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ジョジョ×東方ロワイアル 第八部

1 ◆YF//rpC0lk:2017/12/27(水) 20:28:42 ID:gcTLuMsI0
【このロワについて】
このロワは『ジョジョの奇妙な冒険』及び『東方project』のキャラクターによるバトロワリレー小説企画です。
皆様の参加をお待ちしております。
なお、小説の性質上、あなたの好きなキャラクターが惨たらしい目に遭う可能性が存在します。
また、本企画は荒木飛呂彦先生並びに上海アリス幻楽団様とは一切関係ありません。

過去スレ
第一部
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/12648/1368853397/
第二部
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/12648/1379761536/
第三部
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/12648/1389592550/
第四部
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/12648/1399696166/
第五部
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/12648/1409757339/
第六部
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/12648/1432988807/
第七部
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/12648/1472817505/

まとめサイト
ttp://www55.atwiki.jp/jojotoho_row/

したらば
ttp://jbbs.shitaraba.net/otaku/16334/

448黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 00:45:03 ID:dCSol15U0


「なるほど。つまりそれが、君の『答え』という訳だね。秋静葉」
「…………は、……い……、」


 誰にも理解出来なくていい。
 静葉の中でのみ、この儀式には絶対的な意味があるのだから。

 少女の腕の中で、白蓮を殺した『武器』がにゃあと鳴いた。
 この奇妙な生物に、『奪う』という行為の意味は理解出来なくていい。
 静葉の中でのみ、殺しを遂げた事実が渦巻いていれば良いのだから。

 理解出来なくていい。理解出来なくていい。理解出来なくていい。
 誰も私を理解出来なくていいし、する必要なんかない。
 私は『必要』だから殺した。誰だって良かった。
 他者の骸を足元に積み上げる、それ自体に意味があるのだから。
 私は今、泣いているのだろうか?
 どうしてなのかな。もう、『四人目』だというのに。
 前の三人は平気だった……いや、一人目の時は、同じように泣いていたと思う。
 あの時と同じだ。初めて明確な意思で、誰かを殺したあの時と。
 忘れてなんかいない。その時の『恐怖』は。
 ……いや、それも違う。
 『忘れよう』としていた。その時の恐怖を。
 感情を忘れて、ひたすらに目的だけを見据えていた。
 DIOに会って、その行為が『逃げ』だと気付かされた。
 そして、諭された。強引に思い出された。


 私は『弱い』のだと。
 そして、その自覚を忘れるなと。


「頭の中の『声』は、どうなったかね?」
「…………消えません。どころか、一つ増えました」


 だろうな、と。予想していた静葉の返答に、DIOは感慨無さげな反応で終えた。
 裏腹に、彼の心中では少女の『戦い』へと万雷の拍手を送っていた。単なる殺人鬼ならば嫌という程に見飽きた。今までの機械的な静葉であれば、その道へと進み抜け……半ばにして倒れていたろう。
 無論、今の『本来』の秋静葉であれば、更なる苦境が待ち構えている事はもはや確定事項だ。それを受け入れ、弱き己を認め、その上で逃げずして、再びこのDIOの前へと姿を見せた。

 己を誤魔化さずに、正面から受け止めた。
 何よりその勇気ある行動を称賛すべきだと、DIOは本当に嬉しく思う。

「君は神の身でありながら『聖女』を殺した。この先もっと辛い運命が、君を様々に悪辣な方法で試すだろう」
「…………理解、して、います」

 未だ息荒くするか弱き少女は、私の望むがままの答えを示してくれた。
 彼女には伸び代がある。ここに来てようやくスタートラインに立てたと言えた。
 これより先の荒野を駆けるのは、彼女の足だ。私はそのきっかけを与えたに過ぎん。

「鳥は飛び立つ時、向かい風に向かって飛ぶのだという。追い風を待っていてはチャンスなど掴めん。君は君自身が握る操縦桿で、空を翔ぶのだ」
「わたし、自身の…………」

 死ぬかもしれないという恐怖。
 害されるのは嫌だという拒絶。
 手を血で染める行為への忌避。
 今の秋静葉には、負の三拍子が揃っている。
 弱者には当然備わるべき気持ちを、誤魔化さず、捻じ曲げず。
 本来の秋静葉が持つ弱さ/強さだからこそ、私は傍に置きたいと真に思う。


「改めて───友達になろう。秋静葉」
「私なんかで……良ければ、是非とも……」


 優しく差し出された腕に、静葉は縋るようにして応えた。
 少女が男の前で涙を流すのと、腕を取るのは、共に二度目となる。一度目とは大きく異なる意味を擁したアーチは、『声』にうなされ続ける静葉の頭の中を熱く蕩けさせた。まるで麻薬だ。
 先程までとは別の意味で焦点が合わさらない少女の瞳目掛けて、腕を解いた男は新たに投げ掛ける。

「実はね、静葉。君に会わせてみたい人物が館の地下図書館に居る。彼は、君の境遇と少し似ているかもしれない男だ。興味があるならば……話してみても良いかもしれない」

 危険な生物、とは敢えて警告せずに伝えた。折角手駒に加えた良質な『仲間』が、早くも壊される可能性を危惧しつつも。
 しかし奴──サンタナは、静葉など問題にならない程に強力な人材。故になるべく懐に迎えたいが、手網を握るのは困難な暴れ馬に違いない。
 そこで、まずは静葉を遣わせ様子見だ。奴はどうやらこの自分に対し、ある種の嫌悪を抱いている様子なのは明らかだからだ。静葉が喰われた所でさほどのダメージとはならないが、奴を本格的に敵へと回すデメリットは静葉のロスを優に超える勘定と判断する。

「君とは……多少の『縁』もある筈だ。きっと有意義な時間を過ごせると思う」

 騙すような物言いとなったのは少々気が引けるが、物は言いようといった言葉もある。
 果たして静葉は、DIOの言葉を疑いもせずに歩み出した。その後ろ姿をしばらく眺めていると、途端に男はホル・ホースへ向き直り、先とは打って変わった禍々しさを添えた笑みを浮かべて喋くる。

449黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 00:45:58 ID:dCSol15U0
 仮面が、剥がされた。
 対峙するホル・ホースには眼前の吸血鬼がそう映り、慄く以外の全ての行動を丸め込むように封鎖された。
 警戒しているのか、DIOはプッチの遺体をこれ以上検分しようとしない。そんな必要など無いと言わんばかりに、男は次の台詞を吐き出した。


「さてホル・ホースよ。お前がとっとと撃たないから、獲物を横取りされてしまったようだな?」


 今やDIOは床の死体を一瞥もしない。代わりに見据えるのは、恐怖心を押し殺して打開を探るカウボーイの伏せた双眸だ。
 皇帝を具現させる暇すら与えてくれない。DIOはもう、決して隙など見せてくれない。


「お前が聖を撃たなかったのは……『迷い』が生じたゆえだ。だがそれは、お前の未熟には繋がらない。
 寧ろ、だ。───素晴らしい。最後の最後、お前の双眸は完全に恐怖を支配していた。殺意に塗れた、躊躇なく人を殺せる者の眼を完成させていた。背後に立つ私からでもよく分かる程に、ね」


 爪の垢を煎じて静葉に飲ませたいくらいだ。男はそう続かせ、ジョークでも零すみたいにクク……と肩を震わせ笑った。ゆらりと揺れた黄金の髪が、ホル・ホースには不吉な兆しにも見えた。
 ホル・ホースは浅はかな勘違いをしていた事に、ようやっと気付かされた。先の場面で静葉が横から割って入らなければ、蛮勇を振り翳したホル・ホースはきっと背後のDIOを攻撃し、あえなく返り討ちにされていたろう。静葉の行動が、結果的にホル・ホースを救ったのだと。

 ───そんな甘い夢みたいな、勘違いに。


「お前の実力に素晴らしい才能があるだけに───とても残念だ」


 静葉の横槍など、この男の前では関係無かった。
 あのとき死ぬか。これから死ぬか。違いなどそれだけで、自身の寿命がほんの僅かに延びたに過ぎない。
 ただ、それだけだ。結果は何も変わりはしなかった。


「残念だよホル・ホース。お前が最後に披露した本物の殺意を向ける相手が……『私』でなければ、きっと信頼出来る部下になれたろうに」


 変わりはしない。
 ホル・ホースが迎える死の結果は、変わりはしなかった。


「私の友を撃った愚挙は水に流してやろうと考えていたのに。君はその『信頼』を裏切った。



 本当に残念だが───お前はここで死ぬべきだ、ホル・ホース」



 長々と時間を掛けながら全身徐々に氷漬けにされていく悪寒がホル・ホースに取り憑く。指先をピクリとも動かせない一方で、歯だけはカチカチと警鐘のように喧しい音を鳴らし続けていた。皇帝で反撃しなければという、なけなしの戦意すら湧いてくれなかった。
 殺し殺されが蔓延る暗夜の世界で生きている以上、いつの日か無惨にくたばる未来が訪れることは承知しているつもりであった。死ぬなど絶対にお断りだと思ってはいるが、もし『その時』が訪れれば、それはそれで結構あっさりした気持ちを迎えながら死ぬのかもなあ……という漠然たる気持ちも何処かにあった。


 それでも。あぁ、そうだとしても。

 DIOのとある部下が、いつだか彼に語っていたあの言葉が……最後になって理解出来た。




  ───この人にだけは、殺されたくない───

450黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 00:47:58 ID:dCSol15U0










「見付けましたわ。レディを二人も部屋に置き残して消えた、薄情なスケコマシさん?」










 迫り来る絶対的な『死』に心を折られ、視界を暗黒に閉ざしたホル・ホースが闇の底で拾った声。それはこの場にそぐわぬ女性の佳音。
 ハッと意識が呼び戻された。地獄に堕ちる最中のホル・ホースが無我の中から掴んだ蜘蛛糸の先に、その女は立っていた。男との逢瀬を約束した時と場に降り立つと、相手が見知らぬ女性と手を交わしている。そんな場面を目撃してしまった女性が浮かべるような、お冠な面立ちで。

 〝彼女〟は、ホル・ホースに冷ややかな笑みを差し出していた。


「貴様……八雲紫ッ!」


 ホル・ホースが闖入者の女に意識をやるより早く。
 前方で自分へと睨みを利かしていたDIOが、一際大きな声を張り上げる。
 瞬間、ホル・ホースの真横に影が走った。その正体は人影ではなく、床に亀裂を入れる黒い線。亀裂はまるで意思を得た弾幕の如く縦横無尽に床を駆け抜け、一人の少女を終点にして口開いた。


「〜〜〜っ!?」


 宇佐見蓮子。
 黒い線は待機していた彼女の足元にまで辿り着き、人間一人を呑み込める程度の『スキマ』にまで成長して、その少女を闇の下へと突き落とし、また消えた。


「古来より人間共を恐怖させてきた謎の消失現象──『神隠し』の犯人が、この大妖怪・八雲紫だと。……DIO。貴方は御存知だったかしら?」
「チッ……!」


 蓮子が『攫われた』。不意の事態がもたらすこの結果に、DIOは苦い顔で舌を打った。
 彼女はDIOにとっての人質であり、それを懐から引き剥がされたとあっては敵の狙いは瞭然だ。


「───〝マエリベリー〟! ……後は、お願いします」

「───ええ。……任せて、〝紫さん〟」


 旧来の相棒であるかの様に、現れた二人の女性は互いに目配せする。
 八雲紫と、マエリベリー・ハーン。
 いつの間にか『夢』から帰還していた彼女らは、再びDIOの前に姿を見せた。
 別れを惜しむ間もなく、二人はすぐに別離する事となる。

 一人は、邪悪の化身を足止めする為に。
 一人は、変貌した親友を取り戻す為に。

 DIOの前に立ちはだかった八雲紫が右手を上げると、後ろに控えていたメリーの足元には再びスキマが現れた。


「させんッ! 『世界』! 時よ、止ま───!?」


 世界が停止する。
 DIOがそれを行為に移した時点で既に八雲紫が放っていたのか、無限の弾幕が男の周囲にバラ撒かれていた。
 たとえ時間が固められていても、これだけの密度を備えた弾幕を回避するのは容易ではない。ならば回避を捨て、『世界』の腕によって全て防げば良いだけの話。
 そしてこの罠に嵌められた時点で、用意された制限時間内にメリーの離脱を止める術は奪われたも同然。彼女らの立ち回りの良さを見れば、入念なプランを練って来ているのは明白だ。


 ───DIOは後手に回らざるを得ず、時は再始動する。

451黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 00:50:36 ID:dCSol15U0

「……流石に、今のでは仕留められないわね。それなりに丹精込めて配置した弾幕なのだけれど」
「フン。皮肉の達者な妖怪だ」

 それなりに、と紫は言ったが、今のはメリーを安全に『地下』へと送り届ける為の妨害策。よってDIOへの攻撃能力にはさほどの重きを置いていないコケ脅し弾幕だ。
 横目でチラと後方を窺う。無事メリーは宇佐見蓮子を追って行ったようだ。
 後は彼女に全て任せよう。DIOを受け持つこっち側は大した問題でもない。適当な頃合いを見て離脱すれば、作戦は半分ほど成功なのだから。

 始動した時間の末に見たDIOの身体には、今放った弾幕の掠り痕は一片すら見当たらない。元々激しい戦闘の直後だったのか、所々に負傷が見られるが、それは紫の知る所ではない。
 予想した通り、今ここで戦ってもこの男には勝てやしないだろう。彼に弾幕ごっこをやらせれば、初心者なりに随分といい所まで行くのではなかろうか。

 フゥ、と息をひとつ吐いた紫は、床に倒れた一人の女性を発見する。〝こんな身体〟においても、心はしっかりと痛みを伝えてくれるようだ。
 思わず唇を、強く噛む。

「……聖白蓮は、間に合わなかったか」

 極めて感情を抑えて発した言葉のつもりだったが、思いの外それには気怠い無力感が混ぜられてしまった。
 決してそこのホル・ホースへ向けた非難の言葉などではない。だが負い目を感じているのか、彼は伏し目がちに紫へと返す。

「……すまねえ」

 ただその一言だけを、男は零し。
 直後に踵を返した。

 遁走の行く先は当然、紅魔館の出口。紫がメリーを伴ってここへ現れたのは蓮子とDIOの分断目的であって、白蓮はともかくホル・ホースについては言うならついでだ。
 彼とてそんな事は理解出来ている。そして紫が寄越してくれた小さな目配せに「今すぐ逃げろ」の意が含まれていた事にもすぐさま察し、従った。
 逃げるという行為、それ自体は大いに受け入れるのがホル・ホースなる男の信条であったが、女を盾にして逃走するという無様は苦痛以外の何物でもない。それで女の方が無事に済むというのであればなんら問題無い。しかし、盾にした女が無事に済まなかった体験が既にして一度身に染みている。

 複雑な心境のまま、孤高のカウボーイは再び戦場から去った。彼の気配が室内から消えたことを完全に確認すると、紫は残された白蓮の亡骸に思いを馳せる。
 聖白蓮とは幻想郷にとって、そして八雲紫にとってどんな存在であったか。彼女の、人と妖の共存を謳う理想論はこの土地にとっては皮肉なことに、根本的に噛み合わない。
 それでも白蓮は善く尽力してくれた。新参勢力ではあったが、過去の異変にも駆け付けてくれた。その純粋な正義を紫個人が心中で好ましく思っていたのは、嘘偽りのない事実だ。
 せめて彼女の遺体は寺へと持ち帰ってあげたい。そんな憐れみも今この時において、邪悪の目の前では霞んでしまう。

「……青娥」
「はいはい」

 DIOは対峙する紫からは目を離さず、控えの青娥に声を掛けた。この期に及んで彼女は大して狼狽えることなく、“指示待ち態勢”から姿勢を直してDIOへ返答する。

「すぐに二人を確保して来い」
「優先度は如何が致しましょう?」
「出来れば両方だが、優先するなら蓮子の方が好ましい。今はな」
「了解です。この青娥娘々にお任せあれ〜♪」

 晴れやかな笑顔と、慎ましい会釈を残して。
 邪仙はステップを踏むかのように、優雅な足取りで部屋から去った。

 紫は歯痒くもそれを見送るしか出来ない。断固阻止するべきだったが、DIOの横を通り抜けて一瞬の内に、という条件付きでは難関すぎる。
 兎にも角にも、紫の目的はあくまでDIOの足止めだ。賢者はスっと目を細め、のんびり過ぎるくらいに穏やかな口調で男との再会を喜ぶ。

「さて、と。……ちょっと久しぶりかしら? DIO」
「そうなるな。何しろ私が最後に見たお前の本来の姿が、ディエゴの支配を受ける直前の無様に這い蹲る敗北の姿だったかな」

 紫からしてみれば耳の痛くなる過去話。ディエゴの恐竜化を受けたあれから、様々な事があった。預けてきた霊夢に関しては心配不要だ。傍に付いた人間──霧雨魔理沙なら何とか霊夢をフォローしてくれるだろう。
 悪い事も多かったが、良い事もあった。特にジョルノ・ジョバァーナとマエリベリー・ハーンの二人との出会いは、紫にとって大きな収穫であった。

452黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 00:52:05 ID:dCSol15U0

 マエリベリー。彼女はまだ、あらゆる意味で若い。
 どんなに桁外れな異能力を秘めていようと、たかだか二十程度の短い人生を生きただけの少女なのだ。

 ───『宇宙の境界を越える能力』

 彼女の翼は誰も見た事のない程に大きく、制御の困難な羽根だと判明した。あるいは、そこのDIOによって判明させられたのかも知れない。巨大な操縦桿を握るには相応の資質が不可欠であり、今のメリーには過ぎた代物だ。
 だからこそ、傍でずっと支えてくれる人間が必要。


(それは恐らく……私では、ない)


 寂しげに認識した自身の言葉を、紫は強く確信する。少なくともメリーに必要な人間は八雲紫ではないのだ。同じ自分を必要とするなんて、それこそおかしな話であるから。

 では、誰か。
 聞くまでない。少女にはもとより、大切な『友達』がいたのだから。
 これはあの娘にとって、邪悪に魅入られた友達を救う為の戦い。
 きっと……最初で最後の、運命そのものを決する戦い。
 ならば私は、私に出来ることをやろう。


「あの娘──マエリベリーの『力』を、貴方はずっと欲していた」


 メリーの友達を奪ったDIO。
 私自身の心も、この男の所業を決して許さないと喚いているのが分かる。

「お前のその様子だと、メリーの『力』は目覚め始めたようだな。礼を言うぞ。大妖怪・八雲紫」

 DIOは何食わぬ顔でそう宣う。この男も気付いていたのだろう。夢の世界──竹林の中で出会ったメリーとの話に潜む、根本的な矛盾について。

「DIO。貴方は『夢』の中であの娘と話をしたそうね。そして奇妙な矛盾に気付いた」
「気付いたのは会話を終え、夢の中からメリーが去ってしばらく……そう。この紅魔館で“もう一人の私”ディエゴ・ブランドーに出会った後からだ」

 つまりDIOとディエゴも、私とメリーと同じ。
 『一巡前』と『一巡後』の同一存在。

「基点は『スティール・ボール・ラン』の存在だった。ディエゴはそのレースに深く関わる人間だが、私はそんな催しなど聞いた事もなかったからな。
 お前はどうだ? かのレースの存在を今まで知りもしなかったのではないか? 何故ならお前も私と同じく『こっち側』の宇宙に生きる存在だからだ」
「ご名答。そして貴方はきっとメリーにもこう訊いた事でしょう。『スティール・ボール・ランを知っているか?』とね。結果は……言わずもがな、かしら」

 メリーはディエゴと同じく『あっち側』の宇宙から来た参加者だった。通常では考えられない理をDIOは更に突き詰めた。そうであれば、どう考えても辻褄が合わない事柄が浮き出てくる。

「では……メリーは過去『如何にして』幻想郷に渡ったというのか? メリーの住む世界線に幻想郷は無い。在るのかもしれないが、そこに八雲紫という名の妖怪は居ないだろう」
「矛盾というのはその部分ね。マエリベリーが幻想郷に来れたこと、それ自体が既に奇妙だった。
 しかしあの娘の話を聞く限り、与太話とも白昼夢とも到底思えない。つまり何かしらの特異な『手段』を以て、彼女は無意識にも秘めたる扉を開いた」

 『手段』というのは、単純にして強大な『力』。
 その力を、メリーは自分なりの見解で『結界の境目が見える程度の能力』だと自覚し、称していた。

 実際はそれどころではない。人間が許容できる範疇を過度に踏み越えた、禁断の力を有していた。
 異なる平行宇宙に住む彼女が幻想郷に足を踏み入れたという事実は、誰が想像出来るよりも遥かに強大で、唯一無二なる能力。
 言ってみれば───


 ───「「宇宙の境界を越える能力」」


 憎らしいことに、紫とDIOの言葉は完全に重なった。
 二人の知将は少女の体験談を元に、同じ結論に至った。
 宇宙をも揺るがしかねない、あまりに壮大な答えへと。


「……彼女は。マエリベリーは、それでも……何処にでも居るような、普通の女の子よ」


 夢で会話し、それを実感した。
 普通に人の子として生まれ、
 普通に両親の愛を授かり、
 普通に学び舎へと通い、
 普通に道徳を修得し、
 普通に友達を作り、
 普通に恋愛をし、
 普通に生きて、
 普通に死ぬ。

 これまでもそうであったし、
 これからもそうあるべきだ。

 この世に生を受け、真っ当な生き方を貫き、そして最期には綺麗な体のままで墓に入れられる。
 そんな誰しもが持って守られるべき、少女の普通の人生を。

 DIOは、奪おうとしているのか。

453黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 00:53:33 ID:dCSol15U0

「貴様は『妖怪』なのではなかったか? 随分とまあ、たかが人間の少女一人を徹底して擁護する口ぶりだ。それとも、やはり自分の顔を持つ者には人間といえど甘いのか?」

 たかが人間、と男は言う。
 それは真実であると同時に、決定的な矛盾を孕んでいた。

 何しろ───メリーは既に、たかが人間とは言えなくなっている。

「……ええ。本当に、貴方の仰る通りですわ。どこまで行っても私は『妖怪』で、あの娘は……『人間』ですから」

 表向きに吐いた紫の言葉は、あくまで人間と妖怪を強調させるように。
 それが言葉通りの意味から逸していると知る者は……八雲紫とメリーの二人、だけであった。
 この時点では。


「───DIO。貴方はマエリベリーの能力を利用し、擬似的に『一巡後』を目指そうと企んでいるのね」


 メリーには恐らくそれが出来る。今はまだ未成熟の力だが、能力が完成形へと昇華されたならば不可能ではない。だが問題は、DIOが其処──男の言う所の『天国』──へ行って、どうするかという事だ。
 一巡先の宇宙へ到達する。メリーの能力の性質上、それはDIO個人だけでも到達出来れば構わないという企てだ。

 コイツの真の目的が、未だ不明だ。

「擬似的に、ではない。メリーの力とはまさに……『この宇宙を越えられる』という稀代の能力だ。君ですらそんな魔法は実現出来ないだろう」
「その為に貴方は随分と回りくどい下ごしらえをしてきたものね。『夢』の中で私とあの娘を会わせたのも、彼女の力を滞りなく羽化させる為かしら」
「蛹というモノは、羽化する前に強引に開くとドロドロした不完全な奇形となって現れるのを知ってるかね?
 故に慎重にならざるを得なかった。何しろ蛹にとっての『羽化』とは、人生で一度きりの大イベントなのだから失敗は許されない」

 誇らしげに紳士ぶる、そのすまし顔が紫にして見れば不快でしかない。
 道理で夢の中に潜んでいたDIOの影は、やけにあっさりと掻き消えたわけだ。全てはこの男の計算ずく、か。

「メリーは自らの才能の『真の使い方』をまだ知らない。まだ、ほんの蛹なのだよ。
 このまま羽化せず一生を終えたのであれば、これほど愚かなこともない」

 何様を気取っているのだと、もう一人の己に対するDIOの扱いを耳に入れながら紫は腹立たしく感じた。思わず爪を皮膚にめり込ませる。
 これではまるで道具扱いだ。DIOはメリーに執着している様に見えてその実、彼女の本質を全く目に入れてなどいない。

「見たところ、彼女はまだ未覚醒。自在に『扉』を行き来できるとは、まだとても言えないような半人前だった。
 ならばどうする? 私は考えた。同一存在である八雲紫と引き合わせれば、何かしらの化学反応が発生するのではないか? 奇しくも『スタンド』にもそういう性質があったりする。
 ───人と人との間にある『引力』とは、起こるべくして起こるモノだからだ。私には確信があったよ」

 見ているのは。語っているのは。
 全部、メリー自身が望んで手に入れた訳でも無いであろう、彼女に内在する『力』そのものだ。

「私が彼女に本当の“空の翔び方”を教えてやろう。教養とは、その者の埋もれた才能に気付き、開花させる手ほどきを授ける事を云うのだから」

 なにが教養。なにが手ほどき。
 男がメリーを肯定する理由など、蛹の中身が自分にとって都合の良い道具だと分かったからに過ぎない。

「人間社会には自らの才能すら見い出せずに、羽化出来ぬまま朽ちゆく哀れな蛹たちがまだまだ蔓延している。私からすれば狂気の沙汰だ」

 社会の堕落を憂う気持ちなど、DIOには欠片たりともありはしない。
 世に蔓延る有象と無象が、自分にとって吉かどうか?
 それが彼の『世界』の、全てだ。

454黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 00:54:37 ID:dCSol15U0
「メリー……あの少女は、そんな彼らに比べたらとても幸福だ。私という存在と引き合えたのだから。これを『引力』と言わずしてなんと言う?」

 あるいは、DIOはこのようなタチの悪い演説を心から、本気で宣っているのかもしれなかった。無類の前向き思考。自分にとっての吉の因子を無作為に取り込み、都合良く解釈する。
 いや、言ってしまえばDIOのそれは、未来に巡り会うべき運命にある事象を彼自身の力で実際に引き寄せているのかも知れない。本当の意味での『引力』が彼に働き掛けているのではないかと、こうして相対する紫は思わずにいられない。
 ふざけた話だが、つまるところ彼は強運の男なのだ。だからこそあらゆる物事が彼を中心に回り始めていると言っても過言ではなかった。
 その辺りは、どこか霊夢にも相似している。彼女とDIOの持つ『運のメカニズム』は、共通点も多い。
 しかし霊夢と違い、DIOはやはり邪悪だ。自己中心的過ぎる道程を踏破した末の結果にて、望む物が手に入れば良い。過程などどうでも良く、無数の骸が積まれようが男は躊躇せずして歩みを止めないだろう。


「私はメリーと共に『天国』へ辿り着く。……もう、お前は要らないな。八雲紫」


 外界の人間や社会が腐ろうが、DIOの礎になろうが、紫にとって然したる暗礁とはならない。どうでもいいとまでは言わないが、外は外。中は中で完全差別化出来ているのだから。
 紫の危惧する問題とは、男の目指す道の過程に幻想郷への著しい悪影響が発生しかねない可能性だ。

 そこに横たわる聖白蓮の亡骸が既に、幻想郷の被害者なのだから。

 DIOは次に、メリーをも毒牙に掛けるのだと宣言している。
 あれは幻想郷どころか我々の住む宇宙側にも一切関係無い、境界が見えるだけのただの少女。

 ───けれども、もう一人の私だ。


「貴様にマエリベリーは渡さない。必ず護ってみせます」


 八雲紫の宣誓した、その瞬間には。
 DIOの口の端は不気味に釣り上がり、そして。


「貴様程度では、このオレには勝てん。今までに誰一人として仲間を護れなかった、貴様ではな」




 『世界』が、八雲紫の心臓部を貫いていた。









「───あの娘を護るのは、私ではない」


 口の端を釣り上げていたのは、DIOだけではなかった。
 胸を穿たれた女が喉奥から吐き出したモノは血ではなく、敵の煽りを否定する希望の言葉。
 身体の中心を『世界』にて抉ったDIOは、その感触に圧倒的な違和感を覚え、間を挟むことなく答えに辿り着く。
 肉を潜り進む陰惨な触覚が、拳の先から伝わらない。かと言って、十八番のスキマにより肉体に穴を開いて躱したのでもない。

 これは。
 “この”八雲紫の体は。


「……人形かッ!」


 拳大の穴をほじられた紫の体が見る見るうちに変貌し、変色し、物質を変えていった。

 木。

 不敵に微笑んでいた彼女の表情すらも、無面の木材質へ変わっていく。バキバキに砕かれた木人形は食堂の壁に叩き付けられ、糸が切れたようにへたり込んだ。
 それは所謂デッサン人形として使われるような、人のシルエットを形作り簡単な関節を宛てがわれた等身大の木偶人形。
 八雲紫に変身能力があったのか? 恐らく否、だ。
 DIOは今の今まで、八雲紫の姿と声と性格を与えられたお人形と会話していたという事になる。恐ろしい事に、本人の服装すらも完璧な模倣を可にするコピー人形。

 木偶人形をまるで『スタンド』が如く遠隔から操る。
 そんな真似が出来る木偶が『あの場』には居た筈だ。

(確かディエゴの報告にあった。『奴』は変身能力を持つ人形を傍に立たせていたという……!)


 間違いない。“この”八雲紫の正体は……!

455黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 00:56:45 ID:dCSol15U0




「鈴仙・優曇華院・イナバ! きさま! 見ているなッ!」




 DIOの右眼の『空裂眼刺驚』の光線と、窓の外で響き渡った少女の「わ゛ひゃあ!?」という情けない悲鳴は同時に発射されたものであった。
 洋燈も窓枠もカーテンも鋭い光線により、纏めて斜め一直線に切れ目が入れられ、一部崩壊した壁の亀裂から陽光が差し込まれる。

「……ちっ」

 壁の向こうの足音が一気に遠のく。逃げられたようだ。
 吸血鬼の身体では外部へ追走する事も叶わない。してやられた、という事。
 怪我を負った筈の兎が動いていたという事は、ジョルノが一枚噛んでいたという事だろうか。いや、それよりもジョルノ本体の姿がここに来て見えないまま。
 奴は今現在、何処で何をしている……!?


 答えは直後、一帯に轟く崩壊音によって明かされた。


「しまった! ヤツめ、まさか『館』を!?」


 見ていたかのようなタイミングで壁が、床が、天井がグラグラと震え上がる。これが地震でなく建物の崩れる前兆であるなら、実行犯はジョルノ以外にない。
 支給品にダイナマイトなどが紛れ込んでない限り、奴のスタンド『ゴールド・エクスペリエンス』による生命化──大方、紅魔館そのものを植物にでも変えながらの破壊活動に勤しんでいるのだろう。
 やることのスケールが徹底的だ。時間は掛かるだろうが、ことDIOにおいては有効な対策であるには違いない。日中であれば外部に飛び出すなど論外。瓦礫の下敷きとなりたくなければ、DIOの逃走経路は『地下』に限定された。
 恐らくジョルノは建物上部から植物化させ、次第に館の支えを無力化させている、といった所だろう。ここが一階である以上、射し込む日光を避ける為の時間的余裕は多少マシか。

 地下の闇へと紛れ込む前に確認すべき事がある。期待薄だろうが、DIOはすかさずプッチの亡骸を改めた。
 ……『アレ』は無かった。覆した胸部に一発の弾痕なら発見したが、今となってはどうだっていい。
 念の為、白蓮の方の亡骸も調べたがやはり見当たらない。考えられるなら、持ち去った相手はホル・ホースだろうか。……奴にその動機があるとも思えないが。

「くっ! 日光を避けるのが先決か……! ジョルノめ、やってくれたものだ」

 青娥やディエゴがこの程度の崩落に巻き込まれるとも思えない。DIOが最優先で確保したいのは、奴らの一計によってスキマに消えたメリー……でなく、寧ろ蓮子の方だ。
 メリーの能力はまだ機が熟していないのは明らか。ゆえに後回しで構わないが、それは蓮子という人質カードが手元にある場合だ。
 それが奪われた今、メリーが自発的にDIO陣営へと戻ってくる保証はゼロ。こうなればこちらとしても強引な手段でメリーの拉致──最悪、予測不能のリスクを孕む『肉の芽』の使用を検討しなければ。

 蓮子は今、地下空間の何処かに運ばれている。先程の『神隠し』の現場を目撃した限り、蓮子と対している相手はメリー本人だ。
 いや、紫だと思っていた相手が影武者だと判明した以上、本物の紫だって何処に居るのか分かったものでは無い。
 メリーは規格外の能力を秘めているとはいえ、基本は無力な少女。彼女に蓮子の肉の芽がどうこう出来るとも思えないし、寧ろ最初の竹林の時のように逆に取り込まれる可能性すらある。しかし現状、奴らの次なる行動は蓮子に埋められた肉の芽の『解除』しかない。
 だからこそ奴らは真っ先にDIOと蓮子を分断させた。つまり肉の芽の解除方法にアテがあるという公算が高く、それをまさかDIOの真横で行う訳にもいかない故の処置といった所か。


(フン。……『無駄』だぞメリー。お前に親友は、決して救えない)


 マントを翻し、男の足はもう一度地下に向かう。
 いや、地下図書館にはまだ『奴』が居座っているだろうから決して安全なシェルターとは呼べないが、とにかくあの生物には静葉を当てておく。
 メリーと蓮子の捜索は一先ず(大いに不安があるが)青娥に任せよう。オアシスの能力を操る彼女が最も軽いフットワークを備えているだろう。
 館より『外』の連中……特にホル・ホースが持ち逃げしたであろう『アレ』の行方は把握しておく必要がある。ここはディエゴの翼竜を使おう。

 一癖も二癖もある我が陣。急造ゆえ、長い目で見るならいずれは内部から亀裂が入る事など理解している。今回のような短期のゲームであればどうとでも操れるだろうが。
 エンヤ婆といった参謀がどれほど貴重で有能な人材だったか。彼女の始末を命じたのは他の誰でもないDIO自身だったが、今にして思えばその有り難みが身に染みる。

456黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 00:58:36 ID:dCSol15U0



 ……有能な、参謀か。



 男は思い詰めたように、部屋の出入口で足を止めた。
 最後にもう一度振り返ろうとし……やはり、止めた。

 崩れ始める室内に冷たく残された、二名の聖職者の亡骸。
 その片方の神父へ男が寄せる『想い』の真意を知る者は。


 ───全ての宇宙においてDIO、唯一人。


 これまでの過去も。
 そして……きっと、これからの未来も。


【エンリコ・プッチ@ジョジョの奇妙な冒険 第6部】死亡
【聖白蓮@東方Project星蓮船】死亡
【残り 49/90】
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
【C-3 紅魔館 食堂/夕方】

【DIO(ディオ・ブランドー)@第3部 スターダストクルセイダース】
[状態]:肉体疲労(大)、左目裂傷、吸血(紫、霊夢)
[装備]:なし
[道具]:大統領のハンカチ、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いに勝ち残り、頂点に立つ。
0:日没までひとまず地下へと身を隠す。
1:メリーの力の覚醒を待ち、天国への扉を開かせる。
2:神や大妖の強大な魂を3つ集める。
3:サンタナを手駒に加えたい。
4:ジョナサンのDISCの行方を調べる。
[備考]
※参戦時期はエジプト・カイロの街中で承太郎と対峙した直後です。
※停止時間は5→8秒前後に成長しました。霊夢の血を吸ったことで更に増えている可能性があります。
※名簿上では「DIO(ディオ・ブランドー)」と表記されています。
※古明地こいし、チルノ、秋静葉の経歴及び地霊殿や命蓮寺の住民、幻想郷についてより深く知りました。また幻想郷縁起により、多くの幻想郷の住民について知りました。
※自分の未来、プッチの未来について知りました。ジョジョ第6部参加者に関する詳細な情報も知りました。
※主催者が時間や異世界に干渉する能力を持っている可能性があると推測しています。
※恐竜の情報網により、参加者の『14時まで』の行動をおおよそ把握しました。
※八雲紫、博麗霊夢の血を吸ったことによりジョースターの肉体が少しなじみました。他にも身体への影響が出るかもしれません。
※マエリベリー・ハーンの真の能力を『宇宙を越える能力』=『宇宙一巡後へ向かえる能力』だと確信しています。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

457黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 00:59:06 ID:dCSol15U0
『ホル・ホース』
【夕方 16:34】C-3 紅魔館 周辺


 こうした経緯でホル・ホースは長きに渡り関わってきた命蓮寺の交錯に、一つのピリオドを打った事となる。それも、望ましくない方向への形として。
 命からがら逃げ出してきた悪魔の館。湖に囲まれたその土地から脱する為の一本道の中途で、男はハットに付着した雪を払いながら恐る恐るといった様子で後方を振り返る。
 あわやDIOの拠点たる紅魔館は、半身の上部を巨大な木の群生に変えられ見るも無残な様相を呈していた。それだけならオシャレなデザインアートとの融合を果たした巨大施設に見えなくもなかったが、無茶な重心を四方八方に伸ばされた壁や屋根の一部からは既に崩壊が始まってきている。
 じきに完全崩壊へ移行するのは明らかだ。DIOが共に潰れてくれれば御の字だが、期待は出来そうにない。

「さて、どうするかね」

 後ろ髪を引かれる思いは解消されない。けれども響子の山彦を始めとし、当人である寅丸や白蓮亡き今、彼は目指すべき標を失いかけていた。
 思い返すにこの殺し合いについては然程の情念など無く、また優勝を狙うといった野心も、他の化け物共が翳す強大なパワーを目の当たりにしてくれば薄まるというもの。
 ジョースターみたいな正義の輩が一丸となって主催打倒の企みを講じている最中かもしれないが、ハッキリ言って勝率はあまり見込めない。せめて脳に取り憑いた爆弾とやらを一刻も早く捨てるか押し付けるかしたいのだが、それが可能な専門家がどの程度居るのか、そもそも現状生存しているのかも不明。


「ジョースター…………か」


 思考の過程で自然に浮かべた一族の名に、ふと引っ掛かりを覚えた。
 懐をまさぐると、一枚の『円盤』が男の空しい瞳へと銀光を主張している。先のいざこざでポケットに仕舞ったままなのを忘れていたらしい。

 このDISCは何だ。神父が抜き取った、件のジョナサンの重要な何かか?
 違う。これは『意志』だ。
 あの山彦──幽谷響子が最期まで想っていた『家族』への愛が、形を変えながら巡り巡って到達した一つの『結果』だ。
 因果の因は、響子の山彦だった。少女の声がホル・ホースの足を動かし、寅丸星へと辿り着いた。
 何もかも手遅れではあったが、そこから聖白蓮を巡り、ここ紅魔館へと到着し。またしても女に庇われ、今この手の中にジョースターのDISCが収まっている。これが因果の果だ。

 あらゆる偶然が重なっただけの遠因に過ぎない事は自覚している。それでもホル・ホースには、この円盤に反射する像が自分のくたびれた顔でなく、無垢な笑顔の犬耳少女の像に見えてならない。


「あーー…………ま、死に損なっちまったモンは仕方ねえよなァ」


 大事な値打ち物を仕舞うような手つきで、男は円盤を再度懐に戻した。
 使命などと大仰な事を言うつもりもない。託された訳でもない。
 自分が持ってしまっているから。偶然この手の中にあるから。
 ただのその程度。男が南の方角へ再び足を向けたのは、それだけの簡単な理由であった。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
【C-3 紅魔館 周辺/夕方】

【ホル・ホース@第3部 スターダストクルセイダース】
[状態]:鼻骨折、顔面骨折
[装備]:射命丸文の葉団扇、独鈷(10/12)
[道具]:基本支給品(幽谷響子、エンリコ・プッチ)、不明支給品(0〜2プッチと聖の物)、幻想少女のお着替えセット、要石(1/3)、ジョナサンの精神DISC、フェムトファイバーの組紐(1/2)、オートバイ
[思考・状況]
基本行動方針:とにかく生き残る。
1:果樹園の小屋に戻り、ジョナサンのDISCを届ける。
2:大統領は敵らしい。遺体のことも気にはなる。
[備考]
※参戦時期はDIOの暗殺を目論み背後から引き金を引いた直後です。
※どさくさに紛れて聖とプッチの荷物を拾って行きました。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

458黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 00:59:46 ID:dCSol15U0
『サンタナ』
【夕方 16:36】C-3 紅魔館 地下大図書館


 サンタナは、非常に不似合いながらも頭を抱えていた。
 格好だけを述べるなら、腕を組んで床に胡座を掻き、深く物思いに耽るポーズであるも、項垂れた頭部から下がる長髪によって男の表情は幕の向こう側に隠れている。
 悩む、という思考の過熱はこれまたサンタナに不似合いの現象だが、近頃はそれにも慣れて適応しつつある。それは彼が一個の『人格』を確立させた何よりの証明に他ならない。齢上では万を越えた生物であるにかかわらず、人間で言うところの幼児期や思春期にあたるパーソナリティ形成時期が、彼にとってようやく訪れたと言える。

 これまでに自分は悩んだ事が無い。
 超生物が抱えるにはあまりに世俗的なその事実に、サンタナは今まさに灯りの見当たらない不安を抱えていた。
 彼は自分の道を既に歩み出している。始めの一歩を踏み出すまでに途方もない年月を掛けてしまったものの、そこを歩む自己に対して後悔は無い。
 狭き道であり、唯一の道。しかし唯一だと思っていた道に、ここに来て『分岐点』が発生した。


 主達に仕えながら個を貫くか。
 離反し、新風を受けてみるか。


 仮にこのまま主の元に戻るルートを取るとする。
 言うまでもなく主は呆れ返るだろう。間違っても、傷付き帰還したサンタナへと労りの言葉など掛けやしない。最悪、怒りを買って首を撥ねられかねない。

 では、DIOの下に付くルートではどうなるか。いや、吸血鬼の家来にまで成り下がるのは幾ら何でも有り得ない。しかしDIO自身が口にしていたように、奴はあくまで『仲間』としてサンタナを欲していた。無論それだってサンタナの矜恃をある程度保たせる為の奴なりの方便であり、そこに大差は無いのかもしれない。
 どうあれ、DIOが未知数の相手である事に変わりはない。従ってDIO側に付くルートを辿った場合、そこからの道程は更なる未知が待ち受けているだろう。
 主達から離反するその行為自体には、然程の抵抗は無い。ワムウほどのお堅い忠義心は、サンタナの中ではとうに形骸化しつつあるゆえに。
 しかしそうなった場合、主の怒りを買うどころではない。彼らは飼い犬に手を噛まれるという侮辱行為を塗りたくられたと憤怒し、本格的にサンタナを狩猟対象に捩じ込むのが目に見えている。

 つまり、所詮は馬鹿な思い上がりなのだ。DIOの側に付くという愚行は。
 じゃあ何故、こうにも悩む自分が居る?


「オレは……一体どうしてしまったのだ?」


 孤独が故にサンタナには今の状況を合理的に判断出来る経験がまだまだ足りていない。合理的とは言ったものの、誰が考えたって主達の元に戻るルートが最も無難な行動なのは彼自身理解している。
 最高の結果を求めるなら、やはりDIO討伐を成すべきだった。そうでなくともスタンド能力の秘を掴むくらいには届かせるべきだった。こうなってはもう後の祭りでしかないが。


「……スタンド能力、か」


 天啓が降りてきた、という程の閃きでもないが。別にわざわざ戦いの中で奴の秘密を探る必要など、全く無いのではないか?
 確かにサンタナ個人の目的を考慮すれば、主の命令以上に重要な到達点とはDIOとの戦いの延長線上にあったものだ。とはいえ命令の完遂をしくじる事は、サンタナの道の終点を意味する。少なくとも『ザ・ワールド』の秘密くらいは、どのような過程であれ探り取るべきだ。

「首とまではいかなくとも、土産のひとつぐらいは絶対条件か……」

 このまま帰還すべきでない。拙い悩みの末にサンタナは、この地での滞在へと方針を切り替えようとする。

 どうにか……どうにかして奴の部下からでも何でもいい。
 『ザ・ワールド』の秘密を探る。現状のオレにおける最善はそれしかない。短時間で、という条件付きでな。



 サンタナは保身に近い理由を強引に編み出し、DIOに近付こうと目論んだが。
 その『真意』は実際の所やや異なる。都合の良い建前で自らの本音をも濁し、許し難い感情からは一先ず目を背けた。


 なんのことは無い。
 サンタナはDIOへと、興味が湧いているのだ。


 愚かな感情など、視界に映らない端へと置き。
 長時間、思考の渦に飲まれていた事実をやっとの事で認識して。
 手元の時計に目をやろうとした、その時。

459黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:00:15 ID:dCSol15U0



「──────貴方……」



 入口から影のように現れた、不安定な足取りの少女ひとり。
 顔面の半分が焼け爛れ、紅葉のように真っ赤な服を来た金髪の女。DIOが言っていた少女とはコイツの事か。

 どんな奴かと思えば肩透かしだ。その女は弱者たるオレの目から見ても、酷く弱々しく映ったのだから。これはDIOなりの、オレへの当てつけか何かか? 期待をしていた訳ではなかったが、ハズレくじを引かされた気分だ。


 オレはおもむろに立ち上がって、蒼白なツラで固まるそいつへと威圧的に歩み出した。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
【C-3 紅魔館 地下大図書館/夕方】

【サンタナ@第2部 戦闘潮流】
[状態]:疲労(大)、全身に切り傷、再生中
[装備]:緋想の剣、鎖
[道具]:基本支給品×2、パチンコ玉(17/20箱)
[思考・状況]
基本行動方針:自分が唯一無二の『サンタナ』である誇りを勝ち取るため、戦う。
0:秋静葉を……どうするか?
1:戦って、自分の名と力と恐怖を相手の心に刻みつける。
2:DIOの『世界』の秘密を探る?
3:自分と名の力を知る参加者(ドッピオとレミリア)は積極的には襲わない。向こうから襲ってくるなら応戦する。
[備考]
※参戦時期はジョセフと井戸に落下し、日光に晒されて石化した直後です。
※波紋の存在について明確に知りました。
※キング・クリムゾンのスタンド能力のうち、未来予知について知りました。
※緋想の剣は「気質を操る能力」によって弱点となる気質を突くことでスタンドに干渉することが可能です。
※身体の皮膚を広げて、空中を滑空できるようになりました。練習次第で、羽ばたいて飛行できるようになるかも知れません。
※自分の意志で、肉体を人間とはかけ離れた形に組み替えることができるようになりました。
※カーズ、エシディシ、ワムウと情報を共有しました。
※幻想郷の鬼についての記述を読みました。
※流法『鬼の流法』を体得しました。以下は現状での詳細ですが、今後の展開によって変化し得ます。
・肉体自体は縮むが、身体能力が飛躍的に上昇。
・鬼の妖力を取得。この流法時のみ弾幕攻撃が放てる。
・長時間の使用は不可。流法終了後、反動がある。
・伊吹萃香の様に、肉体を霧状レベルにまで分散が可能。


【秋静葉@東方風神録】
[状態]:自らが殺した者達の声への恐怖、顔の左半分に酷い火傷の痕、上着の一部が破かれた、服のところが焼け焦げた、エシディシの『死の結婚指輪』を心臓付近に埋め込まれる(2日目の正午に毒で死ぬ)
[装備]:猫草、宝塔、スーパースコープ3D(5/6)、石仮面、フェムトファイバーの組紐(1/2)
[道具]:基本支給品×2(寅丸星のもの)、不明支給品@現実(エシディシのもの、確認済み)
[思考・状況]
基本行動方針:穣子を生き返らせる為に戦う。
0:この『大男』は……!
1:頭に響く『声』を受け入れ、悪へと成る。
2:DIOの事をもっと知りたい。
3:エシディシを二日目の正午までに倒し、鼻ピアスの中の解毒剤を奪う。
[備考]
※参戦時期は少なくともダブルスポイラー以降です。
※猫草で真空を作り、ある程度の『炎系』の攻撃は防げます。
※名簿のジョースター一族をおおよそ把握しました。
※プッチ、ディエゴ、青娥と情報交換をしました。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

460黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:02:14 ID:dCSol15U0
『ジョルノ・ジョバァーナ』
【十数分前:夕方 16:14】C-3 紅魔館 屋上


 穏やかな性格で周囲からの人望も厚い聖白蓮という者は、途端の融通を利かせてくれる臨機応変な女性に違いないと。彼女との付き合いはごく短いものであったが、僅かな会話を交わしただけのジョルノにもそう思わせる空気が白蓮にはあった。
 実際、その評価は決して間違っていない。戒律を守るべき立場の彼女には信者への厳しさこそあったものの、規律から脱す範疇でなければ大抵の要望や嘆願は献身的なまでに応じてくれた。

 そういった女性であったし、だからこそ彼女は人妖問わず慕われたのだろう。
 しかしその一方で、白蓮にはある種の頑固さが同居していた。


「プッチ神父とは……私一人で決着を付けさせてください」


 真っ直ぐな視線で放たれたその言葉には、白蓮の決意の全てが含まれていたようにジョルノは思う。

 地下図書館からバイクにて飛び出したジョルノは直ぐに、紅魔館の破壊策を彼女へと伝えた。地下を脱出した理由にはこの破壊活動が含まれるからだ。館の屋根や壁面さえ取り除いてしまえば、少なくとも吸血鬼のDIOだけは無力化出来るかしれない。今後を考えると、アジトの破壊もやれる時にやっておくべきだ。
 その旨を伝えて尚、白蓮はジョルノの作戦への参加を拒んだのだった。作戦自体には了承したものの、彼女はあくまでプッチとの決着を望んでいたようで、館の破壊はジョルノに任せると残してそのまま中庭にて神父を待ち構えた。
 愚かだ、とはジョルノは思わない。彼女と神父の間に何かしらの確執があったのは目に見えていたし、強い決起を宿したその覚悟をジョルノが止める道理も無い。

 何より……白蓮の瞳を見てジョルノは感じ取った。彼女はきっと、気付いていたのだろう。あのまま彼女と戦線を共にして神父を迎え撃っていたならば───

(僕は多分、プッチを躊躇なく『始末』していた。あの女性は僕を見てそんな未来を漠然ながら予感し……避けようとしたんだと思う)

 あるいは逆に『始末されていた』かも知れないが……どちらにしろ白蓮は、その結果を嫌った。だからジョルノと共同戦線を張る案を良しとせず、一人でプッチを迎え撃とうとした。
 白蓮は、敵である神父が万が一死ぬ未来すらも回避しようとしていたのだろうか……? そこまで来れば『甘い性格』で済ませられる話ではない。
 しかしジョルノには、それも間違いだという確信があった。確信と断ずるには拙い、心の占の様な予感だが。


(あの人はきっと……他の誰でもなく『自らの手』でプッチを───)


 怨恨はあったのかも知れない。白蓮とて……人の子なのだから。
 責任も感じていたのだろうか。良心の塊みたいな人なのだから。
 だがそんな自己的な理由で、彼女はその綺麗な手を自ら穢そうとしないだろう。
 分かりはしない。白蓮が何思い、何感じてプッチと相対するに至ったのかなど。
 ジョルノにそれを知る術など、無いのだ。
 他人の心を読む術でも無い限り。


 現在ジョルノは、紅魔館の屋上によじ登り『破壊活動』に精を出していた。破壊といっても屋根や壁を植物の『蔦』などに変え、囲いとしての役割を奪っているに過ぎないのだが。
 白蓮とは結局、別れた。事が終われば館の外で待ち合う約束まではしているが、もしも彼女がプッチから返り討ちにあっていれば、ジョルノは白蓮を見殺しにしたという見方も出来る。
 ジョルノ・ジョバァーナという少年は正義感の強い人間ではある。しかし彼はイタリアの裏世界を牛耳る巨大ギャング組織のボス。庇護する対象が力の無い弱者であるならまだしも、白蓮は強大な力を正当なる方向へと扱うことの出来る一端の大人なのだ。その様な彼女にあれだけの覚悟を示されれば、否定などとても出来ない。少年はそんな立場ですら無いのだから。
 更に言えばジョルノは、ギャング同士の抗争に一般人を直接巻き込む事を毛嫌いしている。その信念を逆さに見るなら、「関わるな」と遠回しに願い出た白蓮らの因縁に、進んで割って入る気にもなれなかった。彼女には彼女なりの『落とし前』の付け方もあったのだろう。
 ジョルノの持つそういった素っ気ない部分は、他人から見れば『冷酷』に映るのかも知れない。

461黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:03:14 ID:dCSol15U0


「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァ!!」


 よって彼は自身に課せられた役目を完璧にこなすべく、こうして『黄金体験』を広い範囲にて使用し、次々に館の囲いを取り除いていた。
 どちらかと言えば破壊と言うよりは変換だ。瓦礫を拡散させつつも、拳を打ち込んだ傍からスルスルと植物化していくその光景に、見た目ほど派手な爆音は響いていない。尤も、支柱が失われ本格的に崩壊が始まれば辺り一帯に大きく轟く崩壊音にはなるだろうが、それには少々時間が掛かる。


「───ジョルノくぅ〜ん! も、もうそのくらいで充分じゃないかしらー!?」


 館の下、玄関部に当たる場所から聞き慣れた声が控えめな音量で叫ばれた。
 手を止めて下を覗くと、お馴染みとなりつつある長い兎耳。それがしおしおと垂れ掛かる丸い頭が、こちらを見上げていた。一時期は危険な状態だっただけに、回復具合が極めて良好な経過を見ると少なからず安堵する。

「鈴仙か。という事は、これで館を一周出来たかな」

 蔦に変容していく壁に掴まりながら、ジョルノは声を飛ばした少女の元へ降り立った。さくりと、土に被った新雪を踏む心地好い音が伝わる。

「鈴仙。君はついさっき意識が戻ったばかりなんだから、無理せず横になっていて下さい」
「こんな悪魔の館の玄関口に寝かしておいてよく言うわよ……」

 鈴仙がやや呆れ顔で苦情を申し立てる。DIOから受けた心臓への傷は浅いものでは無かったが、ジョルノの迅速な処置が功を奏して身体を動かせるまでに回復した。素でディアボロの一撃に耐える程度には鍛えられている鈴仙の身体。先刻、博麗霊夢の絶望的な負傷を何とか塞ぎ止めたジョルノだが、人間の霊夢と比較すれば妖獣の鈴仙はその強度が高い印象を受けた。
 治療する際、当然ながらその衣服を脱がした経緯があるとは鈴仙には伝えていない。地霊殿内にて彼女の一糸纏わぬ裸身をわりとじっくり目撃した状況を思い起こせば、伝えてもロクな事になりはしないと心得ていたからだ。

「それで……これからどうするの? 紫さん、まだ中に居るんでしょ?」
「そこなんですが───ん? これは……」

 こちらから積極的に紫と落ち合うというのはなるべく避けたい。プッチは白蓮に任せっきりでいるが、囮を任されたジョルノ達に引き付けられた他の敵が紫の周囲に集まるという状況は彼女の望む所でもない。
 考えあぐねていたジョルノは、暫くの間不動だにしなかった紫の『位置』がすぐ近くまで迫っている事を感知した。彼女に預けていたブローチの効力である。

 八雲紫がいつの間にか動いている。
 目的を達成したのか、その動きは迷いなく真っ直ぐな軌跡であった。


「───あ、居た居た。ジョルノ君」


 館の玄関からやや離れた位置に目立たぬよう立つジョルノらへと二つの影が近寄る。少し見ない間であったが随分と久しぶりの様に錯覚してしまうのは、館内にて演じられた一幕が想像以上に色濃い軋轢であった反発か。

「紫さん! ……心配しましたよ、あまりに動きが無いものですから」

 八雲紫。見た目には以前と何ら変わらない姿が、一人の少女を横に伴って現れた。

「怪我は無いですか? それに隣の女の子は……?」
「わ……紫さんに、なんか凄く似てる……」

 ジョルノも鈴仙も、紫の連れてきた少女の容姿に驚きを隠せずにいる。彼女が紫へと『SOS』を求めてきた誰かなのだろうが、それにしても八雲紫の外見とあまりに酷似しているのだから。
 少女はジョルノ達の前に立ち、そつのない所作で頭を下げた。

462黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:03:56 ID:dCSol15U0


「〝マエリベリー・ハーン〟です。こちらの〝八雲紫〟さんから助けて頂きました」


 初対面の相手になんの緊張もない自己紹介の姿を見て、清純で要領の良い女の子だとジョルノは見受けた。しかし大人しそうな性格は、横にいる紫とは似つかないだろうか。

 頭を上げた少女の瞳の中が視界に入る。星宙を模したように美しく煌めく瞳に、ジョルノは既視感を覚えた。
 並び立つ紫のそれと見比べて、すぐに得心する。二人は所々に違いこそ見られるが、本当によく似ていたのだから。マエリベリーがすっかり大人の女性へと成長を遂げれば、そのまま八雲紫になるのではないのだろうか。

「ジョルノ君に……鈴仙、さんですね。お二人の事も紫さんから聞いております」
「そうでしたか。マエリベリー、君が紫さんへ懸命に助けを求めていたことは知っている。とにかく、無事で安心しました。僕はジョルノ・ジョバァーナ。よろしく」
「あ、私は鈴仙よ。えっと、よろしくねマエリベリー」

 自然に交わされる握手。繋がり触れた少女の温かな手のひらに、ジョルノは心做しかの引っ掛かりを覚えるも、紫の急かすような言葉がその違和感を描き消した。

「挨拶はそこまでにして、少しお仕事をお願いしていいかしら? ジョルノ君」
「え……私まだ握手してない……」

 サラリと自分の番を飛ばされた鈴仙が悲しげな瞳を浮かべる光景を、紫はせっせと無視する。言うまでもなく、ここはまだ敵陣の只中である。事務的な挨拶などは後回しにし、火急の事態を優先するべく紫は手を叩きながら注目を集めた。

「家に帰るまでが遠足と言いますが、我々が家に帰る時間にはまだ早い、という事です」
「え!? か、帰りましょうよ! こんなおどろおどろしい館からとっとと……!」
「そうもいかないのよ鈴仙。これはマエリベリーたっての希望なのだから」

 マエリベリーの希望。危険を承知で助けに来てくれた三人に更なる我儘を押し付けるような身勝手に、願い出た本人も心を痛めた。
 しかし今回ばかりはどうしても妥協する訳にいかない。この頼み事が却下されたなら、せめて自分だけでも引き返す事になる。それでも構わないと、マエリベリーは強い決心で頭をもう一度、先ほどよりも深く下げた。


「お願いします! 私、絶対に蓮子を……友達を、DIOから救い出したいんです!」


 マエリベリーが駆け足で説明した話によると、紅魔館の中──DIOの隣にはまだ、彼女の親友である宇佐見蓮子が拉致されているらしい。心を支配された状態という、極めて厄介な有様で。
 彼女を救い出すまではマエリベリーもここを離れる訳にはいかない。紫もそんな彼女を不憫に思い、ジョルノと鈴仙の力を借りたく思ってこの場に現れた。
 紅魔館全域が崩壊を始めるまではまだ時間が掛かる。それまでにDIOと接触し、肌身離さず連れているであろう蓮子をまずはスキマの能力で分断させる。肝心なのは話に聞く肉の芽の解除だが、それも境界を操る力で何とかなるらしい。

「鈴仙。確か貴方は『サーフィス』っていうスタンドを持っているのだったかしら?」
「え……あ、いや、持ってますけど……アレは媒体となる『人形』が要るみたいで……」

 気のせいか声に覇気がない鈴仙。紫から突然話を振られれば、良い予感など全くしなかった。

「人形が大雑把で良ければ僕のスタンドで作れますよ。生み出した木を削ってそれらしい形に整えれば、鈴仙のスタンドにも適応してくれると思います」
「ジョルノ君は空気読んでよ〜っ!」

 鈴仙の身からすれば、ジョルノのナイスフォローが今だけは有難くない。この流れなら紫は鈴仙のスタンドを起用し、何かしらの“危険”を彼女に背負わせる役柄を与えてくるだろう。
 只でさえ病み上がりなのだが困った事に八雲紫という人でなし、もとい妖怪でなしは、猫の手だろうが赤子の手だろうがお構い無しにこき使ってくる女なのだという事を鈴仙も学んできた。

「オーケーよジョルノ君。早速だけども鈴仙。すぐにサーフィスを発動して、私のコピー人形を作って」
「紫さんの……?」

 紫が立案した蓮子奪還作戦。作戦と呼ぶにも浅薄なものだと彼女は前置きし、説明を進めた。
 作戦の要はマエリベリーだ。まずは鈴仙が紫をコピーし、マエリベリーと共にDIOの元へ向かわせる。中の様子がどうなっていようとも蓮子の確保を最優先とし、彼女をマエリベリーと共にスキマの中へ落とす。残った紫(サーフィス)は、そのままDIOの足止め。

463黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:05:56 ID:dCSol15U0

「ままま待って!」

 紫の説明に慌てて割って入った鈴仙は、すぐに異を唱えた。サーフィスが足止めの役を担うという事は、本体である鈴仙も必然近くに控えてなければ通らない道理だ。
 幸いにも鈴仙本体には隠密能力があるものの、つい数十分前に自分を瀕死に追い込んだあのDIOの近くに潜むというポジションを強要されるのは流石に御免被りたい。

「私のサーフィスの『射程距離』はそんなに長くないですよ!?」
「だから?」
「……私、いちおー瀕死から復活したばかりの病み上がりなんですけど」
「退院おめでとう。無事で良かったわね」

 といった決死の抗議を、当の紫は「頑張ってね」と一言のみを添え、何事もなく話は続けられる。この世の絶望をいよいよ体現させた鈴仙の生気無き兎耳をしかとシカトし、紫は残ったジョルノに目を向ける。

「ジョルノ君は私とここで少し待機ね」
「アザの反応によりDIOから勘付かれるから、ですか」
「そう。マエリベリーと蓮子を分断させDIOを足止めした後、戻ってきた鈴仙を拾って紅魔館から一旦離れるわよ」

 マエリベリーと、正気に返った蓮子がすぐに追い付くから。紫はそう言い終えて、何か質問はあるかとジョルノへ聞く。勿論ある。

「大前提として……見た所マエリベリーは普通の少女の様ですが、本当に彼女に肉の芽をどうにか出来るのですか?」

 話を聞く最中にもひしひしと感じていた大きな疑問だ。この作戦の要はマエリベリーであると言うが、果たして本当にそうだろうか。
 そもそも紫のコピーを作るまでもなく、本人がマエリベリーの傍に付いてフォローしてやった方がよほど安泰な気がする。紫のことだ、考えあっての策なのだろうが。

「質問に答えるわね。マエリベリーに肉の芽が解除出来るかどうか……?
 それに必要な『手段』と『力』は、私からマエリベリーへと既に貸し付けてあります」
「貸し……?」
「そう。幸運なことに、彼女の『器』は私のモノと非常に良く似ていますので。大妖怪〝八雲紫〟の力をこの子に多少貸す程度なら、充分可能な程に」

 偶然なのか運命なのか、二人の器は相似しているという。
 かつてディアボロは『魂』の形が良く似た自分の娘トリッシュの肉体に潜り、強引にスタンドを動かしたりもした。それと同じに紫とマエリベリーも、自身の力を互いに貸し与えたり出来るという理屈だろうか。
 だとしても、危険なことに変わりない。やはり見直した方がよいのでは……と、ジョルノが口を開こうとした時、マエリベリーがそれを遮るように前へ出た。

「あの! ジョルノ君!」
「……マエリベリー?」
「紫さんには私から頼み込んだの! 蓮子を元に戻す役目は私に任せて欲しいって!
 そうですよね、紫さん?」
「……そうよ。部外者の私なんかより、親密な間柄であるマエリベリーの方がまだ可能性がある。だから私は力をこの子に貸した。少しくらいの弾幕やスキマ能力くらいは使えるようになってる筈よ」

 険しい顔を作りながらも紫は振り返ってきた少女に同調した。肉の芽の仕様は分からないが、親友のマエリベリー自ら蓮子へと本気で訴えれば、抑え込まれていた蓮子本来の感情を呼び起こすというのは医学的な領域でもあり得る話だ。
 とはいえ、ここはジョルノの推測も及ばない方面。恐らくDIOと蓮子の分断まではそう難しいことではないだろうが、件の『肉の芽』については何とも言えない。
 そんな不安が顔に出ていたのだろう。ジョルノの難色に紫はもう一つ、判断材料となる事実を落とし混ぜた。

「肉の芽についての危惧ならマエリベリーは寧ろ、うってつけの人選よ。そうよね?」
「……はい。以前も同じ様に、DIOから支配された男の人の芽を取り除いた経験はあります。だから大丈夫、とは言い切れませんが……いえ、きっと何とかしてみせます。
 蓮子は───大切な、親友ですから」

 大切な、親友。
 その言葉を発する瞬間、マエリベリーと紫の視線が交差した。
 狭間にあったのは、意味深なアイコンタクトのみ。顔色を窺うといった懐疑的な視線でなく、確信めいた何かだ。彼女達の間でしか通じ得ない、独自の絆の様な空気は確かにあるのだろう。

464黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:06:23 ID:dCSol15U0

 ジョルノは紫を信頼している。彼にとって『信頼』とは軽々しい気持ちなどではない。ひとつのミスが死に直結するギャングの世界に属する以上、そこを何よりも重要と考えるのは当然の事だ。
 紫とマエリベリーの間にも奇妙な信頼関係があるようだった。ならばジョルノとしても、二人の信頼を疑うような気持ちなど持つべきでない。
 それは彼の嫌悪する、他人を『侮辱』する行いと同義である。

「ベネ。解りました。僕に出来ることは少ないのかも知れませんが、尽力します」
「ありがとうございます、ジョルノ君……!」

 マエリベリーはここ一番の朗らかな笑顔を浮かべ、もう一度ジョルノの手を、今度は両手で包むようにして取った。
 またしても、何か引っ掛かる。さっきも似た違和感を感じ取ったが……。
 頭の片隅に残ったモヤモヤの正体を掴み取るより早く、またもや紫が前に出てその思考を霧散させた。

「私からも、グラッツェ。ジョルノ君。
 じゃあ……そろそろ動きましょうか。タイミングを逃す前に……」

 館が崩れ始める前にDIO達へと接触しなければ意味が無い。ジョルノは鈴仙のサーフィスを発動するのに必要な『人形』を作る為、身近な物から紫の身長サイズの小木を生み出す。

 と、今更ながらに気付いた。
 紫へ事前に渡しておいたブローチが、彼女の衣服から消えている。

「ん? ああ、貴方のブローチなら……マエリベリー」
「あ、コレですか? ゴメンなさい、勝手に借りちゃって……」

 紫を彩った衣装に似合うブローチは、マエリベリーの胸へと新たに飾り付けられていた。
 成程。発信機ならばジョルノと共にする紫よりかは、孤立させるマエリベリーに付けていた方が都合が良い。

 胸元の赤いリボンの上から飾り付けられたブローチに、少女マエリベリーの頬は緩む。そこから連想されるのは、記念日に男性からアクセサリーを贈られた女性のような、上品さと純粋さを混ぜた笑み。


「でも……素敵ですよね。“ナナホシテントウ”型のブローチなんて」


 囁いて少女は、雪の降る空を仰ぎ見た。
 天上に煌めく雨上がりの虹を、探し求めるように。
 ジョルノが釣られて見上げたそこには、薄べったく広がる暗灰色の雪雲しか見当たらない。


 八雲紫を形取ったサーフィスを引っ提げた鈴仙と、マエリベリー・ハーン。
 彼女達がDIOの前に再び現れる、僅か数分前の空色は───寒々とした雲の隙間に射し込む黄金の筋が、とても印象的であった。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

465黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:07:28 ID:dCSol15U0
『〝マエリベリー・ハーン〟』
【夕方 16:24】C-3 紅魔館 地下道


 永い……永い、永い、気の遠くなる程に永い暗闇のトンネル。
 メリーにとっては本当に……永過ぎる闇だったのだろう。
 仲間の力を借り、DIOを嵌めて。上も下も周囲全てが真っ暗闇の『スキマ』の中を通り抜けると、そこもまた闇だった。
 それでも、今までの暗闇とは比較にならない程に明るい。
 地下道に備え付けられた電灯程度の灯りでも、今の彼女にとっては希望の光だ。
 光は、手を伸ばせば届くほど近くにまで迫っている。
 そう思えて、仕方が無い。

 普通である少女にとってはあまりにも絶望的な殺し合いの鐘が鳴って、16時間が経つ。彼女にとっての暗闇は一日にも満たないが、この十数時間の間……これまでの人生で体験したことの無いくらい、深い深淵であったのだ。
 ついさっきまでの『夢』の中でメリーは、とうとう自分すらも見失い掛けた。邪悪の化身が植え付けようとした闇とは、それ程までに底の見えない奈落の闇だった。
 闇から引っ張り上げたのは、メリーを鏡写しに描いた様な女性。
 名を、八雲紫という。

 奈落から、大空へ。
 メリーは空を翔ぶ術を手に入れた。
 しかし少女は、奈落に堕ち続ける『親友』の姿を放ってはおけなかった。

(蓮子は……必ず私が元に戻してみせる。闇の中から引き上げてみせる。そう約束したんだから)

 こんな薄暗い地下道でも、メリーが溺れていた闇に比べれば『天国』みたいなものだ。
 だって、宇佐見蓮子はもう───すぐ目の前にいる。
 これが希望の光でなくて、なんなのか。
 今までとは違う。ここには、蓮子を引き上げる術がある。
 あの夢の中で、八雲紫とマエリベリー・ハーンが〝交叉〟した。
 この奇跡がきっと、闇に閉ざされた蓮子を救い出してくれると信じ。

 少女はとうとう。


「───ここまで、来たわよ。蓮子」


 メリーと蓮子は、真の意味においては未だ再会を果たせていない。目の前に立つ蓮子は、メリーの知る宇佐見蓮子ではないのだから。
 ジョルノ・ジョバァーナと鈴仙の力を借りて、ここまで来ることが出来た。
 DIOに一泡吹かせ、蓮子を分断させる所まで来れた。
 ただの少女であったこの腕には〝八雲〟の力が僅かなりに秘められている。

 ───後はもう、私の力で。


「……メリーもしつこいなあ。せっかくDIO様から目に掛けられてるってのに、馬鹿の一つ覚えみたいに『蓮子蓮子』ってさ。私、いつからメリーの彼女になったワケ?」


 スキマの力で地下道まで叩き落とされた蓮子。その身には怪我一つない。そうなるよう、気を遣って落としたのだから。
 無論、メリーの体にだってかすり傷一つない。お互い万全な状態で、空を堕ちる様に落ちてきた。

「あら。その言葉、そのまま返せるわよ? どこかの誰かさんだって、二言目には『ねえメリー、ねえメリー』って。耳にタコが出来るかと思っちゃった」

 二人っきりのアンダーグラウンド。
 白い帽子の少女は笑い、
 黒い帽子の少女は嗤っていた。

「そりゃあそうよ。私、メリーのこと大好きだもん」
「ありがとう。私も、蓮子のことが好きよ」

 いつもの大学のカフェの、いつものテーブルで冗談を掛け合う、いつもの日常。
 笑い/嗤いながら交わされる二人の言葉のみを捕まえれば、殺劇の舞台には相応しくない会話。

「ふーん? 嬉しいけど女同士でそういう台詞、ちょっとアブなくない?」
「人様の『初めて』を奪っておきながら、今更そんなこと言うの?」
「あはは。アレはさあ、空気っていうか、流れじゃん? もしかしてメリーは嫌だった?」
「嫌に決まってるでしょう。ノーカンよ、あんなの」

 少女達の距離は縮まらない。
 とても近い者同士の会話に見えてその実、二人の距離は星と星の間のように遠い距離。

 それも、これまでの話だ。
 この遠い遠い距離は、これから埋める。
 蓮子から歩み寄ることは決してないだろう。
 然らば、こちら側から一方的に歩み寄ればいいだけの話。

「でもね、蓮子」
「うん」
「───〝マエリベリー・ハーン〟が好きなのは、嘘に塗れた『貴方』じゃない。……秘封倶楽部の頼れるムードメーカー『宇佐見蓮子』なのよ」


 手を取るとは、そういう事なのだから。
 ああ。何だか、今までとは逆だ。今までは蓮子がメリーの腕を掴んでいたのに。

466黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:08:28 ID:dCSol15U0


「……メリー。私、前に言ったよね。『秘封倶楽部、もう解散しようか』……って」


 メリーからの拒絶を意味する言葉を聞き入れ、蓮子の言葉に含まれる温度が一変した。急激に冷えていく蓮子の言葉は、対峙する少女の余裕を幾分か削ぎ落とした。
 妖しく輝くのは、黒帽子の下に隠れた深淵の瞳と……右手に持つ妖刀の刀身。

「もしかして……“まだ”未練でもあるの? あんな子供じみたお遊びサークルに」

 ズキ……と、メリーの胸の奥が針に刺されたみたいに痛んだ。
 これは蓮子の本心が言わせた台詞などではない。そう分かってはいても、言葉に仕込まれた毒はこの身体に強く染み込み、動悸を誘う。

「はぁ……。いいわ、分かった。メリーがあのサークルをそうまで大事に思うんなら、取り消すわ。解散しようって台詞、撤回しましょう」

 やれやれ、といった如何にも仕方無しな態度で、蓮子は軽く首を振った。
 そしてメリーの瞳に向き直し、断言する。


「───私、宇佐見蓮子は今日限りで『秘封倶楽部』から籍を抜くわ。ごっこ遊びを続けたいのなら、メリー独りでやってれば?」


 堪らなくなって。
 或いは、堰を切ったように。
 メリーはその顔を悲痛に歪ませながら、駆けた。
 自然と、この身体が動いた。


「あの場所は! 私と蓮子! 二人揃って、初めて『秘封倶楽部』なんじゃないッ!」


 妖刀を携えて迎え撃つ蓮子を前に、メリーは徒手空拳だ。かつてポルナレフに巣食った肉の芽を解呪した時だって、彼女には多くの仲間達が力を貸し、白楼剣の能力を以て偉業を達成できたというのに。

「私と蓮子のあの場所は! 二人で『夢』を掴む為に在るんでしょう! もう忘れたの!?」
「夢ですって!? バッカみたい! いつまでも子供みたいに夢なんか見ちゃってさぁ! そーいうのが『ごっこ遊び』っつってんのよ!」

 蓮子の元へと真正直に突っ込んでくるメリー。その脳天へと振り翳す妖刀に込められた殺気には、微塵も躊躇が無い。
 『殺す』──今や蓮子の頭にある感情は、その凄然たる二文字だった。敬愛するDIOが何よりもメリーを重用している事実すら忘却し、その命を奪おうとする行為など愚かの極地と言える。
 或いは、DIOを敬愛しているからこそ。主への歪なる愛情にも似た感情が蓮子の中に存在するからこそ、その彼がいたく気に入っている親友が許せないからだろうか。
 嫉妬心、と偏に言い切ることなど出来ない。もとより、蓮子の中のDIOへの感情など、芽によって歪められた紛い物でしかない。

「夢見ることすら出来ないなら、最初から秘封倶楽部なんて作ってんじゃないわよ!!」
「はぁ!? 別に私が作った訳じゃないっての! そんな事も知らなかったクセに、なに気取ったこと言ってんのよッ!」

 紛い物。所詮は、紛い物なのだ。今の蓮子が吐き出す、全ての言葉など。
 ゆえに、そこに感情が宿る道理など無い。嘘っぱちの言霊に、想いなど宿りはしない。
 ではどうして、こうも猛るような大声でいがみ合うのだろう。……お互いに。

「気取ってるのはどっちよ! 一人で勝手に大人ぶっちゃって、バカみたいなのはどっちよ!! 『ごっこ遊び』なんかやってるのは、どっちなのよ!!!」
「メリーの方でしょそれは!! 私はもう夢なんか見るのは疲れたのよ! DIO様に気に入られてるからってチョーシ乗んなッ!」

 数多の血を吸い、達人の術を学んできた絶命必至の妖刀がメリーの脇を掠った。素人に過ぎない蓮子を熟練戦士の域にまで押し上げるのは、アヌビス神の特性があってこそ。
 残像を置いてくるレベルにまで成長した刀速を、本当の意味での素人であるメリーが躱すなど理屈に沿わない。
 当然、この芸当をただのメリーが演じるのは不可能である。しかし、今の彼女には八雲の力が多少なりと備わっていた。
 大妖怪・八雲紫の力とはそれ即ち、幻想郷全ての規律の骨となる『弾幕ごっこ』の力と同義。つまりは敵の技を見切り、優雅に回避する為の基本技術を指す。

 相手の得物は何処ぞの庭師と同じに、刀だ。
 ならばこれだって、形だけを見れば立派な弾幕遊戯。『ごっこ遊び』なのだ。

「疲れたですって!? そんな台詞は、しっかり頑張った人間だけに許される辞世の句よ!」
「……っ! だったらメリー! アンタの言う『夢』って何!? 独りぼっちになったアンタのしょっぱい秘封(笑)が暴く、最期の夢とやらを教えてよッ! 私に教えて……その後に死んで!」

467黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:08:59 ID:dCSol15U0

 そう。これはごっこ遊び。
 弾幕を撃てる力を得たにもかかわらず、メリーは弾幕を撃とうとはしない。
 蓮子も狂喜乱舞するかの如く、命を刈り取る目的だけの為に妖刀を振るう。
 救う為。
 殺す為。
 致命的に背反する互いの意思が、延々にすれ違い続けたとしても。

 これは、何処まで行っても……ごっこ(模倣)遊び。
 邪悪に支配され、もはや〝宇佐見蓮子〟を模倣しただけの……堕ちた肉人形。
 人形と交叉し合うこの少女も、〝マエリベリー・ハーン〟を模倣しただけの。
 今や孤独な───普通の女の子。
 模倣と模倣の、滑稽な織り交ぜ。
 ただ、白の少女は。
 宇佐見蓮子に『真実』を取り戻す為に、こうして舞を踊りながら、演じている。
 その気持ちだけは、きっと本物だ。


 そして、とうとう。
 幾度も伸ばした、マエリベリーを模倣した身体の……ボロボロの、右腕が。



「───蓮子だって、知ってるでしょ」



 触れた。
 届いた。

 左肩から先を囮に──犠牲にして、ようやく。



「秘封倶楽部の理念たる『夢』は……『世界』によって隠蔽された『謎』を追い、そして」



 親友の額に巣食う、肉の芽へと。
 伸ばした人差し指が、繋がった。



「そして───『境目』の奥に潜む『真実』を……暴く!」



 触れた途端、蓮子の動きが停止する。
 指先から芽の中へと流されたのは、大妖怪・八雲紫の本領とされる異能。


 ───境界を操る程度の能力。


「それが私たち“二人”の秘封倶楽部でしょう!! 思い出してよ……っ 蓮子!!」


 メリーの途切れた左腕から、赤い飛沫がシャワーの様に噴き出す。
 遅れて、斬り飛ばされた先端が空を舞いながら冷たい地へ落ちた。
 痛みは、無かった。
 腕なんかよりも、目の前の親友を喪うことの方が何倍も耐えられない。
 〝マエリベリー〟の抱く喪失の感情が、この身にひしひしと伝わってくる。
 それが恐ろしくて、少女は目の前で固まる親友の体を思わず抱き締める。
 片腕になろうとも、血がべっとりと付着しようとも、構わずに。
 少女は、大好きな親友を力強く抱き締めた。


「──────………………、 …………、」


 ガクリと、蓮子の膝だけが折れた。抱き締めていたメリーの膝も釣られて折れる。
 反応は、それだけだった。
 額の芽が消え去る訳でもなく、蓮子はただ項垂れ、微動だにしない。
 黒帽子に隠れて、額も見えなくなる。どんな瞳を宿しているかも、隠れてしまう。

 メリーが芽へと流した『境界を操る力』は、微弱なものだった。元々それほど大きな力など残っていない。それでも芽を除去するに至る力には足りていた筈だ。気功を突くように、ほんの僅かな力でだって、エネルギーの流動を精密に流し込めばこの悪魔の芽は堪らず浄化される。
 妖力が足りる足りないというのは問題ではない。『宇佐見蓮子』と『悪の気』の中継点となる肉の芽の境界を中和し、遮断する。
 その『場所』へと物理的に辿り着けるか、着けないかという話。


 メリーの腕は、今。
 確かに『その場所』へと辿り着けたのだ。

 だったら。

468黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:09:23 ID:dCSol15U0












「…………………………蓮子?」






 呆然としていた蓮子の唇が、小さく動いた気がして。

 メリーはもう一度親友の名を呟き、真っ直ぐに見据えた。













「──────────メ、リー」









 少女の額に巣食っていた『肉の芽』は。

 疑う余地もなく、綺麗に消滅していた。

 この瞬間、蓮子を蝕んでいた邪悪の芽はこの世から滅んだ。







            ◆

469黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:11:34 ID:dCSol15U0

『八雲紫』
【夕方 ??:??】?-? 荒廃した■■神社


「そろそろ、この『夢』から醒めましょうか。あまり時間も残されてないわ」


 長い石段の下に広がる街の景色を眺めながら、八雲紫はそう言って立ち上がった。
 雨上がりの黄昏に光る夕景は鳴りを潜めつつあり、幻想的な夜景に移り変わらんとする時刻だ。
 空に架かった『虹』は暗くなるに従い、益々輝きの光子を振り撒いていた。
 まるで七色のオーロラだ。更にオーロラの隣には、一つ一つの閃光を鮮明に主張し続ける『七つの星』が瞬いている。
 紫は星々を名残惜しむように目を細め、それら光景を自身の瞼に焼き付けた。

「……さあマエリベリー。私と一緒に、この鳥居を潜るのです」

 後ろには荒廃した神社。そこへと続く道の途上には古ぼけた鳥居が立っている。その鳥居の口の奥に広がる空間が、ぐにゃりと歪んでぼやけていた。まるで蜃気楼のように光が屈折して集まり、異界への入口を思わせる扉。
 紫は扉の前に立ち、未だ石段の上に立ち尽くすメリーを振り返る。

 メリーは動こうとしない。鳥居を見ることすらせず、日暮れの空を呆然と眺めていた。

「マエリベリー。突然伝えられた、貴方自身の『真の能力』に困惑するのは分かります。しかし今はこの『夢』の中から脱出し、DIOから離れる事が先決。
 外には私の仲間も二人居ます。彼らは今、囮となってDIOの注意を引いてくれている。時間が無いと言ったのは、そういう事なの」

 駄々をこねる幼子を優しくあやす母のように、紫はなるべく立ち竦むメリーを刺激しない言い回しで現状を伝えた。
 自分の秘めた力の真髄が『宇宙を越える能力』だと言い渡されたメリーの心情は、推して知るべしである。まして少女は、基本的には『日常』の側に生きる普通の女の子。
 動揺するのは当たり前だ。それでも紫には、その少女が逆境に立ち向かえる強さを持つ少女だと言う事を理解している。
 理屈ではない。魂の奥底に刻まれた記憶が、マエリベリーという少女を知っているのだから。


「…………紫さん」


 だから少女が何か思い詰めた表情で振り向いたのを見て、彼女のそれが困惑とはかけ離れた色だという事に紫はすぐに気付いた。

「私、まだ逃げる訳には行かないんです」

 覚悟。手のひらに収まるくらいの、小さな覚悟の火だったが。
 メリーの顔に浮かぶ色は、敢えて言うならそのようなモノだった。

「友達がいるの。宇佐見蓮子って言って、その子は凄く頼りがいのある人で、いつもいつも私の手を引いてくれた。助けてくれた」

 ええ。勿論、知っているわ。
 私もあの子と話した。あの子は、貴方と同じ気持ちを持っていた。
 メリーという友達を探し出して助けたい……という純粋な心配だ。

「蓮子の肉の芽の事、紫さんは知ってるんですよね?」
「知ってるも何も、此処がその肉の芽の『中』の世界よ」
「此処からじゃあ、あの芽は取り除けない。さっき、そう言ってましたよね」
「言いましたとも。私と貴方の『本体』……つまり肉体は、あくまで宇佐見蓮子とは離れた場所で睡眠状態に入っているのだから」

 部屋に残したホル・ホースが変な真似をしていなければ、紫もメリーもあの部屋のベッドの上で眠っている筈だ。
 だからこそ悠長にしてはいられない。夢の世界であろうと、決して『時』は止まってなどくれない。針は刻一刻と、歩み続けている。

「私……館からは逃げません。蓮子を元に戻すまでは、絶対に」

 DIOは本当に用意周到で、用心深い知能犯だったらしい。
 たとえ外部からメリーを奪われても、しっかりと彼女の心に『おまじない』を掛けておいたのだ。籠から逃げ出した小鳥が戻ってくるように、歪な首輪を嵌め込んでいた。
 それが宇佐見蓮子という名の鎖。DIOとメリーを繋ぐ、冷たい鉄の糸。

「蓮子は貴方を都合良く操る為の、言うなら人質。そう簡単に殺したりはしないでしょう」

 そう言いつつも紫の心の中では、自分の吐いた言葉とは真逆の考えを唱えていた。
 奴はそんな甘い男ではない。メリーが本格的に自分の元から離れたりすれば、蓮子はいよいよ始末されるだろう。あるいはそれよりも非道い、惨たらしい罰が蓮子を襲うかもしれない。
 それを分かっていながら紫は、尚もメリーの命を優先する。今DIOの元に戻る行いは、あまりにリスクの高い悪手だ。

470黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:12:27 ID:dCSol15U0

 八雲紫は正義の味方などではない。人間を食い物にし、利用する妖怪だ。
 慈善事業で人助けなど、気まぐれが起こらない限りやりはしない。ましてや件の少女はメリーの親友とはいえ、幻想郷とは無関係な外の世界の人間だ。
 とはいえ紫も、鬼や悪魔ではない。鬼は紫の友人にもいたし、悪魔は館を不在にして好き勝手に暴れているだろうが。余裕があるのなら、メリーの親友というのだ、助けに奔走するくらい請け負ってやる。
 問題は、その余裕が無いことにある。
 こちらの戦力はメリーを省いても三人。対するDIO一派の全勢力は不明。先の予測が出来ない危険な賭け。それにメリーを巻き込むのだけは、したくなかった。

「紫さん……! お願い、します。私がここから逃げたら、DIOはきっと蓮子を……」

 深々と頭を下げるメリーの姿に、紫の罪悪感がはち切れそうな程に膨らむ。
 こんな冷酷で心が軋むような宣告、やりたくてやってる訳ではない。

 紫は平常心を偽る裏で、かつてない『選択』に迫られていた。

「どうかお願いします! 私一人じゃあ、蓮子を救えない! 誰かの助けが必要なんです!」

 垂れ下げ続けるメリーの顎先から、雫が落ちた。
 その懸命な姿を無視してでもメリーを連れ出す権利が、自分如きに有るのだろうか。
 誰にだって有りはしない。少女の操縦桿を好き勝手に握り強制する権利など、この世の誰にも。


「……それほどまでに、蓮子の事が大事?」


 やがて、紫が言い放った。
 眼差しはあくまで冷たいままで、出来るだけ低い声色を作り上げて。


「大好きな、友達です」


 返ってきた言葉は、紫の『選択』を決定付けるに充分な答えだ。
 この決定は、幻想的の未来すらも左右しかねない重大な分岐点。
 もし『しくじれば』……八雲紫はそこで死ぬ公算が高いのだから。
 そして、そうなってしまえば。目の前で頭を垂れる少女にとっても……その人生を大きく変えてしまいかねない、選択。


(……やっぱり、こうなってしまうのね)


 誰にも聴こえない声量で呟かれた、彼女の言葉。
 その中身が示す通り、紫は心中の何処かで『こうなる事』を予想していたのかも知れない。
 予想、というよりは、予感。
 それはともすれば、夢の中でメリーと出逢うよりも前から感じていた漠然な予感。
 いつからだろう。
 ジョルノへと夢を語った、あの時から?
 メリーからのSOSを朧気ながらキャッチした、あの時から?
 それとも。この会場に運ばれ、目を醒まして初めに見た……あの鮮明な星空に浮かぶ七つの星。
 ───彼らを見上げた時から?


 予感とは曖昧だ。
 それがたとえ、自分の中に確固として渦巻くモノであっても。


「───負けたわ。貴方のその、純粋な気持ちに」


 かくして八雲紫は、『選択』の末に舵を切った。
 メリーの涙を見なかった事にして前へ進めるほど、紫は強い女性ではない。

「……え」
「なんて顔をしているの。『蓮子を助けてあげる』って言ったのよ」

 涙と鼻水でグシャグシャに汚れる寸前の顔を、メリーはグンと勢いよく上げた。
 可愛げのある少女を見て、紫は対照的に笑ってみせた。誰もが心を射止められるような、美しく朗らかな笑顔で。

「ほ、ホントですか!?」
「あら。嘘であって欲しいの?」
「い、いえそんなっ! あの! あ、ありが……」
「お礼はいいの。私は貴方で、貴方は私なんだから。
 私は私の為に、貴方を助けるようなものよ。だからお礼はナシ。いい?」
「わ、分かりました……?」

 人を惑わすような理屈でまた丸め込められ、メリーは袖で顔を拭いながら了承する。

471黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:13:11 ID:dCSol15U0

「じゃ、じゃあ早速この『夢』から目覚めて蓮子の所に……!」

 そうと決まれば、と言わんばかりにメリーは浮き足立つ。くしゃくしゃだった表情には希望が灯り、鳥居の向こうまでいざ往かんと駆け出そうとする。しかし紫はそんな彼女を制し、空を仰いで冷静に状況を見つめ直す。

「こらこら待ちなさいな。そうとなれば作戦と事前準備は必要よ」
「作戦、ですか? でもあまり時間が無いんじゃあ……」
「降らぬ先の傘、って用心の言葉があるでしょう? 相手はあのDIOなんだから尚更」

 未だ濡れそぼる紫色の傘をクルクルと弄びながら、辺りに水滴を撒き散らす。思案しているというよりは、単にどう切り出すかを狙っている様な振る舞いだった。
 プランならば既に頭の中にある。こうなる事は初めの内から予感していたが故にプロット自体は完成していたが、それを実行する選択を取るつもりなど紫には無かっただけ。
 罪な女だと。紫は自分をほとほと卑下する。
 だが今はもう決めてしまった。ならば最後まで抗って抗って、メリーの為に動き出そう。

 宇佐見蓮子は、責任を以て自分が救い出す。
 もう決めた事だ。メリーの無垢な笑顔を見ていると、悩んでいた自分が愚かだとすら思えてくる。

 これから話す内容は、メリーにとっては些細な話。
 しかし同時に、心に刻み付けて欲しい戯言でもある。


「───ねえ、マエリベリー。貴方には『夢』はあるかしら?」


 唐突に紫は、傍の少女へと語りかける。
 その質問と同じ内容を、かつてはあの黄金の少年にも問い掛けた。

「夢……?」

 首を傾げる自分と同じ顔の少女に、紫は苦笑しつつ。
 すっかり日も暮れた夜空の向こう。疎らに点灯していく人工の光たちの、もっと上。
 夜景に咲く満開の虹を扇子で指し。御伽噺を朗読するように穏やかな口調で語る。


「貴女は、虹を見るとどんな気持ちになるかしら?
 夢。希望。幸運。
 虹は『転機』の象徴であると同時に、光そのもの。七色には、それぞれ意味があるの」


 紫はあの虹の向こうに希望を見た。
 ここにいるメリーは今、巨悪に立ち向かおうとしている。
 肉の芽などというモノは欠片に過ぎないが、これを浄化し友人を救うという行動は、DIOに立ち向かうという無二の勇気に他ならない。

 だからこそ紫は、少女に敬意を表した。
 だからこそ紫は、少女を手伝いたいと思った。
 そしてきっと。
 そんな健気な少女の『味方』となってくれる者は、自分以外にいる筈だ。
 この少女には、もっと出会うべき正義──喩えるなら、『黄金の精神』を持つ者達が存在する筈だ。

 マエリベリー・ハーンに真に相応しい味方は、私なんかじゃない。
 そんな予感が、紫の奥底で胎動していた。


 スゥ……と、紫は瞳を閉じた。空を指した腕は、そのままに。
 七色の演者達を誘う指揮者のシルエットが、無音の旋律を導き出す紫の指先から重なっていく。
 虚空のステージで煌びやかに舞踏を舞うは、気まぐれな指揮者の愛用する小綺麗な扇子。
 タクトと呼ぶには装飾の過ぎるそれが、始めに示した先の演者は──〝赤〟のトランペット。

「あの美しい虹を御覧なさい」

 夜空に聳える幻想的な七色を、大舞台の楽団に見立てて。
 壇上に佇む紫は、その最も強い光を放つ色から一つ一つを指し示してゆく。
 指揮棒の役割を賜った扇子は、独特のリズムで紫の指先を舞い続ける。
 観客席には、彼女もよく知る少女ただ一人。

472黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:14:09 ID:dCSol15U0


「〝赤〟とは、最も目立ち、血や炎の様に漲る生命力を放つ色。
 血は生命なり。強きエネルギーを秘めた始まりの赤/紅は『生命』の象徴」


 序曲は、“哭き幻想の為の七重奏【セプテット】”
 宇宙の原初は赤き炎の爆発より胎動し、亡霊じみた血脈の業を産み出した。


「〝橙〟とは、パワフルで陽気な喜びの色。
 赤の強きエネルギーと黄の明るさを兼ね揃えた、悪戯好きな『幸福』の象徴」


 業を受け継いだ異質なる血は流転し。
 渦を象る戦いの潮流に、素幡を掲げながら橙の波紋を躍らせる。


「〝青〟とは、クールさと知性を内包させた、しじまの色。
 内に秘めた力を静かに、冷静に奏でる調停者は『平和』の象徴」


 無限に広がる波紋の粒は、やがて銀河の星々を形成せしめる。
 絆げられた青き綺想の宇宙に、星屑の十字軍が超然と巡る。


「〝黄〟とは、一際明るく軽やかな、ポジティブを表す色。
 周囲に爽快を与え日常的な安心へ導く、この世で最も優しい『愛情』の象徴」


 銀河の星屑は、まるで暗夜に咲く金剛石【ダイヤモンド】。
 決して砕けることのない黄の耀きを望み、有頂天より眩い夜が降り注ぐ。


「〝紫〟とは、神秘性と精神性を兼ねた、人を惹きつける色。
 古くより二元性を意味する高貴な色は、何者よりも気高き『高尚』の象徴」


 金剛の光は燐光を放ち、古代の人々はそれを標に据える。
 鮮やかな黄金の風に導かれ、紫に煌めく夜が降りてくる光景を、彼らは夢へ喩えた。


「〝藍〟とは、アイデアと直観力を産み出す気丈の色。
 七色では最も暗くあるが、見た目のか弱さの中に活動的な力を秘める『意志』の象徴」


 心地良い黄金の風は循環し、星の器へと還る。
 箒星を仰ぐ少女は母なる藍海を求め、石の海から宇宙の外へと飛び出した。


「〝緑〟とは、バランスと調和を融合させる成長の色。
 幾億の歴史から進化してきた生命・植物は、父なる大地と共存する『自然』の象徴」


 宇宙の輪廻は、石の海の向こうに新天地を創った。
 マイナスであった意志は鋼に変わり、壮大たる緑の大陸を自由に翔ける姿はまさに風神の如く。


「宇宙は一巡を経験し、また『新たな零』の地点へと還ってくる。虹色もまた、同じ。
 全ては輪廻し、巡る様に構成されている」


 『生命』滾りし赤
 『幸福』巡らし橙
 『平和』奏でし青
 『愛情』与えし黄
 『高尚』掲げし紫
 『意志』仰ぎし藍
 『自然』翔けし緑


「それら七光のスペクトルが一点に集うことで、初めて『虹』は産まれる。
 虹は『天気』であり『転機』でもあるの。あるいは『変化』とも」


 情熱と静寂。
 指揮者は二つの属性を、音の波に浮かべながら詩を唄う。


「私の役目は。私の夢は。
 その変化の行く末───〝虹の先〟に何があるかを見届けること。
 星羅往かんと翔ける旅の中道で、私と貴方は出逢った。それって凄く素敵じゃないかしら?」


 雨が上がれば虹が架かる。
 今見ているこの夢は、私と貴方を繋ぐ『七色』のような夢であれ。


「大切な事はね、マエリベリー。
 幾ら宇宙が一巡しても。何度世界が創造されても。
 決して世界は“ループなんかしていない” 。未来は“予定されてなどいない”。
 一秒後、自らに起こる運命など人は知る術など無いし、知るべきでは無い、という事。
 覚えておきなさい。貴方の未来は、貴方自身にしか作れない」


 こうして指揮者は、全ての演目を終えた。
 たった一人の観客に掛けた言葉は、その少女の進むべき未来を暗示しているようで。

473黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:14:36 ID:dCSol15U0


「記憶の層というのは人々に『未知』を授ける。『未知』であるからこそ、人は逆境に立ち向かえる。
 これから先、貴方には予想も付かない困難の未来がきっと待ち受けるでしょう」


 虹に誘う指揮者から、ただの八雲紫へと戻った彼女は。
 胸に付けられた『ナナホシ』のブローチを取り外し、少女の手のひらへそっと収めた。


「貴方はもう、蛹じゃない。私という紫鏡から解き放たれた、一羽の蝶。
 自分の操縦桿は、他の誰でもない貴方自身が握るの。貴方の周囲には、それを手伝ってくれる者達がきっと居ます」


 いつの間にか空の虹は消えて見えなくなっていた。
 隣に輝いていた『七星』も同様に。


「その『七星天道』のブローチは御守り。身に付けておけば、きっと貴方を護ってくれるわ」
「紫さん……貴方は」


 何かを言いかけたメリーの唇に紫の人差し指がそっと宛てがわれ、言葉は止んだ。


「その先は言わなくてもいい。貴方は自分の事だけを考えなさい。
 そして貴方自身の『夢』……それは、秘封倶楽部に関係するのでしょう?」


 メリーの夢、と呼べるほど大袈裟なものでもない。
 それでもそのささやかな夢に、秘封倶楽部は無くてはならない存在。
 つまり親友である宇佐見蓮子の存在も、メリーの夢には無くてはならない存在。

 紫の指が離れていく。言葉を紡ぐことを許されたのだ。


「……私の『夢』。それは蓮子と一緒に、秘封倶楽部を──────。」


 誰にでもあるような、本当にささやかな夢が。
 少女の口から語られた。
 妖怪の賢者はそれを聞き遂げると、満足したように笑った。


「じゃあ、友達は絶対に助けなきゃね」


 そして改めて、意を表明した。
 上を見渡すと、虹も、星も、空そのものも、時間と共に消失していくのが見えた。
 そろそろ夢の終わりだ。現実へと目覚める時間が差し迫ってきたのだ。


「───蓮子を救い出す『作戦』を説明します。よく聞いて、マエリベリー」


            ◆

474黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:16:13 ID:dCSol15U0

『〝マエリベリー・ハーン〟』
【夕方 16:28】C-3 紅魔館 地下道


 八雲紫とメリーが見ていた『夢』。二人はそこから目覚め、すぐに行動を始めた。
 目覚めたその部屋には、待機させていた筈のホル・ホースの姿は無かった。薄情な男とは思ったが、微睡みの最中に何かされた形跡も見当たらず、結果的には支障はない。
 二人は足早に館を出た。まずはジョルノと鈴仙への合流が先決。程なくして、館を揺らしていた犯人のジョルノらと再会出来た。
 彼らに作戦を伝え、宇佐見蓮子の救出を最優先事項とさせ。快い協力のもと、蓮子とメリーの二人は無事に地下へと落とされ───


 そして今。
 少女は、邪悪の根源となっていた親友の『芽』を、とうとう摘んだ。
 宇佐見蓮子は、親友の腕の中で支配から解放されたのだ。



 ───『肉の芽』と云う名の、支配から“は”。










「……………………れ、ん……こ…………、?」









 妖刀が、メリーの心臓を真っ直ぐに貫いていた。


「……………………ぁ、」


 メリーの腕の中で、〝宇佐見蓮子〟は再び嗤っていた。
 刀を握り、口角を大きく釣り上げながら。
 “嗤い”は次の瞬間、“笑い”となって、ひっそりと寝入っていた地下に木霊する。



「クク…………ギャーーーーーハッハッハッハ!!! バァーーーカッ!! まんまとしてやったりのつもりだったのかァーーー!?」



 声は蓮子そのもの。しかし『意思』は蓮子とは別人。勿論たった今消し去ってやった肉の芽が生んだ意思でも無い。
 串刺しにされたメリーは胸を襲う痛覚よりも、自分の失態に絶望する後悔の気持ちが全ての感情を凌駕する。

 この蓮子の正体を、自分は知っている。
 どうしてそこに考え至らなかったのか、何もかもを後悔する。


「そーーーだよオレは蓮子じゃあねーぜッ! 喋ってんのは蓮子嬢ちゃんが握ってる『刀』の方だよボケ! 『アヌビス神』のスタンドさァ!!」


 癪に障る声など、耳に入らない。少女にとっては、全くそれどころではない。
 DIOの肉の芽を解除出来たのは確かだ。手に残った感覚が、邪悪の消滅を完全に証明している。
 じゃあ目の前で高らかに笑う『コイツ』はなんだ?

(違う……私はコイツを知っていた。何故、今までその事を失念していた……!?)

 蓮子の腕の中で不気味に光る妖刀がどれだけに厄介な得物かは、身を以て理解していた。
 だが肉の芽への対策に気を取られ過ぎていた。芽さえ取り除けば、蓮子を蝕む全ての『魔』はすっかり祓い清められるのだと。

 支配は『二重』に掛けられていた。今になって気付かされた真実。
 肉の芽の呪いが強烈過ぎたが為に、触れただけで意識を乗っ取られるアヌビス神の支配力すらも上書きされていた。アヌビスの呪いを上から更に抑え付け、蓮子の全意識を支配していた悪魔の芽。
 それが今、消滅した。するとどうなる?

「すると『こうなる』って事だよォ〜〜ン! お前には礼を言っとくゼェ〜メリーちゃんよォー!」

 DIOからセーブされていたアヌビス神を結果的に蘇らせたのは、皮肉にもメリー。

 しかし、それの比ではない過酷な運命がこの時……二人を包んだ。

 メリーは、高笑いする妖刀に胸を貫かれたから動けないのではない。

 メリーは、自らの失態に唇を噛んでいたから痛みが無いのではない。

 メリーは、自身に訪れる死を悟ったから顔を歪めているのではない。

 逆だった。

475黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:17:02 ID:dCSol15U0





「─────────あ?」





 妖刀は馬鹿笑いから一転、停止する。
 ツツーと、赤黒い血が唇から漏れた。

 敵を抉った側である筈の、蓮子から。


「…………ブ、ふっ……ぅ、あ」


 醜く歪められていた蓮子の顔色は、一瞬にして青ざめていく。
 直後、絶望的な量の血飛沫が、蓮子の口から勢いよく吐かれた。
 蓮子を上から繰っていた邪悪の糸は最後の最後、その全てをぷつりと途切らせて。
 今度こそ少女はメリーの腕の中へと倒れ込んだ。


「───ぁ、……蓮、子?」


 メリーの命を穿つ軌跡であった妖刀の切っ先は。

 彼女の胸のリボンに飾り付けられた『ブローチ』ごと、相手を串刺しとした。

 ジョルノが『ゴールド・エクスペリエンス』の力を込めて紫に渡しておいたそれは、『御守り』の加護を受けたままメリーの衣装に紡がれた。

 皮肉にもその『加護』は、メリーの肉体を凶刃から確かに護り抜き、


 ───全ての攻撃を蓮子自身に『反射』させた。



「蓮子ォォーーーーーーーーーー!!!」



 絶叫が、少女達の身体を揺さぶる。
 飛び散る血痕と共に抜き取られたアヌビス神が、カランカランと金属音を立てて転げ落ちた。

『れ、蓮子嬢ちゃん!? どうしたってんだよ突然!? オイ!!』

 突如として血を吐き倒れた宿主の異常。その真実に、アヌビス神は辿り着けない。
 DIOの支配から解放されるやいなや、人斬り衝動にただ身を任せて斬りつけただけ。それが何を意味するかも知らずに。

 メリーは悲劇の根源である妖刀の喚き声に目もくれず、朽ち果てる友の身体をぎゅうと抱きしめ続ける。
 どくんどくんと高まる動悸は、果たしてどちらの肉体が伝えているのか。

 走馬灯のように思い出されるのは、あの時のこと。


───『その〝ナナホシテントウ〟のブローチは御守り。身に付けておけば、きっと貴方を護ってくれるわ』


 虫の知らせでも働いたのか。ブローチは八雲紫からメリーへと受け継がれた。
 御守りとして身に付けられた装飾は、与えられた機能を十全に発揮してくれた。それは間違いない。

 もしもこのブローチが無ければ……間違いなくここに倒れていたのは宇佐見蓮子ではなく、もう片方の少女だったのだから。

『オイ! ちょっと待ってくれよ今のはオレのせいじゃねーぜ!? てかなんでお前刺されたのに生きてんだよオイ!!』

 慌てふためく妖刀。そこから浮かぶジャッカルを模したスタンド像が、事の無実を証明しようと言い訳がましく捲し立てる。そのあまりに愚昧な姿を視界の端に入れていたメリーは、絶望の脇で『別の感情』を沸かせていた。

 倒れ込んだ蓮子を無い腕で胸に抱いたままに、一本となった腕を地面の刀へと向ける。

 アレはこの世に在ってはならないモノだ。
 この世界にどうしようもない不幸を齎す呪物だ。
 元を辿れば西行寺幽々子の従者、魂魄妖夢を悪鬼に陥れたのもアレの仕業だったのだろう。そして彼奴は今また、蓮子の身体を使って悲劇を繰り返した。


「お前は……私の〝大切な人〟が〝大切にしている人〟を『二度』も奪った」


 アレはこの世に在ってはならないモノだ。
 この世界にどうしようもない不幸を齎す呪物だ。
 メリー本来の姿と意思から著しく乖離した少女の姿が、底の無い怒りを伴って殺気を沸かし始める。

『ちょちょちょ!! オイ待て落ち着けって! だからオレじゃねーだろ今のは! お前も見てたろ!? 突然血ィ吐いてブッ倒れたのは嬢ちゃんで、オレが殺そうとしたのはお前の方……あ、いやいやいや違う違うッ! 違うからまずは話を聞けっての!!』

 柄を握り、力を奮ってくれる宿主はもう居ない。そこに転がる刀は、今や魑魅魍魎にも劣る無力な雑物に等しい。
 本体の手から離れたアヌビス神に出来る精一杯の抵抗は、唯一動かせる仮初の口でみっともない弁明を説き、目の前の凶悪な人間の怒りを何とか鎮めるだけだ。
 相手は、友人の命を奪った仇敵を破壊せんとする怒りに身を任せており。
 刀に向けて翳された右手には、彼女の肉体に残った全ての妖力が集約しつつあった。

476黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:18:25 ID:dCSol15U0

『だから待て! 頼むオレの話を聞いてくれよッ! そ、そもそもアンタら二人が戦う羽目になったのは……そ、そう! DIOのせいだ! だろ!? 諸悪の根源はあのバカみてーに真っ黄色な変態服着て王様気取ってやがるアイツだ!! オレは悪くねーってだからその右手下ろせって! なっ!? なっ!? あ、そうだ良ーこと考えた! 妙案を閃いたぜッ! お前……い、いや、お嬢ちゃん! オレと一緒に仇を討とうじゃねーかあのDIOのクソッタレによォ! オレは役に立つぜェーーマジで! う、嘘だと思うならよ! ちょっとだけ! ちょっとだけお試しで握ってみなよオレの柄を! ホント信じてくれ! 絶対にお買い得品だからよオレは! い、今ならこのアヌビス神を買ってくれたお客様にはもう一本同じアヌビス神が付いてきま───』


「去ね」





 『彼』は──アヌビス神の名を賜ったそのスタンドは、世に蔓延るスタンドの中においても特別に異色である。
 本体の意識を越えてスタンドそのものに意思が宿り、自己と知性を手に入れる事例は珍しいものでもない。
 しかしこの妖刀が産んだ意思は、『自己の消滅』を過剰な程に恐れた。元来のスタンドの使い手であった刀鍛冶が遥か500年前に死して尚、スタンドの意思のみが現代にまで生き続けている程に。
 自己の消滅───即ち『死』という現象をこうまで恐れるスタンドは本当に稀だ。あるいは、DIOが彼に興味を抱いた一番の点はその自己心なのかもしれない。

 彼は最後の最後まで妖刀としてこの世に生を受けた本懐を遂げたかっただけ。
 人斬りというアイデンティティが失われる事あれば、妖刀としては死と同義。
 まるで妖怪。アヌビス神は、自己の消滅に恐怖する妖怪となんら変わらない。
 〝彼女〟が生きた妖刀を手に掛ける理由に、同族意識もあったかもしれない。
 憐憫。同情。そういった気持ちが、ゼロとは言わない。言わないが、しかし。

 この妖刀は遊びが過ぎた。
 故に、弾幕ごっこという名の『遊び』の境界を逸脱した、この本気の弾幕で“消す”に相応しい。



「───『深弾幕結界-夢幻泡影-』」



 夢、幻、泡、影とはそれぞれ淡く壊れやすく儚いもの。
 人の世も人の生も、またそれと同じくとても儚いもの。
 スタンドとて、然り。

 自慢の太刀で肉を喰う快感は、まるで夢みたいに。
 思うがままに刃を振う興奮は、まるで幻みたいに。
 純潔な少女の血を吸う至福は、まるで泡みたいに。
 自由奔放なる道を味う人生は、まるで影みたいに。
 アヌビス神の死を厭う最期は、まるで夢幻泡影を謳うみたいに。



 淡く、儚く、呆気なく、壊れた。
 


【アヌビス神@ジョジョの奇妙な冒険 第3部】破壊

            ◆

477黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:21:40 ID:dCSol15U0

 これまでの何もかもが、あたかも儚き『夢』だったかのように。
 別れは、突然に降ってきた。

 蓮子の傷は致命傷。即死では無かったが、救う術は皆無。弱体化を受けた『境界を操る程度の能力』では、心臓を穿いた傷は塞げなかった。
 地上には傷を治せるジョルノがいる。もしかしたら合流の為、すぐ近くにまで来ているのかもしれない。

(……駄目。間に合わない)

 自分でも恐ろしいくらい冷静に蓮子の現状を認識し、悲劇の回避は叶わないと悟っていた。死に堕ちゆく少女の瞼は閉ざされ、止めどなく流れ続ける赤い水溜まりの中心が、二人の世界であった。

 なんて、無力。
 メリーはここに至って、自らの力の無さをこれ迄になく痛感する。
 聡明な彼女であるからこそ、蓮子の死はどう足掻いたって避けられないと理解した。
 そして、だからこそ。
 自分の心の内には、こんなにも冷静でいられる自分が存在するのかと自虐する。
 その冷静さが、彼女にある行動を促した。

 メリーの一番の友達である宇佐見蓮子は、これから死ぬ。
 残された時間は一分と無いだろう。夥しい血の量が、全てを物語っている。
 少女の視覚が、聴覚が、意識が、ギリギリの所で肉体にしがみ付いているよう胸の中で願いつつ。

 〝彼女〟は、今自分が最も優先して行うべき行動を、迷いなく選択した。


「蓮子!! お願い、目を覚まして!! 私よ蓮子! メリーよ!!」


 傷を塞ぐ為に殆ど力の残っていない境界の能力を、悪足掻きだと理解しながらも使うか。
 傷付いた蓮子の肉体を強引に背負い、地上への昇降口でも探してジョルノに引き渡すか。
 どれも違う。メリーの選ぶべき行動は、成就の見込みが極めて薄っぺらい神頼みではない。


「肉の芽は消えたのよ! アヌビス神も壊したわ!
 貴方(蓮子)はここに居て、私(メリー)もここに居る!!」


 最後になってもいい。たった一言でもいい。
 証明が、欲しかった。


「秘封倶楽部(私たち)……やっと『再会』できたのよ! だから……死なないでよぉ……っ!」


 “私たちの愛した秘封倶楽部は、ここにいる”
 その証明には、二人の言葉が不可欠。
 〝メリー〟と〝蓮子〟……この二人が揃って言葉を交わし合う。
 死を免れない親友への、せめてものレクイエム。
 たった一言でも、それ以上は望まない。望んではいけない。

 それが秘封倶楽部にとっては───これ以上にない最高のように思えたからだ。


「起きてよ、蓮子……もう一回、秘封倶楽部……一緒に、やり直そうよぉ……」


 〝彼女〟は、そう考えた。

 そして、その相方である少女も───同じことを思ったのかもしれない。


「………………ぁ、…り、が…………ううん……、」


 小さな言葉は、今まさに交わされようとしていた。
 あまりにもか細い声だったが、メリーの耳には確かに届いたのだ。

 本当に、ただ一言の為。
 蓮子は薄らと瞼を開け、自分を抱きながら涙を流す親友の姿を仰ぎ……もう一度だけ、口を開かせた。



「秘封倶楽部(私たち)は、ずっと一緒だよ。───〝メリー〟」



 最期の言葉は、ハッキリと聴こえた。
 そして、蓮子はメリーの片腕の中で。
 嬉しそうな表情で───眠りについた。
 夢見る少女のままで。親友の腕の中で。

478黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:22:13 ID:dCSol15U0

















「……………………ごめんなさい。本当に……ごめんなさい……蓮子」



 私は、独りになっていた。
 何故、こんなにも涙を流しているのだろう。
 何故、こんなにも謝っているのだろう。
 蓮子を救えなかったから?
 違う。そんなわけがない。
 私の心は、何も失われていない。
 宇佐見蓮子など、所詮は人間の少女。死んだところで心は大して痛まない。

 じゃあ、止めどなく頬を流れるコレは、何処から溢れだしているものなのだろう。
 これは〝私〟の涙なんかじゃない。
 これはマエリベリーの涙に過ぎない。
 友達を喪った哀しみが、あの子の心を通して〝私〟へと流れて来ている。


 ただ、それだけ。
 そうに、違いなかった。


「ごめん、……なさぃ…………蓮子…………っ」


 じゃあ、絶え間なく喉から転がる謝罪は、何処から溢れだしているものなのだろう。
 これは〝私〟自身の言葉だ。
 これは宇佐見蓮子を最期まで偽った負い目から溢れる言葉だ。
 死にゆく少女に〝メリー〟だと偽って嘘を吐いた……〝私〟自身の罪だ。


(私は……一体何故、〝あの娘〟に成りきろうとしていた……?)


 秘封倶楽部の活動は世界の『真実』を解き明かし、『謎』を暴くこと。
 では、蓮子は今際の際にどうしただろう?
 腕の中で眠るこの少女は何を想い、最期の一言を発したのだろうか?
 蓮子は。本当は……気付いていたのかもしれない。


 死にゆく自分へと懸命に声を掛け続ける親友の正体が。
 マエリベリー・ハーンの姿を借りた〝八雲紫〟という偽者。その『真実』に。


 少なくとも蓮子は。目の前の友の姿がメリーではないという事には気付いていたに違いない。
 いつからだろうか? それすら、もう分からなくなってしまった。
 真実に気付いていながら、彼女はその『謎』を無理に暴こうとしなかった。暴くべきでない謎も、この世には在ると理解していたのだろう。
 蓮子は「ありがとう」と、最期にそう言い掛けて……止めた。
 すぐに言い直して、メリーの名をしっかりと呼んで、死んだのだ。

 何が「ありがとう」なのか。
 自分を騙したつもりでいる相手に掛ける言葉ではないというのに。
 その言葉は、何故最後まで紡がれなかったのか。

 八雲紫はずっとメリーに扮してきた。メリーの殻を着たままに、親友である宇佐見蓮子を偽ってきた。
 それは蓮子の視点から見れば、悪趣味な演技以外の何物でもない筈なのに。
 どうして彼女は、気付いてない『フリ』をしたままに、笑いながら逝ったのか。

 ああ。それは凄く簡単な事だ。
 蓮子は、紫の『優しい嘘』がとても嬉しかった。
 紫の演技が悪意や打算などではなく、もう助からないと悟った蓮子へ魅せる、秘封倶楽部という名の『最期の夢』なんだと分かり、心から嬉しく思ったのだ。心優しい嘘に、咄嗟に「ありがとう」と言い掛けてしまい、気付かないフリで誤魔化した。

 何もかも、蓮子の為。紫の嘘は、蓮子を想うが為にあった。
 蓮子もそれを分かっていたから、何も言わず、〝メリー〟の名を呟いて……逝った。

 要は、紫は気遣われたのだ。
 それは蓮子が紫の嘘に対して嬉しく思ったからこそだった。
 優しい嘘を優しい嘘で返すような、意趣返し。
 本当に、とても単純な話。


 出来ることなら……彼女を『本当』のメリーに会わせてあげたかった。
 今はもう、叶わぬ夢だと分かってはいても。


「私はただ……『必要』だからあの娘と入れ替わった。それだけなのにね?
 …………蓮子」


            ◆

479黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:22:51 ID:dCSol15U0

『八雲紫』
【夕方 ??:??】?-? 荒廃した■■神社


「───蓮子を救い出す『作戦』を説明します。よく聞いて、マエリベリー」


 七色と七星の見守る、一筋の夢の狭間。
 この素晴らしき夢幻が醒める前に、紫はメリーへと策を伝えた。
 メリーの大切な友達、宇佐見蓮子を救い出す最善の策を。


「───以上。外にはジョルノ君と鈴仙が居ると思うから、二人への合流がまず先ね。まあ、彼らが無事だったらの話だけど」


 凡そ完璧な作戦とは言えない、リスクという名の穴も幾らか見え隠れする凡策。それでも今、この場で蓮子をどうしても助け出すというのなら、これが最善だと紫には思えた。

「……作戦は理解しました。でも、あの……紫さん」
「分かってるわよ、貴方の言いたい事は」

 メリーは、紫の話した作戦の『ある一部分』においてだけ引っ掛かっていた。
 その内容というものは……


「『私と紫さんが入れ替わる』……っていうのは?」
「そのまんまよ。私が貴方に。貴方が私に『成りすます』って意味よ」


 入れ替わる。
 確かにメリーと紫の容姿は酷似しているが、衣装など交換したところで髪の長さや雰囲気など諸々の点では異なっている。
 成りすましなど可能かどうか分からないし、そもそもその行為に何の意味があるのかがメリーには理解に及ばなかった。

「まず『入れ替わり』の可否だけども、一言で言えば『可能』です」
「どうやって入れ替わるんですか? 身長とか、その……体つき、とかもちょっと違うように見えるんですけど。……主に私の体が足を引っ張る方向で」
「別に変装しようって意味じゃあないわよ。見た目に関しては私の境界を操る能力で何とかします。幸いにも容姿の方は殆ど同じだから、『夢』から醒める過程でスムーズに肉体を交換出来るでしょう」

 紫はあたかも服のサイズが合うかどうか程度のように軽く言ってみせたが、果たしてそう簡単にいくものだろうか。
 肉体を他人の物と交換するという、ただの少女が経験するには些か常識外れのイベント。それはそれでちょっと面白そうかもと、不謹慎ながらメリーは少々胸を高まらせた。なにせ目の前の大人かつ妖艶な美女の姿に変身できる様な話なのだから。

「少し難しいのは『中身』の方ね。私の方はともかく、貴方の演技力で〝八雲紫〟を完璧にトレース出来るとは……まあ、ちょっと思えないわねえ」

 何ですかそれ……と抗議しようとしたが、止めた。
 全くその通りであり、ハッキリ言ってメリーには紫のような独特の艷らしい空気を出せる自信などない。悲しいことに。

「そこでマエリベリー。貴方には、私の『記憶』や『能力』を分け与えます。“ちょっとだけ”ね」
「記憶と能力、ですか……?」
「ええ。私の持つ記憶や意思、スキマの力の使い方とか……『八雲紫』の持つ全てを一時的に貸すという意味よ。同時に、貴方の記憶も私と同調──つまり『共有』させて貰う。ひとえに演技するといっても限界があるからね。
 貴方自身は難しい事なんて考えずに、貸与された『私の意志』へ自然に肩を寄せてればいい。記憶と意思さえ共有すれば、貴方もありのままの〝八雲紫〟を振る舞える筈ですわ」
「えっと……よく分からないんですけど、そんな事まで出来るんですか?」
「普通は無理ね。ただ、貴方はやっぱり『特別』みたいだから」

 メリーと紫の間には、通常存在する『個の境界』が特別に薄いのだと言う。それは人格だとか、人間性だとか、人や妖怪の全てを形成する無二のアイデンティティ。それらを潜り抜け、メリーが紫に、紫がメリーの器に潜り込み、あたかも本人そのものの様に振る舞うことは難儀ではないと。
 鏡に映った互い同士を、鏡界を超えて交換するようなものだという。なにぶん初めての体験であるので、メリーにはいまいちピンと来ない。しかし賢者が可能だと断言する以上、それはやっぱり夢物語なんかじゃなくて。

 メリーは紫の提唱した肉体トレード策に、力強く頷いた。これも蓮子を救う方法ならば、何だってやってやると。

480黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:23:25 ID:dCSol15U0

「全部DIOを『騙す』為よ。あの男は貴方の能力に相当固執している。作戦の過程で何らかのアクシデント……つまりは『失敗』して、貴方が再び囚われないとも限らない」

 DIOを騙す。つまりはそれこそが入れ替わる目的だと紫は説明する。
 あの男の執念は末恐ろしく、相当なものだというのはメリーとて存分に味わっている。それへの対策として、予めこの方法を取るのだと。

「……つまり、それって」

 恐る恐る、メリーは不安を口に出すようにして問う。

「そう。もしもの時は、私が『身代わり』になる」
「そんなっ!」

 籠から逃げ出した小鳥が戻ってくる。そうなればDIOは大喜びでメリーを籠に閉じ込め、本格的な支配に身を乗り出すだろう。
 その時、捕らえた小鳥の中身が全く別の物──レプリカであったなら、男は怒りに顔を歪ませ、計画はおじゃんとなる。一泡食わせてやれるのだ。

「だ、駄目ですよそんな……!」
「駄目? それはどうしてかしら?」
「だってそれって、もしも入れ替わってる事がDIOにバレたら……」
「始末されるって? 貴方ねえ、私のこと見くびってるでしょう?」

 賢者の見せる余裕は、メリーの不安を払拭させ切るには至らない。紫の妖力が絶大なモノである事は理解し始めてきているが、DIOの恐怖を骨の髄まで伝えさせられたメリーにとっては、紫よりもDIOの悪意が更に強大なそれだと認識している。そして『悪意』に関してなら、その認識は決して的外れではなかった。

「それに私の力を貸すといっても、最低限の範囲よ。たとえ器を違えても、大妖怪の力は充分に残す。もし囚われても、尻尾を巻くぐらいの力はある」
「でも! 私の身代わりにさせるなんて、そんな事が……!」
「聞き分けなさいマエリベリー。何の為にこんな『夢』の中まで貴方を救出しに来たと思ってるの。それにこれは起こり得る最悪のアクシデントが発生した場合の予防線。そうならない為にも、貴方は館の外で祈ってなさい」

 紫の話した作戦の内容。それはメリーに扮した紫と、紫に扮した『サーフィス』の人形が二人でDIOに接近し、蓮子を分断させるというものだ。
 所詮はコピー人形のサーフィスが弾幕やスキマの力を発揮出来るかは怪しいものなので、傍に付いたメリー(紫)が“あたかも紫(サーフィス)がスキマを使った”かのように見せればこの問題はクリアでき、DIOすら騙し通せるだろう。
 そしてその頃には当然、本物のメリーはDIOから離れた安全な館外へジョルノと共に身を隠している……というのが、紫の作戦の全貌である。

「私と貴方の『入れ替わり』についてはジョルノ君達にも秘密よ。少なくとも完璧な安全を確保出来るまでは、ね」

 地下道には見当たらなかったが、外にはまだディエゴの翼竜が目を光らせている。余計な漏洩を防ぐ為の処置でもあった。特に鈴仙辺りが事前に知ってしまえば、うっかり口漏らすくらいやってもおかしくはない。


「そしてこれは作戦の性質上、蓮子の芽を解除する役目は私が就くことになる」


 力を貸しておくとはいえ、メリーでは荷が重い。敵組織の正確な数も分からないし、あの厄介なディエゴだってまだいるのだから。それにメリーの姿形に応えて蓮子の意識が元に戻る、というのも考えられない話ではない。であるならば、半ば蓮子をも騙す形とはなるが試す価値はあるというもの。


 以上が、二人の肉体を交換する理由。
 紫がメリーを想うが故に、リスクは全て紫が請け負う。
 これは『必要』な事なのだ。


「さあ、そろそろ本当に『夢』から目醒めましょう。
 さっき渡した『ブローチ』も身に付けておいてね。ただの装飾品じゃないんだから」


 紫の指差した鳥居の奥では、現実世界の『部屋』が歪んだ形で渦巻いている。
 ここを潜れば、メリーと紫の意思は互いの肉体へと交換される。
 そして。
 すぐにも宇佐見蓮子はメリーの元へと帰ってくるだろう。
 親友同士とは、そういうものだ。
 だから。


「だから……蓮子は、私が必ず元に戻します」
「紫さん……」
「そして───『秘封倶楽部』をやり直す。……でしょ?」
「……はい! 蓮子のこと……お願いします!」


 メリーの為に、蓮子を救うと。
 そう決心し始めていた。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

481黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:23:52 ID:dCSol15U0
『マエリベリー・ハーン』
【夕方 16:25】C-3 紅魔館 玄関前


「……マエリベリーに付けていた『ブローチ』の反応が地下に移動しました。どうやら作戦は成功したようです、紫さん」
「それは良かった。後は〝マエリベリー〟が蓮子ちゃんを元に戻して私たちと合流すれば撤退。
 さ、鈴仙が帰ってきたら、こんな目に悪い赤赤しい館からはさっさと退散しましょう」


 紫さんと私の肉体はどうやら本当に入れ替わる事が出来ているらしい。今や私の体は『八雲紫』そのもので、不思議な事にあの人の持つ『記憶』すらも私の中にある。それが私の口調や所作を八雲紫の振る舞いとして映るよう、ごく自然に動かしていた。

 その事が、私にとっては少し怖い。

 私と紫さんが肉体を交換した理由──その『表向き』の理由は、DIOを騙す目的。あの人は困惑する私へと、笑みすら交えながら説明した。
 嘘ではない。でも……『本当の理由』が、言葉の裏側には隠されていた。あの人と記憶を共有した私には、それが分かってしまった。

 分かっていながらあの人を行かせたのは、きっと。
 紫さんの抱えた『覚悟』や『想い』が、彼女と同調を遂げた私にも理解出来てしまったから。

 何故あの人が、わざわざ〝マエリベリー〟へ代わったのかも。
 何故あの人が、『夢』の中で『七色の虹』の話を語ったのかも。

 〝八雲紫〟の意思と記憶、力を受け継いだ私には……全部、理解出来る。

 だから私は……今がとても怖い。
 紫さんは先にこの場を離れろと指示した。後から二人で追い付くから、と。
 それは私の安全を思っての事なんでしょう。ここはまだ、敵の陣地内なんだから。

 早く……早く二人に逢いたい。逢って、安心したい。
 未来なんてものは結局、誰にも分からないから。
 もしひどい未来を知ってしまったなら、人はそれを回避しようと躍起になる。
 そうなれば……もっと悲しい結末になるかもしれないのに。
 だから『覚悟』なんて出来ないし、するべきでないと思う。


 そして───だからこそ人は『今』を精一杯に生きようとするに違いないもの。




「……鈴仙が慌てふためきながら帰ってきたわ。DIOの足止めにも成功したようだし、すぐにここを離れるわよ、ジョルノ君」

 見れば、鈴仙さんが涙目でこっちに走ってくる光景を確認できた。
 良かった。私は囮役を引き受け(させられ)た鈴仙さんの無事に心から安堵する。
 ジョルノ君も私と同じように彼女の無事を認め、安心して。
 私へ確認するように、唐突に言った。


「……紫さんは、それでいいのですか?」
「……え?」


 彼が私をじっと見つめる。空気が少し、重くなった。

「いえ……杞憂かもしれませんが、僕はやはり〝マエリベリー〟が心配です。さっき初めて彼女と会話を交わした僕ですらそう思うのですから、貴方はもっと心配なのではないですか? 彼女の事が」
「……マエリベリーの事なら、私は信頼してますので」

 気丈に振る舞う言葉とは裏腹に、心中ではジョルノ君の言葉に大きく揺さぶられていた。
 心配。そんなの、当たり前だ。紫さんは今、たった一人で蓮子と向き合っている。
 あの人は私の『身代わり』になってまで、戦っているのだから。

「信頼というのは……とても重要です。僕自身も貴方のことは信頼してます。しかし、今回ばかりは……貴方の判断に首を傾げています。
 ハッキリ言いますよ。僕は今からでも、地下のマエリベリーの元に向かうつもりです」
「ジョルノ、君……」

 強い意思を持った人だと感じた。とても年下の男の子とは思えないくらい『気高い覚悟』を持つ人だなと。

 彼の言葉を聞いて、私も決心できた。
 ごめんなさい、紫さん。
 私もジョルノ君と一緒。貴方を残して行けません。

「……ふう。分かったわ。共に地下へ降りましょう。私だって二人が心配だもの」
「ありがとうございます。……それとは別件なのですが」

 軽く礼をしたジョルノ君は、すぐに私を訝しむような顔つきへと変わった。


「───紫さん。もしかして〝貴方〟は…………いえ、何でもありません」


 思い詰めた表情を切り替えるようにして、彼は私から視線を逸らした。
 私も何となく、彼が『私の正体に気付いているのかも』とは感じていたけども。
 でもジョルノ君はそれ以上何を言うこともなく、駆け寄ってくる鈴仙さんに労いの言葉を掛けて気付かない『フリ』をしてくれた。


 今は、私もそれでいいと思って。
 紫さんの『フリ』を続けて、クタクタの鈴仙さんを労わってあげた。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

482黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:25:08 ID:dCSol15U0
『八雲紫』
【夕方 16:30】C-3 紅魔館 地下道


 もしも。
 未来に起こるひどい出来事を、知ってしまったなら。
 確定された末路を、事前に知らされてしまったなら。
 人は、どうするだろう。

 抗うか。
 受け入れるか。
 更に絶望するか。

 柄にもなく、そんな無意味を考えてしまう。
 記憶の層が在る限り、未来が予定されているという事象は有り得ないのだから。
 明日何が起こるのか判らない。それこそが、私たちの暮らす当たり前の世界なのだから。




 どうしてこんな事になってしまったのか。
 大妖怪・八雲紫ともあろう賢人が、呆けから立ち直るまでに手間取っている。
 だから、だろうか。こんな無意味を考えてしまうのは。

 もしも。
 眼前で起こった悲劇の未来を、知ってしまったなら。
 確定された末路を、事前に知らされてしまったなら。
 私は、どうしただろう。

 …………。

 …………きっと、私は。

 ────…………いえ。


「本当に、無意味……ね。……〝私〟らしくもない」


 〝私〟か。
 今の〝私〟は、一体〝どっち〟なのかしら。

 〝八雲紫〟?
 それとも、〝マエリベリー・ハーン〟?

 宇佐見蓮子と向き合った時の私は、きっと〝マエリベリー〟に成りきろうとしていた。
 それは純粋に、蓮子の……ひいてはマエリベリーの為になると信じていたから。

 死にゆく蓮子の前でさえ、私は〝マエリベリー〟に成りきろうとしていた。
 だって、秘封倶楽部の二人は最後まで『再会』する事が叶いませんでした、なんて。


「───そんなの…………哀しすぎるじゃない」


 血で穢れた蓮子の口元を綺麗に拭い、冷たくなった身体をそっと横にした。
 蓮子の亡骸は、幸せそうな顔だった。
 まるで『夢』を見ているような。
 夢の中で秘封倶楽部の活動を再開し、いつもの日常に戻っているような。

 ……この娘の身体を、このまま暗い地下の底に置いて行く訳にはいかない。こんな血の滲み渡った仮初の箱庭などではなく、この娘の故郷へと還してあげたい。
 今の状況では難しいだろう。せめて、地上へ運んで土に埋めてあげるくらいはしなくては、マエリベリーに会わせる顔がない。彼女の顔を借りている身だけに、余計に心苦しい。
 
 本当に、私の心を占める人格が判らなくなってきた。
 マエリベリーには「八雲紫の力と記憶を少し分ける」と言ったが……実の所、元ある殆ど全ての力も、意思も、記憶も、彼女に与えていたのだから。
 最低限残していたのは、蓮子を肉の芽から救い出せる程度の力だけ。
 それすら叶わなかった今の私は、本当に───『普通の女の子』のようなもの。

 入れ替わりを著明にする為にマエリベリーから借り受けた記憶や意思が、現在の私を大きく構成する要素になりつつある。
 蓮子の前で披露した『演技』は……もはや演技とは言えなかった。私の中に渦巻く〝マエリベリー〟の意思が表に露出し、リアルな感情となって蓮子に吐き出されたのだ。
 そうであるなら、今となっては寧ろ〝八雲紫〟の意思の方が演技なのかもしれない。


 白状しましょう。
 マエリベリーに〝八雲〟の力を全て託す……これこそが、私たちの肉体を入れ替えた『本当の理由』、だった。
 罪深いことなのは承知している。これであの娘は、本当の意味でただの『人間』では無くなってしまった。
 けれどもそれは、きっと必要なこと。これからの未来で、必要になること。
 幻想郷の為? 私の為? マエリベリーの為?
 いずれにしろ私は近い将来に訪れる、自らの『滅亡』を予感していたのかもしれない。
 ずっと前から、こうなる事が分かっていたのかもしれない。
 罪無き少女に妖怪の力を託すことは、苦渋の選択であった。

483黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:25:33 ID:dCSol15U0


「あ。……蝶」


 私の胸に添えていた、ナナホシのブローチが。
 蓮子の命を、結果的には奪ってしまって───違う。
 私の命を/マエリベリーの身体を、護ってくれたブローチが。

 この世のものとは思えない程に色鮮やかな『虹』を、その翼に彩って。
 まるで蛹から羽化したみたいに……『蝶』へと変わって、空を翔んだ。


「ジョルノ……」


 彼が発動させたのだろうか。
 それとも、これは私が見ている幻想か。
 蝶にはあの世とこの世を行き交う力があるとされ、輪廻転生の象徴とも呼ばれている。
 虹の翼を羽ばたかせる蝶は、蓮子を弔うかのように彼女の周りを飛び続け。


 幻想的な七色の鱗粉を舞わせ……やがて闇の奥へと姿を消した。


「まるで……幽々子の蝶みたい」


 力無く笑った紫は、自身の“傷付いた胸”を押さえながら、ゆったりと立ち上がった。
 右腕だけとなったその手には、べっとりと血がこびり付いている。
 蓮子の血ではない。斬り飛ばされた自分の左腕から流れ出るモノでもない。
 ゴールド・Eの反射は……アヌビス神の刀を全て防ぎ切った訳ではなかったらしい。

 物体透過能力。
 妖刀はブローチの盾を僅かだが『貫通』し、紫の心臓にそのまま損傷を与えていた。

 この反射が100%作用していたならば蓮子は〝メリー〟と再会出来ず、最期の言葉を交わす暇なく即死していただろう。
 この反射が全く作用していなければ紫は死に絶え、蓮子は妖刀に支配されたままに哀しき人斬りを繰り返していただろう。

 偶然にしては出来すぎだ。
 仮初の姿を通してではあったが。一瞬限りではあったが。
 秘封倶楽部の二人が『再会』出来たのは、この偶然が成した結果であった。


(この傷は……私が受容すべき戒めの傷。甘んじて、受け入れましょう)


 受け入れるべきは肉体への傷でなく、紫の心への傷。
 今の身体はマエリベリーの物。何に代えてでも癒すべきなのは当然だった。
 決して浅いものではないし、左手の欠損も重傷。ここでもジョルノの力を借りなければならない無様に、本当に嫌気がさす。


 悔やまれるが、少しの間だけ蓮子の亡骸は置いて行くことになる。
 あの蝶の先にジョルノは居る。マエリベリーも一緒だ。先に脱出しろとは指示しておいたが、こんな自分を心配してそこまで来ているのかもしれない。

 心から情けない事ではあるが。
 まず許される失態ではないことも承知しているが。
 マエリベリーに、謝ろう。
 目を背けたりせず、共に蓮子を弔おう。


「すぐに、戻ってくるから。だから……少しだけ、待ってて───蓮子」


 血で穢れた唇から漏れ出た、その言葉は。
 果たして〝八雲紫〟の言葉か。
 それとも〝マエリベリー〟の言葉か。
 それを考えることなど、やはり無意味だ。
 世界でただ一つの秘封倶楽部に、穢れた自分などが入り込む事は……許されないのだから。

484黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:26:04 ID:dCSol15U0

















 ひた。


 ひた。




 蝶を追おうとした彼女の…………その背後から。
 つまりは、横たわった蓮子の身体を挟んだ、その向こう側の闇から。
 “それ”は響いてきた。
 
 暗闇に木霊する、雫の落ちる音とでも形容しようか。
 どうしようもない終焉の足音。自らの破滅を予感させる楔(くさび)が、床を嘗めずるように近付いてくる。


 コツ。


 コツ。


 足音は、靴の音色へと変わっていた。
 裸足で闇を踏むようなさっきの音は、錯覚だったらしい。
 この不吉な錯覚を認識した紫は、全てを観念したように……背後へと振り返った。



「女の勘……とでも言いましょうか」



 聴く者によってその声は『聖女』とも『悪女』とも呼べる、しんしんとした柔らかな奏で。
 真っ暗闇の会場でただ一人の観客となってしまった紫にとって、その声がもたらす調律は後者を予期させた。


「何となく……分かってしまうものですの。同じ女である貴方様にも、ご理解頂けるかと。


 ────ねえ。〝八雲紫〟サマ?」


 霍青娥。
 邪仙の忌み名を冠する彼女が、当たり前のようにそこへ立っていた。
 浮かべる笑みは、驚くほど静かに波打っており。
 涼やかな感情の内に渦巻くほんの僅かに混ぜられた『怨恨』に、対面する紫は気付く事が出来ずそのまま会話を続ける。

「……よく、分かったわね。蓮子ですら、“私”だと気付けなかったのに」

 この言葉は戯言だ。
 蓮子は、目の前の親友の姿が嘘っぱちだと気付いていた。

「だから女の勘ですよ。それに……蓮子ちゃんだって、まだまだ子供とはいえ立派な女。本当に貴方が“メリーではない”って気付く事なく逝ってしまわれたのかしらね?」

 “メリー”に扮した八雲紫は、青娥の知った風な疑念に言葉を詰まらせる。
 そんな言葉を、よりによってこの女から聞きたくはない。不快だ。

 宇佐見蓮子は“どうして”最期に笑ってくれたのか。
 それは彼女の優しさだったのだろうという都合の良い解釈が、自分の中にあるのは事実。
 かもしれない。そうに違いない。そんなあやふやな解釈で宇佐見蓮子を“知った気でいる”紫には、彼女を真に測る資格など無いというのに。
 少女の胸に抱えられたまま眠りについた真実は、結局……彼女にしか分からない。
 永久に、分からないのだ。
 それはもう、終わったこと。

 ここにいる紫は、事実はどうあれ結果的に蓮子を騙した事になる。
 たとえそれが、秘封倶楽部を慮った行動だとしても。
 思い遣りから生まれた行動が、巡り回って真実を遠ざけてしまったとしても。

 紫の心からは罪悪感は拭えない。
 そして。
 だからこそ紫には、蓮子を偽り、彼女を看取った責任がある……と、そう感じている。
 本来の“八雲紫”の姿を与え、別行動を促したメリーに対し、すぐにでも伝えるべき言葉は多くある。
 あの子にとって、きっと……とても辛いことになるが、全ての責は紫にある。その事も含め、話さなければならない。
 こうなってしまった以上、メリーが大きく傷付く未来は避けようもない。
 そんな彼女の手を取り、導く者が必要となる。
 当事者である紫自身では、きっとない。恐らくは───


 紫は首を振り、目の前の事象に目を向けた。

485黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:27:07 ID:dCSol15U0


「……いつから、見ていたの?」
「初めから、ですわ。それはそれは、第三者が踏み入れる雰囲気でないことは瞭然だった故に。少し空気を読んで、敢えてお声は掛けませんでした」


 あれを見られていたという知りたくもなかった事実が、紫の心に更なる不快感を植え付けた。
 邪仙はこう言うが、その実態など、人間が生む最期の欲を観察したいが為、などといった利己的な理由に決まっている。闇の片隅で、心底純真な眼でそれを眺めている青娥の姿を想像すると、途方もない怒りすら湧き出てくる。

 しかし……今の紫には、この性悪な女を潰す力など一切残っていない。
 改めて、思う。
 ここに来たのが〝マエリベリー〟でなく〝私〟で、本当に良かったと。



「───時に紫サマ? 貴方の式神が何処でどうやって死んじゃったか……ご存知ですか?」



 紫の内が抱え始めた不安と、青娥の切り出しは同時だった。
 動揺は決して表に出さず、急な話題の中心に現れた我が式神の姿を紫は追想する。

「藍かしら? それとも橙を言ってるの?」
「んー。ま、ここでは優秀な方の式神ちゃんの事ね。どうせ知らないんでしょ?」

 何故、ここでその名前が邪仙の口から出てくるのか。
 突如として安易に触れられた八雲紫の地雷。その爆弾が爆発するより先に、紫はどうしようもなく嫌な予感が脳裏を掠めた。


 きっとこの先。青娥の口から聞かされる言葉は。
 私にとって、凶兆となる。


「青娥。今、貴方と遊んでる暇は無いの。3数える内に、視界から消えなさい」

 これが虚勢であると、目の前の邪仙は気付いているのだろうか。
 どちらにしろ、コイツは『目的』を果たすまで消えようとしないだろう。

「あーでも。別に貴方の式神がどこで野垂れ死んだのかは、この際どうだってよくってよ」

「3」

「重要なのは……『貴方の式神』である『八雲藍ちゃん』が、とうに舞台から御退場してしまったっていう事実なのよね〜」

「2」

「私としては『ザマーミロおほほ』って感じではあるんですが、それはそれでちょっと消化不良といいますか……煮え切らない気持ちもあるっていうか。死ぬくらいじゃ生温いと思ってるんですよ」


 もう、我慢ならない。

 紫はとうに枯渇している妖力の残りカスを井戸から何とか引き揚げ、目前の道化へと翳した。



「───だから、私の大事な大事な『芳香ちゃん』をバラバラにしてくれちゃったあの女狐への『仕返し』は、主人である貴方が代わりに受けて頂きます」



 零に等しくも、あらん限りの力を放出する瞬間……その言葉が耳に入り。

 愛する従者への侮蔑に怒りを抱いているのは自分ではなく、青娥の方であったと。

 不出来な式神がしでかした行為の因果が星回って、今。己を喰い尽くす禍へと変貌したのだと。

 八雲紫が、それを理解したのは。



 ───青娥の右腕が胸から潜り込み、心臓を引き裂きながら背中まで穿いた、一瞬の後であった。

486黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:28:00 ID:dCSol15U0


「ディエゴ君から予め伺っておいたのです。『芳香ちゃんを殺した輩は誰?』って。
 ……まさか、貴方の式神の仕業だなんて思いもよりませんでしたよ」


 近いようで、遠い場所。
 すぐ傍なのに、ガラスで遮られた境界の向こう側。
 隔壁の先から響き渡る青娥の、一字一句を刻み付けるかのようにじわじわとした呪言が耳元から這いずって駆け下り、裂かれた心臓をきゅうと締め付けた。

 邪仙の吐き出した、如何にも取って付けたような戯言。信用に値しないのは今までの行いからも明白。
 藍への侮蔑を「ふざけるな」と斬って捨て、愚かな虚言の報いを与える。そうあるべきだと、沸騰を迎えた感情が胸倉を掴んでいるというのに。

 何故だか紫の心は、青娥の言葉に偽りは無しと、あっさり受け入れられている。
 藍が、同郷の仲間達を傷付け回っていると。
 そしてその行為は、全て私を想ってのこと。
 汚れ仕事を、率先して行使しているのだと。

 今ではもう、叱りつけたくても出来ない。
 抱擁で諭したくても、この腕は届かない。


(馬鹿……ね。あの子も……私も……、みんなみんな、空回り)


 青娥の毒牙は、正当なる報復でしかない。
 こんな時、どんな表情をすれば良いのか。
 紫にはもう、分からなかった。
 ただ、靄のかかる意識の中。

 家族のように愛した、もう既にいない式神たちの事とか。

 最後の最後に生まれた、目の前の女に対しての贖罪のような馬鹿げた気持ちとか。

 同じく従者の命を奪う結果となってしまった、今はまだ何処かにいる亡霊の友達の安否とか。

 何もかもを押し付ける形でバトンを渡してしまった、我が写し鏡であるメリーへの罪悪感とか。

 そういった負の一切を帳消しなどには出来ない、してはいけない、どこまでも落ちぶれた『大妖怪・八雲紫』の、惨めったらしい絶望の只中であるべき貌(かお)は。


 不思議と、大いなる希望を灯すように安らかなモノへと移り変わっていた。


 それは、朧気に成りゆく光景に映り込んだ、一匹の蝶々。
 ジョルノが紫の為に与え、宇佐見蓮子を滅ぼした一因となってしまった筈の、虹色の蝶々。
 闇の奥に輝く蝶が、消え入る紫にとって……まるで『夢』へと導く希望の象徴に見えたからであった。


 赤黒い飛沫が、喉をせり上がって噴かれた。
 貸してもらっていたメリーの身体と、容赦なくその肉体を抉った青娥の肩が血で穢れる。
 心のどこかでは、このような悲劇的な末路が訪れる事も予感していた。
 自己嫌悪の混ざった血の海で溺れながら、八雲紫は自らの元に帰って来た虹色の蝶へと腕を伸ばした。

 震える腕には、もう力の一片だって籠らない。
 そんな非力な大妖怪の手を取るかのように、フワフワと漂うばかりであった蝶が降りてきて。

 紫の伸ばした人差し指の先へ、止まり木に絡むように……そっと留まった。

 蝶は全てのしがらみから解き放たれたようにして、元のブローチの形……


 ───『ナナホシテントウ』の姿へと時間を逆行させて、静止する。


 それは、この醜悪なる催しの演者として降り立った紫が初めに見た光景。
 夜空に浮かんだ『七つの星』と、同じ模様を背に描いたアクセサリー。
 ナナホシのブローチを血塗れの胸に引き入れて抱くと、あの満天の星空を仰いだ夜に感じた『希望』と同じ気持ちが、紫の中で生まれた。


 気掛かりは、数え切れないくらい沢山ある。
 夢半ばで朽ちる事への恐怖が、無いと言えば嘘になるだろう。
 けれども。
 世に生まれ出で、今まで多くの躓きと挫折を反復し。
 永い夢でも見るような、悠久の刻を積み重ね。
 やっと、幻想郷はこの形を得た。
 ここまでは、私の成すべき仕事。
 そして、ここからは若者たちの作り上げる『夢』。
 
 名残惜しくもあるけれど、私の見てきた永い永い『夢』はここで終い。
 黄昏を超えた境界。その向こう側に、真のフロンティアが在る。


 (……あぁ、瞼が重くなってきたわね。また、少しだけ……眠ろうかしら)


 私の見る夢は終わっても、幻想の見る夢は終わらない。
 受け継ぐ者たち。語り継ぐ者たちがいるなら。
 少年少女は空を辿り、光り輝く虹の先へと到達できる筈だもの。

487黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:28:46 ID:dCSol15U0



 ───……リー。

 ……マエリベリー。

 ごめんね、マエリベリー。

 蓮子のこと、救ってあげられなかった。

 その上、まだ子供の貴方にまで、色んな重荷を背負わせてしまった。

 大人の自分勝手なエゴで、貴方から色んなものを奪ってしまった。

 本当に、ごめんなさい。

 でも、マエリベリー。貴方はとても、強い子。

 冷たい殻の中でうずくまる蛹なんかじゃあない。

 殻を破り、自分の意志で空を翔び、七色の虹の先へと辿れたなら。

 そこにはきっと、貴方にとっての黄金郷が見付かるわ。

 仲間を見付けて。

 貴方の手を取ってくれる仲間たちが、此処には居るはず。

 マエリベリー・ハーン。

 貴方が宇宙を輪生し、一枚の境界を超えて『八雲紫』へと成った。

 紫鏡のあっち側で育った、私の半身。

 せめて私は……貴方が辿る旅の、幸福を祈っております。












「何か、最期に残したい台詞でもおありですか?」


「…………そう、ね」


「仙人とは慈悲深いもの。たとえ怨敵であろうと、かの大妖怪・八雲紫様の今際のお言葉とあれば……耳を傾けてさしあげましょう」


「………………あなたの、欲の……興味本位って、だけでしょ」


「うふふ」


 最期の言葉、か。
 邪仙にとっては、さぞ興味あるのでしょうね。大妖怪が世に遺す、辞世の句は。
 でも……この闇に遺すべき言葉など、私には無い。
 全ての『意志』は既に、夢と共に託してきた。
 なので御期待のところ、申し訳ないのだけれど。


 八雲紫の遺す“最期”は、やはり戯言こそが相応しい。

488黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:32:17 ID:dCSol15U0



「───夢」


「……なんと?」


「貴方、『夢』って……ある?」


「……そう、ですね。敢えて言うなら、貴方のような方の欲を見届ける事こそが、私の『夢』……って所かしら」


「…………そ。良かった、じゃない。夢、叶って」


「叶うのはこれから、ですわ。私、貴方様の『夢』とやら……興味ございます」


「………………わたしの、夢……か」






「───うん。わたし、『普通の女の子』になりたかったの」






「……それはそれは、素敵ですわ。おめでとうございます。お互い、夢が叶って何よりですね」


 今の貴方は、かよわい普通の女の子も同然の体たらくですから。



 ───失望の念を、心より禁じ得ません。八雲紫。



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

489黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:33:02 ID:dCSol15U0
『ディエゴ・ブランドー』
【夕方 16:34】C-3 紅魔館 一階廊下


(フーン……。あの女の能力が『宇宙を超える』、ねぇ)


 まるで『大統領』のヤツが得意な能力みたいだな、とディエゴは口漏らす。
 かのD4Cは物と物との間に挟まる事で『隣の世界』へ行ける。そしてそれは、周囲の人物も巻き込む事で同様の現象を与えられる。
 ヤツの場合はあくまで『少しだけ違う世界』というものだ。それですらブッ飛んだ能力には違いないし、ディエゴ自身も隣の世界へ飛ばされて死に掛ける、といった体験は記憶に新しい。
 片やメリーの能力とは、複合的な条件こそ必要であるらしいものの、宇宙の輪廻をも飛び越えて扉を開くというもの。謂わば、完全なる別世界へ入門出来るようなものだ。
 宇宙を越える、という新仮説をDIOも紫も同意見として導いていた。それはつまり、何十億、何百億年単位で『時空』を飛び越える事になる。

 DIOのように『時間操作』タイプの能力者、という見解も出来るのだ。


「面白くなってきやがったな。あの女、是非ともモノにしたいところだ」


 大袈裟に裂けた唇が三日月型に歪み、恐竜の牙が覗いた。ディエゴの肩には通常索敵に使用する翼竜型ではなく、屋内潜伏に適したトカゲ型の小型恐竜が乗っており、DIOと紫の会話内容を盗み聞いたのは彼の功労だった。
 翼竜よりは目立たないが、それでも屋内だと不便はある。が、館内の諜報役としてはこれくらいで充分。お陰で貴重な話が聞けた。

「それにしたって翼竜共の集まりが悪いな。低温気候のせい……というより、あの『フード男』の仕業か」

 外の雪のせいで、斥候の招集率が悪化してきた。そしてこの『雪』が、自然現象による気候ではないという事もディエゴは既に勘付いている。

 ウェザー・リポート。いや、ウェス・ブルーなんたら、だったか? とにかく、その男がスタンドによって雪を降らしている。
 意図的だろうがなんだろうが、ヤツの行為によってこっち側の『足』がどんどん潰されているのだ。

「ウザったいな……早めに始末しておくべきか」

 戦うとなれば苦戦は必須。現状を見ても分かるように、ディエゴの『スケアリーモンスターズ』とあの天気男は相性がすこぶる悪い。湖の前でゴミ屑にしてやった『傘』も雨を操り固めていたが、相性はというと同様に悪かった。
 出来れば他の人間……相性で決めるなら、文句なくヴァレンタイン大統領に向かわせるべきか。


「……っと。この場所も流石に崩れてきそうだ。オレも地下に潜るか」


 さっきから建物を伝わる振動がディエゴを小刻みに揺らしている。ジョルノの一計でこの紅魔館もオシマイの運命という訳だ。アジトの移動は余儀なくされるだろう。
 取り敢えずウェスの始末と、ホル・ホースの持ち去った『DISC』が目下の優先事項か。

 そういえば、メリーと蓮子を追跡させた恐竜がまだ戻らない。
 あそこには青娥も向かった筈だ。つい先程、そこの廊下で出くわしたのだから知っている。
 あの女に渡しておいたDISC──翼竜が会場のどこかから一枚だけ拾ってきた奴だ──は、果たして有効活用されてるだろうか。

「まあ、あの悪女が素直にオレの言うことなど………………聞くかもなあ」

 特別、反抗心がある女ではない。ただ、あの頭花畑女は如何せん自分に正直すぎる。
 己が認めた人間は無礼が付くほど持ち上げ、自分は全く別の次元から眼下の光景を俯瞰して楽しむような女だ。
 つまり結局、奴は周囲の人間全てを見下しているのだ。DIOだろうが、オレだろうが、誰だろうが。

 だからオレは、あの女が本当に嫌いなんだ。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

490黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:33:34 ID:dCSol15U0
【C-3 紅魔館 一階廊下/夕方】

【ディエゴ・ブランドー@第7部 スティール・ボール・ラン】
[状態]:右目に切り傷、霊撃による外傷、全身に打撲、左上腕骨・肋骨・仙骨を骨折、首筋に裂傷(微小)、右肩に銃創
[装備]:なし
[道具]:幻想郷縁起、通信機能付き陰陽玉、ミツバチの巣箱(ミツバチ残り40%)、基本支給品×2
[思考・状況]
基本行動方針:生き残る。過程や方法などどうでもいい。
0:地下に避難する。
1:ウェスとホル・ホースの動向を注視。
2:幻想郷の連中は徹底してその存在を否定する。
3:ディオ・ブランドー及びその一派を利用。手を組み、最終的に天国への力を奪いたい。
4:同盟者である大統領を利用する。利用価値が無くなれば隙を突いて殺害。
[備考]
※参戦時期はヴァレンタインと共に車両から落下し、線路と車輪の間に挟まれた瞬間です。
※主催者は幻想郷と何らかの関わりがあるのではないかと推測しています。
※幻想郷縁起を読み、幻想郷及び妖怪の情報を知りました。参加者であろう妖怪らについてどこまで詳細に認識しているかは未定です。
※恐竜の情報網により、参加者の『16時まで』の行動をおおよそ把握しました。
※首長竜・プレシオサウルスへの変身能力を得ました。
※名簿のジョースター一族をおおよそ把握しました。
※プッチ、静葉と情報交換をしました。
※DIOと紫の話した、メリーの能力の秘密を知りました。
※現時点ではメリーと紫の入れ替わりに気付いておりません。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

491黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:33:59 ID:dCSol15U0
『霍青娥』
【夕方 16:35】C-3 紅魔館 地下道


 柄にもなく、霍青娥は苛立っていた。
 いや、苛立つという表現は些か大袈裟かもしれない。
 面に出るほど気を立てているという自覚は少なくとも彼女に無いし、へそを曲げるといった可愛げのある表現ですらまだ言い過ぎだ。

 精々、なんか面白くないですわ程度の、蚊に刺された様な不機嫌。
 どうしてだろうか。

 愛しのキョンシー・宮古芳香をあんな酷い目に遭わせた式神風情の清算として、その保護者には死を以て償わせた。八雲紫はこうして無様な屍体へと成れ果て、報復は無事に終えることが出来たのだ。


 めでたしめでたし。


「……ち〜っとも、めでたくないですわね」


 孤独となった場所で、ため息と共に独りごちる。めでたくない理由など、とうに分かっている。
 それはひとえに、想像していた以上に紫がつまらない女だったからだ。


 青娥は別に、戦うことが大好きな戦闘狂ではない。力のある者は好きだが、その相手と競り合いを演じる事に至上の幸福を得るタイプではない。全然ない。太古より地上で猛威を奮っていた鬼たちを筆頭に、幻想郷にはその手の自信家や熱血漢は案外多いが、そいつらと同類にされても困る。
 青娥とて厳しい修行、秘術の研究を積み重ねて体得した仙術の数々を相手に見せ付けるのが趣味であるが、それもあくまで自慢が目的である。
 寧ろ、戦うのはキライだ。慣習的に襲撃を続けて来る死神連中を適度にあしらうだけで充分だと内心ウンザリしているくらいだし、他人のファイトを観戦するくらいが一番性に合っている。


(それなりに、期待してたんですけどねえ)


 冷たい床の上には、仲良く手を握り合う様にして倒れた二つの死体。
 形だけを見るのなら、メリーと蓮子の息絶えた姿。
 青娥はもう一度、ため息混じりに二人の亡骸を眺めた。


 “他人の欲を覗く”
 このバトルロワイヤルで邪仙の狙う目的らしい目的はと問えば、つまるところそれに終始する。DIOに仕えるのも、彼女の目的を叶える上で最も近道足り得る手段だから。
 何故なら彼は、人の心に澱む欲を引き出すのが非常に達者なのだ。秋静葉が強引に振舞っていた、本来には備わっていない貪欲さを彼はそっと抑え込み、心にすっかり沈澱させていた安息への欲求を逆に掬い上げた。
 彼女は秋の神だが、敢えてこう表現しよう。

 DIOは秋静葉を、人間へと戻した。
 戻した上で、更なる深みの〝悪〟の道へ誘った。

 また一見怪物の様に見えたあのサンタナの、内に燻る渇欲や名誉欲といった血生臭い欲求を手玉に取り、コントロールするといった老獪なやり口を披露したのには舌を巻いた。
 蚊帳の外から見ていた限りではこの上なく凶悪なあの鬼人を口八丁手八丁で丸め込み、何だかんだ懐刀に迎え入れようと画策したのだ。奴を本気で潰すつもりなら出来ていたろうに、感心を通り越して寒気を覚えるくらいの口巧者なのがよく分かる。

 一方で、あの『肉の芽』は青娥的には頂けない。あれは人の持つ欲を完全に上から抑え付け、似非忠義を強制させる様な代物だ。忠実なる下僕を作るには最適だろうが、傍から観察する分には勿体ないとさえ思う。だから蓮子の芽が解除された時は、彼女本来が最期に見せた欲を静かに見守る事を我が使命としたのだが。
 河童のスーツにより透明化を図り、わざわざ暗がりから観戦していたのが先の二人の交錯。DIOから彼女たちの確保を命じられはしたが、勿体ないと感じ取り敢えず傍観に徹していた。お陰様で優先して確保する対象の蓮子は死んでしまったが、それでもいいと青娥は満足する。

 実に人間らしい、お涙頂戴の物語。
 人と人の紡ぎ出す『絆』は、かくも美しいものか。
 弱者には弱者なりの、生きた証が見られた。
 『欲』を言うなら、彼処には〝八雲紫〟などという紛い物なのでなく、本物の〝マエリベリー・ハーン〟を用意して欲しかったという希望はあったが。


 だから青娥は、二人の邪魔をしようとは最初から最後まで考えなかった。

492黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:36:42 ID:dCSol15U0
 深い欲も、浅い欲も。
 高尚な欲も、凡庸な欲も。
 個々人によって大小の差はあれ、その差別こそを楽しむのもまた一興。それが青娥の、普遍的な価値観。
 勿論、欲にも彼女なりの嗜好が出る。傾向としては、強者であるほど欲に深みが現れ、観察する楽しみも格段に増す。
 強い相手を好むという彼女の性質は、身を焦がすほどの欲を愛し、耽溺し、自分を満足させてくれる割合が破格だからという本意的な部分を基点としている。

 故に、八雲紫ほどの大妖怪ともなれば、最期に醸し出す欲の度量──肝に当たる部分は、さぞや美味なる品質に違いないと期待していた。
 他者から見れば『嘘っぱち』の秘封倶楽部を最後まで見届け。ようやくメインディッシュの八雲紫を、報復と共に突き崩すチャンスが訪れた。彼女の欲はそんじょそこらの凡夫とは一味違う筈だから。
 舌舐めずりを抑えながら開いてみたディッシュカバーの中身は……期待に反し、青娥の興味欲を一層削いでしまった。

 蓋の中から飛び出した紫の欲は、深いようであり、浅いようでもあり。
 高尚なようであり、凡庸なようでもあり。
 早い話が、欲ソムリエである青娥をして“よく分からない”であった。

 何故なら彼女の最後の抵抗は、想像以上に『普通』だったのだから。
 いや、抵抗と呼べる行動すら起こさなかった。本当に、普通の女の子そのものの力だった。

 ガッカリ。
 面白くない。
 つまんない。
 ビミョー。

 さっきから青娥の頭をグルグル回るのは、それらの単語ばかり。口先をアヒルみたいに尖らせながら、何をするでもなく、こうして二つの亡骸をトボトボと見比べてはションボリと項垂れる。

 こちらが勝手に、一方的に期待していただけ。紫を愚痴るのはお門違いというものだ。
 その実態を理解しているだけに、何とも遣りようのない萎縮が肩透かしの形となって、青娥の口から「はぁ〜」と吐き出されていく。


「ねえ、紫さま〜……。貴方は最期に何を思い、何を見ていたのかしら」


 紫が天を仰ぎながら零した、最期の言葉。
 あの大妖怪が遺す最期の言葉というのだから、青娥も内心胸を高鳴らせていたのに。
 その末路は、どうにも解せない。


『───うん。わたし、“普通の女の子”になりたかったの』


 言葉の意味はこの際、重要とはならない。表面のみを捉えれば紫の遊び心とも言える。
 戯言も同然の台詞。それは裏を返せば、遊べるだけの余裕があの瞬間の紫に発生した。
 その余裕の根源が青娥にはよく分からない。わざわざ直前に、式神の暴走行為まで示唆してやったというのに。
 いや、少なくともあの瞬間までの紫は相応の──青娥の期待通りの反応を見せてくれたのは確かだ。

 その直後。
 『夢』を語る最中の彼女に、理解し難い変貌が訪れたのだ。


「満足……? ちょっと、違うわね」


 感覚としては近いが、紫は決して全てに満足を覚えながら逝ったようには見えなかった。
 賢者を冠する彼女にも、幾つもの心残りを憂うような顔の相は垣間見えた。
 満足というよりは、妥協と呼んだ方が更に近い。


「恐怖……? それこそ似合わない」


 自身の消滅を怯えない妖怪などいない。大妖であろうと、例外は無く。
 少なからず彼女に恐怖はあったろうが、存在を脅かす敵へと震え上がるような弱音ではなく、この世に憂いを残すことによる無念さが際立っているようだった。


「諦観……? だとしたら、一番不愉快なパターンだけど」


 何もかもの敵対事象に対し、両手を上げながら諦める。それは言うなら、青娥の最も毛嫌いする、マイナス方面での無欲だ。紫に限ってそれは無いと断じたいものだが、少なくともあの時の彼女は、ある種の諦めも見えた。
 仏教において『諦め』とは、物事への執着を捨てて悟りを開く事とも云う。自分などより数倍胡散臭いあのスキマ妖怪に悟りが開けるなどとは全く思わないが、『執着を捨てる』という線はかなり近いように思える。
 その線で考えたなら、執着を捨てたというのはつまり、『執着を持つ必要がなくなった』とは言い換えられないだろうか?

493黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:37:10 ID:dCSol15U0


(執着…………『何』への?)


 ───夢。


 確かにその賢者は、『夢』などというお子様じみた言動を繰り返していた。
 夢が叶ったから、執着を持つ必要はなくなった?
 または……夢が叶う展望が開けたから、胸に残った未練を捨て切れた?

 そうとでも考えなければ……あの時。
 夢を語る瞬間、あの女が『微笑んだ』理由が分からない。

 あの八雲紫が、夢? ……馬鹿馬鹿しい。
 そもそも彼女の願う『真の夢』とはなんだったのだろう。
 まさか本当に『普通の女の子』になりたかったとでも言うのか。今際の際に発した渾身のジョークとしか思えないが。

 だが、とはいえ。
 そのジョーク通りに、この紫は正しく普通の女の子に極めて近い。
 含めた意図は不明だが、見た目には完全にマエリベリー・ハーンの容姿へと偽装出来ているし、妖力の方も通常の八雲紫と比べればあまりに微小。話にならない力だった。


 ───何故?


 容姿の入れ替わりについては、周囲を欺くという一応の建前は推察できる。いわば隠れ蓑として機能させる事も可能な、小賢しい一芝居だ。
 が、その中身……大妖としての力までが極めて縮小されていたのはどういう訳だ? 戦闘による衰弱には見えなかった。
 事前に何事かあったのか。その“何事”という要素が、紫の欲の謎に迫るイレギュラーなのか。

 泥水の中に埋もれた失せ物を、目隠しでまさぐって探すような不快感すら覚えてくる。


「……はあ。ま、終わった事はもういいか」


 お手上げだった。
 青娥も元々、尽くすタイプであると同時に飽きやすいタイプでもある。
 八雲紫が期待を裏切る『大ハズレ』であった事実は大いにモチベーションを削る結果となって終わったが、それに見合う『収穫』だってちゃっかりゲットした。
 それで良しとしよう。この『土産』は、DIOを満足させるに足る代物であるはずだ。


「ディエゴ君の予想、ドンピシャだったわねん。
 ───八雲紫の『精神DISC』、入手完了っと」


 先程から事も無げに、青娥の手の中で弄られていた円盤の正体。
 八雲紫の精神DISCとの呼称を与えられたその円盤は、正確には『ジャンクスタンドDISC』という名で配られた支給品。

 メリーに扮装した八雲紫を追う過程で、青娥はディエゴとすれ違っていた。その際に受け取った物が、この一見使い道の見えないジャンクDISC。
 無能力のカス円盤であることから、あのノトーリアス・B・I・Gの円盤以上に価値観が薄い物品。

 故に青娥のお眼鏡にかなう事は無いと思ったが。


 ──
 ─────
 ─────────


『DISCとは元々、魂やスタンドを封じ込めておく器の役割があるようだ。こいつはオレの翼竜が一枚だけ拾ってきた物だが……お前にくれてやる』

『あら珍しい。でもディエゴ君? 私が欲している円盤っていうのは、素晴らしいオモチャが詰まっている枕元の靴下に限りますわ。こんなゴミDISC一枚押し付けられたってねえ』

『確かに、この円盤は“空っぽ”のようだ。支給品としては最下層に位置するハズレ中のハズレ、だな』

『えぇ〜…………かえす』

『まあ聞けよ。第二回放送終了後、オレ達があの神父との接触を優先させたのは何故だ?』

『神父様のスタンド能力による、大妖や神に並ぶ強大な魂の収集ですね』

『そうだな。そしてその手段はエンリコ・プッチの生存が大前提となる。そして今、オレたちが連れて来たプッチは早くもくたばっちまったってワケだ。さあ、困った事になったぜ』

『……もしかして、ディエゴ君』

『別の方面から考えようって話だよ。ジャンクDISCとはいえ、これもホワイトスネイクから生み出された能力の残滓だ』

『ふ〜〜ん。……読めましたわ。ま、そうであるというなら一先ず、コレは預かっておきましょうか』

『その円盤は会場内に多く振り分けられているらしいが、オレたちの手元には現状、それ一枚きりだ。無くすなよ』

『はいはい。ディエゴ君はどうするの?』

『どうもしない。今回は情報整理ついでに身体を休めておくさ。これでもスポーツ選手なんでね。……お前は?』

『逃げた小鳥が戻ってきたようですので。少し、お迎えと……“仕置き”を』

『そうかい。あまり好き放題にやるなよ』

『お互い様、ですわ』


 ─────────
 ─────
 ──

494黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:37:35 ID:dCSol15U0

 結論から述べれば、『実験』は大成功に収めた。
 青娥は紫を殺害する間際、彼女の頭にこの『空のDISC』を差し込んでいた。挿入した上で、そのまま殺した。
 通常ならDISCを埋め込んだまま本体が死に至ると、DISCは『死』に引っ張られて消滅するらしい。その性質ゆえ、この実験は一種の賭けではあったが、失敗しても失うのはゴミ円盤一枚。ローリスクハイリターンの実験だったと言える。

 死亡し肉体から剥がれ落ちた紫の魂は天国へと昇らず、このDISCの中へと吸い込まれていった。
 これはホワイトスネイクの行使する能力を、そのまま擬似的に応用した形である。かつ、本来なら作用するDISCの消滅は免れたまま、こうして青娥の手の中で無事形を保っている。

 この謎の解答を持つプッチが死亡してしまった為、青娥なりに仮説を立ててみた。
 本体が死ぬとDISCもそれに引き摺られて消える、というのはDISCの中身が入っている場合の話だ。GDS刑務所にて青娥自身ヨーヨーマッから聞き出した情報だし、裏付けとしてプッチ本人からも聞いておいたので真実味のある内容だった。
 秋静葉が殺害した寅丸星にもスタンドDISCが挿入されていたらしいが、寅丸死亡後にDISCの生存は確認されなかったと聞いている。まあ、これは寅丸の肉体自体が消滅したからDISCも一緒に、という考えも出来るが。

 対して青娥の使用したジャンクDISCは、ディエゴが話した通りに『空っぽ』の物だ。念の為、事前に自分の額に差し込んでみたが、一度目は失敗した。既に『オアシス』のDISCが入っていた為か、バチンと弾かれて放出されたのだ。
 それならと、一度オアシスDISCを外しジャンクの方を差し込むと、“このDISCでスタンド能力は得られません”といった旨の音声が、ご丁寧に脳内で流れてくる始末。
 正真正銘の空っぽDISC。通常のDISCとの違いはその点であるという事は明白。本当にただの『器』である故に、DISCの崩壊は起こらなかった。代わりに、死にゆく紫の魂を空のDISCに取り込んだ。

 DISCについてはまだまだ未知数な所がある為に手探りだが、ステップとしては

 『空DISCを挿入する』
→『本体の殺害』(魂を剥がす)
→『DISCを取り出す』(魂の取り込み完了)

 この一連の流れで、恐らく魂は収穫可能だ。
 ホワイトスネイクとは違い、ジャンクDISCの消費と、相手本体の直接的殺害というステップが加わるが、この発見によりプッチ以外の人物による魂回収作業がグンとやり易くなった。


「ともあれ、これでやっと『一つ目』ですわ。八雲紫ほどの大妖怪サマであれば、魂の質量というハードルは余裕綽々の棒高跳びでしょう」


 集めるべき『三つ』の魂には、大妖怪・神に相当する強大なモノであるというハードルがある。
 言うまでもなく、八雲紫とは幻想郷を代表する大妖怪だ。これ程の魂であれば、もはや青娥の勲章は大金星。


「DIO様、きっと喜んでくれますわよね〜♪」


 先程までの不満顔は、手にした戦果によって一気に吹き飛んだ。
 勢いよく立ち上がり、鼻歌すら歌いながら青娥はこの場を上機嫌で後にする。

 いまや彼女の頭には、八雲紫への失望や、愛するキョンシーを奪われた怒りなど消え失せていた。報復の達成によって不満や憎悪が消化された──ワケではない。
 魂の確保という収穫により、渦巻いていた怨恨が、戦果を挙げた高揚へと上書きされたに過ぎなかった。元々大した怒りなど無かったような気がしてならない。
 芳香を喪った事については本当に、ホンット〜〜に悲しく辛い経験だったが、キョンシーなら“また”どこかで良さげな死体でも見繕い、産み出せば済む話なのだから。

 長年、愛用していた大好きな玩具が壊れた。
 邪仙にとって宮古芳香の死とは、その程度の喪失。
 “替えのきく”、大切な大切な家族だったのだ。

495黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:38:00 ID:dCSol15U0

 その時、視界の端の闇に、俊敏な動きで這う生物の影を邪仙の視力が拾った。
 光量の微少な地下道であるゆえ見過ごしかけたが、そいつは確かに青娥の荷物から飛び出したように見えた。正体には凡そ予想がつく。

「……トカゲ? ディエゴ君ね、どうせ」

 仕込まれたのはさっきだろうか。中々のスピードで走る輩であったが、青娥はそれを難無くとっ捕まえた。ディエゴの下僕は例の翼竜だけかと思っていたが、トカゲタイプも居たのか。

「どこまでも食わせ者ねえ、あの子も」

 邪仙・霍青娥は、マエリベリー・ハーン(紫)と宇佐見蓮子の乳繰り合いを蚊帳の外からニヤついて観ているだけでした。そんな報告がDIOに渡っても面倒臭い。
 青娥はほとほと苦笑しながら、尻尾を掴まれオロオロするトカゲを空いた手でグチャと握り潰し、泥団子の様に丸めて隅っこへと棄てた。





「あ、そういえば『良さげな死体』なら、此処にも二つあるじゃない」


 双輪に結った頭に一際明るい豆電球が点灯した。今更な閃きではあるが、蓮子とメリーの死体を使ってキョンシーを作り上げるというのも悪くない。

「……いや、流石に悪いわね。そこまでしちゃあ」

 妙案はすぐさま取り下げられる。常識的な倫理観など持たない彼女が“可哀想”とまで同情し、結局二人の死体は置いて行く事にしたというのだ。
 青娥にとってそれは、本当に、単純に、ただ『カワイソウ』だっただけ。
 形だけでもせっかく『再会』出来た秘封倶楽部のか弱い二人を、キョンシーにしてまで好き放題するなんて……


「───私の『良心』が痛みますわ。せめて安らかに眠ってね、秘封倶楽部のお二人さん♪」

 
 ああ……なんて不憫な子達なのかしら、と。
 少女の片側へは、自ら手に掛けたという事実も棚に上げて。

 邪仙は、心の底から薄っぺらな同情を掛けやり───少女達の死体には、もう見向きもせずに去り行く。


「〜〜〜♪ 〜〜♪」


 軽快な足音と耳に障る鼻歌の余韻のみが、誰も居なくなったこの場所に生きる最後の音。
 結局、邪仙には最後まで分からない。
 八雲紫の弱体化の裏側。最期に見せた笑み。


 その根源は、彼女が託した者達へと繋がっているという事に。


            ◆

496黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:38:30 ID:dCSol15U0







 後に残ったのは、〖白〗と【黒】の衣装が対を成した、二つの屍。

 マエリベリー・ハーンに成りきろうと慟哭した骸と、宇佐見蓮子の物言わぬ骸のみ。

 〖モノクロ】に交わった彼女達を彩るかのように、赤いドレスが血溜まりを形成し、二人を中心に沈めた。



 〖白い少女〗の右手と
 【黒い少女】の左手は
 この宇宙から崩壊した〖秘封倶楽部】を
 いつまでも……いつまでも此処へ繋ぎ止めるように
 合わさったその手に『境界』なんか在りはしないと示すように



 ───固く結ばれ、絆いだ証をこの世に遺していた。



【八雲紫@東方妖々夢】死亡
【宇佐見蓮子@東方Project】死亡
【残り 47/90】
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

497黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:39:01 ID:dCSol15U0
【C-3 紅魔館 地下道/夕方】

【霍青娥@東方神霊廟】
[状態]:衣装ボロボロ、右太腿に小さい刺し傷、右腕を宮古芳香のものに交換
[装備]:スタンドDISC『オアシス』、河童の光学迷彩スーツ(バッテリー30%)
[道具]:ジャンクスタンドDISC(八雲紫の魂)、針と糸、食糧複数、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:気の赴くままに行動する。
1:DIOの元に八雲紫のDISCを届ける。
2:会場内のスタンドDISCの収集。ある程度集まったらDIO様にプレゼント♪
[備考]
※参戦時期は神霊廟以降です。
※制限の度合いは後の書き手さんにお任せします。
※名簿のジョースター一族をおおよそ把握しました。
※プッチ、静葉と情報交換をしました。
※ディエゴから譲られたDISCは、B-2で小傘が落とした「ジャンクスタンドDISCセット3」の1枚です。
※メリーと八雲紫の入れ替わりに気付いています。
※スタンドDISC「ヨーヨーマッ」は蓮子の死と共に消滅しました。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

498黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:41:32 ID:dCSol15U0
『マエリベリー・ハーン』
【夕方 16:41】C-3 紅魔館 地下道










「………………『メリー』って、ね。呼んでくれたの───蓮子が」


 寄り添い合うように眠る、〖秘封倶楽部】の番(つがい)を。
 〝八雲紫〟の姿で、しゃがみ込んだままじっと見つめる少女。

 気遣うように距離を置いたジョルノと鈴仙は、彼女の背後に無言で立ち尽くしている。
 掛ける言葉も見当たらない、という言葉がよく似合っていた。

 ただただ目の前の現実を歯噛み、自分の力の無さを実感する。


「最初に『メリー』ってあだ名で呼んでくれたのは、蓮子だったわ。『マエリベリーじゃあ呼びにくいから』って……」


 蓮子。宇佐見蓮子。
 マエリベリー・ハーンの、大切な友達で。
 秘封倶楽部の、たった一人の相棒。

 それだけ。
 それだけ、だった。
 メリーにとっては、それだけで充分だった。
 ただそれだけの……何処にでもいるような、元気一杯の少女だった。


「『どうしてメリーなの?』って、その時の私は困惑しながら訊いたわ。そしたら『“マエリベリー”って発音しにくいし、語感の良い感じに縮めた』って。
 縮めたんならメリーじゃなくて“マリー”じゃない。ほんと……可笑しいわよね」


 本当に可笑しそうな様子で、メリーは背を向けたままに連ねる。
 震えを我慢する声に染み込んだ悲壮が、ジョルノにも鈴仙にも、沈痛に伝わる。


 貴方は〝マエリベリー〟なのですか。
 それとも〝八雲紫〟なのですか。

 先程ジョルノは彼女へそう尋ねようとした。交わされた握手を通して、ゴールド・Eが彼女の生命力に『違和感』を感じたからだった。それでも紫とマエリベリーの意を汲んで……やはり尋ねなかった。
 姿形は八雲紫そのものだが、この少女の本質は間違いなく〝マエリベリー〟というジョルノもまだ知らぬ人間だ。
 彼女の独白と今の光景を見れば、それは嫌でも理解してしまう。

 
「……私、此処に飛ばされてから。この世界に来てから。まだ、あの子と『再会』出来てない。
 〝宇佐見蓮子〟とは、何一つ、会話も……会話、すらも……してない」


 邪悪に支配された蓮子に蹂躙されたメリーは、彼女を『宇佐見蓮子』とは見れなかった。
 芽の呪いから蓮子を解き放ち、初めて二人が『再会』を果たせると。
 そう、信じて頑張ってきた。


 メリーは、とうとう『宇佐見蓮子』に逢えず───今生の別れを突きつけられたのだ。


 こんな辛い不幸は誰のせいだ、と怒りを燃やすことも。
 あの時こうしていれば、と我が身を責め立てることも。
 愕然として夢から覚める様な現実を、見つめることも。
 頭が麻痺して光景を受け入れられず、逃げ出すことも。
 拒絶したいほどの悲哀に屈し、大粒の涙を流すことも。

 そのどれもこれもの感情が、自分の中で上手く湧き上がらない。



「なんで、かな」



 一言、呟いた。


 少女の手の中には、いつの間にか。
 七つの星をその背に彩った、てんとう虫型のブローチが握られている。

499黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:42:07 ID:dCSol15U0

「それは、僕の……」

 ジョルノがハッとして、思わず口に出す。
 それは繋ぎ合った〖秘封倶楽部】の握り合う手の中に守られていた物だ。
 それは蓮子を救出する前、紫の衣装からメリーへと継がれたブローチだ。


 そして、それは。
 妖刀に支配された蓮子から、八雲紫を守る為。
 ゴールド・エクスペリエンスの反射が働き、結果的に蓮子の命を奪い取ってしまったブローチ。


 ブローチの中心には刀で突き刺したような小さな痕跡。
 血溜まりの中に倒れる蓮子の胸にも、同じような刺傷。
 辺りには、刀だったモノの、最早欠片とも呼べぬ残骸。
 それが一体、何を意味するか。


 ほんの断片的な情報が顕とされ、ここで起こった『真実』をジョルノは可能な限り推測した。


 真実とは、時に残酷だ。
 かつて真実を求め、苦難の道を歩んできたジョルノにとって。
 未だかつて無いダメージが、彼の心を蝕もうとしていた。

 
「───貴方のせいじゃないわ。ジョルノ君」


 脳へと響くグラりとした衝撃に、よろめきかけるジョルノを救う声がメリーの口から漏れた。
 罪の自覚に動揺するジョルノを支えるような、その言葉は。
 ここで起こった悲劇が、彼女にも凡そ理解出来たということを証明していた。

 メリーはアヌビス神が持ち主を操る妖刀だという事も、ゴールド・Eが攻撃を反射するという事も知らない筈だ。
 だが“今のメリー”には、八雲紫の記憶・意志が受け継がれ、以前とは比較にならない情報量を得ている。
 現状を見れば、少なくとも宇佐見蓮子の死因がジョルノのブローチによる反射だ、という真実に辿り着くことは、メリーにとってもそう難儀な推理ではない。

 その真実を知ってなお。
 メリーは、ジョルノの胸中を労る言葉を掛けた。
 彼女の『聖女』のような優しさに、「なんて強い子なのだろう」とジョルノは思う。
 真に傷付いているのは、間違いなくメリーの方だというのに。

 彼女の優しさは、その未来に暗雲をもたらすかもしれない。
 ジョルノのよく知る、今はもうこの世にいない……あの勇敢なるギャングリーダーのように。


「……貴方の友人は、僕が死なせてしまったようなものです。本当に、なんと言えば……」


 だからジョルノは、メリーの優しさを軽率に受け取らない。
 簡単に受け入れては、誰の為にもならないと思った。

「ジョルノ君……」

 そんな悲痛な面持ちのジョルノは見たことがない。すぐ横で二人の顔を窺う鈴仙も、掛けるべき言葉を見い出せずに胸へと手を当てた。


「少なくとも、ここで眠っている蓮子の表情は……とても人間らしい顔をしているわ。
 DIOに支配されていた時よりも、遥かに穏やかな顔。……少し、哀しそうだけれども」


 メリーは膝を下ろし、蓮子と……片割れの紫の頬をそっと擦る。
 動かない蓮子の額に、肉の芽は無かった。きっと紫が約束を果たしてくれたのだろう。
 宇佐見蓮子を必ず元に戻す。そう交わして、邪悪の魅せる悪夢の中から蓮子を引き上げてくれたに違いなかった。


「ジョルノ君のブローチが、蓮子と……紫さんを『救って』くれた。
 私は、そう信じています」

500黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:42:42 ID:dCSol15U0

 初めて、メリーが笑った。
 その微笑みはとても脆い形ではあったが、ジョルノの心を大きく清めてくれた。

 実際の所、ジョルノのブローチが八雲紫を守ったのは事実だ。
 結果としてそれは、蓮子の命を散らせた直接の出来事を生んでしまったが。
 もしもブローチが無ければ紫は殺され、蓮子は妖刀の呪いから解き放たれることも無かったろう。
 それでは、意味が無かった。
 それでは、『宇佐見蓮子』は永遠に戻ってこれなかったかもしれない。

 だからこれで良かった──だなんて、言えるわけが無いけども。

 七星のてんとう虫が、宇佐見蓮子を最後に『人間』へと戻し。
 彼女に『秘封倶楽部』を思い出させ。
 そして八雲紫も、『夢』を仰ぎながら眠った。
 自分は最後まで蓮子と再会出来なかったが。
 蓮子はきっと、最後に〝メリー〟と再会出来た。
 メリーには、そう思えてならない。


 状況証拠のみを検分し、都合の良い妄想に逃げ込もうとしているだけかもしれない。
 それこそ、夢見心地に浸りたくて。
 だとしても八雲紫の意志は、今やメリーに在る。一心同体なのだ。
 あの人を信じるという事は、自分を信じるという事に繋がる。

 蓮子を『救った』ジョルノには、感謝こそあれ。
 自分を責めることなど、しないで欲しかった。


「だから、ジョルノ君にはそんな表情をして欲しくないんです。
 私なら、大丈夫。……大丈夫、ですから」


 大丈夫なわけがなかった。
 大事な人を、一度に二人も喪ってしまったのだから。

 だからこそジョルノは固く決心する。自分には責任を果たす必要がある、と。
 彼女と───マエリベリーと共に『真実』に向かおう。
 色々な事が起こり、多くを喪い、傷付いた少女を『導ける』のは、ここに居る自分なのだ。
 自惚れかも知れなかったが、紫から受け継いだ物は正しい方向へと導かなければならない。


「───僕には、部下がいます」


 ジョルノは、マエリベリーと手を取り合える距離まで足を踏み出した。
 彼女は『護る対象』ではない。共に歩く相手として、正当なる関係をこれから築かなければいけないと思い、互いを知ろうと思った。


「組織のトップとして、多くの部下は居ますが……真に僕を慕う者は多くない。組織の構成上、仕方ないことではありますが。
 それでも命懸けで僕を慕ってくれている彼らに対し、僕は心から嬉しく思う。そして、掛け替えのない信頼を築いていこうと尽力もしている」


 ボスの娘を護る護衛チーム。ブチャラティを筆頭としたかつての少数チームが、ジョルノにとっては『始まり』であった。
 その始まりは、今となっては一人だけ──此処には居ないパンナコッタ・フーゴしか残っていない。だからこそ彼との間には、深い『絆』がある。


「その絆の証明……の様なものかも知れません。彼らの中には、僕を『ジョジョ』と呼ぶ者も居ます。そう呼ぶよう、僕の方から願ったのですが」
「ジョジョ……?」
「はい。ギャングのコードネーム……とかでは全然ないんですが。
 なんと言うか、そう呼ばれると安心するんです。ただそれだけ、ですけどね」


 ジョジョ。そのあだ名は不思議なことに、メリーにとっても奇妙な親しみがあった。


「マエリベリー。君が良ければだけど……どうかこれからは僕を『ジョジョ』と呼んで欲しい。組織とか部下とか関係なく……それでも。
 君の中に紫さんの意志が生きているとしても、僕と君との関係は『新たな信頼』からでなくてはならない。そう思うんです」


 『夢』から始まった物語。
 黄金のように気高い夢と、虹を見るようなささやかな夢。
 少年は少女の前へと、腕を差し出した。


「私の名前はマエリベリー・ハーン。“マエリベリー”の綴りを崩して、蓮子からは『メリー』と呼ばれていました。
 ジョルノ君───いえ、『ジョジョ』。そして鈴仙さんも、私の事は『メリー』と呼んで欲しいの」


 少女は、決起の瞳でそれを取る。
 そこに加わるのは、もう一人の少女の腕。


「もう! ジョルノ君、私のこと忘れてない!?」
「忘れてませんよ、鈴仙。……改めて、よろしく」
「……うん! よろしくね、ジョジョ!」


 その笑顔は、かつての鈴仙の『負』を微塵も感じさせないくらい快活だった。
 ジョルノと、メリーと、鈴仙。
 三人の輪が、様々な隘路を経て繋がった。



「これからよろしくお願いします。ジョジョ。鈴仙」

501黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:43:10 ID:dCSol15U0

 子供の頃に見た『夢』が、大人の階段を上るにつれ。
 社会に歪められた価値観の底へ、ずるずると埋もれていく。
 人はそうやって大人へとなる。

 いつからだろう。
 それが嫌で私は、秘封倶楽部という名の永遠の殻に閉じ篭ろうとしていた……のかもしれない。
 だから、あの日常は楽しかった。
 子供のままでいることは、大人達の……一種の『夢』なのかもしれない。
 私も同じだ。
 いつまでも……いつまでも、今のままの秘封倶楽部で。
 私が永遠に……空を堕ちるように見ていたかった、平凡な夢。


 子供だった夢は、今日。
 唐突に、壊された。


 何も無い私。
 拙い蛹でしかなかった私。
 そんな私が、今日、この日。
 本当に叶えたい……叶えなければならない『夢』が、出来てしまった。

 気付かされた事もあります。
 虹色の翼を貰い、羽化し、蝶となって翔べたのは。
 蓮子。
 紫さん。
 いつもいつも、貴方たちが傍にいてくれたからだった。
 今までも。
 そして……これからも。

 私の掛け替えのない人たち。
 さようならなんて言わないけれど。
 私は、私なりの『操縦桿』を掴むことができました。
 私なりの『夢』も、見つけることができました。

 
 DIOが望み、手に入れようとする私の『力』。
この力が“何処から来た”力か。それは、もはや重要な事ではない。
この力が“何処に向かうべき”力か。本当に大切なのは、それなんだと思う。
 私自身が抱える『謎』。私はそれを、これから暴いていかなければならない。
 それはきっと、一人では難しい。
 ジョジョと鈴仙が手伝ってくれるというのなら、本当に嬉しい事だけども。

この世の謎を暴く道に、七色の『虹』が架かっているとしたなら。
 その先にある『真実』を見つけ出したい。


 私なりの、黄金の夢。
 真実に向かって歩き出す、新たな夢。



「だってそれが……この世の不思議を暴く〝私たち〟の秘封倶楽部、でしょう?
 ───蓮子」





 最後に落とした、ガラス玉みたいに綺麗な涙が、虹色の蝶に溶け。
 キラキラ光る鱗粉を落としながら、いつか夢見た虹の先へと、翔んで消えた。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

502黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/26(月) 01:43:35 ID:dCSol15U0
【C-3 紅魔館 地下道/夕方】

【ジョルノ・ジョバァーナ@第5部 黄金の風】
[状態]:体力消費(中)、スズラン毒・ヤドクガエル・マムシを無毒化
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、不明支給品×1(ジョジョ東方の物品の可能性あり、本人確認済み、武器でない模様)
[思考・状況]
基本行動方針:仲間を集め、主催者を倒す。
1:紫と蓮子を弔う。
2:ディアボロをもう一度倒す。
3:あの男(ウェス)と徐倫、何か信号を感じたが何者だったんだ?
4:ジョナサン・ジョースター。その人が僕のもう一人の父親……?
[備考]
※参戦時期は五部終了後です。能力制限として、『傷の治療の際にいつもよりスタンドエネルギーを大きく消費する』ことに気づきました。
※星型のアザの共鳴で、同じアザを持つ者の気配や居場所を大まかに察知出来ます。
※ディエゴ・ブランドーのスタンド『スケアリー・モンスターズ』の存在を上空から確認し、内数匹に『ゴールド・エクスペリエンス』で生み出した果物を持ち去らせました。現在地は紅魔館です。


【マエリベリー・ハーン@秘封倶楽部】
[状態]:八雲紫の容姿と能力
[装備]:八雲紫の傘
[道具]:星熊杯、ゾンビ馬(残り5%)、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:『真実』へと向かう。
1:自分に隠された力の謎を暴く。
2:紫と蓮子を弔う。
[備考]
※参戦時期は少なくとも『伊弉諾物質』の後です。
※『境目』が存在するものに対して不安定ながら入り込むことができます。
 その際、夢の世界で体験したことは全て現実の自分に返ってくるようです。
※ツェペリとジョナサン・ジョースター、ロバート・E・O・スピードワゴンの情報を共有しました。
※ツェペリとの時間軸の違いに気づきました。
※八雲紫の持つ記憶・能力を受け継ぎました。弾幕とスキマも使えます。

「宇宙の境界を越える程度の能力」
マエリベリー・ハーンがもう一人の自分、八雲紫と遭遇した事により羽化したと思われる能力。スタンドなのか、全く別の次元の力なのかも不明。
彼女はこの力を幼少の頃より潜在的に発揮していた節もあり、八雲紫との関連性は謎。
要検証。


【鈴仙・優曇華院・イナバ@東方永夜抄】
[状態]:心臓に傷(療養中)、全身にヘビの噛み傷、ヤドクガエル・マムシを無毒化
[装備]:ぶどうヶ丘高校女子学生服、スタンドDISC「サーフィス」
[道具]:基本支給品(地図、時計、懐中電灯、名簿無し)、綿人形、多々良小傘の下駄(左)、不明支給品0〜1(現実出典)、鉄筋(数本)、その他永遠亭で回収した医療器具や物品(いくらかを魔理沙に譲渡)、式神「波と粒の境界」、鈴仙の服(破損)
[思考・状況]
基本行動方針:ジョルノとメリーを手助けしていく。
1:紫と蓮子を弔う。
2:友を守るため、ディアボロを殺す。少年の方はどうするべきか…?
3:姫海棠はたてに接触。その能力でディアボロを発見する。
4:ディアボロに狙われているであろう古明地さとりを保護する。
[備考]
※参戦時期は神霊廟以降です。
※波長を操る能力の応用で、『スタンド』に生身で触ることができるようになりました。
※能力制限:波長を操る能力の持続力が低下しており、長時間の使用は多大な疲労を生みます。
 波長を操る能力による精神操作の有効射程が低下しています。燃費も悪化しています。
 波長を読み取る能力の射程距離が低下しています。また、人の存在を物陰越しに感知したりはできません。
※『八意永琳の携帯電話』、『広瀬康一の家』の電話番号を手に入れました。
※入手した綿人形にもサーフィスの能力は使えます。ただしサイズはミニで耐久能力も低いものです。
※人間の里の電子掲示板ではたての新聞記事第四誌までを読みました。
※八雲紫・ジョルノ・ジョバァーナと情報交換を行いました。

※紅魔館が崩壊しつつあります。

503 ◆qSXL3X4ics:2018/11/26(月) 01:47:57 ID:dCSol15U0
投下終了です。
予定していた分量を大幅にオーバーしてしまい、遅刻どころではない結果となりました。次回からはコンスタントな投下を心に刻みます。

504名無しさん:2018/11/26(月) 09:42:12 ID:RwVSG9v.0
投下乙
なんだか色々と、意識の外から攻撃されたって感じだ…
各シーンごとに没頭しちゃうから、まさかの展開には驚かされてしまう

ゆかりんの最後の台詞は涙腺ゆるんじゃった
大作お疲れ様でした

505名無しさん:2018/11/26(月) 13:50:06 ID:bqwc5tdI0
投下乙です

金髪の娘可哀想

506名無しさん:2018/11/26(月) 14:39:35 ID:wNcXIqdc0
投下乙です
『夢』を主軸にして描かれた大作、本当に素晴らしかったです

507名無しさん:2018/11/26(月) 18:38:06 ID:1u2C34XM0
生き残りも良い感じに減ってきたな

508 ◆e9TEVgec3U:2018/11/26(月) 23:15:30 ID:QiwIn7zU0
投下お疲れ様です。
紅魔館を舞台にした手に汗握るスペクタクルでした。
脱落者4人それぞれのラストは晏起してしまう程に読み耽ってしまい、ただただ打ちのめされるばかりです。
彼女達が死に際に漿を請いて酒を得れたと切に願います。

居ても立っても居られず、稚拙ながらもこの話の支援絵を書かせて戴きました。
ttp://iup.2ch-library.com/i/i1952524-1543240849.jpg
これからの創作の助けになれば幸いです。

長くなりましたが、エシディシ、ディアボロの2名を予約させて戴きます。

509 ◆e9TEVgec3U:2018/12/05(水) 20:13:38 ID:n/2IcN/20
すいません、予約を破棄させて戴きます…

510名無しさん:2018/12/31(月) 17:33:01 ID:rXl0AkCw0
今年の反省点は予約の破棄が多かったところかな。来年も皆さん頑張りましょう!

511名無しさん:2018/12/31(月) 22:14:11 ID:dBIi37g60
くっっっっっっっっっっっっだらねえ便所のネズミのクソ以下のレスでageる害悪タンカス野郎は永久にこのスレから消えて、どうぞ

512名無しさん:2018/12/31(月) 22:35:12 ID:WkC0ACp20
>>510
何様なんですかね……

513名無しさん:2019/02/03(日) 11:39:53 ID:CAfQrzx.0
保守

514名無しさん:2019/03/01(金) 20:04:44 ID:CjyCotOI0
保守

515 ◆EPyDv9DKJs:2019/03/16(土) 03:08:22 ID:ZcI0NUco0
投下します

516 ◆EPyDv9DKJs:2019/03/16(土) 03:09:29 ID:ZcI0NUco0
「此処が永遠亭ですか。」

 趣があるであろう、竹林に潜む広い屋敷
 雪すら降り始めた寒空の中、二人はやっと永遠亭へと到着した。
 ジャイロ達と別れてからも、放送を聞いてからも長い時間が過ぎている。
 時間の経過から、彼らが残っているとは思えないが、現在地が把握できただけでも大きい。
 散々迷いに迷っていたあの頃と比べれば、ずっと前に進めただろう。

「東風谷さん、少し休憩していきましょう。
 この天候では休まないと体力を奪われます。」

 先ほど休憩したものの、雪が降り始めていて気温は低い。
 この先だって体力を奪われてしまうのに、余計なもので消費したくはない。
 幸い、カセットコンロもあるため、暖を取るのは多少は楽な状態だ。 

「早くジャイロさん達に合流したいですけど・・・・・・この寒さですからね。」

 玄関を開けながら早苗は雪が降り注ぐ竹林を見て、白いため息を吐く。
 この数時間、二人はただ竹林を彷徨い続けた結果、誰とも出会っていない。
 それはつまり、現在のバトルロワイヤルの進行状況が把握できていないに等しい。
 彼らが誰とも出会わなかった時間で、多くの参加者の邂逅、或いは死亡があったはず。
 あってほしくはないが、花京院でいえば承太郎達、早苗でいえば神奈子や諏訪子たちだって、
 いかに強くとも無事でいられるかどうかは、正直なところ怪しいと思っていた。
 特に、この中だと一番の問題は神奈子だ。神奈子の暴走を早く止めなければならない。
 ───もし。もしもの話で、神奈子が既に諏訪子と出会っていて、手にかけていた場合。
 彼女とちゃんと向き合える自信は、あるとは言い切れなかった。

「しまった。」

「え!?」

 玄関を進むと、突然花京院が小さく呟く。
 敵襲かと思い強く早苗は咄嗟にスタンドを出して、身構える。
 どこに何かあるかわからず、辺りをせわしなく見ていくが、
 特に不審な点は見受けられない。

「あ、いえ。土足であがるのが基本で忘れていたんですよ。」

 そういいながら、花京院は自分の足元へと指さす。
 玄関で脱ぐはずの靴はそこにあり、文字通り土足で踏み込んで廊下に足跡を残す。
 日本で生活してるなら基本的にはないが、二カ月近く日本を離れていた彼には、
 他の文化に慣れすぎた故のミスともいえるだろう。

「とは言え、何があるかわからないこの状況なら、
 家主は申し訳ないですが、土足であがるしかないですね。」

 家主の本来の永遠亭は、これとは別のでしょうけど。
 なんて言いながら、花京院はそのまま永遠亭の中を歩きだす。
 裸足で雪が降った大地を走ることなどできたものではない。
 予期せぬ事態を想定する必要がある以上、靴を脱ぐわけもいかない。
 遠慮なく行動できるのも、スタンド使いと戦ったが故の適応力の高さか。

「ですよね。」

 思ってたよりも一般的な問題であり、肩の力が軽く抜ける。
 律儀に脱いでいた早苗は、すぐに履き直して花京院に続く。
 入り口はたいして損壊はしていなかったが、奥へ進めば進むほど戦いの跡が見受けられる。
 僅かながら焦げた臭いや跡から、炎を操る能力を用いる参加者がいることも推察できた。

(余り、あってほしくはないな。)

 炎を操ると言えば、真っ先に思いつくのはアヴドゥルのスタンド、マジシャンズ・レッド。
 ポルナレフを正面から打ち負かし、発現したばかりだが承太郎とも五分だったとも聞く。
 単純にして強い、あんなスタンドがこのバトルロワイヤルで支給されていたならば。
 かなりの強豪になるのは間違いなく、厄介極まりない存在になるだろう。
 たとえ、マジシャンズ・レッドのスタンド能力でなかったとしても。
 炎を使役できる能力。単純明快な、殺傷能力の高い能力になるのは必定。
 彼のスタンドの性質も合わせ、真正面からの戦闘は避けたいところだ。



 ある程度奥へ進むと、花京院は立ち止まってスタンドひも状にばらしてを張り巡らせる。
 星屑の十字軍で唯一の遠距離スタンドである彼にしかできない、スタンドによる索敵。
 常に移動しての旅だったのもあってか、あまり使う機会はなかったが、
 最初の時といい、こういう人探しの場面であれば、十分に役に立つ。

「やはり、いませんね。」

「ですよねー。」

517 ◆EPyDv9DKJs:2019/03/16(土) 03:11:06 ID:ZcI0NUco0
 概ね探索を終えた花京院の一言に、苦笑を浮かべる早苗。
 一か所にとどまり続ける程、彼らは何もできないわけではない。
 いないことなど分かり切っていたことではあるので、大した問題ではなかった。

「東風谷さんは永遠亭で何かを探してもらえますか。
 僕はスタンドで地下通路を発見したので、そこを見てきますので。」

 最初は永遠亭で一時的に休憩した後から移動しよう、
 そう思って休むというプランを考えたが、探索して気づいたことがある。
 張り巡らせた中に見つけた地下通路。寒さもしのげて迷路でないならば。
 外にいればいるほど体力を奪われる現状よりかは体力の消費も抑えられると。
 一方で、地下通路というワードに不穏に感じていた花京院は、念のため確認しに行く。

「あ、わかりました。」

 敵がこの永遠亭内にいないことは確か。
 単独行動の危険は今までよりかは少ないことが分かっており、
 早苗は言われてすぐに行動に出る。



(此処か?)

 人が一人は入れそうな穴が空いた、戦いの痕跡がある縁側に面した部屋。
 多数の血痕があるが、死体らしいものはない。埋葬されたのだろうか。
 思うところはあるが、今するべきことはミステリー漫画のように、
 殺人現場の状況や犯人が残した痕跡を理解することではない。
 特に気に留めることはなく、穴を避けて目的の場所へ向かう。

 近くの畳をひっくり返すと、屋敷にえらく不釣り合いな、重厚な鉄の扉がそこにある。
 畳で塞がれている扉だったが、スライド式らしく、地下からでも開けられるようにはなっている。
 スライドさせれば暗闇へと続く階段があり、ゆっくりと、踏み外さないように花京院は進む。
 静かに響く足音は、暗闇に合わせて恐怖を演出させるのに買って出てくれるが、
 今の彼はDIOに屈した時の花京院ではなく、恐怖を乗り越えた。大して不安になることはない。
 不安はないが、それでもDIOのような危険な連中がいる可能性が高い場所を前に、警戒は続ける。

 階段が終われば、僅かな明かりとともに、果てが見えないトンネルが続く。
 陽の光は射し込む部分はなく、最初の放送が又聞きである花京院にとって、
 今になって吸血鬼たちが昼間に移動できる手段があることを理解する。
 嫌な予感は、彼にとっては当たって欲しくなかった状況が的中してしまう。

(禁止エリアがある以上、公平さを取っているわけか。)

 逃げの一手があることに、花京院は先が思いやられる。
 DIOはエジプトから動きたがらなかったのはプライドの高さだろうが、
 禁止エリアという概念もある以上、此処では移動手段として使う可能性は高い。
 日中も逃げる、或いは追われることになるこの状況は、当然よくないものだ。
 日光というまともな弱点が、この地下でならもはや克服しているに等しい。
 そこそこ深いことから、天井に穴を開けて陽に当てるのも、そう簡単にはいかないだろう。
 特に、彼のスタンドはエメラルド・スプラッシュでも穴をあける芸当はできなくはないが、
 スター・プラチナのようなすぐにぶち破れるような破壊力とはいいがたい。

 一方で、この通路は悪くないのではとも花京院は思った。
 確かに吸血鬼たちにとっては有効ではあるし、暗闇ゆえ隙も疲れやすい。
 しかし先も考えたとおり、外の環境は雪も降りだして体力を奪われることも多いし、
 何より道に迷うこともないというメリットは、仲間との合流を急ぐ彼には吉報ともいえる。
 危険は伴うが、いい加減時間を食うわけにもいかず、誰かと合流するのを優先するべき、
 そう判断して、早苗を呼びに戻る。

(!)

 階段へ足をかけた瞬間、遠くから聞こえる足音。
 誰かが走っている足音であるのは間違いない。
 問題は、それが一体何処の誰かなのかだろう。
 この状況下だ。寒さを凌ごうという同じ思考はありえる。

「ハイエロファント・グリーン!!」

 だが、即座に花京院はスタンドで結界を張って、ダッシュで階段を駆け上がる。
 暗くて姿はまだ見えない、足音も遠い。だが───急激に、速度が上がってきた。
 獲物を見つけ、狂喜しながら接近する獣のように、足音が近づいてきたのだ。
 相手の姿を確認してから行動をしたかったが、彼のスタンドのスピードは人並みでしかない。
 もしも相手の速度が上回っていたら、短い時間とは言えスタンドなしで戦う羽目になる。
 スタンド使いはDIOのような例外を除けば、スタンドなしでは人と全く変わらないのだ。
 頭を撃たれれば死ぬ、心臓が止まれば死ぬ、出血多量でも死ぬ。相手はスタンド使いか、
 或いは人ならざる者の可能性が跳ね上がってる現状、無防備でいるわけにはいかなかった。
 脱兎のごとく階段を駆け上がり、地上へと戻って、申し訳程度の時間稼ぎに扉を閉めて、畳を戻す。

518 ◆EPyDv9DKJs:2019/03/16(土) 03:12:57 ID:ZcI0NUco0
 付け焼刃なのは分かっている。けれど、少しでも時間が稼げればと思って丁寧に戻す。

「花京院君、散策してたらミルクがあったのでホットに───」

「東風谷さん!! 敵が来ています!!」

「ええ!?」

 見事な温度差を気に掛ける暇もなく、
 両手にカップを持っていた早苗の腕を引っ張って、縁側へと駆け出す。
 急に引っ張られたことでカップは落ちて、畳の上を転がると同時に───





 跳ねた。
 轟音と共に畳が爆発したかのように鉄の扉と共に吹っ飛び、その衝撃でカップも天井へと吹き飛ぶ
 カップはそんな勢いで吹き飛べば天井に激突した時点で砕けて、破片の雨を軽く降らせる。
 その衝撃から逃げるように花京院と早苗は縁側へと飛び出し、積もった雪がクッションとなって、被害はない。
 そのまま受け身を取りながら、流れるようにスタンドを出して(戻して)、共に臨戦態勢に入る。
 こんな暴の力を振るった相手が誰なのか、それを今知るべきだ。
 吸血鬼を想定して外へ出たことで、多少の優位性はあると願うが、
 神奈子のような吸血鬼でなくてもとてつもない力を持った相手ならば。
 動ける身体とは言え、難敵であることは想像するに難くはない。

「スタンドをばらして壁にして時間を稼ぐ。
 咄嗟の判断としては上出来・・・・・・だが、残念だったなぁ?
 綾取りのようなお遊びな結界では、このカーズを阻むことなどできん。」

 もっとも、相対したのはDIO以上に危険な邪人なのだが。





 早苗もこの男が危険な相手だと認識いているが、花京院はそれ以上だ。
 階段を駆け上がる最中に、彼はスタンドを通じて目撃している。カーズの身体の動きを
 触れればエメラルドスプラッシュが発射される結界をすりぬけた方法は、余りにも常識外れである。
 全身を人の身体では土台無理な形に変形させ、異様な姿で結界を一切触れることなく掻い潜ったのだ。
 こんな方法で結界を抜けるなど、たとえDIOであっても至難な行為であるのは間違いないだろう。
 もっとも、DIOの場合は時間を止めた上での対処をしてくると思うが。

「貴様、我らを知っているのか?」

 外へと出ている二人へ、カーズは問う。
 二人は外へと身を投げ、受け身を取ったばかりの状態だ。
 普通ならばそのまま逃げるのが定石、よくても顔を向ける程度。
 雪が積もってると言っても、ほんの少し。足を奪われることはないし、
 細いとはいえ竹林の遮蔽物で、奥へ逃げられたら銃弾を持つカーズでも厳しい。
 にもかかわらず、二人は顔だけではなく、全身がカーズの方角へと向いている。
 おまけにスタンドも出し、無謀にも挑もうとしているのかもしれないと思うも、
 地下で相手は逃げを選んだ。判断力がある相手が無策で挑むなどとは、とても思えない。
 『自分が太陽に弱い種族だと、知っているのではないか?』そんな推測が脳内をよぎる。
 闇の一族は強い。第二回放送を過ぎても、四柱は未だ顕在しているのがその証左。
 ならば真っ先に警戒するべき強者と思われていても、おかしくはないだろう。

「さあて、どうだろうな。」

 今できる精一杯の虚勢を張って、花京院は答える。
 余裕そうな表情だが、実際のところ余り余裕はない。
 スタンドを使わずして、生身での規格外のパワーや異常な体質。
 あのDIOのような、正面からまともに相手してはいけないタイプの敵だ。

(だが、奴も恐らくは此処には近づけないはずだ。)

 一方で、弱点も何となくだが見抜けている。
 殺し合いを進める相手ならば、今すぐ攻めてくるはずだ。
 あれだけのパワーを持つ以上、今更臆することもないだろう。
 にも拘らず相手は近づいてこない。となれば思い当たることがある。
 昼間は外へと出られない吸血鬼か、或いはそれに類する理由を持った存在。
 それが何なのかは分からないが、とにかく立場的にはまだ此方が優位。
 心理戦において大事なのは、相手に自分の状況を気取られないことだ。
 承太郎彼が戦っていたダービー兄弟との戦いの勝利は、
 いずれもハッタリやイカサマを気取られなかったからでもある。
 花京院も相応のポーカーフェイスは持ち合わせてはいるのだが、相手が相手だ。
 それを見抜く慧眼を持っている可能性は、完全には否定できない。

「ふん、まあいい。このカーズの攻撃を凌いだその強かさ。人間にしては修羅場を潜っているようだな。」

 称賛しつつ、圧倒的なまでに上から目線な物言い。
 DIOのような、他者を見下してるのがすぐに伺える。
 同時に、人を傷つけることに躊躇いを持たないタイプと伺える。

「人間にしては、か。人間だからかもしれないぞ。」

519 ◆EPyDv9DKJs:2019/03/16(土) 03:15:58 ID:ZcI0NUco0
「怪物と戦う者は、そのとき自らも怪物にならぬように気をつけなくてはならない。
 ドイツの哲学者、フリードリヒ・ニーチェの言葉の中にはそんな言葉があったようだが、
 伝承や逸話には、化け物を倒すのは化け物と同等の力ではなく、知恵や策略と言ったものを見た影響か。
 確かに我らも、本来ならば全員・・・・・・否、このカーズも破れたのかもしれないな。吸血鬼にも劣る人間によって。」

 名簿からジョジョと呼べる、或いは呼べそうな人物が散見していた。
 となれば、あのジョセフ・ジョースターの血筋は途絶えてない可能性は高い。
 兄弟がいるならというのもありうるが、カーズ自身も敗北してジョセフが生きながらえた。
 この可能性も、DIOに不意をつかれたとは言え撤退を余儀なくされた今となっては、
 完全に否定できるものではないだろう。

「ならば、我らがそのジンクスを覆す存在となればいいだけの話だ。」

 無論、そんなことで及び腰になるようであれば、
 自分達以外の同胞を皆殺しにするような真似などしない。
 同胞を想う気持ちがないわけではないが、唯我独尊が形を成して歩いている、
 言ってしまえば、カーズはそんな存在であると言っても、過言ではないだろう。

 加えて、確かに化け物を倒してきた人の逸話は多いが、犠牲がなかったわけではない。
 多くの屍を築いた先の勝利だ。何も対価を払わず勝利してハッピーエンドなど、稀な話だろう。
 何も成せずに死ぬのが普通であり、カーズが戦ったタルカスやシーザー、そして反抗したこいしも、
 カーズからすれば弱者の意地でもなんでもない。ゾウが蟻を踏んでも気づかないのと同じことでしかない。

「さて、適当な会話などこの場では必要はない。
 貴様らが取る選択肢次第で、此方も対応しようではないか。」

 相手に選択肢を委ねる。カーズにしてはえらく気前がいいがそんなことはない。
 どの選択肢を取ろうとも、自分たちの為に利用しようとする腹積もりなのだから。

「・・・・・・東風谷さん、君の意見を聞こう!」

「ええ!? 私ですか!?」

 突然、蚊帳の外にいたと思われた早苗へと話を振られ、驚く。
 花京院がどのような考えをしてるか理解するので精一杯だったので、
 反応は普段以上に大きいものとなっている。

「当然じゃあないですか。僕だけの一任で、できるものでもないでしょう。
 それに、先ほどみたいに僕のせいにされないように確認を入れてるんです。」

 竹林へ迷ったとき、互いに責任の擦り付けをした数時間前。
 別の会話に移行してどっちが原因かは決まらなかったが、
 まだ花京院は根に持っているかのように先ほどの喧嘩を引き出す。
 あれについては彼が動き出したからついていかざるを得なかったと、
 今でもそれを主張するつもりではあるが、漫才をやっている場合ではない。
 目の前には少なくとも相当危険な存在がいる以上、私情は置いて一先ず答える。

「うーん・・・・・・これ以上ロスしたくないですから、話はしてもいいかと。」

 少なくとも三時間近く竹林で往生しており、どう考えてもロスしすぎなのだ。
 リスクを吟味しても、情報を手に入れなければこの先どんどん置いてかれてしまう。
 信用できるかどうかは・・・・・・別として。

「賢明な判断だな。」

 口角が吊り上がるカーズの顔は、なんと邪悪か。
 白か黒で言えば紛れもない黒にいる存在であることは明白で、
 情報交換の際には、漆黒ともいえる黒の領域にいると十分理解させられる。
 カーズも今更取り繕う理由はなく、遠慮なく自分のこれまでの経緯を話す。
 四人の参加者を手にかけ、パチュリーには指輪など、傍若無人を往く半日を語っていく。
 相手はDIOと同等かそれ以上に危険な存在で、中には早苗が知る名前もあった。
 この先も放っておけば多くの、DIOなどの倒すべき敵以外も手にかけるはず。
 止めなければならないが、そもそもDIOのスタンドの攻撃を受けても生きているのだ。
 承太郎の記憶には腹をぶち抜かれた自分の姿があった以上、それだけの一撃ということ。
 それを耐えてる肉体の時点で、正攻法で戦って勝てる相手ではないことに花京院は気づいている。
 何かしらの弱点、対抗しうる力を用意するまでは、戦いを避けることが先決と今は耐え凌ぐ。
 屈しはしない。冷静に物事を考えて、好機をものにする。ジョセフのように勝機を見つけるための、戦略的撤退。
 現状、DIOに対抗できる勢力であることは間違いないのだから、うまく利用できればありがたいことだ。
 同胞となる刺客をDIOのいる紅魔館へ送り込んではいるようで、結果次第ではころが大きく動くだろう。

520 ◆EPyDv9DKJs:2019/03/16(土) 03:19:44 ID:ZcI0NUco0
 一方でカーズが花京院達から得た情報は、大したものではなかった。
 花京院のスタンド能力や、DIOのスタンド能力も伏せられたことで、
 まともに得たのは神奈子がこいしから得た人物像とは少々違う、言ってしまえばその程度。
 はっきり言って得になるものは殆どないが、一つだけ興味があるものはあった。

(八坂神奈子を説得すれば、打倒荒木の手段がある、か。)

 先に自分の本性を現したのは少し、早計だった気がするとカーズが唯一思った情報。
 もう少し友好的にしていれば 恐らく内容を知ることができたであろうものだ。

 なお、その荒木達への秘策が、色仕掛けと知っていたのなら。
 まずこんな考えには至らない。カーズなら『貴様らバカか?』でと嘲笑しつつ一蹴して終わりだ。
 朝から夜にかけての情報収集が、どうしても疎かになりがちな柱の男故であり、
 散々道に迷ったお陰で他人の耳に入らなかった二人の不幸中の幸い、と言うべきか。

「さて、話は終わりだが・・・・・・」

 来た、と花京院は身構える。
 情報交換の間は、特に滞ることはない。
 ある意味当たり前ではある。問題は終わった瞬間だから。
 必要なものを手にすればお前たちは用済み、悪党の典型例だ。

「そう身構えるな。パチュリーと違ってこのカーズから逃げおおせた。
 貴様には命令や脅迫といったことは一切せず、真摯に一つ頼もうではないか。」

「頼み?」

 カーズの口から、真摯なんて言葉が来るとは。
 短い間でこの男が危険だとは十分理解させられた。
 友好的に接するとは思えない彼を前に、花京院は訝る。

「大したことではない。スペースシャトルの模型が西にあるだろう。
 それを見て、何かしらがあったのであれば、此処に戻って報告するだけだ。
 対価として、このDISCをやる。記憶DISCだが、情報源としては有益だろう。
 往復に1キロもない。その程度でDISCをくれてやる。安いとは思わないか?」

 カーズからすれば、しょうもない口約束だ。
 相手は守る義理もなければ、ましてや自分の素性を知っている現在、
 何故悪党の願いをかなえなければならないのか、と考えるのが普通だ。
 もし引き受けたとしても、有益なものを渡すとも思えない。
 つまるところ、カーズにとって得らしいものは一切なかった。
 それでもスペースシャトルが、いかようなものかは知っておきたい。
 ある意味、研究者としての性なのかもしれない。未知への探求心というものは。

「・・・・・・東風谷さん。確認しますが、引き受けますか?」

「いやこれ断ったら死ぬじゃあないですか!?
 どんなことしたって選択肢一択なのに聞きますかそれ!?」

 再び確認を取る花京院。
 だが、今度は確認を取る必要がなく、
 どこか怒声交じりの突っ込みが返される。

「先ほども言ったじゃあないですか。
 勝手に僕へ責任を押し付けられても困るので。」

「だからあれは花京院君が・・・・・・!
 あー、今はそんな話してる場合じゃないですね。
 わかりました、わたしもどういけんですから、どうぞお好きに。」

 勝手に折らせに来てるような、どこか嫌がらせを感じるが、
 今は言うべきではないなと思い、胸に秘めたまま項垂れながら賛成する。

「とりあえず引き受けるが、余り期待はしないでもらうぞ。」

「当然だ、最初から期待などしていない。」

 本性を隠すつもりが全くないとはいえ、
 頼んでおきながら、期待などしないという容赦ない言葉は、
 どんな頭の構造をしていればそんな風に言えるのだろうか。
 二人は顔をしかめつつ、カーズから背を向けて歩き出す。

「そういえばもう一つだけ、聞きたいことがある。」

 歩み出した二人を止めるように、カーズが問いかける。

「まだ何かあるのか?」

 顔だけを振り向かせ、花京院が対応する。
 正直会話もしたくない、というのが本音であり、
 顔にそう言いたげで心底嫌そうな表情をしていた。
 気分を害する相手はスティーリー・ダンを筆頭に、
 あのエジプトの旅で見慣れたものではあるが、
 これ程邪悪な存在は、DIO以外では初めてだ。

「単純な質問だ。貴様───どのジョジョを知っている?」

 何とも奇妙な質問だ。
 ジョジョ、ということはジョースターのことなのだろう。
 しかし、この質問に何の意味があるのか分からない。

「それを聞いて、お前に何の意味がある?」

521 ◆EPyDv9DKJs:2019/03/16(土) 03:20:34 ID:ZcI0NUco0
「質問を質問で返すんじゃあない。
 貴様、テストでもそんな風に返すつもりか?
 まあいい。名簿にはジョジョという名前が多く存在する。
 この中で、貴様が知っているジョジョがどれかを聞いてるだけだ
 言っておくが、このバトルロワイヤルに来る前の話だ。どのジョジョと関わっていたかだけでいい。」

「・・・・・・僕が知るジョジョは、ジョセフ・ジョースターと彼の孫の空条承太郎だが、それが何かあるのか?」

「大した意味はない。後は目的を果たすなり放って逃げるなり好きにしておけ。
 ついでに、此処にこのカーズがいなければ、DISCは地下に置いといてやろう。」

 えらく気前がいいことに疑念を抱きながら、今度こそ二人は永遠亭を離れる。
 その道中、竹に何かしていたようだが、カーズの気にするところではなかった。





 ───迷いの竹林。

「花京院君、本当に行くんですか?」

 永遠亭からそこそこ離れた場所にて。
 雪原に足跡を残しつつ、二人は竹林を歩いていた。
 今度は道に迷わないように、先に竹へと数字を刻んでいく。
 最初から目印をつけておけば、勢いで突っ込むよりかはましだろう。
 迷子にならない、という自信はないが。

「僕たちはジャイロやポルナレフのいる場所を把握していません。
 スペースシャトルにいる可能性と、カーズが気になったのが気がかりです。
 DIOに匹敵するか、それ以上の奴が、下にいる僕達に頼んででも欲したもの。
 色仕掛けよりも、荒木達に対抗できる手段があるかもしれない、僕はそう思っただけです。」

 カーズが気づかなかったように、花京院も気づいていない。
 ただ気になってるだけで、大層なものがあるとは思っていないが、
 それを花京院は何かあると思い込んでしまい、こうして向かっているのだ。
 絶妙な噛み合わせの悪さは、こちらとて同じことだった。

(しかし、カーズの最後の質問、あれは何だったのか?)

 別れる前にカーズから言われた一言は、奇妙の一言に尽きる。
 カーズにとって荒木を倒すためにに必要なことかもしれないが、
 質問の意図がいまいち分からない。アレに何の意味があるのか。

(とりあえず今は、スペースシャトルを目指してみるか。)

 コロッセオなどの建物の中、妙に存在感のある模型。
 竹林の中にあることは、この奇妙な地図の時点で考える意味はないが、
 建物や道の名前の中で、どちらにも該当しないものが存在していることには、
 少しばかり奇妙には思っていたので、ある意味今寄れるのはいいことなのかもしれない。

(む・・・・・・やはり、失敗か。)

 永遠亭で今しがた起きたことに、
 少し落胆しながら、花京院は竹にスタンドで数字を刻む。
 あの程度のことでどうにかなるとは思っていなかったので、
 大して落ち込むこともなかったが。

「あ、花京院君。六番目の竹がありますから戻ってきてますよ。」

「・・・・・・」

 先ほどよりは迷わないだろうが、
 果たしてスペースシャトルにたどり着けるのか。
 一抹の不安を抱えながら、花京院は一度状況を見直していく。
 永遠亭から戻してきた、スタンドの足の部位を利用しながら。

【C-6〜D-6 迷いの竹林/午後】

【花京院典明@ジョジョの奇妙な冒険 第3部 スターダストクルセイダース】
[状態]:体力消費(小)、精神疲労(小)、右脇腹に大きな負傷(止血済み)
[装備]:なし
[道具]:空条承太郎の記憶DISC@ジョジョ第6部、キャンプセット@現実、基本支給品×2(本人の物とプロシュートの物)
[思考・状況]
基本行動方針:承太郎らと合流し、荒木・太田に反抗する
1:竹林の脱出の前に、スペースシャトルへ向かう。
2:八雲紫の捜索。 ポルナレフたちとの合流。
3:東風谷さんに協力し、八坂神奈子を止める。
4:承太郎、ジョセフたちと合流したい。
5:このDISCの記憶は真実? 嘘だとは思えないが・・・・・・
6:5に確信を持ちたいため、できればDISCの記憶にある人物たちとも会ってみたい(ただし危険人物には要注意)
7:青娥、蓮子らを警戒。
8:カーズを、カーズが言う同胞を警戒

522 ◆EPyDv9DKJs:2019/03/16(土) 03:22:19 ID:ZcI0NUco0
[備考]
※参戦時期はDIOの館に乗り込む直前です。
※空条承太郎の記憶DISC@ジョジョ第6部を使用しました。
 これにより第6部でホワイトスネイクに記憶を奪われるまでの承太郎の記憶を読み取りました。
 が、DISCの内容すべてが真実かどうかについて確信は持っていません。
※荒木、もしくは太田に「時間に干渉する能力」があるかもしれないと推測していますが、あくまで推測止まりです。
※「ハイエロファントグリーン」の射程距離は半径100メートル程です。
※荒木と太田は女に弱く、女性に対して支給品を優遇していると推測しています。またそれ故、色仕掛けが有効と考えています。
※八坂神奈子の支給品の充実振りから、荒木と太田は彼女に傾倒していると考えています。
※カーズと情報交換しました。少なくともロワ内でのカーズの動向は聞いてますが、
 ワムウ達の得ていた情報など、どの程度まで話したかは後続の書き手にお任せします。
※カーズが陽に弱いことは、確信には至ってはいません。
 何かしらで昼間に外へ出られない可能性は懸念してます
【東風谷早苗@東方風神録】
[状態]:体力消費(小)、霊力消費(小)、精神疲労(小)、過剰失血による貧血、重度の心的外傷
[装備]:スタンドDISC「ナット・キング・コール」@ジョジョ第8部
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:異変解決。この殺し合いを、そして花京院君と一緒に神奈子様を止める。
 1:竹林の脱出の前に、スペースシャトルへ向かう。
 2:仲間と合流する。八雲紫の捜索。
 3:出来たら、ここが幻想郷とは関係ない場所だと証明する。それが叶わないのならば・・・・・・
 4:『愛する家族』として、神奈子様を絶対に止める。・・・・・・私がやらなければ、殺してでも。
 5:殺し合いを打破する為の手段を捜す。仲間を集める。
 6:諏訪子様に会って神奈子様の事を伝えたい。
 7:異変解決を生業とする霊夢さんや魔理沙さんに共闘を持ちかける?
 8:自分の弱さを乗り越える・・・・・・こんな私に、出来るだろうか。
 9:青娥、蓮子らを警戒。
10:カーズを、カーズが言う同胞を警戒
 [備考]
 ※参戦時期は少なくとも星蓮船の後です。
 ※ポルナレフらと軽く情報交換をしました。
 ※痛覚に対してのトラウマを植え付けられました。フラッシュバックを起こす可能性があります。
 ※ここがスタンド「死神」の夢の世界ではないか、と何となく疑っています。
 ※カーズと情報交換しました。少なくともロワ内でのカーズの動向は聞いてますが、
  ワムウ達の得ていた情報など、どの程度まで話したかは後続の書き手にお任せします。





 一人になったあと、カーズは雪景色を眺めていた。
 動かない。二人を見送った今も、ぼーっと立ち往生して。
 さらに時が流れると、カーズは後ろへと向いて───



 突然走りだした。
 地下で見せたような人間の限界レベルの速度を持って。
 トップアスリートも真っ青なスタートダッシュと速度であっという間に、
 自分がぶち破った地下通路の階段へと走っていた。
 走る最中、背後で様々な音はしたが、全く気にも留めず。
 パチンコ玉が台の中心のヘソへと入りこむように、暗闇へとカーズは突っ込んだ。

 まるで滑り台のような感覚で、地下通路へと舞い戻ったカーズ。
 謎の挙動、謎の音と色々謎が多いが、しっかりとした理由はある。
 まず、カーズはあの場で二人を始末、或いは脅すことは難しい話ではなかった。
 指から文字通り内蔵した弾丸を発射してしまえば、負傷させることは簡単だ。
 けれど、カーズはしなかった。いや、できなかったというべきか。

(このカーズを無言の脅しをかけてくるとは、本当に強かな奴よ。)

523 ◆EPyDv9DKJs:2019/03/16(土) 03:24:18 ID:ZcI0NUco0
 先ほど、花京院が出していたスタンドの足が、どこにもなかったのだ。
 地下通路で分解できるスタンドだと言う前情報があったおかげで、
 足がないのはスタンドの像がそういうビジュアルだというわけではなく、
 何らかの場所に足は分解して待機させている状態なのがと推測できた。
 どこに足は置いたのか? 例えば、天井を崩せる柱を狙うようにばらしたか。
 その可能性を懸念し、手出しをすることなく、穏便に二人を見送った後、
 ばらした足はまだ残っていると思い、全力でダッシュを始めた。
 先ほどと違って時間が残されておらず、視認してから骨格を弄るのは無理があり、
 ストレートなごり押しである、罠を踏んでそのまま走り抜けるを選んだ。
 予想通りだ。糸のようなものを踏んだか千切った瞬間、視界の隅で何かが飛んでいた。
 先ほどの結界も、触れればそういうものが発動していたことを理解しながら、
 罠を全て踏み抜いて、しかし弾丸はカーズの身体を掠めることもなく飛んでいく。
 余裕の全弾回避。そのような芸当ができるならば、別に地下へ戻らなくてもよかったのではないか。
 そう思われても不思議ではないが、あの結界の真意も、カーズは先読みしていた。

(毛嫌いしながら会話に乗ったのも、正確に狙いを定めるための時間稼ぎとはな。)

 狙ったのはカーズだけではなく、その射線の先には、屋根を支える柱があった。
 カーズは一発も受けなかった、即ち全弾があのあたりの柱に直撃したということ。
 だからか、地下へ行ってもなお、地上から建物の悲鳴のような音が絶え間なく続く。
 崩れたか、まだ悲鳴をあげている程度か。わからないが、少なくとも悲惨なのは間違いない。

「浅知恵だが、パチュリーよりはマシだったな。」

 出会って間もない時間で、こっちを倒そうと目論んだ、花京院とパチュリーの行動。
 パチュリーの場合は運のなさもあっただろうが、花京院の方がずっと善戦できたほうだ。
 ほんのちょっぴりではあるが、妖怪以上の善戦には敬意すら感じる程度には。

 ことが落ち着いたのであれば、先ほどの問いの答えを思い返す。
 花京院はジョセフと、その孫である承太郎と関係があると言った。
 ジョジョという名前の多さから、既にどこかで思ってはいたのだ。
 思ってはいたが、思いたくはない。自分は天才で、負けるはずがない。
 しかし、花京院が言った承太郎がジョセフの孫だという、あの質問の答え。
 あの闘技場に居合わせていながら孫がいて、かつ花京院はジョセフとも関わってる。
 答えは一つしかない。カーズは───否、柱の男は、敗北したということだ。
 たった一人の、波紋戦士の手によって、自分を含めて絶滅したいう事実。
 相討ちという結果にすら至っていない、完全なる敗北を。

 そんな敗北の事実を知って、カーズはどうしたか。
 エシディシのように泣きわめくなどは絶対にしない。
 先ほど勧められて、それはしないと言った以上、することはない。
 取った行動は、一つ。一度目を閉じて───





「アハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

 眼を見開き、笑った。盛大に笑っていた。
 類は友を呼ぶと言うべきか、エシディシが泣き喚いてすっきりするように、
 盛大に笑った後、一気に落ち着くようにカーズは静まり返る。

「ジョジョ、あのロッジの時にも思ったが、大したタマだ。
 どんな策を講じたかは分からんが、とにかく! このカーズは負けたと言うことだ。」

 敗北を知った。何千、何万と生き続けた自分が、自分たちが。
 たった一人の波紋戦士に全員敗北してしまった事実を、彼は受け止めた。

「良いだろう。一度とは言えこのカーズを超えて見せた。
 ならば、既に策は閃いたか、用意したとみたぞ、荒木と太田を倒す手段を。」

 石仮面を作り、エイジャの赤石があれば究極の生物になれる。
 そんな異次元とも言えるような偉業を成し遂げた天才を一時でも超えたペテン師。
 半日以上経過している現状で、何も思いついてないとは全く思わない。
 今、カーズにとってジョセフは見下すべき相手とみるには無理があり
 ワムウとエシディシも生きてる以上、怨恨が薄いので、怨敵とも思わない。
 (サンタナもいるけど。)

「そしてジョジョならば、このカーズに共闘を持ち掛ける可能性も十分にある。」

524 ◆EPyDv9DKJs:2019/03/16(土) 03:26:22 ID:ZcI0NUco0
 頭の爆弾についてまともに考察できる奴は、そうそういないだろう。
 天才であるカーズですら悩ませる代物を、そこいらの下等生物に分かるはずがない。
 だが、尖った考えや突拍子もないものは、時に天才を凌駕する。カーズとジョセフがいい例だ。
 天才には見えないものを、奴には見えてる可能性は高く、共闘するのは十分に値する。
 ・・・・・・だが!

「貴様の策、このカーズが利用してやろう。」

 協力する、なんてことはしない。
 この男は、カーズとは、そういう存在だ。
 ジョセフの策を横取りし、荒木と太田を先に倒す。
 そうすることで、自分が敗北した汚名を雪ぐ。
 卑劣かもしれないが、彼ならば高らかにこういうだろう。
 最終的に、勝てばよかろうなのだと。

 敗北を知った天才は、DISCは持ったまま、地下通路を走り出す。
 あれだけのことをした以上、もう戻ってくるつもりもないことは分かった。
 倒壊するかどうかも分からない永遠亭で戻るつもりのない相手を
 今後の交換材料にはなるだろうと思い、懐にしまいながら地下通路を駆ける。

 邪悪なものは地下通路を駆け巡っていく。
 探すは相容れぬ存在であった、波紋戦士。
 そして、全ての柱を打倒した男を。 

【D-6 永遠亭 地下通路/午後】
【カーズ@第2部 戦闘潮流】
[状態]:胴体・両足に波紋傷複数(小)、シーザーの右腕を移植(いずれ馴染む)、再生中
[装備]:狙撃銃の予備弾薬(5発)
[道具]:基本支給品×2、三八式騎兵銃(1/5)@現実、三八式騎兵銃の予備弾薬×7、F・Fの記憶DISC(最終版) 、幻想郷に関する本
[思考・状況]
基本行動方針:仲間達と共に生き残る。最終的に荒木と太田を始末したい。
1:一先ず永遠亭にいる理由はない。他の場所へ向かう。
2:幻想郷への嫌悪感。
3:DIOは自分が手を下すにせよ他人を差し向けるにせよ、必ず始末する。
4:この空間及び主催者に関しての情報を集める。パチュリーとは『第四回放送』時に廃洋館で会い、情報を手に入れる予定。
5:『他者に変化させる、或いは模倣するスタンド』の可能性に警戒。(仮説程度)
6:ジョセフを探し、共闘を持ち掛ける。実際は、奴を出し抜いた上で荒木と太田を倒し、この汚名を雪ぐ。
 [備考]
 ※参戦時期はワムウが風になった直後です。
 ※ナズーリンとタルカスのデイパックはカーズに回収されました。
 ※ディエゴの恐竜の監視に気づきました。
 ※ワムウとの時間軸のズレに気付き、荒木飛呂彦、太田順也のいずれかが『時空間に干渉する能力』を備えていると推測しました。
  またその能力によって平行世界への干渉も可能とすることも推測しました。
 ※シーザーの死体を補食しました。
 ※ワムウにタルカスの基本支給品を渡しました。
 ※古明地こいしが知る限りの情報を聞き出しました。また、彼女の支給品を回収しました。
 ※ワムウ、エシディシ、サンタナと情報を共有しました。
 ※「主催者は何らかの意図をもって『ジョジョ』と『幻想郷』を引き合わせており、そこにバトル・ロワイアルの真相がある」と推測しました。
 ※「幻想郷の住人が参加者として呼び寄せられているのは進化を齎すためであり、ジョジョに関わる者達はその当て馬である」という可能性を推測しました。
 ※主催の頭部爆発の能力に『条件を満たさなければ爆破できないのでは』という仮説を立てました。
 ※花京院と早苗と情報交換をしました。
  他にも話したのかは後続にお任せします。

※永遠亭の柱が数本エメラルド・スプラッシュによって折られました。
 屋敷全体とは限りませんが、一部分は崩れたか、崩れかねない状態です。
 崩れた場合、地下通路へ行くための階段は埋まってしまうかもしれません、

525 ◆EPyDv9DKJs:2019/03/16(土) 03:27:02 ID:ZcI0NUco0
以上で寒地GUYDanceの投下を終了します

526名無しさん:2019/03/18(月) 20:02:14 ID:PDqy2xqI0
乙!

527名無しさん:2019/03/22(金) 01:09:39 ID:jEdIy/7I0
投下乙です
カーズの魅力がよく出ていて、猶且つここからどう展開するのか気になるお話でした。
ただ、細かいことですが「・・・」は「…」に改めたほうが読みやすいのではとは思いました。

528名無しさん:2019/03/22(金) 16:30:27 ID:8NzYGExs0
投下乙です。

ウホッ!まさかのカーズ様の仲間フラグ!?

529名無しさん:2019/03/24(日) 10:12:09 ID:yzfm2Joo0

貴重なカーズ様のデレである

530名無しさん:2019/03/24(日) 13:15:14 ID:RYi7d/Uc0
ヒャッハー久々の投下だー!
一応利用する気マンマンとは言え、しっかりジョセフの事評価してるのはすごいらしいなって…

531 ◆753g193UYk:2019/03/26(火) 01:28:05 ID:mq7dM7Kg0
投下乙です
花京院は流石の冷静さ。DIOの能力を見抜いた冷静さが上手く生きていて好きです。
素直に協力する、とまではいかないまでもあのカーズがジョジョと肩を並べて戦う可能性があるというのも胸が熱くなるものがある。
久々の素敵な投下に自分も創作意欲を刺激されたので、

パチュリー・ノーレッジ、岡崎夢見、吉良吉影、封獣ぬえ、エシディシ

以上五名で予約します!

532 ◆753g193UYk:2019/03/27(水) 17:21:32 ID:1qUWgLbM0
投下します

533 ◆753g193UYk:2019/03/27(水) 17:25:51 ID:1qUWgLbM0
 テーブルの上に広げられたアルミニウム製のシートの上に、広瀬康一の頭部が横たえられている。髪の毛を剃り落とされた頭蓋骨は、真ん中で縦半分に切断され、外された頭蓋の内部は空洞になっていた。すぐそばに、四等分された脳が置かれている。
 密室内で執り行われるパチュリー・ノーレッジの主導による解剖実験は、滞りなく進んでいた。

「どう、パチェ。なにか分かったことはある?」

 夢美の能力で精製された顕微鏡を覗き込み、脳の断片をしげしげと観察していたパチュリーは、溜息混じりに吐息を零しながら顔を上げた。

「分かったこともある、といったところかしらね」
「爆弾の解除方法は?」
「残念ながら」
「そっかぁ」

 夢美はうなだれ、落胆を分かりやすく仕草で現した。顕微鏡が元のスタンド像へと変化し、そのまま夢美の懐へと向かって消えていく。パチュリーは四つに切り分けられた脳を再び康一の頭部の空洞へと戻しながら、淡々と語った。
 
「今回の実験結果を報告するわ。広瀬康一の頭を解剖しても、魔力・霊力の類はいっさい感知されなかった。顕微鏡で拡大して観ても、魔法・霊的な観点から見て不自然と思しき箇所は見受けられなかったわ。広瀬康一の脳は、ごく一般的な、いたって健康体と呼ぶにふさわしい人間の脳だった……これが結論よ」

 はじめパチュリーは、頭蓋骨を開いて脳を露出させた時点で、脳に魔力や霊力による呪いや封印の類が課せられていないかを確認したが、その時点でなにも得られたものはなかった。魔力による爆弾であれば、パチュリーによって固形化し、吉良吉影の能力で爆破消滅させることも考えられたが、少なくとも康一の頭脳から得られた情報を鑑みるに、それは不可能であることだけは結論付けられた。
 
「うーん、なるほど。少なくとも、康一くんの脳内には爆弾はなかったと……でも、これは興味深い結果よね、パチェ」
「そうね。少なくとも、物理的な爆弾が埋め込まれている可能性はゼロになった。かといって、魔力も感知されたというわけではない……ということは、また新たな仮説がいくつかたてられるわ。ふりだしに戻ったわけじゃあない」

 脳をすべて元あった頭蓋の中に戻したパチュリーは、取り外した頭蓋をそっと康一の頭に被せた。外見上元通りになったところで、短い詠唱ののち、康一の頭部の表面を凍らせた。これ以上の状態の悪化を防ぐためだ。
 夢美がパチュリーの言葉を引き継ぎ、語り出す。

「仮説その一は、簡単ね。そもそも脳内爆弾なんてものは存在しない説。外部からの干渉を受けて、それぞれの参加者を起爆させる……でもこれはあまり現実的じゃないわよね」
「そうね、ここには蓬莱人や吸血鬼もいる。それを外的要因だけで殺し切るのは、無理があるわ。だとすれば、考えられるのはやっぱり、呪いや封印の類よね」
「だけど、解剖をしても肝心の魔力は感知されなかったのよね。ということは、考えられる可能性はかなり絞られる……」

 パチュリーは外面は無表情ながらも、感心した様子で聞き入っていた。おそらく、レミリアが相手であれば、こうもスムーズに話は進まない。

「って、どうしたのパチェ。そんなにまじまじと私の顔を見つめて……まさか!?」
「ああ、いや、あんた、こういう話となると案外まともなのね。安心したわ、ただの気の触れた女じゃなくて」
「ひっどーい! 私、これでも物理学者だって言ってなかったっけ」
「いえ、聞いていたわ。話の腰を折ってごめん、続けて」

 あからさまに眉根を寄せながらも、夢美は咳払いをして、再び語り出した。

「以上の観点から、考えられる可能性としては、生きている間は作用しているけれど、死ぬと無効化される魔力爆弾、という可能性が考えられる。どう、パチェ」
「おみそれしたわ。その通りよ、話が早くて助かる」

 安堵したようにふっと笑みを零すと、夢美は胸を張って威張った。あまり調子に乗せると面倒なので、褒めるのはこの辺りにしておいた方がいいとパチュリーは思った。

534夢見るさだめ ◆753g193UYk:2019/03/27(水) 17:26:59 ID:1qUWgLbM0
 
「それが、さっき言った呪いや封印の可能性ね。例えば、宿主の生命力をリソースにして呪術が成り立っていた場合、その生命力が途切れた時点で術も解呪されるわ。だから、広瀬康一の脳内からはなにも検出されなかった。これが一番可能性としては高いように思えるわね」
「その術は……例えば、吸血鬼や幽霊のような種族に対しても、その生命力や能力を制限するかたちで作用しているのかしら」
「むしろ、幻想郷由来の参加者全般にそう作用しているんじゃないかしら。そもそも妖怪なんて、頭や心臓を潰されたって関係ないようなやつらがほとんど。現に私だって、外傷だけで死ぬことは逆に難しいってくらいだしね……この場でさえなければ、の話だけど」

 魔法使いだって生命力に関しては吸血鬼に負けていないとパチュリーは自負している。例え体に深い傷を負おうとも、欠損箇所を魔法で錬成するか、或いは、丸ごと新しい体を作って、そちらに魂を移し替えればいいだけだ。百年単位で遡れば、パチュリーは過去に幾度となくそういった修羅場を潜り抜けている。
 幻想郷に来てからは久しくそういった危機的状況に陥っていないため、パチュリーの体はすっかり埃とカビを含んだ図書館の空気に慣れ、弱体化の一途を辿ってはいるものの、本来であれば、例えあのカーズが相手であろうとも、ああも一方的に無様を晒すような真似はしなかった筈だ。その事実に思い至り、拳に自然と力が入ったところで、パチュリーは再度嘆息し、己を落ち着かせる。

「――話が逸れたわね。ともかく、おそらくこの会場で生きている限り、脳内爆弾から逃れることはできない。でも、この発見は大きな進歩でもあるわ」

 パチュリーは、アルミニウム製のシートを丸めて捨てると、デイバッグから取り出した考察メモの用紙をテーブルに起き、次いで鉛筆に短い呪文をかけた。続くパチュリーの言葉に従って、鉛筆が自動筆記で文字を記してゆく。

「仮に、この呪術が、参加者の一挙手一投足を見張って爆破するものではなく。
 ひとつ、参加者ごとの『強すぎる生命力を制限』すること……
 ふたつ、禁止エリアに入るなどといった『一定条件下で起爆』すること……
 みっつ、参加者が死亡し、その『生命力が途絶えたら解呪される』こと……
 こういった単純命令だけで機能している術式だとしたら、どうかしら」

 眼下のメモ帳には、パチュリーの思惑通り、余計な口語は記録せず、脳内爆弾の仕組みだけが三つ、箇条書きで記されている。夢美はその筆記魔法そのものに瞳を輝かせながらも、活き活きとした様子で手を上げた。

「だから康一くんは既にその呪いが解けていたのね。逆に言うと、この呪術を解呪するような……例えば、死を偽装するようなことができれば、爆弾は解除されるかもしれない!?」
「ええ。可能性としては、それが最も爆弾解除に近い方法じゃないかしら。尤も、蓬莱人や吸血鬼ですら一度で確実に死ぬように設定されているこの場所で、どうやってそんな真似をするのか……というのは大きな問題になってしまうのだけれど……」

 言いかけたところで、パチュリーは思い出したように呟いた。

「そういえば、私はここに来る途中、火焔猫燐と射命丸文の死亡をこの目で確認したわ。だけど、さっきの放送では呼ばれてなかったわよね」
「うん、その名前は聞き覚えないけど……っていうかそれ、パチェの見間違いってだけじゃなくて?」
「馬鹿にしないで。見間違えないわよ、あれは確実に死んでいた」

 茶化すような夢美の視線に対して、パチュリーは双眸を尖らせて断言した。
 柱の男が潜む館に乗り込み、無残にも命を奪われた参加者の死体を、パチュリーはこの目で見せ付けられている。
 柱の男たちがパチュリーを怯えさせる為になんらかの幻を演出したのか、或いは射命丸たちが柱の男たちに対し死んだように偽装したのか、そういう可能性も考えられるが、この件についてはどこまで考えても推測の域を出ない。現時点でのこれ以上の考察は無意味であるように思われた。

「まあ、いいわ。射命丸文と火焔猫燐にもし出会ったら、その真相についても尋ねてみましょう」
「そうね、それがいいわ。けどまあ、なんにせよ、爆弾の仕組みをここまで絞り込めたのは大きいわね、パチェ!」

 考察で表情を固くしていたパチュリーとは真逆、いつも通りの知性を感じぬ薄ら笑みを浮かべた夢美は、すかさずパチュリーに飛び付いた。両腕を首に回し、まるで爆弾が既に解除されたかのようなしゃぎようで飛び跳ねている。パチュリーは夢美を適当にあしらいつつも、今度はその体を引き剥がすことに労力を割くこととなった。

535夢見るさだめ ◆753g193UYk:2019/03/27(水) 17:28:22 ID:1qUWgLbM0
 


 ジョースター邸の食堂の窓から、見知らぬ参加者を引き連れて戻ってきた仗助を眺めていた吉影は、ふとした物音に振り返った。どこか顔色悪そうにテーブルに両肘をついていたぬえも、物音の方向に目線を向ける。
 テーブルの上で眠るように縮こまっていた亀の甲羅から、夢美とパチュリーが続けて飛び出してきた。夢美は、自分がテーブルの上に着地してしまったことに気付くと、勢いよく飛び降り、着地する。パチュリーもそれに続いて、テーブルの縁に座るようにしてゆっくりと地面に足を降ろした。

「おまたせ。なにか変わったことはなかったかしら」
「ついさっき仗助たちが帰ってきたところさ。外ではなにか揉め事が起こっているようだがね」
「またなの」

 パチュリーはあからさまに嫌な顔をした。しかし、それも一瞬だ。すぐになにかを思い出したように嘆息した。

「いえ、私が言える立場じゃないわね。さっきはごめん、露伴先生に対する振る舞いに関して、言い訳をするつもりはないわ……少し、冷静さを欠いていたみたい」
「パチェ、さっきは焦ってたのよね。これから康一くんの遺体を解剖しなくちゃいけないってプレッシャーかかってる時に、康一くんの親友だなんて言われたから」

 夢美が、とんとん、と優しくパチュリーの背中を叩いた。パチュリーはなにも答えようとはせず、夢美から顔を背けた。吉影の角度から見えるパチュリーの表情は、それ程夢美を拒絶しているようには見えなかった。

「そうか……それはパチュリーさん、無理もない話だと思うよ。これから心を痛めて仲間の遺体を解剖しようって時に、得体の知れない男に『自分はそいつの親友だ』なんて言われたら……わたしなら胃が痛くなる思いになるだろうからね。苛立ったり焦ったりする気持ちもわかる」
「だから、言い訳をするつもりはないってば。その話は、もういいの」
「で、爆弾のことはなにかわかったの」

 ぬえはパチュリーを刺すように見た。パチュリーの心情など心底どうでもいいと思っているのであろうことは、その表情から容易く読み取れる。というよりも、人の感情の機微にまで意識を回している余裕すらなさそうだった。額には脂汗が浮かんでいる。

「ぬえちゃん、体調大丈夫? この人になにか変なことされたの?」
「わたしはなにもしていない。物議を醸すぞ……そういう物言いは」
「あはは、ごめんなさーい」

 あまり悪びれる様子もなく夢美は笑って謝罪する。夢美がそういう人間であることは分かっていたし、そんなくだらない軽口にいちいち反応していては本当に胃がもたなくなるので、夢美の冗談は無表情のまま聞き流すことにした。
 当のぬえ本人もいたってどうでもいいという風に夢美の言を流した。

「で、解剖結果はどうだったの。爆弾の解除方法は分かったの?」
「ンン〜〜、それはおれも気になるなあ〜〜」

 部屋の入口から、聞き慣れない男の声が聞こえた。
 瞬間、食堂内にいた全員の顔色が変わる。警戒を強く顔色に出しながら、全員が部屋の入口を見た。
 古代ローマの彫刻もかくやというほどに鍛え上げられた、筋骨隆々とした肉体美を惜しげもなく晒す褐色肌の男が、入口に肩をもたれさせて、腕を組んでいる。男は口角を不敵に吊り上げて、その場の全員を睥睨した。

536夢見るさだめ ◆753g193UYk:2019/03/27(水) 17:29:51 ID:1qUWgLbM0
 
「おっと、おれは荒々しいことをするつもりでここに来たわけじゃあない。勘違いしておれに挑むのはやめておけよ……無駄に寿命を縮めたくないならなァ」
「あなたは……エシディシ、といったかしら。なにをしに来たの」

 今度はパチュリーの額に脂汗が浮かび上がっている。少なくともパチュリーにとって味方と呼べる相手でないことだけは、その顔色から吉影にも理解できた。
 エシディシと呼ばれた男は、フンと鼻を鳴らし、笑った。

「本当なら地下通路を通って一気に紅魔館に行くつもりだったんだがなァ……おれの進行方向上にこの館があったんで、ちょいと顔を出しに来たのさ。どうやら外ではスデに別の揉め事が起こっているようだが、おれはまったくの無関係だぜ……爆弾解除の術を探ってくれているパチュリーのチームを襲うのは、賢い判断じゃあないからな」
「待て……おまえは、パチュリーさんとはどういう関係なんだ」
「ンン? なんだパチュリー、おまえ……おれたちのこと、お仲間には話しちゃいなかったのか」

 極めてわざとらしく、エシディシは目を丸くして見せた。同時にこの場の全員の視線が、今度はパチュリーへと注がれる。対するパチュリーは、物言わず目線を伏せるだけだった。けれども、その視線の中には、エシディシに対する明らかな敵意が見て取れる。
 物言わず憎々しげにエシディシを睨め付けるだけしかできないパチュリーの視線に気付いたエシディシは、これは傑作とばかりに失笑した。

「ハッ、なるほどなあ。おまえ、そのプライドの高さゆえに、お仲間には知られたくなかったというワケか……自分の『敗北』と『隷属』を」
「隷属、って……パチェ、どういうこと」

 エシディシは磊落に笑いながら口を開いた。

「そこの小娘が答えぬならば、おれが代わりに説明してやろう。そこにいるパチュリーはなァ、廃洋館で我ら一族に完膚なきまでに叩きのめされ、体内に毒入りのリングを埋め込まれちまったのさ」
「ど、毒入りの、リング……だと」
「リングは第四回放送後に溶け出し、パチュリーの命を奪うッ! 外科手術でリングを取り出そうとしたり、スタンドで触れようとした場合も同様! 解除方法はただひとつだ……第四回放送までに爆弾を解除する方法を見付け出し、それをカーズに伝えることッ!」

 エシディシが言葉を言い終える頃には、既にパチュリーは完全にうなだれていた。屈辱からか、握り締められた拳が震えている。
 夢美は静かに、パチュリーの肩を抱き寄せた。平時のパチュリーならば夢美に抵抗しそうなものだが、この瞬間ばかりは、ただ静かに体を預けるパチュリーが、吉影には嫌に痛ましく感じられた。
 自分の居場所をつくるために行動してくれていた女性が、吉影の居場所を脅かそうとする外的に傷付けられる様を見せ付けられることに、吉影は理屈ではない憤りを覚えた。

「さてパチュリーよ、ここで有益な情報をおれたちに寄越すっていうのなら、おれからカーズにとりなしてやろう。脳内爆弾の構造について、なにかわかったことがあるのだろう?」
「ば、爆弾の……解除方法、は……」
「答える必要はないよ、パチュリーさん」

 軽く片手を掲げ、吉影はパチュリーの言葉を遮った。
 パチュリーの足元に置かれていたデイバッグを、エシディシの足元へと投げて寄越す。元々河城にとりが持っていたものだ。軽く視線だけを下方に送り、足元にどさりと落ちたデイバッグを見たエシディシは、再び不敵に口角を吊り上げて笑った。

「うーむ、これはどういうつもりなのだろうなァ。まさか、このおれに貢ぎ物をする代わりに、この場は見逃してくれという懇願のサインか、なァ?」
「自由にとってくれて構わない……今ここできみに与える情報は……なにもないということだよ」
「ちょ、ちょっと吉影……なに勝手に」
「いいから、ここはわたしに任せて欲しい」

 吉影はパチュリーを庇うように一歩前に踏み出した。

537夢見るさだめ ◆753g193UYk:2019/03/27(水) 17:31:22 ID:1qUWgLbM0
 
「ほほう、なるほどお……するってェと、おまえはおれがここでアイテム欲しさに身を引くと、そう考えているワケだな。うーむ、実に浅はかな考えだ……放っておいたところでパチュリーは死ぬのになァ」
「浅はかかどうかは、そのデイバッグを確認してから判断してはどうかね」
「ふむ」

 指で顎先をしごいていたエシディシが、左腕をデイバッグへと伸ばし、掴んだ。刹那、キラークイーンの親指が、点火のボタンを押し込んだ。
 同時に、表情ひとつ変えずに吉影が仕組んだ爆弾が軌道した。強烈な爆破音に次いで、食堂内の窓ガラスがびりびりと振動し、爆破の衝撃が風となって一同に吹き付ける。全員が耳を塞ぐ中、吉影だけがスーツのポケットに手を入れたまま、標的となった男が爆煙に包まれる様を見つめていた。

「よ、吉影……あなたッ」
「あの敵は、ここで『排除』する……パチュリーさんの体内にくだらない『爆弾』を埋め込んだ輩もだ。要は『解毒剤』を奪えばいいのだろう? 素直に従う必要はどこにもない。そしてわたしのキラークイーンは……戦おうと思えば、いつでも敵を『始末』することができる」
「なっ……な……っ」

 決然と宣言した吉影を、パチュリーが絶句して見上げている。夢美も、ぬえも、信じ難いものを見るような目で吉影を見つめていた。こういう目で見られることを避けるため、吉影は人前で能力を使うことを避けて来た。
 けれども、今回は例外だ。吉影の居場所をつくろうと働いてくれる『仲間』の命を脅かす者、それはつまるところ、吉影の居場所をも脅かす明確な『敵』であるということだ。排除することに理由は必要ない。

「で、でもあなた……戦うのは嫌いだって」
「ああ、嫌いだとも。しかしこちらが避けて通ろうとしても、向こうは既にパチュリーさんを『標的』としていて……このままでは、およそ十二時間後にきみは殺されてしまうんだろう? ならば……わたしはこれを乗り越えるべき『トラブル』と判断する。違うかね、パチュリーさん」

 こと集団を守ることに関して、吉影は必死だった。
 ともに過ごした隣人さえも信用できないこの殺し合いの場において、打算ありきとはいえ、吉影の素顔を知った上で、なお吉影の居場所を守るために行動してくれる人間のいる集団など、このチーム以外には想像できない。そういう人間がいるだけで、吉影の心の平穏は守られるのだ。それをみすみす利用されて殺されることなど、絶対にあってはならない。
 必ず守り抜いてやる、そういう決意が吉影にはあった。

「安心したまえ……このわたしが乗り越えられなかった『トラブル』なんて一度だってないんだ。きみの命を脅かす『外敵』は必ず『始末』し……夜も眠れないといったような『トラブル』は必ず解決する」

 もうもうと立ち込める爆煙の中で、人影が揺らめいた。特にもがき苦しむ様子でもなく、黒々とした爆煙を掻き分けて、エシディシが一歩を踏み出す。デイバッグを持ち上げたエシディシの左腕の肘から先は、既になくなっていた。
 全員が瞠目する中、吉影だけが、その黒曜石のような瞳に殺意の炎を滾らせて、真正面からエシディシを睨め付けていた。

「うぬぬう……き、きさまあ〜〜……」
「なんだ……ブッ飛んだのは腕だけか。デイバッグに触れたものを、その細胞の隅々まで火薬に変えて爆破してやったつもりだったんだが……運がいいな。もっとも……その運も長くは続かんだろうがね」
「う……うう……」

 唸るように、エシディシが表情を顰めた。

「なんだ、怒るのか? 自慢の腕をブッ飛ばされて……見下していた相手に一矢報いられたことがそんなに気に食わないかね」
「う〜〜……ううう……」
「怒るなら怒るといい……こう見えて、わたしも怒っているんだよ……大切な仲間が利用されたことに……下手をすれば使い捨てられるかも知れないという事実に。わたしは、わたしの『居場所』を奪おうとする者には……いっさい『容赦』できないタチでね」

538夢見るさだめ ◆753g193UYk:2019/03/27(水) 17:35:51 ID:1qUWgLbM0
 
 エシディシの表情は、歯を食いしばるように歪められていた。
 やがてその瞳から、ぽろりと、ひとしずくの涙が零れ落ちた。

「あんまりだ……」
「なに?」
「HEEEEEEEEEEEEEEYYYYYYYYYYYYYYY――ッ」

 またたく間に涙腺は決壊し、エシディシの頬を滝のような涙が滂沱と流れはじめた。エシディシは、なくなった腕を庇うようにして身をくねらせ、うずくまり、まるで駄々をこねる子供のように叫んだ。

「あァァァんまりだァァァッ!!」
「な、なんだ……いったい……、泣いているのか? 血管を浮かび上がらせて怒ってくるのかと思いきや……このエシディシという男……ダダッ子のように泣きわめいている!」
「AHYYYYYYY! AHYYYYYッ、AHYWHOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHHHHHHHッ!!」
「ね、ねえ、泣いている今のうちにトドメ刺しちゃった方がいいんじゃないの……なんか不気味だよ、アイツ!」

 ぬえが、吉影の裾を指先で引っ張って進言する。一理ある。激怒し襲い掛かってくるのであれば、キラークイーンで始末するつもりでいたが、こうも無防備に泣きわめくのでは、吉影としても気味の悪さを感じずにはいられない。今度は吉影の額を緊迫から生じた嫌な汗が伝っていく。

「おおおおおおれェェェェェのォォォォォうでェェェェェがァァァァァ〜〜〜〜〜!!」

 吉影がもう一度キラークイーンを具現化させたとき、ふいに、エシディシの泣き声がピタリと止んだ。同様に、吉影をはじめとする全員の動きも止まる。エシディシの次の行動に、否応なしに視線は集中する。
 当のエシディシは、なんでもないように立ち上がった。既にその瞳から流れる涙も止まっている。怒りも悲しみも感じさせない瞳で、エシディシは肺に溜まった息を吐き出した。

「フーーー、スッとしたぜ。おれはカーズやワムウと比べるとチと荒っぽい性格でな〜〜〜……激昂してトチ狂いそうになると、泣きわめいて頭を冷静にすることにしているのだ」

 左腕が欠損しているというのに、痛みもなにもないかのように、エシディシは歩を進める。今はもう、左腕の切断面からは、一滴の血も流れてはいない。
 吉影の前面に出たキラークイーンは、拳を握り締め、身構えた。エシディシはその構えをどこまでも冷淡な視線を見下ろすと、淡々と語りはじめた。

「で、おまえ……おれの体を爆弾に変えてブッ飛ばしたといったな……それならおれも気付いたよ。これがただの爆弾だったらちっとも怖くはなかったんだがなァ……デイバッグを掴んだ瞬間、おれの体細胞が別のものに変わっていくんで、流石のおれもゾッとしたよ……やばいと思ったんで、即座に腕を切り離したことは正解だったらしいなあ。残念ながらおれの左腕は跡形もなく爆破消滅しちまったが」
「……バケモノめ」
「ククク、体細胞の組み換えはおれたちの十八番でなァ……腕がなくなっちまったのはちィと惜しいが、まあいい……おまえを殺して代わりの腕をいただくとしよう」
「ッ、キラークイーン!!」

 吉影の叫びに応えて、キラークイーンが拳を突き出し前進する。同時にキラークイーンの懐に飛び込んできたエシディシの、残った右の拳と打ち合った。互いの拳の衝突ののち、弾かれたのはエシディシの方だった。そこにすかさず、キラークイーンの拳のラッシュが直撃する。エシディシはかわすことも応戦することもせず、拳をすべて体で受け止めた。
 後方へと吹っ飛び、並べられた椅子を弾き飛ばして床に突っ伏したエシディシは、やはりなにごともなかったかのように立ち上がると、キラークイーンに殴られてひしゃげた箇所をべこぼこと音を立てて自己矯正し、元通りの体躯を形成した。

539夢見るさだめ ◆753g193UYk:2019/03/27(水) 17:37:23 ID:1qUWgLbM0
 
「ンン〜〜〜、試しに食らってみたが、なるほどお。カーズたちの情報は事実らしいなあ……スタンドはスタンドでなければ攻撃することはできず、また、捕食することもできない……だったか」
「なに……試しに食らってみた……だとッ」
「そういうワケだ、勘違いするなよ人間……今のはあえて『殴られた』んだ。決して『おまえがおれに攻撃した』んじゃあない」

 吉影は、両の拳にヒリついた熱を感じた。拳を見ると、エシディシの体をラッシュで殴りつけた拳頭の部分が、擦り切れたように皮が剥けていた。赤く腫れて、じわりと熱も感じる。ちょうど、拳が軽い火傷を起こしたような状態になっていた。

「なんだ……まるで炎そのものを殴りつけたように……拳が熱いぞ」
「フン、ようやく気付いたか……おれは体内の熱を五百度まで上昇させ、相手に送り込むことができるッ! おまえは攻撃しているように見えて、五百度の高熱を殴りつけていたということよ」

 突き出されたエシディシの右の五指の爪が剥がれ、そこから血管が這い出てきた。血管のひとつひとつがまるで意思をもっているかのように鎌首をもたげ、その異様な攻撃の穂先を吉影に向けている。エシディシの言葉が事実なら、あの血管すべてが五百度の熱をもった武器ということになる。それを安易にスタンドで迎撃するのは、まずい。
 脂汗を浮かべる吉影の思考を読んだのか、エシディシが不敵な笑みとともに床を蹴り、駆け出した。思考の暇はない。

「やむを得んッ、キラークイーン、迎撃しろッ!」
「くらってくたばれッ『怪焔王』の流法!!」

 五指から飛び出た五本の血管針が、射るように吉影へと殺到する。命令通りに突出したキラークイーンの拳が高速で打ち出され、血管の方向をそれぞれ逸らすが、同時に血管の先から煮えたぎった血液が噴出した。咄嗟に両腕で頭部はかばったが、それでも吉影のスーツに触れた血液は発火する。

「吉影ッ!」

 頭上から多量の水が降り注いだ。パチュリーの水の魔法だ。火はすぐに消えたが、吉影のスーツの両腕部は既に焼けて擦り切れている。吉影は思わず舌を打った。
 パチュリーに礼を言う間もなく、エシディシが飛び込んでくる。本体に触れてもダメージを与えることはできず、下手に近付けば火傷を負わされる。吉影がとれる選択肢はそう多くないが、それでもここで後退するわけにはいかない。もう一度キラークイーンを前に出し、戦闘態勢をとらせる。
 その時、エシディシが瞠目し、大きく飛び退いた。

「私の正体不明の種を使ったのよ。アイツは今、キラークイーンに対して、なにか『恐怖』する幻影を見てるはず……なに見てあんなに警戒してるのかは知らないけどね」

 ぬえは不敵に笑った。当のエシディシは、恐怖するとまでは行かないまでも、その表情に驚愕と警戒の色を強め、キラークイーンを凝視していた。

540夢見るさだめ ◆753g193UYk:2019/03/27(水) 17:41:45 ID:1qUWgLbM0
 
「けど、あいつはもう『キラークイーン』の姿を知ってる。かろうじて、まだ完全にはこっちを『知らない』って点を突いたつもりだけど……多分、あいつならすぐにカラクリに気付いて突破してくるよ。今のうちにどうするのか決めるんだね、吉良」
「ありがとう、ぬえ……感謝する。だが……どうするのか決める、というのは……どういうことかな」
「戦うのか、逃げるのか……ってことだよ。やれないなら、とっとと逃げた方が賢いと私は思うけど」
「ごもっともだ……だが、やつはここで『始末』する。これは『絶対』だ」

 ぬえが僅かに目を見開いた。それも、すぐに真剣な眼差しへと変わる。

「あんた、やれるの?」
「やつは我が『キラークイーン』の能力を知った。逃げれば今はいいかもしれないが、その次、またその次と狙われる羽目になる。いつ来るか分からない攻撃に怯えて過ごすことは……やはり、わたしの望む『平穏』からは程遠い行為だ」
「そりゃ、そうかもしれないけどさ」
「仕留めるなら、片腕を失った今をおいて他にはない。ここで見逃せば……次は万全の状態で、我々の情報を握った状態のやつが挑んでくる」

 ふいに、パチュリーが顔を上げた。

「待って……ある、かもしれないわ。あのバケモノを仕留める方法」

 全員の瞠目の視線がパチュリーへと集中する。

「私の魔法、なら……あいつを、仕留められるかも」

 言葉の通り、パチュリーの中には、既にエシディシを攻略できる可能性が構築されていた。けれども、それを実行に移すことには、確かなためらいがあった。
 そもそも、勝手にエシディシに啖呵を切って戦闘行為をはじめたのは、吉良吉影個人だ。吉良吉影を切り捨てて上手く立ち回れば、パチュリーをはじめとする他の人員は見逃して貰えるのではないか、パチュリーの中にそういう思考が共存しているのもまた確かだった。
 解剖の結果、爆弾解除の方法に必ずしも吉良吉影が必要でないと分かった以上、この場でどうしても吉良吉影を優先しなければならない理由もないのだから。
 けれども、そういった選択肢を考えるたび、パチュリーは自ずと拳に力が入るのを抑えられなかった。
 また、自分は逃げるのか。
 理不尽な暴力に恐怖して、己の尊厳を踏みにじる選択をするのか。
 屈辱に擦り合わされた奥歯が、軋みを上げるのを自覚せずにはいられない。
 思い悩むパチュリーの肩に、細く白い指が置かれた。赤い髪の少女が、いつもと変わらぬ、なんのてらいもない微笑みを浮かべて、パチュリーを見つめていた。

「流石ね、パチェ。なにか考えがあるんでしょう。だったら、それ、私にも一枚噛ませてよ」
「……夢美、あんたわかってるの。あいつらはバケモノよ……私ひとりならともかく、あんたまであいつらを敵に回す必要は、どこにもない」
「パチェは、自分ひとりの問題だから、自分が犠牲になったって私たちには関係ないって……もしかして、そう思ってるの?」

 夢美の表情から、あの不敵な微笑みが消えた。なんの感情も感じさせない、失望したような目で、パチュリーを見る。
 意外だった。他ならぬ夢美に、そんな目で見られることは、パチュリー自身も堪えるものがあった。無意識のうちに、パチュリーは夢美から視線を逸らす。
 努めて冷たい口調で、パチュリーは吐き捨てるように言った。

541夢見るさだめ ◆753g193UYk:2019/03/27(水) 17:51:58 ID:1qUWgLbM0
 
「ええ、そうよ。実際、私はあんたが窮地に陥っていたとしても見捨てるでしょうしね。だから、ここで私があいつに挑んだとしても、あんたは無関係を装うべきよ。まあ、あいつらが相手じゃどこまで意味があるかは分からないけど……不要な巻き添え食ってやっかいな相手を敵に回すことはないんじゃないの」

 夢美はふるふると首を横に振った。それから、どこか嬉しそうに笑った。

「もう、パチェったらまたそんな風に悪びれちゃって〜」
「あのね夢美、悪びれるとかそういうのじゃなくて」

 夢美は、人差し指の腹でパチュリーの唇を押さえ、続く言葉を遮った。

「パチェが本当はそんなひとじゃないって、私もう知ってるわ。悪ぶってるように見えるけど、ほんとうは面倒見がよくて、優しい魔法使いだってことも」
「なっ」
「だから、私は、パチェを利用して殺すかもしれない敵がいるっていうのなら……うん、やっぱり許せない」
「はあ、あのね。許せるとか許せないとかそういう話じゃなくて――」
「あのねパチェ……大切な親友を、見捨てられるわけ、ないでしょう。そんなの絶対、認められない! パチェがひとりで背負い込むことを、私はこれ以上、許可しない!」

 パチュリーの言葉を遮った夢美は、一言一言を区切るように、強い口調で宣言した。
 咄嗟に返す言葉を失った。目を見開くパチュリーに対し、夢美はなおも不敵に微笑んでみせる。

「きっと、ここにいる吉良さんも同じ。みんな怒ってるのよ、パチェをこんな風に利用されたことも……それを、パチェがひとりで抱え込んで、誰にも言おうとしなかったことも」
「馬鹿、じゃないの……そういう感情的な判断で動いてどうするの。あなた物理学者なんでしょ、だったらもうちょっと合理的に物事を考えなさいよ」

 半ば諦念混じりの吐息を零し、パチュリーは伏し目がちに言った。
 夢美はふう、と深く息を吐いたかと思うと、次の瞬間、声を張り上げた。

「この、わからず屋! パチェの方こそ、魔法使いなら、もっと夢を見なさいよ!」

 夢美はパチュリーの両肩を掴み、叫んだ。興奮のあまり、声が節々で裏返っている。

「仲間を信じなさいよ! 私を……、信じてよ、パチェ!」

 顔を赤くして怒鳴る夢美に気圧されて、パチュリーは押し黙った。
 まったくもって不条理な言葉ではあるが、それに対して、返す言葉を失ってしまったのだ。パチュリーの中の、合理的な部分ではなく、感情的な部分が、これ以上の押し問答を拒否していることを、認めなければならない。
 パチュリーは何度目になるか分からない嘆息を零したのち、顔を上げて、くすりと微笑んだ。夢美の肩からすっと力が抜けるのが、肩に置かれた手の感触から伝わった。

「ああ、もう……負けたわ、夢美。あんたって本気で怒鳴ると、けっこう迫力あるのね」

 夢美の手に自分の掌をそっと重ねたパチュリーは、そのまま手を降ろさせるように立ち上がった。
 一方のエシディシも、既に幻影を振り払ったらしく、真正面からこちらを睨みつけている。己の胆力ひとつで大妖怪の幻術を打ち破ったあたりは、敵ながら流石と言わざるを得ない。

542夢見るさだめ ◆753g193UYk:2019/03/27(水) 17:55:33 ID:1qUWgLbM0
 
「さあ、行くわよ夢美」
「えっ、行くって、なにするつもりなの、パチェ!」
「私がこれからあいつの懐に飛び込むわ。あなたは、それを全力でサポートしてちょうだい」

 ここへ来てはじめて、夢美を頼りにした戦略を脳内で組み立てる。
 立ち上がったパチュリーを追い立てるように、後方から風が吹き始めた。木属性の魔法による追い風だ。この場で飛ぶことができないなら、せめて擬似的にでも飛行に近い速度が出せればそれでいい。やがて、風の中に雪が混じりはじめた。水属性の魔法だ。風が吹雪へと変わって、室内を吹き荒れるのに、さほど時間はかからなかった。

「ぬうう、小癪な手品を使ってまた目くらましをしやがるか」
「悪いわね、それが私の魔法なの」
「ふうむ、おまえにはさんざっぱら力の差を見せ付けたハズだが」
「ああ、それね、私もどうかしてたみたい。この紅魔の魔女が、あんなことで戦意を折られるなんて」

 自嘲気味にパチュリーは笑った。
 思えば、あの廃洋館でやつらと出会ってからというもの、自分自身どうかしていたように思う。西洋魔術から、東洋は陰陽術まであますことなく網羅した天下の大魔女であるこのパチュリー・ノーレッジが、一方的に脅迫され、為す術もなく逃げるなど、プライドが許せない。
 あの廃洋館での邂逅は、あまりにも状況が悪かった。ただの、それだけだ。
 このパチュリー・ノーレッジにたったひとりで喧嘩を売りにくることがなにを意味するのか、あの野蛮民族の男に徹底的に刻み付けてやる必要がある。
 これは、失われたものを取り戻すための戦いだ。

  水符「プリンセスウンディネ」

 吹雪に押し出される形で駆け出したパチュリーの足元に、水色の魔法陣が描かれる。走りながら手をかざすと、大気中の水分を固めた泡が無数に散らばった。パチュリーは水属性のレーザーを放ちながら、長年の引きこもり生活によって衰えた体に鞭打ち、ひた走る。

「こんなもんでおれの炎の流法を打ち消せるとちィとでも思ったかッ!」

 エシディシは殺到する水弾幕を回避し、時には血管針で叩き落として蒸発させながら、パチュリーとの距離を詰める。腕だけでなく、両足からも血管針が飛び出てきた。左腕の切断面からもだ。その数、合計二十に及ぶ。触れるだけで容易く水泡を蒸発させる超高熱の鞭が、灼熱の血液を噴き上げながら暴れ狂う。

  水符「ジェリーフィッシュプリンセス」

 エシディシの血液が命中する瞬間、パチュリーは己の体を巨大な水の珠で覆った。浮遊しはじめる前に、パチュリーは己の魔法を解除し、ずぶ濡れの体で再び駆け出す。
 血管針が多少体を掠めても、吹雪を身に纏って、熱を打ち消して進む。

「ハッ、なるほどなあ。火に対して水というのが安直な考えよなァーッ、パチュリィーッ!」
「うっさいわね、これが私の魔法だっつってんでしょ、黙ってなさい」

 刻一刻とエシディシとの距離は狭まる。対峙するエシディシも、逃げも隠れもしないとばかりにその場から動こうとはしなかった。
 その代わりに、大量の血管針が、エシディシを中心に扇を開くように展開された。灼熱の血液が弾幕のようにパチュリーへと降り掛かる。パチュリーも負けじとプリンセスウンディネの弾幕を展開するが、絶え間なく射出される血液を前に、水泡はまたたく間に蒸発させられた。

543夢見るさだめ ◆753g193UYk:2019/03/27(水) 17:58:12 ID:1qUWgLbM0
 
  夢符「苺クロス」

 エシディシの血管針の周囲に、薄紅色に光り輝く十字架が展開された。敵の攻撃を食い止めるような配置で展開された十字架が、血管針の角度を制限し、射出された血液を受け止めて、燃え落ちてゆく。
 パチュリーとの出会いから着想を得て、スペルカード風にアレンジしたのだろう。夢美が展開した科学力による弾幕に、パチュリーは内心で感謝の言葉を送った。
 後方から吹き付ける吹雪の助力を得て、パチュリーはいよいよエシディシの目前へと迫った。

「ンン? それでなにをするというのだ? おれはいつまで子供だましの水遊びに付き合えばいいのだパチュリーッ!」
「何度もしッつこいわね……これが私のやり方なのッ、いいから黙ってろ!」

 頭上から血液が降り注ぐ。夢美の十字架が、それを受け止めた。それでも防ぎきれず落ちてくる血液もあったが、その程度ならば火がつく前にパチュリーの吹雪が熱を冷ますことは難しいことではなかった。

  火符「サマーレッド」

 かざした手から打ち出された炎弾が、エシディシに直撃した。パチュリーの火の魔力は、エシディシの体表面で弾けたが、それだけではダメージを与えるには及ばない。エシディシが笑った。

「近付いてなにをするのかと思ったらパチュリー、それがお前の攻撃か?」
「ええ、準備は出来たわ……さあ、一緒に物理の実験をはじめましょうか」
「ほおう、面白い。それは是非とも結果をご教示願いたいものだ、なァーーッ!」

 エシディシがぶんと音を立ててその豪腕を振り上げるが、同時にそれを食い止めるように懐の内側に夢美の十字架が展開された。十字架を掻い潜って展開された血管針も、頭上に展開された十字架と、パチュリーの吹雪が無力化する。
 この膠着状態が保てるのは、もってあと十数秒だ。速攻で決着をつける必要があるが、ここから先は賭けだ。パチュリーは両手をかざし、エシディシへと火の魔力を注ぎ込んだ。
 残りの全魔力を注ぎ込むくらいの気持ちで、いっさいの加減なしに、高熱の魔力をエシディシに注入する。またたく間にエシディシの体温は上昇し、目前にいるパチュリーも肌でその高熱を感じ取れるほどになった。

「貴様……いったいなんのつもりだ」
「あなた、さっき自分の能力をべらべらと得意げに語っていたけれど。たしか……五百度まで、熱を操れるんだったかしら」

 頭上から降り掛かる十字架だったものの断片の火の粉の中で、パチュリーはエシディシに魔力を注ぎながら応えた。
 元々五百度に設定されていたエシディシの体内温度が、ぐんぐんと上昇してゆく。膨大なパチュリーの魔力が、今この瞬間、すべて火属性へと変換され、エシディシの体内へと注ぎ込まれているのだ。体感だけでも六百、七百はすぐに越えたことがわかった。

「ま、まさか……おまえッ!」
「五百度……それは木や紙が燃える温度ね。じゃあ、それ以上はどうかしら。例えば、千度。あなたの自慢の体は、いったいどこまで原型を保っていられるのかしら?」
「き、貴様ッ……この『炎のエシディシ』を……よりにもよって『炎』で倒そうというのかッ! ナ……ナメた真似をしやがるッ!!」
「おあいにくさま、ナメられっぱなしが性に合わないのは、私の方なのよ」
「RRRRRRRRRRRRUUUUUUOOOOOHHHHHHHHHHHHH!!」

544夢見るさだめ ◆753g193UYk:2019/03/27(水) 18:00:21 ID:1qUWgLbM0
 
 エシディシは裂帛の絶叫を響かせた。呼応するように、室内の温度が上昇してゆく。もはや吹雪にリソースを割く余裕はなかった。守りは完全に夢美の十字架に任せきって、パチュリーは至近距離でエシディシに火の魔力を注ぎ続ける。
 慣れない運動で息が上がったパチュリーの体表から、汗が吹き出ては流れ落ちてゆく。最前、自らの魔法で纏った水分は、とうにエシディシから発せられる熱で暖められ、体感としては汗と変わらない。
 左腕の切断面から、更に倍の数の血管針が飛び出した。

「貴様のなまっちょろい火がおれを溶かすより先に、おれの血管針をブチ込んでくれるわ!」

 叫びとは裏腹に、血管針がパチュリーへと降り掛かることはなかった。切断面から飛び出した血管針は、もはやまともな指向性は持たず、四方八方でたらめな方向に血液を噴出するだけだ。パチュリーの身に降りかかりそうなものだけ、夢美の十字架が受け止める。
 床板へと落ちた血液が火を吹き上げるさなか、パチュリーはようやく笑った。

「あなた、もう自分の能力を制御できないんじゃない? 言ってたものね、『五百度まで』って」
「ば、馬鹿なッ……こんな! こんな馬鹿なことがぁああーーーッ!!」

 血管針が、崩壊をはじめた。同様に、筋骨隆々としていたエシディシの体が、徐々に輪郭を失いはじめているのをパチュリーは目視した。肩が不定形に崩れ、腕が垂れ下がった。関節が溶け始めて、エシディシの膝が折れた。肩や膝といった各部が落ち窪んでいる。
 エシディシの体温はとうに千度を越えている。その体が、あまりの高熱に耐えきれず溶け始めているのだ。

545夢見るさだめ ◆753g193UYk:2019/03/27(水) 18:02:09 ID:1qUWgLbM0
 
「おおおおれが! おれが! おれがこんな小娘にィィ!!」
「はぁ、……はぁっ……ハァ……ッ」

 眼前の敵にのみ集中するパチュリーの視界の隅で、ちかちかと光が散りはじめた。疲労の証だ。エシディシすら焼き溶かす程の高熱を間近で受けて、明らかにパチュリーの体力が底を突き始めている。このまま高温に晒され続ければ、じきにパチュリーは意識を失い、一命をとりとめたエシディシに命を刈り取られるだろう。それだけは、許されない。ここまでやって負けることなど、絶対に許されない。此処から先は、どちらが先に力尽きるかの根比べだ。

「RRRRRRRRRUUUUUUUUUUUOOOOOHHHHHHHH――ッ」

 やがて、エシディシの体表面が溶け落ち、溶岩のようなどろどろの液状と化して床へ滴りはじめた。物質が形を保てる臨界点を越えたのだ。
 マグマと化して溶け始めたエシディシの体内で、ぼん、となにかが弾けるような音が鳴った。あまりにも高温に達しすぎた熱が、体内でなんらかのエネルギーに誘爆したのだ。パチュリーの体はその衝撃に吹き飛ばされた。

「パチェ!」
「パチュリーさん!」

 既に燃え始めている床を転がって、衣服に火を纏いながら戻ってきたパチュリーに、夢美と吉影が駆け寄る。パチュリーは残った魔力で水を纏い、衣服に火が広がるのを防いだが、既にところどころが焼けて、腕や脚など、白く細い肌が露出している。腰まで届く髪の毛はあちこちが焼けて、縮れてしまっていた。それでも、自分の姿など今はどうでもいいとばかりに、パチュリーはエシディシに視線を集中させる。

「おれは! おれは! おれは偉大な生き物だ……や、やられるなんて!」

 既にエシディシは人の体を保っているとは言い難く、炎を吹き上げるマグマと化していると表現した方が的確だった。
 かろうじて原型を保っていた頭部から、巨大な一本角が競り上がった。獣のように牙を剥いて、エシディシが跳び上がる。

「よくもッ! おおおおのれェェェェッ、よくもォォォォォこんなァァアアアーーーッ!!」

 全身から炎を振り撒いて、獅子奮迅たる勢いで急迫したエシディシの体を、キラークイーンの拳が打った。火が吉影の手へと燃え移るよりも早く、次の拳を放つ。凄絶な拳のラッシュが、エシディシの体を打ち返した。
 パチュリーの背中を抱き起こしながら、吉影はどこまでも冷徹な瞳で転がってゆくエシディシの姿を眺めていた。

「エシディシ……とかいったか。余裕ある態度だったのは最初だけで……どうやら、ずいぶんと……生き汚い生物だったようだな」

 倒れ伏したエシディシの全身から、黄金に光り輝くエネルギーが放出されはじめた。何万年もの長い時を生き抜いてきた生命力が、光の奔流となって、崩壊をはじめたエシディシの体から溢れ出ているのだ。神々しいばかりに溢れ出る生命力の輝きは、見る者の心を奪った。
 断末魔の絶叫をあげながら、エシディシの体が熱とエネルギーの奔流に呑まれ完全消滅する様を見届けたパチュリーは、力尽きたようにどさりと背を床に預けた。
 室内に、冷気を帯びた吹雪が吹き荒れる。エシディシによって焼かれた室内は、すぐに雪によって消化された。あとに残されたのは、一面焼け焦げた床板と、脚が焼けて燃え落ちたテーブルと椅子の数々だった。

546夢見るさだめ ◆753g193UYk:2019/03/27(水) 18:07:01 ID:1qUWgLbM0
 
「むきゅー」
「なんだ、なにか言ったか、パチュリーさん」
「……無休、で、働きすぎたわ。ちょっと休ませて」

 あの偉大なる生物の一柱を撃破せしめたという事実による達成感と疲労感の中で、パチュリーは既に指一本動かすことすらも億劫なほどに消耗していた。
 これから、残りの柱も処理する為に、パチュリーは策を練って戦わなければならない。理解はしているが、今この瞬間だけはそれについて思考する余裕はなかった。ここまで働いたのだから、少しくらい休ませて欲しいというのは心からの本音だった。

「ああ……でも」

 ぽつりと独りごちる。続きを言おうかとも思ったが、やめた。
 夢美に感謝の言葉を贈ろうかとも思ったが、それはそれで、精神的な労力と準備が必要だった。別に今でなくとも、起きてからでも遅くはないはずだ。
 認めたくはないことだが、夢美の言葉が、パチュリーの肩にかかる重圧をやわらげてくれたのだ。あの瞬間、エシディシに挑むかどうかという不安からはじまった“蛮勇”は、エシディシに必ず勝利してみせるという“勇気”へと変わった。だからパチュリーは立ち上がることができた。戦うことができた。
 今やパチュリーの中での岡崎夢美という存在は、ほんの少しは役に立つと認めてやる必要があるのではないか、そう思える程度には大きくなりはじめていた。
 だから、起きたら、夢美と一緒にこれからのことを考えよう。夢美がいれば、爆弾解除の方法に辿り着くことも、そう難しいことではないとすら思える。それ自体、パチュリーにとっては本来悔しいことである筈だが、不思議と不快ではなかった。
 今はあまりにもまぶたが重い。体力、魔力、ともに底を突きかけている。起きて、回復したら、色々なことを考えよう。そう思い、間もなく、パチュリーは深い眠りの沼に落ちた。



 パチュリーがエシディシを撃破してからほどなくして、異変は起こった。
 それが起こった瞬間を、ぬえは目視することができなかった。気配を感じ取ることもできなかった。どす、という鈍い音が響いたと思ったその瞬間には、犯行が行われた後だったのだから。

「な……、えっ」

 無意識のうちに、ぬえは間抜けな声を上げていた。
 夢美の心臓に、なにかが突き刺さっている。見覚えのある、なにかだ。けれども、どこで見たものだったか、ぬえはすぐには思い出せなかった。

「えっ……なんで、私……」

 恐怖でも悲しみでもなく、なにが起こったのか理解が及んでいない様子で、夢美はぽつりと言葉を漏らした。
 吉影とぬえの目の前で、夢美の胸に突き刺さっていた“なにか”が、ごとりと音を立てて落ちる。次いで、夢美の体は後方へと引っ張られるように倒れ込んだ。背中からどさりと仰臥する。
 穴が空いた箇所から溢れ出した赤黒い血液が、夢美の衣服をなお赤く染め上げてゆく。食堂の一角に、またたく間に赤の水たまりが出来上がった。

547夢見るさだめ ◆753g193UYk:2019/03/27(水) 18:12:08 ID:1qUWgLbM0
 
「なんだ……なにが起こったんだ」

 顔中に冷や汗を浮かべて周囲を見渡す吉影に対し、ぬえは気の利いた返事も思い浮かばず、ただ首を横に振ることしかできなかった。この場にいる誰もが状況を飲み込めていない。
 勝利したのは、自分たちの筈だ。それなのに、いったいなぜ、どうして夢美が殺されるという『結果』に至ったのか、この場の誰も理解できなかった。

「この館の……女神像だ」
「えっ」
「岡崎夢美の心臓に突き刺さっていたアレは……女神像が持っていた、水差しだ……! 今、我々は『攻撃』を受けているッ! エシディシではない、新手の攻撃を……!」

 夢美の心臓に突き刺さっていたのは、吉影の言葉の通り、ジョースター家の慈愛の女神像が手にしていた水差しだった。その先端は鋭利に尖っており、それを、恐らく遠距離から投げつけられたのだろう。
 この場の誰にも気取れられることなく、正体を隠したまま。

「クソッ!」

 ぬえはすぐさまこの場の全員に正体不明の種を振り撒いた。
 正体不明の影に恐怖させるのは、必ずこちらでなくてはならない。他ならぬ大妖怪のぬえが、正体不明の敵に脅かされるなど、絶対にあってはならないことだ。
 仮に敵が自分たちの情報を知らない相手だとすれば、今振り撒いた正体不明の種である程度は認識を撹乱させられるはずだ。その正体不明に対する恐怖を糧にして力を取り戻し、迎撃する必要がある。
 ぬえはひとまず、夢美のそばに駆け寄った。

「おい、夢美、夢美、大丈夫か」

 大丈夫でないことは明白だった。質問のていを取ってはいるが、それは最早質問ですらないことをぬえ自身自覚している。
 心臓から夥しい量の血液を流しながら、夢美は光を失いつつある瞳で、ぬえを見た。瞳から、つう、と涙が零れ落ちてゆく。
 敵は何処から攻撃してきたか、とか、なんで狙われたのか、とか、そういうことを尋ねようかとも思ったが、今にも死にゆこうとしている夢美の顔を見た時、その質問は無意味であることをぬえは悟った。今の夢美から情報を引き出すことは、きっと難しい。
 ぬえは罰が悪そうに目線を伏せた。

「……なにか、言い残したこととかあったら、きくよ」

 夢美の瞳が、徐々に薄く閉じられてゆく。
 それでも、唇は動いた。

「パチェ……、あり……が、とう……って」

 震える唇が紡いだのは、今までともに過ごしてきた仲間に対する感謝の言葉だった。けれども、それがなにに対する礼なのか、その礼に付随する言葉があるのか、夢美が最期になにを思ったのかは、ぬえにはわからない。
 わからないが、死にゆく人間に最期に伝える言葉として、なにがふさわしいかくらいはわかった。

「わかった、伝えとくよ。もう休みな」

 ぬえには、夢美の頬が、僅かに緩んだような気がした。
 それきり夢美は、一言も喋らなくなった。


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