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「今の教え」と「本流復活」を考える・信仰/体験板
1964
:
役行者
:2012/03/31(土) 08:03:27 ID:FbQZeP7k
八咫烏さま
乙姫さまとは・・・イヤイヤ(^_^;)
・・・どうも、ありがとうございます(゚∀゚ゞ)
さて、
> 谷口雅春先生は、言葉の力をよく知っておられ、言 葉を大切になさり 、また言葉を慎重に使われるような、非常に細かい神 経を使われる方だと思います。
人を鼓舞するために力強い言葉を使われることはあ るでしょうが、それはその人の 実相を引き出そうとして使われるのであり、扇動す るために使われるのではありません。
細やかな心遣いをなさる雅春先生が、単なる偏狭な 愛国心からのみ 天皇一元論を唱えられるはずはないのです。
また誤解を生むかも知れないとわかっているのに 敢て言われるわけがないのです 。
それは雅春先生の悟られた真理に基づくものだか ら、発表されたのです。
これを、未だ悟りを深めたともいえない段階の人間 が、軽率に判断して「 ここは間違いだ」とするのは、傲慢も甚だしい勘違いだと思います。<
生長の家の信徒として当然のお言葉です。
雅春先生と云えども、それは多少、間違えはあっと思います。
それをことさらに攻めだてるのは如何なものかと、と私も思います。
イエスは云われました、人を裁くなられ、自分が裁かれるからである、とまた、売春の罪を犯した女性に石を投げようとされている人々に、あなた達は罪を犯したことがないのですか!と、イエスは、彼らの贖罪を耳元で囁くのです、一人二人とその場から去って行かれました。意訳です。
ある意味、人生とはことの大小問わず、赦しの連続では、と思う今日このごろです。
それと言葉の暴走とはちがう話で、鎮魂は大切な行事と思います。
ですから、真言宗は、鎮護国家の御修法を、現代に至るまで欠かさずに行事ているのです。
合 掌
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