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「今の教え」と「本流復活」を考える・信仰/体験板

1898役行者:2012/03/28(水) 20:52:11 ID:xxNMXb8o

 >>1881

  初心者さま


 >ずいぶん以前より、外部の識者から、雅春先生があまりにも多くの扇情的な
言葉を用いておられることへの警告がなされていたとおもいます。いずれ
弊害があらわれる。これは十分に予想されたことでありました。<


 初心者様のように、すでに教団から離れた方の場合、物申すことにやぶさかでも
ないかもしれませんが、私の場合、教団に属して居るものですから、斯様なことがあったと知っていても、創始者 雅春先生のことを、とやかくいうのはつい遠慮がちになってしまいます(^_^;)


 >矯正が必要と考える人があらわれたとしても、それは無理からぬことと考えます。
「脱構築」はそのためのひとつのプロセスであるのかもしれません。<


 現総裁先生がその矯正をされているのでしょうが、


>現在起きている問題の根底には、雅春先生があまりにも多くの扇情的な言葉をお使いになりすぎたということがあると、わたくしはこのように考えています。
 総裁先生に問題があるとすれば、それはこうした問題の反動形成ではないかとわたくしは理解しております。<


 この、こうした問題の反動形成!これなんですが、いま、反動により現在の状
況がつくりだされた、と思うのです。
 となると、中道に戻すことが必要かと存じます。それが和解かと存じる次第です。


>脱構築とは何か、を自分なりの理解でいえば、「主体は言葉の効果なのでは
ないか」と疑ってみることだろうとおもいます。「言葉の力を使っているのでは
なく、使われているのではないか」と、このように疑ってみることだろうと
おもいます。<


 今までの既成概念を離れて、改めて組み立て直すのが、脱構築かと・・・
 コトバの力を駆使するのが本来の生長の家であるはずですよね。
 その生長の家の方が、言葉に使われている・・・これは衝撃的なことです。
 まあ、もちろん、生長の家の方ばかりではないでしょうが・・・
 権威ある方が扇情的に言葉を発せられると、大変、危険です。
 その団体そのものが、暴走することがあるからです。
 そのような体質を改善することは、喫緊の課題かと存じます。
 

 >脱構築は各個人の問題ですね。誰かが代行しておこなえる問題ではないはず
です。総裁先生は、各人による脱構築の必要性を訴えておられると、わたくし
はこのようにも理解しております。<


 しかと受け止めました。それにしても、宗教団体における信仰とは!について、深い考察による定義が必要になってくると思われるのです。
 盲信でならず、疑心でならず、己を軸として、モノの本質見分ける。
 一人一人が天の御中の心をもって洞察し、中道を生きる。
 抽象的なのですが、コトバによって導かれ、偽物の言葉を見極める、このことが大切なときかと存じます。

       感謝 合掌


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