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現代人が納得できる日蓮教学

182Poh:2005/09/28(水) 12:02:53
>>178 一字三礼さん

自己紹介が遅れましたが、私は信仰の経験のない、非宗派の者であり、これまで学問とし
て仏教を考え、勉強してきた者です。
そういった意味で、おそらく多くの点で、富士門流の信仰者の方々とは仏教用語一つとっ
ても、使用語義、事実認識等の点で大きなギャップがあるかとも思います。
ですから
>正法・像法との直接の関連性が無くとも「悪世末法(悪徳はびこる末の世で)」
>を警戒する思想があれば「末法思想」と言えるのではないでしょうか。
おそらく賛同頂けると存じますが、私としては、使用する言葉に関して、まず同じ意味な
りイメージなりを共有することなくして、議論や対話は成立しないと考えております。
その点、仏教用語としての「末法思想」の語義に関しても、こうした場合、主観を極力廃
し、自分勝手な解釈を慎むことが、肝要と考えます。
ですからこの場合、「末法思想」や「三時(思想)」という言葉については、学者・専門
家たちの批判に耐え、また広く社会で認知されている普遍的な意味は何かということが大
切なわけです。

>Pohさんの仰る「末法思想」の定義をまずは教えていただけませんでしょうか。
この場合、あなたの>>172 >>174のご指摘は、私が独歩さんに提供した資料である平凡社
「大百科事典」、岩波仏教辞典の「末法思想」の記述に対するものであり(同掲示の私の
過去レスもそれらをまとめたものですので、同様に考えて頂きたいと思います)、あなた
がそこで両書の語義に関する異論反論を述べられないまま、ご指摘を始められている以上、
そうなると当然、私の>>175 >>176も、両書にある
「末法思想」「三時(思想)」
○釈梼入滅後における仏教流布の期間を3区分した正像末の三時の考え方に立脚し,末法
 時に入ると仏教が衰えるとする予言的思想のことであり,仏教の漸衰滅亡を警告する歴
 史観である。
 仏の教法〈教〉のみがあって,教法に従って修行する者〈行〉も,修行の果報を得る者
 〈証〉もなく,国土も人心も荒廃する末法時が1万年つづいて法滅尽を迎えるとする点
 では異説がない。(平凡社世界大百科事典)
○仏教における時代観ともいうべき正法、像法、末法の三時思想に出ることば。(岩波仏
 教辞典)
の語義をそのまま大前提として、またあなたとの共通理解の成立したものとして考えてお
りました。
またこの定義は、何もこの両書に限ったものではなく、広く一般的な仏教書、参考書の類
いでも通用するものだとも考えております。

ただもしもあなたが、ご自分なりの定義のもとで議論を進めていこうとおっしゃるのなら、
再度ここで、この場限りの(?)語義を定義し直し、共通理解をせねばならないでしょう。

しかし考えてみれば、あなたが
>正法・像法との直接の関連性が無くとも「悪世末法(悪徳はびこる末の世で)」を警戒>する思想があれば「末法思想」と言えるのではないでしょうか。
>私は「末法思想」というものは、「仏法の滅びる時代」という発想を中心とした、ひと
>つの思想潮流であると考えておりますがいかがでしょうか。
という、あなたなりの(?)語義を提唱なさるなら、先のあなたのご指摘そのものが、言
葉の定義の違いだけによるものとなってしまい、ご指摘の意味さえ失われ、あえて言えば、
あとはどちらが客観的視点に立って一般的か、説得力があるか、妥当なのかなどという
「言葉の定義」の是非を問うだけの議論になってゆくのではないでしょうか?

なぜなら上記両書は、おのおのの「末法思想」「三時(思想)」の定義のもとで、論を進
めているのですから……となると、意地悪な言い方になるかもしれませんが、あえてあな
たがこの件で異を唱えるとすれば、その相手としては、上記両書とその執筆者たちとする
のがふさわしいかと存じますが、いかがでしょうか?

ちなみに私はといえば、法華経にいわゆる「仏教の漸衰滅亡を警告する歴史観」が読みと
れることに異論はありません。ただそれは、正確に言えば、辞書的定義による「末法思
想」とはいえない(まだ正・像・法滅の段階)ということだと考えます。
そしてこれはまた、平凡社大百科事典に「正法時と像法時については,インド仏教で早く
から考えられていたが,〜」との記述とは矛盾しないのは、いうまでもありません。


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