したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | メール | |

現代人が納得できる日蓮教学

116犀角独歩:2005/08/03(水) 20:41:51

> 115

漫荼羅は十界勧請漫荼羅といい、仏菩薩はまだしも、「他方の大小の諸菩薩は万民の大地に処して雲閣月卿を見るが如く、十方の諸仏は大地の上に処したまふ。迹仏迹土を表す」というわけで、勧請諸尊のすべてが虚空会に収まるわけではありません。他の衆生は霊山の大地にあります。故にここは日蓮の記述の通り「霊山虚空会」ということになりませんか。

多分に日蓮の考えでは、むしろ、八品の儀式、もしくは寿量品の儀式という意識があり、しかし、本尊相伝の段階では、それを霊山の儀式とする隔たりがあります。さらに日寛はそれを人即法本尊、(寿量品の)文底秘沈、内証、肝心というも、在世の法華からさらに隔たりという相違が存します。これは一本の線で繋ぐことは出来ず、特に会通を加えて、整合性を採る必要をわたしは感じません。日蓮と本尊相伝、日寛の思想にむしろ異轍を見ることを自然と考えます。

その他のご説明には、特に異論はありません。


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板