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現代人が納得できる日蓮教学
1
:
管理者
:2005/07/16(土) 10:06:55
新しいスレッドテーマの提案が有りましたので、立ち上げます。提案文は以下の通りです。
1721 名前: 顕正居士 投稿日: 2005/07/16(土) 06:59:06
ここは「つぶやきすれっど」なので1700 1705 1706 1709 1718 1720などの内容について意見を交換するスレッド
を作ってはどうでしょうか?「現代人が納得できる日蓮教学」とか。
わが国の仏教の「現代」はいつ始まるのか?飲光慈雲が悉曇学を復興し、富永謙斎が経典成立史を解明した
18世紀だろうとおもいます。この時点では睡眠中の仏徒は未だ覚醒せず明治の廃仏に至った。ようやく各宗は
欧州へ留学生を送って、現代仏教学が誕生した。以後、わが国の仏学の発達はめざましい。だが各宗の先哲、
さまざまに改革の努力をしたけれども、ついに葬式仏教から脱化しなかった。現代仏教学の知見は薄弱にしか
普及せず、伝統宗学の学習すら衰退した。そこで人民の宗教需要はほとんどが新興宗教に吸収されていった。
結局、わが国の仏教は今は整然、3種類に分かれるに至った。学問仏教、葬式仏教、仏教系新興宗教である。
伝統宗学も学問仏教に属する。いつの時代でも高等な学問は少数学僧のことで、在家信者の多数は基礎的な
宗学も知らなかったといえばそうであろう。問題は間を繋ぐ一般僧侶の教養である。かつて日蓮宗諸派の壇林
では能化に至るのには20年ほどかかった。天台の六大部を隅々まで学習するのにはそれくらい必要であった。
今日では僧侶と在家信者の教養には大差がないから、仏教学者、宗学者たちは直接に在家信者を対象にした
著作をよく出すようになった。葬式仏教、新興宗教に満足しない読者は増加しているようである。読書仏教の
隆盛である。わが国の仏教が結果的に当たり前のところに到着したのだといえる。現代仏教学の見識の上に
立った仏学書を手引きにして、次には自ら仏典を読む、それが在家仏教徒の基本である。中国、台湾の仏教
はまったくこういうあり方である。漢文がわれわれよりも楽に読めるからであるが、仏教学が発達した日本では
サンスクリット語、パーリ語からの現代日本語訳経典も溢れており、仏教を学ぶにはわが国が最高の環境です。
83
:
乾闥婆
:2005/07/25(月) 16:04:12
>>79
>たとえば、日蓮の信仰姿勢というのは、まさにこのような納得ずくめで確立されたものであると、わたしには映じます。
もちろんそのようにして蓮祖は突き詰めてゆき、自身の信仰に至っているのだと思いますが、蓮祖はその突き詰めたぎりぎりの段階で一気に飛躍する人間であると考えています。唱題行の提唱など、学問的に突き詰めて納得した果てに、その向こう側へと突き抜けて誕生した易行形態なのではないでしょうか。開目抄にしても、その信仰者としての自覚は、「鎌倉当時に考えられる最高水準の「学問」をもって自身納得していった」ことを前提としながら、その体験を通しての大きな飛躍を垣間見せる遺文であると思うのです。
>「せめぎあう」ですか。それは不条理、納得できないことを、それでも信じたいという心があるからでしょうね。そこを過ぎると、せめぎあいは消えていきます。
私の心の中ではもはやせめぎあってはいないのです。物語を物語としてきちんと認識していれば、物語はその外部へと自身の物語世界を押し広げていく必要がないからです。しかし外から見ると、また違ったように映ることでしょう。たとえば蓮祖の非科学的な信仰から、その精神だけを取り出して、うまく社会に受容されえたとしても、唱題行、虚空会の儀式、といった「物語」はその信仰を保つ者以外にはよく理解し得ない、「納得」されえない部分として残ると思います。そこは結局信仰の内部と外部の融合し得ないラインとして残り続け、せめぎあい続けると思います。心の内部のせめぎあいではなく、内部と外部のせめぎあいという構造的な問題はどこまでいっても残り続けるだろうといったことを言いたかったのです。
>また、自分一人で納得するだけであれば独り善がりです。
そうですね。そこは私がこれからも考え続けていかなければならない問題点です。ただ社会的受容と、宗教の個人的受容は、分けて考えなければなりません。もちろん社会的に受容されえないような行動は慎むべきです。しかし宗教の個人的受容の社会的連帯ということは難しい問題であると思います。今後創価学会や既成教団はそのような連帯の機能をうまく果たしえるのでしょうか。宗教の、信仰としての個人的受容の、その社会化は、一歩間違えれば結局オウムや創価学会の様な形態に至ってしまう危険性を孕んでいるのだと思います。
>わたしは現代の水準で納得がいけば、あるいは信仰というカードをもう一度手に取るかも知れません。
現代の水準とは科学的基準をクリアする必要が生じると思います。それは非常に難しいのではないでしょうか。ある意味、初期仏教がそれに近いのではないかと考えます。八正道と四聖諦ですね。それは犀角独歩さん自身も触れられていることでした。
>このような一面もあります。しかし、それだけではない、その点を模索したいというのが「納得」というテーマです。
了解いたしました。物語ということは置き、今後のこのスレッドを拝読させていただきたいと思います。また考えのあるときは書き込みに参加させていただきます。
84
:
乾闥婆
:2005/07/25(月) 16:04:43
続き
>このような姿勢は、ご本人、気を悪くされるかも知れませんが、まるで、親鸞の言う信仰観に酷似していますね。
そうなのかもしれません。私はほかの宗祖もそれぞれの物語を模索した偉大な宗教家と考えていますので、気を悪くすることはございません。犀角独歩さんは身延隠棲後の蓮祖を評価しない、といわれていたように覚えていますが、私には身延隠棲にいたり、霊山浄土を言い始める蓮祖には、また強い興味があります。霊山会への没入といった印象があり、もっとそのあたりは勉強しなければならないと考えています。
>一つのものを多面的に観察する見識眼を養うということです。一人の宗祖、一仏、一経、相対的に取捨すれば最高のものが残るというのは幻想に過ぎないでしょう。
同意いたします。さまざまな側面を視野に入れて考えるべきだと思います。
>これは換言すれば、仮想現実の住人、夢の住人、妄想の住人となるという意味になりませんか。自分が納得できるベッドを用意して、現実を放り出して、夢を見ることが宗教ですか。日蓮の考えからもかけ離れているように見えますが。
しかしそのような仮想現実が仮想であることを認識している人間は、夢の住人ではなく夢の外に立つ人間です。妄想の住人ではなく、妄想と現実との境界線を知っている人間です。現実を放棄しているのではなく、現実と仮想現実としての物語のあいだに厳しい境界線を設けている人間です。私は意識してその両世界を行き来します。それ以外に宗教が現代社会で、実害なく生き延びる方途が見出せないのです。蓮祖の考えは現代社会において、対社会的には破綻しています。しかしその精神は生かしうるかもしれません。しかしそのような対社会的に積極的に働きかける根拠として蓮祖を持ち出すことは十分に注意しなければならないのであって、そのような警戒心が、私のありようを「日蓮の考えからもかけ離れている」ように見せるのかもしれません。今後の課題です。
>乾闥婆さん、漫荼羅信仰を卒業して、さらに見る日蓮漫荼羅は、信仰で見る日蓮漫荼羅より遙かに規模が大きいことに、いま、わたし自身、驚いています。漫荼羅唱題・日蓮を‘出口’にすると、世界は広漠と広がっており、その広野は実に絶景です。いつしか、この光景をご覧になってください。
はい。ありがとうございます。以前大日蓮展が上野で行われたとき、いわゆる「臨終滅度の御本尊」曼荼羅を拝見いたしました。そのとき私はまだ曼荼羅信仰の内部でその曼荼羅を見ていたのか、その外部に立って見ていたのか、定かではありませんが、日々の曼荼羅に向かっての唱題を行うのとは、違った感動に捉えられました。それが何であったのか、いまだよく分かりません。この掲示板を通して、多くのことを学んで行きたいと思っています。
85
:
乾闥婆
:2005/07/25(月) 23:38:38
>>81
本来この二つは分けて検討しなければならないのではないでしょう。×
本来この二つは分けて検討しなければならないのでしょう。○
>>82
>>84
霊山会×
虚空会○
申し訳ありません。ひどい間違いをしてしまいました。
86
:
犀角独歩
:2005/07/26(火) 09:23:07
乾闥婆さん
> 宗教は科学的に納得されるものではない
たしかにそうですが、一方、科学が宗教の過ちを是正してきた歴史経緯もあります。
『科学と宗教の闘争』(訳・岩波新書)でホワイトが記した問題に、ようやくと重い腰が挙げざるを得ない事態を迎えたということです。
> 非科学的・反社会的…二つは分けて検討しなければならない
関連し合う部分もありますから、分未両面からであると思います。
> 対社会という視点に立ってその宗教はどうなのか、といった部分に収斂
これはまったく宗教問題を考える視点と同じです。賛同します。
> 浅見氏…旧約聖書
ええ。師は、そもそも旧約聖書が専門です。師の説明に拠れば、その旧約聖書で記されていることを、自集団・教義の説明として盗用されたことから、統一協会、さらにはオウム真理教と関わらざるを得ないことになったということでした。
いまの日蓮門下の問題も同様のところがあります。煎じ詰めれば、言いたいことは自己正当化のために、日蓮を使用しているのに過ぎません。
> …危険を行使する宗教も宗教…宗教集団にして犯罪集団
この点は重要ですので、記させていただきます。
たしかに、宗教は、個人的な他愛もないおまじない・迷信の類から、国家レベルの民俗宗教にいたるまで、それら一切を包括して、宗教には違いありません。
それはそうに違いないのですが、わたしが記したのは、もっと常識的なレベルからです。要は現日本社会は法治国家であり、― 信仰者の思いとは裏腹に ― 宗教は法律の範疇を越えることは出来ないという意味からです。つまり、信仰は各人の内心の自由に属しますから、個人的にはまったくの自由です。しかし、それが一度、社会性(2人以上の人間関係)に持ち込まれたとき、そこでは国民としての法の適用がはじまります。この段階から宗教行為は国法に違反すれば、宗教としてではなく、法律から裁かれるでしょう。この点が最も重要なわけです。また、最も宗教関係者が疎んじ、その薄弱な認識が宗教に関わる犯罪を容易に引き起こす原因になっています。いわばカルト問題とはこの点を考えるものです。つまり、何を信じているか=信仰者 / 何をしているのか=国民 は適用される法が前者は、仏法(また、神の律法 ctc. )、しかし、後者は国法です。
ですから、単に宗教行為と信仰集団・指導者・信者が判断するものも、実際のところ、そこに国法が適用されることになります。この認識こそ、重要です。また、この認識のない集団・信者が問題を起こすわけです。
乾闥婆さんも、オウム真理教を例に採りましたが、たとえば、ポアをすることは彼等の教義からすれば、否、日蓮も、受容した涅槃経から見ても、犯罪ではなく、全く正当な護持正法の実践以外の何ものでもありません。「仏法」に違反していないことになります。また、日蓮門下によく見られる自己の信義以外の主張に対して口汚く批判する(=折伏だそうですが)ことも許されると勘違いしている非常識な態度もまた、同様です。しかし、ポアという護持正法の行為であったサリン散布は、国法からすれば無差別大量殺人であり、テロ以外の何ものでもありません。また、口汚い批判は人権侵害という憲法違反行為に違いありません。
わたしは、このような犯罪教義を有するものからは宗教の名を剥奪すべきだと考えています。オウム真理教・地下鉄サリン事件以降、(いや、創価学会の折伏大行進以後もそうですが)、「もう宗教なんか、こりごりだ」という風潮は、「日本人は無宗教」というまで高まったわけです。ですから、わたしは、乾闥婆さんが仰ることはわかりますが、わたしは違法集団とその教義・行動を宗教にカテゴライズせず、法律から違法と裁くことを常とします。そうしなければ、殊にここ日本社会で宗教が復権する可能性はさらに薄らぐからです。
87
:
犀角独歩
:2005/07/26(火) 09:23:54
―86からつづく―
> 曼荼羅へ向かう…法華経の霊山会の再現…参加
このような個人的な体感は否定されるところはありません。
しかし、霊鷲山は法華経序品では「耆闍崛山中。与大比丘衆。万二千人倶」と1万2000人の弟子を釈尊が連れ立っていたと記述されますが、この山は小さく、せいぜい50人も集えばひしめき合うことになるというのが現実だそうです。(わたしはまだ渡印していませんので、旅行記を来たい話を記すことしかできませんが)また、虚空会という記述は物語としてはけっこうですが、そんな史実はあるはずはありません。さらにこの会(え)の時間は、「五十小劫」、しかし、それを「謂如半日」というわけです。五十小劫がどれほどの時間であるか、わたしは理解できませんが、「霊山八年の説法」とは矛盾します。さらに法華経をシャキャムニが説いていないことも明確になったいま、かつて、わたしもかつて懐いたこの‘イメージトレーニング’は、色が褪せてしまいました。
さらに当掲示板でも議論してきましたが、真跡遺文と史実から鑑みるとき、日蓮が漫荼羅を拝んでいた形跡には当たれません。実際のところ、漫荼羅の‘用途’とはなんであったのか? という難問が解けない限り、わたしは、漫荼羅への読経・唱題を布教する蛮勇は俄に生じない気分になりました。
要は、わたしが、このスレッドで問題にするのは、この点です。日蓮門下は法華経から「広宣流布」という布教を、半ば宗教義務としています。となれば、たとえば、信仰者が、…乾闥婆さんがと、特定してもよい訳ですが…、わたしに布教しようとしたとき、以上のような反論を為されるとき、いったい、どう対処するのか? というのが、わたしが投げかける疑問です。これはしかし、学会を含む石山僧俗に止まらず、日蓮門下全般、それどころから、日本仏教界全体の大問題ではないのかと、わたしは問うているわけです。
単に不信謗法だなんだと人格攻撃をしたところで言った本人の良識が疑われるだけの話です。
結局のところ、この問に対して、明確な回答、否、回答がないにせよ、信仰として勧められるべきものを呈示できなければ、死滅することになると、わたしは記しているわけです。これは日蓮と、その教学に対する批判であるとかなんとかというレベルの話ではありません。一般社会の実状・現状から鑑みた‘警鐘’です。
> 蓮祖…体験を通しての大きな飛躍
これもまた事実ですね。たとえば、生身虚空蔵菩薩から智慧宝珠を袂に入れてもらったこと、不動・愛染感見という‘体験’からの飛躍といえば飛躍といえるかも知れません。
また、当時流行しはじめていた「南無阿弥陀仏」に代わり、「南無妙法蓮華経」だというのは、天台教学の法華最為第一からの帰結であるにせよ、飛躍といえば、飛躍です。さらには漫荼羅図示に至っても飛躍といえるかも知れません。その他、教学的立場にもそのような点は散見できるかも知れません。
ただし、ここで、わたしが「納得ずくめ」と記したのは、要は、日蓮が厳格に(当時信じられていた)仏説に忠実であろうとした姿勢を表現したものでした。
> …内部と外部のせめぎあいという構造的な問題はどこまでいっても残り続ける
この点は、よくわかります。
勝手に翻訳すれば、「唱題の実体験」は経験し、実感を得たものしかわからないということでしょう。ところが実際のところ、法華経は非仏説、その他も「物語」に過ぎなかったという、‘パンドラの函’は開いてしまいました。けれど、それでも、唱題によって得た体験は如何ともし難いというのが経験者の偽らざる心境と言うところでしょう。乾闥婆さんが漫荼羅・唱題を終生やめないと仰るのもそんな意味でしょうか。(この気持ちは、中学1年から朝晩の唱題と1時間の唱題を欠かさなかったわたしの経験からも痛い程もわかります。痛い程わかりますが、さらに前へ、わたしは進もうと思いました)
88
:
犀角独歩
:2005/07/26(火) 09:24:38
―87からつづく―
わたしはこの問題を考えるとき、過去10年の経験から、二つの‘資材’をここで考えに入れざるを得ません。一つは信仰実勢に基づく、体験功徳は、宗教の数だけある、あるからこそ、宗教として成り立っているということ。もう一つは、オウム真理教脱会支援において、もっとも障壁になるのは、信者の神秘体験であり、この‘実体験’から彼等はなかなか卒業できないという問題です。
前者について言えば、日蓮教義が現代の科学的成果から「物語」にすぎないとなると、では、他の体験を得る方法のなかから、何故漫荼羅か・唱題かという特定する根拠も崩れている現実があります。つまり、「物語」と方法は、日蓮が御立てた通り、実は不離の関係にありませんか。
後者で言えば、実体験、神秘体験は「個人的リアリティ」と分析され、宗教病理であれば、感応、妄想を含めて、このような特異体験は、薬物、若しくは脳内分泌物質異常と判断され、「正常」と診断されることはないように思えます。再現性のない因果論を「絶対」「最高」と断言すれば、一般では虚偽に分類されるだけです。さて、どうするか、です。
この二つのハードルを越え、どうやって他者に‘納得’させるのかという問題が残ります。個人的な体験だから、他者は関係がないというのであれば、それはそれです。個人として、実感し、口をつぐんでいればよいわけです。しかし、そうなれば、布教という使命は果たせないことになります。
> 霊山浄土を言い始める蓮祖には、また強い興味…霊山会への没入
この辺りから、日蓮は、自分の死を確実なものとして意識しはじめたのであろうと思います。法華経精神からは逸脱した、極楽往生という若い時代の修学への退行現象のようにも思えますが、林棲・瞑想、弟子の育成のみならば楽でいいかも知れません。
> 仮想現実が仮想であることを認識している…夢の外に立つ人間
では、ずばりお尋ねしますが、それが日蓮が示した教えと同様でしょうか。
この‘立て分け’は実は日蓮の思弁とも行為とも違っていませんか。違っていながら、日蓮の漫荼羅・唱題という方途を使用することに矛盾はないでしょうか。
かつて創価学会のキリスト教批判で使われた言葉ですが、二面分離とは「二重人格」という批判を免れ得ない側面もあることは考慮されなければならないと思います。
もっとも、このような変更がなければ、日蓮は21世紀に生き残りようはないかも知れません。わたしはしかし、このような部分に意義を見出すと言うより、むしろ、「何をしているのか」という公共利益への換言として「納得」させるほうが、先決であり、理解も進むとは思います。
> 境界線を知っている…境界線を設けている…両世界を行き来します。それ以外に宗教が現代社会で、実害なく生き延びる方途が見出せない
これは一種の温存療法と、わたしには映じます。
一つの方途でしょう。しかし、このようなことを、まずインフォームドコンセントして、そのうえで、現実と物語を往来する必要性を感じる人がどれほどいるか、疑問は残ります。「あとから知った者の、自己弁明」としては意味を持つことは事実だと思いますが。
> 日々の曼荼羅に向かって
まあ、これは余談ですが…、
日蓮の漫荼羅図示というのは実に‘オーダーメイド’だと思います。
用途、授与者に合わせて、自在に図しています。
今さらに記してどうなるのかという反詰する向きもあるかも知れませんが、それでも敢えて述べれば、結局のところ、自分用に図示された漫荼羅へ向かうということが、実は日蓮外とした漫荼羅信奉の基本である。それが既に本で師の段階で見失われて700年経ったという一面を、わたしは見逃しません。
乾闥婆さんの漫荼羅はご自身のために記されたオーダーメイドですか。
あと、これまた、蛇足ですが、ご訂正の部分、元のままのほうが、本尊相伝に近い気がします。
89
:
犀角独歩
:2005/07/26(火) 09:50:56
【87の訂正】
誤)旅行記を来たい話
正)旅行記を聞いた話
【88の訂正】
誤)日蓮外とした漫荼羅信奉の基本
正)日蓮が意図した漫荼羅信奉の基本
90
:
顕正居士
:2005/07/26(火) 15:35:38
「わが国の仏教は今は整然、3種類に分かれるに至った。学問仏教、葬式仏教、仏教系新興宗教である」と
スレッドのはじめに述べました。
明治維新以後、学問仏教としての日本仏教は新時代に適応し、今も繁栄しています。なぜ繁栄して来たかと
いうと、葬式仏教があったからです。わが国の僧侶の多くは家業を継承するのと同じに寺院を相続して住職
になります。業務はほとんどソフト葬儀業といって差し支えがない。しかし寺院には日本仏教のエートスが
存在し続け、篤信の少年には仏教学者となることがいわば真の出家でした。研究者、教育者の仕事とともに
住職の勤めを果たし、宗務行政においても重役を担うことがあった。一般僧侶も葬儀、法要をまじめに遂行し、
宗門に献金し、宗門大学を維持し、小部数の仏教学術書の刊行を支えました。
何故、わが国の儀礼仏教が葬式仏教に集約したかといえば、仏家の睡眠のせいはあるが、泰平の江戸時代
に僧侶の教育が向上し、現世利益を説くことが少なくなったからがあるとおもいます。このことが逆にはたらき、
新興宗教全盛になった。新興宗教のほとんどは功徳と罰(おかげとたたり)を教義の中心としました。ただし、
どこのお地蔵様にお参りするとこの利益があるという迷信に類するのではなく、もっと組織的に説き、「勤勉」が
重視された。この徳目が効果的だったのが昭和の30年代で、創価学会の教義は時期によくあっていました。
しかし「勤勉」でさえあれば成功したのは、西欧に比較し数十年分の経済の遅れがあった明治のはじめ、及び
終戦後の経済復興の時代です。社会が安定したら、各個が正しい目標を見いだし、適切な工夫を発明しない
となりません。新興宗教の典型的な教義では役に立たないのです。
葬式仏教のシステムは農業人口が大半であった時代に出来たものです。、寺院は、維持する檀徒がもういない
過疎地と葬儀と法要の需要に応えられない大都市に二分した。霊友会、佼成会、創価学会は都市型葬式仏教
ともいえます。葬儀は宗教の起源の一つであり、人類は今後も亡き人の葬送の儀礼を続けるでしょう。幸福な
生活を実現するための系統的な智慧も求められ続けるでしょう。あらゆる学問をまなび、いっさいの情報を得て
自分の人生を設計することは個人の努力では不可能です。クリーンなコンピュータと通信機器を与えれて、その
プログラムはぜんぶ自分で作れと云われても出来ません。これに日本仏教を喩えれば、日本の学問仏教を
学習する人口が増加し、その人達によりOSやさまざまなアプリケーションが作成されて、次の世代はその便益
を得ることができる。日本仏教はそういう時代に入ったと考えています。
91
:
犀角独歩
:2005/07/26(火) 23:11:57
顕正居士さん、有り難うございます。
結局のところ、近代創価学会は敗戦後の復興による、生活向上を「創価学会と先生のお陰、御本尊様の功徳」というリアリティの構築(換言すれば虚構)に成功したために、現在の発展を見、具体的には出版その他の事業、財務、政治関与というシステムを構築したことによって永続性を確保した、ただ、それだけのことであったということなのだと、ほぼ確認できました。
このようなリアリティは、模造の漫荼羅に創作物語を付し、リアリティをもって、捉えられるための装置を用意した石山の虚構に支えられたものであったわけですが、なかなか宗教団体の営業トークとそれに誣いられた人々の心象風景が透けて見えて参考になりました。
人々が信じたいもの、それは最高の神仏というより、最高の神仏を信じて体験を得た自分自身なのかも知れません。それが各人が信仰を永続する大きな理由になっているのでしょう。一つ、構造の仕組みが解けました。
92
:
犀角独歩
:2005/07/27(水) 08:09:04
もう一カ所間違いがありました。他にもあるかも知れません。ご判読いただきたくお願いいたします。
【88の訂正】
誤)本で師の段階
正)本弟子の段階
94
:
乾闥婆
:2005/07/29(金) 22:37:34
>>86
犀角独歩さん。
>わたしは違法集団とその教義・行動を宗教にカテゴライズせず、法律から違法と裁くことを常とします。そうしなければ、殊にここ日本社会で宗教が復権する可能性はさらに薄らぐからです。
たしかに信教の自由は違法行為集団には保障されえないのでしょうから、法的な意味では宗教の範疇からは離れるのですね。日本社会において宗教の持つ印象は確かにいくつかの違法行為集団によって悪くなる一方のように思います。それらの集団の違法的側面を宗教の範疇から排除して断罪することは重要なことであろうと思います。しかし同時にそのような犯罪に至る要因として、その宗教が教義レベルで検証されなければならないのでしょうし、まさに、この掲示板はそのような検証の場であるのだと考えます。その上で宗教の復権はなるのか、なかんずく「日蓮教学」は現代人に納得されうるのか、ということなのですね。
95
:
乾闥婆
:2005/07/29(金) 22:43:10
>>87
>虚空会という記述は物語としてはけっこうですが、そんな史実はあるはずはありません。
以前、ある掲示板で議論をしているときに「日蓮は宝塔が宙に浮いたり地涌菩薩が出現したりなど、法華経に書かれてあることは事実として釈迦在世のインドで起こったことだと信じていた、そんなことはありえないので、日蓮の主張の根拠は間違っている」といった発言を目にし、驚いたことがありました。私たち現代人の目から見れば法華経の示す世界とはどう見ても信仰世界を抽象的に表現した物語に過ぎません。さすがに宝塔が宙に浮いたり、地面が割れてそこから多くの菩薩たちが出現するなどを、現代人が事実であると考えることはないでしょう。しかし上記の発言を目にしたとき、果たして蓮祖はそれら法華経の記述をどう捉えていたのだろうか、不安になりました。確かに蓮祖は天台五時を事実として受け入れていたでしょうし、ゴータマ・ブッダの晩年、「霊山八年の説法」を事実として捉えていたでしょう。しかしそうすれば犀角独歩さんのご指摘のとおり、従地涌出品の「五十小劫」と矛盾します。しかしそもそも虚空会の時空間はまったく現実のものを飛び越えてしまっているのであり、そうであるから「如是我成仏已来。甚大久遠。寿命無量。阿僧祇劫。常住不滅。諸善男子。我本行菩薩道。所成寿命。今猶未尽。復倍上数」であり、「衆見我滅度 広供養舎利 咸皆懐恋慕 而生渇仰心 衆生既信伏 質直意柔軟 一心欲見仏 不自惜身命 時我及衆僧 倶出霊鷲山 我時語衆生 常在此不滅 以方便力故 現有滅不滅 余国有衆生 恭敬信楽者 我復於彼中 為説無上法 汝等不聞此 但謂我滅度」であり「常在霊鷲山」であると思うのです。このようなイデアともいうべきゴータマ・ブッダのあり方を、蓮祖は本当に事実として捉えていたのでしょうか。今もゴータマ・ブッダはインドの霊鷲山に出現し続け法を説き続けていると考えていたのでしょうか。そのあり方が一種の理念世界であることを了解していたのではないでしょうか。もちろんこれは現代人の目から見た法華経のその受容を、蓮祖に仮託して考えているのに過ぎないのかもしれません。
>真跡遺文と史実から鑑みるとき、日蓮が漫荼羅を拝んでいた形跡には当たれません。実際のところ、漫荼羅の‘用途’とはなんであったのか? という難問が解けない限り、わたしは、漫荼羅への読経・唱題を布教する蛮勇は俄に生じない気分になりました。
確かに蛮勇かもしれません。私がこの掲示板を読んで最も衝撃を受けたのは、曼荼羅は本尊ではないのではないか、といった見解に関してでありました。しかし曼荼羅本尊の受容の歴史は長いのではないかと思います。蓮祖の意図を明らかにすることとは別に、曼荼羅に向かうことの心的作用としての「効用」はなしとはいえないというのが、現時点での私の捉え方です。しかしこの掲示板は蓮祖の意図をこそ問題とする場でありました。そのような解明が、現実社会の中での受容対象としてこの宗教が耐えうるのか、を問う前提として求められているのでしょう。ただ曼荼羅信仰については判断停止する以外ないにしても、虚空会の儀式といった物語は、理念世界として、いまだ有効と捉えています。
>法華経は非仏説、その他も「物語」に過ぎなかったという、‘パンドラの函’は開いてしまいました。
そうですね。パンドラの函を開ける前と開けた後ではやはりその信仰に対する意識も同じままではいられません。私も小学三年生のころから朝晩の勤行を欠かさず行い、中学・高校生のころは唱題を一日一時間と決めて取り組んできました。首都圏の人材グループにも加わり、池田氏と接する機会も一般の未来部員より多かったと思われます。大石寺での夏期講習会にも参加しました。しかし大学に入り、地域の学生部と衝突し、その後、自分で一般の仏教書を読むことでパンドラの函を開けてしまってからは、やはり子供のころのような信仰は持てません。まして創価学会に対してをや、です。しかし「さらに前へ」と進まれた犀角独歩さんとはもとより比べようもありませんが、一度開けてしまったパンドラの函を再び閉じ、パンドラの函をそれと自覚して受容している今の自分は、法華経や蓮祖を相対化し始めた直後よりも、後退しているように思います。なぜ振り切れないのか、なぜまたここへ戻ってきてしまうのか。家族というしがらみはあります。地域の幹部としてずっと第一線で活動し続けている父に対し、たとえば近代仏教学以降の知識を示してその信仰心を破るような真似は、私にはできませんでした。今は離れて暮らしていますが、創価学会の曼荼羅を受け、ほとんど読みもしない聖教新聞を取り、訪れる学会員を受け入れもします。対外的活動は一切しませんが、どのように自身の信仰と社会的存在としての自身のあり方を関係させていいのか、分からずに行き詰っている状況は続いています。
96
:
乾闥婆
:2005/07/29(金) 22:45:02
>>88
>では、他の体験を得る方法のなかから、何故漫荼羅か・唱題かという特定する根拠も崩れている現実があります。つまり、「物語」と方法は、日蓮が御立てた通り、実は不離の関係にありませんか。
そのように思います。前回犀角独歩さんが指摘されたとおり、数ある宗教(方法)のなかから、特定のものを選ぶ、という状況には本当はないのだと思います。ただ、その信仰の中にある、のでしょう。物語という方法の中に、信仰者はただ身を置いているのでしょう。つまり逆に言えば、唯一絶対の宗教(方法)など、ありえない、そんな唯一性を主張する根拠はどこにもない、ということです。しかし蓮祖の教義は、現代においては、唯一絶対の信仰があるという物語であり、しかし物語であるゆえに唯一絶対ではありえないという、入れ子構造のようになってしまいます。私が「さらに前へ」と進めずに、循環世界に捕らわれ続けているのは、そのような構造に嵌っている故でもあるのでしょう。
>実体験、神秘体験は「個人的リアリティ」と分析され、宗教病理であれば、感応、妄想を含めて、このような特異体験は、薬物、若しくは脳内分泌物質異常と判断され、「正常」と診断されることはないように思えます。
個人的な信仰受容は、しかし結局は求められてしまうのでしょう。「薬物、若しくは脳内分泌物質異常」は薬物によらずとも体現でき、その体現できる方途として宗教があり、また求められてしまう。そのような受容のされ方を排除することによって、社会性を得られたとしても、それはもはや宗教ではないのかもしれません。といいますか、宗教である必要がないといいますか、慈善事業団体、といったものではあるのかもしれません。個人的な宗教体験を信仰外部の人間に「納得」してもらうことは、やはり困難であると思います。
97
:
乾闥婆
:2005/07/29(金) 22:45:25
続き
>この‘立て分け’は実は日蓮の思弁とも行為とも違っていませんか。違っていながら、日蓮の漫荼羅・唱題という方途を使用することに矛盾はないでしょうか。
蓮祖の生きた時代は仮想現実として、宗教を捉える側面はありえたのかどうか、が問題となると思われます。中世日本においてたとえば浄土は実態として捉えられていたのではないでしょうか。補陀落渡海などはその現われだと思います。そうしますと、やはり蓮祖の霊山浄土観も実態的に捉えられていたのでしょうか。もとよりそれらを検証する能力は私にはございません。先に記した内容とも重なりますが、もし蓮祖がそれら信仰体験を一種の理念として捉えているのであれば、現実を理念の側へと近づける方向での思弁・行為はあったとしても、現実・仮想現実の二分法はなかったとはいえないのではないでしょうか。「観心本尊抄」に見られる「今、本時の娑婆世界は三災を離れ四劫を出たる常住の浄土なり」といった「いま、ここ」を浄土に見立てる思弁もありますが、後生に行くべき霊山浄土、といった思弁もまた持ち合わせています。理念と現実との乖離は現代社会においてますます大きいとは思われますが、それゆえに宗教のあり方やその存在意義が問われるのだと思います。蓮祖の現代的受容とはそのような時代の相違を踏まえながら、なおかつ現代人にとってどのように有効かを考えなければならないのでしょう。
>もっとも、このような変更がなければ、日蓮は21世紀に生き残りようはないかも知れません。わたしはしかし、このような部分に意義を見出すと言うより、むしろ、「何をしているのか」という公共利益への換言として「納得」させるほうが、先決であり、理解も進むとは思います。
それはある意味で宗教者の行う慈善事業などへの理解ではありえても、宗教そのものへの理解ではないことでしょう。もちろんそういった社会貢献という側面や、その行動に対する社会の「納得」は重要なことではありますが、それは「日蓮教学」の現代的受容とは違った側面の話になるのではないでしょうか。宗教のその教義内容へと足を踏み入れて現代的受容がありえるのかを検証するのが、この掲示板の重要な意義であると考えております。
>これは一種の温存療法と、わたしには映じます。
この掲示板に出入りをするようになって、このようにはっとさせられる言葉に何度もめぐり合います。「温存療法」「あとから知った者の、自己弁明」とはまさに、そうであるのだと、改めて自身のありようを確認いたしました。ありがとうございます。「さらに前へ」進まなければならないのでしょう。その行き道をこの掲示板を読みながら考えていきたいと思います。
>乾闥婆さんの漫荼羅はご自身のために記されたオーダーメイドですか。
いえ、レディーメイドです。そういうものがありえるとして…
>ご訂正の部分、元のままのほうが、本尊相伝に近い気がします。
そうなのですか。曼荼羅は虚空会に擬したつくりであると思っていました。二仏並座の姿でもありますし。…
98
:
犀角独歩
:2005/07/30(土) 11:14:03
乾闥婆さん
たいへんに落ち着いたご投稿に接し、また、有意義な議論ができ、嬉しく存じます。
また、かつての自分の心象風景でもありながら、既に過ぎ去ってしまったために忘却していた部分と重複するところも多々あり、参考になりました。
> 蓮祖は本当に事実として捉えていたのでしょうか
わたしは、事実としてとらえていたと思います。
生身の虚空蔵菩薩から智慧の宝珠を受け取ったのも、不動明王・愛染明王の感見も事実としてとらえていたと思います。そこから、本尊抄を読まないと、日蓮が垣間見ていた世界は、実際に上行等の四菩薩が出現する世界とならないことになります。
> 今もゴータマ・ブッダはインドの霊鷲山に出現し続け法を説き続けていると考えていたのでしょうか。
先の問いかけに応答に続きますが、娑婆世界で説法教化する釈尊は、信仰体験のうえでしか見仏できないという矜持はあったと思えます。
なお、この釈尊を日蓮は「ゴータマ・ブッダ」ととらえていなかったでしょう。
(ゴータマ・シッダールタ(瞿曇・悉達多)((梵)Gautama siddhaartha、(パ)Gotama Siddhattha)
釈迦牟尼仏、釈迦牟尼如来、釈迦牟尼世尊としてとらえていたと思います。
やや論点は違うののですが、この話題は実は昨日福神が開催した定例の勉強会・小松邦彰師(立正大学)の真跡遺文講義で話題になった点でした。日蓮が久遠実成釈迦牟尼仏への信仰の確立を佐前と見るか・佐後と見るかで聴講参加の今成師と意見を分かって議論されていました。
> 曼荼羅本尊の受容の歴史は長い
そうだと思います。たぶん、日興等、派祖の時点にまで遡れると思います。
これも聴講した話に属しますが、本化ネットの勉強会で中尾師の漫荼羅講義を聴講した折、師が、日蓮の書くような漫荼羅はそれまで存在しなかったために、それをもらった弟子は、それをどう扱ってよいか困惑し、また、それを理解させるのに、「日蓮聖人が苦心惨憺した様子」が遺文から伝わると語っていました。この点は、唱題も同様で、700年経ったいまでは当たり前のことになっていることは草創期には、弟子檀那ですら理解されていなかったということは多々あったと思います。まして、いまのようにメディアの発達があるわけでもなく、交通機関も発達していなかった時代、その伝達は人づて、手紙に限られたわけです。また、自師を、その前師のように仰ぐというのはいつの時代も一つの信仰姿勢に含まれますから、やがて、蓄積された各人のオリジナルは日蓮に仮託され続け本日に至るわけですね。漫荼羅を拝むという風習もそのようななかで定着し、やがて日蓮その人の教えのように扱われ、既に700年を経たのでしょう。ただ、わたしがここで問題にしているのは、「では、日蓮聖人はどうされていたか」という一点であるわけです。
99
:
犀角独歩
:2005/07/30(土) 11:14:37
―98からつづく―
> 曼荼羅に向かうことの心的作用としての「効用」はなしとはいえない
これはもちろん、当然のことで、効用はあるでしょう。
この効用については、蓮師の原意、祖意を探求とは別に派祖の段階では、中世の段階では、近代では、また、現代ではと、その変遷を整理して分類することが必要であると思います。
> 虚空会の儀式といった物語は、理念世界として、いまだ有効と捉えています。
ここで思い描かれるイメージは、同様の信仰体験を持つわたしには容易に想像できます。その前提でお尋ねしますが、乾闥婆さんは、どのように「有効」とお考えになるのでしょうか。参考にお聞かせ願えませんでしょうか。
> 地域の幹部としてずっと第一線で活動し続けている父に対し、たとえば近代仏教学以降の知識を示してその信仰心を破るような真似は、私にはできませんでした
なるほど。このようなお気持ちは理解できます。わたしも齢80を超えた母にその説明をする蛮勇は俄に生じません。
> 自身の信仰と社会的存在としての自身のあり方を関係させていいのか、分からずに行き詰っている状況は続いています。
このお気持ちもまた、よくわかります。
乾闥婆さんは学会員なのですね。わたしもかつてそうでした。
わたしは池田さんの指導全部をそのまま鵜呑みに立場にはありませんが、活動家であった頃、聞いた指導の心に残っているものはいくつもあります。そのなかで、正確な文字データは記録していないのですが、概ね、以下のようなものがありました。
「地涌の菩薩であるから実践するのではない。実践するから地涌の菩薩なのだ」
そんな論法の「指導」でした。これを読んでわたしは吃驚した記憶があります。教学的には、こういった論法は禁じ手と思ったからです。しかし、「人は生まれによってバラモンになるのではない。行いによってバラモンとなる」と言った原始経典の説とは、しかし、一致します。つまり、この池田「指導」は卓見であったわけです。(もちろん、池田氏をわたしがいまも尊敬しているかどうかとは別問題、また、その他の点を受容するということとも別問題ですが)
結局のところ、日蓮教説から学べるものは、物語を物語と率直に受け入れたうえで、そこから読み取れる精神の、それも自分(自利)と社会に有益な部分(利他)の抽出という方法しか残っていない、わたしには思えます。
> 物語であるゆえに唯一絶対ではありえない
この点で、わたしは日蓮の無謬性を捨てるしかありませんでした。
ここから、「卵が先か・鶏が先か」のような議論になってしまうのですが、日蓮は、特定の目的成就のために、法華経から、更に南無妙法蓮華經という題目を選び取っていったと思えます。
100
:
犀角独歩
:2005/07/30(土) 11:15:19
―99からつづく―
目的成就とは成仏であり、立正安国であったろうと思えます。
(法華経という経典は国家安寧とはまるで無縁で、各人が菩薩道によって成仏を目指すというコンセプトです。これに鎮護国家的な要素を含ませるために活用されたのが涅槃経であったという関係とわたしは考えます)
では、成仏とはという問題は多岐に亘りますが、その方法論は菩薩道であるという点は法華経で確認できます。各人の菩薩道の結集はやがて国家安寧も成就するという涅槃経的な解釈も、わたしには有効と思えます。ただ、それを説明する‘天ぷらのコロモに当たる’物語が、現代には通用しないということだろうと思うわけです。
いわば、法華経創作者は、それを説明、補完するために物語を紡いだのだろうと、―― 善意的な解釈ですが ―― わたしは考えています。善行=自利利他としての菩薩道は、では、「納得」に値しないのかという問題が浮上します。わたしは値すると思います。
飛躍的なことを述べれば、その菩薩道に基づいて実践され、記録される事実は、わたしは現代の法華経なのだろうと思えます。2000年前に記された物語の法華経とは別に、各人の実践の法華経ということです。
さらに飛躍して記せば、いまの時代を見聞して、法華経創作者が、法華経を創作すれば、その物語は、神話的な要素を捨て、いまの最高水準の学術・科学をもって書こうとするでしょう。ではその核は何を書こうとするのか、わたしは菩薩道であろうと思います。
「日蓮がいまの時代に生まれたら」という問いを顕正居士さんが記述されたことがありました。日蓮が700年、生き続けたら、どうその教説を書き換えていったでしょうか。どこまで書き換えても消え去らないもの、それはたぶん、菩薩道、国家安全、世界平和であるかもしれません。
事実を知るなかで、物語を真実と思っていた側は自信を喪失せざるを得ません。
しかし、自信を喪失して立ち止まっていても、人生の残り時間は瞬く間になくなっていきます。わたしは結局のところ、法華経を書き上げた根本精神を採ればよいと思います。他の物語は書き換えればよいでしょう。当時の人達がその精神をより説得するために苦心惨憺した創作物語であったという創作課程を俯瞰すればよいのだと思います。
そうして残っていくものは、実は唱題でも、漫荼羅でもないとわたしは思えます。
わたしは法華経の記述のなかで衣座室の三軌というのは誇れるものであると受容しています。
「是善男子。善女人。入如来室。著如来衣。坐如来座。爾乃応為四衆。広説斯経。如来室者。一切衆生中。大慈悲心。是如来衣者。柔和忍辱心是。如来座者。一切法空是。安住是中。然後以不懈怠心。為諸菩薩。」
では、日蓮は、というのが、しかし、ここのでのテーマでした。
> …私が「さらに前へ」と進めずに、循環世界に捕らわれ続けている
物語であるという事実の前で信者であった者が採れる態度は概ね三つしかない気がします。一つは物語であることを否定すること、二つには物語と信仰の分離、三つには棄教。
101
:
犀角独歩
:2005/07/30(土) 11:15:58
―100からつづく―
そして、信じ続けたいと思うものがとる態度は、反撃です。謗法であるとか、信心がないとか、そういった類の過剰反応です。ハッサン師の言葉を思い起こされます。
「破壊的カルトは、どんな種類の反対も我慢できないのである。人々は賛成するか(または入会候補者とみなされるか)、さもなければ敵である」(P188)
忠実に従うことが信心であると条件付けられてきた人々にとって疑問は挟むことは、敵対行為にしか分類されないように‘配線’されています。また、その原因は、
「グループのリーダーは、『金銭のためにやっている』のではなく、私の見るところ自分の影響力に中毒になっている人間たちだった。多くの破壊的聖書カルトのリーダーは、目立った浪費家でもなく、神と聖書を自分より上の権威としているように見える。にもかかわらず、聖書と神意に関する彼らの解釈が、人々を操作しコントロールするのに使われているのである」(P183)
実際の会の運営側はまったく金銭のためにやっていますが、各地域など小規模な後輩、部下をもつリーダーと呼ばれる地位に就く人々は、その職責も相俟って、自分の影響力の中毒になり、命令や、自分の述べることに反論されることが我慢できない人格的な特徴を持つに至っています。「意味がわからなくても信じること」の中毒はこのような形で現れます。
しかし、物語から脱却し、その精神だけを採るとき、そこには無謬性の卒業がありますから、「かつては自分も通った道だ」という経験則があります。子を育てる成熟した親は、そんな経験値を有効に活用するように、時には叱ることはあっても、菩薩道を見失わないでしょう。わたしが、ここ10年間会ってきた、法華・日蓮を信奉しながら、カルト問題で活動する優秀な僧侶方は、皆、そうでした。
> 個人的な宗教体験を信仰外部の人間に「納得」してもらうことは、やはり困難であると思います。
「神秘的な側面は」というカッコ付ではないでしょうか。
先に挙げた衣座室の三軌などは、納得される要素はあると思います。
苦・空・無常・無我は受容していく課程は、精神的鍛錬と静慮(禅定)を必要です。まして、そこから、対個人、対社会に貢献しようと言う考えを菩薩道とすれば、その覚悟は、それなりの精進なくしては、利己で留まるのみです。
漫荼羅唱題は、インナートリップを目指すのか、対他のための方途としてあるのか、あるいは、その両面かという位置づけで大きく異なってくる点であろうと思います。
> 蓮祖…現実・仮想現実の二分法はなかった
わたしもそう思います。残念ながら、この点では、日蓮の思弁には限界があったとわたしは思います。それは日蓮の責任と言うより、700年昔という限界であったろうと思います。ただ、シャキャムニの思弁で優れているのは、その後、科学その他で覆されるであろう内容を、敢えて、無記として扱わなかった点です。このスタンスを踏み外したときから、いまの我々のメランコリックは始まっていたと思います。日蓮もまた、密教の魅惑に翻弄されていたのかも知れません。
102
:
犀角独歩
:2005/07/30(土) 11:16:45
―101からつづく―
> 理念と現実との乖離は現代社会においてますます大きいとは思われますが、それゆえに宗教のあり方やその存在意義が問われる
現代社会における理念と現実の乖離が、宗教の存在意義とどう関わるかという問いに解があれば、それは現代人を納得させうる力となるでしょうね。しかし、いまの学会を含む石山は自集団と指導者がいちばん素晴らしいという宣伝マンであることが信仰であると思う倒錯心理に陥っています。また、体験は、自己実存の‘藁’として、信仰者が手放さないものになっていませんか。
> 蓮祖の現代的受容とはそのような時代の相違を踏まえながら、なおかつ現代人にとってどのように有効かを考えなければならないのでしょう。
そうですね。その具体的な答がなければ、やがて、日蓮門下は死滅するでしょう。その壊死は既に始まっています。止められるかどうかは、理解しない一般人が悪いのではなく、その納得する日蓮を素描できない信仰者側にその責任にあります。
> それはある意味で宗教者の行う慈善事業などへの理解ではありえても、宗教そのものへの理解ではない
ここです、ポイントは。乾闥婆さんは、たとえば、漫荼羅に向かっての唱題によって得られる極個人的な体感を宗教であると考えますか。わたしは違います。野放図、ぐうたら、自己中心的、社会のことも考えない自分が、苦・空・無我・無常という達観に到達し、かえって対個人、対社会に対して行動しようと言う精神と行動にわたしは宗教を見ます。それを菩薩道と換言してもよいと考えています。山林に閉じこもり、人、社会を縁を切って自分の精神世界に埋没するのではなく、法華経から帰結した自己の成果を、人に対し、社会に対して、実現しようとしたところにこそ、わたしは彼の宗教を見ます。一方、生身虚空蔵、不動・愛染感見といった密教的神秘体験は宗教病理、妄想に分類し、評価しません。
> 宗教のその教義内容へと足を踏み入れて現代的受容がありえるのかを検証するのが、この掲示板の重要な意義であると考えております。
まさにそのとおりで、では、その教義内容と成果は、個人が神秘体験か、否、対他的功利性か、後者こそ、実は宗教ではないのかというのが、わたしが問いかけていることです。
>> …漫荼羅…オーダーメイド
> レディーメイド
他に与えられた漫荼羅を複写して使うことを日蓮は考えていたか、また、万人共通の大量生産される漫荼羅(形木から印刷まで)を考えていたか、どうか。もし、考えていなかったとすれば、漫荼羅を拝むという日蓮以後の発想と共に、それを日蓮に仮託して拝むことの説明もまた、併せて考えなければならないことでしょう。
シビアなことを記します。魔札に祈って見られる世界があるとすれば、それは魔界でしょう。日蓮の意図と裏腹の書写漫荼羅は本当に、乾闥婆さんが仰るような虚空会を見せるかどうか、一考を要します。虚空会と思って見た世界は(わたしが涅槃経の所説を引用するのはなんですが)魔仏の世界である可能性は視野に入れてはいらっしゃらないのでしょうか。
> 曼荼羅は虚空会に擬した
これは、創価学会人間革命で言うところで、本尊相伝とは違います。
「今此の本尊大漫荼羅とは霊山一会の儀式を書き顕はす処なり、末法広宣流布の時分に於いて本化弘通の妙法蓮華経を受持せん輩は霊山一会の儀式を直に拝見し奉る者なり」
乾闥婆さんの拝んでいらっしゃる漫荼羅が石山歴代住職のものであれば、以上の相伝に基づいてい記されていることになります。
つまり、ここでも、元来、意図されたこと(霊山一会の儀式を直に拝見)と、ご自身がなさってきた用途(虚空会を見る)されてきたことは違っていたわけです。
これは偽らざる一面の現実です。
103
:
乾闥婆
:2005/08/01(月) 22:25:41
>>98
犀角独歩さん。
こちらこそ、私のような浅学な者の稚拙な発言に真摯にお答えいただき感謝しております。
顕正居士さんも別のスレッドでカルト集団内の2世、3世の家族問題について明晰な分析をされていましたが、そのような私たちに先行され、大胆に「さらに前へ」踏み込まれている犀角独歩さんは、私自身の行き道を考える上でも、われわれ2世、3世にとって非常に大きな意味のある存在です。そのように振舞われている犀角独歩さんに感謝しております。
>なお、この釈尊を日蓮は「ゴータマ・ブッダ」ととらえていなかったでしょう。
>釈迦牟尼仏、釈迦牟尼如来、釈迦牟尼世尊としてとらえていたと思います。
私は仏身論に詳しい者ではありませんが、蓮祖の仏身観とはどのようになるのでしょうか。法華経でいえば、従地涌出品や如来寿量品に現れる久遠実成の釈尊と他の始成正覚の釈尊とをどのような整合性をもって見ていたのでしょうか。久遠実成とは実態性のない一種の理念的存在であると思うのですが、これを蓮祖は実態的に見ていたのでしょうか。「観心本尊抄」の「我等が己心の釈尊は五百塵点乃至所願の三身にして、無始の古仏也」といった表現は釈尊の信仰者による内面化・理念化と読めなくもないと思うのですが。
104
:
乾闥婆
:2005/08/01(月) 22:26:18
>>99
−100
>ここで思い描かれるイメージは、同様の信仰体験を持つわたしには容易に想像できます。その前提でお尋ねしますが、乾闥婆さんは、どのように「有効」とお考えになるのでしょうか。参考にお聞かせ願えませんでしょうか。
永遠の相に触れる、ということなのだと思います。この側面は多くの宗教に見られるものではないでしょうか。虚空会はまさに、時間・空間を現実相から飛び越えて永遠の相へと没入してゆく装置であると思っています。そして法華経は再び霊山会へと戻っていきます。この往還の図式を再現することこそ、曼荼羅へ向かい題目を唱えることの意義であると思っています。永遠の相に触れることが何を意味するのか、が問われるのだと思います。法華経では、虚空会の儀式において末法における正法流布の参加者への付嘱があり、虚空会を終えて現実世界へ立ち戻ってのその実践があるのだと思います。そうなると正法とは何であるのか、が問題となるのでしょう。そこで私は壁に突き当たります。
正法とは何であるのか、法華経とは何であるのか。犀角独歩さんは明確に「菩薩道、国家安全、世界平和」と言われています。「その菩薩道に基づいて実践され、記録される事実は、わたしは現代の法華経なのだろうと思えます。2000年前に記された物語の法華経とは別に、各人の実践の法華経ということです」といわれています。その件りにこのたびも私ははっとさせられました。
しかし、そのような吹っ切れ方を私はまだできないでいます。それはおそらく犀角独歩さんが「そうして残っていくものは、実は唱題でも、漫荼羅でもないとわたしは思えます」といわれるようには、唱題も、曼荼羅も、振り切れないでいるからだと思います。またそのように振り切れてしまえば、結局日常の現実の生活のなかで、私は永遠の相に触れる機会を失い、ただただ日常の雑事に流されていってしまうのであろうことは、容易に予想されてしまうのです。宗教とはまさにそのような頽落的日常に楔を打ち込むための物語としてあるのではないでしょうか。そういう意味で、私はまだ蓮祖の打ち立てた、そして受け継がれていった信仰は、まだ現代社会の中で有効であると捉えているのです。誰もが「菩薩道、国家安全、世界平和」に直接的に日々かかわり続けられるものではないでしょう。多くの人たちは日常の仕事に追われ、その生活を守るために必死であると思います。そのような中で、しかし、「菩薩道、国家安全、世界平和」を自身の気持ちの上では意識し続けるということを、私はつまらぬこととは思いません。そのような思いを持ち続け、社会生活をまじめに生き抜くための、楔として蓮祖やその受容された信仰が寄与しているのであれば、たとえば、唱題や曼荼羅といった装置を、私はなくてもいいものとは思わないのです。もちろん違法行為に至ることはまったく別問題であり、取締われ処罰されなければなりませんが。
105
:
乾闥婆
:2005/08/01(月) 22:26:54
>>101
>「神秘的な側面は」というカッコ付ではないでしょうか。
先に挙げた衣座室の三軌などは、納得される要素はあると思います。
苦・空・無常・無我は受容していく課程は、精神的鍛錬と静慮(禅定)を必要です。まして、そこから、対個人、対社会に貢献しようと言う考えを菩薩道とすれば、その覚悟は、それなりの精進なくしては、利己で留まるのみです。
そうですね。問題はその「神秘的な側面」を媒体として自身の精神を鍛錬している場合(それを鍛錬とは犀角独歩さんは言わないのかもしれませんが)、やはりその部分は納得されない部分として残り続けるのでしょう。あとはもはやその人の振る舞いによる、としかいいようがないのかもしれません。
しかしこのことは重要なことなのだと思います。ある意味でどのような「神秘的体験」をしていようとも、世間は無関心でありましょう。問題はその人間がどのように振舞っているのか、であるのだと思います。私の好きな蓮祖遺文に「崇峻天皇御書」があります。「教主釈尊の出世の本懐は人の振る舞ひにて候けるぞ」。それに尽きるのだと思います。
106
:
乾闥婆
:2005/08/01(月) 22:27:27
>>102
>現代社会における理念と現実の乖離が、宗教の存在意義とどう関わるかという問いに解があれば、それは現代人を納得させうる力となるでしょうね。
私は宗教にしろ文学にしろ、その重要な役割は世界観の提示であると思っています。理念をその世界観によって提示する、そのことで現実社会を引っ張る。しかし、そのような提示された世界観に説得力がなければ、それらは力を持ちえません。また世界観の提示は危険な方向へと現実社会を引っ張る力さえ有しています。
>乾闥婆さんは、たとえば、漫荼羅に向かっての唱題によって得られる極個人的な体感を宗教であると考えますか。わたしは違います。野放図、ぐうたら、自己中心的、社会のことも考えない自分が、苦・空・無我・無常という達観に到達し、かえって対個人、対社会に対して行動しようと言う精神と行動にわたしは宗教を見ます。
私はその両面を不可分であると考えています。不可分であるから宗教であるのだと。分離しうれば、それは宗教の名を冠さずともいいのではないでしょうか。哲学であり、思想であると。その意味で、初期仏教は宗教であるよりも、むしろ哲学であるように思います。ギリシャ哲学が宗教にならなかったように(キリスト教への影響はあったでしょうが)、仏教も宗教にならない道がありえたのではないかと考えます。
>他に与えられた漫荼羅を複写して使うことを日蓮は考えていたか、また、万人共通の大量生産される漫荼羅(形木から印刷まで)を考えていたか、どうか。もし、考えていなかったとすれば、漫荼羅を拝むという日蓮以後の発想と共に、それを日蓮に仮託して拝むことの説明もまた、併せて考えなければならないことでしょう。
そうですね。そこは意識して考えていかなければならないと思います。蓮祖以後の受容の中で曼荼羅の構造にたとえば日蓮本仏論などの影響はあるのでしょうか。私はその部分からは抜け出てしまっているので(また本門戒壇之第御本尊からも)、曼荼羅へ向かって唱題をしていても、その中心に蓮祖がいることはないのですが。いずれにしても蓮祖自身の思弁の中にそれはないのでしょう。そのような認識の下に達師や寛師の曼荼羅に向かうのはもはや違っているのかもしれません。
>虚空会と思って見た世界は(わたしが涅槃経の所説を引用するのはなんですが)魔仏の世界である可能性は視野に入れてはいらっしゃらないのでしょうか。
私は結局のところ曼荼羅は道具であるのだと思っています。私の意識内の問題として魔があるのであれば、魔仏の世界に魅入られているのだと思います。
>これは、創価学会人間革命で言うところで、本尊相伝とは違います。
それが本尊三度相伝なのですね。「人間革命」第一巻に出獄したばかりの戸田氏が自宅にある曼荼羅を手に取り、じっと見つめるシーンがあります。「彼は心につぶやきながら、獄中で体得した、不思議な虚空会の儀式がそのままの姿で御本尊に厳然として認められていることを知った」とあります。もしかすると、創価学会自体が富士門流と違って受け止めているのかもしれません。
107
:
犀角独歩
:2005/08/02(火) 20:36:51
乾闥婆さん
> 蓮祖…久遠実成の釈尊と他の始成正覚の釈尊とをどのような整合性
これは整合性というより従浅至深、前判御判、また、五重相対と言われるところの権実、本迹相対の見地でしょう。
> …久遠実成とは実態性のない一種の理念的存在…蓮祖は実態的に見ていた…我等が己心の釈尊は五百塵点乃至所願の三身にして、無始の古仏也…信仰者による内面化・理念化
「現代人が納得する」という当スレッドのテーマからは離れますが、これはつまり、「理・事の一念三千」という教学的な姿勢に回答が為されている点ではないでしょうか。
地涌菩薩を、日蓮は三度しか出現しないと限定しています。久遠下種・初発心、三千年前法華説処付属、そして末法の初めの五百年の流通です。五百塵点劫を永遠と見る教学的姿勢にわたしは反対の立場ですが、しかし、日蓮は「無始古仏」を言います。となれば、それは仏菩薩を己の心に観るという宗教的な境地であるにせよ、実際の上行の出現を待つ日蓮にとって、これが理念であるはずはありません。
> 虚空会はまさに、時間・空間を現実相から飛び越えて永遠の相へと没入してゆく装置
乾闥婆さんの宗教的体験は、日蓮とは違いますね。
乾闥婆さん、モニターから目をそらし、少しうえを凝視してみてください。壁でなく、天上でもなく、その中間にある空間です。それが虚空です。もっと正確に言えば、霊鷲山から仰ぎ見た天空、そこが虚空です。虚空会には元来、乾闥婆さんが仰るような意味は有していません。
多分、乾闥婆さんは驚かれると思いますが、真跡遺文に「虚空会」はただ1回しか記述されていません。
「阿弥陀仏等の十方の諸仏は各々の国を捨てゝ霊山虚空会に詣で給」(下山御消息)
もちろん、二処三会という教学的用法は日蓮が用いるところですが、これは説処をいうものであって、虚空会は永遠の説処ではなく、後霊鷲山会が始まれば終了します。つまり、常住此説法は、「霊山一会儼然未散」、寿量品で言えば「常在霊鷲山…我浄土」、すなわち霊山浄土です。虚空会が久遠の儀式であるという考えは、日蓮のみならず、天台にもありません。
つまり、乾闥婆さんが「虚空会」という記す宗教的な思弁は、「霊鷲山・浄土」のことでした。
> 法華経では、虚空会の儀式において末法における正法流布の参加者への付嘱があり、虚空会を終えて現実世界へ立ち戻ってのその実践がある
残念ながら、このような思弁は日蓮にはないと思います。
ただあるのは、上行菩薩塔中付属の正体が、妙法蓮華経であるという自覚ではないでしょうか。日蓮は虚空会に永遠を観、現実と往還するような思弁はなかったのではないでしょうか。ただ、あるのはこの世界は釈尊の御領であり、正法とは南無妙法蓮華経であるという思弁ではなかったでしょうか。
> …唱題も、曼荼羅も、振り切れない
乾闥婆さんは、日蓮が、別々に考案した漫荼羅と唱題に関連性を見出した派祖教学から、そこに虚空会を見、永遠性に意義を感じるという宗教的な感得を体験的に取得されたのであろうと思います。その在り方は、概ね、わたしが再考するに日蓮その人の意図とは違っているとは思えます。ただ、わたしにある興味は、では、日蓮が考えた形のままでやればどうなるのかという点です。
しかし、乾闥婆さんの漫荼羅唱題を否定的に捉えようと言うことではありません。しかし、ただ、乾闥婆さんがご覧になっている世界には先があるということです。
108
:
犀角独歩
:2005/08/02(火) 20:37:39
―107からつづく―
> 結局日常の現実の生活のなかで、私は永遠の相に触れる機会を失い、ただただ日常の雑事に流されていってしまう
ここなのです、乾闥婆さん。わたしは、自分が菩薩道に具体的に生きるとき、その瞬間に永遠を感じています。しかし、器物崇拝者は、そのシンボルに永遠を見てしまうために、現実のなかに永遠を見られなくなってしまいます。まさにこれはシンボルの病ではないでしょうか。宗教儀式、勤行のなかに菩薩道があるのではありません。道に倒れた人があれば抱き起こし、飢えた人に食を与え、寒熱に衣を与え、共に泣き、共に喜ぶところに永遠の菩薩道はあります。それを宗教儀式のなかで見て終わりにすれば、それでは理念、観念の域でしょう。実態とは自分が心の実感であり、心身を尽くす人との関わりのなかにしかありません。
漫荼羅も、唱題も、そして、日蓮の教えも、その菩薩道に至る道標であることがわかります。しかし、道標は目的地ではありません。単に指し示すばかりです。その道標を拝んで、満足しているのが多くの器物崇拝の墜ちた坑ではないでしょうか。
> 「教主釈尊の出世の本懐は人の振る舞ひにて候けるぞ」。それに尽きるのだと思います。
まさにそのとおりです。
> 宗教にしろ文学にしろ、その重要な役割は世界観の提示
このお考えには賛同します。
> 初期仏教は宗教であるよりも、むしろ哲学であるように思います
これは主客逆転です。初期仏教こそ仏教であり、いまわたしたちが思っているほうが仏教ではなく、宗教ではないのです。いまようやくと、科学的成果と思弁で、幾重にたまった澱と、垢が洗い流され、宗教と、仏教が見えてきたのではないでしょうか。
> 曼荼羅は道具
そうですね。結局のところ、人々が感じる神仏、菩薩、さらに宗教というものは、その人自身の願望、思念にほかならず、実は一歩も自分の心から出ていないという事実を正視しないと前に進みません。
> 「人間革命」第一巻…不思議な虚空会の儀式がそのままの姿で御本尊に厳然として認められている
漫荼羅図示の有様は虚空会というより、先の日蓮の言説の通り「霊山虚空会」であるというのが正確でしょう。ただ、戸田さんの個人的体験がどんなものであったのか、これを追体験するような漫荼羅唱題を繰り返すことは、無意味であるとわたしは思います。仏壇の前に人生があるのではなく、永遠も神秘も奇跡も、一切は、いま生きているこの瞬間の現実のなかで見いだせることだからです。これはさらに拡げて言えば、宗教団体という狭い場所が提供する世界観は、実に小さく、仏教徒は言い難いものです。その出口を出れば、そこは入り口であり、広漠な世界観が、文字通り、広がっています。それは宗教団体や、その指導者が提供する退屈なご都合世界とは違い、漫荼羅唱題で見られる世界より、さらに広く、大きく、そして、永遠の世界であると、わたしは感じてきました。
> 創価学会自体が富士門流と違って受け止めている
もちろん、そのとおりであろうと思います。創価学会の教学は、まるで石山と違い、石山はまた冨士門全般と違い、その富士門は日興と違い、日興はまた日蓮と違います。この現実から目をそらさない人だけが、「納得」を考えることができる人たちでしょう。
109
:
顕正居士
:2005/08/02(火) 23:20:45
曼荼羅が虚空会の図像であることは新尼御前御返事(断簡現存)に
「今此の御本尊は教主釈尊五百塵点劫より心中にをさめさせ給、世に出現せさせ給ても四十余年、
其後又法華経の中にも迹門はせすきて、宝塔品より事をこりて寿量品に説き顕し、神力品属累に
事極て候しか」とありますよ。
妙宗本尊弁考−御本尊の意義を考える−
http://www.genshu.gr.jp/DPJ/syoho/syoho27/s27_097.htm
110
:
犀角独歩
:2005/08/02(火) 23:28:59
顕正居士さん、仰るとおり、富士門外では、当然、そのような顛末であると認識しております。わたしが記したのは、しかし、富士門では本尊相伝で霊前儀式図示というのに、戸田さんは、それを他日蓮門下の如き、虚空会に事寄せた、となると、書写の認識と、礼拝者の認識に齟齬が来すであろうという指摘でした。
111
:
犀角独歩
:2005/08/02(火) 23:29:51
【110の訂正】
誤)霊前
正)霊山
112
:
顕正居士
:2005/08/03(水) 00:02:06
大石寺の教義は「寿量品の儀式」ですね。
「問う、諸流一同の義に云く「今此の本尊は本門八品の儀式なり」と云云。この義は如何。
答う、凡そこの本尊は正しくこれ寿量品の儀式なり。何となれば宝塔品の時、二仏座を並べ分身来集し、涌出品
の時本化涌出し、正しく寿量品に至って十界久遠の上に国土世間既に顕れ、一念三千の本尊の儀式既に円満
円足して更に一事の闕滅なし。豈寿量品の儀式に非ずや。
然るにこの本尊の付嘱未だ畢らず、故に儼然未散にして通じて嘱累品に至るなり。故に寿量品の儀式は通じて
八品に亘る故に八品の儀式なりといわば、これ大なる妨げなし。然るに諸門流の輩、これ寿量品の儀式なること
を知らず、直ちに八品の儀式という、故に不可なり」(本尊抄文段下)
http://nakanihon.net/nb/honnzonnsyoumonndannge.html
113
:
犀角独歩
:2005/08/03(水) 09:05:44
いちおう、確認ですが、109、112は、顕正居士さんがお書きになった文章ですか。
顕正居士さんの名を騙り、誰かが投稿したものではないのですね。
であれば、当スレのテーマから離れますが、日寛教学について、退屈ながら、やや記しますが。
顕正居士さんが、こんな基本的な部分がおわかりにならないとは、到底、わたしには思えないので、いちおう、確認させていただきます。ご解答いただきたくお願いいたします。
いちおう、先に申し上げれば、これは「大石寺の教学」ではなく、「日寛の教学」です。また、「寿量品の儀式」というのは、「我が内証の寿量品」「寿量文底(秘沈)」「寿量品の肝心」「内証の寿量品」、また、在世の寿量品が「迹中之本」から論じられているという前提での日寛説であることは言うまでもないことです。法華28品中の寿量品を直ちに指すものではないのが、日寛説です。つまり、112に書き出しは切り出しに過ぎず、日寛説を満足していません。
では、本尊三度相伝と日寛説とがどこで違うのか、該当の投稿が、本当に顕正居士さんに拠るのであれば、ここで日寛説を簡ぶ理由を記します。こんな基本的なことを記さなければ駄目でしょうか。
114
:
犀角独歩
:2005/08/03(水) 11:05:30
なお、日寛の教義は、本尊を寿量品の儀式としますが、これは簡んで、日寛が言うのは
「この御本尊は正しくこれ文底下種の本仏、本地難思、境智冥合、久遠元初の自受用の一身の相貌…寿量品の儀式は文上脱益、迹門の理の一念三千、教相の本尊なり。若し今遺付の本尊は文底下種、本門の事の一念三千、観心の本尊…今日寿量品の儀式を以て、久遠元初の自受用の相貌を顕す…久遠本果の本を顕し已んぬれば更に一句の余法なし。唯これ久遠本果の為体、一念三千の儀式」
です。なんぞ、文上寿量品の儀式とのみ、言うことができるでしょうか。
日寛は「文上熟脱の本尊を簡びて、文底下種の本尊を顕す」と言っています。
115
:
顕正居士
:2005/08/03(水) 19:25:08
「今此の本尊大漫荼羅とは霊山一会の儀式を書き顕はす処なり」(本尊三度相伝)
まずこの霊山一会という語は、二処三会中の虚空会を指すと解すべきでしょう。二仏並座は虚空会の間です。
次に「未有寿量佛。来入末法始此仏像可令出現歟」(本尊抄)とありますから、この宗の本尊が寿量品の仏で
あることも明らかです。したがって大石寺のように曼荼羅正意を取る場合には、曼荼羅が虚空会の図像で
あるというだけでなく、曼荼羅が寿量品の仏であることも示す必要があります。さらに寿量品の仏といっても、
「今日寿量品の儀式を以て、久遠元初の自受用の相貌を顕すなり。妙楽の所謂『雖脱在現・具騰本種』これを
思い合すべし」(本尊抄文段)といい、つまり在世の寿量品の仏ではなく、「五百塵点乃至所顕三身無始古仏」
(本尊抄)の表現だとする。むろん大石寺ではその無始古仏を「教主釈尊五百塵点已前仏也。因位又如是」
(本尊抄)の因位のほうの仏とするわけですが、因本果迹論を別にすれば、曼荼羅正意の論は「己心釈尊」、
「無始古仏」を取って、在世寿量品の仏を取らない思想といえます。
116
:
犀角独歩
:2005/08/03(水) 20:41:51
> 115
漫荼羅は十界勧請漫荼羅といい、仏菩薩はまだしも、「他方の大小の諸菩薩は万民の大地に処して雲閣月卿を見るが如く、十方の諸仏は大地の上に処したまふ。迹仏迹土を表す」というわけで、勧請諸尊のすべてが虚空会に収まるわけではありません。他の衆生は霊山の大地にあります。故にここは日蓮の記述の通り「霊山虚空会」ということになりませんか。
多分に日蓮の考えでは、むしろ、八品の儀式、もしくは寿量品の儀式という意識があり、しかし、本尊相伝の段階では、それを霊山の儀式とする隔たりがあります。さらに日寛はそれを人即法本尊、(寿量品の)文底秘沈、内証、肝心というも、在世の法華からさらに隔たりという相違が存します。これは一本の線で繋ぐことは出来ず、特に会通を加えて、整合性を採る必要をわたしは感じません。日蓮と本尊相伝、日寛の思想にむしろ異轍を見ることを自然と考えます。
その他のご説明には、特に異論はありません。
117
:
犀角独歩
:2005/08/03(水) 20:57:53
【116の補足】
> 仏菩薩はまだしも
とは、仏=釈迦多宝、菩薩=四菩薩という塔中、虚空の聖衆はまだしもとの意味です。
なお、「霊山一会の儀式」と記されるところを虚空会と読み直す理由はないと思います。十界衆生は霊山の大地から虚空・宝塔に亘るからです。
118
:
顕正居士
:2005/08/03(水) 21:25:54
虚空会とは見寶塔品第十より囑累品第二十二までのことです。虚空のことではありません。
http://www.ceres.dti.ne.jp/~kosho/siryo001.html
霊山会全体なら霊山三会(りょうぜんさんね)というはずです。
「宝塔品より嘱累品にいたるまでの十二品は殊に重きが中の重きなり」(兵衛志殿御返事、真翰完存)
119
:
犀角独歩
:2005/08/03(水) 22:02:21
> 118
そうですね。仰るとおりです。霊山一会とは二処三会で霊山か・虚空かということではありません。「霊山八年」の説法という法華説法の場を指します。そこを説法という側面から見れば二処三会となります。虚空会はしかし、多宝塔中の説法というほうが、また、正確と言うことでしょう。
ですから、「霊山一会」は法華説法の現場を指す用語であるとわたしは思います。その中から、時空を超えた虚空会なるものを夢想するのはナンセンスであるとわたしは記してきたつもりです。
120
:
犀角独歩
:2005/08/03(水) 22:06:01
> 119
まあ、しかし、こんなことは当スレからはかけ離れたテーマです。
121
:
乾闥婆
:2005/08/04(木) 21:42:33
>>107
犀角独歩さん。
>日蓮は「無始古仏」を言います。となれば、それは仏菩薩を己の心に観るという宗教的な境地であるにせよ、実際の上行の出現を待つ日蓮にとって、これが理念であるはずはありません。
久遠実成は、やはり現実相を超えていると思います。問題は蓮祖のその時代、久遠実成ということが、どのように受け止められる事態であるのかなのだと思うのです。「地涌千界は教主釈尊の初発心の弟子也。寂滅道場にも来らず、雙林最後にも訪わず、不孝の失之有り。迹門十四品にも来らず。本門六品にも座を立ち、但、八品の間に来還せり。是の如き高貴の大菩薩、三仏に約足して之を受持す。末法の初めに出ざるべきか。当に知るべし、此の四菩薩は、折伏を現ずる時は賢王と成って愚王を誡責し、摂受を行ずる時は僧と成って正法を弘持す」。地涌・上行の出現とは理念の具現化ではないでしょうか。地涌の菩薩は地涌の菩薩として現れるのではなく、上行も上行として現れるのではなく、ある姿をとって現れるはずです。蓮祖の待つ「実際の上行の出現」とは法華経に語られる虚空会「八品の間に来還」した菩薩群の現実相における、ある姿をとった顕現であって、それを待つからといって蓮祖か観じた己心の仏菩薩が理念ではないとはいえないのではないでしょうか。己心に観じるがゆえに、「経に云く_我本行菩薩道。所成寿命。今猶未尽。復倍上数等云云。我等が己心の菩薩等也。地涌千界の菩薩は己心の釈尊の眷属也」といった言葉も出てくるのではないでしょうか。顕現されるものは実態的なものであるよりも、むしろ理念的なものなのであると思います。
>真跡遺文に「虚空会」はただ1回しか記述されていません。
確かに驚きました。しかも「霊山虚空会」とセットになった表現ですね。虚空会と霊山会は切り離せない関係にあるのですね。しかし虚空会で語られるところの久遠実成が、現実相を破るものであることには変わりはないのではないでしょうか。そうであるから「霊山虚空会」に参加している諸菩薩は驚き不審に思うのでしょうし、蓮祖も法華経の信じがたさとして、久遠実成をいわれるのではないでしょうか。
>虚空会は永遠の説処ではなく、後霊鷲山会が始まれば終了します。つまり、常住此説法は、「霊山一会儼然未散」、寿量品で言えば「常在霊鷲山…我浄土」、すなわち霊山浄土です。虚空会が久遠の儀式であるという考えは、日蓮のみならず、天台にもありません。
確かに虚空会自体は永遠の説処ではないのですね。了解いたしました。虚空会は永遠が語られる舞台ではあるのでしょう。しかし後霊鷲山会が始まっても、虚空会にて語られた「常住此説法」の釈尊像は残像として残り続けます。法華経は二処三会・八年の説法ですが、蓮祖は「今、本時の娑婆世界は三災を離れ四劫を出たる常住の浄土なり。仏、既に過去にも滅せず未来にも生ぜず。所化、以て同体なり。此れ即ち己心の三千具足三種の世間也。迹門十四品に未だ之を説かず。法華経の内に於ても時機未熟の故か。此の本門の肝心南無妙法蓮華経の五字に於ては、仏、猶お文殊・薬王等にも之を付属したまはず。何に況んや其の已下をや。但地涌千界を召して八品を説いて之を付属したもう」と虚空会の付属を持って、娑婆世界に常住浄土を見、仏の常住を見ています。そのこと自体は後霊鷲山会が始まっても、消え去らない観念なのだと思います。法華経の二処三会という構造の中でも、語られるところの久遠実成は現実相を超えていますし、そのことを蓮祖は正面から見ていると思うのです。そしてそのような釈尊や菩薩を内在化しているのではないでしょうか。
122
:
乾闥婆
:2005/08/04(木) 21:42:53
>>108
>それを宗教儀式のなかで見て終わりにすれば、それでは理念、観念の域でしょう。実態とは自分が心の実感であり、心身を尽くす人との関わりのなかにしかありません。
もちろんそのとおりです。しかしそれは宗教儀式のなかで見て終わりにした場合、です。理念・観念が不要のものかどうかということとは別問題です。理念も観念も私は必要だと思っています。そのようなものなくして人間は筋目正しく生きられるでしょうか。「心身を尽くす人との関わり」を形成する行動原理として理念が必要なのではないでしょうか。日々の煩雑な用件に流される日常の中で、そのような理念を持つ者と持たない者とは振る舞いにおいて違ってしまわないでしょうか。菩薩道に対する観念も理念もない者に菩薩道が行えるでしょうか。
>漫荼羅も、唱題も、そして、日蓮の教えも、その菩薩道に至る道標であることがわかります。
私もそのように思います。しかし道標はあったほうがいいのではないでしょうか。もちろん、それが道標であることを知っていることは重要なことであります。
>これは主客逆転です。初期仏教こそ仏教であり、いまわたしたちが思っているほうが仏教ではなく、宗教ではないのです。いまようやくと、科学的成果と思弁で、幾重にたまった澱と、垢が洗い流され、宗教と、仏教が見えてきたのではないでしょうか。
初期仏教はむしろ宗教批判としてあったのではないでしょうか。宗教批判としてあった仏教が宗教へと回収されていった、そして回収された宗教としての「仏教」を今の私たちは仏教と呼んでいるのではないでしょうか。
123
:
モモ
:2005/08/05(金) 05:55:06
お久しぶりです。皆様いかがお過ごしでしょうか。最近はこのスレッドを拝見するようになっております。あれから色々考えたのですが、大石寺の三宝義が正統ではないということは良く考えれば自明なことなのだと思うようになりました。
それにしても正宗の三宝義が正統であると何故信じ込んでしまったか、また創宗戦争もいわゆる茶番に踊らされていただけだったのか、というようなことを最近は考えています。
しかし、この掲示板で知り得たことを他の正宗信者に話そうという気にはなりません。今でも朝夕の勤行は勤行要点の通りにし、唱題は毎日一時間、そして毎月の登山参詣は欠かしておりません。私の中では唱題の功徳と御開扉の歓喜は本物なので、それはこれからも大事にしていきたいと考えています。
124
:
犀角独歩
:2005/08/05(金) 09:44:02
乾闥婆さん
ここでのテーマは「現代人が納得できる日蓮教学」ということですので、やや論点がずれてきてしまいましたね。しかし、押さえておくべき点がいくつかありますので、やや脱線して記させていただきます。
今回の乾闥婆さんのご投稿は、現代人が納得するというより、ご自身がこのように「納得していたい」というニュアンスと、わたしは読めました。
ここでのテーマは、日蓮がどのように考えていたかというのが一つ、次にその間替えのどの部分が21世紀でも通用するかが第2番目に考える事項というのが、当スレッド参加の意義と考えています。
> 久遠実成…現実相を超えている
日蓮の記述から、それを理念とするような‘不信仰’な記述は見られないと思いますが。
つまり、現代科学から見れば、ということではないでしょうか。
故福島源治郎さんが…学会は蛇蝎のように嫌いますが、わたしは蘇生の会の勉強会に何度か出たことがあります。しかし考えはまったく違いますが、それでも、…五百塵点劫を時間的に遡ったら今の宇宙すら存在していなかったはずだと言ったのをいまでもよく覚えています。しかし、これは今の科学的な成果を知っているからこその発言であるわけです。古代インド人にしても、上古鎌倉の日蓮にしても、四劫(常・住・壊・空)と認識していたとしても、十界衆生は永遠流転のものであったと思っていたはずでした。
乾闥婆さんは理念と実態と言う言葉をよくお使いになりますが、わたしはこの点に注目し、この言説を読むたびに、日蓮門下教学で言われる理事の三千が彷彿としします。
日蓮は理念は天台によっています。しかし、日蓮の自覚は、そこに留まりません。それまで、末法の初を在世以上に重んじ「仏意を推知するに、仏の出世は霊山八年の諸人の為に非ず。正像末の人の為也。又、正像二千年の人の為に非ず。末法の始め、予が如き者の為」と宣言する日蓮の自覚は、理念であるはずはありません。日蓮が求めたものは、常に釈尊が法華に、天台が釈義に記した理念が現実となる時を「末法今時」と睨んだ現実、乾闥婆さんの言葉で言えば実態にあります。
> 地涌の菩薩は地涌の菩薩として現れるのではなく、上行も上行として現れるのではなく、ある姿をとって現れる
ええ、もちろん、日蓮はそう考えていたでしょう。具体的には僧となり摂受、賢王となって折伏を為すという具体性です。つまり、自身僧として上行の自覚で摂受、日本を攻める蒙古は梵天帝釈の仰せを被った賢王折伏という具体性でしょう。
> …己心に観じるがゆえに、「経に云く_我本行菩薩道。所成寿命。今猶未尽。復倍上数等云云。我等が己心の菩薩等也。地涌千界の菩薩は己心の釈尊の眷属也」といった言葉も出てくるのではないでしょうか。顕現されるものは実態的なものであるよりも、むしろ理念的なもの
ここで乾闥婆さんは、一つの思弁上の混乱を来しています。これは多分、たとえば天台の止観の実践的な意味を読み取っていないためではないかと観察します。止観は全編をお読みになりましたか。
125
:
犀角独歩
:2005/08/05(金) 09:45:07
―124からつづく―
ここで日蓮が言う「己心に観じる」仏菩薩というのは、印度応誕の釈尊、八品来還の地涌菩薩ではありませんよ。日蓮己心の仏菩薩です。つまり、日蓮本人の一念三千です。日蓮によって、観念観法された仏界・菩薩界です。観法とは十法界ということで、止観禅で観念していく行法では一々の十界を観、十如を観、さらに百界、千如、三千不可思議境を観、さらにその三千・一なるを観るという座禅法が止観に記されるところです。ここで仏菩薩を観じることによって、自身が菩薩になることを自覚し、未来成仏を信じるための観察を言うのです。学会を含む石山系信者は天台を読まないためにこの当たり前の基礎を読み落とします。
この観念観法は寿量品に三妙合論として説かれる本因・本果・本国土を経証とし、天台止観を釈証とするので、日蓮はそれを引用します。そして、実際の菩薩道、成仏はいわばその追体験で可能になりますが、釈尊の三妙合論は衆生の体験ではありません。釈尊の霊山永遠の説法は我等の己心ではありません。これは釈尊=仏側のことです。しかし、我々はそれを己心でしか観じられないことを「一心欲見仏」から読むのが天台法華教学であり、日蓮が受容したところでした。つまり、これは日蓮が訓えた我等衆生側のことです。生・仏の異なりです。
以上の観念観法と、末法の初に上行等の四菩薩が出現し、具体的に久遠実成釈尊仏像が出現すると言うこととはしかし、理念(理の一念三千)が事実であれば、末法出現の上行等四菩薩久遠実成釈迦牟尼仏の出現(事の一念三千)も事実であり、故にその事を行ずる事行の一念三千、南無妙法蓮華経唱題の功徳も事実であるという一本のレールで考えていったのが日蓮です。ここでは理・事・行は一つのものと昇華して欠減がなく、始めて事実となる故に故に末法の初は正中正、日蓮が根本となると宣言するわけです。これが日蓮でしょう。これが理念に留まるはずはありません。現実として日蓮はとらえていたことになります。日蓮のような実践の人に観念の遊戯は無縁です。
いまここ娑婆世界(霊山)に釈尊は説法し続けている体感を、日蓮は南無妙法蓮華経と絶唱し、寿量本仏・仏像を祀る寺院の建立も予言するのが本尊抄です。それは理念ではなく、具体的な設計図とも言えるわけですが、これを「生命」なる魂の十界解釈のような珍妙な理屈でみると、一切の日蓮の具体性は霧散してしまいます。また、勤行唱題で体感できる世界などと思えば、空想、神秘の世界に埋没します。日蓮は瞑想のインナートリップに麻薬のように酔いしれるドラッガーではなく、実際の現実社会を、政治も含めて考えて、どうすれば変えられるか、それを変えるのは、娑婆世界は釈尊の御領である故に、その使者、流通を二千余年の印度において多宝塔中に誓った上行等の四菩薩の仕事として、現実のものとしてみていたのでしょう。ここに空理空論に耽る余地は、厳寒の佐渡に、絶体絶命の日蓮にはなかったと思います。
> 蓮祖も法華経の信じがたさとして、久遠実成をいわれる
違うと思います。日蓮にとって、久遠実成は事実であったのでしょう。実成の実です。それを事実として、とらえるに足りる臨死体験とも言える擬刎頭・遠流という過酷な体験が可能にしたのではないでしょうか。日蓮は理論家と言うより、実体験家であったことは、生身虚空蔵、不動・愛染感見という(日蓮にとっての)実体験によって証明されていたはずです。
> 本時の娑婆世界は…
これを理念と見るのは現代人の視点でしょう。
日蓮が言う霊山は、キリスト者が言うような天の国ではありません。無色界といった此土を離れた別世界ではありません。日本から海を渡り、中国を経て歩いていける地続きの場所です。これを時空を超えた別世界、天国のような世界を浄土と思うのが、キリスト教の影響でしょう。当時、印度の霊山は、現代、ロケットで行く月よりも遠い世界であったと当時の人は感じていたでしょうが、しかし、それはこの世の場所、須弥山が大地の中心であると信じられたように、この世の中心、寿量仏の住まいであり、その場所は劫火にも焼けない常住の浄土であるというのが本尊抄の記述でしょう。孫悟空の物語で言われる天竺のほうがキリスト天国よりイメージとしては近いはずです。この仏を、キリスト教の神、この地を天国のように感じるのは、明治以降の西洋文明に占拠された現代人の読み違いです。そんな誤謬は、実際の大地にある霊鷲山をイメージの世界に追いやり、時空を越えた虚空会というイメージ世界に追いやったということでしょう。
126
:
犀角独歩
:2005/08/05(金) 09:45:40
―125からつづく―
> 釈尊や菩薩を内在化
以上の次第ですから、これは観念世界に内在化された空論と、日蓮はとらえていなかったでしょう。
> 理念・観念が不要のものかどうかということとは別問題です。理念も観念も私は必要だと思っています。そのようなものなくして人間は筋目正しく生きられるでしょうか。
これはわたしの文章を誤解して記されているのではないでしょうか。
わたしは理念・観念が不用といっているのではなく、それを漫荼羅唱題で消化して満足する点を突いているのです。
> 菩薩道に対する観念も理念もない者に菩薩道が行えるでしょうか。
行えます。菩薩道という理念・観念があるから菩薩道があるのではありません。菩薩道と、後天的に名付けられた理念・観念と実践が本来、人間に具わっていたからこそ、菩薩道は言われるようになったのです。これもまた主客が逆転しています。
ただ、もちろん、菩薩道が言われるようになったあと、経釈を引いて、それを教えることはけっこうなことですが、それをしかし、一教団内の利得、信者僧侶の搾取の理論として使用することは非難されるべきであるというのがわたしの信念です。また、菩薩道とは対他的…、現代語で言えば、社会的活用ですから、対社会・対個人に向けない単なる理念としての菩薩道など有りえず、もしそのようしか捉えなければ、それはただの空理空論だというのがわたしの言いたいことです。いわば、漫荼羅唱題のなかでしかない菩薩道は、絵に描いた餅に過ぎないというのが、わたしの言いたいことです。
仏菩薩が理念化してしまうのは、漫荼羅唱題で事足りるという自己満足でのことではないでしょうか。
> 道標はあったほうがいい…道標であることを知っていることは重要
しかし、道標はしるべであって、道ではありません。その道を歩かず、道標を拝んでいても前に進まないと言うのが、わたしが記してきたことです。
> 初期仏教はむしろ宗教批判としてあったのではないでしょうか。宗教批判としてあった仏教が宗教へと回収されていった、そして回収された宗教としての「仏教」を今の私たちは仏教と呼んでいるのではないでしょうか
ここは、わたしには何を書かれているのかよくわかりません。
「宗教批判」というのは昭和30年代に読んだ『折伏教典』の主要テーマでした。
シャキャムニはバルナという階級差別でバラモン階級に特権化されていたものを下階級との禁婚で生じたものへ解放したというのが実際のところであったとわたしは認識しています。宗教?を批判というのは何のことであるのか皆目理解できません。
「仏教が宗教に回収」となると想像もつきません。
ここで言語既定をしないと混乱するので、いたしましょうか。
「宗教」という語は、法華経では見られませんが、天台は玄義で、妙楽もその釈で挙げ、伝教も使用します。しかし、日蓮遺文には見らません。この段階での宗教はしかし、いま言われる宗教とは意味を異にしていると思います。現代語の宗教は、天台已来使用されていたこの佛教用語を、西洋の religion の訳語として使用されてしまった段階からその意義と意味は大きく変わってしまいました。
ここら辺の概念規定は乾闥婆さんでは、どのようになっているのかわかりませんので、該当の記述を判読することができませんでした。レクチャーいただければと存じます。
127
:
犀角独歩
:2005/08/05(金) 12:02:24
―126からつづく―
現代人は法華経が3000年前にインドでシャキャムニが説いたものでないことを知っています。ということは久遠実成が物語であることも当然、認知することになります。
では、日蓮はどうであったのでしょうか。乾闥婆さんの述べるところでは、法華経の説法は事実としてとらえていたが、久遠実成は理念としてみていたということになるのでしょうか。
しかし、このように日蓮の法華経観を見ると、日蓮教説は成り立たなくなります。
何故か。日蓮の考えでは、法華の要法たる南無妙法蓮華経を上行等が付属し、それを末法に弘めるということは、紛れもない事実だったからです。では、、他の迹仏、他土菩薩を斥けて、上行等にこれを託したかといえば、それは久遠成道の釈尊(寿量仏)の初発心の弟子であるからです。インドにおける付属は、事実だが、久遠下種は理念であるとなると、まこの上行等が菩薩になった因がないことになります。これでは法華経は成り立たないわけです。
つまり、3000年前の法華説法とその付属が事実であれば、その付属をした仏がいつ仏になり、その仏の下種が誰であるのかという因縁果報を論理的に充足させるためには久遠実成、久遠下種は事実でなければ論理は破綻します。
わたしが日蓮が事実としてとらえていたというのは、そのような意味です。
128
:
犀角独歩
:2005/08/05(金) 12:12:35
【124の訂正】
誤)その間替え
正)その間違え
【127の訂正】
誤)まこの上行
正)この上行
129
:
犀角独歩
:2005/08/05(金) 12:23:15
モモさん、お久しぶりですね。
『マインド・コントロールの恐怖』のなかでハッサン師は、引用して
「エドマンド・バークの言葉を使えば、『悪が勝利するのに必要なのは、良い人が何もしないことだけ』」(P354)
と記していました。わたしは石山の彫刻本尊を本物であるといい、創価学会員800万人から500億円近い献金を巻き上げたのは、戦後に本妻大の宗教犯罪であると考えています。また、それが偽物であるといちばん知っていながら、その5000年使うと言った建物を僅か四半世紀で建て直し、いまだに騙し続けている例の御仁は、池田さんよりも、浅井さんよりも遙かに罪深い人物であると思っています。
また、ここで事実を知りながら変わらぬ日々を過ごす、そんな宗教犯罪に荷担するあなたをわたしは罪人の片棒を担ぐ一人であると思いますよ。わたしはこのような点で歯に衣を着せる気はありません。
「歓喜」というのは「快楽」の間違いではないでしょうか。
130
:
犀角独歩
:2005/08/05(金) 12:24:45
昼の休み時間に慌てて打っているので打ち間違い連発です。
誤)戦後に本妻大の宗教犯罪
正)戦後日本最大の宗教犯罪
131
:
モモ
:2005/08/05(金) 18:48:59
犀角独歩さん、レスありがとうございます。以前と変わらず手厳しいようで(笑)。
現代人が納得できる日蓮教学とは非常に興味がある話題です。日蓮「大聖人」を奉じ、題目を唱える人間の一人として、今後どのように信仰観を持てばよいか、ということを私は模索しています。少なくとも大石寺の三宝義は正しい、といった形での布教はできなくなったと考えています。また六老僧は実は不次第だった、と言われてもそれではさて、日蓮門下の統一は非現実的な感じがします。
日蓮は題目口唱を世に広めて、個人の成仏と立正安国の世の中にするのが目的だったのではないでしょうか。そうすれば、戦争や経済不安、災害、テロのない、ぎのうの世になるということだったと私は考えています。そのような本来の目的に沿った現実的なビジョンが見えてくればと思います。
今後どのような信仰観を持っていけばよいかについて、また、どのように布教していくかについて、大石寺の三宝義にかわる現実的で明快なビジョンが示されれば幸いです。
あと、三大秘法抄、二箇相承、当体義抄、総勘文抄、などの大石寺教学の重要御書が偽書だというなら、誰がいつ頃どのような背景で書いたのか、ということについても興味があります。三大秘法抄の作者は日時上人なのでしょうか。
オフ会も今回は見送らせていただきますが、今後都合が合えば、またいろいろなお話を是非とも伺いたいとも考えております。よろしくお願いします。
132
:
犀角独歩
:2005/08/05(金) 21:34:27
モモさん、おぉ、なかなか唱題に鍛錬された批判にめげない、怒らぬ返信、たいへんに結構です。まあ、そのうち、また、顔を出してください。歓迎します。
133
:
為吉
:2005/08/05(金) 21:55:48
犀角独歩さん
はじめまして。
>行えます。菩薩道という理念・観念があるから菩薩道があるのではありません。菩薩道と、後天的に名付けられた理念・観念と実践が本来、人間に具わっていたからこそ、菩薩道は言われるようになったのです。これもまた主客が逆転しています。
「菩薩道と、後天的に名付けられた理念・観念と実践が本来、人間に具わっていた、、、」
これは如何なる根拠によるものでしょうか?
ちなみに私は乾闥婆さんの「菩薩道に対する観念も理念もない者に菩薩道が行えるでしょうか。」という御意見を支持します。仏の智慧に裏付けられた利他の行いであるが故に「菩薩道」と呼べるのであり、そのような裏付けのない善意は「猿猴捉月」あるいは「地獄への道は善意の石で敷き詰められている」といった類に堕してしまう恐れがあります。
134
:
犀角独歩
:2005/08/05(金) 22:03:01
為吉さん、はじめまして。
「菩薩」という概念がいつ頃、どのように生じたかということについては、随分と前に議論した内容です。元より、仏教に菩薩などという考えはありませんでした。
その発生はイランのミトラ教における救世主思想がマイトレーヤと変節して弥勒信仰として習合した段階で定着したと見るのが、一般的な学説です。つまり、まず救世主思想ありき、このような思想史を知っての難詰であれば、お聞きしますが、「仏の智慧に裏付けられた利他の行いである」などと記されるところを見ると、そのような思想史は、意識されていないようですが、如何でしょうか。
135
:
犀角独歩
:2005/08/05(金) 22:14:31
ミトラ教から弥勒、菩薩という思想史は、いくつもそれを載せるサイトはあり、検索してもらえばよいのですが、当掲示板で「ミトラ」さんというHNを有して紹介下さったサイトがありますので、参考に紹介しておきます。
http://www.hi-net.zaq.ne.jp/buakf907/extra006.htm
いちおう、反論するのであれば、この程度の基礎知識ぐらいは身に付けてしてください。
136
:
為吉
:2005/08/05(金) 22:40:53
>そのような思想史は、意識されていないようですが、如何でしょうか。
「富士門流信徒の掲示板」という名称の掲示板で菩薩道を話題にするのに
「ミトラ教」なる宗教(?)の知識が「この程度の基礎知識」という扱いであるとは思いが至りませんでした。失礼いたしました。
しかしそうであるならば、犀角独歩さんが語られるところの「菩薩道」とは「ミトラ教」で主張されるところの「菩薩道」なのですね。
御紹介頂いたサイトを熟読したいと思います。
137
:
犀角独歩
:2005/08/05(金) 23:00:55
為吉さん
> 「菩薩道」とは「ミトラ教」で主張されるところの「菩薩道」
いえ、違います。
ミトラ経に遡源して、そこから本日に至るまでの菩薩道です。
既に顕正居士さんもご指摘くださっていますが、弥勒菩薩は、当初、阿弥陀如来と身分で摂取され、また、本生譚では、釈迦の前世のみを指す言葉として定着しました。
この頃の菩薩道は、心身を捧げることを意味しましたが、しかし、これが法華経では、単に弘教することが菩薩の意義のように変遷します。この点について、わたしは大いに異義を唱えてきたわけです。
以上のような点は、過去数年に詳細に亘り、議論されたことです。紹介サイトのみならず、過去ログもご参考下さい。
138
:
為吉
:2005/08/05(金) 23:34:05
熟読とまではいきませんが…
●御紹介頂いたサイトの記述
>15 佛教への影響
直接の影響は、西域でミフラクを弥勒と音訳し、仏教の中で菩薩という微妙な地位を獲得します。人物であった釈迦が神様になりますから、そのお付の者になるわけです。
●為吉の記述
>仏の智慧に裏付けられた利他の行いであるが故に「菩薩道」と呼べるのであり…
なんだか結構似ていました。
139
:
顕正居士
:2005/08/06(土) 00:27:57
菩薩(bodhisattva)は悟りを求める衆生という意味で、釈尊の大悟以前の求道の時代を指す言葉からはじまり、
次に釈尊の前世をいうようになった。インドの民話を釈尊前世の慈悲の修行に仮託したのが本生譚(jātaka)
です。それから過去七仏の思想が生じた。菩薩は釈尊の修行時代に限らなくなった。ここまでは大乗仏教以前
にすでに出来たのです。
大乗仏教以前の菩薩
http://www5.ocn.ne.jp/~ono13/page59.html
140
:
顕正居士
:2005/08/06(土) 01:02:24
犀角独歩がおっしゃるように、法華経にはたしかに「宣教主義」とでもいうべき特徴が見られます。法華経では
教主釈尊は阿含経と同じ丈六の仏として現れ、尊特の身を示さない。四諦、十二因縁等の釈尊直系の仏教の
名目を次々と挙げ、一種古めかしい結構です。しかし五種法師の修行など、この法華経を宣布することを強調
する。けれども法華経の意趣は釈尊直系の仏教を小乗と敵視したいわゆる大乗仏教を仮城とし、無二無三の
絶対一乗をかかげ、さらに仏教以外の人・天の教えも開会し、万人の未来成仏を示すところにあります。
法華経の「宣教主義」は諸宗教、諸宗派の争いを止揚する福音なりというところから来るのですから、これと
正反対のわが教会にのみ救済ありの布教の精神とは一緒にすることができないと考えます。本門立教により
教学上の問題をいろいろ残した日蓮も、だから決して一宗一派を開く目的はない、またどの宗派の後継者でも
ないと述べたのだとおもいます。
141
:
顕正居士
:2005/08/06(土) 01:06:59
失礼しました。犀角独歩→犀角独歩さん。
142
:
犀角独歩
:2005/08/06(土) 09:09:24
為吉さん、おはようございます。
> なんだか結構似ていました
そうですね。それはつまり、為吉さんが考える菩薩道がミトラ教から1本の線でつながっていると言うことでしょうね。宗教の本質は、つまり、こういったシンクレティズムにこそあるというわけです。
ちなみに、「信」(正確にはバクティ=誠信)ということも、仏教が起源ではなく、バカバットギータであるというのが、ここで議論されたことです。宗教=信仰という論理構築もまた、実は後天的な習合の結果でした。
また、神仏に至っては輸入デパートのようなもので、日蓮漫荼羅に記されるところはほとんど外来の神仏です。典型的な例では、パンナコッタさんも指摘されていたと思いますが、愛染明王(漫荼羅左側の梵字)はキューピットと同起源であると言います。日本で刻まれる愛染明王像とキューピット、随分と違いますが、起源は同じ。オウム真理教が主神にしたシバ神は、日蓮漫荼羅は第六天魔王(他化自在天)として、日蓮に摂取されています。
そして、重要なこと、神仏も、その教えも、人間より先にあったのではなく、人間が作ったものであるということです。そんな意味から菩薩道も人間が考え出した救世主神話に基づく以上、(人間の)精神が先にあったとわたしは記しました。ミトラは弥勒菩薩になって仏教に定着しましたが、一方、西洋ではミュシュランとなって、キリスト伝説と習合していくわけです。ミトラが生みの親ならば、弥勒菩薩とキリストは兄弟というわけです。
143
:
犀角独歩
:2005/08/06(土) 09:30:33
140の顕正居士さんのまとめに、大いに賛同します。
法華経は般若経、阿弥陀経に次いで創作された初期大乗経典であるといいます。(松山俊太郎師は、八千頌般若経の次が法華経であるといいます)
その形態は後シンプルで、顕正居士さんが仰るよう、教えといい、仏と言い、期大乗経典より素朴であると思えます。寿量仏が三身相即などと言いますが、その教学的な位置は久遠仏であり、無量の寿命を持つ生身の肉体を持つ仏で、三身で言えば応身、しかし、三身を具足しているとは経典からは読み取れません。また、即身成仏の経典といわれながら、そのコンセプトは顕正居士さんが仰るとおり、未来成仏(記別)で、ただ竜如のみが、変成男子・成仏を見せるばかりです。その意味で法華経を即身成仏の経典というのは、どうかという疑問も成り立ちます。
もっとも、松山師に拠れば、法華経の第一次原形は方便品の詩句から見宝塔品(含提婆達多品)の詩句といいます。となると、第一次原形の最終章で悪人提婆も未来成仏を約束され、女人・畜身の竜女が成仏を遂げることが、この原始法華経のクライマックスであったと見なせるのかも知れません。
144
:
犀角独歩
:2005/08/06(土) 09:48:49
顕正居士さんがお書きくださっていますが、それでもまだ、誤解される方がいらっしゃるといけないので、補足します。
菩薩道がミトラ教に遡源できるというような話の流れと誤解されそうですが、そうではなく、菩薩道の特性である利他の精神は、ミトラ教における救世主思想に遡源できるということです。(このミトラは太陽神です)このミトラがマイトレーヤと音訛し、やがて、弥勒という救世主として、仏教に摂取されます。当初、弥勒菩薩、阿弥陀如来はかなり混同されていたようで、同一視もされていたと思われます。
この頃、釈迦はどうして、仏になったのかということから、それが前世の善行によるという過去の因縁物語が作られるようになりました(本生譚。この主人公の釈迦は修行者ですから、仏ではなく仏(菩提=bodhi:ボーディ)を求める衆生(薩[土*垂]=サットバ:sattva)この菩提と薩[土*垂]が造語され、菩提+薩[土*垂]、略して菩薩という語が生じました。これもたしか、顕正居士さんがご指摘くださったことでしたが、この過去世物語(本生譚)は弥勒信仰、阿弥陀如来の成立と並行的で、やがて、菩薩は救世主としての正確が摂取されたということです。また、一方で急激に起きていたバカバットギータの、神への絶対信仰(バクティ)を仏教側も看過できぬところとなり、これを摂取。ここに、その後の仏菩薩・信仰という素材が出揃うことになります。このような段階で、創作されていったのが、法華経であろうと想像されます。
145
:
犀角独歩
:2005/08/06(土) 13:30:19
【143の訂正】
誤)その形態は後シンプルで、顕正居士さんが仰るよう、教えといい、仏と言い、期大乗経典より素朴
正)その形態はシンプルで、顕正居士さんが仰るよう、教えといい、仏と言い、後期大乗経典より素朴
146
:
パンナコッタ
:2005/08/06(土) 19:36:32
横レス失礼します。
ルンビニで発掘されたアショカ王の石柱(オーパーツの錆びない鉄柱ではない)には、
漢訳仏典で菩薩に相当する言葉が”ブッダ”と刻まれているそうですね。
(雑阿含経あたりなんでしょうか?) 紀元前三世紀中頃の遺跡からの資料として、
菩薩道を分析するならば注目すべき物だと思いますよ。
地域や河川敷、海岸などの空き缶・ゴミ拾い。近所の草むしりや、秋口になれば落ち葉の清掃。
駅の周りの自転車が歩道を遮っていたら、ちょっと片付ける 等といった誰に言われるでもなく
みんなの役に立てれば との自発心があり実行すれば、菩薩道に対する観念や理念が無くったって
別に構わないのではないでしょうかねぇ。
147
:
為吉
:2005/08/06(土) 21:56:47
>(人間の)精神が先にあったとわたしは記しました。
納得しました。菩薩道と後天的に名付けられた理念・観念と実践は、確かにアプリオリに人間に備わっていますね。
その菩薩道と後天的に名付けられた理念・観念と実践を発動させる動機付けとして、宗教あるいは倫理・道徳といったものがあると思いますが、その過程においては
>仏の智慧に裏付けられた利他の行いであるが故に「菩薩道」と呼べるのであり、そのような裏付けのない善意は「猿猴捉月」あるいは「地獄への道は善意の石で敷き詰められている」といった類に堕してしまう恐れがあります。
ということも真理としてあるのではないでしょうか。
真の仏の智慧が如何なる事であるのかが問題ではありますが…。
148
:
犀角独歩
:2005/08/07(日) 00:04:09
為吉さん、こんばんは。
同意が採れることがありました。進歩です。
さて次は、では、「仏の智慧」ということが為吉さんの主張を支える柱と言うことになりますね。さて、これは一体どのようなものでしょうか。為吉さんが考える仏智とは如何なるものでしょうか。
菩薩道ということで言えば、わたしはパンナコッタさんの考えに同意で、その呼称がどうであれ、何に裏付けされたものであるのかという点は、どうでもよい。要は心と実践で判断するという立場です。では、その心はといえば、法華教理で整理されたところで言えば、衣座室の三軌、四安楽行といったところでしょうか。では、仏智は? という点は、為吉さんの回答を待ってやや管見を記そうと思います。
149
:
乾闥婆
:2005/08/07(日) 00:05:52
>>124
犀角独歩さん。
>今回の乾闥婆さんのご投稿は、現代人が納得するというより、ご自身がこのように「納得していたい」というニュアンスと、わたしは読めました。
そうですね。といいますか、私は現代人ですので、その私がどのように納得しているのか、そしてその納得はどのように解体されうるのか、解体された後にどのような納得が残りうるのか、そういった行程を踏まえる上でのひとつのサンプルとして、自分があればいいと思っています。実のところ私自身の思いなど解体されていいのです。
>ここで乾闥婆さんは、一つの思弁上の混乱を来しています。これは多分、たとえば天台の止観の実践的な意味を読み取っていないためではないかと観察します。止観は全編をお読みになりましたか。
止観は菅野博史氏「一念三千とは何か」に正修止観章の冒頭から観不可思議境までが現代語訳されており、そこだけ読んだことがあります。しかしよく分かりませんでした。岩波文庫版は手元にありますが、おそらく読んでも今の私の力ではよく理解できないでしょう。いつかは取り組んでみたいと思っているのですが、なかなか勇気が出ません。
>>125
正直、驚きました。
>ここで日蓮が言う「己心に観じる」仏菩薩というのは、印度応誕の釈尊、八品来還の地涌菩薩ではありませんよ。
>そして、実際の菩薩道、成仏はいわばその追体験で可能になりますが、釈尊の三妙合論は衆生の体験ではありません。釈尊の霊山永遠の説法は我等の己心ではありません。これは釈尊=仏側のことです。しかし、我々はそれを己心でしか観じられないことを「一心欲見仏」から読むのが天台法華教学であり、日蓮が受容したところでした。
>いまここ娑婆世界(霊山)に釈尊は説法し続けている体感を、日蓮は南無妙法蓮華経と絶唱し、寿量本仏・仏像を祀る寺院の建立も予言するのが本尊抄です。
私は久遠実成の仏の側へ同化する行為を、曼荼羅へ向かっての唱題に見ておりました。ゆえに久遠実成は理念として己が心に観じられるものであり、そこ以外に久遠実成の仏はありえないのだと、考えていました。久遠実成の仏とは凡夫の我らが心のうちにあるのだと思っていました。愕然としております。
150
:
乾闥婆
:2005/08/07(日) 00:06:28
>>126
>わたしは理念・観念が不用といっているのではなく、それを漫荼羅唱題で消化して満足する点を突いているのです。
そういう傾向は確かにあるのでしょう。私は理念の具現化といった信念さえあれば問題ないのだと思っていましたが、そもそも久遠実成の仏も地涌の菩薩も理念でないのであれば、そのような信念は必要ないのでしょう。事実へ向かい合うだけのことなのですから。必要な信念があるとすれば、事実へ向かい合うことによって生じる苦難に屈しない、という信念なのでしょう。
>行えます。菩薩道という理念・観念があるから菩薩道があるのではありません。菩薩道と、後天的に名付けられた理念・観念と実践が本来、人間に具わっていたからこそ、菩薩道は言われるようになったのです。これもまた主客が逆転しています。
もちろんそうなのですが、そのような人間に備わっている行為衝動に観念や理念が付加されることで、はじめてそれらの行為は社会化されていくのではないでしょうか。理念・観念は人類が生み出した効率のよい道具です。もちろんその道具が一部の教団に悪用されることは許しがたいことではありますが、であるからといって、理念なき社会は是とされないと思います。あったほうがいいのです。犀角独歩さんも「わたしは理念・観念が不用といっているのではなく」といわれているとおりに。
>シャキャムニはバルナという階級差別でバラモン階級に特権化されていたものを下階級との禁婚で生じたものへ解放したというのが実際のところであったとわたしは認識しています。
すみません。知識不足のせいか、よく分かりません。「バラモン階級に特権化されていたものを下階級との禁婚で生じたものへ解放した」とはどのような内容を言っていらっしゃるのでしょうか。
犀角独歩さんも以前言っていましたが、
>>101
「ただ、シャキャムニの思弁で優れているのは、その後、科学その他で覆されるであろう内容を、敢えて、無記として扱わなかった点です。このスタンスを踏み外したときから、いまの我々のメランコリックは始まっていたと思います。日蓮もまた、密教の魅惑に翻弄されていたのかも知れません」。そのような無記の態度や、無我の思想が、当時の他の宗教に対する批判としてあったのではないかといいたかったのです。宗教へ回収されるという表現も、仏教が八正道、四聖諦にとどまらず、十二因縁や六波羅蜜、最終的には密教へと変遷してゆく過程のことを指したつもりでした。
宗教という用語を私はreligionとして使用しました。その定義はもちろん難しいものではあろうと思いますが、その思想に絶対性・超越性を持つものを宗教と私は考えています。最初期の仏教にはそのような絶対性を相対化する側面が強いと感じたのでした。
151
:
パンナコッタ
:2005/08/07(日) 00:55:55
またまた横レス失礼します。
religionを”宗教”と訳すのは明治初期に広まったようですね。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%97%E6%95%99
乾闥婆さんのとらえ方はむしろ”宗旨”の意味合いが強いように感じられますが、
いかがでしょうか?
152
:
犀角独歩
:2005/08/07(日) 11:14:55
乾闥婆さん
> 実のところ私自身の思いなど解体されていい
これはわたしもそのように考えています。
要は事実は何か、これだけです。
> 止観は菅野博史氏「一念三千とは何か」
菅野師の岩波文庫『法華経入門』は、いまでは定番になりました。わたしは一読して、納得できるところもあり、首を傾げたところもありですが、日蓮宗の僧侶でも、この師以上の法華経解釈は現在ではないという人はいます。
それはさておいて、乾闥婆さんは止観を難しいものとしてとらえていらっしゃるようですが、これは「難しい」という暗示にかかっていませんか。「像法の仏、薬王菩薩の化身といわれる天台大師が説かれたことだから、容易に理解できるはずはない」という暗示です。この手の暗示は「ご本仏である日蓮大聖人が説かれたものが理解できるというのは増上慢」だというような暗示もあります。しかし、論理的な言語であれば、読めば理解できます。
止観も別段、そんなことはなく、実に論理的に書き進み、さらに使用する言葉も逐一説明しながら書かれてあります。最初から順々に読んでいけば、理解できます。文章量が多くて挫折するようでしたら、小止観(略明解蒙初学座禅止観要文)からお読みになってみればよいと思います。ただし、これらは止観禅の解説書ですから、実際に参禅、観念観法をする具体的な態度がないと、「一念三千は生命の諸相」などという漫画みたいなことを言い出すことになります。三千不可思議境は、あくまで止観という参禅法で、己心をどのように観ていくかという話です。実際の大脳が織りなす神経信号とは違いますし、生命など問題外です。それもたった三千に分類してみる観察法です。これが難しいと思うのは、たぶん、いまの唱題の在り方が、ここから離れてしまったからでしょう。祈願唱題のように「これがほしい、ああしたい、こうなりたい」と欲望逆巻き、集中してたくさん唱えれば願いが叶うという在り方に対して、参禅は、何故そのような欲望を自分は懐くのだろう、その欲望の正体は何か、いな、その欲望を懐く自分自身の心、その欲望を懐いた自分と周囲はどうなるのかという点を観察していきます。そんな観察はついには菩薩、仏に及んでいきます。
観じられる十法界、三千法界もさることながら、このような観念状態にある脳波は穏やかで、心身によい影響を与えることも実感できます。たぶん、日蓮が考案した唱題行も、この道からぶれなければ同じ止観禅の、発声(唱題)を伴った行の範囲であったのかも知れません。
> 久遠実成の仏とは凡夫の我らが心のうちにある
正確には衆生が心の内でしか観じられない仏法界ということですね。
ところが一念三千の観法といいながら、その根拠となる法華経に始まって、日蓮の本尊抄にしても、観仏法界については記されません。これは当然で、法華経は「如是我聞」が前提で、記したのは仏ではなく、日蓮もまた仏ではありませんから、仏の正確な記述ができるはずはありません。だからこそ、法華経は「教菩薩法」なのでしょう。寿量品も、一念三千の最後の三妙合論も、その記述から類推するしかない仕組みが、ここにあります。
なお、乾闥婆さんが記されるところは、所謂、凡夫本仏論ですが、これは『秘密荘厳論』の所説を、派祖に当てはめるふりをした法主本仏論という作為に始まるものであるとわたしは見ます。つまり、日蓮のあずかり知らない考えです。最蓮房系疑偽書に倶体倶用の三身などということも改竄であり、天台の意図とは違っています。
そんなに凡夫本仏がいいたいのであれば、凡夫教と名前を変えればいいと、わたしは常々思っています。また、実際、学会を含む石山信者の欲求はまさにそれで、未来成仏を願うと言うより、生々世々に善処に人間に生まれることを欲求の中心になっています。これでは仏教になりません。人教です。しかしながら、唱題活用の欲望実現のための祈祷、換言すれば、法華経の密教化と転落はしかし、日蓮その人にも責任があるようにわたしには思えます。止観が忘れ去られるのも故無くもありません。
> 事実へ向かい合うことによって生じる苦難に屈しない、という信念
この点はもちろん同意です。
153
:
犀角独歩
:2005/08/07(日) 11:19:22
―151からつづく―
> 行為衝動に観念や理念が付加されることで、はじめてそれらの行為は社会化
ここのところは、両意とも可で、択一をするようなことではありません。
ただ、わたしが言いたいのは仏壇の前に逃げ込むな、仏壇の前で納得して終わらせるなという基本姿勢です。これは平和を唱える集団の構成員であるだけであたかも自分が平和活動をしていると錯覚することと似ています。蓋を開ければ、その集団の実際行動は平和のためには何の役に立っていないのにも関わらずです。まさに「お題目だけ」という有様です。
>> バラモン階級に特権化されていたものを下階級との禁婚で生じたものへ解放
この点は、(法華信奉者には頗る評判が悪いのですが)岩本裕著『佛教入門』(中公新書)に詳しく書かれてあります。
「…これらの人々は現実の社会でもバラモン教の教権制度に対する反逆者であったが、それは彼らが主としてバラモン教の支配する社会において蔑視された階層に属する者たちであったことが知られる。すなわち、父母の身分が異なる場合の子で、特に父がバラモンである場合が圧倒的に多い…一般に苦行者と呼ばれ、また沙門と呼ばれた」(P49)
カースト外の婚姻は禁婚ですが、シャキャムニの時代には多くこのような人々が生じていたと言います。バラモン教とは地上のバラモンが天上のバラモンになる思想ですから、そもそもバラモン階級ではない人々は、ただ、バラモンに輪廻できるのを来世に託すしかないわけです。また、その基本は禁婚を埒外に置いて成り立っていますが、しかし、実際にはそのような人々が多く発生していたのがシャキャムニの時代でした。この人たちが、バラモンとは制度的には認められないけれど、バラモンの修行(梵行)をもって道を求め、沙門と言われる一連の潮流が生じ、そのニーズに応えたのシャキャムニであったという見方です。
そもそも仏陀、阿羅漢なども、バラモンの用語なのであって、シャキャムニは新宗派の樹立者ではありませんでした。その功績はバラモンに特権されていたところをバラモンを父に持ちながら、しかし、その身分を認められない人々を中心に道を開いたところにその功績があったという視点です。この視点から
経典によく使用される「善男子」は「良家の息子」という梵語に由来するそうですが、実際のところ、出家はバラモン、そしてあとはバラモンの父異カーストの母を持つ人々であったといいます。つまり、シャキャムニは、出家弟子という範疇においてのみで語れば、両親がバラモンと、父のみがバラモンであるといった階層の人々を対象にしていたことが窺われるようです。
「余の弟子は種姓も同じでなく、生まれも同じでない。しかし、みな同じように余の教えを受けて出家し、修行している。もし人がおまえにおまえの種姓をたずねたならば、おまえは『私は沙門釈種(釈迦族出身の修行者、すなわちブッダ)の子である』と答えよ」(『長阿含経』第六『小縁経』)
「クシャトリア、バラモン、ヴァイシャ、シュードラの四種姓があるが、これらの種姓に属する人々がブッダのもとで出家し、その教えを学び修行するときには、その本来の種姓と名とを失い、ただ沙門釈種の子といわれるのだ」(『増壱阿含経』第二十一)
という経典を読むと味わいはまします。
以上の点を記したものです。
> 宗教という用語
これはたとえば、簡単に見られる資料が現宗研のサイトに置かれています。
開いて「宗教」で検索してみてください。これが本来の宗教の意味です。
http://www.genshu.gr.jp/DPJ/database/bunken/kyouron/ehyou.htm
なお、現代語の宗教は、religion とは、(いま、手許に資料が見当たりませんが)再結合、つまり、泥から作られた人間が再び神と結合するというのが原義だということでした。これを始めて聞いたとき、即座に「梵我一如」が思い起こされたものでした。このような考えは東西交流の中で共有されていった考えなのでしょう。いまいわれるような宗教の定義付けは、実はそれほど、根拠のあるものとは言えないと言うのがわたしの思いです。
乾闥婆さんの語法は、多分に「世界宗教」と言われるような意味合いを有しているように感じました。
154
:
犀角独歩
:2005/08/07(日) 14:15:44
乾闥婆さん、補足です。
わたしは、152に「観念状態にある脳波は穏やかで、心身によい影響を与えることも実感…唱題行も、この道からぶれなければ同じ止観禅の、発声(唱題)を伴った行の範囲」と記したのですが、ここから、乾闥婆さんの漫荼羅唱題の気分を想像してみたのです。案外、このわたしの記述と、当たっているものがあるのだろうかと思いました。どうでしょうか。
155
:
乾闥婆
:2005/08/08(月) 01:03:54
>>151
パンナコッタさん。
>乾闥婆さんのとらえ方はむしろ”宗旨”の意味合いが強いように感じられますが、いかがでしょうか?
宗旨とはある宗派の根本の教え、ということになるのでしょうか。確かにそのような共同体的なあり方をする宗教を、私は宗教と呼び、そのような宗教に対する批判として初期仏教はあったのではないか、しかし結局共同体的な土俗的な宗教へと回収されていったのではないか、ということを言っているのだと思います。犀角独歩さんの言われる「世界宗教」という視点は、そのように私が使った共同体的宗教に対峙するもので、超越性を持つゆえに共同体の固有性を破る側面の強い、それゆえに「世界」的な宗教となりうるものであるのだと思いました。ゆえに私は宗教という語を多義的に使ってしまっています。初期仏教をある共同体的宗教に対置して宗教批判といいながら、宗教の語を絶対性・超越性に見るといった矛盾を犯してしまいました。申し訳ありませんでした。ともに宗教のそれぞれの側面であると思います。
156
:
乾闥婆
:2005/08/08(月) 01:04:33
>>152
犀角独歩さん。
>乾闥婆さんは止観を難しいものとしてとらえていらっしゃるようですが、これは「難しい」という暗示にかかっていませんか。
そうなのかもしれません。止観は難しいから題目なのだ、末法はそれでいいのだ、というような暗示が無意識のうちに働いているのかもしれません。
>小止観(略明解蒙初学座禅止観要文)からお読みになってみればよいと思います。
何度か書店の店頭で、新田雅章氏の『天台小止観』(春秋社)を手にとって購入しようか迷ったことがあります。現代語訳がされていて分かりやすそうでしたので…。小止観から入ってみようと思います。
>観じられる十法界、三千法界もさることながら、このような観念状態にある脳波は穏やかで、心身によい影響を与えることも実感できます。たぶん、日蓮が考案した唱題行も、この道からぶれなければ同じ止観禅の、発声(唱題)を伴った行の範囲であったのかも知れません。
そうですね。一時期、私は禅定に入るための行法として唱題を限定的に捉えようと必死になっておりました。今でも基本的にはその線にあるつもりです。しかしそれは宗祖の意に反することになるのでしょうか。
>その根拠となる法華経に始まって、日蓮の本尊抄にしても、観仏法界については記されません。…法華経は「如是我聞」が前提で、記したのは仏ではなく、日蓮もまた仏ではありませんから、仏の正確な記述ができるはずはありません。だからこそ、法華経は「教菩薩法」なのでしょう。寿量品も、一念三千の最後の三妙合論も、その記述から類推するしかない仕組みが、ここにあります。
そうなのですね。久遠実成の仏とは、あくまで彼岸にあるのですね。その仕組みに驚き入っています。なぜ今まで気づかなかったのでしょう…。
>なお、乾闥婆さんが記されるところは、所謂、凡夫本仏論ですが、これは『秘密荘厳論』の所説を、派祖に当てはめるふりをした法主本仏論という作為に始まるものであるとわたしは見ます。
はい。日蓮本仏論、法主本仏論、凡夫本仏論は、一本の線でつながっているのですね。私も結局はその範疇にいたのでしょう。久遠実成の仏の位置を確認できたことは非常に大きな出来事でありました。
157
:
乾闥婆
:2005/08/08(月) 01:05:36
>>153
>これは平和を唱える集団の構成員であるだけであたかも自分が平和活動をしていると錯覚することと似ています。…まさに「お題目だけ」という有様です。
まったくその通りです。現状そのような学会員がほとんどでしょう。確かに理念・観念の有効利用もあったものではありません。
>この点は、(法華信奉者には頗る評判が悪いのですが)岩本裕著『佛教入門』(中公新書)に詳しく書かれてあります。
近いうちに購入して読んでみようと思います。岩本氏は岩波文庫版の『法華経』現代語訳とその解題で、大きく目を開かせていただいた記憶があります。
>「余の弟子は種姓も同じでなく、生まれも同じでない。しかし、みな同じように余の教えを受けて出家し、修行している。もし人がおまえにおまえの種姓をたずねたならば、おまえは『私は沙門釈種(釈迦族出身の修行者、すなわちブッダ)の子である』と答えよ」(『長阿含経』第六『小縁経』)
>「クシャトリア、バラモン、ヴァイシャ、シュードラの四種姓があるが、これらの種姓に属する人々がブッダのもとで出家し、その教えを学び修行するときには、その本来の種姓と名とを失い、ただ沙門釈種の子といわれるのだ」(『増壱阿含経』第二十一)
まさに、世界宗教とはこのような視点においてありえるのであろうと思います。
>>154
>案外、このわたしの記述と、当たっているものがあるのだろうかと思いました。どうでしょうか。
はい。似ていると思います。
158
:
犀角独歩
:2005/08/08(月) 04:43:18
乾闥婆さん
> 天台小止観
お薦めします。
この書は、わたしは唱題の糧にもなると思っています。
> 岩本氏…岩波文庫版…『法華経』現代語訳…解題…大きく目を開かせて…
わたしもその一人です。
手に入る岩本師の著者は片っ端から読んだものでした。
ところが、最近、松山俊太郎師の法華経講義を毎月聴講しているのですが、殊に岩波文庫の『正しい教えの白蓮』は駄目だと仰るのです。先には先があると思っている昨今です。
ただ、反面、松山師は法華経の復権を高らかに語ります。
渡辺照宏師などの法華経批判に対して、「この経典は、当時、全世界の中でも希にみる最高の芸術作品である」と言います。
序品・方便品の講義原稿がほぼ、まとまり、近く福神研究所から、出版が予定されています。期待しています。
習ってきたこと、信じてきたこと、何よりやってきたこと、その根幹が揺るがされるとき、信者は、それを揺るがす相手に反感を覚え、怒りすら懐きます。かつて、わたしもそうでした。ところが、自分自身を点検すると、それに十分に答える知識がない…。そんな思いから再考を始めて、幾ばくの時間が経ちました。
仏は、自分自身の心の中にいる。これは一面の真理なのだろうと思います。
そこで、わたしはふと気付きました。では、仏を尊敬する、信じると言うことは自分自身を尊敬し、信じると言うことではないのか…。
要は自身の仏は信じ・尊重できても、他身の仏を見落としてしまっていたわけです。
自分を導く仏側を見ないと、実は仏教にならないということを、最近になってようやくと気付きました。
仏を見据える、他人の仏を見据える、そして、始めて自分の仏を見据えるという三つの見仏があるとわたしは最近、思うようになりました。そのためには、どのような形であれ、禅定は必要なのだと思います。その一形態に唱題があっても、よいとも思います。唱題が禅定の延長である限り、有効なのだと思えます。
159
:
パンナコッタ
:2005/08/08(月) 11:02:30
乾闥婆さん、
”宗教”という言葉の持つ意味の多様性は、ややこしいですね。
さらに、一般の人が持つイメージはおおよそ、宗教=うさんくさい ではないでしょうか。
ちょっとズレるんですが、「目からウロコが落ちる」という言葉がありますね。何か真理に近づいたら
ウロコが剥がれ落ちて物が見えるようになったと。しかしこれには落とし穴があると思いますよ。
【「目からウロコが落ちる」というのは聖書の世界の言葉である。『使徒言行録』九章、キリスト教徒を迫害していたサウロが、天からの光とともに
「なぜ私を迫害するのか」というイエスの声を聞き、とたんに目が見えなくなる。彼の家に、やはりイエスの声に導かれたアナニアがやってきて、
サウロの上に手を置く。すると、目からウロコのようなものが落ちてサウロはまた目が見えるようになる。彼は改心して洗礼を受ける。
だから、何かの宗教に入信した人が「目からウロコが落ちた」と言うのは、用法としては正しいのである。しかし、僕みたいな無神論者は、ついつい
星氏と同じ事を言いたくなってしまう。「それって本当はウロコが飛びこんだんじゃないの?」と。
ウロコとは、心の目にかかった偏見のフィルターである。フィルターがなくなれば、世界がよりクリヤーに見えると思われるかもしれない。それは逆だ。
このフィルターは自分の都合の悪い情報をシャットアウトする働きがある。だからウロコが飛びこんだ者は、不都合なことが目に入らなくなり世界が
単純明快に見える。「目からウロコが落ちた」と勘違いしてしまうのだ。】 #星氏とは作家の 星新一 氏のこと。
トンデモ本の世界S あとがき「目に飛びこんだウロコの話」山本弘 より引用
160
:
パンナコッタ
:2005/08/08(月) 11:02:58
続き
【一例を挙げるなら、「唯物論や進化論は人間を堕落させる」と主張する人たちがいる。神や霊が存在することや、人間が神に創造されたことを
子供に教えれば、神を崇める心が生まれ、人は犯罪に走るはずがない、というのだ。
しかし歴史を見れば、人類は唯物論も進化論もない時代から、戦争・大量虐殺・拷問・虐待・人身売買・弾圧などなど、数え切れないほどの
愚行・悪行を犯してきたのは明白である。宗教が原因で起きた戦争や虐殺事件やテロもたくさんある。むしろ昔の人間の方が今よりはるかに残酷で
モラルも低かった。人権意識が向上し、そうした行為が禁止されるようになってきたのは、むしろ唯物論や進化論が台頭してきた十九世紀以降である。
それなのに、彼らはその事実を都合よく無視する。
「科学物質は危険」「天然のものは安全」という信仰も、やはりウロコである。自然界にも毒物は多数存在するし、人工物質にも無害なものはたくさんある。
そもそも「化学物質」という言葉を天然物質の反対語として使うのが間違いである。自然界に存在する物質も(単体の元素から構成されたもの以外は)
すべて化学物質であり、化学物質を使用しない生活など絶対に不可能なのだ。】
トンデモ本の世界S あとがき「目に飛びこんだウロコの話」山本弘 より引用
161
:
パンナコッタ
:2005/08/08(月) 11:03:23
続きの続き
【こうした「○○が諸悪の根源である」という考え方は、たいていウロコであり、間違っている。世の中の複雑な構造を、
そんな短い文章で要約できるわけがない。単純に図式化すれば分かりやすくはなるだろうが、正しくはない。
それが正しいように見えるのは、図式に合わない事実をフィルターが切り捨てているからだ。
おそらく「フリーメーソンの陰謀」とか「相対性理論は間違っている」といったトンデモ説も、同じ心理―
―「世界は単純なものであるはずだ」という誤った信念に根ざしているのだろう。「世界がこんなに混乱しているのは、
どこかにすべてを操る悪玉がいるからだ」とか「相対性理論のような難解なものが宇宙の真理であるはずがない」というわけだ。
いいかげん、こんな幻想は捨てよう。世界は複雑である。ちっぽけな人間の頭ではとうてい把握できないほどにややこしく
広大なのである。正解が存在しない問題だってたくさんある。それに単純な正解を出そうとするのは間違った行為なのだ。
「ウロコが落ちた」と思った時が危ないのだ。】
トンデモ本の世界S あとがき「目に飛びこんだウロコの話」山本弘 より引用
どうでしょう。各教団の教えをそのまま鵜呑みにする事は、「目にウロコを飛びこませている行為」そのものではないでしょうか。
162
:
乾闥婆
:2005/08/11(木) 22:26:01
>>158
犀角独歩さん。
>序品・方便品の講義原稿がほぼ、まとまり、近く福神研究所から、出版が予定されています。期待しています。
松山俊太郎氏は『蓮と法華経』(第三文明社)を読んだことがあります。非常に刺激に富んだ内容でありました。氏の法華経講義ならばぜひ読んでみたいと思います。楽しみです。
>要は自身の仏は信じ・尊重できても、他身の仏を見落としてしまっていたわけです。
自分を導く仏側を見ないと、実は仏教にならないということを、最近になってようやくと気付きました。
>仏を見据える、他人の仏を見据える、そして、始めて自分の仏を見据えるという三つの見仏があるとわたしは最近、思うようになりました。
よい言葉を聞かせていただきました。「三つの見仏」という視点、大事にさせていただきます。
163
:
乾闥婆
:2005/08/11(木) 22:26:37
パンナコッタさん。
>どうでしょう。各教団の教えをそのまま鵜呑みにする事は、「目にウロコを飛びこませている行為」そのものではないでしょうか。
私もそのように思います。
164
:
犀角独歩
:2005/08/11(木) 23:56:35
乾闥婆さん、なんだかお久しぶりという気分です。
166
:
顕正居士
:2005/09/02(金) 20:56:55
今日の既成仏教に求められること
日蓮宗に限らず、わが国の僧侶の実際は「共同体の祭祀の司祭」であります。
http://blog.goo.ne.jp/tenjin95/e/07621929c8639679c0790dcc6491e40c
旧来の僧侶に該当するのは大学の研究者でしょう。仏教学は今は本山や檀林ではなく、
政府の認可を受けた大学で研究されています。そして私立大学でも予算のおよそ半分が
国庫支出ですから、宗門大学は国家、宗門、学生の布施によって成立しているわけです。
ただし仏教学や宗学研究の成果が一般僧侶に普及しているかというと、そうはいえない。
研究者の大多数は僧侶であり、住職あるいは副住職を兼業しています。その上に宗門の
重職をおこなうのには無理がある。宗派のいちばん有名な学者が管長等に就任すること
は減少している。また過疎地の僧侶は学校教員などを兼業しており、大都会の僧侶は
葬儀と法要の需要で、それぞれに多忙である。最大の困難は多忙であろうと思います。
したがって今日の既成仏教が税金の支出という国民の布施に対して提供し得るサービス
は居士に対する仏教学書の執筆、出版と滞りない葬儀、法要の執行であります。
ただし新興宗教、特に新々宗教と称される教団には反社会的傾向が著しくなっています。
上記のサービスに加え、カルト教団に関する知識の普及は既成仏教各教団に潜在的に
求められている事柄であろうと考えます。しかし新々宗教はきわめて多種多様です。
http://life7.2ch.net/psy/
今は宗教学者、社会学者、神学者などの助力を得て、僧侶と学問がある檀徒がこれらの
知識を学ぶ段階でしょう。各教団の出身者で伝統宗学、近代仏教学、宗教学、社会学に
関心がある方々のネットワークを構築することも非常に大切であると考えます。
167
:
パンナコッタ
:2005/09/03(土) 12:41:47
横レス失礼します。
各大学の宗教学や仏教学の公開講座は、参考になろうかと思います。
http://www.syougai.metro.tokyo.jp/linkun01.htm
http://www.kotobuki-p.co.jp/link/link2.htm
168
:
思惟
:2005/09/04(日) 15:11:56
顕正居士さん どうもありがとうございます。
パンナコッタさん はじめまして。
今の既成教団とその修学過程、現在の実際の構図がよく理解できました。
>日蓮宗に限らず、わが国の僧侶の実際は「共同体の祭祀の司祭」
であります。
なるほど、見事に実態を言い切っているように思います。
>今は宗教学者、社会学者、神学者などの助力を得て、僧侶と学問がある檀徒
がこれらの知識を学ぶ段階でしょう。各教団の出身者で伝統宗学、近代仏教学
、宗教学、社会学に関心がある方々のネットワークを構築することも非常に
大切であると考えます。
顕正居士さんが述べておられる実態であれば、そうしたネットワークによって
公開情報、知識としてひろく社会に示すことは意味があると思います。
情報過疎ともいうべき、鎌倉時代でもありませんから、教学のことは、
私論を交えず情報として知らしめるようにすべきとも思います。 創価学会や
、他の在家団体の多くの一般信者には、広い知識は及んでいないし、またそれ
を必要ともしていない傾向がありますが、 その背景には、世間一般に常識的
な仏教的な啓蒙すらもおざなりになってきたからではないかと感じます。
あくまで学問は学問であり、信仰の意味と、世間における人の生き方としての
指針となり得るには、それを示す人の機根が伴なうことが必須であるのが、
宗教の宗教たる基本と思います。
余談になりますが、 他の学問分野でも大学の各専門知識を有する方々が
パネラーなどで専門的な知識を提供したり、多種の活動を行政や、民間より
要請を受けて活動されているのをお見かけしますが、そうした方々は、共同と
かネットワークとかよりも、個人の権威に執着が強いように思いますので、
自ら進んで、学識の比較、補正を図るようには思えないのですが。・・・
教(経)・行がやはり二つ並立して、示して行くことが先学の使命とも思いま
す。そう考えると、今の時代は 法の実践的展開は至難なのだと実感します。
169
:
犀角独歩
:2005/09/26(月) 06:14:02
一昨日、わたしの恩人である貫名英舜師とお会いしたのですが、「末法」ということが話題になりました。
鎌倉時代が釈尊滅後2000年を経過していなかったことは今さら記すまでもないことですが、わたしはもう一点、気になったことがありました。
それは中国と日本の入末法とする年の相違です。
故高木豊師の『増補改訂 日蓮 その思想と行動』(太田出版)のなかに
「仏滅を紀元前942年とし、中国では正法500年、像法1000年を経て、末法に入るとされた。したがって中国では552年、日本では1052年(永承7)年が入末法の歳であった」(P124)
とあります。この根拠は、文中に示されていない(他の所に記されてあるのかも知れませんが)、ともかく、高木師は入末法年代が中国と日本では違うと主張していました。
ここで改めて気付いたことがあります。重要な点です。
始めて三時説を唱えたという慧思の生誕は515年で円寂577年、天台大師の生誕は538年で円寂が597年、妙楽大師の生誕は711年で円寂は782年、さらに日本の伝教大師の生誕は767年で入唐が804年(妙楽滅8年後)で円寂は822年です。また、聖徳太子が実在の人物であるとすれば、その生誕は574年とされます。
すなわち、中国の入末法年代、552年とは、つまり、中国仏教における天台諸師の活躍と、また、日本における法華経流布の二祖もまた、“中国の入末法年代”の合致していることになります。
http://www.kosaiji.org/hokke/nenpyo.htm
天台が自分が生きている時代を末法である考えていたという記述を、30年近く前に『私の天台観』(第三文明社)で読んだ記憶があります。そのときは「へぇ」と、さほど、重要とも思わなかったのですが、いま振り返ってみると、これはたいへんな話でした。創価学会の、この手の伝統教学と仏教学への造詣の著しいまでのギャップは、特に季刊『東洋学術研究』と『大白蓮華』の御書講義などで散見され、わたしは当時、完全に消化不良を起こしていました。しかし、30年経ってもこの点を創価学会はクリアできないままなのだと思えます。それはともかく、
http://page.freett.com/Fnet/di19.html
#Tendaikan
以下は、わたしの類推に過ぎませんが、日本の末法思想とは、要するに中国の末法意識の‘焼き直し’として成立したのではないかと思うわけです。
さらに伝教大師の作とされる『末法灯明記』は延暦20年、すなわち、801年の作とされるわけで、中国で考えられた末法の始め500年に当たることになります。
本尊抄に日蓮は
「後五百歳於閻浮提広宣流布と。天台大師記して云く ̄後五百歳遠沾妙道。妙楽記して云く ̄末法之初冥利不無。伝教大師云く ̄正像稍過已末法太有近等云云。末法太有近の釈は我が時は正時に非ずと云う意也。伝教大師、日本にして末法の始めを記して云く ̄語代像終末初。尋地唐東羯西。原人則五濁之生闘諍之時。経云、猶多怨嫉況滅度後。此言良有以也」
と、殊に「末法太有近の釈は我が時は正時に非ずと云う意」としますが、しかし、妙楽円寂直後に入唐した伝教大師が中国末法観を意識していないとは考えられず、すなわち、天台、妙楽はもちろんのこと、伝教もまた、自分達が生きている時代を末法と認識していたと考えざるを得ません。となれば、『如来滅後五五百歳始観心本尊抄』という題名はおろか、「仏滅度後二千二百二(or 三)十余年」などという考えは、近代仏教学を待たずとも、根底から瓦解します。
もとより、大集経の三時というのは、ミレニアム(千年紀)から派生したものでしょうから、それが仏説であるわけもないのですが、その点を問題とは別に、天台・妙楽・伝教が、自分達は「末法」を生きていたかどうかという認識は必要であると思うわけです。
170
:
犀角独歩
:2005/09/27(火) 11:15:49
わたしの投稿を読んでくださった朋友 Poh さんが、当掲示板へ紹介可ということで、資料を送付くださいました。長いので、わたしのHPにアップしました。
Pohさんの末法思想資料抜き書き
http://www.geocities.jp/saikakudoppo/poh01.html
以下、追伸として、過去のご投稿もご紹介くださったので、こちらは以下に転載します。
******
「創価学会をみんあで考えよう」過去ログ倉庫『電話盗聴事件』 スレッドより
http://kangaeyou.hp.infoseek.co.jp/piza.000106.html
(過去ログ倉庫:
http://kangaeyou.hp.infoseek.co.jp/
)
56 名前:Poh 投稿日:2002/3/6(水) 17:24:57
正法時・像法時の年数は経論によって異りますが、その中で有力なのが正法500年
・像法1000年説と、正法・像法ともに1000年説。
で、昔の中国の伝承では釈迦入滅は御書辞典のようにBC949だったので、末法の
世に入るのは第1説ではAD552年、第2説では1052年ということになってい
た――しかし末法思想自体は、レス53の通り、エフタルのミヒラクラ王による猛烈
な仏教迫害をこうむったカシミールの仏教徒が作り出した思想で、この直前=AD6
Cに成立したばかり。
直後その地から556年に北斉に到着したナレンダイヤシア(那連提耶舎)が『世はす
でに末法時代に入って久しい』と説き、また558年には正像末の3時期区分=末法
思想を中国人として初めて明確に表明した南岳慧思の「立誓願文」が執筆されたわけ
です。
その後中国の末法思想は、ナレンダイヤシアが566年に漢訳した「大集月蔵経」
(偽経?)によって流行しはじめたところに、574年に北周の武帝による三武一宗
の法難の第2回目とされる仏教への大弾圧が行われ、
やがて旧北斉領に廃仏を断行したことなどが重なって、そのため中国では主として5
52年に末世に入るとされた第1説=正法500年説(像法1000年、末法1万
年)が多く信じられたわけですな。
ところがこの552年こそ仏教が日本に初めて伝わったとされる年なもので、中国と
違って日本では第2説による計算が採用されて1052年から末法の世になると信じ
られ、平安末〜鎌倉時代の末法仏教運動が展開されるに至ったと・・・。
――まあ、こうやって見てみると、末法思想そのものも、後代の創作といってよいで
しょうし、正法500年or1000年説いずれも、日本・中国それぞれのご都合主
義解釈によって両国別々の説を採用したわけで・・・ましてその大前提の釈迦入滅時
がそもそも中国では間違っていた(BC949)となると、末法に関してどんなこじ
つけも「有り」で、でも何をどうこじつけても説得力ないなぁ〜〜なんて思いますけ
ど。(苦笑)
58 名前:Poh 投稿日:2002/3/6(水) 20:14:39
>>56
ちょっと補足です。
>この552年こそ仏教が日本に初めて伝わったとされる年なもので、
実際、日本へ仏教が公式に伝えられた年ははっきりしていません。
「日本書紀」では552年となっているため、その後ずっとこの年が仏教公伝の年と
されていましたが、近年は「上宮聖徳法王帝説」や「元興寺縁起」などに記されてい
る538年をとる学者が多いようです。
もっとも公式の伝来以前にも仏教は渡来人によってもたらされていて、522年には
司馬達等が中国から渡来して大和国に仏像を安置して礼拝したという記録(扶桑略
記)があります。
〜〜〜以上、一応念のため。
59 名前:Poh 投稿日:2002/3/7(木) 02:52:05
>>51
佛哲辞典編纂員さん
>日本、中国,朝鮮では、正法1000年,像法1000年を取っています。
えっと、ですから
>>56
、中国は正法500年説じゃないかと思うんですが。
朝鮮はちょっと手元に資料がないので確認できないですが、中国と一緒じゃなかっ
たっけなぁ(やや不安)???
いずれにせよ、ご確認願えますか???(僕が間違っていたら訂正お願いします)
171
:
古池
:2005/09/27(火) 21:20:47
独歩さん
>末法思想は、エフタルのミヒラクラ王による猛烈な仏教迫害をこうむったカシミールの仏教徒が作り出した思想。
末法について、大変参考になりました。有難うございます。
一点教えてください。
南無妙法蓮華経とは、末法における衆生を救う唯一の法なのでしょうか。なぜ末法においては南無妙法蓮華経でなければ成仏できないのか、よくわからないのです。釈尊の八正道は釈然とするのですが、南無妙法蓮華経が成仏の法だというメカニズムがよくわかりません。不敬な言葉遣いがありましたらお詫び致します。
172
:
一字三礼
:2005/09/27(火) 21:52:31
横レス失礼します。
>末法思想は、エフタルのミヒラクラ王による猛烈な仏教迫害をこうむったカシミールの仏教徒が作り出した思想。
この推測は年代的に無理があります。
エフタルの王トラマーナ (位490-512頃) とその子ミヒラクラ (位512-528頃)は5世紀末〜6世紀前半の人物です。
しかしながら、末法思想は紀元前後に成立した最初期大乗経典にも登場します。法華経もその末法思想を含んだ経典の一つです。
173
:
菱村正敏
:2005/09/27(火) 21:58:09
>しかしながら、末法思想は紀元前後に成立した最初期大乗経典にも登場します。法華経もその末法思想を含んだ経典の一つです。
初期とされてる経典など、法華経に末法思想があるというのは無理があります。
どこに末法思想が示されているのでしょうか?
174
:
一字三礼
:2005/09/27(火) 22:51:15
菱村正敏さん:
又文殊師利、如来の滅後に末法の中に於て是の経を説かんと欲せば、安楽行に住すべし。(安楽行品第十四)
悪世末法の時 能く是の経を持たん者は則ち為れ已に上の如く 諸の供養を具足するなり(分別功徳品第十七)
末法という用語に言及されている上、末法が悪世であるという認識まで法華経にありますよ。
175
:
Poh
:2005/09/28(水) 03:53:24
1)
一字三礼さん
はじめまして。
犀角独歩さんがご紹介下さいました私の拙文と資料に対するご指摘ですので、私の方から
お答えさせて頂きます。
(こちらの掲示板で本格的な書き込みをするのは初めてになります。皆様、どうぞよろし
くお願いいたします)
末法思想の起源を語るたびに、これまでも他掲示板等で多くの方から、羅什訳『妙法蓮華
経』中の「末法」に関する質問をお受けして参りました。
あるいは当然ありうるご疑問・ご指摘だとも考えております。
この件に関して、以下他掲示板での自己レスを再編集したものをアップさせて頂きます。
まず、『妙法蓮華経』ではたしかに正法、像法に関して、
○正法、像法、滅尽の後、此の国土に於いて、復仏出でたもうこと有りき。
(常不軽菩薩品第二十)
○世尊、後の五百歳濁悪世の中に於いて、其れ、是の経典を受持すること有らん者は
(普賢菩薩勧発品第二十八)
と「正法・像法・滅尽」という使用が認められます。
この部分、サンスクリット原文のsaddharmaを「正法」 と、saddharma-pratiru■pakaを
「像法」としていますが、「正・像法」に関しては、先に私からの提供資料として独歩さ
んがご紹介下さった、平凡社世界大百科事典の記述「正法時と像法時については,インド仏教で早くから考えられていたが〜」の通りです。
ですから、AD1世紀前後とも言われる法華経成立時に「正・像・滅尽」の思想が成立し
ていたとは想像できると思います。
一方、『妙法蓮華経』中で「末法」の語が確認できるのは、たしかにご指摘の2箇所にな
りますが、いずれも「正・像」との(思想的)関連性なく単独使用であり、意味的にも前
後の文脈からも「正・像・滅尽」との関連性は言及されていません。
さらに重要な問題として、この「末法」にあたるサンスクリット原文は、
『saddharma-vipralopevartartana■ne』
であり、それをクマーラジヴァが「末法」と漢訳したわけですが、しかしこのサンスクリ
ット語は、直訳すると「正しい教えが滅びる時代」という意味で、これは末法思想の「末
法=教のみで行も証もない時代」の語義とは異なっており、つまりこれが決定打となって、
この「末法」は「末法思想としての末法」と考えることには無理があるというのが、現代
の仏教学者・研究家たちのおおかたの見解のようです。
このあたり、『大乗仏典4 法華経Ⅰ』松濤誠廉、梶山雄一、丹治昭義著。中公文庫、P291
では、以下のように解説されています。
『「正しい教え」(正法)と「正しい教えに似た教え」(像法)とは、前者から後者へ教
えが漸次衰微してゆくという歴史観の上の時代区分に用いられる述語。ここではこの両語、
すなわち順にsaddharmaとsaddharma-pratiru■pakaの両語が見えるのみである。他方、羅
什が「末法」と訳している「正しい教えが滅びる時代」saddharma-vipralopevartartana
■neの語は、のちに第十三章(「法華経Ⅱ」)に単独であらわれている。正法・像法・末法
の三時を分ち、そのあいだに教・行・証が漸次衰微する状況を説く歴史観(正法の時代には
教・行・証の三者がそなわり、像法では教・行のみ、末法の時代には教のみで行も証もない
という)は、おそらく中国において整備確立されたものであろう。』
[続く]
176
:
Poh
:2005/09/28(水) 03:54:48
2)
それでは日本語訳ではどうなのかということですが……。
実は私ごとではありますが、この2年ほど学会問題や仏教から遠く隔たった生活をしてお
りまして、岩波文庫『法華経』(坂本 幸男、岩本 裕訳)が知人に貸し出し中ですぐに確
認できず、やむなく他の手持ちの書籍を当たったところ、『妙法蓮華経』中の「末法」の
訳は以下のようになっています。
○菅野博史(創価大学文学部教授)著『法華経 永遠の菩薩道』
安楽行品第十四「末法」=「末世で法が滅しそうな時」
分別功徳品第十七「悪世末法」記述なし
○小島繁一著(仏教研究家)著『法華経がわかる』
安楽行品第十四「末法」=「正しい教えの廃れた末の世で」
分別功徳品第十七「悪世末法」=「悪徳はびこる末の世で」
と、明らかにサンスクリット原文の意味を反映させ、「末法思想としての末法」との違い
を意識した訳をしているものもあれば、
○藤村義彰(宗教哲学研究家)著『新訳 法華経』
安楽行品第十四「末法」=「末法の時代」
分別功徳品第十七「悪世末法」=「悪世末法(そのまま)」
のように、「末法思想としての末法」との違いが分からないものもあるようです。
(あるいは著者自身がその違いを認識していないか、あるいは同一のものだという自分な
りの確信のもとに訳しているのかもしれませんが)
その他の訳本に関しては、恐縮ですがご自身でご確認頂ければ幸いです。
たしかに日本では、少なくとも近代以前においては、『妙法蓮華経』の「末法」をそのま
ま自然に「正像末の末法」として解釈してきたという歴史的背景があります。おそらく日
蓮さんもその例外ではないでしょうし、また現代に至っても、その是非はともかくとして、
過去の解釈をそのまま何の疑いもなく信じておられる方が多いのは事実です。
私個人の思いとしては、今後、「末法」に限らず、教典等の語句一つ一つに対する、言語
学、文献学、歴史学、地域文化学、民俗学、考古学等々からの幅広い多角的な研究がさら
に一層進んでゆくことで、教典成立当時の根本思想により迫ってゆけることを期待してお
ります。
最後に、犀角独歩さん、私が仕事上の理由から、現在こうした掲示板等への書き込みを自
制しているということで、色々気を遣っていただき、ありがとうございました。またその
ため今回は余計なお手間を取らせることになりましたこと、お詫び申し上げます。
177
:
菱村正敏
:2005/09/28(水) 08:13:52
法華経の文言にある末法を末法思想のそれと同じ意味に解するのは
短絡的だと思います。
法華経には書写・読誦などの功徳を説き、坊主が戒律を固く保つこ
とを強調しています。法華経が末法思想を踏まえた経典であれば、
このような表現はしないでしょう。
法華経の末世・末法という表現は、せいぜい悪世という意味しか
ないと思っています。上記の方が細々と書いてますから重ねて書き
ませんが、安易に混同しないほうが良いと思います。
178
:
一字三礼
:2005/09/28(水) 10:47:19
Pohさん
はじめまして。
丁寧なレスありがとうございます。
法華経で主張する三時は「正法・像法・滅尽(末法)」とみるよりも、「在世・正法・像法」ではないかと考えています。授記の際に未来仏に明かされる釈尊の予言では、何れも像法までであり滅尽もしくは末法に対しては時代として認識していないと思われます。
だから私もPohさんのご指摘のとおり末法ないし滅尽を「正しい教えが滅びる時代」=「悪世」という意味で理解しており、その意味で法華経には末法思想がある、と記しました。
>『妙法蓮華経』中で「末法」の語が確認できるのは、たしかにご指摘の2箇所になりますが、いずれも「正・像」との(思想的)関連性なく単独使用であり、意味的にも前後の文脈からも「正・像・滅尽」との関連性は言及されていません。
正法・像法との直接の関連性が無くとも「悪世末法(悪徳はびこる末の世で)」を警戒する思想があれば「末法思想」と言えるのではないでしょうか。
>これは末法思想の「末法=教のみで行も証もない時代」の語義とは異なっており
これは特定の経典もしくは釈の末法の定義ではないでしょうか。
私は「末法思想」というものは、「仏法の滅びる時代」という発想を中心とした、ひとつの思想潮流であると考えておりますがいかがでしょうか。
Pohさんの仰る「末法思想」の定義をまずは教えていただけませんでしょうか。
179
:
一字三礼
:2005/09/28(水) 10:59:21
菱村正敏さん
>坊主が戒律を固く保つことを強調しています。
仰るようなことは法華経には見当たりません。
此の経は持ち難し 若し暫くも持つ者は 我即ち歓喜す 諸仏も亦然なり 是の如きの人は 諸仏の歎めた もう所なり 是れ則ち勇猛なり 是れ則ち精進なり 是れを戒を持ち 頭陀を行ずる者と名く(妙法蓮華経 見宝塔品第十一 )
この文は受持即持戒と理解されております。菱村さんは、法華経を読んでから仰っているのでしょうか。
末法に関しましては、178レスをごらんください。
180
:
犀角独歩
:2005/09/28(水) 11:03:46
なかなか活発な議論となり、提案した甲斐があります。
小池さん
> 南無妙法蓮華経とは、末法における衆生を救う唯一の法なのでしょうか。なぜ末法においては南無妙法蓮華経でなければ成仏できないのか、よくわからないのです
羅什訳、慧思を経て天台、そして妙楽で確定されてきた法華解釈を、伝教を経て、日蓮が継承したということですね。
「南無妙法蓮華經は法」かというのは、なかなか大問題であろうと思います。
結論から申し上げれば、法と言えるのは妙法と羅什が訳した言葉が指したものであるはずです。妙法蓮華經は経典の名前であり、南無妙法蓮華經はその経典に南無するという以上の意味はないところを経題そのものを法としてしまった教学的な姿勢を直視する必要があります。
では、法華経で言う妙法とは何か? ということになります。この原語は松山師に拠れば、agradharmaとsaddharmaを訳分けずに用いた漢訳であるということですが、この漢語は既に増一阿含で使用されているとのことでした。法華経全編を読んでみると、諸仏はこの経典によって成仏したとか、経典自体が遠い過去から存在していたという記述はあっても経典自体が法であるという記述は勿論ありません。また、そもそもその法が何であるのかという点で明確に記述される句を探せば、わたしは「教菩薩法」に尽きると思います。
ところがこの漢訳に該当する梵本直訳を見ると「菩薩をいましめ」る(岩波文庫『法華経』上 P45)という以上の意味はありません。しかしながら、法華経とは菩薩をいましめ、成仏記別を与える最高の教えという内容になっていることは了解できます。
では、その成仏というのはどのようなことかと言えば、寿量(菩薩道をした二倍の寿命・五百塵点劫)というストーリーとなっています。
以上のことから、わたしは題目五字七字が法であるという教理解釈には反対の立場です。故に、わからないと思われるほうが、よほど的確に事実を捉えていると思います。
181
:
犀角独歩
:2005/09/28(水) 11:04:15
Pohさん
遠征いただきまして、有り難うございます(笑)
> AD1世紀前後とも言われる法華経成立時に「正・像・滅尽」の思想が成立
これは殊に『常不軽菩薩品』第20から、こう記されるのだと思いますが、該当の部分は
「…如来が入滅したのち、正しい教えの模倣の教えが消滅したとき…」(下 P131)
を「正法像法。滅尽之後。」と什が訳したものですね。
梵本法華経紀元前1世紀から後2世紀ぐらいのあいだでせいりつしたということですから、如来が生きているときは、その如来から直接、教えを聞いて修行できるが、入滅後は、それを模倣する教え、しかし、それも時の経過と共に消滅するという考えは、この時点であったのだろうと思います。
一方、什の妙法蓮華經の漢訳はどうでしょうか。後秦の姚興に向かい入れられて長安に入ったのが401年で、その後、10年の間に精力的に翻訳に従事したと言います。法華経訳出年代をどこまで特定できるのかという問題はありますが、4世紀末から5世紀はじめということになります。つまり、梵本成立から250年ばかりの時間差と場所の差があることになります。
末法思想の定着は6世紀というのが取り敢えず、定説になっているようで、種々、挙げていただいた資料もそれを指示する如くですが、言葉としての「正法」「像法」「末法」もしくは「法滅尽之後」は5世紀の訳本・妙法華に既に見られるとするのが至当ではないのかと思いますが、如何でしょうか。
なお、末法思想というのは、皆さんのご指摘の通り、成句が先行し、後に正像末の三時に整理され、さらに「五百年」「千年」といった年限区分が採り入れられていったという変遷があることは押さえるべきだと思えます。
また、これらのアイディアはイランにははじまる救世主思想(ミトラ)、また、終末思想、プレニアム(千年紀)思想と習合しながら、次第に形成されたものであろうと考えます。
天台における以上のような整理は南岳慧思の『立誓願文』だそうで、正法500年、像法1000年年とし、自らの出生を末法82年としたというのが、先の貫名師の指摘でした。
ただし、わたしの今回の呈示は、以上のような成立過程というより、むしろ、それら末法思想を鼓舞する人々が、自分達が生きている時代こそ末法であるという認識に立っているという点です。
わたしは梵本法華経の制作者といえども、この例外ではないと考えます。
つまり、彼らが経典を創作し、釈迦滅後の時代を描写するのは、要するに、自分達こそ、その「末法」の弘法者であるという認識を、紀元前後の段階で既に持っていたからこそのことであろうと考えます。つまり、創作者たちがいう末法とは梵本法華経成立時点、さらにそこに登場する釈迦を担う主人公・地涌菩薩の出現もまた、創作者とその集団を指した西暦前後その時代を想定したものであったろうと考えます。
182
:
Poh
:2005/09/28(水) 12:02:53
>>178
一字三礼さん
自己紹介が遅れましたが、私は信仰の経験のない、非宗派の者であり、これまで学問とし
て仏教を考え、勉強してきた者です。
そういった意味で、おそらく多くの点で、富士門流の信仰者の方々とは仏教用語一つとっ
ても、使用語義、事実認識等の点で大きなギャップがあるかとも思います。
ですから
>正法・像法との直接の関連性が無くとも「悪世末法(悪徳はびこる末の世で)」
>を警戒する思想があれば「末法思想」と言えるのではないでしょうか。
おそらく賛同頂けると存じますが、私としては、使用する言葉に関して、まず同じ意味な
りイメージなりを共有することなくして、議論や対話は成立しないと考えております。
その点、仏教用語としての「末法思想」の語義に関しても、こうした場合、主観を極力廃
し、自分勝手な解釈を慎むことが、肝要と考えます。
ですからこの場合、「末法思想」や「三時(思想)」という言葉については、学者・専門
家たちの批判に耐え、また広く社会で認知されている普遍的な意味は何かということが大
切なわけです。
>Pohさんの仰る「末法思想」の定義をまずは教えていただけませんでしょうか。
この場合、あなたの
>>172
>>174
のご指摘は、私が独歩さんに提供した資料である平凡社
「大百科事典」、岩波仏教辞典の「末法思想」の記述に対するものであり(同掲示の私の
過去レスもそれらをまとめたものですので、同様に考えて頂きたいと思います)、あなた
がそこで両書の語義に関する異論反論を述べられないまま、ご指摘を始められている以上、
そうなると当然、私の
>>175
>>176
も、両書にある
「末法思想」「三時(思想)」
○釈梼入滅後における仏教流布の期間を3区分した正像末の三時の考え方に立脚し,末法
時に入ると仏教が衰えるとする予言的思想のことであり,仏教の漸衰滅亡を警告する歴
史観である。
仏の教法〈教〉のみがあって,教法に従って修行する者〈行〉も,修行の果報を得る者
〈証〉もなく,国土も人心も荒廃する末法時が1万年つづいて法滅尽を迎えるとする点
では異説がない。(平凡社世界大百科事典)
○仏教における時代観ともいうべき正法、像法、末法の三時思想に出ることば。(岩波仏
教辞典)
の語義をそのまま大前提として、またあなたとの共通理解の成立したものとして考えてお
りました。
またこの定義は、何もこの両書に限ったものではなく、広く一般的な仏教書、参考書の類
いでも通用するものだとも考えております。
ただもしもあなたが、ご自分なりの定義のもとで議論を進めていこうとおっしゃるのなら、
再度ここで、この場限りの(?)語義を定義し直し、共通理解をせねばならないでしょう。
しかし考えてみれば、あなたが
>正法・像法との直接の関連性が無くとも「悪世末法(悪徳はびこる末の世で)」を警戒>する思想があれば「末法思想」と言えるのではないでしょうか。
>私は「末法思想」というものは、「仏法の滅びる時代」という発想を中心とした、ひと
>つの思想潮流であると考えておりますがいかがでしょうか。
という、あなたなりの(?)語義を提唱なさるなら、先のあなたのご指摘そのものが、言
葉の定義の違いだけによるものとなってしまい、ご指摘の意味さえ失われ、あえて言えば、
あとはどちらが客観的視点に立って一般的か、説得力があるか、妥当なのかなどという
「言葉の定義」の是非を問うだけの議論になってゆくのではないでしょうか?
なぜなら上記両書は、おのおのの「末法思想」「三時(思想)」の定義のもとで、論を進
めているのですから……となると、意地悪な言い方になるかもしれませんが、あえてあな
たがこの件で異を唱えるとすれば、その相手としては、上記両書とその執筆者たちとする
のがふさわしいかと存じますが、いかがでしょうか?
ちなみに私はといえば、法華経にいわゆる「仏教の漸衰滅亡を警告する歴史観」が読みと
れることに異論はありません。ただそれは、正確に言えば、辞書的定義による「末法思
想」とはいえない(まだ正・像・法滅の段階)ということだと考えます。
そしてこれはまた、平凡社大百科事典に「正法時と像法時については,インド仏教で早く
から考えられていたが,〜」との記述とは矛盾しないのは、いうまでもありません。
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