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改訂版投下用スレッド

1書き手さんだよもん:2003/03/31(月) 00:33
作品に不都合が見つかり、改定となった場合、改定された作品を投下するためのスレッドです。
改訂版はこちらに投下してください。
ただし、文の訂正は、書いた本人か議論スレ等で了承されたもののみです。
勝手に投下はしないでください。

編集サイトにおける間違い指摘もこちらにお願いします。
管理人様は、こちらをご覧くださいますよう。

212Donate:2004/01/20(火) 22:30
「なるほど……それで汝は己の力のみでこの鬼ごっこを生き抜こうと空蝉と袂を分ったというわけか……」
「ん……」
ちょっとシュンとしてしまうみちる。
十数分に及ぶ尋問も終了。昨日別れてから、己の空蝉に何があったのか。一通りのことは把握できた。
「ふぅ……つまり空蝉は未だ捕まっていないわけだな。やれやれ、まぁ奴のことだ。私以外にはそう簡単には捕まるまい」
危惧していたことは避けられた事実に一安心するディー。
「さてと……」
そこで何気に目線を目の前の少女に向けた。

「……しまった」

不意に、壮絶な後悔の念が彼を襲う。
「…………」
目の前にはしぼんでしまった少女が一人。
 ……『逃げ手』の少女が一人。
少女は上目遣いに何やら言いたげな態度でこちらを覗き込んでいる。
(聞かなければよかった……)
冷静になったところで後悔する。思い切り後悔する。ディーは、己の行動を、心の底から悔やんでいた。
(落ち着いてしまった……)
先ほどまでのノリと勢いに任せたまま、さっさととっ捕まえてしまえばよかった。
そうすりゃ1点ゲットで合計9点。先ほど出会った他の連中に対して頭一つ抜け出ることができる。
(空蝉がいないことで動揺してしまった……参ったな。どうするべきか。あ、いや何を迷うか私。本来我は鬼で此奴は逃げ手。
 問答無用に捕まえてしまってもなんら問題は……)
「…………」
チラリ、チラリとみちるはディーの顔を見やっている。
(………壱であり弐である、か……)
もし世に運命の女神という存在があるのならば、どうやら彼女は相当に意地が悪いらしい。
(何故だ。何故今更此奴を我が前に連れてきたのだ……)
対の存在。空蝉と、分身。図らずも、その連れる者たちもが対の形になっていた。
そして今、同じように別れ、バラバラになり、そしてその一片が目の前に現れた。現れてしまった。
(……似ているな)
捕まえることは躊躇われた。

213Donate/2:2004/01/20(火) 22:30
(よし、落ち着け。冷静になれ私。考えをまとめるんだ)
コホンと一つ咳払い。己の採るべき道を探る。
(まず私は鬼だ。逃げ手を捕まえること自体はなんら責められることではない。むしろ推奨されていることだ。
 何よりここで1点ゲットしておけば他の連中を大きく引き離せる。そこはオッケ)
そしてみちるの顔を見る。
(だが……空蝉の落胤。己が道を独りで行くことを望んだ、そしてあえて空蝉との袂を分ったこの少女。
 その心意気は見事なものだ。あえて独り艱難辛苦の道を行く。……ちっ、空蝉の、そしてこの小娘の気持ちがわかる己が恨めしい)
 以前の我なら……このような感情に惑わされることはなかっただろうに……)
頭を抱え、身をよじり、ムーンウォークっぽい動きで思い悩む。
(……そうか。なるほど、これが……)
初めての感じている感情。
(義理と人情の板ばさみというやつかッ……!)

「ガフッ……」

血反吐を吐きつつ、目を閉じ、さらに思い馳せる。
(ふ……空蝉よ。何やかんやと言いつつも、我らは似ているのかも知れんな。
我も彼の者を連れ、汝も此の者を連れ、共に戦った。
 ……ふ、そうだな。それも、悪くはあるまい。ここはひとつ、貴様に、昨日の礼をするのも……悪くはあるまい。
 貴様に直接礼を言うのはさすがに謀られるが……代わりに、この小娘へでも構うまい)

決意を固めると、ゆっくりと懐に手を入れる。
「……少女よ」
そして静かに、目の前の娘に語りかける。
「……我は汝がオロと慕う男の分身。ハクオロと呼ばれる彼の男は我が空蝉。確かに、双子のようなものだ……。
昨日は汝らには迷惑をかけたな。その代わりというわけではないが、ここで汝は特別に見逃してやろう。
ああそうだ。これを持て。どうせこのようなもの、今の我が持っていたとしても何の役にもたたん。
鬼と逃げ手の区別もつかん安物だが、汝が持てば多少は役にたつであろう。
 ふ……感謝される筋合いなどない。これは貴様への『侘び』でもある。
残念だが空蝉は汝との約束を果たせん。何故なら我が空蝉は我がこの手で捕まえてくれるからだ。!
 ククククク……だからその代わり、貴様は逃げろ。せいぜい長く、一秒でもな。
 空蝉をそれを望んでいるだろう……さあ、受け取れ! これが、我からの餞別だ!」

214Donate/3:2004/01/20(火) 22:31

(よし決まった! カッコいいぞ私! 宿命のライバルっぽさが醸し出ていてとても渋いッ!)

ビシッと決まったことに内心ほくそえみつつ、懐から探知機を取り出す。
 そして、目の前のみちるに……


 こつぜん 0 【▼忽然】

 (ト/タル)[文]形動タリ
たちまちにおこるさま。にわかなさま。
 「―と姿を消す」
 (副)
にわかに。突然。こつねん。
 「さう云ふ想像に耽る自分を、―意識した時、はつと驚いた/雁(鴎外)」


「…………ガフゥッ!!」


 とけつ 0 【吐血】

 (名)スル
 上部の消化管から出血した血液を吐くこと。胃潰瘍・胃癌・十二指腸潰瘍・食道静脈瘤破裂などによることが多い。吐いた血液は普通、暗赤色を呈する。
 「突然―して救急車で運ばれて行った」
→喀血 (かつけつ)


 ……閑話休題。

215Donate/4:2004/01/20(火) 22:32
「ふぅ助かった」
一方逃亡に成功のみちる。一連のやり取りの間に体力もやや回復。小走りでディーとの場所から遠ざかっていた。
「オロの双子のわりには抜けた奴で助かった」
 一応元は同じだったのだが……
「そう。みちるはオロと約束したんだから……オロもがんばってるんだろうから、みちるだってがんばらないといけないのだっ!
わざと大きめに声を張り上げ、己を鼓舞する。
 ……と。

スコーーーーーーン!

「にょぐわぅ!!?」
突如としてみちるの後頭部に衝撃が走った。
何やら硬いものが直撃。そのままもんどりうって地面に倒れる。
「にょわっ! にょっ! のおっ!!」
七転八倒。もだえ苦しむ。まるで陸に打ち上げられた鯉のようだ。
「な、なんだっ……!?」
 と涙目に振り向いてみれば、そこにあるのは……
「……これは?」
中空に何やら紙に包まれた塊が浮かんでいた。淡い光を帯び、ちょうど走っていたみちるの頭の高さにふわふわと浮かんでいる。
「………?」
ほうけた表情のままみちるがゆっくりと手を伸ばすと、勝手に光は消え、モノはすぽんと手のひらに収まった。
「…………?」
さらにわけもわからぬまま、紙包みを開いていく。
「……機械?」
 ……中に入っていたのは見慣れぬ機械。
そしてついでに紙の裏に、殴り書きで一言。


『勝手に使え!』

216Donate/5:2004/01/20(火) 22:32
【ディー 吐血。みちるに餞別として探知機を渡す】
【みちる 後頭部に多少のダメージ。逃亡成功。探知機ゲト】
【時間 四日目午後・川の下流】
【登場 みちる・【ディー】】

217名無しさんだよもん:2004/02/24(火) 13:47
<TR>
<TD width=36>748</TD>
<TD width=221><A href=SS/748.html>Twins</A></TD>
<TD>
みちる<BR>
【ディー】<BR>
  【しのまいか】<BR>
  【岩切花枝】
</TD>
</TR>

<TR>
<TD width=36>749</TD>
<TD width=221><A href=SS/749.html>Every time I speak your name</A></TD>
<TD>
ハクオロ<BR>
【エルルゥ】<BR>
  【少年】<BR>
  【観月マナ】<BR>
  【田沢圭子】
</TD>
</TR>

<TR>
<TD width=36>750</TD>
<TD width=221><A href=SS/750.html>見えない壁と白い悪魔と</A></TD>
<TD>
柚木詩子<BR>
【御堂】<BR>
  【天沢郁未】<BR>
  【相沢祐一】<BR>
  【川澄舞】<BR>
  【宮内レミィ】
</TD>
</TR>

218名無しさんだよもん:2004/02/24(火) 13:49
<TR>
<TD width=36>751</TD>
<TD width=221><A href=SS/751.html>chase and dance,and convergence?</A></TD>
<TD>
柚木詩子<BR>
神尾観鈴<BR>
  【御堂】<BR>
  【天沢郁未】<BR>
  【相沢祐一】<BR>
  【川澄舞】<BR>
  【美坂香里】<BR>
  【セリオ】<BR>
  【太田香奈子】<BR>
  【澤田真紀子】<BR>
  【折原浩平】<BR>
  【長森瑞佳】<BR>
  【伏見ゆかり】<BR>
  【スフィー】<BR>
  【トウカ】<BR>
  【神尾晴子】
</TD>
</TR>

<TR>
<TD width=36>752</TD>
<TD width=221><A href=SS/752.html>真昼の遁走曲</A></TD>
<TD>
柏木楓<BR>
【ウルトリィ】<BR>
  【国崎往人】<BR>
  【久品仏大志】<BR>
  【高瀬瑞希】<BR>
  【神奈備命】<BR>
  【鹿沼葉子】<BR>
  【A棟巡回員】<BR>
  【光岡悟】<BR>
  【アルルゥ】<BR>
  【ユズハ】<BR>
  『ムックル』<BR>
  『ガチャタラ』
</TD>
</TR>

<TR>
<TD width=36>753</TD>
<TD width=221><A href=SS/753.html>無駄かも知れぬ再戦</A></TD>
<TD>
柚木詩子<BR>
【御堂】<BR>
  【美坂香里】<BR>
  【セリオ】<BR>
  【太田香奈子】<BR>
  【澤田真紀子】<BR>
  【天沢郁未】<BR>
  【相沢祐一】<BR>
  【川澄舞】<BR>
  【名倉由依】<BR>
  【久瀬】<BR>
  【オボロ】<BR>
  【月島拓也】<BR>
  【北川潤】<BR>
  【住井護】<BR>
  【美坂栞】<BR>
  【月宮あゆ】<BR>
  【クーヤ】<BR>
  【マルチ】
</TD>
</TR>

219名無しさんだよもん:2004/02/24(火) 13:49
<TR>
<TD width=36>754</TD>
<TD width=221><A href=SS/754.html>8分の1の確率</A></TD>
<TD>
柚木詩子<BR>
【御堂】<BR>
  【美坂香里】<BR>
  【セリオ】<BR>
  【太田香奈子】<BR>
  【澤田真紀子】<BR>
  【天沢郁未】<BR>
  【相沢祐一】<BR>
  【川澄舞】<BR>
  【名倉由依】<BR>
  【久瀬】<BR>
  【オボロ】<BR>
  【月島拓也】<BR>
  【北川潤】<BR>
  【住井護】
</TD>
</TR>

<TR>
<TD width=36>755</TD>
<TD width=221><A href=SS/755.html>Donate</A></TD>
<TD>
みちる<BR>
【ディー】
</TD>
</TR>

<TR>
<TD width=36>756</TD>
<TD width=221><A href=SS/756.html>麗子のおつかい</A></TD>
<TD>
【石原麗子】<BR>
【リアン】<BR>
  【エリア】<BR>
  【ティリア】<BR>
  【サラ】<BR>
  『長瀬源之助』
</TD>
</TR>

<TR>
<TD width=36>757</TD>
<TD width=221><A href=SS/757.html>ダイゴの大冒険</A></TD>
<TD>
リサ・ヴィクセン<BR>
【坂神蝉丸】<BR>
  【醍醐】
</TD>
</TR>

<TR>
<TD width=36>758</TD>
<TD width=221><A href=SS/758.html>対決記〜諭吉を求めて三連戦!〜</A></TD>
<TD>
【柚木詩子】<BR>
【御堂】<BR>
  【美坂香里】<BR>
  【セリオ】<BR>
  【太田香奈子】<BR>
  【澤田真紀子】<BR>
  【天沢郁未】<BR>
  【相沢祐一】<BR>
  【川澄舞】<BR>
  【名倉由依】<BR>
  【久瀬】<BR>
  【オボロ】<BR>
  【月島拓也】<BR>
  【北川潤】<BR>
  【住井護】
</TD>
</TR>

220士族の愛憎劇:2004/04/18(日) 14:41
「……?」
 ソレに最初に気が付いたのは、トウカだった。
「…………」
 押し黙ったまま、腰の刀に手を添える。
「トウカ?」
 続いて浩平が、そんなトウカの様子に気が付いた。
「……どうした?」
「…………」
「何か、あるのか?」
 訝しげな浩平だが、トウカは何も答えない。
「…………」
 なおも押し黙ったままのトウカに、いい加減浩平がしびれを切らしかけた、その時、

 がささっ! がおっ!

「!?」
「浩平っ!」
 道の前方から、薮の揺れる音とセットのマヌケな声が聞こえた。
 長森の叫びよりも早く音の元に視線を送る――――いた!
「見つけたぞ金髪ポニテ!」
「わ、わっ!」
 顔に葉っぱと土をくっつけた状態の観鈴とピッタリ目が合う。
「……見つかったっ!?」
 瞬間――観鈴は駆け出した。薮の中から転がり出て、道のド真ん中を、やや前方につんのめりながら。
 観鈴ちんにしては妥当な判断だ。
 が、浩平も黙ってそれを見送るほどお人よしではない。浩平には観鈴を見逃す義理も人情もなければ、慈悲の心もない。
「とっ捕まえる! 行くぞ長森! ゆかり! スフィー! トウカっ!」

221士族の愛憎劇:2004/04/18(日) 14:42
「…………」
 しかし浩平について走り出したのは3人。唯一トウカだけは先程の位置に佇んだまま、道の後ろのほうを睨みつけている。
「どうしたトウカ! 追いかけるぞ!」
「いや、先に行かれよ浩平殿! 某はここに残る!」
 急かす浩平の言葉を、トウカは一喝する。
「なんだ!?」
「確証は無い、が、おそらく、追っ手が来る! 某は其奴を押し止める! その間に、浩平殿!」
 正直、浩平には追っ手の気配など皆目わからない。音も何もしないし、喧しい本人等をのぞけば当たりは静寂そのものだ。
 しかし相手は歴戦の勇士、エヴェンクルガのトウカ。その実力は浩平も重々承知している。
 ここは彼女の言う通りに任せることにした。
「わかった! とっ捕まえたらまた戻ってくる! それまでここで待ってろよ!」
「承知!」

 ――この少し前。浩平たちから若干離れた場所。
「おお、宮内の!」
「あ、岩切サン! それに……まいかちゃん!」
「おねぃちゃん!」
 ――正確に言えば、詩子と観鈴が別れた場所。少し前まで壮絶な喧騒が支配していた場所。
 そこで、岩切とその背中の幼女、道の向こう側から走ってきたレミィは再開した。
「獲物は!?」
 余計な口上は挟まず、用件だけを端的すぎるほどに吐き捨てる。
「途中ですれ違ったヨ!」
「そっちか!」
 睨み付けるのはレミィが駆け下りてきた山道。
「Non! ケド、一人だけ! さっきスゴイ音がしたから、たぶんもうダメ!」
「ならば!」
 二人の視線が揃ってもう一つの森の中の獣道に向けられる。
「あっちか!」
「ところでDは!?」
「死にかけだが元気だ! あっちで寝ている!」
 叫びながら自分の後ろをクイッと指差す。

222士族の愛憎劇:2004/04/18(日) 14:42
「あたりは血の海だからすぐ見つかる! せいぜい優しげに看病してやれ!」
「Ya!」
「とゆーわけで、またあとでねっ!」
 最後の締めはまいかが吐き、二人と一人はその場にすれ違い、各々の目指す先へと駆けて行った。


「……来たか!」
 場面は戻って待ち伏せトウカ。
 彼女の目線の先には、道の向こう側から鬼気迫る表情で迫ってくる岩切とその背中のオマケ。
 勘は当たった。ここで止めねば、確実に浩平の観鈴ゲット計画が非常に困難になるだろう。
 腰の刀をスラリと抜き放つと、トウカは高らかに叫んだ。
「某の名はエヴェンクルガのトウカ! ここから先は通さん! いざ尋常に勝――――ブッ!!?」
 名乗り終えないうちに、トウカの鼻っ面に岩切の足の裏が突き刺さっていた。
 そのままひっくり返るトウカ。一方岩切はその直後に綺麗に着地すると、何事もなかったかのように先を急ぎ……
「待て! 待て! 待てぃ! 待て待て待て待て待て待て待てぃ!!!!」
 慌ててトウカは起き上がると、岩切の直前に立ちふさがる。
「ふ、不意打ちとは卑怯な! 貴殿も戦士の端くれな――――なっ!?」
 が、またしても言葉は途中で遮られた。岩切は、今度は無言のままにその手に握った剣を振り下ろしてきたのだ。
「なっ!? くっ、このっ……卑怯者めがっ!!」
 純粋な剣術ならばトウカに分がある。
 多少は面食らったものの二度三度と切り返しを受け止めるうちに体勢も整え、情勢は次第にトウカが押す形となっていた。
「許さん! そのねじくれ曲がった性根、某が叩きなおしてくれるわ!」
 裂帛の気合と共に、トウカが最後のラッシュを仕掛ける。しかし岩切は、そんなトウカの一撃目を受け止めた瞬間。

 ぱっ。

 と両手を開いた。

223士族の愛憎劇:2004/04/18(日) 14:42
 当然のごとくDの剣は空中に踊り、緩やかな放物線を描くと二人の脇の地面に突き刺さる。
「!?」
 刹那、トウカの動きが止まった。
 止まった。
 さらに一瞬。
「――――がッ!?」
 うめき声すら漏らさず、トウカが膝をついた。
 水月を押さえながら、その場に蹲る。
 それを見下ろす岩切、ポツリと漏らした。
「――すまんな」
 地面に突き刺さる剣を抜くと、鞘に収める。
「お前は武士。闘うのが仕事だ。だが――――と、幼女。もういいぞ。目を開け」
「……ふう」
 岩切の声に従い、それまで背中でぎゅっと固まっていたまいかが目を開く。と同時に、身体の緊張も解けた。
「……かったの?」
「まぁな。少々卑怯な手段ではあったが」
「……ひきょう?」
「……いや、私は兵士。勝つのが仕事。それだけだったな。それより、先を急ぐぞ。
 足止めがいたということは、やはりこの先に獲物がいるということだ。急げばまだ間に合うやも――――ッッッ!!?」
 言い終わらぬうちに、岩切の背筋にゾクリとした感触が走った。
 すぐさまその場を後ろに一歩下がる。
「……いわきりのおねぃちゃん!? いまの……」
「お前も感じたか……間違いない。誰かの間合いに入った――――だが、これは――――!」
 付近を、岩切のそれだけで人を殺せそうな程鋭い緊張感が包む。

 パン パン パン

 ……しかし、そんな研ぎ澄まされた空気はまるで無視。聞こえてきたのは、呑気な拍手の音だけだった。

224士族の愛憎劇:2004/04/18(日) 14:43
「いやはや、さすがは花枝殿。見事な手並みであった」
 続いて森の奥より、これまたやはり呑気な、言葉どおり心底の感心だけを込めた言葉が聞こえてくる。
「己の得物を十分に相手に印象付けたところで自ずからそれを手放し、強制的に隙をこじ開け、明確な戦闘能力の差を埋め合わせる。某も感服いたしました」
 だが、岩切はその声を聞くといっそう殺気を強めた。
「……まさか、また貴様と会うことになるとはな……」
「……このっ、この声は……もしや……」
 再度剣を構えた岩切と、蹲ったまま依然動けないトウカ。二人が同時にその声に反応を示す。
「……ゲンジマル!」
「ゲンジマル殿!」
「然様」
 ガサリガサリと薮を掻き分け、一向の目の前に現れたのは、エヴェンクルガ稀代の英雄ゲンジマル。
「ウンケイの娘が闘っているから何事かと思えば……まさか相手が花枝殿、貴殿だったとは」
「……フン、どこかで見た耳かと思ったがそうか、ゲンジマル。お前と同族だったか……!」
 剣を正眼に構え、切っ先をゲンジマルへと向ける。
「……で、お前はどうするつもりだ? 同族の仇を討つか?」
「フム、それも悪くはありませんな。が、ウンケイの娘が貴殿に負けたのは実力の上でのこと。
 卑怯でもなんでもなく花枝殿、貴殿の作戦が見事だっただけのこと。某があれこれを口や手を挟むことではありませぬ。ウンケイの娘よ、そうだな?」
 言いながら、ゲンジマルの目線がトウカの目を射抜く。
「クッ……某、と、したことが……不覚、で、ありました……」
「その通りだウンケイの娘よ。皆が皆お前の武士道に付き合ってくれる道理も保証もどこにもない。戦場で相手が礼を守らなかったというのは、なんの言い訳にもならぬ」
 続いて岩切に向き直り、
「ということで、別段某としても仇を討つ云々のつもりはありませぬ。その点は花枝殿、ご容赦を」
「フン、ならばありがたい。私は先を急ぐのだ。ゲンジマル、見逃して――――」
「ですが……」
 だがゲンジマルは刀の柄に手を置いた。瞬間、岩切とは比べ物にならぬほどの圧倒的な闘気が、空間を支配する。
「――――もらえそうにないな」
 フッ、と岩切の唇が綻んだ。見様によっては嘲笑にも取れるその笑い。ただし対象は――――自分。

225士族の愛憎劇:2004/04/18(日) 14:43
「貴殿には借りがありますからな――――それを返さずして貴殿を見逃せるほどこのゲンジマル、人は出来ておりませぬ!」
「そうだろうなゲンジマル。だが私とて約束があるのだ。ここで立ち止まるわけにはいかない。押し通らせてもらう。……幼女、降りろ」
 構えは解かぬまま、背中のまいかにツッケンドンに告げた。
「え?」
「邪魔だ。その上少々危険なことになるかもしれん。離れて見ていろ」
「う、うん……」
 幼女もこれには素直に頷き、最後にばしゃっと岩切の頭に水を被せるとすたっと地面に降り立ち、とてとてと近くの木陰へと避難し、ちょっと考えた後、再度岩切に近づき、脇に倒れているトウカの腕をずるずると引っ張り、改めて木陰に隠れた。
「面目ない……」

「さて、準備は整ったぞゲンジマル。私はいつでもいい」
「何から何まで痛み入る花枝殿。ではそろそろ始めるとしましょうか」
「…………」
「…………」
 肌に刺さるほどの沈黙。そして緊張感。
「……ふむ、いざ太刀会うとなるとタイミングが取り辛いものだな」
「……同意ですな。某も今まで幾度となく闘いはくぐって参りましたが、何度経験してもこの瞬間は緊張しまする」
「……だが」
「この瞬間こそが」
「もっとも血沸き」
「肉踊る」
「楽しい」
「楽しい」
「楽しいぞこれは」
「然様、そして……」

『勝ってこそ、その悦びも至上のものとなる……』

226士族の愛憎劇:2004/04/18(日) 14:44
再び沈黙が場を支配する。
 今度はどちらも口を開かず、ひたすらにその瞬間を待つ。待ち続ける。
 午後の暑い太陽が照りつける。
 二人の戦士。武士と兵士。
 不気味なほどの静けさ。
 身を切るほどの沈黙。
 息が詰まるほどの覇気。
 どこかで鳥が飛んだ。

 トウカは、木の幹を背に、己の胸の中にキュッと幼女を抱きしめた。

 一陣の風が吹く。
 近くの木立が揺れた。

 枯葉がハラリと――――――――――――


 落ちた。


【岩切・ゲンジマル 再戦】
【トウカ・しのまい 観戦】
【浩平・ゆかり・長森・すひ 待てーーーー!】
【観鈴 待てと言われて待つ人はいないーー!】
【レミィ Dのもとへ】
【D 死にかけだが元気らしい】
【登場 神尾観鈴・【折原浩平】【長森瑞佳】【伏見ゆかり】【スフィー】【岩切花枝】【しのまいか】【宮内レミィ】【ゲンジマル】】

227背景〜Background〜:2004/04/18(日) 14:45
 木々の緑がついに切れ、晴れ晴れとした青空が頭上に広がる。昨日の雨が嘘のような、雲一つ無い晴天だった。足元のアスファルトは、ところどころ濡れて色が濃くなっている。
アスファルトに出来た水溜りが陽の光を跳ね返してキラキラ煌く。市街地ならではの雨上がりの光景だった。それはそれで、風情があるのかもしれない。虹が出ていれば完璧だったのだが。
 だが、少女――柏木楓にそれらを顧みる余裕は無かった。少しでも気を抜けば、後ろから追って来る鬼たちにあっという間に捕まってしまう。それだけは避けなければいけなかった。
 靴底に付いた泥が、アスファルトに擦れてキュッという嫌な音を立てる。それを聞き流しながら、楓はどう逃げるかを頭の中でシミュレートしていた。
 ――まず、大通りは絶対に避けなければいけない。左右に広い道は無駄にスペースを作るだけでなく、遮蔽物が無いため、
上空から追って来る二人の鬼――神奈とウルトリィに捕まる危険性が増大する。適度に狭く、かつ遮蔽物の多い場所が一番いい。森に戻ることが出来ればいいのだが、それを許してくれるほど後ろの鬼は甘くは無いだろう。
この市街地にそんな都合のいい場所があるだろうか。
 と、そこまで考えた時だった。楓の目にある物が止まった。
 それは、商店街の入り口のアーチ。
(あそこなら……)
 商店街ならいろいろな店がある。大体にして商店街と言うのは脇道が幾つかあるものだから、森ほどではないにしても複雑だ。それに上手い具合に屋根がついている。上空の鬼の飛行制限になるのではないか、と考える。
 楓はそう結論付けると、商店街に進路を変えた。

228背景〜Background〜:2004/04/18(日) 14:45
 商店街のアーチをくぐる。まだ真新しい商店街の屋根が光を遮り、心持暗くなったような気がする。
 ウルトリィは、楓を上空から追いかけつつも、内心歯噛みしていた。
「くっ……彼奴め、こんな所に入るとは……飛ぶには狭いぞ……」
 神奈が一人ごちる。ウルトリィはそれを聞きつけて、心の中で同意する。
(確かに狭い……このままではまずい)
 商店街の屋根は、せいぜい三階建ての建物程度の高さしかない。しかも道幅がそれほどある訳でもなく、神奈とウルトリィが並んで翼を広げたら、それで一杯になってしまう程度だった。
お互いの翼が邪魔になって、心理的にも物理的にも飛び辛い。プレッシャーがかかる。
 ウルトリィの仲間は、今楓を追いかけている先行組の中にはいない(アルルゥとユズハは微妙な所だが)。往人も、大志も、瑞希も、かなり後ろの方に引き離されている。
一人先行して逃げ手を捕まえる。その大任を任されているのに、このままでは何の役にも立たないまま終わってしまう。それでは三人に申し訳が立たない。
(こうなれば……もう低空飛行で追うしかない……)
 大空から急襲して捕まえる、それが無理なら、先行組の中に入って共に追うしかない。ウルトリィはそう決心すると、楓たちを見下ろして高度を下げようとした、その時だった。
 楓が、急にくるりと身を捻って一回転したのだった。まるで何かをかわすかのように、軸足を中心にくるりと回って、再び逃げ始めた。その直後、追いかけていた先行組の先頭にいた葉子が何かにぶつかったかのように弾かれた。
「きゃあ!?」
「葉子殿!?」
 それに気がついた神奈が声をあげる。さらにすぐ横を走っていた光岡悟も何かにぶつかったようだった。少しよろめくが、再び走り出す。葉子もすぐに体勢を立て直して元の速度に戻る。そしてアルルゥとユズハを乗せたムックルから、どん、という鈍い音が聞こえた。
が、それが何かを考える暇も無く楓は逃げ続け、先行組は追い続ける。ウルトリィはそれを無視することにして、再び高度を下げて楓を追い始めた。

229背景〜Background〜:2004/04/18(日) 14:46
 楓は商店街に入って、すぐに嫌な予感に襲われた。
 楓の勘は鋭い。よく「楓の勘は当たるからなあ」とよく言われる。その勘が何かをとらえた。
 気配がした。とても薄い微弱な気配だったが、それは間違いなく楓を狙っていた。気配が襲ってくる。伸ばされた手が見えたような気がした。
(くっ……!)
 身体を無理矢理捻ってかわす。勢いを殺さないようにそのまま軸足を使って回転する。上手くやり過ごせたようで、そのまま逃走を再開する。
 後ろから鈍い音が聞こえたような気がしたが、気にせず逃げる事に集中した。

 鹿沼葉子は楓のその動きをしっかり捉えていた。
(どうしたのかは知りませんが、チャンスです!)
 逃走の途中で回転運動などという無駄な動き。一瞬楓の速度が落ちる。その一瞬を逃さないように葉子は速度を上げる。間を詰めようとしたその瞬間。
 何かに思い切りぶつかった。
「きゃあ!?」
「葉子殿!?」
 神奈の声が聞こえる。体勢が崩れる。思わず転びそうになるがなんとかこらえる。
「!?」
 隣を走っていた光岡が顔を顰める。が、何事も無かったように走り続け、葉子の前に出る。
(しまった!)
 急いで体勢を立て直し、光岡の横に再び並んだ。
 光岡の向こうを走っていた虎から、どん、という音が聞こえたような気がしたが、気にせず追跡を再開した。

230背景〜Background〜:2004/04/18(日) 14:46
「ぜぇ、ぜぇ……あいつら滅茶苦茶だな……」
「き、きついわ……」
「むぅ……同志ウルトリィは大丈夫か……?」
 国崎往人、高瀬瑞希、九品仏大志が商店街に到着する。もはや足がふらついて走るのもままならない状態だが、このまま休んで見失ってしまってはいけない。ゆっくりとウルトリィ達を追いかける。
「……?」
 瑞希が何かに気付いて横を向く。
「どうした高瀬……ぜぇぜぇ」
「……ううん、何でもない……」
「そうか……なら追うぞ……」
「……人が、壁に埋まってたような……」
 ぽつりと瑞希が呟く。
「……むぅ、そんな演出まで用意してあるのか……?」
「んなアホな……」
 大志のボケに往人が辛そうに突っ込む。
「どうでもいいからさっさと追うぞ……ぜぇ、ぜぇ……」
「……そう、ね……」
「……そう、だな……」

231背景〜Background〜:2004/04/18(日) 14:47
「どうすればいいんだ……」
 幽霊のように小さな声が商店街に消えていく。
 その発生源は、楓達が通った後の店の壁から。
 その声の主は。
 一昔前のギャグ漫画のように、壁に張り付いて埋まっていた。
「どうすればいいんだ……」
 ビル・オークランドは壁に埋まったままポツリと呟いた。
 商店街で相変わらず背景していたビルは、遠目に逃げてくる楓を発見した。あの勢いでいきなり飛びつかれては気付かないだろうと踏んで、目の前を行くタイミングを見計らって手を伸ばして駆け寄った。
 だが、楓はひらりと身をかわし。
 その一瞬後、後ろから追ってきた鬼の集団にぶつかった。
 というか、轢かれた。
 常人ではありえないその速度にビルは弾き飛ばされ、最後にぶつかった虎に吹っ飛ばされて、壁に埋まってしまったという顛末だ。
 そして。
「ま、待ってくれぇ〜……」
 後ろから情けない声が聞こえてくる。
 へろへろのA棟巡回員の声。ゆっくり、ゆっくりと通り過ぎていく。ビルに全く気がつかない。そして行ってしまった。

 ぱぱぱら、ぱっぱっぱー♪

 どこかで聞いたことのあるファンファーレと共に、

 びるは、レベルがあがった! はいけい「かべにうまっているひと」になった!

 背景としてのレベルが一個上がったとさ。

「どうすればいいんだ……」

232背景〜Background〜:2004/04/18(日) 14:47
【楓 逃げ続ける 舞台は商店街】
【葉子 光岡 アルルゥ&ユズハ&ムックル&ガチャタラ 楓を追い続ける 先行組】
【神奈 ウルトリィ 低空飛行で楓を追うことにする】
【往人 大志 瑞希 かなり疲れている なんとかついていく】
【A棟巡回員 へろへろ なんとかついていく】
【ビル 背景としてレベルアップ 「壁に埋まっている人」】
【登場逃げ手:柏木楓】
【登場鬼:【鹿沼葉子】【光岡悟】【アルルゥ】【ユズハ】【ウルトリィ】【神奈備命】【国崎往人】【九品仏大志】【高瀬瑞希】【A棟巡回員】【ビル・オークランド】】
【登場動物:『ムックル』『ガチャタラ』】

233その思いが届けば:2004/04/18(日) 14:48
 咽喉が渇く。焼けるよう。
 呼吸が荒い。酸素が足りない。
 足が震える。痙攣しかけている。
 
 数時間のチェイスを経て、リサ・ヴィクセンの体力は限界に達しようとしていた。

 無論、蝉丸とのチェイスが始まってから、ずっと走りっぱなしだったわけではない。
 短時間ならば、蝉丸の隙をつき、その目を逃れて物陰に隠れて休む機会もあった。
 だが、その度に蝉丸は辛抱強く探索を続け、必ずリサを見つけ出した。

 ―――先ほどもそうだ。
 リサは歯噛みしながら思い出した。
 唐突に現れたMADDOG、醍醐の存在はリサにとってはむしろ幸運だった。
 蝉丸と醍醐、二人の鬼は互いに妨害をし、足を引っ張り合って、
その隙をついてリサは集落に逃げ込むことができたのだから。
 だが、それも時間稼ぎにすぎなかった。蝉丸と醍醐はやはり慎重に、集落の家を一件、一件調べ、
結局そのプレッシャーに耐え切れず、リサは隠れ家から飛び出してしまった。

 そして、依然チェイスは続いている。
 強化兵の蝉丸と、途中参加の醍醐はまだまだ体力に余裕があるようだ。

「ここまで来て獲物を横取りされるわけにはいかん!」
「女狐程度に勝負を長引かせているのが、無能の証拠よ!!」

 互いにそう罵声を浴びせ、互いに邪魔しあいながら、リサを追跡する余裕があるのだから。
 だが、それでも自分を再度見失うほどに、足を引っ張りあうということはもう無いだろう、とリサは思った。
二度も同じ失敗を犯すような男達ではない。

234その思いが届けば:2004/04/18(日) 14:48
(なんだ……それじゃ、もう私が捕まるのは決定?)
 互いに邪魔しあうことで、勝負が長引くだろう。だが、見失うということが無い以上、
遠からず自分は必ずつかまってしまうわけだ。

(それじゃ、こうやって走るのも無駄な努力ね……)
 ―――そんなふうに考えてしまうほどに、リサは疲れ果てていた。


(心が折れているようだな)
 醍醐の足払いをかわしながら、蝉丸は目の前を走る女性を観察した。
 後ろにいるのだから、その表情までは分からない。
 しかし、それでも分かることはある。
あの走りからは、絶対に逃げ切ってやるという意志や覇気が欠けている。

(そうなると、やはり一番の厄介はこいつか)
 蝉丸はチラリと横目で先ほど現れたライバルをにらんだ。
 蝉丸とて、ある程度は疲れている。対してこの乱入者はまだまだ体力も十分。
太った体躯に似合わずその動きも俊敏で、追跡に関する知識も豊富なようだ。
油断ならぬ相手である。

 だが、冗談ではない、と蝉丸は思う。
ここまで追跡に努力してきたところで獲物を掻っ攫われぬかもしれぬと思うと、
おおむね淡白な彼でさえ腹が立つ。

「ここまで来て獲物を横取りされるわけにはいかん!」
 その苛立ちからか、蝉丸にしては珍しく声を荒げる。
「女狐程度に勝負を長引かせているのが、無能の証拠よ!!」
 醍醐はそれに、ニヤリと笑って言葉を返す。

(ち……そうかもしれんな)
 慎重すぎたかもしれん。蝉丸はそう思った。御堂のような強引さが自分にあれば、勝負は既に決まっていたかもしれない……

235その思いが届けば:2004/04/18(日) 14:49
(ならば、勝負を決めるか!) 
 スっと目を細める蝉丸。

 だが、まるでその気を外す様にして、甲高く幼い少女の叫び声が、蝉丸の耳に突き刺さった。


 昼下がり、駅舎は大人数でひしめいていた。
七瀬、佐祐理、清(略、垣本、矢島、べナウィ、美汐、琴音、葵、瑠璃子、そして真琴のしめて11人。
駅舎の外にいるシシェを入れれば、11人と1匹か。

 茜と澪は、シャワーと着替え、それから食事を終えた後、既に暇を告げて立ち去っていた。
なんでも詩子という仲間を探したいらしい。
 同行しようか迷うべナウィに二人はどこか謎めいた笑いを見せると、
『いえ、シシェさんもお疲れでしょうし、休ませた方がよいでしょう』
『うんうん、シシェさんに蹴られたくないの』
 と告げて(書いて)、今までお世話になりました、と頭を下げていた。
 べナウィは困惑していたが、何か思い当たることがあったのか微妙に赤らんで、
『分かりました。あなた方にもよい縁を』
と答えていた。

 そのべナウィはというと、今は湯飲みを片手に、美汐と和やかに談笑している。
「粗茶ですいません……」
「いえ、おいしいですよ。すばらしいお手並みです」
 そんな会話が聞こえてきて、
(お茶なんてさっきから何杯も飲んでいるじゃないよぅ)
 と、真琴はなかば呆れ、なかばすねた感じでつぶやいた。

 どうも、この二人。何があったか知らないがなかなか他の人が入りにくい雰囲気を作っている。
 武術の事でべナウィと話したいことがあるのか、葵がなんとかその空気に入ろうと頑張っていたが、
基本的に遠慮がちな彼女の事、結局失敗して横目でチラチラ二人の事を見ながらお茶を飲み、
琴音がポンポンとなぐさめるようにその肩を叩いていた。

236その思いが届けば:2004/04/18(日) 14:49
 真琴はため息をついて、駅舎のほかの人達を見回した。
 他の連中もおおむねマッタリモードだ。清(略などは、
「ええい! まだ戦いは終わってはおらぬぞ! 出番を! もっと活躍を!!」
 などと叫んでいるが、
「いや……いい加減俺は限界なんだが……いてて! 姉さんもっと優しく!
つーか、なんで俺の手当てを姉さんがやってるんですかい?」
 と、矢島が答え、彼の手当てをしている七瀬は憮然とした表情で、
「何言ってるのよ! あんたが頼んだんじゃない!」
 と文句をいう。
「あー……そうでしたっけぇ?」
 とぼける矢島に、どこか優しく佐祐理が微笑んだ。
「あはは〜 矢島さん、昨日、七瀬さんが垣本さんをお手当てしていたのが、うらやましそうでしたね〜」
「え……そうなの? 矢島」
「は!! んなわけねー!! ただ、佐祐理さんの手を煩わせるのも悪いかな、と思っただけっすよ!」
「はいはい。私の手を煩わせるのはOKなわけね。ほら、その汚い顔、そっちに向けて!」
 そう言って消毒を続ける七瀬の手つきは、口とは裏腹にどこか優しかった。

 ……ちなみに、垣本はというと部屋の隅でしゃがんだままエヘラエヘラと笑っていた。
「佐祐理さんの胸が……俺の顔に……」
 たまにそう呟く垣本はおおむね幸せそうに見えたので、みんなそのまま放置していた。

(あうーっ……あそこもなんか春みたい……)
 春が来てずっと春だとやっぱり困るんだなぁ、と真琴はぼんやり思った。
 かくいう真琴も、今から出て行って逃げ手を捕まえるほど気力があるかというと微妙である。
 まあ、なんだかんだいって一人は自力で捕まえたのだ。それなりに満足もしている。
 ただ、このままのんびりまったりお茶するのには、彼女はちょっと元気すぎた。

237その思いが届けば:2004/04/18(日) 14:49
(散歩でも行こうかな。美汐なんかほっといて)
 そう思い、窓から空をぼーっと眺めている瑠璃子を誘おうと、声をかけようとして、
それよりちょっと早く佐祐理が声をかけた。

「あ、瑠璃子さん。ひょっとしたらって思ってたんですけど、お兄さんいらっしゃいませんか?」
「うん……いるけど……佐祐理ちゃん、お兄ちゃんに会ったの?」
「やっぱりそうだったんですね〜 はい、昨夜お会いしました」
 その言葉に、顔をゆがめて瑠璃子が尋ねた。
「佐祐理ちゃん、お兄ちゃんにひどいことされなかった……?」
 佐祐理は笑って手を振った。
「あはは〜 そんなことないですよ。よくしてもらいました。実はですね―――」
 真琴は瑠璃子を誘うことを諦めて、昨夜の事を話す佐祐理の声を聞き流しながら、駅舎から外に出た。


「ん〜……! いい天気〜!」
 青空の下、歩きながら伸びをする。
 天候は良好。気温も温暖。お昼寝には持って来いの環境だ。
 やっぱり雪が降る季節より、こういう方が好きだと思う。

「今も逃げてる人っているのかなぁ?」
 こういうマッタリとした天気の下で、今も必死に逃げてる人たちがいるのだろうか?
 ゲームがまだ終わっていないのだからいるはずなのだが、どうもそれが遠い世界の話に思えてしまう。

 真琴は今まで会って、別れてきた逃げ手の人達のことを思い出した。

238その思いが届けば:2004/04/18(日) 14:50
 ひかりさん。秋子さんに似たあのおっとりした大人の人は、今も逃げ続けているのだろうか?
おっとしとした外見とは裏腹に、なんとなくしぶとそうなイメージはある。

 教会で別れてしまった人たちはどうだろう。琴音が元々いたチームである、詠美に由宇にサクヤ。
彼女達が凸凹コンビをひきつけてくれたからこそ、真琴達は無事に教会から逃げ出すことが出来たのだ。
あの後捕まってしまったのだろうか。それとも、まだ鬼にならずに粘っているかもしれない。

 それからリサ。自分達が助けてあげた人。出会って別れたのはすぐだったけど、
真琴から見てもすごく格好いい人で、印象に残った。 
あの人の事を思い出すと、なぜか狐の事を連想してしまう。真琴とは違う、もっと鋭くてしなやかなイメージの……

「って……あれって、リサ!?」
 真琴は驚きの声を上げた。
 見上げた山の、木々の合間に見える道を駆ける三人の姿。
 そのうちの一人、逃げている女性の姿は、間違いなく昨日あったリサのものだ。
遠目からだが、分かる。襷はかけていない。まだ逃げ手なのだ。

「あ、あ、あう……!」
 ここからは大分遠い。いっしょになって追いかけるなんてできそうもない。
 というか、真琴がまごつくうちにも、彼らの姿は山林の中へ消えていきそうだ。
 
 だから、ほとんど何も考えずに、真琴は叫んだ。
彼女の小さな体に許されるだけの、力いっぱい大きな声で。

「リサーーーー!! ガンバレーーーー!! そんなやつらに負けちゃダメだよーーーーっ!!」

 だが、その声になんの反応をすることなく、リサの姿は視界から消えた。

239その思いが届けば:2004/04/18(日) 14:50
「あうー……聞こえなかったみたい……」
 がっかりする真琴。だが、背後からの声がそれを否定した。
「そんなことないよ。きっと届いたよ」
「あれ? 瑠璃子?」
 ふりむくと、そこには瑠璃子の姿があった。佐祐理の話のせいだろうか。
その顔に浮かぶ微笑には影がなく、本当に嬉しそうだ。

「真琴ちゃんの思い、きっと届いたよ」
 青空の下、腕を広げて風を受け、華やいだ声で瑠璃子は言う。
「こんないい天気だから、どんな思いだってきっと届くよ。
―――今、私にも一つの思いが届いたから」
「……うん! そうだよね! きっと届いたよね!」
 真琴も笑うと、リサの消えた方へ思いっきり手を振った。 
  
 
 突如聞こえてきた少女の叫び声に気合をそがれ、蝉丸は舌打ちをしながら、
走りながら声のした方をチラリと見た。
 目に入ったのは、大分遠いところに見える駅のような施設。
それから、こちらに向かって叫ぶ小柄な少女の声だ。
 鬼のようだが、こちらにわってはいるつもりはないらしい。
というより、今にも木に邪魔されて視界から消えそうだった。

240その思いが届けば:2004/04/18(日) 14:50
「……!?」
 視線をリサの方へ戻して、蝉丸は軽く驚く。
 思った以上に距離が離されていたのだ。そしてなにより―――
(走りから諦めが消えただと……?)
 蝉丸は口の中で再度、舌打ちをした。

 
 ほんのわずかだけど、それでも確かに戻ってきた力に押されて、リサは走る。
 姿を見ることは出来なかった。合図を返すことも出来なかった。
それでも、あの声が誰のものかリサには分かった。

 子狐を思わせる、あの子だ。

 雨に凍え、震えたときに出会ったあの暖かさがよみがえる。
(フフ……私にもそういうの、あったわね)
 基本的に単独行動で、そのことに後悔はないけれど、ずっと一人だったリサにもそういう縁があったのだ。
 それはほんの束の間で、他愛も無いことかもしれないけれど―――

241その思いが届けば:2004/04/18(日) 14:51
(OK……やってやるわ)

 策はもう思いつかない。そんな余裕は無い。
 汗と泥にまみれて、きっと顔はぐちゃぐちゃ。
 CoolもBeautyも今は返上だ。

 ただ、走る。ただ、足を動かす。
 数十分後か、数分後か、数秒後か。
 それは分からないけど、つかまってしまうその瞬間までは―――

(精一杯、走ってやるわ。覚悟してね。お二人さん!)
 その顔には、彼女らしい不敵な笑みが戻っていた。


【4日目午後  駅舎及び、山道】
【茜、澪は詩子を探して、駅舎から旅立つ】
【登場 リサ・ヴィクセン】
【登場鬼 【醍醐】【坂神蝉丸】【七瀬留美】【清水なつき】【倉田佐祐理】【垣本】【矢島】
【沢渡真琴】【月島瑠璃子】【松原葵】【姫川琴音】【天野美汐】【ベナウィ】【里村茜】【上月澪】『シシェ』】

242ずっと傍に:2004/04/18(日) 14:51
「すばるさんは大丈夫でしょうか?」
 夕霧が心配そうに呟いた。
 すばるを探し始めてもう5時間はたっただろうか?
 その間に、まだ顔を出したばかりだった太陽は中天に差し掛かり、いまだ残っている水たまりをその光で照らしている。
 しかしいまだ探し人の姿は見つからなかった。
 その事が不安なのかこころもち夕霧の眼鏡も曇っている。
「まあ心配ないであろう。この島にはどうやらそれほど危険な生物は放たれてない様であるしな」
 すぐ右側で夕霧の心配を解きほぐす様にやさしく微笑みかけるのが危険な生物トップランカーの一匹、ダリエリ。
 その眼光のみで大熊を撃退することすら可能な夕霧LOVE♪ のお茶目な数百歳だ。
「しかし、これだけ探しても見かけるのが鬼ばかりということは、もう終わりは近いということでしょうね。どうしましょうか?」
 もう一人の連れである高子。
 参加人数と島の広さ、そしてすばると分かれた時間から考えて残り時間の間にすばるを見つけることは不可能に近いと思ったのだろう。
 そしてその判断は正しい。
「ふむ、そうだな」
 腕を組み、これからについて考える。
 このパーティーでは暗黙の内にダリエリがリーダーということになっていた。
 やはり唯一の男手であるし、何よりエルクゥの長としての経験も豊富だ。多少自分の趣味を優先しすぎるという難点はあるものの、まあこのメンバー中では一番の適役であろう。
「さて、どうするか……」

「あれ?」

 その時夕霧は、ダリエリの肩が小刻みに揺れていることに気がついた。
 よく見ると足を微妙にゆすっていて、どこが落ち着きがない。そわそわしている。
「何か気になる事でもあるんですか、ダリエリさん?」
「うん? あ、いや、なんでもない。これからのことを考えていただけだ」 
「あ、そうですか」
 納得の意を示す。

(……まあ、伝えてどうなるものでもないからな)

243ずっと傍に:2004/04/18(日) 14:52
 実は、ダリエリには物凄く気になっていることがあった。
 というよりうずうずしてると言おうか。
 できるだけ表面には出さないようにしていたつもりだが、どうやら失敗したようだ。
(できれば、参加したかったが)
 先程から感じている、少し離れた場所の二つの巨大な力。
 そして始まった力同士の交錯。
 片方は紛れもなく……
(次郎衛門……いやいっちゃん、流石だな)
 最強のエルクゥであるはずの自分が怖気を覚えるほどの力。
 あらためて友の凄まじさを知る。
 しかも、どうやらもう一つ感じられる力は、それすら凌いでいるようだ。
 まさに極限の闘い。体に歓喜の震えが走る。
 かの二人はどれほどの闘いを行っているのであろうか? どれ程の力を見せてくれるのであろうか?
 バトルマニアの血が騒ぐ。
(しかし……)
 少し目線を横に向ける。
「どうかしましたか?」
 そこには今生の天使がいた。
 全てを捨てても守ると決めた、眼鏡の妖精。
(夕霧嬢のそばを離れるわけにはいかぬな)
 これが普通の状態であれば、少々夕霧に待っていてもらって自分も参戦したかも知れない。
 しかし不幸にもダリエリは普通の状態ではなかった。
 といっても体の調子が悪いとかいうわけではなく、もっと別のことだ。

 ……これだけ探しても見かけるのが鬼ばかりということは、もう終わりは近いということでしょうね……

 先程の高子の言葉が頭をめぐる。
 …そう、終わりは近い。
 ダリエリは鬼ごっこ参加前を思い返した。

244ずっと傍に:2004/04/18(日) 14:52
  「ヨークよ。リズエルの奴がイベントを計画しているのは知っているか?」
  ――ああ、知っている。
  「ふむ、それならば言いたいこともわかるな」
  ――想像はつく。
  「なら、今すぐ我に体を与えろ」
  ――すまないが、不可能だ。
  「なに?」
  ――以前ならともかく今の弱った私にそこまでの力はない。
  「ふむ、確かにそうだろうが条件付ならばどうだ」
  ――条件?
  「例のイベントの間だけもてばよい。無論が全力が出せる肉体でだ」
  ――可能だ。ただし本当にそれだけになるぞ。
  「ならば頼む。我が宿敵が待っているのでな」


 あの時は次郎衛門と挨拶がてら遊ぶだけのつもりだった。
 しかし今はそれより重要なことがある。
 適うなら共に生きたい。しかしそれが適わぬ儚い夢であることも解っている。
 この鬼ごっこが終われば再びヨークに戻らなくてはならない。
「ダリエリさん。どうしたんですか? やっぱり何か……」
 ダリエリは心配そうにこちらを気遣う夕霧を見てかつてを思った。
 エディフェルは次郎衛門に出会い、同族を裏切った。その気持ちが今はよくわかる。
 あの頃夕霧に出会っていたならひょっとして裏切ったのは自分だったかもしれない。

245ずっと傍に:2004/04/18(日) 14:52
「いやなんでもない、夕霧嬢。
 ……そうだな、このまま探していても埒があかないな。ひとまず屋台でも探しながら、開始地点に戻ってみるか。
 何か良い情報が得られるかもしれん」
「あ、それもそうですね。何か温かいものも食べたいし。
 高子さんは?」
「あ、私もそれで良いですよ」
「なら移動するか」

 祭りの終わりは近い。
 ならばその時までは、ずっと傍に……

【4日目昼】
【ダリエリ 鬼ごっこの間、夕霧と共にいることを決意】
【登場鬼 【ダリエリ】【夕霧】【高子】】

246名無しさんだよもん:2004/04/26(月) 21:43
<TR>
<TD width=36>759</TD>
<TD width=221><A href=SS/759.html>士族の愛憎劇</A></TD>
<TD>
神尾観鈴<BR>
【折原浩平】<BR>
【長森瑞佳】<BR>
【伏見ゆかり】<BR>
【スフィー】<BR>
【岩切花枝】<BR>
【しのまいか】<BR>
【宮内レミィ】<BR>
【ゲンジマル】
</TD>
</TR>

<TR>
<TD width=36>760</TD>
<TD width=221><A href=SS/760.html>背景〜Background</A></TD>
<TD>
柏木楓<BR>
【鹿沼葉子】<BR>
【光岡悟】<BR>
【アルルゥ】<BR>
【ユズハ】<BR>
【ウルトリィ】<BR>
【神奈備命】<BR>
【国崎往人】<BR>
【九品仏大志】<BR>
【高瀬瑞希】<BR>
【A棟巡回員】<BR>
【ビル・オークランド】
『ムックル』<BR>
『ガチャタラ』
</TD>
</TR>

<TR>
<TD width=36>761</TD>
<TD width=221><A href=SS/761.html>その思いが届けば</A></TD>
<TD>
リサ・ヴィクセン<BR>
【醍醐】<BR>
【坂神蝉丸】<BR>
【七瀬留美】<BR>
【清水なつき】<BR>
【倉田佐祐理】<BR>
【垣本】<BR>
【矢島】<BR>
【沢渡真琴】<BR>
【月島瑠璃子】<BR>
【松原葵】<BR>
【姫川琴音】<BR>
【天野美汐】<BR>
【ベナウィ】<BR>
【里村茜】<BR>
【上月澪】<BR>
『シシェ』
</TD>
</TR>

<TR>
<TD width=36>762</TD>
<TD width=221><A href=SS/762.html>ずっと傍に</A></TD>
<TD>
【ダリエリ】<BR>
【夕霧】<BR>
【高子】
</TD>
</TR>

247せめて最後の援護を:2004/05/05(水) 23:21
 前を向き、彼は走る。ひたすらに、足を動かす。
 彼は必死だ。恐怖に駆り立てられて彼は走る。
 だが、悲しいかな。所詮、彼は凡人。
はるか前を行く人外の集団に追いつけるど道理など無い。

 ―――だからなのだろうか。彼が前から視線をそらし、地に顔を向けたのは。
 ―――だからなのだろうか。彼が誰も気付くことの出来なかった、地に埋められた男に気付くことが出来たのは。

「……な、なにをやってるんだ?」
 その異観に、彼は思わず足を止め、呟く。
 その呟きに、男は驚いたように目を見開き、それから微笑んだ。
「……ようやく、私を見てくれたんだな―――」

 柏木楓と彼女を追いかける集団は、三つへと分割されようとしていた。
 
先頭集団は、まず楓。
 それを追う、途中参加であり体力を残している光岡。
 それから、同じく途中参加であり体力に余裕を残しているアルルゥとユズハだ。
いや、正確にいうのなら、体力を残しているのは彼女達が乗るムックルであるが。

続く集団はまず葉子だ。意識せざる障害物の妨害によって勝負手をミスしたこと、
さらにユンナ戦での疲労が残っていることが災いして、先頭集団から少し遅れてしまっている。
 さらに続くのはウルトリィに神奈。商店街のアーケードの中ということで、二人ともかなり飛びにくそうであり、
やはり先頭集団から少し遅れてしまっていた。

248せめて最後の援護を:2004/05/05(水) 23:21
 そして、最後の集団は往人、大志、瑞希の三人。
その先頭を走る往人は徐々に視界から消えていく前の集団をにらんで、歯噛みした。
(くそ……とてもじゃないが追いつけねぇ!)
 そもそも身体能力が違いすぎる。前を行く能力者たちは互いに妨害しあい走ることに専念出来ていないせいで、
常人である彼らもなんとかついていっているが、それにも限界がある。

「ねぇ……ごめん……私……もう、だめかも……」
「……やむをえんか」
 後ろから息を切らしながら瑞希がいった。
大志もまたよほど疲れているのか、いつもの無駄口を叩かずうめくように言葉を吐き出す。
 確かに彼らは疲れていた。昨日、友里との勝負が長引いて、結局一睡も出来なかったことが響いているのだ。

(だが、そいつはウルトリィだっておなじだろう……!)
 往人は、はるか前ではためく白い翼をにらむ。彼女だって疲れているはずなのだ。
だが、ウルトリィは目の前を行く能力者達に一歩もひかずに競り合っている。
(くそ……! 俺にはなにもできねぇのか!?)
 彼女のために何もしてやれない。追いつくことも、何か援護をすることも。
そのことが、往人を苛立たせる。
 おそらく、もう逃げ手も少ない。これが最後の勝負かも知れぬ。
なのに自分は指をくわえて勝負を見守るしかないのか?

「憤懣やるかたないといったところだな、同士?」
 走りながら、背後から大志が声をかけてきた。
 こいつは、いつも唐突に話をしてくるな―――そう思いながら、往人は大志をにらみつけた。
「だったらなんだ?」
「いやなに、思いは同じと思ってな。我輩もこのまま終わるのは気に食わん」
「……なんだと?」
「この状況で我輩達が決定的に状況を変えることはできまい。
だが、同士ウルトリィの援護ぐらいはできよう。同志往人よ、お前の力を使えばな」
「考えがあるっていうのか?」
「うむ。聞いてみるかね?」

249せめて最後の援護を:2004/05/05(水) 23:22
 走りながら小声で告げられた大志の作戦は簡潔なものであり……
「……この距離じゃ難しいぞ」
 往人の能力を超えたものでもあった。
「だが、このままでは状況は同じだ。我輩としても、どうせならば一度は手を組んだウルトリィに勝利して欲しい」
 チラリと後ろを向き、もはや走ることすら困難な瑞希を見て、
「我輩たちも他に何も出来そうにないしな」
 そう付け加える。

 往人はもう一度、前をにらむ。遠い。しかも走りながらだ。大志の提案は己の能力を超えている。
だが―――もはや彼に出来ることは、その他に無いのだ。
(出来るはずだ……! やってやる!!)
 前に手をかざし、法力を使うべく集中力を高めながら、往人は叫んだ。

「ウルトリィ! 今から最後の援護をする!!」


 葉子、神奈、ウルトリィの第二集団も、互いへの妨害が激しくなってきた。
「神奈さん! 何とか前へ!!」
「わ、分かっている! しかし……!」
「いかせません!!」

 自分がウルトリィを押さえ、神奈を単独で先頭集団に追いつかせる。それが葉子の目論見だ。
 実際、それしか選択肢はない。
 よく状況が把握していないのだが、前を行くアルルゥ達は、ウルトリィに協力しているらしい。
 ならば、せめて神奈だけでも前に行かせないことには勝負にならないのだ。

250せめて最後の援護を:2004/05/05(水) 23:23
 ウルトリィにも葉子の考えなど先刻承知なのだろう。だから、葉子からの不可視の力による妨害を法術でしのぎながら、自分もまた風の法術で神奈の飛行を邪魔する。

(思ったよりも粘りますね……!)
 葉子は歯噛みした。自分の作戦は成功しかけている。
疲れてきているのだろうか、相手の術の威力も下がってきているのだ。
もうすぐ神奈を前に出すことが出来るだろう。
 だが、ここで時間を浪費するわけには行かない。目標は彼女を脱落させることではなく、楓を捕まえることなのだ。
これ以上先頭集団から引き離されることは致命的になりかねない。

(たいしたものですね……賞賛します)
 葉子は思った。相手の疲労は顔色で分かる。
それでもウルトリィは一歩もひかず、神奈を前に出さず、ともすれば自分が前に出ようとする。
その、気力は確かに賞賛に値する。だが、これ以上勝負を長引かせるわけにはいかない。

(ですが、ここで決めます!!)
 スっと、目を細め葉子は集中力を高めた。この状況で許される限りの力を集め始める。
 だが―――
「ウルトリィ! 今から最後の援護をする!!」
 いざ、その力を使おうとした矢先、かなり後方からそんな叫び声が聞こえてきた。

「往人さん!」
 顔を輝かせるウルトリィ。
(援護ですか……!?)
 力をためているため、とっさに反応できない葉子。

251せめて最後の援護を:2004/05/05(水) 23:23
 そして―――バンッと、葉子の腰の辺りで破裂音がして。
 スカートのホックがはじけ飛んで、ずり落ちて、

「え……?」
 ずり落ちたスカートが足にまとわりき、走っていた葉子は転倒した。

―――熊さんパンツをむき出しにして。


 大志が叫んだ。
「走っている時に、スカートが落ちれば転倒は必定! よくやったぞ同士!!」
 往人が叫んだ。
「一人は仕留めたぞ! 行け、ウルトリィ!!」

 釘バットが背後から大志を叩きつぶした。
 光の法術が往人を吹っ飛ばした。


「……?」
 先頭を走る楓は、眉をひそめた。
 背後から追ってくる気配が、かなりの数消えたのだ。
 
 振り返り、事態を確認する誘惑に駆られるが―――
(そんな余裕、ないよね)
 彼女は勝ちたかった。その思いは強く、だから彼女にはなんの油断も慢心も緩みも余裕もなく。
 
 故に楓は振り返ることなく、ただ走り続けた。


鬼ごっこ開催四日目。昼下がりを迎えた商店街には、
血まみれになった大志と黒焦げになった往人を取り囲む、四人の淑女の姿があった。

252せめて最後の援護を:2004/05/05(水) 23:24
「あんたらは一体何を考えてるわけ……?」
 瑞希は顔をひきつらせながら、釘バットを突きつける。
「全くですね……ぜひお聞きしたいものです」
 ウルトリィもまた同じように顔をひきつらせながら、拳に力を込める。
「裏葉に教わったぞ。こういうのを女子の敵というのだな」
 神奈が怒りに満ちた目で二人をにらみ、
「こんな屈辱を味わったのは初めてです……」
 葉子の目はもはや怒りを通り越して、愉悦の表情すら浮かんでいた。

 ゴゴゴゴ……と効果音が聞こえてきそうな、重苦しい空気の中、往人は必死で声を出した。 
「いや、待てお前ら! 話せば分かる!! つーか……!」
 往人は商店街の向こう、楓達が消えた方を指差した。
「鬼ごっこはどうした鬼ごっこは! 俺が折角援護してやったっていうのに……」
「何が援護ですか、何が!! やっていいことと悪いことがあるでしょう!!」
 ウルトリィが往人の襟首を掴んで、ブンブンと振った。
「前から思ってたんです! あなたは女性にたいする礼儀とか気遣いとかがなさすぎるのです!
思えばあなたは最初から無礼者でした!
私の羽に泥をぶつけたり! ご不浄のことを言い出したり!
ああもう……!
友里さんから助けてもらったときは、少し感動したのに……!!
今もまた、援護だと聞いて期待してしまった私がものすごく馬鹿みたいじゃないですか!!」
 一気にまくしたてるウルトリィに、往人がぼそりと聞いた。
「……お前、感動なんかしてたのか?」
「そういうところを聞き返すあたりがダメなのです! あなたは!!」
「落ち着きなさい、ウルトリィさん」
 真っ赤になって怒鳴るウルトリィを葉子が穏やかな声で抑えた。

253せめて最後の援護を:2004/05/05(水) 23:24
「フフフ……楽しくなってしまいますね。ここまで人を怒らせることができるとは」
 葉子は穏やかな笑みを口元に浮かべる。目は全く笑ってなかったが。
「一体何時間説教できるのか……記録を伸ばしてみるのもよいかもしれません」
「付き合うぞ、葉子殿。余の連れ合いを侮辱した罪は重い」
「よろしくお願いします、神奈さん。
そうですね……神奈さんにはいざという時私を止めてもらう役目もしてほしいです。
フフ、困ったものです。私も修行が足りませんね。自制をきかせられる自信がまるでありません……」
「心得たぞ、葉子殿。思えば葉子殿にはお世話になった。余としても葉子殿の役に立てそうで嬉しいぞ」
 力強くうなずく神奈に、瑞希もまたうなずいた。
「私も協力するわ、葉子さん。この馬鹿どもをコントロールできなかった私にも責任、あるもの。
 あ、良かったらこれ、使ってね」
 そういって、釘バットを差し出す。
「お二人ともありがとうございます。さて、あなた方、なにか言い残したことはありますか?」

 濃密になっていく殺気を前に、往人は大志に向かって叫ぶ。
「いや、だから待て! おい、大志! 言い出したのはお前だろ! なんか言えよ!!」
 往人から話を振られて、大志はフム、とうなずいた。
「強いて言うのならば……葉子とやら。その年で熊さんパンティは我輩としてもどうかと―――」
「余計なこと言ってんじゃねぇ!! おいこら、そこまて! 無言で釘バットを振りかざすな! 目が怖いぞマジで!!」
「釘バットに始まり釘バットに終わるか。フム、これもまた我輩らしい鬼ごっこであったな」
「綺麗にまとめてんじゃねぇよ! ああ、糞! 俺が一体何をしたって言うんだぁぁぁ!!」
「それが分からないのが、一番の問題なんです!!」
 ウルトリィと葉子が同時に叫んだ。

 
 ―――一方その頃。

254せめて最後の援護を:2004/05/05(水) 23:25
「そうか、あんたも苦労しているんだな」
「ああ。まさしくどうしたらいいんだ、といったところだ」
「でも、出番があるってのも考え物だぞ? 説教食らうわ、カタパルトにされるわ」
「そうか。どうしたらいいか分からないものだな」
「お前は、俺と違って名前も顔もあるんだぜ。きっとどうにかすれば、いいことがあると思うぞ?」
「どうしたらいいんだ?」
「さぁなぁ……」
 往人達からそう遠くないところで、A棟監視員とビルは親交を深めていた。

【楓 逃げ続ける 舞台は商店街】
【光岡、アルルゥ&ユズハ&ムックル&ガチャタラ 楓を追い続ける】
【葉子、神奈、ウルトリィ、往人、大志、瑞希 追跡脱落】
【A棟巡回員、ビル 祝、脱背景 追跡脱落】
【登場 柏木楓】
【登場鬼 【鹿沼葉子】【光岡悟】【アルルゥ】【ユズハ】【ウルトリィ】【神奈備命】【国崎往人】【九品仏大志】【高瀬瑞希】【A棟巡回員】【ビル・オークランド】】
【登場動物:『ムックル』『ガチャタラ』】
【四日目午後】

255自分の力で:2004/05/05(水) 23:38
 鬼ごっこも四日目を迎え、日も頂点を過ぎて大分立つ頃。
残ったわずか5人の逃げ手の一人、みちるは手にしたレーダーを見てため息をついた。
「ふぅ……なんとかやりすごせたよ」
 レーダーの画面には、先ほどまで存在していた光点が消えていた。

 ふう、とみちるは再度ため息をついた。
 残った逃げ手は本当に少ないらしい。Dと別れてからそれほど時間もたっていないのに、
鬼の側をやり過ごしたのはこれで三回目である。
レーダーは強力な武器だが、それでも絶対ではない。有効範囲自体はそれほど広くはないのだ。
走力で勝る相手にレーダーの有効範囲外から視認されてしまえば、
自分にもはや成す術がないということはみちるにも分かっていたし、
だからみちるはレーダーだけに頼らず常に周囲に気を配り、
やむを得なく移動するときもまた、細心の注意を払って移動していた。
 そういう思慮深い行動の仕方は、ハクオロと共に行動することでいつの間にか身に付いたものであり、
その行動を支える忍耐力と精神力は、『自分の力で頑張る』という彼女なりの決意から来るものだ。
 その甲斐があってか、みちるは首尾よく鬼の魔の手をかわしていた。
 少なくとも今までは。

 だが―――思慮深さや決意だけでは抑えられないものもある。

「うに……お腹すいたよ……」
 お腹を押さえて、みつるはつぶやいた。
 思えば、今朝ホテルを出発するときに美凪達といっしょに朝食を食べて以来、みちるは何も食べていないのだ。
昨日の夜ハクオロが調達してきた食料も、その朝食時に使いきってしまった。
 平時であれば一食ぐらい抜かせなくもないが、ハクオロと別れて以来
ずっと気を張り詰めてきたために、空腹も疲労も耐えがたいものになっていた。

256自分の力で:2004/05/05(水) 23:38
 ―――と、不意にいい匂いが漂ってきた。
「……んに?」
 パッとみちるは顔を上げ、鼻をひくつかせる。
 日本人の食欲を刺激する、お味噌汁の匂いだ。それも極上の。

「だ、ダメだぞ……!」
フラフラっとそちらに足が向きそうになって、慌ててみちるは首を振った。
「鬼がごはんをたべてるかもしれないんだから……!」 
 だが、もう一つの可能性もみちるは思いついてしまった。
(ひょっとして、屋台があるのかも……!)
 もしそうならば食事ができる。ふところにはわずかだが、美凪から貰ったお小遣いがあるのだ。

―――しばらく迷った後、
「だ、大丈夫だぞ! レーダーもあるんだし!」
みちるは結局誘惑に負け、匂いのするほうへ歩き始めた。


 鬼となってしまった者達の中には、逃げ手を捕まえることに固執せずに、別の楽しみ方を見つけた者も結構いる。
皐月、サクヤ、夕奈の三人も、そんな者達だった。

超ダンジョンでサクヤが見つけた豊富な食材をもとにレストランを開く。
サクヤの提案ではじまった、そんなレストランは三日目終了時に既に5人の客を迎え、
そして、四日目では午後になってようやく二人の客を迎えていた。

「うまい……! これはうまいぞぉぉぉぉっ!!」
「みゅ〜♪」
 ペンションの庭先のテーブルで上機嫌な声を上げる高槻と繭に、フフンと皐月は鼻を鳴らした。
「ま、和食は専門外なんだけどね。口にあってもらってよかったわ」
 食卓に並んだメニューは豚汁に煮魚。魚の方はサクヤが午前中に川で用意したものだ。

257自分の力で:2004/05/05(水) 23:40
「うむ。うまい。うまいが、だがしかし! 俺には大きな不満があるぞぉぉぉっ!!」
「む……なによ?」
 口では専門外と言いながら、なんだかんだいって自信はあったのだろう。高槻の言に、皐月は少し眉をひそめた。
 だが、高槻は皐月に構わずにサクヤと夕菜を指差した。
「なんだその格好はぁぁぁ! ここはレストラン! ならば貴様らはそれにふさわしい服をきるべきだろうっ!!」

 サクヤと夕菜は顔を見合わせた。
「ほ、本当ですよ! どうしましょう……」
「うわぁ〜 盲点だったねぇ〜」
 サクヤは慌て、夕菜も顎に手をあて考え込む。 
その二人の様子に皐月は頭を抱えた。
「いや……あんたら、こんな戯言にマジで悩まなくていいから……」
「なんだとうっ! これは重要な問題だろうが! なあ繭!?」
「みゅ? うーん……」
繭は小首をかしげた後、ぺこりと頭を下げた。
「おじさんが変態でごめんなさい」
「ぐおぉぉぉっ……!!」
 繭の言葉にショックを受ける高槻。

 その高槻を尻目に、皐月は声を潜めて隣のサクヤと夕菜にささやきかけた。
「まあ意外といえば意外な組み合わせよね。最初は幼児誘拐なんじゃないかと思っちゃったけど」
「あはは……皐月さん、本気で殴りかかって管理側に突き出すことまで考えてましたもんね」
「こんな怪しさ大爆発な男と、幼女が連れ立ってきたんだもん。当然だと思う」
「そうですかぁ? そんなに悪い人には見えないですよ」
「うんうん、そうだよね〜」
 サクヤの言葉に、夕菜も同意する。
「あんたらに言わせたら、みんな悪人には見えないでしょうに……」
「でも。今だっていい感じですよ。ほら」

258自分の力で:2004/05/05(水) 23:40
 サクヤが指し示す方では、
「こらぁ、繭! 綺麗に食うのだぁぁっ! そんなに顔を汚して恥かしくないのかおまえはぁぁ!」
「うくー……おじさん、くすぐったい」
 そんなやりとりをしながら、高槻が繭の顔をぬぐっていた。

「ほら、やっぱりいい感じですよ……って、え!?」
 不意にサクヤが顔を上げた。庭の外を見つめるその目が、驚きに見開かれる。
「ど、どうしたのよ……?」
 怪訝な顔を見せ、そう問う皐月に、しかしサクヤは答えず庭から外に飛び出した。

「由宇さん!! 詠美さん!!」
 ―――そう、叫びながら。 


 由宇、詠美、カルラ、まいか、クロウ、郁美、そしてついでにデリホウライ。
新たな7人のお客様を向かえ、皐月達のレストランは大盛況だった。

「ふ、ふみゅ!? ちょ、ちょっとサクヤ離れてよ!!」
 サクヤに抱きつかれて、真っ赤になる詠美。
 詠美といっしょに抱きつかれている由宇は、ちょっとくすぐったそうな顔をしている。
「元気そうやな、サクヤ。よかったわ。あんな形で別れてちょっと気ぃ、咎めてたんや」
「はい! 由宇さん達も!! あ……でも、鬼になっちゃったんですんね……?」
 由宇たちの身にかかる襷を見てそういうサクヤに、
「いや、アンタはそれを確認せんで抱きついたんかい!!」
 由宇はどこからかハリセンを取り出して、パシンと突っ込んだ。それから、肩をすくめて呆れたような声を出す。

259自分の力で:2004/05/05(水) 23:41
「全く……あんなとんでもない爺さんの血ぃ引いて、よくこんなのほほんとした子が生まれるもんやわ」
「あ……! そうよ、サクヤ! 結局あんたのお爺ちゃんにつかまっちゃんだから!!」
「あ……お爺ちゃんが捕まえちゃったんですか……あはは……ごめんなさい……」
 申し訳なさそうな顔をするサクヤだが、
「あ、でも。お爺ちゃん、すごかったでしょう?」
 どことなくちょっと誇らしげそうで、
「全くやな。まあ、アンタが自慢するだけのことはあるわ」
 と、由宇もまた苦笑した。 


「御代はお客任せの料亭ですの? 随分面白いことをなさってましてね?」
「ん、まーね。言い出したのはサクヤだけど」
 カルラと名乗る虎耳の女性に、皐月はそう答えると、
あなた達も食べていく? と食事を誘い、カルラもまた、お願いしますわ、と答えた。
「でも、会う人みんな鬼ばっかりね。もう、逃げ手も少ないのかな? カルラさんは誰か逃げ手にあった?」
「昨夜鬼になってしまってから、とんと会いませんわね。
もっとも今日、私達が動き始めたのは昼近くなってからですけど。あの、不甲斐ない殿方達のせいで」
 クイっと、カルラが親指で指し示すその先には、二日酔いで椅子に倒れこむクロウとデリホウライの姿が。
「姉上……それはあんまりなおっしゃりようです……」
「てめぇのせいだろうが、てめぇの」
 テーブルの上に突っ伏したまま、二人はうめく。
「なにが私のせいですの? 全くだらしのないこと。あの程度の酒量でその様とは」
 どうやらあの夜襲の後、カルラに酒につき合わされたようだ。かなり容赦なく。

260自分の力で:2004/05/05(水) 23:41
「いえ……あの量はわたしも退いちゃったんですけど……」
 辛うじて飲まされることを免れた郁美が引きつった笑みを浮かべる。
「でも、カルラおねーちゃん。あんなにたくさんのおさけ、どこにもってるの?」
「フフ……さいか。大人の女には秘密が多いの」
 さいかの問いにカルラは嫣然と答えると、皐月の方をむいた。
「それでは、私達の御代はこの酒瓶に致しますわ。少し強いものですが、それなりによいものでしてよ?
あの二人には何か軽いものでも差し上げてくださいな」
「OK、分かったわ。そうね、御粥でも作ってあげようかな」
 皐月はうなずくと、室内のキッチンの方へ入っていった。


(んに……屋台じゃなかったよ……)

 物陰から皐月達の方をうかがうみちるは、がっくりと肩を落とした。
レーダーに12つの光点が光ったときには、みちるは大分期待していた。
鬼がこんなにも大人数集まるなんて、屋台ぐらいしかないとみちるは思ったからだ。

 実際、他になにがるというのか?
逃げ手を見つけたいのなら、こんなふうに固まっていたってどうしようもないはずじゃないのか。

 みちるは、漠然とそう考がえていたが、結局これははずれいていた。
 みちるは残ったわずか5人の逃げ手の一人。いわば、このゲームの渦中にいる存在。
故に、まさか半ば鬼ごっこをリタイヤして、別の楽しみをしている者がいることなど思いつきもしなかったのだ。

(と、とにかく、離れなくちゃ……)

 こんなおいしそうな匂いを間近に嗅がされて、そして美味しい、美味い、なんて言葉を聞かされて、
みちるの空腹は耐えがたくなってきている。

261自分の力で:2004/05/05(水) 23:43
(ダメダメ! 頑張るって、きめたんだぞ!!)
 誘惑に耐え、みちるは慎重に後退を始める。が―――

 キュウウウゥゥゥン

 そんな主人の思惑に逆らって、みちるのお腹が随分大きく、せつなく鳴った。

 庭にいるサクヤ達が、その音に反応して顔を上げ、
「にょ……にょわっ!!」
 自らの腹の音に硬直するみちると視線があう。

「こ……こ……」

 なんで、空腹を我慢できなかったのか。
 なんで、こんなところでおなかを鳴らしてしまったのか。
 折角、美凪とハクオロにわがままを聞いてもらって、Dからレーダーを貰ったのに……

「こんちくしょーーー!!」
 みちるはそう雄たけびをあげると、精一杯走り始めた。


「あ、姉上!! 獲物です……!!」
 突如現れた逃げ手に、いち早く反応したのはデリホウライであった。
 痛む頭を抑えて、前に飛び出そうとする。

 が、カルラがそれを腕で制し、呟いた。
「あれは……確かあるじ様と一緒にいた娘ですわね……」
「うん、おとといの夜、あったよね」
「未だ鬼なっていないとは、正直驚きましたわね。あるじ様とは別れてしまったようですが……」
「あ、姉上! 追いかけないのですか!!」
「あなたは二日酔いを楽しんでいる最中でしょう? 無理するものではなくてよ」
 デリホウライを軽くあしらうと、カルラは一瞬思案する。

262自分の力で:2004/05/05(水) 23:44
(捕まえるのはたやすいことなのだけれど……ここまで生き残った娘に対して、
それは少し無粋という気もしますわね……)

 だが、カルラが結論を出すよりも早く、高槻が立ち上がった。
「走れぇぇっ! 繭!! あの幼女を捕まえて来い!!」
「みゅっ!?」
 突然名を呼ばれ、驚く繭に、高槻は続ける。
「ただ座って飯が出てくると思ったら大間違いだぞぉぉぉ!! お前はそんなので、恥ずかしくないのかっ!
お前は役立たずかっ!! 少しは自分で稼ごうと思わんのかぁぁぁぁっ!!」
「う、うく〜 や、やくたたずなんかじゃないもぅん」
「ならば、繭! 自分の力であの幼女を捕まえて見せろ!! そうすればなぁぁぁっ!!」

 高槻は、そこで言葉を切り繭の肩に手を乗せた。
「お前が頑張って、一人で捕まえたことを知れば、七瀬や瑞佳とかいう女どもも喜ぶぞ」

 その言葉に、繭の顔が輝いた。
「おねえちゃんが……? う……うん!!」
 ガタっと席を鳴らし、繭は立ち上がる。
「行ってくるね! おじさん!」
「行って来い!! さぁ、走れぇぇっ!!」
「うん! みゅ〜♪」
 繭は一度だけ大きく手を振ると、みちるの後を追って、走り始めた。
 
(これは……少し意外でしたわね……) 
 その様子に、カルラは軽く驚いた。
正直、この高槻という男は、まあなんていうかもっとどうしようもない奴だと思っていたのだが。
(そうですわね。お手本とさせていただきますわ)
 カルラは、さいかの肩に手を置き、軽く前に押し出した。
「カルラおねえちゃん……?」
「さいか。あの獲物、あなたに譲ります。好きに料理してさしあげなさい」
「でも……お姉ちゃんはいっしょにおいかけないの?」
 戸惑うさいかに、カルラは首を振った。

263自分の力で:2004/05/05(水) 23:44
「あの獲物は譲るといったでしょう? 自分の力のみで頑張ってみなさいな。
さいか、あなたは今回の鬼ごっこを通じて様々な事を学び成長したはずです。
その力を思う存分、あの獲物にぶつけて御覧なさい。
 遠慮など無用。あの獲物もまた、あるじ様が手がけ、ここまで生き残った猛者なのだから。
あなたにとっては、これ以上にない好敵手のはずです」

「自分の力をぶつけてみる……?」
「そうです。さあ、行きなさいな。こうしている間にも、差はどんどん開いていてよ?」
「あ……うん、そうだね!! ようし! カルラお姉ちゃん! さいか頑張るからね!!」
 そう叫ぶと、さいかもまた繭に続いてみちるを追いかけ始めた。


 そんな二人を見つめる郁美の背中を、クロウはポン、と押した。
「クロウさん……?」
「行けよ。追いかけな」
「え……私が、ですか?」
「ああ。少し走るぐらいなら、できるんだろ?」
「あ、はい。一応手術はしましたから、ほんのちょっと走るぐらいなら……」
「なら、いきな。最後ぐらい、ウォプタルの足じゃねぇ、自分の足で勝負してみてもいいだろう?」

 ニヤリ、とクロウは笑った。
「あんたの兄貴にも言われて、今まで無理させないようにしてきたけどさ……
でもな、そんなふうに羨ましそうに見るぐらいだったら、無理しちまいな。
やっぱり、ちょっとは無理しなきゃ勝負事ってのはつまらねぇもんな。
安心しろ。本格的にヤバクなったら、俺が必ずかけつける。
だから、それまでは自分の力だけで無茶してみろよ」

264自分の力で:2004/05/05(水) 23:45
「はい……そうですね!!」
 郁美もまた、ペコリと頭を下げると、彼女に許されるだけの精一杯のスピードで、みちる達を追いかけはじめた。

 
「皐月ちゃんは、いいの?」
 夕菜の問いに、皐月は走っていく4人を見つめたあと、首を振った。
「いいです。私は追いかけません。
確かに逃げ手としても、鬼としても一度も活躍できなかったけど……でも、いいです。
私はシェフとして楽しむって、もう決めちゃったから」
 なんだかんだいって楽しいですしね、と皐月は付け足す。
「夕菜さんはいいんですか?」
「うん……あんな若い子には、お姉さんついていけないかな。それに、私も決めちゃったからね。
皐月ちゃんのレストランのウエイトレスとして楽しむって」
 にっこり笑う夕菜に、皐月もまた笑い返す。
「あははっ、そうですか。 サクヤもいいの?」
 サクヤもにっこり笑いかえした。
「あたしもウエイトレスさんです。 お客様をおもてなししないといけないですから。
あ……でも、由宇さん達は?」

 サクヤの問いに、詠美はギロリとサクヤの方をにらんだ。
「追いかけないわよ。そんな体力ないもん。わたし、あんたのせいで寝てないんだからぁっ!」
「あ、あたしのせいで、ですか?」
「ふーんだ。あんたが余計なこというからよ」
「よ、余計なこと……?」

265自分の力で:2004/05/05(水) 23:45
 戸惑うサクヤに、由宇が苦笑した。
「このアホな、アンタのためにかどうかは知らんけど、昨日一晩かけて自分の原稿手直ししとったねん。
『クイーンの本気みせてやるー』とかのたまいながらな。
 サクヤ、良かったらこのアホの本気、読んでやってや」


―――こうして、みちるを追うものは三人となった。
 繭、さいか、郁美。そしてみちる。
 保護者を離れ己の力で頑張ると決めた者達の、勝負が始まる。
【四日目午後 町外れのペンション】
【繭、さいか、郁美、みちるを追う。他の鬼達は追わない】
【登場 みちる】
【登場鬼 【クロウ】【立川郁美】【カルラ】【しのさいか】【大庭詠美】【猪名川由宇】【デリホウライ】
【湯浅皐月】【梶原夕菜】【サクヤ】【椎名繭】【高槻】】

266線が交わる時:2004/05/15(土) 04:55
 背後から伸ばされたタッチの手を、楓はほとんど直感で横に跳び、回避した。
 チ―――という、光岡の軽い舌打ちの音が風を切って聞こえてくる。

 それに構わず、楓は再度跳ぶ。その一瞬後、楓のいたところをムックルが通り過ぎていった。

「ん〜〜!」
 ムックルの上にのるアルルゥが残念そうな声を上げ、無理なタッチに挑み体勢を崩した光岡の方に向かって叫んだ。 
「悟! もっとがんばる!!」
「心得ている! ユズハさん! この光岡の活躍、見守りください!!」
「いえ……あの、見えないのですが……」
 激しい運動を繰り返すムックルに必死でつかまりながら、ボソっとユズハは呟いた。

 対する楓は、光岡達の声を聞き流しながら、少しでも距離を開けようと走る。
「はぁ―――はぁ―――はぁ」
 その息は荒い。普段無表情なその顔も、今は苦しげに歪んでいた。
(やっぱり、体力の差が出てるね……)
 苦々しくそう思う。
光岡達は途中参加。やはり余力という点では彼らに分がある。
 
「ぬぉぉぉっ! ユズハさんに見とれている内に距離が開いているだと!?」
「悟、ムックル、ふぁいと! 絶対逃がしちゃダメ!」 
「あの……アルちゃん……何か目的がすりかわっているのはユズハの気のせい……?」

 そんな漫才をかます余裕があるのだから。
 そんな漫才をかましながら、それでも楓が必死に開けた距離を詰めてくるのだから。

267線が交わる時:2004/05/15(土) 04:56
 だけど―――楓は負けたくなかった。
どうしても負けたくはなかった。
 今残っている5人の逃げ手の中で、最も優勝を意識している者はおそらく楓だろう。
 楓は優勝したかった。
 優勝して、耕一を手に入れたかった。

 ―――いや、本当は分かっているのだ。
こんな鬼ごっこに優勝したところで、耕一を手に入れることなんてできないってことぐらい。
初音と一方的にかわした賭けが、何の効力も持たないってことぐらい。

(でも……私が優勝したら、きっと耕一さん、褒めてくれる。よくやったって、笑って頭を撫でてくれる)
 走りながら、楓は想い人の顔を思い浮かべる。
(―――そうしたら、その時にはきっと私も自然に笑える)
 いつもは引っ込み思案で、耕一となかなか話す機会も持てなくて、自然に耕一と話せる千鶴達に嫉妬してしまう楓だけど。

(でも、私が優勝したら、きっと耕一さんは私に笑ってくれて、私も笑い返せるよね……)

 そう思ったから、楓は必死に走り続け、それにつられるようにして、

「速い……!! 流石にここまで残った逃げ手だな……!」
 楓を追う光岡の目は鋭さを増し、
「勝つ……この強敵を倒せたのならば、この俺もユズハさんや蝉丸にさんに胸を晴れる!! 必ず勝つ!!」
「ん〜〜!! 勝つのはアルルゥ達!」
 このチェイスの熱はさらに増し続けた。

268線が交わる時:2004/05/15(土) 04:57
「アルちゃん……ひょっとしてカミュち〜探すのは忘れちゃった……?
というか、みなさん、無理しないでくださ〜い!!」
 なんとかムックルから振り落とされないよう頑張るユズハの、その叫び声を無視して。


その同時刻。同じ街の外れにて。

「ハクオロさ〜ん! 待ってください、速いですよ〜!」
「ハハハ、だらしないぞエルルゥ。それでは私は捕まえられないぞ?」
「あ、言いましたね! ん、もう! 絶対捕まえちゃいますから!」
「ほう、なら私も頑張って逃げなくてはな!」
 
―――なんて、ハクオロとエルルゥの実にのどかな追いかけっこが続いていた。

(ハハ、こういうのもいいものだな)
 走りながら、ハクオロは思う。
 意識していたわけではないのだが、今思えばハクオロは、美凪達と行動している間ある程度彼女達に対して責任を感じてきた。
 無論、それが重荷だと思ったわけではない。だが、自分のことを一番に考えなかったのも事実だった。

 そして、今ハクオロは美凪達と別れ、陽光の下エルルゥと追いかけっこをしている。
なんのしがらみも危険も無い、ただの追いかけっこ。
槍衾の間を縫うわけでもなく、矢の雨の中を駆け抜けているわけでもない。
ただの、純粋な追いかけっこだ。

―――それが、こんなに愉快だなんて。

今残っている5人の逃げ手の中で、最も優勝にこだわっていない者はおそらくハクオロだろう。
彼が願う幸せは、今、この瞬間にあるのだから。

269線が交わる時:2004/05/15(土) 04:57
「ほら、エルルゥ。 こっちだ! おいていくぞ!」
「ふーんだ! もう、おいていかれませんからね、私!」

 じゃれあうように走るハクオロとエルルゥの姿はまるで父娘のようにも、恋人のようにも見えて、

「……やってらんないわよね」
 と、マナは憮然とした表情でつぶやいた。
 

 このチェイスの参加者はハクオロとエルルゥだけではない。マナと少年もまたハクオロを追っている。
っていうか、
「実は走ってるの、僕なんだけどね」
 エルルゥは足を怪我しているため、少年が彼女を背負って走ってたりする。
 
少年の呆れたような声も、もちろんエルルゥの耳には届かない。
彼女は目の前を行くハクオロしか見てないわけだから。
 そんなエルルゥを横目でにらみながら、少年に併走するマナは口元を引きつらせるよ。 
「なによその幸せそうな顔。ついさっきまでこの世の終わりみたいな顔してたくせに……」
「あはは……まあ、よかったじゃないか。結局仲直りできたいだし」
「ええ、そうね。実にあっさりと仲直りかましてくれたわね……
ほんと、気を使った私が馬鹿みたいじゃない……! なにがメランコリックよ! センチメンタルよ!!」

ちなみに、このチェイス。マナにとってもそれほど苦でない。
ぶっちゃけ、ハクオロも少年も全く本気で走ってないのだ。

270線が交わる時:2004/05/15(土) 04:58
 少年の背中で光り輝くエルルゥの横顔をみながら、マナはため息をついた。
「はぁ……ほんと馬鹿みたい。ハクオロさんを捕まえる気もなくなっちゃった」
「あれ? 鬼ごっこしたいんじゃなかったけ?」
「そんな気も無くなっちゃったわよ……だいたいとてもじゃないけど、割って入るような空気じゃないもん」
「そうか……」
 少年は、マナの方を向いて、ニッコリと笑って、
「マナは……優しいね」
 そんな言葉を、なんの照れもなく真顔で言う。

「な……何言ってんのよ、バカ!!」
 顔を真っ赤にして、マナは怒鳴り、走りながら器用に少年の脛にキック。
「あはは……痛いなぁ」
 少年もまた実に器用に、走りながらマナの脛蹴りを受け止める。

―――と、そこで
「ん……?」
 少年は、少しだけ鋭い目をして、行く先を見た。
「どうしたの……?」
「いや……これは……うん、間違いないかな」
 少年はマナの問いに、少しだけ口元をゆがめて笑った。
「とんだ偶然と言ってもいいと思う。
何人かの走る音が聞こえるね。多分、逃げてる人がいるんだと思う。
―――.このままいくと、多分街中で接触することになるよ」

 
「ん……おと〜さん?」
「アルちゃん?」
 ムックルの上で鼻を引くつかせるアルルゥに、ユズハが声をかけた。

271線が交わる時:2004/05/15(土) 04:59
「おとーさん匂いがする」
「え……?」
「おとーさん、近くにいる。―――このまま行けば会える!!」

 
ヒートアップとマッタリムード。全く対照的なチェイスが今、街中で交わる。

【楓 逃げ続ける 舞台は町外れ】
【光岡、アルルゥ&ユズハ&ムックル&ガチャタラ 楓を追い続ける】
【ハクオロ マナ&少年withエルルゥとチェイス中】
【場所 町外れ】
【時間 四日目午後】
【登場 ハクオロ、柏木楓
【【エルルゥ】、【少年】、【観月マナ】、】【光岡悟】、【アルルゥ】、【ユズハ】】
【登場動物:『ムックル』『ガチャタラ』】

272線が交わる時:2004/05/15(土) 10:28
対照的て。対象的じゃん。

273線が交わる時:2004/05/15(土) 20:12
ちがうよ、対称的だよw

274名無しさんだよもん:2004/05/18(火) 16:04
じゃあ間を取って対症的ということで。

275DreamPower:2004/05/18(火) 21:55
 オーシーツクツク……オーシーツクツク……オーシーツクツク……

「……ツクツクボウシか」

 静寂を取り戻した森の奥。大きな岩に背を預け、虫の音に耳を傾けるDの姿が、そこにあった。
 
 ……原因不明の体調不良により、気付いたら瀕死状態。さらにそこで相手が子供とはいえ追撃戦をぶちかまし、少なからずの術を使ってさらに消耗してしまった彼。
 表示値では変数の都合で未だ1のままではあるが、実質的な体力はすでに真分数の域にまで達している。
 端的に言って、大神ウィツァルネミテアことD、ドぴんちである。
「……生きて帰れるのだろうか……」
 ボソリと、不吉なことも言ってしまう。だいぶ不安になってきた。
 すでに己が身体と付近一帯は深紅の血の海に沈み、深緑の森の中で異種独特の色彩を放っている。
 幸い大神は血の気も多いのか出血多量で死ぬこたなかったが、もはや動けるほどの体力は残っていない。
 暇で暇で仕方がない。岩切も先ほど出発したばかりだし、まさか半時で終わるほど楽な仕事でもないだろう。
「………………」
 話し相手も、やることもない。

 オーシーツクツク……オーシーツクツク……オーシーツクツク……

「………………」
 聞こえる音は、己の息づかい以外は虫の声のみ。……淋しい。そして、ちょっと怖い。
「よもや野犬の類は出ないと思うが……」
 今来られたらだいぶピンチである。正直言って負ける可能性も高い。
 いや、野犬ならずとも肉食系の動物全般が……蟲ですら集団で来られたら危険かもしれん。
「…………いやいやいや。考えすぎだ、我」
 頭の中に浮かんだB級スプラッタなシーンを慌てて打ち消す。
「……何とかならんものか……」
 見上げた空の青さがいやに目に痛かった。

276DreamPower 2:2004/05/18(火) 21:55
 キィン!
「づぁぁっ!?」
 初太刀。最初の交錯。それだけで戦いの趨勢はほぼ決した。
 ゲンジマルの一撃を受け止めた岩切が後ろにブッ飛び、木の幹に背を打ち付ける。
「がっ……ぐっ!!」
 胸が呼吸を許してくれないが、立ち止まるわけにはいかない。すぐさま剣の柄を握り直すと、構えをとる。
「フン、ハッ!」
 しかしゲンジマルはまったく速度を緩めることなく、一気に間合いを詰めるとそのまま岩切に二撃目を打ち込んできた。
「ち、ぃッ!」
 完全に受けに回り、真横に構えた刃で切り下ろしを流すと、体面も糞もないほど無様な姿の横っ飛びで距離をとる。
(早い、早すぎ……いッ!!)
 ハクオロが聞いたら別の意味で涙しそうな台詞を心の中で吐き捨てる、が、完全に戦闘モードに入った生ける伝説はそれすら許してくれず、追撃の手を緩めることはなかった。
 岩切は全力で後方へ下がりながら、ゲンジマルの連続攻撃を受け止めていくことしか、できない。

「……さすがゲンジマル殿」
 未だ岩切から受けた一撃のダメージが抜けきらないトウカ。木陰に座り込んだまま2人の戦いを眺め、そう呟いた。
「……あのおじーちゃん、すごいの? 岩切のおねーちゃん、勝てそう?」
 その胸に抱かれたまいかが、感嘆めいた声を漏らす。
「……あのお方は我らエヴェンクルガ族最強の戦士であり、希代の英雄、生ける伝説、ゲンジマル殿。
 確かにあの者も多少は剣の心得があるようだが……やはりゲンジマル殿相手では、勝ち目はないだろう。
 あそこまで明確な実力の差は、某との場合と違い、奇策の一つや二つで覆せるものでは……ない」
「……おねーちゃん……」
 心配げな幼女の眼差し。だが、それは何の効果も及ぼさない。

「おお……おあああっ!!!!」
 一方的に押されること10秒少々。突然岩切は腹の底から大きく吼えると大きく後ろに跳躍。空中で一回転する間に、自らの手首に刃を滑らせた。
「ムッ!?」
 その異様な行動にさすがに一瞬様子を窺うことを選んだゲンジマル。一方岩切は地に降り立つとすぐさま剣を構え直してゲンジマルへと躍りかかり、今回初めて攻勢に回った。

 キィン!

 しかし難なくその一撃は弾かれた。すかさずゲンジマルの切り返しが疾る。

277DreamPower 3:2004/05/18(火) 21:56

 ブバッ!

 瞬間、岩切がゲンジマルに向かって真っ赤な霧を吹き付けた。いや、これは……

「仙命樹入りの我が血だ! さぁゲンジマル、ほとばしる青春を蘇らせるがいい!」

 ちょっと、というかかなり卑怯な岩切の不意打ち。だが……
「この程度……ハ・アッ!!!」
 ゲンジマルは怯むことなく、刀身を視認できぬほどの速度で空中に回転させた。局所的に巻き起こるつむじ風が血煙を巻き込み、文字通り血の霧は霧散した。
 一瞬後、そこには何事もなかったかのように刀を構えるゲンジマルの姿があるだけであった。
「……回し受け……だと?」
「左様。矢でも鉄砲でも持って来られるがよろしい。何物も某の身を傷つけること、かなわぬ」
 ゲンジマルが虎を殺した経験があるのかは、定かでない。
「くっ……の……お……」
 打つ手全て無くした岩切。
「おのれぇぇぇぇぇぇぇっっっっ!!!」
 とうとう彼女すらも冷静さを失い、恐慌に近いものを起こすと大きく咆吼。大上段からゲンジマルに斬りかかった。
「……終わったか」
 トウカが呟く。同時に……

 キィィィィィィィ………………………ン

 非常に澄んだ高い音とともに、Dの剣が岩切の手を離れ、遙か天空に高々と跳ね上がった。
 くるくると回転する刀身が、繰り返し日差しを照り返す。
「…………ッッ!」
 剣を振り抜いた体勢のまま固まる岩切。そして……
「峰打御免!!!!」

 ドスッ!

 鈍い音とともに、刀の峰が、岩切の脇腹を打ち据えた。

278DreamPower 4:2004/05/18(火) 21:56
「ふぁ……」
 とうとう生あくびが出てきた。目尻に涙がたまり、ちょっと眠い。
「そういえば今日は動きっぱなしであったな……」
 朝起きて、歩いて、湖行って、岩切釣って。
 屋台で昼飯食ったが、そのときはとても安らかな精神状態ではなかった。
 そしてその後はランカーズ追激戦。超がつくほど全力疾走。
 目が覚めたら瀕死だし。
 冷静に考えてみれば、今までで一番ドタバタした日かもしれなかった。
「……暇だな」
 いい加減に誰か通りかかったりしないものか……などと思いを馳せた、その時。

「D〜、Where are you〜?」

「!?」
 ガバッ! と起き上がり、辺りを見回す。……すぐに倒れた。
 だが半分頭が土にめり込んでいても、その目は見開いている。
「今のはッ……! 間違いない!」
 腕に力を込め、再度頭を上げる。
「レミィかッ!?」

「D!?」
 レミィもまた、その声を聞いた。
 岩切に指し示された方向に走ること数分。彼女もまた捜し人の名を呼びながら森の中をさ迷っていたところだった。
「Where that!?」
「こっちだ!」
 聞こえた声。その声の方向に向かい、藪を掻き分けつつ全力でひた走る。
「くっ……やっと、助かるか……」
 一方Dも最後の力を振り絞り、四つんばいになりながらもレミィの方向に向かって這っていく。
「D!」
「レミィ!」
 最後に大きく跳躍、Dのいる広場へと飛び込むレミィ。かくして、夫婦(?)感動の再開が……

279DreamPower 5:2004/05/18(火) 21:56


 がすっ。


 膝だ。
 英語で言えばニーだ。
 ニーと言えばジャンピングニーだ。
 ジャンピングニーと言えばジョー・東だ。
 ジョー・東と言えばアンディだ。
 アンディと言えば残影拳だ。
 残影拳と言えば強すぎだ。
 思い起こせば10年前、当時アンディ使い(というか残影拳使い)が溢れる中、私は池袋のゲーセンで根性でジョーを使い続けてていつもボコボコに……


「Jesus Christ!!? D! D!?」 
 結果的に、偶然というか必然というか、頭の位置と膝の位置がジャストして己のジャンピングニーを綺麗にカウンターでDの眉間に決めてしまったレミィ。
 世界が一瞬スローモーションになったかと思うと、ゆっくりとDの体が反転し、大地に倒れた。
 ……急所に強烈すぎる一撃を受け、もはやピクリとも動かない。
「D! D!? Wake up! Please wake up!?」
 慌てて抱き上げ、呼びかけてみる。
「…………」
 反応なし。意識混濁。救助優先レベル3.
 ……少しやばいかもしれない。
「Oh my goddd!!」
 さすがのレミィもちょっとビビる。
 が、慌てている場合ではない。とりあえず己を落ち着かせなければ。
「OK, Cool....Cool....Cool down, Helen....ここは落ち着いて……」
 ゆっくりと記憶を掘り起こし、昔受けたガール・スカウトの救急講習内容を思い出す。
 その手順は……

280DreamPower 6:2004/05/18(火) 21:57
「At 1st!」
 ビシッ! と倒れてるDを指さす。
「Finding patient! D見っけ!」

「And 2nd!」
 肩を揺すり、耳元でもう一度呼びかけてみる。
「Checking consciousness! …Hey, D! Are you Okay? .....Nothing!」

「Next, 3rd!」
 ガッ! と首を押さえ、顎を上げる(この時鼻を閉じとくのがポイントです)
「Open the airways! ....OK! All right!!」

 そして……

「Finally! .......Respiration!!!」

 ……しばしの沈黙。

(ぱぱらぱっぱらっぱー♪)

┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
┃Dの(男としての)レベルがあがった!
┃あいが4あがった! 
┃じしんが3あがった!
┃やるきが3あがった!
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
┃せいじゅんどが50さがった!
┃じゅんけつをうしなった!
┃たいりょくがかいふくした!
┃一つ上野男になった……
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛

281DreamPower 7:2004/05/18(火) 21:57

 場違いな明るいSEの後、再び静寂が森を包む。


「………………フゥ。さて、Next....」
 数度、コトを終えたレミィ。続いて鳩尾から指三本分のところを押そうとしたのだが……その手は、止められた。
「…………レミィ」
 Dの手で。
「D? 目が覚め……Wow!?」
 と、そのまま口元の血を拭いつつ立ち上がってレミィを抱きかかえると、
「行くぞ」
 と一言だけ呟き、疾風と化して森から消え去った。


「ぐ……は……っ……」
 場面は戻ってゲンジマルVS岩切の一騎打ち。勝負はついた。
 ゲンジマルの刀の峰が岩切の脇腹に食い込み、その場にガクリと膝をつく。
「おねーーーーちゃんっ!!」
「あっ……!」
 トウカの腕を抜け、まいかが飛び出した。岩切に駆け寄り、必死に呼びかける。
「しっかりしてよぅ!」
「……すまん幼女……どうやら約束は果たせそうに……ない……」
「くうっ……!」
 まいかはギリリと奥歯をかみ締めると、倒れる岩切の前に立ち、遥か頭上にあるゲンジマルの顔を睨みつけた。
「おじーちゃん! つぎはまいかとしょうぶ!」
「……………」
「………は?」
 さすがのゲンジマルもやや、いや、かなり呆れ顔。
 だが無理無茶無謀無鉄砲な幼女はビシッ! とクンフー映画のようなポーズをとると、両手を高く掲げた。

282DreamPower 8:2004/05/18(火) 21:57
「ひっさつひっちゅう! みずのじゅっほぅ!!!」
 パリパリパリ……と小さな紫電が走った。
 パワーアップした術法はゲンジマルに直撃し、
「っとと、これは効きますな」
 彼の肩こりを癒した。
「ふむ、感謝しますぞ。肩が軽くなりました」
「…………ならこれは……どうだっ!!」
 その場に飛び上がって……
「ようじょりゅうせいきーーーーーーっく!!!!!」
 某仮面乗り手の必殺キックのごとく、物理的に不可解な軌跡を描いてゲンジマルに向かう、が……
「とっとと、これはまた元気な童女ですな」
 まったく苦もなく、ゲンジマルに抱きとめられる。
「うきー! はーなーせー!」
「う〜む……」
 ゲンジマルはしばし幼女の顔をしげしげと眺めた後、
「花枝殿、貴殿の娘か?」
「アホ! そいつはDの娘だ! 私はまだ若い上に独身! 花も恥らう乙女だ! ……あい……っ! たた……」
 叫んだ一瞬後、腹を押さえて悶絶する。相当響いたらしい。
「D……?」
 なんとなく覚えのあるような名前を聞き、眉をひそめる。
 この時、何となくゲンジマルの頭に嫌な予感がよぎった。
 そして、その予感は的中した。

「大神流星きぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーーーックゥ!!!!!!!!!!!」

「なんとぉ!!?!」

283DreamPower 9:2004/05/18(火) 21:58
 嫌な予感がよぎった刹那、どこからともなくゲンジマルの側頭部に脚が飛んできた。
 さすがのゲンジマルも反応できず、直撃を受けでド派手に吹っ飛ぶ。
 空中に投げ出された幼女の体は、飛んできた人間が抱きとめた。
「ゲンジマル貴様! 我が娘に何をしている!?」
「お、あ……貴方様は……」
「まいか大丈夫か!? 怪我はないか!? あの男に何かされなかったか!?」
「……でぃー? 治ったの?」
「バッチリだ! お前の方こそ大丈夫だったか!!?」
「あのおじいちゃん……あのおじいちゃん……」
 ちょっと涙目になりながら、やや演技っぽい仕草で、
「まいかのからだを蹂躙(だっこ)した!!!」

 プッツゥゥゥ――――――――――――――――――――――――――――――――ン!!!!

「レミィ、まいかを頼むぞ」
「ウ、ウン……」
 異常に静かなテンションのまま、Dはレミィを地に下ろすと彼女に娘を預ける。
 そして、ゆっっっっっっっっくりとゲンジマルに歩み寄っていった。
「な、あ、貴方様もこの島に……?」
 一応、刀を構えてみたりなんかしてみる。
「ゲンジマル……久しいな……」
「は……はい、お久しぶりにございます……」
「まさかお前が……エヴェンクルガ稀代の英雄が……そういう趣味を持っていたとはな……」
「あ、あいやその、それはですな……おそらくお互いの認識の食い違いというものでは……」
「言い訳とはお前らしくもないなゲンジマル……」
「で、ですから……」
『動くな』
 Dの言葉と同時に、凍りついたようにゲンジマルの身体が動かなくなった。
「ぐっ……な……? こ、これは……」
「貴様の罪……」
「あ、あの、貴方様……まずは落ち着いてくだされ……」
「我が娘を汚した罪……」

284DreamPower 10:2004/05/18(火) 21:58
「で、ですからまずはお互いの誤解を解くのが先決では……」
「ソノ罪……」
「ちょ、ちょっとお待ちを!」

『死スラ生ヌルイ!!!!!』

 ゴゥッ、とDの右拳に光が収束する。

「 大 神 昇 竜 券 !!!!!!!!!!!!」

「だから誤解なのですーーーーーーーーー!!!」
 強烈なアッパーが決まり、ゲンジマルは星になった。
「かつて部下であり同士であり友人だった汝……せめてもの情けだ。迷うことなく常世への道を歩むがいい……」
 その目元がキラリと光ったのは、ただの汗か、それとも強敵(とも)への餞か……

「というわけで岩切、ご苦労だったな」
 意趣返しも終わってひと段落。ねぎらいの言葉をかけるべく、Dは三人の下へと戻っていった。
 岩切もだいぶ回復してきたのか、レミィの肩を借りながらもなんとか立ち上がっている。
「やれやれ……結局いいところはお前に持っていかれてしまったか。
 それにしてもよくもまぁ仙命樹持ちでもないお前がこの短時間に回復したな。何があった」
 Dはフフン、と軽く鼻で笑うと、
「まぁそれは何というか……愛の力だな」
「……言ってて恥ずかしくないか?」
「いや別に」
「そうか……」
 と、ここで岩切が思い出す。
「って! ンなことのんびりと話している場合ではなかった! 急げD! 獲物はあっちだ!」
 ビシッ! と自分が向かおうとしていた方向を指差す。
「ん? ……ああ、そういえばそうであったな。あちらで間違いはないのか?」
「おそらくはな。あの女がこの道に立ちふさがっていた。ならば向こうに奴の仲間がいると考えるのが普通だろう」
 クイッと木の根もとのトウカを指差す。
「某はいつまで放置されていればいいのだろう」

285DreamPower 11:2004/05/18(火) 21:58
「そうか……よし」
 Dはポン、とレミィとまいかの頭に手を乗せると、
「というわけで私はちょっと出かけてくる……二人とも、岩切とここで待っていてくれ」
「OK!」
「わかった!」
「では岩切、頼んだぞ。ちょっと行ってくる……ハッ!」
 ゴッ!
 ……Dが気合を込めると瞬間、またしても彼は疾風となり、道の先へと消えていった。
「さて……間に合うかどうか……」


「待て……はぁ……待て……待て……ッ! 神妙に……お縄につけこの金髪ポニテ!」
「が……お……っ……もう、ダメかも……」
「はぁ、はぁ、はぁ……ま、待ってよ浩平……」
「ふぅ、ふぅ、ふぅ……ちょっと、辛いかも……」
「ひぃ、ひぃ、ひぃ……まだ、なの……?」
 そしてこちらはやや忘れ去られた感のある観鈴VS浩平・長森・ゆかり・すひーの追激戦。
 予想以上の粘りを見せた観鈴だがすでにその命も風前の灯。やはり体力面では男子にかなわず、もう浩平がすぐ後ろまで追いついてきていた。
「これで……チェックメイトっ! オレの……勝ちだ……ッ!」
 だがこちらも余裕綽々とは言えない。浩平も残った体力を振り絞り、観鈴の背に手を伸ばすが……

『観鈴……』

「えっ!?」
 突然、観鈴の目に空いっぱいに広がる晴子の顔が映った。
『観鈴……あきらめたらそこで試合終了やで……がんばりや……』
 さわやかな笑顔でグッと指を立てる。
(おかあさん……)
「なっ!?」
 その時、奇跡が起きた! なんと観鈴ちんの走るスピードが一段階速くなったのだ!

286DreamPower 12:2004/05/18(火) 21:59
「まだ……体力残してるってのか!? クソォッ!」
 いや、そんなことはない。すでに観鈴ちんは体力の限界貴乃花。余力など一切ない。
 では彼女に最後の力を与えたのは何か?
 それは……
「おかあさん……わたし、がんばるからね……」
 ひとえに、母への愛のなせる業だろう。
「だから、空の上から見守ってて……」
 どうやら詩子のが伝染ってしまったらしい。哀れ、とうとう娘にすら殺された晴子。
 ……と、その時。

「……ぉぉぉぉ……おおおお……おおおお……!!!!」
 後ろから、誰かの気合たっぷりな叫びが聞こえてきた。
「なに……?」
「なんだ……?」
 かなり気だるいが、後ろを振り向く一行。そこにいたのは……
「あははははははは! すばらしい、かつてないほどにみなぎるこの力! もはや何人たりとも我を止めることなどできぬ!
 もはやうりゃうりゃだ! すばらしい! すばらしいぞ今の私は!! まさに無敵! 空蝉など屁でもないわぁぁぁぁぁ!!!!」
 超猛スピードで迫ってくるDの姿だった。
「なんだあのおっさん!?」
 思わず浩平が叫ぶ。
「わ、わからないよっ!」
「けど、すごいスピード……」
「どうすんのさ!? このままじゃ追いつかれちゃうよ!」
「くそっ、トウカの奴、やられちまったのか……」
 再び前を向き、考えること、数瞬。浩平は、結論を下す!
「長森!」
「えっ!?」
「ゆかり!」
「はいっ!?」
「すひー!」
「なにっ!?」

287DreamPower 13:2004/05/18(火) 21:59

「お前たちで止めろ!」

「…………」
 何をおっしゃってやがられるのですか?
「……む、無理だよ浩平! あんなのどうやって止めろっていうの!?」
「わ、私たちには無理ですってば!」
「もう人間レベルを超えてるよ!」
「少しでいい! 数秒! ほんの少しでいいから足止めしろ! もうちょっとでこいつを捕まえる! その時間を稼げ!」
「そんなこと言われても……」
「三人寄れば姦しいっていうだろ! なんとかしてみろ! それっ!」
 と、無理やり三人の中で一番前を走っていた長森を方向転換させる。
「それを言うなら文殊の知恵だよー!」

 とかなんとかやりつつも、浩平は置いてその場に立ち止まり、後ろを振り向く三人娘。
 背後からはスピードが落ちるどころかかえって加速しているようにすら見えるDの姿が迫っている。
 思わず顔を見合わせる。
「……どうしよう」
 かくして、牛乳・アイス・ホットケーキによる絶望的な防衛戦が始まった。


【長森・ゆかり・すひー Dを足止め】
【観鈴ちん 最後の力】
【浩平 もうちょっとで捕まえる】
【岩切・レミィ・まいか お留守番】
【D 愛の力】
【ゲンジマル 星】
【登場 神尾観鈴 【折原浩平】【長森瑞佳】【伏見ゆかり】【スフィー】【岩切花枝】【ディー】【しのまいか】【宮内レミィ】【ゲンジマル】】

288テンプレ:2004/05/19(水) 22:00
葉鍵キャラ100名を超える人間達が、とあるリゾートアイランド建設予定地に招待された。
そこで一つのイベントが行われる。

「葉鍵鬼ごっこ」。

逃げる参加者。追撃する鬼。
だだっ広い島をまるまる一つ占拠しての
壮大な鬼ごっこが幕を上げた。

増えつづける彼らの合間を掻い潜って、
最後まで逃げ切るは一体どこのどちら様?
「――それでは、ゲームスタートです」

関連サイト

葉鍵鬼ごっこ過去ログ編集サイト
http://hakaoni.fc2web.com/
葉鍵鬼ごっこ過去ログ編纂サイトVer.2
http://www.geocities.co.jp/Playtown-Domino/5154/

葉鍵鬼ごっこ議論・感想板
http://jbbs.shitaraba.com/game/5200/

前スレ
葉鍵鬼ごっこ 第八回(dat落ち)
http://wow.bbspink.com/test/read.cgi/leaf/1068642663/

ルールなどは>>2-10を参照。

289テンプレ:2004/05/19(水) 22:01
・鶴来屋主催のイベントです。フィールドは鶴来屋リゾートアイランド予定地まるまる使います。
・見事最後まで逃げ切れた方には……まだ未定ですが、素晴らしい賞品を用意する予定です。
・同時に、最も多く捕まえた方にもすてきな賞品があります。鬼になっても諦めずに頑張りましょう。

ルールです。
・単純な鬼ごっこです。鬼に捕まった人は鬼になります。
・鬼になった人は目印のために、こちらが用意したたすきをつけてください。
・鬼ごっこをする範囲はこの島に限ります。島から出てしまうと失格となるので気を付けましょう。
・特殊な力を持っている人に関しては特に力を制限しません。後ほど詳しく述べます。
・他の参加者が容易に立ち入れない場所――たとえば湖の底などにずっと留まっていることも禁止です。

・病弱者(郁美・シュン・ユズハ・栞・さいかetc)は「ナースコール」所持で参加します。何かあったらすぐに連絡してください。
・食料は、民家や自然の中から手に入れるか、四台出ている屋台から購入してください。
・屋台を中心に半径100メートル以内での交戦を禁じます。
・鬼は、捕まえた人一人あたり一万円を換金することができます。
・屋台で武器を手に入れることもできますが、強力すぎる武器は売ってません。悪しからず。
・キャラの追加はこれ以上受け付けません。
・管理人=水瀬秋子、足立さん及び長瀬一族

能力者に関してです。
・一般人に直接危害を加えてしまう能力→不可。失格です。
・不可視の力・仙命樹など、自分だけに効く能力→可(割とグレーゾーン)。節度を守ってご使用ください。
・飛行・潜水→制限あり。これもあんまり使い過ぎると集中砲火される恐れがあります。
・特例として、同程度の自衛能力を有する相手のみ使用可とします。例えば私が梓を全力で襲っても、これはOKとなります。

  | _
  | M ヽ
  |从 リ)〉
  |゚ ヮ゚ノ| < 以上が主なルールです。守らない人は慈悲なく容赦なく万遍なく狩るので気を付けてくださいね♪
  ⊂)} i !
  |_/ヽ|」

290テンプレ:2004/05/19(水) 22:02
感想・意見・議論用にこちらをご利用ください。

葉鍵鬼ごっこ感想・討論スレ4(dat落ち)
http://wow.bbspink.com/test/read.cgi/leaf/1073291066/
葉鍵鬼ごっこ感想・討論スレ3
http://wow.bbspink.com/leaf/kako/1068/10686/1068659677.html
葉鍵鬼ごっこ感想・討論スレ2
http://wow.bbspink.com/leaf/kako/1052/10528/1052876752.html
葉鍵鬼ごっこ感想・討論スレ
http://wow.bbspink.com/leaf/kako/1049/10497/1049719489.html

過去ログ
葉鍵鬼ごっこ 第七回
http://wow.bbspink.com/leaf/kako/1058/10580/1058064126.html
葉鍵鬼ごっこ 第六回
http://wow.bbspink.com/leaf/kako/1053/10536/1053679772.html
葉鍵鬼ごっこ 第五回
http://wow.bbspink.com/leaf/kako/1050/10503/1050336619.html
葉鍵鬼ごっこ 第四回
http://wow.bbspink.com/leaf/kako/1049/10493/1049379351.html
葉鍵鬼ごっこ 第三回
http://wow.bbspink.com/leaf/kako/1048/10488/1048872418.html
葉鍵鬼ごっこ 第二回
http://wow.bbspink.com/leaf/kako/1048/10484/1048426200.html
葉鍵鬼ごっこ
http://wow.bbspink.com/leaf/kako/1047/10478/1047869873.html

291参加者一覧:2004/05/19(水) 22:04
全参加者一覧及び直前の出番のあった話になります。
名前の横の数字は出番のあった直前の話のナンバーです。編集サイトでご確認下さい。
【】でくくられたキャラは現在鬼、中の数字は鬼としての戦績、戦績横の()は戦績中換金済みの数
『』でくくられたキャラはショップ屋担当、取材担当、捜索対象担当
()で括られたキャラ同士は一緒にいます(同作品内、逃げ手同士か鬼同士に限る)

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
fils:
(【ティリア・フレイ】、【サラ・フリート:1】、【エリア・ノース:1】)756

雫:
【長瀬祐介:1】594, 【月島瑠璃子】761 , 【藍原瑞穂:1】743
【新城沙織】744, (【太田香奈子:2】、【月島拓也:1】)758

痕:
柏木楓760、 【柳川祐也】687, 【柏木梓】699、【日吉かおり】655
【ダリエリ:1】762、【柏木耕一:2】743、【柏木千鶴:10】740
【柏木初音】696、【相田響子】658、【小出由美子】700
【阿部貴之】613

TH:
(【岡田メグミ】、【松本リカ】、【吉井ユカリ】、【藤田浩之】、【長岡志保】)707
【来栖川芹香】729 、【来栖川綾香:2】747
(【保科智子】、【坂下好恵】、【神岸あかり】)696、
(【雛山理緒:2】、【しんょうさおり:1】)708、【宮内レミィ】759 、
【マルチ:1】753 、【セリオ:3】758、【神岸ひかり】594,【佐藤雅史】744
【田沢圭子】749 、(【姫川琴音】、【松原葵:2】、【垣本】、【矢島】)743

WA:
【藤井冬弥】729、(【森川由綺:3】、【河島はるか:2】)699

292参加者一覧:2004/05/19(水) 22:05
(【緒方理奈:6】、【緒方英二】)702 (【澤倉美咲】、【七瀬彰】)683
【観月マナ】749、【篠塚弥生】658

こみパ:
(【猪名川由宇】、【大庭詠美】、【立川郁美】)650、【御影すばる】690
(【高瀬瑞希:2】、【九品仏大志】)760、(【牧村南】、【風見鈴香】)721
(【千堂和樹】、【長谷部彩】、【桜井あさひ:2】)707
(【縦王子鶴彦:2】、【横蔵院蔕麿:1】)552 、【立川雄蔵】560
【塚本千紗:2】742、【芳賀玲子】595、【澤田真紀子】758

NW:
【ユンナ】694、(【城戸芳晴】、【コリン】)700

まじアン:
【江藤結花】655、【宮田健太郎:1】700、【牧部なつみ】742
【スフィー】759、【リアン】756、【高倉みどり】721

誰彼:
【岩切花枝】759、【砧夕霧:1、桑島高子】762, 【坂神蝉丸:5(4)】761
【三井寺月代:1】702、【杜若きよみ(白)】707、【杜若きよみ(黒)】743
【石原麗子:1】756、【御堂:7】758、【光岡悟:1】760

ABYSS:
【ビル・オークランド】760

うたわれ:
ハクオロ749、【エルルゥ】749、【カミュ】743、【ベナウィ】761
(【トウカ】、【ゲンジマル:2】)759
(【アルルゥ】、【ユズハ】、【ウルトリィ:1】)760、【ヌワンギ:1】647
【ハウエンクア】721、(【ドリィ:1】、【グラァ】)743、【オボロ:3】758
【クーヤ】753、【サクヤ】701、【ディー:8(6)】755、【ニウェ:1】591
(【カルラ】、【クロウ】、【デリホウライ:3】)650

Routes:
リサ・ヴィクセン761、【醍醐:1】761、【伏見ゆかり】759、【立田七海】699
(【湯浅皐月】、【梶原夕菜】、【エディ】)701、【那須宗一:1】747 、【伊藤:1】613

293参加者一覧:2004/05/19(水) 22:05
同棲:
【山田まさき:1】691、【まなみ:3】744

MOON.:
【名倉友里】687、(【天沢郁未:7(2)】、【名倉由依】)758
(【鹿沼葉子:2】、【A棟巡回員:1】)760、【巳間晴香】707
【少年:1】749、【高槻:1】675、【巳間良祐:1】691

ONE:
【柚木詩子】、(【折原浩平:8(7)】、【長森瑞佳】)759
(【川名みさき:2】、【氷上シュン】)696、【深山雪見:2】742
(【七瀬留美:3】、【清水なつき】、【里村茜】、【上月澪】)761
【椎名繭】675、【住井護】758、【広瀬真希:1】700

Kanon:
(【相沢祐一】、【美坂香里:8(7)】、【川澄舞】、【久瀬:6】、【北川潤:1】)758
(【美坂栞】、【月宮あゆ:4(4)】)753、【水瀬名雪:3】708
(【沢渡真琴:1】、【天野美汐:2】、【倉田佐祐理:2(1)】)761


AIR:
神尾観鈴759、みちる755、【遠野美凪】744、(【柳也】、【裏葉:1】)747
【神尾晴子】751、【しのさいか:1】650、【橘敬介】701、【しのまいか】759
(【霧島佳乃】、【霧島聖】)702、(【神奈:1】、【国崎往人:4】)760
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

294参加者一覧:2004/05/19(水) 22:06
その他のキャラ

屋台:
零号屋台:ショップ屋ねーちゃん(NW)709
壱号屋台:ルミラ、アレイ(NW 出張ショップ屋屋台バージョン支店「デュラル軒」一号車)673
弐号屋台:メイフィア、たま、フランソワーズ(NW 同二号車)691
参号屋台:イビル、エビル(NW 同三号車)753

管理:
長瀬源一郎(雫)、長瀬源三郎、足立(痕)、長瀬源四郎、長瀬源五郎(TH)、フランク長瀬(WA)、
長瀬源之助(まじアン)、長瀬源次郎(Routes)、水瀬秋子(Kanon)

支援:
アレックス・グロリア、篁(Routes)

その他:
ジョン・オークランド(ABYSS)、チキナロ(うたわれ)

295名無しさんだよもん:2004/05/26(水) 01:27
<TR>
<TD width=36>763</TD>
<TD width=221><A href=SS/763.html>せめて最後の援護を</A></TD>
<TD>
<BR>
柏木楓<BR>
【鹿沼葉子】<BR>
【光岡悟】<BR>
【アルルゥ】<BR>
【ユズハ】<BR>
【ウルトリィ】<BR>
【神奈備命】<BR>
【国崎往人】<BR>
【九品仏大志】<BR>
【高瀬瑞希】<BR>
【A棟巡回員】<BR>
【ビル・オークランド】<BR>
『ムックル』<BR>
『ガチャタラ』
</TD>
</TR>

<TR>
<TD width=36>764</TD>
<TD width=221><A href=SS/764.html>自分の力で</A></TD>
<TD>
みちる<BR>
【クロウ】<BR>
【立川郁美】<BR>
【カルラ】<BR>
【しのさいか】<BR>
【大庭詠美】<BR>
【猪名川由宇】<BR>
【デリホウライ】<BR>
【湯浅皐月】<BR>
【梶原夕菜】<BR>
【サクヤ】<BR>
【椎名繭】<BR>
【高槻】
</TD>
</TR>

<TR>
<TD width=36>765</TD>
<TD width=221><A href=SS/765.html>線が交わる時</A></TD>
<TD>
ハクオロ<BR>
柏木楓 <BR>
【エルルゥ】<BR>
【少年】<BR>
【観月マナ】<BR>
【光岡悟】<BR>
【アルルゥ】<BR>
【ユズハ】<BR>
『ムックル』<BR>
『ガチャタラ』
</TD>
</TR>

<TR>
<TD width=36>766</TD>
<TD width=221><A href=SS/766.html>DreamPower</A></TD>
<TD>
神尾観鈴 <BR>
【折原浩平】<BR>
【長森瑞佳】<BR>
【伏見ゆかり】<BR>
【スフィー】<BR>
【岩切花枝】<BR>
【ディー】<BR>
【しのまいか】<BR>
【宮内レミィ】<BR>
【ゲンジマル】
</TD>
</TR>

296ダンスナンバー:2004/05/26(水) 16:28
「ハウエンクア君、キミの服洗濯終わって今は乾燥機にかけてるから。たぶんそろそろ着れるようになると思うよ」
「あ、どうも……」
「ハウエンクアさん、もうちょっと待っててくださいね。お料理、もうすぐできあがりますから」
「あ、すいません……」
「どうしましたかハウエンクアさん? さっきからずいぶんとお静かですけど」
「あ、いえ……」
「ぴこっ?」
「あ、うん。ありがとう」
 迷い兎ハウエンクアが南女史に保護されて数時間。
 高倉みなみ・風見鈴香両名が待つマンションの一部屋に招かれた彼を待ちかまえていたのは、凄まじいまでの接待攻撃だった。
「その……こういうの慣れてなくて……」
「ふふ、緊張する必要なんてないんですよ」
 朝方醍醐を見送って暇をもてあましていたお姉さん方。
 そんな彼女らにとって、ボロボロの風袋でまるで打ち捨てられたペットのようだったハウの姿など、格好の餌食でしかなかったのだ。
「あの……僕、嵌められてないですよね?」
「何がですか?」
 思わず疑問を口にしてしまった。が、曇り一つない南の笑顔で返されてしまう。
 あまりに慣れない扱い。いつものアハハハ笑いもなりを潜め、恐縮しきりのハウエンクアであった。

297ダンスナンバー:2004/05/26(水) 16:28
「ふーん、それは大変だったね……」
「でもロマンチックじゃないですか。好きな人のために自ら身を引くなんて。悲しいけど素敵ですよね」
「ぴこぉ〜……」
「いや、そんな大したものじゃ……」
 みどりの料理を待つ間、暇をもてあます3人+1匹。洗濯場からは乾燥機が回転する音が聞こえてくる。
 雑談代わりに適当な世間話をしているだけのはずだったのが、話の内容はいつの間にかハウエンクアの身の上話に移っていた。
「まぁ……ウチの國もね。聖上は国政ほったらかしで他國の皇との逢瀬を繰り返すわ、大老はその聖上を甘やかしっぱなしだわ、
 同僚はその大老へのコンプレックスの塊で政治のせの字もわかってないわ。……僕も仕事仲間に恵まれてるよ」
 身の上話からさらに人生相談へ。というか愚痴へ。
「苦労してるんだね」
「本当だよね……。おかげで本来僕の役目じゃない外交折衝まで任されてるんだから……人前で話するの苦手だっていうのに……他にマトモな人材ないもんだから……」
「でもすごいじゃないですか。私より若いのにそんな大任をまかされてるなんて。私だってまだまだこみパスタッフの中では見習い同然ですし」
「え? あ、そ、そうですか?」
「そうですよ。きっとハウエンクアさんの皇様もハウエンクアさんを信頼しているからこそ他の皇様とのラブロマンスに熱中できるんですよ」
 などと、本当にそう思ってるのかハウを励ますためなのか。調子のいいことを言ってしまう南さん。
 ただ……
「え? あ、あは、アハハハ……や、やっぱりそうなんですかね?」
「はい! きっとそうですよ! ハウエンクアさんて、やっぱりすごい方だったんですね!」
「あ、アハハハハ……」
 いまいち単純なクンネカムンの右大将には効果があったようだ。
 と、そこで鈴香の一言。
「なにせ、南さんへの第一声が『マーマ』だったんでしょ?」
「ハ……」
 ピシッ、とハウの動きが固まる。

298ダンスナンバー:2004/05/26(水) 16:29
「ふふふ、あれは驚きました。私だってもう若くはないですけど、それでもこんな大きな子は産んだ覚えはありませんから」
「あ、あの、その、それは、ですね……」
 しどろもどろのハウエンクア。
「似てたの? 南さん、ハウ君のお母さんに」
「い、いや、そういうわけ……じゃ、なくて……その、雰囲気が……」
「雰囲気かー。うん、なんとなくわかる気がします。南さん、たしかに暴政本能っていうかそういうのありそうですし」
「まあ、ふふ。それっておばさんくさいってことですか?」
「そ、そんなことはないですよ南さん! 南さんは十分若いですって!」
「ふふ、ありがとうございます。ところで本物のハウエンクアさんのお母様はどうなさってるんですか?」
「……………それは」
 ……一瞬、ハウが南から視線を逸らし、その表情に影が差した。
「あ…………」
 それだけで大方の事情は察知した南。形のよい眉をひそめ、どう二の句を継ごうか悩んだ瞬間――――
「お待たせしましたハウエンクアさん。昼食ができましたよ」
 キッチンから、ベストのタイミングでみどりのお声がかかった。
「あ、それでは少し遅れましたけどお昼にしましょうか」
「そうだね。ハウ君来てドタバタして忘れちゃってたけど、そろそろお腹も空いてきたし」
「ああ……久しぶりのまともなご飯……うっ……思わず涙が……」
「ぴこ。ぴこ」
「ふふふ、遠慮しないでいっぱい食べてくださいね」
 

【ハウ 幸せ】
【お姉さんズ&芋 おもてなし】
【これから昼食 四日目午後 マンションの一室】
【登場 【ハウエンクア】【牧村南】【高倉みどり】【風見鈴香】『ポテト』】

299До свидания:2004/05/29(土) 16:58
 ――――勝負は、ついた。

 女の背中を追い始めてから数時間。感覚的には丸一日以上続いたともいえる、この追撃戦。
 勝ったのは――俺だ。

 どんなに強靭な心を持とうとも、
 どんなに精神か身体を凌駕しようとも、
 如何ともしがたいものはある――――

 最後の最後で、幸運の女神は俺に微笑んだ。

 行き止まり――

 女が飛び込んだ薄暗い山林。俺の中の仙命樹が解き放たれるその場所。
 抜けた先にあったのは、新たな道ではなく――崖。
 垂直に切り立ち、そして水平に広がる巨大な――崖だった。

「俺の、勝ちだ」

 女の背中に向かい、再度言い放つ。
 とうの昔に、ソレは女の目にも飛び込んでいるだろう。
 目の前にそそり立つ絶望。突きつけられた終焉。
 避けようのない、敗北。
 女が、息を、大きく、吐く。
 その背中から立ち昇っていた覇気はたちまち消え失せ、そして――

「……!?」

 ……代わりに吹き出したのは、新たな闘志……これは、『殺気』!?

300До свидания:2004/05/29(土) 16:58
 ターーーンッ……!

 崖にたどり着いた女は、諦めて脚を止めることはせず……高々と跳び上がり、垂直の斜面を、蹴りつけた。

 シュッ……

「ちぃ、ッ!」
 真後ろを尾けていた俺を三角飛びで越え、一回転。俺の後頭部にめがけて強烈な蹴りが疾る。
 わずかに身体を捻ってかわす。衝撃波を伴った脚が俺の右耳を掠め、そのまま音もなく地に降り立った。
 速い……!
 想像していた反撃。想像を超えた一撃。僅かにあった、俺の中の余裕が一瞬で消し飛んだ。

 ブオンッ……!
 女は追撃の手を緩めることなく、上段の後ろ回し蹴りを繋げてきた。
 鼻先2センチを黒い影……靴裏が掠める。
「……やるな。だが……!」
 だが、後ろ回し蹴りは威力が大きい代償として、弱点がある。
 一瞬見えた背に、蹴りを……違う!
「クッ!」
 俺はその場に伏せると、横に跳んだ。
 すぐ脇を女の背中からのタックルが通り過ぎていく……やはりか。
 反撃に対する反撃まで心得ている。この女は……強い。しかも、格闘技のそれではなく……実践で、命と命のやりとりの中で培われた、強さ。

 ヒュ! ファ! フォッ!
 まるで雅曲でも奏でるかのように、空気を切り裂く旋律を伴って女の脚が舞い踊る。
 その動きに、一切の曇りはない。
 どこにこんな体力が残っていたというのだ……!
 内心驚愕しつつも、それを表に出すわけにはいかない。
 一撃一撃を、あるいはかわし、あるいは流し、俺は冷静に反撃の機会を窺っていた。……窺うことしかできなかった。

301До свидания:2004/05/29(土) 16:58
 ヒュッ、フォン!
「……来た!」
 女が連撃の仕上げとして放った回し蹴りをギリギリでかわすと、女の動きが止まった。
 今度は、タックルも来ない。
 そこを狙い、脚払いをかけ……

 パーン……

 ……俺の顎が、浅く、しかし高く、鳴った。
 同時に女の身体が空中に踊る。
 ……踵か。
 背中を見せたのすらどうやら囮だったようだ。
 女は予備動作ゼロの体勢から、高々と後ろ足を蹴り上げ、踵を俺の顎に決めたのだった。
 トン――
 土埃一つ物音一つ立てず着地した女が、体勢不十分の俺を仕留めにかかる。

 懐かしい死の予感が俺の背筋を走る。

 だが、まだだ。
 一か八か。
 必殺の一撃を外せば、まだ逃れる術はある。
 女の、意図は――――

302До свидания:2004/05/29(土) 16:58
『それ』が来ることを、俺は予期できなかった。
 何が幸いしたのか。
 勝利の女神は、相当俺を気に入ってくれたのか。
 最初の言葉を訂正しよう。
 勝負は、俺の負けだった。
 実力ではなかった。
 俺の、負けだった。

 ガシーーーーーーーーンッ!!!

 ギリッ……ギリギリッ……
 女の細くしなやかな右脚が俺の手の中で軋んでいる。
 左右連続からの高速下段膝蹴り。
 狙いは股間か水月か。
 おそらくは数限りない強敵を沈め続けた、必殺の一撃。
 それを受け止めたのは……俺の腕。
「!」
 女が、少し、驚く。
 そして、にやりと、笑う。
 なるほど……

「……せいっ!!!」

 渾身の力を込めて、その脚を放った。
 投げられた女は、跳んだ。いや、飛んだ。
 最初より遙かに高く、そして――――遙かに、美麗に。
 後方伸身……2回。
 美しい。
 臆面なく、掛け値なく、そう思った。
 それは、事実だった。

303До свидания:2004/05/29(土) 16:59
 タンッ……

 埃一つ舞い立てぬ見事な着地。
『戦闘意志なし』の優雅な証拠――腕組み。

 果てなき沈黙と、時の凍結。
 風が凪ぐ。
 女は、その口を開いた。

「……Nice Fight」

 木漏れ日降り注ぐ無色透明の光の中で、女は静かに言った。
 賞賛の言葉がその姿にぴたりと、合っていた。

「……お前こそ」

 そう、これはおそらく……『試験』。

「あなたの勝ちよ。ミスター……」
「……蝉丸だ。坂神、蝉丸」
「ミスターサカガミ。あなたの、勝ち。フフフ……」
 笑った。
 満面の笑みが、その顔に花開く。
「しかし、物騒な試験だな。俺でなければ、どうなっていたことか」
「フフ、ここまで私を追いつめたあなただもの。きっと……いえ、大丈夫と思ったわ」
 悪びれた様子もなく、女は、そう言い切った。
「名前を聞きたい」
「リサ。リサ・ヴィクセン」
「ヴィクセン(雌ギツネ)――」
 似合っている――とは、思ったとしても、口に出すべきことではないだろう。

304До свидания:2004/05/29(土) 16:59
「しかし、なぜあんな試験を?」
「試験は相手を試すためにするものじゃなくて?」
「いや、それはそうだが……」
「ふふ。ごめんなさい。そうね――」
 ヴィクセンは顎に手を当て、しばし逡巡した後……
「あえて言うなら……自分の我侭のため、かしら」
「我侭?」
「そう。どうせ捕まえるなら……彼か、それでなくとも、彼に並ぶ人に捕まえてもらいたかった――そんな、個人的な願いかしら」
 彼――とは誰か。訊くのは――野暮というものか。
「…………それで、俺は、合格……というわけか」
「ええ。文句なしに、ね。私のコンボを破ったのはあなたで二人目。あなたに捕まったのなら、私も文句はないわ」
 ふぅ、と一息つく。
「それでヴィクセン。お前はこれから……どうする?」
「そうね……もう鬼としても活躍できる時間なんて残されてないでしょうし、何よりあなたとの追いかけっこでちょっと疲れたから……
 このあたりでしばらく休むことにするわ。坂神、あなたは?」
「俺は――まだ逃げ手を捜すとしよう。おそらく一番最初に鬼になり、6点どまりというのは少々情けないのでな」
「Wow! Six-points....やるわね、あなた」
「そうも言ってられん。俺の……旧い仲間などは、もっと点を挙げているだろうからな」

305До свидания:2004/05/29(土) 17:00
「じゃあな」
 木の幹に背を預けるヴィクセンを置き、俺はまた道を引き返した。
 ……ある程度距離が離れたところで、ヴィクセンに、言う。
「戦いは……お前の、勝ちだ」
「?」 
「最後の一撃……あれはただの偶然――いや、ここが木陰だったからかわせただけのことだ。
 もう一度あれを見舞われたら、俺もかわせる保証は……ない」
 仙命樹の活性化による感覚神経の鋭敏化……それがなければ、おそらく、アレには……反応することすら難しかっただろう。
 俺が勝てたのは、俺の力によってではない。邪道な手段によって……だ。
 だが、ヴィクセンは再度笑みを浮かべると、
「事実は一つ。あなたは、かわした。それだけよ」
 と言った。
「……そうだな」
 それ以上交わすべき言葉はない。
 俺は無言のまま、その場を後にした。

306До свидания:2004/05/29(土) 17:00
「Foo……」
 木漏れ日を浴びながら、リサは大きく伸びをする。
「NastyBoy……あなたの120%は、あまり当てにはならなかったわ……。私、自信をなくしそう」
 次第次第に、その瞼が重くなっていく。
「逃亡時間、四日間とちょっと。まあ、悪い記録じゃないと……思う、けど……」
 体から力が抜けていき、目の焦点もだんだんと合わなくなってくる。
「……スパスィーバ、坂神……私を捕まえたのが、あなたのような人でよかった……」
 そしてとうとう、その目が閉じられた。
「……イズヴィニーチェ……xxxx……」
 最後に唇がわずかに動き、誰かの名を呼んだ。しかし、それは言葉になっていなかった。

「………………」

 闘いは終わり、地獄の雌ギツネは眠りに落ちた。

「Zzzz…………」

 後に残ったのは、一人の少女、マーシャの小さな寝息だけだった。



【四日目午後 山頂近くの崖の麓】
【マーシャ 鬼化】
【蝉丸 合計6点。鬼としての活動続行】
【登場 リサ・ヴィクセン 【坂神蝉丸】】

307閉会式'07:2007/11/04(日) 17:11:34
「さあ、それでは逃げ手の方々の表彰に戻りましょう。
 続いては第六位、リサ・ヴィクセンさんです」
「Hi!」
 秋子に名を呼ばれ、軽い足取りで壇上にひょいと上がるのは地獄の雌狐、リサ・ヴィクセン。
「入賞おめでとうございます」
「ありがとうございます。ただ、私としてはちょっと不本意な順位ではあるけど、ね」
「大会中、主催側の間でもリサさんは非常に高く評価されていました。
 一般人の身ながら、しかも単独行動でここまで食い込めたのは素晴らしい結果といえるでしょう」
 褒めちぎる秋子さんだが、リサは
「そんなことはありません。私も何人もの人に助けられ、協力してここまで来れたのです。
 けして独りの力ではありません」
 と答えながらかぶりを振った。

「ケッ、よく言うぜあのアマ」
 それを聞いて漏らすのは御堂。コップの中身を一息に飲み干しながら毒づく。
「俺を二度も出し抜いときながら謙遜たぁ、いい度胸だ」
 いっそのこと勝ち誇ってくれれば素直に反感ももてたのだが、ああも優等生な回答をされては反応に困る。
「やるもんだぜ。”この時代”の裏家業の連中もな……」

「……………………」
 一方、”この時代の裏家業”のナンバーワンであるナスティボーイ。
「……なんてーかな……」
 壇上のリサと、少し離れた場所で同じような雰囲気の連中とつるんでいる蝉丸と、
 料理に舌鼓を打っている結花を見比べて…………
「…………はあ」
 少しイヤンな記憶をフラッシュバックし、いくらか鬱になった。

308名無しさんだよもん:2007/11/04(日) 17:12:11
「というわけで五位入賞、リサ・ヴィクセンさんでした! それではこちらが賞品です」
 と言いながらさし出すのは熨斗袋。
 受け取りながら、『?』を顔に浮かべるリサ。自分は、賞金は辞退…………
(壇上で何も渡さないというのも格好がつきませんから。粗品です。
 とっておいてください)
 マイクをオフにし、秋子はリサにささやいた。
「……understand」
 ここで受け取らないというのは却って失礼になるだろう。
 苦笑しながら、リサは受け取った。
「Thank you! everyone!」

「続いては第4位! トゥスクル皇、ハクオロ氏です!」
「兄者! さすがだ!」
 「お美事です、聖上」
  「いよっ! 総大将日本一!」
   「おとーさん! おとーさん!」
「ハハ…………」
 拍手と、それに混じった聞き覚えのある歓声に追われて壇上に上がったのはハクオロさん。
 さすがに少し恥ずかしい。
「入賞おめでとうございますハクオロさん。それではこちらが入賞賞金になります」
「ああ、ありがとう」
 秋子から熨斗袋を手渡されるハクオロ。
「ハクオロさんは賞金の使い道などは何かお考えですか?」
「ベナウィがああ言ったのだ、もちろん國庫に…………と言いたいところだが」
「?」
 そこでチラリと目をやる。壇下の見知った面々の顔に。

309名無しさんだよもん:2007/11/04(日) 17:12:39
「最近お小遣いを切り詰められてだいぶピンチだったのでな。
 たまには家族サービスということでパッと使わせてもらおう。
 今回の大会でいろいろ迷惑もかけてしまったからな」
 ドッと笑いが起こる会場。お小遣いのやりくりに困る王様というのもなかなか見られるものではない。
「はい、それでは是非ご家族に精一杯のサービスをしてあげてください。
 それでは、大会中の何か思い出などはありますか?」
「そうだな…………」
 秋子に促され、今大会であったことに思いをはせる。
 みちるや美凪と出会ったり、サイフをなくしたり、分身と語り合ったり、ウィツっぽいのと追撃戦したり、
 まなみに不覚をとったり、エルルゥたち追いかけっこしたり…………
「…………ある。いくらでもな」
「では、どれが一番?」
「どれも一番、だ。もともと思い出など、順位を付けられるものではないだろう?」
 ちょっぴりしんみりしてしまう会場。

「ふん、我が空蝉ながらいい格好をするものだ」
「D?」
 それを聞いたD。膝の上にまいか、隣にレミィを置きながらぽつりと呟く。
「どしたん?」
「どうしたもこうしたもないさ。気持ちはよくわかる」
 誰とも目はあわせず、しかし薄く微笑みながら言葉を続ける。
「我とてお前たちとの思い出。どれが一番かと言われればこう答えるだろう。
『どれもが一番だ』と。
 しかしそれをあの場で臆面も無くいってのけるとはいやはやまったく。
 あの男も変わったものだ」
 字面とは対照的に、いくらか爽やかな雰囲気でディーは言った。

(あんまり人のこと言えないと思うけどね…………)
 それを小耳に挟んだのはカミュ。もしくはその中の人。
 こちらは本当に誰にも聞こえないように、ぼそりと呟いた。

310名無しさんだよもん:2007/11/04(日) 17:13:09
「それもそうですね」
 一方、会場の沈黙を破ったのは、やはり司会者である秋子さん。
 何か思うところがあるのか、一度二度と首を縦に振る。
「それでは、ハクオロさんでした。皆さんもう一度大きな拍手でお送りください」
 再度の拍手の海。
 今度は恥ずかしい歓声も挟まれなかった。


「さあ、ここからはTOP3の発表です!
 葉鍵鬼ごっこ、第三位! 柏木、楓さんです!」
「楓ーっ!」
「楓おねーちゃーん!」
 秋子の呼び声と、姉妹の歓声と、割れんばかりの拍手。
 促され、俯きながら壇上に上がるのは柏木家三女の柏木楓。
「おめでとうございます楓さん。三位入賞です」
(あ、ありがとうございます…………)
「……?」
 しかしその声は、マイクで拾ってようやく聞こえるか聞こえないか程度のものだった。
「楓さんもリサさんと同じように、長い時間を一人で戦い抜き、見事この成績を収めました。
 特に終盤の大追撃戦は長かった大会の中でも有数の名勝負だったといえるでしょう」
 大人数を前にして恥ずかしがっていると判断した秋子は、自分主導で話を進めていく。
 もっとも、その予想は半分正解で、半分ハズレであったのだが。
「それでは、楓さん、こちらが賞金になります。そして―――――」
 促されるまま熨斗袋を受け取る楓。
 しかし、三位以上はこれだけでは終わらない。つまり……

311名無しさんだよもん:2007/11/04(日) 17:13:29
「何かお願い事があれば……一つだけ。私どもで協力できる範囲ならかなえてさしあげますが……
 もしすぐには思い浮かばなければ、後ででも」
「い、いえ」
 と、そこで初めて楓は前を向いた。
 相変わらず緊張のせいか頬は赤いが、瞳は確かにキッと前方を見据えている。
 楓の様子を見て、正式な賞品の受け渡しは後にしようと考えていた秋子だが、楓のその様子を認めると
 微笑みながらマイクを手渡した。
「みみ、みなさんありがとうございます。柏木…………楓です」
 ごくりとつばを飲み込む。その音はいくらかマイクに拾えたほどだった。
(楓ちゃん……)
 そんな従姉妹の様子をみて心配げなのは柏木耕一。もちろん、他の姉妹もだが。
「…………」
 唯一、いくらか不機嫌そうな千鶴は除いて。
「そ、それでは僭越ですが…………わ、私の願いを発表させていただきます」
 緊張のせいか、どもり気味ながらもいつもより饒舌な楓。
「わた、私の願いは…………願いは…………」
「……………………」
 ざわついていた会場も沈黙に包まれる。
 なにせ、初めての本格的な賞品発表なのだ。

 すぅと息を吸い込み、吐いて、吸い込み、吐いて…………
 ふんぎりがつかないのか、そんなことを何度か繰り返す。楓。
 そんな中、ふとステージの足下まで来ていたリサと目があった。
 パチリと、片目をウィンクする。
「…………!」
 それに促されたのか、楓はいよいよ大きく息を吸い込むと…………

『耕一さん私とデートしてください!』

 こちらもまた一息に、一気に言い切った。


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