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現代人が納得できる日蓮教学

159パンナコッタ:2005/08/08(月) 11:02:30
乾闥婆さん、
”宗教”という言葉の持つ意味の多様性は、ややこしいですね。
さらに、一般の人が持つイメージはおおよそ、宗教=うさんくさい ではないでしょうか。

ちょっとズレるんですが、「目からウロコが落ちる」という言葉がありますね。何か真理に近づいたら
ウロコが剥がれ落ちて物が見えるようになったと。しかしこれには落とし穴があると思いますよ。
【「目からウロコが落ちる」というのは聖書の世界の言葉である。『使徒言行録』九章、キリスト教徒を迫害していたサウロが、天からの光とともに
「なぜ私を迫害するのか」というイエスの声を聞き、とたんに目が見えなくなる。彼の家に、やはりイエスの声に導かれたアナニアがやってきて、
サウロの上に手を置く。すると、目からウロコのようなものが落ちてサウロはまた目が見えるようになる。彼は改心して洗礼を受ける。
 だから、何かの宗教に入信した人が「目からウロコが落ちた」と言うのは、用法としては正しいのである。しかし、僕みたいな無神論者は、ついつい
星氏と同じ事を言いたくなってしまう。「それって本当はウロコが飛びこんだんじゃないの?」と。
ウロコとは、心の目にかかった偏見のフィルターである。フィルターがなくなれば、世界がよりクリヤーに見えると思われるかもしれない。それは逆だ。
このフィルターは自分の都合の悪い情報をシャットアウトする働きがある。だからウロコが飛びこんだ者は、不都合なことが目に入らなくなり世界が
単純明快に見える。「目からウロコが落ちた」と勘違いしてしまうのだ。】       #星氏とは作家の 星新一 氏のこと。
  トンデモ本の世界S あとがき「目に飛びこんだウロコの話」山本弘  より引用


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