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俺は小説家を目指している。
169
:
イチゴ大福
:2005/02/21(月) 11:44:07 ID:QYpEv7pY
19.殺人者は眠らない、前田くんは眠ることすら許されない。
高崎駅に着くと、彼は車をとりに戻った。その足で一度帰宅し、仮眠をとる。
梧桐冬樹を監視しているとはいえ、その行動を把握できない以上、長期戦に備えてなるべく体力を温存しておく必要があった。
「こんな技術があるなら、お前に知りえないことなんてないんだろうな。」
そういった前田に間良はこういった。
「ネットワークにアクセスすればどんな情報でも収集できると考える安易な人間がいるようだが、それは間違いだ。
ネットワークの充実によって確かに共有される情報の量は増えたが、しかし、それでもひとりの人間が触れることのできる情報量というのは限られている。それに、情報が他者によって知覚されるためには、情報の占有者がその情報を発信しなくてはならない。それは言葉であり、文書であり、ネットワークであったりする。だが、占有した情報、または処理、加工し再構築した情報をすべてアウトプットすることは不可能だ。つまり、すべての人間が脳をニューラルなネットで並列化し、情報を共有できるインフラが整わなければ、本当の意味で“すべてを知る”ことはできない。
しかし、考えてみてほしい。もし、すべての人間の脳がすべて同じ情報を共有するとして、他者と自己を比較する境界線とはいったいなんだろう?文化や価値尺度、歴史認識や主義思想、こうした複雑かつ繊細で膨大な情報がまったく同じく共有することで、はたして個と他を隔てるものはいったいなんだろうか?まぁ、人間の脳は非常に複雑精緻な構造をしているし、今いったような要因だけで個と他の差異性を無意味化することはできないが、自己を社会のシステムに投影することでシステムとしての人間であることに適応することはある種個の没個性化であり、それによって多くのシステムとなった没個性が相対的に自己認識という覚醒にいたるのは偶然であるよりはむしろ必然だ。個を喪失することで必然的に知覚される“個”は、しかし、あくまで共通認識のレヴェルであり、それ自体には意味がない。重要なのは、それが自分の頭の中で起こったという事実だけだ。
すべてを知ることができないという物理的制約は神が人間に与えた最後の足枷だが、それをはずしてまで知りたい情報があるとすれば、その瞬間、その情報を求めること自体が意味を失い、個は全体となり、全体は個に集約され、絶対的な個という存在の不確定的事実のために人間という集合は存在しえなくなる。」
午後十時過ぎに梧桐冬樹が帰宅、それから午前一時に彼の部屋から明かりが消えると、前田は午前二時まで監視を続けた。前田は、今日はこれ以上動きがないだろうと考え梧桐冬樹の実家を後にした。
情報の共有が不完全な世界では、何かを知ろうとすれば大変な時間と努力が必要になる。たとえそれが前田のように正義をなすために必要と認識されるような類の情報でもだ。
前田は家族のことを考える。例え仕事のためとはいえ、家族に費やす時間より他人の、しかも犯罪者のために費やす時間のほうが多くていいのだろうか?他の警察官はどんな思いでこの仕事についているのだろうか?それは家族をもつものの悩みであった。そしてふとあることに思い当たる。「警部の家族って聞いたことがなかったな。」
フロントガラスに何かが付着したのに気づいた。赤信号で停車した彼は、前のめりになって空を眺めた。雪が降り始めていた。
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