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「今の教え」と「本流復活」を考える・信仰/体験板
1997
:
ももんが
:2012/04/01(日) 17:19:10 ID:XXCuaQns
>>1909
復興G様
復興G様、先日のお言葉、ありがとうございます。感謝、合掌、拝。
先日の、御文章をいただきまして、復興G様が、”挨拶“していただけないことに、事に、大変ビックリいたしました。
>>かなり的はずれなお返事、ありがとうございます。
<<
最初の、この、この御言葉を読んで、復興G様は、”“内心”私の言う事に、“賛同”理解していただいと思いました。
あと、“認めたくない心”、“自我”が邪魔されてるのかと、感じしまいました。
『>それから、復興G様、大変恐縮なのですが、復興G様は?『言葉』は『人間の言葉』『話言葉』と理解していられるようで、大変残念です。<
>>そんなことはありません。それはあなたの誤解ですよ<<』
そうですか?『誤解』ですか?環境は、宗教と関係ないとおしゃる?なら、道元禅師は『水』を大切にする事を言われてます。弘法大師も『植林』をされました。
これは、『地球』の声を、“心”で聴くことが、出来るから、自然に言葉になるのです。
確かに。
>>その通りです。<<
と、復興G様は、御答え下さいましたが、実際は、“人の言葉”、“雅春先生の言葉”の追従に成ってるだけで、“自己の内側から聴こえた神の声”では、無いと、生意気ですが、拝察しました。
>>では、ももんが様、その“生長の家誌第一号”の、もっと前の方に書かれている、いわゆる“発進宣言”といわれているお言葉については、どう思われますか?
「自分はいま生長の火をかざして人類の前に起つ。起たざるを得なくなつたのである。友よ助けよ。同志よ吾れに投ぜよ。人類は今危機に頻してゐる。生活苦が色々の形で押し寄せて人類は将に波にさらはれて覆没しやうとしてゐる小舟の如き観はないか。自分は幾度も躊躇した。起つことを躊躇した。自分は中心者として増上慢のそしりを受けることを恐れてゐたのだつた。一求道者としていつまでも謙遜でゐたかつた。併し今は謙遜でありたいと云ふことが自分にとつては安易を貪る一つの誘惑と感じられる。自分はこの誘惑に打ち克って人類を救はねばならない。自分の有つてゐる限りの火で人類を救はねばならない。……」
というお言葉です。
これは、日時計主義に反するお言葉ですか。最初から、日時計主義に反することを言いながら、一方で日時計主義を提唱されているのでしょうか。
これは、「実相と現象」についてのお悟りと使命感から出たお言葉であると、私は拝誦しています。<<
”いいえ“この御文章、全体の雰囲気から、”日時計主義“が溢れているているているではありませんか。
”感じ“取れませんか?
幸福感が、”使命感は気にしない方がいいですよ。
”心の灯火“て番組で、ヤット神父が、言っていた。
『暗いと不平を言うよりも、すすんで、あかりをつけましょう。』
此れと、同じ内容の、雅春先生の御言葉と思いますよ。
”聖書“を引用なされたのでしょね。わかりませんが、日時計主義だと、私は思いますよ。
〜つづく
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