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ξ゚⊿゚)ξツンちゃん夜を往くようです

1名無しさん:2020/10/14(水) 17:28:46 ID:YvZFQxxU0

         タクシー
      (゚」゚)ノ
    ノ|ミ|
     」L
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
        _/ ̄ ̄\_
       └-○--○-┘=3

685名無しさん:2022/09/04(日) 15:12:46 ID:7IoV7Kbc0


o川*゚ー゚)o「あんたアホなんだからさ、とりあえずバトる準備だけしときなって」

ノハ;゚⊿゚)「ええ〜……」

 ヒートにそう助言するキュートの持ち物は黒無地のボストンバッグだけだった。
 彼女はその中から迷彩仕様の指抜きグローブを見つけ出し、問答無用でヒートに投げ渡した。

ノハ;゚⊿゚)「打ち合わせも無しでやんの? それでまた貧乏くじ引いたら最悪じゃね?」

o川*゚ー゚)o「最悪はいつも通りだし、内容が分かんないんだから仕方ないでしょ。
       聞いてもツンちゃん教えてくんないし。ほんとだるいけど……」

ξ゚⊿゚)ξ「だるくて申し訳ない……」

 とはいえ、試験の時と違って今日の素直四天王は万全の状態だった。
 4人分の装備もボストンバッグに丸っと収まっており、100%の力を発揮する用意は十分にできている。
 キュートは慣れた手付きで中身を漁り、各人の装備をポイポイと外に放り出していった。

川 ゚ -゚)「すまんキュート、左足のプロテクターが無いんだが」

o川;*゚ー゚)o「元々入ってなかったの! 入れ忘れた人が悪いので知りません!」ガサゴソ
  _,
川 ゚ -゚) シュン…

lw´‐ _‐ノv「貸すから、私の」
  _,
川 ゚ -゚) 「すまん……」

 ちなみに素直キュートが装備を一括管理しているのには確固たる理由があった。
 彼女達の中で、まともに整理整頓ができるのはキュートだけだったのだ。

o川;*゚ー゚)o「ねえちょっと!! このバッグにハッピーターン入れたの誰!?」

ノパ⊿゚)「食べていいぞ!」

o川;*゚ー゚)o「ハピ粉が手について最悪!!」ポイポイッ

ノパ⊿゚)「そんな……」

lw´‐ _‐ノv「あたしゃ食べるよ」サクサク

.

686名無しさん:2022/09/04(日) 15:17:34 ID:7IoV7Kbc0






川 ゚ -゚)「――うむ。いつもの装備だ、心強い」

 かくして数分後、最初に用意を済ませていたのは素直クールだった。
 彼女はおもむろに腰を上げ、自分の装備を見直しては得意げに頷いていた。

 彼女の装備は日本刀に両肘両膝のプロテクターのみ。
 装いとしてはスケボー選手のそれが近く、機動力を損なわないよう防御は最低限に抑えられていた。

ξ゚⊿゚)ξ

ξ゚⊿゚)ξ「あれ、そういえば前と制服違ってるわよね? 新品にしたの?」

 と、クールの姿をぼけっと眺めていたツンがある変化に気付く。
 これまで着ていたコスプレ同然の安物学生服から、彼女達は装いを新たにしていたのだ。
 その変わりようがあまりに見慣れたものだったので、ツンもここまで気付くのが遅れてしまった。

o川;*゚ー゚)o「ハァ……ハァ……それいま言うの? おそくない?」
  _,
ξ゚⊿゚)ξ「……前髪もちょっと切った?」

o川;*゚ー゚)o「リカバリーしなくていいから。切ってないし、ハァ……」

ξ゚⊿゚)ξ「てかめちゃ疲れておられる」

o川;*´ー`)o「準備を手伝うのも大変でね……」

 クラシックなブレザー型ジャケットに灰色のプリーツスカート。
 その由緒正しい上下セットは、ツンちゃん自身も袖を通すVIP高校指定の学生服(冬)に違いなかった。

川 ゚ -゚)「この制服は貰い物だ。安物はやめろとミセリさんから直々にな」

ξ;゚⊿゚)ξ「貰ったの!? なんで!?」

川 ゚ -゚)「これを着てVIP高校に通えとの依頼を受けている。お前まさか知らなかったのか?」

ξ;´⊿`)ξ「ちくしょう、また勝手に話が進んでる……」

.

687名無しさん:2022/09/04(日) 15:18:55 ID:7IoV7Kbc0


川 ゚ -゚)「年齢的にも通学は若干キツいんだがな、モノは良いから気に入ってるぞ。
     そのうち私も女子高生だ。転校初日はよろしく頼む」

ξ゚⊿゚)ξ「……あの、ちなみに何歳なの?」

川 ゚ -゚)「私か? 今年で23だが」

ξ゚⊿゚)ξ

ξ;-⊿-)ξ

 そりゃコスプレ感が出まくってたのも当然だな、と神妙に納得してしまうツン。
 だったら物のついでにと、ツンは他の面々にも年齢を聞いて回った。


lw´‐ _‐ノv「さんちゃい」

ノパ⊿゚)「忘れた」

o川*゚ー゚)o「15歳。末の妹って事になってる」


ξ゚⊿゚)ξ「わたくし皆さんのキャラが分かってきましたよ」

川 ゚ -゚)「まぁこっちにも事情があるんだ。あまり詮索しないでくれると助かる」

ξ゚⊿゚)ξ「そうなんだ。そうするわね」

 長くなりそうな設定の掘り下げを回避し、ツンは即座に話を終わらせた。

.

688名無しさん:2022/09/04(日) 15:27:16 ID:7IoV7Kbc0


川 ゚ -゚)「とにかくヒートも不安がるな。いつも通り、私と前衛を勤めればいい」

ノハ*゚⊿゚)「……おお! それならそうと言ってくれよ!」

 クールの装備はシンプルだったが、ヒートの武装はその数段は簡易的だった。
 先ほど渡されたグローブだけを両手にはめて、終わり。
 彼女もすぐさま立ち上がり、軽いワンツーパンチで体を温め始めた。

o川;*゚ー゚)o「――はい完成!」

lw´‐ _‐ノv「いやぁすまんの」バサッ

 一方で、戦闘準備に一番手間取っていたのは素直シュールだった。
 腰の左右に合計4つのウエストポーチを装着し、オーバーサイズのPコートをその上に羽織る。
 彼女もそれで準備完了のようだったが、手伝っていたキュートの疲弊ぶりもまた尋常ではなかった。

ξ゚⊿゚)ξ(なんか、時間かかった割に変化が無いわね……)ジー

lw´‐ _‐ノv「仕込みもどんどん早くなるねえ。姉の面目丸潰れだよ」

o川;*゚ー゚)o「だったら自分でやってよね。荷物なんて殆どシュールのじゃん……」


lw´‐ _‐ノv

ξ゚⊿゚)ξ ジー


lw´‐ _‐ノv「……暗器使いなんでね、中は意外と重装備なのよ」

o川;*´ー`)o「仕込みは私がやらされてますけどね」

 シュールはツンちゃんからの熱い視線に応え、コートをめくってその裏地を披露してみせた。
 コートの裏にはナイフ数本とワイヤーの束、あとは正体不明の小道具がぎっしりという感じだった。

ξ゚⊿゚)ξ(ニ、ニンジャ……!)

lw´‐ _‐ノv「もうちょい脱ぐと凄いんだけどね」

o川;*゚ー゚)o「脱いだら怒るよ。もう仕込みやらないからね」

.

689名無しさん:2022/09/04(日) 15:30:55 ID:7IoV7Kbc0


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


o川*゚ー゚)o「それじゃあ余ったものは片付けて、っと……」

 ボストンバッグを整理して、キュートの仕事もこれで完了。
 いざ立ち並んだフル装備の素直四天王を一望し、ツンは他人事のような感動を覚えていた。

ξ゚⊿゚)ξ「うおおすごい。4人パーティって感じ、モンハン」パチパチパチ

ノハ;゚⊿゚)「……てめえも立って準備しろよ。見学で済ますつもりか?」

ξ゚⊿゚)ξ「私はもうアップ済んでるから問題なし。
      戦わずに済むならそれが一番だしね、焦ってもしょうがないのだわ」

 ツンはやおらに立ち上がってジャージをはたいた。
 さしあたって、ツンは最低限の情報を皆に伝えることにした。

ξ゚⊿゚)ξ「で、今から来るのはワカッテマスって名前の魔物なのだわ。
       思考を読んだり未来を見通したり、そういう力を持ってる人なの」

ξ゚⊿゚)ξ「私はこれからワカッテマスさんと話をする。
       でも間違いなく破綻するから、それが戦闘開始の合図になると思う」

川 ゚ -゚)「……」

ξ゚⊿゚)ξ「もしそうなって戦いが始まったら、あなた達には私の味方をしてもらいたいの。
       正直かなり危険だけど、私を守ってくれればそれで十分だから」

 ツンは僅かに目を細めて表情を険しくした。
 話し合うけど殴り合う。その見通しの歪さに、彼女自身でも思う所があるようだった。

川 ゚ -゚)「そうか。だったらこちらは要人警護を想定しよう。
     思考を読むという能力を鑑みるに、私達が色々知ってるのは不都合なんだろう?」

ξ゚⊿゚)ξ「そうなのよ。たとえばこの話し合いの『本当の狙い』とかも今は話せない。
       そんなんだから、基本的には私に合わせてって感じになるんだけど……大丈夫?」

川 ゚ -゚)「問題ない。独断に許可が降りてるだけマシな依頼だ。
     それと最後に確認なんだが、……まぁ答える必要が無ければ答えなくていい」

ξ;´⊿`)ξ「話が早くて助かるのだわ。ええ、答える保証はできないけど、なんでも聞いて」

.

690名無しさん:2022/09/04(日) 15:34:39 ID:7IoV7Kbc0


川 ゚ -゚)「――その相手、手加減は必要か?」

ξ;´⊿`)ξ

ξ゚⊿゚)ξ

 ツンは表情をリセットし、頭の中をまっさらにしてから反応した。

ξ;゚⊿゚)ξ「えっ、手加減?」

川 ゚ -゚)「そうだ。今日はわりかし本気装備だからな、今なら相当戦えるぞ」

ノパ⊿゚)「信用しろよな! こないだの電撃野郎だって今なら余裕だぜ!?」

o川*゚ー゚)o「………………」

ξ;゚⊿゚)ξ「あ、ああ。そうなのね、それは心強い……」

 ツンは、自信満々に語るクールとヒートの顔を直視していられなかった。
 彼女達はワカッテマスの強さを知らない。知らないからこそ、彼女達は大言を口にできるのだ。

ξ;゚⊿゚)ξ(自信があるのは嬉しい)

ξ;-⊿-)ξ(私じゃ言えない強い言葉も、今は頼もしい……)

 ――でも、無理だ。

 恐らく彼女達は電撃野郎ことエクストを基準にワカッテマスを捉えている。
 エクストの戦闘能力を根本的に読み違えている点を差し引いても、彼女達の目算は完全に的外れだ。

ξ;゚⊿゚)ξ(こんなこと、言いたくないけど……)

 素直四天王を守るためには今ここで釘を刺すしかない。
 ツンは咄嗟に言葉を選び、オブラートに包んで頭の中に用意した。

ξ;゚⊿゚)ξ「……あのね」

ξ;゚⊿゚)ξ

ξ;-⊿-)ξ「この場の全員が手加減なしで戦っても、勝ち目は無いのよ……」

 その言外に無自覚の本音を添えて、ツンは慎ましく口を開いた。

.

691名無しさん:2022/09/04(日) 15:40:12 ID:7IoV7Kbc0


ξ;゚⊿゚)ξ「私を含めた5人でやっても、ワカッテマスさんには絶対勝てないの」

ξ;゚⊿゚)ξ「だから、手加減とかそういうことは考えないで。
       これは勝ち負けの戦いじゃないから、危険な事はしないでほしくて……」
  _,
ノパ⊿゚)「……ハァ? んだよそれ」

 素直四天王は揃ってツンを注視していた。
 自分達のプライドにケチをつけるようなツンの口振りに、短気なヒートは特に難色を示していた。
  _,
ノパ⊿゚)「前にやったエクストってのは魔王軍の最強格なんだろ?
     今度のはあれより強いってのか? どれくらい強いのか言ってみろよ」

ξ;-⊿-)ξ

 ヒートの追求にツンは無言を貫いてみせる。
 これ以上の説明は無意味だと、固唾を飲んで顔を背ける。

川 ゚ -゚)「……ふむ、そうか……」

 かたやクールは軽率な前言を悔いたのか、渋い表情を覗かせて思慮に耽っていた。
 上には上がいる。そんな常套句を自分に言い聞かせ、彼女はふっと鼻で笑った。

川 ゚ -゚)「いや、そこまで言われると立つ瀬がないな」

ξ;゚⊿゚)ξ「……ごめんなさい」

川 ゚ -゚)「いいんだ、私達だってここで死ぬ気は無い。忠告に感謝する。
     だが引き際もこっちで決めるぞ。またボコられたら堪らんからな」

ξ゚⊿゚)ξ「もちろん全部任せるのだわ。みんなを守る余裕も私には無いから」

川 ゚ -゚)「――と、聞いての通りだ。魔王軍へのリベンジという趣旨、今日は忘れろ」

 そう言いながら他の面々を見遣るクール。
 そこには三者三様の反応があったものの、彼女の決定に確たる異議を唱える者は居なかった。

lw´‐ _‐ノv「仕事が楽になるなら何でもいいよ」

ノハ;゚⊿゚)「いやでもこいつの話おかしくねえか!?
     話し合うけど戦いにはなる、でも絶対勝てねえってバカバカしくねえか!?」

o川;*´ー`)o「はいはいヒートは黙ろうね……」

 もうすぐワカッテマスがやってくる。
 ツンは簡単に話をまとめ、素直四天王に最後の助力を申し入れた。

.

692名無しさん:2022/09/04(日) 15:43:25 ID:7IoV7Kbc0


ξ゚⊿゚)ξ「私とワカッテマスさんの話し合いは間違いなく破綻する。
      戦闘開始はそのタイミングになる、ってさっき言った通りだけど」

ξ゚⊿゚)ξ「みんなとにかく無茶はしないでほしいの。私が一番気にしてるのはその部分だから。
      無茶をしないって約束してくれるなら、お礼もそれだけいいものを用意する」

川 ゚ -゚)「分かった無茶はしない。だから金をくれ4人分」

ξ゚⊿゚)ξ「ほんとに話が早いな」

 気前のいい即答。ツンも思わず普段の調子で反応してしまった。

ξ;゚⊿゚)ξ「……えっと、細かいとこは任せちゃってるし、私から言える事はもう無いんだけど。
      それでも一応、最後にあなた達を頼った理由だけは話しておくわね」

ノパ⊿゚)「頼った理由?」

川 ゚ -゚)「……そういえば、いつものメンツがここに居ないな」

 ミセリやドクオをふと思い浮かべ、彼女達の不在を訝しむクール。
 戦力的にも彼女達を頼らない理由はなく、当然この場に集まるものだと一考するが――。

ξ゚⊿゚)ξ「今日はこれで全員よ。ミセリさん達は来ないわ」

川 ゚ -゚)「それは――」

o川*゚ー゚)o「で、だからなに? 要するに負けイベって事でしょ?」

川 ゚ -゚)「まぁ待てキュート。大事な部分だ、聞こう」

 ツンの台詞を軽んじたキュートを諌め、クールは続きを話すようツンに首肯してみせた。

.

693名無しさん:2022/09/04(日) 15:51:37 ID:7IoV7Kbc0



ξ゚⊿゚)ξ「……上手くは、言えないんだけど」

ξ゚⊿゚)ξ「この話し合いをするなら、私は、人間を頼らなきゃいけないと思ったの」


 ――心というものの深層は、言語としての機能、精巧さを喪失させる事でしか言葉にできない。
 そして、自分の言葉を手ずから台無しにするその行いは、言葉を扱う全ての者を例外なく無力に変える。

 自分にとっては意味があっても、他人にとってはそうでもない無数の物事。
 それを他人に伝えることは、大なり小なり、当事者の心に治りにくい傷を残すものだ。


ξ;-⊿-)ξ「……だからね。私は、あなた達が最後まで味方でいてくれたら、それで十分なの」

ξ;-⊿-)ξ「私は、それに見合うだけの振る舞いを頑張るから」

ξ;゚⊿゚)ξ「だから見てて。最後まで、私が人間の味方でいられるかどうか……」


 魔王城ツンが今しがた話したこと、これからワカッテマスに話すこと。
 それらは必ず痕を残し、彼女の中で大きな変化へとつながっていく。

 ――ひび割れた卵の殻。亀裂をついばむ雛鳥の寓意。
 魔眼の力をもってしても、この先の未来は暗闇に閉ざされたままであった。


( <●><●>)(……やはり、この方の未来は言語化しがたいな)


 ワカッテマスは未来視を止め、目の前の現実に意識を戻した。
 遠くに見える魔王城ツンとその仲間達をじっと見つめ、整然とした足取りでツンのもとへ向かう。
 彼がわざわざ歩いているのは、そうして時間をかけることが『必要な手順』だったからだ。

.

694名無しさん:2022/09/04(日) 15:52:42 ID:7IoV7Kbc0



lw´‐ _‐ノv「――てかもう来てて草」

 そのとき、ワカッテマスの登場にいち早く気付いたシュールが草を生やして警告した。
 素直クールは即座に反応し、彼女と同じ方向を見てワカッテマスの姿を目視した。

ノパ⊿゚)「よっしゃ! 私は前衛ッ! だよな!?」

川 ゚ -゚)「……いや、キュートと交代だ。
     魔王城ツンの護衛は私とキュートでやる」

ノパ⊿゚)

ノハ;゚⊿゚)「なんで!?!?!?」

o川;*゚ー゚)o「嫌です!!!!」

 急なポジションチェンジに三女四女のダブルブーイングが爆発する。
 しかしクールは気にも留めず、耳打ちする形でシュールにニ三指示を出した。

川 ゚ -゚)「そっちでヒートを宥めておいてくれ。
     あいつは話し合いには向かん。今日は足手まといだ」

lw´‐ _‐ノv「んじゃキュートはどうすんの」

川 ゚ -゚)「今日は頼る。アレがそこまで強いなら、キュートにしか対処できない場面が必ずある」

lw´‐ _‐ノv「りょ」

 2人は短く会話を済ませてキュート達を振り返った。

lw´‐ _‐ノv「キュート、必要なもん取ったらバッグ貸して。ヒートに持たせるから」

o川;*´ー`)o「はいはいはいはい分かりました分かりました分かり(ry」

ノハ;´⊿`)「やだよ荷物持ちなんかよォー!!」

ξ゚⊿゚)ξ(姉妹の力関係が出ている……)

.

695名無しさん:2022/09/04(日) 15:56:07 ID:7IoV7Kbc0


川 ゚ -゚)「……という事で」

ξ゚⊿゚)ξ

川 ゚ -゚)「いつでもいけるぞ」

 すっ、と囁くように告げるクール。
 その一言は間違いなく、魔王城ツンから号令を引き出すための言葉だった。

ξ;゚⊿゚)ξ「……みんな、上手く立ち回ってね」

 もう引けない。やっぱり無しとはもう言い出せない。
 みんなが始まりの合図を待っている。
 ツンは胸に手を当て、大きく息をした。

ξ;゚⊿゚)ξ

ξ;-⊿-)ξ「……はぁ……」

 話し合い、戦い、その両方に『どうせ負ける』と高を括りながら。
 魔力の回路に熱を入れ、自分の首元に赤マフラーを成形する。

 ぶっちゃけツンも大まかな未来は予想がついているのだ。
 どうせ話し合いは成立しない。実力行使も意味を成さない。
 魔眼のワカッテマスは一度決まったことを絶対に覆さない。

 それでもこうして過程を踏むのは、そうする事が『必要な手順』だから。
 然るにこれは――同意の上での『儀式』に違いないのだ。

.

696名無しさん:2022/09/04(日) 15:56:43 ID:7IoV7Kbc0



ξ;゚⊿゚)ξ「……始めるのだわ」ザッ


 ひび割れた卵の殻。亀裂をついばむ雛鳥の寓意。
 その雛鳥には、生まれる前からハダリーという名前が用意されていた。


.

697名無しさん:2022/09/04(日) 15:58:17 ID:7IoV7Kbc0

≪3≫


( <●><●>)「お待たせしました」

ξ゚⊿゚)ξ「……いえ、丁度いいタイミングだったわ」

 代わり映えしない荒野の中程で立ち会う両者。
 芯を通したように直立するワカッテマスに、ツンは否応なく強い威圧感を感じ取っていた。
 だが尻込みしている余裕はない。時間経過で不利になるのはツンの方なのだ。

ξ゚⊿゚)ξ

( <●><●>)「どうぞ話してください。私はそれを聞きに来たのです」

 ワカッテマスは少し肩の力を抜き、余裕をもってツンに話しかけた。
 魔眼の性能をひけらかすような真似はしないと、あくまで紳士的に振る舞って見せる。

ξ;゚⊿゚)ξ(……そう、どうせ私の考えはすぐにバレる。
       今のこういう考えだって、ワカッテマスさんには……)

( <●><●>)

ξ-⊿-)ξ(なるべく、なにも、考えないように……)

ξ-⊿-)ξ(用意はしてきた。用意した言葉だけを、反射的に……)

( <●><●>)

ξ;-⊿-)ξ(……思考は、散らさないと……)

 それからツンは色々なことを考えた。
 ワカッテマスはただ傍観し、何も言わなかった。

ξ゚⊿゚)ξ「……そうよね。手早く済ませましょう」

 ツンは無表情で言い、用意していた台詞を続けた。

.

698名無しさん:2022/09/04(日) 15:59:05 ID:7IoV7Kbc0


ξ゚⊿゚)ξ「とりあえず紹介しておくけど、後ろの2人は私の友達。
       あとの2人もその辺の岩陰に隠れてると思う」

( <●><●>)「素直四天王、と自称される方々ですね。
        存じ上げております。ヒトの友人、羨ましい限りです」

ξ゚⊿゚)ξ「……一応言っとくけど殺さないでね。
      これから何がどうなるか知らないけど、それだけは本当にお願い」

( <●><●>)「はい、承知致しました。お約束します」

 ワカッテマスはツンの両隣に控える素直クール&キュートを覗き見た。
 彼女達は警戒心を保ったまま、ワカッテマスを捉えたまま、最低限の会釈をした。

川 ゚ -゚)「素直クールだ。お気遣い感謝する」

o川*゚-゚)o「……ッス」

( <●><●>)

 2人の思考を読み取ると、ワカッテマスは片手を口元にやって数秒ほど考える素振りを見せた。
 ツンにはそれが無意味な動作に思えたので、話を急いてテキパキと彼に問いかけた。

ξ゚⊿゚)ξ「続き、いい?」

( <●><●>)「……はいどうぞ。お気になさらず」

 ワカッテマスは顔を上げて言った。

.

699名無しさん:2022/09/04(日) 16:00:52 ID:7IoV7Kbc0


ξ゚⊿゚)ξ「……勇者軍が、私を狙ってこの街に来ようとしてる。
      私がこのまま街に残ると、次の現魔戦争の引き金にもなりかねない」

 用意していた台詞を練習通りに口に出し、ツンは話声を勢いに乗せた。
 ここから先は予定調和のやり取りになる。彼女は半ば機械的に、感情を込めずに続きを話した。

ξ゚⊿゚)ξ「私のパパは事を穏便に済ませたがってる。だから私を連れ戻したい。
      私はもちろん地上に残っていたいけど、それが無理なのも分かってる」

( <●><●>)「はい」

 コンマ数秒の短い相槌。タイミングは完璧だった。

ξ゚⊿゚)ξ「私の身元は敵にバレてる。それを公表されたら今までみたいな暮らしはもう出来ない。
      だからもう、私個人の範疇では、勇者軍には殆ど完敗してる状態なのよね」

( <●><●>)「――心の底から望んでいた『ありふれた日常』を人質にされた。
        お嬢様がそういった認識をされている事は、魔眼がなくとも理解しております」

ξ゚⊿゚)ξ「そう。だからこの話し合い、私とっては敗戦処理みたいなものなのよ。
       この期に及んで最善は期待してないの。……まずはこんなとこかしらね」

( <●><●>)「はい。どうぞ続きを」

.

700名無しさん:2022/09/04(日) 16:02:49 ID:7IoV7Kbc0


ξ゚⊿゚)ξ「とりあえず、私はワカッテマスさんの言うとおりにして魔界に帰るのだわ。
       ただし条件付きで。今日の要件はこの部分よ」

( <●><●>)「なるほど、そうでしたか」

 ワカッテマスはわざとらしく頷いた。

( <●><●>)「でしたら先に魔王軍全体の方針をお伝えします。
        端的に申しますと、結論としては先日のまま変わっておりません」

( <●><●>)「お嬢様を魔界に帰したのち、我々は事後処理を開始します。
        勇者軍とその協力者を対象に、殺害を含めた必要な対処を行います」

ξ;゚⊿゚)ξ「……殺害って、認めるのね」

( <●><●>)「オブラートに包む意味がありますか?」

 彼は返答の間を設けずに続けた。

( <●><●>)「今回の事案は規模が大きすぎるため、半端な記憶消去では埒が明きません。
        よって一度、我々は勇者軍の作戦に付き合うつもりでいます」

ξ゚⊿゚)ξ「付き合うって、具体的には?」

( <●><●>)「この街で迎え撃ち、敵の主力を落とした上で、敗北を演じます」

ξ゚⊿゚)ξ
  _,
ξ;゚⊿゚)ξ「そ、想像してたのと違う流れになってるわね……」

 敗北を演じる、という彼の目論見に驚きを隠せないツン。
 人間社会の平和を乱さないという意味ではこれ以上ない算段だが、予想外ではあった。

.

701名無しさん:2022/09/04(日) 16:08:19 ID:7IoV7Kbc0


( <●><●>)「――事後処理を円滑に行う為の、一芝居です」

 と、ツンが気を抜いたところで説明が再開される。
 ツンは努めて心を閉ざし、都合のいい言葉に惑わされないよう感情を押し殺した。
 筒抜けだからこそ努めて冷静に。動揺は無意味なのだ。

( <●><●>)「この街で戦闘を行い、敵の主力を殺害し、形だけの勝利を持ち帰らせる」

( <●><●>)「そしてそれ以後、勇者軍が決起することは二度とありません。
        そうなるように事後処理を行います。……意味はお分かりですか?」

 記憶消去が現実的でない以上、今回の件は時間経過による風化が最も手堅い。
 人の噂も七十五日――とはいかないだろうが、自然消滅という形で終われば何よりも平和的である。
 要するにすべて打算。俯瞰してみれば、彼の含みはすんなりと理解できた。

ξ-⊿-)ξ「……表向きには『人間側の勝利』で事を終わらせる。
       あなた達は、その裏側で勇者軍を消そうと考えてる」

ξ゚⊿゚)ξ「あとは時間に解決させるとして……そんなに上手くいくものなの?
       ごめんなさい、ちょっと想像がつかないんだけど……」

( <●><●>)「それについては勇者軍の人員を洗脳、同士討ちさせる予定なので問題ないかと。
        報道関係についても既に手は打っていますし、心配ご無用です」

ξ;´⊿`)ξ「……ありがとう。想像がついたわ。そうよね、できるのよね」

.

702名無しさん:2022/09/04(日) 16:10:02 ID:7IoV7Kbc0


ξ;-⊿-)ξ「それで、私が思ってる条件のことなんだけど」

 ツンは息が整うのを待ってから切り出した。

ξ゚⊿゚)ξ「私、友達の無事を見届けてから魔界に帰りたいの。
      この街を戦場にするなら尚の事、戦いが終わるまでは」

( <●><●>)

( <●><●>)「ご友人とは、毛利まゆの事ですね?」

 ワカッテマスの声がほのかに重みを増した。
 ツンはつぶさにそれを感じ取り、反射的に片足をずり下げていた。

ξ;゚⊿゚)ξ「――そッ、そうよ!」

 ツンは咄嗟に持ち直すと、声を荒らげて自分自身に発破をかけた。
 綻びを最小限に留め、元の調子を急いで取り繕う。

( <●><●>)「つまり、毛利まゆを特別に助けたいと。そういう事ですか」

ξ;゚⊿゚)ξ「……確認するまでもないでしょ。どうせ私の考えなんか……」

 自棄を滲ませた口振りで動揺を薄めようとするツン。
 ワカッテマスは、ただそれを眺めていただけだった。

( <●><●>)

ξ;゚⊿゚)ξ …?

 彼の返事は、しばらくのあいだ返ってこなかった。

.

703名無しさん:2022/09/04(日) 16:17:19 ID:7IoV7Kbc0


( <●><●>)「……この街への進軍に際し、勇者軍は一般人の避難を行います。
        彼らも人間社会を敵に回すことは避けたいはず。人間側の被害はまず軽微でしょう」

ξ;゚⊿゚)ξ

( <●><●>)「毛利まゆもその避難に加わって街を離れます。
        少なくとも今現在、彼女は『軽微な被害』の中には入っておりません」

ξ;゚⊿゚)ξ「……私の出した条件は、意味が無いって言いたいの?」

( <●><●>)「はい。毛利まゆの無事は私が確約します。
        護衛を付けろと仰るならそうします。それで済みますから」

ξ;゚⊿゚)ξ

ξ;゚⊿゚)ξ「えっ、と」

( <一><一>)「それでは帰還のご用意を。魔界でお父様がお待ちですよ」ザッ

 ワカッテマスは口早に話を終わらせて踵を返した。
 燕尾服の裾を翻し、じつに呆気なくこの場を去ろうとする。

ξ;゚⊿゚)ξ

ξ;-⊿-)ξ「……待って。ごめんなさい、続けさせて」

 そんなワカッテマスを認めたツンは弱々しく呟いて彼を呼び止めた。
 今の話に嘘はない。しかし、本心をちゃんと告げたかと言えばそうでもなかったのだ。
 ツンは腹を括り、本当のところを口にした。

ξ;゚⊿゚)ξ「守りたいのはまゆちゃんだけじゃないの。
       他の人間も全員。……できれば、勇者軍も」

( <●><●>)「――そうでしたか」

 ワカッテマスは足を止め、またあっさりと元の位置に戻ってきた。

.

704名無しさん:2022/09/04(日) 16:18:47 ID:7IoV7Kbc0


( <●><●>)「では改めて条件を確認します」

( <●><●>)「勇者軍を含むすべての人間に危害を加えるな。
        と、このような認識でよろしいでしょうか」


ξ;゚⊿゚)ξ「……うん」


( <●><●>)

( <●><●>)「不可能です。お嬢様の想像を叶える事はできません」

ξ;゚⊿゚)ξ

ξ;-⊿-)ξ「こ、今後二度と……」

( <●><●>)「――今後二度と魔界を出ない、と約束されてもダメです。
        くだらない考えはおやめ下さい。あなたの身売りを誰が喜ぶというのですか」

ξ;゚⊿゚)ξ「じゃあどうすれば聞き入れてくれるの? 私が差し出せるものなら何でも……」

( <●><●>)「そういう話ではないのです。はっきり言わなければ分かりませんか?」

 ワカッテマスは取り付く島もないくらい徹底的にツンを突き返し、最後に核心を突いた。

( <●><●>)「お嬢様、どうせ無理だと思っておられるなら取り繕うのはやめて下さい。
        何でも差し出すとは言いますが、突き返される前提では検討にも値しません」

ξ;゚⊿゚)ξ

( <●><●>)「――どうせこの人は私の『何でも』を受け取らない。
        この発想から出たであろう言葉で、いったい私から何を引き出せると思ったのですか」

.

705名無しさん:2022/09/04(日) 16:20:46 ID:7IoV7Kbc0


ξ;゚⊿゚)ξ「……いや、あの、」

( <●><●>)

ξ;゚⊿゚)ξ「確かにそう、そう思ってたのは、」

( <●><●>)

ξ;゚⊿゚)ξ




ξ; ⊿ )ξ

ξ; ⊿ )ξ「はい。認めます、ごめんなさい……」

 そのとき、ツンの心に致命的なひびが入った。
 彼女は自分の身を抱えるように両腕を組み、深々と顔を伏せた。

川 ゚ -゚)(キュート、用意しろ)

o川*゚-゚)o(はいはい……)

 ツンの背後で目配せをしているクールとキュート。
 緊張感が肌を刺す感覚。彼女達は合図を待っていた。


ξ;゚⊿゚)ξ「――でもっ!! 人間を助けたいって気持ちは本当なのよ!?
       さっきは甘えて言ったけど、ワカッテマスさんが望むなら私は――!!」

( <●><●>)「それは面白い冗談ですね」

 言い切る前から本気の提案を冗談として受け流されてしまう。
 ツンはそこで妙にムキになってしまい、彼に邪魔された続きを強く言い放った。

ξ; >⊿<)ξ「――次の魔王の座を、あなたに譲ったっていいと思ってるの!!」

( <●><●>)

( <●><●>)「それは面白い冗談ですね」

 ワカッテマスは同じ反応を繰り返した。

.

706名無しさん:2022/09/04(日) 16:22:41 ID:7IoV7Kbc0


( <●><●>)

ξ;゚⊿゚)ξ「……な、えっ……?」

 まるで芳しくないワカッテマスの反応にたとたどしく狼狽えるツン。
 自分から差し出せる最大の価値を一言で片付けられ、彼女はすっかり寄る辺を失くしていた。

( <●><●>)「すみませんが魔王の座に興味はありません。
        当然お嬢様の体にも。金品にも、名誉にもです」

( <●><●>)「私の仕事は滞りなく事後処理を終わらせること。
        もちろん被害は最小限に留めますが、ゼロにする事は不可能なのです」

ξ;゚⊿゚)ξ「そ、そんなの分かんない、なんで……」

( <●><●>)「人間側がそれを望まない。理由は単にそれだけです。
        死んでも魔物に一矢報いたい。そう考える人間も少なくありませんので」


ξ;゚⊿゚)ξ「……」

( <●><●>)「それに、考えてもみてください」


( <●><●>)「死を覚悟して挑んだ結果、情けをかけられ成果も得られない。
        そうして生まれる心の揺らぎを――人間達は『屈辱』と言い表すのでしょう?」


ξ;゚⊿゚)ξ


( <●><●>)「というか、私だけではどうやったって魔王軍の意思は統一できません。
        残念ながら人間の生死を厭わない魔物は多数派になると思うのですが」



ξ; ⊿ )ξ



( <●><●>)「そこは当然、お嬢様が『説得して回る』という認識でよろしいですね?
        だとしても事故は必ず起こるでしょうから、そういった現場のイレギュラーについては――」





.

707名無しさん:2022/09/04(日) 16:23:45 ID:7IoV7Kbc0


ξ; ⊿ )ξ

 ツンは押し黙り、何も言わなかった。
 ただそれだけの時間が数十秒と流れ、時間切れがやって来る。

( <●><●>)「すべてのご希望を叶えられず申し訳ありません。
        しかし、僭越ながら、ご希望の大部分は受諾できたように思います」

( <●><●>)「ご友人の無事はお約束します。人間達への被害も最小限に留めます。
        ただ、たとえ我々が一丸となって配慮しても、『取りこぼし』というものは必ず出てきます」

( <●><●>)「お嬢様にはその一点のみ看過して頂きたいのですが、……いかがでしょう」


ξ; ⊿ )ξ

( <●><●>)「……何を仰っても構いませんよ」


 ――ワカッテマスの言うとおり、ツンの願望は概ね実現を約束されている。
 ただし『完璧には遂行できない』と断りを入れているだけで、彼の対応は誠実そのものであった。

 ツンは、誰一人として犠牲にならなければいいと思っていた。
 それは現実的に不可能だとワカッテマスは言い、それでも善処を約束してみせた。

 結果的にツンの取り越し苦労だった部分は大きいが、落とし所と見ればそう悪くない。
 故に、これ以上のケチは『もっと完璧な仕事をしろ』と傲慢にのたまうようなもの。

 自分の無力さを棚に上げて。自分の手を汚すつもりもなく、薄汚い現実を私の視界に入れるなと。


ξ; ⊿ )ξ


 だから彼女は何も言えなかった。
 話し合いはこれで終わりだと、そう認めざるを得なくなっていたのだ。

.

708名無しさん:2022/09/04(日) 16:24:33 ID:7IoV7Kbc0


 ――しかし、こうした詰みの状況をツンは先んじて読み切っていた。
 『どうせ言い負かされる』と高を括り、負け筋ごと打算に組み込んで一計を案じていたのだ。

ξ; ⊿゚)ξ チラッ

 ツンは振り返って素直クール達を見た。
 彼女達を頼ったのは『こうなった時』の為だ。

川 ゚ -゚)” コクン

o川;*´ー`)o

 2人はそれを戦闘開始の合図と受け取った。
 ワカッテマスだけが、魔王城ツンの深層を正確に読み取ろうとしていた。

( <●><●>)

ξ;゚⊿゚)ξ「……いやよ。必要な犠牲なんて、私は認めないのだわ」

 向き直ったツンは台本通りの台詞でワカッテマスに反抗した。
 その瞬間に魔力を解き放ち、鮮烈な真紅を空に奔らせる。

ξ#゚⊿゚)ξ「今日は、『絶対』を約束してもらうまで終わらせないのだわ」

( <●><●>)「はい」

 そして、形だけの無意味な戦闘が始まるのだった。

.

709名無しさん:2022/09/04(日) 16:28:55 ID:7IoV7Kbc0

≪4≫


ξ#゚⊿゚)ξ「はああ――ッ!」ダッ

 低い姿勢で前に飛び出し、十分な勢いをつけてワカッテマスの眼下に滑り込む。
 ツンは魔力で強化した拳を固め、下から突き上げるような形で彼を急襲した。

( <●><●>)「……お強くなられた。こちらでの生活も無意味ではなかったようですね」

 だがワカッテマスから余裕の色は消えていない。
 ツンが放った最初の一撃を、彼は『とある趣向』をもって受け止めていたのだ。

 彼女の拳を受け止めたのは、ワカッテマスの首元に現れた『黒いマフラー』であった。

ξ;゚⊿゚)ξ「――なッ!?」

 自分の赤マフラーと瓜二つのそれが目の前に現れ、ツンは一瞬戸惑いを晒してしまう。
 ワカッテマスはすかさずその隙を捉え、マフラーの両端で彼女の片腕を絡め取った。
 そのままひょいと空中に吊り上げ、反撃のしようがない状態にして話を続ける。

( <●><●>)「驚くことでもないでしょう。作りだけ見ればそう複雑でもありません。
        これくらいの代物、魔力成形を習得している大概の魔物に作成できます」

ξ;゚⊿゚)ξ「……だとしてもアイデンティティなのよ! 現状唯一のッ……!」

 そう息巻いて暴れるツンだがワカッテマスのマフラーはびくともしなかった。
 引き剥がそうと力を入れても指先が食い込むのは自分の腕の方。
 マフラー自体は鋼鉄のように固まったまま、ツンのあらゆる抵抗をじっと受け続けていた。

( <●><●>)「お嬢様のマフラー、咄嗟の展開にはまだ対応できないようですね。
        試験終盤に見せた動きが普段からできるよう、頑張ってください」

 言い終わると同時にワカッテマスは黒マフラーを空中に増産した。
 黒色のオーラを纏うそれらは殊更純度の高い魔力で作られた特別製、計8本。
 彼はそのマフラーを意のままに操作してみせ、瞬く間にツンの全身を縛り上げてしまった。

ξ;゚⊿゚)ξ(えっ、なんで――)
           ,,
ξ;゚⊿゚)ξ(――こうじゃないでしょ!?)

 ここまでワカッテマスは指一本さえ動かしていない。
 両手を後ろで組み、直立不動のまま、魔力の基本技術だけでツンを無力化してしまった。
 しかも単純にパワー負けしていて歯が立たない。現時点で彼女の敗北は決定的だった。
 戦闘シーンは1レス足らず。じつに儚いワンシーンであった。

.

710名無しさん:2022/09/04(日) 16:30:37 ID:7IoV7Kbc0


 黒マフラーでぐるぐる巻きにしたツンをゆっくりと地面に降ろし、横に寝かせる。
 ワカッテマスは彼女を見下ろしながら、なんら変わりようのない調子で言った。

( <●><●>)「にしても、あっちの方は手強いのが居ますね」

ξ;゚⊿゚)ξ(あっち……?)

 体を捩り、唯一自由な首をもたげてワカッテマスの視線を追うツン。
 そうして視界に入ってきたのは、独りでに動く黒マフラーを相手取る素直キュートの姿だった。

o川;*゚ー゚)o「――――ッ!」

ξ;゚⊿゚)ξ(あ、あの人達、私を助けに来ないと思ったら……!)

 だが黒マフラー相手に大立ち回りを演じているのはキュートだけ。
 もう一方の素直クールはいつの間にか黒マフラーに捕まっており、ツン同様に地面に投げ出されていた。



川;゚ -゚)「――私に構うな! シュール達との合流を先にしろ!」

o川;*゚ー゚)o「いやクールが捕まるレベルなんだよ!? 向こうの2人じゃ即アウトだよ!」

o川;*´д`)o「てかもう私も諦めていい!? 超だるいんですけど!!」

川;゚ -゚)「う〜〜〜〜んもうちょい頑張れ!!」



ξ;゚⊿゚)ξ(あ、あの子、なんか私より粘ってるんだけど……)

 ツンは、今尚ちゃっかり逃げ果せているキュートに衝撃を受けていた。

 キュートを追って空を駆け巡る黒マフラーはひとつだけ。
 とはいえそのスピードは尋常ではなく、パワーについてもツンを十分に上回っている。
 マフラーとしての柔軟性から機動力対応力も高いそれを、しかしキュートは難なく躱し続けているのだ。

( <●><●>)「……片手間では分が悪いな」

ξ;゚⊿゚)ξ

 間接的に人間に負けた。
 そう思っても仕方がない、ツンにとっては信じがたい光景がそこにはあった。

.

711名無しさん:2022/09/04(日) 16:32:48 ID:7IoV7Kbc0


o川;*´ー`)o「ああ〜」

 だがキュートの奔走も長くは続かなかった。
 というか自分から捕まりにいって終わった。

川;゚ -゚)「おいこら!! そういうとこ直せっていつも言ってるよな!?」

o川;*´ー`)o「これでも前向きな善処をしましたよ……」

 結局キュートもマフラーに捕まってぐるぐる巻き。
 これでツンちゃん陣営は5人中3人脱落。残る希望はシュールとヒートだけだが――。


ノハ#゚⊿゚)「うぉぉぉぉぉ離せぇぇぇぇぇ!!」

lw´‐ _‐ノv「ダメだったよ……」


( <●><●>)「これで全員ですね。お疲れさまでした」

 宣告の後、その2人も黒マフラーに引きずられてここまで運ばれてきた。
 もちろん彼女達も同様の拘束を受けており、結果として、ものの見事に全員が捕まってしまった。

.

712名無しさん:2022/09/04(日) 16:34:05 ID:7IoV7Kbc0



lw´‐ _‐ノv「なんか捕まったりボコられたりばっかだね。1回泣いとく?」

o川*゚ー゚)o「相手が悪いよ相手が」

ノハ#゚⊿゚)「待ってろみんな!! こんなん私が引きちぎって――!!」

川 ゚ -゚)「……泣き落としなら3回は必要だな」

lw´‐ _‐ノv「……無茶だねえ」



ξ;゚⊿゚)ξ

( <●><●>)「お嬢様、どうかされましたか?」

 言葉を失ったツンに平坦な声掛けをするワカッテマス。
 だがその様子とは裏腹に、続く言葉はツンに凄まじい動揺を与えるものだった。

( <●><●>)「話し合いでは必要十分な言質を取れた」

( <●><●>)「魔眼のワカッテマスに戦いを挑み、誰一人として負傷者は出ていない」

ξ; ⊿ )ξ

( <●><●>)「これでもまだ――お嬢様にはご不満があるのでしょうか」

 当てつけのような問いかけ。ツンの額にじわりと汗が滲む。

ξ; ⊿ )ξ「……まだ、勝負は……」

( <●><●>)

( <一><一>)「はあ……」

 ワカッテマスは溜息を吐いた。呆れた、という感情を演じて見せる。
 頑なに本心を言わないツンに対し、彼もそろそろ対応の仕方を変えようとしていた。

.

713名無しさん:2022/09/04(日) 16:36:56 ID:7IoV7Kbc0


( <●><●>)「……お嬢様。今更言うことではないのですが」

( <●><●>)「実は私、魔眼の力は殆ど使っていないんですよ」


ξ゚⊿゚)ξ

ξ゚⊿゚)ξ「――――は?」


( <●><●>)「出会い頭に少しだけ。以降は完全に素の状態です。
        ですのでお嬢様の考えは分かりませんし、この話の結末も定かではありません」

ξ;゚⊿゚)ξ「……嘘よ」

( <●><●>)

( <●><●>)「そう思われても結構です。慣れておりますので」

 ワカッテマスはツンの物言いに無抵抗で引き下がった。
 ツンには、このやり取りの意味が全然分からなかった。

ξ;゚⊿゚)ξ …?

 ――ワカッテマスは神の視点を持つ『完全な理解者』である。
 そのような機能を備え、そのようなモノとして振る舞うことは彼の日常に違いないはずだ。
 疑念を挟む余地などない。だって彼には魔眼があって、その能力を駆使する自由があるのだから。

 魔眼のワカッテマスにとって他者の考えを理解することは日常茶飯事であり、自然なこと。
 だからツンは自分のことを『理解されて当然』だと思っているし、それを前提として今日に臨んでいた。

 理解されて当然。字面だけ見れば自惚れや傲慢と大差ないクソみたいな姿勢である。
 しかし、魔眼のワカッテマスと対峙する以上はそういった開き直りを受け入れるしかない。
 だって彼には魔眼があって、彼にはその能力を駆使する自由と権利があるのだから。

 故に、今更そこで『魔眼は使っていない』と梯子を外されても意味が分からないのだ。

.

714名無しさん:2022/09/04(日) 16:40:10 ID:7IoV7Kbc0


 相手の自然体を認め――魔眼の力をしかと受け止め、全てを悟られてなお善処を見せる。
 そうした振る舞いこそが敬意と尊敬を示す最良の方法であると、ツンは信じていた。

( <●><●>)

ξ;゚⊿゚)ξ

 しかしその実、彼らの善意は明らかに食い違っていたのだ。

 ツンと目線を合わせるために『完全な理解者』であることを端から放棄していたワカッテマス。
 彼の在り方を尊重し、考えうる最良の方法で彼を迎えた魔王城ツン。
 まとめてみれば単純な行き違いだが、こと今回の場合において落ち度があるのはツンの方だった。

 ワカッテマスは『完全な理解者』としての自分を放棄しただけで、ツンとの相互理解までは放棄していない。
 彼は魔眼が無くともきちんとツンの思いを汲んでいたし、彼女の意向に添えるよう常に気を配っていた。
 手抜きなども一切なく、彼は彼なりの考えに基づいて対話を成立させようとしていたのだ。

 対するツンはどうだったかというと、彼女はワカッテマスを『理解者』と断定し、多くの努力を怠っていた。
 中でも致命的だったのは、相手を理解しようとする努力を怠ったこと。
 私を理解しているならば――と仮定を重ね、このやり取りを談合試合のように捉えてしまったことだ。


ξ; ⊿ )ξ


 話し合いの体をとっておきつつ、実際には台本通りの茶番劇を望んでいたツン。
 つまり、彼女が用意した敬意などは、談合相手の機嫌を損ねないための接待に過ぎなかったわけだ。

 相手に合わせて武器を取った者、武器を手放した者。
 今回の『話し合い』という名目を踏まえ、真に誠実であったのは果たしてどちらか。

 ――いや魔眼使わないなら最初に言えよ。
 そんな文句が過ぎる時点で、ツンがやりたかった『ゲーム』は完全に壊れていた。

.

715名無しさん:2022/09/04(日) 16:44:17 ID:7IoV7Kbc0


( <●><●>)「……ご友人をこちらに集めましょうか。そうした方が不安もないでしょう」

 ワカッテマスは素直四天王に目を向けた。
 彼女達を縛る黒マフラーを遠隔操作し、諸々の装備ごと4人を引きずり寄せる。

ノハ;゚⊿゚)「――おい魔王城ツン!! てめぇなに負けムード出してんだよ!!」
o川*゚ー゚)o「負けなら負けで早めに解散したいです」
lw´‐ _‐ノv「ああ〜」
川 ゚ -゚)「ワンセット感がすごい」

 ツンの近くに4人を転がし、ワカッテマスは再度マフラーを作り出して簡易的な椅子を用意した。
 彼はその椅子に腰掛けると、姿勢を崩して背中を丸め、股座で柔く手を組んだ。

( <●><●>)「お嬢様」

 ワカッテマスはツンに呼びかけた。

( <●><●>)「お嬢様」

ξ; ⊿゚)ξ

 二度繰り返してようやくツンが面を上げる。
 ワカッテマスは彼女の目を見ながら言った。

( <●><●>)「魔眼を使います」

ξ;゚⊿゚)ξ「……え」

 ツンは呆気に取られ、ぽかんと口を開けた。
 魔眼を使っていなかったという話すら半信半疑なのに、この人はなにを――。
 彼女はすっかり面食らい、今こそ発揮するべき危機感を微塵も抱くことができなかった。

.

716名無しさん:2022/09/04(日) 16:45:55 ID:7IoV7Kbc0


( <●><●>)「お嬢様の言葉に対し、私は、私なりに最大限の善処を試みました」

( <●><●>)「しかし不十分だった。お嬢様の思慮深さを、私は見誤っていた」

 次の瞬間、彼の双眸に滅紫色の魔力が影を落とした。
 とても分かりやすい魔眼発動の合図。正直これはただの演出だった。

ξ; ⊿ )ξ「……やめて」

 だがそんな演出もツンを急かすには十分な効果があり、ツンはようやく危機感を覚えていた。
 もし本当に魔眼を使っていなかったら。そして最後まで魔眼を使わせずに済む可能性があるなら。
 はたと脳裏を埋め尽くしていく根拠なき希望。ツンは、彼が放った言葉の表層に縋るしかなかった。

ξ;゚⊿゚)ξ「――ダメ、魔眼はもう使わないで!!」

( <○><○>)「ですがお嬢様は魔眼を使われる前提だった筈です。
        元より私が的外れでした。この話し合いを普通のそれと勘違いし――」

ξ;゚⊿゚)ξ「違う、私が間違ってたのよ!! 私がワカッテマスさんに甘えてたの!!

ξ; ⊿ )ξ「私もちゃんと話すから!! お願い――今更こんなの見られたくないの!!」

( <○><○>)

( <○><○>)「私は、お嬢様専属の従者ではありませんので」

 それでも彼女の嘆願は届かず、ワカッテマスは冷徹にツンを突き放した。

.

717名無しさん:2022/09/04(日) 16:47:41 ID:7IoV7Kbc0





 ――心を暴かれる覚悟はあった。
 そして、その暴かれた心の中に、ワカッテマスと同じ結論があれば大丈夫だと思っていた。
 彼は自ずとツンの狙いを悟り、さっきの『口実作り』にも手を貸してくれるはずだったのだ。

ξ; ⊿ )ξ

 もはや魔眼の発動は阻止できない。
 だが間に合う行動がひとつだけ残されている。決行するしかなかった。

ξ;゚⊿゚)ξ「――誰でもいい!! 誰か動いて!!」ガバッ

 ツンは乱暴に起きて膝立ちになり、素直四天王に向けて声を張り上げた。
 この期に及んで彼女達を頼り、再び戦いを始めること。
 それだけが、ツンに許された最後の悪あがきだった。

ξ;゚⊿゚)ξ「あの『凝血解除』ってやつは使えないの!? 今度は全員の力を合わせて――」

川 ゚ -゚)「いや」

 途端、素直クールはツンを遮って言った。

川 ゚ -゚)「これは勘だが、多分もう遅いぞ」

 次にクールは、自分の体に巻き付いたマフラーをしゅるりと引き離しながら体を起こした。
 難なく自由を取り戻した彼女に続き、他の3人も容易く拘束を解いていく。

ノハ;゚⊿゚)「……あれっ、誰かなんかした? なんで拘束解けてんの?」

lw´‐ _‐ノv「いやぁ魔眼は強敵でしたね」

o川*゚-゚)o「……そうだね」

 しかし今の彼女達に戦意は見受けられなかった。
 体を起こすだけで誰一人として立ち上がらず、両手は武器を手放したままだ。

ξ;゚⊿゚)ξ「う、動けるなら早く……ッ!」

 ツンは彼女達を急かそうとしたが、言葉は半端に止まり、適切な指示は何も続かない。

.

718名無しさん:2022/09/04(日) 16:50:05 ID:7IoV7Kbc0


川 ゚ -゚)「すまん。少し前から拘束は緩んでたんだが、約束を優先して大人しくしていた」

川 ゚ -゚)「雰囲気的に今から本気というのも興醒めだろう。ここらが引き際だ」

 ツンの譫言に一方的な弁明を返すクール。
 ツンはその内容を時間をかけて理解すると、目を丸くしたまま、か細い声でふと呟いた。

ξ;゚⊿゚)ξ「……やく、そく……?」

川 ゚ -゚)

 そのとき、素直クールはとても冷ややかな目でツンを見返していた。
  _,
川 ゚ -゚)「おい、まさか忘れたのか? 無茶をするなと言ったのはお前だろう」


ξ゚⊿゚)ξ

ξ゚⊿゚)ξ「――あっ」


 彼女に言われてツンは反射的に思い出した。約束のこと、無茶をするなと言ったこと。
 そして同時にこう思う。私はいま、取り返しのつかない失敗をしてしまった。
 彼女だけが、そう思っていた。

ξ; ⊿ )ξ

 ワカッテマスが魔眼を使う前提。
 ツンの思惑を知った彼が『口実作り』を手伝ってくれる前提。

 ――なにもかも机上の空論だった。
 理論武装の内側が、乾いた土くれのように崩れ始めていた。


ξ; ⊿ )ξ(……どうして魔眼を使ってないのよ)

ξ; ⊿ )ξ(いつもみたいに、普段通りにしてるだけでよかったのに……!)

.

719名無しさん:2022/09/04(日) 16:52:52 ID:7IoV7Kbc0


( <●><●>)「すみません」

ξ゚⊿゚)ξ

ξ;゚⊿゚)ξ「――あっ! 違う、今のは違うのよ!」

 ツンはワカッテマスの声で我に返った。
 魔眼を宿す彼の双眸がツンをまっすぐに見つめていた。
 ツンは急いで彼に背を向け、拘束されたままの不格好な姿勢で逃げ出した。

ノハ;゚⊿゚)(……いや、なんでこいつ取り乱してんだ?)

 そんなやり取りを見ていたヒートは、ツンの異様な有り様に忌避感を覚えていた。
 勝ち負けは最初から分かっていたはず。それが予定通りに終わっただけだろうに、なんで焦る。
 ヒートには、今になって焦り始める彼女の言動が少しも理解できなかった。

ξ; ⊿ )ξ「違う! 今のは本心じゃないの! 本当にそれだけじゃなくて……ッ!」

( <●><●>)「はい。すべて承知しております」

( <●><●>)「魔眼はもう使っておりません。どうかこちらを向いてください」

 取り留めのない言葉でがむしゃらに取り繕うツン。
 彼女は芋虫のように這って逃げていき、程なくヒートのもとに漂着した。
 ヒートの背後にすっぽりと身を隠し、目を見開いて息を荒らげる。

ノハ;゚⊿゚)「なあおい、お前どうしたんだよ……」

ξ;゚⊿゚)ξ「……私の拘束を解いて、今すぐ」

ノハ;゚⊿゚)「いや見りゃ分かんだろ終わりだよ。よく分かんねえけど一回落ち着けって……」

ξ; ⊿ )ξ「――私は!! ここで絶対に戦わなくちゃいけないのよ!!」

 ツンの一際大きな叫びは、しかしその悲痛さに対して余りにも荒唐無稽だった。
 言語としての機能を失った耳障りな声。それを間近で聞かされたヒートは、機嫌を損ねた。

.

720名無しさん:2022/09/04(日) 16:54:02 ID:7IoV7Kbc0


ノパ⊿゚)「うるせえなあ……」スッ

 ヒートは激情を燻ぶらせて静かに立ち上がり、険しい表情でツンを見下ろした。
 対するツンは追い縋るようにヒートを見上げるばかり。ヒートはその態度が尚更気に入らなかった。

ノパ⊿゚)「お前さっき言ってたよな? わざわざ最後に『無茶すんな』って念を押してよ。
     魔物と戦う『人間』に対して言ったんだぞ。それがどういう意味か分かってんのか?」

ξ;゚⊿゚)ξ「……な、なに」

ノハ#゚⊿゚)「……あのな、こっちからすりゃお前ら全員バケモノなんだよ。
      そんでこっちは人間だ。なあ、私が言いたいことくらい分かるよな?」

ξ;゚⊿゚)ξ

ノハ#゚⊿゚)

 ヒートは20秒待った。

ノパ⊿゚)「いや、マジで分かんねえの?」

ξ;゚⊿゚)ξ「…………ちょ、ちょっと待って」

ノパ⊿゚)「相手はバケモノだぞ? 無茶しなかったら人間なんかすぐに死ぬだろ。
     現にこっちは布切れ相手に大敗北だ。お前なんも見てなかったのかよ」

 ツンを縛っている黒マフラーを掴み取り、自分の目線までぐっと持ち上げる。
 ヒートは彼女に顔を寄せ、苛立ちのままに声を張り上げた。

ノハ#゚⊿゚)「――話し合いはどうせ無理! だから一緒に戦ってくれ! でも無茶はするな!
      挙げ句そっちが決めた約束すら忘れて戦えって……てめえふざけてんのか!?」

ξ;゚⊿゚)ξ「ち、ちがっ」

ノハ#゚⊿゚)「あ゙あ゙!? じゃあ教えてくれよお嬢様! うちらの仕事は一体なんなんだよ!!」

 ヒートはツンの曖昧さを一蹴して直接的に詰問した。
 そして力尽くでワカッテマスの方を向かせ、この場において最も重要な質問を叩きつける。

.

721名無しさん:2022/09/04(日) 16:54:56 ID:7IoV7Kbc0




( <●><●>)



ノハ#゚⊿゚)「あのバケモノを見ろ」

ξ; ⊿ )ξ「……ぅ」

ノハ#゚⊿゚)「目ぇ逸らすな!! てめえが戦わせようとしたバケモノだろうが!!」



ノハ#゚⊿゚)「なぁおい!! 無茶するなってのは『死ね』って意味だったのか!?
      あたしら差し出して話し合いのダシにでもするつもりだったのか!?」

ノハ#゚⊿゚)「その予定が狂ったから今度は約束ほっぽって『戦え』ってか!?
      じゃあ最初からそう言えよ!! 土壇場で日和んじゃねえよボケ!!」

ノハ#゚⊿゚)「――散々ここまでやっといて、お前は結局何がしてえんだよ!?」



ξ;゚⊿゚)ξ

ξ;゚⊿゚)ξ「わた、私は、……ワカッテマスさんが、」

ξ;゚⊿゚)ξ


ξ; ⊿ )ξ「だ、だから、戦っても大丈夫なようにって、ちゃんと考えてて、」

ξ; ⊿ )ξ「考えてれば魔眼が、魔眼で全部、……なのに……」






.

722名無しさん:2022/09/04(日) 16:55:43 ID:7IoV7Kbc0
















( <●><●>)「……私は、お嬢様の敵で居た方がよかったのでしょうか」

 長い長い静寂を経て、ワカッテマスがおもむろに呟いた。
 元より感情表現に難のある彼だったが、その一言には、とても分かりやすい感情が込められていた。

ξ; ⊿ )ξ

 しかし何もかも手遅れだった。彼らは既に致命的な行き違いを犯しており、後戻りはできない。
 ここから先の会話はすべて、当事者たちの心に深い傷を残すに違いなかった。

( <●><●>)「私なりに、お嬢様の味方になろうと考えていました」

( <●><●>)「魔眼を使わず、きちんと言葉を交わすこと。
        ロマネスク様に仕える立場上、私に許された譲歩はこれが限界でした」

( <●><●>)「……魔眼を使っていないことは、こうなるのであれば、先にお伝えすべきでしたね。
        その点について弁明はありません。私はお嬢様を見くびっておりました」

.

723名無しさん:2022/09/04(日) 16:56:45 ID:7IoV7Kbc0


( <●><●>)「お嬢様は本気で私に立ち向かっておられた。
        魔眼の力に開き直らず、私と対等に話すために万全を期していた」

( <●><●>)「私の浅慮がそれを台無しにしました。
        私は、あなたの事をまるで分かっていなかった」

( <●><●>)「ゆえに、この失態をあがなう義務が私にはあります」

 そう言いながら椅子から立ち上がり、ワカッテマスは躊躇いなく素直ヒートに歩み寄った。
 2人が真正面から向かい合う。ヒートは彼の双眸をしかと睨み返していた。

ノパ⊿゚)「……ンだよ。今更ビビんねえぞ」ポイッ

 ヒートはツンを地面に投げ捨て、敵意をむき出しにして彼を威嚇した。
 その間にも素直クール達が動き出しており、武器を手にして周囲を取り囲んでいた。
 彼女達は全員、何が起こるか分からない次の瞬間に備えて身構えていた。

( <●><●>)「いえ、戦うつもりはありません。そうした方が、本当はいいのですが」

ノパ⊿゚)「でまた話し合いか? マジでいい加減にしろよボケ……」

 一触即発の空気で向き合う両者。
 かたやツンは失意に塞いだまま地面に倒れ、彼らの話に追いつこうとさえ考えていなかった。




( <●><●>)「――お嬢様は、あなた方を 『証人』 にするつもりでした」




ξ゚⊿゚)ξ

ξ゚⊿゚)ξ(なんで、それを)

 ワカッテマスの話が始まる、その瞬間までは。

.

724名無しさん:2022/09/04(日) 16:58:20 ID:7IoV7Kbc0


( <●><●>)「敵であっても民間人であっても、人間側の被害は一切出さずに戦闘を終える。
        お嬢様自身、そのような理想が実現不可能である事は重々承知しておられました」

( <●><●>)「次の戦いで犠牲者が出るのは仕方がない。だがその程度の打算では腑に落ちなかった。
        ゆえに、お嬢様には 『自分を許すための口実』 が必要だったのです」

ξ;゚⊿゚)ξ「……待ってワカッテマスさん、もう何も言わないで」

 ワカッテマスの弁舌が途端に切れを増す。
 ツンは体を起こして彼を宥めようとしたが、彼は僅かな反応さえもツンには返さなかった。
  _,
ノパ⊿゚)「はあ? 急になんだよ口実って……」

ξ;゚⊿゚)ξ「あんたも聞かなくていいんだってば!」

( <●><●>)「はい。もとより今日の話し合いは『口実作り』が目的です。
        あなた方を証人として、敗北を前提として。成果があれば棚ぼたといった気概で」

ξ;゚⊿゚)ξ「――私のことを勝手に説明しないで!!
       魔眼で全部見たんでしょ!? 分からないの!?」

( <●><●>)「今度の戦いで発生する被害者をゼロにできると私が約束すればよし。
        それが無理でも口実さえ作れれば『納得』には事足りる。勝ち負けは二の次です」



ξ;゚⊿゚)ξ「ねえ!! ワカッテマスさんは私の気持ちを正確に読み取ったんでしょ!?
       だったら私が何を嫌がってるかも分かるはずよね!? なんで――」



ノパ⊿゚)「で、結局どういう口実が、なにを納得するために必要だったんだよ」

( <●><●>)「はい。概ねさっき言ったと思うのですが、要するにこういう事です」






ξ;゚⊿゚)ξ

ξ;゚⊿゚)ξ「無視は、やめてよ……」

 ワカッテマスはツンの嘆願にまったく耳を貸さなかった。
 いま彼がやっている事は、本当にただの『説明』だった。

.

725名無しさん:2022/09/04(日) 17:01:34 ID:7IoV7Kbc0



( <●><●>)「――魔眼のワカッテマスに勝負を挑み、負ける」

( <●><●>)「ただし全力で。一点の曇りなく、己の真意に基づいて全力で立ち向かう。
        そうして至った結末であれば誰に対しても負い目はありません。無論、自分にも」

( <●><●>)「肝心なのは『戦い』が成立していた事実です。
        1分未満の短い時間でもいい。それだけで全ての帳尻を合わせる事が可能でした」

( <●><●>)「だからこの話し合いは『失敗』なのです。私が魔眼を使わず、戦いを放棄したせいで。
        お嬢様が望む展開にはならず、我々はこのような無益な状況に陥ってしまった」


ノパ⊿゚)
  _,
ノハ;゚⊿゚) ?


川 ゚ -゚)「いかん、ヒートのやつ頭が追っついてないぞ」

lw´‐ _‐ノv「打算的な狙いがありましたって話じゃないの」

川 ゚ -゚)「だと思う。知らん」

o川;*´ー`)o(……見てらんねえ……)


( <●><●>)「……私と戦った人間にはどんな形であれ箔が付きます。
        お嬢様があなた達に協力を求めた理由も、それが大部分を占めます」

( <●><●>)「ですが私はあなた達との戦いを最初から放棄しておりました。
        お嬢様は人間が傷つくことを悲しまれる。そう思って、配慮したのですが」

川 ゚ -゚)「……横から聞いて悪いが、私達に箔を付けると良いことがあるのか?」

( <●><●>)「ええ。結果を上手く吹聴すれば人間を見下す魔物、見くびる魔物は確実に減るでしょう。
        こちらも人間側との融和は本望ですので、意識改革を狙う場合には利が多いです」

( <●><●>)「なので、もしも私が魔眼を使っていて、お嬢様の考えを予め知っていた場合。
        私は素直に談合に応じ、あなた達ともそれなりに戦っていたと思います」

川 ゚ -゚)「今話したような、真意に基づいた談合をしていたと」

( <●><●>)「はい。矛盾していると思われますか?」

川 ゚ -゚)「そりゃ少しはな。普通並ばない単語だろう、真意と談合は」

.

726名無しさん:2022/09/04(日) 17:04:57 ID:7IoV7Kbc0



  _,
ノハ;゚⊿゚)「……ちょ、一旦タイムな」

 やがて、困惑した面持ちのヒートが両手でTを作って撤退していった。
 彼女はちょいちょいと手招きして姉妹を呼び寄せ、円陣の中、小さな声で言った。

ノハ;゚⊿゚)「ダメだみんな、なんも分かんなくなった」ヒソヒソ

o川;*゚ー゚)o「いや真っ先にキレた奴が何を……」

川 ゚ -゚)「あー……まぁ分かんなくていいと思うぞ。私達にはあまり関係ない」

ノパ⊿゚)「あ、マジ? 関係ねぇの?」

川 ゚ -゚)σ「多分な。しょうがないから簡単に図解してやろう」スッ

lw´‐ _‐ノv「説明パートだねえ」

 クールはその場にしゃがみ込み、指先を使って地面に2つの丸を描いて見せた。
 彼女は片方の丸に逆さウンコめいたツインドリルを描き足し、それを魔王城ツンに見立てて話した。

川 ゚ -゚)「これ魔王城ツンな。もう片方はワカッテマスだ」

ノパ⊿゚)「うん」

川 ゚ -゚)「まず大前提として魔王城ツンはワカッテマスに勝てない。戦闘でも話し合いでも。
     私達が居ても居なくてもここは変わらない。絶対に勝てない。マジで無理だ」

ノハ#゚⊿゚)「勝てねえだと!?!?!? やんなきゃ分かんねえよ!!!!!!」

川 ゚ -゚)「お前は元気でいいな」

 そう言いながらツンからワカッテマスに向けて矢印を描き、否定を意味するバツ印を上に被せる。
 クールは続けた。

川 ゚ -゚)「だが魔王城ツンは諦めがつかなかった。よほど犠牲を出すのが嫌だったんだろう。
     どうにかワンチャンス拾ってやろうと考えて、ちょっとした策を企てたんだな」

ノパ⊿゚)「おお! 諦めねえのはいいことだな!」

lw´‐ _‐ノv「好感度の昇降が激しい」

o川*゚ー゚)o「人生が大変そう」

.

727名無しさん:2022/09/04(日) 17:07:43 ID:7IoV7Kbc0


川 ゚ -゚)「ここからは推測も混ざるが、肝心なのは『付加価値』の部分だろう。
     勝敗ではなく勝負そのものの価値だ。魔王城ツンはそこに目をつけたんだと思う」

lw´‐ _‐ノv「さっき言ってた『箔を付ける』ってやつだね」

川 ゚ -゚)「ああ。向こうの事情はよく分からんが、人間側の格を上げると色々捗るんだろうな」

 彼女は地面に4つの丸を描き、付加価値を意味する記号として上向きの矢印を添えた。

川 ゚ -゚)「で、魔王城ツンは策をもって私達に付加価値をつけようとした。
     でも実際には談合は成立せず、あいつの作戦は空回りに終わった」

川 ゚ -゚)「……という感じだと思うんだが、こうして見ると私達に関係する事柄はほとんど無い。
     だから張り切って口を挟む理由も無い。ヒートは少し反省しろ」

ノパ⊿゚)

ノパ⊿゚)「あっ、これ私を叱るための説明だったの?」

川 ゚ -゚)「そうだよ。お前はすぐ感情を表に出すからな。私達を頼れる場面では特に」

ノハ;゚⊿゚)「う、すんません……」

川 ゚ -゚)「構わん。だがもう喋るな、邪魔になる」

ノハ;゚⊿゚)「……でもよぉあいつ、作戦あるなら最初に言えばよかったんじゃねえの?」

川 ゚ -゚)「勝てない相手に本気で挑む、その行為自体が『価値』だったんだ。
     私達が気兼ねなく全力を出して負けられるよう、萎える情報は出さなかったんだろう」

川 ゚ -゚)「話は以上だ。これ以降ヒートはマジで黙れ」

 ヒートを強めに諌めてさっと立ち上がるクール。
 彼女は魔王城ツンを見遣り、素直四天王としての方針を改めて口に出した。

川 ゚ -゚)「魔王城ツン、こっちのスタンスは聞いての通りだ。
     そっちの事情は知らん。頼まれた仕事はする。関係性は変わらない」

川 ゚ -゚)「腹が決まったら教えてくれ。私達は少し下がっておく」

 彼女は気風よく言い切り、ツンに背中を向けて歩き出した。
 他の姉妹も彼女に続き、ツンとワカッテマスを2人きりにして立ち去っていく。

ノハ;´⊿`)「証人てなんのこと……」

o川;*゚ー゚)o「……あんたマジでこういうの向いてないから。ほんとに黙りなって……」

.

728名無しさん:2022/09/04(日) 17:11:32 ID:7IoV7Kbc0








( <●><●>)「素直クールは、律儀な人間ですね」

 素直四天王が立ち去った後、ワカッテマスは再びツンに声をかけた。
 ツンは地面に横たわったまま、彼の呼びかけにも応えず顔を伏せていた。

( <●><●>)「彼女達の実力は襲撃時の様子から把握しております。
        人間基準では十分です。全力ならば私にも傷をつけられたでしょう」

ξ゚⊿゚)ξ「……お世辞でしょ。あなたに傷だなんて」

 ツンは冷めた口調で言い、青ざめた顔を上げてワカッテマスの方を見た。
 彼女は既に冷静さを取り戻していたようで、その有りようはいつにも増して素っ気なかった。

( <●><●>)「確かめてみますか? 再戦ならば今からでも」

ξ゚⊿゚)ξ

ξ゚⊿゚)ξ「いい。引き際は任せるって言っちゃってるし」

( <●><●>)「……先程の口振りからして、彼女達はお嬢様の意向を汲むようですが」

ξ゚ー゚)ξ「私の狙いは全部バレてるのに? それこそ茶番なのだわ」

 ツンは軽く言いのけて小首を傾げて見せた。

ξ゚⊿゚)ξ「だから戦いはさっきのでおしまい。本当に手も足も出なかったわね」

( <●><●>)「申し訳ありません」

ξ゚⊿゚)ξ「然るべき結果よ。口裏を合わせてないんだから、ああなって当然なのだわ」

 ツンは黒マフラーに縛られたまま器用に立ち上がった。
 彼女はすっかり元の調子という体で、あらゆる感情を表に出さず『魔王城ツン』に戻っていた。
 その後、彼女はしばらくの間、傷ひとつ無い自分の体を眺めて何も言わなかった。

.

729名無しさん:2022/09/04(日) 17:12:50 ID:7IoV7Kbc0


( <●><●>)「私は、お嬢様に謝らなければなりませんね」

( <●><●>)「さて、これからどうされますか」

 しばしの沈黙を経てワカッテマスが口を開く。
 漠然とした問いかけにツンは冗長に答えた。

ξ゚⊿゚)ξ「いや、どうするも何も……」

ξ゚⊿゚)ξ「あとは魔界に帰るだけだし、何も無いのだわ」

( <●><●>)

ξ゚⊿゚)ξ「……魔眼で見ればいいじゃない。わざわざ私に聞かなくたって」

( <●><●>)「要望などは無いのですか」

ξ;゚⊿゚)ξ「……だから無いってば。善処は約束してくれたんだし……」

 ツンは開き直った様子で言った。

ξ゚⊿゚)ξ「今更ワガママを聞いてもらおうなんて思わないわよ
       いいのよ別に、お土産とかはミセリさん達に頼んどくから」

( <●><●>)「本当に無いのですか」

ξ゚⊿゚)ξ

 同じ台詞を繰り返すワカッテマスにツンは違和感を覚えた。
 間を空けて、彼は続けて言った。

( <●><●>)「試験に受かれば地上での暮らしを続けていい、という約束を反故にしました」

( <●><●>)「お嬢様の配慮を無碍にした上に、あなたが一番嫌がることをしました」

ξ゚⊿゚)ξ

( <●><●>)「これでは足りませんか」

ξ;゚⊿゚)ξ「……えっ?」

( <●><●>)「なんらかの補填、便宜を図るには、十分な理由だと思うのですが」

.

730名無しさん:2022/09/04(日) 17:15:38 ID:7IoV7Kbc0


ξ;゚⊿゚)ξ「……あの、とりあえず確認なんだけど」

 ツンは恐る恐る彼に聞き返した。

( <●><●>)「はい」

ξ;゚⊿゚)ξ「さっきのくだりはその為にやったの? 私にワガママを言わせる為に?」

( <●><●>)

( <一><一>)「違います」

 彼は瞑目して即答した。真偽は不明だった。

( <●><●>)「これはあくまで諸々の謝罪を兼ねた補填です。
        必要なければ何もいたしません。用意が済み次第、魔界に戻って頂きます」

( <●><●>)「最後にもう一度だけ聞きますが、本当に何もありませんか」

ξ;゚⊿゚)ξ「……」

 真っ先に思いついたお願いは『黒マフラーを取って下さい』だった。
 だが、彼の様子からして冗談半分で済ませていい問答ではないとツンは思った。

ξ;゚⊿゚)ξ

ξ;-⊿-)ξ

 ツンは努めて状況を俯瞰した。
 理論武装の残骸をかき集め、想像力を存分に働かせる。
 およそ1分に渡る長考を終えて、ツンは言った。

ξ゚⊿゚)ξ「……まずはこれ、解いてくれるかしら。お願いとは別で」

( <●><●>)「かしこまりました」

 ワカッテマスは彼女の注文につつがなく応えた。
 体を縛っていた黒マフラーが途端に消え去り、ツンも自由を取り戻す。

.

731名無しさん:2022/09/04(日) 17:17:06 ID:7IoV7Kbc0


ξ゚⊿゚)ξ「……あなたは、素直四天王の実力を認めてるのよね」

 凝った体をほぐしながら、冷静さを取り戻した頭でツンが尋ねる。

( <●><●>)「はい。人間側の評価を改める材料としては」

ξ゚⊿゚)ξ「……犠牲者は抑えてくれるのよね」

( <●><●>)「そう約束しました」

ξ゚⊿゚)ξ「まゆちゃんのことも、任せていいのよね」

( <●><●>)

( <●><●>)「はい、もちろんでございます」

 ワカッテマスは淀みなく言った。諸々の確認はこれで全部だった。
 するとツンは冷めた声色のまま、途端に別の話題を切り出した。

ξ゚⊿゚)ξ「魔眼の未来視って、どこら辺まで見えてるものなの?」

( <●><●>)「それは、……一口には説明できませんね」

 ワカッテマスは口元に手をやって考える素振りを見せた。
 ややあってから、彼は簡略化した例え話でツンに説明した。

( <●><●>)「木を見る場合と、森を見る場合がございます。
        まずそのどちらかに焦点を合わせ、未来と呼ばれるものを認識します」

( <●><●>)「一挙に全てを見通すことも可能ですが、負担は大きく、ブレが生じます。
        未来を見るにしても『視界』があり、決して万能に機能するものではありません」

.

732名無しさん:2022/09/04(日) 17:20:37 ID:7IoV7Kbc0


ξ゚⊿゚)ξ「じゃあ、この話し合いの結末も分かってたりするの?」

( <●><●>)「……森を見る場合の解像度で、少しだけ」

( <●><●>)「お嬢様がこれから歩む未来は多くの情報と連動しております。
        ですので、もっと遠くの未来を見る際にも、お嬢様の存在はどうしても視界に入るのです」

 凛とした態度で弁明するワカッテマスに、ツンは続けた。

ξ゚⊿゚)ξ「これから私が何を言うかは、分かる?」

( <●><●>)

( <●><●>)「……パターンを大別できる程度には、分かっているつもりです」

 彼はゆっくりと、時間をかけてそう答えた。
 それは分かりきっていた答えだった。ツンも大して真に受けていなかった。

ξ゚⊿゚)ξ「ごめんね、急にたくさん聞いちゃって」

( <●><●>)「いえ、ワガママはひとつだけと言った覚えもありませんので」

ξ゚ー゚)ξ「……意外と甘いのね」

 ツンは言いながら笑って見せたが、その顔はどこか達観したようで、生気を伴っていなかった。
 ワカッテマスはそんな彼女の内心に思いを馳せた。だが魔眼なしでは表面的な推察が限界だった。

 諦めがついたような、心にもないものに突き動かされているような、見えない糸がそうさせているような。
 彼は色々な言葉でツンを捉えようとして、いつしか不意に、昔のことを思い出した。

( <●><●>)(これはまるで、魔界に居た頃のような――)

 彼が想起したものは魔界で暮らしていた頃の魔王城ツンだった。
 今の彼女とそれを重ねて、ワカッテマスの推察はそこで終わった。

 ――もしも今、魔王城ツンがあの頃と同じ心境であるならば。
 魔眼があろうとなかろうと、彼に出来ることは何も無かった。

.

733名無しさん:2022/09/04(日) 17:22:38 ID:7IoV7Kbc0


ξ゚⊿゚)ξ「……帰らなきゃ、いけないのよね。試験は大丈夫だったのに」

 ツンは言葉だけは恨めしそうに言った。
 感情はさほど込められていない。記号的な恨み節だった。

ξ゚⊿゚)ξ「これでも頑張ってたんだけどね。ハインさんとも特訓してたし」

ξ゚⊿゚)ξ「赤マフラーとかマントとか作れるようにもなったのよ。
       昔に比べたら目覚ましい進歩だと思わない?」

( <●><●>)「はい、すべて存じております」

ξ゚⊿゚)ξ

 ワカッテマスが相槌を打つとツンの視線が彼を向いた。
 彼女はまた、薄らと笑みを浮かべた。

ξ゚ー゚)ξ「でもそれだけ。他にはなんにも持って帰れない」

( <●><●>)

ξ゚⊿゚)ξ「私がやったぞ、って言えることが何もないの」

ξ゚⊿゚)ξ「みんな私のことで大変そうにしてるのに、私だけが手ぶらなのよ。
      私はそれが嫌だったの。分かるんだけどね、仕方ないんだけど……」

ξ゚⊿゚)ξ「……1から1000まで全部無意味だった。
      居ない方がみんなの為になるなんて、認めたくなかったな」

( <●><●>)「お嬢様、それは――」

ξ゚ー゚)ξ「誰もそんなの願ってないんでしょ? 知ってる。
       でも全員が分かってるのよ。打算的にはそれが一番だって」

ξ゚ー゚)ξ「分かってるのに言わないの。私が自分で答えを出すのを、みんな待ってる」

.

734名無しさん:2022/09/04(日) 17:24:33 ID:7IoV7Kbc0


ξ゚⊿゚)ξ「……てな感じで、私にはもうこれしか思いつかなかったんだけど」

ξ゚⊿゚)ξ「あなたはきっと、最初からこれを狙ってたのよね」

 ツンはそう言ってまた話を変え、嘘偽りのない吐露を呆気なく水に流した。
 ワカッテマスにはそれがとても痛々しいものに思えていたが、彼も決して口を挟もうとはしなかった。
 自分では彼女の味方にはなれない。彼は『敵』としての役割を果たそうとしていた。

ξ゚⊿゚)ξ「私が居なくても、みんなが上手くやってくれる」

ξ゚⊿゚)ξ「私が居ない方が、勇者軍との戦いだって気兼ねなくやっていける」

( <●><●>)

ξ゚⊿゚)ξ

ξ゚ー゚)ξ「じゃあ、そうしましょう」

 ツンは簡単に言い、軽い足取りでワカッテマスに歩み寄った。
 彼の目の前で足を止め、こちらを見つめる青白い顔を静かに仰ぐ。

ξ゚⊿゚)ξ「少し時間をちょうだい。支度を済ませてくる」

ξ゚⊿゚)ξ「それでおしまいだから。後腐れなく」

( <●><●>)「……よろしいのですか。数日の猶予は作れますが」

ξ゚⊿゚)ξ「いい。今日中に帰る」

 ツンはためらわずに答えた。

ξ゚⊿゚)ξ「みんな色々気を遣ってくれるだろうし、今すぐ帰っても構わないくらいよ」

ξ゚⊿゚)ξ「でも、条件を付けるわ。ワガママを聞いてくれるなら、今から言うことを素直に聞き入れて」

( <●><●>)「それは内容次第ですね」

ξ゚ー゚)ξ「……きっと大丈夫よ」

 自信ありげにツンは微笑み、そして、最後のお願いを胸に浮かべた。

.

735名無しさん:2022/09/04(日) 17:29:59 ID:7IoV7Kbc0


ξ゚⊿゚)ξ「えっとね、行き先を変えてほしいの」

 ツンは一歩引き下がり、組んだ両手をぷらんと垂らした。
 下を見ながら足踏みをして、自分が立っている場所を無意識に確かめている。

( <●><●>)「魔界ではなく、ですか」

ξ゚⊿゚)ξ「ええ。具体的な当ては無いんだけど、繰り返したくないから」

ξ゚⊿゚)ξ「それで、誰の迷惑にもならなくて、1人で居られる場所がいいんだけど……」

( <●><●>)

 それは、魔王城ツンの願いではなかった。
 総意を効率的に叶えるため、『魔王城ツンっぽさ』を付加された打算に過ぎなかった。

ξ゚ー゚)ξ「って、これだけじゃ難しいわよね。ごめんなさい。本当に心当たりが無くて」

ξ゚⊿゚)ξ「魔界にはそんな場所無かったし、人の世界にも逃げ場は無いみたいだし。
       正直言ってお手上げだから、やっぱり、ワカッテマスさんに頼るしかなくて……」

( <●><●>)「……魔界でもう一度やり直す、というお考えはありませんか」

ξ゚⊿゚)ξ

ξ゚ー゚)ξ「繰り返したくないの」

 ツンが笑顔を作って見せる。
 ワカッテマスはそれを結論として受け取り、続けてぽつりと言った。




( <○><○>)「かしこまりました」

ξ゚⊿゚)ξ「――えっ」

 それで、なにもかもおしまいだった。



.

736名無しさん:2022/09/04(日) 17:30:22 ID:7IoV7Kbc0






          #10 許されるための儀式





.

737名無しさん:2022/09/04(日) 17:33:10 ID:7IoV7Kbc0

≪5≫


 ツンが魔眼の発動を認めた次の瞬間、事は終わっていた。
 特訓場の広い荒野に、もはや魔王城ツンという人物は存在していなかった。

( <●><●>)「……」

 ひとり佇むワカッテマスは、一瞬前まで彼女が居た場所をただ眺めていた。
 そこに素直四天王の足音がそぞろに近付いてくる。彼は振り返り、彼女達に言った。

( <●><●>)「終わりました。そちらは解散してもらって結構ですよ」

川 ゚ -゚)「……魔王城ツンはどこに行った?」

lw´‐ _‐ノv「こちら勘のいいガキが居ないもので……」

 遠くからやり取りを見ていただけの彼女達は現状を掴めず目を泳がせていた。
 彼女達は一瞬たりともツンから目を離していなかった。4人全員がツンの動向を見守っていたのだ。
 にも関わらず魔王城ツンははたと消えてしまった。さしもの彼女達も無視できる状況ではなかった。

川 ゚ -゚)「報酬をまだ貰っていないんだ。困るぞ」

( <●><●>)「それは困りましたね」

 ワカッテマスがなんの進展にも繋がらない返事をする。
 クールは訝しみ、他の姉妹と顔を見合わせて困惑した。
 続けて分かりやすい反応を見せたのは素直ヒートだった。

ノハ#゚⊿゚)「あんにゃろ報酬を踏み倒すつもりか!? ふざけんじゃねえぞ!!」

o川;*゚ー゚)o「あ、そういう捉え方」

ノハ#゚⊿゚)「だってそうだろ!? 違うのか!? なあ!!」

 ヒートは声を荒らげてワカッテマスに詰め寄った。

( <●><●>)「さあ、分かりません」

 ワカッテマスは内心ヒートのことを面白がっていた。
 面白いので、特に理由もなく答えをぼかしてみたのだ。

.

738名無しさん:2022/09/04(日) 17:36:05 ID:7IoV7Kbc0


川 ゚ -゚)「からかわずに答えてくれ。魔王城ツンはどこだ」

 業を煮やしたような口調でクールが尋ねる。
 ワカッテマスは小さく喉を鳴らし、調子を戻した。

( <●><●>)「申し訳ありませんが答えられません。
        教えてしまったら、その時点で意味が無くなってしまいます」

川 ゚ -゚)「意味が分からん。生きてはいるのか?」

( <●><●>)「当然です」

川 ゚ -゚)「じゃあ魔王城ツンの支払い、魔王軍で立て替えてくれるか?」

( <●><●>)「それは無理ですね。こちらの貨幣は大して必要ではないので、持っていません」

ノハ;゚⊿゚)「ほらなあ!? やっぱあいつ踏み倒して逃げやがったんだよ!!」

川;゚ -゚)「ぬ、ぬぅ……」

 一番避けるべき展開――無駄働きが発生したかもしれない。
 クールは気が滅入る思いで今後のことを想像し、やがて苦肉の策を思いついた。
 その方策を固めるべく、彼女はワカッテマスから慎重に情報を引き出そうとする。

川 ゚ -゚)「大事なことを聞くぞ。行き先は教えられない、以外の制約は無いんだろうな?」

( <●><●>)「……お嬢様は1人で過ごしたいと仰っておられました。
        誰の迷惑にもならない場所で。そう願われたので、そのようにしました」

( <●><●>)「行き先を教えないのはお嬢様を1人にするためです。
        もっとも、教えたところで人間に行き来できる場所では――」

川 ゚ -゚)「とすると、お前は『不完全な仕事』をしたことになるな」

 クールは食い気味に言ってワカッテマスを焚き付けた。
 彼女自身やや無理のある難癖だと自覚していたが、隙は隙として見逃す訳にはいかなかった。

川 ゚ -゚)「奴がどこに居ようと関係ない。現にこっちは迷惑をこうむっている。
     この始末、誰がどうやって責任を取ってくれるんだ」

ノパ⊿゚)「そうだそうだ」

 素直ヒートもそうだそうだと言っています。

.

739名無しさん:2022/09/04(日) 17:39:26 ID:7IoV7Kbc0


川 ゚ -゚)「だいたい、誰の迷惑にもならない場所なんかありえないだろ。
      お前はそれを承知して願いを叶えたのか? どう考えても無責任だろう」

( <●><●>)「――お嬢様はそれを望まれました」

 ワカッテマスが頑なに言い切る。
 だがそれ以上には反論せず、彼は厳かな様子でクールの言い分を待った。


川 ゚ -゚)「……ならば、魔王城ツンが周囲にもたらす『迷惑』を減らすのも、願いの内だろうな?」

 彼女は力強くそう切り出し、このくだりの核心部分を畳み掛けた。


川 ゚ -゚)「ということは、魔王城ツンが私達にかけている『迷惑』を解決する――」

川 ゚ -゚)「これもまた、当人の願いに寄与する『願ってもない行い』だな?」


( <●><●>)

 そのとき、ワカッテマスはほんの僅かに口端を上げていた。
 度重なる質疑の着地点に、彼は端的な結論を提示した。

( <●><●>)「――そういった解釈は、可能であると考えます」

川 ゚ -゚)

川 ゚ -゚)「だったら話は早い」

 クールは姉妹達を一瞥して言った。

川 ゚ -゚)「魔王城ツンと同じ場所に私達を送ってくれ」

川 ゚ -゚)「話をつけたらすぐに戻る。お嬢様はお1人様をお望みのようだからな」

.

740名無しさん:2022/09/04(日) 17:44:14 ID:7IoV7Kbc0


( <●><●>)「……今はまず、上に戻ってミセリ達に説明しなければなりません」

( <●><●>)「この状況で一番おっかないのはミセリです。
        あなた達は唯一の証人なんですから、私の弁明にも付き合ってもらいますよ」

 ワカッテマスは踵を返して歩き出した。
 その背中に向け、素直クールが鋭い一声を投げかける。

川 ゚ -゚)「先に返事だ」

( <●><●>)「――4人はダメです」

( <●><●>)「急ぐ必要はありません。あとで詳細を詰めましょう」

 ワカッテマスがどんどん遠ざかっていく。
 素直四天王はもう一度顔を見合わせ、やむなしといった雰囲気で各位呆れ気味な反応を見せた。


ノハ;´⊿`)「んでまた話し合いかよ……」

lw´‐ _‐ノv「頑張りなヒート。人生は対話バトルだよ」

o川;*゚ー゚)o「もう報酬とかよくない? 帰ってご飯にしよ?」

川 ゚ -゚)「キュートも甘えるな。金蔓は大事に育てなきゃいけないんだぞ」

o川;*´ー`)o「いや、その言い方はトゲまみれなのよ……」







.

741名無しさん:2022/09/04(日) 17:44:40 ID:7IoV7Kbc0



― -_ ̄― -_ ̄― -_ ̄― -_-_ ̄ ̄― -_ ̄― ― -_ ̄― -_ ̄― -_ ̄― -_ ̄
__―_____ ̄ ̄ ̄ ̄‐― ̄ ̄―‐―― ___ ̄ ̄―――  ___―― ̄ ̄___ ̄―==
―― ̄ ̄___ ̄―===━___ ̄―  ――――    ==  ̄―― ̄ ̄___ ̄―===━
__―_____ ̄ ̄ ̄ ̄‐―   ――――    ==  ̄ ̄ ̄  ――_―― ̄___ ̄―
 ___―===―___   ――――    ==  ̄ ̄ ̄  ― ̄―‐―― ___
 ̄――――    ==  ̄ ̄ ̄ ̄_――_━ ̄ ̄  ――_―― ̄___ ̄―=‐―
__―_____ ̄ ̄ ̄ ̄‐―   ――――    ==  ̄ ̄ ̄  ――_―― ̄___ ̄―
 ̄___ ̄―===━___ ̄―  ==  ̄ ̄ ̄  ――_――__―_____ ̄ ̄ ̄ ̄‐―
  ――――    ==  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ―― __――_━ ̄ ̄  ――_―― ̄___ ̄―=


.

742名無しさん:2022/09/04(日) 17:50:09 ID:7IoV7Kbc0

≪?≫


 大粒の雪がしきりに降り注いでいた。風に乗って吹きつける白いつぶてが容赦なく体温を奪っていく。
 ――いったい、なにが。
 彼女の認識は現実を捉えることなく空を漂い、白銀の世界に呑まれてその機能を喪失していた。

 瞬きする間に一変した世界。彼女はいま、ただ呆然と目の前の景色に目を奪われていた。
 夜光をたたえる雪景色の只中で、場違いにも程があるジャージ姿のまま、数十秒を無為に過ごす。

 そうしていると、今にも膝に達しそうな積雪が耐えがたい痛みを彼女にもたらした。
 蝕むような鈍痛だった。彼女は途端に突き動かされて足早に歩き出した。行き先は無かった。

 隙間の多い雑木林を一歩ずつ、深雪に足を抜き差ししながら進んでいく。
 彼女はふと空を見上げた。空には分厚い黒雲が立ち込め、風に吹かれて不気味に蠢いている。

 夜なんだ、と彼女は思った。
 ただそれだけを思い、他の事柄はなにも言葉にならなかった。

 そのとき、一際大きな風が雑木林に波を打った。
 ぶわあと木々が軋み鳴り、そこに積もっていた雪が方々で地面に雪崩れ始める。
 彼女は踏み止まって風に耐えていた。頭上に降ってきた雪塊には、気付けなかった。

 直後、彼女の頭にサッカーボール大の雪塊が叩きつけられた。
 よほど高いところから落ちてきたのだろう。ずどん、という重苦しい音が一緒だった。
 それでも魔物の体は頑丈である。衝撃こそ受けたものの、彼女自身はなんら無傷だった。


ξ ⊿ )ξ


 けれど、彼女はそこで歩くのをやめてしまった。
 急に惨めさが込み上げてきて、熱いものが目に浮かんで、止まってしまったのだ。
 彼女は力なく肩を落とし、追いついてきた色々な感情に心身を苛まれた。

.

743名無しさん:2022/09/04(日) 17:51:11 ID:7IoV7Kbc0







 吹雪を全身浴びながら、しばし、たたずむ。






.

744名無しさん:2022/09/04(日) 17:52:02 ID:7IoV7Kbc0






 ――1950年代。

 ソビエト連邦、シベリア連邦管区での一幕であった。





.

745名無しさん:2022/09/04(日) 17:55:52 ID:7IoV7Kbc0

#08 >>559-627 #09 >>634-666 #10 >>675-744

いつか必ずギャグ全振り回をやろうと思いました
次回とてもつらい 目標は年末年始頃とのこと
よろしくお願いします('A`)(^ω^)

746名無しさん:2022/09/04(日) 19:15:26 ID:XtbKNmtY0


747名無しさん:2022/09/04(日) 22:57:09 ID:zG1tV5RU0
おつ
ツンちゃんの今の印象クソめんどいメンヘラ女なんだけど合ってるかな

748名無しさん:2022/09/05(月) 00:10:58 ID:LnaJcU7I0
いいね!

749名無しさん:2022/09/14(水) 08:34:05 ID:v1nU4MH.0
乙!
どうなるんだってばよ……

750 ◆gFPbblEHlQ:2022/12/09(金) 22:34:45 ID:jeDdA0kc0
アーマードコアの新作が嬉しいので以前エイプリルフールで作った動画を今年いっぱい再公開しておきます
いい機会なので('A`)は撃鉄のようですのまとめも公開しておきます
夜を往くと撃鉄はDODとニーアみたいな感じで繋がっているという脳内設定があります

現実がつらくきびしく色々と捗っていませんが次回投下は1月中に間に合わせます
待たせて悪いが仕事なんでな 待ってもらおう

ツンちゃん夜を往くようです エイプリルフール動画
https://youtu.be/G1tx6s6-RJM
撃鉄まとめ
https://gekitetunchan.blog.fc2.com/blog-entry-28.html

751名無しさん:2022/12/09(金) 22:40:21 ID:jeDdA0kc0
あとビブリオの方でツンちゃんがアニメ化しててすごいので見に行ってください!
>>1はとてもうれしいです!書き溜めがんばります!

752 ◆gFPbblEHlQ:2023/01/29(日) 23:17:05 ID:K1IHsiWY0
明日投下しておきます!

753名無しさん:2023/01/30(月) 05:02:41 ID:ACDHDjsM0


754 ◆gFPbblEHlQ:2023/01/30(月) 22:04:47 ID:.eE0h2Dw0

≪1≫


 ソ連シベリアを横断する世界最長の鉄道へ向けてラッパを吹く。
 戦争で死んだ父を弔うため、これから戦地へ向かう兵士のために。

 シーン少年はこの習慣を2年と続け、列車の汽笛を聞き逃すまいと常に耳をそばだてていた。
 いくつもの山を越え、山彦混じりに聞こえてくる「ぽぉーう」という音。
 少年はただそれだけを合図にし、来る日も来る日もラッパを持って町外れへと駆け出すのだった。

( ・-・ )(……聞こえた!)

 汽笛の音は、早朝の配達仕事の傍ら耳にすることが多かった。
 今朝も配達はあと1件というところで汽笛が聞こえ、シーンは尚更往路を急ぐこととなった。
 配達先は町の中央にある教会。2人の男が、シーンの到着を待ちかね表に出てきていた。

( ・-・ )「おはようございまーす! 配達です!」

( ^ν^)「やぁおはよう。列車には間に合うのかい?」

( ・-・ )「転ばなければ、何とか!」ゴソゴソ

 彼らのもとに滑り込むなり、シーンはショルダーバッグを開けて最後の配達物を彼らに手渡した。
 男たちはサインと引き換えにそれを受け取ると、白息を繰り返すシーンをすぐさま送り出した。

£°ゞ°)「そろそろ薬が切れる頃だろう。あとで来なさい」

( ・-・ )「分かりました! またあとで!」ダッ

 シーンは急いで走り出し、町を出て、タイガの山林を一目散に抜けていった。
 程なく峠に出たシーンは、息を整えるのも忘れて山下を一望した。

(;・-・ )(よし、間に合った……!)

 広大な雪景色を分かつ黒い線。列車の線路にくっと目を凝らす。
 雪の具合からして列車はまだ来ていない。シーンは安堵し、そこでようやく息を整えた。

 そして十秒と経たないうちに、彼はまた慌ただしくバッグを検めて自前のラッパを取り出した。
 分厚い手袋を外してラッパを構え、簡易的に音を取り、口周りの筋肉を入念にほぐして列車を待つ。

 ――やがて、シーンの耳朶が音を捉えた。

 規則正しい地響きが山間の向こうからかすかに聞こえてくる。
 音の輪郭は秒ごとに鮮明になり、確かなものとなっていく。
 列車が近い。シーンは確信をもってラッパを構え、最後に一度、息を吸った。

.

755名無しさん:2023/01/30(月) 22:06:30 ID:.eE0h2Dw0


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



o川*゚ー゚)o(……楽器の音?)ピクッ

 そのとき、素直キュートは遙か遠方から聞こえた音をしかと受け取っていた。
 風切り音に負けて消えそうなラッパの音色と、地響きを伴う列車の走行音。
 キュートは音のする方角にピタリと当たりをつけ、おもむろに進路を変更した。

o川*゚ー゚)o「……ツンちゃん起きてー。魔力でなんか作ってほしいよー」

ξ ⊿ )ξ

 彼女は今、風雪荒ぶる山奥で遭難状態に陥っていた。
 紆余曲折は諸々省くが、彼女の背中には魔王城ツンの姿も見受けられる。
 ツンはすっかり青褪めた顔で微動だにせず、死体のようにキュートの背中にくっついていた。

 とかく絶望的な状況に響いた先程の音色はまさに福音で、人里が近いことの証明でもあった。
 キュートはツンを背負ったまま、音が聞こえた方向へと一歩ずつ前進していく。

o川*゚ー゚)o「マフラーでも何でもいいよー。我々ちょっと薄着過ぎるからさー」

 ちなみに現在の気温はバキバキのマイナス20度。
 彼女たちは前回同様に制服とジャージ姿のままなので、この状況では正味全裸と変わりなかった。

o川*´ー`)o「すこぶる寒いよー。これ普通なら死んでるからねー」


ξ ⊿ )ξ

o川*´ー`)o


o川*´ー`)o「ホカホカしりとりするよー。はいお湯」

o川*´ー`)o「ほらツンちゃん、ゆの付くホカホカアイテムを言ってほしいなー……」




.

756名無しさん:2023/01/30(月) 22:08:13 ID:.eE0h2Dw0


 ――2度の世界大戦を終えた冷戦下の1950年代。
 核兵器の実用性を目の当たりにした国々は幾多の代理戦争を横目に核開発を急いでいた。

 中でもソ連は捕虜、貧困層などの人々を数十万という単位で動員し、すごい速さで事を進めていた。
 当然その作業には放射線被曝の可能性が多分にあり、肺や目を冒される者も少なくなかったという。

 そして、身体を壊した彼らは便宜上のサナトリウムにまとめて隔離され、社会から抹消された。

 様々な事情を抱えた人間達が「生きるに値しない命」と一緒くたにされ、死を待つばかりの冬の町。
 住民達がостатокと呼ぶ町ぐるみのサナトリウムは、来る者を拒まず、去る者を許さなかった。

.

757名無しさん:2023/01/30(月) 22:09:02 ID:.eE0h2Dw0




          ┏──────

                ツンちゃん夜を往くようです

             #11 皆既の星と再誕のイデア その1

                             ──────┛



.

758名無しさん:2023/01/30(月) 22:11:30 ID:.eE0h2Dw0

≪2≫


 その日の朝もラッパの音が目覚ましになった。
 キュートは乱暴に毛布を払い除け、寒さと共に朝日を受け入れた。

o川*゚ー゚)o

o川*´ー`)o(さみ……)

 なお氷点下である。
 キュートは腕を抱えてベッドを降り、暖炉に向かうなり掠れた声で呟いた。

o川*゚ー゚)o「いやぁ、ラッパくんは今日も元気だねぇ」

ξ゚⊿゚)ξ

o川*゚ー゚)o「……ツンちゃ〜ん。他愛ない雑談ですよ〜。応えてね〜」

 ペチカと呼ばれるロシア式暖炉の前には綿の潰れたソファがひとつ。
 そこには金髪ツインドリルでお馴染みの、いわゆる魔王城ツンが腰掛けていた。
 ツンは振り返ってキュートを見ると、返事をする事もなく、種火の燻る暖炉にすっと視線を戻した。

o川*゚ー゚)o「はいおはよー。夜中なんかあった?」

ξ゚⊿゚)ξ「……別に。何も」

o川*゚ー゚)o「そう。じゃそっちは火の番と紅茶ね。私は配給取ってくるから」

ξ-⊿-)ξ「……ん」

 のそりと立って薪を用意し始めるツン。
 キュートはその様子をしばし眺めた後、これまたのそりと外出の準備に取り掛かった。

 ソ連軍払い下げの各種防寒服を全身に纏い、モコモコのマフラーや長靴で更に素肌を覆い隠す。
 ここは極寒シベリアの大地。とにかく全身モコモコにならないと命が危ないのである。

o川*゚ー゚)o「んじゃ行ってきま」

 ツンにあっさり声をかけ、モコモコキュートは二重の玄関扉を開けて外に出ていった。
 物資の配給は毎週1回。大した物は配られないが、この町の物価を思えば見逃す事はできなかった。

.

759名無しさん:2023/01/30(月) 22:15:30 ID:.eE0h2Dw0


  *  *  *


o川*゚ー゚)o(ということで町に繰り出したキュートさんですが)テクテク

o川*´ー`)o(ここに来てから早くも1ヶ月。住めば都を実感中でございましてね……)トコトコ

 自然なモノローグをもって室内から屋外へのシーンチェンジを果たした素直キュート。
 閑散とした町の雪景色を眺めつつ、彼女は町の教会へと歩を進めていた。
 物資の配給はその教会近くに設けられた簡易テントで行われている。
 目的地までは徒歩10分。キュートは自然なモノローグをもって現状を振り返った。

o川*゚ー゚)o(……西暦1955年、ソ連シベリアのどこかしら)テクテク

o川*゚ー゚)o(住民達がостатокと呼ぶこの町の事は、正直まだ分からない)テクテク

o川*゚ー゚)o(流石のキューちゃんもロシア語は知らんからな……)テクテク

 остатокという文字列を初めて見た時、キュートはそれを「オタク?」と読んだ。
 実際の発音はアスタータクとなるらしく、英訳辞書をひいてみると余り物といった意味があるらしかった。
 остатокに相当する単語はRemnantなど。町の呼び名としてはどこか自虐的だった。

 ――そして、この町の正体は『生きるに値しない命』の終着点だった。

 どこかで傷ついた者が人知れず流れ着き、よく分からない治療を受けながら死んでいく場所。
 大概の住民には寛解の兆しすらなく、誰かの治療が間に合ったという記録も一切ない。

 名目上は長期療養と終末期医療を主とした市町村規模のサナトリウム。
 だがその実態は自殺見殺しのオンパレードで、誰一人として助かる見込みはない。
 キュートとツンが居着いたこの場所は、確かに『余りものの町』との揶揄が似合う有様だったのだ。

.

760名無しさん:2023/01/30(月) 22:23:37 ID:.eE0h2Dw0


o川*゚ー゚)o(――ま、そんなんだから私達みたいな余所者でも潜り込めたんだけどね)

o川*゚ー゚)o(この時代の日本は敗戦したての負け犬国家。
       傷病者の町なら大して悪目立ちもしないし、そこは好都合かな)

o川*゚ー゚)o(あと健康体だと仕事も多くて稼ぎやすい。看病、穴掘り、荷運びなどなど。
       若さと健康とコミュ力で大体なんとかなる場所でよかったー)

 かくしてキューちゃんは配給場所である簡易テントに到着。
 ずらりと伸びた行列を端から端まで見渡して、配給の最後尾にそそくさと並ぶ。
 前には30人ほど並んでいたが配給はスムーズで、順番はすぐに来た。

o川*´ー`)o(……で、配給はいつものラインナップと)

 今回の配給はクズ野菜のピロシキとキャベツスープ、その他食料品の詰め合わせ。
 詰め合わせの内容はジャガイモ、黒パン、燻製肉、色んな塩漬け、ラベルの無い缶詰という感じ。
 1週間分の食料としては心許ない量だが、この冷戦下、傷病者相手の配給としては超豪華と言えた。

ヽ|・∀・|ノ「――よし次! 身分証を出して前へ!」

 そして配給係はロシア人かつロシア語話者で、しかもようかんマンだった。

ヽ|・∀・|ノ「はやく身分証を出すんだ! 急げ!」

o川*゚ー゚)o「はは、何言ってんだコイツ」

 キュートにロシア語の覚えは無い。
 身振りがあるので指示は分かるが、ようかんマンの言葉は彼女には一切伝わっていなかった。
 とりあえずまぁ雰囲気に、彼女は身分証となる一時滞在許可書を2人分、差し出して見せた。

.

761名無しさん:2023/01/30(月) 22:27:34 ID:.eE0h2Dw0


ヽ|・∀・|ノ「ふむふむ、あんたの名前は……ニャーオ=キュート?
       随分ブッ飛んだ名前だな。偽名か?」

o川*゚ー゚)o「にゃーん!」

ヽ|・∀・|ノ「そのようだな……」

 そのようだった。

ヽ|・∀・|ノ「いや余計な質問だった。この町はそんな奴ばかりだ、気にしないでくれ」

ヽ|・∀・|ノ「もう一人の『ツーン・チャーン』にもよろしくな。
       宣教師様のありがたい話は向こうでやってるぞ。聞いていくといい、案外面白いぞ」

o川*゚ー゚)o「ははは意味わかんね。まぁすぐ帰りますけど……」テクテクトコトコ

 キュートは諸々の食料が入った麻袋を小脇に抱えて直帰した。
 2人分の配給で両手が塞がっているし、宣教師にはまったく興味が無かったのである。





( ^ν^)「――……」

 かたや広場に立ってありがたい話をしていた宣教師は素直キュートの背中をしっかり捉えていた。
 こんなクソ寒いとこでザビエルめいた格好をしてありがたい話をする男。
 彼は『余り物のニュッサ』と称される篤志家で、彼もまた、この町に似合う訳アリの一人だった。

( ・-・ )「牧師様?」

( ^ν^)「……失礼。転びそうになっている人が居まして、気を取られました」

 ニュッサは「話を続けましょう」と言って咳払いをし、ありがてぇ話を再開した。

.

762名無しさん:2023/01/30(月) 22:29:33 ID:.eE0h2Dw0


  *  *  *


 キュートたちは町外れのレンガ小屋を住まいとしていた。
 立地からして町への移動はやや面倒だったが、正体を隠して暮らす分には悪くない物件だった。
 ここに感染病末期患者が隔離され、ドカドカ死んでいっている曰くに目を瞑ればの話ではあるが。

o川*゚ー゚)o「開けて〜」ドガッドガッ

 そんなあったかホームに帰ってきたキューちゃんは玄関をガンガン蹴って帰宅をアピールした。
 行儀は悪いが両手がキャベツスープで塞がっているため自力では開けられないのだ。仕方がない。
 ツンちゃんは10分くらいで反応してくれた。スープは若干凍った。

ξ゚⊿゚)ξ「寝てた」

o川*゚ー゚)o「スヤスヤしやがってよー」

 とはいえツンちゃんも朝の支度は済ませていたようで、暖炉などのアレはいい感じに温まっていた。
 テーブルに置かれたケトルも湯気を上らせホカホカでワロタの趣がある。諸般いい感じだった。

o川*゚ー゚)o「ピロシキとキャベツスープ貰ってきたけど」

ξ゚⊿゚)ξ「いらない」

o川*゚ー゚)o「だよね。じゃ私が2人分食べるってことで」

 キュートは荷物をツンに預け、2人分のスープを鍋にまとめ、ピロシキと一緒に暖炉の窯に入れた。
 この小屋に電気ガス水道は無い。食べ物を温め直すのにもじっくりと時間が必要だった。
 キュートは防寒具を脱いで椅子に掛けた。ツンが紅茶の用意を始める。これが2人の日常だった。

.

763名無しさん:2023/01/30(月) 22:34:30 ID:.eE0h2Dw0


ξ゚⊿゚)ξ「紅茶、もうすぐ無くなるから」

o川*゚ー゚)o「んー」

 差し出されたティーカップに目を落としつつ、キュートはぼんやりと声を返した。

 この町に来てから早くも1ヶ月。
 キュートも今更焦りはしないが、そろそろ本来の目的に向けて動く必要があった。
 今度の仕事は最初から長期戦が想定されている。猶予はおよそ、半年であった。

o川*゚ー゚)o(……ここでの1ヶ月間、魔王城ツンは一切の飲み食いをしていない。
       少なくとも私の前では何も食べてないし、配給にだって少しも手を付けてない)

o川*゚ー゚)o(トイレに行ってる様子すら無いし、魔物の体には『代謝』の機能が無いのかも)

 ひとまずキュートは最初の1ヶ月を魔王城ツンの観察にあてていた。
 そも彼女の目的は魔王城ツンの動向に大きく左右されるため、素行調査の重要性は特に高いのだ。
 それに関連して、ツンちゃん観察日記は30日を過ぎてなお連載が続けられていた。

o川*゚ー゚)o(私の仕事は主に集金。ツンちゃんを連れて帰るか、金目の物を持って帰るかだけど……)

o川*゚ー゚)o

o川*´ー`)o(マジでだるいなぁ。貧乏くじにも程があるでしょ……)

 キュートは紅茶を口元に運びながら、件の貧乏くじに関する顛末を回想した。


.

764名無しさん:2023/01/30(月) 22:35:18 ID:.eE0h2Dw0


〜回想シーン〜


( <●><●>)「という経緯がありまして」

( <●><●>)「お嬢様を1955年のシベリアに送っておきました」

ミセ*゚ー゚)リ「は?」

( <●><●>)「ご本人たっての希望ですので悪しからず」

ミセ*゚ー゚)リ

( <●><●>)



川д川「……この子、立ったまま気絶してるわよ」

( <●><●>)「助かります」

 ツンをシベリア送りに処した後、ワカッテマスは素直四天王の一人を連れてリビングに戻っていた。
 そして諸々の話がどう決着したかを説明し、結果ミセリが気絶した的な流れである。

.

765名無しさん:2023/01/30(月) 22:36:52 ID:.eE0h2Dw0


('A`)「はえーシベリアかぁ。あいつも大変だなぁ」

( ^ω^) ・ ・ ・

('A`)「さむそう」

 ちなみにドクオとブーンも居た。

( ^ω^)

Σ(; ^ω^)「いやドクオの反応おかしくないかお!? これ絶対に緊急事態だお!?」

('A`)「いやー要するにプチ家出だろ? そんな珍しくねえよ」

(; ^ω^)「でも過去に送るのってタイムパラドックスで色々ヤバくないのかお?
       こういう展開、世界線とか分岐が云々で複雑になりがちだお……」

( <●><●>)「そういうのが発生しないタイプです」

( ^ω^)「じゃあいいか……」

 懸念は解決したようだった。

('A`)「そんじゃ俺には用無いですよね。帰っていいすか」

( <●><●>)「構いません。自由に過ごして下さい」

('A`)「了解。そんじゃ失礼します」

(; ^ω^)「ええー!! 今こそ情熱的にツンを追いかけるべきだお!?」

('A`)「俺らはそういう感じじゃねえんだよ。お前も一回頭冷やしとけ」

(; ´ω`)「僕らの出番が終わっちまうおーー!!」

 ドクオ&ブーン帰宅。出番は終わりだった。

.

766名無しさん:2023/01/30(月) 22:38:44 ID:.eE0h2Dw0


川д川「……で、私にはまだ用があるんでしょう?」


 2人が去るのを見届けた後、腕組みをした貞子がロマネスクの横顔を覗き込んだ。
 それと同時に彼女の前髪が片側に垂れ下がる。
 普段は見えない彼女の素顔と、朧げな瞳が露わになった。

( <●><●>)「貴方には毛利まゆの件を任せます」

( <●><●>)「方法は問いません。対象とお嬢様のあらゆる接触を妨害して下さい」

川д川「……それは、お嬢様がこの時代に戻ってくる前提で言ってるわよね」

( <●><●>)「……失言でした」

 ワカッテマスは無表情のまま少しだけ顔を伏せた。
 貞子はその素振りを冗談として受け取り、ささやかに笑って背筋を正した。

川д川「魔眼で未来を見た上で、今の仕事がどうしても必要なんでしょう?」

川д川「いいわ。その汚れ役は私が引き受けましょう」

.

767名無しさん:2023/01/30(月) 22:40:38 ID:.eE0h2Dw0


( <●><●>)「必要であれば探知結界の範囲を狭めてもらっても構いません。
        ハインリッヒを捕らえた今、魔王軍の手勢は余り気味ですから」

川д川「それは余計な気遣いよ。ただ勝つだけなら私と貴方で十分なんだし」

 片手でひらりと空を煽ると、貞子は一息のうちに空間転移の魔術を詠唱して姿を消した。
 ワカッテマスは続けて振り返り、部屋の隅に待たせていた少女を見て言った。

( <●><●>)「お待たせしました」

( <●><●>)「こちらの話に入りましょう。済み次第、貴方を過去に飛ばします」




o川*゚-゚)o「……今からでも代役立ててほしいんだけど」

 ――素直四天王が一人、素直キュート。
 彼女は不服と倦怠を全面に押し出した様子でワカッテマスに細目を向け、小さく息を吐いた。

o川*゚ー゚)o「て言ってもムダなんでしょ? 分かる分かる、早くおはなしをどうぞ」

 キュートは態度を一変させながら前に出て、大仰な動きで手近なソファに腰を下ろした。
 それと同時に『とすん』と可愛げのある擬音。これで乱暴に座ったつもりなのだからかわいい。

o川;*´ー`)o「あ〜あ私もシベリア送りかぁ。ほんとに嫌なんだけどなぁ〜……」

( <●><●>)「選出についてはご自分の仲間を恨んで下さい。
        私もまさかジャンケンで事を済ませるとは思わなかったので」

o川;*´ー`)o「うう〜」ジタバタ

 未練がましく消え入りそうな声。両手を頭に添えて振り、左右の二つ結びを翻すキュート。
 彼女は素直四天王の中でもっとも若い15歳の少女である。シベリアなんかにゃ当然行きたくない。
 高い適応能力を求められる此度の一件。任務遂行の観点からも彼女が適任であるかは若干怪しい。

 そういう感じの色々もあって、ワカッテマスの胸中には少なからず不安が渦巻いていた。

( <●><●>)(――そう、不安がある)

( <●><●>)(私の魔眼では、過去に繋がる出来事を見ることはできないから)

( <●><●>)(素直キュートを過去に送ったとして、そこで何が起こるかまでは知る術が無い……)

.

768名無しさん:2023/01/30(月) 22:45:27 ID:.eE0h2Dw0


 ワカッテマスの魔眼は万能ではない。
 未来視という破格の能力は備えていても、その実性能には大きなブレがある。

 当人以外には知る由もない魔眼のブレ。極めて不安定な挙動の数々。
 その最たる項目が『過去視』であった。彼の魔眼は、決して『過去』を見てはならないのだ。


( <●><●>)(――私の未来視は、私が認知している『過去』に大きく依存する)

( <●><●>)(結論それは、『過去の情報』を増やすほどに私の未来視は精度を落とすということ)

( <●><●>)(未来視を成立させる計算式は極めて複雑で、私自身でも理解しきれてはいない。
        その計算式の中でも、何より厄介な存在こそが『過去』という変数)

( <●><●>)(ここの値を弄るだけで未来視に関する方程式は根底から覆る。
        この能力を安定させるには、私は『過去』を死角にしなければならない……)


 という事で、ワカッテマスは過去の出来事を魔眼で把握する事だけは極力避けているのだった。
 という事で、過去のシベリアで何が起ころうとワカッテマスには何も分からないのだった。

o川*´ー`)o

 なので、なるべく信頼できる人物を過去に送りたいのだが、ここに居るのは素直キュート。
 彼女の選出は未来視によって事前に把握していたが、以後の顛末はなんも分からん状態にある。

 それでも素直キュートは魔王城ツンを連れて現代に戻ってくる。それに関して彼に不安は無い。
 ワカッテマスが不安を抱くのは、彼女たちの帰還後に起こる 『次の展開』 であった。

 未来の分岐が組み合わさって、『魔眼のワカッテマスが死亡する未来』が発生する転換点。
 『過去で何かが起こる』、『その何かは自身の死を招く』、『死の未来はおよそ不可避である』。

 以前ワカッテマスがミセリ達に語った未来視の終わり。
 その結末が確実な未来として分岐に加わってしまうイベントこそが、今回のくだり。

 そこで『じゃあこのイベント自体を発生させなければいいのでは?』と思うのは当然の疑問。
 なのにどうしてこんな愚かしいマネをするのかというと、彼はただ、『これ以外』を選べなかったのだ。

.

769名無しさん:2023/01/30(月) 22:47:47 ID:.eE0h2Dw0


( <●><●>)「――前提を整理します」

 ワカッテマスは淀みなく言い切って素直キュートの対面に座った。

( <●><●>)「お嬢様は『誰にも迷惑をかけない場所』をご希望されました。
        そこで私はお嬢様を過去へと送り、『誰にも迷惑をかけようがない状況』をご用意しました」

( <●><●>)「ですが、貴方がた素直四天王は『その上で迷惑を被っている』と異議を申し立てられた」

o川*´ー`)o「だからその迷惑をこっちの都合で解決しに行く。……って、まぁ要するに屁理屈だよね」

 キュートはワカッテマスの語りを一言で片付け、呆れたように片手を振って見せた。

( <●><●>)「はい」

 そんな彼女に嘯くこともないワカッテマス。
 そのあっけらかんとした素振りに好感を抱いたキュートは、もう一歩踏み込んだ事情を彼に尋ねた。

o川*゚ー゚)o「ツンちゃんを魔界に送らなかったのは、あなた個人に別の目的があるからよね?」

( <●><●>)「私は常に個人的な目的の為に動いています」

o川*゚ー゚)o「……ふーん。そんな見た目で腹黒なんだね」

 彼の答えにキュートは親近感を覚えた。
 ほんのりと笑みを浮かべ、顎を上げて彼の魔眼を見つめる。

o川*゚ー゚)o「で、その目的っていうのは何なのかな」

o川*゚ー゚)o「すごい魔眼を持ってるのに、それでも小芝居が必要な目的って相当じゃない?」

( <●><●>)

o川*゚ー゚)o

( <一><一>)「話を続けます」

 無言で応えたワカッテマスに、キュートはこれ以上の意地悪をしなかった。

.

770名無しさん:2023/01/30(月) 22:50:13 ID:.eE0h2Dw0


( <●><●>)「素直キュート、貴方にはこれから過去へ向かってもらいます」

o川*゚ー゚)o「はいはいエンドゲームでレイシフトで電王な感じでしょ知ってる」

( <●><●>)「過去の世界で貴方が何をしようとも、私は一切関知しません。
        ただし、お嬢様への接触と、ご意思の再確認だけは義務とさせて頂きます」

o川*゚ー゚)o「はいはいツンちゃんに会って連れ帰ればいいんでしょ分かる分かる」

( <●><●>)「そうですね、お嬢様が 『帰りたい』 と仰っしゃればそのようにして下さい。
        ですが、ご帰還を望まれない場合は放置してもらって構いません」

o川*゚ー゚)o「いや〜普通に帰りたがると思うけどね。ツンちゃん意思弱いし」

( <●><●>)

( <●><●>)「素晴らしい理解度です。正直私もそう思います」

o川*゚ー゚)o「本気で不安がってるの、そこで気絶してるお姉さんくらいでしょ」



【そこで気絶してるミセリお姉さん】

  ↓

ミセ* ー )リ



( <●><●>)「そうですね」

o川*゚ー゚)o「あっはっは。なんだこの茶番」




( <●><●>)(……故に、恐るべき事態なのだ)

 キュートの軽口を真に受けたワカッテマスは目を細めて口を噤んだ。
 己を死に至らせる要因がこのような茶番から生まれること自体ありえない異常事態。
 不安にかまけて軽率な言動を取る彼ではないが、憂慮の念はやはり拭いきれていなかった。

.

771名無しさん:2023/01/30(月) 22:53:04 ID:.eE0h2Dw0


( <●><●>)「それと最後に、過去と未来の関係性について」

( <●><●>)「先ほど内藤ホライゾンからも指摘があったタイムパラドクスの件です。
        過去の行動が現在にどのような影響をもたらすか、ですが」

( <●><●>)「基本的には何の影響もありません。未来は我々の知る形――今現在に収束します」

o川*゚ー゚)o「じゃあ例外的には? あるんでしょ、未来に影響を与える方法」

( <●><●>)「……そのような禁則事項を人間に教えると思いますか」

o川*´ー`)o「けちー」

( <●><●>)「こちらからの話は以上です。なにかご質問は」

o川*゚ー゚)o

o川*゚ー゚)o「まぁ、特にないかな。聞いても答えないだろうし」

 ワカッテマスの最終確認に逡巡を要さず答えるキュート。
 最初こそ機嫌を損ねていた彼女だったが、今の彼女にそのような素振りは見受けられなかった。

o川*゚ー゚)o「細かいことはサプライズとして取っておくから」

o川*゚ー゚)o「いいよ、もうやっちゃって」

( <●><●>)「……失礼ながら、私は貴方の内心を見透かしています。
        今の話の中で、貴方が何をもって溜飲を下げたのかも理解しています」

o川*゚ー゚)o「いやー、それでも敢えて言語化しようとする辺り努力家だよね」

( <●><●>)

o川*゚ー゚)o「魔眼があれば相互理解なんか完全放棄していいのにさ」

o川*^ー^)o「――うん、健気な歩み寄りだと思うよ」

 年端もいかぬ少女から、理外人外の個へと放たれた傲語。
 ワカッテマスはここでも無表情を貫いていたが、その実、彼女の皮肉はかなりボディに効いていた。


〜回想おわり〜

.

772名無しさん:2023/01/30(月) 22:55:39 ID:.eE0h2Dw0






o川*゚ー゚)o(……で、皮肉を言った次の瞬間には過去に飛ばされてましたと)

o川*´ー`)o(いやぁ、まさか問答無用かつマジで手ぶらでシベリア送りとはね……)

 殊勝な回想シーンを終えた頃、キュートの朝食は綺麗さっぱり平らげられていた。
 朝のルーティーンはこれにて終了。あとは仕事を探しに行き、それをこなせば1日が終了となる。

 だが仕事にしても暇潰しの意味合いが強く、今のキュートはツンを連れ帰ることを急いではいなかった。
 その理由も簡単で、回想シーンにもあった当初の予想が、すっかり外れてしまったからだった。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

o川*゚ー゚)o「いや〜普通に帰りたがると思うけどね。ツンちゃん意思弱いし」

( <●><●>)「素晴らしい理解度です。正直私もそう思います」

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


o川*゚ー゚)o(……普通に帰りたがるって、思ってたんだけどなあ)

 結論から言って、魔王城ツンは現代に戻ることを拒否していた。
 キュートの方も直截的に聞いた訳ではなかったが、当人にその意気が無いのは明白だったのだ。
 ちなみにそこらへんの話は次回以降で回想シーンを挟む予定だった。

 なので一旦本題は忘れ、まずはツンちゃんとの心の距離を縮めることを念頭に置く。
 そうした結果がツンちゃんとの共同生活であり、今現在の穏やかな日々なのであった。

.

773名無しさん:2023/01/30(月) 22:58:40 ID:.eE0h2Dw0


o川*゚ー゚)o(でもまぁ私もずっと付き合うつもりは無いし)

o川*゚ー゚)o(この時代で金目のもん集めて、さっさと帰んないとな)

o川*゚ー゚)o(ということで――)

 大前提として、素直四天王が欲しているのは大金だけである。
 今は金儲けと保身のために魔王城ツンが便利というだけで、彼女自身にはそれほど興味は無い。
 金の卵を産むガチョウ。それに釣り合うものさえあれば、この一件はあっさりと終わるのだ。

                  アンティーク
o川;*゚ー゚)o(――まず狙うのは骨董品! 将来的に希少価値が高くなるもの!
        マニア受けしそうなものを安値でゲットして、未来で転売すりゃ大儲けよ……!)


 よって動き出したのが上記の転売計画、もとい善後策。
 過去で仕入れた物品を未来で売り捌くという切実な金策活動であった。

 ――ツンちゃんの経過を観察しつつ、金品を集めてリスクヘッジに奔走する。
 そうして金策が済めばツンを無理に連れ帰る必要も無くなるため、誰にとっても悪い話ではない。
 どこかピクミン的なこの算段は、彼女たちも無難な落とし所として合意を済ませてあった。

o川*´ー`)o「……ま、なにはともあれ今日も仕事なんだけどね」ヨッコラセ

 思案をやめて席を立ち、キュートはのびのびと背を伸ばした。
 外出の準備をして、また改めてツンに声をかける。

o川*゚ー゚)o「そんじゃ私は仕事探しに行くからさ、ツンちゃんの方も色々よろしくね」

ξ゚⊿゚)ξ「うん」

o川*゚ー゚)o「私は仕事と物品集めを担当して、ツンちゃんは家事と品定めを担当する」

o川*^ー^)o「……これからも上手に付き合っていこうね。
        わたし今、そんなに悪い気はしてないから」

 キュートは暗黒微笑でそう言って家を後にした。
 ツンも一息ついてから、自分の仕事に取り掛かった。

.

774名無しさん:2023/01/30(月) 23:07:29 ID:.eE0h2Dw0


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


ξ゚⊿゚)ξ

 ――家の中を掃除して、整理して、はたと小さな置き時計を見る。
 時刻はそれでも昼さえ越えておらず、ツンがやるべき仕事はあとひとつしか残っていなかった。

 ツンは暖かなリビングから書斎兼物置きとなっている別室へと場所を移した。
 薄暗い部屋だった。窓はあったが陽射しは皆無で、しっとりした寒さが肌を舐めるようだった。

 中に入り、扉を閉めると部屋の暗がりがさらに色濃くなった。
 ツンは目を慣らしてから中を進み、背の低い本棚から数冊を抜き取ってそのタイトルを検めた。
 英語、フランス語、ロシア語、中国語のそれらには、およそ日記を意味する題が載せられている。

ξ゚⊿゚)ξ(……これはまだ、読んでないわね)

 ツンは諸々の日記を持って窓際の机に向かった。
 朽ちかけている椅子にゆっくりと腰掛け、他人の日記を静かにめくり始める。

 このレンガ小屋は終末期を迎えた患者の隔離場所である。
 そんな場所に置かれた日記など、ぶっちゃけ縁起のいいものではない。

 しかし、彼女はそういったものを好んで読み進めていた。
 ここに来てからずっとそうして、人間の最期の感情を咀嚼し続けていたのだ。
 そこに『人間の死』への共感など無く、彼女はただ、好物としてそれを摂取していた。

ξ゚⊿゚)ξ「――……」

 興味深い、面白いものとして。
 即ち、人間という生物への知的好奇心を満たす為に。
 掃除の時に古いジャンプとか読んじゃうノリで。

.

775名無しさん:2023/01/30(月) 23:08:35 ID:.eE0h2Dw0


 とはいえ、死にかけの人間が書く文章など大した量や内容にはならないものだ。
 文字が歪んでいて読解自体が難しかったり、最初の数ページ以降は全て白紙という本もかなり多い。
 当たり外れの区別はないが、読み応えという点でツンの欲求を満たすものはかなり少なかった。

ξ゚⊿゚)ξ

ξ-⊿-)ξ「……ふぅ」

 ツンは手にした日記たちを10分もしないうちに読破してしまった。そしてもう二度と読まない。
 あとの時間はキュートに任されている品定めに使い、書斎の整理を同時に進めていく。

 以上が魔王城ツンの基本的な生活習慣。
 彼女はこれを半月以上繰り返し、これ以外の事を何もしていなかった。

ξ゚⊿゚)ξ「……ざ、りとるぷりんす」

ξ゚⊿゚)ξ(これ初版っぽいし、多分売れるやつよね)

ξ゚⊿゚)ξ(こっちのは虫の本かしら……ファーブル?)

ξ゚⊿゚)ξ(とりあえず読みましょう)

 〜3時間後〜

ξ゚⊿゚)ξ(読み終わったのだわ)

ξ゚⊿゚)ξ(……品定めも少しやったし、次は部屋の整理をしましょうか)チラッ

 ツンは立ち上がって書斎を一望し、さてどこに手を付けてみようかと少し考えた。

 背の低い本棚。背の高い本棚。床に積まれた本の山。
 埃を被った医療器具。衣類や毛布の塊。壊れた家具や家電の類。
 それらに加え、キュートが持ち帰ってきた金目のものがとにかくいっぱい。

ξ゚⊿゚)ξ

ξ゚⊿゚)ξ「書斎なんだし、やっぱり本よね」

 ややあってから、ツンの関心は背の高い本棚に向けられた。
 それは整理を口実にした宝探し。彼女の目当ては、その本棚に収められた未読の日記たちであった。
 足の踏み場を作りつつ、ツンは背高の本棚に近づいてラインナップを確認した。

.

776名無しさん:2023/01/30(月) 23:14:28 ID:.eE0h2Dw0


ξ゚⊿゚)ξ(どれどれ……)

 こちらの本棚には専門的な知識を要する分厚い本ばかりが並んでいた。
 医学、地学、神学――中でも気象学に関する本が多いのは先人の趣味だろう。

 それらはまた今度読むとして、ツンは最初に無題の革装を手に取った。
 背に記載が無いので恐らくは日記であろうが、革装の日記ともなると好奇心も一入だった。
 しかもデカくて分厚いのである。ツンちゃん的にも期待を寄せる大物であった。

ξ゚⊿゚)ξ(……おお、最後まで文字たっぷりだ)ペラッ

 期待しつつ小口をぱらぱらと流してみると、手書きの文字が最後のページまでしっかり綴られていた。

ξ゚⊿゚)ξ(あと日本語だし。読み慣れてるから助かるわね)

 ツンは一旦本を閉じ、気を取り直して最初のページに戻り、またじっくりと読み始めた。

.

777名無しさん:2023/01/30(月) 23:16:53 ID:.eE0h2Dw0



ξ゚⊿゚)ξ(……言葉を知らぬ頃。初めて『それ』を見た瞬間、私は神の存在を必要とした)

ξ゚⊿゚)ξ(曰く、言葉は神であったという。即ち、私はそのとき言葉を欲したのである)

 ポエムから始まる日記は流石に初めてだった。
 書斎にあるという事はこれを書いたのも死の間際の筈だが、随分余裕があるなと彼女は思った。


ξ゚⊿゚)ξ(世界を巡り、言葉を覚え、……程なく私は、『それ』を言い表す為の言葉を知った)

ξ゚⊿゚)ξ(その言葉とは星であった。私が最初に見たものは、星と呼ばれるものであった)


ξ゚⊿゚)ξ(言葉を知らぬ頃、私は夜空の星を見て、それを美しいと感じていた)

ξ゚⊿゚)ξ(しかしそのとき、私の中には美しいという感情の他に、もうひとつ別の思いがあった)



ξ゚⊿゚)ξ(……欲しい。私は、星を欲していたのである)


.

778名無しさん:2023/01/30(月) 23:18:05 ID:.eE0h2Dw0



ξ゚⊿゚)ξ「……星が、欲しい?」

ξ゚⊿゚)ξ


ξ;゚⊿゚)ξ(えっ、ここで親父ギャグ――!?)


 突然のユーモアに思わずツッコミを入れてしまうツンちゃんであった。


.

779名無しさん:2023/01/30(月) 23:19:45 ID:.eE0h2Dw0



◆ 素直キュートの日記 Day30 ◆


 相変わらず何も起こらない 魔物の生態は少し分かってきた 
 ツンちゃんは食事もウンチもしない 魔物には代謝機能がそもそも無さそう
 魔物のエネルギー源は魔力だけ? やっぱり生物として根本的に違う

 ツンちゃんが意外とバイリンガルで助かる 金目の物を集めやすい
 墓掘りの仕事 飽きた


.

780名無しさん:2023/01/30(月) 23:22:09 ID:.eE0h2Dw0

#08 >>559-627 #09 >>634-666 #10 >>675-744
#11 >>753-779

今後は書けたらすぐ投下する感じでやります
投下頻度は多分高くなると思います!恐らく、きっと…

シベリアの話がしばらく続きます がんばれツンちゃん!

781名無しさん:2023/01/31(火) 05:22:08 ID:xDFrPI..0
おつで

782名無しさん:2023/02/14(火) 11:48:55 ID:7mEye2pM0
久々にブーン系戻ってきたらツンちゃんがシベリア送りになってた
今後も楽しみ

783名無しさん:2024/04/20(土) 09:19:17 ID:oanryblQ0
そして1年の時が流れた…

784名無しさん:2024/07/13(土) 04:55:15 ID:OIsD/E3.0
投下頻度は多分高くなると思います!恐らく、きっと…

あれ?


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