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富士門流信徒の掲示板

 

 

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日蓮法華掲示板を開設しました

 

富士門流信徒掲示板 抜粋   富士門流信徒掲示板過去ログ(〜2002.11.24)

冨士教学研究会談議所  日蓮正宗関連HPリンク集  

管理者メールアドレス fujimonkeijibankanrisha@yahoo.co.jp

スレッド作成:
タイトル:
名前: E-mail(省略可)
内容:

1 : 創価学会法華講正信会顕正会妙観講等はカルトっぽいか(873) / 2 : 本門戒壇の大御本尊様の偽作説について(2236) / 3 : 組織活動上での嫌な経験についてお聞かせ下さい(15) / 4 : 自己紹介用スレッド(181) / 5 : 質問(265) / 6 : 素朴な疑問(3833) / 7 : 『日蓮大聖人が御本仏である』という教義について(787) / 8 : 『人間 日蓮聖人』について(15) / 9 : 一念三千とはなにか(62) / 10 : 六巻抄について(239) / 11 : 日蓮聖人の本尊観(235) / 12 : 本尊と曼荼羅(711) / 13 : 創価学会の功罪を考える(1965) / 14 : 勤行について(318) / 15 : 池田教ってどんな宗教?(196) / 16 : 大石寺戒壇板本尊の歴史について(100) / 17 : オフ会 開催案内(818) / 18 : つぶやきすれっど2(2685) / 19 : 顕正会の実態を検証する(838) / 20 : (続) 大石寺の歴史(140)
21 : 管理者からのお願い(415) / 22 : 悟りを科学する(66) / 23 : 富士宗学要集について(43) / 24 : 死について(105) / 25 : お薦めスレッド(686) / 26 : 「広宣流布、本門の戒壇」の解釈又は定義について(148) / 27 : 当掲示板への書き込みルール(13) / 28 : 釈尊の真意について(52) / 29 : 閲覧専用掲示板について(28) / 30 : 雑談(70) / 31 : 四箇格言の功罪について(59) / 32 : 『河辺メモ』について(53) / 33 : 日蓮聖人の僧侶観(38) / 34 : 現代人が納得できる日蓮教学(1029) / 35 : ウィルス情報(20) / 36 : 『おにくげ』について教えてください。(117) / 37 : 法華経について(328) / 38 : 蓮祖及び門下の曼荼羅について(312) / 39 : 如来蔵思想について(6) / 40 : 本尊の開眼は誰が行うのか?(6) / 41 : 蓮祖の、著作・曼荼羅の真偽について(756) / 42 : 信仰は役に立つか(172) / 43 : スレッドテーマ提案用(94) / 44 : 身延相承書と池上相承書について(183) / 45 : 配偶者がカルトに入ったらどうしますか(256) / 46 : 天台本覚思想について(101) / 47 : 摂受と折伏について(725) / 48 : 富士山本門寺について教えて下さい(113) / 49 : 日蓮聖人と真言密教(97) / 50 : 井戸端すれっど「山門前」(158) / 51 : 「広宣流布」と「天下取り」はどう違うの?(9) / 52 : 日蓮聖人の教えと日興上人による展開(10) / 53 : 戦争を考える(409) / 54 : 生命主義、生命論について(229) / 55 : 他宗、他派をホメよう(69) / 56 : 世界の情報ボックス(229) / 57 : 報復・処罰という暴力をどう考えるか?(29) / 58 : さらしスレッド(7) / 59 : 摂受折伏の主体は誰か?(9) / 60 : 自殺について(29)  (全部で99のスレッドがあります)

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1 創価学会法華講正信会顕正会妙観講等はカルトっぽいか (Res:873)All First100 Last50 SubjectList ReLoad 1
1管理者 :2002/09/29(日) 14:11

スレッドテーマの提案がありましたので、活発な議論を期待して、スレッドを立ち上げます。提案文は以下の通りです。

『富士門流団体の一部がまるでカルトまがいの勧誘などしていることに真剣ですが、独立スレの提案をしたところ、興味深い、との反応がありました。しかしこれらの団体を実名で指摘とかすると名誉毀損とか誹謗中傷とか出てきかねないと思うのです。また、教義とかの論争にもなってしまうのである程度ルールを設けてやりたいですけれども。』

なお、このスレッドについても、書き込みは当掲示板のルールに基づいて行って下さい。

860犀角独歩 :2006/09/27(水) 07:10:19

859 維摩さん

お久しぶりです。
開基檀那という考えは、そもそも、現代的な発想ではないでしょうね。いまでいえば、さしずめ「願主」と言ったところではないでしょうか。たとえば、かつて創価学会員800万信徒375億円を集めて、(その金額を全部使ったかどうか? 使わなかったと言われている)建立された正本堂は「池田大作」が願主であり、供養者(代表)となっているでしょう。もっとも、この建物の基底部には、その無名の供養者の名前を永久に顕彰するために『正本堂供養者名簿』が埋納されたということでした。この名簿、今回の立て直しでいったい、どうなったんでしょうか。地下はそのままという石山のアナウンスを聞いたような記憶がありますが、当の建造物を破壊した段階で、永遠の顕彰も嘘だったことになったわけです。

要は、何か供養を募るときに、「あなたの名前が残る」というのは、石山常套の‘キャッチフレーズ’だというのが本質です。

余計なことですが、会員が金を拠出し、その願主は代表となり、さらに、ゼネコン体質というのは、バックマージンには、その代表に権利あり、さて、奉安堂といい、今回の建造といい、そのようなものがあったか・あるかどうか、わたしはキャッチフレーズに踊らされる愚を、石山の現場で、まだ繰り返されることを、ただ嘆かわしく思うばかりです。会員の供養心は純粋でも、それを扱う側が、そうであるとは限らないというのが、この手の構造であることは考慮されるべきだと考えます。


861とんちきちゃん :2009/03/02(月) 18:20:22
妙観講及びO草高騰は、盗聴裁判で敗訴しているのにホームページで反論していますが見苦しいですね!!
カルト丸出し!!


862北斗☆ :2009/04/27(月) 02:33:26
初めてレスさせて頂きます。

思いっきりカルトだと思います。

昨日、「犀角独歩」で検索したら出て来る出て来る…

大石寺圏信徒による、独歩さんへの悪口のオンパレード。

間違いなくカルトです。


863北斗☆ :2009/05/01(金) 06:26:28
皆様こんにちは。

連レスになりますし、ある意味「死について」トピと重なる部分もあるとは思いますが、完全にカルト発言している法華講信徒を見つけたので、こちらにレスしたいと思います。

>投稿詳細
[59]
4月30日 18:15
>大白法にありますが、神戸市長田地区は、学会員が多い地域です。また、法華講も多いです。
実際、学会員のほとんどが、怪我や亡くなっています。
法華講は、退転者以外は助かっています。
 
これについて大聖人様は、「一切法華経に其の身を任せて金言の如く修行せば、慥かに後生は申すに及ばず、今生も息災延命にして勝妙の大果報を得、広宣流布の大願をも成就すべきなり」(最蓮坊御返事・御書642ページ)にある通りです。

敵対勢力は、罰として「死」を。

身内は「助かる」

なんて話じたいが、もはやカルトですよ。


864幻論乙坊 :2009/05/01(金) 22:24:52
北斗☆さん
はじめまして、幻論乙坊と申します、宜しくお願い致します。

私はこちらでは既に何度も記しておりますが、言われる所の宗教と言うものを一切信仰した経験が
御座いません。

ある特定の宗教を指して「カルト」だとおっしゃる所が私にはもう一つよく理解できないのです。
カルトではない宗教と言うものが存在するのでしょうか?
(私からすれば全ての宗教はカルトだと思えるからです。)

北斗☆さんのカルトの定義を御教示戴けますでしょうか。


865北斗☆ :2009/05/02(土) 15:15:53
>864幻論乙坊さん

はじめまして。

えと、私のカルトの定義はこれを元にしています。

>19世紀から20世紀の変わり目の頃、ドイツのマックス・ヴェーバーやエルンスト・トレルチなどの社会学者、神学者による説では、キリスト教団体を「教会」(各国の主要な教団)と「セクト」に分ける類型法があった。セクトは既存の教会を批判し、宗教的により正しい生き方を目指して分派した小規模団体であると定義した。このような教会とセクトの分類は、キリスト教世界内の団体間の緊張関係に着目している。
なお、1950年にアメリカの社会学者のハワード・S・ベッカー(Howard Saul Becker) は、非キリスト教的なスタイルを持つ新興団体を新たな類型として含め、これを「カルト」と定義した。


>ヨーロッパにおいては「カルト」という言葉は用いられず、社会的に警戒を要する団体を、「セクト」と呼ぶ1。
1995年12月、フランスの下院(フランス国民議会)で採択された報告書『フランスにおけるセクト』は「通常の宗教か、セクト(カルト)か」を判定する国際的な指針の一つとされている。この報告書は、調査委員会の委員長の名前を取って『アラン・ジュスト報告書』ともよばれている。
この中で、セクトの本質を「新しい形の全体主義」と定義した上で、以下のように「セクト構成要件の10項目」を列挙している。
・ 精神の不安定化
・ 法外な金銭的要求
・ 住み慣れた生活環境からの断絶
・ 肉体的保全の損傷
・ 子供の囲い込み
・ 反社会的な言説
・ 公秩序の攪乱
・ 裁判沙汰の多さ
・ 従来の経済回路からの逸脱
・ 公権力への浸透の試み
以上の項目のいずれかにあてはまる団体をセクトとみなしている。


特に、フランスのを私は重視しています。

日蓮正宗は、5つ位当て嵌まるのではないでしょうか?


866幻論乙坊 :2009/05/06(水) 12:05:58
北斗☆さん
先ず、お返事遅れました事、申し訳御座いません。

そう言う定義だったのですか。
私はカルトとは
1.信仰、儀式、祭礼。2.崇拝、(一次的)流行、・・・熱
新クラウン英和辞典  昭和48年発行

又、
宗教的崇拝。転じて、ある集団が示す熱烈な支持。大辞泉

で見られる定義を用いていました。
言葉の意味も時間空間で変化しますね。

現時点、存在する既成仏教の宗祖と言われる方々で当時、異端者扱いされていた方もいましたね。
この10項目に相当数触れていたのでしょう。

ですが、その既成仏教も相当年数以前にカルトとは定義しないようですね。

ここで見られるカルトの定義は数の論理の様ですね。

私は全ての宗教はカルトだと思っておりますが、確かにここでも示されておりますが、
私が宗教団体に属したとしたら「精神の不安定化」を来す事でしょう。

街中でよく「縁結び」「諸芸上達」「無病息災」「厄除祈願」「商売繁盛」等など
を掲げた看板をよく見かけますね。
それら看板を指して、世間の方たちは苦言を呈しません。
メディアでも「商売繁盛で知られる・・・」や「縁結びの神様で知られる・・・」等と報道しますね。
その神仏による、ご利益が真実、有るかどうかも検証されていないにも関わらず、その様な報道をし、又、世間もその報道を受け入れますね。

(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)


868顕正居士 :2009/05/10(日) 09:46:28
破壊的カルトとは何か
http://www2.ocn.ne.jp/~mind123c/sub4-1.htm

今、日常に使う「カルト」は「破壊的カルト(destructive cult)」の意味で、宗教社会学の
用語(価値判断はしていない)とは無関係です。90年代からアメリカで使われるようになり、
ただし欧州では同じ意味でセクトを使います。新興または分派の教団で相当ていどに
反社会的、反文明的な傾向のものという感じです。
したがって列挙された諸特徴に多く当てはまる、あるいは単に多くの人が破壊的カルトだ
というものがそれであり、操作的定義です。ですから規制などを行なう場合は教団名列挙
であり、むづかしいのは線引きです。


869北斗 :2009/05/11(月) 20:22:01
>866:幻論乙坊さん

私も、返事が大変遅れました。申し訳ありません。


>私はカルトとは
1.信仰、儀式、祭礼。2.崇拝、(一次的)流行、・・・熱
新クラウン英和辞典  昭和48年発行
又、
宗教的崇拝。転じて、ある集団が示す熱烈な支持。大辞泉


まぁ、世間的にはこう見る方々が大半ではないでしょうか。


>現時点、存在する既成仏教の宗祖と言われる方々で当時、異端者扱いされていた方もいましたね。
この10項目に相当数触れていたのでしょう。
ですが、その既成仏教も相当年数以前にカルトとは定義しないようですね。


即成仏教が出来た当時に、私が基準にしているフランスの報告書があれば、それはカルトと言われていたかも知れません。

しかし、即成仏教がカルトならばこの現代までは生き残れなかっただろうと私は認識しています。


>私は全ての宗教はカルトだと思っておりますが…


う〜ん、カルトでしょうかね?
その判断は個人の自由だとは思いますが…
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)


870阿佛棒 :2009/11/02(月) 02:12:29
カルトというのは便利な言葉ですね。
カタカナ言葉でははっきりしないので。
カルトとは即ち

異端。

です、日蓮系はマルキ印が多いのが悩みの種
しかし狂は聖に通ずるともいうし困ったものだ。

もうすこし丸くなって欲しいもの。
人に迷惑をかける時点でもうダメ、というのは日蓮系全てに言えるが
当の日蓮がいまだにこりず候
なので治らないだろうなとは思う。

救いとか成仏拔きにしても人に迷惑をかける人にはソレ相応の報いあり。


872樽之助 :2012/03/10(土) 17:44:52
日蓮正宗と関係が深いのは中国マフィアが絡む大麻ビジネスだと言われています。

大草一男が講頭をしている妙観講では大幹部を中心に組織ぐるみの麻薬販売ルートが摘発され、大幹部が逮捕され実刑判決を受けています。

それから『創価学会の麻薬ビジネス』なるものは、創価学会と敵対関係にある日蓮正宗の機関紙『慧妙』の記事であり、ノリエガ将軍と池田大作が面会したことを強調し、また、池田大作の秘書(通訳)が大麻常習者だったことを殊更に強調したものであって、日蓮正宗妙観講のように組織ぐるみで大麻を売りさばいていた訳ではありません。


因みに僕は日蓮正宗でもなければ創価学会でもありませんから、あしからず。


873通りすがり :2018/03/21(水) 16:54:26
基本的に全て(笑)


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2 本門戒壇の大御本尊様の偽作説について (Res:2223)All First100 Last50 SubjectList ReLoad 2
1管理者 :2002/03/08(金) 12:20

このスレッドの過去レスにここから移動できます。

http://kamakura.cool.ne.jp/gomoyama/keijiban/gisaku.htm


他スレッドで問題提起がありましたので、新しいスレッドを立ち上げました。

名前: 秀峰 投稿日: 2001/03/23(金) 12:00

初めてで失礼します。このスレッドと違うのですが、ご存知でありましたらお教え頂けましたら幸いです。
戒壇の大御本尊様につきまして、古来より真偽問題がでています。正宗信徒として御戒壇様が大聖人様の出世の本懐であり、真筆であることを、どのようなことからそのように認識していけばよいのでしょうか。この問題が以前より確信できないでいるものですから、ご指導頂ければ大変幸いです。よろしくお願い申し上げます。趣旨は全く信仰上の純粋な意味で理解したいというものです。よろしくお願いします。

2225問答迷人 :2010/11/12(金) 13:52:08

三船敏郎さん

どこかの組織に付かないと、日蓮法華信仰は出来ないのでしょうか、そんなことはないと思います。僕は何処かに所属する信仰はもう止めました。

それでも、僕は信仰を捨てたわけでは有りません。日々、生活・人生の糧として日蓮法華信仰に励んでいます。指針は日蓮聖人の真蹟遺文です。

こうした信仰の有りかたは、伝統仏教は認めようとしませんが、伝統仏教の宗派から、インチキ教義とインチキ解釈を刷り込まれた身としては、ずっとずっと晴れ晴れとした信仰だと自負しています。


2226問答迷人 :2010/11/13(土) 15:05:38

追伸です。

「伝統仏教の宗派から、インチキ教義」と書きましたが、僕の場合の伝統仏教とは『日蓮正宗』であり、インチキ教義とは、「日蓮大聖人の出世の本懐たる本門戒壇の大御本尊」と「唯授一人の血脈相承」という二つの『我田引水の邪義』です。蛇足ながら申し添えます。

創価学会は、いまだにこの二つの日蓮正宗譲りの邪義に固執しています。まぁ、僕はこんなインチキ団体には近づかないのが良いと考えています。君子危うきに近寄らず、です。


2227ひきこもり :2010/11/28(日) 18:47:00
>>2226
それでは日蓮正宗も創価学会も嘘の宗教であり、終戦後の動乱状態を騙して、
脅迫である罰論や誘惑である功徳論を展開して、信者を集めた団体と言うことになっ
てしまうではありませんか。

僕は中学生の時から、「人は信仰を持たないと何をするか分からない」と言う理由で
入会しましたが、騙されていたのではたまりません。

日蓮正宗も創価学会も嘘の宗教だったら、もう科学で宗教を研究しなければなりませ
ん。しかし自分の体験から戸田先生の「生命論」は間違いありませんよ。体験こそ真
実ですから。


2228問答迷人 :2010/11/29(月) 06:51:28

ひきこもりさん

>それでは日蓮正宗も創価学会も嘘の宗教

これは、僕は間違いの無いところだと認識しています。

「日蓮大聖人の出世の本懐たる本門戒壇の大御本尊」と「唯授一人の血脈相承」

この二つの日蓮正宗の根幹教義が史実に基づく教義である事証明する事は不可能だと考えています。

>自分の体験から戸田先生の「生命論」は間違いありませんよ。体験こそ真
実ですから。

戸田師の生命論に、「日蓮大聖人の出世の本懐たる本門戒壇の大御本尊」と「唯授一人の血脈相承」を直接述べた部分は有りましたでしょうか?

戸田師の生命論が間違いないとしても、それで、戒壇本尊や唯授一人の血脈が史実だと証明されるわけではない。日蓮聖人の教えが正しい、というのなら分りますが・・・ここに混同があると思います。

僕は日蓮聖人の教えを深く信奉しています。しかし日蓮正宗の様な、似非日蓮は断固否定しています。


2229ひきこもり :2010/11/29(月) 21:52:32
>>2228
分かりました。御書のどこにも死んでこの世に再生すると言う文言はないですね。
「折伏経典」は戸田先生ではなく、次期会長と目されれていた、石田次男氏が書い
たものと分かりましたが、、戸田先生と石田さんは生命論を知っていましたよね。


2230ひきこもり :2010/11/30(火) 21:05:12
>>2228
問答迷人さん。私は池田先生の「若き日の日記」に「死んで眠りたい永久に」と書かれてあったことに
高校生時代に驚きました。あと柏原ヤス全国婦人部長が電車の中の中吊り広告に「1回だけの人生をど
うするか」と書いてあったのを見て驚きました。また2年ぐらい前の聖教新聞に池田先生が「1回だけ
の人生」を発言していたことが記載されていました。先生は生命論を理解していないのではないかと疑問
に思いました。あとあれだけ反戦平和の公明党が自民党と癒着してから、もう私は神経が参っています。

私が少年時代に良く唱題しに行った池袋の常在寺の前には、いつも黒い車が駐車していて、私の少年時代
とは大変わりになってしまいました。創価学会も日蓮正宗もインチキ宗教だったのならば、損害賠償金を
国に訴えますよ。


2231ひきこもり :2010/11/30(火) 21:23:15
>>2224
三船敏郎さん。僕は創価学会に入会する前までは、気が弱い少年でした。しかし虐めに遭って
創価に入会した後、創価の人達は僕を助けてくれました。勉強嫌いが御書や人間革命をむさぼ
り読むようになり、最高学府まで出ることができました。創価学会なくしては、今の私は無い
と思います。他の宗派はありますが、苦しんでいる人達を救おうとした団体はありません。

今は経済的にも恵まれていて、平穏な毎日を送っています。中学生の時に入会して厳しい指導
を受けてから、猛勉強をしました。


2232問答迷人 :2010/12/01(水) 15:28:41

ひきこもり さん

僕は、17才で単身、創価学会に入会し、約10年間信仰に励みました。創価学会の組織には人情があり、助け合いの姿がありますね。特に縦線の時代は、人間関係が豊かだったと思っています。創価学会で学んだものは沢山有ります。また、失ったものも沢山有ります。

その後、板本尊謹刻問題で、創価学会を辞めて、日蓮正宗の末寺に付きました。ここでは学んだものも失ったものもそんなにはありません。まぁ、時間の浪費は有ったと思いますが・・・

そして、戒壇板本尊が偽物だと知って、日蓮正宗を離れました。

最初は、何処かに付かなければ信仰できない、との脅迫観念に苦しみましたが、どの教団も似たようなもので、日蓮聖人の教えが正しく伝えられている訳でもない、と感じましたので、教団探しは止めにしました。

今は、静かに日蓮法華信者として、現当二世を祈る生活を送っています。

何か、内村鑑三の無教会主義を真似ているような感じです。

創価学会や日蓮正宗を恨む気持ちは全然有りません。却って、日蓮法華信仰を教えてくれた恩人の様な捉え方すらあります。かと言って、創価学会や日蓮正宗に戻ろうとは毛頭考えていません。「日蓮法華信者」で有りつつけることは誰からも邪魔されません。これで良いのだろうと考えています。


2233ひきこもり :2010/12/03(金) 21:47:41
>>2232
そうですよね。僕は14歳の時に日蓮正宗の信徒になり、同時に創価学会の会員になりました。
14歳なんて今から思えばまるで子供でしたねw

創価は悪い団体ではありませんよ。真面目な人がほとんどです。


2234常修二番弟子 :2013/10/21(月) 18:17:09
下記サイトを見て、本門戒壇の大御本尊が、大聖人の御真筆であること、確信しました。
一度見て下さい!
エイチティティピーコロン、スラッシュスラッシュ
zyoushuin2.web.fc2.com/


2235サム :2015/10/14(水) 14:38:37
私(サム)は、

日蓮聖人漫荼羅一覧
http://homepage3.nifty.com/juhoukai/mandara/mandaraitiran.html

にある他宗門公開の全ての現存大聖人御真筆御本尊と比較して、

『石山(せきざん)本尊の研究』京都要法寺僧侶 柳澤宏道編著
http://www.hachisubunko.com/%E3%81%AF%E3%81%A1%E3%81%99%E6%96%87%E5%BA%AB%E3%81%AE%E5%87%BA%E7%89%88%E7%89%A9/
に紹介されている石山本尊の研究-01.pdf、にある楠板本尊との間に、

決定的な違いを見出したのです。 
(かなりの学会員さんは、既に発見されていたかも知れませんが。)

楠板本尊の座配図を書かれた京都要法寺僧侶の柳澤宏道氏は
「板マンダラの写真は『日蓮聖人』(熊田葦城著・明治44年発行)と『聖教乃正義』(荒木清勇著・大正4年11月11日発行)(二人とも大石寺の信者)の口絵に掲載されたものが全貌を示すものだが、巷間で批難されているがごとく不鮮明なものである。しかし、著者はこの写真から、正確に座配図を読み取るため、マイクロ写真にて「AO版」(畳1枚程の大きさ)まで拡大して検証した結果、既刊の研究書とはかなり異なる結果となった」
と述べており、実際の楠板本尊の相貌に間違いないであろうと推考します。

決定的証拠

①御真筆で図顕年月日が記載されている御本尊は全て「干支」も付記されているが、楠板本尊には「干支」の記載が無い。 干支の無記載は日興上人以降の様式である。
②弘安元年七月以降の御真筆本尊は全て「仏滅度後」との讃文だが、弘安二年十月御図顕とされる楠板本尊は「仏滅後」の表示である。

私が調べた処では①②共に例外はありません。
7月末に某掲示板に発表して現在9月3日に至るまで、法華講員さんの明確な反論は一切ありません。 
今からでも結構ですので、戒壇本尊肯定者や、法華講の方々で、御自分で調査するなり、講役員や宗門関係者にお聞きするなりして、反論・ご意見を募集しております。

反論が無ければ、結局、『本門戒壇本尊とされる楠板本尊は後世の模作だった』と結論します。

今こそ『楠板本尊は、大聖人の出世の本懐ではなく後世の模作である』と創価学会総体が、宣言した時こそ、私は「創価学会の発迹顕本の時」だろう、と信じています。


2236サム :2015/10/14(水) 14:48:41
御図顕或いは御書写の年月日に干支が記載されている御本尊は、

『石山(せきざん)本尊の研究』京都要法寺僧侶 柳澤宏道編著
http://www.hachisubunko.com/%E3%81%AF%E3%81%A1%E3%81%99%E6%96%87%E5%BA%AB%E3%81%AE%E5%87%BA%E7%89%88%E7%89%A9/
に、紹介されている石山本尊の研究-01.pdf、石山本尊の研究-02.pdf、から調査しますと、
(文末の分数は、年月日記載の本尊に対する干支必掲本尊数です。)

開山日興上人では、0/19
3世日目上人では、1/1
26世日寛上人では、2/3
33世日元上人では、1/1
48世日量上人では、1/1
51世日英上人では、1/1
52世日霑上人では、1/1
なお、近代の法主は、全て干支を付記していません。

堀日亨上人の「第三、漫荼羅脇書等」(富要集8巻177頁)に依りますと、

開山日興上人では、6/188
3世日目上人では、0/8
4世日道上人では、2/6
5世日行上人では、0/8
6世日時上人では、26/28
7世日影上人では、1/2 (日亨上人は日影上人を7世としている)
9世日有上人では、4/22
12世日鎮上人では、5/9
13世日院上人では、2/5
14世日主上人では、9/11
15世日昌上人では、7/11
16世日就上人では、1/11
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)


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3 組織活動上での嫌な経験についてお聞かせ下さい (Res:15)All First100 Last50 SubjectList ReLoad 3
1 名前:管理者 投稿日: 2002/03/08(金) 12:24

このスレッドの過去レスにここから移動できます。

http://kamakura.cool.ne.jp/gomoyama/keijiban/iyanakeiken.htm


≪ここは、論争禁止のスレッドです。≫

創価学会、顕正会、法華講、富士門流の各団体は、みんな組織化されています。組織によって、各個人の信心が護られ、また、広宣流布への活動が進められてきたことは事実です。しかし、組織は少しでも油断すると、組織悪の面が表に出てきてしまいます。これからの富士門流の発展のために、あなたが、組織活動の中で、こういうことは嫌だな、と思ったことがあったら、教えてください。

4 名前:ロムしてます 投稿日: 2003/11/06(木) 01:13
>3のようなお方とは一緒に居たくないなあ!  キツイね!

もうちょっと優しい話し方デキマセンカ?????

5 名前:沖浦克治 投稿日: 2003/11/07(金) 02:13
 それで結構です

6 名前:ギコラー 投稿日: 2003/11/08(土) 13:07
考え方の相違からの確執があります。
会員(幹部)も凡夫ですから時々
あります。

7 名前:ロムしてます 投稿日: 2003/11/08(土) 14:33
確執ですか・・・。
問題の根源は「これ」ですな。

8 名前:実力のチャンピオン 投稿日: 2003/11/09(日) 00:44
困るナー、沖浦さん、、。 こちらでも???とは?? 「お宅の御本宅様こそ、言論弾圧の真っ最中、、??」のようですヨ、、。 
詳しくは「週刊新潮〜新書”バカの壁”」などが暴露中、? 創価・公明さんは「こんなにイヤラシー団体??」であった、かと驚きをおぼえますヨ、、??

9 名前:沖浦克治 投稿日: 2003/11/09(日) 02:19
 お困りになるのはご自由です

10 名前:デ 投稿日: 2004/02/05(木) 13:16
幹事だということで「勘違い」している高騰とその妻にうんざり。
そいつらにおべっか使っている取り巻きの奴等にもうんざり。
口頭の一声で信者に信仰心があるかどうか決められてしまう。
んで、寺に行くことが難しい信者もいる。
長いものには巻かれろってか。
信心したかったら、口頭一派に巻かれなきゃやってけねーや。
そういう経緯で信心から遠ざかってます。

11 名前:デブヤ 投稿日: 2004/02/05(木) 13:17
幹事だということで「勘違い」している高騰とその妻にうんざり。
そいつらにおべっか使っている取り巻きの奴等にもうんざり。
口頭の一声で信者に信仰心があるかどうか決められてしまう。
んで、寺に行くことが難しい信者もいる。
長いものには巻かれろってか。
信心したかったら、口頭一派に巻かれなきゃやってけねーや。
そういう経緯で信心から遠ざかってます。

12 名前:ウンモ 投稿日: 2004/02/06(金) 06:54
>>11

勘違いしている人はどこの世の中にでもいます。要するに自分の気持ちの持ち方の問題であるとも感じます。

13 名前:デブヤ 投稿日: 2004/02/06(金) 12:00
>>12
レスありがとうございます。自分は元学会員で学会問題が起こった頃に、
双方の意見、見解を吟味し、唱題しながら思索に思索を重ね、結果、宗門
(ひいては大御本尊に、)に帰依していくことに決めた経緯がありました。
法華講という組織が学会とは違うのはもちろんと思っていましたが、嫉妬やら
なにやら、陰口での足のひっぱりあい、それを諌めない僧侶、それどころか陰口
に加担していることすらある。幹事やその取り巻きがそんなのばっかりで、
信心していてもいろんな人間がいるとは思いながらも、正直、幻滅したというの
が本音。信心は精神修養ではないし、道徳でもないが、精進していくなかでの
人格の高潔さというのはあるのではないかと考えていた自分が甘い人間だった
のでしょう。信心していくと、人格が卑しくなっていくものなのか?
それが知りたい。

14 名前:ウンモ 投稿日: 2004/02/07(土) 03:51
どこにいっても賢明で慈悲深い人もいれば、傲慢で無慈悲な人もいます。
これは僧侶だから、在家だから、という問題ではありません。
私は幻滅するような人格に出会ったら、それは成長する以前の自分の過去の姿だと考えるようにしています。
私はありがたいことに尊敬できる指導教師にめぐり合えました。

私は人格の高潔さはあると思います。ただそれはある組織に所属している、ということで自動的に身に付くものではないと思います。
役員なんて、信心のため、というより、自尊心のためにしているのかも知れません。私は役職ゲームはもう結構です。

15 名前:りの 投稿日: 2013/07/28(日) 12:27:24
よく「喉頭中心にまとまって行きましょう」と、他の総代さんが言うけれど
破門後の学会は、いわば喉頭に付いていった訳だから、僧侶の立場からは
「僧侶中心にまとまりましょう」と言わなければならないのではないでしょうか。

まあ言葉遊びでしょうが。

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4 自己紹介用スレッド (Res:181)All First100 Last50 SubjectList ReLoad 4
1 名前:管理者 投稿日: 2002/02/20(水) 14:00

1 名前: チョンガー 投稿日: 2000/12/28(木) 13:51

開設おめでとうございます。

非活動創価学会員のチョンガーと申します。
32歳の男子部です。
非活動というのは、創価学会員でありながら、現状の学会活動に異議を感じ、活動を拒否しているという事です。
創価学会は、日蓮正宗の信徒団体として、出発いたしました。
現在、大石寺を離脱し、単独団体となっております。
これは、非常手段と、私は解しておりますが、流れとして、「単独のままの方が、良いのではないか?」という風潮が、強くなって来ているように感じます。
これでは、創価教となってしまいます。
創価教では、まずい点は、在家の代表者が、自分のメリットの為に、教義を変節させる可能性が出てくるという所です。
これでは、日蓮仏法の清流を、守れるものではありません。
富士門流の教義は、日寛上人によって、すでに確立がなされました。
現在は、いかに、その教義を保つかに全力を尽くさねばなりません。
その為には、護法を専門とする、僧侶という職の存在は、不可欠なものと、考えます。
現在、学会内部に、僧侶不用論が出てきている事を大変に恐れます。
大石寺との確執は、大石寺僧俗構造の破綻であると、考えます。
僧侶がいるから、わずらわしいのではない。
僧侶の役割と、権限の範囲。また、信徒の役割と、権限の範囲を、あいまいにしてきた事が、間違えなのです。
今、幸い、ドンブリがひっくり返ったわけですから、もう一度、この関係を見直すいい時期だと考えます。
本掲示板において、各団体の方同志が情報交換を行い、ともに日蓮仏法の流布を目指す、
良いキッカケになると、喜ばしいです。

170 名前:古沢石日 投稿日: 2011/06/22(水) 22:18:15
問答迷人様。
自己紹介スレッドなのに質問を続けてしまい、申し訳ございませんでした。
どこか他のスレッドでご意見いただけますでしょうか。
よろしくお願い申し上げます。

171 名前:問答迷人 投稿日: 2011/06/23(木) 11:42:51
>sokanetでは、大聖人様の出世の本懐が戒壇の大御本尊ご図顕では無くなってしまいました。

>御本尊はどちらの曼荼羅をご安置されているのでしょうか。

質問スレッドの14に書いた通りです。ご覧ください。

172 名前:問答迷人 投稿日: 2011/06/23(木) 11:43:50

あっごめんなさい。13でした。

173 名前:古沢石日 投稿日: 2011/06/24(金) 00:36:16
すみません。しっかりと閲覧させていただいてから質問すべきでした。
今後もこのような書き込みをしてしまうかもしれませんが
ご容赦くださいませ。

174 名前:王神漢 投稿日: 2011/08/30(火) 19:01:59
はじめまして。
創価学会非公認非公式掲示板兇鮃咾蕕靴泙っている
「求道の人」と申す方がこちらの常連だと伺いました。
ご指導賜りたくこちらにお伺いしました。
よろしくお願いいたします。

175 名前:求道の人 投稿日: 2011/08/30(火) 20:30:34

かつて別ハンでお世話になっておりましたが、ニ画なる掲示板荒らしを退治するために、新しく求道の人とハンネを改め、今後お世話になります。

議論ある団体の構成員・ニ画こと王神漢さんは全く信用なら無い人物・人間性であることから、過去の自己のハンネは伏せたままにさせていただきます。

管理者様にはどうぞご理解を賜わりますようお願い申し上げます。

176 名前:臥薪嘗胆 投稿日: 2011/09/07(水) 18:25:12
こんばんははじめまして創価学会非公認非公式掲示板兇箸いΔ箸海蹐任い蹐い軆颪込みをしております臥薪嘗胆と申します。こちらの板の住人さんで求道の人さんという素敵なおじ様がコテンパンにしてあげるからおいでといわはるので来ました。よろしゅうおたのもうします。

177 名前:臥薪嘗胆 投稿日: 2011/09/07(水) 18:32:16
管理人さま、176はホストが違いました。
すんません。こちらが常用しておりますホストでございます。
大変失礼いたしましてございます。

178 名前:フランコ 投稿日: 2011/12/24(土) 11:29:31
はじめまして、フランコと名乗ることにしました。
現在、どこの組織にも属さずに信仰を続けているいるものです。
よろしくお願いします。

179 名前:問答迷人 投稿日: 2011/12/24(土) 19:37:01

フランコさん、初めまして。僕もどこの組織にも属さずに信仰を続けています。自称「無教会信徒」です。よろしくお願いいたします。

180 名前:樽之助 投稿日: 2012/01/10(火) 18:17:06
真宗の門徒ですが、自宗に偏らず仏教全般を学んでいます。
実家が静岡なので、たまに富士門流寺院の見学にも行きます。

Yohoo!知恵袋に、投稿しています。偉大なる大学者rsd37264先生の回答から、学ばせていただいています。

宜しくお願いします。

181 名前: ◆HOKKEvxAGE 投稿日: 2013/04/29(月) 15:45:17
依然として本門戒壇の大御本尊を
信仰している者です

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5 質問 (Res:265)All First100 Last50 SubjectList ReLoad 5
1 名前:管理者 投稿日: 2009/02/07(土) 20:42:27

新しいスレッドの提案が有りましたので立ち上げます。提案文は以下の通りです。


「質問」
日蓮、仏教、宗派の教義、歴史などの質問。検索すれば直ぐにわかることを除く。

254 名前:独学徒 投稿日: 2011/09/13(火) 18:47:22

臥薪嘗胆さん、

>独学徒さん、わたしの愚問に丁寧にご回答いただきありがとうございやした。

とんでもございません、答えにならない内容のようでかえって申し訳ございませんでした。

もう1ヶ月ほどで安房妙本寺のお虫払いですので、是非お誘いあわせの上お参り下さい。

日蓮大聖人御直筆を前には、所属の団体は関係ないと思います。
日蓮正宗を除くほとんどの御寺院では、所属の宗派に関係なく一般参拝者を受け入れてくれるはずです。
安房妙本寺も日蓮正宗離脱後は、誰でも参詣できる寺院となりました。

所属の宗派・団体を超えて、共々にお題目を唱えることができます。
もちろん日蓮正宗の方にとっては、そのような行為は「謗法与同」になってしまうのでしょうが。

どうぞお元気で。

255 名前:質問者 投稿日: 2011/11/30(水) 01:44:13
昭和55年6月21日日顕上人書写の御形木御本尊ですが
何故、竜樹菩薩と妙楽大師が抜けてるんでしょうか
(普通は天台大師と伝教大師の横にそれぞれ書かれているのに)

誰に聞いても教えてくれません
詳しい方レスお願いします

ちなみにこの御本尊は当時の学会員に下付されたものです

あと、この御形木本尊持ってる方いますか?

256 名前:海野(11) 投稿日: 2011/12/15(木) 14:37:00
自己紹介スレ105でごあいさつ済みの者です。このスレでも11に投稿しております。
富士門流に興味をもち、Wikipediaの「大日蓮宗」、「興統法縁会」、「勝劣派」、「本門宗」、「富士五山」の各本山などの記事の充実につとめています。
「西山本門寺」という記事で、歴代貫主さまの一覧表を作っていて、わからないことがあります。
こちらの掲示板には、ご存じの方がおられると思いますので、よろしくお願いします。
日蓮宗の寺院名鑑などで、
 ●第50世森本日正師のご晋山が昭和50年(1975)
までは確認できました。
 ○第50世貫主様がいつまで在位されたのか。
 ○第51世村田日敬師がご晋山された年月日
の2点、教えていただきたく、よろしくお願いします。

257 名前:フランコ 投稿日: 2011/12/24(土) 11:31:43
>255 質問者さんへ
はじめまして、フランコと申します。
詳しい者ではないですが、55年6月21日書写の
御形木を御安置しているので、レスしてみました。

私もずいぶん以前に質問者さんと同じ疑問を持って
質問したことがあるのですが、誰に教えてもらったのか
失念してしまいましたけど、単なる省略で特段の意味はない、との
答えでした。あえて言うなら御書写された時の日顕上人のご気分が
そんな感じだったのかと。

55年6月頃といえば、宗門、学会、正信会といろいろもめていた時期ですね。

258 名前:彰往考来 投稿日: 2011/12/31(土) 13:10:51

>255 質問者さん

御本尊で天台と伝教のみがお出ましになるのを二師勧請、天台と伝教に加えさらに竜樹と妙楽の四師がお出ましになるのを四師勧請といいます。さらに章安と天親もお出ましになるのを六師勧請といいます。六師勧請の御本尊は日興上人の御本尊に多いですが日蓮聖人の御真筆御本尊では公開されている127幅中2幅のみです。但し、松本佐一郎師が「十界の列衆ばかりに気をとられて肝心の中尊研究が閑却されているようだ。これでは妙曼(注:妙本曼荼羅の略)研究にならない。」(『富士門徒の沿革と教義』昭和54年復刻、大成出版社、273頁)と指摘しているように二師勧請であるか四師勧請であるかを議論するのは枝葉のことで二師勧請の御本尊も四師勧請の御本尊も本尊としての違いはないといえます。
これにて回答終わりとするのではあんまりなので、ここではあえてその枝葉の議論に踏み込みます。
まず「通常は四師とされている」という貴殿のご意見ですがなにを持って「通常は」とされているのでしょうか。
柳沢宏道師の『石山本尊の研究』(平成9年、はちす文庫)によれば日顕師の御書写された御形木御本尊はお守御本尊と導師本尊を除き三種類確認されています。昭和五十三年十月十月十三日御書写(二師勧請)、昭和五十五年六月二十一日御書写(二師勧請)、昭和六十年三月吉日書写(四師勧請)の三種類です。また日達師が昭和四十一年一月一日御書写された御本尊は二師勧請です。従いまして「通常は四師勧請」ということではありません。

259 名前:彰往考来 投稿日: 2011/12/31(土) 13:11:34

昭和五十三年の御形木御本尊の相貌は、日達師が昭和四十一年一月一日御書写された御本尊(二師勧請)と相貌はほとんど同じで違いは日顕師の御本尊は南無迦葉尊者が南無大迦葉尊者となっていること、天台と伝教に南無字を付せられたこと、南無彌勒菩薩の勧請があること(日達師の御本尊にはお出ましにならない)という点です。日顕師の御本尊の相貌がほぼ日達師の御本尊と同じで二師勧請であることから、日顕師は日達師の法灯を引き継いでいるということを表しているのではないかと考えますが真意は測り難く私見の域を出ません。なおこの変更点は帝釈天王を除き、弘安二年の戒壇御本尊がそのような諸尊勧請となっているためではないかと愚考しています。なお、戒壇御本尊では帝釈天王は釈提桓因大王としてお出ましになっており、四師勧請です。
昭和五十五年六月二十一日書写の御本尊ではその帝釈天王が釈提桓因大王となっており、やはり戒壇御本尊の勧請名に合わされたと考えますが二師勧請のままであり真意は不明です。
昭和六十年三月吉日書写の御本尊では二師勧請を四師勧請とし、釈提桓因大王を帝釈天王に戻されています。これも真意は不明ですが、日顕師の三種類の御形木御本尊で戒壇御本尊と全く諸尊勧請が一致するものはないということになります。もっともこれら書写御本尊は全て「二千二百三十余年」となっており、戒壇御本尊のみ「二千二百二十余年」となっているところに元々の相違点がありますし、歴代の御本尊で戒壇御本尊と相貌が全同の御本尊は管見の限りでは拝見したことはありません。
参考までに、昭和六十年三月吉日書写の御本尊は日顕師のご尊父である日開師の御本尊(『日蓮大聖人御書新集』の口絵掲載のもの)や日昇師による創価学会本部安置の御本尊などと相貌が一致しており、何か意味のあることなのでしょう。その時の気分というようなものではないと思います。御本尊の御書写はお習字のお手本のように手元に原本があるという状態ではないでしょうから、細かい諸尊に違いがあるのは当然ともいえます。

なお、柳沢宏道師の『石山本尊の研究』(平成9年、はちす文庫)はインターネットで公開されています。ご興味がおありでしたらご自分で勉強されることをお勧めします。

http://hachisubunko.jimdo.com/はちす文庫の出版物/

by 彰往考来

260 名前:一跡門徒不存知の事 投稿日: 2012/04/13(金) 04:58:39
宗祖がお亡くなりになる少し前に六老僧を定めた事は日興上人筆による御遷化記録にありますが、又、浄土真宗の親鸞にも六人の高弟がいるようですが、この「六老僧を定める」という決めごとは、どこから来ているのでしょうか。何か仏教の慣習に習ったものなのでしょうか。それとも宗祖御自身の全く新しい考えから六老僧を定めたのでしょうか?

ネットで検索してもどこにも答えが見つからなかった為こちらで質問した次第です。どなたか御存知の方がいましたら教示頂けますでしょうか?
宜しくお願い致します。

261 名前:テスト 投稿日: 2012/08/02(木) 10:28:36
お釈迦様が亡くなったあとに高弟たちが集まって
法の付属を考えたという故事に基づくのではないですか。
涅槃経あたりにその手の話があったような。

さて、震災以来ご無沙汰しております。このごろ電子書籍なるものが
巷で流行っております。
御書や法華経など仏典の電子テキストの所在を探しているのですが
一向にみつかりませぬ。
有料でもないというのは、なんだかなあ。
諸教団や学者どもは商売する気ないのでしょうか・・・
池田先生の電子本はいっぱいあるんだなこれがw

もっと原典を大切にして欲しいなって思う次第

262 名前:サライニコ 投稿日: 2012/10/12(金) 22:37:06
こんばんは!大石寺について質問します。現在の大石寺は富士宮市に在りますが日興上人が建立した大石寺は富士市に在ったというのは本当なのでしょうか?日興上人が建立した大石寺は廃寺に追い込まれて大石寺という名前だけが使われ富士宮市に建てられたという事をどこかで読んだので調べる術もなくこちらで質問致しました。宜しくお願いします。

263 名前:サライニコ 投稿日: 2012/10/12(金) 22:39:26
訂正

読んだので=×

読んだのですが=○

264 名前:; 投稿日: 2013/03/08(金) 10:15:50
ロリ画像掲示板

http://d4u88bqk.seesaa.net/

265 名前: 投稿日: 2013/03/11(月) 19:37:45
美少女エロ画像

http://tutlyuyhk.blog.fc2.com/

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6 素朴な疑問 (Res:3833)All First100 Last50 SubjectList ReLoad 6
1 名前:管理者 投稿日: 2002/02/20(水) 13:44

1 名前: 管理者 投稿日: 2002/01/28(月) 18:47

スレッド立ち上げの要請がありましたので、立ち上げます。皆様、気軽に御発言ください。要請文は以下の通りです。

>私の場合、皆様のように難しい事はわかりませんが、いわゆる「素朴な疑問」は
>あります。そのような質問でもよろしいでしょうか?
>もしくは、そのようなスレがあればいいのですが・・・

3821 名前:斧不一 投稿日: 2009/12/22(火) 13:10:37
 初めまして、斧と申します。創価学会員です。本当は小野なんですが、私の掲示板で斧を名乗っているものですから、そのままクッキーを使用させてもらいます。

 あまりにも基本的なことでお恥ずかしい限りなんですが、末法思想に絡めた「本未有善」「本已有善」というのは誰が言い出した言葉なんでしょうか?

 中国の文献で、末法思想を記す最古のものは、558年(永定2)成立した慧思の「南岳思禅師立誓願文」
 http://www.tabiken.com/history/doc/R/R172R100.HTM

 また、末法思想と同時に誕生したのか、後付けなのかも気になるところです。

 どなたか、ご教示いただけると幸いです。

3823 名前:問答迷人 投稿日: 2009/12/22(火) 14:18:18

斧不一さん 初めまして

>「本未有善」「本已有善」というのは誰が言い出した言葉なんでしょうか?

日蓮聖人は天台大師が言い出したと見ておられたようですね。曾谷入道殿許御書に次のように述べられています。

「答て云く 私に会通すべからず。霊山の聴衆たる天台大師竝びに妙楽大師等処々に多くの釈有り。先づ一両の文を出ださん。文句の十に云く ̄問曰 釈迦出世蜘・不説。今此何意。造次而説何也。答曰 本已有善 釈迦以小而将護之 本未有善 不軽以大而強毒之〔問て曰く 釈迦は出世して蜘・して説かず。今は此れ何の意ぞ。造次にして而も説くは何ぞや。答て曰く 本已に善有るには釈迦小を以て之を将護し、本未だ善有らざるには不軽大を以て之を強毒す〕等云云。釈の心は寂滅・鹿野・大宝・白鷺等の前四味之小大権実の諸経・四教八教之所被の機縁、彼等之過去を尋ね見れば、久遠大通之時に於て純円之種を下せしも、諸衆一乗経を謗ぜしかば三五の塵点を経歴す。然りと雖も下せし所の種、純熟之故に、時至りて繋珠を顕す。但四十余年之間、過去に已に結縁之者も猶お謗の義有るべき故に、且く権小の諸経を演説して根機を練らしむ。」

3824 名前:斧不一 投稿日: 2009/12/22(火) 21:53:50
>>3823

 問答名人さん、どうもありがとうございます。

 ということは、鎌倉時代の仏教界にとっては共通認識と見てよさそうですね。

 助かりました。心より感謝申し上げます。

3825 名前:阿佛棒 投稿日: 2009/12/25(金) 12:06:16
>>3821
当て推量ですが、元は儒教由来かも

孟子かなあ?

このテーマ日蓮系ではやる人あまりいないけど
駒澤あたりでは結構やられているので調べてみると面白いかも知れません
せんだんりーんせんだんりん♪

3826 名前:くらはし 投稿日: 2010/01/31(日) 01:09:30
皆様、はじめまして。

場違い、かつ、スレ違いの質問かとは思いますが、一つお聞きしたいと思います。

自分は、いわゆる初期仏教、バーリ語経典では、無執着の達成をもって悟りとすると聞きました。

無執着の達成とは、なにものなも執着しない、また、「なにものにも執着しない」ということにすらも執着しないということだそうなのですが、このようなことが悟りとされていることを、日蓮をはじめ鎌倉時代の宗祖とされる人たちは知らなかったのではないか?

それはもちろん、中国には南伝経典は伝わっていないのだから、天台大師も知らなかったのではないか?

と言われたのですが、どうなのでしょうか?

ご存知でしたら、どなたか教えていただけないでしょうか?

3827 名前:マインド 投稿日: 2010/05/31(月) 11:37:53
御本尊について教えて下さい。
大聖人の御本尊は、写真でみるかぎり左右の辺が切れているのが多いのですが、
これは写真撮影でそのようになったのでしょうか。それとも原本の本尊からして、
表装の時に、切れて表装したのでしょうか。梵字とかは切れているのが多いですね。
よろしくお願いします。

3828 名前:みんと 投稿日: 2010/07/14(水) 17:06:30
◇自分の住む地域を確認してください
・ 最新の災害情報 - 避難勧告の情報など。Yahoo!災害情報
・ 警報・注意報 - Yahoo!天気情報

◇河川の様子を動画で
・ 災害情報 河川のリアルタイム画像 - 国土交通省

http://rescue.yahoo.co.jp/

3829 名前:管理者 投稿日: 2010/07/14(水) 17:18:29

この梅雨末期の大雨・長雨で各地に被害が出ています。皆様の安心・安全をお祈念いたします。


みんと さん

この時節、有益な情報をご提供戴きまして、誠に有難うございます。

3830 名前:知りたい 投稿日: 2010/11/08(月) 21:54:50
玉井禮一郎さんは、以前、妙法蓮華宗だったかを主宰していましたが、その活動は今はどうなりましたか。また給いさんは今は何をしているのでしょうか。教えてください。

3831 名前:質問者 投稿日: 2011/11/30(水) 01:46:21
昭和55年6月21日日顕上人書写の御形木御本尊ですが
何故、竜樹菩薩と妙楽大師が抜けてるんでしょうか
(普通は天台大師と伝教大師の横にそれぞれ書かれているのに)

誰に聞いても教えてくれません
詳しい方レスお願いします

ちなみにこの御本尊は当時の学会員に下付されたものです

あと、この御形木本尊持ってる方いますか?

3832 名前:法喜 投稿日: 2011/12/06(火) 15:08:35
日顕上人書写の特別御形木御本尊(少しだけ大きい)には
竜樹菩薩と妙楽大師が戻っています
また一部の迹化の菩薩の「菩薩」の文字が凡字になっています
日蓮大聖人の最も後期の御本尊の形態であるように思われます

3833 名前:幻論乙坊 投稿日: 2012/08/07(火) 13:08:04
弟子を「資」と表しますが、何故この字を
用いるのか?
ご存知の方がいらっしゃれば、ご教示のほど
宜しくお願いします。

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7 『日蓮大聖人が御本仏である』という教義について (Res:787)All First100 Last50 SubjectList ReLoad 7
1 名前:管理者 投稿日: 2002/03/08(金) 16:52

ここから、このスレッドの過去レスを見る事が出来ます。

http://kamakura.cool.ne.jp/gomoyama/keijiban/gohonbutu.htm


スレッドテーマのご提案がありましたので、立ち上げます。

古来、日蓮大聖人様が御本仏である、というのは、大石寺、富士門流の根幹教義です。この教義について、幅広く、根源的な議論が展開される事を期待して、このスレッドを立ち上げます。

776 名前:独学徒 投稿日: 2011/09/17(土) 23:29:20

神水流さん、
樽之助さん、

はじめまして。

「法主」を「仏陀」(世尊)と定義するのは阿含経ですので、阿含経典の段階では「仏陀」は所謂「辟支仏」で「縁覚」ということになりませんか。

富士門流は勝劣派に属する以上阿含経典の教説を世襲しているとは思えず、もちろん日蓮大聖人を二乗とも考えていないと思います。

少なくとも小泉久遠寺、京都要法寺、伊豆實成寺は久遠の本師は釈尊です。

北山本門寺も日蓮本仏義ではないと思います。西山本門寺もほとんどの僧侶が日蓮本仏義ではないです。どちらも僧侶の免許を取るために身延山の信行道場に入るわけで、基本的には日蓮宗としての教義を基礎として修業しているはずです。

ただ「本門宗宗制」に聖人と称するのは日蓮大聖人のみと定義していますので、日蓮大聖人が別格の存在であることだけは確かだと思います。

現在、明確に日蓮本仏としているのは、日蓮正宗と安房妙本寺だけだと思います。

777 名前:神水流 投稿日: 2011/09/18(日) 09:34:20
独学徒さん

はじめまして
ご解説ありがとうございます。
やはり日蓮宗=釈迦本仏義なのですね。

778 名前:樽之助 投稿日: 2011/09/18(日) 15:48:41
独学徒さん
そうですかね、このさえ阿含経云々は関係ありませんよ。
僧侶になるための免許を取るための修行と信仰は別次元ですからね。

なるほど確かに片山日幹氏の代には「釈迦本佛」に傾きはしましたが今は「日蓮本佛」なんですよ。

僕が示したYahoo!知恵袋のURLを見て下さい、
levelruiと言う重須の講中になりすました学会員も貴方と同じこと言ってますよ学会員の概念で良く思われがちなのが日蓮宗=「釈迦本佛」です。

779 名前:独学徒 投稿日: 2011/09/18(日) 16:25:12

樽之助さん、

私はネットで語られることよりも手にした史資料や、実際に現地に足を運んで確認した事実を最重要視します。

北山本門寺は少なくとも、日蓮正宗や安房妙本寺のような「日蓮本仏」主義ではないです。
もし北山本門寺が「日蓮本仏」主義であるというならば、その根拠を文献・文書から例をあげて示して欲しいと思います。

日蓮正宗は日寛上人、安房妙本寺は日我上人とそれぞれ日蓮本仏義を体系化した上人がいます。
しかし北山本門寺の歴代に、日蓮本仏義を主張した上人がいたのでしょうか。
私が手にする史資料では、そのような上人は見当たりません。

最も広範な富士門史料を網羅した、「富士学林教科書 研究教学書」にさえ北山本門寺関連の日蓮本仏義は見えません。

御先代貫首本間猊下は、集録『教箋閑古錐』の「序に代えて」の中で、「わが宗門寺院は、是が非でも純正な本化日蓮大聖人の信仰に徹して」と述べられている通り、日蓮大聖人を『本化』とされています。
『本化』は『本仏』ではないですね。『本仏』より化導されてきた菩薩を『本化』というわけです。
同じく本間猊下は同著にて「本化正信の根本道場、法主聖人御影の安座ましますここ重須の地に」とも述べられていることから、日蓮大聖人に関する尊称を整理すれば、北山本門寺では片山猊下以降も日蓮大聖人を『法主』=『本化』として解しており、『本仏』とは解していないことになります。

780 名前:樽之助 投稿日: 2011/09/19(月) 12:40:25
独学徒さん

文献と言われますが、今は歴代の貫首の事を話しているのではなく、現在の北山本門寺の「本佛」
についてですよ、神水流さんの質問もそうですよね。

実際に現地に足を運んで確認した事実を最重要視します。
と言われますが、僕は真宗の門徒ですよ、現地の事を知らないで他宗の教義を決め付けても意味がないじゃないですか、
5月に北山本門寺と小泉久遠寺 西山本門寺の見学に行ってきましたよ。

その時の「回向文」でも「大曼荼羅=法宝」「法主日蓮大聖人=仏宝」「日興上人以来血脈付属の歴代上人=僧宝」
でしたと。
貴方はここで僕が北山を知らないとおもい大きな墓穴を掘ってしまった。
僕は、知恵袋を本佛論の証拠に挙げたのでは、ありませんlevelruiさんと言う学会員は明らかに間違いを言っていますよね。
それと貴方が同じ事を言っていると言ったまでです。

あとこのまま論議しても構いませんがYahoo!IDお持ちでしたら、知恵袋でリクエスト質問して下さい。
そっちの法がよくログインしますので。

781 名前:独学徒 投稿日: 2011/09/19(月) 13:19:09

樽之助さん、

私も何度も北山、西山、小泉に行っていますが、「法主日蓮大聖人=仏宝」こんなことは一度も聞いた事がありません。

さらに西山や小泉では「法主日蓮大聖人」という呼称自体しません。

私は過去5年間西山のある御僧侶のお取次ぎにて、お虫払い法要に参拝してきましたが、貴方が仰るような回向文など一度も耳にしません。

小泉久遠寺も御蔵開法要に参拝した事がありますが、貴方が仰るような回向文など読んでいません。

北山では『本門要軌』の記述に基づき「法主日蓮大聖人」と云いますが、先に北山御先代の著作から引用したとおり、「法主」=「本化」が北山の解釈です。
私は何人もの北山の僧侶とお付き合いがあります。
「日蓮本仏」を云う方は一人もおりません。

あちこちに出没する気はしませんので、Yahoo!ID知恵袋には行きません。

5月は北山、西山、小泉いずれの場所でも主だった年中行事・法要は行なわれていません。
何の法要も行なわれていない場所に一度行っただけで、何故真宗門徒の貴方が北山の本仏義など云々できるのか甚だ疑問です。

真宗門徒の人は皆、貴方のように根拠無くものを決め付ける人ばかりなのでしょうか。
むしろ「大きな墓穴を掘って」などと、貴方の方が学会員ぽいですね。

782 名前:樽之助 投稿日: 2011/09/19(月) 18:35:18
独学徒さん

はいはい貴方の仰る通り久遠実成の釈迦牟尼佛が仏宝なら名前が読み上げられますよね?
「回向文」には「釈迦」の名前すら出て来ませんでした。
仏宝に回向しない「回向文」なんてありますか?
あり得ませんよね。

貴方は北山の僧侶とお付き合いが有るそううだけど若い人達がやってる会の名前知ってますよね?

知恵袋には無理にお誘いしている訳ではありません嫌なら結構です。
貴方は北山の講中と名乗りながら大石寺の講中を「法華講」なんて言うばればれのナリスマシと同じ事を言ってるのですよ。

783 名前:神水流 投稿日: 2011/09/19(月) 19:10:56
独学徒さん
樽之助さん

元はと言えば私の書き込みの性でこんな事になってしまった事をお詫び申し上げます。

書き込んで於いてなんですが…お釈迦様が本仏でも日蓮聖人が本仏でももうどうでも良いです。

あの書き込みは削除したかったのですがやり方が分からずそのままになってしまってます。

どうか止めて下さい。

784 名前:独学徒 投稿日: 2011/09/19(月) 20:54:59

樽之助さん、

私がお付き合いのある北山系の御僧侶は若い方ではないので、貴方の仰る意味がわかりません。

私は北山の講中でもなんでもありません。
私が信仰する本山の末寺のご住職が、北山塔中の副住職をされています。
また冨士教学研究会の会報をご購読戴いた北山系のご住職も複数いらっしゃいます。
日蓮仏教研究所で古文書学習にご一緒させていだいた、塔中副住職もいらっしゃいます。
また当方ブログに度々コメントを戴き、各種ご法要でお会いする結社の担任様もいらっしゃいます。

北山の御霊宝御風入にも5年間通っています。その他、御大事御本尊会、垂迹祭、御開山会などにも参拝していました。

片山猊下時代の御経本も、現在使用されている「本門要軌」も所持しており、一時「本門要軌」で読経していました。
本間猊下や片山猊下の御著作も拝してきました。
また片山猊下の肉筆の御本尊や本門宗時代の日光上人、江戸期北山歴代の肉筆御本尊も数幅所持しています。

貴方が私を誰とを勘違いしているのかわかりませんが、私は私なりに史資料も収集し、実際に北山の法要にも何度も参拝し、複数の御僧侶とも交流を持たせていただいた上で判断しもうしあげています。

「本門要軌」には三宝供養そのものがありませんから、回向文に釈迦が出てこなくても仕方がありません。

本仏に化導を受けた「本化」という以上、日蓮本仏義は成立しません。

785 名前:吉浜 投稿日: 2011/09/20(火) 15:51:45
>樽之助さん

初めまして。富士門流単立寺院の信徒、吉浜と申します。

Yahoo!知恵袋・宗教カテのlevelruiさんは創価学会員ではありません。知恵袋内でも誤解されている方々を見かけますが正真正銘の北山本門寺末の信徒さんです。何故か誤解される方々が多い…。

ちなみにlevelruiさんはmixiでの私のマイミクでもあります(もちろん、お互いmixi上でのニックネームは知恵袋のIDとは異なる)。

786 名前:樽之助 投稿日: 2011/09/22(木) 17:50:36
吉浜さん

富士門流単立寺院の信徒って?思い当たる人は一人しかいないけど?

まさかね、あの人がlevelruiさんなんかと繋がってる訳ないよね。
levelruiさんは間違えなく創価ですよ、だって北山の総代の名前答えられないし、大石寺の信徒を「法華講」なんて言うし日蓮宗のお坊様にむかってあんな無礼な事言うのだよ。
それにあのオカマキャラ^^宗教カテの有名なある学会員の別IDに決まってるじゃないですか。
ぷっ。。頭隠して尻隠さずだね。

腹立ち紛れにあんな創価丸出しの質問してくしね。

787 名前:首都高バトル01 投稿日: 2012/05/09(水) 22:53:00
南無妙法蓮華経、御本尊を国土に配すれば(この世の全体)、
自ずと日蓮大聖人が、御本仏であることが解ります。

本尊問答抄
「 上に挙ぐるところの経釈を見給へ私の義にはあらず釈尊と
天台とは法華経を本尊と定め給へり、末代今の日蓮も仏と天台との如く
法華経を以て本尊とするなり、其の故は法華経は釈尊の父母・諸仏の眼目なり
釈迦・大日総じて十方の諸仏は法華経より出生し給へり
故に今能生を以て本尊とするなり 」

全てのものは、この世の中心、
寂光土(南無妙法蓮華経、また本源。)より生まれる。
久遠釈尊成道後、娑婆世界(釈迦牟尼仏)は、
寂光土を対境にして生まれる。
その誕生の時に、地湧の菩薩が一旦成道してから娑婆世界に
現れるのではなく、本化、本源そのままの生命
(しかし仏の修行はしてないので凡夫のまま)で、
釈尊のもとで、繰り返し繰り返し教化される。
一往は、娑婆世界に生まれる地湧の菩薩は、釈尊が親。
しかし(再往)、もともとの本源そのものが生身したので、
本源そのもの故に源を辿れば本源そのものの生命で生身する
本法所持の本法を携えた地湧の菩薩が本仏となる。
上首故にその代表、本法を明かし本源の生命そのままに行動され、
本源の姿を示された御本仏は日蓮大聖人となります。

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8 『人間 日蓮聖人』について (Res:15)All First100 Last50 SubjectList ReLoad 8
1 名前:管理者 投稿日: 2002/02/20(水) 13:00

1 名前: 管理者 投稿日: 2001/11/25(日) 08:59

ms様より、以下の通り、スレッドテーマのご提案がありました。なお、ms様は、『人間日蓮』という御提案でしたが、富士門流の始祖、日興上人は、『聖人』と呼ばれていますので、その呼び方に習って、『人間 日蓮聖人』とさせていただきました。聖人の信仰観を中心として、根源的な議論が展開される事を期待して、このスレッドを立ち上げます。

名前: ms 投稿日: 2001/11/25(日) 07:41

現在はロム者のmsです。『日蓮大聖人が御本仏であるという教義について』や、
『大石寺の歴史スレッド』を大変興味深く拝見しております。独歩様の視点は、
『人間日蓮』と承りました。今までの、大石寺の信仰観とは、180度違っている
と思いました。日蓮大聖人は、信ずる対象、本尊ではなく、私達と同じ側に
立って、一人の信仰者として、私達の先頭を歩かれた方だと言う事になると
思います。私は、この視点は、今までの大石寺信仰に欠けていた視点である
と思います。『示同凡夫』と説きながら、『人間日蓮』という視点を持って
こなかったと思います。『御本仏日蓮大聖人様』については、随所で論じられ、
一つのイメージが出来あがっていると思います。出来ましたら、
『人間日蓮について』というスレッドを立ち上げていただきたいと思います。
その中で、人間、日蓮大聖人の信仰観、世界観、人生観、国家観、さまざま
考えてみてはどうでしょうか。

12 名前:管理者 投稿日: 2002/03/08(金) 16:16

ここから、このスレッドの過去レスを見る事が出来ます。

http://kamakura.cool.ne.jp/gomoyama/keijiban/ningen.htm

13 名前:岡田克彦(Gay75MZI) 投稿日: 2002/06/02(日) 18:14
2チャンその他で私の名前にていろいろなことを書き込んでいる人たち
がいるようでございますが、私は、2チャンその他の掲示板にはレヴェルの低い、
しかしコンプレックスだけは強い連中がタムロしていることがわかりましたので、
一切興味がなくなりました。このゴールデンウィーク以降は、
何も書いておりません。これからも永久に書き込みませんので、
全て2チャンネラーの偽者の仕業とお考え下さい。(岡田克彦)

私、岡田克彦の音楽ホームページ「K.OKADAワールド」URL;
http://www.geocities.co.jp/MusicHall/5933/

14 名前:天蓋真鏡 投稿日: 2006/12/19(火) 12:05:40
此の掲示板は必要なのですか?

15 名前:樽之助 投稿日: 2012/04/19(木) 16:57:52
僕は心理学を学ぶ者ですが、日蓮の場合は典型的な自己愛性パーソナリティ障害者です。

強大なセルフに自我が乗っ取られているのですが、晩年の彼は相当に気弱になっているところを見ると、精神的に膨らむだけ膨らんだ風船が萎んでダブダブになっている様子がありありと伺えます。


それと、極端に好悪の情を際立たせる性格異常も認められます。

日蓮の性格異常を色濃く受け継いだのが、日興です。

後々の堅樹院日寛にも、そう言う所は、あります彼の教義「釈迦脱佛・日蓮本佛論」は天台宗恵心流口伝法門に言う「釈迦脱佛・天台本佛論」の二番煎じつまり盗作です。

これを現在も興門八大本山は、主張しており、最も特徴的な教義となっています。

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9 一念三千とはなにか (Res:62)All First100 Last50 SubjectList ReLoad 9
1 名前:管理者 投稿日: 2007/11/12(月) 05:51:41

春風さんより、新しいスレッドの要請がありましたので、活発な議論を期待して、新しいスレッドを立てます。要請文は以下の通り。

「一念三千とはなにか」というスレッドを立ててください。観念的には分かっていても実感として分かりません。禅の悟りとどこが違うのか、など皆で議論したいです。

51 名前:問答迷人 投稿日: 2012/04/01(日) 22:36:29

フランコさん 初めまして

>これが偽物なら、仏教など、ただの世迷言に過ぎなくなってしまいます

日蓮聖人は大曼荼羅を残されています。大石寺の所謂戒壇本尊が偽物でも、日蓮聖人の大曼荼羅に籠められた法力・仏力は何の変化もありません。大曼荼羅を信じて南無妙法蓮華経と唱えれば、成仏は疑いがありません。何で大石寺戒壇板本尊に固執されるのか、意味をなさないと存じます。如何でしょうか。

>その機能に何ら問題はない、というロジックの開発

そんなロジックは全然必要ないと考えます。いくらパッチワークだろうが、大石寺戒壇板本尊も、大曼荼羅の書写には違いありませんから、大曼荼羅としての法力・仏力は何ら他の大曼荼羅と変わりが有りません。戒壇板本尊を信じて南無妙法蓮華経と唱えれば成仏は疑いありません。

但し、『戒壇板本尊だけが究極の本尊であり、幾ら日蓮聖人の曼荼羅であっても、功徳は無い」などと言う、日蓮正宗の駄法螺を信じない事が大前提です。この駄法螺を吹く日蓮正宗のアナウンスは、日蓮聖人の大切な大曼荼羅を完全否定している訳ですから天魔の所業だと考えます。

52 名前:フランコ 投稿日: 2012/04/02(月) 20:45:57
問答迷人さん、はじめまして。
管理人さん自ら書き込みいただいて、光栄です。

文を読ませていただいて、恐らく問答迷人さんと私とで、御本尊や信仰に対する
考えは、根本の所では、ほとんど変わらないのではないかと感じています。

1点だけ。
 
>日蓮聖人は大曼荼羅を残されています。

文面からして、どこそこ寺の・この大曼荼羅、というわけではなく、
あえて文で表現するなら、
「日蓮大聖人・己心の・大曼荼羅」といった意味だと思いますが、
このような理解でよろしいでしょうか?

53 名前:問答迷人 投稿日: 2012/04/03(火) 12:49:34

御本尊集として、現在はインターネットでも見ることが出来ますが、多数の真筆曼荼羅が現在にまで伝えられています。七百年以上経過して、これほどの多数の曼荼羅が伝えられてきたことが奇跡に近いと思っています。これらの曼荼羅の事です。

54 名前:フランコ 投稿日: 2012/04/03(火) 22:21:12
問答迷人さん

なるほど、勝手に自分の考えとほとんど変わらないんじゃないかと思っていましたが、結構違いますね。

私の理解での仏教を、ものすごく単純化して表現すると、それは「仏様を拝む宗教」です。
仏様は尊極の衆生とも呼ばれ、とても尊いわけですが、衆生には違いありません。
衆生ですから当然、色心不二です。

鎌倉時代の大聖人御在世当時は、生身の大聖人様を拝めば良いわけです。
そして多数の一期一縁の真筆曼荼羅は大聖人様の分身散体と考えます。大聖人様は、ただお一人です。

大聖人様滅後の我々も、基本的には同じ事で、大聖人様を拝めば良いわけですが、
生身の大聖人様はいらっしゃらないわけで、その身代わりが戒壇の大御本尊と言う訳です。
そして私の考える、「信仰する→成仏する」という機能が発揮できる本尊は、戒壇の大御本尊の分身散体という
意義を有するものでなければならない、ということです。

私の考えでは、色心不二ですから拝む対象としての「色」が必ず必要で、その「色」は戒壇の大御本尊以外に考えられないと思います。
戒壇の大御本尊が正当な「色」でないとするならば、それ以外の、究極の・一体の・「色」を、立てなければなりませんが、
恐らくそれは無理でしょう。
また、究極の一体の「色」を立てなくても良いという考えに立った場合、色心不二との整合性はどうするのでしょうか?

また、私の考え方で問答迷人さんの考えを見ると、大聖人様が何人もいる、ということになってしまい、少々具合が悪い。

>51 但し、『戒壇板本尊だけが究極の本尊であり、幾ら日蓮聖人の曼荼羅であっても、功徳は無い」などと言う、
日蓮正宗の駄法螺を信じない事が大前提です。

日蓮正宗にも改善すべき点は多々あると思いますが、これまで述べてきた理由により、上記は「日蓮正宗の駄法螺」ではなく
衆生を善導するための、真実だと思います。

55 名前:問答迷人 投稿日: 2012/04/04(水) 07:39:31

フランコさん

>鎌倉時代の大聖人御在世当時は、生身の大聖人様を拝めば良いわけです

日蓮聖人はその様には仰せではありません。観心本尊抄には『釈尊の因行果徳の二法は妙法蓮華経の五字に具足す我等此の五字を受持すれば自然に彼の因果の功徳を譲り与え給う』と述べられています。『妙法蓮華経の五字』を受持することが全てだと仰せです。この点はどのように考えられていますか。

56 名前:フランコ 投稿日: 2012/04/04(水) 21:24:18
問答迷人さん

現代の私たちが御本尊様を拝むという行為は、鎌倉時代であれば生身の大聖人様を拝むのと同じですよ、ということを言ったまでです。

>『妙法蓮華経の五字』を受持することが全てだと仰せです。この点はどのように考えられていますか。

私の考えでは大聖人様を御本仏と信じ手を合わせる事が『妙法蓮華経の五字』を受持することになると思いますが・・・。
大聖人様の悟られた、あるいは所持されている『妙法蓮華経の五字』に手を合わせるということです。
大聖人様の御心から離れた『妙法蓮華経の五字』は、ただの文字に過ぎないと思います。

57 名前:問答迷人 投稿日: 2012/04/05(木) 20:44:42

フランコさん

少し整理してみます。

一 御本尊様とは、具体的には日蓮聖人の大曼荼羅。
二 大曼荼羅の中尊は妙法蓮華経の五字・一大秘法。
三 この妙法蓮華経の五字は、法華経神力品において地湧の菩薩が久遠釈尊から譲られた一大秘法である。
四 この一大秘法・妙法蓮華経の五字を受持すると、久遠釈尊の因行果徳の二法が譲り与えられる。
五 久遠釈尊の因行果徳の二法が譲り与えられる、とは成仏するという事。
六 御本尊様を拝むという行為は、妙法蓮華経の五字を受持する行為であり、そこに成仏が叶う。

つまり、日蓮聖人は、誰でもが妙法蓮華経の五字・神力品付属の一大秘法を受持することが出来る様に、御自身の命を懸けて、一大秘法を証明され、それを曼荼羅として顕されたのであると。

日蓮聖人は、極めて現実的具体的です。「妙法蓮華経」とは言わずに「妙法蓮華経の五字」と仰せの意味は、極めて重要だと考えています。つまり、字は書かれていて初めて字ですから、「妙法蓮華経の五字」との仰せは、紙幅曼荼羅に書かれた、中尊の妙法蓮華経の五字をさしておられるのは明らかです。しかも、五字ですから、題目の五字、書きあらわされた法華経の題目の五字を意味しています。

>私の考えでは大聖人様を御本仏と信じ手を合わせる事

これは無理です。なぜなら、日蓮聖人滅後の私たちは生身の日蓮聖人を拝することは叶いませんから。

>大聖人様の御心から離れた『妙法蓮華経の五字』、

その様な事があり得るとは思えません。日蓮聖人にとって、「妙法蓮華経の五字」は久遠釈尊から付属された一大秘法であり、金色に光り輝く久遠釈尊の御尊体と拝しておられたと存じます。法華経の全ての文字も金色に光り輝く仏様だと述べられています。

長々と書きましたが、大曼荼羅を信じて南無妙法蓮華経と唱えることが妙法蓮華経の五字を受持することになり、それが成仏の直道。如何でしょうか。

58 名前:フランコ 投稿日: 2012/04/06(金) 20:37:02
問答迷人さん

>一 御本尊様とは、具体的には日蓮聖人の大曼荼羅。

御本尊様とは、日蓮大聖人=戒壇の大御本尊=自受用報身如来の御♜體

>二 大曼荼羅の中尊は妙法蓮華経の五字・一大秘法。

一大秘法とは、本門の本尊。

>三〜六は、一・二の捉え方次第、というところでしょうか。

>つまり、日蓮聖人は、誰でもが妙法蓮華経の五字・神力品付属の一大秘法を受持することが出来る様に、御自身の命を懸けて、一大秘法を証明され、それを曼荼羅として顕されたのであると。

問答迷人さんの理解での、日蓮聖人と一大秘法との関係がよくわかりません。
私の理解は、前述の通り
一大秘法=本門の本尊=戒壇の大御本尊=自受用報身如来の御♜體=日蓮大聖人、です。
問答迷人さんの記述だと、一大秘宝が、かつて創価学会等で盛んに言われていた「宇宙根源の法則」のようなニュアンスに取れてしまうのですが、いかがでしょうか。

>日蓮聖人は、極めて現実的具体的です。「妙法蓮華経」とは言わずに「妙法蓮華経の五字」と仰せの意味は、極めて重要だと考えています。つまり、字は書かれていて初めて字ですから、「妙法蓮華経の五字」との仰せは、紙幅曼荼羅に書かれた、中尊の妙法蓮華経の五字をさしておられるのは明らかです。しかも、五字ですから、題目の五字、書きあらわされた法華経の題目の五字を意味しています。

ちょうどいい塩梅にスレタイが「一念三千とは何か」ですので、質問をさせていただきます。
問答迷人さんのお考えで、「妙法蓮華経の五字」を、五蘊・衆生・国土の三世間に約すと、どの世間に当たるでしょうか?

>>大聖人様の御心から離れた『妙法蓮華経の五字』、
>その様な事があり得るとは思えません。日蓮聖人にとって、「妙法蓮華経の五字」は久遠釈尊から付属された一大秘法であり、金色に光り輝く久遠釈尊の御尊体と拝しておられたと存じます。法華経の全ての文字も金色に光り輝く仏様だと述べられています。

妙法蓮華経は大聖人様ご生誕の前からありますので、聖人様の御心から離れた『妙法蓮華経の五字』、というのは有り得るでしょう。ただ、問答迷人さんの信仰のスタンスで「その様な事があり得るとは思えません。」というのは、理解できます。
ちなみに、前述の質問の答えがここに書いてありますね。

(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

59 名前:問答迷人 投稿日: 2012/04/06(金) 21:06:33

フランコさん

書き込み有難うございます。対立軸がほぼ明らかになってきたと思います。

今日、明日は、家業が大変繁忙なので、明後日に書き込ませていただきます。

60 名前:問答迷人 投稿日: 2012/04/08(日) 16:36:15

フランコさん

何か、当掲示板に不都合が生じており、何度試してもエラーになってしまいますので、下記にて書き込みました。「日蓮法華掲示板」です。そちらにて議論の続きをお願いいたします。

http://bbs.2ch.co.jp/user/nichirenhokke/test/read.php/bbs1/1333869633/2

61 名前:問答迷人 投稿日: 2012/04/08(日) 16:41:37

フランコさん

当板、書き込みの文字色も『黒』に設定してあるにも拘わらず、このような赤色で書き込まれてしまいます。何らかのエラーが発生しているものと考えられます。勿論ウイルスの可能性も有ります。少し趣旨は違いますが、当板の後継掲示板として、『日蓮法華掲示板』を立ち上げてありますので、よろしくお願い申し上げます。

62 名前:フランコ 投稿日: 2012/04/09(月) 08:00:40
了解しました。

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10 六巻抄について (Res:224)All First100 Last50 SubjectList ReLoad 10
1バックアップ :2002/02/19(火) 20:21

1 名前: 管理者 投稿日: 2002/01/15(火) 22:12

名前: 独歩 投稿日: 2002/01/15(火) 21:44

さて、六巻抄の発題をさせていただきます。

「六巻抄は何を説こうとしたのか」

まず、この点をフリーハンドで論じ合いたいと思います。

226顕正居士 :2009/11/26(木) 23:09:23
北斗さん。

「秘法抄に云く」の引用は「有徳王、覚徳比丘の其の乃往を末法濁悪の未来に移さん」を
はしょっていますが、それは「王臣一同に三秘密の法を持つ」ことと別のことではなく、
依義判文抄には全文を引いていますし、文底秘沈抄を読む人で三秘抄の文を知らない
人はあり得ないので、単なる省略であって意図はないものと思います。


227北斗 :2009/11/27(金) 01:20:23
顕正居士さん


>依義判文抄には全文を引いていますし、文底秘沈抄を読む人で三秘抄の文を知らない
人はあり得ないので、単なる省略であって意図はないものと思います。




なんか腑に落ちないですね。

早坂さんの解釈だと、

>『三大秘法抄』には、「事の戒法と申すは是れなり」とありますが、☆堅樹日寛は、「正しく事の戒壇とは」と戒法を戒壇に改竄し、宗祖の御書の如き言い回しで述べていますが☆、これは、法の理論と場の理論にすり替えたのに他なりません。


「戒法」と言っている文を「事の戒壇」などと「改竄」してるのが単なる「省略」ですか?

全く、意味合いが変わって来ますよね。


また、『三大秘法抄』の「懺悔滅罪の戒法のみならず」を堅樹日寛は、「懺悔滅罪の処なり、但然るのみに非ず」と「戒法」を「処なり」と改竄し、同じく宗祖の御書の如き言い回しで述べ、法の理論を場の理論にすり替えています。



これも「単なる省略」ですか?


三大秘法抄全文を、別の書にて引用しているからと「改竄」(省略?)するってのは、どうも、腑に落ちないです。


228北斗 :2009/11/27(金) 01:29:07
顕正居士さん


もうひとつお尋ねしたいです。

>依義判文抄には全文を引いていますし、文底秘沈抄を読む人で三秘抄の文を知らない
人はあり得ないので、単なる省略であって意図はないものと思います。


「持って」と「持たん時」じゃあ、省略とは言わないのではないでしょうか。

全く意味合いが変わってしまいますよ。

いくら、別の書で三大秘法抄引用しているからと言っても、「文底秘沈抄を読む人で三秘抄の文を知らない人はあり得ない」
なんて、なんで言い切れるのでしょう?


229顕正居士 :2009/11/27(金) 02:42:07
戒壇者王法冥仏法仏法合王法王臣一同に三秘密の法を持て(有徳王覚徳比丘の
其乃往を移末法濁悪未来)時勅宣並御教書を申下て尋似霊山浄土最勝地可建立
戒壇者歟可待時耳事の戒法と申は是也

{王臣受持→勅宣並御教書→尋最勝地→建立戒壇}=事の戒法 ということです。
「事の戒法」とは理戒に対する事戒の意に非ず、戒壇建立のことなりとの意味です。

この文を暗記していない人が六巻抄を披くことは当時に於てあり得ません。
六巻抄は漢文です。()を省略すれば「持たん時」と訓むことになります。


230北斗 :2009/11/27(金) 04:11:37
顕正居士さん


なんか、納得出来ません。

しかし、私は漢文読めないので反論できませんので「持たん時」の解釈が正しい事にしておきます。


しかし、他のはどうですか?


231北斗 :2009/11/27(金) 04:28:20
とは言ったものの、早坂鳳城さんが「漢文読めない」なんて有り得るのかな?

まして、日蓮宗現代宗教研究所の方…。

う〜ん…。


232犀角独歩 :2009/11/27(金) 04:33:14

ありませんよ(笑)
もちろん、読めます。
現宗研の元主任です。

師の『六巻抄』講義は、数度、拝聴していますが、主張は、仰るとおり、日蓮の原文の改竄と牽強付会です。


233顕正居士 :2009/11/27(金) 06:28:47
三秘抄は日蓮党があるていどの勢力になってから、三井寺の三昧耶戒壇に倣って
山門からの独立を述べた文書だと考えます。日蓮の思想の正規の発展ではあるが、
これだけが三秘中の戒壇の正釈とはいえないから、三秘抄自体を批判するのは
よいのですが、日寛の解釈に別に問題はありません。

日寛の宗学の難点は三秘の中心を本尊とすることです。三秘は戒定慧ですから
どれを取ることもできますが、やはり三秘惣在という際は題目だろうとおもいます。
ここで戒壇が関係して来るので、戒壇とは一箇の事壇であるから、その戒壇本尊と
いう一箇の本尊があるべきで、それは我山の例の板曼荼羅である、そしてこれが
あるから我山は日蓮宗の総本山なりというわけです。しかしそういう理屈が成り立つ
としても、我山の板曼荼羅に客観的な由緒がありませんし、壇信徒にしか通用しない。
日蓮自身のアイデアとしては三位日順の曼荼羅は戒壇の図というのが妥当と思う。
三秘惣在は通常皆が題目とするのに無理に本尊とするのはこういう我田引水に
持っていくためである。そして後世に我田引水のほうが教義になってしまい、日寛の
すぐれた部分が台無しになっていると感じるわけです。


234北斗 :2009/11/27(金) 07:13:40
犀角独歩さん


>もちろん、読めます。
現宗研の元主任です。


ですよね〜。読めない訳がないですね(笑)

早坂さんに、大変失礼な発言してしまいました(泣)。


>主張は、仰るとおり、日蓮の原文の改竄と牽強付会です。


私が、知る限り(早坂さんの論文で、私が見れる資料の範囲ですが)改竄を4ヶ所ほど確認しました。

早坂さんが指摘された箇所を、当該御書と六巻抄とで比較しました。

やはり、意味が変わってしまう「省略」は「改竄」だと思います。


235北斗 :2009/11/27(金) 07:25:59
顕正居士さん


>日寛の解釈に別に問題はありません。


いやぁ、宗祖の遺文を改竄してまで自分の解釈に論拠があるようにしないといけない「日寛の解釈」は、大いに問題ありだと私は感じますけどね。


>そして後世に我田引水のほうが教義になってしまい、日寛のすぐれた部分が台無しになっていると感じるわけです。


いくら優れていても本仏と崇める「日蓮」の遺文を改竄したら、それこそホーボーではないでしょうか。

と、いうか私には日寛の優れた部分ってのが、よく理解出来ません。


236天蓋真鏡 :2009/12/04(金) 10:50:01
漫荼羅は 法華経伝播を説明する図であって 戒壇堂の配置では無いと考えたいです。 弟子檀那への戒壇であって堂宇指図では違うのでは無いかと。 五重塔中心指図は斬新過ぎます


239a :2016/08/22(月) 09:58:49
.


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11 日蓮聖人の本尊観 (Res:235)All First100 Last50 SubjectList ReLoad 11
1 名前:管理者 投稿日: 2002/07/30(火) 19:07

「オフ会 開催案内」スレッドにおいて、議論が沸騰しています。内容的に、仮に、「日蓮聖人の本尊観」と名前を付けて、別スレッドとして立ち上げます。提案趣旨は以下の通りです。


82 名前: いちりん 投稿日: 2002/07/29(月) 11:08

すばらしいやりとりが続いているので、学ばせてもらっています。
ただ、こちらのスレッドが「オフ会の開催」についてのものなので、あとから過去ログを読むときに、勿体ないなあと思いました。

63のドプチェクさんの発言あたりから、こういう流れになっているようですが、
63以降、別スレッドにしたほうが、やりとりがしやすいかなあと思います。

たとえば、『法華経』にみられる久遠仏と菩薩道みたいなテーマとか。


95 名前: ドプチェク 投稿日: 2002/07/30(火) 16:10

それと、82でいちりんさんがおっしゃっていますように、いつのまにかこちらのスレッドの主旨から外れてしまいましたので、別のスレッドに移るとか、新たに立てるとかした方がよいのではないのでしょうか。
何だか私の発言から、徐々にこうなってしまったみたいですね(〜.〜;)。
大変勝手な事を申しまして、すいません。

224 名前:Horologium 投稿日: 2008/09/28(日) 07:14:44
 顕正居士さん、ご解説ありがとうございました。顕正居士さんのご解説によりますと、Libraさんって人の意見は漢文法的には間違いってことになるんですね。

 ついでにもう1つ教えてくださると助かります。本尊抄にある「正像二千年之間小乗釈尊迦葉阿難為脇士権大乗並涅槃法華経迹門等釈尊以文殊普賢等為脇士」という文章の「小乗釈尊迦葉阿難為脇士」の部分には「以-」がないので、顕正居士さんのご解説にしたがって、ここの「為」も他動詞として読まないことにしますと、どう読むのが正しいということになるのでしょうか。

225 名前:顕正居士 投稿日: 2008/09/28(日) 09:11:37
Horologiumさん。

普通は「迦葉・阿難を脇士と為し」と訓んでいるみたいですが、
この文節には「以」が無く、次の文節にはあるのですから

「正像二千年の間は小乗の釈尊には迦葉阿難脇士と為れども、
権大乗並に涅槃法華経迹門等の釈尊は文殊普賢等を以て脇士と為す」

と訓むのがよいのではないでしょうか。何となく「以」を落したのでなければ
「しかし」というニュアンスを入れるためかとおもいます。

226 名前:Horologium 投稿日: 2008/09/28(日) 17:18:44
 顕正居士さん、さっそくのご解説、ありがとうございました。

 顕正居士さんがおっしゃるように、あの部分は、普通、「迦葉・阿難を脇士と為し」と読まれています(これ以外の読みをわたしはこれまで見たことがありません)。言語現象として、そのように読むのが現に普通であるという事実があるとおもいます。Libraさんという方のご意見も、この事実にもとづいているわけで、たしかに、この普通の読みに従うなら、あのような議論も成立するのでしょう(漢文法の一般論としてではなく、日蓮さんが書いた漢文の解釈問題というローカルな範囲の議論としては成立するようにわたしにはみえます)。

 もちろん、顕正居士さんのように読むのが正しいのなら、従来の読みは訂正されなければならないわけですが、その場合、なぜ正しい読みのほうが普通とならずに、顕正居士さんの理論によれば漢文法的に異常であるはずの読みのほうが宗派的立場を超えて現に普通になってしまっているのかが不思議だという印象を個人的にはもちます。

 しかし、少なくとも、「此時地涌千界出現本門釈尊為脇士一閻浮提第一本尊可立此国」の部分を「〜本門釈尊に脇士と為る〜」と読んでいる人は、「正像二千年之間小乗釈尊迦葉阿難為脇士権大乗並涅槃法華経迹門等釈尊以文殊普賢等為脇士」の部分も「〜小乗の釈尊には迦葉阿難脇士と為る〜」と読むように訂正されたほうがよろしいのではないかしら。じゃないと整合性がないとおもいます。

227 名前:どしろうと 投稿日: 2008/09/29(月) 06:12:29
突然失礼します。
はじめてお曼茶羅を目にしたとき、へぇ、南無妙法蓮華経の脇にお釈迦さんがいるんだ、
これが日蓮聖人の世界観なのだと思ったものでした。

なんか色々こねくり回しておられるようだけど、お曼茶羅がすべてを語っているんではないのかな?

突然失礼しました。

228 名前:あんたがたどこさ 投稿日: 2008/10/01(水) 01:36:16
さらに、観心本尊抄には「この(神力品の)十神力は、妙法蓮華経の五字を以て、上行、安立行・浄行・無辺行等の四大菩薩に授与したもう。」「嘱累品に云く、爾の時に、釈迦牟尼仏法座により起つて大神力を現じたもう。右の手を以て無量の菩薩摩訶薩の頂を摩でて、乃至、今以て汝等に付嘱す等云云。地涌の菩薩を以て頭となし、迹化・他方、乃至、梵・釈・四天等にこの経を嘱累したもう。」と述べているように、日蓮聖人の描かれた曼陀羅本尊は、本門の教主釈尊、即ち久遠実成の釈迦牟尼仏が、霊鷲山の虚空会に於いて、妙法蓮華経の五字を以て、経典とその経典の意義を弘めることを地涌の菩薩を筆頭として付属(委任)する儀式が顕されたものです。したがって、曼陀羅本尊の中央に「南無妙法蓮華経」と、日蓮聖人は大書してあるのであって、けっして中央に書かれている「南無妙法蓮華経」の文字が本仏であると言うわけではありません。そのことは、観心本尊抄の最後に「一念三千を識らざる者には、仏大慈悲を起して、五字の内にこの珠を裹み、末代幼稚の頸に懸けさしめたもう。」と述べられている通りです。

上記は http://www5c.biglobe.ne.jp/~lotus/shudatu%20detarame.htm に書かれちました。
真蹟に依れば、それが日蓮聖人の描かれた御曼陀羅の語るところだと思いますが・・・。
お釈迦さんが南無妙法蓮華経の脇士だとは、日蓮聖人の御遺文には何処にも書かれていないと思います。

229 名前:顕正居士 投稿日: 2008/10/01(水) 12:19:11
首題は宝塔をあらわしています。この首題=宝塔の中に釈迦多宝の二仏が
並坐しているのが妙法曼荼羅です。
二仏は宝塔の外にいるわけではありませんよ。

http://www.chohoji.or.jp/blog/uploaded_images/hokkemandara-701581.jpg

230 名前:どしろうと 投稿日: 2008/10/01(水) 22:04:14
ありがとうございます。
お曼茶羅を拝すれば
塔中の妙法蓮華経の左右に釈迦牟尼仏・多宝仏まします。
中央に南無妙法蓮華経 日蓮と大書されています。
上行菩薩もまします。 そのまんま素直に拝しております。

231 名前:天蓋真鏡 投稿日: 2009/12/13(日) 04:34:52
犀角独歩さんのブログの「日蓮の発想」等拝見して気になった事。 法華経は菩薩道其物では無くて皆成仏道へ導くカタログ。 成仏得道のマニュアルは一人ひとりが随自意とか自灯明でつくりあげる人生説計。 題目に全て備わるとは 短絡では無くて結果論を見据えたキャッチフレーズ。いつ理想通りに出来るか判らないから。 なむみょうほうれんげきょうで呪術信仰から言霊信仰へ変えられるなら良いですけど、呪術も言霊も唱える行者の心の質で千変万化するでしょう。依法不依人は悟りの一つでは無いでしょうか。

232 名前:犀角独歩 投稿日: 2009/12/13(日) 04:45:46

わたしの名前が出ましたので、いちおう、記します。

法華経は「教菩薩法」「菩薩道」と、経典自体に書かれあり、しかし、皆成仏道の指標はありません。あるのは、記別です。

題目にすべてが具わるとする日蓮の発想は、本人が『本尊抄』に「私加会通如黷本文 雖爾文心者釈尊因行果徳二法妙法蓮華経五字具足」という、この会通が文章の脈絡からして短絡であるというのが、わたしの指摘です。

こちらの掲示板は挙証義務を課し、主張をするのであれば、かならず、文献証拠を提示して行うことによって、秀でた議論が重ねられてきました。

単なる個人の思いつき、感情の吐露といった発言が最近、富みに目立ちますが、投稿規約や、遵守する方々の姿勢を参考にされ、矜持のある投稿をされ、せっかくの佳例を傷つけないことを望みます。

233 名前:天蓋真鏡 投稿日: 2009/12/13(日) 14:33:59
レスありがとうございます。 ●菩薩である為に寄せ集め的法華経に書いてある類例?全てとなると難儀では無いでしょうか。 ●犀角独歩さんともあろう者が挙げ足取りだと考えます。鎌倉時代の僧・日蓮も経典に書いてある事は理想像のゴールで、心が大事・信が大事・修行が大事と書いてなかったでしょうか。 ●掲示板の主旨に沿わないレスは全て消去して、議論レスと挙証が無くても質疑応答出来るレスと連絡交換用レスにまとめたら良いのでは無いでしょうか?

234 名前:犀角独歩 投稿日: 2009/12/13(日) 14:41:55
> 菩薩である為に寄せ集め的法華経に書いてある類例?全てとなると難儀では無いでしょうか。

判読致しかねます。

> 挙げ足取りだと考えます

なにを揚げ足取りと言っているのかわかりません。

> 鎌倉時代の僧・日蓮も経典に書いてある事は理想像のゴールで、心が大事・信が大事・修行が大事と書いてなかったでしょうか

具体的に、どこに、どのような書いてあるのでしょうか。

> 掲示板の主旨に沿わないレスは全て消去して、議論レスと挙証が無くても質疑応答出来るレスと連絡交換用レスにまとめたら良いのでは無いでしょうか?

これは管理運営に関わることなので、管理人さんに属することです。

こちらは応酬自体、禁止ですので、これまでといたします。

235 名前:質問者 投稿日: 2011/11/30(水) 01:45:28
昭和55年6月21日日顕上人書写の御形木御本尊ですが
何故、竜樹菩薩と妙楽大師が抜けてるんでしょうか
(普通は天台大師と伝教大師の横にそれぞれ書かれているのに)

誰に聞いても教えてくれません
詳しい方レスお願いします

ちなみにこの御本尊は当時の学会員に下付されたものです

あと、この御形木本尊持ってる方いますか?

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12 本尊と曼荼羅 (Res:711)All First100 Last50 SubjectList ReLoad 12
1 名前:管理者 投稿日: 2002/04/04(木) 07:30

いちりんさんより、スレッドテーマの御提案がありました。立ち上げます。幅広い議論が展開される事を期待致します。提案文は以下の通り。


30 名前: いちりん 投稿日: 2002/04/04(木) 02:20

本尊と曼荼羅って、とてもおもしろいテーマですよね。

こちらのスレッドは、「本門戒壇の大御本尊様の偽作説について」ということですが、
できれば、「本尊と曼荼羅」というテーマで、論じていったらいいなあと思います。
管理人さん、いかがでしょうか。

真宗の本尊とか、密教の本尊とか、天台の本尊観とか、あるいは釈迦在世のときの本尊とか、いろいろとおもしろいと思います。たとえば、天台の四種三昧の修行などみますと、修行によって本尊が変わりますよね。

そういうところから、本門の本尊をとらえかえしていくと、本質的なものがみえてくるかなあと思ってもみたり。

700 名前:問答迷人 投稿日: 2009/08/09(日) 13:55:53

天蓋真鏡 さん

三つの法門については、日蓮聖人が諸御書にお示しです。

文永十一年の法華取要抄には次のようにお示しです。
「問うて云はく、如来滅後二千余年に竜樹・天親・天台・伝教の残したまへる所の秘法何物ぞや。答へて曰く、本門の本尊と戒壇と題目の五字となり。・・・中略・・・ 是くの如く国土乱れて後上行等の聖人出現し、本門の三つの法門之を建立し、一四天・四海一同に疑ひ無き者か。」

又、翌年、文永十二年の曽谷入道殿許御書には次のようにお示しです。
「大覚世尊寿量品を演説し、然して後に十神力を示現して四大菩薩に付嘱したまふ。其の所属の法は何物ぞや。法華経の中にも広を捨てヽ略を取り、略を捨てヽ要を取る。所謂妙法蓮華経の五字、名体宗用教の五重玄なり。」
「此の四大菩薩は・・・中略・・・但此の一大秘法を持して本処に隠居するの後、仏の滅後、正像二千年の間に於て未だ一度も出現せず。所詮仏専ら末世の時に限って此等の大士に付嘱せし故なり。」


これらの御書を要約すれば次のようだと思います。

◎ 釈尊が四菩薩に付属した法は「妙法蓮華経の五字・一大秘法」である。
◎ 末法に四菩薩が出現して「本門の本尊と戒壇と題目の五字」の「本門の三つの法門」を建立して、それによって妙法蓮華経の広宣流布は間違いないのである。

つまりは、『釈尊から一大秘法の付属を受けた四菩薩が「本門の三つの法門」たる「本門の本尊」「本門の戒壇」「本門の題目」を建立して妙法蓮華経を広宣流布する。』という大枠は定まっています。その大枠の中で、三つの法門のそれぞれの意味・意義を捉える必要があると思います。僕は、「一大秘法を具体化した『本門の本尊』」「本門の本尊を安置した戒壇堂たる『本門の戒壇』」「本門の本尊を信じて南無妙法蓮華経と唱える『本門の題目』」と捉えています。

701 名前:天蓋真鏡 投稿日: 2009/08/12(水) 12:36:07
レスありがとうございます。 問答迷人さんは 本尊戒壇題目の並べ方等で貴方の解釈が日蓮の意思と同じと考えますか? 漫荼羅は三つの法門の具現化への前提だと解釈しますか? 自分は釈尊像漫荼羅経典蔵と殿堂を建立するよりは個人の修行と三国四師を勉強するのに個人一人ひとりが漫荼羅を所持する事と勉強会を催す事が21世紀には良いと思います。 問答迷人さんや他の方々はどれだけお考えでしょうか。

702 名前:問答迷人 投稿日: 2009/08/14(金) 11:33:07

天蓋真鏡さん

>本尊戒壇題目の並べ方

文永十一年の「法華行者値難事」『本門の本尊と四菩薩・戒壇・南無妙法蓮華経の五字」
文永十一年の「法華取要抄」『本門の本尊と戒壇と題目の五字』
建治二年の「報恩抄」『一つには・・中略・・本門の教主釈尊を本尊とすべし。二つには本門の戒壇。三つには・・中略・・南無妙法蓮華経と唱ふべし。』

並べ方は、以上の真跡遺文が何れも「本尊→戒壇→題目」となっていますから、この順序で日蓮聖人のお考えと合っていると思います。

>貴方の解釈が日蓮の意思と同じと

はい、そのように考えています。

>漫荼羅は三つの法門の具現化への前提だと解釈しますか?

はい。三つの法門を説きながら、実際に後世に残したのは、曼陀羅と題目です。曼陀羅は三つの法門の具体化の第一歩で有ったと思います。

>自分は釈尊像漫荼羅経典蔵と殿堂を建立するよりは個人の修行と三国四師を勉強するのに個人一人ひとりが漫荼羅を所持する事と勉強会を催す事が21世紀には良いと思います。

「本門の本尊」の造立と「本門の戒壇堂」の建設は、日蓮聖人の目指したところだと考えています。但し、それが、今日に通用するかどうかは難しい所ですね。真跡遺文を見る限りにおいては、日蓮聖人は「本門の戒壇」について、詳しく述べられていない事から、聖人のお考えは不明と言うしか有りません。僕はこの点については敢えて考えは今のところ持っていません。白紙です。

703 名前:天蓋真鏡 投稿日: 2009/08/16(日) 06:51:44
問答迷人さん、解り易い挙証ありがとうございます。鎌倉時代の法華経行者・日蓮は東大寺延暦寺に続く本門の基軸を建立しようと民を諭し公を導こうと尽力したのは調べれば調べるほど確実な事は此の掲示板で折りに触れ明かされてきた事でしょう。 21世紀は仏像か掛軸か経典どれかに拘らず、 妙法蓮華の心を一人ひとりが理解し得るのか、 表現出来るのかが、 宗教の存否を決めるのでは無いかと想像しました。

704 名前:天蓋真鏡 投稿日: 2009/12/06(日) 12:06:03
問答迷人さん、自分は 一大秘法は要で本仏釈尊から伝わる南無妙法蓮華経で、三つの法門は三つの解釈だと思います。 本尊は南無を付けて尊敬。戒壇は行者自ら戒める意。題目は法華経出典で流布して我も彼も唱えるキーワード。 漫荼羅は法華経の伝播と継承の説明に使用する図式。

705 名前:問答迷人 投稿日: 2009/12/06(日) 19:38:37

天蓋真鏡さん

>一大秘法は要で本仏釈尊から伝わる南無妙法蓮華経

そのように日蓮聖人は捉えておられたと存じます。

>三つの法門は三つの解釈だと思います。

一大秘法の解釈であり、具体化であると存じます。

どのように具体化されたか、三つの法門のそれぞれについて検討すると、

本尊については、観心本尊抄に「本師の娑婆の上に宝塔空に居し、塔中の妙法蓮華経の左右に釈迦牟尼仏・多宝仏、釈尊の脇士は上行等の四菩薩、文殊弥勒等の四菩薩は眷属として末座に居し、迹化・他方の大小の諸菩薩は万民の大地に処して雲閣月郷を見るが如し。十方の諸仏は大地の上に処したもう。迹仏迹土を表する故也。是の如き本尊は在世五十余年に之無し。」と述べられています。妙法蓮華経の五字を中心として諸尊が立ち並ぶ本尊を日蓮聖人はお考えになっておられたと存じます。

戒壇については、日蓮聖人は具体的にはお示しでは有りませんが、妙法蓮華経の五字の曼陀羅を中心にして諸尊の仏像を配した本尊を安置する戒壇堂の建立を目指して居られたのではないかと考えています。

題目については、諸御書に於いて、一大秘法・妙法蓮華経の五字への帰命を誓い、南無妙法蓮華経と口に唱える事を具体的にご教示なされています。

706 名前:天蓋真鏡 投稿日: 2009/12/07(月) 15:23:27
レスありがとうございます。 いくつか追加質問させて頂きます。 本尊に掲げる漫荼羅の諸仏に廬遮那仏阿弥陀仏大日如来薬師如来は図示もしくは彫像されるのか。戒壇堂はやはり富士山の麓なのか。 自分としては彫像は難儀かなと。 釈尊立像と文字漫荼羅と経典巻を戒壇堂や各地寺院に奉戴する事が良いかなと思います。 戒壇は五重塔中心か戒壇堂中心か大伽藍形式か。もっと細かに言うなら 聖人国師と天皇主上、 戒壇と御所を並べて建てた方が良いのか。

707 名前:問答迷人 投稿日: 2009/12/07(月) 17:29:31

天蓋真鏡さん

>本尊に掲げる漫荼羅の諸仏に廬遮那仏阿弥陀仏大日如来薬師如来は図示もしくは彫像されるのか。

御本尊集を見ると色々な諸尊勧請の形式が見られます。例外的に書かれる事は有っても、本尊抄に「十方の諸仏は大地の上に処したもう。迹仏迹土を表する故也。」と有りますので、虚空にいらっしゃらずに大地に処されている訳ですから、基本的には図示或いは造立される対象とはならないのではないのか、と思います。

>戒壇

戒壇について日蓮聖人が論及された真跡遺文が存在しませんので、お答えする事は僕の力の及ぶところでは有りません。折角ご質問いただきましたが御免なさい。

708 名前:天蓋真鏡 投稿日: 2009/12/09(水) 14:09:09
問答迷人さん、レスありがとうございます。 自分も勉強不足で質問が雑でごめんなさい。

709 名前:問答迷人 投稿日: 2009/12/10(木) 09:49:40

天蓋真鏡さん

>勉強不足で質問が雑

いえいえ、そうは思いません。諸説が入り乱れていますので、どれが日蓮聖人の御本意なのか計りかねる所です。

一つ、僕が今考えている仮説を書き込ませていただきます。ご叱正戴ければ幸いです。

『一大秘法三法門について』

一大秘法が「妙法蓮華経の五字」で有ることは真跡に述べられていることですから明らかであると思います。(曽谷入道許御書)

この一大秘法・妙法蓮華経の五字を図顕されたのが本門の本尊。
この一大秘法・妙法蓮華経の五字を奉安し奉るのが本門の戒壇。
この一大秘法・妙法蓮華経の五字を口唱し奉るのが本門の本尊。

こう考えると、一大秘法・妙法蓮華経の五字』の具体化が三法門であり、三法門と言っても一大秘法がその正体であり、一大秘法の他に三法門が有るわけではない、そういう関係として整理出来るのではないかと考えています。

710 名前:天蓋真鏡 投稿日: 2009/12/10(木) 15:16:50
問答迷人さん、ありがとうございます。 では、とどのつまりは「鎌倉時代の僧・日蓮がどこまで考えて書いたのか」に尽きます。 自分は法門は解釈で、 問答迷人さんが考える一大秘法の具体的な用い方には踏み込んでません。自分は信の表現から 問答迷人さんは義の表現から申し述べたのかもしれません。 自分は結果論で言うなら問答迷人さんの考え方に賛成です。法華経の行者を自認する日蓮は其の様に組み立て説明するとシンプルに思います。

711 名前:質問者 投稿日: 2011/11/30(水) 01:44:47
昭和55年6月21日日顕上人書写の御形木御本尊ですが
何故、竜樹菩薩と妙楽大師が抜けてるんでしょうか
(普通は天台大師と伝教大師の横にそれぞれ書かれているのに)

誰に聞いても教えてくれません
詳しい方レスお願いします

ちなみにこの御本尊は当時の学会員に下付されたものです

あと、この御形木本尊持ってる方いますか?

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13 創価学会の功罪を考える (Res:1965)All First100 Last50 SubjectList ReLoad 13
1 名前:管理者 投稿日: 2002/03/08(金) 17:18

ここから、このスレッドの過去レスを見る事が出来ます。

http://kamakura.cool.ne.jp/gomoyama/keijiban/kouzai.htm


板東様、アネモネ様、いちりん様から、スレッドテーマの提案が有りました。突っ込んだ議論をよろしくお願い致します。

提案文は以下の通りです。

名前: 板東 投稿日: 2002/02/10(日) 21:25

要するに公明党が政権与党になっている点,マスコミを抑えてしまった点,有り余る財産で銀行を掌握してしまった点,また,金にモノを言わせて,嫌がらせ裁判をたくさん起こして反対勢力を弾圧している点,完全に日本を支配している,これは問題ではないんですか.

名前: アネモネ 投稿日: 2002/02/10(日) 21:34

思い切って、「創価学会の功罪を考える」(仮題)といったようなスレッドを立ち上げてみてはどうでしょうか。私も、宗門サイドの半ば偏重的なアナウンスではない正しい認識として、過去も含めた事実を知っておきたいです。

名前: いちりん 投稿日: 2002/02/10(日) 22:02

「創価学会の功罪を考える」っておもしろそうですね。きっと活発な論議になるとは思いますが、たぶん荒れる可能性もありましょうね。でも、やってみないとわからないか。

1954 名前:独学徒 投稿日: 2011/08/06(土) 19:35:00

ご無沙汰しています。

私はお二人の意見とは正反対ですが、日蓮聖人はブレまくった人生だったと思います。

御主張もコロコロ代わっており、もって滅後の教団で異見が多数生じていると思います。

凡夫僧ですのでブレて当然、そんな生身の日蓮聖人を自分は慕っています。

最近は台家寺院に出向いて研修していますが、書名失念しましたが金沢文庫所蔵の古記録にあるとおり、日蓮聖人は何度も法論で負け行き詰まり、ご自身の主張を変化されたのだろうと想像します。

日蓮聖人の最大の間違え・謗法行為は、天台真言宗の開祖が伝教大師であったのに、弘安期に至るまでそのことに気付けず、慈覚大師が勝手に天台宗の教義を密教化したと勘違いし、慈覚大師を誹謗してしまったことだと思います。

今はそのような生身の日蓮聖人像を確認するたびに、宗教間のイザコザほどおろかなものは無いと思います。

1955 名前:問答迷人 投稿日: 2011/08/06(土) 20:26:15

独学徒さん

御無沙汰いたしております。ご参加誠にありがとうございます。

>弘安期に至るまでそのことに気付けず、慈覚大師が勝手に天台宗の教義を密教化したと勘違いし

その後、勘違いだと気付かれて訂正されたという事でしょうか。その辺りをもう少しご教授賜りたく存じます。宜しくお願いいたします。

1956 名前:独学徒 投稿日: 2011/08/06(土) 21:28:49

問答迷人さん、以下ご参考になれば幸甚です。

一昨年、京都国立博物館にて開催された、「日蓮と法華の名宝」展に出展された、日蓮宗大本山京都本國寺蔵・日蓮聖人御真蹟「一代五時鶏図」の記述が、それまでの吊り物と変わって台密の系譜に伝教大師の名があります。詳しくは以下の興風談所のコラムが参考になると思います。

興風談所コラム平成22年5月
http://www5f.biglobe.ne.jp/~goshosys/colum_h22.html#h22_5


現在、東京国立博物館にて開催中の「空海と密教美術展」に出展されている、空海真蹟『灌頂歴名』に「最澄」の名があるようです。
http://kukai2011.jp/

伝教大師最澄が、自ら学んだ密教が傍系であることに気付き、弘法大師空海に弟子入りして、奔流の密教を天台宗に取り入れようとしたことは、歴史上の事実としてもはや受け入れざる得ないと思います。

また日蓮聖人が法論に負けていた様子を記す古文書は、以前私がブログで記していました。
以下、該当のブログを復帰させておきます。
http://fujikyougaku.blog22.fc2.com/blog-date-200701.html

また日蓮聖人の御主張が変化している点も、興風談所の「興風」掲載の所論が参考になると思いますが、一例としては興風18号所収の大黒喜道師「日蓮聖人の成仏義諸型とその受容」などがあります。

1957 名前:問答迷人 投稿日: 2011/08/07(日) 12:22:29

独学徒さん

ご提示誠にありがとうございます。

>台密の系譜に伝教大師の名

何らかの経緯によって、お考えを修正された訳ですね。とても興味深いご指摘です。また、現宗研の真蹟遺文において「随自意御書」と名付けられている書の記述「後延暦二十三年に御入唐、同じき二十四年御帰朝、天台・真言の宗を日本国にひろめたり。但し勝劣の事は内心に此れを存じて人に向てとかざるか。」(弘安元年)も、恐らくは、ここにも御考えを修正された事が窺がえる、と思いました。

>慈覚大師が勝手に天台宗の教義を密教化したと勘違いし、慈覚大師を誹謗

ご指摘の通り、伝教大師が弘めたのが「天台・真言の宗」であったとの認識を「随自意御書」を書かれた弘安元年頃には持って居られた訳ですから、それ以前のいずれかの時点で、慈覚大師が勝手に天台宗の教義を密教化してのではなく、伝教大師にも日本天台宗の教義を密教化してしまった責任はある、と言う風に、日蓮聖人が認識を変えられたという事だと思いました。

>日蓮聖人はブレまくった人生

「随自意御書」の、「但し勝劣の事は内心に此れを存じて人に向てとかざるか」という個所は、慈覚大師に対する批判が、伝教大師を含む日本天台宗に対する批判に変化した事を表明した事になりますから、比叡山に学んだ日蓮聖人に取っては、大きな心境の変化だったと思います。確かにブレたとも言えると思いました。

1958 名前:古沢石日 投稿日: 2011/08/07(日) 17:10:02
独学徒さん

ブレまくったとはどういう事でしょうか。
私がブレないという言葉を使ったことにたいしての対義語で
言葉を選ばず「ブレまくる」と使ったのでしょうか。
ブレまくるの意味ごぞんじですか。
あーだこーだ、こういったと思ったらこう言う、
さっきの言葉と今と全然違うよ。
あーーまただよ。あら、昨日と今日と明日全然別だよ。
こんな感じですかね。

日蓮聖人はブレまくっておられたのでしょうか。
是非ブレまくりのまくり部分を現存する文証を持って
事細かくご教示いただけますようお願い申し上げます。

1959 名前:独学徒 投稿日: 2011/08/07(日) 20:47:53

古沢石日さん、はじめまして。

「現存」ですか、厳しいご注文で。
「事細か」はご遠慮申し上げます。忙しいので。


かの浅経の読誦等の句に花厳・方等・般若等をいるゝたにも不思議なるに、後八年の大法法花・涅槃・大日経等をはしし入て上品上生の往生の業とするたにも不思議なるに、あまさえ称名念仏に対して法花経等の読誦はしちには往生せすなんと申て
(文永三年 真蹟断簡 池上本門寺蔵 御書全集未入集)

この時点では「後八年の大法法花・涅槃・大日経等」とあるように、大日経を爾前経としては扱わず所謂「法華涅槃時」の経典として扱っています。


法華経には正直捨方便但説無上道云云。涅槃経には邪見之人等云云。邪見方便と申は、華厳・大日経・般若経・阿弥陀経等の四十余年の経経也。
(建治三年 下山御消息 真蹟断簡分蔵)

この時点では大日経を「四十余年の経経也」と爾前経に位置づけています。
少なくとも「大日経」の取り扱いについて日蓮聖人は一期の内にブレました。
また先の投稿の如く、日本天台宗の密教化について、

日蓮は真言・禅宗・浄土等の元祖を三虫となつく。又天台宗の慈覚・安然・恵心等は法花経・伝教大師の師子の身の中の三虫なり。
(建治元年 撰時抄 真蹟玉沢妙法華寺蔵)

と慈覚大師を伝教大師の師子身中の虫と誹謗されていますが、その理由は先に引用の下山抄に「叡山の円頓戒者又慈覚の謗法に曲られぬ。」と、慈覚大師から日本天台宗が密教化に傾倒したと誤解していたからでしょう。その後弘安期の「一代五時鶏図」で渋々日本天台宗の密教化が伝教大師に始まることを認識せざる得なくなっています。

遅ればせながら、本日東博の「空海と密教美術展」展観してきました。
金剛・胎蔵両界の灌頂記の第一番目に「最澄」の名が有り、伝教大師が空海に弟子入りしてまで、天台宗の教義に本場の密教を取り入れようとしていた事跡はもはや否定のしようがありません。両界灌頂の冒頭に記すなど、当初空海も最澄に対して畏敬の念をもって接していたのを感じます。

成仏義のブレに関しては、先に提示した興風談所の論考をご参考になさって下さい。
学問にはそれ相応の出費はつきものだと思います。何でもネット掲示板で得るのではなく、議論にあがった論著を手元に置く努力も必要なことと思います。
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

1960 名前:古沢石日 投稿日: 2011/08/07(日) 21:12:44
独学徒さん、ごあいさつもせず不躾なお願いをしまして
まことにもうしわけございません。
早々にご丁寧にご回答いただきまして
まことにありがとうございました。

1961 名前:古沢石日 投稿日: 2011/08/07(日) 23:03:51
>日蓮聖人は一期の弘通に一貫性は無く、門下に対する指導も変わっています。
>今を生きる私たちとなんら変わらず、間違いを指摘されても頑固として曲げられなかったり、
>時には致し方なく考えを改めたのでしょう。

御書も先に書かれた内容と後年とではご指導が変わっていくのでしょうか。
もしそうであれば、真蹟、写本の有無だけでなくご執筆年月日の整理も必要に
なるという事でしょうか。

>学問にはそれ相応の出費はつきものだと思います。何でもネット掲示板で得るのではなく、
>議論にあがった論著を手元に置く努力も必要なことと思います。

仰せのとおりだと思いますが、ネットからリンクリンク検索検索で得る情報量と
書籍一冊読破する情報量とでは、太平洋と牛蒡ほど差があると思います。
別にお金が無いわけではありませんが、移動もほとんど車でして、電車等で
読書の時間があれば是非読書はしたいのですが、自宅ではテレビも見ず
ネット三昧ですので、結局積読になってしまいます。

1962 名前:独学徒 投稿日: 2011/08/07(日) 23:33:42

古沢石日さん、

ネットの情報量は膨大ですが、信憑性を含め問題も多くあります。

本当の事が知りたいのであれば、できるかぎりの文献を収集することと、実際に寺院等に足を運んで自分の眼で実物を見る事が必須だと思います。

安房妙本寺のお虫払い法要などは、事前連絡等無くても誰でも参拝し、万年救護大本尊の御真蹟を拝する事ができます。

不動・愛染感見記も真蹟を拝する事ができます。

今年は土曜日の開催ですから、多くの方で賑わうと思います。

1963 名前:古沢石日 投稿日: 2011/08/08(月) 00:47:13
独学徒さん

>信憑性を含め問題も多くあります。

仰せのとおりです。これが一番の問題です。

>自分の眼で実物を見る事が必須だと思います。

これはとても大切だと思います。
以前京都博物館での国宝自筆立正安国論には
言葉に出来ないくらい感動いたしました。
数々の真筆御曼荼羅の感動、今でも昨日の事のように覚えております。

1964 名前:古沢石日 投稿日: 2011/08/09(火) 21:05:47
管理者さま

お手数をおかけしますが
>>1953 の書き込みを削除していただけませんでしょうか。
お時間おありの時で結構です。
読み返すとあまりにも失礼な書き込みでした。

1965 名前:古沢石日 投稿日: 2011/08/10(水) 23:10:07
管理者さま

お手数をおかけいたして申し訳ございませんでした。
削除ありがとうございました。

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14 勤行について (Res:318)All First100 Last50 SubjectList ReLoad 14
1 名前:管理者 投稿日: 2004/09/23(木) 11:36

新しいスレッドテーマの提案が有りましたので立ち上げます。提案文は以下の通り。

47 名前: ROM信徒 投稿日: 2004/09/13(月) 19:24

創価学会の新勤行と観念文(御祈念文と新呼称)です。

 勤行は五座・三座にかわって方便・自我偈一回のみ。(朝夕同じ)
 
 御祈念文

 一、御本尊への報恩感謝
 一閻浮提総与・三大秘法の大御本尊に南無し奉り、報恩感謝申し上げます。
 末法の御本仏・日蓮大聖人に南無し奉り、報恩感謝申し上げます。
 日興上人に南無し奉り、報恩感謝申し上げます。
 日目上人に報恩感謝申し上げます。
  と祈念の後、題目三唱。

 一、広宣流布祈念
 広宣流布大願成就と、創価学会万代の興隆を御祈念申し上げます。
 創価学会初代、二代、三代の会長を広布の指導者と仰ぎ、
 その死身弘法の御徳に報恩感謝申し上げます。
  と祈念の後、題目三唱。

 一、諸願祈念ならびに回向
 自身の人間革命と宿命転換を祈り、種々の願いが成就しますよう御祈念申し上げます。 (種々の祈念はここで行います)
 先祖代々ならびに会員・友人の諸精霊追善供養のために。
  (回向の中で鈴を打ちます)
  と祈念の後、題目三唱。次に

 世界の平和と一切衆生の幸福のために。
 と祈念の後(鈴)、題目三唱して終了。

以上が正式に決まったそうです。(9月8日総務会於)
尚、すでに会員さんたちには打ち出しとして連絡公表済みです。

そこで、改めて、そもそもの勤行について(観念文含む)諸賢の方々の
ご意見ご賢察を、お願いします。

307 名前:れん 投稿日: 2006/01/31(火) 22:17:08
独学徒さん
>306
私も、独学徒さんのご意見に同感です。
偽の部分が学術的に多くの批判を浴びることは当然のことであり、これまで、偽の部分で正当性を主張してきた分、学術の分野のみでなく、社会的道義的責任を追求されるなどかなり厳しい状況になるとは思いますが、独学徒さんが仰るように、そのようなハードルを越えて、学術的にも貢献できるようになれば、未来に向けた石山の現代化の第一歩にはなるでしょう。
そのためにも、先ずは石山は真も偽も一切を、学術的批判に耐えうる形で情報公開すべきでしょうね。

308 名前:独学徒 投稿日: 2006/02/01(水) 01:10:34

れんさん、
ご賛同戴き、有難う御座います。
もし、れんさん仰せの通り、大石寺が真も偽も一切を公開してくれるならば、私は大石寺の英断を高く評価したいと思います。
そのような日が来ることを、心より念願します次第です。

309 名前:今川元真 投稿日: 2006/07/20(木) 12:05:06
●読経の速度と語句の長短や内容の分析理解が虫喰いになってしまうので、出家・在家問わず、言主法華経を学問してから勤行した方が良いのでは無いでしょうか。 ●観念文は、【朝・摂受(自他共)諸天供養】【御書拝読・本尊供養(自分が自分に依り自分の為)「南無」「の大御本尊」削除、宗祖供養(大聖人の文)】【座談会・広宣流布祈念】【夕・折伏(自他共)回向】 ●宗教団体の意味合いが増してくると感じますが改革とは此のような所からでは無いでしょうか。

310 名前:れん 投稿日: 2007/01/12(金) 23:11:30
身延山には蓮師御筆の四条金吾殿宛の方便・寿量品長行と授与の旨を認めた添書が曽存していたのですね。「日乾目録」には蓮師御筆の御経と送状について以下の如く記録されている由です。
「妙法蓮華経方便品第二。爾時世尊告舎利弗汝已慇懃〇唯一仏乗爾時マテ六十行アリ。妙法蓮華経如来寿量品第十六。爾時仏告諸菩薩〇虚妄過者マテ八十九行アリ。初ニ御添状有之。御文云、御経方便品寿量品〇不超一句文等云々。一紙」
身延三世日進師著述「本迹事」には“御添状”が以下の如く引用されています。「四条三郎左衛門入道給ノ守御経御自筆ノ方便・寿量品送文<建治二年卯月日>。御経方便・寿量品長行マイラセ候、此法花経ハ八万法蔵ノ肝心十二部経ノ眼目也。一字功徳超日月光、一句威徳勝梵帝、漢高三尺釼不及一字智釼、長良一巻書不超一句文云々」


蓮師の有力檀越の一人であった四条金吾に対し、方便・寿量両品を、蓮師自ら書写して授与していたことは、檀越の勤行を考える上で参考になるでしょうか?

311 名前:一字三礼 投稿日: 2007/01/13(土) 01:14:49
れんさん

ご無沙汰しております。
PCの調子がおもわしくないので、投稿を控えておりました。

れんさんのご研究と今回挙げてくださった資料で、蓮師の認識には「方便品長行」とは、一大事因縁の「開・示・悟・入」の説かれる「爾時世尊、告舎利弗、汝已慇懃三請〜中略〜唯一仏乗」までを指したと考えられますね。

現在言われている十如是までの箇所は、方便品の趣旨、もしくは全体構成を考えて読めば、いまだ何の法門も説きだしてはいませんよね。そこを日夜読誦するというのは疑問に思っておりました。

312 名前:れん 投稿日: 2007/01/13(土) 14:29:08
一字三礼さん
こちらこそ、仕事の忙しさにかまけてご無沙汰致しておりました。
そうですね。身延曽存の蓮師自筆御経から見ますと、蓮師の時代は檀越でも、方便品は「〜唯一仏乗」まで読誦いたことは明らかですね。
たとえ、十如是以降を省略して読まないにせよ、勤行要典には「〜唯一仏乗」までは載せるべきではというのが私見です。

313 名前:れん 投稿日: 2007/01/13(土) 16:30:19
>312
訂正
誤)読誦いた
正)読誦していた

失礼致しました。

314 名前:おひつじ座 投稿日: 2007/07/20(金) 08:46:58
ちょっと、面白かったです。

http://sf.dot.thebbs.jp/1074012035.html

315 名前:偶ロム偶ログ 投稿日: 2007/07/30(月) 03:54:58
横レス失礼します。
方便品の長行読誦については十数年前に、元正信会の山口法興師が小冊子を
出されていました。
ご希望の方があれば、参考のため、合宿で配らせていただこうかと思います。

316 名前:通行人 投稿日: 2011/03/05(土) 16:57:58
日蓮在世時においては五座三座や観念文もなかったのでしょ?
題目と味付けの方便品第二、如来寿量品第十六で十分ではないですか?

317 名前:古沢石日 投稿日: 2011/06/24(金) 23:55:13

みょうおうえんげっきょうおうべんおんだいにぃ
いーじせっそんうーさんあい あんぞにごぉおうさりほち

どこの会合いっても方便品はこうでした。

318 名前:古沢石日 投稿日: 2011/06/24(金) 23:57:20
あんもーほーえんげっそー  
なんもーほーかー  というような お題目も多々ありました。

はっきり言って、絶対功徳無い。

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15 池田教ってどんな宗教? (Res:196)All First100 Last50 SubjectList ReLoad 15
1 名前:問答迷人 投稿日: 2002/03/08(金) 16:47

ここから、このスレッドの過去レスを見る事が出来ます。

http://kamakura.cool.ne.jp/gomoyama/keijiban/ikeda.htm


日蓮正宗の側から、創価学会の池田さんを中心とした、組織のあり方
を批判して、以前より、池田教、ということを言ってきました。
この呼び方には、本来、日蓮正宗の信徒団体として、日蓮正宗の伝統
教義に則った活動であるべきが、そこから逸脱して、大きく独自展開
していった創価学会に対する非難の意味が篭められています。
本気で世界広宣流布を考えるなら、さまざまな試行錯誤、応用展開が
必要不可欠であり、そういった現場の苦心惨憺を宗門は本当にはわか
らないのだという不満が創価学会にあったことは事実だと思います。
ある程度、伝統教義の応用展開をしなければ、どうしようもない、と
いう創価学会の思いと、頑ななまでに、教条主義的に過ぎると批判
されても、基本的な伝統教義は譲れない、とする宗門の間には、良い
意味での緊張関係が以前よりあったと思います。
しかし、十年前、本来の最も基本的な、僧俗和合という路線を蹴破
り、両者は分裂してしまいました。一番迷惑しているのは、信徒で
はありませんか。宗門と学会との関係について、皆さんのご意見を
求めます。

185 名前:再挑戦者 投稿日: 2007/01/20(土) 21:29:24
 横から失礼します。
 ドーモ大石寺関連、、や その末寺の方方などの豪遊も話題のようです。
 贅沢な有り余る経済・財政のためでしょうか、近隣の街角からのうわさが某筋に報告されているようです。
 即ち 背広は着ているが、短髪な方方がゴルフ三昧 、 カラオケ三昧、 家族での温泉場めぐり 、、 などの此の世の天界を御楽しみにゾッコン 
などが散見されますようです。 正しく「 楽於小法、、= ニセ坊主、、」、、が横行のようでしょうか ?? 愚考、、でした、、。

186 名前:犀角独歩 投稿日: 2007/01/20(土) 22:13:40

豪遊など、まだ可愛らしい程度ではないでしょうか。
こんなものが坊さんだと思えば、腹も立ちますが、単なる職業のためのコスプレだと思えば、さもやありなんというばかり。

ただし、在研集団の指導者の私物化、豪遊どころか、天皇貴族並みの生活やら、会の親族経営とその豊満な金銭事情を、坊さんを吊し上げて、会員から、目を逸らす遣り方もどうかと思いますが。

187 名前:チョイ見た 投稿日: 2007/01/20(土) 22:36:27
 、、、、、。 豪遊、、、も、、、?  良く観察しますならば、、ドッチ もどっち の感じ も ?
 S会などは、存在・維持の最大公約数の一番== 庶民の == 一票 、、がお命のようですか、、、、。
 他方、お寺さんなどは 、、ご供養、、 が お命 でしょうか、、?
 ここでは、 貧しい庶民への暖かいお心が欠如していませんでしょうか ?
 日蓮様の御慈悲・御心とは 、、乖離の度合いが大きいようです  、、 ?

188 名前:犀角独歩 投稿日: 2007/01/20(土) 23:45:59

S会などと略す必要はないと思います。創価学会のことでしょう。
このスレもその会用のものです。

やや古い資料で恐縮ですが、平成4年、最高幹部の納税額(所得ではありません)が以下のようになっていました。

名 誉・池田 8,715万円
会 長・秋谷 1,842万円
副会長・八尋 1,761万円
理事長・森田 1,387万円
副会長・上田 1,301万円
副会長・青木 1,024万円

秋谷さんの月収が460万円、副会長(2、300人いましたか)が200〜400万円。
池田さんには専用施設が全国にもあり、箱根には温泉もあったんではなかったですか。海外に行くときには、お抱えの料理人に、専用の椅子まで持ち込もうとして顰蹙を買ったときもあったといいます。ゴルフだ、家族での温泉旅行より、ずっと金満じゃないですか。別段、会員は、騙され搾取されて気の毒だとは思いますが、こんなトップに傅いておいて、他宗の坊さん批判もないものだということです。

もっとも石山の坊さんの肩などもつ気も毛頭ありません。彼らにとって、湯水のように金が集める‘彼らにとっての’幸福製造機は、すでにその正体はバレています。今後の信徒増加は、もはやありません。遊びたければ遊んでいればよい、しかし、孫子の代に安泰はないよ、ということでしょう。

まあ、情報に振り回されないことでしょう。

189 名前:チョイ見た 投稿日: 2007/01/22(月) 17:47:50
、、、サスガ、、。 鋭い、 的を得た御意見、、、は、、、、感服、、、致しました、、、。
 御 心労をお掛けいたし深く陳謝を表明します、、、ゴメン下さい、、、ませ、、。

190 名前: 投稿日: 2007/01/23(火) 14:16:43
この人の書く文は、「、」が多すぎて非常に読みにくい。
如何なる意図で書かれているのかは分かりませんが、嫌悪感を否めません。
お願いですからまともな文を書いていただけないでしょうか。

191 名前:再挑戦者 投稿日: 2007/01/25(木) 19:56:04
  そうですか、、、。  そんなに ?? ですか  ?
 此処は、知能の低い低脳者を相手にする場所ではない、、? か、、。
 小生のような、小学校四年で不登校、、イジメ 〜 その他 〜 で ロクナ教育が皆無んお 落ちコボレ、、、を自認中の者 です、。
 マトモな文さえ書けないような、アホンダラ〜〜〜バカモノ 
などは 投稿など おこがましい、、、!!! ハイ、、、 是がでの別な面「「「「  差別根性  === 格差 社会 」、、ではないでしょうか。

192 名前:再挑戦者 投稿日: 2007/01/25(木) 20:12:20
 、、、言いすぎました、全文を、、取り消しを祈願いたします、、。 ゴメンなさい、。

193 名前:富士山大好き 投稿日: 2010/11/06(土) 15:22:23
前公明党代表の太田氏は池田大作氏を評して「宗教家としては?だが政治家としては100%だ」
というような趣旨の発言をしたと伝え聞いたことがある。
事の真相は確かめようが無いが、池田の一面を鋭くついた言葉であると思う。
良くも悪くも創価学会が一時的とはいえ、爆発的に広がったのは池田氏の清濁併せ呑む政治家的な
資質なしではあり得なかったと思う。
人間・池田大作で行けばよかったものが、いつしか誰が悪いのか本人か取り巻きか
は知らんが、仏様になってしまった。これでは坊さん側の法主信仰と同じだ。
そもそも日蓮仏法にそんな発想自体がナンセンスではないか?池田氏が日本人だろうが
朝鮮人だろうが、そんなことどうでもいいと同じように仏様だろがなかろうがどうでも
いいではないか。こんな発想をした時点でカルトである。
だから創価学会は駄目になったのだ。

194 名前:ひきこもり 投稿日: 2010/12/03(金) 21:57:27
>>193
池田先生への個人崇拝がいけなかったのだろう。昭和40年代から個人崇拝が高まり、
日蓮大聖人は池田先生、日興上人は戸田先生、日目上人は牧口先生の生まれ変わりとか
聞いた事がある。今地震かな?

195 名前:阿仏棒 投稿日: 2011/01/06(木) 07:31:16
おけましておめでとうございます

いずれ池田先生を拝んでもいいようになりますよ
池田先生は末法の御本仏です

まず法華経の教えにのっとり邪法を砕き、正法を広めようとしたこと
それにともない眷属が出現したること
大功徳をもって日本を世界一の経済大国にしたること
にもかかわらず世界中から極悪人とののしられること

これらのことから池田先生が末法の本仏なのは疑いようも無い

196 名前:エマ 投稿日: 2011/01/25(火) 22:41:40
そうですね。

池田先生を拝む人が増えると、更に邪教として世間が見るでしょうから創価学会の評価は当然下がるでしょうし、創価学会員が白い目で見られることを私は嬉しく思いますのでもし池田先生を拝むときが来ましたらご一報ください。阿佛棒様へ

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16 大石寺戒壇板本尊の歴史について (Res:100)All First100 Last50 SubjectList ReLoad 16
1 名前:管理者 投稿日: 2009/01/24(土) 08:42:26

大石寺の戒壇板本尊が何時制作され、どういう経過で今日に至っているのか、「本門戒壇の大御本尊様の偽作説について」スレッドでの議論を踏まえながら、活発な議論が展開される事を期待して、このスレッドを立ち上げます。

89 名前:ひきこもり 投稿日: 2010/12/05(日) 02:54:28
『富士宗学要集』は値段が高かったため、買わなかったのですが、バカバカしい文学全集
など買わずに、あれを買っておけば良かったと思っています。あと昔の『大白蓮華』は昭
和43年から採ってあったのですが、破門時代から捨てるように言われて全部捨ててしま
いました。採ってあれば創価学会史を正しく残して置くことができました。残念です。

いずれにせよ、日蓮正宗も邪宗であると言うことになりますね。

90 名前:ひきこもり 投稿日: 2010/12/05(日) 02:59:22
結論として、私は創価に残ることにしました。紆余曲折はあっても、戦後の平和主義
に貢献したことは確実です。また御本尊は唱題する我々の生命の中にあるのですから、
他に求める必要などないのです。

91 名前:問答迷人 投稿日: 2010/12/05(日) 08:39:12

ひきこもりさん

>戸田先生が絶対と語っていた、本門の戒壇の大御本尊を偽作であると否定してしまっ
たら、私の信仰はどうなるのでしょうか?

日蓮信徒にとって、日蓮曼荼羅に対して絶対の信仰に立つのはごく自然の事と思います。それを『本門戒壇の大御本尊』のみに特化して、他の曼荼羅は全て駄目だ、というのが、我田引水の邪義だと申し上げています。なぜなら、『本門戒壇の大御本尊』だけが唯一の絶対的存在であるという主張を裏付ける日蓮聖人の真蹟遺文が一つも存在しないからです。しかも、歴史的に見て、『本門戒壇の大御本尊』のみが絶対の存在ならば、なぜこの『本門戒壇の大御本尊』が建立されたとされている弘安二年十月十二日以降も、日蓮聖人が曼荼羅授与をされ続けたのか、意味不明になります。

僕は、日蓮聖人が直接認めた曼荼羅も、門下の上人方が書写した曼荼羅も、六老僧門下の歴代の上人方が認めた曼荼羅も、全てを絶対の信仰で拝するのが日蓮法華の本来のあり方であり、日蓮聖人のお心であると考えています。理由は簡単です。それらは全て日蓮法華曼荼羅だからです。

>また御本尊は唱題する我々の生命の中にあるのですから、他に求める必要などないのです。

これは変ですね、これでは、日蓮聖人が多数の曼荼羅を認めて門下の弟子檀那に授与した歴史的事実を意味のないことと否定することになってしまいます。何の為に日蓮聖人が曼荼羅を認められたとお考えでしょうか。『本門戒壇の大御本尊』のみが絶対である、というのが一方の極端ならば、この曼荼羅無用論は、もう一方の極端ですね。どちらも正しくないと考えます。

92 名前:ひきこもり 投稿日: 2010/12/05(日) 10:49:32
>>91
おはようございます。

深夜に書き込んだことが気になってしまい、悪夢にうなされて目を覚ましました。

『日女御前御返事』日蓮大聖人御書全集1243ページの第2段落には御本尊の相貌が
書かれてあります。1244ページの9行目から10行目には「此の御本尊全く余所に
求むる事なかれ・只我等衆生の法華経を持ちて南無妙法蓮華経と唱うる胸中の肉団にお
はしますなり」と書かれています。この御書は建治三年八月二十三日、五十六歳御作と
なっていますから、現在のグレゴリオ暦に直すと1277年九月二十九日、満五十五歳
御作となります。

また現在日蓮宗は三宝尊など本尊の形態がバラバラですね。これは『本尊問答抄』の冒
頭の「問うて云く末代悪世の凡夫は何物を以て本尊と定むべきや、答へて云く法華経の
題目を以て本尊とすべし」とありますから、日蓮正宗と創価学会だけが本尊の形態をき
ちんと守ってきたことになります。

93 名前:問答迷人 投稿日: 2010/12/05(日) 15:00:10

ひきこもりさん

引用された『日女御前御返事』は、曼荼羅無用論が書かれているのでしょうか、むしろ逆に曼荼羅供養の重要性を述べられられています。

このように、文脈を無視して、自分の都合の良い箇所を引用するのを「切り文」と言います。それでは述者の本意は無視されてしまいます。

さらに引用された箇所だけを取っても、「法華経を持ちて南無妙法蓮華経と唱うる」と有ります。この「法華経」が何を指しているのか、どう考えられますか。

文脈からは、「法華経の肝心たる妙法蓮華経の五字」の事かと思われます。つまりは、妙法五字曼荼羅です。この曼荼羅を信仰する信徒の胸中の肉団に本尊が立ち現れるのだ、という意味であり、曼荼羅の存在が大前提になっていると思われます。

>日蓮正宗と創価学会だけが本尊の形態をきちんと守ってきたことになります。

日蓮聖人がどのような本尊奉安形態を身延の草庵において実際に採用されていたかは、様々な議論の有る所です。早計には判断しかねます。

仮に百歩譲って、日蓮正宗の本尊奉安形態が日蓮聖人の流儀に叶っていたとしても、「本門戒壇の大御本尊」が日蓮聖人が建立された唯一絶対の本尊であるとか、日蓮聖人の仏法は唯授一人の血脈相承によって日蓮正宗にのみ伝えられている、等という我田引水の大嘘にまみれた日蓮正宗や創価学会に日蓮聖人の正系門家を語る資格は微塵も無いことだけは確かであると指摘しておきます。

94 名前:正理会会員 投稿日: 2010/12/10(金) 15:50:02
日蓮大聖人の仏法はここを見てから

http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/

95 名前:通行人 投稿日: 2010/12/29(水) 20:09:50
偽作といっても、基本設計者は日蓮なんだから、それで効力はあるんではないですか?
本尊の価値は物体(物質)そのものではなく、日蓮が初めて明らかにした「ソフト」
そのものにあるのではないですか?

96 名前:問答迷人 投稿日: 2010/12/29(水) 21:12:12

通行人さん

>本尊の価値は物体(物質)そのものではなく、日蓮が初めて明らかにした「ソフト」そのものにある

全く同感です。仰る通りであると考えています。基本設計から大きく外れることが無ければ、何ら問題が無いと考えます。

基本設計から大きく外れるとは、例えば「南無妙法蓮華経」を、「南無阿弥陀仏」とするとか、です。つまり、観心本尊抄において、日蓮聖人は信仰の対象を「妙法蓮華経の五字」と特定されたわけです。これが基本設計であると考えています。

97 名前:素朴な隣人 投稿日: 2011/01/16(日) 16:03:27
初めて書き込みさせていただきます。

これまでの皆様の書き込みを大変興味深く読ませていただきました。また、学会員として疑問に思っていたことも、皆様の書き込みを読むにつれ、少しずつ解決しているような気がしております。

私が疑問だったのは、学会が宗門から破門された直後(日寛上人書写の御本尊を学会独自で下付する前)、67代書写の御本尊に向かって題目をあげながら、「学会が非難している人が書いた本尊には題目をあげてもよくて、他門流所蔵の大聖人書写御本尊に題目をあげるのはよくない」という論理がおかしいと思ったのです。御本仏が書いた物はだめだけど禿人(法華講の方気を悪くしたらごめんなさい。学会ではそう呼んでます)の物でも功徳がでるということがあるはずがないと思い、実は大聖人真筆御本尊のある寺にこっそり参拝したこともありました。

また、戒壇御本尊が大聖人出世の本懐であるという文証は、聖人御難事の「余は二十七年なり」だけですが、聖人御難事の執筆は戒壇御本尊建立の前ですよね。「余は二十七年なり」だけで「これから出世の本懐を遂げます」と解釈するのは飛躍しすぎですよね。ご自分の出世の本懐を具体的に書かないのは、諸御書であれだけ緻密な論理を展開しておられる大聖人らしくないと思ったのです。「ひょっとして、この御文と戒壇御本尊は関係ないのでは?」と思いながら折伏してたこともありました。

小樽問答で「戒壇の御本尊について書かれた御書がないのは、当時の門下ではそれが常識だったので書き残す必要がなかったから」と発言がありましたけど、門下の常識である「法華経こそ最大一」を大聖人は何べんも繰り返し御書で書かれていますよね。「これは大事なこと」と思われたからこそ、繰り返し書かれたのですから、戒壇御本尊についても建立後は繰り返し消息文に書かれてもおかしくないと思っていました。

ここではすっかり偽書と断定された日興跡条々事には「本門寺に懸け奉るべし」とありますが、「板本尊であれば『安置し奉るべし』ではないのかな・・・。紙幅なら『懸け奉るべし』でもおかしくないけど・・・。昔の人はあまり細かい表現を気にしないのかな。それとも、『懸け』にはいろんな意味があるのかも」と自分に言い聞かせてました。

子供たちがウルトラマンやスーパーマンに憧れるように、人間はヒーローを求めたくなるじゃないですか。また、「ヒーローはこうあってもらいたい」という願望が、ゴーダマシッダルタを32相80種好の姿に作り替えたり、鳩摩羅什の舌だけ焼け残らせたり、大聖人のお肉牙の肉だけを成長させたりする伝説を生んだのでしょう。

98 名前:素朴な隣人 投稿日: 2011/01/16(日) 16:06:07
宗教は自分たちの正当性を主張するために、さまざまな神秘を作ったり主張したりしがちですが、それが他者との抗争の道具になってしまうのは本当に悲しいですね。ましてや、犀角独歩さんが書かれたように、戒壇御本尊を月8回の御開扉で8000万円も儲かる道具にしてしまったのは、宗教者に内省がないからだと思います。「宗教者に内省がない」という点は学会にもあてはまることですが・・・。

神秘的なものを次々と作りだし、それを搾取の道具にしたり、人の心を縛り付けるような宗教の体質には十分注意しなければなりませんよね。

99 名前:問答迷人 投稿日: 2011/01/16(日) 17:22:45

素朴な隣人 さん

書き込み有難う御座います。詳細に当掲示板の書き込みを御覧戴いたこと、有り難く存じます。

僕は、日蓮聖人は徹底した合理主義者で在られたのだと拝しています。神秘的なものを徹底して排除されていると考えています。96でも書きましたが、信仰対象についての基本設計は、簡潔にして、合理的、具体的です。何しろ「妙法蓮華経の五字」に尽きるとされる訳ですから。

後世の人々が、日蓮聖人の御本意から大きく外れて、大石寺戒壇板本尊の様に色々と飾り立て、神秘化してしまいましたが、これは日蓮聖人の何ら知らぬことだと考えています。

信仰対象を「妙法蓮華経の五字」と日蓮聖人は示されます。それが一大秘法であり、上行菩薩が神力品で久遠釈尊より授与された正体であることを諸御書において繰り返し示されています。そして、この「妙法蓮華経の五字」を信じて南無妙法蓮華経と唱えることを繰り返し勧められています。

この妙法蓮華経の五字とは、言うまでも無く妙法蓮華経という経典の経題であり、そして、この妙法蓮華経という経典に何が説かれているのかと言えば、突き詰めれば、如来寿量品第十六に説かれるところの「久遠五百塵点劫に顕本した仏様」であり、それを日蓮聖人は観心の本尊抄に於いて「無始古仏」と示されています。

つまり、この「無始古仏」こそが妙法蓮華経という経典の正体であり、釈尊の悟りの正体でもあると日蓮聖人は悟られて、妙法蓮華経という経典の経題である「妙法蓮華経の五字」を信仰の対象とされたのだと考えています。

この一連の思考は極めて合理的であり、神秘主義の入り込む余地は何処にも無いのではなかろうか、と思います。

100 名前:素朴な隣人 投稿日: 2011/01/17(月) 01:06:56
私も問答迷人さんのお考えに全面的に賛同いたします。「法華経の題目を以て本尊とすべし」と大聖人は諸御書で繰り返し仰せになられてますし、これ以上明快な答えはありませんよね。

キリスト教でも聖骸布を科学鑑定したり古文書を研究したりして、正統派とは何か異端派とは何かを考えたり、信仰の原点を見出そうとしてるじゃないですか。板曼荼羅の科学鑑定を拒否し続けている大石寺の態度は、中世キリスト社会の姿そのままと思わざるを得ません。そう考えますと、犀角独歩さんが曼荼羅の筆跡鑑定を試みられているのはとても意義のあることだと思います。

世界ではキリスト圏とイスラム圏の争いに終止符を打とうと努力をしているというのに、「戒壇御本尊こそ大聖人の出世の本懐」という思想があるばっかりに、小さな日本の中で興門派と身延派の間で親の敵のようにいがみ合っているのですから、大聖人の立教開宗は何の為だったのだろうと思わざるを得ません。他門流を批判するエネルギーを念仏や禅宗に向ける方が、まだ大聖人の御心に適うことではないでしょうか。

また宗門と学会も、いがみ合う暇があったらもっと他にすることがあるだろうと思うんですね。今、恵まれない子供達に匿名で寄付をしている「伊達直人現象」がニュースになっているじゃないですか。これがニュースになっているのは、今の日本にも「人に喜んでもらいたい」と思っている善意の人が少なくないことに、世間が心の温もりを感じたからなんですね。

仏は時を観じ、衆生の機根に応じて法を説いて衆生を歓喜させます。本山に何十万人も結集させるのも結構ですが、聖教新聞を何部も購読させるのも結構ですが、寺を建てたり会館を建てるのも結構ですが、それが衆生の機根に応じた説法の姿であるかどうか、それで世間が心の温もりを感じるかどうか、今一度考え直す必要があると思うのです。それぞれ何十万人や何百万人も抱えている団体なのですから、協力しあう必要は無いにせよ、それぞれが社会に向かって善意の行動を起こしたら、今の日本はもっと良い国になるはずです。それこそが広宣流布の目的だったはずだと思うのです。

ここのスレッドの趣旨と関係ない書き込みをしまして、申し訳ございませんでしたm(。。)m

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17 オフ会 開催案内 (Res:818)All First100 Last50 SubjectList ReLoad 17
1 名前:管理者 投稿日: 2002/03/23(土) 16:37

【富士門流信徒掲示板 オフ会 開催案内】スレッドを立ち上げます。オフ会関連の伝達や、参加申し込み、予定変更などを書きこんでください。

806 名前:犀角独歩 投稿日: 2009/04/07(火) 17:34:07

問答さん

そうですか! それはたいへんに嬉しく存じます。
お会いできることを楽しみにしております。
なにか是非、ご講義をお願いいたします。

807 名前:犀角独歩 投稿日: 2009/04/19(日) 18:19:33

4/26 オフ会:『牧口常三郎の神道・天皇観』締め切り

http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/364/1016869045/804


先に通知いたしました研究会『牧口常三郎の神道・天皇観』はあと、1、2名は席がありますが、ほぼ定員数に達しましたので、いちおう、締め切らせていただきます。

皆さん、お申し込み有り難うございました。

808 名前:犀角独歩 投稿日: 2009/04/27(月) 11:58:12

問答名人さん

昨日は、遠路、お運びいただきまことに有り難うございました。
以下、報告を載せました。

http://blog.livedoor.jp/saikakudoppo/archives/51543116.html

809 名前:問答迷人 投稿日: 2009/04/28(火) 06:42:01

犀角独歩さん

企画・準備・まとめ 誠に有難う御座いました。今後も出来る限り参加したいと思っています。

創価学会研究会の件、一つの大きな節目にきているんだと思います。極めて微力ながら、僕に出来る事を取り組んでゆきたいと思っています。

811 名前:偶ロム偶ログ 投稿日: 2009/07/27(月) 09:43:02
8月15日(土曜日)にオフ会を行ないます。

場所は未定ですが東京都内で午後から。

今回はフリーディスカッションです。

参加御希望の方は独歩さんか私にメールをお願いします。

初参加の方は、氏名・連絡先・立場を書き添えて下さい。

現在、問答さんほか計5名の参加がきまっています。

812 名前:犀角独歩 投稿日: 2009/07/27(月) 12:01:14

念のために、わたしのメールアドレスを書いておきます。

saikakudoppo@livedoor.com

813 名前:犀角独歩 投稿日: 2009/09/12(土) 14:40:51

◎9月20日 東京で研究オフ会

日時:午後1時から午後5時
場所:東京(参加者に連絡)
内容:研究発表とディスカッション
資格:原則、研究発表のできる方
 
・今回は、それぞれ、研究を持ち寄って発表する研究オフ会です。
・参加者全員が発表をすることを原則としています。
 
・FBIさんからは、大雑把に言えば、アンチ・シンパといった創価学会・顕正会を含む大石寺圏における問題の取り扱いに関する人道的在り方について。
・Pohさんからは、鎌倉期までの「戒壇」について
・犀角独歩からは、所謂「本門戒壇の大御本尊」写真の解析について。
 
その他、発表を予定しています。
参加ご希望の方は saikakudoppo@livedoor.com まで、
 
(1)ハンドルネーム
(2)携帯電話番号
(3)発表内容
 
以上を書き添えて、お申し込みください。
定員になり次第、締め切ります。

814 名前:犀角独歩 投稿日: 2009/09/21(月) 09:53:05

勉強会御礼

昨日は、恒例となってきた勉強会に、みなさんのご参加をいただき、まことに有り難うございました。

追って、ご報告申し上げる所存ですが、まず、御礼申し上げます。

815 名前:迷子 投稿日: 2010/07/14(水) 21:15:06
こんばんわ。
北海道札幌市で勉強会というか覚醒、解脱、的な治療会など催していただけませんかね。

816 名前:問答迷人 投稿日: 2010/07/14(水) 22:03:04

迷子さん

そうですね、人数的に北海道の方で四〜五人お集まりいただけるのであれば、僕は参加させていただきたいと思います。ただ、連絡・会場の手配等、開催準備は迷子さんにお願いするしかありません。如何でしょうか。内地(北海道ではこう呼ぶのですよね)の人が複数参加できるかどうかは、旅費の問題もありますので、恐らくは期待できないだろうと思います。

817 名前:迷子 投稿日: 2010/07/15(木) 20:59:59
名人さん、ありがとうございました。
いつか北海道で富士諸門流の集いが出来る日が来るの待ち信じます、日時上人の法華伝説とともに。

818 名前:迷子 投稿日: 2010/07/15(木) 21:02:00
迷人さんでしたね、失礼しました。

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18 つぶやきすれっど2 (Res:2685)All First100 Last50 SubjectList ReLoad 18
1 名前:管理者 投稿日: 2002/12/15(日) 15:25

つぶやきすれっどが、1000レスを越えて、使えなくなりましたので、新たに、つぶやきすれっど2を立ち上げました。よろしくお願いいたします。

何となく、普段からフツフツと感じている事を、ここに書き込んでみて下さい。
このスレッドは、独り言、ボヤキですから、会話、議論の応酬は避けましょう!
本音、弱根を、思う存分サラしてみましょう!

2674 名前:れん 投稿日: 2009/12/16(水) 18:51:48
一応、典拠を記し置きます。
日代師・葦名阿闍梨御房御返事「仏像造立の事は本門寺建立の時なり、未だ勅裁無し、国主御帰依の時三ケ大事一度に成就せしめ給ふべきの由御本意なり、御本尊図は其がためなり」(正本・西山本門寺蔵)
越後本成寺日現師・五人所破抄斥
「彼の日代は初めは興師の付弟たりと雖も本迹一致の法義を信ぜらる」(日宗全七巻)
越後本成寺門流智門日求師・心鏡浮義
「日代は重須本門寺を追い出され、西山の草庵に竄居せしむ。西山本門寺を名乗り近代まで一致の立義なり。大法律師改めて勝劣に帰し、造仏読誦を為さず」(法華宗全書・教義篇・六巻)参考、石山日有・下野阿闍梨聞書「仰せに云く、西山方の僧大宝律師来つて云く、日尊門徒なり…」
西山門流文献の諸門徒規定並法門立派記「法華本門弘通得意・大法律師日眼之談」 


日郷師書写・万年救護大本尊讃文「康永三年太才甲申卯月十六日、之を模す」(正本宮崎定善寺蔵)

2675 名前:犀角独歩 投稿日: 2009/12/17(木) 01:15:22

れんさん

たいへんに参考になりました。

偶然ですが、本日の、わたしのブログ「日蓮墨筆を読む」は不動愛染感見記の巡りです。
http://blog.livedoor.jp/saikakudoppo/archives/51667304.html

この図について記す上古の文献は、どのようなものがございますか。

ご教示いただければ、有り難く存じます。

2676 名前:れん 投稿日: 2009/12/17(木) 07:28:56
犀角独歩さん

不動愛染感見記ですが、継承する安房妙本寺においては「日月之御形像」と伝称されてきております。

日月之御形像について触れた文献については、私の記憶では、京都要法寺日辰師の祖師伝の釈日目伝に、日月之御形像を挙げたあと、「右一紙日興、日目に付属し玉ふ、今房州妙本寺に在り」というのが、初見だと思います。これについては江戸時代中期以降の一致派系の文献以前には、異説はないので、日辰師以前の上古の文献にはない様ですが、日月之御形像は問題なく蓮興目郷…と安房妙本寺において継承されてきたものであると思います。

安房妙本寺第十五世日侃師が記録された御相伝の目録(千葉県の歴史資料編中世3 277ページ)には、当時、妙本寺に継承していた宗祖御筆御本尊七鋪(大石寺日精の書状には「八幅」とあるが、この残りの一鋪は、南条時光授与の御本尊と考えられる。日濃事件でこれらの宗祖御筆御本尊が流出し、文永十一年の通称・万年救護大本尊と控字之御本尊〈この控字之御本尊の一幅は、現代の鑑定により御真筆ではなく写本であることがわかっております〉の以外は妙本寺に御帰りになれなかった)の次に日月之御形像が挙げられており、安房妙本寺においては、日月之御形像は御本尊に次ぐ重宝として継承して来ております。




以上、悪文ながら、ご参考になれば幸甚です。

2677 名前:犀角独歩 投稿日: 2009/12/17(木) 08:19:44

れんさん

早々のご教示、深く御礼申し上げます。

こうした一連の文献考証の結果を見聞すると郷師正統継承といった思いが彷彿といたしますね。

たいへんに参考なりました。有り難うございます。

2678 名前:偶ロム偶ログ 投稿日: 2009/12/18(金) 03:03:47
つぶやきです。

どうも多重ハンドルのヒトが煩わしいですねぇ。

2679 名前:阿佛棒 投稿日: 2009/12/25(金) 11:32:11
メリークリスマスw

初期キリスト教と仏教の関係と
大乗仏教とキリスト教の影響についてどこかで読んだけど忘れたw

2680 名前:再挑戦者 投稿日: 2009/12/25(金) 20:54:29
2673、、れんさん

 八通遺状が マサカの、、偽書  ??  

 日興の一番の弟子 日代が、、曼陀羅を軽視する、? 造像論者、、??

 小生には、、疑義、、疑問、、が  倍増、、中、、 です バイ、、!

 難儀で ゴワス、、ナー、、。 いったい、、何を、、拝めば、、良いのでしょう、、??
 日蓮さんは、「、、末代の幼稚の者ドモ のために、 本門の文底に秘かに
沈められたる、、ところの、、本門の題目を体言!==成仏!、、可能なるは、??」

 この一点、、?? は、、!!   「、、スバラシイ、、成仏、、??」、、!!

2681 名前:れん 投稿日: 2010/01/09(土) 11:43:39
再挑戦者さん

日興師の直筆史料としては日目師を「一中一弟子也」と示されておりますので、確実な史料から見える日興師の一番弟子は、やはり日目師であろうと考えます。何を拝めば云々と仰いますが、日興師は「この法門は師弟子をただして仏になり候、師弟子だにも違い候へば同じ法華をたもち候へども無間地獄におち候なり」と示されており、宗祖以来の法燈を御相続されている御僧侶との師弟相対の信心により成仏が叶うというのが、本旨であると仰せです。少なくとも、興門においては、一人よがりの信心ではなく、宗祖以来の法燈を相続をされている御僧侶との師弟相対の信心がなければ、如何に同じように“法華”を持つとも成仏は叶わないのでありますから、創価や顕正などは勿論のこと論外の存在でありますね。

よくよく思慮されて御帰依する御僧侶をえらまれることをお薦めいたします。

2682 名前:再挑戦者 投稿日: 2010/01/17(日) 20:43:03

 、、、どーも、、です、、。
  常在しての 御給仕、、が売り の 日興サン にしても、、この体たらく、?

 、、日蓮が 心血を そそいで 現した、、曼陀羅 様を 側近の 日興サン が ナゼ、、
 何故に、、一信者への 領収書的 ? なる 低度の 誤認識 ?? しか ないようでしょうか、、?

 さて、、 周りの 僧侶方 らに 御解答は、、可能でしょうか ?
 信者らを メシ、、のタネ、、にしてきた、?? 方には、 無理 でしょうか、、??

2683 名前:再挑戦者 投稿日: 2010/01/29(金) 20:38:09
、、、れんさん。
  
 ワシの 実感、、だが、、 日蓮が 生死の ドマンナカの 生きるか死ぬか、、 
 ママ成らぬ 難儀なる時で 御座った、佐渡の、 記録には、、?
 
 日興が 佐渡に 同行していたならば、、「観心本尊抄」が 佐渡にて 富木殿に 当てられた ことを
 目撃して いたでしょうか、?
 当時は 日蓮 、、本人は 余命は、? 覚悟の ? 遺言 ?
? で、、したか、??
 そこに 居なかった 、、から こそ、、 「曼陀羅への正意、?、」、
などが 軽視〜誤認識、、へと 流れた ようでしょうか、、??
  もっとも  それが、、 かえって  奏功した一面も ありましょう、?

  もし、、日蓮が 「、、コレゾ、、わが、、イノチの 本尊 で御座るぜ、、」、、
 と 公言 したならば、、??  

 つぶす ターゲットが 定まれば 、、外敵らは ?
 そうです、、  一気に 総攻撃に 走ったでしょう、、? つぶされて ? いたでしょうか、?

  その 恐れを 極力 避けて  後世に 、、曼陀羅様 の 真髄を 伝えたい、、??

 という 「一念、、、」が 、「、、、墨に流して、、、信じ させ給え、、」、、

 考えれば、、クビの 皮の 一枚、、差 で、、?  伝承 されたのか、も、?

 全く、、シンドイ、、です、、ナ、、。

2684 名前:阿佛棒 投稿日: 2010/02/01(月) 05:34:52
なんでもすぐ地獄に落ちるっていうのは富士門の悪い癖だから直したほうがいいと思ったw

もちろんミーツゥね私も気を付けよう

>創価顕正などは勿論のこと論外
創価顕正にも師はあり弟子もある

妻帯する僧侶など僧といえるものか

2685 名前:再挑戦者 投稿日: 2010/04/30(金) 00:44:07
 阿仏棒 君

 僧侶が(聖職者、、?) 何ゆえに 妻帯 厳禁を強調しますか、、? 
 代、代にて 思想・真髄を伝えるのは、わがの子供が、もっとも 信用可能、と、思索するのは当然なり。
 マシテヤ キリステ御免、、の物騒なる時代だった、。 一概に、軽軽には即断は ?!でしょうか、?

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19 顕正会の実態を検証する (Res:838)All First100 Last50 SubjectList ReLoad 19
1 名前:管理者 投稿日: 2002/12/30(月) 09:25

新しいスレッドテーマのご提案がありましたので、立ち上げます。活発な議論を期待いたします。

827 名前:犀角独歩 投稿日: 2008/07/28(月) 14:01:37

> 当家三衣抄をやらずに終了

さもや、ありなんといったところですね。

たしかに『六巻抄』は、よく書けていますね。
要は一大秘法から三大秘法、六秘という開合が太い幹にあって、そこになっている果(み)は下種三宝を念じて唱える題目(因)によって即身成仏できる。その一大秘法をもっているのが、大石寺の歴代の住職だという結論(当家三衣抄)なわけです。

だから、この物語を、本気で説明すると、結局のところ、僧の、それも、大石寺「御法主上人猊下」は素晴らしいという当住論になるわけですから、坊さんの称賛であるわけです。

しかし、創価学会にしても、顕正会にしても、この本当の結論を言うと「先生」より偉いものを説明してしまうことになりますね。戸田さんあたりは自分に絶対の自信があったから、いくら石山当住を褒め称えても、それがかえって自分の威厳を高め、登山会にみんな駆け出し、ひいては自分のポケットにお金が入るという“経済機構”と民衆扇動が繋がっていたわけです。まあ、天才的といえるでしょう。

浅井さんの『六巻抄』講義は、この結論を省いての放言でしょう。要は画竜点睛を欠くといった趣。もっとも晴(ひとみ)を点じたところで、それが後世の捏造物では話にならないわけです。

不思議に思うのは、浅井さんの話というのは聞いても「何を言ってんだか」と一笑に付すようなものばかりなのに、何故、会員や、中には脱会者まで、「浅井先生の話はうまい」なんていうのでしょうか。たとえば、天動説で科学を如何にうまく喋ったところで嘘は嘘。「講釈師見てきたような嘘をつき」「講釈師扇で嘘を叩き出し」 の類から一歩も出ないわけです。

こんなことを書くと、また、「魑魅魍魎」「創価学会崩れ」と、やられますかね(笑)

828 名前:富士川一郎 投稿日: 2008/07/28(月) 14:48:35
魑魅魍魎さんへ(笑)と言うのは嘘で独歩さんへ。
別スレッドからの続きです。

>>顕正会の5分唱題というのは面白いですね。

これについて、お前(富士川)の私見だと言われるのを避けるために文献をあげておきましょう。
顕正会には石山とは別の勤行要典があるのですが、観念文が違うのは有名ですが、もうひとつ違う点がありました。
唱題の部分に(百偏、五分位)の記載があるのです。
つまりまさに唱題は五分だと決まっているのですね。
さらには浅井さんの指導の中にメトロノームで1分に20〜23回位が適当だと指導しましたが、これも余り根拠が希薄ですね。
ちなみに昔の(今もかも知れませんが)顕正会本部にはリズムボックスがあり、そのメトロノームが常にカチカチと鳴ってましたね。

829 名前:犀角独歩 投稿日: 2008/07/28(月) 15:08:51

富士川さん

この手の物証、ぜひ蓄積しておいてください。いい資料になりますね。

しかし、メトロノームですか。面白いですね。
そういえば、わたしが小学校の頃、創価学会の組織でカウンター(数取り器)が販売されたことがありました。本部からのものであったのか、大田区だけであったのか、はたまた、地域の個人販売であったのかわかりませんが、唱題の時にこれを使っていた時期があります。

どちらもしかし、信仰の具としては似つかわしくないですよね。

830 名前:富士川一郎 投稿日: 2008/07/29(火) 13:49:19
亀レスで恐縮ですが独歩さんという一人の人物に対して「魑魅魍魎」は可笑しいと気付きました。
と申しますのは、
魑魅魍魎のうち、「魑魅」は山の怪、「魍魎」は川の怪であります。
独歩さんんは体は一つなのに山の妖怪と川の妖怪の両方になってしまうのです。
ちょっと思いましたので、書いてみました(笑)。

831 名前:犀角独歩 投稿日: 2008/07/29(火) 16:05:35

富士川さん

一体で二体分の妖怪だといいたいのでしょう(笑)

832 名前:富士川一郎 投稿日: 2008/10/01(水) 13:35:38
http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/080930/crm0809302249046-n1.htm

顕正会員またまた逮捕。

833 名前:宗教はアヘン 投稿日: 2009/01/12(月) 01:06:31
金がないのでマクドナルドで安いハンバーガーを食べていたら、顕正会という教団に勧誘されたことがあるが、
とにかく教祖の浅井という男を絶賛する話ばかりしていた。まさに北朝鮮の首領様だ。
どうして日本人は一人の人間を奉るのが好きなのか?戦時中は天皇陛下を神様扱いにしたしたし、
戦後は各宗教団体が教祖を昔の天皇のように敬う対象にしている。教祖に金を収奪され
搾取される奴隷になるだけである。私は質問した。浅井教祖はどうして唯一正しいなんて言えるの?
人間だろ?完璧な人間なんて世の中には存在しないよ。それと要するに会費取るんだろ。
無料なら入ってやるよ。くだらない勧誘活動してないで派遣村へ行って
もっと本当に他人の役に立つことをしなさいと。こういうとすごすごと逃亡したよ。
くだらないねえ。日蓮大聖人や親鸞聖人や弘法大師や、それぞれは苦労して
修行もされたのだろうし、立派なことも言われたのだろうけれど、
結局、弟子が馬鹿ばかりだったのか、何も伝わっていないんだよね。
今ではどこの神社も仏閣も堕落でしょう。定額給付金の財源は宗教団体に課税
するのが一番です。楽してもうけてばかりじゃ労働者はばからしいですから。

834 名前:一刀両断 投稿日: 2010/02/25(木) 08:59:13
先日、かつて活動を共にした者が、顕正会から法華講へ移ったということで連絡を頂きました。

会う機会をまだ得ていませんが、簡単に信仰をスライドさせながらも正宗信仰に人生を見出す姿に驚かされました。

それに平行するように今度はやはり共に活動していた者に街でばったり会ってしまいました。

その際、こちらの主張は一切出さず今の会の現状を淡々と聞かせて頂きましたが、あまりにも無残な会の活動内容を聞いて落胆してしまいました。

そして最後に小冊子を分けて頂き少し読ませて頂いたが、一部愕然とする内容が掲載されていて、悲しくなりました。

平成33年までに300万を達成することを誓願する、とまたも会長の妄言の記載。

過去の不適切かつ会員を路頭に迷わす結果となった数々の無責任な発言には一つの言及もせずに、また勝手な願望をでっち上げて会員を翻弄しようと企てていたのです。

これには心底悲しくなり、また憤りすら湧いてきました。

私自信は、この破綻した宗教から縁遠くなり、普通に生活を送っていましたが、かつて縁あって知り合った大勢の者、私が手引きして入会させてしまった多数の者達が、私の知らぬ所で今尚葛藤を繰り返しながらも、人生を翻弄されている事実を見たとき、

過去の私の清算が何も終わっていない事を痛感いたしました。



昨年末、大掃除をした際に出てきた顕正会の膨大な資料、貪るように聞き入っていた会長の六巻抄講義録など、

今会員が会長の声のままのこの指導を聞いたら、目の玉が飛び出るような内容が多く詰まっておりました。

よって改めてHPの活動再開と、こちらで活発に論議されている大変貴重なコメントを改めて見直させて頂き、勉強させて頂きたいと存じます。

なにとぞ宜しくお願いいたします。

835 名前:櫻川 忠 投稿日: 2010/02/25(木) 13:20:39
 一刀両断さん、はじめまして。
 
 「過去の不適切かつ会員を路頭に迷わす結果となった数々の無責任な発言には一つの言及もせずに、また勝手な願望をでっち上げて会員を翻弄」、もう浅井昭衛会長が変わる見込みはありませんね。
 
 HPの活動再開、期待しています。過去の膨大な資料を駆使して、顕正会の実態を分析・解明し一刀両断してください。

836 名前:一歩二歩散歩 投稿日: 2010/02/25(木) 21:36:32
悪党がのさばり、若い者、弱者が先に逝くこの現実。そんなこの世の不条理に、今、蟹工船のブームが物語るように、
かりそめの世なのかとの諦観的発想が湧いてきます。
真実を知りたいと思いながら、彷徨える我々。
創価や顕正やその他のカルト教団の出現は、永遠に人々が安泰な世を求める証。
そのマインドコントロールにより、権力を握った悪魔の罠に引っかかる。
そして、今も人々は、救世主を待っている。

837 名前:年中夢中 投稿日: 2010/02/25(木) 22:30:30
一歩二歩散歩さん

はじめまして

>今も人々は、救世主を待っている。

そうなんでしょうね。空しいです。複雑怪奇なこの世の仕組み。そして、この不況は弱い僕達を打ちのめします。

僕はだけど、救世主を待つのは止めにしました。世を救えなくても良いから、せめて自分だけでも自分が救いたいと思います。もし、自分が踏み潰されずに生き延びることが出来たら、どうやって生き延びたる事が出来たのかを伝えたい、そして、余力がもし少しでも有れば、手助けを出来る様になれないものか、と願っています。ホンのささやかな願いです。

838 名前:一刀両断 投稿日: 2010/03/30(火) 17:20:51
前HPはアクセスできなくなってしまい、新たにHPを移行しました。

疑問や問題点などを徐々にまとめていきたいと考えています。

大した内容ではないのですが、少しでも何かの役に立てば幸いだと考えています。

http://www.geocities.jp/sinen_kaiyo/index.html

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20 (続) 大石寺の歴史 (Res:140)All First100 Last50 SubjectList ReLoad 20
1 名前:管理者 投稿日: 2002/03/08(金) 16:40

ここから、このスレッドの過去レスを見る事が出来ます。

http://kamakura.cool.ne.jp/gomoyama/keijiban/rekisi2.htm


『大石寺の歴史について』スレッドが 300レスを越えましたので、こちらに続編を作成しました。よろしく御願い致します。

128 名前:問答迷人 投稿日: 2002/10/31(木) 09:12

独歩さん 

やはり、日興上人の『宗祖御遷化記録』でしょうね。日頂師、日持師の分の『宗祖御遷化記録』は、本人に渡されたか、あるいは身延離山の時に、身延に残されたと思われます。なぜなら、日興上人の厳しい御性格からすれば、本来、自分の所有するべきでないものを富士に持ってきてしまうとは考えられませんから。

そして、重須の御影堂から盗まれて、大石寺の蓮蔵坊を経由して、日郷上人に渡り、保田妙本寺の所有するところとなり、さらに西山に後年に渡って、現在に至っているのだと思います。西山に渡った理由は、紛失した時の、日興文書に、出てきたら、日代に返すべきである、と有る事が拘わっているのではないかと思っています。

129 名前:犀角独歩 投稿日: 2002/10/31(木) 10:07

128 問答名人さん:

やはり、興師のもの、そして、経由も是の如きですか。

> さらに西山に後年に渡って、現在に至っている

ここの部分ですが、これはどのような経緯であったのでしょうか。

130 名前:問答迷人 投稿日: 2002/10/31(木) 10:20

独歩さん

これは、僕には良くわかりません。三学無縁さんのご専門かと存じます。


三学無縁さん 

よろしくお願いいたします。

132 名前:しゅんかん 投稿日: 2006/12/29(金) 19:30:49
管理人さん、すいませんが下記を拝読する術を持合せておりません。

『大石寺の歴史について』スレッドが 300レス・・・
ご教示の程、宜しくお願いいたします。

133 名前:管理者 投稿日: 2006/12/29(金) 20:32:22

富士門掲示板が以前ダウンして使えなくなったことがありました。それで、新しいアドレスで再度立ち上げて現在に至っています。以前の掲示板の過去ログを再構成して、「富士門掲示板過去ログ」としてアップしてあります。そちらをご覧ください。

富士門掲示板過去ログ「富士大石寺の歴史」スレッド
http://fujimonshinto.hp.infoseek.co.jp/keijiban/rekisi.htm

134 名前:しゅんかん 投稿日: 2006/12/30(土) 00:36:47
管理人さん、ありがとうございます。

135 名前:独学徒 投稿日: 2006/12/30(土) 02:04:12

大仏師越前法橋快恵謹作の大石寺正御影が遷座されていたのですね。

http://www.nichirenshoshu.or.jp/page/jpn/topix/20061128_j.htm

本格的に大改修するようですね。日精上人建立の「本門戒壇本堂」は、どの程度原型を残せるのでしょうか。

136 名前:犀角独歩 投稿日: 2006/12/30(土) 09:22:15

いっそのこと、建造当時のように、御影の後ろに「本門戒壇之大御本尊」を置いたら、どうでしょうか。

137 名前:独学徒 投稿日: 2006/12/30(土) 12:51:12

犀角独歩さん、

>建造当時のように、御影の後ろに「本門戒壇之大御本尊」を置いたら

これは良い案ですね。
御影の影に隠れて、余計なところが見えなくなりますので、願ったり叶ったりじゃないでしょうか。

談議所の方に、画質が悪くわかりにくいですが、在りし日の御影堂安置の彫刻をアップしてみました。

http://ip1.imgbbs.jp/read3/fujikyougaku/index.html

138 名前:天蓋真鏡 投稿日: 2007/01/22(月) 12:22:04
石山等、派閥抗争的に教学体系が出来上がったのでしょうか。漫荼羅正意派、本門寺戒壇堂派等の派生は『法華一乗』の信学行の範囲内?

139 名前:波木井坊竜尊@日蓮宗葵講 投稿日: 2007/09/18(火) 10:19:09
北山と石山の馬鹿な争い、主導権争いが今日の富士派混迷状態を招いた。

あの二山は今後・・・。

潰すべきじゃないだろうか。

140 名前:ある興門派 投稿日: 2010/02/26(金) 18:05:56
寛師会で相撲をやっていると聞いてへーと思いました
相撲って神社の奉納相撲を思い浮かべますが
寺に土俵かまえてるところって日本でも大石寺ぐらいでしょう
やっぱり正宗は異色というイメージです

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