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「今の教え」と「本流復活」を考える・信仰/体験板

1948さくら:2012/03/30(金) 15:35:50 ID:tPVxKQcE
>信仰者個人にとっては、組織は信仰というものに付随する
救済や個人の悟りの深化とかそうしたものの達成のためにあるのであって、
組織がそうした個人の欲求とずれてくると、個人にとって、組織は意味がなくなります。

>信仰者にとっては、トップヘの忠誠心は、実は神への忠誠心の代理であり、
信仰者はトップが神の委託に答えていないとみなすと、求心力はなくなるでしょう。
個人としては、そういう組織を改善しようとするか、個人の信仰の質を変えるかしかないと思います。
それによって、求心力と遠心力のバランスは保たれると考えます。
それができない信仰者は、外に出ていくと考えられます。



組織は、信仰というものに付随する救済、個人の悟りの深化などの目的がある、ということでしょうか。その目的がかなえられない組織は不要と言うことでしょうか。

では、実際活動において、この為になにをするか、それが問題です、
それがいつも問題になっていると思います。
政治活動か、環境問題か・・そのトップの方針が神意なのか、個人が判断し、求心力がないと分かれば、出ていく、ということでしょうか。
宗教における組織活動において、これを目的とおくことに、わたしには疑問があります。

生長の家の神意を上げてくださいました。

人間の実相顕現
天皇の実相顕現
日本国の実相顕現

これは、私には、信仰であり、祈りであると、認識しております。

もし、これが神意として、組織がその神意を実現する目的をもって活動をするところならば、
実際活動においては、組織は何をするところで何を実際に実現するところなのでしょうか、
なにを実現させれば、神意が適った、ということになりますでしょうか、そのような疑問が湧いてきてしまうのです。


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