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俺は小説家を目指している。

1某経大生:2004/06/12(土) 05:10 ID:Vrdb/e4Y
俺は小説家を目指している。
主人公は高崎経済大学の学生だ。
それだけは譲れない。
冴えないダメ男が恋愛や挫折、色々な事件によって
成長していく話だ。

97コピペ:2004/09/29(水) 15:15 ID:Hi49gK4U
・・・カーチャンの入院

J( 'ー`)し 病院まで10kmもあるのに自転車で見舞いに来るなんて、タケシは親孝行だね。
      パソコン頑張ってるから、自動車も買えるようになるよ。

('A`) ・・・・(カーチャン、俺ホントはゲームしかしてないんだよ。)

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
<医師> おかーさんは、急性白血病で、緊急の事態を要します。

('A`)・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

98コピペ:2004/09/29(水) 15:15 ID:Hi49gK4U
('A`) RMTの掲示板に書き込んだ
    「リ○ージュのアカウント、レアアイテム、ギル売ります。格安です。」

('A`) 売ったお金でカーチャンが好きなチーズケーキとヨーグルトを高いお店で買った。

J( 'ー`)し タケシ、チーズケーキおいしいよ。でも高いんだろ?お金はどうしたの?

('A`) パソコンのバイトで稼いだんだよ

J( 'ー`)し パソコン買ってヨカッタね。もう、いい仕事が見つかったんだね。

99コピペ:2004/09/29(水) 15:18 ID:Hi49gK4U
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
カーチャンが死んでガランとした病室

<看護婦> タケシ君、パソコン得意なんですってね。オカーサンが毎日自慢してたわ。
       パソコンが得意だからいいお仕事がたくさんあるんですってね。

('A`)  ウワァァァァーン


 ―完―

100コピペ:2004/09/29(水) 15:28 ID:Hi49gK4U
           |
           |   
           |
           |   ∧∧:::
          \ (゚Д゚,,):::::  100は俺が
             (|  |)::::    もらったぜ!!
             (γ /:::::::
              し \:::
                 \
                  \

101コピペ:2004/09/29(水) 15:36 ID:Hi49gK4U
カーチャンシリーズ第2弾(作者不明/2chより)

幼い頃に父が亡くなり、母は再婚もせずに俺を育ててくれた。


       J('ー`)し
        (  )\('∀`)
        ||  (_ _)ヾ
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

102コピペ:2004/09/29(水) 15:38 ID:Hi49gK4U
学もなく、技術もなかった母は、個人商店の手伝いみたいな
仕事で生計を立てていた。

┌─────────┐
│  個 人. 商 店  │
└─────────┘
 │  J('ー`)し     |
 │   (  )    ┌─|
 │   ||    │ i|
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

103コピペ:2004/09/29(水) 15:38 ID:Hi49gK4U
それでも当時住んでいた土地は、まだ人情が残っていたので
何とか母子二人で質素に暮らしていけた。
   │
   │
   │
   │  J('ー`)し_____________
  / ̄ ̄ (  )  ('∀`)  
/      ||  (_ _)ヾ

104コピペ:2004/09/29(水) 15:40 ID:Hi49gK4U
娯楽をする余裕なんてなく、日曜日は母の手作りの弁当を
持って、近所の河原とかに遊びに行っていた。

///////ww   w  ww
//////w ww        J('ー`)し
/////w w ww. ('∀`)  □ノ(  )
////w w  w   ( ヘヘ    ||
///w  ww ww  w

105コピペ:2004/09/29(水) 15:41 ID:Hi49gK4U
給料をもらった次の日曜日にはクリームパンとコーラを
買ってくれた


         J('ー`)し         ワーイ コーラ ダ
          (  )ヽ□ ヽ('∀`)ノ クリームパン ダ
          ||      (_ _)
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

106コピペ:2004/09/29(水) 15:42 ID:Hi49gK4U
ある日、母が勤め先からプロ野球のチケットを2枚もらってきた

       J('∀`)し
        (ヽロロ   ヽ('∀`)/
        ||      (_ _)
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

107コピペ:2004/09/29(水) 15:43 ID:Hi49gK4U
俺は生れて初めてのプロ野球観戦に興奮し、母はいつも
より少しだけ豪華な弁当を作ってくれた。


   J('∀`)し
t─┐ノ( ノ)        ヾ('∀`)ノロロ
  │■| |       .  (_ _)
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

108コピペ:2004/09/29(水) 15:45 ID:Hi49gK4U
野球場に着き、チケットを見せて入ろうとすると、係員に
止められた

──┐
   │                _[係]
   │   J(;'Д`)し       (`Д´ )
   │     (  )\('д`) ロロヾ(  ) 
   │     ||  (_ _)ヾ    / └ 
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

109コピペ:2004/09/29(水) 15:45 ID:Hi49gK4U
母がもらったのは招待券ではなく優待券だった。
チケット売り場で1人1000円ずつ払ってチケットを
買わなければいけないと言われた。

──┐
   │                _[係]
   │   J( ;'A`)し       (`Д´ )
   │     (  )\( 'A`) ロロヾ(  ) 
   │     ||  (_ _)ヾ     || 
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

110コピペ:2004/09/29(水) 15:47 ID:Hi49gK4U
帰りの電車賃くらいしか持っていなかった俺たちは
外のベンチで弁当を食べて帰った。

電車の中で無言の母に「楽しかったよ」と言ったら


  ( '∀`) J('A` )し
  .(_ _)   (  )  .┌─
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄くく ̄ ̄ ̄|  
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

111コピペ:2004/09/29(水) 15:48 ID:Hi49gK4U
母は 「母ちゃんバカでごめんね」 と言って涙を少しこぼした


  ( 'A`) J('A` )し
  .(_ _)   (  )  .┌─
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄くく ̄ ̄ ̄|  
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

112コピペ:2004/09/29(水) 15:49 ID:Hi49gK4U
俺は母につらい思いをさせた貧乏と無学がとことん嫌になって
一生懸命に勉強した。


||||\   ('Д`;) ベンキョウ ベンキョウ
 ──┐ヽ(   )
    │くく□
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

113コピペ:2004/09/29(水) 15:50 ID:Hi49gK4U
新聞奨学生として大学まで進み、いっぱしの社会人になった。
母も喜んでくれた

     [大]_
     ('∀`)   J('ー`)し
      (  )     (人)
      ||     ||
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

114コピペ:2004/09/29(水) 15:51 ID:Hi49gK4U
そんな母が去年の暮れに亡くなった。
死ぬ前に1度だけ目を覚まし思い出したように
「野球、ごめんね」 と言った。

                 ('A` )
         J('A`)し    (  )
      /⌒⌒⌒⌒⌒ヽ  ||
     // ̄ ̄ ̄フ /
   / (___/ /
   (______ノ

115コピペ:2004/09/29(水) 15:51 ID:Hi49gK4U
俺は 「楽しかったよ」 と言おうとしたが、
最後まで声にならなかった

                 ('ー`;;)
         J('A`)し    (  )
      /⌒⌒⌒⌒⌒ヽ  ||
     // ̄ ̄ ̄フ /
   / (___/ /
   (______ノ

116コピペ:2004/09/29(水) 15:56 ID:Hi49gK4U
      _、ーー、、
      ii'ミ、ミミノ゙ッ
      リミ γ゙ _,`,7 5分ブレイク
      ,へ ` ,_J、ζ
  γ ゙~~|_\  【 ̄】`E~)ヽ >>1 GJ
  /    く`i'(~) . ̄ r `t `i
 /  _イ    i |~i|   i   i   l
/  /`     i l ll   |\ l,  i
(_ ⌒\i    l | i|  |  `ヽ_ ノ
~~\  ヽ    i | li  i ~~~~~~~~~~~
   /\ ,,ヽ i ヽ/l   |
  i   )~~j ノ  |゚|   l
  /   い_ノ/===Θヽ   i
  ヽ    /    | ヽ_ノ
   ヽ_ノ      ノ  )

117コピペ:2004/09/29(水) 15:59 ID:Hi49gK4U
カーチャンシリーズ第3弾(作者不明/2CHより)

J( 'ー`)し たけしへげんきですか。いまめーるしてます

(`Д)   うるさい死ね メールすんな殺すぞ

J( 'ー`)し ごめんね。おかあさんはじめてめーるしたから、ごめんね

(`Д)   うるさいくたばれ、メールすんな

J( 'ー`)し お金ふりこんでおきました。たいせつにつかってね 食事はしていますか?

(`Д)   死ねくそ女

118コピペ:2004/09/29(水) 15:59 ID:Hi49gK4U
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄○ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
            o
__        ゚ 
 母 |
 の |
 墓 |  ∴  ('A`)カーチャン..........
──┐ ∀  << )

119コピペ:2004/09/29(水) 16:04 ID:Hi49gK4U
             これが最後だ、 Let's go!   …ン?
   ;;⌒))⌒`)       (    ∧∧  ◎
   ≡≡≡;;;⌒`)≡≡≡⊂´⌒⊃,,゚Д)⊃ハ
  ;;⌒`)`)

120コピペ:2004/09/29(水) 16:07 ID:Hi49gK4U
カーチャンシリーズ第4弾(作者不明/2CHより)

なんか機械音痴の母がデジカメを買った。

    ホラ。デジカメカッタノ
                カタカタ__,
J( 'ー`)し     ウルセーナ     |   |
 ( っ[l◎]         ( `Д)_|    |
 ||          (  つ | ̄ ̄ ̄|
    
どうやら嬉しいらしく、はしゃぎながらいろいろと写してた。

121コピペ:2004/09/29(水) 16:10 ID:Hi49gK4U
何日かしてメモリがいっぱいで写せないらしく
「どうすればいいの?」って聞いてきたが

 ドウスレバイイノ・・・?
                カタカタ__,
J( 'д`)し               |   |
 ( っ[l◎]          ( `Д) _|    |
 ||          (  つ | ̄ ̄ ̄|

「忙しいから説明書読め!」とつい怒鳴ってしまった。

122コピペ:2004/09/29(水) 16:11 ID:Hi49gK4U
 ・・・・。 忙しいから説明書読め!!!!
       つまらないものばかり__,
J( 'д`)し   写してるからだろ!!! |   |
 ( っ[l◎]         (Д´#) _|    |
 ||           (  つ | ̄ ̄ ̄|

さらに「つまらないものばかり写してるからだろ!」とも言ってしまった。

123コピペ:2004/09/29(水) 16:12 ID:Hi49gK4U
そしたら「・・・ごめんね」と一言。

 … ゴメンネ。
                カタカタ__,
J( '-`)し        ケッ       |   |
( っ[l◎]          (#`Д) _|    |
 ||          (  つ | ̄ ̄ ̄|

124コピペ:2004/09/29(水) 16:13 ID:Hi49gK4U
そんな母が先日亡くなった。

   ________
   |     ___  |
   |   [|J( '-`)し|] .| ('A`) カアチャン・・・   
   | | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄| | (  )
   | |         .|| ||
   | |         .||
   | |         .||
   | |         .||
   | |         .||
   | |______||
   |________.|

125コピペ:2004/09/29(水) 16:14 ID:Hi49gK4U

遺品整理してたらデジカメが出てきて、何撮ってたのかなあと中身を見たら
.__________,,,,,,,,,,,,,,___
|   [(◎)]________   |
| ◎◎   || /      \ ||   |
|       || | / ヽ___/ ヽ | ||   |
|-----   .|||   ヽ/   .||   |
|[]      || ヽ、      ./ ||   |
|[]      || /=-------ノ_||   |
|[]       ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄     |
 ヽ______________/

126コピペ:2004/09/29(水) 16:24 ID:Hi49gK4U
俺の寝顔が写ってた・・・涙が止まらなかった。


      (;';A`;),,__  カアチャン・・・・
      ( っ[l◎]  ウッウッ・・・
       ||    カアチャン・・・・   

―完―

127某経大生:2004/09/29(水) 22:13 ID:fmAe/S8o
昔からすごく有名なコピペなんだが。

128某経大生:2004/10/12(火) 16:39 ID:CMKddcwE
2ちゃんねる」が生んだ文学、「電車男」今月22日新潮社から刊行
匿名の人々がウブなオタク青年をネットの会話で励まし恋愛成就に導く斬新な物語に対しては、「小説を超えた新しい恋愛文学」との評価も出ている。(読売)

お前ら、ガンガレ

129某経大生:2004/11/15(月) 02:46 ID:sd91Shrw
新作品ギボンヌ。

┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
┃   ,、 ,、    今日は ここまで 読みました ┃
┃  ,.(*゚ー゚)ッ、♪                     ┃
┃ イ~U U~|>'          2 c h の しおり ┃
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛

130某経大生:2004/12/01(水) 19:50 ID:qe5WiTKw
89 : シンケイ:04/11/23 23:46
「まとも」って何?
平均値、世間並み、そういう恥ずかしくない暮らし・・・
「正しい人間」とか「正しい人生」とか、おかしな言葉
ちょっと深く考えると何言ってんだか分からない
気持ち悪いじゃないか「正しい人間」「正しい人生」なんて
そんなもの元々ありはしない
私達はその幻想をどうしても振り切れない
一種の集団催眠みたいなもの
まやかしさ そんなもの捨てていい
そんなものと勝負しなくていい
そんなものに合わせなくていい
そういう意味じゃダメ人間になっていい
もう漕ぎ出そう、いわゆる「まとも」から放たれた人生に・・・

131ε=\_○ノ<ヒャッホー!:2004/12/08(水) 12:04 ID:JE7KGh0.
       プラトンの最後

なぜ自分がこんなところに閉じ込められなくてはならないのだろうと
プラトンは憤っていた。
裁判は明らかに彼を裁くにはその根拠が薄弱であったし、そのような
もののために民衆がデマゴーグに靡いたことに、彼の理性や知性は幻
滅し、その神の存在を疑わずにいられなかった。
それでも、彼はそれにも何か合理的な意味が、法の理性の理が内在す
るのではないかと自問いしていた。
「先生!先生、大丈夫ですか。助けに参りました」
現れたのは弟子たちだった。
彼を慕い、その教えに追従する、謙虚で、賢い者たち。
正義と勇気、叡智と中庸を備えた、彼の理想とする人間に育った
若者たちだった。
「なんということを。お前たちまで捕まってしまうぞ」
「あんな裁判はインチキです。奴らは先生に嫉妬しているだけなのです。
そんなもののために先生が死ぬだなんて無意味です」
「その通りです。先生はこの国の至宝ですよ」
彼らの言うのはもうプラトンも考えたことだった。しかし、それではなぜ
自分が裁かれねばならなかったのか、解決してはいなかった。
「まだだめだ、私は裁かれたのだ。それには理由があるはずだ」
「あるとすれば、それは傲慢と嫉妬です」
「正義のために法が行使されなかったのかな?」
「そうです」
「では法とは価値のないものであろうか?私は法に正義がないとすれ
ば、その叡智、勇気、それを行使する中庸も存在しないと考えるだろう」
「しかし、先生に罪はありませんでした」
「そうだ。罪がないのに裁かれる。もしかすると、罪の概念が変化したの
かもしれない」
「それでは末世です」
「法を行使するものが間違っていたとする。しかし、民主制とは我々が
選択したものだ、もとい、私を裁いた彼を選んだのは私といっても過言
ではない」
「人は過ちを犯します」
「過ちから学ぶのだよ。・・・・・・私が裁かれたのは、その学ぶべきことを
知らしめるためなのかもしれない」
「命をかける価値はありません」
「私は、やはりこの国を愛している。この国の制度や、法や、人間を愛
している。今、ここで逃げてしまえば、初めから何もしなかったのと同
じことではないだろうか?教え、育て、築き上げたものを、私は否定し
はしないだろう」
「生きていれば、理想の国家を作ることなど・・・・・・」
「人はいづれ死ぬ。その価値はどれだけ生きたかでは計れない。何をし
たかで評価される。私はこの国に生きた者として、何をしたかを知られ
たいと願うだろう。それに、国を作るのは君たちのような若者の仕事だ」
「正義が行われません」
「慣行の問題だ。行動規範が異なるからと正義ではないのではないだろう?」
「正義にも多元的な意義があると?」
「君たちが示すべきだ。そして認められるのならば、それは正義といって
差し支えないといえるものかもしれない」
「曖昧ですね?」
「明快なものなどどこにある?三人称は不在の実在だよ」
弟子たちは黙り込んでしまった。
もう何も言うことはなかった。プラトンの決意は固く、それを止める
よりは、彼の意思をどう紡いでいくのかが問題のように思われた。
「もういいのかな。なに、私が死んでも、私の思想は行き続けるだろう。
傲慢なことをいっているのではない。これら私のいってきたことは、
誰もが自然とそうであると気づくことができるものであるからだ」
「みなが先生のようであるわけではありません」
「まったくだ、しかし、そうでないわけでもない。いや、そうであるから
人間らしいといえる。さぁ、もう行きなさい」
弟子たちは最後に師の手に口付けをし、去っていった。
プラトンは彼らの優しさに胸打たれ、清清しい気持ちだった。
「人がいるかぎり、正義と悪はその所在を明らかにせず内在するだろう。
誰も人と関わるかぎりにおいて影響をうけるからだ。そのような状態に
あって、我々は孤独を望むか、それとも行動で示すか?
自然がそうであるように、我々もまた、孤独ではいられないだろう。
とすれば、私は私の信ずるところにより法を遵守して毒杯を仰ぐのだ」

132某経大生:2005/02/01(火) 15:06:29 ID:isaGw4w2
高経キューブ

気がつくと私たちはこの部屋にいた。
一片が約5mから6mほどのバラックのようなつくりで、壁のどの面も
同じデザインで統一されていた。
私のほかに二人の男がいた。明らかに体型からB系ファッションに走った
と思しき大学デビューのドキュソと、いかにも秋葉を地でいっている秋葉系
ファッションのデカメガネ。
こんな奴らとこんなところに閉じ込められる理由はなんなのだろうか?
そもそも私は大学に向かっていたはずだった。
試験前にも関わらずサークルの集まりで、時間は午後の8時だったと思う。
烏川緑地公園を自転車で走っていると、目の前に突然オレンジ色の発光体が
現れて・・・・・・ま、まさか、ここはUFOの中か!?
「つうかなんなんだよ、マジわけわかんねんだけど!つうかありえねくね?
ありえねくね?つうかマジふざけんな!マジでわらえねぇんだけど。つうか
何これ?あほかっつうの!」
B系ドキュソが喚き始めた。「オマエカモナー!」とツッコミたくなったが、こんなとこ
ろでネラーであることをカミングアウトする必要もないだろう。
「つうかお前ら誰?お前らなんなの?なんか俺っちのこと馬鹿にしてるべ!?
つうかマジで、俺っちのこと怒らすとあぶねぇから」
その発現だけで充分アブナイ奴であることは判断できた。
プギャー!っと噴出したくなるのをこらえて私はもう一方のキモオタに話しかけた。
「ねぇ、ここどこか分かる?」
キモオタはきょどってもぞもぞと話し始めた。
「僕わかんないっすよ〜。ほんとわかんないっすってば〜。ゲームの途中だったのに。
まだセーブもしてなかったのにな〜。ようやく鋼鉄のガールフ・・・・・・」
『うおぉぉぉぉ!やめてくれぇぇぇぇ!』と心の中で叫んで聞こえないフリをした。
精神的にこたえるものがある。
そのとき、床の中心にある扉が開いた。

133某経大生:2005/02/01(火) 15:07:49 ID:isaGw4w2
下から出てきたのは
    ま   た   お   と   こ   か   !!!???
「ははは、こんなところにもいたよありえねぇ!てめらクソだな!」
そういって現れたのは明らかに基地外だった。
「あの、あなたは?」
私が恐る恐るきくと、彼は床から這い上がり、一息ついていった。
「てめぇらようく聞け!ここはな、高経生が目的もなく集められるという
噂の高経キューブだ!高経のあるとあらゆる人種が集められてくるんだ。
ていうかてめーら一遍氏ね!」
やっぱりこいつは基地外だと確信する。
しかし、高経キューブとはなんだろうか?
そもそも、いったいどんな目的でこんなものがあるというのだろう?
その前にこんなもん造る金あったら学生に還元しろ!!
「おっとそこの池面ビッチ!今『ここから出るにはどうしたらいいのかな?』
って思っただろザノバビッチ!」
「誰がザノバビッチだ!ていうか出れるなら案内しろよ。」
「つうかおめぇ誰だよ。調子こいてると俺のヒップホップでアップハイにして
やるぜチェケラ!」
「じゃ僕は月ひ・・・・・・」
「どうやって出るか教えてくれ!」
基地外はタバコを取り出すとぷかぷかふかしはじめた。つうかここって空調
あんのかよ!?やっぱり基地外だ!
「ここにはさまざまなトラップが仕掛けられている。それに出口がどこに
あるのかも分からない。しかし、ひとつだけ確かなことがある。今、俺が
でてきた扉、ここを見てくれ。ここに数字が書かれているだろう?」
「ああ、確かに。」
そこには9桁の数字が刻印されていた。
“199914131”
「何かの暗号か?」
「ああ、これは高経のシンボルを現している。」
「シンボル?」

134某経大生:2005/02/01(火) 15:08:50 ID:isaGw4w2
「頭のわりぃ奴だな〜!オマエモナー!とかいうの無しな」
お前にいわれたかない!と本気で叫びたくなる!!
「この数字を19 9 9 14 13 1で区切るだろう。そしてアルファベットに変換
するとどうなる?」
「え〜と・・・S・・・I・・・I・・・N・・・M・・・A・・・!?しいんま!」
「そう、またの名をイシマン。そうさ、これは偶然なんかじゃない。そして
俺たちはある目的のためにここに連れてこられたんだ。」
「いったいどんな?」
そのとき、突然部屋が暗くなった。部屋が揺れだし、まるでDQのデス●サロ
の登場シーンのようだ。
「きたぞ!」
「何がきたんだ?」
「山羊助教授だ!」
「なんだってー!!!」
そこにはお決まりのAAがあった。なんて二次元臭さなんだと思いつつも、恐怖
が私を支配していた。これから何が起こるのか検討もつかなかった。
「攻撃を仕掛けてくるぞ!用心するんだ!」
基地外が言う。しかし、こんなひょろいAAに何ができるのだろう?
すると、意外なことの山羊が口を開いた。
「女帝はんた〜い!!」
「うほっ!世論は賛成に傾いているのに極右より発言!香ばしすぎて精神的
ダメージがはかりしれねぇぜ」
基地外は精神的にダメージを受けているようだ。
今度は基地外の攻撃。
「先生!先生がテレビでイタイ人みたいな編集されてました!」
AAが汗をかき始めた。向こうも相当こたえてるようだ。
もう正直なにがどんなふうに勝負なのかわからないけれど、今は基地外の勝利
を祈るしかない。ていうか緊張感がない。
「女帝なんぞ中継ぎだ〜!」
「うほほっ!さすが先生、オラもう駄目かもしんねぇ。でも・・・まだまだ逝ける!!」

135某経大生:2005/02/01(火) 15:09:17 ID:isaGw4w2
「どっちだよ!!」
思わず突っ込んでしまった。恥ずかしい。
「先生!高経以外に行く場所がないって本当ですか?」
AAは大ダメージを受けたようだった。形が崩れ始めた。これは勝ったという
ことでいいのか?
「おのれ〜、この落とし前はきっちり正論でつけ・・・・・・アベシ!!」
「ふん、もはや読んでる学生はみんなネタくらいにしか思ってませんよ」
AAが消滅した。
「ふ〜、勝った。」
「何に勝ったんだ?ていうか今のは?もしや・・・まずくね?」
「いいんだよ、ネタなんだから。」
「ああいうのがたくさんいるのか?この高経キューブには?」
「そうだ、それらを全部ネタオチするのが“しいんま”の最終的な狙いだろう。
つまり、今のような戦いに全て勝利すれば、きっと並榎のキャンパスに帰れる。」
「おいおい、面倒だな。」
「つうかさ、研究棟って増築されたっぽくね?されたべ?」
「はっ、しまった!!」
基地外が大声を上げた。
「そうだったのか!学科の増設も、地域ゼミ協創設も、定員増加も、教員の増加
も、全てはこのための前フリだったのか!!」
「前フリって、ずいぶん長い前フリだなww」
「ここは高経キューブじゃない。ハイパー高経キューブだったんだ!」
「だからなんのためのフリだよ!!」

136某経大生:2005/02/01(火) 15:13:03 ID:isaGw4w2

この話はフィクションです。
実際の人物と関係ありそうですけど空気嫁!
キューブ2地上波初登場記念マキコ

137某経大生:2005/02/01(火) 23:27:25 ID:d6bVj4w2
続くんですか?

138公房:2005/02/01(火) 23:53:27 ID:r4W8t/Vg
未だにCUBEの謎が解けないし特に2なんてファック
ブレアウィッチ2はホラーとして作られてるけど
ああいうの続編出すべきじゃねえ

139某経大生:2005/02/02(水) 10:35:24 ID:NMh2sAoc
>>137
もうネタないので、あったら続けてください。

140イチゴ大福:2005/02/05(土) 18:14:09 ID:ibe7HSJ2
1.烏川にたゆたう憎悪 またはそれを知覚した慧眼

手を見る。青白い月夜の光線を浴びて、深海の鉱石のように静かに、時間の止まった花崗岩の輝きを発した青白い手を見る。
白い右手。皺の少なく、スラリとしたピアニストの指。端正な木工造形品のような、ニスの光沢にも似た気品。手のひらを返す。新雪の降り積もった、まだ誰も足を踏み入れていない、白銀の平原のような光沢。銀の光線を反射して、うっすらと白に染め上げ、空中に霧散する。その連鎖は途切れず、また疎かにせず、ゆらゆらと、ゆらゆらと、物質の力を当てにして明らかにしようとする。
薄く切れ上がった唇がより広く切れ上がり、僅かに見せた隙間から白い象牙の純白がのぞいた。
彼女は笑っていた。
そして、ゆっくりと腰を浮かすとベンチを後にした。
まだ寒い、二月の冬空の下のこと。空には煌々と輝りはえる満月が浮かび、地上をやわらかな光に包んでいた。生きているものも死んでいるものも、それは静寂という掛け替えのない宝石の中に見ることができる奇蹟のように、その瞬間はひとつの完成されたモチーフだったといえるかもしれない。まさに、現世に降誕したヴァルハラのようであった。・・・・・・それが発見されるまでは・・・・・・。

141イチゴ大福:2005/02/05(土) 18:16:24 ID:ibe7HSJ2

少しずつ書き足していきますんでよろしく
とりあえず推理ものです。実在の地名や名称は関係ありませ。

142イチゴ大福:2005/02/09(水) 18:11:13 ID:HAx7rIvs
2.コンサートマスターは不在のまま・・・・・・。
「どうしてこう殺人事件が絶えないんだ?」
群馬県警捜査一課に赴任して五年、もと天才ヴァイオリニストといわれ、出自がドイツ系の二世という特異な境遇をもつ大洗ケルトナー警部はこれから目にするだろう遺体のことを考えて少々うんざりしていた。
二月のまだ上旬だというのに、今月にはいってすでに同一犯と思われる手口で三人もの人間が殺されていた。関東地方とはいえ、まだ風光明媚な自然環境を残すここ高崎にあって実に危惧すべき事件であることはいうまでもない。
被害者のいずれもが、北関東が誇る名門校、T経済大学の学生であったことなどから、大学の関係者あるいは大学関係者に怨恨のあるものの犯行という見方が大方を占めていた。
しかし、捜査員の懸命な捜索にもかかわらず、犯人のものとおぼしき痕跡は何一つ発見できず、そのため捜査員の間では最近、犯人を「ゴースト」と呼ぶようになっていた。
「今回で三件目ですけど、まだまだ続きそうですね。今度は烏川河川公園です。今度もゴーストの遺留品の類は発見できないかもしれないですね。」
運転席でハンドルを握るのは、大洗警部の相棒、前田巡査長だった。
T経済大学出身のラガーマンで、体格は大洗の一回りは大きいが、法定速度は破らないしスーツのアイロンも自分でかけるという几帳面極まりない男だ。十八号線では「魔の渋滞誘発男」として、何が何でも時速八十キロ以上出さない彼の助手席に積極的に座りたがる相棒はいない。唯一大洗警部を除いての話だが・・・・・・。
「俺はそのゴーストという呼び方が嫌いだ。今までの二件の殺人現場で明らかだが、あれは殺人そのものもが目的化した犯行だ。つまり意志があるということだ。幽霊なんて、正体をはぐらかしたような呼称は犯人像を歪めるどころか、かえって余計な先入観をあたえることになると思わないか?」
「さぁ、どうでしょうね。しかし被害者がみなT経済大学の学生ですから、その線で間違いはないと思いますが。」
「だからお前は馬鹿だってんだよ!いいか、人を殺すのが目的の人間なんだ。相手なんて誰でもいいんだよ。他にすべきことがあるんだ。犯人はいずれ見つかるんだから。」
もとヴァイオリニストのためだろうか?相変わらずの我がままぶりに前田も少しむっとしていた。
「ずいぶん自信があるんですね?根拠はあるんですか?」
「ああ、あるとも。どうせまた殺す。そうすれば市民が警戒するようになる。そうすればいずれ、殺したところを誰かに目撃されるだろう。たとえ現場に証拠が残らなくても、“殺した”いという犯人の欲求と“殺した”という事実が存在するなら事件は未解決にはならない。」
「それじゃ警察がいる意味がないじゃないですか?」
「あのな、警察っていうのはいつも後手後手なんだよ。事件が起こってから初めて捜査が開始される。もしも、コンビニで挙動不審な学生がいたとする。だが、いくら不審だからってそれだけで補導はできない。物を手にとって、会計を済ませずに店外に出て初めて犯罪が成立する。これが司法であり法治国家の姿なんだ。」
「それくらい分かってますよ。」
「いいや、わかっていない。警察はな、正義の味方であってはいけないんだ。あくまで法の番人でなくてはならない。法に照らすのは検事の仕事だし、正しいかどうかは裁判所が判断する。」
「分かりましたよ。私はただの一介の捜査員にすぎませんよ。しかし、よくそんな犯人像なんて分かりますね?プロファイリングでも勉強したんですか?」
「そんなもん、雰囲気だよ。お前、高校の数学苦手だったろ?」
「ええ、自慢じゃありませんが。」
「数学っていうのはな、記憶力とフィーリングの問題なんだよ。定理や公式は覚えればいい。肝心なのは解法への筋道に気づくかどうかが問題だんだ。こういうフィーリングは、もってる奴はなんなくこなせる、しかし持ってない奴はいくらやっても無理だ。ぱっと数字をみて素数かどうかわかるか、この感覚なんだよ。」
「根拠があるわけじゃなかったんですね?」
「俺は鼻が利くんだ。」
「なるほど、耳もいいようですから。」
「そういうことだ。」
もと天才ヴァイオリニストがなぜ音楽の世界から足を洗ったのか、前田はなんとなく想像ができた。「彼は『天才』というよりはむしろ『天災』だ。」と心の中で呟く前田巡査長だった。

1435m:2005/02/11(金) 14:38:42 ID:.u52gE.g
オーバードライブ

何度も言うけど、ローカルなんすよ!

天皇みたいに報道陣に手を振って
「空気ブレード!!」

そんな稲山君と過ごした甘い甘い新婚生活が、
未だに脳裏に焼き付いてるあたいって・・・・

うん・・・
5年も前の男のことなんか、
さっさと忘れちゃいたいんだけど、
あのことが未だに尾を引いていて、
オトコの人を好きになるのが怖いっていうか・・・
恋に臆病になってるあたし・・・

そんなときに、あの人が現れたんです。

最初の出会いは、
あたしがサッカーボールを用いて
股間からバックパスの要領で敵に攻撃する、
「出産アタック!!」
を編み出し、
いざ実践で試さんと
前商サッカー部に殴り込みをかけんとしたまさにその時!!
あの人は颯爽と
カミさんの葬式にマーマレードを全身に塗りたくって登場、
「妻の葬式はそれぐらいにしてマーマレード祭りじゃあ!!」
とうそぶいたけど、
あたしは知ってるの。

あの人の目は泣いてた・・・

144イチゴ大福:2005/02/12(土) 13:56:29 ID:4itZSlYc
3.出口のない迷宮。ワーグナーは大嫌い。
烏川河川公園の駐車場に入ると、警察車輌に押し出される形で報道陣の姿がみられた。”KEEP OUT”のテープで芝のマウンドの周辺が仕切られ、警官が仁王立ちで立っている。警察手帳を見せると一言「どうぞ」とだけいった。ブルーシートで覆われた一角がおそらく現場なのだろう。まだ遺体は搬送されていないはずだ。
所轄の刑事がなにやら話し込んでいた。
「どうも、県警の大洗警部と、こちらは前田巡査部長です。」
大洗警部が自己紹介する。前田巡査部長の分も紹介するのは相棒の務めだと思い込んでいるらしく、彼は「よろしく」とだけいい頭を下げた。
「お早いところどうも、ごくろうさまです。松山です。」
松山と名乗った、脂ぎった中年男は深々と頭を下げた。クタクタのネクタイにシャツがその苦労がいかなるものか、年季を感じさせる。
「どうです?また例の関係っぽいですか?」
「ええ、いちおう司法解剖に回してみないと詳しいことはわかりませんがね。該者は前の二件と同じようにナイフのようなものでメッタ刺し。悲惨なんてものじゃない。鑑識の話じゃ、心臓の一突きが致命傷になってる。腕や足、顔は生きながら時間をかけて刺したんじゃないかってね。」
「あら、ほんとに?それじゃ前の二件同様、胴体は心臓の一突きだけ?」
「ええ。とりあえず、仏拝みますか?」
「そうしましょ。宗派は法華ですか?」
「今の若いのなんざ、木魚叩くより携帯電話ピコピコ叩くほうが上手い。」
「はは、そりゃそうだ。」
なんだこの落語家のような会話は・・・・・・と訝しがりながら、前田巡査長が手袋を取り出した。ブルーシートで囲まれた中には数人の鑑識がせわしなく動いていた。遺体は自分の血だろう、赤黒い血で衣類が汚れていた。まだ幼さの残る風貌は高校生のようだ。血糊のない、青ざめた顔がやけに白かった。
「男ですか?」
「ええ、男です。学生証をどうぞ。」
大洗が受け取る。
「ほう、一年生ですね。かわいそうに・・・・・・あれ、若いんですね?」
「え?」
前田と松山は同時に声を出していた。
最初に口を開いたのは前田だった?
「一年生なら一浪していても二十歳くらいでしょう?若いのは当然ですよ。」
「いやいや、番号がね、若いんだよ。」
「番号?」
大洗から学生証を受け取ると前田は名前の上に印字された学生番号をみた。
“×××−008”
「学生番号は苗字の頭文字から昇順で割り当ててますから、彼の苗字ならそれくらいですよ。」
「前の二件、俺の記憶が正しかったら番号は“002”と“004”だった気がするが。」
「あっ、2の乗数になりますね。」
「ただの偶然か、それとも意図的なものか。前の二件の該者の間になんら関連性がなかったことからいっても、この数字にはなにか猟奇的な、殺人に対する目的的意図が感じられる。ようやく幽霊が人間らしくなってきたな、え?前田。そう思わないか?」
「全然人間らしさなんて感じませんよ。それに、こんな数字じゃ、なんの手がかりにもなりませんよ?」
「確かT経済大学は単科大だったな?」
「ええ、でも地域政策学部ができたから、学部は経済学部と二つですけど。」
「2の4乗は?」
「16ですけど。」
「は・・・・・・はやいな?」
「昔そろばんやってましてん。」
「余計なことはいい。八人だ。両学部の学生番号が“016”の学生を全員マークする。所轄に応援を要請して至急全員の身元確認をとれ。令状が取れ次第二十四時間体制で張り込みを開始する。マスコミには一部報道管制を敷く。俺はうるさいのが嫌いなんだ。」

145イチゴ大福:2005/02/13(日) 10:35:22 ID:Mo5eFkiY
4.現実は虚構に抱かれた非対称空間の視覚的死角
令状が取れるとすぐ、彼ら二人はT経済大学四年の喜多川の張り込みを始めた。比較的大学に近いアパートメントだが、大学が近いだけあって、どれが喜多川のアパートか見分けるのに時間がかかった。
喜多川の部屋は二階の角部屋で、ようやく明かりがついたのが深夜の二時だった。一人で帰宅したところも二人は目撃している。
「ずいぶん遅いやっちゃな〜。なにしとんねん学生無勢が!」
大洗がなぜ急に関西弁になったのか釈然としないながらも、前田はそのことに触れない。どうせ「だからお前は馬鹿なんだよ!」といわれることを学習しているからだ。
「学生なんてみんなそんなもんですよ。四年生のこの時期はもう卒論も終わってますから、友達と飲んでたんじゃないんですか?」
「飲むって、まだ二時じゃねぇか。俺が大学に行ってたときは朝まで飲んでたけどな。」
「音楽家ってそんなに飲むんですか?なんだか清廉なイメージが壊れますね。」
「アルコールが入るとピッチが上がるんだよ。だから深夜まで練習しながらみんなで飲むんだ。そして酔いが回ってきたところでラフマニノフをジャンジャカやるんだよ。あれは気分がいい。」
笑いながら言う。飲み屋で誰それかまわず絡んでいる酔っ払ったおっさんみたいだと思う。
「そんなもんなんですか?」
前田は赤ら顔のピアニストやドレスをはだけたチェリストを想像して困惑した。決して古典音楽の嫌いな前田ではなかったが、その迫力や芸術性がアルコールの勢いに負っていると思うとなんだか萎えた。
「で、アパートメントに帰った学生はなにをするんだ?」
「さぁ、寝るんじゃないですか?」

146イチゴ大福:2005/02/13(日) 10:35:48 ID:Mo5eFkiY
「まったく、いい気なもんだよ。」
「いいじゃないですか。四月からは社会人ですからね。ああそうそう、学生課に問い合わせたんですけどね、もう就職先も決まってるみたいですよ。なかなかいい所ですよ。」
調書を渡す。大洗はそれを手に取る。
「まぁ、こんなもんどうでもいいけどな。だいたい、なんだってこう、大学を卒業すると同時に就職なんだ?第一こいつ、経済学部の癖に土建屋じゃねぇか。」
「ゼネコンっていってくださいよ。鳶や大工じゃないんですから。」
「大学っていうのは専門的な人材を養成するんだろ?それがなんだ。お前の後輩は社会からそれなりにしか必要とされてないようだな。」
「そういう言い方やめてください。第一、卒業しても就職しなかったり、フリーターになったり、中退してそのまま引き篭もってしまう人だっているんですよ。それに比べたら手天地の差だよ。社会と向き合っていて頑張っているじゃないですか。」
「ばかだな、それじゃ人間の存在意義なんか、単純化された労働力の集合ぐらいにしか認識できないじゃないか。経済に人間が組み込まれてどうする?」
「しかし、やはり働くことは大切ですよ。引き篭もっていたってなんの問題の解決にはなりません。」
「原因と結果の因果を見誤ってはいけない。引篭もりというのが最近問題になってるようだが、それは原因ではないだろ?そうする人間はなにかしらの問題があるから、その結果として引篭もるんだ。解決しなくてはならない問題は、引篭もらないということではない、引篭もりを誘発する因子を解明することだ。」
「しかし、辛くても頑張っている人はたくさんいるんですよ。ちょっとくらい大変だからって現実から逃げるのはどうかと思いますけどね。」
「お前は幸せや奴だ。経済が人間性を否定するなら、人間にとってこの経済システムなくしてありえない世界は現実だろうか?そもそも経済という名の現実はどこにある?空の青さは経済か?星の輝きは完全雇用を実現するか?山々の霞はインフレ不安を解消できるか?目先の豊かさと有限性に対する現実世界における肉体の脆弱性がもたらす一種の幻想的快楽を希求しようとする合目的的意志の、いわばエゴイズムともいうべき営利主義の慣例化は、人間差別化における階層意識の柔軟な視覚的教唆、思考の緩慢な歪なる作用の結果として生み出された仮想空間の数学的虚構だ。そういえば昔、こんなことをいった人物がいた、『アダムが耕し、イヴが紡いだとき、誰が領主だったか?』」
「ウィリアム・ペンですね。」
「そしてマルクスはこういう。『すべて人類の歴史は階級闘争の歴史だ』と。しかし、敵とは誰だ?味方はどこにいる?持つものと持たざるもの。階級というものが不明確な現実社会にあって、持たざるものはただ経済というシステム、評価軸によって『持たなかった』ことによってのみ、楽観的かつ一方的に無謀な評価をもたらす。これは暴力だ。
人間の命が尊いとは誰でもいうことだ。しかし、誰にとっても尊いわけではない。人には値段がある。顔形や学歴、就職先や年収といった、経済的評価がまとわりつく。何ができるか。どんな技能があるのか。そのような訓練ができないのであれば歯牙にもかけられない。それでも人間の命は尊いという。人間の命には死角があることを、知っていて知らないふりをしている。それが動物というものだ。」

147イチゴ大福:2005/02/14(月) 21:28:00 ID:ea34pD9A
5.間隙のプロローグ。Message in an affair. ①
ドアの閉まる音が聞こえ、前田はビクッと体を震わせると目を開けた。いつの間にか寝てしまっていたのだろう。助手席を見ると買い物袋を手にした大洗が菓子パンを手にしていた。
「おお、起きたか?缶コーヒーだ、飲むか?」
「コンビニに行ってたんですか?一言声かけてくださいよ。全然気づきませんでした。」
前田は恐縮そうに缶コーヒーを受け取った。
「寝言が面白くて起こせなかったよ、ふふふ。悪いな。」
ニヤニヤしている。咄嗟に焦りだす前田。
「なんか言ってました?」
「気にするな。これ喰ったら俺も寝るから、見張ってろよ。」
そういって缶コーヒーを飲み干すと、コートを被って眠り込んでしまった。人に間を置かせないのは彼の得意技だ。
温かい缶コーヒー。甘ったるいのを我慢すれば充分満足だ。
今日の日付を確かめる。二月五日。時計を見るとまだ早朝の六時だった。喜多川が帰宅してまだ四時間ほど、大学も冬休みのはずだ。おそらく午前中はアパートにいるのではないかと思う。
背もたれを倒し、ちびちびとコーヒーを飲みながら美味い朝食でも食べたいと思う。ぼんやりアパートの窓を眺める。犬の散歩をしている老夫婦の姿がちらほら見受けられた。
その時、喜多川のアパートに入っていく人影が見えた。帽子を被っていて顔は良く見えないが、着ているものは昨夜の喜多川のものである。手にはコンビニの袋を提げていた。
大洗がコンビニに行っている間に行っていたのだろう。前田は寝ていたのだから空白時間はある。喜多川は昨夜と同じようにドアを開けて中に入っていった。
その時、警察無線に入電があった。
「県警より各車へ、殺人事件発生。現場は上榎江×××の×××。至急現場に急行されたし。」
前田はイグニッションを回してエンジンをかけた。すぐに大洗が目を覚ます。
「なんだ?なにかあったか?」
声はローだ。
「殺人事件ですよ。早く行きましょう。」
「喜多川の張り込みはどうするんだ?」
「大丈夫です。さっき無事を確認しましたから。」
「は?さっき?」
「ええ、コンビニから帰ってきたところみたいでしたよ。たぶん警部とすれ違いになったんじゃないですか?」
「ううん、見なかったけどな。」
「見過ごしたんですよ。さ、早く行きましょう。」

148イチゴ大福:2005/02/14(月) 21:30:53 ID:ea34pD9A
6.電卓の騎士団。Message in an affair. ②
遺体が発見されたのはT経済大学のグラウンドだった。
大洗、前田の二人が追っている事件との関連性が気になるところだが、二人は緊張を抑えつつ現場に足を運んだ。二人が現場に最初に到着していた。
幸い、大学が冬季休暇中であったこともあり、部活にきた学生くらいしか野次馬はおらず、大きな混乱はなかった。
まだ所轄の警察官も到着していなかった。
地肌がむき出しのグラウンドに血に染まった死体が転がっているというのは何か違和感を感じた。大洗は手袋をはめ、遺体に脈がないことを確かめると、遺体の前で手を合わせた。
「警部、第一発見者を連れてきました。」
大洗が振り向くと、いかついむさそうな男が前田の隣に小さくなって立っていた。死体を見るのが初めてなのだろう、気丈を装いながらも不安が顔全体に表れていた。こういう奴に限ってあとでマスコミに死体のことをべらべらしゃべるんだ、と心の中で悪態をつくと、表情だけは余所行きを装った。
「おはようございます。私は群馬県警の大洗警部です。こちらは前田巡査長。あなたが通報したんですよね?」
「はい、そうですけど。」
「被害者とは面識は?」
「いいえ、知りもしません。」
「そうですか。なにか、不審な人影をみたりとかありませんでしたか?」
「いいえ、朝練できたらたまたま見つけただけでなにも・・・・・・。」
「わかりました。もうじき応援の警官がきますんでね、それまでどこか、すぐ連絡の取れる場所でお待ちください。今日は部活は休んでもらいますがご理解くださいますね?」
「ええ、じゃすぐそこにいますから、なにかあったら呼んでください。」
彼それだけいい、駐車場のほうへ歩いていった。
前田は遺体のジャケットから財布を取り出し、学生証を見ていた。
「どうだ?例の16番か?」
「いいえ、6番です。どうぞ。」
大洗は学生証を受け取る。確かに“006”番だ。
「遺体の損傷具合からしてゴーストの犯行に酷似するものはありますが、どうやら模倣犯のようですね。」
「模倣犯だと?」
「事件を新聞なんかで読んだ愉快犯か倒錯者の犯行ですよ。」
大洗は遺体を改めて間近で眺めた。大学の建物が影になってよく見えないので、懐中電灯で照らした。衣服は真っ赤に染まっているが、よく見ると胴体の損傷は胸部の一箇所だけで、あとは手足に集中していた。胸部の出血はひどいが、これは心臓を直撃したためだろう。それも生きているうちに刺されたのだと大洗は考えた。
「マスコミには報道管制を敷いている。お前らのいうゴーストが、こんな特徴的な殺し方をすることは警察関係者以外は知らないんだよ。」
前田も気づいたようだ。慌てて学生証を確認する。
「あれ?じゃ数字の関連はなかったってことですか?」
「いや、少し修正する必要性はあるがその線が間違いない。今日は何日だ?」
「二月五日ですが・・・・・それがなにか?」
「16の2乗は?」
「ええと・・・・・・256です。・・・・・・あっ、2、5、6ですね?」
「もし、犯人がまだこの法則に則って犯行を続けているとすれば、まだ事件はカーテンコールではないぞ。殺されたか、あるいはこれから殺すかだ。」
「ということは、“016”、“032”、“064”、“128”ですか?」
「他にもいろいろなパターンが考えられるだろう。想像力の限界に挑戦するのは作家の仕事だが、俺たちはそんな悠長なことは言ってられない。すぐに配備するぞ。安否確認を要請しよう。」

149イチゴ大福:2005/02/15(火) 17:04:21 ID:oRBse.Hg
7.人間と死人と疑問、あるいは幽霊? Message in an affair. ③
大洗、前田の到着から十五分ほどで応援の警官らが到着した。
すぐにグラウンドは封鎖され、遺体の周りにブルーシートが覆われた。
二人は所轄の刑事に現場を任せると、二人が張り込みをしていた喜多川のアパートメントにむかった。助手席では大洗が彼の携帯電話にコールを試みていた。しかし、なにかあったのか、電話にでる気配はなかった。
「留守電ですか?」
「いや、出ないだけだ。まだ寝てるのか?」
「マナーモードにしてないなら、着信音がうるさくてさすがに出るとは思いますけど。」
「まさかな・・・・・・合鍵が必要になるかもしれんな。調書に大家の住所もあったな?」
「ええ、でも管理してる不動産屋は別ですよ。」
「こんな時間だぞ、まだ開いてないだろ?」
前田はチラッと腕時計を見た。午前七時だ。
「待つわけにも行きませんしね。困ったな。」
大洗は携帯電話を右手に持ちながら思い出したように言う。
「しかし、お前、今朝方、喜多川の姿を確認したと言っていたな?」
前田もそうだ、と思い出す。
「ええ、ですから、順番に殺しているとすれば彼は安全ですね。」
「とりあえず行ってみるか、でなけりゃ強行突破だ。」
大学から近いアパートのため、五分とかからずに到着した。
喜多川のドアの前に立つと、大洗はインターフォンを押した。反応はない。
「喜多川さん!いますか?警察です!出ていらっしゃらないとドアをぶち破ることになりますが構いませんか?」
普通は構うだろう、と思いながらも前田は何も言わない。
「だめだな。何かあったか?」
「緊急事態ですね?どうします?ほんとにぶち破る気ですか?」
大洗は顔をしかめた。ぶち破るという表現が気に喰わなかったのだろう。
「余計なことはいい、第一映画じゃないんだ、簡単に壊せるはずないだろ。隣の部屋からベランダをつたって行くぞ。窓を割って中に入れ、俺はここで待ってる。行け。」
前田は気の乗らない様子で隣の部屋のインターフォンを押した。
「おはようございます。群馬県警の前田巡査長です。」
ドアを開けたのは若い女性だった。おそらくT経済大学の学生だろう。すっぴんでパジャマ姿で、上にコートを羽織っているだけだった。寝起きらしい不機嫌な顔だが、笑ったら可愛いだろうと前田は少しほくそえんだ。
「何ですか?」
「隣の部屋に用事があるんですが、わけあって中に入れないんです。ご迷惑はおかけしません、ベランダを通らせていただけますか?」
「え?わけわかんないんですけど。」
「隣人の生命にかかわる問題ですので、ご了承ください。」
そういうと革靴を脱ぎ、女子大生の一人暮らしのアパートメントに侵入した。こざっぱりした部屋にはパソコンと本棚、ベットと小さい丸テーブルとテレビがあった。どことなくいい匂いがするなと思いつつ、ベランダで革靴を履く。隣のベランダまでは連続ではなく、六十センチメートルほどの間があった。
「大丈夫ですか?落ちたら怪我しますよ?」
そんなことは分かってる、と心の中で叫ぶと、うまく体制を整えて目一杯膝を屈伸し、伸ばした。

150イチゴ大福:2005/02/15(火) 17:04:51 ID:oRBse.Hg
着地は失敗したが、なんとか生きていた。
ベランダから中をのぞくと、すぐに人が倒れているのが分かった。男だ。裸で、背中に包丁が突き刺さっていた。窓に手をかけ、それが閉まっていることに気づく。
上着を手に巻いて、窓を勢いよく叩いた。罅が入るがまだ壊れていない。三回連続で叩き、穴が開いた。そこから手を滑り込ませ鍵をあける。窓をあける。不思議と外気より室内のほうが冷たいように感じた。
「誰かいるか?!」
背中に包丁を突き立てられた他殺体と密室、この状況からすればまだ室内に犯人が潜んでいる可能性は高い。身構え、恐る恐る玄関に向かった。チェーンはかかっていないが、鍵はかかっていた。鍵を解除し、ドアを開ける。
「どうだ?」
「殺されてます。」
「殺されてる?」
大洗も中に入る。
「なんだこれは?ベランダの鍵は?」
「かかっていました。密室殺人ですね?」
「そんなもんは問題じゃない。いつ殺されたか、それが重要だ。」
「今朝の六時過ぎには確認されてますから、わずか三十分から四十分のあいだの犯行ですね?」
「血を見ろ。この乾き方、いくら寒いからといってもそんな短時間のものじゃない。死斑から見て四時間以上はたってるんじゃないか?」
「四時間?でも、昨夜二時には確認してますし、今朝も六時には・・・・・・。」
「なんだ、何かが違う気がする。・・・・・・違和感を感じないか?」
「違和感ですか?」
大洗は素っ裸でうつぶせになった遺体に顔を近づけたり、部屋の中を見回したりした。その間、前田はことの経過を警察へ連絡していた。
「これから応援が来るそうです。一晩で二人も、大学側も大変ですね?喜多川もゴーストの仕業でしょうか?」
「なぁ、なぜこいつは裸なんだ?」
大洗はまったく話を聞いていなかった。
「そうですね、着替えようとしているところを刺されたからですか?」
「なぜだろう?こんな狭いアパートで、彼は犯人に気づかなかったのか?」
「酔ってたんでしょう?」
「致命傷を一突きだ。ゴーストの仕業だとすれば、今回は手足を先に刺す時間はなかったようだな。」
「そうですね。抵抗されるから?」
「それなら今までだって同じことだ。今までのケースから考えて、ゴーストはまず足などに深い傷を負わせて、移動を困難にしてから、じわじわと殺している。つまり、被害者と一定の距離を置くことができたからそんな危険な真似ができた。」
「この狭さですからね、それに助けを求められたらそれまで。」
「だから、致命傷を一突きした。ではどうやって殺したか?いつ殺したか?どうやって犯人は中に侵入できたか?俺たちの監視の目をいつ擦り抜けたのか?」
そのとき、大洗がフロアにあるものを見つけた。コンドームだった。使用しようとしていたのだろうか?封は開いていて、半分出ていた。
「まさか、女ですか?」
「ありえる。喜多川となんらかの関係はあったのかもしれないな。肉体関係を持とうとして衣類を脱いだところを後ろから一突きされた。だからこんなにも無防備な死に方をしたのかもしれない。」
「それなら密室の謎も解けますね?女は合鍵を持っていたと考えれば自然です。しかし死亡時刻と今朝見た喜多川は・・・・・・。」
「きっと、初めから女はこの部屋にいたんだろう。俺たちよりも前にこの部屋に上がり込んでいたんだ。そして昨晩、午前二時に帰宅した喜多川は女とそういうことになろうとして、無様に殺された。女はこいつの衣類を身につけ、今朝がた外に出た。コンビニに行き、もしかするとT経済大学のグランドの遺体もその女が殺したのかもしれない。」
「まさか。じゃ、ゴーストは私たちが張り込んでいることは知っていた?」
「かもな。少なくとも、ゴーストはある一定の規則にのっとって殺人を繰り返していることからも考えて、犯人は殺す対象をすでに選定している可能性がある。被害者とこの数字の関連、また被害者同士の接点からは、犯人像はまだ分からないが、だいぶ絞り込めてきたし、用心もできる。幸い、今回の殺人は屋外のような証拠の風化が激しい場所ではない。この部屋を完全に封印して、犯人の痕跡を徹底的に洗おう。人間の痕跡を全て穿り返す。」

151イチゴ大福:2005/02/16(水) 14:14:39 ID:bWjHoq9g
8.三人目の幽霊。殺人鬼がやっていること。
二月五日早朝に起きた二件の同一犯によると思われる犯行は、付近の住民だけに及ばず、大学に師弟を預けている父兄や大学関係者をも震撼させた。
大学側は教授会を緊急招集し、高崎市内に住む学生に対し深夜の外出を自粛し、なるべく単独での行動を避けるように勧告し、父兄にも通知した。
大学が春期休業であったことからも特に混乱はなかったが、今後どれだけこういった犯行が続くのか、予想がつかないだけに、一層警察の活躍が期待されたが、すでに一週間もたたない間に五人の犯行を許してしまったことの、警察への失望は大きかった。
午前十時に所轄の高崎警察署に設置された連続殺人事件緊急対策室に顔を出した二人は、休む間もなく捜査会議に出席していた。コーヒーと菓子パンを頬張りながら事件の進捗状況を聞く二人に周囲は気を使って気づかないフリをしていた。今では二人が事件に一番近い存在であることを、すでに噂などで聞いていたからだ。朝方の喜多川の殺人事件に関しては、大洗、前田の働きがなければ発見がニ、三日遅れてもおかしくはなかっただろう。
しかし、そんな周囲の反応はよそに、二人の眉間には深い皺が刻まれていた。
「では、先日までの三件の事件に関する捜査の経過を報告します。
一件目の被害者はT経済大学経済学部、学籍番号×××−002、藍沢由布子さん、二十歳です。現場は十八号線と高架の交差する近くの児童公園で、着衣に乱れはなく、金品を奪われた形跡もありませんでした。手足に二十箇所以上の刺傷がありましたが、致命傷となったのは心臓の一突きです。
二件目も同大学の地域政策学部の学生で、学籍番号×××−004、青木潤さん、十八歳です。現場は経大通りに立地する雑貨店の裏の空き地で、これも金品を奪われた形跡はありません。一件目と同様手足に二十箇所以上の刺傷があり、心臓への一突きが致命傷となっています。
三件目もまた同大学経済学部の学生、学籍番号×××−008、荻野悠貴さん十八歳。現場は烏川緑地公園のマウンド。金品を奪われた形跡はありませんし、同様に手足に二十箇所以上の刺傷、心臓への一突きが致命傷になっています。
四件目と五件目はまだ司法解剖の所見がありませんので、発見順に報告します。
四件目も同経済大学経済学部の学生、学籍番号×××−006、宇佐美啓祐さん十九歳。現場はT経済大学のグラウンド。金品を奪われてはいません。手足には同様の傷があり、致命傷は心臓への一撃です。
五件目も同経済大学地域政策学部の学生で、学籍番号×××−016、喜多川敦さん二十二歳。金品を奪われた形跡はありません。背中からの一撃が致命傷で、犯人と争った形跡もなく、ショック死したものと予想されます。また、被害者は発見時遺体を身につけておらず、被害者のものと思われる未使用のコンドームも発見されており、犯人と近しい人物か、それに準ずる関係者の犯行と予想されます。以上です。」
所轄の刑事の報告が終わると、県警の梧桐警視正が声を発した。
「何か手がかりは?」
「はい、一連の事件が同一の人物による犯行であることは、事件の法則性に倣ったものであるからもいえるものと思われます。まず第一に、数字によるなんらかのメッセージ性があるということです。これは県警の大洗警部のアイデアによるものですが、いずれの被害者もその学籍番号が2の二乗であること、四件目は特異なケースですが、日付と合致させると256となり、2を8乗したものです。また、被害者がいずれもT経済大学の学生であることからも、T経済大学または大学の関係者に恨みを持つもので、大学に迷惑をかけたいと思っているものの犯行であると考えられます。
いずれの被害者も、学籍番号以外に全体としてなんら共通点がなく、学籍番号によって犯人に狙われた可能性が高く、犯行が無差別的であり、なんらかの宗教的、偏執的な傾向が現れており、今後も被害者が増加することも考えられます。また、四件目のケースからもわかるように、犯人の求める法則性は付随的要因があることも考えられ、今後も犯行がエスカレートすることは充分に考えられます。
また、六年前の未解決事件、通称「あいうえお」殺人事件との模倣性を指摘する現場鑑識の意見もあり、事件との関連性も疑う必要性はあります。」

152イチゴ大福:2005/02/16(水) 14:15:19 ID:bWjHoq9g
「「あいうえお」殺人事件との関連性は確かに疑う必要性がありそうだな。他には?」
「はい、現場となった児童公園から犯人と思しき足跡が発見されています。メーカーに問い合わせていますが、まだ回答はありません。サイズは約25センチです。
犯人は非常に用心深く、時間をかけて犯行を行っています。目撃証言もまだありませんし、血痕や毛髪、唾液、衣服の一部も残していません。ただ、今朝発見された五件目の現場では凶器が発見されていますし、張り込みにあたっていました大洗警部の話からも、今回の事件では犯人の手がかりが期待されます。以上です。」
それを聞くと梧桐警視正は溜息混じりに口を開いた。
「不謹慎な話だが、今回の犯行が室内で行われたことはある意味幸運だったな。被害者の無念を晴らすためにも、なお一層努力が必要だな。」
警視正が解散の号令を発しようとしたとき、会議室のドアが激しく開け放たれた。梧桐警視正は嫌な予感を感じ、闖入者を睨みつけた。睨みつけられた刑事はその威圧感に圧倒され、一瞬すくんだが、居直ると警視正に近づいた。
「たった今、六件目の犯行があったと通報がありました。被害者はT経済大学の学生です。」
会議室がどよめき、警視正はどよめいた。
大洗は呟いた。
「今度は“012”だな。」
前田は唖然と大洗の横顔を見つめていた。

153イチゴ大福:2005/02/16(水) 18:24:37 ID:bWjHoq9g
9.殺人事件は「あいうえお」。
現場に向かう途中、前田は、捜査会議で出た「あいうえお」事件について大洗に話そうとした。大洗警部は警察官になってまだ五年目だから、彼は詳しく知らないと思ったのだ。
しかし、意外なことに大洗は事件のことを事細かに知っていた。
「刑事になって最初に組んだ人が年季のはいった人だった。刑事ドラマのデカみたいな人だ。彼は「あいうえお」事件の担当で、必至になって追っていたからな。」
「その刑事は、今は?」
「定年退職で、自治体で学校の防犯プログラムに参加したり、警察学校で顧問のようなものをしたりしている。」
「しかし、驚きましたよ。じゃ私より事件には詳しそうですね。私はそのときはまだ所轄で、すぐ次の事件に駆り出されてしまいましたから。」
「そうだな。」
「警部はどう思います?「あいうえお」事件は今回のように猟奇的な殺人事件でしたけど、犯行は五人で終わっています。今回はもう六人ですし、たった五日で六人というのは尋常じゃありません。」
「小学校に乱入して刃物を振り回すような奴がいる世の中だぞ。正常という機軸なんかないんだよ。それに、あの事件についていえば、犯人はある程度目星はついていたんだ。それが、証拠不十分で不起訴。その後、犯行が行われなかったことと、被害者の苗字があいうえお順だったから「あいうえお殺人事件」と呼ばれるようになっただけのことだ。それに、被害者はいずれも女性で乱暴されていた。被害者の苗字があいうえお順になったのは単なる偶然だと考えるのが自然だろうな。もし、あそこで被疑者として逮捕されていなかったら犯行はエスカレートしていたはずだ。」
「例の中学生ですか?確か名前は・・・・・・。」
「梧桐冬樹。警視正の甥だ。」
「あっ!そうだ。それで検事と取引があったと週刊誌で報道されて騒ぎになったってあれですね?」
「そちらも監察が入ったが証拠はでなかった。結局はうやむやのまま事件は闇に消えた。」
「しかし、よく立件できたものですね?」
「それだけ証拠があがっていたんだ。しかし、誰かが証拠を隠滅した。当時現場は混乱したと言っていたよ。なにせ、実際にあったものが、法的にはなくなったんだからな。」
「じゃ、再び梧桐冬樹が犯行を始めたと考えているんですか?」
「可能性はないわけではない。喜多川がゲイだった可能性もあるし、今回は犯人の目的がレイプから殺人そのものにシフトしたのかもしれない。」
「しかし・・・・・・男同士でもゴムってするもんなんですか?」
「性病が恐い奴もいるだろう。避妊だけが目的じゃないからな。」
「なるほど。・・・・・・でもそれなら、警察が喜多川を張りこんでいたことを犯人が知っていたというのもうなうずけますね。なにせ関係者の親類ですから、情報がリークしていた可能性は考えられますから。」
「「あいうえお」事件では正攻法で痛い目に遭ったが、今回はそうはいかない。それに、奴は今年で二十歳になるはずだ。少年法の適応もない、必ず塀の向こうにぶち込んでやるぞ!」

154イチゴ大福:2005/02/16(水) 18:25:45 ID:bWjHoq9g
10.間隙のエチュード。小休止を挟んでコンサートは続きます。
彼女は人の死について考えていた。
いつまでが人間であり、いつから人間でなくなるのか?重要な問題だった。
彼女は死体を目の前にし、初めて自分が血に塗れていることを知った。
比喩などではない、実際に、彼女は全身を血で濡らしていた。
煌々と照り輝く青白い月明かりの中で、血はより黒く、そして硬質な光沢を放っていた。
「綺麗・・・・・・。」
血をまとい、彼女の姿はより美しく、幻想的な静謐さを湛えていた。この風景にあっては、死体はまるで彼女の手によって殺されるためだけに生まれてきたかのようでさえあった。
人間の血の美しさ。
それこそ生きていることに証であり、人間がもつ至高の力。
彼女は微笑んだ。
血を眺め、その光沢を褒め称え、自然と彼女の口元はほっそりとして吊り上り、目元は三日月のように細くなっていく。まるでゼウスに息吹を与えられたルネッサンス彫刻のような神々しさを湛えて、彼女の存在は闇に光を灯していた。
闇は深く、そして全てを隠し続けている。
唯一、ただ彼女を照らす月だけが、ことのあらましを見守っていた。

155イチゴ大福:2005/02/17(木) 12:19:44 ID:hIJaz5AI
11.事件を憎んで人を憎まず。それでも遺族はご立腹ですよ。
六人目の被害者は市内に住むT経済大学地域政策学部の学生で、名前は葛西倫太郎、学籍番号は予想通り×××−012。これまでの四件と同様、手足に複数の刺傷があり、致命傷が心臓への一撃だった。もちろん、二月五日に殺されていることから、すぐに2の9乗、“512”を狙った犯行であることが考えられた。
これまでの事件との相違点は、彼の実家が高崎市ということだけで、他に何一つ犯人は手がかりを残してはいなかった。
犯行現場は彼の自宅の、十畳ほどの広い居間で、両親は仕事のために不在、犯人も早朝の事件のあとすぐに彼の自宅に向かったものと思われる。
第一発見者は彼の友人で、葛西と遊びにいく予定だったらしいが連絡がとれないことを不審に思い自宅に向かい、彼を発見した。玄関は開いていたという。友人とはいえ留守の他人の家に勝手に上がり込むのは関心できないが、人のことは言えないなと前田は苦笑した。それに、彼の無神経が結果として事件の早期発見に繋がったのも事実だ。それについては評価しなくてはならならいだろう。
「忙しい奴ですね?」
「そりゃ、乗数なんてどんどん大きくなっていくからな。2の10乗は1024だぞ。十月まで待つか?」
「笑いごとじゃないですよ。しかし、“32”、“64”、“128”はどうして飛ばしたんでしょう?“16”から“256”は発見される危険まで冒して順番を守ったのに。」
「16は4の根だし、256は16の根だ。何か意味があるんだろう。」
「それなら64だって8の根ですよ。8は実際、三件目の犯行で使われてます。」
「しかし、父兄には安否確認を行うよう大学側から連絡が行ってるんだろう?何かあったら警察に通報があるんじゃないか?」
「今朝ようやく対策が決まったんですよ。まぁ新聞でも大々的にやってますから、父兄も安否確認はしてると思いますが。」
「猟奇殺人としてマスコミが報道を始めたのは昨日の夕刊くらいからじゃないか?案外、危機感っていうのは切迫してこないと沸かないもんだ。」
「そりゃそうですけど・・・・・・。」
「明日は六日だからな。004番が怪しんじゃないか?」
「あっ、そうですね。64ですか。犯人は日付も絡めていますから。」
「前田、お前疲れてるだろう?頭の回転が鈍ってるな?」
「すいません、こんなこといつもならすぐに気づくんですけど。」
「明日は非番だったな。早引けしろ。少しゆっくり休め。疲れてんだ。奴も一日で三人もやったんだ。明日くらい休むだろう。」
「いいえ、落ち着いておちおち寝てられませんよ。」
前田が言うと大洗はいつもの「だからお前は馬鹿なんだよ」と言いたげな顔をした。
「は?なにか?」前田がいうと大洗は外に彼を連れ出した。
「梧桐の身辺を洗えってことだよ。いいか、奴は正攻法で落とせる敵じゃない。だが警察として得られる情報は限りなくないと言っていいだろう。それなら非合法の活動が必要だ。」
「しかしそんなことをしても立件できないんじゃ?」
「いいか、奴がやったという核心を得るんだ!それに令状は取れないだろうし、梧桐を捜査しているとばれたらそれこそ俺たちが逆にマークされることになるんだぞ!分かってるか?警視正は公安にも顔がきく、その気になれば俺たちを更迭することもいとわないだろう。警視正に気取られたら一巻の終わりだ。」
前田はぞっとした。彼にはまだ三歳になる子供いたし、住宅ローンも残っていた。それに自慢になるが奥さんは加藤ローサに似ていてとてもかわいい。服務規定違反で降格、いや、それどころか免職なんてことになったら・・・・・・彼の頭の中では加藤ローサ似の奥さんが子供を背中に負ぶって、貧乏長屋で夜なべをして手袋を編んでいる姿が走馬灯のように走っていた。
「警部、私には家族がいますし、それにまだ家のローンが・・・・・・。」
「梧桐冬樹がたまたまお前の前を歩くだけだ。服務規定違反じゃないし、ましてや公安が目をつけているわけじゃない。」
前田は唸る。相手は警視正、キャリアだ。そんなのに睨まれたら出世はもちろん、県警でも味噌っかすにされてしまうのも分かりきっている。しかし、警察官として「正義を成せ」という言葉が心の底から響いてくる。
その時、事件の報せを受けた被害者の両親が帰宅した。大声で息子の名前を叫び、遺体に駆け寄ろうとするのを警官が抑えた。警察の無能を罵倒する両親の姿は、前田には一児の親として痛切に感じていた。
彼は、奥さんと子供に心の中で謝ると、決心した。
「分かりました。やりましょう。」

156イチゴ大福:2005/02/17(木) 12:22:54 ID:hIJaz5AI
12.事実と過去と予測の誤差。 Guest in crime scene. ①
早引けしろといわれたが、シフトでは前田は午後から明日一日が非番になっていたので、誰にはばかることなどなかった。前日は徹夜で張り込みをしていたのだから当然といえば当然だが、最近は凶悪事件の増加に伴い人手不足も慢性化していたことは確かで、非番にかかわらず出勤など日常茶飯事だったことはいうまでもない。
前田は週刊誌などで「熟年離婚」や「十年目の浮気」などという見出しを見るたびに、かわいい奥さんがもしやどこかの見知らぬ男と・・・・・・などとよからぬ心配をしていた。確かに、家族のために使う時間が少ないし、たまに帰れば三歳になる娘からは「このおじちゃんだれ〜?」といわれる始末だ、家族の心が離れても文句は言えない。前田は不安というより絶望に近い心理状態だった。
しかし、刑事としての前田は書庫の前に立つと一変した。六年前に起こった通称「あいうえお連続殺人事件」の調査書類を探しに来たのだった。大洗よりも警察官としての経歴は長いが、事件の詳細は彼より明るくない。それに、当時所轄勤務の彼には事件の詳細まで情報が降りてくるはずもなく、自分で調査する暇もあるわけもなく、いつのまにか他の事件に翻弄されて歳月は過ぎていった。それが、六年という沈黙を破っていま再び犯行が行われているというのは、彼をぞっとさせた。
「できればそのまま永遠に眠っていればよかったのに。」
事件が未解決なのは確かに、遺族にとって口惜しいものだろう。新たに事件が起これば犯人が証拠を残す可能性もあるし目撃者も増えるから検挙率は上がる。しかし、新たな犠牲者が必要な事件など何一つない。矛盾した心理だとつくづく思う。
六年という歳月は膨大な記憶を蓄積するものだ。書架にずらりと並んだ書類の束に彼は思わず溜息をついた。
数年前から警察でもコンピュータの導入が進み、犯罪履歴や犯罪者のデータベース化が進んでいる。それでも、これまで全ての事件をデータベースに載せることは困難であり、導入以前のものは自分の目で探さなくてはならない。こればかりは時間の経過とデータの蓄積を待つしかないだろう。いずれ、データベース情報の共有化が進めば、犯人検挙につながる情報が今以上に早く見つかるようになるはずだ。
「従来の手法や技術に固執するあまり、技術や方法論の意義そのものを見失うことがある。技術はあくまでも人間の活動を補助し、その機能を強化し、脆弱性を補完するものだ。「新しければいいというものじゃない」という奴がいるが、その通りだ。だが、古いもので不便であったり、適応できなかったりするのであれば、やはり新しい技術は必要になる。何のためにそれが必要なのか、なぜそれでなくてはならないのか、目的とその根拠が伴わないのであれば、どんなにすぐれた技術であっても意味はなさないだろう。」

157イチゴ大福:2005/02/17(木) 12:23:27 ID:hIJaz5AI
前田の父の言った言葉だった。彼の父は工学博士でM工科大学工学部の工学博士だ。分子工学の分野では名の知られた博士で、最近も他大学の遺伝子工学の研究室と共同で、逆転写酵素RNAの組成実験でなにか画期的な発見をしたらしいと風の便りに聞いてはいたが、文系でスポーツ大好きの彼にはよく分からない分野だった。
彼は父親似ではなかった。それは彼の父も了解していたことだろう。彼は父を尊敬していたし、博士も彼を愛していたはずだった。それは自然な親と子の姿だった。ただ、まるで性質の異なる二人の関係は、どこかで何かしら擦れ違うものがあったのかもしれない。
彼は父の前ではどこかよそよそしく、なるべく父の気に入るように振舞った。しかし、父の話は数学や器材、コンピュータや分子配列の予測など、おおよそ彼の興味を引くものではなかった。第一、日が暮れてもボールを追いかけている前田少年には、旋盤がどういうものか想像すらできなかったことだろう。きっと今でも分からないはずだ。
だから、父のいうようなことを当たり前にいってしまう大洗が、彼には父といっしょにいるような気分にさせるのかもしれない。心が通じ合っているとでもいうのだろうか?少なくと、彼には大洗の相棒でいることを楽しんでいたといえよう。ある意味、前田は大洗に彼の求める父の背中を見出したのかもしれなかった。
事件の関連調査書類はすぐに見つけることができた。分厚い書類の束が一つだけ残っていた。五人もの女性が強姦され殺された連続殺人事件は、公式には被疑者は証拠不十分のまま不起訴となり、現在も犯人は見つかっていない。遺族は事件を風化させまいと活動しているが、次から次に起きる凶悪事件にマスコミの反応も鈍い。
問題となったのは、被疑者が当時の警視、梧桐彦一の甥にあたる梧桐冬樹であったことだ。当時の捜査員たちは懸命の捜索のうえに、なんとか梧桐冬樹に辿りついた。捜査員は非合法にDNAサンプルを採取し、それが被害者の遺体から検出されたものと一致したことから、捜査を指揮していた梧桐警視を説得し、正式な手続きを経て逮捕させた。しかし、警視は検察側を懐柔し、また警察内部の梧桐に取り入る不心得者が、検死結果と、遺体から出てきた体液のサンプル、また現場に残された毛髪や指紋といった証拠を書類と共に隠匿してしまった。焦ったのは捜査員たちである。なにせ、一致した梧桐冬樹のDNAサンプルは非合法に採取したもので、法的にはなんら証拠としての効果はなかったのだ。それに第一、警察がこんなことをしていいはずがない。しかし、証拠も法的に存在せず、検察側も完全に梧桐に味方したことから不起訴処分となった。また、少年法改正以前であったため、梧桐冬樹の実名は社会に晒されることもなく、事件は今に到るまで結局解決していない。そんな犯人が、今度は悪知恵をつけて犯行を繰り返しているのかと思うと、虚しささえ覚えた。
当時、一部の週刊誌ではこのことが報じられた。噂では、不満に思った捜査員が情報をリークしたということだが、公安が介入して真相はうやむやになっている。わずかに残った証拠書類。封印を解き、中を検める。被害者の調書が一人一枚にまとめられている。たった紙一枚で書きつくせる人生ではなかったはずだ。中にはこれから人生を書き綴ろうという方もいただろう。彼女らの無念を思いつつ項を繰っていった。
四人目に目を通して五人目に移ろうと項を繰ったとき、彼は自分の目を疑った。五人目がいなかったのだ。
「ゲストが一人足りない?」

158イチゴ大福:2005/02/18(金) 13:06:22 ID:Ts3L3Et6
13.前田くん、なにかに気づく。 Guest in crime scene. ②
どうせ誰も見ないだろうとたかを括って調査書類を持ち出した前田は、自宅で事件の詳細を記した調査書類を読んでいた。
あれだけ家族の心が離れるのを心配しておきながら、やはり仕事から離れられないのは職業病なのだろう。理解ある奥さんだからこそ、そんな前田の横暴を容認できるのだという見方もできないことはない。
子供と遊ぶといいつつもすでに三歳になる娘は彼の膝の上で眠っており、そんな彼の周囲には陰惨な女性の殺害現場の写真が散らばっていた。
「ちょっとぉ!娘がいるのにそんな写真出さないでよ!」
奥さんが怒った顔で前田にいう。前田の反応は鈍い。仕方なく奥さんは写真を拾い始めた。
「そういうの教育上よくないでしょ?それにもうモモちゃんってば寝てるじゃない。寝床に連れて行って寝かせてあげて。」
前田はきりのよいところで書類の束から目を離した。書類を置き、娘のモモを抱き上げる。
“李下”と書いて“もも”と読む彼女の名前は、前田の父が考えたものだった。
「李下に冠をたださず。今時はやらんかもしれないが、重要なことだ。私はそのためにだいぶ損をしたからな。今だからいえることだよ。」
そう苦笑いをした父の顔を、彼女の名前を呼ぶたびに思い出した。
いずれ、彼女も自分の名前の由来を知りたがるときがくるだろう。その時、彼はなんといって教えるのだろうか?その時考えればよいことかもしれない。・・・・・・いや、そのときは父のところへ連れて行こう。そして父から直接聞かせよう。彼女は父に似ている気がする。前田はそう思い、眠った我が子をベビーベットに寝かせた。
居間に戻ると、奥さんは本を読んでいた。小さな学習塾で教えている彼女は、元は中学の数学の先生だった。もし彼が中学生のとき彼女が先生だったなら、今頃彼は数学博士になっていたかもしれない。しかし、現実はそんなにうまくもなく、かといって悪くもなく、何が起こるか分からないものだ。それが彼と彼女の結婚の原因と結果といったところだろう。
「明日も仕事?」
「うん、ちょっとでなきゃならない。」
「毎日大変ね。」
「君は?」
「私は明日休みなの。買い物に行こうと思ってて、もしあなたが休みならまとめ買いできたのにね。」
そういって笑う。前田には心苦しい笑顔だ。
「新聞で読んだ。T経済大学の事件の担当でしょ?大変だね?」
「今日も三件の殺しがあったんだ。」

159イチゴ大福:2005/02/18(金) 13:06:56 ID:Ts3L3Et6
「三件!?いかれてるわ!全部同じ犯人なの?」
「ああ、たぶん。たった五日で六人も被害者をだしたんだ。もう警察の面子丸つぶれだよ。」
「ほんとだね。早く捕まえてよ。何か手がかりとかないの?」
「まぁ、手がかりってほどのことじゃないけど、犯人は2の乗数になぞらえて、それにあてはまる学籍番号のT経済大学の学生を殺しているんだ。002、004、008、016、256、512って具合に。」
そこで奥さんは気がついたように言う。
「あれ?途中抜けてないかい?」
「そう、さすが元数学教師。032と064、128は今のところ殺されていない。ただし、事件からまだ五日しか経っていないから、これから遺体が発見される可能性は否定できないけどね?」
「学籍番号って“あいうえお”順でしょ?あの大学って一学年に五百人もいたっけ?」
「日付と絡めているんだ。今日は二月五日だろ?それで殺されたのが006番。その後に発見されたのが012番。」
「ああ、なるほど、馬鹿みたい!」
「なぜ犯人が32と64と128を外したと思う?その意味が分からないんだ。」
「ううん・・・・・・あんまり意味はないと思うけど、16から256って、隣同士の数を掛け合わせると6か6の倍数になるんだよね。」
「え?」
「6以上を問題にしてるからそれ以下の数は除外して、まず8は6の倍数ではない。次に16だけど、1掛ける6は6だから、6の倍数だよね?次に32だけど3掛ける2はやはり6になる。」
前田は大袈裟に頷いた。そして、父といい、大洗といい、奥さんといい、自分の周囲にはどうしてこうも頭の切れる人間がいるのかと不思議に思った。
「なるほど!6掛ける4は24だから6の倍数だ。128も、1掛ける2掛ける8で16だけど、16は1掛ける6で6になる。256もそうだ、60で6を10倍した数だ。」
「512では同じように考えると10になるからこの規則にはあてはまらない。つまり、16と256は、犯人が意図している法則では、今いったような条件で6の倍数が連続することを容認できなかったか、またはそれを省略するために意図的に残したメッセージか・・・・・・、っていうのはやっぱりありえないよね?ははは。」
そういって奥さんは笑い、ビールを飲んだ。馬鹿馬鹿しくてやってられないといった雰囲気ではあった。しかし前田は大真面目だった。
「そんなことない、やっぱりすごいよ君は!うん、絶対それだ!間違いない。」
「え?あ、そう?うん、そういってもらえると嬉しいけどさ・・・・・・でもあまり真剣に受け取らないでね?」
奥さんはちょっと不安になる。前田は興奮しきって心ここにあらずだった。

160イチゴ大福:2005/02/18(金) 13:09:37 ID:Ts3L3Et6
14.必要性の重要性は可能性の可溶性。Guest in crime scene. ③
まだ空にはお星様がきらきらと輝いていたが、今の前田には星座などどうでもよかったし、第一もともと興味がなかった。
梧桐冬樹の住む家は、およそ彼が断腸の思いで借金して建てた住宅の四点五倍はあり、その二階に彼の部屋があてがわれていた。大学講師の年収と生活への無関心を考えれば、彼に個人の部屋がなかったことなど容易に想像がついた。「くそ、ボンボンが!」前田の第一声がそれだったのはごく自然なものだったといえるだろう。
彼は奥さんが魔法瓶に淹れてくれたコーヒーを飲みながら梧桐冬樹の部屋を車の中から監視していた。とはいっても部屋のカーテンは閉まっており、彼の動向を知ることはできない。明かりが点いていることを確認しているだけだった。
部屋の明かりが消えると、彼も三時間ほど仮眠をとり、監視を続けた。ほとんどまる二日、車の中で仮眠をとっている程度の彼にはこたえる目覚めだったが、奥さんの淹れてくれたコーヒーが彼を元気づけた。
何もしていないと抗いがたい眠気が襲う。前田はラジオのFM放送をかけた。中年男性の声でニュースを流している。
午前七時になると周囲は少しずつ活気づき始めた。梧桐冬樹の部屋も明かりが再び点いている。三十分ほどすると部屋は再び暗くなり、数分後、梧桐冬樹が玄関から出てきた。六年前、捜査員が隠し撮りした十四歳の梧桐冬樹。容姿はだいぶ変わったがどことなく面影を残していた。女性受けしそうな端正な顔つきである。背中にはバックパックを、着ているものは高価そうだ。
捜査書類からは梧桐冬樹の調書は完全に抹消されていた。抹消されていたのは彼だけではない、五人目の被害者の調書も抹消されていた。しかし、今は現在の梧桐冬樹の調書を一から作りあげる必要がある。彼は車を降りて、バックを手にとると彼の後をつけた。
バスに乗り、高崎駅に向かう。梧桐冬樹は定期券を持っており、改札では彼が在来線に乗るのか新幹線に乗るのかもわからない。しかし、まだ八時前という時間の早さからおそらく都内の大学に通っていると考える。
彼は東京までの新幹線の切符を買うため券売機の前に立った。財布を見つめ、溜息をつく。もちろん、必要経費で下りるわけがない。帰りの切符も含め全部自腹だ。人生で何度となく切り、すでにもう甲斐性もなくなりつつある腸を断つ思いで切符を買い、改札を通る。
彼の予想通り、梧桐冬樹はまっすぐ新幹線改札口を通りホームに向かった。
「高崎から東京の大学に通うとは愛郷心のない奴め!」
前田は心の中で舌打ちした。
じきに新幹線がホームに進入してくる。隣の車輌に乗り込んで座席に座った彼の姿を後ろから伺った。バックパックから何やら本を取り出し、読んでいる。耳にはヘッドフォンをあてている。馴れたものだと感じた。
五人もレイプし殺した男がなんら咎を受けることもなく悠々と生きている。この事実は前田の刑事としての、人間としての義侠心に火をつけた。ぐつぐつと煮えたぎる油のように、彼の心は怒りで沸騰していた。今すぐにでも殴り倒したいという衝動に駆られるが、そこは警察官である。裁くのは司法の仕事、彼の仕事は犯人を揺るぎない証拠と共に検挙することだと自分に言い聞かせた。

161イチゴ大福:2005/02/18(金) 13:10:10 ID:Ts3L3Et6
約四十分ほどで東京駅に到着した。上野から徐々に景色が東京のものに変化していくと感じる。それはテレビで見るような“綺麗な街”というよりは、どことなく色褪せ、草臥れた、昔ながらの下町の風情のようなものだと感じた。
東京駅から満員電車の山手線に乗り、渋谷で東急東横線に乗り換える。それから五十分ほど電車に揺られ、日吉駅で下車した。時刻は九時三十分を少し過ぎたところで、すでに都を抜けて神奈川県横浜市に入っていた。
東京の大学だと思い込んでいた彼には予想外の出来事だったが、むしろ出費のほうが予想外に大きくショックも大きかったことだろう。下車してからの前田の目は寝不足もあり、血走っていた。
尾行の末、梧桐冬樹が入っていった先を確認した。K大学日吉キャンパスだった。
学歴に疎い前田でも、K大学が有名私立大学であることくらいは知っていた。
前田は正門で梧桐を見届けると、近くの喫茶店に入って朝食をとることにした。注文が出来上がるまでの間、もってきた十二インチのノートパソコンを立ち上げ、ネットに接続する。公衆無線LANがまだ一部の施設でしか利用できないので、彼は外でネットを利用するときはPHSを使用している。
“K大学日吉キャンパス”と入力してグーグル検索にかけた。千件近いヒットがあった。
最初のページを開くと、日吉キャンパス内に設置されている学部が目についた。
“文学部/経済学部/法学部/商学部/医学部/理工学部”
いずれかの学部に在籍しているのは確かだろう。しかし、警察であることの身分を隠匿して身辺調査をするというのは非常に困難なことだった。下手をすれば捕まってしまう危険も伴うし、こちらの正体を知られる可能性もある。それだけは避けねばならなかった。
ある程度容認された非合法活動というものは、事実が潜在的に内在するという不確定的核心にあってはその根拠となる核心を得るという目的のためによってのみ容認されるという、シーケンスレヴェルにおける一種のパラドクスが認められる。それは一種黙殺された真実であり、といって必要悪と認識される可能性でもある。六年前、「あいうえお事件」の捜査員が核心に辿りついていながら、最終的な説得の手段として用いたのがそれだった。
「正攻法で落とせる敵じゃない。」
大洗の言葉が彼の脳裡の甦る。
前田はできたてのオムライスが運ばれると、ブラウザを閉じた。
「今は食べよう、食べれば決断と行動のための“力”が得られるはずだ。」ラガーマンらしい根気強さで、彼は自分を押さえつけるように無心にオムライスを頬張った。調理場に立つおじさんと、ウェイターをしていた若い女性は、それを物珍しそうに、誰憚ることなく見入っていた。

162イチゴ大福:2005/02/18(金) 19:06:35 ID:8efMvF4U
15.不可逆的遡及の旅。Guest in crime scene. ⑤
彼は朝食を平らげると日吉キャンパスをあとにし、横浜市内にある古びたビルに入った。一階の入り口には各階に入っているテナントや企業の名前が張り出されているが、五階あるうち、表札がでているのは二件だけだった。
彼は目当ての表札がまだあることを確認して、人ひとりがようやく通れる狭い階段を上っていった。確か五階以上の建築物にはエレベータの設置義務が建築基準法であったはずだと彼は思ったが、どうせ目的は三階だった。
黴臭い廊下。陽もろくに差さない。廃墟と見紛う埃の堆積の上にはいくつもの足跡が残っていた。
曇ったガラスのドアを叩く。擦りガラスなどではない、自然の偉大な作用がガラスに“曇る”という効果を与えたのだ。このビルは“管理”という概念がとうの昔に忘却されていた。
「はい?どちらさん?」
中からぶっきらぼうな男の声が聞こえた。
「前田だ。開けてくれ。」
「前田?・・・・・・おお、お前か!今開けるよ!」
そういってドアを開けたのは、すらりと痩せた長身の男だった。前田よりも身長は高いが、ボサボサの髪とよれたシャツ、無精髭のために前田より老けて見えた。前田は右手を差し出した。
「久しぶりだな、間良。元気だったか?」
間良と呼ばれた男は握手した手を引き寄せると、前田を強く抱擁した。前田も思わず笑顔が綻ぶ。知らない人間が見たならただのゲイが廊下で不謹慎なことをしているのだと考えるだろう。
「お前こそ!来るなら連絡くらいいれてくれればよかったのに。」
「今日は仕事でたまたま来たんだ。」
「警察も大変だな。まぁ入れよ、コーヒーくらい淹れるぞ。」
間良は前田を中に入れると、ソファに案内した。オフィスらしいが、ソファが一つと丸テーブルが一つ、本がびっしりと詰められた小さな書架があるだけで、あとはコンピュータの器材や配線で足の踏み場もなかった。
「いつ以来かな?もう一年は会ってなかったんじゃないか?」
「去年はほんとに偶然だった。それに、去年の再会だって十年以上も間があったんだからな。」
「まったくだよ、高校の同級生が、一方は警官、も一方は犯罪者として再会するなんて、何かの縁を感じたな。」
そういって笑いながらコーヒーをなみなみとついだカップを二つ、テーブルの上に並べた。
間良は前田の高校時代の同級生で、性格も志向も違うがよく「うまい店がある」といってはいっしょに食べに行っていた。元々、お互いがバイク好きということも、二人が仲良くなるきっかけになったといえる。そんな二人も、高校卒業と同時に音信不通となる。前田はT経済大学に進学し、間良は一浪したあとY国立大学の工学部に進学した。間良は大学在学中にネットワークセキュリティに関する開発で特許を取得、これだけでも充分すごいのだが、すぐ後にベンチャー企業を起ち上げ、大学は中退している。このボロビルの外観からは想像のつかない技術の持ち主なのだが、セキュリティ技術のプロだけに盗まれて困るような情報は秘密の場所に“隠している”のだという。
お互い多忙であり、同級会にも顔を出さないものだから、もうお互い忘れかけていた。そんな折り、偶然再会したのである。
彼はいくつかの企業と契約を結び、セキュリティ部門で開発の委託をしていた。そんな折り、彼が、自分が開発したシステムのセキュリティの脆弱性を突き、企業のサーバをダウンさせ、そしてシステムの脆弱性を補強し、彼自身がアップデートするという、よく意味の分からないことしているという通報があった。自分のシステムの信用を落とせば顧客はつかなくなるのではないかと思うのだがそうでもなかったらしい。とにかく、彼と取引をしている企業からの通報で調査した結果、事実が明らかになった。事件には私も関わっていたが、今でもこうして彼が仕事を続けていられるのは、警察と取引があったからだ。警察の捜査に協力すれば、今回の事件は目をつぶるというものだ。彼はその取引に応じ、警視庁ハイテク犯罪対策室のアドバイザーという地位についている。
前田の周囲には頭の切れる人間が何人かいるが、彼もまたその一人だ。
「逮捕するまでまさか間良というのがお前のことだとは思わなかった。」

163イチゴ大福:2005/02/18(金) 19:07:40 ID:8efMvF4U
「お前は人が良すぎるんだ。そこがいいとこだけどな。仕事っていうのはアレか?高崎のT経済大学で起きてる連続殺人事件?」
「そうなんだ、しかし今回はちょっと事情が違う。警察とは別に行動しているんだ。」
「は?だって、警察だろ、お前?それとも探偵にでも転職したのか?」
「そうじゃないんだ。犯人が警察官僚の親類なんだ。六年まえに「あいうえお殺人事件」というのがあっただろう?」
「ああ、未解決の事件だろ?」
「あの犯人と今回の事件の犯人は同一人物の可能性が高い。六年前は警察内部の組織的な隠蔽工作のために事件そのものが闇に葬られたが、今回はそうはしたくない。」
間良はコーヒーをぐびりと一口飲み込むと、カップをテーブルの上に置いた。眉間に皺を寄せ、前田を睨む。
「で、俺に何をして欲しい?」
「まだ私は何も・・・・・・。」
「でもそういうことなんだろう?」
「まぁ・・・・・・しかしこれは非合法だ。もしも・・・・・・。」
「だったら何しに来たんだよ?いいから言ってみろ!」
前田は高圧的な間良の態度に感謝すべきか恨むべきか迷いながら話し始めた。
「被疑者は群馬県警の梧桐警視正の甥にあたる梧桐冬樹。六年前の事件の資料は梧桐警視正とその仲間によって隠蔽され、彼に関する調書は何一つ残っていない。そこで、昨晩から彼を張り込み、彼が現在K大学に通っていることがわかった。しかし、調べたところ日吉キャンパスにはいくつか学部がある。警察として捜査ができない以上、真正面から調査をするわけにもいかないし、警視正に気取られるわけにもいかない。」
「そこで、そのボンボンのデータを大学のサーバから抜き出して欲しいというわけだな?」
「やってくれるか?しかし前のように捕まったりしたら・・・・・・。」
「去年の事件は俺が経営者として未熟だったというだけのことだよ。あの時は、システム稼動時のメインフレームへの負荷を測定するのと、実戦的な意味でのトライアル実験をしていたんだ。企業側に事前報告するのをすっかり忘れててな、何回も攻撃してシステムの穴探しをしていたんだ。結局は基幹システムの脆弱性の方がセキュリティーホールの脆弱性よりも危険であることは分かって、俺の作品には問題はないと分かったのは良かったけどな。第一、実際にハッキングするような人間がいたとして、警察につかまるような人間を“俺たち”はハッカーとはいわない。そういう奴はスクリプトキディっていうんだ。」
「なんだそれ?」
「精神的なガキのことだ。ちょっと裏サイトで攻撃スクリプトやハッキング手法を齧った奴らが調子に乗ってやってみたくなる。だから捕まる。本物のハッカーはハッキングの痕跡は残さない。ハッカーとは存在しないゴーストのようなもんだ。」
間良はにやりと笑った。それを見た前田は背筋がゾクッとした。「とんでもない奴に頼みごとをしているのかもしれない」そう思ったときはもうすでに手遅れだった。
彼はいくつかの器材の電源を入れると、モニタを睨んだ。キーボードは二つあり、二つもどうするのだろうかと思ったが、両方使っていた。
「情報というのはある一点から他の一点に向かって進行しているといえる。これは情報の伝達手段がアナログであれデジタルであれ、情報自体は一次元的性質を有し、それ以上の拡張も、それ以下の縮小も許さない安定した性質のものだからだ。
ではデジタル信号の一点が他の一点に到達したとき、例えば、ある情報を得るためにその情報を得るための情報を送るという態様が観測されるならば、情報を求められたもう一点は、それによって情報の需要者の情報を知りえることになる。つまり、情報の供給者にその存在を知られることなく情報を獲得することは形式上は不可能だ。だがどうだろうか、実際、相手に存在を知られることなく情報を得ることができるのだとしたら、それはまさしくゴーストの仕業だといえないだろうか?しかし、ゴーストは存在しない。ということは、その行為そのものが初めから存在しなかったことになる。
ハッキング行為というのは、不可逆的可逆性のパラダイムから自己喪失を喚起する一種の酔狂だ。それ自体が目的化するのであるから、誰も俺がハッカーだと気づかない。この行為には確かに高度な技術と知識、またそれだけでは補えない直感とセンスが要求されるが、そこに意味を見出そうとすれば、それはハッカーでもゴーストの仕業でもない、人間の仕業という俗悪な性質によって貶められた人間性そのものに対するアフォリズムだ。」

164イチゴ大福:2005/02/18(金) 19:10:38 ID:8efMvF4U
16.電子の国は立ち入り禁止。Guest in crime scene. ⑥
前田は間良のコンピュータ技術に感心するとともに、彼の操作速度の速さについていけず作業の内容を理解することを諦めていた。
「トンネリング技術を応用した仮想専用回線を構築し、俺が組んだ攻撃スクリプトでK大学側のサーバの上位アクセスシーケンスを奪取する。やってることは簡単だ。大学のサーバを乗っ取るだけだ。」
「そんなことをして気づかれないのか?」
「処理速度は若干遅くなるだろうがストレスを感じるほどではないし、ネットワーク接続も演算処理も彼らから見れば変化がない。」
「まさに幽霊だな。」
「ファイアオールの無効化とセルデータのトランスファーに多少の時間がかかるが、それでも五分程度だ。それが完了したらあとはやりたい放題だ。」
「なんだか罪悪感を感じてきたよ。」
「まぁ、感じないよりはマシだろうな。」
実際彼は優れたハッカーだった。こんなことを褒められる話ではないが、彼は数分も立たないうちに梧桐冬樹のデータを見つけ出した。
「医学部だな。しかもこいつ推薦入学だぞ。成績は・・・・・・うわ、教養科目のこの生物の評価見てみろよ!こんなんで医者になる気か?冗談もたいがいにしろよ!病気になってもこんなのに診てもらいたくないな。」
「一浪してるのか。現在は一期生だな。」
「こんなポンコツの入学を許したお馬鹿さんは誰なんだろうな?」
そういうと、間良は推薦者リストのファイルを開いた。来年度春の入学予定者のリストだ。
名前と高校名、部活や学業成績の平均評定があるが、最後に七桁から八桁ほどの数字があった。項目には「備考欄」とあった。
「なんだろう、この数字は?」
「金じゃないか?裏金だよ。昔からよくいうだろう、馬鹿な子供ほどかわいいってな。馬鹿だけどかわいいから金を払って大学にいれてやってるんだよ。」
「まさか!それじゃ梧桐も!?」
「まぁ待て。今探してやるから。推薦入学には確か学部長の承認が必要だったな?学部長は・・・・・・これだな、根路銘国盛教授、医学博士だ。共有サーバ内のファイルにはそれらしいものは見当たらないな。まぁ、そんな阿呆な真似をする奴はいないか。どうやら先生のマイパソコンをいじらせてもらう必要がありそうだ。」
「どうするんだ?」
「先生殿のコンピュータの物理記憶に侵入する。どうせ大学の先生なんてメールチェックくらいにしかパソコン使わないからな、スタンバってくれてるとありがたいんだけど・・・・・・だめだ。死んでる。」
「死んでるって?」
「電源が入っていないんだ。こればかりはどうしようもない。しかし案ずるなかれ。ここに先生殿の携帯電話の番号とメルアドがある。メルアドを偽装して送り、ネットに接続するように仕向けよう。」
「どうやって?」

165イチゴ大福:2005/02/18(金) 19:11:34 ID:8efMvF4U
「先生殿の携帯電話に登録されているアドレスデータをまず盗みだす。これは時間がかかりそうだが、まぁとにかくやってみようか。Javaでスクリプトを組んでみる。少し時間をくれ、携帯にハッキングするのは俺も初めてだ。」
時間をくれといいながらも間良はすぐにスクリプトを組み上げた。彼はそれを、架空請求を装ったメールに偽装して根路銘に送りつけた。メールを展開するだけで間良のスクリプトが感染し、データを転送してくれることになっている。携帯電話の性能の向上は便利な一方でこのような危険も伴っているのだと改めて感じた。
彼はどこかのサーバを呼び出して、表形式に次々と更新されていくデータを確認した。
データを保存するとサーバデータを消去した。
「よし、では誰を使おうか?どうせ釣るなら思いっきり食いついてくれるほうが楽しい。」
名前で検索にかけ、身元を確認する。彼の携帯のアドレスには有名な大学病院の院長や弁護士、政治家や企業家の名前がずらりと並んでいた。
「酒池肉林だな。」
「それをいうなら「よりどりみどり」だろ?ちょっと待て、梧桐彦一警視正の名前がある。」
前田はそれを見逃さなかった。
「ほほう、どうやらお友達らしいな。一覧をプリントアウトしてやるよ。これはプレミアものだ。」
「プレミアどころじゃない。こんなのが流れた日には大変なことになる。」
間良はアドレスにあった弁護士のアドレスを偽装して、根路銘教授の携帯電話にメールを送り、教授宛のメールサーバにはどこからか拾ってきた意味のない文章を送りつけた。「重要な文書を添付したので今すぐ目を通して欲しい」という内容のメールが教授の携帯電話に届いた十分後、学内のメールサーバに教授がアクセスしたことが確認できた。間良は、教授のコンピュータがネットワークに接続していることを確認するとスクリプトを走らせた。
すると予想通り、前年度の推薦入学者のリストが発見できた。
梧桐冬樹の備考欄は2,000,000となっていた。
「単純に考えて二百万か。意外と少ないな?」
前田もうなずく。
「ああ、なぜだろう。明らかに他の推薦入学者よりも少ない。これ以外で一番低いのは八百万だ。」
「こういうケースでは警察はどう考える?警察は給料が少ないとか?」
「公僕とはいっても警察官僚だ。そんなことは考えられない。梧桐警視正と梧桐冬樹は伯父と甥という関係だ、六年前の事件では警視正は甥のために証拠の隠滅まで図っている。まぁ、自分のキャリアに傷がつくという保身の意味もあっただろうが・・・・・・。梧桐警視正と根路銘教授が既知の仲だとして、甥の進学の便宜を図るのは当然か。だとすれば、この金額にはそういう意味があるのか?」
「だったら金なんて取るか?この二人はそこまで仲良しじゃないようだ。」
「じゃ、何か二人の間でなんらかの金額を減らすインセンティヴを誘発する要因が介在したということか?だとすれは、梧桐警視正と根路銘教授の間でなんらかの取引があったと考えることができる。」
「作成するべき調書がまた増えたようだな。」
間良はそういって笑ったが、前田にとっては笑いごとではなかった。

166イチゴ大福:2005/02/19(土) 17:01:07 ID:UJ1is712
17.中華の王様。Guest in crime scene. ⑦
その後、梧桐彦一警視正と根路銘国盛教授の経歴を間良が調査し、二人が国立T大学の同期だということが分かった。梧桐彦一は大学ニ年次に医学部から法学部に移籍し、国家一種試験に合格、警察官僚のキャリアとして現在に至っている。
前田はそれらのデータをプリントアウトしてもらい、大事にバックの中にしまい込んだ。
「この世で一番保存性が高いのは紙媒体だよ。」
間良はいう。それはいい過ぎだと思ったが、情報化が進展すれば情報量は増加し、情報の密度も増すが、相対的に人の目に触れる情報の量は希薄になる。確かに、二千年以上も昔に羊皮紙に書かれた文書が存在するのだから、記録媒体が貴重で、劣化が激しいほど、保存のために工夫し、大切に扱うものだ。情報化社会の抱えるパラドクスといえるだろう。
二人は一時間ほどして外に出た。昼食を取るためだ。
「ちょっと遠いけどうまい店があるんだ。」
間良のお奨めだ。体格に似合わず前田並に食べるのだ。
中華街を通り抜け、伊勢佐木通りに入る。いかにも古びた外観の中華料理屋に入った。
「中華か、中華街でよかったんじゃないか?」
「あそこは高すぎだ。安くてうまい中華を出す店はいくらでもある。」
二人はほぼメニューを上から順番に頼み、次から次へと平らげていった。エビチリ、ホイコーロー、シュウマイ、レバニラのピーナッツ炒め、マーボー、タンタンメン。あとはいうだけで胸焼けがしてくる。
細身の間良と寝不足の前田、どちらもそんなに空腹である要因はないはずだ。いや、認識の問題なのかもしれない。彼らはそれでも遠慮しているのだとしたら説明はつくだろう。
最後に二人は杏仁豆腐を二つずつ注文した。
「どうだった?いけただろう?」
「ああ、うまかった。」
「ま、しかしお前も大変だな。群馬から新幹線でここまで、交通費は自腹だろう?警察官の薄給じゃもたないんじゃないか?」
「それをいうなよ。それにもう六人も犠牲者がでているんだ。これ以上被害者をだすわけにもいかない。」
「お前は偉いよ。しかし、高崎から横浜までどれくらいかかるもんなんだ、時間は?」
「だいたい一時間半といったところかな。」
「行き帰りで三時間か・・・・・・まぁ、犯行は深夜から朝方にかけてだからな、梧桐冬樹にできないことはないか。それにしても、そんな長距離通学してたら、俺だったらそんな面倒なことしようとも思わないけどな。」
「しかし、奴の犯行は尋常じゃない。きっとまた・・・・・・。」
「六年の沈黙を破って犯行を再開したということか。警察はどうしてその六年前の事件と今回の事件につながりがあると考えたんだ?何か証拠がでたのか?」
「まだだ、昨日の犯行では凶器が発見されたが、今は科捜研からの結果待ちだ。六年前の事件との関連性に気づいたのは、今回の事件には犯行に偏執的な傾向があることが指摘されていたからだ。」
「偏執的?今時はやらないな。変質者なんてどこにでもいるぞ?」
前田はバックの中から書類を取り出した。
「これは六年前の「あいうえお事件」の調査書類をまとめたものだ。そしてこれは今回の事件をまとめたもの、見てくれ。」
「いいのか、俺が見ても?」
「一応警察の関係者だろ?かまわない。」
間良は二枚の書類を手に取って眺めた。

167イチゴ大福:2005/02/19(土) 17:02:06 ID:UJ1is712
「ふんふん、こりゃ確かにパラノイアの犯行だな。内容はお前がまとめたのか?」
「そうだ。それがどうした?」
「なるほど、どおりで。お前の頭の中ではすでに事件が硬直化してるんだ。まとめかたはさすがだよ、うまい。しかし、事件に関する先入観・・・・・・つまりお前の考えや推論が多すぎる。」
「いろいろな意見がある。私一人だけの考えじゃない。」
「そうだろうとも、だからこそ事実を認識する必要がある。誰が、いつ、どこで、どのように殺されたか。犯人像に余計な先入観を与えないためにもな。」
「お前は同僚のようなことを話す。」
「え?」
「今コンビを組んでる警部がいるんだが、その人も同じことをいっていた。犯人が証拠も痕跡も残さないから捜査員は犯人をゴーストと呼んでいるんだけど、「犯人像をいたずらに歪曲するだけだ」といってたしなめられた。まぁ、どこまで本気かわからないような人だけど。」
「面白い人だ。お前にはそれぐらい冷めた人でちょうどいいよ。」
そういって再び資料に目を落とす。
「六年前の事件、これは被害者の苗字があいおうえお順に殺されているからそう呼ばれるようになった。一人目の被害者は藍沢春子、二人目は井ノ頭夏美、三人目は鵜飼秋子、四人目は江合美冬、五人目は・・・・・・不明?どういうことだ?」
「分からないんだ。警察の資料室にあった資料なんだが、五人目の被害者の資料が欠けていた。」
「他には?」
「梧桐冬樹の調書も消えていた。」
「それは誰の仕業かは容易に想像がつくな。しかし、警察の資料だろ?外部の人間が持ち出すとは考えにくいな。梧桐冬樹の資料といっしょに持ち出したケースも考えられるが必然性がないし。」
「警察の中に,誰か五人目の被害者の調書を隠さなければならない人物がいたということか?」
「そう考えるのが自然だろう?」
「しかしなぜ?被疑者の調書を隠したり、盗み出したりするのならわかる。警察のデータベースに個人データを残したくないと考える人間もいるだろうし、または被害者の遺族が被疑者に復讐するために、被疑者の住所を知りたいと考えるかもしれない。しかし、被害者の名前は新聞にも載るから、隠そうと思っても事実上隠蔽することはできない。それに、例え住所を変えても、必要とあれば、裁判所に令状を申請して、合法的に住基ネットにアクセスし、検索することだってできる。」
「まじめな顔でよくそんな恐いことをすらりといえるもんだな。この国にはプライバシーというものがないのか?
しかし、お前のいうことももっともだ。だが、一つお前は見落としていることがある。」
「え?」
前田はわけがわからないというように六年前の事件の調書を手に取る。
「何を見落としているんだ?」
「名前だ。」
「名前?・・・・・・まさか、名前に季節が入っているということか?」
「犯人はなかなか風流な奴らしいな。」
「なんだ、頭が混乱してきたぞ!犯人はあいうえお順に殺してたんじゃなかったのか?」
「その可能性に境界条件を与えることで、なぜ五人目の被害者の調書がないかという疑問に根拠を与えることができる。」
「五人目の被害者は、初めからいなかったということか?」
唖然とする前田を尻目に、間良の手は前田の手付かずの杏仁豆腐に伸びていた。

168イチゴ大福:2005/02/20(日) 15:58:21 ID:9FlSJmaw
18.真実は情報の精度に依存するという事実。Guest in crime scene. ⑧
五人目の被害者がいないのになぜ「あいうえお殺人事件」と呼ばれるようになったのか、彼は帰りの電車に揺られながらノートパソコンを開いて調べていた。
六年という歳月は新たに堆積する情報のために古い記憶を埋没するものだ。それに、T経済大学生殺人事件発生から今日でまだ六日目、昨日の事件があって夕方から頻繁に取り上げられるようになったくらいで、マスコミや週刊誌の反応はまだ鈍いといえる。
しかし、一部のアングラサイトでは早くも六年前の事件との関連性を指摘し、当時の事件をわざわざ図書館まで行って調査までしていた。それによればなんということはない、五人目の被害者の名前が佐伯亜季。四人の被害者から検出された犯人のDNAサンプルと比較したところ一致し、同一の犯人による犯行とされたのだ。佐伯亜季には双子の姉があり、本人のプライバシー保護のため姓名は不明ということだったが、どうやら佐伯亜季の双子の姉は当時結婚していて苗字が変わり、その苗字のイニシャルが“O”だったらしい。犯人はただ単にターゲットを間違えていたのだ。これに関しては間良の推測は残念ながら外れたことになる・・・・・・前田の混乱を誘い、彼の杏仁豆腐を狙うための作戦、というのなら確信犯だが・・・・・・。
しかし、それでもまだ疑問は残る。犯人が被害者を選ぶのに、苗字のイニシャルが「あいうえお」順であること、そして、その通りの順番で名前に「春−夏−秋−冬」がつく人物を選んでいたことから、五人目の被害者になるはずだった人物の名前が一体なんだったのかということだ。
よく「春夏冬中」と書いて「商い中」と読ませることがある。こういった言葉遊びは一般的に知られたことだが、それに似たようなものなのだろうか?
被害者の名前が分かったところで事件が解決するわけではないが、前田は気になって仕方なかった。
また、なぜ佐伯亜季の調書だけが抜き取られていたのか、この理由も解決していない。警察関係者の仕業だとしたら、六年前の事件に関わっていた捜査員があやしいが、やはりそれをする理由が見当たらなかったし、なぜ五人目の被害者だけなのかという疑問がある。
前田はとりあえず分かったことをノートパッドに記してOSをシャットダウンした。ノートパソコンをバックの中に仕舞い込む。
まだ午後の三時だ。間良との食事が前田には楽しかった。あんなに食べ、あんなに話し、あんなに愉快だと感じたのは、やはり間良と過ごした高校時代の思い出のためだろう。大学ももちろん楽しかった。部活に没頭し、単位もなんとか四年で全て取れた。仲間もたくさんできたし、それはそれで楽しかった。しかし、間良ほどトリッキーで頭の回転の速く、自分に素直で正直な人間は、彼の周りにはいなかった。
どこかで自分をよく見せようとする人間・・・・・・人を利用しようとしたり、陰口を叩く人間。性欲を持て余し、女の前では態度を変える男。そして男の前では態度が変わる女。人を貶めて自分を良く見せようとする人間。一人では何もできないくせに、人を揶揄する人間。どこか駆け引きの場に引き込まれたような感覚さえ覚えた大学の人間関係には辟易したこともあったが、それでもこれが社会では当たり前の人間関係なのだろうと思い、適応した。今でも、同窓会やラグビー部のOB・OG会から同窓会の誘いがあるが、仕事を理由に一度も出席したことはない。きっと、彼のことを口悪くいって笑いに興じていることだろう。そういう話を彼はよく聞いていたからだ。そんなレヴェルでしか、彼らの会話は成立しないのだ。それでも彼は腹も立たなかった。それはある意味、彼の父の存在があり、彼の妻の存在があり、大洗や間良といった、数少ない聡明な人間の存在が彼の周囲にいたことの幸運といえるだろう。
警察官になったのは成り行きのようなところもあるが、今にして思えば彼には天職だったといえる。特に、大洗の相棒として県警に配属されてからの前田は水を得た魚だった。所轄から県警に転属になって三年、日々の激務にありながら愚痴ひとつこぼさない理由は大洗と関わっていると時間などあっという間に過ぎてしまうからだ。光のように速い大洗の頭脳をトレースするのは、前田にとっては苦痛どころか楽しくさえあった。大学に在学中には経験できなかった感覚、それなのに高校時代は体験していたセンス。飛躍した思考の行き場のなさは大学では持て余す邪魔な存在でしかなかった。
「つまらない人生はつまらない人間のものだ。」
彼はひとり口のなかで呟いた。

169イチゴ大福:2005/02/21(月) 11:44:07 ID:QYpEv7pY
19.殺人者は眠らない、前田くんは眠ることすら許されない。
高崎駅に着くと、彼は車をとりに戻った。その足で一度帰宅し、仮眠をとる。
梧桐冬樹を監視しているとはいえ、その行動を把握できない以上、長期戦に備えてなるべく体力を温存しておく必要があった。
「こんな技術があるなら、お前に知りえないことなんてないんだろうな。」
そういった前田に間良はこういった。
「ネットワークにアクセスすればどんな情報でも収集できると考える安易な人間がいるようだが、それは間違いだ。
ネットワークの充実によって確かに共有される情報の量は増えたが、しかし、それでもひとりの人間が触れることのできる情報量というのは限られている。それに、情報が他者によって知覚されるためには、情報の占有者がその情報を発信しなくてはならない。それは言葉であり、文書であり、ネットワークであったりする。だが、占有した情報、または処理、加工し再構築した情報をすべてアウトプットすることは不可能だ。つまり、すべての人間が脳をニューラルなネットで並列化し、情報を共有できるインフラが整わなければ、本当の意味で“すべてを知る”ことはできない。
しかし、考えてみてほしい。もし、すべての人間の脳がすべて同じ情報を共有するとして、他者と自己を比較する境界線とはいったいなんだろう?文化や価値尺度、歴史認識や主義思想、こうした複雑かつ繊細で膨大な情報がまったく同じく共有することで、はたして個と他を隔てるものはいったいなんだろうか?まぁ、人間の脳は非常に複雑精緻な構造をしているし、今いったような要因だけで個と他の差異性を無意味化することはできないが、自己を社会のシステムに投影することでシステムとしての人間であることに適応することはある種個の没個性化であり、それによって多くのシステムとなった没個性が相対的に自己認識という覚醒にいたるのは偶然であるよりはむしろ必然だ。個を喪失することで必然的に知覚される“個”は、しかし、あくまで共通認識のレヴェルであり、それ自体には意味がない。重要なのは、それが自分の頭の中で起こったという事実だけだ。
すべてを知ることができないという物理的制約は神が人間に与えた最後の足枷だが、それをはずしてまで知りたい情報があるとすれば、その瞬間、その情報を求めること自体が意味を失い、個は全体となり、全体は個に集約され、絶対的な個という存在の不確定的事実のために人間という集合は存在しえなくなる。」
午後十時過ぎに梧桐冬樹が帰宅、それから午前一時に彼の部屋から明かりが消えると、前田は午前二時まで監視を続けた。前田は、今日はこれ以上動きがないだろうと考え梧桐冬樹の実家を後にした。
情報の共有が不完全な世界では、何かを知ろうとすれば大変な時間と努力が必要になる。たとえそれが前田のように正義をなすために必要と認識されるような類の情報でもだ。
前田は家族のことを考える。例え仕事のためとはいえ、家族に費やす時間より他人の、しかも犯罪者のために費やす時間のほうが多くていいのだろうか?他の警察官はどんな思いでこの仕事についているのだろうか?それは家族をもつものの悩みであった。そしてふとあることに思い当たる。「警部の家族って聞いたことがなかったな。」
フロントガラスに何かが付着したのに気づいた。赤信号で停車した彼は、前のめりになって空を眺めた。雪が降り始めていた。

170イチゴ大福:2005/02/22(火) 18:10:10 ID:o5whT8Qc
20.今宵、高崎に降る雪よ・・・・・・。
その夜は不思議な夜だった。
白い綿毛のような雪が降りながらも空は晴れ渡り、鋭い寒気のために星空の眺めが冴えるようだった。
「それでも月は見ていてくれている。」
舞い降りる雪の一片が彼女の手に触れる。それは感激の瞬間であり、安堵の予感だった。
誰かが見ていてくれていることで安らぎを感じたのは、彼女にはこれが初めての経験だった。
雪がすべてを隠そうとする。
彼女を隠し、大地を隠し、出来事のすべてを隠してくれる。
流された血も、殺意の理由も、彼女の存在も、それが触れた瞬間それはそれでなくなる。雪の白というメタフォリック。浄化された色。着色されない意志。それは染まらないことで保たれた純粋なる魂。
「私は血を取り戻しただけ。」
滑らかなピアニストの手が血に触れる。
血に染まる白、侵食される白。
白は弱く、自らを守る術もない。
「まだ血が足りない。」
染まることで得られる力。彼女の信じた力。
求める力。得られない力。
「力、力、力・・・・・・力が欲しい。」
雪は降り続ける。そして、月は照らし続ける。

171イチゴ大福:2005/02/22(火) 18:21:42 ID:o5whT8Qc
21.金の生る木。Fanatic for the fantastic. ①
昨夜遅くから降り始めた雪は関東一帯を久しぶりの雪で覆った。
電車やバス、高速道路や空の便で一部支障がでてきてはいるが、前田がタイヤ交換のために外にでたころには雪はだいぶ小降りになっていた。
日本海側から張り出した低気圧は、日本海で水分を含み、偏西風にのって関東平野に吹きすさぶが、赤城や浅間、榛名といった山々で雨となり雪となって降りつくすため、いわゆる「空っ風」と呼ばれる冷たく乾いた風が吹くことになる。太平洋側からの高気圧が北関東に上昇すると、今日のような、晴れていながら雪が降るという面白い天気が見られる。
前田は奥さんの軽自動車もいっしょにタイヤを交換した。群馬では一人一台自家用車の風潮があるが、実際車がないと不便どころか生活ができないといっていい。公共交通が発達していない地方都市ではどこも似たようなものだと感じるかもしれないが、群馬は異質だ。
自動車の所有に関する執着と、それによるステータス意識が他県とは度合いが違うかもしれない。その分、前田のようにタイヤ交換で苦労する人間も多くいるということだ。
三日ぶりのまともな朝食にありついた前田は、おそらく人よりも温かい飯のありがたみを知っている人間だろう。十分で食べて仕事にいくはずだったが、ついついじっくり一時間も食卓についていた。何も食事だけで一時間もかかったわけではない。日頃、なかなか時間が合わないだけに、生活にかかわる雑事を奥さんと話し合ったりしていたのだ。保険や住宅ローン、自動車のローンに教育費と積み立て。積み立てとはいっても家計は火の車だ。積めるほどあるわけがない。
「このまま積み立てて、まぁこの子を大学まで出すとしてよ、今のまま定年退職まで働いてだいたいこれくらいの生涯所得でしょう?そこに退職金がはいって、これくらい。ここからローンと金利を差し引いてだいたいこれくらいね。」
前田がその額を見て驚く。普段事件のことばかり考えている彼には予想だにしなかった金額だ。
「す、少ないな?」
「年金の受給額はどんどん先延ばしにされてるでしょう?現段階だと年金が受け取れるまでに何年か空白期間があるのよ。でも、この金額じゃ生活できないでしょう?」
「す、すまない。」
前田はうなだれた。奥さんは笑って返す。
「別にあなたを責めてるわけじゃないのよ。だから、今から何かしらの資産運用を考えようと思うのよ。それでね、この前銀行に行ったとき、今積み立ててる定期預金が結構な金額になってるでしょう?どうせ金利なんてついてもないようなもんなんだから、少しずつ運用してみませんかって誘われて。」
「株やるの?」
「どんな銘柄の株を買うかは銀行が紹介してくれるんだけど・・・・・・」
ほとほと金には無頓着な前田は一時間ほどで食卓から離れた。結局は奥さんに任せるのが一番うまくいくのだということを、彼は経験的に知っていた。もちろん、前田もサポートはする。だが、前田にできるサポートは、彼女が前に踏み出すためのあと一歩を後押しすることだけだ。
「良さそうじゃないか。君がそんなに自信があるならやってみたらいいよ。」
とはいいつつも、実際彼には株の何がいいのかわからなかった。
「財形貯蓄?資産運用?非課税対象銘柄?」
彼の疑問がどんなに空回りしていたとしても、時間はとどまることを知らない。
捜査本部が設置されている高崎警察署に到着した彼はまっすぐ会議室に向かった。案の定、大洗はパイプ椅子をベット代わりにして眠っていた。自宅には帰らないのだろうか?
前田はコーヒーを淹れ、それを簡易テーブルの上においた。
「警部、おはようございます。気持ちのいい朝ですよ。」
いうと、大洗はいかにも不機嫌そうな顔で前田を睨んだ。
「まったく、寒くて眠れやしなかった。暖房くらいけちんなや!」
「コーヒー淹れました。どうぞ。」
それを見ると大洗は手元にあったスティック砂糖を二本とクリームをたっぷり入れた。
「甘そうですね。」
「甘くないコーヒーなんざコーヒーじゃない。」
「ドイツの諺ですか?」
「そういう人間もいるという例えだ。」
カップを飲み干し、今度は自分でコーヒーを注いだ。
「で、どうだった、梧桐冬樹の動きは?」
前田はバックから梧桐冬樹の調書を取り出した。

172イチゴ大福:2005/02/22(火) 18:23:18 ID:o5whT8Qc
「昨晩から張り込んでみましたが、とくに目立った動きはありませんでした。現在は大学に通っているらしく、大学までつけてみたんですが、有名私立のK大学でキャンパスが横浜にあるんです。往復で三時間以上かかりましたよ。これが調書です。」
大洗はカップをテーブルの上に置くと、書類を手にした。
「医学部の一年生です。一浪しているようなんですが・・・・・・。」
「いや、六年前の事件のあと奴はしばらく学校を休んでいたんだ。その後、ほとぼりが冷めた頃に転校していったが、進級は認められずに一年留年したんだ。で、何を言いかけた?」
「いえ、梧桐はK大の医学部に推薦で合格しているんですが、このとき彼の身内から不正な金の流れがあったようなんです。これを見てください。これは去年の医学部の推薦入学者のリストです。」
「ほぉ、この備考欄というのがそれだな?」
「梧桐の金額を見てください。たった二百万です。他は少なくても一千万に近い金額はでています。それから、このリストを見てください。このアドレスのリストは、K大医学部学部長の、根路銘教授の携帯電話のものです。」
「おい、どうやってこんなもの見つけたんだ!?」
「友人にその手のプロがいまして。快く協力してくれました。」
「恐い奴だな。それで?」
「これです。梧桐警視正の名前があるんです。ここがわからないんです。梧桐警視正と根路銘教授がT大の同期だということは分かっているんですが、だとして、どうしてこんな中途半端な額を渡したりしたんでしょう?おそらく裏口入学の相場というものがあるのでしょう。根路銘にしてみれば、一千万単位の額の金を運んでくれる鴨はわんさかいたわけじゃないですか?梧桐警視正の便宜を図るのだとすれば、二百万なんて受け取らないほうがより良好な関係を築けるでしょうし、梧桐警視正にしてもですよ、いくらなんでも他の人間が一千万も払っているのを知らないわけじゃないでしょう?「だったら値引いて二百万くらい受け取ってくださいよ」なんてケチなことをいうとは思えないんです。」
「金の出所は梧桐警視正の弟であり梧桐冬樹の父である政治家の梧桐彦次だろう。同期のよしみを利用して梧桐警視正を経由して根路銘教授に金が渡った。しかし、その途中どこかで金を落としてしまったらしいな。」
「そんな、子供のお使いじゃあるまいし。」
「宗教法人“ファイの証人”を知っているか?」
“ファイの証人”は全国的に展開している日本でも有数の大規模な宗教法人で、団体の名前は勿論、空集合を表す“φ”のことである。「木火土金水の陰陽五行説を独自の解釈で体系化し、世界に真の救済を齎す」、という謳い文句だが、実情は信者に多額のお布施を要求したり、財産を寄付させたりと、えげつない詐欺紛いの行為で、信者の家族からは、詐欺や拉致監禁、致傷や名誉毀損、脅迫やそれに準ずる罪などで告発されており、団体施設が隣接している地域住民とのいざこざは後を絶たない。

173イチゴ大福:2005/02/22(火) 18:24:06 ID:o5whT8Qc
現在でも、一部の狂信的な信者が殺人をしたのではないかとの噂もながれたことがあり、信者家族から団体施設内部の立ち入り検査が可能かどうかが法的にどう解釈されるのかが争点となっている。とにかく危ない宗教団体であることは確かだ。
「ええ、知っています。」
「梧桐警視正がファイの証人に強請られてたらしい、という情報がある。どんなおいしいネタで強請られていたのかははっきりしないがな。」
「まさか、梧桐冬樹の件がファイの証人に流れて、それをネタに?」
「六年前の事件では梧桐冬樹は未成年者だったこともあり、奴のデータは流れなかった。一部週刊誌が報道協定を破り、連続強姦殺人魔の写真からプロフィールまで洗いざらい載せようとしたが、公安の迅速な活躍で事前に阻止された。今では、事件は、当時の捜査員の頭の中にのみ残るだけだ。
もしファイの証人のなかに当時の警察関係者、または報道関係者がその当時の記録、つまり梧桐警視正と検察との取引を阻止するために警察が流したデータを持っている人間がいたとしたら、実に愉快な出来事だとは思わないか?」
「愉快ではありませんが、説明はつきますね。そのために梧桐警視正は金の準備に困っていた。そこで、梧桐冬樹の大学受験を利用して金を捻出したということですね?」
「自分の弟に、大学の同期にK大医学部の学部長をしている奴がいるとでも吹き込んだんだろう。いくらふんだくったのかは知らないが、根路銘教授には「世間知らずで駆け出しの代議士だ。金はないが政財界とのコネクションはある。少ないがこれで一つ頼む。」なんて芝居を打ったのかもしない。金が流れた事実があれば両者ともにそれ以上口は開く理由はないだろう。まぁ、なんにしてもピンはねした金はファイの証人に流れたといっていいだろう。」
「泥沼ですね。しかし、今回の事件との関連性はなさそうですが。」
「なに、持ち札はいくらあっても足りなくなることはない。要は、梧桐警視正と対等に渡り合える“力”が必要なだけだ。奴がどんな妨害工作にでても、それに対抗できるだけの切り札は必要だ。幸い、梧桐警視正は、人に話せないような大問題を抱えているといえる。その尻尾を掴んで損はない。それに、もうひとつ面白い話を聞かせてやろう、六年前の「あいうえお事件」の最初の被害者、藍沢春子はファイの証人のメンバだった。そして、今回の事件の一人目の被害者、藍沢由布子は、彼女の妹だ。」
「え?・・・・・・調書にはそんなことは書かれていませんでしたが!」
「藍沢春子が生まれるとすぐに両親は体調を崩して入院してしまった。父親には弟が一人いて、これには子供がいなかった。そこで、将来どうなるかもわからない夫婦の子供でいるよりは、弟夫婦の養子にしたほうがいいと考えたんだろう、春子は生まれてすぐに弟夫妻の養子になった。その後、兄夫婦は元気になり、二人目の子供にも恵まれた。それが由布子だった。戸籍は違うが、紛れもなく姉妹だ。これも、当時捜査に関わった人間しか知りえない情報だ。」
「それで・・・・・・悲劇としかいいようがありませんね。」
「六年前、春子が殺害されたとき、彼女がファイの証人の信者だったことから団体の犯行説が俄かに囁かれたことはいうまでもない。しかし、梧桐冬樹の登場で団体の存在は舞台から消えてしまった。」
「六年前の事件と今回の事件には教団が関係しているということですか?」
「ふん、それだけだといいがな。」
前田がカップを口に運ぶ。すでに冷たく、苦さだけが咽喉に残った。
そのとき、彼の無線に捜査本部から入電が入った。
七人目の被害者がでたという報せだった。

174イチゴ大福:2005/02/23(水) 18:44:51 ID:ica9eRow
22.七人目の理由。空間的非整合性と知覚的不合理性。Fanatic for the fantastic. ②
二月七日早朝、七人目の被害者が大学キャンパス内で発見された。キャンパス内の清掃を委託されている業者の従業員が、業務中に発見し、110番通報した。
「午前二時まで自宅近くで張り込んでいたのですが・・・・・・。」
前田は言葉を噤んだ。言葉が出なかったのだ。それを大洗が宥める。
「気にするな、職務中ではなかったんだしな。それに、お前はろくに寝もせずによくやってるよ。」
「いいえ、どうせ今日はもう動かないだろうとたかをくくってた自分の責任です。」
「朝の七時半にでて、帰ってきたのが夜の十時過ぎだろ?そう考えるのは普通だ。完璧にこなそうとするな。うざい!」
大洗が突然切れるのは珍しいことではないし、前田も決して驚かない。ごく当たり前のことだった。前田は気を取り直して話題をかえることにした。
「わかりました。しかし、キャンパス内とは犯行が大胆になってきていますね。」
前田がいう。大洗は憚ることなく大きな欠伸をしていた。事件よりも眠気のほうが重要らしい。
「ひと気がないからな、あそこの付近は。むしろ、どうやって真夜中にキャンパスに呼び寄せたのか、そっちのほうが疑問だ。」
「そうですね。知り合いの犯行でしょうか?」
「事件が相次いでいるんだ、いくらなんでも警戒くらいするだろ。よっぽどのっぴきならない事情があったんだ。」
「では、警部は、今回の犯行はゴーストの仕業ではないと考えているんですか?しかし、のっぴきならない事情といっても、・・・・・・まさか、弱みを握られていたとか?梧桐の件じゃありませんが、K大学ならまだしも、T経済大学で裏口入学なんて意味がないと思いますけど。」
「奴の犯行かどうかは現場を見ればわかることだ。それに、人に知られたくないことなんていくらでもあるもんだろう?」
「警部はどうです?人に知られたくないことって、やっぱりあるんですか?」
「秘密というのは、秘密があると知られた時点で既に秘密ではなくなる。」
「なるほど、それはいえてますね。しかし、警部は、私にいわせてもらえれば、警部のことをほとんど知らないので、秘密というより謎の存在ですよ。」
「ミステリアスで結構じゃないか。」
そういって笑う。
謎というのは疑問が表面化することでのみ生じる限定的な現象であるといえる。
前田の疑問であった、大洗警部は結婚しているのか、という疑問は、彼の指に輝く銀の指輪によって解消された。知ろうと思えばいつでも知りえた事実。今まで疑問に思わなかったのは、それが知る必要のない情報だったからかもしれない。
「じゃ、なんで今頃必要になったんだ?」
それは、前田にとっての新たな謎であった。
謎は解決しないことによってのみ不合理であると認識される。つまり、結果さえわかれば納得はいくものだ。
そう考えて、自分がなんて当たり前のことをいっているのだろうかと頭を振った。
「私たちの仕事は謎を解決することです。」
「おいおい、俺のプライベートは解決しなくていいぞ。」
現場に到着するとすでに所轄の刑事がたむろっていた。現場は図書館入り口の目の前だった。前田は、大胆にもほどがある、と思いながらも、やはり自分があのとき・・・・・・、という思いで苦虫を噛み潰した面持ちだった。
現場には、三件目の荻野悠貴の事件で会った松山刑事と、一昨日の捜査会議で「あいうえお事件」との関連性を指摘した報告をした刑事もいた。

175イチゴ大福:2005/02/23(水) 18:45:46 ID:ica9eRow
「また会っちゃった。」
大洗がおどけたようにいう。松山も調子を合わせていう。
「なんとかが触れるも多少の縁ってね。警部、お疲れ様です。」
「まぁ、腐れ縁ってやつでね。どうもお疲れさん。仏さんはどうです?やっぱり?」
“心臓に一突き”という動作を大洗がすると、松山はこくりと頷いた。
「一日お休みと思ったら、まぁ、よくコンスタントにやるもんですよ。今、鑑識が入ってますがね、死因はそれで間違いないらしい。死亡時刻は今朝方の四時ごろとみてほぼ間違いないでしょうな。」
「年寄りのいうことはあてになんないやぁね?どれ、仏さん、拝ませてもらえます?」
松山はブルーシートをめくると、中を隠すように体を前に覆った。
後ろから続いてきた前田がいう。
「警部、さっきのなんです?」
「なんですって、何がだ?」
「年寄りがどうのこうのって?」
「早起きは三文の得っていうだろ?殺されちゃかなわないってことだ。」
「午前四時というのは、早朝の部活にしては早過ぎますね。かといって、そんな時間まで飲んでいたなら、飲みなおすにしても寝るにしても、図書館の前に来る理由はありません。」
被害者はやはりゴーストの犯行を裏付ける傷を受けていた。犯人しか知りえない殺し方。手足に二十箇所の刺し傷と心臓へのたった一突きの致命傷。犯人は、自分が殺したことを警察に観て貰いたがっているのだろうか?自分が殺したという証を、自分以外には殺せないという真実を、そして、まだ殺す意思があるのだという確信を、我々に見せつけたいのだろうか?前田はそこで我に返った。大洗は一人でしゃべり始めていた。
「これは喜多川のケースに似ているな?そう思わないか?」
「喜多川は室内でした。」
「踊り場で殺されてるんだ、しかも午前四時、刃物を持った人間が近づいてきたら嫌でも気づくだろう?なぜこいつは逃げなかった?」
「さぁ・・・・・・刃物を隠した顔見知りだった?でも、やはり最初の疑問は残ります。なぜこんな時間にこんな場所にいたのか?犯人はどんな手を使って呼び出したのか?」
「もうひとつだ、なぜこいつが殺されなければならなかったか?」
「あっ!今回は、学籍番号はどうなんです?」
前田は思い出したように尋ねた。大洗は手元にあった学生証を渡した。
「犯人はそろそろ考えることをやめたらしい。」
見ると、“×××−003”だった。
「どういうことでしょう?やはり、学生も警戒しはじめたために数字合わせの殺人が困難になってやけくそになった、とういうことでしょうか?」
「わからないぞ。今度は素数に興味がでたのかもしれない。」
「素数なら、ざっと思い浮かべただけでも“3”、“5”、“7”、“11”、“13”、“17”とけっこうありますね?一昨日までの事件ですでに“2”、“4”、“6”、“8”、“12”、“16”の学籍番号は殺されています。まるで、二十以下の学籍番号の学生を集中的に狙ってるようにも受け取れますね。」
「たしかに、四学年、ニ学部あるのを考慮しなければ、そういう見方もできるな。」
「本当に、学生の間にはなんらつながりはないんでしょうか?藍沢春子と藍沢由布子の件といい、やはり“ファイの証人”が関係しているんじゃ?」
「まだ、事件発生から七日目だ。被害者に関する情報も充分であるとはいえない。しかし、犯人が誰かは検討がついている。あとは、根気比べだ。足元を見てれば霧のなかでも綱渡りはできる。どれだけの距離を歩いたかは、渡りきったあとに知ったって遅くはない。」

176イチゴ大福:2005/02/24(木) 14:11:31 ID:ZVTzKnuc
23.現実という名の幻想。幻想という名の狂気。Fanatic for the fantastic. ③
「五里霧中とはこういうことをいうのだろうか?」前田はひとりごちた。
梧桐冬樹が今回の事件の犯人だとすれば、犯行に規則性、法則性があるのもうなずける。偏執的傾向のある犯罪者はその自己顕示欲や几帳面な性格から同じ手口で再犯を繰り返すというのは一般的に犯罪心理学の分野では知られたことだ。それに、六年前の事件の最初の被害者と、今回の事件の最初の被害者に関係があったというのも、犯行が同一人物のものであり、頑なに六年前の事件を模倣しているといえなくもない。しかし、まるで幽霊のように、現場に髪の毛一本すら証拠を残さない今回の犯行は、六年前の事件とはまるで別人のもののような印象すら受ける。それに、今回の事件の被害者のほとんどが男であるというのも重要な点であった。六年前の事件では被害者は全員が女であった。これは、強姦目的の犯行でもあったことからも説明がつくのだが、今回は藍沢由布子を除いて被害者はすべて男である。しかも、生殺しともいえるような時間をかけた殺し方は、正気の人間のすることとは思えなかった。
とうの犯人と目される人物、梧桐冬樹は、伯父のコネを借りて有名私立大学であるK大学医学部に推薦で入学していた。他人の人生を踏みにじった人間がこんなにも恵まれた生活をしているというのは、どだい前田には納得のいくものではなかった。「なんとかして捕まえたい」そう思えば思うほど、彼の怒りはやり場をなくし、空回りするのだった。犯人検挙につながる手がかりが、六年前の犯行との類似性以外指摘できないというのは、大洗の言葉ではないが、濃い霧の中を綱渡りしているような、気の遠くなるような絶望感があり、それが前田を一層焦らせていた。
「一昨日の事件のレポートです。喜多川のアパートと、葛西の実家の鑑識結果がでました。」
捜査会議室に戻ると所轄の刑事がレポートを手渡してくれた。
喜多川の背中に残された包丁は本人のもので、指紋はでておらず、室内には複数の指紋が確認されたが、喜多川の携帯電話のアドレスから確認のとれた人物のものと照会したところ、すべて一致していたようだ。
毛髪、体毛の類もすべて照会したが、本人と彼の友人のもの以外には発見されなかった。
「やはり何も残していませんね?」
「体毛を処理しているのかもしれないな。オカマを掘られているのだとしたら、鬘を被っていた可能性もあるからな、毛髪がでないのも納得はいく。指紋は、何か手袋でもしていたんだろう。」
「しかし、梧桐冬樹はK大の学生ですよ。T経済大の学生の名簿なんてどうやって入手したんでしょう?」
「手に入れるだけならいくらでも方法はあるだろう?お前のお友達だって、人には言えないようなことで根路銘教授の携帯アドレスを盗んだわけだしな。」
そういって意地悪く笑う。
「あまり大きい声でいわないでください。」
「なんにしてもだ、名簿が流れる以上、流した人間がいることは確かだ。在学生の名簿を持ってる人間なんてたかが知れてるだろう?そこでだ、T経済大学OBである前田巡査長の出番、というわけだよ。」
「私・・・・・・ですか?」
「お前が一番詳しいだろ、そういう情報のルートは?なんだ、知らないのか?」
「い、いえ。知らないということはありませんが・・・・・・。」
「よし、じゃ連れて行け。」

177イチゴ大福:2005/02/25(金) 13:02:41 ID:YKzgiseg
24.犬の町のひとたち。Fanatic for the fantastic. ④
前田は大学に問い合わせ、応援団団長の住所と氏名、連絡先を教えてもらった。前田は対応した事務職員に「あくまで参考までに訊きたいことがあるだけ」だと念を押したが、職員の表情は硬直していた。無理もない、一週間で七人も同じ大学から被害者を出したのだ。この時期に警察に事情聴取を受ける人間がどんな誤解を受けるかは想像するまでもない。
「で、その応援団長が名簿を持っているのか?」
「私は応援団にいたことはないので詳しくはわかりませんが、学内では非常に優遇されていたことは確かです。新入生の勧誘でも、やはり情報がどこからか流れているらしくて、応援団の勧誘がきたのを覚えてますよ。」
「今の若いのが、応援団なんて、汗臭いうえに男臭い集団に入るのか?信じられんな。」
確かに、応援団ははたから見ていても大変そうだとは思っていた。
完全な縦社会で、軍隊並の上意下達が徹底されており、服装はたいがいジャージか学ラン。髪型も長髪や茶髪などいるはずもなく、昼休みには図書館前の広場で応援歌の練習をしている。この歌声に何度、図書館でいらいらしたか分からないのは、何も前田だけではないはずだ。
最近の音楽の傾向やファッションには疎い前田だったが、渋谷に深夜までたむろする中学生の存在や、B系と呼ばれるようなファッションが、どういう音楽を愛好する人たちに好まれるかくらいは知っていたので、さすがに時代に変化に適応できず、あとは化石のような、緩慢な死を待つだけの死に体になっているのでは、という考えが頭の隅にはあった。
しかし、大学の事務がその連絡先を教えてくれたということは、まだ顕在ということなのだろう。「さすが」と思う反面、「どんな人間がやってるんだ?」という不安が頭を擡げていた。一瞬、黒ずくめのジャージ姿でスノーボードやラップを歌っている団員の姿が思い浮かび、噴出しそうになった。
団長の茂田井勝宏は現在学部の三年生で、四月には四年生になる。団長役の引継ぎは既に終えているらしく、三年の茂田井が団長についていた。
彼のアパートに着くと、アパートの前で茂田井と思しき男子学生が、学ラン姿で待っていた。団長にしてはどこか貫禄に欠けていた。
おそらく学生事務から連絡があったのだろう、この風の強い中、よく外で待つものだと感心する反面、愚直さが滑稽に感じた。
「おはようございます、群馬県警の大洗警部です。こちらは前田巡査長。どうぞよろしく。」
「お勤めご苦労様です!私くしは茂田井勝宏であります。以後よろしくお願いいたします!」
深々と頭を下げた茂田井に大洗は呆れた顔をしてみせたが、前田は無言でそれを諌めた。大洗も「お付き合いなら仕方ない」といった顔で茂田井に向き直った。
「ちょっと訊きたいことがあるんですがね。在学生の名簿って、持ってます?」
茂田井は「はぁ?」という顔をしたが、気を取り直して答えた。
「ええ、新入生のでしたら持っておりますが。」
「それは、学生全員分載ってるの?」
「新入生だけです。勧誘に使うので、新入生以外はあっても意味がありませんので。」
「そう。ところで、その使い終わった名簿ってどうしてます?」
「管理しておりますが。」
「誰かに売ったり、渡したりしたことはあります?」
「いいえ、それはありません。」
「絶対?前の団長とか、過去に誰かに渡ったことってないの?」
大洗の顔が徐々に刑事のそれになっていく。「隠しても無駄だよ、だって僕ら刑事だもん」といわんばかりの言い知れぬ迫力が、茂田井を圧迫していた。
茂田井は少し考え、そして重たい口を開き始めた。
「私は末端ですので、詳しいことは分かりませんが、昔はそういうことがあったというようなことは聞いています。」

178イチゴ大福:2005/02/25(金) 13:03:36 ID:YKzgiseg
団長のくせに末端とはよく言えたものだと思いながらも、前田は黙って聞いていた。
「ほぉ、昔ねぇ。どれくらい昔なの?」
「え?・・・・・・その、去年ですとか、一昨年ですとか。・・・・・・うちは公立でから、前期日程も始まってないので、今年はまだ名簿を作ることすらできませんよ。」
「でさ、どんな人に渡ってるのかな?」
「渡すとはいっても、結局は学内で流通するくらいで、外には出ていないかと。」
「じゃあさ、昔、ホモの団長とかいなかった?」
茂田井はその質問に一瞬顔を硬直させた。大洗はそれを見逃さなかった。
「悪いようにはしないからさ、教えてくれない?」
茂田井は観念したようにうなだれ、話し始めた。
「私が言ったことはどうか内密にしておいてください。実は、応援団の先輩から聞いたことなんで、確かかどうかは分からないんですが、六年前にいた団長というのがゲイだったらしくて、みんな大変だったと聞いたことがあります。」
「ほぉ、六年前?その方の名前は?」
「熊田孝治さんです。その手の店にも出入りしてたらしくて、本物だったらしいですよ。なんでも、警察の偉い人のお坊ちゃんとも関係があったそうなんですけどね・・・・・・あの、今起きてる殺人事件と関係があるんですか?」
「うん、あるよ。でもね、今私らが話したことは一切口外しないでもらいたんですよ?話したらどうなるか、わかってると思いますけど、もしそんな話がこちらの耳に入ってきたら、私らも仕事上、君をなんとかしなくちゃならないんでね。」
とても元音楽家とは思えない脅しっぷりで、大洗は簡単に礼をいうとその場を後にした。
車に乗り込み、行き先もまだ決まらないうちに前田は車を走らせた。
「いましたね?」
「あんまり想像はしたくないが、六年前から梧桐冬樹と熊田孝治の関係が継続しているとすれば、どんな経路でも名簿の入手は可能だろうな。」
「では、熊田孝治を洗いますか?」
「いや、熊田から名簿が流れているということが分かっただけで充分だ。次は六年前の事件の第一被害者、藍沢春子の実家へ行くぞ。」
「なぜです?」
「梧桐冬樹が藍沢姉妹を狙った理由がなんのか、それを調べるためだ。」
「確かに、藍沢春子を初めとした事件は、その理由がわりとすんなり解釈できますし、犯罪に対する固執した傾向は終始貫徹しています。しかし、藍沢由布子を始めとする今回の事件に関しては、数字の意味づけは、殺人のためのあてつけのような感じもしますし、法則性には、気づかなければ誰もわからないような要素まで入っています。殺し方も、四件目の喜多川だけは違いますし、異常者を装ったというか、状況に応じて柔軟に行動しているという点も不可思議です。」
「時間の経過や環境の変化によって多少の変化は考えられなくもない。または、今回の事件が模倣犯の犯行だとしても、やはり、なぜ藍沢由布子が真っ先に殺されたのか、ただの偶然で処理するにしても根拠は欲しいだろう。藍沢由布子の代わりはあと七人いたんだからな。」
「藍沢春子と藍沢由布子は、戸籍上は姉妹ではないですから、確かに気にはなりますね。」
「確か住所は前橋だったな。さて、今から行って昼頃か。誰かいてくれるといいが。」
「アポはとらないんですか?」
「実質、娘が二人も死んだんだ、「はい、どうぞ」なんて話しに応じてくれるはずがない。こういうのは突然お邪魔して何気に話を誘導するんだよ。ほら、ヨネスケのやってた“隣の晩御飯”っていう番組しらないか?意表をついて尚且つ相手に考える余地を与えない。ヨネスケの極意だよ。でなかったら、あんなオッサンに晩御飯なんかやらんぞ。」
「落語協会の理事ですよ、ヨネスケは。ていうか、なんで隣の晩御飯を知ってるんですか!?」

179イチゴ大福:2005/02/26(土) 11:59:25 ID:D0p7jBWY
25.突撃!前橋の昼ごはん。Fanatic for the fantastic. ⑤  
県庁所在地でありながら隣接する高崎市に新幹線や在来線などの、北陸地方や北関東各地への足を含め、商業基盤を奪われた形の前橋市は、高崎市とは歴史的にも非常に根深い“関係”をもっており、その人口規模や産業形態も非常に良く似たところがある。ただし、やはり両者の一筋縄ではいかない“関係”は、第三者から観るものとはまた異なり、前橋と高崎、両市の異質性を強調するともに、言葉尻には決まって「うちのほうが良さげだんべぇ!」と上州気質を顕にする。
前田もその一人であり、彼の父がM工科大学の教授であることからも分かるように、前橋出身者である。利根川にかかる群馬大橋を渡ると、左手に見えた県庁を眺めて満足そうに微笑む。
「やっぱり前橋はいいですね。」
「お前はT経済大のOBだろ?」
「それとこれとは別ですよ。なんていうか、風情があるじゃないですか?」
「風情だぁ?」
大洗は車内から商店街を見渡した。平日の昼だというのに人通りは少なく、自動車の交通量も少ない。ケヤキ並木が整備された綺麗な道路だとは思うが、鬱蒼と光を遮るその姿はどこか寂しげだ。大洗はそれでも満足そうな前田を見て返す言葉が見つからなかった。
機嫌の良い前田と、そんな彼に一抹の不安を抱える大洗を乗せた車は、正午を少し過ぎた頃、藍沢由布子の実家に到着した。
県内有数の製造業社の会社役員という藍沢由布子の父、藍沢満寿夫は、国内製造業が不況に見舞われている経済状況をものともせず、好調な業績を堅持していた。前田は、そんな藍沢の成功の象徴ともいうべき巨大な注文住宅を眺め、溜息をついた。
「やはり会社役員にもなると、給料もいいんでしょうね?」
「お前もぼんやりしてないで、給料分は働け。」
「もっと貰っても罰はあたらない働きはしていると思いますが・・・・・・。」
大洗はインターフォンを押す。「警察のものですが」そういうと、すぐに玄関から中年の女性が現れた。汚いものを見るような目は警察を軽蔑しているのだと察することができた。
「この度はたいへんご愁傷様でした。」
「警察の方にはもう何度も同じことをお話いたしました。これ以上お話するようなことは・・・・・・。」
「六年前に被害に遭われた春子さんは、あなたの実のお子さんですよね?」
女性の顔に変化が現れた。明らかに驚いている顔だった。
「え、ええ・・・・・・義弟夫婦に聞いたんですね?で、どんなご用で?」
「春子さんは生前、ファイの証人という宗教団体に所属していらしたと伺いまして、少しお話をと思い、ご迷惑も顧ず、お邪魔いたしましたもので。」
「ああ、そのことですか。・・・・・・当時だって、あいつらが怪しいって言ったのに今更!・・・・・・いえ、ごめんなさい、ちょっとイライラしていて。・・・・・・立ち話もなんですから、どうぞお上がりください。」
柵を開けて中に入る。夫人に誘導され、客間に通された。ソファとテーブルがあり、壁にはいくつか絵画が見られた。
「高そうな絵ですね?」
「イミテーションだ。十八世紀のフランドル派が好みらしい。悪い趣味じゃない。」
「警部、絵も詳しいんですか?」
「嗜みだよ、た・し・な・み。」
そういって皮肉な笑みを浮かべる。三年の付き合いになるが、相変わらず喰えない人だと前田は思う。
しばらくして夫人が茶菓子と緑茶を持って客間に姿を現した。
「どうぞ、お構いなく。」

180イチゴ大福:2005/02/26(土) 12:00:39 ID:D0p7jBWY
こういう言葉は事件といっしょで、持ってこられてから言っても効果がないわけで、かといって持ってくる前にいえば逆に催促しているようにも思えて難しい。
「粗茶ですので。」
そういってお茶を配ると、夫人は二人の前に腰を落ち着けた。
「もう葬儀はお済に?」
「ええ、内々に済ませました。主人はもう仕事にでておりますし、正直なところ早く忘れてしまいたいんです。こんな悲しいこと、三度目も経験してますから、精神衛生上良くないでしょう?だから、四十九日の法要まではもう何もしないつもりなんです。」
「三度目ですか?」
大洗の問いに、夫人は笑って返す。
「最初の子、春子のことですけど、産むとすぐに体調を崩してしまって、主人もタイミングよく入院してしまって、それで養子に出したんですよ。義弟に預けたとはいえ、最初の子供でしたから、やはり辛くて・・・・・・。」
「なるほど、お気持ちはお察しします。」
「湿っぽい話ばかりでごめんなさいね。どうも、一人でいると、嫌なことばかり考えちゃって。いい機会だから、なにか習い事でも始めようかと思っているんですけどね。・・・・・・ところで、春子のことでお話があるんでしたね?どういったことだったかしら?」
「ええ、生前、春子さんがファイの証人という宗教団体に所属していた件で、お話をお伺いに。」
「そうだったわね。あの子がファイの証人なんてインチキ臭い宗教にのめり込んだのは病気のせいなんですよ。でなければ、あんな元気で、明るくて、可愛らしい子が宗教になんて興味を示す理由がありませんでしたから。」
「病気ですか?」
「白血病です。あの子、昔大きな怪我をして、手術をしなくてはならなかったんですけど、その時に輸血された血液に、検査に引っ掛からなかったレトロウィルスが侵入していたらしくて。私も詳しいことはわからないんですけど、白血病っていうのは遺伝も伝染もしないそうなんですね。どうも、遺伝子の異常が原因らしいのですが、春子の場合、そのウィルスが遺伝子を傷つけたために白血病になってしまったということなんです。」
「病院からの補償は?」
「ええ、ありました。とはいっても雀の涙ほどですし、骨髄移植をすれば治る、ということでしたが、骨髄移植って、適合する人がなかなか現れないらしくて、それにたくさんの方が移植手術を待っているんです。もう、抗癌剤の副作用で日に日に衰弱していきますし、何よりも本人にとって辛かったのは、あの綺麗な黒髪を失ったことです。まだ二十歳そこそこの、花でいったら一番綺麗な盛りじゃなりませんか?頑張れなんて言葉、気休めにもかけられませんでした。」
「それで、ファイの証人に?」
「いえ、それだけでは・・・・・・。白血病患者とその親族、遺族が情報交換を行うコミュニティーがあるんです。春子もそこに通うようになりまして、そこでいいお友達ができたんです。とても綺麗なお嬢さんで、春子と知り合った当時、国立のG大学の医学部に在籍していらして、「重病なのに諦めないで勉強してるなんて偉い」と娘も大変元気付けられていました。実際、とても勉強のできる方だったらしくて、でなきゃ治療の傍らに勉強なんて、患者を診ているからいえることですが、薬の影響でほとんど無理なんです。
名前は確か・・・・・・志ノ田比呂さん、っていったかしら。彼女は春子に「もうじき抗癌剤に代わる、効果の高くて副作用の少ない新薬ができるから、それまでがんばって」って励ましてくれてまして、それで春子のほうも、とても期待していたんです。
でも、それからしばらくして比呂さんとの音信が途絶えてしまいまして。やっぱりそうなのかな、って思っていたんですけど、でも春子がどうしてもハッキリさせておきたいというものですから、知り合いの方に訊いたんです。そしたら、比呂さんがおっしゃっていた、抗癌剤の未承認薬の臨床実験に参加していて、その最中に亡くなられていたそうで。ほんとに惜しい方でした。
さすがに、あの時の春子の塞ぎようといったら、末世が到来したみたいな悲壮な顔で・・・・・・そんな折、あの宗教のことを知ったのです。」
「しかし、どうしてファイの証人を選ばれたんでしょう?」
「なんでも、病気を治すとかいうらしくて。でもその宗教ときたら、何かにつけては金、金、金で、しかも最後にはあんな無残な殺され方をして・・・・・・。」
夫人は嗚咽を堪えると立ち上がった。
「たしか、その宗教が発行してる冊子があったと思います。ちょっとお待ちになって。」
口を開く間もなく、夫人は客間を出た。
気まずい空気だけがずっしりと二人の肩にのしかかっていた。
前田はお茶を啜ったが、すでに冷たくなったお茶はただ渋いだけだった。

181イチゴ大福:2005/02/26(土) 12:04:27 ID:D0p7jBWY
26.孤独の城、不幸の砦。Fanatic for the fantastic. ⑥
孤独は誰にも理解されないから孤独なのだ。
今の夫人はまさにその“孤独”な人だった。
前田は、二人も子供を失った夫人の心境を察するとともに、やはり、自分の子供が殺された悲しみは、そうなってみなければ分からないのだろうと、夫人を見ていて思った。それほどに、何か普通の人間とは違う重い影が、彼女にはまとわりついていた。
夫人が持ってきたのは色の違う二冊の小冊子で、どちらも内容は同じだった。
「宗教のことなんかよくわからないんですけどね。」
「ええ、私もこの手のものは良く分かりません。」
大洗は前田に一冊を渡すと、ペラペラと捲った。前田も内容を確認した。
『陰陽道には“木”“火”“土”“金”“水”の五つの属性を頂点とする、調和の取れた五芒星を描くことができます。五つの属性は世界の物質的、霊的な存在の根源となるエネルギーを与える偉大な力をもっており、五芒星の中心にあたる核にあっては、そこをもっとも調和の取れたエネルギーの隙間という意味で、我らが尊師はそれを“ファイ(φ)”と名づけられました。私たち信者は、その“ファイ”を発見した尊師の“証人”であることから、“ファイの証人”と呼ばれるのです。』
「胡散臭いですね?」
大洗がいう。夫人も「そうでしょ?」と淡白に返した。
「修行をすれば治るとか、いくら寄付すれば効果がでてくるとか、患者の弱みにつけこんだ悪徳商法ですよ。」
「白血病も治るといわれたんですか?」
「ええ、気の持ちようで免疫機能が高まるという話も、臨床心理学ではいわれてますでしょう?まぁ、体のいいことばかり言って、実際は金集めのためのデマなんでしょうけどね。」
「春子さんが被害にあったとき、どうして教団の犯行だと思われたんですか?」
大洗の質問に、夫人の態度に少し緊張がでた。明らかに怒っているぞ、というサインだった。
「そんなことはいうまでもありませんわよ。春子の後に殺された人たち、あなたたちだって知ってるでしょう?」
「しかし、教団がやったという証拠はでていません。」
「それを読めばわかりますよ。苗字が「あいうえお」順で、しかも名前に季節が入った人を殺すなんて・・・・・・こんな馬鹿げたことをするの、あの教団以外に考えられますか!?」
「ええ、もちろん警察はあらゆる可能性を考慮して捜査を展開しています。ですから、本日もその件でお伺いしたわけで。」
「ああ、そうだったわね。でも、まだ捕まらないのね、犯人は。」
「全力で捜査にあたっているところです。どうかご理解ください。」
「ええ、もともと期待はしていませんから。」
そういう夫人の声は、皮肉というよりは、そのままの意味のように聞こえた。

182イチゴ大福:2005/02/26(土) 12:05:41 ID:D0p7jBWY
もはや、何ものもこの不幸の女性を煩わすものはなくなったのだという、嵐のあとの静けさにも似た平安が、その言葉には漂っていた。
大洗はそろそろ切り上げ時と察したのか、おもむろに立ち上がると、「本日はどうも、お忙しいところお邪魔いたしました」などと愛想笑いを浮かべた。
玄関まで見送られ、二人は神妙な面持ちで車に乗り込んだが、エンジンをかけるとすぐにいつもの調子に戻った。
「梧桐冬樹が教団に入っていたということはないでしょうか?」
前田がいう。大洗は待ってましたとばかりに前田を睨んだ。
「だからお前は馬鹿だってんだよ。もしそうだったら、当時から教団には様々な嫌疑がかれられてたし、地検の特捜も目をつけていたんだ、ここぞとばかりにガサ入れしてただろうよ。」
「ああ、そうか。・・・・・・しかし、教団はあくどいですね。病気の弱みにつけこんで金を毟り取るなんて。」
「どこの宗教だって似たようなもんだろ?信仰が物質と入れ替わればそれはもはや商売だ。もし、ブッタと道ですれ違ったらお前はどうする?」
「え?ブッタって、あの沙羅双樹の下で涅槃したブッタですか?そうですね、取りあえず拝んでおきます。」
「殺すんだよ。ブッタは信仰の中の存在だ。だから目の前のブッタは、ブッタの姿をしたブッタではないものだ。」
「乱暴ですね。」
「本来の宗教とはそういうものだ。物質に対する興味や欲望を喪失すれば、人間の悩みの多くは解消される。」
「コンビニ強盗もなくなりますね。」
「かといって、人間は生きていくうえでは、やはり物質に依存しなくてはならない。コンビニがある限り強盗はなくならないんだよ。」
前田はそこで、頭の隅に引っ掛かっていたことを話すことにした。
「ところで、警部。夫人がいっていた、G大医学部の臨床実験って、まさか八年前の、G大学付属病院で起こった、新薬の臨床試験事故のことでしょうか?」
八年前、これまでの抗癌剤に代わる副作用の少ないという、未承認の新薬の、患者への投薬実験が、G大医学部付属病院で行われていた。すでにラットやサルでの実験には成功しており、あとは人間への薬の安全性が証明されれば、多くの抗癌剤の副作用に悩む、白血病を始めとした癌患者の希望となるはずだった。
しかし、臨床試験中に患者が変死し、遺族は病院側を相手に、慰謝料の請求とともに、臨床試験のレポートや患者のカルテなどを要求して告訴した。しかし、第一審で地裁は、病院には、臨床試験に関わる検体についてその健康状態などの管理に落ち度があったと指摘したが、臨床試験に参加した他の検体には異常がなく、新薬を投与したことと志ノ田比呂の死に因果関係を認めることは難しいと判断を下した。しかし、実際、病院側から遺族に提出された証拠は不十分であり、カルテには不備や捏造された形跡があったことが、医療関係者や専門家からも指摘されていた。だが、「裁判の証拠となる物件は原則として原告が提出する」ことになっている法制度のもとでは、遺族に大病院相手に証拠を出させる力があるわけでもなく、裁判にかかる莫大な費用もあり、結局遺族は病院側との和解に応じたのだった。
「そうだ。医局と検察、警察の間でなんらかの取引があったとも噂されていた件だ。」
「大学病院ですからね、かわいそうに。亡くなった子、自分で病気を治すつもりだったんでしょうね?」
「そうだ。」
あまりにきっぱりとした物言いに、前田は返す言葉を失った。
「え?・・・・・・あの、警部。志ノ田比呂をご存知なんですか?」
「お前と組む前の二年間、俺の相棒だった人の娘だ。」

183イチゴ大福:2005/02/27(日) 13:02:13 ID:ica9eRow
27.渇望する肉体、枯渇した精神。Fanatic for the fantastic. ⑦
「しかし、梧桐冬樹と熊田孝治につながりがあるとして、六年前の事件では名簿はなんの役にもたっていませんね。むしろ、パンフを見たかぎりでは教団の犯行であるほうが納得できます。」
「教団の仕業に見せた犯行だったんだ。まぁ、名簿が意味を持つのは今回の事件くらいだろうな。」
「梧桐冬樹はあくまで、教団の思想や行動を真似て犯行を行ったと?」
「それ以外に考えられないだろう?当時、梧桐冬樹がやったという証拠はでていたんだ。」
前田はしばらく口を閉ざした。運転中に考え事をするのは、彼には珍しいことだった。頭の中で澱となって引っ掛かっているものがなんなのかを、彼は理解しようとしていた。
事件が発生してからまだ一週間と日は浅いが、調べれば調べるほど、次々と現れる、隠された事実と、その遠からず浅からぬ関連性との折り合いがつかないでいた。
どこまでが必要な情報で、どこまでが必要でない情報なのか、前田は寝不足の頭をフル回転させていた。
「結局、六年前の事件はなんだったんでしょう?T経済大の名簿が六年前の事件と関係がない以上、当時の応援団長、熊田孝治との関係も無意味です。しかし、今回の事件では、やはり熊田が梧桐に名簿を渡している可能性があります。喜多川の件でもそうですが、犯人が男である可能性、そして、名簿が大学外部に流出している可能性から、やはり梧桐と熊田の関連性は濃厚です。では、六年前から続く熊田と梧桐の関係とは一体なんだったんでしょう?
単純に肉体的な関係だとしても、梧桐が六年前の犯行当時から熊田と関係を持っていたというのは、なんだか出来過ぎたことのようにも思えます。まさか、今回の事件は六年前から計画されていたもの、だとは考えにくいですし。」
「現象は結果の総合として知覚しえる情報の表層というだけのものだ。偶然の可能性というのは必然の寓意ではない。しかし、事件がまだ全貌を見ていない現状において安易に結論を導き出すことは非常に危険だ。まぁ、考えられるだけ考えろ。考えるだけなら罪にはならない。」
「しかし、ここまで証拠を隠蔽できるものなんでしょうか?六年前は毛髪から体液まで残していた奴です。それが、今回は現場にしても証拠にしても、まるで別人のような気が・・・・・・。」
そこまで話して、所詮、何一つ手がかりがない原状では水掛け論にすぎないと思い直し、言い留まった。
「梧桐冬樹が六年前の事件で、教団の犯行に見せかけて犯行に及んだとすれば、教団の教義にある陰陽五行説に則った法則性を模倣したものだというのは納得いきます。しかし、今回はそうした様子はありません。手足に二十箇所以上の刺し傷と、心臓への致命傷。何か意味があるような気がするんですが、まるでわかりません。
それに、六年前の事件で藍沢春子が殺されたのは、非常に宗教色の濃い意味合いがあると思うんです。つまり、名前にしてもそうですが、名前に季節が入っていること、そして彼女の病気。尚且つ、彼女自身が教団のメンバでした。
被害者がどんな気持ちでファイの証人に入信したのかは、察するところがあります。夫人の話からも、それはうかがい知れるところです。夢や希望を断たれたような、ひじょうに困難な心理状態だったでしょう。まさしく藁にも縋るような思いではなかったでしょうか?抗癌剤のために苦しむ毎日、友人も死に、悲しむ間もなく自分も死の恐怖に晒されている。藍沢春子はもう自棄になって、ファイの証人に入信したのかもしれませんね。」
「で、何がいいたい?」
「ふと思ったんですが、藍沢春子は自分から進んで殺されたんじゃないでしょうか?つまり、現実にもう治る見込みがないのなら、あの世とか、来世とか、そういうものがあることを信じて、何か宗教的な儀式に参加した結果、六年前の事件のようなことが起こったんじゃないでしょうか?つまり、全員、宗教的、信仰上の問題で死んだんじゃないでしょうか?」

184イチゴ大福:2005/02/27(日) 13:03:14 ID:ica9eRow
前田の頭の隅に残る澱とは、犯人の名前ばかりが先行して、事件の背景や意図、被害者たちの情報とその関係性という点が疎かだ、というものだった。
事件の異常性や偏執性から六年前との事件が指摘されてはいるが、その分、比較検証すればするほど両事件の特異点は尚更浮き彫りになってくる。
前田は、今回の事件は梧桐冬樹とは無関係なのではないかと考え始めていた。
「今回の事件は本当に梧桐冬樹の犯行なんでしょうか?」
前田が言うと、大洗は溜息をついた。
「お前がさっき指摘した名簿の件はどうなる?今回の事件がやつに関係ないとすれば、元々名簿なんて必要なかったことになる。それなら、梧桐と熊田はただのゲイだったことになるが、まぁそれはそれでいいとしよう。しかし、今回の事件に名簿は不可欠だ。つまり、在学生の名簿が確実に流れる経路でいえば、梧桐冬樹で間違いない。
それにだ、証拠の件も考えてみろ、六年前の事件では見事に隠蔽されたんだぞ。今回も、おそらく捜査に梧桐警視正の息のかかったものがいるのかもしれない。」
「ま、まさか、現場で証拠隠滅を図ってる人間がいると!?」
「不可能ではない。証拠を保存して、検分するのは俺たちの仕事じゃないからな。」
「それじゃ、所轄の松山刑事や、「あいうえお事件」との関連性を指摘したあの刑事も?」
「警視正にモーションをかけたのか・・・・・・まぁ、その可能性は否定できない。いや、信用できる人間がどれだけいるか、見極めるのは難しいだろう。いいか、俺たちの相手は梧桐冬樹一人じゃない。それを忘れるな?」
「組織にいるのに、組織を相手にしているだなんて、警察官でいることがばかばかしくなってきました。」
「飢えた肉体を抱え、窮乏する精神を宿し現世を彷徨っている。そのために、人間がそんなに賢かったことなどあったためしはない。・・・・・・狂人と空想家の違いは何か分かるか?」
「さぁ・・・・・・なんですか?」
「狂人よりも空想家のほうが、狂気じみた変態だということだ。」
「へ?・・・・・・どういう意味です?」
「お前は英語が苦手らしいな。要は、お前が何を成すか、ということだ。」
「今のはあてつけでしょう?」

185イチゴ大福:2005/02/27(日) 13:06:42 ID:ica9eRow
28.瞑想する前田。迷走する事件。
「大洗警部に関しては知らないことが多すぎる。」彼は独り言を口にする回数が増えていた。自覚症状があるのはまだいい、無意識にし始めたらさすがに危険だ、そう彼は自覚しているので、まだ安心していいだろう。
大洗が、早朝未明に起きた事件の調書を作成している間、前田は志ノ田比呂について調べていた。
大洗の、前田の前の相棒といえば、六年前の「あいうえお事件」を追っていたという刑事なのだろうが、まさか、その娘が事件の被害者と関係があったというのは、偶然の恐ろしさを感じさせるものだと、前田は思った。白血病というたった一つの接点を通じて、一方は医学に、一方は宗教に・・・・・・人間の歩む道というのが、ちょっとしたことで千変万化する態様は、現象としては面白い反面、現実としては悲しい気もする。
志ノ田比呂が新薬臨床試験事故で死亡したのは今から八年前のことだった。当時、国立G大学医学部の五年生で、医学部が六年生であることから、あと一年で卒業だったのだろう。専攻は遺伝学と免疫学。自分の病気を効果的な形で克服しようとする彼女の執着が強く感じられる経歴だった。
臨床試験には自発的に参加したものと記録にはあり、試験自体は大学の研究室が開発した新薬の、生体への安全性を試験するものだった。彼女にとってみれば、一刻もはやく、抗癌剤の苦しみから解放されるためには必要だったのだろう。しかし、彼女の期待とは裏腹に、試験中に死亡することになる。
司法解剖では、被験者の病状は当時すでに末期症状にあり、新薬の効果や副作用は影響がなかったとの報告をだした。確かに、同じく投薬を受けていた他の被験者からは異常が報告されていない。しかし、司法解剖の所見を書いた検察医の名を見て、前田は唖然とした。
“Kuniyori Nerome”
安易に、K大医学部学部長、根路銘国盛教授と関係があるのかどうかを指摘することはできないだろう。しかし、さらに裁判所の記録を読み進めていくうちに、新薬を開発した研究室のメンバの名前が記載された欄を見つけ、驚愕することになる。そう、“根路銘国盛”の名があったのだ。当時は助教授として、G大付属病院に勤務していたのだ。研究室は当時、新薬開発の指揮をとっていた石田二三夫教授の名が前面にでていたので、誰も彼の存在に気づかなかったのだ。また、被験者のうち、白血病患者は志ノ田比呂だけだったにも関わらず、その点について検察が言及を避けているというのも、不自然であった。
今回の事件には関係ないかもしれないが、なにか裏を感じさせるものはある。前田は、意図的に、うやむやのうちに闇に葬られた志ノ田比呂の死を無念に感じた。抑えがたい怒り、こみあげて来る激情。警察という、法を取り締まる組織の中で不正が行われ、そればかりか司法の場にまで蔓延していることに、激しい怒りを禁じえなかった。そして、病気と闘い、自ら運命を切り開こうと懸命に生きた志ノ田比呂のことを思うと、その死がなんて理不尽で惜しいものだろうと、彼は同じ警察組織の一人として自分を情けなく思った。
それと同時に、一つの思考が彼の脳裡を擡げた。
「志ノ田比呂の死の裏側。検察と大学病院の不正の一翼を担った根路銘教授と同姓の検察医。そして、志ノ田比呂の父は、「あいうえお事件」を追っていた刑事。その犯人と目されている人物、梧桐冬樹はT経済大殺人事件にも関わりがある。彼の伯父、梧桐警視正はK大の根路銘教授とはT大の同期で、甥の不正入学に手を貸している。しかも、梧桐警視正はファイの証人に強請られていた。そして、一連の犯行は教団のものと見せかけたもののように行われている・・・・・・これは、つながっているのか?」
誰もいない部屋にぼんやりと響く彼の声。空気を振動するだけの無意味な現象。しかし、その言葉は彼の脳に化学変化をもたらし、重要な意味の芽を芽生えさせようとしていた。

186イチゴ大福:2005/02/28(月) 12:46:46 ID:Mo5eFkiY
29.沈黙の八年。
「六年前に端を発したように思われていた一連の事件に関わる複雑な要因は相関関係を有し、複数の無関係な人間を巻き込みながらも、数人の主要なメンバを折り込んで、一つの事件につながっているのではないだろうか?」
八年前の事件を調べた前田が朧げに感じたことは、なんとも漠然としたことだったが、釈然としない事件性と判然としない理由、その関連性に整合性を与えるとすれば、一連の事件がさらに根深いところで関係しているのではないか、という推測は、推論に奥行きと柔軟性とを与え、議論に幅を与えることができるだろう。
前田の頭につっかえていた澱はまさにその点であった。大洗はおそらく、前田の疑問の枢要には気づいていないだろう。それは、大洗の言を聞いていれば明らかであった。
前田がここまでで気づいた、事件に共通する点といえば、「未解決」ということだった。無意味な指摘であり、しかしながら重要な論点である。
八年前の「新薬臨床試験事故」では和解が成立しているとはいえ、病院や検察側、主にここでは検察医であると指摘できるのだが、それらの証拠の隠蔽、捏造といった工作は、警察の介入も含め、形式だけで力のない原告やその遺族に泣き寝入りを強いるものだった。
六年前の「あいうえお連続殺人事件」では、事件当初はファイの証人の犯行ではないかとの噂があったものの、捜査員の懸命の捜索と非合法活動が犯人検挙につながった。しかし、警察内部で起こった隠蔽工作と検察との取引は、結果として証拠不十分による不起訴で終わり、犯人不在のまま捜査は継続中ということにはなっているが、事実上停滞しているといえる。
そして、一週間で七人という驚異的な早さで犯行を繰り返している「T経済大生連続殺人事件」は、証拠はおろか犯人を裏付ける根拠は、六年前の事件との関連性を除いて何一つ指摘するものがなく、このままいけば未解決事件になることは必至である。
一連の事件の犯人は梧桐冬樹ではないかとの憶測はこの際置いておき、ここでは事件を客観的に評価するために、今回の事件の犯人のことは「ゴースト」という呼称を与えることにして、ゴーストは何者なのか、という疑問が第一に。第二に、ゴーストの目的は何なのか、が問われるところだろう。
第一の疑問については、ゴーストは六年前の事件との類似性、模倣性とその宗教的偏執性から梧桐冬樹であるとの見方が強い。六年前の事件についていえば、その証拠などから梧桐冬樹と見て間違いないのだが、今回の事件についてはその確信を得るまでに至っていない。名簿については、熊田の所在を確認する必要があり、これから捜査しなくてはならない点であるが、応援団のずさんな管理状況を考慮すれば、ほぼ誰でも入手できたと考えるべきだろう。また、現場の警察官の中に証拠を隠した人間がいたとする見方ができないわけではないが、なぜ今回の事件と六年前の事件の犯人に関連があるのか、その異常性だけを指摘して根拠とするのには無理がある。それに、六年前の事件では、藍沢春子がファイの証人のメンバであったことと、連続した同一犯による犯行の異常性から、教団の犯行であることは指摘されていた。だとすれば、やはり現段階で今回の事件が教団の者による犯行でないとは決して言い切れないのではないだろうか?

187イチゴ大福:2005/02/28(月) 12:48:23 ID:Mo5eFkiY
ここで、第一の疑問に対する疑問が生まれる。なぜ警部は梧桐冬樹犯行説に固執するのか?常に冷静な観察眼で、事件の解決に最前線で貢献してきた警部が、まさか六年前の事件への妄執にとり憑かれて、感情的になっているとでもいうのだろうか?確かに、警部の前の相棒であり、志ノ田比呂の父、志ノ田悟郎は、六年前の事件を追いかけていた刑事だった。しかし、それだけで警部が冷静さを失うほどに感情的になるだろうか?それは考えられない。とすれば、警部自信の問題だといえるかもしれない。つまり、警部は個人的にどうしても梧桐冬樹を被疑者に仕立てあげなければならない理由がある、ということだ。
「天才と評されたヴァイオリニストが、その名声を棄ててまで刑事になった理由?」
第二の疑問、ゴーストの目的である。ゴーストは一見、ある法則に則ってT経大生を殺害しているが、しかし、時折、その法則を無視したり、変更したりと落ち着かない。学籍番号による数字遊びという犯人の特徴は、犯行の異常性を物語ってはいるが、やはり、犯罪そのものに対する「意思」よりも、誰かを殺さなければならないという「目的」の存在を感じる。つまり、学籍番号が“×××−020”よりも若い番号のうちで、ゴーストが殺害を企図して目的とする人物がいるということになる。これは現段階での推論であり、今後、犯行が更に継続すればまた変更はしなくてはならないものだが、数字が“3”と一桁台に戻った事から見ても、その公算は高いといえるだろう。また、ゴーストの犯行の早さを考えれば、ゴーストは、自分が狙っている「目標」の情報が少ないという見方ができないわけでもない。つまり、T経済大生に在籍する学籍番号が“20”番以下の学生が、ゴーストの狙う人物の手がかりを知っているということができる。なおかつ、数字のトリックに隠れた、それ以外の犯行は、その意図を隠しつつ、かつ「目標」に気取られないように犯行を行うための「ブラフ」である可能性があるといえなくもない。
ここで、第二の疑問に対する疑問が生じる。ゴーストはいったい誰を殺したいのか?すでに七人もの被害者が出ている以上、新たに被害者の身辺調査を行うのは簡単なことではないだろうし、今後、ゴーストが犯行のためにブラフをかますとすれば、犯行を未然に防ぐことは不可能だ。
「幽霊が人間らしくなってきた?」
大洗の言葉が甦る。
前田は大洗にこのことを話し、事情を訊こうかと考えたが、すぐに考え直した。警部が警察官になったのは五年前。つまり、六年前の事件が警察官になったことの理由だとすれば、警部は六年という時間をかけて、今回の事件で何かを企んでいることになる。だとすれば、素直に「ヤー」というはずがない。逆に、警部に後ろめたいことがないとしたら、やはり警部は「ノイン」というのは自然なことだ、結局は無意味なのだ。
前田はひどく悩んだ。腕時計を見る。彼の父が、彼の大学卒業時に彼に送った記念の品だった。大洗が書類を片付け始めてから二時間ほど経っていた。すでに調書の作成も終わって、事件の報告書でも読んでいるかもしれない。前田はそして一つの結論に達した。
「警部、お話が。」
大洗はパイプ椅子にふんぞり返って、コーヒーを飲みながら書類に目を通していた。振り返ると、書類を置いて「ああ、俺もだ。ちょうど良かった。」という。
意を決して話を持ちかけただけに、出足を挫かれた感じの前田は呆気にとられながらも、「お先にどうぞ」といっていた。
「明日からしばらく仕事休むから、あとはよろしくな。」
突然の言葉に前田は言葉を失う。

188イチゴ大福:2005/02/28(月) 12:49:11 ID:Mo5eFkiY
「はぁ?いったいどうしたんです?」
「ああ、うちのかみさんがさ、倒れちゃってさ。さっき電話があったんだよ。お互い近くに身内がいるわけじゃないから、俺がついていなくちゃならなくてな。」
日頃自分のことをあまり話さない大洗だけに、前田には妻の話をする大洗がどこか微笑ましく、そして失礼な話だが違和感を感じずにはいられなかった。曲りなりにも西欧の血が流れているのだ、遺伝子だけでなく、愛妻家の伝統や文化も受け継いでいるのかもしれない、と前田は柄に合わない大洗の愛妻ぶりを想像して噴出すのを堪えた。
「この忙しい時期に悪いな。あいつはけっこう丈夫なほうだとは思ってたんだけどなぁ、やっぱり女性の更年期っていうの?恐いらしいんだ。お前も、あの何とかってモデルに似てるかみさん、気をつけろよ。」
「私の妻はまだ更年期の心配なんてありませんよ。それより早く帰ってあげたほうがいいんじゃないですか?」
心配する前田をよそに、大洗は平然としている。
「ああ、大丈夫。もう病院のベットにいるらしいんだ。着替えとか届けないといけないから、定時には帰るけど、ほんとに悪いな。」
「病院にいるなら大丈夫なわけないじゃないですか!とりあえず、あとは私が引き継ぎますので、お大事にしてあげてください。梧桐の張り込みも継続しますから。」
「ああ、頼む。無理だけはしないでくれ。」
前田は実は、大洗に単独行動の許可を求める心積もりでいた。調査をするにしても、大洗に関係がある可能性がある以上、やりにくいことはこの上ないだろう。そこで、ファイの証人とT経済大殺人事件との関連性を調査するのに時間が欲しい、というのを口実に、一時コンビを解散することを提案するつもりでいた。それが、大洗の家庭の事情でまったくの徒労に終わってしまったというのは、大洗に余計な不信感を与えないで済むという点では幸運だといえるが、しかし大洗が事件と関係あるとして、この時期に妻が体調を崩したから仕事を休むということは、やはり元々大洗は、事件とは関係がないのでは、という考えが擡げ、早くも彼の推理の一部が否定されたことに、安堵とも無念ともつかぬ心境でいた。
「おい、前田。なんだか元気がないな?寝不足で疲れがでてきたか?」
「いえ、事件のことをいろいろ考えていて、ぼぅっとしてました。」
「まぁ、明日からしばらく俺はいないんだ。お前の頭と足が頼りだからな。ヘマするなよ。」
ずいぶん身勝手な人だ、と思いながらも、三年間ずっとそうだったじゃないか、と改めて思い直し、やはり警部のようにはいかないと気づいた。
「自信がなくなりました。」
「お前が馬鹿みたいに自信満々でいるよりはいい。いつもどおりやれ。」

189イチゴ大福:2005/02/28(月) 12:51:02 ID:Mo5eFkiY
30.Invisible incident.
彼女はなんのために人を殺しているのか、ともすれば理由など忘れてしまいそうなほど、彼女の肉体は苦痛に苛まれていた。
蒙昧とした意識は、既に彼女の視覚的作用を現実からのフィードバックとして耐えるものではなかったからだ。
平衡感覚の喪失、常時悩まされる嘔吐と頭痛。筋という筋が、神経という神経が、彼女を体内から蝕み、侵食する。五感は既に痛感を知覚するだけのものであり、痛感は彼女にとって、決して姿を現さない、体内に寄生する憎き存在でしかなかった。
見えない力に支配されている彼女の「痛み」は、その見えない恐怖は、苦痛によってのみその存在を知らしめようとする「幽霊」の存在の確固たる根拠となって、彼女の現実に悪夢となって顕在していた。
決して姿を現さない、しかし、確実に存在する「意思」が、彼女の中に憑いていた。
「殺したことの報いなの?」
彼女には殺す以外の方法は考えられなかった。
殺すことで、徐々に癒され、回復するはずだったのだ。
「何を間違っていたの?」
天空にぽっかりと浮かぶ月を仰いだ。欠け始めた月。闇にその支配の光を奪われ、ネオンや人工の厭わしい光線に存在感を奪われた、儚くも佇む無気力な月。
彼女はもの言いたげに口を開いた。黒い光沢のある染みが、彼女の口元にうっすらと浮かんでいた。
血だった。
彼女の足元に横たわる命の抜け殻。“力”を失い、動くことの適わぬ忌まわしき肉塊。
彼女は血を受けていた。喜びのための血、求めた血、“力”のための血。
血、血、血・・・・・・血だ。数分前まで人を動かし、知性を与え、精神を宿した血だった。
「まだ、足りないの?」
月は、彼女が答えを仰ぐには無口すぎた。
なにものも、この世の摂理を変えるものはないのだといわばかりに、その態度は毅然として無関心を装っているかのようにすら見えた。
月はすでに、その眼を彼女から背けていた。
「私を・・・・・・助けて。」
か細い声が、その薔薇の蕾のような唇から、朝露の一滴のような心もとなさで零れ落ちる。
「助けて・・・・・・助けて・・・・・・助けて・・・・・・助けて・・・・・・。」
白い吐息が彼女の声を凍らせ、無意味化しているようだった。
そう、呼吸のように当たり前で、意味のない動作だったのだのだ。
何一つ意味を成さず、何一つ変化をもたらさない現実。
時間と空間と場所によって与えられる同時性は、ただ単にそれを同定する以外の意味を見出すことはできなかった。
瞳から零れた一筋の涙が、月明かりを受けて一条の光を彼女の頬に灯した。
彼女は涙を拭い、その恩恵を手のひらに見ることができた。
「あと一人・・・・・・。あと一人できっと・・・・・・。」

190イチゴ大福:2005/03/01(火) 11:16:19 ID:JhNqU1Yk
31.警部の休日。
金属同士の激突音と耳鳴りにも似た電子音がホールを包み込む。平日の昼間だというのに、多くのオジサンたちの熱気とタバコの煙に満ちたパチンコ店は、その喧騒が証拠であるといわんばかりの音量を垂れ流し、店内を活気づけていた。
パチンコのパの字すら興味のない彼には、この喧騒は害悪以外のなにものでもなく、小さな台を何時間も真剣に見つめ、微塵とも動かない彼らの思考回路を、人間のものと疑わずにはいられなかった。それと同時に、他にすることはないのかと、その場にいる人間たちの平和と幸福の意義を自問いしてみるのだった。
ホール内の無秩序な喧騒とは逆に、秩序正しく一列に整然と並んだ座席の中に、彼の求める姿があった。ハンチング帽を被り、サングラスをかけてはいるが、年は初老の男性だとすぐにわかった。年相応の白いものが混じった髭と深い皺が、体全体から年齢だけでない、何かを感じさせる雰囲気を滲み出していた。
隣の座席に座る。男の手元は銀のパチンコ玉にあてがわれていたが、すでに心もとなく、男もそれには気づいているらしく、大きく溜息をついた。
「はぁ、駄目だな。また持っていかれた。」
「俺のを使ってくれ。どうせやったことなんてないんだし、つい居心地が悪くて買っただけなんだ。」
そういうと、初老の男に玉の入ったバスケットを渡した。
「すまんな。」
再び勢いよくパチンコ玉が飛び出した。
「こんなもののどこが面白いんだ?時間の無駄だ。」
「休日という広大無辺の無為の時間を使って、せっせと資産形成に励んでるんじゃないか。何が無駄なものか?」
「効率が悪すぎる。取るより取られる額の方が多いだろう?収支計算をした上での結論か?」
「今月はプラス二千円だ。だが、たった今一万呑まれたから、収支はマイナス八千円だ。」
「どうやら、順調に資産を形成してるのはパチンコ屋のほうだ。」
「まぁそういうな、人生いろいろ経験したほうが、年を取ってから俺みたいに伯がつくんだ。ところで、事件のほうはどうだ、大洗?」
大洗は緩慢な反応を見せた。しかし、視線は厳しさを増していた。
「今のところ事件に進展はない、志ノ田さん。」
志ノ田と呼ばれた初老の男性は、一瞬大洗を見たが、すぐに台に向き直った。
「そうか。梧桐の件はどうなっている?」
「今組んでる奴に当たらせている。」
「前田とかいったか?所轄から引き抜いてきた奴だろ?どうだ、使えそうか?」
「面白いやつだ。それによく働く。今時あんなに仕事熱心なやつも珍しいし、それなりに頭も働くようだ。」
「それは結構なことだ。松山や齋藤も捜査に加わっているのか?」
「ああ。まぁ、齋藤は頭に血が上って、「あいうえお事件」の名前を捜査会議で出してしまったがな。あいつはいつか脳溢血で死ぬぞ。」
「違いない。しかし、梧桐彦一は遅かれ早かれ、いずれは突破しなければならない障害だ。問題はないだろう。」
当たりを知らせるシグナルだろうか?台に設置された電飾が激しい電子音とともに点滅を始めた。台の中にある小さな液晶パネルのアニメーションが動き始めたが、大洗には意味がわからないし、知りたいとも思わなかったので、すぐに目を逸らした。
「特捜はどう睨んでいる?本当に“ファイの証人”の犯行だと?」
「ん?なぜだ?」
「少々気になる節がある。」

191イチゴ大福:2005/03/01(火) 11:17:46 ID:JhNqU1Yk
「なんだ?」
「志ノ田さん、あんた六年前の事件で、本当は誰を狙ってた?」
パチンコ台の電子音が激しくなった。台から零れ出る銀の玉。声は掻き消され、それが相手の耳に届いたか不安になる。
「意味が分からんな?特捜は梧桐冬樹を突破口に警察内部の不正の証拠を掴み、内々に処理したいだけだ。これは警察庁の意思でもある。今回の事件の犯人・・・・・・お前たちが“ゴースト”と呼ぶ人物が、教団の者であれ誰であれ、俺たちに利益のあることじゃない。それに、お前は六年前の復讐がしたいんじゃないのか?そのために警官にまでなって、このときを六年も待っていたんだろ?」
「八年前、G大付属病院の新薬臨床試験事故であんたの娘が亡くなった。かわいそうなことをしたよ。挙句、法は事故の真相を暴くことなく、責任者への訴追もなくうやむやにしてしまったしな。」
「そんなことを今頃蒸し返してどうする?お前が知らなかったわけでもあるまいに。」
「蒸し返さなければならないのは、当時の研究室のメンバだ。あんたの娘、比呂が在学中に所属していた研究室には、梧桐彦一のT大同期、根路銘国盛がいた。あの事件のあと、K大付属病院に移っていたようだがな。まぁ、元々腕のいい医者だったんだ、引取り手はいくらでもあったんだろう。」
大洗は柄にもなく緊張しているなと感じていた。手のひらのうっすらと浮かんだ汗を握りつぶし、この熱気と臭気のせいだと決め込んだ。
志ノ田は動じる素振りを見せることはなかった。ただ単に、か細い神経の挙動をサングラスの下に押し隠しているだけなのかもしれないが、志ノ田の視線はパチンコ台を注視していた。
「俺は特捜の刑事だ、事件に私情を挟むほど馬鹿じゃねぇぞ。」
志ノ田の、低く、力のこもった声は、長年現場の第一線で活躍してきた刑事の威厳をそのまま表現しているような凄みがあった。
「だから、六年前、お前のカミさんが教団に殺されたときも、妹の佐伯亜季との摩り替えに協力した。相手を間違えた教団は、再び殺しにくる、そう考えたからだろう?」
「その通りだ。あんたは確かに刑事だよ。事件への執着と信念には、同じ警官として敬服する。だが俺が言いたいのはそんなことじゃない。俺が思うに、あんたは六年前の事件を利用して、T大同期の梧桐彦一と根路銘国盛、そして県警と検察との不正な司法取引の実態を暴こうとしているんじゃないのか、ということだ。六年前は、梧桐彦一とその派閥が動いて見事に事件は隠蔽されたが、実はそこから八年前の事件を再び引っ張り出すつもりだった。やはりあんたも今回の事件を心待ちにしていた一人だろう?」
じゃらじゃらと流れでる銀の玉とその騒音が、外界とのつながりをすべてシャットダウンしてしまったようにも感じた。大洗は続ける。
「あんたはただ警察官として、警察内部の不正の実態を是正するためにこんなことをしているわけじゃない。警察と検察、そして外部の不正な介入の実態を暴き、白日の下に晒すつもりなんだろう?警察組織の秩序と司法の健全性を世論に訴えるつもりだ。六年前、ゴシップ雑誌にネタを流したのも、あんたの仕業なんだろう?」
「そうだとしてどうする?」
大洗は言葉に詰まる。だからどうなるというものでは、やはりなかった。
二の句が継げないでいる大洗を他所に、パチンコ玉の溜まったバスケットを足元に置くと、新しいバスケットを置き、玉をソケットから流しいれた。
「ゴーストがファイの証人である可能性は、こちらが握っている情報では信用できるということだ。」
「根拠は?ゴーストがファイの証人である根拠が欲しい。実行犯のリストアップはできているのか?」
「ああ。これだ。」
大洗は志ノ田から紙切れを受け取った。三人の名前が書かれており、名前だけで、住所は書かれていない。しかし、調べればすぐに分かることだし、教団施設にいる可能性のほうが高いだろう。
「お前も分かっているだろうが、今回の事件では教団は、数字にあてはめて学生を殺害している。教団内部で最近不穏な動きがあるとの報告も受けている。犯行はまだ続くかもしれないぞ。」
「なぜ、途中の番号が抜けた?奴らは途中まで2の乗数に倣って殺していた。」
「奴らのドグマだ。奴らにとって“6”は存在しないんだよ。」
「なるほど、陰陽五行と、奴らのいう“φ”か。それで、わざと“16”から“256”の間を空けたんだな?」
「その隙間は奴らにとって宗教上、意味があるらしい。」
「法則を変えたのはなぜだ?」
「そこまではこちらもまだ把握していない。しかし、素数をあてる可能性は高いな。」
「他の意味は考えられないか?」

192イチゴ大福:2005/03/01(火) 11:18:29 ID:JhNqU1Yk
「他の意味だと?」
志ノ田が振り返る。喰い付きのよさに大洗は一瞬たじろいだが、食わせ物の志ノ田だ、弱みを見せるわけにはいかない。すぐに威儀を正した。
「ほら、手元。まだ出てるんだろ?」
「ああ、そうだった。・・・・・・他の意味とはなんだ?」
「例えば、苗字が“A”で始まる学生を狙っている。ターゲットの情報が少なく、そのイニシャルは知っていたという場合、犯人が若い番号だけを狙ったのも納得がいく。」
「無茶な。暴論だ。」
「まぁ待て。犯人がファイの証人だという点に疑問を持ったのはその点だ。確かにあんたの言は筋が通っている。しかし、あてつけの感が強い。だが殺人事件そのものを見てみれば、ある番号より若い番号の人間を片っ端から殺していることになる。」
「では訊くが、“K”で始まる人間も殺されているが、それはどう説明する?」
「ブラフだ。今回の事件では、犯人が被害者に気取られてはまずい何かがあるはずだ。」
「それで、ファイの証人の犯行ではないと言いたいのか?」
「そうは言ってない。慎重なだけだ。」
「まぁいい。とにかく渡すものは渡したぞ。俺はそろそろ帰る。」
志ノ田は席を立つと、店員を呼んでバスケットの玉を精算させた。帰ろうとする大洗を、志ノ田は呼び止めた。
「・・・・・・あ、そうだ。お前のカミさんの妹に、なにかお土産やるよ。少し待ってろ。」
大洗は手を振る。
「今、入院しているんだ。」
志ノ田の目が険しくなる。
「どこが悪いんだ?」
「何の因果か、白血病だ。」
「そうか・・・・・・まだ刑事は続けるのか?」
「ああ、そのつもりだ。」
「そうだな、六年も待ったんだ。・・・・・・呼び止めてすまなかったな、お大事にしてくれ。」
大洗はうなずくと、その場を後にした。志ノ田は店員のやけに明るい声質にイライラしていた。
「難儀な奴だ。」
そう呟いた志ノ田の声は、喧騒と精算機に呑み込まれ、掻き消されていった。

193イチゴ大福:2005/03/02(水) 11:28:46 ID:xLJuwFUE
32.群青色の夢をみる。
八年前の事件と六年前の事件が「白血病」という病名によって抽象的な関係性を有している点は、前田にとって気になる点ではあったが、今のところ、T経済大生を狙うゴーストを検挙するのが、これ以上の被害の拡大を防ぐ最も有効な手段であり、前田にとっては、再び眠れない日々の到来を告げるものだった。
大洗の妻が入院しているのは国立病院で、前田は大洗をそこまで送り届けると、一時帰宅した。食事をし、しばしの仮眠をとる。寝起きが辛かったが、奥さんの笑顔に勇気づけられている自分がなんとも微笑ましく感じていた。
ノートパソコンと充電池、奥さんが淹れてくれたコーヒーと夜食を抱えた前田は、愛娘の寝顔に別れを告げると、ひとり、梧桐宅の張り込みに向かった。
梧桐が帰宅するのはだいたい午後十時過ぎである。講義の変更やイベントなどでスケジュールを変更することは考えられるが、梧桐冬樹のように長距離の通学をしている学生は、最終には間に合うように電車を選ぶはずだし、移動時間の窮屈を考えて、できるだけ効率よく時間を使おうとするはずだ。帰宅時間に大きな狂いはないとみてほぼ間違いはなかった。
実際、この日も十時過ぎには到着していた。
前田は梧桐冬樹の姿を確認すると、ノートパソコンを開いた。
うっすらとディスプレイの明かりが暗い車内に仄かに充満した。強い光が目に痛く、照度を下げる。暗い世界にぼんやりと浮かぶディスプレイは、群青色の淡い光を放ち、車内を異様な光で浮かび上がらせていた。
ネットに接続し、メールをチェックする。エロサイトや架空請求のメールがほとんどだったが、その中に間良からのメールを見つけた。
内容は先日の再会のことについてだった。勿論、彼の働きに報い、大変な量の食事を奢ったことへの、前田への些細なお礼だった。
前田は返信とともに、彼が指摘した“存在しない”五人目の被害者のことも報せた。また、事件が予想以上に複雑であり、根が深いこと。そして、大洗警部が戦列を離れたことで明日から単独での捜査になることを書き添えた。
返信の数十秒後に、メッセンジャーにログインしてきた間良は、開口一番こう書いた。
『ひとりで大丈夫か?』
いろいろな意味に取れなくはないが、「初めてのお使いじゃないんだ。何を心配してる?」と返す。きっと、仕事の片手間にメールを書いているのだろう。ソフトウェア関係の仕事は勤務時間が一定しないというのはよく聞く話だ。前田のタイピング速度を考えれば彼に文句をいう資格はないだろう。一分ほど経って、レスポンスがあった。
『お前みたいなガタイのいいおっさんの心配なんか誰がするか。昨日は相当煮詰まっていたように見えたが、仕事の相談相手がいなくなるのはマイナスじゃないのか、と訊いたんだ。』
間良の言うのはもっともだ、と前田は一人でうなずいた。
「今回の事件はまだ何一つ犯人に結びつく手がかりが得られていない。それでいえば煮詰まっているという原状に変わりない。おかげで今も張り込み中だ。」
『さっきのメールだが、六年前の事件には五人目がいたんだって?』
「そうだ。佐伯亜季という名前だ。双子の姉が、苗字のイニシャルが“O”で、それで間違われて殺害されたらしい。」
『で、その姉の名前は?』
「わからない。まだ生きているし、プライバシーの保護要請から記録に残っていなかった。」
『俺が当ててやろうか?』
「また、どこかのサーバにハッキングして調べるのか?」
『簡単なクイズだ。殺された妹は“亜季”だ。“亜”という漢字を辞書で調べたことはあるかな?』
突然先生口調になる。
「たしか、「主たるものの下になる」といった、準ずるという意味合いがあったはずだ。」
『その通りだ。しかし、被害者の名前から導かれる法則性から季節性を考慮する必要があるから、ここでは転じて“次ぐ”という意味で捉えたほうがいいだろう。そこから、亜季の名は、姉の次の季節を念頭に置いた名前だったといえないだろうか?つまり、姉の名前とは同時の次元にありながら、尚且つ姉に準ずる存在として認識されていた、ということだ。』
「じゃ、姉の名前は、その前の季節になることになる。しかし、亜季はどんな季節を表しているんだ?」
『やっぱりお前を一人で捜査に出すのは危険だな。姉の名前は“四季”だ。一年という、移ろいゆく季節の経過を見事に言い表した名前だよ。』
「ああ、なるほど!」
前田は思わず声を上げていた。目から鱗が落ちる、とはこのことをいうのだろうか、と一人ほくそえんだ。
そのとき、不審な影が梧桐宅から出てくるの発見した。
前田は「事件だ。切る」とだけ打ち込むと、OSのシャットダウンもままならずディスプレイを閉じた。光を遮る必要があったからだ。そして、後部座席から高感度カメラを引っ張り出し、そっとドアを開けた。

194イチゴ大福:2005/03/02(水) 11:31:29 ID:xLJuwFUE
33.思惟と死と、その使途。
「死が明確に知覚される状況とはどんなものだろう?」
まるで一個の意思をもった動物であるかのように、その足は大洗の意思とはかけ離れていた。すでに面会時間はすぎていたが、「荷物だけ届けたらすぐに帰る」と無理をいい、老練の看護士に入れてもらっていた。まだ消灯前とはいえ、暮れの病院はどこか薄気味悪く、悲しみと恐怖の詰まったような、言い知れぬ雰囲気を漂わせていた。
「その場に居合わせれば、理解できるだろうか?」
答えがでないのは、それを定義するにはあまりにも問題が複雑で、一般化の適わぬ現象だからだろう。そう、元々現実に一般化できる現象のほうが少ないはずなのだ。
エナメル張りの廊下に、彼の靴のあたる音だけが静かに響いていた。
一歩一歩、何かを確かめるような慎重さで、大洗は足を運んでいた。ともすれば、それはこれから訪れるであろう現実との対面を、少しでも遅らせようとするかのようだった。
だが、その思惟とは裏腹に、すでに彼は病室のドアの前で立ち止まっていた。
ノックする。中からか細い女性の「どうぞ」という声がした。
ドアを開ける。
「やぁ、調子はどうだ?」
彼の口からでた言葉は、職場で見せるいつもの調子とは異なり、物腰の柔らかな静かな口調だった。
起き上がろうとする彼女を彼は諌めた。
「そのままでいい、どうせすぐにでなくちゃならないから。」
「そお?悪いわね、お使いに行かせたみたいで。」
「いいんだよ、水臭いことはいうな。」
鼻腔をつくアルコールとアンモニアの混じった臭い。点滴の管が、静寂に満ちた病室に、ゆっくりと、そして静かに時を刻んでいる。命の鼓動も、躍動もない無機質の世界。小さな小さな、もっとも終わりに近い世界。
青白く力を失ったピアニストの手を、彼は手にとった。彼を見つめるその黒く、憂いに満ちた瞳は、儚くなりゆくものの残り香を放っていた。・・・・・・美しかった。
「ごめんなさい。私、死んでしまうわね。まだ、遣り残したことがあるのに。」
彼は咄嗟に、その意味を察した。それは姉妹を殺されたことの復讐を意味するのだろう。
彼は、もう一方の手で彼女の手を包んだ。
「君は死なないよ。これまでだって生きてきた。こんな簡単に人は死なない。しっかりしなさい。」
最後の一言は、まるで、駄々を捏ねる子供を諭すような優しさがあった。
彼女は愛らしい、三日月の瞳と共に彼に微笑みかけた。

195イチゴ大福:2005/03/02(水) 11:32:29 ID:xLJuwFUE
「私はあなたが思っているほど強い人間ではないのよ。」
「いいや、強いさ。君が気づいていないだけだ。」
「ふふ、ありがとう。そうだと信じたいわ。」
彼は握り締めたその手をそっとベットの上に置くと、背中に隠していたものを取り出した。
「綺麗だろ?」
それは白い薔薇の花束だった。
「あら、この時期に薔薇なの?綺麗だわ。今日は何かの記念日だったかしら?」
「いいや、君にと思って。」
「ありがとう。あとで看護士さんに活けてもらうわ。」
「俺がやるよ。花瓶あるか?」
「ええ、病院のだけど。」
小さな物入れの中に黴臭い紺青のプラスティック製の花瓶が入っていた。水をいれ、その中にいれる。
「どうだ、映えるだろう?」
「そうね。」
それから、彼は着替えなどの入ったバックを彼女に見せた。
「これを。着替えは看護士に手伝ってもらうんだぞ。」
「ええ、明日にでも着替える。あなたはそろそろ帰ったほうがいいわ。」
そうは言いながらも、彼女の表情は寂しげだった。闘病生活に疲れ、肉体的にも、精神的にも辛い状況だった。しかし、それとはまた違ったものだった。
「そうだな。また来るよ。なにか欲しいものはないか?果物とか、本でもいい。」
「いいえ、なにもいらないわ。」
それを聞くと、彼は静かに彼女の唇に唇を重ねた。彼女も心持ち唇を押し返したが、重なった時間はほんとに一瞬のものだった。
「また来る。ゆっくりお休み。」
彼女は瞳で答えた。
後ろ髪を引かれる思いを断ち、彼は静かに病室を後にした。じんわりと口の中に広がる鉄の匂いは、血の味だった。

196イチゴ大福:2005/03/02(水) 18:50:17 ID:XZIh7iwc
34.不在対象要件の偏在可能性。
一瞬先は闇、という言葉はあるが、先のことが知りえないからこそ、現実社会は複雑怪奇に錯綜した多様な人間の意志のもと、不整合を容認し、不合理を寛容し、その理解を妨げるものだといえる。所詮、一個人の触れることのできる情報の量などたかがしれているのだ。
「事実は小説よりも奇なり」
一瞬そんな言葉が浮かんだが、前田の意識はすぐに眼前に突きつけられた現実に引き戻された。
時刻は午前一時、すでに日付は変わり、二月八日である。自宅から梧桐冬樹が出てきて五分ほど歩いたが、携帯電話を取り出すと誰かと話し始めた。会話はすぐに途切れたが、それとほぼ同時に黒いFTOが彼の前で停車した。「しまった」と思う間もなく、梧桐冬樹は助手席に乗り込んだ。物陰に潜んでいた前田は飛び出し、去り行くFTOの後ろ姿を、望遠レンズを覗く間もなく一瞬の静止のあとシャッターを切った。
高感度のデジタルカメラだ。撮ったばかりの写真を小さな液晶パネルに呼び出す。前田の腕がよかったのか、ただ単に運がよかったのか、車のナンバはかすかに写っていた。
すぐに車に戻り、カメラをパソコンに接続してデータを転送する。
画像を呼び出し、拡大する。陰影をつけるとハッキリと字を見ることができた。
イグニッションを回し、後方確認もままならないまま自動車を走らせた。減速すら惜しいといった様子でコーナーに車体を滑り込ませる。日頃の彼の運転からはまるで想像のつかない荒い運転だった。コーナーからの立ち上がりで滑らかに車体を安定させ、アクセルを踏み込む。黒のFTOの姿は見当たらない。焦る前田。アクセルを踏み込む足にも力が入っている。すれ違う対向車のビームライトに悪態をつきながら、眠りについた市街地を走り抜ける。じきに十八号線にでた。
「どっちだ!?」
ハンドルをとる手に汗が滲む。そのとき、彼の目の前を黒のFTOが走り去った。彼は反射的に方向旗を挙げると、ハンドルを回し、アクセルを踏み込んだ。右手でハンドルを握りながら左手でカメラの望遠レンズを覗き込む。ナンバプレートを確認すると、梧桐冬樹が乗り込んだものだと確認できた。
「これも運がいいからか?」
思わずにんまりする。カメラを助手席に置くと、前方との車間を開け、追跡を開始した。
一定の距離が開いてはいたが、FTOは馬鹿に飛ばしていた。前田が自動車のメーターを見ると百二十キロを超えていた。いくら仕事中とはいえ、スピード違反で同業者に捕まりたくないものだという思いが頭を巡っていた。
経大通りに入り、更に加速する。細い路地を何度か曲がる。見失いそうになったが、なんとかテールランプの筋を追いかけ、そのうちアパートに入っていくのを突き止めた。通り過ぎた振りをして路肩に止めるとすぐにエンジンを切った。温まったエンジンが深夜の切るような冷気に悲鳴をあげるかのような金属音が小さく響く。自動車のドアを閉じる乱暴な音が二つ、続いて階段を上がる足音が聞こえた。
前田はカメラを構えて階段を見やった。梧桐冬樹と、その隣には学生風の男がいる。
前田はカメラを下ろした。「梧桐はあの男を殺す気なのか?」しかし、それでは男が車で梧桐を迎えに来た理由がわからない。わざわざ、見ず知らずの人間に「殺してやるから迎えに来い」といわれて、のこのこ出て行く人間はいないだろう。では、あの男は梧桐冬樹の知り合いなのだろうか?だとすれば、梧桐冬樹の共犯者だろうか?
二人がアパートの一室に入っていった。
エンジンを切ったためにすっかり冷え切ってしまった車内では、寒さなど気にもならないほどに前田は考えこんでいた。
「しかし、二人はどんな繋がりがあるというのだろうか?」
FTOの男がアパートに住んでいることから考えても、少なくとも市内出身者ではないだろう。榛名、安中、館林でも車か電車、バスで通学するはずだ。むしろ県外と考えるべきだろう。では、どうやって知り合ったのだろうか?大学間の交流で知り合ったか、ネットで知り合ったか、他にも考えればいくらでも説明のつく理由はあるだろう。
問題は、梧桐冬樹との関係性だった。FTOの男が今回の事件と関連している可能性があるとすれば、今夜、これから犯行を仕掛けるならば、このまま車内で見張っているのが確実だ。犯行現場で取り押さえれば、殺人未遂容疑の現行犯で逮捕できる。幸い、カメラのバッテリーはまだたっぷりとあった。いくらでも証拠を保存できる。
すべては、二人が動き出せば分かることだ。


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