命の實相」にも「聖経」にも頼らないことを、宣言されたことが、事実でしたら、
生長の家から神さまが無くなることになりますので、
復興G様同様に、私も、兄弟姉妹も、親族一同も、離縁していただきます。

1298あさひ:2012/02/29(水) 14:50:13 ID:/3nxKE2Q
ももんが様

>神様が雅春先生に、”聖典生命の実相“を書き現させたのは、少しでも、この“弱肉強食”の“争い”を無くす為だったと、私は、本日『聖典・生命の実相』を拝読しながら、更に強く感じたしたいです。


ということは、”聖典生命の実相“こそは人類の聖典ということですか? 複眼的思考、多面的洞察、宗教的、心理学的教養広いももんが様ですから、お尋ねいたしたく思います。合掌

1299復興G:2012/02/29(水) 15:45:21 ID:ojEbkDH2

>>1296
ももんが様。

>皆様、雪で道路が滑りやすいですから、きおつけて、お出かけください。<

と、心暖かいお気遣いを頂き、ありがとうございます。
私は、今日出かける予定がありましたが、集まる皆さんが高齢者なので、雪ですべって転ぶと危険なので予定を延期することにし、代わりに、少し雪がやんで来たとき道路の雪かきをしました。すでに踏み固められていた雪は重く、老骨にはけっこう難儀でした。普段は「オレはまだ若いんだ、老骨などではない」と言っていましたが、肉体は老骨であることを自覚せずにはいられませんでした。腰が痛くなりました。しかし、後は爽やかな気持ちになり、雪かきできたことが嬉しく、雪にも感謝致しました。

 ところで、

<残念ながら、谷口雅宣総裁のご文章を読んでも、「内なる実相の魂がそれに共鳴し、歓喜する」ということがない。>

と前に書きましたが、それは、なぜなのかと考えてみました。

谷口雅春先生は、唯一絶対の神の側、「不二の真理の山頂」に立って、現象界、登山道を俯瞰していらっしゃる。そこから現象すなわち相対の、相対立している世界は本来無いのだ! と喝破されている。だから、現象に表現された言葉には矛盾があるように見えても、実相から見たら矛盾はないのである。その真理が、魂に響くのである。
一方、谷口雅宣総裁は、下界の登山道から頂上を見上げながら、すなわち相対の、相対立している世界から、絶対界を想望しながら、「生長の家は唯一絶対の神を信ずる」とおっしゃっているのである。谷口雅春先生は、「人間は神の子であります」と、権威をもっておっしゃる。谷口雅宣総裁は、「生長の家は、人間は神の子であると説くのであります」と、他人事のようにおっしゃるので、魂に響かないのである。
やはり、『生命の實相』がなくなったら、生長の家から神さまが消えてしまう──そのように思われるのであります。
僭越な、生意気なことを申し上げて、申し訳ありませんが、思うまま、感じるままを申し上げました。

1300復興G:2012/02/29(水) 16:08:11 ID:ojEbkDH2

上記、本当に生意気なことを書いて、すみませんでした。
私こそ、相対の世界に立って、つまらないことを書いていました。お詫び申し上げます。
南泉老師様の利剣に、斬り捨てられるべきは私でありました。
ありがとうございます。

1301役行者:2012/02/29(水) 16:14:29 ID:L4NTmRgM
 
 合 掌

 皆様へ
 
 総裁先生のブログから引用させていただき、感想を述べさせていただきます。

>「普通我々が使う言葉は、日常的に普通に存在する事物や人、
それらの関係を表現するためのものである。
 それに対して、宗教で取り扱う重要なことの多くは、“神”や“仏”や“霊”
というような日常生活とは少し次元の違うものである。言い換えれば、普通の言
葉は日常の“俗事”を表現するためのものだが、宗教は“聖事”を取り扱うので
ある。しかし、何によって“聖事”を取り扱うかというと、それは言葉による以
外にないから、“俗を扱う道具によって聖を説明する”という一種の“離れ技”
を行うのである。これが、宗教の教典や聖典の使命である。」<



 >“俗を扱う道具によって聖を説明する”という一種の“離れ技”を
  行うのである。これが、宗教の教典や聖典の使命である。<


 特にここに目がとまりました。
 教典や聖典の大切さを痛いほどご理解されていることが、この文章の一字一句
に見事に表現されていると感じました。


 >この困難な使命を一応達成して残っているのが、世界各地、各宗教の聖典であり、教典である。だから、そういう宗教的書物に記録された音
声や文字表現が「重要である」ことは言を俟たない。しかし、その重要性は、あ
くまでもその文章が書かれた人・時・処においてのものであり、その文章を読む
人や時代や場所が変われば、重要度に変化が生じてくる可能性があるのである。
そのことを考慮せずに聖典に書かれた文章を文字通りに解釈し、それを“絶対の
真理”だと考えると、大きな間違いを犯すことにもつながる。この「聖典の文字
通りの解釈」が宗教上の原理主義の大きな特徴であるということを、私はもう何
年も前からいろいろなところで述べてきた。だから、生長の家の考えでは、「書
かれた言葉は絶対である」というのは間違いなのである。<



この文章で特に注目したところは、


>この困難な使命を一応達成して残っているのが、世界各地、
各宗教の聖典であり、教典である。だから、そういう宗教的書物に記録された音
声や文字表現が「重要である」ことは言を俟たない。<


>生長の家の考えでは、「書かれた言葉は絶対である」というのは間違いなのである。



 上記文章から察するに、
 数々の時代の変遷のなかで、困難な使命を一応達成して残っているのが、世界
各地、各宗教の聖典であり、教典である、と仰っているのですから、聖典の大切
さは重々に知っておられると思います。また、お爺さまの残された聖典が世界に
また未来永劫に轟きわたることを歓ばないはずはありません!
 気になされていることは、書かれた言葉を絶対化することによる歴史の悲劇、
また現在、世界のあちらこちらで起きている悲劇のことなのです。


 >我々の運動の原点は形に現れる前の「コトバの力」の活用であるから、
形にとらわれてはいけない。ある1つの形が行き詰ったならば、同じコトバを使っ
て別の形、別の表現に向かっていけばいいのである。この点が、原理主義を標榜
している信仰とは大きく異なると言えるだろう。<


 >我々の運動の原点は形に現れる前の「コトバの力」の活用であるから、<

  上記内容が原点回帰のことであり、真理の神髄に帰一することの大切さを述
べられてると思うのです。決して、聖典無用論を唱えているのではないと思いま
す。
 前述しましたが、聖典による歴史的、また現在行われている悲劇を鑑みるに、
現総裁は聖典を絶対化することにより起こる危険さを熟知されているのでしょう。

1302春らんまん:2012/02/29(水) 16:47:51 ID:t/2CXHok
合掌
ありがとうございます。

やはり、というか、予見通り、この路線に進みましたね。


トキ様は、お風邪で体調が悪かったから仕方無いのかも知れませんが、
現総裁の発言等、表明することなく"早めに寝ます"で、終了してしまった。。。
残念な気持ちは、残ります。

現教団に組織会員として登録されている信徒様に、伝えたいのは。

①"裁判は、現象に過ぎません"→"心に認めたものが、現れる"ですよよね?
なぜ、現教団が、敗訴したか、これは"学ぶ会や他の分派の争念の表れだ"であったら

②なぜ、裁判になったか、理解していますか?

③どうして、奥付を改ざんしたり、故意に印税を払わなかったり(これにより、どれだけ神の国寮の
経済的困難があって、子供たちの生活が逼迫したか、想像がつきますか?)したか、ちゃんと聞いていますか?

④単に"和解"を迫っていますが、こういう犯罪行為を悪意で行っている方たちと、"和解"が本当に出来ると思いますか?

⑤真に謝罪して、和解すべきは、どちらであるか、理解していますか?

⑥"私たちは何も悪いことをしていない"のは、当然として、"総裁にハイ"で、結局は犯罪行為に加担させられていた、
ということは、認識していますか?

⑦分派は、結局は、"生命の実相"を、護った、ということは、理解出来ていますか?

以上です。

何か、ご質問やご批判があれば、また返答します。

(本日は、この辺で失礼致します)


追伸・800名も集まって、誰ひとり、辞表を胸に臨んだ人はいなかった、ということですよね。
終わっています。


再合掌

1303ハマナス:2012/02/29(水) 18:38:43 ID:u5mC.eb2

神の子のみなさま

こんばんは。今日は雪一色でした。雪に慣れていない都心部では、数センチの雪でも
電車が遅れたり、色々と影響が出ました。雪国の方々のご苦労がわかります。
明日の立教83年記念日を前に浄めの雪であると、思いたいです。

   神 か ら の 採 点   (『新版 生活の智慧365章』P.80)

 真の成功というものは、世間的は名誉を得ることでも、多くの票数を無理をして
掻き集め得たということでもない。その人が如何に神の御(み)こころに一致した
行動をしたかどうかということである。つまり人間の票数を多くかき集めることではなく
神からの採点を高く得ることが真の成功である。また真の成功はある目標に到達したと
いう其の「目標」の到達のみが成功ではないのである。目標に到達する途中で、その人が
魂に何を得たかがその人の成功の一つの示標ともなるのである。また、その目標に到達
する途中で、神の眼から見て、反則をしなかったか、不道徳をしなかったかということで、
採点がかわって来るのである。レスリングでもボクシングでも反則は減点である。
現象的に目的を達成するだけが魂の方での目的ではないのである。つねに魂の
方向に神から最高点をつけて貰(もら)うようにすることこそ肝要である。

感謝合掌

1304復興G:2012/02/29(水) 20:15:57 ID:ojEbkDH2

役行者様。

ご心配、ありがとうございます。

>上記内容が原点回帰のことであり、真理の神髄に帰一することの大切さを述べられてると思うのです。決して、聖典無用論を唱えているのではないと思います。
 前述しましたが、聖典による歴史的、また現在行われている悲劇を鑑みるに、現総裁は聖典を絶対化することにより起こる危険さを熟知されているのでしょう。<

了解しました。

しかし、まだ私には、「聖典を絶対化することにより起こる危険さ」よりも「聖典がなくなることにより起こる危険さ」の方が、はるかに大きいように思われますが・・・・・・

合掌 拝

1305ももんが:2012/02/29(水) 20:19:46 ID:XXCuaQns
トキ様、復興G様、役行者様、ハマナス様、あさひ様、皆様


皆様、真に御寒いですね。私の、先日からの“拙い禅のお話”を聞いて頂き、大変嬉しく感じております。心から感謝合掌、拝。

本日は、真に、忙しく、個別に完全にお返事できないこと、勘弁ください。

トキ様、復興G様、役行者様、ハマナス様、あさひ様、真、コメント御言葉、ありがとうございます。大変、私も、勉強に成っております。

他の方の、御文章も、大変勉強に成っております。


ど言う意味で『勉強』か?と云えば、
“人は自我を捨てる境地”“神に全択する境地”に中々立てないと言うことです。
復興G様ばかりでは、ありません、私も、何度、南泉老師に斬られてると思います。
過ちは、皆犯すものです。その過ちを、許す心、即ち、”自我を捨てる心“を養うことが、慈悲の心に、繋がり、神の心、本来罪なし、の、生長の家の教えに近づくように、また、また、生意気なこと言って、申し訳ありませんが、私は思います。

それでは、寒いですから、暖かくして、おやすみください。今日も、皆様、ありがとうございます!感謝敬白、合掌、拝。

1306ももんが:2012/02/29(水) 20:26:14 ID:XXCuaQns
>>1299
復興G様、役行者様

合掌、拝

追伸・私も、朝は、復興G様の教えの如く、“基本的神想観”してます。祈りの言葉に、“四無量心を行ずる神想観”をしてます。

それでは、おやすみなさい。合掌、拝。

1307トキ:2012/02/29(水) 20:47:21 ID:QuDun742
ももんが様

 激励ありがとうございます。幸い、朝起きての神想観と聖経読誦は熱があっても続けております。
いろいろと心配をかけて、申し訳ありません。

 ご説の通り、他人の事はなかなか気がつきますが、自分の事は気がつかないものです。
昔、ソルジェニーツィンの収容所群島という本を読んだ時に、それを感じた事があり
ましたが、熱が下がったら、書きたいです。

 では、おやすみなさい。ありがとうございました。

合掌 ありがとうございます

1308役行者:2012/02/29(水) 21:23:26 ID:L4NTmRgM

 復興G様


 >私には、「聖典を絶対化することによ り起こる危険さ」よりも「聖典がなくなることによ り起こる危険さ」の方が、はるかに大きいように思 われますが・・・・・ <


 このことについて、無条件に頷く訳にはいきません。


 たとえば、中世キリスト教の魔女狩りをはじめキリストの名を借りての数々の残虐性は、聖書を絶対化して神聖化したことによる時の権力者が為してきたことで、宗教の名を借りた大罪に値します。罪なき多くの民の死と、聖書という書物とどちらの比重が大きいのでしょう。

 わたしは罪なき死を遂げた多くの民に対して軍配をあげます。
 
 万が一、書物がなくなろうとも、真理は宇宙に満ち溢れているのですから・・・


 さて、生長の家の場合は!と云うとどうでしょう。
 キリスト教のように大きな大罪を犯してきているのでしょうか?
 否、ほとんどないでしょう。
 その場合はどうでしょう。
 聖典をなくした場合の危険のほうが大きいのかも知れません・・・

            合掌

1309役行者:2012/02/29(水) 21:35:08 ID:L4NTmRgM

 ももんが様

 >“人は自我を捨てる境地”“神に全択する境地”に中々 立てないと言うことです 。
 復興G様ばかりでは、ありません、私も、何度、南 泉老師に斬られてると思います 。
 過ちは、皆犯すものです。その過ちを、許す心、即 ち、”自我を捨てる心“を養うことが、慈悲の心に 繋がり、神の心、本来罪なし、の、生長の家の教え に近づくように<

 完全同意します。
 わたしも、四無量心を観ずる祈りを、明日より実践してまいります。

          感 謝

1310SAKURA:2012/02/29(水) 22:08:40 ID:FEa/NNlc
トキ様 へ
皆様 へ
こんばんは……

夜中より降っておりました“雪…”積もるものかしら〜〜ン!と不安でしたが…
思いのほか…?今日の日中は“晴天”に恵まれました…。“安堵感…”??

【幸福を招く生活365章】
■肉体は心の影
心を騒がせていては、その心の姿が現象としてあらわれてまいります。
騒ぐ心の姿は、生理作用の攘乱となってあらわれてまいります。
恥かしければ顔が赤くなり、腹が立てば筋肉や皮膚が収縮して硬くなり、
心配すれば心臓が苦しくなり、顔色が蒼くなり、呼吸がみだれてまいります。
悲しめば泪が出るでしょうし、梅干しを見れば唾液が沢山出るでしょう。
こう云う風に心に従って、心の通りに現れて来ることを「心の影」と云うのあります。
肉体は「心の影」でありまして心を変えれば状態が変わります。
                            (谷口雅春著)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜☆
昔!!「大丈夫〜〜なの?」と聞きますと怒られました事を思い出します…。
“大丈夫?”と言う前に、見て分る事なのに〜〜〜つい!つい!云ってしまう…。
【心配症…】でしたが?

10代後半に“フオ−ク”をしていました時、ある“グル−プ”のファンでした。
その“グル−プ”の解散コンサ−トが、名古屋にて開催される事となり、
当時“ヤマハのトップ…”が、手伝いに行かないか〜と?声をかけてくれまして、
友人と一緒に、勿論!!交通費は半分負担だった記憶がありますが…ウフフ
当時!学生でしたので、残りの出費は???
両親は、時代背景から勿論!反対されましたから…【バイト…資金調達】です。

それで“ヤマハの人”に相談しますと…バイト先を紹介して頂きまして
その“バイト先?”が…何と!!!!【ダイエ−の受付のバイト】でしたが…
“バイトの資金?”で、無事に名古屋に手伝いに行きました。
そして【名古屋の人との“交流”で不思議〜〜】に思ったことがあります。

例えば…或る人が、歩行中に“コケ”たとします…。
九州なら「大丈夫…?」と言いますが〜〜?
此方の方は「いたくない〜〜いたくない〜〜」と言っていましたが…??
どう見ましても“いたそうなのに〜〜><いたくない???”
「どうして、その様な言葉を使うの〜〜」と聞きますと……
此方の人は、「痛いと言えば、益々痛みが走るでしょ〜〜〜」と……
当たり前の事なのです〜〜ョネ!逆に、こちらの方が“オカシイ〜〜イ”と言われ…
今思いますと“ホント”にその通りなんです〜〜〜ネ!
やはり“九州の人”は心配している様で、どうかしますと“陰口…”ですから、
今回の“言葉の力”は、普段の【感情の問題】にもつながるのではと思う次第です。

>トキ様 へ
「風邪…」が……更に!熱が……
私も“風邪”をひきますと、毎年恒例のごとく“病院直行…組”でしたが…
「食事療法…」で治ります…。更に!熱があるとの事…
私の場合は【ツムラの漢方…】を使用します…。
漢方は“福作用〜〜〜”がまだ少ないように判断していますが……?
個々九州に帰郷したばかりの時は、「地元の内科」は殆ど“強い薬!”ですので…
私は、薬を【ツムラの漢方…】を個人的に希望し、お願いいたした次第です…。
■病院行かれ…【漢方!!】を飲まれたら、如何でしょうか??
                                 再合掌
<参考…> 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
漢方ネット診断(ツムラ漢方)
URL http://net-shindan.com/kusuri/index.html

ツムラ  漢方スクエア
URL http://www.tsumura.co.jp/password/m_square/products/ichiran/
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
■ 今日は「女子会…」の風邪を引かずに乗り切る“食事”を書いてみます…。

但し4つのポイントを押さえますと風邪ひきにくくなります
1  免疫力を高める
2  粘膜を強化する
3  ストレスに強くなる
4  体を温める…
後程、書きますので…今からでも間に合うはずです!【風邪〜〜飛んで行け〜〜】
更に“熱”が…私は殆ど【ツムラの漢方】で治っていましたが…?
(No.1 NO. 2 No.9 No.19  ……調合していただいておりました。)

1311志恩:2012/02/29(水) 22:28:26 ID:.QY5jUA6
役行者さま

結局、聖典・神殿「生命の實相」は、切ると、決定されたんですか?
書物がなくたって、真理は宇宙に満ちているじゃないですか、というのは、
そういう意味ですよね。

今後も、雅宣総裁に全ての采配をまかせて、幹部さんたちは、現総裁の言うままを信じて
一致団結して、みなで支えて生きて行こうと、誓い合ったのですか?

罪はないのだから、過去のことは、ごちゃごちゃ言うな、ということですか?

1312志恩:2012/02/29(水) 22:36:07 ID:.QY5jUA6
役行者さま

あなたさまは、代表者会議の前におっしゃっていらしたことと、終わったあとでは、
おっしゃることが、変わりました。教団そのものの、守り体制の人になりました。

1313元職員:2012/03/01(木) 01:06:18 ID:???
>私には、「聖典を絶対化することによ り起こる危険さ」よりも「聖典がなくなることによ り起こる危険さ」の方が、はるかに大きいように思 われますが・・・・・ <

この復興G様の意見に同意します。

聖典を絶対化するというコトバ自体に信仰者としての矛盾を感じます。
つまり、その本は聖典ではないと言っていることと同じだからです。生長の家の信仰者は尊師の著わせられた「聖典」をもとに信仰することが
基本中の基本であり(特に神示と生命の實相)その基本を元に、現代における現象救済を行うのですね。現状に合わせた移り変わる救済方法は「方便」であって真理そのものでは
アリマセン。方法です。方法を優先して「神殿」を放棄するかごとき宣言はお話になりません。
 それとも『生命の實相』は神殿ではない・・と言うのならば、その人は「生長の家」を名乗ることをやめて別の環境団体でも立ち上げることがスジでしょう。

 特に今回驚いたことは、純粋な信仰者であられる役行者さんのようなお方が・・・とうとう『生命の實相』を含めた聖典をあたかも不完全なものとする論調に乗ってしまったことです。

それではお訊ねしますが『生命の實相』に書かれた雅春先生のご文章にそのまま従うと、具体的にどこの部分が問題なのでしょうか。お聞かせください(エーテル説以外に)
また、そのままのご文章でで現代を生きる私達にどの様に不適切なのでしょうか。

 よろしいですか、そのような不遜なことは前総裁谷口清超先生は絶対におっしゃられたことはアリマセン。たとえば愛国書といわれているご本についても、絶対に否定されてはいません。
それを現代の(戦後教育を受けた)人にも解りやすく解き明かされて、尊師のみ心を継承されておられました。これこそが「宗教」の跡継ぎとなられる方のお手本と思いますが・・・

 雅宣氏は、なにやら言い訳がましいことをあたかも真理の如く語っていますが、かつて彼が「真理の中心部分と周辺部分」と語っていたことを思い出せば、今回の聖典(つまり『生命の實相』)
は、はたして周辺部分なのでしょうか。答えはとおりです。とりわけ「聖経」は、真理の核心部分であり、これを不完全なコトバと考えるのならば、ただちに「生長の家」のみ教えは成り立たなくなります。

 そのような重大なことを、夫婦ともども自分達のコトバがより進歩していると思わせるような表現をしているがごとき、この傲慢と詐術に引っかかるとは・・・まことに残念。お話になりません。

よく、考えてください。世の中のカルト宗教は、キリスト教系のカルト(統一やエホバ)は、聖書は不完全だと言って勝手な解釈をしてきましたし、仏教系ではオウムやバカボンが、自分なりに釈迦の教えを利用して
人を迷わしています。生長の家を信仰するのならば、まっすぐに聖典に書かれてある真理に従うことが大切なのです。当り前のことです。はやく気がついてください。知らないうちにカルトになっていたらシャレになりません。

1314志恩:2012/03/01(木) 06:01:06 ID:.QY5jUA6
今、私は早朝神想観を終えたところなのですが、神想観してて、ふと、思い出したんです。
以前、ももんが様が、
最高裁へ、上告する件で、微妙な発言をされてたことを(何板何番で発言されたか、探せばありますが)。

ももんが様曰く「私は,昨日、本部の人達と会ったんだけれど、最高裁へ上告することに関することで、すごい話を聞いちゃったのよ。
        あのね、聞くところによると、上告することには、手品に隠し玉があるように、裏に大きな
        隠し玉を、隠してあるんだってさ。どんな隠し玉が、隠されてるのかって?そりゃ,言えない。

        ここでは、その種明かしは、しゃべれないよ」 というものでした。

一般常識で考えたら、教団には、法律に詳しい腕利きの弁護士が数人もついてるそうですから、上告するまえに、上告したら
勝てるかどうか、聞けば、勝ち目は0に近いことは、分かる筈ですよね。

上告したら、また多額の浄財をつぎ込むわ、評判はいよいよ落ちるわ。デメリットの方が大のはずなのに、それなのに、なぜ上告したのか。

上告することによるデメリットを越える、大きなメリット(隠し玉)とは、なんなんだろうか?
つまり、総裁にとっての、メリット(思うつぼになること)は、なんなんだろうか?

皆様も、ご一緒に、お考えくださいませ。
私は,間違ってるかもしれませんが、やっと分かった気がしたのです。

つまり、裁判している間は、総裁は、相手とは、和解しないで済むということです。ケンカを吹っ掛けている相手ですから。
そして、問題を先延ばしすることにより、「生命の實相」「聖経」は、相手から,買わなくて済む。

神殿を、この世から、愛国書をこの世から葬った如く、正当な理由をつけることにより、教団は、テキストには、使用せず、
神殿を、この世から、抹殺できる。

全国代表者会議でも、幹部達に、正当な理由を、賢い頭で説明することにより、神殿の抹殺について、幹部たちを納得させられる、まるめこめる。
これが、上告に踏み切ったことによる、総裁のメリット(隠し玉)では、ないでしょうか。

私の考えが、間違っていましたら、ごめんなさい。

1315志恩:2012/03/01(木) 06:20:04 ID:.QY5jUA6
上記の私の考えは、間違いだと言うのなら、
他の、上告することによる総裁と最高幹部にとっての、メリット(思うつぼになること、隠し玉)は、
いったい、なんなのだと、思われますか?

1316役行者:2012/03/01(木) 08:08:21 ID:L4NTmRgM
 志恩 さま

 >結局、聖典・神殿「生命の實相」は、切ると、決定 されたんですか? <

 たぶん、ご心配のあまり、文章を断片的に読まれていると思われます。
 心情としては分かりますから、応えます。
 先ほども申しましたが、代表者会議で、聖典 生命の実相を切るなど、現総裁は仰ってません。


>書物がなくたって、真理は宇宙に満ちているじゃな いですか、というのは そういう意味ですよね 。<


 これは宇宙の真理です!!!



>今後も、雅宣総裁に全ての采配をまかせて、幹部さ んたちは、現総裁の言うままを信じて 一致団結して、みなで支えて生きて行こうと、誓い 合ったのですか? 罪はないのだから、過去のことは、ごちゃごちゃ言 うな、ということですか?<

 幹部の方々のことはしりません。
 私の応えは、上記に書いてありますが、また書きます。よくよんでください!


>たとえば、中世キリスト教の魔女狩りをはじめキ リストの名を借りての数々の残虐性は、聖書を絶対 化して神聖化したことによる時の権力者が為してき たことで、宗教の名を借りた大罪に値します。
 罪な き多くの民の死と、聖書という書物とどちらの比重 が大きいのでしょう ?

 わたしは罪なき死を遂げた多くの民に対して軍配 をあげます!<


 志恩さまの私の文章引用は、
 上記に、繋がった文章です。


  >万が一、書物がなくなろうとも、真理は宇宙に満 ち溢れているのですから・・<


 文章というのは繋がっているので、引用される場合、その辺のご配慮、よろしくお願いします。
 さて、ここから、私の思いが綴られているのです。
 ここがポイントです!!


>さて、生長の家の場合は!と云うとどうでしょ う!

  キリスト教のように大きな大罪を犯してきている のでしょうか?
否、ほとんどないでしょう!
  その場合はどうでしょう。
  聖典をなくした場合の危険のほうが大きいのかも 知れません・・・<


 つまり、結論をいいましよう!
 いまの段階では、生命の実相という聖典がなくてもいいとは一言も云っておられないのです!
 そのことを申し上げているのです。ここは掲示板なので正確に情報を提供しようと云っているのです。それだけです!!

 私個人としては、万が一、聖典『生命の実相』が失われるようなことがあったら、まず、自分の名をもって堂々と、現総裁先生に諫言します!
 何回もいいますが、一言も、切る!とは仰ってませんよ!


 今日は、生長の家の立教記念です。

 生長の家誕生の日なので、心よりお祝い申し上げます!

 おめでしとうございます。

1317役行者:2012/03/01(木) 08:15:35 ID:L4NTmRgM

 元職員さま

 時間がないので改めて、投稿します。
 志恩さま宛でほとんど思いの長けを述べましたが・・・しばし、失礼させていただきます。

          合掌

1318役行者:2012/03/01(木) 08:22:41 ID:L4NTmRgM

 訂正です。

 × おめでしとうございます

 ○ おめでとおございます。

 大切なところなのでσ(^_^;

1319ももんが:2012/03/01(木) 09:24:20 ID:XXCuaQns
皆様、お早うございます。それと、本日は、“立教記念”おめでとうございます。昨晩、今朝と、関東地域は地震が、有りましたが、素晴らしい、御天気になりました。さあ、本日も元気に、明るく、楽しく、神の子の生活を楽しみましょう!ありがとうございます。合掌、拝。


〜明るい心、暗い心〜

この世では誰でも『幸福になりたい』と思っている。では幸福になると、どんな心持ちだろうか。『まだなかったことがないから、分からない』というかも知れないが、その点をごく簡単に整理して、『明るい心』か『暗い心』かどちらかと聞かれると、『明るい心』に○をつけるだろう。
それならば、先ず『明るい心』になるとよい。するとその心によって、次第に幸福になって行く。一ぺんにならなくても、だんだん、『幸福』になる。
何故かというと、この現実世界は、心によって作られるからだ。心が全ての現実を作って行く。部屋でも、暗くしようと思えば、カーテンでも暗幕でも引いて暗くできるし、明るくしよう思えば、電灯をつけるか、窓をあけるか、天井をブチ抜くかすると、明るくなるだろう。
ところが『明るい心』になるには、そんな天井をブチ抜くほどのことをしなくてもよい。世の中の美しいところや、人に深切なところ、自分や周囲の人々の『美点』を見るようにすればよい。それん見る“練習”をし、鏡の前で笑ったりしていると、だんだん『明るい心』になって行くのだ。その反対に、人の欠点や、いやな所や、きたない所を見て、フクレ面する練習をすると、かならず『暗い心』になって、『不幸な人』になるのである。
ウソと思う人は、この二つの方法のどちらかお好きな方を、せめて一週間ぐらい続けてやると、きっと、『ハハー、なりそうだ』と予感がして来て、さらにもう一週間続けようということになるかま知れない。

〜谷口清超先生著『ありがとう』はすばらし より〜

私は、今朝、掲示板を見て、大変、神様に、感謝申し上げました。それは、何時もの事なのですが、

志恩様は『暗い心・言葉』を私投げ掛けくださり、また、勉強させてもらってます。志恩様、ありがとうございます!と合掌、感謝しました。また、
ハマナス様は、いつも、明るい心・言葉』を読んだり、また、掛けてくださったり、勉強させて頂き、大変感謝してます!ありがとうございます。
御二人は、私の観音様ですね。志恩様も、心を明るいされて、和解されてくれると信じてますよ。ありがとうございます。合掌、感謝
それでは、皆様、本日も、清超先生の『お言葉』の様に、明るい心で、神の子として、楽しい日にしてください。ありがとうございます。感謝敬白、合掌、拝。

1320神の子さん:2012/03/01(木) 10:41:23 ID:Dd/UbOck
生長の家の立教記念日、おめでとうございます。

役行者様のお言葉ですが
>つまり、結論をいいましよう!
 >いまの段階では、生命の実相という聖典がなくてもいいとは一言も云っておられないのです!

「いまの段階では」「いまの段階では」、生命の実相という聖典がなくてもいいとは言っておられないのですが、
副総裁のブログでは、大切にしていこうという想いは感じられませんでした。

今後「最高裁で敗訴が決定した段階では」どう言われるのつもりなのでしょうか?

トキ様、みなさま、寒い日が続きますので体調に気をつけて、足元に気をつけて元気にお過ごしくださいませ。

1321a hope:2012/03/01(木) 12:27:38 ID:kcv2QXTk

みなさま こんにちは。

今朝は、雪遊びのしすぎか、笑いすぎか、子どもが一人発熱したため、病院へ行ってきました。
ただの風邪のようですが、高熱なので看病してあげたいです。
この板、ちょっと拝見しましたら、活発な討論がされていますね。、
あとで、他の板や、他の掲示板とともにゆっくり拝見させていただきます。

今日は、人生読本の筆写、お休みさせていただきます。
みなさまも、風邪やをひかれないように、じゅうぶん注意してくださいね!

1322役行者:2012/03/01(木) 19:01:28 ID:HQxhbCpI

 元職員さま

  >特に今回驚いたことは、純粋な信仰者であられる役行者さんのようなお方が・・・
とうとう『生命の實相』を含めた聖典をあたかも不完全なものとする論調に乗って
しまったことです。<

 
 まずは、ももんが様とコミュニケーションでの、ももんが様の私への返答を引用させていただきます。

 
  >“公案”事態や、各“聖典”事態のコトバには、差別が、ある訳で無く、
『聖典・生命の実相』もそうである様に、皆、“真言”としてのコトバが書かれて至り、
載っているので、各個人の魂の差は有っても、何らしかの、“悟り”を得ているとは思われます。
それを、得と読んだり、御利益と呼んだりするんだと、思います。
 けして、御利益信仰も悪いわけでは無いと言えますね。そうした、意味では、
『聖典・生命の実相』に出会った縁や、読む事は、大変素晴らしいことだといえると思います。
 先日読んだん、『聖典・生命の実相』第2巻32㌻にこうありました。

〜『本当のことを申しますと、この本が病気を治すのではありません。神の子たる人間
に病気は本来無いのであるから、治すも治さぬもない。本来治っているのであります』〜<

 

 ももんが様の返答ですが、このコトバに尽きると思います。
 本が病気を治すのではありません。本に書かれている、生命の実相が内なる生命の実相に
 感応して、メタフィジカルフィーリングがはたらくのでしょう。
 
 そこで、まず、申し上げておかなければならないことは、決して聖典『生命の実相』を軽んじていないと
云うことです。そこは、真理の言葉で満ち溢れているからです。

  しかし、現総裁のお考えは誰も知る由はありません。
 推測でしか語れません。
 私の推測では、決して聖典 生命の実相を軽んじてないということです。

 >雅宣氏は、なにやら言い訳がましいことをあたかも真理の如く語っていますが、
かつて彼が「真理の中心部分と周辺部分」と語っていたことを思い出せば、
今回の聖典(つまり『生命の實相』)
は、はたして周辺部分なのでしょうか。答えはとおりです。とりわけ「聖経」は、
真理の核心部分であり、これを不完全なコトバと考えるのならば、ただちに「生長の家」
のみ教えは成り立たなくなります。<


 聖典『生命の実相』も『聖経』も周辺部分のはずはなく、真理の中心部分に決まっている、とそのように思います。断じて・・・ただ、総裁先生が仰りたいことを自分なりに解釈すると、現象世界に表現されたものはどんなに真理に満ち溢れていても不完全であるということでしょう。
 ではなぜ、そのようなことを総裁は仰るのか、それはたぶん・・・下記の理由によるのでしょう。


 これから書く内容は、以前私が投稿した内容です。

 >たとえば、中世キリスト教の魔女狩りをはじめキ リストの名を借りての数々の残虐性は、聖書を絶対 化して神聖化したことによる時の権力者が為してき たことで、大罪に値します。<


 聖典の名を借りての犯罪を過去、宗教はえげつなく繰り返してきているのです。
 聖典を現象的な視点から捉え、解釈し、絶対化、神聖化することによる悲劇です。
 聖典の現象的な解釈は不完全です。そのことを仰りたいのだと思います。
 そのような悲劇を繰り返したくないための防衛からの言葉と存じます。
 つまり、聖典 生命の実相を切る!ための防衛からではないと信じております。
 それを信じれなければ、組織のなかにおられません!

         続きます

1323役行者:2012/03/01(木) 19:08:10 ID:HQxhbCpI

 上記文章につづく!

>よく、考えてください。世の中のカルト宗教は、キリスト教系のカルト(統一やエホバ)は、
聖書は不完全だと言って勝手な解釈をしてきましたし、仏教系ではオウムやバカボンが、]
自分なりに釈迦の教えを利用して
人を迷わしています。生長の家を信仰するのならば、まっすぐに聖典に書かれてある
真理に従うことが大切なのです。当り前のことです。はやく気がついてください。
知らないうちにカルトになっていたらシャレになりません。<


 もちろん、聖書、仏典、素晴らしい文章です。聖典 生命の実相も至上の真理が語られているでしょう。
 その聖典を不完全といい都合のいいように勝手な解釈を加えるのは確かにカルトの常套手段でしょう。
 
カルトは思考を停止させるのです。
 上のいうことを絶対化させてしまう。
 考える能力を停止させてしまうのです。それが危険なのです。
 そして、その教祖でなければ、その宗教でなければ救われない!
 と断言して、縛り付けるのです。そしてその後、目的遂行のための危険な手段が待っているのです。

 手段が大切だと仰っておられた清超先生、そしてその法燈を継承された雅宣先生において、間違ってもカルトになるとは思えないのです。
 それどころか、聖典の現象的解釈により起こる悲劇を防ぎ、

〜『本当のことを申しますと、この本が病気を治すのではありません。神の子たる人間
に病気は本来無いのであるから、治すも治さぬもない。本来治っているのであります』〜

 このような視点から聖典を捉えてくださり、真に聖典を守っていただけると信じているのですが、元職員さま、また、本流掲示板で、私の文章を取り上げてくださっている、「靖国見真会」参加者さま、私の考えは甘いのでしょうか?

 きっと、真剣に話し合えば双方ともに理解しあえると信じております。
           合 掌

1324ハマナス:2012/03/01(木) 23:12:45 ID:u5mC.eb2
神の子のみなさま、こんばんは。

昨日とは変わって、今日は立教記念日にふさわしい晴々とした良いお天気でした。
話しに寄りますと、本部会館は大勢の人でいっぱいだったそうです。
心からお祝い申し上げます。
     
三 月  万物めぐむ (『光明道中記』より)

      美 的 価 値 と 行
 
人間は宇宙の生命が咲き出でた美花である。それに気着かぬに人が多いのは
悲しむべきことである。人間自身が花であると云うことに気が着いたならば、
人間はただ美しく生きることに懸命になれるに相違いないのである。
人間の価値には、美的価値と、道徳的価値と、経済的価値とがある。経済的価値とは
物の生産と消費との関係に於ける価値である。経済的価値を生産のみにあると思う
のは間違である。生産と消費との調和に価値が生まれるのである。道徳的価値とは
人間の心に生じたるものを行為に表すところの価値である。経済的価値も、道徳的
価値も、行(ぎょう)を通してのみ、その価値を成就する。美的価値は離れて観る価値
であるから、行と最も縁深いところの価値であるが如く思われる。 併(しか)し、
「美」もまた行(ぎょう)を離れて存在し得ない。「美」は紋理であり、相(すがた)で
あるが、相もコトバの振動によって展開するから、行(ぎょう)なくんば美もまたないのである。

     三月一日   栄光を見る日

 われわれを神が造った。 神と呼ぶのが嫌やな者は生命と言っても好い
                      (『生命の實相』第七巻)

人間の受胎はすべて神性受胎であると云うことである。「斯かる人は血脈(ちすじ)
によらず、肉の欲(ねがい)によらず、人の欲によらず、ただ神により生まれしなり。
言(ことば)は肉体となりて、我らの中に宿り給えり我らその栄光を見たり」
(『ヨハネ伝』第一章)その栄光を見ることが悟りである。われを肉欲によりて
生れたる者と観ず、われをただ神によりて生れたと観るのである。彼を、汝を、我が
親を、子を、良人を、妻を、すべての人々を神によりて生れしものなりとして観るの
である。そこに人生ならぬ「神性」が始まり、肉生(にくしょう)ならぬ霊性
(れいしょう)は始まり、自分の周囲に住む人々は悉く「神より生れし人々」となる。
かくて自分の周囲は神の国となり、天国となり浄土となる。

 観の転回である。「観ること」が転回して見られる世界と、観られる人間との貌
(すがた)が変る。「菩薩心浄ければ浄土浄し」暗黒を見る心が一転して栄光を見る
心になるのが悔(くい)改めである。
 
「光は暗黒(くらき)に照る。而して暗黒は之を悟らざりき」(『ヨハネ伝』第一章)
栄光は照り輝いているのである。栄光のほかに何もののない。されど暗黒は之を悟ら
ないのである。人はすべて神の子である。神性受胎である。吾れ今呱々(ここ)の
声をあげてその栄光を見る。

合掌

1325ももんが:2012/03/01(木) 23:14:38 ID:XXCuaQns
役行者様


役行者様、先日、先々日と、ありがたい、御言葉賜り、ありがとうございます。感謝敬白、合掌、拝。

<< ももんが様

 >“人は自我を捨てる境地”“神に全択する境地”に中々 立てないと言うことです 。
 復興G様ばかりでは、ありません、私も、何度、南 泉老師に斬られてると思います 。
 過ちは、皆犯すものです。その過ちを、許す心、即 ち、”自我を捨てる心“を養うことが、慈悲の心に 繋がり、神の心、本来罪なし、の、生長の家の教え に近づくように<

 完全同意します。
 わたしも、四無量心を観ずる祈りを、明日より実践してまいります。

          感 謝>>


役行者様の、心遣いにの素晴らしさには、頭が下がる思いです。

特に、本日、志恩様の投稿文の中のこの一句一節に、私は、身震いしてしまいました!

>>>書物がなくたって、真理は宇宙に満ちているじゃな いですか、というのは そういう意味ですよね 。<


 これは宇宙の真理です!!!
<<


真に、これは、凄い一句です!

宗教を実践するとは、何者なのか?

それは、自分自身ですね。
その自覚が、役行者様にある証明ですね。真に、心から合掌させて貰います。

私が、谷口雅春先生の修行者として、“心”を見た、一句一節が、『生命の実相・第1巻14㌻』に、あります。

〜わたしは『生長の家』の教祖ではない。わたしは諸君と共に『生長の家』の教えを聴聞して、ひたすら、その教えのごとく生きて行こうと努力する一人の求道者にすぎない。わたしがまだこの世的な悩みをいく分でも持っているのはわたしの生活がまだ『生長の家』の生活になり切ってないからである。〜

とこうあります。この続きもありますが、私は、この部分こそ、雅春先生の真の姿、修行者の顔を、少しだけ、我々が、知れる部分と感じました。

役行者様の言われてる事と、雅春先生の言われてる事は、気持ちの上で一致してると、私は思います。


役行者様、いつもながらの、御言葉や心遣いは、感謝感謝です。では、まだ、寒いですから、御体、気おつけて、おやすみなさい。合掌、拝。

1326ももんが:2012/03/01(木) 23:17:55 ID:XXCuaQns
復興G様

復興G様、先日、先々日はお返事ありがとうございます。遅ればせながら、お返事します。感謝敬白、合掌、拝。

昨日は、雪、地震と、復興G様は、大丈夫でございましたか。本日は、現代でなければ、目撃できない様な光景に出くわしました。本日、帰りの路線バスに、何時もの様に、乗っておりました。すると、降り口の前に、太った若い男性【自閉症】の方が、立っていました。二人の老夫婦のお爺ちゃんが、『降りるから、退いてくれ』と、少し強めに言うと、太った若い男性【自閉症】は、『そんなの、勝手に降りればいいじゃん』と退きません。太った若い男性【自閉症】には介添人の男性がいますが、たぶん、何か言うと、その太った若い男性【自閉症】が暴れるかも知れないのでジェスチャーで退くよう袖口を引くだけでした。老夫婦は、怒りながら、むりくり、バスをおりました。
それは、ほんの一瞬の出来事です。太った若い男性【自閉症】は心の病です。それを知らない、老夫婦、常識など通用しない現実は、たくさんあります。両者は、互いに、怒っていたんですね。
すいません、余計なお話しまして。


<< ところで、

<残念ながら、谷口雅宣総裁のご文章を読んでも、「内なる実相の魂がそれに共鳴し、歓喜する」ということがない。>

と前に書きましたが、それは、なぜなのかと考えてみました。

谷口雅春先生は、唯一絶対の神の側、「不二の真理の山頂」に立って、現象界、登山道を俯瞰していらっしゃる。そこから現象すなわち相対の、相対立している世界は本来無いのだ! と喝破されている。だから、現象に表現された言葉には矛盾があるように見えても、実相から見たら矛盾はないのである。その真理が、魂に響くのである。
一方、谷口雅宣総裁は、下界の登山道から頂上を見上げながら、すなわち相対の、相対立している世界から、絶対界を想望しながら、「生長の家は唯一絶対の神を信ずる」とおっしゃっているのである。谷口雅春先生は、「人間は神の子であります」と、権威をもっておっしゃる。谷口雅宣総裁は、「生長の家は、人間は神の子であると説くのであります」と、他人事のようにおっしゃるので、魂に響かないのである。
やはり、『生命の實相』がなくなったら、生長の家から神さまが消えてしまう──そのように思われるのであります。>>



そうですか、復興G様が、感じたことは、御理解できます。
私も、雅春先生のテープ毎日近く聞いてますし、御文章も読んでますから、雅春先生と雅宣先生の比較は、ある意味、共感できる部分はあります。

、復興G様は、清超先生は、どう思いますか?

復興G様の御心配は、『生命の実相』が、教団から、消えてしまうのでは?と、言う事ですよね。

総裁のブログなども、全く、読んでないので、わかりまんが、『生命の実相』が無くなったりする様な感じんは、感じません。

しかし、今後、どうなるかは、わかりませんが、争いは、止めて、和解するように、復興G様が、おしゃるように、基本的神想観しながら、祈念していたいです。
すいません、若輩者が、生意気な御言葉に成っているよなら、反省して、良い言葉で表現できるよう、がんばりますから、また、色々、教え下さい。寒いですから、無理せず、お過ごし下さい。感謝敬白、合掌、拝。

1327ももんが:2012/03/01(木) 23:22:40 ID:XXCuaQns
あさひ様

あさひ様、先日は、お返事ありがとうございます。大変、嬉しい限りです。感謝敬白、合掌、拝。


>>ももんが様

>神様が雅春先生に、”聖典生命の実相“を書き現させたのは、少しでも、この“弱肉強食”の“争い”を無くす為だったと、私は、本日『聖典・生命の実相』を拝読しながら、更に強く感じたしたいです。


ということは、”聖典生命の実相“こそは人類の聖典ということですか? 複眼的思考、多面的洞察、宗教的、心理学的教養広いももんが様ですから、お尋ねいたしたく思います。合掌<<

未熟者な、私に、勿体、御言葉を賜り、恐縮しております。

私は『聖典・生命の実相』の言葉に、神様を見つけました。断っておきますが、私の感じ方です。他の方と違う事はお許しください。

①、『生命の実相第2巻32㌻』”本当のことを申しますと、この本が病気を治すのではありません。神の子たる人間に病気は本来無いのであるから、治すも治さぬもない、本来治っているであります。〜

※、 “病気”の所を“罪”としてら、“人間は本来罪無し”となりますね。人間の“清浄な心”は、汚れを知らない、満月、神の子、神の写し鏡の様ですよと、言われる箇所と私は、思いました。〈神様を現した箇所と言えると思います〉

②、次に、『旧約聖書・出エジプト記』3・モーゼの召命・14より。
“神はモーゼに『わたしは“ある”。わたしは“ある”という者だ』と言われた。また、『イスラエルの人々にこう言うがよい“わたしはある”と言う方がわたしをあなたたちに遣わされたのだ。』


※、神様は『ある』と言う名前で、ある事に、注目のして下さい。これは、わたしの解釈ですから、宛に成らないかもしれませんが、『ある』=『創造』・『生みだす』生長の家で言う所の、創造の神ですね。


③、禅で、やる”無字の公案“も、見性の瞬間や、大悟の瞬間を、例えて、『大死一番絶後に蘇る』とか『無一物こそ無尽蔵』とかいいます。密教でも、胎蔵界曼荼羅も、詳しくわしりませんが、母親の胎内で子供を慈しみ育てるようにとの意味で、これも、”生まれる“を含んでるようですね。

これは、私が、『生命の実相』を読んでいて、自分の体験と今まで学んだ事と、一致〈心が重なる部分〉、心で読み取れる、感じとれる部分が、あったからです。〈昔から知っていたように〉


上記は、私の感じですから、決して、皆様や、あさひ様と一致するとは、思っては、おりません。
だだ、あさひ様が、おしゃる様に、”聖書“や”コーラン”や、“たくさんの仏教聖典”や、他の素晴らしい聖典類と等しく、『生命の実相』も、地球の人類に大切な聖典と言えるでしょ。

あさひ様、私は、表現が
下手ですから、あさひ様と見解が違うようでも、個性の違いとして、お許しくださいませ。真、あさひ様、お答えさせて、頂き、ありがとうございました。あさひ様の、見解を教えて下さると、私も、勉強になりますから、時間ありましたら、お聞かせ下さい。ありがとうございます。感謝敬白、合掌、拝。

1328ももんが:2012/03/01(木) 23:25:58 ID:XXCuaQns
a hope様


a hope様、何時も『人生読本』の素晴らしい投稿、ありがとうございます。感謝敬白、合掌、拝。

今日は、お子様が、お風邪ですか?インフルエンザ流行ってますから、病無しとは云え、気おつけてください。御快癒されますよう、御祈りしてます。

何時も、ありがとうございます。ゆっくり、おやすみください。感謝敬白、合掌、拝。

1329ももんが:2012/03/01(木) 23:28:11 ID:XXCuaQns
トキ様

トキ様、こんばんわ。御体の具合どうですか。無理せず、養生してください。感謝敬白、合掌、拝。

先日は、体調悪いのに、ご返答いただき、真にありがとうございます。感謝、拝。
<<ももんが様

 激励ありがとうございます。幸い、朝起きての神想観と聖経読誦は熱があっても続けております。
いろいろと心配をかけて、申し訳ありません。

 ご説の通り、他人の事はなかなか気がつきますが、自分の事は気がつかないものです。
昔、ソルジェニーツィンの収容所群島という本を読んだ時に、それを感じた事があり
ましたが、熱が下がったら、書きたいです。

 では、おやすみなさい。ありがとうございました。>>


『生命の実相第2巻』に、“風邪を引かない方法”が出てました。
しかし、風邪を引く時は、結局引くわけですよね。
風邪を引かないポイトは『くしゃみ』や『咳』が、出そうに成った時、『自分の心』に『風邪』を認めない事だそうです。
これが、中々難しいですよ。『くしゃみ』の時、神経が『くしゃみ』に『心』が集中しやすいから、『風邪引いた』と『心』に認めてしまいうからだそうです。余談ですが、私は、この方法は成功してます。失敗もあります。ただ、その時の状況により違いますね。やはり、仕事が、忙しい時は、心も疲れてますから、うまく行きませんね。『風邪』一つでも、『心』の勉強になるし、『生命の実相』の正しさの証明と、失敗した時は、どうしてかも、分析すれば、『生命の実相』をただ読むだけでなく、より、深く、知る事ができましすね。

復興G様、役行者様、おしゃる様に、『生命の実相』は素晴らしいですね。

トキ様、無理せずに、養生してください。いつも、心使いありがとうございます。感謝敬白、合掌、拝。

1330ももんが:2012/03/01(木) 23:44:35 ID:XXCuaQns
>>1324

ハマナス様


ハマナス様、いつも、素晴らしい投稿文拝読するたびに、心、洗われる思いです。感謝敬白、合掌、拝。


<<1324:ハマナス
12/03/01(木) 23:12:45 ID:u5mC.eb2
神の子のみなさま、こんばんは。

昨日とは変わって、今日は立教記念日にふさわしい晴々とした良いお天気でした。
話しに寄りますと、本部会館は大勢の人でいっぱいだったそうです。
心からお祝い申し上げます。
     
三 月  万物めぐむ (『光明道中記』より)

      美 的 価 値 と 行
 
人間は宇宙の生命が咲き出でた美花である。それに気着かぬに人が多いのは
悲しむべきことである。人間自身が花であると云うことに気が着いたならば、
人間はただ美しく生きることに懸命になれるに相違いないのである。
人間の価値には、美的価値と、道徳的価値と、経済的価値とがある。経済的価値とは
物の生産と消費との関係に於ける価値である。経済的価値を生産のみにあると思う
のは間違である。生産と消費との調和に価値が生まれるのである。道徳的価値とは
人間の心に生じたるものを行為に表すところの価値である。経済的価値も、道徳的
価値も、行(ぎょう)を通してのみ、その価値を成就する。美的価値は離れて観る価値
であるから、行と最も縁深いところの価値であるが如く思われる。 併(しか)し、
「美」もまた行(ぎょう)を離れて存在し得ない。「美」は紋理であり、相(すがた)で
あるが、相もコトバの振動によって展開するから、行(ぎょう)なくんば美もまたないのである。

     三月一日   栄光を見る日

 われわれを神が造った。 神と呼ぶのが嫌やな者は生命と言っても好い
                      (『生命の實相』第七巻)

人間の受胎はすべて神性受胎であると云うことである。「斯かる人は血脈(ちすじ)
によらず、肉の欲(ねがい)によらず、人の欲によらず、ただ神により生まれしなり。
言(ことば)は肉体となりて、我らの中に宿り給えり我らその栄光を見たり」
(『ヨハネ伝』第一章)その栄光を見ることが悟りである。われを肉欲によりて
生れたる者と観ず、われをただ神によりて生れたと観るのである。彼を、汝を、我が
親を、子を、良人を、妻を、すべての人々を神によりて生れしものなりとして観るの
である。そこに人生ならぬ「神性」が始まり、肉生(にくしょう)ならぬ霊性
(れいしょう)は始まり、自分の周囲に住む人々は悉く「神より生れし人々」となる。
かくて自分の周囲は神の国となり、天国となり浄土となる。

 観の転回である。「観ること」が転回して見られる世界と、観られる人間との貌
(すがた)が変る。「菩薩心浄ければ浄土浄し」暗黒を見る心が一転して栄光を見る
心になるのが悔(くい)改めである。
 
「光は暗黒(くらき)に照る。而して暗黒は之を悟らざりき」(『ヨハネ伝』第一章)
栄光は照り輝いているのである。栄光のほかに何もののない。されど暗黒は之を悟ら
ないのである。人はすべて神の子である。神性受胎である。吾れ今呱々(ここ)の
声をあげてその栄光を見る。>>



二元化した世界を脱却するには、

“神に全択する”しかないですよね。


いつも、素晴らしい教えをありがとうございます。
ハマナス様には、真に、教えられます。

ゆっくり、おやすみください、いつも、心尽くしの言葉、ありがとうございます。感謝敬白、合掌、拝。

1331ももんが:2012/03/01(木) 23:57:57 ID:XXCuaQns
>>1322
役行者様

合掌
追伸・役行者の、元職員様の、御返答文章、大変素晴らしいです。感動しました。感激です。私には、こんな、頭の中では、出来ていますが、この表現は難しいです。流石です。役行者様。勉強になりました。ありがとうございます。感謝、合掌、拝。

1332元職員:2012/03/02(金) 02:02:42 ID:???
役行者さん、ももんがさんに褒められて良かったですネ

本部内の法則?wのようなものがあります。

>>近くにいて知ったものから去っていく<<

近くにいてその人の言動を知って、自分の想像していたモノとのギャップに愕然として
去って行くんですね。本部からたくさんの幹部が去っていきました。
こんなことは教団の歴史上、今まで無かったことといえると思います。残念ですが現象世界ではこれが現在の本部の
実態です。私も靖国見真会さんも同じです。

 細かいことや誰がこんな時にこういわれた・・・などと書き始めると一冊の本になりそうなのでやめますが・・
『生命の實相』についてだけ特化してお話すれば、こんな事実を上司から聞いて驚いたことがあります。

谷口雅宣氏が副総裁になってまもなく、その年の運動方針の検討が本部内でありました。
その年よりも以前の運動方針の四番目の柱、「世界に伸びる運動計画」の中にあった
*聖典の翻訳活動をさらに進め『生命の實相』を六ヶ国語に○○巻の完成を目指す(要旨)という方針を続けていましたが
その上司が理事会審議の事前に、副総裁に継続を報告したところ・・・

「それは必要ない」と副総裁から言われ、さらに・・・
「海外については僕がそれを(生命の實相にあたるものと思われる)書くから・・・」と指示を受けて次の運動方針から削除されたという
事実がありました。実際に『生命の實相』の英語翻訳は40巻すでに原稿として完成していましたが、その時より出版は停止になってしまいました。
この事実は、関係者だけが知っていたことですが、外部からは知りえない現在の状況を正しく知るためにはとても参考になる事として明らかにしておきたいと思います。

 この事をふまえれば、「今の教え」「現代の世相にあわせた教え」という主張通り、今は総裁となった雅宣氏は『生命の實相』を新たに自分の言葉で書き換えて発表することは
充分に想定内で、とりわけ神想観のニューバージョンとか、真理の吟唱をまねたコトバを発表した゛前歴゛を考慮すれば『生命の實相』を自分で書き換えて『新・生命の實相』を自分の名前で
発表することは当然の事として考えられるわけです。

特に役行者さんに思い返し読み返していただきたいのは、「神示」において本としての『生命の實相』が、「神殿である」と明確に書かれてある部分についてです。
今一度「神示集」や新編「聖光録」を読み返していただければ幸いです。さすがに、「神示」を書き換えることは誰にも出来ないからこれこそを根拠にして考えなければなりませぬ。

1333志恩:2012/03/02(金) 06:39:01 ID:.QY5jUA6
元職員さま

過去に、>「生命の實相」英語翻訳40巻が、すでに原稿として完成していたにもかかわらず、
副総裁時代の雅宣氏に「それは必要ない」「海外については僕がそれを(生命の實相にあたるものと
思われる)書くから‥」と指示を受けて次の運動方針から削除されたという。>

この判断ミスには、驚愕しました。
歌舞伎は古い。古典伝統芸能も古い。全部廃止せよ。というのと一緒です。

うちの子供たちも,全員,「生命の實相」を、拝読しております。実家の弟には、3人の男の子の子供がいて、
3人揃って、慶応大ですが、入学まえに3人とも「生命の實相」を、全巻読んだのだと弟が話していました。

このように現在の大学生年代の子達にでも、「生命の實相」は、充分に通用し、人生観を変えて頂いている聖典なのです。
昔の時代に書かれたんですから、例え話は、古いに決まっています。読む時は、みなさん、それらは差し引いて、
真理のエッセンスのみを、飲み干しているのです。

雅宣氏の、このような判断ミスは、次々と、どこから湧いてくるのかわかりませんが、「生命の實相」を絶つ、ということは
古事記には、樹に学べということが書かれていますが、樹の根っこを全部切り捨てるのと,同じ行為です。

「小閑雑感」を読んで、人生が前向きに生きられるようになりますか?

「日々の祈り」には「甘露の法雨」のような数々の奇跡や功徳は、ありましたか?

この分ですと、雅宣氏著・「新 生命の實相」が、出版されるのは、想定内のことのようですね。

雅宣総裁の,判断が正しかったのなら、なぜ、信徒は激減につぐ激減になっているか、お考えになったことってないのか、
不思議でなりません。

1334ももんが:2012/03/02(金) 07:18:18 ID:XXCuaQns
皆様、おはようございます。今朝は、曇り空で、少し、肌寒いですね。本日も、元気に、明るく、楽しく、神の子の生活を楽しみましょう!ありがとうございます。合掌、拝。


〜ある、都会の生き物戦い〜

去年の7月頃でしたか、雨の日でしたが、私は、ある庭の綺麗な喫茶室で、お茶を飲んでおりました。
外をボンヤリ眺めていると、三羽のカラスが、ハトを啄んでいました。そこに、野良猫二匹が、遠くから、獲物を、横取り、しようと、狙いを定めていました。両者、獲物を間に置いて、威嚇しあったり、獲物を引っ張り有ったりしていました。
そのうち、猫が、獲物加えて、遠くへ駆け出すと、空中から、カラスが、戦闘機の様に攻撃してきます。しかし、結局、茂みに隠れた、猫の勝利に終わりました。

〜お話終わり。

先日、お話した、『南泉斬猫』と言うより、『生命の実相』に出て来た、“カエルがヘビに飲まれる”お話に近くお話に見えてしまうでしょか。“自然界のこの姿”悲しい出来事なのに、変える事がで無い。すいません、朝から、少し、暗いお話に成りまして、こんな、お話をしないようにないといけないのに、反省です。
では、皆様、明るい心で、本日も、素晴らしい、神の子として、元気にご活躍下さい。いつも、御拝読、ありがとうございます。感謝、合掌、拝。

1335志恩:2012/03/02(金) 08:27:10 ID:.QY5jUA6
夜の月もあり、昼の太陽もあり、
夜も語るも昼を語るも、憎くて言っているのでは、ありませんから、
どちらも、ある意味、光明思想だと思っております。

1336役行者:2012/03/02(金) 08:30:38 ID:9hAzTsMA

>元職員さま

 再度のお声掛け、ありがとうございます。

 >役行者さん、ももんがさんに褒められて良かったで すネ <


 良かったです。このように励まして下さる元職員さま、なぜでしょう、目頭が熱くなってきます・・・


 私は詳しいことを知らないので何とも云えませんが、本部内ではいろいろなことがあったのですね。
 ご心中、お察し申し上げます。

 たぶん、聖典 生命の実相の英語版に関して、そのようなことがあっただろうとは察しがつきます。

 だからこそ、今一度、その当時の関係者を含め、同じテーブル上で話し合うことが大切だと思うのです。

 今回、崖っぷちから投稿することにより、より見えてきました。
 雅宣先生は、根本に人類救済、次世代に明るい未来を!をかかげ、真剣勝負だ、ということが・・・

 真剣勝負なもの同士ですから、話し合えば、必ず、誤解が融けることと思います。

 生命の実相を如何に全世界に普及していくか!という根本的な諸課題をもう一度、みなとも集い、話し合うべきと存じてます。
 
 たぶん、察するに、未だ箪笥の奥にしまわれたままの諸課題が山とあります。
 それら一つ一つをみんなで力を合わせて解決していかなければならないと存じてます。

 ほとんどの信徒は和解を望んでおります。分派の方々の中にもたくさんの優秀な人材がおります。
 思想上、かみ合わないところは、三日三晩の徹夜してでも話し合い、ともに協力しあって人類光明化運動に邁進すべきと存じます。


 >特に役行者さんに思い返し読み返していただきたい のは、「神示」において本としての『生命の實相』 が、「神殿である」と明確に書かれてある部分につ いてです。 今一度「神示集」や新編「聖光録」を読み返してい ただければ幸いです。さすがに、「神示」を書き換 えることは誰にも出来ないからこれこそを根拠にし て考えなければなりませぬ <

 
 いつも、ご指南、ありがとうございます。
 了解いたしました。


      感謝 合掌 再拝

1337ハマナス:2012/03/02(金) 09:11:01 ID:u5mC.eb2

神の子のみなさま
おはようございます。

 「今」 新 生 す る (『新版 生活の智慧365章』P.81)

神は常に吾らに新しき日を与え給うているのである。朝々が常にその人にとって
「新生」なのである。神は、「今」新生するとき、過去をもって責め給うことは
ないのである。神が「今」を吾々に与え給うことを、神に対して感謝しようでは
ありませんか? 過去の何があったであろうとも、それは既に過ぎ去ったのである。
「今」は一切の過去を変貌される力をもっているのである。「今」ここに自分の
生命(いのち)に神が在(まし)ますことを自覚したとき、それは自己の魂に
燈をともされたのと同じことなのである。

 過去の一切の悪も業も罪も、闇と同じような仮存在に過ぎないのである。
闇は実在するかのように見えるけれども、それは「光りの非存在」の仮の相(すがた)
であって、光さえ射し込ませれば消えるのである。それと同じく、「今」自己の内
に神が存在し給うことを本当に自覚するとき、過去に如何なる罪や因縁や業が
あるかの如く見えていても、それは消えてしまうのである。


感謝合掌

1338元職員:2012/03/02(金) 12:48:46 ID:???
志恩様ありがとうございます。

 話の流れの中で、思い出したことを書き留めておきたいと思います。
慶応大学の名前が出ましたので・・・国内の幹部の方はあまりご存知ないかもしれませんが
宮澤潔先生は慶応大学卒業の方です。

 先ほど書きました事実のころに副総裁はアメリカに講演旅行に行きましたが、そのことがきっかけになり、大きな問題がおこりました。
宮澤潔先生は当時北米出版局長をされて、すでに10年以上活躍されていまして英語版「生長の家」誌の編集責任者となっておられました。
 雅宣氏の講演はね英語の原稿を読み上げる形の講演であったそうですが、それを英語版「生長の家」誌に載せるように雅宣氏は一方的に
指示した事に対して、雅春先生のご文章を第一に編集に当たってきた責任者としてただちにそれを受け入れませんでした。理由は次の通りでした。
①雅宣副総裁の講演原稿は1つの論文であって、雑誌に連載して載せるには不適当であること。
②むしろ、講演原稿は一冊にまとめて出版することが適当であり、そのほうが読者に説得力があること。
という事であったようです。(しかし実際にその英語は不備な点が多く雑誌のクオリティも落ちる可能性もあったと聞きました)
これを聞いた雅宣副総裁は激怒。国際部長に「あの宮澤を排除しろ」と指示。国際部長はこれを何とか良き方向にも穏便に収めるために宮澤氏と相談の上
宮澤潔はオーストラリアの新天地で代表者として赴任する事に決定。総裁であられた清超先生は特別に<宮澤氏に特命本部講師の称号を与えられました。
 それからというもの、宮澤潔先生はご家族で一から道場建設に取り組まれ、牧場の管理小屋を基点にしながら自給自足の体制作りと自然の中での練成を目指して
木を植え、池を堀り、何も無かった牧場を小鳥達の集まる森へと変えていかれたのです。それを現地の人達は大いに感激して協力者が次々に集まり、道場として練成会
を開催するまでになりました。しかも宮澤氏は足りない土地をご自分の私財を使って購入され、道場はいよいよ理想郷へと姿を変えていきました。

しかし・・・ある日、雅宣氏から突然、福岡ゆには道場の所属講師として(役職なし)帰国を命じられるという事になりました。すると現地オーストラリアの幹部達は
本部の命令のあまりにも一方的な事に激怒。幹事会を開き、本部と包括関係を切ることを全員一致で決議。オーストラリア生長の家はこのようにして独立宣言を現地法律に基づいて
行ったのです。ここから日本本部とオーストラリア生長の家の裁判が延々と続き、5億以上の浄財が日本本部によって弁護士関連費用として使われたのでした。
 この裁判のあり様を心配し和解を主張したのが谷口貴康氏でしたが、その和解を主張したことにより雅宣氏より宮澤氏を弁護しているとみなされて、責任役員を降ろされたのです。
これが、一般信徒のしらない知らされていない本部職員にも知らされなかった事実です。

1340志恩:2012/03/02(金) 16:04:01 ID:.QY5jUA6
元職員様

1338:宮澤潔先生(慶応大学卒)の、生長の家の於ける詳細な情報を感謝します。

このような正確な事実は、われわれ末端信徒の耳にも、生長の家の組織の皆様の耳にも、隠蔽されていることですから、
公開されないまま今日まで至っております。

宮澤潔先生が、かって北米出版局長をされて、すでに10年以上も、生長の家にご尽力されておられ、英語版「生長の家」誌の
編集責任者までなさってましたのに、
雅宣氏が、北米に講演にいらした際、総裁の理不尽な要求を、総裁のためを思い、雑誌への連載を思い留まるよう、説得されたら、
雅宣総裁は、言う事を聞かなかった事を激怒して、
やるわ、やるわ、あくどい事を。宮澤先生に対して。

その後、宮澤潔先生が、オーストラリアに生長の家を開かれた後も、次々、雅宣総裁は、信徒の浄財(確か5億円)をつぎ込んで、
すごいですね、宮澤先生を追いつめる、その執念が。

この裁判のありさまを心配し、和解を主張された貴康先生は、宮澤先生を弁護したとみなされ、そのせいで、雅宣総裁に、責任役員を
降ろされたり。。。

おどろおどろしい事実が、あったのですね。
さすが、マムシ総裁。

こういう事は、やはり、詳しく信徒に公開して頂く事が、必要だと思います。

そうでないと、憶測が憶測を呼びますから、悪かったのは、宮澤先生と貴康先生の方だったのじゃないだろうか。
ふてぶてしく振る舞ってたんじゃないだろうか、という具合に風評は、あちことで飛び交っておりました。

話し合えば、誤解が解ける?この事実も、誤解と思え!っていうことでしょうか。

色々、ありましたが、過去は水に流して下さい.毎日が新生ではないでしょうか、という真理をかざして言われてるお方も
ございますが、総裁は、過去で悪行を終わっておられないのでした。

ing‥今も尚、最高裁へ上告することにより、なにか、隠し玉とネーミングされた怪しげな兵糧攻めの技をご披露中なのですよね。

他のことも、お話頂ければ、ありがたく存じます。

1342うのはな:2012/03/02(金) 16:17:05 ID:El6gIMAw
》私は好きこのんでこんなサイトをつくっているのではありません。
》 みんなの迷惑回避について考えませんか?

 訊け管理人さん、あなたはなぜそんなによくしゃべるんですか。
あなたが、女神の部屋をつくりそこの冒頭で他の方のコメント欄使用は控えてください
一切の反論は受け付けませんといわなければ、わたしも冒頭文を削除してくださいとはいわなかったし、
他の人からあなたは自分は人を批判しても人から批判されるのは嫌なんだと見等ちがいなこともいわれることも
なかったし、コントを楽しみにしていますといわれることもなかったでしょう。
それを最後になってから、わたしは好きでこんなものをつくったわけではありません。

私のところに苦情メールがきています、みたいなこともなかったでしょう。

生長の家の信者じゃない妻子がジャンクフードの店へ出かけている間、他サイトで
ネット布教の話しをしてアク禁になったり、大調和の神示を掲げて大迷惑をかけて
閲覧禁止になったり、ここへはこない、謹慎するといいながら何回も出てきて
女神の部屋に誘導したり、そんな人がトキさんの掲示板のことや誰かの迷惑について
とやかくいえる筋合いだとは思いません。

私への批判でも悪口でもあるなら書いたらいい。
でも、みんなの迷惑にならない方向については、あなたの高尚なブログコメント者たちと
やってください。

1344うのはな:2012/03/02(金) 16:37:51 ID:El6gIMAw

議論妨害になるから私の投稿も削除してもらっていいですが、訊け氏は今は
謹慎中になっていますから、(自主的とはいえ)本当なら、あなたがここで
議論するのは筋違いではないかと思います。

 別に私を悪とみようと、またそれを修行しようと修行しまいとあなたの勝手ですが、
私になにか苦情があるなら、ここの管理者に処置を願ったらどうでしょうか。
あなたが、こっちに誘導してくさいでも、みんなの迷惑でも、大調和の神示でも
説く資格がないといってるんです。

1345うのはな:2012/03/02(金) 16:41:44 ID:El6gIMAw
 以前、削除は自分で申し出ないといけない、わたしがうそをついていると
笑っていましたが、そういう削除するようにうのはなさんに注意してください、でも、
あなたが指示しないで管理者に頼めばいいといってるんです。
トキさんも以前、訊け氏に何かいう時は直接のやりとりはさけて、管理人などを
通したらと提案されていました。

1346トキ:2012/03/02(金) 16:50:55 ID:ew5yuqQg
 まだ、体調が悪くて、朝起きて、その後、ハッサクをせっせと食べているトキです。

 訊け管理人様、謹慎なんて気にしないで、どんどん投稿をして下さいよ。ここは
誰が、何を書こうが、自由な場所です。やはり、訊け様がいないと、寂しいです。

 宜しくお願いします。

合掌 ありがとうございます

1347志恩:2012/03/02(金) 17:03:14 ID:.QY5jUA6
元職員様

実は、奇遇にも、雅宣総裁の北米の、第1回目の英語講演会に、私の2番目の妹(アメリカ・カリフォルニア在住)が、
聴衆者の一員として、参加しておりました。

そのころは、今のようにメール交換はしてなかったので、妹からの私宛のエアーメールに、英語講演会に参加した時の
感想がシタタメてありました.

ここの掲示板に書いていいかどうか,迷いましたが、手紙に書いてきた妹の率直な感想を書き込む事に致します。

『北米での、第1回目の慣れない英語での講演会のせいか、
壇上に立たれた総裁は、
原稿用紙に書かれた英語のスピーチを、下を向いたまま、ずっと読み上げていた。

アメリカでは、講演する場合は、講演者は、聴衆に顔を向けて話すのだが。

それが、ずっと、原稿を読み上げているため、下を向いたままだった。その上、英語が下手すぎて、
何をしゃべったのか、内容がまったく分からなかった。

その日、私(妹)は、教師をしている義母(夫の母)を、初めて生長の家講演会に,お誘いして二人で参加したのだ。
(日本から雅宣総裁が来られると聞いて)
だけど、ひどすぎて、なんか、恥ずかしくて、あとで、わけのわからない言い訳をしちゃった。』と書いてありました。

そんな、現場で聴いても、何を言いたいのか、わからなかったというような原稿を、アメリカの生長の家の雑誌に連載してくれ!とは、総裁は、
どういう神経の持ち主なんでしょう。

それで、宮澤先生が、総裁を思って、思い留まるように説得したら、激怒して、権力を悪用して、やるわ やるわ。

おそれいりやの鬼子母神とは、こういうことでござんしょうか。

で、おまけですが、第2回目に総裁が,北米へ講演会にいらしたときは、妹は、都合が悪くて行かなかったそうですが、
講演会後に、アメリカの大幹部でいらしたポール菊本先生というお方に、あとで妹が

 「どうでしたか、雅宣先生は。少しは,話がうまく なられてましたか?」と尋ねましたら
 「まあ、まあね」と、ポール菊本先生は,答えられたと、その後の,妹からの手紙に書いてありました。

最近のことは、知りませんが。

1348志恩:2012/03/02(金) 17:32:54 ID:.QY5jUA6
1347;志恩の文には、

私のアメリカにいる妹からきた手紙の内容を書き込みましたが、
事実でありますが、妹に断ってから書いていませんので、本流掲示板への転載は、× にお願いします。

1349志恩:2012/03/02(金) 18:44:37 ID:.QY5jUA6
1347:
※ 以前来た、妹からの手紙には,実際は「雅宣総裁』ではなく、『雅宣さん』と、ありました。
さんづけでは、失礼かと存じまして、総裁という現在の敬称を私が、おつけしました。

1350うのはな:2012/03/02(金) 18:45:00 ID:El6gIMAw

 志恩さんや、トキさんは訊けさんに早く帰って来てと書かれていますが、
こないだでも、訊けさんのは和解の論理がどうだこうだでそんな何回も同じ話しは
疲れるみたいなことをいうと、いいかげん開き直ったらどうですかなんて失礼なことをいわれました。
さあ、はじめましょうでも、なんだかんだといわれて口論みたいなことになったら
あなたがたふたりはなんとかしてくれるんですか・

こっちがふたりとも和解してもらえませんかだとか、漫才は他でやってだとか
いわれるだけじゃないんですか?

1351志恩:2012/03/02(金) 18:56:06 ID:.QY5jUA6
うのはなさん

私は、先日も言いましたが、訊け君と和解してとか、別のところでやってとか、言いませんので
ご安心を。

私は、ふたりの間に 入れないと わかりましたので、ご安心を。

母親だぜ!とも、言いませんので、ご安心を。

だけれど、

訊け君のことは、すきなので、帰って来て欲しいと思っています。

1352生長の家大好き「ぼるぼ」お孫さん教団の苦悶:2012/03/02(金) 19:00:47 ID:iV0JULqA
元職員さんと志恩さんの話に触発されて書きます。

生長の家とは雅春先生の提唱した光明生活法を実践する運動である。雅春先生が帰幽したあと、娘婿の清超氏が教団総裁になって、発音は同じだが、生長の家が清超の家になってしまったと思っていたら、さらにその後発音まで変化し、いまや雅宣の家になっている。

親しみをもって師事していた雅春先生は、大聖師という人間離れした尊称で呼ばれ、清超氏まで同じ尊称で呼ばれている。

清超氏は弟子であり、娘婿ではあって、雅春先生と同格ではありえないし、ましてやその子供に過ぎない雅宣君が同格である訳が無い。

あたかも裸の王様が街頭に出てパレードする、こう言う事態になるのは、組織を白アリの如くに食いつくすヒラメ茶坊主の仕業である。

宮沢氏は縁族だから、優秀であってもお孫さん本流から見て支流である。雅宣がだめなら貴康、というのが時代の要請となるんではなかろうか。

さっき覗いた唐松ブログで、堀とか言う人が脱雅春先生を煽るようなコメントをしていた。こういう媚や煽て記事を真に受けて、裸の王様は、脱原発などを公言するようになるのである。

人類はもはや原始時代には帰れないのだ。前進するしかないのだ。雅春先生が説いたことは、いかなる境遇でも乗り越える知恵と力を神から与えられているということである。

雅春先生の獅子吼は、決して古臭くなってはいない。像法の時代ではあるが、生長の家は、雅春先生の獅子吼は、今もなお日本を世界を救う力があると思うのである。

1353志恩:2012/03/02(金) 19:13:33 ID:.QY5jUA6
ふたりが口論になったら、なんとかしてもらえますか。ということですが、
なんとか、してくれる人、

「どこかにいませんか〜〜〜〜っ」
世界に向かって叫ぶ! トキ掲示板一同

▽ 募集・・腕利きの、二人の仲裁人⏎

 お礼;あなたの好みの花束 1,000本

1354志恩:2012/03/02(金) 20:06:49 ID:.QY5jUA6
生長の家大好き「ぼるぼ」お孫さん教団の苦悩 様

ぼるぼさま、心強いコメント,ものすごくうれしかったです。
そうですよね。

やり直し、見直し、やり直しのお方は,
貴康様でしょうか、援護射撃は、宮澤先生ご夫妻でしょうか。
そちらのほうの詳しい事情は、知らないのですが。。

唐松模様で、堀氏が、脱雅春先生を煽るようなコメントをしていましたか。
脱原発、脱雅春先生、脱生命の實相、脱聖経、、、ほんとの新年度の運動方針。(泣)

生命の實相を,古いとは、現代に通用しないとは。
通用しないのは、雅宣ご夫妻、お二人のおつむの中の世界のみのことです。
世間知らずもいいとこです。

ぼるぼさまのおっしゃる通りです。
>人類はもはや原始時代には帰れません。前進するしかないのだ。雅春先生は、いかなる境遇も乗り越える知恵と力を
神から与えられているのである。

雅春先生の教えを古臭くなってると思える頭の構造は、スカスカのカラッポ模様だと思います。

私も、3/1,唐松模様を拝見しましたが、やはり,雅春先生のことを最初に出されて、神の子を生きるとは、四無量心を
生きる事、それを実践するとは,化石燃料を使わない、生態系を破壊しない.つまり,環境問題。それに加えて
脱原発。至上愛とは、つまり、環境問題、脱原発。これを実践することが、神の道であり、至上愛を実践することなのである。

と、宣言されてますね。人類救済に対して総裁は、真剣???????
日本と世界を救うのは、これですか???????????????

私は、以前、Queen Beeママが、話してくださったシエクスピアの『リア王』を、連想してしまいます。

1355ももんが:2012/03/02(金) 22:43:41 ID:XXCuaQns
トキ様、神の子の皆様

トキ様、神の子の皆様、こんばわ。合掌、拝。
本日は、雨が凄くて、首都圏は寒かったですね。お外に出たかた、大変でしたね。真に御疲れ様でした。

今日、掲示板を見て、私が『心』に残った御文章は、二つあります。

①、志恩様の言葉
<夜の月もあり、昼の太陽もあり、
夜も語るも昼を語るも、憎くて言っているのでは、ありませんから、
どちらも、ある意味、光明思想だと思っております。>

この言葉に、志恩様の『心』を観ました。志恩様の『やさしさ』と同時に、志恩様が、深層心に『二元的に物を観てる』ことが分かりました。志恩様の『やさしいさ』を触れた事は、嬉しく思うしだいです。
ありがとう、志恩様、また、後日改め、この事は、感想を申します。感謝敬白、合掌。

②、そして、ハマナス様の御言葉です。

< 「今」 新 生 す る (『新版 生活の智慧365章』P.81)

神は常に吾らに新しき日を与え給うているのである。朝々が常にその人にとって
「新生」なのである。神は、「今」新生するとき、過去をもって責め給うことは
ないのである。神が「今」を吾々に与え給うことを、神に対して感謝しようでは
ありませんか? 過去の何があったであろうとも、それは既に過ぎ去ったのである。
「今」は一切の過去を変貌される力をもっているのである。「今」ここに自分の
生命(いのち)に神が在(まし)ますことを自覚したとき、それは自己の魂に
燈をともされたのと同じことなのである。

 過去の一切の悪も業も罪も、闇と同じような仮存在に過ぎないのである。
闇は実在するかのように見えるけれども、それは「光りの非存在」の仮の相(すがた)
であって、光さえ射し込ませれば消えるのである。それと同じく、「今」自己の内
に神が存在し給うことを本当に自覚するとき、過去に如何なる罪や因縁や業が
あるかの如く見えていても、それは消えてしまうのである。>


ハマナス様の御言葉を読むと『人間神の子、本来罪なし』を繰り返し、お話してくださり、大変、感動してます。
いつも、聞く、雅春先生のテープでも『スターデリのキリストを観て、本来罪なしに目覚めた』お話をされてました。ハマナス様、いつも、明るく、勇気をくれるお話、ありがとうございます。感謝敬白、合掌。


御二人は対極的に、私には、観音様の化身です。ありがとうございます。

それから、『実相と現象』雅春先生著より、こんな、言葉を、発見しました。

★『実相と現象』235㌻〜236㌻

<『団体の幹部、役員、講師たちも、現象の人間としては、あらゆる点において完全無欠とはいうことは出来ないのである。全ての人間はその人間は実相は既にある神の子として無限の完全さを宿しているのであるけれども、現象的には努力によって徐々に開かれて行く最後の完成を目指しているのである。だから団体の幹部、役員、講師たちにも、団体のメンバーから見れば不完全であり、批判の的になる点は無数にあるのである。それは内部で指摘し、批判し、攻撃しあっているでは内部紛争を越して、外部に向かう人類光明化の目的を達成すべき力が弱まるばかりである。幹部といえども普通のメンバー、誌友、信徒たちと同じく、感謝され、称賛され、美点を見つけてもらい、激励されることによって励まされて、実相の完全さが現れて来やすくなるのである。信徒や誌友達は教団の幹部の人達にも現象人間として、色々の苦労があり、悩みがあることを察して、欠点を見ないで、実相の完全円満さを念じて、その円満さ現れる手伝いをしてあげるべきである』〜以上

『実相と現象』より、谷口雅春先生の言葉です。

トキ様、この言葉、現在の、総裁から、教団幹部、分派幹部、全ての信徒が、聞いて欲しい、言葉かと、思われました。

すいません、生意気な事しまして、トキ様、神の子の皆様、寒いですから、お風邪ひきませんように、暖かく、して、おやすみ下さい。お話きいてくださり、ありがとうございます。感謝敬白、合掌、拝。

1356ハマナス:2012/03/03(土) 00:19:56 ID:u5mC.eb2
ももんがさま

いつも讃嘆して下さいまして、ありがとうございます。
ももんが様の、讃嘆、明るい言葉によって、掲示板の皆さまの実相を引き出して
下さっているように、思います。

>ハマナス様の御言葉を読むと『人間神の子、本来罪なし』を繰り返し、お話してくださり、
大変、感動しています。
いつも、聞く、雅春先生のテープでも『スターデリのキリストを観て、本来罪なしに目覚めた』
お話をされてました。ハマナス様、いつも、明るく、勇気をくれるお話、ありがとうございます。
感謝敬白、合掌。<

ももんが様が、仰います通り、『生命の實相』をはじめ、SAKURA様引用の『幸福を招く365章』や
、a hope様引用の『人生読本』、雅春先生のどの本をとっても『人間神の子、本来罪なし』が
繰り返し書かれてあり、感動いたします。

そして、『実相と現象』の実に素晴らしいご文章をありがとうございました。

>それから、『実相と現象』雅春先生著より、こんな、言葉を、発見しました。
★『実相と現象』235㌻〜236㌻

<『団体の幹部、役員、講師たちも、現象の人間としては、あらゆる点において
完全無欠とはいうことは出来ないのである。全ての人間はその人間は実相は既にある
神の子として無限の完全さを宿しているのであるけれども、現象的には努力によって
徐々に開かれて行く最後の完成を目指しているのである。だから団体の幹部、役員、講師たちにも、
団体のメンバーから見れば不完全であり、批判の的になる点は無数にあるのである。それは内部で指摘し、
批判し、攻撃しあっているでは内部紛争を越して、外部に向かう人類光明化の目的を達成すべき力が弱まる
ばかりである。幹部といえども普通のメンバー、誌友、信徒たちと同じく、感謝され、称賛され、美点を見つけて
もらい、激励されることによって励まされて、実相の完全さが現れて来やすくなるのである。信徒や誌友達は
教団の幹部の人達にも現象人間として、色々の苦労があり、悩みがあることを察して、欠点を見ないで、実相の
完全円満さを念じて、その円満さ現れる手伝いをしてあげるべきである』〜以上

『実相と現象』より、谷口雅春先生の言葉です。<

もし、掲示板を、ご覧のすべての方々が、お互いに“感謝され、称賛され、美点を見つけてもらい、
激励されることによって励まされて、実相の完全さが現れ”、“欠点を見ないで、実相の完全円満さを
念じて、その円満さ現れる手伝いをしてあげる事”が、できたら、生長の家は日本のみならず、世界中に
広まり、世界の人類光明化に絶大は力を発揮すると、思いました。
 
大先輩のももんが様に、生意気なことを申しました。ご教示下さいまして感謝いたします。
合掌

1357ももんが:2012/03/03(土) 07:14:21 ID:XXCuaQns
皆様、おはようございます。今朝は、雨上がりで、少肌寒いですが、素晴らしい、朝がやって来ました!さあ、今日も、元気に、明るく、楽しく、素晴らしい日していきましょう。ありがとうございます。感謝合掌、拝。




>>この世の中は、コトバで言うことが実現するのであって、それ以外の何ものでもない。だから毎日『ありがとう』『ごくろうさん『サンキュー』『メルシー』と言う人たちには、ありがたいことが次々に出て来るのだ。もちろん一日中『ありがとう』ばかりり叫んでいるわけないから、色々と出て来るが、ムッツリとして黙りこくって、文句ばかり言ってる人には、それなりのいやな”注文品“が出て来るのである。<<


〜谷口清超先生著・『ありがとう』はすばらしい!より〜


また、この言葉を貼り付けて、すいません。しかし、今朝も、私は、この言葉を読むと、新たな気持ちなれて、私の好みで、貼りました。皆様、ご勘弁下さい。
それでは、寒いし、雨で、道も濡れてますから、色々気をつけて、元気に、明るく、楽しく、お過ごし下さい。いつも、御拝読ありがとうございます。感謝敬白、合掌、拝。

追伸・今朝は、ハマナス様の御言葉、大変、有り難く、勇気を頂きました。いつも、ありがとうございます。感謝敬白、合掌、拝。

1358ハマナス:2012/03/03(土) 10:21:56 ID:u5mC.eb2
みなさま、おはようございます。

今日は桃の節句、おひなまつりです。何となく気分がウキウキします。
皆さまにとって、素晴らしい日でありますように。

    無 我 の 愛  (『新版 生活の智慧365章』P.79より)

 「兄弟の愛を常に保つべし。見知らぬ人に対し愛を与えることを忘れるな。
見知らぬ人に愛(親切)を与えることにより、その人は知らず識(し)らず天の使
(つかい)に愛の歓待を施したことになる」と「ヘブル書」に書かれているのである。
知った人、懇親に人のみに愛を与えるのには、自分の執着による依怙贔屓(えこひいき)がはいっていて、「無我の愛」とは言いがたいのである。電車や汽車に乗った時、
その隣にいる人に生長の家の教えを伝えてあげるのも、見知らぬ人に愛を施すことである。
知らず識(し)らず天の使を歓待していることになり、其の後、その天の使が大いに
人類光明化運動に活躍して下さることにもなるのである。

 若し誰かが失敗したならば、それは「現象」であり、「現象」は実在ではなく仮の
相(すがた)があらわれているのであるから、現象の悪をつかまえて責めることなく、
其の人の内なる実相が「神の子」であり完全であるということを、瞑目して一心に
念じ(又は祈っ)てあげることが、「兄弟の愛を保つ」ということなのである。
深くその人の実相の完全さを祈ってあげれば、自分の祈りの深さに応じて、その人の
実相の完全さがあらわれ、その人が立派になるものである。

感謝合掌

1359HONNE:2012/03/03(土) 12:37:40 ID:jtmmmlXY
 ぼるぼさんには、たぶん「ハッピーリンク」の時から、その書き込み等のコメントで、
いろいろ勉強させてもらっています。
 現在の教団の不本意な姿に関してですが、私は、組織又は組織の維持が優先し、
創始者たる雅春先生、求道者たる雅春先生に対する思いが軽んじられた結果なのではないか
と思います。私は雅春先生を知ることが、生長の家の道であると思います。
 何故、私が雅春先生にこだわるのか?
 私が生長の家を知る前から、何故か家には昭和10年発行の黒布製【生命の実相 第10巻 
神示を受くる迄」があった。今の【自伝篇】になるのでしょうか。このようなことが
あったことも要因かもしれません。

1360ももんが:2012/03/03(土) 18:05:14 ID:XXCuaQns
トキ様、神の子の皆様

トキ様、神の子の皆様、こんばんは。本日は、雛祭りでしたね。少し、良い御天気でしたね。合掌、拝。

さて、昨晩、掲示した、谷口雅春先生の御言葉を、今一度、掲載さて、もらいます。

>>『実相と現象』235㌻〜236㌻

<『団体の幹部、役員、講師たちも、現象の人間としては、あらゆる点において完全無欠とはいうことは出来ないのである。全ての人間はその人間は実相は既にある神の子として無限の完全さを宿しているのであるけれども、現象的には努力によって徐々に開かれて行く最後の完成を目指しているのである。だから団体の幹部、役員、講師たちにも、団体のメンバーから見れば不完全であり、批判の的になる点は無数にあるのである。それは内部で指摘し、批判し、攻撃しあっているでは内部紛争を越して、外部に向かう人類光明化の目的を達成すべき力が弱まるばかりである。幹部といえども普通のメンバー、誌友、信徒たちと同じく、感謝され、称賛され、美点を見つけてもらい、激励されることによって励まされて、実相の完全さが現れて来やすくなるのである。信徒や誌友達は教団の幹部の人達にも現象人間として、色々の苦労があり、悩みがあることを察して、欠点を見ないで、実相の完全円満さを念じて、その円満さ現れる手伝いをしてあげるべきである』〜以上

『実相と現象』より、谷口雅春先生の言葉です。<<



遠い過去の雅春先生の御言葉ですが、雅春先生も『
『和解』する精神を尊んでおられるように、私は、個人的には、思いました。


では、トキ様、神の子皆様、私は、本日は、忙しいので、これにて、退散します。

季節の変わり目ですから、体調に、気をつけて下さいませ。いつも、御拝読、御感想、御批判、感謝申し上げます。ありがとうございます。合掌、拝。

1361トキ:2012/03/03(土) 19:21:44 ID:Ddf82KKs
ももんが 様

 「実相と現象」の有名な言葉ですね。実は、私等は、ダメ役員でしたから、この文章を読んで慰めに
しておりました。
 実は体調が回復したら書くつもりでしたが、組織の指導者とそれ以外の人物では、やはり感じるもの
が違います。例えば、メンバーの時は、指導者の決定に、「こうすれば良いのに」と感じる事はあり
ますが、実際にその立場になると、理屈の通りにはなかなか行かない、と感じる場合が多いです。
 ただ、リーダーも、常にメンバーの考え方を頭にいれながら行動を決めて行く、という能力は必要
みたいです。慣れて来ると、将棋でいう「何手先」が読めて来ます。ただ、私は無能でしたから、そう
いうだけの力量はなく、メンバーには迷惑をかけたと思います。
 就任をした時に満点の指導者はいなくて、辞める頃にようやく自分なりの方法とか方針が確立した
というのが感想ですね。人に寄って、やり方に違いはありますが、常にメンバーの利益を優先し、
自分の利益は後回しにしないと、みんなから支持を集められないとは思います。
 本題とは違いますが、多いつくまま、書きました。

 では、また、宜しくお願いします。

合掌 ありがとうございます

1362a hope:2012/03/04(日) 11:32:12 ID:kcv2QXTk

人生読本 谷口雅春先生著

小さな欠点を大なる美点に化せ

シカゴの有名な或る百貨店の支配人は、暑中休暇に、休暇をとってどこかへ旅行して帰って来ると、
必ず自分の百貨店の店飾(みせかざり)の遣方(やりかた)をスッカリ変えてしまうということです。

この支配人は休暇をとるといっても、ただぼんやりなどしていないのです。
いつも、何事にも行届いた注意をして、ちょっとしたことにでも、もっと新しい遣方はないか、
もっといっそうよい遣方はないかと研究し、ちょっとでも、いっそうよい新しい遣方があれば、
さっそくその実行に取掛かるのです。
そしてその支配人が旅行から帰った後には、その店は別の店のように新しい陳列法で人々の目を惹くのです。

小さい欠点だといって疎かにしているようなことでは、その店は繁昌しないのです。
それが「欠点」である間は小さくて、どちらでも好いような些細なものでありましても、
この小さな部分を「美点」にかえてしまったら、今までは毒にも薬にもならぬほどの小さな部分が、
ぐっと人々を惹きつける特徴になってくるのです。

一枚のチラシ、振替貯金用紙の裏に印刷する広告文句などでも、
一行の文句を換えることによって素晴らしい効果をもってくるのです。

商売上手ということを軽蔑するような宗教家もありますが、宗教の極致は、
商売の極致とも一致しなければならないのです。
商売は実際の世の中に生命を生かす道です。

本当の宗教は、過去のお寺さんのように、死骸にお経を誦(あ)げることではありません。
生命を本当に生かす道を教えるのが宗教なのです。高座の上や本の上で、
生命を生かす道を説くだけでは宗教ではないのです。

宗教は生活の上に実際に人々の生命を生かさねばならないのです。
職業の上に、仕事の上に、商売の上に、すこしも抜目のないような行届いた智慧が出てくるのが宗教の生きた働きです。

宗教とは、寝ていて欠伸(あくび)をして手を伸ばした拍子に「棚から牡丹餅」が転がり落ち、
口へ入ったというようなものではありません。
どんな些細な事にも、神様の教えを見出し、どんな小さな事でも良いと思うことはことごとく実行し、
礫(こいし)の形の間は、毒にも薬にもならない程のどうでも好い欠点でも、
磨き上げて多勢(おおぜい)の人を惹きつけるダイヤモンドに仕上げることなのです。

こういう人には失敗というものはありません。
ここにいたっては、商売も商道であり、尊い宗教であります。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

みなさま おはようございます。

>どんな些細な事にも、神様の教えを見出し、どんな小さな事でも良いと思うことはことごとく実行し、
礫(こいし)の形の間は、毒にも薬にもならない程のどうでも好い欠点でも、
磨き上げて多勢(おおぜい)の人を惹きつけるダイヤモンドに仕上げることなのです<

わたしは、この文章をよんで、「本当の生長の家の教え」とは、悪(欠点)を見ない教えではないのだ!
と感じました。
欠点に見えることや困難なことでも、すべてが「神の教え」であると、何か自分に意味がある出来事だと受けとって、
それを、自分自身の魂を磨く糧にしていくことなのではないかと思いました。

日時計主義を、だた、だた、「人生の明るい面だけを観て生きていく」という風に受け取りと、
「自分自身の魂を磨く」という大切なことが抜け落ちてしまうのではないかと感じました。


それでは、わたしの大切な「生長の家」のみなさま、今日もすばらしい一日をお過ごしください!

1363ハマナス:2012/03/04(日) 19:20:56 ID:u5mC.eb2

神の子のみなさま
こんばんは。

    相手の姿は自分の心の影  (『新版 生活の智慧365章』P.82)

私たちは往々他の人の悪や欠点をみとめて、それに腹を立て、苛酷に批難することが
あるけれども、それは自分の心の影であることがある。自分が彼に対して苛酷な考えを
もっているから、彼が自分に対して苛酷にあらわれ、或いは「悪人」の如くあわわれて
見えるのである。彼に対する、こちらの考えを変えれば彼が変わることになるのである。

 先ず神想観を修して自分自身が神の愛に充たされ、すべての人々を赦し得る心境と
なり、然る後、彼もまた神の愛に充たされ、全然悪意なき神の子となっている姿を
心の中で描いて、それを凝視するがよいのである。やがて其の人の神性があらわれて、
其の人が過去を懺悔し、あやまりに来て善人になるような実例が随分たびたびある
のである。

感謝合掌」

1364ももんが:2012/03/04(日) 20:50:15 ID:XXCuaQns
トキ様、神の子皆様

トキ様、神の子皆様、こんにちは。今日は、空も曇り少し肌寒いですね。いつも、お話を拝読くださり、ありがとうございます。感謝、合掌、拝。

今日は、朝から、忙しいく、朝のお話出来なくて、あいすいませんでした。合掌。

最近は谷口雅春先生の講義をテープで、“拝聴”するのが日課のように成ってしまってる私です。雅春先生に“直接御指導”されてるような感覚になっております。

さて、本日、雅春先生曰く
“宗教の第一義”について語られました。

〜『甘露の法雨・実在』より〜

★実在はこれ永遠
実在はこれ病まず
実在はこれ老いず
実在はこれ死せず
この真理を知ることを道を知ると云う。〜


ここの部分を、雅春先生は、引用されて、
『永遠に死ないところの命を自覚させることが、宗教の第一義である…』

この雅春先生は、言われました。

即ち、先日より、私や役行者様が、紹介された事を、雅春先生御自身が、講義テープで、講義されております。

『内在の自己の実相』自覚を一番第一の目的とあげておれました。

それを知るのに、一番はや道は『神想観』で、自分自身の実相を貫くように、観抜く心の力ようです。

それか、本日、『信仰版』読んでて、“心”止まった御文章が、ありました。

①、それは、a hope様の“人生読本”からです。

>>>どんな些細な事にも、神様の教えを見出し、どんな小さな事でも良いと思うことはことごとく実行し、
礫(こいし)の形の間は、毒にも薬にもならない程のどうでも好い欠点でも、
磨き上げて多勢(おおぜい)の人を惹きつけるダイヤモンドに仕上げることなのです<<

とても、素晴らしい、御文章です。これは、他人の欠点を見つける意味ではなく、“自己の内在の実相”を自己見参して、光明思想にもとずきなら、“実参実究”して行くと云うことと私は、日頃の雅春先生の講義よりそう思います。

そして、谷口清超先生も、『明る心』に成るのは、訓練だと、言われてます。

<<

〜明るい心、暗い心〜

この世では誰でも『幸福になりたい』と思っている。では幸福になると、どんな心持ちだろうか。『まだなかったことがないから、分からない』というかも知れないが、その点をごく簡単に整理して、『明るい心』か『暗い心』かどちらかと聞かれると、『明るい心』に○をつけるだろう。
それならば、先ず『明るい心』になるとよい。するとその心によって、次第に幸福になって行く。一ぺんにならなくても、だんだん、『幸福』になる。
何故かというと、この現実世界は、心によって作られるからだ。心が全ての現実を作って行く。部屋でも、暗くしようと思えば、カーテンでも暗幕でも引いて暗くできるし、明るくしよう思えば、電灯をつけるか、窓をあけるか、天井をブチ抜くかすると、明るくなるだろう。
ところが『明るい心』になるには、そんな天井をブチ抜くほどのことをしなくてもよい。世の中の美しいところや、人に深切なところ、自分や周囲の人々の『美点』を見るようにすればよい。それん見る“練習”をし、鏡の前で笑ったりしていると、だんだん『明るい心』になって行くのだ。その反対に、人の欠点や、いやな所や、きたない所を見て、フクレ面する練習をすると、かならず『暗い心』になって、『不幸な人』になるのである。
ウソと思う人は、この二つの方法のどちらかお好きな方を、せめて一週間ぐらい続けてやると、きっと、『ハハー、なりそうだ』と予感がして来て、さらにもう一週間続けようということになるかま知れない。

〜谷口清超先生著『ありがとう』はすばらし より〜>>

〜以下つづく

1365ももんが(つづき):2012/03/04(日) 21:06:15 ID:XXCuaQns
>>1364(つづき)


私も、余り、偉そうな事は、言えないが、体験的にいうなら、清超先生の御言葉ように、“『明るい心』を保つ訓練 ”を、日時計主義の生活と思います。『明るいコトバ』を使うように心掛けたり、『神想観』『聖経』『聖典』を読んだり。『日時計日記』を自分なりつけてみたり。
勘違いしないで、欲しいのは、明るコトバとは『あいさつ』『返事』や『行動』までも、含まれると、自分は、思ってます。

最後に、『正法眼蔵随門記』より

>>玉は琢磨によって器となる。人は練磨によって仁となる。いずれの玉か初より光りある<<
(玉は琢磨することで立派な器となるのである。人は練磨(訓練)することで立派な人となるのであります。どんな玉でも初めから光るものはなし、どんな人でも初めから鋭利な人ではないのである。)

a hope様の『人生読本』の御文章は、正に『随門記』この一説と同じ意味と私は思いました。
a hope様、素晴らしい御文章、ありがとうございました。また、御投稿、よろしく、お願いします。感謝。
それでは、皆様、トキ様、明日は、雨のようです。寒い日続きますから、暖かくして、おやすみください。御拝読、ありがとうございます。感謝合掌、拝。

1366ももんが:2012/03/04(日) 21:22:30 ID:XXCuaQns
>>1356

ハマナス様


ハマナス様、先日は、私の投稿した、”雅春先生の言葉“を賛嘆して下さり、ありがとうございます。感謝合掌、拝。


ハマナス様に、”大先輩“などと、言われまして、肩身の狭い、私です。

ハマナス様に比べたらたら、”生長の家信徒“としては、生徒と、先生くらいに違いますから、是非、今後も、光明的な、観方を勉強させてください。いつも、心遣いと、素晴らしい、御言葉に、感激感謝してます。

先日は、

<<お互いに“感謝され、称賛され、美点を見つけてもらい、
激励されることによって励まされて、実相の完全さが現れ”、“欠点を見ないで、実相の完全円満さを
念じて、その円満さ現れる手伝いをしてあげる事”が、できたら、生長の家は日本のみならず、世界中に
広まり、世界の人類光明化に絶大は力を発揮すると、思いました。>>


上記の御言葉に、感激いたしたしだいです。ハマナス様の言われるとおうりですね。皆で、心から、平和の心をだしあえば、きっと、明る、世界に成りますよね。
ありがとうございます。

おつかれでしょ。ゆっくり、おやすみください。ありがとうございます。感謝敬白、合掌、拝。

1367復興G:2012/03/04(日) 21:31:54 ID:ojEbkDH2

 私は、3月1日早暁、遠方にいる近親者(弟)が亡くなり、弔いのため出かけまして、やっと葬儀を済ませ、今日帰ってまいりました。それで暫くぶりの書き込みとなります。
 親族の中にはキリスト教信者もいて、讃美歌を教えてくれました。その中に、次のような讃美歌がありました。
  〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
(讃美歌244番)
1.行けどもゆけども ただ砂原(すなはら)
 道なきところを ひとりたどる
 ささやく如くに み声きこゆ
 「疲れしわが友、我にきたれ」
2.やけたる砂原 いたむ裸足(はだし)
 渇きのきわみに 絶ゆる生命(いのち)
 しずかにやさしき み声きこゆ
 「生命のいずみに 来たりて飲め」
  〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 私はこの讃美歌を聞いて、故 榎本恵吾講師の書かれた『光のある内に』の一節を思い出しました。
  〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 それは私が中学3年生のときのことです。そのとき私は高校入試の勉強をしておりました。もう夜の11時頃でした。ふと眼を外に向けると、窓の外側のところに小さな植木鉢がおいてあって、それには一本のおしろい花が植えてありました。そのおしろい花はまだ咲いてはいませんでしたが、20センチくらい伸びて、かなり枝も出ておりました。
 しかし、誰も水をやらないので葉という葉は全部だらりとしなびておりました。その下りようは、もう全然生気のない、死んでいるような感じでした。葉のつけ根は細く、もう全く葉を支える力を捨てていました。そして鉢と植わっているものを包んで、全体に“死”がなびいているように思えました。
 私はその時、何気なく立ち上って台所に行き、ヤカンに水を一杯入れて来て、渇き切った鉢の中にどんどんと注ぎこんでやりました。いくらでも入りました。まるで鉢そのものが水を飲んでいるような感じでした。しばらくして、ヤカンに殆んど水がなくなって来たころ、一番上の小石の上に水が出て来ましたが、まだまだつぎ込みました。水は鉢から溢れました。たっぷりと水を注いで自分の心が何となく落ちついたとき、私は窓を閉めて、それから蒲団に入りました。
 翌朝、何の期待もなく、窓を開けたとき、全く生きかえったおしろい花の葉の姿を見ました。葉はピンと張り切っているし、先には小さな水滴さえつけて、陽の光を反射させておりました。そして、枝全体が力いっぱいに広がっていました。
 このときほど私は、植物が水で出来ていることを感じたことはありませんでした。まるで昨夜の水がこの植物となっているように思いました。葉も水でした。くきも水でした。緑色も水でした。全部水なのでした……。
 私は『生命の實相』を開くとき、この水のことを憶い出すのです。
<以上、『光のある内に』(榎本恵吾)p.64より>
  〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 私は生長の家から『生命の實相』がもし無くなったら、それはしなびて「生弔の家」になってしまう、と改めて思うのです。

1368ももんが:2012/03/04(日) 22:30:46 ID:XXCuaQns
>>1361

トキ様

トキ様、お疲れなのに、心からのお返事に、感謝感激です。合掌、拝。


『実相と現象』の文章は、完全に、『和解』を唱えてると、私は思いました。

最近は、先程も、書きましたが、毎日、雅春先生の講義テープ聴いてる、状態です。

こんな事言うと、バカにされるかもしれませんが、総裁先生と雅春先生と、近い事言ってる処もあるように、私は、感じる事がありますよ。

話は、変わりますが、私の良く行く、神田の本屋に、『大本教関係』のコーナーがありまして、勿論、大本の聖典『霊界物語』全巻あります。
他に、大本系、分派と思われている教団、まあ、生長の家も、大本の分派と見られるので、そのコーナーにあります。結構、大本分派て、多いですね。

生長の家から、分派した、市川の白光教団でしたけ?
生長の家と、非常に良く似てますね。少し、立ち読みしただけなんですけど、白光真宏会の先生て、生長の家の講師で、神様の啓示を受けたて、書いてありましたね。あと、確か、ケネディ大統領の前に、演武をした、名前が思い出せないので、すいません、合気道の達人の先生が、白光真宏会の先生と一緒に写真に写ってました。合気道の達人の先生は、大本教に居たらしいですね。

他にも、園頭先生て、元生長の家の講師の方で、GLM教に、変更した、先生も、いたんですね。

これは、雅春先生が、総裁先生された、時代の方々ですね。

先日の『実相と現象』の雅春先生の言葉から、雅春先生生前から、色々な出来事は、あったんでしょね。

今の、裁判や、色々の事も、やはり、信徒一人、あの言葉を心に刻み『和解』するように、努力すべきと、思いました。それには、今日少し、『限りなく日本愛す』にも書いてありましたが『譲る心』=『赦す心』持つ事でしょうね。
トキ様が、いつも、言われてる事ですね。
トキ様、暖かくして、おやすみください。ありがとうございます。感謝敬白、合掌、拝。

1369ももんが:2012/03/04(日) 23:00:09 ID:XXCuaQns
>>1367

復興G様


復興G様、こんばんは。御投稿文の榎本先生の文、大変、良かったです。感謝、合掌、拝。


<< 私はこの讃美歌を聞いて、故 榎本恵吾講師の書かれた『光のある内に』の一節を思い出しました。
  〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 それは私が中学3年生のときのことです。そのとき私は高校入試の勉強をしておりました。もう夜の11時頃でした。ふと眼を外に向けると、窓の外側のところに小さな植木鉢がおいてあって、それには一本のおしろい花が植えてありました。そのおしろい花はまだ咲いてはいませんでしたが、20センチくらい伸びて、かなり枝も出ておりました。
 しかし、誰も水をやらないので葉という葉は全部だらりとしなびておりました。その下りようは、もう全然生気のない、死んでいるような感じでした。葉のつけ根は細く、もう全く葉を支える力を捨てていました。そして鉢と植わっているものを包んで、全体に“死”がなびいているように思えました。
 私はその時、何気なく立ち上って台所に行き、ヤカンに水を一杯入れて来て、渇き切った鉢の中にどんどんと注ぎこんでやりました。いくらでも入りました。まるで鉢そのものが水を飲んでいるような感じでした。しばらくして、ヤカンに殆んど水がなくなって来たころ、一番上の小石の上に水が出て来ましたが、まだまだつぎ込みました。水は鉢から溢れました。たっぷりと水を注いで自分の心が何となく落ちついたとき、私は窓を閉めて、それから蒲団に入りました。
 翌朝、何の期待もなく、窓を開けたとき、全く生きかえったおしろい花の葉の姿を見ました。葉はピンと張り切っているし、先には小さな水滴さえつけて、陽の光を反射させておりました。そして、枝全体が力いっぱいに広がっていました。
 このときほど私は、植物が水で出来ていることを感じたことはありませんでした。まるで昨夜の水がこの植物となっているように思いました。葉も水でした。くきも水でした。緑色も水でした。全部水なのでした……。
 私は『生命の實相』を開くとき、この水のことを憶い出すのです。
<以上、『光のある内に』(榎本恵吾)p.64より>
  〜〜〜>>


復興G様、『生命の実相』無くなるなんて、今のところは、そんな、気配は無いように、私は、思いました。楽観的、言葉を言ってしまして、ごめんなさい。

一昨日ですか、母が教化部からもらって来た、原宿本部の月間講義の予定を、見ていたら、『生命の実相』を使った講義や『真理』を使った講義を、結構されていますよ。

練成や、誌友会でも、輪読してますよ。

『無くなる』『無くなる』と心に描くより、『大丈夫』『大丈夫』と心に描いて、『生命の実相』読み続けましよ!
雅春先生、昨日聞いた、テープの中で『丈夫な子供、子供を病気にさせないないには』神想観の時に… 『お前は、達者だ』『お前は、達者だ』と、子供の実相を拝み、思い描き、実相貫くことが、肝心と、言われてました。


復興G様、『生命の実相』が、どんな形であれ、戻ってくると、信じて、実相を貫きましよ。雅春先生の言葉を、私は信じます。


では、復興G様、寒いですから、暖かくして、おやすみください。いつも、いつも、素晴らしい、言葉や教え、ありがとうございます。これからもたくさん、教えください。感謝敬白、合掌、拝。

1370ももんが:2012/03/05(月) 07:16:08 ID:XXCuaQns
トキ様、神の子皆様

トキ様、神の子の皆様、おはようございます!合掌、拝。

今日は、首都圏、雨、ですが、本日も、元気に、明るく、楽しく、”ありがとう“の生活を楽しみましょう!ありがとうございます!合掌、拝。


〜明るい未来を思え〜

物事の光明面を見て、明るく伸々と、たのしく生活し、さらに伝道などして『よいこと』をしていると、必ず『よいこと』が起こり、思いが叶い、どこからともなくポッカリと幸運が舞い込んで来るのである。それ故、多くの人々がこのように『神の子・人間』を信じ、ありがとう“日時計主義の生活”をやるようになることが、日本の運命をよくし、豊かにし、平和にする唯一最高の道であると言うことが出来る。

〜谷口清超先生著・『ありがとう』はすばらしい・より 〜


昨日も、たくさんの方に『おはよう』『ありがとう』とコトバを交わしました。“掲示板の世界”では、まだ、まだ、ですが、外の世界では、皆様、挨拶するだけで、嬉しくなるのが、伝わるようです。ここの処、雨や雪が多く、寒い日がつづきますが、花は少しつづ咲いていますね。毎度言いますが、来ない、春は無いのですね。では、では、皆様、本日も、素晴らしい日をお過ごしください。ありがとうございます。感謝敬白、合掌、拝。

1371役行者:2012/03/05(月) 08:24:08 ID:5hSWQZlE

 ももんが様

 >>1368
 トキ様、横から失礼します。

 >生長の家から、分派した、市川の白光教団でした け? 生長の家と、非常に良く似てますね。少し、立ち読 みしただけなんですけど、白光真宏会の先生て、生 長の家の講師で、神様の啓示を受けたて、書いてあ りましたね。<

 確か、五井さんと申し上げたかと存じます。すごく良い内容の本なのでときどき、読みます。


>あと、確か、ケネディ大統領の前に 演武をした、名前が思い出せないので、すいませ ん、合気道の達人の先生が、白光真宏会の先生と一 緒に写真に写ってました。合気道の達人の先生は 大本教に居たらしいですね 。<

 植芝翁と思います。確か、大本教におられましたね。
 雅春先生とも縁があったと聞いております。
 武道のカリスマですよ!


>他にも、園頭先生て、元生長の家の講師の方で GLM教に、変更した、先生も、いたんですね 。<

 知りませんでした。いろいろな方がいたのですね!

>これは、雅春先生が、総裁先生された、時代の方々 ですね。 先日の『実相と現象』の雅春先生の言葉から、雅春 先生生前から、色々な出来事は、あったんでしょ ね <

 いろいろとご苦労された様子が、本の内容や過去の文献から伺えますね。


 >今の、裁判や、色々の事も、やはり、信徒一人、あ の言葉を心に刻み『和解』するように、努力すべきと、思いました。それには、今日少し、『限りなく 日本愛す』にも書いてありましたが『譲る心』= 赦す心』持つ事でしょうね 。<

 まったくもって、同感です。
すべての方々が生かされる方向で和解されることを深く深く望みます。

       合掌

1372トキ:2012/03/05(月) 10:26:32 ID:HSteYA1A
>>1367

復興G様

 弟様のご逝去、心からお悔やみ申し上げます。また、お疲れの中、貴重なご文章をご投稿下さり
ありがとうございます。

 榎本先生のご文章、生き生きとしたもので、深い感銘を受けました。

実は、昨日は、原宿教団の行事の後、個人指導を担当しておりました。
相談の内容は言えませんが、親兄弟にも友人にも相談が出来ないような
話でしたので、こちらもウンウンとうなりながら、考えていました。
 まあ、どこまで役に立ったのか、すこぶる怪しいですが、それでも
相手は喜んで下さりました。
 水の話を拝読し、感じるものがありました。

 聖典は、棚に飾っておく存在ではなくて、すぐそばに置くべき存在
だと痛感しました。

 では、今後ともよろしくお願いします。

合掌 ありがとうございます

1373ハマナス:2012/03/05(月) 10:38:58 ID:u5mC.eb2

神の子の皆さま
 
おはようございます。
昨日、天皇陛下が無事にご退院なさいました。
御所では、秋篠宮ご夫妻や悠仁さまが出迎えになられたそうです。
ごゆっくりと、ご静養あそばされまして、ご快癒をお祈り申し上げます。    

実相を祈り顕(だ)す   (『新版 生活の智慧365章』P.84)

常に実相の完全さを祈り念ぜよ。人の悪口がゴシップの話材に出たときには、
皆と一緒にその人の悪口をいうことなく、静かに「彼(その人)も神の子であり、
神性が宿っているのであるから、今後は屹度(きっと)よい事をするに相違ない」と
念じてあげるのがよい。人が病気にかかって苦しんでいるということをきいたら、
「神はその人を護りたまうて、病は最早(もは)や消えてしまったのである」と
念じてあげるのがよい。これが実相を祈り顕(だ)すということである。

 自分と誰かの間に誤解があって争いや葛藤があるときに、それを解決する道は、
先ず自分の心を平和にして、「彼と自分とが神の愛に包まれて完全に調和していて、
互いに何らの誤解も争いも存在しない」と念ずるがよいのである。心の奥底に、
この平和と調和の念が深く打ち建てられたら、自然に現象界の紛争は解決せられ
ることになるのである。

感謝合掌

1374トキ:2012/03/05(月) 10:44:36 ID:HSteYA1A
>>1368

ももんが様

 さすがはももんが様、詳しくご存知ですね。

 園頭広周先生というのは、確か、鹿児島の方で、陸軍大尉から生長の家の職員になり、本部講師になられた
方だと記憶しております。彼は、途中で谷口雅春先生に叛旗を翻し、高橋信次さんのGLAに入ってしまい
ました。が、その後、高橋さんが亡くなり、お嬢様が跡を継いだ事でGLA内部で紛争が始まると、やはり
飛び出して自分で「国際正法協会」という団体を設立し、一時は活発に活動をしていたみたいです。

 しかし、最近、調べたところでは、彼は既に亡くなっており、彼が設立した団体は全て解散をしているよう
です。

 生長の家でも様々な分派ができましたが、長続きしません。今回の分派騒動がどうなるか、軽率な事は言えません
が、うまくいかないと思います。が、その動機については、よく理解できるし、また教団の反省の材料とすべき点が
多々あります。
 ですから、双方がお詫びする事で、「手打ち」にすれば良いと思います。

合掌 ありがとうございます

1375a hope:2012/03/05(月) 12:36:27 ID:kcv2QXTk

人生読本 谷口雅春先生著

第一印象が大切


小さな欠点だと思ってばかにしている人は、鏡の前に立って自分の顔を鏡に映してごらんなさい。
そして、しばらくその顔を眺めてから、一本の人差し指で、
鼻さきをちょっと下から上へグッと押し上げてごらんなさい。
ただそれだけの異いで、どんなにかあなたの顔が不細工な顔に見えるでしょうか。
鼻のさきわずか一分位の形がちがっただけで、そんなにも人間の顔は不格好に見えるのです。
このように小さな欠点が、どんなに人様に対する感じを悪くしているかは考えなければならないことです。
一分の異いで美人が醜婦(しゅうふ)になるのです。

それは「人間の顔」だけのことではありません。
あらゆる物が、小さな欠点をそのままにしておくために、
どんなに他(ひと)からみて見苦しく見えていることでしょう。
これを考えたら、小さな欠点をおろしかにしておくことはできません。

物にも、人にも、第一印象が大切です。
第一印象とは、最初チョット見たときに、なんとなく良い感じがするとか、
なんとなく好かぬ感じがするとかいう感じを申します。

最初チョット見たときに、小さな欠点くらい好かろうと思って、
鼻のさきを一分(ぶ)だけあおむきにして人に会ってごらんなさい。
その人は「変な人だ」と思って、二度とあなたを尊敬しますまい。
それと同じく、最初によく思われることが肝腎です。
最初に一度だめだと思われたら、二度目からはよほどよくならないと、
他(ひと)からは尊敬されません。

―――――――――――――――――――――――――――――――――

みなさま こんにちは

ももんがさま

>>1364

>①、それは、a hope様の“人生読本”からです。

>>>どんな些細な事にも、神様の教えを見出し、どんな小さな事でも良いと思うことはことごとく実行し、
礫(こいし)の形の間は、毒にも薬にもならない程のどうでも好い欠点でも、
磨き上げて多勢(おおぜい)の人を惹きつけるダイヤモンドに仕上げることなのです<<

とても、素晴らしい、御文章です。これは、他人の欠点を見つける意味ではなく、
“自己の内在の実相”を自己見参して、光明思想にもとずきなら、
“実参実究”して行くと云うことと私は、日頃の雅春先生の講義よりそう思います。
そして、谷口清超先生も、『明る心』に成るのは、訓練だと、言われてます。<

昨日のわたしの投稿への素晴らしいコメントありがとうございます。
さらに、

>>1365
>最後に、『正法眼蔵随門記』より

>>玉は琢磨によって器となる。人は練磨によって仁となる。いずれの玉か初より光りある<<
(玉は琢磨することで立派な器となるのである。人は練磨(訓練)することで立派な人となるのであります。
どんな玉でも初めから光るものはなし、どんな人でも初めから鋭利な人ではないのである。)

a hope様の『人生読本』の御文章は、正に『随門記』この一説と同じ意味と私は思いました。<


という、道元禅師のお言葉も紹介していただき、とても勉強になります。

いつ何時も「明るい心」を保っていられるようになるには、大変な修行が必要なのだと思われます。
そのためには、どんな時にも、相手の実相を見つめることができなければいけないのだと思いました。
相手が、気に入らないことをいったからとか、嘘をつかれたからとか、自分と性格があわないからとか、
そんなことで、一々腹を立て、暗い気持ちになるようではではまだまだだということでしょうか?

わたしは、ももんがさまのお言葉を聞いて、一生かけて“実参実究”し、魂を磨いていきたいと思いました。
ももんがさま、いつも色々教えていただきありがとうございます。
毎回、たくさんお勉強させていただけるので、ももんがさまの投稿を拝見するのを楽しみにしています。
これからも、ご指導どうぞよろしくお願いいたします。

1376a hope:2012/03/05(月) 12:57:12 ID:kcv2QXTk

復興Gさま

御弟様のご冥福を心よりお祈りいたします。

また、素晴らしい讃美歌と、榎本恵吾先生の『光のある内に』の一節をご紹介していただき、
ありがとうございます。

わたしにとっても「生命の實相」は枯れかかったわたしの心に、
生命という水を注いでくれる大切な、大切な聖典です。

もし、その聖典が「生長の家」教団からなくなるようなことがあるとしたら、
もしくは、ないがしろにされるようなことになったら、わたしは、そのような「生長の家」教団には、
全く興味がありませんので、自分一人でも「生命の實相」を聖典として、
「真の生長の家」の教えを学んでいきたいと思います。

復興Gさま、これからもご指導、どうぞよろしくお願いいたします。

1377SAKURA:2012/03/05(月) 13:39:37 ID:AwMruBLQ
復興G様 へ

3月1日…御弟様の悲報…さぞお別れにしましても無念の思いがあられる事と…
心から哀悼の意を表しますとともに、
故人のご冥福を心よりお祈り申し上げます…。

>1367 拝読させて頂きまして…
「生命の実相…」これは【真理…】そのものだと思います…。
従いまして、雅春先生の御文書の中に…

■ 真理の奥座敷が何処にあるか分からないのである。
その真理の奥座敷を指示して、その奥座敷に万教をゲストとして招待する教え
――これが「生長の家」である。

このように私共の“心の奥殿”に、一度“門”をたたきました以上は…
【永遠…不滅…ではと思います。何故なら?“真理”そのものですから…】
                          再合掌

PS: 投稿文を、私なりに拝読させて頂いております…。

1378SAKURA:2012/03/05(月) 13:43:13 ID:AwMruBLQ
トキ様 へ
皆様 へ

【 栄える生活365章 】
■万教を真理の奥殿に招待するもの

「自分」という狭い固い殻の中に、「自分の考え」という狭い先入観念を
持ちつづけている限り人間は幸福になれないのである。
自己否定が一たんは是非必要なのはそのためである。
仏教で “無我”と説き、キリスト教で「凡そ天国に入る者は、この幼児の如き
ものである」とイエスがいったのは、幼児の如く【親の処置に全托し切って無我に
なっている者」が本当に天国即ち「実在の世界」(実相)にあるすべての恵福を素通しに
現象界に投影して、その恵福を実現し得ることができることを訓えたのである。
「われわが心を空しくして神のみこころを聴かんことを欲す。みこころを我に示したまえ」
このように神想観中に念じて、無我全托の心境の中にただ坐るのである。
“祇管打座”と道元がいったのはそれであり、“一向専心念仏”と真宗に於て説かれて
いるのはそれである。すべての宗教は唯一つの真理を説くのであるけれども、
道を伝える人が “派閥の心”を棄て切れず、自分の宗門を護るに急であって、
他の宗門をけなそうとするから、いたずらに“門”のみ多くして、
真理の奥座敷が何処にあるか分からないのである。
その真理の奥座敷を指示して、その奥座敷に万教をゲストとして招待する教え
――これが生長の家である。  
                          (谷口雅春著)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜☆

「神想観」をしている時…空しくなる時が、あります。
何故このような事態に、なったのかしら〜〜〜ン?…と、
まるで空論の様に見えるのです…。
「生長の家」の教え…が、先生の過去の文章を、引き出したり…
まだ!当時先生の【未完成な状態】をわざわざ持ち出したりでスゴ〜〜〜く?
嫌な気持ちです…。

【過去の文章】を知った事が、そんなに素晴らしい事なのでしょうか?
何もその文章を拝読いたしましても“感銘”が、私には伝わりません…。
本当に【人を救いたいの〜〜カモ??】疑問視ですが…??
■【同じ宗門】で、騒いでる事…まるで【現象】をつかんでいるのでしょうか?

それでも、強く念じて行きますと【実相世界】が見えてくるようです。
「生命の実相」を読むだけで…お寺の住職さんとの討論が出来る様になり、
少しづつ意味が、分かる様になりましたが…?
今…【派閥の戦い??は…“現象”】として見えてしまいますが……??

■■ 【祈り〜〜に、祈り〜〜に、徹する事】でしょうか??

今日は、とても難しいですが…【実相・現象の見方】
「イメ−ジで実相…」を、見て行くうちに“現象世界”に、現れる訳ですよ〜〜ネ!
現在!起きている事物は、【現象世界…】それを認めるのではなく…
【実相を見る訓練…】を、私達は、今!今!与えられている事を、認識しまして、
その事に深く〜深く〜【感謝…】します…。

                                 再合掌

■ ■【真理の奥座敷…】現在、皆様の行動…あるのでしょうか…?
この派閥闘争は…「この奥座敷…いずこにかあらんや????」の心境ですが…?
今の私共は…【この奥座敷に…招待!!つまり、真理の愛行…】
この事が、私共に課せられました【使命…】と思います…。

PS:トキ様
今日の【栄える生活365章…】の中からの抜粋文章ですが…
此処の【真理の奥座敷…】どの様にお考えでいらっしゃいますでしょうか…?
“アドバイス…”頂きますと幸いに存じます…。

1379復興G:2012/03/05(月) 17:15:35 ID:ojEbkDH2

>>1369
ももんが様。

丁重なレス、お褒めを頂き、ありがとうございます。
>(『生命の實相』が)『無くなる』『無くなる』と心に描くより、『大丈夫』『大丈夫』と心に描いて、『生命の実相』読み続けましよ!<

ありがとうございます。しかし総裁先生も、『太陽はいつも輝いている』の中で、“日時計主義とは単に「悪いものを無視」したり、「臭いものにフタ」をする生き方ではない”とおっしゃっています。『生命の實相』が無くならないようにするためには、『大丈夫』『大丈夫』と心に描いて、『生命の実相』読み続けるだけではなく、“植木鉢に水を注ぐ”ような具体的行動が必要ではないかと思っております。

その具体的行動は、どうすべきか。

私は基本的な考えとして、
『生命の實相』とは、形の上の本だけのことではなく、むしろ「永遠の生命」「自他一体、大調和の、歓喜無限の生命」という意味での「人間は神の子だという真理」、「生命の実相の自覚」が大切である。──それが無くなったら、生長の家はもはや存在意義を失ってしまう、死んでしまうと思うのです。

で、今“植木鉢に水を注ぐ”ことに当たる行動は?──
それは、正しい智慧、神の智慧に導かれた行動でなければならない。a hope様が >>1117で謹写してくださった『人生読本』第4章「智慧の生かし方」にあるように、智慧のない愛はかえって愛する者を殺してしまうこともありますから。常に祈りつつ、適切な智慧に導かれての行動が大切で、油断や暴走は禁物。今こそ正念場であります。「正念場」とは、「正念」すなわち全き神のこころ、まこと(まること)の心を出さなければどうにもならないような局面ということであります。そこで──すでに申し上げてきたことをまとめて決意を新たにし、実践して行きたいと思います。──

① 信徒として「内なる法燈継承」を。「法燈」とは、谷口雅春先生が神啓を受けて悟られた「真理の火」である。「肉体なし」「現象本来なし」と過去の自分を否定し、「あるものは唯神のみなり」「我神なり」「すべては我が心の展開なり」と自覚する。そしてすべての人を神の子として礼拝し、「今起て!」と真理の火をすべての人に点じて行く。その「内なる法燈継承」の時は、「今」なのである。

② 実相を祈る。「総裁は神にまします。“本流”を名乗る方たちも神にまします。すでに大調和し協力し合って、『生命の實相』を大切に護り、人類光明化運動は御心のままに大発展しつつあるのである」と。

③ 「一切者の自覚」「主人公の自覚」を持って、人時処に応じた、勇気ある発言・行動を行う。

ということになろうかと考えます。

ところで、NHKでパワーハラスメント(大人の世界の“イジメ”)についての特集番組を見ました。パワハラは、「職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為」と定義されていますが、部下たちが上司をいじめる──たとえば親睦の飲み会や旅行に誘わないでシカト(無視)する、というようなこともパワハラになるんだ──と言っていたと思います。それを見ながら私は、生長の家の現状のこと、自分自身のことを考え、反省していました。
雅宣総裁が職員に対してパワハラ的人事権を行使したとも言われますが、その総裁が『生命の實相』裁判敗訴で苦境に追い込まれた今は、逆にかつての下位者で「本流」を名乗る人たちが総裁に対してパワハラを始めている、という見方ができるかも知れません。私自身も、その仲間に加わる恐れが無きにしも非ずみたいな……でも、これは本来大調和の生長の家ではない。イジメは、いけませんね。それは、前記3項目に反することです。意見があれば、実相を祈りつつ愛をもって正々堂々と献言(諫言)申し上げるべきだと思っております。

1380復興G:2012/03/05(月) 19:04:28 ID:ojEbkDH2

トキ様。
a hope様。
SAKURA様。

コメントをいただき、ありがとうございます。
トキ様、この掲示板の管理人として本当にご苦労様です。お風邪はもう大丈夫ですか。
弟の昇天に皆様から弔問のお言葉も賜り、ありがとうございました。私より2歳年下の弟なのですが、安らかな昇天で、よい葬式ができました。私は弟の志をも果たすべく、長生きしなければと思っています。

a hope様

いつも『人生読本』筆写も、ありがとうございます。
>わたしにとっても「生命の實相」は枯れかかったわたしの心に、生命という水を注いでくれる大切な、大切な聖典です。もし、その聖典が「生長の家」教団からなくなるようなことがあるとしたら、もしくは、ないがしろにされるようなことになったら、わたしは、そのような「生長の家」教団には、全く興味がありませんので、自分一人でも「生命の實相」を聖典として、「真の生長の家」の教えを学んでいきたいと思います。<

そんなことにならぬよう、精一杯がんばりましょう。

SAKURA様

>すべての宗教は唯一つの真理を説くのであるけれども、道を伝える人が“派閥の心”を棄て切れず、自分の宗門を護るに急であって、他の宗門をけなそうとするから、いたずらに“門”のみ多くして、真理の奥座敷が何処にあるか分からないのである。その真理の奥座敷を指示して、その奥座敷に万教をゲストとして招待する教え――これが生長の家である。<
という谷口雅春先生のお教え(【栄える生活365章】より「万教を真理の奥殿に招待するもの」)、感銘深く拝読しました。この最高の御教えを頂いた私たち、それを割り引きすることなくしっかと受け取り、伝えていかなくてはならないと思いました。ありがとうございます。

1381トキ:2012/03/05(月) 19:18:23 ID:HSteYA1A
>>1378

 生命の実相の第二巻に紹介されています浅野和三郎先生のご令息の浅野新樹さんの
霊界通信は、実は、「新樹の霊言」として出版されています。内容は結構、面白いで
す。天狗が出て来たり、天女が出て来たりします。乃木希典将軍との対談もあります。
しかし、その対談の内容は、もう少ししたら、大きな戦争が起こる・・・というもの
です。本が出版された辞典では満州事変も起こっていないので、これはすごい予言で
す。

 ところで、その中で、生前、熱心なキリスト教の信者だった人と法華経の信徒だった
人の死後の様子が紹介されています。それぞれ、亡くなって当初は生前の信仰に固執し
ますが、亡くなって霊界の様子が分かると、段々と生前の信仰というのは方便が入って
いるとわかり、あまりこだわらなくなるそうです。
 で、結局は谷口雅春先生がお説き下さった通りだという結論になるみたいです。
 
 まあ、そのあたりの事は死ぬとよくわかるみたいです。楽しみにしておいて
下さい。

1382元職員:2012/03/05(月) 19:55:25 ID:???
復興Gさま、お身内がお亡くなりになったとの事、こころよりご冥福をお祈り申し上げます。

さて、以前から復興Gさまの書き込みは長い間本部や教区でご活躍された本部講師らしく、信仰に基づき
ご体験からくる説得力があり、感服いたしております。
さて、
>>雅宣総裁が職員に対してパワハラ的人事権を行使したとも言われますが、その総裁が『生命の實相』裁判敗訴で苦境に追い込まれた今は、
逆にかつての下位者で「本流」を名乗る人たちが総裁に対してパワハラを始めている、という見方ができるかも知れません。
と・・
申されておられますが・・?下位者が上位者にものを申すことはパワハラとは通常言いませんね。「抗議」「反発」では無いでしょうか。
それから、雅宣総裁は決して追い詰められていません。総裁は想定内の事だと思います。
根拠は、通常の彼の頭脳では今回の件<地裁で負けたものが最高裁で何とかなるとは絶対に思っていないはずです。わたしが想像するに
最高裁でも負けたのだからという大義名分の上で「仕方がない」と『生命の實相』を諦めさせて、自分の考えを「真理」とする機会と考えていると
思うのです。そうです!雅春先生の神想観にたいして「新バージョン」を平気で発表した同じ思考回路であれば、その可能性は大きいのではないでしょうか。
かつて・・・外会場で清超先生を排除した冷房の効きすぎる会場での「教修会」に貴殿も教化部長として参加しておられたと思いますが・・・あの時に
「雅春先生も間違えることがあるのです、いや間違ったのです」
という雅宣副総裁の衝撃発言を覚えておられますか。私は前にあった机を乗り越えて殴ってやろうかと思いましたが、貴殿はどんなお気持ちでしたか。
休憩時間に、友人の教化部長さんたちと話しましたが、ある教化部長は「殺意」がおこって身体が震えたと言っていましたね。最近もそれらの友に会いましたが、
怒りは消えていませんでしたよ。総裁の心が変らなければ絶対に「和解」にはならないと、ほとんどの教化部長は内心思っているのではないでしょうか。
わたしは、
「日時計主義」を前面に出したときに、それらの怒りや裁判が立て続けにおこる現状から信徒の目をそらすためにつまり不利な部分に対して「思考停止」させるために「日時計主義」をなるほど使ったなと感じました。日時計主義であればどうして裁判を起こし、さらに控訴し続けるのでしょうか。
わたしはこのような欺瞞は許せません。無明だから許せんのです。

懺悔と謝罪がなくて(これはお互いに)和解などが実現できるとは到底思えません。
ちなみに『生命の實相』と聖経。社会事業団は日本教文社が著作権者の希望を考慮して、今までの裁判での問題を正しく認識してそれなりの謝罪があれば、以前のように出版を許可する用意があるようですが、
彼らはもはや、自分達で決断できないほど押さえ込まれられているようで・・・自滅するまで裁判を続けるようです。残念ですが実態は改善していません。

1383元職員:2012/03/05(月) 20:02:47 ID:???
上記のかれらとは、日本教文社の社長以下社内取締り役のことを指しました。

1384SAKURA:2012/03/05(月) 21:34:42 ID:EUALcDkQ
復興G様

合掌 ありがとうございます。
ご丁寧なる“お返事”恐縮しております…。今後とも、何卒よろしくお願い申し上げます。

さて「亡き母の御霊」不思議な現象がありましたので、
(偶然…御霊様を写真を撮る事となりましたが…)
今週中に詳しく“投稿”させて頂きます…。「霊界通信…?」
無念の思い“亡き弟様…”いつもそばに目に見えなくても…いらっしゃいます事が…
私自身感じられますモノがあります…。
                        再合掌

1385SAKURA:2012/03/05(月) 21:39:16 ID:EUALcDkQ
トキ様…

体の具合は…いかがでしょうか…?
自称…「食いしん坊?」の私事…事もあろうに「お雛様祭り…」
…ギブ…アップ!!
「ひなまつり料理…」せっかく…?ハマグリ買う事が出来ましたのに…><

話は変わりますが…「霊界通信…」
>浅野和三郎先生のご令息の浅野新樹さんの霊界通信は…
実は、「新樹の霊言」として出版されています…。<

さっそく“アマゾン”にて、注文させて頂きました…。
私も、亡き母の事も含めまして「生命の実相」に書いてあります
『霊界編…』以前よりも、雅春先生のその文章から拝読させて頂き、
感慨深いモノがあります…。

「今週中に…母の御霊様」投稿したいと思います…。
その時は」、一番にご連絡いたします〜〜ネ!
随分悩みましたが…この「母の御霊様」を見ましてから、
「肉体人間…」を卒業…?「霊体人間」の修行中…?私です。

今…この「現象世界」にて“心の修行の旅” 再!再!…
                      再合掌

1386復興G:2012/03/06(火) 00:06:59 ID:ojEbkDH2

>>1382
元職員様。

ご丁寧なコメント、ありがとうございます。

>下位者が上位者にものを申すことはパワハラとは通常言いませんね。「抗議」「反発」では無いでしょうか。<

通常の使い方は、その通りと思います。ところが「厚生労働省が明文化したパワーハラスメントの定義は『職場のパワーハラスメントとは、同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為』。なお、優位性とは、職場における役職の上下関係のことではなく、当人の作業環境における立場や能力のことを指す。下位者でも、ある点で優位性をもつ者が上位者に苦痛を与える行為はパワハラという」のだそうです。(NHKの番組でも、そう言っていました)まあ、その言葉の使い方は重要なことではないでしょうが。

>雅宣総裁は決して追い詰められていません。総裁は想定内の事だと思います。根拠は、通常の彼の頭脳では今回の件、地裁で負けたものが最高裁で何とかなるとは絶対に思っていないはずです。わたしが想像するに、最高裁でも負けたのだからという大義名分の上で「仕方がない」と『生命の實相』を諦めさせて、自分の考えを「真理」とする機会と考えていると思うのです。<

この点については、その通りであることが判明すれば、私は雅宣総裁を見限って、現教団からきっぱりとおさらばします。それは、すでにはっきりと宣言しているとおりです。(>>1204
が、現段階では、役行者様が「そんなことはないと思われる」とおっしゃってますので、一応それを信じて、成り行きを見守っているところです。

>(「教修会」で)「雅春先生も間違えることがあるのです、いや間違ったのです」という雅宣副総裁の衝撃発言を覚えておられますか。<

覚えています。それは(雅宣副総裁の方が)間違っている、と思いました。

>懺悔と謝罪がなくて(これはお互いに)和解などが実現できるとは到底思えません。<

その通りであると思います。
「懺悔と謝罪」──今までのことを考えたら、それはほとんどあり得ないことかも知れませんが、私はその「奇蹟」が起こりうることを、まだ愚直に思っているのです。一人ぐらい、そういう馬鹿者がいてもよろしいのではないでしょうか。村上和雄先生は『アホは神の望み』『奇跡を呼ぶ100万回の祈り』という本も書かれています。その「アホ」を貫いて、できる限りのことをしたいと思っているのです。どうぞ、アホをお認め下さい。

1387志恩:2012/03/06(火) 04:35:32 ID:.QY5jUA6
復興Gさま

弟様がご帰幽されたそうで、ご冥福をお祈り申し上げます。

私の母も兄弟姉妹も,親戚も、50年以上続けてまいりました聖使命会員を、全員やめました。普及誌の年間購読も、全員やめました。
もう,講習会にも、われわれは行きません。脱原発の話し等、聞く気になりませんので。
総裁の事は,何十年とみなで祈り続けてまいりましたが、それだけ、総裁に対して、大失望しているということです。
私だけは、白鳩誌のみ、年極めで拝読していますけれどね。(以前は、全誌を購読)

総裁が、雅春先生を尊敬しているお方に交替すれば、全員,戻るつもりでおりますが。
それも、ないようです。
現総裁は、今も凝りもせず、信徒の浄財をつぎこんで、最高裁へ上告。裁判を重ねております、これ以上、かれの
裁判費用の協力は、したくありませんので、やめました。

われわれは、独自で生長の家を、明るい気持ちで生きていく所存でおります。

1388志恩:2012/03/06(火) 05:38:56 ID:.QY5jUA6
トキさま

浅野和三郎氏著「新樹の通信」を読まれたそうですね。私が、ときどき引用しておりました心霊秘話の竹内氏は、その浅野氏の流れのお方です。
(浅野和三郎氏は、日本の心霊会の第一人者。)
私はまだ「新樹の通信」は読んでいませんでした。SAKURAさんも注文されたそうですが、私もアマゾンコムへ注文したところです。

1389役行者:2012/03/06(火) 07:18:07 ID:5hSWQZlE

 復興Gさま

 おはようございます。
 お久しぶりです。 

 突然、姿を消されたのでどうされたかと思っていました。

 弟君のご不幸、悼み入ります。また、心よりご冥福をお祈り申し上げます。



 弟君のご不幸とは露知らず、突然の消息不明(^_^;)に心配をしておりました。
 生長の家教団と離縁してしまわれたのかと・・・


 さて、


  >>雅宣総裁は決して追い詰められていません。総裁 は想定内の事だと思います。根拠は、通常の彼の頭 脳では今回の件、地裁で負けたものが最高裁で何と かなるとは絶対に思っていないはずです。
 わたしが 想像するに、最高裁でも負けたのだからという大義 名分の上で「仕方がない」と『生命の實相』を諦め させて、自分の考えを「真理」とする機会と考えて いると思うのです。<<

 という元職員さまの投稿に対して、


>この点については、その通りであることが判明すれ ば、私は雅宣総裁を見限って、現教団からきっぱり とおさらばします。
 それは、すでにはっきりと宣言 しているとおりです。( >>1204) が、
 現段階では、役行者様が「そんなことはないと 思われる」とおっしゃってますので、一応それを信 じて、成り行きを見守っているところです<

 取るに足らない私の言葉を信じてくださり、ありがとうございます。
 確かにいままでなら、数十年もの間、現総裁と同じ職場で仕事をされたと謂われる元職員さまの判断が、適切かと存じます。
 
 しかし、今回ばかりは状況が違うと思うのです。生長の家の根本聖典・聖経が失われようとしているからです。 

 以前挨拶版にて、新参者さまに返答するとき申し上げましたが、ギリギリまで和解を提唱し、信じ抜きます。

 すべての方々が生かされ、大いに人類光明化運動に貢献するであろう生長の家を心から祝福します。

           合 掌

1390ももんが:2012/03/06(火) 10:05:24 ID:XXCuaQns
素晴らしい神の子の皆様、おはようございます。本日も、雨が降って、寒いですね。それでも、昨日、梅の花を見た時は、希望と、元気と、明るさが、沸いてきました!さあ、明る心で、本日も素晴らしい日にいたしましょ。ありがとうございます。感謝敬白、合掌、拝。



〜知恵の言葉 より〜

『隠れたところてにて人を賞(ほ)めうる人となれ、その人の心境は朗らかである。』


いま、『生命の実相』と同時に、”『ありがとう』はすばらし“拝読中ですが、シオリの言葉に、こんな、言葉が、あり、心に止まりました。”人を讃える”とは、難しですね。
カトリックの教会でも、ミサの時、必ず、前後左右の人を“祝福”しますね。
生長の家の“賛嘆”の風もこうした、事のに“原形”がある様に私は、思い、いつも、素晴らしい、“行い”だと、思って、実行してるつもりです。

それでは、皆様、本日も、素晴らしい日を、お過ごしください。いつも、御拝読、ありがとうございます。感謝敬白、合掌、拝。

1391元職員:2012/03/06(火) 11:36:31 ID:???
復興Gさま、そして役行者さま

 ありがとうございます。お二人が心底「生長の家人」でおられることに感動しました。
みなさまの祈りが実現しますようにと私も祈りたいところですが・・・

最後まで(ギリギリまで)信じてお祈りになると申されますが、その最後のギリギリとはいつのことでしょうか。
最高裁が上告を棄却した時でしょうか。その敗訴決定が出た後の行動を見守ると言うことでしょうか。

のちの行動を待っている・・・また長く長くかかりそうですね。

私の場合、雅宣総裁が総裁代行になってから清超先生を完全に無視して教団の人事や決定を行ったことを確認する
場面があり、その時に完全に「終わった」と思い退職しました。
中心帰一を唱えながら、本人は総裁に帰一していない。それだけではなく創始者の雅春先生を「間違っていた」と
評価しながらその同じ口で「われこそは法燈継承者」と宣言するありさまは、私の目には狂気と映り退職を決意しました。

 その後のお父上の葬儀における非人道的なありさま、なりふり構わない裁判。自分のわがままを通すために職員やその家族まで巻き込んで
森に引きこもる姿。

わたしは、皆さんと違いずいぶん前から奇跡を待ち、そして10年前に待ちくたびれて清超先生が総裁代行に権限委譲をされた時点で
最後のギリギリの線が消えた失望で退職した者ですので、このたびの裁判の様子を見ていて「相変わらず酷いものだ」と感じていますから、
何も変らないと残念ながら想像できるのです。

しかし、奇跡は起こることを信じたいし今でも祈ることは欠かしていません。わたしも生長の家ですから今でも心は・・・

1392元職員:2012/03/06(火) 11:43:42 ID:???
>>何も変らないと残念ながら想像できるのです。
とは
谷口雅宣さんの方針や方向性や性格は・・・という意味です。

1393神の子さん:2012/03/06(火) 12:50:07 ID:???
元職員様

占領された街から逃げ出されたわけですね。

占拠される前にできる事があったはず。現場にいたのだから。

でも、何もせず、さっさと住民を見捨てて逃げ出した。


職務放棄せず最後まで街に残る人々を、非難される事に大義名分は要りません。

やりたいようにやっているだけ。

街の外から野次馬仲間と囃し立てるお姿は、実に楽しそうです。

1394元職員:2012/03/06(火) 13:11:59 ID:???
名無しの神の子さん

貴殿がどう受け止められようとそれは自由です。

私が何をしてきたかは知っている人は知っています。
その結果、どのような仕打ちになったかも知っています。

何もしないで(出来ないで)イエスマンになり、教団を教区の思いと反対の間違った方向へと導き、
さらに、本部に居続けて信徒の浄財で暮らすことは私の魂が汚されると共に<信徒の皆様に申し訳なく
思ったから退職の決意をしました。

そのまま残って何かをされるのも、その人の自由です。
ところで貴方はなにをなさっているのでしょうか。内部からの具体的な改善案をお持ちですか。

私の知り合いには野次馬はおりません。立派な志をもった信仰者ばかりです。そういう意味では私は恵まれています。

楽しそうに見えますか。それはよかったありがとう。貴方も楽しく明るい人生を送ってください。

1396役行者:2012/03/06(火) 13:26:51 ID:5hSWQZlE
 元職員さま

 割レス、失礼いたします。
 大いに、語り合っていただくこと、心より希望します。
 
 >しかし、奇跡は起こることを信じたいし今でも祈る ことは欠かしていません。わたしも生長の家ですか ら今でも心は・・・ <

 言葉になりません。
 生長の家を心から愛しておられることが、文面に滲み出ておられます・・・


 >最後まで(ギリギリまで)信じてお祈りになると申 されますが、その最後のギリギリとはいつのことで しょうか。
  最高裁が上告を棄却した時でしょうか。
 その敗訴決定が出た後の行動を見守ると言うことでしょうか。
  のちの行動を待っている・・・また長く長くかかり そうですね。 <

 正直云いまして、上告したときにはビックリしました。まさか!!
 という驚愕の気持ちでした。生長の家教団の幹部以外の方は、殆ど端っから勝てると思ってならったのですから・・・そ
のうえでの上告です!
 あのときは一生懸命に訴えました。その甲斐もなく・・・

 兎に角、1日もはやく、元の生長の家に戻ってもらいたいとの思いです。

 また、本流対策室にて、トキさんが下記のように投稿され、


 >教区の立場としては、早 く和解をして欲しいし、もし、和解の前提条件とし て、総裁の過去の言動や 指導が問題になっている場合、進退は別にしても 率直なお詫びや訂正はお願いをしたいと思う次第で す。
 別にそれを実行しても 総裁の威厳や尊敬は損なわれる事はないと思いま す。 <


 と、その返答に元職員さまが、


> 1922: 元職員さま
2012/03/05(月)

  トキさま ありがとうございます。
 社会事業団と原宿教団の雅量が試されるときですね。
  わたしは、社会事業団の理事長の雅量を信じていま す。し、教団理事各位の良心の発動を信じています。<

 と、コメントされておられます。
 きっと、奇跡が起こると信じています。
 そして、和解後に、みなとも集い、同じテーブル上でケンケンガクガク、大いに語り合っている姿が目に浮かびます。

         感謝 合掌

1397役行者:2012/03/06(火) 13:29:56 ID:5hSWQZlE

 トキ様、二重投稿してしまいました。
 ここと共に、削除お願いします。

1398志恩:2012/03/06(火) 13:47:12 ID:.QY5jUA6
元職員さま

上記の、勇気あるご発言に、感謝申し上げます。

ここのトキさま掲示板は、ほとんどの方々が、教団・総裁擁護派なのです。
いわば、教団のゾウの要塞の内側に入って来て、コメントしている状態なのです。

なのに幸運な点は、
現役教団の幹部でおられるトキ様も、役行者様も、どのような発言をしても、相手を踏みにじらない
心の寛容さとやさしさを,お持ちだということで、救われております。

私などは、ただの末端信徒ですのに、”魂のふるさと”・生長の家の今後を想うがゆえに、いてもたってもいられず
辛口のコメントを書き込んだりしていますが、その度に、あちこちから、鉄砲をうたれるわ、矢がとんでくるわ、満身創痍の状況なんです。

それでも、あきらめず、祈りながら書き込んでおります。

元職員さま、これからの書き込みも、生長の家の復活のためですから、よろしくお願いします。期待いたしております。

1399SAKURA:2012/03/06(火) 19:15:35 ID:FEa/NNlc
トキ様 へ
皆様 へ

【光明道中記…】
     昭和49年10月15日      初版発行

■ ■九月十五日  肩の荷を卸す日
「窄き門より入れ」と自力の行を卸して入れのことである。(『生命の実相』第九巻)

弥陀の光明にてらされまいらするゆへに、一念発起するとき金剛の信心をたまはり
ぬれば、既に定聚のくらゐにおさしめたまひて、命終すればもろもろの煩悩悪障を
転じて無生忍をさとらしめたまふなり。この悲願ましまさずば、かかるあさましき
罪人、いかでか生死を解脱すべきとおもひて、一生のあひだまうすところの念仏は、
みなことごとく如来大悲の恩を報じ、徳を謝すとおもふべきなり。 
  、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、

然り、「弥陀の光明に照らされまいらする故に」一念発起して金剛の信心が発言
するのである。金剛の信心は自分の力で起こすのではなくして、爰にある通り
「たまわる」のである。凡夫が信心を起こして救われるのでなくして、如来の
本願力が吾々に廻り来たって自然に信心したくなるのである。
それは丁度、母の慈愛の心が廻り来たって自然に赤ん坊が乳房を吸うことを
知るようなものである。乳房を吸うのは、何の教育も受けていないで、自然と
催して来る。そう思えば自力で救われるところは一つもない。
みんな仏様のお計らいであるから、念仏も自分が往生極楽の行を積むというような
偉そうな気持でなしに、如来大悲の恩を報じ、徳を謝すとおもってすべきである。 
                         谷口雅春著者    
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜☆

【狭き門…】は、“肩の荷”を下ろす…と!
と…云う事は…??変に“力む事”とも言えますのでしょうか??
緊張しますとそれに関して“力む…”で〜〜〜ショ!
ある時、舞台の前に立って…話す時は、変に緊張しすぎて“力む…”で〜〜ショ!
更に!“スポ−ツ”でも??本番には……
変に“意識”しすぎて…日頃の“力…”が、十分発揮できなくなるとか?
それらは、全て「煩悩…」からでしょうか…
そうなりますと、全て「おじゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ン!」になってしまうでショ!

このような事を、例に考えていきますと“オモシロイ”です。
【一念発起】と云います事…【一念集中します“心”を神様に捧げる】
全て…おまかせします〜〜〜〜〜〜ト!宣言します…。
そして、後は?“リラックス”しながら…「狭き門」に入ったとしますと?
入りにくい門でもスル〜〜〜ト〜♫ 入れるくらい…
“心”が?かる〜〜いのでしょうか?これは、全てが整ってくるのです〜〜ネ!
今日!改めて【この世の法則はあり】と…思いました。

■■【法則に乗る事】は…【実相世界…】でもあるのです〜〜〜ネ!
この様に解釈しましたが…【SAKURA の 独り言??】

■神戸の地震の時、灘区であるおばさんは逃げる時…
小金をずっしり袋に入れ込んで、逃げ遅れたことを知っていますか??
更に!去年の地震もそうです〜〜ョネ!
海水が流れ込んできていますのに…“お金”を…その人は…帰らぬ人となり…
その様に“モノ=金”に、執着しますと【狭き門…】なのでしょうか…?
それを、持たずに逃げれば…助かっていたのに……と思います。

この様に【一つの事に拘る事・縛る事は〜〜肩の荷物】とも思えますが…

■私どもは“力む…”事無く、大海原を“神に全托”しまして…
 スゥ〰〜〜〜〜〜イ!スゥ〜〜〜〜〜イ! 「狭き門」の扉を…オ−プン!!
但し〜〜〜〜〜〜一つだけ?忘れていましたが…?
【神の御心に…叶う信心】
今回の【社会事業団・現原宿教団…論争】…ア〜〜ダ・コ〜〜ダ?…の前に…?
この【肩の荷…】神様に全托…
但し…「悪口・うそ・批判…」神の御心に反しますので…果たして【勝敗…?】
■ 【 ノ ア の 箱 舟 ……】に乗らなくたは???

■ ■ 【調和の世界…和解の世界…】 でしょうか?????    
                             再合掌

>トキ様へ
私自身の解釈??難し〰〜〜〜〜イ!ですネ! 本日の解釈…
どの様に“解釈”されますでしょうか?“アドバイス”頂きますと…幸いですが…?

1400ももんが:2012/03/07(水) 07:27:54 ID:XXCuaQns
神の子の皆様、おはようございます。本日も素晴らしい、朝が、やって参りました。さあ、元気に、明るく、楽しく、本日も素晴らしい日にいたしましょ!ありがとうございます。合掌、感謝。


〜明るい心、暗い心〜

この世では誰でも『幸福になりたい』と思っている。では幸福になると、どんな心持ちだろうか。『まだなかったことがないから、分からない』というかも知れないが、その点をごく簡単に整理して、『明るい心』か『暗い心』かどちらかと聞かれると、『明るい心』に○をつけるだろう。
それならば、先ず『明るい心』になるとよい。するとその心によって、次第に幸福になって行く。一ぺんにならなくても、だんだん、『幸福』になる。
何故かというと、この現実世界は、心によって作られるからだ。心が全ての現実を作って行く。部屋でも、暗くしようと思えば、カーテンでも暗幕でも引いて暗くできるし、明るくしよう思えば、電灯をつけるか、窓をあけるか、天井をブチ抜くかすると、明るくなるだろう。
ところが『明るい心』になるには、そんな天井をブチ抜くほどのことをしなくてもよい。世の中の美しいところや、人に深切なところ、自分や周囲の人々の『美点』を見るようにすればよい。それん見る“練習”をし、鏡の前で笑ったりしていると、だんだん『明るい心』になって行くのだ。その反対に、人の欠点や、いやな所や、きたない所を見て、フクレ面する練習をすると、かならず『暗い心』になって、『不幸な人』になるのである。
ウソと思う人は、この二つの方法のどちらかお好きな方を、せめて一週間ぐらい続けてやると、きっと、『ハハー、なりそうだ』と予感がして来て、さらにもう一週間続けようということになるかま知れない。

〜谷口清超先生著『ありがとう』はすばらし より〜

『明るい心』を貫く気持ちが、『暗い心』に成っても、打ち破る様に、感じられます。

では、では、今日も曇りで、暗い心に成りやすいですが、明るく、元気に、楽しく、素晴らしい日をお過ごしください。御拝読、いつも、ありがとうございます。感謝敬白、合掌、拝。

1401a hope:2012/03/07(水) 08:54:34 ID:kcv2QXTk

人生読本 谷口雅春先生著

猿真似(さるまね)するな


「間違いなく世間から見捨てられる方法は、人真似(ひとまね)以上に一歩も偉くならないことだ」と言った人があります。

しかしまた、「偉い者の真似をすれば偉くなる」という諺もあります。

しかし偉い者のした形を真似るだけでは猿真似(さるまね)です。
猿真似では、元の人より偉くなれません。偉い人はなぜ偉くなったか、
その心掛けを考えてその心掛けを真似て、その日その日自分の中にある「生き生きしさ」を働かして、
人真似以上に突き抜けねばなりません。

人真似した偉さは、気の抜けた汲み置きの水のようなもので、新鮮な味わいがないものです。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


みなさま おはようございます。

昨日から、とても暖かくなりましたね!
TVのニュースでは、半そで姿で街を歩く人も紹介されていました。
梅の花も咲き乱れ、もうすぐ本当に春らんまんですね。
そういえば、春らんまんさまはお元気でしょうか?

ももんがさまが、
>>『明るい心』を貫く気持ちが、『暗い心』に成っても、打ち破る様に、感じられます。<<
とおっしゃっています。

わたしもそう思います。暗い気持ちも、明るい気持も、周りの人に伝染しますものね。
今日一日、会う人、会う物すべてに感謝して、明るい気持ちで過ごしたいです。

ももんがさま、毎朝、素晴らしい言葉のプレゼントありがとうございます!

それでは、わたしの愛する「生長の家」のみなさま、今日も素晴らしい一日をお過ごしください!!

1402ももんが:2012/03/07(水) 20:28:15 ID:XXCuaQns
トキ様、役行者様

トキ様、役行者様、お返事遅くなりまして、申し訳ありませんでした。お返事、ありがとうございます。感謝、合掌、拝。

そうでした、植芝先生とたしか、その御弟子の塩田先生は、達人ですね。

私のいた、参禅会の長老の方で、塩田先生に習っていた方いました。

植芝先生の演武を友人の家で、ビデオか何かで、拝見した事ありましたが、十人くらい、飛んでましたね。
塩田先生は、鉄砲の玉を暗闇で避けたとか言われてますね。


話は、変わりますが、五井先生の処には、あの“平成”の文字を書いた、“安岡先生なんかも、居たようですね。


雅春先生の時代、大本分派の方が、生長の家にもたくさん居たのですね。


雅春先生の説き方に、不満を抱く人々が、分派を形成した事を知りました。


分派でも、メンバーは、可なり、大人物達が、五井先生に、ついたんですね。

雅春先生も、大変だったことでしょう。


『世界人類が、平和でありますように。』

て、良く、貼り紙してあるのが、そうなんですてね。
最近知ったんですよ。


トキ様、役行者様、本流派て、大本的発想が、あるように、私は、時々感じてしまうのですが?気のせいでしょうね。

では、では、トキ様、役行者様、少し、寒いですが、梅の花も七分八分咲いています。春は、少しずつ、顔を出してます。和解こそ!神様、雅春先生の彼岸だと!固く、信じる、バカな神想観修行者です。ありがとうございます。感謝敬白、合掌、拝。

1403ももんが:2012/03/07(水) 20:51:01 ID:XXCuaQns
>>1402
トキ様


トキ様、こんばんは。合掌、拝。

先程の追伸的な、ものです。

大本教は、現在も、亀岡にあるのですかね?

大本教の本部の様子や、教えの中身を、YouTubeで、見ました。

大本教は、教祖は、代々女系だそうですね。

王仁三郎氏も教祖では、ないそうですね。

教祖は、必ず、機織りをするそうです。

大本教は、農事を大切にして、田植えに、祝詞をあげてましたね。

エスペラント語を教えいたり。

色々と、大本教分派が、持つ、要素を色々元々たくさん、含んでいますね。


大変、面白、動画でした。

では、トキ様、まだ、寒いですから、暖かくして、おやすください。カンの歌では、ありませんが、必ず最後に愛は勝つ!ですよ。和解こそ愛です!おやすみなさい!合掌、拝。

1404SAKURA:2012/03/07(水) 21:24:30 ID:FEa/NNlc
トキ様 へ
                    昭和49年 10月15日 初版発行
【光明道中記】
■ 八月十三日   弥陀の本願ありがたき日

光明念波は「類に非ざる念波」を反撥して災害から逃れる。(『生命の実相』第十三巻)

*しかれば本願を信ぜんには、他の善も要にあらず、念仏にまさるべき善なきゆへに。
悪をもおそるべからず、弥陀の本願をさまたぐるほどの悪なきがゆへにと、云々。

そうだ、「弥陀」は「去って去る所なく、来って来るところなく、生なく滅なく、
過、現、未来に非ず」して空間時間生滅を超越せる絶対存在であり給うが故に、
その救いは絶対力にて行われるのである。
弥陀の救いの本願は、大実在の御意志であるが故に、弥陀の本願をさまたぐるほどの
悪は存在し得ないのである。弥陀の本願力の前には「肉体」の滅不滅は
何らの障礙にはなり得ない。そこに生長の家の説く阿弥陀仏に至心廻向すれば
「肉体そのまますくわれている、此処がこのまま極楽浄土になる」と云う真理が
裏付けられるのである。
宇宙大実在の我を救いたまわんとの本願の絶対力の前には何物も礙えぎることが
出来ないと云うのは真理である。そこに『歎異鈔』の「他の善も要にもあらず」
「悪をもおそるべからず」の根拠がある。本願]の絶対力」に触れるとき、
無限燭光の光に触れて暗黒が消え去るように、「他力の善」がおのずから
自然におこなわれて悪が自然に消え去るいみである。
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

『弥陀様』は……悪はないと認めない〜〜〜〜“つよ〜〜い心・心”と…
これは「生長の家」で言えば【実相円満完全〜〜♫〜〜】なのです〜〜ネ!
・・・此処までなりきれる“心…仏”・・・
【仏に気有する事でしょう〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!】

先日、「母の法要」の時、住職さんと話をしましたが…
やはり【浄土真宗…南無阿弥陀仏】と唱えれば…
そのまま【仏に成れる=成仏】との事を…おっしゃいましたが…??
その時、私が「それはむりですよ〜〜〜><」と云いますと…
大住職様が一言「○○さんは、大丈夫です〜〜ョ」笑って云いますが…??

「悪〜〜〜悪い人は、果たして…そのまま“仏”になれるの???変!」…
更に!大住職様が…「仏に成る…は当たり前でしょう?成仏…?」
私は…「あ〜〜〜〜ッ!そうです〜ネ!確かに…!!」
「仏は仏でもそれなりものが…今思います…と??」
今日の言葉から、【神想観をして神様に委ねる心は澄み切った心】です〜〜ョネ!

【夢】此の実現を祈る…しかもそれが【夢実現!出来たように祈る】…
この“実現”そこまでの道は・・・・現象――>実相実現・・・
これが…【弥陀の本眼力…】なんです〜〜〜〜〜〜かと??

「信仰心」が足りないのでしょうか〜〜〜〜 ><
この様に「一つの祈りに賭ける事」ことは、強い〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!
【弥陀の本眼力】
…これは“祈り”と、今日!改めまして分りました。
そうです〜〜ョネ!だから「念仏だけで他力本願…ムリ」なのです〜〜ネ!
やっと〜〜〜〜大住職さまの意味が…
【人によっては、無理な方も〜〜〜〜〜〜いらっしゃいますようで?】

【弥陀の本眼力=>神想観】更に!【先祖供養】でしょうか???
そして「真理」をモット〜〜深く〜〜勉強いたしまして
当に今!私の夢も、まだまだ祈りに〜神想観で神への全托がたりない様です〜。
「あの世…」に行きにしても“現象界での訓練”…私は「生長の家」で、
【実相…】があります〜ョネ!…これも、同じ事なのですよ〜〜〜ネ!
「神にゆだねる祈り」さらに「先祖供養」も大事…その様に思います。

全て【弥陀の本眼力】 日頃の“祈り”で実現しているのョ〜〜〜♫
益々“祈り”が〜〜〜楽しくなりそうです…。
但し“祈り”は、“肩の荷”を下ろさないといけませんです〜ネ?リラックス…

【神様におまかせ…信じる心】…苦しい時は【弥陀の本願力】に思念…
今しています事と同じ事なのです〜〜ネ!…今度【お寺】にて又討論しそうです。
                              再合掌

PS:>トキ様へ
 本日の「弥陀の本願力…」どのように思われますでしょうか?

1405復興G:2012/03/07(水) 21:37:53 ID:ojEbkDH2

ももんが様。

>>1390 で
>カトリックの教会でも、ミサの時、必ず、前後左右の人を“祝福”しますね。生長の家の“賛嘆”の風もこうした、事のに“原形”がある様に私は、思い、いつも、素晴らしい、“行い”だと、思って、実行してるつもりです。<

とおっしゃいました、これは、すばらしいことですね。
私も、電車に乗ったとき、乗り合わせているすべての人々を祝福するようにしています。目をつぶって心の中で招神歌を唱え、「吾が生くるは吾が力ならず……」というときに「この電車に乗り合わせているすべての人々は自分の力で生きていらっしゃるのではない。神さまが生きていらっしゃるのである。皆々様は神にまします。光にまします。今、神さまの祝福に包まれて、ますます幸福の道を歩まれるのである」と念ずるのです。すると、自分がうれしくなります。席がなくて立っているときは、不思議に「どうぞ」と席を譲ってくださる方が出てきます。「今此処天国」が現成します。ありがたいことです。

最近ももんが様はいつも人の美点を見て讃嘆し明るく生きていらっしゃるようです。しかし振り返ってみれば、1ヵ月あまり前、この板の >>974 〜986あたりでは、元職員様や志恩様などの真剣な問いかけに対してまともに答えず、怒りをあらわにし問題をはぐらかしながら攻撃するような対応をされたように思います。その時、私はももんが様に不信感を持ちました。
最近は変わってこられたように思われます(よい方に)。私がきついことを申し上げても、讃嘆されます。しかし、本当に心底から変わられたのでしょうか。光明面のみを見て感謝して行きたいとは思うのですが……

「懐柔」という言葉が浮かんできました。この言葉の意味を確認するためにしらべてみますと、
<懐柔策:うまく扱って人を自分の思うとおりに従わせる手段。手なずける方法。「飴と鞭」の飴の部分。国家や組織の指導者が、批判を避けるために、また、国民の目を問題から背けさせるために餌を用意する、というような場合に使われる>
とありましたが、日常的に経済的利益のような餌でなくとも、言葉の飴と鞭──持ち上げる褒め言葉(アメ)と、敵意丸出しで非難攻撃する言葉(ムチ)を使って、人を自分の思うとおりに従わせる、というのも懐柔策として使われるのでしょう。
雅宣総裁の代弁者のように思われるももんが様のお褒めの言葉に、そのような要素があったらいやですね。

私は、元職員様や志恩様も、生長の家を愛するが故にいろいろな発言をされていると思います。それらの方々に対しては、まるで人格をも否定するがごとき攻撃的言辞を投げかけられることがあるのは、納得できません。
志恩様のまじめな発言に対して、「『本流思考のお仲間』と“ハラスメト的投稿楽しく、自分達のお仲間で、お楽しみ下さい。」(>>986)などと書かれているのは、許せません。これでは、「和解」はとうてい不可能です。

神にまします実相の総裁は、そのようなことをなさるはずはない。実相の生長の家総裁は、谷口雅春先生が「耿耿の言」でお説きくださいましたように、「罪あらば我をとがめよ天つ神、民はわが身の生みし子なれば」とお詠みになった歴代の天皇の大御心のごとき慈愛をもって、すべての人々、特に、かりそめにも生長の家の縁に結ばれた、今は反旗を翻している人々のことも包容し生かし導いて下さっていることを信じ、礼拝感謝申し上げてまいりたいと存じます。

なお、>>1032でももんが様は、
>志恩様のされることは、私へハラスメト行為と認識しています<
と書かれていました。私は、違うと思っています。
私が >>1379
>総裁が『生命の實相』裁判敗訴で苦境に追い込まれた今は、逆にかつての下位者で「本流」を名乗る人たちが総裁に対してパワハラを始めている、という見方ができるかも知れません。私自身も、その仲間に加わる恐れが無きにしも非ずみたいな……でも、これは本来大調和の生長の家ではない。イジメは、いけませんね。<
と書きましたのは、志恩様がパワハラをやっておられるという意味では全然ありませんので、もし誤解されたとしましたならば、お詫びを申し上げます。

1406ハマナス:2012/03/07(水) 22:41:06 ID:u5mC.eb2

神の子のみなさま

こんばんは。昨日はコートが要らない位の暖かさでした。
春も一歩一歩近づいて来ています。

   陰陽は必ず陽転する。  (『新版 生活の智慧365章』P.85より)

 何事がやって来ても、驚いたり、うろたえたりしてはならない。つねに神想観を
して、神との一体感を深めている者には、常に神が護っていられるのであるから、
根本的に困るような事はやってくる気遣(きづか)いはないのである。
陰極は必ず陽転するのである。
最も暗い丑満時(うしみつどき)が過ぎれば、もう明け方は近いのである。いつまでも
冬はないのである。必ず春が来るのである。いつまでも冬がつづいて、到底暖かい太陽を
見ることは出来ないと失望して死んだ者のみが、ついに春を見ないで終わるだけのことである。

 すべてのものは変化するのである。困難のみが固定して動かないということはない。
神の愛のみは変わらないで常に護り常に導いていられるのである。恐れてはならない。
「板本尊(いたほんぞん)」は物質であるから、常に携帯して歩く訳にはゆかないけれども、
神は不変に存在したまうから、神に祈り、神想観し、常に波長を合わす習慣をつけて置けば
常に神の護りの中にあるのである。
 

昨日の皆さまの、投稿に感動いたしました。
復興G様が、 
>「懺悔と謝罪」──今までのことを考えたら、それはほとんどあり得ないことかも知れませんが、
私はその「奇蹟」が起こりうることを、まだ愚直に思っているのです。一人ぐらい、そういう馬鹿者がいて
もよろしいのではないでしょうか。村上和雄先生は『アホは神の望み』『奇跡を呼ぶ100万回の祈り』という本も書かれています。
その「アホ」を貫いて、できる限りのことをしたいと思っているのです。どうぞ、アホをお認め下さい。<

私も、大馬鹿、ならず大アホになります。

そして、役行者様が、
>ギリギリまで和解を提唱し、信じ抜きます。
すべての方々が生かされ、大いに人類光明化運動に貢献するであろう生長の家を
心から祝福します。<

素晴らしいです。同感です。

また、元職員様も
 >しかし、奇跡は起こることを信じたいし今でも祈る ことは欠かしていません。
わたしも生長の家ですか ら今でも心は・・・ <

私も、奇跡を、和解を信じます。
生長の家にも、春が近づいてきています
教団側と社会事業団が早く同じテーブルについて、話し合いをもって頂きたいと、
切望します。
実相顕現を信じて明日も喜んで、神想観をさせて頂きます。

感謝合掌

1407トキ:2012/03/07(水) 23:02:38 ID:NjZYAvIs
>>1403

ももんが様

 ニンニクを食べてから、このメールを打っているので、臭いがあったらごめんなさい。

 大本教事件に関係した銅銀さんという特高の刑事さんが書いた「最後の特高」という本を読んでいたら、
出口王仁三郎さんについて、こんな話が書いてあります。

 治安維持法で、特高側は必死になって出口家の人間を尋問し、天皇制を否定しようという意図があった
という供述を取ろうとします。もちろん、出口家の人達は「そんな意図はない」と否定します。が、新米
の刑事だった銅銀さんが、奥さんの出口澄さんを尋問していたら、ひょっこりと天皇制を否定する証言を
彼女がしてしまいます。必死になって取消を懇願する出口澄さんの要望に応じて銅銀さんは、調書を破き
ます。

 その後、出口王仁三郎さんの孫が旧制中学受験の願書も受け取ってもらえないと知ると、同志社中学に談判を
して、受験を認めさせるなど、銅銀さんは、刑事と被疑者という関係を超えて、出口王仁三郎に便宜をはか
ります。

 その後、出口澄さんが亡くなると、大本教から銅銀さんに通知が届きました。葬儀に参列した銅銀さんに
大本教側は特に昇殿参拝を認め、喪主である出口直日さんが、手をついて彼に御礼を申し上げた、という
逸話が書いてありました。

 その後、出口家と銅銀さんは、戦後、立場を超えて、親しく交流した事実が書いてありました。
 
どうも、関係のない話を書いて、すみません。

合掌 ありがとうございます

1408うのはな:2012/03/08(木) 00:39:08 ID:El6gIMAw
わたしは他の人からさんざん文言などこまかいことを聞かれ、そのつど答えるのに
エネルギーを消費してきたので、自分が大雑把なぶん他のひとの話しもおおまかに
とらえて、揚げ足とりのようにならないようにしようと考えていました。

 けれど、最近また細かいやりとりがはじまったようなので、お返しの意味で書かせてもらいます。
訊け氏には以前からうのはなさんは矛盾があるとか、論点をずらしているとか
いわれていますが、ここの掲示板は最初トキさんが本流の意見に賛成できない点はあるが、
本流に対して攻撃目的に設置したのではないというような趣旨を説明されていたと思います。

 けれど、訊け氏はある本流投稿者にこの掲示板と本流宣言掲示板とは既に対立関係にあると
いうような文意を書いていました。
 私は本流投稿のいくつかには反感も持ち、異論も書きましたが、この「対立している」という
語には、わたしもそうだと思われたくないという気持ちがあったのでよく覚えています。

訊けブログでは、本流に対してよく思っていないようなコメントが出ています。
トキ管理人も幅広く意見を載せる方針だから管理も大変かと思いますが、この場合は
「訊け」氏がここの掲示板の趣旨とは違う発言をしていることになると思います。
長期間、私の文章を取り沙汰されてきたので、訊け氏にもひとこと言っておこうと思い
書きました。

1409志恩:2012/03/08(木) 06:50:40 ID:.QY5jUA6
復興Gさま

1405:拝見しました。敬愛する閣下に、いろいろとあたたかいお言葉を賜り、光栄に存じます。

1379の件、
私も、復興Gさまが、私に対して、パワハラしてるとおっしゃったとは、全然思っていませんでしたが、ご丁寧に
感謝いたしております。


今さっき、私は、早朝神想観を終えてから、いつものように手動式コーヒーミルで豆を挽き、夜明けのコーヒーを喫んだところです。
なので、部屋中、コーヒーの香りがたちこめております。


私事ですが、最近、うちの近辺では、庭を潰して、そこへアパートを建てるお宅が急増しました。近くだけでも6軒も建ちました。
(わが家では、庭は潰しません)
ところが、新アパートの数軒は、けちって、点けるべき外灯を灯さない。周囲の草は刈らない、ごみ出しは、メチャメチャ。ETC.

そのようなルール違反が、
至って目立ちまして、地区委員をしている私のところへ、昔から住んでいる地区の方達が、数人で苦情にこられたので、
昨日私は,2軒のアパートの、管理会社や,持ち主を調べて、ルールを守って、やるべきことはやるように、実際に行き、
厳しく注意してきたところです。

私事の話をして、なにが言いたいかと申しますと、個人の家のことなら、まだしも、

公に対して迷惑をかけたりする場合、忠告は,必要だと思うのです。
または、多くの人が、聴いて侮辱された、
卑下されたと受け取られるような例えば、総裁の「学問のない人」発言ですが、そのような誤解されるような発言をした
した場合も、例え、上の位置におられるお方でも、今後は、そのような発言は、やめたほうがいいという意味で、忠告は
するべきだと思います。

役行者さま、SAKURAさまの、本流対策室板での、この件についての、総裁先生を庇う発言も拝見しましたが、
ほんとの意味は、こうなんだ、ああなんだと、発言後に、毎度、どなたかが説明されてますが、こどもの発言なら、いくら庇っても構いませんが、
総裁先生なんです。多くの人が、聴いていて、ブーイングが起きている事も事実なんです。何をか言わんやです。

総裁は、なぜ、つぎからつぎへと、多くの信徒が、侮辱、卑下されたと受け取れるような発言をしてしまうのか、根本的な発想を、総裁ご本人が、
省みる必要があるとおもうのです。訊け様ブログに、雅春先生始め,昔の本部講師のご講話の動画も沢山載っていますが,人を卑下するような
発言なんて、皆無です。総裁のこころの立ち位置が、ずれているからに他なりません。きちんと省みることがたいせつだと思います。

その現総裁の成果は、ハッキリ数字にでているわけです。
昨年の全国青年大会の参加者は、1,000人。
過去は、30.000人。

個人のことならともなく、公の立場の人のことを言っています。
ただ、実相の善のみをみつめる祈りをして、トップが、何を言っても,何をしても、見て見ぬふりして、
ただ、すばらしい すばらしいと、褒めた讃えてだけいれば、神のみこころに叶うのか、それで、いいのか。

それが、ほんとにすばらしいことなんでしょか。
それは、却って、本人に対して、愛のない不親切な行為。。本人の為、今後の生長の家を思えばこそ、
甘言だけでは、進言することも、すごく大事な行為なのでは、ないかと強く思っております今日このごろです。

(総裁のいいところも。もちろんいくつか、ございます、1つは、高額な壷を売らないことです。)

1410ももんが:2012/03/08(木) 07:22:18 ID:XXCuaQns
神の子の皆様、おはようございます。今日も素晴らしい、朝がやって、参りました。さあ、本日も、元気に、明るく、楽しく、素晴らしい日にして参りましょ。ありがとうございます。合掌、拝。


〜『甘露の法雨・神』より〜

或る日天使生長の家に来たりて歌い給う

創造の神は

五感を超越してる

六感も超越してる



至上

宇宙を貫く心

宇宙を貫く生命

宇宙を貫く法則

真理

光明

知恵

絶対の愛

これらは大生命

絶対の神の真性にして

神があらわるれば乃ち

善となり

義となり

慈悲となり

調和おのずから備わり

一切の生物処を得て争うものなく

相食むものなく

病むものなく

苦しむものなく

乏しきものなし。



a hope様、復興G様、トキ様、昨日は、私に、コメントありがとうございます。復興G様の御言葉には、悲しみの余りに、昨晩は、涙した、私です。

また、改めて、個別にお返事申し上げましす。真に、ありがとうございました。
それでは、本日も、嬉しく、楽しく、神の子の生活を御過ごしください。いつも、御拝読、ありがとうございます。感謝敬白、合掌、拝。

1411a hope:2012/03/08(木) 10:52:51 ID:kcv2QXTk

みなさま おはようございます。

今日の「人生読本」の筆写は、後ほど聖典引用板にさせていただきます。

今朝、この掲示板や他の掲示板を拝見して感じたことがあったので、なまいきながら発言させていただきます。

誰かが、間違ったことをしていたら、指摘してあげるのは愛情だと思います。

でも、そこに相手から、過去にされたことに対する、怒りや憎しみや恨みの感情、
もしくは、純粋ではない何か違うたくらみのようなものが心に少しでもあると、
その雰囲気が発する言葉や文章に表れてしまうのではないかと思いました。

わたしは、そういうものを「気持ち悪い」とか、「いやな感じがする」と感じます。
違う言葉で表現するとそれを「邪気」というのではないかと思います。

この、「邪気」というものがその人から少しでも出ている時は相手を不快にはせよ、反省させることは決してないと思います。

たとえば、「訊け」管理人さまが男気のあまり、なにかそのような雰囲気(争いの念波)を発してしまっても、
この掲示板では、志恩さまやうのはなさま、そして他の投稿者の方々が愛情を持って注意をして差し上げています。

わたしが、この掲示板が大好きで、毎日必死に投稿しているのは、この掲示板には愛があるからです。
そして、その邪気がほとんど感じられないからです。

特に

>>1405 の復興Gさまの投稿
>>1408 のうのはなさまの投稿
>>1409 の志恩さまの投稿 

などは、とても、キツイ意見のようにも見えますが、
わたしは相手に対する愛情に満ちている内容のように感じました。

大変、生意気な意見をいい申し訳ありません。

わたしは、この掲示板の一人一人のみなさまが大好きです。
これからも、御指導どうぞよろしくお願い致します。

1412復興G:2012/03/08(木) 15:27:17 ID:ojEbkDH2

役行者様
皆々様

役行者様が「挨拶板」で、“新参者”様へのコメントとして紹介して下さっている、“初心者”様の投稿──

>「生長の家「本流復活」を考える」
>46 :初心者:2011/06/07(火) 21:14:17
>現総裁が教団のトップとして不適格であることをもっともよくご存じなのは総裁ご自身だろうと思います。現総裁が、三代目として大きなプレッシャーを感じておられるのはたしかでしょう。現総裁は、宗教家としての資質がほとんどないにもかかわらず、宗教組織のトップに立たされてしまわれたのですね。
現総裁にとって、「いい人」である自分と、現実の自分との落差はそれほど大きなものではないはずですが、生長の家の総裁としての自分と、現実の自分との落差はあまりに大きなものであるはずです。「どうして自分は生長の家の総裁でなければならないのか」と、この問題で苦悩しておられることだろうと思います。
総裁としての自分と現実の自分との落差を埋めるために頼みとされたのが「知性」であったはずです。知性によって落差を埋めているかぎり、生長の家の総裁としての自分と現実の自分を一致させているような気になることができるのです。ひとたび知性を否定されれば、落差があらわとなります。あらわとなった落差を打ち消すために、知性を否定する人々を拒絶してしまわれるのです。<

――これは、とても重い意味をもつ投稿文と思われて来ました。役行者様のコメント

<いま、現実に雅宣先生が現総裁だということは、認めざるおえない事実かと存じます。ならばもっともっと現総裁を知ることが大切かと存じます。時には一人の人間として・・・生長の家の総裁になられたということは想像を絶する苦悩があるかと思うのです。>

――それは、理解できます。総裁を闇雲に非難するのではなく、総裁の苦悩を理解することは必要でしょうね。
 その上で、私たちは総裁の身になって考え、行動することが求められているのではないでしょうか。

1413志恩:2012/03/08(木) 18:39:29 ID:.QY5jUA6
A HOPE 様

私は、A HOPE様が、みなさまを、いつも愛しています、と、祝福してくださっておられるお姿は、美しいと
思っています。

総裁へのコメントは、人それぞれですから、これについては、意見の相違があっても、しかたがないことです。

みな、生長の家を愛してやまないのだけれど、考え方がちがうだけです。

私の発言が、お気にさわったら、おゆるしくださいませ。

1414a hope:2012/03/08(木) 19:43:07 ID:kcv2QXTk
志恩さま

 >>1413についてですが、

わたしは、今まで一度も、志恩さまの発言から、邪気を感じたことはありません。
キツイな〜と感じたことは何度かありますが...(笑)
でも、志恩さまは、どなたに対しても愛を持って発言されているとわたしは感じています。

しかし、

>みな、生長の家を愛してやまないのだけれど、考え方がちがうだけです。<

これに関しては、本当に本流や、教団のすべての方が、「生長の家」を心から愛していらっしゃるとは、
わたしは感じていないのでもう少し考えさせてください。(今はちょっと酔っていますし..)

志恩さまのことは心から尊敬してますし、志恩さまの投稿はいつも核心をついているので大好きです。

1415トキ:2012/03/08(木) 20:26:39 ID:oa2kLcfM
>>1410

山本玄峰老師は、かって「お坊さんは、障子の糊のようなものだ」と言われました。「どうして糊ですか?」と聞きますと、
「どんな立派な障子でも、糊がなかったならば障子の桟と紙が離れて障子の役目をしない。しかし、外から見ると、糊はある
か無いかわからない。お坊さんは、この糊のように、人の知らない所で人と人とが仲良くし、一切の物事が成り立って行くよ
うに働いてゆかねばならないのだ」と言っておられました。(回想 山本玄峰 P193)


 ももんが様は、玄峰老師みたいな方だと思います。

では、今後ともよろしくお願いします。

合掌 ありがとうございます

1416SAKURA:2012/03/08(木) 21:25:05 ID:FEa/NNlc
トキ様 へ

【幸福を招く365章…】
■人間は霊であると云う意味

「霊」と云う語はひろい意味をもっている。一般にそれは
「非物質であって霊妙なはたらきあるもの」と云ういみである。
霊と云えば、宇宙霊すなわち「天地の本源神」と云うような場合もあれば、
肉体を脱け出た個別霊すなわち「霊魂」を意味する場合もある。
「人間は霊である」と云うような場合は、「人間は霊魂である」と云う意味でなく、
人間は「非物質にして霊妙なはたらきを有する神霊である」と云うようないみである。
「霊妙なはたらき」と云う意味には「神通自在」と云う意味もあれば、
「生命力を有する」すなわち「霊能者」であると云う意味もあり、
「叡智を有する」すなわち「霊知者」であると云う意味もある。
即ち「人間は霊である」と云う意味は「人間は非物質にして神通自在の生命
そのものであり霊知者である」と云ういみである。
                     ―― 谷口雅春著者 ――

「生長の家」では「人間神の子」と申しますよ〜〜〜ネ!
本当に!「神地一体」です〜〜〜〜とその様に思います…。
「母の御霊」を、見ましてからは…【人間は霊的人間】と自覚した次第ですが…
今の私に置かれています「現象世界…」…そこで私は日々暮らしていますが…
分っていても〜〜〜つい!つい!「肉体の自覚に誘惑??」されやすい様です〜ネ!

きれいな〜まん〜〜丸〜〜い“御霊”を見ますと…不思議な気持ちに捕らわれます。
【管理人・トキ様】が紹介されました本を注文しましたが…
きっと本が届きましたら、私の知りたいことが記述されてある様に思えて…
今から、楽しみにしている所ですが…?  ルン〜ルン〜♫
【霊人間の自覚】が出来る事は、【神通自在に全てが整う事…!!】
先ず!それにはやはり【神想観】なのでしょう〜〜か?

私の「心の奥底は〜〜〜〜霊??」です〜〜〜〜〜ョネ!
その“奥底”につなげ”モノ“は【神想観…】と気付きましたが〜〜〜〜
以前よりも?まじめに“思念=>神想観”で〜〜〜す。
【霊的人間=>神想観】をしている私は、【霊知者・霊能者人間です〜〜ネ!!!!!!

バンザ〜〜〜イ!!バンザ〜〜〜イ!!
「SAKURA(霊)」もあるのですと、自覚が〜〜フツフツと“芽”が出てきそうです。

そして、もうすぐ“春”です〜〜ネ! “つくし”が…顔を見せてくれるように〜♫
「SAKURA」も【魂の進化・進歩の芽・芽〜〜〜】芽が顔を覗き込んでいますが?
その事に気づいて…益々!【神と一体…】
〜〜〜明日に向かい〜〜〜♫〜〜〜「母の御霊…」を投稿したいと思います…!
唯今・…………【準備中】

                              再合掌
>トキ様へ…今日の解釈?どの様に思われますか??

1417SAKURA:2012/03/08(木) 21:51:02 ID:FEa/NNlc
トキ様 へ
復興G 様 へ

■ 文章力…理解力?

人の文章から、感じ取るのは“人それぞれ〜♫〜”なのです〜〜ネ!
改めて…「文章表現」そして「そこからの理解力…」難し〜〜イ!と…判断しました。

一つ申し上げますと…【類は類を・…】でしょうかしら〜〜〜ン!
人は、その共通点(感覚・感情・思考…)いろいろあるのです〜〜ネ!

私は>1405 投稿文…
■ 【復興G様 のご意見】…に“賛同”させて頂きます…。
「冷静な判断・思慮深さ…その事が文章に表現されています」と判断しましたが…

                                 再合掌

1418ハマナス:2012/03/09(金) 00:16:08 ID:u5mC.eb2

神の子のみなさま
こんばんは。
明日は寒くなるようですので、暖かくしておやすみ下さい。

   山頂に登りつく途中   (『新版 生活の智慧365章』P.84)

いつまでも人を見て、「気に食わぬ」という気がするのは、相手が悪いよりは、自分に
一種の先入観や、一定の尺度があって、自分ぎめの善の標準や尺度に異なる者を、
みんな「悪い」と独断する癖があるからである。それぞれの人々は、それぞれの道を
通して、(それは今行く道が間違っているかも知れないが)そのような道を通れば、
このような結果になるいうことを体験を通して勉強しつつあるのである。

ある人の現在の状態は、決して、その人の最後的状態ではないのである。それは「実相」
の山頂に登り着くための途中の登山道の風光に過ぎないのである。やがて彼も「実相」の
山頂に登りつめる時が来るのである。その事を信じて、その人のために祈りましょう。
1ぺん位、生長の家を勧めてみて、入信しなかったからといって、失望してその人を見棄て
てしまうのは愛が足りないのである。その後もたびたび訪問して真理の話をしてあげるのが
よい。一度でピンと来なかった人も、やがて心の扉がひらいて真理を傾聴するようになる
にちがいない。

感謝合掌



1419役行者:2012/03/09(金) 06:19:36 ID:zRvB7sT.

 >>1412

 復興Gさま


 >――総裁を闇雲に非難する のではなく、総裁の苦悩を理解することは必要で しょうね。
その上で、私たちは総裁の身になって考え、行動 することが求められているのではないでしょうか!<


 なかなか、他者の気持ち、特に総裁先生の立場を理解できるとは思いませんが、生長の家の教団にいる以上は大切なことかと存じます。
 総裁の腹心中の腹心であられる初心者さまが以前、縄文的頭脳改革のことを仰っていました。
 これは地球規模での維新であり、地球救済といえるくらいの大規模な改革と思っています。
 そのような大きな改革を胸に秘め、現実はシャバ世界によくある小さなイザコザと、裁判などのやっかいな問題にさいなやまされているのが現状でしょう。
 その理想と現実のギャップは計り知れないと思うのです。
 その苦悩する総裁に少しでもお役に立てればと思うのです。


 もちろん、総裁が舵を取っておられる以上、いまの現状は総裁がつくりだしたことであることは逃げられない事実でしょう。
 そこを基として、より皆が楽しく、愉快に、自由に信仰できる場を提供することに協力させていただきたいと思っている次第です。

 では、今の現状の原因をしばし究明したいと思います。
 生長の家の業であるのはもちろん、総裁先生による右に倣い人事がなせる結果でしょう。

 元職員さまが仰ってました清超先生の慈愛人事とはほど遠い采配を下してきたことが問題だったと思うのです。

 真の采配とは、同じテーブル上で双方の意見、感想、言い分を充分に聴き、その上で判断する事だと思うのです。
 その雅量、器量がより活気に満ち溢れた教団を築いて行くと思うのです。
 このままでは、真実を見抜く第三の目が開かれるどころか、闇に第三の目が奪われ、盲目が盲目を呼ぶ、見せかけの建て前で塗りつぶされてしまうでしょう。


 たとえば、一つのクラスを想定して見ましょう、クラスにはいろいろな方がいました。親分肌で、義理と人情に厚いタイプ、このようなタイプはいざとなると動きますが、得てして言い訳はしないタイプです。そのほか、その場当たりだけはうまく繕うタイプ、平気で嘘をいうタイプ、コロコロと力のある人に媚びるタイプなどなど、いろいろな方がおられて、多様性が展開され、活気に溢れた場が提供されてくると思うのです。

 そのような和やかな、発展的な、自由な場から、理想実現の可能性も拓かれてくると思うのです。

 今の現状に目を反らさず、よくみて、その上で、理想、夢を追ってゆく姿勢が未来を拓いてゆくのでしょう。

 
 もの云えぬ、狭い空間を創るのでなく、自由に、楽しく、生き生きとした空間を創ることに協力、支援することからはじめさせていただきたいと思っているのですが・・・

1420役行者:2012/03/09(金) 08:23:56 ID:zRvB7sT.

 >>1402

 ももんがさま


 >トキ様、役行者様、本流派て、大本的発想が、ある よふうに、私は、時々感じてしまうのですが?気のせ いでしょうね <

 
 ゴメンナサイ、大本教にかんしては、二十数年前に、巨人 出口王尼三郎 という本を読んだことがあるだけの知識ですから・・・大本教的発想というのがわかりません。


 大本教にとって生長の家は分派です。
 生長の家創立当時は、結構、大本教の方々が出入りし、協力してもらっていたと伝え聴いています。

 生長の家が大本教と分かれた理由は、生命の実相 20巻に書いてあったと記憶しております。

 神が裁くような内容を説いている大本教に対して、第一次大本教事件後に袂を分かった!ということが書かれていたと記憶してます。

 何はともあれ、その後、五井さんが創立した白光真宏会など多数の宗教が生長の家からも独立してます。

 もちろん、分裂した原因は人間関係なども多分にあったと聴いてますが、中心的なことはやはり、唯神実相の捉え方の違いなのではないでしょうか!

 この神髄を忠実に教えとして守ってこられたのが、生長の家と存じています。
 ですから、その神髄を守り通すのが生長の家の本義と思われます。

 生命の実相と聖経のことで、裁判している現在の状況と、今までの分派活動とを比べることは些か無理があるのではないかというのが、個人的見解です。

           合 掌

1421ももんが:2012/03/09(金) 11:24:07 ID:XXCuaQns
神の子の皆様、おはようございます。合掌、拝。

昨日、トキ様、復興G様、a hope様、役行者様、お返事差し上げられずに、申し訳ありませんでした。本日も、多少、忙しいので、お返事出来るか、わかりませんが。必ず、お返事差し上げます。真に、いつも、御拝読後の後の、皆様の御言葉は、我が心の雷雨と成り、鋤と成り、桑となり、必ずや、我が心の芽を又新たに、咲かしてくれる基になるでしょ。真に、ありがとうございます。合掌、拝。


〜祝福する者が祝福せられる〜

あなたの生活に、幸福の扉を開くためには、先ず他の人々の幸福を願う祈りをするがよい。
他の人を祝福すれば、自分がまた、祝福されるのである。祝福する者が、祝福され、呪詛する者が呪詛せれる、これが宇宙の平衡の法則である。

“神と供に生きる真理365章”115㌻

a hope様、ハマナス様、何時も、祝福の言葉、ありがとうございます。

特に、ハマナス様から、たくさん、勉強させて、いただいでおり、何時も、感謝してます。

他の皆様も、いつも、ありがとうございます。昨晩も、雅春先生の講話拝聴し、“宗教の第一義は、永遠生命を知る事…”に、深く、同感でき、涙した、私がありまた。
桜が、もう咲きそうな、気配です。春は近いです。心を穏やかに成るように、皆様、心の雪解けをされて、春を楽しめるように、なりましょう!いつも、御拝読、ありがとうございます。合掌、拝。

それから、トキ様、役行者様、個別に、トキ様、役行者様今朝、昨夜の御投稿ありがとうございます。感謝敬白、心より、合掌、拝。

1422復興G:2012/03/09(金) 14:14:18 ID:ojEbkDH2

ハマナス様。

ももんが様もお褒めくださいましたが、

>>1406 「陰極は必ず陽転する」
>>1418 「山頂に登りつく途中」

この二つの『新版 生活の智慧365章』からの引用は、まことに時宜にかなったと言いますか、神のみ声のように拝聴いたしました。

元職員様。

>>1391
>最後まで(ギリギリまで)信じてお祈りになると申されますが、その最後のギリギリとはいつのことでしょうか。<

「いつ」とは申せませんが、ハマナス様が引用してくださいました『新版 生活の智慧365章』のご教示
『陰極は必ず陽転するのである。最も暗い丑満時(うしみつどき)が過ぎれば、もう明け方は近いのである。いつまでも冬はないのである。必ず春が来るのである。いつまでも冬がつづいて、到底暖かい太陽を見ることは出来ないと失望して死んだ者のみが、ついに春を見ないで終わるだけのことである。
すべてのものは変化するのである。困難のみが固定して動かないということはない。』
――このお言葉を信じてまいりたいと存じます。

a hope 様。
いつも、やさしく素直なご発言に、癒やされ、うれしく躍動する思いです。感謝!

役行者様。
>>1420
>分裂した原因は人間関係なども多分にあったと聴いてますが、中心的なことはやはり、唯神実相の捉え方の違いなのではないでしょうか!
 この神髄を忠実に教えとして守ってこられたのが、生長の家と存じています。ですから、その神髄を守り通すのが生長の家の本義と思われます。
 生命の実相と聖経のことで、裁判している現在の状況と、今までの分派活動とを比べることは些か無理があるのではないかというのが、個人的見解です。<

私も、同感です。このたび“分裂さわぎ”になっている中心的なことは、人間関係ではなく、「唯神実相」の真理、教えの神髄を守るための戦い、と言ってよいでしょう。「陰極は必ず陽転する」「暗は光の前に必ず消滅する」ということを信じてまいりましょう。

1423志恩:2012/03/09(金) 18:27:53 ID:.QY5jUA6
復興Gさま

聖使命什一会員を、10年以上続けた人は、永代供養してもらえるなんて、初めて聞きました。
母は,家族全員を何十年と什一会員にいれて、永年、会費を納めて来ましたけれど、母は、永代供養は、
申し込んでいませんでした。

もう、聖使命会員は、辞めちゃったしねぇ、
今度、母と一緒に住んでいる妹に,聞いてみます。

1424志恩:2012/03/09(金) 19:17:48 ID:.QY5jUA6
夫のほうの母(義母)は、すでに、永代供養をお願いしましたが、実家の母は、まだ元気なので、しないそうです。
でも、今の総裁が総裁でおられる限り、永代供養は、申し込まないとも言っております。

なぜなら、兄弟姉妹、孫たちも、みな生長の家なので、われわれ全員で、心を込めて聖経を読誦し、
自分達で、ご供養は、続けますから。ということになりました。

ありがとうございます。礼拝

1425ハマナス:2012/03/10(土) 00:40:35 ID:u5mC.eb2

神の子の皆さま
こんばんは。ありがとうございます。

ももんが様、復興G様
 お褒めのことばを頂戴いたしまして、恐れ入ります。嬉しゅうございます。

       常識をこえる力  (『新版 生活の智慧365章』P.88)

 すべての生活を、祈りに始まって祈りに終わる生活となせ。祈りは“神の心”と
“人間の心“との波長を合わす最良の道である。”神の世界“には一切の良きものが
「アイディアの形」又は「理念」として存在するのであり、”神の世界“に波長を
合わす事によって、その欲するものを受像して、現象界に具体化することができる
ようになるのである。

 吾々は常識的に判断して現象的には到底不可能だと見える問題に面すると、もう常識
的判断だけで“迚(とて)も駄目だ”と見切りをつけて、祈ることすらも抛棄(ほうき)
してしまうことがあり勝ちであるのである。併(しか)しそれが正しい要求である限り、
常識的判断で”到底駄目“と見える事でも、神に於いては不可能なことはないのである。

どんな失敗でも、神はそれを償うてあまりある救済策を与え給うのである。如何なる
複雑な問題でも神によって解決できない問題はないのである。どんな面倒な人間関係
でも、神の愛がそこにあらわれるとき、何人もみな満足できるような解決に到達し得る
のである。どんな悪癖悪習慣でも例えば麻薬の中毒患者でも神の力が発現するならば
矯正できない種類のものはないのである。ヒロポンの中毒患者が、注射を中断すると
恐ろしい禁断症状で苦しむのが普通であるが、飛田給の生長の家練成道場で神想観をし、
神との一体感を深め、「人間・神の子、ヒロポン中毒本来無し」の自覚に入ると、忽ちに
して中毒症状は去り、自然に注射がいらなくなり、注射を止(や)めても、少しも禁断症
で苦しまずに健康な生活に移行し得た実例も屡々(しばしば)あるのである。


 雅春先生がお書きになられている様に、「吾々は常識的に判断して現象的には到底不可能
だと見える問題に面すると、もう常識的判断だけで“迚(とて)も駄目だ”と見切りをつけて、
祈ることすらも抛棄(ほうき)して」、迷ったり、ただわめいているだけでは、いけないと思いました。
皆が心を合わせて真剣に祈ることによって、必ず神様は解決策を与え下さる事を
信じています。
みんな神の子で、生長の家に触れ、ご活躍をされた、そして、ご活躍していらっしゃる方々なのですから。    

感謝合掌

1426SAKURA:2012/03/10(土) 01:42:17 ID:FEa/NNlc
トキ様 へ
皆様 へ
こんばんは…
おそくなりましたが……

【幸福を招く365章】
◆――――― 誰かが自分を中傷するとき ――――◆

誰かが自分の名誉を毀損したと思う場合に、それについて憤ってならないのである。
実相に於いては人間の尊厳は「神の子」として永久に失われるものでないのであるから、
静かに座して「自分は神の子であるから、何人も自分の名誉を奪うことは出きないので
ある。ウソは結局、非実在のことを実在らしく語るものであるから、実在しないものは
消えるほかはないのだ」と安心して念じておれば、いつの間にか、ウソに伝えられた
不名誉は消え去って永遠の存在である真実のみが輝き出ることになるのである。
決してウソを告ぐる者に対立して、その渦巻の中に巻き込まれてはならないのである。
                             谷口雅春著者

――――☆――――☆――――☆――――☆――――☆――――☆――――☆――――

今日「デイリ−インスプレイション」のところで…
【歴史というものは多かれ少なかれ…ホラ話だ】  ◆ ヘンリ−フォ−ド
今日の中身で……“ウソをつく事”でどれ位の人が、振り回されるのでしょうか〜〜?
帰郷しましてから、此処の人は、簡単に“ウソ”をつきます〜〜ネ!

私も、若い時に“ウソ”が原因で、騙されまして…この“結果”ですから? ><
でも!若い時は、先ず!【信じる事】を優先しがちですが…??
しかしながら?これも“性格の問題…”も入るのかも??
ただ此処に戻りましてからは、現在!かなり“用心”しております〜〜〜が〜〜〜

毎日の「お勤め…祈り」を、しています。【神地一体…】で〜〜♫
「神様に生かされています〜〜〜♫」と、思いますと、楽しいです〜〜♫〜〜
「嫌な事は???」ノ−!〜〜〜ノ−!〜〜〜♫
唯!!ひたすらに「祈り」ます今の私は…?以前よりも強い〜〜〜い【SAKURA】
ウソも見抜けるぐらいに“透視…”が出来る様な直感力…
いつも〜「イメ−ジ」しておりますと、生かされて行くようです。
本当に、ウソを伝えられたら、それに巻き込まれない様に……??

それは…それは…【祈り】です〜〜ネ!
【精神統一が…一番です。!!!】
私は“中傷”が多い時でも?……実在しない者を認めない“心”が、大事です〜ネ!

■・・・『祈り』に徹してしておりますと…「類の法則」に乗っかる様に思えます。
最近『神想観』が楽しいのです…。「狭き門」に入れる“心”・“柔軟な心”に…
なって行く様で〜〜す。毎日!楽しくそのような人(中傷)も…受け付けない私!
になって行っております。(進行形…・)
【狭き門…… “扉”よ!!〜〜〜〜開け〜〜〜護摩〜〜〜ゴマ〜〜〜】
                               再合掌

PS:>トキ様へ
   本日の解釈論…如何でしょうか??
今日は「亡き母の御霊様」フエス・ブック・ペ−ジに 投稿しました…。
宜しかったら??見てくだいませ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 m(..)m
モット〜ト〜モット〜“心の修行”…ガンバル〜〜ワ
本日の“アドバイス”頂きますと幸いです。

1427復興G:2012/03/10(土) 02:33:41 ID:ojEbkDH2

>>1425
ハマナス様。

また素晴らしい谷口雅春先生のご教示を掲載してくださいまして、ありがとうございます。

>「吾々は常識的に判断して現象的には到底不可能だと見える問題に面すると、もう常識的判断だけで“迚(とて)も駄目だ”と見切りをつけて、祈ることすらも抛棄して」、迷ったり、ただわめいているだけでは、いけないと思いました。皆が心を合わせて真剣に祈ることによって、必ず神様は解決策を与え下さる事を信じています。<

本当に、そうだと思います。

生長の家の教えは、「人間は皆神の子である。悪人はいない」ということです。それを信じて真剣に祈りつつ行動することによって、必ず神は解決へとお導き下さる。そう信じられて、勇気を与えられました。

さて、組織板の >527 :で トキ様が、
平成24年3月9日
生長の家社会事業団等との訴訟について
  宗教法人 「生長の家」
  株式会社 日本教文社
というコメントが生長の家のホームページに掲載されていることを知らせてくださっています。そして、

>要するに、控訴審で負けた教団側が、「僕たちは、正しい」という主張を述べているのです。……とにかく、松下さんが悪いヤツで、その共犯者どもが教団を自分の意のままに動かそうとした、という内容です。それが仮に正しいとしても、聖典や甘露の法雨のような最重要経典の著作権を外部の人間に蹂躙されるような失策をした指導部は、それだけで糾弾に値すると思います。しかるに、教団の声明には、一言も信徒へのお詫びの言葉はありません。「このたびは、私どもの失策により、信徒のみなさまに多大なご心配をご迷惑をおかけした点を深くお詫びします。」というのが、最初に言うべきではないのですか?<

と述べられています。そうですね。
まず、総裁が、神に対し、谷口雅春先生に対して、お詫びをされるべきではないでしょうか。

私は、松下昭社会事業団理事長が、そんなに悪い人だとは思えません。以前、谷口雅宣総裁が副総裁の時代に、信念を持って副総裁の意に反するようなことを直言されるのを同席して見て(聞いて)いたことがあります。勇気のある立派な方だという印象でした。面倒見のよい方でもありました。その松下さんが理事から降ろされたと聞いたときは、「エッ?」と思いました。

松下氏が総裁に反旗を翻されるようになった原因の一半は、まちがいなく雅宣総裁にあると私は思います。総裁がその点を反省し、神に対し、谷口雅春先生に対して懺悔され、松下氏に詫びられたら、前に、ももんが様が書かれていました、
「(社会事業団側が)教団信徒の為に、聖典生命の実相を布施として、返還したら、分派の皆様の徳もあがると私は、個人的に思いました。」
というようなことも、起こりうるかも知れないと思います。

実相の総裁は、神にまします。神の前に、悪はない。その実相が顕現して、大調和の天国がすでに実現していることを祈りあげます。感謝合掌礼拝

1428役行者:2012/03/10(土) 05:00:22 ID:0BQ1wyqg

>ももんがさま
>復興Gさま


 >昨晩 も、雅春先生の講話拝聴し、“宗教の第一義は、永 遠生命を知る事…”に、深く、同感でき、涙した、私 がありまた 桜が、もう咲きそうな、気配です。
 春は近いです 心を穏やかに成るように、皆様、心の雪解けをされ て、春を楽しめるように、なりましょう!
 いつも 御拝読、ありがとうございます。合掌、拝
 それから、トキ様、役行者様、個別に、トキ様、役 行者様今朝、昨夜の御投稿ありがとうございます 感謝敬白、心より、合掌、拝 <


 こちらこそ、滅多に聴けないご講義、公案、いつも楽しみにしております。
 さり気なく書かれております、宗教の第一義は、永遠の生命を知ること!深いです。
 SAKURA様も書いておりましたがウソはやがて消えてゆます。
 ここを第一義にし、宗教を、生活をして参りたいと存じています。忘れてはならないことです。  感謝合掌



復興Gさまの投稿内容
 >私も、同感です。
 このたび“分裂さわぎ”になっている中心的なことは、人間関係ではなく、「唯神実 相」の真理、教えの神髄を守るための戦い、と言っ てよいでしょう。
 「陰極は必ず陽転する」「暗は光 の前に必ず消滅する」ということを信じてまいりま しょう<

 
 復興Gさまもご存知のように、人間関係も深く絡み合っているのですが、雅春先生が立教以来、守り続け、主張され続けてこられたのは、永遠のイノチ、生命の実相についてです。
 キリスト教、仏教が形骸化し、イノチの響きが失われつつあったご時世において、一念発起のうえ生長の家を創立され、その神髄を守り続けてこられたと思っております。
 イエスは仰いました。
 「われは、アブラハムの前より存在するものなり」
 光り輝く、トワのイノチを体得し、後世に伝え残すこそ、我らの使命と存じております。

1429ももんが:2012/03/10(土) 07:26:57 ID:XXCuaQns
神の子の皆様、おはようございます。今日は、雨模様ですが、素晴らしい朝が、やって参りました。さあ、本日も、神の子として、元気に明るく楽しく、素晴らしい日を造りましょう!ありがとうございます。合掌、拝。


役行者様、復興G様、ハマナス様、昨夜は、御言葉、ありがとうございます。昨日も、色々忙しく、皆様のありがたい御言葉を、御拝読だけは、させていただいては、おりました。真に、愛ある御言葉、ありがとうございます。感謝 合掌

〜唯、神のみに心を振り向けよ〜

>>誌友会に列席して聖(とうと)き信仰体験をきいたり、『生命の実相』を読んだりするのは、神を理解し、自分の心境を、神と実相世界との波長を合わせるような状態に役立つのであるけれども、愈々神の与え給いし実相の完全さを受けるのは概ね、神想観によって、心を唯、神のみに、実相のみに振り向けるのである。<<

〜“神と供に生きる真理365章・60㌻谷口雅春著〜


皆様、本日は、真な、寒いのと、足下も滑りますから、色々と、気をつけて、元気に、明るく、楽しく、楽しい日にしてください。真に、ありがとうございます。感謝、合掌、拝。

1430復興G:2012/03/10(土) 19:45:50 ID:ojEbkDH2

明日は東日本大震災から1年を迎える日。
この大震災を振り返り、新たな復興・再生への出発をしようというテレビ番組がたくさん放映されています。

昨日のNHK「おはようニッポン」では、福島県三春町の玄侑宗久(げんゆう・そうきゅう)さん(臨済宗の寺の住職であり芥川賞受賞作家)が登場。311を語り、最後に色紙に何か視聴者へのメッセージを、と言われて「復興」の「興」一字だけを書かれました。その意味は――

「興」という字は、「同」と「舁(音=ヨ)」の合字で、「舁」は二人がいっしょに両手をかけて持ち上げる、かつぐという字。「興」は、「同」がまんなかに入っていて「一つ心になる」ことを意味し、両者が心を合わせ力を合わせて物をかかえおこすこと。そこから「ふるいたつ、さかんになる、はじまる」などの意が生じます。二人が力を合わせて一つのものを抱えおこせば、奮い立ってさかんになり、新しいものが始まる、ということになる。「興」にはそういう意味があるのであります。

生長の家でも「興」の字を掲げ、総裁・教団側と“本流”側が一つ心になって、生命の実相の真理をかかえおこせば、全信徒が奮い立って燃えさかり、輝く新しい運動が勃興すること間違いなしでしょう――そう思いました。


「本流宣言」掲示板で、「伝統」様が「KIZUNA311」というのを紹介してくださっています。
その中で渡辺謙さんのメッセージに、
http://www.youtube.com/watch?v=hvFEffacY5g

「今この国にある最高の財産は、
人と人の絆です。
これから僕達は様々な絆を通して、
一人でも多くの輪を広げ皆さんを応援し続けます。
皆さんが笑顔を取り戻すその日まで……
僕達はずっとずっと皆さんを思い祈り、
そして一緒にいますから。」

というのがありました。この、「この国」というところを「生長の家」と置き換えますと――

「今生長の家にある最高の財産は、
人と人の絆です。
これから僕達は様々な絆を通して、
一人でも多くの輪を広げ皆さんを応援し続けます。
皆さんが笑顔を取り戻すその日まで……
僕達はずっとずっと皆さんを思い祈り、
そして一緒にいますから。」

となります。
その「絆」は、現世に生きている者同士の絆だけではなく、生長の家のご縁に触れて光明化運動に挺身致心献資の真心を捧げた先祖・すべての先達物故者との絆も含まれると思います。すなわち「顕幽相携えて」の強固な絆が、生長の家にある最高の財産なのです。

さて、渡辺謙さんは上記メッセージのあと宮澤賢治の「雨ニモマケズ」を朗読しています。

「雨ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモ負ケヌ
丈夫ナカラダヲモチ
慾ハナク
決シテ瞋(イカ)ラズ
イツモシヅカニワラッテヰル
……
アラユルコトヲ
ジブンヲカンジョウニ入レズニ
ヨクミキキシワカリ
……
北ニケンクヮヤソショウガアレバ
ツマラナイカラヤメロトイヒ
……
ミンナニデクノボートヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
サウイフモノニ
ワタシハナリタイ」

――「サウイフモノニ ワタシハナリタイ」と、私も思います。

1431春らんまん:2012/03/10(土) 21:48:25 ID:.HJwxkNA
質問です。

>>1429 ももんが様

ももんが様って、雅宣総裁ですか?

1432トキ:2012/03/10(土) 22:25:16 ID:bPTtQnhs
>>1431

 どうでしょうね。個人的には違うような気がしますが。ちなみに、私はイソベさんではありません。(笑)

1433「訊け」管理人:2012/03/10(土) 22:51:37 ID:???

 純子先生と握手したことのあるこの男が、真実を語りましょう。

>トキ理事長

 詭弁を弄されるのもいい加減にサレヨ!(笑)いろいろな掲示板で証拠が
あがっているぢゃないか、あんたはイソベだ、イソベ(笑)

 訊けさんのセイで身元がバレておしまいになられましたな(笑)ははははの
は。

1434トキ:2012/03/10(土) 22:56:51 ID:bPTtQnhs
>>1433

 いや、いや、わたしはヤマオカさん・・・ではありません!

1435「訊け」管理人:2012/03/10(土) 23:10:14 ID:???

 ・・・ははははのは。

 とうとう認めましたよ、トキさんが。いやーこの方はついうっかりと、本音を
もらすクセが見られますね。思わず出たデマカセ言葉が「わたしはヤマオカさん
・・・ではありません!」ですかトキさん。

 もうご自身でお認めではないですか。自分は「ヤマオカではない」と。という
言葉が出てきたのは・・・(中略)・・・貴方が理事長本人だからなんだよ!!
 
 あやうく詐術にひっかかるところでしたよ。いやいやトキさん、貴方の腹芸は
素晴らしい(笑)もうこれで誰もが認めるところであります。貴方はヤマオカ
さんではない、理事長本人、なのだと(笑)今回も完璧なロジックで攻め立て
てみました。もう少し手加減すればよかったかな?ははははは(笑)

1436志恩:2012/03/11(日) 02:45:19 ID:.QY5jUA6
ももんが様へのトキ様のコメントは、
トキ様が、いつもももんが様を、下にも置かないほど、奉った言い方をされてるので、
ももんが様は、
総裁か、どうかは、わかりませんが
本部関係のえらい方なんだろうな、とは、いつも感じております。

以前、ももんが様は、私と喧嘩したとき、「トキさん、トキさん、トキさん」と、トキ様を連呼されて
ご自分(ももんが様)と私(志恩)の間に、必ず、トキ様が入るように、何度も強く要請されましたね。

お二人は、すごく信頼関係のある間柄のお方なんだろうな、ということだけは、わかっております。

1437志恩:2012/03/11(日) 07:55:02 ID:.QY5jUA6
訊け君が、トキ様に

「貴方はヤマオカさんではない、理事長本人、なのだ。。
あやうく詐術(だます わざのこと)にひっかかるところでしたよ。
いやいやトキさん、貴方の腹芸はすばらしい(笑)」

だなんて、訊け君は、この8ヵ月間で、聞いた事無いダメ押ししちゃって、
トキ様の正体を、言ってしまって、

ニャンコ先生が、突然、日本ヤマネコに、変身したぐらいに
驚きました。

その後、トキ様が、言われた事を否定されてないので、
他の掲示板でも見破られてましたが
やっぱり
トキ様は、イソベ理事長でいらしたんですね。

1438a hope:2012/03/11(日) 09:05:34 ID:kcv2QXTk

みなさま おはようございます。

今日は、東日本大震災からちょうど一年たった日です。
現在、まだ34万人の方々が避難生活を日本各地で送られているようです。

わたしは、幸せの種メールというメルマガを毎朝携帯で受信しています。
毎朝、素晴らしい言葉が紹介されていて、これもまた、
自分のその時の心境にぴったりすることが多いので驚いています。

今朝のメールは、とても心に響いたのでみなさまにも紹介します。
以下、一部、抜粋させていただきました。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

【今日のテーマ】

当り前に感謝!

-----------------
d=(^O^)=b 感謝☆

あの日の東北地方は、小雪が舞っていました。

寒さに震えながら、水も無く、電気も無く、ガスも無く、暖を取る灯油も無く、何日も食べ物も無い中に、みんなで体を寄せ合って生き延びた人たち。

あの光景を思い出すたびに、涙があふれてきます。

-----------------
【今日の名言】

家族で、笑いながら夕食を食べていたことが、本当は幸せだったのですね。

(東日本大震災で、両親を亡くした女子中学生の言葉)

-----------------
【喜び上手】

幸せなんです。

本当に幸せなんです。

私たちは、たくさん、たくさん恵まれているのです。

その幸せに気づかないことが、不幸なんです。

幸せは、特別なことではありません。

当たり前に暮らせることが、何よりの幸せなのです。

そのことを思うだけで、私は感謝の涙があふれて止まりません…

-----------------
【今日のポイント!】

当り前に暮らせて、有難うございます。

-----------------


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どうぞお心ある方にご紹介ください。

※最初の登録時に、迷惑フィルターで受信できないことがありますので、その際は、「ikigai@amakusa39.net」 の受信許可設定をして下さい。

■ご意見ご要望などございましたら、お気軽に

ikigai@amakusa39.net

へご連絡下さい。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

わたしは、この「幸せの種メール」は以前、「本流宣言」の伝統さまの記事で知りました。


当り前の幸せが一番なのですね!
わたしの愛する「生長の家」のみなさま、今日も一日、大切なご家族とお友達とそしてお一人でも、どうぞお幸せにお過ごしくださいね!

1439復興G:2012/03/11(日) 09:20:56 ID:ojEbkDH2

>>1437
志恩様。

トキ様は、組織板の >527 :で
平成24年3月9日
生長の家社会事業団等との訴訟について
  宗教法人 「生長の家」
  株式会社 日本教文社
というコメントが生長の家のホームページに掲載されていることを知らせてくださり、
>要するに、控訴審で負けた教団側が、「僕たちは、正しい」という主張を述べているのです。……とにかく、松下さんが悪いヤツで、その共犯者どもが教団を自分の意のままに動かそうとした、という内容です。それが仮に正しいとしても、聖典や甘露の法雨のような最重要経典の著作権を外部の人間に蹂躙されるような失策をした指導部は、それだけで糾弾に値すると思います。しかるに、教団の声明には、一言も信徒へのお詫びの言葉はありません。「このたびは、私どもの失策により、信徒のみなさまに多大なご心配をご迷惑をおかけした点を深くお詫びします。」というのが、最初に言うべきではないのですか?<

とコメントされていますよ。ということは、イソベ理事長が、そういう認識をお持ちなのだということですね。これは、面白いことです。

1440志恩:2012/03/11(日) 09:28:04 ID:.QY5jUA6
a hopeさま

「幸せの種メール」いいですよね。
私も、その会員に、半年ほど前からさせて頂いています。
毎朝、無料でメールに届きますね。
ありがたいことです。
私は、たしか、復興Gさまに、ここの掲示板で教えていただいたんですよ。

a hope様、いつもあたたかな明るい話題をありがとうございます。

1441志恩:2012/03/11(日) 09:34:14 ID:.QY5jUA6
復興Gさま

そうなんですよね、私、トキさまのこと、すきだから、どう対応していいやら、、ですが、
トキ様は、いいことだけでなく、正直、教団にとっては、負の部分も、ときどき、話して下さってます。

その点、復興Gさまが、おっしゃるように、救いがあるように思います。
トキ様は、ほんねでは、これはたいへん、なんとかしなくちゃ、と考えておられるように
思います。

身バレしてしまって、ここの掲示板、やりにくいでしょうね。炎上させますかね。。

1442復興G:2012/03/11(日) 09:46:51 ID:ojEbkDH2

>>1441:志恩様。
私は、
トキ様=イソベ理事長
ということに“ ? ”を感じているのですよ。

1443志恩:2012/03/11(日) 09:52:10 ID:.QY5jUA6
復興Gさま

イソベ理事長は、トキ様のような方であるはずがないと”?”を感じているのですね。

訊け君の発言には、今回にかぎっては、いつものような”冗談さ”が、感じられませんでした。

”マジ”な感じ。

それとも、訊け君は8ヵ月に一度の”ワルイ冗談”を言っている?

1444復興G:2012/03/11(日) 09:58:02 ID:ojEbkDH2

>>1441:志恩様。
もっとはっきり言えば、
トキ様≠イソベ理事長
と私は思っているのです。

1445復興G:2012/03/11(日) 10:27:22 ID:ojEbkDH2

>>1443 :志恩様。

今回のやりとりは、>>1431 :で 春らんまん様が
>質問です。ももんが様。ももんが様って、・・・・ですか? <
と、直球を投じられたのに対して、ももんが様をかばって、居とどまっていただけるよう、訊け君は横から変化球で応

1446志恩:2012/03/11(日) 10:29:04 ID:.QY5jUA6
復興Gさま

そうですか、復興G様は、トキ様はイソベ理事長ではないと思われおられる。
私は、真偽は、わかりませんが、別の掲示板の管理人様も、イソベさんに、まちがいないと、確認済みの様子で断言されてるし、
そのあとで、いつもにない様子で、訊け君も、あぁ言うし、そうだったのか、やっぱりと、思ったわけです。

別の話ですが、
ここのトキ様掲示板で、大部まえのこと、
トキ様は、一水会の鈴木邦男氏との交友関係の事を、詳細に語られたことがございました。
それによれば、◎鈴木氏は、大学生時代、生長の家生学連で活躍されてた。その時の詳しい内容。
       ◎鈴木氏は、一水会を立ち上げる前は、貧乏だった。あるとき、トキ様は鈴木氏と二人で、駅の立ち食いソバ屋で、
       一緒にソバを食べた。
       ◎駅の近くの喫茶店に二人で入り、長時間、熱く語り合った。こともあった。などなど。

このようにトキ様は、鈴木邦男氏との、交友関係を述べられておられました。

その後しばらくしてから、私は「鈴木邦男」氏を、ネットで検索して見たのですが、鈴木氏は、貴康先生をとても好いていて、
高くかっていらしてて、ご自分の本を
数冊、貴康先生に、贈られたり、
また、貴康先生の著書「一寸先は、光、、、」の読書感想も、絶賛されて、ネットに載せられておりました。

(私、志恩は、貴康先生に、連絡は、とったことはありません)

それで、私は思ったのでした、
鈴木氏に、一水会を立ち上げる前の貧乏時代に、◎駅で一緒の立ち食いソバを食べた人物とは。また、◎駅近くの喫茶店で、長時間
熱く語りあった人物とは、いったいだれなのかを、生長の家の信用ある人間が、鈴木氏に、尋ねたら、それが、だれなのか
一発で、わかってしまうな。と。

1447ももんが:2012/03/11(日) 10:30:48 ID:XXCuaQns
神の子皆様、おはようございます。本日は、素晴らしい、御天気です。そして、昨年、起きました、”東日本大震災“の起きました日です。朝、聖経と神想観中に、被災した方々へ哀悼と大自然と神様の無言のみ教え、世界の人々からありがいたい、祈りに、感謝をこめて、祈りを捧げました。本日は、この気持ちを、胸に、明るい、未来と、希望を、ありがとうにこめて、皆様も、素晴らしい日を、御過ごしください。ありがとうございます。感謝、合掌、拝。


〜久遠いのちの歌〜

是の身は虹の如し、虹は久しく立つ能わず、須臾にして消ゆ。

是の身は泡の如し、泡は久しく立つ能わず、須臾に消ゆ。

是の身は幻の如し、幻は久しく立つ能わず、須臾に消ゆ。

是の身は響きの如し、響きは久しく立つ能わず、須臾にして消ゆ。

是の身は稲妻の如し、稲妻は久しく立つ能わず、須臾にして消ゆ。

是の身は浮雲の如し、浮雲は久しく立つ能わず、須臾にして消ゆ。

是の身は水流の如し、水流は久しく立つ能わず、念々に流れ去る。

是の身は芭蕉の如し、実ありと見ゆれど、中空にして実あらず。

是の身は焔の如し、温かく見ゆれども、一切を焼き尽くして空し。

是の身は夢の如し、実ありと見ゆれども、虚にして空し。

是の身は迷いより出ず、実ありと見ゆれども、妄にして空し。

この身は主なし、主ありと見ゆれども、主なくして空し。

この身は心性(こころ)なし、心性ありと見ゆれども、瓦礫の如く心性なし。

この身は生命なし、旋風に舞う樹の如く、唯業力に転ぜらる。

是の身は不浄なり、美しく見ゆれども、内に醜きもの充満す。

是の身は無常なり、堅固なりと見ゆれども、必ず当に死すべき時臨らん。

泡の如く、虹の如く、幻の如く、過ぎさるものは実在に非ず。

汝ら実在に非ざるものを、『我』なりと言うべからず、当にこれを『我』と言うべからず。

空しきものは『我』に非ず、死するものは『我』に非ず、無常なるものは『我』に非ず。

法身こそ応(まさ)に『我』なり。仏身こそ応に『我』なり。金剛身こそ応に『我』なり。

不壞なるものこそ応に『我』なり。死せざるものこそ応に『我』なり。尽十方に満つるものこそ応に『我』なり。


それでは、神の子皆様、天候は、変わりやすく、暑くなったり、寒くなったり、してますが、樹木に花や、蕾、緑が、少しづつ芽生えております。生命の息吹を感じて、本日も、素晴らしい日を御過ごしください。ありがとうございます。

感謝、合掌、拝。

1448復興G:2012/03/11(日) 10:33:21 ID:ojEbkDH2

>>1443 :志恩様。
ごめんなんさい。1445で、終わりの方が消えていました。
もう一度、最後のところまで再UPさせていただきます。
  〜〜〜〜〜〜〜〜〜
今回のやりとりは、>>1431 :で 春らんまん様が
>質問です。ももんが様。ももんが様って、・・・・ですか? <
と、直球を投じられたのに対して、ももんが様をかばって、居とどまっていただけるよう、訊け君は横から変化球で応じられたのですよ。貴女はその空気が読めなかった・・・・

1449志恩:2012/03/11(日) 10:41:55 ID:.QY5jUA6
復興G さまは、おとこのこでいらっしゃるので、訊け君が投げた球は、
春らんまんさまは、直球だったけど、訊け君は、ももんがさまを庇う為に、
変化球を投げたのだと、投球の種類が、わかるのでした。深読みされたのですね。

そうだとしますと、私は、おんなのこなので、それが、わからなかったということですね。
それは、失礼しました(笑)

1450志恩:2012/03/11(日) 10:44:44 ID:.QY5jUA6
だけど、ももんがさまは、強いおとこのこですから、庇わなくても
どこ吹く風で、だいじょうぶみたいですよ。(笑)

1451復興G:2012/03/11(日) 10:48:36 ID:ojEbkDH2

>>1446 :志恩様。
あなた様のくわしいお考え、思いを教えてくださいまして、ありがとうございました。感謝合掌。
1448 が私のつたない推測ですが、失礼な言辞、おゆるしください。

1452ももんが:2012/03/11(日) 11:30:38 ID:XXCuaQns
復興G様


復興G様、お返事大変遅くなりまて、すいませんでした。真に有り難い、御言葉をいただきまして、心から、感謝します。ありがとうございます。感謝敬白、合掌、拝。

私は、御文章いただい日に、この御文章を読みながら、涙が、幾度も、頬伝わり、抑えれませんでした。

<<最近ももんが様はいつも人の美点を見て讃嘆し明るく生きていらっしゃるようです。しかし振り返ってみれば、1ヵ月あまり前、この板の >>974 〜986あたりでは、元職員様や志恩様などの真剣な問いかけに対してまともに答えず、怒りをあらわにし問題をはぐらかしながら攻撃するような対応をされたように思います。その時、私はももんが様に不信感を持ちました。
最近は変わってこられたように思われます(よい方に)。私がきついことを申し上げても、讃嘆されます。しかし、本当に心底から変わられたのでしょうか。光明面のみを見て感謝して行きたいとは思うのですが……>>

この御言葉には、読んでいて、復興G様の心の中に、私へ『猜疑心』と『疑惑』と『偽り』が起こった事を知りました。復興G様程の方でも、この様な心起こるのだと知ったのと、同時に、その心を起こさたのは、私である事に、只自分自身への『怒り』と『悲しみ』と『悔しいさ』と『無念』さとが、沸き起こったしだいです。“無意識の世界”の事はいえ、全ては、“自己の心の成せる業”と、神様へ懺悔し、また、新たに“勇猛心”を持って、深層心、無意識の心の、あり方を学んで行きたいと、おもいました。復興G様、真に、御指摘有難う、ございまます。

また、
<<「懐柔」という言葉が浮かんできました。この言葉の意味を確認するためにしらべてみますと、
<懐柔策:うまく扱って人を自分の思うとおりに従わせる手段。手なずける方法。「飴と鞭」の飴の部分。国家や組織の指導者が、批判を避けるために、また、国民の目を問題から背けさせるために餌を用意する、というような場合に使われる>
とありましたが、日常的に経済的利益のような餌でなくとも、言葉の飴と鞭──持ち上げる褒め言葉(アメ)と、敵意丸出しで非難攻撃する言葉(ムチ)を使って、人を自分の思うとおりに従わせる、というのも懐柔策として使われるのでしょう。
雅宣総裁の代弁者のように思われるももんが様のお褒めの言葉に、そのような要素があったらいやですね。>>


上の御文章で『懐柔』という御言葉に、更に、涙だした、私です。

『懐柔』とは、『猜疑心』を復興G様の御心に、私が起こした“現れ”ですね。私が、自身の行いが、そう思われてしまった事は、私の、無意識の行いに悪い点が有るのですね。真に、御指摘有難う、ございます。
しかし、“総裁代弁者=ももんが”は、誰が、言ったのでしょうか?私が、総裁の代弁者とは、教団の事してたり、教団に少しでも、賛成すると、“嫌がらせ”する、人々の言葉と思ってます。私個人は、そうは、思っていなくて、また、その様に、イメージされてるのは、分派の一部の人の勝手な解釈と、私は思ってます。



〜つづき

1453ももんが:2012/03/11(日) 11:36:56 ID:XXCuaQns
>>1452
〜つづき(復興G様)

<<私は、元職員様や志恩様も、生長の家を愛するが故にいろいろな発言をされていると思います。それらの方々に対しては、まるで人格をも否定するがごとき攻撃的言辞を投げかけられることがあるのは、納得できません。
志恩様のまじめな発言に対して、「『本流思考のお仲間』と“ハラスメト的投稿楽しく、自分達のお仲間で、お楽しみ下さい。」(>>986)などと書かれているのは、許せません。これでは、「和解」はとうてい不可能です。

神にまします実相の総裁は、そのようなことをなさるはずはない。実相の生長の家総裁は、谷口雅春先生が「耿耿の言」でお説きくださいましたように、「罪あらば我をとがめよ天つ神、民はわが身の生みし子なれば」とお詠みになった歴代の天皇の大御心のごとき慈愛をもって、すべての人々、特に、かりそめにも生長の家の縁に結ばれた、今は反旗を翻している人々のことも包容し生かし導いて下さっていることを信じ、礼拝感謝申し上げてまいりたいと存じます。

なお、>>1032でももんが様は、
>志恩様のされることは、私へハラスメト行為と認識しています<
と書かれていました。私は、違うと思っています。
私が >>1379
>総裁が『生命の實相』裁判敗訴で苦境に追い込まれた今は、逆にかつての下位者で「本流」を名乗る人たちが総裁に対してパワハラを始めている、という見方ができるかも知れません。私自身も、その仲間に加わる恐れが無きにしも非ずみたいな……でも、これは本来大調和の生長の家ではない。イジメは、いけませんね。<
と書きましたのは、志恩様がパワハラをやっておられるという意味では全然ありませんので、もし誤解されたとしましたならば、お詫びを申し上げます。>>


復興G様、私は、志恩様や元職員様を、元とは言え、”本部職員=講師“と認識してます。
志恩様は、末端信徒言われるが、信じてません。

私にとって、本部職員=僧、神父に、匹敵すると、すると思っております。

私の様な、本当に、末端信徒、ただの居士とは、わけが違うと思うのです。

私は、志恩様に、率直に、個人的にイジワルを受けたと感じてます。

“愛深い”指摘なら、私でも、納得します。

しかし、“そこ意地の悪さ”と“憎しみ”を感じてしまいまいまた。

鬼子母神のような、修羅の様な、ご性格に、只、私の心の修行と、神様が、与えてくれた物と、感謝申し上げております。

具体的に、上げろと、言われると、また、掲示板が、炎上しますので、控えます。
確かに、復興G様の御心には、和解には、見えないでしょ。

でも、私は、反対者の人立ちが、自分たちのスタイルのまま、教団に帰って来て、教団の行事に参加して、『行い』で、昔のスタイル、自分のスタイルを貫き通して行事ているうちに、混じり合って自然に和解して、変わるようになるよう成と、私は思うのです。
議論するより、戻ってきて『行い』で我に見せてほしいのです。

下手な、『議論=理屈』を言わず、教団に戻ってきて、『宗教の第一義』を“自らの行いで示して”欲しいのでのす。それでこそ、宗教者と言えると、私は生意気にも思うしだいです。

ですから、いつも、分派の方々の帰還を、御祈りし、帰還こそ、和解と、和解と私個人は、思います。
復興G様、分派や、文脈で、悪言を受けたと思われた、皆様、真にあいすいません。神の御慈悲を持って御許し下さい。復興G様、今後も、御教えよろしくお願いいたします。感謝敬白、合掌、拝。

1454「訊け」管理人:2012/03/11(日) 11:38:25 ID:???

>教頭先生

 騒ぎになっております。責任を取りまして、説明を致します。

 結論から申します。トキさまは理事長では「 あ り ま せ ん 」・・
・いやー、言葉のやり取りは難しいものです。まあ、私の冗談ぶりがあまり、
生長の家の方に通用していないのが問題なのですが、その点はお詫び致します。
 
 それでは「じゃあなんで、あんなこと、書いたの」を説明します。でもまあ
これも、あまり気が進まないのですが、どうしましょう。いろいろと問題もあ
りますんでボカして書きます。
 最近わたしのところにメールで、まあ、「超ド級の妄想話」が、多数寄せら
れているのです。そして私、なぜかその妄想話を元に、ガンガンに非難されて
おります(笑)そしてその、妄想話なんですが根拠はいつも「あの程度」なん
です。ええ、もうあんな程度の説明、たとえば――私が掲載した「トキ=理事
長説」程度のロジック――あれで情報を「真実だ」と信じてしまう方、けっこ
う多数おられるのです。「人は見たいものしか、見ない」のでありましょうか
。そしてそれは、『生命の實相』を読むくらいの読書階級でも、そうなのであ
りましょうか。それは非常に残念なことです。

 ・・・ちなみに以下は余談です。まあまた、こんなこと書きますと、「教団
擁護派」なレッテルを賜りますけれども、書いてみます。
 総裁への批判もこれ、あの程度の話しが多いように思っています。ですので
あまり、私のような部外者には「伝わってくるものがナイ」のですよね・・・
曰く論拠はたいてい、事実ではありません。憶測話が多いように感じます。そ
して大抵の論拠は(直接こんな表現はしていないとは申せ)「オレが云うんだ
から間違いない」てなものです。わたしはトキ=理事長説文中で「純子先生と
握手したことのあるオレが言います」てな書き方しましたが、あれは皮肉でも
あります。「こんなオレが云う。総裁は●●●●だ。誰それもそう云っている
」「 ゆ え に この情報は間違いない!」「総裁は●●●●だ。」・・・
・こんな話しが多すぎます。そんな意味であります。

 そう云えばある方が、メディアリテラシーについてこう書かれておりました
。情報の真偽判定において最も大切なことは「書き手は全員、バカだと思うこ
と」、もうこれに尽きるとか(笑)ですんでまあ、「誰々が言っているから間
違いない」こんな基準からの思考を放棄すること、これは非常に大切なのでは
なかろうかと。

追伸

 念を押しておきますが、教頭先生をそう評しているのではありません。この
文章もこれ、私に不可解なメールをお送りくださる方々を念頭に、書いており
ます。

余談

 不可解メール団の皆さま。
 「トキさんは理事長なんですか!?答えなさい!」てなメールに「 そ う
 で ー す 」と返信しましたが、あれ、ウソですからね(笑)信じないよ
うに(笑)・・・・でも教頭先生、こんなこともあまり書きたくないのですよ
。なんでかと申せばこれ、こんなこと書くとまた、こんな話しにされるであり
ましょ?曰く「キケが強く否定している。やはりトキ=理事長なのだ!」と。
もう、こうなるのが面倒なんです。

1455ももんが:2012/03/11(日) 11:54:59 ID:XXCuaQns
役行者様

役行者様、お返事、ありがとうございます。感謝敬白、合掌、拝。


<< もちろん、分裂した原因は人間関係なども多分にあったと聴いてますが、中心的なことはやはり、唯神実相の捉え方の違いなのではないでしょうか!>>
いや(^_^)、役行者様は、流石に、色々な事を、ご存じなんですね。

私は、以前“学ぶ会”へ行かせて貰った時も、そうでしたが、最近の動画を見ても、何故か?
“神道”に片寄りのある、傾向があるように思うのです。昔の廃仏思想の感覚も私は感じました。
廃仏主義的感覚なら、廃キリスト、廃イスラム、となり、 “万教帰一”では無く、“万教対決”を望んでいるように、私は思えたからです。

根拠は、古事記や神示等に、固執する傾向が強い事です。

私の考え過ぎでしょうか?
役行者様の言われるとうり、唯神実相論の解釈の違いであるのが本当なんでしょうかね。

ありがとうございました。役行者様、私のたいした事でない、お話に、いつも、お付き合いくださり、大変嬉しく思います。今度、役行者様、言われた、瞑想のお話しましょう。
いつも、お心使い、あかりがたく、思います。感謝敬白、敬白、合掌、拝。

1456志恩:2012/03/11(日) 12:18:12 ID:.QY5jUA6
訊け君

分かりました.昨日のは、ジョークだったのですね。トキ様は、理事長ではない。という
ことですね。了解です。

総裁先生の今までの情報の事も、全部眉唾物と言いたい?うそ八百を、本流が言ってる?というふうに
訊け君の言葉は、聞こえますが、それは、どうかな?

実際、最高裁に上告してるし、霊宮聖使命菩薩の件も、最後の審判は、唐松大魔王様のお裁きがあることは、
公式に発表されたことですよ。

その他、本部では、自由に会話する空気もないのもウソではないしね。
私の本部時代と大違いですよ。
私なんか、輝子先生にでも、清超先生にでも、今の私と変わらず、なんでも言ってましたが、
笑って受け入れて頂いていました。わからないときなんか、お山に電話して、清超先生に
電話口に出ていただいて、直接質問して聞いちゃったりしてましたからね。

今だったら、とっくに、左遷されてましたね。

いまの本部員の方、これ1つとっても、可哀相でならないのです。ちょっとでも、総裁に逆らうと、
左遷、首切りというのは、ほんとうのことなのですから。
まるで、北朝鮮みたいでは、ないですか。

何も信用するなという感じの訊け君の発言は、変です。
訊け君は、それでは、このまま、総裁のやりかたを信じて、つっぱしれ、ということですか。

1457志恩:2012/03/11(日) 12:29:12 ID:.QY5jUA6
訊け君
ほんとの事、言えば、私は、トキ様がイソベ理事長で、いらしても、そうでなくても、
どちらでも、構わないのです。

教団、幹部でおられることだけは、間違いなく、そうだと思っています。
トキ様は、毎週、日曜日の本部での大幹部会に、出席されているということは、
ご本人が言っておられます。

それに、出席できる人は、教団の大幹部しかいないからです。
地区の人は、出席できません。

1458「訊け」管理人:2012/03/11(日) 12:32:28 ID:???

>訊け君は、それでは、このまま、総裁のやりかたを信じて、つっぱしれ、
>ということですか。

 違います。むしろ真逆であります。「総裁が言うから信じる」でもなく、また、
「同志が言うことだから信じる」でもありません。
 私の主張は、誰々が云うから信じろの、そんな思考を脱して「自分で考え
ろ」・・・これになります。

 そしてその、「自分で考えろ」でありますが、私はその「自分」というものを、
『生命の實相』を基に構築したいと思っております。

1459志恩:2012/03/11(日) 12:43:27 ID:.QY5jUA6
訊け君

今後の訊け君の
「生命の實相」を基に構築された発言を、期待していますが、
尚、期待することは、構築して、それを実践された後の、体験談を期待します。

それから、総裁の今後ですが、聖典の扱いをどう考えておられるか、しばらくの総裁の行動を拝見していれば、
総裁の心情が、ハッキリ浮き出して、眼に見える形になると思います。

1460「訊け」管理人:2012/03/11(日) 13:33:12 ID:s0pbUCnk

 これまた一点だけ、補足を。

 自分のアタマで考えた結果ですが現総裁――わたしは信用しておりません。
『生命の實相』に関する通達や裁判上告を見ています。ですので、信用はして
おりません。そのことは強調しておきたく思います。

 追伸

 ・・・・でもなぜか、こんな発言がフシギに映るようです。私にメールを送
信される方々ですが、もう頭っから私を、「総裁擁護派」と見ている様子であ
りまして(笑)こんな発言すると、ですね、こんなメールが着ます。曰く「こ
んどは攻撃派にコビを売るのかあ!!」と(笑)「オマエなんか仲間にしない
ぞー!」てのもありましたが、もう私には「はあ???」にしかならぬのです。

 わたしは「聖典派」です。聖典拝読していれば幸せな、そんな愛読者です。
そして補足するならば「遺言重視派」とも、称することができるのかもしれま
せん。
 遺言とも云うべき聖典ですが、なにが書かれてあるのかと申せば、「和解せ
よ」と書かれてあるわけです。むろん、再三書きましたとおり和解、「困難だ
」と思います。とは申せ「困難」ならば拒否してよいのでしょうか。そして困
難な和解の代わりに悪態、ついちゃってよいのでしょうか。和解は遺言であり
ます。そして「遺言である以上重視せねばなりますまい。」それが私のスタン
スであります。(実践できておりませんが)

余談

 ついでにもう一点。以下は「一部外者から見た生長の家」という偏見談です。
 攻撃派を見ていて◎な印象面に触れますと、「生長の家ってマトモだよなあ
」というものになります。だって普通の宗教団体で開祖の、そのお孫さんをこ
こまでガンガンに攻撃する宗教、他にあるんでしょうかね(笑)普通は「お孫
さんだ!ナンマイダブ」でしょうにそれがありません。そしてそれは、まあ、
部外者から診る限りは、正常にも映ります。「自浄作用があるなあ」と。(な
お、コビを売っているのではありません。私が売るコビ、こんなレベルではな
いですからwコビを売りたくなったら、もうガンガンに売りますんで)

1461ももんが:2012/03/11(日) 14:08:15 ID:XXCuaQns
>>1431

春らんまん様


春らんまん様、御質問、ありがとうございます。感謝敬白、合掌、拝。

では、大燈国師の如く、御返答いたします。

『春らんまん様は、天皇陛下いらしますか?』

ありがとうございます。

感謝敬白、合掌、拝。

1462志恩:2012/03/11(日) 14:24:34 ID:.QY5jUA6
itosino訊け君へ

訊け君、ブログ。
ますます進化しておられますね。私も、日々、学ばさせて頂いています。
素晴らしいブログ、日々更新、いつも、ありがとうございます。

総裁先生は、世界中の生長の家の方々から、大注目されて、多大な忠告を
四方八方からだけでは間に合わず、下からも浴びせられておられて、誠に
幸せなお方で、いらっしゃいます。

一番寂しいことは、世界中の方々から、マルムシ、ダンゴムシ、になることでしょう。
訊け君の言うように、
何が表れても「だいじょうぶか」ではなく、「だいじょうか」で、ございますね。

今日のコトバとして、心にとめます。合掌。

1463志恩:2012/03/11(日) 15:00:14 ID:.QY5jUA6
edottucoももんが様

ももんが様は、ずっと仏教関係の学校へ通学されて、お育ちになられたんですよね。
仏教にお詳しく、仏教の先達、えどっこのももんが様、
これからも、よろしくお願いします。

1464ももんが:2012/03/11(日) 16:00:56 ID:XXCuaQns
>>1463
志恩様

素晴らしく、慈愛あまねく、志恩様、御言葉ありがとうございます。感謝敬白、合掌、拝。


<<edottucoももんが様

ももんが様は、ずっと仏教関係の学校へ通学されて、お育ちになられたんですよね。
仏教にお詳しく、仏教の先達、えどっこのももんが様、
これからも、よろしくお願いします。>>


上記の、“賛嘆”の御言葉ありがとうございます。
でも、私は、実際、仏教の学校は、出でません。幼稚園と、私の禅会で学んだものです。
江戸っ子と称賛した頂き、嬉しく、思います。ありがとうございます。

それから、先日の“志恩様の詩”大変良かったです。
<<12/03/02(金) 08:27:10 ID:.QY5jUA6
夜の月もあり、昼の太陽もあり、
夜を語るも語るも昼を語るも、憎くて言っているのでは、ありませんから、
どちらも、ある意味、光明思想だと思っております>>。

この“志恩様の詩”から、私は、“志恩様のお心内”を理解申し上げました。

志恩様は、普段は、お気持ち(お心)が、“柔らかい”“優しい”お方ですね。
それから、志恩様は、お気付きかどうか、わかりませんせんが、無意識ではありますが、“物を二つに観ておられる”
分かりやすく、お話すると、“善い事、悪い事“を心の深い所で、区別されてるのだと理解申し上げました。生意気な、事を申し上げて、あいすいません。
その根拠の深層心を表す“一句”が
<<夜の月もあり、昼の太陽もあり、>>

でございます。

夜の世界に月を立て、昼の世界に太陽を立ております。これは、表面の言葉では、同じ世界と言いたいようですが、深層心の中では、“月と太陽”と言う、個性のある別の物を立てて、いるのことで、その事を無意識では、はっきり、区別されてると、私は、御理解いたしました。

それは、志恩様の何時も言われる“さっぱりした性格”に現れているのだと理解したのです。

申し訳ありませ、生意気な、事を申し上げあげましました。不愉快に、御感じなられた、どうか、御許し下さい。

私も、たくさん、志恩様に、不愉快な事を言ったっと思います。しかし、真、志恩様の様に、『本当の生長の家』と言える方が、教団に帰還し、練成や、講習や、色々な事で、細かい事から、自らの姿で、“お示し”してくれる事こそが、一番の御教えになると、信じております。総裁も、教団の事も許せない御気持ちは、良くわかります。それを越えて、我々の為に、帰還していだだけたら、私も、嬉しく思います。
悪言をたくさん、言った事は、御許し下さい。では、素晴らしい日をお過ごしください。感謝、合掌、拝。

1465ももんが:2012/03/11(日) 18:10:07 ID:XXCuaQns
トキ様


トキ様、こんばわ。いつも、お心ある、御言葉感謝、しております。合掌、拝。


本日は、大変、お忙しい事と、思います。先日の、玄峰老師のお話、勿体ない御言葉です。

私など、まだまだ、玄峰老師など、雲の上の人でございます。

さて、トキ様、玄峰老師のことで、思いだしましたが、谷中に、玄峰老師、縁の御寺で、山岡鉄舟居士、縁の御寺があります。

そこの、ご住職も、先代のお父上の跡を継がれて、歴史ある参禅会や、色々な事をされていますが、私も、何度か、御講話や参禅さていだだきましたが、大変、素晴らしい、参禅会で、御講話も、素晴らしいですが、やはり、歴史ある、御寺の跡を継いだので、やはり、大変御苦労があった様です。

私は、現総裁先生も、やはり、生長の家の伝統を継いで事実は、私など、信徒に分からない、心労はあると、思うのです。

雅春先生や清超先生と言う偉大方と、比べられる、プレッシャーもある事でしょう。

総裁先生が、間違いをおかすとしても、信徒が間違いを、おかすとしても、御互いが、認めあい、許しあえる心を、持てるように、なれたれ、生長の家は、今より、一層良く成と、最近思うように、成りました。

それは、トキ様や、この掲示板の皆様のお陰です。”愛は神なり“徳久先生の言葉が、私の今、一番心境に合う言葉に成ってます。

それから、お話は、違いますが、いま、映画”スターウォーズ“をやるそうですが、この映画で、一番好きなのは、悪に心を染めた、ダースベーダも、最後は、善の心に戻る所です。”ジェダイの帰還“を、生長の家でも、実現できたら、大変嬉しくおもいます。

トキ様、和解の心、大切に、頑張りましょう!私も、和解を祈ります。いつも、ありがとうございます。合掌、拝。

1466復興G:2012/03/11(日) 18:17:10 ID:ojEbkDH2

合掌 ありがとうございます。
今日は午後から出かけていまして、戻ってきたら、この板が大変賑わっており、びっくりしました。

>>1452 ・1453:
ももんが様。

ご丁寧な返信、ありがとうございます。
もうご返信は頂けないものかと思っておりましたが、お忙しい中、私のぶしつけな乱暴無礼な投稿をしっかりとお読みくださいまして、誠実なご返答、まことにありがとうございました。
私もしっかりとご返答文を受け止め拝読致しまして、また申し上げるべきと思うことがございましたら、投稿させていただきます。感謝合掌礼拝。

>>1457
志恩様。(横から失礼します)
>私は、トキ様がイソベ理事長で、いらしても、そうでなくても、どちらでも、構わないのです。教団、幹部でおられることだけは、間違いなく、そうだと思っています。トキ様は、毎週、日曜日の本部での大幹部会に、出席されているということは、ご本人が言っておられます。<

――それは、ちょっと違うのではないでしょうか。トキ様は、「原宿教団の会議に出かけます」と、日曜日毎に書かれたりしましたが、これは原宿本部での会議ではないと思います。教区の第一線組織の会議だと思います。トキ様は本部理事とか、教団からお給料をもらっている方ではなく、手弁当で奉仕されている方で、教区の組織の役員をされている方ですよ。しかし教区の会議も原宿教団につながっているのだという意識で、「原宿教団の会議に出かけます」と、誤解を招くような書き方をされてきたのだと思います。それは、トキ様の投稿文を素直によく読んでいれば、わかることです。
なお、トキ様が本部の動向などにお詳しいのは、本部内にツーカーの友人がおられるからでしょう。

トキ様、そうでしょう? まちがいありませんよね。

1467春らんまん:2012/03/11(日) 19:18:17 ID:lElvm71k
合掌
ありがとうございます。

>>1461 ももんが様 ご返信、ありがとうございました。

私はももんが様から最初にいただいたレスの中で
"二年間神奈川の学ぶ会の誌友会に出席したが、悪口ばかりで合わなかった"
旨の内容を読んで、
不信感は感じていました。

神奈川での開催は、一か所で、この開催の責任者のN氏は、違う会合でお名刺いただいた縁があり、とてもいい印象を受けていましたし、
もし"悪口ばかり"と捉えられたのであれば、
それは現教団の行状の"事実"に対しての批判的文言はあったのかもしれませんし、
受け取り方は人それぞれなので、
一つの受け止め方として、流しておりました。

ただ、ここは出席者も少ないようなので、どういった方が出席されていたかも、
学ぶ会側は把握しているようです。
ネットの情報は真偽の確認が難しいものが多いですが、
私は自分の目・耳で確認し、自分の頭で考えた事を元に投稿しておりますので、
申し訳ありませんが、
ももんが様がこの誌友会に参加されていたというのは、
私の中では"虚偽"と判定させていただいております。
で、その上で"学ぶ会は悪口ばかり"は、余りに卑怯な宣伝ではなかったのかと、
(別に何をどうせよ、ということではありません)
そのことだけ、伝えたかったのです。

貴殿の投稿文中に必ず"本流を貶める"意味合いの文言が入っている辺りが気になり、
<この発言で・利益or不利益を蒙るのは、どういう立ち位置の人たちか>
を元に観察していると、とても現教団に擁護的な方なんだなぁと、不思議に思っていました。

返信がないことも想定していたので、レスいただけた事には感謝しています。
また、自分としては、ももんが様が総裁であるかどうかは、余り意味がないのです(ゴメンナサイね)。
私、ももんが様って、女性だとばかり思っていましたし。

トキ様がイソベ説も、自分は信じていません。
どっちかと言うと、気の弱いいい人で、分派の説得に失敗して総本山に飛ばされたと評される楠本Jr.としか見えません。
役行者様の方が、イソベさんとか、エライ人なのかなぁと、勝手に思っていましたけど。。。

ま、これも、掲示板の一つの楽しみの内ですから、御気分を害されましたら、
深く陳謝致します。
申し訳ありませんでした。

今後も又、いろんなお話が出来る事を祈念致しております。

感謝合掌

1468SAKURA:2012/03/11(日) 19:21:25 ID:qjU6h9ik
トキ様 へ
皆様 へ

■ 今日は【3月11日…関東・東北大震災】一年前のあの日…
皆様の心の中に、それぞれの“思い”がありますでしょう。私も、個人的に知人が…
改めまして、被災地の皆様…
心から亡くなられました方々への御冥福と…今なお心の痛手をもちながらも…
前向きに日々生活をなさっていらっしゃいます方々へ…心より御支援申し上げます…。

■ ■ さて!先日……
「霊界光明化研究部」板 にての投稿…
>97>98
此処にて今年1月に亡くなりました「亡き母…御霊」を、公開投稿させて…
頂いた次第です…。雅春先生の【生命の実相…霊界編9巻・10巻】…
改めまして実証されたような気持ちです…。【御霊の写真…】
■ ■【 魂は永遠…不滅 】当に!今を…生きるでしょうかしら〜〜ン
    片崎 さくら        ❖face book“検索”してみてくださ〜〜い!

PS:復興G様…
亡くなられました「亡き弟様」魂は永遠…です。
母の御霊…見ましてから痛感しています。きっと霊界世界からいつも見守って…
その様に…宜しかったら見てくださいませ…。

1469ももんが:2012/03/11(日) 20:29:57 ID:XXCuaQns
>>1467
春らんまん様

春らんまん様、お返事ありがとうございます。感謝合掌、拝。

私が、”学ぶ会“に通ったのは、本当です。

<<私はももんが様から最初にいただいたレスの中で
"二年間神奈川の学ぶ会の誌友会に出席したが、悪口ばかりで合わなかった"
旨の内容を読んで、
不信感は感じていました。>>

確り、”月刊誌“も年間購買してました。

嘘と思われるのは、春らんまん様の”お心の問題“と思いますから、私の心の問題の外の事です。

“自己の心の問題を観”のが宗教者と拝察します。

春らんまん様も私より、年輪のある、宗教者拝察します。


<<貴殿の投稿文中に必ず"本流を貶める"意味合いの文言が入っている辺りが気になり、
<この発言で・利益or不利益を蒙るのは、どういう立ち位置の人たちか>
を元に観察していると、とても現教団に擁護的な方なんだなぁと、不思議に思っていました。>>


上記の御言葉、大変有難うございます。
確かに、教団の行事参加したり、色々してます。

教団の行事の方が楽しいからです。

何故でしょか。

神様の御導きですから、わかりかねます。

“神は愛なり”ですね。

春らんまん様、多少、大先輩の春らんまん様に、生意気な御言葉に成ってしまって、御許し下さい。

私は、“自己の心を観る“こと、雅春先生曰く、”宗教の第1義“が、示せる者を宗教者と理解してる所が、ありますから、多少、皆様と、変わってる答えになった事、御許し下さい。

では、御ゆっくり、おやすみなさい。感謝、合掌、拝。

1471春らんまん:2012/03/11(日) 21:29:10 ID:lElvm71k
>>1469

申し訳ありませんが、
私は、学ぶ会にきちんと問い合わせて、ももんがさんのような方が
二年間神奈川の誌友会に出席したのは、事実ではない、と確認しているので、投稿しているのですよ。


私の心の存在の問題?
とかでなく、
対外的に、
きちんとした事実をもって、証明できなければ、
貴殿の"本流を貶める為の悪口"と"その行為"は、 貴女の愛する"現教団"に対して、
還って来ますよ、ということです。


再拝

1472トキ:2012/03/11(日) 21:46:29 ID:v9ZecTtI
 こんばんは。

 戦争中、阿波丸事件という出来事がありました。いわゆる緑十字船として安全な航海を米国から補償されていた阿波丸という船が米国の潜水艦により撃沈された事件です。
謎が多い事件でしたから、今でも議論のある事件です。

 数年前、NHKのドキュメンタリー番組で、阿波丸を撃沈した米国の潜水艦のレーダー技術者がインタビューに登場しました。阿波丸へ攻撃をしないように、という米国海軍
の命令書は潜水艦には届いていたが、自分の手許には回ってこなかった事や深夜、単独の船が高速で航海しているのをレーダーで確認し、日本の駆逐艦だと思った、という証言
をした後、彼はこう言いました。

 「あのとき、確かに私はミスを犯しました。しかし、今、自分が同じ状況に置かれて、同じ決断を迫られたら、同じミスをするでしょう。」

と。潔い証言だと思いました。

 生長の家教団は、どう言うべきか。

 「私達は、これがベストだと信じて行動をしてきした。しかし、私達の決断にいくつかは失敗でした。申し訳ありません。が、私達は責任をもって事態を収拾
します。分派と交渉し、これ以上、混乱が生じないようにします。約束します。」。

 人間ですから、ミスはおかします。しかし、それを早期に対応する事が、大切だと思います。問題は、ミスを放置する点にあると思います。
その意味で、一刻も早い、事態に収拾を双方にお願いする次第です。

合掌 ありがとうございます

1473復興G:2012/03/11(日) 21:51:50 ID:ojEbkDH2

ももんが様。
横から失礼します。
>>1469
>嘘と思われるのは、春らんまん様の”お心の問題“と思いますから、私の心の問題の外の事です。
“自己の心の問題を観”のが宗教者と拝察します。<

というのは、ちょっとおかしいのではないでしょうか。
私は、“自己の心”と“他人の心”と、別々に存在すると考えるのが宗教者だとは思えません。「ただ一つの心」のみ存在する、自他は一体である、と観るのが宗教者なのではありませんか。

1474トキ:2012/03/11(日) 21:52:23 ID:v9ZecTtI
復興G様

 私が公開している情報は、教区の現役の会員で、イソベさんという名字でないことです。
皆さんが、信用してくれるか、どうかは不明ですが(笑)。こう書いても、絶対にどこかの
掲示版で、「いや、イソベだ!」という投稿がありますよ。今から、楽しみにしている
次第です。(笑)


 では、宜しくお願いします。

合掌 ありがとうございます

1475ももんが:2012/03/11(日) 22:44:34 ID:XXCuaQns
>>1471

春らんまん様


春らんまん様、再度ありがとうございます。合掌、拝。

<<申し訳ありませんが、
私は、学ぶ会にきちんと問い合わせて、ももんがさんのような方が
二年間神奈川の誌友会に出席したのは、事実ではない、と確認しているので、投稿しているのですよ。>>

もうしわけ有りませんが、私も、通いましたの事実は事実です。

別に、嘘は、ついていません。

毎回受け付、明記しましたから。

私を春らんまん様は『猜疑心』で、私を点検されるは、自由ですが、私が、言うのは、その“行動、行為”が、春らんまん様の“心の現れ”だから、そのようにされたのです。

ありがとうございます。春らんまん様の“宗教者として心”拝察しました。


これも、神様の愛と思います。真に、春らんまん様、お話ありがとうございました。おやすみなさい。合掌、拝。

1476ももんが:2012/03/11(日) 23:32:15 ID:XXCuaQns
>>1473
復興G様


復興G様、御投稿ありがとうございます。感謝、合掌、拝。

復興G様、御言葉、大変ありたく、拝読させて頂きました。

<<“自己の心の問題を観”のが宗教者と拝察します。<

というのは、ちょっとおかしいのではないでしょうか。
私は、“自己の心”と“他人の心”と、別々に存在すると考えるのが宗教者だとは思えません。「ただ一つの心」のみ存在する、自他は一体である、と観るのが宗教者なのではありませんか。>>


復興G様の言われる通り、平等観(平等面)から、観たら、此は、“自他一体”ですね。
そして、差別観(面)から観たら、“平等の中に個性有る”此が、差別観です。

我々は、神の子として、宇宙の御親である神様と一体です。しかし、神の子として、別々、個別の使命を持って生まれてきてますよね。

差別観とか、平等観と言う言い回しは、仏教的な言い方ですが、生長の家で、神の子としての個々の使命や個性について、お話しますよね。


確かに、他者の心も、自己の心も、一つと捉えるは、正しい、観方なのです。

ただ、その、“自他一体の心”の奥に“個別の心”があることを、観る事を、私は、言ったのです。

良寛さんの詩にありますね。

“裏を見せ、表を見せて、散る、紅葉”

これは、紅葉=一つの心、に、裏の心、表の心と、色々な心の存在、見せて、散る姿に、良寛さんは、自己の心と重ね合わせたのでしょ。

復興G様、また、生意気な事を申し上げまして、すいません。

復興G様の激しい御言葉に、私は、只、ただ、悲しい思いです。
大変、辛い思いです。真有難うございます。合掌、拝。

1477ハマナス:2012/03/12(月) 01:05:03 ID:u5mC.eb2

神の子の皆さま
こんばんは。
テレビで両陛下が東日本大震災の追悼式にご出席あそばされたお姿に涙しました。
先日心臓のバイパス手術をお受けになり療養中にもかかわらず、ご自分よりも被災者を
思われる、大御心に多くの方が勇気と感動を与えられたと思います。

ももんが様
いつもの朝の素晴らしいご文章をありがとうございます。
お蔭さまで明るい朝を迎えております。“久遠いのちの歌”のことばもじっくりと
読ませて頂きました。

>神の子皆様、おはようございます。本日は、素晴らしい、御天気です。
そして、昨年、起きました、”東日本大震災“の起きました日です。朝、聖経と神想観中に、
被災した方々へ哀悼と大自然と神様の無言のみ教え、世界の人々からありがいたい、祈りに、
感謝をこめて、祈りを捧げました。本日は、この気持ちを、胸に、明るい、未来と、希望を、
ありがとうにこめて、皆様も、素晴らしい日を、御過ごしください。<

 
第二部 歓喜の泉  『新版 生活の智慧365章』

 われが生命である歓びよ。
 生かされている!
 生かされている!
 生かされている!
 生かされている此の歓びを
 心にみたして眼をひらけば
 眼前に
 朝の太陽は微妙に光をはなち
 庭の木の若葉の生命が照り輝く。
 若葉の生命の中を
 別にまた一つの生命が踊っている。
 雀が金色に輝いて枝から枝へ飛びうつる。
 空気が踊っている。
 内も外も
 燦然(さんぜん)たる生命の大光明世界だった。 
 (谷口雅春著『ひかりの語録』より)
 つづく

1478ハマナス:2012/03/12(月) 01:06:59 ID:u5mC.eb2

つづき

第四篇  幸福はどうしてくるか 

  人間智慧を加えず  (『新版 生活の智慧365章』P.93より)

 人間の幸福というものは人間自身がつくるものではないのである。人間自身の
知恵巧者によって幸福がつくられると思って色々と人間知恵をはたらかせて工夫
することを、『旧約聖書』の「創世記」に於いては、アダムとイヴとが「知恵の
樹(こ)の果(み)」を食べて”エデンの楽園”から追放されたという象徴的神話に
よって描かれているのである。

 幸福というものは、日本語のその語源の「サイワイ」が「先き延え(さきはえ)」と
あるのでも判るように、神の生命(智慧・愛を含む)が、前方へ延長して来たのが幸福
(さいわい)であるのである。“エデンの楽園”に人間が生活していた時には「アダムと
イヴとは”裸か“出会った」と聖書に録(しる)されているのは、”人口を加えず“人間
の知恵巧者で徒(いたずら)なる工夫を加えなかったという意味であるのである。
人間の愚にもつかない知恵を加えずに、其の儘(まま)、神の計画に随順するとき、その
人は本当に「幸福の世界」(エデンの楽園)に住むことができるのである。

それでは、皆さまおやすみなさい。
感謝合掌

1479復興G:2012/03/12(月) 03:49:47 ID:ojEbkDH2

>>1476
ももんが様。

>復興G様の言われる通り、平等観(平等面)から、観たら、此は、“自他一体”ですね。そして、差別観(面)から観たら、“平等の中に個性有る”此が、差別観です。
我々は、神の子として、宇宙の御親である神様と一体です。しかし、神の子として、別々、個別の使命を持って生まれてきてますよね。
差別観とか、平等観と言う言い回しは、仏教的な言い方ですが、生長の家で、神の子としての個々の使命や個性について、お話しますよね。
確かに、他者の心も、自己の心も、一つと捉えるは、正しい、観方なのです。
ただ、その、“自他一体の心”の奥に“個別の心”があることを、観る事を、私は、言ったのです。
良寛さんの詩にありますね。
“裏を見せ、表を見せて、散る、紅葉”
これは、紅葉=一つの心、に、裏の心、表の心と、色々な心の存在、見せて、散る姿に、良寛さんは、自己の心と重ね合わせたのでしょ。<

――
「“自他一体の心”の奥に“個別の心”があることを、観る」というのはおかしいと思います。逆でしょう。
“個別の心”というのは表面の心で、その奥に“自他一体の心”があるのではありませんか。
>>1469で、
>嘘と思われるのは、私の心の存在の問題? とかでなく、対外的に、きちんとした事実をもって、証明できなければ、春らんまん様の”お心の問題“と思いますから、私の心の問題の外の事です。<
と書かれているのは、平等観と表裏一体の差別観(あるいは神の子の使命や個性)について述べられているのではないでしょう。相手を切り捨てる、無慈悲な無責任な言葉、宗教家らしくない言葉と、私には感じられます。
春らんまん様の >>1461
>私の心の存在の問題? とかでなく、対外的に、きちんとした事実をもって、証明できなければ……<
とおっしゃることに対して、ごまかさず誠実にお答えくださいよ。

1480復興G:2012/03/12(月) 03:58:51 ID:ojEbkDH2

ごめんなさい。上記の引用で
>>1469>嘘と思われるのは、私の心の存在の問題? とかでなく、対外的に、きちんとした事実をもって、証明できなければ、春らんまん様の”お心の問題“と思いますから、私の心の問題の外の事です。<
としたのは、
>嘘と思われるのは、春らんまん様の”お心の問題“と思いますから、私の心の問題の外の事です。<
でした。訂正し、お詫び申し上げます。

1481復興G:2012/03/12(月) 05:03:47 ID:ojEbkDH2

「本流対策室」板の<1987>で、「神の子さん」が:
>もしかしたら、現総裁は教団なんかつぶれてしまえと思われた時期があったのではないでしょうか。恐らく、子供時代に。清超先生は婿殿ですから、ご自分で選ばれた道です。しかし、それで世襲制の形が決定づけられ、総裁の家に生まれたが故に、自分の将来が限定されたばかりか、事あるごとに同級生に神様ネタでからかいを受けて来られたとすれば、気の毒な事です。
現総裁先生を追放するのでは無く、やりたい事がおありになるならどうぞと、教団の事はお任せ下さいと言って差し上げるのも愛ではないでしょうか。
もっとも、こんな年齢になって何が自由だと思われるのは予想できます。
現総裁の幼少の頃からのお立場を考えると気の毒でなりません。我々は出入りが自由です。気に入らなければ出る自由があったから、教団を辞めて批判する事もできます。現総裁にとって、寧ろ外界は憧れの場所でしょう。
気に入らない人を追い出したと言われていますが、一番出たかったのは現総裁ではないでしょうか。だとすれば、鬼人事の自覚をお持ちにならないとしても無理はありません。
1.愛されたい  2.認められたい 3.ほめられたい  4.役に立ちたい  5.自由になりたい <

と書かれています。
「ウーン」と、考えさせられました。
私たち、自由な外野にいる者は、勝手なことが言えます。しかし――総裁のお立場に立ってみれば――と思うと、申し訳ない気持ちになります。
感謝合掌礼拝

1482復興G:2012/03/12(月) 05:51:29 ID:ojEbkDH2

ももんが様。
私の >>1479 の書き込みは、ちょっときつすぎました。

「春らんまん様の >>1461>私の心の存在の問題? とかでなく、対外的に、きちんとした事実をもって、証明できなければ……< とおっしゃることに対して、ごまかさず誠実にお答えくださいよ。」
と書きましたが、これでは、<身元を完全に明かしてください>ということになりますので、きつすぎると思います。ですので、撤回いたします。ごめんななさい。一応、すでに誠実にお答えくださったと、認めさせて頂きます。失礼の段、お許しください。
ありがとうございます。感謝合掌礼拝

1483ももんが:2012/03/12(月) 07:19:27 ID:XXCuaQns
>>1480

復興G様

復興G様、おはようございます。昨晩お返事、くだされたのですね。真に、有難うございます。合掌、拝。

復興G様が、何故、この様仕打ちを成されるのか、真に、悲しい、思いです。

<<平等観と表裏一体の差別観(あるいは神の子の使命や個性)について述べられているのではないでしょう。相手を切り捨てる、無慈悲な無責任な言葉、宗教家らしくない言葉と、私には感じられます。>>

私は、無慈悲でも、不誠実でもなく、真面目に、お話申し上げております。

復興Gが、“相手を切り捨てた”とおしゃられたのは、それは、違うと思われます。私は、全て、自分の心の問題として捉えますから、それを、御理解いだたきく思います。

<<私の心の存在の問題? とかでなく、対外的に、きちんとした事実をもって、証明できなければ……<
とおっしゃることに対して、ごまかさず誠実にお答えくださいよ。>>


ごまかしてなど、していません。自分の事なので、本当の事をお話しました。
誠実にとは、本名、本籍、住所など、プライバシーを全て話せということですか。
真に、悲しい気持ち成りました。

警察の取り調べでありましょうか。


ガリレオの地動説では、ありませんが、信じていただけないのは、仕方のない事です。


ありがとうございました。復興G様のお心もまた、勉強さて頂きました。この掲示板の世界で出来る事は、しております。
私が、悪と言われるので、あれば、幾重にも、御詫びいたします。
しかし、自分で体験した、本当の事なので、信じていただけ無いなら、それまでと、只、思っただけです。
昨今の復興G様の御言葉は、大変厳しく、悲しい思いで、読んでおります。

これも、神様の御業と、ありがたく、合掌して、受けました。

真に、ありがとうございます。感謝、合掌、拝。

1484役行者:2012/03/12(月) 07:45:43 ID:0BQ1wyqg
 ももんが様


 >でも、私は、反対者の人立ちが、自分たちのスタイ ルのまま、教団に帰って来て、教団の行事に参加し て、『行い』で、昔のスタイル、自分のスタイルを 貫き通して行事ているうちに、混じり合って自然に 和解して、変わるようになるよう成と、私は思うの です 。
 議論するより、戻ってきて『行い』で我に見せてほ しいのです。
下手な、『議論=理屈』を言わず、教団に戻ってき て、『宗教の第一義』を“自らの行いで示して”欲し いのでのす。
 それでこそ、宗教者と言えると、私は 生意気にも思うしだいです。
  ですから、いつも、分派の方々の帰還を、御祈り し、帰還こそ、和解と、和解と私個人は、思いま す。
  復興G様、分派や、文脈で、悪言を受けたと思われ た、皆様、真にあいすいません。神の御慈悲を持っ て御許し下さい。
 復興G様、今後も、御教えよろし くお願いいたします。感謝敬白、合掌、拝<


 同感いたします。
 皆共に、話し合えばきっと問題は解決し、よい方向に向かうと信じてます。

 
 それから、


>私は、以前“学ぶ会”へ行かせて貰った時も、そうで したが、最近の動画を見ても、何故か?“神道”に片寄りのある、傾向があるように思うので す。
 昔の廃仏思想の感覚も私は感じました。 廃仏主義的感覚なら、廃キリスト、廃イスラム、と なり、 “万教帰一”では無く、“万教対決”を望んでい るように、私は思えたからです。
根拠は、古事記や神示等に、固執する傾向が強い事 です。
  私の考え過ぎでしょうか? 役行者様の言われるとうり、唯神実相論の解釈の違 いであるのが本当なんでしょうかね<

 ももんが様、いつもご丁寧に、ご返答いただき、ありがとうございます。
 そうですね。万教帰一の精神が一番大切ですね、ご指南、ありがとうございます。
 その上にもう一つ付け加えさせていただきますと、その万教はどこに帰一するのか!ということなのですが、たぶん、唯神実相の真理、生命の実相そのものに帰一するのでしょう。



>総裁先生が、間違いをおかすとしても、信徒が間違 いを、おかすとしても、御互いが、認めあい、許し あえる心を、持てるように、なれたら、生長の家 は、今より、一層良く成と、最近思うように、成り ました。
  それは、トキ様や、この掲示板の皆様のお陰です。
 ”愛は神なり“
 徳久先生の言葉が、私の今、一番心境 に合う言葉に成ってます。
  それから、お話は、違いますが、いま、映画”ス ターウォーズ“をやるそうですが、この映画で、一 番好きなのは、悪に心を染めた、ダースベーダも 最後は、善の心に戻る所です。”ジェダイの帰 還“を、生長の家でも、実現できたら、大変嬉しく おもいます。<


 ももんが様、そうですよね。
 神は愛であるから、双方ともに生かしあい、許し合うことが大切ですよね!
 
       感謝合掌 再拝

1485役行者:2012/03/12(月) 07:50:57 ID:0BQ1wyqg

 訊けさあ!

 >むしろ真逆であります。「総裁が言う から信じる」でもなく、また 同志が言うことだから信じる」でもありません。
  私の主張は、誰々が云うから信じろの、そんな思 考を脱して「自分で考え ろ」・・・これになります。
  そしてその、「自分で考えろ」でありますが、私 はその「自分」というものを 生命の實相』を基に構築したいと思っておりま す。<


 完全同意でござる(^_^)v



>遺言とも云うべき聖典ですが、なにが書かれてあ るのかと申せば、「和解せ よ」と書かれてあるわけです。むろん、再三書きま したとおり和解、「困難だ」と思います。とは申せ「困難」ならば拒否してよ いのでしょうか。そして困 難な和解の代わりに悪態、ついちゃってよいので しょうか。
 和解は遺言であり ます。そして「遺言である以上重視せねばなります まい。」それが私のスタン スであります。(実践できておりませんが)<

 これまた、完全同意ドォス!
 ここの掲示板での謹慎を解除して、大いに和解の主張を実践されたし。
 和解こそ、すべての人間が生かされる道なのです。

1486志恩:2012/03/12(月) 08:08:12 ID:.QY5jUA6
ももんがさまは、
今までの経緯からして、いくつも、前例があるのです。
ももんがさまは、現総裁と、教団を応援するあまりに、雅春先生と本流をが悪く思われるような虚偽の報告を、この掲示板に、何度か記載されておられるのです。

飛田給道場での楠本加美野先生・ご講話の件もそうです。

「ご講話のとき、ご老公(楠本先生」が、本流に対して、厳しい一喝が、あったらしいよ、それを、母が聞いたんだよ」発言も然りです。

そのときも、多くの聴衆者がいたわけで、教団の方が、私は、その現場で聴いていたが、楠本先生は、そのようなことは、一言もおっしゃらなかった。
他の、一緒に聴いてた人にも、それを聴いたかどうか尋ねたが、誰も聴いてないと言ってたと、うそが、ばれたんです。

春らんまん様だって、ももんがさまの発言通りかどうか、きちっと調べた上、ももんがさまの発言は、ちがうという結果が出たと、言われているのです。

それについて、また、ももんがさまは、話を,そらすから、復興G様が、注意されたのですよ。

虚偽の発言は、ばれますよ。

1487神の子さん:2012/03/12(月) 08:28:43 ID:???
○他の、一緒に聴いてた人にも、それを聴いたかどうか尋ねたが、誰も聴いてない
                
                 ↑

  あなた御自身が、その場にいた【全員】にお尋ねになったのですか
  もしくは、楠本先生の話の全文の記録でも読まれましたか?
  解釈の仕方という事もあります。
  ある人は本流を指していると思い、ある人はそうとは解釈しなかった。

○春らんまんさまがきちっと調べ上げた
                      
                 ↑

  きちっと調べたという証拠は? 相手が判明していて会話の記録でもありますか?



どちらの肩を持つわけではありませんが、真偽という事に対してもう少し慎重になられた方が
よろしいのではないでしょうか?
現在のところ、ももんが様の話が真実である確率は50パーセントです。
もちろん大嘘である確率も50パーセントです。

1488志恩:2012/03/12(月) 08:45:09 ID:.QY5jUA6
神の子さま

コメント、ありがとうございます。
虚偽か、そうでないかは、半々ということですね。
言葉をきおつけるようにというご忠告、ありがとうございました。

1489志恩:2012/03/12(月) 09:17:44 ID:.QY5jUA6
1487:神の子さま

楠本加美野先生が、飛田給道場のご講話のときに、「本流を一喝する発言があった」ということについて、
教団側の人が、自分はそこに居たが、聴いていない。一緒に参加した人にも尋ねたが、聴いていないという。
数人の仲間にも、メールで聴いたかどうか、確かめたが、だれも聴いていなかった。という

証言の書き込みがあったわけですが、
それに対して、神の子さまの説ですと、

”「あなたご自身が、その場にいた【全員】におたずねになったのですか
もしくは、楠本先生の話の全文の記録でも読まれましたか?」

そうでないばあい、虚偽か,そうでないかは、半々になると、おっしゃいましたが。”

そうですと、
教団側の【数人】の証言発言でも、だめで、
虚偽の発言かどうかは、【全員】の証言の証明、または【全文の記録】が必要だということになりませんか。

それが,無い限り、言ったか,言わないかは、
半々で、
薮の中になるという意味にとれますが。

1490復興G:2012/03/12(月) 09:18:22 ID:ojEbkDH2

>>1483
ももんが様。

ご丁寧なコメント、ありがとうございます。
これは、私の >>1482 のお詫びコメントをお読みいただいていないうちのコメントでございますね。その前に自分でも気がついて、
<私の >>1479 の書き込みは、ちょっときつすぎました。>
と、>>1482でお詫びを書き込んでおります。
ももんが様を傷つけ、悲しい思いにおさせしてしまったことを、あらためてお詫び申し上げます。

1491志恩:2012/03/12(月) 09:29:24 ID:.QY5jUA6
私は、こういう微妙な時期に、「ご老公が、本流を一喝した」ということで、
ご老公(楠本加美野)先生が、おっしゃったどうか、半々としても、この
泡立った現状のなかに、ご老体(90歳)の楠本先生を,巻き込む様な、
信徒としての、思いやりの無い発言をされたことに対して、楠本先生に申し訳なく思いまして、
怒ったのでした。

1492神の子さん:2012/03/12(月) 09:45:18 ID:???
1489:志恩さま

○数人の仲間にも、メールで聴いたかどうか、確かめたが

               ↑

この書き込みが本当だという証拠が、無いのです。
本当に数人に聞いたのでしょうか?
全くの作り話という可能性は?

残念ながら、言ったか言わないかは藪の中だと思います。

でも、おっしゃる通り楠本先生を巻き込むのは良くないと思います。 志恩さまのお怒りも
ごもっともです。  疑われるような言動ですね。

1493「訊け」管理人:2012/03/12(月) 09:55:00 ID:???

(横切りますがお許しを)

>役さあ

 東日本大震災の話など聞くにつけ、こう思います。「生長の家、しっかりし
やんせ!」と。もう内部抗争なんて、やっている場合ではないと。

 なぜと申して生長の家以外、なにか手があるでしょうか。罹災した多数の同
胞ですが他に、救える手があるって云うんでしょうか。私は「ない」と思って
ます。元無神論者であり、かつ、教団部外者の言であると申せば少しは、信用
して頂けるでありましょうか。

 同震災ですがもう、「可哀想に」な話が溢れかえっております。(歴史的な
ゆかりで)会津若松の商業関係者と交流などありますが、もう同地区ですら悲
惨な話が多いです。被災地ともなればもうどれだけの、地獄でありましょうか。
「親を探す小学六年生」とか、「亡くなった母の帰宅を待つ四歳女児」とか、
「木の枝にひっかかって亡くなっていた二歳児」等々・・・・・・死者・行方
不明者約二万です。「二万だぞ、二万!」てなもんでしょう。

 ・・・・もうそんな時に「なーーにやってんのよ」でありましょう。なんか
部外者の傍観者的な言動で、不愉快かもしれませんけれども。いや、これが、
この内部抗争が創価学会なら許します。また幸福の科学でも許しましょう。で
も生長の家は、違うでしょう。真の救済力を有している団体なのですから。も
う「ここで起たずに何時起つの」でありましょう。

 ・・・ですので教団にはこう申したいですね、「環境?アホか」と。そして
攻撃派にはこう申したい、「愛国?ふざけんな」と。「もうそんな、デ カ 
イ 話 はいいのよ」と。デカイ風呂敷広げても、穴だらけでしょう。それに
、いつも滅んでいくのは「小さいもの」ですよ。地球や国はそう簡単に、滅び
ません。ギャアギャア騒がなくても滅ばないのです、「是非、ご安心を」と申
し上げたいものです。
 滅んでいくものは「小さいもの」です。それは個人であり、企業であり、地
域であり・・・そんなものです。そんなものが滅んでいくわけです。そんなも
のから最初にどんどん、消えていくわけです。ここへの救済を後回しにして「環
境」とか「愛国」とか言っている連中、もう私には、キチガイにしか見えない
んですがね・・・

追伸

 また震災で二万名亡くなりましたが我が国は、なんと年間三万人が自殺して
いるわけです。ここ十年、東日本震災を超える規模の「災害」、これが連続で
起こっているわけでしょう。津波で家は流されないにせよ、自宅を手放す人も
増加してます。映像的なインパクトはないにせよ、この問題も余程深刻だと思
います。

 雅春先生ならば、どう評されたことでありましょう。

1494志恩:2012/03/12(月) 10:18:48 ID:.QY5jUA6
復興G

 トキさまが、日曜日に出席されてるのは、「原宿教団本部の会議」だと、以前に、トキ様は、繰り返しおっしゃっておられました。
 地区でも、「原宿教団会議」という名目で、毎日曜日に会議が,開催されてるのですか。

1495志恩:2012/03/12(月) 10:35:45 ID:.QY5jUA6
訊け君

私も,昨日は、震災のドキュメンタリー番組を,夜の古館の番組まで、ズ〜〜と,涙を流しながら、見ていました。
古館の番組「報道ステーション」に、長渕剛が出演して震災に遭われた現場の数々を,実際に二人が訪ねて行って取材されて、
被災された方々の生の声を聞いてました。

訊け君、こんなときに戦っている場合じゃないと、
私も,思います。
自殺者だって、年間3万人も出ているのですものね。
でも、戦いを仕掛けているのは、どなたでしょう。

訊け君は「和解」は,雅春先生の遺言であると、いわれますが、雅春先生の遺言だなんて、
総裁に言ったら、余計、反発されそうです。

べつの言い方は、ありませんか。

訊け君「和解」するように、総裁先生に、言える人、
総裁先生の首に「和解」の鈴を付けられる人が,誰もいないのです。

勇敢な訊け君ならできるかしらと、ふと思ったりしましたが
でも、訊け君は、部外者ですから、むりか。

1496トキ:2012/03/12(月) 10:41:26 ID:pzSnvstM
>>1494

 いやー、申し訳ありません。私の書き方が悪かったと思います。教区の会議ですが、教団の会議なので、
そう書きました。誤解を与えてごめんなさい。

1497志恩:2012/03/12(月) 10:44:31 ID:.QY5jUA6
トキさま

そうですか.教区の会議でしたか。わかりました。

1498春らんまん:2012/03/12(月) 10:56:21 ID:BR/78Dks
合掌
ありがとうございます。

私の投稿がさまざまな悪感情を呼んでしまったようで、この点、深くお詫び申し上げます。

>ももんが様へ 
私が貴殿を疑って、鵜の目鷹の目で御動向を調査した、というわけではなくて、
簡単に申し上げれば、
たまたま先日、学ぶ会のある方と連絡を取り合う機会があり、
要件の話のついでと言っては申し訳ないのですが、この件を聞いてみたら、
そういう事実はない、という事だったので、
(私自身 >"学ぶ会に二年間行ってみて辞めて、その後は教化部のやり方になじんだ"< 
旨のエピソード自体を、不思議に思っていたので)
合点がいった、という次第です。

身元を明らかにせよ、という調査の意味合いはありませんので、貴殿へ自分が与えてしまった
御心痛に対し、深く謝罪致します。


>訊け様
現実の小さいことを一つ一つ解決するだけでは駄目で、その原因の根本を正さなければならない、と
尊師は仰っておられていたはずで、
その第一が、"諸悪の根源・現憲法"→これを変えなきゃいかん、という事であったり、
妊娠中絶を"経済的理由"で認めている優生保護法案を直さなければいかん、等々の
運動であった訳でしょう?

生長の家の "どこから変化が現れたか"を見直しているので、
"天皇国日本"&"人と国の命は繋がっている"を
御教えの真髄に持っているはずですから、
<愛国のキチガイ>
という仰り方は、
いかがなものでしょうか?

"和解"は、貴殿が想像しているような
"喧々諤々・互いの今までの言いたいことをストレートに言い合って"
出来る・とか、いうレベル(内容)のことではないと思っています。

この点、志恩さまや復興G閣下の捉えられている"和解"は、素晴らしいと認識しています。

1499志恩:2012/03/12(月) 12:02:40 ID:.QY5jUA6
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/11346/1311411528/1292

訊け君は、
「和解」は、雅春先生の遺言であると言われていますが、
上記に貼付しました
1292:復興Gが、後半部分に引用されました雅春先生のご文章も、立派な遺言の1つだと思っております。

1500志恩:2012/03/12(月) 12:06:23 ID:.QY5jUA6
1499,復興G 様の敬称が,抜けておりました。ごめんなさい。

× 復興G
  ○復興G様

1501「訊け」管理人:2012/03/12(月) 12:27:59 ID:???

>春らんまんさま

 私がキチガイに見える、そう評した箇所はこれです。

>ここ(※小さいもの)への救済を後回しにして「環
>境」とか「愛国」とか言っている連中、もう私には、キチガイにしか見えない
>んですがね・・・

 ここをご確認頂いた上で、話を進めます。愛国運動家がキチガイなのではあ
りません。優先順位を間違えている方、これをキチガイと申した次第です。生
長の家の基本とはなにでありましょうか。そしてそれはあくまでも、「光明思
想の普及」ではないでしょうか。この、雅春先生のご悲願「光明思想の普及」
ですが――これをおざなりにしている方々を私は、「キチガイに見える」と評
した次第です。そしてまあ、以下話の趣旨は「運動よりも伝道、これが基本で
ある」そんな話になろうかと。

――――――――――――――――――――――――――――――――
現実の小さいことを一つ一つ解決するだけでは駄目で、その原因の根本を正
さなければならない、と尊師は仰っておられていたはずで、
――――――――――――――――――――――――――――――――

 たしかにそうおっしゃっておられます。詳しく云えば種々愛国書と称される
御本にて雅春先生は、そうおっしゃっておられる箇所があります。しかしこれ
はある種、対機説法のように解釈しております。私の解釈はこうです。上記の
言葉が発せられた当時と今ですが、「時代背景が違う」というものになりまし
ょうか。
 ・・・・当時はおそらく、こんな背景があったと思うのです。たとえば、「生
長の家が拡まりだんだんと、個人救済は進んだ」と。そして「それでは今度は
、国家的な問題にも取り組んでいこうじゃないか」と、そんな背景だったと思
っています。そんな時代背景の中で発せられた対機説法である――まあかなり、
簡単に書いてますが、私はそう解釈しております。

 ・・・・ちなみに以下、「なんとも云えない話」、これも参考までに掲載致
します。今、証拠文が見つからないので説得力に欠けますが、まあ雅春先生、
あまりにも政治方面に特化された時代を、「反省」されておられます。そんな
文章があったはずなのですが、これが見つかりません・・・また、吉田國太郎
先生が愛国青年に向かい、こうおっしゃっておられます。「キミたち、日の丸
を振るのもよいが、もっと聖典を読まねばならないよ」と・・・長い話を省略
して語りますけれども、たとえば『弟子像』(榎本恵吾先生著書)などでは愛
国運動、かなり辛辣に批判されてます。当時を知らない私には、なんともコメ
ントできぬとは申せやはり、私は榎本先生に同意する次第です。
 たとえば「運動が忙しく」なってしまい、そのため「聖典拝読や神想観を全
く行っていない運動員」などもいたそうです。貴方様はいかがお考えになられ
ますか。法律を通すことや「数を集める」ことに熱心になり、基本がおろそか
になる生長の家の方です。私にはなにか、本末転倒の感が致します。野球に特
化しすぎて学業がおろそかになる高校球児、私にはそんな風にしか見えません。

 やはり優先順位は大切だと思います。そしてそんな、個人救済をおざなりに
しながら日の丸を振っている人々がいれば、これはやはり私には「キチガイ」
に見えてしまいます。大きな話よりも「小さな話」、です。そして、大きな話
はその後でも「充分である」・・・これが私の認識です。もっと大雑把に言え
ば「どんな法律が通ろうと(運動で成果があろうと)個人は救われないのよ」
が、私の認識であり、個人的現実論であり、主張です。

 ・・・ここまでをまとめます。私の主張をあえて箇条書きにすれば以下の如
しです。

●貴方様ご掲載の雅春先生の言葉は、対機説法です。少なくとも私は、そう解釈しております。
●背景には「個人救済が進んだ」との認識があったはずです(今とは違います)。
●雅春先生は政治方面へ特化されたことを、やや反省の念を以て回顧なさっておられます。
●伝道>運動 この優先順位は、基本であると思います(御教えを軸にした場合)。
●どんな法律が通ろうと、個人救済には繋がりません。(大雑把に言ってますが)

 むろん、ツッコミどころ満載です。貴方様の思想背景等不明のままで語って
おりますので、核心を得ていないかもしれません。ですので、細かい問い合わ
せをして頂いて構いません。宜しくお願い致します。

1502「訊け」管理人:2012/03/12(月) 12:28:32 ID:???
追伸

 愛国論にも触れます。簡単に言えば、私の考える「愛国」はこんな感じです。

●日の丸のこころ
http://blog.livedoor.jp/con5151/archives/65628098.html

 でもしかし・・・現状ですが、『正論』や『Will』的な言説の方が大勢
を占めていないでしょうか。そしてそんな、排外主義を含んだ思想をあやかも
「雅春先生の愛国論である」というような誤認、これが拡散されてはいないで
しょうか。私の勘違いかもしれませんが。

1503「訊け」管理人:2012/03/12(月) 12:34:07 ID:???

(×)あやかも
(○)あたかも

1504「訊け」管理人:2012/03/12(月) 12:40:30 ID:???

>教頭先生

 そしてこれも、立派な遺言だと思います(復興Gさまご謹写)

●「ハイ」の限界
http://blog.livedoor.jp/con5151/archives/65633841.html


 たぶんこういうことだと思います。「和解」という言葉の意味がこの掲示板
(他も)でバラバラになっている、そう思います。

 過去も申したことですが、ここで申す「和解」とは特にことわらない限りは、
雅春先生の申された「和解」です。一例を挙げれば「人時処の三相応を得
る」といった意味での、和解です。けっして今の総裁に平身低頭ヘコヘコす
ることは意味しません。そしてそれは、おそらく閣下もトキさまも同様の意味
でご使用になられておられると感じます。

(たまに「裁判和解」と真理文脈での「和解」とが掲示板上、混在しております)

1505役行者:2012/03/12(月) 12:41:46 ID:0BQ1wyqg
 >訊けさあ

 >東日本大震災の話など聞くにつけ、こう思います。「生長の家、しっかりし
やんせ!」と。もう内部抗争なんて、やっている場合ではないと。<

 ごもっとも!


 > ・・・・もうそんな時に「なーーにやってんのよ」でありましょう。なんか
部外者の傍観者的な言動で、不愉快かもしれませんけれども。いや、これが、
この内部抗争が創価学会なら許します。また幸福の科学でも許しましょう。で
も生長の家は、違うでしょう。真の救済力を有している団体なのですから。も
う「ここで起たずに何時起つの」でありましょう。<


 仰るとおりです。


 >それに、いつも滅んでいくのは「小さいもの」ですよ。地球や国はそう簡単に、滅び
ません。ギャアギャア騒がなくても滅ばないのです、「是非、ご安心を」と申
し上げたいものです。
 滅んでいくものは「小さいもの」です。それは個人であり、企業であり、地
域であり・・・そんなものです。そんなものが滅んでいくわけです。そんなも
のから最初にどんどん、消えていくわけです。ここへの救済を後回しにして「環
境」とか「愛国」とか言っている連中、もう私には、キチガイにしか見えないんですがね・・・<

 一般の方の、世論の声として、素直に認め、今後の生長の家のあるべき姿を、ロードマップを考えるためのご意見として、深く受け止めます。


 >また震災で二万名亡くなりましたが我が国は、なんと年間三万人が自殺して
いるわけです。ここ十年、東日本震災を超える規模の「災害」、これが連続で
起こっているわけでしょう。津波で家は流されないにせよ、自宅を手放す人も
増加してます。映像的なインパクトはないにせよ、この問題も余程深刻だと思
います。<

 全体を読み、目頭が熱くなってきました。
 救済運動としての生長の家の使命があります。
 深く受け止めさせていただきます。

           合 掌

1506「訊け」管理人:2012/03/12(月) 12:47:45 ID:???


>役さあ

>救済運動としての生長の家の使命があります。


  チ  ェ  ス  ト !!

1507うのはな:2012/03/12(月) 13:47:33 ID:El6gIMAw

「キ○ガイ」という言葉は、多分今では放送禁止用語かなにかになっていて、
このことは以前に生長の家の人、かなり学識のある老年の方とも掲示板とは別の場所で
議論のようになったので、つっこみませんでしたが、
私個人としては頻繁に使用しないようにしています。訊け氏は他人の一語一句を取り沙汰して
なんだかんだというのが好きみたいなので、こっちもいわせてもらいました。

それと、訊け氏がいうところの「正論」の言説のような方が多数いないでしょうかでも、
優先順位をまちがえている方だとかいうのが、具体的に誰のことなのか、なにかの団体のことなのか
はっきりわかりません。

議論の邪魔になるようなので、ここでこれ以上書くのは控えようと思いますが、
訊け氏は何がいいたいのかわかりにくいことがあるので書かせてもらいました。

1508ももんが:2012/03/13(火) 06:13:33 ID:XXCuaQns
神の子皆様、おはようございます。本日も、素晴らしい朝が、やって、参りました。本日も、嬉しく、楽しく、明るく、元気に、素晴らしい日にしていきましょ!ありがとうございます。感謝、合掌、拝。

昨日、私に愛深き、御投稿、御返事くだされた、神の子の、皆様、真にありがとうございました。昨日は、忙しく個別に御返事できす。もう訳ありませんでした。時間とれましたら、また、御返事いたします。真にありがとうございます。感謝敬白。拝。


〜甘露の法雨・罪〜

『罪は実在なりや?』とまた重ねて天の童子は問う。
天使の答うる声聞こえて曰く、

すべての実在は、神と神より出でたる物のみなり。

神は完全にして、

神の造りたましすべての物も完全なり。

然らば問わん。汝は罪を持って完全となすや?

此の時天の童子答えて曰く
『師よ、罪は完全に非ず』と。

天使また説き給う

罪は不完全なるが故に実在にあらず、

病は不完全なるが故に実在あらず、

死は不完全なるが故に実在にあらず、

汝ら神の造り給わざるものを実在となすなかれ。

在らざるものを悪夢に描きて恐怖すること勿れ。

罪と病と死とは

神の所造に非ざるが故に

実在の仮面を被りたれども
非実在なり、虚妄なり。

我は此の仮面を剥いで

罪と病と死との非実在を明かにせんが為に来れるなり。

嘗て釈迦牟尼如来もこの為に来りたまえり。

嘗てイエスキリストもこの為に来りたまえり。

もし罪が実在ならば

十方の諸仏もこれを消滅すること能わざるなり。

イエスキリストの十字架もこれを消滅する事能わざるなり。

されど汝ら幸いなるかな、罪は非実在にして迷いの影なるが故に、

十方の諸仏も

衆生を摂取してよく罪を消滅したまえり。

イエスキリストも
だだ言葉にて『汝の罪赦されたり』と云いてよく罪を消滅したまえり。

われも言葉にて『生長の家の歌』を書かしめ、

言葉の力にて罪の本質を暴露して、

罪をして本来の無に帰せしむ。

我が言葉を読むものは

実在の実相を知るが故に

一切の罪消滅す。

我が言葉を読むものは

生命の実相をしるが故に

一切の病消滅し

死を越えて永遠に生きん。


昨日、御返事くれました。復興G様、ハマナス様、春らんまん様、役行者様、志恩様、皆様の“お心”良いに付、悪き付、神様の愛として、ありがたく、受け取らせ頂きました。真に、御礼申し上げます。

本日も神想観中に、皆様の素晴らしい実相を祈らせもらいまた。本日も、嬉しく、楽しく、元気に、素晴らしい日を、お過ごしください。神の子皆様ありがとうございます。感謝敬白、合掌、拝。

※和解と、分派の方の教団へ御帰還を願いました。

1509役行者:2012/03/13(火) 16:06:43 ID:0BQ1wyqg

 ももんが様


 >※和解と、分派の
方の教団へ御帰還を願いました。<


 私も願い、いつもお祈りさせていただいています。
 きっとわれわれの願いが叶い、上告も取り消され、古き良き時代の生長の家が復元されますよね!そのように信じております。


 >でも、私は、反対者の人立ちが、自分たちのス タイ ルのまま、教団に帰って来て、教団の行事に 参加し て、『行い』で、昔のスタイル、自分のス タイルを 貫き通して行事ているうちに、混じり 合って自然に 和解して、変わるようになるよう成 と、私は思うの です。 議論するより、戻ってきて『行い』で我に見せて ほ しいのです 。
 下手な、『議論=理屈』を言わず、教団に戻ってき て、『宗教の第一義』を“自らの行いで示して”欲し いのでのす。 それでこそ、宗教者と言えると、私は 生意気に も思うしだいです。 ですから、いつも、分派の方々の帰還を、御祈 り し、帰還こそ、和解と、和解と私個人は、思い ま す。 <

 

 ハマナス様が下記のよう聖典引用してくださいました。


 
 >“エデンの楽園”に人 間が生活していた時には「アダムと イヴとは”裸か“出会った」と聖書に録(しる)され ているのは、”人口を加えず“人間 の知恵巧者で徒(いたずら)なる工夫を加えなかっ たという意味であるのである。
  人間の愚にもつかない知恵を加えずに、其の儘(ま ま)、神の計画に随順するとき、その 人は本当に「幸福の世界」(エデンの楽園)に住むこ とができるのである<


 今回の和解に、浅はかな人間の企み、陥れ、策謀など通用しないでしょう。
 真っ向から向かい合い、それが生政連解散の時からのことなら、なおさら、ようく話し合うことが大切だと存じます。
 今までの話し合いではたぶん足りなかったからこのような現状になっているのだと思います。
 一方の言い分だけを聴いて、それで対処されているとしら、それはあまりにもいただけないと思います。
 必ず、双方の言い分を聞くことが大切かと存じます。書類やまた出来事まで上塗りすることは簡単にできますから、指導する方の心得と存じます。

 そしてなおかつ、今年は龍の年、ホンモノが浮き出る年、雅宣先生が新年の挨拶で仰ったと伺ってますが、ホンモノと偽物を見分ける目を養うことが大切かと深く思いました。

 うかうかしていたら、偽物の烙印を押されるかも知れません!
 日々、神想観をし、精進して参りたいと存じます。


          合掌

1510春らんまん:2012/03/13(火) 19:15:04 ID:a9bHsFDc
>>1501 訊けさん  こんばんは。

論点がズレていますよ。

現総裁の"卵の黄身と白身"論理にのっとれば、

真理のある"黄身"の部分から、①天皇愛国、②個人の生命と国の生命はつながっている
(→だから、君の言っている、滅びるものは、小さきものなんだよ、の論理は、
古参の本流のお兄様たちから一顧だにされないのは、このへんかもしれん→②が、全然、分かっていないということの証明だから)
が、欠落しているから、尊師の説かれた御教えと<今の教え>が、全く換骨奪胎したものだと、
ブラジルからでも怒りまくって学ぶ会の見真会に来るのよ。

このあたり、 もう少し、理解して、投稿してね。


で、政治運動がマイナスに働いた"反省"はあって、いいと思うよ。
私が言っている"教えの中から"天皇国日本"・"人と国の命はつながっている"・を除いたら、
本当の尊師の御教えにはなっていない"

つまり、黄身がなく、白身だけの絵手紙・ノーミート料理?で 
実際、個人の救済など、出来るのか??出来る訳がないだろう!
実際、道場で多くの悩みを持って"聖なる地"とあこがれて遠くはるばる来た人たちが
"神癒が起きた"なんて、少なくとも、自分がここにいた2年以上、見た事がありません。


論点を、変えないように、ね。

"黄身の中身がおかしい"から、分派と呼ばれる方たちが行動したわけで、
貴方は、現在の組織・各教区・道場の現実を知っている訳ではないのですから、
簡単に"和解だよ"というのは、余りに、無責任です。

黄身の中身を、元に戻すよう、総裁に進言し、効果があれば、皆、訊け君のいうことに、耳を貸すようにもなるのではないでしょうか。

再拝

1511トキ:2012/03/13(火) 19:40:16 ID:Krckfj5I
 先日、徳川慶喜の本を読みました。彼は、英明で、広い見識を持っていたし、先見の明があったようです。
近親者による証言を見ても、「そのうち、女性も仕事をするような時代になるだろう」とか、「外国語が
必要な時代が来る。」と言うなどの発言を明治の頃からしております。反面、人情の機敏にはうとく、他人の
気持ちには鈍感だったと言われています。鳥羽伏見の戦いに負けると、すぐに部下を置いて江戸に帰った事や
その時に、婦人を同行した点など、決して尊敬を集めたとは言えない行動が目立ちます。明治になってから、
彼の側近が、徳川慶喜に厳しい評価をしている人が目立つのも事実なようです。

 さて、谷口雅宣先生も、国際政治学を専攻し、広い視野はお持ちだと思います。勉強家であります。しかし、
組織内で人心の把握という点では、やはりお上手ではないと思います。その上、今、総裁が置かれている状況
は、地裁、高裁と敗訴し、最高裁判所でも敗北は確実であります。鳥羽伏見の戦いに負け、まもなく江戸城総攻撃
という場面だと言えるでしょう。
 この状況において、まだ争いを続けるのなら、生長の家という組織は崩壊し、教えも衰微してしまいます。
総裁の評価も地に落ちるでしょう。

 教団も、見栄や外聞ではなく、信仰の原点に戻る覚悟で、和解へと方向転換をする事が必要であります。
ここにおいて、必要なのは、平成の勝海舟であり、西郷隆盛であります。主戦論が勢いを増す中、冷静に和平を
語る勇気がある人こそ、真の生長の家の人間だと思います。

 そして、今こそ、神様への「大政奉還」が必要だと思う次第であります。

合掌 ありがとうございます

1512春らんまん:2012/03/13(火) 19:46:53 ID:a9bHsFDc
>>1509
役行者様

自分は、ももんが様に"雅宣総裁ですか?"の質問をさせていただいて、正解であったと思っています。

訊けさんが乗り込んできたり、様々な展開を見ていて、(真偽のほどはどうあれ)
自分としては、ももんがさんが総裁若しくは代弁者と、理解させていただいております。

神道形式にどうやとか、神示にこだわりすぎるとか、およそ、常軌を逸脱している投稿に
"はいはい、左様ですね"
と言っている事を見ていて、

なるほどねえ
9時間ネットにこもり、
奥様以外の人間は信じられない、

ここは、 その孤絶した方の癒しの場なんだったのかと、遅くに理解した次第です。


すみませんね、御本人だったら、聞くに堪えないことを書いてしまって。




分派は、あの人が神の子として新生しない限り、戻ってこないと思います。はい。

つか、それまで、司令塔の精神状態(かなり、病んでますよね)が、持つと思えません。


早く、どこかで療養した方がいいのではないですか?


末端信徒や組織に、迷惑をかけるのは、これ切りにして戴きたいです。

再合掌

1513a hope:2012/03/13(火) 20:54:27 ID:kcv2QXTk

春らんまんさま

わたしは、愛国についてほとんど理解していませんので、
これは大変、失礼な質問かもしれませんが、だとしたらお許しください。

「愛国」というのは、日本国を愛することですよね?
この日本という国は、現象でしょうか?それとも実相でしょうか?

「訊け」管理人さまは、「愛国」も大事だけれど、生命の救済のほうが先だと、
おっしゃっていますよね。
わたしは、生命は実相であり、実相以外の物は現象にすぎないと思うのですが...

もし、日本国という物が現象であれば、現象は心の影ですから、
当然実相である生命(心・魂)の救済が先だとわたしは思うのですが...
その心が救われることで、日本国がよくなるのではないのでしょうか?
ご教授よろしくお願いいたします。

1514役行者:2012/03/13(火) 23:50:51 ID:0BQ1wyqg
 トキ様

 >地裁、高裁と敗訴し、最高裁判所でも敗北は確 実であります。
 鳥羽伏見の戦いに負け、まもなく江 戸城総攻撃 という場面だと言えるでしょう。
  この状況において、まだ争いを続けるのなら、生 長の家という組織は崩壊し、教えも衰微してしまい ます。
  総裁の評価も地に落ちるでしょう。
  教団も、見栄や外聞ではなく、信仰の原点に戻る 覚悟で、和解へと方向転換をする事が必要でありま す。
  ここにおいて、必要なのは、平成の勝海舟であり 、西郷隆盛であります。主戦論が勢いを増す中、冷静 に和平を 語る勇気がある人こそ、真の生長の家の人間だと思 います。
  そして、今こそ、神様への「大政奉還」が必要だ と思う次第であります <


 まったくもって、同感です。

           合掌

1515役行者:2012/03/13(火) 23:56:04 ID:0BQ1wyqg


 >>1521

 春らんまん様

 こればかりは、ももんがさまに聴いて見ないと分からないですね、はいはい!

1516役行者:2012/03/13(火) 23:59:59 ID:0BQ1wyqg
 
 上記投稿訂正箇所

 >>1521

 >>1512

 に訂正をお願いします。
 未来に投稿してました(^_^;)

1517ハマナス:2012/03/14(水) 00:14:25 ID:u5mC.eb2

神の子のみなさま、
こんばんは。ありがとうございます。

   人生は想念の総決算  (『新版 生活の智慧365章』P.94)

 この世界には”原因結果の法則“というものがあるのである。それは”物質の世界“
に於いても、このような原因をつくれば結果は斯(こ)うあらわれるという”自然の
法則“というものがあるのであるが、吾々が運命を支配する上に重要なのは、物質の
世界にある物体の移動(原因)が、他の物体にこんな結果を及ぼすという物理的な因果関係よりも
”心の世界“にあるもの(原因)が”物質界“にこのような結果となってあらわれるという
因果関係の方なのである。

 ”心の世界“にあるものとは「想念」即ち「心に想うこと」である。「心で想うこと」
が「形の世界」に結果としてあらわれるのである。吾々がこの人生に於いて如何なる
幸福な生活を送ることを得るか、悲惨な生活を送らねばならぬかは、吾々が常に何を
想念しているか、一日のうちの大部分の時間に、何を考えているかによって決まるので
ある。人間の運命は常に吾々が何をより多く思っているかの総決算が毎日弾(はじ)き
出されている訳である。


私たちは、いつも明るいことば、「嬉しい、楽しい、ありがたい」しか、言ってはいけない
のですね。
それでは、皆さま、おやすみなさい。

感謝合掌

1518ももんが:2012/03/14(水) 09:06:24 ID:XXCuaQns
神の子の皆様、おはようございます。今日は、とても、良い天気ですね。さあ、本日も、さあ、元気に、明るく、素晴らしい日にしていきましょう!ありがとうございます。感謝、合掌、拝。

〜宇宙浄化の祈り〜

住吉大神(すみのえおおかみ)出でまして宇宙を浄め給う

あー、おー、うー、えー、いー、

住吉大神わが日の本を浄め給う

あー、おー、うー、えー、いー、

住吉大神ここにあつまれるすべての人々の命を浄め給う

あー、おー、うー、えー、いー

住吉大神宇宙を浄め終わり天照大神出でましね


[光明思念の歌]

天照す御親の神の大調和の生命射照し宇宙静かなり

天照す御親の神の大調和の生命射照し宇宙静かなり


昨晩も、雅春先生の講話を“拝聴”しながら、ねむりました。

雅春先生曰く

『地球も、生命である。』
と言われおりました。

そして、『地球=天之御中主神』との事だそうであります。

結論としては、“大生命=地球を、大切しなくてはいけない。”との雅春先生の主張でありました。


現在、普及誌を採ると、“植林”に帰依されるようです。

私は、この“植林”と云う行いは、日本人が育んできた文化であり、心であり、宗教が色々の事がつまった、行いであると、疑いません。それは、聖徳太子に始まる、我が国の、
“和を以て貴しなす”
御精神に、帰ると思うからです。


少し、湿ったお話になり、すいません。(^_^)

御天気いいですね。お花もたくさん、咲いてきました。それでは、皆様、元気に、明るく、楽しく、素晴らしい日を、お過ごしください。ありがとうございます。感謝、合掌、拝

1522役行者:2012/03/14(水) 12:55:19 ID:0BQ1wyqg

 ももんが様 


 >結論としては、“大生命=地球を、大切しなくてはいけない。”
との雅春先生の主張でありました。


 現在、普及誌を採ると、“植林”に帰依されるようです。

 私は、この“植林”と云う行いは、日本人が育んできた文化であり、心であり、宗教が色々の事がつまった、行いであると、疑いません。それは、聖
徳太子に始まる、我が国の、
“和を以て貴しなす”
御精神に、帰ると思うからです。<


 尊いお言葉、ありがとうございます。

 文明開化される以前からの、深く日本に根付いた、文化・伝統と思います。
 大切に守っていきたいなあ・・・と思っています。

          合 掌

1523ももんが:2012/03/14(水) 12:56:30 ID:XXCuaQns
役行者様、ハマナス様

役行者、ハマナス様、いつも、丁寧お返事や賛辞をくださり、真にありがとうございます。感謝、合掌、拝。

昨日の、役行者の投稿文、のハマナス様の、御言葉、大変、心に止まりました。

>> ハマナス様が下記のよう聖典引用してくださいました。


 
 >“エデンの楽園”に人 間が生活していた時には「アダムと イヴとは”裸か“出会った」と聖書に録(しる)され ているのは、”人口を加えず“人間 の知恵巧者で徒(いたずら)なる工夫を加えなかっ たという意味であるのである。
  人間の愚にもつかない知恵を加えずに、其の儘(ま ま)、神の計画に随順するとき、その 人は本当に「幸福の世界」(エデンの楽園)に住むこ とができるのである<


 今回の和解に、浅はかな人間の企み、陥れ、策謀など通用しないでしょう。
 真っ向から向かい合い、それが生政連解散の時からのことなら、なおさら、ようく話し合うことが大切だと存じます。
 今までの話し合いではたぶん足りなかったからこのような現状になっているのだと思います。
 一方の言い分だけを聴いて、それで対処されているとしら、それはあまりにもいただけないと思います。
 必ず、双方の言い分を聞くことが大切かと存じます。書類やまた出来事まで上塗りすることは簡単にできますから、指導する方の心得と存じます。

 そしてなおかつ、今年は龍の年、ホンモノが浮き出る年、雅宣先生が新年の挨拶で仰ったと伺ってますが、ホンモノと偽物を見分ける目を養うことが大切かと深く思いました。

 うかうかしていたら、偽物の烙印を押されるかも知れません!
 日々、神想観をし、精進して参りたいと存じます。<<


          
実は、『現象と実相』の禊祓いのことを読んでおりましたら、

『天之御中主神=中道実相』の事、宇宙の本源の神様だそうですね。

それから、毎日に近く、雅春先生の講話を拝聴してるいるのですが、昨日のお話の中で
“地球=大生命=天之御中主神様“だそうですね。


地球を大切する、行為は、”神様を愛する“行為となり、地球を大切する、行為は、”和解“を行う行為であるわけなんだ。理解をしたんです。

今の教団の”環境の教え“ が、間たったく同じとは、云えませんが、これは、神様を愛する行為、地球の全生命を愛する行為、なのだと、改めて、勉強させられました。

ハマナス様、役行者様、素晴らしい、御言葉、ありがとうございます。まだまだ、不勉強なので、間違え行いをする私ですが、大先輩の皆様の教えに導かれ、少しづつ良くなっていけると思います。いつも、心遣いありがとうございます。感謝敬白、合掌、拝。

1524「訊け」管理人:2012/03/14(水) 15:37:37 ID:???

 本日も早朝神想観に参加してきました。いやー本日は、おもしろい経験を致
しました。行時中、あるタイミングでドキツとすることがありました。どんな
ことかと申せば、75歳のお姉さまから一喝があったという(笑)お多福顔の
お姉さん、珍しく厳しい声で放ったお言葉は、「 そ う な んで す よ 」
・・・以下詳細を語りましょう。

 早朝神想観では、『幸福を招く365章』を拝読しますよね(ここだけ?)。
本日拝読した箇所がなにか、ガーンと来るものがありました。

●悪に抗するなかれ
http://blog.livedoor.jp/con5151/archives/65639902.html

 いやーこれ、ここで紹介されているお言葉、もう「いつもいつも見ていた」
といった、そんな感じの話なんです。書斎で読んでいればもしかすると、読み
飛ばしたくらいの、そんな箇所かもしれません。しかし、まあ・・・今朝は、
雅春先生の実相軸の前だったためでしょうか。なんか知らんが心底から「そう
だよなああ」と腑に落ちたという。しかも心中、唸りながら読んでしまいまし
て・・・それで本日のブログ記事と致しました。

 ・・・で、ですよ、この箇所を声に出して拝読し、そして、上記のように「
そうだよなああ」と心中唸っておりましたらですね・・・前方から、低――っ
い声でですね、「 そ う な んで す よ 」と一喝が(笑)見ると先導
のお姉さま(75歳)、なーぜか私の方を、ジーッと見ておられるではないで
すか。もうどーしちゃったんですか、普段はお多福顔なのにお姉さん、今日は
阿修羅の如き眼をされ(笑)心中見抜かれた?

 ・・・是非同ブログ記事、ご高覧ください。そしてその後、前方に「お多福
顔の」お姉さん(くどいが75歳)、この方がこっちを見て「 そ う な 
んで す よ 」と一喝、これを賜ったシーンをご想像ください。よろしくお
願い致します。もうねなんか、ガーンと来ましたね本日。

追伸

 ・・・もうこんな箇所を皆で拝読したためでしょうか。本日の白鳩お姉さま
方でありますが総裁更迭論・・・完全消滅という(笑)いやー今朝のあの文章
、これは効いたなあ。

1525ももんが:2012/03/14(水) 15:48:08 ID:XXCuaQns
復興G様、春らんまん様

復興G様、春らんまん様
お返事、ありがとうございます。感謝、合掌、拝。

復興G様、昨日の再投稿文知らず、投稿して、しまいあいすいませんでした。読まずに、投稿した事お詫びします。

争わないで、“平らな心”でいるとは、真に、難しなと思いました。復興G様には、教わる事、たくさん、ございます。今後も宜しくお願いす。

後、先日の投稿文で、

<<「“自他一体の心”の奥に“個別の心”があることを、観る」というのはおかしいと思います。逆でしょう。
“個別の心”というのは表面の心で、その奥に“自他一体の心”があるのではありませんか。>>

この様な、御指摘箇所ございました。

確かに、復興G様の言われ意味は、理解しております。

表面意識=個の心、深層意識=全体の心と、捉えられやすもの思います。
しかし、全体意識と本来は個別であられて、その分別、区別が無い状態を言ったのですが。中々、説明するのが難しいです。

一休禅師の大悟の時、“闇夜に雁の声聞いた“そうですが、言わば、そんな、感じです。

ゴメナサイ、上手く、説明てきなくて、また、勉強して、上手く説明できるようにしてきます。ありがとうございました。感謝敬白、合掌、拝。

春らんまん様、多少、お心遣いいただのでしょか?真に、ありがとうございます。感謝敬白、合掌、拝。


私は、学ぶ会行き、実際に質問したのも事実ですが、たぶん、掲示板が、炎上してまうと、思われます。

他の事でも、私の知る、事実と違う事言われてる事、多少、ありますが、炎上してしまうので、お話をしないように、してます。

いま、春らんまん様は、
総裁の代理人=ももんが、と思われているのでしょ。それは、それは、それで、楽しいのでは、ないでしょうか。私は、その様な事は、余り眼中にありません。
例えは、志恩様や、うのはなさんの様に、“人のあら探し”や“他人を貶す”を心の奥[深層意識]に持つ人々には、それを、させて、あげる事が、私が、神様から与えらた、私の役割だと、思って、行動してるからです。間違えを、私が犯すのも、彼、彼女たちの心の奥に有る物を出させる為だと、思って、神様に感謝申し上げおります。

私は、春らんまん様様に、政治的な事は、殆ど考えてない人間です。申し訳ありません、偉そうに、映るようなら、色々教えください、また、宜しく、お願いします。ありがとうございました。感謝敬白、合掌、拝。

1526ももんが:2012/03/14(水) 16:35:24 ID:XXCuaQns
>>1486
志恩様

志恩様、先日は、御投稿真にありがとうございます。感謝敬白、合掌、拝。


志恩様の先日の御投稿文なのですが。

<<飛田給道場での楠本加美野先生・ご講話の件もそうです。

「ご講話のとき、ご老公(楠本先生」が、本流に対して、厳しい一喝が、あったらしいよ、それを、母が聞いたんだよ」発言も然りです。>>


これは、私は、このお話の御言葉を、書き込む事は、できます。

しかし、掲示板が、この事で、炎上してしまうので、自ら書き込みをやめたのです。

それと、この文章

<<私は、こういう微妙な時期に、「ご老公が、本流を一喝した」ということで、
ご老公(楠本加美野)先生が、おっしゃったどうか、半々としても、この
泡立った現状のなかに、ご老体(90歳)の楠本先生を,巻き込む様な、
信徒としての、思いやりの無い発言をされたことに対して、楠本先生に申し訳なく思いまして、
怒ったのでした。>>


この文章は、私への“当て付け”で、書かれたのですよね。消して、楠本先生へ敬意からでは、ありませんよね。


何故なら、敬意があるなら、練成会に、こられたはずですね。


私は、何度か、それとなく、お声かけさせてもらっいましたから。

志恩様?何故、文章に、“憎しみ”を込めるのですか?是非教え下さい。

志恩様は、私へ、ヤクザの揺すりのような真似をされる。

元とは言え、本部講師なのでしょ、志恩様は?

私は、恨みは、ありません。素のままの素晴らしい志恩様を、飛田給なり、宇治なり、長崎なりで、見せて下さい。


素晴らしい、志恩様、無礼な言葉使い、申し訳ありませんでした。素晴らしい志恩様、普通の信徒として、素晴らしいさも、教え下さい。厳しい御言葉、感謝してます。ありがとうございます。感謝敬白、合掌、拝

1527ももんが:2012/03/14(水) 17:14:23 ID:XXCuaQns
トキ様、神の子皆様


トキ様、神の子皆様、いつも、御文章を読んで頂きありがとうございます。感謝、敬白、合掌。


〜非風非幡・『無門関・第二十九即』〜

(原文):六祖、因に風刹幡(せつぱん)をあぐ。
二僧有り、対論す。
一云く、幡動く。
一云く、風動くと。
往復して曾(かつ)て未だ理に契わず。祖云く、是れ風の動くにあらず、是れ幡の動くにあらず、任者の心動くのみと。二僧悚然(しょうねん)たり。


(訳文)六祖慧能禅師が、五祖の元離れ、『後悟の修行』の旅の途中に、広東の街の法性寺で、印宗和尚の『涅槃経』の講座を聞いていた時のこと、

標識の幡が、折からの吹く風で、パタパタとはためいていました。

一人の僧が『幡が、動く!』と云うと?

もう一人の僧が、『いや、幡が動くのではない、風が動くのだ』

と反論します。

それを、傍らで聞いてた、慧能禅師は、とうとうたまりかねて口をはさみました。

『風動くに非ず、幡うごくに非ず、任者(あなた方)の心動くなり』と


二人の僧はこの一言を聞いて震えあがりました。



◎この公案は、主体と客体を観る上で、良い公案です。



人間の心とは、この様な物です。さて、皆様も、この様に成っておられませんか?


”心こそ、心ま迷わす、心なり、心に心、心許すな“

では、ありがとうございます。感謝敬白、合掌、拝。

1528如月:2012/03/14(水) 17:18:38 ID:ki/haAjk
>>1524

訊けブログ管理人様

毎回、素敵な画像とお話をありがとうございます。
まだ私の理解力では、これを教団の問題にあてはめる事は
難しいですが、個人的に抱えている問題にピターッっと来ました。

私が抱えている問題というよりは、知人が抱えている問題なんですけどね。
これを、生長の家を知らない知人に、ちょっとかじった程度の私が
どう伝えるか。 うまくラッパが吹けますように。

その75歳のお姉さまにお会いしたみたいです。

1529ハマナス:2012/03/14(水) 17:21:01 ID:u5mC.eb2
神の子の皆さま
こんにちは。
皆さまの投稿を見させて頂き、この掲示板は実に 素晴らしいなと感じています。

    内を見る力   (『新版 生活の智慧365章』P.96)

人間は自己の内に”無限“を蔵し発掘し得る無限の可能性としてそれを内に貯えて
いるのである。五感の感覚は外を見るために発達した器官であるがゆえに、内を見る
力を欠いて、自己の実相の無限力を見ることが出来ないで、恐怖心や遅疑の心に満た
されるのである。自己を内観することによってのみ、実相の”無限“を自覚する機会を
得るのである。内観しないものにとっては、実相を観る道は完全にふさがれて、打ち
勝ちがたき鉄壁として「物質の世界」が立っているのである。

 多くの人たちは、この「物質の鉄壁」の中に閉じ込められ自由を失って、恰(あたか)
も囚人の如き自由なき生活を送っているのである。「働けど働けどなおわが暮らし楽に
ならざり」という啄木の如き嘆きは、この「物質の鉄壁」を超える事の出来ない人々の
嘆きを代表しているのである。物質の鉄壁は外に向かってそれを打ち破る事の出来ない
壁である。ただ内観によってのみそれを超え得る。その内観こそ神想観である。

つづく

1530ハマナス:2012/03/14(水) 17:24:18 ID:u5mC.eb2

つづき
今日の『光明法語』に心に残る言葉がありました。
    
三月十四日     智慧は愛に先行する 

 完全なる神、その創造の完全さ、その創造されたる人間の完全さ、その創造されたる
世界の完全さ、それを先ず信ぜよ。現象の世界が、人間が、如何に醜くあらわれて
いようとも、現象なしとたち切れ。先ず汝の心のうちに「完全なる世界」と
「完全なる人間」とを確立せよ。
それは智慧の働きである。この場合、智慧は愛に先行する。智慧が真に相手の
「完全さ」を確認し得たときにのみ、感情としての愛が湧き出てくるのである。
それまでは意志の努力によって嫌悪を克服しながら唯(ただ)愛行を努力するだけである。

私も「完全なる世界」と「完全なる人間」を観れるように、
日々精進していきたいと思います。

感謝合掌

1531ももんが:2012/03/14(水) 17:44:38 ID:XXCuaQns
>>1530


ハマナス様


ハマナス様の御文章に、只だ、感激しきりです。ありがとうございます。合掌、拝。


<< 完全なる神、その創造の完全さ、その創造されたる人間の完全さ、その創造されたる
世界の完全さ、それを先ず信ぜよ。現象の世界が、人間が、如何に醜くあらわれて
いようとも、現象なしとたち切れ。先ず汝の心のうちに「完全なる世界」と
「完全なる人間」とを確立せよ。
それは智慧の働きである。この場合、智慧は愛に先行する。智慧が真に相手の
「完全さ」を確認し得たときにのみ、感情としての愛が湧き出てくるのである。
それまでは意志の努力によって嫌悪を克服しながら唯(ただ)愛行を努力するだけである。

私も「完全なる世界」と「完全なる人間」を観れるように、
日々精進していきたいと思います。

感謝合掌>>



そうですね、『完全なる人間』、『完全なる世界』を観れるように、成るために、『生命の実相』読んだり、『神想観』したり、してるですものね。

どんなに、『憎い人』でも、『感謝できる心』になれないといけないですよね。

雅春先生の自伝の中で、”数字を間違える“場面が、確かありましたよね。あれなんか、間違えても、その人にとっては、素晴らしい、出来事である時もあるから、なんで、感謝して、ありがたく、思えるように、なりたいです。

バカと呼ばれても言いかなて、時々思います。

余計なお話をしてしまいました。ハマナス様、シロハト、頑張ってくださいね。いつも、素敵なお話、ありがとうございます。感謝敬白、合掌、拝。

1532春らんまん:2012/03/14(水) 19:08:51 ID:LHbL8yyU
ももんがさあ!

炎上したっていいから。本音をばんばん、書いたら?

なんでも"炎上するから、止めときます"って、それって、究極の"人のせい"論理だよ。

ここ、炎上したって、ここの係員トキさんと役行者さん、二人いるからすぐ復旧するって。

志恩様や、うのはな様が、他人の悪を見ているとかでなくさ、少し、日の当たるところに出なよ。


4月1日から、訊けさんと一緒に練成受けたらいいよ。
で、4月の中旬には、不受理の結果が来るから、
それまでに、私が以前書かせていただいたロードマップの工程、
少し、やってみたら?

荒地先生や貴康先生は、研修生をし、本部講師を得ていますからね、
総裁も、
皿の一枚洗ったこともなく、草の一本抜いた事もなく、
'下層の人"発言で、たくさんの信徒さんの幻滅を買ったでしょう。

後日詳しく書きますが、"人間だけが、親孝行する"のです。
だから、ここに、"人間と動物の違い"があるのです。

翻って、見よ。

親孝行どころか、父祖の恩恵で食っているくせに"父祖の偉業の解体"など、
普通の歓声の人間では出来ない事をしているでしょう。

つまり、
動物以下のことをしている、これを信徒に教えている、時点で、
恥ずかしいから、公から去ってくれ、は、
まっとうな主張と思います。


トキさんが、総裁追放はない、というのは組織として対外的には当たり前のことを言っています。

しかし、トキさんも役行者さんも、打つ手がない。

ここは、訊け君に"有名な゛ブログ管理者です"と言って、会わせる三段をしていただき、
訊け君と共に、練成を受けていただきましょうよ。

和解など、ちゃんちゃらおかしい総裁に、少し、本気で生きていただく最期の提言ですわ。

1533春らんまん:2012/03/14(水) 19:38:51 ID:LHbL8yyU
>>1513 a hopeさま

投稿ありがとうございます。


明日以降に、詳しい事を書かせていただきます。


かつて、
飛田給にいた本部講師(女性)が、
たとえ、ピストルを向けられても、"尊師・雅春先生の教えに殉ずる"と言われていた方。

高校生くらいの時
"実相と現象の境って、なんだろう?教えて欲しい"と願ったそうな。。。



もう、おわかりですよね?




また、明日♪

1534ももんが:2012/03/14(水) 20:24:31 ID:XXCuaQns
>>1532

春らんまん様


春らんまん様、お返事下さり、ありがとうございます。合掌、拝。


春らんまん様、御言葉ありがとうございます。

>>炎上したっていいから。本音をばんばん、書いたら?

なんでも"炎上するから、止めときます"って、それって、究極の"人のせい"論理だよ。<<

私も、最初は、”本音“を少し出して見たのです。

でも、“反響”が 大きすぎて、とても、皆様の御気持ちをキズつけてします。
それに、私は、教団の行事に参加したり、教団の事に賛成的、意見が多い為に、ヤッカミがられるようです。対立するよになれば、当然、心に、“嫌な心”残る物です。

逃げてるわけではないのですよ。“嫌な心”を、自分の中に、又、相手に思わせないのには、どうしたら良いか、真剣に、私の中[心]で、模索して、いるのです。

雅春先生の教えの中にも

“心の平和”とありますよね。

宗教とは、そうした物だと思います。


>>志恩様や、うのはな様が、他人の悪を見ているとかでなくさ、少し、日の当たるところに出なよ<<。

これて?何か、勘違いされてると思いますよ。


私は、日中、外で仕事をして、夕方帰ってきます。
平日休みなので、平日の暇な時は、ここに、書き込み多いですよ。


志恩様、うのはなさんが、他者の指摘を楽しみたいら、そうさせてあげたら、いいのです。悪いと言ってるのでは、ありません。

ただ、指摘することで、“対立の心”が、生じますよね。

“争いの念波”を起こしてしまうわけですよね。


私は、これを、なるべく、生じさせない様に、して、住吉大神様のに念じて、禊[洗い流す事]払いされたら、良くなるのかな?
と、私の浅い知識で、思っているだけす。


甘露の法雨をそのまま、実行しているだけなんですよ。


昼間は、外の仕事ですから、たくさんの人に、挨拶します。病気の人が、挨拶してる内に、治った事もありました。自分でも、不思議ですが、嬉しかったです。


毎月、浄心行して、練成受けてます。

内容は、秘密にします。

たくさん、色々な、お話も、聞いてますが、沈黙を守ります。

私の周囲の人に迷惑欠ける事もあるからです。


春らんまん様、色々、御心使い有難うございます。
私は、本当に、分派の皆様が、教団の行事に参加して、くださることを、住吉大神様に、御願いしてるんですよ。バカでしょ、バカで、いいのです。私だけですよ、こんな、バカ者。

笑って、ください。では、有難うございます。感謝敬白、合掌、拝。

1535トキ:2012/03/14(水) 21:10:18 ID:aRw5irqY
 玄峰老師は、修行の心構えについて、次のように言われていた。

「上師は仇につく。中師は恩につく。下師は勢いにつく」

というのである。立派な僧侶になるためには、師と仇敵のようになって、
その激しい戒律と、叱咤や、しごきに対処して、激しい火華の中で心身を鍛え
そこを透過しなければならない。「恩」につくというのは、人情の然らしむる
ところで、そこから入って修行することは、誰にも出来ることである。「勢い」に
つくというのは、大勢順応ということである。大して苦労は必要ではなく、修行という
ことでは、最も安易なあり方だと思う。

ー回想 山本玄峰 p126-

1536ももんが:2012/03/14(水) 21:33:36 ID:XXCuaQns
>>1535
トキ様


トキ様、忙しい中、真、ご教示くださり、有難うございます。感謝敬白、合掌、拝。


>>1535:トキ
12/03/14(水) 21:10:18 ID:aRw5irqY
 玄峰老師は、修行の心構えについて、次のように言われていた。

「上師は仇につく。中師は恩につく。下師は勢いにつく」

というのである。立派な僧侶になるためには、師と仇敵のようになって、
その激しい戒律と、叱咤や、しごきに対処して、激しい火華の中で心身を鍛え
そこを透過しなければならない。「恩」につくというのは、人情の然らしむる
ところで、そこから入って修行することは、誰にも出来ることである。「勢い」に
つくというのは、大勢順応ということである。大して苦労は必要ではなく、修行という
ことでは、最も安易なあり方だと思う。

ー回想 山本玄峰 p126-
<<


良く、『師と、弟子は、仇敵』と禅の世界では、言われます。

私も、その様な、体験をさせて、いただき、幸せに、思って思っております。
体験談をお話するなら、
『無字の公案』の時、肩は、本当に、殴り殺されかと思う程に、直日さんに、打たれ、独參では、老師に、最初は、口さえ聞いて貰えず、口を聞いたと思えば、罵声が飛び、悔し涙が、流れる時も、ありました。

そう言うものを、突破した時、許された、記憶があります。

真、難行、苦行を乗り越えた、先に、真実義が、あるものですね。

生命の実相でも、二百回以上読まれた方が、あると、徳久先生が、『生命の実相に学ぶ』に書いて、おりました。


簡単に、真の実相手に入る物では、無いようですね。


有難うございます。トキ様、毎日、たくさん、勉強して、おります。必ず、和解、しますよ!神様の御業に掛けて!
有難うございます。感謝敬白、合掌、拝。

1537a hope:2012/03/14(水) 21:37:57 ID:kcv2QXTk
春らんまんさま

すみません。
すごく考えたのですが、わかりません...わたし、アホなのです(笑)
明日以降のお返事楽しみにしています!

どうぞ、よろしくお願いいたします。

この掲示板やっぱりすごいですね!!
春らんまんさまと、管理人のトキさまに 感謝 合掌。

1538「訊け」管理人:2012/03/14(水) 22:01:46 ID:???

>如月さま

 こんにちは。漢検2級ですが空気が読めません、「訊け」管理人です。・・
・(中略)・・・と云うことで、早速本題へ。

 
『幸福を招く365章』60項より謹写――
――――――――――――――――――――――――――――――――
悪に対して悪を以てしてはならぬ

 あらゆる物は神の創造であるから、すべてその実相(ほんとのすがた)は
善である。若しそこに善があらわれていないならば、それは其の物から吾
々自身が善を呼出さないからである。若し吾々がすべての物から善を呼び
出すことに成功するならば、すべての物は「善」に姿をかえてしまうのであ
る。善を呼出す秘密の法は、「あなたは善である。あなたは神の子である
から、悪である筈はない。悪に見えるのは私が心の中に悪を描いて見るか
らで、誠に申訳ございません」と、人に対してでも、物に対してでも、心の中
で強く呼びかけることである。悪に対して、暴力や言葉や威嚇で対抗したり
、徒(いたず)らに嘆いて見ても何にもならない。
――――――――――――――――――――――――――――――――

「 そ う な ん で す よ 」

     _ヾ!_
    / / / | ヽ\
  /______\
  /     ⌒  ⌒ |  ☆
  |      (・)  (・) |
 (6-------◯⌒つ |
 |  /|\  ヽ l ノ >
  \ /  \工工| ̄
    \___/


>個人的に抱えている問題にピターッっと来ました。
>私が抱えている問題というよりは、知人が抱えている問題なんですけどね。

 そうですか、いやーしかし、雅春先生の本って、そういうシンクロが多いで
すよね。

>これを、生長の家を知らない知人に、ちょっとかじった程度の私が
>どう伝えるか。 うまくラッパが吹けますように。

 その自殺志願の方?ですか・・・私もガンガンに祈ります。大丈夫です。

>その75歳のお姉さまにお会いしたみたいです。
 
 めちゃめちゃチャーミングな方ですよ。しかし今朝は恐ろしい眼をしていた
なあ(笑)

1539ハマナス:2012/03/14(水) 23:05:32 ID:u5mC.eb2

ももんが様
ご丁寧なレスをありがとうございます。

>そうですね、『完全なる人間』、『完全なる世界』を観れるように、成るために、
『生命の実相』読んだり、『神想観』したり、してるですものね。

どんなに、『憎い人』でも、『感謝できる心』になれないといけないですよね。
雅春先生の自伝の中で、”数字を間違える“場面が、確かありましたよね。あれなんか、
間違えても、その人にとっては、素晴らしい、出来事である時もあるから、なんで、
感謝して、ありがたく、思えるように、なりたいです。<

本当にそう思います。
神想観は、毎日していますが、最近『生命の實相』を読むこと忘れていました。
教えて頂きまして、ありがとうございます。

”数字を間違える“場面と、仰いますと、『生命の實相』の第19巻でしょうか。
もし出来ましたら、どのあたりに書かれているのか教えて頂ければ有り難いです。
よろしくお願いいたします。

感謝合掌

1540ももんが:2012/03/15(木) 10:37:15 ID:XXCuaQns
トキ様、神の子の皆様、おはようございます。今日も、素晴らしい、御天気ですね。ポカポカして気持ちが良いです。さあ、本日も、元気に、明るく、楽しく、感謝して、素晴らしい日を楽しみましょう!有難うございます。感謝、合掌、拝。


〜『続々甘露の法雨』より〜

かくの如きには、
ただ、神に委ねよ
全き愛なる神に信頼して、『神よ』と呼ぶべし。
神は常に汝に調和と平和とを興へ給ふべし
神の中に汝の『心』を投げ入れよ。
『神よ、神よ』とトナへつつ
汝の全存在を神にまで委せ切るべし。
神こそ渾て、
神は全てにますますが故に、神のほかに何ものも存在ぜず。
神は善にましますが故に善のほかに如何なる『悪』も存在せず。
神は完全にましますが故に不完全なる病ひの存在することなし。
神は生命にましますが故に生命のほかに『死』の存在すれことなし。
唯汝の心の描きたる転倒妄想にすぎず。
本来『無きもの』を『有り』と描きて恐怖するもの
これ汝の病ひなり。
苦しみは是れ汝の心の中にあり、
痛みは是汝の心の中にあり。
心に恐怖を去り、
苦しみ去り、
痛み去れば、
何れの處にか病患や。
〜以下省略


昨晩、御言葉くだされた、志恩様、うのはなさん、ハマナス様、春らんまん様、それから、陰ながら、暖かい御言葉くだされ、トキ様、『訊け』さん、有難うございます。心より、感謝申し上げます。

それでは、神の子の皆様、住吉大神様の御心のままに、本日も、明るく、元気に、素晴らしい日を、お過ごし下さい、有難うございます。感謝敬白、合掌、拝。

1541春らんまん:2012/03/15(木) 11:22:42 ID:2kQ7szIo
合掌
ありがとうございます。

>>1537 a hope様

昨日提示した講師が高校生時代に”陥った"錯誤について書きますと、
“現象”と”実相”が、別別に”存在している”と観ていて、
現象界の中に”これは、実相。これは、現象。その境目を見分けるコツというか、線引きのマニュアル(?)みたいなものを、
谷口雅春先生ならお説き下さるんじゃないかな”と
勘違いしていた、ということです。

さて、”生命のみが実相”と言う時の"生命”とは、ただ単に・呼吸している・食べて・排泄して・睡眠&休養して・の”生物としての活動”をしている肉体ではなくて、
“神の子・人間”さらに”人間・神の子”の転換が行われたものを指すとすれば、
“日本国という土くれの巨大な塊”の物質的国土を”日本”というのではなく、
ここには”人間は霊的実在なのだ”と古代から直感してきた民族のストーリーがあり、
この転換を自覚することにより、”日本国を愛する”ことが可能になると思います。

つまり、”自国を愛すると他国を疎んじてしまう”や、”国境があるから戦争が起こる”
と言った類の言質は、尊師のお説き下さっている”有機体としての生命体・日本国家”を
理解していないか、否定しているか、またはその他かも知れませんが、
少なくとも"日本人に生まれた感激”とは程遠く、
これ自体で、個人の幸福は大きく減じられていると思っています。

お尋ねの
>” この日本という国は、現象でしょうか?それとも実相でしょうか?<
は、”実相”としての日本国家であり、生長の家の立教の使命の中に必ず"日本国家の実相顕現”が書かれています。

先日訊けさんが”個人の救済が先”で”国家などの大きなことは後回し” という論説は、
《 尊 師 の 教 え は 、個 人 の 救 済 と 同 時 に 国 も 救 済 す る 》
と、異なっていると考えるものです。

戦後の”日本国民の前途を想う時、あまりの悲しみに、眠れないことも度々あった”とされる尊師の憂国の悲憤。
時代背景を考えると、個人の救済がある程度進捗したから国家のことをと考えて政治面に進出した、できなく、むしろ逆に、 
”国家存亡の危機”は、敗戦後の方が強く、同時に人心の混乱は極地に至っていたからこそ、
御自身が本当は政治家になって、この国と国民を救済したい程だ、と念願されたと理解しております。


以上の書き方で、御理解いただけたでしょうか?

また御不明の点があれば、再度お問い合わせ下さい。
三歳児なりに、頭を捻り、文章能力に磨きをかける精進に努めて参ります。

再合掌

1542役行者:2012/03/15(木) 11:49:27 ID:0BQ1wyqg
 ももんが様

 >実は、『現象と実相』の禊祓いのことを読んでおりましたら 『天之御中主神=中道実相』の事、宇宙の本源の神 様だそうですね 。
 それから、毎日に近く、雅春先生の講話を拝聴して るいるのですが、昨日のお話の中で“地球=大生命=天之御中主神様“だそうですね 。
 地球を大切する、行為は、”神様を愛する“行為とな り、地球を大切する、行為は、”和解“を行う行為で あるわけなんだ。理解をしたんです 。
 今の教団の”環境の教え“ が、間たったく同じとは 云えませんが、これは、神様を愛する行為、地球の 全生命を愛する行為、なのだと、改めて、勉強させ られました <


 地球って、生きてますよね!
 躍動してます。

 どんどんと進化してますもの。
 もうそろそろ、古い地球の脱皮の時期でしょう。
 初心者さまもそれらしきことを仰っておられましたが、地球規模にて、脳の進化があるのではないかと思っております。いきなりこの話では誇大妄想ですが、以前、初心者さまとお話しているとき、それを直感しました。
 地球規模で争いの波動は少なくなって行くのでしょう!
また、


 >雅春先生の自伝の中で、”数字を間違える“場面が 確かありましたよね。あれなんか、間違えても、そ の人にとっては、素晴らしい、出来事である時もあ るから、なんで、感謝して、ありがたく、思えるよ うに、なりたいです<



 確か、バキュームオイルカンパニーで原稿などの編集をしている時のことですよね。
 あの文章を読んで感じたのは、いくら血眼にして校正しても、次の日になったら、誤植があると指摘されてしまう。
 といったような内容であったと思います。
 雅春先生の力の及ぶ範疇外で何かが起きていた!と云うこともカモフラージュしているのだと思いました。

 そのように読ませていただきますと、トップの方というのはそれが本当かどうか、双方の言い分を聴くことがまず一番大切なことであると思いました。

 一方の話だけでは、正当化のため、また陥れのため、そこに作意のみが満ちていることも多々あるからです。

 ですから、双方の言い分、意見、提案等を聴いて、できれば、和解を旨に同じテーブル上で話し合えばきっと良い方向に話が進むのではないかと思いました。



 春らんまん様

 >ここは、訊け君に"有名な゛ブログ管理者です"と 言って、会わせる三段をしていただき 訊け君と共に、練成を受けていただきましょうよ。 
  和解など、ちゃんちゃらおかしい総裁に、少し、本 気で生きていただく最期の提言ですわ<

 
 それ、おもしろい企画ですね!
 訊けさあが、尊敬している榎本先生の故郷、宇治別格本山に詣でる!
 ブログで名を轟かさせているがいまだ正式に練成を受けてない訊けさあが、部外者として、総裁先生を、視察のためと練成会にお誘い申し上げる!という段取りはどうですか?

 秘密裏にやらないと・・・えっ、バレバレ(#^_^#)
  
 
           合掌

1543役行者:2012/03/15(木) 12:17:32 ID:0BQ1wyqg
 
 以下、春らんまん様の主張に心から賛同する次第です。


 >>お尋ねの

>” この日本という国は、現象でしょうか?それと も実相でしょうか?<
  は、”実相”としての日本国家であり、生長の家の立 教の使命の中に必ず"日本国家の実相顕現”が書かれ ています 。

 先日訊けさんが”個人の救済が先”で”国家などの大き なことは後回し” という論説は 尊 師 の 教 え は 、
 個 人 の 救 済 と 同 時 に 国 も 救 済 す る
 と、異なっていると考えるものです 。
 戦後の”日本国民の前途を想う時、あまりの悲しみ に、眠れないことも度々あった”とされる尊師の憂 国の悲憤 時代背景を考えると、個人の救済がある程度進捗したから国家のことをと考えて政治面に進出した、ではなく、むしろ逆に”国家存亡の危機”は、敗戦後の方が強く、同時に人心の混乱は極地に至っていたからこそ、御自身が本当は政治家になって、この国と国民を救済したい程だ、と念願されたと理解しております。<



 やむにやまれぬ大和魂でしょう。雅春先生の政治家への願望は並々ならぬもので、身内また、側近の方々が止めるのに、辟易したということを伺い聴いております。
 
 まず、理念があり、すべてことは進んでいきます。
 訊けさあの弱きを第一に考えることもまた理念です。扶弱挫強の日本精神です。
 日本も、いや、地球そのものにも理念先にありきでしょう。

 ただ、訊けさあの気持ちはよく分かります。
 ですから、春らんまん様のおっしゃるとおり、個人救済と地球救済は同時並行にすべきでしょう。

 その意味でも、今は環境問題に偏りすぎですね!

1544春らんまん:2012/03/15(木) 12:30:56 ID:2kQ7szIo
合掌
ありがとうございます。

>>1534
ももんが総裁様

つらつらと思うところを書かせていただきます。

私は
①総裁追放又は海外への逃避は、希望していないし、そうすべきではないと考えている。
⇒その理由は、二つあります。

<壱> 対外的な理由: 総裁の立場にあった人間を、宗教団体の最終対処方法としてこんな事をすれば、現在の信徒各位のみならず、一般社会の人たちに全く信用されなくなる。
また新しく生長の家に触れて入ろうなどと思わなくなる。

〈弐〉次に4代目に就任する人が源流回帰した時、3代目総裁が主張していた"今の教え”は否定されることになるが、
これは御本人が総裁の位置にいる時に訂正・謝罪すべきもので、
後続の人間が先代を否定することは、生長の家の教義の改竄になる。


ですから、現総裁が”人間は地球のガンである”というお考えから"神の子・人間”に転換され、開祖の教えに回帰すべきであり、これが初歩の第一歩で、それによってすんなり和解は成立する、と思わます。

②なぜ日本に生長の家が誕生したのかを考えれば、日本民族の根っこのエートスは、”かんながらの道”であり、その上に仏教と儒教が乗って国民道徳の大綱は出来上がったと見るべきであり、
生長の家の祭祀形式が神道形式で行われている事は、至極もっともなことと考えられます。、
(後世・キリスト教も伝わったが、これは国民全体の1%程度の信者を獲得するに留まり、国民の多くの心情に合致しない⇒”悪を認めている”点と、”一神教”の考えが”他を排撃する"点が原因と思われる)

③宗教団体であるのだから、開祖が神から啓示を受けた”神示”を重要視することは当たり前で、”これに固執しすぎる”という見方は、他宗教の人から見た感覚に思える。

④日本民族のストーリーを理解するのに、必ず古事記と日本書紀は欠かせなく、特に"建国の理念”は、外せないものである。
古いとか科学的根拠がどうとかでなく、”理念”なくして”現象”世界は展開しないはずです。

⑤“廃仏毀釈”は一部誤解されて多くの国民に広まっていますが、これはもともと、神仏混合の歴史が長かった中で
(宮中の祭祀も仏式で1000年以上されていた⇒が、明治新国家建設の際に、
明治天皇様の御英断によって、神式に変更された)←これに沿う形で、
全国の神社・仏閣を”もともとの御神体はなんだったのか”を調査し,

”もともと仏さまのものは仏式に” ”もともと神さまのものは神道形式に”
を命じた、というもので、

《仏教を排撃する意図で始まったのではない》
ことは、理解しておく必要があると思います。
(結果としては、混合の歴史が長過ぎたので、完全な分別は出来なかったし、
仏教の勢力が強い土地で仏教への反感が強かった一部の人たちによって、仏像の破壊や経典の廃棄等が行われたのは事実である、ということです。)


人によっては、私の投稿は現総裁を貶める目的と映るかも知れませんが、
自分の本音としては、現総裁にこそ、”天皇国日本に生まれた感動・感激”を真に感得して欲しいし、
生い立ちからの様々な葛藤は現在まで続いているのかと推察されますが、
”自分を認めてほしい・愛して欲しい・ほめて欲しい”と、「愛を求めるだけの状態」から『愛を与えていく存在』に生まれ変わって欲しい、
必ずや、そうなる、と信じているのです。

お体ご自愛下さい。

再拝

1545ハマナス:2012/03/15(木) 12:48:18 ID:u5mC.eb2

神の子のみなさま
ありがとうございます。良いお天気になりました。
今日も皆さまにとって、素晴らしい一日でありますように。

『光明法語』より 三月十五日  
神がすべてなりと観ぜよ  

  毎日毎日神想観を行じ、神がすべてであり、神と、神の創造せられたる世界と
人間との完全にして美しく妙なることを念想せよ。その念想を継続しているうちに、
真に「神がすべて」であり、一切で不完全なるもの、不調和なるもの、醜きもの、
病気、反感、災難なとは存在しないものであると云う確信が自分の潜在意識の奥底
までも湧き起って来るのである。その時次第に(時としては忽然)その人の周囲は光明が
輝きはじめ、健康は回復し、すべての人は自分好意を示しはじめるのである。

先月、豊島岡陵墓(ご皇族様方のお墓)の清掃奉仕に行った友達から、お榊を分けて
もらいました。神棚に飾り毎日お水を取り替えていますが、一か月もたっているのに、
最近新しい、可愛らしい葉が出てきました。 黄緑色の柔らかい葉っぱです。

ご皇族様方がお喜びになっていらっしゃるのではと、感動致しました。
本当に、すべて神様の創造された世界は完全で美しいのですね
植物でもそうなのですから、私達人間はなおさらなのだと、思わせて頂きました。

感謝合掌

1546「訊け」管理人:2012/03/15(木) 12:54:33 ID:???

>春らんまん様

――――――――――――――――――――――――――――――――
先日訊けさんが”個人の救済が先”で”国家などの大きなことは後回し” という論説は、
《 尊 師 の 教 え は 、個 人 の 救 済 と 同 時 に 国 も 救 済 す る 》
と、異なっていると考えるものです。
――――――――――――――――――――――――――――――――

 一点だけ簡単に返答など。

 おっしゃる点には同意です。確かに雅春先生の教えは、個人と同時に国
も救済するものでしょう、そのとおりです。ただご確認願いたい点としまして
は愚生主張、これとはやや違います。

 私が問題にしているのは優先順位であります。既述のとおりでありまして
例えば、優先順位を錯誤した行動は、機能し得ないと考えます。一例として
挙げましたが、「聖典拝読や神想観そして伝道」、これらをホッポリ出して運
動に挺身する行為、これらは機能しないと考えます。そして先日以来、これ
らの行動に疑問を、投げかけている次第です。

 御教えが御教えする、また、実相が実相する運動ならば――つまり、谷口
雅春先生「ご悲願通り」の運動ならばこれ、良く機能すると考えます。優先順
位を間違えない方々が挺身されると云う、そんな運動であればそれ、まさに
個人+国家共に救われるでしょう。

<参考>

 これもご高覧ください。私の考える運動とはまあ、こんなイメージでありま
しょうか。「こんな考えを基にされるならば、賛成」という意味です。

●調和ある愛国運動
http://blog.livedoor.jp/con5151/archives/65577885.html

1547春らんまん:2012/03/15(木) 12:55:11 ID:2kQ7szIo
合掌
ありがとうございます。

>>1543 役行者様

こんにちは。
訊けさんは、いい人ですよ。
本気でそう思っています。彼は、直球も受け止めてくれると信頼しているので、
私も
ストレートに書かせていただけるのだと感謝しています。

>扶弱挫強

なんですが、
尊師の御著書の中に"強きを挫く必要はない。強い人・目上の人にも調和するのが良いのだ"
と書かれていたと記憶しているのですね。

彼は、トキさんを愛するが故に、侠気が抑えられなくなる傾向があるようですが、
必要以上に本流の方たちとけんか(?)する必要はないと思っています。

だって、彼は"本流"なんだと私は認識していますから。
"本流派"vs"現教団派"というのは本来なくて、
聖典を重んじている度合いの差が、立ち位置を別に見せているだけで、
基本的に彼は自称"聖典派"なんですから、
本流の人たちと考えは一緒なんだと思いますよ(本人は否定するでしょうが)。

本流の方たちと感情的な経緯があったから、"おれは違う"と思っているだけではないかなあと。

白鳩の古参会員さん達とのやり取りを読んでいても、知らず知らず現教団に心情が移っている様子が
感じられます。

流石、トキさんパワー、侮れないですね(笑)。

再拝

1548春らんまん:2012/03/15(木) 13:04:37 ID:2kQ7szIo
 >>1546  訊けさん、こんにちは。

>私が問題にしているのは優先順位であります。既述のとおりでありまして
例えば、優先順位を錯誤した行動は

もう一度、論点を整理しますと、

①尊師の願われた日本国実相顕現運動(としての政治への進出)が、優先順位を錯誤しているのですか?

そうではないでしょう?
訊け君が反論の材料として出したのは、一部の、
>>「聖典拝読や神想観そして伝道」、これらをホッポリ出して運
動に挺身する行為、<<
をした人たちがいた、ということでしたよね?

これをもって、①の反論には、ならないんじゃないですか?
と、言うことを言いたいのです。

>>「聖典拝読や神想観そして伝道」、これらをホッポリ出して運
動に挺身する行為<<
を、尊師がしていた訳ではないでしょう?

調和ある愛国運動、拝見致しました。
ありがとうございます。

1549「訊け」管理人:2012/03/15(木) 13:28:21 ID:???

>春らんまんさん

 ?????よく判りません。うん?

 現時点ですが私、貴方の断言箇所に言及しただけです。そして機能する
運動、機能せぬ運動(少なくとも私がそう考える運動)これの説明を行って
いるだけであります。

>①尊師の願われた日本国実相顕現運動(としての政治への進出)が、
>優先順位を錯誤しているのですか?

 これは先日述べたとおりです。あれが私見です。あの時代にあっては優先
されるべきだった。しかし「今とは違うと考える」それが私見です。

1550「訊け」管理人:2012/03/15(木) 13:36:41 ID:???

>春らんまん様

>これは先日述べたとおりです。あれが私見です。

とは、>>1501投稿駄文を指します。

1551春らんまん:2012/03/15(木) 13:45:52 ID:2kQ7szIo
>>1550 訊けさん

??? 私も、よく分かりません。うん?

まあ、もういっかーって感じなんですけど、どうされます?

1552役行者:2012/03/15(木) 13:46:27 ID:0BQ1wyqg

>>1544

 春らんまん様

 >↑ ですから、現総裁が”人間は地球のガンである”とい うお考えから"神の子・人間”に転換され、開祖の教 えに回帰すべきであり、これが初歩の第一歩で、そ れによってすんなり和解は成立する、と思わます。<


 そうですね、現象的視点から見ると確かに地球はガンに侵されてます。その現象的視点から実相的視点に観の転換をするということでしょう。
 生きた地球の再生プロジェクトですね。

 以下に関して、いろいろ話し合いたい箇所はありますがボチボチとして、大枠は、ほぼ、同意します。

 また、

>扶弱挫強 ↑ なんですが、 尊師の御著書の中に"強きを挫く必要はない。
 強い 人・目上の人にも調和するのが良いのだ" と書かれていたと記憶しているのですね。
  彼は、トキさんを愛するが故に、侠気が抑えられな くなる傾向があるようですが、 必要以上に本流の方たちとけんか(?)する必要はない と思っています <

 ごもっともです。
 ウーン、薩摩隼人の精神でしょう。 
 私も似たような性質をもっていますので、人のことは云えませんが、雅春先生の教えに沿い、目上の方、強い人にも調和するよう訊けさあ共々、努めてまいります。


 >白鳩の古参会員さん達とのやり取りを読んでいても、知らず知らず現教団に心情が移っている様子が 感じられます。
  流石、トキさんパワー、侮れないですね(笑)<

 
 ごもっとも。
 現場の声は強し!ですσ(^_^;


          合掌

1553「訊け」管理人:2012/03/15(木) 14:04:38 ID:???

>春らんまんさま

 (1501駄文より)・・・ここまでをまとめます。私の主張をあえて箇条書きにすれば以下の如
しです。

●貴方様ご掲載の雅春先生の言葉は、対機説法です。少なくとも私は、そう解釈しております。
●背景には「個人救済が進んだ」との認識があったはずです(今とは違います)。
●雅春先生は政治方面へ特化されたことを、やや反省の念を以て回顧なさっておられます。
●伝道>運動 この優先順位は、基本であると思います(御教えを軸にした場合)。
●どんな法律が通ろうと、個人救済には繋がりません。(大雑把に言ってますが)
――――――――――――――――――――――――――――――――

 まあザックリ申せば、上記が貴方様ご文章への私見であります。この点でな
にか、お話しなどはございますか。なければそれで、私のほうも構いません。

 よろしく願い致します。

1554ハマナス:2012/03/15(木) 14:11:39 ID:u5mC.eb2

ももんが様、役行者様
ありがとうございます。

>>雅春先生の自伝の中で、”数字を間違える“場面が 確かありましたよね。あれなんか、間違えても
、そ の人にとっては、素晴らしい、出来事である時もあ るから、なんで、感謝して、ありがたく、
思えるよ うに、なりたいです<<

 >確か、バキュームオイルカンパニーで原稿などの編集をしている時のことですよね。
 あの文章を読んで感じたのは、いくら血眼にして校正しても、次の日になったら、
誤植があると指摘されてしまう。
 といったような内容であったと思います。
 雅春先生の力の及ぶ範疇外で何かが起きていた!と云うこともカモフラージュして
いるのだと思いました。<

ご祖親切に教えて下さりありがとうございました。

感謝合掌

1555春らんまん:2012/03/15(木) 14:17:35 ID:2kQ7szIo

>>1553
訊けさん、了解致しました。

ところで、総裁との面会、実現しそうじゃないです??
素晴らしいですね!

役行者さまが段取りをして下さるかも。。。

練成、ぜひ総裁と御一緒に受けてみて下さい♪

訊けさんに、現状打開のかすかな望みが託されていますよ。

宜しくご検討のほど、お願い申し上げます。

1556役行者:2012/03/15(木) 14:54:10 ID:0BQ1wyqg

 春らんまん様
 訊けさあ

 両方とも大切ですよ!
 ただ、どちらかに走ると、それはそれで、危険であり、やっぱり、ももんが様の仰る、天の御中の心、中道実相ですよね。

 現状を分析してみて、どう贔屓目にみても、環境に偏り過ぎているよう感じます。



 訊けさあのご案内で、ご視察申し上げる現総裁先生と共に、宇治別格本山の練成を受けられるとはおもしろい企画です。
 私にとっては、夢のような話です。ホント、実現しますかね(#^_^#)

           合掌

1557春らんまん:2012/03/15(木) 15:53:18 ID:2kQ7szIo
出来る!!  やるのだ!!

敗訴確定まで、あと3週間だ!!

いろんなしがらみがある人たちには、無謀と思えるかも知れないが、五歳児と三歳児が、総裁を
白襷をかけて救出する!!

本気で、手配お願い致します。

1558役行者:2012/03/15(木) 16:08:48 ID:0BQ1wyqg

 トキ様!

 義春チャン

 緊急事態が発生しました。

 ご協力を!


 それから、宇治の方々に申し上げます。
 何が起こるか分からないので、気を引き締めておいてください。

 春らんまん様!
 御意!

1559「訊け」管理人:2012/03/15(木) 18:19:33 ID:???

>春らんまん様

 うーん、・・・種々誤解があるように感じます。なにから語るべきか判りま
せんが、まあ、まずは下記について返信しましょう。なお現時点まで、申し訳
ないですがなにか、貴方様の真意が「分かりかねる」てな感じです。(途中ま
で練成会の件等、わたしは「冗談」と解釈しておりました。ですが、どうも違
う様子ですね。それで以下を掲載する次第・・・)

――――――――――――――――――――――――――――――――
彼は、トキさんを愛するが故に、侠気が抑えられなくなる傾向があるようですが、
必要以上に本流の方たちとけんか(?)する必要はないと思っています。
――――――――――――――――――――――――――――――――

 重ねて申しますが、なにから話すべきか不明の現在です。まあ、ツラツラと
開始してみましょう。そして上記に関して云えば「うーん、それは違います。」
になりましょうか。
 そう言っても信じて頂けないでしょうが、まあ私、その種の行動を採ること
はありません。ここで申す「その種の行動」とは〝身内誉め〟と云えばよいで
しょうか。わたしはそんな行動、実は一番キライなのです。「誰誰はトモダチ
」だから「なんでも擁護スル」なんて行動、大の大人がやることではないと自
制してるつもりです。なぜキライなのか?まあ、その種の行動ですが、「女子
高校生か?」てなもんです。「仲間だからドンナコトも擁護する」なんてこと、
私の価値観にはありません。むしろそれ、カッコ悪いものなのです。そんな身
内誉めの世界ですが、その怖ろしさ、今まで充分に堪能してます。(野球や商売で)
ですので、そんな行動選択、まず有り得ません。
 ・・・もっと語を接ぐならばたとえば、仮に「無免許氏主張を正しく感じ、
かつ、トキ氏が間違っていると感じた」際には、素直にその旨表明すると思い
ます。こんなもの例に出すとまた、なんか面倒ではありますが現時点、トキさ
ん言動は「論理詐術に該当しない」が主張です。ゆえに、「トキさまに非はな
い」それが感想です。そして「誰でもそんな結論になろう」今回に関しては、実
はそこまでの確信もあります。ですので「トキさん擁護、先にありき」の話で
は〝ない〟です。この点、これをご確認くだされば幸いです。(論理詐術等、
必要ならば私が説明しますがwまあ・・・(中略)・・・止めておきますか。
一点だけ云えばかの方、もう「トキ=理事長」が脳内で強固になっておられま
す。それ間違いなんですがねw)

 それではなぜ、私がトキさんを擁護するのか――少なくともそう見えてしま
うのか、これについて触れます。まあ理由は簡単なのです。私がいつも一心同
体(かのように見える)なのは彼(トキさま)言説が信用できるからです。ま
ず、聖典で紹介されている御教えから、外れることがありません。
 ところが残念ながらトキ氏に匹敵する方、少なくとも本流掲示板にはいらっしゃいません。私が彼らに疑問を呈するのは、単に「キライだから」なん理由なのではありません。まあ、なんと申せばよいのか・・・・・ボカしておきましょうか(笑)まあこんな説明でもたぶん、真意は分ってもらえないかもしれません。「トキさん擁護ではなく」まして「擁護〝先にありき〟では無論なく」単に「聖典を擁護しているだけである」・・・・こんな説明で分って頂けましょうか?聖典に則したカタチで投稿される方であれば、私は本流傍流の区別なく、「チェスト」を表明する次第なんですが。

――――――――――――――――――――――――――――――――
基本的に彼は自称"聖典派"なんですから、
本流の人たちと考えは一緒なんだと思いますよ(本人は否定するでしょうが)。
――――――――――――――――――――――――――――――――

 ・・・・うーん、これもよく判りませんが、まあ・・・少なくともこの「本
流」が、あの掲示板のこと指すならば×です。私とは考えの面で、相容れませ
ん。ストレートに申せばあのような態度の方々――「御教え守れぇ!」を主張
しつつも、簡単に粛清する方々――こんな思考回路が主導権を握ったら、イヤ
です。(生弔の家ですw)そんな矛盾を矛盾と感じるセンスがない方、「御教
え守れぇ!」を主張しつつも、簡単に粛清する方々、そんな方々が原宿を統べ
ることを以て「本流復活」と言われるのであれば、「それは悪夢だね」とハッ
キリ申すでありましょう。

1560「訊け」管理人:2012/03/15(木) 18:20:41 ID:???

(つづき)


――――――――――――――――――――――――――――――――
本流の方たちと感情的な経緯があったから、"おれは違う"と思っているだけではないかなあと。
――――――――――――――――――――――――――――――――

 いや(笑)聖典を良く読んでいる方ならば仲良くできるでしょう。感情的な
もの、これはありません。まあ、早慶戦のノリでのやり取り(一見、ケンカに
見える)、これは期待する次第ですけれども(笑)だってそっちの方は楽しい
ではないですか。まあ、ケンカに見えるかもしれぬが感情的なもの、これはな
いです。

1561「訊け」管理人:2012/03/15(木) 18:30:03 ID:???

 あっ、大切な話しが抜けてました。

ももんが様 ≠ 現総裁
トキさま ≠ イソベ理事長
私 ≠ 総裁代理人


 であります。この前提で話しをして頂けますと、助かりますが。・・でもまた、
こんな念押しすると、貴方のお仲間からこんなこと、言われないでしょうか。
たとえば「これは訊けの工作だ!」「わざわざ念を押した!アヤシイ!」「事
実は違う!」「≠を=に代えれば正解ナノダ!」・・・・てな感じに(笑)

1562役行者:2012/03/15(木) 18:54:29 ID:Ek9i5Zlc
 宇治情報を伝えておきます。

 今日15日はすでに開催中で、20日まで一般練成会があります。
 これは緊急過ぎるでしょう。

 4月に入り、6日から10日まで短期練成会があると伺いました。
 7日が浄心行の日とのこと、
 そして、8日は何と、京都第二教区の講習会です。
 この時がチャンスと思ってます。
 まずは、春らんまん様と訊けさあがよく話し合ってください。
 すごく遠回りなようで、近道な気がします。

           合掌

1563志恩:2012/03/15(木) 19:10:40 ID:.QY5jUA6
楠本加美野先生が、お元気なうちにね。
春らんまんさまのシュミレーション、いいですね。
総裁先生と訊け君が、宇治の練成会に参加ですか。薩摩の男、訊け君、頼みます。
同じ白襷でも、別の使い道が、あるもんですね。訊け君。

訊け君、「祈り+実践」の時が、いよいよ目前に迫っています。

1564役行者:2012/03/15(木) 19:17:38 ID:Ek9i5Zlc

 志恩さま

 チェストー!!!

1565春らんまん:2012/03/15(木) 20:21:57 ID:Kq7GQlUk
訊けさん、こんばんは。

ん、大意はつかめましたし、納得致しました。
勝手な推測をべらべら書いて、申し訳ございません。

さて、四月のご予定は、いかがでございますか?

1566a hope:2012/03/15(木) 20:59:21 ID:kcv2QXTk
春らんまんさま

>>1541

この度は、お忙しい所、勉強不足なわたしの無知な質問に、
ご丁寧にご返信くださりありがとうございました。

>さて、”生命のみが実相”と言う時の"生命”とは、ただ単に・呼吸している・食べて・排泄して・睡眠&休養して・の”生物としての活動”をしている肉体ではなくて、
“神の子・人間”さらに”人間・神の子”の転換が行われたものを指すとすれば、
“日本国という土くれの巨大な塊”の物質的国土を”日本”というのではなく、
ここには”人間は霊的実在なのだ”と古代から直感してきた民族のストーリーがあり、
この転換を自覚することにより、”日本国を愛する”ことが可能になると思います。<

>” この日本という国は、現象でしょうか?それとも実相でしょうか?<
は、”実相”としての日本国家であり、生長の家の立教の使命の中に必ず"日本国家の実相顕現”が書かれています。<




日本という国の本来あるべき姿 = 日本国の実相 であり、
生長の家立教の使命の中に、その"日本国家の実相顕現”があるのですね。

そのためには、”人間は霊的実在なのだ”と古代から直感してきた日本民族のストーリーの転換を自覚させることが必要で、
そうすることで、人々が日本国を愛することが可能となるわけですね。
そのための運動が、愛国運動で、それが結果的に、"日本国家の実相顕現”につながる、というわけでしょうか...?


うーん。
わからないのに、わかったとは言えませんね(笑)。

わたしはまだまだ勉強不足で、本流の方々が、愛国運動として具体的にどのような運動をされているのか、
詳しく知らないので、これ以上の質問は、今は控えさせていただきます。
また、他のみなさまの意見なども拝見して疑問に思う点などが出てきましたら、
遠慮なく質問させていただきたいと思います。


春らんまんさまが登場されて、この掲示板の議論が活発になりました。
これは、とても意義のある、素晴らしいことだと思い、いつも感謝しています。

これからも、どうぞよろしくお願いいたします。

1567ももんが:2012/03/15(木) 21:33:11 ID:XXCuaQns
春らんまん様

春らんまん様、お返事くださり、ありがとうございます。合掌、拝。

廃仏希釈について、コメントありがとうございます。
私の、浅い知識と、一部、合っておりますが、一部違うところもあります。
私も、他人の聞きかじりともうしますか、現地確認して、仏教者達の伝え聞く、廃仏希釈を元にしてます。
春らんまん様の知るお話ですね?

<<⑤“廃仏毀釈”は一部誤解されて多くの国民に広まっていますが、これはもともと、神仏混合の歴史が長かった中で
(宮中の祭祀も仏式で1000年以上されていた⇒が、明治新国家建設の際に、
明治天皇様の御英断によって、神式に変更された)←これに沿う形で、
全国の神社・仏閣を”もともとの御神体はなんだったのか”を調査し,

”もともと仏さまのものは仏式に” ”もともと神さまのものは神道形式に”
を命じた、というもので、

《仏教を排撃する意図で始まったのではない》
ことは、理解しておく必要があると思います。
(結果としては、混合の歴史が長過ぎたので、完全な分別は出来なかったし、
仏教の勢力が強い土地で仏教への反感が強かった一部の人たちによって、仏像の破壊や経典の廃棄等が行われたのは事実である、ということです。>>


一つ言っておきますが、誤解はありませんよ。なんせ、明治陛下の教育係、山岡先生が、廃仏希釈と戦ったのですから。

春らんまん様と、重なる箇所も、有りますから、述べます。

①、廃仏希釈により、皇室から、伝統ある、仏教行事が消えました。《即位の礼も、神式と仏式両方やったと聞いた事があります。天皇陛下は、観音様の化身だそです。ダライラマ法王のようですね。本当に、残念です。》
②、昔は、皇室の方は、奈良ら、比叡山などの、御寺にも行かれが、余り足を、運ばれなくなった。薬師寺の高田管長が皇室の参拝を望まれた話を聞いた事が、有ります。

③、廃仏希釈により、各地の寺が破壊されたり、仏像や、仏画が、壊されたれたり、外国に売られたりした。

④、僧侶の肉食や、妻帯を奨励するようになって、戒律は、破壊が、増した。
[昔は、現代より、戒律を守る人は僧はいたようです]

⑤、宗派が、現在の宗派の様な形になったのは、廃仏希釈により、何度も、宗派統合をさせられたからのようである。

⑥、この廃仏希釈の政府の不当に、戦ったのが、相国寺の、独園老師や、円覚寺、洪川老師、山岡先生なども、扮装したされたようである。

※、聞きかじりではあるが、宗派統合は、酷いもどだたようだ、禅宗は、一つに纏められたりした時期が、あったそうだ。国の命令とは言えあまりにも、伝統を無視している。


春らんまん様、明治陛下の英断と言われますが?

それは、私は、違うと思ってます。

明治陛下は、明治政府が出来た時、まだ、未成年でした。

英断なできる年齢では、ありません。

西郷先生は、未成年の明治陛下を、立派な、天皇とする為に、幕臣・山岡先生を教育係にするのです。


明治陛下は、山岡先生大変、慕われていたようです。

少し、話が、脱線しましたね。


⑧、廃寺に成った、御寺には、後醍醐帝、など、歴代の帝と縁のある、御寺も無関係であった。

⑨、修験道などは、特に、痛手を、受けたようである。


明治政府は、国の方針として、神道を、日本唯一の宗教としてしまったところに、この、廃仏希釈の問題は、現在まで、尾、引いていると思います。

その根拠に、陛下は、奈良や、叡山には、行かれないですね。

叡山は、あの、後白河法皇も、行かれてます。

皇室守護の御山ですよ。

それに、日本には、英霊を供養する、御寺が、実は、南北朝の時代に、創建されているのに、わざわざ、靖国神社を創建したのも、明治政府の方針と、思います。これも、廃仏希釈に拍車を掛けた、原因の一つです。


以上、私の浅い知識で、聞きかじり程度のお話ですから、余り宛には、成らないでしょが、化なり、被害があったは、事実と言える資料も有るようですから、現代風に言えば、政府の責任でしょうか?


〜つづき

1568春らんまん:2012/03/15(木) 21:34:38 ID:Kq7GQlUk
>>1566 a hope様

御返信いただけるまで、寝れないっ(笑)とお待ち申し上げていました。

正直な御感想をいただいて、感謝しております。



私自身は、限りなく日本を愛す!!の尊師のお言葉にビシバシ感じるものであります。

この"皇恩に感謝せよ"が感得出来ただけで、どれだけの国民が幸福になれるか。。。

と思うと、自分自身の至らなさを思い知らされ、日々、職場等で悩みを相談される方たちに、誠心誠意
答える事しかないなぁと、自戒している次第です。


再拝

1569ももんが②:2012/03/15(木) 21:49:17 ID:XXCuaQns
>>1567

つづき〜春らんま様②




少し長く、なりましたが、最後に、廃仏希釈の根本的な、発想は”江戸時代の国学“ようですね。
そして、原点は“物部氏的発想”の様に感じられます。

和解に、向けて、色々されてるようですね。

私は、近々、植林をしたいと思ってます。
春らんま様も、植林をしてみてはいかがです?
私は、分派の人にも、植林して貰えたら、嬉しいですね。

昔、明治の最初の公害は、足尾銅山でしょ、あの山が、いま、緑色なんですよ。
凄いね。私泣いてしまたよ。

内の父方の祖母が、足尾銅山の禿げ山の歌、良く、歌てくれたんですよ。

当時は、何も保障も無い時代なんだ。


では、春らんま様、今夜は、此でおやすみなさい。たくさん、愚痴れたので、感謝します。ありがとうございます。貴方の想像上の総裁ももんがより。

1570「訊け」管理人:2012/03/15(木) 22:02:38 ID:???

>さて、四月のご予定は、いかがでございますか?

 もう、どうでしょうか。練成会とかそんな場所ではなく(だって総裁が来る
とは思えないw)、もう皆んなでですよ、キ ャ バ ク ラ 行くとか(笑)

 で、ですよ。もうトキさんから誰それまで、ついでに熊本鎮台から本流亭無免許
まで、まあ、ガチで集まって酒を飲む、もう、こんなのをしましょー(笑)
 あまりガチガチな感じで話ししても、まあ、ツマンナイですよ(笑)過去の
経験から言っても。それにツマンナイ場所ではこれ、まあ、ツマンナイアイデア
しか出てこないですって(笑)

 ということで4月ですが、宇治ではなく繁華街、ここでお会いしましょう。
ええ、本流高校野球部、も(笑)




経験上(笑)

1571「訊け」管理人:2012/03/15(木) 22:08:12 ID:???

BGM
http://www.youtube.com/watch?v=IdN4D9FUMH8


 ああなんか、最後が不思議な終り方してる(笑)「経験上」(笑)ってなに?
この言葉は無視してください。消したつもりが消えていなかった(笑)

 ・・・ということで、総裁が来るハズ、ありません。ですからこれ、宇治では
なく関西の繁華街で会いましょう。責任もってトキ+役さああたり、連れてき
ましょう。ですんで貴方は本流高校、ここの野球部、これを連れてきてくださ
い。「オマエらたまには、対外試合、受けろ!」そんな挑戦状、私から貴方に
託します(笑)

1572春らんまん:2012/03/15(木) 22:21:39 ID:Kq7GQlUk
役さま、トキさま、志恩さま


あのバカ、100発ずつ殴っておいて下さい(笑)


おやすみなさい。

1573役行者:2012/03/15(木) 22:25:49 ID:Ujc27zos

 了解しましたσ(^_^;

1574志恩:2012/03/15(木) 23:38:40 ID:.QY5jUA6

 私も、了解しました。WW

1575志恩:2012/03/15(木) 23:38:40 ID:.QY5jUA6

 私も、了解しました。WW

1576志恩:2012/03/16(金) 01:08:28 ID:.QY5jUA6
1574と1575と、
2回も、了解したということは、100×2=200回 殴れるという意味。

1577志恩:2012/03/16(金) 01:38:50 ID:.QY5jUA6
訊け君へ

宇治が、つまんない場所、みたいな言い方したから、200回殴る。

1578ももんが:2012/03/16(金) 07:00:35 ID:XXCuaQns
トキ様、神の子の皆様、おはようございます。今日も、素晴らしい、御天気ですね。少し寒いですが、気持ちが良いです。さあ、元気に、明るく、楽しく、感謝して、素晴らしい日にしていきましょう!ありがとうございます。感謝、合掌、拝。
今日は、先日貼り付けた「非風非幡」を貼り付けました。昨晩、トキ様の「玄峰老師のお話」に、心動きました。
>>〜非風非幡・『無門関・第二十九即』〜

(原文):六祖、因に風刹幡(せつぱん)をあぐ。
二僧有り、対論す。
一云く、幡動く。
一云く、風動くと。
往復して曾(かつ)て未だ理に契わず。祖云く、是れ風の動くにあらず、是れ幡の動くにあらず、任者の心動くのみと。二僧悚然(しょうねん)たり。


(訳文)六祖慧能禅師が、五祖の元離れ、『後悟の修行』の旅の途中に、広東の街の法性寺で、印宗和尚の『涅槃経』の講座を聞いていた時のこと、

標識の幡が、折からの吹く風で、パタパタとはためいていました。

一人の僧が『幡が、動く!』と云うと?

もう一人の僧が、『いや、幡が動くのではない、風が動くのだ』

と反論します。

それを、傍らで聞いてた、慧能禅師は、とうとうたまりかねて口をはさみました。

『風動くに非ず、幡うごくに非ず、任者(あなた方)の心動くなり』と


二人の僧はこの一言を聞いて震えあがりました。<<


”任者の心“て、”迷いの心“の事様に、思います。しかし、そんな、心でも、自分では、無意識で使う、無意識の心が、働いている。

中々、頭で考えたら、難しいですね。

では、では、本日も、素晴らしい日を、お過ごしください。感謝、合掌、拝。

1579役行者:2012/03/16(金) 07:05:04 ID:pONsVMGU

 ももんが様
 春らんまん様

 お二方の歴史への洞察、凄いの一言です。

 見事です。生半可ではないです。
 調子いいですが、役行者の末裔として(^^;)、やっぱり、清水の次郎長がコヨナク尊敬されていた山岡鉄舟翁に見方したいです。

 国家神道にはどうしても馴染めません。
 神道の正当性どうのこうの、という問題より、むしろ、近代国家と国家神道の両輪で日本帝国が築き上げられたところに違和感を感じるのです。
 日本の心は、大和魂で、しかも、大和心を人とわば、朝日に匂う山桜花ですから・・・

 大自然と調和した姿に感じ入るのです。

 もちろん、学問的に正確に云えば、神道と仏教は違うでしょう、しかし、大衆信仰とはまたニュアンスが違うと思うのです。
 土着化した信仰ですよね。
 もう、日本において、仏教は
神道とともに土着化していると思うのです。
 それをあえて分けるのはどんなものかなあ・・・と思いました。
 大切な時なので、この問題は後回しでも構いません。私的感想を述べたまでです。

          合 掌

1580「訊け」管理人:2012/03/16(金) 10:34:52 ID:???

 野球部時代から通算、6万回は殴られている「訊け」管理人です。いやだって、
二塁ベース上にいるときですよ、相手方応援席に「激マブ女子」これがおりま
して、チラチラ見ていたら牽制アウト・・・(中略)・・・監督が「вдег
аё!!!」(ロシア語に聴こえ)てなコトバでベンチ内、暴れん坊将軍と化
しまして大変だったという(笑)その後、スクイズのサイン「無視」して打ち
にいったらゲッツー取られ・・・(中略)・・・その後もロシア語風のコトバ
で血まみれ。

 ・・・って、なんの話しだ、これ(笑)

1581志恩:2012/03/16(金) 11:39:23 ID:.QY5jUA6
訊け君

つまりだな、君が、言いたいのはだなぁ

「野球少年時代に、ぼくあぁ、何回、殴られたか,お教えしましょうか。
じつあぁ、6万回は、殴られておりますのよ。
ですんで、200,300殴られる事なんか、ヘとも思っておりません。」

こう、口答えしているのだね。

1582志恩:2012/03/16(金) 11:53:44 ID:.QY5jUA6
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/11346/1311411528/1570

  ☝
 これが、訊け君が、昨日書いたコメントです。
訊け君は、宇治の練成会に一度も参加したこともないのに、
宇治のことを「おもしろくない場所、オモシロクナイアイディア」と言い、「そこより繁華街で、会って一緒に
 飲む方が,良い」と言ったのよ。

「総裁先生と2人で、宇治の練成会に参加されたら」、、という
春らんまんさまの提案に、役行者様と私も乗って、応援した、それに対する
訊け君の返事です。

一度も参加した事も無い,宇治の練成会を「面白くない」なんて、何故わかるの?

1583志恩:2012/03/16(金) 12:05:40 ID:.QY5jUA6
これでは、
訊け子様でなくて如月様は、私に「塩」を送ってくださった。ようなものです(笑)
どんどん貼付できてしまって、いとしい、かわいい訊け君と対戦できて、
とてもうれしいです。

以前、訊け君は私に「初心者様は、絶対、総裁先生では、ありませんよ。
          初心者様が、総裁で、あるわけがないじゃ、ありませんか」

と、私に何度も言い切っておられましたが、いまも、初心者様は、絶対に、総裁ではない、と
訊け君は、思っておられるんですか? お答えください。

1584役行者:2012/03/16(金) 12:15:02 ID:pONsVMGU

 志恩さま
 訊けさあ

 
 >一度も参加した事も無い,宇治の練成会を「面白く ない」なんて、何故わかるの? <


 一度は参加してみないとねσ(^_^;

1585志恩:2012/03/16(金) 12:56:48 ID:.QY5jUA6
訊け君

前にも言いましたが,昔のことですが、私の実家の父は、東京で、小さい会社を経営してましたから、
父は、繁華街へへ、キャバクラも,お客様の接待によく行き、使用させてもらっていました。

私には、元キャバクラ嬢だった生長の家の友人もいます。なので、繁華街やキャバクラを、
ばかにしているのでは、ありません。

また、私は江戸っ子ですから、三社祭もだいすき、ディズニーランドのような
賑やかさもだいすきな人間でして,真面目一辺倒の人間でもありませんけれど

しかし、繁華街、キャバクラとは、男性にとっては、天国みたいなところだとも認識しておりますけれど、
真面目な生長の家の未来を語り合うのには、ふさわしい場所とは、私には、とても思えないのです。

これは、年の差、考え方の差でしょうかしら(笑)

私の質問は、訊け君を責めているのでは、ありません。わからないのでお尋ねしているのです。
わかってください。

1586「訊け」管理人:2012/03/16(金) 14:59:19 ID:???

>教頭先生・・・・


 すみません。「私が宇治をツマラナイ」、そう言った箇所を上げてください。」

 ・・・とか言うと、かどが立つのでしょうか。よく分らないのですが・・・

 ・・・私はこれ、格式ばったところよりも「別の場所がよいのでは?」そんな
提案をしたに過ぎません。格式ばった場所をツマラナイ、そんな言い方をし
たのではなく、ふさわしい場所は他にあるのでは?これが提案であります。
いやこれ、冗談にしか見えないのですよ、私には(総裁と練成会?なにそれ?
というリアクションにしかならぬでしょう・・・)。


 また(以下も出来れば書きたくない)・・・・そもそも総裁と一緒に練成会を、
などと云われて、真顔になれますか(笑)もう「なんの冗談だ!?」てな感じな
のですけれども・・・・・
 むろん、そんな機会があるならば完全にお受けします。でも皆さん、少々
冷静になられてはいかがでしょう・・・・総裁がそんな意志、持つと思われます
か?また、もしもそんな意志お持ちならば、こんな公開の場でそんな提案、さ
れると思われます?・・・たぶんそんな意志を(くどいが〝もしも〟)持たれ
たならば総裁先生・・・私にメールで送信されるのではないでしょうか?(私
のメアド、堂々公開してますし)


 いやーなんか、こういうやり取りは苦手です(笑)

1587「訊け」管理人:2012/03/16(金) 15:10:49 ID:???

――――――――――――――――――――――――――――――――
1570 :「訊け」管理人:2012/03/15(木) 22:02:38 ID:???

>さて、四月のご予定は、いかがでございますか?

 もう、どうでしょうか。練成会とかそんな場所ではなく(だって総裁が来る
とは思えないw)、もう皆んなでですよ、キ ャ バ ク ラ 行くとか(笑)

 で、ですよ。もうトキさんから誰それまで、ついでに熊本鎮台から本流亭無免許
まで、まあ、ガチで集まって酒を飲む、もう、こんなのをしましょー(笑)
 あまりガチガチな感じで話ししても、まあ、ツマンナイですよ(笑)過去の
経験から言っても。それにツマンナイ場所ではこれ、まあ、ツマンナイアイデア
しか出てこないですって(笑)

 ということで4月ですが、宇治ではなく繁華街、ここでお会いしましょう。
ええ、本流高校野球部、も(笑)
――――――――――――――――――――――――――――――――


 ああ分った(笑)教頭先生の誤解はこれ、私の責任です。

 たしかに一見すると「ツマンナイ場所」、なんか宇治を指すかのように印象されます。
これは私、「酒の飲めない場所」を示したつもりです。この文章の書き方が悪かったと
思います。

 ・・・まあ普通、かの敬愛する藤原先生や、榎本先生のおられた場所を「ツマラナイ」
・・・そんな風には形容しません。その程度の社会常識は持ち合わせているつもり
です。そして、そんな憧れの地を私が仮に「ツマラナイ」と称する際はなんか・・・・・もう
少し工夫した書き方をすると思います。

 まあ、誤解を与えてすみませんでした。

 しかし総裁との練成会は未だ・・・・・冗談にしか映っておりません。

1588「訊け」管理人:2012/03/16(金) 15:27:26 ID:???

>教頭先生

 これにもお答えいたしておきます。

>私に何度も言い切っておられましたが、いまも、初心者様は、絶対に、総裁ではない、と
>訊け君は、思っておられるんですか? お答えください。

  断言致します。初心者さまは総裁では「 ご ざ い ま せ ん 」。

  ・・・・なおこれも補足しておきます。仮に同氏が総裁だったと致しましょう。
もしもそんな際には私、気づいても言及することはないと思います。それは
最低限のマナーである、そう思うからであります。
 総裁ともあろう方の〝御しのび〟であります。私ならば長居して頂くべく、
見てみぬフリをすると思います。そして長居して頂いた上でいろいろ、聞いて
いくことと思います。その方が断然「得」だと考えます。

追伸

 まあ、同氏が総裁では〝ない〟もうひとつの証拠を出しましょう。

 もしも同氏が総裁ならばこれ、本流投稿者がワンサカ押し寄せてきている
はずです。なぜと申せば彼ら、その総裁を追放せんと「起ち上がった!」わ
けでありましょう。
 ・・・そんな勇敢な彼らが、総裁先生を目の前にしてタジログなんて態度、見せる
とは思えません(笑)私が攻撃派ならば「天佑神助!」とばかり、チェスト!
で斬りこみます。しかし彼らはなされません。なぜなさらないのでしょう・・・
不思議です。(だって追放を企図せんとする敵なんでしょ?雅宣総裁は!?
「なーーーんで来ないのよ」ですがいかがでしょう。)

1589志恩:2012/03/16(金) 17:37:59 ID:.QY5jUA6
訊け君


一時、「初心者様は、総裁先生だ」ということで、大盛り上がりで、そうだそうだと、
私と一緒に、騒いでおられたのは、どこのどなたでしょう。

しばらくしましたら、訊け君は、穏田(おんでん、お山の旧住所)にお住まいのお方から、
今日、メールをもらったのよ、とか言われるようになり、そのころから、
「初心者様は、総裁では、絶対ありません、あるわけがありません。」が,始まりました。

私は、ここの掲示板がたちあがった当初より、半年間、分かっていながら、黙っていました。

しかし、私が、初心者様あてにコメントを書いているのを
ご覧になられた本流掲示板の人が、初心者様は、だれなのかを、気がつかれたのでした。

それで,私は、うそを言いたくないので,私としては、そう思っていますと書きましたが、あのときは
本流宣言掲示板に行っていいました。
でも、
悪口は書いてきていません。彼が,真摯に生長の家のことを考えておられる事,未来に就いても真剣に考えて
おられることが、彼の発言をおよみになれば、わかりますからというふうに、どちらかと言えば,好意的に
書いて参りました。

それに、今後の生長の家のことを考えれば、総裁が、どのようなことを考えられているかを,知る事は、
個人のお立場でないのですから、公のお立場のお方なのですから、未来を佳くするためには、すごく
重要な事だと,判断したからです。

今、坂道を転がり落ちている状況なんですよ。
佳くなっている状況でしたら、言いませんでした。

最後まで、黙っているのが,最低のマナーだと,訊け君は私を批判されますが,あのときも、裁判に
裁判を重ねていたのです。やりたい放題もされていたのです。

だれかが、後ろ指をさされようと、ぼろくそにいわれようと、ある日、わかっている人間が、真実を、
告白しなければならないときもあると、私は,あのとき、判断したのでした。

訊け君、別の名で入る時は,自分は訊けだと言って欲しいです。
それも、ルールだと思います。

1590「訊け」管理人:2012/03/16(金) 18:12:22 ID:???
>教頭先生

――――――――――――――――――――――――――――――――
一時、「初心者様は、総裁先生だ」ということで、大盛り上がりで、そうだそうだと、
私と一緒に、騒いでおられたのは、どこのどなたでしょう。
――――――――――――――――――――――――――――――――

 ・・・いや、私は騒いでおりません。騒いでいたとするならば「初心者さま
≠総裁」の確信の下、だったと思います。初心者さまに対し「ねえ、総裁〜」
程度の冗談、これすら飛ばしてないと思います。それになにか書いたとしたら
「初心者さま≠総裁」の確信の下の冗談、これに限られるはすであります。繰
り返しますがその件で、私が騒いでいたことなど一度もありません。

――――――――――――――――――――――――――――――――
しばらくしましたら、訊け君は、穏田(おんでん、お山の旧住所)にお住まいのお方から、
今日、メールをもらったのよ、とか言われるようになり、そのころから、
「初心者様は、総裁では、絶対ありません、あるわけがありません。」が,始まりました。
――――――――――――――――――――――――――――――――

 いや(笑)そんなことはありません。
 そもそも隠田からメールを貰った・・・・?記憶にないですが、まあ私がそ
う書いたとするならば、「雅春先生の言葉」ではないでしょうか。まあ、雅春
先生のお言葉を、そのまま掲載するのもオモシロクない、そんな流れの中では
なかったでしょうか。
 そんな流れの文中で(あたかも生きている)雅春先生からメールが着た、そ
んな程度の軽口なら、飛ばしたかもしれません。いや、飛ばすと思います。(
特に義春を相手にしていたときなど)でも総裁からのメールなんて、私に来る
はずがありません。(もうこれ、信じてくださいwそれに私、総裁と会食なん
て出来るわけ、ないでしょうw)

 また、>「初心者様は、総裁では、絶対ありません、あるわけがありません。」が,始まりました。
 に関してですが、それは上記とも関連しますけれども、誤解だと思います。
教頭はこのように誤解されておられる気がします。なにか、最初は私が、「初
心者さま=総裁!」てな話をしていたことに、されている気がします。そして
、そんな「初心者さま=総裁!」てな話しをしていた私が、あるタイミングか
ら、「急に言わなくなった」と・・・・なんかそんな話になっておりませんか
?それは違います。

――――――――――――――――――――――――――――――――
訊け君、別の名で入る時は,自分は訊けだと言って欲しいです。
それも、ルールだと思います。
――――――――――――――――――――――――――――――――

 ・・・すみませんが私、そんなことはしておりません。

――――――――――――――――――――――――――――――――
最後まで、黙っているのが,最低のマナーだと,訊け君は私を批判されますが,あのときも、裁判に
裁判を重ねていたのです。やりたい放題もされていたのです。

だれかが、後ろ指をさされようと、ぼろくそにいわれようと、ある日、わかっている人間が、真実を、
告白しなければならないときもあると、私は,あのとき、判断したのでした。
――――――――――――――――――――――――――――――――

 ・・・・以下は個人的見解です。それはやや、話が違うように感じます。

 それでは、やりたい放題している方ならば身元、明かしちゃっても構わない
のでしょうか。それは違うと考えます。たとえば私が私に対し、過去「無礼を
働いた!」てな人の身元、ここで明かしても構わないのでしょうか?それは違
うと思います。

 たとえば本流(・・・また例に出したくないが)の方々でどなたか、身元が
判明した際に「ここに書く」、そしてその上でなにか反論する、ううん・・・
個人的には流儀に反します。そしてそれに、それは総裁であれ(いかに重要な
地位にあろうが)同じだと思います。身元詮索なしに堂々と議論、これを行え
ばよいのではないでしょうか。

(つづく)

1591「訊け」管理人:2012/03/16(金) 18:16:29 ID:???
 「生長の家の未来のために」「身元を明かした」・・・・・うーん、それで
はそれが、その確信が間違いであった際の対処、それはどうなさいますか?実
際、かの掲示板では「初心者さま=総裁」という前提の下、意味不明な誹謗な
ども開始されておりました。初心者さまご発言を「総裁のもの」と見、そして
それを基に「総裁を批判する」・・・・・私も何度かくらいましたけれども、
当事者にしたら「たまらない」と考えます。ええ、たぶん一時期教団内、「オ
マエは訊けか?」てな疑惑をかけられた方、いらっしゃったとも思います・・
・・・・私が発言した内容が「その方のもの」と看做される。そしてそれをも
とに撃たれる・・・こんな不条理は、勘弁願いたいものです。部外者の私がゲ
ラゲラ笑っていれば済みます。でも、当事者は可哀想ではありませんか。

追伸

 磯部理事長ですが、この方も迷惑されておられると思います。あたかも掲示板、
本当に運営されていることに、なりかかっています。磯部さんに罪があるならば、
その点を堂々衝けば済む話なのではありませんか?「無礼なヤツに対しては、
なに言っても構わない」という態度、なにかこれが見え隠れします。それは残念
なことです。訊けのような部外者が「変態だ」の「キャバクラ狂い」など、言われ
る分には構いません。でも組織内の方々を根拠なく、なにか一方的に断定して
いくやり方は・・・・あまり好きではありません。

 繰り返しですが、身元詮索などせずとも堂々、議論を行えばよいのではあり
ませんか?

1592志恩:2012/03/16(金) 18:21:07 ID:.QY5jUA6
以前、監督とか00部員という名で、はいられたと、きは宮崎弁を使われていて、
誰だか、言わなくてもわかったけれど。。

訊け君、だいすきな いとしい訊け君なのに、
すごい、きつい言い方をしてしまいました。
すみませんでした。

1593春らんまん:2012/03/16(金) 18:21:08 ID:st5ltmY.
サンドバック状態の訊けさん、お元気ですか(笑)

普通に考えたら、"総裁と二人で練成? なに、それ?"は、当然の当惑でしょう。
すみませんね、何の前振りもなく突如としてこういう展開になって。。。

しかしですね、神さまのアイディアって、スゴイものですよ。
"谷口雅春に訊け!"なんて不届きな(失礼)タイトルのブログを立ち上げた程の人じゃないと、
トキ様や役様のように、お上品で(訊けさんが下品という意味ではないよ)
お優しい方たちが、直言なんか出来ない状態になっている訳でしょう?

ここに、"現総裁は現象的にはうましかさん"と言える不逞の三歳児と、
不逞の先輩五歳児にしか出来ない発想&行動というものが、生きてくるのではないですか?

貴方の地元の白鳩のお姉さま方の献身を見ていて、思うところはあるでしょう?

ここで、単に和解だ・悪に抗するなと叫んでみても何の効果もない、
それこそ貴方が主張する"身近な人から救済しないで、何のための生長の家だ"でしょう?

頼みますよ、本当に。


あと、多分御存じないと思うので追加しておきますが、地方講師や本部講師の先生たちは、お酒を呼ばれません。
煙草もほとんどの方は嗜みません。
まして、お姉チャン圭のお店は、まず行かれません。

不倫の決定的証拠がなくても、疑惑だけで左遷された方もいます。
(矢野さんは、例外です。だから、忠誠心バツグンなんです)
それだけ、生長の家の職員とか講師は、常に自分の立ち居振る舞いが、信徒各位のみならず世間様に対しても
"行き届かない"ことがないよう、規定されているのです。


宜しくご検討下さい!

1594神の子さん:2012/03/16(金) 18:25:52 ID:ogHOVSYs
これはアメリカのゲームです。1度やってみてくださ い。 これは、たった3分でできるゲームです。試してみて ください。 驚く結果をご覧いただけます。 このゲームを考えた本人は、メールを読んでからたっ た10分で願い事がかなったそうです。 このゲームは、おもしろく、かつ、あっと驚く結果を 貴方にもたらすでしょう。 約束してください。絶対に先を読まず、1行ずつ進 む事。 たった3分ですから、ためす価値ありです。

まず、ペンと、紙をご用意下さい。 先を読むと、願 い事が叶わなくなります。

1,まず、1番から、11番まで、縦に数字を書いて ください。

2,1番と2番の横に好きな3〜7の数字をそれぞ れお書き下さい。

3,3番と7番の横に知っている人の名前をお書き 下さい。(必ず、興味のある性別名前を書く事。男な ら女の人、女なら男の人、ゲイなら同姓)

必ず、1行ずつ進んでください。先を読むと、なにも かもなくなります。

4,4,5,6番の横それぞれに、自分の知っている 人の名前をお書き下さい。これは、家族の人でも知 り合いや、友人、誰でも結構です。

5,8、9、10、11番の横に、歌のタイトルをお 書き下さい。

6,最後にお願い事をして下さい。

さて、ゲームの解説です。

1)このゲームの事を、2番に書いた数字の人に伝え て下さい。

2)3番に書いた人は貴方の愛する人です。

4)4番に書いた人は、貴方がとても大切に思う人 です。

5)5番に書いた人は、貴方の事をとても良く理解 してくれる相手です。

6)6番に書いた人は、貴方に幸運をもたらしてく れる人です。

7)8番に書いた歌は、3番に書いた人を表す歌。

8)9番に書いた歌は、7番に書いた人を表す歌。

9)10番に書いた歌は、貴方の心の中を表す歌。

10)そして、11番に書いた歌は、貴方の人生を表 す歌です。

この書き込みを読んでから、1時間以内に10個の 掲示板にこの書き込みをコピーして貼って下さい。

そうすれば、あなたの願い事は叶うでしょう。もし、 貼らなければ、願い事を逆のことが起こるでしょう。 とても奇妙ですが当たっていませんか?

1595志恩:2012/03/16(金) 18:38:05 ID:.QY5jUA6
訊け君

初心者さまを、最初に総裁だと言ったのは,訊け君だと,一度も言っていません。
最初に言ったのは,私です。

後、貴方が、いろいろと、おっしゃっておられるのは、貴方の考え方です。
私は、貴方に、どう思われようと、自分のためでなく、未来の生長の家、この一点を
目指しての行いと発言をしております。

訊け君が、総裁先生の代理人だと、思った事は,私は、これも一度も、ございません。
訊け君と冗談を交わしながら,互いに冗談で言い合った事は,ありましたが。

トキ様のことは、イソベ理事長だと、はっきり言われたのは、訊け君の方です。(先日)
でも、すぐそのあと、貴方は、あれは冗談だと否定されましたけれどね。
私は、未だに、トキ様が、どなたかは、わかりませんが、落語のときに、訊け君ののりで、
磯部家 時平様の名を使わせていただきました。

これは、失礼いたしました。

1596志恩:2012/03/16(金) 18:48:49 ID:.QY5jUA6
だから訊け君、個人的な恨みとか、そういう個人的な問題でしたら、
言わなかったと、先ほど申し上げました。公の人だからです。

個人の立場と公の立場は、違うのです。

ドジョウも個人で、お池に はまっていらしたのなら、さぁ大変で,終わります。
ドジョウが、公の立場になられたので、叩かれたり批判されたりしているのです。

それと、おなじです。

1597春らんまん:2012/03/16(金) 18:53:53 ID:st5ltmY.
志恩さま、こんばんは。

身元のことは、それ以上は、いいのではないですか?


私自身、トキ様がイソベ理事長であるかなんて、どうでもいいことですし、

はっきり言えば、理念の無くなった各都道府県の教化部会館は、なくなると感じておりますよ。

少なくとも、この各教化部の建設に、地域の差はあるでしょうが、一人33万円とか、100万200万単位の献資で建てられたのですからね。。。


組織や会館は現象に過ぎないと、古参の大先輩にやるせない思いをさせてしまって申し訳ないのですが、

必ずや真理が轟くところに、大先輩方とお会い出来ると信じています。


再拝

1598春らんまん:2012/03/16(金) 19:21:36 ID:st5ltmY.
>>1951

>でも、当事者は可哀想ではありませんか

このあたりが、訊けさんの"弱きを助け、強きを挫く"の欠点なんですよ。

宜しゅうございますか?

ネットにある一定の主張を書き込んだならば、それに対する批判も同時に受けるのですよ。
で、身元確認が不十分な状態ならば、"ああ、これはイソベでは"とか"総裁では"の憶測は、どうしても付いて回るのです。
そんなことにいちいち、配慮している世界ではないのです。

で、生長の家の掲示板は、リアルとの差が非常に少ないです。
これは、幸か不幸か、わかりません。

ですから、

>繰り返しですが、身元詮索などせずとも堂々、議論を行えばよいのではあり
ませんか?

が、通用しない特殊な板だと、ご理解いただきたいと思います。


私自身、靖国板で"天皇陛下に忠誠を誓う朝鮮籍の方たちは同胞と認めていい"なんて書いたら、
"貴様は朝鮮人の、なりすましか!!"位の罵倒は受けましたよ。
おなじ、靖国の終身会員の方からでも。


ネット社会に慣れていない方たちへの配慮は、ある程度は必要でしょうけど、
教頭先生の御心配を増やす行為は、謹んで戴ければと思います。


又ね♪
(練成、ホントに考えてよ!!)

1599春らんまん:2012/03/16(金) 19:37:28 ID:st5ltmY.
訂正

>>1951 ではなく
>>1591 でした。

未来に対して投稿していました。

陳謝再拝

1600志恩:2012/03/16(金) 19:57:14 ID:.QY5jUA6
春らんまん様

力強いコメント、ありがとうございます。各教化部、各練成道場の建設に対する献資は、夫の方の母も、ひと財産分。
私の母も、さまざまな建物の建設の度に、いっぱい納めて来ましたよ(笑)過去のお金のことは、過ぎたことですから、なんとも思っていませんが。

そうね,春らんまん様が、おっしゃるように、遅かれ早かれ、このままいけば、全国の教化部会館は、崩壊する方向でしょう。

私自身も、トキ様がイソベ理事長でいらしてもなくても、もう、どうでも、いいことなんです。

私は,訊け君の事,前からかっていて、期待しているので、言うことが、ついきつくなります。

春らんまんさんや,訊け君のように、生長の家にどっぷり漬かってないほうが、ベルリンの壁みたいにがっちり固まってしまった
厚い壁を,常識に縛られないので、ぶち破れると,思っています。

なのに、訊け君たら、「和解だ」「悪に抗するなかれだ」なんて、まるで、大年よりのじいさまが、つぶやくようなセリフを、いまだに、つぶやいてる。
やんなっちゃうわ。訊け、おまえは、105歳か。

春らんまん様が,言われるように”身近な人から救済しないで,何のための生長の家だ”ですよね。

真理は、諸刃の剣(もろはの つるぎ)とも言いますが.「実相を礼拝せよ、善だけをみつめよ、悪に抗するな」この大調和の真理が、
やりたい放題の君主さまの周りを囲んで、守ってしまっていて、改善が遅々なっているように見えます。
しかし、
聖なる種を皆様で撒いて来られましたから、
必ずや、いきいきとした芽は出てきます。そして、蕾みが生まれ、花が咲く時期が来るものと、確信もしております。形は、どうあれ。

君主様の堅い殻が,割れるのも含めて。

あと、ここの書き込みがすくないのは、関わりたくない、巻き込まれたくない、という思いのお方が,大勢おられるからではないでしょうか。
それに、ここの掲示板は、IDが,個人個人につけられますから、どこの県のかたか、市ぐらいまでは、ネットでも調べれば、すぐわかるそうですから、
特に,全国の幹部の人達は、身バレしたくないので、書き込む人が,少ないのは、それも、あるのかもしれません。

春らんまんさま、頼りにしていますので,今後も書き込みを、よろしくお願いします。

1601トキ:2012/03/16(金) 20:09:50 ID:uJGRAS2.
 掲示版一般に投稿者様が身元が特定される可能性を危惧される方が多いですが、たとえばスマートフォンからだと裁判所の令状がない限り、
発信元を確認するのは難しいです。ご参考まで。

1602役行者:2012/03/16(金) 21:24:00 ID:pONsVMGU

 春らんまん様

 >組織や会館は現象に過ぎないと、古参の大先輩にやるせない思いをさせてしまって申し訳ないのですが、 必ずや真理が轟くところに、大先輩方とお会い出来ると信じています。<

 チェストー!!


また、志恩さまの

 >春らんまんさんや,訊け君のように、生長の家に どっぷり漬かってないほうが、ベルリンの壁みたい にがっちり固まってしまった 厚い壁を,常識に縛られないので、ぶち破れると, 思っています。 <

 
 そうですよ! 
 信仰5歳児と信仰3歳児がタッグを組めば、常識の壁をぶち破れるかも知れません。

 
 再度、春らんまん様


 >神さまのアイディアって、スゴイも のですよ。
 "谷口雅春に訊け!"なんて不届きな(失礼)タイトル のブログを立ち上げた程の人じゃないと トキ様や役様のように、お上品で(訊けさんが下品 という意味ではないよ) お優しい方たちが、直言なんか出来ない状態になっ ている訳でしょう?
  ここに、"現総裁は現象的にはうましかさん"と言え る不逞の三歳児と 不逞の先輩五歳児にしか出来ない発想&行動という ものが、生きてくるのではないですか? <

 あらゆる意味で(*^_^*)
 チェストー!!!

 ここはまず、お二人の奇抜な発想を待ってます。
 それはもたろん、私も協力しますが、今は春らんまん様と訊けさあのやさしさに甘んじますσ(^_^;

          合 掌

1603ももんが:2012/03/16(金) 21:27:45 ID:XXCuaQns
>>1601

トキ様


トキ様、先日より、玄峰老師のお話、真にありがとうございます。感謝、合掌、拝。

大変、お疲れでは、ありませんか?疲れた時は、私は、小さい、鉢植えに眼をやり、「ありがとう」と呟くと、何故か、元気が、貰えます。

人間は、間違えは、誰でも、犯します。玄峰老師も、大変お酒が好きだったようで、それと、お目が、悪いのでの、間違えて、”フマキラー“を飲んでしまって、大変な目にあわれたようです。

雅春先生でも、間違えは、あられてたのでしょうね。昔、飛田給練成で、徳久先生の講習の時、まだ、雅春先生が、生長の家をはじめる、以前の、独身時代のころ、”女郎屋“へ行かれたお話を、徳久先生独特のお話の仕方で、お話されてました。

誤解しないでくださいね、間違えが、指摘したお話では、無く、本当に実相や神が、分かるまでには、誰でも、時間が、かかると言うお話の中の一節でのお話です。


人間は、誰も、始めから、器では無いのですね。


”玉は琢磨によりて、器となり、人は、練磨によりて、仁となる“


”正法眼蔵随聞記“にある言葉のとおりだと思います。


玄峰老師のついででは、ありませんが、以前、白隠禅師、縁の地、原の松蔭寺に行った事があります。

東海道線の原駅は、田舎の駅そのものでしたが、駅をおりて、すぐに、松蔭寺はありました。松蔭寺では、ちょうど、古本の虫干しをしておりました。
恐らく、白隠様の時代の物も、あったのかと、思うと、感激の熱い物が、込み上げてきました。

松蔭寺は、その昔は、坐禅堂みたいな、雲水を修行させるところは、殆ど、無く、はみ出した、雲水や在家居士は、外に座ったと、昔、人から聞いたことがありました。

昔の修行は、真に、大変であられたなと、御寺を見て、さらに、感じました。


トキ様、お忙しいなか、色々ご教示くださり、ありがとうございます。暖かくなりました。お花見も、近いです。

本日も、分派の方の教団へ御帰還を祈念いたしました。

トキ様、皆様、ありがとうございます。感謝、合掌、拝。

1604ももんが:2012/03/16(金) 22:16:33 ID:XXCuaQns
>>1602

役行者様


役行者様、お疲れ様です。合掌、拝。


役行者様、山岳密教に、お詳しいようなので、少し、教えてください。

南朝の後醍醐帝は、密教のスタイルしてますね?

あれは?一説によると、立川流と云う、性的な事を使う、流派と聞きましたが?

詳しく、お知りですか?

後白河帝なども、密教をされたようですね。
花園帝は、坐禅をされまして、妙心寺は花園帝の御所であった。

仏教に帰依されていた、帝は多いですね。


理源大師様、みたく、法力で、和解、分派の方の御帰還を、祈りましょう。

では、おやすみなさい。合掌、拝。

1605役行者:2012/03/17(土) 06:49:21 ID:pONsVMGU

 ももんが様

 いま、文献をみれない状況下に置かれてますから正確さには欠けると思います。

 
 イメージで話しますと、白河帝や後白河帝は、大天狗と云われるようなお方であったのではないかと存じております。魅力的だったかも知れませんが、大政治家でもあったのではないかと思います。
 
 後醍醐帝はどうでしょう。愛染明王を信奉しておられ、どちらかというと山岳系の真言宗ではないかと存じます。
 愛染明王は役行者とゆかりが深く、不動明王と優るとも劣らないくらい多くの方々から信仰を集めております。

  不動明王が煩悩を燃やす仏で、愛染明王は愛欲を燃やす、つまり、愛欲を鎮めるはたらきをあらわしております。

 立川流密教を信仰していたことで有名な方は、親鸞上人の息子さんでしょう。
 後醍醐帝はどうでしょう。
 推測でははじめ立川流をかじり、最終的には愛染明王を信仰する正当な真言宗を信奉されつつご生涯を閉じられと存じます。
 こんなことを申し上げたら畏れ多いことですが、負けると分かっていた湊川の戦いでの奮闘振り、楠木正成の忠義、赤心には深くいたみいることがあったのではないかと推測します。
 明治の代では、西郷翁を彷彿とさせます。
  
 花園帝は徳の高い名君とつたえ伺っております。
 維新前夜、鎮かに活躍された孝明天皇を彷彿とさせるお人柄と勝手に想像しております。

 確かに密教は諸刃の剣的なところがあります。その意味で禅宗は魂を鎮める教えで、麻原を抜かせば間違えがあまり起こらない教えと存じます。
 真言宗を基本に禅宗まで深く行されたのが、慈雲尊者でしょう。
 江戸時代の僧侶で、隠れキリスタンをも命がけで匿った義と情の男です。 
 

 >理源大師様、みたく、法力で、和解、分派の方の御帰還を、祈りましょう<


 理源大師と来ましたか・・・
 初代役行者と空海の教えを取り入れた 中興の祖ですね(*^_^*)

 ありがとうございます。
 心から尊敬申し上げております。
 理源大師がついて下されば、和解間違いなし!です。

 思いつきと直感で書いてますので、ご了承のほどお願いします。

           合掌

1606ももんが:2012/03/17(土) 07:00:00 ID:XXCuaQns
神の子の皆様、おはようございます。今日は、雨が少し降ってて、肌ざむいですが、本日も、元気に、明るく、楽しく、感謝感謝で、素晴らしいし日にいたしましょ!ありがとうございます。感謝合掌、拝。

〜明るい未来を思え〜

物事の光明面を見て、明るく伸々と、たのしく生活し、さらに伝道などして『よいこと』をしていると、必ず『よいこと』が起こり、思いが叶い、どこからともなくポッカリと幸運が舞い込んで来るのである。それ故、多くの人々がこのように『神の子・人間』を信じ、ありがとう“日時計主義の生活”をやるようになることが、日本の運命をよくし、豊かにし、平和にする唯一最高の道であると言うことが出来る。

〜谷口清超先生著・『ありがとう』はすばらしい・より 〜


いや、また、張ってしまいました。私は、この部分が大変好きです。

私は、いつも、職場で人、道ばたの、鳥や、野良猫、散歩中の犬、”あいさつ“します。
楽しいですね。

犬や猫でも、挨拶するだ?と感じる時ありますね。

いつか、”植林“に行きます。

それでは、トキ様、はじめ、神の子の皆様、本日も、素晴らしいし日を、お過ごしください。ありがとうございます。感謝合掌、拝。

1607ももんが:2012/03/17(土) 07:29:41 ID:XXCuaQns
>>1605
>>1605
役行者様

役行者様、おはようございます。感謝、合掌、拝。

朝早くから、丁寧な、御言葉頂き、ありがとうございます。


<< 立川流密教を信仰していたことで有名な方は、親鸞上人の息子さんでしょう。
 後醍醐帝はどうでしょう。
 推測でははじめ立川流をかじり、最終的には愛染明王を信仰する正当な真言宗を信奉されつつご生涯を閉じられと存じます。>>


親鸞上人の息子さんが、立川流の話は、初めて伺いました。一つ勉強になりました。ありがとうございます。

役行者様も、たくさん、色々な事、知っておられますね。天皇様も、色々な方が、おられ、一人の人間として、観たら、御人格、御性格、信仰も、様々でいられますね。


朝早くから、丁寧にお返事くださり。いつも、感謝してます。
感謝、合掌、拝。

1608役行者:2012/03/17(土) 08:03:25 ID:pONsVMGU


ももんが様


 >天皇様も、色々な方が、おられ、一人の人間 として、観たら、御人格、御性格、信仰も、様々で いられますね<


 本当、そうですね。
 個性溢れる歴代の天皇陛下を仰ぎ見るに、日本の国の大御心を垣間見ます。
 こんなことを申し上げたら畏れ多いですが、おもしろい国です(*^_^*)

           合掌

1609あさひ:2012/03/17(土) 08:52:31 ID:/3nxKE2Q
ももんが様

>本日も、分派の方の教団へ御帰還を祈念いたしました。

と書かれておられますが、付和雷同の方々が多いとしても、何が原因でそのような萌芽がでてきたのでしょうか?

世界の宗教の宗教的教養の広いももんが様はどのように分派の萌芽を分析されますか?

お尋ねいたします。       

ももんが様の仏教、禅をはじめとして、広い視野に感心しております。今後ともご教示ください。

1610春らんまん:2012/03/17(土) 18:57:09 ID:7MNTJsQM
さて、訊けさんはご覚悟のほど、出来たのだろうか。。。と

私宛にメールが来ているやも知れぬ、と思って覗いても、皆無。
組織外の自己ブログの応対で終わりらしい。。。

もう一度言います。



宜しゅうございますか??

貴方が勝手に尊師や高弟の方のお言葉を並べて体裁を整えて、
(それに呼応する人たちはおりましょう)
"だから、和解だよ"だの"悪に抗するな"で終わるのは、

尊師のご発言を勝手に我田引水している

"タワケ者"

の所業なんですよ。


一度は練成を受けて、少し、改めて下さい。
これ以上、恥を晒さないように。

総裁の件は、違う事を考えます。

 < 貴 方 に は 、 頼 み ま せ ん ! >


生長の家は、"ハイ"の宗教なんですよ。

当然、突然の依頼が来れば、なんで?とか、はあ?っというのは、ありますでしょうが、
そんなものは、

≪一般人の感覚であり、一般人にしか、通用しないの≫


尊師や高弟のお言葉を配してのブログ、恥ずかしいし、
生長の家に対しての名誉棄損行為にも当たるから、即座にお止めなさいな。


何もわかっていない、何も現実には出来ない、ただの痴れ者ですわ。

1611春らんまん:2012/03/17(土) 19:19:02 ID:7MNTJsQM
>>1566 a hope様

平たく言えば

戦後に教科書に墨塗りさせられたでしょう?

あの消された事の中に、日本の素晴らしさや、今後生きていく術が書かれていたのです。

現総裁になり、消された(絶版にされた)愛国書に、生長の家の真髄があるのです。

経営上のナントカと言うのは、アホの極まりです。
小閑雑感など、紙の値段でようやく1円を維持している程度のものと、
尊師の命削って書かれている愛国書が、同列に思える時点で、なにもわかっていないを露呈しています。

どうか、現信徒の皆さま、自分たちが救われたのは、真理によってだ、ということに、
思いをはせていただきたい。。。

合掌

1612生長の家って何?:2012/03/17(土) 19:22:32 ID:9VTXvNMM
上の方は、本当に生長の家の方なんですか?
私は生長の家を学びたてだけど…こんな姿になるなら、やめようかしら…。

1613春らんまん:2012/03/17(土) 19:53:06 ID:7MNTJsQM
志恩さま

自分は、昭和先帝陛下の(敗戦後の日本について)
"かつての、美しい日本を戻らせるには100年かかるだろう"
のお言葉を受け、
しがない身でありながら、
祖国日本の再建を信じ、
一時・靖国神社防衛の先兵に立った者であります。

陛下のお言葉は、違うプレスでは"200年"と記載されているものも後日知り得ましたが、
とても自分が出来るものではない、と
自己の限界に打ちのめされ、苦悩した結果、生長の家にたどり着きました。

それまで、神道を独学で5年ほど学び、葦津先生の御著書によって、天皇国に生きる一民草としての幸運に大感激し、
靖国の友人から大東塾に誘っていただき、本当に、有難いことで御座いました。

更に、生長の家に触れましてからは、以前から行きたかった場所に必ず行けてお参りが出来たり、
会いたかった方には必ず会えるように回ってきたり、
とてもとても、
住吉大神様の御神威のすさまじいこと、
(私は靖国時代に、超状現象なども体験しておりますし、
父祖の代から
かなり信仰の篤い家でしたので、霊の存在は当たり前と信じていましたのて、物質を超越しての体験を持っていましたので、
生長の家にスンナリ"素晴らしい!"と入る事が出来ました)
感得致しました。

私の原点は、"国平らかに、民安かれ"の天子さまのお心に
沿い遂げる民の国であること、この一点に尽きます。

至らない点、未熟な点はご容赦お願いく、自身の無力さに
打ちのめされる昨今でございます。


再拝

1614「訊け」管理人:2012/03/17(土) 20:01:47 ID:???

 ・・・・・・いったんCM行きましょう。

●吉瀬ちゃん
http://www.youtube.com/watch?v=cK6zqEEQt8s


 追伸

 「人が真剣に話してんのに!!」「すぐに冗談話を!!」「無礼なり訊け!!!」・・・・系のそんなリア
クション、これはご勘弁を。なぜと申して貴方のお話、なんかふざけてますもの。

 現時点、もう貴方のお話しは、冗談にしか見えておりません。「まずは落ち着こう、セニョリータ(笑)」
の一文を以て、返信と致しましょう。

1615春らんまん:2012/03/17(土) 20:04:38 ID:7MNTJsQM
>上の方は、本当に生長の家の方なんですか?
私は生長の家を学びたてだけど…こんな姿になるなら、やめようかしら…。


今の生長の家は、新しい人たちに対しては"日時計主義を生きて、環境保護を考えるところです"と、はっきり言っているでしょう。

何を学びたいか?

自分で言っていることにすら 、気付かないでしょう??

>私は生長の家を学びたてだけど…こんな姿になるなら、やめようかしら…。

この程度なんですから、  やめな ♪

1616春らんまん:2012/03/17(土) 20:10:34 ID:7MNTJsQM
訊けさん

落ち着くとか、そういうレベルじゃないよ。


私、感性は動物に近いので、あなたがこの話に乗らないってことは、(要するに、する気がないってことだよね を

今回のは成就しないって、理解しています。


つまり、貴方も私も、組織瓦解に、指を咥えて見ていた"側"の人間で終わった、
という事実だけです。


さようなら

1617トキ:2012/03/17(土) 20:16:07 ID:cjNjb78g
 まあまあ、みなさん、少し休憩をしてみませんか。

1618「訊け」管理人:2012/03/17(土) 20:16:52 ID:???
>要するに、する気がないってことだよね
>組織瓦解に、指を咥えて見ていた"側"の人間で終わった、

 上記以外にもありますが、まあ、ものすごい決め付けですね。残念です。

 ところで、靖国の名ですが、これを軽々しく使用するのをお止めなさい。読んでい
て恥ずかしいです。

 それに、だいたい貴方、総裁が来るとホンキで信じておられるの?まずそこ
からして認識が違うのですが。そしてそれ故に「落ち着け」、そう申しておる
のです。

1619生長の家って何?:2012/03/17(土) 20:44:31 ID:9VTXvNMM
うーん、やっぱ、あれだよな…。
生長の家やるなら、こんなひとになりたい、って、
言われないとな〜


あ。これ自分の目標なんで、おかまいなく〜♪

1620志恩:2012/03/17(土) 20:47:13 ID:.QY5jUA6
春らんまん様

コメント、ありがとうございます。
春らんまん様は、神道を独学で5年も学ばれたり、一時靖国神社防衛の先兵に立ったこともあるという
生粋の愛国者だったのですね。

訊け君を、なんとか説得しようと、思ってくださっておられるの、私も、やってきたことですから
お気持ちは、分かりますけれど、訊け君は、かわらないんですよ。

もう,私なんか。8ヵ月間も訊け君とやりとりしてますから、訊け君の性格、わかります。
人間て、変われないものなんです。

私の場合は、相手は相手、自分は自分という感じで、自分の意見は、あきらめないで言い続けいているのです。
種まき、種まきですよ。あせらずに(笑)

ですから、これと同様に、総裁の性格も、ちょっとやそっとで、変わるもんじゃないと,認識しています。

春らんまん様、ここへ来たら、銃で撃たれるわ、槍が飛んでくるわ、周り中からの激しいブーイングの嵐が吹き寄せるわ、
それらにへこたれない人間にならないと、生きていかれませんよ。

なにせ、ここは、90%以上が、総裁擁護派で固まってる掲示板なんですからね。
訊け君は、「生命の實相」の擁護派みたいに言われてるけれど、つまるところは、総裁擁護派です。

ここは、教団が主催している巨像の要塞なんです。その内側に、われわれは、入り込んだのです。そんな無謀な行為をしてるのですから、
われわれ、蟻一族にとっては、いつ踏みつぶされるか、やられるか、
スリルとサスペンスの連続なんです。それを、楽しむくらいでないとね。(笑)

私なんか、以前、初心者様に激怒されて、互いに、どちらかが死ぬまで、剣で戦いましょうと、
挑まれましたんですから。まるで、映画「クオバディス」の1シーンを連想しました。

あのときは、一時、互いが、戦う戦士化しました。

あとは、世界中のここをご覧の皆様に、発言している気持ちになれば、ゆとりがもてます。
春らんまんさま、頼りにしてます。ギブアップしないでね。

1621グラディエーター:2012/03/17(土) 20:58:14 ID:ixiWFYoQ
堕ちるとこまで堕ちましょう。

1622「訊け」管理人:2012/03/17(土) 21:12:55 ID:???

>教頭先生
>春らんまん様

 まず言葉を変えてみます。(総裁擁護派90%なんて、それ言いすぎですよ。)

 ここにいるのは「総裁擁護派」「攻撃派」なのではありません。言葉を変えれ
ばこうなります。それは遺言についての「重視派」「軽視派」・・・これが適当
ではなかろうかと。

 貴女たちは和解等を申しますと、なぜか反応が変化されます。ちなみに申し
ますがこれ、この私が申していることでは〝ない〟のです。まず話の基点をご
確認願えましたら、幸いです。「周りからいろいろ言われても耐えましょう」
・・・そんな話ではないのです。本質論、これで語りましょう。

 さて「和解」でありますが、いったい、どなたがおっしゃっておられること
でありましょうか?そしてどなた様の「ご遺言」なのでありましょう・・・・
無論、再三書いた如くでありまして、肉体人間の私はこう、つぶやきますよ。「和解、ムリだって」と。

 ここで反応が分かれます。困難だとして「じゃあ総裁を攻撃!」するのか、
それとも「それでも遺言重視で行く」のか・・・・

 まとめます。総裁擁護派、攻撃派、こんな文脈で事態を眺めておられる限りは
本質を誤ると考えます。存在するのは遺言の「重視派」「軽視派」・・・これ
しか存在しておらぬのです。貴女様方はどちらでありましょうか。

1623志恩:2012/03/17(土) 21:13:49 ID:.QY5jUA6
そうそう、堕ちるとこまで堕ちれば、あとは、上がるしか無いですから。
悪く見える事も、
人それぞれの意見がある事も、ナイスなことです。

1624志恩:2012/03/17(土) 21:22:33 ID:.QY5jUA6

訊け君の言う、雅春先生の遺言の「和解」は、どのような行動をとったら,実現可能となりますか?
訊け君なら、裁判を続けている総裁に、どう、総裁を説得されますか?

1625「訊け」管理人:2012/03/17(土) 21:27:13 ID:???

<返答>


 神 想 観 を 超 え る 大 行 な し

1626「訊け」管理人:2012/03/17(土) 21:31:39 ID:???
――吉田國太郎曰く、

 根底に於いて悪を見、困却の相を見たところからの心の動きは、その心自身が、如何に尊げな姿に於いて現れ、如何に深度の状態に於いて現れ、宇宙的な迄の高度な状態の如くに現れても、いずれも全てよしなく空しいことである。それは神の心にもとり、実在の相を忘失し、業の輪廻を深めたに過ぎない。

『常楽への道』338項


――藤原敏之曰く、

 現象がすべて影だと判れば現象は問題でなくなりますが、影だと判らず本ものだと思い違いするから現象に振り廻されて動きがとれなくなります。それを迷いといいます。
 今現れているのは影であり、これまでの間違った思いが現れて消えたのであると判れば、何も心配することもない、反対に喜べるのであります。借金が無くなって苦にする人はないでしょう。悪いことが現れたのを見て、悪くなったと見ないで善くなるためだと判ったら安心するのであります。
 雨が降るのは、お天気になるために水蒸気が雲になっているのが雨になって、雲がなくなり晴天になるためでありましょう。日が暮れて夜がふけるのは、朝が来るためであります。電車がトンネルに入るのは、トンネルを通って出てくるためであります。このように悪くなったように見えるのは、すべて善くなるためだと観るのが生長の家であります。悪いことを悪いとだけ見たのでは普通の考え方であって、暗黒思想でありましょう。生長の家は徹底した光明思想であって、善くなることだけを想い、善くなることに感謝して生活しようとお教え頂くのであります。

『あなたは必ず救われる』238項

――尊師曰く、
 彼は「事実に面しては」という。しかしその「事実」とは何ぞや。現象のみ、本来無きもののみ。しかもこの「本来無き現象」をありと観るかぎり、彼のごとく実相一如の世界に没入する体験を得るとも、何人も「われらは弱し、われらは完からず」と嘆ぜざるをえないのである。しかし、これを「事実」というのはまちがいであるのである。知れ、事実というは実相のみであるのである。だから実相の実在のみを強調し「弱きものは無し、完からぬもの無し」と、いっさいの悪を空(くう)じ去って、しかして「一切皆善の実相的事実」のみを肯定するとき、われらは現象的事実をも征服しえて、「われらは弱し、われらは完からず」と現象的事実に征服された弱音を吐く必要がなくなるのである。
 生長の家はかく「実相皆善」のみを強調して、「現象は無なり」と現象的不幸一切を空じ去る。さればこそ現実を征服する現実的威力を発揮するのである。「現象あり」と観ずればわれらは現象に力を認めるがゆえに現象を征服することができないのである。

『生命の實相』第27巻127項


――吉田國太郎曰く、

 吾等の前に今此の世は光明一元であり、完全円満至美至妙なる生命と、其の御子と、只それだけの世界である。生長の家が出現して、無明と無明がつくったと云う物質的存在は既に無に帰したのである。
 無いものをあるあると思うのが迷である。無いものをあるかの如く扱ってはならない。生きていないものを生きている様に取扱ってはならない。無いと殺しおえている心が牢乎としているかどうか。死んでいるものを、存在するかの如く扱って殺しにかゝれば、其の姿が、既に、打ち負かされている姿である。此処に錯覚はなかろうか。心すべきことである。

『常楽への道』102項

――榎本恵吾曰く、

 實相のみがあることを肯定せざれば、如何に愛国を叫ぼうとも、先ずもって、自分は日本人ではないのである。

1627志恩:2012/03/17(土) 21:34:13 ID:.QY5jUA6
神想観は.私もだいすきで、昔から、朝夕続けていますが、

神想観を超える大行なし、という訊け君の意味は、神想観で総裁の実相を拝み、

そのあとの行動は、どうするのですか?

1628志恩:2012/03/17(土) 21:42:00 ID:.QY5jUA6
訊け君の書き込んでくださった真理の言葉を拝見しました。で,訊け君は、
総裁が、「生命の實相」聖典の決別宣言しようが、左翼化しようが、こんご今まで通りしようが、
ただ、実相は,真理のとおり完全で、あらわれているのは、消えていく姿だから、浄化している姿だから、よろこんでよろこんで、
神想観をして,総裁の実相を,拝んでいきましょうということですか?

1629「訊け」管理人:2012/03/17(土) 22:19:02 ID:???


 簡単に返答するならば「そうです」になります。これが答えです。如何お考え
でありましょうか。

 もしもこの解決策(神想観を超える大行なし)、それを「甘い」と申されるな
らば、いったいどんな解決策があるのでしょうか。FAX作戦でありましょう
か。総裁の暗部をあぶり出し、「こんな悪人だぞ」てなFAXを送りつづけま
しょうか。そうすれば生長の家組織、機能回復するのでありましょうか。
 もしくはWEBで総裁のエラー、デマを含めて拡散なさるのが良策でありま
しょうか。

1630志恩:2012/03/17(土) 22:29:05 ID:.QY5jUA6
それでは、このままで、全部の人が,神想観だけして、現象は、目をつぶってみないふりしていたら、機能は
かいふくするのでしょうか、

そうしていたから、こうなったんでしょう。トキさまだって、あと2、3年で組織は、崩壊する方向だと
おっしゃってますよ。
今までの、ワルイ点をハッキリさせることが、改善するチャンスになるのでは、ないでしょうか。
昨年の青年会全国大会は、1000人よ。

1631志恩:2012/03/17(土) 22:33:23 ID:.QY5jUA6
考え方のちがう人と、いくら論議しても、平行線ね。

1632「訊け」管理人:2012/03/17(土) 22:35:00 ID:???

 うーーーん、なにから話しをしたらよいのでしょう。

1633「訊け」管理人:2012/03/17(土) 22:48:46 ID:???

 既述ですが一点申し上げておきます。

 わたしは以下は否定しておりません。そしておそらくですが、雅春先生の
『生命の實相』を見渡しても、「以下は否定されていない」と確信するので
すけれども、「疑問を呈する自由」――これはありだと思います。

 わたしが問題視するのは(何度も述べたので詳細には触れませんが)悪口
や誹謗中傷の類になります。こんな説明で了解頂けるでしょうか。悪口や誹謗
中傷をいかに、「生長の家の未来のために!」てな動機から行おうとも機能せ
ぬと診ます。もしもそんな行動が機能するなら雅春先生、大ウソ付きになりま
しょう。


 あともう一点。

>考え方のちがう人と、いくら論議しても、平行線ね。

 まあそうでしょう。しかし考え方の根底、ここに『生命の實相』を持ってく
ればどうでしょう。聖典を以て議論すること、これが大切だと思いますが如何
でしょう。そうすれば発言背景、少なくとも了解されるでしょう。そして「擁護
している相手は総裁ではない」点、自明にはなろうかと考えますがいかがでしょう。
(ここも補足、必要なんですが・・・・まあ今日はこれでいきます)

 ・・・で、以下はやや苦情めいた話です。恐縮なのですが、まあ・・・特定投稿
者にレッテルを貼り(たとえば「この人は擁護派」等)、そこから話しをされ
るのはどうかと考えます。擁護しているのは本当に、総裁でしょうか。
 少なくとも私が見る限り、このWEB上には総裁擁護派、ひとりとして存在
しないと見ます(ここも補足が必要ですが、今日のところはザックリ書きます)。

 とは申せこれも、あまり関係のない話なのかなあ・・・まあでも、率直な感想
を述べますと、「あの人は擁護派だからそう言っているだけ」てな感じの、そ
んなあしらい方される機会は多い気がします。でもよく読むとそれ、擁護して
いるのは総裁ではなく、「聖典」なのでは?そんなことは多々感じます。

1634志恩:2012/03/17(土) 22:50:04 ID:.QY5jUA6
もう,寝たほうがいいよ、訊け君。今夜も、いい夢みてください。
吉瀬美智子ちゃん、訊け君の夢にでてあげてください。

貴方は,貴方でいいのですよ。意見が合わなくても、私にとっては、期待の青年です。

私は,私。貴方は貴方。真理は汝を自由ならしめん。てね。

1635志恩:2012/03/17(土) 22:54:51 ID:.QY5jUA6
パソコン消そうとしたら、続きありましたのね。

おかしいことをおかしいということが、悪口、誹謗,中傷ととらえるとは、
どうにもなりませんね。

1636志恩:2012/03/17(土) 22:59:34 ID:.QY5jUA6
あなたの言い分をとると、おかしいことをおかしいと言ってる,私を含めた人間は、聖典を守ってないということね。

やりたい放題やってきた総裁は、良い総裁だという人は、聖典を守っている人だということね。

1637「訊け」管理人:2012/03/17(土) 23:07:36 ID:???

 まあ偉そうなこと申してますが、私は全然実践できておりません。たとえば
今でも、「オイ!」と、言いたくなる衝動があります。「こら、本流亭無●●!
おはんの妄想日記は、ツマラナイ!」てな感じで(笑)

 ・・・・でもまあ、雅春先生。私は好きです。好きですのでご遺言であれば、
「守ります」と云うしかないのです。「云うしかない」なんて言葉、これから
してもうオカシイのですけれども・・・・肉体人間が如何に「ダメだ」と判断
しようが、まあ、私はこれで参ります。「和解以外にどんな選択肢があるのか」
「神想観を超える大行なし」

 おやすみなさいませ。

1638「訊け」管理人:2012/03/17(土) 23:10:19 ID:???
>あなたの言い分をとると、おかしいことをおかしいと言ってる,
>私を含めた人間は、聖典を守ってないということね。

 違います。既述のとおりであり、

>わたしは以下は否定しておりません。そしておそらくですが、雅春先生の
>『生命の實相』を見渡しても、「以下は否定されていない」と確信するので
>すけれども、「疑問を呈する自由」――これはありだと思います。

 です。これが個人的な見解です。疑問を呈する自由までも雅春先生、禁止さ
れてはおられないと思います。

1639「訊け」管理人:2012/03/17(土) 23:17:23 ID:???

(例)

<疑問を呈しているだけの文章>

 雅宣総裁は『生命の實相』を抹殺しようとしているのではないか?私は理由
として以下3点を挙げる・・・(中略)・・・以上の理由を以て私は抹殺計画
があると考える。諸賢に於かれてはいかがであろうか。

<ただの悪口(井戸端会議)>

 マサノブ総裁は『生命の實相』を抹殺しようとしてます!もう許せない!
セレブな生活で脳内がおかしくなってるんじゃないか!聖典ですよ聖典!
三代目で甘やかされており、思考がオカシくなっている!みなさん、早く気づ
いて!ルンペン生活からやり直してくれ!総裁!そうじゃなきゃ生長の家は救
われませんよ!純子さんのブログもトホホですし!




 ・・・まあ、話を解り易くするため極端な例としましたが。まあこれが、私
の考える文章の種類(二種類)です。どちら型の投稿文が多いでしょうか。

1640ハマナス:2012/03/17(土) 23:22:29 ID:u5mC.eb2

神の子のみなさま

こんばんは。お邪魔します。
宇治の練成のお話しは消滅してしまったのですか?
ホームページによりますと、4月の短期練成の楠本加美野先生のご講話は
7日の午前と午後、8日の午前と9日の午前にあるようです。
     

先ず神の国を求めよ   (『新版 生活の智慧365章』P.98より)

”真空“は ”何もない”どころか、”真空“ こそ万物を ”現在ある形“に保っている
ところの“智慧”であり、”力“であるのである。原子を形造っている”原子核“と”電子”
との間の存する”真空“が崩れて仕舞ったら、原子は崩壊してしまうのであり、太陽と
遊星との間を埋めている ”真空”が崩れて仕舞ったら、太陽と遊星とは、互いに連絡し
得ないで、飛び散ってしまうか、真空の形の崩れるままに太陽と遊星とは密着してしまう
かするより仕方がないのである。

 兎も角、”真空“は ”何もない空間”でなく、”霊“という無限の智慧と無限の力が
包蔵されており、その”霊の世界“に於ける”理念“(精神的原型)が形の世界に、
時間的順序配列をもって恰(あたか)”も“フィルムの世界“に既に存在する光景が
映画館の銀幕に時間的順序をもって一コマ一コマ展開して行くような具合にあらわれて
いるのである。だから吾々が可視的世界(肉眼で見える現象世界)に幸福や健康や繁栄
を実現しようと思ったならば、先ず不可視の霊的世界に。その幸福や健康や繁栄を心で
描いておかなければならないのである。現象界の物質的利益の追求よりも「先ず神の
国を求めよ」とはこのことである。

感謝合掌

1641SAKURA:2012/03/17(土) 23:33:51 ID:dqlvDD0o
■ 【SAKURAの 独り言】

「訊け」管理人様 も〜〜大変です〜〜ネ!
……「女性は“意志頭??」でしょう〜〜〜か?

ある人は?ある人も?ある時?〜〜〜〜
「神想観」が好き〜〜〜♫〜好き〜〜〜♫〜好き〜〜〜♫〜大好き?
何を指して…“好きな〜の”でしょう〜〜か?
【好きの内容】は?????
1) 「実相」を見ての…神想観?
2) 原理主義的(自分の“我欲”への執着?)…神想観?

このどちらかの「分かれ道…」な〜〜〜〜の??
今から、本当の【舵とり…組織…“真理=心”…etc】なのでショ〜〜〜〜ウ!
人それぞれ「好きの方向…違うの〜ヨ!」 ウフフ
■【神想観】をします時は、「実相」を見て行くはずですが〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜?
「実相…光明面」オンリ−!!!!!!!
そして【神への全托……信じて待つ心】ですモノ〜〜〜ネ!

                             再合掌

PS:ポジティブな感情が…「神の御心」に敵うでしょう〜〜ネ!

1642ももんが:2012/03/17(土) 23:34:14 ID:XXCuaQns
〜アブ・シルベル神殿〜

アル・シルベル神殿(紀元前1260年頃)は、ナイル川にせり出した高い岩石を掘削してつけられた洞窟神殿となった。正面入り口には、22メートルもあるラメセス2世の座像が、四体切り出され、それぞれ足下には、彼の母や王妃、娘、息子などの小さい立像が彫られている。また、奥に続く大列柱室にもラメセス2世の像が掘り出され、神殿内部の壁には、”ガデシュの戦い“でのラメセス2世が描かれている。奥行き約63メートルの神殿最奥部にも、”太陽神ラー・ホルアクティ“ 、”国家神アメン・ラー“、”メンフィスの守護神プタハ“の3神の像に混じって、神格化されたラメセス2世 の像がある。これらの像は、”春分の日“と”秋分の日“の年2回、日の出の太陽光線によって照らしだされるように設計された。この神殿に見られるにように、ラメセス2世は非常に自己顕示欲の強い王だったといわれており、王国の記念建造物に書かれた歴代王の名前を自分の名前に書き換えさせたてもいる。〜


エジプトの太陽神信仰も、面白ですね。

世界各地に、様々な、太陽神信仰が、ありますね。

では、おやすみなさい。

1643グラディエーター:2012/03/17(土) 23:44:25 ID:ixiWFYoQ
真空中には、宇宙を無制限に膨張させる力を持つ「暗黒エネルギー」が
充満し、これが徐々に増大していると考えられていることから、宇宙は、
原子までもが素粒子に分解され、バラバラに飛び散る「ビッグリップ」と
呼ばれる終焉を迎えると考えられているようです。真空が宇宙を破壊する
可能性があります。もちろんこれはひとつの考え方でしかありませんが、
それなりに有力な考え方でもあるようです。

1644グラディエーター:2012/03/18(日) 00:02:39 ID:ixiWFYoQ
暗黒エネルギーが存在するとして、それが宇宙を終焉へとみちびくとしても、
それもまた万物を調和せしめる働きと考えるべきなのでしょうか。人間知では
計り知れないものがあるということなのでしょうか。小数点以下120ケタと
いわれる宇宙定数は、重力に抵抗し、絶妙なバランスで現在の宇宙の形を
たもっているともいわれています。暗黒エネルギーが増大して宇宙定数と
重力のバランスが崩れれば、宇宙は分解することになるでしょう。たとえ
そうであったとしても、現象が消えるだけのことなのでしょうけども。

1645神の子さん:2012/03/18(日) 00:03:00 ID:eWw166D.
横レス失礼!

しかし1641のお人は、他の投稿者への婉曲な批判と嫌味が多いですね!

この掲示板好きですが、嫌味は勘弁願いたいですね。

1646SAKURA:2012/03/18(日) 01:01:18 ID:dqlvDD0o
>1645

拝読して頂き…【おほめの言葉…】ありがとうございます…。
>他の投稿者への婉曲な批判と嫌味……<
当たり前なる表現力?と思いますが…?

日本の“古典”でも、比喩的な言葉を使いますが〜〜〜?
更に!これは、白人が“比喩的”に使う言葉と同じ事と!思います。
そして、この表現、TYOの方は、意外とこの様な表現まわしが、多いですし、
“古典文学”も…多いですネ!日本語の伝統でもありますが??
更に私から見まして“おぞましい言葉”を投稿されました方がいらっしゃいましたが?
その方へは如何なものでしょうかしら〜〜ン??

【批判・意見・嫌味の違い】
理解出来るかどうかは…?その人の「心の持ち方?」捉え方〜〜〜なのでしょうか?
その人が…ネガティブ感情でとらえる事は…その人の【心の潜在意識】に…
同じ感情が……あるのでしょう?? その様に判断致します…。

■ 類は類を〜〜♫ 友は友を〜〜♫             再合掌

PS; 一般の高年齢の方が“この投稿文”拝読いたしますと…瞬時にして、
ビックリ致しますでしょう…?
どうして?何故・相手がこの様に“投稿”するのかと、
更に奥を考えられないのでしょうか?断片的な?その前後の投稿文を、
拝読してからの事なのでしょうかしら〜〜ン?
あくまでも…此処は【討論…】の場所です…。

1647志恩:2012/03/18(日) 06:56:17 ID:.QY5jUA6
1641:
SAKURAさま

 《イヤミ》を、貴女から言われた超本人の志恩です。
私と訊け君との会話で,訊け君が、神想観が第一ということに対して、私は,昔から
神想観は、大好きで朝夕、続けていますよ。

ということに対するSAKURAさんの私に対する《イヤミ》です。

「訊け管理人さん、たいへんですね〜〜〜〜〜〜〜〜〜。」
 「女性(志恩)は、意志頭(石頭)〜〜〜〜〜〜」
志恩さんは、神想観が好き。好き、好き〜〜〜〜〜〜〜。

好きだというけれど、神想観にもいろいろあるのよね〜〜〜〜。

①実相を観ての神想観
②原理主義者(自分の我欲への執着)の神想観

つまり、志恩は、②なのよね〜〜〜〜〜〜〜〜〜。

貴女の,毎回のいやみ発言には、ほんとは、うんざりして、返事も書きたくないですけれど。
毎回、人を侮辱するのは、SAKURAさん、貴女の方です。

1648SAKURA:2012/03/18(日) 08:29:07 ID:thWaIlUo
1647>
【女性】と書いていますが…名前は【記述】しておりませんので…?
御了承下さいませ…。全般的な観点から、言っておりますので…。

■それで【再投稿…】の形を、とらさせて頂きます…。
(皆様に、誤解がありましては困りますので…)        再合掌

1641 SAKURA:2012/03/17(土) 23:33:51 ID:dqlvDD0o
■ 【SAKURAの 独り言】
「訊け」管理人様 も〜〜大変です〜〜ネ!
……「女性は“意志頭??」でしょう〜〜〜か?

ある人は?ある人も?ある時?〜〜〜〜
「神想観」が好き〜〜〜♫〜好き〜〜〜♫〜好き〜〜〜♫〜大好き?
何を指して…“好きな〜の”でしょう〜〜か?
【好きの内容】は?????
1) 「実相」を見ての…神想観?
2) 原理主義的(自分の“我欲”への執着?)…神想観?

このどちらかの「分かれ道…」な〜〜〜〜の??
今から、本当の【舵とり…組織…“真理=心”…etc】なのでショ〜〜〜〜ウ!
人それぞれ「好きの方向…違うの〜ヨ!」 ウフフ
■【神想観】をします時は、「実相」を見て行くはずですが〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜?
「実相…光明面」オンリ−!!!!!!!
そして【神への全托……信じて待つ心】ですモノ〜〜〜ネ!
                             再合掌

PS:ポジティブな感情が…「神の御心」に敵うでしょう〜〜ネ!

―――――――――――――――――――――――――――――――――

PS;【討論…】と、【語尾をひらっての中傷】これは、同じ扱いなのでしょうか?
果たして、如何なものなのでしょうか?
「意志頭」は、「石頭」ではありません…。その点は、
御承知置きくださいますと幸いに存じます…。
私が言いたいのは、受け入れない“意志”の方です。“我”…の事を申しています。
現総裁先生の“美点”を、全く見ておられない様ですが…?

1649志恩:2012/03/18(日) 08:58:05 ID:.QY5jUA6
ANATANOWA,HERIKUTUDESU

1650志恩:2012/03/18(日) 09:18:50 ID:.QY5jUA6
SAKURAさま

貴女は,総裁先生と総裁先生を援護する人以外の、すべての人々の、
また、生長の家に関する、ご自分が体験されてきた数々の悪口を書き続けています。

おかしいことをおかしいと言い、よい方へ大転換するのが、プラス思考だと思います。
なんでも、褒めて、よいしょしてれば、よくなりますか。

実相完全を祈りつつも、やってることは、おかしいのですから、そこを
おかしいといってこそ、良い方向へ向かうのです.

石頭でないです、意志頭です。なんでしょう、そのコメントは、
名前は、入れて無いでしょ。なにいってるんですか、あなたが、そのコメントを
書く前に,訊け君と私とやりとりしていた内容を、そのまま使ってるでは、ないですか。
どなたが,読まれても、SAKURAさんは、志恩さんに、いやみを言ったとわかります。

わからない人がいたとしたら、よほど感性のにぶい人です。

1651復興G:2012/03/18(日) 09:18:56 ID:ojEbkDH2

ももんが様。

数日前(14日朝)、はるかかなたになりましたが、
>>1518 で ももんが様は
>昨晩も、雅春先生の講話を“拝聴”しながら、ねむりました。雅春先生曰く『地球も、生命である。』と言われおりました。そして、『地球=天之御中主神』との事だそうであります。結論としては、“大生命=地球を、大切しなくてはいけない。”との雅春先生の主張でありました。<

と書かれておりました。それについて、少しの疑問を持ちながら、考えておりました。超亀レスですみません。私の思うところを述べます。

   ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

「地球も生命体である」。このことに疑問はありません。
生命体とは、生きものということです。
地球は、地球上のすべての生きものを生み出した元の生命体です。生命体のみが新しい生命体を生み出すことができるのですから。動物と植物だけに生命があり、鉱物には生命がない、とする考え方はもはや過去のものとなりました。
そして地球を生み出した元の太陽系、太陽系を生み出した元の宇宙も、当然生命体です。
生命体には、必ず「一つ」の中心があります。人間に「脳髄」という中心があるように。
宇宙も生命体ですから、ただ一つの中心があります。
その中心というのは、空間上の一点というような中心ではありません。「中(みなか)」の心であります。
それを、「天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)」というのです。

すべては「一」なる天之御中主神の展開であります。
天之御中主神以外に存在するものはないのであります。すべては「一」であり、すべては「自」であって「他」なるものはないのであります。それが実相であります。

生命体には、ただ一つの中心がなければなりません。複数の中心を持つ生命体というのはありません。細胞にだって細胞核という中心は一つです。
『地球=天之御中主神』と谷口雅春先生が言われていると、ももんが様はおっしゃいます。ここで「地球」と「天之御中主神」を「=」 で結ぶことにはちょっと「?」がつきます。
むろんすべては天之御中主神の展開ですから、地球も当然、天之御中主神から鳴りひびいて顕現したものです。その「地球」には、当然「人間」も含まれますよね。人間と対立する地球なんて、あり得ません。……

   ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

今日は、これから一日出かけなければならない時間になりました。あとは、今夜か明日にさせていただきます。失礼します。

1652志恩:2012/03/18(日) 09:30:29 ID:.QY5jUA6
復興G閣下様

いつも為になる書き込みを感謝申し上げております。
今日は、これからお出かけだそうですね。
いってらっしゃいませ。

16531645:2012/03/18(日) 10:12:55 ID:eWw166D.
SAKURAさん

自分は単なる生長の家ウオッチャーですが、総裁支持派の人の特徴は真綿にくるんだような
物言いの人が多いと言う感想です。

また傲岸不遜といいますか(ご自分の姿に気付いておられない)、
他者の言は悪口だが、自分のは比喩だと?    


>日本の“古典”でも、比喩的な言葉を使いますが〜〜〜?
更に!これは、白人が“比喩的”に使う言葉と同じ事と!思います。


もう恐れ入りました!

1654ももんが:2012/03/18(日) 10:49:18 ID:XXCuaQns
神の子皆様、おはようございます。今日は、曇り空でどんよりしてますね。でも、本日も、元気に、明るく、楽しく、『ありがとう』の生活を楽しみましょう!ありがとうございます!合掌、拝。



〜祈りに始まって祈りに終る〜

すべて祈りに始まって祈りに終るとき―腹を立ててよく、腹を立てなくともよく、ののしてもよく、ののしらなくてもよく、金を貸してもよく、金を与えなくてもよい―それはすべてを知り給う神の知恵が自分にやどって、自分の『我』の知恵でなしにおこなわれるのでありますから、どんな行為ももう後悔する必要もなく、自責する必要もない。広いゆったりとした、何をしても自由自在の境涯に出られるのであります。

〜『生命の実相・第2巻』86㌻〜



この言葉の中で、

>>それはすべてを知り給う神の知恵が自分にやどって、自分の『我』の知恵でなしにおこなわれるのでありますから、どんな行為ももう後悔する必要もなく、自責する必要もない。広いゆったりとした、何をしても自由自在の境涯に出られるのであります。<<


この部分が、私は、特に、気にいっております。

私が、いつも、言ってる”神への全択“と”許し“の心を特に、大切と言われてる一節と思いました。


これを、自分自身で、実践するから、”他者“からの”批難“や”指摘“も、心を生長させる、肥やしとする、事で、他者へ愛を返す事にもなり、自己を中心に、全てが、”善の世界“に展開するように思われます。
だがら、私が、他者から見て、大悪人でも、他者に対して、”ありがとう“を常に実践して、”悪言“を使うのを成るべく減らす、訓練をする事をさせて、いたただき、大変感謝しております。

あさひ様、昨日、過分な御言葉を頂き、恐縮しております。少し時間かかるとは、思いますが、お返事差し上げますから、宜しくおねがいします。ありがとうございます。感謝、合掌。

それでは、トキ様、始め、神の子皆様、本日も、元気に明るく、楽しく、素晴らしい日をお過ごしください。御拝読(感謝の意味)いつも、ありがとうございます。感謝、合掌、拝。

1655うのはな:2012/03/18(日) 11:05:01 ID:El6gIMAw

 ももんがさま。

 いつも尊い御言葉を愛行してくださいまして、ありがとうございます。
それで、ケチをつけるようで恐縮なんですが、神への全択は神への全托ではないでしょうか。
せっかくの神さまのお言葉ですから、お互い聖典引用する場合は気をつけましょう。

                      合掌 拝。

1656ももんが:2012/03/18(日) 11:40:18 ID:XXCuaQns
>>1655

うのはな様

うのはなさん、いつも、素晴らしい、御指摘ありがとうございます。感謝、合掌、拝。

そうですね。うのはなさんのおっしゃるとうりですね。ありがとうございます。


×→『神へ全択』

○→『神へ全托』


ですね。

私の場合は、色々理由があり、たぶん、これからも、たくさん、間違えると思います。

でも、温かい言葉で、”深切 丁寧“に、真心込めて、指摘してくだされたら、大変、”ありがたく“心から、喜びが、沸き、感謝の心が、沸いてくるから、ありがたいです。


また、間違えると思われますから、うのはなさん、また、”深切“に教えてください。
ありがとうございます。感謝敬白、合掌、拝。

1657ももんが:2012/03/18(日) 11:41:34 ID:XXCuaQns
>>1652

志恩様

志恩様、いつも、御指摘ありがとうございます。感謝、合掌、拝

志恩様、質問なんのですが?
なぜ、”煽り行為“を為さるのですか?

この御文章の全体の雰囲気御自分でも、よく見ていただけますか?


>>1652:志恩
12/03/18(日) 09:30:29 ID:.QY5jUA6
復興G閣下様

いつも為になる書き込みを感謝申し上げております。
今日は、これからお出かけだそうですね。
いってらっしゃいませ。<<

私へ『宛』に復興G様が、書いてくだされた、文章に、さらに、追い討ちかけて、後ろから、叩く様な、行為と受け取りました。


私は、この文章を読んで、真に悲しい気持ちなりました。志恩様は、私が、真に、憎いかと?

間違えは、間違えで、私も素直に成る心はありますが、こうした、行為をされると、私を心から憎しみを以ていて、殴るか、私を傷つけるかしなければ、腹の虫が、収まらないので、ありましょうか?

本当に止めて貰いたいです。

宜しくおねがいします。

愛、深き、志恩様へ

感謝、合掌、拝。

1658志恩:2012/03/18(日) 12:12:06 ID:.QY5jUA6
ももんがさま

コメント、拝見しました。
そうか、そうですね。私は、復興G閣下や元職員様の事を支持していますから、そのような発言をしました。
それで、ももんが様を傷つけたら、ごめんなさい。お詫びします。
憎くくて、言っているのでは、ありません。

ももんが様に、いつもたくさん教えて頂いております。
ありがとうございます。礼拝

1659ももんが:2012/03/18(日) 12:30:01 ID:XXCuaQns
>>1651
復興G様


復興G様、丁寧なお返事と、為になるお話、ありがとうございます。感謝、合掌、拝。

いつも、辛口ですが、素晴らしい、御言葉とお返事を頂けて、過分の幸せを心に、感じてます。


今回、お話の内容で、私は、逆に、何故、復興G様は、この様な、”疑問 “を持たれたのか、私の方が、良く、分からなかったです。

>>その「地球」には、当然「人間」も含まれますよね。人間と対立する地球なんて、あり得ません。……
<<


『人間』対『地球』ですか?
私、個人はその様には、思って無いですね。

現総裁が、その様に、それに近い言葉を言われたとかの事ですか?


ごめんなさい、復興G様、この部分だけ、良く、わかりませんでした。


私も、これから、忙しく成りますが、成るべく、お返事さしあげます。

いつも、ありがとうございます。間違えあり、正解もあり、色々です。お花見、もう少しですね。体を労りください。いつも、ありがとうございます。感謝敬白、合掌、拝。

1660ももんが:2012/03/18(日) 13:04:10 ID:XXCuaQns
>>1658
志恩様

志恩様、御理解下さり、ありがとうございます。感謝敬白、合掌、拝。


流石に、志恩様です。

私は、”学ぶ会“とかに、特別に憎しみとかわありません。だだ、思っていた”主旨“と合わなかっただけと言えます。

たくさん、ここで”暴言“にとられる発言した事は、お許しください。


私が、志恩様や、分派の方に、一般信徒として練成や行事に参加してもらいたいかと、言うと。


私自身もそうですが、私の母の話をして、恐縮なのですが、私の母は、志恩様と同じく、昔の生長の家のやり方や、形わ身につけてるので、練成へ行っても、昔のまましか、振る舞わないのです。講師の先生にも『昔はこうだった』とか、雅春先生の昔話をしたりてます。
此方、見てて、はずかしいです。
私も、時おり、雅春先生の絶版本を持って行き、先生に分からない事聞いたりも、してます。

もし、教団の良い部分も、中でやる事で、理解できる感じなのです。


志恩様や、もし、参加できる分派の方がいたら、参加して今の教団のやり方と、昔のやり方と、中で、知らない内に、融合して、神仏融合では、ありませんが、違う、良い物が自然に生まれ、既成事実になれば、総裁でも、幹部でも、認めざる得ないのでは、無いかと、私は、一人、無駄と思いながらも、しております。
だから、私の和解は、皆様が、教団に帰還して、内部で、本当の生長の家を姿形と行いで、見せつけてくれたら、きっと、変わると、信じてるのです。

ごめんなさい、色々、生意気な、事いいましたて。

私の“和解”の行いと、気持ち、分かっていただけたら、嬉しく思います。

志恩様、真に、“訊け”さんや春らんまん様などに、真に、時間あいましたら、宇治の練成で会いたいですね。

それでは、雨で滑りやすいですから、外へ行く時は、きおつけて、お出かけください。感謝敬白、合掌、拝。

1661志恩:2012/03/18(日) 14:29:02 ID:.QY5jUA6
ももんがさま

ももんがさまは、ももんがさまのお母様のお話をしてくださいましたが、
それによりますと、

「ももんがさまのお母様は、私と同じく昔の生長の家のやり方や、
形が身についているので、練成に行っても、昔のまましか、振る舞わない。
講師の先生にも「昔はこうだった」とか、雅春先生の昔話をしたりしています。
此方、見てて、はずかしいです」と,

書き込んでおられますが、
そんな風に言われると、訊け君が、早朝神想観に参加しているところに
いらっしゃる75歳になられるという白鳩の姉御(あねご)様にシンシュクを
かいますよ。

今朝、訊け君レポーターによる報告によりますと、75歳に姉御様は、どこかで
雅春先生の偉大さを多く語ってらしたとき、打ち止めのリンが鳴ったのに、聞こえないふりして
雅春先生の偉大さを語り続けたという愉快な話題を話してくれたばかりです(笑)

私もね「昔はよかった。昔はよかった」なんて、ただ、昔に固執しているだけの、おばあちゃんみたいに、未練たらしい意味での
昔を語っているのではないのです。

ここに最近、新しく参加してくださった八咫烏様の書き込みに、私も、非常に同感するものが、ございました。

「生長の家の神の運動なのに、なぜにこんなふうに衰退するのだろうと、疑問がわき、住吉大神はいったいどこにいかれたのかと、
 不信の念が湧くのです。谷口雅春先生のご文章を読むと、やはり生長の家が間違っている筈は無いと思い直し、だったら、この
 現状の意味は,何なのだろうと考えずにはおれません」

このお方の話によると、30年前に青年会をされてたお方で、その当時の青年会のときの友人の手紙で、いまの生長の家のほんものの
教えが無くなってしまった現状を,憂いておられるコメントをされているのです。
生長の家をこころから愛していらっしゃる心情が、ヒシヒシと伝わって来るご文章だと思いました。

そして、「進歩とは、原点回帰から起こりますが、、、」ともおっしゃってます。

私は、50年以上まえに入信しましたが、この八咫烏様が、入信されたという30年前とは、
全国青年大会は、まだ30,000人の参加者は。、あったとおもいます
それにひきかえ、今は 1,000人です。

いったい、生長の家は、どうしてこうも衰退してしまったのか、とお嘆きになるのは,当然です。

昔のことを、われわれが語るのは、「進歩とは、原点回帰から起こりますから、、」

この深い理由から語っているのです。生長の家の眞の復活を祈り,願っているからです。

1662志恩:2012/03/18(日) 14:39:09 ID:.QY5jUA6
それから私は,最近、生長の家に触れられた人に対して、昔のまましか、振る舞わないということは
いたしておりません。

子供たちや、お嫁さんにだって、生長の家の真理の話をするときがありますが、今は,今です。
でも、雅春先生の真理は、今でも充分に通用しています。ほんものの真理は、古くても新しいのです。

1663志恩:2012/03/18(日) 14:53:18 ID:.QY5jUA6
1661
×シンシュク
○ヒンシュク

 江戸っ子は、「シ」と「ヒ」が、ごっちゃになるんですよね、ももんがさん(笑)

私は、以前、アサシ シンブンって言ってました。アサヒ シンブンなのに。(笑)

1664うのはな:2012/03/18(日) 15:02:20 ID:El6gIMAw
..1614

「人が真剣に話してんのに!!」などなど、上記の文言はわたしがかつて
話がかみあわない訊け氏にたいして苦情したことと似ているので、わたしのことかと
思いましたが、春らんまんさんにいってるみたいですね。

 悪口だとか疑問を呈する文だとかごちゃごちゃいってますが、なにを書こうが
本人の自由だと思います。
 どんなリアクションをするかも自由だと思いますが、それに対してこれはやめませんかだとか
いちいち要望してくるから、なんて面倒な人なんだろう、なにを話すとか、なにが正しいとかより、
こういういちいちリクエストしてくるところが大嫌いです。
春らんまんさんも大変だろうから、なるべく、こんな人とはまともに話し合おうとしないほうがいいのではないかと
思いました。
トキさんが途中から「まあ、落ち着いて」なんて間に入ってくるのも、おせっかいなかんじですね。

でも妨害する気はないですから、議論でも冗談でもやりたい人はどうぞ。

1665ハマナス:2012/03/18(日) 15:17:15 ID:u5mC.eb2
神の子のみなさま

ありがとうございます。
今日ははっきりしないお天気ですが、心はいつも晴れやかでいたいものです。

はじめにコトバあり  (『新版 生活の智慧365章』P.99より)

 物質発生以前の宇宙とういものを考えてみると、其処には無論「物質」なるものは
存在しなかったのである。そこには“霊”がまだ物質的なものと見える如き波動を起して
いなかったのである。即ち、“真空”だったのである。しかしそれはただの“カラッポ”
ではなく、“不生”の大生命が確固儼然(かっこげんぜん)として存在していたのである。

 不生の大生命が動き出したので所謂る“コトバ”である。これが「元始めにコトバあり、
コトバは神と偕に在り、コトバは神なりき」と『新約聖書』のヨハネ伝に書かれている
ところの真理である。但(ただ)しこの“コトバ”を謂うのは、まだ物質発生以前の
「元始めのコトバ」であるから、物質的発生器官を通してあらわれて来たコトバではない
のである。発生器官にあらわれる以前のコトバ――即ち想念であったのである。
即ち、“真空”と見えている“不生”の生命が想念によって動的に動き出して波動を起こし
たのであって、これが「神の心うごき出(い)でてコトバとなれば、一切の現象展開して
万物成る」である。

感謝合掌

1666ももんが:2012/03/18(日) 15:31:02 ID:XXCuaQns
>>1661

志恩様


志恩様、ありがとうございます。感謝敬白、合掌、拝。


確か、志恩様おしゃる、とおうりなんですが、でも?

ところが、そうでもないのですよ。実際。


婆さんのせいかも、しれませんが、ちゃんと、今の教えとも、馴染んで、やっているんです。


動物で言うなら、共生関係が、自然に出来て、違和感は無くなるようです。


自分でも、納得してやってますから、不思議です。


取り合えず、“馴染む”事て、違和感は越えると、思われます。


糠味噌みたいですね。


心配しないでください、志恩様の様に、素晴らしい方が、無言の御指導してくだされた。それは、それは、素晴らしいの一言に尽きると思っていることに代わりありません。

気が向きましたら、よろしく、おねがいします。

感謝敬白、合掌、拝。

1667うのはな:2012/03/18(日) 15:41:11 ID:El6gIMAw
1665 ハマナス様のこういう投稿は聖典版にされたほうが、話の流れからして妥当だと
思います。

1668ハマナス:2012/03/18(日) 15:45:07 ID:u5mC.eb2
うのはな様

 ありがとうございます。そのように致します。

1669春らんまん:2012/03/18(日) 19:02:02 ID:DEiOHYuw
合掌
ありがとうございます。

>>1620 D 志恩さま。

つらつらと書いていた投稿文が、ミスで無くなり、昇進しつつも、これは出さない方が良かった事なんだろうと思い、
簡潔に返信させていただこうと思います。


春は、そこまで来ていますよ。
これは、浄化と自壊作用と、認めるほかはないでしょう。

あと二日、待っていただれば、書けることもあるなぁと思いながら、
これをしたところでどうにもならないし、
役様が仰っていたように、"現総裁は、神意をくみ取っていない訳ではない"であれば、
現教団派、自壊し、新生するのが神の御心であると思われます。



本当に、



申し訳御座いませんでした!!!




以後、自分への御配慮など、無用で御座います。


再拝

1670役行者:2012/03/18(日) 19:26:38 ID:WLQULbbc

 ももんが様
 志恩さま

 本日は休みを返上して、山梨で開催した講習会に全日参加しました。たくさんの意義深いご講義、そして、体験発表、少人数での聖歌隊と、真剣に聴くと結構、心に響くものがありました。

 さて、進歩か、イヤまた、原点回帰か、ということなのですが、どうでしょうね。
 原点回帰となると、本日の万教帰一の総裁先生のご説明が説得力ありました。
 万教帰一のご説明のときです。
 「すべての教えは、帰るのです。皆様も帰りますね。どこに帰りますか?帰るところが問題です。(笑)・・・そう、生命の実相に帰るのです」
と。

 それに尽きると、私も同感した次第です。

 たしかに生まれながらの現総裁先生・・・行き過ぎのキライはありました。
 ただ、いま置かれた立場から、現状から、どうあっても進歩しようと、日進月歩、後ろを振り替えずの気概を感じました。
 
 また、今回の講義で印象的だったのが、
 「失敗したということは素晴らしいことなのです。
 失敗した自分に気付くことができた自分がいる、そのことがすごいのです。神の子だから気づくのです。
 失敗したら、やり直すのです」
 と。

 なぜでしょう。心に多くの響くコトバが、刻まれてゆきました。

下記、ももんが様の投稿
>志恩様、真に、“訊け”さんや春らんまん様などに 真に、時間あいましたら、宇治の練成で会いたいで すね <

 そうですね、ここの掲示板投稿者みなともに、総裁先生をお迎えしましょう。
 来ていても、お互い誰が誰なのか、まったく分からなかったりして・・・(#^_^#)

 訊けさあ、ホント狐に摘まれた感じですよね。
 それは総裁先生からのご連絡がなければ信じられないことです。
 当然です。 
 
>>1586

訊けさあ


>また(以下も出来れば書きたくない)・・・・そ もそも総裁と一緒に練成会を などと云われて、真顔になれますか(笑)もう「な んの冗談だ!?」てな感じな のですけれども・・・・ むろん、そんな機会があるならば完全にお受けし ます。でも皆さん、少々 冷静になられてはいかがでしょう・・・・総裁がそ んな意志、持つと思われます か?
 また、もしもそんな意志お持ちならば、こんな 公開の場でそんな提案、さ れると思われます?・・・たぶんそんな意志を(く どいが〝もしも〟)持たれ たならば総裁先生・・・私にメールで送信されるの ではないでしょうか?(私 のメアド、堂々公開してますし)<

 
 当然の感情です(^_^;)

           合掌

1671役行者:2012/03/18(日) 19:36:21 ID:WLQULbbc

 春らんまん様

 
 > 役様が仰っていたように、"現総裁は、神意をくみ 取っていない訳ではない"であれば 現教団派、自壊し、新生するのが神の御心であると 思われます 。<

 ヒンズー教の三神
 維持  破壊  新生

 いま、破壊と新生が直下型で起きようとしているのでは!

          合掌

1672春らんまん:2012/03/18(日) 19:44:58 ID:DEiOHYuw
役様

苦行。お疲れさまでございました。

既に貴殿クラスのかたならば、"疲れる"はずがないと、御承知で御座いましょうに、
このような言葉を使わなければならないことに、イヤな気持を持っています。


私の見込みが違っておりましたので、訊けさんとのプランはありません。

それで、春らんまん本人のアクセスを考えましたが、これも無理のようです。



ご期待に添えなく、大変申し訳ないのですが、

貴組織の維持に、こちらとしては心を砕いたけれども、御期待は応えられなかった、という
真に、申し訳ございませんでした。


陳謝再拝

1673HONNE:2012/03/18(日) 19:51:56 ID:jtmmmlXY
「失敗したら、やり直すのです」
そのとおりです。そしてまた、失敗をした責任をとるという「けじめ」も必要なのです。
人から責任追及をされてということではなく、「神の子の自覚」ということになりますが・・・。

1674役行者:2012/03/18(日) 20:22:30 ID:WLQULbbc

 春さま

 ご丁寧に、即返信いただき、ありがとうございます。

 現組織は必ず、すべての存在、団体を生かす方向で、新生すると信じております。

 このような、責任の取り方もあるかと存じます。HONNEさま!
 

 今後の訊けさあの投稿を期待してます。
 私はまだあきらめておりません。ただ、訊けさあの気持ちもわかると言っているのです。
 
 春さまの現組織の再生計画、お見事ですが、部外者の訊けさあにしては、一体何が起きようとしているの!?
 と云う気持ちも分からないではないと云うことです。
 バーチャルの世界の出来事がリアル化する過程において、あまりにも突然・急速でオノノいていると思うのです。
 

 上告の結果が来る前に、斯様な計画を考えて下さり、そう方のお膳立て・慈愛深さには、心より感謝申し上げます。

         感謝合掌

1675うのはな:2012/03/18(日) 22:22:55 ID:El6gIMAw
「訊け」管理人様へ

 あなたがわたしが数々のストレス疾患を起こすほど、あなたとのやりとりに疲弊し、
そんな中での「こっちが真剣にはなしてるのに」など私の文言のようなものを取り上げたので、
こっちもいわせてもらいます。

 あなたは私にもこの際イライラしますというのはなしにしましょうよ、だとか、
その私の感覚で、というのはやめませんか、と去年からなんだかんだとわたしに提案要望していましたが、
そっちが人を怒らせること、イライラさせる話、マンガなどを書きながら、
こういうのはメンドーだからやめてもらいたい、こんなリアクションはやめてほしいなんて
勝手じゃないですか。

 あなたが勝手に議論でも和解論でも漫才でもやるのは自由でしょうが、
こっちが貴方が望むような反応論議をするとは限らないし、その期待に添わなくては
ならないということもないでしょう。それは私だけじゃなく、誰でもそうだと思います。
誰もあなたの論争ゲームの理想の相手役を演じてるわけではありません。

 それに、決め付けはよくないとか、もっともなことをいわれていますが、
こういうところでは、というか私の常識範囲では、ただ単に、誰かが私はリンゴが好きだというような発言をすれば
どうも彼女はリンゴや果物類が好きみたいだ、みたいな決め付け話をし、それで、実際誰かが、
私はリンゴが食べたいっていっただけで、果物好きなんて決め付けないでほしいって、
いちいちそんなことに決め付けられた、妄想を現実化する、誤解が多いと取り沙汰しないんですよ。
だからあなたの話は面倒なんです。

 前にもいいましたが、これは誤解している、決め付けてると思う文言は、訊け氏にもあります。
でもそれを問題にするほどのことかと思っています。
あなたとは意思の疎通がうまくかみあわない、話がかみあわなくて、疲れる、それで十分世間では通用する話だと思っています。
他の方と理屈遊びをされるのは自由ですが、今後、二度と私には、和解がどうだこうだと
能書きたらしてこないでください。

1676トキ:2012/03/18(日) 22:35:21 ID:W.ObYPds
役行者 様

 ご報告、ありがとうございました。もし、ご紹介の通りの内容を総裁が発言されたのなら、その点は素直に賞賛したいです。
また、他の点でも、同意できる意見だと思いました。

1677「訊け」管理人:2012/03/18(日) 23:00:06 ID:???

>今後、二度と私には、和解がどうだこうだと
>能書きたらしてこないでください。

 私が今回、貴女に対しまたしても、なにか能書きたらしたことになってませんか?

>ただ単に、誰かが私はリンゴが好きだというような発言をすれば
>どうも彼女はリンゴや果物類が好きみたいだ、みたいな決め付け話をし、
>それで、実際誰かが、

 そりゃあ、「リンゴが好きだ」と云っているわけでありましょう。それなら果物
が好きだ、そんな断言をなされようがなんら、問題はないですよ。おっしゃる
とおりです。

 私が問題にしているのはたとえば、宇治をツマラナイと云っていないにも
関わらず「そう云った!」と連呼すること、これになります。または今回のよ
うに、なにも貴女には申していないにも関わらず、冒頭掲載箇所のようなこ
と(うのはなさんに能書きたれないで)を掲載されるような行為が該当します。
おふざけナシの真顔返答をすれば、まあこれ「非常に迷惑です。」

>あなたとは意思の疎通がうまくかみあわない、話がかみあわなくて、疲
>れる、それで十分世間では通用する話だと思っています。

 真顔で返答しましょう。答えは「否」です。そんなもの世間では、十分通用
するなんてこと、「ありません」

 以上です。

合掌。

1678うのはな:2012/03/18(日) 23:32:12 ID:El6gIMAw
貴方が今回書いたのは春らんまんさんのことだと前に書いています。
たまたま其の中に私が言ったかのような文言が見受けられたので、書かせてもらうと
断っています。本当にいつもいつも通じない奴だな 

 あとの宇治がどうとかいうのは面倒だから読んでません。
宇治に行き気はないとか、酒が飲めないから飲めるところいいとか、つまらないとか
そんなことを書かれていたと思います。それが読み間違いでも、妄想でも
決め付けでもそんなことを問題にしてくる性格が面倒だといってるんです。
愛国本流管理人さんが怒る気持ちもわかります。
少しは反省したらどうでしょうか。無理でしょうけど。
このあとなんだかんだいってきても、こたえないですよ。

1679神の子さん:2012/03/18(日) 23:57:17 ID:lH9TEtpk
>>1678救いようのないバカ

1680神の子さんへ:2012/03/19(月) 00:01:52 ID:El6gIMAw
おまえみたいなバカに人が救えるか?
オモイアガルナバカ!!

1681うのはな:2012/03/19(月) 00:05:33 ID:El6gIMAw
>>1680

失礼しました。上の神の子さんへというのは、うのはなです。
救いようのないバカと口出しのアホに贈ります。

1682うのはな:2012/03/19(月) 00:50:17 ID:El6gIMAw

訊け管理人さんへ

 まだ確認していませんが、たしか志恩さんか他の人が宇治がツマラナイとか
書かれていました。まちがいだったらあやまります、といいたいところですが、
わたしは、あなたのそういうこういったいわないと問題にする性格がいやだ、
こんなことで言い争いのようになりから嫌だといってるんです。
本流全部をバカだといった論争でもそうじゃないですか。
もし仮に私や誰かが宇治がツマラナイといったり、本流全部をバカにしてるみたいだとかいったって、
それが貴方にとってなにか相当な名誉毀損になったり、問題になりことですか。
果物の問題を例えにしたのはそういう意味です。
リンゴといったかミカンといったかのちがいで、そんなことを問題にする、こんなことで
言い合いになるのは、あなたぐらいだ、だから嫌だといってるんです。
世間で通用しない、否だといっても、私の周辺や警察では通用しましたよ。

1683うのはな:2012/03/19(月) 00:51:10 ID:El6gIMAw
問題になり 訂正 問題になることですか

1684ハマナス:2012/03/19(月) 01:00:52 ID:u5mC.eb2

神の子のみなさま
こんばんは。

役行者様
 山梨の講習会について教えて頂きありがとうございました。

>原点回帰となると、本日の万教帰一の総裁先生のご説明が説得力ありました。
 万教帰一のご説明のときです。
 「すべての教えは、帰るのです。皆様も帰りますね。どこに帰りますか?
帰るところが問題です。(笑)・・・そう、生命の実相に帰るのです」と。
 それに尽きると、私も同感した次第です。

 たしかに生まれながらの現総裁先生・・・行き過ぎのキライはありました。
 ただ、いま置かれた立場から、現状から、どうあっても進歩しようと、日進月歩、
後ろを振り替えずの気概を感じました。
 また、今回の講義で印象的だったのが、
 「失敗したということは素晴らしいことなのです。
 失敗した自分に気付くことができた自分がいる、そのことがすごいのです。
神の子だから気づくのです。失敗したら、やり直すのです」と。
 なぜでしょう。心に多くの響くコトバが、刻まれてゆきました。<


この掲示板でも、多くの方が、“和解”を願っていらっしゃいます。
私もその一人です。
今日、『真理』第一巻を読んでいましたら素晴らしいご文章がありましたので、
投稿させて頂きます。重要なテーマですので、こちらの板にいたしました。

「どうも真理と云うものは先入観を積んで置いて、その立場の上に立っていたら理解
することは出来ないのである。自分の考えを喉まで一杯入れているその立場を捨てて
いないから、そこでいくら説いて貰っても、光は、充ち満ちておっても、古い考えの
酒に酔って目が舞っているからそれがわからないということになっているのです。
そこで生長の家では、すべて自分の立場を捨ててしまえというのが教えの根本になって
いるのであって、「天地一切のものと和解せよ」と云うのも、自分の立場を捨てた時に、
はじめて天地一切のものと和解出来るのであって自由自在になれるのであります。
何でも或る立場に立っていると、立場とか形に左右せられてしまって、どうしても自由を
失うのであります。こう振り向いた時に有利であると思ってもその足場が狭いのが邪魔に
振り向けなくなる。そこで自分の立場とか足場とかいうものを捨ててしまって、何にも
なくなった時、即ち「空中遊歩の真人」と云うように自由自在になれるのです。
その時にはじめて我我は本当の自由を得て、そこに神の子の実相が現れて、不完全も不自由も、
一切の悪いものが何もかも殲滅(せんめつ)して、好いものばかりが現れてくるのであります。
 
すべて世の中の争いとか恨みとかいうものが起こるのは、こう云うように、姑は姑の
立場をもち、嫁は嫁の立場を持ってそれと放さないというようなことから起こるのであります。
この立場を捨てることを「出家」と云うのでありまして、「出家」と云うのは決して頭を丸めたり、
墨染めの衣を着たりすることではありません。自分が今まで生活していた立場から出てしまうことで
あります。
そうでないと本当の真理がわからないからお釈迦様も出家せられたのであります。」 
  
(『真理』第一巻 第十二章  「花王石鹸の山崎高晴氏のこと」旧版P.189より)

1685うのはな:2012/03/19(月) 01:01:44 ID:El6gIMAw

 それに、わたしは宇治をツマラナイとか、あなたがそういったと何回も
百回もその後いってません。
それこそあなたの妄想だと思います。

 宇治をツマラナイと言っていない、それが問題だというのなら、訂正しなくちゃいけないですが、
最初にそういった人にも注意したらいいと思います。

 そして、それが気になるなら、そのとき僕はそんなこといってないよと
抗議するなり、忠告したらいいじゃないですか。
トキさんとの話に割って入ってきて、本流バカ発言問題になったときも、わたしは
すぐに、それはこういう意味ですと補足しました。
それでその話は終ったのかと思ってたら、あなたがたとえば貴女は本流全部をバカだといったとか
こんなことをサラリという、と言ってきて、あの長々としたやりとりがはじまったんでしょう。
そうなるから、あなたとは話しがかみわないといってるんです。
それで通用すると思いますよ。
どっちにしても、そんなことをああだこうだといってくる性格が大嫌いで憎悪さえします。
生まれてはじめての不慮出血のようなものも起こったし、本当に厄病神のように思っています。

1686うのはな:2012/03/19(月) 02:03:20 ID:El6gIMAw

 「訊け」管理人さんへ

 それにあなたに何かいうと、関係すると今日のように神の子さんだとか、以前は
さくらさんだとか、最近ではa hope さんだとか、周囲の人の干渉が入って話が余計に
ややこしくなったりします。
 義春氏なんかでも殴ってやろうかとおもうぐらいケンカ腰になってきたりして迷惑でした。
そういう意味でも厄病神みたいだし、そんな人とは和解できない、波長があわない、かみあわないから
嫌だといっても。世間では通用すると思っています。

 それにあなたのように、生長の家の男性信徒たちからクレームが来てる人、
マッチポンプといわれているような人が「生長の家では和解しかない」なんていうと、
説得力がなく、余計に和解から遠退きそうだという感じがします。

1687志恩:2012/03/19(月) 06:33:51 ID:.QY5jUA6
うのはなさま

再度、話題になってるので、訊け君が、宇治を”つまらないと言った”ということで、私が、訊け君に怒った件の文章は、
短文なので、下記に貼りますが、

http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/11346/1311411528/1570

これは、素直に読めば、いかにも、宇治は,つまらない場所。
そんなつまらない場所でなく、たのしい繁華街の方で,飲みながら,話し合った方がいいと自分は思うのだ、
と言ったように、とれますが、
しかし、
後で,訊け君は、それは本意でなかったと、言い訳のコメントを載せてました。

自分は、ほんとは、そうじゃないのに、確かに「宇治をつまらないと言った」と誤解されるような書き方をしたことも認めておられます。
それで、この件は、一件落着した筈でしたのに、訊け君一人が、ずっと気にしていて

その後、訊け君は、”宇治をつまらないと言った訊け管理人です”なんて、他の板に、自ら名乗って現れたりしてて(笑)
自虐ネタなんだよね。

うのはなさんは、その件については、
他の板に書いてあったがと、たった一度しか言ってないのに、訊け君は、今後も、うのはなさんに、言いつづけられるだろうと、
なんやかんや言って、取り越し苦労しているだけのことです。

うのはなさんも私も、この「宇治つまらないと取れる発言」の件で、訊け君を責め続けたりしませんのにね(笑)

訊け君て、結構、気にし屋さんなんだね。うのはなさん。

1688ももんが:2012/03/19(月) 06:58:52 ID:XXCuaQns
神の子皆様、おはようございます。本日も素晴らしい朝がやって参りました。元気に、明るく、楽しく、感謝して、素晴らしい日にしていきましょ!ありがとうございます。


〜いのち回廊より〜

人生は自分自身が作曲し
自分自身が演奏する音楽のようなものである。
その中に必ず自分自身の性格や感情や
想念や知識の広狭や深浅さがあらわれてるのであるから自分の人生を良きものにするためには、
それは自分の作品なのであるから
自分自身の性格を陶治し、感情を醇化し、想念を高潔なものとし、
知識を広め深める努力をつむことが必要なのである。

〜『神と偕に生きる真理365章』201㌻


役行者様、講習会、御参加されたとのこと、御疲れさまでした。
それから、ハマナス様、私の、“嫌がらず、ハイ”とする、“姿”素敵です。
私は、此からも、“信仰版”にハマナスの御言葉は書いていただきたく、思います。

それでは、神の子の皆様、本日も、嬉しく、楽しく、元気に素晴らしい日をお過ごしください。ありがとうございます。合掌、拝。

1689志恩:2012/03/19(月) 07:07:13 ID:.QY5jUA6
1669:春らんまん 様

春らんまん様は、
 「春はそこまで きていますよ。これは、浄化と認めるほかはないでしょう。

  。。。。。。。。。。。。。。。。。
  役様が仰っていたように”現総裁は、真意を組とっていない訳ではない”であれば、
  現教団派、自壊し、新生するのが、神の御心であると思われます。」

 と書かれていますが、

それに対するように、
1670:に書き込まれた、教団の役行者様のご文章によりますと、
昨日、役行者様は、山梨の講習会に全日参加されて、総裁のご講話の内容が、
今までと違い、
(今までの、つい最近の話ですと、生命の實相との決別宣言と取れる発言をされてたのに、
 昨日は総裁は)
「生命の實相に帰る」という発言をされたと語っておられます。

それで、役行者様は、”破壊と新生が、直下型で起きようとしている”、と書き込まれておられます。

これは、どうなのかは、総裁の今後の行動を拝見していれば、すぐに、目に見えてくることではないでしょうか。
いままでの総裁は、口では、うまいこと言って、やることは、それとはウラハラに、あこぎでしたから。

『生命實相に帰る』と,発言されたのなら最高裁へ上告している行いは、どうするのか。取りやめるのか。
社会事業団との和解と謝罪のための、話し合いに応じるのか。今までの数々の横暴な行いをした方達に謝罪されるのか。
雅春先生を尊敬していなかったのに、急に尊敬されるように心変わりされたのか、

それらのことを確かめるには,総裁の今後の
行動を、拝見してからでないと、ほんとかどうか、総裁の眞の想いの真偽は、判断出来ないと思いました。

1690復興G:2012/03/19(月) 07:15:47 ID:ojEbkDH2

>>1659
ももんが様。

丁寧なお返事、ありがとうございます。
昨日朝、私の >>1651 は、書きかけで出かけなければならない時間になったため、わかりにくい文で終わっていました。昨日は一日忙しかったのでその後お返事できず、申し訳ありませんでした。
また中途半端なことを書いてもいけませんので、今日は一日かけて、私の申し上げたいことを一応まとめてから、投稿させていただきたいと思います。しばらくお待ちくださいませ。ありがとうございます。

1691「訊け」管理人:2012/03/19(月) 08:01:03 ID:???

>ハマナスさま

 チ  ェ  ス  ト  !!

――――――――――――――――――――――――――――――――
 そこで生長の家では、すべて自分の立場を捨ててしまえというのが教えの根本になっているのであって、「天地一切のものと和解せよ」と云うのも、自分の立場を捨てた時に、はじめて天地一切のものと和解出来るのであって自由自在になれるのであります。何でも或る立場に立っていると、立場とか形に左右せられてしまって、どうしても自由を失うのであります。こう振り向いた時に有利であると思ってもその足場が狭いのが邪魔に振り向けなくなる。そこで自分の立場とか足場とかいうものを捨ててしまって、何にもなくなった時、即ち「空中遊歩の真人」と云うように自由自在になれるのです。その時にはじめて我我は本当の自由を得て、そこに神の子の実相が現れて、不完全も不自由も、一切の悪いものが何もかも殲滅(せんめつ)して、好いものばかりが現れてくるのであります。
――――――――――――――――――――――――――――――――

 やや飛んだ印象の話を掲載します。以前、復興Gさまが言われておられ
たことなのですが、「法燈継承」に関連し印象深いことを述べられておられ
ましたよね。趣旨としましては、「総裁の法燈継承よりも重要なことがある」
というものでした。そしてその、総裁の法燈継承よりも重要なものは、「我々
ひとりひとりが法燈を継承しているのか」、それが問題だ、といったものであ
りました。貴女さまのご謹写箇所を拝読しながら、閣下ご言及の件を思い
出しておりました。

――――――――――――――――――――――――――――――――
 すべて世の中の争いとか恨みとかいうものが起こるのは、こう云うように、姑は姑の立場をもち、嫁は嫁の立場を持ってそれと放さないというようなことから起こるのであります。
――――――――――――――――――――――――――――――――
 
 方便的な言い回しになりますが、まあ、最初に赦した方が「ホンモノの生
長の家である」、こう思います。
 そしてそんなことを実行することで「法燈継承」、これを行って参りたいと
思います。ありがとうございました。

1692役行者:2012/03/19(月) 08:04:59 ID:WLQULbbc

 志恩さま

 いつも、ありがとうございます。
 今回も、同板の流れを分かりやすく解説くださり、感謝しております。

 その〜・・・下記文章なのですが・・・

>昨日、役行者様は、山梨の講習会に全日参加され て、総裁のご講話の内容が 今までと違い(今までの、つい最近の話ですと、生命の實相との 決別宣言と取れる発言をされてたのに 昨日は総裁は) 生命の實相に帰る」という発言をされたと語って おられます <


 これ、ちょっと飛躍的ご文章でございます。
 総裁先生は、確かに公案的な表現が多いので誤解を受けやすいのです。しかしその〜以前から生命の実相とは決別宣言をされてはないですよ。なぜなら、コトバの大切さは生命の実相そのものですから・・・
 代表者会議のとき、公案的な表現のため、聖典『生命の実相』を軽視するような発言と受け取られやすいことは確かにありました。
 それを、【生命の実相との決別宣言と取れる発言】とは、いささかニュアンスが違うように感じます。


 なお、今後の展開のことについては、志恩さまの仰るよう和解の方向で話し合いが行われることを切に希望します。 

          合 掌

1693役行者:2012/03/19(月) 08:15:18 ID:WLQULbbc

 訊けさあ

 チェストー!!!

>方便的な言い回しになりますが、まあ、最初に赦 した方が「ホンモノの生 長の家である」、こう思います。
  そしてそんなことを実行することで「法燈継 承」、これを行って参りたいと 思います。<

1694「訊け」管理人:2012/03/19(月) 08:30:47 ID:???

>役さあ

 ・・・・実はその言葉、「最初に赦 した方がホンモノの生 長の家である」です
がこれ、私のブログ読者の言葉です。

 ・・・・『生命の實相』を読むくらいの読書階級です。けっこうレベルが高い方
が多いのです。そしてそんな方々はもう、掲示板など見切りをつけてそして、
個人で伝道などされておられます。

 表に出てこないだけです。もうかなり本流掲示板的な言説や、御教えに
反するお話し等・・・・「完全に看抜かれている」と思ったほうがよいと考え
ます。アジって扇動できる相手ではないですって、『生命の實相』愛読者は。

1695神の子さん:2012/03/19(月) 12:54:41 ID:DNHeR0Ug

 訊けさあ

 >表に出てこないだけです。もうかなり本流掲示板 的な言説や、御教えに 反するお話し等・・・・「完全に看抜かれている 」と思ったほうがよいと考え ます。アジって扇動できる相手ではないですって、 生命の實相』愛読者は<



 私もそのように思います。
 8割方の御仁は、大概のことには惑わされないでしょう。
 しっかりとされてますよ(#^_^#)

1696役行者:2012/03/19(月) 12:56:01 ID:DNHeR0Ug

 上記投稿文は、もちろん平成の役行者です。
          合掌

1697志恩:2012/03/19(月) 16:44:50 ID:.QY5jUA6
教団亭・役之助も傍流亭・チェストも

何が,言いたいの?
ふたりそろって。

本流掲示板=教えに反する?
おかしいことを、おかしいと言ってるほうが、間違いで、
やりたい放題やってる方が,正しいと言うのね。

「最初に赦した方が、ホンモノの生長の家」?
おみおつけで、二人とも顔を洗ったほうがいいと思います。

赦すも赦さないも、ないでしょう。法的に間違ってる方が、裁判をがんがん起こしてさ。
元職員様が、おっしゃってたでしょう。
社会事業団の方は、話し合いに応ずる姿勢があるんだって。

あとは、総裁の方の問題では、ないですか?

うのはなさんが、怒るの,無理ないわ。
言ってることが、おかしいもの。

1698春らんまん:2012/03/19(月) 19:00:44 ID:SWGnYSag
こんばんは。

先日の山梨講習会に参加した人から情報を聞きましたが、講習会参加者は1000人は切っているのは明らか、
500人いたのかな?という感想も聞きました。

山梨は、会場は分散していないのではないでしょうか。

現総裁の"生命の実相に帰る"発言は、参加していた私の知人は、"寝ていたので、聞いていない"ようなので、事実確認出来ませんでした。

1699復興G:2012/03/19(月) 19:04:50 ID:ojEbkDH2

ももんが様へ。

>>1518 で ももんが様は
>昨晩も、雅春先生の講話を“拝聴”しながら、ねむりました。雅春先生曰く『地球も、生命である。』と言われおりました。そして、『地球=天之御中主神』との事だそうであります。結論としては、“大生命=地球を、大切しなくてはいけない。”との雅春先生の主張でありました。<

 と書かれておりました。それについて、少しの疑問を持ちながら、考えておりました。もう一度、くわしく私の思うところを述べます。
 1651で投稿した文がすでに遠くへ行ってしまいましたので再掲載させていただき、そのあと新たな書き込みを投稿させていただきます。

   ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 「地球も生命体である」。このことに疑問はありません。
生命体とは、生きものということです。
 地球は、地球上のすべての生きものを生み出した元の生命体です。生命体のみが新しい生命体を生み出すことができるのですから。動物と植物だけに生命があり、鉱物には生命がない、とする考え方はもはや過去のものとなりました。
 そして地球を生み出した元の太陽系、太陽系を生み出した元の宇宙も、当然生命体です。
 生命体には、必ず「一つ」の中心があります。人間に「脳髄」という中心があるように。
 宇宙も生命体ですから、ただ一つの中心があります。
 その中心というのは、空間上の一点というような中心ではありません。「中(みなか)」の心であります。
 それを、「天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)」というのです。

 すべては「一」なる天之御中主神の展開であります。
 天之御中主神以外に存在するものはないのであります。すべては「一」であり、すべては「自」であって「他」なるものはないのであります。それが実相であります。

 生命体には、ただ一つの中心がなければなりません。複数の中心を持つ生命体というのはありません。細胞にだって細胞核という中心は一つです。
『地球=天之御中主神』と谷口雅春先生が言われていると、ももんが様はおっしゃいます。ここで「地球」と「天之御中主神」を「=」 で結ぶことにはちょっと「?」がつきます。
 むろんすべては天之御中主神の展開ですから、地球も当然、天之御中主神から鳴りひびいて顕現したものです。その「地球」には、当然「人間」も含まれますよね。人間と対立する地球なんて、あり得ません。

 ――以上は、>>1651ですでに一度アップロードした書き込み。これからが新たな書き込みとなります。――
<つづく>

1700復興G:2012/03/19(月) 19:05:26 ID:ojEbkDH2

<つづき> 2
 すべては「一」なる天之御中主神の展開であります。わが生命もまた、根源的に天之御中主神の展開、顕現であります。「私」なるものは、ないのであります。すべては神なのであります。

 日本民族はすぐれてその自覚を持ったので、「君民同治の神示」にありますように、(以下、抜粋引用)

<(前略)人間生命が神より生れたる神聖なるものであるという自覚が、その外延であるところの国をも神より生れたる国であるとの神聖性を要求するのである。この要求が、神によってその国が造られたのであるとの神話を創造するのである。…(中略)…観る心の要請が身体に於ては脳髄の存在となり、国に於ては永遠の元首なる、無にして絶対であり、一切の主であるところの天皇の存在を要請するのである。天皇の神聖性は、人間自身の生命が神聖であるところから来る。…(中略)…人間は自己自身の神聖性の故に神造の国家に神聖降臨の神話を創造してその歴史の中に住む自己を観るのである。天孫降臨とは人間自身すなわち民自身が天孫であり、神の子である自覚の反映にほかならない。…(中略)…主客一体であり、君民一体であり、民は君を拝み、君は民を拝む。民を拝み給う治は、君を拝むところの事と一体である。治事一体であり、治めると事えるとは一体であり、君民同治である。天皇は絶対者にましますとは、観る主体たる人間(民)の絶対性より来る。…(後略)…>

 という素晴らしい国体を創造したのであります。

 谷口雅春先生は
 『日本国家の理想とは何であるか。それは「宇宙の理想」と一つのものである。「宇宙の理想」とは釈尊の説く金波羅華(こんぱらげ)の世界であり、キリストの祈りである「みこころの天に成れる世界」である。日本国を“侵略国”と誣(し)いる者は何者ぞ。去れ!! 日本国は世界の救世主たる使命を帯ぶ。』(『聖なる理想・国家・国民』15頁)と書かれています。

 この「日本国」とは、現象の日本ではなく、大和の理念なる実相の日本国であり、「大和の国の神示」においては「大日本世界国(ひかりあまねきせかいのくに)」と表現されているものであります。そして『叡智の断片』においては

 『「敗戦前、真の日本なし。敗戦後、真の日本なし。現象裡、真の日本なし」前後際断の「今即久遠」にのみ真の日本あり。真の日本を知らざる者は日本人に非ず。』

 と書かれているところの「真の日本」であります。そして「久遠天上理想国実現の神示」に

 「イエス・キリストも『み心の天に成るが如く地にも成らせ給え』と祈ったが、実相世界では既にひとつの極身(きみ)に統一せられて、常楽の浄土となっているのである。……形の世界が心の世界の影であることが解り、実相世界が久遠常住の世界であると言うことが判れば久遠皇統連綿と言うことは実相世界の久遠常住性が最も迷いの念なしに形に顕れたのが日本国だと言うことが解るのである。……生滅常なき現実世界が変じて久遠実相世界の常住性を顕現するには、常住性ある国がひろがりて常住性なき国を包みて、十六方位の世界を一つの常住性ある永遠滅びぬ世界としなければならぬのである。……」

 とあり、この日本の実相顕現こそが世界の真の平和、神の国実現への道となるのだということです。
 このことは、生長の家の教えの中核にあたるところであると思います。
<つづく>

1701復興G:2012/03/19(月) 19:06:10 ID:ojEbkDH2

<つづき> 3

役行者様が、>>1670で昨日山梨で開催された講習会に参加された報告を書いてくださっており、その中で

>本日の万教帰一の総裁先生のご説明が説得力ありました。万教帰一のご説明のときです。
 「すべての教えは、帰るのです。皆様も帰りますね。どこに帰りますか?帰るところが問題です。(笑)・・・そう、生命の実相に帰るのです」と。<

すばらしいご説明です。
ところで、その「生命の実相」とは、「みこころの天に成る世界」であり「日本の実相」である、ということですね。その背景がなければ、空々漠々たるつかみどころのないものになってしまいます。
生長の家は中心帰一の教えであります。その「中心」は神意であり、「日本の実相顕現」である。万教はスメラミコトに帰一することによって、世界平和が成就する、ということです。それ故に『菩薩は何を為すべきか』にある「人類光明化運動指針」第五条には、次のように明示されているのであります。

第五条 生長の家の各員は、人間神の子の自覚が、日本民族が悠久の昔より世々代々承け継ぎ語り継いで来た「命(みこと)」の自覚にほかならず、生長の家立教の使命が同時に日本建国の理念の現成にほかならない事を明らかにすべきである。
日本民族は存在の窮極を、一切のものの生成の根源たる普遍的絶対者を、天之御中主神として把握し、その「中(みなか)」への帰一とその「中」の展開、即ち宇宙普遍の原理の地上的顕現を日本国家形成の理念とし、天津日嗣とはこの理念のさながらなる継承以外にはなく、天皇の権威は権力をもって思うがままにこの国を支配する権利にあるのではなく、この理念の継承実現にまします事、従って天皇を中心と仰ぐ日本国家の発展は、天皇の人民支配の手段としての国家の発展と云うが如き専制的な性格のものでは微塵もなく、宇宙真理、即ち神意の地上顕現の至純至高の形体としての日本国家の発展である事これが日本神話の理念であり日本民族の理想であり日本建国の精神である。この真理現成の大まつりごとに、神の子として命(みこと)として自己の責任としてまつろい奉る事が実相の成就である事を明らかにすべきである。単に自分の祖国たるのみの理由にて日本を愛するのではなく、東洋と西洋との中間に位して一切を生かす大乗の真理国家たる事が日本の理念であるからこそこの国の国体を鑽仰してやまず、この国の神の子国民として生を享けしめられた所以の深さに感泣し、わが一身もわが家庭もわが生活もすべてこの理念現成に捧げられてはじめて存在の意義を持ち得るものなることを、各自互に明確に自覚し合い、その行動の根拠となし合うべきである。
(ここまでが条文、以下は谷口雅春先生の「解義」)

 ここは非常に重大な一節であります。民主主義かぶれのしている人には解するのに難しいところであります。生長の家は「人類光明化運動」と云うから人類を愛したらいいのであって、日本の国なんかどうだっていいじゃあないか、と考える人があるかも知れませぬが、決してそうじゃあないのであります。皆さんは日本民族の一員として日本人として生れた。その事実に立脚して生きている以上、日本民族と云うものは如何なる自覚を持ち如何なる使命を持って此の地上に誕生したのであるかと云うことほど重大な問題はないのであります。古代の日本人は全て何某の命、何某日子、何某日女と云うように自分自身をも呼び、他の人をも尊称して居りました。日子とは即ち天照大御神の御子と云う意味であり、日女とは即ち天照大御神の女(むすめ)と云う意味であり、すべての人間は命(みこと)であったのであります――命とは即ち「神の生命」そのもの、それが天降って来たのが人間であると云う、そう云う魂の自覚の伝統をもって日本人は日本民族の歴史を作って来たのであります。(中略)
<つづく>

1702復興G:2012/03/19(月) 19:06:42 ID:ojEbkDH2

<つづき> 4

 その神の子とは如何なるものかと申しますと、爰(ここ)に書かれておりますように、「日本民族は存在の窮極を、一切のものの生成の根源たる普遍的絶対者を天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)として把握」したのであります。日本民族はみずからを「命(みこと)」と呼び、日子(ひこ)、日女(ひめ)と称するけれども、決して一人の有限な肉体を持った神様から誕生したと云う意味での「神の子」ではない。日本書紀或いは古事記の神話にあるところの天之御中主神の「中(みなか)」の本源より発したる基本生命の自覚である。(中略)私たちはその「中」の「主」なるところの神様から生れて来たのであって、その中のいのちより出でて中に帰る。吾々は中(みなか)に帰一しなければならない。「神の子」とは天之御中主神の生命が此処に出現して、「中」の理念を実現する為に此処に生きて居ると云うことであります。(中略)
宇宙の一切の物を貫く所の原理に在ますところの神様が天之御中主神であります。その「中(みなか)」の原理と云うものは何処にでも現れて居る◎(ス)の原理であって、それは一切のものには一つの中心があると云うことであります。つまり太陽系統には太陽と云う中心がある。そして周囲に遊星が廻って居る。存在の最小単位である原子にも原子核と云う中心があって、その周囲に電子が廻っている。人体を形成して居る所の細胞にも真中に細胞核と云うものがあって、そして周囲に原形質がある。鶏卵にもちゃんと黄身と云う中心がある。中心がなくなったら、細胞もなくなり、卵は死んでしまうのであります。……原子でも、原子核を破壊したら、原子は崩壊して飛び散ってしまう。吾々の肉体を構成している細胞も、その中心であるところの細胞核を殺してしまったら、細胞は死んでしまう。植物にも幹と云う中心がある。幹を殺したら植物は枯れてしまう。太陽系統も真中にある太陽が放射能を出しつくして冷えてしまうようなことがあったら、太陽系統には生物がなくなる、結局吾々の地球も冷えてしまって人類もその他の生物も死ななければならない。どうしても◎(ス)をもって表象する「中(みなか)」の理念と云うものに一致したときそこに生命があらわれるのであり、「中」の理念によって宇宙の「切のものは生かされて支えられて居るのであります。此の一切存在の基本原理なる「中」の理念を体現した国家、換言すれば「真理国家」の現成が日本国家なのであります。
 天之御中主神の「中」の理念が天降って、天孫降臨(理念の降臨)となり、それが具体化して神武天皇の“八紘を宇(いえ)と為す”(八方の国々を一家庭的邦とする)即ち世界連邦の基礎国家としての「大和」の国の建国となったのであります。
そして、その天之御中主神の理念の継承実現としての真理国家たる日本国の中心核体として其処に天皇が顕れていられるのであります。随って天皇を中心と仰ぐ日本国家の形態は、天皇の人民支配の手段としての国家形態というようなものではないのであります。
<つづく>

1703復興G:2012/03/19(月) 19:07:13 ID:ojEbkDH2

<つづき> 5

 だから日本国は「天皇国家」であると云っても専制君主的なところは微塵もなく、宇宙の真理、即ち神意の地上顕現の至純至高の理想形態としての日本国家の形成であります。天皇あるがゆえに人民あり、人民あるが故に天皇あり、天皇と人民とはその生命の本源に於て一体であり、それが、天之御中主神の理念に随って所を得ているのです。どんな細胞にも、どんな電子にも、どんな太陽系統にも、みんな「中心帰一理念」と云うものが現れているのであります。国家だけが中心のないバラバラの存在であると云うことは宇宙意志の自然の発現にそむくわけであります。その「中心帰一理念」と云うものが、現象界に天降ってきて自然に中心帰一国家を最も理想的に形成したのが日本国でありますから、日本の国家は「宇宙真理」即ち「神様の御心」の地上顕現の最も純粋であり、最も高き形態としての国家であるといい得るのであります。
 民族の特殊性を強調しますと、それは偏狭であって、人類的で無くなるように思う人もありますけれども、実は決してそうじゃあないのであります。どの民族でも、その民族固有の特殊性を完全に発揮することに依って、却って全人類が幸福になるのであります。
 それは何故かと申しますと、吾々人間でも、頭脳は頭脳としての特殊性を持って、その特殊性が「考える働き」であるとするなら其の「考える働き」という特殊性を頭脳が完全に発揮する時にはじめて人体が最も完全に、その生理機能を営むことが出来るのと同じであります。手として生れたものは、手としての特殊性を完全に発揮することに依って人体全体が幸福になるのであります。全ての世界各国の民族も、民族各々の特殊性をよく自覚して、その特殊性を発揮することに依って人類全体が本当に幸福になるのであります。そう云う訳で、日本の国家にも其の個性的な特殊性がある。即ちそれは上述の如き真理国家であって、天之御中主神の理念そのものが実現している万邦無比の国体であると云うことである。……日本のそうした「国の本来の在り方」というものはまことに素晴しいものなのであります。即ち大和国(ヤマトのくに)を基礎国家として、「六合を兼ねて都をひらき、八紘を掩いて宇と為し」世界の国々をこわすことなく一つの家族的つながりの国とする使命を内在する国家なのであります。私たちがこのような国に生れたことは実に有難いことであると云う自覚を持たなければならない。その自覚は自分だけが持っていたら、それで足れりとするようなものではない。この箇条の最後に書いてありますように、各自互に明確に自覚し合わなければならない。「自覚し合う」のであって、互いにその自覚を研き合い、「その行動の根拠となし合う」べきであると示されているのであります。
<『菩薩は何を為すべきか』より「人類光明化運動指針の解義」第五条 より抜粋 終わり>

   ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 以上は、生長の家の教えの、時代が変わっても変わることのない中心、中核である。地球環境問題などはまったく周縁部分である、と私は思います。今、谷口雅宣総裁はこの最も大切な教えの中心、中核のところを欠落させていはしないか、というのが私の疑問点なのであります。ご教示を賜りたく存じます。

1704春らんまん:2012/03/19(月) 19:18:02 ID:SWGnYSag
話せば話すほど、うのはなさんのお怒りがよ良く理解できるようになった、春らんまんです。

役さまのフォローを取り入れれば、"現実を知っていない"のは明らかで、それに対しては道場の余地もあります。

本質的に"尊師の説かれた御教え"が理解出来ていない+"現状の<今の教え>が
いかに本来のものと乖離したものであるかということ・が理解できていない"から、 はたから見ていると"大調和の生長の家に、そぐわないよね"の
傍観者的戯言で終われるのです。

尊師の遺言が"和解"しかないように仰っていることが、致命的です。

尊氏は、"日本の為にならない生長の家なら、一つや二つ、ぶっ壊しても構わない"として、愛国の運動を支援したのです。

"侵略戦争だ"などとしたことが原因で、日本人の多くが祖国に誇りを持てず、神の子の自覚も得られず、自殺していく人間の歯止めが聞かない。
この辺りを、終戦後から、夜も眠られないほどの悲憤をお感じになっていたのに、
"滅びるものは、個人とか、小さいもの???"などとという
タワケた見識で、尊師の遺言とか平気で言う。
(志恩さまの時代の)組織会員であったなら、あり得ない暴言を平気で言っている。。。


私、うのはな様と本当に気持は一緒で、こんな人間に"生長の家のなんたらかんたら"を語って欲しくない。

ビビリかつ自分の特にならないようなことには、決して乗り出さない(組織が窮しているのを、自分が書き込みしながら)、この
無責任・人任せ体質・戦後民主主義の露呈・
はっきり言って、

仲間がいなれば何も出来ない、安心出来ない、
そんなベースボール魂のいたずらっ子と気分は青年?単なる常識知らずに、集まり賛同するのも、たかが知れてますって。



4月30日は、 靖国神社で大見真会ですね!稲田朋美先生がいらっしゃる!!
素晴らしいですね!

うのはな様や志恩様とお会いできれば、これ以上の幸せは御座いません。

ぜひ、ご検討下さい。


再拝

1705神の子さん:2012/03/19(月) 19:56:11 ID:8HSO87Es
合掌 有難うございます

復興G様

素晴らしいご講義有難うございました。感涙いたしました。初めて、生長の家出現の意義が理解できたような気がいたしました。

現総裁に是非聞いていただきたいご講義と思いました。

                                  再拝【未熟な元信徒より】

1706「訊け」管理人:2012/03/19(月) 21:31:04 ID:???

>私、うのはな様と本当に気持は一緒で、こんな人間に"生長の家のなんたらかんたら"を語って欲しくない。

    *
  *@@@*
*@*O*@*
*@*O*@*
  *@@@*
  / * \   ユニット結成おめでとう
   ‖祝‖     訊けより
   ‖開‖
   ‖店‖


 ユニット名は、


 う  の  ら  ん  ま  ん 



 で行きましょう。期待しています。


. . . . . ※※
. . ※@@@※
※@※※※@※
※@※※※@※
. . ※@@@※
. . . ./※※\
. . . . .‖ケ‖. ∧,,∧. . ∧||∧. .
. . . . .‖ン‖.((~(ェ)~)).((P(ェ)P)).
. . . . .‖カ‖/´|.y..|||〉/´|.y..|||〉/
. . . . .‖上‖`|_|=|_|. `|_|=|_|.
. . . . .‖等‖. .し-.J. . . し-.J. .

1707トキ:2012/03/19(月) 22:18:03 ID:LhbYT/hg
 すみません、少し古い話ですが、訊け管理人様の練成会の参加の話題を書きます。

 例えば、私の場合は、組織の現役の会員ですから、生長の家が今日の惨状に至った点には道義的な責任はある訳で、
ですから、何かしなければならないと思っています。しかし、訊け管理人様は、組織に人間ではなくて、組織に在籍
した経験もない訳ですから、信仰の問題についてはともかく、組織の問題で、訊け管理人様に何かをする道義的な
責任はないと思います。

 春らんまん様が、訊け管理人様に期待する気持ちは理解できます。が、教団なり、あるいはいわゆる「分派」の人達
にしろ、頼むのは自由ですが、訊け管理人様のほうが、それを受託する義務はないとおもいます。本人宛の正式な要請ならとも
かく、掲示版上の投稿だけで、しかもHNだけの投稿しかないのに、わざわざ宮崎から京都へ仕事を休んでまで生長の家
宇治別格本山の練成会に行くのを要請するのは、普通に考えて、言われた方にしたら対応に困るし、おいそれとは返事ができないと
思います。仮に、生長の家宇治別格本山に来てくれ、と頼むのなら、極端な話、旅費や練成費用を言い出した人が負担する
ぐらいするのが礼儀だと思います。
 また、総裁が部外者である訊け管理人様へ、掲示版上で練成会参加を呼びかけるのは、やはり信じるのは容易ではないと思い
ます。

 基本的に、掲示版でのやりとりの目的は、意見の交換であります。その意見の交換の結果、具体的な行動をする場合は
ある場合でも、お互いに大人ですから、相手の人格へ敬意を払う事が必要だと思います。春らんまん様の生長の家を
思う至情には敬服しておりますし、ご投稿には感謝していますが、練成会の件は、やはり無理があるように、思って
います。

  訊け管理人様も、御仕事もご家庭もお持ちなのですから、もし依頼をするのでしたら、それなりの道理や礼儀、さらには
本人への直接の連絡が必要だと思います。その点をご配慮の上で呼びかけをお願い申し上げます。


 以上、たいへん失礼な事を申し上げました点、深くお詫び申し上げます。

 今後とも、ご指導、ご鞭撻のほど、宜しくお願い申し上げます。

合掌 ありがとうございます

1708役行者:2012/03/19(月) 22:54:25 ID:DNHeR0Ug

 大江戸亭・シオの姫

 これはこれは、寝る前なのに
、いま、顔を洗い出直してきましたσ(^_^;

 何でもないことですよ。8割方の方は、生命の実相に基づいて判断する知恵を兼ね備えられていて、教団派だ、本流派だと、付和雷同するような方々でない、と言うことでしょう。

 日々、一所懸命、精一杯、超時の今を生き、神想観をし、聖典を読み、愛行を、伝道をしているのです!と言うことかと存じます。

 生命の実相に根ざしている方々の集まりであり、どんな異変が起きても、中道実相を貫き、己をしっかりともっている方々の集まりが、生長の家だ!ということを仰りたいのだと思います。

 そのことと、上告を高裁敗訴のその日に決めてしまう教団幹部の無法ぶりと、一緒にしてもらっては困ります。

 だからといって、本流派の方々に非がないとも思ってません。

 信徒の方々にとって、聖典『生命の実相』と聖経はこの上なく大切なものだからです。
 もういい加減、裁判とかウンザリだ、信徒のことを中心に考えよう!ということでしょう。

 このような最中でも、必死になって個人救済をしている方々を多く占めているのが、生長の家の方々で、このような縁の下の力持ちをたくさん、生長の家で見てきたということを訊けさあは云いたかったのではないか!と思うのです。

 ということで、信徒のことを考えたら、争っている場合ではないでしょう、つまり、許し合うべきでしょ!ということかと・・・訊けさあはそう仰りたいのだと思うのです。

     教団亭・役ノ助より 

         合 掌

1709志恩:2012/03/19(月) 23:01:59 ID:.QY5jUA6
復興Gさま

さすが閣下でいらっしゃいます。私も,感涙しながら、拝読し、神の子様と同じく生長の家出現の意義を、再認識させていただきました。
只今、プリントアウトさせて頂いたところです。

雅春先生が総裁先生時代、詳密講習会というのも開催されておりましたが、
年に何回か、本部にて,全国の最高幹部だけ集めて、詳密実相研修会(正式名ではないかも)も開かれていましたよね。

私は、幹部ではありませんから、会場の大道場には参加出来ませんでしたが、雅春先生のご講義は、全館放送されてましたので、
部屋で事務をしながら,拝聴しておりました。あのころの、高度な内容の、生長の家出現の本質的なご講話を彷彿と思い出して
おります。

閣下は、きっとご出席遊ばされておられたのでしょうね。
大変勉強になりました。ありがとうございました。感謝、礼拝。

1710「訊け」管理人:2012/03/19(月) 23:04:09 ID:???

<私から一言>

 道義的責任がない、それはそのとおりです。しかしまあもしも・・・もしも
、ですよ、春らんまん様の話――総裁が宇治に来る+浄心行を受ける――が
本当ならですよ、行こうじゃありませんか。ええ、宇治に行きますよ。


 ・・・・でも、ですね。・・・・・「おちょくられてる?」てのが率直な感
想なのです。少なくとも現時点は、そうです。
 期待してくださるのは有難いです。そして総裁、私が話せばまあなにか、本
流掲示板の方よりは「仲良くなれる自信も」ありますよ。私の方が世間に通じて
そうですし、まあ、いろいろな方と話すのは得意な方です。期待にはある程度お
応えできるのかもしれません。ですが、春らんまん様・・・・・
 旅費等負担はけっこうですが、宇治に行きましょうか。しかしまあ、行くけ
ど本当に総裁が、来られるのですか?「白襷!!総裁をお助けするのだ」てな
話ではなく、もっと具体的な話でない限り、ううん・・・・

追伸

 それに過去投稿文のご主張となにか、ずれてきておられますよね。まあ、その
過去ご投稿文が見つからないので、記憶だけで語りますが「和解」に関し貴女、
そこまで拒絶反応はお示しではなかったはずです。
 ところがなにか、ここ最近は理由は知らないが正反対(言い過ぎ?)の意見
を表明されておられます(間違っていたら訂正しますが)。このあたりも貴女
のお言葉、解釈に悩むところであります。

1711志恩:2012/03/19(月) 23:26:59 ID:.QY5jUA6
教団亭・役之助 様

おやすみになる前でしたのに、顔を洗い直して出直していらしたんですか。
それはそれは恐縮です(笑)

お気持ちを、おっしゃってくださって、ありがとうございます。

全国の生長の家の雅春先生の真理で、生きていらした方々は、今も愛行されて、
ご自分なりの生長の家も実行もされて、中道実相の本来の生長の家を生きておられますよね。

総裁が、裁判ばっかり、やってますと、今は情報時代ですから、若い方々は、パソコンを
されてる人が多いですから、情報は手に入り易くなっています。
知れば知るほど、若い人、離れて行き、目減りしますよね。寂しいです。

本流にも責任があると言われますが,

信徒は、教団本部が、中心ですから、教団本部(総裁)のことを、生長の家代表として
いつも注目しているものです。役之助様は、いつも中心にいるので、その発言から、全体感覚が、薄れているように
感じますよ。

1712役行者:2012/03/19(月) 23:53:30 ID:DNHeR0Ug

 休む前に、
 大江戸亭・シオの姫

 中心でなく、窓際でございます(/_;)

1713ももんが:2012/03/20(火) 00:27:00 ID:XXCuaQns
>>1703

復興G様

復興G様、大変、素晴らしい、御投稿ありがとうございまた。感謝、合掌、拝。
私は、この御投稿を読んで、感銘は、受けましたが、逆に、復興G様とは、違う捉え方をさせて、いただきました。

私のこの文章の感想を述べる前に、復興G様に、失礼ながら、何個か質問させてもらいます。

、私は、カバー神殿の礼拝を直に、見た事が、ありますが、復興G様は、ありますか?あれは、しては行けない行為でしょか?



、私は、カイラス山の巡礼を見た事がありますが?カイラス山の巡礼は、しては行けないと、思いますか?

、私は、ガンジス河の沐浴に立ち合った事が、ありますが?あの様な、行為は、不定されますか?

、私は、ニコライ堂の礼拝風景を見た事がありますが?
正教徒の礼拝は、やはり、行けない行為でしょか?


、聞いたはなしで、恐縮ですが、モンゴルでは、チンギスハンは神ですが?チンギスハンに、帰一する、モンゴルの人はダメですか?

、チベットでは、ダライラマは、観音様の化身で、活仏です。帰一しては、いけないのでしょか?


少し、屁理屈に思われるかもしれませんが、そうでは無く、実際に、自分が自分で、観たり、体験をとうしての疑問でありました。


言葉が、きついようでしたら、お詫びします。

尚、これは、復興G様へ御質問なのでの、他の方は、お答えしないでください。おねがいします。


では、復興G様、真に、素晴らしい、御投稿ありがとうございました。忙しい中、ありがとうございます。おやすみなさいませ。感謝、合掌、拝

1714ハマナス:2012/03/20(火) 01:00:47 ID:u5mC.eb2


神の子のみなさま
こんばんは。

ももんが様
ありがとうございます。
>それから、ハマナス様、私の、“嫌がらず、ハイ”とする、“姿”素敵です。
私は、此からも、“信仰版”にハマナスの御言葉は書いていただきたく、思います。<

お褒めの言葉をありがとうございます。お言葉に甘えて、これからも“信仰版”に
投稿させて頂きます。

訊け様
 >以前、復興Gさまが言われておられたことなのですが、「法燈継承」に関連し印象深いことを
述べられておられましたよね。そしてその、総裁の法燈継承よりも重要なものは、「我々ひとりひとりが
法燈を継承しているのか」、それが問題だ、といったものであ りました。
  方便的な言い回しになりますが、まあ、最初に赦した方が「ホンモノの生長の家である」、こう思います。
  そしてそんなことを実行することで「法燈継承」、これを行って参りたいと
  思います。ありがとうございました。<

そうですね。総裁先生や幹部の方々だけの問題でなく、我々信徒一人一人の問題でも
あると思います。しっかりと、「神の子」の自覚を持ち、「法燈継承」して参りたいです。


『真理』第一巻の最後の章にまたまた心の響くご文章がありましたので、引用させて頂きます。
新版がなくて、すみません。

    「幸福の時も神を呼びなさい」 (旧版『真理』第一巻P.401より)
 
  キリストは「七度を七十倍たび赦せ」と教えましたが、一体「赦す」と云うことは
どんなことでしょうか。腹が立つけれども、まま怺(こら)えていて我慢するのを赦す事
だと考えている人があるかも知れませんが、それでは形は赦していましても、心の中で
赦していないから本当にゆるしたと云うことにはなりません。本当に赦すと云うことは、相手を
怒りの念で縛っていた心を、釈放してしまうことなのです。
漢字を当て嵌(は)めると「釈(ゆる)す」と云う字が当たるのです。怒りの念から釈放して
自由に「罪なき者」として相手を扱うことなのです。「暴に報いるに暴を以ってせず」
と云うのは形の上だけにもとれますが、暴に報いるに感謝をもってするとか、
「あなたは神の子で、素晴らしい方です」と礼拝をもってするとか云うのが、本当に「ゆるす」
と云うことになるのであります。

 英語の「ゆるす」(forgive)と云う言葉は、for(に対して)give(与える)と云う言葉の
組み合わせによって出来ています。即ち、相手の悪しき心又は言葉又は行為に対して感謝とか
礼拝とかを与えることなのであります。法華経の常不軽菩薩品(じょうふぎょうぼさつほん)には
、常不軽菩薩が自分に石を擲(なげう)つ者に対しても、自分に石の達(とど)かない点まで逃げて
往って、其処から跪(ひざまず)いて「吾れ汝を軽んぜず」即ち「あなたを卑しい者、悪い者とは
思いません。あなたの中には仏様の実相が宿っていらっしゃいますから、屹度、やがて仏様におなりに
なる方であります」と云って拝んだと云うことでありますが、これが即ち悪に対して「礼拝」を与えると
云うことであります。これこそ真に相手を赦すと云うことなのであります。


感謝合掌



 


1715志恩:2012/03/20(火) 06:30:49 ID:.QY5jUA6
春らんまん 様

山梨県のご講習会の参加者数が、1,000人以下で500人くらいかも、
ということで、おどろき、もものき、さんしょのき、でした。

あり得ないほどの、参加者数の目減り。
講話に、魅力が欠ける。参加しても心の救いがない。

それで、一度は誰かに誘われて、参加費用は他人持ちで参加はしてみたものの
次回からは、自分で,3,000円のお金を払ってまで、参加しようと思わない人が
多いのではないでしょうか。

4月からは、講習会のテキストが、総裁著の「脱原発」になるわけで、脱原発の話を
3,000円払って,聞きに行こうか、と、ここをご覧の皆様、心から思われますか?

参加される方は、今までの流れで、とか、お役があるから、とか、義理で、とか。
参加後、明日からの心の活力を講話から頂く事が,出来るでしょうか。

まず、無いね。

1718役行者:2012/03/20(火) 06:55:02 ID:DNHeR0Ug

 本流掲示板で、蒼穹さまが下記のように、投稿されてました。


 >生命の実相を拝読せずして生長の家信徒と言うべ からず 。
 以下、谷口雅春師のご文章。
  それ故にわたしは、既に五十年間に亙って人間 の生命の実相が、″神″の生命であることを『生命の實相』に於いて説きつづけて来たのである。
  かくて私の著書『生命の實相』を読むことに よって、自己が決して「罪の子」ではなく 罪悪深重の凡夫」でもなく、神の生命こそ 自己に宿って、自己の生命となっており、自己 というものが個性的に顕現した普遍的存在であ るという神の真義を知り、自己の生命の尊厳と 本来の円満完全さとを自覚すると共に、今まで、自己の罪悪意識に由るところの″自己処罰″による色々の病気や、不幸や、遭難や、貧乏を克服して、真の自由人となり、自己の生命を本当 に尊重することによって、自己の人生を快適にして、裕かなる楽園たらしめ得ると同時に、周囲の 人々をも救い得た幾多の人々の体験があらわれて来たのである。
 生長の家の信者という人たち は、そのような人達の集まりである。
  立教50年記念出版 谷口雅春著  『神の真義とその理解』はしがき より<

 そのとおりと存じます。
 生長の家の信徒はみな、雅春先生著、『生命の実相』に救われているのです。
 この生命救済への恩義は、第一義的に守らなければならないものでしょう。
 

          合 掌

1719役行者:2012/03/20(火) 08:06:11 ID:DNHeR0Ug

 復興Gさま


 特に、下記投稿に目がとまりました。ホント、いつも素晴らしいご文章を提供くださり、感謝です。

 
 >理念の継承実現にまします事、従って天皇を中心と仰ぐ日本国家の発展は、天皇の人民支配の手段としての国家の発展と云うが如き専制的な性格 のものでは微塵もなく、宇宙真理、即ち神意の地上顕現の至純至高の形体としての日本国家の発展である事。
 これが日本神話の理念であり、日本民族の理想で あり、日本建国の精神である。
 この真理現成の大まつりごとに、神の子として命(みこと)として自己の責任としてまつろい奉る事が実相の成就である事を明らかにすべきである。
 単に自分の祖国たるのみの理由にて日本を愛するのではなく、東洋と西洋との中間に位して、一切を生かす大乗の真理国家たる事が日本の理念であるからこそ、この国の国体を鑽仰してやまず、この国の神の子国民として生を享けしめられた所以の深さに感泣し、わが一身も、わが家庭も、わが生活もすべて、この理念現成に捧げられてはじめて、存在の意義を持ち得るものなることを、各自互に明確に自覚し合い、その行動の根拠となし合うべきである<

 
 さらに、絞り込むと、


 >単に自分の祖国たるのみの理由にて日本を愛するのではなく、東洋と西洋との中間に位して、一切を生かす大乗の真理国家たる事が日本の理念であるからこそ、この国の国体を鑽仰してやまず、この国の神の子国民として生を享けしめられた所以の深さに感泣し、わが一身も、わが家庭も、わが生活もすべて、この理念現成に捧げられてはじめて、存在の意義を持ち得るものなることを、各自互に明確に自覚し合い、その行動の根拠となし合うべきである<

 です。
 我が身国実相顕現、それぞれの家族国・実相顕現、日本国実相顕現、そして人類・世界国実相顕現でしょう。すべてはあい繋がっているものと思いました。

       感謝合掌 再拝

1720復興G:2012/03/20(火) 09:15:59 ID:ojEbkDH2

>>1713
ももんが様。

合掌 ありがとうございます。
早速にレスを頂きまして、ありがとうございます。
ご質問にお答え申し上げます。

>、私は、カバー神殿の礼拝を直に、見た事が、ありますが、復興G様は、ありますか? あれは、しては行けない行為でしょか?
、私は、カイラス山の巡礼を見た事がありますが? カイラス山の巡礼は、しては行けないと、思いますか?
、私は、ガンジス河の沐浴に立ち合った事が、ありますが? あの様な、行為は、不定されますか?
、私は、ニコライ堂の礼拝風景を見た事がありますが?
正教徒の礼拝は、やはり、行けない行為でしょか?
、聞いたはなしで、恐縮ですが、モンゴルでは、チンギスハンは神ですが? チンギスハンに、帰一する、モンゴルの人はダメですか?
、チベットでは、ダライラマは、観音様の化身で、活仏です。帰一しては、いけないのでしょか?<

私は、寡聞にして「カバー神殿」というのは聞いたことがなかったので、「何だろう?」と思い、検索してみましたらこれはイスラム教メッカの「カーバ神殿」の誤りのようですね。
カイラス山はチベット仏教信仰の山で、登頂許可はおりないとか。
ガンジス川はヒンズー教徒にとって聖なる川、神そのものとされる。
ニコライ堂は日本正教会の大聖堂。
チンギスハンは、昔は元寇で日本をおびやかした残虐な悪者というイメージで習いましたが、すごい魅力的な英雄的人物で、最近は日本でも小説に書かれたりして結構崇拝者がいるようですね。モンゴルでは神のように崇められるというのはうなずけます。
ダライラマは、日本にもよく来られますし、映画やテレビではよく観ます。村上和雄さんはダライラマと何度も対談されており、友人のようですね。伊勢神宮にも正式参拝され、感動されたとか。すばらしい方です。

まことに、世界には、多種多様な信仰や礼拝の対象、形式があります。それらは皆、それぞれ意味のあることで、当然、私は否定なんかいたしません。「『生長の家』家族の祈願及び修養」の(二)に「吾らは凡ゆる宗教が大生命より発せる救いの放射光線なることを信じ、他宗をそしらず、他人の尊敬の対象たるものに敬礼せんことを期す」とありますから、生長の家信徒にとってそれは当然のことでしょう。凡ゆる宗教は一つの「中(みなか)」なる宇宙大生命より発していろいろに彩色された真理の光であり、「不二の真理の山頂」に至る登山道とも言えるのでしょう。

また、世界には今195もの国があり、それぞれの国に元首が存在します。日本の天皇がその中で一番えらいのだ、日本が一番すぐれた国なのだ、他の国々は日本に併合されるべきだ――というようなことでないのも、もちろんです。
 しかし、世界に中心がたくさんあって、バラバラのままなのが理想のすがたではないでしょう。生命体には必ず「一つ」の中心がある。神の国には、「一つ」の中心があって、すべてのものは各々個性を発揮しながらその中心に帰一し感謝して生き生き、伸び伸びと生かされ、限りなく生長して行くのが「神の国」ではないでしょうか。
 そういう「大和」の相を、歴史的にも最もよく現し展開してきたのが日本である。だから日本の使命は、神武天皇建国の理想、宣言にあるように、「大和国(ヤマトのくに)を基礎国家として、『六合を兼ねて都をひらき、八紘を掩いて宇(いえ)と為し』世界の国々をこわすことなく一つの家族的つながりの国とする」ことだと、谷口雅春先生は神示を受け、お説きくださっているのだと思います。
 すべては「一つ」から出た。だから「一つ」に帰る。どこに帰るか。家に帰る。生長の家に帰る。生命の実相に帰る。そこは、「中(みなか)」の家であり、スメラミコト(すべてを知ろしめし命(みこと)として拝み給い、処を得せしめ生かしたまう神なる御存在)の家である――それが生長の家なのではないでしょうか。
 それが、生長の家の教えの、時代が変わっても変わることのない中心、中核である、と私は信じているのでございます。

1721ももんが:2012/03/20(火) 11:16:50 ID:XXCuaQns
神の子皆様、おはようございます。本日も、素晴らしい、朝がやって参りましたそして、本日は、お彼岸ですので、御先祖様へ感謝の心を込めて。さあ、元気に、明るく、楽しく、感謝して、素晴らしい日にしていきましょう。合掌、拝。



〜四国巡礼紀行より〜

一つ一つの寺を拝んで歩く。
どこまでも続く道を拝んで歩いていく。

遍路とは、礼拝し、感謝し続ける旅である。

神仏に限りがないよいに、感謝の思いに限りない。

神仏の恵みは、天地四辺に満ちている。

道の上の大空に、その彼方の宇宙に、そして我々の心いっぱいに広がって、道行く人を優しく見守ってくれる。

〜いのちの環・No.25より〜


毎月、“四国巡礼”を楽しく、拝読してます。

私、熊野や、那智大社、高野山、出雲大社、伊勢神宮、と、行きましたが、高野山から、那智、熊野は、やはり、世界遺産になるあり、素晴らしいですね。

地球の全て、宇宙の全てを、この肌に感じることは、素晴らしい、行為だと、おもいました。

それでは、皆様、本日は、お彼岸ですから、御先祖様、お父さん、お母さんに、家族に感謝の日を、素晴らしいく、お過ごしください。ありがとうございます。感謝、合掌、拝。

1722元職員:2012/03/20(火) 11:44:42 ID:???
復興Gさまのご発表!完璧です。

さすがに本部講師!すばらしい。かつての「理想世界」誌を読んでいる気持ちになりました。

雅宣せんせいの・・・ご教育係りに30年前になられていれば・・・

今のような「おかしな事」にはならなかったのかもしれません。残念無念あとのマツリです。

今後ともご指導よろしくお願いいたします。

1723ももんが:2012/03/20(火) 14:13:10 ID:XXCuaQns
>>1720
復興G様

復興G様、お返事下さりましてありがとうございます。感謝、合掌、拝。


まず、

①、私は、カバー神殿の礼拝を直に、見た事が、ありますが、復興G様は、ありますか?あれは、しては行けない行為でしょか?

と?

②、私は、カイラス山の巡礼を見た事がありますが?カイラス山の巡礼は、しては行けないと、思いますか?

ですが、直とではなく、ビデオで、観ました。私としては、直に近い間隔でありましたので、その様な、表現になり、申し訳ありません。

このカイラスの巡礼も、カバア神殿の巡礼も、“天地”に礼拝している、巡礼者に、先日の、言葉が、当てはまると、私は思ってます。

それから、

③、私は、ガンジス河の沐浴に立ち合った事が、ありますが?あの様な、行為は、不定されますか?

これは、本当に、私は、現地で立ち合っいました。河岸で、病死人の腐乱に動物が群がり、また、火葬場では火葬がされていました。対岸は、日本の川と違い、見えません。遥か彼方たと言う感じんです。

河の流れは、速く、そこで、沐浴礼拝をしていました。ここでも、“天地”に対しての礼拝でした。


④、私は、ニコライ堂の礼拝風景を見た事がありますが?
正教徒の礼拝は、やはり、行けない行為でしょか?


ニコライ堂も、たしか、いつだか、忘れましたが、正月の日に、ニコライ堂の礼拝を見学した時の事です。信者の人々は、絨毯に、額を擦り付け、“大地”にひれ伏すように、礼拝して光景を目撃しました。
大地にひれ伏す姿に、”天地“最大の祈りは、世界共通だと、思いました。イスラムも、仏教も、キリスト教も、大地にひれ伏す祈りをすることを知りました。

⑤、聞いたはなしで、恐縮ですが、モンゴルでは、チンギスハンは神ですが?チンギスハンに、帰一する、モンゴルの人はダメですか?

チンギスハンは、モンゴルの人々とっては、日本の人の神武天皇に匹敵する、それ以上の存在です。
また、世界ではじめて、世界帝国と呼べるだけの、ものを作り上げた、彼を、”神“と崇めるモンゴルの人々は、自分達先祖や、天地の神に対して、チンギスハンを通して、“中心帰一”されていると思います。


⑥、チベットでは、ダライラマは、観音様の化身で、活仏です。帰一しては、いけないのでしょか?

チベットのダライ・ラマは活仏です。チベット仏教の教えでは、今のダライ・ラマも、”何回も転生“してる”仏“です。

生長の家式にお話するなら、現在のダライ・ラマの肉体も“現象の姿”であり、何回も魂を転生してるので、本当のダライ・ラマは、”現象のダライ・ラマ“の奥に何回も転生して備わった素晴らしい、活仏であり、存在です。

チベットの人々は、それを、大変、信仰されている。
我が国で、天皇様を信仰するの同じように、信仰し、“中心帰一”されている。と私は思います。


世界の人々は、宗教は、其々の地域、国、風土に、根差して、全ての人々は、”地球=大地=宇宙=天地“に、”ひれ伏し“、”感謝“し、生長の家で、言うところの、“中心帰一”されております。

地球と言う、“生命”に感謝する事は、世界共通の行為であり、命を大切する行いは、神様に感謝する事に繋がりますね。

復興G様は?

>> しかし、世界に中心がたくさんあって、バラバラのままなのが理想のすがたではないでしょう。<<

この様に、世界が観えているのですか?

私は、逆です?

世界には、この地球上には、人間や動植物と同じ、たくさんの、国や、民族が、地域ごとに、別れて、生活してます。

食べ物も、言葉も、文化も、歴史も、宗教も、色々違うから、個性があり楽しいように、思います。

復興G様が、青年でいられた時代より、世界は、狭くなったと、私は、感じてます。

中心帰一は、寧ろ、“神様の無言の智恵”により、“自然に成されて行く”様に、私は、感じてます。


いま、秋葉原や渋谷では、外人と日本語が通じるようです。私も、日本語で、外人のオバサンに駅を教えてあげました。



私は、復興G様のお話、大変素晴らしいとは、おもいました。

日本は日本人は、確か素晴らしい、国です。

しかし、他国にも、素晴らしい物や心はあり、何に中心帰一するかとは、現象の天皇様でなく、天皇様の受け継がれ、天照大御神の魂ですよね。

これを、日本人として生まれたのだから、大切にしましょうと、いうことですね。


〜つづく

1724ももんが:2012/03/20(火) 14:14:23 ID:XXCuaQns
>>1723
〜つづく<復興G様>

それは、究極は、地球や、宇宙、大生命を礼拝する、事に成るわけですものね。
真に、素晴らしい、お話、ありがとうございました。御無礼な、言葉も、たくさん、今回もありましたが、大変勉強になりました。また、よろしくお願いいたします。真、ありがとうございます。御体御大切、感謝、合掌、拝。

1725ハマナス:2012/03/20(火) 18:18:14 ID:u5mC.eb2

神の子のみなさま
こんにちは。

今日は、本部で「布教功労物故者追悼春季慰霊祭」が行われました。
総裁先生は、ハワイで長年大活躍をされ昨年亡くなられた、岩谷レスリー幸於元教化部長の
お話をされました。総裁先生が贈られた花輪への奥様からのお礼のカードを紹介され、
心に残る感謝の言葉が印象的でした。
日本だけでなく、世界の先輩の方々が、生長の家のために、尽くされてきたその思いを
きちんと、受け継いでいかなければならないと、感じました。

    
「創造は衝動」 (『新版 生活の智慧365章』P.100より)  

 宇宙大生命は“真空”と見えながらカラッポではなくして虚空を埋め、それ自身が
想念を起こすことによって万象が展開してあらわれて来るのである。「元始めにコトバ
あり、コトバは神と偕にあり、コトバは神なりき。よろずの物これによりて成り、成り
たるものこれによりて成らざるもの無し」とヨハネ伝に録(しる)されているのは、
このような意味なのである。

“真空”の中にこのような創造力があるのである。“真空妙有”(しんくうみょうう)が
即ち“創造の霊”であるのである。既に“真空”の中に伏在せる“妙有”が内部から
押し出して来るはたらきが“創造の衝動”としてあらわれて来るのである。“宇宙の霊”
の中にこの衝動があり、それが“真空”と見える実質を、みずからの“内部の智慧”に
よって、形ある相(すがた)に設計し、その“内部の力”によって、その形を維持して
いるのである。その“内部の智慧”を混乱に導かず、その“内部の力”を流動しやすい
ように維持するとき、その形は崩れない、即ち、肉体に於いては健康を保ち得るという
ことになるのである。

感謝合掌

1726復興G:2012/03/20(火) 21:11:30 ID:ojEbkDH2

合掌 ありがとうございます。
今日は春のお彼岸で、午前中は地元相愛会の誌友会に出席し、午後は天台宗の菩提寺での彼岸供養会に参加してきました。寺ではご住職だけでなく集まった檀家のわれわれも一緒に「般若心経」を読誦し、法話やお寺にまつわる歴史の話を拝聴しました。集まった檀家の人たちの中で、お経の意味が理解できる人は少ないと思うのですが、私は幸いにも谷口雅春先生にお教えを頂いたおかげで、お経の意味がだいたいわかり有意義な供養の半日を持てたことは、本当にありがたいことだと思いました。
さて――

>>1723
ももんが様。

再びご丁寧なレスをいただき、まことにありがとうございました。世界各地の各種民族、宗派の礼拝行事のことなどお教え頂き、感銘深く拝読しました。しかし、まだ完全に納得はできておりません。またじっくりご教示を咀嚼し愚考を熟成醸成させまして、思いを投稿させて頂くかも知れません。ご無礼の段はお許しください。よろしくお願い申し上げます。頓首合掌礼拝

>>1705:神の子さん様
>>1709:志恩様
>>1719:役行者様
>>1722:元職員様

過分な身に余る讃辞、励ましのお言葉を頂戴し、ありがたく深く感謝申し上げます。頓首合掌礼拝

1727ももんが:2012/03/20(火) 21:20:19 ID:XXCuaQns
>>1609
あさひ様

あさひ様、先日過分な、御言葉、いただきまして、ありがとうございます。感謝、合掌、拝。

私には、過ぎたる、御言葉と思いますが、思うところを直に、書かせて、いただきます。

まず、

①、>付和雷同の方々が多いとしても、何が原因でそのような萌芽がでてきたのでしょうか?<

との事で、ございますが?
カトリックの神父であります。門脇神父様は、禅の見性と、カトリックの霊性を、同じ物と、自らの体験から、同じ物だと、捉えいられるようです。

私も、『自己内在の生命の実相』の自覚と、見性とは、私の体験から、同じと
思います。


イグナチオの体験の中に、真の神を体験する、言わば、門脇神父の言われる、“霊性”の体験が出ていました。

『生命の実相』にも、雅春先生以外の方の、神想観体験があったと、記憶してます。申し訳ありません、曖昧でありまして。


要は、『自己の内のなる実相』を自覚できるようになることでは、無いか、『神の子人間』を自覚できるようになることでは、ないかと、生意気な言葉に成りますが、そう思うしだいです。

真に『生命の実相』を自覚できるようになるには、時間が、かかるのだと、思います。


神性は、全ての人々に、備わっていると思います。


自覚できるなら、聖典の言葉を我が言葉にする事ができるように、なると思います。

“神を我が物にする事。”
ある、聖典に、出ていました。


私も、そう思うしだいです。

未熟な、私が、生意気な事、言いまして、申し訳ありません。

私も日々、努力して、一層素晴らしいくなりたいと、思います。

あさひ様、お返事、遅くなりましたこと、御詫びします。あさひ様、御体大切して、ください、おやすみなさい。感謝、合掌、拝。

1728春らんまん:2012/03/20(火) 22:05:03 ID:dq2HsAl2
皆さま、こんばんは。

訊けさんをパトットで殴り倒し、機能は回し蹴りを食らわしたら、ようやく本音を戴いたようで、これに関しては感謝いたしております。

トキ様、当たり前のことを買い下さって、ありがとうございます。
当方が考えていたのはもっとブっ飛びの非常識式行動です。
ですので、教団の危機に際して、今更悠長なことは言ってられないのですか?
という意味合いで申し上げています。

等の本人様は、おちょくられている感覚のようですが、
私は以前から"現総裁が神の子として新生し、これを願わずにはいられないし、
その為に今の位置にある方だから、拝まずにはいられない"と書いています。
"ニセモノとは和解しない"は当たり前ですから、この方たちが"和解だ、大調和だ"と
言うべき相手は現総裁と現教団側であるにも関わらず、
聖典を護った方たちを小馬鹿にするような見識なので、しこたまキレたのです。
私は、一貫して、"新生・神の子としての現総裁としてしか、和解はあり得ない"と書いていますし、
"なんでも和解しろ"他の論調に乗ったことは御座いません
(勝手にチェストを戴いたことは御座いますが)

そして、既に貴康先生他の御尽力で和解に向けては水面下で進んているように感じられますので、
この案はボツになって、それで結構だったということでございます。


私は、現総裁にも、神の子の新生をしていただいて、本当に幸福になっていただきたい、
それと同じに、
あらゆる本流掲示板から"何もわかっていない"烙印を押されている彼に対しても、
一度、本当に練成を
受けて、目を開いていただければ、と思った次第です。
これは、いつの日にか実現するでしょうから、もうここでは述べません。


お騒がせして、大変申し訳ありませんでした。


陳謝再拝

1729うのはな:2012/03/20(火) 22:36:59 ID:El6gIMAw
春らんまん様の真摯なカキコミのあとで、私が出て来るのは場を穢すようで
恐縮ですが、雑言を書かせてもらいます。

 私にはあなたの言われている内容が底に流れる怒りの感情がわかるような気がします。

 総裁宇治への意見は、大論争掲示板というところでもいくつか読みました。
何人もの人たちが春らんまんさんのような意見を持っておられたけど、総裁が変わることは
なかったようです。
でも現総裁のことならともかく、訊け氏のような人に練成なんてすすめても無駄だと思います。
この人は自分が何もしなくても信徒として当然の疑問だ、意見だといっては、言葉を駆使していたいだけの
人だと思います。
他の男性信者から、もう質問しないでください、自分で調べてくださいといわれていましたが、本流サイトでも
一時訊け氏のことを庇うような意見をかいたことがあったが、それは間違っていたなんていわれています。

そしてトキさまになんたることかと本流投稿者に議論体勢になり、バカにしたようなこといい、
浄心行だ、謹慎だといっては3日もしないで出て来るような人です。
今日も彼がどうしてハンドルを無免許としているのか本流をよく読めば書いてあるのに、
どうして無免許なんてするのと女言葉でからかっています。見ていて恥ずかしいです。

総裁でもどてかぼちゃでも、聖地宇治とは波長が合わないから行かない、と考えると納得できます。

1730あさひ:2012/03/21(水) 01:54:58 ID:/3nxKE2Q
ももんが様

お返事有難うございます。

>、『自己内在の生命の実相』の自覚と、見性とは、私の体験から、同じと
思います。

>真に『生命の実相』を自覚できるようになるには、時間が、かかるのだと、思います。

ということは、『生命の実相』を自覚できるための時間の経過中ということでしょうか?

>(『生命の実相』)を自覚できるなら、聖典の言葉を我が言葉にする事ができるように、なると思います。
というのは私もそう思います。
       
ただ、それがどれほど難しいことか。だからこそ、聖典から学ぶことが必要なのかなと感じていますが。
だからこそ、門脇神父様のような指導者が重要なのでしょうか。

有難うございました。日々学びたいと思います。   合掌

1731あさひ:2012/03/21(水) 02:09:23 ID:/3nxKE2Q
ももんが様

ももんが様のような宗教的教養の広い方はともかく、ふつうの人間が『生命の実相』を自覚できるためにはどんな手立てを提案されますか?お尋ねいたします。

カルトでないかぎり、万教帰一ですが、何教から入っても到達点は同じでしょうが、禅、カトリック、その他、ももんが様はどの門を推薦されますか?お尋ねいたします。

                          合掌

1732「訊け」管理人:2012/03/21(水) 08:20:45 ID:???

>春らんまん様
>うのはなさま

 おはようございます。(実相は)淑女のおふたりへ返信です。なお、片方
の方には霊能者が付いておられます。が、けっしてこのユニットは、お笑い系
ではありません。その点を観客の皆さまに強調しながら、本文へ入りましょう。

 で、返信ですがどんなヴァージョンで参りましょう。お二方がお選びください
ませ。この訊けに於いて以下、どの返信スタイルを希望されるのか「選択」し
て下さいますと幸いであります。宜しくお願い致します。

1)真顔ヴァージョン(聖典を基にガンガン系)
2)お笑いヴァージョン(・・・出たトコ勝負系)
3)オカマヴァージョン(「怖いわよ」系)
4)お願いだから、もう返信しないで

1733役行者:2012/03/21(水) 08:23:05 ID:DNHeR0Ug

 春さま

 >私は、現総裁にも、神の子の新生をしていただい て、本当に幸福になっていただきたい。
  それと同じに あらゆる本流掲示板から"何もわかっていない"烙印 を押されている彼に対しても 一度、本当に練成を 受けて、目を開いていただければ、と思った次第で す。
  これは、いつの日にか実現するでしょうから、もう ここでは述べません<

 いろいろと、生長の家の未来を心配していただき、しかも便宜を図って下さり、心より、御礼申し上げます。
 訊けさあがちょっと(^^ゞ機転が利かなかったようで、いろいろと、ご迷惑をおかけしたことに対して、心からお詫び申し上げます。

 最後は、オチでシメていいものか、春さまの器の広さに甘えて、恋生にいきましょう・・・
失礼しました(__)どうか、アタタカイ目で見守ってあげて下さい。

       感謝 再拝

1734「訊け」管理人:2012/03/21(水) 08:46:55 ID:???

>役行者さん・・・


<補足>

 特に、春らんまん様

 なお1)を選択されるならば事前に、『生命の實相』14巻を予習なさって
おかれてください。「和解の倫理」という章がございます。この章だけを事前
ご拝読たまわりましたらば、愚生主張も容易に了解可能になろうかと思います。

 なぜ事前の予習を希望するかと申しますと、以下箇所に重大な解釈ミスを
認めるからであります。そして以下は同書同章に関連する概念であるからな
のでありますが、貴女さまご発言の以下、

>"ニセモノとは和解しない"は当たり前ですから、この方たちが"和解だ、大調和だ"と
>言うべき相手は現総裁と現教団側であるにも関わらず、
>聖典を護った方たちを小馬鹿にするような見識なので、しこたまキレたのです。

 ここは『生命の實相』14巻です。そしてその解釈は「間違い」であります。

 ニセモノと和解しない、とは上記のような意味ではありません。少なくとも
『生命の實相』14巻ではそう語られておりません。
 貴女さまはあたかも、この「ニセモノ」を相手方の、と解釈されておられま
す。つまり、「相手方がニセモノならば和解不要」かのように解釈されている
フシがある、少なくとも現時点、そう感じます。もしもそうならば、これは間
違いであります。

 雅春先生の申される「ニセモノ」とは、自分側の目です。五官に瞞着され、相手
方に「悪を見てしまう迷い」・・・・これを指して「ニセモノ」と表されておら
れるわけです。よく「サタンよ去れ」と云われますが、その去らせるサタンと
は相手方の悪なのではなく、こちら側の「迷い」なのです。

 ・・・・とまあ、こんな話になるのが1)ヴァージョンです。個人的には、
こちらスタイルでのやり取りを、期待する次第です。いかがでしょうか?

1735うのはな:2012/03/21(水) 09:53:05 ID:El6gIMAw

訊け管理人さんは訊け様は生命の實相を読んでいるのにトラブルが多いですねえといっていた
校長や、訊け君がケンカ腰になると余計にややこしくなるとかそういう意味のことを
いわれていた教頭先生などと遊んでたらいいのではないでしょうか。

きのう、うのらんまんだとかバカげたはなしを読んで気分が悪くなりました。
和解の論理などの講義でも部外者で何の実績もない人から講義を受けなくても、
復興G様でも江戸の爺様でも、内部のものからでも、訊け氏から聞かされなくても
間に合う信者は多いと思いますが、また「ぼくの発表会」をやりたいみたいですね。

 上で、この中からお選びくださいと書いてますが、あなたとは会話がつながらない、
意思の疎通がうまくいかないので、私はどの項目もお断りします。
春らんまん様はどう思われるか知りませんが、どこが現場か特定できるような話をベラベラ調子に乗って
喋ったあげく、彼女たち粛清されませんよね?なんていってる人に関わると何かと面倒だから、
春様もご注意を、、、と思います。

1736うのはな:2012/03/21(水) 10:21:40 ID:El6gIMAw
  最近思った雅宣先生の良いところ

 やくざまがいの部外者に比べて紳士的である。

 末端の女信者から好き勝手に水鉄砲を打たれたりしてるが、質疑応答コーナーでは
 「この答えはこうです」と日時計主義の笑顔で応対する

 75歳の白鳩シスターズを目前にしても、リンリンリンの終了ベルを鳴らさず、
 規定の講話や行事をこなす

1737「訊け」管理人:2012/03/21(水) 10:26:14 ID:???

 はい、ありがとうございました。

1738バカ仲間:2012/03/21(水) 10:33:58 ID:EKjA/Kqs
訊け、
メガミノ部屋でうの婆呼びつけて、上から目線でガンガンやって

こっちでうのはなにマトワリついてるんじゃぁ ない!

オマエが本当に悪い! 面白くない! 信用できない。気味悪い。

2ちゃんで仕事せーーー。

1739うのはな:2012/03/21(水) 10:46:36 ID:El6gIMAw

  魂の向上

「人間は神の子である」ということを教えられても、それが唯単なる観念上の把握にとどまっていては、
「神の子・人間」の実相が現実に現われて来ないものである。

 宗教は単なる哲学でも思想でもイデオロギーでもなく、それは、“実践”される生活でなければならない。
しかもその実践は、訓練を必要とするのである。

 そしてその訓練を教えるのが練成会である。

『いのちを引き出す練成会』 谷口清超 先生著

1740役行者:2012/03/21(水) 11:13:14 ID:47YA/eY6
 ということで、

訊けさあ

 そして、

 春様

 気持ちはよ〜く、分かる_(._.)_
 だけれどもね、私はね、

2)お笑いヴァージョン(・・・出たトコ勝負系)

あんど、

3)オカマヴァージョン(「怖いわよ」系)

 で行きたいのよ。
 どうか、便宜をはかっていただいて、
恋生にいこう! しつこい(;¬_¬)

1741トキ:2012/03/21(水) 11:26:59 ID:K6kpy1HM
>>1738

 ご投稿ありがとうございます。
ただ、そういう言い方は良くないと思います。

1742初子キャディラック:2012/03/21(水) 12:46:25 ID:ixiWFYoQ
とりあえず、おかまバージョンで行くしかなさそうね。
どうせどっちつかずのこの人生。男でも女でも、たいした
ちがいはなさそうだもの。

ニセモノはわが内にあり。これが生長の家の教えであるなら
あたしは認めるわ。たしかにそうだもの。

「サタンよ、去れ!」。サタンは、たしかに内なるサタンであったようね。
他者に悪を認めようとするなら、それは内なる悪を投影することでしか
見いだせない。これが真実。外にある悪をじかに見ることなど、人間に
できるはずがないもの。

悪は見るものではなく観ずるものなのではないかしら。
悪と戦うのは大いにけっこうなことだけど、その悪は誰のものか
ということを、まずは確かめてみる必要がありそうね。外に悪がある
とするなら、それと同じものが自分のなかにもかならずあるってこと。

万人がそれを悪と認めるのならともかく、善と見る人がいると
するなら、あるいは悪とは見ない人がいるとするなら、なぜ自分は
それを悪と見るのか、それを自問自答したほうがよいのかもしれない。
自分のなかの何がそうさせるのか。それを明らかにすることが、
まずは先決のような気がする。

ちなみに、「総裁は真理を知らない」といってる人がいるけど、
それならその人はどんな真理を知っているのか、いちど聞かせて
もらいたいものだわ。突っ込みどころが満載だと楽しいわね。

1743さくら:2012/03/21(水) 12:56:20 ID:XGQFOxIo
初子さん、お久しぶりね、覚えてる?さくらよ。

初子さん、余計なお世話だけど、あまり、女が口だしすることじゃないわよ、
…わたし心配だわ。
ね、それより、女子板で、お茶しない?

1744初子キャディラック:2012/03/21(水) 13:28:12 ID:ixiWFYoQ
さくらちゃんね、おぼえてるわよ。なんか久しぶりだわ。

たしかに、ここはヤバそうだから、あとは「訊け&役行者」様の
ゴールデンコンビにまかせて、女子板でお茶でもしましょうか。
おとなしくしてなきゃね。

でも「訊け子」が割り込んできたらどうするの?女子板もヤバく
なりそうよ。

1745訊子ハラスメント:2012/03/21(水) 14:27:38 ID:???

  聞こえているわよ、初子。

 でも今はムリ。今、ユダヤの手下の手下、の、その部下(関西出身)こいつとケンケンガ
クガクの交渉中なのよ。もう延長戦でヤになっちゃうわ・・・・

 てかあたし、関西弁が超ニガテなのよねええ。「ケンカ売っちょうとか、おはん!?」
てな感じになりがち。でもあたしはぜんぜん悪くない。悪くないから謝らない。

1746うのはな:2012/03/21(水) 14:54:51 ID:El6gIMAw
訊け管理人さんへ、こないだの宇治はツマラナイとわたしが妄想を流したとか、
そんなことでまた口論になりましたが、それについて、思い出したことがあるので書きます。

あなたは、私の文言をまねて、商工会議所にイタ電があったら、と私にいやみのようなことをいい、
何げなくでもこんなことをいわれたらいやでしょう?といってましたが、
その商工関連のことでも、コドモを脅迫されて、でも、本流全部バカだといった?
でも、わたしは、きちんとそのときに補足など説明しています。
これ以上なんだかんだと不満があるなら、出るところに出るから警察にでも
訴えたらいいと書きました。
あなたのように、同じ一語一句を取り上げて、しつこくいいません。
だから、わたしに、其の例をとりあげて、あなたもいやでしょう・
自分が嫌な事は他人にもしないとか子供でも知っています、というのはたとえがちがうと
思います。

1747志恩:2012/03/21(水) 15:00:05 ID:.QY5jUA6
ここの要塞の主(ぬし)

巨像の王様、おかえりなさいませ。
私は、蟻の志恩です。

王様、ご寵愛のさくらさまが、目出たく、ここの要塞に戻られましたから、
きっと、王様の初子デラックス様も,早々に、お帰りくださると、お待ち申し上げておりました。

あたり〜〜ぃでしたわ。

でも、私は、以前のように、貴方様とは、もう、戦いたくありません。

さくら様も、王様の味方。貴方に加勢されてます.それに、,貴方の味方がほとんどの巨像の要塞です。

ゾウ×アリの勝敗は、まともに戦いましたら、誰がみたって、ゾウの勝ちに,決まっていますもの。

どうぞ、ごゆっくり。

1748うのはな:2012/03/21(水) 15:26:03 ID:El6gIMAw

訊け管理人さんへ

 また補足があるので、何回も出させてもらいます。
 わたしがこないだ、もう私に和解だとかいわないでもらいたいという意味のことを書いたのは、
 あなたとは匿名掲示板ではおたがいよくありがちなことでも、こんな妄想を書かれてとか、本流全部をバカだといった
デマを流されてと、問題になり、それについてこちらが説明してもそれで終わらず、
全然わかりませんなど、人の感情を害することをいったり、話の疎通がうまくいかず、
怒る気がなくても口論のようなかんじになって、普通以上に和解が困難だと思ったからです。

宇治ハツマラナイトカ。とかいたぐらいで、こんなにもめるような、ああだこうだといいあいに
なるなんてこと今迄の経験からは考えられません。
他の掲示板からあらしはされ!といわれたり、裁判にかけてやりたい、はやく訴えろといわれている
人だから、こうなるのだと思っています。

それは口では「和解和解」と叫びながら刀でも振り回しているようなので、
わたしに今後「生長の家では和解しかない」などいわないでほしいと思ったからです。

1749訊子ハラスメント:2012/03/21(水) 15:31:09 ID:???

BGM
http://www.youtube.com/watch?v=2bNsI9eXpAc&amp;feature=related

 まだユダヤの手下の手下、その部下(関西人)と交渉中よ。って、
ユダヤって「銀行」のことだけど・・・・って思ってたら、なによ、あんた(うのはな)!

>あなたのように、同じ一語一句を取り上げて、しつこくいいません。


  ふっ(笑)、おもしろい オ ン ナ (笑)

>あなたのように、同じ一語一句を取り上げて、しつこくいいません。

 脳内では、そう編集したのね。オンナの武器よ。使いなさいな。擦り切れる
くらいに、その武器。

>あなたのように、同じ一語一句を取り上げて、しつこくいいません。

 証拠掲載は免除してあげるわよ。ところでご存知?オカマには二種類い
るの。証拠を挙げるオカマとそうじゃないオカマ。私が後者で命拾いね、フ
フフ。


>あなたのように、同じ一語一句を取り上げて、しつこくいいません。

          ブーン
      /⌒ヽ           /⌒ヽ
⊂二二二( ^ω^)二⊃⊂ニ二二( ´ω`)二二⊃
     |    /           |    /       ブ…ブーン
      ( ヽノ           ( ヽノ
      ノ>ノ            ノ>ノ 
  三  レレ         三  レレ

 お花畑で遊んでなさい。

1750志恩:2012/03/21(水) 15:50:46 ID:.QY5jUA6
巨像の王様の初子デラックス様は、おっしゃったのです。

蟻に対して。(下記、貼付けの通りです)


「ちなみに、「総裁は真理を知らない」といってる人がいるけれど、
 それならその人はどんな真理を知っているのか、いちど聞かせて
 もらいたいものだわ。突っ込みどころが満載だ。。。。」

此れは,蟻への宣戦布告に,私は、聞こえました。
 
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/11346/1311411528/1742

1751うのはな:2012/03/21(水) 15:55:18 ID:El6gIMAw

あなたのようにしつこくいいませんとかくと、絶対上のようなことをいってくると
おもっていました。あなた部室版でバカだといった?一語一句をとりあげてあれだけ
口論になって、謝罪したのに、また宇治ハツマラいイといったとか取り上げて、
いいあいになった。そのことをや、何ヶ月も前の事例をとりあげて、
解決したことでも、例にあげてくる、そんなことをしないといってるんです。

あなたはなんのために謝ったり、和解を口にしてるんですか・
証拠がありますとか、それはどこにかいてあるんだ?とか、昔からあなたとやりとりすると、
こっちが犯人容疑者かなにかで尋問でもされているようです。
わたしに不満やうちたいことがあるなら、なぜ、謝罪したんですか・
とにかく、あなたのような人と和解できないということです。

1752うのはな:2012/03/21(水) 15:58:05 ID:El6gIMAw

それに一度否定してるのに、否定していないからだといって、
『光明思想を掲げながら人を排除する精力』の話や操作人などの話を何回も
持ち出されています。

トキ管理人が部室版ができたら落ち着きと思います。といっていた部室版でのことなので、
今後似たようなことがあるならトキかんりにんにも責任を感じてもらいたいと思います。

1753誤字訂正:2012/03/21(水) 15:59:55 ID:El6gIMAw

精力× 勢力○

1754誤字訂正:2012/03/21(水) 16:05:09 ID:El6gIMAw

 それに、ふっおもしろい女だとか、他の投稿者にも、どことなく
人をバカにしたような、からかっているような文言をいつもするのなら、
これから「和解」なんて掲げないほうがいいと思います。

こないだも誰かからバカにしているような言辞だと注意されて、そのときは
謹慎しますといってたようですが。本当に行をされたのでしょうか。

以前ある男性信徒も注意したけど変わってないから仕方がないというようなことを
本流サイトに書かれていました。

愛国本流の管理人さんんも、これでは私が嘘をいったことになる、訴えろだとか、
訊けさんとのやり取りの中でボルテージが上がってしまったようです。

1755うのはな:2012/03/21(水) 16:07:04 ID:El6gIMAw
誤字訂正=うのはな

1756「訊け」管理人:2012/03/21(水) 16:12:17 ID:???

<信仰体験談>

 本日は重要な話があったのです。結論から申せば「◎」でありました。明日
以降も継続される話ではありますが、まず初戦を制しました。

 非常に難しい交渉だったのです。「人間知恵だけでは難しい」、まあそんな
意味になるのですけれども、今回の銀行交渉・・・マジでZ旗が揚がっていた
今日の日でありました。詳しく話せないとは申せ、現在の基準(竹中平蔵策定
)に照らすと「要注意先」に区分される、そんな危機だった弊社であります。
が、な ん と か 回 避 し ま し た 。(無論、合法で)

 先日来、白鳩お姉さん達が、それこそ皆さんで祈ってくださっておられたの
です。私のため〝だけ〟に、そして本日のため〝だけ〟に。もう本当に感謝申
し上げたいところです。生長の家は素晴らしいですね。そしてそんな方々のお
られる組織ですが、大切にして頂きたいと思います。人間知恵で「ムリだ」と
思おうとも、それら全てはこれ・・・・・神の栄光の、現われんがため。

1757うのはな:2012/03/21(水) 16:27:14 ID:El6gIMAw

訊けさん、なにがこちらでどうぞ〜なんですか。
いつでも最後の方になると話をそらすようですね。
わたしの話はとりあえずは、上で終ってますから、こちらでどうぞとか、
こっちにきてくださいでも、仕切ってこなくていいですよ。

1758うのはな:2012/03/21(水) 16:31:11 ID:El6gIMAw

ああそれと、本流掲示板で、訊け氏のことを本当に経営なさってるのか不可解に思うとか、
わたしならこういう人との取引は体よくお断りするとかいう投稿がありました。

それと、愛国本流でも銀行融資を断られるだとか、訊け氏にたいして苦言している記事がありました。
おかしなおんなのコピペをするときに、そっちのほうも貼ったらいいのではないと思います。

1759脱字1758:2012/03/21(水) 16:36:53 ID:El6gIMAw
いいのではないかと思います。

1760初子キャディラック:2012/03/21(水) 17:23:52 ID:ixiWFYoQ
志恩様

総裁は真理を知らない。これはたしかな事実であります。
あたしが問題にしているのは、「総裁は真理を知らない」といっている人は
真理を知っているのか、ということであります。

人間は真理を知ることができない。これがあたしの現在の立場であります。
たとえ総裁であっても、人間である以上は真理を知ることができない。
あたしはこのように考えます。「総裁は真理を知らない」とする発言に
異論はありません。

もしも「真理を知っている」という人があれば、
「真理を知るとはどういうことか」と、このことを訊ねてみたいのであります。

「実相」や「神の子」という言葉をみなさま方は使っておられます。あたしが
訊ねてみたいのは、みなさま方は、この言葉をおなじ意味で使っておられるの
ですか、ということです。もしも「実相」や「神の子」という言葉を、銘々が
それぞれの都合のよいように理解し、異なった意味の言葉として使って
おられるとしても、それでもそれらの言葉は真理を伝えているといえるのですか、
ということです。

「真理」という言葉を、みなさま方はどのように受け取っておられるので
ありましょう。みなさま方は、「真理」という言葉をおなじように理解し、
おなじような意味で使っておられるのでしょうか。「真理」という言葉を、
百人が百種類の異なった意味で使っておられたとしても、それでも
「真理はひとつ」といえるのでしょうか。

百人に百個の真理があるのではないでしょうか。
みなさま方は、確実にひとつのおなじ真理を理解しておられるのでありましょうか。
間違いなくおなじものを信じていると考えておられるのでありましょうか。
「真理を知る」とはどういうことなのでしょう。あたしにはわかりません。

1761春らんまん:2012/03/21(水) 19:33:16 ID:XUDqAHiY
皆さま、こんばんは。
なんだか、イキナリたくさんの人が登場して、面喰っています。

まずは、訊けさん、感情的になって個人攻撃したことについては、謝罪致します。
申し訳ありませんでした。
これについての返信は希望致しません。

うのはな様、色々とレス、ありがとうございました。
自分はうのらんまんって、結構イケてるんじゃないかと(笑)、
それなりに理解しましたので、
(うのはな様と近しくなれて、嬉しいという意味です)
そんなに激怒はしていません。

役さま、この度は、いろいろと御面倒をおかけしてしまい、本当に申し訳ございません。
オチはオカマバージョンがいいかと思います♪


もうすぐ桜が咲きますねぇ。


再拝

1762復興G:2012/03/21(水) 20:43:02 ID:ojEbkDH2

>>1742・1760 :
初子キャディラック様。

 お初にお目にかかります。復興Gと申します。よろしくお願い申し上げます。

>「総裁は真理を知らない」といっている人は真理を知っているのか、ということであります。人間は真理を知ることができない。これがあたしの現在の立場であります。たとえ総裁であっても、人間である以上は真理を知ることができない。あたしはこのように考えます。……もしも「真理を知っている」という人があれば、「真理を知るとはどういうことか」と、このことを訊ねてみたいのであります。<

 ――「チェストー」と言いたくなるような、深いご教示であります。初子キャディラック様は、只者ではない、哲学者、思索家でいらっしゃると感じ入りました。ありがとうございます。

 では――新約聖書ヨハネ伝第8章31〜32節で、イエスは
「汝等もし常に我が言(ことば)に居らば、真(まこと)にわが弟子なり。また真理を知らん、而して真理は汝らに自由を得さすべし」
 と言っています。このイエスの言葉は、どういうことなのでしょうか。考えてみました。

「人間は真理を知ることができない」と初子キャディラック様がおっしゃる、これに私は完全同意いたします。
 イエスは、「汝ら、真理を知れ」とはおっしゃっていません。人間が、「真理を知る」ことなどできないことだと、イエスは知っていらっしゃったのでしょう。だから「汝等もし常に我が言(ことば)に居らば、真(まこと)にわが弟子なり。また真理を知らん」とおっしゃっているのであります。
 では、「我が言(ことば)に居らば」とは、どういう意味でありましょうか。
 それは、同じくヨハネ伝の第1章1〜4節に
「太初(はじめ)に言(ことば)あり、言は神と偕にあり、言は神なりき。この言は太初に神とともに在り、萬の物これに由りて成り、成りたる物に一つとして之によらで成りたるはなし。之に生命(いのち)あり、この生命は人の光なりき」
とあります、その「言(ことば)」に「居る」とはどういうことかと言えば、「太初」の、神の生命そのもの、光そのものを生きる、「吾が生くるは吾が力ならず天地を貫きて生くる祖神の権能」と、己をむなしくしてただただ感謝に生きる、ということであろうと私は思いました。ですから、「私は真理を知った。あいつはわかっとらん」などというのは大うそで、それは真理からほど遠い増上慢なのだと思いました。そうならないように自戒し、謙虚に、感謝感謝で生きたいと思います。ご教示ありがとうございました。

1763ももんが:2012/03/21(水) 22:11:13 ID:XXCuaQns
トキ様、神の子皆様


トキ様、神の子皆様、こんばんは。合掌、拝。

今年の春は、乱気流の、様に、花も遅咲きで、梅と、桜が、同時に、楽しめてます。

春一番も無く、季節の神様は、如何に、お過ごしなのでありましょうか?

地球生命は、やはり、変動を起こしているでしょ。

環境は、かわれば、我らの生活も、変わるので、ありましょうか。


神様の智恵に、委せるしか、ないのでしょか?


さて、全く、話は、代わりますが、禅と武道とは、鎌倉以来、切って切れない中で、ありまして、鎌倉武士の、最大の武器は、“弓”であります。

私の大好きな、唄に、このような、唄があります。


“世の中に弓ひく弓は多けれど誠の弓は足でひく弓”

正に、見事な、唄であります。

分かる人は、分かる、わからん人は、わからん、唄と、思います。


田中忠雄先生の禅の師で、沢木老師の名友でありました。臨済宗の加藤耕山老師も

“地球の裏側に、足がとどく”と言うような、お話をされたと、聞いたことが、ありますが?


神が、有る?無い?と聞いたとて、そんな者は、南泉老師に切られた、猫と同じ。

趙州和尚に成れば、何時で、自由自在に手に入るのです。
わけのわからん、事をいいましたが、生きた事実は、ソッコン、ソッコン、です。

本日は、疲れましたので、トキ様、神の子の皆様、おやすみなさい。感謝、合掌、拝。

1764初子キャディラック:2012/03/22(木) 00:04:55 ID:ixiWFYoQ
復興G様。

返信を間違えて別の板に投稿してしまいました。部室板の#1464です。
お手数ですが、そちらをご覧いただければありがたく存じます。

生意気な書き方をいたしておりますが、真意は、「生長の家」で説かれる
真理を知るのはあきらめざるを得ない、ということであります。こちらは
こちらで、復興G様がいわれるようなかかわり方をしていければと、
このように考えております。真理の二段構え。これは虫のよすぎる考え方
なのでありましょうか。

1765神の子さん:2012/03/22(木) 01:49:56 ID:dXeBmjcg
>1760人間は真理を知ることができない。これがあたしの現在の立場であります。

ほーそうかね、人間は真理を知る事が出来ないかね?

であるならば、さっさと、呼び捨てブログを始末しなさい。

1766志恩:2012/03/22(木) 01:59:20 ID:.QY5jUA6
初子キャデラック様、

1760の返信を、間違えて、「部屋」板のほうへ書き込んでしまいました。
よろしくおねがいします。

1767復興G:2012/03/22(木) 04:05:01 ID:ojEbkDH2

>>1764
>>「部室」板 #1464 :
初子キャディラック様。

私の>>1762のコメントを、しっかり読んで下さいましてレスポンスをくださり、まことにありがとうございました。

>心をむなしくして、己を立てない生き方をすることでしか「真理の言葉」とともに居ることはできない。イエスの言葉は、このようにとらえてよろしいのでありましょうか。<

私は、そのようにとらえたのでございます。
ところで、

>「真理とは何か」という定義そのものの組み換えが必要かと、このように考える次第であります。<

ということでありますが――

「1+1=2」「2×2=4」というのは数学的真理であり、これは人間が知ることのできる真理かも知れません。それは頭脳的真理と申しましょうか。
しかし、宗教的真理ということになると、これは人間が頭で考えて知る頭脳的真理を超えているので、「人間は真理を知ることができない」ということになるのでしょうね。
だから、真理は「知る」ものではなく、「真理の言葉」とともに居る、生きること。「定義する」という場合は、頭脳的に考えて物を言いますから、頭脳的真理を超えたものを定義することはおそらく困難なことでしょう。極端に言えば、不可能なことかも知れません。
しかし、定義しなければならないとしたら、たとえば、次のようなことになるでしょうか。

<<「真理」とは、「真(まこと)」の理であり、「まこと」=「まること」「全て」であって、神である。「理」とはコトバである。故に、真理とは神のコトバである。>>

それで、神のコトバを知るには、人間知恵では知ることができない。己をむなしくしたとき、「神のコトバに生かされている」と知る。「自分」というものはなかった、といったん自分を否定し、宇宙に遍満するすべてと一体のいのちが自分であった、と置き換わってしまうのではないでしょうか。そこに、無限の霊的な喜びがわきあがる!

ありがとうございます。

1768復興G:2012/03/22(木) 06:22:23 ID:ojEbkDH2

ももんが様。

おはようございます。
今日は、いつもより早く目が覚めたので、すぐに神想観をしました。すると、谷口雅春先生著『第二青年の書』の一節が、湧き上がってきました。それは――

   ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

   第二十章 人類光明化蓮動の選士を讃えて

 人類光明化運動の選士よ、神に選ばれたる若人よ。
 諸君は神武天皇建國の日本國に生れたることを誇りとし、慶びとし、この誇りと慶びとを若き人たちに分ち、子々孫々に傳えることを名誉ある使命とするのである。
 諸君は、天孫、彦火瓊瓊杵尊(ひこほのににぎのみこと)の天降りましてより、神武天皇に至るまで、約そ一百七十九萬二千四百七十余年の古き傳統をもて建てられたる日本國に生れたることを誇りとし、慶びとし、この誇りと慶びとを若き人たちに分ち、子々孫々に傳えることを使命とするのである。
 彦火瓊瓊杵尊の天降りを歴史的事實にあらずと疎んじてはならないのである。諸君は天照大御神の御孫の天降りとは、天球すなわち大宇宙を照らし、それを光明化する理念の天降りであることを知るのである。理念は現實に先立つ、日本の現實はいまだ理念の完全さに達せずとも、宇宙を照らす大理想をもって天降り來ったことが日本民族の使命として斯くの如き神話を創造して代々相傳承して來たことが尊いことを知るのである。
 諸君は知る、天照大御神の孫の降臨とは、眞子の降臨であることを。それは神意の傳承、「まことの理念」の傳承のことである。この尊き天意の傳承の下に日本國は肇まったのである。されど、時運いまだ開けず、交通不便にして、日本民族全體が統一國家になっていなかった時代が幾世代も続いたのである。それを『日本書紀』は「是の時に世、荒きに逢い、時、草昧(くらき)にあたれり」というような言葉で表現しているのである。時期の至るまで、神武天皇にいたる多くの世代を通じて、天皇家の雌伏の時代がつづいたのである。単に雌伏していたのではないのである。「かれ蒙(くら)くして正(ただしき)を養い、此の西の偏(ほとり)を治らす。皇祖皇考(みおや)、神聖(かみひじり)にして、慶(よろこび)を積み、暉(ひかり)を重ね、多(さわ)に年所(としのついで)を歴(へ)たり」と『日本書紀』は書いている。暗黒の時代にも、常に「正(ただしき)」を養って來たのが、日本民族の祖先であり、その祖宗は、「神聖(かみひじり)である」ということを知っていたのである。即ち、日本民族は、連綿として、神の靈統をつぐところの「神の子」であるという自覚をもって正を養い、みずからの修養に盡して來たのである。諸君は、斯くの如き尊き傳承をうけつぎ來った日本民族の一員として生れ來ったことを誇りとし、慶びとし、この誇りと慶びとを、若き人たちに分ち、子々孫々に傳えることを名誉ある使命とするのである。

   ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 というご文章であります。私たちが青年時代にしばしば朗読したものであります。

 私たちは谷口雅春先生から直接、>>1699〜1703に書きましたような真理(神のコトバ)を拝聴することができました。それ故に、只今谷口雅宣総裁がそれを直接お説きにならなくとも、生長の家の教えはこの「日本建国の理想」「日本の実相」顕現にある、それは生長の家の教えの中心部分であると信じ続けております。私たちはそれでよいとして、後継者たちにそれが伝えられ受け継がれなければ、神から与えられた使命が全うされないのではないか。それでは日本の使命が果たされず、世界に「神の国」を実現することができないのではないか。それでは生長の家出現の意義がなくなるのではないかと考えますが、いかがでしょうか。
<つづく>

1769復興G:2012/03/22(木) 06:23:15 ID:ojEbkDH2

<つづき>
ももんが様は、>>1723
>世界には、この地球上には、人間や動植物と同じ、たくさんの、国や、民族が、地域ごとに、別れて、生活してます。食べ物も、言葉も、文化も、歴史も、宗教も、色々違うから、個性があり楽しいように、思います。
復興G様が、青年でいられた時代より、世界は、狭くなったと、私は、感じてます。
中心帰一は、寧ろ、“神様の無言の智恵”により、“自然に成されて行く”様に、私は、感じてます。<

 とおっしゃっていますが、この世界は言葉によって創られて行く世界ですから、積極的に言葉の力を駆使するのが生長の家の生き方なのではございませんか。

 たしかに、世界は私の青年時代とは急速に変わってきています。インターネットで世界の人々がつながり、瞬く間に情報が伝わります。しかし、それは必ずしも良い方向にばかりは進んでいません。むしろ破壊的な、悪い方向に向かっているかも知れません。日時計主義とは、問題から目を背けることではないでしょう。正しい光明を見て、それを広めることではないかと私は思います。もっと日本独特のすばらしい「大和の理想」に光を当て、これを伝え広めて行くべきではないかと私は考えます。

 昨年3.11の東日本大震災で、それまで隠れていた日本人の素晴らしさが表に出て、世界から讃嘆されるようなこともありました。天皇陛下の素晴らしさも、改めて国民の魂に刻み込まれました。

 『日本はなぜ世界でいちばん人気があるのか』というベストセラー書を書いた竹田恒泰氏は、まだ三十代のすばらしいオピニオンリーダーです。「神武天皇が実在したことは、疑いようのない事実である」と言っておられ、31歳で山本七平賞を受賞しておられます。こうして、ももんが様のおっしゃるように、中心帰一は「“神様の無言の智恵”により、“自然に成されて行く”」のかも知れませんが、生長の家はその最先端を行く神の啓示を受けて谷口雅春先生がお伝え下さっており、それが生長の家の教えの中心でありますから、私たち信徒はそれをしっかりと受け止め、受け継ぎ、伝えて行くべきではないでしょうか。

1770初子キャディラック:2012/03/22(木) 09:51:22 ID:ixiWFYoQ
>>1765
神の子さま

わたくしは、みなさま方が「真理を知る」という言葉をどのような意味で
使っておられるのか、それがわからないと申し上げておるのであります。
神の子さまは、「真理を知る」という言葉をどのような意味で使って
おられるのでありましょう。

わたくしが使う「真理を知る」という言葉の意味は、「主観と客観の一致」と
いうことであります。「真理を知る」ということが主観と客観の一致である
かぎり、人間は真理に到達できないと、わたくしはこうした立場から発言いたして
おります。

神の子さまはどのような意味で「真理を知る」という言葉を使っておられる
のでありましょう。

1771「訊け」管理人:2012/03/22(木) 10:14:16 ID:???


 ご回答があればこの呼び捨てブログ、素直に始末されましょう(笑)






<付録>

(予想される今後の展開 IN ☆☆掲示板)

 うっかり訊けがクチをすべらせています。ブログを始末できるのは総裁しか
いないからです。ほお?どうした訊けクン、えらく対応が丁寧じゃないか。理由
は初子が総裁だからだよ!!!!・・・(以下妄想日記炸裂)・・・訊けくん
の不用意なエラーでありませう。「始末されましょう」といってくれた訊けくん
に弟子入りしませう。

1772さくら 総裁第一秘書バージョン:2012/03/22(木) 10:31:49 ID:qhp8lIr.
すみません、そこの部外者は、
うしろに下がって頂けますか?

初子キャデラック総裁が、お通りになりますので。

…握手したい?
またですか〜。

あ、聖典は置いてってください、
「次世代への決断」、これ持ってるなら、いいですよ。

1773役行者:2012/03/22(木) 11:07:15 ID:yV77xwkY
 
 >>1728
 

 春さまの仰るとおりかも知れません。
 
 >こ の方たちが"和解だ、大調和だ"と 言うべき相手は現総裁と現教団側であるにも関わらず、 聖典を護った方たちを小馬鹿にするような見識なの で、しこたまキレたのです 。<

この掲示板で、和解を論調しておりますが、
 「果たして、総裁先生のお心に響いているか?このままでは、バーチャルの世界のジャレゴトに終わってしまう。」
 と、敢えて一念発起されたのが、春さんなのでしょう。

 目の前に迫り来る、裁判の結果、それでいいのか?と!

 大変な局面かと存じます。
 

          合掌

1774ハマナス:2012/03/22(木) 14:13:31 ID:u5mC.eb2

神の子のみなさま
 こんにちは。

  地上生活学校への入学  (『新版 生活の智慧365章』P/102より)

 宇宙の本源でありところの大生命を“海”と考えるならば、吾々はその海面に浮かび
上がった一つ一つの波だとも考えることができるのである。併し、波は次の瞬間には
消えてしまっているけれども、人間の生命は須臾(しゅゆ)にして消えるものではない
のである。

 仏教者の或る人は、肉体を盃にたとえ、盃に海水を盛ったように肉体に大生命の一部を
汲み入れたのが人間であるが、その盃が壊れると、盃の中の海水は大海原の水と一如に
なってしまうのと同じように人間の肉体がこわれると、その人の生命は個性も何もなく
なって、“宇宙の霊”に帰一してしまうという風に説く人があるけれども、それは間違い
である。善人も悪人も、修行をした人も修行をしない人も、肉体の死後は、全然、同一の
大生命甲海に融けこんでしまうのだったら、何のために、吾々は切実に道を求め、魂の
向上を願うような衝動が内部から起こってくるのであろうか。そのような不合理のことは
ある筈はないのである。

 吾々の肉体は霊魂が地上に於いて或る修行をし、或る使命を果たすための“法服”又は
“作業服”であって、肉体が人間そのものではないから、肉体が死滅しても霊魂は個性を
失ってしまうことはなく、また別の肉体を着て地上生活学校に入学してくることになる
のである。



魂は、無限向上なのですね。それぞれの人生において色々な場面に遭遇し、問題を解決して
精進して行く。かつて、ある先輩から、「何があっても大丈夫。この問題を解決したら、
どの位自分の魂が高まるか楽しみよね。嬉しい、楽しい、ありがたい!」と、言われた事を
思い出しました。
人間は神の子であり、善一元の世界を教えてくれた、「生長の家」に感謝いたします。

生きていることが、太陽を拝めることが、生長の家のお仲間がいることが・・・・
考えてみると、数えきれない程感謝することが、いっぱいあります。
今日は、すべて人、物に感謝したい心境です。

感謝合掌

1776トキ:2012/03/22(木) 19:39:06 ID:iFhznFvc
私どものところに、「どうしてもわかりませんが、どうしたらわかるでんようかとききにこら
れる方や、また、「長い間生長の家で本も沢山よみ、お詰も何べんもきいて、何もかもよくわかって
いるのですが、少しも善くならないのはなぜかとたずねに来られる方がよくあります。
 こんな方に私は、「わかってどうされるのですか? 宗教学者になられるのですか? それとも評
論家になられるのですか、とおたずねします。「宗教は覚えることでも識ることでもありませんよ。
信ずることですよ。生活することですよ」と申します。宗教の根本は信であり、信とは実感であっ
て、味のようなものであります。味というものは他人の説明や話では絶対にわかるものではありませ
ん。自ら食し、自ら体験する以外に方法はありません。身体で行じ、実践する以外にありません。声
なき声をきき、姿なき姿をみるのでありますから、他人から教えられただけで体得することは出来ま
せん。お話や文章は、参考にはなりますが、直接の救いとはなりません。実理は絶対でありますか
ら、表現出来るものではないのです。表現したものはすペて方便であります。真理は表現出来ないか
ら教えることも出来ません。常局は自得する以外にありません。味を覚えるのは食べる以外に方法が
ないのと同じであります。

 求道においてもっとも大切なのは、礼拝行であり、拝み切ることであります。神に見えるまで拝み
切る行であります。真剣に生命がけで拝み切ったとき、拝むこときえ出来ない自分を発見します。そ
の絶体絶命の境地の中から、神をみることが出来るのです。生長の家はただ合掌し、ただ感謝する教
えであります。拝まなければならないのではなく、拝まずにいられなくなる教えであります。それは
人間なるものの正体が明らかになり、本当の自分を発見するからであります。まことの載れを発見し
自覚するとき、拝まずにはいられなくなり、拝まずにいられなくなったとき、腹の庶から満足感が湧
き、喜びがうまれるのであります。そこが天国であり、極楽であります。救われることを願う必要さ
えなくなるのであります。

 人間は本来神の子であり、神でありますから、敬う自由は与えられているのであります。悪や不完
全なものから逃れて、完全な姿にかえりたいと隈う心が起るのは、自我や欲望ではなく、内在の神性
が覿現しょうとする働きでありまして、この願いがそのまま尊いのであります。私たらは常に神想観
を怠らず、素直にその内なる騒いに耳を傾け、その声に従うことが大切であります。自我から出発し
たものは、欲望であり、要求でありますから、必ず苦痛を伴います。苦痛を伴うものは、無明であり
ますから、そのようなものは極力否定し、相手にならないように努め、常に真実の願いに向って前進
することがもっとも肝腎であります。苦痛や後悔を伴うことは、無明であうますから、断じて妥協し
てはなりません。真剣な蔽いは神意の顕現でありますから、例えどのような結果になっても後悔など
ありません。一時わるい結果があらわれたように見えても、それはより完全へと進む過程であります
から、そんなものに動揺せず、確固不動の信念をもって一途に邁進すればよろしいのであります。

「すべてを癒す道」藤原敏之著 p89

1777ももんが:2012/03/23(金) 06:59:41 ID:XXCuaQns
神の子皆様、おはようございます。今日も、素晴らしい、御天気になりました。さあ、元気に、明るく、楽しく、素晴らしい日にいたしましましょう。ありがとうございます。感謝、合掌、拝。


いや、先日より、小忙しい忙しいです。あさひ様、復興G様、お返事遅れて、申し訳ありません。復興G様へお返事は、もう少し、お待ちください。

あと、志恩様、畑仕事、がんばってください。私も、2年前枯れはてた、ボックスウッドが見事に生きを吹き返しました。生命の力を改め感じました。先日の親戚の方の日本史のお話、大変面白く読ませて頂きました。一部、私の知る説と違うところも有りましたから、改めて、御感想いたします。春の御仕事がんばってください。ありがとうございます。



『生命の実相・第六巻 』
★『なんじ、心を尽くし、精神を尽くす、思いを尽くして主なるなんじの神を愛すべし』


神の子皆様、掲示板にたくさんの“心”を表されております。

でも、神の子皆様の真の心は、渾て、“神を愛する心”から来ていると、私は、信じております。

それでは、本日も、元気に、明るく、楽しく、素晴らしい日をお過ごしください。ありがとうございます。合掌、拝。

1778ももんが:2012/03/23(金) 07:12:33 ID:XXCuaQns
あさひ様

あさひ様、先日は、また、過分な御質問、頂き、恐縮しております。真に、ありがとうございます。感謝、合掌、拝。

私の、答えが、妥当か、どうか、解りませんが、御答えさせて頂きます。

>>ももんが様のような宗教的教養の広い方はともかく、ふつうの人間が『生命の実相』を自覚できるためにはどんな手立てを提案されますか?お尋ねいたします。<<

まず、『生命の実相・第2巻』にこう出ています。


★この存在《もの》の実相《ほんとうのすがた》を知っる力は五官ではない。これは仏教でいえば『阿耨多三ミャク三菩提』すなわち『実相覚』《じっそうかく》といって一種の“霊覚”あります、しかし、”霊覚“と言っても人間の怨霊や動物の霊魂の姿を見るような、第六感ではないであります。このようにな第六感で見える世界はやはり”鏡のように澄みきった“実相の世界でなく、『実相』という鏡の上に『迷い』という息を吹きかけてできた曇りの模様のようなものを見別けるにすぎないのであるます。
で、われわれが、確実に存在《もの》そのものの実相《ほんとうのすがた》を知るには、五官を超越し、第六感さえも超越してこの『実相覚』によるほかないのであります、だからわたしはこの『実相覚』にのみ遠慮なく頼って存在《もの》の実相《ほんとうのすがた》を観ることにするのであります。〜
(104㌻〜105㌻)


★『物質』と『霊質』とは性質においても、本質においても正反対であります。どちらか一方が『実在』ならば、どちらか他方が『非実在』でなければなりません。二元論は自己撞着に陥ります。
存在《もの》の実相《じっそう》をとらえるには『実相覚』によって『一つの神』すなわち、在りとし在らゆるもを在らしめてる一つつの力、生きとし生きけるものを生かしている一つの力を認めねばなりません。『在る』ということと『生きている』ということとは『実相覚』で観れば一つのことであります。在るものはすべて生きている。存在とは生命の別名である。神とは完全の別名である。すなわち存在するものはすべて生命であり、神であり、完全であるのであります。〜(105㌻)


上記に、出てくる『実相覚』とは、正に、生長の家流の、”霊性“や”見性“に当たる、部分と、観てとれます。

要するに、“霊性”でも“見性”でも、そうなのですが、実相を、正しく、観る心を養う事が、必要だ、思うしだいです。

禅や黙想に、正師(正しい指導者)がいるように、神想観の指導も、この“御指導”いただけると、より良く成るような気がします。

私としては、この様な小生意気な事を言って申し訳ないと思います。そう、色々事情もあるし、色々な方がいますから、これが、良い方法とは、言えないと思いますよね。


>>カルトでないかぎり、万教帰一ですが、何教から入っても到達点は同じでしょうが、禅、カトリック、その他、ももんが様はどの門を推薦されますか?お尋ねいたします<<。


私も、あさひ様と、同様に思います。

食べ物や、衣服や、仕事でも、“好み”や“出会い”が有りますし、“向き”“不向き”も有りますから、宗教も、その人、その人により、形が違っても、良いと私は思います。

極端な、お話ですが、例え、“邪教”、“カルト”と現世で思われていても、その方の、“魂の向上”、“心の向上”、“人生の向上”には、必要な事であったのだから、けして、無駄では、無いのだと、私は、思うしだいであります。

禅とカトリックの交流は、可なり盛んです。神父様から、禅坊主に成る人が出たり、禅坊主から、神父になったりと。

アラブ社会でも、禅をしてる話は、聞いたことがあります。

もし、すすめるなら、やはり、禅を、特に、公案禅を薦めたいです。

あさひ様、こんな、ところで、いかがですか?たいした、お話もできませんで、すいません。今度は、あさひ様の、御言葉を、是非、お聞かせくださいませ。いつも、ありがとうございます。おやすみなさい。感謝、合掌、拝。

1779復興G:2012/03/23(金) 15:22:21 ID:ojEbkDH2

ももんが様。

>>1777
>復興G様へお返事は、もう少し、お待ちください。<

 ありがとうございます。たのしみに、お待ちしております。
 ところで、私は明日と明後日の2日間、所用で旅行に出かけますので、いま少し追加の所感を書かせていただきます。

>>1723で、ももんが様は、世界各地で各種民族の方々が、いろいろな形で、神あるいは仏と崇める人に帰一することなどを通して、“天地”に礼拝している、“中心帰一”されているということを教えて下さいました。ありがとうございました。
 教えて頂いたことを要約しますと――
   〜〜〜〜〜〜〜
 カイラスの巡礼も、カバア神殿の巡礼も、“天地”に礼拝している。ガンジス河の沐浴も、“天地”に対しての礼拝であった。ニコライ堂の礼拝でも、信者の人々は、絨毯に、額を擦り付け、“大地”にひれ伏すように礼拝している光景を見た。イスラムも、仏教も、キリスト教も、大地にひれ伏す祈りをする。“天地”最大の祈りは、世界共通だと思った。
 チンギスハンは、モンゴルの人々とっては、日本の人の神武天皇に匹敵する、それ以上の存在である。彼を”神“と崇めるモンゴルの人々は、自分達の先祖や、天地の神に対して、チンギスハンを通して、“中心帰一”されていると思う。
 チベットでは、ダライラマは観音様の化身で、活仏である。チベット仏教の教えでは、今のダライ・ラマも”何回も転生“してる”仏“である。チベットの人々は、それを、大変、信仰されている。
 我が国で天皇様を信仰するの同じように、信仰し、“中心帰一”されていると思う。
   〜〜〜〜〜〜〜
 このように教えて頂いたことをかみしめながら、生長の家の教えを振り返ってみました。

(1)イスラムも、仏教も、キリスト教も、大地にひれ伏す祈りをする。
 生長の家でも、「われ今、天地四方を礼拝して、天地一切のものに感謝し奉る」(『如意自在の生活365章』の冒頭、「新たに生まれるための祈り」)と祈ります。が、そのあとに
「古き天と地と四方一切のものは過ぎ去り、役目を果たし終わりぬ。」
と続き、そして
「霊によって今われ復活せしめられ、物質的肉体意識のヴェールを脱ぎ棄てて、この世界を観、このわが全身を観ずるに、われを含めて天地一切のものが、すでに“霊”であり、“霊”を本質とする霊的存在であることを知ったのである。この世界、この宇宙にはただ一つの霊的実在があるのみである。霊には、物質のごとき、固定した劃壁はないのである。それゆえに宇宙はただ一つの霊なのである。霊は宇宙に普遍して限りなく隔てなく、極微の一点の中にも存在し、極大の宇宙の中にも充ち満ちているのである。これを“神”または“本源神”または“創造の神”とも呼び奉るのである。その霊的実在の中に、神の御心より“想念”浮かび来たる。この“神の想念”を“理念”と称するのである。神の“想念”(理念)とは神のいのちの意識的振動である。意識的振動をコトバと称する。“意識的振動”すなわちコトバには意味と形相とを内在せしめているのである。」
というご教示があります。

 ももんが様に教えて頂いた、各宗各地での祈りも、皆このただ一つの霊なる“本源神”を、それぞれの形で礼拝していることになっているのだとは思いますが、それがどれだけ自覚されているか。生長の家のように
「吾らは凡ゆる宗教が大生命より発せる救いの放射光線なることを信じ、他宗をそしらず、他人の尊敬の対象たるものに敬礼せんことを期す」(「『生長の家』家族の祈願及び修養」の二)となっているか。
<つづきます>

1780復興G:2012/03/23(金) 15:23:04 ID:ojEbkDH2

<つづきです>
眼に見える「形」が存在するとすれば、その「形」は皆それぞれ違うのですから、「他人の尊敬の対象たるものに敬礼」はできない、となっていることが多いのではないでしょうか。ダライラマのように、チベット仏教の法王でありながら伊勢神宮にも参拝されるというような方は少ないと思いますが、いかがでしょうか。

 “中心帰一”とは、「中(みなか)」すなわちただ一つの宇宙霊なる“本源神”に帰一することでありましょう。その中(みなか)なる本源神が、今・此処に、わが内にあってわれを生かし給うている。「中(みなか)」なる神は、天地に遍満していらっしゃるとともに、わが内にましますのである、だから天地四方を礼拝するとともに自分自身の生命を礼拝せよ、外なる神と内なる神は別ものではない、一つなのである――というのが生長の家の御教えでありましょう。そして、天皇を神と崇めるのは、「君民同治の神示」にありますように、
 「人間生命が神より生れたる神聖なるものであるという自覚が、その外延であるところの国をも神より生れたる国であるとの神聖性を要求するのである。この要求が、神によってその国が造られたのであるとの神話を創造するのである。…(中略)…観る心の要請が身体に於ては脳髄の存在となり、国に於ては永遠の元首なる、無にして絶対であり、一切の主であるところの天皇の存在を要請するのである。天皇の神聖性は、人間自身の生命が神聖であるところから来る。」
 それで日本人は日子・日女(天照大御神の息子・むすめ)の自覚から「すめらぎは神にまします」となり、「君民一体であり、民は君を拝み、君は民を拝む」という姿が国体となって展開してきたのでしょう。
 ですから、
 「チベットでは、ダライラマは活仏である。」
 「生長の家では、人間は皆、活仏である。」
 「モンゴルでは、チンギスハンは神である。」
 「生長の家では、人間は皆、神である。」
 ということであって、外に帰一すべきものを求めなくともすべてはわが内にある、という生長の家の教えはまことにすばらしい教えである。そのすばらしい真理をお説きくださいました谷口雅春先生に、感謝せずにはいられません。
 ありがとうございます。

1781あさひ:2012/03/23(金) 15:44:51 ID:/3nxKE2Q
ももんが様

ご回答有難うございました。感謝申しあげます。

せいぜい努力して本当の自分に到達したいものと思います。

宗教からも本当の自分に到達できると思いますが、心理学、フロイト ユング
 ラカン アドラー派などからの自己分析からも到達できるように思います。
なぜなら、人間は無限成長の過程を生きていますから。その時、同行2人のその人の無限の可能性
を信じる付添人が存在するとベストだと思いますが。

ももんが様はどう思われますか?お尋ね申しあげます。

色々有難うございます。     合掌

1782ももんが:2012/03/23(金) 19:58:28 ID:XXCuaQns
トキ様、神の子皆様


トキ様、神の子皆様、こんばんは。合掌、拝

本日は、雨降りの中、如何お過ごしでしでしょうか。

春の一番は、吹かねども、春は、もう来てますね。

さて、以前、『実相と現象』に有りました。雅春先生の、御言葉を、春一番、吹き荒れる掲示板に、今一度貼ります。皆様のお心に甘露法雨降り注ぎますよに。感謝、合掌、拝。


>>『実相と現象』雅春先生著より、こんな、言葉を、発見しました。

★『実相と現象』235㌻〜236㌻

<『団体の幹部、役員、講師たちも、現象の人間としては、あらゆる点において完全無欠とはいうことは出来ないのである。全ての人間はその人間は実相は既にある神の子として無限の完全さを宿しているのであるけれども、現象的には努力によって徐々に開かれて行く最後の完成を目指しているのである。だから団体の幹部、役員、講師たちにも、団体のメンバーから見れば不完全であり、批判の的になる点は無数にあるのである。それは内部で指摘し、批判し、攻撃しあっているでは内部紛争を越して、外部に向かう人類光明化の目的を達成すべき力が弱まるばかりである。幹部といえども普通のメンバー、誌友、信徒たちと同じく、感謝され、称賛され、美点を見つけてもらい、激励されることによって励まされて、実相の完全さが現れて来やすくなるのである。信徒や誌友達は教団の幹部の人達にも現象人間として、色々の苦労があり、悩みがあることを察して、欠点を見ないで、実相の完全円満さを念じて、その円満さ現れる手伝いをしてあげるべきである』〜以上

『実相と現象』より、谷口雅春先生の言葉です。

トキ様、この言葉、現在の、総裁から、教団幹部、分派幹部、(元幹部も含む)、全ての信徒が、聞いて欲しい、言葉かと、思われました。<<

では、では、神の子皆様、おやすみなさいませ。合掌、拝。

1783ももんが:2012/03/23(金) 20:39:35 ID:XXCuaQns
〜コーラン・開扉〜

慈悲ふかく慈愛あまねきアッラーの御名において

①、讃えあれ、アッラー、万世《よろず》の主。

②、慈悲ふかく慈愛あまねき御神

③、審《さば》きの日の主宰者。

④、汝をこそ我らあがめまつる、汝にこそ救いを求めまつる。

⑤、願いわくば我らを導いて正しき道を辿らしめ給え。

⑥、汝の御怒り蒙る人々や、踏みまよう人々の道でなく。

⑦、汝の嘉し給う人々の道歩み給え。


※イスラム、マホメットの神示であります。
是非、皆様の心の内で、聞いて下さい。
合掌、拝。

1784トキ:2012/03/23(金) 21:08:40 ID:Xd3NP8Us
>>1782

ももんが様

 ご投稿、ありがとうございました。

 私が若い頃、ソルジェニーツィンの「収容所群島」という本が話題になっていました。
彼は、スターリン時代のソ連で政治犯として逮捕、投獄された人物で、共産主義を告発した人です。
が、彼が、自分の牢獄時代を回顧したシーンで、こんなくだりがあります。

 彼は、確信のある政治犯だったので、自分の行動が正しいと自信を持っていたみたいです。
(実際、正しかったのですが)。しかし、ある日、自分の軍隊生活を思い出して、ゾッとした
そうです。

 彼は、学生から学徒動員で軍隊に招集され、大卒なので将校になります。そして、将校だった
ので、特権的な待遇を受けます。そういう待遇を受ける中で、だんだんと自分が特別な人間であ
るという意識を持ち、威張るようになったそうです。その頃の事を思い出し、自分は何と嫌な人間
だったのか、と痛感したそうです。
 そして、彼は、スターリン時代の体制は告発したが、同時に、「もし、自分が秘密警察に勤めて
いたら、同じような権力の濫用はしなかっただろうか?」と問いかけ、「これに正直に答えるの
は恐ろしい」とも書いております。

 人間は、間違いをおかす存在です。

 自分も組織活動において、多くの間違いをしました。ですから、他の人を批判する権利はありません。
しかし、間違いを放置するのも良くないと思います。自分がミスをするように、他人もミスをすると
いう発想を持ち、他人の過ちは指摘しても、愛情をもって教えて上げ、謝罪や訂正をしたら、それも
認める度量は欲しいと、自分自身、願っております。

合掌 ありがとうございます

1785ハマナス:2012/03/23(金) 23:12:36 ID:u5mC.eb2

ももんが様

ご丁寧なレスをありがとうございます。
大先輩から、過分なお褒めの言葉を頂き、恐縮しています。
ももんが様こそ、色々の版でいつも素晴らしいことばやご文章を載せて下さり
ありがとうございます。勉強させて頂いております。

信仰体験版に投稿されていました、『実相と現象』のご文章も心に残りました。
一人一人が行事て行かなければならないと、思いました。
“皆様のお心に甘露法雨降り注ぎますように。”も 素敵な言葉です。
いつも感謝しております。

合掌、 拝

1786ハマナス:2012/03/23(金) 23:17:01 ID:u5mC.eb2
ももんが様
 すみません、女子会板への投稿を間違えてこちらに投稿してしまいした。
 たいへん失礼致しました。

 感謝合掌

1787下流の人:2012/03/24(土) 00:32:26 ID:rW.yYvdc

>>その前段にて (7411)
日時:2012年03月08日 (木) 19時17分
名前:童子

 『・・・生長の家では「コトバは神なり」とか「コトバの力」のことを言う場合のコトバは、第一義的には身口意の具体的な表現が生れる前の「想念」や「心の波」のことを指すのであって、

 肉声による言葉やそれを録音テープに収めたもの、あるいは書籍に印刷された文字のことではないのである』


 と、谷口雅春先生の『甘露の法雨』講釈を引用して、結論をもってきていますね。

 この場合「想念 = コトバ」と認証さすことであって、表音文字までを否定してはいかんでしょう。


 

 谷口雅春先生は『維摩経講義』にて

 ・・・普通、仏教では、悟りは言語文字にあらわすことは出来ないと云いますけれども、実際は言語文字にあらわすことが出来るのです。

 悟りの境地を言語文字にあらわすことが出来ないのは、本当には、まだ悟っていないからであります。

 私は『生命の實相』二十巻の中に於いて、その解脱の境地をむつかしい哲学的熟語や、仏教用語などを使わないで表現しました。それゆえにこそ『生命の實相』を讀むだけで、読者の生命の迷いが消え、自縄自縛されていた生命の縛りが解放されて、病気が消えたり、人生百般の悩みが解消したりするのである。

 これは言語文字によって、解脱の境地を表現し得る証拠であります。



 また『ヨハネ傳講義』にては

 吾々は聖書や教典を講義して、一字一句どうであるとわかったとて、そんなことは生命の悟りの前には何でもない。

 吾々が語るのは本の字句の講義ではないのです。聖書に託して自内證の真理を話しているのであります。



読めばすぐ理解できる生長の家本流宣言からのコピペ

1788生命の実相万歳!!:2012/03/24(土) 00:37:15 ID:rW.yYvdc

「生命の実相」は素晴らしい!!!

人間を!地球を!未来を!そして宇宙を救う!唯一無二の大聖典であります。

我々は幸せだ!「生命の実相」と出会えたのだから!  万歳!! 万歳!!

1789ももんが:2012/03/24(土) 07:19:38 ID:XXCuaQns
トキ様、神の子皆様、おはようございます。今朝も、小雨降りしきる日ですが、素晴らしい、朝がやって参りました。さあ、元気に、明るく、楽しく、素晴らしい日にいたしましましょう。ありがとうございます。感謝、合掌、拝。



昨日、御投稿、下されたれた、トキ様、復興G様、あさひ様、SAKURA様、ハマナス様、素晴らしい、御投稿、心にのこりました。

真に、ありがとうございます。感謝、拝。

特に、トキ様、あさひ様、復興G様のお話は、大変、宗教性があり、為になる内容でした。また、改めて、お返事します。

私は、宗教の基本は“冥想“や“祈り”にあると思ってます。

この“行”を“実参実究”しながら、“今”即ち、“現在の自己活きる”事によって、色々と、各自の“心”が、“生長”して育ものと私には思われます。

それでは、皆様、本日も、素晴らしい神の子としての生活を、お過ごし下さい。和解と分派の皆様のご帰還を心より、御祈念します。感謝、合掌、拝。

1790復興G:2012/03/24(土) 09:00:17 ID:ojEbkDH2

皆々様。
合掌 ありがとうございます。

 今やってるNHKの朝ドラは、「カーネーション」っていうのですか、私はときどきチラチラと見るくらいなのですが、今朝は見てて、妻の前で、3回もティッシュペーパーを手にする醜態を演じてしまいました。
 夏木マリ演じるところの主人公小原いと子が、入院中の病院で、患者がモデルになってのファッションショーを開くんでしたか。そこでモデルになる人たちに言う――
 「お客さんは何を見に来ると思いますか? それは、幸せを見に来るんですよ」
 という言葉。そして末期癌を宣告されている患者が、ファッションモデルとして舞台に立ち、
 「私はこの病院の院長、看護師やみなさまのあたたかい愛に包まれて、今、ほんとうに幸せです」
 と笑顔で語る。……私は、泣けました。声を出して泣きたいくらいでした。
 「真理とは、愛である」
 「生長の家とは、愛の家である」
 と、思いました。

 それでは、2日間の旅に出ます。すべての人々の幸せを祈りながら。合掌

1791うのはな:2012/03/24(土) 10:42:43 ID:El6gIMAw
174. 江戸のジジイ 2012年03月24日 07:38
管理人君おはよう。

君にケンカを売り「和解なんてできない」と言いたいだけの様だ。挑発に乗ることは控えるようにしなさい。

昔の愛国運動にいた連中と同じで悲しいものだ。彼らは聖典など学んではいない。生長の家の人だと思って対応すると大怪我する。一言忠告まで。


雅春先生の御教えに殉するエージェント様。おはようございます。
「和解」を口にしながら、刀を振り回していると形容されているのは「訊け」氏のほうですが、
どうも処変われば話も変るみたいで、この話は平行線のままになることでしょう。

 個人提唱家(運動じゃなくて提唱)の訊け氏の周囲には、あいつは精神異常だとか、聖典を読んでいないとか、
統一教会だとか、人を簡単に裁ける、審査できる人が多数いるみたいですね。
ぜひそういう人たちに後進のためにがんばってもらいたいところですが、
これこれこいだから掲示板に参加しないだとか、和解論をやりたいけれど、荒らされるからできないとか、
なんだかんだとぐちぐちいうだけで、実際何もしない、使い物にならないかんじの人が多いようです。

訊け氏もそういう方たちと「女神の部屋」ならぬ「男井戸端会議の部屋」でも
つくって、パソコンの前でああだこうだと正義のヒーローでも気取って遊んでたらいいと思いますよ。
今後はたにんに「デマを流された」「決め付け思い込みはよくない」というのはやめることにして。
だって、あなたたちにそんなことをいう資格はないでしょう。

その場しのぎに「謹慎します」「しばらく来ません」とかいうのは勝手だけど、
これからはいちいち報告しないでもらいたいと思いますね。

1792うのはな:2012/03/24(土) 11:07:06 ID:El6gIMAw

 それと、訊け氏は本流と訊け氏を対立させるような投稿をしたりしている、とわたし
のことを妨害工作員かなにかの話題話へ方向付けしたいようですが、私の見解は違います。
わたしから見ると、訊け氏はほかから「マッチポンプ」といわれるように、訊け氏自身が
何かと本流投稿のことを口にしています。
最近でも他の人たちから訊け君がケンカ腰になるとややこしくなるとか、
訊け氏の本流批判の仕方について注意のような意見があったと思います。
だから、ケンカを売っているとか、議論をふっかけるみたいなことは、わたしから見れば、
訊け氏のほうが本流に対して活発だと思っています。

またわたしとのやりとりでも、他の投稿者との話しに割り込み、「敬意の守備範囲について
教授願いたい」だとか、一度口論になって否定した話題でも、管理人の制止をきかず、
「光明思想を掲げながら排除する勢力」「操作人」などの話題や絵などを
うのはなさんは否定していないといって、何回も持ち出してきて、それが他の人との言い争いにまで
発展しています。

訊け氏が私の文転載のクレームブログをつくったとき、うのはなさんから愛の告白を受けましたとか
いう文に、私は日常で嫌な目にあいましたが、それを訊け氏の妄想のせいでとか、
訊け氏のネガキャンのせいでとか、そういう苦情は出していません。
其の点は不徳の訊け氏とはちがうという点だけ、反論しておきます。

1793うのはな:2012/03/24(土) 11:10:40 ID:El6gIMAw
1460 :うのはな:2012/03/21(水) 19:23:32 ID:El6gIMAw
「他の店のトラブルを持ち込まないように」とお願いしておいたのに、意図的に持ち込んだとしか思えないような混乱を引き起こしているので、その人のご入来をお断りする処置をとりました。

たとえば、186記事に対してレスポンス187で、「あの訊けさんすら」を書き込んだのは「訊け」さん本人で、それにレスして188記事で「笑」を書き込んだのも「訊け」さんで、さらにレスして190で「怒られましたので」を書き込んで親記事の「葵新吾」さんに向っているのも「訊け」さんです。

この人は自分の親友が多い掲示板を持っているのだから、そこで言いたいことを言えば良いはずです。しかし、その掲示板を見ると女性の方と色々あるようで、その掲示板の管理人さんが両方に頭を下げて気を遣っていました。

この「愛国本流掲示板」の管理人は他の掲示板の管理人さんたちのように貫禄も能力も忍耐力もありません。

「訊け」さんが女性がらみのトラブルまで持ち込んでくれたらタマラナイので、ご入来禁止にさせていただきました。

あしからず。


愛国本流掲示板より

1794うのはな:2012/03/24(土) 11:15:02 ID:El6gIMAw
あの方は、「生長の家」に関するブログを出していますが、本当の「生長の家」からズレているのではないでしょうか。


いつまでも女性と喧嘩を続けていますが、ふつうの「生長の家」の人間ならば、
「なぜいつまでも争いが続くのだろうか。自分の心が現れているのではないだろうか。」と最初に考えるはずなのに、結局そのような考えはしない、理解できないようです。

また以前、この掲示板の管理人さんに絡んできた時もそうでしたが、今も「大調和の神示」を錦の御旗にして「本流」に戦いを挑んでいます。ご本人が書いたイラストには、馬に乗った軍勢が前進する絵がありますが、その軍勢の上り旗には「大調和」「和解」などと書いてあります。


数十年前の新左翼過激派が「平和」を大義にして機動隊と争い、さらには内ゲバにまで進んでしまった事とどこか似ています。


また、自称「経営者」も不可解です。
「よくあれだけの時間をブログや掲示板のために取れるものだ。」と驚くだけでなく、そもそも彼のような物の言い方をしている経営者を私は見たことがありません。

「あまりにも軽い」ではありませんか。本流にカルトや暗い勢力が入っていると聞くと、「どれどれ。」と、さっそく出てくる。それもあの人自身が噂を振り撒いたような節があります。



私ならば彼の会社とのお付き合いは、体よくお断り申し上げます。というよりも、本当に「経営」をなさっているのか、どうも不可解です。

1795うのはな:2012/03/24(土) 12:13:26 ID:El6gIMAw

それに江戸のジジイさんて、わたしが、ここでも「女神部屋」でも、
私との話は終ってるんだから閉じたらとか、前のクレームブログでも女神部屋でも
私が反対してるのに訊け氏が勝手に作ったものだということが、いまだに理解できていないみたいですね(笑)

1796宦官の無免許運転:2012/03/24(土) 12:28:37 ID:.TGheg76
<WEB順位>

検索語〝生長の家 本流〟

★1位 訊け
★2位 トキ掲示板
★3位   〃
4位 本流掲示板
5位 愛国掲示板

1797うのはな:2012/03/24(土) 12:40:52 ID:El6gIMAw

でもね、ここの管理人さんは本流アクセス数掲示について軽蔑しているような
発言をされてるんですよ。
そして訊け氏はうのはなさんの2日間の登場でトキさん掲示板よりアクセスが増えてとか、
うのはなさんの字数総数はこれだけで、一日の投稿数はこれだけで、あの人のお陰で
アクセスアップになりましたと、はしゃいでるんです。ここでリンクまでして。
おかしな話ですね。。

1798うのはな:2012/03/24(土) 12:47:12 ID:El6gIMAw
 急ぐことはない  晴れときどき競馬とホークス ブログより

    神は急がない
   
    無限の時間があり  無限の機会がある

    必ず成就する  神が成就せしめる

    神にまかせよ  自然に熟する時が来る


    過去の失敗や不幸を回想してはならない

    過去は過ぎ去ったのである

    反芻して過ぎ去った苦痛を

    もう一度味ふのは愚かなことである


    毎日毎日  過去を捨て去り

    今日を新しく生きるがよい


          谷口雅春師 『女性の幸福365章』より

 というように、谷口先生や春らんまん様の助言とおりに、自己中心的被害者的な
男性の話題はこのへんでやめましょう。静かな週末をくつろいでいる皆様、お邪魔しました。

1799神の子さん:2012/03/24(土) 14:46:44 ID:lH9TEtpk
いやがらせで相手をやっつけたうのらんまんは生長の家のヒロインなのであります

キケ君ブログへの嫌がらせは最高でした(笑)

1800ぼるぼ:2012/03/24(土) 16:29:16 ID:iV0JULqA
>>1798うのはなさん、これもコピペすべき記事でしょう。

真理の言葉って不思議だね。雅春先生がバキュームオイルの求人広告を見た如く、このいいちこブログをめくっていたらこんな記事があった。


 真の宗教は、生を明らめ、生きる道を明らかにし、
 人間の生活をして真に幸福ならしめるところのものである。
 
 真の宗教は決して教会や寺院で勝手に定めて、
 それを信者に強制する教条や規則ではないのである。

 その意味に於いて、却って職業宗教家よりも、
 自由思想家、寧ろ無宗教家と云われている人の側に
 真の宗教を体得した人々があると云うことが出来るのである。

 真の宗教は所謂る宗教家の独占ではないのである。


 真の宗教家はみづから真理を実践し、
 みづから真理の生活をいとなみ、自己の生活に真理を実現し、
 神の智慧と愛と生命とを具象化するものでなければならない。



 人生の行路には色々の迷える人が満ちている。そして苦しんでいるのである。
 或る人は病いに苦しみ、或る人は経済苦に苦しみ、或る人は家庭不調和に苦しむ。

 真の宗教家はかかる人々に面して如何なる態度をとるべきであろうか。
 彼らと同一水準に降り来って一緒に同情の涙をかき垂れて号泣すべきであるだろうか。
 それとも物質的な施しを与えて一時的に救うべきであろうか。


 イエスはラザロの死せるを見たとき、同情の涙を流したことが聖書に書かれている。
 しかし、いつまでも彼は泣いてはいなかったのである。
 「死せるに非ず、寝ねたるなり」と彼は云った。

 同情して涙を流すは現象面のことである。
 現象面にいつまでも吾々は執えられていてはならないのである。
 直ちにひるがえって実相健全の姿を見るとき、却って其の相手は復活し救われるのである。

 又、イエスは病にて脚の立たぬ病人にただ「起きて床をとり上げて歩め」と云っているのである。
 「ああ可哀相に!」と云って、
  一緒にそこに倒れふし泣き濡れて動けなくなっているのではないのである。
  
 すべての人間は神の子であるから、
 「起きて床を取り上げて歩む力」を持っているのである。

 倒れているのは「迷い」の具象化に過ぎないのである。
 「迷い」に同情してはならないのである。

 その「迷い」を見ず、「起ちて歩み得る実相」を直指して、
 その力を引き出すのが真の宗教家の使命であるのである。


 真の愛と「苦痛の共嘗」とは異なるのである。
 苦痛に同悲して相手と一緒に墜落して泥まみれになるのは
 真の宗教家のつとめではないのである。


         谷口雅春師 「生長の家」誌 昭和24年10月号

波長さえ合えば、いたるところに宝物が見つかります。

1801ハイブリット:2012/03/24(土) 16:45:35 ID:227JdXOs
ぼるぼさん、いいね。
ありがとう、そのコトバが宝物になった。

1802木綿豆腐:2012/03/24(土) 16:50:51 ID:.QY5jUA6
ぼるぼさま

志恩です。昔の名前で出ています(笑)
1800:
いいですね。心に沁みる言葉ですね。
感謝です。
早速、プリントアウトさせてもらいました。

1803あさひ:2012/03/24(土) 18:46:37 ID:/3nxKE2Q
ぼるぼ様

>真の宗教は、生を明らめ、生きる道を明らかにし、
 人間の生活をして真に幸福ならしめるところのものである。
 
 真の宗教は決して教会や寺院で勝手に定めて、
 それを信者に強制する教条や規則ではないのである。

 その意味に於いて、却って職業宗教家よりも、
 自由思想家、寧ろ無宗教家と云われている人の側に
 真の宗教を体得した人々があると云うことが出来るのである。

 真の宗教は所謂る宗教家の独占ではないのである。


 真の宗教家はみづから真理を実践し、
 みづから真理の生活をいとなみ、自己の生活に真理を実現し、
 神の智慧と愛と生命とを具象化するものでなければならない。

上記掲載有難うございました。
心にしみました。
 
                 合掌

1804春らんまん:2012/03/24(土) 19:30:17 ID:DRonmiwU
>>1799

神の子さま、初めまして。こんばんは。

私は、公衆の面前で"統一教会と思われてるぜ、ホレホレ、もっと書け"と書いている人間など、男の風上にも置けない、
クズだと思ったので、ああいう展開になったのですが、

神の子様の御投稿の御主旨は、イヤミですか? おほめ言葉ですか?

神の子様の過去の投稿から、どういうスタンスの方なのか理解していないので、お聞きしたいなと思いました。

私は、いやがらせした自覚は御座いません。
彼自身が、"トキさん、しばらく出てこない方が、いいですかね?"と
と言ったので、
"二度と出てくるなよ"と
後押ししただけのつもりですが。


(考えてみれば、彼は詐欺師のトキ様に純情に子飼いにされ、全体から真実を見る
目を失わされた、気の毒な人だったと捉えております。)

再拝

1805春らんまん:2012/03/24(土) 20:27:38 ID:DRonmiwU
神の子さま、こっちの御回答、お待ちしています!

1806ももんが:2012/03/24(土) 20:47:14 ID:XXCuaQns
>>1781

あさひ様

あさひ様、先日は、素敵なお返事を頂きまして、誠にありがとうございます。感謝、合掌、拝。

<<1781:あさひ
12/03/23(金) 15:44:51 ID:/3nxKE2Q
ももんが様

ご回答有難うございました。感謝申しあげます。

せいぜい努力して本当の自分に到達したいものと思います。

宗教からも本当の自分に到達できると思いますが、心理学、フロイト ユング
 ラカン アドラー派などからの自己分析からも到達できるように思います。
なぜなら、人間は無限成長の過程を生きていますから。その時、同行2人のその人の無限の可能性
を信じる付添人が存在するとベストだと思いますが。

ももんが様はどう思われますか?お尋ね申しあげます。

色々有難うございます。     合掌>>


同行2人ですか?

私は、心理学や、哲学の事は、良くわかりまんせん。

しかし、仏教でも、他の宗教でも、“冥想”には、必ず“正師”を置きます。

正師から、色々な、“冥想”時に起きた、“心の状態”の点検、“修行の上”の注意などをしてもらいます。

例えば、“独参”では、老師の室内に入る時は、老師と一対一です。他者は、入れません。色々、老師とやり取りしている内に、“自分の自我”が、無く成っていきます。

本で読んだ感じでは、カトッリクの“告解”は、黙想の修行者の心の葛藤や自我を取り除く為の物で、一般に言われてる、“罪”の懺悔とは、違うような、印象が、私には、あります。
黙想も、師から課題が与えられるようですね。

この様に、ただいたい、冥想は、冥想の上級者が、必ず、指導をして、その“心の状態”を常に、チェックするように、成っています。
神想観は、そうした、冥想では、無いので、なんとも、言えませんが、神想観専門の正師に教わる形は、一つの方法だとは、思いますが、生長の家に馴染むかは、わかりません。

だだ、“懺悔の神示”に神想観の指導をたのめと出てきますから?

悪くは、ないように思います。

要は、指導者と生徒の関係に、常にある事ですね。

余り、上手とは、言えない、回答ですが、申し訳ありません。春ですね、花の香りに、心を観るのも、また、楽しいです。いつも、ありがとうございます。心から、感謝いたします。合掌、拝。

1807トキ:2012/03/24(土) 21:43:54 ID:2TVINrdg
 老師の言葉は常に人を見ての言葉だった。一つのことに囚われないから、こちらが同じこと
を言って褒められる暗もあれば叱られる時もある。
 これも私の未熟を語ることになるが、竜沢寺へ入って一週間ほど経った夜、何のために竜
沢寺へ入山したのかと老師に問われて、私は得々として、言下に答えた。
 「世のため、人のためにと念願して修行したいからです」
 その時は、「ああ、奇特なことじゃ」と褒められたが、それから三カ月経ってのことだ。同
じことを老師に問われて、私が同じことを答えると、いきなり頭ごなしに怒鳴りつけられた。
 「お前は、まだ解らぬのか!。わしは、世のため、人のためにと念じて修行したことは一度
もない。みんな自分のためにやっているのや」
捨て台詞のように言って、老師は隠寮に入ってしまわれた。
 さて、禅堂に帰ってよく考えてみると、世のため、人のためと独り合点して力み返っている
私が、実は自分のことで心がいっぱいで、自分のために修行するといわれる老師の一挙種一投足が、
世のため人のためになっている。小さな我見に囚われている自分の姿に、この時初めて気づか
せられた。

回想 山本玄峰 P102 田中清玄氏の文章より

1808あさひ:2012/03/24(土) 22:32:29 ID:/3nxKE2Q
ももんが様

ご回答有難うございました。感謝申しあげます。

>春ですね、花の香りに、心を観るのも、また、楽しいです。<

と書かれておられましたが、確かに花の香り、花の姿、季節の香りなど自然の中に神秘、大いなる力を観ることもある種の瞑想でしょうね。

その自然の神秘を絵に表現する、文に表現するのもある種の瞑想だと感じています。

色々有難うございました。今後ともよろしくお願いいたします。

1809ももんが:2012/03/24(土) 22:42:16 ID:XXCuaQns
>>1807
トキ様

トキ様、こんばわ。感謝、合掌、拝。

昨晩の、素晴らしい、お話と、いつも、玄峰老師のお話、大変感銘を受けながら、読ませていだだきました。ありがとうございます。

玄峰老師と言えば、田中清玄さんとの、やり取りは、大変、有名ですね。

なんせ?“日本の一大事”を本気で、任された、御二人なのですから。

清玄さん、玄峰老師が、質問をします。

玄峰老師『お前は?何の為に、修行しているか?』


清玄さんは?世のため人為と日本のための様な、御言葉を話ましす。

玄峰老師はこの答えに“一喝”

『お前は、まだ、解らんのか!わしは、世の為、人の為に念じて、修行したことなど、一度もない!みんな、自分の為に、やっているのや!』

と答えに、清玄さん、“一転悟”されたようでした。

“世のため、人のため”と言った、清玄さんは、実は誰の役にもたておらず。


逆に“自分の為に為に修行している”老師が、実は、周囲の人からも、色々な事で、人の役にたてている事に、“自分の修行”、心の在り方を反省したのだと、思われます。


掲示板内、でも、”何々の為“と”言葉“が、良く書いてあった、飛びかってますが、自己の問題を解決する事でしか、全ての問題は、解決しえないと、認識すべきであると、思うしだいあります。

完璧な人は、誰もいませんね。許しあう心を持って、和解と帰還を祈念したく思います。
トキ様、体にきおつけて、がんばってください。私は、いつも、御祈りいたしおります。感謝、合掌、拝。

1810ももんが:2012/03/24(土) 23:04:08 ID:XXCuaQns
>>1808
あさひ様

あさひ様、お返事、ありがとうございます。感謝、合掌、拝。

流石に、あさひ様です。

<<>春ですね、花の香りに、心を観るのも、また、楽しいです。<

と書かれておられましたが、確かに花の香り、花の姿、季節の香りなど自然の中に神秘、大いなる力を観ることもある種の瞑想でしょうね。

その自然の神秘を絵に表現する、文に表現するのもある種の瞑想だと感じています。

色々有難うございました。今後ともよろしくお願いいたします。>>


”花を愛でる心“、”鳥の囀ずりを楽しむ心“は、一つの冥想かも知れません。

生長の家なら、”神想観“に役立つのでは、ありませんか?

講師の先生に、御指導受けて、”オリジナルの神想観“良いかもしれませんね。

一般の冥想会や、ヨガでは、有りますかね。

最近、教団でしてる”絵手紙“だって、実は、”心“が、使えないと、素晴らしい作品は出来ないのですから、やはり、一つの訓練としては、素晴らしいと、思いますよ。

地球の音や、香り、空気、光、色、全てを”自分の心“で観じる行為は、神想観に繋がる、行為ではないかと、思いますよ。

コトバて?何も、人間の言語に限りませんよね。

極端な、お話、今朝の雨だて、地球のコトバですね。私には、そう聞こえましたよ。

どう、観じるか、皆様の心の観じる心、しだいと、思う、私です。

では、あさひ様、余りに、素晴らしい、お返事でしたから、直ぐに、嬉しくて、お返事してしまいました。おやすみなさい。また、よろしく、おねがいします。感謝、合掌、拝。

1811ももんが:2012/03/25(日) 08:03:58 ID:XXCuaQns
神の子皆様、おはようございます。本日も、素晴らしい、朝ですね。さあ、元気に『ありがとう』の生活をして、素晴らしい日に、いたしましょう。感謝、合掌、拝。

本日は、また、雅春先生のコトバを貼ます。


>>それから、『実相と現象』雅春先生著より、こんな、言葉を、発見しました。

★『実相と現象』235㌻〜236㌻

<『団体の幹部、役員、講師たちも、現象の人間としては、あらゆる点において完全無欠とはいうことは出来ないのである。全ての人間はその人間は実相は既にある神の子として無限の完全さを宿しているのであるけれども、現象的には努力によって徐々に開かれて行く最後の完成を目指しているのである。だから団体の幹部、役員、講師たちにも、団体のメンバーから見れば不完全であり、批判の的になる点は無数にあるのである。それは内部で指摘し、批判し、攻撃しあっているでは内部紛争を越して、外部に向かう人類光明化の目的を達成すべき力が弱まるばかりである。幹部といえども普通のメンバー、誌友、信徒たちと同じく、感謝され、称賛され、美点を見つけてもらい、激励されることによって励まされて、実相の完全さが現れて来やすくなるのである。信徒や誌友達は教団の幹部の人達にも現象人間として、色々の苦労があり、悩みがあることを察して、欠点を見ないで、実相の完全円満さを念じて、その円満さ現れる手伝いをしてあげるべきである』〜以上

『実相と現象』より、谷口雅春先生の言葉です。

神の子様、この言葉、現在の、総裁から、教団幹部、分派幹部、元職員幹部、全ての信徒が、聞いて欲しい、言葉かと、思われました。<<



さあ、雅春先生は『心の平和』、そして、イスライエルの別れた部族《分派》の方の御一人、御一人の御帰還を、お待ちと思います。

今朝も、『和解』と『御帰還』を祈念いたしました。皆様素晴らしい神の子ですから、必ず、和解御帰還されると、願っております。感謝、合掌、拝。

1812トキ:2012/03/25(日) 12:04:40 ID:jZpcSfxQ
 おはよございます。

 最高裁判所の判決が出たら、いよいよ生長の家も何らかの決断を迫られます。

 個人的な感想ですが、総裁制度を含めて、今後の生長の家のあり方も議論をすべきではないかと思います。
既に、総裁の条件として谷口家のゆかりの人である事は必須条件から外されています。谷口雅宣先生の言動に
は信仰的にも社会通念から見ても問題はありますが、彼にしても、言いたい事はあったでしょう。

 今回の騒動を契機に、よりよい生長の家とは何か、という事をみんなで話し合いをしましょう。

1813ももんが:2012/03/25(日) 12:33:51 ID:XXCuaQns
>>1812

トキ様

トキ様、おはようございます。合掌、拝。

レスを裁判の事、教えの事、大変、ありがたく、読ませていただいて、おります。感謝、再拝。

>>1812:トキ
12/03/25(日) 12:04:40 ID:jZpcSfxQ
 おはよございます。

 最高裁判所の判決が出たら、いよいよ生長の家も何らかの決断を迫られます。

 個人的な感想ですが、総裁制度を含めて、今後の生長の家のあり方も議論をすべきではないかと思います。
既に、総裁の条件として谷口家のゆかりの人である事は必須条件から外されています。谷口雅宣先生の言動に
は信仰的にも社会通念から見ても問題はありますが、彼にしても、言いたい事はあったでしょう。

 今回の騒動を契機に、よりよい生長の家とは何か、という事をみんなで話し合いをしましょう。<<



私個人として、裁判は悲しい、現実と思います。

私の思いますところ、『裁判』と言う”現象“を、信徒の方、”御一人、御一人“の”御心“に、写る、”嫌な思い“、”悪い事と言う思い“の”現象の姿“を乗り越える事を、神様が、与えくだされた、贈り物。基督教で言うなら、”神の試練“が、皆様の心に、与えらたのだと、思います。

”探せ!さすれれば、そうすれば、与えられる。”《マタイ7の7》に有るように、皆様、各自が、先ずは、各自の『心』や『生活』と向き合う事で、裁判の件も、自然に、善き方向に、向かうと、感じます。


トキ様、裁判のお話ありがとうございます。私も、自己内省して、自己の心、実相の探究に努め、たいと、思います。

ありがたい、御文章、ありがとうございました。感謝敬白、合掌、拝。

1814さくら:2012/03/25(日) 12:49:16 ID:y8mNVyBw
>1812

トキ様

ありがとうございます。

トキ様は、これからどこまで、生長の家では、組織としても、改革が、可能だと感じられますか。

宗教組織の変遷として、今の生長の家の組織も、例外ではない流れだと思いますが、これからの、組織のあり方は、内部ではどの様に話される可能性がありますか。

組織の理論は、まえにトキさまがお話下さり、矛盾が明らかにされたこともあったとおもいます。

組織は、実務能力により発展する性質がありますが、
社会の中の組織のあり方などは、やはり、全体像を見通せる体系的な見方が必要かと思います。

組織のあり方と、信仰のあり方と、宗教的救いのあり方の観点は、少し、分けて考える必要がある気がするのですが、
生長の家では、どの様な可能性がありますか?

1815トキ:2012/03/25(日) 18:41:01 ID:01jXXtcQ
>>1814

さくら様

 ご質問、ありがとうございました。私は単なる教区の会員ですから、私の返答が権威があり、普遍性があるとは思っていません。
しかし、何らかの参考にはなるとは思っています。

 以前、硫黄島の戦闘機の話を書いた事があります。古い中古の戦闘機と最新式の戦闘機が出撃したら、古い戦闘機が無傷で生還し、
最新式の戦闘機が全滅した、という内容です。そして、それは、人間がメカを使いこなせなかったという理由でした。
 そのたとえを流用すると、百万運動時代の教えも、今の教えも間違っていません。しかし、会員は使いこなせないのです。
信仰を持つ事と、原子力発電の増設に反対する事にどんな論理的な意味があるのか。あるいは、経済的に負担しきれない程の誌代を
払わなければ日本が救われないのか。提唱者の頭の中では論理は完結しておりますが、会員の大半は理解していません。当然の話です。

 さらには、本来、宗教法人は、信仰に関心を持つべきですが、それが、環境や原子力発電や防衛問題に関心を持ち過ぎる事で、神様
への性向が希薄になります。これは、間違った傾向だと思います。環境や原子力発電や防衛問題は大事ですが、それは組織ではなく、
組織外や関連組織を作る事で対応がなされるべき問題です。
 
 今の生長の家は、あまりにも余計なものが組織に付着しております。言い方を変えると、船の船底に牡蠣がびっしりこびりついた状態
だと思います。さらには、余計なものを、大事なものと誤解している状態です。テレビに登場するゴミ屋敷の住人を笑えない状態です。

 もともと、信徒は何を期待して生長の家に来ているか、というと、信仰であり、信仰を通じての自己実現であります。そして、この場合
の信仰とは、谷口雅春先生の教えであり、具体的には生命の実相や甘露の法雨であります。吉田國太郎先生や服部仁郎先生の時代に信徒が
いかに生き生きとし、運動が明るく展開していたか、を考える必要があります。今、「小さな政府」が議論になっていますが、生長の家で
言えば、基本的な事、初心に戻る「小さな組織」が求められていると思います。禅宗などは、800年前のやり方を今でも踏襲しています
が、世界に伸びております。それは、ファンダメンタルな部分を重視しているからです。生長の家ももっとフャンダメンタルな部分を重視
すべきです。

 あと、生長の家の歴史で言えば、地方組織に大きな権限があった時代は伸びております。今は本部の言う事に少しでも逆らうと、首が
飛ぶ世界ですが、その結果が教勢の低下です。地方への権限の移譲は、政治の世界でも始まっています。無党派の政治家が地方の首長に
続々と当選しているのはご存知の通りです。だとしたら、宗教でも、マネをすることを考えても良いと思います。

 以上、走り書きですが、お許し下さい。

合掌 ありがとうございます

1816あさひ:2012/03/25(日) 19:19:39 ID:/3nxKE2Q
ももんが様

ご教示有難うございました。

>”花を愛でる心“、”鳥の囀ずりを楽しむ心“は、一つの冥想かも知れません。

>地球の音や、香り、空気、光、色、全てを”自分の心“で観じる行為は、神想観に繋がる、行為ではないかと、思いますよ。

コトバて?何も、人間の言語に限りませんよね。

極端な、お話、今朝の雨だて、地球のコトバですね。私には、そう聞こえましたよ。<


実にそうですよね。山川草木その他宇宙からのささやきが聴けることは瞑想そのもですよね。

真善美を追及する人は皆そうではないかと思っています。

だからこそ、素晴らしい芸術作品に触れた時、瞬時にして何かを感じるのでしょうね。

戦後の廃墟のなかで、自殺志願者が冥土の土産にふらふら入った展覧会場で、作品に
感動して自殺を思いとどまったという話を河北倫明氏が書いておられたことを思い出しますが、
さもありなんと思います。

誠にありがとうございました。

1817SAKURA:2012/03/25(日) 19:27:29 ID:cCzHw4kU
トキ様 へ
>1815 拝読させて頂き…
投稿文章内容は、賛同させて頂きます…。

但し下記の“文章”は…??影響力が多大です…ネ

>あと、生長の家の歴史で言えば、地方組織に大きな権限があった時代は伸びております。今は本部の言う事に少しでも逆らうと、首が
飛ぶ世界ですが、その結果が教勢の低下です。地方への権限の移譲は、政治の世界でも始まっています。無党派の政治家が地方の首長に
続々と当選しているのはご存知の通りです。だとしたら、宗教でも、マネをすることを考えても良いと思います。<

私自身が直接お聞きしました事実ですが…
すでに今からそうです〜ネ!
■ 17年前から、本部【理事会の決定には逆らえない…】その様に、
個人的に相談しておりました「教化部長先生」の口から直接お聞きしました。

この事は、【現総裁先生…になってからと誤解を受ける“言葉”と思います。】

と云う事は、向こうの「社会事業団…」の方へ、現在携わっていらっしゃいます
方がたも、この時期の方に該当致しますので、この部類に入ると思います…。
この辺は、こだわる様ですが…【一言】申し上げたく思います。

■いつ頃からの体制?なのでしょうか??少なくとも、雅春先生時代は〜〜?
                           
                                再合掌

1820トキ:2012/03/25(日) 22:33:07 ID:mD/sOdRo
生長の家が発祥後、各地の支部を支えたのは、地方の篤信の信徒です。
そういう人達がお金や労力を出し合って、支部を結成し、運営しました。本部から駐在本部講師が
在留することがあっても、本部講師の数自体が少ないので、全部の支部に駐在員を置くのが不可能であり、
信徒が合議制で運営しておりました。いきおい、信徒の発言力は強く、当時、駐在した本部講師は苦労を
した、と聞いております。

 その後、聖使命会員制度ができると、段々と本部の発言力が強くなりました。ただ、昭和50年ぐらい
までは、本部は各支部の自主性を重んじる方針を採用しておりました。これは、当時の神誌にも掲載され
ていたのを覚えております。
 生長の家が政治に参加するようになったり、百万運動を展開するようになると、段々と本部の統制が強く
なりました。これは、先輩から聞いております。強引な方針を示したという話も聞いております。

 ただ、当時は、本部と教区とは話し合いが出来る雰囲気はあったみたいです。例えば、本部から幹部が出張
して指導をする場があり、その場では話せない事でも、会議が終わってから、場所を変えて本部と教区の人間が食事
をする慣例があり、その場で、昼間の会議で話せない事をお互いに話し合い、それでうまく流れていたのも事実で
す。また、その頃は本部の人間が教区に良く来たので、話し合いをする場面も多く、人間関係は出来ていたよう
な感想はあります。そういう部分で、結構、弊害は是正されていたとも思います。

 なお、飲み食いと行っても、大半が喫茶店やレストランで、たまに居酒屋があったかな、という程度です。
 
 ちなみに、現在では、谷口雅宣先生の方針で、教区の人間と本部の人間が公金で飲食をするのは厳禁となって
います。私も確かに公金で飲み食いするのは嫌いでしたが、たいてい、会員は自分が呑む分は自腹を切り、あと本部
の人間だけ、適当な理由を付けて公金から出していましたから、考えたらたいした金ではなかったと思います。
(当時の本部の人間の出張の多さを考えると、毎回、自腹を切るのは不可能だからです)
 最初、公金での飲食禁止の話を聞いた時には、谷口雅宣先生が公私混同に厳しい先生だと尊敬をしてい
ましたが、その後、自分のお気に入りを理事や参議に登用し、その理事や参議の給料を高給にし
たり、森のオフィスに150億もの金を投入したので、率直に言って、失望は感じました。それぐらいなら
飲み会ぐらい続けた方が良かったとも思います。
 あと、本部からの出張もC02削減とかで減少したので、本部の人間と何か話す機会はあまりありません。

 ですから、最近では、本部が何を考えているのか、正直、教区の人間はわかりません。
個人的に本部に友人がいる教区の人間が、電話をして事情を聞くしかありません。それをしないと、ある日、
突然、方針が変更になる・・・・ということになり、教区はアタフタする羽目になります。

 教区の側から見ると、こういう事になります。本部から見たらどうでしょうね。

1821ももんが:2012/03/26(月) 06:59:41 ID:XXCuaQns
トキ様、神の子皆様、おはようございます。今朝も、素晴らしい、朝がやって参りました。さあ、元気に、明るく、楽しく、素晴らしい日にいたしましましょう。ありがとうございます。感謝、合掌、拝。


〜明るい心、暗い心〜

この世では誰でも『幸福になりたい』と思っている。では幸福になると、どんな心持ちだろうか。『まだなかったことがないから、分からない』というかも知れないが、その点をごく簡単に整理して、『明るい心』か『暗い心』かどちらかと聞かれると、『明るい心』に○をつけるだろう。
それならば、先ず『明るい心』になるとよい。するとその心によって、次第に幸福になって行く。一ぺんにならなくても、だんだん、『幸福』になる。
何故かというと、この現実世界は、心によって作られるからだ。心が全ての現実を作って行く。部屋でも、暗くしようと思えば、カーテンでも暗幕でも引いて暗くできるし、明るくしよう思えば、電灯をつけるか、窓をあけるか、天井をブチ抜くかすると、明るくなるだろう。
ところが『明るい心』になるには、そんな天井をブチ抜くほどのことをしなくてもよい。世の中の美しいところや、人に深切なところ、自分や周囲の人々の『美点』を見るようにすればよい。それん見る“練習”をし、鏡の前で笑ったりしていると、だんだん『明るい心』になって行くのだ。その反対に、人の欠点や、いやな所や、きたない所を見て、フクレ面する練習をすると、かならず『暗い心』になって、『不幸な人』になるのである。
ウソと思う人は、この二つの方法のどちらかお好きな方を、せめて一週間ぐらい続けてやると、きっと、『ハハー、なりそうだ』と予感がして来て、さらにもう一週間続けようということになるかま知れない。

〜谷口清超先生著『ありがとう』はすばらし より〜

毎日、ありがとう、してると、真に、自然、笑顔になれますね。
それでは、神の子の皆様、今日も素晴らしい日を、元気に、明るく、楽しく、お過ごしください。ありがとうございます。感謝敬白、合掌、拝。

1822ももんが:2012/03/26(月) 07:25:15 ID:XXCuaQns
>>1820

トキ様、おはようございます。合掌、拝。


朝から、少しだけ、質問させてください。


>>森のオフィスに150億もの金を投入した<<


この数字て?どこで、報告された、数字なのですか?

とくに、意味は、ありません。

ただ、素直に、知りたかっただけで、解らないなら、解らなくて、大丈夫です。

いつも、心遣いある、御言葉、ありがとうございます。感謝敬白、合掌、拝。

1823さくら:2012/03/26(月) 08:25:05 ID:fY9NxAxY
トキ様

おはようございます。
日曜のご多用の時に、返信いただきありがとうございます。

今の段階では、本部の中はもちろん、教区の中も、
組織の改革など、あり得ないくらい硬直化してしまっているのが、
現実だと、分かっています。
しかし、これから信徒の為の組織を本当に(本気で)残していこうと考えるなら、
本部のごちゃごちゃに振り回されるだけでなく、
信徒自身の方から、どういう組織であるべきかを考えて、
行動していくことは、大切であると思います。

このことを考えないと、どんな素晴らしいトップになろうと、
これからも信徒は振り回されることが続くとわたしは考えます。
いろいろな事情を知る方には思惑があって、誰をトップにしたら、
組織が安泰だとする考えがあるようですが・・本当にそうでしょうか。
この組織はトップの行いや人格が素晴らしいから、この団体を選ぶ、
それはそれで、信徒の自由があります。
ただ、わたしには、少し、安易に感じられてしまいます。
もちろん、宗教の団体にとってみ教えに忠実な人が運営する組織、
とそのような観点が最もよいのだとは思いますが、
雅春先生でさえ、組織の運営は試行錯誤だったのですよね。
組織の性質踏まえて全体像を考えていかないと、
繰り返される問題があるような気がしています。

トキ様が仰るように、信徒が「使いこなせない」組織というのは、
現場感覚のない本部、提唱者の頭の中では論理は完結していても、
信徒には理解不能な、方針の押しつけ、などのような今の現実、
それに、閉塞的な人間関係から来る、内部でしか通用しないような妥協、
しがらみとか、思惑とか・・今までの垢といえるようなもの、
そういう雰囲気は、結果的に全体をよくない方向に導いている
原因になっていますね。
おそらく、このままの組織なら、誰がなっても、突き当たる問題があるはずだと感じます。
毎回このようなことに、信徒の信仰が左右されるのは、異常なことですね。

1824さくら:2012/03/26(月) 08:25:35 ID:fY9NxAxY
>さらには、本来、宗教法人は、信仰に関心を持つべきですが、それが、環境や原子力発電や防衛問題に関心を持ち過ぎる事で、神様
への性向が希薄になります。これは、間違った傾向だと思います。環境や原子力発電や防衛問題は大事ですが、それは組織ではなく、
組織外や関連組織を作る事で対応がなされるべき問題です。

宗教の行事と、信仰の発露と、それに基づく組織活動、というのは、
あるつながりを持ちながら、それを行うための基盤となる性質が、
明らかに異なることだと感じています。
明らかに異なるのに、なぜなのでしょうか。
それを、ごっちゃにすることで起こる問題が多いのではないでしょうか。
トキ様が言われるように、大事なものとそうでないものが混在し、
実際活動していくと、どこに何の中心をおいているのか、
葛藤が出てきたりします。必ず、出ます。
このような状態になるのは、
宗教的救いと、個人の信仰や真理の追究の問題と、
それに基づいた活動のあり方、などというまったく性質の違うものを
いっしょくたに考えてしまう点も大きいのではないかと感じています。

>生長の家が政治に参加するようになったり、百万運動を展開するようになると、段々と本部の統制が強くなりました。これは、先輩から聞いております。強引な方針を示したという話も聞いております。

このことは、組織の性質として、その成長過程で、上昇思考をその気質とするのは、
ある意味必然であったと言えると思います。
だから、間違っていたとは一概に言えない、そうような、組織の性質があると、理解しております。
では、信仰としての運動としては、どうあるべきか。
そのことを考えないと、非情なこともおこるし、必然的に衰退の方向にひかれていくと思います。
それは、一人の人間に罪があるということばかりでなく、
組織の性質とはどういうものか理解していないと、
わからない問題もたくさんあるのではないかとも考えられます。


地方のあり方も、本来は地域に密着したお互いの顔の見える救済活動が、
可能なはずですね。
トキ様が言われる小さな組織作りのために、教区から変わって行くには、
トキ様は、具体的な対策として、どんなことが可能だと思いますか。

1825トキ:2012/03/26(月) 10:10:28 ID:Jyl.MQ7g
>>1820

ももんが様

 いつもお世話になります。ありがとうございます。

 「森のオフィス」の予算には、2つの数字が会員の間では流布しております。
本部が公表した40億円台と噂で流れている150億円です。そして、公表されている計画から
見て、40億円台では不可能だ、という声が会員の間では多いです。すると、150億円という
数字が信憑性を増してきます。

 仮に40億円という数字が事実でも、やはり大きなお金であります。それが、総裁だけの
決断で決まるのは、納得はできません。ただ、この計画は既に動き出していますから、
もう、後は、うまく行くのを祈るのみです。

 では、今後ともよろしくお願いします。

合掌 ありがとうございます

1826トキ:2012/03/26(月) 10:26:32 ID:Jyl.MQ7g
>>1824

さくら様

 御質問、ありがとうございました。

 現在、教区では、独自の行事を開催できない状態です。例えば、co2の問題があるので、30名以上集まる講演会は開けません。
講師も、他の教区の地方講師を招請するのは、事実上、不可能に近い程に手続が煩雑です。新しい企画なども一々本部におう
かがいを立てる必要があり、しかも大半が却下です。少しでも本部方針に違う事を話したら、すぐに問題にされます。

 こういう事態が続き、教区の会員の士気は落ちています。最近、ある掲示板で書かれた某教区の幹部の公金横領事件も
某教区の幹部に電話をして尋ねると事実のようです。似たような話があちこちで聞かれるようになりました。
 
 しかし、こういう規定に果たして合理性があるか、今一度、検討してもよいと思います。無駄に電気やガスを遣うのは推奨
できませんが、社会生活をしている上で、このような異常とも言える環境方針を採用しているのが説得力があるのか。それな
ら、講習会も廃止すべきだという事になります。しかし、講習会は従来通り、「動員」がまかり通っています。

 教区には教区の事情があり、地域によって特色があります。それを無視して、東京の価値観を押し付けるのは、よくないと
思います。環境保護方針は大事ですが、そればかりだと本末転倒だと思います。

 例えば、講演会の開催の復活、外部講師の招請の手続の簡易化、新規行事の開催の緩和などが必要だと思います。また、会計など
は、不祥事根絶のため、会員による監査請求の制度化なども必要だと思います。

 以上、走り書きですが、お許し下さい。

合掌 ありがとうございます

1827さくら:2012/03/26(月) 12:13:54 ID:y/hbsyWc
トキ様

 >現在、教区では、独自の行事を開催できない状態です。例えば、co2の問題があるので、30名以上集まる講演会は開けません。
講師も、他の教区の地方講師を招請するのは、事実上、不可能に近い程に手続が煩雑です。新しい企画なども一々本部におう
かがいを立てる必要があり、しかも大半が却下です。少しでも本部方針に違う事を話したら、すぐに問題にされます。

このことは、非常によくわかるつもりでおります。

活動は、現在、細かなことさえも、何も通りません。
士気を失うのは、あたりまえですね、

それは、トップだけの問題ではなく、組織の体質にも問題があり、それを本当に改善しようとは考えないのでしょうか。
実際は、出来ない、こういうことかもしれますんね。

本部や教区の誰に聞いても、やっぱり、表面的な答えばかりですね。
現在は、組織は、変わらないし、誰も本気で変えようとはしないんだな、もう仕方ないんだな、とわたしも思っています。
このことを、知るにつけ、
士気を失う気持ちは、たいへん共感しております。

結局は、トップが幹部が教化部長が、信仰がない、人格がない…その議論が終始するのでしょうか。

>こういう事態が続き、教区の会員の士気は落ちています。最近、ある掲示板で書かれた某教区の幹部の公金横領事件も
某教区の幹部に電話をして尋ねると事実のようです。似たような話があちこちで聞かれるようになりました。

こういうことも、わたしも経験しましたが、信仰以前に、管理や、事後処理の問題がとても大きいのを感じました。ちょっと、一般の感覚では、信じられないと正直、感じたことがあります。
これは、組織としては、大きな問題だとおもいますが、その問題が起きたとき、大きな視点で考えるかたがいないのかな、と、不思議なくらいでした。

わたしも、雅宣総裁の方針にも、やり方にも反対ですが、
組織は、思い切った改革が出来ないと難しいことあるとは、思います。
信仰は、原点に帰るべきですが、
大きくなった組織を変えて行く力は、やはり必要だとおもいますが…。

宗教組織って、現場を知るほど、何も変わらない、そういうことなのでしょうか、やはり。

だれか、こういう問題を、考えていらっしゃる方は、
本部や教区にいらっしゃいますか?
この観点からのご意見があれば、お伺いしたいです。
お願いいたします。

1828さくら訂正:2012/03/26(月) 12:15:37 ID:y/hbsyWc
しれますんね→しれませんね。

他、誤字脱字、
失礼します。

1829SAKURA:2012/03/26(月) 17:25:03 ID:rvp6Zkdo
トキ様 へ  
>1820 拝読いたしまして…

現在・過去の【本部〜〜教区間】状況を教えて頂きありがとうございました。
■【日本の慣習…】申しますかしら〜〜〜ン(遅くなりましたが…)

企業でも“本音”を話す時は「懇親会?=酒?」多少は入り〜〜♫〜〜ものネ!
【本音…】がお互いに話す事が出来る〜とかは、良く“耳”にします。
果たして…何処まで【本音】が、言えるのでしょうか??

【人間関係=コミュニケ−ション】では??必要なモノと考えるべきでしょうか…?

この事は、【男性同士??ビジネス上??関係上??】
唯!“お酒”が入らないと、本音がいえない……??
精神的に“デリケ−ト”方は???良く解りませんが、必要なのでしょうか…?
■「雅春先生…」が文章中…私の記憶では、
必要性はないみたいな感じの“文書…”が、あったような記憶があります…。

■必要なものか?必要でないものか?それが考えるべき問題?でしょうか?

「本部<===>教区間」コミュニケ−ション活性化法……“ニ−ズ性”はありますネ!
この事が今回の「お家騒動事件…」多少は影響していますかしら〜〜〜ン?
一般信者が詳しく情報を把握しますのに、各教区部長からの事後報告に、
なりますでしょう〜〜かしら〜〜ン!

最終的には、仏法でも説かれています様に、「類は類を呼ぶ」これにて、
「生長の家」に集まり来た家族ですもの〜〜ネ!
和気あいあい〜♫〜 話の出来る【雰囲気の場】を設けられます事を…
「心より」思念させて頂きます…。これが益々「生長の家」伸びる事に!!!


                              再合掌
PS:
【本部<――>教区間】失礼ですが、
現状でも一般(末端)信者には、事の成り行きは“伝達”が、不十分です…。
しかも、支部長の認識が何処まであるかによりまして、
其の「情報の量…」左右されますものと、思いますが…?如何でしょうか…?

1830ももんが:2012/03/26(月) 19:04:01 ID:XXCuaQns
>>1825

トキ様

トキ様、今朝は、大変、管理人である、トキ様に対して、失礼な、御質問に成ったのに、誠実に心遣いある、御言葉に、感謝しております。真に、ありがとうございます。感謝敬白、合掌、合掌。

今朝の“森のオフィスの予算のお返事”を頂きまして、トキ様の“苦しい心の内”を“観た”ように、思いいました。

私は、金額に関係なく、この計画には、“賛成”なのですが。

ただ、トキ様、同様に

>>ただ、この計画は既に動き出していますから、
もう、後は、うまく行くのを祈るのみです。<<


私も、真に、工事関係各位の皆様の御安全と、この計画が、真に善い方向に行く事を祈りたいと思います。

それから、別途で、大阪講習会とS教化部長先生のお話を、されていましたね。
このお話を読ませて、頂き、人によって、“観る目”、即ち、“観る心”は、区々だなと、改めて、つうかんいたしたしだいです。

現在、“生命の実相”拝読をしていますが、書いてある通りにだし、いつぞや、照会した“非風非幡”の公案に、なってますね?本流掲示板?面白です。


S先生の善い処を、私は、噂に、聞いては、います。
悪い処も、言う人々は、“自分自身の心”に“悪い心”が、“在る ”からだと、思ってしまいます。


先日、貼り付けた。雅春先生の言葉を、私は、何時も最近は“心“に思いだしては、反省して、おります。
>>『実相と現象』雅春先生著より、こんな、言葉を、発見しました。

★『実相と現象』235㌻〜236㌻

<『団体の幹部、役員、講師たちも、現象の人間としては、あらゆる点において完全無欠とはいうことは出来ないのである。全ての人間はその人間は実相は既にある神の子として無限の完全さを宿しているのであるけれども、現象的には努力によって徐々に開かれて行く最後の完成を目指しているのである。だから団体の幹部、役員、講師たちにも、団体のメンバーから見れば不完全であり、批判の的になる点は無数にあるのである。それは内部で指摘し、批判し、攻撃しあっているでは内部紛争を越して、外部に向かう人類光明化の目的を達成すべき力が弱まるばかりである。幹部といえども普通のメンバー、誌友、信徒たちと同じく、感謝され、称賛され、美点を見つけてもらい、激励されることによって励まされて、実相の完全さが現れて来やすくなるのである。信徒や誌友達は教団の幹部の人達にも現象人間として、色々の苦労があり、悩みがあることを察して、欠点を見ないで、実相の完全円満さを念じて、その円満さ現れる手伝いをしてあげるべきである』〜以上

『実相と現象』より、谷口雅春先生の言葉です。<<

私が、今朝、トキ様に行った、”質問“も、実は、トキ様を苦しめる、行けない行為であったと、反省しております。

もっと、この、言葉の言われる様な、自分に、無意識に馴れたらと思います。

そして、分派の方も、教団の方も、この言葉の様に、振る舞える様に、なって頂きいなと、理想を願う、私であります。

トキ様、少し、愚痴に成ってしまいましたが、トキ様の、此れからも、御体大切にして、お勤めお励みください。感謝敬白、合掌、拝。

1831さくら:2012/03/26(月) 19:12:22 ID:y/hbsyWc
組織内部が硬直化していて、
本音が決して言えないような現実なら、せめて、掲示板で、
組織内部やトップ幹部の悪行より、

新しいアイディアや、方向性、
これからの全体像を
語ってくださる方がいても、
良いと思いますが、
本部の方も、教区の方も、
理想さえ、語られないのでしょうか、
それとも、どっかに書いてありますか。

組織の理想は、生命の實相を守る信仰的なトップに変わる、
それだけなのでしょうか。

1832初心者:2012/03/26(月) 20:54:22 ID:ixiWFYoQ
さくら様

トップを代えて問題が解決する?本当ですか、間違いないですか。やって
みなければわからない。今よりよくなる。そう思うなら、具体的な道筋しめせ。
ビジョンを示せ。

こんな軽口をたたきたくなる現状ですね。世の中を破壊して革命を起こせば、
よい世の中がかならず出現する。出たとこまかせの左翼思想とさして変わらぬ
発想のように思われます。

問題の本質がどこにあるのか、それがまったく語られない。不思議な状況です。
しかも語ろうとすれば、たたかれる。問題の本質を隠ぺいしたまま、状況だけを
変えようとしています。本質が変わらぬ以上、また同じことがくり返されるだけですね。

真理の追究は宗教にはできない。少なくとも大衆宗教にはできない。これは明白な
事実です。宗教にできるのは、信仰と救済です。ボロメオの輪は破綻させてもよい
でしょう。誰もその破綻に気づくものはいないはずですから。

組織改革の要諦は、ボロメオの輪を、維持するのではなく破綻させることで
したね。これができれば、組織は今よりずっとよくなると、このように考えます。

1833役行者:2012/03/26(月) 21:05:20 ID:VZgNVhwQ

 さくら様


 いまのような状態になったのは、幹部、普通の会社なら取締役の方々の責任です。
 よいアイデアはまず、取締役の方々か提唱するのが普通の世界の常識です。提供していると仰ると思いますが、このような結果になっている以上、完成度の高いものでは少なくともないですよね。

 それとたぶん、これまでいろいろな方がよいアイデアを提唱してきたと思います。それを受け入れる体質がないからこのような結果になったのではないでしょうか?

 それから、
 >>1820
 >>1826
 そのほか多箇所のところ

にて、トキ様が、教区の現場の気持ちを訴えていますよね。
 そのことに応えてますか?
 良く読み、返答することを望みます。
 そこから始まるのではないでしょうか。
 たとえば、普通考えると、宗教の目的は、第一に救済運動ですよね。
 訊けさあがよく仰っています。自殺者が年々増してきていると・・・この世に絶望して亡くなってゆく若者のイノチについて、教団挙げて取り組む姿勢を現教団に対して、生長の家世論の皆様は果たして、汲み取ることができる現状でしょうか?

 いままで、数々の方が投稿してきましたが、その一人一人の文書に、良きアイデアが溢れていたと思っています。
 それはそうとして、トキ様、はじめみなさまは、生長の家を愛しています。ですから、教団幹部の方々が門戸を開きさえすれば、つまり、聞く耳を持って下されば、また良きアイデアを見つける目を持って下されば、いくらでも良きアイデアを提唱してくれると思いますし、コミュニケーションのなか、アイデアは生まれてくるものと思うのです。

 そればかりか、本流掲示板の方、愛国掲示板の方、並びに、ここの掲示板の方、みな、いろいろな良きアイデアを提唱してくれていると思います。

 なぜなら、みな、生長の家を愛しているからです。


 生長の家をとおして、日本の国のため、世界のために貢献したいのです。
 
 手始めに、トキ様の上記二つの投稿文にも良きアイデアが、生成発展するファンダメンタルが、書かれていたと思うのですが、如何でしょうか!

 
 追伸、初心者さま!
 颯爽と、春風に乗って登場しましたねσ(^_^;

1834役行者:2012/03/26(月) 21:32:00 ID:VZgNVhwQ

 初心者さま


 >問題の本質がどこにあるのか、それがまったく語られない。不思議な状況です 。しかも語ろうとすれば、たたかれる。問題の本質を 隠ぺいしたまま、状況だけを 変えようとしています。本質が変わらぬ以上、また 同じことがくり返されるだけですね 。<

 斯様に思います。
 歴史をみれば明らかです。
 生長の家がそのようなあやまちだけは犯してはならないと思います。
 
 その一つに言葉の暴走があると存じます。
 しっかりと、シニフィエと繋げなければならぬと存じます。
 そのものの本質と!


 >真理の追究は宗教にはできない。少なくとも大衆宗教にはできない。これは明白な事実です。宗教にできるのは、信仰と救済です。<


 完全同意は出来ませぬが、これも斯様に思います。
 真理追及はシンクタンクとしては持つべきと存じます。それがなければ、その宗教団体の格が下がります。
 もちろん中核に据えるべきは、救済と信仰と私も斯様に思うのです。

 >ボ ロメオの輪は破綻させてもよい でしょう。誰もその破綻に気づくものはいないはず ですから 。組織改革の要諦は、ボロメオの輪を、維持するので はなく破綻させることで したね。これができれば、組織は今よりずっとよく なると、このように考えます。<

 ゴメンナサイ、ボロメオの輪ってなんですか?

1835さくら:2012/03/26(月) 22:17:57 ID:fY9NxAxY
初心者様
(・・っていつのまに、、)

こ、こんにちは、、初心者様。お久しぶりでございます、はい。

お言葉ありがとうございます。

>組織改革の要諦は、ボロメオの輪を、維持するのではなく破綻させることで
したね。これができれば、組織は今よりずっとよくなると、このように考えます。

ボロメオの輪、なんです。
実は、このことが、わたしには、考えを整理するのに、大変役に立ちました。

全体像と言いましたのは、組織のその時々の運営の仕方のひとつひとつのアイディア・・という意味ではなかったのですが・・わたしは本当に言葉足らずで、理解をしていただくレベルには至っておりません。自分でよくわかっております。

このボロメオの輪の発想から宗教組織を考えると、問題を比較的すっきり考えられる点が、実際多くあるのでないかと、わたしには、感じられるのです。

>組織改革の要諦は、ボロメオの輪を、維持するのではなく破綻させることで
したね。これができれば、組織は今よりずっとよくなると、このように考えます。

これがずっと頭にありますが、・・おそらく、現場では、そのような発想は、受け入れてはいただけない、とは百も承知で、ここに書いています。
現場の発想からは、現実的でない、今までのあり方とは違うので、まったくナンセンス。
なんで、勝手な妄想として、考えることに致しました、笑。

まず、意味が、通じないんです、笑。
さくらのボキャでは、余計通じません。

ですので、むなしさに打ち勝って、また、妄想を語るかどうか、
躊躇しております、笑。

初心者様は、妄想はお好きですか、、

1836さくら:2012/03/26(月) 22:41:06 ID:fY9NxAxY
役行者様

お言葉、感謝いたします。

ご指摘いただいたこと、本当にその通りです。
言葉足らずですが、トキ様の声は、胸に届いております。
一つ一つの運営をみると、矛盾点が多く、改善点を、生長の家を愛するがこそ、
皆さまが、よき方向になるよう、真摯にお考え下さっていると、私も理解しております。
そして、このことに賛同いたします。
今まで組織の垢のようなものが出て、停滞や問題の複雑化につながっている数々のことを、
トキ様も現場で感じられていることを、率直に語ってくださっていて、よく理解ができ、
組織の端っこにいるわたしなりの立場で、ですが・・
理解できる範囲のところで、共感を、とても感じております。

それは、現場の方だからこそ、、
業務的な面からも能力ある方が、変えていけることなのだと、
信頼もしております。

>現在、教区では、独自の行事を開催できない状態です。例えば、co2の問題があるので、30名以上集まる講演会は開けません。
講師も、他の教区の地方講師を招請するのは、事実上、不可能に近い程に手続が煩雑です。新しい企画なども一々本部におう
かがいを立てる必要があり、しかも大半が却下です。少しでも本部方針に違う事を話したら、すぐに問題にされます。

>異常とも言える環境方針を採用している

その他、上げてくださったことも、もちろんです。
たとえば、こうしたことも、わたしのような末端信者さえ、感じていることです。
では、どうしたら、閉塞的な組織が改善されるのか、は、わたしには分かりません。
ただ、今の方針を打ち出す、トップを変えれば解決とは、いえないのではないかな・・という気がしているものですから、
組織はどのように変わるべきか、大きな意味で、
そのことに対する上の方の見識を聴けたら幸いだと思っておりました。

そして、それは、もう一度、組織の全体のあり方のようなものを考えて行けたら、
もっと、根本的なことが見えるのでないかと、
感じたものですから、
このような表現になりました。

1837さくら:2012/03/26(月) 22:44:06 ID:fY9NxAxY
役行者さま

さくら慣れないことを表現しようとして、
ひじょうに、読みづらい文章になってしまいました、笑。
ごめんなさい。

言いたいことを伝えるのに、夢中になりすぎて、
ほんと、変な文になってます、、
済みません。

1838さくら:2012/03/26(月) 22:51:58 ID:fY9NxAxY
>教区には教区の事情があり、地域によって特色があります。それを無視して、東京の価値観を押し付けるのは、よくないと
思います。環境保護方針は大事ですが、そればかりだと本末転倒だと思います。

地方の特色ある活動をしていくためには、どのように、
組織のあり方を変えるべきか、はなしあっていけたら、
すばらしいですね、
たくさんのアイディアを持っている方がたくさんいらっしゃるでしょうから、
そのことも楽しみです。

>例えば、講演会の開催の復活、外部講師の招請の手続の簡易化、新規行事の開催の緩和などが必要だと思います。また、会計など
は、不祥事根絶のため、会員による監査請求の制度化なども必要だと思います。

これは、業務的なことで、方針をとおしていただけるのでしょうか。
それとも、今の組織では通用しませんか。
もししていただけるのなら、幹部の方にはお願いいたします。

一つ一つの改善策をこのように、皆で話し合い実現すること、
そのことが大切ですね。

それと同時に、
全体的に、組織のあり方、という全体像も、
また、話し合いができれば、よいという気がいたしました。

トキ様には、丁寧なお返事いただいていたのに、
もし、わたしが受け取っていないようにご理解されていたら、
大変失礼いたしました。

1839役行者:2012/03/26(月) 23:03:32 ID:VZgNVhwQ
 
 さくらさま

 少なくとも私にはよく理解できますσ(^_^;

 本部と教区で、また、第一線で活躍されている方々のアイデアは大変貴重なものと存じます。取りあえず、返信まで!

1840SAKURA:2012/03/26(月) 23:28:28 ID:FEa/NNlc
トキ様 へ
皆様 へ
観覧者様 へ

■さくら様 へ
ここしばらくの“投稿文章”拝読させて頂いております…。
さて、私は【具体論】として…いつも投稿させて頂いております…。

その後、「さくら様」は、御自分の御意見の様に、投稿されます〜〜〜のネ!
それならば…昨年から拝読していますと…
かなり内部を知っている様子でしたでショ〜〜〜???
【かなりの役職として登場では、なかったのですか〜〜〜しらん】
ならば【具体論…投稿】を先に投稿出来る者と思いますし、可能なものと思います。
ですから、お願いしたく思いますが…何卒よろしくお願いいたします…。

いくら【スレ…とはいえども今!今!真剣に「生長の家」討論中です…。
そして、観覧者は、真剣に拝読いたしているはずです…。】
気分が、良いものではありません〜〜〜〜〜ネ!

■「さくら様」の言葉…( 一部抜粋)
1836>たとえば、こうしたことも、わたしのような末端信者さえ、
感じていることです<
前回と〜〜更に〜〜今回の途中の状態が違います〜〜ネ?変!!
                            再合掌

1841SAKURA:2012/03/26(月) 23:29:20 ID:FEa/NNlc
トキ様 へ
観覧者様 へ
 
先程…「奥の間」に消えていますので…【再投稿】させて頂きます…。
1829 :SAKURA:2012/03/26(月) 17:25:03 ID:rvp6Zkdo
トキ様 へ  
>1820 拝読いたしまして…

現在・過去の【本部〜〜教区間】状況を教えて頂きありがとうございました。
■【日本の慣習…】申しますかしら〜〜〜ン(遅くなりましたが…)

企業でも“本音”を話す時は「懇親会?=酒?」多少は入り〜〜♫〜〜ものネ!
【本音…】がお互いに話す事が出来る〜とかは、良く“耳”にします。
果たして…何処まで【本音】が、言えるのでしょうか??

【人間関係=コミュニケ−ション】では??必要なモノと考えるべきでしょうか…?

この事は、【男性同士??ビジネス上??関係上??】
唯!“お酒”が入らないと、本音がいえない……??
精神的に“デリケ−ト”方は???良く解りませんが、必要なのでしょうか…?
■「雅春先生…」が文章中…私の記憶では、
必要性はないみたいな感じの“文書…”が、あったような記憶があります…。

■必要なものか?必要でないものか?それが考えるべき問題?でしょうか?

「本部<===>教区間」コミュニケ−ション活性化法……“ニ−ズ性”はありますネ!
この事が今回の「お家騒動事件…」多少は影響していますかしら〜〜〜ン?
一般信者が詳しく情報を把握しますのに、各教区部長からの事後報告に、
なりますでしょう〜〜かしら〜〜ン!

最終的には、仏法でも説かれています様に、「類は類を呼ぶ」これにて、
「生長の家」に集まり来た家族ですもの〜〜ネ!
和気あいあい〜♫〜 話の出来る【雰囲気の場】を設けられます事を…
「心より」思念させて頂きます…。これが益々「生長の家」伸びる事に!!!


                              再合掌
PS:
【本部<――>教区間】失礼ですが、
現状でも一般(末端)信者には、事の成り行きは“伝達”が、不十分です…。
しかも、支部長の認識が何処まであるかによりまして、
其の「情報の量…」左右されますものと、思いますが…?如何でしょうか…?

1842志恩:2012/03/27(火) 00:07:50 ID:.QY5jUA6
さくらさま

さくらさまは、「ボロネオの輪が、私の考えを整理するのに、役立った」と、おっしゃってますが、
私には、ボロネオの輪が、なんだか、さっぱりわからないのです。

わるいけれど、さくらさまの言葉で、説明してくださいませんか?

1843SAKURA:2012/03/27(火) 00:24:23 ID:FEa/NNlc
>1840 下記のように訂正させて頂きます…。

【具体論…投稿】を先に投稿出来る者と思いますし、可能なものと思います。  ×
【具体論…投稿】を先に投稿出来るものと思いますし、可能なものと思います。○

1844ハマナス:2012/03/27(火) 00:33:52 ID:u5mC.eb2
神の子のみなさま
ありがとうございます。

昨日も、ももんが様が ★『実相と現象』235㌻〜236㌻のご文章をお書き下さいましたが、
同じご文章が『新版 生活の智慧365章』の109㌻の 「現象人間の欠点に寛容であれ」
にもありました。

「団体の幹部、役員、講師たちも、現象の人間としては、あらゆる点において完全無欠とはいうことは
出来ないのである。全ての人間はその人間は実相は既にある神の子として無限の完全さを宿しているので
あるけれども、現象的には努力によって徐々に開かれて行く最後の完成を目指しているのである。
だから団体の幹部、役員、講師たちにも、団体のメンバーから見れば不完全であり、批判の的になる点は
無数にあるのである。それは内部で指摘し、批判し、攻撃しあっているでは内部紛争を越して、外部に向かう
人類光明化の目的を達成すべき力が弱まるばかりである。幹部といえども普通のメンバー、誌友、信徒たちと同じく、
感謝され、称賛され、美点を見つけてもらい、激励されることによって励まされて、実相の完全さが現れて来やすく
なるのである。信徒や誌友達は教団の幹部の人達にも現象人間として、色々の苦労があり、悩みがあることを察して、
欠点を見ないで、実相の完全円満さを念じて、その円満さ現れる手伝いをしてあげるべきである。」


つづきます。

1845ハマナス:2012/03/27(火) 00:38:55 ID:u5mC.eb2

つづきです。
次の箇所を引用させて頂きます。

イエス涙を流し給えり (『新版 生活の智慧365章』P.110より)

「幹部に対しても、その不完全さが目についたならば病人に対するが如くせよ。
あなたは病人に対して攻撃を加えるでしょうか。病人を悪しざま酷評するでしょうか。
そんなことはしないでしょう。病人に対しては四無量心を起こすべきである。即ち
慈悲喜捨の四つの無量に深き愛念を起こすべきである。慈とは苦しみを見て苦を除かんと
欲する慈念である。この場合、幹部の労苦を少しでも軽減してあげたいと、その手伝い
する心である。悲とは人の苦しみを見て楽を与えてあげたいと思う悲念である。若し、
幹部役員と、そのメンバーとが対立関係になり、労使的な気持ちで対立するならば、
そのような処には、宗教も信仰もないのである。

苦しんでいる人、重荷を負える人はすべて病人である。病人に対しては、イエスは
どうしたか?「イエス涙を流し給えり」と『聖書』にある。同慈、同悲の心が起こったのである。
次には神に祈って「神よ、あなたは常にわが願いを聴き給うことを知る」といって自分の信念を
増強し「死せるに非ず、眠れるなり、起(た)てよ」と断言しておられるのである。
その時ラザロは健康になって起ったのである。私たちも幹部役員に向かって、
「実相は死せるに非ず、眠っているだけだ。素晴らしい神子(かみのこ)」だ。既に完全なのだ」と
念じてあげなければならないのである。」

雅春先生が私達すべてに教えて下さっておられます。とても深いご文章です。

感謝合掌

1846SAKURA:2012/03/27(火) 02:05:18 ID:FEa/NNlc

【SAKURA の 独り言】

>1840の続き〜♫〜
ヤッ〜〜〜〜〜ト“途中下車…状態”に、先程からなりました〜〜〜の?
全体の流れ「拝読させて頂きました…」
でも?変です〜〜ネ!

【去年の11月前後…つまり高裁前の状況と…同じ!!】に見えます〜〜〜ネ!!
ぐるぐる〜〜〜〜〜廻る回転木馬〜〜〜〜〜♫
■あの時も…【シニフィアン(signifiant)とシニフィエ(signifi&eacute;)…】
【哲学的???抽象論的???】討議をされて〜〜更に!!話が……?
それにて【肝心の「本部・教区・組織…」更に…具体案?が…】
中途半端にての“終結”してしまったような記憶があります…。
今回も???ですか!!!!!!!!

■「生長の家」の行く末…考えていらつしゃいますの〜〜><

■■あの時も【具体論】無かった〜〜ワ!(お一人…投稿されて?いた様な記憶が?)
そして?【問いかけ…】ばかり??
本当に「役職…」ならば、一般からの資料があるはずですので【具体案】投稿可能かと?
それとも「公表…」難しいならば…この掲示板?投稿するばかり??
もしくは、【○○モドキ】にての…投稿も可能ですモノ〜〜ネ!

■■では【真実性…】これは【フィフティ−!!フィフティ−!!】でしょうか?
観覧者は【振りまわされるのみ〜〜〜><】になります〜ネ!

この様に“解釈”になってしまうものと…思う所存ですが?
                             再合掌

1847さくら:2012/03/27(火) 07:13:00 ID:gURwerLQ
SAKURAさま

ご指摘ありがとうございます。
理解いたしました。

具体案ということで、トキ様が、内部の事情と合わせながら、それに対応する、事務的な対策から、
SAKURAさまがあげてくださったように、人間関係のコミュニケーションのありかたまで、
改善の余地があることを、
たいへん、理解いたしました。
ありがとうございます。

このように、内部からの声を具体的にあげていき、
ある問題が分かってきたら、
できることろから、出来る方から、
改善していって頂きたいと切に願っております。

しかし、その上でわたしは
同時に、全体像のようなものが、必要ではないかと、
勝手に思っているところがあります。
ひとつひとつの改善案、ということは、もちろんですが、同時に、
では、なぜ、組織がこうした問題を抱えるのかな…という、総括的なことを、お聞きしたいなと、そのように思った次第です。

なぜ、み教えを学んでいて、
このような、問題を抱えるのか…というのは、
組織というもの持つ、性質や気質を総括的に考えることも、大切なような気がいたしましたので、
同時に、このようなことを考えてもよいのではないか、と感じていました。

ですから、抽象的な表現になり、失礼いたしました。

トキさまが仰るように、たくさんのものを抱えすぎて、ゴミ屋敷を笑えない、と。
では、組織の役割は本来どうであるべきか、という根本的なことを話し合われてもよいのかな、とこういうことをおもわれました。

わたしには、そんな大それたこと、考える力がないことは、
百も承知です。
ただ、見識あるみなさまの知恵がよりよい方向へいくヒントを下さるのではないか…
と思っております。

本日は時間がないので、もし書けるとすれば、夜の投稿になりますね、

SAKURAさま、ご意見ありがとうございます。

1848ももんが:2012/03/27(火) 07:16:43 ID:XXCuaQns
トキ様、神の子皆様、おはようございます。今朝も、素晴らしい、朝がやって参りました。さあ、元気に、明るく、楽しく、素晴らしい日にいたしましましょう。ありがとうございます。感謝、合掌、拝。


〜日時計主義の生き方より〜


諸君は『日時計』と云うものを見たことがあるか、それは一本の直立せる針と、時間をしるした一枚の盤とでその主要部分が成り立つている。太陽の光線がその直立せる針に落ちると、針は盤面の目盛りの上に影を落とし何時だと判るのである。太陽のない日は時間が判らない。そして自分が見た日時計の盤面きには、こんな標語が、あつた。

“I record none but of sunshine”(吾れ太陽の輝く時刻のみ記録す)


自分はこの標語を『日時計主義』だと云つている。そして『生長の家』では出来るだけ、輝く喜びの時刻だけを記憶し、語り、思いだす。喜びに言語の再現力、言葉の創造力を応用するのである。〜以下抜粋

月刊生長の家第一号、20㌻より。(谷口雅春先生著)

おはようございます。!この、第一声こそ、大切な、コトバの様に、思われます。
ハマナス様、トキ様、昨日、御言葉ありがとうございます。

では、皆様、本日も、嬉しく、楽しく、明るく、元気に、素晴らしい日をお過ごしください!ありがとうございます。感謝敬白、合掌、拝。

1849さくら:2012/03/27(火) 07:26:52 ID:gURwerLQ
志恩様

ご意見ありがとうございます。

ボロメオの輪は、3つの輪が繋がりをもちながら、同時に独立的なものでもある、という例えで、
例えば、3つの観念が、ある繋がりをもちながらも、
同時に、独立的な働きをするようなこととして、理解しておりました。

宗教がもつ、信仰と、個人救済と、真理の追求…
これは、宗教としては、どれも果たすべき役割としてありながら、
宗教の組織としては、求めるものに応じて、対応の仕方を分けるべきではないかな、とそのように考えた次第です。

純粋宗教のあり方と、
組織という有機体が持つ性質は、明らかに異なるのではないか、と、
漠然と感じておりました。
対応が違うものを一緒くたに考えるところから起こる問題も隠れているのではないか、
と思った次第です。

本日は、夜まで時間がありませんので、今は、具体的に書けずに申し訳ありません。
この度はこれで失礼いたします。

1850志恩:2012/03/27(火) 08:02:31 ID:.QY5jUA6
さくらさま

ボロネオの輪を、わかりやすく説明してくれてありがとう。
さすが、さくらさまです。おかげで少し、わかった気がする。

宗教がもつ、「信仰」と,「個人救済」と、「真理の追求」、
これを、ボロネオの輪という3つの輪に例えたわけね。
この3つは、どれも宗教として、果たす役割があるけれど、

この3つを、宗教組織としては、まとめて1つと考えず、求めるものに応じて、
1つ1つを分けて考えて、対応するべきだということね。

で、初心者さまのお考えだと、宗教には、信仰と,個人救済は、ある。つまり、
2つの輪はある。しかし、もう1つの輪である真理の追究は、ない。

それで、宗教は、ボロネオの輪という3つの輪は、破錠させること。
真理の追求は、行えないからな、と言われたのですかね。

宗教では、真理の追求は、行えないという意味は、
生長の家でしたら、谷口雅春先生の教えという教えがあるので、それしか学べず、生長の家以外の、彼の敬愛する哲学などを
学ぶことなどの、真理の追求は、できない。で、生長の家では、真理の追求はできない、ということでしょうか。
此れについては,未だ,意味が、わかりません。

1851役行者:2012/03/27(火) 08:30:44 ID:VZgNVhwQ

 さくらさま

 おはようございます。
 そして、いつもご苦労様です。これから書くことはオイウチをかけるのでなく、大切なことと思うので、志恩様に追って付け加えます。


 >>1842
で、志恩様も仰っていますが、



 >ボロメオの輪、なんです。 実は、このことが、わたしには、考えを整理するの に、大変役に立ちました。 全体像と言いましたのは、組織のその時々の運営の 仕方のひとつひとつのアイディア・・という意味で はなかったのですが・・わたしは本当に言葉足らず で、理解をしていただくレベルには至っておりませ ん。自分でよくわかっております 。このボロメオの輪の発想から宗教組織を考えると 問題を比較的すっきり考えられる点が、実際多くあ るのでないかと、わたしには、感じられるのです 。<


 本当にごめんなさい。ここはたくさんの生長の家信徒が閲覧されてます。


 ですから、組織の全体像を!と仰るのなら・・・


 >では、なぜ、組織がこうした問題を抱えるのかな… という、総括的なことを、お聞きしたいなと、その ように思った次第です <


 と皆様と発展的なコミュニケーションをする事をお望みなら・・・
 ボロメオの輪って?から、
さくら様の全体像観をお伺いしたいです。


 >組織改革の要諦は、ボロメオの輪を、維持するのではなく破綻させることで したね。これができれば、組織は今よりずっとよく なると、このように考えます 。
これがずっと頭にありますが、・・おそらく、現場 では、そのような発想は、受け入れてはいただけな い、とは百も承知で、ここに書いています 現場の発想からは、現実的でない、今までのあり方 とは違うので、まったくナンセンス なんで、勝手な妄想として、考えることに致しまし た、<


 妄想ならば、ここ公の掲示板に公表するのは如何なものでしょう!
 初心者さまは妄想を述べてはおりません。現実です。崖っぷちギリギリの生長の家教団の現状をみられての、アドバイスと思っております。

 また、「おそらく現場はそのような発想を受け入れてくれない」
 と思われているのは、失礼極まりないのですが大切な時なので云います。
 貴殿ではないでしょうか?

 どうでしょう、現場は受け入れてくれない、ナンセンス!と云いつつ、
 組織の全体像を皆様にお伺いします!とは、辻褄が合いませんね。

 兎に角、まず、さくら様からのボロメオの輪を駆使しての、総括案に関して提唱していただくことを心より望んでおります。

 
 失礼なことを申し上げたことに関しては心より、お詫びします。
 また、おいそがしいところ恐縮しております。急いではおりませんので、ご了承ください。

         合 掌

1852さくら:2012/03/27(火) 08:58:45 ID:gURwerLQ
志恩様

ありがとうございます。

初心者様が、真の意味をお答え下さると思いますが、
私の理解する範囲ですと…
真理の追求と、信仰の問題は、探求する観点が異なりまして、
話がどうしても平行線になってしまう面があるのではないか、と感じる点も確かにありました。

どちらが重要であると決めて人に要求するものではなく
物事を理解するアプローチが、異なる問題だと思っております。
宗教では、真理の追求は、行えないというのは…極端な話で、
真理の追求をするのに、ただ、信仰という問題だけで片付けてしまわずに、その検証を求めるアプローチもあってよいのではないかと、そのような提案なのかもしれません。
もちろん、志恩様が仰っていたように、それは、生長の家でも、否定されてないところだと、理解しております。

例えば、ダライ・ラマは、科学の研究機関との交流を熱心に行われ、瞑想状態の脳科学の研究や、生物学からの仏教の心の働きや、仏教の空と量子力学の研究…その他多方面から宗教というものを、科学の研究の面からも熱心に探求されているようてます。
それは、信仰の問題と同じくらいの情熱で求められておられると思われます。

なぜ、病気が治るのか、果たして病気とは、本当に「悪」の状態なのか、言葉の力という、その言葉とは、どういう本質を持つのか…

…それは、信仰の問題では、結果がでているのだから、良いではないか、ということももちろんありますが、
違うアプローチもある、そういうことかと、感じられました。

1853さくら:2012/03/27(火) 09:02:44 ID:gURwerLQ
役行者さま

いつも、ありがとうございます。
真意を理解いたしました。

わたしのいつも、誤解を招くような表現に、
するどいつっこみをいれて、理解しようとして下る姿勢を
大変感謝しております。

ただ、今日は、時間がほんと、ないので、
また、夜に、書きますね。(眠さに打ち勝ててれば…笑。)
役行者様、
いつも、ありがとうございます。

1854八咫烏:2012/03/27(火) 11:41:29 ID:EDxUCmms
突然の割り込みをお許しください。

ボロメオの輪という観念は、初めてであり、私もよくわからず、志恩様の
リンクを読んでもよくわかりません。

独立した三つの要素が絶対必要であるというのもよくわかりません。
さらに信仰と、救済、真理の追求という要素に固定されていることも、
よくわかりません。
しかも何故これらが独立しているのかもわかりません。


さらにいえば、宗教においては、
信仰とは真理への信仰であり、信仰と真理は重なるものだと思います。
もし宗教の三要素を考えるならば、私なら、信仰、救済、祭祀です。



もし組織運営の面で、ある程度独立させる方がいいと思える要素を考えるならば、
現実的に考えて、私は、祭祀、救済、出版とするでしょう。
現実の組織を思い浮かべれば、私はそのように考えます。


さらに、真理追求といっても、宗教的真理とは、いわゆる科学的真理ではなく、
分析による追求ではないと思います。
とは言え、ダライラマのように、科学と連携するなどは
それなりに面白い企画ではありますが、
科学に本格的に参入することは無理で、そこには莫大な経費がかかり、
研究所の経営などは、とても無理だと思いますし、
又物理学などは、思索のみでも出来るという話も聞きますが、
これもやるとすれば、先ず人材を育てることから始めなくては
なりません。何れにしても、これは本業ではないと思います。

敢て真理追求を入れるなら、出版によって、
個人が得た真理というか真理体験、思想を、
広く伝達することでしょうか。
これは今までも、歴史研究や、いろいろな評論などを
出版されていましたよね。
かつてのこうした出版物はとても面白くためになった気がします。


そもそも宗教とは、一を目指すものかと思います。
信仰、救済、真理とかかれていることが、宗教の持つ観念的な要素ならば、
それは個人では完全に統合されているものです。
分裂して、それぞれが引っ張り合ったら、確かに崩壊します。

だいたい独立とは、全体であるものが独立できるのであり、
要素だけが独立出来るということはありえないと思います。

だから、ボロメオの輪をここで引用することが
ほんとうに正しいのかどうか、単に混乱を招くだけではないでしょうか。

もっと単純に、組織図を描いて、下部組織として、
半独立した部所を描くなどしたほうが、わかりやすいのではないでしょうか。

もっとも私は、生長の家では組織経験がほとんどない人間ですので、
単なるイメージですから、間違っているかも知れません。

1855志恩:2012/03/27(火) 11:49:19 ID:.QY5jUA6
さくらさま

1852に、ダライ・ラマの話題がでましたので、本流宣言掲示板のほうに、載っていた文を貼ります。
 ダライ・ラマは、迫害から逃れるために亡命の道を、よぎなく選択されたのでした。自分の主張を守るための
命懸けの逃亡をされたのです。

http://bbs2.sekkaku.net/bbs/?id=sengen&amp;mode=res&amp;log=811

それから、
1851:役行者さまが、ポイントをついたコメントをされてます。
私も、さくらさまの回答をお待ちしています.

さくらさま曰く「病気が治るのか、果たして病気とは、本当に「悪」の状態なのか,言葉の力という、
       その言葉とは、どういう本質をもつのか…

       …それは、信仰の問題では、結果がでているのだから、良いではないか、ということも
       もちろんありますが、

       違うアプローチもある、そういうことかと感じられました」

今までの、この初心者さまと、さくらさまの会話をみてもわかりますように、
私はですね、昨年来から、初心者さまと、さくらさんの結びつきの法則は

「死に不安?」:「死には しえん」この、ラカンの説、お二人は、一対で成り立つ夫婦のような
 法則であると、かんじております。

以前、初心者さまと貴女は、ここの掲示板で、恋人同士のような感じで語り合ってました。

生長の家は、宗教教団を設立した事は、よかったんだろうか、どうだったのか、設立したこと自体が、失敗だったのではないか。設立する必要は、なかったのではないか。
組織も要るのか,要らないのか、個人が個人で地元で、いいことをしていけば、それが救済運動になるのではないか、というようなことを
トーキングスティックボードで、語りあっておられましたよね。

先日、本流対策室のほうで、初子様(初心者様)は,「私は、生長の家ではない。生命の實相も要らない。本流も潰す。そして、生長の家に真理は、あるのか」と、
昨年語っていたのと、同様な内容の話をされています」

さくら様は、昨年も、初心者様のよき理解者であったので、初心者さまは、自分は、さくらさんのためなら、1里といわず、5里でも歩いて行けます、と
深い情愛のこもった言葉を,さくら様に投げかけられてました。

なぜ、このように過去の発言を再現して,私が言ってるかといえば、初心者様は、さくらさんの発言を、とても信頼されて、見守っておられるからです。

つまり、貴女の発言は、生長の家の未来に、少なからず影響を与えるということです。ですから、役行者さまの、ご指摘のように、あやふやな返事は、避けていただきたいと
希望しています。

1856八咫烏:2012/03/27(火) 12:01:14 ID:EDxUCmms
ところで、祭祀について、
もしかしたら、私は、祭祀というものは、要素ではなく、独立したものかとも思います。
ある人が、宗教とは、祭祀の劣化したものと書いておられたのを見たことがあり、
ある程度頷けるものがあります。
祭祀とは、宗教の原始的な根源的なものかとも思います。これ自体を完全に近い独立、
というか下部ではなく、並立状態に置くべきものかとも思います。

1857初心者:2012/03/27(火) 12:14:36 ID:ixiWFYoQ
八咫烏様

わたくしは、地方の小さな組織でしか活動したことがありません。
したがって、その組織での活動から得た教訓を書かせていただいて
おります。

以上のような理由から、教団全体を見据えた発想はできておりません。

出版という感覚は、地方の組織にはまったくなかったと考えます(何が
出版かにもよりますが、出版という言葉から連想するものはなにも
なかったと考えます)。
また、信仰と祭祀をいっしょくたにしているのかもしれませんが、実感として
あったのは、真理、救済、信仰でありました。宗教という観点から、これ以外のものを
実感いたしたことはございません。

わたくしが書いておりますことは、あくまでも活動の挫折のなかで得た実感
でありますので、宗教の定義とは縁遠いのかもしれません。

1858初心者:2012/03/27(火) 12:18:01 ID:ixiWFYoQ
役行者様

お久しぶりでございます。「ボロメオの輪」についてご説明いたします。

以下がその図柄です。

http://green.zero.jp/hkabuto/fukashigi/a01.html

ご覧のように、ボロメオの輪は3つの輪でできておりますが、じつはどの輪も
交差していなくて、バラバラといってもよい状態なのですが、なぜか
うまく結びついていますね。実際には結びついていないので、ひとつでも
はずれればバラバラになってしまいます。

宗教には、真理、救済、信仰の3つの側面があるはずです。これら3つの側面を輪に
たとえたわけですが、従来の発想ですと、これら3つの輪が、どれも互いに交差して
いなければならないと考えられていたはずですので、救済がメインであるはず
の組織の活動が、「今やっていることははたして真理にかなうのか」と自問自答
しながらの「数あつめ」であったような気がいたしております。こうした自問自答が
活動の足かせになっていたのはたしかなようにおもわれます。。

わたくしは、組織活動においては割り切りが必要であると考えました。「救済を
真理と無理にからめない」。こうした発想が必要なのではないかと考えた末に、
このことを、「ボロメオの輪」で、かつて説明いたした次第であります。。

具体案を示さなくてはなりませんでしょうか。できれば避けたいところであります。
なぜと申しますに、これはきわめて個人的な発想にすぎず、たとえ論理を完結
させることができたとしても、トキ様のいわれる「使いこなせない」状態どころか、
「使いこなしたくない」状態となるのは必至だからであります。

また何か言われそうでありますが、ひと言だけ言わせていただければ、真理、
救済、信仰は、わたくし的には、ジャック・ラカンのいう「現実界」、「象徴界」、
「想像界」の3界にほぼ対応しております。ここでの書き込みも、たいていは
こうした立場からおこなっております。

「ボロメオの輪」のたとえにしても、ジャック・ラカンが3界の説明のために
もちいたものでありますから、真理、救済、信仰を3界にむすびつけるというのは、
単純といえば単純な発想なのであります(すべてを説明できるとは考えて
おりませんが、救済とは、現実界的な出来事をいかにして象徴界に持ち込むか、
ということであると理解しております。また現実界は想像界を侮蔑する。こうした
傾向があるのも、またたしかなことだろうとおもいます)。

役行者様がどうこうということではけっしてありませんが、これ以上の説明は
いたしたくありませんので、このあたりということにさせていただきます。

ちなみに、「ボロメオの輪を破綻させる」とは、わたくし的には、現実界=真理を
取り除くということです。これができれば、現教団と本流は和解が可能と考え
ます。これはあくまでもわたくし的な発想であり、実現不可能な発想でもあります。
ただそのための努力は続けてきたつもりでおります。

1859トキ:2012/03/27(火) 12:32:32 ID:XQTu5RCc
初心者様

 お帰りなさい。復活を心から歓迎申し上げます。

 今、バタバタしておりますので、感謝と敬意を表するだけになりますが、
お許し下さい。

合掌 ありがとうございます

1860志恩:2012/03/27(火) 13:07:43 ID:.QY5jUA6
八咫烏さま

初心者さまは、東京のある地区の青年会に,所属されてたことが、おありになるそうです。
以前,どこかで,読みました。

それで、昔は、東京都に教化部はなかった(本部会館の地下に、あったので)のですが、
初心者様が活動されておられたときは、東京都教化部があり、そこで、いやなやつ、えばりくさったやつ、
に出会ったので、組織というものに、ひどく嫌悪感をもつようになられたようなのです。

理想世界誌の、100万部運動も、盛んだった頃のようです。それが、トラウマになってるようです。
昔の様な、素朴な時代の生長の家組織とちがって、時代の変遷により、垢がこびりついてきていたようです。

それらも,含めて、いまは、大転換、見直す時期が来ているのでしょう、きっと。

1861役行者:2012/03/27(火) 13:51:48 ID:VZgNVhwQ
 初心者さま
 
 ご丁寧に返信くださり、ありがとうございました。

 いま、手始めに、脱構築について学び始めてます。まあ、浅くですけど・・・

 哲学ですか・・・上記文章、沈思黙考します。

           合掌

1862八咫烏:2012/03/27(火) 13:55:31 ID:EDxUCmms
志恩 様
 
ご説明有難うございます。

そうなのですか、なるほど、そういうことはあるでしょうね。

私も今は大転換の時期だと思います。
生長の家という組織は、建て替えの時期ですね。今の組織は全く一掃して、一から新組織を
立て直す時期だと思います。日本も戦後レジームから脱するために、現憲法を破棄する時が来る
と思います。そうなれば、まさに維新とでもいう状態が来るかも知れません。

生長の家も、新組織の出現が必要ですね。

ボロメオの輪は実際には、互いに全く結びついてないということですから、
実のところ、ボロメオの輪に譬えられたことは、既に組織が破綻していると
いうことではないでしょうか。
結びつくべきものが結びついていないで、恰も結びついているかのように見えている。
つまり欺瞞の中にあるわけです。

「お前は既に死んでいる」状態ではないでしょうか。

1863「訊け」管理人:2012/03/27(火) 15:58:12 ID:Lnhsn5Ng

>校長先生

 質問がございます。「ボロメオの輪」に関してでありますが、文中でお使い
になられた用語について二、三、意味を確認致したく思います。

<質問>

●真理、救済、信仰に関して。

1) ここで云う「真理」とはなにを指すのでありましょうか。これは「真理の追究」を指す、という理解でよいのでありましょうか。
2) 同じく「救済」とはどういった規模のものでありましょうか。また、たとえば現在の教団方針(CO2削減等)はここに含まれるという理解で宜しいのでありましょうか。
3) 最後に「信仰」に関してでありますが、これはどんな意味になりましょうか。「聖典を機軸とした」方針で行きつつも、「真理探究の結果知りえた」ことがらを随時反映させて行く、そういったイメージでありましょうか。

●現教団と本流の和解に関して

――――――――――――――――――――――――――――――
ちなみに、「ボロメオの輪を破綻させる」とは、わたくし的には、現実界=真理を
取り除くということです。これができれば、現教団と本流は和解が可能と考え
ます。
――――――――――――――――――――――――――――――

 この箇所での補足説明を賜れませんでしょうか。「現実界=真理」を「取
り除く」のイメージが俄かには湧いて参りません。そしてそれが可能ならば、
和解も可能とのことですが、少々思考に混乱を来たしている現在でありま
す。返信ご掲載の労を賜りましたら幸いであります。

追伸

 なお、現下掲示板の状況を見るにまあ・・・可能な範囲でお書きになられ
ても構いません。ただし、論点として非常に重要だと思いますので、広く議
論参加者の参集などありましたらば、善きアイデアも出るのかもしれません
ね。貴殿ご提示案は組織運営上、非常にオモシロイ論点であると思ってお
ります。(生意気な物言いですみません)

1864初心者:2012/03/27(火) 16:14:38 ID:ixiWFYoQ
八咫烏様

こちらの掲示板で書いたことでもあり、ひと様にことさらに伝えるべき
ことがらでもないのでありますが、じつはわたくしは、18年ほど前に
真理をつかんだとする実感を得まして、こうした感覚は、以来途絶える
ことなく続いております。このときの体験は、宗教的な体験に近いもので
あったのかもしれません。

1865初心者:2012/03/27(火) 16:24:07 ID:ixiWFYoQ
上記投稿は、投稿先を間違えたものです。
お流しください。

1866初心者:2012/03/27(火) 16:42:58 ID:ixiWFYoQ
さくら様

お久しぶりでございます。お言葉をかけていただいて、
ありがとうございます。

組織が変わらないのであれば個人でやるしかない。
そういうことだろうとおもいます。

わたくしは、生長の家が嫌いになりましたから、首を突っ込むつもりは
ありませんが、個人の立場で巻き込まれる可能性があります。
仮にそういうことになれば、私家版の「ボロメオの輪」を実践する
つもりでおります。

いうまでもないことですが、巻き込まれるということになれば、教義を
否定するがごとき乱暴な話をいたしたりはいたしません。できれば、
アーノルド・ミンデルを救済に役立てたいと考えております。

わたくしもずいぶんと嫌われましたので、この場はそろそろ去ることに
なるかと存じます。それまでに有意義な情報交換ができればとおもいます。

1867さくら:2012/03/27(火) 18:17:52 ID:gURwerLQ
初心者様

取り急ぎ、失礼いたします。

神の義は、生かし合うこと…
そのように言ってくださった方がいらっしゃいました。

…わたしには、このことの深い意味など、
到底分からないことと思います。

しかし、神の名を語りながら、排除し合うのは、
それはすでに神から最も遠い行いであると、そのように感じております。

嫌われたから出て行くなんて、、
わたしは、もうしばらく、
力になって頂きたく思っております。

今は、時間ありませんが、また、よろしくお願いいたします。

1868初心者:2012/03/27(火) 18:53:48 ID:ixiWFYoQ
訊け様

お答えいたします。

>1) ここで云う「真理」とはなにを指すのでありましょうか。これは「真理の追究」を指す、という理解でよいのでありましょうか。

わたくしのいう真理とは、生長の家とは無関係です。
現代思想と現代科学から何を学ぶかということです。
じつはわたくしのなかでは、このふたつはつながってきています。
現代科学の成果にたいして、生長の家の教義では説明できないことがらが、
現代思想では説明できてしまう気がするのですね。
その昔、仏教中観派もおなじようなことを言っていたと理解しております。
このあたり、面白いので追究していきます。
もちろん、たいしたことはできませんけども。
面白いからやるだけです。

>2)同じく「救済」とはどういった規模のものでありましょうか。また、たとえば現在の教団方針(CO2削減等)はここに含まれるという理解で宜しいのでありましょうか。

救済は、なすとすれば、個人で勝手にやってみようということです。極小規模です。
アーノルド・ミンデルを応用できれば、これはよいですね。
組織としての救済は、もちろん環境問題ですね。

>3) 最後に「信仰」に関してでありますが、これはどんな意味になりましょうか。「聖典を機軸とした」方針で行きつつも、「真理探究の結果知りえた」ことがらを随時反映させて行く、そういったイメージでありましょうか。

イメージしている信仰は、個人的には素朴なものですね。
宗教とはおそらく無関係です。
自然状態への回帰。これができればよいですが、以前にもこちらで書き込み
いたしましたように、ヘタにこれをやると、日常生活への適応が困難になります。
組織としては、『生命の實相』中心ということになるでありましょうね。

>この箇所での補足説明を賜れませんでしょうか。「現実界=真理」を「取
り除く」のイメージが俄かには湧いて参りません。そしてそれが可能ならば、
和解も可能とのことですが、少々思考に混乱を来たしている現在でありま
す。返信ご掲載の労を賜りましたら幸いであります。

これは、相当に無茶苦茶なことを言っています。
ここではちょっと書けませんね。
すでに書きましたとおり、現実味はまったくありません。
いずれ機会があれば、メールなどでお知らせいたします。

1869初心者:2012/03/27(火) 19:29:10 ID:ixiWFYoQ
さくら様

了解いたしました。しばしおともさせていただきます。

1870トキ:2012/03/27(火) 20:44:28 ID:XQTu5RCc
「100歳の美しい脳」(デビッド・スノウドン 著、藤井留美 訳、株式会社DHC発行)という本を読みました。

 カソリックの修道女は、生涯に渡り詳細な記録が残り、またライフスタイルも共通しております。この特性に着目した
ケンタッキー大学神経学教授が、アルツハイマーの研究のため、引退した修道女の協力を得て、知能テスト、さらには
死後の脳の病理学解剖を実施します。彼女達の大半は20世紀初頭に生まれましたが、その85%が学士号を持ち、45%
は修士号を持っています。当時の女性の進学率を考えると、高い知性と教養を持っていると言えるでしょう。その彼女
達は、後世への貢献になるなら、と脳の提供を承諾します。ナン・スタディと言われるこの研究によって、アルツハイマー
の実態がかなりわかってきました。(ナンとは修道女のこと)

 しかし、研究者である著者は、生前の彼女達に触れ、強い畏敬の念を感じる様になります。高い信仰をもった人達が
真理への追求への手助けをする献身的な姿を見る時に、単なる実験対象ではなく、神への献身を決意した信仰者の姿を
見るのです。

 信仰と学問が矛盾せずに生かし合う姿の実例がここにあると思いました。

合掌 ありがとうございます

1871トキ:2012/03/27(火) 20:47:37 ID:XQTu5RCc
>>1870

ここで言う「真理」とは、学問的な意味での「真理」です。

1872さくら:2012/03/27(火) 21:55:35 ID:tPVxKQcE
八咫烏様

はじめまして。さくらと申します。

真理に関しましても明快なご文章を読ませていただきまして、
勉強になります、ありがとうございます。

私の問題意識にも、関連することを書いて下さっていて、
感謝いたします。

理解も半端なものですので、ご了承願います。

>信仰と、救済、真理の追求という要素に固定されていることも、
よくわかりません。

>宗教においては、信仰とは真理への信仰であり、
信仰と真理は重なるものだと思います。

ボロメオの輪に例えた理由は、要素の固定ではないからです。
3つの要素が、交わり合いながら、決して関与できない部分がある、
このような実感があります。
それを組織のあり方に応用できないか、と考えることがありました。
なぜなら、実際そのことから起きる問題が多いように感じたからです。

また、真理の追究は、人間を、救うとは限らない面があります。
信じれば、その事実が変わる、という性質のものでも無いと思われます。

この点は、真理をどういったこととするか、というちょっと複雑な問題があり、
わたしには言及に及ばない点がございますが、
認識の違いがあるかも知れません。

八咫烏様は、信仰をセンスの問題、とおっしゃっていた箇所があったかと、思われます。

私は、信仰は、「縁」だとの理解があります。
これはとても深いことだな、と思っております。
宗教団体は、選ぶ自由があるかも知れませんが、
信仰は、各自のセンスの善し悪しが決めることではないと感じます。

「神縁」という言葉はありますが、
日本人は日本の国土に生まれるというご縁を、
地域の氏神のご縁を、家系のご縁を・・
そのようなものに信仰の縁の要素があると思われます。

ご縁を頂いた神に感謝を捧げる、
これは、宗教の祭祀につながると思われますが、
これが信仰の原点であるようにも思われます。

祭祀は、この場合信仰のかたちとして、考えておりました。

1873さくら:2012/03/27(火) 21:56:10 ID:tPVxKQcE
>もし組織運営の面で、ある程度独立させる方がいいと思える要素を考えるならば、
現実的に考えて、私は、祭祀、救済、出版とするでしょう。
現実の組織を思い浮かべれば、私はそのように考えます。

生長の家に関しましては、生命の實相は神殿であり、聖典でありますから、
これは、信仰の位置づけにあると思われます。
結果的に「救い」が起きるとしても(救いを目的にはおきませんので)、
これは、信仰によるものです。
生命の實相は、この場合の「救い」の位置づけにもおかれないと考えます。

組織として考えますとき、
救済というのは、別機関などの小組織で具体的な取り組みを行うことがよいのではないでしょうか。
カウンセリングやボラティア活動でも、環境への取り組みでも、地域の問題でも・・、社会への具体的取り組みなどを、各人の個性や、地域のニーズによって、行われればよいのではないでしょうか。
それは、信仰に基づいた菩薩行、といわれるように、決して、信仰とは切り離されることではないと思いますが、組織の性質を理解して、運営を明確に切り離すすべきことではないかと思います。
聖使命などは、すべて祭祀や、神癒祈願、などや、生命の實相を出版するために使われるのが良いのではないでしょうか、とも思います。

1874八咫烏:2012/03/27(火) 23:03:33 ID:goGdBN5E
さくら様の書き込みを読み、非常に組織のことを思われている真情に
心打たれました。

私は、長い間組織と無関係でいた人間ですので、
現実の組織を知らないために、ピント外れなことを言うかも知れないですが、
お許し下さい。

ここでは、多くの方が、トップを変えてもそれが本当に組織の改善につながるかとは
思えないというご意見をお持ちのようです。

確かに、そういう面があるのは確かであろうと思います。
ただ、私は、現教団がここまでおかしくなったことの原因の一つに、
総裁が世襲であったということが、大きな要因であると思っています。
もし、世襲でない総裁であったならば、ここまでおかしくは
ならなかったのではないかと考えるものです。

宗教組織が、そのトップを世襲で選んでほんとうに良いものだろうかという疑問は
ごく一般的な疑問だと思います。もちろん皇室の例もあり、世襲には世襲の良いところも
あるとは思います。
私も最初は、清超先生がよくやっておられたので、何も疑問に思いませんでしたが、
三代目となると、やはり疑問が起こります。

清超先生は、ご養子さんで、雅春先生を非常に尊敬し慕っておられた御弟子さん
という立場でしたから、そこに謙虚さがあり、敬虔な信仰姿勢があられて、
何ら問題なかったと思いますが、雅宣さんは、全く違うようです。

いろんな情報では、どうやら『生命の實相』すらあまり読まれてないようですし、そもそも生長の家の
信仰をお持ちかどうかさえ怪しいという話ではないですか。三代目として相応しく育てられ、
それなりの実力をお持ちならば、問題なかったかも知れませんが、
ここまで信仰に疑問のある方を総裁に戴くのは、本来宗教組織としておかしいのではないでしょうか。
これは世襲制度の失敗だったと考えるべきではないでしょうか。

総裁を変えただけでは問題は解決しないというのはたしかにその通りかも知れません。
組織の経年劣化は確かにあると思います。
しかし、それは又別の問題なのではないでしょうか。

私は生長の家教団は、経年による組織の硬化、劣化の問題と、世襲総裁の問題と、
複合した二つの問題が同時に起こっていると考えます。
複合しているから、まるでひとつの問題のように思えますが、
これはそれぞれ別の問題であると思います。

私は現総裁が世襲であることから、現在の恐怖政治、独裁が起こっていると
考えます。先ず総裁に辞めてもらわないと、自由に組織論を議論することさえできないと
いう話ならば、辞めてもらうしかないと思います。
そこから第一歩をはじめるしかないのではないでしょうか。

その後を暫定的な総裁で運営するなり、現理事会を総辞職して、
新しい理事会で話し合うなり、何らかの暫定組織で、しっかりと話しあえばいいのでは
ないでしょうか。

21世紀は霊性の時代と言われています。新時代に向けて、新しい組織を用意する時が
きたのではないでしょうか。もはや古い革袋を新しい革袋にやりかえる時期ではないでしょうか。

1875八咫烏:2012/03/27(火) 23:29:27 ID:goGdBN5E
さくら様、

>1872を読む前に書きこんでしまいました。

さくら様がそれ以前に書いておられた組織に対する書き込みに感動致しました。
たしかに、さくら様は現実に組織にたずさわれて、私等より現実的に思考されるので、
私の出る幕ではない気もしております。

ところで、私がセンスの問題だと申し上げたのは、
もっといえば、その人の機縁が熟していないという意味を込めたのですが、
これは、そのように言うのは少し失礼かなと思い、機縁が熟していないことで、
宗教センスが養われていないという意味でいったのです。

人間は神の子ですから、縁はもともと誰にでもあるでしょう。
しかし、機縁というものはやはりあると思います。
縁が熟してくると、自然に、心が動き、それを受け入れる感性が養われると考えます。
それは誰にでも信仰の種はあるものの、それが芽生え、硬い蕾がほころぶように、
受け入れる感覚ができてくるという意味で、センス、感性という言葉を使ったのです。

それから、私は日本人はやはり神道が一番原点にあると思っています。
そして、神道とは、宗教というよりも、祭祀であり、祭祀であるからこそ、宗教を超えた、
もっと広く大きな世界を救う世界観、宇宙観であると思っています。
このように言ってもよくわからないかも知れませんが、伊勢神宮に、
アンドレ、マルローやトィンビーなどの世界の著名人が参拝し、感動を覚えるのは、
この祭祀を基本にした神道の霊性であろうと思っています。

天皇陛下は、祭祀王であり、
日本人は、まずはじめに祭祀の民族であったと思います。
だから、出来れば私は、もし生長の家が新組織に生まれ変わるならば、
祭祀は、一つの独立した、機関として、他の組織とは別にあるべきではないかと
考えるものです。

1876初心者:2012/03/27(火) 23:31:48 ID:ixiWFYoQ
さくら様

わたくし、じつは、真理の立ち位置というものを問題にしております。
通常の真理の立ち位置とは、「そこで何が起きているか」を問題にしますね。
あるいは「それはなぜ起こるのか」を問題にします。

生長の家の真理の立ち位置は、根本に実相を想定して、実相があらわれる
とすればこうしたことがあらわれるはずだと想定して、そうした出来事が
あらわれるかどうか、ということを問題にする立ち位置ですね。つまり
「何が起きたか」を問題にいたします。

組織の活動においても、生長の家の真理という立ち位置に立てば、実際の活動を
とおして、そこで「何が起きているか」ではなく「何が起きたか」が問題になります。

しかし、たとえば人を集めたり、受講券を頒布したりといった、「数を追う」という
組織活動においては、「何も起きない」というのが通り相場であったという事実が
あります。「何かが起きて欲しい」とする期待に反して何も起きなければ、その活動
は真理ではない、とみなされます。組織活動にたいする疑念が増大し、会員の士気
は低下するというパターンがくり返されていましたね。

この問題を解決する糸口が「ボロメオの輪」でした。「ボロメオの輪」では、救済と
真理が分離されてますね。「数集め」という救済活動のさなかに何かが起きる
ことを期待してなくてすむという環境を「ボロメオの輪」は提供してくれるはず
ですね。これをどうやって実現するかというのは問題ですが、実現すれば、
組織活動は以前よりもずっとやりやすくなるはずです。ボランティアという
活動を考えればよくわかります。「特別なことは何も起きなくてよい」。これが
ボランティアの精神であるはずです。

以上述べましたこと、いくらか的外れな点もあるはずですので、いま少し考えて
みたいとおもいます。

それと、これは余談ですが、現在起きている問題の根底には、雅春先生が
あまりにも多くの扇情的な言葉をお使いになりすぎたということがあると、
わたくしはこのように考えてます。総裁先生に問題があるとすれば、それは
こうした問題の反動形成ではないかとわたくしは理解しております。

1877役行者:2012/03/28(水) 08:28:59 ID:fae17xNQ
 
 >初心者さま

 改めて、お久しぶりです(^_^;)
 昨日は、いろいろ深く熟考したのですが言葉にならず、また旧友と会っておりまして、コメントする機会を逸してしまいました。

 時間がないので、まずは感想を簡潔に書きます。

 一連の投稿者のコメントを読んで感じたのは、まず、真理とは?信仰とは?救済とは?の定義がばらばらであったということです。今更なんですが・・・
 定義をまず確定しないことには、かみ合わないですね。

 それから、次に下記初心者さまの投稿文。

 >これは余談ですが、現在起きている問題の 根底には、雅春先生が あまりにも多くの扇情的な言葉をお使いになりすぎ たということがあると わたくしはこのように考えてます。
 総裁先生に問題 があるとすれば、それは こうした問題の反動形成ではないかとわたくしは理 解しております <


 この余談にて語られたこの文章にすべての答えが隠されているような気がします。

 原因がなければ結果は起きません。その意味で大切な投稿と思ってます。

 和解するにしても、ここをボカしては先に進めないような気がします。

 つまり、大切な時期なのでズバリ云いますと、組織運営論の中核に、言葉の煽動の問題に如何に対するか!と云うようなことを据えなければならないと存じております。

 シニフィエ、そのモノの本質を如何に捉えて、伝えていくか!

 ということだと思うのです。

 このことは今に始まったことでなく、数十年前からずっと総裁選先生が願い続けていたことだと思います。憶測で云っておりますので事実は定かではありませんが・・・

 また、時間があるとき、改めて投稿します。

           合 掌

1878さくら:2012/03/28(水) 08:49:55 ID:f56xiaeQ
八咫烏様

>私は日本人はやはり神道が一番原点にあると思っています。
そして、神道とは、宗教というよりも、祭祀であり、祭祀であるからこそ、宗教を超えた、
もっと広く大きな世界を救う世界観、宇宙観であると思っています。
このように言ってもよくわからないかも知れませんが、伊勢神宮に、
アンドレ、マルローやトィンビーなどの世界の著名人が参拝し、感動を覚えるのは、
この祭祀を基本にした神道の霊性であろうと思っています。

天皇陛下は、祭祀王であり、
日本人は、まずはじめに祭祀の民族であったと思います。
だから、出来れば私は、もし生長の家が新組織に生まれ変わるならば、
祭祀は、一つの独立した、機関として、他の組織とは別にあるべきではないかと考えるものです。 

これは、私個人の感覚としても、たいへん理解ができ、賛同いたします。
そして、生長の家においても祭祀は独立させることがよいと私も賛同いたします。
また、祭祀こそ、聖使命などをお預かりするに、ふさわしいと思われます。

1879さくら:2012/03/28(水) 08:51:45 ID:f56xiaeQ
>私は生長の家教団は、経年による組織の硬化、劣化の問題と、世襲総裁の問題と、
複合した二つの問題が同時に起こっていると考えます。
複合しているから、まるでひとつの問題のように思えますが、
これはそれぞれ別の問題であると思います。

世襲の問題は、生長の家では法燈継承の問題がありますし…
天皇制度は特殊なものですし…私には一概に言えないことが色々あると思いますので、言及を避けますが、

組織の硬化、劣化の問題、
これは、組織の性質、気質にあまりに無頓着に運営してきた責任が、明らかだと思われます。

《「生長の家の自殺」と思われる5つの要因》として、役行者様がコスペしてくださった以下についても、そうです。

�理事・参議等の保身の肥大化 �イエスマンを厚遇し、異議を申し立てるものは排除するという悪平等 
�宗教本来の救済を放擲した“エコ”イズムの氾濫
�聖典絶版等、宗教的自制を欠いた野放図な権力支配 
�「中心帰一」の強要による信徒の総裁迎合主義<

これは、個人、責任者などの信仰の問題以上に、宗教組織というものを、考えなおさなければならないと、思っております。
宗教組織のあり方の根本的な改善、これもまず、問題にされるべきではないでしょうか。

純粋宗教を守ることと、組織を拡大していくこと、これは、根本的に全く違う性質であり、
組織のために、信仰の良心が犠牲になることは、あってはならないことと思います。

トップに独裁があるとしたら、なぜその独裁を許す土壌が、組織にあるのですか。
良心の葛藤に悩みながら、宗教組織の方針に従うのはなぜですか。
「悪」を排除するように見えるのは、組織のどんな体質によるものですか。
み教えを学びながら、なぜ、組織の中で、信仰の葛藤が生じるのですか。

「生かし合うため」には、どんな組織つくりがあるかを、考えて頂けたら、と切に願っております。

私は、それを、信仰、救済、真理の追求、という、ボロメオの輪をヒントに、
互いにその存在を認め合って連携しながらも、決して関与できない部分は、尊重し合う、
そのような組織作りがあって良いではないか、と考えた次第です…

私には経験乏しく、現実に有効性がまだまだ、みえません、、
ですので、これに限ったことではありません。
しかし、改善に向けて話し合う糸口になればと願っております。

1880さくら:2012/03/28(水) 08:52:25 ID:f56xiaeQ
初心者様

立ち位置の問題は、もっと大切にされるべきと私も思っております。
これは、善、悪や正、偽の問題で済まされないことが多いですね。

初心者様が書いてくださったように、組織活動においての救済や、個人の信仰における問題が、
例えば、「結果がでているからそれは真理だ」…とそんな認識があるのも、宗教組織の弊害になっている部分ではないかと、感じておりました。
それが、宗教組織の問題のひとつになっていると感じています。

その場合、真理、とはなんでしょうか。
では、人間にとっての、「不都合」は、真理ではないのか…
そんな疑問もわいてまいります。

私としては、真理とは何かを探求することには、興味があります。
そこに、救いや信仰は、問題にされないことと、思っております。

また、救いや信仰は、守られ、尊重されるべきことであると思っております。

この「ボロメオの輪」は、それについても、何か糸口になると思いました。

まだ、具体的にまとまりがつきません、、がよろしくお願いいたします。

1881初心者:2012/03/28(水) 11:01:47 ID:ixiWFYoQ
>>1877
役行者様

ずいぶん以前より、外部の識者から、雅春先生があまりにも多くの扇情的な
言葉を用いておられることへの警告がなされていたとおもいます。いずれ
弊害があらわれる。これは十分に予想されたことでありました。

矯正が必要と考える人があらわれたとしても、それは無理からぬことと考えます。
「脱構築」はそのためのひとつのプロセスであるのかもしれません。わたくしは
もちろん、脱構築の専門的な知識を持ってはおりません。しかし、なぜそれが
必要であるのか、それは理解しておるつもりです。

脱構築とは何か、を自分なりの理解でいえば、「主体は言葉の効果なのでは
ないか」と疑ってみることだろうとおもいます。「言葉の力を使っているのでは
なく、使われているのではないか」と、このように疑ってみることだろうと
おもいます。

脱構築は各個人の問題ですね。誰かが代行しておこなえる問題ではないはず
です。総裁先生は、各人による脱構築の必要性を訴えておられると、わたくし
はこのようにも理解しております。

1882八咫烏:2012/03/28(水) 11:29:36 ID:goGdBN5E
さくら様

祭祀に関して、ご賛同いただき、大変有難う御座います。

それから、組織おける総裁の世襲問題については、実のところ、
私もよくわからず、さくら様と同じくらいの気持ちで、どちらが良いか悪いかは
全くわからないという方が正しいかも知れません。ただ現総裁に関しては、
これはふさわしくない方だと思うので、そこから世襲に疑問が生じたのですが、
考えてみれば、他のご兄弟姉妹がいらっしゃるのですから、世襲でもいいのかも知れません。

現実世界は現象世界ですから、一人ひとりの信徒の心の状態の総和が影として、
組織に映るのではないでしょうか。信仰も人それぞれに段階がありますし、
一時的には後戻りすることもあるでしょうから、これは当然起こりうることだと思いますが、
でも何故龍宮住吉本宮が完成し、これからだと思うような時に、
問題が現れ始めたのだろうと、わたしも非常に疑問が起きました。

しかし、住吉大神出現と現組織の現状が関連あるとすれば、
自壊作用としか考えられません。きっとそれまでに、積もっていた組織の垢を
一気に削ぎ落とすために、破壊神として現総裁がその役を買って出られたのかも知れません。

新時代にふさわしい組織を作るには、一度完全に壊して、更地にする必要があるのかも知れません。

私は、信仰者としては全く浅く、初心者様と同じく人間知の思索ばかりで考える人間ですから、
いろいろに想像はしますが、わかりません。

しかし、この世界は動・反動の世界だという話ですから、組織の中の一人一人にとっては、
それは与えたものが与え返されているのではと思います。
もし、総裁が独裁的に振る舞うのなら、かつて増上慢に陥って上部組織の人が、
下部組織の人に、そのように振舞ったことがあるのだろうかとか想像します。
又人間は正しいとわかっていても、現実の生活もあり、家族との絆もあり、
運動との板挟みになるときもあります。そういう板挟みの辛さを理解せずに、
真理だということで、正しい事だからと圧力的に押し付けたことがあるのかもと思ったりします。
正しいことはやるべきかも知れませんが、その人の辛さを理解するというのも必要で、
その葛藤の辛さを体験させられているのかもとも考えられます。
などと、いろいろ頭で、想像するだけです。

何れにしても、そこを抜け出す信仰を進化させるための、解脱の過程であり、良くなるための過程だと思います。
組織としても、よくわかりませんが、きっと良くなるために今があるのだろうと信じるしかありません。
組織は、つねに古い皮を脱ぎ捨てるように、脱皮していくことが必要なのかも知れません。企業もそうですから、
宗教組織もきっと同じなのではないかと思います。

雅春先生亡き後、信徒はやはり、何処か少しづつゆく道がずれてきたのではないでしょうか。
原点に立ち返るために、反発が起きているのだと思います。雅春先生の教えに立ち返るための
現状だと思います。

1883八咫烏:2012/03/28(水) 11:46:01 ID:goGdBN5E
ボロメオの輪がほんとに組織論に必要かどうかは、私にはよくわかりませんが、
宗教組織にとって、真理の探求は、組織としては必要ないと思います。
真理の探求は個人でやるべきものだと思います。
それが哲学的真理であれ、科学的真理であれ、宗教組織としてやるべきものとは
思いません。

そして、信仰とは、悟りを目指すものであり、信仰者にとって、悟りを目指すことこそが、
真理の探求であると考えます。そしてそれは、生長の家の信徒にとっては、神想観であり、愛行などの行であり、
そういうものの実践から、その悟りに至るものです。

そして、宗教的真理とは、実感の世界であり、まさに体得するものであり、
物理的な真理のように、知識として、理解するというのとはまた違うものであると思います。
もちろん、その悟りを色々に工夫して、語ることは出来るでしょうし、それに至る方法を示すことも
出来るでしょうが、根本的には、神との一体感を感じることだと思います。

私は、ボロメオの輪の1つとして、真理の探求を不可欠なものとされていることに、
非常に違和感を感じます。

1884初心者:2012/03/28(水) 13:12:19 ID:ixiWFYoQ
さくら様

>立ち位置の問題は、もっと大切にされるべきと私も思っております。
これは、善、悪や正、偽の問題で済まされないことが多いですね。
初心者様が書いてくださったように、組織活動においての救済や、個人の信仰における問題が、
例えば、「結果がでているからそれは真理だ」…とそんな認識があるのも、宗教組織の弊害になっている部分ではないかと、感じておりました。

立ち位置の問題。たしかにあるとおもいます。「結果がでているからそれは真理だ」
といった考え方にも見られるように、何を行為するか、何を思索するかではなく、
行為の結果なにが起きたか、思索の結果なにが起きたかによって真理と非真理を
判別しようとする立ち位置にある人々によって生長の家という宗教組織が構成
されているのは間違いないといってよさそうですね。

こうした立ち位置によってなされる宗教活動には問題があるのではないかと、
このようにさくら様はいっておられるのですね。かつての組織活動の経験から
しか申しあげられないのですが、問題点をひと言でいえば、それは、結果主義を
旨とする真理観にもとづく活動でありながら、望まれる結果が少しもあらわれて
こない活動であった、ということになるかとおもいます。

「望まれる結果」というのは、奇跡的な出来事が起こるという劇的な結果では
なく、たとえば活動することによって真理の自覚が深まるとか、心境が高まるとか、
組織が調和に向かっていくとか、そうしたことでもあったかとおもうのですが、
実際には、数あつめの活動をいくらつづけたところで、こうした結果がちっとも
あらわれてこないばかりか、逆に組織が徐々に疲弊していくという結果しか得られ
なかった、というのが、かつての組織活動から得たわたくしの正直な感想であります。

たしかに問題はあったようにおもいます。問題の根はどこにあったのか、という
ことを考えなければなりませんね。組織活動と求道の関係を見直さなくては
ならない。こうした考え方が、当然のごとくでてくるとおもいます。これにかんして
どのような具体的な意見や考え方があるのか、ということだろうとおもいます。

見直す必要はない。見直す必要があるとすれば、そのために何をすればよいのか。
さくら様は、ご自身の見地からこうしたことの展望を述べられつつ、広く意見を
求めておられると、このように拝察いたしました。

1885初心者:2012/03/28(水) 13:27:51 ID:ixiWFYoQ
八咫烏様

ご意見に賛同いたします。生長の家から長く離れておられながら、ここまで
ご洞察なされるとは、見事と感じ入りました次第です。逆に離れていたほうが
よくわかる、というのはあるのかもしれません。

>私は、ボロメオの輪の1つとして、真理の探求を不可欠なものとされていることに、
非常に違和感を感じます。

ひとつの方向に流されすぎたときには、ときに嬌声手段が必要になる。増上慢の
きわみではありますが、このようにご理解いただければとおもいます。相場では
よくありますね。冷やし玉。逆に、火に油をそそいでいるだけとのうわさもありますが。

1886八咫烏:2012/03/28(水) 13:44:16 ID:goGdBN5E
さくら様と初心者様のやり取りを見ていて、真理の探求について、あまりにも
固執されているのが、どうしても気になります。

そもそも、結果が出ているから真理だというのは、単なる事件的結末ではなく、そこにはやはり悟りを含む結果を
言っているのです。もちろん悟りといっても頓得の悟りから深い悟りまで段階があるでしょうが、
少なくとも何らかの実感を得られての結果です。
宗教の世界なのですから、体験はもっと重視されてもいいのではないですか。

ところで、
たとえば、講習会のチケットを水増しして、不正に数合わせをするのは何故であるか、それは一番の原因は講習会に魅力がないからです。
魅力がなく勧誘しても意味がないし、誘っても喜んできてくれないと思っていながら、ノルマだけは課せられるから、仕方なく数合わせが起こるのです。
本当はそういう勧誘など無意味だと思えば、やる必要はないのに、それをはっきりという勇気がでない、
何故勇気がでないか、それは自分自身が、神の子としての自覚が足らないからです。
自分が主人公であるという主体性の自覚がないからだと思います。
それは、雅春先生の教えを実行してないところから来るのではないでしょうか。
これは信徒一人一人の自覚の問題であり、また同時に組織として、
そのような講習会を開いていることの問題であると思います。

これが何故真理の探求と結びつけて論じられるのかが不思議です。
立ち位置とかの問題ではなく、
生長の家の信徒としてどうあるべきか
講習会を有意義に開くにはどうするかの問題ではないですか。

1887八咫烏:2012/03/28(水) 13:49:33 ID:goGdBN5E
初心者様

1885の書き込みを見る前に、書いてしまいました。
お許し下さい。
そのように賛同いただければ、何も申すことはありませんでした。

1888ももんが:2012/03/28(水) 16:52:55 ID:XXCuaQns
復興G様

復興G様、お返事大変遅くなって、申し訳ありませでした。お返事くださりました事は、真に、感謝しております。ありがとうございます。感謝、合掌、拝。
返信文は、書いてあったのですが、日にちが立ち多少、修正いたしました。世見辛い処もあるかと、思いますが、御許しください。

復興G様、『第二青年書』は、若い時、読まれたのですね。素晴らしいですね。

御文章も、大変素晴らしいものですね。ありがとうございます。

復興G様の“心配事”この事ですか?

>>
 私たちは谷口雅春先生から直接、>>1699〜1703に書きましたような真理(神のコトバ)を拝聴することができました。それ故に、只今谷口雅宣総裁がそれを直接お説きにならなくとも、生長の家の教えはこの「日本建国の理想」「日本の実相」顕現にある、それは生長の家の教えの中心部分であると信じ続けております。私たちはそれでよいとして、後継者たちにそれが伝えられ受け継がれなければ、神から与えられた使命が全うされないのではないか。それでは日本の使命が果たされず、世界に「神の国」を実現することができないのではないか。それでは生長の家出現の意義がなくなるのではないかと考えますが、いかがでしょうか。>>


先日も言いましたが、『日本の実相』は、私の“心の眼”には既に“現れ”て観えていますが?
復興G様の、“心の眼”には“観えて無い”のでしょうか? 

確かに?“菩薩は何を為すべきか”にあるよな“日本”では無いのかもしれません。人でもそうですが?例えば?ある理由で『御父さんと呼べない人』が、『御父さんと呼べる人』に成るまで、大変な心の葛藤が有り、時間が、かかる、物ですよね。まあ、中には、すぐに、呼べる人もいますが。それと、同じで、今の日本の姿が、ベストの姿では無いにしても、確り、実相は現れているのだと思いますよ。これから、少しづつ、善くなると、私は思います。

『生命の実相・第二巻』に

★『物質』と『霊質』とは性質においても、本質においても正反対であります。どちらか一方が『実在』ならば、どちらか他方が『非実在』でなければなりません。二元論は自己撞着に陥ります。
存在《もの》の実相《じっそう》をとらえるには『実相覚』によって『一つの神』すなわち、在りとし在らゆるもを在らしめてる一つつの力、生きとし生きけるものを生かしている一つの力を認めねばなりません。『在る』ということと『生きている』ということとは『実相覚』で観れば一つのことであります。在るものはすべて生きている。存在とは生命の別名である。神とは完全の別名である。すなわち存在するものはすべて生命であり、神であり、完全であるのであります。〜(105㌻)

そして、

『生命の実相・第六巻 』
★『なんじ、心を尽くし、精神を尽くす、思いを尽くして主なるなんじの神を愛すべし』


これは、『聖書』の言葉ですね。

『聖書』は、正式には、日本の聖典ではありません。
ここで、言う『神』とは、全人類の共通の神です。


聖書にもでてきます。神の名前は『在る』と言う御名前だったと記憶してます。
いま、日本の文化が、盛んに、外国で好評なのと、昔より、日本語や日本に住む外国人が多いは、良い、悪いは、別にして、一つの、心の流れだと思います。理想とは言えなくても、実相顕現しているのだと思います。日本の役目が、果たされてると思いますよ。


>>、この世界は言葉によって創られて行く世界ですから、積極的に言葉の力を駆使するのが生長の家の生き方なのではございませんか。<<


それから、復興G様、大変恐縮なのですが、復興G様は?『言葉』は『人間の言葉』『話言葉』と理解していられるようで、大変残念です。


以前、お話したことがありますが、
『コトバ』は、動物、植物含めて、この、宇宙に存在する物の『音』です。

生命は全て、『音』を出します。

復興G様も、当然、お分かりなのだと思いますが。

『行い』も『コトバ』になります。

これは、清超先生の著書にもありました。


ですから、地球は大生命ですから、人間の言葉とは違う、コトバを、発していると思われます。

宇宙は、常に、創造し続けいます。

問題は?我々、人間が、その“声”“コトバ”を“心の眼”“心の耳”で“観る”“聞く”が、出来ているのかが、問題なのでは、ないでしょか。


つづく〜

1889ももんが②:2012/03/28(水) 16:59:40 ID:XXCuaQns
つづき②〜復興G様

それと?

>>むしろ破壊的な、悪い方向に向かっているかも知れません。日時計主義とは、問題から目を背けることではないでしょう。>>


復興G様の、上の考えは、けして、“光明思想”では無いと思ってしまう、わたくし、で、あります。

私は、“生長の家誌第一号”を復興G様より年輩の地方講師の方に、頂きました。

そのアンダーラインに“日時計主義”は、生長の家の生き方と、雅春先生が、書いています。


日時計主義は、生長の家の基本と思ってます。


それに、悪くなった”心“に捉えてるは、復興G様御自身の“心”であのるではないかと、私は感じを受けてしまうのです。


私は、“悪い中にも光はある”の精神を常に、心に抱いております。


復興G様、余り、悪く成ったとか、お考えにならないように、なさって、ください。復興G様は、大変、お優しいから、そう言うお気持ちが、沸くのかなと、私勝手に、思いました。


>> ももんが様に教えて頂いた、各宗各地での祈りも、皆このただ一つの霊なる“本源神”を、それぞれの形で礼拝していることになっているのだとは思いますが、それがどれだけ自覚されているか。生長の家のように<<


あと、世界各地の宗教は、可なり、“万教帰一”については、自覚はあるとは思われます。

”世界宗教者平和会議”の様なことが、あるのも、一つの形としては、中身は兎も角として、一つの形とし、現れてるのは、善い事と思います。


>> 昨年3.11の東日本大震災で、それまで隠れていた日本人の素晴らしさが表に出て、世界から讃嘆されるようなこともありました。天皇陛下の素晴らしさも、改めて国民の魂に刻み込まれました。<<



私も、この、東日本大震災の意味は、“震災の被災”の事に限らず、“日本と言う国の世界に果たしてる役割“、そして、”奥州、東北地方の日本に置ける、世界に果たしてる役割“ の大きさを、世界の人々、日本の人々が、改めに知る事が出来たのでは、ないでしょうか。私の祖先も、東北の人間がいますので、遠い親族は被災したようであります。被災の悲しみは、確かに、言葉に表し様がなく、ただ、祈るばかりであります。
ただ、日本の実相は、世界に、この様な、形であれ、素晴らしい事は、復興G様の御言葉の示され、とうりであると、私も、思うしだいであります。


〜つづく

1890ももんが:2012/03/28(水) 17:01:11 ID:XXCuaQns
つづく③〜復興G様


>> 『日本はなぜ世界でいちばん人気があるのか』というベストセラー書を書いた竹田恒泰氏、まだ三十代のすばらしいオピニオンリーダーです。「神武天皇が実在したことは、疑いようのない事実である」と言っておられ、31歳で山本七平賞を受賞しておられます。こうして、ももんが様のおっしゃるように、中心帰一は「“神様の無言の智恵”により、“自然に成されてく”」のかも知れませんが、生長の家はその最先端を行く神の啓示を受けて谷口雅春先生がお伝え下さっており、それが生長の家の教えの中心でありますから、私たち信徒はそれをしっかりと受け止め、受け継ぎ、伝えて行くべきではないでしょうか。<<


竹田恒泰氏の『神武天皇は存在した。』は、真偽は兎も角、賛同したいです。ただ、学問的には解明されたく無い分野ではありますが面白いところです。
それと、「“神様の無言の智恵”』に、ことに、御賛同下さり、ありがとうございます。

この事、生長の家が最先端なのでは無く、仏教でも、キリスト教でも、すでに、すでに、説かれていたのであって、別、生長の家が最先端では、ありません。

久遠の昔から、説かれていた事が、最近は、たくさんの人々が、共有出来るようになったのだと、私は観ております。

谷口雅春先生の説かれて事も、素晴らしい事の、あったと思います。

しかし、日本にも、世界にも、たくさんの、尊敬すべき、宗祖、祖師方が、たくさん、います。

私、雅春先生だけでなく、全ての、私の心から、尊敬すべき、祖師方に、感謝をすることが、神様への感謝と、思っております。

日本だけを愛するの処から、越えて、地球その物を愛するのが、私、個人の在り方です。勿論、日本も愛し、天皇国日本も素晴らしいと、いう事も理解し、更に、日本人である事に埃を持っているから、此を越えないといけないと思うのです。

すいません、復興G様、大変、お返事に時間がかかり、申し訳ありませんせんでした。現在、大変、忙しく、文章が支離滅裂だとおもいますが、申し訳ありません。自分で、思った事とは、多少違う表現なのと、言葉使いが、少し荒いところは、御許しください。なるべく、丁寧に書こうとしましたが、中々難しいですね。復興G様、ご旅行、楽しく過ごされましたか?
花見も、もうすぐですね。では、元気に、楽しく、お過ごしください。
また、よろしく、おねがいします。
御教え、ありがとうございます。感謝、合掌、拝。

1891ももんが:2012/03/28(水) 18:29:03 ID:XXCuaQns
神の子皆様、ありがとうございます。感謝、合掌、拝。

本日は、『ブッダのことば  スッタニパッター』より、『慈 経』を、載せます。この教えは、史上のお釈迦様の説かれた、”御言葉“として、南方の仏教徒は、”般若心経“のように、読まれるようです。

内容は、大変素晴らしく、既にに、2500年前に、生長の家と同じような事を説かれています。

皆様も、存分な、味わって下さい。感謝、合掌。

>  〜『慈経』〜

目的をよくわきまえた人が、静かな場所に行ってなすべきことは《以下のとおりである》

・何事にもすぐれ、しっかりして、まつすぐしなやかで、人の言葉をよく聞き、柔和で高慢でない人になるように。

・足ることを知り、手が掛からず、雑務少なく、簡素に暮らし、諸々の感覚器官が落ち着いていて、裏表がなく、在家に執着しないように。

・《智慧ある》識者たちが批判するような、どんな過ちも犯さないように。

・幸福で平安でありますよに。生きとし生けるものが幸せでありますように。

・いかなる生命であろともことごとく、動き回っているものでも、動き回らないでも、長いものでも、大きいものでも、中くらいのものでも、短いものでも、微細なものでも、巨大なものでも、見たことがあるものも、遠くに住むものでも、近くに、住むものでも、すでに生まれたものも、《卵など、これから》生まれようとしてるものも、生きとし生けるものが幸せでありますように。


・どんな場合でも、人を欺いたり、軽んじたりしてはいけません。


・怒鳴ったり、腹を立てたり、お互いに人の苦しみを望んではいけません。


・あたかも母が、たった一人の我が子を、命がけで守るように、そのようにすべての生命に対しても、無量の《慈しみの》心を育てることです。

慈しみの心を、一切世間《全ての生命》に対して限りなく育てることです。

上に、下に、横《まわり》に《棲む如何なる生命に対して》も、わだかまりのない、怨みのない、敵意のない心を育てることです。


立っている時も、歩いている時も、座している時も、あるいは横になっていても眠っていない限り、この《慈悲の》念をしっかり保つものである。これが梵天《崇高な者の例え》の生き方であると言われています。

《このように実践する人は》邪見を乗り越え、常に戒を保ち、正見を得て、諸々 の欲望に対する執着をなくし、もう母体に宿る《輪廻を繰り返す》ことはありません。<<



私は、特に、この部分が、大変、気に入ってます。

>・幸福で平安でありますよに。生きとし生けるものが幸せでありますように。<



>・怒鳴ったり、腹を立てたり、お互いに人の苦しみを望んではいけません。<

我が国の聖徳太子も、この様な、ブッダの精神を深く、尊敬され、学ばれて我が国の精神と融合し、日本精神の『和』が、出来上がっていったのかと、思います。


それでは、皆様、春も、花見も、近いです。

では、では、本日も、ありがとうございます。心の平安を、願いながら、ありがとうございます。感謝、合掌、拝。

1892ももんが:2012/03/28(水) 19:09:39 ID:XXCuaQns
〜『怒り』の種類について
①、怨む心→一旦、怒りだしたら、何ヵ月でも、継続する。

②、人を軽蔑する心→いつも、自分の事を高く評価して、他人の良いところを軽視してみる性格の心です。他人に、何か言いがかりをつけて軽視する人は、この心をどこかに抱えます。

③、張り合う心→他人と調和して仲良く生きる事ができない。いつも、誰かと競争して、倒したい気持ちがある人が持つ心です。


④、嫉妬の心→他人の良いところを認めたくないのですが、その心が、内心に向いて暗くなります。

⑤、物惜しみの心→ 俗に言われる、ケチな心の事てであり、自分が持ってる物を他人も使用して喜ぶのは嫌な人です。分かち合うことが嫌いなので、暗い心です。

⑥、反抗的な心→他人からあれこれ言われる事に、拒絶反応を起こす心。


⑦、後悔の心→過去の失敗や過ちを思いだして、悩む心です。


⑧、激怒の心→異常な怒り、人を突然殴ったり、殺したりする心の状態です。


これは、仏教の怒りの観察の状態です。

『幸福(明るい心)』が、失われる状態になると、人は『怒り(暗い心)』を抱きやすくなるようです。


生長の家でも、似た様にに説かれたところありますね。

掲示板の中は、たくさんの、怒りで、満たされますから、私が思うに、皆様、たぶん、心の奥に、不幸を感じてしまってるのでしょうか?

勝ってな、想像をしてしまいした。

では、では、ありがとうございます。感謝、合掌、拝

1893うのはな:2012/03/28(水) 19:16:58 ID:El6gIMAw
 伊勢神宮には二つの顔がある

 第一の顔は皇祖神、アマテラスを祀る顔だ。天上界で日の神だったアマテラスは時代の変化とともに
皇祖神、国家神に変貌し、天皇を頂点とする現世の政治構造と深く結びついた。
その結果、アマテラスの神域は不可侵な存在にまで高まっていく。

 第二の顔は農耕神としての顔だ。ブルーノ・タウトは伊勢神宮の正殿に田んぼの真ん中の藁葺きの農家を見、
その素朴さ、透明さ、清楚さに感嘆したが、それは農耕によって生きていた古代の生活の反映であり、素朴な信仰だったと
いえるだろう。『日本書紀』にも記されている。「農は天下の大本なり。民の恃みて以て生くる所なり』と。

 伊勢神宮では三百六十五日を通してなんらかの祭事がおこなわれている。
その数は大小あわせて千七百回にのぼるといわれる。ざっと計算して一日に四回の勘定になる。
それはヤマトヒメが伊勢の地をアマテラスの終の住処と定め、「祠」が建立されたときにはじまり、
徐々に確立され、以後、営々とつづけられている。それらの祭事も皇祖神、国家神としての
アマテラスにかかわる祭事と、五穀豊穣を願う祭事に大別される。

 二つの顔をもつ伊勢神宮は祭事にはじまり、祭事に終わるのである。

『謎解き伊勢神宮 神々と天皇と日本人のDNA 』 井上宏生 著

1894ももんが:2012/03/28(水) 19:25:29 ID:XXCuaQns
うのはな様

うのはな様、伊勢神宮の御文章、拝読しまた。感謝、合掌、拝。

>>1893:うのはな
12/03/28(水) 19:16:58 ID:El6gIMAw
 伊勢神宮には二つの顔がある

 第一の顔は皇祖神、アマテラスを祀る顔だ。天上界で日の神だったアマテラスは時代の変化とともに
皇祖神、国家神に変貌し、天皇を頂点とする現世の政治構造と深く結びついた。
その結果、アマテラスの神域は不可侵な存在にまで高まっていく。

 第二の顔は農耕神としての顔だ。ブルーノ・タウトは伊勢神宮の正殿に田んぼの真ん中の藁葺きの農家を見、
その素朴さ、透明さ、清楚さに感嘆したが、それは農耕によって生きていた古代の生活の反映であり、素朴な信仰だったと
いえるだろう。『日本書紀』にも記されている。「農は天下の大本なり。民の恃みて以て生くる所なり』と。

 伊勢神宮では三百六十五日を通してなんらかの祭事がおこなわれている。
その数は大小あわせて千七百回にのぼるといわれる。ざっと計算して一日に四回の勘定になる。
それはヤマトヒメが伊勢の地をアマテラスの終の住処と定め、「祠」が建立されたときにはじまり、
徐々に確立され、以後、営々とつづけられている。それらの祭事も皇祖神、国家神としての
アマテラスにかかわる祭事と、五穀豊穣を願う祭事に大別される。

 二つの顔をもつ伊勢神宮は祭事にはじまり、祭事に終わるのである。

『謎解き伊勢神宮 神々と天皇と日本人のDNA 』 井上宏生 著<<


処で?うのはな様は、式年遷宮には、行かれた事があるのでしょうか?


ありがとうございます。合掌、拝。

1895うのはな:2012/03/28(水) 19:35:34 ID:El6gIMAw
  硫黄島の戦いが終わって五十年

 硫黄島の戦いが終わって五十年が経ちました。皆さんには、七月六日の戦没者追悼式に参列し、この長い年月を
振り返られることに、深い感慨をお持ちのことと察しております。
 私どもは、昨年二月、硫黄島を訪れました。慰霊碑に参拝し、島を巡り、水もなく地熱の高い厳しい壕生活の中で、
祖国のために死力を尽くして戦った戦没者をしのびました。二万の未来ある命が失われ、今なお一万の遺骨が地下に眠っていることに、
尽きることにない悲しみを覚え、今日の日本がこのような多くの犠牲の上に築かれたことに、深く思いを致しました。

 追悼式の行われる七月六日には、遥かにこの地より当時をしのび、戦没者を追悼したく思っています。
追悼式が滞りなく行われ、つつがない旅であることを祈ります。


 平成七年七月三日 宮殿 東京都硫黄島戦没者追悼式に参列の遺族代表拝謁

『道』 天皇陛下 御即位十年記念記録集 平成元年〜平成十年 宮内庁 編

1896うのはな:2012/03/28(水) 19:40:13 ID:El6gIMAw
ももんが様 おひさしぶり、のような感じですね。

 私は式年遷宮の儀式には行ったことがありません。
 ももんがさんは経験があるような感じですね。。 合掌、拝。

1897ももんが:2012/03/28(水) 20:23:54 ID:XXCuaQns
>>1896
うのはな様

うのはな様、お返事、ありがとうございます。感謝、合掌、拝。


はい、有ります。前回の式年遷宮の時に、行きました。


儀式当日、秋篠宮殿下のお車が、橋を渡ると、伊勢神宮の門が閉門されたんですよ。

前日から、泊まって、伊勢神宮は、参拝しましたから。

あと、うのはな様が、伊勢神宮に、伊勢神宮に行かれて無いて、思ったのは、御文章の中に、豊受大御神の事が、出て来ませんでしたのでそう思ったんです。

豊受大御神が、食物に関する神様で、農業とは、この神様が、関わりがあるようです


家の近所にも、豊受大御神様を祭る神社があります。


あと、昔、家の田舎祖母に聞いた話だけだったので、伊勢に行って、初めて見た物に、“色の着いた米”を見ました。何色忘れましたが、“赤色の米”と“黒い色の米”は覚えてます。


家の田舎祖母は、お米の事たくさ教えくれたので、伊勢神宮に行ったら、絶対見ようと思っていたものですから。


あまり関係ないけど、当時は、日光江戸村の第三番目、伊勢戦国村に行ったよ。


出雲大社も式年遷宮だそうですが、出雲大社も、造りは、凄いよ。


うのはな様も、是非、どこかへ、参拝して観てください。解答ありがとう、ございました。感謝、合掌。

1898役行者:2012/03/28(水) 20:52:11 ID:xxNMXb8o

 >>1881

  初心者さま


 >ずいぶん以前より、外部の識者から、雅春先生があまりにも多くの扇情的な
言葉を用いておられることへの警告がなされていたとおもいます。いずれ
弊害があらわれる。これは十分に予想されたことでありました。<


 初心者様のように、すでに教団から離れた方の場合、物申すことにやぶさかでも
ないかもしれませんが、私の場合、教団に属して居るものですから、斯様なことがあったと知っていても、創始者 雅春先生のことを、とやかくいうのはつい遠慮がちになってしまいます(^_^;)


 >矯正が必要と考える人があらわれたとしても、それは無理からぬことと考えます。
「脱構築」はそのためのひとつのプロセスであるのかもしれません。<


 現総裁先生がその矯正をされているのでしょうが、


>現在起きている問題の根底には、雅春先生があまりにも多くの扇情的な言葉をお使いになりすぎたということがあると、わたくしはこのように考えています。
 総裁先生に問題があるとすれば、それはこうした問題の反動形成ではないかとわたくしは理解しております。<


 この、こうした問題の反動形成!これなんですが、いま、反動により現在の状
況がつくりだされた、と思うのです。
 となると、中道に戻すことが必要かと存じます。それが和解かと存じる次第です。


>脱構築とは何か、を自分なりの理解でいえば、「主体は言葉の効果なのでは
ないか」と疑ってみることだろうとおもいます。「言葉の力を使っているのでは
なく、使われているのではないか」と、このように疑ってみることだろうと
おもいます。<


 今までの既成概念を離れて、改めて組み立て直すのが、脱構築かと・・・
 コトバの力を駆使するのが本来の生長の家であるはずですよね。
 その生長の家の方が、言葉に使われている・・・これは衝撃的なことです。
 まあ、もちろん、生長の家の方ばかりではないでしょうが・・・
 権威ある方が扇情的に言葉を発せられると、大変、危険です。
 その団体そのものが、暴走することがあるからです。
 そのような体質を改善することは、喫緊の課題かと存じます。
 

 >脱構築は各個人の問題ですね。誰かが代行しておこなえる問題ではないはず
です。総裁先生は、各人による脱構築の必要性を訴えておられると、わたくし
はこのようにも理解しております。<


 しかと受け止めました。それにしても、宗教団体における信仰とは!について、深い考察による定義が必要になってくると思われるのです。
 盲信でならず、疑心でならず、己を軸として、モノの本質見分ける。
 一人一人が天の御中の心をもって洞察し、中道を生きる。
 抽象的なのですが、コトバによって導かれ、偽物の言葉を見極める、このことが大切なときかと存じます。

       感謝 合掌

1899うのはな:2012/03/28(水) 21:14:12 ID:El6gIMAw
伊勢神宮にある神々のキッチン

 外宮の神域はJR参宮線の伊勢市駅から歩いて五、六分のところに広がっている。
かつてそのあたりは「山田の里」と呼ばれ、内宮のある「宇治の里」とは異なる町だった。
お伊勢参りの人たちはまず山田の里の外宮に参詣し、それから宇治の里の内宮にむかうのがつねだった。
旧参道から現在の御幸道路になっても、それは変わらない。
 だが、内宮と外宮の歴史を比べると、内宮の歴史がはるかに古い。
内宮はアマテラスが五十鈴川の上流に鎮座してからすでにニ千年以上の歴史をもつが、外宮はそののち、丹波国(京都府)の
真奈井原から高倉山の麓、山田の里に奉遷されたと伝わる。それでも、その歴史はすでに千五百年にもなろうとしている。

 砂利を敷きつめた広場から火除橋を渡り、杉木立にかこまれた玉砂利の参道をすすむ。
左手の手水舎で手を洗い、口をそそいで清めたあと、さらにすすめば一ノ鳥居、ニノ鳥居がつづき、右手に神楽殿が見えると、その奥が外宮の正殿である。
五十鈴川の清流と杉の巨木におおわれた内宮に比べれば、太古の深遠な雰囲気を感じられない。
 火除橋の左手には勾玉の形をした池が広がる。その名も勾玉池である。池の畔では今、「せんぐう館」が建設されている。
これは平成二十五年の第六十二回式年遷宮を記念したもので、神宮でのモノづくり、技術の伝承などがテーマとされている。

 正殿あたりにもどると、外玉垣から内側の構造は内宮のそれとほとんど変わらない。
変わっているのは正殿に鎮座している神である。
内宮には皇祖神であるアマテラスが鎮座しているが、外宮の正殿にはトヨウケノオオカミ(豊受大神)が鎮座している。
 トヨウケは穀物の生育を司るワクムスビノカミ(和久産巣日神)の娘として生まれ、もともとは食物の神だったが、山田の里に
移ってからはアマテラスの大御饌都神(おおみけつかみ)となった。
大御饌都神の「大御饌」とは食物のことをいう。
トヨウケはアマテラスの食事を世話する料理人だったのである。
だが、外宮の発祥の地は丹波国の真奈井原だった。トヨウケもその地に棲んでいたはずだ。
それがどうして高倉山の麓に移ってきたのだろうか。
トヨウケを山田の里に呼び寄せたのは第二十一代の雄略天皇だと伝わる。雄略天皇は允恭天皇の第五子にあたり、五世紀の後半に登場している。
ある夜、天皇の夢枕にアマテラスがあらわれ、「大御饌都神を身近に呼んで欲しい」、そう告げたというのである。

つづく

1900初心者:2012/03/28(水) 21:41:47 ID:ixiWFYoQ
さくら様

>その場合、真理、とはなんでしょうか。
では、人間にとっての、「不都合」は、真理ではないのか…
そんな疑問もわいてまいります。
私としては、真理とは何かを探求することには、興味があります。
そこに、救いや信仰は、問題にされないことと、思っております。

ある科学者が、「なぜ、科学者である自分が神をも否定する方向へ向おうと
するのかといえば、真理の追究に救済を持ち込めば、それは真理の探究とは
言えなくなるからです」と、こんなようなことを言っていました。

救われたいという思いではじめられるのが信仰であるのかもしれませんが、
わたくしはやはり、さくら様が言っておられるように「救いや信仰は、問題に
されない」とこのように考えます。

以前よりこちらで何度も引用してまいりましたが、わたくしは、スラヴォイ・ジジェク
の「私を待っているのは、私が同一化しなければならない深い真理ではなく、
私が共生することを学ばなければならない堪えがたい真理なのだ」という言葉
に、最初は抵抗がありましたが、今では感動をさえおぼえるようになりました。
たとえそれが「堪えがたい真理」であっても、真理の名に値するものであれば、
共生することを学んでもよいと、このように考えています。

宗教的真理、哲学的真理、科学的真理、これらはやはり、それぞれの立場で追究
すべきものなのでしょうが、わたくしが生長の家に身を置きましたのは、生長の家
が宗教団体の形をとっていながら、哲学的真理や科学的真理の追究の場でもある
と考えたからであり、実際にも、わたくしが在籍していた当時の青年会には、宗教的
真理以外の会話が自由にできる気風が残っていたようにおもいます。

いまでもこうした気風が残っているのでしょうか。こちらで書き込みしておりま
すと、「人間知」と揶揄されたり、「真理は生命の實相から学べ」と押しつけられたり
といったようなことがないわけではありません。いまの生長の家は、かつての時代
ほどに寛容ではないのでしょうね。こういう時期ですから仕方がないのかもしれま
せん。さくら様は組織に在籍しておられると考えておりますが、もしそうであれば、
実際の現場はどのような状況であるのか、教えていただければありがたく存じます。

1901初心者:2012/03/28(水) 21:42:50 ID:ixiWFYoQ
うのはなさま〜

ごめんなさい。割り込んでしまいました。

1902うのはな:2012/03/28(水) 21:43:21 ID:El6gIMAw
1899 つづき

 大御饌都神の仕事はアマテラスの食事の世話役だった。
だが、アマテラスは宇治の里の五十鈴川の上流に、トヨウケは遠くの丹波国に鎮座している。
これではトヨウケがアマテラスの食事を世話できず、アマテラスも不便に感じたに違いない。
そこでアマテラスはトヨウケを伊勢に呼びたいと考え、ある夜、雄略天皇の夢枕にあらわれたのだろう。
とすれば、トヨウケが山田の里に引っ越してきたのも納得がいくというものだ。

 正宮の脇には忌火屋殿という殿舎が控えている。ここは神々の料理をつくるキッチンである。
火は火鑚臼と杵でおこされる。火鑚臼という檜の板に山枇杷の木を心棒にした杵を上下に回転させて火を
おこすのだ。その火種は杉の葉に移されて炎となる。
古代人はそうやって火をおこし、今にそれが伝わる。神々の世界ではその火を「忌火」と呼ぶ。

忌火といえば反射的に忌まわしいイメージがまとわりつく。
葬式での「忌中」という言葉の浮かぶ。だが、本来、「忌」には神事に慎むこと、心身を清浄に保ち慎むという意味が
ふくまれる。「潔斎」の「斎」とおなじ意味だったのである。
だが、人は高みにいる神々に遠慮して近づかなくなった。そこから「忌」に不吉なイメージが入り込み、不幸を象徴するようになったという。
死者のために籠もる「忌中」がそうである。

 だが、神々の世界では「忌」は神聖で清浄な意味であり、忌火は清らかな火を意味し、忌火を使って神々の食事をつくる殿舎は忌火屋殿と呼ばれるようになった。
この忌火屋殿の料理長が外宮の大御饌都神、トヨウケノオオカミだったのである。
 ちなみに、内宮にも忌火屋殿があり、正殿の裏手には御饌殿もある。
ただし、御饌殿は内宮での儀式で神饌をつくるのが忌火屋殿だ。
いってみれば、内宮の御饌殿や忌火屋殿はオフィシャルな食堂であり、厨房である。

『謎とき伊勢神宮』 井上宏生 著

1903ももんが:2012/03/28(水) 22:03:12 ID:XXCuaQns
>>1902
うのはな様

うのはな様、伊勢神宮の文章面白かったです。合掌、拝。

>>12/03/28(水) 21:43:21 ID:El6gIMAw
1899 つづき

 大御饌都神の仕事はアマテラスの食事の世話役だった。
だが、アマテラスは宇治の里の五十鈴川の上流に、トヨウケは遠くの丹波国に鎮座している。
これではトヨウケがアマテラスの食事を世話できず、アマテラスも不便に感じたに違いない。
そこでアマテラスはトヨウケを伊勢に呼びたいと考え、ある夜、雄略天皇の夢枕にあらわれたのだろう。
とすれば、トヨウケが山田の里に引っ越してきたのも納得がいくというものだ。

 正宮の脇には忌火屋殿という殿舎が控えている。ここは神々の料理をつくるキッチンである。
火は火鑚臼と杵でおこされる。火鑚臼という檜の板に山枇杷の木を心棒にした杵を上下に回転させて火を
おこすのだ。その火種は杉の葉に移されて炎となる。
古代人はそうやって火をおこし、今にそれが伝わる。神々の世界ではその火を「忌火」と呼ぶ。

忌火といえば反射的に忌まわしいイメージがまとわりつく。
葬式での「忌中」という言葉の浮かぶ。だが、本来、「忌」には神事に慎むこと、心身を清浄に保ち慎むという意味が
ふくまれる。「潔斎」の「斎」とおなじ意味だったのである。
だが、人は高みにいる神々に遠慮して近づかなくなった。そこから「忌」に不吉なイメージが入り込み、不幸を象徴するようになったという。
死者のために籠もる「忌中」がそうである。

 だが、神々の世界では「忌」は神聖で清浄な意味であり、忌火は清らかな火を意味し、忌火を使って神々の食事をつくる殿舎は忌火屋殿と呼ばれるようになった。
この忌火屋殿の料理長が外宮の大御饌都神、トヨウケノオオカミだったのである。
 ちなみに、内宮にも忌火屋殿があり、正殿の裏手には御饌殿もある。
ただし、御饌殿は内宮での儀式で神饌をつくるのが忌火屋殿だ。
いってみれば、内宮の御饌殿や忌火屋殿はオフィシャルな食堂であり、厨房である。

き伊勢神宮』 井上宏生 著<<


だけど、美味しい食べ物も、本当に、自分で実際に食べて見て、初めて、自分の好みの味が分かる様に、こうした、文献も、他人の書いた物は、しょせん、他人のイメージーだから、空想の世界を出いから、実際に、行かれて、自分の五体の感覚で、味わって貰うと、より素晴らしいと、思いますよ。では、貴重な、御文章、ありがとうございました。合掌、拝。

1904八咫烏:2012/03/29(木) 04:56:41 ID:goGdBN5E
初心者様、

ボロメオの輪は、現実の組織に譬えるには、非現実的すぎると思います。
お互いに関与できないものが何の意味があるのですか。この様な平面上の不思議絵のようなものが
現実の、交流し、関与し、結び合うべき組織に対してそれを当てはめて、
その通りの状態が起きると思うのですか。

仮に要素を、信仰、救済、真理探求としても、それらが互いに関与しないわけがないのです。
この様なだまし絵のようなものを用いることは、現実の姿を正しく捉えることにはつながらないと思います。



現総裁が、今やめればやりたい事ができなくて無念だとか言われますが、
現実に組織が衰退し、人々の心を救済することもできないでいて、
これ以上何を何をやりたいのかわかりませんが、

雅春先生の説かれた根本真理をしっかりと掴むことなく、真理の探求というのは、
生長の家信徒の基本姿勢ではありえないことです。

根本真理をしっかりと掴み、中心に置けば、そこから一切が整ってくると思います。
健康な人間の体が、統一体として機能し、体中に血液が循環し、自由自在に動けるように、
組織も、第一のものを第一にすれば、自ずと秩序が整ってくると思います。

第一のものを第一にしていないから、いくら組織論を作っていろいろ試しても、
恰も脳内に障害を負った人のように、身体は機能不全になり、自由が失われていくのです。

組織論よりも前に、総裁が仮にも生長の家と名乗るからには、
雅春先生への敬愛の気持ちがあるのかどうか、そしてその説かれた
真理をきちんとつかんでいるかどうか、それがなくてはならないと思います。

それがないまま、形ばかりの継承者では、教団が衰退するのは当然のことで、
それは継承とは言わず、極端にいえば、
総裁の椅子の、非信徒による乗っ取り
であると私は思います。

大体、救済が環境問題とはおかしいのではないですか、
人の心を救わずにいて、形に現れたものを、いじくりまわすのは、
宗教が中心に置くべき救済ではないと思います。
雅春先生も、映画のフィルムを変えないで、スクリーンに写った映像を切り貼りしても
根本的治癒にはならないとおっしゃっているではないですか。

宗教の救済は、人々に自ら起つ力を与えることです。与えると言うより、自覚させると言うべきでしょう。
それなくして、宗教組織の意味が何処にあるのですか。

雅春先生の言葉が扇情的だとか何だとか、雅春先生の教えにケチを付ける前に、
何故雅春先生の教えが多くの奇跡を表し、多くの信徒を獲得できたか、
先ずそれを学ぶことからはじめるべきです。

そもそも、雅春先生とどうしても考えが違うならば、総裁を辞するのが、誠意ある態度
だと思います。

これではまるで、内閣の閣僚が、意見の合意ができてないまま組閣した民主党のようではないですか。
バラバラの方向を向いて、走りだせば、組織としての統一は失われ、機能不全が出るのは当たり前です。

1905八咫烏:2012/03/29(木) 05:40:47 ID:goGdBN5E
初心者様

今はっと思いついたのですが、ボロメオの輪で象徴されるものを思いついた気がします。
現在における、宗教、科学、芸術(この部分は芸術以外でも良いかもしれません)
これらは現在においては、お互いに関与せず独立した存在としてあると考えられます。
しかし、微妙に結びついているとも思えるのです。まさにボロメオの輪とは
思いませんか。

しかしこれらは、やがて未来においては独立したものではなく、つながったものとなるはずです。
あなたがDブレーンのことをおっしゃった時に見つけた概念で、双対性という概念をあるブログで説明していて、
非常に面白かったのですが、未来のおいては、まさにこの双対性の概念がそのまま現れるのではと考えます。

つまり、これらの輪は、それ自体がみな閉じており、内部は閉鎖空間なのに、円の内部の点がその外のすべての線に対応している
というアレです。円の外の全ての線、つまり、円の外側を埋め尽くす無限領域に、円の閉じた内部が対応しているという論理です。
とすると、宗教、科学、芸術、それらは、一見関与していないように見えて、
じつは、すべて、お互いが対応しあっている。と気が付く日が来るというわけです。

まあ、双対性を持ってくるのはちょっと違うのかも知れませんが。

しかし、双対性という理論は面白いですね。
個別のものと思えるものが、無限と対応している。しかし考えてみれば、円の内部もじつは、
無限そのものですから、個別の限定された中身も、有限と言えば有限であり、同時に無限ともいえますから、
無限と対応できるのですよね。
これって、なんか人間神の子の理論と似ていませんか。

1906ももんが:2012/03/29(木) 06:32:10 ID:XXCuaQns
神の子の皆様、おはようございます。本日も、素晴らしい、朝が、やって参りました!嬉しく、楽しく、明るく、感謝、感謝でまいりましょう!ありがとうございます。合掌、拝。


〜幸福の秘訣より〜
《この世では誰でも『幸福になりたい』と思ってる。では幸福になると、どんな心持ちにだろか。》〜
谷口清超著・『ありがとう』はすばらしいより。


さあ?皆様、誰も『幸福になりたい』のだろ?

だが、その根本の幸福とは、一帯なんであろう?
皆様、其々、お答えになられるでありましょう。
今日の私の心に残る一節でした。

それでは、今日も一日、嬉しく、楽しく、明るく、素晴らしい日をお過ごしください。ありがとうございます。合掌、拝。

1907役行者:2012/03/29(木) 07:41:40 ID:8rNkfrlI

 初心者さま

 そして、

 八咫烏さま

  
 現総裁先生と価値観がお近い初心者さまが何を目指されているか。
 たぶん、以下のようなことと憶測しました。


 煽動的な言葉によって支配された文化・文明社会から、コトバに満ちあふれた無為の世界の実現を目指されていると。


 八咫烏さま、初めまして!
 いつも的を得た名文を楽しく拝読させていただいてます。
 さて、以下の文章なのですが、


 >根本真理をしっかりと掴み、中心に置けば、そこから一切が整ってくると思います。 健康な人間の体が、統一体として機能し、体中に血液が循環し、自由自在に動けるように 組織も、第一のものを第一にすれば、自ずと秩序が 整ってくると思います 。<


 完全に同意します。


 >組織論よりも前に、総裁が仮にも生長の家と名乗るからには 雅春先生への敬愛の気持ちがあるのかどうか、そしてその説かれた 真理をきちんとつかんでいるかどうか、それがなくてはならないと思います。
 それがないまま、形ばかりの継承者では、教団が衰退するのは当然のことで それは継承とは言わず、極端にいえば 総裁の椅子の、非信徒による乗っ取り であると私は思います <


 ご自分で一から創業されたのであるなら、何も咎める理由はないでしょう。
 しかし、三代目である以上、上記で述べられておられるよう、創始者への敬愛の情、そして、根本真理の直感把握、これは必須条件でしょう。
 ちなみに、現総裁先生がそのようなお方であることを私は信じております。
 もしそうでなければ、処理することができない大きな壁が行く手を塞ぐでしょう。
 

 >救済が環境問題とはおかしいのではないですか?
  人の心を救わずにいて、形に現れたものを、いじくりまわすのは 宗教が中心に置くべき救済ではないと思います 。雅春先生も、映画のフィルムを変えないで、スク リーンに写った映像を切り貼りしても 根本的治癒にはならないとおっしゃっているではな いですか!
  宗教の救済は、人々に自ら起つ力を与えることで す。与えると言うより、自覚させると言うべきで しょう。
  それなくして、宗教組織の意味が何処にあるのですか。<


 完全同意です。
 物理的に環境問題に取り組むことは大切ですが、あくまでも第二義的なことと存じます。
 第一義的には、フィルム当体を更新することであると私もそう思います。

  

 > 雅春先生の言葉が扇情的だとか何だとか、雅春先生 の教えにケチを付ける前に 何故雅春先生の教えが多くの奇跡を表し、多くの信 徒を獲得できたか。
  先ずそれを学ぶことからはじめるべきです 。<

 
 大方、同意します。
 
 ただ、序節で申しましたが、

 >煽動的な言葉によって支配された文化・文明社会から、コトバに満ちあふれた無為の世界の実現を目指されていると。<


 本質的にここを切願されておられると思うのです。
 神武東征をお導きくださいました八咫烏さま、これからもどうか、お見知り置きを!

         合 掌

1908復興G:2012/03/29(木) 07:56:30 ID:ojEbkDH2

>>1888〜1890
ももんが様。

かなり的はずれなお返事、ありがとうございます。

>先日も言いましたが、『日本の実相』は、私の“心の眼”には既に“現れ”て観えていますが? 復興G様の、“心の眼”には“観えて無い”のでしょうか?<

『日本の実相』が、“心の眼”に“観えて無い”なら、そのようなことは書きません。
“まだ桜は咲いていない。しかし、もうすぐ桜が咲きそうだ”というのは、“(桜が)心の眼に観えている”のでしょう。

桜は、まだ全然つぼみもできていないときにも、“理念の世界”、“実相世界”にはすでに咲いていて、それを“心の世界”で観ることができます。

>それから、復興G様、大変恐縮なのですが、復興G様は?『言葉』は『人間の言葉』『話言葉』と理解していられるようで、大変残念です。<

そんなことはありません。それはあなたの誤解ですよ。

>以前、お話したことがありますが、『コトバ』は、動物、植物含めて、この、宇宙に存在する物の『音』です。
生命は全て、『音』を出します。
復興G様も、当然、お分かりなのだと思いますが。
『行い』も『コトバ』になります。<

その通りです。

>>むしろ破壊的な、悪い方向に向かっているかも知れません。日時計主義とは、問題から目を背けることではないでしょう。<
復興G様の、上の考えは、けして、“光明思想”では無いと思ってしまう、わたくし、で、あります。
私は、“生長の家誌第一号”を復興G様より年輩の地方講師の方に、頂きました。
そのアンダーラインに“日時計主義”は、生長の家の生き方と、雅春先生が、書いています。
日時計主義は、生長の家の基本と思ってます。<

では、ももんが様、その“生長の家誌第一号”の、もっと前の方に書かれている、いわゆる“発進宣言”といわれているお言葉については、どう思われますか?

 「自分はいま生長の火をかざして人類の前に起つ。起たざるを得なくなつたのである。友よ助けよ。同志よ吾れに投ぜよ。人類は今危機に頻してゐる。生活苦が色々の形で押し寄せて人類は将に波にさらはれて覆没しやうとしてゐる小舟の如き観はないか。自分は幾度も躊躇した。起つことを躊躇した。自分は中心者として増上慢のそしりを受けることを恐れてゐたのだつた。一求道者としていつまでも謙遜でゐたかつた。併し今は謙遜でありたいと云ふことが自分にとつては安易を貪る一つの誘惑と感じられる。自分はこの誘惑に打ち克って人類を救はねばならない。自分の有つてゐる限りの火で人類を救はねばならない。……」

 というお言葉です。
 これは、日時計主義に反するお言葉ですか。最初から、日時計主義に反することを言いながら、一方で日時計主義を提唱されているのでしょうか。
 これは、「実相と現象」についてのお悟りと使命感から出たお言葉であると、私は拝誦しています。

 あなたは、『生長の家』創刊号の中から「日時計主義」のところだけを引いて、人が現象世界の危機についてちょっとでも言及しようものなら「日時計主義に反する」とおっしゃる。それは『生長の家』総裁がお嫌いな「原理主義」ではありませんか。

 桜の譬えを続けます。桜は、放っておいても自然に咲くでしょう。しかし――
 いつか、「日本の心 さくら物語」という番組を民放で放映していたのを思い出します。かつて国鉄バスの車掌だった一人の男佐藤良二が、名古屋から金沢まで260キロの道、太平洋と日本海を桜のトンネルで結ぼうという壮大な夢を描き、“この地球の上に、天の川のように美しい花の星座をつくりたい。花を見る心が一つになって人々が仲よく暮らせるように” “桜、桜、桜こそわが命” “桜の下で生かしていただける肥えとなるもの――ああ、俺は肥えになりたい。人々にすくい上げられて役に立つ肥えのような人間に” というような言葉を日記に書き綴りながら、その半生をかけて夢を実現して行く苦闘の物語でした。
 ――そういう人がいるから、この世は楽しいんですね」と、テレビでは解説していました。
 米国ワシントン・ポトマック河畔の桜も、日米親善を願う多くの人々の熱意と尽力によって実現したのです。
<つづく>

1909復興G:2012/03/29(木) 07:57:10 ID:ojEbkDH2

<つづき>
ももんが様が、前に

 >中心帰一は、寧ろ、“神様の無言の智恵”により、“自然に成されて行く”様に、私は、感じてます。<(1769)

 とおっしゃったことに対して、私は「この世界は言葉によって創られて行く世界ですから、積極的に言葉の力を駆使するのが生長の家の生き方なのではございませんか」と申しあげました。その「言葉の力」とは、むろん、行いも含みます。
 桜の例で言えば、桜の花は既に神さまの心で創造されていて、自然に咲きますけれども、太平洋と日本海を桜のトンネルで結ぶことも、バスの車掌だった一人の男の使命感と行動によって実現しました。ポトマックの桜もそうです。神の国に既にある理念を現象界に展開するには、人間が使命感をもって口でも言い、行動することが、人に与えられた役割なのではないでしょうか。

>日本だけを愛するの処から、越えて、地球その物を愛するのが、私、個人の在り方です。勿論、日本も愛し、天皇国日本も素晴らしいと、いう事も理解し、更に、日本人である事に埃を持っているから、此を越えないといけないと思うのです。<

私は、日本を愛するのは世界のためだと思います。誰も「日本だけを愛する」なんて言ってません。日本が日本らしくあることによって、世界が救われる。だから日本を愛することを通して、世界を愛するのです。

<「宗教・哲学等の価値観の異なる文化圏が接触した場合は、互ひに反撥して対立するか、一方が他方を征服して抹殺してしまうかの何れかである、従って文化を輸入することは出来ない」といった一般原則があります。この原則は古今東西の歴史が証明するところですが、この一般原則に当てはまらないのが日本の国であり日本の文化であります。
 近代の宗教一つを取上げて見ましても、仏教やキリスト教が「日本の生命」に触れた時その本来の姿を現わして「生長の家」という国家的に世界的に完成される宗教に変貌致します。
 要するに「霊(ひ)の本」から発して世界の各地で個別に華開いた思想や文化が、お里帰りをすると新しい生命に生まれ変るのであります。>
 (『理想世界』昭和51年11月号、木間敬氏)

>「“神様の無言の智恵”』に、ことに、御賛同下さり、ありがとうございます。
この事、生長の家が最先端なのでは無く、仏教でも、キリスト教でも、すでに、すでに、説かれていたのであって、別、生長の家が最先端では、ありません。久遠の昔から、説かれていた事が、最近は、たくさんの人々が、共有出来るようになったのだと、私は観ております。
谷口雅春先生の説かれて事も、素晴らしい事の、あったと思います。しかし、日本にも、世界にも、たくさんの、尊敬すべき、宗祖、祖師方が、たくさん、います。
私、雅春先生だけでなく、全ての、私の心から、尊敬すべき、祖師方に、感謝をすることが、神様への感謝と、思っております。<

 谷口雅春先生も、初期の頃、「生長の家に独自の教義はない。キリスト教よし、仏教よし、神道よし、古今東西の聖賢が既に説かれているところを祖述するだけだから生長の家は宗教ではない」というようなことをおっしゃったことがありましたよね。しかし、それらすべての教えの神髄が一つであること(万教帰一)を、理論だけではなく実証体験を現しながら誰にでもわかりやすく日常の言葉で説かれた。それによってたくさんの人々が救われ、世界平和、神の国実現への道が拓かれた。

>私、雅春先生だけでなく、全ての、私の心から、尊敬すべき、祖師方に、感謝をすることが、神様への感謝と、思っております。<

 それはもちろんですが、ここは生長の家について語っている場であるのに、ももんがさんはなぜわざわざ生長の家を他の教えと同列に並べておとしめるようなことをおっしゃるのか、理解に苦しみます。生長の家は、なくてもよかったのですか?

 きつい言葉をいってすみません。失礼の段はお許しください。

1910トキ:2012/03/29(木) 10:16:07 ID:DPgMPlSw
おはようございます。

 この「「今の教え」と「本流復活」を考える・信仰/体験板 」は、残り、あと100を切りました。

 もう少ししたら、「「今の教え」と「本流復活」を考える・信仰/体験板 /2」
をアップしようと思いますが、よろしいでしょうか?

合掌 ありがとうございます

管理人敬白

1911八咫烏:2012/03/29(木) 10:35:14 ID:goGdBN5E
役行者様

色々とご賛同の言葉をいただき、有難うございます。
大変心強く感じております。


>煽動的な言葉によって支配された文化・文明社会から、コトバに満ちあふれた無為の世界の実現を目指されていると。>

の意味が今ひとつ理解出来ないのですが、煽動的というのは、捏造や人を攻撃するような悪しき言葉のことでしょうか。
それならば、私も同意いたしますが、初心者様のレスを読んでいると、どうもそれだけではないように思われます。

初心者様は、雅春先生が扇情的な言葉をあまりに使いすぎたとおっしゃっていたと思います。
そして、実相は完全であるという言葉を例にあげて、これは何も意味していないというようなことを言われていました。
そして、言葉の力を使うのではなく、使われているとか、おっしゃっておられました。
私は、そういう意味で、総裁先生が、「煽動的あるいは扇情的な言葉」と言われているのならば、
全く同意しかねます。

またさらに、韓国人の反日的な現象に対して、神国日本という言葉を上げて、やはり煽動的な言葉
の例に挙げておられた気がします。
この神国日本という言葉は、別に外国を見下す言葉ではなく、神話の物語を国の発祥とみなし、神道という
生き方をもち、天皇陛下を戴く日本人が、祖国に限りない敬愛の心を込めて呼ぶ言い方であり、
それを否定することには、同意できません。

外国から何を言われようと、祖国の歴史を否定するような考えには反対します。

1912八咫烏:2012/03/29(木) 10:35:50 ID:goGdBN5E
役行者様

これは雅春先生の言葉というわけではないものの、総裁先生は、おそらく、
雅春先生の愛国の教え、愛国の真理に反発しておられる気持ちの現われであろうと思います。
谷口雅春先生は、戦時中か戦前に、天皇一元論とでも言うような思想を発表されています。
また神示にも似たようなものがあった気がします。
これを総裁先生は、煽動的だという位置づけで捉えておられるのではと推察します。

これは信徒の中には理解出来ない方も多くいると思います。
しかし、雅春先生のご著書を読めば、実相哲学と一体をなすものであり、
実相の金波羅華世界をさらに詳細に説明したものとも言えるものです。

谷口雅春先生は、言葉の力をよく知っておられ、言葉を大切になさり、
また言葉を慎重に使われるような、非常に細かい神経を使われる方だと思います。
人を鼓舞するために力強い言葉を使われることはあるでしょうが、それはその人の
実相を引き出そうとして使われるのであり、扇動するために使われるのではありません。
細やかな心遣いをなさる雅春先生が、単なる偏狭な愛国心からのみ、
天皇一元論を唱えられるはずはないのです。
また誤解を生むかも知れないとわかっているのに、敢て言われるわけがないのです。

それは雅春先生の悟られた真理に基づくものだから、発表されたのです。
これを、未だ悟りを深めたともいえない段階の人間が、軽率に判断して、
「ここは間違いだ」とするのは、傲慢も甚だしい勘違いだと思います。

燕雀安くんぞ鴻鵠の志を知らんや

とはこの事だと思います。

仮にも雅春先生の弟子であるならば、先ず理解しようとすることからはじめるべきで、
最初から、間違いと判断するのは、おかしいのです。

それから、この雅春先生の思想と瓜二つの思想が、杉本五郎中佐の思想です。
お二人は全く交流もなく、それぞれ独自にその思想に到達されたと思われます。

杉本中佐は、禅に打ち込まれ、猛烈といっていいほどの修行をされた方ですので、
おそらく、そうした行の中から到達された部分もあると思われます。

御ふたりともいずれも戦前の同じような時期に、その思想を発表されたのではと思うのですが、
これは、時機を同じくしており、
似たような発明、発見、あるいはそうした思想の発表というものは、
『生命の實相』の霊界篇を読むと、高次の霊界からの啓示の放送であると書かれています。
私は、御ふたりとも啓示を受けられての思想であると思います。そしてその掲示を受信できたのが、
このお二人であろうと思います。もしかしたら、隠れた受信者はまだいたかも知れませんが。

とにかく、私たちは、先ず無条件に雅春先生の教えを学ぶべきではないでしょうか。
わからなければ、分かるものから学んでいけばいいのであり、わからないからといって、
それを排除するというのは、おかしいのであり、たとえそれを自分が拒否するにしても、
総裁先生のように、信徒全員にそれを求めるのは、間違いだと思います。


それから、言葉に満ちあふれた無為の世界という意味が、ちょっとわかりません。
言葉に満ちあふれているのはけっこうだと思いますが、
無為とは聞きなれない言葉であり、生長の家ではあまり聞いたことがないのですが、
老子の言葉として、学校で習っただけです。

どうも無為、無為自然というと、何もせず、というイメージが先行するのですが、
どういうことでしょうか。

生命は静というよりも、本質的には動であると雅春先生はおっしゃっておりますが、
どうも、無為とは必ずしも悪くはない気もしますが、何かイメージが生命的な強さから
遠ざかるのですが。
ご教示願えればと思います。

ご挨拶が最後になりましたが、今後とも宜しくお願い申しあげます。

1913八咫烏:2012/03/29(木) 10:40:31 ID:goGdBN5E
訂正します。
掲示を受信→啓示を受信

1914志恩:2012/03/29(木) 11:05:22 ID:.QY5jUA6
トキさま

信仰/体験②,私は,賛成です。
中味の濃いディスカッションが、おこなわれていますので。
反対される人は、居ないでしょう。
よろしく、おねがいします。

1915a hope:2012/03/29(木) 12:06:35 ID:kcv2QXTk

トキさま

わたしは、この信仰/体験板で、たくさんお勉強させていただいています。
今も、大先輩方による素晴らしいお話合いがされています。
志恩さま同様、「「今の教え」と「本流復活」を考える・信仰/体験板 /2」
のUPに賛成させていただきます。
よろしくお願いいたします。

1916役行者:2012/03/29(木) 12:31:19 ID:8rNkfrlI

 八咫烏さま

 どうやら、大先輩ですね。
 付け焼き刃的な文章ではありません。
 どうか、今後ともよろしくおねがい申し上げます。 
 それから、返答してくださった内容が深いし、いま少しせわしいので、時間をかけゆっくり返答させていただきます。ご了承ください。まずは!


 >言葉に満ちあふれた無為の世界という意 味が、ちょっとわかりません。 言葉に満ちあふれているのはけっこうだと思います が 、無為とは聞きなれない言葉であり、生長の家ではあ まり聞いたことがないのですが、 老子の言葉として、学校で習っただけです 。どうも無為、無為自然というと、何もせず、という イメージが先行するのですが 、どういうことでしょうか 。生命は静というよりも、本質的には動であると雅春 先生はおっしゃって
おりますが 、どうも、無為とは必ずしも悪くはない気もします が、何かイメージが生命的な強さから 遠ざかるのですが ご教示願えればと思います。<


 まず、コトバと、カタカナで書かせていただいたのは、これは、聖書に示されている、はじめにコトバありき!のそのコトバから引用したためです、つまり真理のことです。
 実相と繋がった生命溢れる躍動している状態を述べました。


 ご察しのとおり、老子の無為自然です。
 有為(うい)に対しての無為で、計らい、作意策略、人間的な浅はかな知恵ではなく、実相に繋がった叡智溢れた状態であり、静寂でありながら、躍動した状態であると存じます。
 例えて云えば、コマが完全燃焼して回っているときの静寂さと思ってください。
 
 私が個人的に、老子を敬愛しておりますので、このような表現になってしまいました。
 特に他意はありません。 
 間際らしい表現をしまして、失礼しました(^_^;)

 取りあえずここからで、少しずつ返答させていただきます。

        合掌 再拝

1917春らんまん:2012/03/29(木) 12:43:35 ID:vLOCSedM
合掌
ありがとうございます。

役さまが以前、"国家神道には違和感がある” と書かれていたことを思い出しながら、
ある練成会終了時(閉会式)に”天皇陛下万歳”の奉唱を頼まれた練成参加者さんが、
「天皇陛下万歳って、戦争中に繋がる感じで、なんとなくイヤなんだけどね。。」と周囲に漏らされていた言葉と重なり、
年代の違いというか、
明らかに"先入観が邪魔して”⇒素直に”天皇国日本”の素晴らしさ、が伝わっていないのかなぁと、残念に思いました。

「国家神道」というものは、 ”なかった” のですよ。

(国が国民に、神道を絶対のものとして押しつけた、とか、神道以外の"宗教”を禁止した、というのは、虚偽です)

明治政府は国家の”道徳規準・模範”に近いものとして、神道を選びましたが、国民に"強制”したというものでもなく、また、各神社は”教化活動は禁止”されていました。
(↑ 仏教各派は、これを歓迎しました)
また(教派神道は別です) “教義”というものを明確にしませんでした(これは、教条主義に陥る可能性を避ける意味で賢明なことだったと思います)。


尊師のお説き下さっている”天皇国日本”や、愛国の情理は、”日本だけを愛する”という偏狭なものでなく、八紘一宇の精神で”すべての国の人々を、包む”という、
本来の大和精神を仰っている、と理解しています。
一部・軍の指導で、他国に天照大神を祭る神宮等を創建することに、神道界は”反対”していました。
”そこ其処の国・民族の元来の信仰対象を祭った神社を創建すべきだ”と。

日本の精神文化の中枢が、”御皇室”と”神道”である、と開戦以前から日本の解体を研究していたアメリカ側は、このことを良く理解していました。
戦争に積極的に協力した仏教諸派はさほど弾圧を受けずに、苛烈な神道指令を出し、全国の忠魂碑を倒して回った所業は、鬼畜の名にふさわしいと思いますが、
彼らは”日本の強さの根源""日本の素晴らしさの源”が、これにあると分っていたから、徹底的に”悪者”にしたのでしょう。

“天皇制と国家神道が、戦争への原動力となった”のプロパ(←言い方としては、悪意に満ちたものだけど、一面では真であることは認めます)は、
今の若い世代(30歳以下?)は、脊髄反射で信じている人は少ないと思いますよ(ネットが出来る環境の人とか)。
⇒ここから導かれる結論が <だから、日本は悪かった>
で思考停止しておらず、
⇒<だから、日本を立て直すには、ここに重要な鍵がある>
と、発展させれば、

尊師の御教えは、更に世界に広がっていったのだと、考えます。


21世紀は、日本の時代と言われています。
日本の、”なにの”時代なの?
と聞かれれば、”文化力”と一般には言われていますが、 これは”日本の霊性”の時代、というべきものと思います。

ブラジルで招神歌を禁じた事を怒り、抗議された方たちは、
”ブラジルの教勢の拡大の背景には、日本の霊性の高みに倣いたい、という心情が強く働いた”という趣旨の事を言われておりました。
各国の”スタイル”は、尊重すべきですが、”教えのかたち”まで変えてしまうと、全然意味をなさなくなってしまいます。
“招神歌で神様をお呼びしていないところに、救いがありますか?”と、ブラジルから来日された幹部の方は、仰いました。

全く、その通りだと思います。

再合掌

1918初心者:2012/03/29(木) 12:50:55 ID:ixiWFYoQ
八咫烏様

>>1904
宗教を理念で説明するのであれば、たしかに八咫烏様のおっしゃるとおりで
あるのかもしれませんが、実際の活動では、真理と救済とを結びつけなければ
ならないとする思いが、むしろ神経症的ともいえる呪縛となって、活動自体の
継続を困難にしていたという印象があります。


>>1905
双対性ですか。たしか集合論にありましたね。ラカンも、晩年には双対性の概念を
もちいてみずからの理論を説明していたといいます。

集合論のなかでも、双対性やフィルター理論は、真理を考察するにあたって
役に立ちそうな分野と考えております。Dブレーンもふくめて有用な考察を
書き込んでいただければ、学ばせていただきます。

いずれにしましても、役行者様もお気づきのように、八咫烏様は、わたくしが
相手にできるようなお方ではないと理解いたしました。

1919八咫烏:2012/03/29(木) 13:29:48 ID:goGdBN5E
役行者様

ご教示有難うございます。
学校で習った時にも、いろいろと先生が説明していたのですが、人間のはからいをなくして、という
よさそうなことも説明されていました。老子は孔子を批判しながら、本当はとても期待していただの、変に雑談的な
話の方を覚えていて、また竹林の七賢だの、仙人だのと、まさに何もしないという
イメージが強く残ったものですから、どちらかといえば、いい印象がありませんでした。

しかし、静寂でありながら、生命が躍動している状態という説明ですと、実相世界のようであり、
地上天国をめざすと考えていいわけですね。

それから、私は若くはありませんが、大先輩ではありません。
何しろ、青年会には、大学二年の時に、生学連の練成会に参加したのが始まりですが、
卒業後もほんの少ししか活動らしきものはしませんでした。
生学連の運動があまりにも魅力的だったので、
青年会運動には馴染めず、なんとなく脱落した感じです。

大学生錬成で学んだことは多く、またその頃沢山ご著書を読みました。
安藤先生の講話などとても感動しましたね。戦中戦後の歴史は、
森田先生の講話のお陰で、しっかり頭に入りました。毎回涙涙の感動でした。

しかもその頃、先輩に勧められて、生長の家以外の本もたくさん買いましたが、
読み終えてない本が今もあるという状態です。
なぜか、日本霊異記まで買っているのですが、いま見て何でだろうと思うのですが、
先輩は、きっと理由があって勧めたのでしょうが、さっぱりわかりません。

最近日本の危機を感じ、少しでもお役に立とうと、保守系のブログを書いていますが、
そのため、それらの本を今一度読み直すことが多く、
まるで初めて読むような気分です。実際初めてのもあるのですが。
お陰で、少ししっかりと頭に入ったというところです。

つい自己紹介的な話を長くしてしまい、申し訳ありません。
ということで、大先輩というイメージはお取り消しください。


杉本中佐の話は、最近森田征史先生が書いておられるのを読んだだけなんです。
まあ、いわば全て受け売りといったところでしょうか。

1920志恩:2012/03/29(木) 14:10:46 ID:.QY5jUA6
八咫烏様

私も,皆様と同じく、八咫烏様は、大変優れたすばらしいお方で、ただものではない、という印象を書き込みのご文章を読めば読むほど、感じております。

「今の教え」と言われている 雅宣総裁が総括・指揮している、今の、全生長の家では、雅春先生時代には、当たり前の如く、ご講話や
著書で説かれていたような

「愛国心」「神道」「天皇国日本」なる、生長の家の教えの神髄である最重要な部分が、禁句になってしまったと、多くの
生長の家のお仲間から、嘆く声を聞いて参りました。

九州総本山では、「大日本神国観」も禁止になってるそうなんです。

春らんまん様が、練成会をに(多分、指導的お立場で)参加された折りに、実際に参加者の声を,聞かれたような状況になっております。

私が、大昔、高校時代,飛田給高校生練成会に夏休みに参加したときは、徳久克己先生、菊地藤吉先生、加藤英太先生など、愛国者の先生のご指導があり、愛国心の基本となる
ご講話が満載で、練成後、私は、筋金入りの愛国少女に変身していました。

夏休みが終わり、学校側が主催した学校での弁論大会に出場したときは「天皇を愛し、祖国を愛そう」という、当時では,あり得ない、
べらぼうな題で、全職員、全生徒の前で、講堂で、演説したことがあるくらいなんです。

でも,その題でしゃべった私のことをバカにする人は、誰もいませんでした。
3位に入賞したのは、そのときの、審査員である教師の方々の胸の内には、しっかりした祖国を愛する気持ちが、潜んでいたからだと、思います。

私の少女時代も若き時代も、左翼主義が、進歩的文化人だといわれていたのに。天皇のことは「てんちゃん』て、社会科の先生が呼んでたのに。それでもです。

本題が、あとになりましたが、八咫烏様のご文章を拝見していますと、
いま、生長の家では、誰も、教えて下さらない

「愛国心」「神道」「天皇国日本」このことにも、すごくお詳しいように推察できます。

もしも、お願いで来ますれば、ここの掲示板は、世界中の生長の家の信徒の方々が、ご覧の掲示板ですので、「神道」のことでも、日本のすばらしさでも、なんでも
いいですから、お時間のあるときに、、、少しづつで、いいですので、書き込みとは,別に

【聖典】板が、出入りが少ないですから、あそこへでも、少しでいいですから、書き込みをお願いしたいのですが、決して、
急ぎませんので、ご存知のことを、教えていただけませんでしょうか。

1921志恩:2012/03/29(木) 14:38:04 ID:.QY5jUA6
八咫烏様

上記の、私のぶしつけで、勝手なお願いですが、おいそがしくて、無理だと思われたら、されなくても大丈夫です。
私は、さっぱりした性格なので、すぐに忘れますから。

1922八咫烏:2012/03/29(木) 14:46:48 ID:goGdBN5E
初心者様

実際の活動というものが、具体的にどのようなものかがわからないので、
お応えしかねるのでありますが、
環境問題ならば、既に申しましたとおりであります。

真理と救済を一致させねばならないとする神経症的な呪縛と言われましたが、
では、一致させればいいだけなのではないでしょうか。

何しろ現在の活動というものを全く知らないので、どうも想像ができないのです。


ところで双対性ですが、なんとなく双対性の理論は、
人間神の子の哲学がまるで、眼に見えるような図に現されたような感動ですね。
なんというか、無とか空というものについて考えさせられますね。

ところで、この双対性を説明してくれたブログ主が、双対性に関連して、
「物の見方の視点を変える」ということで、書いておられる文章を紹介します。


【ここに一匹の猫が寝ていたとしましょう。
 この猫は、自分という境界の中、独立した一個の生物として、ここにいます。

 そして、ニンゲンの眼差しが、「きゃっ、かあいーっ」と、その猫に注がれます。
 でも、この猫が猫として在るためには、色々なものが必要です。
その中の一つに、空気があります。息ができなければ猫は死にます。
でもそれ以上に、重力に引かれて地球全体をおおっている膨大な大気としての空気が無かったら、
息をする以前に、猫の形はすぐにはじけ飛んでしまうでしょう。
普段の生活の中でいつも体が触れていながら、特に抵抗も感じず当たり前の存在としてそこにある空気。
 
猫を図としたら空気は地、いや、実としての猫とそれを成り立たせている虚としての空気。
これはなかなかすごい眺めだと思いませんか。
 
でも、ニンゲンの眼差しは、ひとかたまりの中身の詰まった猫という生き物に注がれ、
からっぽに見える空間は気にかけてもらえません。
ちょっと空気がかわいそうです。

 私がこんなことを考えるきっかけを与えてくれた人のひとりに、詩人のまど・みちおさんがいます。
私はどちらかと言うと理科系のためか、今まで詩を読んでもあまり感動したことがなかったのですが、
がぁるふれんどにまどさんの詩集を見せられたときはショーゲキを受けました。

 まどさんがニンゲンや生き物や物質をみるときの眼差しには独特の深さと優しさがあります。

 ところで、双対性という数学の概念を知った時もビビビッときました。
例えば、円の中の全ての点と円の外の全ての直線を対応付け、
両者に対する見方をを双対性の観点から入れかえる、というようなことです。 】

非常に面白いと思いませんか?

猫という一匹の生き物がそこにいる。ところがその存在は、
その周りの上下左右前後すべての領域の存在によって成り立っていると
言えるのです。個とは切り離されたもののように見えて、実は周囲と繋がらなくては
存在できないのです。
もちろん、人間は一人では生きていけないだとか、道徳的観念でそのように考えることはありますが、
これが双対性という数学的理論の中にもあったということが、なんかすごいと思いませんか。

1923志恩:2012/03/29(木) 15:02:10 ID:.QY5jUA6
八咫烏様

他の板を今、見ましたが,今は、大転換期の、大事なディスカッションが,盛んに行われていますから、
ディスカッションのほうを、優先してお願いします。

天皇関係は、あとで、できたらで。できなければ、それで。に、させて頂きます.

1924役行者:2012/03/29(木) 16:22:14 ID:vgFBQwKE

 八咫烏さま

 そう、そう、です。
 杉本中佐が出てきたので、ビックリしたのです。 

 >大学生錬成で学んだことは多く、またその頃沢山ご 著書を読みました。 安藤先生の講話などとても感動しましたね。戦中戦 後の歴史は 森田先生の講話のお陰で、しっかり頭に入りまし た。毎回涙涙の感動でした 。<

 ということはお二方の先生より年下ということで・・勝手に承りました(^_^;)少し、安心です!

 どちらかと申しますと、あまり若かりし頃、生長の家にあまり縁がなく・・・タイムマシーンで遡れるものなら、是非、拝聴したいものです。


 それにしても、日本霊異記までもですか、そのような方面からの歴史の捉え方、そして、現代に及ぼす影響というものを考察するのも、私も変わり者ですから結構好きです。

 そうですよね。
 日本の危機です。
 何かが狂ってきてますね。
 取りあえず、掲示板をとおして、おおいに語り合えればうれしいです。
 
         合掌 再拝

1925八咫烏:2012/03/29(木) 16:42:53 ID:goGdBN5E
志恩様

有難うございます。

志恩様が私のことをそのように評価くださるのは嬉しいのですが、
実際のところ、信仰面では、私は大したことはないのです。だから、忍耐力もなく、
運動からも離脱してしまい、日々の生活も全く生長の家信徒のかけらもないほどの
現象ばかり見た生活を送っていました。

志恩様が、高校で天皇を敬愛すべきという演説を行われたということを聞き、
志恩様こそ、本物の生長の家信徒であると感じました。

私の場合、本を読んで、知識はある程度詰め込んだのですが、知っているに過ぎないのです。

ところで、天皇関係は、かなり生長の家でも本が出ていますから、
それを引用すればいいのではという気もします。『天皇、日本の命』とか
『天皇国日本』とかはどうでしょう。

私はいろんなブログを見ましたが、実に素晴らしいブログが沢山ありますね。
わたしより、はるかに素晴らしい感動するようなものがあり、
わたしもそれらを転載することが多いですが、
転載ならば、すぐに出来ると思います。そういうのを適当にみつくろって、
貼るのはどうでしょうか。

とりあえず、考えておきます。

1926志恩:2012/03/29(木) 17:11:17 ID:.QY5jUA6
八咫烏様

お返事、ありがとうございます。
若いときは、若気の至りってのが、ございまして、、怖いものシラズで、自分以上のことが、出来てしまうものなんですね。
今は、私は、老齢になりましたので、あの頃とは、別人のように、てっきり気弱になりました。

畳の部屋で、どなたかと向き合ってお話したら、きっと、私は、畳のへりをむしっているかもしれません。
それくらい,今は、しおらしい女になりました。(ウソです)

天皇関係、その他のこと、転載で、充分です。
ここをご覧の皆様の、良き啓蒙になると思います。ありがとうございます。

私は、ここの掲示板で,最近になってから、ここのお仲間の、如月様というしんせつなお方に、転載、貼付け方法を
教わったので、それが、ことのほか便利なものですから、最近は、めったやたらと、貼付けをしまくっております。

あまりやり過ぎると、「またか!」と、皆様に、うざがられて、私の方が、皆様から磔(はり)つけの刑に処せられる勢いで
ございます。

なにか、ためになるブログとか、見つけられましたら、転載して下さって、教えていただければ、ありがたく存じます。
気が向かれたときで、結構ですので、それでは、よろしくおねがいします。

1927ももんが:2012/03/29(木) 21:34:43 ID:XXCuaQns
トキ様、神の子の皆様、こんばんわ。合掌、拝。

体験談〜

今から、十五年くらい前のお話になりましょうか。

千葉の某病院の仕事を、していた時の、お話です。

AIDSの特別室を改修する事になり、改修をして、工事も一段落して、一週間程たった日、その部屋に、一人の、若い女性が、入院してきました。

扉の具合が、少し良くないので、点検に行く事に、私が成ったのですが、その部屋は、AIDSの特別室で、実は、その部屋に入った患者さんは、”余命が無く“、本人は知らないので、それらしい事を、言わないようにと、病院から、硬く、言われいました。

もう、死ぬかも知れない人間と、知りながら、仕事をしなければならない、自分に、何とも云え割り切れない、気持ちが、心の何処かにありましたが、患者には、知らぬ素振りで、坦々と仕事を終わらせて、引き上げました。

数週間後、彼女は、亡くなり、霊安室に行きました。


この、病院での仕事は、色々な、体験をさせて、頂き、私にとっては、貴重な、仕事場でした。

関係ありませんが、放射性廃棄物の部屋で、数時間仕事を毎日したのも、この病院での体験談の一つです。


人間の生と死。改めて、色々と、思い描くものです。


皆様も、AIDSやエボラ出血熱などには、ならないと、思われますが、おきおつけください。ありがとうございます。合掌、拝。

1928ももんが:2012/03/29(木) 22:15:02 ID:XXCuaQns
トキ管理人様


トキ様、こんばんわ。合掌、拝。

教団のことで、お忙しい事と、思います。


さて?


トキ管理人様、三木内閣の時の、稲葉法務大臣 を、どの様に、思われていますか?


是非教えいだだきたい。


宜しくお願いします。
忙しいところ、あいすいません。

感謝敬白、合掌、拝。

1929八咫烏:2012/03/29(木) 22:32:47 ID:goGdBN5E
初心者様

>>1904
>宗教を理念で説明するのであれば、たしかに八咫烏様のおっしゃるとおりで
あるのかもしれませんが、実際の活動では、真理と救済とを結びつけなければ
ならないとする思いが、むしろ神経症的ともいえる呪縛となって、活動自体の
継続を困難にしていたという印象があります。>

先程は、真理と救済を結べつければいいことではないかと書きましたが、
これは、あまり考えることなく書きすぎたと反省し、少し考えてみました。

雅春先生の時代は、愛国運動があり、これは国家の救済ではありますが、
個人の救済ではなく、信徒によっては、宗教的な活動に見えない人もいたのではないかと
思います。たとえ愛国心を持っている人でも、当時は、宗教は政治に関与しないというのが、
なんとなく世間の不文律になっていた時代です。しかし、それでも大抵の信徒は素直に従ったのです。

これと今の運動とを比べるのはどうかと思いますが、あの時には、皆素直に従ったのに、
今は、従わない、あるいは、いやいや仕方なくやるので、全く効果がない、ということでは
ないかと思います。

私は最近、物理法則は物理のみならず、人間の全ての活動にも、当てはまると
いう気がしているのです。
そこでこれを物理学的視点で見てみると、
これは、組織における求心力の低下であると思います。

組織は求心力と遠心力のバランスが保たれなくては崩壊すると考えます。
求心力とは、トップヘの忠誠心ではないかと思います。遠心力とは、活動の意欲です。


組織は求心力が強い時には、活発に外に向かって働きかける遠心力も強いのです。
即ち、活動意欲があるということです。
忠誠心があれば、人間は、よく働くのです。
しかし、忠誠心がないと、そこに不満がすぐに出やすくなり、疑問がすぐに湧きます。
要するにトップを信じる心が薄いので、活動することがほんとに正しいのかとか、このやり方はどうだとか思うのです。
トップを信じる心が厚いと、少しくらいわからなくても、トップの方針に全託する心があるのです。全託して誠心で活動しようと思うのです。

それから、初心者様とさくら様が話しておられるのを読みましたが、
最近は、真理以外の事を話すことができないと言われていました。
またすぐに人間知と揶揄されると。
(この、人間知と揶揄されるというのは、私のことでしょうか。私が人間知と
いい、初心者様と同じく人間知で思索するなどと、書きましたのは、初心者様が
それ以前の書き込みで、「自分は基本的に、真理は人間知で語るべきだと思う」
とかいう意味の事を書かれていたからです。初心者様はむしろ
人間知がお好きなのだろうと思い、だから敢て私も人間知という言葉を
使ったのであり、揶揄するつもりで使ったのではありません。)

さて、私が大学生の頃は、皆自由に色々な話をしておりました。それが今は、
そういう窮屈な状態になっているのは、やはり求心力の低下であると思います。

求心力の低い時には、活動は小さく縮こまるのです。ちょっとでも動きの揺れが大きいと、
遠心力で、糸の切れたように飛んでいってしまい、組織が崩壊するのです。
あるいは余計なことはしないようにしないと、遠心力で飛ばされてしまいかねないのです。
だから、忠誠心を超えて、それ以上に活動意欲のある人は、求心力はそれを支えきれずに、
その人は、外へと飛んで行くのです。
そして飛ばされないようにと思う人は、組織活動は、余計なことをせずに、最小限の動きになるのです。

ところで、古来より、日本は求心力の強い民族でした。だから遣唐使の頃は、
当時の遭難の多い船旅で、命がけで外国の文化を持ち帰って、日本の役に立てようと
進んで留学したのです。そして幕末明治の頃もそうです。外国を知るために、
幕府の禁制を犯しても行かなくてはと、吉田松陰などは思ったのです。
明治になってからも、日本人は支那人と比べても、海外へ留学を希望する人間が多く、
そうした国は日本以外になかったそうです。皆日本のために、
列強の植民地にならないように学ぼうと、出かけたのです。

共産国家などはこういう場合、海外に出たら、そのまま本国に戻らないで、トンズラするケースが
多いですが、こういう求心力の弱い国は、外に出したら、糸が切れて戻ってこなくなるから、
よほど慎重に見張りをつけたりしなくてはなりません。

とにかく組織は求心力と遠心力のバランスの上に成り立っているといえるのです。
だから組織活動は、盛んにしたければ、求心力を増せばいいのです。
求心力をまさずに、活動意欲だけが高まれば、組織は崩壊するのです。

だから、つまり、総裁先生が求心力をお付けになればいいのです。

1930さくら:2012/03/29(木) 23:35:45 ID:tPVxKQcE
八咫烏様

横レスになります、失礼いたします。
活動に関しましても、根本的な的確なご指摘をしていただいていらっしゃり、
大変勉強になります。

>組織は求心力と遠心力のバランスが保たれなくては崩壊すると考えます。
求心力とは、トップヘの忠誠心ではないかと思います。遠心力とは、活動の意欲です。

トップの忠誠心、組織において、これは大変たいせつな要素と思っておりますが、
人につくものでない、といわれる、み教えはどのように考えたらよろしいでしょうか。
たしかに、雅春先生のような、いわゆる「カリスマ」がいらっしゃれば、このような問題はないと思いますが、
人が変われば、バラバラになる・・このようなことを繰り返すことが、
宗教団体の姿として合ってよいのか、疑問があります。
わたしは、生長の家に入りましたとき、人のことを、とやかく責めてばかりいた方に、
尊敬する先生が、
「信仰の道はね、一人の道なんだよ、人じゃないんだよ。一人で歩いて、一人で目指していくものなんだよ。」といわれているのを聞いて、これは、ずっと心に残している言葉の一つです。
こっちのトップが信頼できるからこっちに入る、どっちに入る、
それは自由ですが、人につく、信仰のあり方を疑問に思ってしまいます。
たしかに、団体においては、トップの人格や資質が問われるべきです、
しかし、それによって、各人の信仰の基盤が崩れるのは、おかしいと思っています。
ですから、トップが変わればよい、ということには、すぐに賛同できずにいます。
トップの方針が、なぜこのような独裁的なものとしてまかり通る組織なのか、
そのことを知りたいと思っていました。

このような柔軟性のない硬直した組織になったのは、どこに原因があるのか、
もっと・・なんというか、本質的なことを知りたいとそんなことを思っています。

活動の意欲、ということで言えば、組織の内部では、
はっきり言って、停滞していますが、
でも、仲間で話していると、何ができるか、考えようとする力を感じています。
地味な活動ですが、組織内でできないことは、
外に向かってやっていこうともしているし、考えていこうとしています。
組織を崩壊させない遠心力・・とはどんなかたちでしょうか。
これは、良心の発露の自由を認めながら、
全体として生かし合っている・・なにか、そんなかたちだと思うのですが・。

今の組織に魅力がないのは、トップの方針の他に
なんなのか、もっと根本的なことが知りたい、このように思っておりました。


ぶしつけに、言葉をおかけしまして申し訳有りません、、
また、お話、楽しみにしております。

1931志恩:2012/03/30(金) 05:51:05 ID:.QY5jUA6
さくら様

私の、ささやかな経験をお話させていただきますが、
私は、結婚をきっかけに、本部を退職(夫の会社と休日が違うので)しまして、結婚後は、新たな職場に就職しました。(夫と共働き)
①小さい貿易会社。
その後、②建築設計事務所(経理事務員として入社。本部では、経理はしてなかったので著書による独学で経理は勉強)に転職、これらの一般会社で働いていた経験が、あるのですが、

この2番めに就職した、建築設計事務所には、赤字決算が続いている時,私は、入ったんです。そして、途中で、私が居た時に、社長が、変わったんですよ。
今度は、すごく、人望のあるいい人が,社長になりましてね。そうしましたら、新社長は、今までやって来た事を、全部見直しまして、前の社長は、えばりんぼうでしたが、
新しい社長は、厳しさはある人でしたが、皆さんの意見を聞いて下さる人で、

社員のやる気も,全然変わってしまいました。私も,会社へ行くのが、楽しみになりました、私は、経理事務でしたから試算表も作成していたんですが、決算も、黒字に変わりました。

私は、トップが大事だ。トップが,大事だと,今まで言って来ているのは、一般の会社だったら、トップ次第で、こんなにも会社の雰囲気や、方針が、がらっとよくなることを、身をもって
体験しているからです。

別に、カリスマでなくても、いいのです。人望さえある人なら。それと、トップをサポートする、トップの右腕になる人材もすごく大事ですね。
それでも、生長の家は、宗教組織だから、トップは,変えるシステムがないとすれば、

雅宣総裁は、楠本先生が健在でおられるうちに、一般信徒は、いれないで、訊け君とでも二人で、一信徒として、宇治を5日間でも
借り切って隠密に、しっかり、練成をうけられてみられたら、いかがかと存じております。

それでもって、生長の家の教えに心から納得するものがあり、大反省し、敵だと思ってた人も受け入れられるような別人格に変わることができましたら、それはそれで、すばらしいし。

しかし、それでも、尚、生長の家も嫌い、雅春先生も嫌いだというのなら、無念でも、生長の家を離れて、おやりになりたい環境問題団体を自ら創設されたほうが、ご本人にとっても
吾々信徒にとっても、真っ当なことでは、ないでしょうか。
      
                          〜つづく〜

1932志恩:2012/03/30(金) 06:41:00 ID:.QY5jUA6

さくらさん曰く >自分が、人を とやかく責めていたときに

尊敬する先生が、「信仰の道はね、一人の道なんだよ、人じゃないんだよ。一人で歩いて、一人で目指していくものなんだよ」と
言われるのを聞いて、これは、ずっと,心にのこしている言葉です<

と、あんに、おかしいことをおかしいといってる人間に対して、「あなたがたは、トップを責めてるけど、信仰とは、トップが、どうだらでなく、自分一人の問題じゃないの」と
言ってるように聞こえますが、

「信仰とは、自分一人の問題だ」というのは、合ってると思いますよ、ただし、それは、自分だけ信仰のおかげで、幸せに生きてりゃいいのだ、という人だけに当てはまる言葉だと思います。
今は、世の中、年に3万人も自殺者が出ている。うつ病患者もいっぱいだというときに、自分だけ個人で信仰してればいいのか、そんな個人だけの力では、たかがしれてるでしょ。
国の問題もあります。

生長の家は、3代目になってから、本来の使命である、国家のことや個人救済運動を、今のように、組織から抹殺して、怠っているから、やってないから、ますます自殺者がふえてるんじゃないですか。

さくらさん曰く >団体においては、トップの人格や資質が問われるべきです。しかし、それによって、各人の信仰の基盤が崩れるのは、おかしいと思っています>

 信仰の基盤が,崩れるというより、トップにより、教えの神髄が、骨抜きにされて、コマでいえば、心棒を抜いてしまってようなものですから、生長の家の基盤そのものが、崩れているんです。
 それによって,崩れるのはおかしいといっても、崩れるのが、法則だからです。

さくらさん曰く >このような、柔軟性のない硬直した組織になったのは、どこに原因があるのか、>

 それは、ひとえに、組織のトップである総裁の、硬直した考え方、指揮のやりかたに原因があります。

さくらさん曰く>「組織を崩壊させない遠心力は?」< ということですが、まず、てっとり早い方法は、求心力、遠心力のない今の総裁を替える事。
人望のある人、皆がこの人のためならと、信頼できる人が、トップになれば、
自ずから、求心力も遠心力も、戻ってくるものです。

総裁を、替えられない場合は、現総裁が、人望のある人間に,早急に、変わることだと思います.

1933さくら:2012/03/30(金) 08:08:41 ID:tAKiNqj6
志恩様の貴重なアドバイス、参考にさせて頂きます。

ありがとうございます!

1934トキ:2012/03/30(金) 09:18:48 ID:JYtwOufo
>>1928

ももんが様

 おはようございます。ロッキード事件への対応で有名になった大臣ですね。
もともとは中央大学法学部の先生でしたが、政界に転出されました。生長の家へも好意を持っておられ、
憲法問題でも支持されていました。回顧録では、戦争中に教え子がたくさん戦死された事を深く嘆いて
おられたのが印象に残っています。信念のある人で、憲法問題で野党の追求を受けても退かず、また
ロッキード事件でも、徹底追及の立場を貫かれたと聞いております。もちろん、直接は知りませんが、
見識と信念のある先生だという印象は持っております。

 以上、うろ覚えで、失礼をしました。

合掌 ありがとうございます

1935八咫烏:2012/03/30(金) 09:20:48 ID:r9nswjII
さくら様

私が、ここで挙げました組織とは、宗教組織に限らず、純粋に考えた
組織というもののもつ物理的な側面です。

ところで、私も信仰とは本来一対一のものと考えます。だから基本的には、
個人と真理(神)との関係だと思います。だから、本来は、個人の忠誠心は
真理(神)に向かうものでしょうから、組織は神から委託されている
という位置づけなのかも知れません。

組織は、信仰者(賛同者)の集合ですから、それが有機体的に機能するには、
やはり中心帰一というものが必要で、そうでないと単なる集合に過ぎません。

しかし、信仰者個人にとっては、組織は信仰というものに付随する
救済や個人の悟りの深化とかそうしたものの達成のためにあるのであって、
組織がそうした個人の欲求とずれてくると、個人にとって、組織は意味がなくなります。
信仰者にとっては、トップヘの忠誠心は、実は神への忠誠心の代理であり、
信仰者はトップが神の委託に答えていないとみなすと、求心力はなくなるでしょう。

個人としては、そういう組織を改善しようとするか、個人の信仰の質を変えるかしかないと思います。
それによって、求心力と遠心力のバランスは保たれると考えます。

それができない信仰者は、外に出ていくと考えられます。


これは、物理的な法則のみで考えた組織なのですが、ざっと考えただけの段階ですから、
綿密な部分での整合性は不十分なところがあるかも知れませんが、一応こんなものかなと
思うのです。
ただ宗教組織というものは神意が天下るものではないかと思いますから、
そういう神意のはたらきは、どのように作用するのかは、さっぱりわかりません。

1936八咫烏:2012/03/30(金) 09:27:13 ID:r9nswjII
>1935
で書きました救済とは、自分個人のことではなく、他に対するもので、人類、国家とかへの救済です。

1937志恩:2012/03/30(金) 10:56:41 ID:.QY5jUA6

 本音をいえば、総裁の考え方は、どうやっても、こうやっても、

 変わらないと、思っています。

1938八咫烏:2012/03/30(金) 10:59:41 ID:r9nswjII
志恩様

説得力のある体験談有難う御座いました。
やはり志恩様にはかないません。

私は初心者様に合わせて、理論的に語ってみようと思いましたが、
やはり理科系でない人間が物理的な法則を応用して話しても、どうも自分ながら、
具体的なところで、どうみなすべきかわからなくなってしまいました。
ボロメオの輪と一緒で、混乱するだけだった気もします。

最近、物理法則というのは、本来心の法則なのではないかという気がしています。
雅春先生も、物質は物質にあらずと言われており、物質とは、本当は言葉でできている
そして、さらに言葉すなわち心、想念であり、だとすると、人々が物理の法則と思って
いたものは、実は精神、心の法則だったのではないかと、思ったりするのです。
それで、こんなことを考えてみたのですが、いまいちだった気がします。

神意はどのように働いているのでしょうね。『生命の實相』という神殿が移動したのですから、
神殿のあるところが、生長の家だという気がしますが、
また同時に、個人一人一人が住吉の大神の分身、あるいは全身全霊であるとさえ、言われています。
何か新時代に向けて、動き出しているのでしょうが、胎動を感じるのみで、何が生まれるのか
わかりませんね。

21世紀は霊性の時代と言われ、今は世界的変換期であり、
生長の家も神意によってその準備がなされつつあるのでしょうね。

1939ももんが:2012/03/30(金) 11:15:10 ID:XXCuaQns
>>1934
トキ管理人様


トキ様、おはようございます。合掌、拝。

レス読んでくださり、嬉しく思います。ありがとうございます。


>>1934:トキ
12/03/30(金) 09:18:48 ID:JYtwOufo
>>1928

ももんが様

 おはようございます。ロッキード事件への対応で有名になった大臣ですね。
もともとは中央大学法学部の先生でしたが、政界に転出されました。生長の家へも好意を持っておられ、
憲法問題でも支持されていました。回顧録では、戦争中に教え子がたくさん戦死された事を深く嘆いて
おられたのが印象に残っています。信念のある人で、憲法問題で野党の追求を受けても退かず、また
ロッキード事件でも、徹底追及の立場を貫かれたと聞いております。もちろん、直接は知りませんが、
見識と信念のある先生だという印象は持っております。

 以上、うろ覚えで、失礼をしました。

合掌 ありがとうございます<<


稲葉先生は、禅者でいらっいます。

稲葉先生の事、印象よく、思われて、いいて、大変、嬉しく、思います。

もっと書きたいのですが、尊敬する、稲葉先生に、御迷惑なので、控えます。


機会が、あれば、トキ様に、直に、お話したいお方の一人です。

いつも、本部と分派の中和のお仕事、お疲れ様です。

無理なさらないよう、気おつけて、お仕事して下さい。ありがとうございます。感謝敬白、合掌、拝。

1940初心者:2012/03/30(金) 11:21:23 ID:ixiWFYoQ
八咫烏様

トップが神の委託に答えているかどうか。このような言葉を、生長の家で
聞くとは、思いもよりませんでした。まさにこれは、ギリギリのところで神に
向き合おうとする人の言葉と受け取りました。

さくら様が問うておられるのは、このことではありませんか。「実相があらわれ
た」といって得々としている人々に、ギリギリのところで神と向き合おうとする
気概はあるのか、と。

神の委託を問うようなそんなしんどい信仰はしたくない、もっと楽に信仰したい、
今日一日が無事であればよい、奇跡が起きればそれでよい。こうした姿勢の信仰
が、実際の生長の家の現場で蔓延していることに、さくら様は疑念をいだいて
おられるようにも感じられます。

神の委託を問題にすること。生長の家では、こうした思想は一蹴されます。
神の委託がなぜ必要なのだ。すでに実相はあらわれている。いまさらなぜ
委託を必要とするのだ。委託はすでに成就されている。それを問題にする
とすれば、それはいまだ完全浄土が実現されていないと思う迷いから来ている
のだと、このように一蹴されるのが常であるようにおもいます。

生長の家では、神意は総裁をとおしてあらわれると、このように言われていた
と記憶しております。「神の委託はあるのか」。このことが問題にされたことは
ありません。

わたくしは、信仰とは、「神の委託はあるのか」と、自らに問いつづけることでも
あると考えます。「神意は総裁をとおしてあらわれる」との言葉を鵜呑みにして、
それを問おうとはしなかった生長の家の信仰には、どこかに甘さがあるのでは
ないかと、このことをおもいます。さくら様はきっと、現場の感覚としてこのことを
知っておられるのだとおもいます。

いまになって神の委託を疑いはじめたとしても、それは出し遅れの証文である
ような気がいたします。なにをいまさら。これが実感であります。

1941志恩:2012/03/30(金) 11:48:42 ID:.QY5jUA6

心理学者であり、霊感も強いユングの予言に、
「1つの終わりの時代にふさわしい出来事が、人類に待ち構えている」という言葉がありますが、

この2012年「辰年」(龍・竜)の12月は、アセンションや岩戸開き、フォトンベルト、マヤ暦の最終日など、
ちょうど、世界の終末説と重なっていると、あちこちで、いわれていますものね。

世界の終末説とは、いかないまでも
社会のシステムが限界に達し、「転換期」であることは、誰でも感じている事です。

一人一人の内に潜んでいる蛇が龍に変わる年ですね。
素直な信にまさる力はないし、純度100%の感謝な心と,謙虚な心で、本当に心の底で願えば、

これさえ出来れば、「内なる龍神様」は、どんな願い事も叶えて下さると信じています。

1942志恩:2012/03/30(金) 12:05:47 ID:.QY5jUA6
トキ様

「生長の家では、真意は、総裁を通してあらわれる」と、言われてきたのですか。
雅春先生の時代でも,一度も,聞いた事が無い言葉ですので,吃驚しています。

その後,そのように言われて来たのですか?最近の組織のことは、わかりませんので、
そのようなことは、聞いた事、ありませんでした。

実相だとか,奇跡だとか、ややこしいことは、まったく、ことばとして、普段は、考えていません。
朝、目がさめたら、『あぁ、生かされてる。ありがたいなぁ。花が咲いてても、何て美しいんだろう。
近所のことも、困った時には、相談にのったり、自分で出来るかぎりの親切もし、神様のあたたかいまなざしを
いつも、間直に観じて、すご〜くらく〜に、いきてます。生長の家を知らなかったら、このようには、いきられません
でした』

私としては、当たり前が、全て、ありがたい奇跡なんですからね。

1943初心者:2012/03/30(金) 12:30:43 ID:ixiWFYoQ
八咫烏様

志恩様のご発言からもあきらかなように、「神の委託」といった発想は、生長の家に
はありません。

1944八咫烏:2012/03/30(金) 12:53:54 ID:r9nswjII
初心者様

神の委託という発想は、もちろん私が、宗教組織とはどういうものかを思索した時に
思いついた私の言葉です。では言い換えることにします。
宗教組織のトップが、神意を受け止めているかどうか、ではどうでしょうか。

生長の家の信仰者は、つまり、雅春先生の弟子として雅春先生の悲願実現を目指そうとする人々は、
生長の家の神意を

人間の実相顕現
天皇の実相顕現
日本国の実相顕現

と受け止めています。それが生長の家出現の使命だと受け止めています。
この神意を総裁がしっかり受け止めているかどうか、
とうふうに書き換えます。
(これは一般宗教組織ではなく、生長の家限定でお考えください。)

1945八咫烏:2012/03/30(金) 13:22:05 ID:r9nswjII
初心者様

実相が現れたからと言って得々としているとは、さくら様の投稿を見ると、
どうやら、「結果が出たから真理だといい、結果が出ないものは非真理だとさばく」
という、あれですね。

これは私には、具体的に事例がないとなんとも言えないですが、結果が出たから真理というのは、
その通りだと思うのですが、教えの通りに実行したら、病気が治ったとかそういうことでしょ。
もちろん、それを鼻にかけるのはよくないと思います。得々として威張り散らすのはよくないでしょうね。
しかし、結果がでないから非真理というのは、実行したことを本気でやったかとか、失敗の原因を分析する必要が
あるでしょうね。としか言えないですね。

結果が出るということを、あなたやさくらさんは「ギリギリのところで神と向き合ってない」と捉えられることにも
私は疑問を感じます。
聖典にはいろんな体験談が載っておりますが、それらを読むと、たいていの場合は、
神と向き合ったことでしか、体験は生まれないように思えるのですが。
例外として、祖先などの高級霊が信仰に導くために行う奇跡もあるように書かれてはいます。

神と向き合うとは、つねに自分の中の神の子を自覚することではないでしょうか。
そして、神想観によって、神と一体の自覚を得ることで、何をなすべきが神意であるかを自ずから
知ることではないでしょうか。

1946初心者:2012/03/30(金) 14:10:02 ID:ixiWFYoQ
八咫烏様

「神の委託」という言葉を持ち出されたので、生長の家の人とは少しばかり
違う考え方の人なのかと期待いたしました。違った考え方をお持ちであれば、
そちらのほうも学ばせていただきます。

1947さくら:2012/03/30(金) 15:35:05 ID:tPVxKQcE
八咫烏様

丁寧な返信いただいておりまして、ありがとうございます。

私の言葉足らずな表現に誤解もあったようで、失礼いたしました。

>実相が現れたからと言って得々としているとは、さくら様の投稿を見ると、
どうやら、「結果が出たから真理だといい、結果が出ないものは非真理だとさばく」
という、あれですね。

初心者様の、得々としているということをいったことですが、
私におきましてはそのように意図しておりません。
結果でたから、真理だ、でないかた真理ではない、
そのような場合はなかったか、と私が申しましたのは、
もっと、信じることや、信仰による活動においても、
さらなる検証を必要とすることである場合がある、
実際に宗教ではそのようなことで問題が起こっていますので、
生長の家でも、そのことは今の問題に全く無関係とは思っておりませんので、
信仰者として、実践者として、どう考えるべきか、そのような問いかけを
したい気がしておりました。

たとえば、人間の物事を理解する、という過程においての一面に、
右脳的な理解、左脳的な理解があります。
同じ花を見ても、感覚的に美しさとして理解するのか、理論的な情報として理解するのか、
それは、花を、同じように「わかった」という方でも、この二人は、
果たして、同じ花を見ているとは、一概にいえないかもしれません。
まあ、それぞれの立場で、満足しているとは思います。
しかし、花の全体像を知るためには、どちらも必要な側面と言えます。
体験として素晴らしいと分かった、というのも、理解のたいせつな一面ですが、それだけで、判断の材料には足りない面があると思います。
同時にその体験がなぜ起こったのか、その背景にはどんな論理的な道筋があるのか、
それもまた、全体像を理解するのに、たいせつな事だと思っております。

また、この現象界で物事を認識するというのは、精神分析学によると、ある2つの概念や対象物に矛盾のない関係性を見出したとき、はじめて意識の世界に入ってくる、これが、理解であると思います。
しかし、この関係性に矛盾が生じる場合はどうでしょうか。
例えば文章でも、
「雨が走った。」
このような文章は、雨、と走る、のあいだに関係性を見出すことができず、
意識レベルでは理解が困難です。
その時人は、どのような反応を示すでしょうか。
一つには、理解不能の文として、無視するかもしれませんし、
あるいは、理解不能なことは、不快感があり、排除しようとするかも知れません。
どちらにしても、意識の世界では、理解という域に到達いたしません。
しかし、ほんとうは、その背後には、「雨が降ったので私は走った」のように、
見えない言葉や論理がかくされているかも知れません。
一見排除したくなるような物事も、理解を深めていけば、
理解できる、糸口がかくれている場合があるかも知れません。
理解するとは、このような努力が不可欠な側面があると思います。

しかし、人間の無意識は、この矛盾する関係を統合する力がありますから、
一見関係ない事柄に、ある共時性を見出し、それを、信じる、というレベルにまで
到達させる力があります。
宗教は、この潜在意識のレベルに、大変密接に関連していることと言えると思います。
ですから、宗教の問題においても、人が無意識の世界においても、
どのようにしてある結論に達するのか、何を信じるに至るのか、
どのような矛盾を問題として抱えているのか、それを考えることは、
難しいことですが・・無関心ではいけないと思っております。

1948さくら:2012/03/30(金) 15:35:50 ID:tPVxKQcE
>信仰者個人にとっては、組織は信仰というものに付随する
救済や個人の悟りの深化とかそうしたものの達成のためにあるのであって、
組織がそうした個人の欲求とずれてくると、個人にとって、組織は意味がなくなります。

>信仰者にとっては、トップヘの忠誠心は、実は神への忠誠心の代理であり、
信仰者はトップが神の委託に答えていないとみなすと、求心力はなくなるでしょう。
個人としては、そういう組織を改善しようとするか、個人の信仰の質を変えるかしかないと思います。
それによって、求心力と遠心力のバランスは保たれると考えます。
それができない信仰者は、外に出ていくと考えられます。



組織は、信仰というものに付随する救済、個人の悟りの深化などの目的がある、ということでしょうか。その目的がかなえられない組織は不要と言うことでしょうか。

では、実際活動において、この為になにをするか、それが問題です、
それがいつも問題になっていると思います。
政治活動か、環境問題か・・そのトップの方針が神意なのか、個人が判断し、求心力がないと分かれば、出ていく、ということでしょうか。
宗教における組織活動において、これを目的とおくことに、わたしには疑問があります。

生長の家の神意を上げてくださいました。

人間の実相顕現
天皇の実相顕現
日本国の実相顕現

これは、私には、信仰であり、祈りであると、認識しております。

もし、これが神意として、組織がその神意を実現する目的をもって活動をするところならば、
実際活動においては、組織は何をするところで何を実際に実現するところなのでしょうか、
なにを実現させれば、神意が適った、ということになりますでしょうか、そのような疑問が湧いてきてしまうのです。

1949八咫烏:2012/03/30(金) 15:54:17 ID:r9nswjII
初心者様

私はほんとに組織経験が短期間ですので、組織としての生長の家は若い頃の頃のことしか
知らないのです。しかも地方の末端信者ですから、大して組織などの仕組みも考えたことがないのです。
もともと、教えに触れたきっかけも、父の持っていた『生命の實相』を読んだからであり、読者として、
個人的に信仰していたのです。だから、現実の組織という感覚が、ずれているのかも知れません。

神の委託という言葉も、考えてみれば、キリスト教的というか西洋的発想ですよね、全く頭の中で、
純粋に、思索して思いついただけで、宗教組織を想像しただけですから、
意味ないレスだったかも知れません。

生長の家と違った考え方と言われても、生長の家を信仰していますし、組織には接していませんが、
本は読んでいますから、やはり生長の家が基礎の発想になるかと思います。
でも同時に、誰もみな普通に生活し、生活の中から真理を発見することは多いと思いますし、
生長の家でない方の御文章にも感動し、教えられることは多いですし、それらはみな真理の言葉と
思います。発想が生長の家の人とは違ったとしても(これは思想的に反対という意味ではなく
気付かないような発想というくらいの意味です)、神は何も生長の家だけにおられるわけではありませんから、
どんどん取り入れて、活用するのもいいのではと思います。

私は最近南出弁護士の國體護持塾というサイトの
国家の組織の腐敗をいかに防ぐかの工夫を書いておられたのを読みましたが、
江戸の幕府の発想である、権威と権力を分ける、あるいは権力と報酬を分ける
というやり方を書かれていて、それを国家に取り入れる提案をされていました。

譜代大名には権力を与え、石高は少なく、外様には石高を多く与え、権力からは遠ざける。
あるいは武士には権力を与え、そのかわり、富は町人が握る、という仕組みです。
あるいは、別の例では、商人の番頭と手代が、食事を一緒にする時に、魚一匹を半分に分ける分け方で、
尾頭付きの部分は番頭が取り、しっぽのある半分を手代が取る、
すると尾頭付きは食べにくく身も少ないが、尾頭付きということで、番頭の面目は立ち、
また年とった番頭には程よい量となる。
しっぽ付きは食べやすく身も多いので食べ盛りの若い手代には丁度いい、とする発想です。
もう一つの別の方法もあったのですが、忘れてしまいました。

権力と報酬を一致させることで、腐敗が生れる、だから、それらを一致させないように、互いに、
質の違うものを分け合うというのです。私はこの発想を生かせないものかと考えたのですが
現実の組織を知らないので、全く具体策が思い浮かびません。


しかし、生長の家信徒として、何事に関しても選択の基準は、どこまでも神意を確かめて行いたいと
願うのです。まだまだ私は、神と一体の自覚が浅いので、神想観と聖経読誦を心がけている段階です。

1950八咫烏:2012/03/30(金) 16:15:55 ID:r9nswjII
さくら様

えっと、私が読んだ聖典では、体験が起こったという例がよくあげてあり、
それらには、精神分析的に、また心の法則の面で、あるいは真理そのものとして、
いろいろに説明がなされていました。また、体験者も、何故体験が起こったのかということを
その時に自ら分析することもしていたりして、何故今まで不幸であったか、何故奇跡が起こったのかを
自覚しているようでしたが、体験する人間が、それを自覚しないということがあるのでしょうか。

それとも、あなたが言われるのは、
今私達が生長の家の教えを信じているのは、
無意識の世界で何らかの作用(たとえば初心者様のおっしゃるような言葉の魔術)が働いて、
教えを信じているが、
本当はこれは信じるに至った経路を分析してみないと、
生長の家の教え、あるいは教えの一部を信じているのは正しいとは
言えないかも知れないという論理でしょうか。

つまり、うっかり信じ込んでいることが間違っていたかも知れないから、
もう一度、哲学的思索をしたり、他の哲学者の説を学んで
生長の家という枠の中でなく
真理を探求してみるべきだと、おっしゃっているのですか?

1951八咫烏:2012/03/30(金) 16:30:30 ID:r9nswjII
さくら様

信仰とは祈りであり、行動であると思います。
雅春先生も、祈っていたばかりでは、何事もできないと言われています。
雅春先生は、不行為はマイナスの行動であるとおっしゃっています。
人は努力なしには何事も得ることはできないともおっしゃっています。
かつて、元号法制化の実現があったのは、あの時生長の家が必至で、
頑張ったからだと思っています。あの元号法制化がなければ、日本の国体は
どうなっていたかと思うと、ゾッとする部分があります。

1952さくら:2012/03/30(金) 16:44:20 ID:tPVxKQcE
八咫烏様

>それとも、あなたが言われるのは、
今私達が生長の家の教えを信じているのは、
無意識の世界で何らかの作用(たとえば初心者様のおっしゃるような言葉の魔術)が働いて、教えを信じているが、
本当はこれは信じるに至った経路を分析してみないと、
生長の家の教え、あるいは教えの一部を信じているのは正しいとは
言えないかも知れないという論理でしょうか。

生長の家の教えが、言葉の魔術・・というのは、わたしは、どこの文章にも
書いてはいないと思いますし、そのようなことを意図した事はございません。

わたしは、個人の体験を、とても重要なものだと思っていますし、
その方しか分からない心当たりや、自己分析がありますし、大変尊重しております。

今の私の焦点であるのは、組織の目的や、組織で行われる結果の検証が必要だということで、そのことに誤解があったものと思われます。

八咫烏様が組織活動をされてないと、仰られているのに、
その見識に甘えていまして、自分の思いを訴えてしまいました。
関心のないことでありましたなら、無理にお答えを必要としたわけではありません。

もし、活動をしているかたでも、生長の家に携わる方どなたでも、
私の疑問になにか、感じる方がいらっしゃれば、
ありがたいことだと思っておりました。

>つまり、うっかり信じ込んでいることが間違っていたかも知れないから、
もう一度、哲学的思索をしたり、他の哲学者の説を学んで
生長の家という枠の中でなく
真理を探求してみるべきだと、おっしゃっているのですか?

宗教の教えを信じ実践することに、うっかり信じ込んでいる、ということは、
合ってはならないですね、人生が狂ってしまいます。
生長の家の教えは、誰にでも分かりやすく説いてくださっていて、うっかり信じるようなそんなエセ宗教の教えではないと、私は思っております。

実際に起こっている問題は、なんでしょうか、

生長の家の枠組みの外、などという区別はなく、私が宗教を考えるようになったのは、
生長の家との出会いがあったからです。

正直、生長の家の問題を語るのに、現在、大変神経を使います。
一つの言葉をとっても、生長の家を愛するが故に、誤解を招くような
発言になったりします。
なぜ、問題が起こったのか、知りたいので、このような言葉になったということを、
おくみいただければ、ありがたいことです。

お言葉、感謝いたします。
ありがとうございます。

1953春らんまん:2012/03/30(金) 19:05:31 ID:0PhE9jv2
八咫烏様、精力的な御投稿に対し敬意を表します。

今後も応援致しております。

御健闘を祈ります。

感謝合掌

1954志恩:2012/03/30(金) 19:27:58 ID:.QY5jUA6
八咫烏様

私も、春らんまん様同様に、八咫烏様のご熱心なご投稿に対しまして、
大変感動したり、教えられたりしております。私も、敬意を表します。

1955役子:2012/03/30(金) 19:49:48 ID:FbQZeP7k

 八咫烏 さま

 八咫烏さまのご文章、隙入る余地がありませんので、なかなか、返答するのに苦労しています(^_^;) 

 ゆっくりと、行きますので・・・<(_ _)>

1956役行者:2012/03/30(金) 19:52:23 ID:FbQZeP7k

 役行者です。
 失礼しました。
 女子板用でσ(^_^;

 更新するのを忘れてました(__)

1957春らんまん:2012/03/30(金) 20:03:03 ID:0PhE9jv2
役子、ハケ--ん♪

1958八咫烏:2012/03/30(金) 21:56:49 ID:r9nswjII
さくら様
こちらこそ、勝手に推測しまして申し訳ありません。初心者様のレスの中に、
あなたのことが書いてあり、またそのためにあなたと初心者様のやり取りをざっと見て、
あなたの考えも、初心者様と同じとみなして、お答えしました。

私は、組織はあまり参加した年数は少ないですが、それでも生長の家信徒としては
今の教団がどうなるかは、気になりますし、雅春先生の悲願を思うと、
なんとかその悲願を実現できる教団となってほしいと思っています。

現在の組織も知らずに、組織論などを論じてしまいました。これに関しては、組織をあまり知らないのに、
流れとは言え、でしゃばり過ぎたのかも知れません。
どうかお許し下さい。

1959ももんが:2012/03/30(金) 21:59:56 ID:XXCuaQns
>>1956

役行者様

役行者様、こんばわ。合掌、拝(^_^)


最近は、”性転換“が流行ってるですね。


でも、実際、日本の神様は、性転換しませんが?

インドの神様なんか、性転換しますね?(^_^)

あれは、凄いですね。

あと、真面目なお話ですが、最近は、”同性愛“や、”性同一性障害“て?やはり、病気になるのでしょか?

私は、全くの、異性愛者で、常任ですが?

密教の立場から、どう、思います。?

1960八咫烏:2012/03/30(金) 22:18:59 ID:r9nswjII
春らんまん様、志恩様

応援いただき有難うございます。
私はけっこう軽率な人間ですので、もう少し慎重に投稿すべきだったのではないかと
ちょっと反省するところもあります。調子に載って、不必要な投稿までしたのではないかと
思ったりしています。でもそのようにおっしゃっていただき、少し安心しました。
なんか、この掲示板にハマってしまった気がします。

春らんまん様の投稿を拝見しましたが、素晴らしいと思います。同じ意見の方を見つけた喜びを
感じます。志恩様が色々なレスで賛同してくださる時もとても励まされましたが、このように考えの
同じ方々と出会うと、なんだか懐かしいですね。若い頃に戻ったような気がしてきます。

役行者様

どうか、いそがずにゆっくりとご投稿ください。
役子様の場合、イメージはどんなお姿なのでしょうね。
乙姫様風の衣装ですかね。

1961復興G:2012/03/30(金) 22:29:08 ID:ojEbkDH2

八咫烏さま。

復興Gと申します。
私も、あなたの出現に、いやあ、すごい人が現れた! これも天の配剤か! と驚き、共感し、感心し、心の中で声援しています。どうぞ、がんばってください。

1962八咫烏:2012/03/30(金) 22:56:26 ID:r9nswjII
復興G様

有難うございます。
私の方こそ、復興G様のご投稿を読んで、非常に素晴らしい的確な事を投稿しておられて、
感じ入っております。まさに正論だという気がします。
私も、復興G様のご活躍を応援しております。ご投稿、これからも楽しみにしております。

1963役行者:2012/03/31(土) 06:28:18 ID:FbQZeP7k


 >>1959
 

 ももんが さま

 おもしろい視点からの発言ですね(^_^;)

 密教と云っても、真言、天台、立川流、始祖 役行者流、また、チベット密教と多種多様なのでございます。

 ですから、密教という立場からと、一概には云えないのでこざいます。

 因みに、密教とは、そこの風俗、慣習、生活感などなどを生かし、土着の、そこで生活する方々に違和感を感じさせないよう、宗教的生活の地盤を形成してゆくことです。
 
 チベットはチベットならでは、日本は日本ならではの、文化・伝統を生かした密教が誕生するのはその理由に因るのです。

 ところで、仮に、ももんがさまの質問に応えようとすると、立川流の立場からになりますかね(^_^;)

 そうなるとインドの風習からきているのではないかと存じます。
 結論をいうと、分かりません(o_ _)o

1964役行者:2012/03/31(土) 08:03:27 ID:FbQZeP7k

 八咫烏さま

 乙姫さまとは・・・イヤイヤ(^_^;)
 ・・・どうも、ありがとうございます(゚∀゚ゞ)

   
 さて、

 > 谷口雅春先生は、言葉の力をよく知っておられ、言 葉を大切になさり 、また言葉を慎重に使われるような、非常に細かい神 経を使われる方だと思います。
 人を鼓舞するために力強い言葉を使われることはあ るでしょうが、それはその人の 実相を引き出そうとして使われるのであり、扇動す るために使われるのではありません。

  細やかな心遣いをなさる雅春先生が、単なる偏狭な 愛国心からのみ 天皇一元論を唱えられるはずはないのです。
  また誤解を生むかも知れないとわかっているのに 敢て言われるわけがないのです 。
 それは雅春先生の悟られた真理に基づくものだか ら、発表されたのです。
  これを、未だ悟りを深めたともいえない段階の人間 が、軽率に判断して「 ここは間違いだ」とするのは、傲慢も甚だしい勘違いだと思います。<


 生長の家の信徒として当然のお言葉です。
 雅春先生と云えども、それは多少、間違えはあっと思います。
 それをことさらに攻めだてるのは如何なものかと、と私も思います。

 イエスは云われました、人を裁くなられ、自分が裁かれるからである、とまた、売春の罪を犯した女性に石を投げようとされている人々に、あなた達は罪を犯したことがないのですか!と、イエスは、彼らの贖罪を耳元で囁くのです、一人二人とその場から去って行かれました。意訳です。

 ある意味、人生とはことの大小問わず、赦しの連続では、と思う今日このごろです。

 
 それと言葉の暴走とはちがう話で、鎮魂は大切な行事と思います。
 ですから、真言宗は、鎮護国家の御修法を、現代に至るまで欠かさずに行事ているのです。

         合 掌

1965ももんが:2012/03/31(土) 08:19:14 ID:XXCuaQns
>>1963>>1963

神の子皆様、おはようございます。本日も、素晴らしい、朝ですね。元気に、明るく、楽しく、素晴らしい日にいたしましましょう。ありがとうございます。感謝、合掌、拝。

役行者様、お返事ありがとうございます。合掌、拝。


結論は、わかりませんか。そうですよね。(^_^)

掲示板で、この回答したら“”不快“を感じる人が、たくさん、でそうですからね。

もし、偶然、原宿や、宇治など、どこぞで、会えましたら、密教の秘密の部分を、お話伺いたく思います。
復興G様>

復興G様の、御言葉、私に大分賛同してくれたんだと嬉しく、思ってます。もう少し、したら、お返事差し上げます。いつもありがとうございます。合掌、拝。


それでは、皆様、素晴らしい日を、お過ごしください。合掌、拝。

1966八咫烏:2012/03/31(土) 11:24:28 ID:GspmSDCg
さくら様

きのう、私が、生長の家の使命は、

人間の実相顕現
天皇の実相顕現
日本国の実相顕現

であると書いた時に、あなたはこれは信仰であり、祈りであるとおっしゃいました。
そして、私は信仰とは祈りであると同時に行動であるとお答えしました。

あなたは組織論でも、教団は愛国運動はやるべきではなく、
これは個人的にすべきことであるとおっしゃっていました。

しかし、それはあまりにも創始者谷口雅春先生の意を汲まぬものであると思うのです。

谷口雅春先生はおっしゃっています。自分は宗教教団を作ろうと思って運動を始めたのではないと。
先生は、真理を知らないために苦悩の生活をしている人々を救いたい一心で、修養雑誌を自費出版
されたのです。教団が目的ではないのです。人を救いたい、そのために真理を伝えたいという思いが先に
あるのです。

そして戦後、日本は占領軍により支配されます。雅春先生は占領軍により、公職追放となりました。

占領軍によって、自虐意識を植え付けられ、祖国の歴史を貶め、自らの国を悪い国だと思い込み、
古来より天皇を父のように慕って、国民皆が家族のように結び合っていた
中心帰一の美しい国民性は失われていきました。

公職追放になっておられた間、雅春先生がどんなお気持ちで日本を見ておられたのかと思うのです。
アメリカ流の肉体民主主義に洗脳され、日本国憲法を平和憲法であり人類普遍の原理だと鵜呑みにし、
「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼してわれらの安全と生存を保持しようと決意した」
という前文に象徴される、連合国への詫び証文と雅春先生が言われるような奴隷憲法を、
多くの国民は、なんの疑問もなくありがたがっているのです。
雅春先生の悲しみは如何ばかりであったろうと思うのです。

権利ばかり叫び、奉仕精神を忘れ、唯物論に陥り、家族の絆すらも失って
バラバラの個人になっていこうとする日本人、
果ては、自分の生活を楽しむためには、自分の子供すら殺し、胎児を中絶する、
老人は孤独死する、このような日本人になっていく様を、
限りなく日本を愛すと言われた雅春先生が、
どうして、手を拱いて見ていられるでしょうか。

雅春先生は、日本国憲法を破棄し、大日本帝国憲法を復元改正すること、
優生保護法を廃止することの
悲願を立てられ、そのためには、生長の家の一つや二つなくなってもよい
とまで言われたそうです。

大東亜戦争時、特攻隊に志願した若者は、国家のためならば、自分の命をも捧げたのです。
日本を救うためならば、たとえ教団が潰れても、今やらなくては日本がどうなるかわからない、
そんな雅春先生の祖国への危機感があったのです。

当時の信徒はそんな雅春先生の危機感を共有したのです。とくに青年会は、そうだったのです。

現在、日本は民主党左翼政権によって、益々危機的になっています。もちろんその一方で、
本来の日本人らしさへの回帰現象も見られます。日本が戦後レジームを脱し、日本人らしい個性を
取り戻そうとする兆しが見えてきたとも言えます。

しかし、そういう兆しが見えそうな時ほど、
また反対勢力も死力を尽くす時なのです。兆しを見て安心しきっていれば、サッカーの試合で、
終了直前に敵方にゴールを許すようなことになりかねません。

つねに最善の努力を尽くすもののみが成果を得られるのです。
祈っているばかりでは物事は動かないのです。祈ればそれは動きにつながるのが
真の祈りだと思います。
我が動かなければ、宇宙は動かないのです。

去年、今上陛下は、歴代の天皇陛下が行幸参拝される石清水八幡宮に行かれて、
幣帛を奉納されましたが、例年は白い幣帛でしたが、去年は金の幣帛を捧げられました。
これは史上三回目の金の幣帛だそうです。最初の時は、蒙古襲来時であり、二回目は
幕末の孝明天皇が納められました。今回三回目の幣帛を納められたことは、
今上陛下の非常な危機感を表しています。

東日本大震災もありましたが、それだけではないと思います。いろいろな日本の世相なども
思われての危機感であると思います。
また皇統に対する国民の勝手な意見もきっと気にかけておいでだと思います。

1967八咫烏:2012/03/31(土) 11:32:55 ID:XUCnAhzY
さくら様

今の日本のメディアは、国民に大事な事を知らせません。先日も中国軍の幹部が尖閣諸島を
武力で奪取するという計画の話をしていたようですが、ネットではニュースとなっても、
テレビが放送することはありません。
今日本には多くの中国人が来ていますが、一昨年中国の全人大会で、国防動員法が
制定されたことはご存知だと思います。

この法律は、有事の際には、中国国内の登録されたあらゆる企業の特許を無許可で
徴用できるなどとする項目もあり、
また、中国人民は、国家の命ずる国防義務を果たさねばならないとするもので、
これは国内外を問わず動員されるものです。

前回の北京オリンピックで、チベット弾圧が世界で非常に問題視されて、中国政府への
批判が高まりましたが、日本でもチベットを支援し、中国への批判を行おうとする人々が
聖火リレーの行われる長野へと、全国から結集したことがあります。ご存知だとは思いますが。
その時に結集した日本人の数よりも、はるかに多くの中国人が、日本全国から動員されていたのです。
しかも、彼らは棒か何か武器のようなものをもって集まっていたのです。

そうして、チベット問題を批判しようと声を上げる人々に襲いかかったのです。
もちろん警官も動員されていましたが、彼らは、中国人を逮捕することなく、襲われている
日本人を逮捕したのです。これは上からの命令が出ていたと思われますが、また警官も多数の
中国人を前に為す術がなく、むしろ日本人を助けるために逮捕したのかも知れません。
そこはよくわかりません。

しかし、この事件をマスコミは報道したでしょうか。聖火リレーのニュースはたしかにやったでしょう。
そのありのままを報道したでしょうか。

中国人のそんな暴動のような非道により、骨折した日本人もいます。
まだ日本国内でのことですから、中国人も抑えての行動でしょうが、
中国政府の決定する有事というのがいつを指すかはわかりませんが、
中国に行っている日本人がそういう事態になった時を予想すると
恐ろしいものがあります。

日々の生活のみしか目を向けていない人は、そうした隠された危機に気づきません。
しかし見える人々は見ているのであり、聞こえる人は聞いているのです。
聖書には、黙示録に日を着たる女という予言があります。
日を着たる女は、妊んでいると書いてあります。そしてサタンは生まれてくる子を一飲みにしようと
狙っていると書いてあります。

雅春先生は、日を着たる女とは日本の国のことであるとおっしゃっています。
そして、女は妊娠しているのですが、これは新しい思想が胎動を始め、生まれようと
しているのだとおっしゃっています。
ところがサタンはこの子を一飲みにしようと待ち構えているのです。

戦前も、戦後も、生長の家の運動は、雅春先生の危機感の中から生まれてきたのです。
あらゆる宗教は、教祖が宗教を作ろうと始めたのではなく、教祖の強い思いがあった
から生まれたのではないでしょうか。

だから、生長の家も教団も、雅春先生の思いが先にあったのです。

組織論だとか色々工夫するのもいいと思いますが、それより先にどんな思いがあるかと
いうことではないでしょうか。

現総裁が、環境問題への強い思いがあれば、その強い思いは人を引きつけるでしょう。
どんどんやられればいいと思いますが、仮にも雅春先生の創始された教団を使って、
雅春先生の悲願には見向きもせず、自分の思想に教団を利用されるのは、それは許されることでは
ないと思います。きちんと別組織を作られるべきです。
雅宣氏の思いが強ければ、それは出来るでしょう。
奇をてらうだけの方針であれば、人はついていかないかも知れませんが。

1968八咫烏:2012/03/31(土) 12:03:24 ID:XUCnAhzY
役行者様

お返事ありがとうございます。

<雅春先生と云えども、それは多少、間違えはあっと思います。<

もしも間違いと言われるならば、これは多少で済む話ではないでしょう。
私は、一連の実相哲学の展開として、理解しているつもりです。

しかし、ここは受け入れることができない人には、どうしようもない部分かも知れませんね。

有難うございました。

1969さくら:2012/03/31(土) 12:10:32 ID:tPVxKQcE
八咫烏様

・・私のような、幼い疑問に対しても意図を汲んでくださり、
真摯に答えていただき、感謝いたします。

只今、返信を書く時間がありませんので、
ゆっくり読ませていただきたいので
考えるお時間いただければ、ありがたいと思っております。

途中で、他の方が返信を書いていただくのは、それは、
大変ありがたいことなのですが、
私の意図することと、違って受け取られ、方向がずれてしまうのことがあるとしましたら、
それは、とても残念なことに思っております。

それは、私の発言が整理できてない処があることが原因ですが、
どうぞ、そのところは、了解いただければと思っております。

では、ありがとうございます。

1970役行者:2012/03/31(土) 13:06:37 ID:R4QFGmvc
 
 八咫烏 さま 
 

 >ここは受け入れることができない人には どうしようもない部分かも知れませんね<

 こことは何か?と云うことになりますが、大体憶測できますので、また、時間があるときに投稿します。

 一言、付け加えさせていただきますと、雅春先生でも多少の間違いがある!とは、言葉の差異を申しあけだつもりなのです。
 一連の実相哲学の展開として!というのなら、谷口哲学の中核的な部分を指しているのでしょう。

 改めて、投稿します。

        合掌 再拝

1971八咫烏:2012/03/31(土) 18:35:56 ID:XUCnAhzY
役行者様

そうですか、よくは理解できませんが、私の誤解ということですね。
そうならば、申し訳なかったです。お許し下さい。
あまりに婉曲な表現は、どうも苦手なので、なるべく直球でお願いします。

1972さくら:2012/03/31(土) 19:27:51 ID:tPVxKQcE
八咫烏様

八咫烏様のご文章からも、雅春先生が、いかに国を思い、この生長の家にかけられてこられてきたかの思いが伝わってまいります。
ありがとうございます。

>谷口雅春先生はおっしゃっています。自分は宗教教団を作ろうと思って運動を始めたのではないと。
先生は、真理を知らないために苦悩の生活をしている人々を救いたい一心で、修養雑誌を自費出版されたのです。教団が目的ではないのです。人を救いたい、そのために真理を伝えたいという思いが先にあるのです。

そうですね、
宗教団体の活動を考えるとき、心に思うことの一つです。
雅春先生は、苦悩している人を救いたいという止むになまれぬ必死のお心があり行動されたからこそ、神が感応され、生長の家の出現となったのだとと、そのように理解しております。

もともとは、雅宣先生は、雅春先生の愛国的発言や愛国路線がすべて間違いであったかのように言われて、即刻、雅春先生のお言葉を否定された、ということではなかったと思われます。
時代によって、雅春先生の仰られる言葉が、変わらざるを得なかった、
それは間違えというより、その都度国を思い人類を思う故からのやむを得ないお言葉であり、そして行動であったこととして理解されておられた、とこのように思っていました。
間違え、といわれたのは、教え、のことではなく、その方針の方であり、
それは時代によってお言葉のニュアンスや立場が変わらざるをえなかったので、
雅春先生でさえ、その点では間違えがあったとの発言があったと思います。
 
政治運動についての方向転換は、雅春先生が信仰が利用されてしまう政治運動の実態に失望されたことなどから、挫折感の強い文章もあったようですが。
「純粋宗教的立場から 幾分方向転換して政治的方面に運動を進めてきたために、宗教の純粋さや、清潔さが少しでも失われてきていないか」とのご発言があり、清超先生が雅春先生のご意志を守られて、政治運動からの決別があったと伺っております。
その後雅春先生は、日本国実相顕現のたまに龍宮住吉本宮を建立されて、長崎に移転され祈りに徹せられたと。
ですから、政治運動からの撤退は、雅春先生のご意志である、として、
はじめ雅宣先生の方針は、このことを踏まえて、ということであったようです。
それで、雅宣先生の愛国の書の絶版の背景には、運動のあり方が、政治的なものを含んでしまうことを極力さけられた、という事が上げられると思っておりました。
それは、生長の家がめざす信仰運動と方向をずらしてしまい可能性がある、
それを、徹底して守ろうとしたような意図があったようです。

1973さくら:2012/03/31(土) 19:28:24 ID:tPVxKQcE
しかし、それが結果、生長の家の信仰の基盤となる教えを排斥するようなことになり、
今の教団の活動の方針、実態となったことは、ほんとうに残念で仕方ありませんし、
雅宣先生は、間違えであった。
現実の実態は、そうした状況だと思っております。

私は、祈り、といったのは、祈ってばかりいて、行動しない、ということではありません。
信仰の良心に基づいた行動を、していきたいと、思っております。

私は、ただ、雅宣総裁の今の組織の方針を指示して、活動したい、とはやはり、思えないことが多いです。
ただ、雅宣先生の意図をあまりに理解されていないで、闇雲に反対をするのは、
自分がフェアではないと感じましたし納得がいかなかったので、
雅宣総裁を言わんとすることを理解したいと思ってきました。
でも、理由が論理的に正当化されるから、正しいということではありません、
現にこうした現実をつくったのですから、やはり、間違っていた、と思っています。

そこから、運動といったものの性質から、宗教団体の方針による運動のあり方も、
純粋なる信仰と、ある程度独立性を持たせて運営されるべきではないか、
と思ってきました。
信仰によるやむにやまれぬ思いからの行動であっても、
各人の信仰や魂の深化の目的をおかすような活動になってはいけないと感じてます。
どんな運動でも、それは、目的を持ち結果を求めますし、世の中を変えていきたいという欲望を持ちます。
雅春先生の教えによる、政治運動のあり方が、修正を求められたように、
雅宣総裁の信仰による平和運動が、環境偏狭の方針になったように、
運動には、信仰とは性質の異なる側面をもつので、
時に致し方ない方向へ行くこともあるのではないか、とそのように感じていました。

>現総裁が、環境問題への強い思いがあれば、その強い思いは人を引きつけるでしょう。
どんどんやられればいいと思いますが、仮にも雅春先生の創始された教団を使って、
雅春先生の悲願には見向きもせず、自分の思想に教団を利用されるのは、それは許されることではないと思います。きちんと別組織を作られるべきです。
雅宣氏の思いが強ければ、それは出来るでしょう。

同意いたします。
環境活動は、もし組織として可能なら、独立してべつの団体を立ち上げて、
おおいに活動されればよいと思います。
生長の家としては、生命の實相、教えは守られ、信徒の信仰はそこで守られるべきであると思っています。
宗教団体としては、布教や、教えの学習、信徒の魂の深化が、守られるようになる。
これが、信仰と、救済活動が、互いにつながりをもちながらも、独立するようなかたち、として、イメージが浮かんだことです。

1974トキ:2012/03/31(土) 20:12:30 ID:SUr0YA9Q
 「今の教え」と「本流復活」を考える・信仰/体験板/2

をアップしました。この板がいっぱいになったら、そちらをご利用下さい。

管理人敬白

1975春らんまん:2012/03/31(土) 20:12:41 ID:2wOWG6Oo
>>1972 さくら様 お初に書かせていただきます。

二代め総裁を敬愛する方たちには、申し訳ございませんが、私は、二代目も現も、
敬愛しておりません。

それは、尊師の"大東亜戦争を、どう捉えるか"に繋がっているからです。

二代目総裁も、後半は、"大東亜戦争否定論"を多発して書いていたようですね。
私は、K湖道場で研修生をしていた時、初めて二代目総裁の御著書を開いた時、
大東亜戦争を否定する文章に出会い、

パッと、本を閉じました。

心の中に、浮かんできた気持は、

≪よく言うぜ! 自分は奥にの為に役にも立たず、ただ、病院で寝てただけじゃねぇか!
自分が役に立たなかった事を不徳に思うならまだしも、おこがましくも、
偉そうに、否定してんじゃねぇぞ!

ゴミ拾いでもやっとけ!!≫

でした。

(閲覧中の方々に、御不快を与えたら、大変申し訳ございません)
トキさん、削除しても構いません。


二代目総裁は、尊師が長崎公邸に御隠居されてから
(それまでは、原稿のチェックを尊師から受けていた)
"大東亜戦争悪玉論"を書き続けていた、のは事実のようでありますし
(私は、それ以降、この方の書いたものなど、何一つ、読んでございませんので、
知りません)

政治からの撤退の時、"せめて、今まで協働してきた方たちに・御挨拶を"に対し
≪そんなものは、いらん≫
と行ったのは、二代目、と聞いております。


現総裁だけの責任ではない、とたびたび申し上げてきたのは、こういうことで御座います。


合掌

1976春らんまん:2012/03/31(土) 20:16:32 ID:2wOWG6Oo
訂正

 >自分は奥にの為に役にも立たず

"御国の為"

>≪そんなものは、いらん≫
と行ったのは、二代目

"言ったのは"

訂正・謝罪致します。

1977春らんまん:2012/03/31(土) 20:48:31 ID:2wOWG6Oo
なおかつ、(確か、自分が読んだ文章で、気持悪くて記憶に残っているのは)

『谷口雅春先生が、"戦場で、人を殺さなくて、本当に良かったですね"と
仰ってくださったこと』と、書かれていることに、


逆上しました。


よしんば、プライベートで、こういう会話があったかも、しれません。

それを、いちいち、なんで、信徒が読む本に、ワザワザ書かなきゃいけないのですか??

斎主として英霊様のお祀りをされた尊師と違い、二代めは、一度も"祖国の英霊に、尊崇の念"を公表した事実は、ないと思います。

"大東亜戦争を侵略戦争だなとど、誣いる者は、生長の家から去れ!!!"という
尊師の御言葉に従うならば、

二代目以降から、"谷口家による乗っ取り"は、現在したのですよ。


尊師は、世襲は希望されてなかった(占領下で、開祖と教主を分けて、一時しのぎをしていた)
とするならば、

二代目以降、尊師の御教えを正しく伝えてこなかった、

だからこそ、今の"瓦解は、正しい"

という結論になるのです。


再拝

1978春らんまん:2012/03/31(土) 21:20:39 ID:2wOWG6Oo
さくら様に、最低限の質問を致します。

"人間は、地球のガン"と言っている現総裁は、"人間は神の子"の教えが、理解された上での発言と、思われますか?

大調和の神示については、余りにイタイので、触れませんが、

"総裁は、裁判によって、聖典と聖経を失ったことを、反省していますか?"

です。


あり得ないから、こうゆって、"新たなる? 珍毒真理の展開"になっているので
ございましょうけれど、


私など、信仰三歳児(5月で満五歳♪)
にはるかに及ばない貴女が、

もう少し、蝮の毒にあたっている方を、なだめすかすにしても、


本源を冒涜しては、あきまへんなぁ。。。



(言い換えますと、 アンタ、バカじゃね? キチガイのマサノブとデートの約束までして。
一部・女性問題も一時あったらしいわよね、アンタ、それ知ってて言ってる?)
と、
心配してしまいます。


ガセネタでしたら、大変、失礼いたしました。


合掌

1979春らんまん:2012/03/31(土) 21:26:29 ID:2wOWG6Oo
>私など、信仰三歳児(5月で満五歳♪)

5月で満三歳

でございます。

訂正致します。

1980さくら:2012/03/31(土) 21:36:42 ID:gX/8KLGY
春らんまん様

はじめまして。
最低限の質問ありがとうございます。
最低限のお答えをいたします。

一、"人間は、地球のガン"と言っている現総裁は、"人間は神の子"の教えが、理解された上での発言と、思われますか?

人の理解は関与できませんが、思われますか?と聞かれれば、
そう思います。
役立たず、や、キチガイとの言葉を使われる方でも、
雅春先生の説かれた人間神の子を理解された上でのことだと、
思うようにつとめております。

二、"総裁は、裁判によって、聖典と聖経を失ったことを、反省していますか?"

人の反省の状態は、私には、関与するところではございません。

ご教授ありがとうございました。

1981役行者:2012/03/31(土) 21:40:49 ID:R4QFGmvc

 八咫烏 さま


> あまりに婉曲な表現は、どうも苦手なので、なるべ く直球でお願いします<

 分かります。
 性格は直球なのですが、掲示板上では、なんか婉曲に表現してますね、こちらこそ申し訳ないです。

1982春らんまん:2012/03/31(土) 21:53:40 ID:2wOWG6Oo
御回答、ありがとうございました。


私は、貴女の御認識がどうあれ、"祖国日本"の事が第一義であり、
生長の家の組織は、
その下に準ずるものです。

>役立たず、や、キチガイとの言葉を使われる方でも、


どう捉えられたかは、あなたの御自由ですが、


二代目は、
"大東亜戦争においては"⇒"御国の為になる働きはしていない"のは事実
であり、

キチガイ?
とは、父祖の恩恵を受けて生きながら、逆行している御身分の現総裁夫婦の事を、事実に基づいて、
言っているに過ぎません。


汚いものにフタ、の、事実を直視しない君ら一般信徒や職員が、総裁をここまでにしたのだという事実は、


嫌でも、
いつか、直視して下さい。


(それに耐えられない、多くの職員が、精神を患っています)



感謝再拝

1983さくら:2012/03/31(土) 22:42:10 ID:gX/8KLGY
春らんまん様

貴女が、祖国を愛される気持ちを理解いたしました。

私もわたくしの立場におきまして、
雅春先生の御意志は、
本来、どこにあったのかを、
自らに問い、振り返る
一信仰者でありたいと、
そのように感じさせて頂きました。

ありがとうございました。

1984rei:2012/03/31(土) 23:27:44 ID:bo95azFI
あまりにも活発に意見交換がされているので、一通り読むだけでも私には
大変な所ですが、
すみませんが少し前に書かれていた1940の初心者様へ。

「神の委託」という言葉は生長の家では「神の御心(神意)」という言葉で
頻繁に使われていると思います。

同じ意味だと思います。

だから、雅宣総裁の打ち出される方針が、生長の家の教えと違うんじゃないか
と思っても、これが神のみこころなのか、、、と思いつつ従うのです。

生長の家が崩壊に向かっているかのごとく見えるのも
「みこころ」ですか?神様。と自問自答しながら歩んでいます。
違うんじゃないか、、と思われる方々がこうしてここへ発言したり、
本流とかの掲示板に発言されてるのだと思います。

あなた様が言われる「トップが神の委託をうけているかどうか」ということは
信徒みなが常に常に神様にお伺いしているところです。

どうしてここのところをみなさんがスルーしてしまわれるのかわかりません。
もう、言う気も失せてしまわれたのが本音ですか?
八咫烏さまがすばらしい返答をなされるとは思いますが、
ここはちょっと黙っていられませんでした。

1985志恩:2012/04/01(日) 00:55:16 ID:.QY5jUA6

reiさま

「神の委託」=「神の御心(神意)」のことですが、
私が、疑問に感じましたのは、
神の委託にしましても、神意にしましても、『現総裁に降りる』という言い方をされましたので、
そんなことは、初めて聞きました、と申し上げたのです。

雅春先生は、信徒の皆様お一人お一人に、皆さんは、神の子で、神の御心は、
皆さんお一人お一人に降りるとおっしゃってましたから。

現総裁だけに、神の御心が、降りるわけでは、ないという意味を、言いたかったのです。

訊け管理人様が、謹写してくださってるご文章の中に「夫にハイ」の例えを書いてくださってますが、
例え,総裁でも間違ってると思うことをおっしゃったのでしたら、現象の総裁には、ハイと言わなくていいのです。
実相の総裁に,ハイというのです。ということを、教えてくださってます。

生長の家が、崩壊に向かっているのは、今の生長の家のやりかたが、間違っていたということを現しています。
ですから、大転換する事が,大事だと、神様が、おっしゃっておられるのだと思っています。

われわれ、心ある信徒が、おかしいことを、おかしいと訴えてるのは、崩壊から、発展の方向へ転換する為の、
ささやかながら、お手伝いをさせていただいている気持ちで、発言させていただいているのです。

生長の家は、われわれにとりましても、たいせつな たましいのふる里だからです。

1986役行者:2012/04/01(日) 04:25:34 ID:6Sl3qdi.

 八咫烏さま
  
 また、

 皆様


 真理について、語らせてください。  
 

 >真理を探求するとは、前にも言いましたように、生長の家の信徒は教えを知識ではなく、魂全体で感得したい、全人的に体得したいと願うも のなのです。
  しかも、悟りといっても無限に続くものであり、一 段登ったら、次の段階があり、それは果てしないともいえます。 実相は完全ですが、実相は完全であり無限であるからこそ、この現象世界は 無限に実相をあらわし続けるものだと思います。 だから欲求も無限にならざるを得ません。<


 同意します。
 真理は汝を自由ならしめん!とのイエスの言葉があります。
 
 無限に生成発展してゆくのが、実相世界と存じています。
 完全の中に無限も含まれていると存じるのです。
 ですから、私も、たとえ真理探究と云えども、救済・信仰と切り離すべきではないと存じます。
  

 >組織は、信仰者(賛同者)の集合ですから、それが 有機体的に機能するには、やはり中心帰一というものが必要で、そうでないと 単なる集合に過ぎません。
  しかし、信仰者個人にとっては、組織は信仰というものに付随する救済や個人の悟りの深化とかそうしたものの達成のためにあるのであって、 組織がそうした個人の欲求とずれてくると、個人に とって、組織は意味がなくなります。
  信仰者にとっては、トップヘの忠誠心は、実は神へ の忠誠心の代理であり 、信仰者はトップが神の委託(神意)に答えていないとみなすと、求心力はなくなるでしょう 。個人としては、そういう組織を改善しようとする か、個人の信仰の質を変えるかしかないと思いま す。
  それによって、求心力と遠心力のバランスは保たれると考えます <


 まさしくそのとおりと存じます。
 生長の家では、信仰とは実相の中に、入ることだと云っています。ですから、究極的には組織とは関係がなく、個人の悟りの深化の問題だと思います。ただ、組織はその深化に支援、協力、手助けをする役目もあるのではないかと存じます。
 
 reiさまも云われていますよう、信徒も真剣だと思います。
 自分の魂が救済されたいのです。自分の信じている教団が間違った方向にいっていたら憂うべき問題ですよ。
 たとえば、信仰が自らの内に向かうか、外に向かうか、でも違ってきます。
 自分のなかに神が存在し、内奥の世界に入ることが信仰だと教え諭すだけでも、個人にとりまして大いに救済となることでしょう。
  
 ベクトルが神の道に向いているか、いないかで、組織としての人類に果たす役割がまったく違ってくるでしょう。 

 ですから、宗教家、特に教団トップの発言は、本当に大切なのです。
 このようなことを大いに語り合う場をつくる、手始めに、このことからはじめて行きたいと私は思うのです。
 つまり、和解のために同じテーブル上に付くことを大いに期待します。
 大同団結して、もう一度、一からやり直していきたいと心より思ってます。

          合 掌

1987SAKURA:2012/04/01(日) 05:05:52 ID:eEeagkZk

トキ様 へ
観覧者の皆様 へ

【SAKURA の 独り言】
勉強不足…でしょうか?自覚しております〜〜〜が ><

■【ホメロスの輪…】ウフ〜〜〜ン!!

そうです〜〜ネ!ふと?【リング…三つのリング連結??】
連想して…例えば…??【男・女・子供】
つまり、具体的には【男性・女性が一体となり、子供が生まれる…!】
【一つの“絆”で〜〜〜ショ】
これが【ホメロスの輪…】に、たとえて行きますと…

以前【さくら様】が…
〜〜〜♫【カルチェ〜〜〜来い〜〜〜♫】と、書いていらっしゃいましたが…
私は当時【カルチェのバック…】とばかり、連想していましたが?
ここ数日前から【カルチェのリング】を思い出したのです。
この【3連にかさなった“リング”…ゴ−ルド・シルバ−・くすんだゴ−ルド】が
【3連…】重なっています…。不思議な気分です…はずす事は、難しい? ><

私も“20歳の頃”当時【青山ヴァンド−ム…】で、一見風を買いましたが…?ウフフ
当時は“30%引きで購入”…勿論“偽物”ですが〜〜><
当時の私にとりましては、高価なものでしたが…?
今は“ネット販売”・“通販”で安くて??万ぐらいでしょうが……?

ふと!今の“私の手”…もう〜〜〜“料理”をする様になりますと…
どう見ましても「無用の産物」当に!手にとっても、似合わない様ですが… ><
この【3連のリング】を連想しましたら、先ず!「一本のひもから」始まる…
或る方が云いまして【一本の紐???】
話は脱線しますが……そういえば?
日本でも「道ゆきコ−ト」etcとか?「子供の着物」に飾り紐結び…
がありますョ〜〜〜ネ!これは【一本の紐】での展開が始まりますが…
実際!作りますと難しいのです〜〜〜〜〜ョネ!

■この事を踏まえまして、更に“連想”しながら〜〜〜♫
【家族……男性・女性が一体そして子供】これを互角に関連しますと“リング”に
なります〜〜〜ョネ!
更に!【祖父・祖母とか関連していくうちに、一つの輪】が増えて行くのでしょう。
そうしますと「さくら様」のおっしゃいます事は…
勉強不足な私?【具体論…】が見えないのです…。

■【組織・真理・救済…】
この事が【ホメロスの輪…】でしたら、この三者がどの様に
「互角」なのでしょうか?仮に今…そうでない場合…ではどの様にして、
「互角」に持って行かれますのでしょうか?

余りにも…【抽象論…】の様に思えますし、この事が「生長の家」の場合、
どの様なる【具体論…】或いは将来この様に〜〜♫〜〜との、お考えが、
あられますのでしょうか…?

そうでなくても、【現在の生長の家】…お家騒動…
この三者の力(さくら様のおっしゃる“組織・真理・救済…”のバランス)
元々あったのでしょうか?いつから崩壊していきましたのでしょうか?

いろいろ【独り言…具体論】只今!考え込んでいます…。
                                 再合掌
PS:
  先ず!現状は信者(魂の向上を求める人々)この方々を集客を如何になす事が、
  出来るのか…?ここからが、始まる”モノ”と思います。

更に…追及していきま〜〜〜〜す。

1988役行者:2012/04/01(日) 05:17:02 ID:6Sl3qdi.

 八咫烏さま
  
 また、

 皆様

 改めて

 >もしも間違いと言われるならば、これは多少で済む 話ではないでしょう。
  私は、一連の実相哲学の展開として、理解している つもりです。
  しかし、ここは受け入れることができない人には どうしようもない部分かも知れませんね<



 その“ここ“とはたぶん、さくら様が触れられ、春さんがふくらまして下さっている部分も含まれているかと存じます。
 言葉の差異でなく、一第目、二第目、三第目と受け継がれてゆくなか、“違い“について語るのなら、天皇のことと、戦争、特に大東亜戦争のことにほぼ集約されることと存じます。

 教団が如何に示すかにより、信徒の信仰のあり方の基盤を揺るがす大きな課題と存じます。
 もちろん持論はありますが、ここは、そう簡単に結論つけるべきではないと存じます。
 大いに、語り合うべきであると存じております。

        合掌 再拝

1989rei:2012/04/01(日) 07:40:34 ID:bo95azFI
ごめんなさい、
よく読んだら皆様ちゃんと答えておられますね。

志恩さま
ありがとうございます。
私はけっこう真面目な信徒なんですね、、。
機関誌も普及誌もあまり読んでいないと思ってたけど
ちゃんと読んでたみたいです。
知らず知らず今の教えが自分の中に相当進行してると思います。
この掲示板をよんでると、
それをすごく感じます。

生長の家の大神ー総裁・副総裁ーみ教え
という菩薩は何を為すべきかの中の言葉を盛んに教えられました。
これは、現総裁に神意が降りるという意味ではないのですか?

1990志恩:2012/04/01(日) 08:17:50 ID:.QY5jUA6
reiさま

「生長の家大神ー総裁・副総裁ーみ教え」については、宇治の大道場にそのを大書した幕があるそうですが、
本流のほうに、「靖国見真会」参加者様が、それについて、書かれてますので、
それを貼付します。

果たして、貼るのに,成功するかどうか、わかりませんが。

 http://bbs2.sekkaku.net/bbs/?id=sengen&amp;mode=res&amp;log=1450

1991志恩:2012/04/01(日) 08:20:00 ID:.QY5jUA6
貼れてましたね。よかったです。

reiさま、また、いらしてくださいませね。

1992ももんが:2012/04/01(日) 10:31:02 ID:XXCuaQns
神の子皆様、おはようございます。本日は、素晴らしい、御天気ですね。元気に、明るく、健やかに、お過ごしください。ありがとうございます。合掌、拝。

本日は、聖母マリア様の、お歌を聴いて、慈悲の御心に、平安を求めて下さい。

>>http://m.youtube.com/watch?guid=ON&amp;gl=JP&amp;hl=ja&amp;client=mv-google&amp;v=G7Dd8CKsaxk<<


私には、聖母マリア様=観世音菩薩であり、けして、天使ミカエルないのです。ミカエルは、マリア様に、イエス(真理)を受胎を、しらせた、下部に過ぎないのです。

慈母の心は、地球の心が、奏でる、”音“であると、こう、感じています。

では、では、皆様、本日も、素晴らしい、太陽の下に、素晴らしい日をお過ごしください。ありがとうございます。合掌、拝。

1993八咫烏:2012/04/01(日) 15:41:26 ID:XUCnAhzY
松浦光修先生の講演記録の一部を添付します。
http://matsumitsu.exblog.jp/6991032/

  守るべきものとは、国体

 なぜ私がこの問題に最大級の危機感を持っているのか、お話します。私はいつも学生諸君にも「天皇は日本の命である、皇統が絶える時、日本は死ぬのだ。万一そうなったら、その日に日本の歴史は終るんだ。地球上に日本という国は消えるんだ」と言っているんです。神話も文学も神道も武士道も、すべて日本文化は天皇に直結しています。直結して生きています。近代以前の歴史も、近代以降の歴史も、大東亜戦争も靖国神社も、すべて天皇に直結しています。皇統が絶えれば何もかも消えます。何もかもなくなります。

 日本で守るべきものの優先順位をつけるとすれば何はさておいても皇統である。たとえば、人間の体でも守るべき優先順位があるはずです。誰かが襲ってきたら私たちは手で自分をカバーします。また頭や心臓をカバーします。手を守るために頭を差し出すような人はいません。足を守るために心臓を差し出す人もいません。優先順位があるわけですね。たとえ手や足が傷ついたところで、それでその人の命が絶えるわけではない。しかし、頭や心臓をやられたら、手や足が無傷でも人の命はなくなるのです。

 今、日本はたいへんな危機を迎えております。むろん、できればどこも傷つけることなく生きていければ、それにこしたことはないのですが、万一の時はどうするのか。何かを犠牲にしてでも皇統を守らなければならない、そういうこともあるのではないのか。たとえ景気が回復しても、憲法が改正されても、何がどうなっても、皇統が絶えればすべては無意味です。昔の人はその大切な日本の国がらを「国体」と呼んだわけです。

 人は富を得ようが名誉を得ようが、命を失えば意味がない。それと同じことで、すべての政策がうまくいっても、日本の国体が護持されていなければ意味がない。なぜ天皇がなければ日本がないのか。簡単なたとえ話をいたしましょう。

1994八咫烏:2012/04/01(日) 15:42:32 ID:XUCnAhzY
松浦光修先生の講話のつづき

日本の古語では、命のことを「玉の緒」と言います。玉とは宝石のことです。勾玉の玉です。そしてもう一つ意味があります。魂、霊魂も意味するのです。この言葉に古代の日本人の並々ならぬ智慧がこめられています。言わば日本にとって天皇とは、宝石を貫く一筋の糸のような存在なのです。

 二千年の歴史を通じてみれば、日本史の各時代はそれぞれに美しい宝石にたとえられるでしょう。そして、その宝石を貫くのが天皇です。奈良時代の純朴さ、平安時代の雅、鎌倉時代の武士道、それらの過去のすべてを私たちは当たり前のように今、私たちの先祖のものだと言ってますが、少し冷静に考えてみてください。

 たとえば、タイムマシンに乗って、今この場所を動かずいきなり平安時代に遡ったとします。するとどうですか。まず言葉が通じません。今の日本語と平安時代の日本語では、発音から何から、かなり違います。現代人には英語よりわからないかもしれません。そして政治制度も社会制度も、着る物も食べる物も、住宅環境も、要するに何もかも違います。「同じ日本人です」と平安時代の人に言っても「変な服着ているな。おまえなんか知らない。見たことない。おまえは外国人だ」と言われるでしょう。

 そもそも「同じ日本人」という根拠は何ですか。平安時代と現代をつなぐ“縦糸”はどこにあるのかということですね。「同じ日本人」という根拠は、考えてみると、案外ないんですね。そして結局のところその根拠は、「天皇を戴いている国の民である」という一点に絞られるわけです。それだけが、日本が日本である証なんですね。

 すべての人は、生まれ、成長し、やがて老いていく。赤ん坊の頃の私の写真を見た人と、今の私の姿を見た人では、同じ人とは思わないでしょう。しかし同一人物です。そこにはひとつの命があり、人格がつながっています。姿が変わろうと、人の命は一つづき。それと同じことで、何が変わろうと国の命も一つづき。その日本の命、それが天皇です。

 三重県の名産のひとつに真珠があります。美しい真珠のネックレスには、たくさんの真珠が使われていますが、貫く糸は一本です。その糸が切れれば、どれだけ真珠があろうと、散り散りばらばらになります。もはやネックレスにはなりません。それと同じことで、どれだけ過去に、世界に誇る優れた文化や歴史があろうと、皇統が絶えれば日本は散り散りになり、ばらばらになる。

 思えば「玉の緒」という言葉に、宝石を貫くものという意味と、魂を体につないでおくもの、つまり命と、その二つの意味を持たせた古代の日本人は、なんと智慧深い人たちであったことかと思います。

 しかし、今の日本ではその大切なことがまるで教えられていない。それどころか軽蔑や憎悪の対象として教える教師たちがいる。そんなに日本が嫌いなら日本から出て行けばいいんです。あの人たちは、なんで日本の税金を使って日本の教壇に立っているんでしょう。厭なら日本から出て行けばいいのに、誰も止めはしないのに、と不思議に思います。日本に居つづけて文句ばっかり言っている。日本の税金をもらいながら、日本に文句ばっかり言っている。そういう教師たちがなんで日本の教員資格を与えられているのでしょうか。わたしには不思議でなりません。

1995八咫烏:2012/04/01(日) 15:52:58 ID:XUCnAhzY
松浦光修先生の講話
http://matsumitsu.exblog.jp/7039964/

 日本に生を受けた者の義務とは

 ともあれ私たちは、日本を日本たらしめているものが何か、普段からそういう認識を確立していないといけません。そうでなければ、いざという時、私たちはただうろたえるばかりで、手を守るために頭を差し出したり、足を守るために心臓を差し出したり、そういう愚かな真似をしてしまうでしょう。

 そう考える時、新聞に名前こそ出ませんでしたが今年、まさに我が命をさらして陛下をお守りした人がいた、そのことを覚えておいででしょうか。今年七月四日、陛下が北海道に行幸された時、富良野市の国道三十八号線で、いわゆる「ソフト警備」の隙に乗じて陛下のお車に車が突入するという驚愕すべき事件が起こりました。そういう事件は、日本史上初めてであります。この事件のことを翌日の『産経新聞』はこう伝えています。

 「調べでは、現場は中央分離帯のない片側一車線で、対向車線を走っていた古泉容疑者の車は、車列とすれちがった直後にUターンし、対向車線を逆行する形で車列に追いつき、その後しばらく併走。警護のため車列に加わっていた道警の白バイが制止したが、両陛下の車に横から接近し、阻止しようとした皇宮警察の白バイのうち一台と衝突。白バイは車に倒れかかるように接触した。車列は現場に約三分停止した。・・・前部が破損したが、両陛下におけがはなく、予備の車に乗り換え、予定通り視察を続けられた。」(『産経新聞』平成十五年七月五日)

 その日のテレビニュースで破損した両陛下のお車が映されていて、私はゾッとしました。それでも両陛下はご自分たちのことより「警察官にけがはなかったか」と、そのことをご心配であったそうです。

 その容疑者のような“異常な国民”が現われはじめたこと、そのこと自体、同じ国民として申し訳ない思いでいっぱいです。そして、ご自分たちのことより、警察官のことを気遣ってくださるという、まさにご歴代の天皇と変わらぬご聖徳に、私などはただ感激するほかありませんでした。

1996八咫烏:2012/04/01(日) 15:53:48 ID:XUCnAhzY
松浦光修先生の講話、上の続き

この時、皇宮警察の白バイの警察官は、両陛下のお車と、そのお車に突入しようとする車との間に割って入り、まさに身を挺して両陛下をお守りしました。その白バイの皇宮警察官の名前は出ていませんが、ただ一人で両陛下をお守りしたわけです。それのみでなく、その警察官は、二千年来の日本の命も守った人である、と讃えて結構だと思いますが、なぜか警察官や自衛官のことを、日本のマスコミは讃えないですね。

 私たちも、たとえ身は民間にあるものであっても心はこの皇宮警察官のようでなければならない、それが日本に生を受けた者の義務だと思います。まるで自分の父母を思うように、古くから日本人は天皇を慕ってまいりました。目の前で父母を傷つけようとする悪人がいれば、普通の日本人なら体を張って父母を守ろうとするでしょう。天皇に対しても同様です。その思いは、その行動パターンは、日本人の心の遺伝子にしっかりと組み込まれています。

 先の警察官は、目の前の危機に直面して、思わず身を挺して、自分の命も顧みずに両陛下をお守りしたわけでしょう。この「思わず」というところがたいへん大事なんです。非常事態に直面すると、まともな日本人なら、天皇を我が父母と同様に思う“心の遺伝子”が発動いたします。そのような、まともな日本人のおかげで、つまり先人たちの努力のおかげで、今日の日本はあるわけです。

 三井甲之の有名な和歌を一首あげておきます。ご存知の方も多いと思いますが、その白バイの警察官のことも思いながら、あらためて味わってみたいと思います。

 「ますらをの かなしきいのち つみかさね つみかさねまもる やまとしまねを」

 「海ゆかば山ゆかば・・・」の遠い古代から、近くは大東亜戦争に至るまで、我が国の先人たちは、我が身を盾として、父母を守る子供のように、国の命である天皇を守るため、国難に殉じ、若い命を散らしてまいりました。そして今も、先の警察官のように身を挺して両陛下をお守りしている人もいます。問題は、それでは私たちは何をしているのか、ということです。

 「私は警察官じゃないから」とか、そういう問題ではありません。この事件のような両陛下に対する直接的攻撃も今後心配されます。今は卑劣なテロが続発する危険な情勢です。ですから、私は皇族方は東京に一極集中してお住まいになるのは危険である、と考えております。各地の離宮に厳重な警備を敷いてなるべく一ヵ所にかたまらずにお住まいになった方がよいのではないか。大東亜戦争の時など、今上陛下は疎開されておられましたが、そういうことも、もう考える時が来ている。
 
 一方、そういう直接的な攻撃ではなく、間接的な攻撃なら、もう枚挙にいとまがない。この半世紀、皇室に対する間接的な攻撃が絶え間なく行われてきたことはご存知の通りです。政界、官界、学会、言論界、教育界、その中に、さまざまな手段を使って両陛下を脅かす人々がいます。国旗、国歌を冒涜し、「天皇は差別の根源」などと理屈の通らないことを言う人たちがたくさんいるわけです。

 戦後は「お母さん、天皇って何?」と子供が聞くと「私たちの税金で食ってる人だよ」なんてことしか教えない母親が多かった。それが普通になってしまった。自然と皇室に対する軽蔑や憎悪が生じる。やがてそれが行動につながっていったのがあの「全共闘世代」の人々でしょう。しかし今でも、そういうたぐいの人たちが私たちの目の前で跳梁跋扈しているではありませんか。それでは、私たちはどうしたらいいのか。見てみぬふりをしていていいんでしょうか。もしそうだったら、それはまるで両陛下のお車に突っ込もうとしている犯人を目の前で見ていながら、見て見ぬふりをする卑怯者のようなものではないか。

 「おい、何言ってるんだ、おまえら」と、せめて一言、正々堂々と面と向かって、そういう人たちに言い返すべきではないか。勝てるとか負けるとかそんなことを考える必要はない。「思わず」そう言ってしまう、「思わず」そう叫んでしまう、それがまともな日本人だろうと思うんです。そんな連中に、まともな日本人なら一矢報いたいと思うはずです。そして、皇室おご恩に報いたい、と思うはずです。あたかも大逆を働こうとした犯人に「思わず」白バイで体当たりした、あの皇宮警察官のように・・・。

1997ももんが:2012/04/01(日) 17:19:10 ID:XXCuaQns
>>1909
復興G様

復興G様、先日のお言葉、ありがとうございます。感謝、合掌、拝。

先日の、御文章をいただきまして、復興G様が、”挨拶“していただけないことに、事に、大変ビックリいたしました。

>>かなり的はずれなお返事、ありがとうございます。
<<

最初の、この、この御言葉を読んで、復興G様は、”“内心”私の言う事に、“賛同”理解していただいと思いました。

あと、“認めたくない心”、“自我”が邪魔されてるのかと、感じしまいました。


『>それから、復興G様、大変恐縮なのですが、復興G様は?『言葉』は『人間の言葉』『話言葉』と理解していられるようで、大変残念です。<

>>そんなことはありません。それはあなたの誤解ですよ<<』


そうですか?『誤解』ですか?環境は、宗教と関係ないとおしゃる?なら、道元禅師は『水』を大切にする事を言われてます。弘法大師も『植林』をされました。
これは、『地球』の声を、“心”で聴くことが、出来るから、自然に言葉になるのです。

確かに。

>>その通りです。<<

と、復興G様は、御答え下さいましたが、実際は、“人の言葉”、“雅春先生の言葉”の追従に成ってるだけで、“自己の内側から聴こえた神の声”では、無いと、生意気ですが、拝察しました。


>>では、ももんが様、その“生長の家誌第一号”の、もっと前の方に書かれている、いわゆる“発進宣言”といわれているお言葉については、どう思われますか?

 「自分はいま生長の火をかざして人類の前に起つ。起たざるを得なくなつたのである。友よ助けよ。同志よ吾れに投ぜよ。人類は今危機に頻してゐる。生活苦が色々の形で押し寄せて人類は将に波にさらはれて覆没しやうとしてゐる小舟の如き観はないか。自分は幾度も躊躇した。起つことを躊躇した。自分は中心者として増上慢のそしりを受けることを恐れてゐたのだつた。一求道者としていつまでも謙遜でゐたかつた。併し今は謙遜でありたいと云ふことが自分にとつては安易を貪る一つの誘惑と感じられる。自分はこの誘惑に打ち克って人類を救はねばならない。自分の有つてゐる限りの火で人類を救はねばならない。……」

 というお言葉です。
 これは、日時計主義に反するお言葉ですか。最初から、日時計主義に反することを言いながら、一方で日時計主義を提唱されているのでしょうか。
 これは、「実相と現象」についてのお悟りと使命感から出たお言葉であると、私は拝誦しています。<<

”いいえ“この御文章、全体の雰囲気から、”日時計主義“が溢れているているているではありませんか。
”感じ“取れませんか?
幸福感が、”使命感は気にしない方がいいですよ。

”心の灯火“て番組で、ヤット神父が、言っていた。
『暗いと不平を言うよりも、すすんで、あかりをつけましょう。』

此れと、同じ内容の、雅春先生の御言葉と思いますよ。

”聖書“を引用なされたのでしょね。わかりませんが、日時計主義だと、私は思いますよ。


〜つづく

1998ももんが:2012/04/01(日) 17:30:05 ID:XXCuaQns
>>1909
復興G様〜つづく②




>> とおっしゃったことに対して、私は「この世界は言葉によって創られて行く世界ですから、積極的に言葉の力を駆使するのが生長の家の生き方なのではございませんか」と申しあげました。その「言葉の力」とは、むろん、行いも含みます。
 桜の例で言えば、桜の花は既に神さまの心で創造されていて、自然に咲きますけれども、太平洋と日本海を桜のトンネルで結ぶことも、バスの車掌だった一人の男の使命感と行動によって実現しました。ポトマックの桜もそうです。神の国に既にある理念を現象界に展開するには、人間が使命感をもって口でも言い、行動することが、人に与えられた役割なのではないでしょうか。<<


”与えらた使命“、それが、自然に発揮されるですよ。仏教では”因果必然“というんですがね。上のお話も、そうなる、因果にあっただけ、なすべき事は、確かに見方によって、使命だが、それは、その人に生まれながらに、為すべき事がらであっただけです。

言葉が、展開するから、その人に生まれながらに備わった、使命が展開するわけですよね。
私は、そのように、理解しております。



>><「宗教・哲学等の価値観の異なる文化圏が接触した場合は、互ひに反撥して対立するか、一方が他方を征服して抹殺してしまうかの何れかである、従って文化を輸入することは出来ない」といった一般原則があります。この原則は古今東西の歴史が証明するところですが、この一般原則に当てはまらないのが日本の国であり日本の文化であります。
 近代の宗教一つを取上げて見ましても、仏教やキリスト教が「日本の生命」に触れた時その本来の姿を現わして「生長の家」という国家的に世界的に完成される宗教に変貌致します。
 要するに「霊(ひ)の本」から発して世界の各地で個別に華開いた思想や文化が、お里帰りをすると新しい生命に生まれ変るのであります。>
 (『理想世界』昭和51年11月号、木間敬氏)<<



復興G様、他人の言葉でなく、御自身の言葉を、賜りたいです。

私は、この方の見方と、見解を異なります。

>>「宗教・哲学等の価値観の異なる文化圏が接触した場合は、互ひに反撥して対立するか、一方が他方を征服して抹殺してしまうかの何れかである、従って文化を輸入することは出来ない」といった一般原則があります。この原則は古今東西の歴史が証明するところですが、この一般原則に当てはまらないのが日本の国であり日本の文化であります。<<

とありますが?征服した民族が、けして、優位になれたわけではなく、文化や言葉も同化して行く事も、あったわけだから、一概に言えないと思います。


>> それはもちろんですが、ここは生長の家について語っている場であるのに、ももんがさんはなぜわざわざ生長の家を他の教えと同列に並べておとしめるようなことをおっしゃるのか、理解に苦しみます。生長の家は、なくてもよかったのですか?<<

“仏祖の往昔は我らなり、我らが到来は仏祖ならん”

“生長の家の教えも、他宗の教えも、我においては、一体である。”そう、私の心の中では、一つなんですよ。

なんの、差別が、ありますか?

差別が、あり拘りがあるのは、復興G様の御言葉と、心の中の既成概念、だけですよ。

復興G様が、このように、思い、感じるのは、既成概念(拘る心)

<<、ももんがさんはなぜわざわざ生長の家を他の教えと同列に並べておとしめるようなことをおっしゃるのか、理解に苦しみます。>>

そう、復興G様の心の内にある一つの拘りの心だと、私は、思います。

私は、神様のお話をしてるだけで、生長の家(地上の)とか、キリスト教とか、仏教とか、余り拘りは、ありません。

復興G様は、本当は、私の考え方に賛同していられるのだなと感じます。

文章全体から、それを、感じでます。

良いのですよ、すぐに、完全賛同でなくとも、真な、ありがたく、思います。

それでは、長々と、失礼な御言葉もあり、すいませんでした。真ありがとうございます。感謝、合掌、拝。

1999SAKURA:2012/04/01(日) 18:17:05 ID:I4aQXl92
トキ様 へ
観覧者の皆様 へ

【SAKURA の 独り言】
勉強不足…でしょうか?自覚しております〜〜〜が ><

私自身、この【ホメロスの輪…】に関しまして、
かなり前から“3月上旬位”からでしょうか…「さくら様」が、一つの定義を、
出されましたが…【組織・真理・救済…】この事が…
【ホメロスの輪…つまり“3連のリング”…値するような事を示して下さいました…。
ならば…この事がどの様に関連して…この「3者…互角」なのでしょうか…?

勉強不足の私ですので…其の“具体的な考え”をお願いできればと思いまして、
今回…皆様と一緒に「さくら様」に御回答を頂けますととの思いから…
投稿させて頂いた次第です。
今回…再度私の【ホメロスの輪…】に関しての“考え…入門”と思いますが?
投稿させて頂きます…。

尚…「さくら様」からの「返事の言葉…」投稿させて頂きますが…(下記の文)
果たて、【ホメロス3連リング…】つまり【真理・救済…】この部分はどの様に
【組織…】との関連が…具体的な一例を頂けますと思いましたが…??

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
■生長の家政治連合と「今の教え」を考える
888 >さくら 投稿言葉…          (抜粋させて頂きました。)
SAKURAさま

具体案っていうのは、
実際ある機能を使えば   活動では、単青や、地区の活動が、
自由に機能する、そういうことなんですが…。
組織の内部の意識を大きく変えないと、
状況は、変わらないでしょうと、思います、。<    (抜粋させて頂きました。)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
   <つづく>

2000SAKURA:2012/04/01(日) 18:20:04 ID:I4aQXl92
           
             <つづく>

■【ホメロスの輪…】ウフ〜〜〜ン!!

そうです〜〜ネ!ふと?【リング…三つのリング連結??】
連想して…例えば…??【男・女・子供】
つまり、具体的には【男性・女性が一体となり、子供が生まれる…!】
【一つの“絆”で〜〜〜ショ】
これが【ホメロスの輪…】に、たとえて行きますと…

以前【さくら様】が…
〜〜〜♫【カルチェ〜〜〜来い〜〜〜♫】と、書いていらっしゃいましたが…
私は当時【カルチェのバック…】とばかり、連想していましたが?
ここ数日前から【カルチェのリング】を思い出したのです。
この【3連にかさなった“リング”…ゴ−ルド・シルバ−・くすんだゴ−ルド】が
【3連…】重なっています…。不思議な気分です…はずす事は、難しい? ><

私も“20歳の頃”当時【青山ヴァンド−ム…】で、一見風を買いましたが…?ウフフ
当時は“30%引きで購入”…勿論“偽物”ですが〜〜><
当時の私にとりましては、高価なものでしたが…?
今は“ネット販売”・“通販”で安くて??万ぐらいでしょうが……?

ふと!今の“私の手”…もう〜〜〜“料理”をする様になりますと…
どう見ましても「無用の産物」当に!手にとっても、似合わない様ですが… ><
この【3連のリング】を連想しましたら、先ず!「一本のひもから」始まる…
或る方が云いまして【一本の紐???】
話は脱線しますが……そういえば?
日本でも「道ゆきコ−ト」etcとか?「子供の着物」に飾り紐結び…
がありますョ〜〜〜ネ!これは【一本の紐】での展開が始まりますが…
実際!作りますと難しいのです〜〜〜〜〜ョネ!

■この事を踏まえまして、更に“連想”しながら〜〜〜♫
【家族……男性・女性が一体そして子供】これを互角に関連しますと“リング”に
なります〜〜〜ョネ!
更に!【祖父・祖母とか関連していくうちに、一つの輪】が増えて行くのでしょう。
そうしますと「さくら様」のおっしゃいます事は…
勉強不足な私?【具体論…】が見えないのです…。

■【組織・真理・救済…】
この事が【ホメロスの輪…】でしたら、この三者がどの様に
「互角」なのでしょうか?仮に今…そうでない場合…ではどの様にして、
「互角」に持って行かれますのでしょうか?

余りにも…【抽象論…】の様に思えますし、この事が「生長の家」の場合、
どの様なる【具体論…】或いは将来この様に〜〜♫〜〜との、お考えが、
あられますのでしょうか…?

そうでなくても、【現在の生長の家】…お家騒動…
この三者の力(さくら様のおっしゃる“組織・真理・救済…”のバランス)
元々あったのでしょうか?いつから崩壊していきましたのでしょうか?

いろいろ【独り言…具体論】只今!考え込んでいます…。
                                 再合掌
PS:
  先ず!現状は信者(魂の向上を求める人々)この方々を集客を如何になす事が、
  出来るのか…?ここからが、始まる”モノ”と思います。


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