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現代人が納得できる日蓮教学

176Poh:2005/09/28(水) 03:54:48
2)
それでは日本語訳ではどうなのかということですが……。
実は私ごとではありますが、この2年ほど学会問題や仏教から遠く隔たった生活をしてお
りまして、岩波文庫『法華経』(坂本 幸男、岩本 裕訳)が知人に貸し出し中ですぐに確
認できず、やむなく他の手持ちの書籍を当たったところ、『妙法蓮華経』中の「末法」の
訳は以下のようになっています。
 ○菅野博史(創価大学文学部教授)著『法華経 永遠の菩薩道』
    安楽行品第十四「末法」=「末世で法が滅しそうな時」
    分別功徳品第十七「悪世末法」記述なし
 ○小島繁一著(仏教研究家)著『法華経がわかる』
    安楽行品第十四「末法」=「正しい教えの廃れた末の世で」
    分別功徳品第十七「悪世末法」=「悪徳はびこる末の世で」
と、明らかにサンスクリット原文の意味を反映させ、「末法思想としての末法」との違い
を意識した訳をしているものもあれば、
 ○藤村義彰(宗教哲学研究家)著『新訳 法華経』
    安楽行品第十四「末法」=「末法の時代」
    分別功徳品第十七「悪世末法」=「悪世末法(そのまま)」
のように、「末法思想としての末法」との違いが分からないものもあるようです。
(あるいは著者自身がその違いを認識していないか、あるいは同一のものだという自分な
りの確信のもとに訳しているのかもしれませんが)

その他の訳本に関しては、恐縮ですがご自身でご確認頂ければ幸いです。

たしかに日本では、少なくとも近代以前においては、『妙法蓮華経』の「末法」をそのま
ま自然に「正像末の末法」として解釈してきたという歴史的背景があります。おそらく日
蓮さんもその例外ではないでしょうし、また現代に至っても、その是非はともかくとして、
過去の解釈をそのまま何の疑いもなく信じておられる方が多いのは事実です。
私個人の思いとしては、今後、「末法」に限らず、教典等の語句一つ一つに対する、言語
学、文献学、歴史学、地域文化学、民俗学、考古学等々からの幅広い多角的な研究がさら
に一層進んでゆくことで、教典成立当時の根本思想により迫ってゆけることを期待してお
ります。

最後に、犀角独歩さん、私が仕事上の理由から、現在こうした掲示板等への書き込みを自
制しているということで、色々気を遣っていただき、ありがとうございました。またその
ため今回は余計なお手間を取らせることになりましたこと、お詫び申し上げます。


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