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【TRPG】ブレイブ&モンスターズ!第六章

1 ◆POYO/UwNZg:2020/03/27(金) 20:10:47
――「ブレイブ&モンスターズ!」とは?


遡ること二年前、某大手ゲーム会社からリリースされたスマートフォン向けソーシャルゲーム。
リリース直後から国内外で絶大な支持を集め、その人気は社会現象にまで発展した。

ゲーム内容は、位置情報によって現れる様々なモンスターを捕まえ、育成し、広大な世界を冒険する本格RPGの体を成しながら、
対人戦の要素も取り入れており、その駆け引きの奥深さなどは、まるで戦略ゲームのようだとも言われている。
プレイヤーは「スペルカード」や「ユニットカード」から構成される、20枚のデッキを互いに用意。
それらを自在に駆使して、パートナーモンスターをサポートしながら、熱いアクティブタイムバトルを制するのだ!

世界中に存在する、数多のライバル達と出会い、闘い、進化する――
それこそが、ブレイブ&モンスターズ! 通称「ブレモン」なのである!!


そして、あの日――それは虚構(ゲーム)から、真実(リアル)へと姿を変えた。


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ジャンル:スマホゲーム×異世界ファンタジー
コンセプト:スマホゲームの世界に転移して大冒険!
期間(目安):特になし
GM:なし
決定リール:マナーを守った上で可
○日ルール:一週間
版権・越境:なし
敵役参加:あり
避難所の有無:なし

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73崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/05/12(火) 02:21:05
「カザハも言ってたけど、ジョンの症状はだいぶ悪いみたいだね……。
 正直なところ……ブラッドラストなんて聞いたことのないスキル、本当に解呪できるのかどうか分からない。
 エーデルグーテに行けば何とかなるかもとは言ったけど、聖都へ行っても空振りに終わるかもしれない。
 絶対の攻略法なんて、このアルフヘイムにはないんだ。ゲームとは違う……」

明神の言葉に、なゆたもぽつぽつと自分の考えを紡ぐ。

「だから。だからこそ、わたしはどんな方法も試してみたい。
 もしジョンを助けられる方法が聖都にもなかったなら、わたしは――大賢者に会いに行ってもいいと思ってる」

確かに、ローウェルが善人だとは限らない。
ゲームの中では故人であり、(アンデッド化して問答無用で襲い掛かって来るパターンを除けば)プレイヤーが会ったことのない、
現在のローウェルの人となりを判断することは誰にもできない。
マルグリットと違って、ゲームの中ではこうだったから――という判断材料は存在しないのだ。
だが、ひとつだけ確実に分かっていることがある。
それは、ローウェルがこの世界の叡智の頂点に君臨しているということ。
弟子たちが知らないことであっても、きっと。ローウェルならば知っているに違いない。

「バロールは知らなかった。そしてオデットも知らないとなれば……あとはローウェルに訊くしかない。でしょ?」

明神はローウェルのことを警戒しており、できるだけ接近すべきでないと思っている。
可能であれば関わり合いにならないという方針にはなゆたも賛成だが、それも時と場合による。
本当に解呪の方法が見つからないとなれば、ローウェルの所に殴り込むのもやむなし。それがなゆたの結論だった。

「あ゛? オマエ……まさかと思うけど、パパを裏切るつもりか?」

さっそくガザーヴァが噛みついてくる。愛らしかったその顔にたちまち影が落ち、両眼が炯々と輝いて殺気を湛える。
どれだけ裏切られても、邪険にされても、明神という新しいよすがを見つけたとしても。
今なおバロールの娘であることに少なからぬ比重を置く忠臣・幻魔将軍ガザーヴァである。
しかし、なゆたも負けてはいない。ガザーヴァの渦巻く殺気にも怯まず、まっすぐにその双眸を見返す。

「わたしたちはあの赭色の荒野から、ずっとクエストをこなしてきた。
 そして、これからもそうする。
 たとえどこへ行ったって、どんな苦境に陥ったって。わたしたちが力を合わせれば、絶対に何とかなる――そう信じてる。
 だからこそ。どんな無茶でもやるよ、わたしは」

ジョンの意思を尊重し、マルグリットの差し伸べた手を跳ね除けていたとしたら、今頃どうなっていただろう。
マルグリットはともかく、親衛隊はそれを敵対行為とみなすに違いない。
少なくともマルグリットの厚意を無碍に拒絶した愚か者、無礼者と判断する。
それで戦いになどなれば、こちらに勝ち目はない。相手は長年行動を共にした幹部さえ容赦なく見捨てる狂犬たちだ。
マルグリットの意に反する者に手加減はすまい。ならば待っているのは速やかで確実な全滅だ。
また、オデットに会える可能性も低くなる。現状、マルグリットを同行させていればオデットまでは一直線。
明神が考える通りマルグリットなしでも何らかの手段はあるかもしれないが、最短ルートがなくなるのは大きな痛手だろう。

マルグリットと手を組むのが最善とは言わない。だが悪手とも思わない。
この選択はローウェル側に借りを作ってしまう要因になるかもしれない。余計な因縁を作るだけの結果に終わるかもしれない。
しかし、こうすると決めた。いったん決めたら、太陽が西から昇っても考えを改めないのが崇月院なゆたである。
なゆたもまた、明神と同じようにパーティーの仲間たちを信じている。
皆で力を合わせれば、絶対になんとかなると迷いなく思っている。
だからこそ――
何が起こっても大丈夫と、マルグリットの申し出を受けたのだ。

「心配かけてゴメンね、明神さん。
 分かってる……みすみす継承者の言いなりになるつもりはないよ。こういう駆け引き、結構得意なつもりだから。
 もう少しだけわたしに任せて。きっと……打開策を見つけてみせるから」

「ちっ。しゃーねーなぁー。
 ジョンぴーの呪いがどうにかなるまで、保留にしといてやるよ。
 でも、ジョンぴーの呪い問題で恩ができちゃったんでじじい側につきます! ってなったらマッハで殺すかんな。モンキン」

轟々と殺気を纏っていたガザーヴァがいつもの様子に戻る。
とはいえ、少しでもなゆたがローウェル側に心惹かれるようなら即座に殺すと明言する辺り、凶悪にも程がある。

「あはは……そうならないように、何とか頑張るよ」

なゆたはぱたぱたと手を振った。
明神の言うとおり、エーデルグーテでオデットに会う前にローウェルたちが何を目論んでいるのかを知らなければならない。
マルグリットならば教えてくれるかもしれないが、彼と二人きりになれる機会はまずないと言っていい。
ならばどうするか――問題は山積している。
なゆたはそんな課題を抱えたままシャワーを浴び、馬車へ戻って明神やガザーヴァら仲間たちと一緒に眠った。

74崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/05/12(火) 02:22:10
橋梁都市アイアントラス。
アルメリア王国とフェルゼン公国の国境近くにある『大断崖(グレイテスト・クリフ)』に架かる、超巨大な鉄橋である。
橋そのものが都市を形成しており、アルメリアとフェルゼンを陸路で繋げる唯一の道として交通の要衝となっている。
ゲームの中では、巨大な目抜き通りを形作っている橋の両脇に商店や露店が立ち並び、
行商や旅人、自警団などが賑々しく街を行き交っている。
ブレモンのストーリーモードを一通りクリアした『異邦の魔物使い(ブレイブ)』なら、必ず来たことのある場所だ。
なお、十二階梯の継承者のひとり『万物の』ロスタラガムに初めて会う場所でもある。
長距離を移動してデリントブルグを抜け、街に入ったと思ったら何気なく話しかけた相手に突然問答無用でぶん殴られ、
対処が及ばずわからん殺しで全滅したプレイヤーも多い。

明神ら一行+マルグリットとその親衛隊は、半月の時間をかけて大した確執も起こすことなくデリントブルグを抜けた。
投書の予定では、バロールがアコライト外郭戦で大破した魔法機関車を修復し、
アイアントラスへ送り届けるという手筈だった。
徒歩では一年かかるエーデルグーテへの道のりだが、魔法機関車を使えばぐっとその期間は短くなる。
何にせよ、アイアントラスまで到着してしまえばこっちのもの――
と、思ったが。

「……なんてこと……」

眼前の光景に、なゆたは目を見開いた。
アイアントラスが燃えている。
本来多数の人々で活気づいているはずの街は破壊され、あちこちで建物が燃えている。
建物だけではない。荷車も、花壇も、家畜も――
そして、人も。

「襲撃のようだな」

エンバースが槍を手に呟く。既にスマホも起動しており、いつでも戦いに出られるという体勢だ。
だが、なゆたはまだ自体が呑み込めない。誰が、いったい何のために?
しかし、そんな疑問もすぐに解けた。
逃げ惑う人々に襲い掛かる、小柄な異形の群れが遠くに見えたのだ。

「―――――――――――!!」

なゆたはもう一度、驚きに目を瞠った。
アイアントラスを破壊している異形はゴブリンだった。1mくらいの背丈の、緑色の膚をした亜人種。
ブレモンではスライムに毛が生えた程度の強さの、最弱モンスターの一角である。
革の腰巻や朽ちた鎧などを身に纏い、武器と言ったら錆びた剣や棍棒、粗末な弓もどきくらいのもの。
そんな雑魚キャラ、典型的やられキャラのゴブリンが10匹ほど群れを成している。
が。
それは通常のゴブリンのこと。なゆたたち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の眼前にいるゴブリンは、そうではなかった。

ゴブリンたちは防具に身を固めていた。――だが、いわゆる鎧や兜といった『西洋ファンタジーらしいもの』ではない。
小口径の拳銃程度なら直撃しても確実に防御する、マットブラックのバリスティックヘルメット。
耐閃光、耐煙、耐衝撃の強化アクリル製ゴーグル。
防弾・防刃機能付きのタクティカルスーツに、胴体を防御するボディアーマー。
グローブとコンバットブーツで肌の露出を最低限に抑えた、黒ずくめの外見。
そう――

『ゴブリンたちは、現代の地球産の装備で武装していた』。

それも、SWATや軍隊が採用しているような本物の戦場装備だ。
ゴブリンの一匹が、逃げ惑う人々に狙いを定める。
その手に持っているのはM-16自動小銃。米軍で正式採用されている、アサルトライフルのベストセラーだ。

「ギギッ!」

「た、たすけ……ぎゃぅっ!」

タタタタタンッ! と軽快な射撃音が響き、武器も持たない街の人々が悲鳴を上げて倒れる。
例え武器を持っていたとしても、地球の最新鋭装備とファンタジー世界の旧式武器では比較にならない。
自警団らしき者たちが必死で抗戦しているが、防戦一方でまるで勝負にならなかった。

「ポヨリン!」

なゆたは叫んだ。と同時にスマホをタップし、ポヨリンを召喚する。
ポヨリンは召喚されるや否や弾丸のように突撃し、ゴブリンの一匹の胴体に突き刺さるように体当たりした。

「ガギィィィーッ!?」

完全な不意打ちだ。ゴブリンは防御姿勢を取ることもできずに吹き飛んだ。

「ギッ! ギギ……」
「ギャキィーッ!」

闖入者の出現に、残ったゴブリンたちが甲高い声をあげる。
じゃきっ! と音を立て、ライフルの銃口が『異邦の魔物使い(ブレイブ)』へと向けられた。

75崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/05/12(火) 02:22:56
「きひッ! 鉄火場だー! おい明神、やっていいよな? やるぞ? 答えは聞いてない!
 のんびりお散歩なんて飽き飽きだ! あっばれっるぞォーッ!」

ガザーヴァが爛々と双眸を輝かせ、前のめりになってゴブリンたちへ突撃する。
虚空から身の丈ほどもある騎兵槍を出現させると、凄まじい速度で刺突を見舞う。
黙々と一行の最後列についてきていたガーゴイルも、主人の助太刀度ばかりに蹄を鳴らして戦場へ駆けてゆく。

「おいおい……何だよその装備!? 超カッケーマジパネー!
 ボクも欲しいなー! でもゴブリン用じゃサイズが合わないっかぁー! 残念ザンネン!」

ぶぉん! と風切り音を鳴らして騎兵槍がゴブリンを狙う。
しかし、当たらない。本来ならば回避の『か』の字も知らないほど低レベルなはずのゴブリンが、巧みに攻撃を避ける。
そして射撃。驚くべきことにゴブリンたちは規則正しい隊伍を組み、ガザーヴァを一斉に狙ってきた。

「おっとっとォ! ゴブリンのクセしてやるじゃん!」

ガザーヴァはある時は身を翻し、ある時はバク宙し、まるで軽業のように銃弾を躱す。
発射されたのを確認してからライフルの弾を避けるなど、人間の動体視力を遥かに凌駕している。
たたッ! と幾度か身軽にトンボを切ると、ガザーヴァは明神の傍に戻った。

「明神、ヤマシタは守りに使え。攻撃はボクがやる。
 コイツら、強いぞ。おまけにバッドニュース! コイツら――
 ……もっと増える」

前方を見据えたまま、ぼそりと呟く。
余裕の様子を見せてはいたが、実際はそこまで楽観視できるものでもないらしい。
そして――ガザーヴァが警告した通り。

炎上する建物の中から、横転した荷台から。倒れた柱の影から。
50匹ほどのゴブリンたちが姿を現し、一斉に銃を構えた。
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』と対峙している者たちばかりではない。建物の屋根から狙いを定めている者もいる。
むろん、全員地球の軍用装備に身を固めている。まさに多勢に無勢だ。

「ぐ……」

なゆたは奥歯を噛みしめた。
半月前、エンバースが拾った銃弾。それはこのゴブリンたちが使ったものだったのだろうか。
ゴブリンたちに支給できるほどの装備を、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』が持ち込んだというのなら。
それは、こちらにとって絶望的な戦力差となることだろう。
どうすれば、この敵を打ち破ることができるのか? 仲間たちを守ることができるのか?
なゆたは一瞬懊悩した。
だが、次の瞬間。

「蹂躙、許すまじ!」

マルグリットの透き通った声が、炎上するアイアントラスに朗々と響き渡った。

「不義! 不善! 不当! それら世の安寧を脅かす不穏の徒を征することこそ、我ら継承者の本懐なり!
 ならば! ならば此なる眼前の悪逆、我が理の力にて止めるが大義と心得た!
 十二階梯の継承者、第四席『聖灰の』マルグリット――罷り通る!!」

まさしく、ゲームの中のムービー・パートのように。
トネリコの杖を持った右手を突き出して言い放つと、マルグリットは身を低く屈めてゴブリンたちへと疾駆した。
疾い。
マルグリットは瞬時にゴブリンの群れの只中へと飛び込むと、上体を思い切り捻った。

「おおッ!!」

ぶぉんっ!!!

咆哮と共に、疾駆の余勢を駆っての飛び回し蹴り。
大鉈の如き蹴りが旋風を纏ってゴブリンたちに命中し、その矮躯を遥か彼方へ吹き飛ばす。
残ったゴブリンたちが雪崩を打って発砲する。――が、当たらない。
疾風さながらの身ごなしで紙一重に銃弾を避け、マルグリットはさらに攻撃を加えた。
舞うように優雅に、しかし必殺の威力を以て繰り出された手刀がゴブリンを薙ぎ払い、瞬く間に蹴散らしてゆく。
マルグリットは単なる魔術師、専業後衛職ではない。
ユニークスキル『聖灰魔術』を自在に使いこなす天才魔術師であると同時、
格闘スキル『高速格闘術(ハイ・ベロシティ・アーツ)』の使い手でもある複合職なのだ。
本来高い対衝撃性を有するはずのボディアーマーが、まるで苧殻のようにひしゃげる。ゴブリンが水切りの石のように吹き飛ぶ。
ゴブリンたちに囲まれながらも、マルグリットは落ち着き払った様子ではー……と息を吐き、呼吸を整えた。

流麗、必滅。その姿はまさにアルフヘイム最高戦力、十二階梯の継承者と言うに相応しい。

76崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/05/12(火) 02:24:44
「マル様を援護するわよ、ふたりとも!」

「かしこまり! ライブ・スッタァートゥ! ヒィ――――ハ―――――――ッ!!」

「待ちくたびれたッス、さて……じゃあ真打登場ッスね! 行け、アウグストゥス!」

マルグリットに遅れじとさっぴょんが声を上げ、シェケナベイベときなこもち大佐が後に続く。
きなこもち大佐のパートナーモンスター、スライムヴァシレウスが真紅のマントを翻しながらゴブリンたちへ突っ込んでゆく。
タクティカルスーツを着ていようが雑魚は雑魚、と言わんばかりの圧倒的な力で、スライムの王がゴブリンを駆逐する。
一昔前のパンクロッカーの姿をした、トゲのついたコスチュームに身を包んだゾンビがエレキギターをかき鳴らす。
シェケナベイベのパートナーモンスター、アニヒレーターだ。
アニヒレーターの左右に展開した巨大な身の丈ほどもあるスピーカーから爆音が轟き、音が質量をもって敵を薙ぎ倒す。
そして――マル様親衛隊の隊長、さっぴょん。
さっぴょんのスマホから、煌めく白銀色の『駒』たちが出現する。
16体いる等身大のチェスの駒があたかもマルグリットを守護するようにその周囲に召喚され、ライフルの弾を跳ね返す。
魔銀(ミスリル)製の駒は堅牢無比、物理に対しても魔法に対してもきわめて高い耐性を誇る。

「さあ――制圧なさい、私の駒たち!」

さっぴょんの号令一下、等身大の駒たちが幾何学的な動きでゴブリンたちを掃討する。その動きはまさしくチェスのそれだ。
そもそも、さっぴょんこと悠木沙智はただのブレモンプレイヤーではない。
彼女は全日本チェス選手権四連覇の王者にして、チェスの世界大会であるチェス・オリンピアードにも出場経験のある、
日本最強の棋士なのである。
女流棋士・悠木沙智の戦術(タクティクス)はグランドクロスと呼ばれる独自のもので、世界に通用する強力なものだ。
その戦術をブレモンにも用い、ブレモンプレイヤー・さっぴょんは瞬く間にトップランカーへと昇りつめたのである。
決して他者に迎合しないシェケナベイベときなこもち大佐が隊長と仰ぎ従っているのも、その桁外れの強さゆえだ。
モンデンキントも幾度となくさっぴょんとオンラインでデュエルしたが、その都度グランドクロスに跳ね返され敗北を喫している。
その、モンデンキントに幾度となく苦汁を舐めさせてきた戦術が、目の前で展開されている。

「――モンデンキント。俺たちは連中が敵を駆逐するのを、指を銜えて見ていればいいのか?」

「え? ぁ……、う、ううん、わたしたちも行くよ! エンバース、お願い!」

「了解した」

マルグリットと親衛隊の戦いを半ば呆然と見ているなゆたに、エンバースが声をかける。
はっと我に返ったなゆたが指示を出すと、エンバースはすぐに戦いの坩堝へと躍り込んでいった。

「明神さん、カザハ! 馬車を護って!
 ジョンを出さないように……攻撃はわたしたちが何とかするから!」

武装したゴブリンたちはどこからかワラワラと這い出してくる。どれだけの数がいるのか見当もつかない。
もちろん、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』がライフルの弾を一発でも被弾すればそれでおしまいだ。
なゆたもマントを翻して戦場に駆け入り、ポヨリンに攻撃の指示を下すが、ATBゲージが思うように溜まらない。
デュエルならともかく、混戦状況の中ではスマホに依存する『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の戦い方はいかにも非効率的だ。
飛び交う弾丸をスキル『蝶のように舞う(バタフライ・エフェクト)』で避けながらスペルカードを手繰るものの、
スキルの連続使用は肉体への負担が大きすぎる。すぐに疲労が蓄積し、なゆたは肩で息を繰り返した。

「はあっ! はあっ、はぁ、は……はあ……!」

額にびっしりと汗が浮く。喉がからからに乾き、ひりついて息がうまく吸えない。
モンスターを召喚・制御するのと同じように、スキルを行使すれば肉体と精神の両面が消耗する。
まして、なゆたはこの世界の住人ではない。にわか仕込みのスキルを連続使用して平気でいられるはずがない。
それでも、止まらない。止まれない。
ジョンを蝕む呪縛に比べたら、こんな疲れくらいは物の数ではない――そう思う。

「ポ、ポヨリン……『限界突破(オーバードライブ)』……プレイ……!」

腕が鉛のように重い。だが、それでも懸命にスマホをタップしスペルカードを切る。
そして――

もし、ジョンが馬車の中から戦場を見ていたとしたら。ジョンだけは気付くだろう。
突如戦場に現れたひとつの影が、恐るべき速さでなゆたへと接近しつつあることに。
それは一見するとゴブリンたちと変わらないように見えた。ヘルメットもゴーグルも、タクティカルスーツもすべて一緒である。
が、大きさが違う。小学生程度の大きさしかないゴブリンたちと違い、その影は大柄だった。身長180cmはあるだろう。
迅い。ゴブリンたちとは比較にならないスピードで、影はなゆたへと疾駆している。
その手には大振りのコンバットナイフが握られている。逆手に握られた、刃までが真っ黒なナイフ。
なゆたは気付いていない。ふらふらになりながら、ポヨリンへと指示を飛ばしている。
マルグリットは最前線におり、親衛隊はマルグリットを援護することしか頭にない。
エンバースとガザーヴァもまたなゆたから遠く離れた場所におり、明神とカザハは馬車の守りで手一杯だろう。
となれば。

その影を阻むことができるのは、ジョンしかいない。


【アイアントラスを近代装備に身を包んだゴブリンの一団が襲撃。
 なゆた疲労困憊。迫りくる襲撃者には気付かず】

77ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/05/15(金) 18:46:44
普段なら人と笑顔で溢れ返っているはずの街は静まりかえっていた。
むせ返るほどの臭いと夥しい血で濡らされていた。

血でぬれたその広場に、一人の仮面をつけた男がいた。
仮面を付けた男の周囲には死体があった。

一つ二つではない・・・広場には大量の死体があった。

「まだかなあ・・・」

その男はまるで恋人を待つ一人のような人間のような事を呟いた。

普段ならなんの違和感もない場所と言葉。
しかしまだ温かい死体達と仮面の男の服に付着した大量の血。
それらが異常な空気を醸し出していた。

「これは・・・あなたがやったの?」

そこに数人の人間とモンスターが現れる。

「思ったより遅かったね?・・・あぁそうさ、僕がやった」

はぐらかすでも、ごまかすでもなく人殺しを認めたその男は笑い始める。

「いやーごめんね?君が誰だか分からないんだ!人を一杯殺すようになってから人間の顔ってのが認識できなくなっちゃってね・・・
 でもここに足を踏み込んだって事は君達は 異邦の魔物使い なんだろ?」

「どうだい?この広場は君達の為に用意したんだ!気に入ってくれたかな?」

狂人にブレイブと呼ばれたその人間達は思い思いの感情を狂人にぶつける。

「うんうん!それだけ僕に殺意を向けてくれるなんて・・・よっぽど気に入ってくれたんだね!
 うーん・・・でも少し一押し足りない感じするな〜君達は優しすぎて殺意の中にまだ慈悲的ななにかが残ってるね」

男は積み上げられた死体の山に手を突っ込むと、その中に一人の子供を引き抜き・・・首を思いっきり締め上げる。

「本当は最初から気づいてたんだけど〜まあ子供だしいいかなと思って気づかないフリをしてあげてたんだ」

子供が苦しそうな声を上げる。

「でも残しといてよかった!君達への取っておきのサプライズプレゼントになってくれたから・・・ね」

ブレイブ達が先制攻撃を仕掛ける。

「いいよ!本気で殺すって目だ!いいね!いいね!君達の目からやっと慈悲が消えた!」

「ああ・・・本当にこの世界にこれてよかった!元の世界にいたら一生こんな気分は味わえなかっただろう
 ・・・君達のような人間に殺される日が来るなんて・・・一生こなかっただろう」

狂人は嬉しそうに笑う。

「あのクソうるせー女も消えた!俺を裏切って反抗してきたあのクソ犬も!もうここに邪魔するものはもうなにもない」

「殺し合い・・・しようぜ」

狂人は自分の体にナイフを刺す。そしてその血を周囲に撒き散らす。

「なんで・・・広場を死体に・・・それもわざわざ大量に出血するようにして用意したと思う?・・・こうするためさ!」

狂人は手を上げると周囲の死体達から流れた血を自由自在に操り始める。

「完全に流れ出た血は誰の物でもない・・・けど僕の血に!スキルに触ったならそれは俺の血だ!」

気分が高揚したのか、狂人は仮面を投げ捨てる。
外した狂人の顔は見覚えがあった。

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78ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/05/15(金) 18:47:09

「ハッ!!」

目を覚まし、飛び起きる。
体の拘束は外され、目の前には食べ物が置いてある。カザハが置いていってくれたのだろう。

「夢・・・?夢なのか・・・?」

最近悪夢ばかり見てたはいたが・・・その中でも飛びぬけて・・・胸糞悪い夢で・・・。
でも夢とは断言できないような・・・まるで自分が体験したことがあるかのような・・・。

思い出せない・・・夢の内容を・・・

「く・・・いままで一番気分がわるい・・・」

体が・・・脳が・・・本当にわずかだがこの事を記憶している気がする。
思い出せないのに記憶してるとは・・・?

「・・・馬鹿馬鹿しいな」

そう自分の考えを一蹴して目の前に食事に手をつける。

>「ジョン、起きてるか」

みんなを起こさないように静かに食事をしていると明神に話しかけられた。

「どうしたんだ・・・?こんな夜中に・・・って君がもってるそれは」

>「昼間の狙撃、あれな……どうにもこいつを撃ち込まれてたらしいんだ。
 あの襲撃は多分、この世界の人間の仕業じゃない。技術水準が違いすぎる。
 召喚されたブレイブがライフル現品か、あるいはその製造方法を持ち込んだ」

これは・・・5.56mm弾・・・か?
携帯の明かりで照らし、細部を調べ始める。

>「有力な証拠物件だけど、遺憾ながら俺には銃に関する知識がない。
 だけどアレだろ、弾丸の旋条痕ってのは人の指紋みたいに発射元の銃を特定出来たりするんだろ。
 現役自衛官だったお前なら、なにか思い当たるフシがあるんじゃねえかと思ってさ」

「とりあえずいえる事は・・・コレはおそらく正規品であるはずだけど・・・ど・・・だ
 あくまで参考程度に留めてくれよ、これだ!って断定しすぎるのはこの状況ではあまりに危険すぎるからな」

だがどうにも腑に落ちない事もある・・・この弾を使う銃は基本長距離狙撃に向いていないはずだ。
持ち込んだだけなら弾も無限ではないだろうし、効果があるかどうかわからない状況でおいそれと連射することはできないはずだ。

79ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/05/15(金) 18:47:49

もしくは・・・。

「物体を作り出せるような施設・・・それか魔法使いに複製を頼んでいる可能性・・・か」

バロール以外でそんな事できるのはよほどビックネームだとは思うが・・・。
可能性はゼロというわけではないだろう

>「……まぁ、ガチで素人意見だからホントにダメ元だ。何もわからなけりゃ分からないでも良い。
  長い長い夜の暇つぶし程度に持っててくれ」

「これは預かっておくよ・・・おやすみ・・・明神」

一体だれがこれを持ち込んだのだろう。

正規の銃をどんな方法であれ量産させるには現物が必要不可欠のはずだ。
召喚された人間は召喚されたときの所持品を持って召喚される・・・特殊な事がなければ
と言う事は少なくともこの弾の持ち主は日常的に銃を持った人間と推測できる。

だが馴れしんだ人間なら尚更襲撃にこの弾薬を使う銃を選んだのも腑に落ちない。

この弾丸の規格では狙撃と呼ばれる程の遠距離で当て辛いのはもちろん
当たったとしても一発二発では人間を無力化足らしめる威力はない。
ただでさえ回復魔法がある世界なのだから余計に。

回復魔法で傷だけ直しても弾は体に残ると見越して・・・?

それならこの世界でも概念としてある弓・・・
もしくはクロスボウを作ってそれを人に向けて撃って矢じりを相手の体に残したほうが効果が高いと思われる。銃に比べれば毒も仕込みやすい。

もし失敗しても、現実の銃を持ち込んだ異世界人がいるとバレる事がなくてその後の展開が遥かに楽なはず。

だが相手は狙撃に成功する確率、もとい殺害の成功率が限りなく低い状況での現代兵器を用いた狙撃を選んだ。

素人だからと舐め腐ったのか・・・。

火の処理に追われていたとはいえ姿を見られず狙撃をしてくるような手馴れが
邪魔されるようなタイミングで襲撃・・・?

違和感が拭えないまま・・・朝を迎えた。

80ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/05/15(金) 18:48:04
「やっぱりどう考えてもおかしい」

馬車の中に押し込まれることはや半月。
することもないのでカザハに次の街の情報を教えてもらったり
明神から預かった弾を眺めながて考え事をしたり
日課の鍛錬を馬車の中で済ましていたら汗臭いとか言われてたまに外にでたりして過していた。

「あの田園での襲撃自体がどう考えてもおかしいんだよ」

馬車越しに皆に語りかける。

「相手はこちらから確認できないほど遠く離れていた可能性が高い・・・
 だけどこの弾薬を使う銃じゃ姿を確認されたくないほどの距離があると結構ブレるし
 当たったとしても急所をピンポイントで撃ち抜けなかったら痛いで済んでしまうし
 こちらが魔法で無差別反撃されたら襲撃した側が逃げるのは相当難しい・・・」

「僕達が・・・なゆが火を無視できないと、予め分かっていたとしか思えない」

いくら身を隠せる場所が多いといっても方向を特定さえしてしまえば後は魔法で纏めてなぎ払えばいい。
方向を特定できなくてもモンスターに無差別に攻撃を指示して自分達は畑で伏せながら畑を抜け出す事ぐらいはできるだろう
なゆがそれをしなかったのは他人の損害を どうせ自分達のじゃないから と他人はどうなってもいい・・・という事をできなかったからだ。

なゆ達の事を調べ上げた上での襲撃なのは間違いないが、それ故に救援がくるようなタイミングを読んでいなかったというのはおかしい。
それとも最初から戦果などどうでもよかったのか・・・?

「それを含めても・・・この弾薬を使う銃ならどう考えても田園よりどこかの町や街で仕掛ける市街戦のほうが相性いいはずなのに・・・」

異世界人が、現代兵器で襲い掛かっているという情報は相当に大きい。
こちらはこの半月で相応の準備と覚悟ができている。

無傷で襲撃を乗り越えたのは本当に大きい・・・。

だがそれゆえにおそらくプロであるはずなのに成果をなんら残していない。という結果が気に入らなかった。

今すぐ自作自演するためにお前ら3クズとその主が仕掛けたんじゃねーのか?と問いただしたい気分ではある。
しかし今この場で敵対行動を起すのは得策とはいえないだろう。

せめて証拠があれば・・・。

「えと・・・そういえば今日街に着く予定なんだっけ?この中にずっといると時間の感覚がおかしくなってしまうよ」

そう話していると馬車が停止する。

>「……なんてこと……」

「おっ街についたのか、なら僕は静かにして・・・」

>「襲撃のようだな」

「・・・なに?」

談笑しながらの和やかな旅は

非常に聞き覚えがある銃声に掻き消された。

81ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/05/15(金) 18:48:21

外から聞こえる聞き覚えのある銃声。
恐らく街に近づくほどに大きくなる悲鳴。

「一体なにが起っているんだ!おい!だれかおしえてくれ!」

>「おいおい……何だよその装備!? 超カッケーマジパネー!
  ボクも欲しいなー! でもゴブリン用じゃサイズが合わないっかぁー! 残念ザンネン!」

「あー!くそ!!明神!カザハ!まだそこにいるのか?情報を教えてくれ!
 なぜ四方八方から銃声が聞こえる?襲撃者は一人じゃないのか?というかなぜ街の人が襲われている!?」

>「おっとっとォ! ゴブリンのクセしてやるじゃん!」

「ゴブリン・・・?」

ファンタジー漫画や小説に必ずといっていいほどでてくるスライムと並ぶザコモンスターの筆頭格。
それはゲームであるブレモンでも例外ではないはず。
なら街の人の悲鳴が止まないのはなぜか?恐らくなゆ達ではない人間の声・戦闘音が聞こえてくる。
だが悲鳴は静まるどころか加速する一方だ・・・。

「まさか・・・ゴブリンが・・・武装しているのか・・・?現代兵器で・・・?」

そうなると話がいろいろ変わってくる。
前回の襲撃がもしかしたらゴブリンに武器を渡し、実験していたというトンデモな可能性まで浮上してしまうのだから・・・。

だが今は考えている場合ではない・・・!

>「不義! 不善! 不当! それら世の安寧を脅かす不穏の徒を征することこそ、我ら継承者の本懐なり!
 ならば! ならば此なる眼前の悪逆、我が理の力にて止めるが大義と心得た!
 十二階梯の継承者、第四席『聖灰の』マルグリット――罷り通る!!」
>「マル様を援護するわよ、ふたりとも!」
>「かしこまり! ライブ・スッタァートゥ! ヒィ――――ハ―――――――ッ!!」
>「待ちくたびれたッス、さて……じゃあ真打登場ッスね! 行け、アウグストゥス!」

>「明神さん、カザハ! 馬車を護って!
  ジョンを出さないように……攻撃はわたしたちが何とかするから!」

「なっ・・・!いくらなんでもそりゃ無茶だ!どれだけの数がいるか分からないんだぞ!」

馬車の中から外をのぞく。

そこはまさに地獄絵図だった。

銃をもったゴブリンになす術なく撃ち殺される武装した兵士。
頭から血を流して倒れる一般人と思わしき人。
痛いと叫びながら半狂乱になる人。

そこはまさに戦場(地獄)だった。

82ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/05/15(金) 18:48:43
マルグリットや親衛隊の奮闘で戦況はわずかだが好転している。

しかし・・・マルグリットとその親衛隊。それにエンバースやなゆも前線で戦っているというのに。
ゴブリン達は慌てることなく、隊列を乱さず、統率が取れている。

1がだめなら2に戦況が不利になったら3に、予め作戦が決められているのであろう。
一番驚愕な点は現代兵器の性能を熟知しているという点だ。
僕がしっているゴブリンはたしかに狡猾で・・・だが基本は馬鹿で上等な道具を上手く使えるような頭はないはずだ。

この世界のゴブリンがどれほどのものなのかわからないが・・・現代兵器を操るなんてあまりにも異常すぎる

「クソッ・・・なぜだ・・・?なぜ僕はここで見てるだけなんだ・・・?」

こうしてる間にも戦闘音は続き、悲鳴も銃声も鳴り止まない。
色んな怒声が聞こえる。色んな悲鳴が聞こえる。物が壊れる音が聞こえる。みんな必死に生き延びようとしている。

だけど今僕がでていっても事態を悪化させるだけなのでは?最悪僕自身がこの街の災いになる可能性すらある。
僕がでた結果さらに死ぬ人が現れるのでは?もしかしたらその責任がなゆ達が負う事になるかも。
だったら僕はここにいたほうが・・・。

馬車の中でうずくまり、考える事を放棄しようとした瞬間・・・目の前に少女の霊が現れる。

「・・・この半月だんまりだったのに突然なんだ?・・・そもそも僕はスキルをこの半月使ってもいないし、暴走もしていないはずだ」

彼女は僕の質問を相変わらず無言で無視し、馬車の外を指差す。

「はっ!牢屋の時はでるなと言ってたのにこんどは外にいけと?一体君は僕になにをさせたいんだ?」

少女はなにも答えない。
真剣な目でただひたすら外を指差すだけだ。

「外にはでないぞ・・・外を見るだけだからな!」

余りに真剣に、外を指差すものだから・・・気になって僕は外を覗いた。
周りには殆ど変化がなかった。みんな必死に戦い、生きている市民はどこに逃げればいいかわからず右往左往。

まさに地獄だ。

「で?これを俺に見せたかったのか・・・よ」

その瞬間ほんの一瞬逃げ惑う民間人の中を逆行している人物を見つけた。
逆流しているにも関わらず、まるで流れにそっているかのように戦場に向かっていく。

心に殺意のようなものを持って。

これが味方だったらよかったのだが。幸いといえばいいのか、見えてしまったことで無視できなくなってしまったという事を不幸といえばいいのか。
その人物が着ているものは間違いなくゴブリンと同じ装備であった。

この騒動に乗じてだれかを殺す、もしくは誘拐に来たのだと推測できる。
ではおそらくこの騒動の主がわざわざ銃を捨てて、ゴブリンを隠れ蓑にして、危険を冒してまで接近してきたのはなぜか。

3クズとその主ならまだいい。どうぞ殺すなり誘拐するなりしてくれればいい。
だけどマルグリットは嗚呼見えてかなりの武道派だし、3クズはマルグリットを中心に陣形を組み、不意打ちは難しい。

エンバースや、カザハは自分自身が戦っているから暗殺するようなチャンスはなかなかないし、この戦場で待っている余裕はさすがにないはず。
自分自身が戦える相手を確実に殺したいならこの混乱に乗じて銃で不意打ちを狙うだろう。

銃で殺すと目立つが、ナイフなら静かに、そして発見するのも遅らせる事ができる。

つまり接近すれば確実に抵抗させずに殺せる相手を優先的に殺し、数的な有利を作るため・・・?
ゴブリンに思いっきり気を取られていて・・・それでいて本体自体はそんなに動いていない・・・暗殺者としてみると格好の的・・・。

83ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/05/15(金) 18:49:05
明神やなゆのような本人自体は一般人タイプのブレイブ・・・それもモンスターではなく異邦の魔物使い本人を狙いに来ている・・・!

馬車から急いで飛び出し、最後に確認された不審人物が歩いていった方向を見る。

その方角で戦っていたのは・・・なゆだった。
エンバースは建物の上にいるゴブリンを倒す為離れており、頼みのポヨリンもゴブリンと戦っている。

「なゆ!!!」

気づいたら走り出していた。
スマホをポケットから取り出し、部長を召喚し、全力で駆ける。

戦場の極限状態はなゆや明神の素人にとって地獄のような気分を味わせることだろう。
悲鳴は集中力を奪い、敵の攻撃は意識を削がれ、与えられるのは目の前に横たわった死体からもたらされる絶望だけ。

ゲームでは味わった事はあるだろう。
もしかしたら今までの旅路で戦場の空気を味わった事があるのかもしれない。

>「はあっ! はあっ、はぁ、は……はあ……!」

けど決して馴れる事などない。
少なくとも死人は出さないと、面と向かって言い放つ・・・なゆのような人間には。

状況が生み出す緊張と疲労は・・・対処できるはずだったことも・・・普段ならしないようなミスを・・・対処も出来ない程・・・人を蝕む。

>「ポ、ポヨリン……『限界突破(オーバードライブ)』……プレイ……!」

なゆの目の前に立った人物は今正になゆにナイフを振り下ろさんとしていた。

なゆは目の前で起った事を理解していても行動できない。
そのナイフはなゆに・・・少女に振り下ろされ・・・彼女の人生は・・・

終わりを

「させるかああああああ!」

ナイフを振り下ろそうとする人物の脇腹目掛けて強烈な蹴りを食らわせる。

「はあ・・・はあ・・・間に合った・・・」

本来はこの程度の距離を走った所で息切れなど起さないが・・・今回ばっかりは心臓に悪い。

「無事かい!?どこも怪我してない!?」

なゆの体をくまなく検査し、大きな怪我がない事を確認する。

「本当によかった・・・頼むから僕の為に無茶しないでくれ・・・本当に・・・よかった」

蹴られた人物が立ち上がってくる。

「今のは手加減なしの全力蹴りだったから・・・最悪殺してしまったかと思ったけど・・・その心配はないみたいだね」

その人物はナイフを握り締め、交戦する気のようだ。
一度失敗したら逃げると思ったが強行する気らしい。

「僕になゆとの約束を破らせてた責任・・・取ってもらおうか」

84ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/05/15(金) 18:49:22
思いっきり蹴ったはずだが、目の前の人物が弱っている様子はない。
スキルを使ったのか・・・それとも蹴られる直前に飛んで威力を軽減させたのか・・・。

「なゆ・・・隠れていてくれ・・・僕がやる」

なゆは疲労していた。
当然だ、この地獄の中で被害を減らす為に敵と戦っていたのだ。
戦場になれた軍人ならともかく一般人の身にはあまりにも辛すぎる。

「対モンスターが君の本業なら・・・対人間は僕の本業だ」

しかしゴブリンの軍事行動。
混沌極める戦場とはいえ他のブレイブ達や3クズと主に気づかれずなゆに接近し、蹴りを食らってもそれを咄嗟にいなせる技術。

厄介だな・・・。

「降参しろ。抵抗する場合は足や手の一本二本・・・もしくは命の保障はできないぞ」

目の前の人物はなにも答えず、襲い掛かってくる。

相手は全身フル装備で手にはナイフを持っていた。
それにこちらは鎖帷子を下に着込んだだけの普段着に武器と呼べる物は全て預けてしまっており丸腰。

相手がナイフで攻撃してくる。
ナイフを持った腕を左手で掴み、先ほど蹴った場所目掛けて膝蹴り。
怯んだところに思いっきり顔面を右手で強打。強打。強打。
相手が体を捻り強引に僕を振りほどこうとするも、こちらも思いっきり掴んだ敵の腕を引っ張りそのまま投げ飛ばし地面に叩き付ける。
地面に叩きつけられた相手が立ち上がる前に相手の頭部をサッカーボールのようにけり飛ばす。

「・・・っ!!」

完全に僕のペースだったはずだ。
いくら相手が訓練された兵士だったとしても、今の一連の攻撃はとても耐え切れるような物ではないはず。
それなのに・・・

僕の右膝にはナイフが深く、突き刺さっていた。

「僕は白兵戦では・・・人類で最強に近いポジションにいると自負していたんだけど・・・
 まさか・・・異世界の住人じゃなくて僕達の世界の住人にその自信を揺るがされるとは・・・ッ」

襲撃者もふらふらと立ち上がる。

様子を見るに完全にノーダメージというわけではないらしいが・・・

「ッ――――!!」

力任せにナイフを引き抜いても・・・足は動かせないだろう。
ナイフを抜いてもいいように回復魔法を打ちたいところだが今部長にはかくれてもらっているし・・・

「なゆ!手をだすな!そのまま隠れてろ!」

なゆに回復を頼むと敵になゆの位置がばれてしまう・・・疲れているなゆに襲撃者を近寄らせるわけにはいかない。

「お前も相当ダメージを負ったはずだ・・・たしかに僕は足は動かなくなったが・・・お前がまた襲い掛かってくるというのなら
 僕もこの無事な両手で最大限の反撃をさせてもらう・・・ただじゃ殺されないぞ・・・」

部長には襲撃者が逃げた時に不意打ちで噛み付いてもらうために襲撃者の後方で待機させている・・・。
回復するには部長を呼び戻すしかないが・・・しかし・・・。

その時、襲撃者が両手を上に上げた。

85ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/05/15(金) 18:49:42
突然の降参ポーズに呆気に取られ反応が一瞬遅れてしまった。

両手を上げるポーズを襲撃者が取った瞬間。周囲の建物の屋上に大量の銃をもったゴブリンが現れる。

「しまっ・・・」

一瞬の油断が命取り。襲撃者が腕を下ろすとゴブリン達は一斉射撃を開始し・・・

「部長!!」

「ニャアアアアアア!!!」

襲撃者の背後に現れた部長の突進攻撃は襲撃者の背中に命中し
ふらついていた事もあり、襲撃者は僕のほう目掛けて吹き飛ばされる。

吹き飛ばした襲撃者を僕はすかさずキャッチし、その体を遮蔽物にし、隠れる。

ゴブリンの一斉射撃はキャンセルされず、そのまま実行され。
ライフルによる一斉射撃はきっちり全員がマガジンを打ち切るまで続いた。

「ハア・・・!ハア・・・!」

自分に覆いかぶさっている襲撃者をどかす。

ゴブリン達は主人を失い屋上でどうしたらいいか右往左往していた。

「奴らが混乱してる内に移動しよう・・・!」

部長となゆの助けを狩り、念のためゴブリン達が見えない場所まで移動する。

「ごめんなゆ・・・殺さなければ・・・僕が殺されていた・・・」

「・・・?」

何か違和感を感じとる。新しい血の臭いがしない。
慌てて襲撃者の死体があった場所をみる。ない。死体がない。

ゴブリンが持っていった?いや引きずられた跡がない。
つまり・・・奴はまだ生きている?

86ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/05/15(金) 18:50:37
「なんて事だ・・・」

目の前に自分の足で立つ襲撃者が現れた時僕は思い知らされたのだ。
この極限状態で判断能力が鈍っているのは決してなゆだけじゃなかったって事を。

この世界にはスキルも魔法も特殊効果を持った道具すら存在する世界だという事を冷静だったなら絶対忘れなかっただろう
正常な判断ができていれば奴の体から確認もせずに離れるなんて事はしなかっただろう。

「なゆ・・・!君だけでも逃げろ!」

襲撃者が再び両手を上げると周囲にどこからともなくゴブリン達が現れる。
こんどは屋上だけじゃなく下にもゴブリン包囲網が敷かれた。

今度は部長による不意打ちも不可能。反撃できるだけのスキルも不可能。そもそも足が動かせなくて反撃どころか逃げる事すらできない。

終わった・・・。

そして無慈悲にも・・・手は振り下ろされ・・・ゴブリンの一斉射撃が・・・

始まらなかった。

「ああ・・・あぁ・・・そうだよ・・・みんなはどんな無茶だろうとクリアする・・・異邦の魔物使い・・・!!」

救援にきた仲間達の助けによって周囲のゴブリン達は一掃された。

その瞬間気づいたのだ。

僕の失敗は決して体を確認しなかったことなどではなかったのだ。
なゆが距離を取った時点で自爆・暴走覚悟で暴れる事を選ばなかったことでもない

なゆの手を取ってすぐに逃げなかった事・・・仲間をもっと頼らなきゃ・・・信用する事だったんだ。

「ありがとう・・・みんな・・・」

目からなにかが溢れてくる。
こんな事・・・彼女を殺して以降なかったのに・・・止まらない

「っ!奴はまだあきらめていないぞ!」

襲撃者は再び手を上げると、またどこからともなくゴブリンの一団を召喚する。

「なあ・・・僕一人じゃ手に負えないみたいなんだ・・・だから・・・」

こんな僕にでも笑顔で手を貸してくれる人達がいるのだから。
僕が言わなきゃいけない言葉は最初から一つだったんだ。

「助けてくれないか・・・?」

87カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/05/19(火) 23:41:20
「ただいま〜。ジョン君大丈夫だった?」

《ええ、静かに寝ていますよ》

カザハが帰ってきて、私をいったんスマホにおさめて中に入った。
ジョン君の拘束を解いて暫く様子を見ているが、ジョン君が目を覚ます気配はない。
カザハは確保してきたらしい食べ物をジョン君の前に置いた。

《会談、どうなりました?》

「ローウェル陣営に行くかは今のところ保留のままでオデットに会えるように手引きしてもらえることになったよ」

《やりましたね!》

「うーん、まあね。手放しで喜べないんだけどね。親衛隊とか親衛隊とか親衛隊とか!」

オデットへの最短ルートが確保された代わりに、マル様と一緒に行くということは必然的に親衛隊も漏れなく付いてくるため、
もしも親衛隊がジョン君に絡んでブラッドラストが時間切れになったら終了、
ガザーヴァの正体がバレても一貫の終わりというリスクを負うことになる。
とりあえず黒甲冑が無造作に隅に置いてあるのはアカンやろ!
親衛隊を馬車に入れるつもりはないけどいつ何時見られないとも限らないし。

「あら嫌だわ、あの子ったらこんなところに脱ぎ散らかして!
後で明神さんにインベントリにしまってもらおう……。それと名前もどうにかしなきゃ」

幸い向こうはこちらのメンバー内訳にはあまり興味がないので、夕食の時は特に名前を聞かれることもなかったらしい。
かといってずっと秘密にしとくのは流石に怪しまれますよね。
適当に偽名を考えれば済むんだけど問題は本人はあんまり隠す気が無さそうということだ。
気に入らなかったら「ヤダ」とか言って一蹴するんでしょうねぇ。
しばらく経つと明神さんやなゆたちゃんが帰ってきた。
カザハが部屋割りの変更を提案したようで、結局宿はマル様とその手下達に明け渡したようだ。

「ガーゴイルと二人って気まずいでしょ。わざわざ馬小屋行かずにスマホに入っとけば良くない?」

《一人で馬小屋は寂しいでしょうから。それに……将を射んと欲すれば先ず馬を射よって言いますし》

「えっ、そんな普通に話せる感じなの!?」

まあ……カザハに対するガザーヴァみたいに対抗心メラメラ燃やしてるわけじゃない感じですね。
単にアウトオブ眼中なだけとも言いますけど!
運が良ければガザーヴァがいる時には言わない情報をポロっと言っちゃったりするかもしれませんし。

88カザハ ◆92JgSYOZkQ:2020/05/19(火) 23:44:46
というわけで夜になり、カケルは馬小屋に行った。
道中ではよくカケルを敷布団兼抱き枕にして外で寝てたんだけど大人しく車中泊するしかないね。

「……人口密度高っ!」

整然と並んで寝たはずなのだが、懸念していたこと(?)が起こってしまった。

「ぐふっ!」

腹を蹴られたような気がして目を覚ます。
酔っ払いの集団に絡まれている……とかそういうわけではなく、体の上にガザーヴァの脚が乗っていた。

「お前か―――――!! 物理的な意味で居場所を侵食してこないで!」

脚を跳ねのけながら飛び起きる。寝相どうなってんの!? もう一回捕獲してスマホに収納したろうか!
折角なので、皆の心労を知ってか知らずか呑気に寝ているガザーヴァの寝顔を拝む。
……現場将軍のくせにそんな顔で寝んな! もしかして魔”王”の娘だから姫将軍!? 実に怪しからん設定!
ゲームのブレモンの運営は何故に中身のグラフィックを実装しないまま死なせたのか、問い詰めたい、小一時間程問い詰めたい!

「もしかして晩御飯の時のアレ、最初から交渉を有利に進めるための揺さぶりのつもりだった?」

……こいつ、どこまで読んでいやがった!? 一見ただの騒がしいお調子者に見えて超狡賢いって設定だからな!
もしローウェル陣営にとってなゆちゃん一行がどうしても欲しい人材だったとしたら、強気に出た方が優位に立つことができる。
ローウェルが指輪を片っ端から配ってる説もあるから危険な賭けだったことには変わりはないけど!
明神さんとかなゆの話によると、ガザーヴァにとってローウェル陣営に取り込まれるのはあるまじきことらしい。
どうやら未だにバロールさんの娘兼忠臣であることはやめていないみたいだ。
明神さん(とその仲間達)に協力しているとは言っても
飽くまでも明神さん(とその仲間達)がアルフヘイム(バロール)陣営に付いてるのが前提なんだね。
いじらし過ぎるでしょそんな萌えポイント要らんよ! 等と思っている場合ではない。
それは、もしも万が一、バロールさんが悪い奴だったと分かってローウェル側に付くことになった場合は、また敵になるということを意味する。

89カザハ ◆92JgSYOZkQ:2020/05/19(火) 23:46:31
「それは嫌だよ……せっかく殺しあわなくていいようになったんだから……」

ふと、夕方から考えていた偽名を思いついた。

「ガーベラ……悪くないかも」

普通に考えれば本名と全く違う響きの方がいいのかもしれないが、全く違うととっさに呼ばれても反応できないかもしれない。
響きが似ていればそれが防げるし、逆に呼ぶ側がうっかり本名を呼んでしまってもまだ誤魔化せる可能性がある。
明神さんも(三文字)(二文字×2)大明神の構成は一緒だけどバレてないしどうにかなるっしょ。
というわけで、さっきまでジョン君と話していた明神さんに口利きをお願いする。
絶対ボクが考えたって言ったら言った瞬間に「ヤダ」って一蹴されるからね。

「寝顔が花みたいに愛らしかったから思いついたとでも言っときなよ。あ、ボクはそんなこと思ってないから!
あとボクと融合してる間も意識があったとすると本人の主観基準で計算すると合法だから大丈夫!」

ついでに謎のアドバイスをしておいた。
ちなみにこの世界での生年を基準とする単純計算で違法なのかは、
前の周回でバロールさんがいつの時点でガザーヴァを作ったのかは定かではないので何とも言えないところだ。
今回の周回で復活した時を基準にしてしまうと0歳で違法どころの騒ぎじゃなくなるのは突っ込んではいけない。

90カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/05/19(火) 23:49:38
こうして心強い仲間達(?)をメンバーに加え、旅は再開した。
狙撃手はどうせこちらからは見えない所から狙ってくるし却って的になるだけということで
哨戒担当は早々に撤廃になり、私は馬車を引くのに参加。
カザハは馬車の屋根の上を定位置とし、周囲の警戒という名目で、親衛隊がジョン君に絡みにいかないように目を光らせている。
物凄く軽いから、馬車の屋根の上にいても天井が抜けたりしないんですね。
ちなみに超軽い絡繰りは、常に浮力のようなものが働いているかららしいよ。
ガザーヴァはそれをある程度自由に調整して自力で浮かんだりも出来るみたい。
だから、カザハが「高いところから飛び降りながら手をバタバタすると滞空時間が長くなることに気付いた」とか
「空中で跳ぶ動作をすると二段ジャンプできる」とか言っていても、別に親衛隊との道中で頭がおかしくなったわけではないのだ。多分。
相変わらず明神さんはガザーヴァに絡まれ、主にカザハがジョン君の話し相手をする構図となっていた。
そして、奇跡的に(!?)大きな事件もなく約半月の道程をこなし、アイアントラスに到着しようとしていた。

「もうすぐ到着だよ〜。
人気のお土産はアイアントラス千分の一模型、名物グルメは”支店を板に吊るしてギリギリ太るカレーセット”だよ」

今しれっと変なこと言わなかった!? 攻略本にはそんなこと書いてなかった気がするから未実装ですか!?
前の周回で人型モンスターなのをいいことに私を差し置いてそんなものを食べてたんですか!?
……ってそんな名物があってたまりますか!

「おのれぇえええええ! 無職の合法ショタめ!!」

今度は前の周回の何かを思い出してしまったらしく、唐突に悶えている。

「まさかいないとは思うけど……。
もし微妙に筋肉質な子どもを見かけてもうかつに話しかけないほうがいいよ。
まあ子どもってかホビットなんだけど無職は無職でも高性能無職だから!
高性能無職という点ではカケルと一緒だね!」

うっ……元々人型ですらない馬が謎の不可抗力で人間やってたということで許して!?
いや待て、無職は無職でも“高性能”だからもしかして褒めてくれてる……!?

>「やっぱりどう考えてもおかしい」

うん、そうですよね、やっぱりおかしいですよね!

>「あの田園での襲撃自体がどう考えてもおかしいんだよ」

あ、そっちですか!

>「相手はこちらから確認できないほど遠く離れていた可能性が高い・・・
 だけどこの弾薬を使う銃じゃ姿を確認されたくないほどの距離があると結構ブレるし
 当たったとしても急所をピンポイントで撃ち抜けなかったら痛いで済んでしまうし
 こちらが魔法で無差別反撃されたら襲撃した側が逃げるのは相当難しい・・・」
>「僕達が・・・なゆが火を無視できないと、予め分かっていたとしか思えない」

「相手はなゆをよく知っている、もしくはよく知っている者から情報を仕入れている……?」

91カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/05/19(火) 23:51:17
>「それを含めても・・・この弾薬を使う銃ならどう考えても田園よりどこかの町や街で仕掛ける市街戦のほうが相性いいはずなのに・・・」

「市街戦? やっと街に着くっていうのにそんな縁起でもない……」

>「えと・・・そういえば今日街に着く予定なんだっけ?この中にずっといると時間の感覚がおかしくなってしまうよ」

>「……なんてこと……」
>「襲撃のようだな」

「ひえぇえええええ!? 言わんこっちゃない!」

奇しくもアイアントラスは襲撃されている真っ最中で、カザハは素っ頓狂な悲鳴をあげた。
更に驚くべきことに襲撃犯らしきゴブリン達は地球の現代兵器で武装していた。

「そんな……量産されてる!?」

威力そのものならこっちの世界には、ライフルより強力なスキルや魔法はたくさんあるが、
スキルや魔法は誰でも習得できるわけではないし、習得するには時間がかかる。
強力なマジックアイテムもあるが、これも量産できるわけではない。
それを考えれば、地球の現代兵器の一番恐ろしいところは、量産可能なところと言えるだろう。

>「ポヨリン!」

なゆたちゃんが反射的に街の人を助けたのはいいのだが、ゴブリン達がこちらを認識し、狙われてしまった。

>「きひッ! 鉄火場だー! おい明神、やっていいよな? やるぞ? 答えは聞いてない!
 のんびりお散歩なんて飽き飽きだ! あっばれっるぞォーッ!」

「何でそんなに楽しそうなの!? のんびりお散歩でいい……いや、のんびりお散歩がいいです!」

カザハは喚きながらも私を馬車から外す。

>「おいおい……何だよその装備!? 超カッケーマジパネー!
 ボクも欲しいなー! でもゴブリン用じゃサイズが合わないっかぁー! 残念ザンネン!」
>「おっとっとォ! ゴブリンのクセしてやるじゃん!」

ガザーヴァは小手調べのようにひとしきりゴブリン達と立ち回ると、いったん戻ってきた。
装備が特殊なだけではなく、ゴブリン自体も普通のゴブリンではないようだ。

>「明神、ヤマシタは守りに使え。攻撃はボクがやる。
 コイツら、強いぞ。おまけにバッドニュース! コイツら――
 ……もっと増える」

>「蹂躙、許すまじ!」
>「不義! 不善! 不当! それら世の安寧を脅かす不穏の徒を征することこそ、我ら継承者の本懐なり!
 ならば! ならば此なる眼前の悪逆、我が理の力にて止めるが大義と心得た!
 十二階梯の継承者、第四席『聖灰の』マルグリット――罷り通る!!」

その辺の人がこんな台詞を言ったら絶対笑ってしまうと思うんだけどマル様だと絵になってしまってるのが怖いところだ。
天才魔術師で高速格闘術の使い手って設定盛り過ぎの気もするけどマル様だから仕方がない。

92カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/05/19(火) 23:53:58
>「マル様を援護するわよ、ふたりとも!」
>「かしこまり! ライブ・スッタァートゥ! ヒィ――――ハ―――――――ッ!!」
>「待ちくたびれたッス、さて……じゃあ真打登場ッスね! 行け、アウグストゥス!」

「す、すごい……!」

カザハは早くも背景に溶け込んで驚き役になろうとしていた。

>「――モンデンキント。俺たちは連中が敵を駆逐するのを、指を銜えて見ていればいいのか?」
>「え? ぁ……、う、ううん、わたしたちも行くよ! エンバース、お願い!」
>「了解した」
>「明神さん、カザハ! 馬車を護って!
 ジョンを出さないように……攻撃はわたしたちが何とかするから!」

エンバースさんによって驚き役化計画が阻止されてしまった。

「”わたしたち”って……エンバースさんはともかくなゆは前衛は駄目だって!」

>「なっ・・・!いくらなんでもそりゃ無茶だ!どれだけの数がいるか分からないんだぞ!」

「そうだよね!? ……って出てきちゃ駄目!」

出てこようとしているジョン君を慌てて押し込むカザハ。
確かになゆたちゃんはゲームのブレモンの対戦においては滅茶苦茶強いのだろう。
比較的ゲームの戦闘に近いブレイブ同士のバトルやレイド級モンスター1体とのバトルでもそれは同様だ。
でもこれはちょっとゲームでは実装されてなさそうな乱戦だ。
最前線に行くなゆを止める間もなく、ゴブリン達がライフルで馬車を狙う。

「ひゃああああああ!? ミサイルプロテクション!!」

カザハがスペルカードを切り、飛んできた弾丸が風の防壁に阻まれて落ちた。
効果が切れるまでは弾丸は大丈夫そうだが、ゴブリン達の攻撃手段は弾丸だけではない。
徒党を組んで突撃してきてライフルで殴りかかってこようとする。

「ブラスト!」

私はカザハの指令を受けて、突風のスキルでゴブリン達を吹き飛ばす。
が、ゴブリンは大勢いるのですぐに他のゴブリン達が押し寄せてくる。
パートナーモンスターのスキルは次にゲージが溜まるまで使用出来ないのだ。

「カケル! 何ぼーっとしてんの!?」

《仕方がないじゃないですかそういうシステムなんだから!》

「ゲージ溜まるのおっそ! こっち来るなぁあああああああ!」

追い詰められたカザハは、槍を振り回してゴブリン達を追い払う。
といっても相手は妙に回避力が高い上に、現代兵器で武装しているので、当たったとしてもちょっとやそっとじゃダメージが通らない。
ダメージは通らなくても風の加護で追加効果:ノックバックが付いてるからそれなりに追い払えてるんですね。
ブレイブ自らのスキル使用等の、ゲーム上で想定されていない行動は、ゲージを消費しない。
よってこの状況においては、ブレイブ自らが多少なりとも戦えるのは、大きなアドバンテージになる。
……裏を返すと一般人の身でありながら前線に飛び込んだなゆたちゃんヤバいんじゃ!?
バタフライ・エフェクトが使えるからなんとか持っているのかもしれないが……。
しばらく持ちこたえていると、ゴブリン達が一匹また一匹と引いていく。

93カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/05/19(火) 23:55:51
《退却ですかね……?》

混戦状態から脱したカザハが、ジョン君に声をかける。

「ジョン君大丈夫? ……って脱走してるぅううううう!?」

《そんな! いつの間に!?》

ゴブリン達が前線の方に向かっているように見える。
退却などではなく、相手方が前線に戦力を集中させた、ということなのだろう。
ジョン君はそれをいちはやく察しそちらに援護に行ったというところか。
カザハは私に飛び乗った。

「行こう、明神さん!」

なゆたちゃん達が戦っている前線に辿り着いてみると、
正体不明の襲撃者がジョン君を追い詰め、ゴブリン達に命じて今まさに一斉射撃をしようとしているところだった。
おそらくコイツが襲撃の首謀者で、ゴブリン達は援護をすべく集まったということですかね……。

「バードアタック!!」

カザハのスペルカードで鳥系をはじめとする大量の飛行系モンスターが突撃し、ゴブリン達は混乱に陥った。
といっても、雑魚のゴブリンならともかくよく訓練されたゴブリン。
一時慌てふためくだけで1ターンも経たないうちに立ち直ってしまうだろうが……

「あとお願い!」

ゴブリン達は態勢を立て直す暇を与えられることはなく、明神さん達によって一掃される。

>「ありがとう・・・みんな・・・」

「脱走は勘弁してよ! なゆに怒られるじゃん!」

軽口を叩いている場合ではなかった。

>「っ!奴はまだあきらめていないぞ!」

またゴブリンの一団が出てきた。どんだけ出てくるんですか!?
襲撃者は現代兵器を装備している人間、ということはおそらくブレイブ?
ゴブリン達はターン制に縛られるパートナーモンスターのような動きではないし、そもそも数が多すぎる。
効果:ゴブリンを無尽蔵に召喚する、みたいなスペルカードでも使ってるんですかね!?
そんなのあるかどうか知らないけど!

94カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/05/19(火) 23:57:42
>「なあ・・・僕一人じゃ手に負えないみたいなんだ・・・だから・・・」

「うん、見ればわかるよ!」

>「助けてくれないか・・・?」

「うんうん……ん? やっと観念したか……!」

思わずジョン君の顔を二度見するカザハ。
あの頑なに見捨ててくれと言っていたジョン君がついに助けてくれと言ったのだから無理はない。
聞くところによると、襲撃者はなゆたちゃんを狙ってきたらしい。
単に一般人だから狙いやすいと思ったのか、何らかの理由でなゆたちゃんを狙っているのかは分からない。
が、首謀者自らが出てきてくれたのは好都合といえる。
かくれたままゴブリンを出し続けられたらジリ貧になっていたところだ。
で、襲撃者がブレイブと仮定すると、どんなに強くても本人自体は”超強い人間”が上限ということになる。
ジョン君はその超強い人間に対してつい習慣で真面目に正統派の格闘で戦ったのでは!?
と、カザハが、蹴散らされたゴブリンが落としたライフルをおもむろに拾い上げ、襲撃者に向ける。

「動くなーっ!」

《ひえぇえええええ!?》

襲撃者は武器のナイフをジョン君に刺したまま手放したと思われ、
見た感じは今のところ武器を持ってなさそうだが、どこに暗器を隠し持っているか分からない。

《そもそもライフルの撃ち方なんて分かるんですか!?》

(分からない!!)

《ですよねー!》

明神さん、地味に相手を行動不能に陥れる嫌がらせ系スペルカードたくさん持ってましたもんね。(工業油脂被害者は語る)
ああいうのって巨大なレイド級モンスターには意味がなくても地球人には効果てきめんだと思う。
それにしても構え方超適当だしあからさまに陽動ってバレバレ過ぎじゃないですか!?
もしや裏の裏をかいて見るからに陽動っぽいから逆にガチと思わせる高度な作戦ですか? いや絶対違う!

95明神 ◆9EasXbvg42:2020/05/25(月) 06:56:28
電撃的なマルグリット一行との邂逅から半月。
当初危惧されていた親衛隊とのギスギスや諍いは勃発することなく、
俺たちは予定通りの道程を踏むことができた。

親衛隊に身バレしないようガザーヴァに偽名を提案すれば、案の定ゴネにゴネまくって、
なだめすかすのに丸一日費やしたりもしたが、今では良い思い出です。

>「やっぱりどう考えてもおかしい」

道中、相変わらずガタゴト揺れる馬車の中で、ジョンが不意に呟いた。
手慰みのように掌を転がるのは、半月前に俺たちに撃ち込まれたライフル弾。
あれからずっと、こいつは弾の出どころについて考察を重ねていたらしい。

>「あの田園での襲撃自体がどう考えてもおかしいんだよ」

「襲撃"自体"が?どういうことだよ、説明」

>「相手はこちらから確認できないほど遠く離れていた可能性が高い・・・
 だけどこの弾薬を使う銃じゃ姿を確認されたくないほどの距離があると結構ブレるし
 当たったとしても急所をピンポイントで撃ち抜けなかったら痛いで済んでしまうし
 こちらが魔法で無差別反撃されたら襲撃した側が逃げるのは相当難しい・・・」

「弾そのものが狙撃向きじゃねえってことか……まぁ確かに、明らかちっせえもんなこれ」

ジョン曰く、撃ち込まれた弾の口径は5.56ミリらしい。
俺はミリオタじゃねえからよく分かんねえけど、実弾系のシューティングゲームは多少齧ってる。
確かに5.56ミリってのは、アサルトライフルみたいにそこそこ近距離でばら撒いて弾幕張るための弾種だ。
小口径だから低反動で、マガジンにたくさん弾が入って、たくさん撃てる。そういう銃だ。

いわゆる狙撃用途、スナイパーライフルに使われる弾はもっとでかい。
弾が軽ければ軽いほど風の影響を受けやすいから、長距離狙うなら普通はもっと大口径弾を使う。
狙撃なら反動も装填数の少なさも大して問題にはならないからな。

「実際それで外してるわけだしな。畑燃やして足止めできりゃ、あとは数撃ちゃ当たる戦法だったのか?」

多少命中精度が下がっても、動きを止めて一斉掃射で撃ちまくればいつかは当たる。
そういう運用方法なら、小口径弾を使うことにも合理性はあるっちゃある。
この世界じゃ貴重な弾薬を、湯水のようにじゃかじゃか注ぎ込める物量が前提の話だけど。

>「それを含めても・・・この弾薬を使う銃ならどう考えても田園より
  どこかの町や街で仕掛ける市街戦のほうが相性いいはずなのに・・・」

「ってことは、どうしてもあの場で撃っておきたい理由があった。
 俺たちをアイアントラスに向かわせたくなかったか、もしくは――」

――マルグリットと、出会わせないため?
あそこで親衛隊連中が助けに来なけりゃ、俺たちは畑のど真ん中で全滅していた。
マルグリットの登場が狙撃手にとってイレギュラーなら、一応の道理は通る。
狙撃手がニブルヘイム側なら、マル公によるブレイブの引き抜きを阻止したいはずだしな。

一方で、マルグリットが助けに入ることも目論見通りって可能性もある。
やっぱりマル様御一行と狙撃手がグルで、マッチポンプに変わりはなかったってことも十分あり得るのだ。

「わっかんねえなぁー!銃持ってますよアピールしてえなら直接見せびらかしにこいってんだよ。
 俺めっちゃ歓迎するのに!写真撮らせてもらうのに!」

姿も見えなけりゃ、思惑も、所属すらも分からない。
ただでさえマル公相手に権謀術数やってんのに、まだまだ知らねえ奴が俺たちを狙ってやがる。
これもうわかんねえな!事情通が都合よく出てきて全部解説してくんねえかなあ!

96明神 ◆9EasXbvg42:2020/05/25(月) 06:57:51
>「えと・・・そういえば今日街に着く予定なんだっけ?この中にずっといると時間の感覚がおかしくなってしまうよ」

頭をボリボリ掻きむしっていると、不意に馬車のガタガタが収まった。
舗装された道に出たのだ。
幌を開けて見ると、ところどころ錆の浮いた鉄の道があった。

――橋梁都市アイアントラス。
アルメリアと隣国フェルゼンとを隔てる峡谷を跨ぐ巨大な鉄橋の上に築かれた街だ。
陸側の国境でもあるこの街では、両国の貿易が盛んに行われている。

「ついに着たか……一面麦畑にもそろそろ飽きてきたとこだったぜ。
 ここって何が有名なんだっけ?カレー?いいねえトンカツ乗っけて食おうぜ」

俺たちプレイヤーにとっても「パワー系無職」ことロスタラガムと出会い、ぶん殴り、ぶん殴られる、
色々と思い出深い土地だ。
峡谷を見下ろす眺めも結構よくて、両国からのアクセスも良いことからここに家を建てたがる奴も多い。
レベリングやら金策やら、こっちの国でやることも結構多いしな。

さて、峻険な山国であるフェルゼン公国は、穀物の国内消費の殆どをアルメリアからの輸入に頼ってる。
デリンドブルクからの直送経路であるこの街は、フェルゼンの胃袋を掴む台所だ。
そして、辺境の小国に過ぎないフェルゼンが大国アルメリアと(経済的には)対等に渡り合うための貿易地。

その、ふたつの国にとって欠かすことのできない交流の要衝が――

>「……なんてこと……」

炎上していた。
軒を連ねる商店群からは黒い煙がもうもうと上がり、怯えふためく人々の声が聞こえてくる。

「ああああ!?行くとこ行くとこなんでいっつも燃えてんだよ!?」

街が燃えている。ところどころに血を流した人が倒れてる。
阿鼻叫喚の地獄絵図、その理由を端的に表すなら一言で済むだろう。

>「襲撃のようだな」

「見りゃ分かるよ!馬車止めろ、助けに行くぞ!」

襲撃。その言葉通りに、そこには襲撃者たちの姿があった。
そして音も。地球じゃまず耳にすることのない、だけどゲームじゃよく聞く――銃声。
ジョンが馬車で漏らした言葉が、脳裏をかすめていった。

――>『この弾薬を使う銃ならどう考えても田園よりどこかの町や街で仕掛ける市街戦のほうが相性いいはずなのに』

「クソみてえな予感が的中だ。"相性が良い"……こっちが奴らの本命か!」

馬車から飛び出せば、10匹ほどのゴブリンが街を蹂躙する姿に直面する。
……それがゴブリンだと、認識するのに時間がかかった。
ゴブリン達がみな一様に、『現代兵器で武装していた』からだ。

黒尽くめのボディスーツ、ヘルメット、ゴーグル、手袋にブーツ。
そして何よりその手にあるのは――小銃。

「イチロク……マジかよ、ゴルゴが持ってる奴じゃん」

『M16』自動小銃。今でもアメリカ軍がバリバリ現役で採用しているアサルトライフルだ。
実銃の出るFPSゲーならまず出演してる、AK47と並んでたぶん世界で一番有名な銃。
60年も前から配備されてる癖に、その完成度の高さで装備更新を跳ね除け続けた傑作中の傑作――

97明神 ◆9EasXbvg42:2020/05/25(月) 06:58:52
「冗談じゃねえぞ……量産体制が整っちまってんじゃねえか」

その地球原産の殺戮兵器を、見える範囲のゴブリン共は全員が装備していた。
タタンタタンと玩具じみたリズミカルな三点射とともにマズルに閃光が灯る。
そして、銃声の数だけ悲鳴が上がり、撃たれた住民がふっ飛ばされて動かなくなる。

「なんだよこれ……」

アイアントラスを象徴する鉄で出来た地面は、流れ出た血で赤く染まる。
駐屯兵の剣も槍もライフルの射程には届かず、弓を番えている間に撃ち抜かれる。
分間900発の発射レートの前に魔法の詠唱は間に合わず、スクラムを組む軍隊の戦列は良い的だ。
事切れた兵士の絶望に染まった目が、俺の方を見た気がした。

あの鎧がアルメリアとフェルゼンどっちのものなのか、ぐちゃぐちゃに拉げた今はもう分からない。
槍の一撃を跳ね返せる板金甲冑だって、至近距離でライフルを受ければ紙切れ同然だ。

誰もが憧れる剣と魔法の世界が――鉛と火薬で蹂躙されている。
銃火器とアーマーに身を固めた、ゴブリン達によって。

「ふざっっっけんなぁぁぁーーーっ!!」

俺の叫びは、やっぱり銃声と悲鳴にかき消された。
なゆたちゃんがポヨリンさんを召喚し、吶喊させる。
街の住人を虐げていたゴブリン小隊の注意がこちらに向いた。
一秒に一人殺せる殺戮の銃口が、俺たちを捉える。

「…………っ!上等だ、撃ってみやがれクソったれ」

正直言って、怖い。
あの引き金がほんの数センチ引き絞られれば俺は死ぬ。
銃で撃たれたことなんかないけど、銃で撃たれた人間が死ぬことを俺は知ってる。
たった今、目の前で実証済みだ。

だけど、逃げる気にはならなかった。
逃げれば街の住人が殺され続けるとか、そういうヒューマニズムに酔ったわけじゃない。

ただ――気に入らなかった。
この世界に銃火器持ち込んでイキり散らしてるクソ野郎が、クソほど腹立たしかった。
異世界人相手に現代兵器で無双気取ってんじゃねえぞライフル太郎が。
俺はお前に勝つ。この世界の、ブレイブなりのやり方で。

>「きひッ! 鉄火場だー! おい明神、やっていいよな? やるぞ? 答えは聞いてない!
 のんびりお散歩なんて飽き飽きだ! あっばれっるぞォーッ!」

「水臭えこと言うなよガー公!俺も奴らが気に入らねえ、ぶっ潰してやろうぜ。
 サモン!――出てこい、ヤマシタ!」

スマホが輝き、光の中から革鎧が出現する。
貧相な鎧姿を覆うように、ショッキングピンクのサーコートがはためく。
アコライトでオタク殿から譲り受けた法被を改造してヤマシタに取り付けておいた。

ピンクの法被はオタク殿たちの絆の象徴であり、そこには彼らの愛と熱情、魂が籠もっている。
『鎧に憑依した魂』が本体であるリビングレザーアーマーにとって、それは確かな力として宿る。

「怨身換装――モード・『盾』」

地に降り立ったヤマシタは、身を覆えるほどの巨大な盾を構えていた。
本来革鎧の装備対象ではない騎士のスキルを、法被に籠もった力で強引に扱う。
バルゴスとの交渉をはじめ、これまでの旅で俺が身につけてきた死霊弄りの技術。その一端だ。

98明神 ◆9EasXbvg42:2020/05/25(月) 06:59:39
ガザーヴァが突撃すると同時、ゴブリン共の銃口が一斉に閃く。
俺を狙った弾丸が無数に飛来し、ヤマシタの掲げた大盾がそれを阻んだ。
耳障りな金属音とともに火花が盾越しにちらつく。

対象を狙った攻撃を自動でかばい、防御する騎士のスキル、『かばう』。
小銃の掃射は一発たりとも俺のもとへ届かなかった。
だが――

「ひええ……鉄板入ってんだぞこの盾」

盾は貫通こそしないものの、ベコベコに凹んでいた。
『銃弾』という武器の恐るべき威力が否が応でも脳みそにこびりつく。
こんなもんが人体に当たればどういう惨状を引き起こすか、想像してしまう。

>「明神、ヤマシタは守りに使え。攻撃はボクがやる。
 コイツら、強いぞ。おまけにバッドニュース! コイツら――
 ……もっと増える」

「おいおいおいおい。いよいよゴブリンじみてきやがった……!」

ゴブリンはブレモンにおいても強いモンスターではない。
むしろ一山いくらで経験値になる雑魚キャラだ。数ばかり多い量産型。
だがその『一山いくら』が――全員武装しているとしたら。

悪寒はすぐに現実になった。
そこかしこの物陰から顔を出すゴブリンゴブリンゴブリン――
都合50を数えるゴブリンの集団が、やっぱりガチ装備で現れた。

「どうなってやがる。どっかの軍人ブレイブが武器庫ごと転移してきたのか?
 どいつもこいつも当たり前みてえにゴツい銃引っさげやがって……」

援軍の登場に、戦況は悪化の一途を辿っていた。
ただでさえ即死級の攻撃撃ってきやがるゴブリンが50匹。
どこからでも死角をとれる。今すぐ一斉射撃されればそれでゲームオーバーだ。

>「不義! 不善! 不当! それら世の安寧を脅かす不穏の徒を征することこそ、我ら継承者の本懐なり!
 ならば! ならば此なる眼前の悪逆、我が理の力にて止めるが大義と心得た!
 十二階梯の継承者、第四席『聖灰の』マルグリット――罷り通る!!」

絶望がじわじわと迫ってきたその時、マルグリットが口上を上げながら集団へ吶喊した。
真っ白なローブが地面を擦る暇もなく、嵐の如き蹴撃がゴブリンたちをなぎ倒す。

「あの魔術師……物理で殴ってやがる……」

そうだった。マル公は魔法も強いが近接もイケる。
突如飛び込んできたイケメンにゴブリン共はあからさまに戸惑い、同士討ちを恐れて引き金を引けない。
銃撃を封じるには敵の懐へ飛び込め――マルグリットの立ち回りは、一つの真理を体現していた。

>「マル様を援護するわよ、ふたりとも!」
>「かしこまり! ライブ・スッタァートゥ! ヒィ――――ハ―――――――ッ!!」
>「待ちくたびれたッス、さて……じゃあ真打登場ッスね! 行け、アウグストゥス!」

親衛隊の連中もあとに続き、各々がパートナーを召喚する。
スライムヴァシレウスがゴブリン共を押し潰し、アニヒレーターが音響範囲攻撃をぶっ放す。
ミスリルメイデンの群体が銃弾をものともせずに鏖殺する。
銃持ったゴブリンなんざものの数にも入らないとばかりに敵の集団を蹂躙していった。

99明神 ◆9EasXbvg42:2020/05/25(月) 07:00:36
好転した、のか?
十二階梯と親衛隊のチームなら、武装ゴブリン相手にもそうそう負けることはないだろう。
あの数も範囲攻撃撃ちまくれるなら有利をとれる。
それなら俺たちがすべきは――

>「明神さん、カザハ! 馬車を護って!
 ジョンを出さないように……攻撃はわたしたちが何とかするから!」

――ジョンの保護だ。
この惨状がブラッドラストのトリガーにならないとも限らない。

「わかった!無理はすんなよ、普通のバトルとは違うんだからよ!」

俺たちブレイブはこの世界の強者と比べても遜色ない戦闘能力を持つが、
それはあくまでスマホとゲームシステムに保証された強さだ。
具体的には、ATBゲージが溜まらなけりゃブレイブとして行動することは出来ない。

そして、通常の戦闘とこの襲撃が異なるのは『戦いのテンポ』だ。
こっちが悠長にターンを待ってる間に、奴らはマガジンが空になるまで銃を撃てる。
銃を使った戦いは進展が早すぎて、ターン制バトルの速度とまるで噛み合わない。

ATBに縛られない行動がブレイブにとって弱点となるのは、王都の決闘で嫌ってほど身にしみた。
エンバースとかいうATB絶対削るマンのおかげでなぁ!

「ヤマシタ、俺と馬車をずっとかばってろ。迎撃は俺たちでやる!」

掌に魔力を集め、意志の力で操作する。
つくる形は、一本の糸。そしてその両端に錘。
行きがけの馬車でジョンに見せたヨーヨーに似た形状だ。

「行くぜ俺のオリジナル魔法、『スパイダーベイビー』!」

形成した魔力を思いっきり振り回し、遠心力をつけてゴブリン目掛けて放った。
紐の両端に錘がついたその形状は、古典的な猟具『ボーラ』。
相手の足にぶつかれば錘の慣性でぐるぐる絡みついて動きを封じる代物だ。

うなりをつけて飛んだボーラはゴブリンの一匹へ迫り、当然ながら軽く躱される。
だがこの魔法の下敷きになってるのは闇属性初級の『呪霊弾(カースバレット)』だ。
呪霊は生者の魂を求めて彷徨い、喰らいつく。
避けられたボーラは不自然に軌道を変え、ホーミングしてゴブリンに着弾した。

魔力の糸で縛りつけられ、ゴブリンは身動きが取れずひっくり返る。
……よし!魔法の応用は実戦でも通じる。
威力が足りなくても敵の動きを封じることはできる。やっててよかったバロール塾!

接近してきたゴブリンはカザハ君がノックバックさせ、俺が一匹一匹縛って無力化する。
どうにもならなくなったらガザーヴァが全体攻撃でぶっ飛ばす。
このコンボでどうにか馬車に迫りくるゴブリンの群れを押し止めることに成功した。

「行ける、行けるぞ!カザハ君もっと風ぶん回せ!奴らを全部ふん縛ってやろうぜ――」

――その時、つかの間の成功体験に、俺の目は完全に曇っていた。
前線に立ったなゆたちゃんが、無理を押してまで戦い続け、消耗を重ねていたことに気づけなかった。
憔悴した彼女のもとへ、肉迫する殺意の籠もった黒い影を、見逃していた。

>「なゆ!!!」

瞬間、馬車が爆発したかと思った。
幌を跳ね除けて飛び出したジョンの姿は、さながら砲弾のようにも、獣のようにも見えた。

100明神 ◆9EasXbvg42:2020/05/25(月) 07:01:19
「はぁっ!?お前何やってんだ!どこ行くんだよ!!」

ジョンは答えない。振り返りもしない。
突如として起きたジョンの変化に、俺はしばらく理解が追いつかなかった。

>「行こう、明神さん!」

カザハ君に声をかけられて、ようやく本来の目的を思い出す。
やべえ。あいつ何しに飛び出した?エフェクトは見えなかったがスキルが暴発したのか?

急ぎ追いかけた先では、ジョンと黒い人影が大立ち回りをしている最中だった。
人影は装備こそゴブリン共のものと同じだが、体格がまるで違う。
俺より一回りはでかい大男――男なのかどうかすら、ヘルメットに隠れて伺い知れない。

「ゴブリンじゃねえ……ありゃ人間か?ってことはあいつが銃持ち込んだブレイブ……!」

ジョンと襲撃者が演じた格闘戦は、俺の理解を軽く超えていた。
襲撃者の得物はナイフ。対するジョンは丸腰。
その不利をまるで意に介さないみたいに、ジョンは拳を振るう。

突き出されたナイフを捌き、膝蹴りから流れるようにショートパンチの連打。
相手の振り払う力を利用して投げ飛ばし、追撃のサッカーボールキック。
常人が受ければ首の骨が折れて即死だろう。

「え、エグい……。これがあいつの本気か……」

でけえ剣持ってドラゴンの首ぶった切ったり部長投げるイメージばかり先行してたけど、
ジョン・アデルはもともと対人戦闘のプロだ。
鍛え込まれた四肢に、習得した格闘術が噛み合えば、素手でも余裕で人間を殺せる。
親衛隊やマル公を殺しちまうってのは、フカシでもなんでもなかった。

だが敵もさる者、抜け目なくジョンの足にナイフを突き立てて殺傷圏を離脱する。
何をする気か――不意に襲撃者は距離をとり、手を空へ掲げた。
どこに隠れてたのかゴブリン共が一斉に家々の屋根から顔を出し、銃を構える。

「始めっからこれが狙いか!やべえぞジョン――!」

瞬間、襲撃者の背後に回った部長が体当たりし、巨体がジョンの方へとまろび出る。
ジョンは襲撃者の体を遮蔽物にして、ゴブリンからの一斉射撃を防ぎきった。

「終わった……のか?」

恐ろしく高度な戦術同士の激突だった。
襲撃者は格闘戦での不利を悟るや否や、配下のゴブリンを高所に配置し、一斉射撃を仕掛けた。
ジョンは予め忍ばせておいた部長を使って、襲撃者自身を盾にすることで攻撃と防御を両立させた。
いずれも『銃』という要素を深く理解していなければなし得ない戦い方だ。

……これが軍人同士の戦い。
そして俺たちは、こういう連中も相手にこれから戦っていかなきゃならない。

そして同時に気付いた。
ジョンが盾にした襲撃者は、一斉射撃に晒されたにも関わらず血を流していない。
奴はまだ生きてる。ゴブリン共の脅威も未だ健在なままだ。

防弾アーマーに強化魔法を重ねがけでもすりゃ、5.56ミリ程度なら耐えられるだろう。
だからこそ奴は自分を巻き込むような一斉射撃をゴブリンに指示できた。

つまりあの襲撃者は同士討ちを恐れない。
一方向からの斉射でジョンを殺せなかったと悟れば、次に打つべき手は――

101明神 ◆9EasXbvg42:2020/05/25(月) 07:02:14
「上だカザハ君!次は全方位から撃ってくるぞ!」

――遮蔽のしようのない、360°ぐるっと囲んで一斉射撃。
その仮説を立証するように、俺たちを囲んで位置取りするゴブリンの動きが見えた。

>「バードアタック!!」

こういう時即断即決で動けるカザハ君は本当に頼りになる。
召喚された鳥が屋根上のゴブリン共を飲み込み、はたき落としていく。

「『濃縮荷重(テトラグラビトン)』――プレイ!」

ゴブリンによる包囲網を覆うように荷重2倍の領域が発生する。
アサルトライフルはマガジンからバネの力で薬室に弾丸を送り込んでいる。
そしてそのバネは、『弾丸の重量が急に2倍になった』時のことを想定して設計されていない。

通常よりも重い弾丸をマガジンは十分に持ち上げられず、装填されるはずだった弾丸は中途半端なところで止まる。
その状態で撃鉄が弾丸のケツを叩けば――

俺たちの周りで今まさに引き金を引いたゴブリン達の銃が、一斉に爆発した。
――ライフルが給弾不良(ジャム)って、暴発したのだ。
弾丸を飛翔させる爆発力はそのまま銃手へ牙を向き、砕けた銃の破片が刺さってゴブリンがのたうち回る。

銃はデリケートな精密機器だ。
火薬の力を逃さないように隙間なく設計されてるから、ちょっとした砂埃やゴミが入り込むだけでも簡単に不良を起こす。
いわんや、ここにあるのは砂でも埃でもなく……魔法だ。

「剣と魔法の世界をナメ腐ってんじゃねえぞ」

ジョンとなゆたちゃんを包囲していたゴブリン達はこれで沈黙した。
残るは襲撃者ただ一人……でもねえな。まだまだ後詰のゴブリンどもがワラワラ湧いてきやがる。

102明神 ◆9EasXbvg42:2020/05/25(月) 07:02:58
>「なあ・・・僕一人じゃ手に負えないみたいなんだ・・・だから・・・」

襲撃者から目を離さずに、ジョンは呟く。
久しぶりに、こいつの声を聞いた気がした。

>「助けてくれないか・・・?」

「くひっ。言えたじゃねえか」

思わず笑いが溢れた。
救いようのないロクデナシだと、自分をそう呼んだジョンが。
俺たちに迷惑をかけまいと、自罰的な振る舞いを続けてきた男が。
ようやく……その言葉で、俺たちに助けを求めた。

「そいつが聞けただけでも、この旅には価値があったな。なゆたちゃん」

大親友から助けてって言われたんだ。
だったらやることはひとつしかねえよな。

「任せとけよ親友!今も、これからも!ちゃあんと助けてやっからよ!」

>「動くなーっ!」

「ヌルいぜカザハ君!動いてほしくない時はなぁーーー。
 動けなくしてやんだよ!こーやってなぁっ!」

スマホを手繰り、『工業油脂』の雨を降らせる。襲撃者の全身を油が染め上げる。
これも一時凌ぎにしかならないだろう。服脱げばいいだけだもんな。

それでも、ボディースーツを脱げば防御力が落ちる。
さっきみたいな被弾上等の立ち回りは出来なくなるはずだ。
ついでに――クソイキリライフル野郎の素顔も、ようやく拝める。

「ゴブリン共は俺たちで抑えとく。そこのデカブツの相手は――ジョン、『頼んだ』」


【ゴブリンのライフルを暴発させ、無力化。襲撃者に油をぶっかける】

103崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/05/31(日) 19:42:21
半月に渡るデリントブルグ横断の道のりは、襲撃のない至極平和なものだった。
ジョンのブラッドラストの発作も出ず、マルグリットおよびその親衛隊とパーティーが諍いを起こすこともなかった。
そう、平和。平和であったのだ。
だが――それだけに。それゆえに。
なゆたはいつしか警戒と緊張を忘れ、咄嗟の戦闘に対処することができなくなってしまっていた。

「はぁ、はぁ……ッく、ふ……は……!」

懸命に唾液で喉を濡らし、スペルを手繰ろうとしたが、巧くいかない。
スライムマスターと呼ばれ、ブレモンのトップランカーの一人に数えられるとはいえ、それはあくまでゲームの世界。
崇月院なゆたという人間は何の変哲もないただの一般市民に過ぎない。
幼馴染の道場で剣道をかじっていたり、クラスメイトよりも高い身体能力を持っているというのも、民間レベルでのこと。
FPSでもあるまいに、実際の戦場で戦った経験などあろうはずもない。
どこからライフルの銃弾が飛んでくるか分からない、そんな極限状態の中で、なゆたの心身は急激に疲弊していった。

ちゅんっ!

なゆたの右頬ぎりぎりを、ライフルの銃弾が掠めてゆく。
一発でも受ければ、そこでジ・エンドだ。なゆたの額をいやな汗が伝う。
ポヨリンはやや離れたところでATBが溜まるのを待っている。
この世界がブレイブ&モンスターズである限り、ゲーム内のルールは絶対だ。
パートナーモンスターはATBゲージが溜まらない限り行動できない。
一方で、武装したゴブリンたちは『異邦の魔物使い(ブレイブ)』のATBゲージなどお構いなしに攻撃してくる。
それは彼らゴブリンの軍勢が何者かのパートナーモンスターではない、独立した敵だということを示していた。

「か、は……」

ついに、息切れしたなゆたはその場に片膝をついた。
そして――その眼前に疾風のように漆黒の襲撃者が現れる。
タクティカルスーツにボディアーマー、ヘルメット。
無機質な強化アクリルゴーグル越しの眼差しが、なゆたの急所を捉える。
ゴブリンとは比較にならない大柄な体躯の割に、小柄な亜人たちよりもずっとずっと速い。
なゆたは反応できない。反応しようとしても、極度の疲労によって身体が動かないのだ。

「ッ―――!!」

襲撃者が逆手に持った大振りのコンバットナイフを振りかぶる。
なゆたは強く目を瞑った。

「ち……! モンデンキント!」

エンバースが救援に駆け付けようとするも、遠い。しかもゴブリンたちがそうはさせまいとエンバースに集中砲火を浴びせる。
ポヨリンはATBが溜まっておらず、ガザーヴァも一足になゆたへ近付くには距離がありすぎる。
突然の急襲によるなゆたの暗殺を阻む者は誰もいない――と思われた、が。

>させるかああああああ!

馬車から猛然と飛び出したジョンが、横合いから襲撃者に強烈な蹴りを喰らわせたのだ。
襲撃者は大きく吹き飛ばされた。

「……ジ……、ジョン……?」

>無事かい!?どこも怪我してない!?

ジョンが怪我がないかどうかを確認してくる。ジョンの身体に掴まり、なゆたはふらふらと立ち上がった。

「だ……、だいじょう、ぶ……。なんとか、生きてる……ょ……」

くらくらする意識を何とか奮い立たせ、やっとのことでそれだけ言う。しかし、このままでは戦闘継続は難しそうだ。

>本当によかった・・・頼むから僕の為に無茶しないでくれ・・・本当に・・・よかった

「ん……ゴメン、心配かけて……」

ジョンのことを守るはずが、逆に助けられてしまった。
リーダーの差配としては落第であろう。慙愧の念に堪えず、なゆたは軽く俯いた。

104崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/05/31(日) 19:45:18
>今のは手加減なしの全力蹴りだったから・・・最悪殺してしまったかと思ったけど・・・その心配はないみたいだね

ジョンと襲撃者が睨み合う。
喰らえば肋骨の何本かも折れるかという勢いの蹴りをまともに浴びたにも拘らず、襲撃者は何事もなかったように立っている。
恐らく蹴られる瞬間に自ら蹴られる方向に跳躍し、威力を殺したのだろう。むろんガードと受け身も忘れない。
瞬間的にそこまでの判断ができるとは、並の手合いではない。
襲撃者は緩く身構えた。ほんの僅かに体勢を前傾にし、逆手に持ったナイフを軽く掲げていつでも襲い掛かれる様子だ。
蹴りへの対処といい、その身ごなしは素人とは思えない。明らかに実戦慣れしている、戦闘のプロの姿だった。

>僕になゆとの約束を破らせてた責任・・・取ってもらおうか

刃物を向けられているというのに、丸腰のジョンは怯むこともなく襲撃者と対峙している。
なゆたを庇うようにその前に立ちながら、ジョンはなゆたに退避を勧告する。

>なゆ・・・隠れていてくれ・・・僕がやる
>対モンスターが君の本業なら・・・対人間は僕の本業だ

「……うん……でも無理だけはしないで、ジョン……」

危ないから下がって、と言いたいのは自分も同様だったが、今の自分は息の上がった完全なお荷物だ。
忸怩たる思いだが、ここはジョンに任せるしかない。なゆたは大人しく後方に下がった。
そして崩れた荷車の影に身を隠すと、震える手で『高回復(ハイヒーリング)』のスペルカードをタップする。
癒しの淡い輝きがなゆたを包み、瞬く間に重度の疲労が回復してゆく。
同時に、ポヨリンもなゆたに合流してくる。心配げな面持ちのポヨリンを抱き締めると、なゆたはほっと安堵の息をついた。

>降参しろ。抵抗する場合は足や手の一本二本・・・もしくは命の保障はできないぞ

ジョンが降伏勧告するが、聞き入れる相手ではない。ジョンと襲撃者の戦いが、目の前で繰り広げられる。
襲撃者の体捌きは凄まじいの一言だが、しかしジョンはそんな襲撃者にも一歩も引かず互角以上に渡り合っている。
いや、どちらかというとジョンの方が優勢か。
しかも、ジョンはまだブラッドラストを使ってはいない。血のような靄のエフェクトが彼を覆っていないのがその証拠だ。
とはいえ油断はできない。熾烈な戦いのうちに、いつブラッドラストのスイッチが入ってしまったとしてもおかしくない。

>・・・っ!!

ジョンの右膝に、襲撃者のナイフが深々と突き立つ。その右膝がみるみる濃い赤色に染まってゆく。
回復のスペルカードを使用しようと、なゆたは荷車の影から身を乗り出しかけた。

「ジ……」

>なゆ!手をだすな!そのまま隠れてろ!

すぐに、ジョンの怒声が返ってくる。
姿を現さなければ、ジョンにスペルカードを使うことはできない。
しかし荷車の影から出れば襲撃者は動きの鈍いなゆたを狙うだろう。みすみす敵の手に落ち、ジョンを不利にすることはできない。
不承不承、なゆたは身を屈めた。
その後もジョンと襲撃者の戦いは続く。
ジョンがゴブリンたちからの一斉掃射を襲撃者の身体を盾にしてやり過ごすのを見計らい、
なゆたはジョンと共に崩れた露店の影に移動した。

>ごめんなゆ・・・殺さなければ・・・僕が殺されていた・・・

「…………」

なゆたには何も言えなかった。
とても不殺を貫け殺すなと言える状況ではないが、といってやむを得なかったとも言えない。
だが、ジョンの予想に反して襲撃者は死んではいなかった。
それどころかぴんぴんしている。襲撃者は軽く両手を挙げた。一斉掃射のハンドサインだ。

>なゆ・・・!君だけでも逃げろ!

「そんなこと、できるわけ……!」

ジョンを見捨てて自分だけ逃げるなんて、出来るわけがない。
それが出来ないから、やりたくないからこそ、なゆたは今まで再三のジョンの見捨ててくれという要請を却下してきた。
今になって命を惜しみ主張を翻しては、何もかもが無駄になる。
といってアサルトライフルで武装したゴブリンたちに包囲された今、この窮地を凌げる方法はない。
絶体絶命――そう言うしかない状況。
だが、ジョンとなゆたはただふたりきりではなかった。

105崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/05/31(日) 19:46:57
>バードアタック!!
>『濃縮荷重(テトラグラビトン)』――プレイ!

「カザハ! 明神さん!」

カザハの召喚した鳥の群れが、そして明神のスペルカードがジョンとなゆたを包囲したゴブリンたちを駆逐してゆく。
包囲網は崩れ、周囲には首魁とおぼしき襲撃者だけが残された。
尤も、それで完全に戦況が覆ったわけではない。いったいどれほど、というほどゴブリンは次から次へと湧き出してくる。

>剣と魔法の世界をナメ腐ってんじゃねえぞ

「そーだそーだ! そんなカッケー武器持ってたって、ボクと明神に勝てるワケねーってんだこんにゃろー!」

現代兵器の弱点を逆手に取った明神の隣で、ふんすふんす! とガザーヴァが鼻息荒く言い放つ。
襲撃者の背後にゴブリン・アーミーが展開する。だが、まだ攻撃はしない。
銃口をジョンたちに向けたまま、整然と隊伍を組んでいる。
そんな敵の軍勢を見据えながら、ジョンがゆっくりと口を開く。

>なあ・・・僕一人じゃ手に負えないみたいなんだ・・・だから・・
>助けてくれないか・・・?

「……ジョン……!」

ジョンの隣に佇んでいたなゆたは、その言葉を聞いて顔を見上げた。
今まで、ずっと自分は殺人者だと。パーティーの仲間に値しない者だと。見捨ててくれと再三言っていたジョン。
そのジョンが、やっと救いの手を求めてくれた。こちらが伸ばしていた手を取ってくれた。
ずっとずっと聞きたかった言葉に、胸が熱くなる。
そして、それはカザハや明神も同様だった。

>うんうん……ん? やっと観念したか……!
>くひっ。言えたじゃねえか

「雑魚狩りは趣味じゃないが、あんたの頼みなら仕方ない。今回の見せ場は譲っておこう」

エンバースもいつもの調子で返す。

>そいつが聞けただけでも、この旅には価値があったな。なゆたちゃん

「……うん……! さあ、ここから逆転よ! わたしたち全員で……この戦いに勝つ!」

誰かひとりが頑張るのではなく。誰かが守られてばかりなのではなく。
この場にいる全員で、この理不尽な死と破壊を齎すニヴルヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を倒す。
なゆたは腰のレイピアを抜き放ってゴブリンたちに突きつけた。

>動くなーっ!

同時にカザハがライフルを拾い上げ、襲撃者に狙いを定める。
襲撃者は全く動じない。そもそも、部下のゴブリンの一斉掃射を受けても平然としているのだ。
カザハに撃たれたとしても大したダメージはないということだろうか。

>ヌルいぜカザハ君!動いてほしくない時はなぁ―――。
 動けなくしてやんだよ!こーやってなぁっ!

ライフルが脅しにならないと分かった瞬間、間髪入れず明神が『工業油脂(クラフターズワックス)』を発動させる。
粘性の強い油が襲撃者に降り注ぐ。たちまち襲撃者は油に汚染された。
しかし、それでも襲撃者は動じる気配を見せない。
と、そのとき。

「あ―――――――っ!!!」

ジョンたちの背後で声がした。
市街地に散開していたゴブリンたちをあらかた片付けたマルグリットと親衛隊がこちらを見ている。
その中で、きなこもち大佐が襲撃者に対して右手の人差し指を突き出し、驚きの表情を浮かべていた。

「あいつ……どうしてここに」

「ちぃ〜ッ、よりによってメンドくさいのが……!」

さっぴょんが苦い表情を浮かべ、シェケナベイベが忌々しげに歯噛みする。
きなこもち大佐、さっぴょん、シェケナベイベの三人は元々ニヴルヘイムに召喚された『異邦の魔物使い(ブレイブ)』である。
ならば、当然襲撃者とも面識がある、ということなのだろう。

106崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/05/31(日) 19:48:48
そして。

「……助けてくれ、だと」

アルフヘイムとニヴルヘイム、そして十二階梯の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』が一堂に会した場で、襲撃者が口を開いた。
低く冷たい男の声。明神もカザハも、もちろんなゆたも、その声を聞いたことはない。
だが――

ジョンは。聞いたことがあるだろう。

襲撃者はヘルメットに両手をかけると、一息にそれを脱ぎ去った。
くすんだ金色の髪が、硝煙のにおいの濃い風に揺らせてそよぐ。
さらにゴーグルを外すと、怜悧な眼差しの双眸が露になった。さながら猛禽類のそれを思わさせるような、鋭い碧の眼光。
精巧な、精悍な、どこかサイボーグだとかロボットを連想させるような、そんな無機質な相貌の男だった。
年の頃はジョンと同じくらいであろうか。背丈や身体つきまで似ている。

「貴様のような人殺しが。常人と相容れないはみだし者が。どの面を下げて助けなど求められる? 
 これまで貴様がしてきたことを思い出せ。貴様が考えてきたことを顧みろ。
 貴様は自分のことしか考えていないというのに」

襲撃者はグローブに包んだ右手でジョンを指さした。
襲撃者はジョンを知っている。自衛隊のヒーロー、ジョン・アデルではなく――ジョン個人を。
そして、ジョンもまたこの男のことを知っているだろう。

「進歩のない男だ、貴様は昔から過ちばかりを犯す。間違った道ばかりを選択する。
 そして、また殺すのか? 仕方なかった。やむを得なかった。そんな逃げ道を用意して」
 
男は告げる、ジョンを糾弾するごとく。弾劾するごとく。告発するごとく。
過去の行状を、法廷で証言するごとく。
そして、男は最後にこう言った。

「そう、『あのときのように』――」

男の名はロイ・フリント。
かつて、ジョン・アデルの友だった男である。

「――俺がここにいることが不思議、という顔だな。
 何も不思議ではないさ……誰だって、あのゲームをインストールしていれば召喚される可能性がある。公平にな。
 もっとも――俺はインストールしていただけで、プレイしたことさえなかったが」

「そ、そ、そ、そうッス!
 あいつは――『ブレモンをプレイしたことがない』んス!
 あいつは『異邦の魔物使い(ブレイブ)』でさえない、あいつは――」

「黙れ」

ちゅんっ! とゴブリンの威嚇射撃がアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちの足許に命中する。

「ブレモンをやったことがない……? それなら、どうして……」

なゆたは眉を顰め、不可解な状況に怪訝な表情を浮かべた。
陣営によって違いこそあれ、アルフヘイムもニヴルヘイムも世界を救うという共通目的によって、
地球から『ブレイブ&モンスターズ!』のプレイヤーを召喚しているはずである。
特にニヴルヘイムにはアルフヘイムにはないピックアップ召喚という手段があり、高レベルプレイヤーを優先的に召喚できる。
ミハエルしかり、帝龍しかり、マル様親衛隊しかり、今まで出会ったニヴルヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』は、
皆錚々たるトップランカーばかりだった。
この世界を救うことができるのは『異邦の魔物使い(ブレイブ)』だけ。となれば、敢えて初心者を召喚する理由がない。
だというのに、なぜ――

「……そういうことか」

黙して遣り取りを見遣っていたエンバースが、得心したように呟く。

「奴は。『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を狩る『異邦の魔物使い(ブレイブ)』ということらしい」

――『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を狩る、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』。

「そうだ。俺は貴様らを潰すために召喚された。
 ミハエルと帝龍は、貴様らと同じ土俵に立って勝負したから負けた。ゲームで遊んだばかりに敗退した。
 だが、俺は違う。貴様らの得意なゲームに付き合うつもりはない。
 俺は俺のやり方で貴様らを葬る――アメリカ陸軍仕込みの軍隊戦術でな」

剣と魔法の世界に銃器を持ち込み、ATBとスペルカードの戦いに実弾での戦いで乱入した男。
ブレイブハンター、フリントは冷淡に言い放った。

107崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/05/31(日) 19:50:29
幼いころのジョンは大きな体格の反面内向的で、ハッキリものの言えない子供だった。
幼稚園でも外人ということで色眼鏡で見られ、親しく話したり遊ぼうとする者はいなかった。
小学校に上がっても、それは変わらない。クラスの中でも、ジョンはいつもひとりぼっちのまま――
だった、けれど。
そんなジョンに声をかける子供が、ふたりいた。

《おれ、ロイっていうんだ! パパの仕事の都合でアメリカから引っ越してきた!
 おまえもアメリカ人なんだろ? ほら、髪と目の色が一緒だもん!》

転校生で生粋のアメリカ人であるロイは、ジョンのことを色眼鏡で見ない。
それどころかアジアで出会った同じ白人ということでジョンに大いに興味を示し、幾度もジョンを遊びに誘った。
ジョンが初めて母の言いつけに背き、稽古をさぼって遊びに行った相手がロイだった。

《来いよ、ジョン! 一緒に虫取りに行こうぜ!》

《ジョンをいじめるやつは、おれが絶対許さないぞ!》

《――ジョン、おれたち、ずっとともだちでいような――!》

ジョンは稽古のない時には、いつもロイ『たち』と『三人で』過ごした。
そう、いつも一緒だったのだ。どんなときだって、三人でやってきたのだ。

あの時までは。

『あの事件』が起こると、ロイの家族はアメリカ本国に戻り、それから二度と日本の土を踏むことはなかった。
ロイも両親に連れられ、アメリカへと戻った。それ以来ジョンとロイとは一度も顔を合わせずに、お互い大人になった。
そして――道を別ったふたりは今、この異世界でふたたび巡り合った。
敵同士として。

「アイツ、チョー洒落んなってないし! ブレモン知らんやつがアルフヘイム来んなし!」

「あいつには『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の戦い方が通用しないッス、ガチでヤバイ奴ッスよー!」

「ニヴルヘイムに召喚された他の地球人たちは、まだしも話の通じる相手だったけど……あの男ロイ・フリントは違うわ。
 あの男はそこの焼死体さんの言うとおり、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を殺す『異邦の魔物使い(ブレイブ)』。
 敵対する危険性のある『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を始末する殺し屋よ」

親衛隊が口々に言う。
親衛隊は三人とも一騎当千の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』だが、その肉体自体はなんの変哲もない一般人だ。
今までの戦いで実証されたように、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の戦い以外の戦闘には弱い。
そして、それはなゆたや明神達も同様だ。
ブレモンのデュエルでどれだけ強くとも、実戦で銃弾の一発も受けてしまえばそれで終わりである。
アルフヘイムやニヴルヘイムの住人が『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を倒すことは難しい。
なぜなら、こちらの世界由来の存在は誰しもが例外なくブレモンのゲームシステムの影響を受けるからである。
だが、地球から来た人間はその軛には縛られない。
まさしく『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を殺すために召喚された『異邦の魔物使い(ブレイブ)』――
それがこのフリントだった。

「わたしたちを殺すために、ゴブリンに地球の武器を持たせて戦わせるなんて……」

「知能の低い亜人どもにライフルの使い方と隊列の組み方を教えるのは、少々骨が折れたがな。
 だが問題ない。デリントブルグでの最初の実戦はまだまだ練度が低く、銃の命中率も低かったが。
 今回はそれなりの結果が得られた。この次はもっとうまくやれるだろう」

「……次があると思ってるの?」

なゆたが凄む。
ここでジョンがこの因縁の相手とおぼしき男を仕留め、帝龍と同じように無力化してしまえば、すべての決着がつく。
何より、ここで仕留めてしなければ益々ゴブリンアーミーの練度が上がってしまう。
今回はなんとか戦力拮抗からやや優位くらいまで持っていけたが、次回勝てるかどうかはわからない。
フリントを逃がしてはならない。なゆたはスマホをいつでもタップできるよう身構えた。
しかし、フリントは動じない。どころか、

「あるさ。今回の任務は完了した、撤退する」

と、無表情のまま言った。

「なんですって?」

「貴様らは本当に素人だな。俺が――ただ貴様らと会話がしたいから、ここで突っ立っているとでも思っているのか?」

「それ―――」

ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!!!!

なゆたが疑問を口にしかけたその時、フリントのはるか後方で耳をつんざく轟音と共に大爆発が起こった。

108崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/05/31(日) 19:53:40
アイアントラスはその名の通り、トラス式の橋桁を用いた鉄橋である。
見れば、フェルゼン公国側のトラス式鉄骨から黒煙が上がっている。そして、更に二度、三度の爆発。
強固なトラス式の鉄骨が吹き飛び、橋と大断崖とを繋げている巨大な鎖が弾け飛び、跳ねるように勢いよく谷底に落ちてゆく。
と同時に大きく地面が揺れ、橋梁都市は緩やかに傾斜し始めた。
近くにいたジョンにしがみつく格好になりながら、なゆたは瞠目した。

「まさか……!」

「俺は。俺のやり方で貴様らを葬ると言ったぞ、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』――」

ブレイブハンターが無表情のままで言い放つ。
フリントは自身の手でアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を倒そうとしているのではなかった。
それよりももっと効率的、かつ確実な方法でなゆたたちを消し去ろうとしている。

「この橋梁都市ごとボクたちを大断崖に落っことそうってのか! うっひょー! すっげええええ!!!
 そういうド派手なの大好き! どーしよー、ボクちょっとコイツのこと好きかも!
 あ、でも心配すんなよな明神! パパが一番で二番目がオマエなのは変わんないから!」

派手好き楽しいこと好きのガザーヴァがスケールの大きさに歓喜する。どっちの味方だ。
橋梁の基部を爆破し、この橋を大断崖の藻屑と化す。そうすれば馬鹿正直にデュエルをする必要さえない。
パーティーがアイアントラスに到着してから行動を開始するのではなく、到着の遥か以前から作戦行動をしていたのも、
邪魔なアイアントラスの住人を始末し破壊工作をしやすくするためだったのだろう。
なゆたたちはそんなゴブリンの目先の残虐行為にばかり気を取られ、フリントの真の目的に気付かなかった。
だが。

「心配するな、そんな無駄なことはせん。
 最小の行動で最大の戦果を挙げる、それが戦闘の鉄則だ。
 今はまだ、そのときではない――だが次で必ず仕留める。さらに練度を上げた軍隊でな。
 そのとき貴様も俺の手で始末してやろう、ジョン・アデル」

どうやら、フリントはこのアイアントラスを奈落の底に落とそうとしているのではないらしい。
では、なぜ橋桁の一部を崩落させ都市を傾けるようなことをしたのか?
むろん、フリントはその疑問に答えを示しはしない。右手を水平に伸ばすと、途端に空間に裂け目が生じる。
もうすっかり見慣れた『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』だ。
ゴブリン・アーミーたちが撤退してゆく。その銃口は絶えず『異邦の魔物使い(ブレイブ)』に向けられており、阻止は不可能だ。
なゆたたちはただ歯噛みしてニヴルヘイムの軍勢を見逃すことしかできなかった。

「あいつも――妹も貴様が地獄へ墜ちるのを望んでいるだろうよ」

最後にジョンへそう言うと、フリントは踵を返して空間の裂け目を潜り姿を消した。
多数のアイアントラス住人の犠牲と、都市の破壊。
大きな犠牲を払って、戦いは終わった。

「……わたしたちのせいだ」

戦火に包まれたアイアントラスを半ば呆然と眺めながら、なゆたが呟く。
フリントはアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を葬るために召喚された、と言った。
であるなら、この惨状は間違いなくなゆたたちの手によって引き起こされたもの。
無辜の民を戦いに巻き込み、死に至らしめた――その事実が胸に濃い影を落とす。

「否。例えそうだとしても、ただ立ち尽くすにはまだ早いかと。
 我らが救える命は、まだあるはずです……諦念こそが人を殺す。参りましょうぞ」

マルグリットを先頭に、親衛隊たちが怪我人の救助に乗り出す。

「みんな、わたしたちも行こう。マルグリットの言うとおり、まだ助けられる人はいるはずだから……」

ぐっと拳を握り込み、感情を押し殺すと、なゆたはパーティーの仲間たちを振り返って言った。
それから仲間たちが手分けして救助に行くと、なゆたはジョンの許へと歩み寄る。

「ジョン、さっきはありがとう……危ないところを助けてくれて。
 あなたが来てくれなかったら、わたしはきっとフリントに殺されてた。
 あなたのことを助けるって。そう誓ったのに、あべこべに助けられてちゃしょうがないね」

ジョンの顔を見上げ、あはは……と困ったように笑う。

「……それから。助けてって言ってくれて、嬉しかった。
 やっぱり、わたしはジョンのことを見捨ててなんていけない。あなたの苦しみをすっかり取り除くことは難しくても――
 少しでも和らげられたらって思う。それはきっと、他のみんなも一緒のはず。
 だから……わたしたちに、あなたの力にならせて。
 その代わり……」

ジョンを戦いから遠ざければ、それで当面は上手くいくと思った。自分がジョンを守ってやるのだと息巻いていた。
けれどもそれは思い上がりだったかもしれない。ブレモンのトップランカーという自負が、驕りが、なゆたにはあった。
しかし、今度の敵には『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の、ブレモンプレイヤーの戦いの定石は通用しない。
相手は戦闘のプロだ。正真正銘の軍人、戦闘訓練を受けた地球の戦士。

「あなたの力を貸して。あいつに――フリントに勝つには、わたしたちだけじゃどうにもならない。
 あなたの力が必要なの。
 ジョンの持ってる、対人間のスキルが。きっとこれからの戦いの鍵になるはずだから」

なゆたは真っすぐジョンの瞳を見つめながら、その右手を取って両手でぎゅっと握った。

109崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/05/31(日) 19:56:02
アイアントラスの兵士や都市にあるプネウマ聖教会の僧侶たちと共に怪我人の救助を終えたなゆたたちは、爆破地点へ向かった。
爆破された地点は、魔法機関車の駅にもっとも近い橋桁だった。
橋桁が駅ごと爆破され、完全に崩壊している。
よほど強い爆薬を用いたのだろう。あまりに強い爆発が橋を固定していた巨大な鎖をも吹き飛ばしている。
お陰で橋が傾き、アイアントラスからフェルゼン公国方面へ行く橋と崖の間に上下10メートルほどの段差ができてしまった。
当然、魔法機関車の軌条も崩れてしまっている。
これで、当初予定していた魔法機関車と合流してフェルゼンへ――という計画は頓挫してしまった。
バロールが修理に梃子摺っているのか、魔法機関車がまだアイアントラスに到着していなかったのは不幸中の幸いか。
もし魔法機関車が先に到着していたなら、フリントはいの一番に魔法機関車を破壊していただろう。

「……これがフリントの目的だったんだ」

アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちの移動手段を奪い、足止めする。
そうすることで襲撃の機会を増やし、いつでも軍事行動に移れるようにする。
狙われる側はいつ銃弾が飛んでくるかわからない恐怖におののき、精神を摩耗させてゆく。
一方で時間が経てば経つほどゴブリン・アーミーの練度は上がってゆき、その殺傷度と危険度は高くなる。
文字通り真綿で首を締めるような、確実かつ狡猾な手口だった。

「アイアントラスを離れよう」

なゆたが提案する。
魔法機関車が使えなくなった以上、ここに長逗留しても意味はない。
それに、いつまたフリントたちが『異邦の魔物使い(ブレイブ)』抹殺のために乗り込んでくるかも分からない。
フリントはアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を葬ると言った。
なゆたたちがアイアントラスに残れば、また無用の犠牲が出るかもしれない。
アイアントラスがこのような惨状になったのは、自分たちのせいだ。
それを償いたい気持ちはある。まだまだ、助けを必要としている人々はいるだろう。
しかし、そうすることで更なる惨劇を招くかもしれない――その可能性を考えると、これ以上この場所にいる訳にはいかなかった。
幸い、橋は完全に陸地と分断されてしまった訳ではない。
爆破されなかった側の橋桁から、馬車を使ってフェルゼン公国へ抜けることは可能だ。

「俺たちがエーデルグーテへ行くという情報を、連中は既に掴んでいるのだろう。
 だとしたら厄介だ、連中はいつでも俺たちを狙える。連中の狙撃の腕がいつまでも下手なままであればいいんだが――
 奴の口ぶりからすると、それは期待薄だな」

腕組みしながらエンバースが口を開く。
魔法機関車が使えれば狙撃もある程度防げただろうが、現状の幌馬車では防御力はゼロだ。
といって馬車を武装させるのもナンセンスだろう。武装すればそれだけ馬車は重量が増える。一頭では引けなくなる。
パーティーには馬車用に用意した馬の他、カケルとガーゴイルを加えた計三頭の馬がいるが、
馬車自体は一頭立ての構造のため他の二頭が引くスペースはなかった。
ならば三頭立ての武装した馬車を用意すればという話だが、そもそもそんな馬車など存在しない。用意するならオーダーメイドだ。
そんな特注の馬車を作っている間にフリントはパーティーにとどめを刺そうと襲い掛かって来るに違いない。
第一、幌馬車プランにはもうひとつ難点がある。

「ちょっ、こっからエーデルグーテまでえっちらおっちら幌場所で行くつもりかよー!?
 ジョーダンじゃねーぞー! ボクはアイアントラスまでってことで、今までガマンして鈍足で旅してきたのに!
 話が違う! そんなんじゃ、うら若き乙女のボクがババーになっちゃうじゃんかーっ!」
 
案の定というべきか、ガザーヴァがゴネた。落ち着きのなさと堪え性のなさでは他の追随を許さない性格の幻魔将軍である。
今まではアイアントラスで魔法機関車に乗るまでの辛抱――と宥めすかされてきたのだが、
フリントの襲撃によってそれもままならなくなり、不満が噴出してしまった。
今回の旅は単にエーデルグーテに到着さえすればミッションクリア、という類のものではない。
ジョンを蝕むブラッドラストを一刻も早く解かなければならないという、期限付きのミッションだ。
今後も幌馬車での旅を続けるというのなら、エーデルグーテまでは10ヶ月はかかるだろう。
ジョンの精神と肉体が、そんな期間を耐え抜けるかどうか――甚だ心許ない。

「こんなとき、みのりさんかバロールのアドバイスがあればいいのに……」

なゆたは歯噛みした。
こういうときにこそパーティーのバックアップをしてくれるはずのキングヒルからの通信はない。
どころかこの半月、なゆた側からコンタクトを取ろうとしてもまるでみのり達からの応答は得られなかった。
通信障害というのは考えづらい。恐らくマルグリットらを警戒して、敢えて通信を切っているのだろう。
今は後方支援は期待できない。このパーティーだけで物事に当たらなければならないのだ。
だから。

「……明神さん、ちょっと」

軽く手招きすると、なゆたは明神を連れ出してふたりだけで物陰へと移動した。

110崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/05/31(日) 19:59:12
「ニヴルヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』に襲撃を受けたは痛手でしたが――
 これしきのことで、大義を胸に抱く我らの歩みを押し留めることなどできはしません。
 否、むしろ――斯様な策を弄してくるということは、それだけ彼奴等にとって我らが小さからぬ脅威であるという証左。
 いかなる艱難と辛苦が待ち受けていようと、これを打破するのみ! それが我らの為すべきことでありましょう!
 さあ――月の子よ、勇敢なる『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちよ! 参りましょうぞ、我が賢姉の待つ聖都へ!」

出発の支度を整えると、マルグリットが高らかに言い放った。
その瞳はキラキラと使命に燃えている。障害が多ければ多いほど士気も上がると、その眼差しが告げている。
正真、マルグリットは世界を救うという大義のために戦っているつもりなのだろう。
その佇まいは美しい外見と相まって、いかにも主人公! といった様子だ。
ゲームのメインビジュアルになりそうな絵面とも言う。
だが。

「……マルグリット、その話なんだけど。
 出発する前に、ひとつだけ教えてくれない?」
 
なゆたが馬車の傍でマルグリットと相対し、ゆっくりと口を開く。
マルグリットはすぐに頷いた。

「私の知り得ることならば、何なりと」

「ありがとう。マルグリットはローウェルの命令でわたしたちをスカウトしに来たのよね?
 あなたの他に、そっちには何人の十二階梯の継承者がいるの?
 全員揃ってるのかしら」

「いえ、私に貴君らの許へ行くようにと指示を下したのは師父ではありません。
 救世の大義のため御多忙であられる師父の代理として、現在は『黎明』の賢兄が陣頭指揮を執っておられます。
 本来ならば、斯様な危難の折。十二階梯全員が力を結集せねばならぬ処ですが――
 『真理』の賢兄や『覇道』、『黄昏』などは『黎明』の賢兄の招集にも応じぬ有様でして。
 尤も、それもおいおい解決するでしょうが……」

問われるまま、マルグリットは誠実に情報を公開する。
こういう莫迦正直な辺りが、マルグリットの底抜けの善人ぶりをよく示していた。
なゆたは頷いた。

「そう。『黎明』がいるのね、そっちには」

「無論です。『黎明』の賢兄こそは、侵食の脅威より諸人を救い出す文字通りの黎明たるお方。
 『創世』の師兄が野に下った今、我ら十二階梯とて『黎明』の賢兄の叡智なくしては立ち行きませぬ。
 賢兄に面会を望まれますか? それは重畳! 賢兄もそれを望んでおりましょう。
 我が賢兄と語らい、その深遠なる脳中を理解すれば、貴君らも必ずや――」

「いいえ。私が知りたかったのは、そっち側に『黎明』がいるかどうか、ってことだけよ。
 そして、あなたの言うとおり本当に『黎明』がそっちにいるのなら……。
 マルグリット、あなたたちとの同行はおしまい。ここからは、わたしたちだけでエーデルグーテまで行くわ」

「……え?」

突然の離別宣言に、マルグリットは目を瞬かせた。
それまで黙ってなゆたちマルグリットの話を聞いていた親衛隊の目に、殺気が宿る。
さっぴょんがなゆたを睨みつける。

「どういう意味かしら、モンデンキント」

「さっぴょんさん、ごめんなさい。シェケナさんもきなこもちさんも。
 あなたたちと一緒に旅した半月はとても助かったし、感謝もしてます。さっきの戦いだってそう。
 皆さんがいてくれなかったら、わたしたちはもっと苦戦してたし……仲間たちに犠牲だって出たかもしれない。
 それは、どれだけ感謝しても足りません。本当にありがとうございます」

なゆたは親衛隊に向き直ると、丁寧にお辞儀をした。
それからすぐに姿勢を戻し、決意を湛えた瞳でさっぴょんたちを見つめ返す。

「だからこそ、はっきりさせておきます。
 マルグリットや親衛隊の皆さんの協力に報いたいと、そう思うから――。
 あなたたちと一緒には戦えない。ローウェルの所へも行かない。
 エーデルグーテへ行ってオデットに会う方法は、わたしたちだけで考えます。だから……これでお別れにしましょう」

「な……、何故です……!
 我らは共に侵食に抗い、世界を救わんとする大望を抱いた同志のはず!
 私は貴君たちの力になりたい、師父のことはさておき今はそうすべきと! 私の中の正義がそう告げるのです!
 だというのに……何故……!」

端正な顔を悲痛に歪め、マルグリットが声を荒らげる。
なゆたは口を真一文字に引き結び、ほんの少しの静寂の後、

「ゴブリン・アーミーに地球の装備を与えたのは、『黎明の』ゴットリープでしょう?」

と、言った。

111崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/05/31(日) 20:01:54
『黎明の』ゴットリープ。

『創世の』バロール離反後の十二階梯の継承者を束ねる、筆頭継承者。
魔導組織『霊銀結社』の頂点に位置する『大達人(アデプタス・メジャー)』にして、アルフヘイム最高位の魔導師。
ゲームの中では基本的にプレイヤーの協力者として様々な便宜を図ってくれる、心強い味方である。
そんな、本来はなゆたたちの支援をしてくれてもいいはずの人物が、ゴブリン・アーミーの装備の提供者だとなゆたは言う。

「なぜ……そう思われるのです……?」

「わたしたち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』は、召喚される時に身に着けていた物ごとアルフヘイムにやってきた。
 フリントがヘルメットや銃を装備したまま召喚されてきたなら、それらがこの世界にあっても不思議じゃない。
 でも――それなら装備はフリントの分しかないはず。
 あの大量のゴブリンへ支給できるだけの装備は、どこから来たのか……? わたしはそれをずっと考えてた」

「そのフリントだかの装備をバラして分析して造ったんじゃないん?」

「ううん、それじゃ時間がかかりすぎるよ。でも――」

ガザーヴァが横合いから口を挟む。なゆたはかぶりを振った。
例えば戦争では敵方の装備や戦車、航空機などを鹵獲し、分析して似たようなものを造るという行為は常識だ。
フリントの装備をニヴルヘイムが分析し、それを元に大量生産する――というのは無い話ではないだろう。
が、その場合『分析から大量生産まで膨大な時間が必要』という弱点がある。
まして、地球産の装備は構造も材質も理論もまるでこちらの世界とは違う。
地球の科学知識のない者がすべてを解析し、理解した上で同等の物を造り上げるというのは並大抵の苦労ではない。
それに、複製ができたとしてもそれを継続して生産するというのがまた大変だ。
こちらの世界には、プログラムさえすれば同じものをオートメーションで大量生産してくれる工場など存在しないのである。
フリントは自らを『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を狩るために召喚されたと言っていた。
間違いなく、フリントはなゆたたちがニヴルヘイムの脅威であると認識されて以降に召喚されたのだろう。
となれば解析、試作、大量生産などというステップを踏む時間はとてもない。
……しかし。
それらすべての問題を一挙に解析する方法が、ひとつだけある。

「……なるほどな。業魔錬成か」

エンバースが頷く。

業魔錬成――
アイテム同士を掛け合わせ、高ランクのレアアイテムを作成する高位魔術。
それを使えば、構造など関係なく地球産の装備を大量生産することは可能であろう。
そして、この世界において唯一の業魔錬成の遣い手こそが――『黎明の』ゴットリープなのだ。

「そうよ。まったく文明や文化の異なる世界の装備なんて、そう簡単にコピーできるわけがない。
 でも魔法ならそれができる。これを増やしたい、と思いさえすればね。
 業魔錬成はその一番の近道――そして業魔錬成を使えるのはゴットリープだけ。
 どうして、あなたの兄弟子はニヴルヘイムに力を貸しているの?
 マルグリット。あなたは……どこまで知っているの? フリントのアイアントラス襲撃は知らなかったとしても。
 『ゴットリープがニヴルヘイムに武器を提供してる』ことは、知ってたんじゃないの……?」 

「………………!」

なゆたの指摘に、マルグリットは沈痛な面持ちで俯いた。
と同時、なゆたの追及に言葉を詰まらせるマルグリットの窮状に親衛隊が身を乗り出す。

「そこまでよ、モンデンキント。
 マル様に是非を問うなど言語道断。マル様のお心を曇らせることは、私たちが許さないわ」

「師匠……それ以上いけないッス。考え直してほしいッス。 
 現状、自分たちは師匠の『仲間』ではなくとも『味方』ッス。師匠と敵対はしたくないッス。
 今ならまだ、マル様も許してくださるはずッス……!」

さっぴょんが敵意を剥き出しにする一方で、きなこもち大佐がなゆたを説得しようとする。
しかし、もう決めたことだ。なゆたの決意は固かった。
なゆたが先ほど明神を呼び出し、物陰で話したことがこれだった。
ゴットリープが、そして十二階梯の継承者がニヴルヘイムに協力していることは明らかだ。
だとすれば、これ以上マルグリットと一緒に旅はできない。

「前に偉そうなこと言っといて、やっぱりやめるなんてカッコ悪いけど。
 ゴメンね、明神さん。やっぱりわたしたちはわたしたちだけで進もう。
 わたしたちは、今までずっとそうしてきた。だから、これからもそうする。
 今度だって、きっとうまいことやれる。……だよね」

明神とふたりで話をしたとき、なゆたはそう言ってばつが悪そうに笑ったのだった。

112崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/05/31(日) 20:03:57
「……確かに……私は知っていました……。しかしながら、『黎明』の賢兄のこと。
 何か深遠なお考えあってのこと……そう、そうに違いありませぬ……!」

マルグリットが搾り出すような声で言った。

「そうかもしれない。結果的に侵食を食い止められるような作戦があって、そのためにやったことなのかもしれない。
 でも。どんな素晴らしい作戦だって、人が死んだらなんの意味もないんだよ……。
 ゴットリープがフリントの装備をコピーして、ゴブリンに持たせた。それでアイアントラスの人たちは死んだんだ……!
 それは覆らない! 絶対に!! 生き物は、死んだらおしまいなんだよ! 生き返ることなんてできないんだ!
 『うまい作戦がある』とか! 『深い考えがある』とか! そんなこと、死んだ人たちに言えるの!?
 あなたたちの死は必要だっただなんて! そんなこと、口が裂けたって言えるもんか!」

「…………ッ…………」

「そんな作戦を考えて! 人が死ぬ武器をたくさん造って!
 それで『世界を救いたい』だなんて! どの口で言ってるんだ!
 『黎明』はローウェルの代理って言ったわよね、それはローウェルの意思でそんなことをしてるってことよね?
 じゃあ……わたしはローウェルを絶対に許さない! ローウェルや『黎明』の命令に従ってるあなたたちのことも!
 無碍に命を摘み取るニヴルヘイムの連中も! 絶対絶対……絶対に! 認めてなんてやらないわ!!」

声を限りに、なゆたは叫んだ。
その啖呵を聞いたガザーヴァがヒューッ! と口笛を鳴らす。

「いいねぇいいねぇ! 宣戦布告ってヤツ!? んじゃもうボクのコトも解禁でいーよな!
 おい、そこの頭ン中お花畑の三バカ恋愛脳トリオ!
 いつでもかかって来いよ、ブッバラしてやンよぉ! そう、『ボクがオマエらの聖地を更地にしたときみたいに』――! 
 この現場将軍! もとい、幻魔将軍ガザーヴァ様がなァ―――――――ッ!!!」

ガザーヴァがここぞとばかりに中指をおっ立てて挑発する。
と同時、黒い靄がその露出度の高い華奢な身体を取り巻き、漆黒の甲冑へと変化してゆく。
すぐにガザーヴァはブレモンプレイヤーならば誰もが見慣れた姿になった。
親衛隊は目を瞠った。

「ガ……、ガザ……!?」

「あの頭の緩いガキンチョが……!? いやでも確かにあの緩さは……!」

「きっひひひひッ! ビックリしたかァー? でも驚くのはまだ早いぞ!
 ここにいる明神、笑顔きらきら大明神なんて名乗っちゃいるけど大ウソだ!
 コイツの本当の名前は、うんちぶりぶり大明神――! そう、ブレモン史上最低最悪のクソコテ野郎だ!
 そんなことも気付かないでアホ面さげて、オマエらってばまったく笑えるったらありゃシナーイ! あーっはっはっはっ!」

ガザーヴァは明神の肩に右腕を回すと、いかにも馴れ馴れしげな様子でカミングアウトした。
混沌と修羅場を好む悪属性の本領発揮である。

「うんち……ぶりぶり……ですって……?」

「あの……マル様を愚弄し、聖地を喪って傷心の自分たちを煽るだけ煽ったガチクズ野郎……!」

「ヒィ―――――――――――ハ――――――――――――――――ッ!!! 殺す殺す殺すゥゥゥゥゥ!!!!」

不倶戴天の敵を前にして、親衛隊の怒りゲージが振り切れる。
どんっ! どどんっ! と地響きを立ててミスリル騎士団が現れ、スライムヴァシレウスが限界突破のオーラを纏う。
アニヒレーターが肩にかけているフライングV的なギターを構える。

「みんな!」

なゆたもポヨリンを足許に配置し、仲間たちに戦闘態勢を促す。
一触即発の事態。
しかし――

「……双方、矛を納められよ」

そんな状況を収拾したのは、他ならぬマルグリットだった。

113崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/05/31(日) 20:07:20
「月の子の申される通り、死を是として為さねばならぬことなどありますまい。
 されど……されど、必ずや! その死を無駄にせぬだけの結果を伴う目的が! あるはずなのです!
 この『聖灰』、伏してお願い申し上げる……何卒、何卒今は、今だけは堪えて頂きたい……!
 『黎明』の賢兄、そして我らが師父と貴君らがまみえ、直に会談する事が叶えば、その疑問も! 怒りも!
 必ずや氷解するに違いないのです……!」

マルグリットは地面に両膝をつくと、なゆたたちへ深々と頭を下げた。

「マル様……!」

親衛隊が驚きの声をあげる。
ブレイブ&モンスターズの顔、人気ナンバーワンの美形キャラが。
何をするにも絵になる美青年が、何もかもかなぐり捨てて頭を下げた。
マルグリットは心の底から願っているのだろう、兄弟子や師匠が世界を救ってくれることを。
だからこそ疑いもなくその指示に従い、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちを集めて回っている。
それが正義なのだと。この世界を護ることに必要なことなのだと――

「あなたは本当に、わたしたちの知るマルグリットなんだね」

頭を下げたまま動かないマルグリットへ、なゆたが呟くように言う。
ただひたすらに人の善性を、正義を、愛情を信じ、世界の平和のために邁進する。
他の継承者たちが悪に堕ち、或いは我欲のままに振舞ったとしても、マルグリットだけは決してぶれることはなかった。
ゲームの中でも、そしてこの現実のアルフヘイムでも。
マルグリットはただただ、世界平和の実現のためだけに戦っている。

だからこそ。

「……わたしにも信念がある。あなたと同じように。
 あなたの信念があなたにそこまでさせるなら、わたしも――わたしの信念を貫かなくちゃいけない。
 わたしたちは対等なんだ。状況や説得で自分の信念をすぐに引っ込めたりしたら、それが崩れちゃう。
 あなたはあなたの信念を最後まで通す。わたしはわたしの信念をどうでも変えない。
 ……そうすることが。あなたの信念に対する礼儀だと思う……から」
 
「……月の子……」

「そのうち、あなたの兄弟子やお師匠さまには会いに行くよ。
 でも、それは今じゃない。もっと世界を回って、色んな物事を見て。
 わたしたちにできることを全部やったうえで――この世界の真実を確かめたら。そのときに会いに行く。
 だから。もう少し待ってて」

今の自分たちは、まだ何も知らない。この世界で本当は何が起こっているのか、誰が何を考えているのか。
それらのすべてを解き明かしたとき。イベントやクエストを片端から網羅したとき。
そのときが、ローウェルとの決着をつけるときになるだろう。

「交渉決裂ね。分かったわ、モンデンキント。
 今はマル様に免じて、戦うのはやめておいてあげましょう。でも――次はないわ。
 フリントがあなたたちを殺すのを待つまでもない。私たちマル様親衛隊が、あなたたちを潰すわ」

「あーしたちを怒らせて、タダで済むと思ってんじゃねぇーってーの!
 おい、うんち野郎! てめぇーは特に念入りにバラバラにしてやっかんな!
 んでスクショ撮って拡散してやんよォーッ! 前に地球でそうしたみてーになァーッ!」

「……残念ッス。師匠」

マル様親衛隊が口々に言う。
そんな親衛隊に寄り添われながら、マルグリットが立ち上がる。

「……嗚呼。私は知らぬ間に、貴君らの信念を穢していたのですね……。
 心よりのお詫びを、勇気ある『異邦の魔物使い(ブレイブ)』。私が誤っていたようです。
 ならば。であるのなら……もはや何も申しますまい」

マルグリットは非難や恨み言を言わない。
ただ、そこには袂を別ったなゆたたちへの無念の想いだけがある。

「では、我らはこれにて。
 ……貴君らの旅が、実り多きものでありますように」

最後にそれだけ言うと、マルグリットは踵を返していずこかへと去っていった。
親衛隊もそれに倣う。

「……マルグリット」

去り行くマルグリットの背を見送りながら、なゆたは小さく名を告げた。
さっぴょんの言うとおり、次に会ったときは敵同士だ。
フリントという強敵が控えているというのに、その上マルグリットまで敵に回してしまった。
こちらにとっては不利と言うしかないが――それでも、この決別は避けられない事態だった。
マルグリットは自分の陣営の者たちがすることに従う他はないし、なゆたたちも我が道を進むしかない。
互いの道が、心が交わらないのであれば――そこにはもう、戦いしかないのだ。

ギリ、と奥歯を強く噛み締めると、なゆたもまた長い髪を揺らして大きく反転し、歩き始めた。
フェルゼン公国へ。アズレシアへ。聖都エーデルグーテへ――

この世界の真実へ。


【“『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を狩る『異邦の魔物使い(ブレイブ)』”ブレイブハンター・フリント登場。
 アイアントラス破壊により魔法機関車が使用不可に。
 意見の相違によりマルグリットと決別。】

114ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/06/03(水) 14:12:29
「うんうん……ん? やっと観念したか……!」
>「任せとけよ親友!今も、これからも!ちゃあんと助けてやっからよ!」

あぁ…夢みたいだ。

>「雑魚狩りは趣味じゃないが、あんたの頼みなら仕方ない。今回の見せ場は譲っておこう」
>「……うん……! さあ、ここから逆転よ! わたしたち全員で……この戦いに勝つ!」

ずっと欲しかった。自分を守って…信じてくれる仲間が。
あの日からずっと諦めていた…いや自分で思い込んでいた。
自分はそんな仲間ができるような人間ではないと、価値はないと。

本当にいいのだろうか?手を伸ばして…彼らの手を掴んでいいのだろうか。
もう十分苦しみ抜いた。だから…手を伸ばしていいのだろうか。

「みんな・・・みんな・・・ありがとう」

そう手を伸ばそうとしたその時。

>「……助けてくれ、だと」

今まで無言だった襲撃者の声で現実に戻される。

なぜ僕は今まで忘れていたのだろう?

いや違う。

>「貴様のような人殺しが。常人と相容れないはみだし者が。どの面を下げて助けなど求められる? 
 これまで貴様がしてきたことを思い出せ。貴様が考えてきたことを顧みろ。
 貴様は自分のことしか考えていないというのに」

違う。僕は自分の意志で思い出さないようにしていただけだった。
もう会わないなら…と自分の精神を守るために・・・。

>「進歩のない男だ、貴様は昔から過ちばかりを犯す。間違った道ばかりを選択する。
 そして、また殺すのか? 仕方なかった。やむを得なかった。そんな逃げ道を用意して」

顔を上げなくてもだれだかわかる。忘れてなんかいない。
自分の限界を超えないように記憶の片隅に封印していただけだ。

忘れるはずなんてない。

>「そう、『あのときのように』――」

「…ロイ…ロイなのか…?」

>「――俺がここにいることが不思議、という顔だな。
 何も不思議ではないさ……誰だって、あのゲームをインストールしていれば召喚される可能性がある。公平にな。
 もっとも――俺はインストールしていただけで、プレイしたことさえなかったが」

「だとしても…なんでこんなこと…」

>「奴は。『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を狩る『異邦の魔物使い(ブレイブ)』ということらしい」

「ブレイブを狩る…ブレイブ?」

>「そうだ。俺は貴様らを潰すために召喚された。
 ミハエルと帝龍は、貴様らと同じ土俵に立って勝負したから負けた。ゲームで遊んだばかりに敗退した。
 だが、俺は違う。貴様らの得意なゲームに付き合うつもりはない。
 俺は俺のやり方で貴様らを葬る――アメリカ陸軍仕込みの軍隊戦術でな」

115ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/06/03(水) 14:12:49
《おれ、ロイっていうんだ! パパの仕事の都合でアメリカから引っ越してきた!
 おまえもアメリカ人なんだろ? ほら、髪と目の色が一緒だもん!》
《来いよ、ジョン! 一緒に虫取りに行こうぜ!》
《ジョンをいじめるやつは、おれが絶対許さないぞ!》
《――ジョン、おれたち、ずっとともだちでいような――!》

「違う!違う!僕の知ってるロイは・・・もっと優しいはずだろ!
 ブレイブを殺すとか・・・一般人を殺すような奴じゃないはずだろ!!」

>「ニヴルヘイムに召喚された他の地球人たちは、まだしも話の通じる相手だったけど……あの男ロイ・フリントは違うわ。
 あの男はそこの焼死体さんの言うとおり、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を殺す『異邦の魔物使い(ブレイブ)』。
 敵対する危険性のある『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を始末する殺し屋よ」

僕の知っているロイは…強きを挫き・弱きを助ける。
まさにヒーローを体現したような・・・日本風でいえば筋の通った男だったはずだ。

でも今この状況は?一般人が死に、なゆを殺そうとし、僕の膝にもナイフが突き刺さっている。

>「わたしたちを殺すために、ゴブリンに地球の武器を持たせて戦わせるなんて……」

>「知能の低い亜人どもにライフルの使い方と隊列の組み方を教えるのは、少々骨が折れたがな。
 だが問題ない。デリントブルグでの最初の実戦はまだまだ練度が低く、銃の命中率も低かったが。
 今回はそれなりの結果が得られた。この次はもっとうまくやれるだろう」

>「……次があると思ってるの?」

>「貴様らは本当に素人だな。俺が――ただ貴様らと会話がしたいから、ここで突っ立っているとでも思っているのか?」

ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!!!!

>「俺は。俺のやり方で貴様らを葬ると言ったぞ、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』――」
>「この橋梁都市ごとボクたちを大断崖に落っことそうってのか! うっひょー! すっげええええ!!!
 そういうド派手なの大好き! どーしよー、ボクちょっとコイツのこと好きかも!
 あ、でも心配すんなよな明神! パパが一番で二番目がオマエなのは変わんないから!」

「そ・・・そんな事したらここに住んでる人はどうなるんだよ・・・おい!」

>「心配するな、そんな無駄なことはせん。
 最小の行動で最大の戦果を挙げる、それが戦闘の鉄則だ。
 今はまだ、そのときではない――だが次で必ず仕留める。さらに練度を上げた軍隊でな。
 そのとき貴様も俺の手で始末してやろう、ジョン・アデル」

「なんでだよ・・・恨んでるのは僕一人だけのはずだろ?なんで・・・僕以外も・・・ほかのブレイブを巻き込むんだよ?
 そんな事を表情一つ変えずにできるような奴じゃないはずだ・・・君は・・・」

ゴブリン達が一斉に退却していく。
なゆ達は銃口を向けられ、この街を荒らした犯人達を見送る事しかできないでいた。

「なんで・・・なんで・・・」

僕ならこの状況を打破できるかもしれない。でも、僕の心はいろんな感情がまざり…それどころではなかった。

>「あいつも――妹も貴様が地獄へ墜ちるのを望んでいるだろうよ」

そう、僕にいい残すとロイは空間の裂け目に消えていった。

116ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/06/03(水) 14:13:07
>「……わたしたちのせいだ」

私【達】ではない・・・僕の責任だ。
ロイがああなってしまったのも・・・僕達を襲うことになったのも・・・

「僕が悪いんだ・・・」

酷く気分が悪い。
久しぶりにあった親友は小さい頃に一緒だった時にみせた優しさを全て捨て、人殺しになっていた。

その原因を作ったのは間違いなく僕だ。

優しい彼を僕が・・・殺したんだ。

彼一人じゃない、彼の家族も、みんな僕が殺したのだ

「うぷっ」

吐き気がする。
今までずっとみてみないフリをしてきた。どうせ二度と会わないのだからと。
でも相手はそうじゃない。恨んでた。僕を、僕が犯罪にならない世界を。

ちょっと考えればわかる事だった。いやわからなかったんじゃない・・・僕はわかっていて無視していたんだ。

自分を守る為に・・・。

>「あなたの力を貸して。あいつに――フリントに勝つには、わたしたちだけじゃどうにもならない。
 あなたの力が必要なの。
 ジョンの持ってる、対人間のスキルが。きっとこれからの戦いの鍵になるはずだから」

違う…僕は…こんな優しい言葉を掛けられていい人間じゃない。

なんで僕は許された気になって・・・舞い上がってたんだ?僕は人としての幸せを得ちゃいけないのに。

「すまない・・・一人にしてくれ」

なゆの手を弾き、膝からナイフを強引に引き抜く。
吐きそうになるのを我慢しながらゆっくりと歩き出す。

とにかくみんなから見えない位置に移動したかった。一人で考えたかった。楽になりたかった

でも路地にあったのは・・・さらに苦しい現実だった。

「おえええぇぇぇぇえ・・・」

そこで見たのは子供庇って銃に撃たれたと思われる男女の大人と・・・
その死体の下で死んでいる子供だった。

僕の過去の過ちのせいで、違う世界の幸せな家族まで壊れてしまった。

僕だけが苦しめばいいと思っていた。
全部目を瞑れば、僕だけが罪を償えばそれだけで済むと思っていた。

でもそれは現実逃避にしかならないのだと。罪は自分の手で最後まで…償わないといけないのだと。

117ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/06/03(水) 14:13:25
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「痛いよぉ〜やめてよぉ〜」

図体がでかい外人というだけで幼稚園でも・・・小学校でもいじめられていた。

反撃すればいじめはなくなるかもしれない。でも一生友達ができなくなるかもしれない。
という恐怖から反撃できず、毎日顔つき合わせれば体当たりされ、石をぶつけられる

「そこ!なにイジメてるんだ!」

そこに現れた一人の少年・・・それがロイだった。

この頃からすでにロイは人気者だった。
手を振れば女子が集まってくるし、男子でさえ嫌ってるいる者は少なく、誰からも愛されていた。

漫画や、ドラマの主人公になるのはこんな人なのだろうと思った。

もちろんただの八方美人の優男ではなく、ルールを破る悪には決して屈しない心と体を持っていた。

「お前も…反撃できないわけじゃないだろう?なぜ反撃しないんだ」

「僕が反撃したら相手に怪我させちゃうから・・・」

「自分より相手を優先したのか?イジメてるやつを?……お前気に入った!俺はロイ。ロイ・フリントだ」

一生仲良くなる事はないだろう人に手を伸ばされる。

「え…?」
「いいから!」

手を強引に引っ張られていく。

「これから俺とお前は・・・友達だ!」

「へ?・・・・・・・・・・・ええええええええええ!!??」

それから2年間は本当に幸せだった。
ロイ以外の友達はいくら頑張ってもできなかったけれど。

ロイと・・・それとロイの妹である・・・彼女と遊べるだけで十分だった。

本当に・・・幸せだった。

118ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/06/03(水) 14:13:41
「紹介するよジョン。これが妹のシェリーだ」

彼女との初めての出会いはロイの家に遊びにいったときだった。
ロイの後ろからひょっこりと少女が顔をだしていた。

「えーと…こんにちわ?」

黙って見つめている彼女はまるで人形のようで、美しいと感じたのを今でも覚えている。喋りだすまでは。

「体つきは良さそうなのにすごいザコそうな顔ね」
「こらシェリー!」

初めての彼女から言われたのはザコそうな顔だった。

「いくらロイの妹でも言っていい事と悪いことが・・・」

いくら僕でも一個とはいえ年下の少女にザコと呼ばわりされたら少しムッとしまったのも覚えている。

「ならちょっと軽く殴り合ってみましょうか?私と」

「な・・・殴り合い?」
「やめ----」

ロイが止めるよりも早く繰り出された彼女の鋭い蹴りは僕の腹部を直撃した。

「アガッ・・・!?」

その一撃は日ごろの特訓で鍛えられた僕の筋肉をたやすく貫通し、僕を地にたたきつけた。

てゆうか殴り合いって言ってるのに蹴りって・・・!

「ふーん・・・結構固いじゃん!」

怒ったロイを完全に無視し、僕に近寄ってきた彼女はこういった。

「聞いて驚きなさい!私は天才少女と呼ばれ!5歳にしてあらゆる格闘技に精通し、大人を殴り倒してきた!
 大人でさえ私とまともに戦って勝てるやつはいないわ!大人でさえ私に弟子入りを志願するのよ!そう!私は天才だから!」

口ぶりや身長、立ち振る舞いは完全におこちゃまだった。だが強さだけは
彼女の蹴りは間違いなく大人を超えた威力があった。

「大丈夫かジョン・・・すまない妹はこの通り見た目はいいんだけど性格が・・・」
「だれが性悪女だって!?」
「そ、そんな言葉どこで覚えてくるんだよ!大体お前な・・・」

「ふ・・・ふふ・・・あはははは!」

くだらない事で喧嘩する二人を見ていると自然と笑いが込み上げてきた。
僕にも兄弟がいたらこんな感じになれただろうか?いやロイだからこそ。シェリーだからこそいいのだろう。

「え・・・なんか笑ってるよ・・・もしかしてマゾ?」
「だからどこでそんな言葉覚えてくるんだよ!!!!」

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119ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/06/03(水) 14:13:58
生存者の救助を終え、駅を破壊された僕達は次の作戦を練り始める。

>「……これがフリントの目的だったんだ」

ロイはゴブリン達の練度がまだ足りないという事を仄めかしていた。
完璧な軍隊を作るのに必要なのは物資、そして時間だ。

「誰よりも真っすぐを信条としてた男がこんな狡猾な手段に出るなんて・・・」

僕が知っているロイと同じと思ってはいけないと、わかってはいても・・・姿をこの目で見ていても。
信じられなかった。信じたくなかった。これも現実逃避だとわかっていても・・・。

>「アイアントラスを離れよう」

>「俺たちがエーデルグーテへ行くという情報を、連中は既に掴んでいるのだろう。
 だとしたら厄介だ、連中はいつでも俺たちを狙える。連中の狙撃の腕がいつまでも下手なままであればいいんだが――
 奴の口ぶりからすると、それは期待薄だな」

「それに関しては僕が・・・これがあれば・・・かなり時間を稼げるはずだ」

僕はゴブリン達が使っていた銃を取り出す。

カザハがゴブリンから奪い取った銃一丁とゴブリン達が残していったマガジン複数が被害を免れていた。

「銃を僕が確保した以上・・・生半可な練度で、場所で襲い掛かっても無意味だという事は・・・ロイもわかってるはずだ
 僕ら軍人の真骨頂は・・・銃だからね。アメリカと日本じゃ差はあるけれど・・・戦い方は分ってる」

「ロイを止める為なら・・・僕はブラットラストの力を使うことを躊躇わない
 それに・・・能力の強さが不明確なこの力は・・・切り札になりえる」

向うには総数不明のゴブリンの軍隊。それに銃弾を耐えれる装備
本当にゴブリンだけなのかも怪しい。ロイはゲームはしたことがないと言っていたがそれをそのまま信じるほど馬鹿ではない。
だがブラットラストの力いまだ底が知れていない。ロイにも僕にも・・・。

この力は純粋に力を強化するだけじゃない・・・恐らくまだ使い方があるはずだ。
デメリットさえ恐れなければ・・・強力な切り札になるだろう。

「僕は・・・街で予備のパーツ、もしくは武器になりそうな物がないか漁ってくる。
 話し合いは・・・すまないが辞退させてくれ・・・ちょっと今は冷静になれないから・・・・」

そう言い残し、話し合いの場を離れる。

パーツ探しなんて言い訳だ。

とにかく一人になりたかった。とにかく不安に心が支配されていた。

これまでロイの犯してきた罪の話なんてされた日には激怒して大暴れしてしまうかもれしれない。

わかっている。恐ろしいほどの罪でロイの手が濡れているなんて事は。
今回の件だけでも多数の死者を出した。これだけでも絶対に許されるべきではない。

「僕が・・・僕が全てを終わらさなければ・・・僕のせいなんだから・・・」

自分で犯した罪は自分で償わなければならない。ロイがああなってしまった原因は僕にある。なら・・・。

「はは・・・ひどい顔だな」

窓に映った自分の顔はひどくやつれていた。

救助は完了したものの、街には死臭が漂っていた。これからこの街は一生この恨みを忘れないだろう。
僕の罪は・・・僕が見て見ぬふりしていた罪は・・・僕一人では償えない所まできている。

「絶対・・・ロイを止めてみせる・・・僕の命と引き換えにしても・・・」

120カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/06/07(日) 23:09:42
>「あ―――――――っ!!!」
>「あいつ……どうしてここに」
>「ちぃ〜ッ、よりによってメンドくさいのが……!」

いつの間にか戻ってきていた親衛隊の面々が驚きの声をあげている。

「コイツを知ってるんだね!? やっぱりニヴルヘイムのブレイブなの?」

正体がバレて開き直ったのか、襲撃者が口を開く。

>「……助けてくれ、だと」

襲撃者はヘルメットを外し、素顔を露わにした。ちょっとターミネーターっぽい雰囲気の外国人男性だ。

>「貴様のような人殺しが。常人と相容れないはみだし者が。どの面を下げて助けなど求められる? 
 これまで貴様がしてきたことを思い出せ。貴様が考えてきたことを顧みろ。
 貴様は自分のことしか考えていないというのに」

「コラ―――――ッ!! 大虐殺現行犯のお前が言うな! 大体お前誰だよ!」

せっかくいい感じに心を開いてくれたタイミングで何さらすねん!
という感じで抗議するが、華麗にスルーして言葉を続ける襲撃者。

>「…ロイ…ロイなのか…?」

どうやら襲撃者とジョン君は面識があるようだ。ロイという名らしい。

>「――俺がここにいることが不思議、という顔だな。
 何も不思議ではないさ……誰だって、あのゲームをインストールしていれば召喚される可能性がある。公平にな。
 もっとも――俺はインストールしていただけで、プレイしたことさえなかったが」

>「そ、そ、そ、そうッス!
 あいつは――『ブレモンをプレイしたことがない』んス!
 あいつは『異邦の魔物使い(ブレイブ)』でさえない、あいつは――」

ブレイブでさえないと言われてイラッとしたのか、ロイは威嚇射撃を放つ。

「碌にプレイしてなくてサーセーン! ……ん? インストールしてるだけでも召喚されるの?」

たまたまこのパーティーのガチ勢率が異常なだけで、
カザハみたいに碌にやってもいないのに召喚って別にUターン組の特殊事例じゃなかったんですね。
ド素人がわんさか召喚されていても何も不思議はないわけだ。――ただしそれがランダム召喚ならば。

>「ブレモンをやったことがない……? それなら、どうして……」

「アルフヘイムならともかくニヴルヘイムはピックアップ召喚だよね……?」

>「……そういうことか」
>「奴は。『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を狩る『異邦の魔物使い(ブレイブ)』ということらしい」

121カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/06/07(日) 23:11:27
>「そうだ。俺は貴様らを潰すために召喚された。
 ミハエルと帝龍は、貴様らと同じ土俵に立って勝負したから負けた。ゲームで遊んだばかりに敗退した。
 だが、俺は違う。貴様らの得意なゲームに付き合うつもりはない。
 俺は俺のやり方で貴様らを葬る――アメリカ陸軍仕込みの軍隊戦術でな」

「ブレモンが強い奴じゃなくて普通に強い奴を選んで召喚したってことか……!
じゃあ……ニヴルヘイム陣営は召喚候補者の地球での人物像まで分かった上で召喚してる?」

バロールさんは皆のプレイヤーネームしか知らなかったし、なゆたちゃんと明神さんの因縁も全く関知していなかった。
ニヴルヘイム側はそうではないとなれば、コイツはジョン君と因縁があることまで分かった上で選ばれた可能性も濃厚なわけですね……。

>「アイツ、チョー洒落んなってないし! ブレモン知らんやつがアルフヘイム来んなし!」
>「あいつには『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の戦い方が通用しないッス、ガチでヤバイ奴ッスよー!」
>「ニヴルヘイムに召喚された他の地球人たちは、まだしも話の通じる相手だったけど……あの男ロイ・フリントは違うわ。
 あの男はそこの焼死体さんの言うとおり、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を殺す『異邦の魔物使い(ブレイブ)』。
 敵対する危険性のある『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を始末する殺し屋よ」

ガチでヤバくて話が通じないので有名な親衛隊の面々からガチでヤバくて話が通じないって言われてるよ、これアカンやつや……!

>「わたしたちを殺すために、ゴブリンに地球の武器を持たせて戦わせるなんて……」
>「知能の低い亜人どもにライフルの使い方と隊列の組み方を教えるのは、少々骨が折れたがな。
 だが問題ない。デリントブルグでの最初の実戦はまだまだ練度が低く、銃の命中率も低かったが。
 今回はそれなりの結果が得られた。この次はもっとうまくやれるだろう」

「そんなアナログな方法だったの!?
あまりにも統制が取れてるから魔法的な何かで操ってるのかと思ったわ……!」

>「……次があると思ってるの?」

「問答無用! ここで仕留めるよ! その能面みたいな顔に風穴開けたろかーっ!」

カザハはロイに狙いを定めて矢をつがえた。矢が魔力の風をまとう。
相手は先程とは違ってヘルメットを脱いでおり、いくら超強い軍人とはいえ
生身の地球人ならそれなりにビビる状況だと思われるが、相変わらず落ち着き払っている。

>「あるさ。今回の任務は完了した、撤退する」

>「なんですって?」

「どうせ追い詰められた敵の『今日のところはこの辺にしといてやる』みたいなもんでしょ!
一般人相手なら無双できるんだろうけどこっちのモンスター率の高さ考えろっつーの! 残念でしたーっ!」

確かに、普通はブレイブはほぼ一般人のはずが、このパーティーは何故か一般人の方が少数派なのは相手にとって誤算だったかもしれない。
ロイをビビらせるのを諦めたカザハは足元に矢を放つ。が、タクティカルスーツの脚甲部分に弾かれた。

122カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/06/07(日) 23:12:45
「それ一応エンチャントかかってんだけど……。
なるほどね、そういう感じのパワーバランスなのね。地球の技術力って半端ないんだ!」

《感心してる場合じゃないですよ!》

顔を狙ってはこないのは最初から読めていたんですかね……。
その時、フェルゼン公国の方で大爆発が起こった。

>ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!!!!

「はぁ!? まさか……爆破しちゃったの!?」

>「俺は。俺のやり方で貴様らを葬ると言ったぞ、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』――」
>「この橋梁都市ごとボクたちを大断崖に落っことそうってのか! うっひょー! すっげええええ!!!
 そういうド派手なの大好き! どーしよー、ボクちょっとコイツのこと好きかも!
 あ、でも心配すんなよな明神! パパが一番で二番目がオマエなのは変わんないから!」

「これが本当の爆発オチ……ってシャレにならないよ!?」

>「そ・・・そんな事したらここに住んでる人はどうなるんだよ・・・おい!」

「今はとにかく脱出しなきゃ……!
フライトを2つ持ってるから……1人ボクと相乗り! 明神さんはガーゴイルに乗せてもらって!
親衛隊は……マル様任せた!」

早々に橋が落ちる覚悟を決めたカザハは私に跳び乗って脱出の算段を始めた。
が、相手はどうやら橋を落とすまでするつもりはないようだ。

>「心配するな、そんな無駄なことはせん。
 最小の行動で最大の戦果を挙げる、それが戦闘の鉄則だ。
 今はまだ、そのときではない――だが次で必ず仕留める。さらに練度を上げた軍隊でな。
 そのとき貴様も俺の手で始末してやろう、ジョン・アデル」

その言葉のとおり、地面がいくらか傾斜したところで橋の崩壊は止まった。
街ごと奈落の底という最悪の結末は免れたようだ。
橋の作りがしっかりしてたから良かったようなもののもしも意外とガバガバ設計だったらうっかり落ちちゃってた可能性も普通にありますよね……。
別に街ごと落とすのは流石に気が引けたとかいうわけではなく、
本人が言った通り橋を全部落とすのは大変だからコスパを考えてこうなった、ということなのだろう。
当然のようにスタイリッシュにドコデモ・ドーアを開いて撤退していくロイ。
そこだけはしっかりニヴルヘイム軍勢の様式美に則ってるんですね……。

「今日のところはこの辺にしといてやる……!」

《それ追い詰められた敵の台詞―っ!》

>「あいつも――妹も貴様が地獄へ墜ちるのを望んでいるだろうよ」

ロイが門に入る直前に告げた言葉から推察するに、彼はジョン君が”殺した”少女の兄、らしい。
偶然にしては出来過ぎている。
ニヴルヘイムの連中が、ロイがジョン君に恨みを持っているのを知った上で差し向けたのだろうか。

「ニヴルヘイムの奴ら……趣味悪すぎやろ!」

123カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/06/07(日) 23:14:02
>「……わたしたちのせいだ」
>「僕が悪いんだ・・・」

なゆたちゃんたちは街の惨状を前にどうすることも出来ずにただ立ち尽くしていた。

>「否。例えそうだとしても、ただ立ち尽くすにはまだ早いかと。
 我らが救える命は、まだあるはずです……諦念こそが人を殺す。参りましょうぞ」

>「みんな、わたしたちも行こう。マルグリットの言うとおり、まだ助けられる人はいるはずだから……」

「そうだね……。動けない人がいたら呼んで。カケルを行かせるから」

皆が怪我人の救助に散る。
スペルカードは何回もは使えないので、私の回復スキルが役に立った。
それにしてもすでに事切れている遺体がたくさんあり、酷い有様だった。
ジョン君の言葉からすると、ロイは昔はいい奴だったらしい。
妹が死んだのがきっかけでああなってしまったのだろうか。

「カケル、次はこっちの人お願い!」

《……》

「カケル?」

《……カザハが生きていて良かった》

「ボクが生き残ったのは思った以上に大きな意味があるのかもしれない……。
歴史に恒常性があるとすれば……ボクはアコライトで死ぬ運命だった。
皆が未来を変えてくれたおかげでジョン君は今度は兄弟の片割れを殺さずに済んだんだ」

《アコライトを超えて生きていることそのものが運命は変えられることの証……。
そうだと……いいですね。いえ、きっとそうですよ》

「そうだとしたら……ボク達は変えられぬ過去に屈したらいけない気がするよ。
過去に何があったとしてもジョン君の味方でいようね」

《うん》

「……安心しなよ、もう置いていかない」

《……私も》

「我ら生まれた日は違えど、死すときは同じ日・同じ時を願わん――か」

救助を終えた私達は、爆破地点の検証に向かった。
ロイの目的は、魔法機関車の軌道を断絶することだったようだ。

>「……これがフリントの目的だったんだ」

それなら、線路を一部分破壊するだけでも当面の足止めにはなったはずだ。
目的に比して、あまりにも被害が大きい。

>「誰よりも真っすぐを信条としてた男がこんな狡猾な手段に出るなんて・・・」

>「アイアントラスを離れよう」

「離れるったって……徒歩で!?」

124カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/06/07(日) 23:15:20
エンバースさんが道中の狙撃を懸念し、ガザーヴァが鈍足続行に文句を言う。
ただゴネているようにしか見えないが、彼女なりにジョン君のことを気にかけているのかもしれない。

>「それに関しては僕が・・・これがあれば・・・かなり時間を稼げるはずだ」
>「銃を僕が確保した以上・・・生半可な練度で、場所で襲い掛かっても無意味だという事は・・・ロイもわかってるはずだ
 僕ら軍人の真骨頂は・・・銃だからね。アメリカと日本じゃ差はあるけれど・・・戦い方は分ってる」

「うん……頼りにしてる……」

>「ロイを止める為なら・・・僕はブラットラストの力を使うことを躊躇わない
 それに・・・能力の強さが不明確なこの力は・・・切り札になりえる」

「ジョン君……! それ使ったら本末転倒だよ!?」

>「僕は・・・街で予備のパーツ、もしくは武器になりそうな物がないか漁ってくる。
 話し合いは・・・すまないが辞退させてくれ・・・ちょっと今は冷静になれないから・・・・」

ジョン君は逃げるように去ってしまった。

>「こんなとき、みのりさんかバロールのアドバイスがあればいいのに……」

なゆたちゃんと明神さんは秘密の打ち合わせを始めた。
その場に残ったカザハは、マル様に問いかける。

「マル様、本部に連絡取って乗り物チャーター出来ないの?」

残念ながら、そんな権力は無いようだ。まあチャーター出来るぐらいなら最初から乗って来てますよね。
今更ながら、世界を救う人材をスカウトして回るのに徒歩ってあまりにも悠長すぎやしません!?
世界の状況が予断ならないなら、一刻も早く人材を集めなければならないはず。
ローウェルなら飛空艇でも高級車(?)でも用意できそうですよね!? マル様、体よく泳がされてる気がする……。

>「ニヴルヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』に襲撃を受けたは痛手でしたが――
 これしきのことで、大義を胸に抱く我らの歩みを押し留めることなどできはしません。
 否、むしろ――斯様な策を弄してくるということは、それだけ彼奴等にとって我らが小さからぬ脅威であるという証左。
 いかなる艱難と辛苦が待ち受けていようと、これを打破するのみ! それが我らの為すべきことでありましょう!
 さあ――月の子よ、勇敢なる『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちよ! 参りましょうぞ、我が賢姉の待つ聖都へ!」

なゆたちゃんと明神さんが戻ってきて、出発する運びとなった。
それにしてもよく毎度その辺の人が言ったら笑ってしまいそうな長台詞を思いつきますよね……。

>「……マルグリット、その話なんだけど。
 出発する前に、ひとつだけ教えてくれない?」
>「私の知り得ることならば、何なりと」

なゆたちゃんはローウェル陣営に黎明がいることを聞き出すと、突然の離別宣言をした。

>「いいえ。私が知りたかったのは、そっち側に『黎明』がいるかどうか、ってことだけよ。
 そして、あなたの言うとおり本当に『黎明』がそっちにいるのなら……。
 マルグリット、あなたたちとの同行はおしまい。ここからは、わたしたちだけでエーデルグーテまで行くわ」

125カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/06/07(日) 23:16:39
「急にどうしたの……?」

突然の離別宣言に、明神さん以外の全員が驚いた様子を見せる。
明神さんとは、先ほど打ち合わせ済みだったのだろう。

>「ゴブリン・アーミーに地球の装備を与えたのは、『黎明の』ゴットリープでしょう?」

>「……なるほどな。業魔錬成か」

>「そうよ。まったく文明や文化の異なる世界の装備なんて、そう簡単にコピーできるわけがない。
 でも魔法ならそれができる。これを増やしたい、と思いさえすればね。
 業魔錬成はその一番の近道――そして業魔錬成を使えるのはゴットリープだけ。
 どうして、あなたの兄弟子はニヴルヘイムに力を貸しているの?
 マルグリット。あなたは……どこまで知っているの? フリントのアイアントラス襲撃は知らなかったとしても。
 『ゴットリープがニヴルヘイムに武器を提供してる』ことは、知ってたんじゃないの……?」 

>「……確かに……私は知っていました……。しかしながら、『黎明』の賢兄のこと。
 何か深遠なお考えあってのこと……そう、そうに違いありませぬ……!」

「裏で繋がりまくってるじゃん! マル様、やっぱりゴッさん達に体よく騙されてるんじゃ……!」

なゆたちゃんがマルグリットを激しく糾弾する。

「なゆ……その辺に……」

親衛隊を怒らせて戦闘になったらシャレにならない。
道を分つのは仕方がないにしても、無用な戦闘は避けるべきと思ったのだろう。
が、修羅場が大好きな奴がいた。

>「いいねぇいいねぇ! 宣戦布告ってヤツ!? んじゃもうボクのコトも解禁でいーよな!
 おい、そこの頭ン中お花畑の三バカ恋愛脳トリオ!
 いつでもかかって来いよ、ブッバラしてやンよぉ! そう、『ボクがオマエらの聖地を更地にしたときみたいに』――! 
 この現場将軍! もとい、幻魔将軍ガザーヴァ様がなァ―――――――ッ!!!」

「火に油を注がないで―――――ッ!!」

>「きっひひひひッ! ビックリしたかァー? でも驚くのはまだ早いぞ!
 ここにいる明神、笑顔きらきら大明神なんて名乗っちゃいるけど大ウソだ!
 コイツの本当の名前は、うんちぶりぶり大明神――! そう、ブレモン史上最低最悪のクソコテ野郎だ!
 そんなことも気付かないでアホ面さげて、オマエらってばまったく笑えるったらありゃシナーイ! あーっはっはっはっ!」

「……これアカンやつや」

もう収拾がつかなくなった。諦めの境地に至り、魂が抜けたような顔で事態の行く末を見守るカザハ。

>「みんな!」

「ああもう、仕方ないなあ……!」

126カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/06/07(日) 23:17:28
もはや戦闘不可避かと思われたが――

>「……双方、矛を納められよ」

マル様の一声で親衛隊がぴたりと動きを止める。流石ですマル様。

>「月の子の申される通り、死を是として為さねばならぬことなどありますまい。
 されど……されど、必ずや! その死を無駄にせぬだけの結果を伴う目的が! あるはずなのです!
 この『聖灰』、伏してお願い申し上げる……何卒、何卒今は、今だけは堪えて頂きたい……!
 『黎明』の賢兄、そして我らが師父と貴君らがまみえ、直に会談する事が叶えば、その疑問も! 怒りも!
 必ずや氷解するに違いないのです……!」

マル様は地面に膝をついて頭を下げた。日本の奥ゆかしき伝統、土下座である。

>「あなたは本当に、わたしたちの知るマルグリットなんだね」
>「そのうち、あなたの兄弟子やお師匠さまには会いに行くよ。
 でも、それは今じゃない。もっと世界を回って、色んな物事を見て。
 わたしたちにできることを全部やったうえで――この世界の真実を確かめたら。そのときに会いに行く。
 だから。もう少し待ってて」

>「……嗚呼。私は知らぬ間に、貴君らの信念を穢していたのですね……。
 心よりのお詫びを、勇気ある『異邦の魔物使い(ブレイブ)』。私が誤っていたようです。
 ならば。であるのなら……もはや何も申しますまい」

「マル様はゴッさん達が世界を救ってくれるって信じてるんだね……。
ボクはなゆ達を信じてる。なゆ達が未来を変えてくれたから、ボクはここにいる……。
きっと世界の運命だって変えてくれる」

>「では、我らはこれにて。
 ……貴君らの旅が、実り多きものでありますように」

去っていくマル様を見送り、私達はジョン君を呼びに行く。

>「絶対・・・ロイを止めてみせる・・・僕の命と引き換えにしても・・・」

「ジョン君……」

私達はジョン君の前に降り立った。カザハは平静を装い、努めて明るくジョン君に声をかける。

127カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/06/07(日) 23:18:04
「こんなところにいたんだ。そろそろ行くよ! もう親衛隊もマル様もいないから安心して!」

怪訝な顔をするジョン君に、簡単に経緯を説明する。

「えへへ、喧嘩別れしちゃった。
ローウェル陣営がニヴルヘイムの連中に兵器を提供してたらしくて。
第三勢力っていったって思いっきり裏繋がりじゃーん、みたいな!
あ、マル様達がいなくなったってことは……」

試しにキングヒルへの通信を繋いでみるカザハ。繋がっているかも確かめずに一方的に喋る。

「全部聞いてたんでしょ? うかうかしてられないんだからね!?
今回はマル様達が徒歩だったから良かったようなものの……どっかの陣営が高級車で迎えに来たら寝返っちゃうかもよ!?
オープンカーで大草原を走り回ってバーベキューしちゃうんだからね!?」

ガザーヴァに聞かれたら大変なことになりそうである。
実際には向こうにみのりさんがいる以上、簡単には寝返れないんですけどね。

「それはそうとニヴルヘイムの連中、ボク達がエーデルグーテに行くの知ってるみたいなんだけど……。
おかしいなあ、どこから漏れたんだろう……」

素なのか揺さぶりかけてるのか分かりませんよ!?

「まあいっか。次のアズレシアはお魚がたくさん獲れるいいところだよ〜。
攻略本に書いてあったんだけど定住する人もいるらしくてハウスを建てる場所としても人気なんだって!」

カザハはジョン君を無理矢理私に乗せて、皆のところに戻った。

「馬車の中に閉じこもっとくのは飽きたでしょ。ジョン君はボクと一緒に哨戒担当ね」

ここからは少し強めのモンスターも出てくる。
馬車に閉じ込めておいたところで戦闘になれば出てくるのが目に見えているので、
哨戒担当という名目で出来るだけ戦闘を回避させる意図なのだろう。
それに、飛んでいる限り、一人で勝手に突っ込んで行ったり出来ない。
ある意味馬車の中に閉じ込めておくよりもずっと確実な拘束なのだ。

「んじゃ明神さん、親友お借りします」

カザハは地上組とウィンドボイスで音声を繋ぐと、早々に飛び立った。

128明神 ◆9EasXbvg42:2020/06/15(月) 04:36:40
ジョンの戦いに介入し、総力決戦が始まらんとする、その刹那――

>「あ―――――――っ!!!」

不意に後ろの方で素っ頓狂な叫び声が上がった。
振り返ればゴブリンを殲滅したマル公とのその親衛隊が駆け寄ってきている。
きなこもち大佐が襲撃者を指差し、他の二人もまたびっくりとうんざりの狭間みたいな顔をした。

「知ってるのか、大佐!」

どうにも親衛隊の連中は、襲撃者の素性を知悉しているらしい。
ってことはあの襲撃者も、やっぱりニブルヘイム側に召喚されたブレイブってことか。

>「……助けてくれ、だと」

誰何の声に親衛隊が答えるよりも先に、襲撃者が口を開いた。
初めて聞くそいつの声は、苦み走った男のものだった。
ヘルメットとゴーグルを外し、素顔が露わになる。

>「貴様のような人殺しが。常人と相容れないはみだし者が。どの面を下げて助けなど求められる? 
 これまで貴様がしてきたことを思い出せ。貴様が考えてきたことを顧みろ。
 貴様は自分のことしか考えていないというのに」

男は外人だった。
金の長髪に碧眼――ジョンのものと同じ色合いは、二人が同じ人種であることを意味している。
欧州系の白人。そしておそらくは、現役の従軍者。

「知り合い、みてーだな。ジョン……」

襲撃者の剣呑は双眸は、ジョンの姿を捉え続けていた。
こいつの人となりを知っているかのような口調は、実際知己の間柄だからだろう。
――『人殺し』としてのジョンの過去を、知る者。

>「――俺がここにいることが不思議、という顔だな。
 何も不思議ではないさ……誰だって、あのゲームをインストールしていれば召喚される可能性がある。公平にな。
 もっとも――俺はインストールしていただけで、プレイしたことさえなかったが」

>「そ、そ、そ、そうッス!
 あいつは――『ブレモンをプレイしたことがない』んス!
 あいつは『異邦の魔物使い(ブレイブ)』でさえない、あいつは――」

「ログイン勢……だと……?なんでそんな人間が、ニブルヘイムにいやがる」

インスコだけして特にゲームをプレイせず、ログボだけ受け取ってるようなプレイヤー層。
ソシャゲみたいな基本無料のゲームには珍しくもない、フェザーライトユーザー。
実際ブレイブの中にはそういうプレイヤーもいただろう。――アルフヘイム式の召喚術なら。

だがニブルヘイムは違う。奴らは特定のプレイヤーをピックアップして召喚出来る。
少なくないコストでブレイブを喚ぶなら、ハイレベルのガチ勢を選ばない理由はない。
だとすれば、何故。ニブルヘイムはこいつを召喚したのか。

>「奴は。『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を狩る『異邦の魔物使い(ブレイブ)』ということらしい」

エンバースの見解が、すべての答えだろう。
ニブルヘイムはバロールと違って、明確な目的を果たすためにピンポイントで人材を登用している。
ゲームもやってない現役軍人を召喚するなら、それ相応の目的がある。

「ブレイブ狩りのブレイブ……クソが、ネトゲの諍いにリアルでカチコミかける奴があるかよ」

129明神 ◆9EasXbvg42:2020/06/15(月) 04:37:13
海外ゲーマーの間で一時期流行った、『スワッティング』って攻撃手段がある。
いけ好かない相手プレイヤーを物理的に害する為に、警察に虚偽の通報をかけ、特殊部隊を動員させる手法だ。
「あいつの家にテロリストが立てこもってる」って言われれば、警察もガチ装備で強襲かけざるを得ない。
SWATを送り込むからSWATING。馬鹿みてえな話だが、海の向こうじゃ実際それで死人も出てる。

ニブルヘイムの連中は、いけ好かない敵ブレイブである俺たちを、ゲームの外から殺すために。
ゲームとは無関係のガチの暴力を持ち込みやがったってわけだ。
ブレイブ式のスワッティング。そして派遣されてきた特殊部隊が、目の前に居るこの襲撃者――

ふざけんじゃねえぞ。入れ知恵しやがったのはどこのどいつだ。
ATBに依存しない攻撃でブレイブの戦術的優位を殺す『ブレイブ殺し』の有用性は、そこの焼死体が立証してる。
ニブルヘイムの連中は、似たような発想を最悪の形で具体化しやがった。

>「そうだ。俺は貴様らを潰すために召喚された。
 ミハエルと帝龍は、貴様らと同じ土俵に立って勝負したから負けた。ゲームで遊んだばかりに敗退した。
 だが、俺は違う。貴様らの得意なゲームに付き合うつもりはない。
 俺は俺のやり方で貴様らを葬る――アメリカ陸軍仕込みの軍隊戦術でな」

「くだらねえな、ゲーセンのリアルファイトじゃねえんだぞ。
 ここへ来たのはイブリースの差し金か?プライドとかねえのかあの武人気取りのクソ野郎が!」

>「違う!違う!僕の知ってるロイは・・・もっと優しいはずだろ!
 ブレイブを殺すとか・・・一般人を殺すような奴じゃないはずだろ!!」
>「ニヴルヘイムに召喚された他の地球人たちは、まだしも話の通じる相手だったけど……あの男ロイ・フリントは違うわ。
 あの男はそこの焼死体さんの言うとおり、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を殺す『異邦の魔物使い(ブレイブ)』。
 敵対する危険性のある『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を始末する殺し屋よ」

襲撃者――ロイ・フリントと呼ばれたその男は、ジョンの悲痛な叫びも、親衛隊の野次めいた糾弾も切って捨てる。
まずいな。さっぴょんの言葉通り、こいつには言葉が通じない。会話が成り立たない。

俺の得意とするレスバトルは、相手の弱みを突いてボロを出させ、それを突破口とするのが定石だ。
ガザーヴァに交渉が効いたのも、バロール絡みであいつの弱みが明らかだったからに過ぎない。
そもそも会話に応じてくれなきゃ、どれだけ舌が回ろうが打っても何も響かない。

フリントの野郎は、これまでの敵とまるで違う。この世界とは別のところに信念の核がある。
汚名だろうが罪だろうが背負う覚悟を決めた人間だ。俺が漬け込めるような精神的な弱みがない。
レスバトルが、通用しない――。

>「知能の低い亜人どもにライフルの使い方と隊列の組み方を教えるのは、少々骨が折れたがな。
 だが問題ない。デリントブルグでの最初の実戦はまだまだ練度が低く、銃の命中率も低かったが。
 今回はそれなりの結果が得られた。この次はもっとうまくやれるだろう」

「したり顔で反省会してんじゃねえぞアメ公。穀倉都市の襲撃は練習に過ぎなかったってか?
 そのクソみてえな『それなりの成果』で、何人死んだと思ってやがる。……どの口で、ジョンを人殺しと呼びやがった」

デリンドブルグで俺たちが全滅しなかったのは、ただゴブリンどもの練度が低かったから。
それを補った今回の襲撃では高い命中精度で――たくさん殺せた。
部下の成長に頷くようなフリントの言い草は、その犠牲になった人々への悔いが欠片も含まれちゃいなかった。

>「……次があると思ってるの?」

なゆたちゃんが低い声でそう問いかける。俺たちは多分、同じ気持ちだった。
殺すとか殺さないとか、あんまり言いたくはなかったけど、それでも。
――こいつは殺さなきゃならない。死ぬべき人間だと、そう感じた。

>「あるさ。今回の任務は完了した、撤退する」

殺意の籠もった怒りを叩きつけられても、フリントの表情に変化はなかった。
スマホに指をかけて一歩踏み出す。ヘルメットを脱いだ今、ヤマシタの矢なら、あの野郎の顔面をぶち抜ける。
殺せる――

130明神 ◆9EasXbvg42:2020/06/15(月) 04:37:40
>「貴様らは本当に素人だな。俺が――ただ貴様らと会話がしたいから、ここで突っ立っているとでも思っているのか?」

瞬間、胃袋の中身がまるごとひっくり返るよな爆発音が響いた。
アイアントラスの地面が大きく揺れ、絶望を伴う浮遊感が全身を持ち上げる。

「なっ……嘘だろ!?」

橋梁が、傾いている。
爆発があったのはフェルゼン公国側の橋梁の端だ。
つまりは――橋の根本。この街の土台だ。

>「この橋梁都市ごとボクたちを大断崖に落っことそうってのか! うっひょー! すっげええええ!!!
 そういうド派手なの大好き! どーしよー、ボクちょっとコイツのこと好きかも!
 あ、でも心配すんなよな明神! パパが一番で二番目がオマエなのは変わんないから!」

「そーかいありがとよ!俺も愛してるぜガザ公っ!
 あのヤンキー野郎のことはヘドが出るくれー嫌いだがなぁぁぁっ!!」

無駄口叩いている間に、俺はいよいよ地面に立っていられなくなった。
橋が落ちる?冗談じゃねえぞ、まだ街の住人の避難も終わってない。
俺たちが谷の下に落下して生きていられる保証もない。下は川が流れてるが、流木も残らない急流だ!

>「心配するな、そんな無駄なことはせん。
 最小の行動で最大の戦果を挙げる、それが戦闘の鉄則だ」

不意に揺れが収まった。
橋梁は傾いたままだが、それでもこれ以上崖からずり落ちることはない。
破壊されたのは橋桁の一部だけだ。巨大で頑強なアイアントラスは、それだけじゃ崩落しない。

>「今はまだ、そのときではない――だが次で必ず仕留める。さらに練度を上げた軍隊でな。
 そのとき貴様も俺の手で始末してやろう、ジョン・アデル」

俺たちが揺れに対処している間に、フリントは既に撤退を始めていた。
『形成位階・門』――ニブルヘイムのインチキテレポートが、虚空にその口を開いている。

「ざけんなっ!待ちやがれ――」

なんとか立ち上がって、追いすがろうとした。
フリントと共に門へ入っていくゴブリン達が、一斉に俺へ向けて銃を構える。
十を超える殺意の視線に晒されて、それ以上動けなくなった。

「く……そ……が……!!
 これだけ人を殺しといて、のうのうと生きていられると思うなよロイ・フリント!!
 てめえには絶対に報いを受けてもらう!俺のツラを覚えていやがれよ!!」

負け惜しみの言葉が届いてか届かずか、フリントは振り返ることなく門の向こうへ姿を消した。
あれだけいたゴブリン共もみな姿を消して、あとには何も残らなかった。

今ここにあるのは、流れた血と、人々のうめき声。
そして――わけもわからないまま殺された者たちの、絶望だけだった。

 ◆ ◆ ◆

131明神 ◆9EasXbvg42:2020/06/15(月) 04:51:32
>「……わたしたちのせいだ」
>「僕が悪いんだ・・・」

未だ火も消えないアイアントラスを前にして、打ちひしがれたようになゆたちゃんが零した。
ジョンもまた、薄暗い表情でつぶやく。

人がたくさん死んだ。街も、たくさん壊れた。怪我人だって数え切れないほど居る。
そしてそれらの被害は全て……俺たちがアイアントラスに来たから引き起こされたものだ。
この街の住人からすれば、俺たちは災いを運んできた疫病神にだって見えるだろう。

「……ちげーだろ。この街をこんなにしたのも、人が死んだのも。
 全部全部、あのフリントとかいうクソ野郎がやらかしたことじゃねえか。
 俺たちは何も悪くない。……誰にも悪いなんて言わせるかよ」

言葉の上ではそう言っても、俺自身自分を納得させられなかった。
もしも。俺たちが陸路でフェルゼンへ向かわず、アイアントラスを訪れなかったら。
あるいは、行き先をエーデルグーテに定めて、旅をしてこなかったら。
そんな仮定ばかりが頭に浮かんで、理性がそれを打ち消す。

>「否。例えそうだとしても、ただ立ち尽くすにはまだ早いかと。
 我らが救える命は、まだあるはずです……諦念こそが人を殺す。参りましょうぞ」

マルグリットの言う通り、打ちひしがれるのはもっと後で良い。
責任なんかあるとは思いたくもないが、それでも目の前の人間を助けない道理はない。
倫理観は、俺たちがブレイブ――地球の人間であり続けるための、最後の一線だ。

>「みんな、わたしたちも行こう。マルグリットの言うとおり、まだ助けられる人はいるはずだから……」

「了解。バロールに貰ったポーション類は全部出すぞ、回復魔法用の成形クリスタルもだ。
 トリアージなんかしてられっか、目につく人間は片っ端から助ける」

生き残った兵士たちとプネウマの僧侶たちからなる救助隊に物資を提供し、手当てと生存者の救出を手伝う。
パートナーを使って瓦礫を押し上げ、出血が酷い者は工業油脂で無理やり固めて搬送する。
王都の高級ポーションは外傷にも火傷にも覿面にはたらき、怪我人の殆どはなんとか容態を持ち直した。

それでも――助けられない命はあった。
内臓に銃弾を撃ち込まれ、摘出もままならないまま息を引き取った者。
焼け焦げた民家の瓦礫の中から、真っ黒になって発見された者。
頭が吹っ飛んじまって、もはや誰だったかすらわからなくなってしまった者。

命を拾った者の中にも、まともに四肢を動かせなくなったり、手足を失った怪我人が多い。
生身に近い人間が、銃弾を受ければこうなるんだと……生々しい実感があった。

「吐きそうだ……人が死ぬのを、間近で見んのは……」

結局、俺はほとんど現場で動けなかった。
救助隊の連中は物資の提供だけで十分だとばかりに礼を言ってくれたが、不甲斐なさが身に染みる。
我が子を探して喉が枯れるまで呼び続ける親の声が、いつまでも耳に残った。

血まみれの毛布にくるまれた何かがそこかしこに転がっている。
その中で、俺は蹲るように膝を抱いていた。
この惨状を引き起こしたのは誰だ。あいつだ。ロイ・フリントだ。
何も関係ない、ただ普通に暮らしてただけの人々を、殺した。

復讐なんてガラでもないし、顔も知らない死人のために命をかける道理もない。
それでも、フリントは生かしちゃおけないと思った。
この街に絶望を振りまいていったあの男が、何の報いも受けないまま目的を達成するのは、我慢がならなかった。

132明神 ◆9EasXbvg42:2020/06/15(月) 04:52:10
やがて、襲撃の知らせを受けたデリンドブルグあたりから応援隊が来た。
彼らに現場を引き継いで、俺たちはようやくお役御免になった。
救助の参加者には配給の糧食と酒が渡されたが、どちらも手をつける気にはなれなかった。

>「アイアントラスを離れよう」

一通りの救助が終わって、爆発の発生源を見に行った先で、なゆたちゃんはそう言った。
橋桁が一部まるっと吹っ飛んで、支柱に直接道路が乗っかってる状態だ。
10メートル近く地面が下がり、そこに架かっていたはずの線路がどこかに行ってしまっている。

「……だな。俺たちがここに留まって、第二波が来ようもんなら……次はきっと、耐えられない」

フリントの標的は俺たちだ。アイアントラスはその巻き添えを食ったに過ぎない。
とっととここを離れれば、これ以上アイアントラスが襲われることもないはずだ。

>「俺たちがエーデルグーテへ行くという情報を、連中は既に掴んでいるのだろう。
 だとしたら厄介だ、連中はいつでも俺たちを狙える。連中の狙撃の腕がいつまでも下手なままであればいいんだが――
 奴の口ぶりからすると、それは期待薄だな」

「人間の命でエイム練習してんだってよ、あいつらは。馬鹿馬鹿しい。
 これ以上クソ共の思い通りにさせてたまるか」

>「それに関しては僕が・・・これがあれば・・・かなり時間を稼げるはずだ」

今後の道程に関する懸念材料を話し合っていると、ジョンが黒光りする何かを取り出した。

「お前……それは、」

>「銃を僕が確保した以上・・・生半可な練度で、場所で襲い掛かっても無意味だという事は・・・ロイもわかってるはずだ
 僕ら軍人の真骨頂は・・・銃だからね。アメリカと日本じゃ差はあるけれど・・・戦い方は分ってる」

ゴブリンアーミーから鹵獲したM16。
それにマガジンがいくつか、ジョンの手元にあった。
素手でも人を殺せるジョンが、銃器を手にしたなら、これ以上ない戦力の増強になるだろう。
だけどそれは、ジョンにとって、『呪い』のトリガーを引きかねないリスクを抱えることと同義だ。

>「ロイを止める為なら・・・僕はブラットラストの力を使うことを躊躇わない
 それに・・・能力の強さが不明確なこの力は・・・切り札になりえる」

俺は――もうこいつに、力を使うなとは言えなかった。
ブラッドラストがフリントに対するジョーカーとなり得るなら、使うべきだ。
例えそれがこいつの寿命を縮めることになったとしても。

人が死んだ。大勢死んだ。
アルフヘイムとニブルヘイムの戦争なんかじゃなく、ブレイブによるテロの巻き添えになって。
もう……命を惜しむ段階は、通り過ぎちまった。

>「僕は・・・街で予備のパーツ、もしくは武器になりそうな物がないか漁ってくる。
 話し合いは・・・すまないが辞退させてくれ・・・ちょっと今は冷静になれないから・・・・」

「ジョン」

呪いの進行を無言で肯定した俺に、何も言う資格はないかもしれないが。
ふらりとその場を辞そうとするジョンに、一言だけ投げかけた。

「……戻ってこいよ」

フリントとの因縁は、お前が終わらせなくちゃならない。
お前があの男をぶん殴る為なら、俺はいくらでも力を貸してやる。

133明神 ◆9EasXbvg42:2020/06/15(月) 04:52:56
「問題は山積みだな。ジョンが迎撃に出るったって、狙撃相手じゃ限界がある。
 こっから聖都まで何ヶ月だ?ゴブリン共が古強者になるには十分すぎる時間だ」

>「ちょっ、こっからエーデルグーテまでえっちらおっちら幌場所で行くつもりかよー!?
 ジョーダンじゃねーぞー! ボクはアイアントラスまでってことで、今までガマンして鈍足で旅してきたのに!
 話が違う! そんなんじゃ、うら若き乙女のボクがババーになっちゃうじゃんかーっ!」

「……グズるお子様もいることだしよ」

ガザっちはさぁ……授業中に立ち歩いちゃうタイプの子?
ただ実際のところガザーヴァでなくても何ヶ月も馬車旅は正直現実的とは思えない。
アイアントラスを超えればその先はフェルゼン公国だ。バロールの意志も届きにくい。
何かと便宜が図られてきた王国領内と違って、今度こそ孤立無援の旅路だ。

山岳地帯に築かれたフェルゼン公国は、交通網が王国ほど充実してない。
整備も不十分な山道を馬車で通れば、落石や滑落のリスクだってある。
何よりこの辺の山は飛竜の棲息域だ。こんな馬車で襲われればひとたまりもない。

「対空防御が足りてねえ。せめて真ちゃんが居りゃあな、レッドラの実家ってこのあたりだろ」

確かレッドドラゴンの故郷、『竜の谷』はフェルゼンの山奥だったはずだ。
つまりはあのクラスのモンスター……成体ならレイド級にもなり得るドラゴンがうようよ棲息してる。
旅路の障害になるのはフリント一派だけじゃなく、野生のモンスターもだ。

>「……明神さん、ちょっと」

パーティ内であれこれ議論していると、不意になゆたちゃんからお呼びがかかった。
神妙な表情。これからの行末に頭を悩ませてるというよりは、何かを決心した、そんな顔。

「どうした、なゆたちゃん」

サブリーダーにだけ声をかけたその時点で、俺は予感がしていた。
そして予感は逸れることなく、なゆたちゃんから告げられた推論に、俺は目頭を揉んだ。

「……なるほどな。確かに銃器のリバースエンジニアリングから量産化までやってのけるのは、
 ゴッさん以外に居るめえよ。その推理で間違いねえと俺も思う」

『黎明の』ゴットリープ。"十三階梯"においてはバロールに次ぐ実力を持つ、凄腕の魔術師。
その固有スキル『業魔錬成』は、設計図なんかなくてもアイテムをたやすく複製できる。
この世界の技術水準で銃器を作り出せるのは、おそらく奴しか居ない。

「あの武装ゴブリン共に、ゴットリープが一枚噛んでやがんのか。
 ふざけやがってあのクソエルフ、始めっからアルフヘイムを裏切ってんじゃねえか。
 ……いや、まだ推定有罪だな。どう確かめる?そんで――どうする?」

もしも。なゆたちゃんの推理通りに、ゴットリープがニブルヘイムに武器の供与を行ってるとすれば。
俺たちは今度こそ結論を出さなきゃならない。このままマル公と一緒にいれば、早晩取り込まれるのがオチだ。
だから……どうするか。俺が聞くまでもなく、なゆたちゃんのハラは決まっていた。

>「前に偉そうなこと言っといて、やっぱりやめるなんてカッコ悪いけど。
 ゴメンね、明神さん。やっぱりわたしたちはわたしたちだけで進もう。
 わたしたちは、今までずっとそうしてきた。だから、これからもそうする。
 今度だって、きっとうまいことやれる。……だよね」

なゆたちゃんはそう、はにかみながら言った。
リーダーのお墨付きだ。俺たちは、自分の力だけでジョンを助けられる。
それなら、サブリーダーとして言うべきことはひとつだけだ。

「決まりだなリーダー。持てる知識を総動員してエーデルグーテを単独攻略する。
 ――ゲーマーが本気で早解きしたらすげえんだってこと、賢者共に見せてやろうぜ」

134明神 ◆9EasXbvg42:2020/06/15(月) 04:53:43
 ◆ ◆ ◆ 

アイアントラスを発つ準備が整ったところで、なゆたちゃんはマルグリットに問いかけた。
ローウェルの元で活動する十二階梯がどれだけ集まっているか。
そこに『黎明』は居るのか。

そしてマルグリットは、確かにゴットリープが陣頭指揮に立っていると述べた。
――決まりだ。ローウェルは、十二階梯は、俺たちの敵だ。

>マルグリット、あなたたちとの同行はおしまい。ここからは、わたしたちだけでエーデルグーテまで行くわ」

良いんだな、とは聞かねえよなゆたちゃん。
この道を選ぶのは彼女一人だけじゃない。俺が居て、こいつらが居る。

露骨に同様するマルグリット、一触即発の親衛隊をよそに、なゆたちゃんは舌鋒鋭く問い詰める。
マルグリットもまた、ゴットリープがフリントに武器を提供していたことを知っていた。
知っていてなおゴブリン共と闘ったのは、銃器が『こんな使い方』をされると思ってなかったからか。

ゲーム上でどんなに追い詰めようが涼しい顔を崩さなかった美男子が、苦悶の表情を浮かべている。
奴にとって、ローウェルやゴットリープは絶対だ。正しさを疑うことなどできない。
しかしその一方で、アイアントラスでこれだけの犠牲が出たことも、無視することは出来ない。

>「……確かに……私は知っていました……。しかしながら、『黎明』の賢兄のこと。
 何か深遠なお考えあってのこと……そう、そうに違いありませぬ……!」

「世界を救うためなら小さな街の数百人の犠牲には目を瞑るってか。高尚なこったな。
 命の取捨選択を否定するつもりはねえよ。だけどそれは……俺たちのやり方じゃあない」

アイアントラスで死んだ連中は。
たとえ明日世界が滅ぶとしても、今日を生きたかったかも知れない。
そいつらにまともな選択肢も与えず、強引に命を奪ったことを、俺は忘れない。

>「『黎明』はローウェルの代理って言ったわよね、それはローウェルの意思でそんなことをしてるってことよね?
 じゃあ……わたしはローウェルを絶対に許さない! ローウェルや『黎明』の命令に従ってるあなたたちのことも!
 無碍に命を摘み取るニヴルヘイムの連中も! 絶対絶対……絶対に! 認めてなんてやらないわ!!」

なゆたちゃんのこの言葉が、決別の合図だった。

>「いいねぇいいねぇ! 宣戦布告ってヤツ!? んじゃもうボクのコトも解禁でいーよな!
 おい、そこの頭ン中お花畑の三バカ恋愛脳トリオ!
 いつでもかかって来いよ、ブッバラしてやンよぉ! そう、『ボクがオマエらの聖地を更地にしたときみたいに』――! 
 この現場将軍! もとい、幻魔将軍ガザーヴァ様がなァ―――――――ッ!!!」

剣呑な気配にテンションをぶち上げたガザーヴァが正体をバラす。
その身に黒甲冑を纏えば、在りし日の幻魔将軍の再臨だ。
思わぬ仇敵の登場に、親衛隊は開いた口が塞がらない。勝ったな。

>「きっひひひひッ! ビックリしたかァー? でも驚くのはまだ早いぞ!
 ここにいる明神、笑顔きらきら大明神なんて名乗っちゃいるけど大ウソだ!
 コイツの本当の名前は、うんちぶりぶり大明神――! そう、ブレモン史上最低最悪のクソコテ野郎だ!
 そんなことも気付かないでアホ面さげて、オマエらってばまったく笑えるったらありゃシナーイ! あーっはっはっはっ!」

あ、俺のこともバラすのね?
親衛隊の3つの双眸が一斉に俺に集中する。

驚きと殺意がないまぜになったその視線に晒されながら、俺はきらきらな笑顔を脱ぎ捨てた。
代わりに出てくるのは、ニチャア……と粘着質なキモオタスマイル。

135明神 ◆9EasXbvg42:2020/06/15(月) 04:55:29
「ククク……バレちゃあしょうがねえなぁ?どうも改めまして親衛隊の皆さん、うんちぶりぶり大明神です。
 アコライトぶっ潰した幻魔将軍に、廃墟でお前ら煽りまくった荒らし野郎がここに揃っているわけだが……。
 一個だけ質問良いですか。――ねえ今、どんな気持ち?」

瞬間、親衛隊の背後にそれぞれのパートナーが出現した。
怒りが圧力を帯びた風となって俺の頬を叩く。人間一人くらい呪い殺せそうな濃密な殺意だ。

>「ヒィ―――――――――――ハ――――――――――――――――ッ!!! 殺す殺す殺すゥゥゥゥゥ!!!!」

「うひひはははは!NDK!NDK!そうフットーすんなよ狂犬共ぉ!
 感情に任せて俺を殺しますかっ!?おんなじ地球で暮らしてきたこの俺をぉ?
 お前らがニブルヘイムに見捨ててきた、スタミナABURA丸のようによぉ!!」

ミスリル騎士団も、スライムヴァシレウスも、アニヒレーターも、今にも襲いかかって喉笛を食いちぎらんとしている。
さっぴょんが号令のひとつでも出せば、ブレモン最強のプレイヤー集団がその破壊力を解禁するだろう。
それはもう遠くない。秒読み段階だ。

>「みんな!」

そして俺たちもまた、これから始まる殺戮をぼっ立ちで受け入れるつもりはなかった。
既にヤマシタは召喚し、遠くから弓で狙いを定めている。
ガザーヴァは言うまでもなく、エンバースもカザハ君も戦闘態勢だ。

「マル公とキャッキャウフフに夢中だったお前らは知らねえだろうがな!
 この対立は既定路線だ。こうなることを俺は前もって知っていたっ!
 これがどういうことか分かるよなぁ?悪いわんわんに輪っかつける準備はとっくに整ってんだよぉ!」

すわ、激突。
殺し合いの第二幕が火蓋を切らんとした、その時。

>「……双方、矛を納められよ」

敵意がぶつかり合うその渦中に身を投げだしたのは、マルグリットだった。
膝をつき、深々と頭を下げる姿すら堂に入って、見る者全てから毒気を抜く。
美しきその所作は、古式ゆかしき懇願の姿勢――土下座。

「あ?マジ……?」

つい一秒前まで俺にバリバリ殺意を向けていた親衛隊すらも、感じ入ったようにマル様に視線を向ける。
マルグリットは、どこまでも篤実に、誠実に、俺たちに翻意を乞うた。
あのイケメンが、五体を投地してまで、必死に場を収めんとしている。

なゆたちゃんは今度こそ、方針を違えることはなかった。
それでも、マルグリットの懇願は双方に響くものがあって、俺達は一様に毒気を抜かれた。
いつか。この世界の裏側で渦巻く陰謀が全部明らかになれば……きっとローウェルに会いに行く。
会って、その真意を確かめる。それは俺も望むところだ。

>「交渉決裂ね。分かったわ、モンデンキント。
 今はマル様に免じて、戦うのはやめておいてあげましょう。でも――次はないわ」

さっぴょんが最初に矛を収め、俺たちも臨戦態勢を解除する。
ここで戦うことがどちらにとっても利にはならないと、全員が理解していた。

>「あーしたちを怒らせて、タダで済むと思ってんじゃねぇーってーの!
 おい、うんち野郎! てめぇーは特に念入りにバラバラにしてやっかんな!
 んでスクショ撮って拡散してやんよォーッ! 前に地球でそうしたみてーになァーッ!」

「怖いねぇぇぇぇぇっ!そんときゃ真っ先に"いいね"つけに行ってやるよ!
 ぶっ倒したお前の目の前で、きらきら笑顔の明神さんのスクショになぁ!
 題名ももう決めてあるぜ!『解釈違いで憤死したサブカルクソ女、ここに眠る』ってよぉっ!!」

136明神 ◆9EasXbvg42:2020/06/15(月) 04:56:04
最後まで煽りまくってる奴も居たがな!!
俺とシェケナベイベはお互いに中指を立て合いながら袂を分かった。
失意にもめげないマル様とその親衛隊は、俺たちとは違う道へと消えていく。

「やってしまいましたなぁ……」

口ではそう言いつつ、俺はガザーヴァとハイタッチした。
スカっとしたぜ。ざまーみやがれ。あの最強無敵の厄介集団に嫌な気持ちにさせてやった。
すげえ久々にうんちぶりぶり大明神の面目躍如って感じで超気持ちよかった。

たったひとつ懸念材料があるとすればそれは――状況が何一つ好転していないことだ。
マル様と親衛隊っていう、おそらくブレイブの中でも最高の戦力を手放しちまった。
どころか奴らはもう敵だ。次会ったときは今度こそ、殺し合いが始まる。

俺たちの行く手を阻む障害は数え切れないほどある。
ジョンの呪い。ニブルヘイムに加担してる十二階梯共。その最強の腰巾着。そして。

「ブレイブハンター……か。ついにそんなもんまで出てきやがった」

ブレイブ狩りのブレイブ。アルフヘイムのブレイブを殺すためだけに召喚された存在。
それは明確に、ニブルヘイムがアルフヘイムのブレイブを排除すべき存在だと認識している証左であり――
どこか奔放に動き回っていたミハエルや帝龍とは違って、連中の統制がとれ始めていることも意味していた。

「当面、アシの確保は急務だな。どの道こんなペラい幌の馬車でちんたら進んでたら的にしかならねえ。
 魔法機関車が使えないなら……それこそ飛空船とか、どっかで都合が付きゃいいんだが」

飛空船は魔法機関車に代わるどこでも乗れてどこにでも降りられる上位互換の移動手段だが、
かなり高度な技術が使われてるせいか大陸全体でも数が少ない。
ゲーム本編でもかなり後半のシナリオでイベントをこなしてようやく借り受けられるような代物だ。
あれどこだったっけ……だいぶ昔のことだから詳しい場所は覚えてねえけども。

>「んじゃ明神さん、親友お借りします」

カザハ君がジョンを連れ立って空へと飛び立つ。
俺はその背中に闇魔法を投げつけて引っ張り下ろした。

「カザハ君ちょい待った。もうひとつ……アズレシアに行くの、やめにしねえか?」

アズレシアは海路におけるフェルゼン公国の玄関口となる港町だ。
俺たちがこれから向かう先のひとつであり、エーデルグーテに行くための船が出てる場所でもある。

「フリントは俺たちの行動をどういうわけか読んでて、常に先回りしてきやがる。
 まともにエーデルグーテを目指すなら海路をとる為にアズレシアに向かうってことも把握してるだろう。
 ……だからこの先、普通にアズレシアに行けば、次に襲撃されるのは十中八九あの街だ」

アイアントラスの惨状が、今でもまぶたの裏にこびりついてる。
フリントの口ぶりが正しければ、今度の襲撃の規模はあんなもんじゃ済まない。
俺たちがこのまま進めば、むざむざアズレシアに戦火を持ち込むことになる。

「それでもアズレシアに行くなら、今度こそ連中に気取られないっていう確証が要る。
 追跡を撒いて、変装してでも、奴らが気付く前に船借りて港を出なきゃならない。
 俺は……あの街まで燃やされるのは、見たくない」

137明神 ◆9EasXbvg42:2020/06/15(月) 04:56:23
あるいは、これもフリントの術中なのかもしれない。
街に立ち寄ればそこが襲われるとなれば、俺たちはもうどこにも寄れなくなる。
畢竟物資の補給も出来なくて、フェルゼンの山道で野垂れ死ぬしかなくなる。

それでも、思惑に乗っかると分かっていても。
俺はもうこれ以上、目の前で人が死ぬのを見たくなかった。

「必要なのはアシの他にもうひとつ。敵の行動予測だ。行く先を読むのは奴らの専売特許じゃない。
 フリントが今後どういう行動をとるかを類推して、その合間を縫って進む。
 例えば……奴が補給や訓練で動けないタイミングなら、俺達が街に入っても襲われない」

昨日今日会ったばっかのよく知らねえ奴の行動なんか憶測を重ねるしかないが、
憶測の精度を上げる方法ならある。――よく知れば良い。

「ジョン。お前あのメリケン野郎と知り合いみたいな感じだったな。
 フリントについてお前が知ってること、全部話せ。言いたくないことでも全部だ。
 奴はお前を恨んでるような口ぶりだった。『妹』ってのは、誰のことだ」

あれこれ遠慮すんのはもう終わりだ。
たとえこいつの傷を掻きむしることになったとしても。
俺たちは、ジョン・アデルという人間を……今度こそ知らなくちゃならない。

【アイアントラスの惨状にビビり、アズレシア行きに待ったをかける。
 ジョンに過去とフリントの素性を確認】

138崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/06/23(火) 02:12:22
マルグリットおよびマル様親衛隊と袂を別ったアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』は、
単独で聖都エーデルグーテへ行くことになった。
結果的にジョンはマル様親衛隊と同行することによるストレスから解放されたが、その代わり新たな問題を抱えた。
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を狩る『異邦の魔物使い(ブレイブ)』。
ブレイブハンター・フリント。
その男の正体は、ジョンのかつての親友ロイ。
アメリカ陸軍で兵役を経験した、現役の軍人。戦争のプロ。
なゆたたちを葬り去るために召喚された、ニヴルヘイムからの刺客――。

今や完全に敵に回ってしまったマルグリットとマル様親衛隊も含め、パーティーは多くの敵と対峙する羽目になってしまった。
状況は悪化の一途を辿っている。
が、こんなところで立ち止まってはいられない。どんな結果が待っているにせよ、歩みを止めることはできないのだ。

>当面、アシの確保は急務だな。どの道こんなペラい幌の馬車でちんたら進んでたら的にしかならねえ。
 魔法機関車が使えないなら……それこそ飛空船とか、どっかで都合が付きゃいいんだが

明神が思案げに呟く。
ここからエーデルグーテまで、徒歩とほとんど変わらない馬車での進行となればおおよそ10ヶ月はかかる。
10ヶ月もの間、いつ攻めてくるかもわからないフリントやマルグリット達を警戒して旅することなどできない。

>全部聞いてたんでしょ? うかうかしてられないんだからね!?
 今回はマル様達が徒歩だったから良かったようなものの……どっかの陣営が高級車で迎えに来たら寝返っちゃうかもよ!?
 オープンカーで大草原を走り回ってバーベキューしちゃうんだからね!?

何を思ったのか、カザハが突然虚空に向けて喋り始める。
マルグリットや親衛隊を警戒し、今までだんまりを決め込んでいたのであろうバロールやみのりに向かって話しかけたのだろう。

>それはそうとニヴルヘイムの連中、ボク達がエーデルグーテに行くの知ってるみたいなんだけど……。
 おかしいなあ、どこから漏れたんだろう……

>カザハ君ちょい待った。もうひとつ……アズレシアに行くの、やめにしねえか?

ジョンとタンデムでカケルに乗り、飛び立とうとするカザハを押し留め、明神がそう提案する。

>フリントは俺たちの行動をどういうわけか読んでて、常に先回りしてきやがる。
 まともにエーデルグーテを目指すなら海路をとる為にアズレシアに向かうってことも把握してるだろう。
 ……だからこの先、普通にアズレシアに行けば、次に襲撃されるのは十中八九あの街だ。

>それでもアズレシアに行くなら、今度こそ連中に気取られないっていう確証が要る。
 追跡を撒いて、変装してでも、奴らが気付く前に船借りて港を出なきゃならない。
 俺は……あの街まで燃やされるのは、見たくない

明神の危惧する通り。
フリントが今後も今回と同じ策を使い続けるとしたら、狙われるのは間違いなくアズレシアだ。
停泊する船に爆薬を仕掛け、片っ端から破壊して回る――そんなことさえ、手段を選ばないあの男ならやってのけるだろう。
当然、そんな暴挙は断じて許されない。
自分たちが原因で無辜の民が死ぬようなことは、もう二度とあってはならないのだ。
だから。

>必要なのはアシの他にもうひとつ。敵の行動予測だ。行く先を読むのは奴らの専売特許じゃない。
 フリントが今後どういう行動をとるかを類推して、その合間を縫って進む。
 例えば……奴が補給や訓練で動けないタイミングなら、俺達が街に入っても襲われない

>ジョン。お前あのメリケン野郎と知り合いみたいな感じだったな。
 フリントについてお前が知ってること、全部話せ。言いたくないことでも全部だ。
 奴はお前を恨んでるような口ぶりだった。『妹』ってのは、誰のことだ

明神が舌鋒鋭くジョンに問う。
それは、今までパーティーの中でタブーとなっていたこと。
ジョンの過去に何があって。彼が、誰を殺したのかという真実――その暴露。
明神はジョンの心の中にある、大きなかさぶたを剥ぎ取ろうとしている。
例え、剥がれたかさぶたから新たな血が流れようとも。
自分たちが生き残るために。この世界を救うために。

「……そう、だね。
 そろそろ……話して貰わなくちゃいけない時期なのかもしれない。
 気軽に打ち明けられることじゃないのかもしれない。ジョンにとって、痛みを伴うことなんだろうと思う。
 でも……お願い、ジョン。
 みんなが先へ進むために、これは……必要なことなんだ」

瓦礫に彩られた、フェルゼン公国へと続くアイアントラスの袂で。
なゆたはそう言って、まっすぐにジョンを見つめた。

139崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/06/23(火) 02:24:42
《話は一旦まとまった感じみたいやねぇ〜? ほんならそろそろ、うちらも通信再開してええやろか?》

ジョンの独白が終わったころ、突然なゆたのスマホから声が聞こえてきた。
聞き慣れた、間延びした声音は紛れもなくみのりのものだ。
スマホを見れば、どこかの書斎めいた場所の執務机に右眼に眼帯をつけたみのりが着いており、隣にバロールが佇んでいる。

《いやぁ、三週間ぶりくらいの通信かな? 久しぶりだね、みんな!
 君たちのことはモニターしていたんだけど、『聖灰』の前じゃ喋ることもままならなくてね。
 とにかく、カザハの言うとおり状況は把握している。さっきの話も聞かせてもらったよ。
 ジョン君の過去は、ブラッドラストを解く鍵になりそうだね》

バロールも通信に割り込んでくる。相変わらずの危機感の薄い様子だが、バロールもブラッドラストについて考えていたらしい。

《ニヴルヘイムの裏をかいての進軍、か。
 ところで……カザハと明神君は、どうして自分たちの行き先がニヴルヘイムにバレてるのか訝しんでいるようだけれど。
 簡単な話だろう? だって、君たちはご老人からわざわざGPSを受け取っているんだからね。
 というか――私は君たちがとっくに知っていて、わざとそうしているのかと思っていたんだが……違うのかい?》

そう言うと、バロールは画面越しになゆた達を指さした。
なゆたは首を傾げた。

「GPS? 何の話? わたしたちがローウェルから受け取ったものなんて――」

そう言いかけて、なゆたはあっ! と大きく声を上げた。
なゆたたちのこなした、最初のクエスト。その際に手に入れた、ローウェル秘蔵の超レアアイテム。

ローウェルの指輪。

考えてみれば当たり前の話だ。ローウェルの指輪は文字通りローウェルの魔力の宿ったアイテムなのだから、
十二階梯の継承者ならびにそれと手を組んだニヴルヘイムが現在地を追うことはたやすい。
フリントは明神の持つローウェルの指輪の位置情報を十二階梯から聞き出し、その先回りをしているのだろう。
つまり、ローウェルの指輪を持ち続ける限りなゆたたちの行き先はニヴルヘイムには丸わかりということだ。

「単純なことだったわね……」

がっくりと肩を落とす。

《まぁ……何にしても線路が壊されてまったのは痛手やねぇ〜。
 魔法機関車なら港のあるアズレシアまですぐと思てたけど、敵さんもそう簡単には進ませてくれへんなぁ。
 ほんなら、みんな一旦寄り道してもろてもええやろか?
 少なくとも、このまま馬車で移動するよりは早く問題も解決するやろしね》

「寄り道?」

なゆたが聞き返す。
みのりはふふん、と余裕たっぷりの表情を浮かべると、

「――飛行船や!」

と、言った。

飛行船。
古来よりファンタジーRPGの終盤の移動手段として有名なその乗り物を、ブレイブ&モンスターズ! も実装している。
それまでの移動手段であった船や魔法機関車、グラススプリンター(チョ○ボ的な乗用モンスター)と違い、
飛行船は地形の影響を受けずどこまでも自由にフィールドを移動できるようになるのだ。

「飛行船……!!」

実りの言葉を繰り返し、なゆたは目を見開いた。
ブレイブ&モンスターズ! には、三種類の飛行船が登場する。
ひとつは、クエスト『カーノレ爺さんの空飛ぶ家』をクリアすることで手に入る気球。
蒼穹都市ハイネスバーグに住む偏屈者、カーノレ爺さんの『空を飛びたい』という願いを叶えるため、
気球を作る材料を集めて東奔西走する――というイベントの報酬として入手できる。
もうひとつは、クエスト『グランド・ブルー・ファンタジア』コンプリートで入手できる機空艇・グランドセイバー。

「確かに飛行船を手に入れれば旅は捗るし、敵に狙われることもなくなるけれど――」

スマホを覗き込み、なゆたは眉間に皺を寄せた。
飛行船はストーリー終盤の移動手段だけあって、生半な苦労では手に入らない。
比較的簡単なのは気球だが、これは典型的お使いイベントで大量の素材を世界各地を巡って揃える必要がある。
第一、ここからカーノレ爺さんの住むハイネスバーグは遠い。
馬車でハイネスバーグまで行き、さらにクエストを受けて素材を揃える……などという悠長なことをしている時間はない。
まだしも、このまま馬車で全速力でエーデルグーテを目指した方が早いだろう。
ついでに、気球は移動速度も遅い。

140崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/06/23(火) 02:32:23
といって、二つ目の機空艇グランドセイバーも無理がある。
クエスト『グランド・ブルー・ファンタジア』は三部作の大規模シナリオから成り、
『グランド・ブルー・トリロジー』とも呼ばれる。他のクエストとは比較にならないテキスト量を誇る、
一大キャンペーンである。
幻の島・イースターシァを求めて旅をしている機空団に協力し、急速に台頭してきた軍事国家ヴェルデス帝国と戦う――
という壮大な話で、クリアまでの総プレイ時間は最短でも本編スタートからグランダイト討伐ほどもあるという、
サブクエストの範疇を大きく逸脱した話だ。
おまけに『グランド・ブルー・ファンタジア』第一章開始の舞台はアズレシアである。
クエスト攻略に時間がかかりすぎるし、そもそもこれから行くべき場所がスタート地点ではお話にもならない。
だとすれば。

なゆたたちが狙うべきなのは、三つの飛行船のうち最後のひとつ。

「……強襲飛空戦闘艇……ヴィゾフニール……!」

強襲飛空戦闘艇ヴィゾフニール。
三つの飛行船の中でも最高のスピードを誇る、いわゆる戦闘機である。
クルーザーほどの大きさの艦艇で、デザイン化されたワイバーンのような流線型の機体が美しい。
ゲーム内の設定では、魔王バロールが人間界の制圧のために大量生産しようとしていた新型飛行船で、
創世魔法により一隻だけ建造された試作機という触れ込みだった。

ヴィゾフニールを手に入れることができれば、海を越えてエーデルグーテまでひとっ飛びだ。
補給や休養のためにアズレシアやその他の都市に寄る必要もなくなるし、大幅な時間短縮にもなる。
また、ヴィゾフニールは面倒くさいお使いイベントや大規模キャンペーンシナリオをこなさずとも手に入る。
とあるダンジョンの隠し部屋にひっそりと格納してあるのを見つけ、取って来るだけでいいのである。尤も――
その『とあるダンジョンに行って取って来る』のが、大問題なのであるが。

「でも、ヴィゾフニールは……」

最後の希望の名を告げてはみたものの、なゆたはすぐに口ごもった。

《なゆちゃんの言いたいことは分かっとるよ〜。
 気球もグランドセイバーも手に入れるのには時間がかかりすぎるし、といってヴィゾフニールは――
 『もう手に入らない』ってなぁ》

「……うん」

ヴィゾフニールはいつでも入れる普通のダンジョンにあるのではなく、
ストーリー本編の終盤でバロールが創り出したとあるダンジョンでのみ、時間限定で獲得することができるのだ。
というのも、そのダンジョンはストーリーの都合上一度しか入ることができず、攻略後は崩壊し消滅してしまう。
おまけにそのダンジョンは攻略に時間制限があり、限られた時間内に隠し格納庫を発見しなければ、
永遠に入手することができなくなってしまうのである。開発側のいつもの底意地の悪さが発揮された悪意ある仕様だ。
もっとも、ヴィゾフニールは一番速度が出るという他は他の二種類の飛行船と大して変わらない。
一般のプレイヤーはグランド・ブルー・ファンタジアの報酬である機空艇グランドセイバーで事足りるし、
ヴィゾフニールはいわゆる隠し機体。あくまで廃人用のトロフィー代わりといった意味合いが大きかった。

「この世界が二巡目の世界であるなら、バロールはまだ『あれ』を投入してないから、存在しない。
 一巡目なら一巡目で、『あれ』は消滅してしまったはずだから、やっぱり存在しない……。
 ヴィゾフニールを手に入れることなんて――」

《ところがどっこい、や。
 うちらはみんなと交信を断っとる間『あれ』についての情報を集めとってなぁ。
 この世界には一巡目の遺物として『あれ』がまだ存在しとることを突き止めたんよ〜》

「え!?」

思わず声をあげる。
件のダンジョンはアルフヘイムの総戦力によって攻略され消滅したはずだ。
だというのに、まだ存在しているというのはどういうことだろう?

《きっとそれも『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』のバグかと思うんやけど〜。
 詳しいことはうちらにも分からへんのよ〜、ごめんなぁ。
 ともかく、うちらが調べたのは『あれ』がこの世界にまだあるってこと。中にも入れること。
 おそらくヴィゾフニールも無傷のまま残ってるはず……ってことだけやねぇ》

みのりの情報によると、件のダンジョンはアイアントラスから樹冠都市ブラウヴァルトへ向かう街道の外れにあるという。
ここからなら、だいたい馬車で十日くらいの距離だ。
十日で現地に到着し、ダンジョンと化した内部を攻略し、ヴィゾフニールを手に入れる。
少なくとも、ニヴルヘイムの襲撃に怯えながら馬車で海の果てのエーデルグーテを目指すよりよほど近道であろう。
……みのりが『あれ』と呼ぶダンジョンを攻略できるなら、の話だが。
スマホの液晶画面の中で、みのりが頷く。

《そう。『あれ』や。
 ストーリーの山場、ラスボスバトルより盛り上がる……なぁんて評判の。
 師匠の『創世魔法』の極致――》

「螺旋廻天……レプリケイトアニマ……!」

緊張感を拭い去れない強張った面持ちで、なゆたは『あれ』の名前を告げた。

141崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/06/23(火) 02:38:46
螺旋廻天レプリケイトアニマ。
ゲーム本編終盤に、魔王バロールがアルフヘイムの一切合切を崩壊させようと放った『創世魔法』究極の一撃。
大地を穿つ破滅の杭。

直径300メートル、全高80メートルの威容を誇る円柱状の構造物であり、バロールはこれを大地に突き立てて地面を掘削し、
大地の奥深くに鎮座する世界の要石『霊仙楔』を粉砕して、世界を丸ごと転覆させようと画策した。
レプリケイトアニマの強固な外殻を破壊することはほぼ不可能。
破滅の杭が霊仙楔に達するのを防ぐには、多層構造のダンジョンとなっている内部に潜り込み、
最深部にあるコアを破壊しなければならない。

ゲームではレプリケイトアニマを止めるため、今までプレイヤーが友誼を結んできた各地の味方勢力が一致団結し、
レプリケイトアニマ防衛のためにイブリースが差し向けてきたニヴルヘイムの軍勢と激突する一大決戦が行われた。
その果てにプレイヤーが最深部へと到達、コアの防衛機構であるレイド級ボス・アニマガーディアンを撃破。
コアを破壊されたレプリケイトアニマはその形を保てなくなり崩壊、消滅――した、はずだった。
しかし、この世界は時間遡行の魔法によりゲームの世界から剥離した、二巡目の世界。
数多のバグを残したまま巻き戻った世界の大地に、レプリケイトアニマは未だに突き立っているという。
そして――そのレプリケイトアニマの隠し格納庫に、強襲飛空戦闘艇ヴィゾフニールがひっそりと眠っている。

《いやー、趣味で作って後はそのままうっちゃっておいたヴィゾフニールが、こんなところで役に立つなんてね!
 なんでも創ってみるものだ、うん!》
 
バロールが身を乗り出し、さも自分の功績だと言いたげな様子で朗らかに笑う。
功績も何も、バロールがレプリケイトアニマなどという魔法を使ったお陰で一巡目は大量の死者が出たのだが。
そんなバロールの頬を左手で押しのけ、みのりが続ける。

《師匠、ちょっと黙っとってくれはります? 師匠が喋るとめんどいことになるやろし。
 ……まぁ、ともかくレプリケイトアニマで飛空艇を手に入れるのが一番の近道や思うんよ。
 そっちに行ってもらえへん? ちょくちょく計画変えてもうて、堪忍なぁ》

レプリケイトアニマは終盤の難関ダンジョンだ。
ゲームの中では最強クラスのモンスターが大挙して待ち受け、即死級のトラップがこれでもかと設置されている。
バロールの意地の悪さが全面に散りばめられている超難所であり、よほど周到な準備をしておかなければ初見クリアは難しい。
一度入ったら踏破するか全滅するかしない限り出られず、おまけに時間制限もあるので、慎重すぎる行軍も仇になる。
ストーリーでは多数の味方NPCたちが回復やバフなどの支援をしてくれ、プレイヤーの手助けをしてくれたが、
今回は勿論そんな援護は期待できない。徹頭徹尾、自分たちだけで戦い抜くしかないのだ。
多くのブレモンプレイヤーにとってトラウマになった、と言ってもいい場所。螺旋廻天レプリケイトアニマ――

それに。これから挑む。

《心配無用! 今のレプリケイトアニマは廃墟のようなものさ。
 防衛機構であるトラップの数々も、かつて私が召喚した番人たるモンスターたちも死に果てている。
 君たちは中に入ってヴィゾフニールを回収するだけでいいという寸法だ!
 楽ちん楽ちん、はっはっはっ!》

能天気にバロールが笑っている。
現在のレプリケイトアニマはなぜか消滅せずに残っているものの、そのシステムは完全にダウンしているという。
ただ大地に突き立っているだけなら、破滅の杭も単なる塔にすぎない。当然時間制限もない。
あとは、悠々と内部を探索してヴィゾフニールを手に入れるだけの、簡単なミッションというわけだ。

「ヴィゾフニールかぁー……。あれ、耳キーンってなるからイヤなんだよね……ボク……」

ガザーヴァが眉間に皺を寄せて呟く。
乗ったことがあるのか、地球で飛行機に乗った際、気圧差で耳が痛くなるアレをガザーヴァも経験しているということらしい。
ともあれ。飛空艇さえ手に入れてしまえば、いくらフリントがゴブリンアーミーの練度を上げたところで関係ないだろう。
その頭上を飛んでいけばいいだけである。もしゴットリープたちがフリントに他の飛空艇を与えていたとしても、
ヴィゾフニールは魔王バロールがユニークスキル『創世魔法』で建造したワンオフものの高速戦闘機。
いかに霊銀結社の『大達人(アデプタス・メジャー)』といえどそれに匹敵する速度のものは造れまい。

エーデルグーテに行った後どうするとか、教帝オデットと面会する方法はとか、まだまだ問題はあるものの、
それは目の前の問題をひとつずつ片付けて行ってから考えればいいだろう。
新たな乗り物、それも高性能の飛空艇を手に入れられる、という情報に、なゆたは喜色を湛えた。
そして、今まで苦境の連続で暗くなりがちになっていたパーティーの空気を払拭するように右腕を高く掲げる。

「分かった、みのりさん。
 みんなも聞いたわね、螺旋廻天レプリケイトアニマへ向かって、中にあるヴィゾフニールを回収する。
 ヴィゾフニールを手に入れたら、あとはエーデルグーテまで一直線……ね!
 目的変更、進路をアズレシアからレプリケイトアニマへ!
 レッツ・ブレーイブッ!!!」

声高に宣言すると、パーティーは飛空艇を他に入れるべく螺旋廻天レプリケイトアニマの突き立つ場所へと向かった。

142崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/06/23(火) 02:42:32
アイアントラスを出発して十日後、山岳地帯の一角に、遠目でもそれと分かる巨大な塔めいた構造物が見えてきた。
……が、何か様子がおかしい。
今のレプリケイトアニマは一巡目の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』達によって攻略された、ただの廃墟のはずである。
過去の遺物。
激戦の跡地。
一巡目の残骸、無力な抜け殻――

なのに。

『回転している』。

《動いてる―――――――――――――――――――――!!!!!!!!!!??????》

がびーん! とバロールがスマホの画面の中で驚愕する。
そう、動いている。回転している。ゆっくり、ゆっくりと――しかし着実に大地を抉り、貫き、穿ち。
『下へと掘り進んでいる』。
パーティーがレプリケイトアニマへ近付くたび、その状況は確信となり、危機感となって重くのしかかってくる。
ゴゥン、ゴゥン、ゴゥン……と低い、腹の底に響くような駆動音が鼓膜を震わせる。
間違いない。螺旋廻天レプリケイトアニマは復活している、そしてかつて自分が成し得なかったことをしようとしている。
即ち――世界の奥底に存在する霊仙楔の破壊。アルフヘイムの転覆を。

《ふおお……すごい魔力だ! 計測値を振り切ってるよー!? 誰だ私のレプリケイトアニマを勝手に動かしてるのはーっ!?》

《師匠は黙っとき! みんな、見えてはるやろね!? もう説明不要や思うけど一応な!
 レプリケイトアニマが起動しとる――! おそらくニヴルヘイムの連中か、十二階梯か……!
 予定変更や、レプリケイトアニマの停止を最優先!》

「り……、了解!
 みんな、行こう!」

なゆたは慌てて返答すると、ポヨリンを伴ってレプリケイトアニマへと走った。
地表に近いアニマの側面には、かつて一巡目の世界で霊銀結社がやっとのことで開いた直径5メートルほどの風穴が開いている。
ゲームでは、プレイヤーはここから中に入りコアを目指したのだ。
先人とゲームに倣い、すっかり朽ちたその穴から中に入る。
中は石壁と石畳の通廊のような構造になっており、魔力で通電しているのか照明が内部を明るく照らしていた。
バロールの話ではもう完全に廃墟と化しており、魔物たちは全滅。防衛機構のトラップも死んでいる――
はず、だったのが。

「ギシャオオオオオオオオッ!!!」

パーティーがアニマの内部に降り立ったと同時、何者かの咆哮が周囲に響き渡った。
と同時、茶色い毛皮の二足歩行をした獣人めいたモンスターが牙を剥き出し、手指の鋭利な爪を振りかざして襲い掛かってきた。
アニマソルダート。このレプリケイトアニマの内部に巣食い、侵入者を排除するモンスターの一種である。

「ポヨリン! 『しっぷうじんらい』!!」

『ぽよよっ!』

なゆたの鋭い掛け声に反応し、ポヨリンが弾丸のようにアニマソルダートへ突進する。
アニマソルダートは一体だけではない。どこにこんなに、と思うほど湧き出しては、
明神やカザハ、ジョン、エンバースへ襲い掛かる。
終盤最難関のダンジョンだけあって、他にもアニマ内には要所に配置されタンク役をこなすアニマディフェンダー、
遠距離攻撃を得意とするアニマアーチャー、アコライト外郭でも戦ったロイヤルガードなど強敵が目白押しである。
そして――

「く……! このッ!」

ポヨリンに指示を出しながら、なゆたは身を翻して魔物から距離を取ろうとした。
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』は戦闘中は無防備になってしまう。
フリントにも指摘された『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の弱点だ。それを避けるには魔物から離れ、
安全な間合いでパートナーに指示を出し続けるしかない。
しかし、なゆたがあるとき足元のタイルのひとつを踏むと――
がこんと音がして、足元のタイルが僅かに沈み込んだ。

「がこん?」

なゆたは怪訝な表情を浮かべた。……そして、その直後。
びゅおっ!! と音を立て、なゆたの左側の壁面から槍が飛び出してきた。

「ひょわわわわわわぁっ!!!??」

持ち前の身体能力、そして『蝶のように舞う(バタフライ・エフェクト)』を総動員し、間一髪で躱す。
なゆたの背を嫌な汗が伝う。あともう少しでも避けるのが遅れていたら、串刺しになっていたことだろう。

143崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/06/23(火) 02:47:38
「あ、危なかった……」

《う〜ん、この分だとどうやらトラップも復活しているみたいだねぇ!
 みんな気を付けてくれ! 大規模なやつは覚えているから解除や避け方を指示できるけど、小さいのは覚えてない!
 なんとか頑張って避けてもらいたい!》

「バロールのバカぁぁぁぁぁぁぁ!!」

アニマ内のトラップを作った張本人が無責任に丸投げしてくる。なゆたは思わず怒鳴った。

《みんな、遊んでる場合ちゃうで!
 うちの計算では、このままやと約四時間後にアニマは霊仙楔に到達! そうなったらアルフヘイムはおしまいや!
 それまでに何としてもコアを破壊して、アニマを止めたってな!》
 
「そっ、そんなこと言ったって……!」

そもそも廃墟だから楽なミッションだよと言われて来たのだ。ろくな対策もしていない。
といって今から手近な村などに戻っても仕方ないだろう。一旦入ってしまった以上、このまま最深部を目指すしかない。
ポヨリンがアニマソルダートを殴り倒す。アニマソルダートはアニマ内部の基本的なザコ敵なので、倒すのに苦労はしないだろう。
だが、他の敵が出てきたときには分からない。前述したロイヤルガードなど、深部に行けば行くほど強い敵も出てくる。

「きゃはははははッ! たーのしー!
 どんどん暴れちゃうからなー、ボク! そらそら、もっと来いよぉ!
 ぜーんぜん喰い足りねぇぞぉーッ!!」

ガザーヴァが甲冑を纏わない軽装姿で騎兵槍を手に大立ち回りを演じている。
さすがに純正レイド級のボスだけあって、アニマのモンスターたちが群れで押し寄せてもまったく怯まない。
ストーリーモードではプレイヤーがレプリケイトアニマを攻略する頃には、もうガザーヴァは死んでいるのだが――
しかしそんなことはまるで関係ないと、軽業師めいたアクロバティックな挙動で大暴れしている。

「あらよっとォ! ……あ、明神! そこの床落とし穴だかんな、気をつけろよ!
 ガーゴイルの後について歩け! そしたらトラップに引っかかんないで済むから!」

騎兵槍を力任せに振るい、群がるアニマソルダートの首を刎ね飛ばしながら、肩越しに振り返って言う。
ガザーヴァとガーゴイルはアニマ内のトラップが分かるらしい。元・敵キャラの役得である。
その他にもガザーヴァは基本的に明神の周囲に位置取りし、明神が被弾しないよう細心の注意を払っている。
アコライトからデリントブルグを経てアイアントラスに至り、レプリケイトアニマへ到着した今までの旅路でも、
ガザーヴァはまず明神の身の安全を第一に考えて行動していた。
今までバロールに対して向けられていた熱意が、紆余曲折を経て明神へと注がれている。
正式な契約をしておらず、正しい『異邦の魔物使い(ブレイブ)』とパートナーの関係ではないが、
明神が明確にガザーヴァを裏切らない限り、幻魔将軍は忠実に明神に仕えるだろう。
……構ってちゃんでトラブルメーカーなところに目を瞑る度量があれば、の話だが。

「みんな、体力とスペルカードは温存して!
 まだまだ先は長いし……何より最深部のコアはレイド級ボスのアニマガーディアンが守ってる!
 ゲームのストーリーモードと違って、途中の支援は期待できないから……!」

ゲームのレプリケイトアニマはNPCの支援前提で設定されているからか、全体的に難易度が高い。
その支援なしに、10人に満たないメンバーでこのダンジョンを踏破しなければならないのだ。
無駄にしていいスペルカードは一枚もない。出来る限り戦力を温存し、コアを守るボスまで辿り着く。
そして制限時間以内にヴィゾフニールを手に入れる――ミッションの達成は困難を極めるだろう。
フリントやマルグリット達の姿が見えないことは不幸中の幸いである。

《こちらからも援軍を送るよ、間に合うかどうかは分からないが――
 とにかく、なんとか生き残ってくれ!》

スマホからバロールの声がする。一応援軍を送るということだが、甚だ心許ない。
第一、今からキングヒルを出たとして、果たして四時間以内にこのフェルゼン公国まで援軍が到着できるのか。

「……俺がしんがりに着く。お前たちは先に行け。
 雑魚どもを殲滅している余裕はない。目の前の、最低限の敵だけを倒して行け」

エンバースが素早くスマホをタップする。そこから光輝く触腕が現れ、パーティーに追いすがるモンスターたちを薙ぎ払う。

「任せたわ、エンバース!
 さあ――行くわよ、みんな!」

なゆたはポヨリンと共に先頭を駆け、次の階層へと続く階段へ飛び込んだ。


【飛空艇を手に入れるため、螺旋廻天レプリケイトアニマ攻略へ。
 四時間以内に攻略できなければゲームオーバー】

144ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/06/30(火) 14:57:29
>「ジョン。お前あのメリケン野郎と知り合いみたいな感じだったな。
 フリントについてお前が知ってること、全部話せ。言いたくないことでも全部だ。
 奴はお前を恨んでるような口ぶりだった。『妹』ってのは、誰のことだ」

>「……そう、だね。
 そろそろ……話して貰わなくちゃいけない時期なのかもしれない。
 気軽に打ち明けられることじゃないのかもしれない。ジョンにとって、痛みを伴うことなんだろうと思う。
 でも……お願い、ジョン。
 みんなが先へ進むために、これは……必要なことなんだ」

「ふぅ〜・・・」

大きな溜息をつく。

今の社会。調べようと思えば調べられる程度の事件だ。別に隠すような事ではないが・・・だが別に話す必要もない話だ。
ロイを倒す為に・・・なゆ達の協力は必要不可欠。話をしたら最悪PTを抜けろなんて話に・・・それは困る・・・けど
話せと言っているなら・・・話すべきなのだろう。

「わかった・・・全部を話そう・・・」

なゆ達には世話になった。いろんな迷惑をかけてきたのに必要な事に答えない・・・そこまで不義理な人間にはなれない。

「ロイとロイの妹の・・・シェリーと出会ったのは小学生に上がった直後でね・・・僕がイジメられていたところをロイが助けてくれて
 そこから遊ぶようになったんだ。その頃の僕達は・・・たぶん親友と呼ばれるような間柄だった・・・と思う・・・家族ぐるみでの付き合いもあった。
 ・・・二年後に僕が事件を起こすまでは・・・」

僕はゆっくりと・・・少しずつ話を始めた。

145ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/06/30(火) 14:57:49
--------------------------------------------------------------
その時ロイとシェリーの家族と僕の家族でとある山に遊びに来ていた。
建前は修行って事だったけど・・・実際は遊びが9割だった。

お互いの家族も、体育会系だった事もあって知り合ってすぐ仲良くなった。

おいしい物を食べて。3人で遊んで、3人で川の字に寝て・・・。全てが楽しかった。

3日目のある日。朝起きたら問題が起きていた。
シェリーと愛犬の部長が消えたというのだ。

僕達は手当たり次第に探した。でも立ち入りが許可されている場所全てを探しても、シェリーも部長も見つからなかった。

すぐに捜索隊が編成されたがその時には既に夕方になりつつあり
天気が荒れる可能性もあって危険な為翌日から捜索が開始されることになった。

でもロイや家族達の不安そうな顔みて僕は諦められなかった。
ロイやシェリーは僕に一杯幸せを与えてくれた。その恩に報いる為にも、行かなくてはならないと。

今に思えばどう考えても愚かな考えだが・・・当時の僕はそんな事考えもなかった。
大人でさえ力で負かせる肉体があったからか・・・子供だったからなのか・・・。

僕はリュックに入る限りの水とお菓子、それとサバイバルセットを持って山小屋を飛び出した。

馬鹿な子供の僕にシェリーの場所なんてわからなかった。
当然飛び出して間もなく自分も遭難することになった。

ひたすら森の中を何時間か走って、おやつの時間から本当に辺りが暗くなってリュックから取り出したライトが必須になった頃・・・。

僕は遂に見つけた。

僕は森の中で毛玉を見つけた。そしてそれが犬の・・・コーギーの抜け毛で作られた毛玉である事を瞬時に理解した。

毛玉は木の枝に下敷きになるように置いてあって毛がなるべく風で飛ばないようになっていた。
僕は喜んだ。全力疾走でその毛玉の道を進んだ。僕でも役に立てるのだと。

そして僕がそこで見つけたものはシェリーと部長そして・・・

一匹の大きな・・・熊だった

146ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/06/30(火) 14:58:04
その時の僕は自分でもびっくりするほど落ち着いていた。

シェリーを救う為に思考を巡らせていた。
どうやったら熊を刺激せずにこの場を離れられるのか。

シェリー・部長は熊を見つめたまま動かない。
目を背けたら死ぬとわかっているから。

雨が降ってもお互い微動だにせず。じっと見つめあっていた。

だがその時・・・雷が落ちた。

大きな音が鳴り、眩い光が一瞬視界を包んだ

音に驚いたのか反射的に目を瞑ってしまったからなのか、熊はシェリーを襲い始めた。

僕は今まですべての思考を放棄し、サバイバルナイフを手に熊に襲い掛かった。
無謀なのは分っていた。でも、目の前でシェリーが襲われているのに無視するなんて僕にはできなかった。

がむしゃらに熊の体にナイフを何度も突き刺した。
振り降ろされても背中に飛びつきさらにナイフを突き立て続けた。
熊に突き飛ばされ、木にたたきつけられようともとも立ち向かった。

そして記憶が飛ぶほどの、過激な時間を過ごした後に残っていたのは
熊の死骸と全身血まみれになりがら立っていた僕だった。

体中が痛いとかいうレベルを遥かに超えていたけど、彼女を守れたという事実が僕の意識を保っていた。

「もう大丈夫だよ・・・敵は倒したから・・・」

「いや!こっちこないで!」

「大丈夫!僕だよジョンだよ!落ち着いて・・・」

「あんたなんかジョンじゃない!・・・ただの化け物よ!」

彼女は極限状態にさらされ続けて精神が相当に参っていたのだと思う。
遭難に熊、そして夜の山。子供には大変な事ばかりだったから・・・。

「なに言って・・・」

「私の知っているジョンは・・・そんな化け物みたいな笑顔で笑わない!!」

そういいながらシェリーは後ずさりで僕から距離を取る。
でも後ろに急な斜面があって・・・。

「やめろ!そっちは危ない!」

「危ない!?今のあんたに近づく事が一番危ないわよ!・・・どうしてこんなこと・・・きゃあああああ」

--------------------------------------------------------------

147ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/06/30(火) 14:58:18

「部長に・・・シェリーの愛犬に助けを呼んでくる事を頼み・・・僕は崖下までシェリーを追いかけた」

正直言えばこれ以上あの事を思い返したくない気持ちで一杯だった。
でも最後まで言わなくては・・・僕はいい奴じゃないとわかってもらうために。

「シェリーを見つけること自体は簡単だった・・・血が大量に流れていたからね」

「見つけた彼女は・・・呼吸しているだけで精一杯な状態だった」

足や手から骨が飛び出し、大きな木の枝が体に突き刺さっていた。でもこれは・・・言う必要はないだろう・・・。

「僕の持っている浅い知識と救急箱ではとてもじゃないけど応急処置すらできない大怪我だった
 おまけにその時は台風のような雨でね・・・彼女は確実に死に向かっていた」

「専門の知識もない・・・道具もない僕はただ彼女の上に覆いかぶさって雨が直接当たらないようにするしかなかった」

「僕は地獄な様な時間を過ごしながら思った。もし部長が本当に救助隊を連れて帰ってきて、助かったとしても
 彼女は恐らく今まで通りの生活はできないだろう、いや、人間として普通に生きていく事すらもできないだろう、と」

「そんな事を思っていたら彼女の目が開き、喋るのも辛いだろうに僕にかすれた声でこう言った」


「殺してくれ・・・ってね」


今おまえば僕のなにかが壊れたのはこの時だったのかもしれない。
なにが壊れたかがいまだにわからないし、知りたくもないけど。

「その言葉を聞いた僕は悲しくて、怖くて、気が狂いそうで・・・でもそれ以上にどんどん弱って緩やかに死んでいく彼女があまりにかわいそうで・・・」

「熊を殺したナイフでシェリーの事を・・・彼女の願いを叶えた」

「最後の・・・シェリーのあの恨めしく伸ばしてきた手と・・・聞き取れなかったけれど、恨みの言葉を必死に口に出そうとしてる姿は・・・永遠に忘れないだろう」

「その後は彼女の遺体の前でずっと座り込んでいた。
なにをするでもなぐただ彼女の遺体が他の動物に持っていかれないようにじっと・・・彼女を見つめていた」

「結局救助されたのはそれから3日後の事だった。僕はすべてを正直に話した。飛び出した事、熊と遭遇したこと・・・彼女を殺した事
でも大人達は誰一人僕の話を信じてくれなかった。当たり前だ・・・子供がナイフ一本で熊を殺したなんてあり得ない事だからね
結局彼女の死は崖下に落ちた事による事故死という扱いになった・・・僕は無罪放免で済んだ・・・済まされてしまった」

「それからロイは僕と合わなくなった。そして気づいたらアメリカに行ってしまった」

そして今違う国ですらなく、違う世界でまたロイと会う事になるなんて。
神のイタズラにしても悪趣味がすぎる。

「これが事件の全容だ・・・ところどころ端折ってはいるけど別に細かく聞きたいわけじゃないだろう?」

「同情なんて必要ない・・・僕にはそんな価値がないからね」

148ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/06/30(火) 14:58:32

「さて・・・もういいだろう。次の行先の話をしよう・・・みのりかバロールか・・・その両方かどうせ聞いてるんだろう?」

《話は一旦まとまった感じみたいやねぇ〜? ほんならそろそろ、うちらも通信再開してええやろか?》
《いやぁ、三週間ぶりくらいの通信かな? 久しぶりだね、みんな!
 君たちのことはモニターしていたんだけど、『聖灰』の前じゃ喋ることもままならなくてね。
 とにかく、カザハの言うとおり状況は把握している。さっきの話も聞かせてもらったよ。
 ジョン君の過去は、ブラッドラストを解く鍵になりそうだね》

もう僕にはブラットラストを解く気などないのだが・・・話がややこしくなりそうなので黙っておく。

《ニヴルヘイムの裏をかいての進軍、か。
 ところで……カザハと明神君は、どうして自分たちの行き先がニヴルヘイムにバレてるのか訝しんでいるようだけれど。
 簡単な話だろう? だって、君たちはご老人からわざわざGPSを受け取っているんだからね。
 というか――私は君たちがとっくに知っていて、わざとそうしているのかと思っていたんだが……違うのかい?》
>「単純なことだったわね……」

バロールという男は相変わらず掴みどころがなく、本気を出しているようで、出していない。
非常に気に入らない男ではあるが・・・ロイを追う為にはバロールに協力を仰ぐのが一番の近道だという事も間違いない。

「・・・ニヤケ顔は女性受けが悪いからやめたほうがいいよ・・・バロール」

《まぁ……何にしても線路が壊されてまったのは痛手やねぇ〜。
 魔法機関車なら港のあるアズレシアまですぐと思てたけど、敵さんもそう簡単には進ませてくれへんなぁ。
 ほんなら、みんな一旦寄り道してもろてもええやろか?
 少なくとも、このまま馬車で移動するよりは早く問題も解決するやろしね》
>「――飛行船や!」

>「確かに飛行船を手に入れれば旅は捗るし、敵に狙われることもなくなるけれど――」

「現実的に考えて、そんな物が調達できるなら苦労はしないだろう。簡単に調達できるとしてもロイの軍隊が待ち構えていると思うが」

街によるにしても前の戦いの二の舞になることは確実だろう。
そもそもロイがこっちの移動手段として使える物を残しているとは思えない。

>「……強襲飛空戦闘艇……ヴィゾフニール……!」
>「でも、ヴィゾフニールは……」
>《ところがどっこい、や。
 うちらはみんなと交信を断っとる間『あれ』についての情報を集めとってなぁ。
 この世界には一巡目の遺物として『あれ』がまだ存在しとることを突き止めたんよ〜》

僕のまったく理解できない会話が繰り返される。
ゲームに深く関わっているなゆ達はともかくストーリー関連初心者に僕からしてみればまったくちんぷんかんぷんである。

《そう。『あれ』や。
 ストーリーの山場、ラスボスバトルより盛り上がる……なぁんて評判の。
 師匠の『創世魔法』の極致――》

>「螺旋廻天……レプリケイトアニマ……!」

飛び交うブレモン用語、テンポよく決まる次の行先。きっと説明してもらうには途方もない時間がかかるだろう・・・
でも僕がわからないという事はロイにだってなゆ達の会話は理解できないし、想像する事はできないはずだ。

《心配無用! 今のレプリケイトアニマは廃墟のようなものさ。
 防衛機構であるトラップの数々も、かつて私が召喚した番人たるモンスターたちも死に果てている。
 君たちは中に入ってヴィゾフニールを回収するだけでいいという寸法だ!
 楽ちん楽ちん、はっはっはっ!》

ロイはゲームはしたことないと言っていた。ならなゆ達が今話している場所・内容は対策のしようがない。
その場所はブレモンプレイヤーにとって常識でも、ロイはブレモンのプレイヤーではない。

ブレモン知識を覚えようと思ってすぐに全部を知れるようなものではない。
特にまだ起きてすらいない歴史の知識はわからないはず・・・だが

>「分かった、みのりさん。
 みんなも聞いたわね、螺旋廻天レプリケイトアニマへ向かって、中にあるヴィゾフニールを回収する。
 ヴィゾフニールを手に入れたら、あとはエーデルグーテまで一直線……ね!
 目的変更、進路をアズレシアからレプリケイトアニマへ!
 レッツ・ブレーイブッ!!!」

149ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/06/30(火) 14:58:45
僕の考えが甘いと・・・すぐに理解することになった。

>『回転している』。

「ダンジョン?僕のダンジョンのイメージと遥かに違うんだが・・・普通に巨大なドリルだぞ・・・」

《動いてる―――――――――――――――――――――!!!!!!!!!!??????》

《師匠は黙っとき! みんな、見えてはるやろね!? もう説明不要や思うけど一応な!
 レプリケイトアニマが起動しとる――! おそらくニヴルヘイムの連中か、十二階梯か……!
 予定変更や、レプリケイトアニマの停止を最優先!》

>「り……、了解!
 みんな、行こう!」

そうだ・・・なゆ達の敵はなにもロイだけではない。
なゆ達にロイとの事を手伝ってもらうのだ・・・せめてロイとの決着つくまでは俺が盾になろう

《う〜ん、この分だとどうやらトラップも復活しているみたいだねぇ!
 みんな気を付けてくれ! 大規模なやつは覚えているから解除や避け方を指示できるけど、小さいのは覚えてない!
 なんとか頑張って避けてもらいたい!》

>「バロールのバカぁぁぁぁぁぁぁ!!」

内部に突入した僕達に待っていたのは罠・魔物オンパレードだった。
壁から槍が飛び出し、中はモンスターだらけ。楽な廃墟探索とはいったいなんだったのか。

「バロールの言葉を信じた奴が馬鹿っていっても・・・限度があるぞこれは」
「ニャー!」

モンスターの大軍を蹴散らしながら少しづつ前進していく。

「あらよっとォ! ……あ、明神! そこの床落とし穴だかんな、気をつけろよ!
 ガーゴイルの後について歩け! そしたらトラップに引っかかんないで済むから!」

だがモンスターにだけ集中しているわけにもいかない。
カザーヴァが付きっ切りな明神はともかく・・・バロールが知らない罠が追加されている可能性もある。

>「みんな、体力とスペルカードは温存して!
 まだまだ先は長いし……何より最深部のコアはレイド級ボスのアニマガーディアンが守ってる!
 ゲームのストーリーモードと違って、途中の支援は期待できないから……!」

この先の事を考えれば、カードを使わず戦闘を行えるカザーヴァか、エンバースが適任だろう。
なゆや明神はこの先の事を考えれば一番温存してもらうべきだ。

>「……俺がしんがりに着く。お前たちは先に行け。
 雑魚どもを殲滅している余裕はない。目の前の、最低限の敵だけを倒して行け」

「おいおい・・・こんな時は君がなゆを守って先頭にいくんじゃないのか?」

>「任せたわ、エンバース!
 さあ――行くわよ、みんな!」

「・・・エンバースがいかないなら僕が先頭を務めよう。カザーヴァは明神を守るのに精いっぱいだろうからね」

150ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/06/30(火) 14:59:00
階段を下りた先には予想通りのモンスターの大軍が待ち構えていた。

「んん〜〜予想通りというかなんというか・・・」

こんな数をまともに相手していたら4時間なんてあっという間に過ぎ去ってしまうだろう。
ここが何階層まであるのかわからないが・・・躓いてる時間はない。

「みんな・・・離れてくれ・・・部長も・・・巻き込んじゃう可能性があるからね・・・」

部長から破城剣を取り出し、力を少しづつ解放する。
体の周囲には真っ赤な・・・不快なオーラが立ち込め、その強さを徐々に増していく。

「フン!」

目の前のアニマソルダートに勢いよく剣を振り下ろす。
アニマソルダートはそのまま綺麗に真っ二つになり、動かくなった。

「ウオオオオオオ!」

襲い掛かってくる敵を片っ端から真っ二つにしていく。
生物も、無機物も全部関係なく、例外なく、真っ二つに。

あらゆるトラップが僕を感知し、襲い掛かる。槍でも、岩でも!壁でも!関係ない!

「フッー!フッー!・・・もっと、もっと力を!」

理性を飛ばない限界を探りながら出力を高めていく。敵を潰しながら。

一回振るだけでも全筋力を使うはずの破城剣を自由に振り回し、周りの壁を敵の血やオイルのようなもので染めていく。
しかし敵の勢いは衰える事を知らず、先に進ませまいと攻撃を仕掛けてくる。

「ちょっと楽しくなってきちゃったな」

斬って・切れない相手は潰して。潰して・斬って・潰して・斬って。たまに飛んできたなにかを打ち落として。

空間が静まりきった時。そこにあったのは大量の残骸達と
次の階層への階段の前に佇む肌や服の元の色が何色かわからない程になにかで染まった僕だった。

「ふふふ・・・いくらバロールが作った兵器といえども僕みたいなイレギュラーは計算外だったみたいだな?」

力を行使したのにも関わらず、体に不調は感じられない。むしろ絶好調なほどだ。
幻覚も見えないし、これならまだまだ力を解放しても大丈夫かもしれない。

「どうしたんだ?早くいこう。時間がないんだろう?僕なら大丈夫!まだまだ壊したりないくらいさ!」

僕自身が気づいていないだけで異変は起こり始めていた。

「ロイを倒すのにこんな程度の力じゃ足りないしね」

不快な血のオーラよりも・・・さらに人を不快にさせる邪悪の笑みを浮かべていることに。

151カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/07/06(月) 21:27:20
>「カザハ君ちょい待った。もうひとつ……アズレシアに行くの、やめにしねえか?」

「あべしっ」

明神さんに闇魔法で引っ張り降ろされた。闇魔法、板についてきましたよね……。
確かにどの属性かと聞かれれば闇が一番似合ってる気がする。なんとなくだけど!

>「フリントは俺たちの行動をどういうわけか読んでて、常に先回りしてきやがる。
 まともにエーデルグーテを目指すなら海路をとる為にアズレシアに向かうってことも把握してるだろう。
 ……だからこの先、普通にアズレシアに行けば、次に襲撃されるのは十中八九あの街だ」
>「それでもアズレシアに行くなら、今度こそ連中に気取られないっていう確証が要る。
 追跡を撒いて、変装してでも、奴らが気付く前に船借りて港を出なきゃならない。
 俺は……あの街まで燃やされるのは、見たくない」

「それはそうだけど……エーデルグーデに行くにはアズレシア経由以外当てがないんでしょ?
ブラウヴァルトの方に行けば一時は撒けるかもしれないけど……」

>「必要なのはアシの他にもうひとつ。敵の行動予測だ。行く先を読むのは奴らの専売特許じゃない。
 フリントが今後どういう行動をとるかを類推して、その合間を縫って進む。
 例えば……奴が補給や訓練で動けないタイミングなら、俺達が街に入っても襲われない」

「参考になるとすればアメリカ軍の行動様式かな。ジョン君ならいくらか知ってるかも」

>「ジョン。お前あのメリケン野郎と知り合いみたいな感じだったな。
 フリントについてお前が知ってること、全部話せ。言いたくないことでも全部だ。
 奴はお前を恨んでるような口ぶりだった。『妹』ってのは、誰のことだ」

>「……そう、だね。
 そろそろ……話して貰わなくちゃいけない時期なのかもしれない。
 気軽に打ち明けられることじゃないのかもしれない。ジョンにとって、痛みを伴うことなんだろうと思う。
 でも……お願い、ジョン。
 みんなが先へ進むために、これは……必要なことなんだ」

「え、ちょっと……」

戸惑った様子を見せるカザハ。
個人的な因縁を聞き出したところで直接ロイの行動予測に繋がるのだろうか、と疑問に思っているのだろう。
プロファイラーのような技術があるなら別だが、そうでないならあまり直接は結び付かないかもしれませんね……。

>「わかった・・・全部を話そう・・・」

「……そうだね。何が役に立つか分からないもんね」

ジョン君が話す気になっているのを見て、それ以上反対するのはやめたようだ。

>「ロイとロイの妹の・・・シェリーと出会ったのは小学生に上がった直後でね・・・僕がイジメられていたところをロイが助けてくれて
 そこから遊ぶようになったんだ。その頃の僕達は・・・たぶん親友と呼ばれるような間柄だった・・・と思う・・・家族ぐるみでの付き合いもあった。
 ・・・二年後に僕が事件を起こすまでは・・・」

ジョン君が話している間ずっと、カザハは黙って聞いていた。

152カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/07/06(月) 21:30:53
>「これが事件の全容だ・・・ところどころ端折ってはいるけど別に細かく聞きたいわけじゃないだろう?」
>「同情なんて必要ない・・・僕にはそんな価値がないからね」

「安心して。アイツに対抗するための情報として聞いたんだ。それ以上でも以下でもないからね」

ここまでのジョン君の様子で、同情の言葉などかけても意味をなさないのを流石に理解している。
単なる情報だから同情もしないけど嫌ったり引いたりもしない、ということを伝えようとしているのだろう。

>《話は一旦まとまった感じみたいやねぇ〜? ほんならそろそろ、うちらも通信再開してええやろか?》
>《いやぁ、三週間ぶりくらいの通信かな? 久しぶりだね、みんな!
 君たちのことはモニターしていたんだけど、『聖灰』の前じゃ喋ることもままならなくてね。
 とにかく、カザハの言うとおり状況は把握している。さっきの話も聞かせてもらったよ。
 ジョン君の過去は、ブラッドラストを解く鍵になりそうだね》

唐突に王都からの通信が入り、場の空気にそぐわない明るい声が聞こえてくる。
みのりさん何故か眼帯付けてますけど……。そんなに激しい修行をやっているのか!?

「やっぱり見てたのか! みのりさん……どうしたの!?
バロールさん! 修行中に手が滑ってみのりさんに怪我させたんじゃないだろうね!?
顔面は狙わないのはプ〇キュアの鉄則だよ!?」

>《ニヴルヘイムの裏をかいての進軍、か。
 ところで……カザハと明神君は、どうして自分たちの行き先がニヴルヘイムにバレてるのか訝しんでいるようだけれど。
 簡単な話だろう? だって、君たちはご老人からわざわざGPSを受け取っているんだからね。
 というか――私は君たちがとっくに知っていて、わざとそうしているのかと思っていたんだが……違うのかい?》

「ローウェル陣営は敵なんだよね!? ……そんなもの普通没収しとかない?」

……バロールさんに普通を求めても無駄ですね。
もうそんな曰くつきのアイテムその辺で売り払った方がいいんじゃないですかね!?
「それを売るなんてとんでもない!」で売れない枠なんだろうなあ……。

>《まぁ……何にしても線路が壊されてまったのは痛手やねぇ〜。
 魔法機関車なら港のあるアズレシアまですぐと思てたけど、敵さんもそう簡単には進ませてくれへんなぁ。
 ほんなら、みんな一旦寄り道してもろてもええやろか?
 少なくとも、このまま馬車で移動するよりは早く問題も解決するやろしね》

>「寄り道?」

>「――飛行船や!」

>《心配無用! 今のレプリケイトアニマは廃墟のようなものさ。
 防衛機構であるトラップの数々も、かつて私が召喚した番人たるモンスターたちも死に果てている。
 君たちは中に入ってヴィゾフニールを回収するだけでいいという寸法だ!
 楽ちん楽ちん、はっはっはっ!》

「なーんだ、そんないいルートがあるんなら早く言ってよー!」

153カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/07/06(月) 21:33:11
>「分かった、みのりさん。
 みんなも聞いたわね、螺旋廻天レプリケイトアニマへ向かって、中にあるヴィゾフニールを回収する。
 ヴィゾフニールを手に入れたら、あとはエーデルグーテまで一直線……ね!
 目的変更、進路をアズレシアからレプリケイトアニマへ!
 レッツ・ブレーイブッ!!!」

「レッツ・ブレーイブ!!」

妙に威勢がいいのはもちろん、廃墟に潜るだけの楽なミッションだからである。

その夜、私は夢を見た。其れは、決して語られざる未実装クエスト。
私達は、屍累々の夜の街の広場のような場所にて、シナリオボスと対峙していた。
相手は、血を自由自在に操る化け物――とはいっても、ニヴルヘイムのモンスターではなく、
アルフヘイムの者ですらなく……異邦の魔物使い《ブレイブ》の成れの果て。
二人の異邦の魔物使い《ブレイブ》の声が重なる。

「「《ライドオン》!!」」

カザハは私の背に乗って風の槍を振るう。
違う飼い主同士のモンスターが一体化したらどっちが指示を出すとか混乱しなかったんだろうか。
……しなかったんでしょうね。
関係性のある者同士が召喚されやすい説に則るとすれば、親友か、恋人同士か、あるいは夫婦だったのかもしれません。
夢の中の私が、夢の中のカザハに問いかける。

《本当にいいんでしょうか……》

「いいの! 仕方がないの、もうこうするしかないの……!」

やがて、決着の時が訪れる。カザハの槍が、化け物の胸を貫いた。
今際の際に正気を取り戻した彼の者に、止めてくれてありがとうとでも言われたのだろうか。
カザハは頭を横にふって、謝った。

「ごめん、救えなくてごめんね……!」

カザハは化け物だった者の亡骸を胸に抱き、慟哭を響かせた。
私はカザハの横で、どうすることも出来ずに立ち尽くしていた。

“そして、また殺すのか? 仕方なかった。やむを得なかった。そんな逃げ道を用意して”

昼間ロイに言われた言葉が、何故か思い出された。

そのシナリオボスの名は――”血の終焉《ブラッドラスト》”。

154カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/07/06(月) 21:35:49
《―――――!!》

「ぎゃふ!」

私は、体の上に寝そべっているカザハが転げ落ちるのにも構わずに飛び起きた。

「カ、カケルぅううううううううううう!!」

転げ落ちたカザハが泣きながら私に抱き着いてきた。

《ご、ごめんなさい! 痛かったですよね!?》

ふるふると頭を横に振るカザハ。

「違うんだ。怖い夢を見て。血を操る化け物と戦って勝ったと思うんだけど。
何故だかとっても悲しい……」

《それ、多分私も同じ夢見てますよ……》

二人(二匹もしくは一人と一匹?)揃って同じ夢を見るのは偶然では在り得ませんよね!?

「と、いうことは……お前か―――――ッ!」

カザハはスマホ(に取り付いているらしき何か)に詰め寄った。
スマホ(に取り付いているらしき何か)は黙秘していた。
とりあえず今のところはカザハが脱走する気がないから静かなんでしょうねぇ。
またやる気を無くしてブレイブ廃業しようとしたら阻止してくるんだろうなぁ……。
何その積みゲー化防止機能付きスマホ。

カザハは道中ずっと口数が少ない代わりに、心の声はやたら多かった。
ジョン君から聞いた話について色々考えているようだ。

(あの話、不自然だと思わない? ジョン君、元々人間離れした何かがあったんじゃないかな……)

子どもがナイフ一本で熊を倒すのは普通ではありえない、というのは
当時の大人が誰一人ジョン君の話を信じなかった事が如実に示している。

《シェリーが熊を倒したジョン君を見て、まるで化け物を見たように怯えていたって言ってたよね?
あれはシェリーが錯乱していたわけじゃなくてジョン君が本当に化け物みたいになってたのかも……》

常人離れした力と化け物のような笑顔――確かに結び付いてしまいますよね。
しかし、こっちの世界ならともかく、あれはジョン君がここに来るずっと前の地球での話だ。
あのお堅い科学万歳の地球でそんなオカルト的なことがおいそれとは……

(この周回で呼ばれてる人って一巡目はどれぐらいの割合で呼ばれてるのかな……?)

《さあどうでしょう。あ、ジョン君が一巡目も呼ばれていたとしたら……!》

現に、あるはずのないヴィゾフニールが存在しているのだ。
デウス・エクス・マキナの影響下では、時間軸の整合性を無視してあらゆる前の周回の影響が現れ得る。
そしてバロールさんの話によれば、デウス・エクス・マキナは地球をも巻き込んでいる――
「気が付いたら巻き戻っていたらしい」という状態なので、どこの時点からどこの時点まで巻き戻ったのかも不明だ。

155カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/07/06(月) 21:37:29
(ボク達みたいな例もあることを考えれば……
一巡目の因果を微妙に引き継いで地球での人生をリスタートした人がいる可能性もあるよね?)

一巡目地球でも何らかの経緯でシェリーが事故死していてジョン君はアルフヘイムでブラッドラストを発現
一見リセットされているように見えて一巡目の影響を引き継いだ二巡目でまたしても
ブラッドラストを発現してしまったのだとすれば、周回を重ねている分ブラッドラストはより厄介になっていると考えられる。
が、全ては憶測だ。

《……考えすぎですよ。何にせよやることは一緒ですし》

(そうだね、これがジョン君にとって一回目でも二回目でも解呪するしかないんだもんね!)

あれ、考えない事に定評のあるカザハに”考えすぎですよ”なんて言うなんて槍でも降るかな?
いえ、そんな生易しいものじゃないかもしれません。
そんな予感(?)は的中してしまったのだった。
レプリケイトアニマに辿り着いてみると、巨大なドリルが地面を掘削していらっしゃいました。

>《動いてる―――――――――――――――――――――!!!!!!!!!!??????》

「あのさぁ……」

カザハは最近十八番となった魂が抜けたような顔をしてそれだけ呟いた。

>《ふおお……すごい魔力だ! 計測値を振り切ってるよー!? 誰だ私のレプリケイトアニマを勝手に動かしてるのはーっ!?》
>《師匠は黙っとき! みんな、見えてはるやろね!? もう説明不要や思うけど一応な!
 レプリケイトアニマが起動しとる――! おそらくニヴルヘイムの連中か、十二階梯か……!
 予定変更や、レプリケイトアニマの停止を最優先!》
>「り……、了解!
 みんな、行こう!」

「ああ、このダンジョン攻略に挑めるなんて感慨深いなあ(棒)」

《語尾に思いっきり棒が付いてますよーっ!》

一巡目ではすでに故人でしたからね私達……。
カザハは諦めの境地といった様子でなゆたちゃんに続いていく。

>「ギシャオオオオオオオオッ!!!」

>「ポヨリン! 『しっぷうじんらい』!!」
>『ぽよよっ!』

そこは魑魅魍魎が闊歩する人外魔境でした。

>「がこん?」
>「ひょわわわわわわぁっ!!!??」

「ぎええええええええ!? なゆ!?」

なゆたちゃんが串刺しになりかけた。
……『蝶のように舞う(バタフライ・エフェクト)』を習得していて本当に良かったですよ。

156カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/07/06(月) 21:42:12
>《う〜ん、この分だとどうやらトラップも復活しているみたいだねぇ!
 みんな気を付けてくれ! 大規模なやつは覚えているから解除や避け方を指示できるけど、小さいのは覚えてない!
 なんとか頑張って避けてもらいたい!》

「あのさぁ……」

>「きゃはははははッ! たーのしー!
 どんどん暴れちゃうからなー、ボク! そらそら、もっと来いよぉ!
 ぜーんぜん喰い足りねぇぞぉーッ!!」

「全然楽しくね――ッ!!」

ガザーヴァ、甲冑着てないんですねぇ。流石にここでは甲冑着た方が安全なのでは……。
それとも甲冑を着ると防御力は上がるけど素早さが下がるとかあるんでしょうか。

>「あらよっとォ! ……あ、明神! そこの床落とし穴だかんな、気をつけろよ!
 ガーゴイルの後について歩け! そしたらトラップに引っかかんないで済むから!」

トラップの場所を知っているのはかなり助かりますよね。
本人は深いことを考えていないかもしれないが、多分パーティー最強のガザーヴァが明神さんの護衛に付くのは、戦略上も最善だろう。
明神さんは一般人の上に、なゆたちゃんのような強力な回避スキルも持っていないからだ。

>「みんな、体力とスペルカードは温存して!
 まだまだ先は長いし……何より最深部のコアはレイド級ボスのアニマガーディアンが守ってる!
 ゲームのストーリーモードと違って、途中の支援は期待できないから……!」

>「……俺がしんがりに着く。お前たちは先に行け。
 雑魚どもを殲滅している余裕はない。目の前の、最低限の敵だけを倒して行け」

>「おいおい・・・こんな時は君がなゆを守って先頭にいくんじゃないのか?」
>「任せたわ、エンバース!
 さあ――行くわよ、みんな!」
>「・・・エンバースがいかないなら僕が先頭を務めよう。カザーヴァは明神を守るのに精いっぱいだろうからね」

階段を降りた先にはモンスターの大群。
戦闘態勢に入る一同だったが、ジョン君が皆に離れるように促した。

>「んん〜〜予想通りというかなんというか・・・」
>「みんな・・・離れてくれ・・・部長も・・・巻き込んじゃう可能性があるからね・・・」

ジョン君が赤いオーラをまとう。

「ジョン君、それは……!」

>「フン!」

ジョン君は巨大な剣で、アニマソルダートを一撃で真っ二つにした。

157カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/07/06(月) 21:43:48
>「ウオオオオオオ!」

ジョン君が咆哮をあげながら、あらゆる敵やトラップを真っ二つにしていく。
ひとしきり敵を蹴散らしたジョン君は大量の残骸に囲まれ、邪悪な笑みを浮かべていた。

>「ふふふ・・・いくらバロールが作った兵器といえども僕みたいなイレギュラーは計算外だったみたいだな?」

その姿が、夢の中で見た、死体に囲まれて笑っていた狂人の姿と重なった。

「それ以上は駄目! もうやめて!」

同じことを思ったのだろうカザハが、尋常ではない様子でジョン君にすがりつく。

「ボクは知ってる気がする……。ブラッドラストに侵された者の末路を!
夢を見たんだ……。そいつは殺戮の化け物に成り果てて最後には殺されるんだ……!」

が、ジョン君は全く動じる様子はない。

>「どうしたんだ?早くいこう。時間がないんだろう?僕なら大丈夫!まだまだ壊したりないくらいさ!」
>「ロイを倒すのにこんな程度の力じゃ足りないしね」

「……。ごめん。取り乱した。」

カザハは案外あっさりと引き下がった。
確かにジョン君の言う通り時間がない。
ここで言い争うよりも早く踏破してしまう方が得策だと思いなおしたのだろうか。

「……ここ、微かに隙間風が通ってる。階段があるよ」

カザハは人間では感じられない風の流れや音を感じ取れるようになってきたようだ。
こっちの世界に来てからそこそこ日が絶つので、元々持っていた感覚が甦ってきたのだろう。
床のタイルの隙間に槍の先を入れて剥がすと蓋のように取れ、下の階への階段が現れた。

《随分あっさりと引き下がりましたね》

(諦めた! ありゃ何言っても無理でしょ!)

《はい!?》

諦めるの早すぎるでしょ!
さて、突入直後ということでここまでとりあえず下の階に歩を進めてきたが、そろそろ聞かねばなるまい。

「バロールさん、ヴィゾフニールの格納庫はどこ?」

コアを破壊したら1巡目と同じようにダンジョンごと消滅してヴィゾフニールが手に入らなくなる可能性がある。
格納庫がコアに向かう道中にでもあればそれ程問題はないが、問題はかなりの遠回りになる場合だ。
アニマが霊仙楔に到達してしまったら一巻の終わりなので、再び廃墟化して残ってくれる可能性に賭けてコアの破壊を最優先すべきだろう。

158カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/07/06(月) 21:46:57
が、カザハは突拍子もないことを言い始めた。

「もし遠回りになるならボク達がヴィゾフニールを回収しにいくよ」

《な、何ですってー!?》

(止めるのが無理なら猶更一刻も早くエーデルグーデに連行するしかないでしょ!
ダンジョンごと消えて馬車の旅になったら確実に終了じゃん!)

カザハはジョン君を止めることを諦めても、ジョン君を諦めてはいなかった。

(ボクには今のジョン君を説得することも力尽くで止めることもできない。
ジョン君が戦わなくて済むように敵を薙ぎ払う力もない……。
でも早く何かを回収することなら一番……いやガザーヴァの次ぐらいに!?適任でしょ?)

確かに誰かが回収しに行くとすれば、私達が適任かもしれない。
飛空タイプで移動力と素早さに特化した私達ならいわゆる「シンボルエンカウント方式のRPGで敵をすり抜けて戦闘を回避しつつ
ダンジョンを突っ切る作戦」が出来るし、徒歩を前提とした罠は全てスルー出来る。
格納庫に強い門番がいるという話もない。
なので普通にいけば、敵を倒しながら最深部まで潜った上にアニマガーディアンを倒さなければいけないコア破壊組よりも早く攻略できると思われる。
そして私たちはそれ程強力なアタッカーでもパーティーの生命線を担うタンクでもないので
アニマガーディアン戦の時にいなくても他の人がいないよりは影響は少ないだろう。
……とはいってもそれは「誰かが回収しにいくとしたら誰が行くのが一番マシか」という前提であって。
私、もうカザハの酔狂に付き合わされるのは嫌ですからね!?
バロールさん、「格納庫はコアに行く道と反対方向だよ」なんて言わないでくださいよ!?

159明神 ◆9EasXbvg42:2020/07/13(月) 06:32:05
>「わかった・・・全部を話そう・・・」

古傷を掻きむしり、再び血を流すように、ジョンは語る。
あるいは、傷は癒えてなど居ないのかもしれなかった。
表面にほんの少しカサブタが張っているだけで、その下では今でもドロドロした血が滞留している。
俺たちは今から、ジョン・アデルという人間に流れる血の色を――確かめるのだ。

>「ロイとロイの妹の・・・シェリーと出会ったのは小学生に上がった直後でね・・・

ジョンの語った過去は、あらゆる意味で俺の想像を超える壮絶なものだった。
まだ十歳かそこらのジョンは、遭難した幼馴染のシェリーを探すために単独で森の中に分け入り、
少女に襲いかかる熊をナイフ一本で殺して見せた。

あり得べからざる話だ。人間は接近戦じゃどうやったって熊には勝てねえ。空手や柔道をやってようがだ。
比較的小型なツキノワグマですら、大人の人間が食い殺されるニュースは毎年のように報道される。
いわんや、小学生がナイフ片手に熊を殺したなんて、誰が信じるってんだ。

俺だっていくらなんでもそりゃ嘘だろって思う。思ってたと思う。
アコライトでジョンがアジ・ダカーハの首をぶった切ってなけりゃ、今でも信じられなかった。

そしてそれは、目の前でジョンの大立ち回りを見たシェリーにとっても、そうだったんだろう。
熊を殺したのが、自分の友達であると、信じられなかった。
人間ですらないもっと別の――化け物。そう感じちまっても不思議はないだろう。

そうしてシェリーはジョンの前から逃げ出し、山から滑落して、致命傷を負った。
シェリーがもう助からないと悟ったジョンは。これ以上苦しまないように……彼女を『楽にした』。
これがジョンと、ジョンが介錯した少女の兄、フリントの因縁。その始まりだ。

「殺したってのは、そういうことか……」

160明神 ◆9EasXbvg42:2020/07/13(月) 06:32:25
『ミセリコルデ』という剣がある。欧州の言葉で『慈悲の剣』って意味の名前だ。
全身甲冑の鎧騎士が戦場で幅を利かせてた時代に、鎧の隙間を貫いて攻撃するために用いられた刺突特化の短剣。
本来スティレットと呼ばれるこの剣に、慈悲の二つ名がついたのには理由がある。

衛生状況も医療体制もまともに整わない戦場では、重傷を負った戦士はまず助からない。
手の施しようがなくても、即死しなければ長い時間傷の痛みに苦しむことになる。
だから武器とは別に、すばやく息の根を止めて楽にしてやる為の、鎧を貫く短剣が必要だった。

助からないなら、苦しませたくない。
同じようにシェリーにナイフを突き立てたジョンの心には、きっと『慈悲』があったんだろう。
だけど、ジョン自身が自分をそんなふうに許すことは出来なかったし、フリントの野郎もそうだった。
振り下ろす場所のない拳がいつまでも宙ぶらりんになったまま、二人はこの世界で再び出会ってしまった。

>「これが事件の全容だ・・・ところどころ端折ってはいるけど別に細かく聞きたいわけじゃないだろう?」

「……そうだな、もう十分だ」

これ以上詳しく突き詰めたって何が変わるってわけでもない。
ジョンという人間が何者なのか、知りたいことはこれで知れた。

>「同情なんて必要ない・・・僕にはそんな価値がないからね」

「同情なんかしねえよ。外野があれこれ言えるような話でもない。フリントとの因縁は、お前が決着をつけるべきだ。
 だけどこれだけは言っとくぜ、ジョン・アデル。……話してくれて、ありがとうよ」

幼馴染にトドメを刺したのを、『仕方なかった』で済ませられるような奴なら、俺はこいつを助けたいなんて思いやしなかった。
だがジョンは、十年以上経った今もなお、罪の呵責に苦しみ、のたうち回り続けている。
こいつの中から、在りし日の幼馴染の影は何一つ消えちゃいない。

――ジョンのパートナーモンスター、ウェルシュ・コカトリス。
そいつに付けられた名前は、幼馴染の愛犬――目の前で飼い主を殺された犬と同じ『部長』。
過日の罪の、唯一の目撃者を、今もこいつは傍に置き続けているのだから。

 ◆ ◆ ◆

161明神 ◆9EasXbvg42:2020/07/13(月) 06:33:10
>《話は一旦まとまった感じみたいやねぇ〜? ほんならそろそろ、うちらも通信再開してええやろか?》

不意になゆたちゃんのスマホから懐かしい声が響く。
見れば石油王とバロールが並んで画面に表示されていた。

「石油王!音沙汰なかったから心配したぜ。そっちは変わりないか――ってお前、その目どうした!?」

画面越しに再会した石油王は、左目に眼帯を巻いていた。
一体何があった。隣のバロールも、何なら石油王本人も平然としてんのはどういうこった。

>《いやぁ、三週間ぶりくらいの通信かな? 久しぶりだね、みんな!
 君たちのことはモニターしていたんだけど、『聖灰』の前じゃ喋ることもままならなくてね。

石油王から返事を聞く前に、バロールは話をさっさと前に進めやがる。
次またマル様チームの横槍が入るかわからない以上、情報共有は最低限に留めときたいってことか。

>ところで……カザハと明神君は、どうして自分たちの行き先がニヴルヘイムにバレてるのか訝しんでいるようだけれど。
 簡単な話だろう? だって、君たちはご老人からわざわざGPSを受け取っているんだからね。
 というか――私は君たちがとっくに知っていて、わざとそうしているのかと思っていたんだが……違うのかい?》

「じーぴーえすぅ?そんなもんいつ貰ったってんだよ、スマホの位置情報でもぶっこ抜けるってのか――」

隣でなゆたちゃんが何かに思い至り、俺も合点がいった。
ひとつだけ、俺たちがローウェルのジジイから受け取ったものがあった。

ローウェルの指輪。
所有者のスペル効果を極限にまで引き上げるバフ効果に、リキャスト全回復機能まで備えた超絶チートアイテム。
アコライトの決戦でも大活躍したおじいちゃんの指輪は、今も俺の中指に嵌っている。

こ、れ、かぁ〜〜〜!

「だっからよぉ!そういう重要な情報は先に言えっつってんだろうが!ソシャゲの運営かてめーはよぉ!!」

>「単純なことだったわね……」

「クソったれ……つうことはアレか?こいつは指輪じゃなくてジジイが手駒を管理するための首輪ってことかよ」

思わず指輪を外して遠くにぶん投げそうになって――思い留まった。
厄介な位置バレ機能はあるにしても、指輪自体のデタラメなバフ効果は俺たちにとっても非常に重要だ。
これなしには切り抜けられなかったピンチだっていくつもある。
ニブルヘイムの強力な軍勢相手に戦う上で、指輪の力はどうしたって必要になる。

「まんま呪いの装備だなこいつは……捨てるに捨てらんねえ。火山にでもぶち込みに行くか?」

とは言え、こうして情報の出処がはっきりしたのには意味がある。
奴らがこの指輪を手掛かりにして追いかけてくる以上、俺たちが連中の行動をコントロールする唯一の手段になり得る。
ここぞって時にその辺にポイ捨てでもして、奴らがエサに群がってる隙に遠くまで逃げることだって出来る。

>《まぁ……何にしても線路が壊されてまったのは痛手やねぇ〜。
 魔法機関車なら港のあるアズレシアまですぐと思てたけど、敵さんもそう簡単には進ませてくれへんなぁ。
 ほんなら、みんな一旦寄り道してもろてもええやろか?少なくとも、このまま馬車で移動するよりは早く問題も解決するやろしね》

162明神 ◆9EasXbvg42:2020/07/13(月) 06:33:32
寄り道。石油王は相変わらずのはんなりとした口調でそう言った。
どこに寄る場所があるってんだ。モタモタしてるとまたゴブリン共に囲まれるぞ。
石油王はどこか自慢気に、二の句を継いだ。

>「――飛行船や!」

「飛行船……?マジ?なんかアテがあんのか?」

さっき俺もちらっと言うには言ったが、本当に飛行船が使えるとは思っちゃいなかった。
つーのも、この世界の最上級の移動手段である飛行船は、ガチのマジで入手に手間がかかるからだ。

一番難易度の低い気球ですら、それこそアルフヘイム全土を巡って素材を集めなきゃならない。
もろもろ移動時間を省略できるゲームの中ならいざしらず、馬車旅じゃ何ヶ月かかるかも分からん。
うまいこと市場に素材が出回ってたとしても、ふわふわ浮かぶだけの気球じゃ対空射撃の良い的だ。

グランドセイバーは論外だ。クソ長い三部作の入手クエストは攻略に時間がかかりすぎる。
やれわけのわからん軍事帝国と戦えだの土地神と交渉して航空図をゲットしてこいだの、
古の戦場跡でつよつよモンスターとアホみたいな回数連戦しまくって素材集めてこいだの、
恐ろしい時間をかけた壮大な『寄り道』だ。

唯一入手までの時間が現実的なのは――

>「……強襲飛空戦闘艇……ヴィゾフニール……!」

とあるダンジョンの隠し部屋に眠る、不世出の戦闘用飛空艇。
北欧神話の神鳥の名を冠す、ニブルヘイムの最高傑作――ヴィゾフニール。
三種の飛空船の中で最も快速至便な『乗り物』としてのエンドコンテンツだ。

「ちょっと待て、ヴィゾフニールって確か、常設クエストで手に入る奴じゃなかったろ」

ヴィゾフニールはシナリオ中に一回こっきりしか攻略できない限定ダンジョンの隠し報酬だ。
いつでもクエストを始められる他の二種とは違い、入手機会が完全に限られてる。
そしてその限定ダンジョンは――この時間軸では、あるはずのないもの。

>《ところがどっこい、や。
 うちらはみんなと交信を断っとる間『あれ』についての情報を集めとってなぁ。
 この世界には一巡目の遺物として『あれ』がまだ存在しとることを突き止めたんよ〜》

石油王の言葉に、胸の奥の方が沸き立つのを感じる。
まさか……あるのか?メインシナリオで最高に胸アツ展開だったあのダンジョンが、この世界にも。
飛空艇未入手のままクリアしちまった連中がフォーラムで暴れまわった曰く付きの――

>《そう。『あれ』や。
 ストーリーの山場、ラスボスバトルより盛り上がる……なぁんて評判の。
 師匠の『創世魔法』の極致――》

――『螺旋廻天レプリケイトアニマ』。
ストーリー終盤で魔王バロールが放った大規模破壊魔法にして……ダンジョンだ。

 ◆ ◆ ◆

163明神 ◆9EasXbvg42:2020/07/13(月) 06:34:07
「楽しみだなぁヴィゾフニール。実装当初は運営のクソ共が情報公開すんの遅くてさ。
 結局俺も手に入らないままシナリオクリアしちまったんだよな。
 いや無理だって、あんな盛り上がってる流れ放置でダンジョン隅々まで探索すんのなんてよ」

アニマが『ある』と目される場所へ向かう10日の間、俺は誰ともなしに思い出話を垂れていた。
まぁこのパーティでゲームの方ちゃんと攻略してんの俺となゆたちゃんとエンバースくらいなもんだけど。
他の連中にもこの悔しさを知ってもらいたい!あんなん一気に駆け抜けたくなるって!

螺旋廻天レプリケイトアニマは、ラスダンであるガルガンチュアの一個前に攻略するダンジョンだ。
魔王が目論む世界の転覆、滅亡の危機の前に、プレイヤーだけじゃなく各国の戦士たちが一斉に蜂起する。
これまでメインシナリオで出会ってきたNPCたちと一緒に、援護を受けながら最深層のコア破壊を目指す戦いは、
ブレモンでも指折りの胸熱展開として多くのプレイヤーの記憶に残ってる。

攻略に時間制限があるのと、ダンジョン自体の難易度も相まって、アニマをゆっくり探索するのは難しい。
背景で奮闘してる連中を差し置いてお散歩なんて当時の心清らかな俺には出来なかった。
しかし開発はホントに性格悪いな……。前情報なしで飛空艇手に入れられた奴なんてほぼほぼ居らんのと違うか。

「当時のフォーラムは酷え荒れようだったぜ。シナリオしっかり読んでる奴ほど入手し損ねちまったからな。
 挙げ句の果てに『ヴィゾフニール持ってる奴は人の心がないサイコ』とか言われててよ」

まぁ例によってそれ言ったのうんちぶりぶり大明神とかいうクソコテなんだけど、
わりと共感を得たのか八方に飛び火してえらいことになった。
一時期はゲーム内でヴィゾフニール乗り回してると問答無用で撃墜されてたもんな。

「結局のところ、ヴィゾフニールは早いだけで他の飛空船と変わんないから、
 あくまでトロフィー扱いの隠しコンテンツでしかなかった。
 ファストトラベル駆使すれば航行速度もそんなに気にならないレベルだったしな」

アカウント作り直してヴィゾフニール入手まで爆速で進行するRTAなんてのも流行ったが、
スペックにそこまで大差がないと知れてからは人気も下火になった。
今は後発組が普通にヴィゾフニール乗ってるから、妬んだ連中から石を投げられることもない。

「だけど"この"アルフヘイムなら話は別だ。速さは正義、戦力で負けてようが逃げ切れるならなんも問題ねえ。
 フリントの野郎も流石に戦闘機までは持ち込んじゃ居ねえだろ。
 制空権ってもんがいかに重要か釈迦に説法かましてやろうじゃねえか」

ジョンの独白で落ちきったムードを払拭するように、俺は努めて明るい話題を選んだ。
今はまだ無理かもしれないけど、俺はこいつにもブレモンの楽しさを知ってもらいたい。
いつかは――普通にゲームを一緒にやりたい。そう思った。

ほどなくして、山道の向こうに巨大な建造物が見えてきた。
相変わらず趣味の悪い色調の巨塔は、俺がゲームの画面越しに見てきたものと同じ。

辿り着いた。
世界のリセットを免れ、在りし日の威容を遺す、ダンジョンの姿――
今はもう火の消えた、レプリケイトアニマの残骸が。

「……あ?ちょっと待って?待って?なんかすげえガリガリ言ってるんですけお……」

鬱蒼茂る木々をかき分ければ、そこに鎮座する停止したはずの削岩機は……

>《動いてる―――――――――――――――――――――!!!!!!!!!!??????》

「はああああああっ!?お前止まってるって言っとったがや!言っとったがや!!!」

164明神 ◆9EasXbvg42:2020/07/13(月) 06:34:41
バロールの素っ頓狂な叫びは地盤の破壊音に負けず劣らず俺の耳を劈いた。
なんでお前が一番驚いてんだよ!自分で作ったモンくらい把握しとけや!!

>「ダンジョン?僕のダンジョンのイメージと遥かに違うんだが・・・普通に巨大なドリルだぞ・・・」

「普通に巨大なドリルなんだよっ!そういうダンジョンなの!あのクソ魔王が作ったなぁ!」

厳密にはトンネル掘削とかに使われるシールドマシンの超巨大版だ。
東京都心の摩天楼もかくやの高層ビルめいた構造物の先端には、回転する「やすり」が散りばめられている。
こいつが地盤をゴリゴリ削って穴を掘り進んでいく仕組みだ。

>《ふおお……すごい魔力だ! 計測値を振り切ってるよー!? 誰だ私のレプリケイトアニマを勝手に動かしてるのはーっ!?》

「バロールお前ホント……そういうとこやぞ!!」

アニマを誰が再起動したのかは知らんが、なんでこんなヤベえもん放っとくかなあ!
そらおじいちゃんもキレるわ。マル様も長兄マジやべえやつだって言うわ!
やってること世界滅ぼそうとした一巡目と変わんねえもんこいつ!!

>《師匠は黙っとき! みんな、見えてはるやろね!? もう説明不要や思うけど一応な!
 レプリケイトアニマが起動しとる――! おそらくニヴルヘイムの連中か、十二階梯か……!
 予定変更や、レプリケイトアニマの停止を最優先!》

「わ、分かった!突入口もまるっと再現されてんなら……こっちだな!」

メインシナリオでは、霊銀結社がしこたま砲撃ぶち込んで外殻にようやく開けた穴があった。
そこから内部に侵入し、最深部のコアをぶっ壊せばアニマはひとりでに分解する。
果たして穴は変わらずそこにあり、俺たちはまともな準備もしないままアニマに乗り込んだ。

「俺さぁ……すげえ嫌な予感がしますよ。ことアニマについてバロールの見立てはてんで見当違いだった。
 もしかすっと中で徘徊してるモンスターがみんな死んでるってのも――」

>「ギシャオオオオオオオオッ!!!」

「ほらぁ!」

案の定というか、突入した瞬間脇から聞こえる魔獣の咆哮。
駆け寄ってくるアニマゾルダートをポヨリンさんが油断なく迎撃し、このダンジョンが何も風化してないことを否応なしに理解する。

「ひひっ熱烈歓迎じゃねえの、テンション上がるなあ!固まれ固まれ、孤立すりゃ袋叩きにされんぞ!」

召喚したヤマシタが突撃してきたアニマディフェンダーとがっぷり四つ組み合う。
騎士モードで防御スキルの恩恵を受けてるとは言え、敵の平均レベルがこれまでと段違いだ。
単純にレベルだけで見るなら途中退場した幻魔将軍ガザーヴァより高い。
一匹一匹が準レイド級と真っ向から殴り合えるステータスだ。

そして、俺たちにとっての脅威はワラワラ湧いてくるモンスターだけじゃない。
ここはダンジョン。それも最終盤の高難易度コンテンツだ。

「番人共がリポップしてるってことは……なゆたちゃん!そっち行くな!」

>「ひょわわわわわわぁっ!!!??」

床に偽装されたスイッチを踏み抜いて、なゆたちゃんの側面から槍が伸びる。
すわ串刺しかと歯噛みした瞬間、回避スキルを発動して無数の槍衾を凌ぎきった。

165明神 ◆9EasXbvg42:2020/07/13(月) 06:35:34
>《う〜ん、この分だとどうやらトラップも復活しているみたいだねぇ!
 みんな気を付けてくれ! 大規模なやつは覚えているから解除や避け方を指示できるけど、小さいのは覚えてない!
 なんとか頑張って避けてもらいたい!》

「お前マジでっ……!マジで覚えとけよクソ魔王!インディ・ジョーンズじゃねえんだぞ!
 お次はなんだ?毒蛇か?巨大鉄球か!?魔王の癖に古代遺跡みてーな凝ったトラップ作りやがって……!!」

なんかだんだん思い出してきたわ……!
創生魔法で実体化した巨大攻撃魔法とかいう触れ込みの癖に、無駄にディティールの凝らした大量の罠!
ぜってーこれ趣味で作ってんじゃねえかって思ってたけど、今それが確信に変わった!

>《みんな、遊んでる場合ちゃうで!
 うちの計算では、このままやと約四時間後にアニマは霊仙楔に到達! そうなったらアルフヘイムはおしまいや!
 それまでに何としてもコアを破壊して、アニマを止めたってな!》

「四時間経つ前に俺たちが破壊されんぞ!十人そこらで攻略するダンジョンじゃねえってこれ!」

ヤマシタがアニマディフェンダーを抑え込み、その隙を突いて『呪霊弾』で駆動中枢を撃ち抜く。
急所さえ叩けりゃ俺の貧弱魔法でもどうにかなるが、それでも多勢に無勢だ。
この物量。アニマが難関コンテンツとされる最大の理由は、とにかく襲ってくる敵が多いこと。
味方NPCが引き付けてくれない現状じゃ、俺たちだけでこの大群を相手にしなきゃならない。

>「きゃはははははッ! たーのしー!どんどん暴れちゃうからなー、ボク! そらそら、もっと来いよぉ!
 ぜーんぜん喰い足りねぇぞぉーッ!!」

ガザーヴァは待ってましたとばかりに槍を担いで集団の中に躍り出る。
黒い嵐の如く、振り回した槍が的確にゾルダートたちの首を飛ばしていく。
あいつ生き生きしてんな……。ガザ公の小柄な体躯と槍さばきは、乱戦の中で大いに真価を発揮する。
瞬く間に集団を躯の山に変えて、敵の勢いを押し返した。

>「あらよっとォ! ……あ、明神! そこの床落とし穴だかんな、気をつけろよ!
 ガーゴイルの後について歩け! そしたらトラップに引っかかんないで済むから!」

「出来た娘さんでマジ助かる……どっかのお父様と違ってよぉ!」

見てますかバロールさん!娘にケツ拭かせて恥ずかしくないんですか!!
俺だって自分のケツくらい拭けますよ!ウォシュレットがあればなお良し!!!

実際のところ、シナリオとは違う俺たちだけのアドバンテージがガザーヴァの存在だ。
トラップの回避だけじゃなく、常に多勢を相手取ってきた幻魔将軍の力は対多数の戦いで猛威を振るう。
メインクエストでもしもガザーヴァが生き残ってたら、間違いなくアルフヘイム連合軍は壊滅に追いやられていただろう。
それを完遂できるだけの実力と、邪智が、こいつにはあった。

「誰も想像すらしなかったろうな。こうして幻魔将軍ガザーヴァと一緒にダンジョン攻略するなんてよ」

全然笑ってる場合じゃないのに、自然と口端が上がった。
俺たちは今、開発すら想定してなかったかたちで、レプリケイトアニマに挑んでる。
難易度は跳ね上がってるし、事情も全然違うけど、それでも。

「ひひっ。俺、いますげえブレモンやってるって感じするわ」

見てるかガザーヴァ。
お前は今、一巡目にどうやったってたどり着けなかった、『アコライトの先』に居るんだぜ。
俺と一緒にだ。

166明神 ◆9EasXbvg42:2020/07/13(月) 06:36:19
>「みんな、体力とスペルカードは温存して!
 まだまだ先は長いし……何より最深部のコアはレイド級ボスのアニマガーディアンが守ってる!
 ゲームのストーリーモードと違って、途中の支援は期待できないから……!」

「了解。今回は背景じっくり眺める必要もねえ、とっとと突破しちまおう」

レベルこそ高いが、アニマの道中に出るモンスターはあくまで雑魚敵だ。
デバフも効くし弱点も多い。対処法は研究され尽くしてる。
連戦を避けてうまく立ち回れば、削り殺される前に次の階層に行けるはずだ。

>《こちらからも援軍を送るよ、間に合うかどうかは分からないが――
 とにかく、なんとか生き残ってくれ!》

「増援?アルメリアからか?アイアントラスぶっ壊れてんだぞ、間に合うわけねえ――っつうか、
 お前にそんなコネあったの?」

バロールは今、ローウェルからも十二階梯からも爪弾きにあって孤立してる。
そんな状況で増援なんて寄越す余裕もアテもないと思ってた。
どの道期待は出来ねえな。こっちのことはこっちでどうにかするつもりでかからねえと。

囲まれないように慎重に位置取りしつつアニマのフロアを疾走する。
ふと、エンバースが足を止めて後方を振り仰いだ。

>「……俺がしんがりに着く。お前たちは先に行け。
 雑魚どもを殲滅している余裕はない。目の前の、最低限の敵だけを倒して行け」

「はあ!?お前この数相手に何言ってんだ!トラップだってガザ公がいなきゃ避けらんねえんだぞ!」

>「おいおい・・・こんな時は君がなゆを守って先頭にいくんじゃないのか?」

俺とジョンが口を揃えて反駁するが、エンバースは取り合わない。
こういう時何言ったってこいつが翻意することはない……ってのも、これまでの付き合いでよく分かってた。

>「任せたわ、エンバース! さあ――行くわよ、みんな!」
>「・・・エンバースがいかないなら僕が先頭を務めよう。カザーヴァは明神を守るのに精いっぱいだろうからね」

「……上階で待ってるからな、焼死体。死亡フラグなんてしょうもねえもん回収すんなよ」

返事もしないエンバースを残して、俺たちは次の階層に足を踏み入れた。

>「んん〜〜予想通りというかなんというか・・・」

階段の先では、既に大量の敵がポップしていた。
避けて進むのは無理だ。強引にでも道を切り開かなきゃならない。

「マップは頭に入ってる。最短ルートはこっちだ」

アニマの攻略自体は、ゲーム知識をフル動員すりゃそこまで迷うこともない。
問題は本来の目的、ヴィゾフニールがどこの部屋に隠されてるかだ。
このまま最短ルートを取り続ければどっかで通り過ぎちまう。
さりとて、湯水の如く湧いてくる敵を逐一潰していく猶予はない。

>「みんな・・・離れてくれ・・・部長も・・・巻き込んじゃう可能性があるからね・・・」

束の間の逡巡、不意にジョンが一歩前に踏み出した。

167明神 ◆9EasXbvg42:2020/07/13(月) 06:36:50
「あ?お前まさか――」

>「フン!」

いつの間にか傍らに出現した大剣――アジ・ダカーハの首をぶった切ったアレを掴み、
ジョンは敵の渦中へと飛び込んでいく。
瞬きすら追いつかない間に、鋼の旋風が巻き起こり、血潮が床を赤黒く染めた。

倒れ伏す敵の残骸は、バターみたいに平滑な切り口。
あの大剣が凄まじい切れ味をもっているにしたって、人間業じゃない。

「ジョン……ジョン!そのエフェクトは!!」

ジョンの肉体を赤く包むオーラは、ブラッドラストのエフェクト。
あれだけ忌避していたスキルを、意図的に発動している――

止める間もなく、ジョンは次の獲物目掛けて跳躍した。
血の匂いのする風が起こるたび、何かがひしゃげる音が響き、その数だけ敵の死体が積み上がっていく。
作動したトラップが八方からジョンに襲いかかるが、全てをその大剣で断ち切った。

>「ふふふ・・・いくらバロールが作った兵器といえども僕みたいなイレギュラーは計算外だったみたいだな?」

気づけば、フロア内の敵は全滅していた。
血潮と、臓物と、よくわからない液体に塗れて、ジョンは口端を上げて見せる。

「お前は――」

>「それ以上は駄目! もうやめて!」

俺がなにか言うより早く、カザハ君がジョンの懐に飛び込んだ。

>「ボクは知ってる気がする……。ブラッドラストに侵された者の末路を! 
 夢を見たんだ……。そいつは殺戮の化け物に成り果てて最後には殺されるんだ……!」

「どういうこった……」

カザハ君は確信をもったように言う。
なんでこいつがブラッドラストの最期を知ってる?
ただ『そういう夢を見た』ってだけじゃ説明のつかない迫真性が、カザハ君の言葉にはあった。

>「どうしたんだ?早くいこう。時間がないんだろう?僕なら大丈夫!まだまだ壊したりないくらいさ!」
>「ロイを倒すのにこんな程度の力じゃ足りないしね」

「受け入れちまうのかよ、その力を……」

ブラッドラストが、俺たちにとってワイルドカードになり得るのは確かだ。
超レイド級の装甲すらぶち抜く攻撃力。フロアを埋め尽くすような数の敵相手に一歩も引かない殲滅力。
戦力として、これ以上頼りになるものは他にないだろう。

だから――もしもジョンが、フリントと決着をつけるために力を望むのなら。
俺たちにそれを止めることは出来ない。戦力の増強で助かるのは、俺たちも同じだ。
ブラッドラストの力は欲しいがそれに染まるななんて、そんな都合の良いことは……言えない。

>「バロールさん、ヴィゾフニールの格納庫はどこ?」

さらに次の階層へ歩を進めると、カザハ君が不意にバロールに問いかけた。

168明神 ◆9EasXbvg42:2020/07/13(月) 06:37:34
>「もし遠回りになるならボク達がヴィゾフニールを回収しにいくよ」

「ちょっと待てや!お前ダンジョン内の単独行動はマジでヤバいって学校で習わなかったのかよ!」

ウソだろ……普通義務教育で習うだろ。
「エリクサーはケチらず使いましょう」とセットで中学あたりの必修科目だろ!?
これがゆとり教育の弊害って奴か……こいつ俺より年上じゃなかったっけ。

だけどカザハ君は、何も教育に対する反骨精神で提案したわけじゃなさそうだった。
空を飛べるって点で、カザハ君は間違いなくこのパーティで最高の機動力を持つ。
ヴィゾフニールの場所さえ分かってるなら、サクサクっと敵避けて取りに行くことも可能だろう。

「……だけどお前、囲まれようがトラップ踏もうが、誰も助けに行けねえんだぞ。
 その辺お散歩すんのとはワケが違う。怖いモンスターがウヨウヨ湧いてるんだぜ」

カザハ君はバッファー寄りのサポート型だ。
デバッファーの俺が言うのもなんだが、単独で戦い続けられるタイプじゃない。
攻撃も防御も自己完結できるビルドでなきゃ、ソロ攻略なんてまず不可能だ。

「どの道、道中に都合良くヴィゾフニールがありゃいい話だ。
 頼むぜバロール……底意地の悪い設計だけはしててくれんなよ」

次の階層も判を押したように襲いかかってくる敵を蹴散らしながら、俺は隣の奴に声をかけた。

「ガザーヴァ、ちょっと競争しようぜ。あ、俺とお前がじゃなくてね」

現状、俺はジョンに「ブラッドラストを使うな」とは言えない。
あいつの力を少なからずアテにしてるからだ。

ジョンは、自発的に力に呑まれようとしている。
ロイ・フリントを倒すために。――俺たちを、奴の手から護るために。
ブラッドラストなしには俺たちを守りきれないと、そう判断している。

……冗談じゃねえぞ。見くびってくれやがって。
何がブラッドラストだ。そんなわけの分からん呪いになんざ頼らなくても、俺たちは戦える。
あのフリントとかいうクソ野郎だって、呪いの力なしで叩きのめしてみせる。

169明神 ◆9EasXbvg42:2020/07/13(月) 06:37:51
そいつを証明する何よりの方法を、たった今思いついた。
――ジョンよりも速く、多く、敵を倒せば良い。あいつがスキルを使うまでもなく、困難に打ち勝てば良い。

ウジウジ悩むのにも飽きた。
苦しむあいつを前にして、オロオロするだけなんざ、もう御免だ。

「――ジョン!ブラッドラストを使うなとは言わねえよ。お前が力を受け入れるのなら、お前の選択を否定しない。
 だけど……ブラッドラストなんざ必要ねえんだよ。そんなもんアテ込まなくても、俺たちはフリントに負けねえ。
 そいつを今から証明してやる。俺とガザ公でなぁ!」

ジョンをビシっと指差して、それから並み居るアニマゾルダート共を顎でしゃくった。

「勝負をしようぜ。コアに辿り着くまでに、お前と俺たち、どっちが敵を多く倒せるか。
 お前がブラッドラストに頼るより速く、全部片付けてやるよ」

俺にはジョンの苦悩を理解することも、それを取り除いてやることも出来ない。
だけど、あいつが『助けて』って言ったことを、俺は忘れない。
助けられる資格がない?知ったことかよ。ハナから許可なんか求めちゃいねえぜ。

やるぞ、ガザーヴァ!
ジョンの返答を聞くより先に、俺はアニマゾルダートの群れに飛び込んだ。
ヤマシタがシールドバッシュを繰り出し、闇魔法で急所をぶち抜き、ガザーヴァが無双する。

笑っちゃうくらい不器用なやり方で、ガラじゃねえにも程があるけど、それでも。
不思議と心は動いた。


【ブラッドラストに張り合い始める】

170崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/07/17(金) 00:07:41
『ブラッドラスト』を自ら発動させたジョンが、恐るべき攻撃力でモンスターたちを駆逐してゆく。
その姿は、まさに破壊の暴風。血煙の化身。
モンスターを使役する『異邦の魔物使い(ブレイブ)』であるはずのジョン自身がモンスターになってしまったかのような、
そんな錯覚さえおぼえ、なゆたは呆然と立ち尽くした。

>ふふふ・・・いくらバロールが作った兵器といえども僕みたいなイレギュラーは計算外だったみたいだな?

《いやぁ……まったくだね。
 かつての私は結構厳選してモンスターを配置したつもりだったんだけれど。
 ジョン君のような存在のことは考えていなかった! だいたい、ブラッドラストなんてスキルはなかったからねえ!
 この場においては大いに助かるけれど、なんだか複雑な気分だなぁ!》

ジョンの言葉に、スマホ越しにバロールが妙な関心をしている。
血みどろ臓物まみれで嗤うジョンは、完全に常軌を逸しているように見える。
闘争バカで有名な十二階梯の継承者――『万物の』ロスタラガムさえ、ここまでの戦闘狂(バーサーカー)ではない。
これがブラッドラストの効果によるものなのか、それともジョンが元々内に秘めていたものなのか、なゆたには分からない。
だが――これだけは言える。
ジョンの破滅は、近い。

>それ以上は駄目! もうやめて!

なゆたと同じ危惧を抱いたのだろう、カザハがジョンに縋りつく。

>ボクは知ってる気がする……。ブラッドラストに侵された者の末路を!
 夢を見たんだ……。そいつは殺戮の化け物に成り果てて最後には殺されるんだ……!

そうだ。
ブラッドラストの習得者は、例外なく破滅している。血まみれで凄惨な死を迎えるさだめが待っている。
なゆたの錯覚が現実のものとなる。ジョンは早晩本物の怪物と成り果て、敵味方の区別さえもつかなくなって――
そして、死ぬのだ。

>どうしたんだ?早くいこう。時間がないんだろう?僕なら大丈夫!まだまだ壊したりないくらいさ!
 ロイを倒すのにこんな程度の力じゃ足りないしね

だが、そんなカザハの必死の説得さえ今のジョンには何も響かない。
カザハを押しのけ、ジョンは破城剣を片手に、さらに先へ進もうとした。

>受け入れちまうのかよ、その力を……

明神も、ジョンがブラッドラストを躊躇いなく使用したことに対して驚きとも落胆ともつかぬ呟きを漏らす。
その気持ちは分かる。
今まで明神やカザハ、なゆたはジョンにブラッドラストを使わせまいと骨を折り、神経を使い、あらゆる手を尽くしてきた。
問題児ばかりのマル様親衛隊と一時的に手を組んだのだって、エーデルグーテまでの旅の負担を減らそうとしたからだ。
アコライト外郭を発ってからのパーティーの旅は、すべてジョン中心に回っていたと言っても過言ではない。
ジョンを死なせないために。ブラッドラストを進行させないために。
そんな気遣いを、ジョンはいともあっさりと踏みつぶした。
これで何もかもご破算だ。ここ暫くのパーティーの苦労は、すべて水の泡になった。

パーティーはジョンを守ろうとしてブラッドラストを使わせないようにした。
ジョンはパーティーを守ろうとしてブラッドラストを使った。

目的は同じなのに、仲間のことを想っているのは共通しているのに。
なぜ、こうも気持ちがすれ違ってしまうのだろう?
どうすれば、この齟齬を修正することができるのか――?
それを考えるのが、リーダーである自分の役目だろう。パーティーの気持ちをひとつにできないリーダーに、
リーダーの価値などない。

だが――

今のなゆたには、その答えを出すことができなかった。
ジョンがひた隠しにし、そして幻覚を見るほどに悩まされている、過去の罪。
それを聞いてしまった今は、猶更。

171崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/07/17(金) 00:17:09
確かにジョンは過去、人を殺していた。
しかも、親友の妹を。家族のように、兄妹のように愛していた少女を。

『カルネアデスの板』という話がある。
緊急避難とも言う。あるとき船が難破し、乗組員のひとりが海に浮いた板切れにしがみついて一命をとりとめた。
その後もうひとり男が現れ、新たに板にしがみつこうと寄ってきた。
最初に板に掴まっていた男は、二人がしがみつけば板は沈んでしまい、二人とも溺れてしまう――と考え、
新たにやって来た男を突き飛ばした。
結果新たにやって来た男は死んだが、最初に板にしがみついていた男は助かった。
それは果たして、殺人に相当するのか――? という話である。

他者を救助する行動によって自らの生命が危ぶまれる場合、人間は自己の生命を優先してよい。
つまり、前述の逸話は殺人罪にはならない。
ロック・クライミングで崖から滑落し、一本のザイルに二人の登山者が掴まっているという場合でも、
上にいる人間は下にいる人間のザイルを切ってもやむなしと判断される。二人とも死んでしまうくらいなら、
ひとりを見捨てて片方が生き残った方がいいという話だ。
しかし。

ジョンとシェリーの話は、そういうことでは『ない』。

例えば、ジョンが自分が助かるためにクマに襲われるシェリーを助けなかった、ということなら、
緊急避難に該当しジョンの無罪は確定する。――ジョン自身の罪悪感はさておいて。
しかし、ジョンの話を聞く限りそうではない。ジョンは傷つきながらも、確かにクマを倒している。
問題はその後だ。致命傷を負ったシェリーを楽にするため、ジョンは自らシェリーを手にかけた。
シェリーは誰が見ても助からない状態だった。救助されたとしても、健常者には戻れないであろう怪我を負っていた。
殺してくれ、と。そんなシェリーの懇願を、ジョンは聞き届けた。
日本では尊厳死が認められている。末期がん患者などに対し、生命維持装置の使用を中止するなどして、
速やかな死を与えることは、長年の議論の対象ではあるが殺人罪には当たらない。
が、それはあくまで医療の現場の話である。医師がそれを是と判断した場合にのみ、尊厳死は適用される。

一般に、救急の世界では医師以外の者が患者の状態を勝手に判断することは厳禁とされている。
例え呼吸が止まっていようと、首と胴が泣き別れになっていようと、白骨化していようと。
医師以外の人間が「これは死亡している」と判断することは許されない。
同様、医師以外の人間が「この傷ではもう助からないだろう」と判断することは絶対にしてはならないとされ、
当然「助からないなら楽にしてやろう」と相手を手にかけることも許されないのである。

ジョンはシェリーが何と言おうと、自分の目の前で衰弱していこうと、
一貫してシェリーを守り救助を待つべきだった。
それがジョンの過ちである。優しさと愛を以てなされた行為が、結果的にフリントの恨みを買い自責の念の源になってしまった。
末期がん患者がベッドで苦しみのたうって、殺してくれと言ったからといって、
見舞い人が勝手に生命維持装置のスイッチを切ってもいいのか? という話である。
だから。

ジョンが人殺しなのは、間違いのない事実だった。
ジョンが無罪放免となったのは未成年だったことと、ただその話があまりに突拍子ないものだったから――たったそれだけだ。
だが。
フリントはそれを知っていた。ジョンの語った、大人たちが荒唐無稽なホラ話と切って捨てた話を信じた。
……親友だから。ジョンがウソをつく男ではないと知っていたから。
したがって、当然の帰結としてジョンを憎悪した。
お前の妹は助からない傷を負っていた、だから殺した、なんて。
そんなことを言われて、ありがとうと言える人間が果たして存在するだろうか?
例え健常者でなくなったとしても。一生ベッドで寝たきりになってしまったとしても。
それでも、生きていてくれるならそれが一番だと。そう考えるのが当たり前の家族というものだろう。

『お前が諦めさえしなければ、シェリーは助かったかもしれない。
 お前にシェリーは助からないなんて判断する権利があるのか? お前は人殺しだ。唾棄すべき殺人鬼だ――』

フリントにジョンを憎むなと言うのは、酷な話だ。

「……ジョン」

ブラッドラストが、シェリーを殺してしまったというジョンの罪の意識から発現したものだというのなら。
それを自ら率先して発動させ、破壊の快感にひたる姿のどこに贖罪があるというのだろう。
仮にその先に滅びの運命が待ち構えていようと、破壊の歓喜と共に嬉々として受け入れるのであればそれは罰たりえない。
呪いを受け入れることで、ジョンはずっと抱いていたシェリーに対する罪の気持ちさえ裏切ってしまった。
それは――ジョンが一番やってはいけないことのはずだったのに。

172崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/07/17(金) 00:24:07
このままでは、恐らくジョンはレプリケイトアニマの中で破滅する。
ジョンの呪いを解くために飛空艇を手に入れよう、そのためにレプリケイトアニマを攻略しようというのが今の流れだ。
しかし、レプリケイトアニマ攻略のためにはブラッドラストの力が必要不可欠――というのは皮肉以外の何物でもない。
ジョンを破滅から救う目的のためにジョンを破滅させてしまっては、本末転倒というものであろう。
いったいどうすれば、ジョンにブラッドラストの使用を思いとどまらせることができるのか?
なゆたは懊悩した。

>バロールさん、ヴィゾフニールの格納庫はどこ?
>もし遠回りになるならボク達がヴィゾフニールを回収しにいくよ

不意に、カザハがそんなことを言い出した。
機動力のある自分とカケルとで、一足先にヴィゾフニールを手に入れてこようと提案している。

>ちょっと待てや!お前ダンジョン内の単独行動はマジでヤバいって学校で習わなかったのかよ!

当然のように明神が反論した。ダンジョンにおいて単独行動は即、死に直結する。
しかも、このレプリケイトアニマはラストダンジョンである天空魔宮ガルガンチュアのひとつ手前のダンジョン。
つまりセミ・ファイナルだ。当然、待ち受けるザコ敵もストーリー中盤のボス敵くらいの強さを誇る。
ジョンやガザーヴァがアニマゾルダートを楽々相手にしているのは、ブラッドラストの力やレイドボスのステータスの高さゆえだ。
シナリオ上でもそれまでの味方勢が総力を結集しているという事実が示す通り、最難関のダンジョンのひとつである。
中には、時間制限のないラストダンジョンのガルガンチュアよりも難易度は高いとさえ言うプレイヤーもいる。
そんな中で単独行動するなど、自殺行為以外の何物でもない。

>どの道、道中に都合良くヴィゾフニールがありゃいい話だ。
 頼むぜバロール……底意地の悪い設計だけはしててくれんなよ

《ああ、それについては心配無用だ。
 格納庫はコアを破壊した後、レプリケイトアニマを脱出する途中にある。
 君たちはまずアニマガーディアンの撃破に集中してくれればいいよ。場所はね――》

ゲームの中では、アニマガーディアンを撃破しコアを破壊すると、レプリケイトアニマは崩壊を始める。
プレイヤーは崩れゆくレプリケイトアニマから制限時間内に脱出することを迫られるのだが、
その際も様々なNPCに助けられる。
中でも群青の騎士団長『蒼玉の竜騎兵(サファイアドラグーン)』デュカキスは、
出会った当初こそエリート気質の高邁で鼻持ちならないザ・騎士! という感じの人間だったのだが、
プレイヤーがストーリーを進め群青の騎士との友好度を深めてゆくとその実力を評価してくれ、何くれと便宜を図り、
頼りになる後ろ盾として活躍してくれる。
レプリケイトアニマ攻略戦は、そんなデュカキスが戦死する場所である。
デュカキスは崩壊を始めたレプリケイトアニマ脱出ルートの途中でモンスターを蹴散らし、プレイヤーを誘導してくれる。
最後のあがきとばかりに閉じてゆく隔壁を我が身をつっかえ棒として支え、プレイヤーに道を示してくれるのだ。
アニマゾルダート残党たちに滅多突きにされ、煌くばかりの蒼い鎧を真っ赤な己の血に染めながらも、
デュカキスは仁王立ちで隔壁を支えプレイヤーに先へ行くように促す。
プレイヤーを通し力尽きたデュカキス最期の科白、

「往け、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』……
 群青の光輝(ひかり)は、常に……貴公らと……共に――」

は、レプリケイトアニマ最後の見せ場として語り草になっている。
なお、プレイヤーが群青の騎士だった場合、レプリケイトアニマ攻略後に樹冠都市ブラウヴァルトの群青の騎士本部へ行くと、
デュカキスの乗騎である蒼飛竜アドミラヴルが貰える。
そして。
デュカキスのいる場所はY字型の通路で、デュカキスは下から退却してきたプレイヤーに対し左上へ行くよう指示するのだが――
それを無視して右上のルートを選ぶと、ヴィゾフニールの格納庫がある。

閉じつつある隔壁と制限時間、満身創痍のデュカキスの叱咤。
それらを丸無視しストーリー上の感動そっちのけで物色しに行かなければ飛空艇が取れないとは、悪趣味にも程がある。
『ヴィゾフニール持ってる奴は人の心がないサイコ』と言われる所以である。
なお、コア破壊前は格納庫への道は隔壁で閉ざされているので行くことはおろか発見もできない。
ちなみに通常ルートだとプレイヤーは元来た入り口から外に出ることになるが、
飛空艇ルートだとヴィゾフニールに搭載されている主砲『咆哮砲(ハウリング・カノン)』で格納庫の壁を破壊し、
そのままヴィゾフニールを発進させて脱出、という流れになる。

通常であればデュカキスの厚意を無にしなければいけないが、 今回はその心配はない。
アニマガーディアンを倒し、コアを破壊したのち速やかに反転。格納庫へ行ってヴィゾフニールを回収、壁を破壊して脱出。
それで、レプリケイトアニマでのクエストは完了だ。

「カザハに単独行動させないで済むのは有難いけど、趣味が悪いっていうのは変わらなかったわね……」

《はっはっはっ! いやぁ、面目ない!
 悪いのは全部運営だからね! 私じゃないからね! ブレモン運営には猛省を促したい!》

《うち、お師さんがそれ言うたらだめや思うわ》

なゆたの嘆息を聞いてバロールが朗らかに笑い、みのりが突っ込みを入れる。
ともかく、カザハの単独行動という事態は回避できた。今はとにかく一丸となって最深部へと突き進むだけだ。
尤も、仮に格納庫が離れた場所にあったとしても、なゆたは単独行動を許可しなかっただろうが――。


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